シナリオ詳細
<Liar Break>Endless Capriccio
オープニング
●ネバーエンディング・ドリームス
「馬鹿な!」
轟く怒声が苛立ちと不快を帯びている。
「こんな、馬鹿げた事が!」
目を血走らせたジャコビニに入ってくる情報の全ては自身とサーカスの破滅を示していた。
高貴なるてこ――ノーブル・レバレッジの効果は覿面だった。
ある種の奇跡とも言える大成功の末、『決してまとまらない国をまとめた』イレギュラーズ、ローレットの動き方はあくまで的確で。ローレット、貴族、民衆、何時にない程の連携を見せた幻想は短期間の内に『諸悪の根源』たるサーカスを閉じ込める檻を完成するに到っていた。
王都からは首尾良く逃げ出したシルク・ド・マントゥールではあったが、異常な程に迅速な一連の動きは彼等にそれ以上の逃走を許さなかったのである。
サーカスはその動きを雁字搦めにされたまま、潜伏して時間を過ごす事を余儀なくされ――日に日に狭められる包囲網に最早補足されるのは時間の問題だった。
「荒れてるねぇ、団長!」
「茶化しておる場合か!」
「茶化してる場合だって。だって、もう殆ど選択肢ってヤツが無いじゃない?」
ぶつぶつと口の中で何かを呟くジャコビニに相変わらず気楽で気安いままのクラリーチェが肩を竦めた。今やサーカスを追い立てる敵は国中に溢れており、纏まって派手な動きをすれば、雲霞の敵に追われるのは必然である。
サーカスとて魔種複数と多くの団員を抱える身だ。弱兵が相手ならば強引に突破する目もあるかも知れないが、幻想にも強兵はいる。『黄金双竜』や『暗殺令嬢』の直属隊にでも狙われればひとたまりもないのは明白だ。
「団長はどうしたいのさ」
「サーカスを――国外へ出さねば」
「違う違う。そういう建前の話じゃなくって。『本当はどうしたいの?』」
「……っ……少なくとも」
「少なくともわしは外に出なければ。サーカスならまた立て直せる」。
必然的にトーンの下がったジャコビニの言葉にクラリーチェは酷く醜い笑顔を見せる。
「そーだよねぇ。団長は死ぬなんてまっぴらだもんねえ!
魔種なのに、酷く臆病で。滅びを探している癖に、滅びたくない!
ま、矛盾してるけど――ニンゲンってのは元でも何でもそんなもんだ」
「愚弄するか、道化――」
「――いやいや、落ち着けって。少なくとも僕は悪いなんて言ってないぜ。
団長が逃げたいのは、自分が一番サーカスを上手く繰れると思ってるからだろ?
有象無象の魔種共何ぞより、自分の方がより多くの『アーク』を貯められると思ってる。
……自分が生きる死ぬ、暴れる暴れないは目先の話だもんねえ。
神託の成就っていう大目標の前には、そんなのまるで吹けば飛ぶようなゴミって訳だ!」
クラリーチェを睨みつけたジャコビニは辛うじて怒りの暴発を抑えつけた。
そう、自分にはやるべき事がある。『魔種』として覚醒した中で自分が珍しいタイプである事は分かっている。だが、だからこそ――この無軌道な破滅主義者を統制し、より効率良く動く為には自分のような存在が必要不可欠なのだ――ジャコビニの思考は一面の事実であり、同時に都合の良い合理化でもある。
「提案なんだけど。派手に暴れたら――違うな、暴れさせたらいいんじゃない?」
「……」
「サーカス全体が纏まったまま国外に逃げるのはもう無理だ。
このままなら何日もしない内に見つかって、国中の軍隊を相手にする事になる。
そうしたら絶対Game Over。そうなる前に打てる手は暴発と陽動だ。
団長らしく命じればいいのさ! 幻想各地で陽動するんだ。その隙に、逃げる為にね!」
クラリーチェの言葉にジャコビニは低い唸りを上げる。
それはとうの昔に考えついていた手段である。
だが、何の躊躇いもなくサーカスの仲間を捨て駒に使えというクラリーチェの一方、この団を統括するジャコビニには多少の迷いがあった。とはいえそれは仲間意識等だけではない。力の――権力の象徴たるサーカスを失うのは他ならぬ彼にとって最大の痛手だからだ。
「ま、別に僕はいいけどね。首を飛ばされるのも一興だし?
ああ、でもね。団長。オーナーも『面白かったら一回だけ手を貸してやる』って言ってたよ? だから正真正銘、これってラストチャンスだと思わない?」
極めて強い魔性を纏うクラリーチェにジャコビニは口元を歪める。
「サーカスは、わしさえおれば再起出来る。
第一、貴様も『まだ』滅びたくないのだろうに」
『まだ』に強いアクセントを置いたジャコビニにクラリーチェは応えない。
その唇だけが暗闇の中で言葉を造る。
――だから――だっていうんだ――
●チェイス・サーカス
「……と、言う訳だ。状況は大体分かってるな?」
国中が、蜂の巣を突いたような大騒ぎの中、『蒼剣』レオン・ドナーツ・バルトロメイ(p3n000002)は冷静に告げる。
「貴族様方の、或いは国民の。そしてローレットのオーダーはサーカスの殲滅だ。
知っての通り国中が大騒ぎになってるが、それは決して本命じゃない」
机の上に広げられた地図を指差し、そのままつ、となぞる。王都から北へ。レオンの指が滑る先には山脈を示す図があり、その先には当然ながらゼシュテルの文字が踊る。
「サーカスは『幻想の檻』に捕まる前に、乾坤一擲の勝負に出た。
それは分散しての陽動、分散しての逃走だが――その本命はコレだ。シルク・ド・マントゥール団長ジャコビニの逃走。完全に逃げ遂せる心算だったみたいだが、そうは問屋が下ろさない。ゼシュテルは広いし、レガド・イルシオンとは不仲。国境の警備も国土が広いだけにかなり甘いからね。このルートで逃走を図る事は想定内だった訳。言い含めておいたアーベントロート派の貴族が連中の気配を察知し、足止めしてくれた訳だな」
「……つまり、仕事はジャコビニ一派――分散したサーカスの本隊を潰すこと」
「その通り。連中を国境までに追撃するのがミッションだ。
禍根を断つならば他を逃しても『団長』は確実に仕留めなきゃならない。
『魔種』の事情何ざ知らねぇが、ローレットを倒すなら俺を殺す事と一緒だろ?」
笑えない冗談を言うレオンを、イレギュラーズは『笑い倒す』。
「いいねぇ、愛されてて涙が出るぜ。
サーカスの戦力は分散してるが、それでも本隊は幾らかデカい。
ジャコビニがサーカスを完全に捨て去るのを惜しんだか、それとも多少の妨害を押し切る為に戦力を温存したのかは分からんがね。幸いに見つけた以上は急行して、決着をつける好機になる」
「ああ」と頷くイレギュラーズにレオンは獰猛な笑みを浮かべて言った。
「いい加減ムカついてんだ。なら、最高だろ。ぶっ潰せ!」
- <Liar Break>Endless CapriccioLv:3以上完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別決戦
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2018年06月29日 22時55分
- 参加人数297/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 297 人
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参加者一覧(297人)
リプレイ
●最前線
決戦の時。
どれ位の時間が経ったか――それを正確に自覚しているものは無い。
長いようで短い時間。短い割には長い時間――表現は様々だが、激しい戦いが続いている事ばかりは間違えよう筈も無い。
その『戦場』では質実剛健な装備に身を包んだ『似合いの』兵士達と――綺羅びやかな風情を未だ隠せない『不似合いな』サーカスがぶつかっていた。
「――何とか押し切れ! 何、数でも質でも此方の方が上というものよ!」
喧騒と混乱の中に怒号めいた声を張り上げた男――団長ジャコビニの言う通り、旗色は似合わない連中に有利であった。
死に物狂いで前に進まんとする彼等シルク・ド・マントゥールは鬼気迫る勢いで魔性の実力を発揮している。
彼等を前方で押し止める部隊は幻想北部に勢力圏を築く武闘派――アーベントロート一派の貴族であるから、決して弱兵という訳ではないのだが。それでも大小様々な魔獣を従え、温和なサーカス団の仮面を脱ぎ捨てた団員達の猛攻、戦いの中で自ずと自らを蝕む狂気感染に苦戦を余儀なくされる彼等はジリジリと後退を余儀なくされていた。
(……このまま、北部国境まで到達出来れば……)
額に汗を滲ませたジャコビニはその展開を頭に思い浮かべ、口元を僅かに歪めた。
長きに渡り、幻想(レガド・イルシオン)の政情不安を煽ってきたサーカスだったが、まさに彼等は今絶体絶命の危機に追い詰められていた。
ローレットとイレギュラーズの奮闘で彼等が秘密裏に仕掛けたとも考えられる幻想蜂起は事実上の不発に終わり、他方で門閥貴族に民衆は結束するに到ったからである。
国王フォルデルマン三世の『公演許可取り消し』は悠々と混乱を撒き続けていた彼等『魔種(デモニア)』の状況を一変させたのだ。
国が、国王が、貴族が、民衆が――何より彼等を纏めたローレットが――一致団結して作り上げた『幻想の檻』はサーカスを国内へと閉じ込めていた。
逃げ場と逃げ手を失った彼等が国内で幾つも事件を起こし、乾坤一擲の勝負に出たのは当然の成り行きだったとも言えるだろう。
兎に角、彼等が目指すのはゼシュテルとの国境である。大多数のサーカス団員、サーカスの戦力はこの国で運命を終えるだろうが、ジャコビニ自身はそれを良しとしていない。何とも生き汚さを発揮する彼は、何を捨て置いても自身とサーカスの中核――自身の取り巻きだけでも逃げ遂せる事を選んだという訳である。
しかし。
「立て直せ! これまでの戦いは十分だ。『全く問題がない』!」
そんなジャコビニを苛立たせるのは圧倒的不利な戦況ながら『諦める気配のない』前方の邪魔者達の戦い方そのものだった。
威力と圧力に負け後退を続けているにも関わらず、巧みに致命的損害と衝突を避け、簡単にこの場を抜かせていない。『何かの意図を持ったような戦い方』は彼に『当然想定される或る展開』を想起させるに十分だった。
「ええい、鬱陶しい!」
苛立ち、杖で地面を叩いたジャコビニから「叩き潰せ」の号令がかかる。
後退の遅れた騎士の一人に前足を大きく持ち上げた大型の肉食獣が今まさにその爪牙を突き立てんとする。
そう――ジャコビニは理解している。
古今東西、総ゆる戦闘において『意味をもって時間稼ぎをする目的』は概ね一つに集約される。それは。
「劣勢の時ってキツいものね――」
「――イレギュラーズ!?」
「――そう、イレギュラーズよ。
はーい増援来たわよ! 頑張った! えらい! もうひと頑張りしたらもっとえらい!」
強力な援軍が期待出来る場合、それそのものである。
騎士を襲った魔獣の牙が千波に阻まれ、彼の喉に届かない。大きく戦場を迂回したイレギュラーズの【貴族救援】部隊が遂に現場を捉えたのである。
当然、状況を変えるのはこれは自身が受け持った、と得意の格闘戦を開始する千波だけでは無い。
「助けに来たのです!!! もう大丈夫なのです!」
「聖剣騎士『ミュルグレス』のセティア、もう安心していいよ、変な貴族の人達。
言っとくけどこれ、地元じゃさいきょーの構えの真似だから」
低空飛行で戦場を突っ切った【妖精廟】の二人――ココルとセティアに騎士の一人が目を丸くした。
「た、助かった。救援に礼を言う」
「いいや」
続いて軍馬で壮麗に駆けつけたファリスは頭を下げた彼に戦乙女の如く言い直す。
「貴方方は敗れていない。故にこれは救援ではなく『勝利を届けに』」
「無茶をせず、戦線維持を心がけましょう。無茶は私達が引き受けますので。
難しいかもしれませんが、少し気持ちにも余裕を持って対処していきましょう」
焦りは容易に心を侵す。戦場に渦巻く狂気の濃度が更なる事態の悪化を招く事をスティアは良く知っていた。
援軍と彼女の言葉に気を持ち直した騎士は「うむ」と頷き兵達に後退の号令を掛ける。
貴族主義の幻想騎士が『戦場の誉』を余所者へ譲るのは、彼等なりにイレギュラーズに向けた信頼の証と言えるだろう。
「いこうスティアちゃん! 信頼に応えないと」
「オッケー、頑張ろうね! サクラさん!」
【宿り木】のペアは気力を充実させてここにある。
「な、何とか頑張って耐えますの!」
「がんばってさくせんせいこうさせるぞー! おー!」
「芸人として――芸は笑って終わらせろよな!」
「私の盾は守るためにある。さて、急いで退がり、立て直せ。何、問題ない。
こういう時の為にいるんだ。騎士ってのは――」
自身なりの気合を見せるノリア、拳を突き上げたシロ、皮肉めいたミルヴィ、盾を構えたクロガネ等が、劣勢の貴族軍とサーカスの間に立ち塞がった。
「ふむ……今日は真面目に祈りましょうか」
『虚飾であろうと飾りは飾りだ、好きにするといい』
「……やっ……れ……ばっ……いぃん……でっ……しょうっ……!?
『気兼ねなく嫉んで妬んで奪うといいさ』
「……静かにさせましょう……騒々しいのは嫌いですしね」
『やれやれ、気を付け給えよ?』
強い存在感を示すのはイリュティムと『アーラ』、インヴィディアと『カウダ』、そしてアケディアと『オルクス』――
少女と対の呪具を一とする三組――【七曜堂:貴】の三人だ。
「踏ん張ってくれてるみたいだな、加勢するぜ!」
「見せてやりましょう。我らの力を! 我が力! 無辜なる民達の為に……!」
「ああ! 前面の道は切り拓いてやる! 行くぞ、ロズウェル!」
参戦するのは侠にロズウェル――【双刃】も同じ。
「全く、男二人は単純と言うか何と言うか……気が合うのね。私も行きましょうか!」
半ば呆れたような、半ば感心したような。ヴィエラの麗しい顔(かんばせ)はそれでも幾らか華やいでいる。
「お貴族様方に恩を売る絶好の機会!
無謀なご当主が直々に参戦してることもあるだろーし、子息だろうが助けときゃあ後々役に立つだろうさ」
イレギュラーズの的確な動きは先にファミリアーを飛ばしたことほぎの『目』にも支えられてのものである。
「リーゼロッテ様に大見得切った手前、きっちりサーカスを食い止めないとね」
奇しくも救援対象は彼女の派閥の貴族である。ならばウォータクトとして『軍師』の立場を預かるマルクとしても一層気合が入ろうというもの。
【防衛線】としてチームを組むイレギュラーズ一同はまさにこの場こそまず第一の働き所だ。
「さぁ、奏でましょう。皆の絆を繋いだ手紙をもう一度――」
静かに呟いたセアラがすぅと息を吸い込んだ。そして。
――――♪
放たれた旋律は『澱み』を吹き飛ばすようなまさに大音量(スピーカーボム)である。
彼女の歌は状況の変化を戦場全てに伝える鏑矢であり、傷付き、疲れた友軍に向けた激励でもあるだろう。
「顔をあげよ! 剣を握れ! 我らが前には敵がおり、我らが後には愛する者がいる!
