＜鉄と血と＞Rising Black Sun

オープニング

●鉄帝国動乱
『麗帝』ヴェルス・ヴェルク・ヴェンゲルズが敗れ、新皇帝バルナバスが誕生して暫く――
　混迷する鉄帝では六つの派閥が天を競っていた。

　先帝ヴェルスの治世に戻さんとする帝政派。
　南部戦線の英雄ザーバ将軍率いるザーバ派（南部戦線方面軍）。
　我関せずと政治不干渉を貫くラド・バウ独立区。
　ギア・バシリカを中心に民の救済を願う革命派。
　ノーザンキングスに抗する戦力を持つポラリス・ユニオン（北辰連合）。
　空浮かぶアーカーシュに拠点を持つ、独立島アーカーシュ。

　各地で勃発した戦乱の成果は手札として揃い始めた。
　悍ましき冬の象徴であるフローズヴィトニルの欠片は中央こそ敵の手中に収まったが、各地に点在していた者はイレギュラーズが有する事が出来た。
　帝政派とザーバ派は合流する講話が叶い、ラド・バウ派も来たる帝都決戦に向けての防備を固めつつある。
　各地で蜂起する民草を纏めた革命派は今や『人民軍』の名を欲しいものにして居るだろう。
　東部より来たる北辰連合は女神の加護を手にすると共に理不尽なる冬を終らすが為に帝都へと躍進し、
　天より訪れる独立島アーカーシュはラジオの電波ジャックを行ない、各地に決起を促した。ラトラナジュの火が仇敵に放たれるまであと少し――射るべき先は慎重に見定めている。

　予てよりアプローチを続けて居た海洋王国からの貿易船は氷海に苦戦しながらも到着した。
　コンテュール卿は『嘗ての縁』での協力を約束し、同様に豊穣郷も出兵を宣言したという。
　これら事実は新皇帝バルナバスの即位と勅命から始まった混乱は収束し、着実に帝都への包囲網は整えられたという事に他ならない。
　即ちそれは帝都と帝位を鉄帝国の民のもとに奪還しうる最後の戦い『帝都決戦』に到る道である。

　かくて、決戦を望む号砲は轟く。
　南からはザーバ派が切り札たる列車砲『ノイエ・エーラ（新時代）』に加え、ザーバ将軍本人と精鋭部隊も出撃。
　西からは帝政派も、バイル宰相が決戦兵器『グラーフ・アイゼンブルート』を起動させる。
　東からはポラリス・ユニオン（北辰連合）も『月と狩りと獣の女神』ユーディアの加護を得ながら大兵力を出撃させ。
　北からは天空に浮かぶアーカーシュが、海洋や豊穣の援軍を引き連れ、帝都へ進路を取るか――
　地下からは革命派も多くの武器と共に動き出し、ラド・バウも帝都の中で防衛の意思を見せる。
　手に入れたフローズヴィトニルの欠片や、多くの切り札と共にいざや決戦。

　しかし。今だ帝都に座す新皇帝バルナバスは斯様な状況にすら一切の揺らぎを見せない。
　有象無象が幾ら束になろうとも敵ではないと言わんばかりの態度。
　いや、より正確に言うのなら『これに到るを望んでいたかのような不遜さである』。
　向かい風は依然強い。
　各地に訪れるべき春の気配を打ち消すフローズヴィトニルの冬風。
　更には新皇帝の圧倒的な武を信望する者も、尋常ならざる怪物共も後を絶たない。
　昏き因縁に囚われ、全てに復讐を望む梟の影もあり。
　更には頭上で輝く二つの太陽――バルナバスの権能――も大きな影を落としている。
　いやさ、しかし是非も無し。
　為さねば成らぬのならば他に手段はない。
　それが鉄帝国の流儀に則るなれば尚更の事。
　前を阻む全てを退け、眩き春を求める為に――精強なる鉄の民と可能性の獣はこの決戦ばかりを望むのだから！

●それはそれ
「――って訳らしいが、まぁ……余談だなぁ」
　帝都に轟く悲鳴と怒号、或いは歓声と混乱の音色を聞きながら。
　王城のバルコニーから城下を眺める新皇帝――バルナバス・スティージレッドはせせら笑っていた。
　彼の目的が『支配』の類ならば、或いはもう少し間延びした長閑な話になったに違いない。
　だが、『絶滅』ならば話はどうか？
「まぁ、こうなるな。誰でもそうする。俺でもそうする」
　何処ぞの覗き魔に手品を喰らった時からこうなる事は知れていたのだ。
　窮鼠猫を噛むとは言うが、座して死ぬ位ならば特攻の一つも選ぶのが人の常である。
　ましてやそれが血の気を売る程余らせた鉄帝の連中、それにどうあれ諦めが悪すぎる特異運命座標達ならば言うまでも無い。
　かくて六天を競い合った鉄帝国各軍閥は目的を一つにし、帝都スチールグラードの攻略に着手したという訳だ。
　遅まきながらの話ではあるが、それ自体を実はバルナバスは『歓迎』している。
「ま、何事も無くエンディングじゃ……仕事には上等だが欠伸が過ぎらな」
　原罪（イノリ）は嫌な顔をするだろうが、バルナバスは知った事では無い。
　わざわざ鉄帝国くんだりまで遊びに来たのに、お寒いままに仕事で終わるのはぞっとする。
『七罪である以上、このクソったれた世界がぶっ壊れるのは大いに愉快だが、趣味と実益をついでに叶えて誰の文句があろうものか』。
「しかし、まぁ……俺が言えた義理でもねぇが、鉄帝国ってのは愉快な国だな？　おい」
　独白めいていたバルナバスはここで漸く背後に控える部下――『黒狻猊』バトゥ・ザッハザークに水を向けていた。
「愉快、と申しますと？」
「この城さ。皮肉にもこの国をどうにかしちまう俺を厳重に守ってやがる。
　まぁ、俺は別にこんなもん必要でもねぇが……『それはそれとしてこりゃあ上出来な戦争装置だ』」
　バルナバスは武人が武器を褒めるような調子で上機嫌に笑う。
　帝都スチールグラードの中心に位置する王城リッテラムは有史以来唯の一度も外敵に破られた事の無い鉄壁の堅城である。
　一般的に成熟した国家の大都市の中心部に居を構える城ならば、前線基地としての意味も効果も薄かろうが……闘争を信望し、戦争を愛する鉄帝国の歴代の皇帝達は王城の機能を『実用』に振り続けた経緯がある。
　高い城壁に二層の堀を有するその防御は周到に地上軍を阻み、城壁に多数備え付けられた対空対地兵器は隙無く無謀な挑戦者の殲滅を狙っているという寸法だ。無論、建物自体の防御力も異様の一言であり、砲火力で制圧するのもそう容易い話ではない。
　究極最強の個としてのバルナバスは城の防御を気にするような男ではないが、『それはそれとして』一級の芸術品には一言がある。
「リッテラムは鉄帝国の誇りなれば。新皇帝陛下にお褒めに預かれば古き英霊も本望足り得ましょうや」
　慇懃無礼にそう言ったバトゥにバルナバスは小さく鼻を鳴らした。
「愉快なのはてめぇも含めてさ。頭おかしいだろ、分かってて乗るか？　普通」
「優先順位の問題ですな」
　揶揄したバルナバスにバトゥはすげなく答えた。
　彼は元々鉄帝国軍部の実力者である。最も早くからバルナバスの志向に完全な理解を示し、頭を垂れた男だ。
　とは言え、彼はバルナバスの呼び声を受けていない。狂気に染まった風でもない。バルナバスの言葉も尤もというものだろう。バトゥはあくまで鉄帝国軍人として、一人の獣種としてその凶行に付き従っているのだ。『新皇帝の目的が全ての破壊にある事を知りながら、リッテラム防衛軍の指揮官として忠勤に励んでいるのだから言われても仕方ない』。
「優先順位だって？」
「『惰弱な者に生きる資格を与えてしまったからこそ、この国は零落し続けている』。
　嘆かわしい限りではありませぬか。我等は誰より強き鉄帝国の民であったのに。
　足を引っ張る者共を慮るがばかりに、幻想程度も踏み潰す事が出来なかった。
　実に、実に、実に不快な話だ。『それはこの私が産まれた時からそうだったのだから』」
　バルナバスはバトゥの静かな怒りに目を細めた。
　成る程、是非は兎も角筋は通っている。バトゥがバルナバスに共感したのはその『憤怒』が為だ。
「それでグレートリセットに期待か」
「左様ですな。新皇帝陛下の施政は私の希望に全く合致している。
『一度全て吹き飛ばせば良いのです。この程度を生き抜けぬ惰弱はこの先の鉄帝国に必要ない』」
「そりゃあてめぇが含まれてもかよ？」
「無論」と答えたバトゥにバルナバスは呵々大笑した。
「……『人間』やらせとくには勿体ねぇな、バトゥ・ザッハザーク。
　てめぇには兵を全部貸してやる。精々囀った以上の仕事をして見せろよ」
「御意に。我等が戦いを御覧じろ」
　頷き退がったバトゥに視線をやる事無く、バルナバスは考える。
（面白ぇ男だ。生き残ったら真面目に部下にでもしてやるか。
　……『黒い太陽（ブラック・サン）』発動まではもう少し掛かるな？
　俺の敵じゃあねぇが、連中も随分と工夫はして来やがるんだろうよ）
　城下での戦い、そして王城での戦いを展開する『新皇帝派』の不利自体は否めまい。
　最終的に唯のぶつかり合いならば各地の総力を結集する軍閥が押し切る可能性はかなり高い。
　だが、新皇帝派――厳密にはバルナバスは負けまい。
『権能』が降ればこの国は終わる。そうでなくても自身は『七罪最強』だ。誰にも負けない。
「まぁ、いいや――」
　肌をひりつかせる戦いの風を全身に浴びながら、バルナバスは晴れやかだ。
「――かかって来いよ、特異運命座標。兄弟共とは格が違う所を見せてやるからよ？」

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第3章

第3章 第1節

●愉悦の王
「――なあ、傑作だろう？」
　玉座の間に踏み入った無礼なる闖入者に皇帝はむしろ親しみを込めるかのように語りかけていた。
「何処から掘り出してきたかも分からん玩具を振り回し。
　誰も彼も身勝手な大暴れに一喜一憂しながら、この場所を目指してやって来た。
　消耗に消耗を重ねてボロボロになってる癖に、それでも微塵も諦めた顔なんてしやがらねえ。
　……外の連中もそうさ。成り行きで即位した俺の為に『命がけ』で戦ってやがる。
　期待もしてなきゃ褒めてもいねえ。むしろ俺はテメェ等がここまで来る方に張ってたのにな」
　長広舌は実に身勝手な言い草だ。
「第一よ、無理して精鋭を送り込んだテメェ等の部隊こそ滅茶苦茶じゃねえか。
　外の奴等は遠からず限界を迎えるだろう。空に浮いてるでっけえ棺桶も時間の問題だ。
　……いやはや、人間ってのは度し難ぇもんだな。
　それだけ無理をして――それでもナルキス達を出し抜きやがる。
　もうこりゃあ、いちいち傑作で、何もかも面白過ぎて欠伸をする暇もありゃしねぇよ――」
　バルナバス・スティージレッドは挑戦者を待ち望んでいた。
　外を守りを突破するのは、或いは城内の麾下を出し抜くのは。
　恐らく不可能であろうと踏みながら、それを期待して止まなかった。
　結果として待ち望んだ『敵』がその望みのままに顔を出した事は彼にとっては僥倖としか言いようがない。
　そう、僥倖だったのだ。確かな、幸運だったのだ。

