PandoraPartyProject

ギルドスレッド

足女の居る宿

郊外・渓流沿い集落

ひらひらと、黒い羽根のとんぼが飛んでいた。
青い空にはぽっかりと千切れ雲が浮かんで遥か彼方を流れている。

貴方の傍らの少女はつば広の帽子をかぶってらしくもなく歯を見せて笑う。

遠くにはせせらぎの音。
天頂に座す光の中、木々の木漏れ日の向こうで魚が大きく跳ねた。

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(――郊外、渓流沿い集落。鱒養殖場にて)

ジョセフ様。釣り竿と餌、借りられました。

(つば広の帽子におさげにした髪を前に垂らした沁入:礼拝は釣り竿を二本と小さな籠に入った餌を抱えてやってきた。
釣り竿は棒に糸と針だけつけた簡素なもので、餌は褐色の堅めの粘土に近い触感の練り餌だ。
目の前には渓流の水を引き込んだ生け簀。中を覗き込めば陽光に照らされて煌めく魚鱗が見えるだろう。)

釣った魚は管理人さんにお料理してもらえるので、それでお昼ご飯にしましょう。

(そこまで言うと小さく笑って)

驚きました?私がこんな場所に誘うだなんて。
(傷痕だらけの腕を組み、生け簀を覗き込む。透き通った水の渦の中、煌めき踊る魚影。もっとよく観察しようと屈むと、丁度すぐ目の前を蜻蛉がついと通り過ぎた。
興味が魚影から蜻蛉へ移る。仮面の下で緑の瞳が小さな影を追い、そして、木漏れ日の中佇む少女の姿を見た。)
礼拝殿。

(声が弾む。仮面が開き、白い歯が覗く。親しげな笑み。
口元の機構の動きは滑らかだ。先日の損傷は問題なく補修されたようだ。しかしあの夜の出来事を知る者ならば、微かに残る凹んだ痕を直ぐに見つけられるだろう。)

ふふふ、大荷物だな。ああ、どうも有難う。竿と……籠も私が持とうか?
ああ、釣りも魚料理も素敵だな。実は私、釣りは全くの素人。というか、今日が初体験に…………おや、これは前に話したかな?

(おどけたように仮面を軽く傾げ、手を差し伸ばす。受け入れられれば、余計な荷物は彼が持つだろう。)

何、驚いたかって?ふむ、そうだな。……少しだけ、驚いたかな。まあ、個人的な偏見に基づいたイメージに拠るものだが。
兎に角、改めて、素敵な誘いを有難う。

(仮面の下で密かに目を細めて礼拝を見る。昼の陽光の下で見る礼拝の姿は非常に新鮮だ。思わず見惚れてしまう程に。)
(自分を呼ぶ声にまるで甘いものを食んだ時のように顔がほころぶ。
見上げる顔はくろがねに覆われていてあの時見た緑の瞳は今は見えないけれど、あれが夢でないと証明するように日の光に照らされた仮面は歪んだ光を反射している。それが、彼の心の中に少しでも自分が響いている徴のように感じて心地よいむずがゆさが胸の中に満ちた。
笑顔など作りなれているけれど、この人を前にするとどうしても恥ずかしさが勝つ。)

あら。では、お願いできますか?

(虚弱さには自覚があるので、特に抵抗する事もなく釣り竿一本だけ残して後の荷物を渡してしまう。
どれも大した重さではない。ジョセフが持つのに然したる苦労はないはずだ。)

実は私も初めてなのです。釣り竿に触れるのも、このような場所に来るのも。
でも、ここのうわさを聞いて、ジョセフ様が釣りをなさったことが無いと仰ったのを思い出して……。
そしたら、興味もなかったのに、やってみたくなって、何故だかジョセフ様もお誘いしたくなったのです。
ふふっ、だから、お礼を言うのはこっちのほうです。

(こみ上げる喜びにはしたなくも口を開けて笑ってしまうのを抑えきれない。
本当ならそれを隠すべき両手は今はしっかりと釣り竿を握るのに使われていて役に立たない。せめてもの抵抗に恥ずかし気に肩を上げて顔を俯かせた。
髪は結ってくるんじゃなかった、そしたら髪の影で隠せたかもしれないのに。)

さて、ジョセフ様。場所はどこで始めましょうか。
管理人の方は、「どこでもおなじ」だそうですけれど。

(ややあって、自分への注目を逸らす様に提案した。
生け簀の周りには、丁度日差しを遮れそうな木立がいくつかあり、傍に渓流が見える場所、売店や食堂も兼ねている管理等に近い場所等がある。
あまり広い施設ではないので「どこでもおなじ」という言葉に嘘はなさそうだが、それでもポイントを選ぶ喜びはある。)
(礼拝の手から荷物を渡し受ける。どれも軽く、頼りない道具だ。いや、これらは普段用いる『器具』とは目的も用途も何もかも違う。重みも強度もこれで十分なのか。)

そうか。君も初めてか。そうか。うふふふふ…………失礼。正直に言ってしまうと、少し安心した。教えられっぱなしでは格好付かないからな。
まあ、何、つまらない矜持だよ。格好つけてばかりではどうにもならんしな。それよりも、何事も経験を積むのは良いことだ。信頼の置ける者と共にならば、特に。

(微笑んで礼拝を見る。
陽光の下だからだろうか。それとも髪を結っているからだろうか。今の礼拝は驚くほどに新鮮だ。あの夜、嫉妬に駆られて扉をくぐったあの時見た女と同一人物とは思えない。いや、見たままの変化だけがそう思わせているはないのだろう。己の認識の変化がきっとそうさせているのだ。
そう思うとなんとなく気恥ずかしくなり、仮面の下で目線をそらした。随分と絆されたものだ。)

ああ、どうしようか。そうだな……二人とも初めてなら、落ち着いて、ゆっくり出来る所がいいだろう。

(そんな時、礼拝の提案は渡りに船だった。
気持ちを切り替え、生け簀の周囲を見る。どこでも同じなら快適性をとろうかと、暫し思考した後、売店と食堂を兼ねた施設から少し離れた木立の影を指差した。)

彼処はどうだろう?景色も良さそうだ。
(「信頼できる」という言葉が出てきた瞬間、少し目を見開いて、直後に目元が蕩けた。
そこまで至らなかったとはいえ、利用しようと動いていた自分に対して「信頼」と簡単に言ってしまうのだ。
暖かな、しかし、危ういほど幼い思考が今は単純に嬉しい。)

ええ、景色も良いですし、その場所なら何かあった時に管理人の方もすぐ呼べますね。
それでなくとも「初心者同士」ですもの、何かあった時の為の備えがあるのは良い事です。
私もいい場所だと思いますわ。

(指し示された場所に移動してそうっと生け簀を覗いてみる。
「どこでも同じ」という言葉に本当に嘘はないらしい。水の下で不規則なパターンで煌めく何かが見えた。
それから、抱えていた釣り竿に巻き付けていた糸をするりと解き、糸の先についた針を摘まみ上げて)

ふふふっ、ジョセフ様。ご存知でした?
てっきりミミズや虫で釣るのかと思って居たのですが、その籠の中の粘土のようなものが餌なのですって。私、驚いてしまいました。
それも、針に刺すのではなく針が見えない様にくっつけてしまえばいいだけだとか。
人の目にはそうと見えなくても、魚にはごちそう、なのでしょうか。

