シナリオ詳細
<月だけが見ている>magna opera
オープニング
●『存在』
はじまりの事など覚えて居ない。
昨日、誰かが死んだ。
一昨日、誰かが死んだ。
一週間前、誰かが死んだ。
それから――誰かが死んだ。
光陰矢の如し、長命の定めを受けて生を受けたからには朝と夜の区別などさして気になるものでもなかった。
何時の頃からか年を数えるのも辞めた。
何時の頃からか朝日を拝む日課もどうでもよくなった。
何時の頃からか飼っていた鳥に餌を忘れていた事を数年も経ってから思い出す。
伽藍堂の脳味噌に無理矢理詰め込み続けた理論は出鱈目であったが、試してみる価値はあった。
確立された情報から導き出す神秘<オラクル>など大して興味も無かった。
最も優れた成果がなくてはいけなかったのだ。自らの存在意義を研究に見出してからは固執していただろう。
錬金術師の最大禁忌と盟約を知っているだろうか。
少なくとも『私の世界』ではそれは存在していた。
一つ、死者を呼びが選らせてはならない。一つ、死者を供物にしてはならない。一つ、生を冒涜してはならない。
実に莫迦らしい事ではないか。錬金術とは生きとし生ける者の利便のために存在しているとされた。
劣位の金属を変成させるそれっぽっちで何が為せる?
人間だって、所詮は要素の縒り合わせなのだ。鉱物の変成と人間の変成、変わるのは己の抱いた倫理観だけではないか。
さて、人間を新しく作るならば何を必要とするか。酸素、炭素、水素、窒素、それから……水も必須だろう。タンパク質や糖も準備した方が良いか、ああ、忘れてはならないな。器官は最初から構築しておいた方が―――
気付いた時には研究材料も、見慣れた研究室も無く。
身一つで放り出された空の上、この世界は禁忌も盟約も定められず、自由なのだと思った。
此処で、私の第二の人生を始めよう。
だって、よく考えてくれ。この世界は私には何も関係ない。広大なモルモットたちと共に過ごす実験場だ!
●紅血晶とは
ファルベライズ遺跡で使った『ホルスの子供達』の実験は役に立った。
数種類のハーブと腑の躙るに土塊を漬け込んだ。ファルベリヒトの力を混ぜ込んで見たが、解離が激しい。
記憶媒体は精霊達の力を借りて埋め込んだ。存在投影の技術とて少しばかり細工をすれば用意だった。
出来る限り人間に近づけた方が良い。人体の構築要素を研究し出来る限り人間に近づけたものを使用した。
そこに各種様々な方法でその固体を強化していくのだ。この方法というのが中々研究のしがいがあった。
一番に定着率が向上したのは旅人の娘の血や精霊の力を混ぜ込んだコアを作り上げることだった。
――但し、それはホムンクルスを作る手法での話だ。
少しでも配合を間違えれば人間の体には合わないことがある。強固なコアを与えれば強固な固体が作れるが、人体を使えば簡単に解けてしまう事が市場での調査で分かった。紅血晶が人間の抗生物質を分解し喰っているのだ。実に愉快な例ではあるが吸血種の血潮の効果であったのだろうか。
少しばかり薄め、徐々に効果を強める『烙印』を使用してみた。偽命体達は適応することが出来たが、姿を大きく転じる者も居た。
そんな中でイレギュラーズという適応者を見付けたと聞いた。素晴らしい。
しかし、一つだけ問題がある。彼等は『パンドラ』を有している。この私も同じだ。
烙印は滅びのアークを含み擬似的反転状況に持ち込む事が可能だが、彼等の肉体がそれを拒絶し、拒絶反応で死に至る可能性があるのだ。
さて、その変化を確認するまで待っていたかったが『夜の祭祀』が失敗してしまったならばカーマルーマも限界だろう。
良いことを思いついた。
散々『紅の女王』とリリスティーネを持ち上げたのだ。本命は其方だと誤認して貰おう。
私はカーマルーマと共に月の王国を捨てて仕舞えば良い。幸いにして『烙印』は呪いの一種だ。私の作った遅効性の毒でもある。
解毒剤と言うべきか、解呪法と言うべきか。何方でも構わないがカーマルーマの腹の中で育てた種がなければ彼等は此処で終いだろう。
「博士、お出かけの準備出来たの?」
「ああ、ジナイーダ。勿論だよ」
「わーいっ、えへへ、お出かけ楽しみね。何処まで行こうかしら?」
「その前に、ケルズ、君はどうするんだい?」
「……妹を、妹……を、『処分』しなくちゃ……」
壊れてしまいそうだね、と博士はケルズ・クァドラータを見詰めてから目を細めた。
外では傭兵団『宵の狼』が集合しベルトゥルフを中心に、陣を組んでいる。
何方も可哀想だと博士は認識していた。
ケルズは『観測者』だ。世界の出来事を観測して書に纏める事が仕事である。故に、物語(出来事)には触れてはならない――が、召喚された『妹』は自身が物語の主人公であるように振る舞ったという。
それが違反にあたり、観測者としての不適格であると彼は『妹』の処分のためにこの場所までやって来て、烙印を受けた。
狂うような衝動を胸にして居る彼は『妹』でなくともその凶刃に掛けようとするだろう。
ベルトゥルフはラサに生まれた普通の少年だった。ラサで一番を志したが挫折した。
幼馴染みは傭兵団の跡取りとして生まれ、イレギュラーズになった。対する彼は何も持ち得なかったのだ。
絶望した。当然の事だが彼は『宵の狼』を束ねることは出来なかったのだ。
そうして、彼が力を求めた際に博士は『狂った魔剣』を手渡した。旅人の狂気に触れ、徐々に彼の精神は疲弊していった。
其れが今は魔種だ。実験に参加して欲しかったが、彼は『傭兵団のリーダー』で在ることに固執して居た。
……まあいい。それならば、他の誰かを『獲って』来てくれれば良いのだ。
「そう言えば、ジナイーダに教えていなかったことがあるのだけれど」
「なあに?」
そう、イレギュラーズにも教えていなかったね。
烙印は[0日]で効果を現すようにはしてやいないんだ。
観察の時間が無いと困るだろう? ……[残り15日]位は私の研究材料、助手として働いて貰わなくては。
●『魔種』の少年
リュシアンという少年は、博士が嫌いであった。
彼のその思想も、彼のその理想も理解は出来ない。ただ、護るべき相手であったジナイーダが彼の元に行くから共に在っただけだ。
『あの日』、博士とタータリクスがジナイーダを『キマイラ』へと変貌させた日に、リュシアンは激怒した。
愛しい愛しいジナイーダ。彼女のために重ねた努力は何の成果も見せず、全てが無駄になった。
――くすくす、あら、可哀想に。助けてあげてもよろしくてよ?
愛しい人のためにその愛でたっぷりと、『可愛がってあげましょう』? 大丈夫、皆喜びますわぁ。
その声が聞こえてから、リュシアンは博士を探し続けている。いつか、奴を殺すまで。
イレギュラーズに殺されてなる者か。『オーナー』に取り入って、彼女に気に入られている内は庇護下にいられる。
彼女に愛されている内に、あのクソヤロウを殺さなくては――
ああ、今日、その機会がやってきた。彼が『其処に居るか』は分からなくても。
これだけ探し求めたのだ、一度くらい殺しておかなければ気は済まない!
●月下に佇む
「外はお任せ下さい。命に代えても」
凜と立つ美しさ。イルナス・フィンナは静かに告げる。エーニュを追っていた彼女ではあるが、此度はカーマルーマの『外』を警備する手筈となったそうだ。
「ネフェルストの騒動はパレスト商会と共に何とか納めました。『赤犬』が失踪し、『凶』も出払っていましたから、『レナヴィスカ』と商人達で何とか……」
紅血晶の回収が終ったというのは既報だが、逸れに一役買っていたという彼女は『月の王国』を後にして古宮カーマルーマの周辺を護ってくれると堂々宣言した――つまり、憂いもなく戦えと言うことだ。
「遂に、か」
アカデミアと呼ばれた博士の私塾に出入りしていた『ニーナ』は傍らを見た。底にはリュシアンという少年が立っている。魔種だ、世界にとっての敵である。
「……リュシアン」
「アイツを殺すんだろ。俺も、協力する。けど、ローレットが厭だというなら、俺のことも討ってくれても良い」
リュシアンは『博士』さえどうにかなれば自分はどうなっても良いと低く告げた。
リュシアンは『冠位魔種』色欲のルクレツィアと繋がっている。妖精郷やカムイグラでの関与も噂され、全てがルクレツィアから『博士』を殺す為の力を得るための行いであったと本人は言う。
「『博士』って奴は執念深いんだ。此処で取り逃がせば、また、何かやらかす。
幸い、アイツはラサに土地勘がある。何処に潜伏してくるか分からない。……此処で討った方が良い」
「カーマルーマの力が揺らいでいて、この空間が消えるから狙い目って事かい」
「そう。『月の王国』の空間が消えるなら『博士』は必ず助手に遣えそうな偽命体や吸血鬼を連れ出して行く筈だ。
なら、今は未だ中に居る。間髪入れずに進軍するからアレが逃げ出す前にぶっ殺せるはずだ」
リュシアンが力強く行った。
博士は放置しておけば非人道的な人体事件や精霊の乱獲を行なう。そして、倫理に反する行いを続けながら悪事に手を染め続けるのだ。
未だファルベリヒトの力の残滓を手にしており、カーマルーマそのものを内部に得ているという博士。
もしも外に出せば、次は手薄になっているネフェルストを襲う可能性がある。そして――「烙印、が気がかりだな」とニーナは言った。
「『博士』の言を信じるなら、烙印は即ち精霊によるまじないだな。
呪縛、と呼んでも差し支えはないだろう。それを解くためにはカーマルーマの協力が必要不可欠、と言うことらしいが」
「カーマルーマは博士の中。もう、死んでるようなもんだろう。力だけ良いようにされてるんだからさ。
……博士を殺せば最後に残ってたカーマルーマが『種』を持って出て来てくれる。其れを煎じて飲めば――」
「烙印の効果は打ち消される、が、後遺症が残るかも知れないと言う事だな」
打ち消されるのは仮想反転状態と言う事なのだろう。
しかし、強い吸血衝動や結晶と化した部位や花片の血潮などは徐々に変化が消え去っていくと博士は言う。詰まり、解呪の効果は個人差が大きいのだろう。
「……さっさと烙印の効果とやらを打ち払わなければ」
「そんなことを何度も何度も何度も、繰返してんだ。此処で終わりにしよう」
リュシアンは地を蹴った。勿忘草の色の石が嵌まったナイフを手にしている。少年は、ただ、怒りばかりだっただろう。
ラサを乗っ取りたいと願ったのは、一人の少女だった。
リリスティーネ・ヴィンシュタイン。
彼女の言葉に同意を示し、ラサを奪った暁には全てを実験の材料に使用と博士は考えた。
その様な行いを、許せるものか。
――多少の犠牲は付き物だ。
君達が望んだんだ。
平和で誰も悲しむことのない、不条理な別れのない世界を、ね?
「……狂ってんだよ、何もかも」
リュシアンは呟いた。
反転した者が戻れる、というならば彼はブルーベルを、幼馴染みを戻してやりたかった。
不条理の中で力を得るために反転した者だって多いはずだ。
イレギュラーズにもそういう者が居たと知っている。
深緑でリュシアンは『元』イレギュラーズだったシスターと共に戦った事が記憶に新しい。
彼女がそうだったように、イレギュラーズの中ではそうやって、魔種となる者も居る。
彼等が元に戻れたならば――ああ、確かに不条理な別れのない救いの手が伸ばせる世界になる筈だ。
その為にラサを犠牲にしても良いのか? その為に犠牲は必要なのか?
それを許せるわけがなかった。美しい月が降り注ぐ――作り物めいたその空間で待ち受けていた男は「おやおや」と手を叩いて笑った。
「どうぞ、いらっしゃい。烙印の『進行』はお好みかな?」
- <月だけが見ている>magna operaLv:40以上完了
- GM名夏あかね
- 種別決戦
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年05月26日 22時10分
- 参加人数109/109人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 109 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(109人)
リプレイ
●月下の狼I
作り物めいた美しい砂の海にはこれまた精巧な芸術美を思わせる月が飾られていた。
まるで一枚の風景画だ。伽藍堂の砂の上に造りあげられた幻の王宮。蜃気楼が見せかけたかの如く荘厳なその場所は精霊の居所の中で唯一の人が手を加えた場所だったのであろう。
月はその存在を隠さず、太陽よりも尚も明るく大地を照らす。広き砂塵の方に存在していたまじないは最早存在していなかった。
誰ぞの花には美しい花が咲いた。それは水晶の涙を落とし、その体そのものを変化させていったそうだ。
流れ落ちる血潮の花片を食む優美なる衝動。体内に廻った血液と云う生物の生存には必須の物質を求めるという背徳感。
人体を人体たらしめる欠片の一つを飲み干せば、それはその者を喰らうた事になるだろうか。
生きる為に喰らう。食物連鎖の果ての果て。美しき女王陛下に傅いて、愛を乞いながら血潮を喉へと流し入れるのだ――そんな私達を月だけが見ている。
喧しい笑い声が響いていた。魔剣の声音は脳裏へと響く。身を苛む狂気に無理矢理突き動かされるようにしてベルトゥルフはその場に立っていた。
傭兵団『宵の狼』の現状はお笑い草だ。合議制をとると云うのは耳障りが良いが現実には頼りにならないリーダーを蹴落とす為の殺し合いだ。
その場に居ればベルトゥルフの周辺に居る団員達は真っ先に首でも刎ねて殺されていただろうか。彼等を護る為にと求めた力は皮肉にも男の正気をも飲み込んだのだ。
「あれぇ、来ちゃいましたよー? いいの?」
明るい調子で告げるアツキにエルレサは頷いた。ああ、だって、女王にまでその凶刃は伸びる。分かりきった終わりがやって来た。
「良いですよ。思い切り暴れてから『お父様』を外に出してやれば」
「あは、ついでに食事の時間にしようかな」
ぺろりと舌を見せたアツキはステレオタイプの『美少女吸血鬼』を思わせる外見をしていた。白髪に悪魔を思わせた翼、牙をぎらりと光らせて『招かれざる訪問客』を見詰めている。
「本で読む吸血鬼とはなんとなく違う気がすっけど」
「黒いマントを着て、ワイングラス片手に牙を覗かせて、最後は杭で心臓を打たれた青褪めた男が好きだったのなら悪いねえ」
揶揄うように笑ったアツキが左腕を天へと翳した。その掌に握り混まれたのは月光より作り上げたアイスピックであったか。
火群の元へと飛び込む。戦闘開始は呆気なく。腹を空かせた獣の背後には正気を失った傭兵団の男達が居た。
「ッ、巻込まない方がいいか」
彼等が触れた狂気はまだ、戻ってこられる。慈悲の一撃を団員へと放ちながらも火群はアツキの一撃をひらりと躱した。頬に一筋、溢れる血潮に舌舐めずりをする。
「俺の知ってる吸血鬼はドラキュラ伯爵なんだけど、こっちの吸血鬼はずいぶん可愛いんだなぁ。
ま、見た目はどうあれ放っておいて良い相手じゃないよな! 恨みはねーけどここで倒されてくれよな!」
揶揄うように声を発してからからミヅハは可愛いという言葉にウィンクをしたアツキに気付いた。余裕を見せているが――それを砕くのが狩人の仕事だ。
多種多様な形で仕掛けた罠。そして、穿つは――敵の背を狙った曲芸だった。
ミヅハの矢は真っ正面からアツキの背を狙った。アツキが「羽はだめ~」と巫山戯た声を上げているが気にもする価値はない。
アツキの周辺に舞い散った花が真空の刃となった。頬を掠めた痛みを感じれど、其れ等全ては頭が冴えてくると言うもの。
「……ちょっかいは出してくるかなとは思っていたけど警戒はしておくものだね。それ以上はやらせないよ?」
ラムダは低く囁いた。影に隠れ、吸血鬼達への強襲の機会を伺う。動き出したアツキとエルレサの不意を衝くように叩き込むのは10の光球を圧壊させた殲滅術式。
極光に「眩しい!」とアツキが大仰な仕草を見せた。ラムダは直ぐに機械刀を振り下ろす。続け、放つ堕天の煌めき。此処で容赦をする暇はない。
「炎だ」
「そう。焔だ。ねぇ、面白い? なかなか倒れない不思議な人間ってさ。でもね、これ、年中痛いんだよね。常に体が燃えてるのと変わらないから」
痛みを越えることは出来ずとも、焔は火群を繋ぎ止めようとする。
燼のような生き方だった。
ああ、だけれど、興味はある。業火を喉へと落としたならば吸血鬼はどんな顔をするだろう――?
