シナリオ詳細
<鎖海に刻むヒストリア>終末泡沫エーヴィア
オープニング
●鏡像世界ミロワール
――あなたなんて、すきにならなければよかったのに。
――あなたとなんて、あわなければよかったのに。
人は常に、比べ続ける。そうだ、わたしだってそうだった。
誰が、誰を、誰に。そうやってたくさんの言葉の羅列を目で追いながら絶望したのだ。
シャルロット・ディ・ダーマとして生まれた日、わたしは酷く絶望したのだ。
ビスコッティ・ディ・ダーマとして生まれた日、わたしは酷く絶望したのだ。
わたしたちは一つだったはずなのに。光と闇が分かたれて別々になってしまった。
だから、わたしは乞うた。絶望の中に漂うあの女の嫌いな言葉を口にしながら、笑った。
わたしの笑った顔は彼女には見えない。
わたしは闇だから、わたしは光になんてなれないから。わたしに顔なんてないから。
だから、彼女は気づかない。わたしの本心にも、わたしの行動にだって。
「ねえ、セイラ。セイレーン。わたしは『ビスコッティ』になったの。
そうすれば『ずっとずっと、ビスコとわたしは一緒に居られてしあわせ』でしょう?」
だから、ビスコって呼んで頂戴。シャルロットと呼んだって返事はしないわ。
セイラの表情が醜く歪んだのをわたしは忘れない。
そうよね、あなたって、わたしが『不幸』だから好きなんだもの。リーデルが『不幸』だから好きなんだもの。
ごめんね、セイラ。ごめんね、『アルバニア』様。
わたしったら、気づいちゃったの。
諦めるだけじゃ――なぁんにも、しあわせになんてなれないのね。
だから、わたしは好きにするわ。
鏡の世界で見たの。希望という光を。絶望という闇を。
あの壮麗で美しい世界でもう一度『あの子』と手を取り合う未来が死したその先にある気さえさせてくれるのだから。
馬鹿ね、馬鹿な子だわ。『ミロワール』。そんなはず、ないのに『また希望を背負った』。
「言ったでしょう? 最後に、選ばせてあげましょうね、と。……貴女は……」
「ええ、勿論。『イレギュラーズを殺す』わ。私は魔種だもの。
どうしようもない、絶望に生まれ落ちた存在よ。どれだけ綺麗におめかししたって、わたしたちは腐った果実でしかないんだもの。ねえ、そうでしょう? リーデル」
深い深い海の中。ミロワールはくるりと振り返る。愛おしそうにその両の腕に偉業を掻き抱いていた女は「ええ、そうね」と穏やかに微笑んでいる。
――彼女は狂っている。どうしようもない程に、歪み切った精神の上でいのちを繋いでいるのだ。
その問いかけが、無意味であることをミロワールは知っていた。
勿論、セイラだって、知っていた筈だ。馬鹿なミロワールと唇が歌う様に紡いだそれを聞いてミロワールは『分かり易くアハハと笑った』。
「セイラ、たくさんたくさんの人を殺しましょうね。寂しくなんてないように」
「ええ。私はイレギュラーズなんて……嫌いですもの。
この途方もない澱を泳ぎ、命を散らすものが居ても尚、希望や未来なんて言葉を掲げて進んでくる。
明日、愛しい人が死ぬかもしれないのに。
明日、自分のその手が血に汚れるかもしれないのに。
何時だって、絶望<さけえぬみらい>が訪れるかもしれないのに!」
インクを滲ませたようにその笑みは歪み切っていた。それを見てミロワールは『可哀そう』とぼんやりと考えた。
「ああ、リーデル」
ぼんやりとしているミロワールの傍を抜け、リーデルの抱く『我が子』へとセイラは腕を振り下ろす。
ぐしゃり、と。
「ああああああああああああああああ―――――!!!!」
叫声。劈くようなその声が響いた後、セイラは笑った。
「薔薇の花ではないですか。リーデル、どこに我が子を忘れたのですか?
……ああ、そういえば。『以前、その子を攻撃したイレギュラーズが攫った』のかもしれませんねえ」
その言葉に、美しい女はにっまりと笑って「ああ、そうだったわ」と言ったのだ。
●終末刻限<タイムリミット>
世界というのは何処までも安定を求めている。それは、不安定要素を排他して得られる平和であるのかもしれない。
リッツパークより見た美しき大海に傾ぐ夕陽が伸びてゆく。その堕つる場所を追いかけるように旅人は海へと漕ぎ出した。荒れ狂う波に雨、世界を分割するかの如く海へと飛び込む稲妻を追いかけて嘶いた轟音は絶望に狂った女の怨嗟の叫声の様にも思えた。
冠位魔種アルバニアがついにその姿を現した、という情報を受けて海洋軍は直ぐ様に果てへと向かった。蒼き大海は黒いインクを零したように絶望に染まり、逃れる事の出来ぬ未来に囚われし怨嗟の声が溢れ出している。
この海を絶望と称したのが誰なのかを、イレギュラーズは知らない。
海上では『嘗ての女王の信頼』を得た女が指揮を執り、その奥には大いなる存在が『優しくも醜い絶望の澱』の中、その権能を示している事だろう。
向かうは深海。まるで誘い込む様に道が続いている。幾重にも重なり合ったかの如き鏡の道は手招き誘うように空と海を映している。
空は、海を映しこんだ鏡のような存在であるのだとカヌレ・ジェラート・コンテュールは絵本を手にして告げた。
そう――その道は『鏡の魔種』が作り出したものなのだ。昏き海の底、誰にも邪魔されぬ『安全地帯』で増援を作り出す者たちの許へと誘う道なのだ。
「恐らくはバニーユ夫人――失礼、『セイレーン』の許へと繋がっているものでしょう。
彼女は長らく狂王種や変異種の『改造』に力を入れていたという事が分かっています。
……深海の安全地帯で狂王種や変異種を増援とし、アルバニア達の許へ送り込まれては我々の苦戦は明らかです」
ソルベ・ジェラート・コンテュールは苦々しくそう言った。長らくの間『アプサラス』と『セイレーン』を国政の近くに置いて居た事は彼にとっては失策だったという認識なのかもしれない。その責を取り女王の座を去するとイザベラが言ったとしても自身の責であると彼女の言葉を撤回させるつもりであると彼は妹に漏らしていた。
だからこそ、セイラとトルタに関してはソルベは人一倍対策を急いでいたのかもしれない。自身の責であるそれが更なる被害を及ぼすことを防ぎたかった。
「まず第一に、『セイレーン』セイラ・フレーズ・バニーユによる狂王種の増産を止めなくてはなりません。
そして次に、深海より『アルバニアの増援』を目指す魔種リーデル・コールを討伐を目指しましょう。野放しにしていては危険です」
そこまで言ってから『リーデル』に関しては情報が少なく、セイレーンが『何らかの悪戯』をした可能性があるとまで告げた。
「そして、鏡の魔種がどのような意図で『道を作り出した』のかは不明です。
いずれにしても危険です。……どうか、気を付けてください」
●鏡像世界<うしろのしょうめんだぁれ>
ああ、可愛そうなセイラ。セイレーン。
あなたったら、もう未来に希望を見いだせないのね。
海洋という国ごと、すべてを絶望に染め上げたいのね。
……そうね、あなたはきっとそうしたいにきまってる。
――私の感じた絶望を貴方達も味わうがいい。
――私にないものを持っている貴方達が憎らしい!
それって、子供っぽいとは思わない?
ああ、リーデル。リーデル・コール。
あなたったら、裏切られたのにまだ縋っているのね。後ろばかり見て。
旦那様も子供だってもうその手には残っていないのに、有り得ない世界ばかり見てる。
――愛しているわ。『 』。
――わたしも、しあわせになりたい。
でも、世界は貴女を愛していないのよ?
ああ、可愛そうな私<ミロワール>。
そうやって他人の事ばかり論評して、同情して体を動かして。
イレギュラーズなんて言う希望に縋って、有り得もしない未来を求めて。
「ねえ、イレギュラーズでしょう。
私は魔種ミロワール――いいえ、『ビスコ』よ。ビスコと呼んで頂戴。
貴方達を手伝ってあげる。信じようとも信じまいともあなた次第よ。
何をしたいかって? ……そうね、バカみたいなことをしたくなったの。
ただし、手伝うからには私のお願いを叶えて頂戴。私の願いは―――」
一番かわいそうなのは、誰かしら。
- <鎖海に刻むヒストリア>終末泡沫エーヴィアLv:15以上完了
- GM名夏あかね
- 種別決戦
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年05月24日 22時15分
- 参加人数173/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 173 人
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参加者一覧(173人)
リプレイ
●終末刻限<タイムリミット>I
まるで世界を二つに分かつように雷が落ちた。
陸と海、現と幻、生と死。分かつように、落ちたその雷鳴が遠く聞こえてくる。
命の生産はいとも容易くベルトコンベアで運ぶように行われた。『私を守る為』と魔種ミロワール――本来の名を捨て、大切な片割れの名を名乗ると決めたビスコッティ・ディ・ダーマ――が作り上げた鏡の間は妙に居心地が悪かった。
嗚呼、それがどうしてかが分からないほどに『セイレーン』セイラ・フレーズ・バニーユは莫迦ではない。
彼女は、シャルロットは自身をビスコッティと名乗る事でこちらを煽って見せたのだ。この世の不幸など忘れたしあわせな女の振りをして、『片割れ』の事以外何も考えられない莫迦の振りをして、私という女を、私という『デモニア』をイレギュラーズの前に差し出そうとしたのだから!
「セイレーン! セイラ・フレーズ・バニーユ!」
その声を聞いて、セイラは歯噛みした。ああ、忌々しい。ミロワールも、イレギュラーズも!
「さて、ついに決戦なのだわ」
華蓮は確かめる様に、そう言った。その言葉に頷いたのは車椅子で鏡の道を器用に進んできたシャルロッテだ。
「実に奇妙な展開だな。ここを用意したのは『魔種』なのか。
……魔種が魔種と敵対するというのは儘在る事なのだろうか」
シャルロッテの呟きにハッピーは首傾ぐ。さて、それは分からないがフィールドが限られているのは有難い。
すい、と空を泳ぐように幽霊は騒ぎ立てる。『こっちをご覧』と手招くように。
ハッピーちゃんは何時だって全力と言えば全力だ。フルパワーで吹っ飛ばすように踊り出す。
軍人たちが進軍するのをサポートする華蓮とシャルロッテは楽し気なハッピーを支え続ける。
「わー! ホントに一杯敵が居ますー!? アルバニアの所にいるみなさんが心配です! 早くやっつけてあげましょう! ……じゅるり」
ぺろ、と舌を見せたライム。食べようなんて思っていないと慌てる彼女の傍より攻撃触手が伸びあがる。
動物たちは偵察部隊として走り出す。誰も倒れぬ様に、彼女はその『視界』を広くした。
天蓋に見えるは荒れ狂う空。まるで陸と海が一続きになったかのようなその場所に、ティリーは立っていた。生み出される狂王種に、顔を持たぬ影がぞろりと蠢いているその中に、信天翁の因子をその身に有する女が立っている。
「セイラ・フレーズ・バニーユ……悲しい人」
ティリーは喉奥で声を震わせた。同情しても、その思想に同意することは出来ない。見逃せば、どれ程の命が失われるかと敵を屠る事に特化した鉄の魔物が苛烈なる弾丸を浴びせ続ける。
「……手加減はしません、覚悟して下さい!」
祈りの儀式、霊脈探し、今日でやっと終わらせることが出来るのだとセレネは呪いを解くためにと手を伸ばす。
その掌で抱きしめられるの物は少なくても、それでも、一振りの剣に慣れたならば。
漣のナイフを握り、進む。誰もを救う為に、その一手は鈍る事はない。
「……海の平穏を守ることはオリヴィアが気持ちよく航海できることに繋がるからね。手は抜かないよ」
礼久はそう呟いて、音爆弾を設置する。どん、どん、という音に顔を上げたセイラが憎たらしいとイレギュラーズを睨みつける。
その視線を受け止めて、ミレニアは跳ねる様に魔装具を手に狂王種へと槍を降らせる。
「争いは騒がしいから、したくないの。
だから、静かにしてね。静かにしてくれるなら死んでくれてもいいから」
囁くように、サポートに戻る彼女に礼久は大きく頷く。眼前に存在するは強大なる敵。
しかし、『この場所』にイレギュラーズが来るのは予想外であったのか、セイラは僅か苛立っている。
「正義のために戦う人間なんかじゃない――けど、お金のためには戦えるしね。
ま、そもそも戦うのは専門外なんだけど、理由があれば大体のことはやれるよ」
これが終わったならばギルドからも海洋からもしっかりと報酬を受け取って、のんびりと過ごそう。
ステラはそう考えた。新しい水着を買って、『絶望』なんて名を冠さぬ普通の海でのんびりと過ごすのだ。
ミレニアと礼久へと狙い定めた敵へと放つ蹴撃。一人で戦うよりも皆と戦う方がより素晴らしい。
「レオンきゅんがどうしてもっていうなら、平和主義の私も頑張るしかないかー。
それに、いい男が死んじゃうのは勿体ないしね。それに気に入らないんだよねー」
ローズは唇を尖らせた。小さなミロワールを虐める事も、病にかける事も、推し(いとしいひと)にそれを伝えないのも。狂王種がアルバニアを目指さぬ様に、腐女子はその一撃以て狂王種を退ける。
セイラ・フレーズ・バニーユがアルバニアへと送り出さんとする『援軍』を此処で惹きつける事こそが騎士見習いとしての矜持であるとルリムは胸を張る。
「オーホッホッホ! 貴方達の様な魚の出来損ないなど怖くもなんともありませんわ!
どうやらデカいだけしか取り柄がないのでは? 『キルナイト』の名を冠する私を、甘く見ない事ですわね!」
金の髪を靡かせて、前線へ飛びこむルリム。高潔の盾を手に、貴族として果たすべき責務を背負ったガーベラは髪を靡かせ紅の瞳でしかと狂王種を――そして、その奥に立っているバニーユ夫人を見遣った。
「オーホッホッホ! 無辜の民の幸せを願う事こそキルナイト……そしてキルロードの務めというもの!
