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シナリオ詳細

<シトリンクォーツ2023>蜜色に誘われて

完了

参加者 : 159 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●シトリンクォーツを知っていますか?
 再現性東京では『ゴールデンウィーク』と呼ばれる祝日が連続する長期的休暇は混沌世界では別の意味を持つ。
 旅人達が持ち込んだこの休暇は勤労感謝の意味合い、そして本年の幸福を祈り、豊穣の願いを込める休暇として親しまれていた。
 シトリンクォーツと言うのはこの時期に混沌世界の何れにでも咲く黄色の花だ。
 豊穣では『黄金花』と呼ばれているという説もあるが、それはそれ。各地で様々名前は変わるが幻想王国や練達を中心に『シトリンクォーツ』として幅広く知られていた。

「休暇なのです!」
 本年も大忙しである。『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は両手をぶんぶんと振りながらイレギュラーズへと合図をした。
 ローレットのイレギュラーズ達は忙しない毎日を送っているため、休めるときは思う存分休憩して欲しいとも考えて居る。
 ユリーカは沢山の出来事があった、とそう思い返す。
 破滅の神託を受けてイレギュラーズの大規模召喚が起きたその日から怒濤の毎日が続いている。
 幻想王国では魔種が観測されたサーカス事変、砂蠍による襲来や天義に於ける黄泉がえり事件から暗黒の天災へ。
 怒濤の日々の中、海洋王国では大号令が発令され、ラサでは熱砂の恋心の物語に纏わる悲恋が一つ終った。
 鉄帝で起きたスラム計画に、磔の聖女の悲運。妖精郷の一悶着を終え、漸く海洋王国が辿り着いたのは神威神楽と呼ばれた新天地。
 しかし、新天地では神霊に蓄積されたけがれによる暴走で神逐(かんやらい)に手を貸すこととなった。
 更にはラサの遺跡を攻略。幻想では過去の禍根を払い除け、練達にて開発されたProject IDEA――R.O.Oの問題を超えた。
 疲弊した練達を襲った竜種の襲来より続く道には深緑を鎖す茨。眠りのわざわいより解き放たれ、舞台は空へと移行した。
 鉄帝の空中島探索を終えた――かと思いきや、次は海だ。絶望の青は『静寂』と名を変え、建設されたシレンツィオ・リゾート。
 欲の渦巻くシレンツィオの海中には竜宮と呼ばれた秘密の花園も存在していたのだ。
 そして、天高く登った昏き太陽に、厳しい冬が災いの如く訪れ――ようやっと春が来た。
 と、言っても覇竜ではヘスペリデスに於ける探索が続き、冠位暴食のタイムリミットも迫る頃合いだ。
 ラサの市場に回っていた紅血晶とて寒々しい年明けの頃より騒がせ、漸く敵の喉元にも手が迫る勢いである。
 アドラステイア壊滅後、その動きを顕在化させた遂行者達の事も気には掛かるが――
「休めるときに休まねば、です!」
 胸を張ったユリーカはにんまりと微笑んだ。
「皆さんが楽しい毎日になりますように。
 ボクは、ローレットでお茶会とかしようかなって思ってるですけれど、何処かに誘ってくれますか?」
 うきうきとした様子のユリーカはギルドの情報掲示板に『シトリンクォーツ』のおしらせを張り出したのであった。

GMコメント

●シトリンクォーツとは?
 シトリンクォーツとはつまりはゴールデンウィークです。それに勤労感謝の日が合体したそんなお休みの一週間。
 お休みなんかしてられるか! という方はそれでもOKだと思われます。のんびりと過ごしてみてはいかがでしょうか?

●できることって?
 お散歩や何でもお好きにお過ごしいただけます。
 オープニング描写されたシチュエーションの他、お好きに『シトリンクォーツの1週間』をお過ごし下さい。
 ※シトリンクォーツの1週間であるためNPCを連れて遊びに行って頂く事は可能です。
  NPC次第では行ける場所に限りがありますのでご注意下さい。

●注意点
 ・名声は【幻想】に一律付与されます(選んだ国家に入るというわけではありませんのでご注意ください)
 ・妖精郷は深緑を、再現性東京は練達をセレクトしてください

●同行者について
 プレイング一行目に【グループタグ】もしくは【名前(ID)】をご明記ください。

●備考
 本シナリオに参加された方には、限定アイテムが付与されます!
 詳細は以下の通りになります。

・虹水晶
フレーバー:虹色に輝く美しい石です。貴方の日々に彩りがありますように。
効果:命中+1【スキル:祈雨術、色彩感覚、虹水晶の雫を活性化している扱いになります】

・虹水晶の雫(非戦スキル)
 雨の匂いを察知しやすくなると共に、明日の天気を推測できます……が予測確率は五分五分です。


【国家指定】
 向かいたい国家をセレクトして下さい。
 (ご自宅やギルドなどを選ばれる場合もここかな?という国家をセレクトしてください)

【1】幻想&ローレット
幻想(レガド・イルシオン)に向かいます。
何時も通りの日常と言うのが一番似合うかも知れませんね。

・王城では王様がこじんまりとしたお茶会を開いています。
 貴族達を呼ぶのは世情的に憚られたようですね……。

【2】鉄帝
まだまだ復興途中ですが、ラド・バウはチャリティーマッチをして居ます。
ヴィーザル地方や銀の森に行く事も可能です。

・パルスちゃんはライブイベントを行なっています
・ヴィーザルではピクニックもお勧めです。雪解けがあったようです
・ラド・バウのチャリティーマッチもあります
・銀の森では何時も通り精霊達がパーティーをしているようです。

【3】天義
遂行者達を気警戒しながらも、普段通りを装う聖なる国です。

・勤労感謝のミサを行って居ます。
・騎士団よる巡礼や聖職者達の巡礼が行なわれているようです。
(※進行中シナリオについての情報は此方では得ることは出来ません)

【4】ラサ
サンドバザールは斯うしたときは普段通りの顔を見せます。商人は強いですね。

・サンドバザールでのイベント市
・パレスト邸での食事会などなど
(※進行中シナリオについての情報は此方では得ることは出来ません)

【5】海洋
朗らかな初夏の風が心地良い海洋王国です。シレンツィオも此方に含みます。

・異国情緒漂う街のシトリンクォーツのバザー
・海軍がエスコートするクルージング
・竜宮での楽しいパーティー
・シレンツィオリゾートの無料利用チケット(byコンテュール卿)

【6】練達
ゴールデンウィーク(強火)です。再現性東京も此方に含みます。

・セフィロトは「休みなんて知るかよ!」とブラック業務が遂行されています。
・再現性東京202Xでは水族館や遊園地を思いっきり楽しむことが出来ます。イベントだ!
・希望ヶ浜学園は祝日でお休みです

【7】深緑
妖精郷も含みます。あまり休暇などは関係なく、何時も通りの穏やかな雰囲気です。

・芽吹いた木々のお世話を行って居ます。
・ファルカウではのんびりとした時間が流れているようです。
・妖精郷は酒盛りをして居ます。いつもだ!パーティー!飲むのー!

【8】豊穣
霞帝は旅人であるためにゴールデンウィークには詳しいのだそうです。御所が休みになり中務卿が白目を剥いています。

・霞帝と神霊の避暑の涼み(川遊び、川辺での茶会)
・藤見や芝桜の鑑賞

【9】覇竜
亜竜集落フリアノンではまだまだ馴染みのないイベントのようです。

・フリアノンや周辺集落での日常を楽しめます。
(※進行中シナリオについての情報は此方では得ることは出来ません)

  • <シトリンクォーツ2023>蜜色に誘われて完了
  • GM名夏あかね
  • 種別イベント
  • 難易度VERYEASY
  • 冒険終了日時2023年05月20日 22時05分
  • 参加人数159/∞人
  • 相談7日
  • 参加費50RC

参加者 : 159 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(159人)

レオン・ドナーツ・バルトロメイ(p3n000002)
蒼剣
ユリーカ・ユリカ(p3n000003)
新米情報屋
プルー・ビビットカラー(p3n000004)
色彩の魔女
ショウ(p3n000005)
黒猫の
アルエット(p3n000009)
籠の中の雲雀
ギルオス・ホリス(p3n000016)
山田・雪風(p3n000024)
サブカルチャー
リーゼロッテ・アーベントロート(p3n000039)
暗殺令嬢
ヴェルス・ヴェルク・ヴェンゲルズ(p3n000076)
麗帝
シスター・テレジア(p3n000102)
俗物シスター
シュペル・M・ウィリー(p3n000158)
音呂木・ひよの(p3n000167)
綾敷・なじみ(p3n000168)
猫鬼憑き
天香・遮那(p3n000179)
琥珀薫風
建葉・晴明(p3n000180)
中務卿
ギルバート・フォーサイス(p3n000195)
翠迅の騎士
メープル・ツリー(p3n000199)
秋雫の妖精
アンドリュー・アームストロング(p3n000213)
黒顎拳士
澄原 水夜子(p3n000214)
澄原 龍成(p3n000215)
刃魔
澄原 晴陽(p3n000216)
劉・雨泽(p3n000218)
浮草
珱・琉珂(p3n000246)
里長
深道 明煌(p3n000277)
煌浄殿の主
ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)
青の尖晶
十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
グレイシア=オルトバーン(p3p000111)
勇者と生きる魔王
ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
フェルディン・T・レオンハート(p3p000215)
海淵の騎士
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
私のイノリ
エマ(p3p000257)
こそどろ
セララ(p3p000273)
魔法騎士
オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
ルアナ・テルフォード(p3p000291)
魔王と生きる勇者
ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)
灰雪に舞う翼
善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)
レジーナ・カームバンクル
善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000668)
ツクヨミ
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
武器商人(p3p001107)
闇之雲
古木・文(p3p001262)
文具屋
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)
希うアザラシ
ウォリア(p3p001789)
生命に焦がれて
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
朝長 晴明(p3p001866)
甘い香りの紳士
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
アネモネの花束
リディア・ヴァイス・フォーマルハウト(p3p003581)
木漏れ日のフルール
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
クロサイト=F=キャラハン(p3p004306)
悲劇愛好家
シラス(p3p004421)
超える者
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥム(p3p005156)
天翔鉱龍
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣
リック・ウィッド(p3p007033)
ウォーシャーク
冬越 弾正(p3p007105)
終音
エストレーリャ=セルバ(p3p007114)
賦活
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
リサ・ディーラング(p3p008016)
特異運命座標
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
鵜来巣 冥夜(p3p008218)
無限ライダー2号
雨紅(p3p008287)
愛星
リディア・T・レオンハート(p3p008325)
勇往邁進
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
天目 錬(p3p008364)
陰陽鍛冶師
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
クロエ・ブランシェット(p3p008486)
奉唱のウィスプ
浅蔵 竜真(p3p008541)
クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)
海淵の祭司
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
八重 慧(p3p008813)
歪角ノ夜叉
ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)
翠迅の守護
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
レオ・カートライト(p3p008979)
海猫
ハリエット(p3p009025)
暖かな記憶
越智内 定(p3p009033)
約束
テルクシエペイア(p3p009058)
作詞作曲・僕
結月 沙耶(p3p009126)
怪盗乱麻
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
グリゼルダ=ロッジェロ(p3p009285)
心に寄り添う
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
優しい白子猫
ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
ちいさな恋
もこねこ みーお(p3p009481)
ひだまり猫
メイ・ノファーマ(p3p009486)
大艦巨砲なピーターパン
フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)
挫けぬ笑顔
ルブラット・メルクライン(p3p009557)
61分目の針
セチア・リリー・スノードロップ(p3p009573)
約束の果てへ
白妙姫(p3p009627)
慈鬼
ミレイ フォルイン(p3p009632)
うさぎガール
御子神・天狐(p3p009798)
鉄帝神輿祭り2023最優秀料理人
皿倉 咲良(p3p009816)
正義の味方
エーレン・キリエ(p3p009844)
特異運命座標
成龍(p3p009884)
洪水の蛇
囲 飛呂(p3p010030)
君の為に
杜里 ちぐさ(p3p010035)
明日を希う猫又情報屋
フィノアーシェ・M・ミラージュ(p3p010036)
彷徨いの巫
彷徨 みける(p3p010041)
おしゃべりしよう
冬兎 スク(p3p010042)
跳び兎バニー
ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)
レ・ミゼラブル
アレン・ローゼンバーグ(p3p010096)
茨の棘
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
ニャンタル・ポルタ(p3p010190)
ナチュラルボーン食いしん坊!
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者
メリーノ・アリテンシア(p3p010217)
そんな予感
ファニー(p3p010255)
綾辻・愛奈(p3p010320)
綺羅星の守護者
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘
炎 練倒(p3p010353)
ノットプリズン
ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)
戦乙女の守護者
ジュート=ラッキーバレット(p3p010359)
ラッキージュート
曉・銘恵(p3p010376)
初めてのネコ探し
尹 瑠藍(p3p010402)
煉・朱華(p3p010458)
未来を背負う者
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
フーガ・リリオ(p3p010595)
君を護る黄金百合
水無比 然音(p3p010637)
旧世代型暗殺者
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい
佐倉・望乃(p3p010720)
貴方を護る紅薔薇
玄野 壱和(p3p010806)
ねこ
トール=アシェンプテル(p3p010816)
つれないシンデレラ
多次元世界 観測端末(p3p010858)
観測中
リリーベル・リボングラッセ(p3p010887)
おくすり
ルエル・ベスティオ(p3p010888)
虚飾の徒花
E・E ・R・ I・E(p3p010900)
からっぽのイリー
プエリーリス(p3p010932)
メテオール・エアツェールング(p3p010934)
物語領の猫好き青年
コメート・エアツェールング(p3p010936)
物語領の兄慕う少女
ミニマール・エアツェールング(p3p010937)
物語領の愛らしい子猫
ピリア(p3p010939)
欠けない月
セシル・アーネット(p3p010940)
雪花の星剣
紅花 牡丹(p3p010983)
ガイアネモネ
ジャンヌ・フォン・ジョルダン(p3p010994)
夢見る薔薇

リプレイ

●幻想I
 シトリンクォーツがやってきた。和やかな空気に溢れた幻想王国ではフォルデルマンによるティーパーティーが開かれている。
「御茶会ってだけあっていろいろあるなー」
 不思議そうに周辺を見回すジェラルドの傍ではアルエットがぱちくりと瞬いている。
「お貴族様ってのはよくわからんがまぁ。最近領地を押し付けられたし、少しぐらいはこういう雰囲気にも慣れておかないとかと思ってよ」
 ジェラルドの足元では黒猫が付き添っていた。今日はリトも一緒なのだろう。リトの耳が折れているのを見てからアルエットは小さく笑う。
「ふふ、ジェラルドさん緊張してるのね。私も少しドキドキしちゃうな」
 フォーマルな空間は、中々経験も無い。漸く鉄帝の波乱が終ったのだ。今日は休息を兼ねて気になるもを見ていこうと二人でテーブルを覗き込む。
「はぁ……ペイトでは見た事ねぇ洒落た菓子が勢揃いなこった。アンタの好きな菓子はあったかい?」
「ママが作ってくれたクッキーは美味しかったの。だからね、私は焼き菓子とか好きよ」
 ハーブを使ったクッキーをじっくりと見詰めていたアルエットに気付き「アンタが好きなもん作ってやれるかもしんねーだろ?」と頬を掻き告げる青年にアルエットはぱあと明るい笑みを浮かべた。
「ジェラルドさんが作ってくれるの? 嬉しい!」
「ああ。……お、ほら……これなんか美味そうだぜ? ほら、口開けてみろよ?」
「えっと、お口あけるの?」
 お友達だから――と緊張を滲ませるアルエットの様子を見ていたからかリトはばちんとジェラルドを叩いたのだった。
「そう言えば鉄帝国での一件にも皆は参加していたのだったな」
 優雅にシャンパンを手にしていたフォルデルマン賛成にエクスマリアは頷いた。イレギュラーズの活躍をお茶請けにしようとやってきたのだ。
「ああ、それは、すごい冒険だった」
「聞かせて貰おうか。何か摘まむものを――」
 周辺を見回すフォルデルマンへとセララは「じゃーん、お菓子を持参したよ! なんと、ボクの手作りドーナツなのだー」と微笑む。
 彼は『放蕩王』ではあるがセララの友人でもある。ドーナツをまじまじ見詰めた後「これは良い出来映えだな」と大きく頷いた。
「いっぱい作ってきたからどんどん食べてね。フォルデルマンは痩せてるからいっぱい食べて強くならないとね」
 強くなると言う言葉に愉快そうに笑って見せたフォルデルマン。その笑みをまじまじと見詰めていたヨゾラはフィールホープと共に挨拶へと向かった。
「フォルデルマン陛下、お茶会に僕達も混ぜていただき本当にありがとうございます。
 こっちは親友の1人のフィールホープさん! あと二人の親友と四人でチームを組んで活動して居ます」
 穏やかに微笑んだヨゾラは最近は国内外も大変だが、彼も憂いなく過ごせていれば嬉しいと笑う。ヨゾラが連れ立ったのならば自由に出入りして構わないと告げられたフィールホープはどこか緊張した様子でもある。
 ヨゾラのエスコートを受けながら自身の立場について考える。もしも、自身がローレットのイレギュラーズならば――ヨゾラと何処へだって行けるのだろうか?

