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<終焉のクロニクル>Pandora Party Project
完了
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オープニング
●『一つ』の混沌(せかい)
「良く集まってくれた!」
ローレットをお膝元に置くメフ・メフィートの王宮には未だかつてない光景が広がっていた。
凛と声を発したのは言わずと知れた幻想(レガド・イルシオン)の国主フォルデルマン三世。
しかし彼の目の前に立つ人物達はこの場所からして例外的にまるで臣下の礼を取っていない。
それもその筈。
「まさか、アンタから呼ばれるとは思っても見なかったぜ。
こっちは戦勝気分でメイドの飯でも食えそうなトコだったんだけどな」
知己のイレギュラーズとのやり取りを冗句めいて言ったのはゼシュテル鉄帝国皇帝、『麗帝』の武名混沌中に轟くヴェルス・ヴェルグ・ヴェンゲルズ。
「バグ・ホールとワーム・ホールであったか。
此方もあれには中々手を焼いておる。建設的な『話』になれば幸いじゃな」
自慢の白い顎髭を指で扱くのは練達、セフィロトが『探求』の塔主――カスパール・グシュナサフである。
それだけではない。
「……この度の呼びかけを、そしてローレットへの長年のご支援に感謝を申し上げます。フォルデルマン王」
「うむ。魔種とはやはり人類圏の不倶戴天の敵なれば。
彼等には感謝しても仕切れぬものがある。結果として貴国にも」
「おうおう、妾としてはとうにその心算じゃ。海洋は建国以来の悲願を彼等に果たさせて貰ったのでな」
「縁を繋いで貰った。返せない位多くを受け取った。思えば、到らぬばかりの話であったが」
「……………ま、中々面白い連中である事は確かだよ」
最後の人、『彼女』が特異運命座標だろうとは言うなかれ。
普段、勢力圏から出る事はない深緑(アルティオ=エルム)の緑の巫女、リュミエ・フル・フォーレ、更には自他共に厳めしい正義と実直、賢王としての年輪をその顔に刻み付けた聖教国国王にして、教主たるシェアキム・ロッド・フォン・フェネスト六世、海洋王国大号令を成功させた女王イザベラ・パニ・アイスに『新天地』カムイグラの『霞帝』今園賀澄、『世界最強の傭兵』こと砂漠の赤犬、ディルク・レイス・エッフェンベルグ等といった錚々たる面子が揃っている。
国として幻想と付き合いのあるディルクやイザベラはいざ知らず、長年の敵国の王であるヴェルスやシェアキム、我関せずを貫く中立主義のカスパール、外部との交流を好まない幻想種のリュミエや遥かカムイグラに在る賀澄等がメフ・メフィートの王宮に在る事自体を例外過ぎる事実と呼ぶしかなかろう。
そしてその極めつけは……
「ま、ずーりんにお願いされたしね。ユーフォニーやヴィルメイズ、イレギュラーズには世話にもなったし。
話があるってんなら付き合わない位に薄情じゃないわよ」
……ここについ『この間』までの人類未踏の地、覇竜領域の若き姫――珱琉珂の姿さえある事だった。
覇竜観測所、そしてヘスペリデスの大事件……特異運命座標達の紡いできた縁こそがまさに特異点であると言う他なかろうか。
「それで――王サマよ。この集まりは何だい。アンタが仕切ってくれるんだろう?」
「うむ。ディルク殿、私は皆々様に提案をしようと思ってここに来て貰ったのだ」
ディルクの言葉にも最早物怖じせず、フォルデルマンは居並ぶ面子を見回した。
「我々は国王だ。そして、我等が国はそれぞれが様々な事情を抱えている。
私はイザベラ殿やディルク殿とは友誼を結んではきたものの……
例えば我が国は、ゼシュテルとはもう何十年もそれ以上も争っている。
ネメシスと戦争になった事も何度もある。父祖代々より続く因縁は決して小さなものではない。
アルティオ=エルムやセフィロトは他国と関わるをこれまで良しとはしなかっただろう。
遠き地の――カムイグラのお方や竜の姫君からすれば我々はまだ見知らぬ他人やも知れない。だが!」
堂々と言ったフォルデルマンは一層胸を張って言葉を続けた。
「我々がこの混沌に生きる同じ人間である事に変わりはない。
この世界は今、滅びの危機に瀕していると言う。
我々は、我々の力だけで『神託』を回避出来ない事実をこの何年かで痛烈に思い知ってきた事と思う。
世界最強のヴェルス殿やディルク殿も、戦う力のないこの私などはいの一番に。
……特異運命座標は、ローレットは本来民を守らねばならぬ我々の為に傷付き、命を燃やし、魔種共と戦ってくれてきた。
だが、我々は何も出来ない存在であろうか?」
フォルデルマンの横顔を見つめるシャルロッテの大きな瞳が潤んでいる。
「答えは否。断じて否だ!
確かに我々には決まった運命を覆す力は無いかも知れない。
可能性の獣と同等の結果を出す事は不可能だろう。だが、それでも我々は王だ。
彼等には無い力を持っている。我々は――いや、我々を含めた人類は特異点の有無に関わらず抗う力を持っていると信じてやまない!
……そこで、私は――フォルデルマン三世は皆様に提案したい」
――今日、この時を以って全ての恩讐を一旦取り置き、全国家全勢力全力を挙げてローレットを支援し、魔種との決戦に臨まんと!
「一本化した指揮系統は世界最優と名高いザーバ・ザンザ将軍にお預けしたい。
参謀として我が国の『黄金双竜』レイガルテ卿をつける用意がある」
フォルデルマンの言葉にレイガルテが「御意に」と一礼する。
一方のザーバは……後で聞けばさぞ難しい顔をするに違いないが、これを断るような男ではなかろう。
「時間が無い故、その他、細かい調整は進めながら承りたい」
「聞いていた人物像とは随分違うとお見受けするが、良き哉。男児三日会わざるば刮目して見よ。
学べる事、成長出来る事こそが若者の特権なればな」
カスパールが淡く微笑んで、誰より先に拍手を始めた。
「……信じられないもんを見たが、アンタ十年も経てば結構俺のいいライバルになるかもな?」
「異論はない。神も、我々も彼等の先行きと共にあらんと願っていた」
ヴェルスが、シェアキムがそれに続く。
「我が国に出せる戦力はたかが知れておるが是非も無い。支援に輸送にお任せあれじゃ」
「うむ。イザベラ殿と共に可能な限りの助力をする事を約束しよう」
「アンタ達は俺が守るって言いたいトコだけど、今回だけはな」
「その顔で言わないで下さい」
イザベラと賀澄、ディルクの言葉にリュミエが苦笑した。
「勇者王って言うんだっけ、アナタの祖先」
感心したように零した琉珂の脳裏に『竜さえも乗りこなしたその伝説』が過ぎる。
アイオンの名は覇竜領域にも轟いていた。あのメテオスラークが懐かしそうに嬉しそうに話した言葉が浮かんで消えた。
成る程、目の前のもやしの覇気を見れば眉唾な昔話も少しは信憑性を持とうというものだ。
「――感謝する!」
深々と頭を下げたフォルデルマンには確かに混沌の誰もが一度は憧れた勇者王の片鱗が僅かに覗く。
そして、ゆっくりと面を上げた彼はそしてここに宣言する――
「今、この時を以って我等は一丸。
我が為に戦い、誰が為に死のう。
隣人が為に誇りを振るい、世界の為に前に進まん!
これより、乾坤一擲の決戦『Pandora Party Project』発動を宣言する!」
●『例外』という混沌
「――始まったみたいだね」
終焉(ラスト・ラスト)――影の領域、その深くに到る影の城。
人間の王侯貴族が好みそうな居場所を真似るかのように形作られた皮肉な場所で原罪の魔種ことイノリは静かに言った。
運命が望み、神が、世界が否定してきた『神託』の成就はもうすぐそこまでやって来ている。
『見て』分かるのだ。
ただ広く伽藍洞な謁見の間の中心に空間の歪みが生じていた。
外の世界に幾らでも沸いたバグ・ホールと似ていて異なる――
大きさ自体はまだ拳大であり、まるで威圧的なサイズとは言えないのだが。
それは確かに別種のものであった。
余りにも違い過ぎて、イノリにそれが他と同じものだとは思わせてくれない程にも。
「生き汚いクソ爺が恐れる訳だ。正直、これ程に『理解る』ものだとは思ってもみなかった――」
独白めいたイノリは呆れ半分、賞賛半分の苦笑いを浮かべていた。
近付いているという事実のみで『それ』が放つ狂気めいた圧倒的な存在感は影の城の異常ささえも吹き飛ばす位に強烈で、イノリをしても底を見通す事等出来はしない。
そしてそれは取りも直さず、『それが故』にこの大いなる混沌を吹き飛ばし得るのだと教えてくれるかのようだった。
「顕現にはどれ位かかるのかしら」
「分からない。だが、終焉までのカウントダウンは確実に始まってる。
……そうだな、長い時間は無いだろう。例えば君と今年のシャイネン・ナハトを過ごす事は出来そうもない」
冗句めいたイノリに「なにそれ」とマリアベルが唇を尖らせた。
「性格が悪いわよ、イノリ。私に気を持たせるような事はしないで頂戴な。
それで……この後はどうしたらいいの? 待っていれば『神託』は成るのかしら」
「魔王座(Case-D)の顕現は成った時点で不可逆だ。この混沌にアレが引き込まれた時点で全ては完了する。
そうなれば神だろうと特異点だろうとこれを覆し得る事なんて出来はしない。だが」
「邪魔、するわよねえ」
マリアベルの口角が意地悪く持ち上がっている。
「貴方のその言い方だと『顕現する前なら止められる』ように聞こえたわ。
つまる所、あのお節介な連中はその好機を見過ごすような事をしないでしょう。
世界の為だか、大切な人の為だか――それとも自分自身の為だかで。
信じられないような苦労を平気で呑み込んで、不可能に挑むような連中なのでしょう、『あれ』は」
「まるで、君みたいにね」
イノリの切り返しは先刻承知であったのかマリアベルは苦笑いを浮かべている。
「かくて魔種と人類圏の最終決戦は不可避のものになる訳だ。
事これに到れば、お互いに是非も無い。世界が滅ぶのが先か、彼等がこの場に辿り着くのが先か――
尤も、辿り着けた所で僕だって譲ってやる気は微塵も無いがね。
さて、彼等は何をどうするか――」
独白めいたイノリの言葉に応えるではないが、マリアベルの柳眉がぴくりと動いた。
「……成る程ね」
「マリアベル?」
「彼等のやり方が分かったわ。どうも彼等、私のワーム・ホールを辿ってこっちに乗り込んでくるみたい」
憮然とするマリアベルにイノリは「まさか」と問い返す。
「事実よ。私が感知したのだから間違いない。
そうね。ええ、そうよ。貴方の思っている通り――私の通路は原罪の呼び声の煮凝りのようなものよ。
人間が人間のまままともに通過するなんて馬鹿げてる。出来やしない。でもね、あの『前例』は痛恨だったわね」
「乙女が二人か」
「ええ。『前例』は彼等により大きな冒険をさせたということ。
パンドラの奇跡で押し切れば、本来通路ではない通路を利用出来る――侵攻ルートを逆侵攻ルートに変えられてしまった。
人類圏は……ああ、もうすごい多国籍軍ね。
どうも彼等腹をくくったみたい。イレギュラーズを旗印に混沌中の全勢力が影の城への打通を狙ってる。
でもね、イノリ。これは私の問題じゃなくて――貴方の大好きな妹様の所為ですからね!」
「責めてないってば」
苦笑に苦笑で返したイノリが天を仰ぐ。
「……まぁ、最後の最後まで出来た妹だ。ことこれに到っても神のくびきから逃れる心算は無いらしい。
思えば碌に言葉を交わした事も無い妹だ。一度位は話し合っても良かったのかも知れないが。
……しかし、何だ。兄の心も、その逆に妹の心も。『家族』でも案外理解し得ないものなんだな――」
何とも言えない顔をしたイノリにマリアベルは嘆息した。
「……いいじゃない、最初で最後の兄妹喧嘩。それに貴方がどうするって言ったって」
――泣き言を言ったって、どんなに情けなくたって。私は最後まで付き合うから。
彼女はその先を言わなかった。
唯、この後に起きるであろう終焉(ラスト・ラスト)の激闘が生易しいものにならない事だけは知っていたから。

- <終焉のクロニクル>Pandora Party ProjectLv:95以上完了
- ――滅びの運命を捻じ伏せて、かの魔王座を拒絶せよ!
- GM名YAMIDEITEI
- 種別ラリー
- 難易度NIGHTMARE
- 冒険終了日時2024年12月07日 21時45分
- 章数4章
- 総採用数440人
- 参加費50RC
第4章
第4章 第1節
●運命の濁流
「うわああああああああ――!?」
どうしようもない――心からの絶叫を上げた船乗りは自身の人生の終了を覚悟するしかなかった。
虫食いの世界、荒れ狂う海、魔種達の影響で無茶苦茶になった死地は混沌に住まう誰にも酷く辛辣。
せめても生き延びようと海に出た事は正しい判断だったのかも知れないが、何れにせよ行き止まりであった事は最早疑う余地も無い。
「ああああああああ――」
しかし彼は恐らくそうして逃れようとした海洋国民の中で最も幸運な部類の人間であるに違いなかった。
絶体絶命に目を瞑った彼は数秒後に訪れる破滅を、衝撃を未だに体感してはいなかった。
目前に迫った終焉獣の顎は余りにハッキリと思い出せるのに――彼が代わりに聞いたのは耳を劈くような大砲の轟音だった。
「……あれ? え……?」
恐る恐る目を開ければ目前まで迫った終焉獣はそこには無く。
彼方には髑髏の旗をはためかせた巨大戦艦(ガレオン)が浮いていた。
「海賊船!?」
――聞こえるか? そこの船。聞こえたら邪魔だから元の港に帰りやがれ!
船員は困惑した。
海洋王国大号令以来、目立った海賊共は姿を消していた筈だ。
『偉大なる』ドレイクは海の果てに消え、海賊を見かける事等無くなっていたのに。
いやさ、それ以前に。
「……海賊が俺達を助けた……?」
混沌破滅の――人類を含めた全ての黄昏の時間に人を襲う理由等無いだけなのかも知れないが。
何かの力で船に届けられたダミ声は「邪魔だから帰れ」と言った。
この期に及んで船を襲うでもなく助け、海賊が何の仕事をしようとでも言うのだろうか!?
――判断が遅ぇ。邪魔だって言ってんだろうが!
船乗りの思考を邪魔するようにもう一度ダミ声が響き、今度は砲撃がおまけについてきた。
明らかにそれは当てる為のものではない威嚇に過ぎなかったが、船乗りは今度はすぐに動き出し。
荒れる海をリッツパーク目指して引き返す――
「……ったく」
「甘すぎるんスよ、お頭は」
「誰の甘さが移ったんだかな――」
巨大戦艦(ガレオン)の甲板の上で頭をばりぼりと掻いた赤毛の海賊は部下の言葉に溜息を吐いた。
「だがまぁ――これから世界を救う手伝いをしようってンなら、善玉みてぇな面しとくのも悪くはねェだろ」
「違ぇねえ!」
海賊達の笑い声はあくまで野卑たものだ。
だが、そこには『善玉』を名乗る程度には悪意が無い。
別に今だって善人ではないが、このまま座して死ぬのは御免被るといった所だ。
「懐かしいな、海洋王国。そしてテメェ等は運がいい。
海賊ってのは財宝を見つけるもんだ。そうして、頭を使うもんだろう?」
海賊提督――バルタザールが空に掲げたのは海の果てで、偉大な先達に負けぬ冒険の上で手に入れた秘宝である。醒竜玉の名を持つそれは『封じられた禍々しいもの』を今ここに呼び起こす――或る意味で世界を滅ぼしかねない危険過ぎる鍵だった。
「おい、旦那。分かってンだろうな?」
――煩い。集中が乱れる。今、小生は貴様等凡百が万人束になっても叶わぬ計算をしているのだ。
この終末にバルタザールに届いた声は『混沌の神』ことシュペル・M・ウィリーのものであった。
驚くべきか自ら声を掛けたシュペルはバルタザールが引き抜いた奇跡と希望の欠片の意味を語ったのだ。
無論、秘宝の価値等知り得ないバルタザールは大いに驚いたが――まさにこれは幸運だった。
――『一応』は交渉は済んでいる。
まあ、半ば自棄のような博打だが。博打でも他に手が無いのなら仕方あるまい。
凡百。一応は貴様も褒めてやるから、後は余波で沈まぬようにでも祈っていろ!
「……これだよ。なんで勝手な野郎だろうな」
苦笑したバルタザールは遥か彼方を見つめていた。
――バルタザール!
自身を叱責する幻聴はこの数年で繰り返し聞いたものだ。
自身が恐らくは二度と戴かぬ『キャプテン』はスパルタで……しかし、この時聞こえたその声は何処か嬉しそうにも感じられた。
そんなものは全て幻聴に過ぎないのに。感傷が作り出した、都合のいい夢に過ぎないのに。
「黙って見てろよ、キャプテン。褒められる位の仕事はしてやるからよ……!」
●大海嘯
――人の身で我を叩き起こすとは!
怒りと不満に満ちたその声は頭の中に響くかのように船の上の誰にもその意思を伝えていた。
全身が怖気立ち、海の中に飛び込んででも逃げ出したくなるような威圧感に歴戦の船乗り達の顔が蒼褪めている。
殆ど棒立ちになり、口をパクパクと動かすだけで――何を言う事も出来ない大半の人間の中で、バルタザールが己を奮い立たせるかのように大声を上げた。
「海の神さんよ、不敬は承知!
だが、知らねぇ顔同士でもねぇ筈だ!
……それにこれはアンタに捧げられるべき財宝で、混沌のカミサマはいい感じに状況を伝えてくれてる筈だろう!?」
――滅海竜! 遊んでいる暇は無いのだ。
貴様とて、眠りの揺り篭に揺られたままこの世界ごと消し飛ぶ趣味もあるまい!?
――塔の男か。偉そうに!
