シナリオ詳細
<夏祭り2023>溢れるような夏にして
オープニング
●海洋王国サマーフェスティバル
ご存じ、海洋王国で開催されるサマーフェスティバル。
今年は昨年に引き続き高級リゾート地としてその名を知られるシレンツィオ・リゾートで行なわれることとなった。
海上の桃源郷。海洋王国のみならず、鉄帝に豊穣と、シレンツィオ・リゾートの開発に注力する国は多い。
海洋王国や幻想王国などからはサマーフェスティバルに向かう客達を運ぶクルーズ船が出港し、何時もよりも賑わいを見せるのである。
静寂と平和の海とガイドブックに記されるその場所は、貿易拠点として栄える一方で観光的用途でも一際目を惹いている。
さて、その舞台となるのがフェデリア海域だ。
三番街(セレニティームーン)のメインビーチとして知られているコンテュール・ビーチやシロタイガー・ビーチでは海遊びを思い切り楽しむことが出来る他、四番街(リヴァイス・グリーン)のフェデリア自然記念公園には各種屋台が出店し、豊穣郷では良く知られる『夏祭り』らしい風景を楽しめるのだそうだ。
シレンツィオのホテル事業も今回の祭には連携しイレギュラーズには居室の貸し出しを行なってくれている。
天衣永雅堂ホテルやカヌレ・ベイ・サンズ、ブルジュ・アル・パレスト等、各種ホテルの部屋でのんびりとくつろぐことも悪くはないだろう。日が暮れれば打ち上げ花火を絶好のロケーションで楽しむことが出来るとのことだ。
「さあ、どこに行きましょうね! 月原さん!」
「海で遊ぶだろー? 屋台で何か買うだろー? あと、花火も捨てがたいよなあ」
ガイドブックを顔を寄せ合って眺めて居る月原・亮とリリファ・ローレンツ。今日の二人は元気いっぱいだ。
因みに、二人の水着は互いが選んだものである。付き合ってはない(重要)が、一番の友人で相棒めいた関係性の二人は「リリファももう良い年齢なんだしさ」「月原さんこそ!」と水着を選び合ったのである。
「今年の波打ち際のエンジェルはリリファが獲れよ?」
「はー? 私がエンジェルなら月原さんこそ、エンジェルの隣にいるイケメン枠になりましょうよ、許してあげますよ!」
「「……」」
二人は黙りこくってから「暑い!」と叫んだ。凄まじく暑いのだが、もうすぐサマーフェスティバルが始まるのだ。
「二人とも練達から出られなくなったのかい?」
「「わああ!?」」
にんまりと微笑んでいる綾敷なじみの意地悪そうな顔を見てから亮とリリファは「文明の利器ってすごいよなあ」「涼しいですもんねえ」とゴニョゴニョと呟く。
「今年はシレンツィオリゾートなんだってね。私も行こうと思うんだぜ、ね、ひよひよ、みゃーちゃん」
「ええ。行きましょうね」
「肝試しを遣るそうですよ。二人を驚かせて差し上げましょうか? ね?」
音呂木ひよのは旅行鞄の用意をし、澄原水夜子は肝試しに俄然張り切っている様子でもある。
練達からのチケットを確保為てくれたのは水夜子の従姉の澄原晴陽だ。彼女が保護している真性怪異の欠片『蕃茄』が「行く」と言い始めたことから社会科見学の一環で皆を連れて行くらしい。
「暁月先輩も一応誘ってみますが……龍 成 を 連れていくために」
「本音が出ていますよ、姉さん」
「龍成と海に行ったことが実はありません。プールもないですね。龍成と一緒に旅行という経験も」
「姉さん……」
弟との喪われた時間を取り戻したくて張り切っているのであろう晴陽に水夜子はほろりと涙を流しそうになった。
――兎も角、である。
「お祭り、シレンツィオ行きの船が沢山出るらしい。だから、行きやすいよ。行こう」
こくこくと頷く蕃茄に『ガイドブック』を手渡される。
「屋台、楽しいと思う。花火も、良いと思う。蕃茄は手持ち花火したい」
「ロケット花火抱える?」
「止めなさい」
首を振ったひよのになじみが「駄目かあ」と笑った。
盛夏の一幕――今年の夏は今年しかないのだから、だからこそ思い切り楽しもう。
余談ではあるが、「暑くて溶けそう」だと銀の森に滞在していたパルス・パッションがお礼にとエリス・マスカレイドを連れ出したのは彼女がいればほんのり冷ややかな気配がして『暑さを凌げるから』だというのはパルスだけの秘密なのである。
●『空中神殿』
神託の少女は不変である。永劫にその姿を保ち、心動かすこともない。
永遠に等しく、永遠に停滞し、故に永遠に美しい。
相変わらず用も無ければ口を利かないざんげがレオンに「あの」と呼びかけたのは、だから珍しい事だった。
「イレギュラーズが海洋王国へ行くと言っていたでごぜーます」
「ああ、サマーフェスティバルだな。海洋王国の……シレンツィオ・リゾートは知ってるか? そこでやる」
「水着や浴衣を新調したと聞いたでごぜーます」
「まあな。折角のイベントなら新しい物が欲しいって事だろうよ。『若い』から」
「……」
「……………」
そうした事にも興味を示さなかった彼女だ。幼い頃からずっと『見てきた』レオンはそんなざんげに違和感を覚えずにはいられない。
イレギュラーズが言っていた、イレギュラーズが行くらしい。『そんなこと』に興味さえ無かったくせに。
彼女の整った人形のような美貌は他者に感情を悟らせない。
しかし彼女は完全なる無感情ではないのだ。読み取れるのがレオン位しか居ないのは確かなのだけれども――
「実は」
レオンの指がピクリと動いた。
「ルカが浴衣を用意してくれたでごぜーます。
用意してくれた、というか。勝手に寄越したと言うか。
まぁ……そんなニュアンスはどーでもいいですが。
人の話を聞かない辺りは、昔のレオンみてーでごぜーます」
「……あっそう。それはそれは……」
苦虫を噛み潰したようなレオンの表情は「わざと言ってたら百年の恋も冷めるわな」と伝えているが。
まぁ、実際の所『そう』でない事は彼が誰より知っている。
(この調子なら、さぞルカも似たような目に遭っている事でしょうねえ)
実際の所、それは見てきたような慧眼である。
彼は彼で『レオンの話』を素面で聞かされているのだからお互い様だろう。
「興味でも沸いたの?」
「イレギュラーズが祭に行くと言ったので『それはいいかもしれねーですね』と言っただけでごぜーますが」
皮肉めいて尋ねたレオンの言葉に返った返事は、しかして意外なものだった。
「いいな? お前が?」
「はい。そしたら、気分だけでもと。
別にいいと言ったのですが、ものすげー勢いで押し付けられたです」
空中神殿から出ることの叶わない『神託の少女』は綺麗に畳まれている浴衣を取り出して、ルカ・ガンビーノ(p3p007268)に「一応宜しく」しておいて欲しいとそう言った。
他ならぬレオンだからこそルカの気持ちは良く分かる。
――これはそんな事を言うような女だったか?
(いや、そんなことはない。間違いねえわ)
表情を変えもせず、此方に興味も無くプログラミングされた機械のようだった女が『自分から』此方に語りかけてくる。
『何処』が『何時』か『何』が正しい切っ掛けだったかは分からないが――
あの無慈悲の呼び声の事件の頃から確かに違和感を感じる事は増えていた。
「……人間は実に面倒臭いね」
「……………?」
「バカ女にだけは絶対分からないから気にしなくていいよ」
レオンはどうしても受け入れがたく、それでいて喜ばしいとも感じられていた。
複雑だ。人形めいた女が人間染みた反応をするだけでこれなのだ。
「ただ……」
「着れない、でしょうねえ」
ざんげはコクコクと頷いた。
産まれてこの方、必要ない事をしてこなかった女だ。
カソック以外の着方等分かる筈も無い――
「……じゃあ、着付けを誰かに頼もうか」
「はい」
「それとも俺が脱がせて着せてやりましょうか?」
「頼めるならお願いするでごぜーます」
「……」
「……………」
「あのさあ」
「はい」
「兎に角、人を呼びますよ」
打っても響かない姿はそのままなのに、夏は嫌と言う程夏を感じさせてくる。
溶け始めた氷は最後にどんな姿を見せるのだろうか――
「まあ、気分だけなんだろうけど」
「それに、お願いと言うか……聞いた話があるでごぜーますが――」
――『空中神殿でもお祭りをしてみてはどうか』?
そんなことを提案したイレギュラーズが居たらしい。
今までのざんげなら「そうでごぜーますね(訳・勝手にしていろ)」であっただろうに。
ニュアンスが「そうでごぜーますね(訳・どうすればいいですか?)」なら驚く他はない。
「どうしたらいいでしょーか」
「オマエは異論無いの?」
「私は構わねーです。レオンが大丈夫なら……」
「……まぁ、俺が口を出す事じゃない。準備? 許可? どっちでもいいよ。精々楽しめると良いな」
「はい」
ああ、もう。実に嫌になると言うしかない。僅かな変化でも理解出来てしまう男の悲しさよ。
「もう一つだけ」
「……注文が多いね、どうも」
――レオンは、来てくれるですか?
「――――」
人から見れば只の眉の動き一つであれど。
彼女の小さな進化にも気付いてしまう男は晴天がいよいよ恨めしく空を見上げて返事はしない。
- <夏祭り2023>溢れるような夏にして完了
- GM名夏あかね
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2023年08月04日 22時05分
- 参加人数129/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 129 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(129人)
サポートNPC一覧(16人)
リプレイ
●ビーチI
「暑っっっつ。えー……。やばいですね気温。ちょ、無理めにしんどいんですけど」
ぐったりとしていたほむらの傍らでは「今年も暑いスねー……秋と冬だけになれば良いのに……」と汗を流し俯いている美咲の姿があった。
何方もビーチパラソルの下、輝き燦々と降り注ぐ太陽の眼を欺くように冷をとっている。鉄帝国の動乱の際には春と夏だけになって欲しかった美咲も現状には『秋と冬だけ』を求めてしまう程である。
「『今日も生涯の一日なり』は君たちの世界のユキチ・フクザワの言葉だったか。とはいえ『夏なんてスキップしてしまいたい』と顔が語っているね」
アイスキャンディーを片手にマキナは穏やかに語る。その手にあるのは美咲が今求めて止まないものだというのに。
「アイスとは気が利きまスね、マキナ氏……え? 一つしか無いの?」
「ああ。これほどの逸品、作るには材料も手も限られているのだよ」
がくりと肩を落とした美咲は「水鉄砲でサバゲーしましょう!」と立ち上がった。隣でぐったりとしていたほむらが目を見開く。
「水鉄砲? え、美咲さんまじすか。まさかそんな陽のイベント……」
騒がしい声が聞こえてきて美咲とほむらは顔を上げた。
「レッディース・アンド・レディー! 本日は皆々様にお集まり頂きまして! み! ず! ぎ!
みなさん! み! み”! みずぎ! に! なられて!
お待ちになって!? 燦々と煌めく太陽!
あーはぁーんそしてめくるめく夏の夜! 美少女ばかり! 何も起きないはずはなく! なんもかも辛抱たまりませんわ~~!!!」
――ディアナが叫んでいた。桃色の髪を揺らがせた『紅百合・ももえ』の傍らではにこにこと微笑むセララの姿がある。
「わっ。本当だね。皆の水着、とっても可愛いね。でもボクだって負けてないよ。水着セララ参上なのだ!」
「ギャッ! 眩いですわ~~~~!?」
「……えっと、じっと凝視されるとちょっと恥ずかしいかも?」
セララが恥ずかしそうに微笑めばディアナが嬉しそうに声を弾ませる。ふと美咲の掲げていた『水鉄砲バトル』の誘いに気付いてからセララは「ディアナちゃん、あれやらない?」と問い掛けた。
「――水! 鉄! 砲! オッホウ! こほん、いくら垂涎もののイベントだとしても、わたくしらしくない声音でしたわね」
「あはは、一緒にやろうよ!」
ディアナを味方に協力して切り抜けようと二挺拳銃スタイルで水鉄砲の達人を目指すというセララの脇腹をディアナは凝視していた。
お姫様はそんなはしたないところばかりみないが、こればっかりは仕方が無い。
「夏ははじけなければ、楽しまなければもったいない! ここは水鉄砲での打ち合い勝負! いきましょう、ほむらちゃん!」
「ココロさんまじすか……ていうかいや子供の頃からやったこと自体ないんですけどこういうの……」
のろのろと立ち上がったほむらの手を引いてハイビスカスのパレオを揺らすココロが微笑んだ。桃色のチュール生地がふんわりと揺らいで涼やかだ。
「いやー夏ッスね! いいッスね!! 元気になるッスね!!! アイスをかけてのバトル・ロワイヤル、いざ尋常に勝負勝負ッス!」
イルミナの狙いはマキナの手にしていたアイスキャンディーだった。聞けばアレはレア中のレア。厳選素材で作られたらしい。
「ふっふっふ、リアルな戦いならいざ知らず、水のかけ合いなら身軽に動けたほうが有利に決まってるッスよ!」
スピード銃士で水鉄砲二丁持ちのイルミナの眸がきらりと輝いた。そう、発射されるのは弾丸ではなく水なのだ。水と言えども少しは恐ろしいけれど――「どうせなら楽しく過ごしたいですから。怪我もしなければ人死にも出ない競い合いなら結構な事です」と瑠璃は頷いた。
誰もが二挺の拳銃を手にするのは、球数の多さが勝敗を分けるからだ。間合いを詰めながら、攻撃し水(たま)が尽きたならば胸の谷間に仕込んだ水鉄砲を抜き撃つ瑠璃。
「え、まじすか。そんなのありですか? 何もかも割と直視出来ない。無理無理無理無理」
「何を仰って居るのですか? ちょっとした手品ですよ」
「いやだって水着じゃないですかこういうの昔は肌色注意ってちゃんとサイトに書いてあって秘密の入り口見つけないと入れなくてですねミスるとキッズ用の検索サイトに飛ばされるようにしててあーーーだからまってまってまっ」
「くらえーー!」
反復横跳びをするイルミナと胸の谷間から銃を手にした瑠璃に挟まれてほむらは困惑していた。運動不足なほむらを出来る限り運動させることを狙うココロは「もっとがんばってー!」と拳を振り上げる。
「ほむらちゃん、援護お願いします! いけるよ!」
「えっ!? あっ、置きエイムはだめぐわーー!」
ばたんと倒れたイルミナに「こちらです」と瑠璃が水を放つ。セララは何故かフレンドリーファイヤを脇腹に受けて「ディアナちゃん!?」とぱちくりと瞬いた。
「こういうのは重量級の特権なんスよ! 水量の暴力を喰らえ!
ちょ、さっきから的のないところをめっちゃ撃ってるの誰っスか!?
脇腹やめぃ! 今年はウエスト調整失敗してるんスよ!」
「あらぁっ! うふふふふふ」
――桃色のお姫様は美咲の脇腹ばかりを執拗に狙い続けて居たのであった。
楽しげな声を聞きながら「パパ、パパ」とアルエットが呼ぶ。
「よっしゃ、夏だ!海だ!遊びに行こうぜぇえ!!!」
レイチェルは白花を飾った黒いビキニ姿でアルエットの前へと顔を出した。その傍らにベルノの姿を認め笑みを浮かべる。
「ベルノの水着はワイルド系で格好良いし。アクセも洒落てるじゃねぇか。つーか、良い筋肉してンなァ、やっぱり。誰が選んでくれたンだ?」
「この水着か? これは適当にその辺で買ったんだよ。こっちは質が良いもんが売ってんな」
なあ、と傍らのアルエット――カナリーを見遣ったベルノにアルエットは「アルエットは?」と瞳を輝かせる。
「カナリーも水色の色合いが涼し気で、『アリス』みたいで超可愛い。肌焼けねぇ様にな?」
「ええ。可愛いって言って貰えて嬉しいわ!」
くるりと回って楽しげに微笑んだカナリーを浮き輪に乗せて、ベルノは「迷子になるなよ」と海の中へと踏込んでいく。
父親と海で遊ぶというのはカナリーにとっては初めての経験だ。それ故に、特別でつい笑みを浮かべてしまう。
そんな姿を見ているだけでレイチェルの口元も緩んだ。親子水入らず。それが義理の関係でアロウとも両親が居ることはかけがえの無い事であると知っている。
(………俺は実の親の顔も名前も知らないからさ、二人の姿が凄く尊く見えるンだよね)
カナリーと呼ぶベルノの顔も、嬉しそうなカナリーも。それでも彼等には試練が訪れるのだ。『悪鬼バロルグ』の事もある――
「なんだよレイチェル湿気た面して。まあ、『ヴィーザル』のあれこれはこれから考えりゃいいんだよ。それより今は思いっきり遊ぼうぜ」
「ああ、ベルノもカナリーも立派な戦士だ。戦士には休息の時間とか息抜きとかも偶には必要だろ。きっと。
だから、シレンツィオに来たんだし……一杯遊ぼうぜ! 二人は何したい?
俺はお医者さんだからさ、元ね! だから途中で具合悪くなっても大丈夫! 直ぐに言うンだぞ!」
ベルノに肩を叩かれてからレイチェルは笑った。アルエットが求めたのが浜焼きを食べたいであったことにベルノとレイチェルは顔を見合わせて笑った。
海へと遊びに行こうか。そう話し合って遣ってきた武器商人は艶やかなクリームソーダを思わせる水着に身を纏っていた。
何時もと違った可愛らしさ。クウハは「慈雨は普段と違って随分可愛らしい格好だが、良く似合ってるし心配いらねぇよ」と微笑んだ。
甘えん坊で可愛らしい事が多い『慈雨』のイメージにはよく合うと笑みを浮かべたクウハに武器商人の唇もつい、と吊り上がった。
美しいシレンツィオの海を眺め、ゆっくりと砂浜を踏み締める。きゅ、と音を立て歩く武器商人の日傘が微かに揺れた。
「ほらクウハ、陽光が元気なことだし日傘の下においで。陽射しを遮るだけでも暑さが違うからね」
少し傾いた日傘の下で、ゆっくりと共に歩く。波が足を掬い、冷たさが心地良い。波の音に海の冷たさを堪能したならばアイスを買ってのんびりとしようかと提案した。
「何味にする? 我(アタシ)は桃か柚子か梨か……悩ましいところだねぇ……。
クウハはレモン味が好きだったよね。じゃあ1つはレモンにしよう」
「アイスの味に迷うなら二人で別々の物を買えばいい。そうすれば分け合って両方食えるだろ?
