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【偽シナ】彼女に最後に残るもの【リプレイ】

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【偽シナ】彼女に最後に残るもの
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【第一章 第一節】
『参加者:那須 与一(p3p003103)』

 拙速という言葉は、今まさに与一のためにあった。
 説明を聞き終わるや否や、ポータルを経由して勇者パーティの近くに転移し、夜の闇を切り裂くように黒髪が疾駆する。
 そしてすぐに気づく、自分の感覚が鋭敏になっていることに。森の木の葉が落ちる枚数、それが風を切る音。獣のわずかな吐息を温度視覚が逃さない。
 今なら足の裏の感覚だけで、この森を走ることさえ可能だろう。
 これがあの少女、マーリンと呼んでくれと言っていた者の補正か。
 ならばと与一は足を止め、大業弓与一之紫を構えて引き絞る。引分けから会まで、まるで絹糸を引くように柔らかに構えられた。
「先輩のためなら」
 与一の口元に笑みが浮かぶ。天の暗雲に向けて放たれた一射は、音を置いていかんばかりの速度で高く高く飛んでいった。馬のいななきにも似た音とともに、暗雲の一部を穿った。
 その穴より、わずかに月光が漏れ出す。
 その異常事態に、三人。ブレイブ、キキモラ、ネームレスがキャンプの火を消したのを感じ取った。弓をしまう与一。
「とりあえず! いきなりで失礼ですが、あなた方がイーリン先輩のお仲間さん達ですね?」
 更に胸の下で腕を組み、戦闘の意志が無いことをアピールして大声を上げる。
「私は与一! 不肖ながらイーリン先輩の後輩です! あなた方の支援に参りました! 色々聞きたいことはありましょうが、後でしっかり答えます故今は何も言わずともに戦わせていただきたい!」

 沈黙、少し。
「だったらまずは静かにしてくれ。ここは敵地のど真ん中だぞ」
 そう言って出てきたのは、ローブの下で短剣を構えたネームレスだった。
「申し訳ございません! しかし此処にももうすぐ敵が押し寄せるとのことなので、機先を制すことにしました!」
 あっけらかんと言う様は、今日か明日に死ぬのではと追い詰められた人間が飲み込むには、あまりにも脂っこい内容だった。
「なぜイーリンが消えた。その装束、どこの国だ」
「これですか。先輩に仕立て屋でお願いしました! 消えた理由はざっくり言うと召喚魔法ですね!」
 目を細めるネームレス。
「なぜ私達が従う必要がある」
「宝剣は今別の仲間が回収に回っています! みなさんが死んだら先輩が悲しみますので!」
 油断なく構えていたネームレスが、ため息とともにわざと音を立てて鞘にナイフをしまった。
「ブレイブ、キキモラ、どうやら私達の知らないところでとんでもないことが起きているようだ。ここで質問するだけ無駄だと思うぞ」
「い、イーリンちゃんの後輩ってことは、知識の神様のところの」
 エルフの少女が顔を出す。怯えよりも困惑の色が強い。
「いや、あんなの居たらさすがに知ってるだろ。それにあれは、動物の耳か。ワーウルフなんて町に居られるはずもないだろ」
 出てきた青年は、背中の剣に手をかけたままだ。
「油断なさらないところはさすが先輩のお仲間ですね! 大丈夫です。もし不審な動きをしたら撃ってくださって構いませんので!」
 笑顔で腕組みをしていた与一が、ネームレスと同時に、同じ方角を見る。
「嗅ぎつけられましたかね」
「闇の国で月を撃つなんて馬鹿はそう居ないだろうからな」

 与一が味方であるという言は、間もなく真となった。

『成否:成功?』
【第一章 第二節】
『参加者:レイリー=シュタイン(p3p007270)ノルン・アレスト(p3p008817)エマ(p3p000257)』

「ああ、昔イー……馬の骨さんが言ってましたねぇ。元の世界に仲間を残してるとか、必死に頭を下げて機会を得たとか。本当に、これがそうなんですね。あだっ」
 整地されていない森を馬車が疾駆する。本来はありえない速度で、文字通り木々の間を縫うように。ただ乗り心地までは修正していないらしい、エマは尻への衝撃で舌を噛みそうになる。
「イーリンさんの執着、あるいは心残りがこれを成したのかもしれませんね。だって最後まで話してくれませんでしたから。あの人らしいですね」
 詰め込んだ医療品が割れたりしないように気を配りながらノルンは言った。
 二人の間に、困った人ですねぇ、と言いたげな空気が一瞬流れる。他人にわがままを押し付けて、あれこれ引っ張り回して動き回るけど、いつでも自分は後回し。ある意味それは彼女の『罰≒怠惰』なのだろうか。
「マーリンには感謝しなくちゃね。多分、イーリンだけじゃ運命を変えようって決めきらなかったから。ん、与一がもう始めてる」
 森の木々を縫い、地面をえぐる暴風のような矢が四方八方へと飛んでいる。
 馬車の御者だったレイリーが、並走していた愛馬の背に飛び乗る。その一言で一転して三人は「この世界で今最強の戦士たち」に空気が変わる。
 ノルンは馬車の御者席に座り、フォルトゥナリアから受け取ったファミリアに戦闘開始の連絡を入れる。
 エマはすんと鼻を鳴らすと「大急ぎで行くべき現場」を嗅ぎつけた。それじゃ後で、と言うと荷台から飛び降り、音もなく木々の中に消えていった。
 各々が成せる最善を、一つの目的の下に行う。
 そしてただの一度も、彼らは違えたことはない。

 ブレイブという青年は、イーリンよりずっと強かった。剣も、神の祝福も、頭の回転も人より優れていた。ただ、いつも作戦はイーリンのものに従っていた。それはただ怠惰だったのではない、知識で負けていたから。そしてパーティのリーダーはキキモラにまかせていた。彼女の笑顔は、いつだって個性の強い四人を纏めていたから。任せるべきを任せる器量は彼にはあった。そして、いつかそれを越えるという野心があった。いつだって、彼の前にある全ては「超えて見せる壁」だと思っていた。
 しかし、これはどうだ。
「私の名はレイリー=シュタイン! 親愛なる人の運命を変えるためただいま参上!」
 隆々たる馬体にまたがった、豪華絢爛たる白亜の騎士。美しく声を張り上げ、月光がステンドグラスの如く光を降り注がせる。
 自分たちを目当てに来たアサシン達が、少なくとも「自分たちでさえ油断すれば一度に首を落とされるやもしれぬ相手」が、視線を奪われている。
「最後まで私が立っている限り。彼らには指一本触れさせないから」
 構えた槍が敵意を向けている。それを理解した刹那、アサシン達は躊躇わず剣を、毒を塗った短剣を、呪を、魔術の矢を撃ち放った。
 それは、ついぞ彼女の白を曇らせることは叶わなかったが。
「なんだ、これは。ふざけているのか」
 勇者パーティの包囲を指揮していたアサシンの隊長が悪態をついた。
 弱りきった勇者御一行様をそのまま包囲殲滅する。という話だった。だが現実はどうだ。突如として現れたバリスタもかくやという大弓を持った女が暴れまわり。急遽殲滅のために包囲を早め、投入した戦力の横腹を、非常識にも森の中を突進してきた馬車と、騎士が、ぐちゃぐちゃに掻き回している。目標を違えたりしないはずのアサシンが、まるで動物が弱った餌に食いつこうとするように「最も堅牢な城塞のような相手に噛みついている」
「おい、町に連絡を入れろ。要増援、宝剣の移動を繰り上げろと」
 望遠鏡を覗いたまま、部下に声を掛ける。返事がない。
「いやあ、やっぱりそうですよねぇ『常に次善策を構えるのは失敗回避に重要』ですものねぇ」
 抜剣、よりも。ずっと、速く。未来を見ているかのように迷わず、紫の髪が翻るところさえ見られず。嵐のような一撃が隊長を襲った。
「ご、が」
「はい失礼。あーなるほど、ここからならよく見えますねぇ。はい、はい。四方に4人、欠けたら即対応。いやあよく考えてらっしゃる」
 えひひ、と揉み手しながら三下のように媚びるのが似合いそうな声がいやに耳に入る。
「あーなるほど、シグナルランタンですか。あ、さすがにこりゃわかりませんね。しょうがないです。この距離なら『大急ぎでやれば』間に合いますね」
「なに、もの」
「そちらさんと同じですよ」
 紫髪の女は眉毛をハの字にして笑った。
「なんとかなると思った事を、なんとかして見せに来た、仕事じゃあありませんけどね」
 ありえない。
 そう言う前に、隊長は事切れた。
 ふう、とエマは一息つく。イヤに頭が冴える。初めて来た森なのに1キロ先に居る敵を狩るまでのルートを足先が勝手に選ぼうとする。それに僅かな恐怖を覚えるが、躊躇する暇はない。
 そうして一歩、踏み出した。

 キキモラというのは心優しいエルフだ。閉鎖的なエルフに産まれながら、博愛精神に溢れた彼女は森より街に出たほうがきっと多くの人の役に立てると思ってのことだった。
 だからパーティの中では、自然と顔役になっていった。彼女の優しさはいつだって真であったから。この宝剣奪還の旅に出る時、本当に申し訳ないと頭を下げたイーリンに、こうなる前に助けられなくてごめんなさい、たくさんのことを押し付けてごめんなさいと、涙したのは彼女だった。
 だからノルンが治療を申し出た時、こんなところに来てもらってごめんなさいと謝って、面食らったのはノルンの方だった。
 戦闘の方は圧勝と言うのもおこがましい、蹂躙というに相応しいものだった。要塞の中から岩混じりの暴風が絶え間なく吹き荒れるような状況に、どうして人間が勝てるのか。
 連絡員はエマが全て刈り取り、少なくとも今夜中は町に連絡が行くことはあるまい。
 移動の前に体力回復を、と煮炊きをする余裕まであった。
 ネームレスだけは気にするなと言って離れたのは、治癒の魔法を受け付けられる体ではないから。
「ねぇ、イーリンちゃんは皆さんとはどんな風に付き合っていたの」
「そうですね、しんどいとかつらいって言いながら、仕事を片っ端から手を付けて」
「そっか、私達の知ってるイーリンちゃんと一緒だね」
 消耗した体にも優しくしみる、滋味に溢れた一杯を作る。安全をアピールするためにノルンが先に口をつける。
「いっぱいお世話になったから、こうしてここまで来たんです」
「そっかぁ」
 朗らかに笑うキキモラより先に、待てよと言ってブレイブがスープに口をつけた。ありがとうね、とキキモラは付け加える。
「ねぇ、私達はこれから光の国に戻るの」
「はい、見ての通り頼もしい皆さんが助けに来てくれていますから。宝剣奪還の連絡もすぐ来ると思います」
「そっかぁ、最後まで。イーリンちゃんに助けられてばっかりなんだね、私」
「最後」
 その言葉にノルンが顔を上げる
「うん、気づいてると思うけど。ネームレスくんは吸血鬼になっちゃったし。もう4人で冒険はできないんだ。それで最後の冒険もこんなになっちゃったし、残念だなぁ」
「それは」
 それは、とノルンは考える。マーリンが言っていた。吸血鬼になるというのは、自分たちにとって反転が発生したに等しい。それを覆すことはできず、世界に仇なす者として扱われる。
 それを否定する権利は、自分たちにあるのだろうか。
「帰ってから、考えましょう。考えれば、何か抜け道が見つかったりするかもしれませんから」
 精一杯の励ましに。キキモラはうんと頷いた。

 なお、その後レイリーが自分たちの仲間と言って見せた写真に、彼らは大いに驚いた。


『成否:成功』
【第一章 第三節】
『参加者:武器商人(p3p001107)』

 町は夜中でも賑やかだった。
 闇の国というからさぞ陰鬱かと思ったらそうではない。食うか食われるか。慈悲を与えられるか与えられぬか。丁半博打にイカサマ乗せて、バレて殴られて大笑い。人の薄汚い欲望を是とし、いわゆるライン超えのラインが極めて低い国。豊かになるなら治安の悪さもやむなし。ある意味武器商人にとってとても居心地の良さそうな雰囲気だった。
「しかし」
 と唇に人差し指を当てて、にっとひょろ長い黒い影は嘲笑う。
 面白くない。
 世界は面白いが。
 神の作った仕組みが面白くない。
 観測者を気取っているあのマーリンも面白くなかったのだろう。
 自分のコがああなったら、自分も同じように「神々しか比肩し得ない存在をぶちかましてでも滅茶苦茶にしてやろう」と思うかもしれない。
 からん、ころん。
 宿屋のドアが開く。
 ちらりと視線を向ける。
 りん、ろん。
 どこかで楽器の音がする。
 下位世界におけるハイウィザードは面白いように武器商人の持つ魔眼を強化していた。一種の全能感さえ覚えてると言って良い「これに彼女は常に曝露されていた」のか。
 思いを馳せる暇さえないほどに、情報が手元に集まってくる。
 ばち、ばち。

 ぞっ
 アサシンリーダーは立ち上がった。壁を背に、手元の短剣と鋼糸のロックを外す。いつでも抜けるのは素人のやりかた、音を立てる可能性を万が一でもなくすためのロックだ。
 嫌な直感ほど当たるものだ。あの勇者様御一行が乾坤一擲、こっちに突っ込んできた可能性もありえる。宝剣をこの町で受け渡しを指定したのは、首都というわかりやすい場所であれば向こうに簡単に推測される可能性があるからだ。
 だが、その情報はどこから漏れる。あの紫髪の女を逃がしたのは別の町だ。そこから更に複数の町に街道は別れている。ピンポイントで此処を狙えるのか。
 思考が走る。だが。なんだ、この怖気は。

 キミは

 抜剣、壁から飛び退く。

「宝剣を差し出すのと生きたまま焼かれるの、どちらがお好み?我(アタシ)は」


後 者
 を おす すめ
    す る
  が。

 その瞬間。暗殺者でありながら、悲鳴にも似た一閃を彼女は放った。

『成否:成功』
 
【第一章 第四節】
『参加者:フォルトゥナリア・ヴェルーリア (p3p009512)』

 時は少し遡る。
「勇者パーティーの皆さん、こんばんは。怪しい猫の姿で申し訳ないけれど、宝剣を取り戻す為に協力して欲しい」
 宝剣があるだろう町の中、安全確保の連絡の後、フォルトゥナリアは勇者パーティの面々と話をしていた。
 金髪で品の良い雰囲気の彼女は目立つので、適当なマントを夜中でもやっていた露店で買って被っていた。
「私はフォルトゥナリア・ヴェルーリア。私の目的は貴方達の元に宝剣を取り戻し、そのまま光の国へ帰還していただくこと。それがイーリン・ジョーンズを助ける事にも繋がると」
「助けるだと」
 会話に割り込んできたのはネームレスだった。
「お前たちはイーリンが呼んだ助けではないのか。その言い方、イーリンが未だ危機にあると含んでいるようだが」
 聡い、フォルトゥナリアが唇を少し湿らせる。
 僅かな逡巡。今はとにかく彼らの安全を確保しなくてはならない。しかし、信用を失うことはできない。
「……イーリンさんが危機にあるのは事実です。しかし、その対価として今一度助けとして私達が来た。それで納得は頂けませんか」
「あいつは、また私達に黙って何かやらかした、ということか」
「やらかしたというか、最初から腹をくくっていたというか。誰も悲しませないために、自分の内になにかおさめ続ける。あの小さな身体に。覚え、ありませんか」
 勇者だから、希望に乗ってくれる。それは勝手に勇者と呼ばれる立場であっても。困難に勇気を持って挑むことができるならば。
「キキモラ、ブレイブ。どうやら本当に町にいるらしい。この猫から僅かだが町の音が聞こえる」
 声をかけたときに乗る、ファミリア経由のわずかな音漏れを拾った。超聴力か、それ以上か。いやこの状況において交渉と見せかけて真偽の判別に重点を置いていた。
 助かった、フォルトゥナリアは胸を撫で下ろす。
「では、協力をお願いしても」
「こちらに要塞とバリスタの群れのようなのを送りつけておいてよく言う。せいぜいVIP待遇で頼む」
「ありがとうございます」
 一度、大きく息を吸う。
「宝剣の見た目、奪った相手の外見、どんな些細な情報でも構いませんので教えて下さい。そこから、拾ってみせます。必ず」
 その言葉とともに、広域俯瞰、結界術を始めとした魔術を一気に展開する。
 暗殺者はわずかな気配を逃さない。それならば、こちらも一瞬で済ませる。
 そして一撃で終わらせ得る手札を切る。

