シナリオ詳細
<英雄譚の始まり>アトリエ・コンフィー
オープニング
●
天は遠く、地上さえも見上げる程の場所にある。
だと、言うのに中央に存在する人工太陽は鮮やかにアトリエ・コンフィーを照らしていた。
イレギュラーズは果ての迷宮に存在する境界図書館からこの場所へと踏込んだ。
ギルド・ローレットの受付カウンターにも良く似ている場所だ。まさかローレットというわけではあるまい。
「……ここは……?」
クレカはゆっくりと玄関扉を開く。見上げれば『アトリエ・コンフィー』の看板がきいきいと音を立てて揺らいだ。
アトリエ・コンフィーの玄関口から周囲を見回せば壁面に埋もれるように無数に店舗が並んでいる。
だが、空は遠い。此処が地下迷宮の内部であるのは確かなのだろう。渦巻くように続く螺旋階段は地下迷宮の壁面に沿って存在して居た。
(……地下迷宮……果ての迷宮がこの世界では商店街ってこと……?)
タイル張りの通路のあるパサージュ・クヴェール。この地が迷宮であるとは思えぬその空間の名を『プリエの回廊(ギャルリ・ド・プリエ)』と呼ぶそうだ。
「ようこそ、ギャルリ・ド・プリエへ」
振り向けば、そこにはゼロ・クールと呼ばれる『人形』が立っていた。
クレカはおずおずと『店内』へと戻り扉を閉めた。
「異世界からの来訪者が現れたらこう言うようにマスターに教育されています。
イレギュラーズ さん、此処は魔法使い達のアトリエが並ぶ果ての地『プリエの回廊』です。
私はアトリエ・コンフィーのゼロ・クール『Guide05』――ギーコとお呼びください。
マスターは留守にされていますが、異世界から来訪者が現れるだろうと皆さんを待ち望んでおりました」
恭しく頭を下げた『Guide05(ギーコ)』はつるりとした陶器のかんばせに笑みを浮かべて見せた。
「まずは、この世界について説明をさせて頂きます」
――プーレルジール。それは、幻想王国の『建国前』に存在した草原の名である。
王都メフ・メフィート周辺を指して居る事は現在地が『果ての迷宮』で有ることから確かなようだ。
だが、現実世界でダンジョンとされた果ての迷宮は光差し込むパサージュと、ひしめき合う商店が建ち並ぶ商店街を思わせる。
ギーコ曰くこの地は『魔法使い』達のアトリエが建ち並ぶ拠点なのだそうだ。
ならば、魔法使いとは何か?
それは『心なし(ゼロ・クール)』と呼ばれたしもべ人形を作る職人達を指す。
彼等はアンドロイドや球体関節人形など区別せずにしもべ人形を作り『魔法』によってそれらを従える。
ギーコのように案内役を担う個体も居れば、事務手伝いや戦闘用人形など様々な用途で親しまれているらしい。
「魔法使い達も性格は人それぞれ。ゼロ・クールとて同じです。
皆様はプーレルジールへの迷い子。拠点もなければ、寄る辺もない。
マスターは皆様を保護し、このアトリエ・コンフィーの『お手伝いさん』と名乗って貰うようにと仰っておりました」
……成程、ギーコの居るアトリエ・コンフィーのマスターは『混沌世界』からイレギュラーズがやってくる事を予期していた。
イレギュラーズの活動拠点として自身のアトリエを貸し出すようにと自身のゼロ・クールに仕込んでいたのだろう。
渡りに舟だ。
ギーコの言う通り、拠点もなければ寄る辺もない。
それ以上に『境界図書館から繋がっているのがアトリエ・コンフィー』というのも都合が良い。
「お言葉に甘えた方が、良いと思う」
クレカはあなた へそう言った。
「情報を集めるにも拠点が必要。わざわざ、混沌に戻るより、手っ取り早い」
「はい。マスターもその様に仰っておられました。
プーレルジールを知るならば、まずは『おつかい』です。RPGには付き物だと『旅人(ウォーカー)』は口を揃えるものです」
ギーコは姿勢を正したままそう言った。
成程、異世界にやってきたからには『おつかい』で世界を理解しろ、と言うことか。
「捜し物はなんでしょうか? 冒険者アイオン? 魔法使いマナセ? 賢者フィナリィ? 天の翼ハイペリオン?
それとも、神官でしょうか。精霊遣いや戦士も何処かに居るかもしれません。魔王だって、お探しでしょう」
「知ってるの?」
「マスターがそう仰って居ました」
「……」
クレカはまじまじとギーコを見た。表情を変えない。『設定された以上』は持ち得ない。心なし。魔法(プログラミング)で出来上がった存在。
嘗ての自分のようで、クレカはぎゅっと胸の辺りが締め付けられる感覚がした。
「魔法使い達は『おつかい』をして下さる方を歓迎します」
「……それはどうして?」
「ゼロ・クールを訓練して下さる方を募集しているからです。
それに、最近は迷い子様が増えてきたそうです。コンフィーにまで連れてきて下さったならば皆さんの世界へと帰すお手伝いはさせて頂けます」
「……それも?」
「マスターに仰せつかったからです」
にんまりと微笑んだギーコはゆっくりとアトリエ・コンフィーの扉を開いた。
「冒険はお嫌いですか? 異世界からの来訪者様。
皆様の来訪をマスターは心待ちにされておりました。K-00カ号様含め、私達は皆様に告げねばならないことがあります」
人工太陽の光を受けながら、ゼロ・クールの少女『Guide05』は言った。
「この世界は滅びに面しています。異世界からの来訪者様の世界よりももっと早く、ずっと早く。
……ですが、この世界でも生きている者は居ります。
廃棄された世界であれど、私達は存在しております。
――どうか、お助け下さい。来訪者様」
さて、どうしようか。
そう呟いたクレカはまじまじとあなたを見た。
「プーレルジールを、とりあえず歩いてみた方が、いいと思うんだ」
ギーコが言って居ることもあるし、とクレカは呟く。
何処へ行くにしたって、この地は見知らぬ場所なのだ。
「皆様の思い思いに過ごされると良いでしょう」
「うん。……『境界』を活動する事が初めての人も居るかもしれないしね。
それに、そうだ……元世界への回帰、だっけ? そのヒントだってあるかもしれないもんね」
クレカはその手伝いだって出来れば嬉しいと言った。
混沌世界の至る所に密接に接してしまったプーレルジールからの『転移の扉』が開いたと言う話もある。
その情報が確かならば此方で誰かに出会う可能性だってあるだろう。
「とりあえず、いこう」
迷っている場合じゃないし、とクレカはアトリエ・コンフィーから一歩踏み出す。
ギルドローレットの内装にも似たアトリエ・コンフィーは安心感を与えたがそこから外はまるで見知らぬ場所だ。
人工太陽がごうんごうんと音を立て中央でくるくると回っている。
螺旋階段を一歩ずつ昇り、辿り着いたその場所は――
あの荘厳なる王城を臨むことのない平原も、腐り落ちる林檎のように熟れすぎた香りのする都の風景も何もない。
長閑な草原を駆け抜ける子供やモンスター、家畜の群れ達。
「ここが、プーレルジール……。メフ・メフィートが出来上がる前の幻想王国」
――あなたが知っているようで、知らない場所なのだ。
- <英雄譚の始まり>アトリエ・コンフィー完了
- ようこそ、プーレルジールへ
- GM名夏あかね
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2023年08月31日 22時05分
- 参加人数100/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 100 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(100人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
「えーっと……整理しますね。果ての迷宮から、境界図書館へ行き……そこからここへ来た。
R.O.Oが果ての迷宮を取り込もうとして失敗した……みたいな? それがここ? なんです?
助けてくださいクレカさん。わかりません。数ある異世界の一つと解釈するのはちょっと強引なような」
頭を悩ませたエマに「うん、私も意味がある場所だと思う」と頷く。
「ここは特別な場所……と考えるべきなんですね?