「だから、ね。興味があるのならさ。お前らにも、分けてあげるよ――俺を苛んでる業炎の苦痛ってのをさ」
「ノーサンキュー!」
ぐん、と身を捻ったアツキのアイスピックを弾いたのは紫琳の放った弾丸であった。握る腕が仰け反ってアツキが「ぎゃあ」と声を上げる。
「申し訳ありませんが、足止め、封殺、その他諸々。引き際を弁えていただきましょう。これ以上の邪魔立てはさせません」
眼鏡の位置を只した紫林が放った重力弾が美しいアメジストの光を放った。着弾とともに、その場に縛り付ける。
エルレサとアツキを引き離すことが紫林の狙いであった。各個撃破し、越えねばならない。それはラムダとて同じ。突如としての強襲に、アツキが慌て始めたのは確かなこと。
「これまでも散々関わってきたけれど、あえて言わせて貰うわ。
月の王国だか吸血鬼だか知らないけれど、これ以上の好き勝手は止めて貰うわ。
貴方達していることが――悲しい運命を乗り越える為に取った非情の手段だとしても、ね」
ルチアは睨め付けた。事情は様々だ。吸血鬼にならなくては生き残れなかったものもいるだろう。誰だって、苦しんで生きてきた。
「それでも、許さないわ。始めた時は、それがどれほど善意からハッしたことであっても、時が経てば――そう、そうではなくなってしまうのだから」
始まりがなんであったって。変質してしまった希望の前には何も存在してやいない。
声を聞き、剣をとった。乙女は進むべき道を示す。天命は、この戦場へ行けと囁く。
ルチアの支援が光り輝いた。眩く、進むべきはいずれか――
「とりあえず、逃がすわけには行かないからね。わたしができるのはお手伝い程度だけど、ここで二人とも落ちて貰うよ!!」
Я・E・Dは『少しだけ本気を出し』た。連携を行うならば片方を落とせばガタガタになる。ゴリョウたちへと前線を任せ、放つ――!
「うわ、こっちきた!」
叫んだアツキに対して『にっこり』と微笑んで見せたのは正純だった。弓を携え、研ぎ澄ます。
「見付けましたよ、『吸血鬼』アツキ。今回は貴方の玩具は何もありません。竜擬きも弄ぶ人形も何もない。ここで倒します」
吸血鬼を穿つ銀弾は用意できなかったが、彼女を穿つ『銀弾(いちげき)』は携えてきた。
「正純、手伝ってやるわぁ。終わったら飯奢んなさいよぉ。前に出るから回復よろしく、タイム」
ごきりと首を鳴らしたコルネリアに正純は頷いた。揶揄うように微笑んだのはタイム。「私もお話相手がいるの」と瞬けば、ゼファーが「変わりましょうか?」と冗談めかす。
「どうしましょう。けど、お話ししたいことがあるのよね」
タイムは指先を唇に当ててからそっと降ろした。一度姿勢を整えたかのように見えたエルレサが「アツキ」と呼ぶ。
「……知り合いが次から次へと来るのって走馬灯っぽくない?」
「いやだ、死ぬみたい」
まるで『姉妹』のように彼女達は語らった。それでいて、最も救い難いのは彼女達が退く気も無いことだ。
「あれから随分とご活躍だったみたいね、アツキ。それから初めましてエルレサ。
わたしね、人の気持ちを利用して平気で笑っていられる人、キライなの。そう、あなた達みたいな人」
「嫌われちゃいましたね」
「大丈夫だ。僕は好きだよ」
エルレサの傍へと勢い良く飛び付いたのは愛無だった。ぐん、と一度エルレサが後退するが、その足元へと向けた弾丸が叩き込まれる。
エルレサへと向けて放った弾丸。それが柔く肩口を抉り取る。紫琳の研ぎ澄ました狙いから遁れることは出来なかったか。
「やな奴」と思わずぼやいたエルレサは至近に迫る愛無を見詰めた。熱烈なラブコールに応えられるほど『彼女』は余裕がない。
「『お義父さん』に挨拶は済ませた。『傭兵』として仕事もした。義理は果たした。そろそろ我慢も限界だ。
誤解が無い様に最初に言っておこうと思うんだけど。僕が君を喰い殺すのは烙印なんぞ無関係さ」
「あは、元から食べるんですか? まるで、此方(ヴァンピーア)より化物めいている」
エルレサの声が弾んだ。愛無はそうだろうよと呟いた。愛無は愛無の意思で喰いたいものを喰らうだけだ。それ以上はない。
強いて言うならば――目を離したら直ぐに死んでしまいそうな、愛が重ための少女が好きなのだ。
「君の『父親』への執着とか傷つく事への忌避感とか知りたい事は沢山あったんだけど。お茶の機会がなさそうなのは残念でならないよ」
「なんなら『父』に頼んで写真でも撮って貰います? ツーショットで。どちらかは死に顔でしょうけれど!」
エルレサが大地を蹴った。砂が舞い踊る。愛無が伸ばした手を掻い潜らんとした娘の行く先を塞ぐようにゼファーが滑り込む。
「ああ、もう」
思わず呻いた。ゼファーが受け止めたエルレサの短剣。銀の鈍い光。お誂え向きの吸血鬼の命を絶つ『ぴったり』な武器。
「やれ……コンディション最悪だってのに、結局こういうとこまで出張っちゃうのよね……師匠(おじいちゃん)がいたら、鼻で笑うんでしょうねえ。
……うん。そう考えたら俄然ムカついて元気出てきたわ?」
ゼファーは子供っぽく唇を尖らせた。相手はどうやら固執しない。愛無のラブコールを受けたってひらりと逃げてしまう。相手を選ばず、死に場所さえも選ばない、なんて――なんて『奇遇』なのだろう。
「似た相手っていやになるわよね」
「そっくり言葉を返しましょうか」
ひらひらと、飛んで行ってしまいそうな『私達』。互いに血の繋がりなんて無くっても、構わなかった。
「そこまでして、博士(ちち)を殺したいんですか?」
「博士……? 随分前に聞いたような気はするな。そこの少女がそれの娘を名乗る吸血鬼、あとはおまけってわけか。
まあなんだっていい。とりあえず斬って捨てて、それで十分だろう。そこに理由など無い、ただあるならば救済を行なう――それだけだ」
ゆっくりと竜真は剣を向けた。大地を蹴る。エルレサの感傷も事情も何もかもに興味はあるまい。バルムンク、不可能なる幻想を穿つ。
その一撃を受け止めた銀が軋んだ。エルレサの瞳がじろりと竜真を睨め付ける。
「ご興味を持って下さい。これでも、事情がたっぷりのレディですが」
「世界へ破滅を齎す悪人……だろう?」
竜真の双眸に見詰められてから「ああ、こんなに興味を持って頂けないなんて、父に叱られて仕舞いそう」とエルレサが喉奥で笑う。ゼファーは嫌になるほどの親子愛に噎せ返るような感情をごくんと飲み込んだ。
「……娘、ね。父、か。血の繋がりがなくたって、ってトコかしら。
嗚呼。腹が立つぐらい分かるわよ。私にも、其れ位大切だった、親代わりがいたもの」
だから、此処で彼女は戦っている。戦わなくっちゃ、生き残れやしないから。全ては『 』の為の――
●月下の狼II
団員達を出来れば救ってやりたいとリスェンは考えて居た。目にすることの出来ない狂気から目覚めることが出来るならば――
「気付いて! その人はもうベルトゥルフさんじゃないんです。もうこれ以上血を流さないで……」
光を放つ。ただ、それだけでもリスェンは気付いて仕舞った。ベルトゥルフはこの状態になったって、慕われていたのは確かなのだだろう。
「今までのひどい事件が全部実験だったなんて……そんなの許せないね!」
アクセルは戦場を見回した。此処には幾つもの思惑が存在している。吸血鬼に、『傭兵団』、それらを解きほぐすための一助に離れる。
広域を確認しながら、傭兵団の団員達を殺さないようにと気を配る。それこそが、此度に必要な事であるのだ。
ベルトゥルフを慕ったが為に命を落としたなど有り得て良いとは思っては居ない。イリスとて同じだ。
「博士(あんなやつ)のせいで、これ以上犠牲を増やしていいなんてことはない、そうでしょう!?」
イリスの攻撃を受け、ふらつく団員をアクセルが無力化していく。博士を逃がすわけには行かない。だが、『もしも』の時に周辺戦力を漸減させておかねば博士を取り逃がす可能性さえあるのだ。
「ああ、もう、無為に死んでいくことは意味が無いのに!」
狂気とは厄介だ。吸血鬼達をも護らんとする――イリスはふと、思う。傭兵であるからには吸血鬼達を護る為の依頼でも受けている『形』なのか。
正しく、傭兵らしい動きだが、厄介そのものだ。
「此の儘押しきりましょう! むんっ!」
イルミナ自身には烙印の影響はない。だからこそ強気に前へと出てエルレサとアツキの間へと滑り込む。分断し、連携を無くすのだ。
「正純さんにアツキをお任せするっすよ!」
割り込みエルレサの背後より放つ燦爛たる閃光。コア・スフィアよりエネルギーを腕へと纏わせ叩き切らんとする。エルレサは「もう!」と声を荒げた。
「面倒ですね。本当に!」
「面倒がるな。どうにも港にも胸糞悪くて虫の居所も悪くてしゃあねえ事件なんだ。
だからこれはただの憂さ晴らしになるな、お前さんらにゃ関係ねえかもしれんが。なぁに今更だろ」
「父のしたことですからね?」
エルレサは娘に押し付けるだなんてと唇を尖らすが知ったことかとバクルドはライフルを構えた。
エルレサは掠めて溢れた花片を気にする事も無い。掌を血へと向ければ、赤い血潮の結晶が槍を作り上げた。
美しく澄んだ槍の穂先に煌めいたのは銀のナイフ。
「それなら本気を出しましょう。遊んでいる場合でも無さそうですし」
義腕の利こうにより衝撃を発生させるバクルドに構えた。身近な道具(ウデ)に頼ったバクルドは暴力的な生存術を用いて先へと進むことを望んだ。
「吸血鬼騒動に加えてイカれポンチが一枚噛んでたってとこか。
……散々狂わせてまだ先は考えてませーんってか? さっさと死んでくれっての。
直接しばきに行きたい所だが、結構な人数が向かうみたいだし俺は突破口を開く事にするか」
「あら、酷い。研究は進んでいるのに邪魔をした人がそんな事を言う!」
エルレサに指差され不愉快だとマカライトは眉を上げた。周辺に存在した団員達を相手取る。偽命体が王宮内から出てくる様子を見れば、露払いは幾ら在っても構わないだろう。
無力化を図るため、全面的制圧を行ない続けるマカライトの傍でじゃらりと黒き鎖が音を立てる。
手を伸ばし藻掻く男達。団長を護る為だとしたって、自我を喪えば最早ただの怪物だ。
「ふむ、連携が得意とは。これは私達も負けてられないかな?」
「俺らの場合は連携しているというより、それが普通だからなぁ」
微笑むルーキスは連携の年期で言うなら負けるつもりはないのだとルナールを肘で小突いた。
夜の魔典を捲るルーキスの傍より広がっていく泥。魔素を蓄える霊衣を纏ったルーキスを気遣う様にルナールは振り返る。
「いやはや流れが良く似てる。環境が違えば良い友人になれたかもだ! ほら負けてられないよルナール先生!」
「ま、ルーキスも俺も……こういうペアで動く事に関して負ける気は毛頭ないだろ?」
揶揄うような声音。ルーキスを庇い、彼女をアタッカーとする。分断された二人の間に立っていたルナールは思う。
確かにそうだ。場所が戦場ではなく、相手も敵でなかったならばルーキスと相性の良い隣人になれただろう。悲しいがここは戦場、相手は敵。
残念だと思えども――『これが戦いならば割り切れてしまった』
油断など、そこには存在していなかった。Я・E・Dは最初から本気を出していたから。
ほんの少しだけ体軸のズレはなくなった。ほんの少しだけ動作の無駄が消えた。ほんの少しだけ、思考の遊びが消えた。
ほんの少しだけ――きりっとなった、ただ、それだけ。
それだけでも、執拗に追い求めた先へと続いてく。
(烙印で苦しんどる友人のためにも、この戦い、負けるわけにはいきません。全力を尽くしましょう)
支佐手は修復プロトコルをはつどうさせ、水銀を塗布した剱を手にし、戦場を走る。
「おんしには此処でしばらく、わしと遊んでもらいます」
エルレサを引き寄せる支佐手の剣より顕現したは蛇神であった。巳の姿を借り受けたそれは局地的に雷をも発生させる。
神鳴りの気配とともに、黒蛇衆の戦装束に身を包んだ青年は虚ろの面の向こう側、決意を確かなものとする。
「よう嬢ちゃん! ちょいと俺と遊んでいこうぜ!」
ゴリョウは何度も声を掛ける。エルレサとアツキ。その間に入り込んだ彼は鋭く叫んだ。
「喝ぁアッ!!!」
自然との調和を。賦活に変えて支え続ける。睨め付けた金の眸。眼差しに乗せた違和感がエルレサを繋ぎ止める細い糸だった。
「嫌になっちゃいますよね。人気者は」
「はっはっは、大丈夫だ、嬢ちゃんだって人気だろうよ」
「何方の意味でも嫌ですよ」
アツキが狙われていることも。エルレサを繋ぎ止めんとするイレギュラーズの数の多さだって。
吸血鬼になったからには――父の為に生まれたからには――せめて、成果を生み出したかった。
自らは所詮は『失敗作』だ。反転から戻ろうにも混沌の法則が邪魔をする。ただ、その邪魔が何であるかを博士は解き明かしたかったか。
「私、烙印二つあるんですよ。だから強いんです」
微笑んだエルレサにゴリョウがぴくりと動いた。仮想反転の烙印が二つ。多重に『反転』という意味か――
「あなたはこっちよ! そろそろそのお喋りをやめて頂戴」
タイムは鋭く睨め付けた。正純を護り、彼女をアツキの元へと送り出すのがタイムの役割だった。
「博士の研究の為にこれ以上誰かの涙を見たくない。だからここで膝を折る訳にはいかないの!!」
「いやだなあ」
福音砲機がコルネリアの命を燃やす。弾丸が弾き出た。アツキがぐん、と身を逸らす。
だが、避けきれるものではないか。タイムの唇が動く。その音をアツキは気付いて目を見開いた。
――さよなら、二度と会いたくないわ。
決別は、唐突にやってくる。
「アツキ――――!」
正純が叫ぶ。穏やかな娘のかんばせが歪む。
金に輝く瞳に魔力の破片が映った。星が散る、鮮やかなそれが帯びた光が毀れ落ちる。
「その心の臓、貫いてみせる!」
決意こそが――銀弾だ。
「此処で、堕ちときな!」
押し込めば良い。コルネリアの『命』を弾丸に変え、放たれる。
「ぶち抜け、正純ィ!」