化け物から仲間を守り抜く事、それが我等『キル』の名を持つ一族の務めですわよ!」
貴族の責務に燃える二人を見つめながらマナは「ガッデム」と叫んだ。狂王種を盾たるルリムの許へと運ぶのは自身の役目かと嫉妬顔負けの八つ当たりで走り出す。
「……巨乳シスベシ! 乳の大きさが格差を生むのか! 畜生!」
苛立ったようなその声を聞きながら、支援するように飛び込んだのは強大な魔力を孕んだ魔砲。尾を揺らし、霧の森住まう精霊種はやれやれと言うように肩を竦めた。
「全く、猫の手も借りたいと聞いてたけどまた大変なお仕事ねぇ。
狙うのは弱ってる狂王種よ、通常攻撃の必殺を上手く使って立ち上がらせないように手伝うわ」
獰猛なる大地の咆哮を響かせて、カロンは的確に敵を射抜くがために標的定める。三発分、それだけでも道を切り開けるのだと言うように彼女はにいと小さく笑った。
「カッカッカ! 面白そうな事をしておると思ったら面白い連中が戦っておるの?」
竜胆は小さく笑う。眼前に立っていたのはリッチモンド家の三人だ。からりと鳴る頭蓋を曝け出すボーンの傍らで己の首を抱えたヒナゲシが前へと進む。
死霊遣いたる二人の娘、シオンを守るように立った竜胆は『正義』が為ならばアンデッドでも受け入れて見せようと彼女に近づくものを退けんと武器振るう。
「カッカッカッ! 幻想的な空間だが……のんびり観光気分でいかねェみたいだな?
ハッ! 上等だ! こちとら長年アンデッドやってるわけじゃねえんだ! 一緒に倒すぞ、二人とも! 俺達親子の絆見せてやるぜ!」
親子を支援する竜胆にその気概を見せつけるは一家の長たるボーン。『デュラハン系勇者』なるヒナゲシは何処か不服そうに唇を尖らせた。
「うちのダーリンはもっとカッコいいし、うちのシオンはもっと可愛い。何よりボクはもっとカッコ可愛くなきゃ! はい! やり直し!! ちゃんと出来るまで君に死を告げるからね!」
現れた鏡像は確かに鏡写しだが、そこに命が灯らなければ何と不甲斐ない物か。
「全く……魔種だか何だか知らないけど本当に余計な仕事増やさないでほしいわ。
……嫉妬なんてする位なら……少しでも現状を変える努力位すればいいのよ」
家族の中ではより『現実的』な一人娘は嫌だと言うように攻撃を重ねるが――背後より忍び寄る魔の手に顔を上げる。
「……っと、助かったわ」
竜胆の助太刀に彼女は吸血種たる彼女へと力を貸してと手を差し伸べた。迫り来るは有象無象。打ち払わねば、この窮地を脱することは出来ぬのだから。
からん、と鳴らしたのは鐘の音。メーコは自分自身の姿――そして、戦場を共にするイレギュラーズの『鏡像』を見て「メーコにはやりやすいめぇ」と呟いた。
自身とイレギュラーズとして活動して間がない。だからこそ、見知った顔に苦悩することも少ないと、そう考えていたのだ。がらんがらんとけたたましく鳴らすは注意の音色。狼さん、こちらに可愛い羊が居ますと言うように、彼女に飛びついていく鏡像を、かんなは規格外(ナンバーレス)で貫いた。
「ごめんなさいね。私、自分の事は嫌いなの。躊躇わなくていいのは助かるわ」
その白き髪を揺らして、魔力を纏わせたその一撃は鏡像の心の臓器を穿つ。命を奪う様に、世界を喰らう怪物にそうするように。
「素敵な世界を守る為だもの。お手伝い、させていただくわね。
余り大それた事ができるワケでは無いけれど……この世界にとって、大切な戦いの助けになれれば嬉しいわ」
その言葉に頷いて、冬凪は誰かを守る事だけが自分の出来る事なのだとそっと両手を広げる。
メーコを狙うその敵を自身がカバーし、そしてかんなが穿ち続ける。
誰も欠けません様にと。小さなピースを抱きしめる様に、冬凪は耐え忍んだ。
「可愛い我が子を戦場に送り出すのは、ちょっとどうかと思うのだけど。
うん、でもゴメンなさいね。悪いのはお母さんだからね。容赦はしないわよ」
アレクシエルは笑みを浮かべる。黄金の爪を振るいあげ、自身の許へと狂王種を誘う。
悪戯っ子ばかりだと彼女は慈愛の笑みを浮かべて『躾』をしなくてはと囁いた。
「ふむ、イレギュラーズ総動員、という感じだな」
ビーム中をその手に握り、ルチアは地面を蹴る。無数に生み出される存在は如何にも防がなければならないものだ。
幾らイレギュラーズと云えども無尽蔵に現れれば一溜りもないならば、此処で抑えるほかにないとルチアは後方より敵の動きを阻み続けた。
「セイラ・フレーズ・バニーユ。
亡くした友、愛しい人、まあ其方には其方の思惑が。そして、私には私の思惑があるのですよ」
サングラス越しに、かんなと、そして迫る鏡像や狂王種を見遣った晴久は露払いをするがために後方より仲間たちを支援する。
魔種ミロワールが作り上げた『鏡の間』はセイラ・フレーズ・バニーユを倒すための舞台。裏切りの代償がどのようなものかは分からないがセイレーンの死に場所としてはお誂え向きではないか。
「さてさて、頭がおかしくなりそうな場所ですね。ひっひっひ。
実際目の前に、頭がおかしくなった私みたいなのが現れましたね? 『鏡像』というやつですか」
エマは軍人の方が強いと小さく笑う。義理も何もない戦争なんて逃げ足が速く臆病な方がいい。
嗚呼、けれど、この戦いに幾人もの命が掛かっているというならば『自分』位は倒しておくか。
素早くその気配を掠めては、鏡像の影よりずるりとその顔を見せる。
「―――――」
その様子を茫と見つめていたナハトラーベはその翼を大きく広げる。
自由を司るその漆黒の翼、彼女の翼とは対照的にセイラ・フレーズは空を飛ぶことはしない。
海に生きることを決めたおんなは、自身の翼に鎖でも巻いたのか。
見下ろしながら、彼女はゆっくりと抜刀する。常世の定めを斬るが如く、只、静かに。
鏡などなくとも己の姿は見飽きたとマスターデコイは目を伏せた。所詮、感情という者は不安という底より育ってくる。
「ッシャア!! 俺とイレギュラーズの愛と……こいつらの愛のぶつかり合いというわけだな。
狂王種などに俺たちのピュアラブが負けるのはノーセンキュー! チュッ!!」
愛といえば己だと言うように。愛は世界を救うのだとラヴィエルはラヴアタックを続ける。
ラヴが世界に希望を与えれば輝く未来が見える筈だと彼は指先でハートを作りラブパワーを全開に。
「吾輩に嫉妬……などするわけないか。人造とはいえ地の記憶の精髄である精霊は生れ付きに満たされている」
なればこそ、自身は分かり易く明確に、敵を屠るだけなのだ。狂王種の数が多いというならば、自身がケリをつけるだけだ。
天蓋を見上げれば、空が見える。ざあ、ざあ、と波が揺れる感覚に「すごい所に来ちゃったねぇ」とシャッファは呟いた。
「洗濯もん、取り込んでおけばよかったわ。……生きて帰れるかしら」
そう、不安にさせるのは無数の狂王種たちの背後で歯噛みし、苛立つデモニアが存在したからかもしれない。倒されないように、と心がけながらも、シャッファは振り向いた。
自身の傍を通り抜けた狂王種を愛おしそうに、我が子のように撫でつける女が存在する。
伸びる茨はその女が異形である事をしかと示す様に水中を移動するイレギュラーズを狙っていた。
●水没乙女I
「壮麗! 絶佳! 海原を裂くは薔薇一輪! 寒いの嫌だからステイホームしていたこのロザリエルが! 装いも新たに水中行動つきの海水浴モードにて戦場に再臨なのだわ!!」
にんまりと笑ったロザリエル。その若葉を思わす肌を押し気なく晒しながら、彼女は悠々と水中を進む。その視界いっぱいを覆い尽くす様に『ぐぱり』と口を開けた狂王種に彼女は溜息を吐き出した。
「いっぱい出てくるの? 嫌ねえ。じゃあ片っ端から酷い目に遭わせてあげるのだわ!」
その様子をちらと見てからフィナは首を振った。ロザリエルが吹き飛ばす狂王種の背後より伸びあがるは異形たる茨の腕。
「今日の占い見ました? 見てません? 実は今日のアンラッキーアイテムは薔薇なんですよ!
だからあの薔薇モンスターさんは、ほんとは今日は戦うべきじゃなかったんです! とってもツイてない日です!」
「それ、壮麗なる私もアンラッキーアイテムじゃない!?」
ステイホームを解いたばかりのロザリエルに「味方はラッキーアイテムです! けど、ツイてない日は休むに限りますから!」とフィナは『不幸』を忠告する。当たるも八卦、当たらぬもまた。天秤が傾くように良し悪しがころころ変わる。それが彼女の戦闘スタイルだ。
これが一大イベントである事を奏多はよく分かっていた。一片の黒翼を揺らした少年は空を駆けまわるように海の中を進んでいく。
迫り来る狂王種へと、自身の為せることをこなしてみせると奏多はぐんぐんと進んだ。
「喰うか喰われるか。きわめて原始的な闘争の在り方だが、そもそも原始的で単細胞なのはボクの方ではないか?」
ぷるん、とその身を揺らしたロロンは魔力を貪る様に狂王種へと近寄り続ける。それにちら、と視線を向けて奏多は「そっちに行ったよ」と合図した。
「……コレらはボクたちを逃がす気はないようだね。残骸でも喰らえたら良かったけれど」
「ならば、僕たちの出来る限りで倒そう」
眼前に迫る狂王種を見遣った時、イーゼラー教の『幹部』達はそれぞれの思惑を抱え、一気呵成攻撃の手を緩めることはない。
冠するは戦車<チャリオット>――ピリムが好ましく思う脚は狂王種にも衣服でその脚を包み込んだ『薔薇の母』にも求める事は出来ないだろう。
「私は脚さえ手に入ればそれでいいのですー。イーゼラー……様にも捧げましょうー。向かうお手伝いしますよー」
血肉を求め、そして振るわれるは一撃。その背後で待ち受けるは力<ストレングス>のネメアーだ。
「久々のイーゼラー教での活動なのだ! イーゼラー様へ送る魂の数は多ければ多い程いいのだ!