 シトリンクォーツと言えば毎年恒例の長期休暇だ。ジャンヌは何時も通り家族と過ごしていたが、今年は婚約者でアルヴィルジールと共に過ごす事となった。
(……ヴィル様。ヴィル様は優しいようで実は毒のある方、最初は苦手意識を持っていたのですが色んな努力をされている方なのです)
 ぱっと顔を上げたジャンヌの前の前にはヴィルジールが立っている。彼に見合う貴族なるべく彼女は未だ勉学の途中だ。
「ヴィル様、ヴィル様! ジャンヌは王様のお茶会へヴィル様とおもむきたいのです!
 貴族たる者……王様の主催イベントなるものは参加すべきだと! お父様も仰られておりました!」
「確かに、そうだね」
 無難に事を済ませようと考えて居るヴィルジール。ジャンヌとヴィルジールにとって貴族との縁が出来るのは喜ばしいものだが――
(……楽しんで居るように見せなくては。彼女はあれでいて鋭いところがある。用心しなくては……)
 家同士の約束だ。爵位と言えばジャンヌの方が上。彼女に見捨てられてしまえばヴィルジールなど只の塵屑になりかねない。
「お菓子……フルーツ……ああ、色んなものがっ。ヴィル様は甘いものはお好き、ですっ? 今度はヴィル様の好きな場所、教えて下さいなのですよ!」
「ああ、僕は軽めのもので充分だよ、甘いものはそこまででもないからね。君が思うままにお茶会を楽しむといいさ」

 まだ幻想に踏み入れてから二年程度。定番の屋台や祭の回り方も分からないと飛呂はユリーカを誘った。
「ほら、情報屋のユリーカさんのおすすめとか、絶対食べてみたいし」
「ふふん、良いのですよ! だめですねえ、ちゃんと予習が必要なのです」
 にんまりと微笑んだユリーカに「情報料は勿論払うよ」と飛呂は提案する。自慢げなユリーカに飛呂は可愛らしいと笑みを浮かべる。
「広場の方でダンスとかやってるって聞いた。歩きながらもいいけど疲れちゃうし、見ながら食べるのどうかな?」
「はい。良いですよ!」
 ――因みに、彼女は父……失礼、兄代りのレオンを見て育っている。エスコートという事項に関しては彼が基準と言うだけあって難易度が高い。
「何処か見やすいスポットは知ってる? 情報屋さん」
「はいです。任せておくと良いのですよ!」
 頼られると嬉しそうな彼女が楽しそうに歩いて行く。絶品の串焼きも、ユリーカがオススメの屋台も、どれも美味しそうだというのに飛呂は緊張で食べる量が少なくなってしまったのは仕方が無い事なのだ。

「……この前ショウのオススメの紅茶買ったから、おいしい淹れ方教えてほしいのにゃ。
 代わりに、じゃないけどお夕飯ご馳走するにゃ! ……き、来てくれるかにゃ?」
「ああ、勿論だよ。お招き有り難う」
 穏やかに微笑んだショウにちぐさは嬉しいと尾をゆらゆらと揺らした。木造の小さな家は彼に良く似合っている。
 屹度口実であっただろう『紅茶』を思うだけでショウはつい愉快にもなる。キッチンへと向かえば茶器を手にしたちぐさがそわそわとして居た。
「それじゃさっそくティータイムにするにゃ?
 紅茶の淹れ方は……ふむふむ……ショウは手馴れた感じでなんかカッコイイにゃ! 僕、しっかり覚えるのにゃ!」
 見様見真似で努力をするちぐさに丁寧に教えながら、淹れ終った紅茶をのんびりと飲んでいたショウは「夕飯と言ったかな」と思い出したように告げる。
「あっ、ショウはソファで寛いでてにゃ!
 シチューは温めるだけだし、パンも用意してあるし、あとはサラダの準備だけだからすぐできるにゃ!」
 無難な料理すぎただろうか、外食の方が良かっただろうかと考えてしまうのはそれだけ彼を思ってのこと。
「あ、暗いし帰りは途中まで送るにゃ!
 ……あの、でも……明日もそんなに忙しくなかったら泊まってくれても……って、ショウは忙しいだろうし無理にとは言わないのにゃ!」
 送って行くという言葉にショウは瞬いてから「もう少しパンも残ってるし、今日はのんびりと話そうか」とソファーへと腰掛け直した。
 一人で寝て、起きて。寂しいを募らせる小さな友人はぱあと明るい笑みを浮かべたのだった。

 何時も通りの日常をフォルトゥナリアは過ごす事に決めて居た。ローレットにはシトリンクォーツでも依頼の掲示が為されている。
 休みの人間が増えれば市場が賑わう。市場が賑わえば思わぬトラブルが起る可能性もある。フォルトゥナリアはそうした時に的確対処できるようにと尽力しているのだ。
「色んなものを食べ歩きしながらだけど、皆のことを助けてあげなくっちゃね」
 美味しいものを食べながらであれば、自分だって得をする。腹を満たせば、ちょっとした人々の困りごとの解決だってwin-winの関係になる筈だ。
「さ、さっそく行こうかな」
 話を聞いて、力になって。仲裁を行ないながら日々を謳歌する。陰の立て役者がこういう日も必要なのだ。

 昼休憩にクローズの看板をだしたみーおはくあと小さく欠伸をした。太陽の日が暖かな原っぱで猫たちと共にごろりと転がった。
 今日は絶好のひなたぼっこ日和だ。ころころと転がって、ぽかぽかのお日様の下でのんびりと過ごす。
「にゃー……暖かくて気持ちいいのですにゃー」
 猫たちと共に気ままにお昼眼を楽しむだけだ。幻想ふわふわ猫だらけ、みーおも、街行く人々もしあわせいっぱいなのだ。
(混沌も色々あるけれど、猫達も人々も平穏に過ごせる時が多いといいですにゃ)
 のんびりと過ごす時間があるだけで、心の底から幸せなのだ。

●幻想II
 本日は何時もの『彼女の領地』ではなく、フェルディン自慢の妹が開いた酒場兼宿屋。つまりは、この世界においてのフェルディンの居所である。
 最も、その妹も「数日出掛けてきますね!」とうきうきと旅に出てしまったため、店は臨時休業中なのだが――
「――クレマァダさん、拙いながらパンケーキを焼いてみました。先日、良い蜂蜜が手に入ったもので……」
 奥で休んでいた彼女に声を掛ける。完全オフなのじゃ、と笑っていたクレマァダを今日は至れり尽くせりのエスコート予定なのだ。
「さぁ、こちらの紅茶も一緒に――え、いや、それは……」
 それは――お酒、だと言い掛けたフェルディンを見詰めるクレマァダの眸は最早焦点さえ合っていない。
 もう斯う見ても20。誕生祝いの席でワイングラスを一杯飲んでもいる。この部屋にあった酒をちょっぴり拝借したのだろう。
「んん? フェルディンが2人おるのじゃぁ。酒? 我ももう子供ではない! ん……ケホッ、辛くないか? 様子がへん? そんなことないよ、フェルくん」
「フ、フェルくん……?」
 蒸留酒を飲んで暫く置いた祭祀長。完璧に出来上がってにこにこと微笑みながらフェルディンへと座るように促す。
「フェルくんのご飯おいしいのじゃ。もう我、ずっとここに住むのじゃ。たのしいなあ。幸せじゃなあ。平和じゃあ」
「…――ふふ、良かったです。ボクも、とても幸せですよ」
 止め処ない笑みと、当たり前の様に平穏を語る彼女。癒やしとはこの様なものをいうのだとフェルディンは噛み締めながら愛おしい彼女へと微笑んだ。

 折角の良い天気だからとプエリーリスの膝を枕に転がったミザリィは小さな声音で呟いた。
「……平和、ですね。元の世界では考えられないくらい、平和ですね」
 元の世界ではミザリィは屋敷の外に出るどころか書庫から出ることだって億劫だった。混沌公邸という世界の理はミザリィにとって有利なものでもあったのだ。
「……帰りたく、ないですねぇ」
「……随分とまぁ、平和な光景だな」
 ミザリィとプエリーリスを見遣ればファニーは思わずそう呟いてしまった。休日をこうやって実を寄せ合ってのんびりと過ごすなど、考えられないことでもあったからだ。
(……この三人で外出をして、そのうえ周りの目を気にする必要もなく、穏やかに過ごせるなんて、有り得なかったからな)
 木の幹に背を預け穏やかな時を過ごす二人と寄り添った。明るいからこそ星は見えないが、ゆっくりと流れていく雲を見て居ると異世界に居る事を実感する。
 帰りたくない、とはファニーも、ミザリィも同じ感想だった。
「……ごめんなさいね、私が至らないばかりに、貴方たちには不自由な思いをさせてしまっていたわね」
 愛しい愛しい子供達。そこに愛情の優劣はなく、皆病棟に愛していたけれど――事情があり、平等とは言い切れなかった。
「……帰るのも、帰らないのも、貴方たちの選択だわ。自分で選んで、自分で決めなさい」
 彼女の言葉にミザリィはそっと顔を上げた。ファニーの伽藍の眼窩には何が映り込むだろうか。
 それ以上は言わず、プエリーリスは優しい手でミザリィの頭を撫でた。

『北部戦線』に程近い場所に航空猟兵の訓練所はあった。愛奈は一人、佇んでいる。
 世間では休日だとは言われているが、休んでいる暇などないように感じられる。
「鉄帝では本当に……死闘でした。失ったものも……これ以上悲しい別れは御免です。後悔なんてしたくない。
 ラサでは月の王国に絡む一件がそろそろ佳境でしょう。
 覇竜でもまだまだきな臭い話が続きます。……竜種、でしたか。強大な力を前にしていかに立ち回るか……」
 上位存在を前にしたら、脚が竦むのは当たり前の話だ。それでも――立っていないと並ぶことが出来ないと知っている。
(我らが隊長にしたって、セレナも同志ユーフォニーも……みんな揃って前のめり。
 ――指を銜えてみているだけ、なんてもう嫌。強くならねば……)

「セレナさん」
 酷く冴えた声音でマリエッタはセレナに呼び掛けた。烙印の影響が強いのか、セレナは何処か苦しげな表情を浮かべている。
 マリエッタの方が烙印の進行は行なわれているはずなのに――彼女は何時もと変わらぬ様子ではあるのだ。強がって笑うセレナへとマリエッタは茶を差し出してからそっと隣に座る。
「烙印の事、少し分かった気もするの。想い出と……大切なものがあれば、きっと打ち克てるって、わたしが贈ったお守りも、効き目があったかしら?」
「烙印なんて何ともありませんよ。思い出も、セレナさんのお守りも……全部私を繋ぎとめていますから。
 何より血には慣れていますし……どんなきっかけや症状であれ、負けるわけにはいかないんですよ?」
 くすりと笑ってから奮発して買ってきたケーキに、彼女が気に入りそうな本を取り出したマリエッタへと「子供扱いしないで!」とセレナは唇を尖らせた。それでも、彼女の気遣いは喜ばしい。
「……話したいことがあるんでしょう。聞かせてください。ちゃんと聞きますから」
「この世界に来て間もない頃に出会って、お話しして、仲良くしてくれて。今では姉妹として一緒に居てくれるあなたに。
 ねえ、マリエッタ……」
 セレナの唇が、震える。
「わたしね、マリエッタの事が好き。勿論ユーフォニーやムエンの事も好きだけど、マリエッタは特別なの。
 ……でも、『マリエッタ』だけを受け入れる事はしたくないの。
 マリエッタの抱えてること……魔女も、罪も罰も、過去も未来も。全部を知って、受け止めて、その上で一緒に居たいの」
 マリエッタは目を瞠り、セレナを見詰める。恨めしくなるほどに嬉しいのだ。妹としての情が――全てを受け入れるというその言葉が。
「セレナ。よく聞いてください? 私の抱えるものも、私もセレナに受け止めさせる気はありません。
 これは私の物なんです。けれど……もし、少しでも一緒に居たいなら。全て投げ打つ覚悟でついてくるぐらいは覚悟してくださいね?」
「……うん。分かったわたしはもう決めたの。ずっと一緒に居るって。受け止めるのが駄目なら、支えるくらいはさせてね?」
 本当に莫迦、と困ったように笑うマリエッタにセレナはそっと手を伸ばした。
「大好きよ、マリエッタ――大切なわたしのお姉ちゃん」

 室内で過ごすよりも外でのんびりとしたほうが気分転換になるかも知れない。シラスはアレクシアを伴って、空中神殿へと訪れた。
 ひっそりとしたその場所に漂う空気は冷たく、人気は無い。烙印を得たアレクシアがどうしても気がかりで――ちらりと彼女を見遣った。
 この場所にはじめて訪れた日をシラスはよく覚えて居る。アレクシアは懐かしくはあれど、もはやハッキリとは覚えて居なかった。
 しんみりとした空気にシラスは顔を上げ首を振る。
「ごめんな、本当はもっと愉快な話をしようと思ってたんだ。自信作のジョークも考えてあったりしてさ。でも、なんだか、しんみりしてきちゃった。
 これは全部が俺の我儘で勝手なんだけど……やっぱり心配だよ……烙印のこと一つだけじゃなくってさ」
 アレクシアはシラスをまじまじと見詰める。芯の強い、いつもの通りの彼の眸だ。
「アレクシアが前に進む度に何か欠けていく感覚があって……誤解しないでね、それは良いんだ。
 俺達はそういう生き方を選んだんだ、俺がキミだったら同じようにした。
 ただ、本当の瞬間に、いつかどうしようもない時が来たら、アレクシアは独りを選びそうな気がして。
 ――違うかな……誤解だって笑い飛ばしてくれたら嬉しい。怒ってくれてもいいよ」
「……どうしようもない時が来たら、か……
 ふふ、『どうしようもない』なんて時が来ないように、諦めないようにするのが私じゃない?」
 アレクシアの笑顔にシラスは力無く微笑んだ。ああ、そんなこと嫌と言うほど知っていた。
「でも、そうだねえ……もしも、の話をするのなら……わかんないな!
 ……ただ……私は、私という存在が誰かの枷となって自由を奪ってしまって欲しくはないと思ってる。
 だから、そうなってしまったら……シラス君の言う通り、独りを選ぶかもしれないね」
「ッ、……俺達は、友達だろう? 隣に立っていたいんだよ」
 彼女との関係性を、言葉に出来なかった。何とか絞り出したシラスへ、アレクシアの声音はその時ばかりは冷たく降る。
「友達だよ。友達だからこそ、私は離れるかもしれない。
 ……時々こうも思うんだ。私は、シラス君の時を奪ってやしないかって」
「そんな――」
「初めて出会ったのは……4年? 5年前だっけ、あはは、ちょっと朧気だけど、その頃とは見違えたよね。
 一方で私はほとんど変わっていないもの。否応なしに流れる時間が違うんだって感じさせられる。不安に思うこともあったくらい」
 アレクシアは、真っ直ぐにシラスを見た。