立て、進め! 愛しの母国を害す者共に裁きを! 幻想の興亡はこの一戦にあり!」
そしてそれはこの大舞台に演説をぶったジョーの声も同じくである。
「チッ――」
「舌打ちしたいの、こっちやからな!」
新たな敵の登場に苛立ちを見せた団員の一人に魔獣をシールドバッシュで押し退けた水城が啖呵を切る。
(みんな、あの狂気と戦っているのです。わたしもできることをしましょう、力に、なりたいのです――)
集中攻撃を浴びないよう十分に注意を払い、それでも時に前衛の隙間を埋め、時に敵をロベリアにて葬送する――シルフォイデアの仕事は多い。
「この国には色んな人がいて、いい事も悪い事もあって、それでも、楽しかった――
一人一人全然違うけど、今は気持ちは同じだと思う。
私は! もっと広い世界が見たい! まだ未来(さき)が見たい!
――だから滅びに抗うんだ! 全力で!」
場を切り裂くその声で敵の注目がイリスへと集まった。
自身が何者であるかを告げる名乗り口上――名刺と考えれば十分過ぎる宣戦布告に数体の魔獣が釣り出された。
長くこの場を抑えた彼等に代わり新たな死守ラインを構成せんとした彼等の動きはまず鮮やかだった。
「正義の味方って柄じゃねぇが……行くぞ、シグ。レストも支援を頼む。敵を葬る剣は同胞を守る盾にもなる、だ」
「承知した、我が友よ。この太陽の魔剣の一閃、見せるとしようか」
「傷付いてる皆は、辛くて苦しいはずだわ。一人でも多く助けてあげたいところね~」
レイチェルの言葉に不敵な笑みを見せるのはシグ。
何処かのんびりした口調だが同道するレストは支援を得手としており、【月夜】の要となる存在でもある。
「さぁて、暴れてやるか。いい加減気に入らねぇからな」
「同感だ」
偽・烈陽剣が軌跡を残し、時に血盟ノ獣が荒れ狂う。
「待たせた分、活躍せねばならぬであるな!
ぜーったいに、逃さないのであるよ! お覚悟ー!」
「守りの方は任せてねぇ」
【剣の檻】のボルカノ、琴音がコンビで動く。
「イレギュラーズの快進撃、とくとご覧にいれましょう!」
「愉快なのは嫌いじゃねえんだが、お前らほっとくと住み難くなりそうでな。スラムのガキが」
同輩に負けじとサンティール、斜に構えたサンディも暴れ出す。
中長距離に至近距離、器用にオールレンジをこなすチームはあの手この手でサーカス側の力を挫く。
イレギュラーズの小隊の中では屈指の大戦力を持つ【剣の檻】は大所帯だ。
「叩くのは突出した奴ね。次はにやけ顔の団員狙ってみようか――感染者は最後でいいよ。活躍してるチームもあるみたいだしね」
平素通り余裕めいて指揮を下すのはルーキス・グリムリンデ。
「たっぷり撹乱してやろうか。その方がきっと『迷惑』でしょう?」
「任された。十分仕事を見せてやるとしよう」
くすくすと笑うルーキスがこの場に居るという事はこのルナールが居るという事でもある。
「下を向いちゃダメだ! 家族、恋人、何でもいい……帰りを待つ人を思い出せ!」
「絶対に逃がさない! もう大丈夫です! 盛り返していきましょう!」
シラスは声を絞り狂乱する誰かに言葉を届け、ノースポールは傷付き疲れた友軍に激励を送る。
言葉だけではなくそれぞれ流星を紡ぎ、激しい肉薄を見せる二人はルナールと連携して猛烈な勢いで敵を薙ぎ払うかのようだった。
「くく。まさか私が纏める事になろうとは思わなかったが。
何、これくらい私に掛かれば造作もないが――集まってくれた事には感謝だ。
強き意志の下に、期待の新星の一団、健闘を祈る!」
「こういう日のために鍛えてきたもんね。私達、期待の新星ですか。当然でしょ!」
「今回の集まりは好都合やった。中々格好ええやん。
期待の新星やってさ、そう簡単に止まりゃあせんでぇ!」
「互いに支え合い、やれることをやる。数は力。やるぞお前ら!」
その【剣の檻】に負けじと集団で戦場に乗り込んだのが、部隊を取りまとめたミストリアと、文字通りを語るシルヴェイド、疾風、フユカ以下【新星】の九人である。個々の力を数でカバーするという考え方は正解だろう。個人の力も、背負うリスクも数が増える程に好都合に働くのは間違いない。連携が取れていなければ話は別だが、彼等に関してはそれを心配する必要はないだろう。
「これより作戦行動へ。指揮はお任せ下さい」
部隊に軍師(アイリス)が同伴するともなればそれは尚更である。
「く……!」
少なくとも【剣の檻】に続き集団で参戦した彼等の圧にサーカス陣営は苦慮を隠せていない。
「行動が伴う貴族は嫌いではない! 故に力を貸そうではないか!」
小気味良く声を張ったリリーの言葉は多くのイレギュラーズを代弁するものだったかも知れない。
「禍根を断つため、一丸となって戦う……色んな人が協力し合えるの、素晴らしいと思うんです。
だから、負けられない――救える命を、救いたい!」
「貴族さん達も頑張ってるようだが、そろそろヤバそうだからな。
ここが正念場だ。頼りにして貰ってる以上は――気合い入れていこうぜ!」
それはシズカの、タツミの素直な心情の吐露だった。
どんな因果か――奇跡か。今だけの事かも知れないが、ノーブル・レバレッジから続く一連の貴族の動きは確かに助くべき相手である。
それは確かに打算である。彼等が改心した等という事は有り得ない。だが、彼等は彼等なりに責任感を持って――少なくともイレギュラーズがここに駆けつけるまでジャコビニ一行を逃しはしなかったのだから、これは評価に値しよう。
「止まって……! フロスト・ボルト!」
距離のある敵に術式を放ったシズカに続き、
「さーて、ちょいと本気出しますかね!」
飄々とした普段の態度は変えず、しかし眼光鋭いロクスレイが二丁拳銃から次々と攻勢を繰り出している。
キャラクターこそ何処か『軽い』彼だが、得手は毒を使う――密やかな悪意を仕込む『名手』でもある。
まとめて、とばかりに撃ち込まれた死の森が名に恥じぬ『呪い』を噎せ返るような密度で撒き散らしていた。
「……おのれ、イレギュラーズ!」
「あっはっは、まるでテンプレの悪役みたいな台詞じゃん!」
地団駄を踏むジャコビニと「ヒュウ」と口笛を吹いたクラリーチェもこの展開は重々承知していたと言える。
これまで彼等の公演をこの上無く邪魔してきた主役(キャスト)なのだ。この期に及んで邪魔が入らないとは考えてはいなかった。
「団長! どうやら――後ろからも来ます!」
「そりゃあそうだ」
「道化め! 遊んでいる場合では無い――お前も働け!」
その上で、後方で騒ぎ。つまる所、この場で挟撃を受けない理由はないという事だ。
「あちらこちらから鬱陶しい――勝てると思っているのか!」
「思ってるでしょ、そりゃトーゼン」
「道化!」
だが、飄々としたクラリーチェは兎も角、ジャコビニの方は死に物狂いである。
彼とて敵(イレギュラーズ)が容易い相手でない事は分かってはいるが、それでも『質は此方の方が上』である。
自身を含めた魔種、手練の団員、強力な魔獣を擁するこの場の面々は精鋭とも言える中核部隊である。
急激に力を伸ばしているイレギュラーズの力は侮れないが、個々の力ならばまだ――それは希望的観測を含んではいるが、サーカス最後の寄る辺であろう。
追い詰められ、混乱を見せながらも俄に士気を上げるサーカス。イレギュラーズにとってもこの死兵は強敵になろう。
「……ええい、構わん! 諸共圧し潰せ!」
「――そうはさせないですね」
怒号を上げるジャコビニに兵の救援に動くフロウが応じた。
「おっと、こっから先は通行止めだぜ!
狂気を振り撒いて挙げ句、大暴れの隙に退場はナシだろ常考!」
「まぁ、僕は僕がやるべきことをやりましょうか」
ジョゼが、ベークが敵の尖兵を止めんと立ち塞がる。
「……しっかし、流石に数が多いな!」
零すジョゼの言う通り、敵も味方も戦意は高く。イレギュラーズの介入と同時に戦場は完全な乱戦状態に突入している。
「さてはて。これがサーカスか。これがその演目か。
余裕のない様はサーカス足りうる『姿』ではないのでは?
――まぁいい。私は悪を討伐する『英雄譚』を見に来たのだから。さぁ、その礎となるがいい!」
ライハの勇壮なる声が、イレギュラーズの行進曲(マーチ)を奏でている。
「負傷者や戦力に自信のないものは下がりなさい!」
「いざ、尋常に……」
ハイロングピアサーを敵の足元に突き刺したプリーモが声を張り、低く強き言葉(ギフト)を口にしたヨシツネが敵の逃げ腰を許さない。
「これでも――喰らえッス!」
シクリッドの強烈な一撃(ノーギルティ)が魔獣を叩き、怯んだそれに代わりサーカス団員が彼の隙を狙う。
「おっと! させないわ!」
単独での参加だが、リーナの視野は広く。彼女は敵の動きを自身の攻勢で即座に阻む。
「ちなみに私のことはリーナたんって呼んでね」と何時ものアピールも忘れない彼女は相変わらず良く伸びるおみ足で団員の顎を強かに撃ち抜いていた。
「成る程、数は多いですが……私めも頭数程度ではありますが、少々槍働きと参りましょう」
小柄なその体躯に似合わない大斧を振りかぶったパティが自由なる攻勢を開始した。
振り下ろされた処刑人の斧は、父祖代々にはまるで及ばないに違いないが――小型の魔獣の一体を斬り伏せるには十分だ。
「比較的マシな貴族の皆様! 助けに来ましたよ!」
「微力ながら勇者カタリナ、加勢させて貰おうか……ッ!」
口さがない利香と今日はシリアスに決めたカタリナのコンビが負傷した兵に代わり前線を強く支える。
「ド派手に暴れるぜ! ここは一歩も通さねぇよ!
頭はクール! そして心はヒート! よっしゃあ! いっちょやってやるぜ!」
漸く訪れた決戦――レナードが自身の髪色より燃える闘志で敵に仕掛ける。
「集団行動も、お貴族様の相手も苦手だけど、ね」
妖艶にして華麗、舞台に咲く大輪の花(バーレスク)は影と踊るアイオーラのステップだ。
「カツオノエボシの毒よ。楽しんで味わいなさいな」
「わ、私は基本的に、撃たれ弱いですから……」
更に敵陣を『撃たれ弱い代わりに何が強いか』を明確に表す『樹里の魔法』が強烈に薙ぎ払った。
それは苛烈なる大技だが、今回は上手くいったようで――楚々とした彼女から放たれた魔砲に敵側の動揺は隠せない。
「俺は怒っている。何がサーカスだ!
サーカスは人に夢を、笑顔を与える物だ! こんなクソったれが名乗ったりするんじゃねえ!!!」
怒りを爆発させる灰人の感情が広く周りに伝播する。
(少しでも感染者を救えれば――)
エーラの双眸が狂気に苦しむ犠牲者の姿を捉えている。
「魔種何するものぞ。安心せよ、例え狂気にのまれようと妾たちが必ず正気にもどしてやるのじゃ。故に、心を強く持ち進むのじゃ!」
胸を張り、高らかな宣言をするデイジーには自信が漲っている。
「……ったく、あっちこちに狂気なんて撒き散らして傍迷惑も程があるわ!
……幕引き直前だってのに、こんなとこで取り零さないわよ、絶対にッ!」
態度は口よりも正しくモノを言うとはミラーカの事を指すのだろう。
口でどれだけ悪態を吐こうとも、分かり易すぎる位に彼女は善良だ。
「手伝いますよ」
そんなミラーカにアズライールは声を掛け、彼女は「そ、そう」とだけ答えて視線を逸らした。
「サーカス関係者じゃない方を殺すのはボクとしても嫌ですからね」
僅かに揺らいだ狂気感染者達を叩き、無力化し、そして救おうとするのは彼女等【感染者救出】の面々だ。
「予防は治療に勝る、まさにこの言葉通りなのでしょう。
お守りします。人が人であり続ける為に」
「狂気に犯されるなんて嫌な気分よね。是非、早めに治療させていただきたいわね」
イースリーの人助けセンサーは余りに酷い現場なれば、煩い程にフル回転している。
手近な感染者に組み付いた胡蝶が見事な技で彼を地面へ組み伏せる。
「――守れる命があるのなら全力で!」
特に消耗した者を選び、効率的に数を減らす――シャルレィスはあくまで相手を殺さないように細心の注意を払っている。
(私はまだまだイレギュラーズの中では若輩者だ。だが、出来る事はきっとある筈――!)
敵に及ばぬと自認しながらもルチアは一つ一つ出来る事を積み重ねていた。
「僕の信じる不殺の剣……ここで振るいます!」
平素より『不殺』に特別な意識を持つヨハンにとって、この場の仕事はまさに適任だった。
ルチアの支援を受けながら、感染者を『削った』ヨハンは慈悲の光を湛えるメイドインヘヴンで又一人を斬り倒した。
肩で息をする彼の呼吸は荒く、しかし意気は軒高で当初より少しばかりも鈍っていない。
倒して運び、繰り返す――地道でなおかつ手を取られる作業だが犠牲者を減らす事にこそ彼等【感染者救出】の矜持がある。
「何故、他所から来たサーカス団の言いなりになっているの?