うーん……ここのありようを見る限り、ぽんとできた生まれたての世界って感じじゃなさそうですね」
「うん。屹度、ここは『元からあった』けど、漸く踏み込めた場所、かも」
クレカにエマは「成程……?」またしても首を捻ったのであった。
「仮にここが昔の幻想そのままだとして。……私に初見の街を与えたらそりゃあこもりますよ。本のある場所に」
其の儘であったとしても無くとも、愛奈は書店をギーコに教えて貰って早速その場に籠った。
このプリエの回廊に於ける文化を手っ取り早く知っておくのだ。ギーコは「アトリエに本もございますよ」と告げる。蒐集した情報では終焉獣とモンスターの区別は付いていなかったようだ。
(……魔王と呼ばれた存在が鍵ならば、その辺りを調べれば良いのでしょうか)
現実とは全く別物になって居る可能性がある魔王とは、どの様な存在なのだろうか。
「ここがプリエの回廊……」
呟くチャロロに対して魔法使いらしき青年が「何処のゼロ・クールだい?」と声を掛けた。
「ちょ、オイラはアトリエ・コンフィーのお手伝いさんだけどゼロ・クールじゃないよ! 身体は機械だけど頭は生身の人間だし……」
「アトリエ・コンフィーのお手伝いならばゼロ・クールじゃないだろうね。
あそこの魔法使いは革命家だから、異世界からの来訪者を探しているって噂だった」
魔法使いは「そうだとしたら楽しんで」と言い残し歩いて行く。
人工太陽の照らす回廊を辿るように上っていく。上層部の店舗にはパンや菓子が多く販売されていた。
「これが幻想王国ができる前の光景か……ゼロ・クールとか今の幻想とは違う技術もあるみたいだけど……」
何処からか分岐した技術なのだろうとチャロロは改めて周囲を見回してから独り言ちた。
当時の飲食店を見て回れるとは良い機会だと瑠璃はギャルリ・ド・プリエを歩き始めた。
瑠璃自身は気になって勇者王のパーティーについて質問してみるが詳しい者は居ないようだ。
(……それぞれが、自らの出身の国で活動して居る、のでしょうか)
勇者パーティーを集める役割もイレギュラーズが担うのであろうかと、ふとそう思う。
この世界が何処で分岐したのかは、もしかすると『魔王』という存在からなのかもしれなかった。
「プーレルジール……メフ・メフィートが出来上がる前の幻想王国で、クレカさんの故郷なんだっけ?」
花丸はパンをかじってから「美味しいね」と笑った。その傍にはクレカが立っている。世界やシキと合流する約束をしているらしい。
「ここがクレカさんの故郷で、助けてって声を聴いてしまったのなら、応えないわけにはいかないかな。
助けるにしても何が原因でそうなってるのかって話だけど、それこそギーコさんの話にも出てた魔王とか?」
「そう、なのかな……でも、魔王も、違う人、かも」
「違う……うーん、何れにせよ、先ずはこの世界の事を詳しく知る事からだよね!」
あ、あっちのお店に行こうかなと花丸は歩き出す。クレカを振り返ってから「食べ物関係が多いのはここを拠点として動く以上重要な事だからね、仕方ないよねっ!」と言い訳のように告げてから彼女はずんずんと商店街を歩き始めた。
「この世界の事……アトリエ・コンフィーの事……殆ど知らないから……実際に歩いて……あちこち見て回りたい……。
クレカ……もし良かったら……一緒に来てくれない……? 1人より……何となく……2人の方が心強い……」
「私で、いいなら」
クレカを連れてレインは地下を目指して買い物をしようかと店舗を見て回った。
「まずは……飲み物の準備……地下まで行くの…多分喉が渇くから……」
「私は、食事も、何もかも不要だから、大丈夫」
首を振ったクレカにレインは頷いた。飲み物を入れている魔法瓶も普段とは違う物に思える。
下へ、下へと向かっていく。最下層にあるのは魔法使いのアトリエのようだ。
「お店だったら……何か買ってみようかな……。足りるかな……足りなかったら……体で支払いする……」
扉を開けばギーコと同じようなゼロ・クールが案内人としてレインを誘ってくれる。
ふと、見上げれば天は遠く。井戸の底というのはこの様な場所なのだろうかと、レインはぽつりと呟いたのだった。
「ゼロ・クール……作ってみたいな……」
サイズは自身の日記に個人タスクを積み上げていた。そえらは妖精郷関連の目標が羅列され唯一虹の架け橋の改良を行なうところだけが△と書かれている。そこにゼロ・クール作成と記入する。
「どうだろうか」
魔法使いには銀インゴットで作った妖精型の人形を持ち込んだ。魔法使いは「コレに心を込めるんだ。魔法使いは自分の専用の術式を編み出してそれを『心』にする」とやや難解なことを言う。
「それにしたって、これは珍しい形だね」
「妖精だ」
「妖精? あなたのような?」
不思議そうな顔を為た魔法使いに、彼が妖精という存在を知らないことをサイズはその時気付いた。
「異世界に来たばかりの私が、また異世界に迷い込むというのはなかなか面白いな。
ここは無辜なる混沌を再現した世界? 無辜なる混沌すらもまだ理解しきれてないし、いきなりこちらも理解しようとすることもないか。
『こういうもの』として、ありのままを見て回れば良いか」
桜は顎に手を当ててから独り言ちた。商店街などを見て回れば、和食と呼ぶべきものは存在して居ないが簡素な洋食が多いようにも見えた。
「今は、どこか旅行に来た気分で彷徨くのも良いか。
……商店街などもあるようだが、なかなか面白い立地だな。登り降りは、老体には少し辛いかもしれんな」
そうした文化に触れるのも異世界を知る切欠となるだろう。
「ふむ、武蔵が混沌に来てより、かれこれ1年になるが……。
やはり当初は困惑が先に立ったものだが、ここがまた別の異世界というのも簡単に飲み込むのは難しくはあるようだ」
武蔵は周囲を見ました。重要なのは差異とは言うが混沌について武蔵自身が詳しいわけではない。此処ではのんびりと探索してみるのが良いだろうか。
「……ともあれである。住民に接触するならばこの商店街が一番か。
最近の流行は分からんが、適当にどのような店があるか見てみよう。そもそも通貨は手持ちのが使えるのか?」
武蔵がゼロ・クールの娘に問い掛ければ「ご利用頂けます」とゴールドを見て頷いた。どうやら、言葉や通貨は共有されているようだ。
「果ての……ここだと『プリエの回廊』で、僕等はアトリエ・コンフィーの『お手伝いさん』だね」
認識を新たにしてから祝音は周囲を見回した。プリエの回廊とは『プーレルジールにある回廊』という意味合いなのだそうだ。
知らない場所に迷い混んだのだろうと命の危機を感じていたのは突如としてこの世界に飛び込んでしまったヤーガだった。
「あ、ヤーガお姉ちゃん……!」
「祝音!」
「えっとね、ここはね……」
ローレットとして此処にやってきた祝音の方がヤーガよりも詳しかった。自身も一応はアトリエのお手伝いさんとして活動出来るのだろうが、ギーコには保護の対象として認識された気がする。それが『戦いに出向くか否か』の差なのかもしれない。
「不思議な回廊、不思議な世界……また色々探索して……この世界も助けたいね」
「そうだね。迷い込む原因もいずれ調べないとね」
ルビーは慌てた様子でスピネルの姿を見付けて「よかった!」と叫んだ。スピネルも同じようにこの世界に迷い込んだのだ。
イレギュラーズではない以上、迷い混めば命の危機を感じざるを得ない。未知なる世界に踏み出すのは何時だって心が躍るが、イレギュラーズ以外は『死』に直結しやすいのだ。
「大丈夫? スピネル」
「大丈夫だよ。ルビーと出会えたから」
穏やかに微笑んだスピネルにルビーは頷いた。先ずはこの世界を知るところからだ。少し位観光をしたって大丈夫だろう。
帰り道が分かって居るのだから、二人で一緒に買い物を為ながらプリエの回廊を見て回ろう。それが、新たな知識になる筈だからだ。
「そういえば、プリエの回廊やプーレルジールでこのお金は使えますにゃ?」
みーおに出されたゴールドにギーコは頷いた。プリエの回廊を歩き回っていたみーおは「みーおさん……?」と呼び掛けられて振り向く。
「みーおさん! 良かった……! あれ、みーおさんがいるって事は混沌世界……じゃない?」
「三毛翠さん、こっちの世界に迷い込んでましたにゃー!?」
櫻は説明を受けてからみーが居れば一安心だと胸を撫で下ろす。仕立屋さんにパン屋さんと色々と見世を回ることが出来そうなのだ。
魔法使い達は人間だ。パン屋ではみーお達が食べる事の出来るパンも販売されているのだろう。
二人が慎重になって居ることと対照的に、夢心地はパン屋から大量のパンを抱えて出て来た。
「食べられそうですにゃ」
「本当だ。にゃ……」
みーおと櫻が顔を見合わせれば夢心地が「なーーーはっはっは!」と扇で己のことを仰ぐ。
「知らぬ場所に来たらまず何をするか。うむ、うむ。そうじゃな、その土地の飯屋を覗いて回る。これに決まっておーる!」
テイクアウトしたパンやスイーツを手にギャルリ・ド・プリエのB級グルメを探してみるがゼロ・クール達は案外『まとも』なものを教えてくれるのだ。
「何をするにもまずは飯じゃ。腹さえ満ち足りておれば、後はどうとでも上手くゆく。
それに、美味い店であれば人も集まっとるかも知れんしの。腹パンパンになるまで、ぶらついてみるぞえ。
お、そのこ。何が流行かえ?」
出来ればちょっとだけ可笑しいものが欲しいのだ。たい焼きの口を勢い良く開いてクリームをぶち込んでいるような、そんなものを所望している。
「……お前達はレガシーゼロなのか。俺もそうであるが、成り立ちはきっと違う。
復讐の象徴である俺達エルフレームとお前達の違いは、何なのだろう」
呟くブランシュは回廊を歩いていた。
「お前達はどこから来て、この宝石のコア技術を施されたんだ。俺はコレが知りたい」と問い掛ければ「魔法使い様です」とアトリエに案内してくれる者も居る。科学技術を用いているわけではないのだろう。このプーレルジール特有の魔術的な技術であることがブランシュの目に見て理解された。
(そもそも俺達エルフレームシリーズを作ったラダリウス博士はレガシーゼロの生産方法をどうやって知ったのか。
魔法使い……何かしら、関係があるのか?