 ねえ、だからね、こう言うよ。
 もしもの時にはね、シラス君こそ私の手を放すことを、躊躇わないでね――私は、きっと大丈夫だから。

●鉄帝I
「チャリティーファイト! 即ち! 売り子! 今こそ麺狐亭の出番であろう!」
 呼ばれて飛び出て天狐ちゃん。会場でうどんを売り歩く天狐はリヤカーをからからと牽いて遣ってくる。
「上手い飯を食いながら血沸き肉躍る戦いの美学を観戦する、これほどの贅沢はそうそうあるまい。
 まだまだ立て直すにも時間がかかるであろう、こういう時くらいスカッと忘れて娯楽に浸かろうではないか!」
 観客に声を掛けられてから「ハイ只今!」と天狐は振り返ったのだった。
「ラド・バウの方は盛り上がってるみたいだなぁ。
 復興はまだまだ始まったばっかりだけど、皆がちゃんと楽しめるようになってるみたいでよかった」
 初めてパルスを見たのはシトリンクォーツの時だった。焔は思い出してから笑みを滲ませる。けれど――
(……こんなに強く烙印の影響を受けたままで、パルスちゃんに会いになんて行けないもん
 こんな姿は見られたくないし、もしパルスちゃんの前で抑えられなくなっちゃったら――)
 裏方として、彼女と会わないように気をつけよう。なるべく、息を潜めなくては。
 アイドルとしてパフォーマンスを行って居たレイリーはパルスと入れ替わるように舞台へと登場する。
「ヴァイス☆ドラッヘ! 只今参上 私達がみ~んなに楽しい夢を見せてあげる♪」
 人々を魅了する細身のドレスに身を包んでいたレイリーがくるりと振り返る。視線の先には赤いドレスのミーナが立っていた。
「プリティ★ミーナ、只今参上。さあ、良い夢見ろよ、オーディエンス共!」
 舞台裏では「似合う?」と嬉しそうに笑ったレイリーに「誰にも見せたくはない程」と揶揄うように返したミーナ。
 本当は目立つ事もしたくはないが、レイリーの願いだ。だからこそミーナは彼女とともに舞台へと立った。
 レイリーは楽屋裏で燥ぎ回って、甘いキスを一度。二人で居られる時間を変えれば皆のアイドルに様変わり。
 ああ、けれど――舞台の上でだって、ミーナも大好きなのだ。本気の誘惑にミーナは「後で覚悟してろよ」と囁いて。
 ステージから降りてやって来たパルスを迎えたのはレインだった。
「お茶とか……スポーツドリンクとか作ったり……タオルとかお菓子……」
「わー! 有り難う、レインさん! あ、ビッツならね、あっちだよ」
 微笑むパルスに送り出されレインはビッツへはマニキュアを用意した。紫などの鮮やかなカラーリングと海色のものを二種類。それから、肩たたき券だ。
「あら」
「揉むのも考えたんだけど……力がいるって聞いたから……叩くのは出来そう……。
 コングには……バナナとか林檎とか果物と……コングが叩いても壊れなさそうな打楽器……優しく叩いたら……パルスのライブにも参加出来るかも……」
 皆への差し入れはコレまでの戦いへのお礼でもあった。ガイウスには鉄帝国に咲いていた花のハーバリウムを用意した。
「えっと……景気祝いって言うんだっけ……飲み物とか……お酒とか……好きかも……」
 鉄帝国で育つ果物などを選んで皆で育ててもいいかもしれないとレインは嬉しそうに提案した。
「鉄帝にはまだまだ私を待っている患者たちがいる……今まで往診を続けてきた彼らを、見放すわけにはいくまい」
 相変わらず医師としての仕事を行って居るルブラット。因みに連休とは知らない言葉なのである。
「最近は少しずつ暖かくなってきたな。
 時折、私は都合のいい夢を見ているのではないかと、そう思ってしまうこともあったが。
 ……こうやって気温の変化が如実になると、漸く錯覚から抜け出せそうだよ」
 ラド・バウ闘士達の手当てをしながらルブラットはため息を吐く。あの寒々しい冬から抜け出して、初夏の入り口に立ったのだ。
 これが、現実で、あの戦いは終った者なのだと痛感させられる。
「ふう、忙しい時の一服こそ至福ですわよねえ。取っておきのお酒を胃の奥で燃やして……これでまた頑張れるというものでございますわっ!」
 ついでのようにチャリティーイベントで食事をゲットしてきていたヴァレーリヤ。その姿をやっとの事で見付けたアミナは低い声音で「先輩」と呼び掛けた。
「あ、あらアミナ。どうしましたの、こんなところで?」
「……先輩、そこで何をしているんですか? 皆で約束しましたよね。少しでも早く、ギア・バジリカに避難して来た人達の幸せを取り戻そうって」
「私? 私はここでちょっとやることが……お酒の臭いがするだなんてそんなまさかオホホホホ」
 目を逸らしたヴァレーリヤの首根っこをひっ捕まえたアミナは「今日が終わるまでたーっぷり時間がありますから、一緒にじっくりお仕事を片付けましょうね」と鋭い声音でそう言った。
「あ、あー……あー、もう! 分かりましたよ! 戻って働けば良いのでしょう!
 復興計画でも物資の手配でも持って来なさい! あっという間に片付けて差し上げますわ! ……あの、頑張る前に一口だけでも」
 どうやら、駄目なのだ。しょんぼりしながら酒を戻してからヴァレーリヤは「アミナ。最近貴女、ちょっと司教様に似てきましたわよね……」と呟いたのであった。

「この国の戦の爪痕も深いですな。拙者お手伝いさせていただきたく! と言うことで復興作業ですぞ〜!」
 成龍は式神達と共に足元からの整頓を行って居た。遣えないもの、再利用するもの、想いでのものなど、次々整理していくべきだ。
 天気予報と祈祷術を行ない、明日雨だったらいいな、と願ってみたりもする。
「整地もしておりましたので洪水や浸水することもなく上手い感じに行くでしょう。
 そして恵みの雨になる、と。厳しい冬を乗り越えて、春が来てすっかり雪解け水ですな」
 整えた土地で植物などを育てる用意もしなくてはならないのだ。その為には準備が必要なのである。
「ピリア、みんなががんばってるときは何もできなかったから、せめておてつだいはしたいの!」
 ふわふわと宙に浮かび上がっていたピリアは『復興作業』をしている人々の食事や飲み物の差し入れを行って居た。
 カラクサフロシキウサギのうみちゃんと一緒に、そうした裏から支えるのも重要な仕事でアル。
「いっぱいたいへんだったけど、みんなあったかい春のくうきのなかでがんばってて、すごいねうみちゃん。ピリアたちも、もうちょっと、がんばろうなの!」
 瓦礫の撤去だけではない。仮設の住居なども必要だ。E・E ・R・ I・Eは一人旅でもと観g萎えたがのんびりとした食べ歩き旅とは行かない区域もあるのだろうとスチールグラードの様子を確認しにやって来た。
「……シカシ、破壊者ナドト名付ケラレタ当機ガ、人ヲ助ケルノニ妙ニ充足感。……コレガ正シイノデショウ。エエ、キット」
 助けを呼ぶ声を探し、復興作業の邪魔になりそうな瓦礫は吹き飛ばせば良い。E・E ・R・ I・Eにとっては慣れぬ作業だが――それも、また、大きな変化の一つなのだろう。
 E・E ・R・ I・Eが吹き飛ばした瓦礫を運ぶのは瑠藍だった。「コッチに乗せてね」と声を掛ける瑠藍に「了解シマシタ」とE・E ・R・ I・Eが頷く。
「躓いた人とかもいそうだし、出来る限り安全を早く確保為なくちゃ」
「うむ! 人々の職を確保する為と数年先迄の行動基準を鉄帝民と協議しながら設定するぞい! 後はネットワークの構築じゃな!」
 ニャンタルは数年先の事業計画を見越して、建築や製造、地質学や農業、林業に造詣の深い者を集めていた。
 鉄帝国内の土地の特性や其れに根ざした建物や田畑の作り方を記録に残し続ける。伝書鳩職人や鳩も必要だろうかと様々な事を勘案する。
「後、抑の郵便配達員も基地局も、運搬車の作成もしなければな!
 我は重い資材運びをしながらするぞい! 人より力も体力も有り余っとるからのう! 皆でやれば早い年月で終わろう」
 まずは瓦礫の撤去だと意気込んだニャンタルに錬は「そうだな」と式神達を用意する。
「さて、休日返上なんて殊勝なつもりはないけど冠位魔種のせいで大変な目にあったんだ。
 少しでも早く心が休まるように仕事を張り切らないと職人の名が廃るってな!」
 幾らからだが丈夫な鉄騎種であろうとも、瓦礫の撤去を急がねばならない。仮設テントを用意して、衣食住の充実を行なう事こそが必要だ。
「鉄帝にしょげた空気は似合わないからな、早く爪痕から立ち直って欲しいぜ」
 職人魂を掲げるならば、最も良いのはこの国で暮らす人々の生活の充実だ。錬は先ずは大きすぎる瓦礫と向き直った。
「瓦礫の撤去ね......。そうだな。グラーフ・アイゼンブルートの落下地点の瓦礫とかはオレがやる。手伝うなっつうわけじゃねえ。
 だいたい国家機密軍事機密みたいなもんで本体やらなんやらは既に回収済みだろうしな。ちょっとしたケジメっつうか墓参りみてえなもんだ」
 いいか、と問うた牡丹はゆっくりとゆっくりと瓦礫を片付け続ける。一筋縄では行かない積もりに積もったものだ。
 だが、どんどん綺麗になって行くのは堪えるのだ。雨が降ってくれれば良いのにと願わずには居られない。
(……いけねえな、じめじめしてらあ。アイツの護った国だ。なんとしても復興してもらわねえとな)
 開拓された土地などがあれば、その辺りだってきちんと整備しておこう。それが、せめてもの手向けだ。

●鉄帝II
 冠位魔種を打ち砕き、エリスが目の前に居る。それだけでもリックは嬉しいのだとエリスの元へと訪れていた。
「せっかくだし面白い食べ物を持っていきたいけど……アーカーシュ産とかがいいか?」
「皆で楽しく頂きましょう」
 頷くエリスにリックはにんまりと微笑んだ。花の名でもあるシトリンクォーツ。花冠をエリスへと被せたリックは精霊達と作ったのだ微笑む。
「リックちゃんと皆で作って下さったのですか?」
「そうだぜ。いつもありがとうございますと、働きづめだったから休んでくださいだぜ!」
「ふふ、嬉しいですね」
 朗らかに微笑んだエリスは「皆で今日は思い切り楽しみましょうね」と眼を細めて。
 溶けない氷と、雪色の葉を眺めて居たクロエは「綺麗」と小さく呟いた。
「銀の森には初めて来たな。精霊たちのパーティー、すごいねえ。
 クロエ、遅くなっちゃったけれど、お誕生日おめでとう。素敵な一年になりますように」
「はい。ありがとうございます。そうなんです、私も大人の仲間入りなんです」
「そっかぁ、もうお酒が飲める歳なんだね。めでたいねえ。折角のパーティーだし、一緒にお酒飲むかい?」
 お祝いに少し照れくさそうに笑ったクロエ。アレンがグラスを揺らせば、クロエは緊張しながらも頷いた。
「香りのあるお酒は好きなんだけど、だいたい度が強いからあまり飲めなくてね。いつも果物をグラスにたくさん入れちゃうんだ。
 多分ワインにも合うんじゃないかなぁ。クロエはお酒飲めそう ?無理はしないでね」
「えっとね、お酒デビューしたばかりだから少しなら飲めそうです。一緒に乾杯しましょう?」
 少しの宵を楽しんで居たクロエは眼を細める。
「休暇をのんびり過ごすっていいねえ。こういう落ち着いた時間って癒されるな。休暇が終わったらまた頑張ろうね」
「は~い、大人だから頑張りま~す」
 アレンは「あ、だめかも」と小さく瞬いたのであった。

「折角のゴールデンウィーク! 旅行だー!」
 ヴィーザル地方のピクニックはオススメなのだと聞いてみけるはうきうきしながらやって来た。お弁当は持ち込んだがハイエスタの村などで売られていた郷土料理も気になる品が多い。
「こうやって春を……いやもう夏か、平和に過ごせるのは良い事だよね」
 雪解けの初夏。コレまでずっと寒かったというのに、もうすっかり春めいて――いや、初夏めいている。
 景色を眺め、弁当や料理を食べてのんびりと。自然を楽しみながらの食事は普段の何倍も美味しく感じられる。
「あ、そうだ写真……ってここじゃaPhoneが使えないー!」
 悔しげに呟いたミケルは電波は通ってないからと、撮影用カメラで写真を撮り帰ったらアルバムに思い出を綴るのだと心に決めた。

 ヴィーザルでピクニックをしようとジュリエットはギルバートを誘った。
「雪溶けのヴィーザルの草原の景色は相変わらず綺麗ですね。
 ……貴方とまた一緒にこの景色を見られた事がとても嬉しいです」
 大変なことがあったあとだ。ジュリエットは嬉しそうにギルバートを振り返った。柔らかな笑みを浮かべたギルバートは進む彼女を追掛ける。
 レジャーシートを敷き、膝をぽんと叩いたジュリエットは彼を呼び寄せる。
「日差しが暖かいので、日向ぼっこなど如何ですか?」
「日向ぼっこかい? 構わないよ」
 ゆっくりと頭を彼女の膝に乗せれば、ジュリエットは其れは嬉しそうに微笑むのだ。
「ふふ、今日は私に貴方を独り占めさせて下さいませ」
「すまない、寂しい想いをさせてしまったね。これからは、少しのんびりと出来そうだから」
 幾らでも独り占めしてくれて構わないと、そう告げるギルバートの掌がジュリエットの頬を撫でる。
「そろそろ交代してもらっても?」
「……え? 膝枕の交代ですか? 良いですが、少し照れますね……けれど、頭を撫でられるのは好きです」
 頬を赤らめた彼女に膝枕をしながらそっと、マントで覆い隠した。笑顔も泣き顔も、怒った顔も、照れた顔も、その全てを独り占めだ。
 そっと手の甲に落とした口付けに、彼女の頬が赤く染まった。

 たまにはお出かけだ、と意気込んだカイト。アンドリューは良い風だと喜びの余り喜ぶ僧帽筋を自由にさせている。
 程良く雪解けしたヴィーザルにサンドイッチ持参でやって来た訳だが――
「むむ! 右大胸筋が反応している! 何やら良い匂いがするぞ! まさか、カイト――!?」
「だが――ただのピクニックに持ってくサンドイッチじゃない。お 前 仕 様(肉てんこ盛り)だ。
 そう、復興中のこのご時世でやるには余りにも蠱惑的なBBQソースを絡めた肉をこの上なくパンの上にドーン!!! してから挟んだ一品!
 あ、もちろん普通の野菜のとかもある」
「お前は料理の才能もあるのだな! イイじゃないか! うまい!!! カイトお前のメシはうまいぞ!」
 勢い良く鱈腹肉を食う。余りの勢いではあるがカイトは慣れたもの。ぼんやりとそんなアンドリューを眺めて居た。
「まー、こーして割りとあてもなーくぼーっと遠出するのもたまにありなんだけど。
 お前と一緒に過ごす時はなぜか妙に気合い入れたりするようになってるんだよな。……こーいうのも変化っていうのか?」
「何か言ったか!? すまない! 上腕二頭筋が喜びすぎて叫んでいた!」
 ――まあ、これでいいのかもしれない。

「復興中に欲しいのは金落とす旅客っしょ~。こんな時にこそ遊びに行かなきゃ~よぉ~」
 なあ、とタイムの肩を叩いたのは夏子であった。そんな理由を付けられたけれど――これはグラオクローネの『お返し』なのだ。二人でシトリンクォーツはぐるり馬車の旅である。
「ラドバウやらライブやら イベントも豊富みたいだけど タイムちゃん今回注目の食べものなあに~?」
「やっぱり郷土料理? 肉と野菜たっぷり煮込んだスープとか。お菓子も沢山あるし迷う~!
 ――マジ? 食べれるの、と言いたげな夏子の視線にタイムは唇を尖らせた。言うだけならタダだ。食べたいものを思う存分喰らいたい。
「色々行くわ! ガイドブックだと――」
「雪まつりがあったみたいだね 鉄帝グルメ屋台が軒を連ねたりして 熱いイベントだったみたいだ ケド 時期過ぎちゃったか~」
「ええ……! 鉄帝雪まつりやってないのぉ!? 職人が雪像を作り競い合うあの名物イベント……見たかったな~はあ~」
 嘆息して寄りかかってくるタイムに夏子は「次またこよ?」と声を掛けた。寄りかかって「絶対!」と唇を尖らす彼女に頷いた。
 其れにしたって、はらぺこな彼女と一緒に出かけ慣れてしまった。
 女性と二人で馬車の旅。一昔前なら、もっと斯う燥ぎ倒していたはずだ。
(いやまあ 良い意味で熟れたよなぁ実際 こんな感じなんだろか……夫婦って)
 穏やかな感情を抱く夏子とは裏腹に、タイムは少し薄暗い気持を抱く。馬車に揺られて、暗くなれば野営や食事の準備をして、それから――なんて幸せな時間。
 其れは屹度、タイムじゃなくったって、他の女(ひと)とでも彼は楽しく過ごすのだ。時間を掛けて少しずつ積もる澱。それは好きだからこそ積もる者だ。
「ねえ、わたしのこと本当に好き?」
 突然問われてから夏子は「え、どしたの」とぱちくりと瞬いたのであった。