シュペルと滅海竜――リヴァイアサンのやり取りにバルタザールは息を呑んだ。
海底より浮かび上がってきた大きな――大き過ぎる影の前には巨大戦艦(ガレオン)すらも玩具以下だ。
ざばりと音を立てて頭部だけを海上に突き出したそれは、船上の誰もが『あの時』思い知った人生最大の恐怖そのものだ。
――ともあれ、貴様の機嫌は兎も角、契約の手順は踏んでいる。
利害も一応一致していると言っていいだろう。
後は貴様の『雑』さを小生が何とかしてやろうというのだ。
問答の暇は無い。小生とて、本来はこんな事をしたくないのだ。不本意なのだ。
いいから黙ってここは力を貸したまえよ!
一瞬押し黙ったリヴァイアサンにシュペルは心底嫌そうに言葉を続けた。
――貴様とて、特異運命座標(アレ)等は多少なりとも……気に入ってはいたのだろう?
神域に座する竜がその瞬間、思い浮かべたものは己に比すれば余りにも小さすぎる――美しく無力で、そして信じ難い程の少女の歌声だった。忘れる事もない、忘れられる筈もない。あの小さきものは滅海竜の意志さえも一時食い止めて見せたのだから!
――ぼやけるな、とっとしろ! 神なら神の約束を果たすのが筋だろうが!
シュペルの物言いに眠る前の『追憶』を邪魔され、怒気を帯びたリヴァイアサンが轟と吠えた。
それだけで海が荒れ狂い、高波がガレオンにぶち当たる。転覆しそうになる船を何とか支えたバルタザールは「冗談じゃねえ」と呟いた。
――いいだろう。塔の男。だが、ゆめ忘れるな。失敗等したらまずは貴様から塵に変えてくれる……!
「……離れろ!」
バルタザールの直感は流石に歴戦の海賊提督だった。
船さえも飲み込むかのようなリヴァイアサンの大顎がくわ、と開いていた。
ブラッド・オーシャンが大きく動き出すのとリヴァイアサンの大顎が『あの時』と同じ大海嘯を撃ち出すのはほぼ同時だった。
耳を劈く轟音が辺りを支配する。
力の塊が彼方まで虚空を貫き、大船が威力の余波だけで木の葉のように翻弄される。
(リッツパークを吹っ飛ばす気か!?)
蒼褪めたバルタザールだったが、それは杞憂でしかなかった。
――寝起きで驚く程力が出ぬ。『だが、貴様に御するのはそれで精一杯』だろう?
――抜かせ、爬虫類風情が!
大海嘯の進む先、彼方の空が何かの力に揺らめていた。
海洋王国の首都すら吹き飛ばしかねないその力は揺らぎに呑まれ、『何処か』へ消え失せている。
――ああ、もうこの馬鹿力が……ッ!
聞いた事すらないシュペルの苦悶の声が響いている。
打つ舌の音を止められない彼の苦戦こそが自称神の成し遂げんとする仕事の馬鹿馬鹿しさを告げていた。
――だが、舐めるなよ、爬虫類! 『黒聖女』如きに出来る事が小生に出来ぬ筈も無いのだからな!
問題は……問題は、どうして小生がこんな事をしなければならないかという点で……!
別にあれもこれも勝手にくたばれば清々するのだ。
分かっているのか、どいつもこいつも!
「……そりゃあ」
バルタザールはこの期に及んでもわざとらしい露悪の仮面を外せない人間臭い神様に溜息を吐いた。
「アンタがどうでもいいって連呼する世界を救いたいって思うようなお人好しだからだろうよ」
●影を貫く
「……何が起きた……?」
『それ』を目の当たりにした刻見 雲雀(p3p010272)の声は知らない間に乾いていた。
状況を正しく説明する事は困難だ。強いて見たままを言うならば……
「何かすごいのが飛んできて魔種の軍を吹っ飛ばした、にゃ!?」
……祝音・猫乃見・来探(p3p009413)の表現は非常に胡乱だったが、実際の所そうであるとしか言いようがない。
「いや、だが今のは――正体は知れないが本命じゃないかも知れねぇな」
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)が少し冷静にそう分析した。
突然に、唐突に、彼方から飛来した『何かの力』の余波が軍勢を削り取ったに過ぎない。
魔種の圧力に敗れかけ、全滅さえも過ぎった状況をそれは僅かばかり押し返してくれたのだが。
「だって、そりゃあそうだろう――」
酷く直線的な力が彼方に奔るその時を、ヤツェクのみならず、恋屍・愛無(p3p007296)の眼も捉えていた。
「――あの力でこの位の影響じゃ全然勘定が合わないし――」
『それ』はより細く収束し、真っ直ぐに影の城を目指していた。
愛無の言う勘定を合わせるのなら、もっともっと力が要る。
例えばそう、この場が目的だったらイレギュラーズごと全てを消し飛ばしてしまうような甚大な結果が――
「シュペルちゃんでしょ」
メリーノ・アリテンシア(p3p010217)は当然の事のようにそう言った。
気のせいか何処か誇らしげな調子でそう言った。
「訳が分からない凄い事は大体シュペルちゃんって決まってるから。
て言うか、口で何を言ったって最後には動かずに居られない辺りがすごい信憑性あるじゃない?」
「――マリアベル!」
「――――ッ!?」
影の城の戦闘、これまで十分過ぎる程の余裕を湛えていたイノリの表情が初めてと言っていいレベルで引き攣った。
警告の声を受けたマリアベルは刹那、彼の意図を理解する事が出来なかった。
「……っ……!」
マリアベルを庇うように動いたイノリと『細い線』が影の城を貫くのは同時だった。
「……く、ぁっ……!」
炸裂した威力がイノリの発した初めての本気と喰らい合う。
原罪を冠する大魔種を苦しめる『何か』は驚くべきか、その場で乱戦を展開するイレギュラーズに何ら悪影響を及ぼす事がない程の『精密さ』で城主のみを叩いていた。
「……イノリ!?」
「滅海竜の精密射撃か。
次元まで消し飛ばしてやってくれる。
顔を見せないと思ったら、こんな切り札を。流石に塔の神って所か」
イノリはその暴力を押し止めるも、大きなダメージを受け、その右腕は無惨に消し飛んでいる。
「良く分かんないけど、あの弟を褒めてやりゃあいいのね?」
「ご愁傷様なのだわ」
リア・クォーツ(p3p004937)がそう言えば善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)が肩を竦める。
「こりゃあ――クライマックスって事でいいんだよな?」
「シンプルでいい感じだな!」
仕掛けたクロバ・フユツキ(p3p000145)、郷田 貴道(p3p000401)にこれまでとは血相を変えたマリアベルが応戦する。
「悪いけど、弱点を狙うのって結構狙撃手らしいでしょ?」
ジェック・アーロン(p3p004755)の正確な一撃がイノリに向けばマリアベルはこれを守らざるを得ない。
甲高い金属音を連続させ、必死の応戦をする彼女の表情には先程までの余裕がなく、傷付いた彼女が怒りに目を血走らせる。
「ええ、ええ! もう遊んでいる場合ではないでしょう!」
おおおおおおおおおお……!
爛々と目を輝かせたマリアベルの周囲に殺気が満ちて、必殺を思わせる禍々しい空気が辺りを包む。
だが彼女のその大仕掛けが実を為すよりも早く。
――じっくりと観察させて貰ったからねェ?
性質の悪そうな声が耳障りな笑いを零していた。
――特異運命座標諸君!
取り敢えず抑えられる限りは僕が抑えておくカラ、とっととこの戦いを終わらせたまえ!
言っておくけど、君達のお陰で僕は本調子じゃなイ。そう長くもつとは思ってくれるなヨ!
「やっぱり幻想は見捨てられなかったんだね!」
セララ(p3p000273)の言葉にそれ(パウル)は答えなかったが、是非も無い。
最終決戦に人は全ての術を尽くし、細く掠れて消えそうなハッピーエンドへの道をここまで何とか手繰り寄せてきたのだ。
「……マリアベル。僕を気にするな」
「でも……」
「『僕の望みは神託の成就だ』」
「……ええ、分かっている。分かっていますとも」
マリアベルはイノリの言葉にその動揺を何とか呑み込んでいた。
「状況は多少悪くなったが、まだ別に負けてない。
むしろ彼等にはこの状況でも1%さ。それが分からない君じゃないだろ?」
イノリの言葉にルカ・ガンビーノ(p3p007268)が笑った。
「そりゃあ朗報だな、お義兄さん」
「……?」
「さっきまでのアンタなら0%って言っただろ。
こちとら、1%からこじ開けるのはお家芸でね――」
――お願いでごぜーます――
幻聴なのだろう。
幻視なのだろう。
だが、ルカには空中神殿で祈りを捧げるざんげの姿が見えたようだった。
(ああ、心配するな。そんな顔すんなよ。ちゃんと俺が――お前も、兄貴も)
「確かに今のは失言だったな」
ルカの言葉にイノリは僅かな苦笑を浮かべている。
「ドラマ」
「……はい」
レオンの言葉にドラマ・ゲツク(p3p000172)は頷いた。
最早、多くを語るべくもない。
「世界を――混沌を、救いましょう。この物語に最後のページを記しましょう」
※影の領域の戦闘でパンドラ26552が消費されました。
YAMIDEITEIっす。
最終章開始です。
プレイングには詳細なルールが決まっておりますので必ず守って記載するようにして下さい。
●依頼達成条件
・Case-Dの顕現阻止
※完全顕現した場合、混沌以下全ての世界が滅び、ゲームオーバーとなります。
●ワーム・ホール
『黒聖女』マリアベルの作り出した人類圏への侵攻路。
おかしな前例を作った華蓮ちゃんとドラマちゃんがいたせいで、パンドラの奇跡でとんでもない横紙破りを食らった結果、逆侵攻ルートにされました。
ここを通過するのにもパンドラを消耗します。
本シナリオはここを通過して『影の領域』に到着したシーン以降を描く事になります。
●影の領域
終焉(ラスト・ラスト)、人類未踏の魔種の勢力圏をそう称します。
薄暗く日の光が弱く、植生等の生態系も歪んでねじくれた『魔界』のような場所です。
混沌と地続きですが、まるで違う法則に支配されているようで此の世のものとは思えません。
また影の領域は原罪の呼び声のスープのようなもので、多くの人類に以下の影響を与えます。
・何時反転してもおかしくない
・イクリプス全身図の姿に変わり、戦闘力が強化される(姿はそのままでも可)
本来ならばここで戦う事は困難です。反転や狂化を免れる事は難しいのですが……
●影の領域(第二戦域)
進軍ルートの彼方に爆発が起きました。
そちらにドラマちゃん、華蓮ちゃん、レオン、ナルキスとその部隊が居ます。
ナルキス隊はフロスベクト、ラーングーヴァの軍勢に比べて小規模です。
●空繰パンドラ
今回は皆さんの代わりにざんげが有する空繰パンドラが使い続ける事で致命的な悪影響を防いでいます。逆に言えば空繰パンドラは皆さんが共有する有限のリソース、即ちHPとなります。
空繰パンドラによる奇跡の支援は戦闘中別の事にも使われる場合がありますが、使用すればする程余力は小さくなる性質です。
ざんげに何をして欲しいと頼む余裕は無いので、ざんげがある程度自分で判断します。
しかしながら彼女は皆さんを見捨てたりはしないでしょう。(目的の為に小を殺すジャッジはあまり出来ません)
●影の城
イノリとマリアベルが存在し、Case-Dが顕現しようとしている決戦の場です。
西洋風の城で、魔種陣営の本拠地。
●敵
影の領域辺り一帯には膨大なまでの低級魔種、終焉獣、アポロトス、或いは何でもないなりそこないが跋扈しており、中心部である影の城に到達しようとするなら非常な困難が立ち塞がり続けるでしょう。
多くが雑兵ですが、強力な個体もちらほらといます。
特に以下の個体はかなり強力な魔種で謂わば指揮官個体なので注意が必要です。
・ナルキス
スチールグラードはリッテラム攻略戦で登場した強力な魔種。
飄々としたタイプでかつて会敵したシラス君曰く「リッテラムでバルナバスの次に強い」とのこと。
影の領域(第二戦域)でイレギュラーズと交戦中。
・『鎧の魔種』フロスベクト
スチールグラードはリッテラム攻略戦で登場した強力な魔種。
ワーム・ホールより攻め入った先で会敵する魔種軍勢本隊を率いています。
・『悪魔の魔種』ラーングーヴァ
スチールグラードはリッテラム攻略戦で登場した強力な魔種。
ウォリア(p3p001789)さんの奮闘により、相討ちの形で倒されました。
●友軍
オールスターです。
・ゼシュテル鉄帝国の正規軍
指揮官のザーバ・ザンザは全軍の統括も兼任します。
世界最強の軍隊に相応しい精強な軍勢です。
・聖教国ネメシスの聖騎士団
聖騎士団長レオパル・ド・ティゲールに率いられた部隊。
攻防一体で回復支援も可能な前衛主体。継続戦闘ならおまかせあれ。
・幻想精鋭部隊
ザーズウォルカとイヴェットに率いられた例外的に有能な連中です。
幻想には大変珍しく戦えるものが揃っており、ヨハンセン・ヴェイルシュナイダーという騎士の顔もあります。
・赤犬の群
ディルク・レイス・エッフェンベルグ率いる傭兵団。
クライアント(かれんちゃん)がこっちにいる以上、面を出すのは当然の事!
・深緑の癒し手達
幻想種の中でも勇気のある者、支援の得意な者達が有志で集まりました。
彼等の多くは誰かと争う事を嫌いますが、今回ばかりは戦って勝ち取る覚悟を決めたようです。
イレギュラーズを除く全軍の士気はザーバ・ザンザ将軍がとり、レオパル・ド・ティゲールが補佐します。
部隊以外の個人についても腕自慢の連中もきっと許される範囲で参戦している事でしょう!
・封魔忍軍
フウガ・ロウライト(サクラちゃんのお兄ちゃん)一党が参戦しました。
彼等は戦闘力の高い暗殺者集団で奇襲と攻撃力に優れます。
この戦いに勝ったらサクラちゃんが絶交を解いてくれると信じて……!
影の城に行きます。妹が心配だからね。
・レオン・ドナーツ・バルトロメイ
第二戦域に登場。
ローレットのギルドマスター。『絶好調』。
影の城に行きます。絶好調だからね。
・薔薇十字機関(少数)
リーゼロッテwith薔薇十字機関少数
本隊との戦いに援軍として来ました。手勢は少数ですがおぜう様はまあ強力です。
・チームサリュー(旧)
梅泉一行。影の城攻略隊に合流しました。
梅泉、雪之丞、たては、時雨。強力な前衛四人のチーム。
・クリスト
生きてるスパコン(問題児)
マリアベルの術式を解析、解除中。
後続のルートを確保する為に集中しています。
勝手に援護してくれる場合もあるかもしれない。
・シュペル
リヴァイアサンの大海嘯を『飛ばして』『精密射撃』しました。
全身全霊を使い果たしているのでこれ以上の支援は難しい模様です。
・リヴァイアサン
滅海竜。海洋王国大号令でイレギュラーズと戦った『マジの神』。
あの戦いの結果、イレギュラーズを気に入っていたようです。
バルタザールが秘宝を手にしたお陰で目覚め、シュペルによって本気の砲撃『大海嘯』を影の城に届ける事に成功しました。
二撃目はシュペルがどうしようもないので無理です。
・バルタザール
海賊提督。『偉大なる』ドレイクの副長。
海洋王国大号令後に単行本10冊を超える冒険をしてきた模様。
・パウル
幻想に巣食う魔。英雄王アイオンの仲間。
イレギュラーズに敗れた為、本調子ではありませんが……
この時までじっくりと観察した結果、マリアベルの魔空間能力の一部に対抗しています。
長くは持たないとのこと。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
今回のシナリオに関しては普段に比べ死亡率が高いです。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はEです。
無いよりはマシな情報です。グッドラック。
●重要な備考
選択肢の中から自分の行動に近いものを選択してプレイングをかけて下さい。
又、オープニングには特に記載されていない人間が参戦している場合もあります。
プレイングをかければ登場するかもしれません(しない場合もあります)
本シナリオは返却時等に空繰パンドラの総合値が減少し続けます。
空繰パンドラの残量が0になった場合、事実上の敗戦が濃厚になる可能性があります。
空繰パンドラの減少は本シナリオ以外のシナリオ結果にも左右されます。
尚、一章時点で影の城に到着する事はありません。
但し、選んだ選択肢によってその後のシナリオでの状況が変化する場合があります。
●重要な備考2
選択肢の内容が変化しています!!!
詳細を必ず読むようにお願いします!
頑張って下さい!
第4章 第2節
●ラスト・ダンス I
「シュペルさん…本当にありがとう。みゃ。
僕も、せめて僕にできる事を……!」
零れた祝音の言葉は状況に訪れた決定的な転機を伝えていた。
眠りについていた滅海竜リヴァイアサンが『目覚めた』経緯はイレギュラーズには分からない。
されどあの深い海で眠っていた真なる神が自称神の助力を得てこの場に力を届けたのは疑うまでもない事実であった。
それは多分に推測を含んでいたが、歴戦でありその双方と深く関わり合った面々はそれを見誤るような事はしない。
(出来る範囲で良い、願ってほしい……願いたい。君達が、僕達が明日を、未来を生きる為に!
理不尽(Case-D)なんて消し飛ばせ、頑張れー、って! みゃー!)
祝音の願いは最早誰か一個に向けたものではなく世界に向けた心からのものだった。
「リカちゃんが最後の野次馬に来ましたよ!」
口角を持ち上げたリカの言葉にこれみよがしな皮肉が匂った。
「無謀な勇者になる気はないけどね。
私以外の魔王(ラスボス)は認めないの――例え大嫌いな宿命でもね!」
『最後』を口にした彼女が真に何を思うかは本人ならぬ誰にも知れまいが――
始まりがあれば終わりがあるのは必然だ。
人の業ならぬ神の御業においては或いは終わりのない結末さえも肯定されるのかも知れないが、こと世界を滅ぼすだ救うだ――俗っぽい理由から始まったこの最終盤面には余りにも永遠が似合わない。
「神はサイコロを振らないんでなっ!
