PandoraPartyProject

ギルドスレッド

足女の居る宿

銀砂通り・喫茶店

かつて銀の取引でにぎわっていた通りの一角。古本屋と軽食屋が並ぶ中にその店はあった。
扉は飴色のニスでつやつやして、はめ込まれた色ガラスの向こうでは気難しそうなマスターがグラスを磨いている。
扉を開ければ染みついたコーヒーの香りが出迎えるだろう。

しかし、この店の名物はコーヒーではない。
マスターが気難しく、偏屈であるがゆえに極めた製菓技術、その粋、「完全(パルフェ)」の名を冠する甘味こそ、訪れる客の大半が求める品である。

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……そ、そんなに美味しそうに。

(年頃の少女らしい仕草に暫し目を奪われ、思わずどぎまぎしてしまう。)

では、その、頂こう。

(背中を丸め、おずおずとフォークを伸ばす。こちらは成熟した肉体に似合わぬ仕草。
仮面の下は混乱していた。目の前のパフェも、礼拝も、どれも素晴らしく、捨て難く、この上ない。仮面の有り難みを感じながらフォークを沈め、クリームと果実を絡めて口に運ぶ。)

……ん、んん……!
これは……その、ああ。素晴らしいな……!

(味を、食感を形容したいが語彙が追いつかない。目が回りそうだ。能書きを垂れる余裕もない。
ただただ、幸せな混乱。それをこちらのグラスを差し出すことで誤魔化した。)

れ、礼拝殿も食べるといい!
はいっ!

(おいしい、という言葉をジョセフから引き出して弾んだ声を上げた。
職人が作り上げたパフェの手柄なのにまるで自分の手柄のように感じて笑みが一層強くなる。

声から、動作から、ジョセフの戸惑いは感じていたが、恐怖や怒りの気配はない。
それならば、もっともっと喜びを共有する事に注力してもよいと判断した)

まぁ、よろしいのですか?
私、桃も好物ですけれどイチゴも好きなのです。

(差し出されたイチゴパフェにフォークを差し向けると、少し迷ってから珍しい白いイチゴとクリームを攫い、一口。

珍しい一品の味を確かめるようにゆっくりと咀嚼する。
一見未熟な果実のようにも見えるそれは十分に熟した果実と同じく柔らかく――甘い。
イチゴは案外糖度が低い。それ故に甘い物の中であれば酸味が尖る事が多いが、これは違う。桃を食べた時にも感じたが、果実の選別からして店主の拘りが感じられ、嬉しくなる。
きっとこの先もおいしいが詰まっているにちがいない)

ふふっ。

(しらず笑い声が零れる。
ジョセフを見つめる瞳も、パフェを見つめる瞳も同じくらいに甘い)
ふ、ふふふふ。

(つられて笑う。緊張がほぐれると共に丸まっていた背中も伸びていく。
そう、緊張していたのだ。礼拝の顔を見ていると、唾液がいつもより多く分泌されていくのに何故だか喉が渇く。呼吸が深く遅くなっていくのに心臓の鼓動の間隔が短くなる。これはきっと、緊張していたのだ。)

すばらしいな。クリームはきめ細やかで、口の中でするりと溶けて、あと味はまろやかで。
そして果実のなんとみずみずしいことか!

(甘味を補給したおかげだろうか、強ばっていた口が、舌が回転を取り戻す。)

桃も、苺も好きか。そうか、そうか。
私は大体のものは何でも食べる。何でも好きだ。……と思っていたが、これはある意味無関心の現れだったのかもな。君のそんな、心底幸福そうな顔を見ているとそう思う。

(仮面越しに見つめ返す。視線をやさしく絡めるように。)
まぁ、そんな顔していたのですか?
ふふふ、でも本当に今幸せです。私がおいしいと思った物をジョセフ様も一緒においしいと言ってくれるなんて。

(仮面越しに感じる視線を柔らかく受け止めて笑みを深めた。
頬に僅かに朱が射して、目尻が蕩ける。
見つめ合っている、という感触がくすぐったくてたまらない)

私、あまり多くものを食べなくてもいいように、食べられない様に設計されていますの。
ですから、出来るだけ味わってゆっくり食べるようにしているのです。
きっと、このパフェも全部食べ切る前にお腹いっぱいになってしまいますけれど……でも、美味しい物を食べるのは幸せで、後からでもそれを思い出せるように。

(そこまで言って、寄せられていたイチゴのパフェをジョセフの方へと戻す。
どうぞ、と小さく頷いて)

でも、今思いました。
おいしそうに召し上がっている姿を見るのも、また幸せなのですね。
何かを共有できるというのは、こう、良いものだな。なんだかこそばゆくもあるが。

(頷きと共にこちらも桃のパフェを押して戻す。
そして、礼拝の言葉に仮面を傾げる。設計。そうか、いつの間にやらすっかり認識の外に押し出されていたらしい。目の前にいる少女の成り立ちを。)

そう、そうか。そういうことだったのか。
しかし……

(何故そんな制限を、と言いかけて止めた。ほんの少しでも頭を回せば想像がつくことだ。しかし、したくなかった。礼拝を目的のために最適化された道具であると理解してしまうからだ。
すくい取ったクリームを口に含んで思考を流す。)

うん、うまい。
そうだな、味わおう。ああ、君の幸せに僕が含まれるなんて、光栄だよ。
……私も少しだけ、恥ずかしいです。心の中を知られているみたい。
でも、私を知っていただけるのは、共通の認識を持てるのはそれ以上に嬉しい。