――しかし、本当に。変わってないんですね。司書さん。

 6年も離れてた仲間と、同じ見解を持たれるなんて。
 少し、頬が綻んだ。


『成否:成功』
【第一章 第五節】
『参加者:刻見 雲雀(p3p010272)』

「全く、イーリンさんったら」
 呪をかけられるという点において、雲雀の感覚はこの場で誰よりも優れていた。
 強大な呪には、相応の犠牲が必要。神により文字通り八つ裂きにされた上で、世界に召し上げられた存在とあれば抱えた呪の質も相応の物だ。
 それこそ『上位世界で完成した願望器にも関わらず、この世界に戻った時点で機能する程度』には強力な呪だ。
 ただ、この世界の神は非常に繊細な選択をした。イーリンという女は仲間を見捨てたりはしない、情の深い女だ。たとえ魂の一部を八つ裂きにされたとしても根本は変わらない。だからこそ『上位世界での仕事を終えれば、必ず帰って来る』事が前提の呪を残した。
 なぜ願望器として完成した存在をわざわざ自分たちの世界に戻すのか。それは呪詛返しの防止。イーリンを経由してイレギュラーな介入が発生することを防ぐと考えれば説明がつく。
 自分たちが何らかの方法でここに介入を果たしていることが、ある種の証明にもなっている。
「死なせないよ、貴女も、貴女の仲間も」
 それは何者かの介入があったのか。それともイーリン自身が本心で望んでいたことを自ら叶えようとしているのか。
 夜の帳の中。彼が独りごちる。それを咎める者は誰もいない。
 確かに先んじて動いた仲間の言った通り、一騎当千に値する能力強化の一環として彼の俯瞰の範囲も暗視も視力も、面白いように強化されていた。それでもなお、丁寧に普段通りの範囲であるものとして行動し、そしてアサシンを刈り取り再起不能にした。
 事前情報にも、自分の足で調べた情報にも誤りはない。道理も通っている。
 となると自分たちは本当に、彼女を救うために呼ばれているのだろう。
 そこを違えてはいけない。
「さて、向こうの休憩が終わったら、レイリーさんたちを誘導しないとね」
 夜の風が吹く。闇の国と言っても元は一つの国が分かたれて生まれた国。夜闇を愛する風土があるといっても、朝になればパンの香りがどこからかして、昼は子供が走り回るのだろう。
 彼女が愛した世界の空気は、しっかりと人の営みの匂いがした。
「ねぇ、美咲さん」
 不意に、ここに居ない女の名前を呼ぶ。
「本当に、しょうがない人だよね。イーリンさんは」
 ここに居たら、どれほど文句を言っていただろう。ただ、それでも声にしたかったのだ。
 本当なら誰よりもここに居たかった女の名を。この世界に居るはずだった証として。
 そのために自分は、最悪の芽を一つでも摘むとしよう。
 夜明けまでは、まだ時間がある。


『成否:成功』
【第一章 第六節】
『参加者:メリッカ・ヘクセス(p3p006565)、志屍 志(p3p000416)』

「愛用の懐刀を用いてまで敵国から宝剣をなんて、随分と大きな博打に出たものだねぇ」
 ぬるりと家屋の壁から出てきたメリッカはひとりごちた。この世界でも物質透過に近い魔法はあるようだが、使い手は限られるらしく。石の家の中では割と簡単に話を聞くことはできた。
 交易交渉、関税関連を有利に進めるために宝剣を盗み出す。これはいわば喉元に刃を突きつけて「自分たちはいつでもこれくらいできるんだぞ」という脅しであり。波風を致命的に立てないから交渉の余地があるとアピールもしている。闇の国というだけあってこの辺の動きはすごく上手い。と海洋国家出身の彼女は頷いた。
 そして十重二十重に敷かれた包囲網というのもあながち嘘ではなかった。闇の国の町の間全てにアサシンは存在し、カットアウトも多い。同時に一本一本の情報は紐として構築されており、情報の交差点は多いが必要なものは少ない。
「これ、アサシンリーダーって情報を掴むだけでとんでもない労苦が必要なやつだよね」
 しかし現場でそれらを統括指揮する人間が居なければ、自分たちの作った網の把握さえ困難になる。少女――マーリンがリーダーだけをピックアップしたのも頷ける。
 さて、裏付けは終わった。となれば要注意情報はこの網が動き出すことなのだが。
「そっちはどうだい」
 
「宝剣の奪取はつつがなく終わりそうです。情報収集の方も、この世界では死者の冒涜というのは闇の国でも相当に嫌われるようで。ちらつかせるだけでつらつらと」
 合流点に現れた二人目、志は口元を隠しながらメリッカに伝えた。
 二人の用いた王道の戦術、ファミリアと物質透過の併用。少なくとも要衝になるだろう場所への偵察はどちらも成果は十分だった。
「勇者パーティへの殺意は低いようですね。どのルートも基本的に宝剣の保護運搬が最優先になっているようでした」
「勇者たちが逃げ帰っても光の国の性質上黙殺が妥当。宝剣に対して一番コストをかけているってことか。となると宝剣と勇者パーティが一緒になってたりしても」
「積極的に殺しにかかる理由はありませんね。勇者の命より関税のほうが高いのも道理です」
「商人は世知辛いねぇ」
 伝書鳩に書を日本語でしたためて志が飛ばす。
 ため息を付いたメリッカがどうしたものかなと空を見上げる。
 やることは決まっている、この網が本格的に動く前にさっさと光の国に逃げれば良い。
「吸いますか」
「いやいいよ、というかくすねてきたんだね」
 情報収集に便利なので、と志が出してきた葉巻をメリッカは固辞した。
「そういえば、イーリンがいつぞや喚いていたんだけど。助けるためにパンドラをものすごい量使ったんだって」
「藪から棒ですね。ええ、事実ですよ。あそこでイーリンさんを失うわけにはいきませんでしたので」
「その結果愛人の立場を賜ったっていうのは」
「んん」
 志がむせるように口元を隠す。
「ビジネス上ではございますが。ええ、騎戦の愛人とちらつかせれば諜報に役立ちました。あの人、幻想国の立場上責任を持たないのに力があるという立場でしたので。どうにも周りが忙しなく」
「はは、だろうね」
 メリッカが笑うと。志は少し沈黙して。
「そういうそちらも、練達国ではイーリンさんと学生ごっこを満喫していたと聞きますが」
「んん」
 今度はメリッカが口元を隠す事になった。
「あれはちょっと学校に潜入するために何ヶ月か必要だっただけで。しかもノリノリだったのはイーリンの方だよ。せんぱーい、なんて言って」
「それはそれは、あの方の気まぐれに苦労なさいましたね」
 志が口元に笑みを浮かべているのは。透視するまでもなく見え透いていた。
「本当にね。その影で、ずっと死の運命を抱えて。自分が人間でなくなっていくのを日々感じていたんだから。大した胆力だよ」
「大丈夫でない時こそ、大丈夫だと振る舞う。それは組織の大将に必要な器量ですから」
「それも、本当なら望まない代物だったんだろうね。だけどそれを選んだ」
「自分がそれを望んだから、ですか」
 神がそれを望まれるなんて諦めていたけれど。結局何回も何回も、彼女は選んだ。最後まで足掻こうとしていた。お互い諦めが悪い「お館様/後輩」には苦労させられるものだ。
 そうしてメリッカと志は、一緒に笑った。
 にわかに、表通りが騒がしくなる。
 それじゃあ行きましょうか、とどちらが言うでもなく。二人は路地裏を出た。


『成否:成功』
【第一章 第七節】
『参加者:エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)結城 ねいな(p3p011471)』

 王都に近い少し賑やかな町。その通りがにわかに悲鳴に包まれた。
「ねいなと言ったか、どこかで会ったことがあったか」
「ああ。そのセリフも聞き飽きた。覚えもねぇメンヘラデブに似てるらしい。名誉毀損も甚だしいな」
 引き金一発で正規兵が吹っ飛ぶ。夜明けを引き裂く弾丸の音は衛兵から正規兵、更にはアサシンの耳目を集めるには十分だった。
 やれ見たことがない武器だの、音の出るクロスボウだの。必死に分析を試みているが。
「やめておいたほうが良い、それは盟友のお気に入りだ。本人の前で言うと引っ叩かれる、ぞ」
 エクスマリアが本気を出すまでもない。少し爪先で公演でもするように魔力を弾けば、兵士達が混乱して悲鳴を上げる。
「そりゃあ本人の前では言わねぇよ。それに資料を漁った感じ、あの混沌世界一の戦争屋なんだろう。戦争が起きれば出てくる、野火を飲み込む豪雨のような女。それで地面が潤って荒れれば、そこに踏み込むのが人間の本能。豊かさを生み出す戦火そのものってわけだ」
「思想が強いな」
「思想家なもんで。それに北方には一時共産主義が広がりそうになったんだろう。こりゃあシノギの匂いがするぜ」
 カラカラとねいなが笑い。マガジンを交換する。エクスマリアの髪が波打つ
「気をつけた方が良い、我が盟友は引っ叩くのも早ければ、その手で撫でてくるのも早い」
「DVじゃん。こわ。あんたもやられたのか」
 ふん、とエクスマリアは余裕のため息を付いた。
「そう思うなら、試してもらえば良い。思想の一つも変わる、だろう」
「こわ」
 い、と言う前にねいなの目が目当ての人間を見つけた。露骨なカソック姿は聖職者だ。
 情報を集めに行くと宣言するよりも早く、エクスマリアは更に魔術を展開した。聖職者の周囲の護衛が一息に魔術の縄に窒息させられる。
 聖職者の肋骨めがけて膝蹴りを繰り出したねいなが、そのまま地面に押し倒して馬乗りになる。
「ヘイ先生。宗教について教えてほしい」
「げぼ、ごぼ」
「きったねぇな。おい、こんなメルヘンなご時世なんだ。神様に会う方法くらいあるだろ。教えろよ」
 神、その言葉に反応したのはエクスマリアだった。神話殺しの一族としては、下手を打てばこの世界で神殺しを為すことになる。会う方法は気になるが。
「ない、ない。そんなものは。神降ろしの秘技が最高司祭になれば使えるが。それはただ神の代弁者になるだけ。神そのものに会う方法なんて」
「ちっ、じゃあ願うしかねぇってことじゃねぇか」
 げんこつで頭を引っ叩かれて、聖職者は気絶した。
「神と面会して、どうするつもりだ。友の故郷を、マリアはあまり傷つけたくないが」
 そう、憤りも悲しみも全て飲みこんでイーリンは選んだ。それに対して憤慨する権利は、あの勇者パーティにこそ最もある。
「知らねぇ。ただ、輸出したいね。チョロチョロナイフを振りかざして戦争を避ける倫理観が中途半端なこの御世に。戦争の概念を」
「ふむ」
 エクスマリアの髪が少しうねる。
「嘘だな」
「ああ」
 ドスのきいた声をねいなが上げる。周囲を囲まれるのも気にせずにエクスマリアにつかつかと歩む。
「何が嘘だ、あたしは戦争がしたいんだ」
「それをやるからさっき盟友を助けるという話をしたのだろう。目先の利益で最終的な損得を間違えるのは、石器時代の戦争、だぞ」
 その言葉に目を丸くしたねいなは、今度は笑った。
「違いない。あんたの言う通りだ盟友さん」
「エクスマリアだ、マリアでいい」
「あいよ、マリア」
 短い握手、包囲がどんどん増え、厚くなる。
「では」
 マリアが握手していた手を、高々と掲げる。それは正しく殺すための魔力が練り上げられていく。
「慈悲はない。宝剣の在処を知らぬ者は去れ。さもなくばここで死ぬ」
 黄金の魔力の本流は、剣戟の嵐となって辺りを薙ぎ払った。


『成否:成功』
【第一章 第八節】
『参加者:夢野 幸潮(p3p010573)』

「むむっ」
 幸潮が自らのギフトのリミッターが解除されていることを確認して実行しようとした『悪事』は阻まれた。地の底より虚栄の悪魔が宝剣を求めその声を上げる。自由に書き足される物語はイーリンの神としての役割を否定する。
「そのために少し色香の一つでも出すつもりであったのだが」
 目を開けば茶会の席から自分は立っておらず。対面には呆れた顔の少女、マーリンが座っている。
「おおい、危ないな君。自分が誰の権能でここに来ているのかわかっているのかい」
「わかっているさ、我らが勇者様。イーリンの権能だ。それを内側から否定し、神としての権能を自壊させてしまえば、残るのは只人のイーリンだ。違うのか」
 二人だけの空間は、今はひどく概念的で観念的だ。
「それで正しい。しかし物事に順序はある。君の手段は少し拙速にすぎる」
「人様に好き放題やれと言っておいてそれはないのではないかぁ」
 幸潮がうーん、と目を丸くしながら首を傾げ、マーリンを見つめる。威嚇である。
 マーリンは文字通りミルクで茶を濁しながらため息を付く。
「君、ゲームとか一度始めると死ぬほどやり込むタイプだろ」
「うるせぇペンぶつけんぞ」
 自分の本体である万年筆も、この空間なら仮初であると宣言しながら幸潮が言う。
「だからお待ちよ。ハッピーエンドの定義がまだ完全に終わってないだろう」
「勇者パーティの帰還と宝剣の奪還。それで万事うまく行くといったのは貴様であろう」
 威嚇の姿勢のまま幸潮は言葉で詰め寄る。
「それは事実だよ。しかしハッピーエンドにどう彩りをつけるかまで至っていないだろう」
「一つ、イーリンは死の運命をなくす。二つ、勇者パーティの全員生存。イーリン本人の最後の選択が宙ぶらりんになることくらいわかっておるわ。もったいぶったテクスチャを引っ剥がしてやろうか」
「そういうのは次の章に持ち越してほしいんだがね」
 時間がないのはお互い同じか、とマーリンはカップに口をつけた。
 花畑に、少し風が吹く。
「宝剣は奪取され、勇者たちは帰路につく。これはもう既定路線だ。君たち英雄の手によってそれは成され。間もなく死の運命は覆される」
 幸潮は椅子に座り直し、自分の茶を自分で淹れる。
「君たちには二つ選択肢がある。『彼女にこの世界で目を開けてもらい、一緒に旅をする』か『彼女に目を閉じて居て貰って、君たちだけで最後まで完遂するか』だ」
 幸潮は首を逆側にかしげる。
「それ、何が違うんだ」
「大違いだよ」

 彼女に目を開けてもらえば『最初で最後の、君たちを含めて全員でこの世界を旅することができる』

 彼女に目を閉じてもらえば『ハッピーエンドが確定したこの世界を自由に改ざんすることができる』

「それ別エンドって言わねぇか」
「さらなる敵を求めるなら後者を選んで敵を作れば良い。ちょうど神をブン殴りたい人もいるようだしね」
「それにイーリンの願望器問題はどうなるんだ」
「それは『彼女が望めば解決できる問題にまで落ちる』のさ。死の運命は彼女の心に立てられた楔。神々の恐れそのもの。そして彼女自身が持った『竜の玉』問題というわけさ」

 即ち、とマーリンは指を立てる。
「彼女が全能の神としての力を捨てると信じるなら、目を開けてもらえば良い。外堀を君たちで完全に埋めるなら、目を閉じてもらえば良い」
「バイアスかけすぎだろ貴様」
 幸潮は両手を上げて、ため息を付いた。


『成否:成功?』
【第二章 第一節】

●旅路
 食事を終えた後、馬車は揺れる。
 御者のノルンの横にはネームレスが座り、街道の先を見つめる。
 馬車の上には与一が胡座をかいて座り、耳をそばだてている。
 馬車の中では疲労困憊だったキキモラとブレイブが眠り、フォルトゥナリアが異常がないか見ている。
 そして馬車の後ろではエマが腰を掛けて後方に視界を向け、殿としてレイリーが愛馬と共に歩んでいる。
 少し先では雲雀が淡々と進路確保と連絡を繰り返してくれている。
 宝剣奪取の連絡からしばらく。
 町を大混乱に陥れた後にうまく撒いた志、メリッカ、ねいな、エクスマリア、武器商人も間もなく合流する。
「なんていうか」
 エマが馬車の中で眠っているゲストを起こさないように小声で呟くと。その続きを与一が紡ぐように言った。
「平和ですねぇ」
 聞こえているであろうネームレスは、それを咎めなかった。
 実際イレギュラーズを止める手段は、神の手かさもなくば国の総力戦による消耗戦に持ち込むかの二択であり、それは彼らが幾度となく挑んだ決戦にも似た行為。
 しかしそれをする理由も、時間も、足りない。
 終わるまでは油断できない。しかし今は力を抜いても大丈夫。修羅場をくぐったからこそ分かる小休止の時間。
「ん、あれかしら」
 レイリーが視線を向けると、ファミリアが先行して飛んでくる。姿を見せて大丈夫かと連絡に頷くと。
「ヌゥー」
 レイリーの愛馬の尻の上に、幸潮が降ってきた。悲鳴を上げることも暴れることもしないのは、愛馬の度胸が座りすぎているのか。
「我をメッセンジャーボーイとして使いやがって、許せぬ」
 選択の時はそうやって、あっさりと訪れた。