我が名、力<ストレングス>の名において! 汝らをイーゼラー様の御許まで送ってやるのだ!」
その筋肉を活かして、水中の中でも自由自在に泳ぐネメアー。筋肉は偉大だと拳を固めて、パンチを繰り広げる。
水中で、出来得る限り動けるようにと手を伸ばしたアンゼリカは穏やかな笑みを浮かべ、うっとりと目を細める。
「御姉様とイーゼラー教のためならば例え海中であろうとも馳せ参じ致しますわ。
さあ今宵のダンスのお相手はどなたでございましょう?私と踊って頂けますか? 拒否権は一切ございません」
総てはお姉さま――そして、イーゼラー様の為なのだ。誰も彼もが襤褸の様になろうとも、彼女が躍るのをやめることはない。
「いやはや……ドーモ、うちの幹部連中は本当におっかないねー。あんな化物相手によくやるよ、全く」
バストは肩を竦める。自身は幹部たちと比べれば『一般ピーポー』という認識のバストの前でマゾヒズムを発揮してにんまりと微笑んだアンゼリカと視線が克ち合った。
「……まあ、程々に動いてさっさとトンずらするのに任せますかね。
じゃあ、まあ……イーゼラー様の許に行きなさいってか?」
まるで海中に咲き誇る一輪の花のようであった。それを『美しい』と称することが出来ないのは元は子として母の腕に抱かれて居たからか。伸び、のた打ち回る茨を見遣ってからエンヴィはぎゅ、と自身の胸元に手をやった。
「……これから私達も戦いになるけれど……それでもやっぱり、蜻蛉さんが心配ね……」
「そうですね。私たちの大事なお友達のために、ここでできる限りのことを頑張りましょう」
クラリーチェもエンヴィと同じ気持ちだ。蜻蛉、この海の中で狂気に染まったリーデル・コールというデモニアの許へと向かった二人の大切な友人。
ころころと笑って「大丈夫、一緒に陸へ戻ろ」と朗らかに口にしたときの、その微笑が陰らぬ様に――友人としてこれから未来を歩むために、二人は薔薇に向き直る。
「行くわ」
「ええ、行きましょう」
エンヴィの手が拳銃に添えられる。その白い指先が放つ魔力が思念の渦を生み出した。
絡む茨など打ち払う様に、黒きレェスの向こう側で嗤う呪いにその身を窶す。クラリーチェの唇が紡ぐは黒の囁きか。
海中での戦いは初めて。しかし、それでも廃滅病で苦しむ者がいるならば、カレンはその攻撃を休めることはない。
「やはり思うようには動けないか。だが、やれる。」
マテリアは自身を確かめる様に、そっとその掌まじまじと見つめた。己は水晶だ、だからこそ呼吸を必要としないが陸のように自由自在とはいかないかと堕天の杖をじいと見つめる。
空を泳ぐようにすい、と走る。虹色に光を帯びたその泡が狂王種を包む中、テラはため息を吐いた。
「兵器に海は大敵なんですよ解りますかねぷんぷん。……おなか、すいた」
怒ったらお腹が空いたか。間違っても食うなという否定を行うマリス・テラ。
その傍らで尾を揺らすはテラの『お薬屋さん』を自称する鈴音だ。
「いたいのいたいのとんでいけ~、ですのにゃ!」
攻めるはマリス・テラが。そして癒しは鈴音が。のんびりとした空気感だが二人揃えば百人力だ。
「メーデーメーデー、助けてへるぷみー」
「ふにゃ!?」
ピンチに尾をぴんと立てて、今すぐ助けると癒しを送る。これだから、迫る狂王種なんて、怖くない。
「広義的には魚の癖に、陸を目指そうなんて生意気だよねぇ。
他の戦場の邪魔をさせるつもりもないし、どっちが食べられる側か教えてあげるよぉ!」
愛らしい笑みを浮かべた正宗は魔道の扇をその指先で握り苛烈なる一撃を放つ。
ふわりと包むは可憐な香り。思考回路はショートし、眩暈がするほどの愛おしさがその身を包み込む。
正宗のその背後より一悟はぐんと飛び出した。狂王種がその頬を切り裂けど、彼は怯むことはない。
「オレは余計なことを気にしないで戦いに専念できるように、舞台を整えるのが仕事だ!」
「それって必要だよねぇ。なら、もっと――『可愛がっちゃおう?』」
正宗の笑みに一悟もにやり、と小さく笑った。
広がるは復讐の緋。猛るは鮮烈なる緋のいろ。深海の底、夜が如きその場所に差し込む月がなくとも、蒼く魔力は咲き誇る。
「此処が最後の砦になるのか。俺らを素通りなンかさせねぇよ」
牙を覗かせレイチェルは小さく笑う。月夜は明日(あさ)への最期の壁か。レイチェルとすれ違う様にちらり、ちらりと魔道具の焔が揺れる。
「注目を浴びるセンターは任せて、ボクは後ろから撃ちまくらないとー」
淡々と、そう告げるは『受付嬢』クロジンデ。センターという言葉にシグが顔を上げればにっこりと旅行鞄を抱えたレストが微笑み浮かべて淑女の礼。
「アイドルで言ったら今回はおばさんがセンターなのよ、すごいでしょ~?」
「……アイドルグループじゃねぇよ」
レイチェルの言葉に「そうかしら~? 素敵な舞台よ~」とレストは楽し気に声弾ませた。未来さえその手の内に。言霊が如く、苦境をも立て直す。
それこそが海に向き合う魔術師の極意。パラソルステッキ揺らしたレストが居れば百人力か。
魔剣をその手握りしめ、自身の血液を鎖と化した。じゃらりと音立てたそれが貪るように狂王種に絡みつく。
「私が手伝おう。集中したまえ……薙ぎ払うべき敵は、まだまだいるのである」
知識の魔剣は、全をその身の内にため込んだ。刀身に宿した焔は赤々と、それはレイチェルのその魔力にも似ていて――実験も、探求もシグには今は必要なかった。レイチェルは――ヨハンナは、その身を廃滅に侵される。
「……生死がいつも以上に掛かっているのでな。今回はお遊びは無し……単純な手に出させてもらう」
「ああ……まだくたばる訳にはいかねぇ。此処からが俺の本気だ」
吸血種は自身のその身のリミッターを解除した。神は復讐を咎める、だからこそ、その身には負荷がかかるだろう。それでいい、牙を覗かせ奔る。
「ちょっと受付拒否かなー。ここから先は立ち入り禁止。ボクたちが『防いで』あげるよー」
廃滅と云う『明確な滅び』を前にして、翳らぬ生の望み。それこそが原動力であるのかとウォリアは目を細める。
――己の為、人の為、何かの為。
「……眩しいものだな。ならばオレも『希望』に加担した責務を果たさねばなるまい」
絶望を流すがために振るいあげるは暴君暴風。
戦いの始まりを引鉄とし、湧き上がった衝動は己の死すら恐れず、敵を討滅するが為にある。
狂王種を全て滅すが如く焔の拳は爆裂する様に力をぶつけ続けてゆく。
「掛けるべき言葉何もあらず、それにどうも『同胞』が騒がしい。まあリーデルを見るのは私達としては辛い。」
白はそっと目を伏せった。仲間たちの為に道を開く。それこそが自分のできる最善なのだと言うように。
進む海洋軍人たちをサポートし、此処が最後の砦であると鼓舞を続ける。
リーデル・コールは狂っている。
狂っているからこそ、見るに堪えない――彼女は、もう十分傷ついた。
傷ついて、傷ついて、そして『全てを否定している』だけなのだから。
すう、と前を進むのはエンジェルいわし。パーシャは傍らのウォランスに優しく微笑んで、ウルサ・マヨルを握りしめる。
「ミミちゃん、アンジュちゃん……こんな弱くてダメな私に、ついてきてくれてありがとう。
一人だったら、怖くて立ちすくんでいたと思う。もう大丈夫。私は、誰かの涙を掬い上げる人でありたいから!」
頷いたミミは「ミミだって、正直今だっておっかないです。でも、しょーがねーです」とにんまりと微笑んだ。
パーシャも『いわしの子』アンジュもケガをしないようにと注意するミミはそれでも尚、バスケットを手に戦場へと飛び出した。
心配して待つよりも、共に立った方がいい。待つ時間は何処までも怖く、そして、不安で満たされるのだから。
パーシャが前へ前へと貫くは星をも喰らう召剣。その煌めきの傍で折れないこころをその胸にアンジュは苛立ったように前を向いた。
パパいわしたちは涙を流し、愛しい娘の為に飛び込んで行く。パパは娘には勝てないのだ。
「はっきりいってアンジュね、誰かの悲しいお話とか興味ないの。
大好きないわしと、みんなと、遊んでたいだけなんだよね。邪魔しないでくれない?」
ぐるりと海の中、できたいわしトルネード。その中で鉄壁スカートを揺らして、未熟な翼を羽搏かせるアンジュは「パパは、分かる?」と静かに問うた。
「……分からないよね。寂しいなら、そういえばいいのに」
●かがみの少女I
「この状況下、私がどれほどの力となれるかは分かりません。
けれども私の知る人類は、遥かに大きな災害にすら心折れることなく立ち向かい続けました。私もそうありましょう」
イースリーは静かに、そう口にした。未来――この海の向こう側へ行く為に。
シャルレィスの許へと飛びこもうとした変異種を受け止めたイースリーは「お守りいたします」と笑み浮かべる。
棺牢(コフィンケージ)は何と無念な存在か。人類の無念と呪詛の塊。聞くに辛い、その言葉。
「その悲しみから、開放して差し上げましょう――!」
ミロワールの許へと向かいたいというイレギュラーズ達が居る事をシャルレィス走っていた。
「マイケルさん、ウォロクさん達は鏡像以外の妖しいもの見なかった?」
「……あった?」
首を振るウォンバットにウォロクは「なさそう」と小さく返す。鏡像たちは見た目こそ自身らだが中身がなければ所詮は紛い物だ。
ミロワールの鏡像が生み出しているというならば、彼女の鏡像を破壊する他に選択肢は無い。
「私、傷つけられるのは嫌いですの。けれど負けてやる気もありませんわよ!」
鏡像と戦うのは一度目ではない。だからこそ、ライアーは慣れたように攻撃を放つ。
憂さ晴らしというわけではないが、躊躇する事がないのは素晴らしい。
――私、みんなみぃんな……偽物の私も本物の『あの子』も周りの誰も彼も、大嫌いでしたもの!
攻め立て倒す。そこに問題などないと言うように。
「しかし、狂ったオレたちとは恐ろしいファンサービスだな?」
紫電のその言葉にライアーはそうかしら、と首を傾げる。
「狂っているからこそ、倒しやすいのではありませんか!」
「まあ――そうかもしれないな?」
紫電は奥へ、と視線を向ける。廃滅病に罹患した魔種、ミロワール。
黒き靄のような影をその体に纏わりつかせた『顔の見えない』彼女は風前の灯火とはいえ、協力体制になることなど、紫電は想像もしていなかったのだ。
「この決戦、死兆になった皆の命がかかっているからニャ。絶対勝ってみせるニャ。
魔種であっても味方してくれるならありがたい。この鏡像世界をできる限り維持できるよう頑張るニャ」
ニャンジェリカはちら、とミロワールを見遣る。彼女自身、この場に現れた鏡像に関与をしていないという素振りを見せる。
それ以上に、セイラ・フレーズ・バニーユを滅する為の舞台まで用意したのだ。
(――ここはミロワールの協力を受け入れて、セイレーンを倒すことが廃滅病から救う一歩なのニャ)
アウローラは加護の付与された可愛らしいスカートを揺らし、笑顔を曇らせる事はない。
「廃滅病を治す為にもアウローラちゃんも頑張るよー!
アウローラちゃんにできることはしっかりやっていくねー!」
言の葉は霊力を舞う。その身の内で渦巻いた魔力は全身全霊を以てすべてを貫くが如く魔力を吐き出した。
ぴょん、と跳ねる様にして、蹂躙するは魔の勢い。仲間を巻き込まぬ様にと走るアウローラの背後より支援するはディアナ。
英雄は人為によって『作られる』。
このデモニアの世界を奔る者を、英雄と呼ばずして何と呼ぶか――!
旧き詩歌の魔力を操り手繰り、そしてディアナは歌う。天使の福音を以て、仲間たちが挫けぬ様にと。
シキはミロワールと似たその外見の変異種を見て、息を飲んだ。知りたかった。事の顛末を。
感情という者を忘れた自分は、嫉妬や羨望を知れば思い出せるかもしれない。
それは、ミロワールという少女の変化が、自分にも何か片かをもたらすかも、と期待したのかもしれない。
「君は、誰? 場人物の名前は重要だろう。君はミロワールの鏡像と聞いたけれど。
シャルロットはビスコッティになった。それなら君はどちらだい?
それとも、どちらでもないのかな……」
変異種は、ミロワールの鏡像は「あの子がビスコッティなら、わたしはシャルロットだわ」と笑った。
ああ、ふたつに魂を分けた彼女たちは、そうなっても尚、『ひとつ』であろうとするのか。
「教えておくれよ、君たちの事を。満たしておくれ」
識れば、何かわかるかもしれない。
「チル様、こちらです。……何かありましたら、僕が御守護りしますので」
ヴィクトールは未散の白い掌をそっと取った。恭しく重ねたその掌は信頼の証だと言うように、飛べない翼をその背に、乙女は進む。
「ええ、此の手は離さない。有事の際は、ね、ヴィクトールさま。昏い海の底か眩い水上かは天運に任せましょう」
一人じゃなくてよかった、と感じるヴィクトールは唇を噛んだ。眼前の鏡像など、視てはいられぬと視線を下げて。
「今日は貴方の願いを叶えにミロワール……いえ、ビスコ様ですか」
「お初にお目に掛ります、突然で不躾な物言いとなったら申し訳ありません。あなたさまの願いを、叶えたい」
その言葉に、ミロワールは、曖昧に笑った。悲しそうに、苦しそうに、そして――『先が分かっている』とでも言うように。
まるで寓話の様に、ヴィクトールと未散はその手を取った。願いを叶えて、なんて言ったのに。
どうして、泣きそうなのか。
『ビスコ』とシルヴェストルは穏やかな声音で呼んだ。鏡の迷宮で彼女に出会ったときに、シルヴェストルは『彼女の死因を廃滅病以外にする』という選択肢しか用意できないと口にしていた。
「僕はほら、前に会った時にああ言ったからね。今更手のひらを返すつもりはないよ。
……でも、後ろから刺すなんて真似はしない。皆が心ゆくまで彼女と話せるように手伝いをしに来ただけだ」
例えば、と指し示すはこの鏡像世界にも存在する変異種たちの事だ。見るからに友好的でなく、敵対対象であるそれを見遣った視線はデモニアを試すような色はない。
「念の為に確認するけれど、あれはキミ――ビスコにも害があるものという認識でいいかな?」
「ええ、あれは『わたしに害為す存在』だもの」
頷いたミロワールの声を聞き、飛び込まんとする変異種を薙ぎ払うは光の刃。数多のいのちを屠るが為に振り下ろされるハルバードの穂先が狙うは『自身と同じ顔』。
「お前の相手は私だよ」
フローリカは自分のことなど一番分かっていると、その間合いへと滑り込む。ルクス・モルスは光の粒子をちらり、ちらりと鏡に反射した。弧を描いた痛烈なる一撃は何人たりとも邪魔させぬという強き破壊。
「逃げてもいいんだぞ――逃げる時は逃げる。私だってそうしてきた。『傭兵』はそう云うものだからな」
だが、それ以上は彼女は言わない。逃がす訳もないと振り下ろした一撃は鏡像を音立て『割った』。
「ああ、傭兵はそうあるべきだ。……そんな動きで彼奴らを騙るのか。馬鹿馬鹿しい」
マカライトは鏡像に苛立ったようにそう呟いた。見た事のある技に声、そんな紛い物に構う必要があるか。
見知った顔を蹴散らす様に、マカライトはトリガーを引き続ける。
悠長に話を聞いている暇がないのなら、その時間を作り出すのも傭兵の仕事か。
「悲しいことが起きてるっていうのはわかるよ。でも、何だろう、凄くもやもやする感じ。
全員が全員自分が一番不幸だと思ってる?
うん、よく分からない。……ワタシが思うのは、悲しいことよりももっと楽しいことを考えることができれば、こんな事にはならないのかなって」
「ねえ、あなた。わたしは、セイラにしあわせになってほしかったのよ」
その言葉に、実験体37号はますます以て首を傾げる。魔種ミロワール、彼女の言葉なんて分からない。
お気に入りのドレスを揺らし、『ぜんりょくアッパー』を決め続ける。
何が幸せだったのだろう。
何が悲しかったのだろう。
分からない、分からない、けれど、嫉み妬みは確かに誰かの心を壊したのだろう。
ミロワールの眼前には彼女の意図せぬ敵が多数存在するという事か。それは制御を喪った脅威でしかない。
そう思えば、アステールは恐ろしい事だと「ふにゃ……」と小さく声を漏らす。
「ここで負ければ知ってる皆さんが居なくなるですにゃ……? その方が怖いから……アスも勇気を振り絞りますにゃ!」
アステールに頷いたニャーはにんまりと微笑んで、マイペースと平常心と何度も繰り返した。力みすぎては空回りだ。
「白と灰銀の毛並みと猫三匹に執事、略して白猫たちと執事にゃ。
今回も我ながらなかなかいいネーミングセンスにゃね」
「……それとニャーさん。次はウェールの毛並みもグループ名に入れような」
そう呟いたアンファングにニャーは大きく頷いた。振り向いたはミロワール。彼女は『セイラを倒すために協力する。願いを叶えて欲しい』と言った。その願いが誰も涙を流さないものであれば――そう思ってからアンファングは首を振る。
「……けど、彼女は魔種(デモニア)で、確かに敵で、倒さなくてはならない……」
――あれ程までに『少女』であるのに。鏡というその性質がイレギュラーズを反射して、変化したものだったとしても。レーゲンは『もしも』の未来を願っては已まない。
「魔種だからいつかは戦う時が来るかもだけど、
この戦いが終わったらピクニックや、皆でハグし合ったりできるっきゅ!