(先ほど管理人の方に聞いたのですが、と前置きしたうえでその様に説明した。
実を言えば半分ほど嘘だ。確かに管理人にそう説明されたが、この施設に誘うと決めた時点で既に調べていた。
ジョセフが興味を持った時の為に練った餌に何が含まれているかまで調べて説明できる。
しかし、彼のほんの小さなプライドに配慮して、今日この場は「突発的な行動」である、という体で通すことにしたのだ)
これが。……ほほう。
成程、面白いな。知らずに食いつけば、口の中に隠された針が引っ掛かると言う訳か。

(手提げた籠を興味深げに覗き込み、礼拝の言葉に小さく頷く。
……故郷で『仕事』の合間に食べた安価な携行食に似ているとも思ったが、口には出さずに呑み込んだ。あれは酷い味だったが、婦女子の前で魚と人の食べるものを同列に語るのは如何なものか、と。)

どれ、習うより慣れろ。まずはやるだけやってみようか。
これを……くっつければいいのか。

(籠を足元に置き、持ち替えた竿の糸を礼拝の見様見真似でほどく。元来不器用な所がある彼であるが、礼拝が先にやってくれたお陰でもたつかずに済んだ。
仮面の下で密かにほっと息をつきつつ、籠の練り餌を指でつまみ取り、先程礼拝が言ったように針を包み隠す。糸の先の不格好な団子を見て仮面を傾げ……
そこで、ほんの短い間ではあるが、作業に没頭して周りが見えなくなっていた事に気が付いた。隣にいる礼拝さえも。)

……あっ。
ええと、その、礼拝殿は大丈夫なのか。

(何が大丈夫なのやら。焦りのあまり要領を得ない問いかけをしてしまう。)
(じっとジョセフの手元を見ていた。
手に針は刺さりはしないかと上手にできるだろうかと心配するのが少し。
じっと手元に顔を向けて集中する動作が愛らしくて見守るのが少し。
そして、初めての動作を共有する喜びに浸るのが大半。
不格好ながらきちんと釣りができる準備が整った瞬間は思わずほうっと息を吐いたほどだ)

……はい?

(唐突な質問。これは全く応える準備が無かった。不思議そうに眼を瞬かせて小首を傾げる。
何のことだろう。餌を付けられるかどうかだろうか。しかし何か決めつけて答えてしまうのもうまくない。)

ジョセフ様。大丈夫ですよ。焦らなくても、私は待てますもの。
なにか、心配されるような事がありましたの?
や、その、あの……。

(仮面の内が熱くなる。目線が彷徨う。)

その、以前、海へ行っただろう。海底の貝の城だよ。とても綺麗だったな。礼拝殿が海の生き物の事を教えてくれて……違う。いや、私が言いたいのはそういうことではなく……。

(躊躇いがちに唸るような語りは尻切れトンボに終わって、仮面は俯き、不格好な団子を睨み付けた。
団子越しに水面の揺らめきと、その下を泳ぐ魚影を見る。あの時はあべこべに水面を見上げていた。魚は飛ぶように泳いで、その様子を夢中になって眺めたものだ。そして、)

あの時、私は君を振り回してしまっただろう。年甲斐もなく夢中になって、はしゃいで……。

(団子を付けた針をつまむ手に僅かに力が入る。思い出せば思い出すほど恥ずかしさで頭がどうかなってしまいそうだ。
彼は考え無しに口を開いたことを後悔していた。しかし、夢中になるあまり、またあの時のように振り回してしまうことは避けたかった。)

……君が私に好意的な感情を抱いてくれていることは分かるが、私にはそれがどうにも不可解というか、その……。
私は君と居ると楽しいよ。でも、君はどうなんだ?
(じっとジョセフの瞳があるはずの位置を見て言葉を待つ。時々相槌を打ち、あの青く明るい水底を思い出しては少し唇を持ち上げた。
あれは輝かしい思い出だ。
あの時の礼拝は今よりも少し思惑が違っていたけれど、それでも今の気持ちはつながっている。
しかし、目の前の彼は今とあの時で少しだけ変化したようだ。
成長ともいうべきか、驚きに目を見開いて、しかしすぐに目元を蕩けさせた。)

私も楽しいです。

(安心させるように、分かりやすいように端的に答える。そして、その言葉をジョセフが飲み込み切るのを待つようにやや間を開けてから)

私は、とても不思議なのです。なぜ、他の方がこの様に貴方を外に連れ出さないのか。
海でのジョセフ様も、今一生懸命釣り餌をつけようとしていたジョセフ様もとても可愛らしいのに。
……ふふっ、ごめんなさい。可愛いだなんて、ジョセフ様は立派に成人しておられるのに。

(胸の内に秘めていた言葉がざわつきだす。
しかし、まさか感性が、判断が、とても幼い貴方に色々な事を与えたい等口走れば、それでなくとも揺らぎがちな自尊心を傷つけることになるだろう。
自信を失わせることが目的ではない。しかし、「楽しいから」「教えたいから」だけが本音ではない)

一つだけ、一つだけ、私の卑しい心根を聞いていただけますか?

(だから少しだけ、綺麗に整えた表面を削って与えることにした)
(俯いた仮面が再び礼拝の方へ向けられる。素顔を隠すこの仮面さえ無ければ、歓びに輝く緑の瞳を見ることが出来ただろう。
『私も楽しいです。』
礼拝に与えられた間をいっぱいに使い、彼女が発した言葉を何度も何度も咀嚼する。焦燥と不安で満ちていた胸中が歓喜で満たされる。)

あ……ありがとう。嬉しいよ。うん。
でも、この私を可愛いだなんて……変わっているな、君は。いや、不快ではないよ。不快ではないが、その……こそばゆいよ。あまりからかわないでくれ給えよ。

(照れ隠しに仮面を撫でようと持ち上げた手。しかし、その手に持つ団子の付いた針の存在を思い出し、慌てて引っ込めた。
浮ついた声、仕草。しかし、続けて発せられた礼拝の言葉によって、その声と仕草は一瞬で冷えて固まった。
警戒か。いや、彼女に好意を抱いているが故の恐怖だ。)

……卑しい、心根?

(ゆっくりと、仮面が傾ぐ。)
―――。

(遠くで蝉が啼いている。夏の終わりの蝉が、空に)

ふ、ふ、ふ、楽しい時間に水を差してしまいましたね。

(誤魔化す様に早口になる。籠から餌を一つするりと奪って針につける。
まるで、釣り始めさえすれば追求を逃れられると信じているように素早く針先を隠す。
表情こそは微笑んでいるが内心は焦りでいっぱいだ。
以前、「自分自身を誇りに思う」「他の世界に負けたくない」と、そこまで言ったのに、いま行っているのは「勝つための戦い」ではなく「負けないための戦い」である。
上昇志向のないそれは「最高性能」を自負する礼拝にとって、自分自身に対する裏切りにも等しい。

それを晒したのは、本当は、ジョセフを本音の言葉で落ち着かせたかったのではなくて、じくじくと沁入ような痛みを共有したかったからだ。)

(水音)