●泥濘
 最初にこの世界に来た時、自分はやり直せるのだと思った。
 最初に依頼が与えられ時、自分は運命から逃れられないのだと思った。
 最初に騎兵隊を率いた時、自分は厄介なことばかり押し付けられるものだと思った。
 最初に友達ができた時、自分はこの世界で生きていても良いと思った。
 最初に友達を失った時、自分は全身全霊で戦い抜こうと思った。
 最初に
 最初に
 最初に

 幾度もの最初を超えて。長い長い戦いの果てに。願いを叶えるだけの願望器になるというのは、凡人の自分にとっては甘いささやきだった。
 何よりもそれを、自分で終わらせられるというのは安心だった。
 最後に皆と一緒に居られると約束されていればこそ、途中で倒れても悔いはないと思っていた。

 だから、いつからだろう。
 この世界で恋をした時からか、愛を振りまいた時か、あるいはどこかで誰かが、私のために命を散らした時からか。

 くだらない欲望が、私の中で渦巻いたのは。
 全員で生きて。帰ってこれたのなら。

 そう思えば、自分の体が願望を成就させる器に成り果てていくのを。それを止めるために肉に針を幾度も突き立てるような薬を常用する事を。
 絶望的とも言える戦場に、ついてきてくれる皆に笑顔を向けることも。

 悪くないと。

 「――」
 意識が温かい泥の中に溶けていくような感覚。ここ数年は、眠る時はいつもこうだ。次はあがってこれないのではと感じる、甘い死の感触。
 その度に、痛みで、あるいは思い出が、自分の中の波濤が、目的が、自分をもう一度形作る。
 自分の中の熱が、残り火が泥を冷たいと思わせる。
 それが、燃え尽きる刹那まで。

 だからこの眠りからも、また起きて(生きて)これたのなら――




●選択
 ハッピーエンドは確約されました。
 皆様に2つの選択肢が提示されています。
 選択の上、何をしたいか、あるいは彼女への思いをご記入ください。

1・彼女の目を開く
 本偽シナにイーリン・ジョーンズが参加します。
 残りの章で、彼女とともに旅をする事ができます。
 ただし、彼女が目を開いた段階で一騎当千補正が消失し、世界へ干渉する力は彼女に集約されます。これにより、ハッピーエンドの内容をイーリンに完全に託す事になります。

2・彼女の目を閉じる
 本偽シナが終了するまでイーリン・ジョーンズは参戦しません。
 残りの章で、一騎当千補正などをそのままに、ハッピーエンドの内容を強力に皆さんで変更する事ができます。

 プレイングは今回【300文字】で【1】か【2】を選択の上送付してください。

 締め切りは【2025年1月27日18時】までとなります。

 制限時間がかなり短いです。ご注意ください。
【第二章 第二節】

 主賓は座して待つものではある。
 想像より幸せな道を、作って見せることもできるだろうに。
 それこそ主神として祀り上げてしまえば、誰も彼女に触れられまい。
 自由を求めるなら、それ相応の力を得てしまえば良い。
 どうあれ彼女は笑って受け入れるだろう、信じるとはそういう事だ。

 少し時は遡る。
 花畑の中で、マーリンは外界を眺めながら茶を飲んだ。
 そこに現れたのはノルンだった。
「おや、忘れ物かい」
「いえ、一人で考えてもしょうがないと思いましたので。素直に聞くことにしたんです」
「それはご丁寧に。なんだい、私に答えられる事なら何でも答えよう」
「ありがとうございます。貴方は、イーリンさんを何故助けたいと思ったのですか」
 その質問に、マーリンは少し目を見開き。それから嬉しそうに細めた。
 たっぷりともったいぶって、花畑の香りを肺に吸い込む。
「親は、いくつになっても子供の幸せを願うものだろう」
 そうして唇に人差し指を当ててウィンクする姿は、イーリンにそっくりだった。
「それは、血を分けたという意味ですか」
「いかにも。腹を痛めて産んだ、愛しい娘。それがイーリン。そして今はこの花畑で余生を過ごす隠居ということさ」
 ノルンが口を抑え、思案する。
「ああ、この事はオフレコで頼むよ。それと私への配慮も無用だ。別に犠牲になろうとかそういう企みも一切ない。むしろ、私は好んでこの花畑にいるわけだから」
 楽しげに笑みを浮かべる姿に、ノルンはついイーリンの影を重ねてしまう。
「本当に、犠牲になったりしないんですか」
「はは、あの子はよっぽど自己犠牲の精神が強かったようだね。ああ、私自身まだ余生を楽しみたいからね。どうせなら、孫の顔も見てみたい」
 マーリンの言葉に、嘘はなかった。
「わかりました。それは――」
 ノルンの手に、力が入る。
「人として、生きてほしいという事なのですね」
「親としては、ね。ああ、あの子に私のことは秘密で頼むよ。バレると大目玉だ」
 どんなに道に舗装されていても、そこから逸れることがあるのが人生だしあの子の選択だ。
 マーリンはそう笑った。

●覚醒
 目を覚ました彼女が最初に違和感を覚えた。
 心臓に針が近づいてくるような焦燥感も、意識が溶けていくような眠りも、常に鼻腔に漂う全能感の甘い香りも、全てがない。
 あるのは、もうずっと記憶の遠くに行ってしまった、生身の血肉が通う人間の身体の感触。
 馬車の後ろに座った状態で、彼女は自分の頬にふれる。柔らかく、温かい。呼吸をする度に、懐かしい土と風の匂いがする。
 そして横にいつの間にか座っていたエマが目をまん丸にしてから、困ったように彼女の顔を覗き込んだ。
 彼女、イーリンはそれを見て、自分の頬が熱くなっているのを感じた。
「え、え。馬の骨さん。どうしたんですか、どこか痛いところでもあるんですか」
 さっきまでいなかったはずの人間が現れたことに困惑するエマよりも早く、馬車の奥からキキモラが飛び出してきた。
「イーリンちゃん。イーリンちゃんだよね。よかった、イーリンちゃん」
「キキ、モラ。貴方なの」
 いつもの表情のまま、涙だけがぽろぽろと溢れていることに気づかないイーリンと、その場でわんわん泣き始めるキキモラに、寝ていたブレイブも起き上がり、馬車も止まる。
「先輩」
「盟友」
「イーリン」
「イーリンさん」
「司書さん」
 集まってくるイレギュラーズの面々に、イーリンは涙を流しながらなんで、とやっと声が出る。なぜ自分が故郷にいるのか、なぜ自分の仲間たちがこうして無事にいるのか、なぜ皆がここにいるのか。わからないことだらけであるが。
 長く、長く。とっくに枯れていたと思っていた涙が止まらない。頭の中でずっと押さえ込んでいた感情が溢れてきて止まらない。
 視界が涙で溶ける中、彼女の視界に入ったのはネームレスの姿。
「イーリン、無事でよかった」
「ネーム、レス」
 二人の視線が合う。それは、数年の時を埋めるには十分だった。
 イーリンが目元を二度、三度と拭う。紅い瞳はいつものように活気を取り戻し、嬉しそうに苦笑いを浮かべた。
「もう、あんたら何をしたのよ」
 その声は、ひどく嬉しそうだった。
●一路光の国へ
「さて、落ち着いたかいジョーンズの方」
 回収した宝剣をリーダーであるキキモラに渡した武器商人が問うた。
 泣き腫らしたイーリンは顔を今度は別の意味で赤くしながら頷いた。
「私の悲願を皆が叶えてくれたってことでいいのね。なんていうか、その」
「データ見る限り、お前が死ぬほど頑固だったのが招いた事態だと思うぞ」
「誰よあんた」
 ねいなの言葉に思わず悪態をつくイーリン。ねいなは肩をすくめて、そのうちあんたに食い扶持を貰うかもしれない女さと言った。
「まぁ、いいけど。それでこの状況は。多分」
 イーリンが困惑しながら自分の手を見る。確かに人間の、生身の手だ。
「司書さんは、多分最後に選んだんじゃないかな。自分では運命を変えられないけど、代わりに誰かに託すことを。それに願望器としての司書さんが反応した、とか」
 フォルトゥナリアは言った。推測が多分に含まれるが、自分たちがイーリンの縁者であることを考えればあり得なくもない。
「あとイーリン、気づいてるかわからないんだけどさ。すごい量の魔力が集まってるんだけど、わかる」
 メリッカが眼帯を少しずらし、魔眼でイーリンを一瞥した。願望器としての魔力が彼女の周囲でまるでただの空気のように偏在している。それこそ、魔力に敏感なエルフのキキモラがイーリンに抱きついていても何も感じなかった程度に。
「え、マジなの」
「うん、イーリンさんの魔力が俺たちを今までサポートしてくれてたみたいなんだけど。それが一点に集まってる感じ、かな」
「なにそれ聞いてないんだけど」
 雲雀の言葉にイーリンが真顔になる。思わずぎゅっと握った手からころんと小さな石がこぼれ落ちた。
「おそらく、なのだが。世界の摂理に沿った結果、盟友は今期せずして、神のようなものになっているのではないか」
 エクスマリアがメリッカ同様イーリンを見つめて言う。見つからぬよう髪でそっと拾った石は魔力の塊でできており。手でぎゅっとしただけで空気中の魔力を圧縮してしまったようだ。
「なるほどわからん」
 幸潮が説明をするならさっさとしろと暗に言う。
「では僭越ながら」
 志がメガネをクイっと持ち上げた。
「イーリンさんは、キキモラさん御一行と危機に陥った際、神の手で召し抱えられ、上位世界に連れて行かれました。そこで紆余曲折あり、様々な力を手に入れて上位世界。私どもが居た世界で役目を果たし、この世界に戻ってきた。これをこの世界の神話に当てはめるなら『外の世界より』『無数の合一を果たした存在』がやってきたということになります。これ即ち、神話における最初に打ち立てられた存在に等しいですね。即ち『剣』です」
「つまり先輩は今最強ってことですね」
 志の言葉に手をポンと与一が打つ。
「はい、たとえこの仮説が間違っていたとしても。この世界は分断によってより多くの、より下位の存在が増え、発展していった世界です。即ち合一を行った存在はより上位に近づくという事になります。で、ですね。私達は先程まで一騎当千の英雄としての加護を受けていたので。それが収束したイーリンさんは、どんなに存在の格を下げようとしても一柱の神以上の存在になるわけです」
 ぽかんとしているのは、イーリンも勇者パーティも一緒だった。
「つまりイーリンは今何でもできるってことよ」
 レイリーが満面の笑みを浮かべて言った。
 イーリンは空を見上げる。今なら星の果てまで飛び立てるような気がする。
 ちょっと肩を揺すれば、闇の国の首都に地震の一つでも起こしてやれそうな気がする。
 少し思索を巡らせれば、この世の真理や摂理を朗々と唱える事もできる気がする。
「さて、どうする。女神イーリン・ジョーンズ」
 武器商人のからかうような言葉を、どこか嬉しそうに聞いて。
 イーリンは言った。
「じゃあ、皆で光の国まで旅をしましょうか」
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●MSコメント
 大変長らくおまたせしました。
 第二章のOPとなります。おかしいですね、絶望的な状況に最初なる予定だったんですが。皆さんがあまりに眩しくて消えてしまいました。そんなルートは。
 どうか最後は皆さんと思い出を作りたいと思いますので、旅行プランを作成して、のびのびとプレイングを送付してください。

【重要な変更点】
・スキル、装備などをプレイングで送付する必要がなくなりました。
・イーリンがこの旅に参加しました。
・一騎当千補正が消滅しました

【成功条件】
・光の国を旅する
・素敵な思い出を作る

【選択肢】
【1】道中で思い出作り
【2】王都で思い出作り
【3】マーリンとお喋り(やめたほうが良いと思うよ:本人談)

【光の国について】
 王都までは馬車でゆっくり移動しても数日の旅路となります。
 主要街道は石畳が敷かれ、馬車同士が行き違いできるほどの広さもあります。
 光の国の傾向として秩序を重んじる傾向にありますが、同時にそれは多少の窮屈さに対する反発を生みます。即ちそれを忘れさせてくれる観光客や異国の客人というのは手厚くもてなす傾向にあるということです。
 皆さんがどこで泊まったとしても、通報やら不都合が起きることはないでしょう。
 村や町をいくつか過ぎて、王都に到着する事が可能です。

・村や町の傾向 
 基本的に整備が行き届いており、肉やワイン、パンといったいわゆる普通の食事はどこでも出てきます。
 皆さんの武勇伝などは酒場ではホラ話として大ウケするでしょう。
 また、どの村にも教会があり、信心深さを伺うことができます。宗派が違っていても祈りを捧げたりすることも可能です。

・王都について
 数キロ先の大きな川から支流を治水工事で作り、その上に建築された巨大な都市です。10万人以上が住むとされており、その上で外郭は石の城壁が存在することからその規模がうかがえるでしょう。
 上下水道完備、各神々を祀る巨大神殿、貴族の住まう高級住宅街から冒険者達の集まるドヤ街からアウトローの住まうスラムまで揃った場所です。
 何より特徴的なのは、王城が都市のど真ん中に存在することです。貴族以外にも寄り添うことを是とする善政を敷くべし、という精神性がよく出ています。
 勇者パーティの名誉挽回は到着時点で達成するものとします。

【イーリンの状態について】
 ざっくり言って多神教であるこの世界において主神を抑えた最高神に等しい能力を持っています。
 経緯はOPの通り、神話に沿って神になった状態です。
 願望器という不安定な状態から、イレギュラーズの望みと、本人のヒトとして生きたいという望みを全て内包した結果こうなりました。
 なのでこの旅の間の杞憂は基本的に「自動的に消滅する」状態です。
 本人はこの世界での旅を終えたら、混沌世界に帰還するようです。その際には「神としての力は放棄する予定」です。これによりただの人間としての人生を取り戻す予定です。予定と表記するのは、皆様との旅路の中で何か変わる可能性があるからですが、まぁ悪いことにはなりません。
 だって彼女はやっと、自分の人生を取り戻したのですから。
 ただ今の彼女はこの世界の最高神のため、ぎゅっと手を握るだけで砂金が溢れ、酒瓶に口をつければその酒が不老長寿の妙薬になるレベルでイカレた加護を持っているので、なんかギャグ展開とかも起きるかもしれませんね。

【勇者パーティについて】
・キキモラ
 光の国に戻れるのですごいニコニコしてます。皆さんの事は天の使いか何かと思っているフシがありますが、イーリンの友人ということでフレンドリーに接してくれます。旅の間は皆さんの良き聞き役になってくれるでしょう。
・ブレイブ
 状況があまりにもぶっ飛んでしまったので、考えるのをやめました。彼は神官戦士でもあるので、自分が信じる主神より上の最高神が突然爆誕したのですからそうもなるでしょう。旅の間は元の青年らしい気さくな態度とリアクション担当になるでしょう。
・ネームレス
 イーリンと再会できたこと、それが全てです。最高神の力をもってすれば吸血鬼から人の身に戻すことはできるでしょうけれど、イーリンも、彼もそれを望みません。二人にとって、世界がどうあっても、種族がどうあっても関係は変わらないのですから。
 ただ旅の間、ずっとどこか嬉しそうにしています。

【マーリンについて】
お茶会会場からニコニコしながらこの状況を見守っています。
重要なことなので再掲しますが
『イーリンに彼女の所在と存在を伝えてはいけません』
なお、引き続き質問にはテレパシーという形で答えてくれます。
相談スレッドにおける【マーリンへ質問】は有効です。

【余談】
選択肢送付の際のパッション溢れる内容はこのあとのシナリオ、リプレイに反映されますので、重複する内容は送付しなくても大丈夫です。
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●プレイングの送付について
・ラリーシナリオですが基本300~600文字で、イーリン・ジョーンズに手紙を送って下さい。
ただし、偽シナですのである程度融通できます。多少の文字数オーバーは構いません「のびのびと」書いて下さい。