もう一人のエルフレームの作成者である嫦娥博士だけでは素体を作る事は出来ないはすだ。
だとすれば、この魔法使いが博士と何かしらの接触を果たしたのか。それとも博士がこのアトリエに辿り着いたのか)
何方であろうとも技術を有していた魔法使いがいたはずだ。ブランシュはそれを追うことで自身のルーツが知れるのだろうかと、ふと考える。
この地で生まれたレガシーゼロも居れば混沌で作り出された者も居る。それぞれが別々の生まれを有しているが、誰もが自らのルーツを知りたいのだ。
(元の世界に戻れる可能性。何度も考えたことだ。でも、もしも駄目だったら?
希望は持たないようにしている。今だってそう。期待しない。何も考えない。今は知らない世界を訪れて、見聞を広げるだけ。それだけだ)
文はすう、と息を吐いた。戻ることが出来るのならばと期待して無理だった場合の落胆はどれ程のものであるかを理解している。
ガラスペンを扱っている工房に顔を出し、文は店主と話しているだけでもいくらかの心は安らいだ。
これはただの異世界交流だ。『もしも』元の世界に戻れたらどうしようか――なんて、それは今、考えたって苦しいだけなのだから。
●
「勇者が勇者たり得ていないIFの世界ね。そりゃあさぞ平和なんだろうと思ったが、どうやらそうでも無いらしい。
ならば、俺が気になるのはこの世界に広まっている物語だな。
ゼロ・クールがかつてのクレカみたいに見えるのは、感受性を育てる機会が少ないからかもしれない」
呟いたベルナルドは他者のコミュニケーションをゼロ・クールが必要としていないことをギーコは語った。
「それはどうして?」
「しもべ人形だからです」
心を得てしまえば、何れは自らの行いを悔いるときが来るかも知れない。そう告げるギーコにベルナルドは「……そうか」と呟いた。
確かに、それは人として扱われ居ない。しもべ人形だ。もしも、心が通ったら、彼女達が『本当に人のように振る舞う』時が来るのだろうか。
「ふむ、なかなか興味深い文化圏を持っているのね」
イナリはギャルリ・ド・プリエの店舗を廻りながら情報を収集する。外では終焉獣などが多いのだろう。
モンスターとしては多岐に亘り、混沌世界よりも『滅びが近い』という言葉の通りその数が増え続けているらしい。
「周辺地形は現在の幻想と比べれば、分かり易いのかしら」
王城がない分、見晴らしは良さそうだ。そうした情報や皆の活動結果を纏めてローレットに置いておけばこれからの活動にも役に立てるだろうか。
「見た事のない、お店……いっぱい並ぶ、してる。
それに、見慣れた幻想の街とは、全然違う……景色。……此処は本当に、別の世界……なんだね。
不思議が沢山で、びっくりしてる……けど。クレカやギーコが言う様に、まずは歩く……してみる事から、始めてみよう……かな」
こてりと首を傾げたチックはお手伝いのゼロ・クールに「君は、どんなお手伝い……してる人、なの?」と問い掛けた。
スイーツ店の販売員をしているというゼロ・クールは単純作業ならば得意だと胸を張った。可愛らしい蒼い瞳をした少女だ。
纏め上げた髪に飾られた花の名は何だっただろうか。チックはその花が作り物で、真ん中にコアとなる石が埋められていることに気付いた。
失伝された調理技術があったりするのではないかとゴリョウは考えた。
「例えば中華料理の『太爺鶏』や、昭和前期の日本に存在した『どりこの』って飲みモンとかそれだな。
……ちなみに当然だが、元が分からんので俺も再現出来てない。
これらの調査を通じてこの世界の料理レベルってのが分かるかもしれねぇ。
引いては生産力がどんくらいかってのも分かりゃ何かの参考にもなるかもしれねぇしな」
悩ましげに呟いたゴリョウはゼロ・クール達の料理技術は現在の幻想のベース担っている事に気付いた。
料理のレシピとしてはあるものを利用しているのだろうがやや見たことのないものが多いようにも感じられる。
「素材が違うのか」
「そうかもしません、お手伝い様」
物珍しそうな顔をしたゴリョウは現代の混沌でもそれは再現できるだろうかと頭の中で考え続けて居た。
「色々なお店があるのねぇ……一日中いても飽きなさそうだわ。魔法使いのアトリエだなんて、聞いただけでわくわくしちゃう♪」
ウキウキとした様子のジルーシャはゼロ・クールへと挨拶をする。魔法使いの香水店という名が付いている場所であったからだ。
柔らかに波打った黒髪の娘は胸に紅玉を埋めて「こんにちはお客様」と微笑む。
「ハァイ、初めまして。とっても素敵なお店だから、つい引き寄せられちゃったわ♪
アタシはジルーシャ・グレイよ。アトリエ・コンフィーのお手伝いになったばかりだから、まだわからないことが多くって……ね、よかったらアンタのお名前を教えて頂戴な」
「L-L-00……リリアとマスターに呼ばれています」
ゼロ・クールが店員で店主はアトリエに籠って作業を続けて居るらしい。どれも良い香りだ。リリアの説明を受けながらジルーシャは「素敵ね」と頷くのであった。
書庫の整理を手伝いたいと提案した大地は書をきちんと預ると司書業をするゼロ・クールの話を聞きながら対応していた――が、どうやら書庫はあまり必要とされていないらしい。魔法使い達は独自の技術を自身等で保管している。それ程書にはならないのだろうか。
「……やべェ、大地クンの本の虫モードに火が付いちまっタ。長くなるゾ、これハ……」
「普段はさんざ俺を振り回してくれているからな、赤羽。今日はとことん、俺の探求に付き合ってもらうぞ」
それは兎も角と、この地についての情報を得るために大地は聞き込みを続けて居る。決して自分の好奇心の為では無いのだ。
本を手に取ったのはアレクシアも同じだった。
「『あり得ざる混沌世界』……半端に現実と関係性があるのが少しややこしいね。
とはいえ、ここにしかない生命も、ここだけで育まれてきたものもある……。
……もしもだよ、世界を救うお手伝いを少しでもできたとして、この先この世界は続いていくの?」
その疑問に誰も答えることはない。この先、この世界が続いていくならば、其処に生きる人達は『同じ姿をした別人』になるのだろうか。
魔導書にはファルカウというサインが入ったものがあった。世界を救うにも何があったかを識りたかったが――
はた、とアレクシアは手を止める。大樹ファルカウは存在している事は地図で理解出来た。なら、この名前は? 本が残したわけではないだろう。
一人の魔女の名前なのだろうが。
(……魔女、ファルカウ……?)
まるで御伽噺に綴られた存在を前にしたようなそんな感覚だ。魔女ファルカウは果たして何者なのか。それも、これから分かるのだろうか?
ぶらぶらと回廊をを共に回ろうとルチアと鏡禍は歩いていた。
「ウインドウショッピングみたいなこともできるんですかね?
魔法使いのアトリエというのも少し気になりますので、怒られない程度に中を見られるなら見てみたいです」
「そうね。魔法使い、とはいっても私たちの知っているものとは随分違うようね。不思議なものだけれど、あまり不躾に見るのは失礼かしら」
職人のことを魔法使いと呼んでいるのだと不思議そうな顔を為たルチアに鏡禍は「声を掛けてみても良いかもしれませんね」と頷いた。
「本屋があるなら本を見て回りたいわね。今まで見たことのない技術や魔法の買かれた本があれば、買って持って帰りたいわ」
「はい。気に入る物があれば買いましょうか」
二人で共に過ごしながらルチアは「仕立屋も行きましょうよ」と声を掛けた。
鏡禍は「ルチアさんはなんでも似合いますけれど、ルチアさんの服を仕立てても良いですね」と嬉しそうに笑みを浮かべる。
「いつもいつも、私ばかりじゃない。申し訳ないものよ。鏡禍にもジャケットはどうかしら?」
嬉しそうに話すルチアはふと、思い浮かべる。此れだけ、世界は転じているのに『父親』の姿が見えないのは些か不安である。
(こっちに迷い混んでいたりするのかしら? ……まさか、ね)
仕立屋に訪れてそわそわとしていたイーハトーヴは「はじめまして」と仕立屋のゼロ・クールに挨拶をした。
「俺は、アトリエ・コンフィーの新米お手伝いで、イーハトーヴだよ。
本業は仕立て屋で、衣服も仕立てるし、ぬいぐるみも作るんだ。
この辺りには来て間もないから、どんな衣服が流行ってるのか見せてもらえたら嬉しいな」
「dre-558です。ココハとお呼び下さい。イーハトーヴさん」
エプロンを着けた小さな少女がぺこりと頭を下げる。ゼロ・クールの少女が見せてくれる意匠は見たことのないものが多い。
モチーフが魔法使い達のアトリエのものがおおいからだろうか。イーハトーヴは詳しく教えて欲しいと彼女に話しかけながら一つ、一つの説明を知識として蓄えていた。
「琉珂、行こうぜ」
ルカに誘われて意気揚々と歩いて行くのは琉珂だ。興味があるのは最下層だが、どうやら『意図的にそこでストップさせられて』アトリエが広がっているラシイ。
「混沌ほどの深さはなくて、意図的に安全域でストップしているのかも知れないな」
買い食いをしながら歩いて行くルカは見える最下層を覗き込んでから「食い物は混沌と変わらねえな。何か食いたいモンあったら言えよ琉珂」と声を掛けた。
「師匠、コロッケ」
「はいはい」
「師匠、アレも美味しそう」
「食い過ぎだろ」
もごもごと頬張りながら指差す琉珂にルカは肩を竦めた。丁度10階層程度までの深さだろうかとルカは周囲を見回した。
「ここまでなのかしら」
不思議そうな顔を為た彼女に「かもな」とルカは呟いた。琉珂に外の世界を見せてやりたかった。覇竜に居ればどうしたって彼女は『里長』だ。その立場を意識せざるを得ないだろう。
だからこそ、思う存分に外を楽しませてやりたかったが、異世界になるとは想像もしていなかったのだ。
「さて、俺の用事は済んだ。琉珂は行きたいところあるか? 折角だから服屋でも見ていくか」
「あ、じゃあ可愛い服を探しましょう? 里の皆に自慢するわ!」
嬉しそうに手を引いた琉珂は「師匠とお揃いとかで自慢しても良いわね」と走り出す。そうやって手を引っ張るのは『彼』にしていたのだろう。
(……この世界には冠位魔種ってのはいるのかね。いたら出くわすんだろうか――アイツとも)
●
「では……まずは私達の拠点を知らなくては話にならないのだわ。
この場所でまずは出来得る限りお友達を作って、人々に受け入れて貰う事が必要なのだわよ」
そうよね、とギーコを振り返った華蓮。礼儀作法はしっかりと。柔らかな雰囲気と巫女の神聖さを武器に先んじてギーコにこの場所での暮らし方を問う。
「お金は私の持っている物が通用するのかしら? 私達の普段の食事と変わりはあるかしら?