(ジョセフの言葉を、行動を待たずに餌のついた針を生け簀に投げ入れる。
本当に卑しい心は奥に沈めて、しかし、沈黙を贖う言葉が出てこない。)
(声が出なかった。
この仮面の有り難みを深く痛感したのはこれで何度目だろう。青ざめた顔を、引き攣った口元を晒さずに済んだのは救いだ。
そして思い出す。あの夜、あの部屋で、礼拝が首を差し出してきたことを。比べるな、二番目にするなと言ったことを。そして、愛するなと言ったことを。)

(先程、己ただ一人の為だけに紡がれた言葉が頭の中で繰り返される。何度も、何度も。止められない。掻き消せない。
礼拝の『好意』は彼が思っていたものとは違った。より深く、より強く、より不可解。やっと気が付いた。いや、とっくに分かっていたことだ。でも分かりたくなかった。延命、延長。近道も回り道も恐ろしい。それがジョセフ・ハイマンという男なのだ。
下唇を血が出るほどに強く噛む。しかし唇は傷まない。それよりも胸の奥が酷く痛む。認めてしまえば楽になれるのだろうか。いいや、そんな事は出来ない。何故ならば彼は)

……釣れるかな。

(頭を振る。脳髄に過ぎる影を掻き消す。そうだ、楽しい時間。我々は何の為にここにいる。
思考の停止。追求の放棄。甘えだ。彼は礼拝に甘えきっていた。彼女の言葉に甘え、彼女の行動に甘えて、後を追って餌の付いた針を投げ入れた。少し離れて、岸からより遠い所に。)

(釣りに夢中になっている風を装って、水面に広がる波紋を睨み付ける。乱れた精神を広がる波紋に重ねて鎮めるために。)
(追及の言葉は来なかった。
この身の不甲斐なさを深く痛感したのはこれで何度目だろう。傷つけた感触が、引き攣るような気配の沈黙を引き出せたのが救いだ。
そして思い直す。あの夜、あの部屋で、ジョセフの膝の上で誓ったことを。同じだと、「人間」に導いてみせると言ったことを。そして、愛するなと言ったことを。)

(傷を塞ぎ、腹を満たし、獣を眠らせて。人はそれからだ。
頭の中では分かっている。だから、汚いものは全て胸の内で眠らせて穏やかに微笑んでる。
ジョセフが穏やかでいられるように、今はただそれを行いたい。
だが、浅い。
沁入:礼拝の精神基盤に使用された女はそれを実行できるだけの懐の深さを持っていた。
それは、長い年月をかけて構築されたもの。比べて沁入:礼拝が実感として感じる生はまだ1年にも満たない。
「愛」を知っていても、十分に「愛」したことも、「愛」された事も「沁入:礼拝」の心に存在しない。
だから、時々、傷つけずにはいられない。)

……釣れなかったら、今日のお昼ご飯どうしましょう。

(笑え、微笑め。
くすり、と悪戯っぽく、からかうように告げろ。追い詰めるのは今じゃない。)

魚を食べに来たのに、一匹も食べられないなんて笑い話には丁度いいでしょうけれど。

(波紋は穏やかに水面に消える。竿に当たりの感触はまだない。)
ふ、ふふふ。そうだなあ。
まあでも、なに、釣れなければ市街に戻って遅めの昼食と洒落込もうか。昼どきから時間をずらせば、きっとゆっくり食べられる筈さ。
そうだ。屋台もなかなか悪くないのだよ。礼拝殿は、あまり利用しないかな?当たり外れは勿論あるが、手軽に腹を満たせるのはいい。中には異世界の料理もあって……まあ、味付けは広く受け入れられるように手を加えてあるのだろうが、料理を通じて別の世界に思いを馳せるというのも面白い。

(時折竿を揺らしてみながら、饒舌に語る。努めて明るく、軽い口調で。礼拝の微笑みを覗き込むように見下ろして。)

ああでも、新鮮な川魚を食してみたいな。やはり、塩焼きかな?川魚を生で食すというのはあまり聞かない。何故だろう。身体が小さいから刺し身には向かないのか、生で食べない方がよい事情があるのか……。

(沈黙。それが一番怖い。余計な事を考えてしまう。余計なものを思い出してしまう。
気を紛らわせろ。楽しむことに集中しろ。ああ、礼拝の笑顔が見たい。もっと、もっと。この身を病ませ、傷ませたのは紛れもなく彼女だろう。でも、だからこそ、その笑顔が見たいのだ。)
まぁ、屋台。私、興味はあったのですけれど、屋台のご飯は一人で食べるには多くて。
色々あるとどれもおいしそうで目移りしてしまうのですが、結局は帰って自分で作ったものを食べる事になるのです。

(胸が抉れるようだ。この言葉は、途切れない洪水は自分の所為だ。
震えそうになる唇を押しとどめ、上目遣いに微笑む。
異世界の料理に興味を示すフリをして、食べてみたいなんて、本当は食欲も薄ければ消化できるものも少なくて大半は食べられもしない癖に)

川の魚全般かはわかりませんけれど、鱒は寄生虫がつくそうですよ。ふふっ、でも、一から人の手で育てた鱒にはつかないと――ここのパンフレットで読みました。
お刺身、あるそうです。楽しみですね。

(心が近い人間とは、沈黙を共有できる人間だというがこれは全く逆の様子だ。
互いに会話が途切れた時のことを恐怖して、笑みを途切れさせまいと無理をして、ままならない心を持て余している。)

――あっ。

(その迷走した会話が途切れる。手には僅かに振動、そして水面にむけていた竿のしなり。)

かかった、かも。

(魚が掛かった時は竿を上げればよい。
しかし、そこは知識があっても初心者。頭が真っ白になった様子で固まった。
こういう時ってどうすればいいんだっけ。混乱寸前の瞳がジョセフと水面を往復する)
(仮面が揺れる。
もし、彼に一度でも釣りの経験があれば。あるいは、彼の年齢に似合う分だけの十分に成熟した人間性があれば。
彼は今、この状況をチャンスと捉えただろう。痛みと恐れを誤魔化し居心地の悪さを払拭するチャンスだと。)

かかったか!

(だが、違う。
口をついて出たのは歓喜の声だった。そこには思惑も偽りも無い。純粋な感情の露出。)

ははははっ、やったな礼拝殿!離すんじゃあないぞ!
どれ、引き上げればいいんだよな?手を貸そう!

(自分の竿を持ったまま、空いた手を礼拝が握る竿へ伸ばす。
視線はぴんと張った糸の先の水面の下の下。笑みを浮かべた口元に白い歯を覗かせて、おそらく魚がいるであろう所を見つめている。)

よかった。昼飯にはありつけそうだな。
どうしようか。焼こうか。ああ、刺し身もあるんだったな!

(心底愉しげに、子供のようにはしゃぐ声。
彼の意識は魚に集中している。もしも礼拝が拒まねば、このまま彼女の小さな手ごと竿を掴んでしまうだろう。)
(ぱちくりと目を瞬かせた。
言葉の勢い、口元の動き、動作、その全てが純粋で、「嘘」がない。
魚がかかっている事も忘れてじっと、傷だらけの仮面を注視しようとして――)

わぁっ!

(竿ごと手を掴まれた。否、この場合逆だ。
心臓は強く殴られたような具合がして、頭の中が完全に漂白される。
竿の重さもピンと張った糸もその先の魚の存在も虚無だ。
半開きの口の端から「はわわわわ」なんて音が音が出てくることがあるなんて知らなかった。)

きゃあ!