　――絶対に許さない――

　そんな言葉とて。そんな想いとて。
　彼には恐らく福音のように、賛美歌のように聞こえているに違いない――
「この国はじきに滅ぶ。誰一人助からない。
　まぁ、そりゃあ『決定』だが――なあ、なあ。特異運命座標よ」
　――故にバルナバスは全力の『好意』を隠していない。
　圧倒的に自身以外の全てを軽侮しながら、その見立てを一掴みの奇跡で超え得る彼等に期待を掛けている。
「特異運命座標よ。次は一体何を見せてくれる？
　この俺を――『最強』の俺を焦らせてくれるのか？　驚かせてくれるのかい？」
　その属性は『憤怒』なれど。
　こと戦いに限るのならば彼は常に『傲慢』である。
「見せてやるさ」と誰かが云った。
　見たくないものを見せてやる。
　一つの泣き言も聞かず、可能性の獣のその爪牙で笑う喉元を引き千切ってやる――
　獰猛な宣言はまだ叶うかも知れぬ戯言でしか無かったが、これまでの戦いでイレギュラーズは全てを『本当』にしてきた事を、味方も敵も知っている。
「そうかよ。『やる気』を聞いて安心したぜ」
　玉座より立ち上がったバルナバスの纏う気配が戦いの為のそれへと姿を変えた。
「それだけ元気ならまだ十分楽しめそうだ。何せ――」

　――俺は手加減が苦手でな。秒で終わったら誰も幸せにゃならねぇだろ？



　YAMIDEITEIです。
　ぴえん＞＜。
　更にタイトになって参りました……
　以下詳細。

●任務達成条件
　・『煉獄篇第三冠憤怒』バルナバス・スティージレッドの撃破
　・憤怒権能『黒い太陽』の発動阻止

●バルナバス・スティージレッド
『煉獄篇第三冠憤怒』。七罪と称されるオリジンの大魔種の一角です。
　七罪の常で純種である幻想種に似た姿をしていますが、筋骨隆々の大男で幻想種のイメージから最も遠いタイプです。
　前皇帝ヴェルス・ヴェルグ・ヴェンゲルズとの帝位戦に挑戦し、皇帝位を奪取。
　新皇帝として鉄帝国に統治とも呼べない苛烈な統治を敷きましたが、その目的は全土から『憤怒』を集める事でした。バルナバスの冠位権能は『黒い太陽』。人々の怒りや憎悪を集める事で至上の破壊力を生む最悪の大技であり、それは『鉄帝国そのものを滅ぼし尽くす程のもの』と思われます。（如月＝紅牙＝咲耶（p3p006128）さんが『過去演算装置ヴェルザンディ』の主機能により、そういった情報を覗き見ています）
　王城リッテラムの玉座の間で『その時』を待っていますが、その前に挑戦者に来て欲しい所もありそう。
　戦闘能力を言うなら『最強』です。命中回避は最強（そこまででもない）位ですが、パワーとタフネスは特に悪夢です。
　非固定値系のBS（割合ダメージ）は一定値までに軽減されます。又、一定確率で行動阻害効果をレジストします。
　せめてもの救いは権能が（現状の情報では）大量破壊にある程度特化している為、他大魔種のような個人戦影響が比較的少ない事が挙げられるでしょう。

●黒い太陽（ブラック・サン）
　憤怒権能。毎度お馴染み黒い太陽。嫌気玉。
　チャージ中ですが、これがMAXになると鉄帝国は滅亡の憂き目に遭うでしょう。

●『黒狻猊』バトゥ・ザッハザーク
　五十前後の獣種の将軍。反転しておらず、狂気も受けていません。
　彼の思想がヤバいのは持ち前のもので、バルナバスと『気が合う』ようです。
　当人の戦闘能力もさる事ながら、指揮能力がかなり高く覚悟ガンギマリなので厄介です。
　バルナバスから（魔種連中を捨て置いて）王城リッテラムの守将に任命されました。

●魔種（3/11追加）
　ナルキスという優男を事実上のリーダーとする武闘派連中。
　数は「十に足りないがよー知らん」位だそうで、リッテラム内部に遊撃的に存在します。
　この連中は『バルナバス麾下を気取る酔狂』であり、戦闘力が『極めて高い』です。
　特にナルキスについては相当ヤバめの敵なので注意が必要です。

→ナルキスとはシラス、ソア、貴道さんが戦闘中です。
　お三方はシナリオに参加する場合、【特殊遊撃】でナルキスとの戦闘を強いられます。
　……が、代わりになる援軍が来ればナルキスをスキップする事も可能です。
　スキップする場合、それが成功するかどうかは自他のプレイングの掛かり方によります。
　勿論、後顧の憂いを絶つ為にも先に彼を倒しても構いません。

※その他魔種達との遭遇戦も同じです。
　そういう意味でより多くの浸透戦力による戦力を向けなければ前章【特殊遊撃】選択者は進軍が難しい状態です。

●王城リッテラム
　二重の深い大堀、高い城壁、無数とも言える対空対地兵器を備える要害。
　曰く『成熟国家の儀礼的な王城にあるまじき、本当の戦争芸術』。
　城攻めには守り手の三倍の戦力が要る、とまことしやかに言われますが防衛力は強固です。
　プロの軍人であり、思想に問題がある以外は実に有能な『黒狻猊』バトゥ・ザッハザークが守将である為、進軍は難関を極めます。全軍で玉座の間に到達する事はほぼ不可能だと思われるので、必然的に少数精鋭を送り込み、バルナバスを討つというプランが想定されるでしょう。

　→外堀を超え第一門を突破。
　　内堀と第二門を残しますが、前線にバトゥが出現した事から指揮精度が向上しています。
　　また使い捨ての天衝種を兵力に優秀な鉄帝国軍人が防備に当たるので連携や実戦的な殺傷力が圧倒的に向上しています。

　→内壁での戦いが進行中。
　　状況は一進一退ですが戦力が抜けた分、やや押されています。
　　正面戦闘が敗北した場合、シナリオ成功は絶望的になるので引き続き強力な抑えが必要です。

●リッテラム防衛隊
　新皇帝派の諸兵、諸将、魔種、天衝種等の複合部隊です。
　敵の数は多く、精強であり、その数や詳細は限定的な情報しかありません。
　重要なのはこのシナリオの下限レベルが『80』という事です。

●友軍
　本シナリオにはPC以外の友軍が存在します。
　現時点で参戦済み、或いはPCサイドに伝わっているものは以下です。

・帝政派（グラーフ・アイゼンブルート）
　進軍中。本シナリオ一章時点ではまだ王城まで到達していません。
　壱花GMのシナリオをご確認下さい。かのシナリオ次第でバイタルが変わったり不測の事態が起きるかも知れません。

　→壱花GMのシナリオによりバイタルが変化している可能性があります。
　本シナリオから参戦し、砲撃と空戦による攻撃支援を加え始めます。

・ザーバ派（南部戦線精鋭隊）
　朗報です。かの『塊鬼将』ザーバ本人が率いる精鋭部隊が本攻略に参加します。
　南部戦線は最戦前である為、鉄帝国でも屈指の実戦部隊となっています。
　ザーバ・ザンザが戦場に健在である限り、PC、NPCを含めた全ての味方は防御面にプラスの補正を受ける事が出来ます。

・ヴェルス＆キール（3/11追加）
　前皇帝と手品師の組み合わせ。『特記戦力』です。
　特殊遊撃（城内浸透）に登場しますが、【正面攻撃】参加の人は関与できます。
　またそれ以外でも目撃自体は可能ですのでプレイングかけたければかけてOKです。

→チーム【鉄腕】withアリシスと合流しました。
　本章においては選択肢【バルナバス】に登場します。

　スチールグラード全体が戦場になっている為、戦いの規模は非常に大きいです。
　しかしながら、王城の早期攻略に入れる友軍は全体で精鋭を中心に数百程度の規模です。
　敵側も各地で戦いを進めていますが、王城は本拠地である為、兵力自体は敵の方が多いものと推測されています。

●選択肢について（3/11追加）
　以下のように内容が補足されます。

・正面攻撃
　バトゥ率いる敵主力部隊と戦闘し、城門の突破を図ります。
　彼等を十分に引き付ける事が出来なければ様々な弊害が生じ、特に城内浸透兵力が挟撃され退路が消えます。
　ここが不足する事があってはいけません。非常に重要です。
　引き続き非常に重要です。戦力を先に送らないといけない関係上、寡兵で押さえつける必要があるので不利になっていきます。

・側面攻撃
　正面が圧力に綻び始めている為、本章では正面攻撃に合流する事が望まれます。

・特殊遊撃
　本章では引き続き『城内浸透兵力』となります。
　前章五節のリプレイにおける魔種戦力を何とか抑える役割です。
　ここの数が足りない場合、選択肢【バルナバス】を選択しても足止めを喰らった扱いになります。
　前章五節のリプレイにおいて魔種戦力に遭遇したPCは特に後詰めの追加戦力が無い限り先へ進む事は困難です。

・グラーフ・アイゼンブルート
　旗艦たる空中戦艦も戦いの激化により危機を迎えつつあります。
　鉄帝国の最大戦力とも称される本艦を護衛し、極力長く機能させる事は非常に重要な作戦目標となります。
　肉薄してくる亜魔種から艦を守り抜きましょう！
　尚、亜魔種の中にも巨大なボス個体のようなものがある模様。
　これは謂わばバルナバスjrといった具合なので特に注意が必要です。

・バルナバス
　新選択肢です。そちらをご参照下さい。

●備考
　本シナリオの情報はゲームの進展と共にガンガン更新されます。
　又、他シナリオの結果や判定により状況に変化を及ぼし得ます。予めご了承下さいませ。

●特殊ドロップ『闘争の誉れ』
　当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争の誉れ』がドロップします。
　闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
　https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

●Danger！
　当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
　予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
　このシナリオの情報精度はC-です。
　信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
　不測の事態を警戒して下さい。


　あと13日しかない＞＜。
　以上、宜しくご参加下さいませ。

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第3章 第2節

●不可能任務 I
「御機嫌よう、皇帝陛下。
　アンタがやったのと同じように、堂々と真正面から会いに来たわよ」
　まぁ、たまたま出会った手品師さんにちょっとご協力頂いた訳だけど――」
　ちらりと向いたリアの視線に思ったより『律儀』な男は「はあい」と気軽に手を振った。
「人間の最強格に、其れと肩を並べるヤツまで友軍ですってのに」
　軽妙なるリアの言葉と、余裕めいた『風』の色彩は常に同じく。
「今まででも『過去最高』に頼れる切り札も沢山用意出来ましたのに？
　其れでもまるでまったく何も？　足りてる気が微塵ばかりもしないのよねぇ？」
　それでもひりつく肌に目を細めたゼファーの眼光の鋭さは増すばかりだった。
「憤怒の冠位魔種、バルナバス……
　確かに凄まじい力だ。『凄まじい力と言う他は無いのだろうな』」
　錬の言葉は苦笑いと同時に強い羨望を帯びていると言っても良かっただろう。
『間近に見るそれは、観測し得る事に成功したホワイト・ホールのようなものだ』。
　在るか無いかも厳密には定義出来ない、圧倒的な神秘にして望外。
　指向性すら曖昧。現象にして個人、感情を有する事象。研究者たる錬を泣かせ、時に希望を与える胡乱な奇跡そのものだ。
「だがだからこそ引く気は全く起きないな！
　圧倒的な武技も、底の見えない神秘も、理外の権能も、全て纏めて糧にする！」
　実に無謀な事に、あのスターテクノクラートをライバル視しようというのならお誂え向きの相手としか言いようがない――

