シナリオ詳細
<神逐>黄泉津瑞神
オープニング
●神威神楽
祓い給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え――
祖は神で在った。
祖は自らの命を雫と化し黄泉津を産み給うた。
祖の命により育まれし万物の命は心を宿し、生命の軌跡を紡ぐ。
遍く命を祖は『八百万』と名付けた。遍く命は祖の子孫である。
其の命の雫より芽吹いた八百万の心。
祖の愛しき子として、其の命を護り続ける事を子らへと願った。
祖は大地へともう一つの心を産み給うた。
地を護る強靭なるその身体。祖は万物なる命を護るが為に『八百万』の矛を与えた。
其れは『獄人』と名付けられし、争いの化身である。
黄泉津に芽吹く遍く命は総て神子であり、神遣である。
故に、この地は神威神楽――遠つ御祖の神の命を別つ場所。
神の威光を戴き、神へ奉納すべき命脈を紡ぐ地である。
●黄泉津瑞神
――遍く命は等しく在らねばならぬ。故に、我が心を子らへと伝えるものが必要だ。
言霊により、産み出された一匹は、『瑞』の名を頂いた。
瑞兆を与えし神意の大精霊。彼女は国産みを行った祖の第一の娘であった。
彼女がその姿を現す時、黄泉津は様変わりする。草木繁り、花啓く。枯れ泉は湧き出て蓮華は車輪が如く花咲かせ、瑞雲は中天を彩り続ける。天つ空なりし瑞の言葉が一つ、落ちれば大地は変貌し続ける。
それだけの力を持った美しき白き娘。浄き神気を纏い、遠つ御祖の心へと添い続ける。
祖は次々と『瑞』の補佐たる子らを生み出した。黄龍――四神。
彼らは瑞を愛し、祖を愛し、祖の体なる黄泉津を深く愛していた。
そして、祖は彼らへと一つの言葉を残した。
自身の力を大きく別つ愛しき娘『瑞』が邪なる者に侵され狂おしくも祖を害する刻が訪れたならば――その時は『黄泉津瑞神』を弑するのだ、と。
●『神逐』
神逐(かんやらい)の刻。
昏き闇の色彩は『穢れ』の雨が如く高天京へと降り注ぐ。陰鬱なる気配に揺らぐ世界は狂気に塗り固められ黄泉津を護るが為に張り巡らされていた『四神結界』には罅が奔る。
「黄龍!」
『霞帝』――旅人であるイレギュラーズの青年、今園 賀澄は叫んだ。
世界を害する穢れに侵蝕され荒魂と化した『黄泉津瑞神』は狂気の慟哭(さけび)を響かせ、大地を揺らがせた。
瓦が音立て落ち続け、暗澹たる雲が空を塗り潰す。最早、此れまでかと『中務卿』建葉・晴明は呻く。瑞神が内包した『穢れ』は國を塗り潰すだろう。
だが――光が満ちた。淡く、美しい光だ。まるで奇跡が起こったかの如く、雲は風に流され、現の空を映し出す。
「――これは……?」
そう、呟かれた。何が起こったのかを誰も知らぬ。それは人知れず一人の青年が起こした奇跡。命の軌跡が瑞神の心に僅かなる『光』を齎した。神使にとって『裏切り者』であった青年は、神の手を払い退け、晴れて世界の敵となった。只の、それだけの物語だ。
誰もが状況が分からなかった。知らなかった。知る術さえ与えられなかった。
知っているのは瑞神だけ。『大呪』を抑え込み、自身の神力さえ乏しく『祖』たる國を護り続ける只の一人の娘だけだった。
だが、此れが好機であろうと。そう告げるものは無数にいた。
――黄龍、賀澄、そして『神使』。
どうか、私が大呪を抑えている間に……私の抱く大呪を殺して――
声が届く。其れが黄泉津瑞神のものであることに黄龍は、賀澄は気付いた。
「神使よ。瑞の声が聞こえるか!
彼女は僅かな神気と正気で大呪を抑えている。『雲が晴れた理由』は分からない。だが、此れを逃せば京は灼き尽くされてしまうだろう!
結界は我らが構築し続ける。瑞のサポートも行おう。
だが――それ以上を行うことが今の俺たちには出来ない。
……頼む、神使よ。この国を、瑞を――俺の大切な民を、護って呉れ……!」
神は言霊に縛られる。
神は言霊を司る。
それ故に、神は神を害する事は叶わない。
だが――只人なれば。
只人であれば、『神をも斃す』事ができる。
言霊に縛られぬ者であれば。無数の可能性を、未来(さき)を目指す事が出来るのだ。
●巫女姫と言う女
――奴隷商人の手に落ちて、漸く難を逃れた。世俗より遁れ、森へと逃げ果せたその刹那には正常な判断は出来なかった。
愛しい愛しい姉の事ばかりを考えた。
屹度、心配してくれているだろう。
屹度、探してくれているだろう。
それでも、穢された身体で愛しい人の、美しい彼女の前に歩み出る事は憚られた。
「エルメリア」
そう、名前を呼んでくれた彼女の事が。
「約束ですよ」
そう、微笑んでくれた友人の事が。
無性に、羨ましかった。友人は、屹度『私の心』を秘密にした侭、私の知らない姉を見ているのだ。其れが酷く妬ましかった。焦燥に心が湧き立った。早く戻らなければ、愛する事さえ伝える事ができなくなると。
それでも、弱い侭の自分では、何も出来なかった。
「まあ。ですって? どう思うかしらぁ」
声が――
「どうって。『手駒は多いほうが良い』でしょう。オーナー?」
「ふふ。賢い子は嫌いじゃなくってよ。嫌いだったらさっさとその首を刎ねているけれど」
「女王様は何時だって気まぐれさ。僕だって死にたくないもの。
さあ、オーナー。命じておくれ。彼女が『この世界で羽ばたく』為の魔法の言葉を」
声が――聞こえる。
「ええ。ええ。『私と一緒にいらっしゃい。もっと、享楽的に愛を囁く方法を教えてあげる』」
「苦しまなくて良い。愛する人を護る力を与えるだけだ。澱の中で涙を流すよりも、最も素晴らしい事だよ。
さあ、立って。レディ、君には素敵な贈り物をしよう――一寸した悪戯だ。僕とオーナーからの贈り物だよ」
嗚呼、嗚呼、頭が――声が、頭の中に――!
「エルメリア。君が『愛する人を求める』時に、その力は芽吹くはずだ」
――――
――
世界が、色彩を変えた。
輪郭をくっきりと見せた世界は余りにも美しかった。
神隠しに合い、愛しいあの子とはかけ離れた場所にいる事に気づき、酷く絶望した。
だからこそ、彼女達の言葉に従った。
――悲しまないで。
悲しいわ。悲しくて堪らないの。どうして、私とあの子は別たれたのかしら。
――私が、悲しみを受け止めます。人の子よ。
いいえ、いいえ、こんな心、受け止めきれないでしょう? 『瑞』。私は。
――エルメリア、私は等しく子を愛しています。それが私の使命だから。
……ねえ、『そんなにも汚れてしまった貴女』でも、まだ誰かを愛する事ができるの?
暖かな彼女の加護が広がっていく。それが彼女の愛だった。
けれど『穢れた黄泉津』を受け止め続けた瑞の加護は余りに脆く、澱みを宿す。
霞帝をも飲み込んだ力は瑞と『彼女』の権能で更なる澱みを作り出す。
貴女も、私と一緒なのね。瑞。たった一人で、絶望と悲哀に溺れていたの。
自分勝手だって、笑う人がいたら私が笑ってあげるわ。瑞。
だから――だから、一緒に『穢れをお返ししましょう』?
それは還すべき荷物だわ。総て総て、戻し与えてしまいましょう!
――神だからって、総てを背負えるわけがないのだから。
●
―――月暈が如くこの空に付着した『けがれ』を憂う神の声が響いた。
「瑞様、どうしてそうも泣いておられるのですか?」
瑞は云う。神使の娘が母子の縁に手を引かれその心を狂わせてしまったのだと。道反(ちがえし)の娘を失った事への深き悲しみだと言う。
「おかしなことを。あの娘は自らが選んだのでしょう? それに、只人。
貴女様が道反の大神に為られたなら、その悲しみも忘れられますわ。
それに――私にとって『アルテミア以外はどうでもいい』のですから、私の心に叛いた神使が悪いのです」
瑞は云う。神使の青年が人々の希望に命を散らし、淡き光へ飲まれてしまったのだと。現の世より坂を転がり落ちてしまった命はもう二度とは取り戻せぬのだと。
「それだって、あの男が選んだのでしょう。ならば、好きにさせればよろしいでしょう。
それにしても、お可哀想に。そのように命を散らそうとも瑞様の神気に曇りなどありますまい」
うっとり微笑んだ巫女姫に瑞は只、只、泣いた。
瑞は云う。共に歩んで来た八百万の男が一人、戦に出たのだと。彼の命が脅かされることにエルメリアに苦しみはないのかと。
「ありません」
――どうして?
「あの男が悪いのです。もう必要ありませんもの。使えぬ駒となった。絆された権力者など無能の極み。
私に従えぬと言うならば、あれも道具ではないのよ。ねえ? 瑞様」
彼女は言う。反転した一人の娘も、奇跡を乞うた青年も――姉を奪い去った神使も、神使と不用意に近付いた義弟を守る天香・長胤も、そして、己に応じぬ姉さえ総ては自身と黄泉津瑞神に叛く大罪人であると。
「瑞様。この大呪が叶ったならば、私は一番に私の心に叛く者を殺す事にしたのです。
残念ながら天香の出来の悪い弟は殺し損ねたのですけれど。
……どうせ、彼だって『戻れぬ』ようになれば御免なさいと泣きながら殺されて、明日になれば忘れられるのです。
その様な下らぬ存在を気にするのも損よね。それに、帝も、天香も莫迦ばかりだわ」
エルメリアは微笑んだ。霞帝など、黄龍や四神の加護を受けようとも沈む泥舟。それに違いはない。
そして――天香とて、下らぬ存在だ。自身に媚び諂う莫迦な男でいればよかったと言うのに!