アツキの体が跳ね上がった。胸を貫いた矢が、その細い体を貫いて、天に光る。鮮やかな花が散る。
眩すぎる花の色、散り行く気配と共に天を乞うたように指先が空へ。
「さあ、エルレサ君」
食事の準備は完璧だ。愛無を前にしてからエルレサはふっと唇を吊り上げた。
「死ぬなら良い月夜だと思いませんか?」
美しい烙印が二つ、見えている。その意味合いを考えながらタイムは問うた。
「その効果は出た?」
「いいえ。私はダメだったみたいですね。でも、耐えた。烙印に耐えられたから……父は愛してくれた」
うっとりと笑うエルレサにリアは唇を噛み締める。
「烙印はアンタにとっての家族の証明なのでしょうね
アンタが博士への歪な感情を拠り所にしていたなら、それは間違いなくアンタにとっての家族であったのだと思う……別にあたしはそれを馬鹿になんてしないわ」
家族の情が、血の繋がりなんて無くても。利用し合う中にでもあったというならば――否定なんてしたくはなかった。
「でも、それも終わりよ。博士もアンタも、ここで討つ」
もし違う形で出会ったならば、彼女とは友達になれただろうか。エルレサの音色は歪で有りながら、どうしても心地良く感じられたのだ。
傷付く度にエルレサの躯からは花片が溢れ出す。エルレサはただ、一人踊るように月の下立っていた。
「エルレサ君、僕は君に焦がれている」
愛無の囁きが近付く――それは死の間際にやって来て「ばくり」と喰ってしまうのだ。
骨の髄までそのすべて、愛し在ってしまえば、もう『おしまい』
●月下の狼III
「友人達の為にもワシは行かなければならん。ジョージ殿! ワシなりに戦況を考えたが……」
広域を確認していたオウェードにジョージは頷いた。選球を確認し続ける戦士達。眩い光を放っていたジョージは「作戦は簡単だ」と口にした。
「正直、壊滅状態の傭兵団を生かして貸しを作る意味合いは薄い。義理もない。始末したほうが後腐れもない。
……だが、守ろうとした団長には、共感を覚えた。我ながら、面倒くさい性分だが、助ける理由には、それで十分だろう」
「ああ、同意しよう。まだ救える命だ、全力を尽くそうか」
マッダラーの声を聞き、ジョージは鬨の声を上げる。仲間を、前へと進めるために。
「さぁ、来い! 団長を守りたいなら、まずは俺達が相手だ!」
ベルトゥルフが為だと決意する団員達を喪うわけには行かない。
「まだ、救える人達が居るのなら…手遅れになど、させません……!
此処に至るまでのラサでの戦いは、あまりにも簡単に、命が零れていきました……から」
メイメイはぎゅうと目を伏せた。宵の狼は有存が所属していた。あの場に居たとして、メイメイが何を出来たのかは分からない――けれど。
(この方達は『ひと』であった頃の有存さまを知っている方達……彼が生きた証、が、残っていく事を願っています。
もし、彼は此処に居たって……有存さまは、屹度、ベルトゥルフさまの狂気に――けれど……)
眩い光が、全てを守るようにと願わずには射られない。桜色の結い紐を揺らがせて、小さな羊は祈りとともに薫り立つ風を吹かせた。
無風であった砂の海に吹いた風に背を押されジョージとマッダラーが進む。
泥人形に命と呼ぶべきものはないのかもしれない。それでも、だ。
「団員を救って男同士の戦いの憂いを絶つのも、悪くない役割だ。
この戦いは生きとし生けるものすべての意志を貫く戦いだ。
人が人を思うこと、それを悪辣な手段で踏みにじろうとする奴らの思い通りにさせてたまるか。その為に俺はこの場にいる」
何人だって掛かってこいと豪語するオウェードは片手斧を振り上げた。引き寄せ、何でもかんでも巻込むように斧を振り下ろす。
瀟洒な動きも必要なければ、ただ、敵を引き寄せるのみ。救うが為の決意があそこにあるならば恐れるものも何もない。
「魔種とは違ってまだ戻ってこれると言うのなら、その一助になってみせましょうとも」
ボディは進みたければ越えてみろと堂々と立っていた。狂気の一撃など己に影響など感じさせない。
電気仕掛けの魂喰らい。改良版たる『魂の暴食』はこの場でも自らの信念を表すかのようであった。
宵の狼の団員達はこの先の舞台には必要ない。ボディはそうと知っている。これより始まる『戦い』は――
「生憎ながら、演目のプログラムとは変化していくものなのですよ」
様々な演目として変化していくのだから。千尋はボディの肩を叩いてからひゅうと口笛を吹いた。
「タイマン張りてえ男がいて、それを邪魔する連中がいる。
それなら俺がやる事は一つだよなァ! 俺は『悠久ーUQー』の伊達千尋!
このタイマンに割って入りたきゃ、俺を倒してからだ! ――貸しだぜ、石油王(ルカ)!」
石油王と呼ばれたルカが千尋を見詰めて唇を吊り上げた。携えた黒犬の重みを背に走る。
花道を作り上げるのは千尋やカイトの役目。支えるのはリックと共に動くイヴだった。
「支える」
「オーケー! 俺っちたちに任せてくれよ!」
リックはラサの傭兵は少しばかり知っている。統率された戦いは天晴れとも言わしめるが、それだけでは終われない。
仲間達を観察し、リックに背を押されながらカイトは団員達を殺さぬように気を配った。意識を奪うならば、光の如き鮮烈さ。
「『助けたい』、『護りたい』。その志は立派だが――『相手を間違えるなよ』。
他人に良いように使われる志は玩具と変わりねぇ。だからこそ、刺激的な気付けをくれてやる。……目を背けてくれるなよ?」
そうだ。救いが必要だというならば、目を覚まさせてやれば良い。彼等だって、思う全てのために立って居たのだから。
「どうせなら生きていてほしいもの。だから諦めない。
最初から仲が悪かったなら今から仲良くなれば良い。生きることを諦めるなんて言わせないんだから」
エトは静かな声音でそう言った。アイラが前に立っている。彼女に全てを預けるように此処まで来た。
黒いロリィタコートを揺らがせて、月夜の下にエトは立っている。こんなにも美しい空だから――放った全てが光に変わる。
無数の弾丸は星くずだ。それから、踊る蝶々を追掛けたくなる気持にも間違いは無い。
悪しきを拒み、影に光を。全ての命に祝福を。
――今日起きたことも、傷付けあってきたことも全部全部夢にしちゃっていいですから。だからもう、狂気の声なんて聞いちゃだめですよ。
優しく囁いたアイラは「さあ、眠って下さい」とそっと手を差し伸べた。
「誰かを傷付けることをよしとしてしまったら、もう元には戻れませんから。
だから思い出してくださいね。同じ団に居るってことは少なからず情だって尊敬だってあったはずですし!」
貴方が大切にしたのは――?
「……全く、師匠の一大事って時にリュカもゆえもいないんだから。
アタシ一人で男の勝負を特等席で見るとか心臓に悪いわよ。でも解りやすくて最高よ、とにかく邪魔な奴をグーで殴るいつものことでしょ!」
顔面が良すぎる男を横目で見てから「ま、リュカは居ない方が良いのかもね」と呟いた。彼女に背負わせる荷物は出来る限り少ない方が良い。
代わりに居ますよと言いたげにひょこりと顔を出した朱華はにんまりと笑う。
「ルカが一人で幼馴染みのところに行くって事でしょ? 男のタイマン勝負ってヤツよね?
――ええ、ええ。いいじゃないっ! そういう事なら私も幾らでも協力させて貰うわっ!
まっ、敢えて言う事があるとするなら……負けるんじゃないわよ?」
此処が特等席だと笑った朱華が手にしていたのは象徴的な焔の剱――彼女にとっての『象徴礼装』だった。
にいと唇を吊り上げる。朱華の傍で大地を蹴った鈴花は「そうね」と頷いた。簡単な話だ。ルカが『勝つため』の舞台を整える。
最前線にまで突っ走って、道を切り拓く。殴ればそれで全てが終る。つまり、ルカの為の舞台を整えてやるのだ。
「邪魔したいならまずアタシらを倒す事ね! 行くわよ、朱華!」
「オーケー。ぶっ飛ばしてやるわ! 特にそこの剣!」
指差されたブリードがげらげらと笑い始めた。「え、なんか笑ってる」と思わず呟いたのは咲良だった。傍らのエーレンを見上げた彼女の表情は困惑に満ち溢れて居る。
「アレが邪魔立てをする魔剣か。成程……」
「アレを折れば良いって事だよね? それに、ベルトゥルフさんの大事な団員さんもいる。大忙しだよ」
正義の味方として咲良は決意をしていた。それだけじゃない、傍らには彼が、エーレンが居る。それだけで強くなれる。
「魔種とは言えども昔の友達とタイマン張らなきゃいけないなら、その環境を整えるのも仲間ってもんだよね!」
「ああ。昔の顔なじみとの決着をこの手で付けなければならないとなれば、その心労はいかばかりか。
せめてもの手助けをさせてもらおうじゃないか。……幸い隣には頼りになる友もいる。やってやろうじゃないか、咲良?」
「勿論! いいじゃん! アタシたちも全力で手助けさせてもらうよ!
狂気がすごいとか何とかあるかもしれないけど、みんなでどうにかしていこう! ねっ、エーレンくん! 今回も頼むよ!」
にんまりと笑った咲良は勢いを付けてブリードの元へと飛び込んだ。ベルトゥルフが握る魔剣。それを『へし折る』事が狙いだ。
ブリードがベルトゥルフと同化している内は一騎打ちになどなる筈が無い。咲良に引連れられるように前線へと飛び込むエーレンが鯉口を切った。
「鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ! ――義によって、助太刀する!」
きん、と鈴鳴る音と主にブリードにぶつかった刀身。
押し込むように咲良は勢い良く蹴り上げた。砂の海に掌を突いて蹴り上げる。ブリードが跳ね上がった隙を逃すまいとエーレンが放つ一閃。
シンプルだが、慣れた技である方が相応しい。ベルトゥルフは唇を吊り上げる。
「……楽しいな、ルカ」
「ベル、お前とこんなことになるなんてな」
向き合った青年達。その二人を裂くように魔剣が笑う。喧しいとし替え居着けるかの如く、洸汰がパカパカーと共に突撃してくる。
「今は、ルカとトモダチの、大切な時間なんだ。誰も割って入っちゃいけないんだぜー!」
魔剣の邪魔なんてさせやしない。魔剣も、周辺の団員達も全てが全て、邪魔なのだ。
「タイマン勝負ってのは神聖なんだぜ!」
「おう、そうよ。…ボウズのお膳立てってのもたまには悪かねえ。
男同士なら、バチバチに殴り合って『話し合う』モンさ。さあて――まずはそこの鉄クズをへし折ってやらなきゃなあ
そのギョロついた目ン玉、ほじくり返して二度と太陽を拝めねえようにしてやるぜ!! 行くぜ、ガキンチョ!」
「おう!」
洸汰の背を走りと叩きグドルフがずんずんと進み行く。赤き翼を有したカイトは「一騎打ちにならないなら魔剣壊せば良いんだよな!?」と声を掛けた。
カイトの編み出した緋色の羽根による戦闘術がブリードを狙う。ぎん、と鈍い音をさせ「やめろってー傷付くじゃぁん」と楽しげな声を上げた魔剣を睨め付ける。
「壊すんだから傷付けるに決まってんだろ!」
「そうだそうだ」
洸汰とカイトの声を聞き、グドルフはルカに危害が及ばぬようにと立っていた。それは気を配ったのではない――寧ろ、自らにとっての良きコンディションに整えるためだった。
「1対1で決着をつけたいなんて、オトコノコだよねえ。
せめて個人として決着をつけたいという気持ちはわかるよ。なら大人のオネーサンとしてはそれを援護しなきゃね!」
大人、と呟いたスティアにサクラが「大人でしょ?」と笑いかける。首を傾げたスティアを見詰めていたサクラは何か言いたげではあったが――
「大事な戦いで悔いが残るのは良くないよね。思う存分、暴れてきてね。それじゃ行こっか! サクラちゃん!」
「じゃあお手伝いと行こうかスティアちゃん!」
二人は魔剣だけを見詰めていた。魔剣、それは『正義の国』の出身である二人にとっては許されざる不正義でもある。
「貴方は一寸お邪魔だよ!」
聖剣を振り下ろすサクラを援護するスティアの瞬く様な意思の魔撃が天使の羽根と共に舞い踊った。
「決着の邪魔はさせない! サクラちゃん、あれ、折った方が良いかも」
「スティアちゃん!?」
「折らなきゃダメかなあ? 刀、受け取ってみたんだけど、うーん」
燦々と降る雪のように遮断する領域を作り出したスティアは素手でブリードを掴んでいた。突飛な行動に目を剥くサクラは「折ろう」と直ぐさまに決心する。
「任せなさい! オラァッ!」
「鈴花、おしとやかに!」
朱華の声に鈴花が「固いじゃない」とクレームを入れればグドルフが勢い良く飛び込んだ。
「任せろ! クソッタレ!」
「ギィッ――!?」
ぎん、と音を立て、『折れる』。だが、まだブリードの気配は残っているか。尾を引きそうだと睨め付けてから「これからのお楽しみだな、『剥がれた』んだからよぉ」とグドルフは笑っていた。
「負けるんじゃないわよ絶対、まだまだ教わりたいことも山ほどあるのよ!」
「負けたら琉珂が煩いわよ」
亜竜種の二人に励まされてからルカが唇を吊り上げて笑った。元から負けてやるつもりなんて毛頭無いのだ。
「おめえらの事情は知らねえし、どうでもいい。だが――狂気を都合のいい言い訳にするなよ。
イカれちまったからしょうがねえ。そんなもんで逃げんな。後は二人でケリつけるこった。どっちが死んでも、骨くれえは拾ってやる」
グドルフの声に背を押されるように、ルカはベルトゥルフの前へと歩み出る。
ぎゅうと己のローブを握り締めてフランは唇を噤む。
(『お前は俺が困った時にいつも助けてくれるな』なんて、もうほんとさぁ。
ルカさんはほんとに強くて格好いいし男前なのに鈍くて女心が分かんなくてズルくて! ――でも、それがルカさんなんだ)
分かって居た。諦められないような恋心。けれど、彼を支える事は今日はダメ。
回復で手助けをするのはフランの役割だった、けれど。それさえ今日はダメ。
(……でも、それを望んでるんだもん――男の人は大人でも子供みたいで、それで楽しそうだからほんともう!)