　――思えば。

　イレギュラーズはその運命柄、嫌という程強敵を見てきたものだ。
　善なる資質を持ちながら、反転に運命を狂わされた巨大魔種。
　頭抜けた反骨心から野望だけを追い続けた盗賊王。
　暗黒の海を顕現する『最悪』の大魔種『強欲』。
　廃滅の海の二人の王。囚われた海賊王と世界を閉じた『嫉妬』。
　更には全てを押し流す、神威の滅海竜――
　何れも一筋縄どころではいかない相手ではあったのだが……
　そんな彼等だからこそ、
「『だからこそ、己が果たすべき責はあくまでここにあるのでしょうね』」
　オリーブがオリーブだからこそ、相対して今分かる。
　敵が『平均的な』人型だからこそ、尚更分かり、確信をもって言い切る他はない。
「それだけ元気ならまだ十分楽しめそうだ。何せ――
　――俺は手加減が苦手でな。秒で終わったら誰も幸せにゃならねぇだろ？」
　どうしようもない巨大さも、言葉が通じぬ暴威も無い。
　高度な知性を有し、冗句さえも嗜んで。意思の疎通に何ら問題が無い、それ所かまだ戦っていないにも関わらず――
　未だかつてない程に、『暴力』のみに際立った存在感がそこにあった。

　――バルナバス・スティージレッド。大魔種、七罪の中でも最強を公言して憚らない男である。

「そうですね」
　オリーブはバルナバスの言葉に頷いた。
「これから、かなり無茶を重ねる予定です。しかし此方は死ぬ気はありませんよ。
　生きる為に戦うと、皆と共に戦い抜くと決めたのですから」
「囀りやがる。自信家め」
　どの口で言いやがる、と逆に言ってやりたくなるようなバルナバスの嘲笑にオリーブは揺れなかった。
（ショッケン、パトリック。鉄帝人は毎度手の届かないところで勝手に死ぬ……）
　飄々としながらもそこまで割り切る事の出来ない美咲の感情は実に複雑な色合いを帯びていた。
（『ラトラナジュの火』はここに。奇跡の手札が残されているのなら）
　状況は常に悪化の一途を辿っているに等しい。
『これは元より、不可能任務を時間制限付きでやらされているようなものなのだから当然だ』。
　地上より幾分か空に近い――玉座の間に差し込む光の強さは刻一刻と増している。一連の戦いが始まる前よりもずっと強く、ずっと大きく存在感を増した『黒い太陽』は挑戦者達に強い焦燥と否が応なく訪れる終わりを強く意識させるものだ。
　故にこれはもう問答の場合ではないのだ。
『出来るか出来ないか等、とうにどうでもいい話であり、残された意味はやるかやらないかでしかない』。
「バルナバスよ。鉄帝の未来の為、お主の太陽を止めさせて頂く」
　端的に言って、単純にして明瞭極まる咲耶の言葉は宣誓であり、全てであった。
「この戦場に立った時点で死人も同じ、恐怖も憂いも無し！
　……ただここに――お前を討つ意志だけがある！」
　裂帛の気合が渾身の一撃に乗せられ、叫んで間合いを詰めたオリーブの剣は『対城』とでも言うべき出色の破壊力を帯びて唸りを上げた。

　それが――多量の血と幾多の犠牲を強いる戦いの、一つのクライマックスの始まりだった。

「――ようやく会えたね！　皇帝陛下！」
　細く長いのびやかな四肢に微弱なる雷電を纏わせて、赤雷（マリア）が低空を滑るように駆け抜けた。
「早速だけど、私の大事な皆が困っている。だから、皇帝を辞めてもらえないかい？」
　彼女の赤い双眸が大きく。オリーブの剣を素手で受け止め、彼ごと一撃を投げ飛ばしたバルナバスの姿を捉えている。
　刹那の攻防、
「笑わせる。一時間もせずに無くなる国だぜ？
　だが、答えはNOだ。どうしてもって言うなら――力づくでどかしてみろよ。それがこの国の『流儀』だろ？」
「まぁそうだよね――それなら、とことん滅ぼし合おうか！」
　一撃としては余りに『軽い』が無数の手数を帯びたマリアの攻勢は元より肉体的なダメージばかりを狙ってはいない。
「チ、面倒臭ぇ豆鉄砲め。味な真似しやがるな――」
　舌を打ったバルナバスがマリアの三撃目に大きく跳び退がる。その驚異的なパワーとタフネスの前に『豆鉄砲』は有効打足り得まいが、掠りでもすれば『持っていく』マリアの能力はこの人数上の非対称戦を大きく活かす一つの完成形と呼ぶに相応しかろう。
「軍人同士で潰し合うだけなら『勝手にやってなさい』と言うところなのだけれど――
　これでも私、『友人甲斐』のある女でしてよ？」
　相棒（パートナー）が搦め手ならばこのヴァレーリヤは本人の気質を良く表す一本気な『破壊力』である。
　力自慢の敵に真正面から力で向かう辺りも実に、実に彼女らしい。
「エッダは『あんな』だし、皆の未来にも関わるのだから放ってはおけませんわよ！
　覚悟なさい、皇帝陛下。貴方なんてけちょんけちょんにして、前陛下と一緒に酒蔵で強制労働でしてよ！」
「どっせえーーいッ！！！」と些か聖職者らしくない気合が迸り、天の王に捧ぐ凱歌が威力の余波で石造りの城の床を割り、その石片を跳ね上げる。
　一撃がお気に召したらしいバルナバスが「俺を相手に気後れねぇ奴とか初めて見るぜ」とせせら嗤った。
　一方で、露骨な咳払いをしたエッダが【鉄腕】なるチームメイトの連続攻撃を支える要となるべくすかさずその隙を埋める壁となる。
「一瞬でも保たせる。前へ進む。
　隙なんて無いかもしれないけれど、恐れて下がった先に未来は無い！
　……後、陛下。我等四人の戦振りをとくと御覧じろ。
　これが、私たちのゼシュテルです。貴方が育て上げたゼシュテルなのです――」
「ヴェルス君もいいとこ見せておくれよ！　期待してるからね！？」
「そうそう！　そーゆー訳で気抜くんじゃ無ぇスよ遅刻男！
　万が一、私が帝位獲ったらアンタ南部大佐の尻敷きスからね……！」
「……しゅ、主役を奪う位でなくては、誰も一つも許さないという事です！」
　自身の言葉に『乗ってきた』マリアと――特に美咲の言い様が『あんまり』過ぎてエッダは一瞬微妙な表情をした。
「色男も大変だなあ？」
「――ノーコメント」
　見事な連携攻撃を放った面々の一方で言わずと知れた『鉄帝最速』ヴェルスも黙っていない。
　攻めは当然ながら広い室内全周を利用した『多角的なもの』となっている。
　キールの支援を受け、加速と推力を武器にした強烈な一撃は石床を削り、バルナバスを数メートルも後方へ押していく。
「しゃらくせえッ！」
　一声と共に両腕を膨張させ、力づくでその勢いを止めたバルナバスはヴェルスの勢いを上への逃がす。
　ヴェルスは「力で付き合ってやったのに」と憎らしい位に涼やかな笑みを浮かべ、宙空で一瞬静止。
　次の瞬間には無数の刺突をバルナバスの全身に叩き込んでいた。
　生理的な問題だ。小さくエッダの鼻が鳴る。「ヒュウ」と誰かが口笛を吹く。
「実際、滅茶苦茶頼りにはなるのよねぇ」
　成る程、改めて轡を並べる『元皇帝』はゼファーの言った通り『人類最強』の一人に違いない。

　されど。

「軽いな、ヴェルス。そんなんじゃあこの俺は倒せねえよ。そんなこたぁガキでも分かる当然だぜ――」
　敵もさるもの『七罪最強』。即ちバルナバス・スティージレッドである。
　軽いと笑われた一撃が先の戦いで武闘派の魔種を仕留めた事は知れている。
『最強』等という究極の相対評価がこの敵を相手にあてにならない事もまた知れていた。
「――おら、よッ！」
　バルナバスの両腕が力を溜める。前に繰り出されたそれと共に破壊的な衝撃波が世界を揺らした。
「気を抜かば即座の『死』か。分かり易くも、有難くは無いな」
　嘯いた咲耶は展開したルーンシールドで辛くもこれを『止め』ている。
　彼我の直撃の意味はまるで意味合いを同じとしていない。
　バルナバスは当人の言の通り、貰ってもそうは堪えまい。
　だが、他方で彼の放つ破滅的な威力は容易にイレギュラーズの命を奪い去りかねぬ絶対的な宣告だ。
（だが、臆するな！　奴を直接見たのは己のみだったのだ。
『心の準備』は出来ておろう？　恐ろしいものだからこそ目を逸らせぬ。
　勝ちを拾いたいのなら――そんな事は分かり切っておるのだから！）
　それでもこれを前にさえ折れないのは咲耶が咲耶であり、特異運命座標が特異運命座標であるが故としか言いようがあるまい。
「――――こんな、事で……ッ！」
　エッダはこれを受け仲間を庇い、
「いいか美少女！
　ボクの初見殺しは冠位にも通じる……が、長くはもたない！　『分かっているな』ッ！？」
　この戦いに勝利の旗を打ち立てんとするセレマは信頼する唯一無二の『相棒』に声を枯れよと叫んで告げた。
「思うままに傾けるぞ、この国を！」
「そこまで言うのなら――ボロ切れのように使い倒される覚悟であろうな！
　否、襤褸切れであろうと襤褸雑巾であろうと最後まで見ておれよ！？
　――否、否！　その身命、床の染みとなりても、許さぬ。最後の瞬間まで、吾が雄姿、刮目せよッ！」
『一撃必殺を受けない事はセレマの真骨頂だ』。
　そんな彼の背後から、彼を踏み台にするように飛び出した百合子は獣の如く敢然とこの『最強』を猛襲する！
「実に情の深いものだな。憤怒も何かしらの期待あってこそ生まれるものであるが故。
　だが、吾は貴様に何の期待も抱かぬ、何も望まぬ！　しかし吾にかけられた期待ばかりには応えて見せようぞ！」
　戦いは始まりから強烈なまでの加速感を見せていた。
　バルナバスの戦闘スタイルは強引極まりなく、その戦い振りは鬼神の如しである。
　ペース配分や防御を余り考えない戦闘狂的な『やり方』は彼にダメージをも溜めるだろう。
　だが、それ以上にイレギュラーズに運命を問い続けている。
（……驚く程、『噛み合う』わね。コイツ。
　いや、違うか。『噛み合わせている』と言った方が正解ね――）
　槍の一打、そして交錯。
　強烈な死の匂いを帯びる右腕の一撃を直感で身を捩って何とかかわしたゼファーは嘯く。
「……こういうの『横綱相撲』とか言うんでしたっけ？」
『今のすら咄嗟』の反応だ。『考えて避けたなら恐らく今頃死んでいる』。
　余りにも呆気無い死と敗北に繋がる『至上の刹那』は戦いのレコードに無慈悲に積み上げられていくばかり――
　相手は素敵な貴公子（ガブリエル）じゃあるまいし――
「皇帝陛下の荒っぽいダンスだって付いていってみせましょう！
　足に止まっちゃいけない相手じゃあるまいし――多少は、御免遊ばせ？
　今度こそ下賜をもぎ取ってやるからね！」
「ええ、ええ！　全く、こんな相手の前に立つだなんて二度としたくはないと思っていたのですがね！」
　それでも――お相手頂きますよ、新皇帝陛下！」
　乙女無双なる二人、リアとドラマが相変わらずの見事な連携で幾分か体勢を乱したバルナバスの隙を撃った。
（……分かり合える事は出来なくても、知っておきたい。人は、理由があればこそ、強くなれるのよ！）
「あれからもう一段階、研ぎ澄ませて来ましたから……その辺り、たっぷりご賞味頂きましょう！」
「囀れ、囀れ。その方がずっと面白ぇ！」
　轟音、そして破壊的な『揺れ』。
「私の一撃程度、貴方には子猫の甘噛み程度なのでしょう。
　それでも――千切れるまで喰らいついてあげますから、ね！」
　煙の切れ目から啖呵を切るドラマは、その愛らしい見た目に反して反骨精神の塊だ。
　快哉を。決して止まるコトのない喝彩を！
　ここには相応しい敵が居る。何より相応しい物語がある――
　師匠が良いのか悪いのか、ゲツクの家の血筋なのか――彼女は実に負けず嫌いで、どんな相手にも諦めが宜しくない。