(そして、きっとそのまま(ほぼジョセフ単身の力で)竿を引いて宙に丸々した魚の姿が露わになるんだろう。
頭が丸くずんぐりした体形をしていて、ぴちぴちと光沢のある体をくねらせてる魚が。)
(愉しい。彼の中にはその感情しかなかった。
仮面の下で緑の瞳を輝かせ、滴を飛ばし鱗を煌かせてくねる魚を見つめる。礼拝の手を握り潰さぬよう手加減する意識は辛うじて残っていたが、つい先程まで感じていた痛み恐れは完全に忘れ去っていた。
まるで子供。いや、子供そのものだ。与えられた刺激に対し、己を偽らず素直な反応を返す。いや、偽る手段を知らないのかもしれない。
しかし、忘れてはいけない。この感情は彼流の『愛する』という行為の最中に生じるそれと同じだ。)

凄い。凄いなあ礼拝殿!
見ろ、この力強い動きを!しっかりとした身体だ。この身は逞しい筋肉で占められているのだろう。必死で逃げようと藻掻いている。
生きがいいな。きっと美味いだろう。

(くすくすと笑いながら、針にかかった魚に手を伸ばす。これは礼拝の手柄だ。逃してやるつもりなど毛頭ない。市街に戻って屋台に寄るつもりだって無い。
竿から、礼拝の手の上から、無骨な手が離れる。両手で魚を軽く掴み、ぱくぱくと開閉する口から針を取り外す。夢中になるあまり己の竿を足元に転がしていることすらも認識の外にある。)

……礼拝殿?

(しかし、礼拝の事は忘れなかった。
外した魚を手渡そうと横を見る。そこでやっと、彼は礼拝の顔を見つめて仮面を傾げた。)

どうしたんだい。そんな顔をして。
(振り返ったジョセフが見たのは釣り上げられた魚と大差ない表情で口をぱくぱく動かす礼拝の姿だっただろう。
かけられた言葉も全て上の空で、重ねられた手の感触だけ妙に熱い。もう手は離れているというのに。)

……びっくりしました。

(ややあって、言葉が出た。何度も目を瞬かせて、固まっていた頭がジョセフの方を向く)

魚がかかったのも、釣れたのもびっくりしてしまって。
それから、えっと……

(貴方の手が私の手に触れて。
そこまで言いかけると、再び自分の手を掴むジョセフの手の感覚が戻ってきたような気がして再び思考が停止する。
分かっている、アレは衝動に支配された行動であり、何の意味もない行動である。
自分が指摘した獣性の一部であり、それが偶々害のない形で露出したというだけに過ぎない。
分かっている。分かっているが、あの手は、傷ついた硬い手は、触れられるとあの夜起こったことを想起させてしまって)

……びっくりしました。

(呆然とした顔でそれを繰り返すしかないのだ。
釣った時の体制と同じまま、バカみたいに停止するしかないのだ。)
(仮面が傾ぐ。手の中でくねる魚を見、そして思考する。
魚がかかったこと。釣れたこと。確かにあれらは新鮮な驚きであった。しかし、礼拝をここまで驚かせるようなものであっただろうか、と。
己の接触が原因だなんて思いもしない。何かの拍子にそのような考えに至ったとしても、彼は直ぐに否定し忘れ去っただろう。あの夜、彼は礼拝とより深い接触をした。粘膜と粘膜の接触。未知の極地。
そう、未知だ。彼は礼拝の好意が『愛』とはまた違うものであることは辛うじて理解出来た。しかし、それが恋だという事は分からない。恋というもの自体、全く理解していないのだ。己の言動が礼拝に与える影響も、なにもかも。)

そうか。

(辛うじて一言絞り出した。)

私も、びっくりしたよ。うむ。

(『私も』とは言うものの、結局はその場しのぎの同調に過ぎない。そこは彼も理解していた。言い様のないもどかしさを感じる。
だから、彼は魚を礼拝に差し出した。せめて、ほんの少しでも、この新鮮な体験を二人で共有したかったのだ。)

……君の獲物だ。食す前に、少し触ってみるといい。
(恐らく、外から見ればひどく滑稽なやり取りをしているのだろう。
だが、しかし、そうせずにはいられないのだ。膝蓋腱反射のようなもので、意思で押さえられるようなものではない。

しかし、時間が立つにつれて緩やかに、しかし加速しながら思考の回転が再開する。
世界が広がる、ぼやけていた背景が像を結び、状況を認識させる。
仮面の向こうからの戸惑いが伝わって、きっと己を落ち着かせるためでもある同調に眉を下げた。
気遣いへの嬉しさが4割と己の不甲斐なさが6割の苦笑。)

はい。離さないでくださいね。

(自分が持とうとすれば絶対に取り落とす自信があった。
ジョセフの手の中にある魚は未だに生命力に満ちていて跳ねている。それを固定できる技術を人形は備え付けられていない。

恐る恐る手を伸ばすと、跳ねる魚の隙をついてそうっと指先を添わせ)

なんだか、ぬるぬるしてます。あと、思ったよりも硬いのですね。
すごく力強くて……でも、動物よりも冷たい。
(傷だらけの手の中で、跳ね、くねる魚。そこに添う指。仮面の下で微笑みを浮かべ、魚と、魚に触れる礼拝を見つめる。
初めは穏やかに。しかし、やがて不穏な揺らぎが生じる。
捕らえられ、縛られ、抵抗も虚しく好き勝手に扱われる。まるでこれは、ああ、そうだ。魚がかかった時に感じたあの衝動。生じた愉悦。よく知っている。慣れ親しんだあの昂り。。)

(吐息が震える。喉が乾いた。腹の奥底では焦げ付くような疼きが。
いつしか彼は魚と、虐げ責め立てられる異端者を重ね合わせていた。そして更には、己にも。
拘束された、窒息寸前の濡れた身体の表面を礼拝の指が触れる。撫でる。なぞる。それを食い入る様に見つめる。ある筈ののない感触が身体中を這い回る。)

……一匹で足りるかな?出来るなら、私も釣り上げてみたいんだ。
この魚は一旦何処かに……容れ物などはあるのかな?管理所に聞きに行ってみようか。

(目をそらす。意識を引き剥がす。このままではいけない。断じてこんなことはあってはならない。いまは真昼間なのだ。こんな妄想に支配されてはいけない。
魚を持つ手を引っ込めて、さり気なく顔を礼拝からそむける。辺りを見回しながら、乱れた呼吸を整える。仮面の内が暑い。)

ああ、楽しい。楽しいな。久方ぶりに満たされた気分だ。このような平穏な……戯れも良いものだ。

(笑う。紛れも無い本心からの言葉。しかし、全て曝け出してはいない。ここは余りにも明るすぎるのだ。)
私はその、多分、半分も食べられないので一口頂ければ……。
でも、ジョセフ様は男性ですし、それを差し引いても流石に一匹では少なすぎる気がします。

(仮面の向こうの視線の移動に気付かぬまま、管理人に声をかけようとジョセフに背を向ける。
小さな足音がジョセフから遠ざかり、戻ってくる頃にはきっとすべての偽装は終わっているだろう。
魚を釣り上げた際に嗜虐心が顔をのぞかせるのではという危惧はもちろんあった。
しかし、つい先ほどのはしゃぎ方ですっかり安心してしまっていたのだ。

ややあって、大きめのバケツを抱えた礼拝が戻ってくる。
それに水を汲んでしまえば一時的に魚を生かしておく場所になるだろう)

