シナリオ詳細
<バーティング・サインポスト>ミロワールの迷宮に揺れる
完了
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オープニング
●かがみの少女
「ねえ、ミロワール。遊びましょう」
セイラ・フレーズ・バニーユはそう言った。
アフタヌーンティーを楽しみながら、他愛も無い会話を重ねるように彼女は言葉を重ねる。
「ミロワールが寂しくないようにしましょう。貴女も私も、どうせ後は『死ぬ』だけなんですから」
「ねえ、セイラは私とは一緒に居てくれないの?」
「ミロワール、貴女の姿すら知らない私に心中しろって言うのですか?」
ちら、とセイラが顔を上げれば、彼女の前には『自分と寸分違わぬ姿をした』女が座っている。所作も、そして、好んだ菓子でさえ全てが自分自身であると言うのに、口から毀れ出る言葉は幼い少女そのものなのだ。
「違う、違うわ。私は死にたくないの。
この病を背負って其の侭一人で死ぬなんて嫌だもの。救われたいわ、救って欲しいわ」
「ふふ、可笑しい。ミロワール。私にはそんなこと出来ませんよ。
そんなの――そんなの、出来たなら……! 『彼女』だって!」
「……ええ、ええ、そうだわ。愚問だったわね、セイラ。
それで、『可哀想なセイレーン』は私に何をくれるのかしら」
「ええ。ミロワール。――あのね」
「そう、そうなのね!
じゃあ、私にとっての救世主! わたしとあそんでくださいな」
●大いなる一歩
海洋王国近海にて海賊連合を下した事は記憶に新しい。そして、ゼシュテル鉄帝国によるグレイス・ヌレでの戦争をローレット共に跳ね除けた王国は未だ見ぬ新天地(ネオ・フロンティア)目指して外海『絶望の青』への航海をスタートさせた。
絶望の青。それを聴けばカヌレ・ジェラート・コンテュールは唇を戦慄かせ不安を浮かべ、ソルベ・ジェラート・コンテュールはそのかんばせを凍らせる。その海域は幾多もの勇者を殺め船を沈めた墓所であり、『絶望』の名を欲しい侭にする空間であった。
局地嵐(サプライズ)、狂王種(ブルータイラント)、幽霊船に海賊ドレイク、そして――貴族派有力貴族であるバニーユ男爵家の現当主セイラ夫人はじめとする『魔種』。恐れるべきは多く、敵が身内に居たという事実からも一筋縄では行かぬ航海であることをソルベたちは知っていた。
「お兄様、嫌ですわ。死兆――『廃滅病(アルバニア・シンドローム)』もあるんですのよ。
これ以上、皆を危険に晒すだなんて……それに、バニーユ夫人だって何かの間違いで――」
「カヌレ」
唇を噛み締めるカヌレは魔種オクト・クラケーンより齎された疫病を恐れ、これ以上の被害が出ぬようにと航海を控えて欲しいと言った。外海への進出が王国の悲願であれど、だ。
「カヌレ、それは今、廃滅病に侵されるイレギュラーズを見捨てるという選択だ。
廃滅病を治癒するためにはアルバニアを倒すしかなく、発症危険があるのは絶望の青に踏み込んだ全ての者だという……コン・モスカの祈祷だって『治癒』に繋がるわけじゃない。一時凌ぎだ」
コン・モスカ辺境伯による祈祷の効果がいつまであるかもわからない。ならば、アルバニアを一刻も早く倒して絶望の青を超えなければならないのだ。
命を救うため――ならば。
ローレットと王国に齎されたのは『アクエリア』と仮称される島であった。その島を足がかりにすれば、この先へと希望をかけられる。
拠点を得ることが出来なければいつまで経っても進むことが出来ないのだ。
『アクエリア』――そこには多数の『敵』が存在した。
アクエリアを攻略し、大きな一歩としなければならないのだ。
●『鏡像アクエリア』
アクエリアに設置された無数の鏡。魔的な気配を感じさせたそれからは狂王種がずるりと姿を見せる。
鏡を覗き込めば、その中には『寸分違わぬアクエリア』が存在していた。しかし、おかしなことがある。存在しないはずの狂王種たちが鏡の中を動き回っているのだ。
それは別世界か。鏡の中にだけ存在する場所があるのか。
絶望の青攻略時にファルケ・ファラン・ポルードイ一行が発見した『真実の鏡』の如く、その鏡の中には『異空間』が存在していた。
アクエリアに無尽蔵に追加される敵影を止めるべく、鏡の中に入らなければならない。
しかし、鏡の中は『異空間』だ。以前無人島で発見された鏡は魔種の手によるものだということが判明している。
あなたは鏡の中で自分が笑っていることに気づき、がばりと顔を上げた。
「ねえ、あなた。『ミロワール』の迷宮にいらっしゃい。
セイラが言っていたわ。死ぬ間際まで私と遊んでよ。ううん……あなたなら『私を救ってくれる』かもしれないんでしょう?」
あなたの口が、そう言った。
鏡の中に引き込まれる、そして、気づけば目の前には狂王種と『あなた』が立っていた。
「救ってくれるなら、私のところまで来てね。……生きてなくっちゃいやよ?」
振り向く。しかし、そこに出口はない。
目の前の『あなた』がにたりと笑っている。
「ねえ、出たいなら『あなた自身』を倒さなくっちゃ駄目なのよ?」
招かれたのだ。あなたは。
一先ず、狂王種を倒しながら出口を探そうではないか。
- <バーティング・サインポスト>ミロワールの迷宮に揺れる完了
- GM名夏あかね
- 種別ラリー
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年03月17日 22時03分
- 章数3章
- 総採用数269人
- 参加費50RC
第1章
第1章 第1節
絶望の青に見えた希望――アクエリア。海洋生まれ、海洋育ち、大号令を受けまだ見ぬ新天地(ネオ・フロンティア)目指すカイトは飛びこまない事には何も始まらぬと惧れることなく『鏡のアクエリア』に飛び込んだ。ああ、腐った臭いが翼に染み付いていることが酷く疎ましい。
「ホント、モスカの一族にはほんと助けられてるなぁ。緋鷹の一族として終わったら恩返しをしないといけないな」
手にしたブルーノートディスペアー。コン=モスカの叡智の結晶を手にして彼が見遣った先に存在するのは狂王種(ブルータイラント)――このアクエリアへと無尽蔵に供給される敵である。
「よし、行くか! あの青い海をこれ以上、好き勝手させるかよ! ――図体がデカイだけの魚が猛禽に勝てると思うなよ」
その緋色の翼を広げ、カイトが一気に跳躍する。ずるりと身を引きずる様に陸(おか)を進んだ巨大な魚の尾鰭を切り裂いた痛烈な一打を打ち返す様にびたりと尾が揺れる。
狂王種が強力なユニットであることは分かっている。
しかし――ここで諦めれば男が廃るのだ。
「まだまだいくぜ! この一撃、お見舞いしてやらぁ!」
成否
成功
第1章 第2節
ルアナの顔をして――『魔種』はグレイシアに微笑んだ。
「『わたし』を倒さなくっちゃいけないんだよ? 『おじさま』」
その言葉遣いはこの鏡のアクエリアに入ってからルアナがグレイシアに向けて口を開いたものを参考にしているのだろう。しかし、笑みは深く――そして、大人びたそれは『彼女が勇者として成長した姿』の怨みに似ていてグレイシアは酷く乱された。
「……ふむ……『これ』は違うな」
幼い少女の体に、成熟した勇者に酷似した精神性を宿したルアナの鏡像はグレイシアに向けてその刃を振るう。しかし、勇者より格段に劣る殺意が彼女が偽物であるという確かな証左であった。
「吾輩の鏡像では無く、ルアナの鏡像を選び……親しい者は倒し辛いという判断か。
どうやら鏡の魔種――ミロワールはそれなりに頭脳は使える方であると見た」
グレイシアの呟きに眼前の『ルアナ』がくすりと笑う。
貴方が途惑わなくっても彼女はどうかしら――?
その言葉を聞いて、グレイシアの脳裏に過ったのは自身を慕う幼い少女の姿であった。
「え?」とルアナは唇を震わせた。
「ここから出るには、おじさまを倒す……? 何言ってるの? 冗談、言うなんて珍しいよね?」
首を振った。目の前のグレイシアの優しい笑みがいつもと違って見えたのはルアナの本能的な危機感なのだろうか。
近寄ろうとして、頭の中で誰かが『だめ』と自分を引き留めた。
『だめよ』
知らない――いや、知っている。その声は自分自身であるとルアナは認識した。
ギフトで体が大きくなったことがある。その際の自分であるという認識がすんなりと落ちてきて、頭の中の声が未来の自分なのかという実感が強まった。
「おじさま、じゃないね」
『そうよ。アレがあなたの倒すべき―――』
未来の自分がなんて言ったかは分からない。けれど、『偽物のおじさま』を倒さなくてはならないことはルアナには分かった。
「わたし、本物のおじさまに会いたいの。だから、貴方の事は倒すよ――!」
勇者は剣を振るう――それが定められた未来の予行演習である事なんて知らず――一気に振り下ろした。
成否
成功
第1章 第3節
情報屋であろうとも『未知の領域』にイレギュラーズだけを送り込むのはギルオス・ホリスの心情に反していた。
「困ったな……アクエリアの戦況調査のために来たけれど鏡の中に入ってしまった?
そう言えば、月原君も『やべー鏡があった』とか言っていたな。なんてこったい……」
とりあえず目の前に自分がいるのだとギルオスは認識した。自分の姿をしており、尚且つ敵の掌の上であることがよく分かりギルオスは「面倒だから殺すか」という思考に早々と至った。
「誰か、他に巻き込まれた人と協力できるなら一緒に戦った方が良いかな?
とはいえ早々都合よくも行かないだろう、僕自身で対処するなら――うん。殴るしかないね」
ちらりと横を見れば同様にアクエリアに訪れていたシスター・テレジアが存在している。
こちらはギルオスと違って非常に楽観的(たのしいおさんぽ)であった。
「まあ! わたくしのコピーが現れるんですこと!?
平和裏にお話できるのでしたら一緒にお金儲けの策を考えるのですけれど!?」
「それは無理じゃない?」
「わたくし、わたくし自身の弱点はよく存じておりますのよ。わたくし……『どうかこちらでお見逃し下さいまし!」
テレジアの手に握られていた袋の中身は『100万Goldの借用書』である。その様子に『鏡のテレジア』は「まあ、わたくしったら!」と楽し気に同じように袋を差し出してきている。
(さっき自分でタダで差し出されたら受け取ってしまうのが弱点だって……)
ギルオス(と鏡像ギルオス)はどちらもシスター・テレジアの様子を見守っている。
まずは鏡像テレジアが「まああ!」と叫んで倒れた。しかし、鏡像は消えても借用書は残ったままだ。
「ふふふ! これであちらの鏡像テレジアが借金を肩代わりしてわたくしの借金は消え――!!?」
テレジアが早速鏡像に渡された袋を開ければ借用書が入っており……ついでに、鏡像は消えても残った借用書が空しくテレジアの元へと飛んできたのだった。
「アアアアアア―――!?」
声にならぬ悲鳴を上げたシスターを尻目に、ギルオスはゆっくりと拳を固めた。
「さて、待たせたね。なぁに人間の頭蓋骨は意外と硬い物だけど、割れない程じゃない。
とりあえず生きて帰れさえすれば全て良し。さて、久々に泥沼の殴り合いをするとしようか――」
テレジアを回収するのはその後でも悪くはない。
成否
成功
状態異常
第1章 第4節
兄と共に相対した魔種の出現を聞きレイヴンは鏡の中へと飛び込んだ。真実を移すという鏡の中では魔種の気まぐれかお遊びか――それとも鏡の中に留めておく為か――姿は大きく変貌していた。
今回はそういうことはないらしい。バニーユ男爵夫人の協力もあり鏡像世界で狂王種を作り遊んでいるのだろう。
「最期に振り返った時、あの鏡の魔種は泣いていたな」
それが寂寞であったのかレイヴンは分からない。幼い少女の涙に情が湧かぬわけでもなかった。
「…..そのせいで、以前は自身が壊れたのだがな」
どれ程までに彼女に同情をすれど、魔種という世界を滅びへ導く者たちと相容れることはない。
もしも無害な存在であれど、刃を向けることを躊躇ってはいけないのだ。
(――純種と魔種、元を辿れば同じ混沌に生まれた同胞だろうと、相容れてはいけないのだ)
レイヴンはそうため息をついてからゆっくりと顔を上げる。ぞろりと陸を泳ぐ狂王種達を見やってから黒き外套を纏い常の如く言紡ぐ。
――起動せよ、起動せよ、八ツ頭の大蛇――
「来たれハイドロイド。魔力はいくらでもくれてやる。全て食らい尽くせ」
魔力は水となり、そして大蛇の力と化した。着弾し、炸裂する。その水飛沫の中、彼が顔を上げればどこかから『誰か』が視ているような、そんな気配がしたのだった。
成否
成功
第1章 第5節
頭を掻き回すように、ノイズが周囲には蔓延している。クオリアで伝わってくる『旋律」 の中に、一つ寂寞を感じさせるような穏やかな音色が混じっていることにリアは気づいた。
しかし、近づけば近づく程に、それはおざなりなリズムと化していく。美しい旋律ではなく――徐々に鍵盤を叩くような不協和音と化していくそれに「もう最悪!」と思わず毒吐いた。
(長期戦ってならあたしのメンタルが折れない限り、全然余裕だもの。
『あたし』を倒せってなら思う存分殴ってやるし、たっぷり時間をかけてクソ野郎を探してやろうじゃない)
その掌には鮮やかな緋色の焔が宿される。緋扇は周辺の怪物を薙ぎ倒し、リアの行く手を赤く染め上げた。
ずんずんと島の中央部を目指すリアは『鏡像』と言うことだけあって、周辺環境は『外』と変化はないことに気づく。違いと言えば魔種が跋扈する島内に狂王種が動き回り、生み出され続けているだけか。
「こっちね。……ねえ、『そこにいるんでしょ』?」
リアはそう言った。苛立ちの儘、ゆっくりと蒼い瞳を向けた彼女の目の前には自分自身が立っている。
「あんたから自分の旋律が聴けるかもって期待したけど……残念ね。耳が腐りそうな、きったねぇ雑音よ、あんた」
「でも、『あんた』もそんな旋律だったら?」
揶揄う様なその声音にリアは「あたしの姿をしようが、あんたは結局あんたなのよ」と切り返した。
魔種ミロワールは此処に居ない。彼女はこの鏡の中では特異な能力を持っているか。
しかし、鏡像自体からミロワールの音色が聞こえたということは彼女は島内のどこかにいる筈なのだ。
「――てめぇを叩き割って、その耳障りな旋律を直ぐに止めてやるわ!」
「じゃあ『本当の私』の所にいらっしゃって?」
成否
成功
第1章 第6節
「おーあーいむすかーりー。そーあーいむすかーりー」
鼻歌を混じらせて、秋奈はアクエリア内の探索を続けていた。鏡内での行動が現実世界にも影響を与えるとイレギュラーズ達が踏み込んだが――秋奈は愕然と眼前に立った少女を見遣る。
「何これ、フザけてるの? こんな……こんなことって……」
あからさまな程の狼狽をしてから秋奈は頭を振ってゆっくりと顔を上げる。そこに浮かんだのは戸惑ではない。笑顔だ。
「――とでも、言うと思った? めっちゃうれしい。いやぁ……私、可愛い……。
え? すごい嬉しくない? 今更自分自身が目の前に出てきても驚かないけど。私可愛い……」
好意的な反応を示した秋奈はへらりと笑みを浮かべる。ああ、けれど、眼前の自分は『容赦』はない・
「戦神が一騎、茶屋ヶ坂アキナ! 有象無象が赦しても、私の緋剣は赦しはしないわ!」
戦神特式装備第弐四参号緋憑を手に、秋奈は堂々と名乗る。しかし、彼女は知っていた。自身は戦神。戦いでしか会話はできず、言葉など既に意味はない。
死闘は死闘。桜舞い散る一閃が互いの間に揺れて居る。鏡像の踏み込む一歩の重さに秋奈の腕がびりりと震える。
「――いいじゃない!」
ただ、その一手を重ね続け。戦神は『戦の中で対話』し続けた。
成否
成功
状態異常
第1章 第7節
銀の髪を靡かせてエリスは鏡島アクエリアの中を歩き続けていた。各地の美味しいものを求めて旅をしているとはいえ、このような場所には美味は存在していない。
「この迷宮から出たいなら『私自身』を倒さなくっちゃ駄目……と言ってましたね。
あまり長居をしたい場所でもないですし、とりあえず『私自身』を探しましょう……!)