人が思いを賭けて振る! 乾坤一擲、混沌卒業の思い出や~。
捨て石にでもなんでもなって、一手でも食い止めてやるから覚悟せえや」
勢いを増したイレギュラーズに――鈴音の言葉にマリアベルがギリ、と歯ぎしりをした。
楚々たる聖女には不似合いな有様は彼女に先程までの余裕がない事を告げていた。
祝音の言った『神々の御業』は遥かな海より世界を渡り、多数展開するイレギュラーズを欠片も傷付ける事は無く、二人揃って無敵の様相を呈していたキング&クイーンの片割れ、『原罪』たるイノリの右腕を消し飛ばしている。
「ようやく降って来ましたわね、運命の女神様の前髪が!」
「うん! ようやくだ! これで直接ぶん殴れる!」
運命の女神の――後ろ髪ならぬ前髪を一度掴んだなら引きちぎっても離さないであろうヴァレーリヤのその言葉にマリアは力強く頷いた。
何度何回と繰り返した【虹虎】の連携はこの最終局面においても澱みは無い。
「この世界には、司教様が、皆が、命を懸けて守った暮らしがありますの。煉獄へ行くなら、貴方達だけで行きなさい!」
「イノリ君!今からでも遅くない。やり方の撤回なら受け付けてるよ!
場合によっては力を合わせられるし――私だってザンゲ君が幸せな方がいいさ!」
左翼、右翼よりそれぞれ展開した二人は渾身の攻勢を目の前の『敵』に叩きつけていた。
これは実際の所、この戦いにおいてイレギュラーズに生じた――初めてと言っていいチャンスである。
そして恐らくは――最初にして最後のチャンスでもあった。
「ここまで来たら全てを出し切るのみ!
殴って! 殴って!! 殴り続ける!!!
――勝利を掴むのは我々だッ!」
乾坤一擲、文字通りの暴力と共に昴が叩きつけた裂帛の気合にマリアベルの柳眉が歪む。彼女の防壁はすんでの所でその重い一撃を阻んだが、先程の【虹虎】の連携も含め、完全無欠の盤面は傷付いたイノリをマリアベルが庇い始めた事から崩れつつあるのは明白だった。
(だが――)
寛治のその目は見たいものも、見たくないものも良く見える。
眼鏡は別に伊達ではないが、外して生活が成り立たない程でもない。
(――敵陣が冷静さを取り戻して立て直せば、攻めの状況もそうは維持出来ますまい)
それは兎も角、状況は『これで漸く絶望がワンチャンに代わった程度』であると知っている。
「ご存知だとは思いますがお嬢様、我々はルカ・ガンビーノに借りがあります。あの処刑台でね」
「ですから、ここまで来たでしょう?」
「別の意味で借りがあるお義父様の気配もあるが、それはそれ。
つまり今は、その負債を償還する絶好の機会だということです。夫妻になる前に身綺麗になっておきたいですから、どうかお付き合いの程を」
寛治の言葉に『大いに借りがある』お義父様がわざとらしい咳払いをし、
「そんな話は初耳なのだわ!?」
「……私もですけど、レナさん。プロポーズ紛いは後になさいな、そうね。
『この私を欲しいのならば、せめて世界を救った英雄の称号位は必要でしょう?』」
声を上げたレジーナにリーゼロッテは「勿論、貴女も」と言葉を付け加えた。
「全ては神託から始まった。
神託が無ければざんげさんは神殿に縛られず、イノリは世界を滅ぼそうなんて願わなかったでしょう。
でも、ニワトリが先かタマゴが先かなんて今更どうでも良いこと。
転がり出した石は坂が終わるまで止まらない――すべての黒幕は神だった……なんてね。悪い冗談かしら」
「いよいよこれが最後ってやつなんだろう。
顕現させてはならない奴は兎も角として――ここまでくれば魔種の首魁だけでなく神の顔を一度は拝めるやもと思ったりもしたが。
中々安売りはしてくれないようだ。いけ好かない奴なら一発殴りたかったんだがね。ああ、実に残念だ」
レジーナの言葉、肩を竦めたラダの皮肉なジョークに「まったくだ」とイノリの表情が僅かに緩んだ。
「期待はしていませんが、信用自体はしていましたよ」
『傷心』のパウルをからかうようにマリエッタがそう言った。
「良く言うよ。この期に及んで――君の望み何てこの先には無い癖に」
「あら?」
「『君はどちらかと言えば向こう』だろう?
いや? お仕着せられた魔種の役割何かより『もっと』か――」
「うふふ、女の事を知ったように言うのは悪癖ですよ」
茫洋と濁って底の見えない沼のような笑みを浮かべたマリエッタを見てセレナが言った。
「生憎と悪辣さなら、身近で幾らでも見て来た。
決して負けない。わたしにだって、胸に抱く祈りと願いがある――ひとりでは無理でも皆となら!」
マリエッタの本当の『望み』は知ってはならない気がするし、パウルからの後の請求は眠れない程怖い。
だが、セレナはドブ川二人の近くに居ながら『そうではない』。
「『可能性』こそが、わたし達の武器なら!」
「救いたいならちゃんと幸せのことも考えなさいな!
生きるって素晴らしいていうのを教えてあげる。
未来を考える幸せを! 大切な人を想う愛を!」
戦いの最中の僅かばかりの合間(インターバル)は躍る銃弾に魔術の展開にかき消されていた。
「貴方の言いたい事はわかりました。
確かに、いずれこの世界は神託をぶっ飛ばしても次が来るかもでしょう。
でも、私達が生きてる今この世界を滅ぼさせる訳には行きません。
つまり、拳で語るだけですよ。『もうそういうタイミングなのです』」
中遠距離より展開した攻勢に言葉だけは淡々と――最大最速、最強の一撃を加えんとしたブランシュの影が『乗る』。
「混沌を滅ぼす、貴方方のその思いがどれほど重い物か私には解りません。
とてつもなく大きな決断なのでしょう、私には計りかねる程に辛い事もあったのでしょう。
……なんて言うとでも思ってんですか、ばーかばーか!
個人的には私の方がよっぽど辛い目に逢ってますから!
不幸自慢ならこの混沌でもそこそこ上位に入りますから? 私!?
とてもここでは言えないような――あれやこれや背負ってますから!?
それでもこの世界、続いてもらわなきゃ困るんですよ私は!
守らない訳にはいかないんですよ!
英雄王が、親友の妹が、『私』が生きて……あと好きになっちゃった彼がいるこの世界を!」
どさくさに紛れて随分な事を言ったものだが、取り繕う老獪さも忘れたシフォリィの言葉には曇りも嘘も有り得ない。
「魔王座の顕現は絶対にさせない!
この混沌であったトールや無意式怪談など楽しかった思い出を――全てゼロにされてなるものか!」
そう言った沙耶は真っ直ぐにイノリとマリアベルを見据えて見栄を切る。
「これが最後の予告状だ!
イノリ、マリアベル!君達を倒し混沌の平和を頂戴する!」
猛然と攻め立てるイレギュラーズと守勢を意識し始めたキングとクイーン。
様相を見るならば攻守のバランスは完全に入れ替わり、この瞬間明らかに優位なのはイレギュラーズ陣営だった。
とは言えこの状況は寛治の見た通り決して安穏としたものではない。
世界の滅びという理不尽な時間制限を受けているのはイレギュラーズ側であり、同時に大きく動いた局面でイレギュラーズがチャンスを得ているのも一度限りの切り札――リヴァイアサンとシュペルの『共演』がもたらした奇跡が故だ。仮に時間経過でイノリが回復したならば優位は消え去る。仮にマリアベルが冷静さを取り戻したならば一筋縄ではゆくまい。無論リミットが訪れたならば魔王座で世界は終わる――
「可能性に二度も裏切られた俺に世界を変えれる可能性は低い。
でも抗いたい!このまま敗者として終わりたくないし、連敗はもう嫌だ! 勝ちたいんだよ!」
絞り出すような気合の声と共に放たれたツリーの力の渦が魔種の首魁の影を覆う。
「ご無事のようで何よりですが、この先も勿論期待しても?」
「最終戦で轡を並べるのも奇妙で――良きものだ」
「第一、誰に云うておる」
舞花の言葉に二者二様で応じた雪之丞と梅泉が『見ての通り』と言わんばかりにギアを上げた。
「――旦那!」「はん!」
時雨の展開した蛇剣が間合いを切り裂きのたうつように床を叩く。
邪剣をブラインドにするように刹那の速力を見せたたてはの居合が硬質の悲鳴を喚き散らかせた。
「此処から、どう決着をつけるにせよ畳み掛けねばなりますまい」
「同感だ」
舞花を伴った雪之丞の攻め手は花のように雪のように美しく、猿叫の如き気合を発した梅泉の妖刀の切っ先が遂にマリアベルの頬を掠める。
「この……ッ!」
青白い肌に血色が差したのは怒りからだろうか。
暴力的であり、破滅的な力の渦が攻め立てるイレギュラーズを追い払うように展開された。
力任せにも見える唯の一撃だが、イレギュラーズが被った被害は決して小さなものではない。
「ただの武器として生まれた俺だけれど。
この世界に守りたい人達が出来た、これから先もずっと一緒に居たい。
強くそう願えるようになったんだ、この願いは間違いなく本物だ」
そんな中の一人、ヴェルグリーズは『折れず』に敢然と彼女へと立ち向かっていた。
傷付きながらも強引に距離を潰し、その一手を彼女に届かせんと前だけを向いていた。
「だから、『それだけ』は礼を言うべきかも知れない。
それを教えてくれた事は――ああ、必ず成し遂げる。
この世界を救って、明日を手に入れて、そして生きて帰る! 絶対のハッピーエンド以外は認めない!」
「……また……!?」
倒れ込むように一撃を加えたヴェルグリーズにマリアベルが驚愕の表情を浮かべていた。
マリアベルは強力無比な魔種である。しかしながら実戦経験の余りの少なさは予期せぬ状況に綻びを作り出している。
今この時点を以っても彼女が全力を出したならばこの程度の数には押し負けまい。
『彼女が全力を出す事が出来たならば、押し切れると考える方が自然である』。
とは言え、それを許さないからこそのイレギュラーズである。
……それを安直に許さないからこその老獪――バクルド・アルティア・ホルスウィングであると言わざるを得まい。
「一年に一度平和にしてくれた礼だ、全力全開で往かせてもらうぜ!」
「減らず口を――」
バクルドの『口撃』を覚えていたのか強く意識を向けたマリアベルの大鎌が正面から突っ込んだ彼の首を刈り取った『ように見えた』。
「――は!?」
しかし、一瞬後に笑みを浮かべた彼女の顔は驚愕の色に引き攣っていた。
「こいつ等は運命位なら改竄する。だから、油断するなと言っただろう!?」
イノリの警告の声も遅く。
「破滅を乗り越えた先はまだ放浪してねぇんでな、まだ死ぬわけにゃいかねぇんだよ!」
嘯いたバクルドの放った彼の単純にして至高、唯一の『技』が青白く運命さえも燃焼させてマリアベルに叩き込まれた。
信じ難い威力と楔である。イクリプスを帯びたイレギュラーズであってもそう放てない有効打である。
「……っ、あ……っ……!?」
「人の女に随分じゃないか、ええ?」
身体をくの字にしたマリアベルを今度庇う格好になったのはイノリの方だった。
無論、バクルド渾身の一撃の作り出した隙を見逃すイレギュラーズではなく攻勢は畳みかけるように続いたが――
――ああ、畜生め。
終わらないと言ったのに。
終わる心算なんて無かったのに。
――俺の後ろをついてくるガキがいるんだ、まだ放浪は終わらん。
ああ、そうだ。いいか? ガキ共。夢も途も終わらねぇんだよ……!
バクルドが『視た』のは恐らくは偏屈な神の見せた珍しくも優しい幻視だったのだろう。
「勝ち逃げしやがる」
珍しく言葉の荒れたイノリは燃え尽きた彼にそれ以上構う余裕は無かった。
互いの存在を、命をすり減らすように最終戦(ラスト・ダンス)は加速するだけ――
成否
失敗
状態異常
第4章 第3節
●ラスト・ダンス II
――愚かな『父』に酷く似ている。
此の世の終わり、終局、滅び、神託。
『魔王座』に対するロジャーズの理解は恐らくは当人にしか理解し得ないものだったかも知れない。
だがその是非は問わず。その意義も問わず。
(そうだ)
――私は父親の事を愛している。故に唾棄したのだ。魔王座など無知蒙昧に過ぎない――
哄笑し敵の猛攻を受け止めるロジャーズは確かに『理解』していた。
その正誤は問わず、いやさ問う意味すらも無く。
「我こそは這い寄る混沌、ロジャーズ=ラヴクラフト=ナイア!
異端審問官、足女、兎、傑作、遂行者……特異運命座標!
私は世界を滅ぼす予定だが、先ずは精々嗤うと好い!」
当人以外には意味を成し得ぬ『胡乱』さえ、けたたましい笑い声を従えたならば一端ばかりの『真実』になる。
「あちらもいよいよ大詰めでしょうね。アタナシア殿も本懐を遂げられるとええんですが……
……特等席で見物と行きたいところですが、決着が付くまで此処で食い止めにゃならんのが辛いところです」
零れ落ちる汗にも構わず、息を吐き出すように支佐手が言った。
……最後の戦い、最後の死力を尽くして敵の大軍を受け止めるイレギュラーズの戦いはいよいよ佳境を迎えていた。
元より人類軍を統合し、最精鋭を集めて、ぶつけて漸く成り立っていたギリギリの局面である。
(本当は世界が滅びてもいいかにゃ、って思ったりもするのにゃ……
大好きなショウと一緒にいられるのも長くてあとたった数十年くらいにゃ?
そんな日がくるって分かってるなら、別に今滅びても変わらないって思うのにゃ。思うけど……)
ちぐさは『思うけれど』そうは割り切れないからこそ、まだここに立ち続ける事が出来ている。
『魔王座』こと終局を阻止せんとし、魔種ナルキスや――それより上の『原罪』『黒聖女』にも戦力を割いた今、ラスト・ウォーに臨む味方の戦力は当初よりも確実に減じていた。
押し寄せる無限の波は容赦なく誰もの体力を、余力を削り取り続けていた。
強いだけではなくきりがない――ゴールの無い戦いは尋常ならざる者達を差し置いては食い止め続けられるものではなかったに違いない。
さりとて。
「この世界を……終わりになんかさせはしない!」
吠えたムサシは言うまでもない例外だ。
「ああ! この世界を滅ぼさせてなるもんか!
なんだかんだで混沌世界でも――たくさんの仲間や思い出ができた!
だから守りたいんだ! 『守らなくちゃいけないんだ』!」
応じたチャロロも当然の如しの例外だ。
「アウェイの3戦目。正直疲れは有るが、勝って終わらせるぞ!
世界が終わってしまうと、私の人生の目標も叶えられないからな!」
この期に及んで――飄々とした平素の顔もそのままに気力を増したモカも、
「今までのいさおしを奏で、勝利を奏で、明日を奏でる。
生きていれば負けることはない――生きていれば明日はある。
そう、この生き様が、おれ達の賛歌(ライヴ)だ! 忘れんな!」
集大成とばかりに見栄を切ったヤツェクも同じ事。
「死ぬのが怖い、が贅沢な言葉に聞こえたの、初めてっス。
それでもやってやる……命を賭けてでもアイツらの進むべき道はオレが導く、それがキャプテンであり、『エース』の務めだ!」
「退けない戦いに首を突っ込むなんざ大馬鹿野郎のやることだ。
俺は英雄でもなんでもないただの軍人だが……そんな大馬鹿野郎を見捨てられない俺も大概に違いない」
裂帛の気合を黄金の右足に込めた葵の――呵々大笑するエイヴァンの顔は言葉よりもモノを言う。
『普通の者ならばとっくの昔に折れても仕方ない苦境でも、可能性の蒐集者達を折るには足りない』という事だ。
「こりゃあ負けてられんのう」
「……まさか鉄帝や、特異運命座標共に遅れを取る心算ではあるまいな?」
「兄上。私の妻は『その』特異運命座標なのですが」
「……この男は常こう言う物言いなのだ。許せよ」
軽く笑みを零したザーバをちらりと見やったアベルトに傍らの弟(フェリクス)が肩を竦めた。
「シュペルもやってくれたものだ、見事な仕事ぶりだ! これは俺も負けていられないな!」
「先の一撃で生まれた隙に、更に多くの味方が影の城に辿り着いた筈。
ならば……あながち希望的観測だけではなく、決着の時は近いのでしょう」
『何故か』当初よりも顔色と肌の色艶を増した練の言葉に苦笑い交じりのリースリットが頷いた。
「何せ、混沌に召喚されたのが海洋の決戦の最中だったからな。
頭と尻尾が滅海竜、挙句シュペルとの合わせ技、感慨深いものだぜ!
『ライバル』がその気なら、尚更気が入るというものだ!」
確かに予期せぬリヴァイアサンとシュペルの援護は完全な絶望に風穴を開ける一撃だったに違いない。
『彼等に出来る事は恐らくもうないが、その一事は混沌の未来を掴まんと足掻く勇者達にとっては最良と呼べる福音』だ。
(これで『失敗しました』じゃ失格と言うものだろう――?)
錬の脳裏のシュペルがあっかんべえと舌を出す。
ならばシュペルのライバルを自認する彼としてはここをやり切らない訳にはいかないのは自明の理である。
「桁違い……って言葉すら生易しいすっごい威力だったからねえ!
文字通り、波に乗って勢い付きたい所だけど……そう簡単には行かないかな!