普通に皆に話しかけても大丈夫なのだわ?」
「はい。勿論です」
華蓮の目的はゼロ・クールや魔法使い達との挨拶だ。彼等との縁を繋いで――打算的に言えば『顔を売って』――おく事が目的なのだ。
魔法使い達の困っていることは正式な依頼としてイレギュラーズに齎されるのだろう。彼等は決まって「この世界に滅びが近付いている」という。
其れ等を解決することがイレギュラーズに求められることだと思えばこそ。
(しっかりと、ここで『知っていてもらう』必要があるのだわ)
俄然やる気を見せてから華蓮は、見て回ることに決めた――が。
「フフフ……ここがいにしえの幻想王国ってヤツか。うんうん、知ってる知ってる! 『伝説の人物と握手!』ってヤツっしょこれ! 違うか!」
楽しげに笑っている秋奈が居た。ゼロ・クールに「仲間~!」と飛び付いてから「私ちゃんも魔法使いに会ってみたいぜ!!!」と笑みを浮かべる。
余りのハイテンションさにおっかなびっくりした様子の魔法使いがそそくさと姿を隠した。
「ハッ! 魔法使いはいったいどこ!?」
「マスターは逃げて行かれました。アトリエ・コンフィーまでお送りしましょうか?」
「お、ありがとちゃん! 商店街ってことはアレっしょ? おいしいものが買える!!
クッキーとなんだこれ! ガハハ! ゼロ・クールちんも喰うっしょ?」
「Mロ00001と申します。メロとお呼び下さい」
「メロちんも喰うっしょ!?」
楽しげに道案内を受ける秋奈はギャルリ・ド・プリエの坂を登っていくのだった。
「此処が、プーレルジール……今のメフ・メフィートと全然違うじゃねぇか。
アイオン、よっぽど凄かったンだなァ。そりゃ、歴史の大きなターニングポイントにもなるか」
あのシュペルが認めた存在だと言われればレイチェルだって気にせずには居られなかった。
レイチェルが気にしていたのは魔法使いとはどの様な存在であるかだ。どうやら旅人ではなさそうだが――
「因みにギーコのマスターはどんな人なんだ? すげぇ準備が良いから、気になって。まるで俺等が来るのが分かってた感じだからさ。
会えるなら礼が言いたい。…うむ、俺はちゃんとお礼が言える吸血鬼なんだぞ!」
「マスターは何処かに行ってしまいました。ですが、感謝を示して下さっただけで私は嬉しく思います」
ギーコは背筋を伸ばしてそう言った。彼女のマスターが何処に行ったのかも気にはなるがまだ辿り着けないのだろうか。
「はじめまして、アリカと申します。
ギーコさんのお名前は、ギーコさんのマスターさんが付けてくださったんですか?」
「はい。Guide05という名を与えて下さいました。呼びにくいからとギーコと呼んで下さったのもマスターです」
静かに告げるギーコにアリカは秘宝種とゼロ・クールの違いを考えた。実は、その答えは単純だ。
秘宝種とは『混沌世界がそれを人間と認めた存在』である。目の前のギーコは人として認められぬ創造物なのだ。
「『心なし』だなんてとんでもない。どう見たら心がないだなんて言えるのでしょう。
一番最初にゼロ・クールを生み出したひとはきっと意地悪さんだったんですね」
「いいえ、『心がない容れ物』でした。私にそれらしさを下さったのはマスターです」
「皆さんは戦士としての役目が多いそうですが、相手はやっぱり魔王さんなんですか?
……ギーコさんは、イレギュラーズの案内役になる前は何をなさっていたんですか?」
「アトリエ・コンフィーの案内役です。私達は外のモンスターなどの討伐を行って居ます。
魔法使いがゼロ・クールを産み出すのは生活を豊かにするためです。私達はそれらによって作られ、運用されます」
アリカは淡々と答える彼女を見詰めてからふと、自身はマスターと呼ぶ存在について何も知らない事を思いだした。
心なし(ゼロ・クール)という呼び名には雲雀は違和感を感じていた。軽い御遣いを熟しながら見て回ってきたがゼロ・クール達は皆表情を持っていた。
「それにしても心なし、だなんて……とてもそうは思えないんだけどなあ」
「そうですか?」
「ああいや、コアとか生まれた経緯はそれは確かに違うんだけど。俺が言いたいのは心がない人形だとは到底思えないってこと。
だって俺たちと同じように喋って、笑ったり眉をしかめたり、色々な顔ができるんだもの」
「それも用意されたものではありますが」
ギーコは淡々と告げるが雲雀は肩を竦めた。確かにゼロ・クール達は予め用意されていた情報をなぞっているようではあった。
それでも人間らしく表情を変える所を見れば、其れ等全てが紛い物だとは到底思いたくもなかったのだ。
メイメイはギーコに礼を言ってからギャルリ・ド・プリエを歩き回っていた。現実から繋がった異世界、メイメイにとっては自らが生まれる前のずっとずっと遠くの世界だ。
「まだまだ、世界は不思議に満ちています、ね。滅び行く世界と知って……そして、助けを求められたのなら……見過ごすことは出来ません、よね」
ぽつりと呟いてからメイメイ自身は此処で暮らす人々の姿を見ていた。伝承が出来上がる前ではあっても物語の中の土地は存在して居るのだろうか。
「アトリエ・コンフィ―のマスターさま、というのは…どのような御方なのです、か?」
ふと、魔法使いに問えば「不思議な人だよ」と魔法使いは言った。ギーコから教わった道に沿って荷物を届けながら、幾つか問い掛ける。
帰ってきたのは相当の変わり者であると云う話だった。果たしてどんな人物がイレギュラーズをアトリエへと招き入れてくれたのだろうか。
「クレカ様の生まれた場所……秘宝種によく似た? ゼロ・クールのみなさま……。
それを造る魔法使いのみなさま……ニルはとってもとっても気になります」
ニルはぽつりと呟いた。自身のルーツについて興味がある。けれど、それ以上に『新しい』友達の気配に心が躍ったのだ。
「ニルは昔のことはあんまりおぼえていません。ニルもここで造られたりしたのでしょうか?
ここで生まれたのでなくても、ゼロ・クールのみなさまとおんなじように造られたりしたのでしょうか?
……あんまり考えたことがありませんでしたが、ニルにも、ニルを造った……お父様? お母様? がいる? のですね……」
どうして自分が出来たのか。それが気になるのだ。様々なゼロ・クールと出会い心を通わせれば道が拓けるのだろうか。
まずは『こんにちは』の挨拶からだ。穏やかに挨拶をするゼロ・クール達。人とは変わり無さそうに見えるその姿を双眸に映してからイロンはぱちくりと瞬いた。
「『お手伝い』を求められるなら、ワタシはそれに応えるのみ、なのです」
善行であるならば、それで良いのだ。ついでのようにゼロ・クールを作る物について知っておきたい。ギーコは此の辺りで一番に有名なのは自身のマスターだと言うが、現在は何処かに出掛けて行ってしまったと告げて居た。
皆、一様にアトリエ・コンフィーの魔法使いが一番に技術を持っているという。どの様な人物だったのだろうか。
(兵器の刑天でなく、舞手の雨紅として生きる。私の選んだ道は、制作者も喜んでくれるものだったのでしょうか)
ふと、雨紅はそう思わずには居られなかった。己がどう望まれて生まれたのかを知りたかった。兵器としてではなく個人の名前が与えられた意味だって気には掛かった。
「ボクの研究分野は、秘宝種の構造解明、技術の転用ですから。調べに行かない理由は無いでしょう?」
「浩黄も来ていたのですね。心強いです」
雨紅は浩黄へと頷いた。兄弟機の中で一番に知恵に優れた彼ならば、此処で共に調べることが出来る筈だ。
(ゼロ・クールとレガシーゼロが近しいなら、ボクが求める機能を得る手がかりになるかもしれない。あと、心ない彼らなら実験体に使いやすそう)
そう考えながら魔法使いとは産まれながらの才覚であると告げられた。そしてその技術は人によって差異があるとも教えられる。
ゼロ・クールはレガシーゼロと違う。『世界に認められれて人として受け入れられた』のがレガシーゼロならば、ゼロ・クールは世界がそれを人間と認めていない機械でしかないのだ。
命として認められるのは幸運なのか、それとも不幸なのか。
ンクルスはふと、考える。自分自身は境界図書館で生まれたと考えて居たが、もしかすればルーツは此方なのだろうか。
「……となると私の創造神様も居るかもしれないね!