慎重にじわじわと進み続ける。どこかから誰かが視ている気配が死、くすくすと笑う声がする。
(魔種ミロワール……でしょうか……)
不吉なる魔力を宿した短杖を握りしめ、エリスは迫りくる狂王種へと大樹ファルカウの呪(まじな)いを以て呪縛を与え続ける。
多数の狂王種を相手にすることは分が悪い――ならば、とじわりじわりと少数の相手をし続けたエリスの前で、自分自身がにこりと笑っている。
「私……?」
「私ですよ」
そうやって笑った自分自身が放つはあらゆる苦痛を内包した一撃で。エリスはその衝撃を受け止めて、体が痺れる感覚を覚える。成程、威力自身も自分自身か。
「私である以上、手の内は知れています。……戦いましょうか」
「そうですね。ふふ、『呪い』あいましょうか。気が済むまで」
鏡像の自分の言葉にエリスは首を振った。一刻も早くここより抜けるため――加減も容赦もしないのだ。
成否
成功
第1章 第8節
目の前には、自分がいた。ポムグラニットはぱちりと瞬いてから首を傾ぐ。
「まぁ びっくりした。わたし わたしだわ。
でも わたしなら いいわよね。だって わたし いたくないもの。
……あなたも きっと いたくないわよね?」
薔薇の乙女に痛覚はない。綺麗な花には棘がある――しかし、棘を持つ乙女は痛みはなく、他者への痛みにも理解はない。
「ええ。わたしだもの。 あなたは わたし」
「わたしは あなた。うそ? ほんとう? どっちでもいいわよね。
あそびましょう あそびましょう。いたくないわよね。だって わたしだもの」
ふんわりとしたその言葉に合わせて飛んだ簡易封印それは『ポムグラニット』同士が共に行った行動だった。
ああ、それを見てはポムグラニットは目の前にいるのは自分なのだと認識する。
愛されて生まれた、愛されて育った、愛されていのちを育んだ。
けれど、だからこそ――ポムグラニットは痛みが分からない。
茨の指先がゆっくりと伸ばされる。痛みに霞むことはない、眼前の鏡像もゆったりとした笑みを浮かべるだけだ。
鮮やかなる薔薇の花弁が舞い散った。目の前で散ったその花に「きれいね」と小さく零して。
成否
成功
第1章 第9節
「ッ――ここは……鏡の中……?」
アルテミアは痛む頭を押さえて周囲を見遣った。アクエリアの鏡の中に引き込まれたイレギュラーズは多数いる。無論、自分自身で飛び込んだ者達だっていた。
「……油断したわね」
周りには数多の狂王種が存在し、目の前に立っているのは自分自身だ。
「どちらも厄介極まりないけれど、出口を探す為にも押し通る!!」
「ええ。押し通るというならば相手になるわ! さあ、掛かって来なさい!」
アルテミアに、アルテミアが刃を構える。鏡像構えたは夜を抱いた瀟洒な細剣。乗せるは闘争の気配に他ならない。
(数が多すぎて『私』を相手取るには分が悪い……まずは『取り巻き』から)
地面を踏みしめる。影を縫い、恍惚の中に致命の一打を与えながら銀青の乙女は動き続ける。
「頑張るのね」
「ええ。死ぬ間際まで遊ぶなんて冗談は、聞くつもり無い! 心中なんてごめんよ!」
自身の体の身の内に最盛期の力が溢れ出す。その煌めきの日々を身に乗せて一気呵成、刃を狂王種へと突き立てる。
眼前で笑った『自分』へと、アルテミアは言った。
「次は貴女ね。……さ、さっさと終わりにしましょうか」
――にたりと笑った『自分』へと彼女の細剣は深々と突き刺さる。
成否
成功
第1章 第10節
――俺には誰も救えねぇよ。
縁は毒吐いた。人は犠牲の上に立っている。人は取捨選択だって必要だ。
だから、救わず、逃げた。それが自分にとっての最善の解法だったからだ。
首に残された指先の痣は女の手を振り払った後悔の痕で――共に死んでと愛を乞うた唇を思い出しては縁は首を振った。
(だがまぁ、まだ死ぬ訳にはいかねぇのさ。救うためじゃなく――向き合うために、戻ってきたんでな)
だからこそ、眼前に存在した有象無象に対して彼は拒絶を覚える。空と海が溶け合い、ひとつづきになるかの如く――迷いなきその心、曇りなきその決意を胸に彼は堂々と言い放つ。
「わざわざ大勢で出迎えてくれたってのに悪いな。生憎と急いでるモンで」
足早に遠ざける様に歩んで行ってから、漸く見つけたのが自分自身。そこに立つは花渦番傘差した男。違いは――彼からは鈴の音が聞こえないからだ。
「あぁ、こいつは随分と――『弱そうだ』。やれやれ、やり辛いねぇ」
ため息を混じらせた。掌打を打ち込み、気の流れを作り上げる。周囲蔓延る狂王種を見遣った後に、縁は「弱いからこそ、群れを成すのかい?」と冗談めかす。
「さあ、どうだろうな。随分と『面倒』だろう」
「ああ、違いない。違いないさ――けれど、遊んでる場合でもないのでね」
踏み込んで、気が流れる。そして、打ち込んだそのままにその体は霞が如く掻き消えた。
成否
成功
第1章 第11節
魔種ミロワール。鏡の魔種。メルヘンチックな物語のような乙女の事を口にしてから文は『招待状』を確認するように空へいう。
「……あの口ぶりだと彼女も廃滅病にかかっているみたいだね。
可哀想、とも言っていられないか――確実に近づいてくる死ほど恐ろしい物はない」
死にたくないの。
それは勿論、当たり前だ。正常の感性が返した正常な反応であり、それを狂っているとは言えなかった。
針の秒針がそうするように足音立ててひたりひたりと近づく死の気配に、文は描いた理想を口にする。
――あの魔種の少女とも手を組めれば、彼女を救ってやれるのだろうか。
それは理想でしかなくて。希望でしかなくて。希うことができたならばミロワールは笑ってくれるのだろうか。
顔すら分からぬ少女へのセンチメンタルな同情を打ち消すように文は目を伏せる。
「皮肉だね。自分と戦うことが気が楽だなんて。……よっぽど戦いやすいよ」
柱時計は止まらない。息をして一分一秒過ごすように――何も変わることなく進んでいく。
だからこそ、彼は引き金を引いた。重心をずらすことなくしっかりと。眼前の鏡像の胸を穿つように毒の気配を孕ませる。
「じゃあ、目の前に立ったのが『私』だったら?」
戦いにくいのかしら、と『鏡像の文』が言った。文は、どうかなと苦い笑いを零すだけだ。
成否
成功
第1章 第12節
自分自身の身の内に、取り込んだのは兄の魂。いのちとは儚く――そして、尊いもので。
眼前に立っていた自分自身にシュラは「お兄ちゃん」と口を開きかけて首を振った。
きっと、そう口にしたならばミロワールは兄のふりをして微笑んでくることだろう。嗚呼、だからこそ彼女は魔種なのだろうか。
「ありえません。有り得ないんですよね。死んだ人は戻ってこない……自分自身との戦いなんです」
淡々と、『普通のメイド』はそう言った。黒い髪を揺らし、シュラは紅蓮の大剣を構える。
その両脚に力を込めて、シュラが放つは変幻邪剣。華の首をぽとりと落とすが如く、見惚れるその恍惚を与える彼女に対するは『鏡像の自分自身』
「私は、こんなところで自分自身に……負けてられないんです!」
「私だって! 負けるわけにはいかないんです!」
自分自身が眼前で剣を構えている。その赫赫たる一撃は、シュラの眼前を赤く染めた。
成否
成功
状態異常
第1章 第13節
アクエリアの島内を歩みながら堂々たるその振る舞いを見せたデイジーは目を丸くしてから合点がいったと頷いた。
「ふむ、何処かで見たような絶世の美女がおると思ったら、これ妾じゃな!」
「うむ。妾じゃ!」
『鏡像のデイジー』の堂々たる姿を見てから、デイジーはくすりと笑う。嗚呼、高貴なる我が身はやはり美しい。
「高貴で美しい妾の姿を真似るとは小癪な奴じゃの。
よい、それでは元祖妾が妾の何たるかをお主に教えてやるのじゃ!」
びしりと指さすデイジーの傍で蝙蝠が飛んでいる。ファミリアーで先行させた友人により狂王種が少ない場所へと辿り着くことができたことは好機に他ならなかった。
「先手必勝。妾の様な輝く存在感(カリスマ)があらば、その光輝く妾に圧倒されるであろう!
そう、鏡は光で熱くなって映すこともできないのじゃー」
「光を集めてさらに輝くかもしれないのじゃー」
む、とデイジーは唇を尖らせた。ある意味で、流石は『妾』。高貴すぎて鏡もより光を返してくるではないか。
しかし、それならば面白い呪(のろ)いには呪(まじな)いを返して。
赤き月が天蓋で揺らめき『自分』を飲み込んだ。
成否
成功
第1章 第14節
「ネェ、君はドウやって――アタシの笑顔をシったんダイ?」
ガスマスクガールは、ガスマスクの下の『己の顔』を見たかのような幻覚を覚えた。
ジェックに沁みついた妄執の様な呪い。それこそ、一人の魔種が彼女に与えた不幸の贈り物だ。顔を確かめるようにガスマスクをぺたりと触ったジェックは「アタシですら見たことのないそれを」と指さす。
「サァ、ドウやってダロウ?」
眼前に立っていた『鏡像』は笑った。それが魔種が作り出した存在と知りながらも、ジェックは聞かずには居られなかった。
鏡像が霞む。それが彼女がジェックの戦闘スタイルに合わせたことに気づき、顔を上げた。距離をとられた――そうだ、スナイパーは『そう』やって戦うのだ。
多く当てれば、外さなければ勝ちが来る。勝利の女神が微笑むのはより弾丸を命中した方。撃ち撃たれどちらも疲弊すれば共倒れ――なのだというならば。
ジェックは一気に接近した。その髪が揺れる。『自分にとって』突拍子もないことを。
「キくかも分からない、分のワルいカケだけど……ネ。
一緒に死にタイのなら、アナタもそうすればイイでしょう?」
零距離。銃がその胸元に抉るように差し込まれ、ガスマスクガールは引き金へ指をかけ――
成否
成功
第1章 第15節
命乞いをした。助けて、とむざむざと死んでは堪らないと!
喉を落ちる熱の様に。それは魔種が『人間らしい感情』を曝け出しただけに他ならない。
ヴィクトールは見る。眼前の存在を。自分の顔をして笑っている『人間らしい少女』を。
「救って欲しいのなら、ええ。救います。それを願うなら、それを望むなら。
――救いとは、どこにあるか。ボクは、ボクを殺したい。ミロワール、貴女はボクと遊びたい」
それはリスキーですらない『当たり前』の感想で。
悲しみにも似た、怒りにも似た感情が心を灼いている。躊躇なく相手を殺すことができるのだとヴィクトールは接近した。
「遊んであげます。殺してあげます」
ジルの眼前では『ヴィクトール』が二人いた。それと同様に、自分の目の前にも『自分』が立っている。
「わー……! 本当に僕そっくりっす。僕ってこんな感じなんすね。
そっちの僕はサラシちゃんと巻いてるっす? 戦い中にズレないように気を付けるっすよ」
それは自分を見つめなおす機会であったのかもしれない。ヴィクトールが自身の傷を強力に修復し、『鏡像』との戦いを続ける中で、ジルの周囲から閃光が迸る。
「良いところも悪いところも含めて全部僕っす!
