シナリオ詳細
果てへの導き
オープニング
●幻想のいざない
「頼もう!」
やたらに快活に覇気に溢れる――見てくれからすれば余りイメージに合わないそんな調子でローレットの門を潜ったのはイレギュラーズの見慣れない一人の少女(?)だった。
「こんにちは?」
「うむう、いまひとつ元気が足りてない!
それでは今をときめく幻想のアイドル達とは思えんわね!」
「どちらさまですか」といった顔をしたイレギュラーズの眺める彼女は長い耳をぴこぴこと動かして「やれやれ」といった雰囲気を見せている。どちらが「やれやれ」な気分であるのが真っ当かはさて置いて、やや老成した感のする彼女は幻想種らしく、やはり見た目通りの年齢ではないのだろうと思わせるに十分だった。
「おっと、名乗りおくれたね。あたしゃペリカ。ペリカ・ロジィーアン。
職業は冒険家、幻想でのお仕事は基本的に『穴掘り』さ。もう随分長い事やってるけど」
「その土木関係者が何の御用で?」
「土木関係者言うなし」
ペリカは一つ咳払い。
「用件は、あんた達のスカウト――っていうか、ぶっちゃけ半分使いっ走りだわね」
「スカウト?」
「あんた達も聞いた事位はあるわいね。
この幻想には未踏のダンジョン――『果ての迷宮』ってのがあるんだわさ。
かの建国王――勇者王の時代から続く国の悲願。永遠の謎を秘めた旧き迷宮!
幾多の勇者が挑み、そして叶わず散っていった――その場所に!」
ペリカはにっと笑ってイレギュラーズに言った。
「あんた達を招待したいと思ってね」
イレギュラーズは目を丸くした。
ローレットが幻想に拠点を置いている以上、イレギュラーズ達はこの国とその風習に明るい。『果ての迷宮』はこのペリカが言った通り、幻想に存在する大迷宮だが、幻想の有力者達がこぞって攻略を競い合うその場所は特別であり、例え特異運命座標であってもおいそれと近付ける場所では無かった筈だ。
「……出来るの?」
「この程、スポンサーの皆さんがおっけー出してね。
『穴掘り』の責任者として、こうして来たって訳だわね」
イレギュラーズの脳裏に次々とスポンサーの顔が浮かぶ。
ワイングラスを片手に「我が友よ!」とやるフォルデルマン。
傲岸不遜に「我が陣営に並ぶ事を許そう」と告げてくるレイガルテ。
「皆さんなら大丈夫。うふふ、失敗したらどうしようかしら?」なリーゼロッテ。
やや控え目に「貴方達を信じていますから」とワンチャン漁夫の利を狙うガブリエル。
「……………」
成る程、何れも言いそうだし、やりそうだ。
つまりペリカの来訪はスポンサー殿達の間で『調整』が出来た証明なのだろう。
「……ところで、責任者、なの?」
「うん? 勿論。間違いなく責任者だわさ」
幼気にも見えるペリカは見た目は少女そのものだが――そう言えば「もう長い事、穴を掘っている」と言っていた。ならば恐らくは。最低でも彼女の実働はフォルデルマン二世の治世より前からという事になるのか――
歳を聞いたら怒られそうな気がしたから、イレギュラーズは一人で納得する事にする。
「それで、どうすればいい?」
スポンサーが云々という話が出る以上、いきなり迷宮踏破に臨まんという話ではあるまい。この国はそういう国ではないし、想像は十分つく所である。
「勘がいい。まぁ、そうだわね。今回は顔見世の時間って訳だわさ。
スポンサーそれぞれの『癖』を知り、『望み』を聞いてくるべきだわね。誰の為に穴掘りするかで色々と違うと思うし。『果ての迷宮』の予備知識を集めるといいわね」
ペリカによればこれまで接近を基本的に禁じられていた迷宮に赴く事も出来るらしい。
攻略済みの低階層に足を踏み入れる事も可能らしい。情報収集としては別のステージに到ったと言えるだろう。貴族達のオーダーを聞く事を含め、来る攻略開始に向けた本格的スタートと言えるだろう。
「ま、そんな訳で宜しくだわさ。気が向いたら顔出して頂戴ね!」
ペリカの言葉にイレギュラーズは思案した。
冒険は浪漫。深い迷宮は未知に満ちているだろう。
しかしきっと――
――一筋縄ではいかないのだろうなあ――
- 果てへの導き完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2019年03月02日 21時30分
- 参加人数143/∞人
- 相談8日
- 参加費50RC
参加者 : 143 人
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参加者一覧(143人)
リプレイ
●伝説の迷宮I
果ての迷宮――
レガド・イルシオンの国民ならずとも混沌に住む人間の多くが知るそれはまさに現代の伝説、未踏破の遺跡である。
混沌に現存する国家の中でも最も古い伝統を持つ幻想の建国者――名にしおう勇者王の悲願であるこの伝説の踏破は、腐敗著しい現代の幻想王家、貴族達の中にも息づく使命であり、数少ない誇るべき矜持でもあった。
「さて、こちらに来てから随分と経ったが、幻想の大元、迷宮には縁がなかったな。
……もっとも、貴族等が俺達に縁を作らせなかったんだろうがよ。
他国との戦争やら世界の終焉やら色々有るが、幻想の国是と言やぁやはり迷宮の探索、踏破なんだろうよ」
義弘の言は概ね正解と言えるだろう。そんな果ての迷宮は貴族達の競争の場であり、『余所者』の触れられる領域では無く、故にこれまでローレットも特異運命座標も蚊帳の外だったのだが……
「やー、実際、果ての迷宮に入れるなんてすごいねー。
ボクが受付やってた期間では一回も無かったことだー。
それだけイレギュラーズも実績積んできたってことだねー」
まさにクロジンデの言う通り、そんな場所への『招待』がやって来たのはローレットとイレギュラーズがこの短期間に積み上げた実績が故だろう。
あの大規模召喚を契機に、幻想を取り巻く環境もローレットの貢献度もまるで違う状態になっている。
魔種なる伝説の脅威が姿を現すのと同時に、彼等に対抗し得る特異運命座標の重要度が向上するのは当然の事だった。
「私は生まれてからずっと幻想にいるんですけど、迷宮については昔から気になってたんですよね。
ついに入れる時が来たかと思うと……わくわくしてますよ!」
「果ての迷宮……HAHAHA、とりあえず響きは好きだぜ。ロマンはありそうだ」
幻想の民故にいよいよ興奮冷めやらぬ葵に貴道が笑って応じる。
「ついにあの、果ての迷宮に踏み込めるんだな。
俺も混沌の生まれだし、興味はあった。いつか行ってみたいとも、思ってたな――」
傍らのサンティールに「サティはどうだ?」と問うたウィリアムの表情も輝いていた。
問われたサンティールはと言えば当然の事、
「未知への探究心っていうのは魔術師にとってヒツヨウなことじゃない?
ふふふ、もちろん! すきにきまってるじゃない!」
と、此方もやる気は十分といった風である。
「んんー? 迷宮? 迷路じゃなくて?
よくわかんないけど楽しそうだよね! んふふふ。はいはい! アンジュ、迷宮一番乗りしたい! です!」
「たんけん! ぼうけん! ダンジョンだー!ヾ(≧▽≦)ノ
めいきゅうは、いろんないきものや、トラップにであえるんだよね!
たのしそう!(>ヮ<)」
「諸君! ゴッドである!
ラビリンスと言えどゴッドを迷わすには足らぬ!
何故ならばゴッドの歩みしロードこそがトゥルース!」
「迷宮のような地上の愛が届かぬ暗き場所こそ、容易に人の心の闇が浮き上がるものです。
私も魔法少女として、この迷宮が愛で満ちるようお手伝いをしましょう!」
「洞窟探検は人生のロマンだよね! 深い穴に満載の神秘! 一攫千金ゴールドチャンス!そんで最後は一寸先の闇!
そんな闇は突き抜けて、輝く未来に行ってやるぜ! ロックンロール! 何の話だっけ!
商売の基本は下見からっつーことで、野次馬に来たぜペリカちゃん! ワタシはヴィマラちゃん! よろしくね!」
「うんうん、いい感じだね。若者達……と神様? 好奇心は猫を殺すけど、人間にも神様にも魔法少女にも浪漫が必要だわさ」
果ての迷宮――曰く穴掘り――の責任者を名乗ったペリカ・ロズィーアンがいよいよ楽しそうなアンジュにQ.U.U.A.、怪気炎を上げる豪斗、何とも言えない独自の方向性を発揮した愛、やたらに元気、その饒舌さ立板に水を流すが如しヴィマラに笑って、一つ二つと頷いた。
「案内のペリカちゃ……多分年上だろうからペリカさんかな?
案内してもらうついでに迷宮探索の注意とかレクチャーしてもらいたいな。
攻略済みの階層なら、そういう訓練にもちょうどいいだろうしね」
「迷宮かんこうする。がちめにめいきゅうっぽい?