それでも、恐らくは今が一番の好機、ここはノらせて貰おう!」
「フェリクス様、お義兄様。あと少しです、この場を何としても抑えきりましょう。
ザーズウォルカ殿、イヴェット様。もう一息、お願い致します……!」
俄かに勢いを増して前に出たカインにリースリットが乗じた。
「承知した! イヴェット!」
「はい、ザーズウォルカ様!」
如才なくやり取りをし、指揮の補佐までして見せる実に『出来た』弟嫁(リースリット)にアベルトは頷き、彼から号令を受けたザーズウォルカの黄金の衝撃とイヴェットの銀閃が間近い影を切り裂いた。
「どこの戦域もまぁガタガタなんですが、それはそれ。つまり、ちょっとでも維持出来るやつが踏ん張れってことですよね。
……ちょっと限界を超えるくらい頑張ってみましょうか。
ここまで来て負けるのも馬鹿らしいですからね!」
猛烈な反撃はすぐに訪れるが、敢然と立ち塞がるベークはそれでもその場所を譲る気は無かった。
「毎回お馴染みでも何度でも言いましょう。
正念場ですよみなさん。言われなくてもわかっているでしょうけれど。
なんせここで負けたら全部ロスト。気張りましょうよ」
長い戦闘に傷付き、疲れ果てた彼を支える愛奈は当初より僅かばかりも緩んではいない。
『見ての通り』。
特異運命座標の存在は唯の戦闘力を意味しない。
彼等は概念としての希望であった。
数多の絶望を、不可能を乗り越えた彼等はまだ混沌が終わっていないという証明に他ならなかった。
彼等が芯を以って立ち向かう以上、この場に残る人類軍もまた限界を超えつつある自分自身を鼓舞し、戦い続けるだけだった。
「ただひたすらに、往生際が悪いな、我等も!!!」
幾度目か数える事も馬鹿馬鹿しくなった武蔵の火力が――砲撃音が辺りを揺らす。
「武蔵はヒトの想いの強さを、それが奇跡を起こす事を信じよう。
それこそが、確定した滅びに抗いえるものであると!!!」
「ええ、ええ。陛下のため、大恩ある刑部卿と宮様のため、全力を尽くしましょう!」
「一番手柄はわしが狙うとったんですが、こうなっては是非もなし」と嘯いた彼は、
(こちらは引き受けますけ、後を頼みますえ――)
内心だけで彼方、影の城を目指した仲間達に言葉を贈る。
「……愚かな。これに意味があるとでも思うのか?」
鎧の魔種(フロスベクト)は呆れ半分の声を漏らした。
寡黙にして重厚な魔種は『相討ち』を果たした相方(ラーングーヴァ)とは異なり、軽口を叩くタイプではない。
「意味があるかどうかは終わった後に決まる事だよ」
「……意味があるかどうかも知れない事に命を賭けられると?」
「別に死にたいわけじゃ無いけれどね。負ければ世界が終わるんだから、どっちでも同じ事だよ」
「……………」
対峙するЯ・E・Dの言葉に魔種は沈黙を以って答えた。
(敵を全滅させるのは無理。
けれど、仲間が何とかしてくれるまでただの一体も敵を通さないようには出来る筈)
闇色の大地を血の色に染めて。
後ろに下がれば世界が滅びる心算で!
果たして、『最終戦』は終わりのない耐久戦である。
「やあ凄い所だけどね、御機嫌よう魔種の皆々様。
有利の心算は十分だろうけどね、もうちょっと足元に目を向けないとね?」
「ルーキスが居るという事はそういう事だ。横に俺が居るのは当然だからな」
『遅参』に非ず、それは必然だ。
ルーキスとルナールの二人に読めない視線を向けたフロスベクトにほんの僅かばかりの驚愕が覗いた気がした。
『敢えてこの状況に、似詰まった鉄火場にまだ現れる新手が居る』。
それこそ即ち、彼等が口だけに非ず諦めてすらいない証明と呼ぶ他はない。
「正直、こんな死地にルーキスを連れて来たくは無かったんだがね。
どんな危険な橋すら二人で渡ってきた、最後だろうが変わらない――
それに死ぬのなら彼女の傍らに勝る場所なんてないのだからな」
「言うねえ」
ルナールの言葉にルーキスは微笑った。
「『私を守ってくれないの』?」
「……前言を撤回する。勝利あるのみという事で」
成る程、支佐手が遠く視野に入れた仲間達が事を為すまで充足する事はない。
自身のみの戦いに拠らず、運命を他者に委ね、戦い切らんとする事は決して簡単な話にはならないのだから『大概』だ。
「無茶でもやりきるしかねぇだろう!」
「……何時からそんな自信家になったのよ?」
「『お前に言い切った時から』だ」
アネモネは強気なベルナルドのその言葉に頬を掻いた。
「格好いいとこ見せなきゃな?
お前を幸せにするんだ。だから俺は――折れねぇ、退かねぇ。
勝利の女神は、我儘で甘えるのも下手くそだけどよ。
そういう所も全部ひっくるめて、世界中の誰よりも愛して――」
「――もうその位にして貰ってもいいかしら!?」
アネモネの悲鳴じみた声が辛うじてベルナルドを遮った。
「いろんなことがあったわぁ 色んな国に行って、色んな人に出会って別れて……
世界を終わらせておしまい、なんて許されてない
しゅぺるちゃんもすっごく頑張ってくれた事だし? もうひと仕事しましょうか、ね、たみちゃん」
「そうですねメリーノ。愛しい旦那様の元に帰らなくてはなりません。
破壊神の私が世界を救うだなんて滑稽だと思ってました。けれどこれまでのすべてが私を変えてくれたのです」
恐らく恋人達の軽妙なやり取りも、強い情愛を含んだメリーノや妙見子のやり取りも。
魔種であるフロスベクトが人間の想いを完全に理解する事は不可能だろう。
「星に願いを。夢に祈りを。愛しき混沌に可能性の光を。
私が愛したこの世界をずっと護りたい。その想いを持って私はここにいる!」
だが、しかして妙見子の渾身の願いはフロスベクトに結末が『まだ』完全に決まっていない事を知らしめるには十分過ぎる。
「――バトゥの時の二番煎じにゃなるがよ、帰り路は綺麗に掃除しねぇとだろ?」
蝕みを纏いて死角より。ルナの奇襲強襲がフロスベクトの思考を中断させた。
「……やはり理解出来ん。だが――」
フロスベクトの纏う鬼気がより一層強くなった。
「だが――前言を撤回しよう。『理解出来ない』事は愚かしい事ではない。
特異運命座標よ。認めよう、貴様等が終末成就に架せられた我が最大の障壁、最後の試練である事を!」
※影の領域の戦闘でパンドラ48523が消費されました。
※前章分加算の漏れも含みます。
成否
失敗
状態異常
第4章 第4節
●ラスト・ダンス III
(貴女の想いも懐中時計(ここ)に。
共に未来を掴むために力を貸してください――!)
戦いに強き想いがレイズする。
蝕みの力を希望を紡ぐ一片に変えて。
地に咲く星を別れの痛みに、敵影をジョシュアの『力』が執拗に追いかけた。
「しつこいじゃねえか!」
「駄目駄目! 世界が滅ぶなんて許さないから!
この戦いが終わったらワタシ、アトさんと結婚するんだからね!!!」
乾いた影の大地を強く蹴り、フラーゴラは更に強大な魔種(ナルキス)へと肉薄した。
「アトさんは今後も冒険について行っていいって言ってくれてる!
デートだって、ちゅちゅちゅ、ちゅーだってもっといっぱいしたい!
いっぱい、いっぱい! まだ見てない景色がいっぱいあるの! ワタシたちの邪魔はさせないから!」
「いやあ、実にいいねェ!」
感嘆するナルキスの賞賛は心からのものに思えた。
成る程、最終決戦に集まったイレギュラーズは影の大地の特性も相まって普段以上の力を発揮していた。
その彼等彼女等の猛攻に同様にやり返すナルキスという敵の性質は説明するまでも無く知れていた。
「やあ、大将。やってるね?」
「ごめんあそばせ!!!」
軽妙な声と共にウィリアムの繰る泥が影の大地を混沌に染めた。
同時に不規則で変則的――そして鮮烈な胡桃の『横入り』がナルキスの態勢を大きく乱している。
「とりあえずイクリプス・フォーム解禁しても4万km自由形の生き方は変えられそうにないの。
わたしは炎を導くもの、炎を司るもの、そして炎そのものなれば!」
乱戦は敵味方入り乱れてのものである。
「結構しんどい展開なのだけれどね……削れるだけは削らないとね」
ヴァイスの瞳が際限なく復活する魔種を見据える。
「小さな傷も、重なれば痛みを伴うものでしょう? これも貰って行ってちょうだいな!」
彼女から連なったイレギュラーズの猛攻が叩き、その先にあるナルキスを攻め立てた。
魔種側も猛攻を受けながらも同様に反撃を繰り出し、取り分けナルキスは粘りに粘っている。
攻撃を受けては流し、持ち前の危険性を加速的に高め続けている!
「リッテラムの時よりも更に顔が良いよ」
「そもそも俺は『守る』だとか『役割を背負う』だとか得意じゃあねえんだよ」
ナルキスのぼやきに自由奔放なソアが「ボクもだ」と頷いた。
「不自由な闘争は自由な闘争に劣る。簡単な話だ。簡単過ぎるロジックだろ?」
「随分ね。知らない? 気分で戦闘力が変わるなんてのは、主人公側の特権なのよ?」
ゼファーの言葉にナルキスは「違いない」と大笑した。
「で、美人のお嬢ちゃんはそんな俺が相手で不満かい?」
「まさか」
一笑に付したのは今度はゼファーの方だった。
「今日一番の強敵に会えて最高って意味よ。
此の先でイイ男達とイイ女達が世界救っちゃう為に気を張ってるのよね。
そんな中で、戦いを愉しんじゃってるんだからまあ自由ですこと。
でも――でも、ね。実際問題、私ったらそんなろくでなしな『自由』を愛してるのよねえ?」
言葉の間、刹那の時間にも硬質の攻防が瞬いた。
一打一打が強烈を帯びた手段の展開は華やかなやり取りと相反する質実剛健な殺意ばかりであった。
――強力無比。
まさかあのバルナバス・スティージレッドにまでは及ぶまいが。
あのイノリが最終決戦の門番として指名した理由も納得出来るという所だった。
ナルキスは単純に権能を持たない魔種としては極めて、極めて例外的に強力である事は疑う余地はない。
それは圧倒的な戦い慣れが故か。あの王城での戦いを経たが故か。それは誰にも分からない事だったが――
「オレたちは今まで沢山の敵を倒して来た!
この最終決戦に入ってからも全剣王ドゥマや『咎の黒眼』オーグロブなんてトンデモなく強いヤツが居た!
まだまだ世界は広くて、目指せる頂きは遥かだ!
楽しくなって来ちゃうね! 楽しいよね!? ジェネラル・ナルキス!」
「同感だよ。『黒撃』のイグナート」
――少なくともイグナートと共に凄絶に笑ったナルキスという魔種がこの状況を圧倒的に歓迎している事だけには疑う余地はない。
「しっかし、いやね。随分と派手な事してくれたもんだ」
呆れ半分、いやさ感心はそれ以上。
最後の決戦に『駆り出された』ナルキスは相対するイレギュラーズへの関心と親しみを最早隠してはいなかった。
「リヴァイアサン様の大海嘯……?
滅海竜様を起こしやがって。水竜さまも困ってるじゃねえか?
こりゃあ後で、滅海竜様と水竜さまと、モスカの姫にお礼と捧げ物が必要かもな」
軽妙に冗句交じりの軽口を返したカイトが『嘴』を挟む。
「てわけでナルキス、そろそろ本気で終わらせにかかる心算だぜ」
「自信家共め」
「いいえ」
ニヤリと笑ったナルキスの言葉に首を振ったのはオリーブだ。
「こんなに死を間近に感じるのは初めてです。怖くて仕方ありません。
それでも来ました。恐怖に負けるのも、後悔するのも断固お断りです。
最後まで無理をしますけれど、必ず貴方を倒します。
そして必ず、生きてゼシュテルへと帰ります」
「さすがはあのババンババンバン!バルナバスの次くらいに強いと小魚に言われた者!
見せる時がきたようじゃな、あの伝説の技を!
倒すしかないという事じゃな、今ここで『ナルキス』を!」
畳みかけるように連ねた夢心地の愛刀が鋭利な冷たさを煌めかせている。
ナルキスは「やっぱり自信家じゃねえか」と笑い、両手を横に広げて芝居掛かった仕草をした。
「世界の命運を決める一戦か。『可能性の獣』の皆々様はさて置いて。
七つ罪に非ず、黒聖女程非凡にも非ず。『俺程度』の魔種がこの大舞台たぁ、随分過ぎた望外だ。
地獄の底でバルナバスの旦那もさぞ口惜しい想いをしているだろうよ!」
原罪と黒聖女に向かった影の城での戦い。
ラスト・ラストを舞台にした永劫の魔種本隊との戦いが佳境を迎える一方、最も危険な遊撃を果たすナルキスを食い止めてきたイレギュラーズの別動隊の戦いもまさに正念場を迎えようとしていた。
「随分、俺に構ってくれるじゃないか」
「奥の方も気にはなるが、かといってお前を放置してはおけん
あちらはあちらで上手くやってくれることを信じて――お前を抑え込む手伝いも『役目』だろう?」
「本丸への戦力は、既に十分過ぎるほどに向かっているだろう。
マリアはここで、残る魔種(おまえたち)を仕留めるまでだ」
ゲオルグがナルキスの放った銀光を弾き、同時に渾身の力で傷付いた仲間達を賦活した。
一方、ほぼ同時にエクスマリアの放った『パパ譲り』の技量が目前を阻みかけた魔種の一体を切り裂いている。
フロスベクト率いる本隊との戦いとは異なり、この遊撃隊は先のレオン、ドラマ、華蓮の奮闘も含め数にそう長けていない。
即ちそれは物量戦の欠落を意味しており、この場がイレギュラーズの攻め手の場であるという事実を意味している。
「こうなると最早、向いてるとか向いてないとかのレベルじゃない。故に手薄に加勢するのは当然だ」
ナルキスを仕留めんと動いたイレギュラーズは二十二名を数えたが、エクスマリアやこのアーマデルの言う通りこの戦いは『凌ぐ』ものではない。少なくともこの戦いは敵将(ナルキス)を『仕留める』為のものであった。
(弾正とともに生きる為に、今、できる限りを。
彼の歌を胸に灯せ。決意と覚悟を刃に込めろ。
運命の糸を紡ぐ――其れ即ちこの先を『生きる』ことだと!)
後先を語る以上に今を駆ける、今に賭けるアーマデルの力が強烈にナルキスの自由を奪いかける。
さもありなん。最早是非無し、為すべき事は知れていた。
これだけの戦力を割いた以上、彼等精鋭部隊がナルキスを逃し、自由にさせたのなら恐らくその先に待つ結末は誰の望むものにも成り得ない!
「かなしいのはいやです……ちゃんとみんなで帰るのです!」
『お揃い』の指輪に口付けたニルの強い願いに応え、天上の光が降り注ぐ。
「ニルはテアドールをあいしてます。
ずっとずっと一緒にいたいです。
一緒にいろんなところに行くって約束したのです
ニルは、テアドールに『ただいま』って言うのです。
だから、だから……世界を終わらせたりなんか、させない!」
儚いニルの放った裂帛の気合は癒しの力のみならず、影の楽園を侵食する追放の光となって敵陣を灼いた。
「いや、この何倍の相手だっけ。あの化け物――あの旦那が負ける訳だぜ」
「――そろそろ幕引きと行こう、ナルキス」
茶化すようにかつての主人を皮肉ったナルキスにアルヴィが静かに告げた。光無き影の世界にすら赫々と存在感を示す『希望』に口元を歪めたナルキスは既に余力を大きく減じているアルヴィ自身と同様に既に傷だらけになっていた。
「こんなに最高な時間を終わりにしたいだって?」
「お前が戦いを好むように俺も大概、我儘で自己中な奴でね?
最後まで全力をぶつけるし、最後のシーンは崩れ落ちるお前であって欲しいのさ」
(世界滅亡まで、あとどのくらいか。
一時間か、二時間か。あるいは数分、1秒後にはCase-Dってのが出てきて終わっちまうのかもしれない。
……ああ嫌だ。つづりも、そそぎも、元の世界にいる両親も。みんなみんな失いたくねえ。
もっともっと生きていたい、生きたい、死にたくない、消えたくない!)
極限まで冷え切って、極限まで燃えた風牙の視線の先に『敵』が居る。
「僕たちにかけられた可能性という魔法は解けてない。
世界の終焉、二十四時の鐘は近くても――でも、まだ鳴ってない」
トールの目の前に倒すべき敵が居る。
(幸福の魔法をかけてくれた夜守の彼女の為に。
想い続けてくれた若草色の彼女の為に。
愛してると言ってくれた、心に誓ったシンデレラの為に。
倒すか、倒されるか。滅びるか、それとも残るか!)
トールのその背の後ろには守らなければならない――『守らせてくれない』お姫様が居る。
身勝手な魔種はあくまでこの鉄火場を愉しんでいる。
だが、勇者達は矜持を賭けてそんな理不尽に挑むだけ――
「いくぜ……止まらねえよ、テメエが倒れるまでは!!!」
航空猟兵の意地にかけて、口にしたその一事ばかりは譲れない。
目を見開いたアルヴィが乾坤一擲に動き出し、その動きが水を向けた総攻撃は文字通りイレギュラーズの死力を絞り尽くすようなものになる!
「――だからいい加減、てめえは死ね!!!」
獰猛な感情の爆発が風牙の暴力となってアルヴィを受けたナルキスを襲い、
――バルナバスへの一矢をもう一度。
イクリプス化しこれまでの絆を顕現させ。
運命を願い、紅矢でナルキスを穿ち、味方にせめての追い風を!
誰かと共に『帰る』未来に想いを馳せ、グリーフの援護が更に仲間達の背を押した。
「不思議な話だけど、私は勝利を確信してるのだわ」
「ええ」
華蓮とココロが手を繋いで、そのやり取りは現場にそぐわない程に穏やかだった。
(死なせたくない。
皆に生きていて欲しい。できればこれからも楽しく、元気で、生き続けて欲しい。
そんな、ありふれた願いがわたしを支えています)
ココロの視界の中の仲間達は一人の例外も無く酷く傷付き、疲れ果てていた。
だが、あと少しだけ。暴力の塊のようなナルキスに薙ぎ払われる仲間達があと少しだけでも力を振るえる事が、共に生きて先の未来に歩みを進める事だけがココロの心底からの願いであった。
「God bless you...…なのだわよ。でも……」
仲間達を癒すその方法だけでは終われない。
華蓮とココロの双眸が重ねてナルキスの姿を捉えていた。
「lumière stellaire――Pandora Party Project!」
美しい少女の声がユニゾンし、乱戦に構わず敵影だけをその力の奔流の中心へと呑み込んだ。
おおおおおおおおおお……!