「ねえ、瑞様。この『穢れた世界』――心地よいでしょう? もっと、沢山、『皆をこの黄泉津』まで、導きましょう?」
- <神逐>黄泉津瑞神Lv:30以上完了
- GM名夏あかね
- 種別決戦
- 難易度VERYHARD
- 冒険終了日時2020年11月19日 22時45分
- 参加人数100/100人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 100 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(100人)
リプレイ
●逐降I
昏き闇の如く、穢れは降り注ぐ。
その地に横たわっていたのは国をも喰らわんとする慟哭。
神威神楽と呼ばれしその地に深く根付いた大精霊はその魂をも脅かす厄災の雨を涙の如く降らせ続けた。
悍ましきその穢れを払うが如く差した光は淡く、暖かく。誰ぞの生命の光がうつつの空模様を表し、穢れを乱暴にも拭い去る。
――あゝ。
その聲は――その叫びは、黄泉津瑞神と呼ばれた守護者のものであった。
「うひー、でっけー! あんなのほっといたらひとたまりもねーな!」
その尾を揺らしてワモンは天上望む。小さな海豹の身ひとつ。其れでもこの地に至るまでに打倒した滅海の主を思えば怯むことはない。速力は、意地と自身の実力を顕わした。怖れ、戦き、怯み、そして頭を垂れる――神の御前であるからとその様な無様を攫わすわけがない。
「あいつはぶっとばせば大人しくなるってんだろ?」
「左様。神使……いや、英雄殿達の胸を借りる事となり申し訳ない。だが――」
「霞帝だったか! オイラはこまけーこたぁ考えない。何時だって全力だ!」
地を蹴り飛ばすように速力を火力へと変貌する。秘薬で自身を強化することも怠らず、海豹の力を包み突進し続ける。
「これは素敵な一世一代の大勝負だわね! 勝負し甲斐があるというものよ!」
ふふ、と笑みを零したイナリは自身に障壁と破邪の結界を纏う。距離的な概念など存在せぬように、氷をぱりんと音鳴らし肉腫の中をイナリは進み往く。
「賀澄君。セーメーでもいいけど。なんであの子怒ってんです?」
ラグラは頬を掻いた。ラグラの傍らに立っていた晴明は「けがれに侵蝕されたが故だ」と緊張したようにそう告げた。まるで対照的な二人、一方は此度の戦いに対して緊張し武者震いを抑えられず、一方は――ラグラは常に気儘である。
「皆から手を差し伸べられる存在なのに、お高く留まって誰の手も取らなかった。
神性神秘が失われるだとかくだらない。つづりやそそぎはそれが出来る子達です」
つづりは、そそぎは、『瑞のけがれを拭う力を持て余した』双子巫女は――助けて欲しいと言葉に出来る。
「……ラグラ殿、君は瑞の声を聞けただろうか」
「いいえ」
首を振るラグラに霞帝は頭を垂れた。済まない、と。その力が成熟しきらぬ力を別った双子巫女。二人揃わねば瑞神の、そして四柱と黄龍の声を聞き姿を顕現させることも出来なかった彼女たち。
――神々は此岸ノ辺に於いて俗世の穢れを落とすが為に訪れる。その穢れを浄化するのが巫女の役目――
此岸ノ辺の『浄化機能』をひとりでは正常に稼働できないつづりは、カラカサに唆され姿を消したそそぎ無き状態では瑞の力になることも出来なかった。
ならば、声を聞き、姿を顕現する『力』を与えられたのが霞帝と呼ばれた青年だけだとすれば。
「……俺が眠りに着いたせいだ。故に、瑞を――『耐え続けた』彼女を責めないでくれ」
苦しげに、呻いた。黄龍も四柱も手出しは出来ぬけがれの雨。その慟哭は、霞帝の心模様にも似ていた。
ラグラ=V=ブルーデンは何も気に掛けない。けれど、癇癪の様に苦しみにのた打つ怒りは許せやしない。
「自業自得ですよ、瑞ちゃん」
聞こえないなら。もっと声を上げれば良かった。ラグラの周囲に舞う宝石は宇宙を彩るように煌めいた。白命、一条を以って――爆ぜて、潰えて、砕けて、散って。挨拶代わりのとびきりの一撃を、かの天守閣の『カミサマ』にお見舞いしてやろう。
「『黄泉津瑞神』を侵す穢れはこの国の歴史が産み続けたもの。
この国の歴史は、国産みの時より神産みにて誕生した守護者の祝福と共にあった。
……この結末は、外部要因の干渉が多々あったとはいえ、これまでの歴史の果てに迎えるべくして迎えたものではあったのでしょう」
歴史の終を与えたのは愛し子達であったことをアリシスはその歴史を紐解き悲しげに目を細める。精神的に人間的に、人の域より外れた『逸脱者』は祈りに応える神等なくとも、人で或るが為の方法を知っている。
この結末は、カラカサ――ザントマンが『そそぎ』を唆した結果。巫女姫――エルメリアが『霞帝』を眠らせた結果。然し、何時かは訪れる結末の筈なのだ。
「黄泉津の守護神……まさか、神様が狂気に陥るなんて……」
怖れるように。呟いたエンヴィの手をそうと握りしめたのはクラリーチェであった。遠き豊穣、然れどその地で芽吹く命を見棄てることは出来るまい。
「とはいえ、まだ戻すチャンスはあるみたいですよ。この国に縁はありませんが、住まう人の為に死力を尽くしましょう」
神様を討つ。その言葉が修道女の心をどれ程に痛めたか定かではない。魔種の狂気が及ぼす影響を怖れるようにエンヴィはクラリーチェの横顔を見遣る。
「大丈夫」
その言葉に、ぐ、と息を飲んだ。大丈夫、そうだ。此処には【黒狼隊】の皆で来たのだから。
「えぇ……神様が、自分の手で守護する国を壊す事の無いように……」
だから、エンヴィは『大丈夫』ともう一度、そう告げた。
「――豊穣は滅びません。ここにいる皆がそれをさせません」
そうだ。豊穣郷『カムイカグラ』は滅びない。其の結末を壊すが為にイレギュラーズが――神様の可能性に愛された神の使いが、神を倒す物語を紡ぐが為にやってきた。
「託された物を繋げる為にも、この戦場は何としても負けられぬ。行くぞ、皆!」
堂々と。ベネディクトはそう言った。仰ぐ、邪なる気配とけがれに飲まれた守護の獣の慟哭を聞きながら。あれ程までに立ちこめていたけがれは今や晴れたが同然。
「黄泉津瑞神よ、この豊穣の土地を守る為に、そして彼が作り上げた道を無駄にせぬ為にもお前を浄化する!」
堂々と、彼が告げればリュティスはしずしずと頷いた。黄龍との約束、そして『ご主人様の命令』があるならばリュティスはこの地を守る十分な理由を与えられたことになる。
「お前はどうしたい」と問われたならば間違いなく彼女は答えただろう。「貴方が望むならば」と。
「――遂に」
花丸はそう唇を震わせた。此処まで来た。そう口にした時、体が震えたのは気のせいではない。にい、と唇を吊り上げて疵だらけの掌に力を込めた。硬い皮膚は人を護る為に鍛えた証。誰かを護る為に、此処に立っている事を花丸は忘れやしない。
「黄龍さんの願いの通りに黄泉津瑞神さんを助けて、神威神楽に漂う暗雲をぶっ飛ばす、それだけっ!」
にんまりと微笑む。花丸はマルクとリュティスを庇い、自己の犠牲も厭わぬ強き意志で先陣を駆け進むと決めていた。
「グルルル……!」
喉を鳴らす。力あるものは相応しくなければならない。『ぼくの仲間は、そうしてほろびた』
アルペストゥスは黄龍と相対した高揚を拭い、そして撃つことを決めていた。自らの翼は決して揺るぐことはない。
「黄龍から預かった願いがある。それを果たすために、ここに来たんだ」
仲間達を支え、誰一人と喪わぬ為に。マルクは自身の身の内を巡る魔力に小さく息を吐く。誇りは揺らがず、心は動じず。常に冷静に、全てを見通す者として。
自身を守る花丸に、そして前進む黒き狼に。マルクは攻撃と防御を兼ね合わせ支えるが為に戦場へと立っていた。
「いやー、壮観ですね」
背伸びをして覗き込んだマリナに「神様、だからね」とマルクは小さく笑みを零す。空を自由に飛ぶ『航海の女神』は陸の荒波を前でも怯みはしない。
「海も船もないですけど、困ってる人がいたら放っておかないのが海の漢ってものです。
リヴァイアサンとも戦ったんです。今更神様になんて怯まねーですよ。きつい戦いになるでしょう……気合い入れていきますよ」
「漢?」
しにゃこはぱちりぱちりと瞬いた。海の漢と自身を名乗ったマリナに「ええー、漢なんですかー?」と何度も何度も問い掛ける。その穏やかな空気は一瞬にしてぴりりと引き締まった。獣の、雄叫びだ。
「ふっふーん、状況はよく解らないですけど……こいつが暴れるのを止めるのはいいんですよね!? 神様だろうがお仕事なら倒してみせますよ☆」
お仕事ならば問題ない。地を蹴った二人は自在に空を駆る。マルクの傍らで、リュティスは有象無象なる敵の多さに辟易していた。
「……それにしても、多勢の『けがれ』が此の地にも多いのですね。
ですが――構いません。神であろうとも何であろうとも、私のご主人様がこの程度の障害で諦めるはずがありません!」
黒き呪いが夥しくもけがれを閉じ込める。そして、追い縋るように燃え広がる赤き炎。
アカツキの炎は広がり、天守閣への道を開くべく肉腫達を退ける。
「黒狼隊の一員として……そして朱雀殿の加護を借り受けた者として務めを果たそう。
友は危地より脱し、ここで全てを賭けて戦うことに何の心残りも無し!
このアカツキ・アマギの炎、大精霊に通ずるかどうか……存分に試させて貰おうぞ」
見上げた先、その獣の許へ――進むが為、今、此処で足止めされている場合ではない。
●逐降II
「穢れた世界……その様な大層なものでせうか? なんともつまらない考え方なのです」
溜息漏らす。既存の加護を編み直す。魔力糸の結界術式は肉腫達を捉えては放さない。天守閣へと繋がる途を閉ざすのは無数の『大地の癌』ガイアキャンサーであった。
ぞろりぞろりと姿を見せる有象無象。世界に蓄積された滅びより呼び覚まされたいのち、そしてそれに感化され疫病の如く『感染』する者達。
ヘイゼルの指先から伸びる紅色に青が混ざり込む。糸は注意を奪い、術式を編む心さえもを蝕んだ。
「……ですが、どうであろうと意を押し通すのが力と云うもの。
故に抗せて頂きましょうか。つまらないモノなど見たくはないでせう?」
眸とタトゥーが深緋へと光を放つ。その身を動力として巡った魔力を感じながらヘイゼルは露払いを行い続ける。
「うーん、魔種に肉腫、より取り見取りですねぇ……とりあえずは、道を開けていきますか」
ベークはやれやれと周囲を見回した。大放出セールと言わんばかりの肉腫達。
英霊の魂を、その生き様を顕現し戦いへの最適解を特殊支援で自身の継戦能力を維持し続ける。
だが、然し、こうも無数の人間に群がられるとなれば別の危険が頭を過って仕方が無い。食レポ・オペレーターが煽るように「美味しい」などとコメントするものだから手を伸ばす肉腫達の目的が此方を倒すことではないとさえ思えてしまったのだ。
「まったく、わらわらと……僕は食べ物じゃないって言ってるでしょう!!」
周囲を見回してラダは小さく呟いた。「ある意味、これまでで一番不味い状況なのかもな」と神威神楽――否、『黄泉津』のロケーションを思い返す。此処は海洋王国の海の涯、地続きの場所がなければ救援を求めるにも遠すぎる。
「この国は周囲を海に囲まれているから、万一の時に退路も逃げ込む場所もまともにない。
ここで負ければ目も当てられない状況が待っているだろうよ」
だが、あの光が。一人のイレギュラーズの奇跡が救わんと手を差し伸べたことをラダは忘れない。
「アレが黄泉津瑞神――大きい、ですね……」
呟いたリディアは輝剣リーヴァテインへとそうと手を添えた。緊張に腕が震え、唇が戦慄く少女の傍らで小さく笑うジェイクは「さて」と息を吐いて立ち上がる。
「黄泉津瑞神がデカイと言っても、リヴァイアサン程じゃねえ。
……大丈夫だ。俺達夫婦と仲間達となら瑞だって止められるさ」
小さく笑う。その言葉に幻は「ええ」と目を伏せ微笑んだ。夢見るように微笑んだ妻に「あの光を見ただろう」とジェイクは声掛ける。
「ええ、ええ。夢の世界の住民として、僕は彼女に素晴らしき夢をお見せしなくてはならないのです。
あの美しい光を『美しい』と口に出来るような――その心を、伝え我らが神使が奇跡を起こさなくてはなりません」
スティッキを手にし、享楽的で華やかなる香りに身を包む。幻の傍らで回転式大型拳銃を引き抜いたジェイクはすう、と息を吸った。
「別に俺はヴォルペと仲が良かったわけじゃねえが、奴が命を賭して俺達に繋げてくれたんだ。この好機を逃してたまるか」
「……、ええ……そうですね、ジェイクさん。
どうか力を貸してください、リーヴァテイン――今度は厄災を祓う為に、その偉大なる力を!」
神様を倒す。その言葉だけで打ち震える心を持ち直す。リーヴァテインと自分なら、そう願うようにリディアは瑞神をその双眸に映した。
怖れるならば、愚直に剣を振るうしかない。だからこそ、真っ正面に飛び込んだ。
「助けるって約束したんだ。そして誰も悲しまないようにって」
ムスティスラーフは小さく息を飲む。積み上げてきた経験は語るまでもなく、力となった。
手を抜けるほど余裕の或る相手ではない。先程から聞こえる唸る声が、怨嗟のけがれが降注ぐことさえも悍ましい。
「……時間がかかって瑞さんに誰かを殺させたりしたら元も子もない。だから全力で戦うよ」
ムスティスラーフは小さく呟いた。瑞さんを救いたいんだ、だから――少しでも良い。力を貸して下さい、玄武様。
玄武の加護。その堅牢なる聖亀の力を宿し、ムスティスラーフは大きく息を吸い込んだ。
継いで、吐く!
「きたきたきたー! 『大むっち砲』でぱぁりぃー!!
さあさあ祭りだ乗れ乗れ! お互いに乗って押せ押せだ!」
今宵は祭りだ、と踊り笑った玄武の如く。積み上げてきた経験は語るまでもなく、遊んで居てよと手招いた。
屋根の上で、大嵐の銃声が波濤を起こす。無数の剣を払うように降り注いだ穢れの雨。
打ち払うが如くラダの弾丸が飛び込む様子を眺めながら喪われた詩を、波濤の魔術を、その身に宿してクレマァダは慣れ親しんだ言葉を口にする。
――はらへたまひきよめたまへと かしこみかしこみもうす
はらえ ゆらゆら ふるえゆらゆら きよめて ゆれて きみへとどけて――
重なった、と。海神の巫女と、重ねるかたわれの共鳴。ソング・オブ・カタラァナ。隔てた地の双子巫女後から。
「――行くぞ皆。"我ら"が道を拓くのじゃ!!」
謳う様に、幻は幻想(ゆめ)を語らうた。其れが黄泉津瑞神の望みであるかのように。
いさ、眠れ、黄泉津瑞神 生まれた子らの争わぬようにせむ
我ら神使、八百万、獄人の仲をとりもたん
いさ、眠れ、安らかな心をもちて 愛し子のことだけを思い夢へ落ち給へ
「神様は民の平和を望みました。んー! とっても素晴らしいお話です!