フランがルカの背を押した。ギュっと魔力を絞り出してヌッと使うなんて説明しなくっても、あなたは理解してしまったでしょう?
「……絶対負けないでね、ルカさん!」
彼が走って行く。
構えた剣さえ捨て去った。ベルトゥルフもルカも喧嘩をしているかのような、雑な殴り合いだった。
まるでそこには作法もない。相手が剣を失って己が剣を握る意味なんてないとルカは理解していたのだ。
「イレギュラーズも魔種も跡取りも何も関係ねえ! ――俺とお前だ。唯のルカとベルトゥルフとして勝負しろ」
拳で、蹴りで、頭突きで。ルカに向けてベルトゥルフが砂を投げる。目潰しに思わず呻いたルカの顔面をベルトゥルフが殴りつけた。
姿勢が揺らぐ。ルカが踏ん張りベルトゥルフの脇腹へと蹴りを放つ。呻く声と共に「ルカァッ!」と呼ぶ声をした。
――莫迦らしい話だ。幼い日を思い出す。こうやって喧嘩したこと位山ほどあっただろう。
どれだけみっともなくても最後の最後まで相手に勝とうとする。何時ものことじゃあないか。
「格好悪いと思って言わなかったけどよ、俺は嫉妬してたんだ。
お前は道を切り開く力と意思を持ってた。きっと先を行かれると思ってた。
ディルクのアニキや親父は俺の目標だが……お前はライバルで目標だったんだ」
「でも、お前は俺を置いていった! 俺だって、お前に嫉妬していた!
お前はクラブガンビーノがあった。特異運命座標にだってなった。俺の目標は直ぐに遠離ったんだ」
「違う。俺は運が良かった」
「運も実力だ、ルカ」
「は、博打なんかで勝敗が決めれるかよッ!」
ルカが地を蹴ってベルトゥルフを押し倒す。大地に勢い良く転がった青年は「退け」と叫ぶが立ち上がる力も無い。
「俺は――お前になりたかったんだ、ルカ」
「……俺もだ」
互いが、互いに大事だった。それが目標と呼ぶべき存在だったのに。
それだけ、我武者羅に殴り合った。
「――楽しかったぜベル」
屈託無く、少年のように笑いかけた。
「俺もだよ、ルカ」
目の前の男が発する滅びは、どうしようもなく二人の関係を解れさせ、未来を、分けてしまった。
「だから、俺を殺せよルカ。……それでケリをつけてくれ」
ベルトゥルフが両手で顔を覆った。ルカの下で躯が震えている。
泣いているのかとは問わなかった。
――永劫の別れなんてものは、呆気ないと、『傭兵』であったからには知っていたからだ。
●magna operaI
「――博士」
花丸はそっと呟いた。博士とは何か。博士とは、誰か。それは多岐に亘る活動を行なってきた男と一言では片付けられないことを意味していた。
「色んな人達の悲しみの元凶になった人……何だよね? そんな人、放っておく事なんて出来ないよ。
それに烙印を受けた人達を助ける為にも何とかしないといけないんでしょ? だったら、尚更負けられない」
ぐ、と拳を固めた。傷だらけの拳に確かな決意を載せる。ここまで踏み込めたのは外で有象無象を引き受ける仲間が居たからだ。
(ここからは私が――!)
花丸は偽命体を引き寄せた。それらは唇をだらりと開けて舌が押し流すように揺らいでいる。生きている訳でも、死んでいるわけでもない狂気の様相。
(酷い)
呟いた花丸は大地を蹴った。傍らにはリュシアンが居る。ジナイーダを見詰める青年の肩をばしんと叩き走り出す。
「行くよ」
決着を付けたいと願うのは、誰もが同じだ。その決意は揺らぐことはない。
「リュシアン殿と一緒に戦うのは二度目ですね。
拙者はBちゃんの友達です。友達の友達なら友達みたいなもの! つまりリュシアン殿も友達ですよ!」
「魔種相手に気易い奴だな」
リュシアンは悪い気はしないとでも言う様に笑った。己が好かれる立場ではないことを理解しているのだろう。勿論、ルル家もそれは認識している。
シフォリィが鋭くリュシアンを睨め付けたのは彼が彼女の『幼馴染み』を反転させるに至った存在であるからだ。
「貴方と決着を付けたいのはやまやまですが……今倒すべきは博士。ならば敵の敵は味方ということです。……引導はいつか、必ず渡しますから」
「待ってるよ。名前も覚えた、シフォリィ」
リュシアンへ「行きなさい」と背を向けてからシフォリィは真っ向からジナイーダを見詰めていた。
「リュシアン」と呼ぶ彼女の声に彼が引き込まれないように。ルル家はそればかりを気にしていた。
相手は博士だ。正直な感想では『性根が腐っている』相手であることは確かだ。リュシアンへと最大級の嫌がらせをしてくる可能性がある。
「リュシアン殿! 助太刀しますが! リュシアン殿を助けてやりたいと云うよりも、Bちゃんをひどい目に遭わせた博士を許せないという事です!」
寧ろ、その方が最もやりやすい。シフォリィのように、何時か自身を殺す日がやってくる。
馴れ合えば、心が苦しくなる事を知っている。
「リュシアン……?」
ほら、ジナイーダが直ぐ傍に。
「リュシアン。私は"あの子"を反転させた貴方を絶対に許しはしない。今は刃を向けないだけで、馴れ合うつもりもない。
だから、遠慮なく口も手も出させてもらうわ。彼女を――ジナイーダを目にした程度で躊躇ってるんじゃないわよ!!」
お前は仇だ、とアルテミアは叫んだ。エルメリアは、美しく聡明な娘であった。たった唯一、恋がすれ違っただけだった。その唯一が重たい。
リュシアンはアルテミアをまじまじと見てから「エルメリアは、良い子だったね」と肩を竦める。
「ッ、どの口が――」
「でも、俺は謝らない。俺は博士を殺す為にオーナー……ルクレツィアの指示に従って力を得た。
それは俺が背負うべき罪で、アンタが俺に抱いた気持は尤もだ。殺されることが罰なら受け入れる。その覚悟だけはしてきている」
「……そう。なら、分かってるでしょう?」
すうと、研ぎ澄ませたプリゼペ・エグマリヌ。その瀟洒なる切っ先は銀青の気配を帯びた。
「あ、リュシアン……もう! 折角皆で遊ぼうと思ったのに」
「ああ、そうか。ごきげんようお若いレディ。ピクニックの準備中に悪いが、一緒にお喋りでもしようじゃないか」
恭しく頭を垂れてセレマはジナイーダへと声を掛けた。リュシアンが走り抜けて行く前に美少年は確かめた。
――おい、坊主。この小娘に通りやすいイメージはあるか? と。
リュシアンは言う。彼女は戦いに何ててんで向いて等居なかったから。分からないと。ただ、未だにその精神は平穏の中に居て、彼女の取り巻く花は勝手に動き人々を攻撃しているのだと。
(実に悪趣味だな。博士とやらが作り上げたものというのは。
……しかし、残念だ。ボク好みの景色に知識もあるがモノにはならないか。
ここまで逼迫した状況にならなければ物色の機会もあったろうにな。もったいない)
博士、とやらはセレマにとっての友人に成り得ただろうか。その答えは出ないまま、観察し続ける。彼女の気配を、生き様を。
「……ジナイーダは俺が止める。俺はよく知らないけど……戦場でひだまりのように笑みを浮かべながら、花弁で周りを傷つけるような子じゃないだろう!
だから終わらせる……これ以上あの子の大切な人の心が傷つけられない為に!!」
ウェールは重ねていた。梨尾と――自らの息子と殺し合ったその時を。長男の嗚咽が、悲痛な面が、必死に父を救わんとしていたあの時を。
大切な誰かと殺し合うことの苦しみをウェールはよく知っていた。召喚され嘆いても悔やみ続けるしかなかった。
あかあかと光り輝く弾丸がジナイーダの花片に当たる。無垢な、何も戦うつもりなんてない少女。
「勿忘草。二月七日の誕生日花。……花言葉は『真実の愛』『誠の愛』『私を忘れないで』等々。
そんな花言葉の花弁で切り裂いてくるとかヤンデレに感じるっきゅけど、表情や仕草、本人の雰囲気が普通の少女っきゅね……」
屹度彼女が望んでいないことはレーゲンにもよく分かって居た。ウェールは頷く。ジナイーダに撃ち続け、此処で彼女を止めなくてはならないという決意を固くする。
(ここで躊躇っちゃだめっきゅ……平気に見えても心の奥底では周りを傷つける事に嘆き悲しんでいるかもしれないっきゅ)
――彼女がそうあるように作られたというならば、本来の彼女を歪める行いを許してなんて置けなかった。
癒やしの気配を放ったのはオパールグリーンのハンドベル。振るう度に風の鐘が響く。その音色はレーゲンとグリュックしか聞こえてなど居なかった。
綺麗な花には棘がある――とはいうがひだまりのような娘を見て居るトウカは不安でならなかった。
痛みを感じず、何時だって微笑んでいる彼女と言うだけでもやりにくいが突然正気に戻ったならば――?