・今回の締切は『2月14日23:59まで』とします。
・最終章は次回を予定しております。

それでは、残りの旅をどうぞお楽しみください。
【第二章 第三節】
『参加者:エマ(p3p000257)』

 ここは闇の国とほど近い閑散とした村、カンソン。
 交易用の街道の近くに複数ある村の一つで、特産品は無いが信心深く真面目な人柄の村民が多い。そのため両国の商人の間では隠れた名所として扱われている。
 一つしか無い宿屋のシーツは、客が来なくても毎日太陽に晒され、その下の干し草も定期的に入れ替えられている。
 パンは一週間分を硬く焼くのではなく、美味しくいただけるよう二日分を焼く。そのためパン屋の家の雑事を村民がいくらか肩代わりする思いやりもある。
 山羊の乳からチーズを作り、狩人が肉を仕入れ、週に一度はそれらを村民全員に振る舞ってささやかな贅沢を楽しむ。その楽しみさえ、旅人が来れば共に分かち合う。
 まさに清貧という言葉が似合う村だった。

「うーん、むむむ」
 人数が多くなって少し手狭になった馬車、その縁でイーリンが唸る。その様子を固唾をのんで見守るエマ。
「出ませんね、食べ物」
 イーリンが神の力を手に入れたのなら、パンの一つでも出せるのではないかとエマの思いつきを試すが、出ない。
「いや、何か出てる感触はあるのよね。ただここに出てない感じがする。座標がズレてるのかしら」
「えぇ、じゃあそのへんのヤブの中からパンが出てくるかもしれないんですか」
「あるいはパンのなる木とか」
「あはは、いいですねそれ」
 まぁでないものは仕方ないです、とエマはにまにまと嬉しそうにイーリンの顔を覗き込む。
「しかしですねぇ、馬の骨さんもすみにおけませんねぇ」
「何よ、今度は」
「だってねぇ、ネームレスさんなんて恋人がいるなんて。いやぁなおさらよかった」
「それってどういう意味かしらぁ」
「言葉通りの意味ですよ」
 エマがへりくだることなく、けらけらと笑う。イーリンはわざとらしくため息を付く。
「だって、恋人を置いて死ぬなんて私達の戦いじゃあザラだったじゃないですか。馬の骨さん、それにですね。あの時」
 いつか、エマにイーリンが自分の限界を打ち明けた夜を思い出す。
「あの時、私は平気そうにするように頑張りましたし。希望を持ってもらえるように頑張ったんですよ。でもほんと、私じゃなんにも思いつかないし。馬の骨さんが私のこともわからなくなってしまったらどうすればいいんだろうとか、色々。それにこうして貴方の世界に喚ばれた時でさえ、余計なお世話だったんじゃないとか」
 つらつらと、エマが胸のつかえを取るように話す。マーリンに召喚された時はそれこそ、空中神殿に呼び出されたときに匹敵する驚きがあったが、今度は世界ではなく友達を助けろと漠然と言われたのだから、余計にプレッシャーもあった。
「だからですね。さっきキキモラさんが話してくれた、最初の冒険でしたか。王都のドブさらい。あの時も馬の骨さんがこのままあの人を放置しちゃあひどい目にあう、なんとかしなきゃってなし崩し的にパーティを組んだって話を聞いた時は。全然変わってないんだって笑っちゃいましたよ」
 本当に、とエマが一息つく。
 イーリンはそれを聞いて、不満そうに視線をやるが、口元の笑みは隠せない。
「それでですね、なんとなくわかりましたよ。今回助けなきゃあとがなくなったとかそういうのじゃなくて。ずっとずっと、助けたり助けられたりして、最後の最後に踏みとどまるかどうか。その決断をしたから、私達が喚ばれたんだなぁって」
「そうかもしれないわね。死ぬのだけは死んでもごめんって」
「いっつも、言ってましたもんね」
 紫の髪の二人はくすくす笑う。思い返せば二人が仲良くなった発端だって、イーリンがエマを見つけて、紫の髪だ、面白い、じゃあ友だちになろうなんて。当時19だったとは思えないほど幼稚な理由だったから。
 そうして肩を寄せ合って喋る中、イーリンの小さな手が、相変わらず随分と温かい子供みたいな手がエマの手に重ねられる。
「んぇ、どうしました」
「エマ、茶化さないで聞いてね」
「人目がありますよ」
「茶化さないでってば」
「はいはい、なんですか」
「ありがとう、親友」
 耳元によせられた唇が、そう告げる。
 エマが、えひ、と笑った。ありがとうと返して。それからお返しというように、耳元に唇を寄せる。名前を呼ぶ時は二人っきりと決めているから。
「イーリン、私ももう盗賊は廃業です。特異運命座標もお役御免でしょう。これからは冒険者として、生きていこうと思います」
 口を離し、組合とか入らないとですねぇと肩を竦めるエマ。
「もとより食うや食わずで始めた盗賊で、義賊なんてやれるほど信条だのなんだのあるわけでもなし。こうして一緒に馬車に揺られて、前後気にせずどこかに冒険しにいって、行く先々の困り事を解決して日銭を稼ぐ。十分じゃあないですか、路地裏で銅貨一枚の恨みで刺される生活より、よっぽどいいです」
 あと何日かの旅で、焚き火やそのへんの川で魚を取ったり、保存食を湯で戻したり。
「そうね、そっちのほうがよっぽど正しい。ああ、でもエマ」
「なんですか、馬の骨さん」
 重ねていた手を離し。そのぬくもりを残すように片膝を抱えて、エマが首を傾げる。
「怖がるのも、隠れるのもやめちゃ駄目よ」
「あはは、それはそうです。きっと今みたいに馬の骨さんがいない冒険じゃ、財布をスられる心配もありますし、変なのに絡まれるかもしれませんし」
 『こればっかりはやめられませんよ』とエマは笑った。
 イーリンも笑った。
「あ、そうだ。もし困ったら私のところに来なさいよ。飯と路銀くらいはどうにかするから」
「お、それで対価として愛妾にでもするつもりですか。勇者様でお貴族様の馬の骨さん。私は何号になるんでしょう」
「こいつ、私の振った旗の後ろでずっといたくせに」
「それだっていつも手伝えって言ったのは馬の骨さんですよ」
「じゃあ最終的に私に意見を任せるってよく言ってたし。愛妾にしてやりましょうか」
「あはは」

 そうして二人は、カンソンに到着するまで笑いが絶えなかった。
 ついでにカンソンは、なんかすごい事になってた。


『成否:成功』
【第二章 第四節】
『参加者:志屍 志(p3p000416)』

「ええ、ということでイーリンさんは皆さんの前から姿を消した僅かな時間に。神々に召し抱えられた上で異世界で六年あまりを戦い抜き、そうしてこの世界に戻ってきたわけです」
 カンソンの村は村民という村民が真っ昼間だというのにどんちゃん騒ぎをして、ありったけのタルを持ってきて井戸からワインを汲み上げている。どうやら昼間に突然井戸水がワインになったらしい。
「ふえぇ、イーリンちゃんすごい頑張ったんだね。うっう、よかったぁ。今ここにいる皆さんもそれぞれ大変なのに、いい人ばっかりで」
 キキモラが感涙する中で、志は背中をさすってあげながら微笑んだ。
 カンソンではそれからパン屋の釜が突然開いたと思ったらふっかふかの白パンとかクロワッサン、あとピザなんかが溢れ出て、神の恵みだとか騒いでいる。
「ええ、ええ。ですので我々は神の使徒とかそういうのではなく。キキモラさんが困ったことを放置できないように、イーリンさんを放っておけなかったからきっと呼び出されたのです」
 志は道中、新旧イーリンの仲間たちの話の潤滑油になるように合間合間に解説を入れたり、一人でいる勇者パーティの面々に声をかけていた。
 カンソンでは干し肉を作る小屋の肉が全部クソデカ生ハムの原木に変化しており。もはや酒池肉林の状態で、そこら中で神への感謝とダンスが行われている。
「ところで、謝肉祭とはいつもこんな感じなのですか」
「あ、多分違います。年の末に神様への感謝の行脚が一週間続きますけど、それ以外はあんまり」
「あ、そうなんですね」
 そういえばさっきイーリンが馬車でしきりに手をにぎにぎしたり何か祈ったりしていたなぁ、と志は宿屋の二階、女部屋の窓から村の喧騒を眺めていた。

(民衆にむやみに奇跡をばら撒いたりしないよう影に潜んで見守っていましょう)
 志の志は、事前に粉砕されていた。
「いやあ、ここでこんな派手な祭りをしてるなんて知らなかったわ」
 どっこらしょと荷物を下ろすイーリンに、貴方のせいですよと突っ込まない。これで下手に魔法解除の思考がよぎったりしたら、それはそれで大混乱が起きるに違いない。
「ところで、愛人の方はどのような冒険をされてきたのですか」
 そこで思い悩みながらイーリンに向けていた視線を勘違いしたのか。キキモラが嬉々とした目で言った。
 志のメガネにショックでヒビが入った。予備に交換しながら笑顔をはりつける。
「すいません、今までの話のどこに私が愛人ってところがありましたかね」
「えっ、イーリンちゃんの影として戦うから近くに居る必要があったって話。それってつまり愛人で、自分はそういう身の上なのでって他のお誘いを断るって。きゃーロマンスだね」
 心の底からのツッコミに対して、論理の飛躍が更に飛んでくる。いや乙女心一杯ではしゃいでるキキモラを頭ごなしに否定するのもよくない。
「確かに、イーリンさんに好意が無いとは言いませんが。性欲や肉欲があるわけでもなく、多忙なあの人を支えるとなれば、あの人の名代を使いやすい立場でもある必要があったわけでして。それ以上の理由は」
「じゃあ、純愛なんだ」
「すいません、この世界って同性愛とか妾文化とか全然オッケーなクチなんですか」
「同性愛は珍しいけど否定はされないし、子供は多いほうが良いよね」
 エルフのキキモラはあっけらかんと言う。そうですよね、エルフは基本的に子供が少ないから増やせる存在は貴重ですよね。長い寿命の中でそういう性別を超えた愛情があっても不思議ではないですよね。ああこれ完全に聞く相手も話す相手も間違えたわ。
「混沌世界と比べたらこっちは文化レベルが低いからね。産むことはお家騒動でも無い限りは否定されないし、十五で結婚して二十で行き遅れ扱いされるわよ」
 話の途中でにやにやと楽しげなイーリンが口を挟む。嫌な予感しかしない。
「え、じゃあ志ちゃんの国では違うの」
 ここだ、ここで軌道修正をするんだ。
「そうですね。私の故国では恋愛こそ年齢制限はありませんでしたが。一夫一妻、それから二十歳で成人という形でしたので。それに妾は公にするものではありませんでしたし」
「奥ゆかしいんだぁ。じゃあそれ、故郷の作法を歪めてイーリンちゃんの愛人になったんだ。すごい覚悟だね、ラブだね」
 志にめまいがする。ああそうか、これほど他人の決断や考えをポジティブに捉える。なるほどイーリンがパーティリーダーにしておくのも理解できる。この自然と相手の毒気を抜いて、打ち解ける底抜けの善人。彼女を勇者パーティの顔役にさせたのも納得だ。
 それはそれとしてどうにかしてくださいとイーリンの方を見る。
「その上この子、私の命の危機に平然と自分の命をかけた博打をしてくれてね。それで助けられたこともあるのよ。だから命の恩人だし、ちゃんとお礼を言っておいてねキキモラ」
「そうなんだーーー」
 愛だ、と感激したように握手を求めてくるキキモラ。
 引きつった笑みで握手に応じる志。
 どこぞの黒髪剣士と命のやり取りをする喜びが、人生の目標がどんどん遠ざかるような気がする。
「はい、ですのでこの帰りの旅も、全力で皆さんが楽しめるように努力させていただきますね」
「うん、よろしくね志ちゃん」
 このままだとキキモラ相手に更に余計なことを吹き込まれかねない。話題転換、話題転換。
「あ、でもイーリンちゃんと二人っきりになりたい時は言ってね。私、精霊さんへの魔法で人払いもできるから」
 二個目のメガネにヒビが入った。
 がんばれ志。この旅程はまだ続くぞ。

『成否:成功』
【第二章 第五節】

『参加者:刻見 雲雀(p3p010272)』

 カンソンでの馬鹿騒ぎは深夜まで続き。そこら中に酔っ払いが転がり、ワインが湧いたという井戸の周りで子供も大人もまだ踊っている。
 たださすがと言うべきか、0時前になると深酒をしていない大人たちが子供を家に帰し、酔っぱらいをそれぞれ家に放り込む。
 駐在の兵士は顔を赤くしながらも篝火の消し忘れがないかを確認し、路上で寝てる人間がいないかを確認する。
 宿屋の一階では知った歌声が聞こえる。戦場で注目を集めた彼女の声が、外の酔っ払いを集めて騒ぎをおさめているのだろう。

 雲雀が聞いた話では、ブレイブは勇猛果敢で才能にあふれている。そのせいで一回心停止するまで戦い続けて。猛烈な蘇生代金をイーリン達が払ったと聞いたし、それに心停止した体が傷まないようにありったけの塩と薬草を詰めたタルに突っ込まれて運ばれたというのも面白かった。それもう死体じゃないかと笑った。
 そういう時にイーリンは必ず最後まで諦めなかったし、塩と薬草をありったけ買ってこいとタルにブレイブを詰めながらネームレスに怒鳴っていたというのも面白かった。
 お返しにイーリンが混沌世界では40人近い人間を率いて戦っていたこと、そっちの世界では勇者と呼ばれた上に幾度も絶望的な戦況をひっくり返し続けたという話をした時、彼は素直にすごいと言うと同時に、俺もそうなる、イーリンが五年でできたんだからと言ったときも笑った。
 それと、ネームレスにはなんとなくシンパシーを感じるところがあった。自分と同じようにやり取りを見守りながら。さっきは酒場にイーリンが居る時はリュートをポロンと弾いていた。
 彼も、ずっと一人だったのだろう。ずっと一人で、たった一人の大事な人を助けるために、これまでの全部を捨てて吸血鬼になった。
 だから、彼も満足なのだろう。何年も同じ人と組んで旅をして、こうして幸せに帰路の旅に出る。それで胸が一杯になってしまうから、何をしたらいいかわからなくなってしまう。
 そんな彼を見て雲雀は貰ってきたスープを一杯だけ渡し、彼はすぐに一口だけ手を付けた。二人のやり取りはそれで十分だった。

 二階の男部屋に一足先に戻って、雲雀はそうひとりごちていた。
「なーに、たそがれてるのよ」
 ノックもなしに入ってきたイーリンが、窓際の雲雀の前に座ったテーブルの上に昼間湧き出したというワインとパンとピザを置いた。
「ありがとうイーリンさん。下はいいの」
「ええ、今レイリー達が飲み比べやってる。タルで酒もってこいでタダで出てくるんだもの。そりゃあやるわよ」
「違いないね」
 ワインはホット、量はカップ半分。気遣いが見て取れる。
「イーリンさんはさ、仲間ってどう思う」
「それはまた哲学的な質問ね」
「そうかな」
 一口、形だけカップにつける。
「ええ、私にとって全員生き残ってもらうために全力を尽くすべき相手。しかし、それでも死んでしまうこともある。私は神様でもないし、絶対でもないから」
「それはそうだけど」
 今は違うでしょう、とは言えなかった。
「だから、仲間は私にとって選択を尊重して互いにそれを支える相手、かしら」
 小さな手で同じ物が入ったカップを包みながら、イーリンは言った。
 それは、とてもいいことだと雲雀は頷いた。彼女はいつだって誰かに意見を求めていたし、彼もそこで意見を出し続けた。納得した上で、幾度も戦場に出た。
「ねぇ雲雀。貴方にとってはどう」
「どうって、仲間をどう思うかってこと」
「そう、貴方が師匠や弟弟子と仲良くしてるのは知ってるけど。ああいうのとは違うでしょ、仲間って。私は、仲間に分類される」
「それは」
 雲雀は、口にしたワインのせいか。あるいはこの旅路のせいか。もしかしたら、眼の前にいるこの世界の女神様のせいか。笑ってしまう。
「仲間だよ、お互いそう思ってないと」
「思ってないと、なに」
 恥ずかしいな、と雲雀がはにかむ。
「イーリンさんを救う選択肢を、迷わず選んだりしないよ」
 逆でもきっとそうだよと、今の雲雀には確信できた。
 そうして、夜は更けていく。