(戻されたパフェの桃を攫ってもう一口食べる。
やはりおいしい。しかし、少しだけ甘く感じるのは最初の時よりも高揚しているからだろうか。
首をかしげる様子にも、愛しいものがこみあげてくる。
人形である、作り物であるという劣等感など沁入:礼拝の中には存在しない。
故に、「自らをまるで対等の様に思ってくれていた」という事実だけを享受するのだ)

ふふふっ。
制限はあっても、ものを食べられる仕組みがあってよかった。
ねぇ、ジョセフ様。
ジョセフ様もお好きな食べ物……なんでも好きと仰ったけれど、特に好きなものがあったらおしえてくださいましね。
私も君のことを知れてうれしい。しかし、そう、そうだな。私ばかり知るのは公平ではないな。

(二度三度、果実をクリームをすくって口に運ぶ。礼拝とは対照的に、ジョセフがスプーンを進める手は早い。咀嚼、嚥下しながら思考を回す。さて、今自分が礼拝にもたらせるものはなんだろう。礼拝には誠実でありたかった。しかし、この質問は少し困った。ジョセフはあらゆる面において、情報・経験の蓄積が乏しかった。)

なんとも、悩ましい質問だ。本当に、本当に悩ましい。

(まず、浮かんだのはグラオ・コローネのホットチョコレートの甘い香り。次に、川魚の香ばしい香り。そして、黒く、脈打つ……)

肉、かな。……いや、違うな。あれだよ、なんと言ったらよいのか……ええと、ホルモン?
その、食用になる内臓をそう呼ぶのだろう?確か。
(礼拝のグラスにはまだ上層部の果実が残っていたが食べきってしまえば下層部の味わいを知ることなくお腹いっぱいになってしまう事は容易に想像できた。
もうそろそろ下に食べ進んでみようかな。
そんな幸せな悩みごとを抱えながらジョセフの言葉を待って)

……ホルモン?

(馴染みのない言葉であったがどういう物なのかは知っていた。
内臓肉とは一般的に精力が付くものであり、ロースやモモといった肉に比べて安価で取引されている。
ジョセフの体格をみれば大柄で、筋肉質で、この体を維持するためにはちょうどいい食材の様に思える)

牛や豚の腸や胃袋などの事でしたっけ。
煮込んだり、味付けをして焼いたりして食べると聞いたことがあります。
うん。滋養があって、食感も面白い。驚くほどバリエーションが豊かなのだよ。確かな歯ごたえがある部位があると思えば、ふわついてとろりととろける部位もあり……。

(ジョセフのスプーンは着実にパフェを解体し、掘り進めていく。赤いソースにたどり着き、その甘酸っぱさに目を細めながら礼拝の手元と口元にさりげなく目を配る。今は大丈夫だろうか、いつか助け船を出すべきかと考えながら、並行的にあの鮮やかな色彩を思い浮かべる。)

特に僕が好きなのは腸や胃のような消化器ではなく、心臓かな。
(そろそろ下層を掘り進めていくことにする。
淡く黄みがかった桃とヨーグルトのソルベや、上部の桃と違って硬く身の締まった酸味の強い桃をダイスカットしたもの、冷えた口を癒すためのコーンフレーク。
複雑に織り成す触感と味わいの多重奏はけっして食べるものを飽きさせるようなものではないのだが、掘り進めるにつれて露骨に食べる速度が遅くなっていく。
半分、それよりすこし多いか。
そのあたりが礼拝の胃袋の限界らしい)

心臓、ですか。
体の中心にある器官ですし、なにより休みなく働く部位ですもの、特別な滋養がありそうですね。

(そこまで言ってからふと思い出す)

そういえば、グラオ・クローネに下さったチョコレートも心臓でしたね。
ふふふ、よほどお好きなのですね。あんなに大きな心臓を模したチョコレートを作るだなんて。
や、いや、いやあ……!

(つつくスプーンの動きが目に見えて忙しなくなる。空いた左手が仮面を落ち着きなく撫でる。そうして、混ざり合う白と赤を見つめながらたどたどしく語り出した。)

そう、そうだなあ、うん。休みなく動く。最も活力に満ちた部位だ。生命力の根源。尽きない鼓動。うん。すき、なんだ。ふ、ふふふ、ふひっ。
……だから、ええと。すきな君により良いものを贈りたくて、僕のすきな、大切なものを象ったもを贈ろうかと……思ったんだ。うん。

(肩をすくめて仮面の下ではにかみ笑い、視線を礼拝に戻す。そこで気がついた。礼拝の手の、口の動きの変化に。
気恥ずかしい思いを払拭するために、ジョセフは傷だらけの指を伸ばしてグラスを示した。)

大丈夫かい。助けは必要かな?
ジョセフ様の、大切なものを、私に?