でかい? やばい? かなりこわめ……
もしかしてもんすたーとか居る?いたらがちめにやばいかなっておもう。
まいごになったらしぬかなっておもう、たぶん……
やばい道とかまじでおぼえられなくて、がちめにやばみある……」
「うむ。あたしに任せておくわさ」。ニーニアや蒼白になったセティアの言葉に薄い胸を張るペリカは中々面倒見が良さそうであった。
(果ての迷宮……幻想の貴族達の争いが激しくなければもっと攻略は進んでいたのかもしれないな。
だが、そうなれば私達イレギュラーズに声がかけられることもなかっただろうし、世の中は難しいものだ)
内心で呟いたゲオルグの推測は恐らく間違いのない事実だろう。
今日、果ての迷宮に触れるイレギュラーズ達はこのペリカの引率を受けて未知なる迷宮に進む事になっていた。彼女の来訪こそが幻想においてイレギュラーズが十分に評価された事の証明であり、貴族主義、権威主義の貴族達が認めた大いなる例外の証左である。彼等は縄張り争いの一環にイレギュラーズを引っ張り込む事を選んだのである。
「踏破が途中で止まってるのは政治的な理由なのか、実力の問題なのかどうなんだろう?」
「はいはい、質問」
アレクシアの指摘にエルが畳み掛ける。
「その一、迷宮では今までにどのような物が見つかっているのか。
その二、各階層の構造は似通っているのか。
その三、踏破の邪魔をする『人の悪意』的な事はあったのか」
「難しい話があるのよねぇ。
単純に『果てが無い』って理由もあるわさ。あたしも随分掘ったけど、実際、何処まで続いてるのか分からない」
とは言え、貴族達の私兵も選りすぐりの連中が想定されるならば踏破に不足だったのは能力ばかりではあるまい。
そういう意味で『貴族から好感度が高く、妨害を受けにくいイレギュラーズ』とは、成る程。穴掘りの適任であるとも言えるかも知れない。
「見つかった成果物は様々だわね。魔法の道具から財宝の類からガラクタまで。
迷宮は階層ごとに驚く程姿を変えるから――すぐに分かると思うけど、あまり先の階層の『あて』にはならないわさ」
「ここの地図みたいなのは手に入るのかな?」
「ふむ……噂の『果ての迷宮』かあ。浅いところはもう調査があらかた済んでいるのかな?
こうしてペリカさんの引率で観光出来るくらいだし、安全なんだろうけど……
どんなところなんだろうねえ……迷宮なんて初めて行くからとても楽しみだよ……!」
「マッピングは記録に残ってるけど、まぁ期待して頂戴。今回は引率つきだからね」
ユーと津々流にペリカが応じる。他人が攻略済みの階層でお宝は望めまいが、逆を言えば情報は十分とも言えるか。
「浅いとことはいえ、オレ、果ての迷宮ってとこに入るの、初めてなんだよなー!
とはいえ、本格的な攻略、っつーのはもーちょい先の話かー?」
「欲を言うと攻略されていない場所が気になっちゃうけどね」
尤も、洸汰やアトリの言う通り、本格的な挑戦ではない今日は既に踏破された領域を見学する――『観光』程度の話となるのだが。
「……本当に観光って感じ? 危険はないの? 敵は? 罠とか」
警戒の色を隠さないネリーは『観光』に猜疑的であり、
「おやつは300GOLDまでで良かったかしら? お弁当を食べるいい場所があると良いのだけれど。
とは言え、危険な場所の一部であることも確か。そう油断も出来ませんわね」
持ち前の嗅覚が自慢のヴァレーリヤの言葉はお気楽ながら、それ相応の気合も入っている。
「迷宮デスかぁ、ロマンデスねぇー、いいデスねぇー!
一応攻略済みなので深いところまで行かなければ問題ないデスよねぇ、人もある程度いそうデスしぃ」
「……怪我人がいたら呼んでほしい。新しい薬草などが取れればいいのだが」
「折角じゃ。迷宮の見所等も知りたい所じゃのう」
「あ、そうそう。迷宮産の物って用途不明な物結構多いから解明して現地調達出来るようにしたら楽じゃないかしら」
「おいおい案内するわさ。ま、それなりに見る所もあるとは思うわよ」
美弥妃、アクセルや潮、ニエルのそれぞれの言葉(オーダー)に応じたペリカの表情は悪戯な笑みを含んでいた。
「百聞は一見に如かず。実際に訪れてみるのが一番良さそうでござるな。しかし……」
下呂左衛門はと言えばそんなペリカをまじまじと眺めて考える。
(ペリカ殿は幼く見えるのに、堂々とした立ち居振る舞いといい、歴戦の猛者を感じさせる佇まい。
どういう経緯で今の立場になられたのか。無粋な詮索は避けたいが――気になると言えば気になるでござるな)
長く探索しているとなると、中から発見された財宝に限らず、モンスターや罠等、エピソードには枚挙に暇が無さそうである。
その辺りの話も『掘れば』面白い話も出てきそうなもの。
何はともあれ、新たな経験と冒険は刺激的であり、大いなる楽しみとなるのは間違いない。
「基本的に安全だけど、迷宮内では余計な事はしないこと!
知りたい事があったら分かる範囲では答えるからね!」
引率の先生のお言葉に一同が「はーい」と応えた。
如何に今日が観光とは言え、果ての迷宮は幻想有数の危険地帯。
空を飛ぶのは葬送の黒鳥(ナハト・ラーベ)。
彼女はこの迷宮で死した誰かに『本業』を施すのだろう。
「カカカッ、果ての迷宮に入れるとなりゃあそれ相応のスキルとかも必要かもしれねぇな。
ま、出てくる奴で商売繁盛。治療の代価は情報ってな――」
ヨシトはヨシトで生かす方――ついでの情報収集に余念がない様子であり、
「はしゃぎ過ぎちゃって怪我しちゃったコはこっち来るよーに。
遠足には保健のセンセーも必要デショ? つまりはそゆコト」
嘴もまた自分の役割を心得ているようで、
「取り敢えず。此度は普通に観光だ。甘味は己の肉体で咀嚼すべきは光景だ。幻想的な冒険に期待して潜るべきだ。されど我等『物語』は慎重派故に深部への独断は在り得ない。得るべきは愉快な世界の拡大で、愛すべき混沌の一部分だ。視よ。聴け。新しい音と色が歓迎の拍手を贈り始めたぞ。我等『物語』からの贈り物は皆無だがな。ああ。折角だ。皆に料理でも振る舞うべきだ。我等『物語』の肉は美味い」
要するにオラボナの提供する干し肉は『燃える石』の弁当よりは幾らか旨いという話になる。
「さあ、行くわさ!」
ペリカの指差す先には広大にして巨大な――王都の中心、果てを知らない迷宮のウロ、その入口が広がっている。
●スポンサー・ガブリエル
「ようこそおいで下さいました。私は他の方に比すれば『弱小』ですからね。
でも、皆さんの協力が得られれば百人力というものです」
イレギュラーズを出迎えたのは流麗な貴公子――ガブリエル・ロウ・バルツァーレクである。
本人は『弱小』等と謙遜するが、この国きっての良識派貴族の筆頭であるガブリエルは民政家貴族達の一派バルツァーレク派の筆頭である。
果ての迷宮が貴族達の競争の場なのは知れた事実である。かの勇者王が夢見た迷宮の踏破は幻想貴族にとっての数少ない――譲れない、『立派な』矜持であり、彼等は古きから今に到るまで比較的真っ当にその大事業に従事し続けている。
貴族によっては互いの牽制から邪魔まで――中々荒っぽい連中も居るが、そういったタイプとは一線を画すガブリエルも穏健派ながらにこの名誉に挑む人物の一人であり、今回イレギュラーズのスポンサーに成り得る一人であった。
「ガブさん先輩。サーカスぶりすか。蜜柑どうぞ。身体に良いらしいすよ。だって頭痛いんじゃないすか?
魔種の暗躍。サリューの台頭。大小合わせて限はなし――」
「――クリスチアン殿は兎も角、お気遣い痛み入ります」
ヴェノムの危うい台詞を上手くかわしたガブリエルが肩を竦めた。
「ま、それは置いといて、何だかんだで人気者の暗殺先輩。実利がありゃ見返りありそうな黄金先輩。
僕としては三派につく運命座標が、同じ位だといいなと思ってるんすよ。僕的にはガブさん先輩が、一番面白そうすし。立場的に他の二派に後れは取れないでしょ。この事業は特に。なんで情報も他の二派と同じか、それ以上にあるんじゃないかなって――」
「まぁ、それは間違いないですね。他との競争もそうですが、これは幻想貴族としての高貴な使命(ノブレス・オブリージュ)とも言える事業ですから」
「へへ、そこで是非情報を頂きたくてですね。あと、個人的にご贔屓にもして頂ければ!」
すかさず下手から手を揉むように現れるのが灰という男の或る種の凄みである。息を吐くように権力者に取り入ろうとする様は彼一流の処世術であり、ガブリエルを『一番優しそう』と見極める辺り、見る目も十分。
「勿論、私で可能な情報の提供等はさせて頂きますよ。
ま、付け加えるならば本番の探索の時には是非私の名代として向かっていたければ何よりなのですが」
「果ての迷宮かぁ、どんなところなんだろう?