2個で足りなきゃ満足いくまで食えばいい。
ただでさえ強欲なんだから、俺にぐらい好きなだけ我儘言えばいいんだ。……それで腹壊したら責任取って看病してやるよ」
揶揄うように笑ったクウハへと武器商人はそれも悪くはないと三日月の形の唇で「そうしようか」と囁いた。
●ショッピング
「ぬふふー、ひよの殿ー! 一緒にお食事でもいかがですかなー?」
ジョーイがにんまり笑顔でやってくるひよのはくるりと振り返ってから「あら、どの様なところに?」と揶揄うような声音で問うた。
「実は吾輩、美味しくてシャレオツなレストランの噂をききましてな。
ただ、ちょっと一人じゃ入りにくくって……ごちそうしますので、吾輩を助けると思って是非に是非に!」
「奢りですか?」
「モチですぞ!」
「うふふ、それは無碍には出来ませんね」
お互いに、揶揄い半分に笑みを零して。ジョーイはうんうんと満足げに頷いた。
本当は彼女もこのところ忙しなかったからとせめてもの労いのつもりだった。けれど、それを口にするのは望んだことではないから。
「いやー、助かりますぞひよの殿ー。
ここはパンケーキで有名なのですが、見ての通り女子客がほとんどですゆえー、吾輩一人だと浮きまくりになるとこだったのですぞ。
さて、約束通りごちそうしますゆえー、どーんと好きなものを頼んでくだされですぞー!
吾輩もこのすごくシャレオツなパンケーキを楽しませてもらうであります!」
「有り難うございます。でも、悩みますね。シェアとかします? そうすれば色々と食べられますし。ジョーイさんは何れにしますか?」
メニューを覗き込んでいたひよのはこれと、これ、と指差して悩ましげな顔をして問うた。
レジーナにエスコートをして貰うのだとリーゼロッテは『夜のでぇと』に向かっていた。眠りかけた夏の街並みは、何処か秘密めいていて。
「こうしていると、何だか悪い事をしているみたいですわね?
さて、レジーナさんはどんな悪い遊びを教えて下さるのかしら」
悪戯めいたリーゼロッテにレジーナは此方も悪戯半分で笑みを浮かべた。
貴族令嬢は『仕事』以外での夜遊びなんて知らないのだ。なんたって、お姫様は『高貴な存在』なのだから。
レジーナはお忍びでやってきたお嬢様に対して「お嬢様と我(わたし)の新しい水着を探しますわ」と手を打ち合わせた。
「今は夏祭りですからね。ナイトプールやら縁日需要で特別に開けているお店もあるのです。
我(わたし)だけの為に――着飾って貰えますか?」
手を差し伸べれば彼女は重ねてくれる。緊張しながら、レジーナははっと顔を上げてから「お嬢様、こちらへ」と手を引いた。
人影に気付き、少しだけ姿を隠したのだ。ああ、だって、彼女は『渦中の人』だもの。独占したかったのもあるけれど。
「ドキドキしてますかリズ。我(わたし)はこんなにドキドキしてますよ。分かります、か? 触れてみて、くれませんか……?」
「……まあ」
リーゼロッテの眸がレジーナを見た。その薔薇色に焦がれるレジーナはさっと目を逸らす。
「なーんて! 冗談です!
……そう言えば別段隠れる必要無かったですね。すみませんお嬢様」
「宜しくてよ。この水着にしましょう」
「あっ、折角ですし選んだ水着でナイトプール行きませんか!?
この近くに知人の運営している場所がありますので、そこのVIP用スペースを貸切に……」
わたわたと取り繕うレジーナにリーゼロッテは揶揄い半分の笑みを浮かべて次は何をしようかしらと囁いた。
●ビーチII
「……縁日グルメとプラカップのビール!
――なぁんて思ったのに……ねぇミケくん、なんで私貴方とお揃いのアロハシャツを着て焼鳥を焼いてるのかしら?」
「ああ! これはこれは!」
驚いた様子のミケランジェロにアーリアはぱちくりと瞬いた。
「いいえ、実は! この暑さでは太陽光で焼き鳥になってしまいそうでしたので!」
「ははあ……とり達が暑さにダウンで人手ならぬ鳥手が足りないと……。
はぁ、でもまぁミケくんがこんなに頑張ってるんだし私もひと肌脱ぎましょうかところでこのシャツ派手な花柄でかわいいわね――え、焼鳥柄?」
アーリアは驚愕したように目を瞠った。もう焼けてる服を着たまだ焼けてないミケランジェロの傍らで焼き鳥を焼きながら、売り込みを欠けていく。
水分補給のビールと摘まみ食いもご愛敬。
「あれっ、ああ、晴陽ちゃん!」
手を振ったアーリアに気付いてから晴陽は「アーリアさん、と、……鳥」と神妙な顔をした。アーリアからすればミケランジェロは晴陽のお眼鏡に適うのか気になる所ではある。
「ふふ、天川さん、晴陽ちゃん借りるわよぉ。ねえ、晴陽ちゃん。ミケ君をどう思う?」
「……ミケ君さんと仰るのですか。その……グッズ販売などは……?」
チキンのようで素晴らしいフォルムですねと晴陽は感激したようにミケランジェロの手羽先をそっと握り締めた。
「……あれは?」
「ウチの子なの」
アーリアと天川が顔を見合わせている。一頻り手羽先を握り締めて話終えた晴陽は天川と共に売店へと向かった。
「晴陽。今日は付き合ってくれてありがとうな。やっと一緒に来られた気がする。
せっかくのリゾート地で海だ。浮き輪でも使ってゆっくり海を楽しもう。予想外の鳥も居たがまずは浮き輪の確保と行くか!」
「ミケ君さん柄とか欲しいですよね」
「はは、どうだろうな」
愉快なハムスターの顔の浮き輪を手に入れて、海へと浮かべればゆっくりと波に揺らぎ始めた。
晴陽は浮き輪の中でちゃぷちゃぷと揺れ、天川は浮き輪に捕まりながらはたと思い出したように口を開いた。
「言い忘れていたが、水着よく似合っていると思う。
俺はあまり人様に見せられるような体じゃないからな……プールや海はあまり入らないが、来た甲斐があるってもんだ」
「肌を隠す事は出来ますし、これから幾らでも行けるのではないでしょうか」
あっけらかんと告げる彼女はやや照れ隠しがあったのだろうか。天川は小さく笑う。
「焼き鳥も美味かったが、冷たいモノも食べに行くのも良いかもな。何か物色するか?」
「ええ。何もなければミケ君さんの下へ戻りましょう」
気に入ったのかと天川は笑ってからそっと手を差し伸べた。手を握ると言う行為に別の意味を持てば、人目も気になるというものだ。
特段気にする素振りのない晴陽は差し出された手を握りゆっくりと海を出た。
「……。嫌、というか問題なら言ってくれ。君は澄原だし、人の目もあるしな」
それは天川の照れ隠しなのだろう。晴陽は手を握ることを龍成と同一している。天川の反応に思い当たったのか「いいえ、大丈夫です」と晴陽は首を振った。
「なぁ晴陽。俺は君と一緒に広い世界を見て回りたい。勿論、君は澄原のままでいい。
俺も君の負担を減らす手伝いをする。だからたくさん思い手を作ろうな……」
「そうですね。余り外に向かうことは出来ないかも知れませんが。少しずつ。宜しくお願いします」
海の家へと向かう最中に――晴陽は何かに気付いたように「あれは……」と呟いた。
そこにはリュティスにずりずりと引き摺られているしにゃこの姿がある。
「ああ、お二人とも! なじみさんとこ行こうとしたら二人の邪魔しないように! って言われたのでこっちに来ました!」
「……これはこれで……お邪魔では……?」
「これはこれで邪魔? まっさかぁ」
リュティスの視線の先にはポメ太郎とベネディクトがいた。晴陽が困った様子で首を傾げればしにゃこはからからと笑う。
「じゃあ、行ってきます!」
「こら、しにゃこ様溺れますよ」
淡々と告げるリュティスは寂しがらせたという愛犬との産み遊びを楽しんで居るのだろう。これも良い気分転換になると満足げな表情をしている。
「ポメ太郎、離れる時があってもしにゃこと逸れない様にな」
パラソルを担いでいたベネディクトが振り返り、海仕様になったポメ太郎が嬉しそうに尾をぶんぶんと振り回した。
海へとざぶざぶと入っていくしにゃことポメ太郎を見守って居たベネディクトは、バスケットを手に佇んでいるリュティスをちらりと見遣る。
「俺は場所取りとパラソルを設置しておくから、リュティスもしにゃこ達と行って来たらどうだ?」
「はい。行って参ります。御主人様にお任せするのは心苦しいですが、ポメ太郎としにゃこ様のことも心配ですし……」
ゆっくりと向かうリュティスに気付いたのだろう。濡れてしおしおポメ太郎になった筈なのにふっくらしているポメ太郎に「ふとった?」と声を掛けて反撃されていたしにゃこはぶんぶんと手を振った。
「早くリュティスさんもこっち来てくださいよ! 来ないなら此方から行くぞっ! ポメ太郎も呼んでますよ!」
「あん(しにゃこさんのことは僕が見張ってますからね!)」
「いや、しにゃが見てるんですけど? 今、自分が見て遣ってる感出しました?」
楽しげに騒ぐしにゃこに肩を竦めてから「はいはい、今から向かいます」と気を緩め近付いたリュティスへと――
「しにゃこビューティースプラッシュ!ガハハ、隙を見せるのが悪いんですよ!」
「なるほど? 油断していたのが敗因ということでしょうか?」
「あ、やめ、超威力で水飛ばし返すのやめてください! ああああ、やめ―――!」
全力で仕返しをし続けるリュティスにしにゃこは勢い良く水へと飲まれてなしゃばしゃと沈み始める。
「おお、ポメ太郎…すっかり体積が縮まって……しにゃこもリュティスも楽しそうだな」
「わん!」と元気に返したポメ太郎は「二人とも楽しそうです!」と言って居るようである。
「このまま暫く見て居ようか」
「おやおや里長様、このようなところで。
海は楽しいところではございますがナンパを目的とする輩も一定数おりますので、お連れの方と離れて行動する際はお気をつけくださいねぇ」
「待ち合わせ前に来ちゃったの」
にんまりと微笑んだ琉珂にヴィルメイズは「楽しみですもんね~分かります分かります~」と頷いた。
「よろしければ、その方が戻られるまで一緒に待っておきますよ。
何故なら私は美しいので、並程度の男でしたら大抵この美貌で追い払えますので〜」
「えっ、逆にナンパされない?」
ヴィルメイズは自慢げな表情を見せて「魔を退けるほど輝く美貌ということでございますね」と頷いた。
「それでもナンパしに来る者がいたとしたら私以上の美貌のものか、もしくは畏れ知らずの者でしょう。
暑いですし、よろしければ飲み物でもいかがですか?
昨日は踊りで結構おひねりを稼いだので、今日の私はいつもよりリッチなのですよ〜」
マジックテープ式の財布でバリバリバリと開いているヴィルメイズに琉珂は「その財布、音が楽しそう」と嬉しそうに笑う。
「ナンパと言えば――」
折角デザイナーに仕立てて貰ったのだと黒いビキニを着用して居た愛奈はパラソルの下で読書をしていたのだが、ナンパ男の襲来を都度受けているようだった。
斯うした季節ならではだと波の音を聞きながらサイドテーブルにドリンクを用意して穏やかな時間を過ごしていた愛無は困り顔だ。
ナンパ男を見付けてバリバリしながら迫っていく美しすぎるヴィルメイズと追掛ける琉珂を見送ってから愛奈はビーチを歩くトールと沙耶に気付いて手を振った。
(……友人、ってモノを私が得られるとは思っていませんでしたね。
本当に生きてたら何が起きるかわからないモノです……こういう縁は大事にしたいですね)
友人と言うかけがえのない存在を見守ってから、愛奈はまたも本へと視線を降ろした。
――烙印の影響がない太陽の下! それがどれ程までに幸せなモノかとトールは日光の下を歩いている。
可愛らしくひらりと揺れる白いパレオと大きな麦わら帽子。何処からどう見ても美少女である。
「沙耶さんの水着、澄み渡る空と一緒でとても綺麗で可愛いですよ。透明感のあるパレオも僕と揃いですね」
「ありがとう。前にシレンツィオに来た時にはトールが烙印にやられてて存分にはやれなかったからな、今回は遠慮なくだ!」
にこりと微笑みはしたが沙耶はトールに違和感を感じていた。生命の輝きが薄れたような、不思議な気配だ。
「トール、なんか少しキラキラ感薄れたか?」
「……ああ、AURORAのことですか?
覇竜決戦の時に臨界稼働させた影響でダメになっちゃったみたいで……。
愛用の輝剣もボロボロになってもう剣として使うのは無理そうで……でも大丈夫です。
僕には沙耶さんや一緒に戦ってくれる心強い仲間がいますから」
その言葉にぱちくりと瞬いてから沙耶は一度目を伏せて、息を吐く。
「……そうか、臨界稼働させてついに限界を迎えたのか……。
ま、それでもトールはトールだ、私の大事な宝に変わりはない。悪いな変なこと聞いて。さ、続きと行くか!」
宝物と言われれば少し照れてしまうが彼女に大事にされることは喜ばしくて。
心配を表情に出さず、沙耶はトールの手を引いた。油断すれば直ぐにでも顔に出てしまいそうになる。
(……臨界まで迎えさせたのはきっと私が弱いせいだ。
……あの時だけじゃない。本当は、トールはずっと無理していたんじゃないか? 私に、守ってもらいたかったのでは……?
私のせいだ。私が、無理をさせすぎたんだ……トールは私にとって心の拠り所だ。
……だったら、トールが頑張りすぎて疲れたなら……やる事はきっと、決まってる筈)
泣き出しそうなのを堪える沙耶の背中にトールは「沙耶さん」と声を掛けた。手を伸ばし、その掌を柔く握り混む。
「僕の事を心配してくれるのは嬉しいです。だけど無理に気負ってほしくはありません。
今回の件でもし沙耶さんが自分を頼りないと責めているのなら、それは違います。
僕は誰よりも沙耶さんを信頼している。隣にいると誰よりも安心できる。
どうか心配しないで。仲間の前で格好つけて出来た傷……勲章みたいなものです。 僕自身が戦えなくなったわけじゃない」
そっと泣き出しそうになった彼女の顔を覗き込んでからトールは微笑んだ。
「そんな悲しい顔をしないでください。今は涙よりも、笑顔の方が輝きますから」
●ビーチIII
「去年は水着を選ぶだけ選んで琉珂とは海でマトモに遊ぶ事が出来なかったもの。今年はバーンって沢山遊ぶわよ、琉珂っ!」
えいえいおーと拳を振り上げる朱華に琉珂も「思う存分楽しみましょうね!」と拳を振り上げた。
「……先の事はわからないけれど、気にし過ぎて今を楽しめないなんて損だものね。
さあ、海に入る前に軽く準備運動ね。って言うか琉珂って泳げたりしたかしら? 一応浮き輪だとかは持ってきておいたけど」
「……多分」
「た、多分って……」
経験があんまりないとぼそぼそという琉珂に「じゃあ浮き輪でぷかぷかしましょうよ」と朱華は誘った。
浮き輪で浮かびながら琉珂が流されていく様子を楽しげに眺めて朱華は「見て見て、魚」と指差した。
「去年も来たけれどここの海は本当に綺麗ね。何より危険な連中を気にしなくていいのが高得点よっ!」
「うんうん。ねえ、朱華。お腹が空いたわ! 次は何を食べようかしら?」
楽しげに走って行く琉珂たちを見送ってから芳は砂浜に埋もれていた。
「水に濡れちゃうのはそんにゃに好きじゃにゃいニャ~芳の自慢のフカフカもふもふの毛が、濡れちゃうとシオシオににゃっちゃうニャ……」
可愛らしい麦わら帽子を被っていた芳は短いおててで砂浜をざぶんざぶんと歩いて行く。
「ニャッハハハ! 今年のサマー芳は一味違うのニャ!」
遊んで楽しいボール!(かわいい) 乗り心地最高の浮き輪!(花柄かわいい)
芳にピッタリの麦わら帽子!(花飾りもキュート) そしてそれを装備するのは、最高に可愛い芳!!!!!(渾身のドヤ顔)
――そう、サマー芳はひと味違う。浮き輪の上ならばしおしおになることも(多分)ないのだ!
「これでこのビーチの視線は芳に釘付けなのニャ~~~~!
浮き輪でプカプカ浮かんで楽しみながら、この夏(にゃつ)のビーチをエンジョイなのニャ~!」
さあ、早速海へと――レッツゴー!
連日派手なことばかり起こっていても休暇も必要だ。ノアはシレンツィオの一件がもはや一年も前のことだと思えば懐かしも感じられた。
「時間が過ぎるものは速いものです。次の夏はどんなふうに暮らしているのかしら。平和な夏だといいのだけれど。
今年の夏は水着もたくさん買ってたけど……。
一着、ギフトのせいで台無しにしちゃったなぁ。ギフトをどうにかしないと私の平穏な生活が脅かされちゃうわ」
嘆息する。これからのことを思って息を吐いたノアの前を走り抜けていくのは氷の狼。小さな子犬だ。
「オディール、砂浜も海も全然知らないでしょ?