『成否:成功』
【第二章 第六節】

『参加者:結樹 ねいな(p3p011471)』

「薄々感じてたが」
 旅も三日目になると、馬車の内外で会話をする機会も増えた。騎兵隊の歴史、あの世界で起きた絶え間ない戦乱と混乱と陰謀の六年。さぞ自分がいればどれほど楽しむことができたのかと痛切に感じた。
 あくびを噛み殺してもちっともみたされないねいなが、キャンプで周辺を確認するついでに盛大にぼやく。
「結構なクソ女だなぁ。私の姉」
 軍人みたいな女に惚れたみたいに献身したり。アドラステイアではメンヘラを発症させ。いやそれ以外の大半のエピソードがやらかし七割、過去のしがらみ二割、現代での執着一割で状況を打開するためにのたうち回ったという形。
 良いやつだったよと皆が話をシメるということは、そういうことなのだろう。
「世間的に見たらそうなんじゃないかしら」
 それに匹敵する悪食女はしれっとカップ片手に夜空を見上げながら言った。
 イーリン・ジョーンズ。ローレット最大最強の実働部隊、騎兵隊隊長。勇者ランキング三位にして万の英雄達の中でも一握りしか持っていない勲章を持ち、多数の英雄たちの性癖を捻じ曲げためんどくさい女。そして自分の姉とされる美咲の左腕を文字通り「食った」女。
「盛りすぎだろ」
「何が」
 その上で低身長で愛らしい外見。まぁ確かにコレが頑張ってるのを見たら自分もやらなきゃ支えなくちゃってコロっと行く連中がいるのもわかる。
「なんでもねぇよ」
 はぁ、と盛大なため息をつくねいなに。イーリンはふーん、と目を宙にやった。なんだか、クラスで浮いてる奴がいるからちょっと声をかけてやるかってクラスの一軍が隣りにいるみたいな。なんとも微妙な気分になった。
「ああもう、とにかくさぁ。お前この件が終わったらどうするんだよ。混沌世界に戻るっつってたけど。この世界だったらもっとラクに過ごせんだろ。六年間も死闘の中で戻って来るためのよすがになる連中だったら、それ置いて旅に出るなんてそれ相応の理由があんだろ」
 それを振り払うようにまくしたてる。
 紅い瞳が、やっとねいなを向いた。自分の胸よりも身長が低いせいで紫のアホ毛しかさっきまで見えなかった。
「わかんないかしら」
「わかんないね。アタシはまぁ、やることがいっぱいあるさ。デブの墓がある天空城にオリーブオイルぶっかけてやって。それから幻想と鉄帝の国境にちょっかいかけて」
「あーそれやめたほうが良いわよ。国境の安定化と言えば聞こえは良いけど、実態は北方戦線の守護者であるザーバ派は戦線維持のための兵力しか残ってないし消極派。幻想北部の青薔薇一族は内乱で壊滅状態。北進も南進も体力がない、どっちも」
 ねいなの目を見たまま、世間話のように戦線を語るのは、彼女がねいな以上の戦争屋だったからだろうか。
「てめぇ、だからちょっかいかける隙があるんだろ。どちらかが軍備増強に走ったりして、ちょっとバランスが崩れればそこで」
「ザーバ以外の精兵も人類連合軍として戦いで大損害を被ったから、少なくともこの先五年は戦争はどう考えても無理よ。やるなら十年単位で計画を練るべきね、もっとも」
「十年程度ならローレットが黙っちゃいないってか」
 そういうこと、と子供を諭すような言い方に、ねいなの鼻が猛烈についた。
「もしかして、喧嘩売ってるのか」
「さあ、どうかしら。でも一つ言えるのは」
 ねいなの左目に、一瞬白い半透明な女の腕が伸びる。イヤな懐かしさが胸をよぎったと思う間もなく、膝から地面に崩れ落ちるように引っ張られる。
 反射的に伸ばす左腕、首を絞められると戦争屋としての勘が働くが、その白い腕は幻覚。今度はイーリンの本物の、乙女の手が首元を掴むと草原の上に引き倒した。カップを片手にもったまま、ねいなの上に跨るようにして両膝がねいなの肘の上に乗せられ。制圧される。
 てめぇ、と言う間もなくイーリンの顔が眼前に迫る。
「私はあんたみたいなのは嫌いじゃないわ。平和が恐ろしいのはわかるけど」
 びちゃびちゃ、ねいなの顔の横の地面をカップの中のコーヒーが叩く。このまま首を折ってコーヒーじゃなくて血を流させてやってもよかったんだぞ、というように。
「おっぱじめるなら声かけなさい。その時は私が面倒見てあげる」
 ねいなの心中に渦巻く感情を啜るように、月光を背負った女は笑った。
 相手の狂気を、恐怖を、あるいは怒りを、この女は見透かしたらこれみよがしに啜る。なるほどこれが一軍の将か、とねいなは獰猛な笑みを浮かべる。
「上等だ、やりてぇことがあるから戻るってんなら。それで十分だ」
「ええ、それはそう。それで」
「あん、なんだよ」
「この拘束を解いてほしかったら、もうちょっと貴方の事を聞きたいわ」
「アタシの話は後で良いんだよ。もっとムーディな方がな」
「ベッドの上で、香炉を焚いて聞いたほうがいい」
「ほざけ」
「あともう一個」
「何だよ」
「美咲の死体に私は興味はないわ、私」
「人の気遣いを無碍にするんじゃねぇよ」
 体重差と力任せに制圧されて痛む関節ごと押し返して、イーリンを剥ぎ取る。素早く起き上がったねいなは言う。
 イーリンは楽しげに笑った。
「安心なさいよ。私は誰かを代替品に扱ったりなんてしないから」
「それはアタシを食うってことか」
「あら、意外と乙女なのね」
「てめぇは」
 その夜から王都につくまで、ねいなはイーリンに合計十回くらい投げ飛ばされた。
 なお、その話をしたら大体ねいなが同情された。とんでもない女だ。

『成否:成功』
【第二章 第七節】

『参加者:武器商人(p3p001107)ノルン・アレスト(p3p008817)』

 かくして数日の時を経て、一行は王都にたどり着いた。
 内密の内に宝剣は返上され、水が静かに広がるように勇者パーティの名誉は回復された。
 すべてが終わるまではもう少々時間がかかるということで、観光ついでにイーリンの案内で武器商人、ノルンは観光に出た。
 王都はその名に相応しい巨大さと堅牢さ。そして何よりも清潔であることに驚きをもたらした。普通中世レベルと言われれば衛生状況は最悪、どこもかしこも悪臭だらけというのが常だがそうではない。街を見れば主要な石畳は磨かれ、路地裏にはゴミ箱が設置され、それを回収する清掃員までいる。
 住民の民度も基本的に高く、市街地エリアならスリの心配も昼間ならする必要もない。
 そのうえで商売や往来の活気があるのは、この国が好きだというイーリンの言葉を理解するのに十分だった。
「ねぇ、ジョーンズの方ぁ。可愛いお嬢さん。ちょっと我とトモダチになって全能の存在になろうよ」
 そんな中、武器商人は長身をぐいっとかがめてイーリンにとんでもない誘惑をかける。
「ああ、遠慮しておくわ。それにトモダチなら人間でもなれるでしょ」
「そうだけどさァ。我すごいキミの事気にかけてたんだし、ちょっとくらいいいだろう」
「だー」
「ダメです」
 ノルンが買い出しの袋を抱えながら、うーと唸った。
 ここに来るまでも結構そ全能の力のせいでえらい目にあったので、異様な説得力があった。カンソンの一件に始まり、街路樹で小休止している時にイーリンがもたれかかって昼寝をした木が菩提樹めいて巨大になったり。川の水質を確かめるために水を一口含んだらその川の小魚がまるまる太ったシャケのようなサイズまで巨大化して溢れかえったり。その水に至っては念の為に煮沸して飲んだのにその美味しさでノルンの「人生の中でフルコースを作るなら付け合せにこの水を絶対に選ぶ」と思うような味になっていたり。
「ダメです、こんなことを続けていたら、イーリンさんがだめになってしまいます」
「ノルン、心配してるのは良いんだけど私のことどう思ってるの」
 苦笑いを浮かべるイーリンに、はっとしたノルンがあわてて取り繕う。
「ああ、ええっと。その。せっかくヒトとして一緒に生きられるのに。それを下手にひっくり返せる状況を持つと人間はどうしても低きに流れると言いますか」
「そうだねぇ、万物に永遠はないとはいえ。気に入らない人間が死ぬまで百年寝てから活動再開なんてするようになっちゃったら。ちょっと気が長すぎるし、手段としても美しくない」
 武器商人がしれっと質屋に宝石を入れて換金した通貨を、財布に入れてノルンにも幾らか渡しつつ助け舟を出す。
 慣れてるのねとイーリンが言えば、世界を渡るなんてちょくちょくあることだからねぇ、と猫背のようにかがめていた背筋を伸ばした。
 それでアレが魔術師の集うアカデミーの一つで、向こうのスラムの奥にあるのが盗賊のギルドとイーリンが王都を紹介を続ける。
「私がそういう神の使いを超えて全能の器になって良いと思ったのは、皆のためだからね。私一人のためにそれを使うというのは、どうしても気が引けるわ」
「おや、謙虚だコト」
 武器商人が笑うと、ノルンはほっとしたように頷く。
「ボクも気になるんですけど、混沌に戻ったらイーリンさんは何をなさるんでしょう。あと、その話ってもうキキモラさんたちにはしたんですか」
 ノルンの言葉にイーリンは少し考える。ノルンはこの数日、勇者パーティもイレギュラーズもみんな楽しそうに過ごしていた。それこそ、イーリンが私は元の世界に残るから皆さようならと言われても納得しかねないくらい。
「そうね、皆には昨日話したわ。こっちの世界と行き来するためのゲートを、残った神の力で私専用でいいから用意して、それから基本は混沌で過ごそうと思う」
「イーリンさんだけ、ですか」
「ええ、神の力でもできるのはそれが限度。ただ、それに私達――ノルンの言う勇者パーティは今回でどっちにせよ解散だったのよ。十四の時に組んだから、五年足らずの冒険だったかしら。ブレイブは勇者として本格的に神殿に召し抱えられるし。キキモラも十分に冒険をしたから森へ帰る。ネームレスは、まぁ。実はあれで外法を教えた師匠みたいな連中がいるから、そこで保護してもらう予定らしいしね」
「ああ、皆さんにそれぞれ帰る場所があるんですね」
「そういうコト」
 イーリンの笑顔が、その別離はいずれ訪れるものであり、そして良いものであると語っていた。全員があるべき道の上にあるのだ。イーリンの笑顔も、この旅で多く見るようになった。
「それなら」
 荷物を持っていたノルンが大きく息を吸う。
「それなら、残りの旅も楽しまないとですね。レイリーさん、自分の歌が村でウケたので今借りてる宿屋の楽団用のステージで派手にやるって言ってました。ああ、それにあらためてどこか部屋を貸し切って宴会もしたいです。馬車と宿屋で話すだけじゃちょっと足りないですし。それにここ、テルマエもあるって言ってましたよね」
 ならもっと、もっと楽しみましょうと笑顔を浮かべる。
 旅はいつか終りを迎えるけど、それならもっと一緒に素敵な思い出にしましょうと。
「うんうん、我もそう思うよ。じゃあアレストの旦那のプランに一つ足そうじゃないか。この世界でありふれたお守りなんか買うのはどうだい」
 宝石よりよっぽど思い出になるさ、ただ素材はちょっと頑丈なやつにしようと武器商人が言って、ノルンも同意する。
(ああ、ジョーンズの方。さっきのは冗談ってことにしといておくれ)
 一度だけ、ゆっくりとまばたきをする武器商人。
「そういえばここの通りにガレットの美味しい店があったのよ。一緒に食べて帰りましょ」
 ハッピーエンドを迎えた彼女に、これ以上何かを求めるのは、ちょっと酷だと感じて。


『成否:成功』
【第二章 第八節】

『参加者:レイリー=シュタイン(p3p007270)メリッカ・ヘクセス(p3p006565)フォルトゥナリナ・ヴェルーリア(p3p009512)』

「ヴァイス☆ドラッヘ只今参上!」
 一行がとった宿『黄色い雄牛亭』は尋常ではない盛り上がりを見せていた。
 この旅路の路銀を稼ぐべくレイリーが行ったアイドル活動を、耳ざとい商人によって一足先に王都にもたらしていた。ライブショーをするとレイリーが宣言したらぎっちりと人が詰まって、テーブルは片付けられて立ち見客が出るほどである。
「私の歌で」
『イェエエエエーイ』
「皆を酔わせてあげる」
『酔わせてくれぇえええ』
「良い夢見ていってね」
『うわぁあああああああ』
 地鳴りのようなむさ苦しいコール&レスポンス(男女比4:1)があがる。光を操る魔法はあれど、ステージ衣装が踊り子とは違いライトを照らし返し、さらなる華やかさを見せるとなればほとんど目にかかることはない。アイドルとなれば尚更だ。
 騎兵隊の先陣を切り続けた純白の、力強くそして美しい歌声とダンスは宿の外にまで見物客が寄ってくるほどだった。
「いやあ、すごい盛り上がりだね」
「Fooo」
「いやそっちもノリノリかーい」
 メリッカがカウンターでしみじみ頷いているところにフォルトゥナリアが隣で歓声をあげていた。誰が呼んだか23S、この二人は意外なことに同い年である。
「あはは、ごめんなさい。毎日ライブを見てるとこう、つい盛り上がりのタイミングを理解しちゃって。ここだって吠えたくなっちゃって」
「いやわかるよ、あれは眼福だしね」
 名物料理を三つ四つ頼んだフォルトゥナリアに、グラスを忘れているよと差し出してメリッカが乾杯する。それに口をつけて、メリッカは思い出す。
「そういえば、イーリンと会った時は私は未成年だったなぁ。こうして酒を飲むことができるようになるだけで、年月を感じちゃうよ」
「ああ、私も召喚された時はギリギリ未成年だったかな。たしか十九くらいだった気がする」
「それじゃあちょっと我慢するだけで良かったじゃないか。私なんか眼の前でイーリンに酒の良さを語られたりしてそりゃあなんとなく悔しさを感じたりしたよ」
 イーリンには振り回されてばかりだったなぁとメリッカが笑えば、フォルトゥナリアもつられて笑う。
「イーリンさん、結構意地悪が好きだからね。でも私にはあんまりそういうところは見せてれくれなかったなぁ」
「あ、それ気をつけたほうが良いよ。誠実なところを見せつけて、最後に断りにくい要求をしてくるのがイーリンの常套手段だから」
「え、そうなの。怖いなぁ、この世界で平和をイーリンさんに祈ってたんだけど。間違いだったかもしれない」
「こわいこわい」
 フォルトゥナリアとメリッカはくすくす笑いながら、一緒に運ばれたステーキを切り分けて食べる。肉のサシは薄いがしっかり調理された肉汁あふれる一枚は美味。メリッカもこの旅の間はずっとチートデイ。いい旅夢気分である。
「みんな、歌を聞いてくれてありがとう」
『あぁあああああああ』
「それじゃあ最後に、ファンの皆に感謝の気持を込めて」
『来るぞ野郎どもぉおおおお』
「飲み比べ会をっ、したいとっ、思いますっ」
『わあぁああああああああああ』
「勝った人のために私、一曲歌うからっ」
『いやぁああああああああ』
 投げ銭の雨の中、歌を終えたレイリーの前にタルが置かれ、肝臓ウォーリアーが次々とその前に並ぶ。ルールはシンプル、アルコールの飲み比べで勝ったらアンコールに応える。勝てば積み上がった酒代を全てゲットし、アンコール権を手に入れる。負けたウォーリアーは去る。挑戦のためには積み上がった賭けた金以上の額を一度に出す必要があり、それ以上の額を払えなくなったらレイリーの勝ちである。
 見る見る間に金貨とジョッキが積み上がり、うわばみ、ザルの敗北者は宿屋の外に放り出される。無情。
「いやしかし、アイドル家業で路銀を稼いで、そのあと酒代を荒稼ぎってあれすごいよね」
「ハイハイハイハイ」
「いや手拍子するんかーい」
 フォルトゥナリアのノリノリっぷりにたまらずメリッカがまたツッコミを入れる。
「あはは、だって」
「なんだい」
 だって、とフォルトゥナリアがフォルトゥナリアが心中で独り呟く。イーリンに、この先どうするつもりなんてちょっと聞いてみて。自分は困ってる人を助ける旅をして、それでちょっとでも喜ばれればそれでいいし、迷ったりしないから相談相手にならないか、と言ったら。
(だったら私と一緒にいるのはどう。私の困り事はいつだってなくならないわよ)
 なんて言うものだから。選ぶ重さを背負いたいなんて思っていたけど、そこで伝えたら絶対に大変なことになっていたから。
「フォルトゥナリア」
「ん、な、何かなメリッカさん」
「イーリンに悪戯されたら相談していいからね。僕がキツく言っておくから」
 真顔のメリッカに思わず噴き出しそうになるフォルトゥナリア。
「ちが、違う。私はね、笑顔で楽しければそれでいいし。それを守るために努力するならいくらでも力を尽くすよって話をしたって話をイーリンさんとしたってこと」
「うん、わかるよ。イーリンは何かにつけて心の隙間に入り込もうとするからね。この前も僕はねいなを押し倒してるところを見ちゃって」
「あ、あはは。ちょっとごめん。飲みすぎちゃった。部屋に戻るね」
「何かあったら絶対に言うんだよ」
「ふ。ご心配おかけしました」
 顔を赤くしながらフォルトゥナリアは部屋に戻っていった。
 その頃、積み上がった金貨五十枚をベットできるウォーリアーがおらず、レイリーが高らかに勝利宣言の歌を歌っていた。