(ジョセフの様子に少しばかり首を傾げた。
これは「好きな食べ物」を語っているのだろうか。
先ほど、「なんでも食べる、何でも好きは無関心の現れだったのかもしれない」と告げたにしては、余りにも「執着」が過ぎる気がする。
味や触感についての感想が出てこない事もおかしい。

そこまで思考を回転させて――しかし、答えにはたどり着かない。
心臓が好き、心臓に執着しているのが真だとして、心臓を食べることが好きが偽たというのも会話の流れから少しおかしい。
食べる事もするということか、しかし、一体、何がどうなって?
それに、大切なものを模ったなんて、食べ物として認識している物に使う言葉ではない。

「心臓を食らうなんて、死そのものだ。そんなことをされて生きていられる生き物なんていない」)

あっ……。

(ジョセフに言われて自分の手が止まっていることに気付いた。
まだ食べたいという気持ちもあるが……もう入らないという気持ちが強い。
そっとまだ半分ほど残ったパフェをジョセフの方へと寄せて)

ごめんなさい、とてもおいしいのですけれど、やっぱり私が食べきるには多すぎるようです。
ん、そうか……。

(単純に、残念だと思った。このような制限が無ければ礼拝も心置きなく愉しむことができるのに、と。そしてなにより、幸福そうな礼拝のほほえみをこれ以上見られないのは。)

では、喜んでお手伝いさせて頂こう。
十分味わえたかな?

(しかし、にっこり笑って礼拝のパフェに手を伸ばす。ジョセフのグラスは底の方に溶けたアイスと苺のソースが残るのみ。ひとすくいで片づけたら、すぐに礼拝のパフェに手をつけ始めるだろう。)

……それでええと、その、僕は経験の傾向が偏りがちで、蓄積の総量も十分でない。
あれは精一杯考えてみた結果だったんだが、どう、だったかな。
はい。それはもう。
このお店、ずっと憧れだったのですが、一人じゃ来る自信が無くて。
でも、ジョセフ様と一緒に来れた事、一緒に味わえたことで夢が一つ叶いました。
……いいえ、それ以上。
共通の喜びを味わえるだなんて。

(仮面の奥で笑顔の気配を感じて少し硬くなっていた表情を緩ませる。
以前は分からない、読みにくいと感じていたがジョセフは案外素直に声や動作に感情が出る。
顔が見えなくとも、その奥ではしかと微笑んでいるだろう。そう信じた)

そんなこと仰ったら、私も似たような物ではないですか。
私はジョセフ様が他愛ない問いなのに好きの理由をいっぱい考えて下さって嬉しい。
それだけしかないのです。
……ああ、でも。

(聞くか?と一瞬悩んだ。
幸せな気分に包まれている筈なのに腹の底からぞわぞわとしたものがこみあげてくる)

……心臓を、ジョセフ様は、本当にただただ食べ物としてお好きなのですか?
私はこのような所、君に誘われなければ終ぞ訪れることはなかっただろう。
新しい経験を積めた。その上、君の夢と喜びの一助となれるとは……ふふ、そういえば言っていなかったな。誘ってくれて、ありがとう。

(そう言って頭を軽く下げながら、ジョセフは思った。礼拝の姿勢は素晴らしい。己の境遇を恨むでもなく、こうして柔らかく笑んで日常の喜びを受け入れ楽しんでいる。ジョセフが礼拝を慕う大きな理由のひとつだ。

そんな礼拝に対しては出来る限り誠実に、そして正直でいたいと思っていたから。
そして、ジョセフの体格にふさわしい胃袋もそろそろ心地よい満足感に満たされて気持ちが緩んでいたから。)

ああ……いや。ただただ食べ物として、というのは違うな。
心臓はな、我が友がくれた素晴らしい贈り物の一つなのだよ。

(正直に、深く考えることもなく、こうして答えたのだった。)
はい。こちらこそ。一緒に来てくださってありがとうございます。

(一点集中型の彼の事だ。確かにこの店に来ること……否、それ以前に目にも入らなかったかもしれない。
その上で、知る手助けをする。
見たこともないものを触れ、体験した事のないものを体験する。
世界を広げる事だけが、ジョセフ・ハイマンに捧げようと思った礼拝の信義だ。)

……はい?

(しかし、次なる言葉には思わず固まった。
固まらずに居られるだろうか。普通、心臓はあたえるものではない。
いや、しかし、あの異形であるのなら、あの人間を冒涜したような存在であるのならば)

……オラボナ様、が、心臓を。

(いや、驚くべきことは様々にあるが、口から洩れたのは)

……あの方、心臓あったのですね。
(桃の最後のカットを咀嚼し、舌に優しく纏わるような甘さを楽しんで……そして、少し堅くなったような礼拝の表情と仕草を不思議に思いながら嚥下した。)

うん。ひととおり揃っているよ。何せ、彼女は『人間』だからな。
でも、歯はない。一本もない。残念なことだ。不便だろうに。実際、よく詰まらせるようだ。

(スプーンがくるりと底をさらう。果汁やクリーム、ソースの混合物がかき集められてゆく。そうしながらなお語る。その口調は徐々にうっとりととろけるように。)

僕は、まさか貰えるとは思っていなかったんだ。核となる部分を、ただ消費させるだけでなく……。ああ、再生する肉壁だ。一つや二つ与えても構わないののだろうと思った。だが、違った。いくら再生しようとも、あれは僕の為だけにと……。
(微笑みが、じわりと固くなる。
先ほどの驚きに固まるのとは別に、甘く輝いていた胸の内に一筋インクを垂らされるような感覚。)

……そう、ですか。

(微笑んだまま思考が止まる。
思考が理論が真っ白に溶けて、それで――。

見せつけられたような気がする、ジョセフと自分自身との遥かな断絶を。
一番に思ったのはそれだった。
心臓の裏側から我儘な自分自身が爪を立てる。
怒りと屈辱のままに己の心臓を抉り出し叩きつけてやろうかと思った。

次に思ったのは、それをどうしても乗り越えることが出来ないという確信だ。
オラボナ=ヒールド=テゴスはジョセフ・ハイマンの欲望を解放した。
沁入:礼拝はどうした。
何も実績がない。ただただ自己満足にジョセフを連れ歩くだけでなにも。