故郷の隣人よりも彼らの言うことの方に従うの? 目を覚ましなさい!」
「戻れるのなら戻るべきだと思う――進んで溺れたのなら容赦しないよ」
一喝するのは主人=公。目を細めたレイの静かな威圧に『彼等』が幾らか揺らいだように見えた。
それでも止まらない感染者の一人をスリーの蹴撃が沈黙させる。
「九時の方向、団員3、魔獣1――!」
「助けようにも――他の敵も邪魔ですね」
鋭く銀の警告が飛び、スリーは次はそちらへ向き直る必要があった。
一方でイレギュラーズの怒涛の加勢、活躍は本物である。
窮々と追い詰められていたばかりの貴族軍はイレギュラーズ達の奮戦で後退し、瓦解を逃れ、状況を立て直しつつあった。
「貴族の皆さん、これで終わりじゃないんだぜ。
攻撃の手は休めんなよ? キミ達も戦力の内ダゼ? 俺は弱いんだ。
ここからキミらの力で形勢逆転と行かなきゃいけない!」
からかうような挑発するような、励ますような――何とも微妙な物言いだが、ペッカートの言葉に騎士の一人は「当然だ」と頷いた。
貴族軍は現時点で傷んでいるが、敵もさるもの。一時の勢いだけですり潰せるならば最初から苦労は無いだろう。
そしてそれは快調に攻め返すイレギュラーズ達を一斉に不可視のワイヤーが襲った時、実感するものとなっていた。
「……あれ? きっちり皆の首を落とした心算だったんだけどな」
間合いに血の花を咲かせたクラリーチェはピンク色の舌でペロリと唇を舐めてそう言った。
イレギュラーズは直感と――『運命』とも言うべき刹那の幸運で致命打を受けるようなものはいなかったが、貴族軍の数名には見るからに事切れたものさえいる。残念ながら彼等は葬儀屋たるナハトラーベの世話になるしか無いだろう。
「あんまりサボると団長が煩いからね。それに、僕って――意外と調子に乗られるのも好きじゃないんだよなあ!」
動き出した魔種に敵陣の士気は上がる。
イレギュラーズの登場と活躍で押し込まれた雰囲気になっていた彼等もクラリーチェに続けと猛烈に攻め返しを見せていた。
「まー! 拙者、 超魔王的破壊力を有する 暗黒時空超魔王でするし?
参戦したら圧倒的になっちゃう系ゆえ味方のお助けキャラ的な配置で?」
「何だか凄い事になっておるようじゃが……わしに出来る事をせねばな」
「やれやれ、どこもかしこも物騒で参ったねぇ!」
この動きに一早く動き出したのは相棒の『バルトロメオ』と共に参戦した救援部隊のMasha、潮や縁だった。
彼は「か弱いおっさんは目立たねぇ所で動くとするか」等と嘯いてはいたが、働き所が来るや否や迷わない。
「おいおい、弱いモン苛めはよくないぜ? ここは穏便に退いてくれねぇか、な?」
負傷者の後退をアシストするようにまず自身が壁となり、魔獣の一体を受け止めた。
「ここは受け持つ! 負傷者を後退させろ!」
同様にフロントを支える為にここで果敢に前に出るヴィクターが居る。
「ケガは慣れっこだけど死にたくはねぇからな……!」
負傷者を抱えるようにして後退を見せる葵が居る。
「折角のサーカス最期の公演ですし、近くで見るのも――ええ、少しは参加してみるのもいいかも知れません。
ありがとうイレギュラーズ、ありがとうサーカス。存分に戦い、咲き誇り、あるいは散って下さい。
その全てに感謝を捧げます。それを示すため、私も色々頑張りませんと……ふぁいと、おーです」
回復手を持ち合わせる四音は言葉こそ軽いがそれなりに本気で支援に勤めている。
「ふふ、地獄まで一緒とは嬉しいことを言ってくれるね?
なら私は差詰め君の墓場かな? ――人生の、だけど」
「……地獄じゃなくて、本当は天国がいいんだけどね。
って――冗談言ってる場合じゃないよ、鼎!」
「分かっているとも」
救援に入るのはシャロンと鼎のペアも同じく。
何処までも余裕を湛える鼎は平素と同じように冷静で――シャロンをからかう事も忘れないが、鉄火場に油断はしていない。
軽口の一つも叩かなければやっていられないような戦場は瞬間毎に姿を変え、彼等の仕事を増やすばかりだ。
「――粘るねぇ!」
目を見開いたピエロの口元が三日月に歪む。
いよいよ嗜虐性を発揮するクラリーチェの不可視の鋼糸は生命を持っているかのように踊り、広範の間合いに血の雨を降らせている。
当然ながら無差別の殺戮ショウに悲鳴を上げるのは前線で戦うサーカスの一部も含まれている。
攻撃の仕方は大雑把で殺傷力にばかり特化しているが――レベルが違う彼を自由にさせれば被害が加速するのは火を見るよりも明らかだった。
「この章が彼等の最終章となる事を祈って――
いや、機械仕掛けの神様なんて此処にはいないんだ。やるべき手はきっと我々に、だろう?」
冒涜的なピエロが暴れる前線でグリムペインは皮肉に言った。
密密様の呪印で味方の行動力を支える彼は飛び交う死の気配に肩を竦め、それでも退がる気配は無い。
彼の言う通り神頼みでは到底乗り越えられない局面だ。機械仕掛けの神様(デウス・エクス・マキナ)は不在。
都合良く全てをひっくり返してくれる奇跡は望み得る筈も無いのだ。
「わたくしは猛者を打ち取る勇者ではありませんが、勇者達を助ける賢く可憐な賢者です。
引き籠ってばかりいないで、たまには皆さんのお役に立とうと思ったら。
……ふふ、どうやらわたくしも少しばかり昂ぶっているようですね」
猛烈に吹き付ける逆風にカルマリーゼは何処か挑戦的な気分になる。
(究極人見知りの私だけど……陰ながら役に立ちたいのよね)
貴族も時にイレギュラーズも――このリナのように動機はそれぞれ。
しかし参戦者の気持ちは概ね『サーカスの終わり』を望んでいる。それが何より重要だ。
やはり、必要なのは『全て』なのだ。
事これに到るまで幻想が一致団結したのと同じように――力を尽くして、粋を集めなければ勝利は転がり込んでくるものではない。
それに、どうにも嫌な予感が絶えないのは事実だった。
(更なる――もっと大きな黒幕が、何処かに潜んでいる予感がする)
その考えは殆ど直感に過ぎなかったが、玖累にはどうしてもそれが間違っているとは思えなかった。
●後背を突く
「……さて、それでは拝見させていただきましょうか」
戦場を俯瞰するはシェリー。『世界』に記されるのは戦いの記録。
(――戦の、匂い、此処に来て久しく覚えなかった……血の、滾り。
嗚呼、死地こそが、我が、在り処――)
凱の口元は知らずの内に歪んでいた。
この戦いが『かつて』に比べて大きなものであるかはどうでもいい。
この戦いの結末が何を望むかも今は知れない。
だが、凱の覚悟は変わるまい。かつても、そしても今も一つの弾丸として戦場を貫く事――それが矜持だ。
「最後も随分派手にやるじゃないか……サーカスらしいといえばらしいのかな」
惚けたような威降の物言い。
「さーて、もうひと踏ん張りだね。最後まで立っていられると良いんだけどなぁ」
だが、続く言葉にはそれだけではない想いが篭もる。
最前線へイレギュラーズが到達し、サーカスの突破を阻み始めたのとほぼ同時刻。
少しだけタイミングを遡り、イレギュラーズの本隊とも言える【正面戦闘】部隊はサーカスの後背から彼等を攻撃し始めていた。
(……ふふっ、良いわね、この空気。
正に戦場。血が沸く。腕が疼く……堪らなく滾るわ。
正義感に燃えてる方々には、申し訳ないのだけど……えぇ。存分に、楽しませてもらいましょう!)
口には出さずとも、その表情を見れば佐那の内心は酷く分かり易い。
「お祭りね! 殺しましょ!」
一方で、合図と共に先陣を切る――『口に出して分かり易く』逸脱の方向に寄ったロザリエルの存在感は中々強い。
「これだけの騒ぎを起こしておきながら――自分たちだけ逃げるだなんて騎士的に許しません!」
「パフォーマー達か。貴様らも己の芸に誇りあるなら潔く散るがいい!」
魔獣に仕掛けたクロネの言葉、続くグランディスの一喝は恐らくこの国の国民の――イレギュラーズの多くを代弁する声になっただろう。
多くの不幸をばら撒きながら、不利になれば勝ち逃げる等あってはならない事である。
「論理(ロゴス)ならぬ情動(パトス)の戦い――正気など外だ。
いや、そうでなくては困るのだよ、サーカス。その刃を存分に――もっと深く突き立てて見せるが良い!」
リュスラスの言葉は何処までも『彼女らしい』ものであり、怒りの子の繋がりを感じさせるものである。
終末主義者を気取りながら、自らの保身に精を出すでは悪役としても筋が通らない事この上無い。
「確かにここは俺の世界じゃねえ、呼ばれて来ただけだ。
だがよ、それでも一宿一飯の恩義はあるし、なにより俺の住む世界を乱されるのは気に食わねえ」
そして、啖呵を切るこの義弘は『筋の通らない事』がとんでもなく嫌いな男である。
「任侠ってのは、秩序を守るのも仕事だから、な――」
任侠者の拳が唸りを上げて向かってくる魔獣を捉えた。
化け物と真っ向から向かい合い、退かずに迎撃する義弘の迫力は、成る程自身が語る通りの『漢』であろう。
「そうそう。実際さ、ここで足を止めてはいけない。渡界、もとい渡世の仁義って言う者が旅人には、あるからね!」
同意の声を挙げる行人も戦場を縦横駆け回る覚悟である!
一方で華やかな少女の声に不似合いな物騒を乗せる者も居る。
「たくさんアイしていいんだよね?」
「今回の場合、それで良いかと思われる」
ツーマンセルを組むナーガとソフィアは分かり易く矛と盾の関係にある。
暴れ回るナーガと彼女をカバーし、防御面で支えるソフィアのコンビは戦いの最初からかなり目立って暴れ回っている。
貴族軍を救援した前方の戦場と同様に、裏から喰らいついたこちらの戦場も混沌を帯び始めている。
「軍隊みたいに統率とれて戦うわけじゃないから、とにかく勢いに任せて突き崩すしかないね!」
天十里の言は恐らくは正解だろう。
完全に機能しているとまでは言えないが、一応は挟撃の形を取っているイレギュラーズ側ではあるが、元々サーカスは決起した時点で決死行の覚悟を決めているとも言える。死兵と化した彼等の抵抗は頑強かつ強烈で、整理のついた戦いは到底望める筈もない。
「ふぇぇ、ついに始まってしまいましたね……ってぇ、気が付けば私こんな正面にいるんですかぁ!?
死んでしまいます! 死んでしまいます! あぁ、プロミネンスさん置いていかないで! 私死んでしまいます!」
「……いや、お前が何でこっちに居るんだセレスタイト。黙れ邪魔だ喧しい。ついてくるなら口を閉じろ」
勇猛な大多数の逆を打ち、悲鳴を上げるセレスタイトに呆れたようにプロミネンスが零す。
「分かりましたぁ」と言いつつも口を閉じられそうもない彼が縋るプロミネンスは敵陣へ吶喊しようとしているのは置いておく。
「行くぞ。『決して潰えぬ我が闘志』、その名に恥じぬ力を振るおう」
「ふぇええええええぇぇ!?」
とは言え、情けない声を上げながらも支援する所は支援をする構えを取っている辺りセレスタイトも案外頑丈なタイプである。
雪崩込むように前線を支え始めた貴族救援部隊に比べ、後方から攻撃を開始した正面戦闘部隊はチーム毎の動きを重視しているとも言える。
「我輩は単独」
中には我那覇のように【チーム単独】なる者も居たが……
「……どこからかの辻支援は期待してるである!」
「なんやかんやの間にボッチ確定した私ですが問題ありません。
ちょっと大規模過ぎてヘタレタだけです! 助けを求める声もある事ですし!」
【謎の辻ヒーラー】こと朱鷺も居るので、つまりは需要と供給も一致して丁度良い。
一方で『堅い』チームを組むのは【七曜堂:正】。
「生き残りをかけて楽しみましょうか」
『イーラ達と肩を並べるのは久しぶりだな』
嘯いたスペルヴィアに『サングィス』が相槌を打つ。
『思うがまま燃やしても構わない相手というやつだな』
「ふんっ、これを仕留めれば少しは静かになる訳ね。上等だわ」
水を向けられた『イーラ』にコルヌが気合を入れ直す。
「窮鼠猫を噛むじゃないけど油断はできないけどねぇ」
『特に我々は魔種に関して知らないことが多いしな』
アワリティアの声に『ブラキウム』が応じる。
三人と一対の三つの呪具からなるパーティは攻撃目標を束ねる事で集中打を叩き込み、敵を減らさんと動き出している。
毎度の事ながら『パーティ』で動くのは【勇者ロイ一行】も同じ。
彼等は流石に長く轡を並べて戦ってきただけの事はある。
「全ては、今回で終わらせる! 覚悟せよ、魔種! 今日を持って、貴様らは消滅する!!!」
剣を翳し、朗々と号令を下したロイの言葉に応じ、
「今回を持って、サーカスは打ち切りにさせていただきますわ!
この、森羅万象爆裂魔人こと――レナ・フォルトゥスの手でね!」
「がっはっはっはっはぁー!