 そうして喧騒は嵐のように過ぎ、王都といえど夜中はさすがに静か。
(これからの話、か)
 メリッカがワインの瓶を片手に宿を歩けば、廊下の突き当りの窓際で、イーリンとレイリーが酒盛りをしていた。メリッカの姿を見れば、二人はすぐに手招きをする。
「ライブ、すごかったわね」
「刺激が強すぎて今後の人生に困りそうなんじゃないかってくらい盛り上がっていたねぇ。それじゃ失礼」
 メリッカが座り、ワインの栓を開ける。
 今日何度目かの乾杯を三人でする。
「何を話してたんだい」
「イーリンと私達の将来のこと」
「誤解を招く言い方をしないでほしいわね」
「間違ってないでしょう別に。イーリンが混沌世界で幸せを望むなら、そこに私達がいないっていうのは道理が通らないと思うわ、ねえメリッカ」
「はは、それはそうだね。世界の命運と個人的な因縁にケリがついたけど。ここからが長いのが人生だから。ちなみに僕は領主として島でのんびり過ごす予定だよ。これでも貴族だから、是非ともイーリン様には領地の繁栄にご助力頂きたいね」
「あんたら」
 イーリンがため息を付きながら頭をかく。そのうえでそうね、と一息ついて。
「混沌に戻ったら、やることがいっぱいよ。領地の運営もそうだけど、私はもともといない人間だから。ちゃんと引き継ぎして、それから旅に出たいのよ。あの世界をもう一度自分の目で見る旅を」
「さすらいの賢者イーリンってわけだ。それはいいや」
「あら、私は本気よ。私は根っこを張りすぎたんだから。自分の命だけを持って旅する。それが贅沢になっちゃったんだから」
「そうだね、私はアイドルをしながら皆と楽しく過ごせれば良いやって思うけど。イーリンは、ずっと我慢してたんだ」
「それも違うかしら」
 レイリーの言葉にイーリンはううんと唸りながらワインを一口。バゲットを一つ摘んで考える。
「我慢はしてない、全部私が選んだことだから。ただ、その上に運命だの宿命だのがいっぱい乗っかってきただけで。それがあっても、願望器として空を飛べそうな気がしていたの。だったら、今ならそれが全部なくなっていたら」
 レイリーと、メリッカの二人を見て微笑む。
「私は、どこまで行けるんだろうって。人生半分も生きてないんだもの。ねぇ、ここから新しく恋をしてもいいし。元の世界で同じように冒険をしてもいい。隠居してもいいし、世直しの旅をしてもいい。あるいは、自分だけの迷宮を作り上げたっていい。ねえ、これって子供っぽい幻想かしら」
「いや、それは幻想じゃないね」
 メリッカがそれを聞いて、満足そうに頷く。
「そうよ、現実にできる夢がいっぱい広がっているのよ。あれだわ、知識の海岸だったかしら。自分の人生はずっとキラキラの貝を拾っていたっていう。イーリンの望むままに拾っていいのよ、これからも」
「ああ、聞いたことがあるかも」
「私も聞いたことがあるわね」
 酔いが回り、けらけらと三人が笑う。良い、良い。
 幸せをどう選んだっていいなんて、これ以上良いことなんて無い。
 それから三人は結婚はいつまで、子供は何人欲しい。子供に手を出してはいけないだのたくさんの話をした。
 酒で大半のことは翌日には忘れているだろうけれど。でも、少なくとも。
 幸せな道を選ぼう、と約束したことだけは覚えている。
 愛してるとか、そんな言葉を誰かが言ったかもしれない。
 だってやっと終わったんだ。今はそれでいいじゃないか、と。


『成否:成功』
【第二章 第九節】

『参加者:夢野 幸潮(p3p010573)』

「うう"う、飲みすぎた」
 花園にふさわしくない唸り声を上げて、幸潮は後悔と、それからレイリーのライブが良かったという感想をマーリンに吐いた。
「惚気をごちそうさま。頼むから花園で吐かないでおくれよ」
「この世界の酒が強いのが悪い。ねいなにも奢らねばならんのにこれは先が思いやられる」
「私は外界の娘の観察で忙しいんだから、宿で寝たらどうだい」
「そうはいかん」
 ドン、と身を起こした幸潮がワインとパンを。イーリンが起こした奇跡で出てきた代物をマーリンに突き出す。
「親孝行ができるかわからんだろ、これでも食ってろ」
「君がそういうコト考えるクチだとは思わなかったなぁ。しょうがない、その気遣いに免じて花園に居ることを許可しよう」
 おやおやと受け取ったパンとワインを、マーリンは眺めた。
 花園には昼も夜もなく、今も穏やかな風が吹いている。
「それで、後は何かないのか」
「今更隠し立てする事もないさ。熱心なファンが私を口説きに来るかもしれないからねぇ、だから門戸を開いておいただけだよ」
「そういう自信過剰なところを見ると、親子だと安心するぞ」
 けらけらと笑うマーリンに、幸潮が目をやる。
「じゃあ娘になにか伝えたいこともないということか」
「そりゃそうさ。あの子が一人前になったのは14の時。それまでにあらゆる術を教えた。何よりも愛情はもう丼で毎日頭の上から爪先まで浴びせかけたからねぇ」
「それを本人の前で言ったらどうなる」
「ママンやめてって顔を真赤にするだろう。かわいいぞ」
 幸潮も想像する、描写するまでもなかった。
「もう一度聞いておきたい事があるんだが」
「なんだい、気にせず聞き給えよ」
「楽しかった、ありがとうと言うにはまだ早いか」
 にま、と笑ったマーリンはああ、と応える。
「最後は皆で打ち上げをする、旅ってそういうものだろう」
「それで、また明日、か」
「ああ、それ以上の終わりはないさ」
「コテコテの青春物語が好きなのだなぁ、貴様は」
「当たり前さ、冒険譚を娘に聞かせて育てた女だよ。ジュブナイルも大好きだ。何より親としては」
 マーリンが頬杖をついて笑う。
「行きて帰りし物語。娘がそれを携えて来た時、親としてどれほどの喜びを得たかわかるかい」
「オーケー、お腹いっぱいだ」
 辟易したように幸潮が言い、口元に笑みを浮かべると立ち上がる。
「そろそろ酔いも冷めた、上から見られるのは気に入らんが。幸せな母親の邪魔をさすのも気が引ける」
「ああ、行き給えよ。君も君の物語を紡ぐが良い。行間で満足するのもわかるがね」
「貴様」
 我を読んだな、と言おうとして。言ったら現実になる。
 ハッピーエンドを間近で見るとしよう。幸潮が花園を去る時、コルクの抜ける音が聞こえた。


『成否:成功』
【第二章 第十節】

『参加者:エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)』

 光の国は秩序を重んじる。それは獣や野草においてさえ傾向がある。害獣はこれ、あの薬草はこのあたりと地図が丁寧に存在する。それを一般市民も手に入るのだから、発展の度合いというのも見て取れる。
 酒は果実酒が多く、主な輸出産業としているところも多い。さすがに地酒をタルで飲みきったらタダにしてくれと言って実行したら、涙目になられたが。
 途中で寄った村々は、街道沿いということもあって整備が行き届いていた。どの村も極端に苦しいというところは見られず、カンソン同様清貧あるいは足るを知る村だった。
 ただ、この世界はイーリンの言っていたように神が現役の世界だ。神々の言葉を人々は受け、考え、その上で選択する。神はその選択を尊重するというのがなかなか珍しいがしかし、それでもエクスマリアの盟友に、過酷にすぎる運命を背負わせたのは事実だった。
 もう一つ引っかかったのが、エクスマリアが抱える似たような事情だった。
 その答えを知るには、やはり聞くしかあるまい。

 王都に到着した翌日に、エクスマリアは茶店のテラスで喧騒を眺めながらイーリンを待った。この世界の服に久々に袖を通して出てきた彼女は、なかなか可憐だった。
 席について注文し、二つ三つ言葉をかわしてからエクスマリアは切り出した。
「盟友、惚れた男も古い友も居るのに、混沌に帰るのか」
 故郷である異世界に許嫁を持つ彼女だからこそ、強く考えてしまう問いだった。
 六年間、崩れ行く心身を支える呪いにもなるほどに強い思いを持っていながら、なぜと疑問に思うのも当然だった。
「ええ、混沌に帰る。ネームレスも、その方が良いって。言ってないけど多分言う」
「言葉で確認を取らないのだな」
「あいつは私の夢を応援するタイプだからね。だったら、私はとびっきり大きな夢を追いかけたい」
「そう、か。それは、どんな夢だ」
 こんな穏やかな表情をする盟友はいつぶりだろうとエクスマリアは考え、話の邪魔になると考えるのをやめた。
 そうしてすぐに、イーリンは空を指さした。
「世界で一番遠いところに行くような、そんな夢」
 きらめく太陽は、その象徴だとイーリンは言った。
「盟友」
 本当の望みなんて、まだ決めてさえいないのだなと納得した。雁字搦めになっていた翼は鎖が解かれ、今羽ばたかんとしている。その姿の、なんときらびやかなことか。
「なぁに、盟友」
 イーリンが微笑む。十四の時から巻き込まれた運命に、およそ十三年囚われてきた少女は。その時の姿のまま、エクスマリアと同じ幼子のようだ。
「マリアも、盟友のように考える時が来るだろうか」
 そう、不意に弱気とも取れる言葉が漏れた。
「わかんないわね。けど、盟友がそうなりたいなと思ったら、きっとどんな選択肢でも一番良いものになると思う。故郷に帰るんでしょう、貴方も」
 それが今生の別れになったとしても、笑って見送ろう。そういう気概と信頼が、今のイーリンにはひときわ強く感じられた。
 それなら、とエクスマリアは紡ぐ。
 その時に後悔しないように。今できることをしようと精一杯、太陽に負けないだけの言葉を。
「もし、まだ叶えたいワガママがあるなら。全部吐き出してみるといい」
「そりゃ、貴方。いっぱいあるわよ。例えば」
 その後、イーリンはエクスマリアにデコピンを四、五発お見舞いされた。

『成否:成功』
【第二章 第十一節】
『参加者:那須 与一(p3p003103)』

 
「先輩」
 目を覚ました後、与一がものすごく尻尾を振っていた。

「先輩」
 宿で目を覚ますと、与一がものすごく耳をピコピコさせながら顔を出した。

「せーんぱい」
「すごく懐かれてますねイーリンちゃん」
「はい、先輩は恩人ですので」
 元からスキンシップが多いキキモラがびっくりするくらい、与一はイーリンに甘えていた。
 ただ甘えるだけではない、ブレイブ達勇者パーティにも家族のように与一は話しかけていた。仕事の打ち上げには全員で肉を食べることにしていたとか。酒は実は全員あまりやらなかったとか。そんな何気ない日常の話さえ、与一は喜んで聞いた。
 出会いは本当に、なし崩しでその場に居た人間を引っ掴んだようなものだった。それで五年も、彼らは互いの背中も命も預け合う仲になった。全裸でサイクロプスの巣に放り込まれたり、海賊の潜む入江に小舟で潜入しようとしたらバリスタの雨を受けた話も、自分のことのように聞き入った。

 イーリンの側にいると決めた与一。だのに戦場では一歩も二歩も、常にイーリンが先に行っていた。弓を絞れど、矢を放てど届かない場所に居たイーリンのために今回働けた事がどれほどの喜びを抱えたのか、イーリンでさえ予想がつかない。
 だから王都に至り、宝剣の返還が終えられた時。与一は笑顔でデートがしたいと宣言した。イーリンがいいわよと言うより先に、キキモラたちが楽しんできてねと言ってくれた。
 
「先輩、キキモラさんたち、とっても良い人ですね」
「ほんとにね、良い人過ぎて最初のパーティ組む時からなし崩し的に私が知恵を絞る羽目になったんだから、笑っちゃうわよ」
 与一は王都に来た時に買ったワンピース姿だ。黒髪の可憐な少女は周囲の目を引くが、与一はそんな事を微塵も気にしなかった。
「昔から先輩は苦労されてたんですねぇ。でも、とっても楽しそうです」
「無論、楽しくなくっちゃ一緒に居たりしないわよ」
「私は先輩と一緒にいるだけで楽しいですけどね」
「なんでそこを張り合うのよ」
 手を伸ばして頭をわしゃわしゃと撫でると、与一がわふわふと声を上げた。完全に大型犬のそれだ。
 そして二人はウィンドウショッピングを楽しみ、お茶をして、それからこういう服はどうでしょうと与一が選んだものに買ってその場でイーリンが着替えたりして。混沌世界とは何が違う、あれも食べてみたい、遊んでみたい。
 イーリンのおすすめの教会にも来た。神様も悪い人じゃないのよ、だって私をここまで連れてきたんだからと言うと、与一は少し考えてから、はいと頷いた。
 夕方になる頃には、今日も皆で宴会をしようということで帰る。
 王都の中心、王城近くのメインストリートは無数の明かりが灯り、昼間とは別のにぎわいを見せる。まるで大きな星の川を歩いているようだ。
 はぐれないようにと手を繋いだイーリンに、与一が足を止める。
「どうしたの」
「先輩」
 与一の瞳がイーリンの瞳をまっすぐ見つめる。
「先輩は、また旅に出るのですよね」
「ええ、もちろん。どこって決めては居ないけど、必ず」
「なら、行くも行かずも、どういう決断をしようとも。私をお側に置いてくださいませんか」
「与一」
 すがるような視線は、決意と不安の一切合切をイーリンに預けるようにも思えた。
 わずかに逡巡する。
「ついてくるなら、勝手になさい」
 突き放すような言葉に、与一の耳がへたる。
「けど」
 と、イーリンが眉をハの字にする。
「一緒に過ごすなら、何でも相談して頂戴ね。私にできることはするから」
「わふ」
 与一の目がまん丸になる。
 その日一番の与一の魂の籠もったシャウトが響いて。ひどく人目を引くことになった。


『成否:成功』
【第三章 第一節】

●一つの旅の終わり

 王都に宝剣は返り。
 英雄達は各々の役目を終えた。
 あまりに簡単な冒険だっただろうか。
 けれどそれは、過程を無視しすぎている。
 ここに居るはずだった者がいる。
 例えばそれは、翼を持つ誰かだったかもしれない。もし居たならば、イーリンと王都の空を舞って、あっという間にひっくり返ってしまった世界の事を語らったかもしれない。
 例えばそれは、彼女に縁深い女だったかもしれない。もし居たならば、旅路の終わりを一緒に見つめるために、力を失っても立っていたかもしれない。

 結末は、誰が決めるものなのか。
 誰かが問うたなら、彼女はこう答えるだろう。
 皆が望んだから、そうなった。

 いつかどこかで絶望の未来があったとしても。それでもと芽吹く種を、人は希望と呼ぶだろう。
 二流のハッピーエンドを求めて、死に物狂いになったのだ。
 たとえ傍観者であっても、彼女には幸せであってほしいと願ったのだ。
 だから彼女は流れ星のように輝いて。
 そして、人として地に落ちた。


●旅の始まり

 その日、王都のあちこちでパンを焼く煙が昇る頃。イーリンは朝日を眺めていた。
 空からの王都の景色を楽しむように。
 あるいは、また離れる故郷を目に焼き付けるように。
 昨日飲んだ酒の味を思い出す。並んでいた顔を思い出す。
 絹糸のような紫の髪が風になびく。今なら星へ手が届くような心地よさ。
 それは、神の身ではなく人の身だからこそ覚える思い違い。人をどこまでも運んでいく風。
 遠く遠く、彼女の夢に響く潮騒。
 