三つめは出てくる前に飲んだ。

楽しい時間を続けなくてはならない。)

だから、ジョセフ様にとっては心臓は大事なもの、ですのね。
親愛なる方からもらった特別の証ですもの、大切に思うのは当然の事ですわ。
……私が言うのもなんですけれど、あの方は方々に親密な方がいらっしゃるけれど――きっとそこまで気にかけていらっしゃるのはジョセフ様だけ。
そのように思います。
(仮面越しの眼差しは固くなった微笑みをあっさりと見逃した。半ば夢見心地と言っても良い。ジョセフは未経験の快感に酔っていた。)

……そう、そうか。僕は我が友の『特別』になれたのだな。ああ、なんて。なんて素晴らしい。

(そっと置かれたスプーンが小さく音を立てる。そして緩みきった頬を僅かに引き締めて、ジョセフは軽く身を乗り出した。)

礼拝殿、覚えているか。僕らが初めてあの宿で会談した時の事を。
あの時、僕が言葉に出来ず、自覚も出来ていなかった欲求を君は言い当てた。そして多くを語り、多くを教え……

(不自然に言葉が途切れる。ジョセフの脳裏に浮かんだのはあの夜の接触。今でも礼拝の体重を、体温を、感触を憶えている。そこから彼女が耐えうるであろう苦痛や負荷を導き出したことも、予想外の接触で大きく精神を乱されたことも。
赤らんだ頬を隠すように再び仮面が閉じられる。)

……その、ええと、兎に角。僕は君に深く感謝をしているんだ。物語を紡ぐ筆は幾本もある。しかし、僕はその中でも特別になれた。それは君の、貴女のおかげだから。
それで……その、心臓を。僕にとっての大事なものを貴女に。
(向けられる言葉をしみこませるためにゆっくりと目を閉じた。
そうだ、あの時、礼拝は欲望の開放はジョセフの鎮痛の手段になり得ないと断じた。
その代わりに選んだのは、ジョセフという人間の幹を大きく育てる事。
たくさんの未知を経験させ、己の望みを選び取る力を身に着けさせること。
それはきっとオラボナ=ヒールド=テゴスには出来ぬ事、もしかしたら実を付けない努力かもしれないが……ここで勝負すると決めたのだ)

ジョセフ様が、私の言葉で何かを知り得たというならそれに勝るものはありません。
……人はつながりによって、誰かの「特別」になる事によって自分という存在の輪郭を確信するものでございます。
多くを語り合い、多くを教えられたのは私も同じこと。

(ゆっくりと目を開けて、微笑む。
それはあの夜見せた、経過年数にそぐわぬ覚悟のこもった眼差しに似ているかもしれない)

貴方の大切なものを頂けた私もまた、知り得ないものを知ることが出来ました。
慰めと沈痛こそが私の在り方で喜び。
でも、ええ、人が育つという事がこんなにも嬉しいなんて。

(そこまで言って、テーブルの上に両手を出して)

ジョセフ様、手を出していただけますか?
僕が教えた?それは……いや、貴女が言うならそうなのだろう。しかし、与えられたものには遠く及ばないよ。

(ゆるくかぶりを振ってから、数度目を瞬かせて仮面を傾ける。礼拝の意図を読みかねている。
そして今度は先程までとはうってかわって、鏡のような瞳を真っ直ぐに覗き込む。その真意を確かめるように。)

……ああ、わかった。

(しかし、ジョセフはすぐにそれを諦め、礼拝に素直に従った。何を疑う必要があるのかと。彼はそれ程までに礼拝を信用していた。盲目的、狂信的と言っても良いだろう。消して切り離せない危うく不安定な一側面。
ジョセフは傷だらけの手をテーブルの上に持ち上げて、少し悩んだ後、手のひらを上に向けて差し出した。)

こう……かな?
(礼拝の瞳は穏やかな夜の闇の様に静謐で揺るがない。
首をかしげる様子が微笑ましいのか僅かに細待った位だ。

テーブルの上にジョセフの手が差し出されると、己の手をそうっと触れさせた。)

ジョセフ様の手は硬いですね。色も私よりもずっと濃い。
傷だらけなのもそうですけれど、きっといろんな経験をなさった手なのでしょう。
辛い事も、苦しい事もいっぱい。でもきっと、どこかに喜びもあった。

(そこで言葉を区切り、ジョセフの手を包み込むように己の手を添わせる。
自分の手の方がずっと小さいので当然包み込むことなどできない。しかし、大切なものを愛でるように手のひら全体を使って優しく擦る)

……私の手は、わかりますか?
皮が柔らかくって、薄くて、まだまだなにもおぼえてない手。
ええ、ええ、機能としてなら生まれつきの技術があります。けれど、私と言う器が経験したことは極僅か。
――沁入:礼拝という作品ではなく、私個人の経験は、貴方によって作られていると言っても過言ではないのですよ。
(恥じ入るかのように、太い指が僅かに縮こまる。
この手が経た経験は極めて偏っている。恐れられ時には唾棄される執行の数々。ジョセフは普段それを誇りに思うが、礼拝の前では少し違った。礼拝と共に積んだ経験がそうさせるのだろうか。)

うん……うん。そうだな。確かに、私の経験は苦痛と愉悦……悦びに満ちていた。

(この傷痕の数々の多くは自ら付けたものだと告げようかと迷う。
普段ならば深く思考せず思い浮かんだまま告げただろう。しかし今回はそうしなかった。触れる礼拝の手の温もりのせいだろうか。)