よかった。
もしかしたら、もしかしたら、気に入っていただけないかもと思って居たのです。
異端審問官も「私」も夜の者。闇の中が帰る場所でございます。
……でも、このような場所を知る事も、後々きっと意味があると思ったのです。

(はっきりとわかるジョセフの笑う気配に目を蕩けさせながら頷いて見せた。
二人とも、特にジョセフの生き方は異端である。きっと、「人間」を覚えることが出来たとしても木漏れ日のような平穏の中で生きる事は難しいだろう。
だが、それを理由にしてこのような平穏を知らずにいる理由にはならないと考えたのだ。
これを知らずにいれば負わぬ傷もあるだろうが、それよりも得るものがあるだろうと勝手に判断した女の傲慢である。)
(何食わぬ顔で遠ざかる背中を見送る。晒せる顔など無いのだが。
礼拝が離れて気が抜けたのだろうか。途端に心臓が跳ねる。肺が震える。)

ああ。

(魚を握る手を抑える。このままでは握り潰してしまう。耐えろ。耐えろ。礼拝が戻ってくるまでの辛抱だ。
辛抱?この昂りは礼拝が原因だろう。あの売女……違う。違う違う違う!そのように見せたのは僕の性だ。そのように感じたのは私の悦だ。
いいや、違う。重ねて違う。あれはあの夜何をした。あれは先程何と言った。忘れたとは言わせないぞ。あれは私を誘っている狙っている。)

(呻く。頭を振る。混乱し相反する思考を無理やり束ねて深く沈める。
そして、バケツを抱えて帰ってきた礼拝の姿を確かめると、仮面の下でなんとか笑みを作った。
好意的な感情に変わりはない。ただ、己の性は拗れ過ぎている。それを彼は強く自覚してしまっただけのことだ。)

成程、それでここに。この陽光の下に私を連れ出したんだな。これはきっと、人間になる為に必要な経験なのだろうな。ありがとう、私の為に。

(手を伸ばす。礼拝がバケツを差し出せば、受け取り水を汲むだろう。彼女の肉体が労働に向いていない事は十分に理解していた。)
(見透かされるような動作に小さく苦笑のようなものを浮かべてバケツを差し出した。
このバケツ一杯の水は汲めないほどではないが、きっと肩が抜けるような思いをするだろう。)

いいえ。私が好きでやっている事ですもの。

人に至る為には、人を理解する事です。
理解するためには、思考を絶えず行う事が必要です。
そして、思考を行えるという事は、考えるための欠片を既に持っているという事です。

……ジョセフ様は洗脳の手順をご存知ですか?
私が行うのはその逆です。

(生け簀の縁に立ち、じっとジョセフの様子を見守る。
この人は、きっと水の重さを苦にはしないだろう。自分でさえ軽々と抱きかかえたのだ。
しかし、その力は果たして己のままに自由であろうか?
沁入:礼拝は考える。
拗れ過ぎた性癖も、仮面によってペルソナを維持する不器用さもよい。
しかし、何かを閉じ込める檻になっては可能性は先細るばかりであるし……)

……至れば、「あの方」の存在を理解する事も出来ましょう。
(作業は全て片手で十分だった。抵抗する人を捕らえ、縛り、吊るすことに比べればバケツの一杯程度なら容易いものだ。尤も、魚を握りしめた状態ではそうでなくとも片手で行わざるを得ないのであるが。)

洗脳の手順か。
理論としてしっかりと学んだ訳ではないが……感覚的には。

(放した魚は水を湛えたバケツの底でくるくると泳いでいる。それを覗き込みながら、低い声で呟く。どこかぎこちなく、強張ったような声色で。
視線の先、泳ぎ続ける魚はまるで己のように思えた。何時までも、飽きることなく、同じ所を廻り続ける。反復。冗長。)

……思考し、人を理解し、人に至れば……物語を紐解くことも出来ると。そう言っているのか。

(目の前に断崖が見える思いだった。
踏み出すべきか。身を投じるべきか。言葉から迷いが滲み出る。礼拝を信用していない訳ではない。だが、このような場で発露出来るほど己の『感情』を把握できているとは彼自身思えなかった。)

礼拝殿。
私には求めるものがある。聞いてくれないか。そして……教えてくれないか。

(魚を見るのはやめた。
仮面が振り返り、礼拝を見る。鏡のような黒い瞳を覗き込む。しかし、求めるのは鏡面に結ばれた像ではない。その奥の奥。礼拝という女を探り、縋る。)

私は、物語を人間にしたい。墜とし、縛り付けたいんだ。個として、この手の内に抱擁したい。
でも、私は不十分だ。動機も、手段も。ただ衝動に衝き動かされているのだろう。そこに至るまでの道程を創造することも出来ない。
どうすればいい。どう思考すればいい。どうやって……理解するのだ。
(沁入:礼拝は見つめられて目を伏せた。
礼拝という女の元になった精神は展望のない未来を許さない。希望のない事象を許さない。
しかし、これは、緩やかな自殺ではないのか。
ジョセフ・ハイマンという人の心を手に入れたいと願いながら、それが他の人へと旅立つ手伝いをしている。

否。
強く己の心に湧き出た弱さを否定して、仮面の向こうの視線と目を合わせる。)

思考とは、つまり今まで生きてきた道筋の発露です。
道筋とは、経験でございます。
嬉しかったこと、悲しかったこと、昔に読んだ物語の題名、教わった花の名前。
例え、貴方が忘れていたとしても、経験したことに意味はあるのです。

その上で、申し上げます。
ジョセフ様、貴方の経験は、非常に偏っていらっしゃる。

(そうだ。その偏りを自分へと向けるのは容易い。だが、それでは意味がない。
自由意志を持って、選ばれなくては己が満たされない。
だから、籠から放つと決めた。鎖を砕くと誓った。人にすると願った。)

……この度の釣りもまた、その偏りを均一にする試みでもあります。
一旦、物語から離れ、衝動から遠ざかり、休息と新たな経験を得る、その一環です。

(そこで言葉を区切り、「教えてしまっては意味が無いのですけれどね」と苦笑した。
これもまた訓練であると意識させてしまっては思考する材料の収集としては効率が悪い)

もどかしいでしょうが、そうする他ありません。
貴方に必要なのは、物語以外の要素、貴方以外の感性、今まで必要としてこなかった、取るに足らないもの。
どうしても足りないものは、私が補います。辛ければお慰めいたしますし、縋りたい時はおすがりください。

ですが、経験を広げて道筋を探るのはジョセフ様です。
それを決して忘れてはなりません。他の者に判断させることは絶対になきように。
(黙して礼拝の言葉を聞く。気を抜けば仮面に伸びそうになる手を抑えて。
言い様のない、どこか居心地の悪さにも似た感覚を憶えながら。)

……これは、ここ混沌で様々な事を見聞きし、僅かではあるが経験を積んだ今だから言える事だが。

(仮面を撫でる代わりに、白い制服の布地を強く握る。子供じみた仕草であるとは彼自身も思ったが、仮面に縋り、或いは仮面に縋ろうとする腕を掻き毟るよりはマシだと判断した。
今から己が行おうとしていることは、そうやって気を紛らわさずにはいられないことである。そう、彼は理解していた。)