だからこそ僕は例え泣こうとも凹もうとも絶対に、僕から目を反らさないっす」
それはジルにとっての決意であったのかもしれない。
――『自分であるからこそ殺したい』と云うヴィクトールがいる。
――『自分であるからこそ目を逸らしたくない』とジルは首を振った。
様々な思惑が交錯し合い、ぶつかり合う。昨日の自分より今日の自分、そして繋がる明日の為に。
「僕は僕を倒した後、セイラを引っ叩いてやるっす!」
「セイラを――?」
きょとりとした後に、目の前の鏡像は笑った。まるでおかしなことを言われた様に、ころころと『友人と語らう様に』笑っている。
「セイラは強いわ。私(かがみ)なんかより、よっぽどね――?」
掻き消えたは霞の様に。鏡像の向こう側に広がるのはアクエリアであった。
成否
成功
第1章 第16節
「我等『物語』と鏡の己とは題名(タイトル)と成すには悪くないが」
オラボナは朗々とそう言った。物語(せかい)には鏡の話が存在している。しかしながら、自身という『肉壁』が同時に『其処』にあったとすれば――成程、どちらが勝つかも分らぬのだ。
削り合いがそこにはある。じわり、じわりと傷を作り、滲む様にその体から闇が溢れ出す。
己が勝てばいいのだ。無理やり突破口を抉じ開ける事こそが『特異』に在る自身の攻略方法である。
「さりとて我等の『物語』も静かに完結するものだ。ドラマがなくては観客も席を立つ」
オラボナの元へと届いたのは癒しの気配。医師を志す海辺の少女はその心の中にはない寂寞を求める様にオラボナの向こうに立っていた『自分の姿を見た。
「あなたはわたし……? わたしはあなた。見た目は同じ。でも、抱いている気持ちが違う。
――そんなふうに笑ったこと、わたしは無い筈だから。あなたは、何を思っているの?」
ココロはそう言った。そうだ、オラボナが浮かべる笑みは鏡像とは一線を画し、同時に、『生きていたい』『寂しい』と泣いた鏡像のその心情をココロは識らず、慮る事もできない。
「もし、感情まで鏡のように映せたら、こんなに悩んだり考え込んだりしないのに……」
「愉快だ。実に、愉快。鏡像は自身を合わせた鏡でありながら自己ではないと言う確かな証左に他ならない!」
オラボナの言葉にココロは頷いて、癒しを送る。『自身』による攻撃をオラボナが庇い、ココロが癒しを送りながらも鏡像を牽制し続ける。
鏡像二人は『連携』しない。最初に庇うことを選択したオラボナに合わせて癒しを送れば壁と自認する闇は愉快に笑うことだろう。
「あなたを倒せば、この気持ちが分かるのかな?」
――きっと、分からないけれど。それは口にしないまま、オラボナの鏡像の向こう側の自分が掻き消えた。
残ったものは、靄の様な思いだけ。
成否
成功
第1章 第17節
万物は土塊に還る。しかして、人は想い、祈り、嫉み、そして――苦悩するのだ。
信仰とはそうした苦悩より生きとし生ける者を開放する。死の恐怖より解き放たれるは神の慈愛によるものだ。その心の苦しみなど神の愛に包まれたならば全て無へと変える。それこそが幸福であるという思い込み。
だからこそ、稔は、虚は――Tricky・Starsと名乗る二人一役の劇作家は切っ先を向けて言うのだ。
「お嬢さん、君は鏡の迷宮を抜けて光の国へ行くのだよ」
「鏡の迷宮の向こうに光の国があるのかしら」
稔の顔をして、そして虚の顔をして、ミロワールはそう言った。その少女が友人と語らうときに浮かべる笑顔はエクスマリアの前の『エクスマリア』と同じものだ。
「マリアの姿を模して、気色の悪い笑みを浮かべる、か。
……全く以て、不愉快甚だしい。狂王種諸共、粉砕してくれよう」
呟くは昇華はされない。金の髪はぞろりと生物がそうするように揺らいだ。
「粉砕。そうだ、粉砕(たお)すことで光の国に往けるのだよ。さあ、お手を?」
狂王種をも逃がさぬ様に。小鳥が囀り歌い続ける。正しき人には聖なる知恵を、そして邪悪な者には呪詛を謳うがすべての始まり。
『月魄は海へ沈む 』と背表紙飾った白紙の魔導書を手にした稔の眼前を闇夜編んだブーツで駆けるエクスマリアが祝福(のろい)を手に『自身』へと肉薄する。
「禍々しい」
「ああ、しかし。呪(しゅくふく)はその手にあるだろう」
――暴き出す青天、覆い隠す雲、嘲笑う虹。幕の落とされない壇上、劈く演者。
朗々と、口にされるは祝福。鏡像の本心覆い隠すように雲が視えれば、囀る小鳥の歌声がそれを晴らした。
「残念だが、付き合っては居られない」
花枯れ鳥墜ち風澱み、果ては月すら沈むのだ。それを眺めて白紙に記す。
稔と虚の鏡像の向こう側で金の髪が天を眺め、そして枯れる様に掻き消えた。
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第1章 第18節
「本当は……ねえ、病気が治ることが一番だよね。オイラたちの仲間も廃滅病にかかってるヒトたちがいるけど、みんなでこの病気を治そうとしてるんだ。その手掛かりがこの先にあるって話だしね」
一人では厭よ、と囁いた『自分』を見てからアクセルはそう言った。そうだ、廃滅病(アルバニア・シンドローム)と呼ばれる死の病こそが諸悪の根源である事に違いはない。
「遊びは俺もいいが、死ぬつもりはない。
それと俺がお前さんなら……一緒に死ぬより相手が自身の事を忘れずに生き続けてくれる方が嬉しいから。俺がお前さんの分も生き続ける」
ウェールの言葉に、鏡像は首を傾いだ。嗚呼、そうか。『死を受け入れる』事と『治療する事』は対極にある。ミロワールは――諦めていた。
「一緒に遊ぼうっきゅ。でも一緒に死ぬ事はできないっきゅ。
レーさんは廃滅病になっても諦めずに進み続けるっきゅ」
「おかしいのね。だって、『死んでしまう』確定的な未来が差し迫っているのよ」
病に侵されれば、命尽きるまであと僅か。魔種であるからこそ、セイラの傍にいたからこそ、ミロワールは罹患してもその命の猶予が長かった。イレギュラーズ達には目の前に差し迫る『期限』が存在しており、縋る思いでこの島に上陸したこと位、ミロワールは分かっていた。
「もしも死を避けきれなくなったとしても最後まで頑張って、仲間にバトンを渡すっきゅ……それにグリュックに会うまで死ねないっきゅ!」
「狡いのね」
レーゲンの言葉にミロワールは首を振った。嗚呼、本当に、狡いのだ――
「私も、生きていたいわ」
「此処を通してもらうよ。それから、治す方法があれば君にだって……!」
アクセルはそう言った。抗うならば、手を差し伸べる。しかし、足止めするのならば倒す他にない。
ミロワールの作り出す鏡像が前線より走り寄る。ウェールは『自分』を受け止めた。
その両腕に走った衝撃を緩和するように、アクセルが癒しと閃光を放つ。眩い光の中でレーゲンは「きゅ」と小さく言った。
「レーゲン!」
ウェールがそう言う。その言葉を聞いてから、レーゲンが小さく頷いたのは示し合わせた捨て身。 鏡像の体を捕まえて、そこに飛び込んだのは――森アザラシバレット。
グリュッグが投げたレーゲンは周辺に魔力を拡散していく。
「今っきゅ!」
「分かった!」
アクセルが頷き宙を駆けるように眩い光を放てば、そこに残ったのは幼い少女の笑い声だけであった。
くす、くすくす――
「……待ってて。必ず、『治す方法』を探すから」
「アルバニア様を倒さなくっちゃいけないのよ。無理よ。無理。
それに――私は魔種だもの。あの人が死ぬところなんて……見たくはないわ」
鏡の魔種のその言葉にウェールは眉根を寄せた。彼女は、少女は、『セイラ』も『アルバニア』も死んで欲しくはないと泣くのだろうか?
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第1章 第19節
「この状況ですから、狂王種対応は一人でも多いほうがいいでしょう」
島内に存在するは有象無象。此処で見過ごせば『現実』に侵食するとはまるでチープな映画のようではないかと寛治は眼鏡の位置を正した。
彼の眼前では尾を揺らし、『半獣』の少女が狂王種を相手取る。小柄な『半』百獣の王はその両脚に力を込めて靭やかに地を這う鯨の前へと滑り込んだ。
「アタイは格闘家だし、殴って蹴って、攻撃は避ける! たくさんいるって話だし、無駄に疲れないようにしなきゃね!」
レニーは空を奔るかの如く、打撃を展開し続ける。鋭い狂王種の一撃がその双眸に影を落とした刹那、ステッキ傘が『かちゃり』と鳴った。それは鋼の驟雨、降り荒む弾丸の着弾地点は機械式腕時計で寸分の狂いもなく計算される。
マネジメントを行う上で時間と約束を守る事こそビジネスパーソンの必要技能だ。
「当てるだけなら、それなりに得意でしてね」
「なら『そっちに行かさない』よ! アタイが前で受け止める!」
レニーの言葉に寛治が頷いた。しかし、アクエリアには狂王種が無数に存在している。ゆらりとその身を揺らすように、風切り音を奏でるは龍鳴。緋色の刀身が狂王種の巨体より相見えればその背後に立つのは紗夜。
鏡面。それは水面や深海という静謐溢るる神秘の中に自分自身が映り込む様。果たして『姿を返した』鏡の向こうが異界ではないと誰が口にしただろうか。
「古くより伝承で『鏡の向こうは常世である』と――そういう噺もありました。
脱するのは容易でなく、対峙するのはさらに厳しく。ですが、恐れて止まるのも嫌というもの」
紗夜の人たちにレニーが笑い、寛治は「プランニングは完璧です」と大きく頷く。ずるりと尾を這わせた狂王種はイレギュラーズ達を餌とするように大口開けて飛びこんでくる。
「――――」
空気を、断つ。氷の珠散らす破魔の刃が狂王種の体を両断した。氷の霊力が破片と化し、舞い奔る斬撃に奏でる音色を聞きながら紗夜は囁いた。
「この惑わせる鏡の迷宮の中で、私の旋律を忘れることなく。
――舞うが如く――歌うがように……大太刀を振るい、私をミロワールに示しましょう」
自己を見失わぬことこそが、この迷宮では大事なのだ。
『鏡像』は遠くより三人を見守っている。くすくすと少女の笑みを聞きながらレニーがどこだと周囲を見回したそれに寛治は小さく頷いた。
「彼女はまだ遊んでいるのでしょう。その姿は……まだ霧の中、でしょうが」
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第1章 第20節
「やれやれ、救うにも、遊んでる暇はないのだけど?」
肩を竦めたシャルロットは廃滅病(アルバニア・シンドローム)は危急に解決すべき問題なのだと眼前迫る狂王種を相手取る。
「私を笑った『私』はどこかしら? 出てこないならもっと狂王種を斬らないとね?」
銀の髪を靡かせて、ヴァンパイアはその翼を揺らす。狂王種の群れの向こう。見慣れた銀髪が揺れていることに気づいて、シャルロットは唇から牙を見せて笑った。
「居た……」
それはイルミナも同じだった。
目の前に存在するのはイルミナ自身。まじまじと見遣ってから自分と『同機体』であり、彼女の定義とは別の存在であることを実感した。機械的な瞳に近未来技術アンドロイド生命体の体はまさしくイルミナ本人だが――『鏡像』となれば、それは同様の技術で作られた別個体ではなく、本人であることが厭でも感じられる。
「自分自身……イルミナと同タイプの機体はたくさんいますから、元の世界でもいつか経験してもおかしくはない光景ッスけど……あまり楽しい物ではないッスね」
「ええ、けれど『自分自身』だからこそ――攻略方法はあるわ」
シャルロッテが一気に自分自身に肉薄する。猛る鬼の魔力を孕んだ妖刀は『永き』を生きる乙女の磨き上げた剣戟を紅き流れとして『鏡像』へと放つ。
(自分自身だからこそ……? どうしたものか。パッと思い付くのはギフトッスけど……)
イルミナのロボットの宿命(きのう)はこの世界でも世界からの贈り物として存在していた。
「物は試しッス、『止まれ!』」
「『止まれ!』」
そう、命令口調で指示されたならば『従って』しまうのだ。鏡像が復唱し、止まったそれを好機とみて希望の如く、速度で切りつける。
「成程? なら――『止まりなさい!』」
シャルロットの命令にイルミナの『鏡像』が足を止める。そして、そこに放たれるは青き風の如く速度を纏った一撃と紅の一閃であった。
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第1章 第21節
「あーもう、まずった! 出口は無いし、狂王種はいっぱいだし、しかも『私』まで邪魔してくるし!
というか『私の姿』でけらけら笑うな、勝手に動くな! 私は私、なんだよ!」
ティスルは酷く乱された。薊色の髪を揺らした彼女は『鏡像』の笑みを見てむうと唇を尖らせる。わざわざ練達にオーダーを頼んだ人造魔剣までもきっちり『コピー』されているのだ。
「私の武器だし、私の姿だよ!」
「そうだよ、だって私だし!」
鏡像の言葉にティスルは問答だけではどうにもならないのだと実感した。やけに饒舌な鏡像はティスルとの問答を楽しんでいるのかもしれない。
「――そうじゃなさそうだし真面目にやるよ。私は、私を超えて見せる!」
ティスルはスバヤイモモを確認する。齧り、その両脚に力を込めた。
一人じゃない。自身を強化してくれる発明こそ『みんなの知恵』だ。ならば、ひとりぼっちの『私』を追い越して、さらにその向こう側へ――!
「――抉じ開けるよ!」
その速力は破壊力となり蒼き彗星の如く『鏡像』の体を打ち消してゆく。僅かに香った潮騒(こきょうのかおり)は、この空間に漂う死の気配を少し緩和したような気さえさせた。
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第1章 第22節
「ねぇ……それ、どうして私の格好してるの? なんで? どうして?」
イ=モウトは――『妹』はじい、と鏡像を食い気味に見遣った。そこに存在するのは紛れもない自分自身の姿だ。
「『遊ぶ』……? 『救う』……? ふぅん……?」
イ=モウトは、その言葉を口にしてから俯いた。135センチメートルの小さな体を闇で満たした黒き肢体がぶるりと震える。
魔種ミロワールの言葉を『彼女は信用できなかった』。何故ならば彼女が信用できるのは唯一『お兄ちゃん』だけなのだ。
お兄ちゃん――お兄ちゃんの『妹』? 『妹』の姿をしている存在……。
ぷちり、とイ=モウトの中で何か音がした。その勢いの儘に顔を上げ、イ=モウトは一気に鏡像へと詰め寄っていく。
「うそつき!!! お兄ちゃんを奪おうとしてるんでしょ! 私の格好して! お兄ちゃんを騙して!
許せない!!! お兄ちゃんに妹は一人だけで充分! 私だけで充分なんだから!