……礼拝殿の手は、脆く、儚いな。ここまで頼りない手は初めてだ。
しかし、美しい。皮膚越しに、張り巡らされた血管が、柔らかな肉が、しなやかな筋の、計算され尽くされた妙なる配置がよく分かる。

(無意識のリミッター。嗜虐的な妄想は浮かばなかった。異常事態に脳味噌が軋むようだ。だが、それにすら気が付けない程に。)

僕が君を作った。それは……それは……素晴らしい、のだろうか。
これは、僕にはよく分からない。だって僕は……

(壊すことしか知らない。
言いかけて飲み込んだ。)
(消え切らぬ傷跡に、皮膚の厚みにただただ積み重ねてきた日々を思った。
傷跡が自傷であれ、他傷であれ些細な事だ。そこに自分の関知できぬ出来事があった。自分との間にある歳月の差、それこそが重要で埋めがたい物。
礼拝は絶対的に「経験」というものが少ない。ベースとなった女の心が本能的に「なすべき事」を嗅ぎ分けるが、どうしても軽く浅い。)

素晴らしいのかはわかりません。わたしもまた、どうなってしまうのか分からないのです。
でも、とても楽しい。

(軽くジョセフの手を握る。くろがねの仮面の奥の瞳を見通す様に目を細め、覗き込む)

わかりますか?
街を歩く時に気になるお店を見つけて「ジョセフ様を誘って行ってみよう」と考える瞬間、沢山のしあわせな出来事を想像して勝手に楽しくなってしまうのです。
いいえ、いいえ、朝起きて、いいお天気だっただけで、同じ清々しい空気を共有している気分になって舞い上がってしまう。

貴方の存在が、私を自動的に幸せな気分にさせてくれるのです。
ん、んん……。

(仮面から狼狽えと戸惑いの呻き声が漏れる。
目を逸らしたくなる程の真っ直ぐな好意を向けられて居る。ジョセフの瞳は細められた黒い目に釘付けになって動かせない。

ジョセフは焦っていた。これは知らない。今まで積み上げた経験が一切通用しない事態だ。
外界から遮断し、彼を守る仮面は最早礼拝の前では意味を成さない。それでもあの冷たいくろがねに触れたかった。しかし、傷だらけの手は礼拝の手の内にある。)

わかる……かもしれない。
僕も、街を歩いていると思うんだ。これを礼拝殿に見せたらどんな顔をするだろう。あれは気に入ってくれるだろうか。……と。
そうだ。共有したいんだ。見るもの、触れるものを。この喜びも君が教えてくれたことだな。

(不安な気持ちを誤魔化すように、仮面の代わりに礼拝の手を握る。最新の注意を払いつつ、しかしどこか甘えるように力を込めて。)

う、嬉しいよ。とても。そして幸せだ。
でも、なんだか……ええと、照れてしまうな。
わたしはしっています。
「幸せ」がどんなものか。「分かち合う」事がどんなに尊い事か。

(こちらの手を握る手のひらに、もっと深く、指先を絡める事で応じようとするだろう。)

でも、私は経験したことが無かったのです。
貴方に教えるつもりでいたのに、私は貴方を通して教わっていたのです。
心の中に、貴方と言う存在が芽生える事でこの視界を知ることが出来た……。
ええ、ええ、なんだかとっても恥ずかしくって、くすぐったい。

(礼拝はジョセフの不安を取り除くように繰り返し柔らかく手を握り返す。
今は歪んで偏っていても、ジョセフの愛の形とは遠く離れた事象であっても、幸せを感じる出来事は多くあっていい。これはそれの第一歩だ。一つずつ学ばねばならない。お互いに)

ねぇ、ジョセフ様。
今度はジョセフ様がなったお店に私を連れて行ってはくれませんか?
(ジョセフはこそばゆそうに肩をすくめた。それは絡む指のせいか、慣れない穏やかなやり取りのせいか、あるいはその両方か。)

うん。でも、僕は君のように上手く……いや、いや、それを学ぶのも経験か。共有か。
わかった。僕には僕の視界がある。それを君に見せよう。晒そう。もしかしたら、今日のようにうまくはいかないかもしれない。それでも、出来る限り君も楽しむ事が出来るように。

(手を握り合ったまま、ジョセフはゆっくりと迫るように礼拝の方へ上体を傾けた。鏡のような瞳がよりよく見えるように、くろがねの仮面越しの顔を礼拝に近づける。
ジョセフは礼拝を己のやり方で愛したいと思っている。だが駄目だ。そしてなぜ駄目なのかを彼はたった今理解した。それでは一方的だ。共有とは程遠い、と。
礼拝を見つめねばならない。その先により良い「愛」がある。)

私は……これでも工芸や細工に興味がある。それでね、以前面白そうな店を見つけたんだよ。綺麗な石や、見事な金物……。
君が良ければ、是非そこへ。
(近づいたくろがねの仮面をじっと見つめる。緑色の瞳は見えない。
だが、隠されたその向こうにきっと自分と同じ表情があると信じた。
顔が緩む。甘いパフェを食べた時よりも更に甘く、蕩けるような瞳は幸福の中にある。)

ええ、もちろん。
美しいものは好ましいとおもいます。自然物も素敵ですけれど、細工物や工芸品の突き詰められた職人の技術というものにシンパシーを感じますの。
ジョセフ様が紹介してくださるお店、今から楽しみですわ。