面白いものもたくさんありそうだよね……どうせなら可愛いぬいぐるみさんとか、綺麗なお花とかが見つかったら嬉しいんだけど」
「そういう場所もあったようですよ」
半ば独白めいた焔の言葉にガブリエルが意外な回答を返した。
「果ての迷宮はその階層毎に完全に姿を変えるそうです。クラシカルな迷宮の姿を見せたかと思えば、絵本の中のような環境もある。
何かの魔術か、空間の歪みか――現存している技術では及ぶべくもない奇跡が溢れているという話ですから」
「ガブリエルさんは、迷宮で何をしてきて欲しいの?」
「究極的には果ての踏破です。しかし、それは最終目標」
「お聞きしたいのは、ガブリエル伯爵の一派では、どの程度ローレットに探索を求められているのか、という事ですー。
例えば自分の派閥による踏破自体が目的なのか、他派に先んじされなければ良いのか。
はたまた踏破自体は目的ではなく、他派や諸有力者との駆け引き材料になれば良いのか」
「混沌の迷宮ってだけで割と何でもありなような気はするけど……
その中でも文化芸術といったものに造詣が深いガブリエル様なら何をお望みになるのかなー、というのが気になったのがこっちに来た理由でもあったのでした」
「重要なのは、ガブリエル様がどんな得をしたいか、だ。
普通に考えて金目の物? ……これだと当たり前か?
他の貴族をどうやって出し抜きたいか? 無いなら無いで良いのだよ。言わなくて困るのはガブリエル様なのだから」
ユゥリアリアとイリス、ランドウェラ――三者三様望みを尋ねる言葉。
「そうですね……つまり幻想建国以来その歴史と共にあった迷宮という事で。
そういう部分に関しては気になりますし、勿論入るに際しての注意事項はしっかりと確認しておきたいのです」
そしてフォローも兼ねて状況を整理した気の利くシルフォイデアの結びにガブリエルは頷いた。
「ええ。皆さんには今回、皆さんへの依頼がどういう形で進められるか説明しておいた方がいいでしょうね。
今回、イレギュラーズに踏破を依頼するというのは三貴族及び陛下の合意があって決まった事ですが、巨大なローレットという組織を『誰かが専有する事』は全く平行線で纏まりませんでした。従って迷宮を踏破する際、皆さんは個人単位で我々誰かの名代として潜ってもらう事になります」
「と言うと?」
「システムのお話です。依頼を受ける時、皆さんは『誰の手の者として迷宮に挑むかを決められる』。
逆を言えば誰の手の者にもならないのであれば、果ての迷宮には触れない。故に我々はスポンサーなのです。
私は皆さんが私の手の者として迷宮に挑んで下されば非常に幸いですが、皆さんが誰の手の者として挑んだか――そして成功したかで貢献度は分けられる。例えば、私の手の者が多ければ私に貢献と名誉がもたらされるという寸法ですよ」
ガブリエルは「これが我々の妥協案でした」と言葉を結んだ。
「その結果、幻想内部でのパワーバランスが傾きかねない事態というのは起こりうるのでしょうか?
踏破というのは現実味を感じないですが、それ以外にも要因があるかは気になります」
「発掘物には禁忌めいた力を持つ某かが無いとは言えないでしょう。
まぁ、結果として何らかの乱の原因と成り得る可能性はなくはない。
尤も、先のランドウェラさんの質問の直接的答えにもなりますが、私は物騒な代物より――」
ガブリエルは好事家の顔で言う。
「――残存する古代の美術品等の方に興味がありますか。そういうものをお持ち頂ければそれが何より」
成る程、回答は何とも遊楽伯爵らしいものであり、余談ながら物騒な代物の話でヴェノムの触腕はうねうね動いていた。嬉しそうに。
●スポンサー・リーゼロッテ
「リーゼロッテ殿! あ、長いのでリズちゃんって呼びますね!」
「あらあら、まあまあ。お菓子をそんなに零してしまって……」
ルル家の言葉に嫌とは言わず、ナプキンを差し出したリーゼロッテはコロコロと笑っている。
薔薇の邸宅にお邪魔した――果ての迷宮への御用伺いをしたイレギュラーズ達を出迎えたのはアーベントロートの贅を尽くした実に粋なるお茶会であった。優雅を擬人化したかのようなリーゼロッテは貴族の令嬢の顔で来客を茶会に誘ったものだ。
「よう、久しぶりだなリーゼロッテ。
少し前まで戦争やってたからな。まあ心配はしてねぇけど……や、悪い意味じゃなく、不要だろ、お前には?」
「お茶とお菓子がただで貰えると聞いてっ。……あ、半分冗談だよ、うん。久々に顔でも見ようかと思って」
「さて、暗殺令嬢がお茶をすると聞いてね。こちらのお土産(チェリー・ボンボン)がお気に召すとよいのだけど。
キルシュに半年かけて漬け込むから、なかなか食べられない季節商品だってさ――」
「あらあら、素敵なお土産つきで。ええ、ええ。大歓迎ですわよ」
……一般にアーベントロートのお茶会は『冥土の土産』と考える者も多いのだが、気安いミーナ、桜、武器商人の様子を見れば、イレギュラーズは全く当てはまらない例外でもあるらしい。茨の棘を畏れる事無く、友情が成立していると考えるのは夢見がちなのかも知れないが――
「おぜうさまぁぁぁあぁああ、きたよおおっほおおおおお!!!」
「あらあら、まあまあ」
物凄い勢いの秋奈にニコニコと応じるリーゼロッテは確かに余り屈託がない。
「ん~、御機嫌麗しきかなマドモアゼ~ル。
吾輩こそは太古の叡智を湛えし魔導書、その名もグリモーと申すであ~る。
かの迷宮の探索には、ぜ~ひとも吾輩をご指名頂きたいのであ~る。
吾輩を手に取り頁をお捲りいただければ違いは瞭・然。
この溢れる知識スキル、そしてそれを纏める資料検索スキル、
十把一絡げの自称文化人たちとは、一にも二にも違うとお分かりいただけると確信しているのであ~る。
無・論、探索で得た出土品、知見その他諸々、全てフロイラインに捧げること誓い、そして願わくば御身に備えられたその黒く柔らかく香しきその一片でも下賜賜ればまさに天ご――ふっ……!?」
叡智の魔導書――グリモー・アールが叡智とは程遠い『余計な一言』を付け足して、フォークを突き刺されているのはさて置いて。
「貴族同士で誰が俺達を雇うかで揉めてたけど、結局イレギュラーズがどこの貴族につくか個人で決めて貰うという感じになったんだよな? あってる?」
「ええ、先程説明した通り――大まかに言えばそんな感じになりました」
サイズの確認にリーゼロッテは頷いた。イレギュラーズが受けた説明はガブリエルの行ったものとほぼ同じである。
「拙者が聞きたいのは二つ!
その一、迷宮って誰が作ったんですか?
幻想以前の存在らしいですけど、最古の国である幻想以前の歴史を全然知らないので気になりました!
その二、勇者王は何のために迷宮を踏破しようとしたのでしょうか?
わざわざ国を作ってまで攻略しようとしてたならそれなりの意味があったと思うのですがどうなんでしょうか!」
唇に指を当て、思案顔を見せたリーゼロッテはルル家の問いにゆっくりと答える。
「その一については私も存じかねますわ。何分と古い、古い出来事。迷宮は作られた年代すら不明なのですから。
ええ、勇者王の時代には『既に古代迷宮だった』とすればお分かり頂けるものかと。
その二については推測を含みますけれど――『殿方ってそういうのが好きだから』ではございません?」
「妾が気になるのはリーゼロッテ自身が迷宮に入った事があるかどうかじゃな」
「私自身は足を踏み入れた事はございませんわ。私、冒険者ではございませんから」
暗殺者ではあるのだが、その辺り妙な拘りがあるようだ。
デイジーはお嬢様の言葉に「成る程」と頷いた。確かにドレスが汚れると思えば納得はいく。
「果ての迷宮の攻略にイレギュラーズを参加させることが決まったと聞きましてお茶会に参りました!