私のふりをしてお兄ちゃんを奪うんだ! ねえ! そうでしょ!? 偽物の妹なんていらないのに!?」
苛立ちの儘に、何度も、何度も、何度も鏡像の首へと手をかける。ぎりりと音を立て『フラグの様にぽきり』と折れるまで――
「これはお兄ちゃんを騙そうとした罰!! これも罰!! これも!! これも!! これも!! あははははは!!」
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第1章 第23節
リリーは眼前に立っている『鏡像』を見てから自分自身を見下ろした。
「……あのさぁ……スク水で……それ着てニヤニヤするとか……」
にんまりと微笑んでいる『自分自身』を見てからため息が零れ落ちる。
「……コレあたいの偽物とかちょっと無くない……? ただのそっくりさんの別人っしょコレ……?
……まぁどっちにしても、あたいパクるとかありえないよねぇ……ギルティ……」
苛立ちがどうにも払えない。出来る事ならば海洋王国でのんびりと過ごしていたいというのに。
こんな場所(アクエリア)まで連れ出されて自分自身の偽物が目の前に立っているのだ。
「そこで笑ってる狂王種もギルティ……。
まとめてバールの刑だよねぇ……覚悟……」
激おこなのである。つまり『八つ当たり』だ。何時もの如く、リリーは全方位に怒りをぶつけるべくバール(1箱)をぶん投げた。
「ボコるからねぇ……あたいの邪魔するとか激おこだよぉ……」
さっさと倒して帰って寝たい。それこそニートが忘れてはいけない心だ。
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第1章 第24節
「畜生」
キドーはぼやいた。行方不明になったイレギュラーズ、そして、吉報として伝えられたソレ。廃滅病によるリミットも存在していることから火急の事態として海洋王国及びローレットはこの海域に突入した。アクエリアを奪取すべく作戦を開始した事を知った時には『友人』――そう称するよりもアホと言いたくなる――に会いに行く機会を逃してしまった。
「だがま、いいさ。今じゃなくても次がある。戦場はどこにでもある
タコのクソやらもろもろの奴等の為に優しい優しいキドー様がお掃除しといてやろうじゃねえの!」
「掃除ってか? いいじゃねぇか。ノった」
キドーににいと笑みを浮かべたのはグドルフ。わざわざ山賊が海のこんな海域まで来たのだと彼は眼前に立っている『自分』に苛立つように吐き捨てた。
「『俺』の姿で、気色悪ィ事ほざいてんじゃねえぞ、クソ魔種野郎がッ!
……上等だ、お望み通り遊んでやるよ。激しすぎてそのきったねえ鏡がブチ割れても知らねえがな」
「まあ、怖い」
グドルフの鏡像の唇が動く。それを見てからキドーは笑った。しかし、笑ってられるのもその刹那だけか。
「……クソ、ムカつくな笑ってんのか。笑えよ。
ホントはあっちで戦ってる奴等が羨ましくて妬ましいのさ。お前もそうだろ?」
キドーは『鏡像』に呟いた。握りしめるはククリ。苛立ちの儘に、ぬらりくらりとキドーは自身の鏡像に向かって己の意志をぶつけていく。
「ハッ……俺も手加減できそうにねぇ。こいつは俺でも何でもない。口調を真似しただけのただの猿。
俺が生きた50年、てめえ如きに易々騙らせてやるわけにはいかねえよ」
その命を繋ぐべく。グドルフは踏み込んだ。死ねない理由がある――だからこそ、最大限の力を以て鏡像へと叩きつける。
「じゃあ、真似してない私なら?」
少女の声が聞こえたが、グドルフはそれを掻き消すように靄をその拳で払った。
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第1章 第25節
「うわっ! 僕だ! 凄い! いい身体してる!
僕が相手ならやることは一つしかないね。床勝負だぁ!!!!」
ぽよぽよとした(一部の人は歓喜の)マシュマロボディーでムスティスラーフは『鏡像』へと抱き着いた。愛の抱擁はふんにゃりと自分自身を包み込む。ある種、常人には精神的なダメージを与えるが、目の前にいるのは自分だ。
「やわらか! 気持ちいい! さあ、君からもおいでよ!」
「そうだね! 気持ちいい!」
――ミロワールは案外『こういう事には寛容』であるか、それとも本人の性格の上で耐性があるのかは分からない。長らくこうした風に抱きしめてくれる人がいなかった魔種の少女はムスティスラーフの愛の抱擁を楽し気に返している。マシュマロボディーがぶつかり合って、異様な空気がそこには漂っていた。
「さあ、遊ぼう! 今夜は寝かさないぞ!」
投げキッスと共にとんだ光の矢。それは魅惑の気配を感じさせ、ムスティスラーフは鏡像にウィンク一つ。
「僕が満足するまで、思いっきり遊んでね! さぁ、行くよ!」
そして、ぎゅっと抱きしめた。愛の抱擁によるダメージは思ったよりも蓄積してそうだ。
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第1章 第26節
ゴリョウとノリアの目の前に『二人』が立っていた。「わたしですの?」と首を傾いだノリアにゴリョウはおかしいと思わず吹き出す。
「ぶはははッ、うちの嫁さん真似るには可愛さが足りねぇなぁ! そうは思わねぇかい俺よ!」
「それならうちの嫁さんこそ可愛いだろう!」
――鏡像も鏡像で夫婦ごっこをしているのだろうか。その反応に流石は俺、とゴリョウは頷く。
「そうよ、うちの嫁さんはな! 健気で可愛いのよ! 俺が作ったメシを幸せそうに食べてる姿も!
うちの布団で幸せそうに丸まって寝てる姿も! 何をしたって可愛いのよ!」
「それだけじゃねぇ、うちの嫁さんは強いのよ! 自身が弱者であると分かっていながらも、それに腐ることなく前に進む。
儚げな見た目に対してこの意志の強さ! このギャップが可愛いのさ!」
「分かってるじゃねぇか、俺!」
どうやら意見は合致したようだ。その言葉を聞きながらノリアはぱちりと瞬く。そう、耐久力には自信のある二人は『鏡像』も同じであると考えた。ならば直接的な戦闘ではなく、絆で勝利するしかない――というのが二人の考えだ。
「ゴリョウさんは、カッコよくって……紳士的で……お料理も美味しくて……
太っ腹なお腹が、気持ち良くって……わたしだって、ゴリョウさんに褒められた分まで、追撃ですの」
恥ずかしいと視線を逸らすノリア。鏡像のノリアもどうやら恥ずかしそうだが――ここは『意志の強さ』で本物が勝利した。
「お強くて、頼もしくって、優しくて……海育ちのわたしが、陸を後にできない、最大の理由ですの!」
「ぶはははッ! どうだ、俺! 本物の嫁さんの方が可愛いだろう!」
太っ腹をどん、と叩いたゴリョウに頷くようにして鏡像が霧散するが――ああ、それでも恥ずかしい物は恥ずかしい。ノリアの八つ当たりはそのままに狂王種へと及ぶのだった。
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第1章 第27節
周囲を見回せば、そこはアクエリアであった。フィーゼはふむ、と小さく唇を尖らせる。
眼前に立つ『自分自身』が紛れもなく魔種の作った鏡像であることは確かなことで――
「ふぅん、鏡の中か……。けど、私を真似るなんて随分と物好きね
でも、貴女が『私』を模す上で一つだけ理解してない点が在るわよ……」
フィーゼはそう言って、一気呵成に魔力で形成された赤紫に染まった雷の槍を投擲した。
「理解してない点、なんてあるかしら?」
「ええ、あるわ。残念だけど、それは『私』じゃなくて『ミロワール』の気持ちだものね。
理解してない点は唯一つ……。私は死を恐れない。ミロワールは怖いのでしょう?」
ぐ、と息を飲む気配がした。鏡像を操り手繰る魔種はここにはいない。この鏡はミロワールの世界だ。彼女は鏡像の口を借りて「怖いじゃない」と囁いた。
「幾度となく『死んだ』身としては、死は終わりじゃなく新たな始まりを迎える為のもの
それに……自分の死は自分のもの。誰かを巻き込んだり、引き摺り込んだりする様な無粋な真似なんて論外ね」
「うんうん! 誰かを巻き込み死に追い込む輩は魔法少女として許せな――ってボクがもう一人いる!?」
トレードマークのリボンを揺らしたセララは驚愕したように『鏡像』を指さした。ミロワールの作り出す鏡像でありながら、それを『魔種』と呼ぶのもどこか違和感が強い。
魔法少女は『魔法少女ならよくある話』だとして鏡像の存在を納得した。
「うーん。紛らわしいからキミは『キララ』ね。不満? しょうがないなー。
よーし! 『セララ』決定戦だよ! 負けた方が『キララ』ねっ」
「わかった! じゃあ『セララ』がどっちか決めちゃおうー!」
にんまりと笑った鏡像にキララと名付けるのは珍しいか。そっくりさんを『映す価値無し』レベルに追い込むためにセララは聖剣ラグナロクを構えた。
「これが本物のセララスペシャルだっ!」
――鏡像は消えたが少女の声音がセララたちへと降り注ぐ。
「じゃあ、私は『キララ』なのかしら。ふふ、うふふ、ミロワールはキララでもあるのね」
……どうやらお気に召したらしい。
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第1章 第28節
(カイトさんもがんばってるし、リリーもがんばらなきゃ。
……とにかくたおしてすすめばいいんだよね、かわいそうだけど、すすまなきゃ。でもしんちょうにいかないとね)
小さな体で、懸命に進むリリーはレブンと共にアクエリアを進んでいた。アクエリアの鏡の世界は魔種が作り出した迷宮と呼ぶに相応しい――しかし、その迷宮を放置していられないことはリリーとて分かっていた。
その鏡の中で笑う『自分自身』がいる。セリアはにっこりと微笑んだその姿に溜息を吐いてからゆっくりと雄弁なる魔導書を抱きしめた。
「なかなか乱暴なご招待だね。あんまり重い遊びは趣味じゃないけど、気が変わるまではつきあってあげる」
「遊んでくれるのね。とても嬉しいわ」
セリアの唇を借りるように、鏡像は笑った。その様子を遠巻きに見ていたリリーは『自分自身』がいることに驚きつつも、これが魔種の膝元へ向かうことなのだと実感する。
(リリーもたたかわなきゃ……。じぶんがあいてなら、だいじょうぶ……)
動物を傷つけることは心が痛むから。リリーが首を振り、境界の向こう側から隣人を呼び出した。
迫りくる狂王種に対し、不可視の悪意での牽制を行うセリアは出来る限りの長期戦を心掛ける。
「生憎だけれど、魔法の制御って苦手なの」
「奇遇ね。私だから『私』だってそうよ」
セリアの鏡像の微笑に、「そうだったわね」と返し、精神力の弾丸が前へ前へと飛んで行く。
砂埃立ち上るその刹那、地を這った毒蛇がぐぱりと大口開けて鏡像へと噛み付いた。
「がんばって!」
リリーは愛しい人が頑張っているからと声を張る。同時に、セリアはそれを好機と精神力の弾丸のをゼロ距離で打ち込んだのだった。
遊びの時間はもう終い。魔種が「あーあ」と残した声は鏡像が霞むが如く消えていく。
成否
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第1章 第29節
「天が呼ぶ地が呼ぶ……魔種が呼ぶッ!?」
アリューズは鼻を擽り、予想外だった眼前の『自分自身』を見遣った。
魔種というのは不俱戴天の仇と呼ばれている。世界を破滅に導く――勇者から見れば魔王的存在だ。それが、自分自身を呼んでいる、招待している、そして『声をかけてきた』のだ。
「流石に魔種から呼ばれるとは思わなかったな……勇者は辛いぜ!
よくは解らないけど、君が救いを求めるのなら、それが誰かの不幸や悪事に繋がらないのなら――勿論、救ってみせる!」
アリューズのその宣言に、目の前の鏡像の笑みがやや曇った。真っ直ぐな好意の中でミロワールはそれが叶わぬことを知っている。
――魔種は滅びのアークを集め、世界を滅亡に導く存在なのだ。
「救う為にまずは力試しか? いいぜ、勇者に試練は付き物だッ!」
燃え盛る正義と勇気の焔を纏わせて、その熱き心をぶつけ、勇者の魂をぶつけ続けた。
救いを求めるならば。
――ええ、求めるわ。
誰かの不幸や悪事に繋がらないのなら。
――ええ、繋がるの。魔種ってそういう生き物だから。
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第1章 第30節
美少年は、常にその美しさを誇る生き物だ。セレマはウィンクし、鏡像へと愛情を溢れさせ声をかけた。
「やぁ、美しいボク。どうにかここまで会いにこれたよ。
道中は狂王種の群れに何度も食われかけたけどもね。魔性と何重にも契約を結んでいなければ死んでいたかもしれないくらいさ!」
彼は優しく歌いかければ皆、道を開けてくれたという。そして、死霊騎士と駆けた武勇伝も語ろうかと彼は堂々と微笑を浮かべるが――同様に、『自分を目の前にしていた』利香はげんなりとした表情を浮かべていた。
「……もっとましな人の姿借りた方が良かったと思いますけどねえ?」
「そうですかねえ?」
『鏡像』が首を傾げて笑っている。ああ、どうにも面倒であることには違いない――セレマの様に鏡像に喜ぶことは出来ず、むしろ自分の姿をした鏡像に攻撃をする上で『自身が嬲られる姿』を見ることになるのだと思えば利香のその表情も納得できるだろう。
「要するにここらへんの空中をぷかぷか浮いてる魔物を倒せばいいって事ですよね?
それから、出たいなら『私』を倒すと。……はあ、めんどくさいけどやりますか」
夢魔は唇に愛を乗せる。そう、この鏡の迷宮より脱出したいというならば、『自分自身を打倒す必要』があるのだ。
「成程。どちらが必殺の一撃を打ち込むかの早打ち勝負になるかと思ったかい?
違うんだな、これが。『救ってくれる』なんて望んでる子が、遊び相手を望んでいる子が――あっけない一撃で終わる勝負を望むはずがないだろう?」
それに、傷つき苦悩する『ボク』も美しいのだ。ミロワールの事を思えば、鏡像を作成するうえで基礎的なコピーを行っているに違いない。ならば、自分が嫌うことをすればいいと利香は考えた。
逃げ回り、じわじわと痛めつける。ああ、それが『自分が自分を甚振る様子』なのだ。
「……まったく」
仕方ないですね、とぼやいた彼女の目の前にはその身を蝕まれる自分自身が立っていた。
成否
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第1章 第31節
「エンジェルよ、ユーはゴッドと似ているな! ゴッドは本来シャインそのもの!
このビジョンは人の子達がイメージするゴッドの姿にすぎぬ!
無論、このワールドではビジュアルが固定されているがな!」
そう堂々と宣言した神――こと、豪斗。事実、神というものは本来的には不可視の存在であり、概念であるとさえ言われている。
豪斗にとって目の前の鏡像は『エンジェル』が『ゴッド』を想像した姿でしかなく、寧ろ、人の子が望んでその姿をとって居るというならば信奉者として慈しむというところだ。
「さて、ゴッドは本来不滅……デッドしてもリヴァイヴするもの!