特に海はしょっぱいのよ、そしてすごく広いの私も初めて見た時はびっくりしたんだからって持ち上げて水平線を見せてあげるわ」
オデットはオディールと名付けた子犬を持ち上げて高い位置から海を見せてやる。足を動かす子犬は水に入ってみたかったのだろう。
「ほら、舐めてごらん? ふふふ、変な顔!」
しょっぱいと舌を見せるオディールに微笑みかけて、小さなオディールに併せて波打ち際で遊ぶ。次第に疲れてゆくオディールを抱き上げて、ゆっくりとビーチを歩む。
「あの海も一時は凍った場所も出たのだけど、オディールは知らないものね。
凍らせるよりも触れて楽しむことを覚えてくれたら、連れてきたかいもあるってものだわ」
陽射しを遮るパラソルの下で膝に乗せその背を撫でればオディールは気持ちよさそうに尾を揺らす。
「それはそれとして暑いから……冷たい風とか出せたりしない? もしできたら暑い夏でもすごくありがたい存在になれると思うのよね」
そんな素敵な申し出にオディールは尾をはたはたと揺らしていた。
少しばかり冷気を感じてから「ん?」と首を傾いだのはエマだった。
「海だー!水着で遊ぶなんて久しぶりですね!
イエーイ! みなさん楽しんでますかー! ……ひぃひぃ。慣れない! なれませんね! 海で遊ぶってどうすればいいんでしょうね」
さて、困ったと城を作っていてから思い出す。海と言えば顔だけ出して埋まるという『素敵なイベント』があった筈だ。
「他にはやはり海の家! なんだかおいしそうな食べ物! 焼きそば! かき氷! 焼きトウモロコシ!
うーん普段食べなさそうなものがきっとあるはず! いざっ! いざいざ!」
早速何か、素敵な食事を見付けるのだとエマはずんずんと歩き出した。
「しゅぺるちゃん、ほんとに来るのかしらぁ? こんなに陽射し強い海よぉ! 大丈夫かしら、倒れてたりしないのかしら!?」
メリーノはラッシュガードを着て、日焼対策はバッチリ。モチーフを活かしたおそろいの水着を彼にも是非見せなくてはならないのだ。
折角仕立てたのに本人に見て貰えないなんて寂しいことなのだから。メリーノはきょろきょろと周囲を見回した後「あら」と呟いた。
「しゅぺるちゃん?」
「……ああ」
「ほんとうに? そのキョロキョロ動いているのはお目々かしらぁ? 凄く近代的ねぇ」
つん、とメリーノが突いたのは周辺を見回しているカメラアイだった。シュペル本人は来ていない――けれど、予想外に『ロボ』が遣ってきたのだ。
「来ても良かったのよぉ? 水は冷たいし、心地良いわぁ! あ、けれど、ロボットちゃんは熱中症にはならないかしら?
ロボちゃんはアイスクリームは食べられないのかしら? しゅぺるちゃん、ねえ、しゅぺるちゃん」
「うるさい! 貴様がクソ煩いから海洋調査やらフィールドワークのついでにリモートしてやっているのだ! 光栄に咽び泣いてあと一カ月は塔に近付かないように!」
「ううん、ドーナツを持っていくわね」
「来るな!」
「塔で一人で夏を作るより、すごい日差しの中遊んだ記憶はきっと強烈に残るよお」
にんまりと微笑むメリーノにシュペルが叫び続ける。メリーノはくすりと笑った。ああ、だって、全知全能だって一人は寂し筈だから。
ロボットが休憩すると去った頃――
「やぁ! シュペル君! 君がこういう催しに参加するなんて珍しいじゃないか! ちょうどよかった! お礼だけ言いたかったんだ」
シュペルの姿を見付けてマリアが手を振った。本当にシュペル君なのかい? 見えているのかい? とこつこつと叩いてみるマリアに「煩い!」とシュペルが声を弾ませる。
「ふふ。……もしかするとこれで会うのが最後かもしれないからね。
本当にありがとう。君から貰った品は大事に使わせて貰うよ。
ヴァリューシャとデートも考えたんだけど、なんだか縁起が悪くてね。生きて帰ればいくらでもできることだし。
それに比べて君に挨拶なんて次いつできるか分かったもんじゃないよ!」
「……ふん、小生と会えたことを喜べばいい」
「ああ、そうだね!
そうだ! 空中庭園にいかないかい? ざんげ君のところに一緒に焼きそばでも持って行かないかい?
焼きそばと言わず美味しそうな物山盛り持って皆で食べようじゃないか! ほら! 行くよ! たまにはいいでしょ!!! 本体はどこ!?」
マリアに声を掛けられてシュペルは「暑いだろう!!! 我慢をしろ!!!」と声を荒げている。
「あらぁ、本体を引き摺り出しに行く?」
振り向いたマリアの前には何故かバールのようなモノを手にして微笑んでいるメリーノの姿があった。
「可愛いじゃん。お揃いだっけ?」
「はいなのだわ! 今年はココロさんと揃えてみたのだわ!!!」
一面に晴れ渡った空に、エメラルドグリーンの海。足元を熱く焦がすのは見事なばかりの白い砂浜。
海の色が空を映しているのだという言葉が本当なら、シレンツィオの空は文字通りの芸術と呼ぶ他はないのだろう。
「今日は遊ぶのだわ! だって、レオンさん来てくれたのだし!」
「そりゃあ、たまには来るよ。夏の海だもの」
「嘘なのだわ! レオンさんは毎年練達製のクーラーで引きこもっている系だったのだわ!」
「オマエに言われるなら逃げ道はねえな」
あっさりと白旗を挙げてみせたレオンに笑った華蓮は何時もよりずっと華やいでいた。
ビーチで水遊びに興じる彼女は彼女らしく可愛らしく――そして創造的な巫女風の水着に身を包んでいる。
「今日は精一杯水着と――海と! レオンさんとの時間を楽しんでいくのだわ!」
力強い宣言通りに腕をぶす彼女は、それでも実は。
(……それ位しか出来ないのだわ。
皆が遊んでいるビーチに連れ出して、私自身も思い切り笑顔で海を楽しんで……
私達の笑顔は、レオンさんのお陰なんだって伝えたい……
沢山の事がレオンさんのお陰で良い方向に変わっているのだって伝えたいのだわ)
『天真爛漫な笑顔程には何も感じていない訳ではない』。
『勘のいい一方(ドラマ)』が観察で気付いたとするのなら、華蓮は直感でそれを理解していた。
今日のレオンは何かがおかしいし、恐らくは私(或いは、達)にとって望ましくない意味で『荒れている』。
原因の特定は出来ないが、想像が出来るのは付き合い故だ。
だから、そう。何だ、恋する乙女としては「負けてられねえのだわよ!」ってなもんである!
「レオンさんに言うのは酷かも知れないけど!
今だけは私をしっかり見ていて欲しいのだわ!」
「『善処するよ』」
手を振ったレオンの応答は相変わらずで華蓮は頬を膨らめたけれど。
(一瞬でも良いからあなたの瞳と心に私だけが映る瞬間を。
今日それが出来なかったとしても、今日の笑顔がその時の為の積み重ねであって欲しいのだわ――)
――星(ステラ)に手を掛ける少女は自分が存外に『欲しがり』な事をもう自覚している。
●ビーチIV
「折角のバカンスだね! この前のお説教はなしだよ!」
にっこりと笑ったサクラは「ほらほら晴陽ちゃん! 泳ぎにいこうよ!」とその手をグイグイと引っ張った。
晴陽はそれなりに泳ぎ等も『嗜んでおりますが?』と口にする。サクラも故郷の湖などで水泳経験があり、苦手とはしていない。
けれども、海遊びで全力で泳ぐわけではない。水を楽しみ、その冷たさや波に揺らいで話すだけだ。
「サクラさん、少し休憩しませんか?」
「そうだね。んーー遊んだ遊んだ! 後でホテルに戻ったらお腹いっぱい美味しいもの食べたいなぁ」
パラソルの下へと戻ってからごろりとサクラは転がった。晴陽は飲み物を差し出して「余り冷やしてはなりませんよ」と甲斐甲斐しくその腹の上にタオルを掛ける。ああ、本当に『お姉ちゃん』のような人なのだ。
「……そういえば晴陽ちゃん、天川さんとはどうなの?」
「え」
晴陽が硬直した。熱烈な現場を目の当たりにしたのだから妹としては気になってしまうことは許して欲しい。
細かな話に深くは突っ込むことはないが揶揄うぐらいは許して欲しい。彼女は自身の事は二の次だったから。自分の幸せに向かってくれるならばそれだけで嬉しいのだ。
使命感で固まって、自分の事なんて指して興味も無さそうな顔をして居たその時から比べば随分と表情だって豊かになった。
「晴陽ちゃんが天川さんと結婚したら天川さんも私のお兄ちゃんみたいなものかぁ……中々悪くないね!」
「サクラさんも澄原にならねばなりませんね」
――本当に真顔だった。サクラは思わず笑ってから「養子かあ」と肩を竦める。
そんな他愛もない言葉を重ねていれば、気付けば疲労から眠気がやってくる。
「ごめん……晴陽ちゃん……ちょっと寝かせて……」
「……おやすみなさい」
そっとその傍らに腰掛けてぽん、ぽんと子供にするように撫でる。寝息を立てたサクラを見下ろしてから晴陽は一度目を伏せた。
水遊びをするのです。意気揚々とやってきたユリーカに飛呂は微笑みかける。
「その水着に合ってる」
「ふふん! 歴戦の情報屋としては夏のトレンドを外す訳にはいかないのですよ!」
似合っていますかと嬉しそうにターンをするユリーカに飛呂は頷いた。忙しない日々を送る彼女は『これも情報屋の嗜みなのです』とイベントにやってきてくれる自身と共に過ごしてくれるのが嬉しくて。赤い顔をする飛呂の頬は屹度太陽のせいなのだと誤魔化した。
「さあ、行くのですよ!」
水の中にザブザブと入っていくユリーカは一つばかり『忘れていた』。
彼女の曇天色の翼は小さいけれど、水を含めばそれなりの重さになる。泳ぎが得意かと言われれば、それ程でもない。
「あっぷ!」
「ユリーカさん!?」
勢い良く飛び込んでいったユリーカの背中は急激に重くなった。足が付かないと藻掻く様子に焦りはしたが実は足が付く場所だと気付いた時には面白くて。
「わ、笑ってないで助けるのです! 早くしないと間に合わなくなっても知らないのですよ!?」
「……浮き輪使う?」
「はあ、はあ……」
死ぬかと思ったのです。呟きながら顔を出したユリーカに飛呂は楽しげに笑いかけた。
笑っていられる。それだけで嬉しいのだ。今は満たされている腹も何時彼女を『美味しそうだ』と認識するかも分からない。
(――今は大丈夫だ)
ユリーカにとって、一番に楽しく喜びに溢れた経験になって欲しいから。今は、それも悟られないようにしていたい。
黒いオフショルダーのビキニに、心を弾ませたLilyはミーナを待っていた。
可愛らしい桃色を身に纏って「珍しいな」とミーナは彼女に声をかけた――と、行ってももしかすれば記憶が飛んでいるだけかも知れない。けれど。
「せっかくだから楽しまなきゃ損だね。…ところでLily? 日焼け止め塗った? 塗ってない?」
「クリーム……? わ、私は良いのです! クリーム自分で塗られ、にゃー!?」
勢い良く押し倒されてLilyは慌てた様に手脚を動かした。ミーナは唇を尖らせる。
「駄目でしょうに。肌白いんだから、下手に焼けたら後がヒリヒリして大変だよ? 私が塗ってあげるからほら、背中見せて」
「え、えっと……解りました……です。……ふつつか者ですが、宜しく、です? あぅあぅ……くすぐったいのですぅ……」
もだもだと身を揺らがせるLilyにミーナは「ちゃんとしなきゃなあ」と揶揄うように笑う。
「ミーナさんは……?」
「……私? 私はいいんだよ。焼けないから。生まれてこの方千年以上日に焼けたことないから。本当に」
そんな言葉を聞いたら、気になってしまう。サンオイルを塗れば、彼女はどうなるのか――そこから先は二人だけの秘密なのだ。
待ち合わせの時間だというのにと月色は唇を尖らせた。一体何処で油を売っているのだか。浮き輪を抱えて時間を確認している月色は「仕方が無い」と肩を竦めた。
一報の雪蝶は可愛らしい紫色のワンピースを着用して居た。シックな黒が大人っぽく、落ち着いたデザインだが手にした大きなスイカアイスの浮き輪が少しの隙を作っている。
「ふふ。月色気に入ってくれるかな? 可愛い、とか、似合ってる、とか言ってくれたらいいなあ。ええと、月色はどこで待ってるんだっけ?」
「あの、おねえさん」
突然声を掛けられて雪蝶はぱちくりと瞬いた。少しだけ泳いで、月色を驚かせようと思っていたのに。出て来たのはナンパ男だ。
ざぶざぶと海から脱出し、出来る限り足早に撒こうとするが彼等は着いてくる。
「……え? あー”俺”待ち合わせしてる人がいるんで。あと、ナンパなら女の子にやった方がいいですよ。
まあ、男と女も見分けられないようなアンタらじゃ成功しないと思うけど。
……いや、だから”俺”は男だし待ち合わせもしてるって言ってるんだけど!!」
引く気配のない男達に困惑しながらも雪蝶は「折角の月色とのデートが!」と叫びそうにもなっていた。
「――連れに何か用か?」
ふと、聞き慣れた声と力強く引き寄せられたことに気付いて雪蝶は「月色!」とその名を呼んだ。
慌てて逃げていくナンパ男達にあっかんべえを見せた雪蝶は「怒ってる?」と恐る恐ると問い掛ける。
「雪蝶よ、その姿は愛らしいが……あまり他の男に見せ付けるな。怒ってはいない。ただ……あいつらが気に食わなかっただけだ」
こうして夏を共に過ごすのは何度目だろうか。気付けば『夫婦』となって、ウィリアムとエトの間にも変化があった。
(去年、一昨年は浴衣だったけど、今年は水着でのデートを御所望らしい。しかし、あいつ、ここ一年で……いや、考えないでおこう)
――なんて、『夫の特権』を頭に過らせたウィリアムはエトの姿を認めてから手を振った。
折角お揃いで仕立てたのだから一緒に出掛けたかった。ナンパされない御守だってあるのだもの。この夜色と星空の水着も、柔らかな青が心地良い。
「ウィルくん」
「――エト」
思わずウィリアムは上着の前を閉めようと、エトの上着を引き寄せた。
「んなっ、ちょっと! もー! 折角前開けてたのに、暑くなっちゃうでしょ!」
「だって――他の奴に見せたくなくて」
「……。ウィルくんのことだって、わたしも見せたくないんだから! わがままを言うならわたしのだって叶えてくれないと。ね?」
拗ねたように見上げたエトにウィリアムは肩を竦めてから「一緒に飲もうぜ」とドリンクを差し出した。
嗚呼、流石は『旦那さん』なのだ。差し出されたドリンクはしっかりとエトの好みを理解していて。膨れていた頬だってすぐに元の通り。
お互いに片手にドリンクを、空いた手は重ねて握り締めて離れないように。
「どこへ行こう?」
「ウィルくんは、何がしたい?」
何度だって、どこにいく、なにをすると言葉を重ねていくだろう。それがかけがえのない時間だから、どうしようもないほどに愛おしい。
夏がやってきた。いつも以上に暑いからこそ、海水が冷たくて心地良い。
喉は渇いてしまうからと一頻り遊んだ後セレナはくるりと振り返った。折角だからマリエッタと飲み物を選びに行きたい。
「マリエ――」
ぴたり、とセレナは止った。視線の先にはマリエッタとは決して呼べない『マリエッタ』が何故かサーフィンをしている。
日陰でくつろぐのもいいけれど、折角の機会だからと思う存分に遊ぶのだと魔力で色々と補って飛行も応用した結果、波を乗りこなしているのである。
「夏、海、水着。そう、こんなに解放的ならアタシの時間があってもいいわよねぇ?」
「いえあの……もういいです、そういう事にしましょう……暴れないでくれれば」
マリエッタの内部に存在する死血の魔女(マリエッタ)は楽しげに笑っている。相変わらずの死血の魔女は波を乗りこなし、セレナの視線に気付いた。
「ねえ、何してるの? マリエッタは!?」
「あら、セレナ。何か飲み物でも持ってきてくれた?」
「ちがっ、これはあなたの為じゃ……! ううん、でも、ある意味そうなるのかしら……」
マリエッタはマリエッタだ。困惑しながらもセレナがまごつけばマリエッタの唇がつい、と吊り上がる。
「それともついてくる? ……どちらにせよ何か、ご褒美を上げようかしら」
「わ、……わたし、あなたの事をまだ何も知らないままだわ。
御褒美って言うなら、今度で良いから……あなたの事、マリエッタの事、教えて欲しいの。どこまでだってついていくんだから」
「獅子若、水着に合ってるねえ。楽しそうで何よりだ」
柔らかな笑みを浮かべたアレンは日を避ける白いフードを僅かに押し上げて獅子若丸を見遣った。
「夏であるな。剣聖も海には浮かれるというもの。剣は自室に置いてきた。
アレン殿も水着がよく似合っている。しかし露出が少ないが、暑くはないのである? まあ、毛皮の吾が言うことではないが」
「僕そんなに暑そう?いや、暑いけど、日焼けすると皮膚が痛くなるから……」
肩を竦めたアレンにそういう事もあるのだろうと獅子若丸は頷いた。夏らしい赤い水泳パンツは毛皮であろうとも涼しげだ。
「あ、釣り具持ってきたの? 僕滅多に釣りしないんだけど、折角だからやってみたいな。釣りのコツとか教えてくれる?」
彼の持っていた釣り具にアレンはぱちくりと瞬いた。勿論だと頷き、共に海釣りの許可されたエリアへと向かう。
魚を待っている間はぼんやりとした待ちぼうけの時間だがそれもまた一興だ。
「露出の少ない格好ゆえ、熱中症に気をつけるであるよ」
塩タブレットと飲み物を手渡され、アレンは「うーん中々釣れないなあ。僕が下手なのか魚に嫌われているのか……。食べる分には好きなんだけどね、魚」と呟いた。
「ふむ。釣れたらリゾートでバーベキューセットでも借りて焼くとするか」
「バーベキューいいね。自分で釣った魚を焼きたいところだけど、獅子若に釣ってもらうことになりそうだよ」
それならばアレンの分も、と意気込んだ獅子若丸にアレンはふと、思い出す。
「獅子若はこの夏どう過ごす予定なの?」
「この夏の予定であるか? そうさな……暇さえあれば剣の修業ばかりだが、たまには海や川で涼を取るのも良いかもしれぬ。
せっかく水着も新調したことだしな。アレンは?」
「僕はそうだなあ、家でのんびりするかなあ。あとは友達と遊んで、かな」
この夏も、心ゆくまで楽しむことを願うのだ。
●ホテルステイ
「高級ホテルといえばカジノルームがあるものですわ!