ナルキスの絶叫が歓喜と怨嗟を帯び、人型を取っていた彼のフォルムがより『魔種らしいもの』へと変わる。
「『平和な世の中』ってのは、家族への最後のプレゼントになればいい。
結局。どうしようもなく。僕は徹頭徹尾。化物だった。それじゃ人間ごっこはお終いだ――」
さぁ、始めよう。喰い残しのないように。悔い残しのないように。
爛々と目を輝かせた『神喰い』は超至近距離まで肉薄したナルキスに全身全霊の暴力を叩きつけた。
「いいじゃねえか、いいじゃあねえか!」
「退屈してたんだろ? 色男。はっ! 僕もだ。僕の名前は恋屍愛無。恋は屍。愛も無く。全て喰い殺す!」
一打撃ごとに体が崩れていくのは敵も、愛無の方も同じ。
過ぎた力で殴る。自らの手が傷むのも構わずにお互いの存在自体を塗り潰しあうかのように応酬する。
愛無の触腕がナルキスの肉を削り取る。ナルキスの爪が愛無の腕をもぎ取った。
「なあ、楽しいかい? 色男!」
おあああああああああああ……!!!
(――僕は楽しいよ。『これ』がもうすぐ終わるのが惜しい位に!)
死んでも殺すのが愛無式。
誰のものとも知れない獣の絶叫は凄絶なものになったが、これが『面白くない』女が一人だけ残っていた。
「ようやく本気みたいだけど、でもこれってあんまりじゃない?」
膨れ顔のソアが言葉とは裏腹に晴れやかに――愛無と『踊る』ナルキスを見た。
(夢のような時間だね。
けれどもどんな愉しみにも果てはある。
影の城の方も雰囲気が変わってきた気がするしね――)
未来(さき)を見る事が出来ても、出来なくても。
愛無の『壮絶』はこの時、ナルキスの意識を完全に奪っていた。
彼の防御の全てを否定し、粘り強いその戦いの全てを簒奪していた。
だから、ソアが望むのは最後のピースだけだ。
『この時を、この好機を逃せばそれでも倒し得ない怪物を抱きしめるその瞬間だけを狙っていた』。
「――今日は太陽が落ちても終わりだなんて言わないで」
飛び込んだソアがナルキスの体を抱く。
同時に迸った最大最強の雷撃は彼女の持ち得た最大限の『愛情表現』に違いない!
――おいおい。マジかよ。
――マジに決まってるじゃん。
――ボクに痺れてもらえたかな?
過ぎったそんなやり取りはソアの錯覚だったかも知れない。
だが――
「……忘れられない顔にされたぜ」
――恐らくは愛無とソアに向けられたナルキスの言葉は少なくとも現実に残された彼の最後の音だった。
※影の領域の戦闘でパンドラ33254が消費されました。
成否
失敗
状態異常
第4章 第5節
●ラスト・ダンス IV
「テメェの意思を挫く事は俺には出来ねえだろうよ。
運命を砕くのは勇者共に任せるぜ――」
隆々たる肉体が膨張して圧力を増した。
「悪い癖だ、自分でもそう思うぜ。
だが、奇跡でも偶然でも――高下駄履いてでもテメェだけは追い落とす。
一番は俺だ、今この瞬間、これから先も。誰も『上』には立たせねえ!」
肉弾凶器たる貴道の拳が石造りの城床を砕いて跳ね上げ、
「――世界を、終わらせはしない!」
更には一声叫んだムスティスラーフの渾身が射線上の世界を灼き、辺りを僅かに白ませた。
(ルカ君の邪魔はさせない。イノリとマリアベルの相手を――いや、違う。『君達も救う』!)
果たして。
「1%って言ったよね?
ボク達はその可能性を全力でつかみ取ればいいだけだね!
だったら今までやってきたことと同じだもん!」
表情に十分な気合を漲らせた焔の姿を見ればこれは余りにも簡単な答えだっただろう。
それがどれ程の困難であるとしても、『困難だから』が諦める理由足り得ないのはこの混沌(せかい)の常だった筈だから。
「難しい御託何て――もうとっくに必要無いのよ」
荒れ始めた戦場、終局に向けて煮詰まった殺意の坩堝にアンナの涼やかな声が響いていた。
「貴方達は全力で世界を終わらせる。そして、私達は全霊以上を持って、滅びを止めましょう。
元より噛み合う余地等僅かたりとも残されていないのなら――」
――願うはデウス。イアレ。伝説級の一撃、その再現。
「奇跡であろうと何度だって起こして証明するわ。世界はまだ滅びるべきではないと!」
アンナの一喝は人為さえ神の領域へ届かせんとする傲慢である。
揺らがない運命の特異点は自身が『そう』である意味をこの瞬間も違えていない!
チェックをかけた特異運命座標と、勝利を目前にした原罪(キング)と黒聖女(クイーン)。
だが、白黒(けっちゃく)がついていない以上、この場にはまだ勝者も敗者も存在すまい。
「思う所なんてもの、語れば言葉も尽きないでしょうが……
生憎と此方は刃を研ぐ位しか芸の無い武骨者。此処まで来ればやるべき事は一つ。
目の前に立ちはだかるものを斬る――今までも、これからもね。
最強の大魔種だろうと、神託だろうと変わりません。
一刃に全てを込めて斬り伏せる――そうでしょう、梅泉さん?」
「随分と良い目をするようになったではないか、犬娘。正直を言えば見違えたぞ、主が一番」
「……元のイメージは聞いてあげませんからね?」
死力を尽くした戦いはすずなの言う通りいよいよ佳境を迎えつつあった。
意思と意思のぶつかり合いは単純に物理的な争いのみならず、魂で魂を研磨する魔性さえ帯びていた。
真の意味で強い者が残り、弱い者が失せるこの場所はまるで最も強き矜持を望んでいるようですらある。
それは鉄火場に生き、鉄火場で肌艶を増す剣客共からすれば本望の世界と言えるのかも知れない。
「アナタ達は、ボク達よりもずっとずっと凄い力を持ってるんでしょ?
ボク達でも0%を1%にして、それをつかみ取れるなら――
確かに難しいかもしれないけど、ボク達とアナタ達が力を合わせたら。『それ以上』だって出来るって思わない?」
「なぁ、マリアベル。長い時を経て、やっと想い人と一緒になれたんだろう?
このまま滅びを選ぶより、こちらの『奇跡』に乗ってみるのはどうだ」
「知ったような事を言って」
一方で心底からそう告げる焔と、不敵に笑うルーキスの言葉にマリアベルが舌を打った。
聖女の反転は考えるだに深淵の――魔種の精神構造というのは人間の想像の及ぶものでは有り得まい。
「ああ、確かに『ような事』しか言えないさ。
だが、何よりこれは『人間時代に焦がれていた未来』に近いものじゃないのか?
これで終わりじゃ無い。ここからまた始めればいいだけなんだ」
穏やかに続けたルーキスに「黙れ」とばかりに迸ったマリアベルの黒閃が硬質の悲鳴を撒き散らす。
「いいね! ノッてるじゃんよ!
最初より随分『見えて』きた!
このまま祝勝会まで盛り上がっていくよー!」
何時も通りのテンションに見えて、秋奈の目はギラギラと輝きを増していた。
「絶対にウチらは負けないさ! ……いや、ワンチャンあるか?
ま、その時は笑って誤魔化すし! ぶははははっ!」
秋奈の言葉はあながち適当なものではなく、実戦経験自体が極端に少ないマリアベルの動きはあの『大海嘯』以来明らかに精度と精彩を欠いている。
『負けた時』が笑って誤魔化して済むものであるかどうかは別にして、秋奈の調子は少なからず仲間の肩の力を抜くものになろう。
そして、その姿に敵方が重圧を感じるのは言うまでもない話である。
「お嬢ちゃん」
「……はい」
獰猛な猟犬のように目を細めた赤毛の獣の幽かな確認に傍らのエルスが頷いた。
以心伝心。馬鹿げた位の時間を共に過ごせばディルクの不親切な伝達にも迷いようがないというものだ。
――押し込むなら今だ。
――正面からいきますか?
――混乱してるド素人に搦め手を打っても気付いても貰えねえよ。
――あはは。相手は一応伝説の聖女なんですけどね?
詠唱放棄のようなやり取りが真か虚かはさて置いて。
「……っ!?」
態勢を下げ、恐ろしい勢いで飛び込んだディルクとエルスにマリアベルがたまらず数歩後退する。
(決める時は決めて下さいね、ディルク様――)
さもありなん、これが最後とばかりに出し尽くす勢いで攻め立てる攻めの手数にマリアベルは防戦に追い込まれている。
「……本当、お兄ちゃんって人種は皆こうなの!?」
幾分か私情の篭ったサクラの声から幾ばくかの苛立ちが覗いている。
妹の為なんて言って、本人が望んでも無い事を押し付けてくる――必死の『贖罪』を続ける兄(フウガ)もイノリも結局は同じ事だ。
「勝手な事を言うな! そんなものは貴方の独り善がりでしょう!?」
激しい踏み込みからの一撃がマリアベルの空隙を突き、イノリへの肉薄を成功させた。
片腕になったイノリはそれでもサクラの繰り出した切っ先を頬を掠めるまでで逸らしていた。
「イノリ!?」
マリアベルの悲鳴が響くが、イノリはそんな彼女を「大丈夫」と制している。
多対少数の乱戦じみた状況は最強の魔種二人からも余裕を奪い去っていた。
事実、マリアベルとて余力はない。
「――そういえばきちんと名乗っておりませんでしたね」
彼女にステップを踏ませるように足元に連続で突き刺さった危険な気配はにっこりと笑ったチェレンチィによるものだ。
「ボクはチェレンチィといいます。チェーニと呼んで下さっても良いですよ。
自らの為に死地に来た貴女(アーティ)に、敬意を込めて――」
舌を打ったマリアベルは状況が万全だった時には程遠い事を嫌になる程に理解した。
タイム・リミットが近付いているのは確実でイレギュラーズが追い詰められているのは明白だ。
だが、背水の陣なる故事を考えるまでもなく現実として彼等の勢いは増していて、その動きは驚く程に良くなっていた。
かつて七罪なる最強の魔種達が一敗地に塗れた理由と同じく、彼等はやはり土俵際でこそ強くなるのだと思い知らずにはいられなかった。
「――貴女は幸せですね、聖女マリアベル」
刹那の沈思黙考を破る形で間合いを抉ったミストルティンの槍に表情を歪めたマリアベルがきつい視線をアリシスに注いだ。
「幸せ? 貴女に何が分かると言うのかしら」
皮肉めいたマリアベルの言葉はしかしアリシスの「全て」という言葉に一蹴された。
「……は?」
「気のせいなら一番いいのでしょうけれど。
嫌になる位に親近感を覚えずにいられない。
或る日、運命に出逢って。その運命と共に生きて。
その言葉はそのままお返しします。
……嗚呼、最期の共を赦されず、呪いを残された身の事を幸福な聖女は理解し得るのかしら。
我ながらつまらない感傷、くだらない八つ当たりと揶揄されるのは承知の上。
しかし己を投影する程度には妬心と羨望さえ感じる差に苦笑せざるを得ませんね」
酷く珍しく感情的であり、攻撃的に饒舌なアリシスにおしゃべり(マリアベル)さえも面食らった。
成る程、マリアベルの現在(いま)はアリシスが過ごした星霜の中、彼女が幾度と幾十度、幾百度と繰り返した慟哭の『逆』だ。
結果等問わず、共に果ての果てまで進めるのならばアリシスは他に何も要りはしなかった。
「最悪の彼氏でも居たみたいね。ちなみに私にも居るわよ」
「……いえ、ええ、いや、まあ……はい、きっとそうですね」
アリシスはマリアベルと同じ表情を浮かべている。
マリアベルと面々が激戦を繰り広げる他方、イノリ側の戦闘も熾烈さを極めていた。
「一度でも妹と話をしたの?
その結果、決裂するとしても、貴方は歩み寄ろうとしてすらいないじゃない!」
「……それを言われると弱いね」
「貴方は最初から諦めている!
私達は諦めない! 諦めなかったから、奇跡のようにここまで来れた!
諦めるのは……全てが終わってからで十分だ!!」
「滅びのアークで気に食わないルールぶっ壊した方が良くない?
神託の成就だとざんげさんも死ぬし……『神様の言う通り』になる……駄目だろ馬鹿!」
強烈な仕掛け、更に直情的なサクラとヨゾラの言葉にイノリが鼻白む。
「誰かが言った。
この世界を作った神様の間違いは、世界を回すシステムに心を与えたことだって」
「僕じゃないか、それ。覚えもあるぜ」
リュコスの言葉にイノリは皮肉気な冗談を言った。
「……ぼくは誰かを犠牲にするのが当たり前の世界なんて間違っていると思った。
けどそれを理由に『世界が』滅びるのも『正しい』と思えない」
「正しいかどうかだけで生きれるなら人間も魔種も苦労はしないさ」
『人間が考えて分かる事に無駄に長生きな原罪が一瞬たりとも想いを馳せていない筈がない』。
「私、望む未来があるんだ……!
ざんげが下に降りられて魔種も当たり前のように生きていける――
私が目指す未来はそんな御伽噺みたいなハッピーエンドなんだ!
だから、どうかお願い。イノリ、マリアベル。私達のイノリを聞いて。一緒に願ってほしい。
私達の為じゃない。『ざんげの為』に――」
(……ああ、本当に。なんていうお人好し共だろう)
十割の善意か、或いは幼い我儘か。譲れない善性か、諦めの悪さか――
シキの言葉に更に苦笑いを深めたイノリの考えた全てが本当で、全てが本物で、同時にままならなさの根源であるとも言えるだろう。
(……成る程、僕の長い時間は文字通り意味のない神への反逆だったに違いない)
――絶対に当たる神託という未来。
神託自体の破壊は即ちシステム――神託の少女(ざんげ)の否定に繋がろう。
なればこそ一番最初にイノリが考えたのは神託自体を『失敗』させる事だったのは言うまでもない。
だが、この滅びの神託以前の全ての神託は結局の所、イノリが原罪たる力をどれ程に振るおうと全て成就に到ったのが現実である。
即ちそれは原罪の力を以ってしても神託が回避出来ないという現実を示していると言えた。
翻ってイノリは神託の否定ではなく神託の肯定を以ってこの世界を終わらせるという択を選び取らんとしたのである。
傲慢な神は絶対に例外を許さない自らの神託を以って破滅する――それはこの上ない痛快にも思えたからだった。
(サクラ君はざんげと話し合え、なんて言う。だが――)
僅かな苛立ちはざんげを良く知る筈の彼女等がそれを言った事に起因する。
自らの反逆に理由に『奪い尽くされて』システムに組み込まれた妹に何が望めるというのだろうか?
――世の中には願っても叶わない事があることを、彼女達は知らないのだろうか?
「……いや、愚問だな。知らない訳じゃない。ただ、君達は――」
「……………?」
小首を傾げたシキの体に強烈な圧力が吹き付けた。
「問答で解決する位に僕の時間は短くないし、君達の覚悟も軽くはない筈だよな。
何度でも言うが、僕達と君達では価値観が違う。時間が違う。在り様が違う。
何処まで行っても君達は人の時間で生きていて、僕達は魔種の尺度で生きている。
差し伸べているらしい手を払うのは気が引けるが、『違うんだからそういう問題じゃあない』」
穏やかな言葉とは裏腹にこれまで以上に危険な気配を鋭角にしたイノリからシキを庇うようにサンディが前に出た。
「シキの目指す世界ってな、魔種だった人も普通に暮らせる世界なんだよな」
ふ、と笑った彼は本気か冗句か――恐らく本気で――とんでもない事を言った。
「『それは来るんだから、今ここで反転したって構わねえんだよ』。
……元々反転しやすい場なんだよな、ここ?」
「滅茶苦茶――ああ、滅茶苦茶だな、君達は」
イノリは力を抜いたようにふっと笑う。
そんな彼に飛呂は告げる。
「俺も、好いた人の為にここにいる。あの人の大切なものを守って、あの人の笑顔を見る為に。
……あんた達だって、そういう未来を夢見たことくらいはあるんじゃねえか」
「今更否定はしないさ。だから君達がお節介にも――僕達を肯定しながら否定するのと同じように。
僕達も君達を否定しながら肯定しよう――マリアベル!」
「――!」
イノリの呼びかけに苦戦を余儀なくされていたマリアベルが我に返った。
こちらも又以心伝心、彼の一言で混乱の見られた彼女の冷静さが大きく取り戻された。
「決着に向けて――ラスト・ダンスと洒落こもう。
ああ、きっとこんな事を言っても信じて貰えないかも知れないが――」
イノリは半ば呆れたように、半ば感心したように続けた。
――願わくば君達とはもう少しだけ早く出会いたかったよ。
「!?」
気のせいか、不思議とその言葉は人を食ったような彼の普段の調子を思わせなかった。
だから。
だからこそ――
「……ッ……!」
――目を見開いたゴリョウは『これ』が『その時』だと理解した。『してしまった』。
「起動(レディ)・展開(オープン)――」
歴史を左右するであろう運命の一撃との真っ向勝負!
(タンクにとってこれ以上の滾りはねぇ!)
生きても死んでも。この先に続いても、それともこれで終わってしまったとしたって――ゴリョウ・クートンには悔いが無い!
――『聖盾よ、我が友たちを守りたまえ(セイクリッド・テリトリィ・イレギュラーズ)』!
声も裂けよの絶叫とイノリが残った片腕を振り払うように振るったのは殆ど同時で――
※影の領域の戦闘でパンドラ17589が消費されました。
ゴリョウ・クートンさんの状況についてはラスト・ダンス VIで更新されます。
成否
失敗
状態異常
第4章 第6節
●ラスト・ダンス V
「何よ、あれ」
重く、深い衝撃が影の領域全体を揺らしていた。
『可視化された理解』で言うのなら色彩を呑み込む黒い光。
光差さぬ宙空(そら)から振り下ろされた鉄槌のような一撃は星華が彼方に仰ぎ見た影の城を直上より撃ち抜いていた。
「……何だか分からないけど、あれ!
良くも悪くも……どっちもこっちも?