「……泣きながら、助けてリュシアン……とか大声で泣きだすとかで近寄らせて花片でザクっとするとか。
演技、本心、仕組まれた本心。どれもが厄介……死にかけて正気を取り戻す奇跡とか信じたくなるもんだ」
それだけ彼女から漂う気配は悍ましさを孕んでいた。トウカは感じ取る。嘘から出た誠だってありえるかも知れないのだ。
至近距離にまで接近してからまじまじと見詰めて更に思う。彼女は穏やかに微笑んでいて戦うつもりなど何処にもない。
(こんな風に利用されている――)
歯噛みするトウカの傍で癒やしの息吹が吹き荒れた。静かに佇んでいたのはフリークライだ。
一つ、死者を蘇らせてはならない――「然リ」
一つ、死者を供物にしてはならない――「然リ」
一つ、生を冒涜してはならない――「然リ」
「我 フリック。我 フリークライ。我 墓守。死 護ル者也」
死者を冒涜するその行いを、どうして許して置けようか。
死ねば皆星となる。みんな花、みんな命、亡くした死とは果たして何処にあるか。フリークライは死を護る。背負い、全てを見通すために。
「どうして、わたしたちの邪魔をするの? どうして……?」
「さあ、どうしてであろうな。ただ、同一奇譚は『許されざる』行いを認めやしない。――アルベド、私を倣った事、忘れたとは謂わせん」
ジナイーダの傍から進軍してくる偽命体を引き寄せたのはロジャーズであった。無数の屍、そうとしか呼べないような異形達。其れ等全てを引き寄せたロジャースの傍でグリーフは立っていた。
「あなたに罪はないのかも知れません。ジナイーダさん。しかし、アルベド。キトリニタス。ファルベリヒト。イヴさん。
彼によって歪められた存在は多くて。何者にもなれないものを産み、個ある者を同意なく歪めた‘’博士‘’。私は彼を許容できません」
「そう」
ジナイーダは肩を竦めた。『博士』は屹度悪い人なのだ。そんなこと、一度たりとも考えたことはなかったけれど。
ぎん、と音が立つ。グリーフの頬を掠めたのはなんであったか。
「仕方ないのね」
「Nyahahahahaha――――! そうだ。物語には善悪は定まって無くてはならない! 何故ならば『運命(プロット)』が示すべき道があるからだ!」
朗々と語るロジャースに近寄ってくる偽命体たち。グリーフとロジャースは仲間達に道を開く。進むべき場所が、目の前にある。
イヴ・ファルベがそう生れ落ちたのは。ファルベリヒトの苦しみは未だに続いているならば。
「かなしいです」
ニルは囁くようにそう言った。紅血晶も、偽命身体も、烙印も奴隷商人も――反転も。
「かなしいことが、止められなかったことが、たくさんありました。かなしいのは、ニルはいやです。だから……ニルは、いかなくちゃ」
上空より見守るファミリアーの小鳥とともに杖をぎゅっと握り締めたニルはグリーフとロジャースに集まる偽命体を巻込んだ。
『わるいひとをここで終わり』にするために。『わるいことはここで許さない』ために。ニルはやって来た。
「……みなさんは、ただ、産まれただけだったのに」
利用されてしまったからには、その命は呻き声を上げるだけの紛い物になって終った。『偽命』だなんて、名を付けた博士はどうかしていた。
かなしいを背負ったそれらをニルは許してなんてやれなかった。
「大きな戦いで純粋に夏子と組むのは幾何かぶりか? 背中は預ける、後は暴れるぞ」
「オーライベネディ~ 害敵排除の相手が男 なんて 味方女性の為にもヤル気出るってなモンよ~」
夏子がひらひらと手を振れば夏子は「博士とか言う野郎。面倒拵え散らかしやがってよ~放ったらかせんよなぁ この件に絡んでる連中をさぁ~」と笑った。
「私も許さないの?」
「ゥェ 女の子じゃん!? いやぁ~んヤりにくい~ン」
「……ジナイーダ、そうか。安心しろ、夏子。彼女を超えれば次の相手は男だ、遠慮は要るまい?」
ジョークを重ねたベネディクトに「やだー、女の子多くね?」と夏子が身をくねらせた――と共に叩き込まれたのは炸裂する一撃。
ジナイーダの躯が弾かれる。痛みなど無く勿忘草の花が周辺へと舞い散った。
花片を切り落とし、走り抜ける。博士への道を開くためだ。ベネディクトは博士とは決して放置できる空いてでは無いと知っている。
此処までの連鎖を断ち切るが為、戦場を駆け抜けなくてはならない。
ジナイーダが体勢を立て直す前に、叩き込んだのは無慈悲なる獣の一撃。
「夏子、まだいけるか?!」
「応さ隊長 静かだったら死んでるのがこの俺 夏子ってねぇ!」
問うまでもないかと駆け抜けていく黒き狼は今宵だけは獰猛なる獣の如き姿であった。
セレマの見せた夢。平穏そのもののサンドバザールを駆けていくブルーベルとリュシアン。その背中を追掛けるジナイーダ。
待ってと手を伸ばすジナイーダの指先を絡め取ったのはシフォリィだった。
「ッ――」
「……貴女はもう解放されていいでしょう。友のいる場所に行きなさい」
「わたしって、しあわせだったと思う?」
押し倒したジナイーダに馬乗りになって、シフォリィは切っ先をその胸へとぴたりと当てた。
僅かに目を瞠ったのは余りにも、穏やかな表情をしていたからだ。
リュシアンが目を瞠る――ぎりぎりと奥歯を噛み締めた少年の肩をヨゾラはぽん、と叩いた。
「本物のジナイーダさんはもういない……君の本懐を忘れないで!」
博士をぶん殴って、彼の願いを叶えるために。魔種である以上、リュシアンの実力は自身より飛び抜けていると知っている。それでも――
(心配なんだ――友達だから)
●magna operaII
「博士、ヨハネが世話になったようだなァ。アレの血族として、奴の悪事の後始末をする使命がある。
アレの師ならば、貴様も同罪だ。多くの命を弄んだ報いを、今こそ……!!!」
忌々しげに呟いたレイチェルへ博士は「それは八つ当たりなのではないかなあ?」と頭を掻いた。
「あら、違うでしょ。あなた、諸悪の根源っていうやつ? はじめまして、そしてさよなら。
わたしね、わたしのものに手を出されるの、すごく嫌なの。だからね、あなたはここで終わり」
ゆっくりと指差したメリーノの表情には僅かな苛立ちが乗っていた。『カタバミちゃん』をすらりと引き抜いてからメリーノは傍に立っているレイチェルに気付く。
「ところでよーちゃん、お久しぶりね 言い訳は後でいっぱい聞かせてね?」
「……」
視線をふい、と逸らしたレイチェルに構うことなくメリーノは三撃を重ね、放つ。切り裂く刃の鋭さを見詰めながらもレイチェルはメリーノだけを見て居た。
彼女との久方振りの再会は逃げ回った己のツケだ。けれど――
「ところで博士、見てこれ、鎖骨。この赤い石やっと手に入れられてね。取られたくなくって、埋めてみたの」
「赤い石とは紅血晶かな。素晴らしいね、他の女の肉片を入れて恋人は喜んでくれたかい?」
「何それ」
不快だとメリーノが眉を吊り上げれば博士は笑った。リリスティーネのパーツをわざわざ入れてくれるとは嬉しいなあと。
「綺麗だろう。女の妄執ってやつさ! まあ、私が死んでしまえば本当にリリスティーネの血を閉じ込めた石ころになるのだけれど」
笑う博士にレイチェルは「余所見をすんな、博士!」と叫んだ。突拍子のないことをする娘だと知っている。そうした彼女を好ましくも思う、けれどー
「おやおや」
博士の周辺に存在していた茨の気配が弾かれた。首を傾いだ博士の右腕に叩き込んだのは血液にて作り上げられた蝕みの術。
皆が決意を抱いているならば祝音はリュシアンを護りたいと考えて居た。リュシアンは祝音の肩を叩いてからぐ、と前に出た。
「どうして?」
「俺は魔種だろ。カムイグラの元凶で、幻想の内紛を引き起した。博士を殺す為に俺は多くを犠牲にしたんだ」
振り返ったリュシアンの眸が祝音を見て居る。立場が違えば友人で合ったかもしれないが、一つずれれば敵となる。それは、常に有り得ることだった。
「リュシアンさん……」
「俺は魔種だから、俺を助けよう何て思うな。大丈夫だ、相打ちになったってアイツは殺してやるから」
――此処で死ぬつもりはない。リュシアンは『イレギュラーズに殺される』つもりで生きている。その声色の冷たさに祝音はぐ、と良い気を呑んだ。
仲間達を癒やし支えて、道を開いたって、足りやしない。友人にはなれないと首を振られてしまえば何処までだって苦しいのだ。
「Bちゃんの分、ジナイーダさんの分……全部貴様にぶつける!」
ヨゾラが束ねた根源の泥。漆黒の魔術は星空を作り出す。遍く星々が溢れる海にリュシアンを、仲間を巻込まないように時を配ったヨゾラを前に博士は「ブルーベルも良い子だねえ」と笑った。
「良い子だったからこそ、邪魔だった」
「博士ェ!」
ルル家が吼えた。星の名を冠せよ、『スピカ』――それは、遍く星々の輝きを纏う。思うが儘振り上げた太刀が博士の腕にぶつかった。
ねじり上げられた博士の右腕がバネのように撓る。
邪魔だと、その様な言葉を吐出すな。ルル家の叫びとともにヨゾラの放った星空の煌めきは撓った右腕を弾いた。
「くふ、くふふ。遂に佳境でごぜーますか。なるほどなるほど、かの姉妹の行く末も決着が着きんすか。
でも今は博士の行く末を、しっかり見届けるといたしんしょう。ローレットとも因縁のあるお方でごぜーますからね」
ああ、あれが博士というのかとエマはしっかりと博士の姿を認識していた。撓る腕だけが敵ではない。有象無象は溢れるように其処に居る。
邂輝術式は黒く光った。増幅した魔力とともに打ち出される堕天の煌めき。黒い髪を揺らがせて、エマは一人立っている。
虫歯身の魔女は饗宴の気配をひしひしとその肌に感じているだろうから。
オディールとともに走り抜けていくオデットは、夜の世界で翼を輝かせていた。太陽の温もりを感じさせるオデットを疎うように偽命体が蠢いている。
周辺をも遠ざける泥は世界を呑み喰らわんとする。試せることは全て試すと決めて居た。
「オディール、何か分かったら教えて頂戴ね」
小さく答えた子犬の頭を良い子と撫でてからオデットは水晶のリボンより揺らぐ魔力を引き寄せた。
博士の傍から聞こえるカーマルーマの声。それは悲しげであり苦しげでもあった。精霊の命を賭して作り上げることとなる種。
「本当に腹の中に閉じ込めるだなんてね」
思わず呟くオデットの傍で、駆け抜けて行くのは愛奈だった。腹の底から煮えくり返った。奇跡だって乞いたかった。
「セレナ、マリエッタさん、ミーナさん、チェレンチィさん…やっとできた私の友人に散々迷惑かけてくれましたね、博士。貴方は絶対に許さない」
誰もを救う全てに成り得たかったのだ。博士がそれだけ小細工をしようとしたとて愛奈には興味も無かった。
大地を蹴った。白き鳥は飛び立つ瞬間を知っている。
悪魔を哀れむ歌声を高揚に、弾け咲き誇ったのは焔の花。
「形あるモノ、命あるモノはいつか別れが訪れるものです。
……しかしそれは今日ではないし、博士、貴方の身勝手と理不尽によって齎されるものでもない!
私から……『綾辻・愛奈』から友を奪おうとした事、後悔するがいい……!」
「友人とはそれ程に大事か。ああ、なら受けて立たないとなあ」
博士の『尾』がびたん、と音を立てた。上空へと跳ね上がった博士を見上げ、愛奈は魔力をその掌へと集める。
空は、得意だ。飛ぶ鳥だって落としてみせる。オデットが「上!!」と声を上げたことに気付きアルヴァは叫んだ。
「逃がすか!」
咆哮が放たれる。風となる。目の前に立っていた愛奈を見る――蒼穹を掌握する猟兵は此処にもう『一人』
「ホルスの子供達を見た時から疑問に思っていた。
死者にまつわる研究をしながら、何故生者に酷いことをするのか。……ずっと、本人に問い質してやりたいと思ってたんだ」
アルヴァは真っ向から博士を睨め付ける。鶻の如く、駆け抜けた王宮でダンスを踊るには『勿体ない』
「教えてくれよ博士。お前にとっての命って何なんだ?」
「研究材料さ。迚もじゃあないが、私はね、望まれず生まれて来たからにはそうあるべきだったんだ」
「……寂しい存在だよ、お前は。偽りの命を並べたとて、お前は孤でしかない。
だからそろそろ返してくれないか。俺の仲間を、そしてカーマルーマを――下らない実験に使うには、些か贅沢がすぎる!」
仲間達を傷付けるならば、許して等いられなかった。アルヴァがいう『孤独』、それは博士がそうであろうとも、最も理解からは遠かった。
人は、感情(こころ)が死んでしまえば、無敵にだってなれるのだ。何をしたって――傷付かずに済むのだから。
精霊の力を取り組んだ錬金術師。錬は錬金術にだって通じている。その全ての知識を駆使して理解する。あの男が持ち得た技術全てが人道に反していると。
錬金液に人間の要素を陥れるとは、なんと許されざる生命への冒涜か。故に、その存在は認められないと口に出来るのだろうか。
「ここなら混沌に自由に研究に取り組める? いいや、ここに来たから死者の蘇生は叶わないんだ。
星に願っても叶えられない混沌肯定の抜け道を探すために外道に身を落としては救えない限りだな!」
「ああ、逆だよ。君――外道がたまたま、『混沌肯定を抜け出す道を探していた』だけだ。元より、認められない研究に手を染めていた自覚はあった!」
博士を追掛けて展開された五行の力。鍛造式符に乗せられた錬金術の極意に博士は「君を食べればそれも貰えるのかなあ」と頭を掻いた。
「食べッ――!? ……いけません! 烙印を刻まれた友人や知り合いを失いたくありません。
彼らの温かさを覚えているから、希望を繋いでみせます。誰も犠牲に何てさせません」
ジョシュアは睨め付けた。カーマルーマの種が博士の腹の中にあるならば、栄養剤(ち)を与えてその効果は強くなれるだろうか。
(……植物ではないのかもしれない。けれど、出来る手を失いたくはない)
ひだまりの気配が失せてから、ジョシュアは尚も周辺を跋扈する偽命体を振り払うように戦っていた。博士の傍を蠢く其れ等は、本来は歩き回りやしなかった。
「反転を戻したいのは否定しないが……こんなやり方でまで望んでない。押し付けるな、余計なお世話だ!
夜だけの国じゃなくて朝日も見るために……出てきてくれ、カーマルーマ!」
「おやおや。カーマルーマが死ねば朝日も昇るさ。カーマルーマは私とともに死に、その命が種となる。君は精霊殺しの罪を負うのだね」
揶揄うように声が弾んだ。その心を震わせるように話すのは博士の策略に過ぎない。苛立ちに似た気配が僅かに滲んだ。
博士の腹の中のカーマルーマは同一化しているのだろうか。だからこそ、博士と共に死に至るか。
(ならば、精霊の全てを無駄に何てして堪るものか――!)