ところでジョセフ様。
工芸に興味がある、ということはやっぱりその仮面は自作なさったのですか?
その様な形、口が開閉する機構も珍しいとずっと思って居ましたの。
(礼拝の緩んだ顔を、より柔らかな光を湛えた瞳を見て、すくめていた肩がほっと緩んだ。仮面の口元が解放されて笑みが晒される。)

ああ、よかった。
いや、きっと気に入ってくれるだろうと思っていたが、そうやって言ってもらえると嬉しいものだな。
うむ、僕も楽しみだ。君と一緒なら一層素晴らしい体験になるだろう。

(口角が更に上がる。白い歯がより一層晒される。この仮面はジョセフの自慢だ。己の精神を守るものだからこそ、数々の拘りを詰め込んだ。それを人に指摘されると誇らしくなる。しかも、相手が礼拝なら猶更だ。)

いいや。昔は自作していたが、これは職人に依頼し、相談を重ねて形になったものだ。
気になるなら、触ってみるかい?

ああ!
(解放された口元、そこから見える笑みにほうっと息を吐いた。
想像の中だけのジョセフの微笑みが現実のものとなって補強される。それは安らぎであり、強い信頼だ。予測を立て、行動し、その行動が正の成果をもたらした時、それは指針になる。)

まぁ、よろしいのですか?
ふふふ、少しだけ前の事を思い出しますね。
あの時はただ傷を撫でるので精一杯でしたけれど……。

(絡めていた指を解き、そうっとジョセフの仮面へと指先を伸ばす。
以前はくろがねの表面についた傷跡を撫で、過去に与えられた傷……肉体的なものも精神的なものも……に思いを馳せるばかりであったが)

ああ……ここに口部分が一部が収納されるのですね。
接合部は意外と動きやすく作ってある……。

(冷たい表面を撫でる手は、以前とは違い表面よりも内部の機構を探るように踊る。
溝に指先を添わせたり、軽く押したり、ささやかだがくすぐるように)
そうだ、あの時は……私から撫でろと言ったのだったな。今思うとあの一連の振る舞いは子供じみていて……ああ、恥ずかしい。
誰にも言わないでくれると、その、助かる。

(礼拝が触れやすいように僅かに身をかがめながら、手から離れた傷だらけの手を恥じらうようにぎゅうと握りしめた。)

……ん、そうだ、顎の筋肉の動きと連動し、スライドして、ここに収納される。
ああ、接合部の加工が厄介でね。何度作り直したか……。

(少し頬を赤らめたまま、礼拝の言葉と動きに合わせて解説をする。
礼拝が仮面に興味を持ってくれたことがなにより嬉しく、その声が子供のように弾むのを抑えきれない。仮面を探る手のひらの、指先の感覚も何とも言えず心地よい。仮面ではなくその内側、顔よりももっと深くを触られているような心地だった。)

君のように精密に計算されつくされた存在と比べれば玩具のようなものだけれど、僕には大切なものなんだ。
二人だけの秘密、ですね。
ふふふ、元より誰にも言うつもりはございません。私もあの時の事は何と傲慢で、恥ずかしかったことか……。

(あの暗がりで見た緑色の虹彩。ただの4音が心に与えた衝撃。それを思い出せば指先の動きが鈍る。どうしても頬が熱くなるのを抑えられないのだ。
恥じらいに目を逸らし、しかし、ややあって顔を戻して)

でも、とても大切な記憶です。大切だから、独り占めにしたいのです。

(くろがねの仮面は武骨で硬いように見えるが、その実、長時間身に着けるに足る柔軟性も兼ね備えているようだった。口元の開閉及び着脱も一人で行えるのに密閉性も確保されている。
解説を聞きながら、自分でも探るように指を添わせることで内部機構に関する理解を深める事で、感心したようにほうっと息をつき)

謙遜なさらないでください。ジョセフ様がこれにどれだけの拘りをもって作成されたか十分理解できます。
それに、身に着ける品と私では比べる事などできましょうか。
私はただ、オーダーメイドの品としての役割を十全に果たせている品に尊敬を抱くだけですわ。
(仮面の下で密かに息を呑む。礼拝が発した言葉はどれもジョセフには刺激的だった。アルコールのようにじわりと沁み入り、頭を曇らせ、臓物の底を熱くする。
二人だけ。独り占め。とくにこの二つはなんと甘美なのだろう。ああ、もっと知ってほしい。もっと知りたい。そんな欲求が沸き上がり、膨れ上がる。)

ああ、すまない。私……僕もこの仮面を誇りに思ってはいるんだ。そうとも。これは僕を守る砦であり、私を表す顔だ。
けれど、それ以上に君を尊敬している。それで……。

(衝動的に傷だらけの手が持ち上がる。仮面に触れる礼拝の小さな手に再び傷だらけの手を重ねようと。
しかし、それはあと少しのところでぴたりと止まった。)

僕も君に触れて良いだろうか。
(不意に息が止まった。思考の間隙。
そのまま触れてもよかったのに、どうして言葉に出されるとこんなにも胸が弾むのだろう。)

どうぞ。

(目を閉じて促し、差し出す。)
(仮面の下で口元が緩む。奔流のような欲求を御すことが出来たことへの安堵。そして、礼拝が己を受け入れたことへの喜び。)