成否

失敗

状態異常

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第3章 第3節

●不可能任務 II
「成る程、一筋縄ではいかない訳だ――」
　嘯いたアルヴァの言葉は半ば自分に言い聞かせる、自分への叱咤激励だったに違いない。
「なかなかしぶといですねぇ、黒い太陽からの敵も」
　空を埋め尽くすかのように増殖を始めた『敵影』を強く睥睨するチェレンチィの表情には当初程の余裕は無かった。
　グラーフ・アイゼンブルートの周到なる用意さえ押しまくる文字通りの強烈な『物量』は押し潰す威圧感を刻一刻と強め続けている。
「黒い太陽……バルナバスを倒せば消える、でいいんだよね？」
　祝音の確認にも似たその言葉は誰もの『想像』であったが、同時に明確な答えを持てない完全な疑問そのものである。
　ひりつく戦いの中で分かる事もあった。
『それは取り分けゴールポストの位置と角度』だ。
　まず以って『耐久し続けられる』という展望は完全に無い。
　バイルご自慢の旗艦は抜群の備え――即ち敵と同等に近い物量を有していたが、決定的な違いがそこにはあった。
「――本当に！　しぶといですねぇ！　黒い太陽からの敵は！」
　鋭く放たれたチェレンチィの双刃の切っ先が吶喊してきたエネルギー体のような亜魔種を切り散らすも、一度は消失した像が再び有形を形作ろうとしていた。肩で息をした彼女はいよいよ現れ始めた『最悪』の想定に「そうでしょうよ」と隠し切れない悪態を吐いている。
「グラーフ・アイゼンブルートは空の要だし、落とされるわけにはいかないよね。
　あの、飛んでる亜魔種があの黒い太陽から生まれたものなら……
　これを倒していくことが多少なりとも『消耗』に繋がればいいんだけど、ね！」
　アクセルの放った閃光が中距離の亜魔種をまとめて灼き、彼の支援は傷付いた仲間を的確に癒す。
　とは言え、間髪無く後を詰める敵の新手はチェレンチィにもアクセルにも休む暇を与えてはくれない。
（水鱗強化したうえで　ローゼンキルトの　力をかりれば……！
　亜魔種たちの攻撃でも　そう簡単には　おとされないでしょう
　ですから……　この身をはって　亜魔種たちを　混乱させてみせますの！）
　空を泳ぐノリアは決死の覚悟で亜魔種達の猛攻を自身の身へと引きつけた。
　この戦いは元より酷いアンフェアで、酷い非対称戦なのだ。
　イレギュラーズと亜魔種の単純な争いならば、イレギュラーズ側に分があるのは間違いないが、目的達成への難度はその逆だ。
『敵』はグラーフ・アイゼンブルートを撃墜すれば『終わり』だが、此方側の勝利条件は示されていない。
　究極的には黒い太陽の沈黙と墜落。その手段で単純明快に一番可能性の高いのは先に祝音の言ったバルナバスの撃破になるのだろう。
「バルナバス殴りに行きたいけど……！」
　但し、思わず声を漏らしたヨゾラの言う通り空から直接関与する方法はない。ならば、と『黒い太陽』自体をどうにかしようと思っても、現在までの戦いにおいて味方側は黒い太陽に接近する事すら叶っていない。否、より厳密に言うのなら『この後の戦いにおいても無限に再生する物量差を押し切ってグラーフ側が黒い太陽への攻撃を仕掛ける事はかなり困難であると言わざるを得ない』。
「もし、もしだけど。バルナバスを倒しても駄目なら……他の方法が必要……？」
「太陽に干渉する――止める方法もあるといいんだけど……！」
　何処に真実があるかは知れないが――
　祝音とヨゾラ、【星空白子猫】の二人のやり取りを見れば分かる通り簡単な答えは転がっていないのは確かだった。
　空の戦いは始まった時から防戦一方である。
　この戦いはバイルがそう予期した通り『少しでも長い時間を保たせる』為のものだった。
　とは言え、諦め良く割り切る者ばかりではないのがイレギュラーズの強味と言えよう。
「墜としても墜としても減る様子の無い亜魔種、ね！
　……でも、だからと言って諦める理由にはならないわよね」
「……いずれにせよ、私達のやるべきことは変わりません。
　まだ私達は負けていません、大本を倒すまで耐え、反攻する、それだけです！
　人の強さを、舐めないでください！」
　アルテミアが、或いはシフォリィが凛とその銀剣を振るい、劣勢の戦いを奮い立たせた。
　簡単な話である。
（敵の攻勢は強くなっている。バルナバス自身に余裕がなくなってきたか、あるいはより愉悦する為か……
　そんな事は知りませんが、『力を使う』以上、下の本体もノーリスクでは居られないでしょう？）
　シフォリィは考える。
「亜魔種が地上部隊を無視してアイゼンブルートを狙うという事は、アレに近付けたくない理由があるはず――」
　アルテミアは確信している。
「アレをどうにかするなら、多少の無茶位、通せなきゃ話にもならないでしょう！？」
『この空の戦いは凌ぐものであると同時に、直接それを討ち果たさんとする誰かの援護になる』と。
「貴方が本当の太陽でないのなら……私（イカロスウィング）の翼を溶かすこと等できませんよ」
「ええ――終わっていない。まるで届かないとは思わない。
　太陽を堕とすとか、夢物語だと思っていましたよ。ええ」
　怒りの色の中へと飛び込み、渦巻く感情の嵐に身を委ね、それでもグリーフは淡々と怯む事は無い。
　不敵な笑みを見せ、その身を翻し。また一体の敵を穿ったチェレンチィもそれは同じ事。
「鉄帝の冬景色やクリスマスのイルミネーションが綺麗なんだよ。
　数回しか見てないが記憶にはっきりと残っていて――次男を迎えに行ったら見せてやりたいんだよな」
　何処まで本気か、余裕さえ見せている。ウェールの展開した電飾が鮮やかに激しく敵陣を灼き尽くした。
「あの太陽はどのみち落とすんだから、この戦力は……
　もとから無理でも何でも倒さなきゃいけねぇ奴なんだよ。
　何より……やっぱ、空にある黒い太陽なんて、単純に気に入らねぇったらねぇんだよ！」
　叫んだサンディの『風』がナイフのように乱れ飛ぶ。
「航空猟兵の最高戦力を舐めてもらっちゃ困るぜ？」
「逃がしませんよ。ふふ」
　アルヴァにせよ、茄子子にせよ。
　攻防は細いピアノ線の上を歩くような不安定なものだったが、ギリギリで踏みとどまるイレギュラーズの戦意は衰えていない。
「ああ、あの太陽、堕としてみたいなぁ。ダメですかね――」
　茄子子の我欲は実際まるで衰えていない！
　だからか、だからだったのか――
　小型の肉薄は艦に、守備するイレギュラーズに徐々にダメージを蓄積させていたが、らちが明かないとでも思ったのか。
「おー。こりゃまた大がかり！」
　奮闘する【航空猟兵】が一、ブランシュは破れた亜魔種のエネルギーの収束を見据えて声を上げていた。

　――粘り過ぎなんだよ、雑魚共が。面倒くせぇな――

　ビリビリと空気を震わせるその巨体は空の盤面を滑るイレギュラーズがまだ見ぬ敵の姿を形どっていた。
「ご丁寧にクソ強い個体までプレゼントかよ」
「バルナバスJr……って所なのかしらね？」
　吐き捨てたサンディ、生理的な冷たい汗を伝わせたガイアドニスに『それ』は呵々大笑を見せていた。
「一人で凌げる火力でないのは理解してるわ！　だからこそ航空猟兵ってね！」
　数メートルにも及ぶエネルギーの集積体はディティールの胡乱な魔種の姿を取っている。
『会話』さえ可能になったそれは、これまでのものとはまるで桁違いの威圧感でグラーフ・アイゼンブルートをねめつけていた。

　――さァて……

　空気が裂かれ、轟と鳴る。
「黒い太陽と、あのデカブツは憤怒の権能。
　成る程、お似合いの理不尽ですね――」
　衝撃に身を震わせた愛奈の声が呆れている。
　真っ直ぐに突っ込んできたそれの一撃は周囲に居た亜魔種ごと戦艦の甲板に大穴を開けていた。
（確かに強力です。しかしこれだけ強力なら――
　或いは、本体でなくとも、叩けば何かしら戦況を好転させられるかもしれませんね。
　どんなに強大な存在でも、思考は簡単に分割できるものでもないでしょうし――）
　それは希望的観測に過ぎないが、縋らずに戦うに空の死闘は過酷過ぎる。
「あのデカブツ仕留めたら我々の名も少しは上がるってもんですかね。隊長、指揮よろしくですよ！」
　敢えて明るく言ったブランシュに、「ああ、任せろ」とアルヴァは『安請け合い』をした。
「――さあ、本気で墜としてみやがれよ！」