 ああ、と彼女は笑う。

 私は、生きている。



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●MSコメント
 混沌世界に帰る時間が来ました。
 シナリオ内で最後の一日が始まります。
 皆さん自由に、王都でイーリンと、皆と思い出を作ってください。
 混沌に戻れば、またそれぞれの道が始まるのですから。

【成功条件】
・帰還の時間まで、各々好きなように過ごす


【ロケーション】
・光の国、王都内に限定されます。
・花園にも移動可能ですが、マーリンは呆れるでしょう。

【イーリンの状態について】
 背負い続けたものをやっと降ろすことができました。文字通り憑き物が取れたように穏やかになっていますが、本質は変わっていません。ご安心ください。
 王都に移動するまでに神の力を制御できるようになりました。カンソン村のようなジャブジャブパラダイスなんてことは起きないでしょう。
 ただ、季節外れの雪を降らせるとかそれくらいならやっちゃうかもしれません。

【勇者パーティについて】
 三人とも皆さんと打ち解けました。また混沌世界に戻る時も、見送りに来てくれるでしょう。

【マーリンについて】
 だからこれ以上つついても何も出ないから。やめたまえよ君たち。

【余談】
 ルール上参加できなかった人に向けてのメッセージもちょっとだけファンサしました。ご了承ください。
 これ以上やることがない場合はプレイングなしでも大丈夫です。


===========

●プレイングの送付について
・ラリーシナリオですが基本300文字で、イーリン・ジョーンズに手紙を送って下さい。
ただし、偽シナですのである程度融通できます。多少の文字数オーバーは構いません「のびのびと」書いて下さい。

・今回の締切は『2月20日23:59まで』とします。
・今回が最終章になります。

それでは、残りの旅をどうぞお楽しみください。
【第三章 第二節】
『参加者:武器商人(p3p001107)』『メリッカ・ヘクセス(p3p006565)』

「君たち、選択肢があったらどうしてもその周辺を開拓したくなるタイプかい」
 花園で、マーリンは何度目かのため息を付いた。といっても最後の一日、一番謎を抱えているのは自分かと独りごちる。
 その対面には武器商人とメリッカの姿。
「いやいや、お母さんにはお世話になりまして。こんな機会はまたとありませんし是非ご挨拶をと思っておりまして。これ、王都で買ったお茶菓子ですがどうぞお収めください」
「義理堅いねぇ。ありがとう、受け取っておくよ」
 メリッカは王都の仕立て屋から仕入れた、外出に使える品の良い、プリーツワンピースにジャケットを身にまとっていた。既製品だが寸法を体にかっちり合わせているのはさすが王都といったところか。
 よく似合っているよとマーリンが頷いてから微笑む。
「ああ、それと勘違いを訂正しておこう。私はイリモナインではないよ。ナインは娘の魂から分離した八つの要素。私はこの世界に居るあの子の母親だから全く別物なんだ」
「えっ、あ、そうだったんですか。てっきり名前がそっくりなものでつい」
「はは、あの子の使う偽名でいう。それっぽいのを選んで勘違いを促すというやつさ。覚えがあるだろう」
 確かに、とメリッカが顔を赤くして頷くとマーリンは花園から一輪の花をいつの間にか摘んでいた。
「ああ、それと声をかけたのはあの子自身さ。あの子が自分を助けてほしいと願ったから。君たちが来た。だからこれは私からのささやかのお礼だ、挿しておくといい」
「いいのかい。出どころがバレたりはしないかい」
 武器商人の言葉にマーリンは今度はいたずらっぽく笑う。安心したまえ、この花園はこの世界の花しかないんだ。どこから手に入れたと聞かれたら、行商からでもと言えば良いさと。
 メリッカは、コサージュのようにその花を後ろの髪留めに取り付けた。薄く品の良い赤が、彼女のデート着に艶やかさを添えた。
「ありがとうございますお母さん。それでは失礼いたします、お元気で」
 メリッカが頭を下げ、それから席を立つ。
「潮騒の匂いがするいい子だね」
「ああ、我もそう思うよ」
「で、なんで君は残るんだね」
 武器商人とマーリンの視線が合う。
「それはもう、母親なら是非とも仕入れたい情報を持っているからさ。それも最後に伝えなきゃいけないような、ね」
「なんと興味深い、是非とも聞かせていただこう」
 武器商人の目が細められ、口元が三日月を描く。
「あの子はね、まだ苦手ではあるみたいだけど。ブロッコリー、食べてたよ」
 マーリンは目を丸くし、それからひどく優しい顔をして、目元を一度拭った。
「ああ、あの子は。向こうでも成長しようとずっと」
 努力を続けていたんだ。
 体の時を止められていても。
 母親として、それ以上の喜びはなかった。

 イーリンに転移の瞬間を見られないように工夫していたメリッカは、王都で意気揚々と歩を進めていた。ガーリーな衣装をジャケットで引き締める。眼帯とコサージュがそれを引き立てている。
 せっかくの里帰りだ。
 そして自分にとっては最初で最後の、この世界でのイーリンとのデートだ。一緒に王都を巡ろう。
 その時はそうだ、マーリンが言っていたイーリンの偽名が『それっぽいのを選んで勘違いを促す』物なのなら。自分が一番イーリンと思い出深い偽名を選んで、誘ってやろう。
 この世界で生まれた女としてのイーリンでもなく、馬の骨でもない。練達国で自分と何度もふざけあった名前、少なくとも自分を先輩扱いしていた名前を使えば、イーリンはきっとわざとらしく甘えてくるだろう。
 だから『伊鈴』って呼んでやろう。
 きっと、楽しいことになるぞ。


『成否:成功』
【第三章 第三節】
『参加者:結城 ねいな(p3p011471)』

 時は少し遡り、最後の日の深夜。東の空を見ようとイーリンが何気なく早起きした時。
 『黄色い雄牛亭』を出て、静謐な空気を吸う。少し肌寒いかと思いつつもイーリンが気にせず歩を進めた時。待ちな、と声をかけたのはねいなだった。
「仕事の時間だ。ちょっと付き合え」
「なぁに、戦争屋さん」
「ぬかせ、まだ何もやっちゃいねぇよ」
 そう言ってねいなは歪に欠けた宝石を投げてよこした。それは欠けた姿に照らし合わせたように、歪んだ赤色に輝いていた。
「これは」
「お前があの女に埋め込んでいた人間性、その残りみたいなもんらしい。知らんが」
 あの女、ねいなの言うそれは美咲を指す。
 イーリンはその宝石を握って。少し俯いた。
 最後の戦いの時、心持ちはどうするつもりかとイーリンに問われて、それをはぐらかした。その時美咲が考えていたことは既に決戦の内容ではなかった。その先すなわち、イーリンはきっと奇跡のように戦い抜いて、その後に残った願望器としての自身をどう扱うのかという点だ。
 その時、もし人間性が燃え尽きてしまっていたら。灰の騎士からの残り火が足りなかったら。あるいは美咲が望んだ、自分が戦えない時に、強引にでも戦えるようにしてほしいと願いを叶えたあの夜に、宿ってしまったイーリンの人間性。
 もしも自分が死んだら、それを還してほしい。
 もしも自分が死んだら、せめてイーリンだけでも帰ってきてほしい。
 もしも、もしも、もしも。いくつものエゴをいつもの調子で隠してしまって。気づいて欲しくて、でも嫌で。
「アタシはな、これを異世界の、正確にはあんたにこれを届けるためのエミュレーターとして使われたってわけ。この宝石を持ち出せる人間は、何の因果か血縁者にしか不可能で、腹立たしいことにそれが私を美咲って女との血縁を証明した」
 すなわち、イーリンの縁者だけが集められたこの因果の物語に、自分が来られたのは美咲の一部を握り込んでいたからだと。
 朝の風が、ひどく冷たく感じる。頬をそうして撫でるものだから。イーリンは眉をひそめた。
「美咲、ああ私の知ってる時は誓って名前だった。十九の時の誓はゴミみたいな女でなぁ。正直あたしにとって空気以下って感じだった。空気は吸ってもいいけどゴミは吸いたくないだろ」
 わざとらしく悪態をついてみるが、どうにもしまらない。ねいなは頭をぼりぼりとかいて、続ける。
「だから、あんたも言ったみたいにアタシも空気から死体になってゴミ以下になった奴なんて興味は微塵もなかった。ただそう、あの女が死ぬ気で這いずり回って、どうにかしようとのたうち回って、自分が生きている間にどうしようもなくなった時、死してなお変えたいと願ったのなら。それは闘争だ、戦争だ。それに手を貸すのなら、悪くないと思えた」
「ありがとう」
 イーリンの口をついて出た言葉に、鼻を鳴らす。
「そう思うんなら混沌世界に戻った時に戦争の一つでも起こすか、起きたら呼んでくれ。退屈でデブになったらかなわねぇ」
 行きな、一人になりたい時間もあんだろと顎で促して、イーリンもそれ以上何も言わずに歩き出した。
 本当に小さな背中だ。あれが、大英雄なのかと哀れに思うほどに。
 ただ、ねいなはその姿が見えなくなるまで見送った。
 煙草に火をつける。異世界の一服はなんとも微妙な苦さが口に広がる。
「次があるなら」
 更に一口吸う。
 メンヘラなんてブレーキの壊れたトラックみたいなものだ。死ぬまで壊れるまで動き続ける。
 それがどうにかなれと自分で制御しようとすれば、壁にぶつかり、擦れ、どれほど惨めな姿になっていくかは想像に難くない。
 あの女は、必死にそれを試みていたのだ。
「次があるなら、メンヘラなんぞなしで、会いてぇもんだなぁ」
 一息ついて、乾いた咳混じりの笑いが出る。
 さようなら、私の知らないチカ姉。
 私達は最後までお互い空気だったけど、今ならエゴを獲られたんだってはっきりわかるよ。


『成否:成功 にへへ』
【第三章 第四節】
『参加者:フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)』

 朝『黄色い雄牛亭』の窓際で朝日と少しずつ増える人通りを眺めながら、フォルトゥナリアは考えていた。
 店主はまだ寝ているそうで、仕込みついでだと娘さんが出してくれた分厚い黒パンとたっぷりのバターで焼いたベーコンエッグに感謝して口をつける。それでも考えるのは止まらない。
(だったら私と一緒にいるのはどう。私の困り事はいつだってなくならないわよ)
 あの言葉についてだ。
 永遠なんてない、それをイーリンは否定した。きっと人として一緒に居られるのは、長くて半世紀くらいだろう。
 その間に、叶えたい夢が見つかったら一緒に手伝いたい。もしその後があったのなら、その時一緒に決めよう。
 だから、一緒に行きたい。
 それは、フォルトゥナリアにとっての希望(ホープ)でもあった。
 具体性が何一つ無くたっていい。一緒に、行けるところまで。それがフォルトゥナリアの出した答えだった。
 では、更に何を考えるのか。答えは容易である。
 今日が最後の日なのだから、まずはキキモラ、ブレイブ、ネームレスの三人にしっかりと挨拶をしなくてはならない。それ以外にもし少しでも心残りがあるなら聞いておきたいし、イーリンに伝えておきたい。
 それだけではない、全員が何かしら思い出を作りたいと考えているのだから、なんだかんだこの最終日もかなり忙しいことになるだろう。イーリンのことだから一つ二つ内容がすっぽ抜ける事が想像できる。誰かがサポートせねば。
 ナイフとフォークで切り分けた黒パンに、卵の黄身とバターを塗って一口。これは大仕事になるかもと胸が高鳴る。その高鳴りと一緒に、胸の中ではいくつも祈りが木霊する。勇者パーティ一行に向けたものだけではない。この旅に来てくれたみんな、騎兵隊のみんな、幸せで居てほしいと祈りたい相手がいっぱいいる。
 こんなに自分は欲張りだっただろうかと不思議に思うほどに、腹にするするとおさまる朝食と一緒にいくつもの願いが去来する。
 それが、自分の告白への答えなのか、フォルトゥナリアは知らない。
 これが、自分の旅路の成長なのか、フォルトゥナリアは知らない。
 恐怖に負けず、狂気に堕ちず、皆を助けられる存在でありたいと願い続けた彼女もまた。肩の荷を一つ分け合えたのかもしれない。重さに背骨が曲がり、胃が潰れるほど背負っていたものを。
 あ、と一つ気づく。
 イーリンは自分が竜混じりの姿になった時「まともな状態」で接しては居なかった。願望器になる、ギリギリの中で自分を見てくれていた。帰ったらあの姿も一度見てもらおう。これから長い付き合いになるのだから、知っておいてほしいことはたくさんある。
 勇者には幸せで居てほしいという言葉は、この後フォルトゥナリアにも返ってくることになる。
 それを知らずに、フォルトゥナリアは追加でスープと焼海老を頼んだ。
 今日「も」きっと、忙しくなる。


『成否:成功』
【第三章 第五節】
『参加者:レイリー=シュタイン(p3p007270)』

 酔いも冷めた朝、ある小さな教会でレイリーは静かに目を閉じていた。
 思い返すのは遠く、メフ・メフィートで出会った何気ない一幕。もしもイーリンがあそこで私に声をかけていなければ。もしもイーリンが騎兵隊に私を誘わなければ。もしもイーリンが勇者にならなければ。
 私は司書の貴方に、私は騎兵隊長の貴方に、私は勇者の貴方に、心血を注ぎ側に居たいと願わなかっただろうか。
 答えは否だ、どんな出会いであったとしても、きっと流れ星のように輝く貴方を私は求めていただろう。それは家を失い、家族を失い、自分を使ってほしいと願っていた自分の哀れな欲望でもあったかもしれない。
 けれどそれからレイリーはずっと、イーリンが人でなくなっていくほどに強く、友として幸せを願うようになっていた。
 世界のために心血を燃やし、悪態をついて見せながらも決して逃げなかった。そして長く長く、今まで生きた半分以上の人生を運命に捧げてきた彼女があの夜、酒を酌み交わす中で、手に入れた自由や夢を追えるという笑顔があまりに眩しくて。

 愛してる、を酒で流されたくなかった。

 醜いだろうか、純白のパンツドレス姿のレイリーは胸に手を当てる。
 酷いのではないか、誰もを魅了したのに誰も選ばないのは。
 しかし幾度も幾度も寄せては返す波のように敵を、彼女の苦悩を、時に弾き、守り、寄り添った自分がイーリンと共に幸せになりたいと願うのは間違いだろうか。
 そうは思わない。
 願うだけでは足りない。
 願いだけならきっとこの想いは、砂浜に押し寄せる波に消されてしまうから。

「レイリー」
 イーリンが教会に来ると、その姿に驚いた様子だったがすぐに表情が緩んだ。レイリーが純白に包む時は、覚悟を意味することをよく知っていたから。
「イーリン、来てくれてありがとう」
 扉が閉まる。今、二人きり。
 イーリンはレイリーの側に歩く。
「どうしたのって、聞いたら駄目かしら」
「駄目よ、イーリン。だって貴方、ずっと私の事を見ていたのに無視したんだから」
「その言い方はひどくないかしら」
「それで結論が変わるほど、私達の関係は浅くないでしょ」
「そうね」
 朝日が差し込む中、教会は二人の鼓動が感じられるほどに静かだ。
 少しの沈黙。
「イーリン」
「なぁに」
「もう少し真面目に」
「はい」
「逃げないで聞いて」
「逃げたことなんか」
「あるわ、いっぱいいっぱい。今まで何回も伝えてきたのに」
「だって貴方にはミーナや幸潮が居るでしょう」
「それはイーリンと幸せになりたいって考える事の障害になるの」
「なるでしょう、普通」
「でもイーリンはずっとそんな事気にしなくていいって振る舞って来たじゃない。それに、他人を言い訳に使うな、自分の心に従えって言ったのは貴方よ」
「それはそうだけど」
「だから聞いて」
 本当に、好きなのに。どこまでも優しくて残酷なこの生き物は、とレイリーは目を細める。
「私に幸せはたくさんある。けど、私は貴方の横で、貴方と同じ夢を追いたい。そのために、結婚を前提としてお付き合いがしたい」
 イーリンが、手の甲で口元を隠す、視線をそらす。返事はない。
「愛してるわ」
 イーリンは目をきゅっと閉じた。返事はない。
「貴方を恋する乙女にしたい、そして私に恋してほしい」
 握っている手が震える。
 哀れんで肯定されるくらいなら、心に傷をつけられる方が良い。そんなことは、イーリンもよくわかっていた。
「私は」
 長い沈黙の後に、イーリンは手をおろした。
「レイリー、私はね。貴方の飾らないところのほうが好きなの」
 ぽつぽつと、言葉を紡ぎ始める。
「白亜の城塞でも、アイドルでもない。貴方は、貴方が思ってるよりずっと、粗野で、破滅的なところがあるのを上手に隠せているのよ。今だって、そうでしょ」
 じっと、瞳を見つめる。
「私、貴方のそこが嫌いよ。貴方の言葉がずっと私の中で滑っちゃうのは、そのせい。でもわかるわ、そうしないと自分に自信が持てないの。私も同じだから」
 だから、とレイリーの手を取る。
「結婚は約束できない、恋人になるなら混沌に戻ってからにして。船の上で、ロマンチックに誘って欲しい。私は我儘なの」
「じゃあ、今返事だけでもして」
「形に残らなきゃイヤかしら」
「イーリンの言葉は、いつも泡みたいに心をくすぐって消えるからよ」
「そう、じゃあ」
 ぐっと、イーリンがレイリーの手を引いて。頬に口づけをする。
 少女の唇は、熱く、そして切ない。
 最初から結ばれていた縁は、ほどけるその間際に、ようやく小さな歯止めがかかった。
 ああ、多分。とレイリーは思う。
 きっと、キツい言葉をいっぱいかけられるだろうなあ。遠慮がなくなった乙女ほど、きっと恐ろしいものはない。