ゼロ・クールさんの創造神様は沢山いるみたいだし聞き込みと交流を兼ねて魔法使いさんのお手伝いしに行こうかな」
ンクルスは自身に似た誰かを探してみるのも良さそうかと聞き込みを行ないながらプリエの回廊を歩いていた。
プリエの回廊は魔法使い達がアトリエを構える場所だ。彼女と似通った者を見たことがあると告げたのは老いた魔法使いだった。
「ルビーの娘さんかな」と告げられてから彼女は不思議そうに瞬いたのであった。
自身に似た人を見たとクレカがそう言っていた。ただ、その言葉に従うようにグリーフは街に出る。
(混沌で目覚める以前の記憶はあいまいで。現時点で私に、この地の記憶がないのは確かでしょうが。
それは果たして、本当に知らないのか。メモリをロストしたからなのか。暗号化され、隠されているからなのか……。
クレカが見たのは『ニア』なのか、それとも別の自分自身なのか。ドクターと呼ぶその人はこの世界に居るのか。
(私の混沌での出会いは。そこで抱いた想いは。たしかに私の。私だけのもの。
――けれど。私は、ゼロ・クールと同じ。在り方を定められた存在。”ワタシ”として造られた存在)
グリーフ自身はそう有るように求められた。あの『言葉』を聞いてしまったならばその思いも全て消え失せてしまうのか。
(……もし。もし、出会った時。私は……”私”でいられるの? ……教えて、ラトラナジュ……)
ラトラナジュに思いを馳せる。この世界にアーカーシュと呼ぶべき場所があるのかは分からない。ただ、土地を見れば『アーカーシュにあったもの』が地に存在して居たりもする。浮島に向かえば、そこでも共通点が見付けられるかもしれない。
グリーフを造り上げたドクターはこの世界で魔法使いの知恵を得たのだろうか。ならば、グリーフとは。ずきり、と頭が痛んだような気がした。
●
――眩い太陽。緑の草原。人の営みなんて無関係な、青い空。
(こんな情景を見ていると、私が混沌に転移する直前のことを思い出す私が火刑の炎に焼かれる筈だったあの日も、このような穏やかな日だった)
ルブラットは空を見上げる。異世界だと聞いた。異世界なのだろう。知り得ぬ景色が広がっているからだ。
その場所が故郷への帰り道を示してくれる『かも』しれないという。
(……私は、故郷の地に帰りたいのだろうか。最初は戻りたくて仕方がなかった。
今でさえも、感慨と共に故郷の空を見上げて、そして本来下されるべきであった罰にこの身を受け渡したい。
その願いは本物だけれど――混沌で友人を増やしすぎてしまったな。生きたい理由も、増えてしまった)
困った話だろうか。今は悩んでも無意味だろうかとルブラットは首を振った。治療の手が必要であれば力になるだけかと、ふと思い直して。
調査という名目でコルネリアは景色を見ていた。どう見たって長閑な風景だ。自身等が過ごす世界と何ら変わりないように見えるのだ。
(……パラディーゾ)
それが至ったかも知れない可能性であり、全てを諦めた『コルネリア』の姿だった。彼女の居た場所だって現実と差異ない穏やかさだったでは無いか。
(怒り、否定し続けたのが彼女だったのだとしたら。
……もう1つの可能性、手を伸ばす小さな命達を育むという誰にも明かした事の無い夢を。
孤児を引き取って未来への道を創る自分というIFと逢えたのなら私は――)
想像する。柄にも泣くが息をして子供の世話をして笑っている『コルネリア』。ああ、ホントに似合わないと笑いながらも、満更でもないのだと唇に笑みを乗せた。
「ふむ、今なら結構人手もあることだし、折角ならプリエの回廊を出て、プーレルジールを歩いてみるとしようか。
ここ最近では不意にプーレルジールに転移させられる者も増えているというし……もしかしたら保護する必要もあるかもしれんからな」
ゲオルグは呟いた。確かに、最近はと言えば混沌世界からこの場に迷い混む者が居るらしい。
彼等の保護も行なっておくべきだろう。一般人で有った場合は命が脅かされる可能性もある。
幻想が建国される前の嘗ての姿に似通っているとは言うが其処に棲まう人々は少しずつ変わっている。知り合い、と言えるかは分からない存在も何処かで過ごしているのかも知れない。
「なんかよく分かんないけど過去って訳じゃないんだよな? 知っているようで知らない異世界ってやつか?」
「過去ではあるが、そうではないらしい」
ゲオルグに「成程?」とペッカートは頷いた。適当にふらふらと動き回ることこそが探索のポイントだ。
気の向くまま、風の向くままに。のんびりと進めば次第に開けるものもある筈だ。滅びのアークの気配をひしりと感じたのはそれらが主たる敵だからなのだろうか。
この世界が滅びに向かっていることは良く分かる。集落を探し歩く弥恵も「何とも言えない光景ですね」と目を伏せった。
「此れまでの経緯はさて置いても、異世界を探索してみた所、此程までに滅びの気配が大きいというのは戦力が必要とされているでしょうね」
弥恵はそう呟いた。アイドル、踊り子として活動出来ることが一番だが、その前にこの世界の異変について仔細に知っておくべきだろうか?
「おー。自分歴史とか全然詳しくないんすよね。生まれも育ちも混沌ではあるっすけど、ずっと練達にいたっすからね」
練達とは海に浮かんだ都市国家である。故に、アルヤンが感じるように余所よりも歴史が浅く、余所について知る機会は余りない。
「まぁここでもやることは変わらないんすけど。『魔王』、気になるっすよねぇ。
アーカーシュで一度手合わせしたことはあるっすけど、あれはクローンだったっすからね。
本物……とはちょっと違うかもしれないっすけど、やっぱり手合わせしてみたいっす」
魔王の配下と呼ばれるのは謎のモンスターだった。うぃーんうぃーんと動きながらそれらを討伐するのがRPGの醍醐味だ。
「うぉおおーー! 気持ちいいくらいだだっ広い草原じゃな!
シート広げて〜、弁当を広げて〜、水筒もバッチリじゃ! むーーーー!! 青空の下で食べるご飯は美味いのう!」
食事をしながらニャンタルはスライムに襲われている村人に気付いて駆け出した。
「はぁ、はぁ……恐ろしいスライムじゃった……! お主、大丈夫か?!」
サビオをぺたりと張ってくれたニャンタルに村人は有り難うございますと礼を言うが――
「所で、この辺に何やら近付いては行けないと言われとる場所など無いかの? ま、無ければ一緒に弁当を食わんか?」
「遺跡なんかはありますが……」
ほほうとニャンタルは呟いた。『近づくなと言われとる場所にはストーリーを進める手がかりが何かある』と考えるが無茶をすれば死ぬのがこのプーレルジールである。注意は為た方が良さそうだ。
「幻想国が出来る前。純粋な過去ではない、勇者王が勇者と呼ばれていない世界、ですか。何とも興味が唆られるモノです。
……境界を乗り越えて、辿り着いたこの世界。彼女のかけらを胸に、一体何を見るコトになるのでしょう……」
そっと胸に手を当ててからドラマは小さく息を吐いた。ドラマにとっては『ビブリオフォリア』の示した先だ。
魔法使いのアトリエにゼロ・クール。自身が興味をそそられる内容を置いていくとは彼女も『私』なのだと思わずには居られない。
「IFの世界とは言え、冒険者のアイオンが存在する以上……」
あの不愉快な鴉も居るのだろうかとふと、呟いてから頭を振った。いいや、彼は旅人だ。ならば、此処には存在しない可能性が高いだろうか。
ならば、存在して居る誰かを探せば良いのだろうか。フラーゴラはアイオンに会ってみたいと考えて居た。
「本人が見つけられなくてもどんな人かも知れたらいいな。噂でもいいから聞けたらいいのになあ。
背格好や髪や目の色、得意な戦術……剣が上手いとかね。好きな食べ物とかお酒を飲むのとか知れたらいいなあ」
聞き込みを行って居るのはフラーゴラだけではない。ヲルトとてアイオンを探していた。
「ここが……彼の勇者王の、始まりの地」
自身の使える王侯派貴族リーモライザを思えばこそ、だ。クラウディウス氏族には彼の仕えるアネットにも良く似た娘が居るだろう。
彼女がリーモライザ家を率いるにはまだ遠い未来なのかも知れないがその姿を一瞥しただけで間違えるわけがない。
「初代、リーモライザ様……?」
「……? 人違いではなくって? あなたは迷子ですの? クラウディウス氏族の娘としてお力になれるかしら」
穏やかに告げるアネットにヲルトは『アイオン』という青年を探していると言った。
「何処かの村の子供かしら。クラウディウス氏族も多く居るから分かりませんわね……」
肩を竦めた彼女にヲルトは礼を言った。村の子供かもしれないというのは重要なピースでもある。もしかすれば、彼は『ただの冒険者』であるかもしれないからだ。
「アトさんに似てるって噂で聞いたことがあるようなないような。どういう所が似てるんだろう?