なんだかド派手な花火が上がった感じがするわねぇ!!!」
迸った変化は明らかに危険な色を匂わせたが、少なくとも星華に茫然自失する暇は無かった。無論、気にならないと言えば嘘にはなるが――最後の闘争に挑むのは影の城だけに非ず。信じて送り出した仲間達の先行きを守り、退路を残す事こそ今この場に在る人間にとって最も求められる重要だったからに違いない。
「さぁさぁ、私も負けてられないわ!
我が竜唱(ロア)は過去を照らすもの!!
我が頌歌(オード)は未来を拓くもの!!!
――お姉さんに任せるといいわ!」
気を吐いた彼女の『ありったけ』が何度目か周囲の仲間達を強く激励する。
影の城を気に掛けていられない最大の理由はこの戦場こそ彼女を含めた人類軍の死地である事にこそ起因しよう。
「何が起きても……驚いてばかりいられない。
俺たちの生きる世界なんだ。俺たちが踏ん張らなくてどうする!」
半ば自分に言い聞かせるように言い切ったエーレンの一閃が目の前の闇を切り裂いた。
変わらず緩まぬ調子の彼だが、実を言えば消耗は大きく。その全身は鉛のように重かった。
(我ながら、良く言う。良くやる)
戦いの初手から文字通りの全力を振り絞り続けている彼の戦いは自身をして信じ難い程のものだった。
「何故、折れぬ。理解出来んな、その戦い振りは」
「俺が死ぬと泣く娘がいるんでな!」
「こんな劣勢なんてきっとすぐに覆すさ。
……勝つよ。絶対に、何が何でも。
死ぬ気で生きて、勝って、俺たちの望む運命(みらい)を掴む!!
さあ――騎兵隊のお通りだッ!!」
間合いの外の魔種――目当てにしたフロスベクトはエーレンの宣言を、雲雀の啖呵をどう受け止めたか。
「これが最後の戦い。これ以上は誰も死なせない。
俺は二人のステラを救ったんだ。この世界だってきっと救える、救ってみせる!
行くよ零君、俺の親友――絶対に倒れさせない、思いっきり戦ってくれ!」
「あぁ、アルム! 救ってやろう、全部ッ!
親友が隣に居るんだ、こんなに頼りになる事は無いッ!
それに――奇跡は待つもんじゃない、起こすもんだからな!」
アルムと零、背中を守り合うようにここまで戦い抜いた【零の星】、その二人の姿をどう見たか。
何れにせよ、フロスベクト、そして既に敗れたラーングーヴァ、二体の将軍級魔種にとって現場に広がるこの全てが誤算だったに違いない。
人類軍の戦いは本来とうの昔に限界を超えており、『本来』ならば状況は既に終焉を迎えているべきだったからだ!
(……何故、終わらない?
先の一撃は原罪が敵を仕留めた証明だろう?
そんな事を理解出来ないのか。歴戦の戦士達が。
理解出来ないのか、お前達が。否、否。分からない筈はない。
分からない筈がないのだとしたら、お前達はアレを目の当たりにしても仲間は敗れぬと確信しているとでも言うのか?)
フロスベクトにとって、問わずともその答えは知れていた。
血を流し、疲れ切り、数限りなく倒れ、斃され。
一方で無限とも呼べる物量を前に、終わらない戦いを前に諦念を感じさせない人類を正直にフロスベクトは理解出来なかった。
最早磨り潰すばかりの戦いの筈なのに。彼が見た――翻る旗がその凄烈さを些かも失わない事実を理解しようも無かった。
――――旗を掲げろ。
理解出来ない大本のような女がやけに通る声で戦場の空気を支配している。
あの海から私の心臓が
去った皆の為に
今居る皆が全てを超え、此処に立つ!!!
【騎兵隊】なる至上の酔狂共を最後の瞬間まで統率し続けるおかしな女(イーリン・ジョーンズ)の目はこの瞬間も未だ星の煌めきを失っていなかった。
「旅は終わっていない!
『私達の』手で、奇跡の波を起こすのよ!」
「知らしめようか、イーリン・ジョーンズ
キミの、我ら騎兵隊の矜持を。『絶望的状況』なんて覆して、是非とも全員で生きて帰ろうじゃないか――」
(ああ……)
吠えるイーリンを、傍らでずっと彼女を支えてきた武器商人を横目で眺めて美咲は想う。
(騎兵隊……いや、イーリンにとって大海嘯が持つ意味、か。
当時混沌に居なかった私でもその意味はわかる。だから私が『過去』を押し上げるのは絶対だ――)
「っしゃ!最後の最後まで。何処までもついてくで。何処までもってな!」
「これが最終の戦いだな、燃えて来たぜ
北極星が俺を導く限り、俺はその先に進み続ける! ああ、イーリン、俺も最後まで付いていくぜ!」
笑みを浮かべた彩陽に応じるようにミヅハが万感の想いを一射一擲に込めんと全身の膂力を『引き絞る』。
「アタシは騎兵隊の矛、エレンシア=レスティーユ! 立ちはだかる全てをなぎ倒す者なり!」
総大将の一声は何時でも覿面か。ボロボロの体に意気軒昂なるエレンシアが得物を強く振り抜いた。
「レイリー、『描写強調』にて見せてやるといい。
汝こそ我が希望。我が愛。我が偶像。
不滅不倒なる美しさを。
如何なる苦難困難試練をも越えてきた英雄の姿を」
「心友イーリンが私達を導き、相棒エレンシアが魔種を討ち。
愛する幸潮が傷を消し、皆が奇跡を束ね絶望を覆す海嘯を起こすなら――
不倒の夢、私は盾として立ち続ける!」
「なあ、相棒?」と水を向けたエレンシアに応じるようにレイリーの存在感が一際強い輝きを放つ。
闇の汚泥の如く騎兵隊に迫る影の触手を寄せ付けぬように仲間を守る。
「最奥には梅泉さんも、最高の仲間達も向かっています。
いずれ帰ってくる場所が焼け野原ではいけませんものね。
それに……実際問題、この程度を殺しきれないようでは。
梅泉さんが満足できる立ち合いなど出来ようはずもありませんしね」
幾分か稼がれたその時間、その空隙。そう言った志は見逃してはいなかった。
最前線で真正面から『やり合う』にはどうにも向かず、幾分か引け目を持ちがちな女ではあるのだが。
こうまで煮詰まれば覚悟も決まる。そして、その上で彼女の視野は他人よりもずっと『広く深い』。
「さあ――」
「――今ですよ!」
鳥の目で俯瞰して見下ろした状況は武器商人に、或いは志に最善の合図を出させていた。
「世界の為だけじゃねぇ、使命の為でもねぇ。俺は俺自身の願いのためにここに居る!
これからも北極星が輝き続ける為に、ここで食い止める!」
当然の如くミヅハ渾身必殺の滅棘(ミストルティン)が突き刺さり、
「私は……生きる! 生きて明日を掴む! それが……私の戦いです!」
Lilyの放った必死の弾幕が最高効率で敵陣を次々と撃ち抜いた。
「この――」
「――させない!」
「……ッ!?」
もう数えるのも馬鹿馬鹿しい程に粘り強く強烈に戦線を押し返しかけた人類軍にフロスベクトが動きを見せるも、これを見越していたように全力全開、オニキスが振り絞った渾身の砲撃が閃光となってその鎧の影を呑み込んでいる。
人類軍が、或いは騎兵隊がここまで最後の善戦を繰り広げる事が出来たのは本来は二体存在した魔種の指揮官、片翼ラーングーヴァがウォリアの奮戦により失陥した事に起因すると言えるかも知れない。
「滅びの運命から、この世界を……守ってみせ、ます!
誰もが笑って生きていられる未来を。何かを諦め続けなくても良い未来を。
そんな未来を信じていけるよう、に。
わたしもまた、それを成せる人に……なりたい。
この祈りは、願いは、その為の力に……!
わたしはこの戦場に立つ。ウォリアさま、貴方がそうしたよう、に。
繋ぎます……きっと、きっと繋いでいきます!」
想いは本来ならば猛々しいとは言えないメイメイにも受け継がれ。
あくまで実戦で練り上げられた精鋭達は連携と立ち回りという意味で完全な制御が難しい物量をいなし続ける事に成功していた。
「足掻いてくれる……!」
爆炎の向こうから鎧の魔種の姿が現れた。
効いていない訳ではないが、上位魔種の実力は今更語るべくもないものである。
見た目通りに防御的なそれが馬鹿げた耐久力を有している事はこれまでの戦いで知れていた。
(……何とか、まだ)
肩で息をするオニキスに余裕は無く。同時に彼女は自身の砲火を以ってしても『それ』を仕留め切るに到らない事を知っていた。
(一発、もう一撃――)
それでも、まだ。
熱を持った全身は、ひりつくように焼けた砲身はこの次を少しばかりも否定していないのだ!
「前へ……更に前へ!
今まで歩み続け、積み重ねてきた全てを証明しましょう!」
濁流に今にも飲まれそうな乱戦の中に『安全地帯』等残ってはいない。
最前線で敢然と声を張るアンジェリカは周囲の味方を賦活し、鼓舞し。
「この波がずっと続けば、押し寄せ続ける波濤があれば、きっとその間は止められる……!」
折れず、止まらず、仲間を己を信仰して――フォルトゥナリアは笑顔のままにその歯を食いしばる。
「劣勢だろうと状況をひっくり返す為に指しに行くのが騎兵ってやつだし、な。
練度があった上で統率を見せつけるのが変わらない『やり方』だ。
精々最後までお前達は縫い付けられて貰うさ、最後まで。
指を咥えて見ていろよ、原罪にチェック・メイトが掛かるまで――」
涼やかに嘯いたカイトは変幻自在に敵の動きを縛り付け、
「まだ喉は潰れていない。歌える限り俺は闘う!
アーマデルと出会い、愛しあえた奇跡――その先の未来を掴むため、負けるわけにはいかない!」
弾正の歌声は喉も裂けよと絶望の戦場に響き渡った。
「どうしてここまで……!
この影の領域において我等は無敵だ。お前達の戦いは結局徒花に過ぎん。
倒しても終わらぬのならば、やがて力尽きるのは必然である筈だ。それを――」
「――必然じゃあないからじゃないっすか? うぃーん」
目前に立ったアルヤンの言葉をフロスベクトは理解し得ないようだった。
「俺は明日も明後日も平和な日々を望むし音楽をしたい。
……いいや、そうすると言い切ろう。
その時は滅ぶ未来が確定してても、今は常に変わるものだから。
強く想像して、救う未来を引き寄せてやる――ってのは答えにはならないか?」
アルヤンよりはもう少し『具体的』にイズマが言えたフロスベクトは珍しく小さな笑いを零したようだった。
「あなたの力は他の人より『知ってる』わ。でも、今度こそ――私達『三人分』の力で、あなたを討つ!」
「成る程、あくまで囀るか。では俺はそんなお前達を踏み潰し、叩き折る事にしよう」
「それいいっすね」
真っ直ぐに切っ先を向けたアルテミアに応じたフロスベクトにアルヤンの羽が回った。
「実の所、自分はあんたと戦いたくてここに残ってるっす。リッテラムでの決着をいまここでつけるっすよ」
「……買われたものだな」
「買ってやったんすよ」
気のせいかアルヤンの言葉、フロスベクトの言葉にも一定の理解と好感さえ滲んでいた。
「これが最後だ。『全部』で行くぞ」
「扇風機の意地、見せてやるっす。うぃーんうぃーん」
強力なイズマとアルヤンが遂にフロスベクトに喰らい付いた。
「どれほど窮地だとしても、どれほど心が折れそうだとしても、絶対にあきらめてはならない!
心に思い浮かべなさい! 愛する人を! 帰るべき場所を!!
誰が為に、そして何より我が為に! 自身の守りたいモノの為に――剣を振るえ!」
自身もフロスベクトと激しくやり合ったアルテミアが姫騎士の号令で仲間達に奮戦を促した。
強烈な戦闘が展開され、しかし騎兵隊が薙ぎ倒した、或いは奮闘する人類軍が一度は蹴散らした魔種達はやがて復活の気配を見せていた。
もう何度も繰り返す事が難しい攻勢はこの攻撃の頓挫が敗北に繋がる事を告げていた。
しかし。
「死を看取る者が、死地に赴くのはおかしな話かも知れぬ。
だが、此度は皆を看取るためではなく、皆を生かすために、来たのだ。
それに、復活など、『摂理に背いた行い』は美学が無い。いい加減に目に余る――」
騎兵隊が騎兵隊であったが故。
『ローレットの中でも最大規模の連携を取れる存在であったが故に』。
冷静に淡々とリースヒースが口にした『願い』は束ねられたものになった。
即ちそれは。
――魔種の循環復活を阻止する――
イーリンが、雲雀が、レイリーが、志が。
「アタシには帰りを待ってくれる人がいるんだ
だから死ぬかよ……この馬鹿野郎たちと共に!」
エレンシアが、オニキスが、武器商人が、カイトが。
「やってみせるよ!」
「私はこの世界が好き、騎兵隊が好き、私の帰りを待ってる人が居る。
だから、此処で終わりにします! 譲る訳には――いかないんです!」
「諦めない為にこの力を使う。最後まで!
だって生きて帰るって約束してんねん。
戻る場所も、この世界も全部、全部、無くさせはしないんよ!!!」
フォルトゥナリアが、Lilyが、彩陽が、幸潮が、ミヅハが、エーレンが。
そして。
「明けない夜は無いのです。さぁ、朝日を拝みに参りましょう――」
「事ここに至っては命を燃やす他無し。
騎兵隊の旗の元、奇跡を。世界の、我々の帰り道を切り開かん!
我等が意志は昏き闇を破り切り裂き押し流し、希望の光をより彼方まで届けてみせる……!」
アンジェリカに頷いたレイヴンの声が真深い闇を撥ね退けた。
(思えば……遅参もいい所だったが……これで面目も立ったというもの)
薄れゆくレイヴンが見た光景はあの大海原。
黄金のような戦歴の中でも、最も鮮烈に輝いた遠き日の景色だった。
(大海嘯まで見て参戦しなかったとあらば、一番翼の名折れもいい所だからな)
誰に告げずともそこには必然があった。
そこには満足があった。
どうあれ、あの戦いは――そしてこの戦いは『こう』でなければならかった。
騎兵隊が騎兵隊である限り、あの気丈な総大将が勝利の旗を振る限りは。
「他ならぬワタシが日和る訳にはいかないだろう? 沈んでもらうぞ、影の領域!」
「ああ、ああ。そう! 『今』が食い下がっちゃいけない時なんて、そんな道理は無ぇんスよ……!」
美咲の覚悟は刹那的であり、彼女の想いはこの瞬間に誰よりも強く蒼く燃え上がる。
(ああ、『ごめん』)
悟らない筈は無い。理解しない筈は無い。
賭けてはいけないものを賭けてしまえばその先に待つものなんて、その結末なんて。
小賢く、上手く立ち回る他ならぬ佐藤美咲が知らない筈なんて有り得ない。
でも、それでも結局全てはこの時の為にあったのだろうと。そうも思う――
「みんな知らないと思うけど……私、実はリスク考えられる器用な奴じゃねーんスよ!」
脳裏に過ぎった『ごめん』の代わりに美咲は最期の言葉を力強くそう結んだ。
「……っ……」
誰かが息を呑んだが、レイヴンは、美咲は確認を選ばなかった。
最早先は見れぬ。だが、繋がった筈だと信じていた。信じさせてくれ。
同時多発的に瞬いた奇跡の呼び声はイレギュラーズと言えども過去に見た事はない、恐らく二度と見る事はない特別な光景だった。
イーリンより始まった特異点中の特異点は有り得ざる、この局面最終最後の奇跡の光を影の領域にさえ届かせたのだ!
「……な……」
確かに、冷静なフロスベクトが焦りの声を上げていた。
無限に復活する魔種の循環がこの一時完全に止められていた。
それは縋り切るには短い時間である。永劫に原罪の権能を、影の世界の性質を変質させるにはこの奇跡でもまるで足りまい。
されど、それは確かに――『神の最高傑作(イノリ)』の力をこの一時だけは超えていた。
「……おのれ、だが……侮るな!」
瞬時に状況を察したフロスベクトの一撃が相対するイズマ、アルヤン、そしてアルテミアの防御を砕く。
叩きつけられた三人に騎兵隊は黙らずフロスベクトを追撃するが、的確に時間を稼ぎにかかった彼は防御と後退でこれを受け流す。
否、それ以上に――人類軍自体が限界を超えている。本来ならば届くその力が、余りに深い消耗で届かない。
もどかしい。勝ちは目の前なのに。
もどかしい。ここまで仕上げたのに。
たった一歩が、ほんの僅かが足りていない。
奇跡の時間が過ぎたなら、今度こそ彼を仕留める事は不可能になってしまうのに!
だが、特異運命座標は、その戦いはやはり最後まで生きている特異点に他ならなかった。
(今井さん。万華鏡にのせたい色彩があるの――)
まるでスローモーションのように流れる時間の中で瞑目したユーフォニーの祈りが運命の天秤を揺らしていた。
――たった二年と少しだけど。
駆け抜けた世界でfeel of colourで感じた景色、音、声、言葉。
ちょっと偏ってるのはご愛嬌ね?
