PandoraPartyProject

ギルドスレッド

梔色特別編纂室

【1:1】ちいさな姫と、物言わぬものたちの話

宿屋街の一角。
ぽっかりと開けた小さな広場では、古びたガーゴイル像があたりを睥睨していた。

今はその隣に、蜜色の女がひとり。
苦虫を噛み潰したような顔をしている。

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(昼下がりというのは、みんな、おやつを食べたくなる時間なのだとか)
(どこで知識を仕入れたか、ともあれ、お姫様は定石どおりにココアをいただいて、お店から出ていったところでした。)
(小さな歩幅で、広場を横切ってゆこうとして)

あら。
ごきげんよう、カタリヤ。

(見上げた先に知った顔を見かけたので、いつものぎこちない所作で、挨拶をしてみせたのです。)
(声にはっと顔を上げて、)
あ、ああ……これはこれは、はぐるま姫じゃない。
(渋面は華麗にひっこめて、きりきりと挨拶する彼女に視線を合わせるように屈みこむ)
今日はこんなところをお散歩なの?
それとも、道にでも迷われたかしら?
ええ、さっき、あっちの方のお店でココアをいただいたものだから。
ついでに、あまり来た事のなかった方まで、お散歩に来てみたのよ。
やっぱり、自分の足と目で、たくさんのところを歩いて、見なければいけないもの。
(微笑み直す代わりに、お姫様は、小さく首を傾けてみせました。)
そういうカタリヤは、どうしたの。
なんだか、いつもとは違ったお顔をしていたみたい。
……あら、見られちゃってたの。
そう、私は……今、仕事中なんだけど。
ちょっと残念なことがあってね……
(苦笑いを浮かべて、屈んだまま周りを見回す。)
(宿は夜から賑わうもので、日中の人通りは然程多くない。広場を取り囲むのはたくさんの静かな暗い窓で、背後のガーゴイル像はそれを不機嫌そうに睨み付けている)

……ね、姫様。
(苦笑いから更に、にぃ、と唇を吊り上げて)
姫様の助けがあれば、とっても助かるのだけれど、私。
残念な、こと。それは大変だわ。
(ぱちくりと、アメジストの瞳が幾度か瞬きます。)
(あらゆる意味でまだ視野の狭い瞳は、笑顔の意味なんて、そうそう見分けられるものではなく)
わたしの、助け。
ええ。わたし、カタリヤが困っていたら力になるって、約束したもの。
わたしに出来ることなら、何でも手伝うわ。
ありがとう、姫様。
それでね?
(立ち上がって、像を見る。)
(台座の上に胡坐をかいてところどころ緑の錆の吹いたガーゴイルは、頭のてっぺんまで大体2メートルくらい。手の甲でこんこん、叩く)
彼に、聞きたいことがあるの。
話せるようにしてあげられるかしら?
あの子ね。わかったわ。

(かつ、かつ。石畳の上を数歩進んでから、なにかを掬いあげるように、両手をガーゴイルの像へむけてかざして)
(……瞬くほどの間。はぐるま姫の掌に、ぼんやりと光を放つ、歯車のようなものが見えたでしょうか)
(溶け行くように霧散したそれは、淡い光の粒子となって、錆に着飾られた大きな身体へと吸い込まれてゆきました。)

ごきげんよう。わたし、はぐるま姫よ。
ねえ、あなたに聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら。

(像はもちろん、他人から見れば、なあんの変哲もない作り物のままなのですけれど)
(はぐるま姫は屈託なく、「彼」に向かって話しかけておりました。)
(きりりと、曲げた首は改めてカタリヤの方へと向いて)

それで、カタリヤ。わたし、何を聞けばいいのかしら。
(歯車……いのちの歯車、と、呼んでいただろうか)
(光を注ぎ込まれたガーゴイルが動き出す、なんてものを想像していたけれど、広場は変わらず実に静かで――――失望と不安と疑念が湧き出したことは、否定しない)
……姫、今その……彼と、お話しているの?
ええと、では、そうね……
(咳払いの間に、質問を纏め上げる)
この広場の回りの宿屋で、今、ひとの出入りがあったところを教えて欲しいの。
男と女、二人が入って、すぐ、男の方が出てきた宿よ。
わかる?