何ともまぁ。リヴァイアサンに続いて神殺しですか。ローレットってブラック企業ですよね」
ふふん、と鼻をならして小さく笑ったヨハンは刹那の栄光を輝かせた境界線のその名を口にする。
「まぁ、呼ばれたからには成し遂げてみせましょう! 大規模な戦いは僕の最も得意とする所で、何と言いますか、唯一の取り柄で神なんかに負けてられねぇんですよ! さぁ行くぞ!!」
タクトを揺らがせる。彼の傍に立つつわものは敗北を知らず剣を取る。
「オールハンデッド!! 神殺しの時間です! ――今ここで神を討て!!」
不意打ちへの警戒を行いながらエイヴァンは軍服をはためかした。彼が所属する国、海洋王国の悲願の涯――それが此の地、カムイグラであった。
此れより先の『海洋との交易』の事を思えば、国が喪われるのは惜しい。そして、仲間を喪うわけには行かぬと強き矜持を抱く。
無欠城塞の如き自身のその身を立て立て直す。拭えぬ忠誠心がその肉体と精神を氷炭せしめん。
「ここから先は越えさせない。俺達は【護友の盾】! 攻撃手が最大の力を発揮できるようにと壁役になることだ!」
唸る。無数の肉腫を受け止める斧砲が雄叫びを上げた。波濤起こすが如く荒れ狂う攻撃。
純正肉腫が強敵であることをエイヴァンは知っている。
「行け!」
頷くように、空を舞い、アーマデルは屋根を足場にステップを踏んだ。
『神もヒトも殺す瘴気を吐く凶星を抑える為取り込んだ結果、医神から死神に転じたもの』――それが彼の故郷の神であった。信心深き故に、その凶星を、稀人しか抑えきれぬ悍ましきけがれを取り込んだ神に対して考えることは或る。
その在り方を否定されるのはアーマデルにとっても不服であった。
「瑞獣は新生する……『新たな瑞獣』は瑞殿か、別の存在なのか。けれど、限りなく瑞殿の未来が欲しいんだ」
此の地の誰もがそう望んでいるのだとアーマデルは知っていた。
だが、瑞獣へと攻撃を届かせんと手を伸ばす【波濤】の面々に、仲間達に――あと一歩が足りなかった。
迫りくる有象無象の肉腫達。ヨハンとクレマァダの号令の中、ラダとジェイクが道を切り開かんと攻撃を重ね続ける。
「やあ、愛らしいお嬢さん達。そろそろ美しいボクに主役を譲ってもらうよ。
ここで戦果をあげなくっちゃ、黄龍は素直にボクを好いてくれないんでね」
セレマはそう微笑んだ。美しい美少年は足下にすがりつく肉腫達を抑え続ける。加護というのは魔性からの力だ。即ち、魔性との契約者で或るセレマは複数の加護が或る。
ならば此処が得意分野だというように、化生の紛い物の力を肉腫達から祓い続ける。
エルメリアへと、そして瑞神へと届く途を開かんと、一人の少女が飛翔した。
血桜。その名の付いた妖刀が黄泉津瑞神の血を啜るが為。大地を蹴り上げて飛躍するきりはぞう、と背筋に走った悍ましき感覚に息を飲んだ。
あわやその身体にけがれ帯びた神気が触れようとした――其処に、滑り込んだのは白き風。
何者かの小さな笑みと周囲を分断するかのような一閃。
継いで、雲耀の速さで空気を断ったのは汰磨羈。宝玉を思わせる眸を細め、やれやれと肩を竦める。
「――間に合ったようだな。全く、遅刻した理由が魔人二人とは、洒落にもならん。幸いにも、まだ佳境の内。然らば、為すべきは唯一つ……!」
視線を送る『魔人』と呼ばれた女は頬に手を添えてわざとらしく首を傾げた。
「罪(いけず)やわぁ……旦那はんたらやっとこっち見てくれた思ったら、次の浮気(あそび)にいかはるんやもの。一向にこっちを見やしぃひん」
唇を尖らせたその女――紫乃宮たてはは『神斬り』にばかり興味を持つ死牡丹梅泉の横顔を眺めてからうっとりと笑みを浮かべた。
「妬けてまうわ」
そうして、一閃。吹き飛ぶように肉腫が消え失せる。
汰磨羈は「本当に肝が冷える」と呟いた。制御は出来ないが『目的が瑞神』である二人を利用すれば良いのだ。
「ほう。あの獣が瑞神か。護国の神の類で在ろうとも落魄れれば所詮は邪神、斬りがいも在ろうというものじゃ。して――邪魔者が多いのう」
「ふふ、旦那はんと意見が合うなんて嬉しいわあ。『横槍』なんてイケまへんえ?」
魔神二人が道を切り開く――故に、その間を掻き進み天守閣へ、そして『エルメリア』へと手を伸ばす。
その好機が今、やってきたと仙狸の女は、己が牙を研ぎ澄ます。
「我は厄狩。この身に課した責務に則り――大呪よ、その全てを此処で断つ!!」
●白香
美しきは白香殿。肉腫達を退ける魔人二人が暴れ回っている様子を眺めながら葵はにやりと小さく笑う。
「今更神や肉腫が何だってんだよ。オレ達は竜種と魔種のトップ相手に何とかしてきた連中っスよ。
死に物狂いでやりゃ負ける道理はねぇな!
まだゲームセットのホイッスルは鳴ってねぇ、やるぞ! キックオフっスよ!」
地を蹴り、走り出すように葵はグローリーミーティアSYを蹴り飛ばす。白銀の軌跡を描き飛び込んでいくサッカーボールは純正肉腫・祥月を目掛けていた。
「狙うのは祥月。三度目の正直という言葉があるそうな。じゃあ、その言葉通りにして見せよう」
「どうして……その様なことを言うのですか」
悲しげにはらはらと涙の粒を落とした祥月を前にランドウェラは「どうしてかな」と肩を竦める。
「しかし、また会ったなぁ聖人どの。――切り傷を狙おう。さあ蝕まれろ」
蝕みの術を放つ。祥月の無数の腕がランドウェラを掴もうとした刹那、腕が拉げた。
葵の蹴り飛ばしたボールによる者だと気付いた祥月がその身体を反転させようとした時、ランドウェラは小さく笑った。
祥月の許へと救援の如く飛び込んでくる複製肉腫達。黒刃は煌めいた。闇に瞬くシュバルツの刃が放つは我武者羅、そして繊細。その双方を併せ持つ黒き一陣の風。
「目の前の一を見捨てるようじゃ、世界を救うなんて夢物語だって気づいたのさ。
俺の手が届く距離なら、もう誰も奪わせやしない。救える命があるのなら救ってみせる」
神なんて信じない。だからどうしたと言うようにシュバルツは脚に力を込めた。
今度こそ大切なものを喪わないために。残酷の神様が一つ呉れてやると見せてくれた気紛れの、その刹那の瞬きを忘れない。
「――掛かって来い肉腫共。あいつらの邪魔はさせねぇよ。
仲間の為に振るうと決めた刃、今この場面は、俺が切り開いてみせる」
肉腫を堰き止めるシュバルツの傍らで洸汰は「ここから先は通さない!」とキャッチャーミットで肉腫達を受け止め続ける。
「オレの役目は、マウンドの守護神! ここから先は通せんぼだ!」
ふん、と鼻を鳴らして通せんぼ。元気チャージで肉腫達を引き付ける洸汰に視線で小さな合図が届く。
頷く、無数の黒き風が吹き荒れる中で洸汰は『サヨナラ一発逆転勝利』を狙いトビンガルーや従者を従え、白香殿の中に立っていた。
「仲間達をサポートするのだってチーム戦では大事! ピンチヒッターは、此処で一発カマしてやるぜ!」
こてりと首を傾いでから斬華は眸をきらりと輝かせた。手にした大太刀は血に飢えたかのように『首』を求める。
「あらあらまぁまぁ♪ 首(腕)がたくさんね♪ 6個もありますよ♪ では皆様ご武運を! ここはお姉さん達におまかせあれ♪」
『刈り』甲斐があるとでも言うように振り袖揺らして都市伝説はころりと笑う。あらゆる方法で首刈ることには慣れている。
「その首(腕)、要りませんよね?」
首刈りの極意は霞みやしない。無形であるが故、何時だって斬華は恍惚と首を刈り続けるのだ。
ひらりと跳ねるように。ルルリアは短刀を握りしめる。国が大変なのだと言われてもいまいちピンと来る事でも無いが、そこで暮らしている人々が不幸になるというならば戦わないわけには行かないのだ。
「アンナ、任せてください。一網打尽にしてやります!」
魔法銃で打ち抜けば天蓋に魔法陣が広がった。地上に向かって降注ぐのは魔槍。悪しきを滅ぼす為に振る、聖浄の槍の中、夢の如き淡い輝きを宿した水晶剣を握りアンナは黒き雷を振り回す。
「今日も信じているわ、ルル。いつも通りお願い」
いつも通り。言葉少なく、それでも連携は合う。アンナが振り回した雷を見詰めながらルルリアの魔槍は降注ぐ。
アンナは出来うる限りと肉腫を押し止めるが為に戦線維持を意識し続けた。ルルリアの槍が引き剥がしてやると言わんばかりに、肉腫の身体を貫き続ける。互いが、互いを護る為に。
「やれやれ、黄泉津瑞神の出陣にテメェが居るのか。話が変わるな」
クリムはそう呟いた。魔力の通りが良くなるように細工された刀を手にし、地を蹴った。
「――お前は、此処で殺す」
低く呟き魔力と剣戟を交えた一撃を祥月の元へと届ける。無数の腕がクリムを掴み地へと叩き付ける。
だが、その刹那に撥条のように腕を捻り祥月の腹を蹴り飛ばす。傷口刻まれた身体に痛みが走ったかその動きが鈍く、衰えた。
――敵が堅牢であればそれを打ち抜くすべを使えばいい。
――敵に体力があるなら攻撃の数でダメージを増やすのみ。
ラクリマは簡単なことだというように蒼穹のグリモアのページを啓いた。賛美の生け贄と祈りの詩を紡ぐ。蒼き剣の魔力となり、敵に降注ぐ光は剣となりて祥月を貫いた。
主人公は徐々に徐々に、戦う程に強くなる。運命をねじ伏せて、従えて、何処までも真っ直ぐに飛び込むだけ。
故に、裁きの蒼剣は幾重も重なり祥月へと振り続けてゆく。
「一緒に戦う仲間をここで死なせたりしないのです」
祥月の呻きに合わせて起き上がった土塊に対してオリーブは飾り気のない長剣を振り下ろした。
「時間稼ぎならば出来る筈。ですので、精々稼がせて貰います」
仰ぐ月、そして――白香殿の奥で微笑む巫女姫を見遣る。攻撃重ねて、鉄帝国の意地を見せるように。
オリーブは至近戦を仕掛け続ける。鍛え上げた肉体だけが武器であるかのように、幾重にも攻撃を重ねて。
「貴方のような善人気取りの邪悪は神が許そうと私が認めませんよ。覚悟してください。石柱の魔女の本気をお見せします」
黒猫のような艶っぽい香りをその身に纏いオーガストは石属性の魔術障壁を身に間藤。脆弱な魔女の脆弱な呪縛に苛まれながらも、『地』の領域より創造された大蛇の泥人形は魔砲を放つのみ。
祥月の腕が数本、地へと打ち付けられる。「ぎいいい」と叫ぶ声と共に、狂ったようにクリムへと叩き付けられた攻撃に、口端より血がぺちゃりと溢れた。
直ぐ様の回復を齎すラクリマが祥月を睨め付ける。サポートは任せなさいと微笑んでチェルシーは果実を齧り、自身を苛む全てを拒絶する。
荒ぶる雷撃が降注ぐ。光豊かなその下で、手の甲に宿る雷の魔術刻印に魔力より光を放つ。
「まぁ正直報酬さえ貰えればいいのよ、ふふっ。それにしても肉種なんてのが私と同じ精霊種ベースだなんて寒気がするわね」
そうだ。そう思えば、チェルシーの雷は荒れ狂う。
「せっかく新たに見つけたカムイグラも魔種たちによってこんなになっちまったか……。
ここで俺たちに出来ることは、敵を倒してやること…だな」
やれやれと肩を竦めアオイ。戦闘スタイルを変更し、その初陣たる緊張を拭うようにリウィルディアは傍に居た。
「エルメリアを倒すも瑞神を殺すも、それは僕たちの狙う場所じゃない。
でも露払いくらいなら、悪くないだろう。行こうアオイ。なにも心配することはないんだ。君と僕が揃えば、必ず生きて帰れるんだから」
「そうだな」
頷く。そして、サポートを送るリウィルディアの後押しでアオイは只管に祥月を攻め立てる。
「聖人ぶった、ねえ。生きもしない堕ちた石像風情が、生意気だよ」
罵る声に、重なったのは歯車の動力。そして、其れがガチガチと噛み合う音を立てて祥月を蝕み続ける。
苛立つように地団駄踏み涙を流した祥月の余った腕がアオイを狙う。だが――傍らで決意を胸に乗せたユゥリアリアの虚無のオーラが包み込んでは話さない。
「さあ、お相手は此方にもいますわー」
訥々と零し連ねる旋律が響き渡った。何かを掴む為に進む者の背を押して、道征きのキャロルを謳う歌姫は肉腫達の行く手を遮り続ける。
「キリがないものを抑え続けるというのも不毛よね。とはいえ、手を抜くつもりはないから……!」
ルチアはタクトを揺らし支援する。仲間達の進む道を冷静沈着見据え、効率よく戦い続ける。
加護の翼に、鎧の飛行。その何方をも使用して安定的に動くルチアは苦しむ呻く祥月と戦う仲間達へと癒しを送り続けた。
「手を合わせるのが好きみたいだね? お祈りの真似っこなのかな?