重ねて言えば唯一神のゴッドである! 存在し得ぬ二人のゴッド……これは実に楽しい事になるではないか!」
頷く。人の子が自身の名を騙りゴッドとなるというならば、愉快にそれを『デッド』させるしかない。
憐れみを誘い、救いを求めるエンジェルに豪斗は首を振る。そう、神とは気まぐれだ――それは混沌世界でだってそうだ。
「そのライフを必死にリビングしたものにだけ、ゴッドは告げよう! ゴッドウィズユー!
されど、デッドにホールドされホープを望まぬものにゴッドのミラクルはないのだ!」
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成功
第1章 第32節
「鏡の迷宮とは風情があって良いけれど、狂王種だらけというのはいただけないね。
それがなければLumiliaと共に優雅な散歩が出来たものを……惜しい事だよ」
美しい光の楽園に踏み入れれば鏡像世界が広がっている。それは現実にはない奇妙な高揚感を覚えさせるが――マルベートはため息を混じらせ、Lumiliaを見た。
目の前には『自分自身』が存在しておりムードもロマンスもそこでは大した意味をなさない。
「追われてか、あるいは遭遇してか、いずれにしても、奇特な運命もあるモノです。
相手も私と、貴方。そして、こちらにも私と、マルべ―トさん。これも鏡故の必然性なのか」
「さて? 鏡であるから、という理由が一番かもしれないね」
マルベートへとLumiliaはくすりと笑った。鏡の世界だからこそ、鏡の存在が存在しているのだろうか。
「実力は同等、しかし不思議と。貴方と2人ならば負ける気がしないものですね」
そう、囁くLumiliaが覗いたマルベートの自信に満ちたその笑みは、何と勇気づけられることであろうか。
奏でる音色の様に、Lumiliaはマルベートの『旋律』に合わせ、朗々と呪(まじな)い歌う。
牙を見せ、天を駆けるように一直線に腹を満たしたマルベートはため息を混じらせ鏡像を『喰らった』。
「…しかし何というか、偽にも程があるのではないかな? Lumiliaの持つ高潔さも芯の強さも、何より匂いもまるで違う。こんなものを幾ら喰った所でお腹も心も満たされないよ」
寧ろ、テーブルを黙って立ちたいにも程がある。Lumiliaの支援を受けていたマルベートはそう呟いてから、くるりと振り返った。
「さて、改めてディナーにお誘いしても?」
成否
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第1章 第33節
「ごめんねぇ、わたしも唯では死んであげられないんだぁ……命懸けの『遊び』、始めよっかぁ」
シルキィはその翅を揺らしてから、そう言った。粘ってアクエリアを探索したとして、分の悪い賭けになることは分かっている――ならば、最短ルートでの『脱出』を狙うしかない。
「わたしを倒さなくっちゃ、わたしが斃れちゃうからねぇ」
ゆっくりと顔を上げ、シルキィの指先より伸びるは天蚕斬糸。それを辿るように猫の尾を揺らしニアは風と共に一気に『鏡像』へと肉薄した。
「へえ、『あたし』なんだね」
感じる違和感は背筋を撫でる。妙な気配に気も落ち着かず精霊たちも怯えている感覚にニアは「嫌なところだね。それに、悪趣味だ」と呟いた。
精霊たちは息を潜め、鏡の中へ踏み入れることを拒絶した。愛し子はそれほどに魔種の『悪趣味』さが露骨なのだろうと考え――自身の口を借りて話した様子にため息を混じらせる。
「『あたし』だよ。遊んでくれる?」
「……遊んでる暇もないんだけどさ」
ニアの呟きにシルキィも頷いた。そう、遊べと言われたって、それが子供騙しの物でないこと位、二人とも分かっている。
「そうだねぇ、わたしも死にたくはないもんねぇ」
「そうだよ。でも、遊ばないわけにも行かないかな。
あたしがあたし程度に勝てなきゃ、誰かを守るなんて夢のまた夢だからね」
押し通らせてもらうとニアがその足に力を籠める。格好悪くったって『根競べ』で勝つしかない。
風切る音が響く。それに合わせ、シルキィは自身の鏡像に向け、漆黒の魔力糸を打ち出した。
――病運ぶは蚕の魔導。触れた先から解ける糸は、体蝕む穢れ糸。絹は病に、いざ変わらん。
穢れ糸を直線状に運ぶよう、風が断たれる。ニアの決意の短剣が彼女の『鏡像』を切り裂けば、悪しき風が刹那に止んだ。
成否
成功
第1章 第34節
朱色の袖を揺らしてイナリは耳をぴんと立てた。典型的な狐娘の外見をした彼女は憤慨していたのだ。
「自分自身との戦闘、って新米の私にはちょっと酷じゃないの!
本来なら、自分VS自分って展開は熟練者が遭遇する展開で、自分自身の苦悩を乗り越え、模倣された自分を打倒する、この展開が王道! 新米の私には早すぎるわ! 早すぎる!」
そう、イレギュラーズとなってから歩んできた時間はまだ短く、自身の事はまだまだ新米であると認識しているイナリにとって『時期尚早』だと感じる事は致し方がない。
彼女の中の理想でならば、もう少し経験を積んでからこうした展開に相見えたかったのだ。
「もう! それでも戦うけど!」
鏡像と距離をとりながらイナリは贋作・天叢雲剣をしっかりと握りしめる。そう、自分自身というならば必ず、迦具土神をその身に宿して朱色の鳥居の下、その御力を発露させるのだ。それは顕現することで自身の体を削る必殺の技。
(私は持久戦をとればいい。自分のリソースを削って戦うことをすれば時間経過で不利になるのはあっちだもの)
それは自分自身の新たな戦法だった。じわじわと時間を稼ぎ、一気に崩れかけた所を叩く。
イナリの尾が緩やかに揺れ、距離を詰めた時――鏡像は膝をつき、それを眺めているだけだった。
成否
成功
第1章 第35節
――俺は嫁殿の為の黒子にして道化。貴殿らの為に踊ってやる気はさらさらない。
鬼灯はそう云い捨てた。愛しの嫁殿を思えばこそ、である。自身の姿を借りれど、そこには『嫁殿』は存在せず、寧ろ『必要のない自分自身』がいるようにさえ思える。
嫁殿には少し目を閉じていて、と鬼灯はそっと囁いた。下らぬ寸劇など、彼女の視界に入る事さえ悍ましい。
「下らない寸劇はさっさと終わらせるに限るからな」
吐き捨て、そして彼は無数の糸で自分自身を繰った。道化はあくまで『彼女』の為だけに存在しているのだ。
致命の毒蛇が地を這った。口をぐぱりと開けて、自身の鏡像へと食らいつく。
「黒子は黒子らしく、影に融けてしまえ」
言葉を吐き捨て、感情を乗せぬままに鬼灯は振り返った。いつも通りの甘い微笑は嫁殿にだけ向けるものだ。
「嫁殿、待たせて申し訳ない」
『いいのだわ! それよりケガはないかしら?』
愛しの彼女の優しさに触れるようにして鬼灯はうっとりと頷いた――そうして、日常に戻るのだ。
成否
成功
第1章 第36節
「自分自身と戦うなんて……イヤな感じだな!」
芽衣はそう、呟いた。シクリッドもその言葉に頷く。敵は自分自身、そして、その取り巻きの様に群れを成す狂王種。イレギュラーな状況は厄介極まりないとしか表現できない。
「我らが海に巣くうものを退治するため、死力を尽くすッス」
海洋辺境に住まうシクリッドにとって故郷たる美しい海を穢される事は看過出来るはずもない。
それは芽衣とて同じだ。『正義のヒーロー』たる彼女にとって誰かの助けを呼ぶ声を見過ごすわけにも行かなかった。
(この場合……寂しがりの魔種ではなく、『海洋王国』と廃滅病に蝕まれたものを救う為に訪れたわけだけれど)
芽衣とシクリッドの前には自分自身が立っていた。シクリッドは周辺に集う狂王種に向かって騎士なる雷を落とす。その落雷で貫いた狂王種のその向こう、『鏡像』の自分が立っていることに気づき芽衣は顔を上げた。
「ワタシか……!」
「そして自分っす」
シクリッドと芽衣は頷き合う。互いにフルパワーをぶつけなければならないのだ――芽衣は宙で一回転し、そのままその身を急降下される。鋭角で叩きつけられたその勢いの儘、爆裂した一撃に芽衣は『鏡像』を睨みつける。
「ワタシは『ミロワール』を哀れとも思わない。ワタシは死ぬまで、イレギュラーズとして、みんなを救うつもりだから――個人のヒーローをやるつもりはない。だから、孤独に付き合うつもりはない!」
「そうっす。自分たちは鏡像を恐れる必要はまーったくないッス。
なぜなら自分は今、おまえを通してかの忌まわしき魔種と対峙しているッス。
それを胸に刻む限り、ただのおまえなんかじゃ自分には勝てないッスよ!」
堂々と言い放った言葉に、鏡像が僅かに歪む。少女の声音は笑みを孕み「次は殺し合いかしら」と囁いた。
成否
成功
第1章 第37節
「おいおい……」
サンディはため息を吐く。その脳裏に過ったのはいつの日か見た夢。
――あら、奇遇だわ。私もそっくり同じ考えよ。
それは鮮やかな赤い髪、瓜二つの『外見』の乙女の言葉であった。アレクサンドラ・カルティアグレイス。サンディ・カルタと名乗るその少女ではないだけマシか、とサンディは息をつく。
「レディじゃない魔種だと思えば若干マシかもしんねーが……。
俺はな。もう少し、幻想に風を吹かせなきゃなんねーんだ。そうじゃなきゃ、こんな名前いつまでも使ってねーんだよ」
「……じゃあ、貴方の顔をした『レディ』だったら?」
サンディの口を使って、少女の声音がそう言った。それが鏡の魔種『ミロワール』の声であることにサンディは気づく。
彼女が作った鏡像が、彼女の声で喋ったのだ。首を振ってサンディは「レディのお相手は『また』だろ?」と口にする。そう、自分を相手取るならば仕込んだ武器も死なないコツも共有されている。
「決着の付け方はただ一つ――気まぐれな『風』共が俺とオマエ、どっちを選ぶかだ」
吹く風の中、サンディが両の足に力を籠める。その様子を『どこからか』見ていた少女は「次は私と踊ってくれるのかしら」と小さく、零すのだった。
成否
成功
第1章 第38節
へらり、と笑みを浮かべたヴォルペは常の如き笑みを見せる。しかし、その瞳には一切の感情はない。鮮やかな笑みの色に乗せる白紙の感情は『自身の鏡像』にのみ向けられている。
「ふふ、おにーさんの偽物? 思考は一緒かい? 耐久性は一緒かい?
動揺を誘いたいなら可哀相にね。だっておにーさんは―――『俺』を殺す為に生きてるんだ」
ヴォルペは葡萄茶色の髪を揺らして、淡々と『鏡像』に対して固い言葉を返す。自身の為せる全てを叩きつけ、そして『自分を殺すために』その技術全てを曝け出す。
踏み込んだまま、相手を倒すことのみに注力するヴォルペは赤い血潮が頬を撫でたその感覚に唇を釣り上げた。
「はは……楽しくなってきた! 偽物だろうと逃がす気はないぜ。さあ、遊ぼうか!」
総ての破壊力を叩きつける。そうしているうちに高揚する思いが自身を包み込む感覚だけがヴォルペに残る。
紛い物を殺すために――ただそのためだけに彼は全てを『鏡像』へとぶつけた。
成否
成功
第1章 第39節
「僕自身と戦えとは、また面白いことを仰る……貴女が廃滅病で将来に絶望しているのは分かりました」
幻は、そう確かめるように言った。眼前の『鏡像』を通してミロワールへと語りかける。
「僕の愛する人が廃滅病になって死ぬかもしれない僕の絶望とどちらの絶望が深いのでしょうね?
ふふ、絶望比べなんて、嫉妬の魔種のようで御座いますが」
「……そうね。それはどちらも比べられないわ。だって、私は誰かを愛する事さえできないんだもの」
鏡の魔種――彼女の姿は鏡像を通さなければ分からない。幻は泡沫の夢に縋るように声を震わせた。
「いい夢を見て死ぬほうが貴方達も幸せでしょう? 辛い現実などをみるよりは」
「くすくす、そうね。辛い現実を見るよりも幸福な夢を見ていたいわ。だから、私は鏡の魔種なの」
そうして『違う自分になって』『鏡像世界で出会えるように』。
幻は唇を噛んだ。こんな現実なんて、いらないと幻は唇を噛む。
――ずっと幸せだと思っていたのに、ずっと一緒だと思っていたのに。
貴男は僕の手からすり抜ける。屍人に愛はいらぬ、と。そう言いながら――
成否
成功
第1章 第40節
屍人は愛などいらない。何故、それが彼女を縛り付ける茨となるからだ。
そう言って――ジェイクは愛しい人を遠ざけた。それが、自身の本心とは裏腹であったとしても、だ。
だからこそ、自身の姿をした『鏡像』に彼は歓喜した。これを喜ばないわけもないだろう!