セレブな真紅のドレスに身を包み、気前よくチップを賭けてゆく……これに優る贅沢がございまして?」
堂々たるテレジアの傍にはフラーゴラが居た。
あらすじ――いつかの日、テレジアといったカジノではフラーゴラがポーカーで儲けたチップをテレジアが倍にするとこれまた『素晴らしい』投資のお話をしてくれたのだ。だが、それは叶わず残念ながら二人でバニーガールとなって働く羽目になったのだが。
「……そういえば前回は、『勝とうと思えば負ける』という心得を忘れていた気が致しますわ……。
『賭け金で楽しい時間を買う』くらいのつもりでベットするのが一番良いんですわ? つまり……そうすれば勝率も上がるというもの!」
テレジアの呟きにフラーゴラははっとした表情をしてから頷いた。
「そっかその時の分も取り返せばプラマイゼロだね。フラッシュ! フォーカード! えいえいっ。
ほらほらチップどんどん増えてるテレジアさんやったねえ! にこにこ」
「わたくしもしますわー!」
赤いドレスで髪を纏め上げたフラーゴラの傍で、同じくセレブ・テレジアは楽しげにそのチップを横流しし――
「……だったはずですのにおかしいですわ!! これだけ使っていてどうして勝たせて貰えないんですの???
まあ、このお金は皆様にお借りした分と勝手に拝借した分ですからわたくしの懐はちっとも……。
って、どなたかしらわたくしの肩に手を乗せるのは……あーれー!」
「えっ!? あっ、ああっ、あ〜〜〜〜〜えーーーーーまたチップなくなっちゃった……えーーーまたバニーガール……ぴいいい!?」
こうして二人の夜は更けていく――果たして勝利する事はあるのであろうか……。
商会員への慰労を兼ねて遣ってきたというラダはつんと唇を尖らせた。
「今夜は商会長以外で親睦会だと。それはいいんだけど……一人飯って苦手なんだよな。だからルナがいてくれて助かった」
レトロな浴衣を洋装に着こなしていたラダへと此方も洋装の着こなしでストールを手にしたルナが頷いた。
「元々こっちは年中暇人だ。ラダのお相手なら大歓迎さ」
「お互い浴衣だし天衣永雅堂ホテルに食べに行こう。豊穣料理や酒はラサだとまだ珍しいし楽しみだ」
「いいな。お互い浴衣だ。豊穣風にいくか」
――と思って居たが冷酒は味が良くて飲みやすい。成人して二年も経ったのかと酒を呷るラダを見ていたが「気をつけろよ、こいつぁ軽そうだが後から来るぞ」と揶揄った。
「でも錫の酒器は見目も良いし……大丈夫だ、飲みすぎない。分かってるよ」
「戦場じゃ気に入らなきゃ撃ち殺せても、酒の席じゃそうはいかねぇだろ。鏡見ろ器量良し。食い物にされねぇように気をつけろよ」
酔っているのかとラダはルナを見た。正面から斯うして言ってくるような相手だっただろうか。
いや、聞き流していたのだろうかとラダがルナをまじまじと見る。
ルナはラダと女性としてみているがそれを隠してはいない。だからといって同じ気持を抱けとも思ってはいないのだ。
「……大人になるとよ。身内にゃ吐き出せねぇこともでてくるだろ。そんときゃ、呼べよ。ラダ。
おまえは俺に世話になったっていうがよ。俺も、おまえに救われてんだよ。ありがとよ」
「……――」
ああ、本当に。こんなに真っ直ぐに言葉をかけてくるような相手だったかとラダは面食らったまま盃をもう一度呷った。
「今日着ていたのは今まで見せたことのあるやつで、明日着るのは新作ですよ。
一番に見せて感想を聞いておきませんと。ええ。またぞろ強い奴の尻をホイホイ追いかけられてはなりませんからね」
ふんと鼻を鳴らしたエッダはホテルの部屋で新たに用意した水着を着用して見せた。シンsナクだという水着を要し居て『褒めて』な顔をするのだ。
(……元からそれ程怒ってはいないのだが)
ちくちくと刺すのは期待しているのだ。エッダはそろそろ自身の『あるじ様』が誰なのか分からせてくれたっていいだろうとちくり、と刺す
(隷属したいわけでも、屈服したいわけでもないが。やっぱり、ねえ。私ばかり求めるのではフェアじゃないですよね)
エッダは「きっちりお褒め頂くか、お叱り頂かないと私は引き下がりませんよ」と真っ向からヴェルスを眺めた。
ヴェルスは『これだから女ってのは苦手なんだよなあ』という言葉を飲み込んでから下手くそに褒めた。下手くそだ。繊細な女性の扱いをこの男が得意とするわけがない。それらしくない彼女を好ましく思って居たが、最近の彼女はどうやら違うらしい。
(しかしなあ)
――嫌ではない。嫌ではないが、面倒さいけれど彼女は気に入っている。最近調子に乗っている気がするのもまあ、良くないとエッダの顎を持ち上げた。
「まあ、この辺もう割と自業自得じゃん?」
「……ええ、私から望んだのですから。どんな扱いでも喜んで。ご主人様」
勢い良くベッドへと放り投げられてからエッダはまじまじと彼を眺めた。
(……うーん。思えば、私の好きになる人って、どれもあまり王子様じゃないんですよね。自分の芯を持っていると言えば、そうですけど)
内心でそう思った。彼は大きな犬か猫のようだ。豪放磊落なようで居て、存外他者の目も気にする。それは皇帝として、だろうが。
似たもの同士だ。胸に抱える憤怒だって、きっと。だからこそ、もっともっと強くならないと。
彼が孤独にならないように。
「何だ?」
「いいえ」
顔を見詰めながらエッダはそんなことばかりを考えて居た。
二人でゆっくりとするのは久しぶりだ。星穹は「ヴェルグリーズ」と呼んだ。
どうしたって子供が二人も居ると毎日が戦場めいているのだ。だからこそ、穏やかな休暇は久々なのだ。
「ゆっくり映画のDVDでも見ようか。スクリーンを貸しだして貰えたし、何にする?」
「ヴェルグリーズにおまかせしても?」
ならばとヴェルグリーズが用意したのは海の魚や動物を取り上げた物にした。和やかな動物たちや魚の暮らしを取り上げたモノだが、緊迫したシーンもある。
それをルームサービスの軽食や酒をおともに眺めるのだ。ごろごろとだらけながら花火まで過ごすのは贅沢だ。
子ども達の前では余り飲めないお酒だと星穹はどこか気分を高揚させてグラスを手にしていた。
(――あ)
緊迫したシーンではらはらとした星穹の雰囲気に、そっと手を重ねる。母として重なるところがあったのだろう。そんな彼女の掌に重ねた指先で熱が混ざり合う。
心地よさに安心した星穹は「ありがとう」と囁いた。二人で肩を寄せ合って眺めるムービーは山あり谷あり、見ているだけでも心が躍る。
「でも、これを見ていると子供達とも水族館に行きたくなるね。ぬいぐるみや帽子をかぶった子供たちは可愛いだろうなぁ」
「ふふ、そうですね……なんだかあの子達に会いたくなってしまいました」
星穹が囁けば――外で花火の音がした。はっと顔を上げてヴェルグリーズは「星穹、こっちへ」とバルコニーへと彼女を誘って。
「今年はキミから色々と大切なものを貰ったけれどこの指輪は特別だね。
これを付けている時はいつだって俺の手をキミが握ってくれていると感じるよ。いつも側にいてくれてありがとう、俺の大事な相棒」
花火の音がする。見上げる星穹の眸覗き込んでから、ヴェルグリーズはそっと口づけを――
「縁さん、もしかしてやのうても、緊張してはる? まぁ、いつもの事やろか」
光が落ちて行く。夜空を飾った淡い気配に蜻蛉が揶揄うように笑みを浮かべた。広縁に腰掛けて酒器を手にした縁はゆるゆると肩を竦める。
「……わざわざ言わんでくれや。仕方ねぇだろ、慣れてねぇんだから」
くすりと笑った蜻蛉に縁は苦い顔をした。彼女の右手に光った指輪も、変わらず花火を見ていても変わってしまった関係性。
何かが変わったわけではなくて、何も変わってない何時も通りでも関係性に名前が付けば、どうにも変化を感じるのだ。
何も言わず、傍らにあった背中が『考えてくれている』事が何よりも愛おしい。
海の上での方角を見失ったような、何とも言えない顔をした彼に蜻蛉は可笑しくなって笑った。
「もう。ほら、そないに静かになられたら困ります」
花火の音に紛れて漏した本音は、不意に頬に触れた温もりに遮られた。
慌てて取りこぼしかけた酒器を拾えば、悪戯めいた笑みが降り注ぐ。
「こっち向いて」
出会ってからずっと、何処にも行かないと約束したのに――破ってばっかりの狡い人。
「……いいかい? 嬢ちゃん」
その眸に映る色彩に、その色の全てに、縁は問うた。
「……聞かなくても、ええのに。縁さんこそ、ええの?」
嗚呼、お互い様だ。ゆっくりと、唇を近づけた。
不器用に重ねる。待ち侘びたこの瞬間に、眸を閉じる前に見た景色は――ああ、ほら、貴方の色だった。なんて、綺麗な蒼い色だろう。
「お前、本当に面白い女だよな?」
頬杖を付いたままディルクはそう言った。ラサからは基本出てこない彼ではあるが『小娘』が行こうと誘うからこそやってきた。
そんな口ぶりのディルクに待ってましたと言わんばかりにエルスは胸を張る。
「ホテルを希望したので念の為! 念の為、ですがっ。人が多い場所に行ったら……他の女性の元へ行ってしまうと思って!
今夜ぐらいは……2人きりと思っただけです、本当なんですからっ」
「まあ、お嬢ちゃんだからな」
そんな『大人な』事なんかない言い訳染みた彼女に揶揄うように笑ったディルクへとエルスはむっと唇を尖らせた。
「コホン! あとはルームサービスも用意して下さるようですし
それに部屋から花火も見れますから? ……何ですか、あなたが余所見ばかりだからでしょうっ!」
「いいや?」
「も、もう!」
エルスがむっと唇を尖らせた。花火を見て、酒を飲んで。そうやってディルクは彼女の姿を観察し続ける。
勝手に赤くなったり蒼くなったり、まあ、表情が良く変わる娘なのだ。
「言いたい事があるなら言えばいいだろ」
「……最近あなたの行動について、ぼんやり考えます。こうして2人きりで会って下さるのも1つの甘やかし、なのかな、とか……。
いえ、ちゃんと調子は乗りませんとも。でもちょっとだけって思う事はあります……ヘンテコなゲームをした影響でしょうかね? なんて」
「んで?」
面倒くさい女にはなりたくないし、逃げられたくもないけれど、いろいろと考えてしまうのだ。特別な呼称って良いな――とか。
影響を受けちゃったのだ。変なスイッチが入ったのかも知れない。けれど、もう。
「例えばそう……ディルク様って以外で呼んでもいいか、とか。いえ、これも私が勝手に呼んでるだけですけれどディル……、とか……」
「今更。こっちはお前の黒子の位置まで知ってんのに。
好きにしなよ。趣味で言うなら『様』も悪くはねえけどな」
「さて、私はどうしようか」
悩ましげであった汰磨羈はなじみが食事にホテルに帰ってきたことに気付き、猫の姿でてこてこと歩いて行った。
久々に猫らしくやってきたのだ。彼女達はまだ楽しく遊ぶのであろうが傍で眠たげな『猫鬼』――あざみに声を掛ける。
「もし暇なら、天衣永雅堂ホテルの涼しい部屋で一緒にごろごろして過ごさないか? 美味い猫用おやつとかも用意するぞ。どうだ?」
「なじみが食事の間だけならいいよ」
くあと欠伸を漏したあざみが「行ってくるね」となじみに手を振った。それ程遠くは離れられないのだろうが敷地内程度なら一緒に居られるのだろう。
部屋に着いてから汰磨羈は「あざみ」と毛繕いをしてやる。猫の姿をした夜妖は「たまきちにもする?」と問うた。
「ああ、……御主に人の姿を与える事は叶わなかったが。こうして、共に猫らしく過ごせる事は嬉しく思うよ」
「本来のわたしなのかもね」
あざみはそう呟いてから尾をゆらゆらと揺らしていた。眠たくなってきた。花火の音が聞こえてくる。
眠る小さな猫を眺めながら汰磨羈もそっと傍に寄り添った。ずっと斯うして過ごせる日々が続きますように――
●アクエリア・マリンレジャーI
「いやあ、いい天気ですからねえ」
湿度が低く適度に風があるリゾート気候とはいえ、忌み嫌う炎天下で似合いもしないアクティビティに励ませる存在は多くはあるまい。
溜息を吐いたレオンを横目にそれを承知のドラマは「アクエリア宝石洞は大変立派なものらしいですよ」と少しばかり誇らしい顔をした。
専用の小舟に乗って入場する洞窟は潮の満ち引きで入り口が閉ざされる『時間限定』だ。
リクエストに応えて用意した黒いビキニにシャツを羽織った彼女はだから当然この位の我儘を躊躇しない。
「わあ――」
――果たして。ドラマの『宝石のような瞳』は本物にも負けない位の輝きを散らせる事になっていた。
宝石の洞窟は成る程、他所では見られない素晴らしい自然の芸術だ。
「レオン君、あっちも見て下さい!」
知的好奇心とロマンチックと、あと色々を刺激されたドラマが珍しくはしゃいでいる。
一方で「はいはい」と応じるレオンの様子は何時もと何も変わらなかったが、
「……レオン君」
多くの人間が指摘する通り、彼女はレオンと付き合うには少しばかり頭も勘も良すぎるのだ。
「……………何か悩み事、ですか?」
「どうして?」
「……何処か、心ここにあらずと言うか……何か、考え事をしているような気がして……」
息を呑んだドラマにレオンは薄く笑う。
「そんな事ないって。楽しいし、まぁ気楽なギルドマスター稼業なもんでね」
何も気にしなければ幸福なままなのに。
それは幸せばかりに満ちた思い出で終われる筈だろうに――
『騙される』のを認められない少女は忘れた頃に現れるものなのだろう。
「そんな顔するなよ。嘘じゃないよ。悩み事と言えば――」
小舟の上で身を乗り出したレオンに思わずドラマの身体が強張った。
ふしくれの指先で触れられれば肌が熱い。何せ今日は『とんでもない軽装』なのだから!
――ザブンッ!
操船から意識を外れたドラマは煽られた波から大量の水を被っていた。
白いシャツが肌に張り付き、その下の黒い影を際立たせている。
「……」
「……………」
「そう、それ。すっごいいい恰好してるから、今夜どうやって脱がせてやろうかと思ってさ」
(この男は……!!!)
頬を赤くしたドラマが内心で舌を打ったのは『露骨な誘いをしたからではない』。
そんなものは素直に言ってくれれば一も二もなく頷くのだ。問題等始めからないのだ。
問題は――
(……今のは全然本気じゃありませんでしたよね)
――この所、割合『本気』になった彼が明らかに誤魔化した事の方だ。
――踊り疲れて倒れないようにね?
耳の奥に残る知らない女の厭な言葉を思い出す。
『過去の演目(ジゼル)』なんて、自分には何一つ関係がない筈なのに。
アクエリア宝石洞は、光が反射し合い万華鏡のように色鮮やかな光景を見せてくれる。
「洞窟とか、冒険心が刺激されるね」
小舟に乗って二人、ハリエットはギルオスへとそう言った。指先を水面へと近づけてつん、と突く。
「洞窟かぁ。そうだねぇ、中々こういう所に訪れる機会もない」
その様子を眺めて眼を細めたギルオスと一瞥してからハリエットは感心したように眺めて居た。普段はスーツなど着込むことの多い彼が水着姿になれば鍛えていることが良く分かる。戦闘に巻込まれる可能性を考えてのことならば、素直にその姿勢に好感を覚えるのだ。
「ハリエット?」
「ううん。子供って毎日が冒険で。そんな毎日の積み重ねを経て大人になるって聞いたのを、なんとなく思い出したよ」
子供の頃か、とギルオスは呟いた。ハリエットの幼少期はとてもじゃないけれど口には出来ないけれど。
「ハハハ……確かに子供の頃は何もかもが新鮮だった」
ギルオスはふと、思い出す。見る者全てに興味を抱く時代だ。最も、彼は世界の景色に余裕を見れるような生き方はしてきていない。
あの世界は戦乱が続いていた。退廃的であった訳ではなくとも、陰鬱とした気配は拭えやしない。
――明日の見えぬ世界で、今を見る価値を知ったのはもっと青年になってからで……。
耳を傾けていたハリエットに気付いてからギルオスは「あまり暗い話をしても仕方ないか」と微笑んだ。
「ううん、ありがとう。……あ、満て。……綺麗」
その横顔を、ギルオスは眺めて居る。もう少し此処に居ようと誘う声音が少しばかり弾んでいる。
今は過去よりも、未来を思えば良い。彼女との思い出を紡ぐのだ。
貴重な一時を――安らぐ一時を……。その一瞬一瞬を目に焼き付けて。
「海にピカピカの洞窟あるのにゃ?」
「ああ、そうだよ。ちぐさは舟は大丈夫かい?」
シックな黒を基調とした水着を着用して居たショウとは対照的に、鮮やかな夏色に身を包むちぐさは尾を揺らがせた。
「大丈夫にゃ! お舟にも乗れるみたいだし、行ってみたいのにゃ! ……ショウ、舟ってどうやって動くのにゃ?」
「ああ、このオールというのを漕ぐんだ。オレも乗るから重たくなるけど」
「ふむふむにゃ……あ! 大丈夫にゃ! 僕がやるのにゃ!」
任せて欲しいと小さな体で一生懸命に舟を漕いで洞窟を目指す。それまでの道中も、ワイバーンのアクティビテイィに聳え立った山に。
「わあ。こう言う景色、元の世界にいた時にテレビで見たことあるのにゃ。
でも、混沌(こっち)に来てからは僕の目で色んな景色とか不思議なモノを見たのにゃ。
こういう経験って大切なのかにゃ? 情報屋になるのに必要そうなのにゃ!」
「ああ、そうだよ。何だって見ておくことが大事だからね」
ショウは嬉しそうに笑ってちぐさに大きく頷いた。そうやって様々な物を見て目を輝かせる彼を思えばこそ、喜ばしいものがある。
子供ではないが、幼子のような雰囲気の彼が未来に目を向けて一歩ずつ進んでいるのだ。
「漕ぐのを代わるよ。ほら――見てご覧?」
「わー……わあ、ショウも見て見て! キラキラピカピカなのにゃ!