けど、もう合わせる右手がないみたい! 沢山の酷いことをしてきたのにそんな顔してるの許せない!」
奥歯を鳴らし、怒りを溢れさせる。ソアは雷をぱちり、ぱちりと音鳴らしその掌で一気に叩く。
虎は何故強いと思う? その爪に乗せたのは怒りそのもの。
「みんなの怒りを思い知れ!」
虎は何故強いと思う? ――皆のことを思うから。
ランドウェラの底力。此処で祥月を仕留めるが為に。痛む身体を前線へ通しだした。
「これ以上は、もうアリはしないぞ」
獣の声が響く、穢れの中でその身体を震わせた肉腫が笑っている声がする。ランドウェラは、立ち止まることはしない。
「先日は逃しましたが、これで終いにしましょうか。祥月」
低く呟いた。美しき足運び。無駄な動きなど其処にはなく、柏手ひとつ。その動きは四季を体現して踊る。
緩急を武器に優雅なる沙月は祥月の腕ひとつを払いのける。
「そう、此れで――思い知れ!」
ソアの爪先が祥月のその腕を全て吹き飛ばす。胴体、それだけになろうとも呻き牙立てるように襲い来る祥月を至近に映して、沙月は其処に勝利を確信していた。
●焔姫
「さて……アルテミアを焚き付けた責任は取らないとな」
クロバは小さく笑った。その傍らには愛しき人、責務を担うシフォリィが立っている。
「クロバさん?」
「……シフォリィ、一人で抱え込むなよ」
無茶をしても、無理をしても、それを分け合うように。小さく頷いて、握る手を離した。ぬくもりの離れた掌に僅かにのせた寂寞は――剣の感触に変わる。
「――けど、俺はアルテミアが、『俺達の友人』が大切な家族をただ殺すしかないという結末は認めない」
地を蹴る。その言葉に続くようにシフォリィは――『エルメリア』の友人は、彼女の秘密を知る者は微笑んだ。
「決着を付けましょう。エルメリア」
アルテミアの事を、エルメリアの事を、全ての決着を。
願いの果てには届かなくとも、祈りに腕を伸ばすなら。屹度、空だって飛べるはず。屹度、貴女にだって届くはず。
見上げた先に、翼の乙女が笑っている。その狂気に駆られた『瓜二つ』――アルテミアはごくり、と息を飲んだ。
「随分とお寝坊さんです事ね、兄上殿? ま、どーぞいってらっしゃい、王子様。
ただ、後で貴方の代わりに場を暖めておいた健気で賢い妹分をたっぷり労いなさいよね」
ふん、とそっぽを向いてからリアは無垢なる祈りを乗せて青白く光るヴァイオリンを弾き鳴らす。
奏でる。英雄への幻想を。
膝を着こうとも、血を吐こうとも、決して折れない心を。『兄』へと託して、行けとその背を叩いて。
その背へ向けて。天使の旋律を神託の旋律を。友の勇気を、加護を、そして全てを乗せてリア・クォーツは送り出す。
「助けられるかはわからない。だが助けられたのならばきっと私がいた意味があったのだと思える――私がここにいる意味を証明させてくれ!」
願うように、ブレンダはそう言った。エルメリアが進むための道を、開き往く。ひとひらの想い出を胸に、立ち上がり、そして支えるために。
先陣の刃は推し進めてゆく。嵐となり手、全てを斬り伏せる。閃光の彩、ブレンダは、仲間達を前へ前へと送り出す。
「共に来てくれて有難う」と白香殿でリゲルはポテトを強く強く抱き締めた。
「当たり前だ。ずっと一緒に居るって誓っただろう?」
強く抱き締め返せば、何時だって傍にあるぬくもりに名残惜しさを感じる。離れなくてはならないと、手を離しリゲルは剣を、ポテトは盾を握りしめる。
「……クロバ」
名を呼べばひらりと掌が揺れている。クロバ、シフォリィ、アルテミア。三人を送り出すためにリゲルは此処に立っていた。
「クロバ! 思いのままに突っ走れ!」
どうか――どうか願いを掴み取って欲しい。天守閣へ昇る仲間を送り出し白香殿に漂う静寂の中でその命が続くことを願う。
「どうか願いを掴み取ってほしい。そして生還し笑顔で未来を迎えてほしい」
「ああ。またみんなで笑って過ごせるように、この国を守れるように頑張ろう!
クロバ、隣はリゲル、後ろは私達が守る。だから好きにやれ。私達がお前を守り切ってみせるから」
微笑んで、送り出されるそのぬくもりに息を吐く。諦めるのなんて厭なんだとミルヴィは笑みを湛えた。
夕闇と暁の空、其処に微笑む月。自身の生き様と誓いを思わせたそれに、黎明の名を冠する刀をしゃらりと鳴らして地を蹴った。
「エルメリアのやった事は確かに許せない。でも、アルテミアとってはたった一人の大切な妹なんだ!
魔種は救えないなんて誰が決めた? 前例がないだけでしょ! ならアタシ達が初めてになればいい!」
砂漠の赤月を思わせ幻想的な演舞と共に、剣が吹雪きエルメリアへと翳される。焔の魔術がミルヴィの儀礼刀を押し返そうとも諦めることはない。
「エルメリア。君の目に今のお姉さんはどう見えるのかな」
「……どういう、意味かしら?」
狂気に歪んだ眸が細められた。セララを見遣るエルメリアのその冷たい光は、何処か落胆を感じさせる。
「ボクには命がけで君を救おうとしているように見えるよ」
「私はアルテミアと一緒に居られるだけで良かったのに……私の許から奪った貴女達に何が分かるというの!?
何度だって願った、一緒に居たいと。何度だって乞うた、もう二度と離れないと。それを、裏切った貴女達に!?」
叫ぶ。エルメリアの攻撃が飛び込むのをセララは受け止めて脚に力を込めた。
「……魔種でもボク達と一緒に暮らせばいいじゃない。君が滅びのアークを集める以上にボク達がパンドラを集めてみせるよ」
「嘘」
目を見開き、涙を流したエルメリアはそう言った。
「そんなきれい事、叶うわけないじゃない」
人生が、どれ程不幸に溢れているかを彼女は知っていた。
人生が、どれ程理不尽だらけかを彼女は知っていた。
人生が、どれ程諦めることだらけであるかを、彼女は――身を以て知っていた。
「嘘つき」
「嘘つきになんか、ならないわ」
剣を手に、アルテミアはエルメリアの懐へと飛び込んだ。押し返すような炎がアルテミアを押し返す。
「ッ、エルメリア!」
「呼ばないで!」
頭を振った。魔術の炎が周囲に揺れる。その様子を眺めながらハイデマリーは口を噤んでいた。セララは魔種だって共存できると微笑んだ。対するハイデマリーは魔種は殺すべきであると、そう認識していた。それでも、大切なセララの言葉を無碍にしたくはない。
(まあ……鉄帝の軍人としてはこの様な端国の内乱には興味ないですが、魔法少女は民の平和のために戦いますし)
心まで魔法少女模様のハイデマリーは小さく息を吐き地を蹴った。足下にイモリが走る。戦略を練る為に情報は多い方が良い。
魔術礼装リリカルエメラルドに身を包み、金の獅子は迷うことなくエルメリアへと攻撃を降注がせる。慈悲無き冷徹なる黄金の獅子。旗の下に揺らめいた決意は、鈍ることはない。
「それがダメって誰が決めたの? 出来ないって誰が行ったの?
誰も言ってない! なら、アタシ達がエルメリアを救っちゃ駄目な理由はないでしょ? 見ててよ、エルメリア!」
「どうして、どんなにッ! 未来ばかりを見ていられるの! 私は、わた、私――私は……アルテミアが居ればそれでいい!」
狂ったように。
女の翼より炎が踊りミルヴィの頬を裂いた。天性のセンスで間一髪か。ミルヴィへ「大丈夫か」と声掛けるポテトはエルメリアの内包する狂気を確かに感じ取っていた。
「前例がないだけだ! 堕ちた人も拾えないで何が特異運命座標だ――諦めてたまるか!」
唇を噛んだ。エルメリアの頬を叩く。目を覚ませ、叫び、そして肩を撃つ魔術に歯噛みする。
「ッ――!」
「愛しのお姉ちゃんにばかり夢中になっちゃイヤよ?」
ぺろりと舌を見せて小さく笑ったのは里香。その傍らでクーアが控えて微笑んでいる。
壊れた色欲に慈悲は無く。情愛に濡れそぼった唇が告げる言葉は空言でしかない。
「でも、ま、お友達が命までかけるって時に野暮な事はしないわ。手伝うわよ、付き合ってちょうだい? 私の可愛いクーア」
「ひとの情欲はひとのもの。魔種如きにこれ以上奪わせてたまるものですか。
私はリカ=サキュバスの眷属、『クーア=サキュバス』。いざ、参ります」
里香が求めるならばとクーアは共に、エルメリアを狙い続ける。焔の魔術に重なる白き翼の懺悔器の中でさえクーアは怯むこと無く劫火の如き恋と終焉へと誘う如く炎と雷の奔流を生み出した。
夢魔の剣技を模倣したその一撃に重ねたは里香の瘴気と魅了の魔眼。自身以外を『見ないで』と誘う夢魔の唇にエルメリアは酷く苛立ったように叫んだ。
「ああああ! 邪魔ばかり! どうして、どうしてどうして――どうして邪魔をするの!
止めて。私にはアルテミアが居れば良い。アルテミア以外いらない。アルテミア以外が生きてる世界なんて大嫌い!」
叫ぶその声を遮るように鎖が伸びる。黒龍の顎のように編み上げた鎖は魔力と共にエルメリアを襲い往く。
「手に入らない、気に食わないから殺すと? ……嗤わせんじゃねえよ」
マカライトは歯噛みする。まるで他人のことを何も考えていない。家族を殺して、当てつけのように一人になって、そして此の國と滅びの途を辿ろうとする独りよがり。其れを己の巫女と抱いた瑞神にも行ってやりたい事は山ほどある。
だが、彼女は『巫女姫』ではない。エルメリア・フィルティス。友人の『妹』なのだ。
「エルメリアッ! テメエは今、最低最悪な事しでかそうとしてんだぞ!!」
「もう、もう良いの!」
良くない、と唇が動いた。それでもメルナは震えていた。『お兄ちゃん』なら屹度――可能性に命を賭けた。
アルテミアの為だと『お兄ちゃん』なら迷うことはなかった。筈なのに、メルナは酷く怯えていた。
(どうして……お兄ちゃんが遣ることを、辿らないと……何で出来ない……何であのアルベドみたいに、怖がってるの……ッ!)
震え、そして、出来る限りの攻撃を重ねることしか出来ない。其れが少しでもエルメリアを取り戻す助けになるならば。
捨て身になるのは、酷く恐ろしい事のようにメルナの前には感じられていた。
「巫女姫……攫われた経歴までは同情する……が、結局は『姉が手に入らなければ殺す』か……笑えないね。
……もう、あれはアルテミアの知ってる妹じゃないんだろうな。ならば、ここで止めるしかないだろう。決着は任せるぞ、クロバ」
紫電はトリガーを引き片手機械剣の動力を動かした。爆煙の衝撃、そしてエルメリアに向けて放つ居合いの術。
「絶対に、秋奈と一緒に生きて帰るんだ」
「これが友情パワーだ!」
びしりと指さした秋奈はにんまりと笑う。エルメリア、相対したその時を思い出し秋奈は緋刀の切っ先を向ける。
「『決着』はクロバくんに任せるよ。なーに、キミたちにケリをつけてもらう迄が私ちゃんの役目なのだっ。
悪友に託されちゃったからねっ。アルテミアさんもシフォリィさんも、頼むぜ、マブダチ!」
ピース一つ。マフラーを揺らがせて、秋奈は『友人』へとなりきった。
「エルメリアちゃん! おねーさんの名前を憶えてくれたんだねっ、うれしいなあ!