保護者のウェールさんのもふもふ尻尾ならきっと一緒に笑い合えるっきゅ!」
振り向いて、アタッカーとして戦うレーゲンはグリュックと二人、そして、あとの楽しみがあれば百アザラシ力だとやる気を漲らせた。
その言葉に、ミロワールは「ふふ、素敵ね」と呟いた。その声音に寂し気な気配がまとわりついた事に気付き、アンファングは小さく首を傾げる。
「ビスコ。以前、受け入れなかった事には公開はない。借りは数倍にして返すのがかっこいい父親だ。
ビスコの願いを聴くために、今は全力で守る! ……レーゲンの願いも叶うといいんだがな」
ウェールのその言葉を聞いて、癒しを送っていたパーフェクト・サーヴァントは目を伏せる。離別は叶わず訪れる。涙が流れる事は決して防げないと――彼女の願いが『何』であれ、確かな予感がしていた。
どのような願いか。それが荒唐無稽でない事だけを祈り、ミロワールを守るように立ち塞がる仲間たちの支援を続けていく。
「色恋沙汰の果てか――いや色恋というよりも海より深い感情をもって生まれたが故か。
仮にその器が報われていたのなら狂っていなかったのだろうか? ……いや無意味な仮定だな。沈め。この海の底に」
変異種を相手取る。ライハは指揮棒を振るう。勝利と栄光はその指先が奏でる如く。
仲間たちを支えるは、自身のその内に秘めた活力の証。
魔種ミロワールを護る仲間たちとて、彼が支えるべき存在には違いない。
「リヴィと戦おうと思ったんだけど……ま、今のあたしじゃリヴィに『行きたいところに行け』って言われるか」
小さく呟いたニアはゆっくりと、ミロワールを見た。その瞳は曇りもなく、只真っ直ぐに。
「来たよ、ミロワール、いや、ビスコ……だっけ? 勿論、そっちは魔種で、あたしはイレギュラーズだけど。
一緒に死んでくれ、とか……誰かを殺せ、とか。そういうのじゃなければ、叶えてやるさ」
今なら、共に居られる。この力をかけて、彼女を救う。
鏡の間という『彼女を護る理由』がそこにあった事に安堵する。
ニアは「信じてるよ」と囁いた。鏡の間が消えた時に、ミロワールに対して、仲間がどう動くのか、それは今は分からなかった。
分かっているのは、少なくともニアが彼女を信じた、という事だけだ。
「久しぶりだねぇ、ミロワール……ううん、ビスコちゃん。
わたしは、あの時『死にたくない』と言ってくれたキミを信じる。キミが力を貸してくれるなら、百人力だよぉ」
大罪魔種の下、表舞台に立たないことで自身に余力を温存していたセイラを追い詰められる可能性。
だからこそ、シルキィはミロワールに友人に語り掛ける様に微笑んだ。
「だから、わたしがキミの『お願い』を叶えてあげる。
それがどんなものなのか、キミが話してくれるまでは分からないけど……『わたしに出来ることなら』とは、敢えて言わない。意思も覚悟も固めた上で、ここにいるつもりだからねぇ」
「ふふ、やっぱり、イレギュラーズってまっすぐなのね」
だから、愛おしくって、大好きで――とても、『羨ましく』なってしまうのだ。
●かがみの少女II
「海洋はいつぶりだろうか……こんなに騒がしくなっていたとはな。
私は考えるのが苦手故、殴る事しか脳がないんだが……一先ず、私が殴ればいいのはお前らしいな」
そう、ルツは呟いた。眼前に見えるは、ミロワールの鏡像だ。その姿をまじまじ見遣れど、ミロワールとの変化はない。
「自分が望んだか、誰が望んだかは知らないが……。
私の前に私が立ちはだかろうと、私にとって躊躇の理由にはならない」
鏡が映し出すのはまた鏡。ルツの眼前に現れたるはルツそのもの。それを見遣れど、王族の宝石をその角に飾ったルツは自身を失うことはない。
踏み込み、そしてその爪先が一気に鏡像を切り裂いていく。守る者がいて、何を惑う必要があろうか。
「さぁて、ここが正念場だ。一層気を引き締めないとね」
芽衣はやる気を漲らせる。仲間の姿を取っていてもコピーはコピー。油断も手心も必要ないと狼を模した手甲と脚甲で絶えず攻撃を続けていく。
銀の髪が大きく揺れ、地面を踏みしめるとともにその体が宙を踊る。
ここを乗り切る為に止まる訳には行かぬのだと力を込めて声を張り上げた。
「君はシャルロット? それともビスコ? ……どちらでもいいか。
君は多分あの子の邪魔になる。それなら見逃す訳にはいかない」
ドゥーは神託者の杖を握りしめ、黒い影にそう言った。ミロワールと同様の姿、そして確かに変異した彼女の体。
ミロワールはこの変異種を自身を虐げる存在と認識していた。ならば、彼女を斃さねばならないのだとドゥーは鏡像へと一撃投じる。
「『ビスコ』は選んだんだ。勇気を出して、何かを選んだ。それを尊重したい」
それが、セイラを倒すための道となった。ドゥーは云う。彼女に忘れないと約束したのだ。全力で答えるのが自身の仕事だと疑似生命を鏡像へと放つ。
「何あれー、あーしらそっくりー。ムカつくー。こういう時は、ぶん殴るにかぎるね、ちっひー!」
ぱちり、と瞬く日向に千尋は溜息を吐いた。日向に言わせれば熱烈ファンのストーカー行為のなりすましだ。
「なんでも拳で片付けるのはいかがなものかとは思うが、今回ばかりは貴様に賛同せざるをえない」
そう言った千尋の傍を駆け抜けて、『頑張る』のは春宮ぽくはないけれどと桃色の髪を大きく揺らす。
「あーしは日向、春雷の日向さん、覚えなくていいよん、すぐ根の国行きだからっ!」
「ふん、ならば私は夏宮のおんなとして万策を尽くそう。ちんたらしてくれるなよ!」
日向を巻き込んででも鏡像を打ち破らんとする千尋に「ちっひー!?」と日向の非難めいた声が響き渡る。
ミロワールが斃れればこの鏡像世界も、セイラ・フレーズ・バニーユとイレギュラーズが居る鏡の間も崩れ去る事をエリスは感じ取っていた。いざという時は何故か胃がキリリとしたが水に強くなる気がするという魔導書を手にすればいい。
(鏡像はこの場に居る人数分を倒せばいいでしょう――問題は『ミロワール』の鏡像らしき存在)
彼女がデモニアであるように。デモニアの力は強大だ。自らの血を呪いの矢に変換し、エリスは鏡像を穿つ。指輪に渦巻く力は自身を長期の戦いへと誘うようであった。
「協力に感謝します」
背後に立っているミロワールへと、ウルリカはそう言った。ウルリカの眼前で、レオンハルトは漆黒の斬主剣を振り下ろす。
「ビスコと呼んでほしかったんだな? 一つ忠告しておくぞ。誰かを映しているだけでは、幸も不幸も真には得られん」
レオンハルトのその言葉に、ミロワールは――『かたわれ』の名を名乗った少女は「ええ」と頷いた。
「この戦いが終わったら、真の姿を思い出せ。俺たちはその姿のお前と、仲良くなりたい。どうせなら、な」
「ええ」
「……お望みは? レディ・ビスコ?」
ウルリカは恭しくそう言った。尤も不幸なのは、小さな幸せも見出せない者だ。セイラ・フレーズ・バニーユとて、『三人』で過ごした幸せの中に居ればよかったのだ。
あの店のジェラートがおいしかった。雨が降る前に帰り着いた。誰かと、出会うことが出来た。
ウルリカが退ける変異鏡像の笑い声が悍ましく響き渡る。ミロワールは曖昧に笑っているだけだ。
その笑みが気になってしまうと、視線を向けた惑。ミロワールのお願いが気にならないわけではない。ああ、けれど、眼前の『自分』も『友人』も偽物だと分かっていても趣味の悪い舞台装置に他ならない。
前線暴れまわるレオンハルトへと癒しを送った惑はマスクをずらしてにいと小さく笑う。
「まだまだ治せるし、無理せず無理してなぁ! 綺麗な華には棘があるって言うやろ? わて男やけど」
からからと笑って見せる。その傍らで、喧騒を伴い、どこに居たって楽し気な一団が居た。
「色々と大変な時期だから……今回『お兄ちゃん』不参加じゃないですか! ふざけるな! 『お兄ちゃん』が居ない妹に何の価値があるというの!」
恨み骨髄。『妹』由奈はもっとキャッキャウフフと花と戯れ、ときめき溢れるイベントに参加したかったのにと暴れ続ける。
その様子に聖奈は慌てていた。何時もはライバルではあるが、今日は『共通の話題(おにいちゃん)』が居ないのだから落ち着いている筈だったのだ。
「こんな仲間も巻き込むような戦い方はまずいって! ……主に私の命が!」
「おにいちゃ~ん!」
「……って、それが狙い!? い、嫌だ! 仲間の攻撃で死ぬとか冗談じゃない!」
聖奈はただひたすらに叫んだ。我武者羅な由奈の様子を見つめながら鈴鹿は溜息を吐く。どうせならば自分だって『姉様』と共に戦場を駆けたかった。
由奈を癒して大仰にため息を吐く鈴鹿に朝姫は「アハハ」と乾いた笑いを漏らした。
「……と言うかこの集団……僕達が居なければすぐに壊滅するぐらいに特攻野郎ですよね?」
流石は特攻野郎Fチーム(ちなみにFはFOOLからだというのは沙愛那談である)
タマモはこんな調子じゃ自身らの体力も危険だと支援を行いながら「落ち着け」と仲間たちへと声をかけた。鈴鹿と朝姫のサポートがなければ此の儘みんなで鏡像の海に飲まれてしまいそうだ。
「仕方ないわ。海洋でのこの戦い、それに、大号令の事なんて何も分かっていないんだもの! これも世の中が悪いんだわ!」
桜華は唸った。此度の戦いの情勢がまるで分らない。どうしてミロワールを守っているのかは分かっても、アルバニアが何をしているかもわからない。
それもこれも世界の流転のスピードが速いから悪いのだと苛立つ彼女は「死に晒せ」と自bんの顔へ向けて一撃を投じる。
大暴れの由奈に引き続き、自身らのチーム名が直球過ぎて苛立つ沙愛那は鏡像たちの首を『八つ当たり』で刈り取り続ける。
「フラストレーション溜めてるからさ! ごめんね! さあ、『首断』、どんどん首を狩ろうね!」
「ハッハッハッ!いやはや賑やかで結構! 俺とてこれくらい賑やかな方が楽しめるというもの。
皆に似た者達と戦える……その事実はこの俺とて――昂るわ! さあ、俺を楽しませくれ!」
剣斗は愉快痛快と笑みを隠せぬ儘に双刀『煌輝』を握りしめ、自身らの鏡像を切りつける。
「今回、先輩とご一緒できないのは残念でござるが、致し方なし!!
それはそれ、これはこれの精神で精いっぱいお仕事するでござる!!」
目の前に存在するのは無数の鏡像。『ビスコ』と呼ばれたミロワールではないならば、と視線を送った与一の前にはミロワールの鏡像が存在している。
狙撃手は前に出ない。しかし、それ故に戦況を見抜けるとでもいう事か。
(奴を狙えば鏡像は一先ず止められる――拙者、奴を狙っちゃうでござるかなー)
与一の視線を受けたように、リーゼロッテが『鏡像』の前へと飛び出した。
不気味な気配を感じながら、ミロワールの許へと行かせて堪るかと癒しを伴い戦線を支えながらびしり、と指をさす。
「ねぇ、せめて名前ないのあなた。ちょっと戦いにくいんだけど!」
『――ミロワール』
「ミロワール……? まあ、そうよね。ミロワールの鏡像だものね?」
鏡の鏡だなんて面倒だとリーゼロッテは呟いた。
鏡の鏡。
――そういえば、彼女は今まで誰を映していたのだろうか。
「私は別に“どちら”でもいいのだけれど。でも、折角だから“こちら”にしようかしら?
ただのコピーなのに、中身が無いのに、ずっと笑っていられる程余裕があるのだもの。
きっと楽しい戦いができるのでしょうね?」
うっとりと、目を細めたは02。被検体番号02番は『お父様』がおっしゃった言葉を思い返す様に首を傾ぐ。
悪魔だもの『壊す』以外を覚える必要はあまりないのかもしれない。
光を帯びたその瞳が細められる。とん、と素足が地面を蹴った。狂気の儘に笑っているそれは如何にも悪魔的ではあるまいか。
「ヒャッハー! 俺、参上! ですぞー!
なぁに、安心すると良いですぞ! 貴様は“俺の神”への供物として“永遠”になるんですぞ!」
堂々たるベンジャミン。鏡像へと放つはベンジャミンスペシャルによる『ベンジャミンバスター』!