お嬢様が迷宮に求めるものとは何なのでしょうか?」
「リーゼロッテは、果ての迷宮の成果に何を求めるの? 一番乗りの名誉? 迷宮の謎? それとも物珍しい財宝?」
「そこです、そこ」
最初からリーゼロッテの為以外に潜るなんて有り得ない――レジーナとシャルロットの問いに寛治が乗った。
「アーベントロートは、果ての迷宮に何を求めるのか。
目的が変わればアプローチも変わりますからね。"For what”を定義するところから始めたいのです。
私、こう見えてプロデューサーが本業ですので」
プレイングの末尾に何故かパンドラ仕様が宣言されている寛治は「やっちまえ」とばかりに顎をしゃくったリーゼロッテに応じたデイジーにグリグリやられている。
「もとめられればなんなりと、だよっ」
「そうですわねぇ……」
閑話休題、そんな二人とリリーの問いはリーゼロッテにはやや難しかったらしく彼女は少し眉根を寄せて考えた。
「強いて言うなら、対抗意識ですかしら。私、正直を言えば殿方の言う『ろまん』は余り理解出来ませんのよ。
でも他の方に負けるのは真っ平御免。それが『政敵』ならば尚の事ですわ。
それに、幻想貴族に生まれついたなら果ての迷宮を踏破せよ、は基本教育のようなものですの。
ですから『そういうもの』とお答えするのが宜しいかしら」
リーゼロッテは「あとは求むるならば私の為に働いてくれる健気な誰かとか」と付け足し流し目を送る。
「いつもいつもいぢられてばかりではないのです」とか決意して手作りのお菓子を持参したレジーナは「はひ!?」とかまた情けない声を上げている。
実にポンコツなのである。
(リハビリ中に新聞読んだりしてたんだけど……このお嬢様に興味があったのよ。
パンツを闇市に流されりギリギリなグラビアを市中に流したりと思えばゼシュテルの手練れとやり合うだけの実力を持つ凄腕の貴族。
一目会ってみたかったのよね……)
享楽的であり、その回答も他貴族とは恐らく一線を画すリーゼロッテはカナデの興味の対象だった。
――話を聞いてると結構面白そうな人だし、どうせ誰かがスポンサーになるなら面白い人の方がいいしね~。
――かの令嬢イレギュラーズの為に怒ってくれてたって噂も聞いた事あるしどうせならそういう人の所の方がよさそうよね。
お願いだから……セシリア大人しくしててよ?
――大人しく? 失敬な私だって空気ぐらい読めるからね!
彼女に限らず、セシリアやユウも。
「お茶美味しい。どこのだろ。ポーにも飲ませてあげたいな。
あ、ポーというのは、恋人のノースポールの事なんです。とってもいい子で……
そういえば先日はバレンタインでしたね。リーゼロッテ様も素敵な一日を過ごされたのですか?
何だか、刺激的な肖像画をアトリエで見たような……」
顔を赤くしたルチアーノが惚気けながら煽るという中々の高等技術を見せつけている。
顎をしゃくったリーゼロッテの合図により『糖蜜付けの不届き者首(NITTA=SAN)』はまたデイジーにグリグリとやられている。
……リーゼロッテの下に比較的多くの人間が集まるのは彼女の危ない魅力の為せる技なのかも知れない。
あと、シノポコさんのイラアドの為せる技かも知れないが。
「どうすれば貴女みたいな強さを得られるのかしらね? 何でも、あのゼシュテルの将軍とやりあったのでしょう?」
「ウラヤマシイなぁ。オレも将軍とイッセン交えたいもんだよ。そういえば、ケッキョクどっちが勝ったの?」
「……ところでもうけがはへいきなのかなあ?」
「ん、ん、ん!!!」
カナデとイグナート、リリーの言葉にリーゼロッテは派手な咳払いをした。
要するにそれ以上聞くなという事なのだろうが、まぁ触らぬ神に祟りなしという事で――
「兎に角、そういう訳でして。皆さんには是非私を『選んで』頂きたいものですわね?」
●スポンサー・レイガルテ
「――無論、わしが栄誉を先んじられる事等あってはならぬ。
ましてや何処ぞの小娘等に遅れを取る等、道理が許す話ではないわ」
黄金双竜の邸宅にやって来たイレギュラーズを出迎えたのは屋敷の主と黄金の騎士。
レイガルテの言葉は至極傲慢であり、何処までも高いプライドに支えられた絶対の自信を帯びていた。
イレギュラーズが聞かされた状況の説明は前の二人に同じくである。
レイガルテとしては些か不本意な話ではあったのだが、それはさて置き。何時までも纏まらぬ状況に業を煮やせばこの妥協案も致し方ないか、と今に到る。尤もこの日訪れたイレギュラーズの数がその何処ぞの小娘に負けていると知れば彼の機嫌は急降下の時を迎えるのであろうが。
「本日はお忙しい中、お時間を割いていただき誠にありがとうございます」
青いドレスを纏ったフロウが一礼すればレイガルテは目を細めて「うむ」と頷いた。
「ローレットがアーベントロートのお嬢様と戯れているばかりではない」という意思表示も兼ねたフロウの礼だが、それが伝わっているのかも知れない。
「お久しぶりでございますレイガルテ様、以前にご挨拶をして以来でしょうか~?
あれからレイガルテ様のご要望どおり、えいえいっとサーカスをやっつけて来たのよ」
「うむ。あの時は大儀であった」
褒めてと言わんばかりのレストに鷹揚に頷いたレイガルテは彼女の事を覚えていたのだろう。
「今日やって参りましたのは、果ての迷宮についてでございます。
どうやらレイガルテ様が、迷宮の事でローレットの子達の後押しをしてくださるとか~。
迷宮へ入る機会を与えてくださり、感謝いたしますわ。
代わりと言うお話ではありませんけど、お望みを頂ければ誰か叶えてくれる子もいるかも知れませんわ」
「我々が幻想より頂戴した役目について拝察するため、先ずお知恵を拝借すべきは、三世陛下の勅をお授かりになる閣下を措いて他に存じ上げず、参上した次第です」
「レイガルテさまの御用聞きしてこいって言われました!!! 何なりとお申し付け下さい!!!!!」
「うむ。卿等、良い心がけだな。大変素晴らしい」
実に折り目正しいシラスの挨拶と素直(?)な夕の直球にザーズウォルカが満足気に頷いた。
レイガルテの御用聞きに集まったイレギュラーズは(おぜう様に負けるとは言え)それなりの人数を数え、それ自体には満足している様子は伺える。
「幻想に生まれた者にとって『果ての迷宮』は特別なものだと聞き及んでいます!
ずばり! レイガルテさまにとって『果ての迷宮』とはどういったものかお伺いしたいです!」
「不敬であるぞ」と咎めるザーズウォルカを「良い」と制するレイガルテ。
彼の機嫌はそう悪くはなく夕の問いに答えを返す。
「建国王――偉大なる勇者王の悲願なれば、その係累の一たる我等が望みを継ぐのは当然である。
中には勇者王の血筋にあらぬ似非貴族もおろうが――当家フィッツバルディは幻想きっての名門。
幻想きっての古き血筋であり、勇者王の傍流である。建国の祖の願いを叶えるは最早義務。
貴族が貴族たる為の勤めであり、わしの最大の望みである事に疑いはない」
「お初にお目にかかります。レイガルテ候。敢えてお聞きしますが、果ての迷宮に何をお望みで?」
「無論、踏破よ。我が手の者による一番の踏破。最高の貢献。財宝も何も要らぬ。黄金双竜に必要なのは勇者王の名誉のみ」
『一番スポンサーらしい人物』を選んだ史之は「成る程」と頷いた。
レイガルテの言葉は成る程、全く最高の貴族らしいものだった。形ある財宝等、彼にとっては最早有り触れた物に過ぎまい。
王家を凌ぐとも言われる財を持ち、事実上幻想最大の勢力を束ねる彼が老齢の我が身に望むのは人生最高の栄誉の瞬間ばかりなのだろう。
(いやー、痺れる。正直惚れそうなくらいカッコいいよね、まさしく王者の風格……)
威風溢れる断言に「うんうん」と頻りに頷いたのはムスティスラーフである。
「フィッツバルディ卿の今のかっこよさは是非広めたい所。出来れば御為に迷宮に挑みたいね」
彼の言は政治的な意味を帯びていない訳ではないだろう。
建国王の悲願を果たす事でフィッツバルディ派の権力基盤をより盤石にする意味もあるだろう。
しかしながら、それだけに留まらない『本音』さえも見え隠れする。
「では、僭越ながら一つお願いが」
他等要らぬ、と言い切るレイガルテの言葉を受けてアレフが前に出た。
「もしも迷宮で今後魔種か、或いはそれ以上の存在にも対抗しうる何かが発見されたのであれば──もし我々という存在が貴方の目に叶うならば、それを託すという選択肢をお考え頂ければ有難い」
「ふむ」
「昨今の魔種多発といい、混沌は大きな騒乱にあります。
かの英雄王が目指した果ての迷宮には騒乱を収める手があるやも知れません。
そこで卿には迷宮から迷宮の知識、伝承を持ち帰る事を奨励して頂きたい。
財宝目当てでは所詮は盗掘、しかし我々が知を共有する事で幻想の悲願を果たす事に大きく近づくでしょう。
そしてそれが叶った時は卿の栄誉も一層輝ける事になりましょうや」
「魔種は世を乱すものなれば。御身の害にもなりましょうや。それは最早ご存知では?」
すかさず続いたラルフの援護射撃、試すようなアレフの言にレイガルテは「ふ」と笑う。
「先程述べた通りよ。貴様等が我が手として精勤に励むのであればそのような些事、好きにするが良い。
黄金双竜の名のもとに褒美をくれてやるのもやぶさかではないわ」
傲慢もここまで突き詰めれば大層なものである。だが、レイガルテは有用な者に対しては物分りがそう悪くない。
「貴様等はわしの手として働くな?」
「ええ、出来ればそうあれれば幸いかと存じます」
王宮図書館より借り出した本を片手にドラマは如才なく受け答える。
「つきましては、フィッツバルディ卿にこの書物についての幾つかの確認をいたしたく……
この資料の有用性と……その情報をイレギュラーズ全体で共有すべきか。
ええ、もしこれが高貴な方々の代理戦争なのだとすれば、情報は武器にもなります故――」
何ともドラマらしい切り口とその聡明さは老竜を少なからず喜ばせるものとなった。
彼女が手にした書物は『果て』について記された古書である。伝承に過ぎない記述も多いが、その有用性は果たして――
●スポンサー・フォルデルマン
「やっほー。フォルデルマン、遊びに来たよ!