キミのような乙女に悪戯されちゃ……私だって、応えてあげなくちゃってね!
でももう少し思い出に浸らしてくれてもいいじゃないかい? こっちは思い出を燃やして立っているんだぜ?」
そして、その身を削る。それでもいい。その時間稼ぎの間に『決着』が訪れるように秋奈と紫電は戦い続ける。
リアは静かに問い掛けた。アルテミアの震えは止まった。畏れは消えた。決意は其処に固まった。
「アルテミアさ――アルテミア、どうしたい?」
「エルメリアを『取り戻す』。……それがどれ程無謀かなんて分かってる。
たとえ、どれ程罪を背負う事になったとしても。もう諦めない、諦めたくないのッ!
私はあの子の『姉』で、『側に居る』と、『守る』と約束したのだから!!」
小さく笑う。妹は自分勝手、ならば姉は『無茶』をするというのか。「上等だ」とリアは笑う。
ならば、これは『救う為』の戦いだ。リアは支えるとアルテミアの背をぐんと押す。
走るクロバは小さく呟いた。
「正直恨みしかない、けど『誰も』欠けちゃならないんだ」
光を求める。
希望を求める。
馬鹿だと笑ってくれ。狂気に濡れた女の横面を叩くように手を伸ばす。届きやしないかとクロバは歯を食いしばった。
「無茶ばっかりだね」
笑ったミルヴィの声がした。「ああ」と返せば、セララは「それでも、分かるよ」と微笑む。
「ボク達は、アルテミアの想いを伝えに来たんだ。だから、こんな所で諦めちゃいれないよね!」
誰かの束ねた奇跡が、セララの前には見えた気がした。綺麗だ、と直感的に感じて、魔の力を増幅する道具を壊し往く。
「旅人(おれたち)みてえに『大事な人』と二度と逢えないようにするんじゃねえ……!
自分から簡単に諦めに行ってんじゃねえよ!! 繋いでやるからこっちに来い!!」
奇跡を乞うようにマカライトは叫んだ。
檄を吼えろ、その声を届ける為に。
怒りを燃やせ、諦念に叛逆する為に。
――一撃を打ち付けろ、その背中を押す為に。
アルテミアはなんと言ったか。「守ると約束した」。そう言ったのだから、彼女の願いを叶えるために。
「エルメリアを元に戻すために私は私の可能性を賭けよう。これは私ではなくアルテミア殿の願い。
だが救いを求めた者は救われるべきだろう! 私に奇跡を教えてくれ!」
願うようにブレンダは剣を掲げた。光よ在れ。そう願うように、細い糸に縋るように。
「死ぬな! 悪意に負けるな! 残された者を悲しませるな! 奇跡のその先を掴み取れ――!」
「だから、だからお願いだ。誰の命も奪わないでくれ!」
リゲルとポテト。重ねた奇跡の負担が軽くなるように。命が、喪われないようにと願いを捧げ続けた。
「僕はかつて奇跡を見た。愛しい人の腕の中で心を取り戻した魔種(かのじょ)を。
あの時は心だけで精一杯だった。今回も無謀だろうか? いいや、そうは思わない!」
ウィリアムが叫んだ。ミルヴィが『可能にしよう』と微笑んだそれ。あの時だって一歩進んだ。
ならば、エルメリアに届くようにと今回だって手を伸ばす。
「僕の可能性でも何でも持っていけばいい! 叶えてくれ……ようやく再会出来たんだ。
彼女達を滅びではなく、希望の道へ歩ませてあげてくれ!」
エルメリアが純種に戻ることを望んでいた。其れが、どれ程までに難しいことかを知らないわけじゃない。
「あたしは最初から変わらない。血を分けた家族の悲しい別れなんて、決して認めないわ」
あの日、リアは思い出す。白香殿で相対したエルメリアの悲しげな眸。姉を求めたさみしがり屋の『バカヤロウ』
「だから、貴女の願いを肯定する! あたしの魂をかけ、貴女を支える!
願いのその先へ! 行って! 止まらないで! アルテミアさん!」
結末は何時だってしあわせであるべきだ。
それが物語の醍醐味で――悪しき存在は倒されたと御伽噺のように語って呉れるなと奥歯を軋ませる。
誰も喪わせたくはない。
見えるだろう、『姉』の背に生えた片翼が。もう一方は、君だった。あの赤き光の、彼女の片割れ。
家族と帰る夢を抱いた。それはプラックにとっても果たせなかった願い。
「だから……俺に出来る事は何でもしてやるから。姉ちゃんの所に戻ってやれ、エルメリア」
エルメリアの眸がぎょろりと剥いた。厭だと駄々をこねるように地を蹴って襲い来る。
「お前がっ!」
そうだ、奇跡の風を起こしたのは自分だった。プラックはお人好しの『交差する運命』の中でエルメリアを受け止める。
遠慮なんかしなかった。彼女たちのために可能性を賭けて良かった。燃える、身体の痛みに唇を噛んだ。
「もう一度言うぜ、救われねぇ結末なんざ、俺は嫌だね」
故に、噴水で地を蹴って空を舞う。未だ倒れない、限界だとしてもその先へ往くために。
立ち上がれと燃える火球ストレートがエルメリアの横面を倒す。倒れるエルメリアに手を伸ばす。
クロバがその名を呼び、腕を掴んだ。
「『明日』の話をしよう、エルメリア。そこには君とアルテミアと、シフォリィと俺と。――皆がいる」
クロバの言葉に、淡い光が揺れた。だが、奇跡とは為されぬからこその奇跡か。
淡い光が、エルメリアの周囲で惑うように消え失せる。奇跡よ、どうして起らないか。クロバは唇を噛んだ。
「明日なんて、ないんですね」
シフォリィの声がした。
クロバは気付いている。シフォリィの選択。エルメリア・フィルティスが魔種であれば、その終を与えると。
「シフォリィ――――!」
愛しい人の名を、クロバは呼んだ。共に背負う、そう決めた。繋ぎ止めた指先が、逃れようと進み往く。
「王子様に素敵なことを教えてあげます。『お姫様』って強いんですよ。
だから……だから、帰りを待っていて。無事に帰ってきますから」
決意の光が淡い。指先を絡めてから、シフォリィは離れた手で剣を握る。地を蹴った。
仲間の決意が、僅かな光をエルメリアへ集積させる。けれど、ああ、けれど――彼女は『魔種』だ。
「此れで終わりにしましょう」
切っ先が煌めいた。
その命を背負うのは自分でいい、親友に、大切な人に『妹殺し』は背負わせない。
クロバは追いかけ、その剣を共に握る。背負うなら、分け合おう。
それでも、まだ。奇跡を求める気持ちは変わらない。
その剣は深々と胸へと突き立てられ――光が、溢れた。
「ッ、何――!?」
顔を上げたプラックに、警戒した儘のブレンダが息を飲む。
ウィリアムは理解した。それは嘗てに見た奇跡と同じ。心が戻ったのだと認識し、唇を震わせた。
神様は、其れでも未だ、滅び以外の途を与えては呉れないのか。
「シフォリィさん」
淡く、紅焔が揺れている。白い指先が――『普通の友人』だったころの、エルメリア・フィルティスが笑っている。
――約束を守ってくれて、ありがとう。
唇が動く。その響きにシフォリィは唇を噛んだ。どうしてとなんで。繰り返した疑問。答え等、何処にもない。
「私は……あの時の約束を秘めたままで。
――何時だって、アルテミアに言う機会があったのに」
苦しげにシフォリィは言葉を振り絞った。仲間が皆、エルメリアの生還を望んでいた事を知っていた。
魔種に転じた人間を元に戻せた事は無い。ミルヴィが言ったとおり『不可能』で『可能にするための奇跡』が此処には必要だった。
だからこそ、ミルヴィは願った。無理は承知、其れでも、乞うていたかった。
奇跡に。
その僅かな答えが、彼女を正気に戻した。只の、其れだけだっただろうか。
悍ましい気配は消えた。其処には鳥渡の魔術と召喚術を嗜んだだけの、普通の少女が倒れている。
「アルテミア」
名前を呼んだ。
「アルテ――ミア」
飽きる程に呼んだ、飽きる事のない愛しい名前。
貴女を表すその文字さえも愛おしい。
貴女を呼ぶ度に、世界が彩を変える。
貴女が私を見てくれる――たったの、それだけが、しあわせだった。
駆け寄る姉のぬくもりが、心地よくて愛おしい。木陰で眠ったあの日のような穏やかさが胸一杯に広がっていく。
「エルメリア。ねえ……姉妹喧嘩はお終いよ?」
抱き締めたぬくもりが、失われる感覚にアルテミアは唇を震わせた。
あの日、歌った歌の名前を覚えている?
花涯ての旅。何度だって聞かせてあげた、貴女と私の大切な想い出。
手編みのミサンガは願いを叶えてくれた。双子の炎妖精は、もう再会を果たしたと微笑んでいる。
だから。
だから、此れからの話をしよう。
歌を歌おう。花冠を作ろう。沢山、沢山、話したいことがある。
……抱き締めたからだから力が抜けていく。逃さぬように指先を絡め取り、願うようにきつく握り込んだ。
「一緒に、帰りましょう。幻想へ。私達の家に。ね? エルメ――」
人間は呼吸をする。生命活動の客観的なバイタルサイン。
消えていく。その呼吸の気配が。命が失われる瞬間は何時だって、一瞬だ。
「だいすき」
口付けは、遠い。
言葉は、呆気ない。
指先が滑り落ちる。頬を撫でて、微笑んで。
ねえ、アルテミア。
ねえ、おねえさま。
貴女の笑ってくれる世界が、愛おしかったの――
たったそれだけなのに――どうして、こんなにも難しかったのかしら?
●『花涯ての旅』
丸いお月様 ひとつ、わたしを見ているの
揺れる花弁 ふたつ、あなたを見ているの
耳を澄まして すぐそばにいる わたしとあなた ずっと、ずっと 一緒
いのちのはて いのちのたび このいのち おわるまでずっと――
●逐降III
霞帝を護る事を最優先に。【護帝】はその為に戦場に立っていた。
「拙は正直なところ、出会ったばかりの帝に賭ける命はありません」
雪之丞の黒化した切れ長の眸が霞帝を見遣った。頷く、彼とて唯人の為に命を賭けられるかと聞かれれば首を振るだろう。
「ああ、承知して居る。俺は貴殿の友の……仲間のために空を駆る翼を与え続けよう」
そう、此の戦いは友が為。彼の授ける翼に身を、命を預けた友を護る為の戦いだ。黒き髪は白く変化し死人が如き血の気の失せた白き肌を覗かす化生の身。
「拙が。私が、この身を賭してもいい――そう思えるのは、ただ、我が友のため。
故に。必ず、その身に降りかかる全てから、貴方を護り通すことを此処に誓います」
「……感謝する」
彼を護る事が、これ以上の不幸に見舞われぬ為の。唯一。
鵺の鳴く声、虚の純黒。雪之丞は喧嘩前、息を吐く。難攻不落の自身を盾へと変化させ。
「賀澄さん」とアーリアは微笑んだ。晴明には自身と友に肉腫より帝を守る助力をと指示を送った後、ふわりと空を舞う彼女は微笑む。
「黄龍様とね、指切りをしたの。……けがれも大呪も祓って、彼女を助けるって。
前も言ったけど、私は護る為なら強くなれるの。
だから、黄龍様と賀澄さんが私達に加護を与えてくれるなら――私は、貴方達を護るわ」
只人との約束は余りに脆い。それでも、黄龍がそのこころを大切にしてくれるならばアーリアは迷うことはなかった。
「あらぁ。賀澄さん? 何を笑っているの?」
「何、この様に女性に守られてばかりで情けない。……だが、俺は俺の使命を全うしよう」
頷く雪之丞が周囲より飛び込んだ砲撃を全て受け止める。アーリアの菫色の囁きはどろりと蕩ける魔性と化して肉腫達を包み込む。
「賀澄の武勇伝は後に聞こう。だが、これだけの加護が賀澄自身にも負担を強いているのではないか、と」
「……気に止める事無きよう。後方で守られる飾りである俺の神力など――」
ゲオルグは雪之丞と霞帝に聖なる哉を下ろした。支えることこそが自身の役割だと彼は小さく笑う。
要である霞帝を守り切る。其れこそが最優先であると。暖かな光に包まれながら霞帝は「礼を言う」と頭を下げた。
「ああ、そうだわ。晴明さん。約束したことは?」
「勿論、瑞神を救い京に平和が戻ったならば盛大な宴を行おうではないか」
小さく笑う。全ては朝廷持ちで、と晴明が呟いた言葉に霞帝は「ならば張り切らねばな」と念じる力を強くした。
「瑞神さまを、お救いします。わずかばかりの、力ですが、全てを込めて」
メイメイは祈るように小鳥を瑞神の元へと放ち続けた。様子を届けるために、居なくなれば何度でも。
「痛い、ですよね。苦しい、ですよね。もうすぐ、もうすぐ終わります、から」
願う。戦線の意地のための回復を行いながら、瑞神の苦しみが少しでも拭えるようにと。
悠久杖の魔力が柔らかに揺れている。安寧を齎すその響き。癒しを行い瑞を見上げた瞳は不安げに揺れている。
「俺は約束を果たしに来た。豊穣の地は滅びさせねぇし、瑞も助け出す……! 見ててくれ、黄龍。賀澄」
真紅をはためかしてレイチェルは地を蹴った。穢れが神を侵す病だというならば、嗚呼、其れは雁字搦めの鎖のように身を蝕んでいるとレイチェルの瞳には映り込む。
憤怒の焔が包み込むその茹だる熱の中、緋翼が空を駆る。
「神様ってのは、良くも悪くも神様なんだ。
だが、神様が望んでないのにやらされるのは我慢ならねえ。神様にも意志と自由はあるべきだぜ!」
波打つ三叉の槍を手にカイトはからりと微笑んだ。水神様を信仰する彼にとってリヴァイアサンとて畏怖すべき偉大な神であった。
故に、善悪を超越し尊うべきを尊ぶことを彼は理解していた。その銀鱗を手に、祝福を願うように――命を繋ぐように極彩色の海を思わす破壊をその指先から伝え続ける。
「みんなを見守ってくれてた神様を、このままになんてさせないよ!」
アクセルは瑞神の意識を出来る限り引き付けるために空を踊った。自慢の翼があれば、落ちることもきっと無い。
空をゆく銀鯨の髭の魔力を湛えた空奏結界を使用して、アクセルは魔術を空に描く。
「別れは心に傷を作り、弱った心は澱んだ感情を、けがれを産む。グリュックとの別れで知ってる……」
だから諦めるなとレーゲンは叫んだ。演奏を以て、瑞神に――黄龍の友人へと曲を奉る。
共に未来へ進む曲を。未来で待ってる喜びの曲。皆で奏で響かせ、そして更なる未来を気付くために。
レーゲンのその演奏が、皆の笑顔を求めるように瑞へと響き、そして、叫ぶ声が響き渡った。
――オオオオ――!