成否

失敗

状態異常

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第3章 第4節

●不可能任務 III
「城壁の破壊、道の準備は進めていますが……このまま悠長にしては居られない、という事でしょうね」
　激突の分厚い手応えにマリエッタは辟易した思いを隠せなくなっていた。
　粘り強い防戦というものはやはり過酷なる国土で生き抜いてきた鉄帝国の精兵が故というものなのだろう。
「次の一手はどうするか……ですが」
「ですが……？」
　傍らで共に戦うユーフォニーが幾らか歯切れの悪いマリエッタの横顔を伺う。
　正面を、敵を見据えたまま、一瞬だけ黙考したマリエッタは咳払いをしてユーフォニーに告げる。
「どうしようもないものはどうしようもありません。
　ならば、鉄帝国らしく行くしか――正面突破！　ユーフォニーさん、全力で援護お願いします！」
　目を丸くしたユーフォニーは内心で考えた。
（きっと郷に入っては郷に従え……或いは朱に交われば朱くなる……
　策士が策を捨てたように見える時こそ、本当にこわい時かもしれませんね……）
「……ユーフォニーさん？」
「はーいっ、おまかせを！　今井さん、いっちゃいましょう♪」
　戦いは続く。
「現状、正直劣勢ですが、異世界にはこの様な言葉があります。『大抵のことは火力でなんとかできる』。
　戦争は砲火力こそ絶対正義！　その原則論は何一つ変わってはいないのです！
　さあ、敵兵を肉ミンチにして大地に混ぜ込み、貴重な堆肥として転生させましょう！」
　些か物騒過ぎるイナリの号令と共に砲火が世界を震わせた。
　耳を劈くような轟音と、それに伴う強烈な悲鳴と怒号は激しくなる事はあっても止む事は無い。
「かなしいのはいやだから……くるしいのはいやだから。
　みなさまの手が、この先に届くように。ニルはここで、がんばるのですよ……！」
「まだボコれる！
　まだまだ終わらねぇからよ……
　マジぴえんパーティプロジェクトは続くぜ、いや、これから始まるのぜ！　くろくてむがいなねこたん！」
　必死の表情で前線を譲らず尽力するニルの支援を受け、秋奈の気合の一声と共に全力全開の殺人剣が目前の兵士を切り捨てる。
「此処の戦場もそろそろカタをつけたいところだね。主将をどうにかしないとだけど、ふむ……仕掛けてみるか？」
「正面切って殴り合うのは向いてないが、やり方自体は『色々』あるよな」
　幾度となくラムダが敵陣の封殺を仕掛け、アーマデルもまた彼等の妨害を試みている。
「ここが下がっちゃ先に行った奴らが無駄骨だ。勝負にも戦にも勝って、皆で盛大に笑おうじゃないか！」
「ヤツェクのかんがえ、とてもいいね――全力でのったよ！」
「さぁ、喉も温まってきた！
　胸の奥から沸き立つ歌が、俺の刃を研ぎ澄ます！
　敵が地平を覆うなら、ブチ抜けるまで斬り合うのみよ！」
『良く通るヤツェクの声』に激励され、リュコスの――弾正の勢いが強まった。
　規律の良い動きで前に出てきた敵兵の一斉攻撃が容赦なく牙を剥くが、
「おうおう、邪魔をするか。いい度胸だ。だが、俺の始めた戦歌だ。俺以外には止められん！」
　傷付きながらも弾正はその最前線を譲る心算が無い。
「戦闘狂に成れる程、恐怖を捨てられねぇけど……」
　歯を食いしばった零は勇猛だけで出来ていない。
「だが、止まれば死ぬ……！　なら全力で駆け抜けるだけだッ！」
　投影した天星を構え、弾正に加勢した彼は臆病だけでも出来ていない。
「主力部隊がこれだけ必死ならば、ここが分水嶺という事です。
　ならば、四の五の言わずブン殴りましょう。この国ではそれが『道理』ならば――」
　敵方の攻勢を更に一押し押し込んだボディが引き受けた。
（相手の刃は私という壁で『殺す』。
　味方は殺させない。私が殺させやしない――この壁、そう簡単には砕かせてたまるか！）
　誰のみに非ず、解放軍の戦いは見事とと言う他無かった。
　至極合理的で有能な守将に守られた鉄壁の堅城を前に幾度と無く穿ち穴を開けていた。
「将才と思想は無関係とはいえ、有能な将の守る防衛線の突破とは厄介極まりないわね」
（一人でも多く一秒でも長く、味方が立っていられるように――）
　鏡禍は守らねばならぬルチアの声に深い疲労と消耗が積み重なっている事に気付いていた。
「とはいえ……たとえ相手が大スキピオやカエサルであったとしても、今回はやり遂げなければならないわ。
　こんな相手を自由にしては、この先何をされるかも分からないものね」
　ルチアの言葉は戦争を実に端的に正しく捉えていると言わざるを得まい。
　思想と能力に関係が無いという皮肉な言葉は実に正鵠を射抜いており、本来ならばそれ自体が極めて、何処までも難解な挑戦である事は言うまでもなく。敵の強力さは守り抜かねばならぬ彼女の危機をも告げているのだ。
「勿論、お付き合いしますよ。最後まで――です！」
　故に気を張る鏡禍の声にも一層の気合が漲っている。
　強烈なる削り合いは互いの命脈を削り取るような戦いである。
　鎬を削らねばならぬのは概ね全ての瞬間で、気を抜ける時間も場所も殆ど何処にも有り得ない。
　綻んだ前線に傘にかかり、より多数の敵兵が一斉に攻撃を浴びせかける。
「ハエみてえにウジャウジャとうざってえ！」
　これを受け止め、その体躯で乱暴に振り払ったのは傷付いたグドルフだった。
「全員お行儀良く一列に並びやがれ！　一発ずつブン殴ってやるからよ！」
　不沈艦のように敵前を阻む彼は実に彼らしい強気と共に大いに余裕を嘯いた。
　しかし、失われた余力は誤魔化して誤魔化せるものでもない。
　解放軍の素晴らしい健闘を差し引いても状況を明るいものと称する事は実際少し難しい。
「押しくらまんじゅう押されて泣くな～！！！」
　場違いとも思える程に緊迫感のない鈴音の台詞は実際の所、声色からして全く逆の意味を示していた。
　リッテラム内堀、城門を巡るポジションの戦いは時間の経過と共に戦況の厳しさを増していた。
　片方にではなく、双方にである。歯を食いしばり、退けぬ一線を守る我慢比べは互いに過剰な消耗を押し付け合うものである。
「仕方ねぇとは言えポジションの分散が見えてきたな」
　苦笑を浮かべた葵の動きが従前より大分『守備的』に変えられている。
　未だ足掻き、尽力を続けてはいるが攻勢限界に近いモメンタムは変わり始めた旗色を如実に示している。
「……ここが踏ん張り時っスね！　ここは抜かせるかよ！？」
　本来ならば『こうなる』のはもっと早かっただろう。
　しかしながら、それはこの素晴らしい戦いもまた『人間の為したもの』であったという証明なのだろう。
　忌憚ない見方をするならば当初猛烈な勢いで敵軍を押し込み、外壁を超えた解放軍の勢いは明らかに翳りの色を見せていた。
（さて、作戦上分っていたことですが……戦線は伸び続けても根は断たれてはならぬ故。
　いよいよに、苦しくなって参りましたね）
　敵兵を翻弄し、返す刀で一撃したヘイゼルが嘆息する。
　徐々に綻び始めた戦線は彼女のように側面を突いていた戦力にも正面のケアを強いている。
「此方が優位だ！　そのまま押し切れッ！」
　バトゥの叫びに敵軍が呼応した。
　状況の変化は敵軍も察知しているのか、その動きは先程までよりも幾分か鋭く深い。
（全く益体も無い――）
　返り血さえ避けるように身を翻したヘイゼルの長い編み髪が尻尾のように揺れた。
「ですが、たまには……硝煙の臭いを嗅ぐのも悪くはないのです」
　埃と汗に汚れたヘイゼルの『正攻法』は珍しい。
「とある人の言葉だそうですよ。
　少しだけ耐えられるということ――それは永遠に耐えられるということだと」
　幾らかの皮肉を含んだクールな美貌は変わらないが、疲労感以上の高揚が感じられるのは気のせいか――
「やはり、戦況は……此方が不利か」
「思ったより送れたと思うけど、多分相手の手の内。
　相手目線で新皇帝と直掩だけで抑えきれると見た上で、時間は相手の味方という訳か。
　そして主攻が減った分のしわ寄せがこっちに来てる……と」
　手にした得物で敵の攻撃を何とか捌くリースリットや頷いたイリスの見立ては恐らく正解だ。
　元より『粘れば勝利』の敵軍は元々の兵数の分もあり、時間稼ぎの動きを想定していた筈だ。
「……とは言え、ヴェルス帝に限らず突破を図る戦力の浸透を無理に相手せずに見過ごしている、という事は。
　敵方にも見掛けほどの余裕は無いと見受けられる。中々、難しい采配をしているというものです」
「ああ、ああ。この状況でもしかしなくても帝位挑戦でも始めるつもりなのだろうな。
　鉄帝らしいと言えばらしいが――それよりの問題は、帝位奪還と共に上の太陽が綺麗に消えてくれるかだ。
　それとこれとは別の話、なんて洒落にもならんぞ――」
　リースリットやラダの言う通り、敵方の守将であるバトゥは想定されていた特記戦力（ヴェルスやキール）と一部のイレギュラーズ――選りすぐりの精鋭である――を城内に『敢えて通す』動きを見せている。要約すればそれは『先の防御』より、正面戦闘での圧倒を重視しているという事にもなろう。バルナバスが敗北せず、正面戦闘を押し込めば目的が叶うという彼の目算を意味している。
「もう限界だろう、特異運命座標」
　バトゥは『無駄な足掻き』をせせら笑う。
「ザーバ将軍も状況を支え切るに精一杯の御様子。
　子供でも分かる計算だ。陛下を倒す為に兵力を割いた貴様等は、我々の防備を突破するには不十分。
　ならば、結論は簡単だろう？　やがて貴様等は磨り潰されて後退する。
　後退すれば勝機は永遠に消え去るのだ。そんな事等、最初から分かり切った話では無かったか？」
「この世に存在する『強さ』は決して戦いの術だけで決まるものじゃない」
　随分と『人間らしくなった』別れの魔剣（ヴェルグリーズ）がバトゥにやり返した。
「そんなのは強さの一面でしかない。そんなのばかりが強さじゃない」
　彼は強くハッキリとそう言い切った。
「俺の仲間やこの国の人達が教えてくれた事だ。
　例えどれだけキミの覚悟が強固だろうとそれを穿つだけの輝きがこの国にはある。