「うーん、参った」
 そんな情けない声を出したのはヴェルス――鉄帝国の『麗帝』その人だった。
 ご機嫌な斜めな彼女の機嫌の一つでもとっておくかと考えたが何故か全く持っての『何時も通り』なのである。
「どうせ休む暇もないでしょう。おはようからおやすみまで1週間お世話をさせていただきます。お食事は何がお好みですか?」
 淡々と、そう、淡々と遣えてくる。何時だって纏う衣服は清潔に。1日のスケジュールも把握し、リネンも整えられる。
「……はあ」
 復興を行なうイレギュラーズの様子を見に行こうかと街歩きもしていたが修繕進まぬスチールグラードでエッダが何時も通りの『メイド』の日常を謳歌する。少しばかり拍子抜けしたが――平静を見せ付けて来ているのは確かだ。逃げ回っている自覚がない訳でもない。
 当てつけで当たり散らす女は『可愛くない』。謝る気があるなら、ちょっと拗ねてみるのもかわいげなのだ。激情を宥めてみせるエッダは「おい」と呼び止められてから振り返った。
「ああ、まあ、何だ。
 ……いや、その、まぁ、悪かった。『次』は少しは気を付ける」
「何がですか。次ですって。……貴方。私がこれまで、どのような想いで居たか分かっています?
 責める気はありません。ただお聞きしたいのです。私の存在は、貴方が戻ってくる楔のひとつになっていましたか?」
 じっとりとエッダは睨め付ける。
「戦狂いは上等です。私も戦うのは大好きです。非情な決断も結構。それも王の器です。ただ、私とていつも鉄の女でいられるわけではありません。
 証が欲しいのです。心の中で形になるものが。だから――」
 嫌でなければ、振りほどいて欲しいとエッダは身を乗り出した。そうでないなら、情けが欲しい。
「陛下――ヴェルス」
 呼び掛けた声音に――

●天義I
 レストランStella Bianca聖教国ネメシス1号店プレオープン――と言うことでモカはこのシトリンクォーツの連休をオープン日としていた。
 従業員達はアドラステイアから救出され職に困っていた孤児が中心だ。料理や呈茶、接客などの必要教育も施している。
「後輩が出来るんだね」
 手伝いにやって来たメイにモカは頷いた。「後輩達に撮っては初の実践になるな」と頷く彼女も、どこまで新人達が対応できるのかを楽しみにして居るようである。
「早速オープンしようか」
「うんうん。おてつだいするからね」
『てんちょー』と『メイせんぱい』と共に、ネメシス1号店が聖都にオープンしたのであった。

 最近はローレットの仕事が山盛りだ。天義貴族の家門であるアーネット家のお屋敷にも暫く帰れていない。
 セシルは三男坊だ。何不自由ない生活を出来てイルのは両親のおかげだと感謝をしている。
「ただいまです!」
 挨拶をすれば迎え入れてくれる母と兄達。兄達とは半分しか血は繋がっていなくても、セシルのことをとても可愛がってくれている。
「兄さん、今日は僕の剣術を見て下さい! 少しは強くなったんですよ!」
「勿論」
 朗らかに笑う兄を見るだけでセシルは嬉しくなってにんまりと微笑んだ。
「えへへ、これで立派な騎士になれるでしょうか」
 アーネットの家督を継げない。しかし、アーネット家の騎士として人の役に立ち、兄達を支える事は出来る。その為に精進あるのみなのだ。

 こそこそと物陰に潜んでいたのはスティア。今日はイルと共に偵察ミッションの最中。
「エミリア叔母様がお出かけしたんだ。きっとダヴィットさんが現れるし、恋の駆け引きの勉強にもなる……かも!」
「ならないかも知れない」
 イルはエミリアの様子を見てその様に察知していたのであった。
「もし見つかってもたまたま同じ場所に来ちゃっただけって言い張れば大丈夫なはず! たぶん、きっと、めいびー」
「……何がですか?」
「うわーん!? ごめんなさいー!」
 案外直ぐ見つかってしまった。恐れ戦くスティアは首を振る。そう、隠す方が悪いのだ。つまり、スティアは「悪くない!」
「ッな――」
「私の為に我慢しなくてもーって思うんだけどね。早く家督を継げるようになれれば気にしなくなるかなぁ?」
「その通りだと思う。ね、エミリア」
「ダヴィッ―――!?」
 突如として現れたダヴィット。目を白黒させているエミリアは「そういう事ではなく」と声を荒げているが、満更でも無さそうだ。
 恋愛初心者のイルは「先輩には素直になろう」と決めたのであった。

「実は天義のミサに参加したことが無くて。良い機会だから、案内をお願いできるかな? お作法とかもあれば、教えて欲しい」
 マルクはティナリスの案内で勤労感謝のミサへと訪れていた。
「お作法ですか? そんなに難しいものではありませんよ。子供達も出来るものです。
 でも、たしかに触れる機会が無ければ他国の祈りは勝手が分からないですよね。安心してください、私と一緒にやってみましょう」
 穏やかに微笑んだティナリスは子供達に混ざってマルクと共にミサへと参加することにした。
 彼が見様見真似で行なう祈り。それを教えるのはティナリスだというのは普段とは違った光景で何処か擽ったい。
「今回ミサに参加したのは、天義の国の人たちの暮らしや習慣とか、そういった『日常』に触れてみたかったからなんだよね」
「マルクさんがこの国を知ろうとしてくれている事に感謝します」
 天義という国は不穏な状況ではある。彼が誰を護ろうとしているのか、何を護るべきなのか。
 其れを見る為にこのミサに訪れてくれたのであれば――さすがは英雄と、そう口にしてしまうのも、屹度仕方が無い事なのだ。

「天義も大変なことになってきたねえ。ミサってワタシ参加するの初めて……えーっとえっと、テレジアさん色々作法教えてくれる?」
 ――果たして、お作法的にテレジアが役に立つのかは分からないがフラーゴラは「任されましたわよ」と胸を張る。
「天義なんていう国のために祈るのは辟易しておりますけれど、正義を誰かに押し付けることはせず、ただ善良に生きたいと願う人々のためならば吝かではございませんわ。
 女子修道院のクソババアに骨身にまで叩き込まれた祈りの作法、存分にお見せして差し上げますわ!
 さあ皆様、わたくしの美しい所作をご覧になって!」
 クソババアは屹度泣いている。俗物シスターは神妙に祈りのポーズをとる。それは様にはなっては居る。
「あわわわ。えっとこうやってああやって……あわわ深呼吸深呼吸。
 お祈りしてるテレジアさん様になるなあ……やっぱりシスターさんなんだなあって。綺麗」
 ぽつりと呟いたフラーゴラにそうでしょうともと言わんばかりのテレジア。本当に美しく見せようとすると地味にキツいのだと彼女は説明する。
「美しい祈りだなんて、単に神の威光を振り翳すためのパフォーマンスですもの。
 本物の祈りなら、幾ら醜くても構いませんわ……それこそ泥酔していても!」
「テレジアさんお酒?! まだお昼だよ?! わわわワタシはぶどうジュースでえ!」

●ラサ
 エルナトの言葉をエルスは思い返した。リリスティーネが、エルスを思って居る。
 エルスにとってリリスティーネは『許せない存在』だ。その様な事を考えたことすらなかった。
(だってあの子はいつだって毒のある子で、嫌味ばかりの……満月の時なんか……何か言われた気がするけれど。
 また記憶にモヤがかかっている……まるであの子が私に何も知られたくないとでも言われてるみたい……なんて。それはちょっと押付けかしらね)
 思えば、エルスはリリスティーネを知らない。知るという事は大事だ。
 聞こえていないから、理解出来ないから。そうやって心を推し量らなかったことで『彼』が挫けてしまった。
「リリスティーネを殺すのは、変わらないわ。でも『理解』するのは……今からでも間に合うかしら。
 ……ラサをこんな事にしたんだもの。ただでは逝かせないわよ……!」
 ――愛するとはなんだろう。自分には訪れることのない感情。エルスにとっての愛は、盾だったのだろうか。
 自己保身のために存在していたのだろうか。気紛れなあの人が、自身に向けてくれる感情は――そんなこと考えるだけでも馬鹿げているかのようにも思えた。

●海洋I
 折角の機会だ。『物語領』から出てシレンツィオのバカンスを楽しみたいとメテオールとコメートは共にやって来た。
「……おや? ミニマール、いつの間にここに。どうやってここまで……? まぁ細かい事は気にしないで行きましょうか」
「そうね。鞄の中に入って着いて来てしまったのかも!」
 二人は飼い猫と認識しているミニマールのことはイレギュラーズではなく只の猫として認識している。
 にゃあと泣いてみせるミニマールはシレンツィオリゾートが気になる可愛らしい乙女なのだ、が、今日は猫モードで続行だ。
「海に入って泳ぐ……にはまだ早いでしょうか……と言っても自分はあんまり泳げないんですけどね、入るなら浅瀬です」
「夏の方が良いかしら? そういえば泳げるかどうかは考えていませんでしたわ……! ……う、浮き輪、浮き輪も買いましょう!」
 海の家の店主はホテルの温水プールもオススメだと二人に告げる。その言葉を聞きながらもミニマールは浜辺の蟹をぱしぱしと叩いていた。
 可愛い水着も気になる。後で『人間』として見に行ってみようか。
「海洋は魚等もおいしいと聞きましたし、後で一緒に食べに行きましょう。猫も一緒に入れるお店があるといいのですが……」
「そうですわね。猫も一緒に……きっと海洋ならそういうお店もありますわ。もしなかったらお土産に料理を買ってきますわね!」
「にゃ、」
 ――食べたい! けれど、二人の前で人の姿になるわけには。
 悔しげなミニマールが尾をぶんぶんと振り回しているのは、お腹が空いたからだと認識してメテオールは優しく頭を撫でたのであった。

「うむっ。しとりんくぉーつ……なじみはないが大きい休みじゃろ? なれば旅行じゃ」
 白妙姫は竜宮といえば、と考える。御伽噺の竜宮と言えば――
「ほれ……あれじゃ。あれじゃろ? たいやヒラメの舞い踊りに出迎えの乙姫がおるんじゃろ?
 それくらいしか聞き及んでおらぬが向かったものは皆楽しそうにしておったと記憶しておるぞ」
 だが、現実の竜宮では謎の催しが開催されていた。
「竜宮に久々に来たのですが、第一回『ウサ座標★イケてるダービー』……?
 なるほど竜宮やお店盛り上げるイベントですね。こういう休暇の時期こそ、竜宮は本気でお客様をおもてなししたり楽しませたりせねばならないと……!
 大真面目に頷いた雨紅。ならば一肌脱ぎましょうとすぺしゃるばにーに身を包み、やる気は十分である。
 疾風怒濤の勢いで通り抜けて行くマグロを飛び越えてアクロバティックな雨紅は海月に絡め取られて「あががが」と痺れ始める。
「おっおっと――!?」
 司会者であったジン・フェイノンは驚いたように声を上げた。
 因みに、今回の主催である。ホストクラブ・シャーマナイト海洋支店の店長であるジンは先程から冥夜に突かれ続けて居る。
「今回のイベントを赤字覚悟で主催したのも、お店の名を一人でも多くの方に認知していただく為です。
 現場の盛り上がりは貴方の実況力にかかっていると言っても過言ではありません」
「いや、それプレッシャーだろ!?」
「いいですか、レディが化粧で武装するように、男は自信を身に纏う。それがホストとしての魅力を引き上げる秘訣。自分を磨き続けなさい」
 シャーマナイト海洋支店主催の第一回『ウサ座標★イケてるダービー』。
 出走者のドレスコードはバニーボーイorバニーガール衣装。竜宮近辺に用意したコースを走って魅せ付けるスペシャルイベントだ。
「優勝賞品はなんと、シャーマナイト1日VIP券! 指名し放題&飲み食いし放題!」
 シャンパンカラーの派手なバニーボーイ服を着用して居た冥夜は『優勝者を出さないため』に自身も参加するそうだ。
 グリゼルタは「ふむ、障害物走か」と呟いた。障害物がアル悪路を走破する技術は戦闘にも活かせるだろう。偶には斯うした余興に興じるのも――と、其処まで考えてルールでドレスコードが定められていることに気付く。
「んな衣装で走るのか!?些か肌面積が多すぎやしないか???
 いや、落ち着け。こんな奇妙な衣装を来ても冷静でいられるという、どんな状況でも心頭滅却する為の訓練だと思えばこんなもの、こんなものっ……!」
 グリゼルダは困惑していた。翌々見れば竜宮の人々は皆、似通った服装ではないか。
「ッ――」
 全力疾走をするしかないのだ――!
「なるほど。のんびりできる時期だからこそスポーツイベントはよい気分転換になるな。こういう企画がなければ依頼の代わりに豊穣の山で修行をするところだった」
 バニーボーイ服は何故書き慣れてしまった弾正。サイドがスリットになって居るセクシーなコスチュームで登場だ。
「うっ、あれはイソギンチャク……あの夏の思い出……そのまま飲み込んで僕のレーヴァテイン!」
 あの日のことを思い出す。伝説の聖剣レーヴァテインを前に弾正は何と云ったのか――!

 ――今の俺はさながらヴィゾーヴニル。レーヴァテインだけを受け入れるまで全てを退けた雄鶏の気持ちが、よく分かるよ……

 思い出に浸っていた弾正を正気に戻すようにクロサイトの「何なんですかこの破廉恥極まるレースイベントは」という声が響いた。
 竜宮ではバニーが正装。仕方ない。其れは仕方ないのだ。可愛らしいカチューシャのうさ耳を押し付けられたクロサイト。
 参加者が少なすぎても可哀想だからと付き合ってあげる辺りが彼の優しさだ。マグロの群が通り過ぎていく。出来るだけ轢かれぬように意識を研ぎ澄ませねばならない。
「風景は美しい」
 ベルナルドは頷いた。其れには違いは無い。風景は美しいのだ。
「……何で俺はたまの連休に絵も書かずにこんな訳のわからねぇレースに参加してるんだ?
 いや、ホストクラブなんざ行った事ねぇから優勝できたらいいインスピレーションを得られるかもしれないと思った訳だが」
 青を基調としたバニーボーイ服を来ていたベルナルドは最早スタート地点で思い悩んでいた。それにしたって、ゴールしたら絶対に謎のインスピレーションが湧く。
 此処から走り出すべきだろう。晴明はにいと唇を吊り上げる。役者は十分揃ってきている。
「きたきた、金儲けのにおい! レースといえば当然、お客さんは買うだろ? 馬券ならぬ兎券!
 なんせここは賭場好きが集まる竜宮だからな。賭けを少しでも盛り上げるには、出走者が増えた方がいい。バニーボーイ服ぐらい華麗に着こなして、俺自身も出走してやろうじゃんか」
 いっそ自分が優勝すれば儲けがたんまりである。晴明は赤いバニー服を着用し、勢いよく走り出す。体力が切れる前にコースを――マグロが突撃してくる。
「ぐっ!?」
「おお……」
 ジュートはバニーガールとなり、ダークラビットと名乗り豪運を発揮している。効率よく走り抜けたのは晴明がマグロに轢かれてくれたお陰だ。
 その横をさっさと通り抜けていけば良い。さあ、竜宮レースの結果は――!?