イズマは瑠璃色をその身に纏い、響かせる。奏でたのは攻撃的な調べ。鋭く全てを打ち砕くべく叩き込まれた常識外れの極撃。
博士に放ったものと共に、跳ね返る痛みをも耐え忍ぶ。腹を狙わんとするが此処に動くパーツがどうしようもなく邪魔をする。
「沢山の人達の人生を狂わせてきた博士……親父もそんな人ではあったけど……尚の事止めたいというのはアタシのエゴなのかな。
エゴで結構! 見て見ぬふりはできない!」
ミルヴィは大地とともに皆を支える。博士のパーツとともに前へと飛び込む偽命体を切り裂いたのは剣気で作り上げられた刃。
真空を切り裂く嵐の中をミルヴィは舞い踊る。剣を操る才は、舞踏にも通じる。踊るように、感じ取る。精霊の声音を。
「……生と死って創造と破壊にも捉えられない?」
「ああ、そうだ。聞こえるか、カーマルーマ。
俺ハ、死を看取る者。俺は、生を願う者。我等、生と死の間に立つ彼岸/此岸の魔術師、赤羽・大地。
――死と再生を司る君よ、命あらば、俺達に応えてくれ!」
大地の声に応えるように博士の喉奥から「ハアイ」と奇妙な声が響いた。実に、此方を愚弄した行いだ。
「……お前……!」
睨め付ける大地は悪意を殺傷の霧へと転じさせた。クウハに、イズマに声を掛ける。
博士の傀儡になどなるな、と。気高き鋼の心は、花にも水晶にも奪えやしないのだ、と。
これだけ命を蔑ろにする輩に、誰が簡単に全てを明け渡してなるものか。
「……やってくれんじゃねーか、クソ野郎。必ず腹を引き裂いてやる」
血潮を拭ってクウハは呟いた。苦行のように、体を蝕む花の色。愛する者達と未来を望むなら――此処で、崩れ落ちる訳には行かない。
薔薇乙女の祈りが鮮やかに花開く。戦場に歩み得るならば、その後笑顔で帰ってきてと願うささやかな祈りを台無しにはしたくはなかった。
銀の獣は眷属に寄りつく不吉をも許さない。ああ、それを知っているからこそ、挫けてなどなるものか。
「この程度で止められると思うなよ。オマエらなんぞに俺達を誰一人としてくれてやるものか」
呻くように声を上げた。慈雨は屹度、クウハを蝕む者全てを許さない――
「悪いね、我(アタシ)の猫は我(アタシ)のモノだ。その腹、開帳してもらおうか」
慈雨――武器商人――の柔らかな声音が降った。ずんずんと前線へと進み行く。腹を裂かねばならないか。精霊の命を代償に産み出されるならば、博士を殺さねばならないか。
「実に嫌らしい筋書きを好むのだね」
「代償がなくては錬金術は成り立たないからねえ」
笑う博士は嫌いではない。だが、所有物(クウハ)に手出ししたならば、武器商人との交渉は決裂したと同様だ。
仲間を庇い、戦場を維持することこそが武器商人の役割だった。クウハはそんな武器商人を一瞥する。
『クソ野郎』が指先の一つも障ることは許せやしない。武器商人は「さあ、行こうか」と声を掛けた。
広がったのは鮮血の檻。続き、ミルヴィの幻剣が宙を閃いた。
「これが今のあたしのありったけ! 後は頼んだよ!」
●magna operaIII
――正直、どれだけ正気が保てるのか保証もない。分かりやしない。それでも、相棒が傍に居れば何にだって負ける気はしなかった。
星穹。
呼ぶヴェルグリーズに星穹が顔を上げる。
「はい」
「――どうか声を聴かせてほしい、そして俺を導いてほしい。俺の心は必ずキミの側にいるから、二人でこの場を制してみせる!」
星穹はふ、と笑った。あなたが望むならば何度だって声を上げよう。名を呼ぼう。何度だって彼の望む未来の先へ歩を進めよう。
「あなたが誰かに噛みつこうとしたら、血だっていくらでも分けますから、さあ、行きましょう」
星穹は何度傷付こうとも護る事を決めていた。その為に自身は此処に遣ってきた。誓いの鞘を手に、彼の名を呼ぶ。
ヴェルグリーズが博士の下へと飛び込んだ。風の如く走れ。首がぐいんと動いたかと思えば博士が笑い始める。
「いやはや、命を取りに来たね」
「当たり前だ。人の想いを捻じ曲げるその行い、俺は決して許さない。
プスケ・ピオニー・ブリューゲル、キミの行いで散っていった命に報いる為にも――キミをここで必ず打ち取る!」
決意を新たに。ヴェルグリーズの宣言に星穹は頷いた。ああ、なんて憎たらしい存在か。
「ひとが必死に生きた証を冒涜して研究ですって? 冗談はやめてくださる? とっとと死に失せて頂けませんか。
何が研究ですか。ひとを傷つけて、苦しめて。
研究というのはひとを、未来をより良いものにするためであって、誰かを悲しませるためにするものじゃない――そんなことも解らないなら博士なんて名乗らないで」
「違うよ、お嬢さん。いいや、星穹と言ったかなあ。
『その為の犠牲』とは必要だ。マウスを駆使して研究しても倫理に反さないというだろう? 対象が人であるだけでどうして怒るんだい? マウスにだって家族はいたさ。モンスターにもね」
「……ッ」
言葉は通じない。まるで倫理としてズレた認識が底にある。
「ンッフッフ……この世はでっかい狩り場でしてな博士。今から倒して血肉を錬成して経験値に変えてやるぜ博士~!」
まるでゲームをプレイするかのように、鈴音は声を上げた。『狩り』は皆で行なうのがデフォルト行動。だからこそ、仲間達を支え続ける。
「博士の崇高な理念はわからんが、わたしの経験では個の強さより群体の有機的な連携のほうが使えるんじゃないかな~。
互いに支え合うという連携は実験しても再現しませんな、博士」
「そうだね。私には好かれる才能が無かったようだから」
鈴音は思わず笑った。ああ、『よく自分を理解している』科学者ではないか。
「……この騒動を終わらせに来た。反転からの回帰、とは大層な目標だが。その手段が気に食わん。ゆえに、ここで散ってもらおう」
ルクトは酷くげんなりとした様子でそう言った。鈴音の言う通り、此処で行なうべきは連携か。
粘りに粘り続け、博士を『落とす』事を目的としなくてはならない。焔を纏う巨大なオルカは宙を踊り、空間より一気に産み出される。
溶け込んでいた黒き影――それを見上げた博士の瞳は嗤っているか。
「此度『月の王国』の騒乱で、犠牲となった多くの人々を見てきた。生命を冒涜する数々の所業は決して許されぬもの。この場で全て断ち斬る!」
ルーキスは博士に狙いを絞っていた。苦しみ死んでいった者達を思えば、傷みなど取るに足らず。
闘士を全開にさせ、叩き着ける葉死より授かりし一刀。咲き乱れる命を悉く刈り尽くすことをだけを掲げ続ける。
博士の振り上げられた尾を弾いた刃が軋む。しかし、悪戯に振りかざされるパーツは『ぎちぎち』と音を立てているか。
「それで、今回はずいぶんと大掛かりな実験だったけど、望む結果は得られたのかしら!
反転からの回帰は、多くの人が望むところ。でも、こんな形で得ていいものじゃないのは確か!」
アレクシアは鋭く睨め付けた。平常心を胸にしろ。精神的な揺らぎだって、此処には必要は無い。
「君のことは知っているよ。アルティオ=エルムで魔種を回帰させたらしい。いいね、奇跡とは……私の願いも混沌は昇華してくれないか」
(やっぱり――)
知っている。その情報網が何であるかは分からない。裏についているのが『気紛れな娘』だとすれば、彼女は本当にことある毎に手を貸してくる。
杖に光を灯す。最大出力だ。祝福の薔薇の色彩が毀れ落ちては、アレクシアに釘付けになった博士が笑っている。
「妖精郷の事変の頃は、我はイレギュラーズではなかった。
それから随分時が経ったな……我(カタラァナ)の遣り残しを清算できる機会に恵まれるとは。わからぬものじゃ」
首を振ってから、波濤の気配がしていた。クレマァダは静かに足元を見詰めている。
「きっと貴様に何を言うても無駄なのじゃろうが、言うておく――償え。その命を以て」
錬金液による破裂の音を聞きながら、流されていく一打を感じ取る。クレマァダは精神を統一し、ただ、一撃と放った。
緻密に絡み合った精霊と博士の綻びは、どこにもない。命が密接に存在しているからこそ。
(実に、利口な精霊じゃな。その命をも代償に『救い』を作るか)
ならば、その想いに報いるだけだ。
――そんな悲しい道。ママは許して何て置けなかった。プエリーリスは眉を顰める。博士の下へと向かう最中に、無数の偽命体が立っている。
「偽命体は攫われた幻想種たちが元だったと聞いているわ。可哀相に。ママが安らかに眠らせてあげるからね。
……もう怖いことは起きないわ。大丈夫よ。安心してお眠りなさい」
首を刎ねれば、屹度安らかな眠りが起きる。味方を攻撃線とするイレギュラーズを力尽くで求める決意だけはしていた。
「陛下」
「大丈夫よ」
微笑んだプエリーリスは振り返る。ミザリィの不安げな表情も、全てが全て、当たり前の者として彼女は受け止めていた。
「ママは皆を愛しています。だからみんなで帰りましょうね。魔法陣を食い止めて絶対に烙印を0にはさせないわ」
「はい。陛下。私は、私のなすべきを。貴女様は貴女様のなすべきを――私は癒し手として、全員を生きたまま帰らせる義務があります。
パンドラを犠牲にしてでも、烙印の進行を0にはさせません」
自己犠牲はエゴだとプエリーリスはミザリィを叱ることは出来なかった。ああ、なんて『母に似た子』なのだろう。
眉を顰めたプエリーリスを前にしてミザリィは銀のカラトリーを振り上げた。
それは傷付けるために存在しているわけではない。全てを『喰らい尽くす』為でもない。今は、守り抜く為の武器なのだ。
「リュシアンおにーさん、お久し振りですね!
リュシアンおにーさんの仇敵、博士。自分の欲望に素直な可愛い人ね。
あれを滅ぼせば、リュシアンおにーさんの心残りはなくなって、私達の元に来てくれますか?」
「それは無理だね」
はっきりとリュシアンはフルールに告げた。きょとんとしたフルールが首を傾げる。一体何故、とは問う前に推測を口にした。
「さて、リュシアンおにーさんはどうしますか?
あの博士を唆したのは誰かしら?私はあなたが『オーナー』と呼ぶ人だと思うんですよ。
確証はありません。ですが、それをしそうな人って他に思い付くかしら?」
「だから?」
「だからって――疑惑を抱いて、味方できますか?」
「……元から分かってるんだよ。俺はオーナーに利用された。だから俺だってオーナーを利用している。アイツを殺す為だ。
君は俺のために死んではくれないだろ? だから、だめ。一緒には居てやらないよ」
フルールはそれがリュシアンなりの思いやりだったのだろうと感じていた。リュシアンと一緒にはいれやしない。彼は元から理解し、覚悟している。
ブルーベルが死んだ。ジナイーダだってもう一度の死を迎える。博士を殺したならば――『ルクレツィア』は舞台に引き摺り出されるときが来る。
彼女を殺すのが誰か分からない。
けれど、彼女が死んだとて、己は解き放たれようとは思わない。未練が無いからだ。
「……あ、忘れた」
リュシアンはぴたりと足を止めてから淡金の焔に身を包んでいたフルールを振り返った。
「大事な人、泣かさないようにしなよ。俺は無理だったけどさ」
走るリュシアンに気付きニーナが「リュシアン」と呼んだ。リュシアンが大事に出来なかった、もう一人の『友人』だ。
「……リュシアンさん、この前は守ってくれてありがとうございます。今日はニーナさんも居ます。
……終章を綴りましょう、『アカデミア』の物語に。
私も兄さまを取り戻したい。お互いの願いの為、また一緒に戦いましょう……まだ、戦える限り」
「リンディス」
リュシアンはぐるんと振り返ってからリンディスとその傍らのマルクを見詰めてから笑って見せた。
「俺、結構リンディスが好きだよ。……あんたはさ、俺と同じ気配がする。飲み込まれないようにな」
――どう言う意味なのか、と問うことはしなかった。
「行こうか、リンディスさん。ケルズさんを……お兄さんを取り戻しに」
俯いたリンディスの覚悟は決まっていた。兄に何れだけ誹られようとも、自らの進む道は定まっていた。
ケルズを前にリンディスは兄と相対する。兄の傍からオオカミが走り来た。
狼、それは彼がきろくした物語の切れ端だ。
「僕らはこの世界に生きている限り、物語を紡ぐんだ。それはゲルズさんも、リンディスさんも、僕だって、誰だってそうだ!
傍観者ではいられない。人は人である限り、人生という名の物語を生きるのだから。
リンディスさんと僕の物語を、ケルズさんにも知ってほしい! そして、一緒に物語を紡ごう!」
「兄さま。貴方は私の誇りです。
だからこそ、この世界"だから"出来ることを見つけましょう。私も近くに――隣に、護りたい人達ができたのです」
奇跡が此処にあれば良い。そう願うのは間違いじゃなかった。腕が砕けたって構わない。
手を伸ばす。
「リンディス!!!」
ケルズの鋭い声に、リンディスの水晶に変化した腕が砕けた。
「リンディスさん!」
マルクが呼ぶ。ケルズは――兄は、妹の腕を呆然と見詰め、引き攣った声を上げる。
「ひっ、あ――リン……?」
兄さま、と幼い頃から呼ぶ声を思い出した。兄の驚愕に歪んだ表情にリンディスは手を伸ばす。
「兄さま」
傷みなんて、もうなかった。腕が砕けたって――抱き締めることは出来た。
幼い姿の儘の兄の烙印は種の効果で消え去れる筈。けれど。
「大丈夫」
言葉が、互いに足りなかった。
「大丈夫、ですから」
衝撃にへたり込んだ兄を説得するまではまだ、足りない――けれど。
『記録を行なうべき人間が、躊躇してしまった』という現実はケルズ=クァドラータにとって酷く悍ましいものに思えてならなかった。
●magna operaIV
大切な誰かのために無理をする。そんな気持ちでLilyはやって来た。
(さて、私は弱い、解っている。弱いならどうするか、まず冷静に場を観る。
観たら何をするか、博士を見つける――見つけたらどうする、仲間に連絡をして任せる? 違う……皆必死なんだ自分でどうにかしないとね)
誰かに頼りきりでは居られなかった。Lilyは走る。博士だけを見て、キルデスバンカーを構え、迫り行く。
体がボロボロになったって、博士は此処で仕留めなくちゃならなかった。
「……やっとお目通りが叶いましたねぇ、博士。
ラサにおける異変の全ての元凶。自分のやりたい事の為に周りを……抵抗する力のない人々を巻き込んでは使い捨てる、自分勝手、自分本位の権化。
……ボクが一番、大っ嫌いな奴ですよ!」
チェレンチィの眸に怒りが乗せられた。ミーロスチは慈悲だった。手にする『彼女』はそのかんばせを晒し、睨め付ける。
真白の肌、娘めいた外見。怒りとともに放ったのは雷の斬撃。奔流が包み込む。
「嫌われてしまったなあ」
博士がからからと笑う。切り落とした足は蠢いていた。チェレンチィの眸に再度の苛立ちが募る。
「ッ、う、動いてる……!」
思わず焔はそう呻いた。まだまだ大丈夫――だけれども、これ以上は。
意識が眩む。何時可笑しくなってしまうか分からなくて、チェレンチィの傍にだって近寄れなかった。焔の血潮は炎と変化しながら花片となって堕ちて行く。
「……この魔法陣、必要ないよね!?」
焔は炎の槍で魔法陣を削り取った。制御なんて要らない。神炎が削り取る様子を眺めながら博士は「ああ、そんなあ」と情けなく声を上げる。
「……また壊すじゃないか」
「これって、何……!?」
ほらほら、と博士が指差せば偽命体を作り出そうとしていたのだろうか、動く事の無い素体がごろりと転がっている。
「博士、ね……才があっても中身があれでは、ねえ。いやまあ人のこた言えないんですが、その智は本物か」
呟いたルトヴィリアは赤瑪瑙を思わせた触媒を手にしていた。透き通ったそれは脈動し蠢いている。博士はルトヴィリアの触媒に興味を示したか。
「それ、素晴らしいね。頂いても?」
「却下させていただきますが」
何をいけしゃあしゃあと。表情を歪めたルトヴィリアは博士への道を塞がんとする偽命体へと不吉を嘲笑った。
触媒より流し込んだ魔力。傷口から溢れた花は烙印のものとは似て非なるものであった。緋造の魔女と呼ばれた先達の魔術を模倣したそれは肉を咲かす。
「美しい物は好きだよ」
「そうですか。例え、何れだけお好きであろうとも……今は別の話をしても構いませんか?」
ユーフォニーは酷く苛立ったようにそう呟いた。誰だって、いつだって、一番知らないのは自分自身だ。
博士がこれだけの信念を持って動いていたというならば天晴れとでも云うべきか。それでも――だ。
「博士さん。私、これでも怒ってるんです……大切な仲間を研究材料にされて。
研究の謝礼は当然別ですよね?