この洞窟、なんで光ってるのかにゃ? 触ったら神秘攻撃力とか上がらないかにゃ」
そろそろと水面に手を伸ばしたちぐさはバランスを崩して体ごと水の中へ――「にゃ!?」
「ちぐさ」
ショウが身を乗り出して片腕で小さなちぐさの体を支えた。前のめりになったままちぐさは「ふ、ふにゃ……」声を漏す。
「落っこちるかと思ったのにゃ……! ショウ、心配かけてごめんにゃ。
水着だから濡れていいけど、イヤリング失くしたら大変だからショウが引っ張ってくれて助かったのにゃ!」
「落ちたらどうなるかわからないからね? それに――ほら」
アクセサリーも何処かに旅立ってしまうかも知れないと揶揄う言葉にちぐさははっと胸元を押さえた。
「そ、そうにゃ! プールでイヤリング外してたのも泳いでて失くすのイヤだったからにゃ。
ホントは外したくなかったけど宝物を失くすのは絶対イヤなのにゃ」
宝石の仲間入りをしてしまうのは駄目なのだと首をふるふるとちぐさは振ったのだった。
「今日は何を取材しに行くのかしら? それと――」
にこにこと微笑んでいるフランツェルにクロバは「はいはい」と手をひらひらと揺らした。
「……対価は要求されなくても解ってるよ、あとで好きなだけ買い物とか協力させていただきますから!」
「それはどうも!」
クロバはリュミエとファルカウへの土産話のために各地を取材して回っている。折角だからこそ、ファルカウの巫女であるリュミエに夏らしい風景や水の質感、温度をダイレクトに伝えたいのだ。
深緑には海と言う海はない。海に関する文化も然程メジャーではなく長く生きてきたリュミエにとってもそれ程詳しいモノではないだろう。
「折角外界を開いたからには他の世界の良いところはきっちり抑えておきたいしな。
勿論元々の文化も大事にはするが。少なくとも世界を廻れるんだ、機会は大事にしないとな……何だ?」
「良い心がけで!」
フランツェルはにんまりと微笑んだ。その悪戯めいた笑顔には『リュミエ様も喜びますわあ』と書いてある。魔女という存在はどうにも悪い笑顔を浮かべるモノが多くて困るのだ。
「お手紙書く?」
「あ、ああ。『久しく土産話を提供できなくて悪かったな。あまり顔も出せてなかったが……まぁ、なんだ、夏らしくリゾートというものを見せたいと思ってな。灰霊樹を通して色々と取材したので楽しんでくれ』と――」
本来ならば顔を見せに行け、とフランツェルも言いたいのだろうが事情があるのだから仕方が無い。
烙印の関係による後遺症を受けたせいだろうか。ファルカウ周辺に漂う神秘の力には少々弱く感じてしまうのだ。
「まあ、だから、折角だから使えるものは使うのさ。今日はありがとうなフランツェル」
「ええ。取材はとことん付き合いますとも。なんたって――」
「対価だろ?」
現金な魔女に捕まってしまったとクロバは肩を竦めたのであった。
「ひよのさんと海だーっ! ……っていうのも勿論魅力的だけど、今年は先ずはこっちにゴーだよっ!」
ワイバーン・アクティビティ! と花丸が「じゃーん」と見せたのはアクエリアで経験できるアクティ備置であった。
「えへへ、ひよのさんをお空の旅にご招待ってね!
アッチじゃこういった感じで風を感じながら空を飛ぶ……なんて滅多にないだろうし、どうかな?」
「突拍子もなくて驚きましたが……ええ、やってみましょう。空を自由に飛んでみたかったのですよね」
俄然やる気のひよのに花丸はにんまりと笑った。手を引いて、ワイバーンの背中へと飛び乗った。慣れた様子の花丸に着いていくひよのはやや緊張しているだろうか。
「ひよのさん大丈夫? 怖くない?」
「花丸さんは?」
「私は大丈夫だよっ! 自分のワイバーンだっているし……ハナマルブラックって言って可愛い子なんだ!」
「ハナマルブラック……」
強いのか弱いのか、ひよのが何処か不思議そうな声を出せば花丸は小さく笑ってから声を潜めた。
「――ねっ、ひよのさん」
「はい?」
「……やっぱりやめた。えへへ、内緒ー!」
もう、とひよのが花丸にぎゅっとしがみ付いた。落ちないようにと怖れるような彼女を背に、花丸は飲み込んだ言葉を反芻する。
――私達、これからも一緒に居られるよね?
そんな言葉は戦いに出て絶対に無事だという保証がない以上言うべきじゃない。花丸の知らないひよのの秘密だって有る。
(……けど、何があったってひよのさんが困ってるなら必ず助けてみせるから)
決意を新たにした花丸に「どうしました?」とひよのが声を掛けた。首を振った花丸は「ううん、じゃあ、ひよのさん。この後何処に行こうか」と微笑んで。
●アクエリア・マリンレジャーII
(メープルが喜ぶかなと思って、マリンレジャーに来たけど、上手くダイビングできるかな? ……まあ、なるようになれだな)
サイズは悩ましげにメープルを見た。メープルはと言えば彼が好きだろうと考えて購入した可愛らしい水着を着用して居た。
「上手く泳げるってわけじゃぁないけど今回は水の中でも息できるんだよね?
じゃあ大丈夫さ、サイズが私のためにはりきってるところを見るのが何より好きだしね!」
にんまりと悪戯めいて笑ったメープルに「頑張るよ」とサイズは頷いた。装備に防水加工を施して、やる気は十分――となった時。
「まあ、強いて何かいうならこの水着がズレやすいって事かな?海の中でうっかりずれちゃうかもねえ?」
「なっ――」
「……冗談だって、だから焦って溺れたりすんじゃないよ? 翅をこう、いい感じに畳んで潜れば抵抗もなくていけるからさ、ね?」
何時だって揶揄い上手な妻にサイズは何処かぎこちない顔をするのだ。
夏の思い出としてカメラを手にして撮影したいと口にしただけで「えっち」と揶揄うのだから――ああけれど、夏らしい君も留めておきたい。
慣れない海の中で泳げないなりにも必死に鮮やかな海色を撮影し続ける。
そんな『旦那様』の額へとメープルは口付けた。
「随分と頑張ってくれたみたいじゃん? ちゃんと見てたよ……これはごほーび、だよ」
「マリンレジャーだっていうのだし、折角だから今年しつらえた水着を着て行きましょう。スクール水着とやらじゃない方でね」
どうかしら、とルチアは微笑んだ。シンプルな紺色が彼女に良く映える。そうそれだけはいいのだ。
けれど――
「ところで鏡禍、随分と可愛らしい恰好をしているみたいだけれど、それは私に着てほしくて試着でもしたのかしら?」
「なぜウェディング水着……いえ、これはルチアさんのためのお試しですから!」
「そういう事なら、今度着てあげてもいいわよ」
「えっ!?」
もじもじとしていた鏡禍は二つ返事で了承してくれたルチアに目を瞠った。ふんわりと揺らぐヴェールに愛らしいウエディングドレスを思わせる水着。
着用してくれるとの言葉一つで喜ばしい――けれど。
「バンジージャンプするんですか? この格好で?!」
「ええ。ここまで来たのだからバンジージャンプはしておくべきよね? 私先に飛ぶから、後から来るのよ? 行ってくるわね」
さらっと飛び降りた。
驚く程に、あっさりと――鏡禍は上から覗き込みながら「勇気ありますねえ」と見下ろしている。
実のところ鏡禍は絶叫系が大の苦手な妖怪なのだ。見詰めている鏡禍に「こっちよ」とルチアは何度も声を掛けるが――
「……いつまでグズグズしているの。ほら、早く」
「え? わ、ルチアさんまた来たんですか?
って押さないでください、落ちますから、落ちちゃいますからぁあああああああああ!!?」
見事に落とされた。鏡禍の叫び声だけが木霊していく――
「今日はパルスちゃんと海で一緒に遊ぶ日! この日のために下調べもばっちりだよ! うぅ、でもなんだか緊張してきちゃった……」
――そう! 炎堂 焔はパルスの強火ファンである。しかし、今日はファンミーティングではない。
『お友達』としてパルスと会うのだから大好きなアイドルと出会うのだと考えて緊張していては彼女にも悪い。
(リラックスリラックス……よし!)
すう、と息を吐いた焔を影から見ていたパルスはからからと可笑しそうに笑う。
ああ、焔ちゃんって面白いなあ。いつだって緊張して、ああやって百面相で。
「焔ちゃん!」
パルスに手を引かれて遣ってきたエリスも「こんにちは」と礼儀正しく頭を下げる。
「あっ! パルスちゃん! こっちこっち! あっ、エリスちゃんも来てくれたんだ!
何して遊ぼうか、この辺りは遊べるところがいっぱいあるから迷っちゃうよね!
向こうでね、ダイビングが出来るんだって!鉄帝じゃなかなか出来ないだろうし、皆でやってみよう!」
綺麗なサンゴや魚を見られるかもと提案すればパルスは「エリスは泳げる?」と問うた。
精霊女王は「経験はありませんが、大丈夫でしょう」とやる気に満ち溢れている。
「ボクは泳ぐのは苦手だけど、毎年ちょっとずつは上達してるし、大丈夫なはず! パルスちゃんは?」
「ボクに不可能はないよ!」
なんて、からからと笑う彼女は今日だって眩しかったのだ。
「じゃーん、イルちゃん。今日は普段出来ない事をするよ! と、言う事で!」
スティアがイルを誘ったのは小さな小舟。マリンレジャーを楽しみながら、宝石の煌めきを眺めるのは実に『大人っぽい』
「ふふふ。少し大人になった私達に丁度良いに違いないスポットだよ! 名前からして綺麗な洞窟のような気がするから楽しみだね~」
「ああ。屹度スティアに良く似合うよ」
「イルちゃんにもね?」
顔を見合わせて楽しげに笑ったスティアとイル。はた、と『少し大人になった』筈のスティアが呟いた。
「所で、ここで泳いだりすると怒られるのかな? あっても良さそうな気がするけど……」
「多分、だが……ほら、こんなにも美しい場所で泳ぐと景観を害するのでは……」
煌めく宝石達を傷付ける可能性がと呟いたイルに「成程ー!」とスティアは頷いた。
ならば、泳ぐのはこの後でのお楽しみ。海の中をゆっくりと冒険出来るダイビングにもチャレンジするのだ。
「スティア」
「どうしたの?」
「私達、遊んでるときは多分すっごく、めちゃくちゃ、子供ぽいぞ」
「……!? ががーん!」
驚いたスティアは気を取り直して――「それでもいいや」と朗らかに笑って見せた。
「フラヴィアちゃん見て、すごく綺麗だね。いろんな形の宝石がある。こんなに大きいの見た事無いや。フラヴィアちゃんは旅先であったりするのかな?」
ぷかぷかと浮かぶ小舟が緩やかに進んでいく。太陽光を眩しさを遮るように覆い被さった洞穴は一瞬その視界を暗くする。
直ぐにその双眸に入り込んだのは宝石の鮮やかさであった。
「すごくきれいだね!」
フラヴィアはセシルを見てからにんまりと微笑んだ。一緒に遊びに来ることが出来た事が嬉しくて。
はじめてが彼と一緒だと思えば頬も緩む。
「ほんとにすごい! 私もこんなに大きいのは見たことないよ!」
オンネリネンとしても海を遠く渡ることはなかったからこそ、コレだけ綺麗な海も初めて見たとフラヴィアは眸を煌めかせた。
そんな彼女を見てからセシルは嬉しいと頬を緩める。
「フラヴィアちゃんはこういうキラキラしたもの好き? 見ててね――」
セシルの指先から雪の結晶がはらはらと舞い落ちていく。
宝石の煌めきだけじゃない。鮮やかで、フラヴィアは驚いたように目を瞠った。
「へへ、綺麗でしょ? フラヴィアちゃんが喜んでくれたら僕も嬉しいよ!」
「うん! 不思議な光景……こういうのが見れるのも、旅の素敵なところだから……
とってもきれい! ありがとう、連れてきてくれただけじゃなくて、こんな素敵な思い出をくれて……」
きっと、彼とで会わなければ見られなかった風景だ。だからこそ、何よりも美しくて、大切な『宝物』になる。
●アクエリア・マリンレジャーIII
金魚の柄の浴衣は愛らしい。バンジージャンプにはひよこさんも牛乳もお留守番して頂くのだ。
「麿はバンジージャンプをするのじゃ。と言ってもこれは遊びではない!!!
祈願のバンジージャンプになる。この地に伝わる伝承を知っておるか? うむ、知らぬか? ならば教えてやろうかの」
夢心地は語る――
ここメモリアル・ロックで334回バンジージャンプをすれば。
その様子を見ていた白虎もつられてバンジージャンプをする……そういう言い伝えがあっての。
白虎が「うそ!?」と叫んでいる気がする。突然巻込まれたとら! 驚愕の真実! 第一回目の宙を舞う殿!
「麿は見てみたいのじゃ。とらが飛ぶところを。その為の、祈願のバンジー334回じゃ!!!
おぬしらも見てみたいじゃろ。とらが飛ぶところを。であれば、麿に続けーーーい!
飛んで飛んで飛んで飛んで、飛び続けるのじゃ~~~。なーーーっはっはっは!」
響いた声に顔を上げてから何も聞いてはいない様子でノリアは宝石洞の海中にすいすいと泳ぎ行く。
ああだって、海上から眺めただけでもあれだけ美しいのだ。小舟の上から水の中にも宝石が輝いているところを見付けておいた。
夜光虫と共に、行く。水の中をすいすいと泳ぎながら。
水の外と水の中。光の色ももののかがやきかたも何もかも違うから。
(――ふふ、その 両方を たのしめるのは 海種ならではの 特権ですの。
それに……よくしらべれば船からでは けっして見られない 水のなかの洞窟が 見つかるかもしれませんの!
けっして 迷子に ならないように 水中探検に 出かけますの)
これはノリアだけのひっそりとした秘密。優しい秘密の時間を過ごすように、静かに海の中へと向かって。
「海に潜るのは竜宮依頼だけど、なんとかなるでしょう!」
「ああ、海か。最近だと、海に潜ったのは……クリスタラードのオーシャンオキザリスっきりか。
あの時は潜入だ何だと大変だったが、今回はのんびり観光だからな。ばっちり先導してやるぜ!」
リアとサンディの双方を見てからシキは「え、こんな装備で大丈夫? 溺れちゃわない?」と不安そうに瞬いた。
アクアマリンを思わせたその眸を覗き込み安心させるようにリアが手を伸ばす。
「さ、大丈夫よ。行きましょう。海の中は屹度見たことないような世界が見えるから」
鮮やかな世界をゆっくりと進む。手を繋げば、逸れることはなくて安心できるから。
(すごいなぁ、何処までも続く蒼が光を受けて宝石の様に煌めいて……)
ちら、と傍らを見遣れば「すごいな」とサンディの声音が弾んだ。鎖された海の底と、透き通るサンゴの海が同じ訳がなかったのだ。
「すごい、綺麗な青だ……!」
さかなだ、たくさんだ。そうやって声を弾ませて、リアとサンディと繋いでいた手が解けてゆく。
「ほらシキ、リア、あそこにカニが……シキ? どこだ? あそこか!
あぶねえあぶねえ。海は広いし、流れで一気に離されたりするからな。どっかいっちゃだめだぜ、ホントにさ」
「えへへ。ごめんねって。もう勝手にどこかいったりしないから!