思うに、私は人間として育てられていなかったのだろう。
神のため、いや、人間の信仰の為の道具。私が収集している器具、玩具のような……その、つまり、拷問具として。
私が知るのは神の教えと、人体を破壊する術。それから、混沌に来てから見聞きしたあらゆる事柄。それだけだ。……確かに、私の経験は非常に偏っているな。

(仮面が俯く。礼拝から目を逸らす。
そう、これは罪悪感だ。背徳。背信だ。それらを感じるべき対象は礼拝ではないのだが、正しい対象が目の前に無いせいであろう。礼拝の顔も、鏡のような瞳も直視出来なくなった。)

……縋っても、いいのか。君に。
本来ならば、私の方が頼られるべき存在だろう。肉体的にも、実年齢的にも。それなのに、私が不完全なばかりに……。

(そこで言葉が途切れる。そして、再び仮面は礼拝に向けられた。
そう、『本来ならば』。現状を正す為にも彼女は重要な存在なのだ。無くてはならないのだ。)

もし、もしもだ。私が経験を拡げ、人間となる筋道を見つけた時、その後も、君は傍に居てくれるのか?人になった私は、そっくりそのまま今の私と同一とは限らないのだぞ。
(予想はしていた。彼自身の出自に関して聞いた時から。
人を道具とするのは、自分のようなバイオロイドを作成して道具とするよりもずっと安価だ。
故に先ほど「洗脳の逆を行う」と告げたのだ。)

よろしいのですよ。
私の連続稼働時間は1年も満たないでしょう。この肉体の年齢設定は十代後半でございます。
でも、記憶がないとはいえ、私の精神は50代の女性から削り出されたものですし……。
それが私の役割でもあります。

そしてなにより、もう覚悟は致しました。

(涼やかな少女の声に、あの日見せた戦士の如き覚悟が乗る。
何もかも不確定な未来だ。
物語を人にするのにも、特別になりあがるのにも。
まずは、踏み外しやすい子供のような精神を人にしてしまわなくては話にならない。
そうでなくては、己が恋をするのに対等ではないし、まして相互に愛し合うなど。
故に、微笑みすら浮かべて、その先に恋を失うこともよしとした。)

……「美女と野獣」という童話をご存知ですか?
美女が迷い込んだ城の中で獣に姿を変えられた王子様と恋に落ちるお話なのですけれど。
……50代の?

(仮面が上を向く。
そこから漏れ出た声には驚愕、困惑、そして僅かな憤怒が混沌と入り混じっていた。しかしそれでいて、どこか腑に落ちた様な落ち着きも孕んでいた。

沁入 礼拝は肉の人形。造られた肉体だ。ただ単に肉眼を通してその姿を見ているだけでは彼女という存在を把握することは不可能であると重々理解していた。
そして、成熟と未成熟の狭間にある肉体に釣り合わぬ、思考と判断を備えたその精神。彼女に課せられた道・役割に最適化されたそれもまた、人の手が加えられているだろうとは思考していた。)

なんと……なん、と、言ったらよいのだろうか。
かつての私であれば、君という個体、君の有り様、君を創り出した世界、それら全てが異端、そして冒涜であると唾棄しただろう。
今は違う。義憤を全く感じない訳でないが、そのようなものに身を任せるには……私は多くを知りすぎた。こうなるともはや……従順の下僕には戻れないのだろうな、私は。
それで、その……そう、なのか。そうであるのか、と今は受けとめる事しか出来ない。納得はしていないが、理解は出来た。

(つっかえつっかえ、己の考えをなんとか纏めて表に出した。
そして、微笑む礼拝を見る。今もこれまでも、この者は自らを晒し、そして覚悟を表した。ならばそれに応えねばならぬだろう。そして、それは己の望むことでもある。)

美女と野獣。粗筋程度ならば、知識にある。
異類婚姻譚。よくある目出度し目出度しで終わる御伽話……だったかな?
なぜ、今それを?
(ああ、なんてことだろう。

この人は、今成長している。
己の欲求の前で立ち止まり、考え、それどころか自分の思いを伝えようとしてくれている。
それのなんと尊い事か。
立ち会えたことのなんと幸運な事か。
歓喜に背筋が震え、喉が詰まる。
優しく成長を褒めて、なんなら抱きしめるべきなのに頭の中には空白ばかりが広がるのだ。
本来、理性だけで僅かの狂いもなく動作できるように作られているのに、この人といるとどうしても乱される。)

ああ。ええ、ええ、それでよろしいのです。
私は私の世界を愛しております。だからジョセフ様に糾弾されるのはとても悲しい。
ですけれど、貴方はそれを避けて下さった。
違う信義を抱きながらも慮っていただいた。それは何よりも嬉しい事でございます。

(不意に目元に手をやったが湿り気は感じない。喜びゆえの涙は逃れられたらしい。
どうにも、ジョセフの成長や優しさの片鱗のような感情を捕らえると目元が緩くなる。
己の機械の部分で強い感情や衝動を制御しているが、先ほどのように準備なく現れた時はどうにも不安になるのだ。
もっとも、いくら制御しようと頭が真っ白に染め上げられる衝撃だけはどうしようもないのだが。)

ふふふ、最後、野獣に変えられた王子様は元の姿に戻りますよね。
ですけれど、美女が知る王子様の姿は野獣のものでございます。
人はどうしても見た目に拘ります。まして野獣の姿も含めて恋をしたのに変わってしまった。
……これは、一種の裏切りであると思います。
しかし、自分の意に沿わない姿に変わってしまっても美女は野獣を受け入れました。

私はこれを、野獣が元の姿に戻る事を望んでいたからであると思うのです。
変化には良しとせずとも、望みを叶えたことをよしとして、祝福したのだと、そう考えているのです。

ですから、ええ。ジョセフ様は飛べばよいのです。
私は止まり木。いつか、貴方が道を見つけて飛び立っても変わらずそこにあります。
(礼拝の微笑みを見る。緊張していた筋が解れ、ざわついていた精神が凪いでゆく。
衝動の制御に成功したこと。そして、礼拝の献身に応えることができたこと。それによって彼女を喜ばせることができたこと。
それらの成果は精神という器を満たし、潤わせた。だがしかし、足りないのだ。器は未だ不完全。注ぐ先から抜けて流れて落ちてゆく。充実には遠く、半端な潤いは乾きを呼ぶ。

彼は思考する。
どうすれば礼拝を喜ばすことが出来る。どうすればそれによって、己が満足できるのか。)

……それは、あまりにも私に都合が良すぎやしないか?
君は、それだけでいいのか?もっと欲しないのか?求めないのか?
私は……君が好きだよ。君が私に与えてくれたものに感謝している。だから、君が喜ぶと……君がそうやって笑ってくれると私はとても嬉しくなる。
だから、知りたいんだよ。どうすれば君をもっと喜ばせることが出来る?……ああ、これさえも利己的な感情だな。己の幸福の為に君の幸福を追求している。
でも、知りたいんだ。どうすればいい?教えてくれよ。
(都合が良すぎやしないか?と問われて目を瞬かせた。
だって、これくらいじゃまだまだ与え足らない。
人になる上で不可欠なものを、本当はもっと近しい誰かに与えられなくてはいけないものを自分が埋めているだけなのだから。
これは別に沁入:礼拝ではなくても与えられるはずのものだから。

もっと欲しくないのか?と問われて僅かに目を伏せた。
だって、欲しいに決まっている。
しかし、それはまだ存在してはいないのだ。小さな芽をむさぼった所で全然満足できないのだ。
これは今から育てなければいけないものだから。

その次の言葉には、暖かく心が満ちて、しかし影が差す。
好きだと、感謝だと、喜びだと。
本来喜ばねばいけない言葉は全て心の中で「二番目以降」と付け足されて上手く咀嚼が出来ない。
ああ、でも、それでも。)

私にも望みはあります。
今こうしてジョセフ様と一緒にいるのもその望みの為です。
どうか、利己的などと仰らないで。相互の幸福を求めるのはとても健全な行いなのです。
ただ一方が削れるだけの献身などよりもずっと。
……私は、今の貴方が、私の事を考えて知りたがってくださっている。それだけで、本当は十分なのです。
それは本当に尊い事……だけど、少しだけ、私の我儘を叶えてくださるのであれば、その。
手を取っても宜しいですか?