反転の回帰、貴方は世界の理に挑んだ。世界を守り得るかもしれないその知識、持出不可なら奪うまで」
「申し訳ないけれどね。『完成していないんだ』。邪魔をしたのは誰か分かるかい? 君だ」
指差されてユーフォニーは忌々しげに睨め付けた。彼が試した技法は迚もじゃないがイレギュラーズには不向きだろう。
イレギュラーズを反転させてから、無数に試しているだけ。博士が至った結論だけは、彼は端的に答える筈だ。
――不可能だ、と。
「貴方は真理を目指したのではないのですか!?」
「真理とは届かないからこそだ。この混沌世界には法則が存在しているね。混沌世界の法則は『可能だった技術までも不可能』にしてしまう。
それを聞けば良く分かるだろう。私が真理に至れない理由を。私は神様に何てなれないのだよ、それを理解している良い錬金術師だ」
博士が笑う。睨め付けるユーフォニーはセレナとマリエッタを護るが為に立っていた。博士の『左腕』が伸びた。獣のそれは何処かで拾ったパーツか。
可動域が広いのはそれが人体ではないからだ。身を滑り込ませてからムエンは忌々しげに博士を睨め付けた。
「……人が話してる最中だろう、博士のくせに黙って聞くこともできないのか。それとも、素人質問で恐縮だが、という奴か?」
煽る台詞を吐き捨てたムエンは両手剣で腕を受け止めたが、掠めた傷口より体内にじわじわと痛みが走る。
「マリエッタとセレナが世話になったな。貴様は楽には斃さない」
「これはこれは失敬。話すならもっと近付いた方が良いと思って引き寄せようとしただけさ」
頭をわざとらしく掻いてから、首をあらぬ方向にねじ曲げた男にムエンは奥歯を噛んだ。旅人の狂気――それを煮詰めた存在であるのは確かだ。
「博士。『姉貴分』達を実験台にして弄んだ罪の精算と『いちばん』の人の願いを果たすこと。どっちもしっかり協力してもらうでありますよ……!」
「一番。恋情かな」
博士の視線がぎょろんと動いてからムサシを見た。はっと息を呑んだ彼は姉貴分たる『姉妹』や『いちばん』を悲しませたくはなかった。
私情だ。姉貴分に呼び捨てを独り占めさせたくもなければ、この場に居る仲間の誰一人も喪いたくはなかった。
決意を胸にやって来た。焔がはためくマフラーとなる。ムサシの意思が博士が『戻し忘れた』左腕へと叩き込まれる。
勢い良く振りかざされる左腕を穿つ広域からのビーム。背部ユニットによる狙撃を受けて博士はにんまりと笑う。
「大丈夫だよ、いちばんという感情は尊いものだ。何だって出来るだろう?
例えば、此処で君が反転をして実験させてやれば良い。正気さえ保っていれば、世界を滅ぼす僅かな可能性なんて、君の一番が越えさせて」
「ッ――何てことを!」
ユーフォニーの叱る声が響いた。理解不能な存在を前にして沙耶は息を呑む。
自らの体には烙印はない。烙印が刻まれた者は目の前の狂気の旅人と相対すればそれこそ苦しむことだろう。
(……私には烙印が刻まれなかった。故に私は皆の受ける烙印の苦しみを得られない。
それは私には苦痛――何なら皆の烙印を盗んで苦しみを味わいたい。受けてないからこそ、私にだって出来る事がある……)
ユーフォニーは凍て付く気配を纏わせながらも偽命体を受け止め続けた。一番はトールの剣を届かせることだった。
トールを支える為に沙耶は居る。トールのためならば、為せることがあると彼女は知っているのだ。
姫百合の烙印は太腿に咲いていた。美しい、正義の象徴。
抗いがたい気配から遠離るように、輝きを帯びた剣を振り上げる。飲まれて堪るか、飲まれるものか。
トールの視線の先に沙耶が居た。トールと呼ばれるだけで心は穏やかになる。痛むならば、全てを跳ね返すだけ。
それだけの決意がトールにはあった。女の子なんかじゃない、此処に立つのはただ一人の少年――騎士だ。
「この身と心を捧げるのは月の女王じゃない……! 私が……僕が忠誠を誓う女王はただ一人!
必ず生きてもう一度お会いする! この一撃は、今は遠き主へ捧げる誓いの剣だ!!」
夜結晶の刃が博士の腕を切り裂いた。ぶちりと音を立てる。ぶら下がった腕を一瞥してから博士が「あーあ」と呟いた。
「こんな烙印なんかに負けてしまったら……善きものになろうと自身に誓ったあの日の約束が嘘になってしまう…絶対に護り切ります!」
自らの体に咲いた桜。妙見子は奥歯を噛み締める。破壊が為の存在意義は最早捨て去ったのだ。
混沌世界は強制的に其れ等全てを奪い去った。けれど、残された意識だけは変わることはなかった――だが、雪解けの時にようやっと前を向けたのだ。
「こんなことしておいてただで済むと思わないでくださいまし!」
博士へと向けて声を張り上げた。見ろ。今だけだ。お前に用事があるのだと全身全霊を持って伝え続ける。
「知識が欲しいと言ったら?」
「何も情報を残していないんだ」
サイズはそれでも構わないとそう言った。研究結果が脳にだけ刻まれているならその脳ごともらい受けてやるつもりだった。
博士はサイズを気に入っている。理由は単純明快だ。呪い帯びた妖精鎌は、死した存在に固執して居る。本能的に、それが死していても生きていようとも、取り戻したいと乞うているからだ。
「君に良いことを教えてやりたかったんだ。混沌世界では旅人の種族が幽霊であれど、死人であれど生者として扱われる。
この世界で死したならば等しく死が訪れるんだよ。君が求めた女王様のために実験をしよう。私が生きていた方が不可逆には抗える」
「巫山戯たことを」
サイズは歯噛みした。己のエゴが存在すれど、その様な悍ましい道に手を染めてなるものか。
マリエッタは博士と対峙していた。向き合えば、何てことのない存在のように思えてならなかった。
妙見子は自らの権能たる星の力をマリエッタに――いや、死血の魔女へと分け与える事を願った。
誰もが彼女のためと願っただろう。だが、奇跡とは制御できるものではない。重すぎる代償は、簡単に分け合える訳ではない――それを男は嘲笑う。
「奇跡に縋ることは否定などしないさ、マリエッタ・エーレイン。君の選択に、友を付き合わせるのかい?」
「……どう言う意味ですか。プスケ」
マリエッタにとって、奇跡を願ったのではない。自らの中に存在する魔女の顕現を求めたのだ。救いなんて、彼には必要なかった。
どうしようもなく胸がざわめいたのは『旅人』であり――そうであるが故に一人の『イレギュラーズ』である博士の言葉だったからか。翻弄しようとしているのか、それとも、何か知り得ているのか。前者であれば切り捨てるのみだが、後者だったならば?
「マリエッタ」
不安げなセレナの声が聞こえた。
「奇跡とは朧気で万能ではないだろう? 代償を全員で分け合えるわけではない。最悪、全てを引き摺るようにして全員で死に至らしめられるだけ。
ああ、私にとってはそれこそ喜劇だ。奇跡を受けて殺してくれ。さあ、『PPP』という特異なる力でこの腹を穿つのだ」
熟々嫌な存在だとマリエッタは歯噛みした。
欲したのは彼の知識だった。博士の研究結果と知識を継承さえ出来れば――だが、悪趣味な男はそうしたものに縋らずとも全てを曝け出してくれるだろう。
偽命体を作るならば、どうするか。人体に似通った要素を集め、容れ物を作る。人間を無数に煮詰めた鍋など一級品の怨嗟の塊だ。
「ッ、」
死血の魔女も不老不死をテーマに研究していた。犠牲の餓えで何かを成し遂げたかったことは同じではあったが――
「耳を貸さないで! マリエッタ……お姉ちゃん、だめ! それ以上聞いたら引き摺り込まれる!」
セレナの不安にマリエッタは首を振った。博士が魔種の研究を始めた理由を漸く分かった。此方に恩を売りたかっただけだ。
だからこそ難題に挑みたかっただけだという研究者らしい自己顕示欲やそれらしいもの全てを『継承』など出来るものか。
男がイレギュラーズに伝えられるのは精々、人間をどう殺せば臓物が綺麗に揃うのか。其れ等をどう使えば偽物の命を作り上げられるか、だ。
烙印の狂気が身を惹き寄せる。博士を前にしてからどうにも具合が悪くさえ感じられていた。
●magna operaV
「魔術。錬金術。科学。人の文明を成すモノの歴史は、数多の犠牲によって織りなされてきた。
反転という純種の病の治療と克服……完全には否定し難いテーマです」
アリシスは博士の研究理由に理解を示していた。勿論、彼の実験の結果も想像に易い。
「けれど、博士。貴方の手法では、恐らく解は得られない。混沌世界に定められた真理の内に、恐らくその解は無い。
病理を紐解けば、より抜本的なアプローチの必要性が見えます。破滅の神託の完全否定……貴方の実験はその障害なのです」
「あはは! アリシス・シーアルジア。君は利口だな。もっと早く出会えていたら……私の助手にしたかった」
そうだ。博士の研究結果で大きな成果というならば。
『混沌世界に存在する法則性を打開することが出来ない内は反転からの回帰は難しい』と言うことが分かった事だろうか。
(何れにせよ、破滅の神託を打破しなくてはならない――か)
博士は狂って居ても莫迦ではないことをアルテミアは知っている。体が壊れたときの対策は屹度用意してあるはずだ。
(全てを終らすためなら、奇跡だって乞うてみせる――私達の双炎は、私達の運命を狂わせた起点である貴方を絶対に逃がさない)
紅と蒼。決して交わらぬ色彩を胸に抱いた娘は背後にひっそりと気配を感じていた。
アルテミア、と微笑みかける愛おしい片割れ。魂の色彩は、屹度、別々だっただろう。それでも、貴女が生まれてきたことに祝福はあるべきだった。
踏み台に何て――なってはならなかったのに。
「貴方の逃げ道なんて、全て砕いてあげる!」
可能性なんて全て、切り裂いてしまえば良い。
「研究者が実験結果を最後まで検証しないでいられるか? 仮想反転止まりでその研究は終いか?
違ェだろ。仮想反転からの回帰検証のために種は置いてくかもしれねぇが、逃がすかよ。体を乗り捨てさせるつもりはねェぞ!」
ルナは睨め付けた。身を潜めていた。たったの一撃を狙うためにここまで待っていた。
惚れた女の未来を脅かすのだ。赦してなど置けるものか。
男は唸る。進め、大地を蹴って博士へと飛び掛かれ。
「テメェを逃がすわけにはいかねぇ! 来い!」
博士の不意を打った。ぶちぶちと音が立つ。肉が断たれた音だ。
『テメェ』を殺す為の奇跡なんざ、一応『願って遣った』と唇を吊り上げた。奇跡が必要であるかなど――聞かずにも分かる。
「――さあ、リュシアン。アカデミアを、全ての因縁を終わらせましょう。此処で滅びなさい、プスケ・ピオニー・ブリューゲル」
アリシスに背を押される。リュシアンがルル家と共に前線へと飛び出した。前へ、前へと走る。
「ほとんど不死身だな」
推測される急所もなく、腹を庇って見せたのは『生きたまま腹を開かれる経験』は博士でもショッキングだからだろうか。
そう思えば彼の心臓と呼ぶべき中心(コア)が何処あるのかをシラスは解析し続けて居た。
「アンタを逃がすわけにはいかない」
――凄まじく殺しにくい。ここまで、戦ってきたのに、だ。
不自然な重心。コアと呼ぶべきパーツ。ファルベリヒトと呼ばれた願望を叶える精霊――シラスは目を見開いた。
「見えた。色宝、隠し持ってるな?」
シラスの研ぎ澄ませた魔力撃が博士の腿を狙った。大凡、腹を庇うならば同時に隠されてしまう内股、そして――喉。二カ所に分けるとは用心深い。
「そこかッ―――!」
風牙が叫んだ。リュシアンを振り返る。頷き合うなんて、莫迦らしいが――今は仲間だ。
「オレも、一歩間違えればリュシアンみたいになってたかもな。あらゆる手段に手を染めてでも、あの博士を殺す、って。
なあリュシアン。お前のやってきたことは許せるもんじゃねえけど、気持ちだけは、ちょっとは理解できる。だから、絶対に、ここであいつを殺すぞ」
「風牙。その次は俺を殺せ」
リュシアンが低く呟いた。言われなくともそのつもりだ。
シラスが示した場所へ風牙はファルカウの祝福を元に精霊へと語りかけながら――貫く。気の炸裂で。
「奴の研究も実績も何もかもを叩き潰し、否定する。お前には何も残させない。無意味に、死ね」
――もしも、本当に反転した人間を元に戻す方法があるならば。不条理な別れのない世界になるかも知れない。
だが、その為の犠牲を許容なんて出来なかった。混沌法則下で死者の蘇生と同様に反転からの回帰が難しいのは確かだ。
「アンタの研究は、もう必要ない。アタシ達が違う方法を見つけてみせる」
ジルーシャは叫んだ。酷く苛立った様子で睨め付けるジルーシャの伽藍の右眼は精霊を寄せ付けない。
それでも、だ。カーマルーマを助けたい気持だけは一番に存在した。
竪琴の音色を聞きながら、リュティスが滑り込んだ。その眸に乗せられた苛立ちは、確かなものだった。
「数多の命を犠牲にして魔種から戻ったとして意味はないでしょう。
魔種から戻すべき人達はそういう行為を嫌がるはずですから……。Bちゃん様やクラリーチェ様は言わずもがなです」
「ブルーベルは嫌がるのかい?」
「貴方がその名を呼ぶのは不愉快です」
博士へと接近する。決着を付けるために、リュシアンとぴたりと背を合わせてからリュティスは博士の懐に飛び込んだ。
魔力の鎖が博士の腕を持ち上げる。リュシアンのナイフが――リュティスが手にしたアナトラの剱の片割れが振り上げられる。
「テメェが全てを壊したんだ!」
「壊した? そんなことはないさ。そうなるようになった、だけ」
「ブルーベルも、ジナイーダも生きていけた! 俺だってッ、俺は……俺がいなかったから喪った!