すまない。つい……その、急に辛抱出来なくなって。

(ジョセフは礼拝の手を覆うように手のひらを重ねた。
その小ささを確かめるように撫でさすり、そして太い指が指の股に割り込ませる。彼が感じているのは彼女の肉、筋、そして骨。
計算され尽くされたその構造を改めて確かめたジョセフは小さく息を吐いた。一先ず、欲求を僅かでも満たすことが出来た。)

ありがとう、落ち着いたよ。
仮面をこうやって褒められて、触れられる事に慣れていないからか……。
いいえ。とんでもない。
私は触れられることを前提に設計されています。触れられる事こそ私の喜び。

(己の指の間に割り入れられる太くごつごつした指にじゃれるようにわざと挟んでみたり、くすぐるように動かした。
礼拝は触れたところで筋も骨の構造も分からない。だが、このように触れると、こすり合わせると不思議と幸福な心持ちになってくるのだ。その快感は礼拝の無意識に結びついて癖のようなものになっている)

ジョセフ様、私も貴方の仮面と同じように特殊な機構がありますの。
お返しになるかはわかりませんけれど、触れさせていただいたお礼に……触れてみます?
(一瞬、仮面の下で眉を潜めた。
礼拝の在り方を、構造を、成り立ちを理解していても。向けられる慈愛が『客』へ向けられるものではないと実感しても。それでも矢張り独占欲が生じてしまうのだ。
しかしそれは一瞬。ほんの一瞬の出来事だ。ジョセフの精神は直ぐに平穏を取り戻した。それまでの積み重ねと、じゃれつく指の接触、そして礼拝の提案のお陰だ。)

ほんとうか?
それはとても……魅力的な提案だ。ああ、是非とも!

(声の調子が上がる。まだ知らない部分があるのかと、好奇心が強くくすぐられた。)
あること自体はジョセフ様もご存知でしょうけれど。

(そういって自分の手に絡みついたジョセフの手を持って行くのは自分の首筋。
腰を浮かせてジョセフの方へと体を傾け、髪を持ち上げたその隙間から雪の結晶を模した刺青が見えるだろう。もはや誰も分かる者のいない礼拝を製造した会社「北神祭」のロゴである。
礼拝はゆっくりとそのロゴの上にジョセフの手を導こうとするだろう。
その皮下にあるのは小さく丸いダイヤル機構。回せばロゴの中心部からステンレスめいた質感の金属の突起物が出てくる。
それこそが礼拝の本当の「口」。栄養薬液の投入口である)

皮膚の下に突起があるのは分かりますか?
ここに私の本当の口があるのです。
本当の私はメーカーの製造する純正の栄養薬液が無ければこうして意識を保つこともままならない身。
今は口で物を食べることが出来ますけれど、以前はこの下にある器具を使って補給していましたのよ。
(指先に触れたのは懐かしい感触。そうだ。知っている。あの夜、あの宿で、ジョセフはここに触れた。礼拝が創造物であると改めて理解し、そんな礼拝を突き放そうとした。が、出来なかった。
今、ジョセフの精神は充実し平穏を保っている。そして、皮膚を、その下にある突起を撫でる指先は好奇心に支配されている。あの時とは何もかも異なっている。)

ああ、そうか。ここだったのか。
これが……口。糧を得て取り込む事に集中した器官としての口か。これはなんとも……興味深いな。そうか。それで君は小食なのだな。

(指先がくるりと皮膚の下にある突起の縁を撫でる。)
……ん。

(くるりと、突起の周りを感触に小さく声が漏れた。長らく人に触れられていなかった機構の少しばかりの異物感とむず痒いような感覚)

ええ、ええ、そこを回すと首に収納されています口が出てくるのです。
はい。本来は口での栄養補給は想定されていません。
しかし、混沌の力により口からも栄養補給が出来るようになったのです。……そうせねば、きっとこの世界に適合することができませんから。

(被造物であるという事は礼拝の誇りでもある。愛されるため、愛するためによりよく作られた機能。それに勝手に変更が加えられた事に対して不満がないわけではないが――ふっと力が抜けたように微笑み)

不便でもありますが、食の楽しみを知れたのは僥倖でした。
ふふ、これはジョセフ様と同じですね。
適合、か。
これも混沌肯定なのだろうか。身体の仕組みにすら介入するとは……なんとも、まあ。

(傲慢だ。と言いかけて止める。
礼拝の言葉のわずかな間、言外の意味をくみ取れるほどジョセフは利口ではなかった。ジョセフは未だ元居た『世界』を、『信仰』を完全に切り捨てきれてはいない。その証がくろがねの仮面だ。
無辜なる混沌は救うべき存在であり、深く繋がっていたものからジョセフを切り離した存在でもある。

だが、しかし。)

……そうだな。変化には不便がつきものだ。私にも……礼拝殿のような肉体的な変化ではないが、あった。
そう、同じだ。お揃いだな。うふふふ……。

(愛おしげに、手のひらで突起を温めるように優しく撫でた。)
きっとこの変化は受け入れていくしかないのでしょう。
何もかも想定外の事ばかりですけれど……まぁ。

(変化があった、と明確に口にした事に小さく目を見開いて驚いて、それからすぐに目を蕩けさせた。
手のひらの暖かさに身をゆだねる。顎の下を撫でられる猫のような仕草だ、快感に歓びに一旦すべての思考が閉ざされて)

ふふふ、ジョセフ様の変化は心の変化なのですね。
ええ、ええ、変化に不安や不便はつきものです。でも、それを知ってもらえれば、理解してもらえれば今この時のように楽しみが増える事も。

(礼拝はジョセフに食べられない分を片付けてもらうことで、憧れのパフェを食べるという楽しみを得た。
ジョセフに礼拝が出来る事とはなんだろう。それだけをいつも考えている。)

……ジョセフ様、手に触れても?