え? 口調? ボク達は友達なんだからタメ口のほうがいいかなって。ほら、友達っぽいでしょ?」
「うむ! 凄く親友っぽいぞ。私はそれを気に入った!」
「今日は素敵なおみやげ持って来たよ。じゃーん!
魔法騎士セララの漫画一式! しかも限定版でボクのサイン入りだよ。
すっごく面白いから。後で読んでみてね。シャルロッテにも同じのあげる!」
本当にガチで遊びに来たセララに上機嫌のフォルデルマン。シャルロッテは苦笑混じり、呆れ混じりにそれでもそれを止めたりはしない。
貴族が有力スポンサーなれば、国王ともなればその第一である。
実力でレイガルテに劣ろうとも、フォルデルマン三世こそ『勇者王の直系』であり、フィッツバルディをも凌ぐ血筋の力を持っている。
「どうも王様。お目にかかれて光栄です。どうか今後ともローレットをよろしくお願いします。
んで、本題なんすけど、王様と花の騎士様はダンジョンに何をお望みなんすか?
それと……詳しく知らないんすけどダンジョンって何すか?」
「我が国――この王都メフ・メフィートには『果ての迷宮』という未踏の古代遺跡があります。
建国王、陛下のご先祖様はこの迷宮を踏破する為に幻想を打ち立てたとも言われ、果ての踏破は故に我が国の悲願、歴史的事業なのです」
シャルロッテの言葉にプラックは「へぇ」と頷く。
「この度はそんな――果ての迷宮へとお導き頂き感謝致します。
仲間と共に挑み、必ずや何らかの成果を得て帰還致しましょう
それは戦利品であれ、冒険譚であれ――陛下のお心を満たす価値あるものにできればと……!」
「この度は果ての迷宮を私達イレギュラーズに開放して頂きありがとうございます。
時間はかかるかもしれませんが、いつか攻略してみたいと思います。
その為にも果ての迷宮に関する情報を集めているのですが、何かお聞かせ頂ければ」
騎士の礼で跪くリゲルとポテト、
「国王陛下の為に働けるなんて、メイドとしてこれ以上の誉れはそうそうないからね。
陛下は迷宮内での冒険の様子を語ったりするのが一番喜んでくれそうな気もするけど。
ついでに中の様子を絵に描いてお渡しすれば趣味と実益を兼ねられそうって所かな」
メートヒェンの言葉にフォルデルマンは頷く。
「いやー、諸君等にはすっごい期待しているのだ。何分国王は退屈だし、『果ての迷宮』は王家の悲願らしいし。
父も私にいつも語っていたものだ。はっはっは、何度も同じ話を繰り返すから私は良く居眠りをしてしまったものだが」
無論、この台詞にシャルロッテの表情は引き攣っている。
「情報はシャルロッテが教えてくれるだろう。まぁ、それに今日は迷宮に見学に行った者達も居るのだろう?
ペリカと共に現場を見て回れば情報の共有も出来るのではないかな。尤も迷宮は姿形を変えるとも聞く。
前の階の情報が次の階で通用するかどうかは知れないが!」
言葉は軽いが案外博識な所を見るにフォルデルマンなりに『ご先祖様の悲願』に無関心という訳ではなさそうだった。
「王室として管理している蔵書は無いでしょうか? 少し気になる事もありますし――」
果ての迷宮と魔種を関連付ける何かや、魔種の存在を匂わせる記述が無いか、実際の所マルクはそれが気にかかる。
「あの娘、月九ドラマが似たような事を言っていたぞ。王宮図書館を覗けばそれらしいものがあるかも知れない。
許可するから後で漁ってみるといい」
月九ドラマと書くとトレンディな雰囲気になるが無論わざとなのでアレである。
「勇者王はどうして果ての迷宮を制覇したかったのか、陛下は聞いていますか?」
ウィリアムの問いは直系の彼に向けるからこそ意味のある問いだったかも知れない。
「はっはっは、定かではないが――父から伝え聞いた話によれば、『世界の果てを見たかったから』だそうだ。
実際の所、本当かどうかは全く分からん。王家の口伝のようなものと考えておいてくれたまえ」
「すごい。えらいじゃないか、意外と知ってた!」
ヨルムンガンドの感想は失礼ながら恐らくイレギュラーズ達の気持ちを代弁するものだった。
そんな彼女はと言えば、
――今回は果ての迷宮に入るの許可してくれてありがとうな……! その事で挨拶に来たぞぉ……
美味しいご飯でも食べながらお話しないか?
というあんまりな提案(めしようきゅう)が早速受け入れられ、マンガ肉にありついていた。がおー。
「ま、イレギュラーズは基本的にクセが強ぇから、『やりたいことをやる』ってのが多いし、『これをやれ』つってもいまいちノらねぇヤツらが多い。
まぁやるはやるけどパフォーマンスは上がらねぇってヤツだな。
だから王様、この際、オメェさんが望む『方針』を教えてくれ。
それを周知すりゃあ、多少はそれを踏まえた行動してくれるだろうさ。
『あの王様には何だかんだで世話になってるからなぁ』って感じでな。
その辺は割と今まで好きにやらせてくれた王様への信頼もあるんだぜ?」
豪放に笑ったゴリョウの言葉に少し考えたフォルデルマンは言った。
「んー、強いて言うなら諸君が無事に笑って帰ってきて、私に面白おかしく元気な報告をくれる事だろうか。
何度も言うが国王というのは退屈なものなのだ。屈託なく尋ねる者も多くはない。
友人が怪我をして帰ってくるのは嬉しくはない。ソレ以上の重大事は尚更だ。
だから――そうだな。余り無理をしないで欲しい。私の希望はその位かな」
そう言うフォルデルマンを見るシャルロッテの顔は至極優しい。
何故この駄目国王を彼女が見捨てないかをイレギュラーズは何となく察したのだった。
●スポンサー・クリスチアン
「へいへーい、ピッチャーびびってるぅ~!」
「……いや、果ての迷宮に変化が起きた事は知っているが、君は本当に唯煽りに来たんだなあ!」
反復横跳びをするエリザベートに珍しく付き合い良くツッコミを入れた彼こそがサリューの王、クリスチアン・バダンデール。
厳密に言えばクリスチアンは貴族では無い。
故に果ての迷宮の栄誉を競う第一人者ではないのだが――
そこはそれ、(エリザベートからすれば些か期待はずれにも)天才というのは何時如何なる時も如才ない。
本来ならば血筋が強く要求される迷宮レースへの参加を脇役ながら叶えてしまっているのは偏に彼の政治力によるものなのだろう。
「初めまして、クリスチアン様。僕は旅人(ウォーカー)のクリスティアンと申します。
僕と似た名前をした方がいらっしゃると聞いたもので……一度お目にかかってみたいと、こうして訪ねさせていただきました」
「果ての迷宮の御用伺いかい? 私のような脇役には過ぎたる数だな。感謝しようか」
「クリスチアン様さえよろしければ、共通点のあるもの同士仲良くしていけたらと思います。
そう、仲良くね……よろしくお願い致します」
クリスティアンの言葉を受け、値踏みするように彼を、
「……クリスチアンさま、此度の盗賊王や鉄帝の同時侵攻、貴方さまはどのようにお考えでしょう。
お陰様ももちまして、こうして迷宮探索も出来る程度の平和は回復しましたが――」
問うアマリリス、そしてイレギュラーズを見回したクリスチアンはくすくすと笑う。
掴み所無く、扱い難い男だから真意は知れないが、今日の所はあまり敵対的でないようにも見えた。
「厳密にスポンサーには含まれずとも、各所の動きには目聡いだろう。
他とは異なる視点で、迷宮に関しての知見を聞けると幸い、だな」
「そういえばクリスチアンさんって迷宮について何か知ってたりするの?」
「通り一遍には――まぁ、三大貴族が知っている程度の事程度は話せるかな」
エクスマリアと煽る心算のスティアの問いにサラリと答えるクリスチアン。
実際三大貴族以上の情報を持っている人間は王家位しかないのだからそれは相当な台詞であるが――
「御三家じゃない有力な幻想有力者の立場からすると、果ての迷宮はどういうものでしょう?