(見えていたならば――――すぐそばの比較的小奇麗な宿が、それとわかるかも知れない)
ねえ、ガーゴイルさん。
この近くの宿屋で、ひとの出入りがあった場所を、教えてちょうだい。
ええ、男のひとと、女のひとが…………

(ほとんど言われたままの内容を、おうむ返しのように、お姫様はガーゴイルの像へと語りかけて)
(カクリ、カクリ。何度かの首肯を重ねると)

カタリヤ、カタリヤ。
ほら、あそこの、鳥の絵が看板に描かれた、綺麗な建物。
この何時間かで、カタリヤの言うようなひとが出入りしたのは、あそこだけだそうよ。
(示された看板を弾かれたように見て)
ありがとう、ガーゴイルさん。……って、お伝えいただける?
(真偽は、確かめればいい。それでこの能力が「使える」かどうか、わかるもの)
……彼の声は、貴方にしか聞こえないの? 姫様。
あと、その……いのちの歯車を使うと、彼はずっと貴方とお喋りが出来るようになる?
ええ。
ありがとう、ガーゴイルのあなた。
カタリヤからも、わたしからも、お礼を言わせてもらうわ。
(スカートの両裾をつまんで、いつものぎくしゃくした動きの礼を、傍から見ればもの言わぬ像へと向けてから)
ううん。少しの間だけよ。
能力を使いなおせば、また、お話ができるけれど。
(カタリヤの問いかけに、あるがままを答えてみせました。)
たぶん、これはわたしの「いのち」を、少しの間だけ他のみんなに分け与える力なのよ。
貴方のいのち?
……それを使ったあと、疲れを感じたりするの?
ううん。たくさんあるものの、ほんの少しを分け与えるだけだもの。
今まで、疲れたりしたことはないわ。

ところで、カタリヤ、あの宿屋さんに入ったひと達に、何か用があるのかしら。
そう……なら、いいのだけれど。
(ぼそりと呟いて)
ええ、今、あの宿に用が出来たところよ。
……そうだ。
もし気になるのなら、一緒に来てみる?
ええ、行ってみるわ。
わたし、まだカタリヤの力になれることが、あるかもしれないもの。
(迷いのない二つ返事。とことこと、お姫様がカタリヤの足下へと歩み寄りました。)
ふふ、来て貰えるなら心強いわ、姫様。
(歩み寄った小さなお人形を抱えようと、手を伸ばして)
……私が良いって言うまで、動いてはだめよ。
できる?
珍しいものがあっても、キョロキョロしてはだめ。
ええ。カタリヤと一緒にいると、色んなことを学べるもの。
わたし、楽しみだわ。
(抵抗もなく抱き抱えられ、きりり、と小さな音。)
なんだか、変わった心がけが必要なのね。
でも、カタリヤがそう言うなら、わたし、そうするわ。
良い子ね。

(綺麗なお人形を胸に抱えて、宿の扉を潜る。)
(小奇麗な外観を裏切らず煙草の匂いがあまりしないのは流石だったが、それでも壁紙には年季が染み付いていた。細かい傷の刻まれた古いカウンターの向こうで、小太りの男が眼鏡をずり上げる)

ね、お部屋空いているかしら。
(怪訝そうな視線は、私の胸元……それはそれは綺麗なお人形に。)

ええ。掘り出し物でしょう?
少し値が張ったのだけれど、ね。良い「幻想」土産が出来たわ。

ああ、それとね?
今出ていった……ステキな殿方がいたでしょ?
(ぐ、とカウンターに身を乗り出して)
あの方のこと教えていただけない?
ね、お近づきになりたいの……解るでしょ?
(その耳に唇を寄せ)
(甘く、蕩かすような声音で、囁く)
「教えて、おねがい」。
どこのお部屋か、だけでもいいのよ……

(男は口を滑らせたように、番号を告げ)
ありがと、ミスタ。
(カウンターに投げ出された鍵を拾って、多めの金貨を積み上げる)
(「ここで商売するんじゃねぇよ」という苦言には舌を出して、その場を離れた)

……もういいわよ、お姫様。
(こういった宿屋に訪れたことのないお姫様ですから、当然、物珍しいものばかり)
(でも、きょろきょろしては駄目と言われたからには、約束は守り、胸元でじっとしておりました。)
(身じろぎ一つしないものですから、或いは、傍目には本当のお人形に見えるているのでしょうか。)