何処までもぶっ飛ばして、一切合切構う事はない。ついでに、喰らえとベンジャミン執筆の魔導書の頁が大仰に揺らめいた。
全力で全壊。
それこそが『俺の神』へ捧げる力なのだから。
「やれやれ、って言いたくもなるな」
涼太はそう呻いた。プロ転生者にもなれば、まるで鏡像も手品のように感じられる。一様に浮かべた狂気の表情に『ビビっている』場合じゃないのだと彼は小さくため息を吐いた。
「むしろ俺にとってはやりやすい。なぜなら仲間のスキルや戦い方は大体『覚えている』」
それはスキル;忘却耐性Lv10だ。ローレットで参照した情報と、自身の記憶するスキルの情報を照らし合わせたならばその手の内は分かったも同然だ。
「ならば、任せよう。だが、良い機会だな。尊敬する先人たちの本気の力、経験させていただこう」
眼前にあるはイレギュラー達の鏡像だ。先達の力を楽しめるというならば、それは僥倖だ。
そして、コルウィンはもう一つの事を気にしていた。その視線の先にはデモニアたるミロワール。
彼女が作り出した鏡像世界は、そして『セイレーン』の存在する『鏡の間』は彼女の死亡と共に容易く崩れる。海の中に置き去りになるものが居る事を忘れてはならぬと彼女を守る事もその責務のうちに抱く。
「アイリス殿、ミーナよろしく」
囁くレイリーにアイリスは深く頷いた。アイリスは深くミーナを愛している。だからこそ、『ミーナの好きに』させてあげたかった。
それこそが彼女の純愛であり、殉ずる愛の容だったのだろう。支える様に立ち塞がったレイリーは微笑むアイリスに頷き返す。
「私の我儘だ。悪い。アイリス、レイリー。
……ミロワール。色々言いたいことはあるけど……どうだ? まだ、愛されたいって願いは、健在か?」
静かに、ミーナはミロワールへと問いかけた。その陰の中で、ミロワールがミーナを見つめた気配がする。
「ええ、そうね。そうなのかも」
ミーナはそこから口を開こうとして、迫り来る敵に気付き顔を上げた。レイリーとアイリスが守ってくれている。
ミロワールは動かない、動けない。
彼女は、セイラとの決戦の場を用意している。此処は『彼女の世界』は、脆く崩れやすいのだから。
「くそ……っ! ミロワール、後で話そう」
「ええ……そうしましょうね」
ミーナは背を向けた。彼女を守って見せると、唇を噛み締め乍ら。
「以前、私の事を……『寂しい、悲しい』と。そう言いましたね。
けれど、私は平気。最期にだれも残らなくても。それまで私を使ってくれる……それで幸せなのです」
イルミナはミロワールを守るように、迫る鏡像を受け止めた。
「さぁ、愛しきヒト。『お願い』を聞きましょう。……イルミナがお手伝いするッスよ! 例え、どんなことでも!」
その言葉に、ミロワールは「悲しい程に優しい人」と泣いた。鏡の少女は真正面からイレギュラーズを映しこむ。
後で、話そう。
後で、手を取り合おう。
後で、望みをかなえよう。
ああ、なんて――なんて、優しい人たちなのか。
『ミロワール』の鏡像による攻撃を受け止めたのはSpiegelⅡ。決死の盾たる彼女は自身の傷をも忽ち癒す。
「我と共に往く者達よ! 我と共に逝く者達よ! 敵は全て前方に在り! 撃滅せよ! 撃滅せよ!
我を含め、貴様達の全員の帰還を持って作戦を完了とする! 行くぞ!!!」
ダークネスの号令掛かる。ちら、と視線を向ければミロワールを守るように立っているイルミナが居る。
彼女を壊すのはまだまだだ。ダークネスは分かっていた。彼女はデモニアだ。
彼女は――殺さねばならぬ存在なのだ。
(……ミロワールが何を考えてるか……全く分からないけど。
……少なくとも……話をするのに邪魔する存在は……いない方がいいだろうね……)
彼女の気持ちなんて分からなかった。それでも、ミロワールは何かを考えているのは確かで。
速やかに退場してもらわねばならないとグレイルはミロワールの鏡像を狙う。
「魔種とは、白い暗闇に取り残された演者達であると仮定してみた。
ある場面を境に白紙の続く戯曲しか与えられなかった。
故に、彼らは満足な結末を迎えられないまま舞台上で苦しんでいるのだ。
そう思うと『嫉妬』という感情を理解し得ない俺にも同情心が湧いてきた。同時に、やるべき事も見えた。――さぁ、願いを聞こう。俺達が結末を描く。君に、最期の光を」
朗々と歌ったは稔と虚。彼らの様子にミロワールはくすりと笑った。
最期。そうだ。それこそがイレギュラーズとしての正しい反応なのだから。
「ビスコ君。『可能性』を信じてくれてありがとう――それから、私は、あなたを信じている!
ふふ、きっと大変なお願いなんでしょう?
でも、あなたがあの迷宮のときのような悲しげな瞳を二度と見せないように、全力を尽くすよ。
――それがヒーローってものでしょう?」
「ヒーロー、そうね。ええ、そうだわ」
ミロワールの変異種へと攻撃を放ちながらアレクシアは彼女の笑みに悲し気な色が乗せられている事に気付いた。
彼女のヒーローになりたい。
そうして、彼女の心を守りたい。
アレクシアはその時、『偶然』上を見た。そして、ミロワールの笑みの意味に気付いた。
「ビスコく――」
彼女は首を振った。
そうだね、そうだ。『大変なお願い』を、頼むんだ。
簡単には言えないか。
アレクシアはゆっくりと笑みを浮かべた。
「落ち着いたら、聞かせてね」
「じゃあ、落ち着くまで、こうしようか。ミロワールちゃん。
シャルロットでもビスコッティでも、呼ばれたい名で呼んであげる」
そっと、ミロワールの体を後ろから抱きしめてヴォルペはその耳元で囁いた。
「君は、おにーさんの望みを叶えてくれた」
だからこそ、今度は望みを叶えてやりたかった。
生きたいならば光の中へ。もう眠りたいならばこの手で殺してやりたいと、破邪と魔力の障壁を伴いヴォルペは影を抱きしめた。
「ビスコ」
そう、名を呼んだ無量は他者の名を呼ぶのは珍しいのだとその太刀に手を添えたまま囁いた。
彼女の眼前では霧散したミロワールの鏡像が存在している。平時ならば、あの戦いに混ざりたかった。
だが――誓いは、確かにあったのだ。
「約束しましたからね。救って差し上げると。
貴女が絶望を恐れると言うのであれば、
私は貴方の今の行為が希望<ひらくみらい>を掴む事が出来ると、証明させましょう」
だからこそ、離れない。イレギュラーズであろうとも、ミロワールを救うが為だと只、彼女を守り続ける。
此岸と彼岸を繋ぐ者として――色濃い絶望を知るミロワールならば、それ以上に輝く希望も知ることが出来る筈。
「貴女を救うのは、私です」
「ねえ、……もしも、これからもっと、怖い事があったとしても。私の事を『救ってくれる』?」
無量は僅かに目を細めて「ええ」と囁いた。
誰もかれもが、ミロワールの反応から予見している。
きっと、まだ、何かが『ある』のだと。
●水没乙女II
「誰もが幸せになりたいと願うだけなのに。誰かの幸せは、誰かの不幸。
その連鎖が続くとしても、いまこの時だけは断ち切らねば」
屍はそう呟いた。空を目指す狂王種は、まるで深海という檻から逃れるかのようにも見えた。
しかして、それが『絶望』の始まりならば、その動きを阻害するしかないのだと、自身に纏うは茨。
奔るように活かし進んだ屍のその背後から躍り出る様にヤナギが放つは暴風が如き一撃。
「無数とは聞いてたが、本当に夥しい量だな!」
有象無象と言えばいいか。ヤナギは唇を噛み締めて、これ以上は進ませないと叫んだ。
命に代えて守りたいものが元の世界には待って居る。こんな所で死んで堪るか。
そう声を荒げたヤナギの眼前の狂王種い降り注ぐは流麗なる一太刀。
「ふっふっふ、サブマリン小太刀たる私にとってこの程度の事造作もありません。いくらでもかかって来なさい!」
足元に何の不安もない。海の中でも華麗に舞い踊るは神那。
青白く妖気を揺らした不知火は血を求める様に神那へと語り掛ける。さあ、期待して。存分に血を与えよう!
「一の絶望とは機械仕掛け極まる妬みだ。嫉みを抱いて生きるとは物語に相応しい」
オラボナは静かにそう言った。自身のその身を蝕むは海中戦闘を意識した寓話の様な衣服。
自身の肉を晒す様に、まるで餌はこちらだと手招けば茨がずるりと伸びあがる。
『我が子』であった茨。それは、一つの個体のように意志を持つ。
「あゝ、育ったというならば、それは喜劇だろう。子は大成したか」
薔薇の異形。それより響いたオギャアオギャアと泣く声が、まるで蝿が飛び回るようだとオラボナは感じていた。
「ン……何だか戦争やるって聞いたから来たけど……うん、あの狂王種っていうの美味しいかな?
最近、あまり食べてないからお腹すいちゃった……あれら食べたらお腹いっぱいになるかな……?
……うん、悩むくらいなら行動に移そう。起きろ、グラトニー……食事の時間だよ」
握りしめるは魔剣グラトニー。リペアは『喰らう者』として有象無象を喰らい続ける。
無邪気で、邪悪。それ故に嗤い続けて、進み往く。生ける武器『グラトニー』は魂を喰らうが為にその飢餓を強くした。
「やれやれ、面倒な事になってるね。僕に泳ぎながら戦えって言ってるんだね。
……まあいいよ、せっかくの縁だ。僕も少し手伝うとするよ」
泳ぎながら、妖樹は白銀に輝く羽衣を揺らした。飛ぶ斬撃は明確に狂王種を穿つ。
薔薇の異形を見つめた時に晴明に込みあげたのは明確な嫌悪感だった。大切な家族を失ったことも、報復するように命を刈り取った事だってあった――リーデル・コールを悪い女だなんて吐き捨てられない。
だからといって、同情してもいられないと顔を上げる晴明にトカムは頷いた。
そうだ、家族を失ったことがあればリーデル・コールの悲しみを拒絶することは出来ない。
「けどよ、哀れみはするが、それで手心を加えるかと言えばそりゃNoだな。
『返して』? 上等じゃねぇかよ。
責められるなら、もっと奪ってやる――魔種としての苦しみが終わるように」
それがせめてもの情けだと薔薇の異形と対峙する。少しでもその注意を自身らに向けられたならば、リーデルへ向かうその道を切り開けるとトカムは走り出す。
戦う相手に因縁など存在しなかった。どこかで聞いたおとぎ話の様な女。
それが、カイルの中の印象であった。
大剣を振り上げる。堅牢なる薔薇の守りの中、不幸を嘆き悲しむ涙が女の武器となる。
それを見て「やだ」と首を振ったのはタルト。別の場所で戦う『タイ焼き』も自分も、ここで死ぬわけには行かないのだと出来る事は惜しまない。
捨て身で特攻して、そして、攻撃を重ねよと、纏わりつく重苦しい水に苛立つようにタルトは言った。
「とにかくボクらは十夜の手助けに来たんだから!」
にんまりと笑う妖精は、眼前迫るリーデルに「ぴゃっ」と小さく声を漏らした。
「いつかのように酒を飲み交わし、語らう。
仮にそのような者を『友』と言うのであれば、手を貸さぬ訳にはいくまい。
ああ、対価は後でしっかり頂くが故――それまで死んでくれるなよ、十夜」
それが情報屋たる自身だと言うように、リュグナーはくつくつと喉を鳴らした。
地獄の侯爵を触媒とした死神の鎌を振り上げる。影より放たれるは赤黒き蛇。蒼き薔薇を貪り喰らう様に飛び込んだその呪縛の蛇が元へとカイルが走り込む。
「―――ハァッ!」
剣を振り下ろし、カイルが顔を上げる。彼のその身を包み込んだのは浄化の鎧。
津々流による小さなお守りは堅牢なる守りを彼へと与える。
「そうだよ。十夜さんには海洋を楽しく案内してもらったり、依頼で助けてもらったりしたからねえ。
この海が平和になったら、またガイドをお願いしたいものだよ、なんてね?」
だから、死なれては困るのだと、小さく笑みを浮かべ、短剣状のお守りをそっとその腕に抱いた。
リーデルへと距離を詰めるはヴェッラ。幻惑のステップより繰り出された音速の殺術。
滅ぼすためのその儀礼剣がリーデルコールの頬を切り裂いた。
「何てこと――」
「全ては友が前に進むため……停滞など、罪じゃろう?
わらわも何が出来るのか何が成せるのかを今一度見つめる時。こんな時くらい、人助けをせねば罰当たりじゃろうて」
ヴェッラの笑みに合わせる様に、紅き焔が飛び込んだ。リーデルの右肩に食い込む呪矢はジワリとその体を蝕んでゆく。
「貴方に恨みはない。因縁もない。だけれど、戦う理由はある。
鳴の友人の『戦い』に手を貸す、それだけで理由になる。
――だから、『焔宮の長』としてではなく、『鳴自身』の戦なの」
揺らめく焔は霞むことも無い。この昏き水底でも尚、誰かを照らす明かりとなった。
白玉の髪飾りを揺らし、焔宮の乙女はデモニアへと呪いをかけ続ける。
「さぁ──『縁さん』。この運命に決着を。過去も現在も背負うその覚悟で、未来を歩むために。
私の炎は呪の炎。水底でも消えることはない。とびきり……熱いですよ」
その言葉に、リュグナーは頷いた。行け、と。ただ、前へ進めと。
「家族がいなくなっちゃったのは凄く悲しいことだな。
僕もパパとママがいなくなったら凄く悲しくなると思う。でも……悲しいからって、人を傷つけるのはダメだ」
少女は、ノーラは声を張った。誰も上へは通さない。パパとママが苦しむことは許さない。
唇を噛む。リーデル・コールは我が子を亡くした。
きっと、つらかっただろうし、悲しかっただろう。
「大切な人がいなくなってかなしいんなら、今のおばさんを大切な人が見て、どう思うか考えなくっちゃ……!」
舞う花をリュグナーが切り裂いて、ノーラの癒しを請け乍ら、小さく呟く。
「青い海に散る薔薇……『青薔薇』の花言葉は確か――『希望』、であったか」
――リン。
背後から、気配がする。
蜻蛉。
縁はその名を唇の中で呼んだ。懐の鈴がりん、と響く。
リーデル・コール。罪のあかし愛していた、筈の人。
見慣れた背中を見つめては蜻蛉は唇を噛んだ。
並んで立った戦場が、彼の好いた人を殺すための物だった。
嘗て、愛したひと。
嘗て、苦しめたひと。
今も、その心にあるひと。
リーデルへと飛び込む様に、縁は戦局を返る固めに痛打を放つ。
起死回生の一撃は過去からもう逃げぬという覚悟を固めて、その目はただ、『彼女を見ていた』
「思い出せ――お前の子どもは、あの日海で溺れて死んだんだ!」
「ッ――――
イ、イヤアアアアアアアア――――――――!?」
ぼちゃんと音を立てたそれ。
「俺は……お前が好きだった。……本当に好きだった」
命を賭す奇跡になんて、縋りたくなかった。縋る訳にはいかなかった。
この恋(つみ)に希望も奇跡も、何もいらない。
ただ、ひとりの男として、ひとりのおんなとの恋を終わらせたい。
ごぼりと水泡が立った。縁の前で、デモニアが笑っている。
「なら、どうして――あの時」
リーデルの唇が動く。
狂気の絡んだおんなではない、一人の美しい幻想種の顔をして。
「終わらせない、終わらせないわ。どうして?