(許可が下りれば礼拝はジョセフの古傷の刻まれた片手を両手で持って、自らの頬に添わせるだろう。
そしてこう言うのだ)
(彼は思うがままに行動している。欠け、歪んだ、発達不良の精神が赴くままに。己の言葉が礼拝の精神にどのような作用を齎すのか、全く検討もつかない。表層を見て、その奥の深層について想像する術を知らない。
故に、彼は礼拝の言葉を表情を、見たまま聞いたまま受け入れ、そして理解したと思い込んだ。彼女の真意など知る由もない。
彼は仮面の下で緑の瞳を輝かした。まるで子供のように。未熟ゆえに。蒙昧ゆえに。)

それだけでいいのか。
ああ、そんな。なんて……

(言葉に詰まる。
尊いだと。それは君だろう。我儘だと。そんな、有り得ない。
彼の目には礼拝が輝いて見えていた。異端審問官として、嘘偽り誤魔化しに塗れた者を多く見てきたからこそ。狂信者として、欺瞞に満ちた指導者の言葉に心と瞳を曇らされてきたからこそ。彼女が提示したささやかな要求が精神に突き刺さった。要求の内容ではなく、彼の目に見えた礼拝の有り様が、求めても満たされなかった精神を抉った。
彼は礼拝を信じた。これ迄よりもより深く。己が信じたいと思った礼拝を信じた。)

分かったよ。君が望むならば。

(導かれるまま、無骨な手が礼拝の頬に添う。非力な礼拝に僅かな負荷も感じさせぬよう、傷だらけの皮膚の下の筋を繊細に操作しながら。
求められるならば、肉体は礼拝に求められるがままに動くだろう。そして、精神も)

……礼拝。

(僅かに躊躇うような溜めの後、低く囁くように、しかし、しっかりとした口調でその銘を口にした。)
(その4文字はとても甘い味がした。
舌を付けた瞬間の甘味の衝撃、そして口の中で蕩け広がり、内臓へと滑り落ちる感覚。
それが暖かな熱をもって感じられる、信じることが出来る。
それに至った瞬間、仮面を見つめる瞳孔が拡大し、白磁の頬にうっすらと紅が射す。)

はい。

(頬に触れて、銘を呼ばれ、そしてそれに応答した。
それだけが疑う余地のない事実だ。好意の順番など差しはさむ余地もない現実。
この場において、彼に求め、与えられるのは自分ただ一人なのだと、その確信が胸を満たした。

例え、この場における互いの真意が食い違って居ようとも、それは些細な事なのだ。今は。)

ああ、私の気持ちが、貴方に伝わればいいのに。
だってだって、今、私はとても満たされているのです。
この思いを舐めるだけで生きていけそうな、そんな気持ちになるのです。
そんなもの、幻です。幻想です。だけど、「そんなことどうでもいい」のです。

(掌に己の頬を擦り付けながら目を細めた。
遠くなりゆく夏の日差しの中で、彼が拾える情報はどれほどのものだろう。
微笑み、上気した頬、子猫のように甘える仕草、信頼、恋情。
あの夜に見せた意思の強さとは真逆の柔らかなもので満ちている。)

貴方の口から、私の銘が聞ける。私が求めて、貴方が応じてくれた。
そして、私が願えばきっともう一度呼んでくれる。
そう信じられたことが、とても、嬉しくて。
(仮面の下で目を細める。萌える緑の瞳に宿るのは『信頼』『敬慕』。そして──『崇拝』。
彼の目が、精神が、礼拝の姿を見つめ、脳髄に焼き付ける。しかし、理解には程遠い。彼は彼の解釈を信じる。
薄れ行く夏の日差し。じわりと這い寄る夕闇。その中で礼拝は輝いている。彼が見るのは彼の理想に包み込まれた礼拝の姿。薄絹のような、陽炎のような、危うく儚い理想。)

私も……私も嬉しいよ。

(この悦びをどう伝えよう。必死に思考を回すが発声に繋がらない。
だからせめてと、礼拝が掌に頬を擦り付けたお返しにと、手を頬に添えたまま親指だけを動かして礼拝の頬を撫でた。
彼女の微笑み。甘える仕草。そして、幸福に満ちた言葉。それらは甘い痺れと目眩のような感覚を彼に齎した。新鮮な感覚に酔った脳髄で感情を処理出来る筈もなく、複雑に乱れ絡み混ざった好意的感情は全て『崇拝』と『信仰』の間に置かれた。
即ち、彼が故郷で最も重んじていた感情……いや、重んじるべきと刷り込まれた感情の隙間に。)

嬉しい。嬉しいんだ。でも、僕はより多くを求めてしまう。欲深い。罪深いことだ。
私は……君をもっと喜ばせたくなってしまったんだ。君の瞳、君の貌、君の言葉は……ひどく、僕を惑わせる。

(彼は大柄な身体に窮屈に曲げて、礼拝の顔を覗き見つめるだろう。そして礼拝が拒否しなければ、彼女の顔がより見えるように、そして絹のような手触りを愉しむ為に、彼女の髪を掌で撫で、指で梳き流すだろう。)

礼拝の喜びが私と僕の悦びだ。
教えておくれよ。君は何を望む。満たされたなんて言わないで。
(鏡のようだと言われた黒瞳が揺れる。己の頬から流れていく掌の感触すら遠くに感じた。
思わず己の抱える欲望の赴くままに言葉を紡ごうと口を開きかけ……止める。今、正に私たちはすれ違っている。

終わってしまうのが恐ろしいと言った彼に、終わってしまってもその次を信じるという希望を訴えたつもりが。
どれだけ満たしても乾いてしまう彼に、満たされた気持ちを共有したいと願ったはずが。
伝わっていない。食い違っている。
きっと、望めば彼はなんだってしてくれるだろう。沁入:礼拝の飢えた恋情を満たしてくれる。だが、きっと彼は注ぎ続ける事に夢中になってしまうだけなのだ。)

……貴方が、多くを知り、終わりへの恐れが和らぐことを望みます。

(ならばせめて、正しい事を望もう。
傷だらけの手のひらで髪を梳かれながらそう言って、潤んだ瞳でジョセフを見上げた。
浅ましい願いを胸の底に沈めて、人間に導く事が一番だと綺麗ごとを吐いた。
何時かの夜の時のようにそうっと鉄仮面へと、その表面に刻まれた傷の一つを撫でようと手を伸ばし)