(しばらくして、ようやく許可を告げられると)
なんだか、ここは変わった宿屋ね。
わたしが行ったことがあるところより、少し、古びた感じがするわ。
(基本的に、「明るい」場所にしかまだ行ったことがなかったのでしょう。物珍しそうに、視線を彷徨わせます)
(抱えたまま、ぎしぎしと軋む廊下を歩く。……この方が早いだろうし)
古びた……ね。薄汚れた、の方がぴったりしない?
(階段を上り、扉の並ぶ廊下を進む)

(重い木の扉に貼り付いた、金属のプレートを目でなぞり)
……。
(足を止めて、耳を澄ませる)
(音はしない)
(生き物の気配も。)
なら、わたし、そういう表現も覚えておくわ。
(ゆらゆら、カタリヤの腕の中で揺れながら)
(木製の扉の前で立ち止まった彼女の顔を、不思議そうに見上げました。)
どうしたの、カタリヤ。
ここへ入ろうとしていたのではないの。
……招かれないのにお部屋に入る時は、工夫が必要なのよ。
周りに誰もいないとき、気付かれないように、ね。

(ドアノブをゆっくり引く。幽かに扉が軋んで、しかし、錠の抵抗はなく)

(あまり広くはない部屋だった。少し幅広いベッドと、小さなテーブル。)
(二脚の椅子のうち、片方は倒れて転がり)

(下敷きになるように、小間使いらしき服を着た女が横たわっている)
(目を剥き出し、口の端からあぶくを垂らして)
(薄紫かのような肌色は、少し前に既に命を失っていることを思わせた)

……こういうこと、ね。
(小さなお人形を床に降ろして、死体のそばに屈みこむ)
まあ。確かに招待は、大事なことだわ。
けれどカタリヤ、どうして招待がないのに、お部屋へ行くの。
(答えが返ってくるより前に、内から響く歯車のものとも違う、軋む音。)
(静かな部屋と、倒れている、もの。)

(下ろされたお姫様は、目の前に転がる女性を見やって……やはり、微笑んだ表情のまま。)
カタリヤ、カタリヤ。
寝ているところにお邪魔するのは、よくないわ。
このひとに用があるなら、また後にしましょう。
(死、という概念そのものは知っていたけれど)
(目の前にある「それ」を見るのは、はぐるま姫にとって、初めての経験で)
(つまり「それ」が何であるのかを、彼女は、まだ理解しておりませんでした。)
(場違いに穏やかな幼い声に、思わず振り向いて)
……。
(頬笑むお人形に向ける目には、幽かな怯えすら滲んでいる)
(――――現場には、現場に相応しい緊張感があるのだ。それをこの声と微笑みは、容易に揺り戻す)
……ええ。(落ち着こう)
そうね。(落ち着け)
(唇は笑みのかたちに。人差し指を添えて、)
招かれてはいないのだけれど、どうしても「知りたい」ことがあったの。
それは、この人の「秘密」、決して教えては貰えないことよ。
そういう時は、招かれなくても静かに、こっそり、お部屋に入ることもあるの。

でも、残念ね。この人のいのちはもう失われてしまっているわ。
眠っているのではなくて、死んでいるの。
……貴方の歯車で声を聞くことは、出来る?
いのちが失われてる。
つまり、このひとは死んでしまっているのね。
ああ、それなきっと、今ごろはもう別の世界へ行ったのね。
(かろうじてはぐるま姫に身についている、死生観と呼ぶべきもの)
(そのために、彼女は死というものを、少しも恐ろしく捉えていないようでした。)
(はじめて見かけた生き物を眺めるように、じい、と温もりを失った誰かの体を眺めております。)

でも、ごめんなさい、カタリヤ。
いのちの歯車で声を聞けるのは、人形や像のような、もともと命を持っていないものだけなのよ。
カタリヤは、このひとの「秘密」が知りたかったのかしら。
ひとの持っている「秘密」を調べるのが、私の大切な仕事なのよ。
でも、そうなの。残念。
では剥製もダメなのかしら……革造りのお人形とか。

姫様は、死んだ者はどこへ行くのだと思う?
(紫水晶の瞳は曇りも揺らぎも無く、湛えたその微笑みのせいか、どこか楽しそうにすら)