「俺が今一番ぶちのめしたい奴が目の前にいるんだ。
恋人を引き離す為にあんな酷い仕打ちをした此奴が一番許せねえ」
いとしいひと。辛い現実に深海へと沈みそうなほどに涙を流す、あの美しい夜の蝶。
ジェイクは続ける。自分自身が許せないと。きっと、彼女を遠ざけなければ彼女は死地にまで赴いたことだろう。
――貴男を救う為ならば。この命など。
「……分かってんだよ。廃滅病の俺に付き合わせる事はねえ。死ぬのは俺だけで十分だ」
「そう、貴方も『死ぬ』のね」
鏡像がジェイクの声を借りて、その言葉を震わせた。私と同じと幸福そうに笑って。
「だからよ、今からするのは八つ当たりだ。悪く思うなよお嬢ちゃん」
「ふふ、くすくす。構わないわ」
思う存分、遊んで頂戴よ。鏡像が眩む。そして、飛び込んだ弾丸を彼は寸での所で避けた。
成否
成功
第1章 第41節
「ここは鏡の中ですか……なんとも不思議な現象ですね」
リュティスは確かめるように周辺を見回した。アクエリアと違わぬ様に見える景色にも僅かな歪みが存在している。そう、例えば――『自分自身の鏡像』等だ。
聞き耳を立て、そろりそろりと進む彼女は何者かの気配を感じがばりと顔を上げる。リュティスと同じく警戒を露にしたのは鮮やかな空より新緑に至る髪をした少女であった。
「ッ――イレギュラーズ?」
「え、ええ……そちらもこの迷宮に入ったイレギュラーズですね」
落ち着き払ったリュティスの言葉に少女、ハルアはほっとしたように胸を撫で下ろした。
狂王種を共に退け、目指すのは自身の鏡像の許だ。それを倒さなければこの迷宮からは出れないのだという。警戒しながら進み、ハルアは周囲を見回した。
「どこを見てるの?」
振り向けば、『自分の姿をした少女』が立っている。その声は何処か楽し気で――まるで、イレギュラーズが探索している様子がおもしろいかのようだ。
「ミロワール?」
「ええ」
その名に頷いたのはリュティスの姿をした『鏡像』であった。成程、ハルアとリュティスが出会った後、鏡像も同じように合流したのだろう。
「鏡の魔種、ですか」
それは、二人を鏡界に引き込んだ存在だ。
「……ボクはあなたを救えない。死を癒すのは自分の心でしかなくて、死ぬから一緒に死んでと願う心にボクは頷けない。
ボクが死ぬとしてもともだちには生きてて欲しいんだ。だから、ボクは――」
「狡いわ。私には『ともだち』も――セイラは、きっと違うの――いないんだから」
鏡像が揺らぐ。そして、ミロワールの声が掻き消えたとたんにリュティスの鏡像がぐん、と距離を詰めた。
漆黒の矢を武器として、エプロンドレスを揺らしたリュティスが鏡像を相手取る。ハルアはそれに合わせ、鏡像を倒すべくその拳を固めた。
成否
成功
第1章 第42節
「ああ! なんという非劇! 死を悟って歪んだ表情も、貴方は私に似るのですね」
クロサイトは慟哭を漏らすように叫んだ。そう、眼前の存在は『魔種ミロワール』であり『自身』なのだ。観劇家は涙をほろほろと流す。
「貴方がもしも私ならば、対峙する前から自認した筈でしょう。紙のように軽薄な己を。――本物の私とは、重ねた悲劇の数が違いすぎると。勝てる筈もない相手に挑むというのは、悲劇ですらありません。それはただの『犬死』だ!」
非業の死を遂げたいというのかと苦し気にそう吐き出したクロサイトの隣で、マルクは廃滅病というものはそうした『諦め』と『悲劇』の上にあるのだろうかと考えた。
「そうだね。この場合――『勝てる筈のない相手に挑む』のは僕らなんだ。
仲間を廃滅病で失うことも、絶望の青に船が沈み、多くの船員の命が失われることも……。
この航海で終わりにしなくちゃ、ならないんだ! だから無謀でも僕は挑む」
マルクは自身をよく知っていた。それは紛うことなき自分自身だからだ。戦い方を生かして精度を引きあがらせる。気力が途切れぬ様に、回復して自身を奮い立たせるマルクを支援するように凍てつく氷が周囲に展開していく。
「ああ!」
クロサイトはマルクの傍らで涙した。『相手を手にかけなければらなかった』という悲劇に酔う様にクロサイトは慟哭する。
「私は、私は何も悪くはないのです――!」
けれどその涙も鏡像の如く紛い物。すぐに失せていったそのしずくの向こう側、マルクは『何か』が立っていることに気づいた。
「そうね。此処で終わりにしなくちゃいけないわ。けれど、無理よ」
「……そうかも、しれないね。けれど、気持ちでは負けちゃいけないんだ」
――冠位という強大な存在にも。気持ちでは勝利し続けなければいけないのだから。
成否
成功
状態異常
第1章 第43節
「……何笑ってるのよ。死ぬなら最後まで足掻きなさいよ。
少なくとも、私もウィズィも、そんな笑い方はしない」
イーリンは自身の目の前に立って微笑んでいるウィズィに呻いた。そうだ、自分の知っている彼女はそんな風には笑わない。
「……同感だね、イーリンも私もそんな笑い方はしない」
そんな、諦め腐った顔なんてしない。ウィズィは傍らのイーリンを確かめる。そうだ、紫苑の乙女は何時だって凛としているのだ。抱えるために空けた腕は常に君の為に、足掻くためにあるのだから。
「私達が笑うときってのは――最高の未来が見えたときだけさ! Step on it!! 全力で行くよ、イーリン!」
「ええ。始めるわ――神がそれを望まれる」
人格まではコピーできない。寧ろ、口調を真似したとしても紛い物であることは明らかで、その人格は『魔種ミロワール』に寄っていることは確定的に明らかであった。
「10秒、時間を稼いで――!」
「OK! 愛までコピーできるってなら、やってみろ!」
イーリンを庇い、イーリンの持ち得るすべてを最大に発揮する事こそが愛である。
ウィズィはイーリンの髪が紫苑に染まる様子を眺めた。紅玉の瞳が光の尾を引き血色に揺れる。
――君の命は私。私は君の生きる理由。ならば私は私を守る。君との次の一瞬のため!
「イーリン!」
ウィズィの声音と共にイーリンは最大火力で自身の鏡像を撃破する。次いで、狙うはウィズィだ。
「そんな顔で、笑わないで」――なんて口にはしないけれど。
二人は往く。出来る限りを求めるために。
「イーリンがガス欠したってことは──私が温まったってことさ!」
「ガス欠? 冗談、計算づくよ!」
狂王種を惹きつけて、イーリンはふんと鼻を鳴らす。そうか、ここの狂王種はセイラ・フレーズ・バニーユが強力した結果――彼女が『彼女の秘密』の海域で育てたものと同じだろうか。
イーリンの推理を聞きながら、ウィズィは狂王種を一気に引き裂いた。
成否
成功
第1章 第44節
「まいったね、鏡を見るのは嫌いなんだ」
シラスはぼやく。その黒髪に、黒い瞳。それは『昔の母親』を思わせて。あの白百合が如き白い肌は病的な蒼さを伴い、自身に「遊んでらっしゃい」と口にするのだ。
戻りたい、戻りたくない、それには色々な思惑が交じり合う。『あのとき、もし』を繰り返せど、過去に戻れぬことは分かっている。
厄介だ、と自分を見やってからシラスは『自分が笑っている事』にため息を吐いた。
「笑ってんじゃねえ、かかって来な」
くだらないものを見せやがって、と呻いた。頭の中に巡ったそれを払う様に、シラスは一気に地面を蹴り上げた。砂埃が立ち上り至近距離へと責め立てる。
「相手が俺を写したものだっていうなら必ずこの俺が勝つ!
いつだって前に進んでる、何に代えてもそうしてきた! ――だから1秒前の自分の模倣よりも今の俺の方が強いって信じてるぜ!」
一分でも、一秒でも。
それはラド・バウに挑んだ時に得た実感だ。昨日より、今日の自分が強くなる。一秒前の自分より、今の自分が強くなる。そうじゃなくては『彼らには勝てない』
飽きるほどに味わった自分の限界と、『鏡像』と自分、互いに重なる自身の技。
それが鍛錬の結晶であることは分かる。打倒すようにシラスは一気に鏡像に拳を叩きつけた。
成否
成功
第1章 第45節
此処は鏡の国。
寂しがり屋で一人ぼっちの可哀想なミロワール。
貴女一人の寂しい王国よ――
「ミロワールという子が、たとえ魔種なのだとしても……
助けてほしいと願ってるなら、なんとかできる手段を探したいとも思う」
魔種。デモニア。もとはと言えば純種(おなじ)であるとアレクシアは認識している。ならば、元に戻れる可能性だって、絶望を希望とすることだって、と希う事は間違いではないと、そう――そう、思いたいのだ。
「私は、貴女の事を知りたいな。ミロワール。
偽物に負けるつもりなんて一切ないよ! 『本物の貴女』が助けを求めてるのなら、なおさらね!」
アレクシアの周りに鮮やかな花が咲き誇る。梅の花と桃の花、咲いては揺れて、周囲にその花弁が散ってゆく。
思いを飾った細い手首より魔力の華が揺らいで消える。魔法陣に刻まれるは美しくも妖しい薄紫。
魔力の華は鏡像の自分を捕まえては離さない。
「あなたは、わたしを救ってくれるの?」
「救いたい、って希い願うことは決して間違いじゃないでしょう?」
だから、手を伸ばしたい。けれど、鏡像の手を取ることは出来ないままに霧散した。
鏡像の口を借りて言葉を並べたミロワール。彼女はどこにいるのだろうか。
成否
成功
第1章 第46節
「俺自身を倒すだと? なんだか不気味に感じるが……」
銀一閃。リゲルは狂王種へと対抗しながら鏡の中を進んだ。彼自身、『ミロワール』とは一度相対したことがある。その姿を桎梏に染め上げ、愛しい人の唇を使ってメッセージを送ってきたものだ。
「これは与えられた試練か。ああ、試練だと思えば気合が入る。
……何より救わねばならない相手がいるならば、負けるわけには行かない!」
周辺を警戒しながら放つは断罪の刃。
天義は『罪である者を断罪する』。しかし、それは無知なる者をも切り裂き、罪であると思われた時点で確定する神の理不尽な裁きに他ならなかった。
「ミロワール……騎士として、期待を裏切るわけにもいかないからな。
救うにはどうしたらいいんだろう。まずは会って話を聞かないとな……」
救ってほしい――
リゲルは首を振る。救いたくとも、救い方すらこの迷宮には落ちてやしない。
「世の中理不尽な事ばかりだ。俺はどれだけ人を救う事ができるんだろう」
ミロワールと対話すれば、果たして。
そう考えたリゲルの前には『リゲル』自身が立っている。
「私の事、救ってくれるの?」
そうして、鏡像は言った。少女の声音で、少女の言葉で、リゲルの唇を動かして。
成否
成功
第1章 第47節
ポテトはふと、顔を上げた。どこかで愛しい人の声がした気がしたからだ。
しかし、それは直ぐにでも気のせいだという様に不滅なる指揮にて放たれた清き一弾が飛び交った。
(自分自身と戦う、か……勝負にはならなそうだが)
癒し手たるポテトは鏡像をまじまじと見遣る。それは、鏡像とて同じだったのだろうか。
「何考えているの?」
少女の唇が揺れ動く。それがポテトへと向けられたメッセージだと気づいて、ポテトは『動かない鏡像』とその後ろから姿を見せた狂王種に息を飲む。
「ミロワール……」
「ええ。貴女って面白いのね。『私』を殺すこともできないもの」
鏡像はゆっくりと狂王種の後ろに下がった。じっくりと攻撃し合い、そして癒しあう。そうしているうちに鏡像は新しい遊びを思いついたように走り出す。
「遊んでくださる? 『私』を捕まえてね?」
「ッ――ミロワール……私達は必ずお前を倒してみせる。
だけどその時、眠るまで傍に居てやることは出来るが、一緒に死ぬことは出来ない」
ポテトの脳裏に浮かんだのは愛しい人の姿。
鏡から出たならば、まっすぐに彼の所に行くのだ。その隣が自身の居場所で、その腕の中が帰る場所なのだから。
成否
成功
第1章 第48節
ええと、とスティアはそっと虚空を眺めて呟いた。鏡に引き込まれた時から確かな予感はしている。孤島で見つけたそれと――海底遺跡と同じシチュエーションはある意味で確信を与えたということだ。
「二度目、って言えばいいのかな?」
首を傾げる。その仕草と共に守護がゆらりと揺らいだ。彼女の迷宮に入った際に、『有り得もしない未来』を見たことがふと思い返される。
「ミロワール……でいいのかな? あの時、貴女は寂しそうだった。
私はミロワールを出来たら助けてあげたいよ。そのためにも先に進んで……会いに行かないとね」
スティアが虚空を眺めてそう言ったのは『ミロワール』ならばどこかで聞いている気がしたからだ。
持ち前の天真爛漫さで物怖じすることなく、周囲を探し続ける。アクエリアの中は成程、見る限りは普通の島なのだろうか。
(私自身を探しながら……アクエリアの情報も得られるかな……)
首を傾げ、ゆっくりと顔を上げれば――そこには『自分』が立っている。
「助けてくれるの?」
「……そう、したいけれど」
鏡像が霞む。スティアの言葉に笑った鏡の魔種は「本当に?」という呟きだけ残し、狂王種の群れを一気に雪崩れさせた。
成否
成功
第1章 第49節
救済とは。助けて、というSOSを聞けばプラックは手を差し伸べる――しかし、相手は魔種だ。
「ああ、言われた通りに『救って』やるさ! けど、そいつはお前が望む物じゃねぇかもな!
俺は! 俺の思うまま! 俺のやりたい様に! ――お前を救い、お前を護る!! だから逢いに行ってやる!」
吼えた。
その熱い思いを猛らせプラックはその両脚に力を込めて『自分』を探す。
『弱者を守らねばならないという気持ち』は確かにその両腕に乗せられた。それが自身の全身全霊、『鏡像』は驚いたようにその身を地面へと薙ぎ倒される。
「テメェと俺の違い。それはなぁ! 誰かを護りたいって、誰かを助けたいって心意気だ!!!
鏡が見えなくなるくらいの輝きぃ、魅せてやるよ!!
Set! BBG! 俺の想いを輝きに変えて、一丁ド派手にぶちかませぇぇぇ!」
砂埃が舞い、プラックはその拳に思いを乗せて、雷鳴の如く鏡像を『砕いた』。
プラックはその時、鏡が割れるような幻覚を見た。しかし、そこはアクエリアには違いない。
(――――!?)
「此処はまだ鏡の中よ」
どこからか少女の声がした。ミロワールの迷宮にてミロワールは静かに囁く。
「私を探して? くすくす。どうやって、救ってくれるのかしら」
成否
成功
第1章 第50節
妬みと嫉み。それは誰しもが持ち得る感情だった。黄昏の色に輝いたその刀身を手にミルヴィは眼前に立つ『自分自身』を見遣る。
「嫉妬って誰もが持ち得る感情なんだね。
……嫉妬に狂ったアタシ。好きな人を『二度』殺して絶望して――その後も、やっぱり上手くいかなくて」
言葉が零れ落ちる。何度も何度も、何もかも消えてしまえ、世界なんてなくなってしまえと恨んだことだ。それは、嫉妬の魔種達の抱く感情と何が変わるというのかとミルヴィは唇を噛み締める。
「アタシばっかり! って……けどね、アル兄さんは最期にアタシを認めてくれた。
大会に出た時応援してくれる人もいた……アタシ、いや、ミロワール!