「――って訳なんですよ。ホント大胆というか、天然というか……。何だか賑わってますね」
 リディアは珍しく纏まった休暇が取れるようだから、くつろいで頂こうと思ってと『未来の義姉』を家に連れて来た兄の事をめんてんクイーンことテティシアに愚痴っていた。
 義姉ことクレマァダのことを慕ってはいる。だが、流石に想い合っていそうな男女と一緒に家で生活するのは……。
「そういう訳だから、数日ここに置いてくださいテティシアさん……――ええ、ええ、勿論その分手伝いますよ!
 その為に、不本意ながらバニー姿なんですからね! あー、もう! 私にも良い人いないかなー!!」
 くすくすと笑うティティシアにリディアは頬を膨らませたのであった。

 折角着用したバニースーツ。着る機会があるウチに着ておかねばならないとウェールは考えて居た。
 竜宮ならば浮かないだろうし、むしろ正装とさえ思われる。美味しいご飯に、楽しいお酒。程良く食べて、程良く飲んで、食事のレシピは其れなりに仕入れておこうと考える。
「わあ」
 ぱちくりと瞬いたアクセル。彼もバニースーツ姿での参加だった。花を持ち込み、飾れば店内は鮮やかに彩られる。
「レーゲン、酒飲むなら飲んだ分、水も飲めよ。帰り道の海中でリバースは大惨事だからな……」
「しじみ汁とか……?」
 おろおろとしたアクセルにウェールは「しじみ汁、どうだ?」とレーゲンへと声を掛ける。
 二人はカクテルを作れるパパってカッコイイだろうという話で盛り上がっていたがうさ耳を付けたアザラシは「悲惨なことになるっきゅ」と慌てているようである。
「でもでも、シャンパンとかカクテルとかオシャンティーなの飲みたいっきゅ!」
 グリュックにバニースーツを着用させていたレーゲンは「海中で悲惨なことはダメっきゅ。我慢するっきゅ」とノンアルコールカクテルを手にしたのであった。

●海洋II
 海の見える丘に訪れてエマは静寂の海を眺めて居た。
「今年、また一人近しい人が逝きました。仲もきっとよかったはずですし、こっそりと二人分花を並べておいてあげましょうかね。ひっひっひ」
 揶揄うような声音だったが、しんみりとしていたことは確かだ。遣らねばならぬ事とは言え、しんみりしては居られない。
 ――だって、これ以上は失えない。新たな得物を馴染ませるべく、今年の休日は修練あるのみだ。
「ダガーなんてのはね、ケチなこそどろが隠し持つには便利ですが、堂々と戦うならばもっと長くて重い武器を持つが道理というもの。
 この『メッサ―』、私の手足として見せましょう! きええーっ!」

 まずはバザーを見に行こうかとクウハはふらりとショッピングに訪れていた。こうしたバザーで案外掘り出し物が見つかるのだ。
 贈り物をしたときに驚いたり、喜んだりする顔がクウハは好きだ。心地良いというのもあるが、万が一、自身がいなくなったときに気紛れに贈った品で思い出してくれれば――なんていうのは自身も変わってしまったのだろうか。
「……昔はとっとと忘れて幸せになって欲しいと考えてた筈なんだが。
 竜宮でパーティーをやってるらしいし、バザーの後はそっちに行くのもいいな。
 死ぬかもしれない状況だからこそ、馬鹿みたいに騒いでおくべきなんだよ」
 命が有限だからこそ。強く、そう思うようになった。

「チック、ジュースを買おうよ。どれがいい?」
 雨泽に声を掛けられてチックは涼やかな海洋の風を受けながら帽子の影の向こうから「ん……」と首を傾いだ。
「僕は南国の果実がいいから鳳梨にするよ。鳳梨は甘くて、けれども酸味でさっぱりしていて美味しい。一口どう?」
「ん……ジュースは色んな果物が混ざる……したものを。甘くて爽やか……美味しい、ね」
 互いに口にしたジュースは心を潤した。二人で共に回るバザーも楽しさに溢れている。
「チックは何を買うの?」
 指先がどれにしようかと彷徨い揺らぐ。折角だから、共に住む者への土産の品をと右往左往為た指先は織物や工芸品を辿っていた。
 屹度、帰りを待つ人を思い浮かべて選んでいるのだろう。雨泽は「ああ」と頷いてから彼の横顔を見詰めた。
「雨泽は……何か良いの、見つけた……かな」
「僕はどうしようかな」
 そっと手に取ったのはキラキラと輝くサンキャッチャー。木漏れ日を捕まえる其れは、普段は自分の品を選ぶ雨泽が今日の記念にとチックへと送ると決めたお土産だ。
 ぱちくりと瞬くチックに「どう? 気に入った?」と問うた声音は弾んでいた。

 武器商人に纏まった休みが取れるらしい。ヨタカは家族三人で海洋の別荘へと里帰りを行なう事に決めた。
 ヨタカを待っていたのはケリー・ヒル。『ばあや』である。大忙しに寝具を交換しアップルパイを焼いて待っていてくれたのだ。
「ばあやただいま、迎えありがとう」
「おばあちゃん、こんにちは! 僕、この前8歳になったよ!
 アプフェルと遊ぶのが楽しみだし、お父さんやパパさんと遊ぶのも楽しみ。おばあちゃんとお話しするのも。やりたいこと沢山で、全部できるかな」
 そわそわとしたラスヴェートは手を繋いでいた武器商人(お父さん)の手を離しケリーの元へと駆けて行く。
 コレが所謂里帰りだ。ラスヴェートが嬉しそうだと武器商人も嬉しくなる。
「数日間、お世話になるよお嬢さん。これは手土産の手作りミルクレープ。手伝えることがあれば何でも言っておくれ」
「そうそう、ばあやにと思って買った花束を渡そう。カーネーションだ。
 ふふ、もうすぐ母の日だろう? 母の代わりに…我儘放題の俺を育ててくれて、いつもありがとう」
 小さくなってしまったケリーを抱き締めるヨタカに「ずるい!」とラスヴェートも飛び付いた。
「ふふ、ラスヴェートお坊ちゃんは大きくなられたのね。おばあちゃまとっても嬉しいわ!
 あらあら、お坊ちゃんからお花? 商人様からはミルクレープ?? あらあらあらあら! おばあちゃま嬉しくってどうしようかしら!」
 嬉しそうなケリーを見れば、ヨタカの頬にも笑みが浮かぶ。
「さあ、海辺でのんびり散歩でもするかい我(アタシ)の小鳥」
「いってらっしゃい」
 微笑むケリーに送り出され浜辺で二人、水入らずの時を過ごす。武器商人はそっとヨタカの指先を絡め取った。
「小鳥、愛しているよ。だからずっと傍にいておくれね。」
「紫月、いつも依頼頑張って大変だからね……ゆっくり過ごそ? 俺も、沢山愛してるよ」

「せっかくのシトリンクォーツだってのに、出かけねぇでいいのかい?」
「お外も気になるとこやけど、お家でゆっくりするんが今の気分に合うとります」
 湯気が立ち上った茶器を差し出し、更には饅頭を一つ乗せてから蜻蛉は縁へとそう言った。
 やれやれと肩を竦めた縁は欲のない彼女に笑いかけてから饅頭を手に取ろうと腕を伸ばし――袖口から覗く光る鱗に気付く。
「……綺麗やけど、縁さんに鱗があるの初めて見るわ……どないしたん?」
「そりゃまあ、これでも海種なんでな。鱗の一枚や二枚、あったっておかしくねぇだろ?」
 今まで、見たことのなかったものだった。動揺する彼は軽口ではぐらかす。
 何時ものように隠し事をするその顔は良く分かる。蜻蛉は隠そうとする縁の腕をぐ、と掴み引き寄せた。
 回復術の遣い手として、そうする事は屹度間違いでは無い。縁の苦笑も、抵抗しない彼の仕草も、其れだけで全て分かる。
「……おまじないよ。心配したって一人で抱えてしまうでしょ。よう知ってます」
「……ありがとよ。こいつはよく効きそうだ」
 蜻蛉が居るから抱える気になったとは口にも出せない。きっと彼女は怒るだろう。
 去年買った揃いの人魚。それだけで満足してしまうような彼女がいるだけで縁は満たされているのだから。

 トールは太陽に不快感を覚えていた。日傘や帽子で色々と対策はして居るが、顔色が悪いのは確かだ。
「大丈夫かトール、どうした……まさか烙印によるものか?」
 水の掛け合いを行って居た沙耶は彼を木陰へと連れて行き、不安げに眺める。
 トールは沙耶に自信の現状について、語った。不安と共に在るが――沙耶はぐ、と息を呑んだ。
「そんなことも知らずにシレンツィオの浜辺なんか指定して……我慢させてしまって……すまない……。
 それに……私だけ烙印もなくトールの苦しみを真にわかることもできなく……私の血でいいならいくらでも吸ってくれ」
「沙耶さん!?」
 トールは首を振った。耐える。耐えなくては、吸血衝動でその頸筋に吸い付いてしまいそうになる。
「大丈夫、普段から失うのには慣れてるし、トールに吸われるなら安心できる……」
「ッ、ありがとうございます。でも……その血は吸えません。一度でも吸ってしまったら欲求は満たせても、きっと罪悪感で後悔するから。
 もうすぐこの烙印とも決着が付きますから、それまでの辛抱です……」
「トール!」
「……大丈夫ですから」
 首を振ったトールは気丈に笑って見せた。全てが終わったら、また――この地に遊びに来ることが出来れば良いと、そう願って。

 フーガが最近知ったことだが、結婚式を挙げた後の旅行をハネムーンと言うらしい。そんな言葉を聞いて望乃の頬は緩む。
 煌めく蜜色の陽光の下で愛しい人とバカンスなのだ。
「ここは――」
 シロタイガービーチは二人の出会いの地だった。故郷は海からは遠かった望乃にとって初めて見た海だった。
 フーガが最初に声を掛けてくれたときは、頼もしい先輩、優しいお兄さんだった。それがここまで仲良くなれるなどとは思っても居なかったのだ。
「わたし達の縁を繋いでくれた海への祈りと感謝の花束を。……この先も、見守っていて下さいね」
「この海に神様というのが存在するなら…この出会いと運命に感謝しないとな」
 先輩後輩、友達程度の付き合いが、ここまで深くなったのだ。花束を神様に共に渡す二人はその出会いを本当に喜んでいた。
 早速シレンツィオリゾートの無料利用チケットを手にし、訪れた客室にはふかふかのダブルベットが存在していた。
「せーの!」
 二人で飛び込めば、バウンドする。一日の疲れも吹き飛ぶような心地よさがフーガを包み込む。
 ――ああ、けれど、隣の望乃の顔を見ればついつい口元が緩む。微笑んでしまって眠れもしない。
「明日は何処へ行こう? 何をしよう?」
 顔を寄せて、楽しげに笑う望乃にフーガは笑みを返した。

「最近のローレットの皆さんは随分羽振りが良くなりましたのね?
 ……ふふ、冗談ですわ。意地悪を言ってみただけ。『私の為に』そんな風にしてくれるのなら、喜んでお付き合いいたしましょう」
 揶揄うようにささやいたリーゼロッテにレジーナの目許が赤くなる。クラルスに支援を受けて、彼女を世界で一番のお姫様にするべく呼び掛けたのだ。
「ま、まぁ大事なバレンタインを直接過ごす事が出来ませんでしたし、その埋め合わせとして今回奮発しましょうか」
「うふふ。よろしくてよ」
 何時だって、エスコートを受けてくれるお嬢様にそっと手を差し伸べてレジーナは「お嬢様、なさりたいことはありますか?」と囁いた。
 そんな二人の船のクルーとして立ち回っているツクヨミは料理や操船などの様々な支援を行なっていた。
 ツクヨミの役目はレジーナとリーゼロッテのクルージングが素晴らしい物になることだ。
「天気が良ければ日光浴しつつ海を眺めるのも良いですね。ダイビングスポットでスキューバダイビングも魅力的です。
 夜には楽団による演奏をBGMに優雅なディナーを……メニューはお好きなものを頼んで頂いて大丈夫です」
 寿司などは珍しいだろうかとリーゼロッテへと問うた。箸の使い方や、食事の仕方など、なんだって彼女に教えてあげたい。
「頑張っていらっしゃるお嬢様を労いたく……特別のご奉仕をします。
 ズバリ耳かきです。きっと気に入っていただけますよ。お香を焚いて。クッションもご用意致しました。我の膝に頭をお貸し下さい」
 自信満々なレジーナにリーゼロッテはおかしそうに笑った。
「あら、至れり尽くせりですわね。こんな風に他人と過ごす思い出は……そうですわね。
 私は余り持ち合わせておりませんから。『あんなお父様』ですけれど、そこには少しだけ感謝しておりますのよ?」
「安心して下さいリズ。これから沢山思い出を作っていきますので……寧ろ覚悟が必要かもしれませんね」

●練達I
「や……やっとシトリンクォーツ……。
 例年に比べて激戦に継ぐ激戦でシレンツィオからアーカーシュから鉄帝から覇竜から……目まぐるしく転戦してきた体の疲労のツケが……」
 ムサシは疲弊していた。もうシトリンクォーツだ。去年は何も出来なかったが、今年は色々やると決めて居る。
「とりあえずまず今日は休みにして、明日から行きたいところを決めてエンジョイであります!」
 ――一晩寝た。何事もなく朝が来たが、眼がしぱしぱとしている。
「ああ今日もまだ疲れが……もう一日休みにしても……大丈夫でありますよね……」
 ――一晩寝た。寝続けたことで腰が痛い。ぐったりとしている。布団から出るのは辞めよう。
「今日からお出かけ! の前にためてた特撮を見て……」
 ――一晩寝た。何となく気怠くて取りあえずゲームを手に取った。練達に居るときにしか出来ない贅沢だ。
「今日こそ! 今日こそは外出! ……の前に積んでいたゲームをして……あれ…………? もう連休最終日…………? おかしいな……どこにも出掛けてない……?」

 再現性東京の路地裏で然音は壱和を待っていた。人目につかない場所で、息を潜める。
「ん、先に来てたカ。毎度の事ながら足が早いネェ。まぁ、いいカ。さっさと始めようゼ」
 にぃと唇を吊り上げた壱和に然音は頷いた。これは『取引』だ。余りに人目につかない方が良い。
「"取引"を始めましょう……。こちら、"工房"製の"調理器具"となります。ご査収ください。
「おお、コレコレ! 最近刃こぼれしててナァ。肉を切るにも一苦労だったから新しいのが欲しかったんダ。
 んじゃこっちも、[■■牧場]から採れた例の生地の材料ダ。品質は保証するゼ」
 包丁を振り回しながら壱和は黒い袋を差し出した。
「対価、"生地の材料"、確かに受け取りました。後はこちらで仕立屋に発注させて頂きます。
 それではこれにて"取引"成立という事で。いつもの事ながら、質の良い材料を有難うございます……」
「にしても今更だが始末屋とつるむ事になるとは、[ねこ]生何があるかわからんネ。
 まぁいいカ。お互いただの協力者、精々いい関係でいようヤ。ウヒヒ♪」
 あくまでも協力者。暗がりで語らった二人は視線を合わせてからほくそ笑んだのであった。

 ローレットの連中を真っ当に考えるのはカロリーの無駄だとシュペルは呻いた。
 そもそもにおいてシュペルという男は自らを他者と同様とは定義しない。天才である男が凡百と如何に比べられようか――と、言いつつも、『あの女』も何も言うことを聞かなかった事実は嫌と言うほどに寝そべっている。
「めーちゃん、めーちゃん」
「前回はねえ、扉ちゃんとはねえ仲良くなったから(物理)……開けてくれ……あら! しゅぺるちゃんが開けてくれたわぁ! やったぁ嬉しい!」
 やったーと跳ねたメリーノにヨハンナは良いのかと扉をメリーノを見比べた。
『茶の一杯でも珈琲でも振る舞ってやるから飲んだらとっとと帰れ』
 ――相手にすることに疲れたとでも言った様子であるシュペルにメリーノは「お土産を持ってきたのよ~!」と声を掛ける。
 ヨハンナは目線を右往左往とさせていた。どうにもメリーノは目の毒だった。吸血衝動には耐えているが、そもそも彼女は『吸血種』だ。元より、その為の牙を有している。故に、衝動が強すぎる。
 金の双眸に羽に侵食された異形たるレイチェルははあ、と息を呑んでから「先生! コーヒー飲めないからさ、俺はオレンジジュース!」と声を掛けた。
「イースターからはちょっと遅くなっちゃったけどおいしそうなロールケーキなの!
 だって今日はやっと! しゅぺるちゃんと面と向かって会えた記念日だわぁ、ケーキくらいないとダメでしょ?」
 うきうきとして居たメリーノは、『あの女』とシュペルが呼んだ存在に行動が似ているのだろうかと考えた。
「先生、あの女って……?」
「煩い」
 煩いことは、それ程嫌いでは無さそうなシュペルが外方を向いた。あの女は、メリーノのようにタワーに飛び込んで来るのだろう。
「ねえしゅぺるちゃん、カミサマだって天才だって一人ぼっちは寂しいわ。
 外に出なくたって良いわ わたし何度だって会いに来るから、だからその度ちゃんとコーヒーとおやつを用意してね。
 次はシャンパンを持ってくるわ 大丈夫、そんなに長い時間じゃない。『あたしが死ぬまでのほんの一時』わたしと、もうすこし、遊んで」
 僅かに目を瞠った男は「ふん」と鼻を鳴らした。刹那――扉がばんと大きな音を立てる。
「や! 僕だよ! 今日からシトリンクォーツなんだって? ま、僕は毎日シトリンクォーツみたいなモンなんだけどねッ☆彡」
 やっと辿り着いたテルクシエペイア。喧しい奴が増えたと言いたげなシュペルにテルクシエペイアはウインクを一つ。
「ごめんください! 通りすがりの美形です!! 先日ぱんつをお届けした者です!
 遊びに参りましたよ! メリーノ殿もいらっしゃるんでしょう!?
 歌いながら歩いてきたら僕の美声につられてついてきた変なチューリップも入りたそうにしておりますよ!!」
 ――そのチューリップ、お絵かきしそう。
 るんるん気分なテルクシエペイアは手土産に自身の美声と見事な指輪をどうぞ、と勢い良く躙り寄ってきたのであった。