レイチェルとカイトに引っ張られるように進んだのはイグナート。前線へと飛び込んで最大火力をその刹那に叩き込む。
「コブシを以て魔を祓う! カラダの中の悪いモノを全部吐き出させてやるよ! 神様だって打ち砕いて見せる!」
其れが何者と言われようとも屋根の上へと飛び込んで、アクセルがイグナートのてをぱしりと繋ぐ。
「行くよ!」
「アア、此の儘――!」
体内の気が放たれる。虎爪の構えから繰り出す掌打が強かに瑞の身体を打った。瓦が重なり落ちていく。足場の不安を怖れることなく着地した鈴音は「モフモフしてた」と眸を煌めかせた。
「狂える大神をモフモフわんこに転生? させるのが今回の使命だー。やったれやあぁ」
天守閣は100人乗っても大丈夫と冗談めかし、仲間達へと号令掛ける。瑞神の動きに気を配り仲間達を阻害する災いより救い往く。
大盾握る鈴音が「天守閣は大丈夫でも瓦が脆かった」と呟けば小さく笑みを零した咲耶「しかし、これで足場は使用しやすいでござるよ」と呟いた。
「折角の大勝負なんだもの、その一撃で全てを終わらせるのは面白くないでしょう!
まだまだ、私達とこの世界を、この勝負を楽しみましょう!」
イナリは踊るように、異国の神を相手取る。蒼き血の本能を滾らせて、空間を蹴り進む。水神の力を宿し、只管に瑞のもとへと届かせんと手を伸ばす。
暗器を手に。絡繰手甲より見せた慈悲。咲耶が地を蹴り殺意を具現化したぬばたまの業火を纏う。
己の身すら焦がす業。燃え移ればあわや火達磨と化すだろう。足場を駆使し、出来うる限り『走る』咲耶の双眸が瑞とかち合った。
「今こそ黄龍との誓いを果たす時、瑞神よ、後少しだけ耐えて下され。必ずやお主をその苦しみから解き放ってしんぜよう」
その眸が、助けて、と告げるのであれば。
「おう黄龍、約束したからには何が何でもやり遂げるぜ。
だから気張れよ。テメェが落ちたら何の意味もねえからな!」
キドーはからからと笑った。悠久の風が如く――バイクが黒煙を吐いた。
それ程にけがれの仲を進むことはダメージが多い。「相棒」とバイクを静かに撫でる千尋は『黄龍』の加護で彼と繋がった霞帝へと振り向き笑う。
「任せろよマイメン黄龍くん。『悠久ーUQー』は仲間を見捨てねえ……約束は絶対ェ守る。だから黄龍くんも俺達の事護ってくれよな!」
淡く力を放った黄龍の護符。身体が軽く感じたのは霞帝が黄龍の加護をイレギュラーズに分け与えたからか。
風邪を切り裂く凄まじいスピードで。超が着くほどに集中を研ぎ澄ませる。
「シャオラーーーッ! 行くぜキドーさん!! 海洋を救った俺達にできねえ事はあんまりねえ!!」
あの滅海竜が! そして、あの『嫉妬の大罪』が其処に居たとて千尋は戸惑うことはない。
「悪いな千尋くん。俺は、俺だけでもまだ三賊なんでね」
笑う。キドーは『悠久』の助っ人だ。そのチームメンバーじゃない。心は何時だって『三賊』の儘だった。
アイツらと馬鹿した毎日、忘れるわけがないだろう。そもそも、『一人は海に眠ってる』というなら――千尋は天守閣を昇り辿り着く。
「今だぜ! 行けェ! キドーさん! あの海にも響き渡るくらい、ドでけえ事をやってやりなァ!!!」
聞け――『クソヤロウ』!
キドーは跳躍する。黄龍の加護をその身に纏い幾星霜を暉す月光を纏い叫んだ。
「ダチを――ッ、喪って堪るかよ!」
殴ってだって引き戻す。クソヤロウだらけの世の中に、ゴブリンは声を荒げ、叫んだ。
空を飛んで、手を伸ばす。オデットは妖精の翼を揺らして駆けた。太陽の恵みを受けた水晶のリボンはきらりきらりと彩を帰す。
精霊の恵みに祝福された優しさに。オデットは、周囲の精霊には逃げて頂戴と声を掛けながら真っ直ぐ、彼女を見上げた。
「ねぇ、黄泉津瑞神……瑞って呼んでもいいかしら。友達が悲しんでるのよ、帰りましょ?」
――帰れません。
「……どうして?」
――この穢れた身が降りることは、愛しきこの地を、我が子達を害すると同義ではありませんか。
「其れを聞けばつくづくお前が神なんだと思うよ。ついに俺も、神に斬りかかるまで来ちまったか。
元より勇者はそういう存在だ。竜殺し、魔王殺し、そして神殺しすら、成し遂げてやろう」
剣の切っ先を向けたアランの傍らでメルトリリスは天の神に対して祈りを捧ぐ。
聖女たれ、神を尊べと祖国は言う。其れでも、成し遂げなければならないことがあるならば神殺しの聖女に為る事さえ厭わない。
「……アラン、あのね。いつか友人を作れと言ったよね。もう少しで、作れそうなの」
囁く彼女の声に、アランは頬を掻いた。「あぁ、言ったな。でもまさか龍とは思わなかったけどよ」と。
揶揄い笑ったアランはメルトリリスの背をとん、と押した。
「貴女が、瑞……黄龍の友人なのですね」
ゆっくりと、近寄れば漂う神気に混じり込んだけがれが肌を灼く。
神威神楽には様々な疑念と思惑、多くの人々の犠牲があったことを勇者は知っている。
「行くぞ、『聖女』」
「はい。『勇者』さま。――カムイグラでは沢山の愛がありました。
歪み、軋み、いつしか愛が憎しみにさえ変わる。その因果をここで断つが為」
故に、聖女と勇者は切り拓かれた途へと攻撃を投ずる。けがれを祓えと泣くならば浄き剣を以て断ってみせんと飛び込んで。
「さあ、また明日から新しく始めよう! 今度こそ、愛する人と共にいられる世界のために!」
「またこの地に青空を、豊かな大地を! そして笑顔の人々を取り戻す! それが俺、勇者アラン・アークライトの使命だ……!」
叫ぶ。瑞神の爪がアランを裂いた――だが、メルトリリスは構うことなく更に前へ前へと飛び込んだ。
「メルト!」
「はい!」
アランの腕を蹴って旋回する。切っ先へと乗せたのは殲滅の聖光。二人分の剣戟を、想いと友に届けるように。
次、黄龍と会える時、笑ってくれるかな。友達に、なってくれるかな?
メルトリリスの疑問に、アランはこう答えるだろう。「当たり前だろ、馬鹿野郎。焦らず『ただいま』って行ってやれ」と。
●逐降IV
どうして挑む? それは挑むに相応しい強敵がいて、偶然にも暇していた。
「――大した縁なんざ無くても、それだけで戦う理由には十分ってもんさ。
果てにある勝利を目指して、死を恐れ、されど命を惜むことなく。
己の全てを賭けて戦う刹那に価値を見出す者……アタシらみたいな戦士は、そういう生き物なのだから!」
其れが戦士だとリズリーはにい、と笑う。首を目掛けて食らいつく。制御不能なブリングスター、何処までも飛び込むことを止めやしない。
リズリーの宝剣は無骨ながらも良く馴染む。戦士は凍える刃を振り下ろす。
「エルは、お手伝いに来ました。大事な方を奪われた方々と、この土地の素敵な冬のためです。
辛い気持ちを抱えたまま、苦しい冬を過ごすなんて、ダメです。絶対に、めっです!」
首を振る。そして、お手伝いを頑張ると瑞の権能へと簡易封印を施す為に努力を続ける。神意執行の大鎌は血の涙をぼたりぼたりと流していた。
――何故、その様なことをするのですか!
問うた言葉に飛が小さく笑う。「分からねぇかよ?」と小さく笑い、乱射を続け続ける。圧倒的弾幕が瑞の視界を眩ました。
「――別にあの野郎とは大して話もしてねぇ。ただ酒を飲もうって約束をした
そして野郎は女の為に命を賭けた。男として尊敬できる奴だ。それをテメェが穢したと聞いた。
――気に入らねぇ、テメェを殴る理由なんぞそれで十分だ!」
だが、飛は殺そうとは考えなかった。多かれ少なかれその生存を望む仲間が居るならば『ケジメ』くらいはツケさせたい。
怒りの暴力が天守閣を叩く。がらん、がらん、音立て落ちる瓦と共に瑞の牙が襲い来る。
「っけ、吼えることは一人前かよ!」
嫌いだ。
ヨタカはそう言った。嫌いだと何度も何度も繰り返す。愛しの紫月、大切な番の心を不定に陥れたアレが嫌いだ。
操られていようが、狂っていようが。穢れていようが、清浄であろうが。何だって、どうだってヨタカにはどうでも良かった。
「俺は……紫月の為に動く。
それは鳥渡した嫉妬心も在った。夜明けのヴィオラを弾き鳴らし、魔性の紅の棘を届けるべくちくりと刺した。
世界を愛し世界を憎む。相反する想いを抱えた眠り姫。
苛烈なる瑞神の雄叫びの許へと辿り着く。それは、背後で『暴れる魔人』のお陰であった。随分と混乱する戦線ではあるが、少なくとも彼等が此方の好機に繋がったことに違いは無い。
「……瑞神……!」
―――オオオオオ―――!
唸る声が響いた。苛立つように武器商人は地に足着けて瑞を睨み付けた。低い声音は、神を屠る為にだけの敵意を孕む。
「問おう。貴様か? 狂っていようが『干渉する事』を選択したのは貴様自身だな?