今回は、盛大な戦じゃあ! この、わしの斧が光って唸るのじゃあ!!!」
「ぶひひひひひぃーーーんっ! ぶるるるるぅ!」
レナが負けじと高らかに述べ、ギルバルドは今日も豪放磊落に笑い声を上げ、ライトブリンガーはいなないた。
「いい加減に、退場して貰う事にするであるかな」
「左、右、上、下……ちょっちでちー!!」
空牙の為すはあくまで奇襲めいた手管であり、小さな体のパティは予想外に間合いを強烈に薙ぎ払う紫電の一閃を以て敵に応えた。
流石に勇者一行のバランスは良く、前衛として切り込むロイやギルバルド、ライトブリンガーを後衛火力のレナが助け、
「まぁ、わたくしは、わたくしなりに、仕事させてもらう所ですけどね」
支援回復役のダルタニアが支えるという中々堅い戦術を取っていた。
正面戦闘で早速の奮戦を見せるのは【脆穿】の面子も同じである。
「決戦か……上等だ。魔獣だろうがサーカス団だろうが、立ちふさがるってんなら相手になるぜ!」
気を吐いたティバンはあくまで獰猛な笑みを見せた。
「夢ってのは醒めるもんだ、悪夢だろうが何だろうが、纏めて叩き起こしてやる!」
戦場には狂気に染まった犠牲者の姿もある。だからこそティバンはあくまで『叩き起こす』。
容赦する必要の無いサーカスを倒し、悪夢に囚われた犠牲者は元に戻す。叩き起こすとは言い得て妙だ。
サーカスは今の所、戦闘の規律を保っているが前後からの挟み撃ち――更に残るイレギュラーズ側の手札を考えれば突き崩せない壁では無い。
(傭兵として多くの戦場を見てきたが、此度の争いは毛色が違う。
死と狂気で混沌とした、悲痛な戦場――止めなければ)
一気に間合いを詰めるラノールが手近な団員に組み付いた。
「騒音塗れのパレードもこれで終演だ」
リジアの歪視が空間を捻じ曲げるかのような強烈な斥力を生じさせた。
手痛いダメージに呻き声を上げたその魔獣を、背水の構えから肉薄したトラオムが追い詰める。
「止めなければ終わらない悪夢が続くだけ、誰かの夢も悪夢に侵食される――それは、許せない」
「大丈夫――わたしたちが、みんなの『今日』を、勝ち取ってみせるから!」
連携を見せようとした敵の一人――狂気に感染した犠牲者をすんでてエーリカの衝術が弾き飛ばした。
【脆穿】はリジアがそう呼んだ通り、弱い部分を穿つ。そのために集まった者達の総称だ。
「相手は強大な魔種ですが、決して勝てない相手ではない筈です。
事実、彼等は追い詰められている。追い詰められて、この時を迎えています。そして彼等を追い詰めたのは――皆なのですから」
Lumiliaの言葉は英雄を謳う詩人の声である。そして、麗しく勝利を称えるミューズの呼び声であるかのようだった。
銀のフルートを手にした美しい少女は、剣の英雄のバラッドを奏で、【脆穿】の勢いに華を添えている。
この決戦で最も重要なのは魔種たる団長ジャコビニを仕留める事である。現状の勢いを駆らなければ嘘になろう。
「上手く行くといいのじゃがな」
「上手く行かせるんだよ、私達が」
「成る程、道理じゃ」
正面戦闘部隊の戦闘が本格化したのを確認したルアが信号弾で合図を上げ、アリスの言葉に頷いた。
乱戦の中で索敵や偵察、部隊間の連携補佐の役目を受けた【情報網】の二人は、戦闘を行いながら、それ以上の仕事も果たさんと奮闘している。
「じゃあ、私行ってくる――」
「武運をな」
頷いたアリスが目指すのは正面戦闘部隊に引き付けた敵の脇腹を抉る側面攻撃部隊である。
一方でルアは情報把握と伝達に気を払いつつ、正面戦闘部隊の中でも大きな戦力を持つ【破軍】との連携も見せていた。
「頃合みたいよ」
「成る程、では一気に動くとしようか」
【情報網】の一人でありながら【破軍】に同行した暁蕾が傍らのラルフに告げる。
ファミリアで俯瞰する戦場の様子は知れている。ルアの投げた合図の意味も、この先の展開も理解済みだ。
「くれぐれも気を付けてね。何があるか分からないから」
淡々とした言葉には、意外な程の情が篭っている。冷静と情熱の間で、眼鏡ケース(おまもり)を抱く彼女は、出撃前に仲間を気遣う様を見せていた。
「長い日々もこれで終わり、始まりの日のようにいい席でもって結末を見届けようか、友よ。
このクソッタレなサーカスの幕は我々イレギュラーズの手で下ろそう」
「おうとも。しかし、友と見に行ったサーカスの結末を見届けるか。これも良い『思い出』か」
アリスターに応じる人の悪い笑みは特段のもの。
「――我らイレギュラーズ、異端の牙を胸に咆哮せよ!」
かかる号令も又、嫌味な位に絵になる瞬間だった。
統率するラルフに従い猛攻、総攻撃を加えるは【破軍】のそれぞれ甲、乙、丙。
甲は遠距離、乙は近接。丙は時々に合わせて動く――といった所だ。
「さ~て、おイタが過ぎるサーカス団にはキツ~いお仕置きするお」
ニルが腕をぶし、長期戦を十分に意識した彼女は、まずは格闘を中心に敵に仕掛けている。
「ついにサーカスとの因縁に決着を付ける時なの! ここで終わらせて、今日より良い明日を作るのっ!」
「覚悟できてるカ、大地?」
「聞くまでもないくせに、赤羽」
一方で距離戦闘を得手とする鳴や赤羽・大地はニルに比べて『派手』に先制攻撃を開始した。
ファミリアーの偵察で見た所、最前線は派手に入り乱れた戦いになっていた。此方側がその状況に倣うならば、ロベリアの花が咲くなら早い方が良い。
何れ、敵味方入り乱れる乱戦になるならば巻き込まない内に一撃をくれてやるのが理に適っている。
「何も生まず、何も残さず、ただあるのは破滅のみ。そろそろ、この不愉快な催しの幕を下ろそう。
――さあ、無に還るがいい。其処がキミ達の終着点だ」
「この国を随分楽しませてくれたものね……今日はお代を支払いにきたわ。
弱っちい私が何で魔女になったかって――今日みたいな日のために決まってるわ!」
十分な距離を確保して敵を撃つマテリア、エスラ、
「これ、少しはボーナス出るんですかね? 全く割に合わない仕事ですねえ」
更に続くハイネの援護射撃に敵陣が怒号を上げる。
適正距離をそれぞれに分けた小隊は各々の手段で多数の敵を相手取る活躍を見せていると言える。
狂気感染者、魔獣、団員達はめいめいに攻撃に応じた反撃に出ようと動き出すが……
「俺ぁ頭はよくねーが、騙される事は嫌いなんだ。
サーカスの道化共め、国をまるっと騙してくれた事のツケを払わしてやるぜ!」
表情を憤怒の色に染めたルウが大鐵を振り抜いて、強かに光柱を喰らわせる。
「くたばれクソ野郎共! 片っ端から潰しきってやるぜ!」
――闇を撃滅する光輝の愛! 魔法少女インフィニティハート、ここに見参!
成る程、名乗りは伊達ではない。
開幕斉射――強烈な魔砲で敵前線を乱した愛は誰かを助く、誰かに向ける愛という意味でもその名の通りの存在感を見せていた。
「助けを求める心が、そこに――」
(鍛錬は裏切らない――)
心を出来るだけ落ち着かせ、雑念を捨て払う。
心に灯す火は、一つで良い。奴らへ向ける、静かな怒りだけで良い――喧騒と混乱の中、あくまで集中を見せて戦うのはアカツキだ。
『スナイパーのような集中力を発揮して』近接戦に挑む彼は強烈な拳闘、蹴戦を以て。愛の指し示した狂気感染者を打ち据える。
無論の事ながら『この敵』が出来るならば殺したくない相手であるという点も大きいだろう。命を奪わずにそれを制圧した彼は次の敵を睥睨している。
「へッ、デケェ戦は久しぶりだ。無口な兄さんに負けてもいられねぇ。
――存分に愉しませて貰うぜ、道化の旦那方!」
アカツキに比してこちらは饒舌な猟兵が彼に向かいかけた新手をその手に引き受けた。
軽口を叩きながらも孤立しないように位置取りを注意して戦う彼女は猟兵の名に恥じず冷静な攻勢(フリーオフェンス)を見せていた。
血の線を残して崩れる敵。されど、その次の敵はすぐに現れた。倒した相手よりも明らかに強い、中型の魔獣がすぐに危険を連れてくる。
「畳み掛けろ!奴らを緋色で染め上げるぞ!」
「イイねェ! こりゃあ、アガるわ!」
【破軍】の攻勢に『乗った』カイトが声を上げれば、猟兵は目を見開いて歓喜する。
【破軍】と同様に比較的多数を擁して戦場に存在感を示す部隊が【猟犬】だ。
「我々は群れとして敵を狩る戦場の狗だ!
捉えた獲物の一切を逃がさず、食い千切れ!
死んでも成仏だけは保障するから安心してね、死なせはしないけど!以上、狩れ!」
多少余計な情報の混ざったリンネの号令だが、言葉とは裏腹に――或いは言葉通りに、彼女の言は信頼のおけるものである。
それもその筈、【猟犬】は或る意味で最もコンセプトを強く持った戦闘集団なのである。
「……大丈夫、こんなところで斃れたりしない」
「ヤケクソになって出てきたようにしか見えないが、手負いの獣ほど怖いものは無いってね」
律儀にリンネに応じたミニュイが敵を狙撃し、調伏にはそれ相応の躾が必要というものだ――そう言わんばかりのシルヴィアが派手に火力を展開する。
リンネは彼女達を最も上手く使いこなす『ウォータクト』であり、二人はリンネを最も上手く使う『ウォードッグ』である。
ミニュイはエネミーサーチで得た情報をリンネに伝え、リンネはそれを的確に分析し、指揮を下す。
「……誰かに縛られるのはゴメンだ。って思ってた。
でも、この声は心地良い。今のオレは――ローレットの猟犬だ!」
クロの連射が魔獣に幾本もの矢を突き立てた。
「さて、目の色を変える時が来たかな?」
惚けた調子は何時もと変わらず、しかして嘯くその声色は何時にない迫力を滲ませている。
執拗に敵を追い詰めるのが猟犬なれば、弱った相手を見逃すようなアベルでは無い。
更に執念深く猛烈な射撃攻撃を叩き込んだ彼は「まずは一匹」と軽く笑う。
普段の仕事で配役を揃える事は難しいが、一度揃えばこれ程に強力かと見せつけてくれるコンビネーションがそこにある。
「数が多いな。だが、突破が叶うなら突破。殲滅が叶うなら殲滅だ」
「ああ。正面から向かってきたのであれば上等。二度と同じ真似ができないよう奴らの喉を食い千切ってやる!」
その直感めいた嗅覚を十分に活かし、攻防一体の近接戦で暴れに暴れるのはエイヴァン。
彼に応じるエイヴは美しいなりにそぐわず、まさにウォードッグを体現する獰猛だった。
彼等は愚直に――しかして完璧に己が任務を遂行している。頭脳たるリンネを中心に完璧なるルーティーンでの戦闘を見せていた。
アレは厄介――その情報は敵陣にもすぐに伝わる。
「ん……レオンもぶっ潰せって言ってたし全開で殺る」
司令部たるリンネを強襲せんと向かってきた魔獣に衣が視線を向けた。
「あと、護衛だからしっかり守る」
紫煙を軽く燻らせた衣は咥えた煙草を吐き捨てる事も無く、全力でこれを迎撃した。
急行したイレギュラーズ達の先制攻撃は確かに奏功したが、敵の戦力は厚みが半端では無い。
魔種を除けば人型の連中のそれこそたかが知れているが、如何せん数と耐久の両方を備える魔獣共は厄介だった。
一方的な攻勢は長くは続かず、乱戦が増す程に傷付く味方陣営も加速的に増えている。
厄介な魔種のクラリーチェは前方を相手取っているようだが、それは取りも直さずあのジャコビニが後背を牽制してくるという事実をも示していた。
「何時までも好きにやれると思うな、イレギュラーズ!」
目を血走らせたジャコビニの一声――その圧力は戦場に轟く程のものであった。
サーカス戦力の中心部に位置する彼だが、その威圧は半端なものではない。
全くこの期に及んで逃げ出そうとする浅ましさとは相反する――魔種としての能力は確かなものがあるらしい。
超広範囲の敵を捉える彼の能力はイレギュラーズ達の気力を削り、その力の発揮を妨げんとする遅効性の毒である。
前線のクラリーチェは暴威で被害を積み上げていたが、ジャコビニも同様に厄介である。
大いなる魔性を最早隠そうともしない彼は――魔種の首魁たる能力を存分に発揮し、倒すべき難敵としてそこに君臨している。
結論から言えばイレギュラーズが彼等を仕留めるのに撃破部隊を編成したのは正しかったと言えるだろう。乱戦は必ずしも多数に効率的な行動の自由を与えない。ジャコビニの圧に巻き込まれてしまえば彼と戦う前に疲弊してしまった可能性も高いだろう。
「負けるか」
だが、如何に蝕まれても気力ばかりは萎えさせない。
「アンタらの前で、膝を屈する気はない。これ以上、狂わせも殺させもさせない」
低く響くアートの声は決意であり、結論ですらあった。
「俺だけの勇気じゃなく、俺達の勇気で乗り越えるんだ」
敵目掛けて一気に距離を詰めた勇司が吠える。
「不幸な結末を乗り越えて、日々の未来を取り戻す為に――見せてやる、俺達の勇気(ちから)を!」
焔を纏った両手の剣が唸りを上げれば、目前の団員はたちどころに彼の魔炎に咽ぶ事になっていた。
ジャコビニが介入してきたという事は、取りも直さずイレギュラーズの突撃が効いている証明でもある。
このままでは逃げ遂せないと彼が判断しているという事実でしか無い。
ならば、突き詰めるのみである。レオンが、ローレットが、現場のイレギュラーズが幾重にも張った罠と作戦を以て、これを撃滅せんとする。
最初からオーダーは決まっていて、全てはその為に動いている。
前線同様に魔種の大将の干渉で正面戦闘サイドにも爆発的な被害が生じつつあった。
「さあ、お退きになって下さい。大丈夫です、こう見てもそれなりに強いのですよ?」
だが、これを下支えするのはやはりこちらも同様に――その為に今日を迎えた救援部隊であり、その一であるティスタだった。
「ぼくはイレギュラーズが嫌いだけど、イレギュラーズも患者ならぼくは医者として治療しなきゃね。
はーい、痛かったら言ってね。痛くてもやめないけど」
食えない黄瀬の言葉がどれだけ真剣なものかは知れないが――
戦場全体に散る彼等は傷付いた者を癒やし、戦えなくなった者を逃がし、究極的には命脈を繋ぐ命綱だ。
「これ以上の犠牲者は出したくない。ここで止めよう」
「運び屋くらいはしておこうか。いないよりはマシだろうしね」
文にせよ、遼人にせよ。
まともに当たれば死者さえ否めないこの戦場に降り注ぐ大いなる加護であるとさえ呼べる。
「血腥いのは苦手ですねぇ」
『…………』
「報いを受けさせるのは別の人に任せて私達は出来ることをしましょぉかぁ」
ルクセリアに『無口なレーグラ』は応えない。
「戦場から負傷者を遠ざけるだけでも意味はありますよね」
『戦いやすい状況を整えるのも戦いと言えるだろうな』
グラの言葉を『ストマクス』が肯定した。
二人の為すべきは後方で回復役を勤めるメランコリアの元へ負傷者を運ぶ事だ。
「……私……は……動かない……方が……いい?」
『状況によるが誘導と運搬は任せて治癒に専念すべきかもしれないな』
そのメランコリアにアドバイスを送る『コル』は彼女がハイテレパスを有し同胞との高い連絡能力を持つ事を織り込んでいる。
【七曜堂:救】の戦いも他と同じように死力を尽くすものとなるだろう。
戦いは続く。すれ違う幾つもの運命と刹那の攻防、その両方をすり潰しながら。
どちらに転ぶか――態度を決めかねる勝利の女神の御機嫌を伺うかのように、続いていく。
――勝たねば、なるまい。
「私はロザリエル!万葉樹海に咲く薔薇の暴樹!
虚弱なる人間共、緑なき劣等種達よ。この大輪に手が届くと思い上がるならば、その身で証明するがいいわ!」
イレギュラーズは多種多様。最大の目的さえ共有出来ていれば十分だ。
殺す事が目的ならば、嗚呼――彼女はこんなにも輝いているではないか!
●脇腹を抉る
「合図は十分。つまり、ここが好機って訳だ」
【情報網】は部隊毎に活躍を見せていた。
正面戦闘部隊から離脱し、伝令したアリスを受け止めたのはディエである。
即座に【歩兵】と【燃える石】等に情報を伝達するディエの動きは膠着状況を変え得る切り札の発動を意味している。
前後からの攻撃で不足するならば、残された手段は側面からの一撃である。元より敵を過小評価していた訳では無い。
「きつねは狡くて賢いものです。つまり側面から一撃、嫌がらせのような一撃を入れることは得意分野なのです。
削り取りますよ、思いっきり――」
狐耶の言葉はまさに至言だ。弱者の戦術と笑いたくば笑うが良い。
自身等より強い相手を叩き潰そうとするならば、十重二十重の準備こそがモノを言う。そういう意味ではローレットの動きは軽やかにして華麗である。戦力をどれだけ抱えていようとも、鈍重なる貴族達の足とは元々の造りが違うのだ。
「ヒヒヒヒ、とうとう愉快な騒ぎも終幕という訳だ。滅びの為に動くモノへ滅びを。明日は我が身かもしれないからね、特等席で視せてもらうとしよう」
「へへっ、いよいよもって籠の中の鼠だなこりゃ。
まぁ人を舐め腐って好き勝手やった結果だぜ?