空の果てでも、海の果てでも、ずっとそばにいる。私たちは親友なんだから」
サンディとリアは顔を見合わせてからそっとシキの手を握った。その時に、旋律が聞こえる。
今は痛みも心配事も、何もかもないみたいに笑っている。音も声も、何もかもが聞こえない深海でシキの唇が揺れ動いた。
――最後になったらごめんね。
手を繋ぐサンディの指先に力がこもる。シキの指先と解けてしまったリアが少しばかり後方にいた。
(……取りこぼさないように、しないとな。道ってのは自分で自身に向き合って選ぶもんだ。
だからもし、シキやリアが遠くに行くのなら、俺に止める権利はない。
別に理由の心当たりとかはないけど、まぁ、生きていれば普通そういうこともあるだろうさ。
だけども、もし、許されるなら。やっぱり今ぐらいはせめて近くで見ていたい……只の幻だって、何かを繋げるだろうから、さ)
旋律が、痛々しい。旋律が、優しくて。
(……ねぇシキ、貴女は何を隠して我慢しているのかしら。泳ぐ2人が楽しそうなのが嬉しいけど、でも。
サンディはシキの事を何か知っているのかしら。この拒絶されるような旋律の痛みが、2人の本当の感情だったら――だとしたら、きっとあたしはもう)
今の目の前の青だけが、嘘では無い事を知っているけれど。
逸れてしまわないように、今だけで良いから手を強く握っていて。
ふわりと揺らぐ純白のレースが尾ひれのように揺らいでいる。深い海に向かうことは経験も無いから、手を握っていて欲しいとセージへと指先を委ねた。
「こっちだ」
ディアナのエスコートを役を買って出たセージは「水に入るなら飾りの類は置いていかなきゃ、ね」と小さく笑った。
ウエディングドレスを思わせる水着であったけれど、気付いてくれただろうかと窺い見たディアナの視線へと「綺麗だ」とその言葉だけを返した。
月並みかも知れない。けれど、それ以上の言葉は縺れたように出てこなかった。装飾が外れれば清楚な中に色香も漂い美しい。
「行きましょうよ」
「……ああ」
セージが誘えば、人魚姫は朗らかに微笑んだ。水中では言葉は聞こえやしない。
海の格別な豊かさと美しさ、その中で笑みを零したディアナの水着姿の両方を堪能できるのだから。
「きれいね」と唇動かせば、セージは答えてくれる。ディアナの眸がキラリと煌めいた。
「ねえ、楽しかった。結構疲れたし夜はゆっくり過ごしましょうね。
お部屋で花火を見て、ご飯食べて。……えっと。自分の部屋に帰れとか、言わないわよね?」
「後はゆっくり過ごすだけ、とはいかないからな?」
揶揄うような声音に、ばかと唇だけが蠢いた。
「今年は新しい水着なんだね。それじゃ、行こうか」
「これで濡れても大丈夫、ですね」
くるりと回って見せたリンディスにマルクは頷いた。片腕だけ、少し痛ましいけれど――その分は自らが支えれば良いとオールを手にした。
ゆっくりと進む小舟の上でリンディスは天を見上げて目を瞠る。
「すごい……虹の中にいるみたい」
「洞窟の中なのに、眩しいくらいに輝いてるね……波が揺れる度に、光も揺れて移ろっていく……綺麗だね」
何色の宝石が好きですかと問うたリンディスに、マルクは一度目を伏せてから目の前の紅玉の気配に微笑んだ。
彼女の色彩良く似たルビーは美しい。リンディスは小さく微笑んでから。
「私は……そうですね、いつもいただくミモザみたいな、黄色の石。マルクさんが近くに感じられて好きですよ」
そう、言葉にしてから舟の上で寄り添うようにして天井を見た。ごろりと横になってしまえれば屹度満天の星を見上げるような美しさを得られたのだろうけれど。
小舟の上では、バランスを崩してしまいそうだったから。
「……大切な今日を。また一日、貰いました。文字じゃなくて、記憶で、このぬくもりで。――ありがとう、ございます」
「貰ったのは、僕も同じだよ。僕だけのものでも、リンディスさんだけのものでもない、二人のページだ」
『記録』をしているだけじゃない。物語の登場人物の一人として、描いた軌跡は、かけがえのないものばかりだった。
「暑くない? 大丈夫?」
耐性はついているだろうけれど、暑いのは苦手なボタンを心配するように眞田はぴたりとドリンクをおでこにひっつけた。
「これあげる!」
「わ。ふふっ去年も飲み物いただきましたね」
炭酸と一緒に弾けないでと揶揄う眞田に『弾ける雪だるま』も面白そうだとボタンは瞬いて。屹度彼は驚くだろうか。
小舟で海上を進めばひやりとした風が頬を撫でた。美しい宝石洞の煌めきにボタンがついと指先を天へとやった。
「見てください、ダイヤモンドダストみたい!」
少し詳しいのだ。自慢げに、aPhoneを取り出して。
「私知ってます。こういう“映える”場所でお写真を撮ったりして思い出を残す趣向があるのでしょう?」
「写真? 良いね良いね、撮ろう!
あ、……ボタンさんも雪でできてるから光に反射してキラキラしてるよね。もっと言えば心も透きとおってて綺麗だし」
ぱちくりとボタンは瞬いた。眞田はいつだって思いも寄らないような言葉をくれるから。
雪で出来て、綺麗だと言葉をくれるなら、輝かせてくれる眞田は太陽だ。夏の時期には彼との思い出が沢山あって。
暑いのは苦手だけれども、夏が大好きになった。
「色んなところに行って、見て、でも変わらない純粋なボタンさんすごい良いと思う。来年の夏もその次も遊ぼう! 俺、また連れ出しに行くよ」
「ありがとう、ございます」
朗らかに笑う彼に――嗚呼、少し暑くなってしまったと炭酸飲料を勢い良く呷った。
夏色を身に纏う。海色のパレオに、桔梗のビキニ。彼を思わせる色彩は少しだけ緊張して。
晴さまからはどう見えてるかな――なんて。メイメイの乙女心がむず痒い程に主張する。ガイドブックを眺めて居る彼の横顔をちらりと覗き込んだ。
「何処に、遊びに行きましょう?」
「メイメイとなら何処でも楽しいだろうが、何が良いだろうな」
「わたしも、晴さまとなら、何処でもきっと楽しい、けれど……此処でしか見れないものを、晴さまに楽しんで貰いたいな、と」
こちらはどうでしょうか、とガイドブックをとん、と指先で叩いて。アクエリア宝石洞へと向かう小舟がゆらりと揺らいだ。
ビーチとまた違う海の色、暗闇飲み込まれて世界が変化する。鮮やかな色彩が揺らめき、仄明かりとなって周囲を照らし出した。
「わぁ……すごい、です。晴さま、本当に、宝石のようにキラキラしています、よ…!
あちらの石は、晴さまの瞳のお色にそっくりです。深い青で……やわらかく、輝くのです。……わたしの、一番好きな、青」
愛おしそうに言葉を紡ぐメイメイに「青が好きなのか」と晴明が柔らかな眼差しで見遣る。その視線だけで、つい照れてしまって――
「も、もう少し、奥の方に行ってみましょう」と、そう促してぐるりと見回せば、ふらりと足が縺れてしまう。
「メイメイ」
「わ、わわ……す、すみません! は、晴さま、大丈夫です、か……?」
その体を支える晴明に、顔を赤く染め上げたメイメイはつい硬直してしまった。
嫌なわけじゃない。けれど、こればっかりは言葉に出来ないのだから。
●空中庭園I
「まったく! ルカくんも案外詰めが甘いんだぜ!」
「お手数をおかけしたでごぜーます」
口ではああだこうだというものの、実に楽しそうに勝ち誇った茄子子にざんげがぺこりを頭を下げた。
成る程、何処かの不良冒険者ならいざ知らず、ルカは女物の浴衣を着付けられる男にはとても見えない。
意外な器用さを発揮して『世話』を焼いた茄子子はいい仕事をしたと言えるだろう。
「せっかくだからこのままちょっと遊ぼう! わなげとかしようぜ! 会長は一個も入らないかも知れないけど!」
やる前から負けた気になっている茄子子にざんげがきょとんとした顔で首を傾げた。
ざんげの方も一つも入るとは思えないから、実際の所不器用同士でいい勝負である。
お互いに勝ちの見えない『わなげ』を繰り返しながら、ふと茄子子は傍らのざんげに声をかけていた。
「……ねぇ、ざんげくん」
ざんげはきっと余計なお世話とも思わない。
他人に何を言われようと彼女に真に響く事はないのだろう。
だけど。
(いいよ別に。私は私がやりたいようにしかやらないし、出来ないから)
露悪的な茄子子はそれに躊躇するような性質ではなかった。
ざんげが何処までも不自由なのと同じ位に、茄子子は何処までも自由な少女だったから。
「会長はね。キミにも自由になってもらいたいんだよ」
「自由でごぜーますか」
輪は明後日の方へ飛んでいく。
「そう。自分で掛けたみたいなもんでしょ、その枷。
ぶち壊してあげるよ。私は運命ってやつが大っ嫌いだから」
茄子子の投げた輪は『奇跡的』に目標を捉えていた。
「ねぇ、ざんげくん。キミが街角で視線をくれたあの時から、会長はざんげくんの大親友なんだ。
外に出るよう誘う? いーや違うね。ざんげくんに自分から出たいって言わせてやるぜ。
首長くして待ってなよ、『不自由な少女(ざんげくん)』!」
「俺ぁ屋台を出すぜ! 出張『ゴリョウ亭』だ! 複数の鉄板を用いたバラエティ焼き物・揚げ物屋台を展開だ! さあ、寄ってこい!」
かぐわしい香りを漂わせるゴリョウの元には幾人ものイレギュラーズの姿があった。
「美味しそうだね、ライゼ」とにんまりと微笑んでいるのはヨゾラだった。その傍らには戸惑っているライゼンデの姿が見える。
「浴衣じゃなくてよかったのか?」
「いいの、今回は僕が揃いの水着で来たかったんだから! ほらゴリョウさんの屋台に色々あるよ!」
にんまりと微笑むヨゾラが指差した先にはゴリョウが揃える様々な料理が並んでいる。
「ぶはははは! たこ焼き、焼きそば、お好み焼き!
唐揚げ、フライドポテト、アメリカンドッグ! 焼き鳥、牛串、豚串、イカ焼き、焼きとうもろこしぃッ! デザート系以外の定番は全て提供するぜ!」
「これはすごいな」
「ね」
ライブキッチン気分を味わいながらゴリョウは料理を続けていく。空中神殿で屋台を開くなど、これから先にあるかも分からない。
だからこそ、やる気に満ち溢れているのだ。これが恩返しだと告げればざんげは不思議そうな顔をするのだが――
「ぶはははッ、しかしこういう催しならこちとら大歓迎よ!
何なら今後の定番にしてもいいんだぜ! 喜んで参加させてもらわぁ!」
定番になれば、ライゼンデとも楽しむことが出来るとヨゾラの眸がきらりと輝いた。
「そうだ、金魚すくいとかざんげさんも誘ってみない? やり方を教えてあげようよ」
「ああ、そうだな。それから、親友達にもお土産を探そうか」
楽しい夏休みは始まったばかりだと楽しげに笑う二人とすれ違うようにやってきたのは弾正だった。
ゴリョウの露店に必要な食材の運搬を行って居るのだ。空中庭園を訪れる事が出来るのはイレギュラーズと一部の『バグ』に限られる。
パンドラの有無によってはこの地に踏み込めるかどうかも変わってしまうのだ。
「俺も手伝わせて貰う。ざんげ殿には日頃から世話になっているし。
表情筋が死んでいるところが、何だか俺の恋人に似ていてほうっておけない」
恋人が「死んでないが」と言った気がするが――それはさて置いて。人形操作や折りたたみ式歯車兵を駆使し、スタッフの役割に回っていた。
世話しなさそうな弾正は客寄せの一環を兼ねて盆踊りのステージへと向かう。櫓より見下ろす弾正は「ざんげ殿!」と呼んだ。
「?」
不思議そうに見上げる彼女に「楽しく踊ろう! 夏といえばやはりこれ!」と盆踊りステージを盛り上げ始め、その音色を聞きながら雨紅は実にオモシロイ機会だと頷いた。
こうしてこの場所に長居することもあまり恵まれる機会ではない。夏祭りらしく飾り立てられ空気さえも変わっている。
『神託の少女』にとってもはじめての経験だろう。馨しいゴリョウの屋台の薫りも、かき氷や金魚掬いを楽しむ声も。
「ふふ。参加者の皆様にも、ざんげ様にも、楽しんでいただければ嬉しいのですが」
空高く打ち上げた花火。その色鮮やかさにミニマールが目を瞠る。
浴衣を着用した人間の姿。それはまだ、メテオールやコメットには内緒のものだから。こっそりと遠巻きで二人を眺める。
花火を見上げて嬉しそうに笑った二人を見ればミニマールだって嬉しいのだ。
「コメート何をしますか?」
「ええ、メテオ兄様。射撃は如何でしょう? お土産色々持って帰りますわよー!」
「じゃあ、何発でも……! お土産を手に入れるまで……!」
ああ、なんて楽しそうなのだろうか。ナイアルカナンはお気に入りの水着を着用し屋台を練り歩く。
「元の世界の日本という国にも、似たような祭りがあったけど空中庭園での祭りは特別な気がして面白いね」
ゴリョウの屋台は様々なモノが取りそろえられていて目移りする。ひとつひとつのオススメを教えて貰う度に「人の祭は愉快だ」という感想が湧上がって喜ばしいのだ。
猫(ナイアル)はふと、視線を廻らせる。金魚掬いの前にはざんげが立っていた。金魚を掬いながらも彩陽はゆっくりと顔を上げる。
「元の世界にいた時ってたぶん幸せなんやろなって思っても素直にそんな事言えなかったんやけどさ。
こっちに呼んでくれて、幸せってこういう事なんやなって、感じるとか分かるようになったのってさ。
いろんな人にあって、いろんなことがあって。うん。良い事も、悪い事も色々あったんよ。それでも、こっちにきてよかったよ。
ありがとう、呼んでくれて。ありがとう、連れてきてくれて。ありがとう、色んな人に会わせてくれて」
「――……」
ただ、神託に従って呼んだだけ、といえばそれだけなのかも知れないが彼女がいなければ斯うして楽しむことも出来なかったのだと彩陽は笑う。
ざんげは少し戸惑っていただろうか。それでも、伝えておくことに意味があるのだ。
「ふむ」
フィノアーシェはそんな戸惑うざんげの傍で金魚掬いに興じていた。
「空中庭園、ここまで賑わうのは我は初めて見たかもしれん」
江里口にレースを飾った可愛らしい浴衣を着用していたフィノアーシェは「これで掬うだけか。簡単だな」とポイを差し入れてみるが――
「………。……いいだろう……」
救えなかった。静かに戦いのゴングが鳴り響く。簡単だと思いきや一筋縄では行かぬのだから悔しい。
懸命なる戦いの果てにフィノアーシェは二匹の金魚を手に入れた。家の猫が狩らないことを願いながらも二匹の金魚と共に引き続き祭を楽しもうではないか。
「こんにちは、ざんげさん…浴衣、可愛いね」
銘恵は可愛らしい緑色の浴衣姿で空中庭園にやってきた。覇竜領域では中々楽しむことの出来ない祭の空気は心地良い。
「しゃおみー、綿飴買うよ。ふわふわして可愛い。ざんげさんは?
えっとね食べると……口の中で溶けちゃった! 甘ーい! 食べるまでふわふわしてたのに……お空の雲みたいな食べ物、だね」
凄いよと微笑んだ銘恵は「ぬいぐるみとかもあるかも」と屋台を廻ってくると手を振った。
イレギュラーズの屋台となれば普段よりも『おかしなもの』も屹度ある筈だ。何か気に入る品があればと楽しげに歩む。
その視線の先にはたいやき屋さんのみーおの姿があった。ふわふわと揺らぐ海色のパレオを身に纏った愛らしいパン屋さん手を振っている。
「いらっしゃいませー! おいしいたい焼きはいかがですにゃー?
つぶあん・こしあん・カスタードがありますにゃ。好きな物を選んでくださいにゃー!」
屋台の前にはパン屋で焼いてきたパンやラスク、クッキーも飾られていた。土産にも丁度良い一品だ。
みーおの友人達は空中庭園には踏込むことも出来ないから。何かお土産を買って帰ろう。こんなにも楽しかったのだと、教えてあげるために。
たい焼きも串焼きも焼きそばも。美味しそうな物が多いのだとみけるは唇を尖らせた。
泳ぎに行くのも良いけれど、折角の機会だからと空中庭園にやってきたのだ。
「ダ……ダイエットは明日から……!」
むむむ、と呟いたみけるが振り返れば、空中庭園を歩いているざんげの姿を見付ける。
歩いて来て見ろと言わんばかりに放り出されてゆく当てなく彷徨っていたのだろうか。
「ざんげさんも、たい焼きおひとついかがですにゃ? ざんげさんは猫好きですかにゃ?」
「分からねーです」
好きか嫌いか、その判断も難しい神託の少女に「ぷにぷにしますかにゃ?」とにくきゅうおててをみーおは差し出してみる。
その様子を見詰めていたみけるは「いいなあ」と呟いてからにっこりと微笑んだ。
「そういえば、ざんげさん浴衣姿だね。似合ってて可愛い!
もしざんげさんが水着姿だったら……空中庭園で水遊び! になってたのかな?」
「水はねーでごぜーます」
「ほら、子供用プールや浮き輪や水鉄砲用意して……ってなって。それもまた楽しい遊びになったのかも! まぁ、想像だけどね!」
成程、と頷いたざんげにイレギュラーズが望めば『やってくれそうだ』と感じてからみけるは可笑しくなってから「あっちみて」と指差した。
「盆踊りしてるよ。太鼓叩いて祭囃子で皆で踊る踊りだよ。ざんげさんも踊ってみる?」
「夏祭りも謂わばパーティの一形態。そして私はルカ・ガンビーノに借りがある……そう、あの処刑台で、お嬢様をお助けする際に。
であれば、私の最高のパートナーと共に参列するのが礼儀というものでしょう。
――お忙しい中、エスコートを受けてくださり感謝します。お嬢様(Your Majesty)」
にこりと微笑んだ寛治にリーゼロッテは「よろしくてよ」と返した。高貴な青薔薇は下駄をからんと鳴らし優雅に歩く。
それでもこの地は彼女にとって不慣れな場所だ。足元だって普段のヒールとは少し訳が違うであろう。
恭しくその手をとって、寛治は膝を付く。
享楽的な姫君の笑みを受け止めてから寛治は「如何でしょう?」と問うた。
「夏祭りとは愉快なものですわね」
「ええ。しかし……ルカ・ガンビーノ、雨垂れ石を穿つというべきか。
レオン・ドナーツ・バルトロメイがどんな渋い顔をしているか、観物ですね」
『あの』ローレットのギルドオーナーがどの様な表情をしているのか。
寛治は想像をしてから眼鏡の位置をくい、と鳴らした。ああ、いけない、これは『悪戯が過ぎる』言葉だっただろうか?
●空中庭園II
「わぁ、しっかり夏祭りっぽく整えてある…出店もあるしなにか食べ歩きながら散策しようかな。
こんなふうに空中庭園をしっかり見て歩くのも初めて召喚されたとき以来かな?」
中々きちんと訪れる事は無いとチャロロは周辺を見回した。
「これ美味しいよ、ざんげさんも食べてみる?」
ぱちくりと瞬いたざんげにチャロロは「えっと、こうやって……」と食べ方をレクチャーする。
彼女が食事をしているというイメージは余りなかった。けれど、折角の催しだ。ひとつ口にしてみてはどうかと提案したのである。
「ざんげ、ウェーイ♪ 元気かの?? ちと懐かしくなって、ジャジャーン! ラムネを2本! 我とお主の分じゃ!
開け方分かるか? 分からぬならば我が手本を見せて進ぜよう……フンヌ! シュポンカランといい音じゃ〜♪」
やってみ、とラムネを差し出すニャンタルにざんげは首を傾げながら器用に真似てみせる。
チャロロはその様子を見れば彼女は何も知らないのだろう、と改めて感じた。
神託の少女は人間『らしく』ない。その感想は間違っていないのだ。
ニャンタルがラムネを差し出したときに不思議そうな顔をしたのも、一つ一つの動作を真似たのだって。
「そんでもって此処、ペット禁止か? 我、機転を利かせてこんな物用意してきたぞい!