いや、正誤はどうでもいい。貴様らに対して抱く感想は軒並み一つ『よくも邪魔してくれたな』」
それは武器商人も、そして、ヨタカさえ分かっていた。瑞は『慈愛』を分け与えたつもりだったのだろう。故に、八つ当たりの一つである。
前提に赤き狐は死んでいる。生きていたら笑って戦場に立つだろう。
巫女姫は男を嫌い、砂男は帝を取り返さない事から力が無く、大妖は既に己の手札を揃え切っている。
その認識は僅かにズレていただろう。ザントマンはそもそもに置いて『興味が無かった』に過ぎなかった。
彼が散った理由がそもそもにおいて黄泉津瑞神が『神様であった』事だとすれば、その八つ当たりは確かな意味を帯びていた。
「そうか、貴様か。貴様が俺達と彼の邪魔をし、その想いを穢したのか。
神だから何だ……その罪、万死に値する。約束なんざ俺は知らん。
脚が折れ、腕を失なっても……俺の矜持に掛けて、貴様だけは必ず殺す!」
幻介の言葉に狂った瑞獣は悪人の儘で良かったのに、と呟いた青年を思い出す。彼はヒトである道を選び、そして己へと途を示したか。
ならば彼等の『殺し合い』に水を差した自身が攻撃される理由もよく分かるというように獣は喉鳴らし、牙を剥く。
飛び込む幻介の振るった刃音が鬼の啼く声が如く響いた。瑞神の爪が幻介の横面を殴りつける。
その身体を受け止める様に、武器商人は瑞を奥へ奥へ追い遣ろうと攻撃を重ね続ける。
全ての苦しみを視たと言った。そして此の魂に懸けて誓った。ウォリアは『友を救う』と誓ったのだ。
それを反故にするのは神使として――否、騎士として――何より己自身に恥ずべき事である。故に、撃鉄落とす。滾る猛烈な衝動を溢れさせる。
「此の穢土の因果を終わらせて黄龍の元へ連れて行く為に……神たる者の罪を此処で裁く!」
其れは終焉を断つ者としての在り方だった。黄龍との誓い一つ。それはたった一つなのだ。
それでも、それだけでいい。ウォリアの覚悟を引き出すならば――たった『一つの約束』で十分だった。
「……今、助けに行くから。……助けれるか分からないけど……終わったらやっぱり色々話してみたいな、生きてたら……」
リリーは静かに呟いた。襲い来る攻撃を受け止めるフレイに小さく礼を言い、駆ける。瑞神を見詰めて。
リリーの魔術の馴染む魔導書に力を込めれば、魔力弾が飛んでいく。それは相手を殺す準備の作法――今は、『瑞』と対話するための、準備そのものだ。
冥刻の魔女は瑞獣とも仲良くしてみたいと、そう願っていた。呪いを払い、皆と未来を見て、笑い合う。そんな未来を求めて止まない。
「このけがれが、この国に元々あったものだとしても、きっと、この国を滅ぼしていい理由にはならないはずです」
祈るように、そう言った。シルフォイデアは戦いの教本たり得る参謀の能力を駆使し冷静に周囲を見回した。
進まんとする仲間達のために、援護し、攻撃を引き付ける。それを目的とした【護友の盾】は傷だらけであった。
「エイヴァンさん」
「大丈夫だ。送り出すぞ!」
それを捨て身と笑うこと勿れ。ゴリョウは堂々たるその肉体を盾とする。黄泉津瑞神へ向かう味方を送り届けて護る為、優先して盾となる。それは一見すれば死にたがりの命を捨てる行動だ――だが、違う。何が何でも生き延びて、誰もを助けるために盾は存在する。
「ぶはははッ、黄龍の一撃に劣らねぇたぁ流石の神さんだ! だが喰らい付かせてもらうぜ!」
背中のブースターで飛び上がる。受け潰し、そして、黄泉津瑞神に食らいつくことをゴリョウは忘れない。
「行くぜ!」
「はい。支えます」
シルフォイデアのその言葉を聞きながらフレイは黄龍を思い出す。あの黄金の獣はイレギュラーズに彼女を――この眼前で荒れ狂う『元・吉兆』を救えというのか。
「俺達に助けて欲しいと言うならば……それを成すだけだ。
助けられると言うのなら、その希望があるのなら、この命を削ることは厭わん。俺は救うと決めた」
手が届くか届かないかは問題ない。仲間達を護り、届けるために翼が消えぬようにと祈り、そして攻撃を受け止め続ける。
瑞の神威を打ち払うが如く、フレイは只管に前往く仲間の攻撃を受け止め続けた。
「さぁ、出し惜しみはなしよ。神にも例えられる存在を狂わせるなんて、なかなか厄介なことをしてくれたわね。
反転には至ってないから間に合うようだけど……さてさて私の力はどこまで通用するかしら?」
そう呟いたはシャルロット。不知火の妖気はゆらゆらと揺らぎ続けている。
リヴァイアサンと戦った。その次は神とも語られる瑞神を倒すのだという、そんな『物語のようなお土産話』。胸が躍らぬ訳がない。
「悪夢に唸り災禍を撒き散らす時間はもう終わりよ」
攻撃力こそが自身の武器だった。故に、シャルロットを庇う様にゴリョウが「行け!」と叫ぶ。
溢れる穢れの気配に息を飲んだセリアは「霞帝、大丈夫?」と振り返る。精霊達が畏れ慄いている。禍々しい気配に自然に笑った膝に力を込めてセリアは溢れるけがれより霞帝を護る為に瑞神を見上げた。
「……みんな、頼んだわよ」
「瑞」とその名を呼んだのはグリジオであった。救済の蒼き姉姫、破滅の紅き妹姫。その狂った二人の愛情が彼のその身には寄り添っている。
男の呼んだその声に黄泉津瑞神は僅かに体を揺らし、驚愕したように目を見開いた。美しい、獣の眸だ。その眸をグリジオは知らない――だが、感傷もなければ感情も、因縁すらない筈のその身には確かな縁の糸が繋がっていた。
――あなた、は。
瑞神の声に頷いた。麗しきは愛姫の双子。破魔を宿したグリジオの懐より、くすりくすりと笑う声がする。
『あの子は何も惜しまなかったのだわ』
『あの子は何も恨まなかったのだわ』
呪われし乙女の声に瑞神は何も言わなかった。否、何も言えなかった。
カミサマを嫌った『狂人擬き』――国家を救うヒーローになった光の、赤き狐。
「瑞よ。アンタが手を出したのは最低最悪の『与えるだけの男』らしいぜ。
傍に望んだなら共に狂っただろう、助けを求めたなら優しく手を引いただろう」
そう、双子の姫より聞いた。そして、其れを伝えなくてはならないとグリジオはこの場へと辿り着いたのだ。頂きに立ち、神の顛末を見守るために。灰の髪が風に煽られる。蒼紅の光は蛍火のようにふわりふわりと踊り、紅の眸と蒼の眸が楽しげに笑ったことに気付いた。
『ヒドい男だからこう言うのだわ』
『ズルい男だからこう言うのだわ』
「まだ出来る事があるのならば……悔いて、生きろ」
その声はグリジオにだけ聞こえる『筈』だった。
――狡くて、酷い。あゝ、わたしも彼の戯れの一つであったのかもしれません。
『まあ、聞こえているのだわ』
『まあ、答えてくれるのだわ』
くすり、くすり。少女の声が響いた。瑞神の白き毛並みに手を伸ばすことはなく。『灰色の残火(のろいのもえかす)』は見ていた。
ふるべ ゆらゆらと ふるべ――
「黄泉津瑞神よ。俺は伏見行人、神使だ。俺達は帝より乞われあなたの穢れを祓いに来てね。
まだ、生きたいと。まだ、歩みたいと。まだ、自分で始末をつける気があるのなら」
精霊立ちと語り合う。行人はつづりと手を繋いで居た刻を思い出す。大丈夫だと励まして、黄龍と声を交して。ならば、次は――頼れと笑いかけて自分の番だ。
霞帝も、つづりも、そそぎも『今の彼女』との対話は難しい。其れを、行人もよく分かる。
だが、だから? 諦めて全てが済むものか――!
「願え、抗え、顔を上げろ! 俺を、信じろ!」
●逐降V
傷つけ続けた。
壊し続けた。
それでも、笹木 花丸は止まらない。
「―時に拳を、時には花を! 今こそこの地で繋ぎ、紡いだ全てを貴方に送り届けてみせるよっ!」
暗雲を貫くが如く、願いは――腕は蒼天へと伸ばされる。
それが、花丸の意地。花丸の矜持。花丸の、願い。
「Restitui……essetis」
竜の言葉(スペル)は、紬届けるためにある。在るべき場所へ還れ――その身に根を張る穢れを払うように。
――あゝ、あゝ! わたしは――
その懺悔は、聞き飽きた。その声を覆うように、輝く結晶体が瑞神の許へと飛び込んでゆく。
強化術式を解除する魔銃を手にし、空を駆るエンヴィは邪悪な怨霊を顕現しけがれ祓いが為に攻撃を重ね続ける。きらりきらりと舞う水晶に交わる執拗な強襲に瑞の牙が剥く。
怨霊のその腕を摺り抜けるが如く瑞神の雄叫びが周囲へと響き渡る。鋭き爪が覗く。クラリーチェが放つ『土葬』の術、聡明なる葬送者はちりんと永訣の音を響かせる。
「――来ます!」
叡智の伝承者は治癒魔術でアルペストゥスを援護する。静謐なる祈りが、仲間の命を繋ぐ為の強固な魔術として光を溢れさせた。
「新たな時代を拓かんとしている今、神の新生は新たな時代に相応しいのかもしれません。
大呪こそが積み重ねた穢れであるのなら、それは御身ならぬ人の犯せし罪。ならば今こそ――」
人が。
アリシスの周囲をぐるりと回るはクレスケンス。銀の宝珠はアルペストゥスの水晶の煌めき返し、月色に光を帯びる。
人の犯せし罪ならば、それを裁くのも人の役目。断罪の秘蹟、祈りのかたち。アリシスの掌に握られるは祈りの光刃。『浄罪の剣』はけがれを、そして瑞神の爪をも切り裂いた。
だが――
「おっとォ!」
にい、と唇を吊り上げたのは夏子。アリシスを狙う攻撃を庇い、そして、背後で支えるクラリーチェへウィンク一つ。
「ヤラせてたら本末転倒なワケ」
「感謝を……此の儘、進みましょう」
アリシスに大きく頷いてから夏子は静かに息を吐き「瑞ちゃん」と『彼女』を呼んだ。
黄龍はちゃんとコチラの言い分は理解してくれた。ついでかもしれないが、筋は筋。黄龍の望みにだって答えたい――此方を信用してくれたのだから。
「って事で瑞ちゃんよ 黄龍ンとこ戻ろうぜ? 独り善がりのカカシに付き合うのも疲れたっしょ」
戻ろう、と簡単に誘って戻れる訳ではないのだろう。苦しげに呻いた瑞神。『手荒なことが好きな女性』も居るものなのだと夏子は小さく笑う。
その動きは空を縫う。炸裂するデカい発砲音に瑞神が怯んだ。怯んだ――と、その刹那を花丸が地を蹴り飛び込んでいく。
「ッい――けェェェ!」
「紡いで、集った、皆の願いを力に変えて届けるために――僕達は今、ここにいる!」
広がるは眩い光。傷だらけの手を伸ばした花丸に、聖なる哉と光を仰ぐマルクに。
「あの辺、なんか行けそうですよ!! けど、要注意です! って、ぎゃー!?」
「言ってる傍からやべーことになってるじゃねーですか」
「そ、そんな事言ってもー! ひーん、しにゃが可愛いからって!」
揶揄うマリナの声に拗ねたようにしにゃこがその体を反転させる。瑞神を貫いたのは裁きの弾丸。覗き込めば運命は決まったも同然だ。死地であろうともその『空気』を壊すことはない――何時だって女の子は明るく元気で可愛くなくてはいけないとしにゃこはよく知っている。
「神が全ては背負えぬならば、共に生きる者達とこれから考えれば良い!