　俺達は絶対にこの国を譲らない、ここでキミを討つことでその未来を引き寄せてみせる！」
　ヴェルグリーズの宣言は力強く、強い意志を感じさせるものだったが、状況は手厳しい。
　当初、解放軍に味方した面もあった時間の経過が最早武器にならない事は明白だった。
　当初、上空からの砲撃で正面戦闘を分厚く支えたグラーフ・アイゼンブルートからの支援が激減している。
　空を見上げれば瞬くは旗艦の保有する航空戦力が爆散である。
　或いは無数でありながら、無限の属性をも有する『亜魔種』が討たれた光だった。
『城内』が果たすまで堪える事は重要だが、堪え切る事は恐らく不可能だ。
　不可能任務を押し付けられた時、どうするかは個人によるが……
　イレギュラーズが大抵『死中に活を求める』のは武器であり、厄でもあろう。
「あー、畜生！　完全に力勝負のパターンじゃねえか！」
　故に直感してしまったミーナの悪態は心の底からのものだった。
「本来私は真っ向から勝負するタチじゃないんだがね。
　だが、できないとは言ってないんだ。特に、お前のオーダーならな！」
「期待してるわよ。こうなったら、理屈じゃないもの」
　ミーナに頭を抱えさせる『無理難題』を投げつける心算十分の旗持ち（イーリン）は乱戦にも涼やかな調子のまま。
「陣形、方陣から鋒矢陣へ！　長い時間が持たないなら、攻撃重視。此処で決め切る！」
　凛然と【騎兵隊】に号令を下した彼女に応え、
「OK、方陣から鋒矢陣！　それでこそ司書殿だ！」
　抜刀したエーレンが待っていたとばかりに快哉を上げて斬り込んだ。
「やれやれ……単純明快、正面衝突も時には戦術ですか。
　得意な、或いは器用なやり方とはとても言えないのでしょうが――」
　でしょうが、これが最適解かと黒子は軽く肩を竦めた。
　小役人を自認する黒子の役割は頭脳の補佐であり、規律行動の微修正である。
（――まぁ、集めた情報、状況からの判断からしてもこれは間違ってはいますまい）
　むしろ、これは才媛たるイーリンの本領発揮というものだ。
　鋒矢陣こそは突撃と突破の陣形――即ち、騎兵隊の陣形なれば、これを持ち前の補佐能力で偏差するのは彼一流の真骨頂。
「騎兵隊先鋒、鳴神抜刀流の霧江詠蓮だ！
　貴君が防戦の要、打ち壊させてもらうぞ、ザッハザーク将軍！」
「紫髪の紫は、わたし達の敵すべての終わりを伝えます。バトゥ、あなたも例外ではありませんよ！」
　喰らい付くエーレンと『俗事は全て任された』副官役のココロが不敵に強気に言い放てば、バトゥの方も黙っていない。
「面白い……それ位ほざく相手でなくば、蹂躙の甲斐も無いわ！」
「出来るものならやってみなさい！
　……お師匠様のお株を取る訳ではありませんが、こんなのも中々気持ちのいいものですね！」
　ひりつく空気に冗句めいたココロに、益々高揚するバトゥもまた鉄帝国人という事になるのだろう。
　誰も彼も、この国は何時だって強敵を求めていた。
　黒い太陽が堕ちれば生き残る者は居ないのかも知れない。
　故にバトゥは或る意味での死兵の属性さえ帯びている。
　勝つも負けるも人生最後の闘争を覚悟する彼はここに来て『強者』との滾る戦いを大いに愉しんでいるようですらあった。
「――突撃！」
「しゃらくさい！　思い知らせてやれッ！」
　イーリンの声を遮るようにバトゥの低い声が轟く。
　両雄並び立たず、獣面人身の猛将とトランジスタグラマの魔女はまるで噛み合わない対戦相手に違いなかったが――
　雌雄を決するは当然指揮者の性別等にはに非ず。
　麾下はそれぞれに国の、或いは将の信頼と誇りを背負ってぶつかり合うばかり。
　正面からの猛攻を宣言した【騎兵隊】に応じるように、敵陣も正面に戦力を固めてこれを迎え撃つ構えを取っている。
「騎兵隊一番槍！レイリー＝シュタインが参戦よ！
　私を倒さない限り、騎兵隊の誰も脅かせないと知りなさい！」
「獣は手の甲を舐るのがお似合いではないか！　Nyahahahaha！！！」
　白亜の城塞の如き美しい騎士（レイリー）が高らかに声を上げれば、負けじとオラボナが抜群の存在感でまずは敵の攻撃の先鋒を抑えにかかる。
「数だ！　数で潰せ！」
　数に勝る敵軍は手強いと見るや刃の波濤で彼女等をも飲み込まんと勢いを増すが、
「前へ、前へ！　おれより速い奴がいても、それを更に超えて！
　皆を先に引っ張ってやるって約束したから、おれがまだ強くなりたいから――ここから先で、もう先手はやらないぞ！」
　プリンに『引っ張られた』一団が一陣の風のように割り込んで、敵の機先を制し切る。
「俺は直接的な致命を作り出しはしない。だが、俺が作り出す物は『致命を作り出す』為の物だ。
　俺はなまくら。だが、俺は俺より鋭い刃をやり込めて、封じ込めて、暴威の運命を握り潰す。
　即ち、騎兵隊に『首』を齎す為の場を作ってみせんのさ。
　神の方は知らないが――首魁（イーリン）がそれを望まれるんでな」
　それは搦め手の広域攻撃を得手とするカイトであり、
「ああ、いいな。バトゥの首を獲れ。――総大将（かみ）がそれを、望まれる！」
「ぶはははッ！　攻め手の邪魔はさせねぇぜ！　この身は騎兵隊の生きた盾と知るがいい！」
　レイリーやオラボナに勝るとも劣らない【騎兵隊】の大盾たる武器商人であり、ゴリョウであった。
　そして敵軍の切っ先を力づくで押し潰した錚々たる『盾』の働きを無駄にするような『刃』はここには居ない。
「『現状維持』等、もう生ぬるい！
　そうはさせないは此方の台詞――このまま食い破って形勢を一気に変える！」
　オラボナが、ゴリョウが、武器商人が食い止めた敵影を白百合と瑠璃雛菊、二刀を閃かせたルーキスが切り裂く。
　血の線を残して崩れ落ちる敵を踏み越え、彼は更に一歩前へと踏み込んだ。
「戦場は複雑怪奇……それでも兵士一人一人が為すべきは案外単純なものよ」
　以前の華蓮ならば目の前の光景から目を逸らしていたかも知れない。
　もしかしたら、逃げ出したくなったかも知れない――
「即ち、私は私の志通りに騎兵隊の皆をひたすらに護る、それで良いのだわ
　志のままに……為すべきを為し、欲しいものに手を伸ばすだけ。それがなんと幸福な事かしら？」
　しかし、今の華蓮はこの場所を逃れなかった。
『心優しい彼女は目の前で起きる出来事を正視しながら、出来ない事がある事を知りながらも、為すべき事に迷わない』。
　可能な限りの死力を尽くして、血で血を洗う戦場の――仲間達の命を繋ぐ事に全力を傾けていた。
「馬の骨がそれを望むんだ、その片棒担ぐが老骨の勤めってもんだ！」
　間合いを駆け抜けたバクルドの火線が敵陣を貫いて後方のバトゥまでもを脅かす。
「老いぼれめ！　年寄りの冷や水を自覚するがいい！」
「統率の取れた軍勢、これを散らすにゃ頭の首を掲げる以上のもんはないからな。
　さあさあ！　楽しみはこれからってもんだろ！？」
　一喝するバトゥに即座にバクルドはやり返した。
「群れる敵。こちらが寡兵である以上は一人十殺では足りぬ。
　鉄帝の空より降る魔術が『シュテルン』とは何の皮肉か――」
　奮闘するのは当然レイヴンも同じである。
「雑兵共、焼き尽くしてくれる……！」
　流星（イーリン）を守るのは自身（レイヴン）の役目であると自認している。
　敵陣を強かに叩く大魔術は乾坤一擲、力を限界まで振り絞る彼の全力そのものだった。
（先の戦いでの損傷は軽微。なら、まだ舞（たたか）える。
　窮地よ、僕に更なる集中力を与えろ。勇気よ、僕の恐怖を昂揚に変えろ――）
　ひりつく戦場で死が隣で囁く程にフロイントの集中力は増すばかりだった。
「――手負いの獣（しにがみ）の恐ろしさを教えてやる！」
　己を強化し、総ゆる手段と力を駆使して一秒でも長く脅威として居座らんとしている。
「死が訪れるんじゃない、僕が……僕こそが死だ。バトゥ・ザッハザーク――その首は、きっと僕のものになる！」
　あながち荒唐無稽とも言い切れない執念深さに、背筋が寒くならない者もいまい！
　守勢に回り切れば押し切られるという判断からか、苦境にこそ前に出る【騎兵隊】は凄絶だった。
　疲弊と兵力差を考えれば、此方の不利は明らかではあったのだが――ぶつかり合いは予想外にも五分の状況。
　それは文字通りの奇跡であり、約束された必然だったとも言えるのだろう。
「一つの感情に縛られるのはツマラナイ。全霊で戦いを感じられるのが最高なのさ！」
　イグナートはハッキリと表情さえも視認出来る距離に在るバトゥに語り掛けるようにそう言った。
　全力全開の武技を放ち、己の力と技を目の前の戦場にぶつけ続けている。
　体は軋み、傷に痛み、疲労は我が身を泥のように苛んでいたけれど、それでも。
「最高だろう？　滾るだろう？
　瞳に焼き付く剣撃の閃光が。
　鼓膜に潜り込む血潮の音が。
　強者を殴った骨の軋みが、抉られた肌の熱い痛みが！」
　目を爛々と輝かせたイグナートは敵兵をかき分けるようにバトゥだけを目指していた。
「笑えよバトゥ・ザッハザーク！お前も楽しいんだろ？」
「これは一体幾度目か。貴様等は俺を何処までも……いいや、実に、実に何度も驚かせてくれる！」
　一方で狂気じみた戦い振りを受け止めるバトゥの声は焦りを帯びるよりも歓喜を帯びていると言った方が正しい。
　だが、【騎兵隊】の戦いは、見据える先は健闘では無い。
　彼を喜ばせる程度では決して満足し得ないものだ。
　激しいぶつかり合いは酷い乱戦を呼んでいた。
　取り分け火力で彼我をそれぞれに焼いた乱暴極まる大火力は前線を緩ませるに十分だった。
「バトゥ・ザッハザーク――その身を薪として燃え上がり、更なる劫火を呼び込まんとする漢よ」
「貴様……！？」
　乱戦を遂に『抜けた』汰磨羈が先鞭をつけるようにバトゥに対する肉薄を見せていた。
「最早、余計な文句は不用。
　ただひたすらに。我等が全力を以って、憤怒の猛火を収めよう。
　最期まで付き合ってやるぞ――御主の魂魄が、白く燃え尽きるまでな！」
　愛染童子餓慈郎（ようとう）は妖しく煌めき、言葉よりも挑戦的に汰磨羈に応じて咆哮する。