えーっとなんつったか……キューソー猫を噛むんだったか?
噛まれるのは犬で間に合ってるぜ!
……いや別に犬にも噛まれたいわけじゃねぇけどな!」
武器商人は意地の悪い笑みを見せ、冗句めいたヘルマンはこれより始まる戦いを敢えて軽く笑い飛ばした。
致命なる第三の矢として準備された側面攻撃部隊が、前後での戦闘が激化した十分なタイミングを以てサーカスの脇腹を抉らんと動き出す。
「――撃ちます!」
静かに気配を殺し――その一瞬に爆発させる。
気合の篭ったアルファードの氷鎖を受けた時、敵陣が受けた衝撃はかなりのものだったと言えるだろう。戦力を敢えて大きく迂回させ、投入タイミングをずらす――奇策めいた動きだが、後背を突いた正面戦闘部隊の猛攻もあり、サーカス側には寝耳に水となっただろうか。
前後の挟撃のその仕上げ、側面攻撃は高い効果を発揮した。
「イーリンさん、たかさんからじょうほううけとったよっ」
「ありがとう。腕の見せ所ね」
リリーの報告にイーリンが頷く。
取り分け、敵陣に衝撃を与えたのは――
「パカお、オレ達のすんげぇ所、皆にバッチリ見せてやろーぜ!」
「神がそれを望まれる――作戦通りにね」
――愛騎に語りかけた洸汰、そして指揮を取るイーリンをはじめとした【騎兵隊】の面々だっただろう。
【騎兵隊】はその名の通り、参加の全員が軍馬ないしはそれに相当するものを準備し、機動力と迫力による混乱で敵陣を掻き乱す目的を有していた。
(ちょっとはいい所、見せときたいしね――)
名乗り口上で注目を集める二人と同様にミーナの大毒霧が派手に先制攻撃を吹き付けた。
予想外のタイミングで予想外の角度から、予想外の騎兵隊が現れる――サーカスからすればこれが三重の悪夢だった事は言うまでもないだろう。
「遙けき地におわしますいと尊き我らが女神よ。矮小なるこの身に今一時のご加護を! ……なんて、ね」
「アト殿! 狙い目はそちらですぞ!」
「殺戮を欲すとは天主もまたご無体な……」
切り込んで神薙を顕現せしめるアミーリアに応じるかのように。更には報告を投げてきた与一にまで何時もの軽口を叩いたアトは惚けた調子だが【騎兵隊】は敵を釣り出し、【歩兵】との連携をもって叩くという明確なビジョンを持っていた。
「一気に詰めろ――」
裂帛の気合と共に距離を詰めたクリムが狙うのは投げナイフを弄ぶ団員の一人である。
距離攻撃を持つ敵を中心に奇襲を仕掛けた【騎兵隊】に戦線を乱された敵陣は果たして、その思惑通りに戦力を横長に引っ張られつつあった。
そしてこれを好機をするのは無論言わずもがな【歩兵】及び【燃える石】の戦力。
撹乱する騎兵に後詰めの歩兵というのは理に叶った動きであり、敵陣に圧力を与える順序としては適切である。
「お前ら言っとくけど原罪の呼び声だの狂気だの死して英雄だのは無しな。
酒場『燃える石』で宴会の予約入れたから全員――あと、唐揚げにレモンもかけといた」
「キドーさんってば、かっこつけちゃって! でもそれはギルティです! ひひ!」
先陣を切るキドーにエマが続いて鶚脚から為る格闘の威力を見せつける。
「帰ったら宴会が待ってるんでねェ、死ぬわけにはいかんのですよ!
よっしゃ待ってろよ唐揚げレモン!:
「命がなければ復興への投資も新しい商談もできないもんねえ!
私がいなけりゃ燃える石の経理どうすんの!」
キドーの軽口に持てる全力を以て応えるガンスキと、「私鶏より豚肉食べたいんだけど」と返す『食えない』オロディエン、
「その唐揚げ帰る頃には絶対冷めてる言うか……
それより何より作ったん誰なんまさか店主やないやろな!?」
突っ込みの一つも入れてみせる艶蕗。どいつもこいつも良く口を動かすが同時に手を止めてもいない。
元よりこんな場所で死ぬ心算は無い面々は――気安い付き合いのその通りに素晴らしい掛け合いと連携を見せていた。
「友達に死んで欲しくはないですからね」
「我ながら似合いませんが」と前置きをした灰が表情を引き締めた。
――我に続け!
防御を備えて距離を潰し、猛烈に攻め掛かる灰の姿は平素と見違えるばかり。
「意外とやるね、白盾……」
成る程、彼と轡を並べて戦うシグルーンも思わず驚く『騎士っぷり』である。
「宴会も楽しみだし――負けられないね!」
「殺しちゃ――後味も良くないからね」
灰を狙った敵影をシグルーンの魔力放出が撃ち、奇声を上げて襲いかかってきた狂気感染者を組みかかった芒が防ぐ。
【騎兵隊】の動きからの突撃で負けじと戦果を挙げるのは【歩兵】も同じだ。
『狩りの始まりだワン!』
『やってやるワン!』
「――それじゃ、お仕事がんばろっか!」
プニとムニ、そして少女(モフ)――揃ってのスフィエルが腕をぶす。
――くちゆくさんごの くずれるのがすき
むくろのくじらが うたうのがすき♪
「でもね。あなたたちのことは、嫌いだ」
不思議を揺蕩うカタラァナの唇が決別を謳う。
彼女の歌は味方を鼓舞し、敵を寒からしめる力ある言葉そのものだ。
「右も左も地獄絵図、中々良い景観だわ。どうせなら楽しんでいきましょ、死ぬほどね」
これだけの乱戦にも優雅さを損なわないのはリノがリノであるが故か。
Seven Veilsに艶美を添えて――崩落の序章を刻む嵐のようなステップは敵を容易には逃さない。
「私が真の人間として生きる道を肯定してくれた友の魂――幻想の方々の良心で築き上げて来た包囲。
ここで砕かれてたまるものですか。絶対に魔種を止めましょう、アルク!」
「ああ。折角今の居場所がいい方向に向かってんだ……それを脅かされたくねえんだよ!」
牛王は意志を以て強弓を引き絞り、魂の如き矢を放ち――アルクはその彼に敵を通さんとあくまで立ち塞がっている。
「正直、サーカスが来た時は嬉しかった。
国全体が活気づいて皆の笑顔が見れて――俺もつられてワクワクしたもんだ。
それをよ、こんな――だからこそ、悲劇はここで終わらせる!」
迫り来る魔獣を春樹の炎が強烈に焦がした。
「まぁ、正直――いい気分じゃないよな。最悪ってヤツだ。放ってもおけねぇよ」
普段の柔和な表情を顰めっ面に変えたリチャードの心情は慮るまでも無い。
強烈に敵に肉薄した彼の心情を示すかのような一撃が『諸悪の根源』の一角たる団員の体をくの字に折った。
「――玩具じゃねぇんだよ、心は」
更に考える程に煮えそうになる腸、その怒りを隠す事無く晴明は猛攻を叩きつける。
「往生しろよ、嘘吐き共(マントゥール)!」
元々後方の正面戦闘部隊に手を焼いていたサーカス陣営はイレギュラーズの急襲に大きく態勢を乱していた。
「追い詰められた獣が一番危険でごぜーますよ。気を引き締めていきましょーね」
「カレーが食べたいという気持ちを糧にして――ことことじっくり煮込むような攻撃を加えるのです」
「カレーは後にしてくだせー……終わったらいくらでも食べていいんで。さー貢献して船代稼ぎますよ!」
掛け合いを見せる【海の家】の小梢とマリナが良い連携を見せている。
だが、これまでの戦いは一方的にイレギュラーズ側に有利を取っていたものではない。
クラリーチェの猛威に晒される最前線は、抜かせない状態の維持に苦心し、負傷者が急激に増えている。強烈な一撃を見舞った側面部隊もさる事ながら、ジャコビニの影響もありそれ以上の消耗戦を余儀なくされた正面戦闘部隊の損耗は著しい状態であり、どちらが先に音を上げるかは競争めいてすらいる。
こうなってくれば活躍を頼むのは毎度頼りの救援部隊の存在である。
彼等のような特別チームは戦いが激しさを増す程にその存在感を高めるばかり。
「この戦い、参加を選ばないこともできたさ。
……でも僕はイレギュラーズって立場にそこまで『無関心』じゃなくて、ね」
「出来ることを、やるだけだ。わたしは何時も、そうだから――」
ニヒルに笑うディジュラークも、表情を変えずに不器用な決意を示す雪も――救援部隊を飛び回る【情報網】の二人もいよいよ忙しくなっている。
倒された魔獣は二桁をゆうに超えている。狂気感染者もイレギュラーズの参戦で多くが無力化し、新たに増える事もかなり減っている。
ジャコビニの腹心たる団員の幾ばくかも倒され、多数で圧倒するイレギュラーズの圧力にサーカス側は確かな苦戦を余儀なくされている。
反面、貴族軍はかなり限界に近く被害はかなり甚大だ。倒されたイレギュラーズも少なくはない。
但し、こちらは救援部隊が効いている関係で少なくともイレギュラーズに死人は出ていない。
詰め手は正解の筈――
「……、……!」
――だが、アルペルトゥスの本能が知覚する『狂気の波』とも呼ぶべき『ある種の兆候』は弱くなる所か強くなっているようですらあった。
彼が以前相対した『アルルカン』を名乗る個体の有した呪いは間違いなくこの戦場にも満ちている。
鼻の奥を腐らせるようなその『香り』は彼にとって酷く面白くないモノであった。
自身の寝床――【アイオンの瞳】で出くわした連中は、彼にとって排除するべき敵であった。
「魔種……世界の敵が先に現れるとはね」
小さく鼻を鳴らしたアレフが少し皮肉気に呟いた。
「だが、これも重畳。今回の戦いは、彼らの力がどの様な物かを確かめるいい機会だ。
どう足掻こうとも、それと戦う運命にあるならば――早い遅いは問題になるまい。
今この時より先に待ち受ける困難に対抗すべく我々は力を磨き、より洗練されねばならんのだから」
「魔種。原罪の呼び声の感染者――呼び声の影響が強くなると魔種に反転するのでしたか、確か」
唸り声を上げたアルペルトゥスを宥めるように、或いはアレフの言葉に応じるように、アリシスが静かに言った。
「凶暴性の発露と人格の崩壊。肉体的な変異。そして周囲への感染伝播――侵食。
私の知る概念侵食で壊れた生物と性質が似ているのは、偶然なのでしょうが……此処でも、そういうものと縁が出来るとは。
運命という言葉は好きではないのですが。この世界に呼ばれた時点で、誰も彼も未だ因果の内に居るのかも知れませんね」
宙を舞う告死の蝶を遊ばせて――アリシスは目を細めている。
真意の読み取り難い彼女の表情は敵(うんめい)への唾棄にも自嘲にも捉え得る。
果たして今ここに深淵なる彼女の真意への答えはなかったが――
「何れにせよ、最終演目に相応しい華を咲かせましょう。
瞳に焼き付け、次への道筋とする為に――殺して壊して魅せましょう」
――姿勢を低く、敵陣へ飛び込み。徒手空拳(めいどまほう)の破壊力を以て敵を叩きのめすヘルモルトの関知する所では無かったらしい。
「うん、まあ他の人達みたいに小難しいことやカッコいい台詞は思い浮かばないんだけどね。
疾く去ね。我こそは波濤、邪を洗い流す海の嘯きである!」
言う割に気の利いた台詞を紡ぐ悠も、
「――我が家に伝わりし宝刀『八尋火』。
片刃の刀……その峰へ牙を突き立てて、さぁ、眠りし片鱗を開き――耀り輝け!!!」
裂帛の気合を吐き出す姫喬も気合は十分。敵を切り裂き、切り刻み、容赦は無い。
「さあ諸君、カーテンコールに間に合うよう、よく目を凝らそう。
観客の意識を逸らして死角を突くのは手品の常道。種も仕掛けもある強襲をもって、魔種とその縁者たちの驚嘆を呼び起こそう!」
束ねられた攻撃をその身に受けながら、それでも斃れないローラントはゴリラの口元に不敵な笑みを浮かべている。
「我らアイオンの瞳は時代の傍流、次代の英雄の介添えよ。
されど傍流と侮る勿れ。其は傍流なれども濁流。
戦場に糧を求める者、理想のために手を血に染める者、実り無き野心の為に引鉄を引く者。
等しく押し流す濁流よ。力尽きて流されるは、道化と勇者の果たして、どちらか。
一興ではないか、事これに到りて試してみるも!」
先に競争と述べたが、競争ならばそのレースにこそ勝てばいい。
吠えるゲンリーの言葉こそ、
「横合いからの奇襲をもって、さあ、舞台に華を咲かせよう。
あらゆる感情という名の華を――バカ騒ぎは、それ似合いたるサーカスだからこそ。
驚きには驚きをもって応えねばならない!」
高らかなる竜也の言葉こそ。
アイオンの瞳が――勝利を信じるイレギュラーズが迷わぬ『決戦の時』に違いない。
「ヒトと『敵』の大舞台、か。ヒトに加担するつもりはないが……
敵の『敵』は敵だった、というわけだ。
『終わるため』の芝居は、地獄で気の済むまでやっていろ――」
積極的に間合いを詰めたシェンシーの魔闘が獣を叩く。
「右腕は痛むが――言ってられんか」
狂気感染者を威嚇術で牽制し、戦線を張る仲間達と連携しながら分厚い敵の戦力を少しずつ、少しずつ何とか削り落としていく。
「……ふむ、これ以上怪しい事が起きなければ良いのだが」
ランドウェラは呟いた。
彼が見る限りでは側面攻撃は奏功している。
多方向からの攻撃にサーカスの戦力は緩み、広がり、数に勝るイレギュラーズ側に各個撃破されているようにも見えた。
このままならば、ジャコビニを狙う撃破部隊も仕事に掛かる事が出来るだろうか。
しかし……
「このままなら、だな」
……全くそれはその通りで、同時にそれに答えは無かった。
●ジャコビニI
シルク・ド・マントゥール団長ジャコビニは元々酷く温和な人間だった。
人を愉しませる事が好きで、子供と動物と何よりサーカスが大好きだった。
旅の行く先々で多くの笑顔に囲まれ、多くの人々に慕われていた。
……彼は馬鹿馬鹿しい位に人が良かった。
貧しい村に頼まれれば無償で公演をする事もあった。
友人に金を貸してくれと言われれば喜んで貸してやった。
己が持てる力と、出来る事を他人の為に提供する事に何の躊躇いも無い人間だった。
或る時、そんな彼の妻が不貞を働いた。
咎を受ける事に恐怖し、泣きじゃくる彼女をジャコビニは優しく慰めた。
或る時、金を貸した友人に大きな詐欺を働かれた。
言い訳をする友人にジャコビニは笑って言った。「大丈夫、分かっている」。
或る時、サーカスのテントが燃えた事があった。
犯人は彼が気にかけたスラムの子供達だった。理由等無い、ムシャクシャしただけの悪戯だった。
彼は決まっていつも笑っていた。
怒りや憎しみに囚われてどうするのだ――と。
世の中所詮ケ・セラ・セラ。良い事も、悪い事もあるから人生なのだと笑っていた。
彼はそれを心から信じていた。信じている、とそう考えていた。
『あの日』が来るまでは――
「……おのれ、イレギュラーズ……!」
かつての彼からは考えられない位の悪相を浮かべたジャコビニの額には大粒の汗が浮かんでいた。
サーカス本隊は前方の封鎖を突破し切れず、四方から加えられる攻撃に耐え忍ぶ状況が続いていた。
自慢の戦力も既にかなりの物量がすり減らされており、戦闘は一進一退より少し悪い状況で続いている。
彼の計算間違いはこのルートが予め読まれていた事、そしてイレギュラーズに加え幻想貴族の士気が高かった事だろう。
足止めの役目を果たした貴族軍が武闘派のアーベントロート派だった事も無論マイナスに働いている。
(……どうする……?)