覇竜の師匠、戦う理由をくれた焔、四葉の姉妹に、愛するひと。
もっともっとたくさん。そしていま。この場に轟く想いの万華。
万感はとりとめもなく、まるで纏まっていなかったけれど。
彼女はあくまで純粋で、彼女は何処までも透明だった。
(この世界がだいすきなんです。
だから護りたい。だから未来を、何度だって願うの――)
万華鏡の色彩が爆ぜて解けた。
――だいすきな世界に、だいすきなみんなに、明日を――
鼓膜ではなく魂を揺らしたその一言は確かに優しいユーフォニーの声だった。
……本人が『それ』を知らない事等有り得ない。
細く、か細く揺らめく蝋燭の残りを解していない筈がない。
でも、それでも。そこにどんな罪があったとて、どんな罰が待っていたとしても。
その覚悟は遍く誰にも侵せない。誰も無慈悲な奇跡には溺れない。
だから、誰もが泣くよりも先に。嘆くよりも先に『己が為すべきを貫いた』。
「……ああああああああああッ!」
ばねのように姿勢を戻したアルテミアが叫んで一息でフロスベクトの間合いを奪った。
その斬撃は甲冑を軽々と切り裂き、
「この一撃を待っていた!」
続いたイズマの猛撃は構えたフロスベクトの守りをその上から粉砕した。
「改めて――自分の名はアルヤン不連続面。覚えておけっす」
叶うなら、どこかで。今度はサシで。
恐らくそれは絶対に叶わない願いになるけれど――ゼピュロスの息吹をその背に受けてアルヤンの最後の一撃がフロスベクトを貫通した。
「ああ――成る程。バルナバス様もこういう心地持ちであったやも知れぬ、な」
茫洋と呟いたフロスベクトは崩れ落ちながら笑って言った。
「『次は負けぬぞ』」
ざあ、と消え去ったフロスベクトはラーングーヴァと同様に再生はしない。
しかし、この決定的な勝利と入れ替わるように影の領域がその性能を取り戻していた。
指揮官は全て倒した。脅威は大きく失われた。それでも結局は満身創痍の人類軍はこの意思無き闇を食い止める必要がある。
否、他人の為だけではない。『どうしようもない無限を相手にこの場で生き残らなければならないのは同じ事だ』。
「……っ……!?」
時間差で再び沸き出した危機に身を強張らせた志の体を横合いから飛び込んだ影が掻っ攫う。
「この時の為に伸ばしてきた! 絶対に! 誰も死なせない!」
帰りを待つ娘の顔が脳裏に過ぎればウルズは奇跡を願う事は出来なかった。
だが、それでも彼女には彼女の戦いがある。
何をどうしても何処まで行ってもやり抜かねばならない事もある。
「あたしは――あたしなりのやり方で……だって、あたしって『頼りになる後輩』っすからね!」
成否
失敗
状態異常
第4章 第7節
●インターミッションI
人生の末期を知るには『予測』が必要だ。
長らく病床にある者、老いさらばえた者。
種族としての、個としての命を全うしようとした者は必然的にその最後を意識はしよう。
知らぬ内に人はその瞬間に身構え、自覚の有無に関わらず覚悟は多くが受け入れ難い現実を和らげるものだ。
しかし、『予測』のつかない致命的瞬間はしばしばに訪れる者だ。
多くの場合、そんな事故的刹那は当人にとって自覚する暇はなく、覚悟の代わりに無知は受け入れ難い現実を無機質な慈悲で包み込むだろう。
――それが『普通』なんだけどねぇ?
漂白された世界の中でゴリョウ・クートンは実に覚えのある声を聞いた気がした。
――天寿を全うするのは人の在るべき姿だ。
不測の事態に先行きを阻まれるのも悲しいけど人生の一項だろう。
でも、稀に例外がある。例外が居る。それは勿論――
涼やかなその声は呆れを帯びており、それに倍する好意を帯びていた。
――『自らの選択を以って致命的状況を選び取る者』だ。
『託した』身で言うのも何だけど、本当に満足かい。好敵手。
満足も何も、とゴリョウは想う。
声等は出る訳も無く、明滅する意識は実に胡乱で――考えらしきものは固まらない。
ただ、後悔しているかと問われれば――それは無い。
望みがあるのだとしたら――『知りたい』だけだ。
運命なる黒い濁流に向けて聖盾を掲げ、その先に道があったかを。
『教えてくれ』。
確認する事等出来はしない先行きを、相変わらずの『彼』が知っているかどうかだけが全てだった。
――まったく。
今度は好意よりも呆れが勝った溜息が『聖騎士』から零れ落ちていた。
――つくづく困ったもんだ。我ながらのお節介さに嫌になる。
でもまぁ――きっとそれでも私は君が好きなんだろう。
だからこそ、私は君を頼んだんだろう。
独白じみた言葉はゴリョウに向いているようで実際は自分に向いていたのかも知れない。
――答えはNoだ、好敵手。ライバルはライバルに簡単に施したりしない。
君は自分の目で見て――そして、あと何十年かの後に私に直接報告するべきだ。
混沌の物語、ゴリョウ・クートンの物語を。終わらない混沌の大いなる伝承を!
●ラスト・ダンスVI
「――ゴリョウさん!!!」
目を見開いたスティアが彼女には珍しい大きな声を上げていた。
天空(そら)より振り下ろされた黒の鉄槌は原罪イノリが見せた本気の一撃。
天義での事情を良く知るスティアは自分が最後に見えた映像の意味を強く理解していた。
戦いに臨む仲間達を庇うように託された聖盾を展開した彼が見えた――それが場の全員の意識した『断絶前』の光景だ。
十秒か――一秒か、それともそれにも満たない刹那だったのか。
誰もその答えは知らなかったが、再び一同の意識が『繋がった』時、そこには倒れ伏したゴリョウが居ただけだった。
「……………は?」
心底の困惑の声を上げたのは状況を把握出来ないイレギュラーズでは無かった。
その『らしくない』声を上げたのは仕掛けたイノリ本人である。
「『馬鹿な。有り得ない』」
呟いたイノリは考える。ゴリョウ・クートンが展開した盾は確かに強力無比なものだ。
神域に近い防壁が当人の持つ特異性(イレギュラー)と重なれば自身の力に拮抗する事は『有り得るかも知れない』。
だが、問題は結果が『ほぼ相殺』までに到ったという事である。
『当のゴリョウが未だ影の城に原型を留めているという事実ばかりであった』!
(……有り得ない。いや、まさか――)
――ルスト?
イノリの脳裏に雷撃のように我が子(ななざい)の権能が過ぎった。
ルストの世界創生は可能性の歪曲、枝分かれの増殖である。塗り替え、簒奪する傲慢なるテクスチャである。
その力の麾下にあった使徒――遂行者(セレスタン=サマエル)の残照が可能性の獣とおかしな形で結び付いたとするならば?
(馬鹿げた程に、極限定的に事実と未来がすり替えられた?)
……有り得ない。イノリですらもそんな理屈は説明出来ない。答えを何処からも得る事が出来ない。
だが、現実がそこに横たわるのなら、この横紙破りは恐らく世界に完全に肯定されている!
「……っ、イノリッ!」
「――っ!?」
イノリの最大の失敗はこの状況を考えてしまった事であったかも知れない。
マリアベルの鋭い警告に我に返るも、彼よりも更に戦い慣れたイレギュラーズは理解よりも先に遂行を選んでいた。
なまじ答えに到るだけの叡智を有するが故に、人を遥かに超えた原罪であるが故に。
この瞬間の彼はまだ続く戦いよりも状況に意識を向けてしまい。
「――今は亡き人達の想いを無駄にしない為に全力を尽くしましょう」
リュティスが誰をも代弁する――愚直なまでに自身を目指す意志の刃に完全無比に劣後していた!
(この期に及んで諦めたら――Bちゃん様に怒られますからね。
どうかBちゃん様も見守っていて下さい。運命は自分達の手で掴み取ってみせますから……!)
瞼の裏のブルーベルが可愛くもなく(かわいらしく)鼻を鳴らした。
だからリュティスは――いよいよアナトラの剱を強く握り、それ以上に強く祈る。
仕掛けた彼女の連打、連撃が不十分なイノリの構えを削り取る。
「この世界に呼ばれてから数年。
この一時の為に呼ばれたというのであれば――最早僅かの是非も無いッ!」
気を吐いた彼女を当然ベネディクトは捨て置かない。
並び立ち、共に戦う。攻防の中で圧倒的に上回るイノリの力を彼は彼女の代わりに『受け止めた』。
「金色竜爪よ、幻想の勇者に名を連ねた際に我が手に与えられた黄金の輝きよ!
今こそ、その力を開放すべき時が来た――この黄昏は幻想だけのものに非ず。
今や危機が訪れたしは混沌全て! なれど、俺は――俺達は! この喪失を許容しない!」
我が運命よ燃え尽きよ、とベネディクトは黄金の竜のように吼えた。
言葉にならない声と共に投擲された下賜の竜爪はイノリの肩を貫き、その後背のマリアベルの障壁を砕き貫いた。
「……イノリ……!」
マリアベルの声は最早悲鳴じみていた。
繰り返された猛撃にバックステップを踏んだイノリの表情が冴えない。
失った腕、或いは穿たれた肩からは黒く『何か』がたなびいている。
それは取りも直さず、戦いの天秤が激しく揺れている事を示していた。
「不思議だよな。理解出来ねぇと思うけどさ」
飛び込んだシラスは笑って、場違いに楽しそうにそう言った。
「信じてる……じゃ足りないな。確信してるんだよ。
仲間たちはきっと奇跡を束ねて運命を打ち砕く――俺の一撃はお前に届く」
噛み合ったイノリの表情が歪んだ。
(ビッツ・ビネガーよりも鋭く……
ザーバ・ザンザよりも重く。
ヴェルス・ヴェルク・ヴェンゲルズよりも疾く。
ガイウス・ガジェルドよりも力強く――兄貴(カラス)よりも頑なに!)
シラスの牙が残されたイノリの片腕に食い込む。
「気付いているんでしょ。アタシ達もだけど、キミ達にももう後はないって。
お互い、来るところまで来ちゃったんだ、って――」
ジェックのスコープが未来を覗けば、繰り出された正確無比な狙撃は『結果的』にイノリを貫いた。
「――ねえ。アタシは、この世界を救えるなら今を生きる人達を、その太陽のような笑顔を守れるならこの命を投げ打ったって悔いはないよ。
キミ達だって、お互いのためならそうなんでしょう?」
何処か虚無的に呟いたジェックの瞳に映るマリアベルの顔が強張っていた。
イノリは何度も『意識の外より攻撃された』彼女を庇っている。
「愛ってのは確かに重い呪いだろうね。『原罪』が持ち合わせない筈もないな」
それでも乱暴に払われた一撃に直後にシラスは吹き飛ばされるが、「まだ『主役(ルカ)』が残ってるなんて今日のお前は厄日だな」とシラスは嘯いて口の端を拭って立ち上がる。
(イノリもマリアベルも余裕を無くし始めた。隙を突くなら今……だが)
盾役として壮絶なまでの過酷に挑むプリンは臍を噛む。
見た目の賑やかさに反して彼は何処までも冷静だった。
(その上、二人はおしまいじゃない。
この厄介極まりない連中を何とか出来たとして――本番は『それから』だ……!)
時間切れは間近である。立ち向かうイレギュラーズの攻勢限界はとっくの昔に過ぎていた。
それだけでも最悪であるのは間違いないのに、問題は彼の言う通り。
魔王座(Cace-D)という終焉は顕現の時を待っている。
何もかもを終わらせ、何もかもを無駄にせんと――無邪気な侭に産まれ落ちるその瞬間を待っているのだ!
「私は、めでたしめでたしが、確定しきった未来が嫌いなんだ。運命ってやつが、大っ嫌いなんだよ」
可愛らしい『悪童』が――茄子子が言った。
「何千年先とか知るかよ。明日のことだって知らない。だから面白いんだよ。
この物語はまだ続くよ。私が終わらせないから。
終わらせないって言ったら――黙ってもう、言う事聞けよ。
キミと同じだ。同じ何だよ、原罪。
私がざんげくんを助けたいんだよ。ざんげくんが望んでるかなんて、どうでもいいんだよ!」
「敬意を表するしかないな」
茄子子の在り様は或いは一番イノリに『刺さった』かも知れない。
自身の言う通り原罪と『同じ』彼女は人ながらにして己の為に世界全てを侵せる『怪物』だ。
「――危ない!」
自嘲気味に口角を持ち上げたイノリが群がる敵を黒い斥力で弾き間合いを正した。
「だけど、『惜しかった』までだ!」
咄嗟に手近な仲間を庇ったプリンは高らかに言うイノリを睥睨する。
渾身の攻めを見せたリュティスも、深手を負ったシラスも、絞り出したベネディクトにも――無論、他の者にも余力はない。
だが。
(惜シカッタ? 勝ツナラ……今シカ ナイ!)
自覚して何時自身が停止するかも知れないような重い消耗を振り切って、幾度目かフリークライの『心』が燃えた。
――これも縁だよ、フリック。
懐かしい声はきっと幻聴に過ぎないだろう。
だが――
「嗚呼。キット 主モ ソウシタ。
我 フリークライ。我 フリッケライ。我 フリック!
主 心 護ル者。縁 護ル者也!」
『墓守』として最初で最後の掟破り(デウス・エクス・マキナ)は、肉体ならぬ機装のフリークライの人よりも熱く深いたった一つの願いだった。
「我ガ身 燃エ尽キタトシテモ アレクシア 土壌二。
焼畑トシテ大樹ノ精霊タル彼女 力 ナル――」
フリークライの存在が希薄になる程、奇跡の光は強まった。
――ファイナルアクティベート! こころドライブ 再起動!
「イノリ マリアベル 知レ。
コレガ縁ダ。君達二人 出逢ッタノモ。
我等ト 出逢ッタノモ。縁ナノダ……!」
フリークライという世界一不合理な『機械』が己と引き換えに望んだのはこの戦いの勝利だった。
仲間達があと一歩を踏み出せる為の、それでも敗北を思わない原罪の鼻を明かす為の最後のチャンスだった。
力が戻る。
強烈に巻き戻り、本来以上のものになる。
それは僅かな時間、無理に運命を再起動するような無茶苦茶に違いなかったけれど。
絶望の坩堝で終焉に抗う戦士達にとって、その数十秒は宝石の輝きに尚勝る。
「メイは――メイはッ、明日を生きたいと願うものを護りたい。
ひとだけじゃなくて、この世界に住まう全ての存在の明日を、護りたい。
ねーさま。力を貸してください。精霊種の皆、応えて。メイの、最後の大仕事――」
「かーさんの悠久の教え……戦わねえ力!
全てを愛する力、オレの誇り、魅せてやる!」
振り返らず、想いの全ても振り切って、糧にして。
叫んだメイのその声は、彼女と共に気を吐いた牡丹の決意は迸る【想奏】それそのもの。
(いきものは、皆きっと、善悪や清濁併せ吞んで生きていく。
たとえ自身が果てても、他の誰かが想いを、祈りを継いで生きていく。
メイは、そんな世界が大好きだから、限界を超えても、頑張る)
メイは想う。罪は罪。罰は罰に。
人は善悪の彼岸全てを、七罪さえも呑み干して――『だからこそ』人で在り続ける!
「オレが想奏の眼になって世界の先まで見通してやる!
混沌だけじゃねえ。プーレルジールにも、その先にだって想いを繋いでやる!
そうだろ、二人のステラ! 領民達! ダチコー! 頼む、この声を広げてくれ!」
牡丹は叫ぶ。
「今を生きる者達だけじゃねえ、これまで生きた数多の霊魂!
見てるんだろ、マスティマ! てめえら魔種も他人事じゃねえ!
この世界、ぶっ壊したかったんだろ! 殴らせてやるからよ、理不尽な神様を!
運命の一手ならぬ――この、全拳で!」
彼女が望んだのは『混沌と繋がる奇跡』だった。
【想奏】は混沌中の可能性をかき集め、そこに住まう全てを束ねる願いの剣だ。
メイが、牡丹が力を重ね――
「私は相対するものを倒したいわけじゃない。
この世界を護りたいだけ。大好きだから――そこに生きる人も、自然の営みも、遺されていったものも。
魔種だってそうなんだよ。だから私は、『全て』を護るために、慈しむためにこの力を使うんだ!」
――アレクシアがそれを受け取る。
「さあ、大樹の精霊としての初仕事!」
アレクシアの精霊としての力が世界樹ファルカウを通じて『人ならぬ』自然にまで声を届けた。
(人も竜も精霊も魔も関係ない! この世界の生きとし生けるもの全てに伝える!
拙者だけでなく、今ここで未来の為に戦っている人達すべての声を!)
殆ど同時に喉も裂けよとルル家が力の限りに声を張った。
「世界中の皆さん! 聞こえますか! 拙者は特異運命座標、夢見ルル家です!」
――今拙者達は滅びを退ける為に戦っています!
声は一方通行だ。
――でも拙者達だけの力では足りません! 皆さんの力と想いをどうか貸して下さい!
そんな奇跡(どうり)はありはしない。
――どうかもうこの世界が、理不尽なルールに苦しめられないように!
全ての命が自分らしく生き、幸せを求められるように!
それでもどうしてか、どうしても。切なる願いはリレーしリフレインする。
メイ、牡丹、アレクシア、そしてルル家。
特別な奇跡を得た者もそうでない者も、しかして想いの切っ先は同じ方向を向いていた。
彼女等が作り出した願いの剣はまさしくただの一振りだった。
個人の力で叶わない奇跡の塊は、先に託し続ける事で少しずつその質量を増していく。
『幾つもの奇跡と運命が重なり、何一つ弾けぬままに大きな力の塊となっている』。
確証は無いが、恐らく『届いた』。
理屈は無いが、恐らく『集まっている』。
Pandora Party Projectはまさに今、個ではなく全の発現を信じていた!
「集めた想いは仲間に託すよ! リア君、後はお願いね!」
「ええ、ここに冥王公演を再演する!」
アレクシアと応じたリアの視線が絡み、
「……冥王ってちょっとアレか。父さんには悪いけど、何か代案ある? 母さん――」
「――兎に角! 絶望渦巻くこの地に、希望を芽吹かせてやりましょう!」
少しだけ冗句めいたリアにアレクシアが『仕上げ』を託した。
「偶像公演(アイドルリサイタル)とか?」
――あ、おかあさんもそれに賛成!
「ぶん殴るぞ、馬鹿野郎共」
閃いた青い剣の奇跡が立て続けに展開された影の槍を弾き散らした。
「私は貴方の足手まといになりたいわけじゃない」
大きくその身を翻したのは『蒼剣』レオンその人ではない。
「レオン君は過保護過ぎです。
精々付いて行きますので――今は前だけを見ていてください。
他は私が何とかしますから!」
面目躍如、有言実行。鍛えに鍛えたその技量でむしろ今、自分をフォローして見せた愛弟子(ドラマ)にレオンは小さく笑った。
「じゃあ、背中は任せても?」
「他に誰が――レオン君みたいなのについていけるんですか」
幾度目か知れない愛の告白(にくまれぐち)は確かに蒼の三刃のその輝きを鋭利に変えた。
「早く頼むぜ、リサイタル」
「ソロ・コンサートという事で!」
――きゃあ、最前列嬉しいわ!
「キレそう。後で覚えとけ!」
零したレオンと実母、それからおまけの相方に通り一遍の何時もの顔を見せてリアは真深い闇の王達を、影の主人を今まさにねめつけた。
「さぁ、『神曲』を奏でよう!