ジャジャーン! 折り紙とペンと糸、あとセロテープじゃ! 練達で買って来たぞい!」
「なんでごぜーますか?」
「金魚飼おうぜ金魚! 飼えないなら一から作ろぜい! 赤、黒、金、白……何なら金魚には無い色でもいいか!
この折り紙読本で一緒に作るのはどうじゃ? 木に括りつけておけば風が吹いた時ぴるぴる泳ぐぞ♪」
屹度彼女はやりたいとは余り口にしない。だが、『やってくれる』のだ。そうしてくれと頼めば、彼女はそれにしたがってくれる。
折り紙を折りながらニャンタルは先程のチャロロとの様子をふと、思い出す。
「ざんげ、お主ご飯食べとるのか?」
「……?」
「我が此処に来た時よりも疲れとる気が…ま、ええか。お主のやりたい事は悪い事以外は止められないしの! 好きにやったらええと思うぞ!」
「好きに……」
「そう好き――……お主、その……金魚の目、独特じゃのう 我? 我の金魚はぷりちーじゃぞ!
金魚だけだとちと寂しいな……お! 我等、ビー玉持っとらんかったか? それを端っこにつけて……」
出来上がっていく金魚を不思議そうに見詰めていたざんげは泳ぐ様だけをぼんやりと眺めて居た。
「ざんげ様」
てこてこと歩いて遣ってきたニルは友達と揃いの浴衣なのだと嬉しそうにくるりと回って見せた。
「ざんげ様も浴衣ですね。ざんげ様のところでのお祭りに、ともだちは来れませんでした。
けど、ざんげ様のところでお祭りなんて、ニルははじめてだから、とってもとっても楽しみなのですよ!
ざんげ様は、お祭りのごはん、何が好きですか? わたがし? りんご飴? やきそば? たこやき?」
「分からねーでごぜーます」
浴衣姿のざんげは自身達と何一つ変わらないようにも思えた。だからこそ、問うてみたかったのだ。
「……ニルはどれもとってもとっても『おいしい』と思います。
かき氷のシロップは何が好きですか? ニルは舌が真っ青になっちゃうの、おもしろくて好きですよ!」
「青でごぜーますか」
「はい。ためしますか?」
問えばぱちくりと瞬いた。そんなざんげに「欲しい物があるなら、奢るよ」と祝音が優しく声を掛ける。
空中庭園の夏祭りに祝音は可愛らしいチェックの水着を着用し銀路と遊びに来たのだ。
首をふるふると振ったざんげに「好きなものが見つかるといいね」と祝音は頷いた。名を呼んだ銀路は「こっちだ」と呼ぶ。
「水着姿……似合うな」
「嬉しい……本当にありがとう、銀路さん」
ちょこんと銀路の側に座れば、彼は自身が行なう店舗の焼きそばを二つ持たせてくれた。ざんげにも分けてやれと微笑む。
「味見していくね……にゃー」
「焼きそば……うまいか?」
「うん、おいしいよ。夏祭り……楽しいね」
斯うした当たり前の様な夏祭りも、かけがえも無い。焼きそばを手にざんげの元へと向かう祝音はかき氷の話に気付いて「あっちに屋台があったよ」と穏やかに声を掛けた。
「ああ。かき氷を食べるのか?」
ベルナルドはかき氷と言えば、と思い出す。
「俺ぁ育ての親が変な味の飴ばっか食わせるから味音痴に育っちまったもんで、シロップを選ぶ時は味より色で選ぶんだよな。
だから、あれこれ悩むけど結局最後にはブルーハワイになっちまう。
青い色はいい。どこまでも果てしなく続く空の色。何処にいても、ざんげと俺達が同じ世界にいると教えてくれる色だ。ざんげはどんな色が好き?」
今夏は彼女をモデルに描く予定なのだ。空中庭園に最初に辿り着いたときは見も心も擦り切れていて『神託の少女』とは碌に話も出来なかった。
だが、今になれば当たり前の様に会話の出来る個人だと感じられるのだ。
「……青」
本当にそうなのかは分からない。真似をしただけなのかも知れないが――さて。
色彩感覚を駆使し、彼女の雰囲気やしぐさ、感じた全てを描く。夏の夜の匂いを絡め、作品に仕立て上げるのだ。
レオンに聞けば彼はどんな顔をするだろうか。屹度、あの人にとっては今のざんげは――
「これがお祭りとゆーものでごぜーますか」
何時に無い――恐らくは大召喚以来である――の賑わいを見せた空中神殿にざんげは珍しく感心した声を上げていた。
元々が能面のように感情を映さない『難しい』彼女の美貌は、かなり手慣れた鑑定士でなければその些細な揺らぎを見破らせない。
「そうだ。すげえだろ?
空中神殿でやる意味なんて一つしかないからな――
お前が好きでお前と一緒に楽しみたいって奴らがこれだけいるって事だぜ」
元々は恐らくレオン・ドナーツ・バルトロメイしか居なかった『有資格者』にルカ・ガンビーノを加える事にもう問題は無いだろう。
ルカが彼女の実に些細な機微すら見落とさないのは彼が『いい男』であるのと同時に、彼女を『特別』に想っているからに違いない。
(……柄にも無ぇがよ)
事これに到ってそれをいちいち否定したら叶うものも叶うまい。
運命の恋とかなんとか言えば聞こえは良いのだろうが、微睡みのファムファタルは実際かなり容赦が無いのだから。
「折角だから出店を回ろうぜ。こういうの初めてだろ?」
「……はい」
躊躇なく自身の手を引いたルカにざんげは何かを言いかけた。
結局用意して貰った浴衣を着て、空中神殿(しめい)にあるまじき祭りに興じる。
彼女の脳裏を過ぎったのは繰り返された夏の出来事であり――ルカにとって心外ながら――もう来なくなった、今日も来ない『少年』の事だったに違いない。
「焼きそばや綿あめなんかを買い食いしたり射的なんかも試してみるか?
ああ、金魚すくいって手もあるな」
「お任せするです。取り敢えず全部『試してみる』でごぜーます」
「……ああ」
「遠慮する」と言わなかったざんげにルカの顔が綻んだ。
「楽しいか?」
「分からねーです」
「……じゃあ、分かるまでやらせてやるよ」
自分が愛されているとも思わない――思っていなさそうな女を『分からせて』やるのは並大抵な話ではない。
七罪の残りも随分少なくなったから。きっと決戦の日はそう遠い時ではない。
(決着をつけて、運命の軛からざんげを解き放つ!)
気色ばむ内心も知らず、真剣な顔で不器用に『遊ぶ』ざんげにルカは小さく笑って言った。
「今度、連れて行ってやるよ」
「ここではない――お祭りにですか?」
「ああ。今度は絶対『地上の祭り』の方にな」
――彼女が居る場所がこんなにも、楽しげになって居る。
それだけもモヤモヤとするのだ。フランは非日常のこの場所に心を躍らせながらもどこか落ち着くことなく、ざんげの背中に声を掛けた。
「浴衣、脱ぐなら手伝うよ」
「……? ありがとうでごぜーます……?」
何も考えずに脱いでしまいそうな彼女に「違うんだよ」と声を掛けたフラン。
そういうモノだと認識すればざんげはそれ以上何も言わない。何も考えないし、何も反応しないのだ。
汗を拭いてあげると、冷水で濡らし絞ったタオルをその白い背中にひたりと当てた。
フランの背中には消えない傷がある。なのに、目の前の彼女は真っ白で綺麗な背中をしているのだ。
――いいな、あたしと違うんだ。
「お祭り、楽しかった?」
「色々『試した』でごぜーます」
ぱちくりと瞬いた。それは事実を述べただけだ。放っておけなかったから、触れてみた。それでも、どう言えば良かったのか分からない。
(……ああ、もう)
せめて、楽しかったと言って欲しい。我が侭だと知っている。『神託の少女(かのじょ)』がそんな言葉を紡がないと分かっていたのに。
沢山の人が、貴女の為に居たのにと言い掛けた言葉を飲み込んだ。ああ、そうだ、彼女はこういう人なのだから。
唇を噛み締めてから服を整えてやれば「ありがとうでごぜーます」と彼女は淡々とそう言った。
フランはむっと唇を尖らせた後、ざんげの唇をぐいーっと持ち上げる。
「ちょっとでも楽しいな、とか『悪くないな』って思ったら笑うの」
「……はあ」
「……女の子は、笑った方がとってもかわいいから」
「……はい」
はいだなんて、絶対分かってないくせに――ああ、なんでもない、なんでもないったら!
(あーあ、あたしってお節介だなぁ!)
あなたが笑えば、あの人が喜ぶかも、だなんて、そんなこと。
●縁日
「妙見子殿?」
つい、彼を誘えば緊張してしまうのだ。妙見子ははた、と顔を上げてから肩を竦めた。
「……すみませんちょっとぼんやりしてしまって。浴衣とってもお似合いですよ。
御髪も指先の化粧も私がお仕立てしましたが……お嫌じゃないですか?」
「爪紅は見慣れないものではあったが、自分で、となると中々骨が折れるのだな。美しく飾って貰えて喜ばしい」
妙見子はほっと胸を撫で下ろす。彼と揃いを思わせる浴衣を仕立てたのだ。色彩はそれぞれがそれぞれを纏うように。
妙見子の頬がほんのりと赤く染まるが晴明は「こちらのようだ」と縁日の案内に集中するような素振りを見せる。
「それにしても縁日なんて久しぶりです……飴細工見に行ってもいいですか?」
「ああ、妙見子殿が好きな場所へ」
「ありがとうございます。こういうキラキラしたものに目がなくて……年甲斐もなくはしゃいでしまいましたね。
晴明様は何か買われますか? 妙見子は金魚の飴細工にしました。ふふっ綺麗ですよね、光に透かすと輝く星のようで」
「俺はこの狐にしようか。貴殿であろう?」
ぱちくりと瞬いてから妙見子は笑みを浮かべた。二人でゆっくりと話しながら、何処かで休憩しようと妙見子は誘う。
喧噪を眺め遣るベンチで小さく息を吐けば、晴明は「大丈夫か」と問うた。
「ええ。……ふふ。こうして縁日を歩いていると卍祭のことを思い出しますね。
あの頃は本当に会話が続かなくて……晴明様ちょっと笑ってらっしゃいます?」
「貴殿は表情がコロコロと変わる所が面白くてな。こうして、話してくれるようになったのもつい最近であろう」
「まあ。……でもこうして堂々と貴方と並んで歩けるようになったことが私は何よりも嬉しい。
本当に色々ありました。私の在り方の変容も。人と共に歩んでいくということも」
――貴方に対しての想いも。
妙見子は目を伏せた。ああ、どうか。どうかこれから生きていく貴方を見守りたい。どうか貴方の祝福を願わせて欲しい。
その傍らに私はいなくとも。
「お待たせしました…! その、似合ってますか…?」
「……はい。とても!」
星空を身に纏うユーフォニーへとムサシは力強く頷いた。宇宙の色が彼女に似合わないわけがないと、ついつい力がこもったのだ。
その言葉に笑みを浮かべてからユーフォニーはそっと手を差し伸べて。
「行きましょう? わたあめとたこ焼きは外せませんっ」
「……おや、射的……! 腕が訛っていないか試さねば!」
頑張ってくださいと応援するユーフォニーにムサシは銃を構えた。ぱん、と音を立て落ちていくのは何処か不格好な顔をしたクマだった。
受取りながらもユーフォニーは彼をまじまじと見詰める。穏やかで優しい黒色の眸が見てきた世界がふと、気になってしまった。
今日のユーフォニーが纏うのは彼が居た『宇宙』の色をしているのだから。
「ムサシさんは本物の宇宙を飛んでいたんですよね。宇宙で見る星は地上から見るより綺麗ですか?」
「ええ。……見上げる星も綺麗だけど……やっぱり、近くの星は、とても綺麗だ」
混沌世界では『宇宙』とは誰も知らないだろうけれど――見えている星が、其の儘とは限らず、その先に何があるかも分からない。
けれど、そう口にするときに彼女を真摯に映した。眩い星。その色彩を映すムサシに「えと……それ、は」とユーフォニーの唇が震える。
「私、ムサシさんのこと知りたいです。……もっと、たくさん」
彼の眸に映る景色はどの様な色をしているのか。ユーフォニーという色は美しく、苦難をも乗り越えられる筈だから。
かき氷、わたあめに林檎飴。林檎飴に、チョコバナナ。見慣れない食べ物を眺めるミザリィの口元がふと緩む。
「……機嫌は直りましたか、水夜子?」
「ええ、とても」
ちりんと鈴を鳴らすミザリィを見遣ってから水夜子は笑った。彼女の纏った黒とは対照的に白い椿に身を包んだ水夜子は揶揄い半分微笑んだ。
ミザリィは静羅川立神教の事件に関わっていた。其れ等も一先ずは一件落着。規模の『深い』事件ではあったが――『留守番を』と従姉に言われて泣く泣くお留守番係を仰せつかったのだ。
「フィールドワーカーである水夜子が悔しがるのも無理はありません。加えて、たくさんの人間模様にも変化があったようですし……
『語部会』は私もお手伝いさせて頂きますから、ね」
「ミザリィさんと一緒に怪異を殴るのは楽しみですよ」
えいえいと拳を振りかざす彼女は、掴み所が無い。けれども、嘘は吐かないと知っている。
「私、ひとと関わるのが怖くて、嫌われたくなくて。でも今は、水夜子と……いえ、みゃ、みゃーこ、と仲良くなりたいんです」
「……ええ、勿論」
にんまりと水夜子は微笑んだ。彼女だって何かを腹に抱えているのだろう。けれど――傍には居られることを知っているから。
「せーごさん!」
ぴょんぴょんと跳ねたソフィリアの眸がきらめいた。可愛らしい桃色には薔薇が踊っている。
「誠吾さん! あそこにりんご飴があるのです!」
いざりんご飴。意気込んだソフィリアの背中を追掛けて誠吾は「はいはい」と頷いた。折角可愛らしい格好をしているのに今日も彼女は食い気なのだ。
「何でも買ってやるから、とりあえず手に持ってるもの減らさねーか?」
「いっぱい……はっ!?」
両手一杯の食材に気付いてからソフィリアは「誠吾さんも食べたいのです?」とじろりと見遣った。
「そうじゃねえ!!」
綿飴を口元へと差し出され誠吾は全てを奪うようにして持った。「ああー!」と少し拗ねたような声が響き渡る。
ソフィリアは頬を膨らませ怨みがましく見ているが、誠吾は「違う」と首を振った。
「むー……でも、誠吾さんも食べたかったのなら仕方ないのです」
「……俺が食うために奪った訳じゃねーから。んなむくれた顔すんな?」
「むー? りんご飴、誠吾さんの分も買ってくるのです! 此処は、うちが誠吾さんの為に一肌脱ぐのですよ!」
「あっ……」
違う、といっても聞いていない。ソフィリアは『食いしん坊な誠吾』の為にきちんとふたつ買ってくるのだと屋台へと駆け込んでいく。
焼きそばにたこ焼き、カステラと袋を抱えた誠吾はるんるん気分で帰ってきたソフィリアにやれやれと肩を竦めた。
「……ソフィリア。今買ったの食ったら、あっちのかき氷買ってやるが?」
「それなら、一緒に食べるのですよ! まだまだ屋台はあるから、いっぱい楽しむのです!」
(……人の多いところで見るのもいいけど……やっぱり……。
こういうところには穴場っていうものがあるよね……どこかいい場所はあるかな……?)
花火を見ようと周囲を見回してたグレイルはふと、人の気配を感じて振り返った。静けさのみが漂うその場所に『誰か』が立っている。
「……たぶん……こっち……いた……」
シンプルで風雅な浴衣に身を包み、グレイルは結い上げた髪を揺らしてその人影の前に膝を付いた。
「……この辺りは……危険だよ……? ……殆ど人もいないし……迷子かな……?」
――応えはない。
「……安全なところまで……送って行ってあげようか……?」
こくり、と頷いたその影と手を繋ぐ。ゆっくりと、縁日に向けて二人は歩き出した。
「琉珂様」
呼ぶ紫琳にくるりと振り返ってから琉珂は「何をする?」と楽しげに声を弾ませた。そんな彼女を見て紫琳はぴたりと足を止める。
(――これはデェトというものなのでは……? いいのでしょうか!? いえ、落ち着け、落ち着くんです私。冷静に。クールに)
明るく誰に対しても猪突猛進な彼女だ。違う、違うと息を吐くがどうしたって意識をしてしまう。
クールさを取り戻そうとしている紫琳をまじまじと見てから琉珂がこてんと首を傾げた。
「よし……では、参りましょうか、琉珂様。浴衣、よくお似合いですよ」
「有り難う。紫琳も可愛いわ!」
手に汗が滲む。ああ、心臓の音は聞こえてしまわないだろうか。息を呑んでから紫琳は射的の屋台に気付き咳払いをした。
「んんっ、琉珂様。なにか欲しいものはありますか?私が取って差し上げます」
「えーと……じゃあ、あそこみて。あのね、あそこに可愛い人形があるでしょう? あの子、ふたつでセットみたいなの!
あれにしましょうよ。紫琳と私のでひとつずつ。今日の思い出になるわ」
格好いいところを見せられそう、と言いながら、つい――その言葉に弾が外れてしまった。落ち着け、落ち着け。当たっても落ちないなら落ちるまで繰返せば良いだけなのだから。
琉珂の楽しそうな声を聞きながら徐々に終わりの時間が近づいてくる。打ち上げ花火を眺めた彼女の横顔に、息を呑んだ。
(このまま時間が止まってしまえばいいのに……きっと琉珂様はそんな事望まないでしょうけども。
それでも考えてしまうのです。幼少の頃にご両親を亡くし、そして此度は親代わりだったベルゼー様も……。
辛くない筈がない。寂しくない筈がない。里長としての務めも魔種との戦いも関係ない年相応の少女としての幸せをと)
そんなことを望んでしまうだなんて、酷く傲慢なのかもしれないけれど――
●ビーチV
「ゆえ、リュカ、今日はもう思いっきり! なーんにも考えず遊ぶわよ!