どうして、誰も私を愛さないの? 世界は私を愛さないの?」
デモニアとなって、世界はより彼女を迫害した。
生きている事が、この世界を苦しめる。
「応えて、縁! どうして!
世界が私を愛さないなら、私も世界を愛さない! 貴方だって――貴方だけ、だったのに」
叫ぶようなその声に、縁の指先はあの日のようにリーデルの喉へと食い込んだ。
水泡が上がっていく。
上がっていく。上がっていって――じわ、と自身の胸から赤い色が漏れ出す事に気付いた。
リーデルの手が、自身の胸を抉っている。
「ッ――!?」
「ふふ、うふ……愛してくれないなら、要らないわ――!」
そのまま、心の臓を迄も抉らんとしたリーデルの前へと蜻蛉は飛びこむ。
宙を踊った縁の体へと縋るように手を伸ばし、待って、と唇が紡いだ。
「十夜さん! ……厭、厭や。
生きて、生きて。傍に、居たいんよ……!」
こんな、痛い想い。胸がはち切れてしまいそうだ。
まるで紅の花のように周囲に赤を纏わせらリーデルの前で、蜻蛉は只、縁を抱きしめた。
二度目は一緒に背負う。最後まで見届ける。
リーデル・コールを彼が殺せないのならば、背負う自分が、傍に立つ。
蜻蛉へと手を伸ばさんとしたリーデルの動きが、ぴたりと止まった。
縁の指先が、リーデルの首を締め付ける。ごぼり、と何度も水泡が立った。
「死にたく、ないわ――!」
吼えるような、女の声と共に薔薇の異形が眼窩へと落ちてゆく。
まるで『我が子』がそうだったかのように。
叫声。
そして、くたりと、リーデルの腕から力が抜けてゆく。
愛していた、と唇が紡いだその声は、もう、女には聞こえていない。
●終末刻限<タイムリミット>II
「感情とは不便なものですね。実体もない概念も、強過ぎれば毒となってしまうなんて」
海底の汚泥の如く、降り積もる。それが誰もに有り得ることであるうのかとステラは自身に寄り添う精霊に視線を送る。
「理性の埒外の脳の動きが感情ってもんだよ先生。原罪無いなら人間らしいんじゃない?」
彼女の言葉に笑みを返したセルウスはカンテラを揺らす。灰光の輪を抱え浮かんだリングは薄茫と辺りを照らす。
「生憎、デモニアの探求というのは研究分野が違いますが――」
穏やかな口調と共に飛び交う狂王種を相手取る。淡々と声を発する彼女の傍よりノーデンスが駆けだした。
それを眺め、支える様に異能の焔が立ち上る。さて、信仰の外に在る事は彼とて知らぬ事なのだ。
この深海でも、思いを焦がせば、どうやら燃えるようだが。
『廃滅病に罹ってる人達を助ける為にLoveも頑張るの。Loveはみんなを愛するの』
その蕩けるような愛を見に宿して。Loveはずるりと蠢いた。限界の善性は永劫不滅、不倒をその名に掲げる。
Loveが見遣るは狂王種。彼らは皆、愛など知らぬ兵器に他ならない。
Loveの前で、シェイカーを揺らしたムーは一つでも多くの狂王種を倒して見せんと目を伏せった。
「……ですけれど、恩人がその方に心を砕いているさまを見て、何もしないのは漢としての沽券に関わりますメェ……。
……私は只の老人ですメェ……それでもバーテンダーとして、人として譲れないことぐらいはありますメェ……」
恩義ある人の許へ。それが出来ないのならば、その道が昏くならぬ様にと力を尽くす。
嗚呼、それは何と『愛情深い』のだろうとLoveがくすりと笑みを浮かべる。ムーが攻撃を受け止める中、クリストフが神による加護を下ろす。自身の体に感じるは神降ろしの反動であれど、仲間たちを勇気づけられるならばそれでいい。
「神から与えられる天命を歪める輩は許しがたいですね。私が直接裁きを下す事は叶いませんが――」
クリストフは殉教者。身が地に臥せようとも加護は永遠永劫、消える事はない。
誰も失わぬ様にとСофияは目をhセル。その魔力は自身を予期せぬ失敗より遠ざけた。
「人というものは不幸に敏感で、すぐに見つけられるんですの。
それは危機を遠ざける為の防衛本能、生命としては当然ですわ……」
破魔の術式刻まれた手甲に包まれたその掌は天に祈りを捧げるべく組み合わされる。
何人たりとも、不幸に飲まれてはならぬのだと、そっと――目を伏せて。
「いっちれんたくしょーそでふれあうもーいでぃーかむにぇー♪
一人ぼっちは寂しいのに声をかけてくれたからうさすごい嬉しい。戦うのは怖いけど、守れるならうさはがんばるよ!」
レニンヤスカは己の反射神経を活かしてぴょんと跳ねた。彼女の背後より箒に跨り魔力を巡らせるクラウジアはにいと唇を釣り上げ笑う。
「さあて、やるぞウサビッチ殿。色々とぶっ飛ばして回ってやろうかのう! イレギュラーズとしての義務として、叩き潰して回るのじゃ」
「うさに任せて」
ぴょんと跳ね上がればその速力を武器にレニンヤスカが飛び込んだ。背後よりクラウジアは天使の福音を与え続ける。
精神力の弾丸が狂王種を穿てば、レニンヤスカは唇を釣り上げて、その速力の儘、塵へと返す。
悲しい歌が響いている、とニーナは目を伏せった。
セイラ・フレーズ・バニーユ――セイレーンの気持ちを理解する事が出来るかどうかは分からない。寧ろ、簡単に理解などできないだろう。
それは、死の神たるニーナには尚更に理解はできない。
死が別つそれを『是』とする地震は、悲しい歌声を響かせる。
死者への冒涜など許せない。だからこそ、その歌声は深海へ響くようにそっと、そっと落ちてゆく。
愛憎が渦巻いている。どうすればいいのかとP・P・Pは小さく呟いた。
圧倒的声援でニーナを応援し、そして自身が標的にならぬ様にとP・P・Pは走った。
(今は出来る事だけを――)
誰かを支え、一人も失わぬ様に。戦線を維持しなくてはならないと、P・P・Pは只、前を向いた。
「ふふ……狂った自分、ですか。それはそれは面白いですね」
開幕衝撃で血を吐いてしまっていたフォルテシアは狂い堕ちた自分を相手にするのもまた一興と魔法陣の上、魔力を巡らせる。
「ふふ、闇の詰め味わうといいですよ」
ゲヘナの獄炎は船乗りが忌み嫌う。この船は泥船が如く沈みゆくのかもしれないが――それでもいい。
こうして『デモニア』の協力がある空間という奇特な場所さえもまた愉快そのものなのだから。
「ここで勝たなければ、海洋にも運命座標にも、先は無いでしょう。
今こそ、怨嗟の連鎖を断ち切るときです。決着をつける。つけねばなりません」
兼続は神秘媒体をその手に握り癒しを続ける。混戦状態が続く鏡の間は、狂王種だけでもない鏡像たちも――その数は格段に減った――迫り来る。
「喧嘩じゃ喧嘩じゃ! 派手にやるぞ!」
兼続の支援を受けて前線へと飛び込むは藤次郎。人斬りの刃は曇る事はなく、前線へと飛びこんで斬る事こそが本懐と歯を見せ笑う。
「鏡像の俺は歪んでも同人誌描いてんだな。――って、コイツ流行りのカップリングで売り抜けるためだけに描いてるじゃねぇか。
エロスはあるが愛はない。そういうの同人作家として解釈違いなんで!」
怒り狂う春樹。鏡像の行いは自身にとってもNGだと叫ぶ春樹の傍らでベルナルドも叫んだ。
「何においても探求者ってもんはマッドな好奇心が拭えないモンだ。
勝手に期待を膨らませていたこっちも悪いけどよ……見事に春樹に触発されやがって。
何が『ベルナルド(鏡像)×ベルナルド』だ! 俺を薄い本のネタにするんじゃねぇ!」
鏡像に対して怒り狂う二人は手を緩めることなく攻撃を続ける。何よりも一番怖いのは解釈違いだという事をアピールし続ける。
「歪み直したらマトモになるんだろうけど。同じツラでイイ子ちゃんされるのは腸煮えくり返る通り越して虫唾が走るな」
鏡像を眺めながら十三はそう呟いた。歪み切った自身と鏡像は同じに見える。だからこそ、虫唾が走り、そして幾度も攻撃を重ねる。
誰も現在の呼び声になど連れては行かせない。そんな事、有り得はしないのだから。
『魔の満ちる鏡面に輝く愛と正義の爆光!魔法少女インフィニティハート、ここに見参!』
ポーズをびしりと決めたは愛。魔法少女は知っている。愛の心がなければ眷属など吹けば飛ぶ存在だ。
恐れずに正義の鉄槌を落とすがために魔『砲』を真っ直ぐに放つ。
『S.O.H.II H.T.』――さあ、刮目せよ! これが、愛だ!
「皆ー! まだまだ頑張っていくわよー!」
翼をばさりばさりと動かした。トリーネは圧倒的な声援を聖鳥の鳴き声として響かせた。
コケコッコーなんて可愛い物じゃない。不幸なんてどこかへ吹き飛ばす。
海だって鶏の声ならば響く。ばさばさとその翼を揺れ動かしたとリーネに頷いて文は「行こう」と頷いた。
「君達はアクエリアの迷宮にあったものとよく似ているね。ミロワールが生きているだけでやる気が出たよ」
柔らかに微笑んだ。そして、この道が、この場所が『ミロワール』がセイラを倒せと用意した事にも気づけばこそ、鏡像と競い合うのも悪くはないとゆっくりと短銃の銃口を合わす。
かちり。
音がする。
かちり。
針が進めば時がたつ。ああ、今日は失敗する気もない。
「生憎だけど、セイレーンは僕の仲間が倒すんだ。君には邪魔をさせないよ」
同じ魔女、同じ吸血鬼。姉妹であるのは同じこと、けれど、アウロラとミラーカは『正反対』だ。
「私が全力でおんぶしますので、お姉ちゃんは抱っこのほうはお願いします!」
何時までも姉に甘えてはいられないと堂々と叫んだアウロラにミラーカは頷いた。
「分かったわ! あたしがしっかりと背中を支えて――あたしがおんぶされ!?」
比喩にギョッとしたような顔をしたミラーカは小さく笑う。ああ、狂気を浮かべたセイラの前でも二人で居れば笑っていられる。
「ああ……ここにきてまで、『笑って』いられるのですね」
呻いたセイラの声を聞いて、ミラーカは小さく笑う。
「貴女ってセイレーンなのよね? 絶望の歌姫。あたしは逆よ。絶望から翻して希望、天使の歌をコンサートしてあげるわ!」
観客は勿論、実妹が。風切音を響かせて、淀む魔石を擁いた戦鎚が振り下ろされる。
「このサメさんは貴女が集めたの? サメさんがいっぱいなのはそういうことなのかな?」
やっつけなきゃ、とマリリンは宝石剣を握りしめ神秘の力を増幅させる。
その眼前には『サメさんを生み出す根源』が存在している。歌声が響き渡り、耳障りにもその身を重くする『海の乙女』にマリリンは首を振る。
「貴方の歌よりずっとうまいんだから」
響かせるは冷たい呪いを帯びたその歌声。絶望の海の只中では、希望を宿し、その声がゆらりと揺らぐ。
自分に会いたくはない、なんて願うのは誰だって同じだったのかもしれない。不安げにラピスの手を握りしめたアイラは「ラピス、ボクから離れないで」と囁いた。
「アイラこそ、離れないようにね。
僕と君は二人で一つ。それを鏡映しにしようとも、負ける僕達じゃあない」
どんな時も共に。それこそが二人の戦い方なのだと煌めくラピスラズリを手にし、アイラは口にした。
「僕は盾、ならば、剣は君に委ねる。行こう、ラピス!」
セイラの許へと道を切り開くように。互いに互いを熟知しているからこそ『眼前の自分の鏡像』になぞ負ける訳がないのだと、アイラが踏み入れた一歩、ラピスの唇が笑う。
「アイラ、信じているよ」
幸福を守る為に、不運が照らす。本物と手を取り合って、そして、紛い物になど未来を邪魔させやしないと希望孕んだその言葉にセイラは叫んだ。
「なんて! なんて笑えるのかしら!
信じているだなんて、いつ裏切られるかも知れないのに? 離れないでなんて、いつ死が別つかも分からないのに?」
その言葉にLumiliaは自身の演奏を止めて首を振った。
「個人的に気になってしまうことが1つだけあります。
歌や音楽が、人を傷つけ、絶望を広げるものとなってしまうことは見過ごしたくありません。
音楽が好きな者として、それらが希望を与えるものであると認めたいのです」
「歌は、喜びも悲しみも憎しみも、それらすべてを伝えるのですよ!