血走った目で戦場を睥睨し、ガリガリと爪を噛むジャコビニは動揺を隠せない。
己の戦闘能力にも自信が無い訳ではないが、一で百を相手取るのは不可能である。
クラリーチェと合わせても精々倒せて数十まで。魔種の能力は圧倒的だが、自分はあの『オーナー』ではない――
「……………そうだ」
「んー?」
呟いたジャコビニの声に傍らのクラリーチェが応じた。
「道化、オーナーだ。オーナーの支援というのはどうなっておる!?」
絶大な力を持つ『オーナー』の意向はこの決死行を決める時、ジャコビニの決断の大きな材料になっていた。
彼女ならば雲霞の敵さえ何とかするかも知れない――縋る気持ちで問うた彼にクラリーチェはへらりと笑う。
「ああ、そう言えばそんな話もあったっけ」
「お前はオーナーのお気に入りだろう!? その支援を頂かねば最早立ち行かぬ段階になるぞ!?」
「まぁ、そうだね。僕は構わないけど、団長はそれじゃ浮かばれないよね。
ホント、『常に自分だけ良ければいい』なんて――すっごい綺麗な反転をしたもんだ」
軽侮と嘲笑を交えたクラリーチェはジャコビニが何かを言うよりも早く。
「ですってよ、オーナー。さあ、イレギュラーズの皆さんを驚かせる最終演目の始まりだ!」
空を見上げたクラリーチェの瞳に小さな翼の影が映っている。
太陽を背にしたそれは言われなければ分からない程、視認し難かったが――成る程、確かに悪意の影は差す――
●ジャコビニII
「ヤバいことにだけは ならないでくれよなぁ~……って、これ……もう無理!?」
夏子の乾いた声が響く。
「歴史に残るかもしれない大一番――はその通りなんですけど! たった今、歴史は動くってヤツですかこれ!」
異変に一早く気付いたのは――『その時』に注視を続けていた【異変対応】の面々だった。
救援部隊として戦場を駆け回る彼女等――いや、現場に居る敵味方全ての視界の中で、明らかな異変が始まっていた。
う、ぐえっ、ぐお……ぐああああああぁあああああ……!!!
耳を裂くような苦痛の声――悲鳴が上がっている。
その声の持ち主は他でも無いサーカス団団長ジャコビニであり、その彼は……
元々太めの体を異様な程に――元の数倍にも膨張させ、ボコボコと波打つ肉塊にその姿を変えつつあったのだ。
「――空!?」
「……っ、おかしな……っ……!?」
声を上げたノワとウィリアムの視界の隅に翼の影が見えたような気がした。
その正体を確かめる術は無く――二人はすぐに現実へと引き戻された。
おああああああああああああ――!
吐き気すら催す煮詰められた邪悪と危険の気配にイレギュラーズも、サーカス団員も息を呑む。
「団長……? 一体、何が……」
特にジャコビニの子飼いの団員達はその瞬間、戦う事も忘れて『それ』を眺める他は無かったのだ。
そして、それが――イレギュラーズと彼等サーカス団の命運を分ける事となったのである。
「――危ないッ!」
アレクシアが鋭い警告を飛ばせたのは直感であり、不測の事態を警戒していた事によるファインプレーだったと言えるだろう。
その声に咄嗟に身を翻したイレギュラーズ達を巨大な肉塊と化した『ジャコビニ』から伸びた無数の触手が薙ぎ払ったのである。
否。厳密に言うならば『ジャコビニ』が薙ぎ払ったのは『イレギュラーズ』では無い。
魔獣も、彼のサーカスも含めた周囲一帯である。
無数の悲鳴が辺りに響く。今の一撃を避け切れず受けたイレギュラーズは大半が戦闘力を消失していた。
だが、主な被害者となったのは『彼を守る形で彼の周囲に展開していた敵陣』である。
切り裂かれ、大地に転がった団員を、魔獣を『ジャコビニ』は食い始めた。
ばりぼり、むしゃむしゃ。
「やめ、や――だん、ちょ」
べきばき、ぼりむしゃ
犠牲者を触手で絡め取り、肉塊の表層に無数に生えた口で、歯で、彼等を咀嚼し始めていた。
生きながらに喰われる団員が次々と悲惨極まる断末魔を上げている。喰らう度に『ジャコビニ』は満足気に『大きく』なっていく。
最早、これまでの戦場の常識は通用しよう筈もない。
生き残ったサーカスの戦力は奇声を上げ、狂気に呑まれた。
無策にイレギュラーズ達の方へ『逃げ』対処せざるを得ない彼等に無様に倒されるばかりである。
「とにかく――一人でも多く助けないと――!」
衝撃的な光景だが、ライムに忘我している暇は無かった。
合図するまでもなく魔境と化したこの戦いに彼女が出来る事は救援だ。
「全力でエンジンを回す必要がありますね!」
全ての方面で多大な被害が出ている。倒されたイレギュラーズが『あれ』に捕まればそこには死以外の何者も無い。
「絶対に殺させません」
【運び屋】たるアルプスにとってこの鉄火場は存在意義そのものであった。
高めに高めた反応は何の為か――それは戦場に広がる救える命を拾わんが為である!
「待ってろ、すぐ安全な所まで連れてってやるからな」
「ここまで来れば――ギルド側からは死傷者が出ない勝ち戦を目指したいものであるな」
イーサンと共に。Svipulと共に。【運び屋】の戦いはここからだ。
「……ッ……!」
唸りを上げる触手を雷霆の焔爪が弾き飛ばした。
同様に犠牲者を探すそれを自身に引き付け――辛うじてプティが回避する。
「ちょ、ちょちょちょちょちょっと――アレはヤバくない!?」
「ヤバイな」
慌てる零の言葉を表情一つ変えない雷霆が完全肯定する。
「肉壁の心算だったけど――アレはちょっと遠慮したいかな……」
「同感だ。だが、まさに我々にとってコレ以上の働き所等無いだろう」
「もう、接客……どころの騒ぎじゃないよなあ!」
自己回復のタフネスを持つプティと強靭なる雷霆、そして何だかんだで慌てる割に仕事をこなしてきた零――【無銘堂】の三人は鉄火系の救援者である。
「貴族としての面子の為に……こんなくんだりまで出張ってみれば!」
悪夢の戦場にエンヤスの嘆き節が響き渡る。
聞いていない、有り得ない、頭の中を言葉がグルグルと回るが――今すぐに逃走とはいかない幻想貴族の悲哀がある。
それでも怯えながらもそれ相応に仕事を果たそうとしている辺り、何故彼が『憎めない』かは明白だ。
「カッカッカ、良い感じに滅茶苦茶って訳だ」
「アァ、ついに決戦という奴でございましょうね。さもありなん、不測の事態も決戦らしい」
自身を鼓舞するように無鎧が敢えて豪放磊落な笑いを見せた。Dark Planetが『聞いていない話』に一つ気合を込め直す。
「兎に角、こうなれば救援本部に託すしかありません」
「今回、珍しくティアが頑張るって言ったのは――予感があったから、なのかもね」
今日ばかりは堅く表情を引き締めた天使(ティアブラス)にエレムが呟いた。
「……皆さん、ここからは無茶だけは禁物っすよ!」
ジルの忠告は先程までとは全く意味と姿を変えていた。
救援部隊の中でも最大級の規模を持つ【傷癒】にとってここは働きの分水嶺であった。
兎に角倒された者から死を遠ざけ、まだ戦える者を死力を尽くして送り出さなければならない。
サーカスの通常戦力はほぼ瓦解したようなものだが、それとあの『ジャコビニ』は全くの別問題である!
「……正直、グロ過ぎる。あの死に方だけはするのも、させるのも御免だわ」
「最悪の事態だけは避けないと」
元々良くない顔色を蒼白にしたキュウビが呟く。
メルトは全てが綱渡りである事を理解していた。皮肉な最後の『サーカス』だが、それでも的確な支援を続ける彼女は怯まない。
「あちらです!」
シャーリーの人助けセンサーは幸か不幸かこの時最大に機能した。
「……こりゃ、急がないといけないねぇ!」
自身の決めた怪我人の重篤度『赤』を目の当たりにしたヨランダはそのシャーリーと共に死力を尽くす。
そして、救援部隊、取り分け後方に救護エリアを構えた【救援本部】はオーバーヒートとも呼べる位のフル回転を強いられていた。
「おいおいおいおい、冗談じゃねぇぞ!?」
声を上げたみつきの見た風景は――救援奮闘での自身の消耗も吹き飛ぶ地獄絵図のようだった。
「重篤者が多い! 兎に角、回収を急いで!」
「魔王様に回復してもらえるなんてありがたく思うのだ――はい、次! 次もしてやるのだ!」
「メチャクチャだ。でも何とかしないと――」
レンジーが声を張る。応えるルクスリアにも、一悟にも疲労の色は隠せない。
その一悟の頭の中に『面白い芸当だ。小生の研究対象にしてみたいものだ』なる不遜な声が響いたのはさて置いて。
「集中して治さないと――」
「これはちょっと間に合わない位ですわねっ――いえ、それでも間に合わせてみせます!」
医療知識を併用すれば対象の傷の深さはセリカにこそ良く分かる。
充填持ちのヴァレーリヤは回復役の要とも言えた。
「念の為、給水もさせて下さい! まだここは安全だけど――動く必要が出てくる可能性があります!」
医者として指揮を取るアイリスの表情も険しさを増していた。
結論から言えば、救援部隊最高の見せ場は鮮やかだった。
サーカス側の大半が『餌』になっているその間に動けない者は何とか最悪の事態を回避したのである。
おああああああああああ――!
咆哮を上げる怪物は幾らの自我を残しているのだろうか。
傍らで相変わらず『遊んでいる』ピエロは仮面より深くケタケタケタケタと惨劇を笑うばかり。
期せずして構図は分かりやすくなったと言える。
こうなれば撃破部隊があの『ジャコビニ』、更にはクラリーチェを倒せるかどうかが全てになる――!
●ジャコビニIII
――そうか。君は何者にも怒っていないと。
ええ。怒って何になりましょうや。
吐いた唾は飲み込めない。起きてしまった事を責め立てても……
そんな事をしても、より多くの不幸を撒くだけだ。
――君一人が傷付いているのに。
私一人で済むならば、どんなにかマシでしょう。
――道理だね。それが本当に真実なら、きっとそれでいい。
だけど、実際はどうだろうね。君が本当に本物だと言うならば。
そうだな、言ってご覧よ。全てを許すと。
全てを許しましょう。
――ふぅん。
全てを許すのです。私は何者にも怒っていない。
――成る程。
噓ではありません。
――『噓ではない』だろうね。君は『そう思っている』から。
疑う余地もなく! 私は!
――そうだね、怒っているね。
怒っているとも。怒らないで居られようか。
私が何をした? 与え、育み、許してきた。
それなのに、私には一体何が残った!?
妻は友人と寝た。その友人は醜い詐欺師だ。
口では良いように言いながら、何故彼等は私のサーカスを焼いたのだ!?
――解せないね。不条理で、不合理だ。
人間っていうのはそれで正常だよ。
僕は多くを見てきたし、これからも見るだろう。
責めているんじゃない。その当たり前の人の造りと感情を僕はむしろ愛している。
……っ……!
――だから、許そう。君はもっと……そうだな、単純に楽になるといい。
その先行きに何があるかは分からないけれど。
誰かの犠牲を強いなきゃ成り立たない世界なんて壊してしまえばいいよ。
何を隠そうこの僕も――もうずっとそんなつまらない問題に囚われている。
全てを許そう。だから、君は君の想う侭にすればいい。
『彼』の言葉は福音で、その時、確かにジャコビニは生まれ変わったのだ。
全ての抑圧からの解放は、彼を全ての苦しみから救済した。
口笛を吹きながら、笑顔で街を歩く。
見知った顔にお決まりの挨拶をして、何時ものパン屋で朝食を摂った。
上機嫌で自宅に戻り、妻を――して、その足で友人を――して、スラムを――した。
ジャコビニは確かに幸福になったのだ。
己を騙していた『偽りの平穏と偽りの幸福(シルク・ド・マントゥール)』を捨て去って――
皮肉を込めて『幻想楽団(シルク・ド・マントゥール)』を立ち上げた。
愉快なパレイドに容赦は要らない。誰かを喰らわなければ成り立たない世の中ならば、喰われるよりは喰らうが良いだろう!?