……顔が似てるのかな? 性格が似てるのかな? 雰囲気が似てるのかな?
ダンジョン探索をライフワークにしてる訳ではない……と思うけど。ドキドキわくわく!」
だが、その為にはこの草原を抜けていかなくてはならないか。
「うん、新天地が出来たって聞いたもんだから取り敢えず来てみたが……、見事になんにもねぇナ!
見渡す限りの草、草、草! 如何にもRPGのスタート地点って感じだよナー。
ま、勇者って柄でもねぇがナ。自分で言うのもなんだがどっちかというと魔の類ヨ? オレ。■喰うシ」
小さく笑みを浮かべた壱和。特段やりたいことが浮かばないならば此処からサーチ&デストロイと『魔物退治』を行なって世界を知っていくべきだろうか。
進む壱和のサポートとして柔らかな息吹で回復をもたらすアンジェリカ。
「危険がある可能性も無くは無いので、ええ。
情報を得るならば無理が必要かも知れませんが帰宅をするのが大事。無茶はいけませんよ? さぁ、張り切って調査しましょう!」
うんうんと頷いたのはセララ。此の辺りを散策してみるが原っぱの向こうにはクラウディウス氏族の村や町が転々としているらしい。
「誰かに似てる人とかいるのかなー?」とセララはぱちくりと瞬いた。もしかすれば、また素晴らしい出会いがあるのかもしれない。
元の世界に帰りたいと願う風の精霊が居る。ただ、彼が『迷い混んでいるのか』はオデットとて知らないことだ。
出会ってしまえばオディールに対して嫉妬することだろう――けれど、何も知らないままにオデットはプーレルジールをオディールを抱えて散歩していた。
「風の気持ちいい草原、お散歩にはピッタリだわ」
尾を揺らすオディールはオデットに同意するように嬉しそうである。知り合いがいるかもしれないと聞いているが――屹度、気のせいなのだ。
吹いた風のぬるさも、混沌との違いを考えるオデットの耳に聞き覚えがある声が聞こえたことだって。
「新天地の食材を求めて! いざ行くぞ!!」
その声を遮るようにガラガラとリヤカーを引いてやってきたのは天狐だった。
「治安維持も兼ねつつワシらへの信頼を得て、美味しく勝利するのじゃ!」
モンスターを荷台の乗せて美味しく調理することを目的としている。ある意味、そうした生物を調べることもフィールドワークの必須なのだが――
「料理人の血が滾るのう!!!」
別の事に使われそうなのはご愛敬である。
「ちょっとお話しましょう?」
穏やかに声を掛けたのはヴァイスだった。動物や植物と話しながらも、のんびりと会話をする。草木はグチっぽくイミルの民とクラウディア氏族が喧嘩を為ていることを教えてくれた。
「それにしたって嫌な気配が包むんだよね」と言った話も何処からか聞こえてくる。その嫌な気配だというのが、もしかすれば『世界が滅びる前兆』なのだろうか。蔓延した滅びの気配に終焉獣達。混沌が来たる滅びに備えるよりも先に、この世界が滅び行くのだろうと、ふと、その様に考えた。
●
「過去の混沌世界に近いが異なる歴史の世界、ねぇ。実に不思議だが……何かあるんだろうなぁ。それが何かはこれから調べないとだろうけど」
呟いたェクセレリァスの傍にはレッドの姿があった。
「さて、行こうか。こちらの準備は万端だよ」
「よし、こちらも準備も万端っす」
この世界がどう滅びに面しているのかは実際に見て見た方が良いだろうとレッドは考えて居た。
空からの索敵を行って居るェクセレリァスへとレッドは「上からの様子はどうっすか?」と声を掛ける。
「こちらェクセ。よく見えてるよ。終焉獣らしきモノを視認。狩りの時間だ。行こう」
「力量見誤らないように気をつけていこうっす」
終焉獣と呼ばれるからには世界を破滅に追い込む者であるのは確かだ。だが、問題はそれらがどうしてこの様な場所にまで現れているか、だ。
滅びの気配をハリアの蹴るようにシラスは片っ端から魔物を退治して回ると決めて居た。
ここが自らが生れ育った幻想のはるか昔の姿だと聞けば妙な心地がする。アイオンも魔王もいるらしい。此処で名を上げるのがシラスの『やり方』だ。
なるべく目立ち魔王の配下を呼び出すことが目的ではあるが、魔王の配下を名乗る『ザコ』は無数に存在して居るらしい。
「……目的は、四天王かな」
アーカーシュにもそうした存在が居たのは確かだ。その名を売るならば、『シラス』の名を覚えさせるのであれば四天王を撃破していくのが一番だろうか。
シラスは拳を固めた。アイオンはまだ、燻っている。彼と共にその名を上げて『勇者』を育て上げるのだって悪くはない話であろうか。
(プーレルジール。勇者王が建国する前の幻想の地か。見覚えがあるような所もあるけど、やっぱり違う……何だか不思議な気分だ)
ウィリアムは周囲を見回してから小さく息を吐いた。どうにも、景色だけで気が漫ろになってしまうものだ。
「おっと。ぼうっとしている場合じゃない。とりあえず歩いてみようか。
何かに出会うかもしれないし、出会わないかもしれない……この世界での第一歩、どうなるかとても楽しみだね」
平野を赴くがままに進む。クラウディウス氏族の話やイミルの民の話を聞くことは出来るが、幻想での内乱の際に耳にした『フレイス』の名が出るばかりだ。
「プーレルジール……アイオン達が勇者と呼ばれることの無かったIFの世界、ですか……。
つまりは、大昔の幻想ということですよね。かつて物語として聞いたことのある、魔王が居て、倒されていないだけで。
そうなると、やはりアイオンと仲間達がこの世界ではどうしているのか気になりますね……彼らの名前を探してみましょう」
アイオンとはただの村の青年ではあるが、彼等のエピソードが残っていないことはやや気にはなる。それ程、彼の冒険が始まっていないという事か。
ふと、『ウェズ』を思い出した。読書家であった彼はアイオンのファンだった。それと同時に幻想貴族ならばクラウディウス氏族に彼も所縁があったのだろうか。
(……過去の幻想ということは、ボクに関わりのあるご先祖様とか居たりするんでしょうか……ほんの少し気になったり)
自分も、彼も。もしかするとこの先に何かルーツがあるのかも知れないと、そう思わずには居られなかったのだ。
「現代との繋がりを感じられるのは地名か。そうだな、それ以外はあんまり残って居なさそうだ」
ヴェルグリーズは終焉獣の気配が強いと感じながらふと周囲を見回した。鉄帝国の方角にはアガルティア帝国などが存在して居るのだろう。
魔王の本拠地は本来はアーカーシュではないらしい。アーカーシュの魔王城は拠点の一つであり、どうやら、その場所は『現代ではどこにあるのかがわからないらしい。
ヴェルグリーズは「滅びに向かうというならば、きっと『終焉獣』を配下に持つ魔王を斃さなくちゃならないんだ」と呟いた。
果たして、その魔王という存在が悪人であるのかは――歴史を紐解かねばならないの『かも』しれない。
「遠路はるばるやってきたの。なるほど、こんな場所があるとか興味深いの」
胡桃がぱちくりと瞬いた。勇者アイオンの時代については良く分からないが、古代文明というのも余り信用できず、建築様式も知識が無くそれが『地続き』であるとは断定さえ出来なかった。
「魔物とかいるらしいけれども、こんな町の近くでわたし一人で苦戦する相手にエンカウントしたらそれは事故だし、まぁヤバそうなの見たら全力で逃げればいいかしら……」
終焉獣などには出会うことはあるがそれ位ならば胡桃独りでなんとかなりそうな相手も多い。愛無に言わせれば『あーるぴーじーで大切な事は情報収集と経験値稼ぎ』である。
「小さな事からコツコツだが。この世界では死んだら終わりであるのは注意だろうか」
愛無はふと呟いた。何にせよ慣れておかねばならないか。喰えそうなモンスターを探して捕食をしてみるがそれらは現実と何ら変わりが無さそうだ。
ただ、これは腹を下しそうだと感じたものは全てが終焉獣であったのは――きっと、気のせいではない。
(元の世界に戻る手掛かりがあるかもしれない。それも大事なことだけれど、でも何よりも。
滅びに直面したこの世界に生きている人たちがいる。助けを求める人たちがいる。それだけで戦う理由には十分だよ)
決意を胸にオニキスは知啓把握を兼ねて周辺パトロールをしていた。途中、待ちを見かけたが其処にはヤツェクが向かったらしい。
モンスターの姿もオニキスの目には幾つか映る。それらは歩いている者を適当に襲っているのだろうか。
「何か居るぞ!」と司令官を思わすモンスターが叫んだ。それらの動きに気がついてからオニキスは強襲を仕掛ける。
「捕まえろ!」
(――今、此方を見てそう言った?)