　――イレギュラーズの奮闘は、或いは【騎兵隊】の猛攻は燃え尽きる前の蠟燭の炎のようなものだったけれど。
　　　少なくともこの瞬間、確かに強靭なる敵軍と守将を脅かし得るものになる――

成否

失敗

状態異常

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第3章 第5節

●不可能任務 IV
　激戦の城門と同じく、城内もまたどうしようも無い程に騒がしい――
「一人倒したら次は三人です、だなんて――実に泥縄的な対応ですこと！」
　半ばは皮肉、半ばは悲鳴じみた声を上げたアーリアが石造りの床に飛び込んだ。
　その直後、彼女が居た所を通り過ぎた魔光は堅いそれをバターのように切り裂いている。
「……女性の扱い方を覚えて欲しいものだわね！」
　……今日日の美人はアクティブに転がるものらしい。
　美貌の人だけに凄味のある――憮然とした顔で強烈な反撃をお見舞いしたアーリアに同様に忙しさを隠せない寛治が言った。
「悪い事ばかりではありませんよ」
「これはラッキーと言っても良いでしょうね」
「……かなり面倒な事態じゃない？」
　寛治とルル家の言葉にアーリアが僅かに訝しむ顔を見せる。
「それはもう。しかし魔種三体を一挙投入とはマシンガン継投じみています」
「先に撃破した一人、更にここに三人。
　話によれば城内の魔種は十に至るかどうかという所……即ちここを押さえればおよそ半数の撃滅となります。
　結果として精強なパーティーとして実に正しい運用と言えるでしょう」
　立て板に水を流すかのように答えながら、ルル家が直感で見事な『回避』を見せた。
「バルナバスが倒せるかという最大の問題はありますが……至るまでの道筋はかなり整備されるという訳で」
「つまり、これを打ち崩せばもう『控え投手』は残っていない――」
「七回裏でブルペンは火の車、か」
「……」
「――おや、どうしました？　正純さん。何だか微妙な表情をしているような――」
「――少し、ね。いや、大変な戦いだなと思いまして。はい」
　やり取りは歴戦の彼等らしく戦場の冗句めいてはいるが、言うまでも無く誰もその瞳は真剣そのものだ。
「まるで『前進守備』ですね」
　水平に自慢の45口径を構え、火線による猛攻を張る寛治は謂わば『後衛』の位置にあるがこの場での安全は担保されていない。
「しかし、三位一体、かなり厄介な魔種ですね。
　唯でさえ強い連中が、連なって動くなら状況が厳しくなるのは間違いない」
　正純の言う通り、【杪冬】が強敵であると見て出てきた三体の魔種は雁首を揃えてきた辺り、連携に自信があったのだろう。
　個体こそ強力だがどちらかと言えば協調性のない連中が、まるでイレギュラーズ側のお株を奪うように絶妙の動きを見せていた。
「相手が三位一体の魔種だって言うならその優位性を崩すだけよね？
　抑えに後詰めは任せたわ――朱華達が絶対に突破口を切り開いてみせるんだから！」
　とは言え、床を蹴った朱華の言う通り、こと連携という意味ではイレギュラーズにも一家言あるのは確かである。
　灼炎と無銘、連なる刃で斬撃の瀑布を放った朱華に続き、
「――ええ、ええ。やる事は余り変わりませんよね。
　我が渾身の一射を持って、あなた方を排除するだけです。
　昇る陽があるからこそ星の瞬きは素晴らしいものではあるのですが、ずっと居座られても迷惑ですので！」
　正純の繰る混沌の泥が魔種一体の足元を奪い、それを不測によろめかせる。
「このまま戦うのは分が良くないと思ってたけど……どうやら神様は私達に味方したらしいね！」
「はい。こちらには少し、でも強力な戦力が増えました」
　サクラに応じた正純の目には僅かな余裕と悪戯気を含まれていた。
「――助けを呼ぶ声が聞こえたらすぐ推参！　それしかないね！」
　彼女の視線はまさに今、実に分かり易い気を吐き消耗した仲間を癒したフランの方を向いていた。
「んむ、タイムちゃん眉間に皴寄ってる！もう大丈夫、あたしが来たからには百人力！」
「……や、や。どうやって支えていこうかって私も必死で……
　ああ、もう！　フランちゃん愛してる！　来てくれてありがとう！！！」
　天真爛漫に感情豊かなフランは鉄火場の清涼剤である。
　彼女の参戦は同じく貴重な回復役として謂わば『ジリ貧』の戦場を支えていたタイムにとっては取り分け効果覿面だったと言えるだろう。
　そして後詰め、増援としてこの場に現れたのは当然癒し手の彼女だけではない。
「それに、ルカさんもブレンダさんもジェックさんも！　良かった……来てくれたんだ！」
　タイムの表情が花のように綻んだのも当然と言わざるを得ないだろう。
「お待たせ、なんてね？　侵入は狙撃手の嗜み、とはいえ流石に手間取っちゃったケド」
「うむ、少し出遅れたが終わっていないようだな。重畳だ。助っ人で来たからには活躍せねば立つ瀬がない！」
「フランのボディ・ガードでもと思ったら……面白い所に出くわしたもんだぜ。
　こりゃあ大した鉄火場だ。上等、上等。せめてこれ位の『歓迎』が無きゃ来た意味もねぇってもんだからな――」
　ジェックの狙撃力、ブレンダの技巧戦、ルカ・ガンビーノの突破力――
　名前の挙がった三人は、純粋な新戦力であるのと同時に、ローレットでも有数の戦力に間違いない。
「援軍がきてくれやがった！　それも知ってる顔ばかり。まったく、心強いやら……
　ハッ、こりゃ傷が痛むとか言ってらんねえな！」
　有体に言ってしまえば「負けられねぇよ」といった所か――
「おい、前座ども！　悪いがいつまでもお前らと遊んでやれるほどこっちは暇じゃねえんだよ！」
　強化外格を従えた風牙渾身の『気』が間近の魔種を貫いた。
「よっし、当たり――この調子で、さっさと舞台から退場してもらうぜ！」
　彼女の言葉は半ば自分を激励する誤魔化しに違いなかったが、援軍の登場で全員が勢いを増したのは確かな事実である。
　憎らしい程の存在感と、それに後押しされたイレギュラーズの奮闘は不利な戦況を五分以上へと押し戻しかけていた。
「やるねぇ」
　ルカは笑う。少年のように。
「……」
「あん？　どうした、フラン。王子様にゃ足りねえが、お前を傷付けさせる気はねえから任せとけ」
「……………そういう……いや、何でもないです。ハイ」
　フランとルカの間に流れた何とも言えないやり取りはさて置いて。
「ブレンダさん、一人お願い！　スティアちゃんは引き続き！　私も一人受け持つ！」
「おっけー！　ここは私が食い止める！　たっぷり時間稼ぎに付き合って貰うからね！」
「ピンチヒッターで出た以上、流れを変える位は出来なくてはな！
　後ろは任せた。ここからの『前』は任せてくれ！」
　今日のサクラは親友（スティア）が称する『サクラちゃんらしい』だけではいられない。
　臨時とは言えチームの重責を担う指揮官役といった感のあるサクラの声に応じ、三人が新手に浮足立った魔種達を釘付けにかかる。
「か弱い女の子一人も倒せないってことはないよね？　あれ、自信ない？」
　治癒力と出色の頑健性能。スティアは自らがオリハルコンで出来ている事を恐らく自覚していない台詞を吐き、
「抑えると言っても――ゆめゆめ気は抜いてくれるなよ。元より此方も――守ってばかりでは埒が明かんのだからな！」
　気を吐いたブレンダの一撃が魔種を強かに打ちのめした。
「……チッ！」
　潮目の変化を鋭敏に感じ取り、味方の援護に動きかけた魔種をサクラの刀が切り裂いた。
「貴方の相手は私だよ！　よそ見してるとクビが飛ぶ事になるからね！」
【杪冬】が元の姿のままならば、確かに不利は否めなかっただろう。
　消耗戦の末に磨り潰された可能性は高く、戦いに芳しい結果が訪れたとは考え難い。
　されど、城外より入城しこの場に雪崩込んだ幾つかのパーツは恐らく運命を決定的に塗り替える力を持っていた。
　否。厳密に言えば、至上の健闘を見せていた【杪冬】に最後の薄皮を破らせる、その背中を押すに相応しい力こそを持っていたのだ。
　魔種のスピードが増す。
　いよいよ生きる死ぬになった戦い。
　イレギュラーズを根源的な彼等の本気が脅かす。
　それでも。
（大丈夫。アタシなら視えるし、撃てる――）
　ジェックの一撃は魔眼のように敵の何一つをも見逃さない。
「――安心してよ。何せここには最高のスナイパーが三人もいるんだから、ね！」
　敵が如何な精鋭とて。壁が如何な分厚さを見せたとて。
「私達は即席の割にそこそこ強いし――
　困ったらイイ男もイイ女も手を貸してくれるくらいには、まあまあ神様にも愛されてたりするのよねえ！」
　アーリアの言う通り、【杪冬】はその力を以ってバルナバスの下に推して参るだけである！



「――アルヤン不連続面、推して参るっす！
　負けないっすよ。うぃーんうぃーん」
　アルヤンの放った『風』が、無数にも思える手数が対面の鎧の魔種の動きを縛り付ける。
　元より多対一より一対一を愛好するアルヤンは『ふざけた』なりを裏切るローレットの武闘派である。
　奇しくも今、大混乱を迎えているこの鉄帝国の名物――ラド・バウでも好成績を残すその実践力は伊達ではない。
「ダメージディーラーは……任せたっすよ。仲間が居るっすからね」
「魔種をおさえることでバルナバスさんを殴る一歩へなるなら……うん、やらせてもらうよ……！」
　露払いはワタシの望むところだからね……！」
　動きを封じるアルヤンに応じてフラーゴラが攻め手に出る。
　極少数で魔種を撃破するにはどうあれ力不足は否めなかっただろうが、後詰めによる援護を受ける立場はこの局面も同じであった。
「――へい、お待ち！」
　冗談めかしたその物言いは変わらない。
　運び屋たるルナが最速で『届けた』のは焦れる戦いにアクセントを加える援軍だった。
「噛みちぎるにはまだ遠いか。ならばもっと食い込んでいくまで、ってな――」
　イズマの参戦はアルヤン等の打撃力不足を大いに補う重要なパーツとなる。
「誰かの掌の上で望まない予定調和をやらされるのは嫌なんだよ。
　――覆してやるさ、滅亡も、最強も！」
　雷撃のような一閃に鎧の魔種の全身が強張る。

　――効いているのだ。

「全く……想像より来るの遅いのよあのクソ皇帝……
　まあ、こうなった以上？　やるだけはやりますけど！？」
「まあ、『前』皇帝陛下が死んでるとは端から思ってなかったのです。
　第一、簒奪劇は先帝の首級を城下に晒すのが相場でしょうに、冠位魔種ともあろう輩がそれをできなかった時点で、ねえ？」
　些か物騒過ぎる『世間話』もそこそこに【紫炎】の二人――リカとクーアがこの状況に加速を加えた。
　動きを取り戻した魔種の強烈な一撃を堅牢なるリカが受け止め、クーアの炎が至近距離から焼き尽くす――
「はいはい。お待ちどおサマ。紫炎が一人、通りすがりの野次馬よ！」
「紫炎が片割れ、炎の方。同じく野次馬、罷り通るのです！」
　見事なる遊撃たる彼女達は戦いのジョーカーとして今輝く。
「こんな死闘の最中よ、まさか私に見惚れてたりしないわよネ？　いひひひひ♪」



　悪魔の魔種の羽のシルエットが強い存在感を示していた。
　斬撃の風に傷付いたエクスマリアは頬に付いた血を拭う。
「早々に雑魚を蹴散らし、玉座までの道を拓く――と軽々言えればいいのだが、な」
　此方の戦いもまた激しいものになっていた。
　他の例に漏れず、寡兵で魔種を抑える事は極めて困難なミッションである。
「燃えてくるんだよねえ、敵が強い程。こうして不利な程にね！」
　戦闘民族（セララ）は実に意気軒高といった風だが、状況が厳しいのは同じであった。
　悪魔の魔種は特に攻撃力が高く、かなり強力な個体であると言えただろう。
　元よりエクスマリアとセララだけでは余りに荷が勝つ戦いは相当な劣勢を強いられる状況となっていた。
　しかし、彼女等の粘りと健闘は局面を打開する新たなピースを呼び込むだけの価値を持っていた。
「ひあ～かむにゅ～ちゃれんじゃ～～！！！」
　重苦しい空気とは余りに相容れないその登場文句は胡桃らしいと言えば胡桃らしいもの。
「麾下最強の方に関しては先を越されてしまったみたいなのだけれども、二番手以下の方々も依然として驚異的なの。
　そういう訳で後詰めの役割は買って出たのね。たった今、したい事はし終わってしまった感はあるのだけれど！」
　胡乱な言葉とは裏腹に集中力を増した胡桃の『至上の通常攻撃』が悪魔の魔種の横面を引っ叩く。
「少数ニヨル強敵　抑エ込ミ　受ケ持トウ。
　見エテル戦力手強イケレド　認識外戦力カラ横殴リモ危険。危険――」
　攻撃に出た胡桃だけではなく、支援能力に優れたフリークライもまたこの厳しい戦況を底支えに掛かった。
（堂々ト城内　我ガ物顔デ　兵ノ攻撃ニ　攻撃デハナク癒ヤシ続ケテ――）
　正面戦闘を展開する城外の部隊が決死の思いで送り出した戦力は今まさに城内の戦いに有効に作用していた。
「ドウシタ　誰カ我ガ歩ミ止メル　イナイノカ」
　故にフリークライは挑発めいた。似合いもせず、実に例外的に挑発めいた。
　彼等が敗北するより前にバルナバスを打倒する必要があるのなら、敵精鋭を抑え、或いは撃破する城内の戦いはまさに正念場そのものなのだから。
「魔種を最小限で抑えろなんて……いよいよ地獄じみてきたわね」
　更に参戦したアンナは現状即座に『これ以上』が難しい事を知っていた。
「……でも上等。これって私が得意な戦場だわ」
　知っていて、だからこそ『燃え上がる』。
「ほら、早く私を倒さないと憤怒様の元へどんどん敵が遠っていくわよ？」
　新手に神経を尖らせた悪魔の魔種を煽った彼女はかつてクリスト＝Hades-EXが生み出した『R.O.O（クソゲー）』を徹底的に攻略したランカーでもある。非対称な戦い、理不尽なゲーム、賽の河原の石積み、クラス探索……そんなものに怯むようには出来ていない！
「殺してやる！」
「――死闘をするには良い日だわ。一曲付き合って頂戴な！」