お前にとっては他愛も無い事かも知れない。俺にとっては、本当に大事だったんだ、返せ、返せよ!」
リュシアンの声が響く。ルル家が苦々しげに唇を噛んだ。まるで幼い少年だ。風牙は自分自身と良く似ていると、そう感じてならない。
――ジナイーダ。今日は俺、家の手伝いがあるんだ。
ラティフィ商会に世話になっている以上、それは断れなかった。傭兵の子。だからこそ、鍛え上げなければならなかったからだ。
――はあい。じゃあベルと行ってくるね。えへへ、賢くなっちゃうかも。
――莫迦、ジナイーダは元から賢いだろ。
手を引くブルーベルに笑いかけながら彼女は歩いて行った。
もし、あの日、共に過ごしていたら?
もし、あの日、彼女に「今日は一緒に居よう」と声を掛けていたら。
好きだった。あの優しい笑顔が。
好きだった。あの穏やかな声音が。
好きだった――君の全てが。
「お前がジナイーダの全てを奪い去った!」
命も、肉体も、尊厳も、何もかも。
悲痛な声音に後押しされるように飛び込んだのは紫電だった。
いざとなれば秋奈へ己の血を渡すと決めて居た。甘い血だなんて冗談で居られる内は未だ良い。何時まで正気で居られるか。
秋奈は「狂ってしまえば既に意味をなさん良い例なのだよ。頭脳もね」と博士を指差した。
リュシアンの悲痛なる声音、それが紫電にとってはどうしようもないほどに『他人事』では居られやしない。
「秋奈を、喪わせて堪るか!」
死者蘇生。不老不死。人の夢であり、人の業。それの行き着く先は停滞による緩やかな破滅ではないか。
だから、終わりにしよう――「お前の事は何も聞きたくない!」
秋奈は叫んだ。唇を吊り上げる。
「設定の掘り下げもなく、憎まれながら理想に溺れて死ね!
この博士も哀れね。死者蘇生とか。散った戦友は戻ってこない。だからそれを乗り越えるんでしょうが!」
乗り越えることは難しいかも知れない。「烙印を治してこ――の世界を混乱させるのにワクワクしてきた」と唇を吊り上げた秋奈の一刀が博士の解れた縫合の後を刻む。
「困ったな。会えたら色々言いたい事があったのだけど、いざ目の前にすると出てこないね。
まあ、いいか。全てを杖に込めて魔を紡ごう……後悔、しないようにね」
「……ええ」
ウィリアムに背を向けたアルテミアが走る。リュシアンがどれだけ叫ぼうと、彼女にとっての片割れの仇は紛れもなく彼だった。
ならば、その元凶を立つだけだ。
ウィリアムの齎す慈愛の息吹に抱かれながら双炎の娘は駆け抜けていく。焔がちらつく気配を遠く支えた青年からアルテミアは遠く背を向けた。
諦めきれない、叶えられない。
それはリュシアンという少年の目にはどの様に映るのか。
「貴方が」
すずなの声音が響いた。
「貴方が、全ての元凶ですか」
――お前に奇跡なんて要らない。一足一刀の間合い。ただ、それだけ。
流麗な刀身に滲んだ血色は決意の如く。すずなの眸がぎらりと睨め付ける。
「その所業、これ以上見過ごせません。――此処でその妄執、断ち斬らせて頂きます」
走るすずなの髪を弾いた『爪』が髪留めをぱちりと傷付けた。構って等居られやしない。不退転の覚悟は持ってきた。
「アルベド、キトリニタス、ホルスの子供たち。――そして、烙印。
今まで踏み躙ってきた彼ら彼女らへの報いを、その身で受けて頂きます。
……私の友人が、烙印で苦しんで、心を痛めていました。それだけで、私の理由は十分」
お前の行いが、どれ程他者を傷付けたか。
「百花繚乱――その身に刻みなさい……!」
紅の花が咲く。
男の躯が大地に叩きつけられた。ぶちぶちと音を立てる。その腿のコアを穿ったシラスは「喉だ!」と声を上げる。
ひたり、切っ先が喉へと立てられて――
「最期に、良いことを教えてあげよう。アリシス・シーアルジア。僕の弟子に似合いの娘」
「……聞いて差し上げましょう」
冷めた瞳でアリシスは応えた。博士がからからと笑う。直ぐにでも口を塞ぐべくすずなの切っ先が僅かに食込んだ。
横たわった肢体にパーツはほぼ存在してや居ない。博士の『喉』が笑う。
「――多重反転。知っているだろう、ジャコビニ君だよ。私の共同研究者が悪戯をしていただろう?
魔種という者が『再度反転したらどうなるか』……君達は『純種に戻る』と言っていたね。
違うさ。再度反転すれば、それはもう一つ別の『属性』を付与される」
「……違う属性だと?」
サーカス事変。最初にイレギュラーズが相対したジャコビニも『そう』だった。シラスとて博士の言葉を疑わない。だが、どうして今――
「肉体という器が耐えきれないからこそ暴走していた。けれど、耐えられるようになったならば――?」
「斃すのみでしょう。もう結構」
すずなが刀を突き立てた。笑い声が途切れ、ごろん、とその頭が転がっていく。
博士の『胴』の部分より精霊の声が聞こえ風牙は慌てた様に駆け寄って。
――夜の気配が、失せていく。
博士の胴の内側から毀れ落ちた種。それは瞬く間に夜を喪わんとした空間に根付き大樹と変化する。
実る果実をどうするかなど、簡単に理解出来た。魔種の少年は一つ捥ぎ取ってからリンディスへと投げ寄越す。
「細かく刻んで煎じて飲めば良い。……全てが元通りには、行かないのだろうけれど、さ」
夜宮に昇り来る朝日は全てが終わったことを象徴しているかのようで。
もう、月は私たちを見てなんか居なかった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
アカデミア、妖精郷からその片鱗が顕れて長く長く、皆さんとご一緒してきました。
多重反転。ルクレツィアが使用したその手法が今後、何らかの形で出てくる可能性があるのでしょう。
MVPは狙う場所を探すために非戦闘スキルなどを駆使し博士の弱点を探し出した方へ。
もうすぐ、朝日が昇りそうです。
GMコメント
夏あかねです。
●成功条件
・『博士』の撃破
・傭兵団『宵の狼』の撃退&ベルトゥルフ撃破
●同時参加につきまして
決戦及びRAIDシナリオは他決戦・RAIDシナリオと同時に参加出来ません。(通常全体とは同時参加出来ます)
どちらか一つの参加となりますのでご注意下さい。
●ロケーション
月の王国及び月の王宮です。
風光明媚でありながらも殺風景な月の王国は『精霊カーマルーマ』によるまやかしの世界です。
夜の祭祀阻止が行なわれた今、カーマルーマの力で作られていた月の王国は崩壊が近付いており、本作戦が失敗した後は残党は行方を眩ます可能性があります。
●『烙印』
吸血鬼によって付与される可能性がある状態異常『烙印』です。
『烙印』は『紅血晶』と同じ材料を利用して構築された呪いの一種となります。
リリスティーネ・ヴィンシュタイン(吸血鬼)の血液、大精霊カーマルーマの力、大精霊ファルベリヒトの残滓、その他諸々……。
その解呪方法は『博士』の腹の中に存在している大精霊カーマルーマが残した『種』を砕き煎じて飲むことです。
しかし、この解呪の効果は個人差が大きく、烙印の所有者によっては後遺症や何らかの得難い経験の際にその姿に回帰する可能性も存在しているそうです。
●敵情報
【1】王宮内部
1、『博士』プスケ・ピオニー・ブリューゲル
ピオニーまたは『博士』と呼ばれている旅人。マッドサイエンティスト。
大精霊ファルベリヒト(シナリオ『ファルベライズ』群)、大精霊カーマルーマ(シナリオ『紅血晶』群)を始めとした各地の精霊の力の欠片を取り込んでいる他、冠位色欲の手を借りていたりもします。大体悪い事をして居るのはこの人です。
魔種ブルーベル、魔種リュシアン、ジナイーダ、魔種タータリクス、葛城春泥、ヨハネ=ベルンハルトの『先生』でもあります。
錬金術師としてアルベド、ニグレド等の制作にも取り組んで来ました。各地で人間、モンスター問わずパーツを蒐集し自らの肉体に合体させています。
死者蘇生、不老不死、そして『反転からの回帰』をテーマにしています。
彼の研究は全て彼の脳にインプットされているため情報の持ち出しは不可となります。
博士自身はパッシブで『反』が付与されていることが判明しています。
a、『接合励起』
拾い集めたパーツを励起し個体として動かします。
モンスターの腕や尾を中心にしており、それぞれが意志を持ったように動き回ります。
パーツごとに『コア』が存在し、破壊することで活動を停止させることが出来ます。
本体とは別の行動フェーズを有しており、1度の『接合励起』で2部位まで活動可能です。
b、『錬金液』
特殊調合された液体によって様々な効果を齎します。(攻撃・防御・回復など様々な効果を有します)
c、『夜の災い』
b、『朝日の誘い』
大精霊カーマルーマの権能の一つです。詳細は不明です。
一方が強力な範囲回復、もう一方が強力な単体必殺攻撃だと推測されます。
2、『偽命体』ジナイーダ
ほんわかとした少女。魔種ブルーベルや魔種リュシアンの友人でありラサのラティフィ商会の娘です。
本人の意志とは関係なく全自動的に戦闘行動を行ないます。傷付いてもへっちゃらです。痛くなんてないもの。
a、『ひだまりの娘』
ジナイーダがフィールド上に存在している場合、戦意や敵意が削がれます。
稀に命中や回避を極端に下げる他、戦闘行動を取る事が出来ないなどランダムでBS付与状態が起ることがあります。
b、『勿忘草の防衛』
ジナイーダの周辺に飛び交う花片です。ジナイーダの意思に関係なく常時範囲攻撃(識別)状態で攻撃を仕掛け続けます。
3、『旅人』ケルズ=クァドラータ
外見年齢10歳前後の少年です。リンディス=クァドラータ(p3p007979)さんの兄。
他者に介入することを赦さず、観測することが使命であるとし、イレギュラーズとして数多に活動してきたリンディスさんを『処分』する事を考えて居ます。 危険時にはケルズは撤退し、行方をくらます可能性があります。
また烙印が付与されているため、前後不覚ともとれ、『特例事項行使』として対象に関係なく戦闘行動を仕掛けます。
4、偽命体(ムーンチャイルド) 数不明
アルベド、ニグレド、等にも似た錬金モンスターがカーマルーマの力を帯びて強化されています。
「もう残り少ないから大事にして遅れ」というのは博士の談。人間であったとは呼びにくいですが何かの面影を感じます。
【2】王宮外周
1、『魔種』ベルトゥルフ&ブリード
傭兵団『宵の狼』の団長であったベルトゥルフと『魔剣』と呼ばれた狂気の旅人ブリードです。
博士に二人で一つの一心同体にされており、離れることが出来ません。
ブリードの強い狂気の影響をベルトゥルフは受けているようです。
ベルトゥルフはルカ・ガンビーノ(p3p007268)さんの幼馴染みであり、彼がクラブガンビーノの跡取りだったことやイレギュラーズに選ばれた事を気に病んでいたそうですが……。
ブリードは思う存分暴れ倒します。
悪辣な存在であるためベルトゥルフの肉体を使って、兎に角、人を傷付け甚振ることを目的とするようです。
2、『吸血鬼』アツキ&エルレサ
だぼだぼとしたパーカーに、萌え袖。作ったのは偽翼と尾。白髪に紅色の眸。想像上の吸血鬼を模したアツキと、
博士の娘を名乗る明るくアッパーで可愛らしいお喋り娘エルレサです。
アツキはスピードファイタータイプ。攻撃は一撃一撃は軽めですが手が多く連携が得意なようです。
エルレサはオールラウンダーで堅牢。アツキとの連携を意識し、着実にイレギュラーズを刈り取ろうとしています。
3、『宵の狼』団員達
ベルトゥルフの呼び声を聞いてしまった狂気状態の団員達です。
元より、宵の狼はほぼほぼ壊滅状態とも言えます。幹部達が争い合って、傷付け合って、それぞれが己の目的のために進んで来たのです。
ベルトゥルフだけは出来るだけ団員を護りたかったようですが――彼の呼び声に耳を傾けた団員達は団長であるベルトゥルフを護る為に戦います。
『不殺』で戦闘不能にすることで正気に戻すことが可能です。
●立場不明
・魔種『リュシアン』
深緑編で撃破された魔種ブルーベルの幼馴染み。
初恋の人でもう一人の幼馴染み『ジナイーダ』が『博士』と『タータリクス』によりキマイラへと変貌させられた事を目にし、それにより反転。
現在は『色欲の冠位魔種』の使いっ走りをしています。
その結果、タータリクスを反転させたり、カムイグラの動乱の切欠ともなった巫女姫を反転させたりと派手に動いている節はあります。
彼の目的は狂人である『博士』の撃破。その為ならばイレギュラーズとの協力も惜しみません。
博士に向けて特攻していますが、ジナイーダを目にすると躊躇うことでしょう。
リュシアンに関しては『此処で撃破する』もよし、協力体制と取り付けるも良し、でしょう。
基本的には【1】へと向かいます。
・ニーナ(ニルヴァーナ・マハノフ)
アカデミアと呼ばれた組織に出入りしていた少女。不老の種であり実年齢は随分と『年上』のようです。
基本的には【1】に向かいます。援護射撃が出来ます。
・イヴ・ファルベ
ファルベリヒトがその身を分けた依り代の子。ファルベリヒトが本来ならば復活の際に使用すべき肉体でした。
【2】で皆さんの支援を行ないます。回復行動などが可能です。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●フィールド特殊効果
月の王宮内部では『烙印』による影響を色濃く受けやすくなります。
烙印の付与日数が残80以下である場合は『女王へと思い焦がれ、彼女にどうしようもなく本能的に惹かれる』感覚を味わいます。
烙印の付与日数が残60以下である場合は『10%の確率で自分を通常攻撃する。この時の命中度は必ずクリーンヒットとなり、防御技術判定は行わない』状態となります。
戦場選択
以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。
【1】月の王宮
月の王宮内部に存在していた広いホールです。
床にはとても大きな魔法陣が存在しています。烙印を進行させるもののようですが……
博士やジナイーダが存在しています。
【2】王宮外周(月の王国沙漠)
王宮の外周部分に位置します。皆さんの侵入を食い止めようとしているようです。
傭兵団『宵の狼』を中心に、ベルトゥルフ&ブリード達が存在しています。
【3】その他
その他の行動をしたい場合にご選択下さい。
Tweet