「少しばかり散策に付き合ってくれないか? 無駄足になるかも知れないんだが」
 ベネディクトは友人に聞いた『デスマシーン次郎くん』を拾った場所を目指していた。リュティスは主に誘われたならば「お供します」と二つ返事を返す。
「最近、少し元気が無かっただろう? だから何かプレゼント出来ればなと思ったんだが」
「……ご心配をおかけして申し訳ありません。元気がなかったでしょうか?」
 頷いたベネディクトはお気に入りそうにも見えたデスマシーン次郎くんに似通った品をプレゼントしたいと考えたらしい。
 リュティスはふと、思う。主は『あの』人形を好ましく思う従者はどうなのだろう、と。リュティスは興味を示していたが特に好んでいたわけではない、が――晴陽が気に入っている上、デスマシーン次郎くんの友達にもなれそうだ。
「流石に簡単には見つからないか。いや、まて、……さっきまで、あそこに店などあっただろうか。ふむ、覗いてみようか。折角だ」
「はい。ご主人様」
 リュティスは主の背を追掛けた。自分の為だと気を配ってくれる彼の心遣いが嬉しいのだ。
 深緑からずっと、感傷に浸っていた。そんな心を持ち上げるも『魔除け』の品めいたデスマシーン次郎くんが居れば安心だろうか?
 因みに、謎の品物が多く並んでいる古物店に辿り着いてひよのに「危ないですよ」と言われたのは、また別の話なのである。

 友人とともに練達で仲良くデートだとェクセレリァスは観測端末と歩いていた。
「端末」
 人の姿に『擬態』した二人は手を繋ぎセフィロトの街をのんびりと歩く。観測端末はあまりセフィロト内を知らない。ェクセレリァスに「教えて下さい」と案内を請うたが――デートと言っても経験が少なくノープランであることをェクセレリァスは悩んでいた。
「ま、ノープランで気の向くままにうろつくのも悪くないけど。
 ……偶には休暇を取ればいいのにシトリンクォーツなんて関係ないと働いてる人が多いことだね、この街。
 私は忙しくても適度な休息を取らないと逆に能率が下がるって考えなのでのんびりするが」
「そうですね。興味を持つ対象は多いです。当端末は彼方が気になります」
「いってみようか」
 何となく、共に進む。其れだけでも新鮮で刺激的だ。またどこかにいこうと誘うェクセレリァスに観測端末は次元の彼方にでもお供しますと頷いた。

「私はね、雪風さんと一緒に過ごせるなら別に何処かへ遊びに行かなくてもいいんですよ?」
「いやいや、友達と言えども出不精に付き合わせすぎるのは」
 手をぶんぶんと振った湯きぁぜにリディアは「一週間もあるならシリーズ物でもどんどん見られますね」と微笑んだ。
「実は、竜宮炒飯を習ったんです。良ければ食べてくれますか?」
「有り難う。俺もなんか作る? あ、わりと料理出来るんだよ。味の保証はしないけど」
 楽しげな声音の雪風にリディアは頷いた。友人、それが彼との間柄だ。本当は、もっと自分を見て欲しい――けれど、今は一緒に過ごせるだけで良い。
 少し位はドキドキとして欲しい、けれど。
 彼の目にそうやって映らないのは少しだけ寂しいのかも知れない。

「私は――大型連休だとしても生徒の為に授業内容を改めねばならない。されど、無数の仕事は苦ではなく、私としては気楽なものなのだよ。
 生徒の多様性、自主性を慮る事で、素晴らしい芸術作品をぽこちゃかするのだ!」
 ロジャーズが向き直ったのは赤城ゆい。彼女の眸は最早『駄目』になっている。
「私は美術部顧問なのだよ――特別授業が欲しいか、ならば並べ! Nyahahahaha!!!」
 堂々たるロジャーズの傍でゆいは「書こうね。書きますか? 何、何をする? 何?」と眼をぐるぐるとさせながらキャンバスに筆で赤を塗りたくる。
「第四の壁へと訴えるかの如きグロテスクだ。私の伽藍堂な脳髄を有むかの所業! 合格点だ――楽しい愉しい補習になったな!
 貴様は休む事すら休むと謂うのか。素敵な素敵な芸術家精神だが、少しは怠惰に過ごすのも悪くはないのだよ赤城!」
 成績は良くとも、特別授業を受けに来た。せんせ、せんせと呼ぶ声も、今日は楽しげで堪らない。
「Nyahahahaha!!!」
「にゃはははは!!!」

 補講が行なわれている技術棟から離れればクラス棟はしんと静まり返っている。
「今日は祝日なんじゃないの? 学校ってあいてるの?」
「だからこそ、だよ。今日なら人は全然いないから、暁月の普段いる場所、ゆっくり見れるし、こっそり忍び込んじゃお」
 大丈夫、ばれないと囁いたジェックに『お転婆さんやなあ』などと思いながら明煌はついて行く。人が多いところは苦手だ。だからこそ、これ位が丁度良い。
 無人の教室に校庭、静まり返った体育館。見て回る明煌は『暁月が過ごす場所』を眺めて居た。それは彼の知らない暁月だ。
「最後には屋上に入り込もう、ほらこっち。
 誰もいない屋上の、誰もいない青い空。呪物も、知り合いも、誰もいない。何のしがらみもないここでなら素直になれることもあるかもでしょ?
 ――……なんて。開放的な場所が好きで連れてきちゃっただけ」
 揶揄うように笑ったジェックに「開放感があるなあ」と明煌は頷いた。学校に良い思いでも何もない、だからこそ、屋上は妙に落ち着いた。
「……ねぇ、気付いてるかな。明煌、会った時より顔色悪いよ。今日は……ちょっとは気分転換になったかな」
「そうかな」と明煌は呟いた。年下の女の子に心配させてしまったと肩を竦める。
「時々アタシのことも眩しそうな目で見てること、気が付いてるよ。だから明煌はもしかしたら余計な心配をしてるのかも……って思ってさ。
 アタシは無理に聞き出したりはしない。話はいつでも聞くけど、話したくないことは聞かない。前みたく、話してくれるまで待つから」
 ああ――彼女は真っ直ぐなのだ。
「でもね、知っておいて。キミが何を言おうと言うまいと、アタシは背負うから。暁月も廻も背負ってあげる。キミの大切な人達だもの」
 そうやって、欲しい言葉ばかりを並べてくれる。
 諦めないよ――全員が救われる方法、絶対見つけ出すから。
 ほら、何て眩い。決して『深道 明煌』が踏み入れない場所に彼女が立っているのだと、痛感してしまう。
「ありがとう」
 紡いだ詞は、空虚にも感じられた。

●練達II


「成程、藤が見頃なのね」
 レオンは頷いた。夜のライトアップが素晴らしいいと聞いてドラマは彼と連れ立ってやって来た。
 練達は天候を制御しているというのに季節感を四季折々しっかりと調整している辺り再現性東京を作った技術者にはこだわりを感じる。
「花は……好きか。幻想種だもんねえ。俺はまぁ、複雑。何てったって綺麗だけどすぐに散るから。で、オマエは外の世界を見てそう思う?」
「えぇ、花は好きですよ。すぐに散って……確かに、そうかも知れません。
 ですが、無くなる訳ではありません。季節は巡って、また綺麗に咲き誇るのです」
 微笑むドラマの横顔をレオンは見て居た。なんたって『見頃』なのだ。天蓋を彩った枝垂れ藤。空を覆い尽くす花を見上げる横顔に「なあ」とレオンは声を掛けた。
「冗談。そういう訳で散る前に今、キスしていい?」
「レオン君はいっつも意地悪するように言いますが、いつまでも冗談で済むと思わないコトです――もう捕食者(わたし)の射程内なのですから」
 握った手を引っ張って、少し背伸びをする。冗談ばっかり、そんな彼を見上げて唇が動いた。
 ――本気になってよ。

 何時ものように仕事漬けのナヴァンを見詰めていたニルは「シトリンクォーツはしませんか?」と問うた。
「技術者は余り休みを取らないな」
 ナヴァンはニルを見ることなくキーボードを永遠に叩き続けている。テアドールの研究所もこの様な雰囲気なのだろうか。
 ぱちくりと瞬いていたニルは「差し入れです」と食事を持ち込んだ。エーリクが「ごはん……」と腹を鳴らせば九之助が「食べよう食べよう」と笑う。
 社畜ナヴァンもエーリクとニルが居るとしっかりとした寝食を心掛け始めたのか食事に向き合ってくれるようにはなった。
「エーリク様、最近はどうですか?」
「ナヴァンお兄さんが、良くしてくれます」
 新米パパと揶揄われるナヴァンは未だ幼いエーリクに気遣う様に「野菜を食べなさい」などと言って居る。
「……」
 ニルは驚いたようにぱちりと瞬いた。あのナヴァンが栄養バランスを気にしているのだ。
「ニル」
「はい」
「午後は何処に行く?」
 ナヴァンに問われてニルは更にぱちりと瞬いた。エーリクは「そうだ、ニルくん。どこにいきますか?」とウキウキとした様子である。
「……? 午後から、ナヴァン様、おやすみなのです……?
 一緒にお出かけできるのですか? エーリク様もいっしょ? わぁ! みんなでおでかけ、ニルはとってもとってもうれしいです!」
 そんな様子を九之助が「パパは大変やなあ」と言ったのは――仕方が無い、ことかもしれない。

 セフィロトでの買い物を楽しんで居た祝音は目的なくのんびりと散歩をしていた。
 此処最近は泣いたり、甘えたいことも増えた。それは子供っぽくなったという事だろうか――
 何となく感傷に浸り歩いていた祝音は人混みの中に懐かしい姿を見た。髪の色も、猫の耳尻尾もなかったけれど、あの姿は。
 祝音は走り出す。その背に飛び付いて「お姉ちゃん……お姉ちゃん!」と呼び掛けるとともに涙が溢れた。
 背への衝撃に驚いたヤーガは背を跳ねさせる。ヤーガ、いや、萱音は「祝音……君」と呟いた。
 萱音は祝音を知っている。大切な弟だ。だが、年の離れた姉を思い出すまでは接触するつもりはなかった。
「元の世界では……僕は大怪我したお姉ちゃんの最期を、看取って……だからっ……また会えるなんて思ってなくて……! お姉ちゃん……!」
 鳴く祝音をベンチへと促してからその頬を撫でた。甘える弟との出会いが愛おしい。
「もう一人のお姉ちゃんも…生きてる、の?」
「僕も……あの娘も行き停留尾、混沌に召喚されたから」
 祝音にとっての大切な姉たち。その片割れだ。思うように頬を擽れば抱き着いてくる温もりは何よりも愛おしかった。

(水夜子君の社会人祝いをしてから、もう一年か。彼女の死に焦がれる情熱。
 その本質のようなモノも何となく解ってきたような。全く解らない様な。隣を歩いていても、ひどく遠く感じるような。まぁ、それが結局僕らの『距離』なのだろうな)
 愛無は「と言うわけで」と口を開いた。
「水夜子君。学校とか行ってみないかね? 侵入なら僕ならばなんとかなると思うし。
 如何にもなシチュエーションではあるが、それだけに日常の中の非日常を感じられそうではないかね?
 再現性東京の学校ならば七不思議などもありそうだ。普段とは違った怪異に出会えるかもしれないよ」
「怪談探しならば喜んで」
 何時だって彼女は何かに焦がれている。愛無は神を恐れたことはないが、神に嫉妬したことはあった。
 神の器ではないと親から捨てられ、神ではないと彼女に袖にされるのであれば神を妬まずにはいられない。
(……そんな事だから「罰」が当たるのだろうか?
 何にせよ君は一途そうだから奪うのは大変だろうけど。目を離したら死んでそうだけど)
 前を行く水夜子の手を握り締める。普通に手を繋ぐ距離感、その曖昧な距離さえ此処にはない。
「……何時か君を奪ってみせるよ。愛はおろか恋も解らぬ人でなしの化物なれど。君の事を好きだと思っているしね。
 ――『おこぼれ』じゃ満足できないのさ」
「ふふ。怪異から私を奪うなんて、難しい話ですよ?」

「ここを今年のGWのキャンプ地とするぜ」
 ――そう、ここは澄み原病院である。定は長期休暇を利用して扁桃腺という彼を悩ませる部位を切除しにやってきたのである。
「べ、別になじみさんがいるうちに入院したら会いやすいし楽しいかななんて……ちょっと思ってたりする。
 出かけられないのは残念だけれど、こういうのもあまり経験出来ない事だよね」
「確かに。入院患者同士ってレアケースだぜ。取りあえずコンビニに行こうよ。待ち合わせ、ここね」
 エレベーターホールを指差したなじみに定は笑った。財布を持ってくると部屋に戻っていく彼女を見守ってから、一息吐く。
「疲れた?」
「大丈夫。大学生活はどう? 通いやすい様に部屋を借りたりは……あ、でもお母さんもいるか。今は家に居ないかも知れないけれど」
「そうだね、今最近はまだ此処にいるかなあ」
 病院で晴陽と水夜子に『おかえり』をして貰うのも何だか良い気分なのだそうだ。
「……なじみさんが家に帰ったら『おかえり』って言われる家になる様に、僕も力になりたい」
「定くんが私に言うお家がいいけど」
「え?」
「え?」
 ――うん、これ以上聞くと手術に臨めなさそうだ。一先ずは手術、それから――術後の熱が敵なのである。

●練達III
「リリと水族館デートですわ~」
 ウキウキとした様子のルエルは今日という日のためにしっかりとおめかしをしてきた。指先にはリリーベルと揃いの可愛らしいネイルが施されている。
「最近プレゼントしたネイル、着けてくれたのね、嬉しいなあ」
 微笑むリリーベルに「気持も上がりますわ~」とルエルは微笑んだ。魚を眺めるだけではお腹が減ってしまうけれど、きっとランチタイムには素敵な食事もある筈。――少し、お腹がぐうぐうと鳴ったってご愛敬である。
 ルエルはずっと楽しそうに微笑んでいる。其れだけでリリーベルはうっとりと微笑むのだ。
(ずっと、ずっと続けばいいなって思うのだけど……ルエルちゃんだけは、どうか消えないで……)
 願うようにリリーベルはルエルの手を取った。カフェで一休みをし、共に廻り歩いた水族館。
「うーん……あら? ピンクのイルカ!かわいらしいですわね~♡ ふふ、水色のイルカと買ったら、私ちゃんとリリみたいじゃありません?」
「ほんとう! あの観覧車に乗りたいわ〜ちょうど日も暮れてきて、とってもロマンティックだと思わない?」
 じゃあ、一緒にと微笑んだルエルにリリーベルは傍らの温もりを感じながら目を閉じた。

「ゆっくり泳ぐ魚を見ると、なんとなく、落ち着くんだ」
「ああ、僕もだよ。彼らの泳ぎはとても自由だ」
 水族館の椅子に腰掛けていたハリエットは顔を上げる。ギルオスは休暇などお構いなしに仕事をしていそうと呟けば彼はおかしそうに笑った。
 彼女は楽しいだろうかと、気にするように視線を送ったギルオスはハリエットがまじまじとその顔色をうかがっていることに気付く。
「あのね。うちの合鍵を受け取ってほしいんだ……交換、てことで」
「鍵を――はは。いやしかしそれは」
 信頼の証として、合鍵を渡していたのは確かだ。だが、流石に女性の家の鍵を受け取るのは――そう考えたギルオスは少しばかり悩んだ。
「見られて困るようなもの、ないし」
 そもそも、物も無い。その表情から精一杯に考えてのことなのだろうと感じ取った。無碍にするわけにも行くまい。
「分かった、ありがとう――機会があれば君の家にも寄らせてね」
 微笑みながら受け取ったギルオスは其の儘ゆっくりと水槽へと視線を戻す。まるで穏やかな水面のようにこの一時が心地良い。
 変わらぬ関係性、それでもハリエットが仄かに抱いたのは解けてしまいそうな淡い想い。気付かれたら屹度、今のままでは居られない。
「この後どうしよう? もう少しゆっくりするか、何か食べに行くか……」
 ぽつぽつと呟きながらハリエットは俯いた。恋をするなら、この人がいい――と、思うのは恋と呼ぶべきなのだろうか。まだ、それは良く分からない。