「あはははははははは! どうぞ御覧じろ! シルク・ド・マントゥールの最終演目『大晩餐会』を!」
全ての問題は目の前の『ジャコビニ』、哄笑を上げるクラリーチェ。
『決戦』はまさに最高潮を迎えていた。
敵は多数のイレギュラーズさえ退けんとする巨大なる悪意。この場で仕留めなければどれ程の被害を撒くかも知れない怪物である。
サーカスの通常戦力はほぼ壊滅。イレギュラーズ側も甚大な被害を受けていたが、救援部隊の活躍で一先ず当面の危機は去った。
「戦神が一騎、御幣島カナデ! 陽が出ている間は倒せないと思え!」
勇壮にして絢爛な名乗り文句は奏のもの。
最後の舞台に上がるのは大敵を仕留める為だけに極力力を温存してきた撃破部隊――イレギュラーズの最高戦力を中心とした勇者達である。
「ダメッスよ、もうアンコールは求められちゃいないんスよ。
下りるときは下りる。いい演者の必須事項ッス。やり切ったら――これでおしまい、それがルールッスよ」
求められないアンコールを奇しくもこんな形で実現してしまった『ジャコビニ』にスウェンは苦笑した。
全長を十メートル近くにも増したそれは見上げんばかりの威容である。
「アンデッドたる私に死を感じさせるか、面白い……さっさと殺るかモルグス君、支援攻撃は任せろ」
「ハハッ、死と隣合わせの戦場は初めてだが良いねぇ。そう簡単に死ぬ気はねぇがな――行くぜ、ジーク!」
無数の触手を伸ばすそれに、全力の攻勢を仕掛けるジークにMorguxは無敵にも思える敵を前にも怯んでいない。
敵は圧倒的な危険を帯びる巨体と化したが、逆に勝てば逃がす目は無くなったとも取れる。
同時に大戦力で相手にするならばこの方が集中打は取りやすいとも言える。
「嫌な予感はドンピシャかよ――」
不敵に笑うオロチはそれでもサウザンド・ワンをピタリと構える。
「だが、しつけえぞクソデブ! シルク・ド・マントゥールの演目はもうお呼びじゃねえんだよ!」
彼の放つ精密なる射撃はまさにシルバーバレットと呼ぶに相応しい。
「アークがパンドラの――魔種が私達の対とも言える存在なら……流石にぞっとするな」
「幕引きをする時なら、挨拶をして去るべきではないですか?
今の団長さんにそれは期待出来ないみたいですけど――」
ラダは『ジャコビニ』に射撃による攻撃を加え、絵里は触手を掻い潜り、巨体へ強かな打撃を加える。
「徹底的に追撃じゃ!」
「冥府の船頭ノ力を思いシラせてヤル――」
綺亜羅のオーラキャノンが肉塊を叩き、その隙を縫うように死骸盾で触手の攻撃を受け流したモルテは、渾身の逆再生で肉塊の表面を削ぎ取った。
「ガンジョウだな! それでこそ殴りガイがあるってもんさ!」
自慢のクラッシュホーンの一撃にもさしたる痛痒を覚えていないかのような怪物にイグナートが気合を入れ直す。
その巨体と成りたちから『避ける』事をしない敵は彼のようなパワーファイターには『上等』な相手と呼べるだろうか。
おああああああああああ――!
人の声為らぬ咆哮を上げる『ジャコビニ』もやられているばかりでは無い。
肉塊が腐臭を放ち、全方位に猛毒のガスを吹き付けた。
強烈な威力と致命にも到る毒の展開を、
「私の傍に――!」
声と共に役割を果たすオフェリアの超分析が阻んで見せる。
「やれやれ、ですね」
溜息を吐いたヘイゼルは『賢明にも』ある程度敵の動きを読んでいた。
巨体にはこの手の範囲攻撃はつきものである。見た目から楽しくないそれが毒々しいのも知れている。
広範囲に及ぶ敵の攻撃に厄介者(バッドステータス)が存在する事を確認した彼女は【梟の瞳】の面々に告げる。
「『お気をつけて』」
その言葉は裏を返せば魔術に傾倒する者の多い梟を支えるが今日の役目であるという自負がある。
そして彼女の言う『魔術への傾倒』は大火力の持ち主という意味も持つ。
「今宵紡がれるは魔を断つ勇者達の冒険譚!
この術を以て――その末席に、加えて頂きましょう!」
声を上げたドラマはまさにそんな一人であり、彼女の放つ魔術の一打はイレギュラーズの中でも有数とも言えるまさしく『大砲』である。嵐の王をこれ程気持ちよく『ぶっ放せる』相手は中々居ない。かつて混沌に存在したともされる暴威の一端はその名に恥じず、直撃した肉塊をよろめかせた。
「これだけの大物ならば、倒し甲斐も十分――どころか十二分だな」
再び空気を揺るがすは続くモルフェウスの大魔術である。
水を得た魚のように破壊に特化した二人の魔女(ウィッチ)の見事な競演が巨体を揺らす。
「逃がしはせんよ、詰ませてもらう」
老獪なるギルバートはすかさず黒鴉を放ち、触手の動きを牽制してみせた。
猛烈な攻撃に晒される『ジャコビニ』だが、一度に多数の敵を狙う肉触手と、広範囲を襲う猛毒攻撃は確実にイレギュラーズ側を蝕む脅威だ。
回復は完璧ではないがオフェリアやヘイゼルの存在は確かに危急の救いになっている。
「楽しかったサーカスが、こんなことになるなんて……
こんな恐ろしい戦場に立つのは初めてで……慣れは、しませんけれど……」
恐怖は否めない。否めないがアメリアはその支援の手を止めてはいない。
「ハートに火をつけろ! 勇気を滾らせろ!
呼び声なんてくだらねぇ――びびって足を止めてりゃおしまいだぜ!」
演説めいた貴道が誰よりも危険な至近へ飛び込み、ドリルスクリューブローを叩き込む。
彼は賭け事をやれば大抵負ける。だが一つの勝ちは常人の経験出来ないような『大勝ち』の可能性さえ秘めている。
元より慣れているならば――如何なリスクも郷田 貴道(フリークス)を止める理由には成り得まい!
「この戦は貴様らへの花道である! さあ、笑いながら死ね! 派手に逝け! 本望だろう!?」
激しく攻める貴道と同様に――しかしダークネスクイーンは長く続くであろう戦いに、防御に軸足を置いていた。
自在剣『ダーク・ミーティア』は光通さぬ暗闇を纏い、鈍重なる敵を容赦なく切り裂く。
「さて。今日の僕は魔王モードだ。片付けよう、我が友の心の平穏ためにも、ね」
静かに言ったルーニカの魔砲の轟き――【旅人行進】の猛攻はその名の通り行進曲(マーチ)めいている。
勇壮にして真っ直ぐに敵に向かう彼等はこの戦いの終局を間違いなく勝利のビジョンに見定めている。
彼等はジャコビニを激しく叩きながら、手薄なクラリーチェにも戦力を回している。
「――やはり一度殴っとかないと気が済まない、歯ァ食いしばれ」
「ははははっ! ついにこの時が来た!!さぁ、一緒に楽しもうぜッ!!!」
一方、絢爛なる刃と爆彩の花を携えるレオンハルトは手薄に見えるクラリーチェを狙って飛び込んだ。
同様に振り下ろされた聖剣から放たれたハロルドの皓月が銀色に彼我の間合いを焼き払う。
「あっはっは! 僕の相手は君達かい!」
「相手が死ぬか。僕が死ぬか。二つに一つだ。分かり易い」
ヴェノムは哄笑するクラリーチェを見据えていた。
「命(チップ)も賭けずに卓につこうなんて奴にゃ興味はない。君はどう? ピエロのお兄さん」
「君とは気が合いそうだ! 付き合いが長くなりそうにないのは残念だけどね!」
顎をしゃくったクラリーチェはイレギュラーズの動きを受け『ジャコビニ』の巨体から距離を取る。
「――いいね」
露骨に誘うような挑発の動きにこそ――ヴェノムという人間は嬉々として乗りたがる。
「こっちも一口噛ませて貰おうか。身体はぐずぐずだが……闘志が疼いて仕方がねぇからヨ」
「お好きなように」
「じゃあ、お言葉に甘えて――よ!」
怪物めいた『ジャコビニ』と相反して丁々発止のやり取りはまさに道化の本懐といった所か。
豪真のラピッドショットが道化の足元を撃つ。跳躍したクラリーチェを追撃するのは、
「……そこ……」
スナイパーの目で『隙』を狙撃した幽邏である。
鋭い弾道は宙を舞った道化を捉える。
小さく息を漏らしたクラリーチェが腹を抑えて着地すれば、即座にそこに飛び込むのはリーゼルだ。
「道化師さんは王様の目を覚まさせることに成功したんだ。そろそろ退場してもいい頃じゃねえか?」
中々上手い皮肉を言う。距離を詰めたリーゼルはまさにこの瞬間に集中していた。
華麗な身のこなしからなる連続攻撃は――まるでナイフの上でダンスを踊っているかのように危険で速い。
「成る程、ここまで追い詰められる訳だ。雑魚連中には荷が重いよ! だけど――」
鋼糸が金属音を立て、たわむ。
「『僕は一緒にするなよな!』」
「キミは確かに強いのかも知れないけど――ボクらは一人じゃ無い!」
「鉄帝軍人としては幻想がどうなろうとあまり興味がないのも本音ですが――」
「――正義の魔法少女でしょ!」
「……と、いう事でありますので」
「受けてみろ、これが絆の力だ!」
掛け合いを見せたセララとハイデマリー、【セララ&マリー】の二人がクラリーチェを攻め立てる。
美しい顔を凶相に染めた彼はイレギュラーズの猛攻を受けつつも逃れる心算は無いらしく、真っ向から迎撃の構えをみせている。
「肝が据わってる子は大好きだよ」
ルチアーノの言葉は半ば以上本音であった。
「君こそ『本当はどうしたいの?』
飄々としてるように見えて――絶対に譲れない何かを持ってるんでしょ?」
「クラリーチェ、あんた、どうしてそんなになっちまったんだ?
まぁ、元からならいよいよ救えないって話だけど、よ」
「そうだなぁ」
続いて問いかけたルシフェルに、クラリーチェは笑みを浮かべたまま言う。
「折角だし、少し講義をしようか。何、所詮ピエロだからね。偉そうな話でも難しい話でもない。
魔種ってヤツが本質的に何なのか――『反転』ってヤツの意味っていうか」
仕掛けたヴェノムとクラリーチェが刹那でやり合う。
頬に傷が走り、赤い血が吹き出したが饒舌なピエロは構わない。
「『反転』は文字通りの引っ繰り返り、だ。団長は滅私奉公の人だったからすっげぇ自己中に変わった。
僕の場合はなんだと思う? 想像はつくかも知れないけどね――僕は何時も強制されてたの。
産まれた時から、ずっとね。酷く厳格な親に、教師に、常にいい子でいなさいと押し付けられた。
だから何だろう――強いて言うなら、僕は今――強烈に悪い子な訳なんだな!」
ブレードワイヤーが踊る。
必殺の煌めきを帯びる脅威の暗殺術に複数のイレギュラーズが傷付けられた。
「団長の様子が気になったかい? アレはね、『属性外』の多重反転さ。
団長は何て言うか親が違う。魔種としての能力が高いのは――まぁ、そりゃそうだ。一番上の子供だからね。
唯、『原初』のそれに『七罪』の直接関与が加わったから、暴走しちゃった訳だけど」
身勝手に喋るクラリーチェは嗜虐的に目を細め、それから目を見開いて言い切った。
「ま、どうでもいい話さ。君達の仕事はどっちみち団長を倒す事だし。
話は前後したけど拘りとか言うならそれが全てさ。
僕は何者にも縛られちゃあいけない。生にも死にも――誰よりも自由に好き勝手しなきゃ嘘だ。
自由がないとか最悪じゃん? 死んだ方がマシってヤツさ。
まぁ、オーナーはそんな所が気に入ってるなんて言ってくれてたけどね!」
「七罪……オーナー?」
クラリーチェの言葉に柳眉を顰めたのはアマリリスだった。
「この世界は貴方達魔種の玩具じゃないの――誰よ、裏で糸を引いているのは!
言いなさい、クラリーチェ、貴方の主人のその名前を――」
アマリリスの反応は笑う道化のお眼鏡に叶ったらしい。彼は上機嫌で「さあね!」と煽る。
埒は明かぬ。こんな相手には問答よりも実力行使が手早いだろう。
「カーテンコールの準備をどうぞ!」
「命のベットロール、狙うは道化師さんの命……賭けは勝たせて貰わなきゃねェ?」
【銀の剣】――我に続けと力を付与するシフォリィ、雷鳴を謳うヨダカの声を受け。
「滅びが望みならくれてやる。死ねば誰にも縛られないって言うなら――お前の『死神』は、このオレだッ!」
黒陽刀・千狼哭夜、ディバイダー・ヴォルフ――対の牙を備えたクロバが間合いを奔る。
元よりジャコビニと並ぶ強敵と目されていたクラリーチェには多数の戦力が集められていた。
「銀の剣は奴らの喉笛を裂く! 行くぞ!」
「はは、いいねェ! 遠慮なく潰させてもらうぜェ!」
威勢のいいクロバに軽く笑うアランがクロバの相手を始めたクラリーチェに光柱を投げ放つ。
「もう、これ懲らしめん訳にはいかんやろ」
「目には目を、歯には歯を。何があろうと、我は決して止まりはしない!」
絢爛なる舞刀を展開するのは佳月。碧の覚悟を示す碧嵐舞が怒涛の勢いでクラリーチェを攻める。
「……っ……!」
技の冴えもさる事ながら多勢に無勢の手数は圧倒的で、受けきれない彼は小さく呻き、後方へ大きく跳躍する。
「えっらい美少年さんやなあ。でも、今は遠慮出来んわ。堪忍ね」
「もっと無様に滑稽に笑いなよ? 道化師らしくさ。クラウンは泣きながら笑うものなんでしょ?」
ブーケの血蛭が、ルフナのマリオネットダンスが態勢を乱すクラリーチェを追撃する。
「……調子に乗るなって!」
「愉悦はここまで、ここで終わらせる。
終わらない音楽なんていらない。幕のない舞台なんてなくていい――」
アイスブルーの髪が揺れる。金色の双眸が真っ直ぐにせせら笑う道化を射抜いていた。
その瞬間、強烈に迸った死の鋼糸は彼女を――凛を抱く悠凪を斬り倒すには到っていない。
攻防は続く。数十のイレギュラーズを相手にしながらも暴れに暴れるクラリーチェはまさに鬼気迫る殺戮者だった。
道化の見た目に、線の細い美少年の姿に似合わず、間合いを血に染め、幾人ものイレギュラーズを地面に沈めていた。
暴風のように荒れ狂う彼の殺気は圧倒的優位にある筈のイレギュラーズにさえ状況の余裕を感じさせていない。
「その良く回る舌を落とし断章と致しましょう、少年道化!」
「滅びるのじゃ、愚なる者共。汝らの罪は、最早その血で贖っても足りぬもの」
「ツケは全て払っていただきましょう。皆様、存分に力を振るってくださいませ」
エトのシェルピア、コルザの、アンジェリーナのハイ・ヒールが味方の傷を癒やす。止まらない出血を塞ぎ、もう一度前に出る勇気をもたらした。
「くかかっ、楽しい楽しい奪い合いの時間だな。俺も笑うからよぉ……お前も、もっと笑えよぉ! 道化師ぃ!」
「見知った皆が傷付く所は見たくないからね」
血染めのオクトが捨て身で仕掛け、メートヒェンはその彼より前にでるようにメイドを嗜み、防御の型から痛打を加えた。
「我が身は神と主が為の剣ですが……今一時はこの国の牙となりましょう。貴様の喉笛、噛み千切らせて貰う!」
イレギュラーズの傷は、痛みは、消耗は、倒された事実は無駄ではない。
蓄積されたダメージと疲労に余裕を失いつつあるクラリーチェをリュグナートの刃が追う。
「お前の見た目がルル家(うちのだんちょう)に似ている! 覚悟でゴザル、キエーッ!」
「墜ちよ、外道!」
怪気炎を上げるデスレインと――噂のルル家がクラリーチェを猛襲する。
ルル家は彼のワイヤーの間合いの外から一度で飛び込むクレバーな所を見せていた。
殺るか殺られるかなら防御等要らないと機動力に振り切るその様は――成る程、少女なりではない。
(汚いと罵られようが構わない――殺さないと殺される。
あたしは元の世界へ戻りたい。だから殺す、多勢に無勢でも、それが悪人であろうと聖人であろうと。
今ただ望むのは、目の前の敵の命のみ――!)