(……短く息を吐いて、死者の姿を検分にかかる。)
(焦点を結ばない、どろりと濁った茶色の瞳)
(血の滞った、薄暗い肌色)
(かたく握られた両の拳)
……毒かしらね。魔法かも知れないけれど。
剥製。どうかしら。そういう子には、試したことがないけれど。
人形として作られたのなら、きっと大丈夫だと思うわ。
けれど何を材料にしていても、人形として作られた子は、元のいのちとは違う存在になると思うわ。

(死んだ者の行き先について問われれば)
それは、決まっているわ。別の世界へ行くのよ。
おじいさんがそう言っていたもの。
生まれた命もまた、おんなじように別の世界へ行くの。だから、わたし、この世界へ来たわ。
このひとは、次はどんな世界へ行ったのかしら。
(まだ多くの感情を学んでいないはぐるま姫の言葉は、抑揚こそ少ないですけれど)
(けれど、彼女の声は、やはり僅かばかり楽しげでした。)

毒。飲んでしまうと、とても苦しいという、あれね。
じゃあ、このひとの死は、苦しいものだったのかしら。
それは、悲しいことだわ。
作られたところからが、お人形としての生、ってことね。
……それはそれで、少し安心したわ。
(握り締めた指の間に、きらりと光るものが見えた)

苦しんで死ぬのはかわいそう、って思った?
(歪んだ死に顔にちら、と目を走らせて)
このヒトのゆく先……地獄じゃないかしらね。
地獄に堕ちたものはこんな顔をしているって言うから。
(ひやりとつめたい肉を押し開けて、つまみ出そうとする)
苦しいというのは、痛いというのと同じで、いやな気持ちでしょう。
そういう思いをするのは、かわいそうなことだわ。
(「地獄」という言葉を耳にすると、数度、アメジストをちらりと瞬かせて)
わたし、「地獄」という世界のことは、知っているわ。
ならこのひとは、生きているとき、とても悪いことをしてしまったのかしら。
(とてとてと歩み寄り、いのちを失った者の顔を、よくよく見ようとするはぐるま姫)
(やはり躊躇も怯えもなく、ただただ、不思議そうに小首を傾げているばかりです。)
……その顔、そんなに気になる?
私はあまり見たいとは思わないのだけど。
このヒトが何をしたか、は、今から私が調べる……おっと。
(ぼろりと零れた、金色の小さな円盤。細かなクジラの紋章の、ボタンだった。)
……ワォ。
(海色の猫の瞳を子供のように輝かせて、掌で転がす)
これは大収穫、ね。
だって、こんなぴくりとも動かないひと、初めて見たわ。
死んでしまっているから、なのだろうけれど。
(自然と、視線は驚きの声を漏らしたカタリヤの手元へと吸い込まれてゆきます。)
カタリヤ、それは、なあに。
貴方のおじいさんは……
ああ、これ?
(見えるように掌に載せて、差し出す。小さな金のボタンには、浮き上がりそうに精巧なクジラのレリーフが施されていた)
海洋……遠くの国の、貴族の使っている紋章ね。
これでここに居た人が何者だったのか、手掛かりに出来るわ。
彼女を殺したのが誰か、とかね?

そうだ、貴方これとはお喋り出来ない?
像……とは、呼べないけれど。
おじいさんは、眠るようにして死んでしまったわ。
それからすぐにわたしがいのちを得て、二人とも別の世界へ行ってしまったから。
死んでしまったひとを、あまり、ちゃんと見たことはなかったのよ。

(問いかけられると、カタリヤへと歩み寄り、きりりと音を立てながらレリーフを覗き込みました。)
これは、だめね。
わたしも、なんとなくしかわからないのだけれど。
わたしがお話できるのは、だれかが人形や像として作ろうと思って、作ったものだけみたいだから。
なるほど、ね。
段々わかってきたわ、貴方のギフト。
(掌でボタンを弄んで、するりとポケットに仕舞う)
このクジラが持ち主の……犯人のことを覚えていたならとっても刺激的だったのだけれど、仕方ないわね。
これだけでも十分、としましょ。

……見て、どう?
「怖い」とは、思わない?
カタリヤは、犯人さんのことを探すの。
罪人を見つけるということは、もしかしてカタリヤは、騎士さんなのかしら。
(いささか素っ頓狂な発想が飛び出るのは、お姫様にとっては平常運転です。)