実際に探索者を派遣させたりしてるのか、迷宮探索の功績を得た人について知っているか」
「まぁ、重要なものという認識はしているよ。私については専ら名誉よりも知識欲、それから商人としては垂涎のアイテムの狩場といった所か。
尤もあの場所は制約が厳しい。下手な盗掘でもしようものなら国賊だ。きちんとした手順を踏まねばモノを集める訳にもいかないのだが」
応じたクリスチアンに天十里は続け、彼は再び応える。
「仮にクリスチアンさんが迷宮を踏破した功績を手に入れたなら、きっと人のためになるようなことをするんだよね。
噂に聞くぐらい聡明な人だもんね?」
「勿論。私(ひと)の為になるように扱うとも」
「いちおう迷宮の本格攻略に際してどの程度派手に戦っていいのか聞きたくてですね」
「迷宮は信じられない位広いんだ。屋内だが、実際の所、特に注意されていない限りは屋外と等しい位に。
君で言うならば火を使おうと使うまいとまずくなければ問題はないだろうね」
『火を使う』という先回りの一言にクーアは目を丸くした。
「ダンジョンって超めんどくさいじゃん……
……ってことで、頭いいおっちゃん。一瞬で探検が終わる方法とか……
探検行かなくて済む方法とかさ……何か無い……?」
「あったらもうとっくに実行しているんだな、私は」
「ちぇー」と舌を打つリリーは「じゃあ、まぁ……帰るか……」とやはり身も蓋もない。
「……ま、今日に関しては私ばかりが盛況の理由では無さそうだが」
肩を竦めたクリスチアンが視線を投げた先には、
「この館にウメイズミって凄腕の剣士さんがいるって聞きました!
わぁ……ローレットで騒がれてる凄腕ってあなただったんですねー!」
悪気無くミーハーを決める利香(癖の悪さをクーアに微妙に止められている)の姿と、
「……………ちょっと早いけどもうすぐグラオ・クローネだからね。
言っておくけど、チョコレートが不細工なのは仕方ないから! だって初めてだったんだから!」
美少女(サクラ)に可愛らしいラッピングを渡されて眉を八の字にしている客将・死牡丹梅泉の姿がある。
「いやあ、モテモテだね。バイセン」
「そろそろ弟子にしてくれる気になった、センセー?」
「いやあ、楽しそうだねえ」
「斬るぞ、助けよ」
楽しげなサクラは屈託なく笑っている。
そんな彼女が邪剣遣いとの死線に挑む事になる因果はまた別の、少し先の話である――
●伝説の迷宮II
「ふぅん……ここが話に聞いた『迷宮』とやら、か。
冒険好きのアイツが聞いたらまず間違いなく食いつきそうな内容だが」
今ここには居ない『アイツ』を思って軽く独白めいたクロバの視線の先に無限を思わせる闇の回廊が続いている。
「おー、ダンジョン! ダンジョン! 地図大事、迷子発生! 迷子発生!」
興奮を隠せないリナリナがやや食い気味にフレームに入ってきた。
そこは全く――深すぎる『穴』そのものだった。
「ここが果ての迷宮……」
思わず呟いた焔珠の鬼火がゆらりゆらりと辺りを照らし出した。
地下特有の湿った――冷たい空気が蟠っていた。
古い――余りにも古いその遺跡は全く信じられない位に広大である。
地上に突き出した入口部分、遺跡さえ氷山の一角と思う程しかない位に――
「うわー! うわー!! うわーーー!!!
これ程の迷宮の中なんて、そうそう入れるものではありませんカラ!
見たもの聞いたもの感じたもの、全て! しかとこの胸に刻んで覚えて参りマス! 参りませんト!」
「果ての迷宮……この世界にきたときから噂はたくさん聞いてたけど、まさか入れる日がくるとはね!
リナリナ同様、リュカシスやチャロロのテンションも実に高い。
「オーッホッホッホッ!
まあ! まあ! 迷宮などというものに入ったのは初めてですが!
何だかソワソワウズウズ致しますわねー!」
タント様はと言えば自慢のヘッドライト(意味深)で行き先をペカペカ照らしている。
「いざ果ての迷宮へ! これぞ冒険者!って感じだよね!!
タント様がいるとどんな暗い迷宮でも安心だね!」
同道のシャルレィスはと言えば彼女のノリには全く慣れきっていて平然としたものだ。
「勿論、私は冒険者だから、色んな冒険に慣れて……あれ?
元の世界では冒険者になる為に家を飛び出した所で召喚されたし、こっちにきてからも特に迷宮とか行った事ない……?
えーと、うん! 慣れてる! 慣れてるから! 眼なんか逸らしてないよ!」
「オーッホッホッホッ!」
まあまあ。
「ふふっ。迷宮探索とは胸が躍るね?まるで冒険者のようだ。
今回は既に攻略された階層のようだけど雰囲気だけでも楽しまなければ」
十中八九何もないのは分かっているが、それはそれ、これはこれとマルベート。
「迷宮には興味がある。俺にとって未知の場所だからね……機会でも無いと来る筈もないんだし」
お上りさんならぬ『お下りさん』と化した行人は疎通出来そうな精霊も探しつつ、周囲を見回している。
「はぐれないようにな、エーリカ」
「ありがとう、ラノール」
ひかりの精霊に照らされた迷宮は何処とないざわめきと不安を湛えているかのようだった。
攻略済みとは言えちょっとした不気味とスリルを感じる場の空気に、ラノールの手を握るエーリカの力は少しだけ強くなる。
「私は大した力も無い木端故に、適当に邪魔にならない程度に観光させていただくのだよ。
……とは言え、そもそも迷宮観光以前に私はこの世界自体に関してそこまで明るくは無いのだが」
ひんやりとした壁をペタペタと触り、マヌカ。
「おねーちゃんが好きそうかなってお誘いしたけど、迷子になって出てこれないとか、ないよね?」
「引率が居るからのぅ…大人しく見学する分には大丈夫じゃろ。
この辺りは探索済みじゃからな、宝箱があるとしたらもっと奥の方かのう」
結乃と華鈴の二人が周辺を見回しながら迷宮を進む。
「あ、きらきら。ガラスじゃなさそうだけど、なんだろな?」
「鉱石の一種じゃろか……これは綺麗じゃな」
非日常でのちょっとした幸運に二人の表情が綻んだ。
「迷宮? 聞いたことない。なにがあるの? お宝とかあったり、だいまおーとかいるの?」
「さて、な。情報が殆ど無かった故、吾輩も何があるかまでは。
……ただ、迷宮探索の為にこの国が作られた程だ。見てみる価値はあるだろう」
無邪気に問うルアナに「気になる物があっても、黙って逸れたりせぬように、な」とグレイシアが釘を刺した。
「勝手にどっか行かないもん! 心配なら紐でぐるぐる巻きにすればいいよー!!」
と、少しむくれるルアナを宥めるグレイシアは保護者然としていて。
「……子ども扱い、きらい」
でも差し出される手を握るルアナはそれは『好き」。
乙女の機微は複雑怪奇極まりない。
「ここが勇者王が攻略を夢見た迷宮か……
伝説の舞台に足を踏み入れていると思うと何だかわくわくするな」
重厚な石造りの床、壁、天井をクリストファーは半眼で眺めていた。
彼は持ち前の透視能力で迷宮の内部を見回しているのだが、内部は見通せる部分とそうでない部分の双方があった。
どんな魔法が掛かっているのか、それとも材質的な何かを理由にしているのかは分からなかったが。
「迷宮は初めてだけど、クレタの遺跡にどことなく似ているわね。
ラビュリントスみたいに牛頭の魔人がいなければ良いのだけれど。
糸を垂らして進まなくても平気? ……踏破された階層だし、地図くらいあるわよね……」
ぶつぶつと独白めいて呟きながらルチアは周囲を見回している。
「今日についてはアリアドネの糸は必要ないわさ。
ま、この辺りは『比較的まっとう』だから大丈夫」
確かに足を踏み入れたこの場所――攻略済階層は『普通の迷宮』らしさを保っているが、冗句めいたペリカの言を裏返せば『まっとうでない場所』もあるという事になる。
「後々ここを探索する依頼が舞い込んできた際に、必要最低限知っておくべき事なんかは無いかしら?」
「そうねぇ」
そしてその言葉はフィーゼに返された言葉が強く裏打ちする。
「無理し過ぎない事かいね。この場所、それなりに大勢死んでるから。皆腕自慢だったんだから――分かるわいね?」
「果ての迷宮……幻想の総力を挙げれば踏破されそうなものですが。
百年以上の時を経ても踏破されないということは……何かしらの理由があると思うんですよね。
誰が作ったのか?何のために作ったのか? 色々考えると都市伝説みたいな感じで夢が広がりますね!」
「ああ。でもこんな日だからこそ――油断は出来ないな」
ユーリエに応じたサンディの脳裏にはあの蠍の男の姿がちらつく。
仕留めきれなかった悪意の塊は大いなる憤怒を抱いてイレギュラーズへの復讐を狙っている事だろう。
例えばこんな迷宮で誰かがさらわれたなら、と考えるといよいよ彼はぞっとしていた。
「この低階層で、罠や魔物は再生成されたりするのか?
突然強い敵が出たり、直近に砂漠系の冒険者が入ってたりしないよな」
「ないない」とペリカ。
「そういうエリアも無い訳じゃ無いけどね。それじゃ観光には不適切だわさ。
それに、果ての迷宮は今日の今日まであんた達も入れなかったこの国の最高機密の一つなのよね。
ここより警備が堅いのなんて王宮位しか無いわさ。はぐれ冒険者がはいそうですかって入れる訳が無いって寸法」
成る程、ペリカの言葉はもっともだ。
「ペリカ先生! この階層で見つかった宝物って、どーゆーのがあったんですか?