『成否:成功』
【第三章 第六節】
『参加者:エマ(p3p000257)』

「えっ、イーリンさんこのまま混沌に帰るんですか」
「あんた皆に話聞いてなかったでしょ」
「い、いやぁだってあれだけ気持ちよく一緒にお喋りしたらなんかほら、満足しませんか」
「はぁ」
 がっくりとイーリンがため息とともに肩を落とした。時間はランチタイム。二人は肉と酒の店に来ていた。
「私のところに困ったら来なさいって言ったのに、ずっとこっちに戻ってたら駄目でしょうが」
「いやぁだってあれはそういう心持ちだと綺麗にシメてくれたんだなぁって思うでしょう」
 引きつった笑みを浮かべながらなんとか取り繕うエマに、どうだかとイーリンはローストビーフを三枚纏めて口に放り込んだ。
「それに、シュペルの手でいつでも行き来がっていうのが気に入らないの。私は神の力を全て捨ててでも、自分専用通路を作るって言ったのはそういう事」
「な、なるほど。でしたらえーっと。えーっと。ああそうだ、予定。今後の見通しとかそういうの聞きたいなぁって」
「あんたねぇ、それも他の皆に話したわよ。まずは文化保存ギルドや自分の領地の返納手続きとか、不在になった時の処理色々。それからあっちこっち大混乱してるんだから復興に少なからず手を貸すのわかってるじゃないの」
「ひぃん、だってどう見ても大冒険に出る仕草だったじゃんないですかぁ」
 小さく悲鳴を上げながらもローストビーフのソースをバゲットで涙を拭うようにすくって食べるエマ、当然うまい。
「旅はその合間とか、一段落ついた後するわよ存分にね。路銀の心配なしでいけるように準備したいの」
「計画性があるのか無計画なのかわかんないですねもうこれ」
「なんですって」
「いえいえ、それでよろしいと思いますよぉ」
 ああそういえばさっき見えた劇場も面白そうでしたねぇ。このあと昼の公演を見るのもどうでしょうかと盛大に話題をそらすエマと、それを飲み込んで話を合わせるイーリン。街角で夜遅くまで喋っていたことを思い出す。
 きっと、この先何回でも同じように思い出すのだろう。
 疎遠になっても、ふとした時にそういえばこうだったと。
「あ、そうそう。私もちょっとロマンチックなこと思いついたんですよ。お昼ですけど乾杯しましょう」
「その切替の早さは驚愕に値するわね。ワインでいいかしら」
 店員を指で鳴らして、新しい瓶を開けて注ぐようにお願いをする。グラスはすぐ届き、エマは感謝を述べる。
「お店選びの時から考えてたんですよ。こういう事もしなくちゃって」
「なあに、それ」
 一息ついて、背筋を伸ばすエマに、イーリンも居住まいを正す。
「結局、お酒はあんまり好きじゃないってわかったんです。でも、こういう時に乾杯しなくちゃ。いえ、してあげたいって思うときもあるんですね」
 エマは笑う。ちょっとキザですかね、と。
「最後まで戦い抜いたイーリン・ジョーンズと、その仲間たちに。それと一緒に戦った人たち全部に」
 イーリンも笑う。いいえ、私は嬉しいと。
「乾杯」
 親友二人のグラスの音は、遠くまで響いた。


『成否:成功』
【第三章 第七節】
『参加者:エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787) 那須・与一(p3p003103) ノルン・アレスト(p3p008817) 』

「おそろいのお守りを皆で買おうと思ったのですが」
 ノルンが唸った。彼らが居るのは宝飾店のアクセサリーコーナー。そう、冷静になればすぐに分かることだったのだ。
「お守りって言ったら基本神様由来ですよね、それは」
 神様に振り回されてきたイーリンと勇者パーティ。そして自分たちも間接的にとは言え巻き込んできたものをお守りに、という気分には流石になれなかった。
 かといって宝飾店で十数人分のお守り代わりの宝石となると結構な金額が必要で。
「どうするかしら。ぎゅってする」
「先輩、ぎゅっとするなら私をどうぞ」
 イーリンがぎゅっとして奇跡をどかーんなんてしたらそれはそれで違うんですってノルンが頭をぶんぶん振る。与一はイーリンの腕に抱きついて尻尾をぶんぶん振っている。
 エクスマリアも改めて用意するとたしかに困るものだなと言いながら、これみよがしにイーリンの隣に居る。
 端から見れば子どもが集まって宝飾店に来ている有り様で、なんとも視線が痛かった。
「ねぇ、やっぱり数が揃うなら何でもいいんじゃないかしら」
「私は先輩とおそろいなら何でも」
「お二人共知恵を貸してくださいこういうときこそ」
「諦めろ、ノルン。今の盟友はぽんこつモードだ。こうなるとしばらく戻ってこない、ぞ」
「否定しなくちゃいけないのに否定できない状況に持ち込まないでください」
 いろんな重荷をおろしたイーリンが、ここ数日みんなと遊び続けている様は本当に喜ばしく否定したくない。それはそれとして今ものすごいほわほわしてるのはどうにかしてほしい。
 少しして、しょうがないと途中から覗き込んだエクスマリアと共にノルンがこれだと選んだのは、何の変哲もないローズカットのラピスラズリだった。
 幸運の意味があり、蕾を模したそれはこれからの前途を祝うのにぴったりだった。
 これだと彼が振り向いた時、与一が人差し指を唇に当ててこちらを見ていた。
 その横でイーリンは、窓際のイスに座ってうたた寝をしていた。
 毎日はしゃいで、疲れてしまったのだろう。
 こんな無防備な姿も、見たことがなかった。
 三人はこっそり寝顔を堪能し、ラピスラズリのチェーンをなるべく頑丈なやつを選んだ。タンスの奥に眠るよりいつでも持ち運べるように。この寝顔を見るような幸運が、もう一度訪れますようにと。

 ――そうして、夜。
 イレギュラーズと、勇者パーティは王都のはずれにある一角に集まった。別れの時は、存外にさっぱりとしていた。
 命の恩人と、たかだか一週間過ごしたくらいではまだ語り足りない。
 この世界の話を、向こうの世界の話を。もっと、もっと聞きたかった。
 名残は惜しいけれど、祭りは終わるけれど。
 それぞれに居場所があるから。
 やるべきことや、やりたいことがあるから。
 そうして選べる自由が、彼らにはあったから。
 これが夢ではありませんようにとラピスラズリのお守りを全員分。
 キキモラたちに、行ってきますとイーリンは言った。
 イレギュラーズの誰かが、さようなら、ありがとうと言った。
 いつかの再会を願って、とエクスマリアが空を指さした。
 イーリンの紫の髪が、いつかのように流星の如く輝いた。漏れた燐光は、神の力と共に天に登り。季節外れの流星群をもたらした。

「それじゃあ、今は亡き神々と。我が名において――」

 全員が笑顔で、あるいは口々に、短く何かを語らった後に。

「幸運を」

 剣の世界から、彼らは消えた。

 そして彼女たちの時はまた、動き出す。
 安っぽいが、誰もがそのために死力を尽くした。
 そのおわりの文章は、判を押したように一つで良い。
 つまり

 めでたし、めでたし。

『成否:成功』
【三章八節】

『参加者:志屍 志(p3p000416) 夢野 幸潮(p3p010573)』

 そうして、彼らが混沌世界に戻ってしばらく。
 世界に平和が訪れ、復興に誰も彼もが尽力して居た頃。
「うぇ"っひゃっひゃっひゃ。マーリンのやつまんまと我の手紙食らって爆発してやんの。行間読めばあっという間よ。おっと、かくして我らの英雄はヒトに戻り。そして世界は閉じていく。残るはあとがきだが、流石にそこまでに顔を出すつもりはないしなぁ。っていうかレイリーあいつ何やってるんだ。まぁ可愛いからいいんだが」
 どうだ、こうやって乗っ取るのも悪くないだろ。とカメラ目線で幸潮が言う。なお右手はインクでどろどろ、ペンだこがクソ痛かった。皆の様子を書き写し、剣の世界を残すということでひたすら右腕の運動をしていた。ちなみにペンは右でも左でも持つことがある。
 どうだい、一回くらい地の文を乗っ取ったりしてみたいって皆思うだろう。え、思わない。そっかぁ。幸潮のプレイングに騎兵隊の旅路はまだ続くぜって書いてたけど、騎兵隊が再結成されるような事態って正直世界的にやばいと思うんだよなぁと思わなくもないけど、世界の危機くらいこのあともいくらでも起きそう。まぁそれを観測するかは別として。
「おっと、きれいなエンディング後にこういうギャグパートは見たくないってか。安心しろ、晩節汚すつもりはないさ。どうせラリーシナリオは全部読むってやつのほうが奇特だからな。それじゃあ次は別の場所で会おう、アディオス」
 幸潮は名状しがたい異空間に飲み込まれるように消えていった。なお、彼女の持っていた本の一部はこのあと爆発する。
 その石畳を、少ししてから別の影が歩く。
 その懐には、ラピスラズリがお守りとして入っていた。
「なにか今悪い予感がしたような」
 と独りごちるが、こたえるものは居ない。まぁ、そう予感を覚えるのも致し方ない。不義理ではないとはいえ、いささかの寂しさを覚えているのだから。
 イーリンは宣言通り、混沌世界に戻ってくるなり自分の身辺整理を進め、自分が不在でも回るように貴族たちにその権力を還元していた。
 隠居というにはあまりに元気だが、太陽の下を大手を振って歩いて、旅をする。
 そんな彼女の周りは当然のように賑やかで、いい人が多すぎる。志のように日陰が落ち着く人間にとっては、少々疲れてしまう。
 故に、志は暇を貰うことにした。平和な世界に斥候としての役割はもうあまりなく、この仕事のために授かった名誉愛人だなんていう称号はやはり返上したく。
(この路地裏も、もう歩き慣れたものですね)
 文化保存ギルドは王都メフ・メフィートの少し外れにある。
 全盛期には何十人もここを駆けるように出入りして、表通りには馬車や御者が絶え間なく行き来していた。
 それももう遠い昔のように感じてしまうのは、自分も年を取ったからかと苦笑いしてしまう。あいにく、そういうには梅泉の趣味にも付き合ってみたいし、この暇を貰った後は諸国を回ってみたいという欲求があったりと、諦めるには自分はまだ若すぎる。
(あれから)
 話によると、勇者パーティはそれぞれうまくやっているらしい。
 キキモラは閉鎖的な森で外の魅力を訴え。
 ブレイブは騎士として正式に国に召し抱えられ。
 ネームレスは辺鄙な村外れで薬草師として居を構えているそうだ。
 彼女専用のポータルは正常に稼働しているそうで、土産話を度々してくれている。
 本当に良くしてくださった。短い間だったがこうして仕えた事も良ければ友人として過ごした時間も悪くなかった。だからこそ、影の中でしか生きられない自分に申し訳無さを感じているが、それも理解してくださる。
 志はそのまま慣れた足取りでギルドに裏口から入り、イーリンの私室をノックする。
 反応がない。
 はて、出かける予定は聞いていないがとノブを握る。鍵は、かかっていない。
 瞬時、志は周囲を確認する。気配なし、外の状況もなにか人が出入りした様子もない。イーリンは少なくとも、完全にここを空ける時に鍵をあけっぱなしにするほど不用心ではない。
 聞き耳を立てる、鍵穴に爪の先――志の指の爪の一つは、研いでおりごく小さな鏡のようになっている――をかざし様子をうかがう。
(これは)
 どういうことだ、と思うより早く。扉を開けて中に踏み込む。
 侵入者の気配はない。
 慎重に移動した志の視線の先、執務室の机の上には紙が一枚。

 『海洋国で人身売買の噂あり。幻想北方戦線は安定しているため、そちらに向かう。後よろしく Irin Jones』

 志のメガネにヒビが入る。
(え、あの人自分がおしもおされぬ大英雄ということを存じてらっしゃらない。それともなにかの悪いジョークですか)
 志は、騎兵隊もといイーリン・ジョーンズと関わった人間の中で新参である。
 普段の依頼での危険を取る言動や、あまりに前のめりな姿勢というのは、今回の件でわかった運命やそれに由来する覚悟のせいだと思っていた。
 それは半分間違いではない。
 そして半分は間違いである。

 イーリン・ジョーンズという女は。

 そんな運命を背負う前から、ずっと冒険心に満ちあふれていた女だと。

「だとしても、そんな」
 志は慌てて駆け出す。
 人身売買を探りにくのは、冒険じゃないでしょうと。
 多分本人的には道理が通っているんだろうなぁと。
 ああ当分、自分はこの人に振り回されるんだなぁと。

 この時、彼女は心の底から実感した。


『成否:成功』
【あとがき】


 皆さまこんにちは。イーリン・ジョーンズのプレイヤーです。
 この度は偽シナに加えて本当に長い間、イーリン・ジョーンズの物語に付き合ってくださってありがとうございました。
 こういった中の人を匂わせるのは好きではありませんが、どうしてもお礼を伝えたく、この場をお借りしました。
 これにて彼女の物語は完結となります。
 彼女は混沌世界できっと幸せに生きていき、そして満足して死ぬでしょう。
 舞台を降りた後の女優が何をするかは私は存じませんが、もしどこかでまた彼女を見かけたら可愛がってあげてください。
 重ねて、長い間のご愛顧ありがとうございました。
 残りのエンディング期間も、是非一緒に楽しめたらとおもいます。


 さて、この場を借りてお礼を言いたい方は挙げ始めると新しい偽シナが一本書ける物語が始まってしまうので、特にお礼を言いたい方を、偽シナの参加者に限って挙げさせていただきます。

 まずレイリー氏。貴方が居なければ騎兵隊の作業を途中で投げ出していたかもしれません。根気強く地道な作業を手伝って頂いただけでなく、励まして頂いて本当にありがとうございました。あとイーリンのせいで色々荒れさせてすいませんでした。今回の偽シナで言語化がやっと果たせたと思います、お許しください。

 次にねいな(美咲)氏。なんか謝罪会見みたいになりますがほんと色々捻じ曲げて申し訳ございませんでした。偽シナでもメンヘラデブを始めとしたアドリブ罵倒が湯水のようにでてきました。それはそれとして、イーリン・ジョーンズというコンテンツに体当たりをぶちかましてきたの、楽しかったです。

 正直全員に述べたいんですが最後にエマ氏。紫髪だから友達になろうぜ、という引っ掛かりを受け入れてくださったことが、イーリンが街角に入り浸る事になった諸悪の根源です。あそこから沼ったのです。謝ってください。本編でラストバトルに来なかったことを根に持ちそうになるくらいには気にかけておりました。

 シリーズのあとがきというのを人生で初めて書くので何が良いのかさっぱりわかりませんので、そろそろ切り上げようと思います。
 イーリンジョーンズの物語は、凡人が自分のできる限りの手札で戦い続ける物語でした。天才になれなかった女といういつもの称号は、挫折と苦悩の中で足掻き続ける人間そのものを表現していました。
 その彼女が、人ではないものへとゆきて、人にかえりし物語。
 彼女の幸運を祈る常套句。今は亡き神々とは、最後に神話の庇護を捨て神の立場も捨てたイーリンを指します。我が名においてというのは、他の誰でもない自分を指します。パロディだらけの彼女ですが、この文句だけは完全オリジナルですので、皆様何処かで使っていいです。

 それでは皆様。

 今は亡き神々と、我が名において。
 幸運を!

【了】

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