眷属も、お前の友も──あなたの帰りを待っている! 絶望など、希望に塗り替えれば良いだろう!」
ベネディクトの掲げる希望は、確かに痛み蝕み、苦しむ途だったのだろう。犠牲だらけの途でも、果てない栄光を掴む為ならば青年は進んでいける。ありふれたバッドエンドなど――直ぐさまに壊して見せると黒き獣の牙を苛烈に覗かせた。
その牙の周囲を踊る蝶はゆらゆらと揺らぎ死を告げる。在り来たりな終わりではない、再誕への途を指し示すように鮮やかなる光を帯びて、揺れている。リュティスは「ご主人様、後少しです」と囁いた。
「ああ、往こう」
「……ご主人様がお望みであらば」
エクスマリアとミーナは気付いていた。瑞神は確かに『弱っている』
その穢れの雨を見るだけでも一目瞭然。鈴音が「くぅーんとして居るぞ!」と号令を放つのと同様に黄泉津瑞神を『殺す』事無きようにとミーナは呼び掛ける。
「殺しはしねぇ、元に戻すだけだ!」
その命を奪えども、穢れを落とした再誕が訪れる。
そして、殺さずともけがれを祓えば瑞神は吉兆の獣として降臨できる。
どちらの選択肢でも存在した。エクスマリアはその選択肢ならば後者が良いというように目を伏せ金の髪を月の許に靡かせる。
「無理は承知、難題は当然。だがそれを為せずして、どうして『友を助けて欲しい』との声に応えられようか。
神話殺しを継ぐ者として、魔に踏み躙られた神話を殺す。その上で人と共に在る神を、救おう」
神話を殺す。神を世界より追い遣る物語など『無かったこと』にするように。鮮やかなる光が周囲を包み込む。
新生など必要は無いと、再誕など生温い。今の瑞神を、と願うエクスマリアにミーナも大きく頷いた。
「行け!」と叫ぶこえと共に癒しが広がってゆく。
「穢れなンざ吹き飛びやがれ……!」
レイチェルのその身が変貌する。吸血種は獣と化して金銀の双眸を煌めかせて獲物へと魔的な咆哮を響かせた。
大神(おおかみ)は穢れ祓い、約束を果たすが為に叫び続ける。――今の、黄龍の友の『瑞』を救うンだ。
その言葉を違えることはない。
「拙者は黄泉津の地で懸命に生きる人々の生き様を幾度も目にした。
この後も鬼人と八百万との諍いは続くだろうが、諦めなければ良い未来への道が開ける筈。
このまま死なせはせぬぞ――必ずやその未来を見て貰う為にまずはお主を救おう!」
故に、咲耶はレイチェルと共に『けがれ』を吹き飛ばすが為に尽力し続けた。
神とは在るが儘。だが、人は奇跡を起こすことが出来る。神意が無くとも、届く場所に手を伸ばすこと悪ではない。
「炎は浄化や再誕を象徴する存在でもある……朱雀の、そして妾の炎よ……お主に届けええええ!!!!」
アカツキ・アマギの炎は其れ一つでは瑞神を『燃やす』事はできなかった。だが、傍に友が――朱雀が居る。
自身を包む気配が。炎を燃やせと告げている。
これから先を見るために。朱雀が求めた未来に――皆が笑い合う幸福に。
破邪の焔は、赫々たる彩で瑞神を包み込んだ。
――ああああああああ!!!!
「黄泉津瑞神を覆うけがれよ、此処より消え去るがよい!!」
炎が、その眸に混じり込んだ。
シキは笑う。傍らのサンディがやれやれと肩を竦めるその息づかいを聞きながら。
「黄龍と約束したんだ。絶対助けるって。黄龍の友達なら、私の友達だからねぇ。
助けるよ、瑞さん。ううん、私の友達。何回だって約束しよう。何度だって、言葉を交そう」
決意した。
これを心と呼ぶのか。これをなんと呼ぶのかをシキは知らない。
けれど、この『思考』が『感情(こころ)』と定義されるのならば――決意は、揺るぎやしない。
「シキ――!」
サンディの呼ぶ声に頷いた。風の声を聞く。サンディが投げ捨てた仮面は『繋ぎ止める枷』を解き放つ。
柔軟な強さは、大呪へと挑む強かさであった。
それと同時に、自我を繋ぎ止める命綱を手放す――なんて、『馬鹿が言う』んだ!
サンディは奥歯を噛みしめた。
「ッ――行け!」
荒ぶる風。その中を一人の少女が走り往く。空を蹴ったサンディから離れ、飛び込むシキの眸に心が宿る。
「『われてもすえに あわむとぞおもう』。この詩、豊穣なんだろ? 教えてくれよ、瑞。
俺はまだ、豊穣の事に詳しくないんだよ。それから、ちょっとばかし迎えが送れたくらい、笑って赦してくれ!」
決めた。
決めたんだ――君の心に会いに来た。君が笑えるように、君がまた此の国を見られるように。
優しく、抱き締めて。けがれがシキの身体を貫いた。黒い、黒い雨だ。
「ッ、決めたんだ。私は、君のためなら――その為なら、君の抱く大呪だって殺してみせる。
自分勝手だって、笑ってくれ。私は、私の為に君の心に会いに来たんだよ」
――どうして……?
「そのときやっと、私は私の心と向き合える気がするんだ。人間ってやつは自分勝手、……だろう?」
シキの刃が瑞の心を深く刺した。ウォリアの鮮やかな焔が終焉(けがれ)を灼いた。
――あゝ、わたしは――
その声に縋るように手を伸ばす。抱き締めて、シキは言った。
「友達になるって誓ったんだ」
――わたしは、まだ、『わたしのままで居られた』のですね――
灼かれていく、けがれの身。御身が朽ちたとて新たな瑞獣が生み出される。
生来歩む命を屠る事を望んだ者の刃は瑞獣の穢れを引き裂いた。
生来歩む命の儘を望んだ者の刃は瑞獣のその身を縛る謂れを貫いた。
然うして神の再誕は為される。
而して其処に心があるか。再誕せし神のその御身には確かに『黄泉津瑞神』――『瑞』の心が宿っていた。
●神威神楽
祓い給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え――
祖は神で在った。
祖は自らの命を雫と化し黄泉津を産み給うた。
祖の命により育まれし万物の命は心を宿し、生命の軌跡を紡ぐ。
瑞兆与えし神意の大精霊。國の抱きし大地の癌を御身に宿し地に堕つる白き娘の再誕は為された。
神意の瑞兆は黄泉津の草木を茂らせ花啓く。枯れ泉は湧き出て蓮華は車輪が如く花咲かす。
中天彩る天つ雲は揺蕩う流れに平穏の気配を宿す。
其は神の愛し子。
黄泉津に芽吹く遍く命は総て神子であり、神遣でありて。
故に、新たな神の國を始めよう。
此の地は神威神楽――神意と共に歩み進む命脈を紡ぐ地。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
この度はご参加有難うございました。
神威神楽の国を賭けた大事。神による悪戯めいた召喚で可能性を帯びた神の使いによる、異国の神殺し。神逐は為されました。
エルメリアさんは、屹度幸せであったと思います。
皆さんの信念が僅かに彼女の運命を好転させたのだと、そう思っております。
片翼を顕現するだけの貴女が、もう一方の翼を手に入れて進めるように。
妹から、最愛の姉へ。「だいすき」を差し上げます。
お疲れ様でした。それでは、また平和な神威神楽でお会い致しましょう。
※ヴォルペさんのPPP
当シナリオ『<神逐>黄泉津瑞神』はヴォルペさんのPPPが発動した後の時系列です。
故に、ヴォルペさんのPPPが当シナリオにその効果を及ぼしております。
GMコメント
カムイグラ、決戦です。
これが神の使いたる『可能性』が神を弑するお話。
瑞を鎮めなければ全て無に。救った命も、繋ぐために。
●決戦シナリオの注意
当シナリオは『決戦シナリオ』です。
<神逐>の決戦及びRAIDシナリオは他決戦・RAIDシナリオと同時に参加出来ません。(通常全体とは同時参加出来ます)
どれか一つの参加となりますのでご注意下さい。
●成功条件
『黄泉津瑞神』の『浄化』及び『巫女姫』エルメリア・フィルティスの撃破
●高天京(高天御所)
豊穣郷カムイグラ。その首都たる京、高天京(たかあまのみやこ)。
無数の鳥居が立ち並んだその中央には美しき庭園を持つ寝殿と、天守閣を有する城が存在しています。様々な文化の混ざり合った『混沌世界』らしい風景です。
獄人(鬼人種)迫害と、鬼人種解放令による暴徒の暴行事件での八百万殺害により蓄積された『けがれ』は『巫女姫』による『大呪』により目に見える形で顕現しています。
ある程度の穢れは黄龍及び四神の結界(<天之四霊>シナリオ群)により払われていますが、より強大な『けがれ』に侵された瑞神の顕現で強大な力となって京を脅かしています。
京の天守閣に坐する黄泉津瑞神は鮮やかなる月をも隠す暗澹の雲と穢れの雨を降らせ続けていました。
→一度は裏切ったかと思われた、ヴォルペ(p3p007135)さんのPPPにより、瑞の『けがれ』が僅かに晴れ、雲と雨は風によって流されました。
現在、黄泉津瑞神は僅かな正気を取り戻し『大呪』を抑えています。故に、月が見えている今こそが『好機』と呼べるでしょう。
瑞神が正気を失い狂気に飲まれれば穢れの靄に満たされ暗澹たる雲が覆い隠し、けがれの雨が降り続け京を灼くでしょう。
●ご注意
グループで参加される場合は【グループタグ】を、お仲間で参加の場合はIDをご記載ください。
また、どの戦場に行くかの指定を冒頭にお願いします。
==例==
【A】
リヴィエール(p3n000038)
なぐるよ!
======
●行動
このエリアでは黄泉津瑞神の権能を帯びた『けがれ』が以下の効力を発揮します。
ただし、総ての権能はヴォルペ(p3p007135)さんのPPPにより弱体しています。
a、このエリアでは『純正肉腫』『複製肉腫』の増加が著しく続きます。
b、ターン開始時にフィールド上の加護を持たない存在へ『現在存在するバッドステータスからランダムに2つ』付与されます。(BS回復可、抵抗判定も可能。無効系を保有している場合、無効化は出来ます)
c、魔種、肉腫へと『けがれの加護』を与えます。魔種と肉腫は加護によりランダム奇数ターンに一度、ブレイク可の『物無』『神無』のバリアをそれぞれ付与されます。
【A】白香殿
天守閣を頂く、高天御所の拝殿。白香殿。巫女姫の舎。
美しき庭園が存在し、庭園に巫女姫は立っているようです。周囲には複数の武官や女房が存在していますが、それらは総て【複製】肉腫と化しているようです。
●巫女姫/エルメリア・フィルティス
幻想貴族フィルティス家出身。アルテミア・フィルティスさん(p3p001981)の実妹。
静養先で賊に襲われ『奴隷商人の手に堕ち』、『運悪く反転』し、カムイグラへと神隠しに遭った後、天香・長胤を反転させてカムイグラの頂点に君臨しています。
基本的にはアルテミアさんが大好き。他の人間は大嫌いです。特に男性、及び、アルテミアさんに近しい対象への殺意は高いです。……が、自身の手より逃れたアルテミアさんのことも酷く恨めしく思っています。手に入らないなら、死んでしまえばいい。
・色欲の魔種
・常時発動:『乙女の寂寞』(行動時に全体に『バッドステータス』をランダムで付与する)
・神秘攻撃中心(『満月』の効果で強化されています)
・『乙女の悪戯』:??? ――それは元はエルメリアの力では無いようですが……
・瑞の加護:より強い瑞神の加護。それは瑞の傍たる白香殿にいる限りエルメリアに莫大な力を与えます。
●膠窈肉腫(セバストス)『祥月』(<禍ツ星>旧り行く祥月に登場)
村人たちが信仰する仏像より生まれ落ちたという肉腫です。六本の腕を持ち、手を合わせ、神に祈るかのような雰囲気で聖人ぶっています。
戦闘能力は非常に強く、堅牢。HPが高く常時、再生を行います。
『瑞』の権能によってセバストスまでフェーズが進化したようです。
また、魔種に追われていたようで所々に刀による切り傷が存在します。
●複製肉腫・純正肉腫
瑞の権能によって耐えず増え続けます。
複製肉腫に関しては、不殺での対応が可能です。純正肉腫も生み出され続けますので注意してください。
【B】天守閣
高天御所に存在する天守閣です。全員に『黄龍の加護』による不安定な翼が与えられます。
通常の『飛行』の下位互換であり、一度に莫大なダメージを得た場合は翼を失い落下する可能性があります。(落下した場合は一撃死相応です)
また、黄龍の加護は『黄龍の加護者である霞帝の死亡』でも失われます。
●黄泉津瑞神
瑞獣、瑞兆、吉兆の獣と呼ばれた神の娘。白き獣。大精霊。
黄泉津では信仰される守護神であり、黄泉津を護るために存在しています。
非常に強力な存在です。神と呼ばれたその信仰により膨大な力を宿しています。
現在の状況は『反転』ではありませんが『狂気に侵されて』います。通常の狂気判定と同様ではなく、寧ろ『複製肉腫』と状況は近いでしょう。
・倒す事でけがれが払われ『新たな瑞獣』として顕現することが可能です。
・神威(黄泉津):P
黄泉津に存在する限り発動される権能。守護者としての心が『狂った』涯て。
自身と大地を害したそれを人々へと受け止め続ける事ができる耐久。そして、それを『人々へと返す』報い。
詰まりはダメージの無効化と強力なダメージ反射能力です。が、大呪を鎮める事でその力は随分と弱まっているようです。
その他、多数の範囲ブレイクや特殊レンジでの強力な攻撃等々、様々な攻撃を宿しています、が、詳細な戦闘能力は不明です。
■黄龍、霞帝
イレギュラーズに加護を与えています。加護と結界に注力するために、戦闘は不可です。
また、彼らは瑞神の権能の対象にはなりません(自身らを守る強き加護を持っています)
■建葉・晴明
霞帝の護衛をしています。指示などがあれば協力させて頂きます。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はD-です。
基本的に多くの部分が不完全で信用出来ない情報と考えて下さい。
不測の事態は恐らく起きるでしょう。
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