貴方も楽師でしょう? 私だって、楽師だった。何も知らず、喜びを謳っていた!」
Lumiliaに苛立ったように返したセイラ。その眼前へと滑り込んだマルベートはディナーフォークをそっと彼女にに向ける。
「幸せは自分で掴み取るものだよ。私達の不幸を願うのではなく自分の力で実現させてみたまえ。
出来ないならば、君にとっては残念だけど私達はこれからも幸せに生き続けるとするよ」
不幸を願う歌声など、美しさのかけらもなく『食欲』さえ擽られない。マルベートにとって、美しいのはLumiliaの歌声だ。
目を細めた、マルベートが魔力を伴い世界を悪意に満たし往く。その中で清廉なる音色を響かせるLumiliaは悲し気に目を細めた。
「海洋の決戦……一緒にいる皆を護るためにも……全力でいくよ……!
あれが嫉妬の魔種……セイラ……ねえ、どうして幸福そうな人達を恨むの、壊そうとするの……?」
氷彗は唇を噛んだ。危険など承知だった。それでも、眼前に立つセイレーンを逃す訳にはいかないと雪色の直刃を振るう。
氷の精霊の力が彼女の体をぐるりと回る。絶対零度の暴風が吹き荒れ、鏡の間を白く染め上げる。
それこそ、奥義。セイラが「雪――!?」と呻いたその声に、目を伏せた氷彗は囁いた。
「私の力――見せてあげる!」
「風も、雪も、私を止める者などすべて退けてやりましょう――!」
セイレーンの周りより吹き荒れる音波。そして彼女がその声を遠くへ響かせるようにと鉄扇を大きく振るう。
音は風の様に吹き荒れて、凍てつく氷とぶつかり合う。
「YO! セイレーン! 聴けよ俺のこのrhyme!
お前のvoice打ち砕くgunship! お前は全て壊すスクラップ!
でも絶対ェ止める十中八九! 輝く希望にお前はfuckyou? まるでアニメの世界だなcartoon!」
リリック刻む千尋は指先飾った髑髏を煌めかせる。千尋専用魔道バイクにまたがって彼は「何がセイレーンじゃ、こちとらラッパーじゃい」と胸を張る。
千尋を支援するように、絶対的に自身が守り切ると花々と共に謡い響かせるフランは千尋のリズムに合わせ踊り出す。
どんなに苦しくとも、めげず挫けず、楽しく笑顔を浮かべる。其れこそが彼女の体内に巡る魔力だと言うように、アメジストの瞳を煌めかせる。
「歌は楽しくはっぴーに謳わなきゃだもん、いっけー千尋さん!」
「俺達ゃ夢見る明日の地平線! 折れた心じゃ明日は見えねえ!
お前はこの世の全てに嫉妬! ンなもん笑い飛ばすぜbullshit!」
千尋のリリックに合わせて踊るように、フランが睨みつけるはセイラ・フレーズ・バニーユ。
セイレーンは「ああ」と声を漏らし、ぎろりと千尋を睨みつけた。
「俺達の相手はセイレーンだ! 行くぞてめーら! 大物が掛かったぜ!
回復は頼んだ! フラン! って、アルメニアなんだ……お前その火力……こわ……」
くの字に湾曲した大型ナイフを振り上げる。盗むのは財布じゃない。盗賊が此処で見せつけるはその命を取って見せるという強き意志と熟練の手。
「怖いかしら……? けれど、チーム悠久が狙うのは大物よ。ここで手を抜いては『大捕り物』も失敗よ」
アルメリアの掌が、そっとウニヴェルズムを撫でる。美しく揺れた紫苑の髪は魔力の流れにゆらりと揺れた。
破壊的な魔術は圧倒的と呼ぶほかにない。鍛え上げた幻想種は大気中に存在する魔素を自身の物とし、力へと。
「さあ、行くぜ、悠久-UQ-!」
その号令と共に、ぐんと前へと飛び出すは黒き狼関する一座。曇雲を思わす髪を揺らしたメイドはその魔力を漆黒の矢へと変貌させる。
「我らも負けては居られません。勝利をご主人様に捧げられるように死力を尽くしましょう。
敵は殺す、簡単なお仕事ですね。すべてを排除してあげましょう」
オーダーは簡素で良い。与えられた使命を全うしてこそメイドの本懐だと言うようにリュティスの死へ誘う不吉な蝶がセイラの許へと飛び込んだ。
「ええ、実に簡単なオーダーだわ。それなら『私の子』達も覚えられる――そうは思いません?」
唇が吊り上がる。低く唸るような声を出したセイラの周囲からぞろりと姿を見せた狂王種が前線へと飛び出した。
「随分な余裕の無さ。先日とは大違いですね、バニーユ夫人……いいえセイラ・フレーズ。
全て死ねばいいと嘯く貴方も、自身が討たれる事は耐えられませんか」
「貴女は――ええ、そうね。『私以外の皆が絶望していないと言うのに』?
私が死ぬというのですか。
誰も彼もが私と同じ絶望を感じずに未来を求める事こそ、虫唾が走るではありませんか!」
冬佳は叫ぶセイラの声に眉を寄せた。プラエタリタ――魔の領域と囁かれるその場所に、静かに佇んでいた美しき墓標。
そこに刻まれていたPの文字から彼女は全てを察し、そして、セイラの絶望にも多少の理解を示した。
理解を、示しただけだ。
「そうですね、きっと、貴方がそうなった原因はプラエタリタにあった。
――別に哀れみはしません。しても構いませんが、嬉しくも無いでしょう?」
冬佳が目を伏せる。清き水を触媒に、そして、セイラの周りに渦巻く汚泥の様な赤き水を退けけるが如く、白鷺の羽を以て不浄を祓う。
白鷺の羽降る中で、らむねは「ええ!?」と周囲を振り返った。アイドルカフェで日夜アイドル活動に励む彼女にとって「手が足りない」というお得意様の言葉は『お客様の為だから!』というサービス精神の許での行動だったのだろう。
「これって負けちゃったらめっちゃ死ぬじゃないですか!? 少ないウチの客が更に減るので困ります!」
慌てるらむねはセイラの周囲から飛び出してきた狂王種へ向けて蒼き衝撃波を繰り出した。しゅわ、とスパークリングな気泡を纏うその一撃に合わせ、短槍を握りしめたベネディクトがセイラと距離を詰める。
「此度の決戦、敗北は許されない。ならば、只全力を尽くすのみ」
「それは私もでしょう?」
セイラの唇が吊り上がる。至近距離、歌うが如く流れる波紋とぶつける様にベネディクトが放つは鈍重、そして、それ故に身を貫く衝撃の一撃。
そして、すれ違う様に彼の侍従たる乙女の不吉の蝶々がひらりと揺れる。リュティスはセイラの手に握られた鉄扇が大きく仰がれるのを阻止すべくその身を躍らせ――小さく舌を打った。
黒狼の外套を揺らめかせ、ベネディクトは頬が衝撃で切れた事に気付く。溢れる血潮を拭う様に、彼は吼えた。
「これで終わらせるぞ、セイラ・フレーズ・バニーユ!」
「終わるものか! 死ね、呆気も無く死ね! 絶望の只中で呼吸も出来ず沈め!」
セイラの叫声に反応したようにぞろり、と狂王種が飛び出した。白鷺の羽が舞う中で、一歩も譲らぬとベネディクトがセイラに対して槍を振るいこむ。
足元に感じた僅かな軋み。
この世界が『誰かの作り上げた物』である事を知っているからこそ、ベネディクトは『誰かへ信を置き』、只、セイラを目指した。
「私達は全力で道を切り開きましょう。
『シャルロット』、貴女へ、私の信じた可能性達を送り出すために――!」
未来を綴るが如くリンディスはベネディクトの前へと滑り込んだ。
文字録を収めたそれは防護の魔術を宿し、使用者を守るが如く盾となる。
縦横無尽に戦場を駆けた者がいた。
戦場を翻弄した者がいた。
その力を、その身軽さを以て、詩を励起させて『文字録保管者』はその場に立ち塞がった。
「シャルロット――ああ、そうだ。
お前たちが此処に来たのはあいつのせいだ! 可哀想な『ミロワール』!
お前たちを映したばかりに、くだらない感情を宿して! 私だけを映していればよかったのに!」
その言葉に、リンディスは、そしてソフィリアは唇を噛んだ。
鏡の魔種ミロワール。彼女は、イレギュラーズを映して未来に希望を見出した。
それがどれ程に優しく、素敵な物語だっただろう。共存が出来ぬ彼女でも一縷の可能性を見せてくれたように感じたからだ。
(事情がある。それは誰だって同じなのです。うちらも勝たないと困る……!
争いは、あまり好きじゃないのです。
でも、戦わないといけないなら、うちは躊躇わずに戦うのですよ……!)
ソフィリアが送るは圧倒的な声援。『セイレーン』の歌声など、どこか掻き消すように。
「……良いですか私が貴方に出来る事は一つだけです
セイラ・フレーズ。その妄念を断ち切り、あの海に眠る彼女の許に送って差し上げます」
冷めた冬佳のその声音に合わせる様にベネディクトは言った。
「お前に訪れるのは終わりだ。未来など、どこにも待ち受けてはいない」
――黒狼の牙はもはや、喉元まで迫っているのだと、堂々たる声音で。
結界の中を走り、黒狼の外套にその身を包んだまま、清き雷を落としたアカツキは「下らぬ」と小さく呟いた。
「全員不幸になって死ねばいい、か。
よく言うたもんじゃ、自分の弱さを棚に上げて口から出てくるのは周りへの呪詛か。
お主の身勝手ごと燃やさせてもらうぞ、嫉妬の魔種よ。
――その命、此処で終末刻限<タイムリミット>じゃ!」
アカツキの周りに現れる焔の魔力は雷となり、降り注ぐ。決してその歩み止めることはない。
黒き翼が周囲に舞った。
「我々は必ず勝利し 生還してきた それは 君達の様な勇者の助力があるからだ!」
夏子が号令をかけた。
無暗に突っ込む勿れ、無理に協力すること勿れ、無茶はすること勿れ。
訓練通り。得意分野を発揮して、勝利に向けてひた走れ。
いつだって何処か極限、何時だって誰かの瀬戸際。変わらないと言ってしまえば世界なんてそんなもんだと笑ってしまえる。
だからこそ、飄々と夏子は振り向いて、黒き狼の牙迫るセイラにウィンク一つ。
「んじゃ、まあ……世界、救っちゃいますか……!」
セイラ・フレーズの白き髪が舞う。一歩、下がる。
そこに残るは長く揺れていたその美しき髪。
「旦那さんが沈んで満足? ――その程度の絶望で満足するなんて、魔種も大したことないね」
シグルーンはそう笑った。隠した海の因子。存在を否定されたくないと両脚を人の物とした人魚姫。
「違いは怖いよ。生きるのだって、不安ばっかりだ。シグはだから陸を目指した」
「貴女だって、憎いでしょう。狂おしいでしょう? 否定される人が」
「ううん。それは、シグが変わればいい。手を伸ばせばいいんだから」
シグルーンを僅かに掠めたその一撃が、それでも尚、当て推量にどこかへと避けていく。
「セイレーン、もう貴女に歌わせるわけにはいかない!」
雪の如く真白に、そして風のように軽やかに。ノースポールは飛び込んだ。
至近距離、虚無の剣がその掌に夢幻が如く現れる。
「どうして――どうして、邪魔をするのですか!」
ノースポールのその体をぐん、と掠めた波。セイラが苛立ちが雨の如き連打を飛ばす。
「私だって……私もきっと、ルークを失ったら凄く悲しい――!
でも、彼との思い出で溢れた国や、幸せな人々を壊したいとは思わない!」
「そうだ。悲しみで全てを壊したくなる気持ちは理解できるけど、許すわけには行かないよ」
La mia principessa。その手を取って、ルチアーノはノースポールの腕を引く。
身を焦がした情念の刃がマスケット銃へと変貌する。ウイルスの弾丸はセイラの胸の深くを犯しだす。
「愛を――パニエを失ったら、傍に居たシャルロットを家族として愛せれば良かったのかな」
ぐ、と唇を噛み締める。
シャルロット、リーデル。
傍に、ずっと居たと言うのに。
リーデル・コールは何かに焦がれ、私なんて見ていなかった。
――ねえ、セイラ。魔法の鏡になってあげる。なんでも答えてあげるわ。
彼女は、ミロワールは。
――一等幸せにしてあげる。どうやってって? ずうっと、わたしが居るわ。
――ねえ、セイラ。あなたの事を、しあわせにしたかったの。
嗚呼、あんなにも、傍に居たのに。どうして、私を裏切ったの?
セイラの唇から赤い色が滴った。
(怒り、悲しみ、苦しみ、嫉妬、絶望……)
伝わってくる。痛い程に、アメリアは首を振る。感情の渦に飲まれることなく、仲間たちにもう一歩の力を与える如く。
「魔種になる前のセイラに会ってみたかったな。社交界で、歌ってたんだよね。
きっと、ボクの想像よりも遥かに美しい人だったと思う。運命は、つらくて、意地悪だね」
セイラの瞳が見開かれる。脳裏に過ったのは何時だって歌声を褒めてくれたパニエと、うっとりと笑った『旦那様』。
「ああ、」
彼は、何時だって、愛してくれていたのに。
セイラの掌からその歌声を遠くへと響かせるが為の鉄扇が音を立てて落ちてゆく。
ベネディクトの刃がその身に突き刺さる。至近距離に立っていたノースポールの掌から、虚無の剣が消えうせる。
「……セイレーン」
その名を呼んだ。視界が、反転していく。
セイラ・フレーズ・バニーユは不幸だった。一つの事に固執して、何も見えていなかった。
嗚呼、その時から、きっと、終わりは見えていたのだ。
「言ったじゃろう? ――終末刻限<タイムリミット>じゃ、と」
アカツキの声が、降る。
がしゃん、と音がした。逃がさない。人魚姫は両の足を鱗へ変えた。
シグルーンはセイラのその手が誰も握れない事に気付く。
でも、いやよ。――まだ、まだ! 『独りで終わって堪るものですか』!