自分が思っているより世の中って捨てたモンじゃな事を教えてあげる!」
二刀を構え、ミルヴィは一気に『自分』へと近づいた。凍てつく視線は淫靡そのもの抗うことも出来ぬ衝動に身を焦がさせれば踊り子は一気に距離を詰めた。
「アタシはミロワールの手だって取りたい。殺したくなんてない――! ミロワールも、一緒に笑おう?」
ミルヴィのその言葉に、鏡像は笑った。笑ってから――首を振った。
廃滅病。死の兆し。妬みと嫉みを煮詰めたスープ。それは、体を蝕み、決してミロワールを逃がさぬのだから。
成否
成功
第1章 第51節
「救えって言われてもねぇ……いや、俺自身と戦うのはまだいいが……」
殺すという情報が付随しただけで零はいやいや、と首を振った。腕に飾ったチトリーノ。勇気をくれるその光を見た後にため息が零れ落ちる。
「まぁいい、助けを求めるなら俺なりに全力を尽くすよ、死なない程度にな」
この空間は未知で溢れている。怖くないと言えばウソになる。この死蔓延る海域と領域に踏み入れた時から零の鼓動は激しい音を立てた。
(俺以外の奴の『鏡像』もあるんだよな……? それとは絶対戦わねぇ。
怖いし、戦いたくねぇし、……多分ほぼ確実に死ぬしな!)
フランスパンを手にした零はゆっくりと顔を上げ――そこに立っているNOフランスパンの自分と向き合った。
「俺!?」
「俺だよ」
どうやら、口調も真似しているようだが『彼はフランスパンを手にしていない』
その瞬間、勝ち筋が見えたと零は一気にフランスパンを鏡像の口にシュートした。
「同じものを延々と喰う感覚を味わえ!!」
「……! パン? これって、パンって言うのね!?」
どうやら、ミロワールはフランスパン自体に馴染みがないのだろう。楽し気な声音が返ってきたことに思わず零は脱力する。
この儘、パン地獄に溺れさせて、勝利を掴むべく零はもう一度その口へとフランスパンを投げ入れた。
成否
成功
第1章 第52節
『とある少女の精神体』『紛い物』というのがライアーの自称するプロフィールであった。
だからこそ――ライアーは愉快で仕方がないのだと眼前の鏡像を見て笑う。
「ふふ、私に私を倒せと言うの? 『私』でさえも『あの子』の写し鏡だって言うのに?
ええ、ええ、良いでしょう。本物は1人しかいないのだから、偽物だって1人で十分ですわ」
写し鏡で幾重にも作られる鏡像のうちの一つでしかないとライアーは唇を震わせる。
そう、自分だって『その鏡像の一つ』なのだという様にライアーはころころと笑って見せた。
「私はね、本物のあの子が好きよ。
どんな形をとっても良かったけれど、あの子が好きだから私はあの子の形になったのですもの」
だから、と気配が変わる。鏡像を恨みがましく見るようにライアーは糸を繰る。
「だからあなたがあの子の姿をしているのは……とても不愉快
鏡だと言うのなら、私がいなくなればその姿を保てなくなると言うことですわね?」
ならば、ここから出るだけだ。ライアーが踏み出した一歩には確かな苛立ちの気配が乗っていた。
成否
成功
第1章 第53節
「ここが『鏡』の世界ですかっ! まるで並行世界を作り出している様ですっ!
不在証明を打破する魔種の力というのは天井が見えませんねーっ?」
ヨハナは「ははーん」と言った。如何にも『鏡の世界』というものは面白おかしく愉快だ。混沌世界において、未知の遭遇は多数ある。
「しかしながら、しかしながらっ! 未来人ヨハナ・ゲールマン・ハラタは止まりませんよっ!
怪獣の群れ相手の立ち回りは映画で予習しましたっ! 棒きれで殴れば怪物は死ぬっ! 最強武器ですものっ!」
びしりと棒きれを握りしめてヨハナは言った。練達でコアなファンがいるB級映画の監督がヨハナの言葉を聞いたならば感涙してオファーを飛ばしてくることだろう。
「あなたにその気がない事なんてわかりきってますっ。
ですが、ですがですねっ? ヨハナに対してそれは地雷も地雷なんですよっ。
タイターを倒すために鍛えた力、試させていただきますっ!
叫べテンションっ! 燃え上がるほどに輝けっ! イモーショナルブレイカアァーッ!!」
次回! 『鏡像』死す! ヨハナ・ゲールマン・ハラタの活躍をお楽しみに!
成否
成功
第1章 第54節
「あらまぁ面妖な。げに恐ろしきは絶望の青、ですわねー」
こてりと首を傾いだユゥリアリア。穏やかなその声音と落ち着き払ったかんばせとは裏腹に、その胸中は込みあげる感情が混乱のスープを作る。
(狂王種を相手にするのは得策ではありませんわねー)
一先ずは無用な戦闘を回避し、出来得る限りの早期攻略を目指すべきだ。それは、ラクリマも同じであった。
彼は眼前に立った自分自身をまじまじと見てから、その背後にもう一つ鏡像が増えた事に気づく。
「まぁ、鏡像もタッグを組むものなんですわねー」
「無秩序に組み合わされている……のかもしれませんが。
自分が自分の目の前で自分の言葉ではないものを喋ってるのは些か不快なのです……」
にんまりと笑っていることも、どうにも心が落ち着かないとラクリマはため息を混じらせる。薔薇の美青年は『やけに楽しそうな自分自身』を見てからユゥリアリアを振り仰いだ。
「同感ですわー」
贄と祈り。その音色を響かせながら力と変えたラクリマの背後でユゥリアリアが旋律を辿るように切なげに歌い上げる。
奏でられる旋律は、どこか哀愁を誘い『鏡の迷宮』の中でさえその音色を曇らせることはない。
ユゥリアリアの血を媒体に『鏡像』へ向かって彼女はぐんと近寄った。その刹那、鏡像がひるんだ気がして彼女は小さく笑う。
「どうしましたか? まさかわたくしの癖に相打ちが怖いとでも?」
「そんなことありませんわー」
くすくすと笑う。しかし、ここにhユゥリアリア一人ではない。蒼き魔力が降り注ぎラクリマは自分自身を超えるよい機会であると胸を張る。
「―― さあ、どちらが先に倒れるか勝負です!」
これは根競べだ。ユゥリアリアもラクリマも自身の鏡像との『根競べ』を続けることとなった。
成否
成功
第1章 第55節
「この世界の文字を紡げる存在がもう一人増えた、のでしたら嬉しかったのですが……
残念ですけれど悪意に彩られた『模倣』は誰も楽しませることが出来ませんよ」
リンディスは文字録保管者(レコーダー)がこの世界に増えたわけでないならば模倣品は芸術とすら呼べないと首を振った。
未来綴りの羽筆を手にしたリンディスは文字を並べ、未来を綴る。
「――一人では闘えないとでも思いましたか?
これでも異世界では一人で文字録収集していた身です、舐めないでください!」
少女には戦う理由がある。それは、無辜なる混沌に数多の世界より、そして数多の可能性を抱いた戦士たちが一堂に会し『新たな物語を紡いで』いるのだ。『彼らの物語」を守らずして、文字録(レコード)は生まれない。
「こんな所では立ち止まれません。さあ、『私』にはもう一つ大切なことを教えましょう。
貴女は鏡。――鏡の文字は芸術ではあっても―長く、読んでは貰えないのです」
ペンがインクをなぞる。宙に描かれた文字が力を有し鏡像へと刻み込まれた。
成否
成功
第1章 第56節
「まさか自分と戦う事になるなんてね……」
シャルレィスは頬を掻いてから、眼前の『鏡像』を見つめた。
「でもひっどいなあ、私、そんな笑い方した事ないと思うんだよね!」
へらりと微笑んだ。その柔らかな笑みを鏡像の微笑はまるで違う。
蒼き刀身を持つ片手剣を握りしめ、シャルレィスは全力で倒してみせると踏み込んだ。
暴風纏いし青き剣閃が『鏡像』を襲う。
(――やっぱり、同じ戦い方をするんだね。なら、最終的にはどれだけ隙を付けるか、と『幸運』を呼べるか!)
シャルレィスの髪が大きく揺らぐ。その足に力を込めて、強き意志が勝機を呼ぶという『経験』が彼女を奮い立たせる。
(絶対、)
負けないのだ。自分は、勝ってみせるという意志と意地がある。
(負けない――!)
果ての迷宮でのゲイムだって、その意志と意地で勝利を掴んだ。偽物には、姿以外は自身と同じ気持ちはない。
「廃滅病のみんなを助ける為にも! 負ける訳にはいかない! だから! そこをどけーーーっ!」
成否
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第1章 第57節
「私と戦えると聞きまして、これはぜひとも戦わないといけませんね。
楽しみすぎて胸が躍って仕方がありません」
くすくすと、笑みを零した薫子はセーラー服に身を包み、青の丸縁眼鏡の奥でにまりと微笑んだ。その笑みは美しく、そして魔的な気配を孕ませる。
あやふやな体の中に形を潜めた『鬼』が笑っている感覚が薫子の中で沸き立った。
「あぁ、良かった。そこらの狂王種と戦うのはごめんでしたので……
楽しく戦いましょうか、私。あなたもきっと……それが嬉しいでしょう?」
八束之剣を手に、薫子はゆっくりと――その切っ先を鏡像へと向けた。
その身の内に沸き立った鬼。全身に潜めし紅の雷霆が急激に活性化する。深紅の瞳が細められ、神速が如き一閃がぶつかり合った。
ああ、これこそ『私』なのだ。身を反転させれば刃がぶつかり合う。転じ、紅の光がぶつかり合った。音速の一撃をぶつけあいーーしかし、薫子は鏡像を凌駕する。
「――……それじゃあさようなら、私。
思ったより弱いですね……。あの頃には遠く及びもしませんか……」
成否
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第1章 第58節
「……っ、此処は、鏡の中、なのでしょうか。
先ほどまで居たアクエリアと寸分違わぬこの景色……面妖な事もあるものです」
すずなは周囲を見回した。アクエリアと寸分違わぬ景色には僅かな違和感と『確かな不和』が存在している。
「兎も角、このまま手を拱いているわけにも参りません。
……疾く進まねば――かの病に侵された方々が手遅れになってしまう前に!
狂った王たる貴方方には悪いですが……押し通らせて頂きます!」
清廉なる一太刀、竜胆を手にしてすずなは駆ける。そして、『相対』した。そこに存在したのは『自分自身』であり、血風録では決して描かれぬ未知の様子だ。
「そして『私』――ふふ、たまらないですね。私は今、強くならなければいけない。故に――」
すずなの唇が吊り上がる。嗚呼、それはまるで『その機会を待っていたかのように』
刹那、音速の踏み込みと共にすずなが鏡像の懐へと潜りこむ。しかし、風切る音とおともに返されたのは鏡像の一太刀だ。
「――自分を超える好機、僥倖にも程があります……! さぁ、斬り結びましょう、存分に!
姉様に、彼の死牡丹に! 少しでも近付くために!! いざ、尋常に!」
「ええ、死闘を。そして、我が力――この斬り合いで!」
成否
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第1章 第59節
――主よ、慈悲深き天の王よ。彼の者を破滅の毒より救い給え。
毒の名は激情。毒の名は狂乱。どうか彼の者に一時の安息を。永き眠りのその前に――
ヴァレーリヤは唱え、そして眼前の『自分とグレン』を相手取る。
「グレン、敵の攻撃はお任せしますわね。
少しの間で構いませんの。隙を作ってくれたら、必ず道を切り開いてみせますわ!」
「オーライ、俺がいる限りヴァレーリヤには指一本触れさせないぜ」
グレンはにい、と笑った。『盾』とは守るべきものを救えばこそ、そして『支えてくれるもの』がいるからこそなのだ。
鏡像の攻撃全てを受け止めて、グレンがヴァレーリヤに視線を送る。
「偽者と言えどヴァレーリヤの力を真似てるだけあってなかなか刺激的だな。
だがそこに魂が入ってなきゃ俺の膝を折ることはできねぇぜ!」
「ええ、ええ。流石は私! けれど、グレンとのタッグを活かせていないのはマイナスポイントでなくて? ずっと一緒に戦ってきた私達の絆の前には無力でしたわね?」
ヴァレーリヤの言葉にグレンは頷いた。そうだ、グレンもヴァレーリヤの事はよく知っている。
彼女は傷ついてでも尚、立ち上がる強さを持っている。それも承知の上で、彼女には攻撃一つも通さぬとグレンは心に決めた。
宣教の心が自身らを包み込む。衝撃波が鏡像のその体を地へと横たえ、その弾みで宙へと飛んだ一撃を守護聖剣が切り裂いた。
「ッーー」
「まあ、グレン、怪我をしたのであれば早く言いなさいな。
ほら、傷を出して下さいまし。すぐ治して差し上げますわ」
成否
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第1章 第60節
目の前に、存在する自分自身。それはクレマァダ(かたわれ)とも違うことをカタラァナは識っていた。
「鏡は真実を映し出すもの。本当にそう?
鏡にうつった自分は自分と同じもの。本気でそう思う?」
首を傾げる。茫と夢見るように瞬いてからカタラァナは「僕と君とはまるで違う」と首を振った。
かたわれとも違い、自分自身とも違う。模倣されただけのそれは『外見という鏡合わせ』の存在にしか見えない。
――かがみよ かがみ かがみさん
すすと ほこりに まみれたる
おまえの どこが うつくしい♪――
「ほら、響きが違う。すぐわかる。
ほんの板切れ一枚隔てただけで、僕の声も随分あっけないものだね」
カタラァナは指先を鍵盤添えた。その喉から溢れた声音は何処までも清廉で、どこまでも響乱で、どこまでも――深淵よりは離れない。
「ここはモスカの海。神の海。つまり僕の海だ。
なにをうたっても――だれもなにもいわないよね?」
――いあ かたらぁな♪
唇が紡ぐ。そして、カタラァナはクレマァダなら怒るだろうかと神の領域で歌い続ける。
成否
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第1章 第61節
其処に居る『アナタ』は、いつの『ワタシ』ですか?
私が喪った『ワタシ』を、アナタは知っていますか?