「どうも、他所も盛り上がってるみたいだねェ、なあ。綺麗なお嬢さん」
　一方で最も激しいものが想定された――そして実際に生じている戦いはその荒々しさを思わせない位に静やかだった。
「日頃の行いがいいのかな。他所は騒がしいが、俺の所には実に邪魔者が少ない。
　お陰様で格好付けのヒーロー君達と十分に遊べるって訳だ、なあ？」
「……お騒がせのご期待に沿えませんで、何と言うか『悔しい』でしょうか？」
　幾分かの皮肉な物言いに瑠璃は思わず苦笑いを浮かべていた。
　分かっていたのだ。こんなものに関わるべきではないと。
　しかしながら理由を付けるのは簡単過ぎた。仲間の支援になるのなら、と顔を出せば相手はこれだ。
（……全く、本当に益体も無い）
　例えば、そう。この場に居るのが――彼女が脳裏に描いた『理想の剣士』、かの殺人邪剣の使い手なら、にやつくその顔も凍り付いてしまうだろうに。
（……これでは足りない、という事なのでしょうね）
　言うまでも無くそんな事は知れていた。
　瑠璃位の使い手ならば『戦れば相手の実力の程は直ぐに分かる』のだから当然だ。
　元々は貴道、シラス、ソアの三人が遭遇したらしい目の前の敵――ナルキスはバルナバス麾下の中で間違いのない最強である。
　此方は冗句でも口先だけでも無く、確実に。
「失敗したか？」
「いやいや、それは違うでしょ」
　言葉は恐らく本音ではなく、鼻で笑ってそう言ったシラスの言葉をソアは一蹴した。
「ま、三人が――雁首揃えて足止め貰うなんて格好つかないしな。
　俺達の分もまずはブン殴ってきて貰うって事で――敢えて通したのも『嫌いじゃない』よ」
　シラスの視線を真っ向から受けたナルキスは肩を竦めておどけて見せる。

　――任せろ、行け！

　貴道を先へ行かせたのは幸か不幸か。瑠璃という援軍を得た事は間違いない幸福だ。
　向かい合えば分かる――やり合えば尚分かるナルキスの異常なまでの圧力は貴道の進軍の成功が彼の意図通りのものだと理解させるに十分だった。
「ビビらねぇのな」
「『慣れているんだ』」
「へぇ？」
「『いつものこと』だぜ」
　だから。
（――一歩も引かない、踏み込んで死中に活を掴み取る！）
　シラスは床を蹴り、ショートレンジでナルキスと無数の攻防を展開した。
「最悪上等だ。いいさ、踊ってやるよ――」
　刹那毎に互いの隙を削り取ろうという戦いは超のつく技術戦。
「――足踏むんじゃねえぞ？」
　攻め手に特化したシラスはローレットのイレギュラーズでは恐らく『最強』だ。
「やるねぇ、本当に！」
　だが、敵もさるもの。
　振り払われ、吹き飛ばされたシラスが床を削って太い宮殿の柱に激突する。
　彼に代わり、飛び込んだのは言わずと知れたソアだった。
「ねえ、聞いてよ。ボクってばフラれてばかりなの！」
　目は爛々と輝いており、驚くべき事にこの強敵への『好意』に満ちている。
「この前も、えっとフウガさんだっけな？
　いい人いたのに途中で帰っちゃった。
　ナルキスさんはレディを放ってそんなことしないよね！？」
　非常に直線的であり、同時に変幻自在である。
　野生そのものであり、理屈に裏打ちされた合理的な攻め手をも思わせる――
　矛盾の塊のようなソアの猛攻にナルキスは口笛を吹いた。
　その爪牙が幾度か抉り、掠め、傷を刻む。
　やがてシラスと同様に振り払われた彼女が態勢を乱せば、彼は容赦ないトドメの一撃を大きく振りかぶった。

　――キン、と固く澄んだ音が鳴る。

「……あんまり見せつけられても、困るんですよね」
　水晶浄眼が輝きを増す。驚くべき事にナルキスの一撃を手にしたペンで食い止めた瑠璃の苦笑は深くなる。
（我ながら、本当に。おかしな相手に首を突っ込んだものです――）
　成る程、至近距離で見たナルキスの顔は却って喜びに満ちている。


【杪冬】は破り、鎧と悪魔の魔種は拮抗。
　そして、ナルキスは食い止めるシラス等を嘲笑うようにその圧力を増している。
　城内各所の戦いは続く。チェック・メイトを目指し皇帝の頸に手を掛けんとする仲間達の満願を成就するその為に――

成否

失敗

状態異常

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第3章 第6節

●時間切れ
「正門から入ってここまで来るのはすごい大変だったのですよ！
　でも、正面から障害を全部ずどーんして！　ここまで来たのでして！！！」
　どんな時でも或る意味で変わらないルシアのドクトリンは強烈極まる。
「今日という日をルシアは楽しみにしていたのでして！
『最強の存在』と戦える最後の日だから楽しみだったのでして！！！」
　何とも分かり易く、これが実に鉄帝らしい――
「だからこれが――第二ラウンドの、始まりでして！」
　幾度と無くルシアが瞬かせた殲滅の光をバルナバスの右腕が捻じ曲げる。
　暴力的な光を掻き分ける筋肉の膨張はこれが『戦い』足り得ている事実を何より端的に示していた。
「お前は待っちゃいないだろうが……俺は随分と待ったもんだぜ？」
　シラスが、ソアが、或いは先のルシアが送り出した牙が間合いを駆け抜ける。
　全身に漲らせた膂力を爆発させたのは郷田貴道なる肉弾凶器であった。
「何年も待った。何年も、な。
　ようやく辿り着いた以上、嫌でも何でも――力一杯付き合って貰うぜ？
　リベンジさせてもらおうか、バルナバスッ！」
　真っ直ぐに繰り出された鋼鉄をもひしゃげさせる豪拳はまさにミサイルの如しであるが、
「待っちゃいねぇが、悪くねぇ心がけだな。筋肉達磨」
　その拳を捕まえ、受け止めたバルナバスは自分を棚上げしたかのような事を言い放つ。
「やっぱり『噛み合う』戦いはいいよな。え？　戦いはこうじゃねえといけねえわ」
「……っ、く……！」
　拳を握り潰さんとするような握力に貴道の表情が苦悶する。
　されど彼の判断は早く、残る『左』に力を溜め、渾身の一撃で至近のバルナバスの顔面を撃ち抜いていた。
「いーい、パンチだ」
　上半身だけを仰け反らせたバルナバスはそれでも貴道を離さない。
「だが、幾分かまだ足りねえな。良し、この俺様が撃ち方を教えてやるよ」
　同じく『左』を構えたバルナバスに鬼気が生じる。
　同様の距離の貴道はこれを避ける事が出来ないだろう――しかし。
「『そういう戦いでは無いでしょう、これは』」
　そんなバルナバスの巨体をアリシスの放ったミストルティンの槍が貫いた。
　神殺しの槍を疑似的に再現するこの高位魔術とて、埒外の怪物共には児戯なのだろう。
　児戯扱いなのだろうが――

　――さあ、俺様の好きにしな！

　そこに『怪物の一角』なる埒外が魔力を乗せれば話は別だ。
　実に小器用にアリシスの威力を増幅（ブースト）したキールの甲斐もあり、バルナバスは爆発に後退し、貴道は辛うじて難を逃れていた。
「……っ、助かったぜ。あの野郎め……！」
　舞った埃の向こうで腕をゴキゴキと鳴らすバルナバスはこれにも堪えた調子は無い。
「ああ、まあ、いいさ。
　そうして好きなだけ頑張れよ。いやあ、テメェ等は悪くねえからな。
『並の冠位』ならもうちょっと泣きべそかいてるぜ？」
　バルナバスの言は恐らく真実なのだろう。少なくともアリシスはそう思う。
（『最強』。確かに、『最強』だ。これまで遭遇してきた冠位魔種達と比べても……『違い過ぎる』。
　存在の圧、生物としての根本的な強度……アークの密度？
　権能という法則干渉に頼らない、頼る必要すらない。他の特殊な能力すらも必要としない……唯々単純明快な個の強さ。
　……比べてしまうのは癪ではあるけれど。力の差で言えば、聖逆戦争であの方と対峙した時のよう――）
　彼の強さは、眩しくも禍々しい原初の暴力に根差している。
「貴方がリベンジマッチを望む訳ですね、キール様」
「ご理解が深くて恐縮だ」
「これは単純な興味ですが――
　貴方の手応えとしては……以前『第一位』に挑んだ時と、どちらが難敵ですか？」
「オマエ、顔に似合わず……いや、顔に似合って意地悪な質問をするんだな」
　肩を竦めたキールは思いついたように逆に問う。
「俺からも質問なんだが、お嬢さん。
　オマエはどう思うね。『部長』ならアレを何とか出来ると思うかい？」
　このやり取りにアリシスは実に珍しい明らかな不機嫌顔をした。
　閑話休題。
　この国の、多くの人間の生命を賭けた激闘は続く。
　元より空の戦いは、城門での奮戦は、城内の猛攻は全て『チェック』を果たす彼等の為のお膳立てである。
　しかしながら、チェック・メイトはそれ等全てよりも余程難しい。
　王手をかけたとて、王を取る事は何より難しい。
『王を取らねば勝ちはないにも関わらず、それは何より難しいのだ』。
「対憤怒権能用に、麿が二年もの間温めてきたおもしろギャグを今ここで！」
　夢心地渾身最大の奥義――変な殿様からの『脱憤怒（だっふんど）』でも勝利の女神は笑わない。
　効いていない訳ではないのだ。
　戦い方故にバルナバスの肉体にも幾らか傷が残されている。
　だが、それは怪物のままだった。余りにも強烈な怪物のままだった。
　如何な猛攻を突き立てたとて、そこにヴェルスやキールがあったとて。
「さっき幻想種も言っただろう？
　テメェ等の攻撃なんざこの俺には子猫の甘噛みだ。石を叩く雨垂れだ。
　だがなあ、別に抵抗するなって言ってんじゃねえんだよ。
　好きなだけ暴れて、思う存分吐き出せよ。その方が道理だ。その方が何より面白い。
　玉座（ここ）まで来たテメェ等には当然あって然るべきご褒美だろ？
　だからどんどん掛かってこい。万に一つ、億が一つの可能性にかけてバルナバス・スティージレッドを超えてみろよ！」
　ダメージこそゼロではないものの堪えたように見えないバルナバスはそれ等全てを振り払い、嗤うだけだった。
　バルナバスとの間には未だ越え難い壁が立ち塞がっている事を見せつけるようであった――
「やはり、この期に及べば捨て置けぬ！　ならば、これを止めるには――」
「――無理でもなんでも物理ってな」
「―――――最高の火力でして！」
　夢心地が、貴道が、或いはルシアが――多くのイレギュラーズが尚もバルナバスを攻め立てるも。
「ああ、まあ――良く頑張ったよ、テメェ等は」
　宣告は予兆も無しに訪れる。

　――だが、まぁ。残念ながら時間切れだわ。

「――――」
　息を呑んだのは誰だったか。
　空に膨張した黒い太陽がその輝きを増していた。
　静かに、音も無く。破滅だけを携えた熱量の塊が『降下』を始めていた。
　グラーフ・アイゼンブルートは破滅の始動を間近で眺めた。
　城門で戦う敵も、味方も。その瞬間、思わず空を見上げていた。
　人智を超えた権能は、人間の領域のある力で防ぎ得るものではなく――故にこれは終わりの決定だった。
　ほぼ間違いなく、それは決まっていた。余りにも呆気無く、そして唐突に。
「――じゃあな、イレギュラーズ。まあまあ楽しかったぜ」
　この先に何が起きるかは誰も知らない。
　しかし勝ち誇るバルナバスの自信は絶対だ。
　つまりそれは、鉄帝国の――或いは人類の敗北が決定したという事で。
　勇戦を続ける戦士達は、それに何を告げる事も出来はしない――

成否

失敗

状態異常