立ち止まってるから考え事もしちゃうんだわ、だから動き回って目の前の『楽しい』を味わいましょ!」
いざ行かん、夏の海へ! びしりと指差す鈴はあにユウェルは「ごーごー!」と拳を振り上げた。
「お外で食べるご飯ってなんで美味しいんだろうね。さとちょー、こっちのお肉の刺さった串もおいしーよ! 何のお肉かは知らないけど!」
「美味しそう~! コッチも美味しいわよ、ユウェル!」
「……で、リュカもいつまでも食べまくってると、いくらビキニじゃないとはいえぽっこりしてくるわよ?」
ぎくりと琉珂の肩が跳ねた。腹をそっと撫でてからその掌をユウェルへと伸ばそうとする。
「りんりんの言う通り遊ぶときはめいっぱい遊ばないとね。食べ歩きで膨れたさとちょーのぽっこりお腹をぺたんこに戻すためにも! わたしはぽっこりしてないもん!!!」
「ユ、ユウェルだって……」
おろおろとしている琉珂に鈴花とユウェルは「じゃあ気を取り直してビーチボールだよ!」「ええ、ビーチボールしましょう!」と琉珂の手にしていたビーチボールを指差した。
「一番落とした人が罰ゲームよ!」
「ま、負けないわよ!」
仁義なきビーチバレーが始まった――!
ゆるめにラリーを続けて居たが、徐々にヒートアップしていく。ユウェルは翼で起こした風で飛んじゃったあ~と叫び、琉珂は「ずるいー!」と叫びながら明後日の方向へと打ち上げる。
「リュカ! あっちに動く焼きそばが!」
「え? あ、師匠が焼きそばを捕まえた!」
「ほんとだー! あー!いけめんせんぱいたちだー! あっちには新作くれーぷ!」
「――エッ顔面反則組が!? ずるいわよ、んもー!」
それでも仁義なきラリーは続いていく――が、琉珂は二人よりも不利だった。なんたって、『竜覇』の種類が違うのだ。
空を自由に動ける鈴花とユウェルとの差を思い知る琉珂は「空が憎いアタック!」と突然悪魔めいた事を呟く。
そんな彼女を指差して笑えるだけで、幸せなのだ。故郷を取り巻く環境も、これからのことだって。胸がぎゅっと痛む。
(だから、今はこの瞬間目の前にあることだけを楽しんで……ゆえと、リュカと、アタシ。いつも通りの三人で過ごす夏、を満喫するの)
これからもずっとずっと、一緒。ユウェルが「つかれたよー!」と砂浜に転がれば琉珂も楽しげに笑う。
おばあちゃんになったってずっと一緒。ただ、そうやって約束なんてなくってもずっとずっと一緒に居られるはずだから。
「リューカ、ゆえー」
鈴花はそんな二人に勢い良く飛び付いて、頭をわしゃわしゃと撫でた。ずっと、ずっと一緒に居られますように。
ただ、それだけが願いだった。
「ホントは花丸ちゃんとひよのさんも誘って久しぶりにいつもの四人で遊ぼうとも思ったのだけれど……。
ちょっと前に色々あったから、今回は二人きりが良いって我儘言ったんだ。ごめんね」
「ううん。君と二人でだって楽しいよ」
にこりと微笑んだなじみの手を引いて定は歩いて行く。手を繋ぐのは、反射的なことだった。わざわざ離すことも出来なくてビーチを共に歩く。
「……君が居なくなるかもって思うと本当に怖かった。
結果的にそれは免れたけれど、人っていつそうなってしまうのか分からないだろう?。
だから……っていう訳ではないけれど、なじみさんと一緒に居られる時間を大事にしたいって今まで以上にそう思うんだ」
「ふふ」
可笑しそうに笑った彼女の顔を見てから、定は視線を揺れ動かした。ああ、だって、『患っている』のだ。
忘れているような、覚えて居ないような。どうすれば良いのかも分からない感情を飲み込んで定は勢い良くラッシュガードを脱いだ。
「水着、凄い可愛いけど。ちょっと、困るよ……!」
慌てて手渡せば「今年も定君の服を着れるねえ」となじみが笑う。つきり、と胸が痛んだのはその記憶が曖昧だったから。
けれど――他の人には見せたくなんてない。そう思う位にはもう、君しか見えなくて。
「そういえばなじみさんとひよのさんは船で此処まで来たんだろう? 帰りは僕もそうしてもいいかな。
船旅だって楽しそうだし、夜更かしして船の自販機で焼きおにぎりや唐揚げ買ったりしてさ。トランプするのだって楽しそうだろう?
花丸ちゃんだって呼ぼうよ、帰ったらまた忙しくなるだろうし」
「いいですねえ」
「ああ……夢華ちゃんだってそう思うよね? だろ~?」
――振り向けば彼女がいた。勢い良く振り返って
「なんで此処に居るの!?!?」と定は叫ぶ。良い匂いですよ、とつんつんと突く『後輩』になじみは「大丈夫だよ、夢ちゃん。定君は私がぺろんとしちゃったからね」と揶揄うように笑った。
「らーぴーすっ! 似合いますか、どうですか!」
セーラーマリンな水着に、小さなウサギを連れてアイラはにんまりと微笑んだ。
「アイラのその水着は、去年までと比べると大人しいけれど、きみの愛らしさがとても出てる、良いデザインだと思うよ」
「えへへ、そうでしょうそうでしょう。嬉しいです!」
「うん。二つ三つ、若返って見えるかな……」
「へ……ぼ、ボク、おばさんに見えましたか?
もう! ボクまだはたちなんですからね! ラピスのいじわる! 来年はもう水着なんて着てあげませんからね!」
ごめんねと揶揄うように笑ったラピスにアイラは唇をつんと突き出した。
「いつだって君は愛らしくて美しくて。僕の自慢の妻だから。来年だって、その次も、魅力的な姿を見せてくれるって期待してるからね?」
ちらりと眉を吊り上げて見遣ったアイラへとラピスは微笑んでから「今年はどうやって遊ぶ」とその手を握り締めた。
「2人で泳いでみるのも良いかな、とも思ったけど……君は泳げるようになったっけ?」
「泳ぎ、ですか? ふふん! 特訓しましたよ! ボクらの領地に泳ぎやすいところ、あるじゃないですか。
いーっぱい練習しましたけど、やっぱり泳ぐのは苦手かもしれません。だから……その。ラピスと手を繋いでいたいです。えへへ」
きゅ、と手を握り締めるアイラにラピスは頷いた。離すつもりは無いから安心して欲しいとその手を引けば、体はざぶんと海に吸い込まれていく。
ラピスラズリの色彩と共に過ごすのは幸せだ。だって――『ラピスラズリ(きみ)』に包まれているようだもの。
●『肝試し』
「ふ、ふふーん、肝試しなんて楽勝よ! おばけだってもう怖くないわ!」
震える声音のジルーシャをちらりと一瞥してから「無理をしてはだめよ?」とプルーは囁いた。
「こ、今年は、プルーちゃんに頼りがいのある所を見せるんだから……!
さ、さあ、はぐれないように手を繋いで行きましょ! 大丈夫よ、何が出てきてもアタシが守――ギャァアァァァ今っ、今何か通らなかった!!?」
揺るぎない驚かされる側となって終うジルーシャの傍でプルーは何食わぬ顔をして居た。
さすがは情報屋だ。簡単なことには動じない。それが幽霊騒ぎなのか、はたまた人間の仕業であるのかを的確に判断しなくてはならないからだ。
「こっちよ」
「ううっ、プルーちゃんの方がカッコいい……怖がるプルーちゃんを頼もしくエスコートしたかったのに、これじゃ逆だわ……」
プルーは「ええ、任せていてね」とその手を引こうとして、くい、とジルーシャが立ち止まったことに気付いた。
「プルーちゃん、絶対離れないでね! ずっとアタシの傍にいて、お願い……!」
余りに大胆な台詞であったけれど、ジルーシャは何も気付いてやいないのだ。ぱちくりと瞬いた後、プルーは「そうしようかしら?」とその時ばかりは揶揄うように声を弾ませて見せた。
――海の幽霊、と聞くと春野幽霊を思い出す。思えば、あの時に言われたのだっただろうか。
傍らにいるというのに、彼女は何も教えて屋くれないのだ。知りたい、理解したいと思えども、彼女はひらりと逃げてしまう。
自らが重たい荷物の一つになる可能性だって翌々理解している。今の距離感が酷く心地良かったからこそ、ずっと斯うしていたいと思えども、進もうと思えば流れに逆らうことだって必要だ。
「そういえば水夜子君。気付いてないかもしれないが僕は君の事を僕なりに大切だと思ってるんだよ」
水夜子が愛無を見た。その眸が細められたから「知っていますよ」と唇がざらりと音を立てる。
ああ、その感情はどう言う意味だったのだろうか。愛無は一度、踏込んだ。大地を踏み締めれば柔い音がする。
「……君が背負ってるモノも理解したいと思うくらいには。
別な意味で肝試しになったかな。幽霊は怖く無いが君の事は少し怖いと思う。
だから手を繋いでくれまいか。いつかのように。そうすれば怖くなくなるんじゃないかなと思ってね」
「私と手を繋いでいては何処かに連れて行かれてしまうかも知れませんよ?」
囁かれたその声音に愛無の唇がついと吊り上がった。彼女にならば何処へだって連れて行かれても構わないだろうか。
「僕は風船みたいな奴だから誰かに繋ぎ止めていて欲しいんだ。どっか行けないように。ま、付けてくれるなら首輪でも良いのだけれど。
そうだ。言い忘れてたけど浴衣よく似合ってる。綺麗だね。水夜子君――これは答えになるだろうか」
「さあ、どうでしょう。けれど、もったいない御言葉ですよ」
「アレクシアこういうの本当に平気だよね?」
「逆に怖がる理由がわからないなあ。シラス君は少しは平気になった?」
「俺だってもう全然余裕!」
楽しげに笑っているアレクシアの背中を追掛けてシラスは肝が据わっていると改めてアレクシアを満て感心した。
幽霊の真相を確かめたいというアレクシアが肝試しに行くと言った時点で『怖がる可愛い姿』を見れるのではないかと考えるのが青少年。
そう思い色々とやったが徒労に終った、それも懐かしく今は『アレクシアだしな』と納得できるほどである。
「それにしたって海の幽霊ってどんなだろうな」
「海のおばけっていうとやっぱり引きずり込んできたりするのかな? それともクラゲみたいにぼんやり浮かんでたり?」
再現性東京で怪異に会うことは増えたけれども、素朴なお化け探しは懐かしい。気になると呟くアレクシアにシラスは小さく笑った。
目撃情報を集めていれば良かったのにと本当に怪異捜しを行なおうとしている彼女にシラスも「人なのか、魚なのか、はたまた……。気になるな」と頷いた。
「……海そのものでも面白いかもしれないな」
「そうだね。正体見たり枯れ尾花ならぬ、逆におばけが見つかるかもしれないしね!
話せる相手なら話してみたいけどねえ。弔いが必要なら弔ってあげたいしね」
「ああ、確かに、よーし、ルート外れてみようぜ」
色々と話していれば冒険心が擽られる。ふと、シラスは肩を揺らした。何かの気配がする。
もしかすると――もしかする『のかも』しれない。
●after....
今年の夏こそ自分が決めた水着でと決めて居た。『夫婦』で共に過ごす初めての夏だ。
百合子が「着替えてくる」と告げたのだ。それを待っている間、セレマは自らの装いを確認して頷いた。
「肌を見せる装いは好かないがたまにはこの玉肌を相応しい絢爛で飾るのも悪くないじゃないか。
添えた紅も豪奢と魅力を引き立て、違った儚さを際立てて……いい。
この陶酔にあと30分ほど浸っていたいが、あれを待たせると後で面倒だ。それに立場上、この美を一番に目にする資格があるのもあいつだ」
夫婦(めおと)という立場は、そうした権利を与えて遣ったものであるとセレマは認識している。
さて、『奴』はどうしたか――
夏だからこそ水着はお日様のような色にした。同じ色の帽子には好きな花を一生懸命に飾って。
水着だけでは恥ずかしいからとレースのガウンを羽織った。これもお気に入りだった。
最近、百合子は気付いたことがある。好きなものに囲まれるというのは幸せな気分になるのだ、と。
(……でも、これを見てセレマは可愛いって思ってくれるかな。似合ってないって言われたらどうしよう。
見せるって約束してたんだから自分の好みより相手の好みで選んだ方がよかったんじゃ……?)
自分の好きなものに身を包んで、それを『すきなひと』が喜んでくれるなら。それはどれ程に幸せだろうか。
「おまたせ、セレマ。どうかな?」
遅いとも言わずにセレマは振り返った。少女趣味方向で来るかと認識していたが予想は外れていた。
シルエットによく馴染んだ可憐なオーソドックスな水着にレースカーディガン。清楚さを演出しているのだとセレマはまじまじと見詰めた。
(……爪紅は去年と同じ色合いか、気に入ったか?)
セレマは緊張した様子で見詰めている百合子をまじまじと見た。『こいつ』はこんな不安そうな顔をするのか。
「隣を歩いても問題ないぞ」
そっと手を差し伸べた。波の音がする。
重ねた掌の温もりに、百合子が笑った気配だけがしていた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
素敵な思い出になりますように!
(※一部リプレイ本文はCWが執筆しております)
GMコメント
夏祭りです。宜しくお願いします!
●同行者について
プレイング一行目に【グループタグ】もしくは【名前(ID)】をご明記ください。
●お召し物について
指定したいイラストがありましたら【イラストタイトル(もしくはイラスト種別)】をご指定ください。
(イラスト種別で複数のものが有る場合はIL名も付記してください)
●シレンツィオ・リゾート
かつて絶望の青と呼ばれた海域において、決戦の場となった島です。
現在は豊穣・海洋の貿易拠点として急速に発展し、半ばリゾート地の姿を見せています。
多くの海洋・豊穣の富裕層や商人がバカンスに利用しています。また、二国の貿易に強くかかわる鉄帝国人や、幻想の裕福な貴族なども、様々な思惑でこの地に姿を現すことがあります。
住民同士のささやかなトラブルこそあれど、大きな事件は発生しておらず、平和なリゾート地として、今は多くの金を生み出す重要都市となっています。
https://rev1.reversion.jp/page/sirenzio
●空中庭園
ご存じ、皆様のはじまりの地。神託の少女の神殿が存在する場所。特異運命座標と偶然の『バグ』でしか立ち入れない場所です。
パンドラを持っている者(特異運命座標)と限られたバグ召喚(パンドラを持たず、間違えて踏込んだもの)のみしか入れませんので関係者を連れてくる際には注意をしてください。
神託の少女ざんげはこの場所から動く事はありません。
ですが、皆さんが各地に移動する際にはこの場所を通って、各地へと転移を行って居ますので知った場所でもあります。
●同行NPC
シナリオ指定のNPC(サポートNPC)に対してのプレイングは自由にお掛けください。
また、指定されていないNPCにつきましてはシナリオ推薦等をご利用頂けますと幸いです。
月原とリリファの今年の水着は互いが選び合いました。
ひよの、なじみ、水夜子、晴陽、蕃茄は船旅で旅行としてやって来ました。エリスもパルスに連れてきて貰いました。
※ざんげにつきましては【7】にしかおりませんのでご注意ください。
※他NPCについては自由にご指定ください。
行動場所
以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。
【1】ビーチで海遊び(シレンツィオ・リゾート)
シロタイガー・ビーチやコンテュール・ビーチでの海遊びです。
パラソルの貸し出しや海の家は賑わっています。
さらさらとした白い砂に、浅瀬の海を楽しめる事が特徴です。
【2】ホテルでのんびり(シレンツィオ・リゾート)
天衣永雅堂ホテル(カムイグラ風の旅館)、カヌレ・ベイ・サンズ(巨大な船の乗った高級ホテル)、ブルジュ・アル・パレスト(貴族の結婚式に人気のホテル)等の一室を利用可能です。
また、ホテルのレストランでバイキング等を楽しめる他、ルームサービスも自由に楽しんでいただけます。
夜になると、花火を部屋から楽しむことが出来ますよ。
【3】ショッピングを楽しむ(シレンツィオ・リゾート)
ニュー・キャピテーヌストリートでのショッピングを楽しめます。
お土産なども販売されているほか、様々な土地の特産品や高級ブランドも並んでいます。
淑女の憧れの地であるともされていますね。レストランなども多数存在しているため、食事を楽しむことも可能です。
【4】自然記念公園の縁日を楽しむ(シレンツィオ・リゾート)
絶海のアポカリプス戦にて活躍した水竜様の勇姿を称え建設された公園ですが、今日は豊穣郷カムイグラと海洋王国のコラボレーションにより縁日が出店されています。
盆踊りというのも楽しめるそうです。思い思いに縁日を歩いてみるのも楽しいのではないでしょうか?
【5】アクエリアのマリンレジャー(シレンツィオ・リゾート)
アクエリア宝石洞と呼ばれる海面に出来た洞窟は宝石のように煌めく色とりどりの石が洞窟の中で反射します。小舟に乗ってその様子を眺めに行く事が可能です。
また、メモリアル・ロックとよばれる高くつきだした山々でワイバーン・アクティビティやバンジージャンプを楽しむことも可能です。
アレグロ・ビーチではダイビングを楽しめるそうですよ!
つまりは旅行気分でマリンレジャーならばアクエリアまでどうぞ、いらっしゃってください!
【6】肝試し(シレンツィオ・リゾート)
時刻は夜です。驚かす側でも驚かされる側でも構いません。
場所は一番街(プリモ・フェデリア)のフェデリア総督府が有する土地です。
木々が茂っているほか、慰霊碑なども存在しています。
海の幽霊が出るという噂もありますが……?
【7】空中庭園で夏祭り気分(空中神殿)
OP通りです。何故か夏祭りに興味を持った浴衣姿の神託の少女『ざんげ』がいます。
夏祭り風の用意をある程度ギルドマスターが調えました。
皆さんが出店しても構いませんし、一緒に金魚掬いなどを楽しんでも構いません。
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