怖い。
そういう感情があるのは、知っているけど。
わたし、「怖い」って、よくわからないわ。
死んでいるひとは、怖いものなのかしら。
(騎士。突拍子もない言葉に、くすりと)
そんな高潔なものじゃないわよ。
私は記者。秘密を暴くだけ。
その後罪人をどうするかは……それこそ、「正義の騎士様」たちが考えることだわ。

死者が怖い理由……ね。
さっき、言っていたでしょう。毒を飲んだらとっても苦しいって。
(死者の薄紫のような顔色は更にくすんで、灰色のようになりはじめていた。)
貴方が、毒を飲まされて。
こんな風に苦しんで、いのちを奪われてしまうとしたら……とっても、嫌なことじゃない?
そんな風になりたくない、って思うのが、怖いってこと……かしらね。
じゃあ、カタリヤは密偵のようなものなのかしら。
どんなお城にも、騎士さまたちに情報をもたらすために、頑張るひとがいるものでしょう。
(はぐるま姫の解釈は、何かと、お姫様を取り囲む、お城の人々にまつわるところへ着地するようでした。)

毒を飲んだことも、「苦しい」を感じたことも、わたしはまだないけれど。
つまり、ひとは生きていたものが死んでいるのを見ると、自分と重ねてしまうのね。
「苦しい」はまだ感じられてないけど、それならすこし、わかる気がするわ。
わたし、まだ死んでしまって、別の世界へ行くのは嫌だもの。
(生の色を失ってゆく、かつて誰かだった何かを、小さな姫がじいっと見つめます。)
かわいそうに。このひともまだ、この世界でやりたいことが、あったかしら。
あら、詳しいのねお姫様。
確かにそちらの方が近いわね……私が働くのは騎士のためではないけれど。

知りたがりの姫様は、「苦しい」も感じてみたいの?
(死者に向けられた紫水晶の瞳に、少し呆れたように囁きかける。)
(見開かれた濁った瞳に、強張った両手。握り締められていた、金のボタン。)
(足掻いたつもりだっただろうか。)
……自分の死に、納得している顔ではないわね。
何かしら欲はあったでしょうね。貴族に取り入って良い目を見たいとか。
そのあたりの調査も追々、私の仕事なのだけれど、ね。

……さて、招かれていない私達はこのくらいにしましょうか。
本当のお客様に見つかる前に、密偵は退散しなきゃね?
(小さなお人形を抱き上げようと、手を差し出した)
だって、わたしはお姫様だもの。
このぐらいのこと、王族として知っていなくてはいけないわ。
(生まれながらのお姫様にとっては、当然のことなのですと、スカートをつまんでみせました。)

そうね。やっぱり、わたしのからだで、こころで、感じてみないと。
楽しいことも、苦しいことも、きちんとわかるようにならないと。
みんなと同じような「いのち」になったとは、言えないでしょう。
(憧れというには無機質な目標を語って聞かせながら、死したひとの顔を覗き込んで)

つまりこのひとには、夢があったのね。すこし、羨ましいわ。
(興味は尽きませんけれど、惜しむ名残はありませんから、差し出された手は迷いもなく取られておりました。)
姫様にだって夢、あるでしょ?
はぐるま王国の民を探す、っていう、大切な夢が。
(小さな、あまりにも軽い身体を、死体から引き剥がすように抱き上げて)
(……私もまだまだね、と内心溜息を吐く)

自分が知らないってことを知ることが一番大事だ、なんて、私の先生も言ってたわ。
悲しいことや怖いこと、感じたら是非教えて頂戴な。
そういうのって、仲間にお話しした方がいいものなのよ?
(忍び足で扉に近づき、廊下の無人を確かめて――――)
(鍵はかかっていなかったから、このままでいいだろう。最後に自分たちの痕跡が残っていないか、見回して)

(足早にその場を立ち去る。階段を下り、下のフロアへ。)
夢。わたしにとって、それが、夢になるのかしら。
だってわたしがはぐるま王国の民を集わせるのは、姫として、当然の責務だもの。
(姫ならば王国に君臨せねばならない。民も集めねばならない)
(彼女にとっては、それは目標というより、最低限為すべきことのようでした。)