怒りも、悲しみも、苦痛も、喜びも、幸福も、安らぎも。
全て等しく彩って、輝ける未来を謳おう!
――響け! 幻奏のクオリア!
我等のイノリが、この終焉を捻じ伏せて、遠い天(そら)に届くまで!」
幾重にもレイズされた『重量級』の奇跡が影の城を、彼我の間合いを支配した。
束ねられた想いの力(こんとんすべて)を解き放たれ、『終焉』に『未来』を満たしていた。、
(未来があれば可能性が生まれる――可能性があれば、あたし達人間はどんな困難も乗り越える。
そうしたらここはきっと終焉ではなく、この世界の新しい始発点になるんだわ)
リアは微笑った。
「――後はお願いね、ルカさん!」
●インターミッションII
『全て』を失って、たった一つ。
空虚なその身に残された焦がすような想いはたった一つだけだった。
最早、希望は無い。
空の青を見ても、花の香りを嗅いでも同じ事。
天上の調べを聞いても、大好きだった紅茶を飲んでも同じ事。
唯一つ。
馬鹿馬鹿しい程に唯一つ。
一つのピースが足りないだけで女の世界には何の価値もありはしなかった。
――お黙りなさいな、この変態。
あの悪態が。
――不愉快極まります! 無能と呼ぶにも不足でなくて!?
単純で、理不尽なあの怒りが、罵声が。
――今日は機嫌が良いの。貴女にもご相伴させてあげます。咽び泣いて感謝しなさい。
気分屋の些細な気まぐれが。
――あ、やっぱり中止にします。え? どうして? 気持ちの悪い顔をするからです!
山の天気より変わり身の早い自分勝手な優しさが。
全は一。ただの一人が居ないだけで女の世界は灰色だった。
だからこそ、だからこそ。
彼女は傷付き、疲れ果てたその身を引きずって――石に齧りついてでも『それ』を果たさない訳にはいかないのだ。
恩讐の彼方、最早些事(ローレット)等眼中には無く。
最も情深い女は、何処までも執念深く、最も情深い女(どうるい)の隙だけを探していた。
●ラスト・ダンスVII
終焉を塗り替えようとした未来への咆哮が重圧となって二人を貫いた。
強烈な封印とも呼べるその圧力は驚愕の表情を浮かべたイノリの、そしてマリアベルの枷となる。
フリークライの最後の願いでイレギュラーズは一時の力を取り戻し、原罪と黒聖女は【想奏】の紡いだ願いに縛られている。
「……何度だって聞くよ。
世界の滅びを見届ける、それが本当に貴女のやりたかったことなの?」
同じく『聖女』と呼ばれた者として、相対するスティアは幾度と無く問わずにはいられない。
「貴女の本当に守りたかったもの、大切だったものを思い出して欲しい。
昔は違った筈だから。好きな人との時間が欲しかっただけでしょう?」
瞬いたスティアの光(こえ)を弱ったマリアベルの影(こえ)が追い払う。
「お節介だわ。まだ言うの」
「言うよ」と零したスティアはハッピーエンドを見つけたかった。
どれ程に罪深い世界だとしても、更なる罪を見逃していい理由にはならない。
だって、スティア・エイル・ヴァークライトは『天義の聖女』なのだから!
「――それでも、イノリだけはやらせな……っ!?」
持ち前の余裕も無く、表情を歪めて前に出たマリアベルを横合いから襲った影があった。
「『だけは』なら賛成してもいいけどね」
「……貴女、一体……!?」
『色欲』ルクレツィア麾下――いや、彼女を心から愛していた魔種アタナシアは煮え滾る程の怒りを堪え。
目前で囀る女への憎悪を強引なまでに押し込めて。
この時、自身の力が主人を害した黒聖女に届くだけの材料が揃う一瞬だけを待ち侘びていたのだ。
「……この、三下風情が……!」
肉薄したアタナシアにマリアベルが目を剥く。
永遠の棺を抱いたアタナシアは自分が削られる事には頓着していなかった。
【想奏】の封じに弱まった仇をここで仕留める事。彼女の先にはそれ以上の願いが無い。
だから、だからきっと。
「鬱陶しい!」
「――――」
刹那の攻防、それでも自分を刈り取らんと聖女の黒鎌が閃いた時。
「あなたにカッコよく死なれたら困るの」
そんな言葉と共に自分を庇った女を――マリカの顔を見た時。
「私を人生の汚点として生きて、そしてアメミットに心臓を貪り喰われろ」
そんな『あんまり』な悪態を耳にした時、アタナシアは素直に心の底から『感謝』した。
血の線を引いて倒れるマリカの首が繋がっていたのを見届けたアタナシアが「死ねば良かったのに」と本気とも逆とも取れない悪態を零した。
空間操作を得意とするマリアベルは咄嗟に逃れんとするも、
「馬鹿正直に。敵の得手を対策しないのなんて――あのお可愛らしいルクレツィア様だけだ」
マリアベルの強味は空間操作と自動障壁。前者は能力減衰を起こし、後者に何より効果的なのは『ゼロ距離』だ。
「『ざまあみろ』」
冷淡に言ったアタナシアは能力制限を受けたマリアベルよりも速い。
縺れ合った二人の影がそれ以上の動きを見せる前に、白色がマリアベルに食いついて二人の姿は何処とも知れない彼方へと消え去っていた。
「……マリアベル」
誰よりも早くアタナシアの『自爆』を理解したイノリが茫と呟く。
本来ならばアタナシア如きの力がマリアベルを害する等有り得ない。
これは全て――運命を捻じ曲げたイレギュラーズの戦いだった。
最後こそ、不倶戴天が取ったけれども――口では拒絶したマリアベルに微塵も気持ちが届かなかったとはイノリも含め誰一人もが思っていない。
「何処までも不甲斐ないな」
イノリは苦笑した。
「最後は、一人だ。最初からこうするべきだったかも知れない」
永久の氷の中に愛する人を眠らせて。彼女の微睡みの揺り篭を守り切れたなら、この結末だけは無かったのに。
「待たせたな、お義兄さん」
「……待った、そうか。確かに待ったな。随分と長い間を」
『ここまで』辿り着いたのは全ての仲間達のお陰である。
(思えば遠くまで来たもんだ)
砂漠の狂犬、ガンビーノ・ファミリーのお坊ちゃま。
些細な切っ掛けで外に出て、流れのままに世界の命運とやらに巻き込まれて。
(嗚呼――)
ルカは近くて遠い日を想う。
(――ざんげの、好きな女の笑顔が見たいだけだってのにな)
些細な願いの道行に随分と大きな壁を作ってくれたものである。
「だが、構わねえ」
【運命砕】は今日、結実する。
一人の力が小さくとも、皆の力ならば話は別だ。
事これに到り、不可能は無いとルカ・ガンビーノは確信する――まさに決着の時は今訪れようとしていた。
「――おおおおおおおおおおッ!」
動き出したルカを皮切りに猛攻が始まった。
「陰陽、廻りて世界を成す。
それが苦行の道であろうと。足掻き、学べば、より良い明日を創る礎には足ろう。
不幸が無くなる事は決して無いが、幸が無くなる事も決して無い。
私達が、足掻き続ける限り――世界はその足元にこそ在る」
得物を構えた汰磨羈が跳ぶ。
「間違ってくれるなよ、イノリ!
御主のその想いは、終わらせる事に使うべきではない。廻らせる為に使うべきだ。
刮目せよ。私達は、その為に――此処にいる!」
押し込んだのは汰磨羈だけでは無い。
「捨て石結構! 踏み台結構! かましちまえよ、色男!」
「俺の愛する女は物分かりがいいんでな」とクロバは笑う。
「覚悟しろよ、イノリ。俺たちは”イレギュラーズ”。
剣聖、錬金術師、死神――我が全てを賭して。あり得ざる可能性を切り拓く!」
クロバの猛攻にイノリの影がジジ、と揺らめく。
「ボクはこの世界の人達が大好き。皆に笑顔でいて欲しい。
そのためならボクは命だって賭けられる! これがボクの想い。ボクの正義だ!」
裂帛の気を吐いたセララにイノリが何とも表現の出来ない顔をした。
残された彼の片腕の抱くものは虚無。
既に大勢決し――いや、戦いの話ではない――マリアベル失く、覇気を失ったイノリはこの時思っていた。
『思い、疑ってしまっていた』。
――夢見話はあるのかも知れない――
絶対に攻略不可能だった影の城をここまで踏破し。
最強の魔種である自身を追い詰め、あのマリアベルの琴線さえも僅かに揺らし。
今尚、甘やかに世界を救うと、全てを救うと、妹(ざんげ)を解放するとそう言い切っている――
――可能性の獣とは、原罪を。或いは神の想定をも上回るものではないのだろうか、と。
「世界を救って皆でハッピーエンド! これがボク達の神託だ!
最終奥義――究極、ギガ……セララブレイクッ!!!」
虚無の濁流を凛然とした声が切り裂いた。
貫かれた衝撃に殺意が無い事を知った時、吹き飛ばされ背中から床に叩きつけられたイノリは息を大きく吐き出した。
それは――強烈なまでに『戦いが終わった』瞬間だった。
殺意に及ばず敵を倒す事が出来たとするならば、それは相手に『諦めさせた』瞬間に違いないから。
「……ボク達の、勝ちだ!」
セララの言葉にこの一瞬だけは先も忘れて――歓喜の声が広がった。
「私から逆に第三問なのですが」
肩で息をしたボロボロのヘイゼルが一歩踏み出して倒れたイノリに問い掛けた。
「誰の為でも無く世界を侵す事をどう思うのでせうか?」
「人間らしい、かな」
合点したヘイゼルは「実は同感なのです」と頷いた。
「影の御城のキングと云うのも実は余り似合ってはおりませんね。
今更の答えですけど。また付き合ってと云う話はこの様な処ではなく――もっと洒落た感じのカフェなどで御願いしますね。
『次の機会に』」
華やかに笑うヘイゼルに、イノリの全身から毒気が抜けた。
「うちのは皆いい女ばっかりで――ぐうの音も出ねぇだろ、お義兄さん」
「ああ、全く……」
ルカの気安い言葉に天井を見上げて呟く以外に無かった。
「……どうやら、完敗してしまったみたいだ」
※各地の激戦で空繰パンドラが48692消費されました。
尚、本シナリオはこれで完結ですが、本シナリオにかけられたプレイングをもとにTOP展開が生じます。
TOP展開では別のリザルトが生じる可能性がございますので予めご了承下さい。(キャラクターのステータス変更、状況変更等が生じ得ます)
※※TOP展開についてはこの後、順次更新されます。
こちらは物語の終局を司る部位となりまして、一連の状況の後、メインストーリーは終了となります。(つまり、結末までのプレイングは既に本章までに受け取っているという扱いになります)
上記は予定ですので、変更がある場合はプレイングを追加でかける可能性のあるプレイヤーに直接メールでお知らせいたします。
※※※大幅な遅延につき、大変ご迷惑をおかけいたしました事をお詫びいたします。
心身様々な問題を生じた為でありましたが、中途のアナウンス含め状況が困難でありまして、より具体的な事情の説明は非常に繊細かつ重篤な事項を含みます事から、差し控えさせて頂く事も合わせてお詫びいたします。
※※※※Pandora Party Projectは本シナリオの完結以降、相当期間はサイト機能を有したまま保持し、十分な期間を置いた上でその後動的動作を制限した上で閲覧用データとしてアーカイブされる予定です。アーカイブ移行の具体的スケジュールが決定次第、十分な周知期間とインターバルを置いた上で決定期日以降にアーカイブモードへと変更されます。
以上、宜しくお願いいたします。
成否
完全成功
GMコメント
YAMIDEITEIっす。
お待ちかね、ラリー決戦です。
プレイングには詳細なルールが決まっておりますので必ず守って記載するようにして下さい。
●依頼達成条件
・Case-Dの顕現阻止
※完全顕現した場合、混沌以下全ての世界が滅び、ゲームオーバーとなります。
●ワーム・ホール
『黒聖女』マリアベルの作り出した人類圏への侵攻路。
おかしな前例を作った華蓮ちゃんとドラマちゃんがいたせいで、パンドラの奇跡でとんでもない横紙破りを食らった結果、逆侵攻ルートにされました。
ここを通過するのにもパンドラを消耗します。
本シナリオはここを通過して『影の領域』に到着したシーン以降を描く事になります。
●影の領域
終焉(ラスト・ラスト)、人類未踏の魔種の勢力圏をそう称します。
薄暗く日の光が弱く、植生等の生態系も歪んでねじくれた『魔界』のような場所です。
混沌と地続きですが、まるで違う法則に支配されているようで此の世のものとは思えません。
また影の領域は原罪の呼び声のスープのようなもので、多くの人類に以下の影響を与えます。
・何時反転してもおかしくない
・イクリプス全身図の姿に変わり、戦闘力が強化される(姿はそのままでも可)
本来ならばここで戦う事は困難です。反転や狂化を免れる事は難しいのですが……
●空繰パンドラ
今回は皆さんの代わりにざんげが有する空繰パンドラが使い続ける事で致命的な悪影響を防いでいます。逆に言えば空繰パンドラは皆さんが共有する有限のリソース、即ちHPとなります。
空繰パンドラによる奇跡の支援は戦闘中別の事にも使われる場合がありますが、使用すればする程余力は小さくなる性質です。
ざんげに何をして欲しいと頼む余裕は無いので、ざんげがある程度自分で判断します。
しかしながら彼女は皆さんを見捨てたりはしないでしょう。(目的の為に小を殺すジャッジはあまり出来ません)
●影の城
イノリとマリアベルが存在し、Case-Dが顕現しようとしている決戦の場です。
西洋風の城で、魔種陣営の本拠地。3/18現在、一章では到達出来ません。
●敵
影の領域辺り一帯には膨大なまでの低級魔種、終焉獣、アポロトス、或いは何でもないなりそこないが跋扈しており、中心部である影の城に到達しようとするなら非常な困難が立ち塞がり続けるでしょう。
多くが雑兵ですが、強力な個体もちらほらといます。
特に以下の個体はかなり強力な魔種で謂わば指揮官個体なので注意が必要です。
・ナルキス
スチールグラードはリッテラム攻略戦で登場した強力な魔種。
飄々としたタイプでかつて会敵したシラス君曰く「リッテラムでバルナバスの次に強い」とのこと。
何処にいるかは分かりません。
・『鎧の魔種』フロスベクト
スチールグラードはリッテラム攻略戦で登場した強力な魔種。
ワーム・ホールより攻め入った先で会敵する魔種軍勢を率いています。
・『悪魔の魔種』ラーングーヴァ
スチールグラードはリッテラム攻略戦で登場した強力な魔種。
同様に魔種軍勢を率いており、人類軍を挟み込むような形で猛撃します。
●友軍
オールスターです。
・ゼシュテル鉄帝国の正規軍
指揮官のザーバ・ザンザは全軍の統括も兼任します。
世界最強の軍隊に相応しい精強な軍勢です。
・聖教国ネメシスの聖騎士団
聖騎士団長レオパル・ド・ティゲールに率いられた部隊。
攻防一体で回復支援も可能な前衛主体。継続戦闘ならおまかせあれ。
・幻想精鋭部隊
ザーズウォルカとイヴェットに率いられた例外的に有能な連中です。
幻想には大変珍しく戦えるものが揃っており、ヨハンセン・ヴェイルシュナイダーという騎士の顔もあります。
・赤犬の群
ディルク・レイス・エッフェンベルグ率いる傭兵団。
クライアント(かれんちゃん)がこっちにいる以上、面を出すのは当然の事!
・深緑の癒し手達
幻想種の中でも勇気のある者、支援の得意な者達が有志で集まりました。
彼等の多くは誰かと争う事を嫌いますが、今回ばかりは戦って勝ち取る覚悟を決めたようです。
イレギュラーズを除く全軍の士気はザーバ・ザンザ将軍がとり、レオパル・ド・ティゲールが補佐します。
部隊以外の個人についても腕自慢の連中もきっと許される範囲で参戦している事でしょう!
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
今回のシナリオに関しては普段に比べ死亡率が高いです。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はEです。
無いよりはマシな情報です。グッドラック。
●重要な備考
他シナリオとの時系列関係はラリーである以上、どうしようもないので考慮しない方向となります。
選択肢の中から自分の行動に近いものを選択してプレイングをかけて下さい。
又、オープニングには特に記載されていない人間が参戦している場合もあります。
プレイングをかければ登場するかもしれません(しない場合もあります)
本シナリオは返却時等に空繰パンドラの総合値が減少し続けます。
空繰パンドラの残量が0になった場合、事実上の敗戦が濃厚になる可能性があります。
空繰パンドラの減少は本シナリオ以外のシナリオ結果にも左右されます。
尚、一章時点で影の城に到着する事はありません。
但し、選んだ選択肢によってその後のシナリオでの状況が変化する場合があります。
さあ、正念場です。
難易度? 知らない子だなあ。
た、戦うぞ。宜しくお願いいたします!
任務方針
イレギュラーズは独自判断を許されており、任意の形での作戦参加が可能です。
この作戦における自分の動き方の方針を以下の選択肢1~3の中から選択して下さい。
【1】ラスト・ウォー
大海嘯の余波でほんの少しだけ押し返しましたが、非常に劣勢です。
魔種の軍勢は指揮官個体以外は復活し続ける為、支える側の余力は限界に近付いています。
しかし、この敵の軍勢を最後の瞬間まで食い止める事は混沌存続の絶対条件なのです。
【2】ジェネラル・ナルキス
世界の破滅を目の前にしても魔種ナルキスは気負っていません。
バルナバス麾下最強の男は、目の前の敵と最高の闘争をする事を最大の目的としたからです。
彼はイノリに然して忠実ではありませんが、貴方達が彼を倒せなければ神託阻止は恐らく失敗するでしょう。
【3】キング&クイーン
影の城でイノリとマリアベルを倒し、混沌を救います。
神託の成就は目の前と思われます。魔王座(Case-D)が顕現した場合、その瞬間にゲームオーバーになります。
イノリとマリアベルを倒しても止まる保証はありませんが、その意志を挫かずして神託を阻止する事は不可能でしょう。
【4】
【5】
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