「ヘスペリデスでの探索はまだまだ続いてるけど、ユリーカも言ってたみたいに休める時はちゃんと休まないとね。
 って事で、琉珂っ! シトリンクォーツでは休みを思いっきり満喫するわよっ!」
 びしりと指差す朱華。チケットを買っていよいよ踏み込んだのは水族館である。大きな水槽には沢山な魚が泳いでいる。
「わ、わ、朱華。どうしましょう。この水槽って割れない!?」
「わ、割れないわよ! 見て見て琉珂! 魚があんなにいっぱい泳いでるわ、それもこんなに沢山っ!」
 楽しくなって思わず「さかなー!」とポーズをとってみた朱華。「ちんあなごー!」と叫んだ琉珂は同じようにポーズをとる。
「……はっ!?」
 子供っぽくって恥ずかしいと頬を染める朱華だが、相手が琉珂だとそれも、妙な心地になる。
「えい、えいってやつ見ましょう」
「朱華、ソフトクリーム、青いわ!」
 ペンギンの餌やりの時間もある、と二人でパンフレットを見ながら顔を寄せ合わす。まん丸アザラシクッションを購入して帰ろうと約束し、二人は館内を勢い良く進むのであった。

 レオと共に水族館にやって来たミレイは不思議そうに周囲をきょろりと見回す。
「家族と来た時に一緒に来たのが最後だったけど、水族館は好きなんだ。ミレイさんは?」
「私は前にいたところが海外だったから、あまり来た事が無いのだけれど……一度、誰かと来た時は楽しかった記憶があるわ。誰だったか、思い出せないけれど」
 瞬くミレイにそうかとレオは頷いた。彼女をエスコートしながら、銀河の水槽にトンネルの水槽とバリエーション豊かな水槽を眺め遣る。
 本命はイルカショーだった。屈託亡い笑みを浮かべているミレイを見て居るだけでレオは嬉しかった――だが、
「ああ、イルカさん達の動き、可愛らしいわ。……あら、勢いがあるわね。ふふ、こんなにびしょ濡れになったの初めてよ」
 うわああと、思わずレオは叫んだ。ミレイはイルカの動きで濡れ鼠になったのだ。
「タオルありますね、あ……びしょ濡れ。お土産屋行って買いましょうか」
「ええ。お土産屋さんでタオルと、……キーホルダー?」
「はい。今日の記念にどうですか?」
 お揃いですが、と声を掛けたレオにミレイはこくりと頷いた。お揃いは誰かとともに来た、という思い出になる。
「レオさんさえ良ければ、一緒の思い出になってくれると嬉しいわ」

 晴陽とともに水族館に訪れた竜真は「前から気になっては居たんだよな、こういうところ」と水槽を見回した。
「ちょっと変わった顔の動物とか、深海魚ってやつが多く展示されてるイベントみたい」
「最近、興味を持ったのはオジサンでした」
「……え?」
 美味しいそうですと真顔で告げる晴陽はそっと水槽を指差した。優雅に泳ぐオジサンに晴陽は満足げである。
「じゃああれは……あれは知ってる。これがアザラシってやつだろ。
 どうもあれが変わってるらしいんだが……はは、なんかいるな。他のとはだいぶ顔の違うアザラシが一頭。かわいいじゃないか」
「潰れている饅頭のようですね」
 感想がいまいち褒めているのか、それとも貶しているのかは分からないが晴陽の妙な表現は好印象の証のようでもあった。
「ん……あれも不思議な形してるな、メンダコ。俺はこいつ、結構好きだ」
 小さく愛らしいメンダコを眺めて居た竜真に晴陽は頷いた。こっそりと可愛らしいキーホルダーを買っておいた竜真は晴陽の背を追掛ける。
「逸れないようにして下さいね」と振り返った彼女がする子供扱いがいつかはなくなってくれればと、願わずには居られなかった。

●練達IV
「んんーっ! 今年もやって来たね、大型連休っ!
 まだまだ問題は山積みだけどなじみさんも無事に大学に入って、ちゃんと馴染めてるみたいで何よりだよね」
 何故か大学に一緒に居るひよの。そんな彼女と手を繋いで花丸はレッツ『遊園地チャレンジ』の時間だ。
「親子連れにカップルに色んな人が多いねー」
「親友も負けてないのでは?」
「……確かに! よし、レッツゴー!」
 首からポップコーンを提げマスコットの耳を着けた花丸はもりもりと動き出す。aPhoneで順番待ちをチェックして、思う存分に楽しむのだ。
 ひよののオススメコースを一緒に楽しむ事にも決めて居た。ランチタイムを挟んだら互いに行く場所を定めて更に満喫するのだ。
「花丸さん、コレ行きましょう」
「……え?」
「ほらほら」
 お化け屋敷をもうプッシュする現役巫女。怪異を相手にしすぎてバグっていそうな現役巫女。
「あ、あの……い、行くの?」
「怯える花丸さんが楽しみですので」
 ――あ、これは意地悪な奴だ!

 デートと言うだけでテンションが上がっていたのは鏡禍だった。遊園地デート、それだけで喜ばしい。
「にしてもすごい人ですね。手を繋がないとはぐれちゃいそうですし、いかがですか?」
「そうね。はぐれると二度とは出会えなさそうだし、構わないわよ」
 ルチアと手を繋いだだけで鏡禍は喜びにうち震えた。何に乗ろうかと提案すれば、彼女がついと顔を上げる。
「あ、あれは、駄目ですよ。ジェットコースターは……乗ったことあるのですけど鏡割れるかと……。それでも乗りたいっていうなら一緒に行きます」
「大丈夫」
 揶揄う声音に応えて、のんびりと歩き出す。彼女が見上げたのは観覧車だった。
「そういえば、いつかのクリスマスも一緒に観覧車に乗ったんだったなぁ……」
「同じ事思い出したわ。あの時と同じように、私に見惚れてもいいのよ」
 悪戯っぽく微笑んだルチアに鏡禍は「今は愛してる、と伝えられるんですよ?」と揶揄うような声音を返した。

「折角の休みに悪いな先生。最近色々あったからな。ちっとばかし気晴らしに付き合ってくれ」
 今回は遊園地だと賑わう園内を歩く天川はペット入園可能だと聞いたとむぎにリードをつけて散歩させている。
 晴陽はぶたばかり見て居た。ぶたの尻を永遠に追掛けている。天川は思わず「先生、アトラクションはいいのか?」と問う程度に、ぶたを見て居た。
「むぎが彼方が良いと」
「あ、ああ」
 頷いた天川は「はぐれないように」と手を差し出した。むぎの尻だけを見て居ると前方確認を怠っていることになる。促す天川の手を握ってから「むぎが彼方に」とまたも言葉を繰返す。
「はは……こう。平和って感じでいいもんだな。こういう場所の雰囲気は」
「そうですね。実はあまりアトラクション経験がないので戸惑っていましたが、むぎが居るとまた違う視点で楽しめます」
 ――尻しか見て居ないが、と言い掛けてから天川は気を取り直して「ペット広場で三人で遊ぶか!」と笑いかけた。
 嬉しそうなぶたを抱きかかえて「是非に」と頷いた晴陽。そんな彼女をそっと天川は呼び止めた。
「晴陽。今俺達の周囲は不穏な感じになってるが、お前さんは俺が必ず守る。
 ……だが敢えて危険に突っ込まれちゃ守れるもんも守れねぇ。
 晴陽の性格上言っても無駄かもしれんが、これ以上は本当にやばいと思った時は俺のことを思い出して踏み止まってくれよ? 約束だぜ」
「性格上難しいかも知れませんが、善処します」
 天川は肩を竦めた。これでこそ、晴陽なのだ。

 初めての遊園地に高揚しているボディは「おお、あっちはジェットコースター。こっちは観覧車」と指差した。
「楽しそうなことが目白押しです。何処から行きましょうか、龍成?」
「あー……ジェットコースター行ってみるか?」
「ではジェットコースターに乗ってみましょう。凄いらしいです」
 無表情であった『雛菊』も最近は感情を出してくっる様になった。それだけでも龍成は笑顔になる。
 スリリングな乗り物なのでしょうと手を引くボディは「最前列が良いです」と龍成に提案した。
 ――一頻り龍成を眺め、後落書から降りた後の感想は。
「……ん、良かったです。中々良い経験になりました。さぁ次です次。乗る予定のアトラクションは沢山です」
「ちょ、待て。おまえ、ちょ、これ……すげえ高いんだけど!?
 高い所は怖くねえけど、何で垂直より曲がってるんだ? おかしくね? ボディは何で平気そうな顔して乗れたんだよ!?
 ハァ……ハァ……内蔵が出て来そう。も、もう次……?」
 振り回されて内臓をシェイクされた龍成がぐったりとするがボディは「次です」とうきうきと走り出す。
 遊園地は家族でも行ったことがなかった。誰かとともに、というのも余りに少ない。単純に楽しくて堪らないのだ。
「また、一緒に来ような遊園地。何回でもお前と一緒に……な、ボディ」
「はい。今日は夜まで遊びます。龍成となら、疲れ知らずで楽しめますよ。一日中一緒にいれるのだから、尚更です」
 だから行きましょうと走り出すボディに「ま、待って」と龍成は手を伸ばしたのだった。

 パンフレットを手にしていた大地はジョシュアと連れ添ってお化け屋敷に向かっていた。
「気をつけナ、ジョシュア。案外この中ニ、『本物』が紛れてるかもしれないゼ?」
 ――赤羽がそう笑えば、大地は呆れる。
「馬鹿、そうゴロゴロと『本物』がいる訳無いだろ」
 精巧な仕掛けや恐怖を煽る演出を楽しむのだそうだ。ジョシュアは暗がりを見回してから「慎重に進みましょうか」と提案した。
 確かに出来るだけ暗くした館内はゆっくりと歩かねばならない。万が一『本物』が居ても赤羽がなんとかしてくれるという安心感はあった――が。
「さあ、ジョシュア。出口まであと少し、だ……? ぞ、ゾンビの大群!? ヤバい逃げるぞ!」
 ぜえぜえと息を吐いた大地にジョシュアもはあと大きく息を吐く。
「これはその、予想以上に不安や恐怖を煽られるのですね……。その……疲れて……休憩、していいですか……?」
 そんな大地とジョシュアを気にする事は無く『赤羽』はうきうきと声を弾ませたのであった。
「よシ、次は『ウルトラマキシマムダイナミックライトニングコースター』に行こウ!」
「心臓に毛生えてんのかお前。……俺も休憩に一票。フードコートの方に行くかあ」

 一人遊園地を観光しにやって来たフィノアーシェ。コーヒーカップでぐるぐると回りジェットコースターで悲鳴を上げて、昼は飲食店でランチタイムだ。
 初夏に似合うシアーシャツに、ロングスカートのコーディネート。日よけの帽子を押さえて、アトラクションを眺め続ける。
 最後は観覧車に向かうと決めて居た。違和感なく、日常を謳歌するこの街を見下ろしたかったのだ。
(再現性東京も、竜の襲撃からの復興は粗方終わった感じか……混沌情勢も色々変化している…我も少しは強くなったのだろうか)
 元世界の最後の記憶――幸せに過ごしてほしいと最期に願ってくれた者。その願いの履行もまた彼女の贖罪の1つ。
 この日常を過ごすフィアノーシェは独り言ちる。
「……我は叶えられているだろうか?」

「……寝てしまったか」
 一日中一頻り遊んでいたルアナが観覧車でこくりこくりと舟を漕ぐ。微笑ましそうに眺めて居たグレイシアに対して――ルアナはゆっくりと顔を上げた。
「眠気堪えながら一日遊んでたけど、限界迎えたから変わるわよ」
 平和ボケをしている好々爺。それが『ルアナ』の中での現状の魔王の印象だ。
「自分で歩いてもらえるのは、有り難い事ではあるが」
「悠長なこと言わないで。このままだと『ルアナ』は二度と目を覚まさなくなるわ。ルアナを助けたいなら『私』を殺すか、『私』に討たれるか」
 皮肉めいて告げたグレイシアにルアナは低く、冷たい声音でそう言った。それこそが、グレイシアが望まぬ現実で有、有り得て欲しくはない『事実』だ。
「今となっては、元の世界に戻ったところで、吾輩に魔王の席は無いと思うが……それでもか」
 混沌肯定はグレイシアから魔王の権能を奪った。それは魔王としての宿命から遁れたのではないか、と考えて居た。
 だが、召喚されて『ただの人間』になろうとも運命の糸は簡単には覆らない。
「私とルアナを切り離すことができれば、或いは」
「切り離し……なるほど……」
 グレイシアの脳裏に浮かんだのはルアナの背に浮かんでいる紋章だった。
 魔王の権能かを喪失し、只の人となったグレイシア。それでも、覆らぬならば、『ルアナ』という人間が抱えきれぬ勇者としての存在を、如何に切り離すか――勇者は魔王を斃す者。だが、勇者は『混沌』で生きて変化したのだ。ルアナがルアナとして生きる方法を探すかのように。

●深緑
「ね、プルーちゃん、こっちよ」
 のんびりと森林浴をしながら木のお世話をしようと誘ったジルーシャにプルーは頷いた。彼の胸元で煌めくベルディグリの雫。
 美しいその煌めきを身に着けてくれていることはプルーにとっても嬉しいことで「着けてくれているのね」と揶揄うようにも声を掛けた。
「大切な『お守り』だもの、ちゃーんと着けてるに決まってるじゃない♪」
 微笑んだジルーシャが水を遣った植物たちは生き生きと揺らいでいる。葉の上で煌めく滴は陽の光の下では宝石のよう。
「グリニッジ、シャトリュー、レヨンヴェール……フフ、アタシも少しずつだけれど、色の名前がわかるようになったのよ。
 プルーちゃんといると、世界はいつだって色鮮やかに見えるもの」
 ――目が見えなくなっても、そう含んだことはプルーには気付かれないで居て欲しい。
「そういえば、植物に名前をつけてあげると元気に育つんですって。プルーちゃんだったらどんな名前をつける?」
「そうね……悩ましいけれど、ベル、とかかしら」
 ジルーシャはそっとベルと植物へと呼び掛けて遣った。

 幻想も随分春めいてきたが、深緑に来ると自然をいっそうに感じると文は息を呑む。
 前に来たときは木々も弱っていたけれど、今は随分と元気になったようだ。植物の観察を行ない、お花屋さんとしての知識を生かし文はのんびりと歩き回る。
 ――森に以前のような雄大さを取り戻してもらいたいが七割、洋墨や紙、文鎮の材料になりそうなものを分けてもらえないかという打算が三割。
 練達ではどうしたって怪異や呪いについて考えてしまう。ひっそりと後ろに寄りそう怪異の気配を文はひしひしと感じているのだ。
「……最近は怪異に対しての興味をコントロール出来ていない気がするなあ」
 それは何故だろうか。もう少し考えて見た方がよいのかもしれないと独り言ちて。

 妖精郷へと訪れたオデットは「オディール」と呼び掛ける。氷狼の欠片であるオディールにとって常春はまだ見慣れぬ物だろう。
「ほら、オディール。これが春よ。ここは妖精郷、妖精たちを襲ったりお家は壊しちゃだめよ?」
 不思議そうな顔をしたオディールに妖精達は「かわいい!」「この子なあに?」とオデットの周りを回っている。
 冬の気配をさせたそれを連れているのがオデットであったから。彼女ならば信用できると妖精達は認識しているのだろう。
「この子はまだ冬以外ほとんど知らない子供なの。だからみんなを頼りにきたんだわ」
 何をしようと妖精達は嬉しそうにオディールへと寄り添っている。ああ、春というのはなんて素敵なんだろう――?