見えてきた『ゴール』にかるらは疾走する。
「……っ、くしょうが……ッ!」
余裕を失い口汚く声を漏らしたクラリーチェが斬殺空間を展開した。
声も無く倒されたイレギュラーズは数名に及ぶ。
イレギュラーズの猛攻は続く。クラリーチェは傷付き、疲れ――それでも猛烈な反撃を見せつける。
先程よりも多い数が戦力を失った。だが、十重二十重に寄せる攻め手はそれにさえ頓着しない!
「これまでのろくでもねぇアレコレ全部に――カタぁハメてやんぜ!」
フロントが欠けたならリオネルが即座にそれを埋める。
更に続く猛攻にクラリーチェの防御は決壊した。それを攻め立て、仕留めんとイレギュラーズの意気は更に上がった。
「もう夏ですよ。こちらはこれから『本業』が忙しくてね」
嘯いた寛治が姿勢を低く這うように地を駆けるリースリットの姿を捉えていた。
「――道化師、貴方は此処で討ち取る。それ以外の結末は、無い」
強い言葉――『唯の結論』を口にした彼女の刃が、死に体の道化の影を縦に割る。
崩れ落ちるピエロは最後の瞬間までその表情にあの笑顔を貼り付けていた。
●終幕
元より、彼我の個体戦闘力の差は絶大過ぎる。
それは個の力では及ぶべくもない相手である。望まれるのは連携と、手数による圧力でしかない。
「一人に出来る事等たかが知れているが、束ねれば為る事もあろう!」
誰かがそれを討ち取れば勝利――ガレインの言はまさに真実だ。
(強い……そして、禍々しい。これが魔種か……!)
とは言え、ノブマサはこの敵に相対するならば何が必要かを理解していた。
可能な限り長い間戦力を残し、その戦力の総力をもって巨敵を破壊する――シンプルだが、それは同時に難しいミッションでもあるのだが。
「そんなにブクブク膨らんで――水風船かよ!? しかも、跳ねそうにもないって――終わってんな、オマエ!」
豪快に化け物の存在感さえ笑い飛ばすBrigaにはまるで恐れ等無いかのようである。
実際の所、イレギュラーズの士気は高い。一人ならばこんなもの相手に出来よう筈もないが――
撃破部隊は、【団長殺】の仲間はそれだけの信頼に足る者達である。
「……今まで散々暴れてくれた分、ボッコボコにしてアタシの冒険譚に加えてあげるわ!
仕返しは基本、百倍返しからだから!」
「かなり、しぶといみたいけど……私も諦めが悪くてね。絶対に灰にしてあげるわ、覚悟なさい」
気を吐く攻撃特化――ルーミニスの一打は容赦が無い。
防御面で不安を残す彼女をガッチリと守るのは『諦めの悪い』アリソンである。
「逃がしはしない。元々その心算は無かったが――尚更だ」
エクスマリアは淡々と強烈な魔力撃を叩き込む。
「そう、こんなのっ……逃がせる訳が無いでしょ」
ここで失敗すればどれだけの人々が、どれだけの国が滅茶苦茶にされるか想像もつかない。
たくさんの人が涙を流す――」
頑強な『ジャコビニ』の抵抗を削ろうとアクアのレジストパージが巨体を叩く。
「特別、幻想が好きなわけじゃないけれど、愛着はあるの。
この国の人達が流した血と涙は、戻ってこない――あなた達が撒き散らした不幸のけじめをつけて貰う。
これは、私だけの気持ちじゃない! 『みんな』の願いよ!!!」
「死ヌノはこワクなイネ。ソチラのツゴウは知ラないケド。
退散スル気ハナいよ?欲シい部位ガ手ニ入るマでナ!!!」
骸の白魔ノ剛腕が振り下ろされ肉片が飛び散った。
【団長殺】の大戦力は難攻不落の巨敵と化したそれに今、全ての火力を集中させんとしている。
「団長さんとても人が良さそうな人だったのにな、残念――あれじゃもうお話も聞けないしね」
「うむうむ、生き足掻いておるなぁ! だがそれもまた良し!
吾も足掻く故、どちらが長く生きるか競争と洒落こもうか!」
惚けたようなムスティスラーフと本気の百合子がそう言った。
ぐちゅぐちゅと泡立つ肉塊は受けた傷を修復しようとしているようにも見える。
結論から言えば、多数の火力に晒される現状ではそれは百合子の言う『生き汚さ』の域を出まい。
「共に往くぞ。彼奴めを仕留めん」
「はい、任されたよ」
白百合清楚殺戮拳が存在感を示し、ムスティスラーフの告死が巨体を蝕む。
「倒せない相手じゃないわよ」
飛翔する刃を振り切った竜胆は言い切る。
「実際、こんなにも――傷付いているのだから」
「みんな一緒だから大丈夫だ! 団長さん倒すために僕たちはここに来たんだからな!」
竜胆に応じてノーラが大きく頷いた。更なる集中攻撃を加えているのは【団長殺】との連携を約した【古戦場】の戦力である。
「もう少し……っ、少しでも……!」
リィズのマジックライフルが幾度目か術式を吐き出して敵を叩いた。
猛烈な集中攻撃に晒されるそれは当初よりも削り落とされ、サイズを減じていた。
「──勝つ。私達はその為に」
掠め取ったジャコビニの思考は『死にたくない』という原初の欲求であった。
余りに浅ましく愚かで――憐れむべきそれにシエラの表情が幾らか歪んだ。
再生より早い速度で削られるそれは生きながらにして死ぬ、死にながらにして生き続ける忌まわしき呪いの様相を帯びている。
一つの攻防毎に損耗するのはイレギュラーズも同じ。
最後の戦いが始まってから深く傷付いた者も多い。
超広範囲と複数を同時に相手取る『ジャコビニ』は要塞にも近い存在だ。
元々の生き汚さを相俟って、異常なまでの耐久力と粘り腰を発揮するそれは否が応無くイレギュラーズに消耗戦を強いている。
だが、それでも綻びが見えない訳ではない以上。
どうあれ決着が近付いているのは疑う余地は無かった。
訪れるのが勝利か、敗北かはこれより決まる。
ノーブルレバレッジから続く信と絆を繋ぐ戦いが結実するかどうかは、この一時に賭けられていた。
「さあ、その肥やしきった贅肉、全部そぎ落としてやるぜ、デブ!」
「魔種達に示してやろう! ローレットとイレギュラーズ此処にありとな!」
最後の力を振り絞り、ギアを変えて斬りかかる――シレオの剣が肉塊を抉り、ヨルムンガンドが高らかに吠えて竜の一撃をお見舞いする。
「結局どいつもこいつも芸を殺しに使う三流ばかりってことだ。お似合いだ、踊ってやるよ」
吐き捨てるように言ったルーティエのステップは『サーカスへの淡い憧れの気持ちの分』も上乗せして――『ジャコビニ』を攻め立てた。
おおおおおおおおおおお――!
戦いは長く続いた。血で血を洗い、命をチップに死線を踊る――
イレギュラーズがイレギュラーズとして相対する初めての――最悪の戦いは刹那毎に彼等の運命を試し続けている。
触手が間合いを薙ぎ払い、誰かの体を貫いた。
辺りを制圧する『ジャコビニ』の毒は苛烈で、もう倒れろと戦士達に強い続ける。
されど、彼等は折れなかった。
時に精神は肉体を凌駕し、特異点だけの持ち合わせる可能性(パンドラ)は青く燃えた。
持てる全ての力を尽くし、慟哭する悪夢(ジャコビニ)に打撃を加え続けた。
愚直に、鮮烈に――迷い無く。
恐らく、結末を分けた『何か』があるとするならば、それはその『貫く一念』だったに違いない。
「サーカスの、幕を引く――!」
「そうだよ」
頷いたのはユーリエだった。
「誰かが傷ついて悲しまないように。哀しみの鎖を断ち切る為に。私たちは戦うんだ!」
「今宵の月は何色になるんでしょうね」
轡を並べ弾幕を放ったエリザベートは蠱惑に笑い、ガーンデーヴァの紅い魔力は巨大なる敵を強かに貫く。
「みんなで帰ろう――ここで、終わらせるんだ!」
ポテトのブレッシングウィスパーが果断に踏み込んだ恋人(リゲル)の背を押す。
(怖くないといえば嘘になるが――この程度で怖気づいていたら父上を超えることはできない!)
祝福された騎士は澱みの塊のような魔種――その成れの果てに大いなる刃を突き立てた。
「これが――サーカスの幕引きだ!」
一声に、一撃に。彼の想いがレイズする――
おああああああああああああああ!
ぞぶりと自身と存在を抉る死力の聖剣に、禍々しき肉塊が鳴動する。
震えて、震えて――天を裂くような呪いの声を轟かせた。
怨嗟が、慟哭が、復讐心が煮えたぎり、それは肉の触手を振り上げた。
「――――」
肩で息をするリゲルは避ける術を持たない。
彼は唯、己に迫る肉の触手を茫と見上げたが――寸前で止まったそれは、彼を捉える事はついぞ、無かった。
成否
大成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
YAMIDEITEIっす。
べつにぜんぶかいてしまってもかまわないのだろう?
このシナリオに関してはちょっと凄い事があったので喋ろうと思います。
何と297の参加者を擁しながら『白紙・短文プレイングが0でした』。
……結果、非常に執筆が、非常に難関になった訳ですが、これだけ頑張って頂けたというのは冥利に尽きるという訳で、全員描写いたしました。『白紙以外ではなく、まさに全員描写です』。
十数年のGM経験がありますが初めてです。
多人数決戦でこれを達成したのは知り得る限り初めてです。快挙だと思います。
つまり、全ては当然の結果という事で、PPPのお客様は素直に凄い!
シナリオ、お疲れ様でした。
※ただ書式遵守だけお願いします。切にお願いいたします。
GMコメント
YAMIDEITEIっす。
遂に来てしまったPPPファースト決戦。
以下詳細。
●依頼達成条件
・シルク・ド・マントゥール団長ジャコビニの殺害
※最低でもそれは必須です。
●状況
現在幻想はジャコビニの命を受けたサーカス団の各地での陽動、攻撃、逃走に大わらわです。彼等の行動は殆どが不規則かつ暴発的なものであり、イレギュラーズや軍隊の対応は迅速ですが多少のダメージは避け得ない状態です。
しかし予め主要な逃走経路をゼシュテル方面と見切っていたレオンの采配により、サーカス団の本隊は国境に到達する前にアーベントロート派貴族との交戦を余儀なくされています。彼等が時間を稼いでいる内に現場へ急行し、決着を預かりましょう。
尚、貴族部隊はイレギュラーズが到着した時点で劣勢です。
但し、サーカス本隊も相応に疲弊しています。
●サーカス本隊
主な敵と戦力は以下です。
・団長ジャコビニ
かなり強力な魔種である事が推測されます。
性格は狡猾で臆病ですが、戦闘力は他の団員より高いです。
HPが高く非常にしぶといです。また魔種としての力により広範囲攻撃を持ち、同時に敵のAPを激しく削ります。直接戦闘が余り好きではありませんが、追い詰められれば驚異的な生き汚さを発揮します。
・道化師クラリーチェ
享楽的で掴み所の無いピエロの少年。魔種。
極細のブレードワイヤーを操り容赦なく敵を切り刻みます。
反応と命中回避、クリティカルに優れており、EXAと【連】のコンボで『瞬殺』を得意とします。単体攻撃、範囲攻撃共に得意です。
・オーナー
実質的な現在の敵かどうかも不明。
謎ですが、多分最悪の存在です。
但し戦場に出現してイレギュラーズと直接交戦はしません。
『何らかの介入を行う可能性があります』。
・団員
シルク・ド・マントゥールの団員が二十名。
ジャコビニの取り巻きとも言える連中。
原罪の呼び声を受けたキャリアーであり、狂気伝播能力を持ち合わせます。
ナイフや弓等めいめいに武装しており、それなりの戦闘力を持ちます。
・魔獣
大小様々な魔獣が五十程。
サーカス所属ないしは何らかの召喚術によって呼び出されたもの。
・狂気感染者
強力な魔種であるジャコビニとクラリーチェの呼び声で正気を失っている貴族の兵や巻き込まれた人達。抵抗をしている者もいるので、イレギュラーズの敵となるのは五十程です。狂気深度は不明ですが、殺さなければ戻ってこられる人もいるかも知れません。
●プレイング書式
『必ず』守って下さいませ。
【貴族救援】:前面に回り込み、劣勢の貴族を支援します。【貴族救援】が不足している場合、サーカス前面に逃げ道が生じる事になります。
【正面戦闘】:背後から強襲し、食らいつきます。【貴族救援】とのバランスが良い場合、挟み撃ち効果が生じる場合もあります。
【側面攻撃】:側面に回り込み、攻撃を仕掛けます。【正面戦闘】が十分でない場合、意義が著しく下がります。効果的な場合は有利な補正を受けます。
【撃破部隊】:ジャコビニ(クラリーチェ)を狙う部隊です。力を温存し、活路が開けた時点で勝負を仕掛けます。【撃破部隊】は全体的な戦力に対して少なすぎず多すぎず、が望ましいです。死傷率は高め。
【救援部隊】:【救援部隊】の数により幾らか死傷率が下がります。比較的安全ですが、他部隊と同じく死ぬ時は死にますのでお忘れなく。
一行目に上記から【】内にくくられた選択肢を選び、それだけを書いて下さい。
二行目に同行者(ID)、或いは【】でくくったチーム名だけを書いて下さい。
三行目以降は自由です。
例
【撃破部隊】
【主人公チーム!】
かっこよく倒す。おれはつよい。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
特に白紙、極短文のプレイング、意味をなさないプレイングにご注意下さい。
極めて重篤な事態を招く可能性が非常に高くなります。
以上を予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●備考
<Liar Break>Lunacircus及び<Liar Break>幻想遊戯カデンツァの成否により、本シナリオに影響が出る場合があります。両者が成功している場合有利になり、失敗している場合、不利となります。具体的にどうなるか、は現時点で不明です。
決戦シナリオは決戦シナリオと排他参加です。(通常全体とは同時参加出来ます)
又、状況的には決戦三本は『通常全体依頼後』の時系列になります。
ローレットに帰還したイレギュラーズが告げられるイメージです。
頑張ってくださいませ!
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