(そうしていると発作の様に愛おしさがこみ上げて、先ほどのジョセフを真似るように尋ねた)
(絶えず変化する礼拝の表情を観察しながら、ジョセフは幸福感に包まれていた。こうして己の一挙手一投足に繊細な反応を返してくれることが何よりも嬉しい。
感覚としては異端者に苦痛を齎し、それに対する反応を見ているときに近い。近いが、遠いものである。)

うん、そうだ。私の在り方が大きく揺るぐほどのものではないが。言葉にするのはこう、とても難しい……。難しいが、確かにあった。

(やや口調がたどたどしくなった。しかし。撫でる動きはゆっくりと滑らかに続いている。
手のひらに伝わる感触。いつまでも続けていたいと思うような心地よい接触。)

ああ、かまわないよ。

(新たな接触を断る理由などあるはずもない。)
では……。

(そうっと自らを触れる手のひらに己の手のひらを重ねる。
何度も探り、覚えた硬い皮膚、傷の位置、指の太さ。冷たい指先がそれらを確かめるように絡め、探り、互いの体温が馴染む頃にほうっと息を吐いた。
手を繋いだ時にそれがその人だと分かればそれは一種の愛である。
礼拝に体の内側の事は分からない。だから表面を何度も調べ、確認し、覚える。それが礼拝が内側を知る為の唯一の道だから。)

心の変化を言葉にするのはとても難しいものです。
心の奥から気持ちをくみ上げてそれを言葉に組み替えるなんて、どうやってできましょう。
私は貴方の変化を正しく知る術はなく、貴方も正しく伝えるすべはない……。
でも、私はジョセフ様の無明の恐れが晴れる事を願っておりますし、ジョセフ様もそこから逃れることを望んでおられる。
だから、私はただ祈るだけなのです。貴方の変化がより良い物でありますようにと。
祈る……。

(何にだろう、と先ず考えた。
ジョセフにとってまず神があり、祈りは神に捧げるものだ。神の存在は絶対であるが、神の恵みは絶対ではなく……

いや違う。そうではない。礼拝の言っていることはもっと単純、いや純粋なことだ。
仮面の内側に籠りかけた精神が再び外に向く。触れる小さな手が。その体温が、繊細な動きがジョセフの精神を引き上げたのだ。)

ありがとう。誰かのために祈りを捧げるのは尊いことだ。そしてなにより……僕ががうれしい。

また一緒に出掛けよう。さっき話した、僕が君を連れていきたい店に。きっとまたより良い成長、より良い変化がある。お互いに。
(目尻が下がる。ときめきに胸が高鳴る。この人はまた成長している。変化している。
心情の変化がどのようなものかは分からない。だが、こうして触れていればわかる、言葉を何度も交わしていれば感じ取れる。未来への不安に押しつぶされそうになっていたこの人は僅かながら希望を見出している)

はい!
もちろん、もちろんです。貴方に頂いた靴も履いていきますね。
私、ジョセフ様に誘って頂けるの楽しみにしておりますから。
ああ、あれを……。

(やや肩をすくめて、仮面の下で恥じ入るようにはにかみ笑う。
足は礼拝の肉体で最も美しい部位だ。そこに身に着ける装身具を贈るというのは中々勇気のいる行為であった。しかし同時に必ず似合うだろうという傲慢めいた確信もあったのだ。)

気に入ってもらえたかな?あれは……偶然見かけて衝動的に買ったんだ。君にきっと似合うと思って。
ああ、誘うよ。必ず誘う。きっと素晴らしい一日になる。約束するよ。
ふふふ、毎日眺めて過ごしておりますのよ。
一度部屋の中で履いただけで……外で履くのがもったいなくって履いておりませんの。

(最後の約束にはにっこりと微笑んで)

ええ、かならずですよ。ああ、今からその時が楽しみでなりません。

(そこでちらりと窓を見れば太陽の光が目を焼いた。随分と日が傾いてしまっている)

随分、話し込んでしまったみたいですね。
そろそろお暇しましょうか?
おや、それはいけない。靴は新たな景色へ運んでくれるものだ。
……ふふ、大切にしてくれているんだな。嬉しいよ!

(おどけたように笑いながら、カショと軽い音を立てて仮面の口元を解放する。覗いたのは白い歯。そういえば暫くこうして開くのを忘れていた。それだけ会話に夢中になっていたのだろう。)

ああ、行こうか。楽しかったよ。ありがとう。

(ジョセフは首筋から名残惜し気に手を離し、立ち上がる。
そして、礼拝に向けて手を差し出した。礼拝が拒まなければその手を握り歩みだすだろう。)
ふふふ、あの靴が最初に運んでくれる場所はジョセフ様が連れて行ってくれる場所になりそうですね。

(仮面が閉まっていても何となく表情を類推することが出来るようになってきた。
それでも確実に見える微笑みと言うものは嬉しくて微笑み)

ええ、こちらこそ。良い時間が過ごせました。

(名残惜しそうにそうっとジョセフの手から手を離し……そして差し出された手に目を丸くする。
一度、くろがねの仮面を見て、それから差し出された掌を見る。
顔ににじみ出る喜びを抑えることが出来ない。口元が震えて、頬が熱くなる。
そして俯き気味に小さくうなずくと傷だらけの手を取って歩き出した。共に)

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