そう。そうね。
嬉しいことは分かち合う方がいいというのは、聞いたことがあるもの。
なら、悲しいことや苦しいことも、同じなのね。
何か新しく学んだら、わたし、すぐにカタリヤに教えにいくわ。
(カタリヤの腕の中、やはりまだ感情をまじえられぬ声音で、静かに告げました。)
(階段を降りた先の廊下で、足を止めた。広場に面した窓の向こうで、ガーゴイルがこちらを睨み付けている)
責務、ね。それじゃ、貴方の夢ってその先にあるのかしら。
……姫が何かを羨ましいって言うなんて、ちょっと意外ね。

さて、と。
私はもう少しこの宿に張り込むつもりなのだけれど、姫様はどうなさるの?
そうね。
わたし、眠っているあいだの夢というのだって、見られたことがないもの。
みんなの生き方は、わたしにとって、羨ましいことだらけよ。
(カタリヤの問いかけに対しては、きりきり音を鳴らして、少しの黙考。)
わたし、どこかへ行こうと思っていたわけでもないもの。
お手伝いができるなら、カタリヤの力になりたいわ。
羨ましい、そうなりたいと思うなら……それもきっと、姫様の夢ね?
(腕の中、軋む発条の音。その先に得られた答えに、)
(に、と唇を吊り上げる)
招かれないのに訪れること。
教えて貰えないことを探ること。
私のお手伝いをしてもらうことって……決して、「いいこと」だけではないのだけれど。
それでも、私を助けてくださるの?

(王族としてのあるべき姿、というのは彼女の中には確かにあるらしい)
(しかし、たぶんそれはまるで御伽話のような、像)
(きっと彼女は何も知らない。善も悪も、なんにも。)

姫様は、とっても仲間思いでいらっしゃるのね。
私、とても助かるわ。
カタリヤのしていることは、いいことではないの。
(コテリと首を傾いで、きりきり、少しだけ考えたのですけれど)

たしかに、お姫様は、悪いことをするべきではないと思うけれど。
きっとカタリヤにも、それをしなくてはいけない、理由があるのでしょう。
わたしはやっぱり、わたしの「仲間」の助けになってあげたいわ。
(今の彼女にとって優先すべきは善悪よりも、いま、縁を紡いでる誰かの力になってあげることなのでした。)
わたしだって「旅人」だから、それなりの力はあるはずだわ。
できることがあったら、なんでも言ってちょうだい。
ふふ!
(お人形をぎゅうと抱きしめたのは実に子供の頃以来の行為で……彼女がそれを感じるかはわからないけれど、結構息苦しいかも知れない)
(……と気付いたので、ちょっと腕を緩めて)
やっぱりはぐるま姫様、貴方とっても、ステキだわ。

(現場の状況が動くにはまだ少しあるだろう。つまり……逃げた男の差し金で、誰かが事件を「なかったこと」にしに来るまで。)
(彼女を抱きかかえたまま、片手で先程取った部屋の鍵をちゃりんと揺らして、)
それじゃ……充分に頼らせて貰うわね?
貴方にも是非覚えて欲しいもの。記者の……「密偵」のお仕事、ってやつをね。
(まず何の話をしようか。観察のしかた?聞き耳の立て方?見咎められたときの上手い言い回し?)
(あれこれと心を躍らせながら、軋む廊下を歩いていく。)

(私達がうまくやりおおせたかは……後日の新聞が語ってくれるだろう。)
素敵だなんて、嬉しいわ。
(両腕で、強く抱きしめられる感覚)
(顔には出さないけれど……いいえ、出せませんけれど。はぐるま姫にとって、初めて受けるそれは、不思議なほど心地が良いものでした)
(それが生き物としての本能か、人形としての本能なのかはわかりませんけれど。)
お姫様は、みんなからそういう風に思われる存在でなくてはいけないもの。

けれど、密偵のお仕事なんて、わくわくするわ。
お姫様でしかも密偵だなんて、まるで、冒険譚のようだもの。
(なんて言いつつ、冒険譚をさして読んだこともないお姫様なのですが)
(ぷらぷらとちいさな脚を揺らしながら、蜜色の髪の下、ささやかな旅路の続きを行くのでした。)

(彼女がこの日何を得たのか。その答えが得られるのは、もう少し、先の話かもしれません。)

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