オニキスはその違和感から捕まえて問い質そうとしたがそれ以上の応えを得る事は出来着なかった。
情報収集を兼ねてやってきたヤツェクは詩人としての名声を広げるために、そして、混沌では喪われているだろう昔話に耳を傾ける。
聞きたいことは沢山有るが彼等は「モンスターの数が増えた」事や「それらは普通のモンスターではない」と話す。ヤツェクの異国の歌に耳を傾ける人々は聞いた事が無いとそう言った。どうやら、空中庭園が存在せず『召喚される旅人』は居らず『望んでこの世界に来る限られた異世界人』しかいないが故に、そうした曲などは物珍しいものが多いのだろう。
「……それにしては…色々と違う場所がありそうだけど………別の世界に行ったと聞いたら……学園ノアの先生は……どんな反応をするかな……?」
グレイルはふと、思う。幻想とプーレルジールの違いは『国家が存在しないこと』などから様々な違いを感じる事が出来る。
練達とは機関を志す旅人達の都市国家に当たり、本来的に存在して居ないのだろう。ならば、『異世界からやってくる人々』はギャルリ・ド・プリエを通じてくるのだろうか。
自身の両親がいるならば練達と呼ぶ都市国家ではないどこか、なのかもしれないとふと思いながらもその世界を歩き回った。
(……我ながら女々しい事だとは思うが、亡きジェーン・ドゥの面影を探してしまう。
彼女は境界の乙女。異世界からR.O.Oへ渡り歩いた存在。であれば、この地に足を運んでいた可能性はないだろうか)
この世界が他の異世界から渡ってくることが出来たのであれば――弾正は唇を噛み締める。
(俺は彼女を守る事が出来なかった。未だ託してくれた原動天に申し訳が立たない立場にある。
もし彼女を知る人や彼女の後継たる人物がいるなら、此度こそ守らなければと思うのだ)
弾正は似たゼロ・クールを見かけることがあるかもしれない。クレカがペリカに似ていたように。ジェーンを見て、その姿を真似る魔法使いがいる可能性もある。
もしも、彼女と出会ったならば、弾正はどの様に彼女と接するべきなのだろうか。
「ツルギさ、」
声を掛けようとしてからアーマデルは思いとどまった。弾正は愛情が深い。だからこそ、気にしているのだろう。
(俺が『私のじゃないツルギさん』を気にしているようにな)
ジェーン・ドゥそのものは此処には居ないだろう。だが、その彼女を模したゼロ・クールならば何処かに居るかもしれないと聞き込みを行ない続ける。
例えば、終焉獣と深く共に在った彼女ならば。『戦士』として世界を歩き回っている可能性だってあるだろうかと。そう考えた。
「ほー! ここが異世界か、つまり俺達にとっちゃ未知か。なら放浪者がすることと言ったら、何をおいてもまず放浪だな」
バクルドは王国建国前の時代なんてそうそう歩けるものではないと歩き出す。
「魔物はまあ多少強くとも問題はなかろう。何があるか分からんほうが浪漫があらァな、それと少しの上等な酒と塩漬け肉がありゃ何も不自由ねえ」
危険な場所は出来る限り避けた方が良いだろうが、そいれでも未知を既知とするのは何事にも変えがたいものではある。
「魔王がいて勇者がいない。御伽噺の時代、か。年甲斐にもなくワクワクしてきたぞ、やはり放浪はこうでなくっちゃな」
魔種とは認知されていないのだろうが『存在して居る』のかもしれない。バクルドはふと、思う。
(……というかファーストデイ以前まで眉唾ものだったからそりゃそうか。だが終焉獣の分布も気になるところだしな。
こっちが出入りできるなら果ての迷宮から外に出る可能性も十二分にある。
特に気になるのはラスト・ラストがある方角だが――まるっきり見当外れなところが原因の可能性もある、か?)
さて、どうだろうか。ラスト・ラストではなくそこには『別の何か』が広がっている可能性だってあるのだから。
●
「気にかかるのはこの世界が『元世界への回帰』の手がかりになるかもしれないってトコロだ。
……俺ァ正直どっちでもいいんだ。混沌を弊社の手中に収めた末になら、故郷に手を伸ばしたっていいってぐらいに考えてる」
キドーはそれよりも練達のどうしても故郷に帰りたいと公言する旅人達の事が思い浮かんだ。
(『どうしても』っていうのはそのまんま、誇張抜きで何をしても何を犠牲にしても元の世界に戻りたいって意味だ)
それがR.O.Oを作り出したと言う。ローレットに所属することなく練達に身を寄せる旅人達だって居ただろう。
縁もゆかりもない美知らぬ土地だ。此処では無茶な実験をする者など居ないようにと願わずには居られない。キドーがふと、思い浮かべたのは楊 青鸞と名乗る幼い外見をした少年だった。彼こそ帰りたいと願う者だったか。
「ここがプーレルジール……幻想国とは違う事も多いんだね……前に境界図書館に迷い込んだ、おねむちゃんや4匹の猫もいるのかな?」
周囲を見回したヨゾラは「あれ?」と首を傾げた。「ライゼのそっくりさ――」と言い掛けたがどうやら様子がおかしい。
ライゼンデは「ここはどこだ」と頭を抱えた。ヨゾラは「本人だ!?」と慌てた様子で駆け寄っていく。
この場には空中庭園はなく『イレギュラーズ』は存在して居ない。召喚される旅人は居らず、好き好んでこの様な滅びを前にした世界を旅する異世界人は少ない。
「……ゼロ・クールには製作者である魔法使いさんがいる。きっとクレカさんにも。
僕は……僕という魔術にも『生みの親』はいるのかな……?」
「『生みの親』、か……」
ライゼンデは悩ましげに呟いた。魔術であるのならば制作者がいるはずだろう。ならば、外の世界の何処かに彼のルーツが存在して居るのかもしれない。
「あれ、、こっちで魔物が死んでる……しかも、ついさっきまで生きてたっぽい……。オレと同じように、魔物退治に来た人がいたのかな?」
呟いたのは『洸汰』だった。周囲を見回す仕草を見せた少年の背後から洸汰が勢い良く飛び付いていく。
「待たせたな! オレが来たからにはもう大丈夫だぜー!
そいつ等も邪魔だったからさー。つい巻き込んじゃった。ごめんな? 狩りたかったんだろ」
跨がっていたパカパカー。人助けをするために姿を見せた彼を見詰めてから『洸汰』が目を見開いた。
「え――?」
『オレ』そっくりな声色で話す彼とは、果たして――?
過去と其の儘同じではないとアルテナは知っている。
なぜ、どうして、どのように違うのか。それは一介の冒険者でしかないアルテナも余り知り得ない事ではあった。
「過去の幻想、とは違うんですが、本来ならば見れない時代のこの土地を見れるのはなんだか不思議な感覚です。
元々肥沃な大地ではありましたけど、国として成り立ってない場所なのは不思議ですね……」
呟くのはシフォリィだった。クラウディウス氏族は幻想にルーツを持つ人の祖であると聞いている。例えば、隣を歩くアルテナもそうだ。
「私の祖先もいるんでしょうか、アルテロンドのルーツはこの地に住まう人が旅人の女性を娶ったところから始まりなのでいないかもしれませんが。
……むしろこの時代だと『私自身』がいるかもしれませんね。もしかしたらアルテナさんに何処か似てる方がいる方が有り得るかも」
私自身と称したのは何も、シフォリィそのものという訳ではない。フィナリィ――勇者王のパーティーに居た結界術を得意とする娘だ。
「私に似ている……そうね、この頃の幻想って、たしか氏族っていうか豪族っていうか、群雄割拠してたんだっけ。
それを統一したのが建国王、勇者アイオン。氏族とかってイミルとかクラウディウスとかすごく沢山あって、それぞれが幻想貴族のご先祖様だったような気がするけど」
クラウディウス氏族は大きな勢力だった。
血は広がり、現在においては血縁関係とは呼べないほどの薄い繋がりがシフォリィとアルテナの間にはある可能性さえある。
「……ちょっと、気になってるんだよな。『最初からフォルデルマンがいなかったときの可能性』、さ。
アイオーンがいなくて、幻想という国が束ねられてなければ、古代の風の悪霊も、三厄も、"現役"のハズだぜ。
幻想だから巨人族とかその辺もいたかもしれないがまぁ、それはそれ」
呟くサンディにアルテナは「イミルの女王はいると思うわ」と頷いた。サンディは「フレイス姫か」と呟く。
サンディ・カルタという『少年』も自らのルーツを探していたのだ。
痕跡を探せばそれらと出会うことは出来るだろうか。もしも存在して居たとしてもそれらの気配を何処からか察知し探すしかないだろうか。
スティアもイミルの田宮クラウディウス氏族について調べておきたかった。対立しているのか、それともどの様に過ごしているのか、だ。
「フレイスさんとも話してみたいけど、確か姫……なんだよね。
いきなり行っても大丈夫なのかな? もう少し準備をした方が、よさそうかもしれないね」
頭を悩ませたスティアは双方とも話してみたいけれど、と呟きながらヴィーグリーズの丘より周囲を見回した。
アルテナの言う通り、このプーレルジールでは様々な存在が群雄割拠の現状だ。古の魔物という者だって存在して居るはずだ。
(何処に行けば探れるだろうな。フレイス姫と謁見すれば分かるのか?