あとあと!やっぱり罠もあったんだよね? 罠の見本とか、見れたりしないかなぁ?」
「私の世界にはこういうトコは無かったわね。昔いた魔術師の工房跡地みたいなのはあったけれど……
ねえ、ペリカさん? 改めて聞くけど、ここは、ずいぶん昔に見つかったんでしょう?
どうしてまだ制覇されてないのかしら? 深部が相当危なっかしい怪物の巣窟になってるとか?
もしくは、迷宮化する魔法でもかかってるとか? 入るたびに形状が変わるみたいな」
「ここが苦労したとか、今まで攻略してきた中で一番の強敵の話なんかは聞いてみたいな。
あと幻想種って事は長生きって事で……もしかして勇者王の時代からずっと穴を掘っているとか?
「昔の貨幣とか魔法のアイテムとか美術品とか――珍しい所じゃ何十年経っても腐らない食べ物なんかもあったみたいだわ。
後、想像は半分正解で半分足りない感じだわねい」
フェスタとアクアの言葉にペリカが答えかけ、途中で威降の言葉に「レディに歳の事は聞くもんじゃないわさ」と少しむくれた顔をした。
「ひたすら地下に続いてるんだっけ。
最奥には余程のものがありそうに思ってしまうが――これまでにも珍しい品が見つかったりしてるのだろうか。
あと、なんで「果ての」迷宮なんだろう。
混沌でも真ん中近くにあるはずなのに――名付け親って件の建国王かい?」
ペリカはこのラダの言葉に答えかけのアクアの問いを思い出したらしい。
「ああ、そうだ。果ての話だった。
単純に掘っても掘っても終わらないのだわさ。今言ったような形状や性質の問題に加えて、『果てがない』。
つまり、もう何百年とこの迷宮は下に下に進まれてるけど、何処がゴールか知っているものはいないのだわよ」
「いやぁ、それはそれは……いやぁ、純種ならば一度は耳にしたであろう果ての迷宮。お目にかかれたのは光栄だけどね」
レイヴンは感心半分呆れ半分に言った。全くそれは階層の単純暴力である。
「はてさて、勇者王がこの迷宮の踏破を目指したってのは有名な話だけど、どこまで潜ったのやら」
「ちょっと待って」
話がここまで進んだ時、主人公がツッコミを入れる。
「これだけでっかいと日帰りってわけにはいかないだろう、テントとかで野宿するの?
迷宮泊? 内部にベースキャンプ作ったりするのかなあ……
あ、あとテレポートで地下深くまでショートカット出来たりしないの? エレベーターが有るとか!」
「鋭いわねい」
主人公のこの考察にペリカが感心した顔をした。
「シュペル・M・ウィリーっていう偏屈な道具屋が迷宮攻略の為のセーブアイテムを作ったのが何百年か前の話。
勇者王が何らかの代価を払って獲得したっていう話なんだけど、勿論これは王家の家宝。
何故、果ての迷宮の挑戦が限られた人間になるかって理由の一つだわいね」
「この辺りに初めてたどり着いた――攻略済みとなったのは何時頃か聞いても?」
「この辺りはぶっちゃけビギナーコースだからねえ。踏破されたのはもう何百年も前の話になるよ。
伊達や酔狂で幻想も穴掘りしてないから――それなりに深くには潜っているのさ。ゴールが分からないだけで」
続いたヘイゼルの問いにペリカが答える。
「今回は攻略済の低階層までって話だけど、いつか中階層にも行ってみたいものね。
穴を掘るって話だったけど……実際に鶴嘴とか炸薬で穴を開けていく感じなのかしら?」
「ペリカは責任者との事だが。何でこの“穴掘り”を引き受けようと思ったンだ?」
「あはは、物騒だわさ。まぁ、『穴を掘る』っていうのは一種の比喩でね。深く深く潜っていくと、そんな感じな訳よ。
まぁ、キッカケは――何だったかな。昔過ぎてあんまりハッキリとは覚えてないんだけど、あたしゃきっとこういうのが好きだったんだねえ。ファルカウでじっとしているのが向いてなかったんだよね。多分」
結とレイチェルにペリカが応じた。
「他の階層に何があるのか……解き明かされる日も、遠くないかもね?
取り分け『興味への道しるべ(ギフト)』が当然『下』を示したヨゾラの言葉には楽しそうに「だといいけど」と笑ってみせた。
「我らはこちらに来て間もないのでな。
歴史に不勉強で申し訳ないのだが…この迷宮は如何なる経緯で発見され、何がその奥にあるかと言う……言い伝えはないのだろうか?」
【月夜二吼エル】のもう一人、シグが問う。
彼の観察眼は迷宮が完全なる人工物である事を看破している。
これ程巨大な施設が作られた以上は、そこに某かの目的があるのは明白だ。
宗教的な儀式なのか、それとも何かの封印なのか――
「しかし、この迷宮が人工物だとすれば……作った人間は途方もない執念を抱いたのだろうな……」
「例えば、何かを出さない為のモノなら……まるでパンドラの箱だな。ぞっとするぜ」
壁や床の『何かの図形や文字らしきもの』を丹念に調べながらゼフィラ、肩を竦めるレイチェル。
ゼフィラの圧倒的な記憶力は見たものを忘れさせる事は無い。調査はその場限りでは終わらない、情報は集めるに越した事はないという事だ。
「我等が今居るのは攻略済みの階層だが、その昔ここには野生の魔物が居たのだろうか? 居るとしたらどのような物かね?」
「なあ、お嬢ちゃん。ここには一体どんな罠や仕掛けがあったんだい? 『お嬢ちゃん』」
「好奇心旺盛でいいね、青年達。おねいさんサービスしてしまおう。この果ての迷宮は一説に『世界の果てに接続されている』と言われてるわさ。
まー、実にいい加減かつ信頼の置けない口伝レベルの話なんだけどね。あ、信頼出来ないとか言ったのは内緒だわさ。怒られるから。
敵やら動物やらオーソドックスな罠やらはこの辺のは排除済みの筈だわさ。ま、無限に湧いてくる階層もなくはないんだけどね。
……お嬢ちゃんは正直かなりくすぐったいわさ」
ペリカは一つ一つを答える。持ち前の知識欲を満たしたシグは「益々もって愉快だ」と満足そうであり、してやったりのジェイクは人の悪い笑みを見せた。
一方でこの不思議な場所で不思議な話をしているのは偶に話題に集った【異界人】の三人だった。
「うーん、同じ依頼を受けた事もあったけれど。まさかあの絵里ちゃんだったとはね」
何とも難しい顔をしてそう言ったのは千歳。千歳の言う所の『絵里ちゃん』は彼の記憶の中のディティールと異なっており、彼は絵里の事を同一人物のようでありながらそうであるとも言い切れない――何とも言えない不思議な感覚を抱いていた。
「世界線が違うってやつですね。言われてみれば私の知ってる先輩と違うような? うーん、分かりません!」
「……確かに。話を聞いている限りでも、例えば『日本』は『日本』でも皆それぞれで話しているのが別の『日本』としか思えない事とかはありました」
再会した『先輩』に「これから仲良くなればいいんです」とした絵里は実にポジティブである。
一方の冬佳はこの世界が『多くの日本』を抱いている可能性をより現実的にイメージしていた。
(明らかに違う世界だと思える要素、歴史……そういう話を幾つも聞いた。
並行世界論……というものもあるけれど、この世界は明確にその『外』になる。
もしかしたらこの『召喚』は、そういった横並びの世界からも、別々の棚から本を取る様に手繰り寄せる事が出来るのかもしれない、か)
この迷宮が混沌における神代の作品だと言うならば、召喚にも匹敵する神秘が眠っていないとは言い切れまい。
「……うーん、他所から聞いて悪いけど、前言撤回。こっちにはアリアドネの糸は必要だわさ」
旅人なる存在の神秘に感心の声を漏らしたペリカはさて置いて。
「冒険者の憧れ! 果ての迷宮探索! よーし、ばっちり皆サポートするからネ!」
「ミルヴィさん、気合入りまくりです。負けられませんね!」
元気良く言ったミルヴィに引きずられてかエマも気合を入れ直した。
彼女等二人にイーリンとアトの二人を足した【砂書】の四人は攻略済のこの階層をチームで進んでみるという『訓練』を希望した。
「二人共、踏破済み領域だから、ピクニック気分で良いわよ」
そう釘を刺したイーリンがペリカに頼み込んだのが発端だが、「まぁ好きにするといいわさ」と返したペリカの反応を見る限り、致命的な危険は存在しないという判断を得られているのは間違いない。
とは言え……
「内心は興奮しても努めて冷静が僕というものだ。ああ、興奮する。たまらない。遂にやって来た、果ての迷宮!」
三メートルの棒を手に床を壁を突付きながら前を行くアトからすればこれは余りにも待ち望んだ本懐の瞬間であった。
興奮するなと言うのも酷であり、ピクニックでも真剣さを帯びるのは当然の事と言うべきだろう。
「見てアト、さっきは魔法の感圧式だったのに、こっちは……すごい、本当にブロック刻みで構造が違う」
第一冷静を気取っているイーリンが、
「エマ、貴方ならこの鍵、何秒で開けられる?」
もう満面の笑顔でニコニコで。
「……大丈夫?」
「最高よ!」
苦笑したミルヴィに乙女の花咲く満開の笑顔を見せているのだからもうアレである。
「果ての迷宮! 懐かしいねー、イレギュラーズの顔見せでいろんな所に行ったとき以来……だっけ?」
「未発見の隠し部屋とかは無いだろうが……
探索済みでも迷宮と聞くと探索したくなるのが漢だろ……たぶん」
アクセルとウェールのコンビもこの時間に並々ならぬ興奮を覚えているようだ。
何時か――そう遠くない未来にこの迷宮に『挑む』日が訪れる。
混沌に存在する伝説に触れる日が訪れる――そう考えたのは一人二人では無いだろう。
特異運命座標は時に冒険者にも姿を変える。
大人でも子供でも――未知に憧れる感情は、きっと変わらないものだった。
運命はまた一つ動き出すだろう。
動き出した歯車は止まらず、更に大きな変化を望む――
「『果ての迷宮の人手を求める』というのは、おそらくこの時系列において大きなインシデントであるはず。
ならばこの一件が、あるいはこの迷宮内の何かがヨハナのタイムライン・レコード(ギフト)に関わる可能性は大いにあり得る。
未来の破滅回避のためにも迷宮には目を通すべきです。
……という大義名分が立ちましたのでっ! ヨハナ迷宮観光続行中です!