「どうだい? ここだといつでも綺麗な星空を見れるんだ。ダンジョンの中なのにまるで広い原っぱにいるみたいでしょ」
 にんまりと微笑んだメープルに「ああ」とサイズは頷いた。折角の休暇だ。妖精郷に行けばサイズは妖精達のためだと仕事に精を出してしまうから、デートどころじゃなくなってしまう。
(……たまにはこうした所で過ごすのも悪くないな……)
 準備したのは軽いデザートだ。メープルはサイズに「お弁当!」と嬉しそうに笑っている。彼女が楽しそうであればサイズとて嬉しいのだ。
 ピクニックだと微笑んだメープルの笑顔にサイズは彼女の思惑にふと気付く。
 ダンジョンなんて、危険な場所へのお出かけは正直承服しかねていたが、これも彼女が頑張り続けるサイズを気遣っての事だったのだろう。
(……メープルに心配掛けないように確り休もう……)
 小さく息を吐いたサイズを覗き込んでからメープルは「サイズ」と呼び掛ける。
「私もたまには友達とじゃなくて二人きりで過ごしたいのさ。
 今日くらいはゆっくり休んで、ね――それにさサイズ……ここならキスでもなんでもし放題だぜ? ふふ!」

「エスト、エスト」
 呼び掛けるソアは家に籠りきりだった。腹が空いて、血が飲みたくて堪らない。体は全然動かしてないというのに本能がそうさせるのだ。
 ソアと共に過ごす日々はエストレーリャにとっては幸せそのものだ。彼女に起きている変化だって理解している。
 ソアの好きな物、おいしいもの、食べたいものを聞いて一緒に食事をしようとエストレーリャは用意していた。
 ふとした刹那に何か酷い事をしてしまわないかと不安がるソアにエストレーリャは何時もと変わらぬ笑みを浮かべる。
「美味しいよう……あうっ、太ったらどうしよ」
「ふふ。じゃあ、落ち着いたら、いっぱい遊びにいこうか。おいで、ぎゅっとしてあげる」
 ソアが眠たくなったならばエストレーリャは自身の腕へと彼女を誘った。腕枕をしてその胸に顔を埋めるソアは額をぐりぐりと押し付ける。
「エストで頭をいっぱいにしたいの」
「……うん」
 もうすぐ彼女は大きな戦いに向かって行くのだろう。どうしようもない程に誰かに焦がれ続ける感情から遁れるように、ソアはエストレーリャに縋る。
 エストレーリャはソアを待っている。いつだって、おかえり、と言うために。エストレーリャは自分の全てを彼女に渡したって構わなかった。
「がぶり」
 ――血の味だって、覚えていたい強欲な彼女は、ただ、心の底から彼だけを求めていた。

「ねぇ、クェイス! だいぶ久しぶりになっちゃったわね!
 あの後、私の故郷でもある鉄帝にも冠位魔種が現れたの。皆のお陰で、犠牲は出ても倒す事は出来た!」
 ファルカウに向かってそう声を掛けたセチアはそんほ眸をきらりと煌めかしていた。
「そしてクェイス達の行動のお陰で、鉄帝でも1人の魔種を殺すのではなく再会の為に眠らせる選択が取れたの。
 選択を教えてくれて有難う。故郷を救えた事は勿論嬉しいけど……ねぇ貴方に会える時に一歩近づけたのかしら? それが私は今嬉しい」
 話す事は出来なくても言葉は聞こえているはずだと、そっとファルカウの幹を撫でる。
「来年はこんな一方的じゃなくて2人で話せると良いのだけど」
 寂しいだなんて弱音を吐くのは看守らしくないけれど――素直に、もう一度、と。早く逢いたいとそう願っていた。

●覇竜
 外の世界では『おやすみ』なのだと銘恵こと『しゃおみー』はお弁当を作り、ドラネコ達とのお昼寝を楽しんで居た。
「ドラネコ達……幸せかな?」
 領域も、領域の外も楽しい。しゃおみーにとって、皆の手伝いをして、ドラネコと過ごす日々は何者にも変えがたいものだった。
「チョコミント、おいしいもの、可愛いふわふわの猫や動物……しゃおみー、イレギュラーズになれて良かったって思ってる。
 今はのんびりドラネコを……猫吸い、っていうのも知ったよ。だからドラネコのお腹すぅーってする! ネコ撫でるー!」
 嬉しそうにごろごろと転がったしゃおみーへと応えるようにドラネコが鳴いた。
 和やかな日常が続くのは覇竜領域ではあまり馴染みのないシトリンクォーツだからだろうか。しゃおみーのドラネコとすれ違うように飛んでいくのはスクが連れていたドラネコだった。
「あれ……? これっていつもと同じですかね……?」
 のんびりとフリアノンで散歩、という『日常』を謳歌するスク。今日は皆がどうやって過ごしているのかを眺めにやって来たのだ。
「そうそう! せっかくなので春夏秋冬ともう一匹のドラネコさんも一緒にお散歩に連れて行きましょう!
 まだ名前の付けていないですし……ドラネコさんの名前を考えながら一緒に過ごしましょうか♪」
 嬉しそうに微笑んだスクはフリアノンの内部に入っていき、人々の生活を眺めて居た。
 練倒は折角の休暇だからと家に籠り、ピュニシオンの森で自身達が携わった竜種についての調査結果を纏めていた。
 竜種とは伝説の存在、上位存在であったが、あの森では多くと出会うことが叶っていた。
「吾輩の夢である竜種へ至る為にも折角竜種と会いその力を直に見れたのであるのだから無駄には出来ないであるな」
 頷く練倒は、ふと調理場が騒がしいことに気付いた。
 フリアノンで自由に利用できる調理場には13匹のドラネコとユーフォニーの姿があった。
 覇竜イチゴ、デザストルオレンジ、覇竜チョコのみ、アンニンドウフを使ったスペシャルフルーツ杏仁パフェをユーフォニーが作っているのだ。
「たくさん作ってフリアノンのみなさんにドラネコ配達便がお届けです! 隠し味にはみんなが笑顔でいられますようにとおまじないを……っと」
 準備万端のユーフォニーは「ソーちゃん」とドラネコロボットのソアに声を掛けた。
「琉珂さんにもお届けです。ソーちゃん、倒さないように気をつけてね。お口に合うといいんですけど……」
 ソアに届けて貰った琉珂は「わー! 凄く美味しそう。ユーフォニーさんが作ったの?」と嬉しそうに微笑んでいる。
「はい。風の噂でスイーツが好きと聞いたんです。今度また何か一緒に作りましょうね! ……そ、その、しっかりお手伝いしますのでっ」
「私もお料理は出来るのよ?」
 にこりとユーフォニーは笑みだけを返した。何だか危険な香りがしたから。
 其れは兎も角、だ。コレだけ忙しない毎日だが――甘いものは心を解す。皆にとって落ち着く時間となりますように、とそう願った。

●豊穣I
 エーレンと共に藤の花を眺める咲良は「エーレンくん!」と手招いた。
「小さい頃、この時期藤まつりに連れて行ってもらって、蜂に追いかけられたのはいい思い出だなぁ。
 今は蜂ぐらいで怖がったりし……ひゃぁっ耳元ブーンって音したぁ……。……別に怖くなんかないもん!!!」
「安心しろ、見たところ今のはハチじゃなくてアブだ。怖がっていないのも分かっているからそう膨れなくてもいい」
 良い両親に恵まれたのだと微笑んだエーレンに咲良はにんまりと微笑んでから咳払いをする。
 こうして咲良に連れ出されて出掛けるのは何度目だろうか。慣れない土地の地理の把握、ワイバーンの2人乗りの練習、そんな理由がついていたがこれは――やはり、彼女は。
 其処まで考えて居たエーレンに「ねえ、エーレンくん?」と声を掛けた。
「今日予習してきたんだけど、藤の花って結構色んな花言葉があるみたいでさ!
 歓迎、とか忠実、優しさとか。それだけじゃなくて『決して離れない』、『恋に酔う』って意味もあるんだって。だからなんだって話なんだけどさ。ひとつ豆知識ってことで!
 ……ねぇ、エーレンくん。恋に酔うはともかくさ、絶対に大切にしたい人って、エーレンくんにはいる?」
 内心ドキドキとしていた。この関係が壊れてしまうのは嫌だ。けれど、好きな好きと言いたかった。友達以上恋人未満とはこの事なのだろうか。彼の感情が見えずに咲良はじいとエーレンを見遣る。
「絶対に大切にしたい人というのは……いない。そこに困っている民がいれば、その助けになるべく駆けつける。
 俺はそういう特異運命座標だ。……そうでなければならん。それと、恋に酔うのは経験上お勧めできないぞ。
 その相手を見る目が曇る。端的に言うと、ロクでもない男に惹かれてしまうことが多くなるんだよ。特に年上はやめておいたほうがいい」
 ――どう、受け止めれば良いのだろう。『俺のようなハズレはやめろ』と彼は言葉に含ませたのだろうが、咲良はその言葉にぴたりと止ったままだった。

 久々の外出なのだと百華は「けーちゃん」と呼び掛ける。主と屋敷でのんびりとしていた慧は久々の外出許可に喜ぶ百華の背中を追掛けた。
「都の流行りとか見て、地元の特産品は需要どうかな~アレンジ必要かな~。けーちゃん、行こう行こう」
「荷物持ちっすね」
 るんるん気分で歩いて行く百華は嬉しそうに頷いた。それは、建前だ。
 慧は他国でも豊穣でも大きな事件に携わっている。屋敷に棲まう百華は多聞の当主としてそうした事件には携わることは余りに無い。
「買い物もっすけど、主さんなんか藤見も楽しみにしてたっぽいっすねえ」
「えー? 私がゆっくりお店見たり、慧ちゃんと一緒にお花見またしたかったんだよ。怪我はしてもいいけど、ちゃんと帰ってきてよね」
 主としてだけではない、家族としても百華は慧を心配していた。
 ぱちくりと瞬いた慧は常と変わらぬ様子で「……俺の帰る故郷は、百華さんと一緒っすよ」と呟いて――帰るのがあなたの所だけなのだと言えれば格好良かったのだろうか。

「お時間いただきありがとうございます晴明様、五月晴れ……きっと藤の花も綺麗に見えますね。
 ……ベールを目深に被ってるのはお許しくださいね?太陽が眩しくて…体調が悪いわけでは……ごめんなさい」
 その身に刻まれた烙印がどうしようもなく邪魔をする。妙見子は弱々しく笑って見せたが、晴明は其れに気付いて僅かに眉根を寄せる。
 誤魔化すように一歩前へと。彼もイレギュラーズとしてローレットに携わっている。烙印の事は知った話だろう。
「この前見た桜も見事でしたが藤の花も見事ですね……私はこの一面の紫のカーテンを見るのがとても好きです。晴明様は藤の花お好きですか?」
「……ああ。藤は優美で好ましく思う」
 頷いた晴明の頭に降った花片に妙見子は「あら」と小さく呟いた。髪に絡んだ花だけで彼を少し幼く思わせる。何て愛らしいと酔い痴れてそっと手を伸ばした。


「そう言えば、晴明様、お誕生日……確か今月ですよね? ちょっと目を瞑っていてくださいますか?」
「……ん?」
 不思議そうな顔をした晴明に大丈夫だと妙見子が声を掛ければ足元には小さな式神の姿が存在していた。
「私が組み上げた式神です、葛葉ちゃんってお名前なんですよ……どうかこの子を貴方に、きっと厄災から貴方を護ってくれますよ。
 晴明様、お誕生日おめでとうございます。貴方が生きているだけで、貴方はそこにいるだけで私はとても満たされているのです」
 ――生まれてきてくれてありがとう、心から貴方に祝福を。

●豊穣II
「普通の桜も良いものですけれど、芝桜もきれいですねぇ」
 遮那とこうやって花の名所を回るようになってから随分と時が経ったと鹿ノ子は感じ取っていた。
 その隣を歩く遮那は緩やかに頷く。忙しない日々と執務の間に気分転換として彼女と四季折々の花を愛でるのは遮那にとっても喜ばしいことだ。
「うむ、芝桜の鮮やかな色彩は美しいからの」
 遮那は微笑んでいた鹿ノ子の表情の変化に気付いた。彼女が思い返した過去は美しいばかりではなかった。
 彼の傍に居る女性に嫉妬をし、兎に角自分を見てほいs区手必死だった。恋をするなんて初めてだったから、殿方の気の引き方だって――
「……どうした?」
「……愛していますよ、遮那さん。いままでも、これからも。
 色んなところへ行って、色んなものを見て、これからもっともっと、同じ刻を積み重ねていきましょうね」
 手を握り締めてくれた鹿ノ子に遮那は頷いた。
「ああ、一緒に色々なものを見て回ろう」
 はじめて世界のことを教えてくれた彼女。一歩前に進んでから様々な事があった。新しい出会いと別れ。其れを経て、今がある。
「……ありがとう、鹿ノ子」
 ――胸に咲いた花が枯れぬように。光と水と、愛を、ずっとずっとあなたに注ぎ続けるとそう誓う鹿ノ子へ遮那は微笑みかけたのであった。

「さー遊びに……いやまぁデートって言い方もそうっすけどね!私が誘ったからそうっすけどね!
 何故叫ぶか? 誘っておいてなんすけど、ちっと恥ずかしいんで勢いで誤魔化してるんすよ!」
 そんなリサに「逢瀬だな」と頷いたのはウォリアであった。リサの気恥ずかしそうな横顔を眺めてから花々へと向き直る。
「色々行ったりしたっすけど、春とかにってのは新鮮っすねー。今の時期だと藤とか杜若とか、あと菖蒲っしたっけ?
 お花を見る余裕とかあんまなかったんで、こうして改めてじっくり見ると気分がいい感じになるっすよねー」
「ああ」
 優美に命を咲かせる花々。それよりも視線を奪うのは何時だって傍らの彼女だった。照れを勢いで誤魔化し押し切る姿は見慣れた物ものだ。
「紫とか、藍っしたっけ? 目に優しい感じ、何となくっすけどずっと見ていても落ち着くっつーか。
 ん? ウォリアさん、こっち見てどうしたんすか? お花はこっちっすよ、にぇーへっへ!」
「……いや」
 グラオクローネで愛を結論づけた。燃え盛る炎の奥底に好意があり、贈り物とともに伝えた詞。友人の儘の不明瞭な熱に意味を見出した。
 ウォリアにとって、リサはどんな花よりも美しい。じっと見詰めた視線に堪えるようにリサが笑ってくれる。
 リサとて、ウォリアの告白には驚いた。あの詞も、待っていてくれると告げたその誠実さも何れもが喜ばしい物だった。
「人としての幸せを奪うかもしれない、と心に過ぎるのは――神であるが故の傲慢だろう」
 晴明は脆く儚い哀れなものだった。だが、命に意味を見出したならば。託されたものはウォリアにとっても多かったのだ。
「……遠い未来か、それとも明日にでも…いつか選ぶ日が来る。『戮神』の己か、『旅人』の己か……」
 欠けていったものを、補うもの。そうやって世界は回っていた。
「いつかしっかりと恋人としてか、ウォリアさんの世界に突撃してもいいかも含めてしっかり返せるようにしておくっすね!
 だもんでウォリアさんは、あーあまり悩まずにっす! いつかきっちりと、私なりにカタつけて答えは出すんでね! ……まぁ、待たせる私が言うのもあれっすけどね!」

 御所が休みになれども彼は未だ未だ多忙である様子だ。ふにゃりと眉を顰めたメイメイは「宜しければお手伝い、させて下さいません、か?」と問うた。
「しかし、折角の休暇であろう?」
「心置きなく休暇を迎えられる、かと。………去年はそれでも連れ出して、しまいましたけれど」
 懐かしそうに微笑んだメイメイに晴明は「しかし、何処かに出掛けたかったのではないか」と晴明は申し訳なさそうに呟いた。
「……ふふっ、大丈夫、です。こんなに静かな御所というのも非日常的で…これはこれで、特別な過ごし方な気もするのです、よ」
「そう、だろうか?」
「はい。そうだ。御所のお庭にも藤棚があると、聞きました。仕事を終えたら……見に行きません、か?」
 御所の人出も少ない。藤の花を二人占めしようと提案すれば晴明は「それもよいな」と頷いた。
 しばしの沈黙の後、メイメイは「休憩、しませんか」と声を掛ける。少し周辺に空間を作ってから、膝の上をぽんぽんと叩いた。
「こ、こちらに……! 今なら誰かの目に留まる事もないでしょう、し……晴明さまがお嫌でなければ、です、が……」
「……重たいと、思うが」
「いえ………ゆるりとなさって下さい、ね」
 少し悩ましげな表情をした後、転がった晴明から寝息が立ち始める。「お疲れ様、です」と声を掛けてからメイメイはそっと頭を撫でた。



 着替えや食材を用意して、鉄帝国土産のペナントやパルスのキーホルダーを双子巫女に手渡した風牙は畳の上にごろりと転がった。
「つーーーかーーーーれーーーーたーーーーーー」
 鉄帝国に於ける連戦に次ぐ連戦。バルナバスとの限界ぶっりぎり決戦。一区切りはついたが、心身には一気に疲労が押し寄せてきたのだ。
 もう歩くことも食事だって面倒くさい。大切で大好きな二人とともに休暇を過ごしたいと考えて居たのだが。
「ちょっと、何寝てるの」
 そそぎが風牙の太腿をこつんと蹴った。お日様の暖かな光を浴びてだらだらとしていた風牙ははっと顔を上げる。
「ああ~~~見ないでつづり。見ないでそそぎ。こんなだらしない姿のオレを見ないで~~~。でも、二人がそばにいるってだけで嬉しくなるぅ~~」
「……そそぎ、肌掛けどこ?」
「これ……」
 二人はいそいそと大判のブランケットを持ってきてから風牙を挟んでころりと転がった。――幸せって此処に在ったんだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 素敵なシトリンクォーツの思い出になりますように!

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