そして、確かに『見た』。悍ましい程の闇を。それが明後日を目指すのを。
●『――――』
――――ミロワァァァァル!
その怨嗟の孕んだ声はミロワールの周囲に居たイレギュラーズも聞こえていた。彼女を守るように立つ者も居れば、警戒した儘に空を仰いだ者も居る。
「セイラ……」
ミロワールのその呟きに、セイラ・フレーズ・バニーユの最後の仕掛けであったかとセレマは舌を打つ。邪魔者でしかなかった変異種が退いた今、此処に居る『敵性対象』はミロワールと呼ばれたデモニアだけであるのに。
「ボクの美しい物語を彩る、最高のイベントの始まりだ。
ミロワール、キミをボクの物にしに来てやったぞ。もう一度チャンスをやる。あの時の言葉が真実であるなら、ボクの手を取ってみろ」
手を伸ばすセレマにミロワールはおかしそうに笑った。エゴイストたる『美少年』は侮蔑も憐憫も同情も何もない。彼は彼自身の為にミロワールを求めたのだ。王子様がいいならば恭しく手を差し伸べよう。
セレマをまじまじと見遣った後、デモニアは首を振った。
「……お願い、聞いてくれるのよね」
影の少女は笑った。その言葉にシルキィは頷く。同じになれない、悍ましい死の呪いが背中にべったり張り付いている。
「ビスコちゃん、キミが力を貸してくれたから『セイラ・フレーズ・バニーユ』を倒せたんだよねぇ。
うん、いいよ。『お願い』を叶えてあげる。だから、聞かせて」
両手を広げたまま、シルキィはミロワールを庇う様に、立っていた。
ハルアは何かが迫ってきている事に気付いていた。魔種の力も、からだも、彼女には必要なく、寧ろ彼女を虐げているのだとハルアは唇を噛み締める。
「あなたが考えることを反対しても笑ったりしない。
あなたは今も苦しんでる気がする、それに、ボクだって苦しい。そのぶんだけボク達は同じだ」
ハルアは背後でミロワールが泣いている気配がした。解き放ってあげたかった。その心を、その体から。
「ビスコはひとりじゃない。戦うとしても憎み合わなくていい。何が出来るか分からなくっても聞きたいんだ。
ボクはあなたを好きになったよ。――あの日ボクの言葉を聞いてくれて、ありがとう」
振り返った時、『そこには普通の女の子』が立っている気がしたのだ。
――お前を、お前を許さない! ミロワール!
降る声が、汚泥が如く赤き雨を降らした。嫉妬の魔種の慣れ果ての如き死の気配。
ヴィクトールは未散の手を引く。セイラの『仕掛け』が危機迫るものである事を確かに感じ取ったからだ。
ハルアの指先に少女の掌が重なったような気さえする。ぎゅ、と握って、そして「約束よ」と囁かれた言葉が雨垂れのように耳朶を伝って落ちていく。
「イレギュラーズ、逃げて」
幾人もの名を呼んだ。まるで、愛しい友人であるかのように。
「ミロワール! 私と仲間の生命、お前に全て差し出す訳にはいかねぇけど。
それでも、お前の望みは可能な限り叶えてやる! だから、お前の、本当の望みを、名前を、私に教えてくれ!」
逃げたくはないとミーナは手を伸ばした。希うのは彼女の命が続く事だったのかもしれない。
そこに、命を代償に奇跡を起こしたいと手を伸ばす。
手の内に光は現れることはない。霧散する、世界は、それを認めてやくれない。
黒き少女の肢体へと汚泥が降り注いだ。
べたり、べたりと。
幾重にも重なったそれが彼女の体を蝕んでいく。まるで、毒だ。死の猛毒。
それでも尚、『ミロワール』は笑っていた。
「みんな、優しいから。
わたしは、泣いてしまいそうだわ」
ミーナの胸をミロワールは押した。早くお逃げなさいと首を振って。
アイリスに視線を送って、彼女を連れて行ってねと唇が動くように、微笑んで。
「ビスコ君!」
叫ぶアレクシアはぐ、と息を飲んだ。鼻先を擽った臭いは廃滅病のそれ。
色濃いそれは直ぐにでも死をの呪いをイレギュラーズに広げそうだとさえ感じさせた。
「待つっきゅ! レーさんと約束したっきゅ!」
皆で作り上げたアクエリアにピクニックへ行こう。美味しいものを食べて、ハグして、笑い合って。
ミロワールは「素敵だわ」と呟いて、顔を上げた。
「わたしが、みんなにセイラを倒す様に仕向けたのよ。
だから、こうなる事はずっと、ずっと分かっていたの。
だから……セイラの事はわたしが受け止めるわ。けれど、わたしのことは――……ねえ、お願いを言うわ」
ゆっくりと前へ前へと進んでいく。
無量はその時、彼女が救いを求めたのは『今から起こるであろうこと』からなのだという事に気付いた。
これ以上、彼女が絶望に染まるというならば、それ以上の希望<すばらしいみらい>を与えてやらねばならぬではないか。
ミロワールはセイラ・フレーズ・バニーユが死に絶える前に、永劫などない自身の命を毒の様に自身へとかぶせに来たことに気付いていた。
その怨嗟の毒――廃滅の呪いは、棺牢が如くミロワールの体を蝕み続ける。
世界は泡沫のようだった。
世界は、それでも生きている事を認めてくれた。
終末が訪れる事を拒んだ女の怨念も、いずれはこの海に溶けて誰も知らない話になるはずだった。
セイラ・フレーズ・バニーユという名のおんなが、死に絶えるまでのなんてことないお話で終わるはず、だった。
けれど、彼女はその怨念で『自身の近くに存在した鏡』を蝕んだ。
ミロワールは、鏡の魔種は、セイラを映し続け、『セイラ・フレーズ』の鏡であったはずなのだ。
――かがみよ、かがみ。ねえ、この世で一番幸せなのってだれかしら。
セイラよ、なんて。児戯のように繰り返したことを思い出してからミロワールは笑う。
可愛そうな、ミロワール。
セイラだけを映していたらよかったのにね。
そしたら、こんな風にセイラも悲しまなかったわ。
そしたら――あなたたちにだって、悲しそうな顔をさせなかったかしら?
「聞いて。イレギュラーズ。もしも、」
その名を呼ぶことが出来ない儘、影の少女が崩れていく。
どくん、と音が鳴った。
何かが破裂する音と、そして、『世界が割れる感覚』と共に、イレギュラーズの体は外へと投げ出される。
悍ましい程の怨嗟に包み込まれた黒き影の傍に、薔薇の異形が寄り添い、徐々に萎れてゆく。
黒薔薇の花弁を纏わせて、黒き影は赤黒き靄に飲まれた。
――もしも、わたしがわたしじゃなくなったら、
この海で『ビスコッティ』として殺して?
もしも、わたしが戻ってこれたら、
この海の外でもう一度『シャルロット』って呼んで。
ビスコッティに綺麗な花を一輪買って、弔いを行った後、
わたしのことを、彼女の許へ送ってほしいの。
約束よ、イレギュラーズ――
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でしたイレギュラーズ。
――かがみよ、かがみ。かがみさん……?
GMコメント
夏あかねです。
●成功条件
・『セイレーン』セイラ・フレーズ・バニーユ、リーデル・コールのいずれかの『撃破』
・狂王種を出来る限り討伐し、他戦場へ救援させない
・変異種の討伐
(※セイラorリーデル片方の討伐で成功条件を満たすことが可能です。
※海上へと到達時点で他戦場への救援が行われたと判断されます。
『狂王種』及び『リーデル・コール』を海上に到達させない事が必要です。)
●同時参加につきまして
決戦及びRAIDシナリオは他決戦・RAIDシナリオと同時に参加出来ません。(通常全体とは同時参加出来ます)
どちらか一つの参加となりますのでご注意下さい。
●ご注意
グループで参加される場合は【グループタグ】を、お仲間で参加の場合はIDをご記載ください。
また、どの戦場に行くかの指定を冒頭にお願いします。
==例==
【A】
リヴィエール(p3n000038)
なぐるよ!
======
●行動
当戦場は『海中』になります。
1.非戦闘スキルなどを所有している方は不自由なく行動できます。
(携行品など【弱】の場合は相応の効果を得ることが出来ます)
2.『鏡の間』では陸上と同じである者として判断いたします。
3.『鏡の間』は魔種ミロワールの死亡で消滅します。
【A】鏡の間
鏡の道を辿れば辿り着く場所です。呼吸などの心配はなく、『陸上』と同じように動くことが出来ます。
ぼんやりとしたドームを思わせ、天蓋には荒れ狂う空が映し出されています。
●エネミー:『セイレーン』セイラ・フレーズ・バニーユ
嫉妬の魔種。美しい歌声からセイレーンと称されていたバニーユ男爵夫人です。
彼女は――彼は女性のふりをして過ごしており、そうした事情を受け入れてくれた親友の女海賊パニエを愛していました。しかし、パニエを『大号令』で亡くした事でその性質を歪めました。
『海洋王国』と『幸福そうな人間』を恨み、すべてを壊すことに余念はありません。全員、不幸になって死ねばいいのに。
ミロワールの事は「裏切ったか」と認識して苛立っています。『彼女の事なんて興味がなくて見ていなかった』自分が悪いとも。廃滅病に罹患しています。
歌声を使用しての攻撃を行います。バッドステータスを豊富に付与するという情報もありますがその他は不明です。
●エネミー:狂王種
セイラが無尽蔵に作り出している『我が子』。非常に凶暴であり無数に生み出され続けています。
数は膨大。出来る限り減らさなくてはなりません。また、セイラを親の様に慕っています。
●エネミー:変異種『鏡像』
鏡像世界より滲みだしたイレギュラーズの鏡像。どれもが棺牢(コフィン・ゲージ)に囚われて狂化しています。
自身や『友人』の姿をしている可能性もあり、その能力は『鏡像』であるが故PC同様です。
いわゆる『狂っている自身と戦う』『狂っている友人と戦う』というシチュエーションになります。
○味方:リヴィエール・ルメス(p3n000038)
○味方:フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)
両者ともに支援を行いますが、指示があれば従います。
○味方:コンテュールの準備した精鋭海洋軍人*10
○味方:コンテュール家がリサーチした精鋭鉄帝軍人*10
コンテュール家がリサーチして準備した精鋭たちです。
精鋭ではありますが一線のイレギュラーズには遠く及びません。指示があれば従います。
【B】海中
鏡の間の外です。こちらは水中行動等の非戦闘スキルが優位に働きます。
また、鏡の間より飛び出した者たちが中心であるために、海中を移動し、エネミーは海上を目指します。
●エネミー:リーデル・コール
世界に愛されない不幸の女。愛しい旦那様を喪い、立て続けに『事故』で子をも失った憐れな女。
その両腕には薔薇の異形を『我が子と思い込んで』抱いていましたが、セイラにより、子ではなく異形であると教えられ、子を奪ったイレギュラーズを憎んでいます。
同様に、イレギュラーズが子を攫ったという認識もあり、「返して」と呟き続け、凶行に及びます。
非常に、強力なエネミーです。廃滅病に罹患しています。
●エネミー:薔薇の異形
リーデル・コールが大事そうに抱いていた薔薇の異形です。モンスターです。
茨や蔦を伸ばし、無尽蔵に周囲を攻撃し続けます。リーデル・コールやセイレーンの力を注がれ、魔種と同等の力を得ているようです。
●エネミー:狂王種*無数
セイレーンの生み出した狂王種たちです。強力な個体が多く、皆、海上を目指しています。
無数に存在し、イレギュラーズを喰らわんとしています。
○月原・亮(p3n000006)
水中行動可能なように頑張ってきました。指示があれば従います。前衛タイプです。
○海洋軍人*30
海洋軍人の皆さんたちです。あまり役に立ちませんが壁にならなります。がんばります。
【C】鏡像世界
鏡の道や鏡の間を作り出したミロワールが存在する場所です。
海上にぽつんと存在する鏡よりはいることが出来ます。また、此処では呼吸などは可能です。かつてのアクエリア島を思わせる場所となっています。
●エネミー:『鏡の魔種』ミロワール
本来の名前は『シャルロット・ディ・ダーマ』ですが、今は『ビスコッティ・ディ・ダーマ』と名乗っています。
『<バーティング・サインポスト>ミロワールの迷宮に揺れる』にて鏡の存在であるミロワールはイレギュラーズより影響を受けて協力を申し入れました。
昏い闇に溶けた影の姿をしています。廃滅病に蝕まれており、彼女自身もキャリアです。
協力する代わりに『お願い』があるそうです。ただし、彼女も魔種である事は注意しなくてはなりません。
彼女を信じられない場合は彼女を殺すことも可能です。ミロワール自身は『鏡の間』と『鏡の道』を作ることに全神経を使っているようですので、簡単に殺すことが出来ます。
●エネミー:『変異種』????
魔種ミロワールと瓜二つの姿をした存在です。くすくすと笑い続けています。
彼女自身もまた、ミロワールの『鏡像』であり、同様の力を得ています。
……きっと、セイレーンの細工のせいでしょう。
●エネミー:『変異種』鏡像
アクエリアに突入し、戦い続けるイレギュラーズの鏡像が生み出され続け、棺牢(コフィン・ゲージ)によって蝕まれたそれが変異種として存在しています。
いわゆる、自分や友人たちと戦うシチュエーションになります。
その鏡像を生み出しているのはミロワールではないようですが……。
○味方:ウォロク・ウォンバット(p3n000125)&マイケル
お手伝いに来たウォロクとマイケルです。とりあえず鏡だから飛びこんじゃいました。
仕事の内容はミロワールを見張る事でしたが、鏡像を相手にしています。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●重要な備考
<鎖海に刻むヒストリア>ではイレギュラーズが『廃滅病』に罹患する場合があります。
『廃滅病』を発症した場合、キャラクターが『死兆』状態となる場合がありますのでご注意下さい。
どうぞよろしくお願いしますね。
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