ジョセフ様がいつか満ち足りる事を知り、安らげますように。
そして、願わくば、貴方が満ちたその後も、私を傍に置いて頂けますように。
(髪を梳く手が強ばる。
硬く閉じられた仮面の下から、低く、深い吐息が聴こえるだろう。)

そう、か。

(濁った緑の瞳は伸ばされた手を見る。小さく、柔らかく、傷一つ無い少女の手のひらを。
拒む理由など無い。有る筈が無いのだ。彼女を喜ばせると吐いた。彼女を受け入れようと想った。だから彼女が望むままに、そして己が望むままに、接触を受け入れるのだ。
しかし、今回は違った。)

……ああ、勿論。君と離れる理由などあるものか。傍に置くよ。ずっと一緒だ。それは、私も望むことだ。

(平静を装い、取り繕うように言葉を紡ぎながら、一歩。後退った。
無骨で傷だらけの指の間を髪が流れ、そして離れてゆく。小さく、柔らかな手のひらもまた、仮面から離れてゆく。いや、仮面が離れてゆく。)

満ちた、といえばそろそろ腹が空かないか?このまま立ち話も何だ。小休止などどうだろう。
それに、魚というものは時間を置きすぎると不味くなるようだし……。

(不自然に話題を断ち切り、そして、仮面に覆われた顔を更に隠すように不自然に身体を捻って売店と食堂を兼ねた施設の方へ振り返った。
己でも何故このような天の邪鬼な振る舞いをしたのか分からない。いや、分からないのだと思っている。思おうとしている。

そう、胸に満ちるこの感情は怒り。己が望むように、礼拝が己を望んでくれない事への苛立ちだ。)
(返答が硬い。
微笑みの裏で観測結果を入力する。
先ほどの返答は慈愛から出力したもののはずである。恋から離れ、純然たる肉人形たる献身を描いた。しかし、感触がおかしい。今まで好意に稚気じみた執着と貪欲さをもって貪っていた彼が引いた。
それには一体、どのような理由が予測される?
白い指先は仮面から名残惜しそうに離れて元の位置へと収まり)

ええ、ええ、そうですね。
ジョセフ様をこのままお待たせするのもよくありませんもの。
お昼は過ぎてしまいましたが、調理していただけるように頼んでまいりますね。

(もしも、彼の言葉の甘さに流されていたら、こうはならなかったのかもしれない。
表情を読み取れない仮面を見上げても、もはや背中に隠されてしまって情報を読み取ることが出来ない。ただ拒絶の意思だけが伝わって胸にじくりと痛みが広がっていくばかりだ。

だから抵抗のように小走りに小屋へと駆けて行って)

ジョセフ様。

どうか、私を「愛さない」でくださいね。

(振り返った。あの時と違い、涙は流していない。
夏の長い影に溶けそうな冷静さと痛みの間に震える微笑みが鉄の仮面を見上げている。)
ああ、分かっているよ。「愛さない」。

(振り返った礼拝の言葉に頷く。
しかし、仮面の口元を開いて見せた笑みは曖昧だ。寂しげな笑みのようでもあり、歪む顔をなんとか整えたようでもある。)

……ああ、分かっている。分かっているとも。

(駆けていく背中へ仮面を向けたまま、独りごちる。しかしその言葉は空虚だ。仮面の下の瞳は礼拝を見ているようで見ていない。少なくとも、今、目の前にいる礼拝を見てはいない。
ふつふつと腹の奥で沸き立つような感覚。手足の筋はかたく強張り、強く噛み締めた口の中がきなくさい。
理性が叫ぶ。彼女はこの感情を向けるべき相手では無い、と。しかし脳髄はもはや抑えが効くような状況ではない。苛立ちと共に、暴力的で変態的で退廃的な記憶が次々に再生される。

要するに、望むものを得られず不貞腐れ、想像の中でウサを晴らす子供と同じだ。駄々をこねて地団駄を踏むよりは幾分かマシというだけだ。
それは彼自身もよく理解していた。羞恥が仮面の下の顔を焼く。しかし止まらない。止められない。)

……うう、うぐうぅぅ……。

(礼拝が再び戻ってくる前に冷静にならねばならない。
呻き声で怒りと羞恥を紛らわし、傷だらけの両手で仮面を覆う。内側とは裏腹に、くろがねの表面は憎らしいほどに冷えていた。)
(背を向けて小走りに駆ける一瞬、小さく目が伏せられた。
曖昧な口元の意味。感情を読み取れる唯一の生身の部分に関する考察が脳内で加速する。

管理棟から戻ってくるのには数分時間が掛かるだろう。それが短いのか長いのかまでは分からないが、礼拝にジョセフの元まで戻ってくる時間を延長する算段はない。
戻ってきた礼拝は管理人の老人を連れていた。
老人はジョセフの前で会釈をすると慣れた様子でバケツから網で鱒を掬い取り、特に声をかけない限り管理棟へと帰っていくだろう)

私達も室内に入りませんか?
涼しくなってまいりましたが夏ですもの。水分補給は必要ですわ。

(肉人形の瞳は鏡のようだが、それは反射であり内面まで読み取れるわけではない。
ジョセフの心の内など知らぬまま、礼拝は微笑み区切りを促す。
それによって流れる微妙な空気が打破できるかは甚だ疑問であるが、体力回復して腹がくちれば多少精神は回復するものである。
精神をくすぐる事での打開が期待できない以上、生理学で対応すべきと判断したのだ。)
(ジョセフは腕を組んだ状態で老人を連れて戻ってきた礼拝を出迎えた。老人に会釈を返しながら、礼拝へ視線と微笑みを向ける。
礼拝が戻る前に平静を取り戻すことに成功した。安堵と達成感と共に緩く息を吐く。ただし、肝心要の仮面の口元を開放する事を忘れていたし、その事に気付いてもいなかったが。)

そうだな。確かに、休息を摂るべきだ。
ああ、腹が減ったな!早く行こう。新鮮な魚を味わいたいな。

(脳天気に声を張り上げ、しかしその後口を閉じてふふふと笑う。不器用にいつもの自分をなぞり、くり返す。後ろめたさと後悔を胸の奥に押し込みながら。
その言葉に嘘はない。腹は減っている。魚を味わいたいのも確かだ。勿論それだけでは無く、ジョセフもこの状況の打破を望んでいる。が、策も何も無く、生理的欲求が先に来る辺りがこの男の未熟さをよく表している。)
(微笑み、頷き、しかして油断なく観察する。
顔色は見えないが、比較的反応は素直であるし、声色もそれほど現在の感情から外れる事はないと判断している。
しかし、それは表面上の事であり、内側を正確に理解しているとは言い難い。
ただその内側が、もう一度外に零れてしまえば今度こそ己は壊れてしまうだろうという事だけは知っていた。

微笑みは水面のように揺らめきニュアンスを変える。
同意への喜びの色から欲求を思うままに口にする様子を微笑ましく見守る色に。)

ふふっ、ジョセフ様ったら。
ええ、参りましょうか。ふふふ、自分で釣った魚をなんて、私も楽しみです。

(柔らかな喜び、慈愛。上辺だけ、上辺だけだ。
忍耐の上澄みこそが正当な人間性だとするならば、この会話はこれ以上なく人間的なものだっただろう。

どこか歯車を掛け違えたまま、肉人形は管理棟へと歩みを進めていった)

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