次回、ヨハナ・ゲールマン・ハラタ第二百七十六章、お土産は迷宮饅頭にコネクトコネクト!」
――はい、酷いアドリブとはこういう事を言うのだぜ!
●ローレット
「何だ、観光には行かなかったのか」
「ふふ、貴族の人達は御三家に王様だけではありませんからね。
より広い情報を収集し、新たなスポンサー候補を発掘するのも仕事の内ですよ。反応的に考えて」
ローレットの一階で戻ってきたアルプスと華蓮を伴ったレオンが鉢合わせた。
「しっかりお仕事するのだわよ!」と気合を入れる華蓮は冒険そのものよりこのレオンの役に立ちたい気持ちが強いらしく、
(ローレットに報告書だとか噂話として集まる情報を、後でレオンさんが参照しやすいように纏めるのだわ
ふふふー、将来に向けての活動だわね!)
メモを片手にイレギュラーズ達の感想や情報を資料に纏める作業を地道に堅実に行っていた。
「そう言えばレオンさんは『果ての迷宮』に挑戦した事はあるっすか?」
「そうそう。それが気になってたのよね~。
女の勘ってやつなんだけど、レオンくんならなにか知ってる気がするのよねぇ」
酒場のスツールに腰掛けて一休みといった姿を見せたレオンにふとレッドとアーリアが尋ねた。
「あ、私も気になるのだわ」
「……と、言うかレオンさんの事は何でも気になるのだわ」という言葉の後半を飲み込んで華蓮も乗る。
「俺か? 俺は不良冒険者だからね。『果て』の経験は無いが、まぁ一般的な迷宮なら――
聞かせてやってもいいが、嘘八百の自慢話に聞こえるかもね。だから今日は辞めとこうかな」
綺麗にかわすレオンに「ケチねぇ」とアーリア。
レオンはと言えば「寝物語になら聞かせるぜ」と笑えない冗句で応酬する。主に華蓮が笑えない。
日はまだ高いが、彼女もレオンも度数強めの酒を開け始めているので、二人共つくづくの不良であった。
「何だ。こんな所に集まっていたのか」
そこへ情報収集を終えたハロルドとグドルフが同時に戻ってくる。
ハロルドは迷宮観光や貴族への御用伺いには赴かず、主にこれまでの迷宮探索者に話を聞きに動いていた。
グドルフも方針は同じ、彼は専ら『酷い目にあった生き残り』をターゲットに絞っていた。
目新しい情報は無かったが、専ら他の面子が得られたような情報は取得している。
迷宮の姿形は不定だから『アテ』にはならないが、そこがかなり危険な場所であり、遠大に不可思議な場所であるというのは共通点だ。
「大した話が聞けただろ」
「いやぁ、驚いたぜ。まるで冗談みたいな話が沢山聞けたからな。
ああ、酒のんであの調子じゃ――普通なら酔っぱらいの戯言だろうよ!」
「『果ての迷宮』か。俺がいた世界にもダンジョンはあったが、ここまで大規模なダンジョンは初めて知った」
「だが、冗談じゃない。それに聖剣の勇者様がそう言うなら大概だ」
頷いたグドルフ、ハロルドにレオンは笑う。
「そしてそれはこれからオマエ達が挑むべき場所になる。
ま、ローレットとしては仕事の一つに過ぎないが――血道を上げる貴族様方も多いからね。
それに、特異運命座標が特別な運命を帯びるっていうなら」
言葉を切ったレオンは悪戯気にこう続けた。
「何時まで掘っても捕まらなかった『果て』が見つかるかも知れない」
「……本当に入った事ないっすか?」
「怪しいわねえ」
レッドとアーリアの懐疑の視線を受け流してレオンはもう一杯カップを呷る。
近く次の冒険の幕は上がるだろう。
終わらない迷宮を行く特異運命座標は果たして『果て』の先に何を見つけるか――
――今は未だ知る者は誰もいない。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
YAMIDEITEIっす。
大分書きすぎた気がします。
白紙以外全員書いた筈なので、もし抜けていたらお知らせ下さい。
『果ての迷宮』への挑戦準備は整いました。
近く迷宮に進む次なる展開が訪れる事でしょう。
シナリオ、お疲れ様でした。
GMコメント
YAMIDEITEIっす。
遂に来た、果ての迷宮へのご招待です。
以下詳細。
●依頼達成条件
・果ての迷宮について色々知る
●果ての迷宮
幻想王都メフ・メフィートの中央に位置する大迷宮。
何時作られたかも不明な超古代迷宮であり、数百年前幻想の建国王(勇者王)はこの迷宮を踏破する為に幻想を打ち立て、王都を定めたとも言われます。
権威伝統主義の幻想にとってこの迷宮は特別そのものであり、以降貴族達は競って冒険者や手の者を雇い、深い迷宮を進み続けてきました。
イレギュラーズについては誰が雇うか、でお互いに強い牽制をしていたようですが、「この際本人達の自由意志に任せる」という所でお互いが了承。
好感度が一定以上に達したので「このまま関わらせないよりは」で妥協した模様。
●ペリカ・ロズィーアン
「もうずっと長い事穴を掘っている」らしい土木関係者、改め冒険家。
少女のなりをしていますが幻想種であり、見た目はあてになりません。
気さくで豪放磊落、大雑把な性格ですが、『穴掘り』の責任者である事から高い実力の持ち主であると推測されます。
彼女は幻想王家に雇われた踏破の総隊長であり、裏方と実働の双方を兼ね、安全で効率的な踏破、我先にと戦いを始めかねない貴族達の調整役をしているようです。
●何が出来るシナリオなの?
果ての迷宮を観光したり、スポンサーに話を聞いたりする準備シナリオです。
果ての迷宮には長い歴史があり、既に中間階層まで攻略されています。(ただしその攻略深度がどれ位であるかは誰にも分かっていません……)
スポンサーとなる貴族達は国王フォルデルマンをはじめ、幻想御三家、それ以外にも様々な貴族や有力者が存在します。詳しくは下記プレイング記述を参照して下さい。
●プレイング記述
【迷宮観光】:果ての迷宮を見に行きます。引率はペリカ。攻略済低階層に入ります。
【フォルデルマン】:王宮へ行き、フォルデルマンに挨拶します。
【レイガルテ】:私邸へ行き、レイガルテに御用聞きをします。
【リーゼロッテ】:私邸へ行き、リーゼロッテとお茶でも如何?
【ガブリエル】:私邸へ行き、ガブリエルに話を聞きます。
【クリスチアン】:サリューへ行き、この際だから煽ってみます。
【その他】:趣旨から違反しない程度ならこちらへ。
上記から近しいものを選んで下さい。
王侯貴族への挨拶はあくまで彼等のスタンスを聞く程度です。
挨拶に行ったとしても今後彼等の麾下になるという決定ではありません。
重要なのはより多くの関連情報を集める、といった部分になるでしょう。
下記の注意を必ず守り、プレイングを書いて下さい。
守られていない場合、本当に高確率でカットしますのでご注意下さい。
一行目:【(近しい選択肢)】
二行目:同行者名(ID)(無い場合は不要。複数人で組む場合は【グループ名】でタグを作り表記して下さい)
三行目以降:自由なプレイング
●注意
大抵の事は特異運命座標様のなさる事なので流してもらえます。
が、どう考えても洒落にならない事態が推測されるような行動はお避け下さい。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
お馴染みの幻想の面子ではありますが、果ての迷宮は彼等にとっても特別です。
イベントシナリオは全員描写をお約束するものではありません。
以上、宜しければお願いいたします。
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