ユースティアはそう、呟いた。自身には記憶はなく、憶えて居ない欠落は自身そのものを失わせる。
それは世界の迷い子であり、己の原点をも忘れた彷徨い人に他ならない。
誰かの約束さえも今は虚ろで思い出せないのだ。そんな気に、目の前には鏡像が立っている。
「……ねえ、其処に居る『ワタシ』
『アナタ』を討てば、私は『ワタシ』を想い出せるかな」
「どうかな。『ワタシ』はあくまで私だから。『アナタ』の鏡だもの」
その姿は自分そのもの。瑠璃の瞳はユースティアを見ている。そして、ユースティアの瞳も尚、同じように彼女を見ていた。
惨禍を切り裂く氷雪の加護がその掌の内で僅かに輝いた。数多の悪夢を断ち切る如く、ユースティアは小さく息を吐く。
「『アナタ』が『ワタシ』であろうと、なかろうと――其の全てを、此処で断ち切ります」
成否
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第1章 第62節
一人、息を潜めて。私語の様に言葉少なに蜻蛉は行く。
――待っててくれ。
だなんて、甘い口説き文句には程遠い言葉を待って居られるほどに淑やかな女ではなかったと鏡の迷宮で歩を進める。
「やれることがあるんやったら、迷わず行かんとね……そう思わん?」
ゆっくりと顔を上げれば『自分』がそこに立っている。穏やかな笑みは何も知らない幸福そうな微笑で、蜻蛉はおかしいところころと笑った。
「それに、呪い病もおまけについてくるんやったら、それはそれで……なんて言うたら怒られるやろか」
「せやね。けれどお揃いやの」
それが誰と、とは鏡像は言わなかった。ああ、けれど、甘いお菓子に酔いしれながら蜻蛉は災厄の焔で宙を仰ぐ。
自分自身を相手取るというのは気持ちのいい物でもなく、自身を甚振る様子を見れば心も落ち着かぬというものだ。死の気配を感じさせたのはこの迷宮の『主』がそうだからなのだろう。
(呪い病に罹ってるんね)
そして救われることないと泣いているのだ。
可哀想だとは口にできなかった。可哀想だから、ここで自分に負けるなど蜻蛉は、できなかった。
「一緒には死んであげられへんの、ごめんね!」
成否
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第1章 第63節
ドッペルゲンガーの都市伝説の話をしよう。
人は自分自身に出会った場合、死んでしまうのだという。諸説はあるが、此度は『そういう状況』で。
「まぁ、如何でもいい事ではある。目の前に立つならば。
戦うというならば。戦うだけだ。相手が何であれ。誰であれ」
愛無は目の前で微笑む『鏡像』の唇が紡いだ言葉に吝かではないと呟いた。
死ぬならばいっしょになんてロマンスに塗り固められた口説き文句は心地よい響きではあるが、浮気性なのは頂けない。一途に死(あい)してくれる相手でなくては、誰も彼もと無差別に愛を囁くのならば思考のリソースを裂くのすら面倒なのだと目を伏せた。
「僕と共に逝こうと思うなら。救ってほしいと願うなら。もっと情熱的な口説き方をしてくれねば困る。
君は『誰か』の代わりで満足できるのかい? 僕はごめんだ」
愛無のその言葉に鏡像は「私だって、ごめんだわ?」と笑った。ああ、それが『本音』か。
しかし、鏡の魔種はその姿さえ誰にも見せてはいないのだという。
理由があるか、それとも彼女が『鏡』であるからか――誰かの代わりになるしか出来ない彼女は新たな遊びを思いついたと楽し気に笑みを浮かべた。
成否
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第1章 第64節
ドゥーは無辜なる混沌に訪れた『旅人』である。異界の存在たる彼にとって、目新しい物ばかりだったのだろうが――混沌に来て以来、一番嫌悪感を煽られたのは今だと言えるだろう。
彼は、自分の事が嫌いだ。服の下に潜む翼の如く、漆黒のそれが酷く苛立ちを煽ったのだ。
「……脱出しよう」
何よりも『気に食わない自分』に向かい憎悪の剣を振り下ろす。
鏡合わせの自分。服を脱ぎ棄て小さな翼を広げた彼は『コンプレックス』を露にする。
そうだ、鏡ならば『染みついた嫌悪』がそれより目を逸らすはずだ。鏡像は目を逸らし、首を振る。
(ほら――やっぱりだ)
見たくないものを見せれば、目を背ける。もとより自分という存在が酷く嫌悪させたのだ。
ならば、もっと、『厭』であるものを曝け出せばいい。
その翼より目を逸らした『鏡像』にドゥーは憎悪を振るう。死の鏡の中で踊る不吉の黒鳥は掻き消えた自己にため息を吐いた。
成否
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第1章 第65節
それは、悍ましくも牙を見せて笑っていた。それこそ、自身が嫌悪した吸血種の証を見せて。
「鏡の魔種――この俺、レイチェル=ベルンシュタインがあの時の借りを返しに来たぜ」
その名乗りは、『ヨハンナ』にとっての決意の証であったのかもしれない。鏡の中に存在する自分自身へとレイチェルは月下美人咲き誇る弓を引く。
「鏡の魔種……聞いてるか?」
血液が弓となり、穿つが為、白百合を紅に染めた。紅蓮の焔は月下美人を燃やすことなく、憤怒と復讐が滾り続けるだけだ。
「何かしら『ヨハンナ』」
彼女は『視』ていたのだろう。
彼女は『識』ったのだろう。
鏡は合わせ、映すもの。だからこそ、ミロワールは彼女が『以前、自身の鏡で見た過去』を抉るようにくすくす笑う。
甘ったれたその言葉を振り払い、憤怒の焔が鏡像の心の臓を穿った。
「―――他人任せのお前じゃ幸せにはなれんよ。未来は自分の手で掴み取るモンだ」
成否
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第1章 第66節
――その正体は独りの童か、はたまた人食いの化生か。
カンベエは周辺を見回した。そこにあるのは、鏡の迷宮であれどアクエリアでしかない。
響いた声は幼い少女であり、そして同情を誘うものだ。
「……魔種であれ『救って欲しい』と、生きたいと言うならば救ってやりたい。
ですが、わしとお前は敵同士この混沌において、魔種は敵。
ならば! ええ救ってやりましょう。その首、わしらが落とす!」
敵に情けをかけては失うものもあるというもの。ならば、魔種に情けをかけるではなく『世界を救う』ための救済を与えるしかないのだ。
「その前に――邪魔者を殺す!」
邪魔立てするのは『自分自身』だ。心無い写しの自分。それは魔種の作り出した幻影であり、そして染みついた自己がシステムチックに動くだけだ。
「ここで道を塞ぐのであるならば貴様はカンベエに非ず! 名乗りのカンベエは唯一人!!
さあ死ね!死ね!死ね!!貴様の屍で道を作らせて貰うぞ!」
カンベエは堂々と言い放つ。この青の先へ進むが為。死など超越するのだと堂々と『名乗り』を発す。
「わしはカンベエ! 名乗りのカンベエだ!!」
成否
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第1章 第67節
あの日視たのは赤き凶星。不幸へ誘う未来の形。
「鏡の魔種……か。今回は反転を見せて来るでもなく、俺の姿を映す、か。
……丁度良い。あの経験の、そして……廃滅病をくれた礼をしたかったんだ」
ウィリアムは静かにそう、呟いた。あの日感じた破壊衝動は今、その身にはなく動揺は何処にもない。
(死兆――か)
それは鏡の魔種『ミロワール』が惧れ、そしてイレギュラーズを取り込むきっかけになったものだ。
廃滅病(アルバニア・シンドローム)は魔種も罹患し、そしてその病は伝染する。この海域に居れば誰もがそのリスクをはらんでいるのだという。
「怖くはないの?」
自分の顔をした『鏡像』が言った。ウィリアムは小さく笑い首を振る。
「焦りもなくはないが……他の皆も含めて、これをなんとかしないといけない。
だから、立ち止まってる暇は無いんだ。そう思えただけ、良いことだろう?」
「さあ、どうかしら」
魔種は『自己を曝け出すようにウィリアムの顔を悲し気に歪めた』。
「私のこともなんとかしては――きっとくれないのね」
だからこそ、ウィリアムの鏡像はどこかへ消える。そして襲い来る狂王種に邪魔をするなと彼は振り払った。
成否
成功
第1章 第68節
「ふっ、残念でしたねミロワール殿。
拙者の姿を模した者が拙者の性能を真似たとしても無駄無駄の無駄ぷーですよ!
何故ならば! 拙者の性能はピーキーすぎて素人にはお勧めできないやつだからです!」
ドヤ顔でない胸を張ったルル家はびしりと自分自身を指さした。そう言われれば、鏡像は一先ずその姿を消す。
「まぁ待っていてください! 助けを求める者がいればそれを救うのは宇宙警察忍者の使命ですから! いきますよ! ビューン!」
「じゃあ、見ているわ」
「見ないでそのまま鏡像を消してくれる方がありがたいのですが!?」
ピーキーなのでとりあえず見ているわね、と揶揄う様な声音を漏らしたミロワール。その声と共に狂王種が『彼女の指示を聞いて』ルル家へと飛び込んだ。
「むむ!? 見るなら見ていてください!
どうですか!このきらめき、貴方に出せますか!」
「同じ技なら」
「えっ、出せる? そこは空気読んでこの光は! とかいうところでしょう! それでも拙者は負けませんよー!」
――輝ける旦那様との未来が拙者を待っているのです!
その言葉にミロワールは旦那様、とどこか憧れるように呟いたのだった。
成否
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第1章 第69節
「そう、俺と遊びたいんだ。じゃあ俺のお願いも聞いてくれなくちゃヤだな」
史之はレジャーシートを引いてから自身の鏡像――ミロワール――を誘った。
遊ぶという言葉を聞けば鏡像もいきなり攻撃を仕掛けてくるわけではないのだろう。寧ろ、ミロワールの意思が強く反映しているようにも思える。
「ミロワール、スコーンを作ったことはある?
料理対決といこうよ。混ぜて焼くだけさ。材料も機材もあるよ」
「お料理なんてしたことないわ?」
「俺の姿なんだからできて当然のはずだけど? 俺に勝てたら好きにしていいよ。
もし負けたなら――そうだね、その珊瑚のタイピンは外してほしいな」
そっと、ミロワールは史之の言葉に不思議そうにタイピンを見下ろした。それが何であるかをミロワールは分からないが『そう言われたのなら約束する』とこくりと頷く
「ああ、けどさ……お邪魔がきたよミロワール、俺と一緒に遊ぼうよ」
「貴方の体よ」
「それでも、いいよ?」
くすくすと笑い合う。まるで友人同士のようではないかと史之は楽し気な『自分を眺めた』。
その姿は自分であると言うのに如何にも違う。魔種ミロワールが傍にいるかのようだ。
「死ぬのは俺も同じさ、少しくらいは付き合うよ。
最後の瞬間、微笑めば生まれ変わることができると……俺の元いた世界では言われていたんだ」
ああ、ならば。遊びましょう。
どうせ貴方は私を殺さなければこの迷宮から出れないんですもの。
成否
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第1章 第70節
無量は魔種ミロワールが残した言葉を思い返しては彼女を救わねばならぬと決めていた。
狂王種との戦闘を出来得る限り避ける事は可能であれど、無量にとっての問題は――
「忌々しい」
眼前に立つ自分自身。それは無量という女の姿をしていながら、無量ではない『歪』な存在だ。
「貴女はどの私ですか?
鬼へと墜ちる前の私ですか。鬼となった私ですか――其れとも、今の私ですか」
そのような事さして問題ではないかと無量は小さく笑みを零した。
ましてや、これはミロワールが『お遊びで用意した鏡像』なのだ。彼女の暇つぶしであろうと無量は考える。
「邪魔をする者あるならば仏であっても救ってみせましょう――私のやり方で」
その救いが、嘗ての無量の云う『救い』なのであれば、残穢の如く悪鬼は人々を切り伏せる事であろう。
鬼を斬った妖刀は『鬼』自身の手で『鬼』を斬る。絶技を以て、切り伏せて――そして、無量は出口を斬り『殺し』た。
――もっと、遊びましょうよ。
――死ぬまで、私の傍にいて。怖いわ、怖いわ。死にたくないの。
「ええ、そうでしょうとも」
泣きじゃくる声がする。救ってやらねばならぬのだ、彼女を。
ミロワールと呼ばれた鏡の魔種を。
他の誰でもない自分の手で、救うが為――
成否
成功
GMコメント
●達成条件
・『ミロワール』の鏡の破壊(下記『達成度』の目標達成)
※ミロワールの迷宮達成度
1:狂王種討伐数
2:参加イレギュラーズの『脱出数』
上記が一定数を超えた段階で迷宮は壊れ、鏡が破壊されます。
●魔種『ミロワール』
鏡の魔種。少女であることだけ判明していますが鏡であるために『誰かの姿を借りて』居ます。
バニーユ夫人とは旧知の仲であり、彼女自身は廃滅病に罹患しているために死を恐れ悲しんでいます。皆さんなら救ってくれるはず、そして『皆さんなら死ぬなら一緒に死んでくれるはず』とバニーユ夫人の提案したアクエリアでの『遊び』を行っているそうです。
●ミロワールの迷宮
魔種ミロワールが作成した迷宮です。鏡の中にはアクエリアが存在し、狂王種たちが生み出され続けています。
(狂王種たちは海の生物ですがアクエリアの中を無尽蔵に動き回れるように改良されているようです)
また、鏡の中では『自分自身』または『プレイングで合わせた相手』が敵となり襲い掛かってきます。自分自身を退けることで外へ出るための出口が開きます。
(※合わせプレイングをした場合は『両者で冒頭に名前を指定orグループタグ』をご記入ください)
●狂王種
無尽蔵に存在します。出来るだけ倒してください。
●ラリーシナリオ
※報酬について
ラリーシナリオの報酬は『1回の採用』に対して『難易度相当のGOLD1/3、及び経験値1/3の』が付与されます。
名声は『1度でも採用される度』に等量ずつ付与されます。パンドラはラリー完結時に付与されます。
※プレイングの投稿ルール
・投稿したプレイングはGMが確認するまでは何度でも書き直しができます。
・一度プレイングがGMに確認されると、リプレイになるまで再度の投稿はできません。リプレイ公開後に再度投稿できるようになります。
・各章での採用回数上限はありません。
●本シナリオの特殊ルール
・本シナリオでは『作戦達成度』に応じて良影響を<バーティング・サインポスト>へと与えます。
・本シナリオでは各章に設定される『作成達成度』に応じて章が進行します。
(最大5章まで。作戦達成度に応じて章数は短縮される可能性があります)
それでは、皆様。鏡の国へいらっしゃい。
●重要な備考
<バーティング・サインポスト>ではイレギュラーズが『廃滅病』に罹患する場合があります。
『廃滅病』を発症した場合、キャラクターが『死兆』状態となる場合がありますのでご注意下さい。
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