……いや、そもそも。それらは『封じられずに存在して居るのか』?)
謎は多い。この地では自らが踏み出さねば解き明かせぬ事が多いだろうか。
「……文献だと族長は時代的にはたしか、ユリウス・マクシミリアヌス・クラウディウスだったっけ」
「詳しいのですね」
リースリットはヴィーグリーズの丘を目指してやってきた。傍らのアルテナは肩を竦める。
ああ、そうだろう。アルテナ、否、『リーラ・クラウディア』にとっては自らのルーツに当たるのだから。
それはリースリットとて同じであっただろうか。イルシアナと呼ばれる地にて調停を行なった幻想種の聖女フィナリィとクラウディウスの名を持つアルテナの背を見詰め息を吐く。
「勇者王アイオンが生きている時代――そう聞いて最初に感じた……感動のような形容し難い感情は確かにありました。
けれど、話を聞いていくうちに、幾つか察してしまった事もあります」
目を伏せる。リースリットは勇者王が立っていない以上、この地で『魔王の軍勢』と対抗できる一番大きな勢力は、同じならクラウディウス氏族ではなかろうかと考えて居た。
「イミルの民と決戦時のクラウディウスの指導者の名は、確かルシウス……。
……私のご先祖様も居るだろうけれど……今は、クラウディウス氏族の情報が欲しいのですよね」
歴史書によれば、ユリウスの息子がルシウスだったはずだ。この前後で世代交代が起きたのか。
「彼らの対応、姿勢。彼らの意図。可能性で言えば、魔王に降る心算……というのも有り得ないでもない」
「どう、かしら」
リースリットは「別物の魔王がいるのかもしれません」とそう呟いた。
ギーコはパウルの名前どころか存在すら匂わせなかった。アーベントロートの名を有した男は旅人だ。
「言い忘れでないのなら……。あの男だけは旅人だった。それはつまり……存在しない。或いは知らない、という可能性が高い。
とはいえ確証も無いもしそうであるのなら、歴史が異なる理由も解り易いと思うけれど……」
魔王の存在さえも違っているのであれば。
この世界は――
●
「ホントは飛んで行きたいところだけど、単独行動だと危険だしな。それに、情報がないなら無いでハイペリオンさまの素晴らしさを伝えていけばいいだけだしな!」
うんうんと頷きながらもカイトは今のような雛ボディではなくて大きな白い鳥の姿をしていたのだろうかと首を傾げる。
ハイペリオンの話をしている内に魔法使いは「鳥型のゼロ・クールもいいなあ」と頷く。
「ハイペリオンさまはもふもふで暖かくて優しい、おひさまのようなお方だぞ!
ハイペリオンさまのこと好きかって? そりゃ、俺にとってのかみさまだからな! 大空の守護者さまだぞ!」
にんまりと笑ったカイトはパンに肉を挟み込んで囓りながら、暫く魔法使いに掴まって居るのであった。
「ねーさまから話を聞いたくらいで、メイはR.O.Oや果ての迷宮についてはほとんど知らないのですよね」
知らないならば、知れば良いだけだ。メイは回廊を歩きながらこの世界を知りたいと周囲を見回した。
「こんにちは! アトリエ・コンフィーのお手伝い、メイです!」
不思議な魔法道具や、当たり前の様に存在する食品の店舗。異世界であるようで、そうではないような不思議な場所でメイは「あのあの。おいしいケーキのあるお店とか、教えてほしいです。あなたお名前は?」と緊張したようにゼロ・クールへと声を掛けた。
「Operator-L10です」
穏やかに告げる彼女達。もしも、世界が違えばそれは魂として認識されて人として生きていくのだろうか。
心なしなんて呼ばれる彼女達にだって命と心が宿れば良いのに――そう、願わずには居られなかった。
「プーレルジールはつまり、混沌が選び得たけど選ばなかった可能性の一つというわけか。
そういう世界ならば、実際には無数に存在してそうだが……?
その中で滅びに面した世界に来れるとは、不思議だな。予行演習か、『本番』の準備か?
……なんて、考えても仕方ないか。今はまず、新しい場所を知るために楽しんでみよう」
ぽつりと呟いてからイズマはこの世界の音楽について知りたいと声を掛けた。クラウディウス氏族のなかには音楽を生業にするものもいるだろうと魔法使いは言う。そうした者のサポートのためのゼロ・クールを作った事があるそうだ。
「成程、クラウディウス氏族か。古の幻想の民、と考えるべき何だろうな」
魔法使い達は生活のサポートを行って居るのだろう。ゼロ・クールはしもべ人形だ。それらは美しく微笑んで望まれたことを行なうのである。
「行くとなればまず本屋だろ本屋。あ、図書館でもいいな」
「本屋か図書館、ですか。そう言うと思ってましたよ。本の虫ですものね、お互いに」
ファニーの後を着いていくミザリィは肩を竦めた。ゼロ・クールに丁寧な挨拶をするミザリィに手をひらひらと振るファニーは対照的だ。
「ちょっといいかな、この国の地理とか歴史とかの本、あるかい? あ、あと星座の本とか」
「こちらでございます」
てこてこと歩いて行くゼロ・クールの背を追掛けてからファニーは故郷の妹を思い出すと呟いた。
ミザリィも同じように姉を思い出す。彼女と良く似た姿を見ればついつい思いを馳せてしまうのだ。
「私はミザリィ。そっちのはファニーといいます。失礼ですがお名前をお伺いしても? 名前、といっても個体番号なんでしたっけ……」
「はい。私はLibrary21と呼ばれています」
背筋をぴんと伸ばして告げる彼女には姉妹をダブらせてからミザリィは「ライツさん」と呼び掛けた。どうやら彼女自身もマスターにそう呼ばれているらしい。
「なぁ、おまえさん兄弟はいるか? マスターのことは、好きかい?」
「はい。『姉』となる存在がおります。マスターは私を作って下さったので好きですよ」
淡々と告げる彼女はそうした感情を有しているのか、それとも『そうあるように定められているのか』はそこからは判断できなかった。
「昔の幻想、秘宝種と似た人形。秘宝種の友達いるし、なんで似てるかとかは気になるな。
そもそもこのIFで、そのゼロ・クールの技術ってどっから来たんだ? IFだろうが、無から生えてくるもんじゃないだろ」
呟いた飛呂は魔法使いの雑用を手伝っていた。折り紙の糊付けをするという簡単な仕事ではある。
「昔にしては技術が高すぎるなら、やっぱそういう分岐を起こす、技術もたらした誰かが居たってことじゃないかな」
「どうだろう。僕が知っているのは、魔王が現れたときにゼロ・クール達が産み出されたという噂かな」
「ふうん?」
飛呂はぱちくりと瞬いた。ゼロ・クール達がこの世界特有の存在なのであれば、世界が変化したときに確立された技術や、それを吸収することの出来たコアの制作が可能になったと言うことなのだろうか。
美咲とて、ぜろ・くーるについて考えて居た。ハイカロリーな食品を囓りながら資料を確認し聞き取りを行って居る。魔法使い達は『自身達に備わった力』だと口にするが、それ以上の情報は出てこない。隠しているわけでもないのだろう。
「ンー……」
美咲は呻いた。
「造花回路……たしか、アーカーシュで百合子氏が名付けたゴーレムのコア。ゼロ・クールのコアもあれに近い感じなんスかね?」
確かに、アーカーシュの古代兵器(ゴーレム)とて似通った部分はあるのだろう。ゼロ・クールはコアを中心にしそれ以外の素材は様々なようではある。
「コアと言われれば秘宝種の原型、なんスかねえ」
ゼロ・クールのアトリエが多いのであれば、ゼロ・クールの素材を販売している店舗もあるだろうとラダは考えて居た。
店舗の作り、業種、品物、店主や顧客達。新たな場所では文化が違うのだ。見るべきものは山ほど存在して居る。
「これは?」
「目だよ」
石ころではあるが、それを人形の目に加工するのだと魔法使いの一人がそう言った。「これを?」「そう」とランタンの焔を石に翳してから魔力を込めれば赤い瞳に作り替えられていく。
何らかの翼や尾なども人形の材料になるのだと魔法使いの少女はそう言った。
「何故、魔法使いはゼロ・クールを作っているんだ? 人手がいるなら――」
「人手がないからだよ、外の人。この世界は急速に滅びに向かっているからね。人間は減るばかりなのさ」
人が滅びに向かうならばせめて歴史を残したいと願った者はゼロ・クールに託すだろう。そうではない、足りない手を借りるためにゼロ・クールを運用する者も居る。それは人それぞれなのだと魔法使いはそう言った。
「魔法使いのアトリエ! 成程、素敵な響きではないか!
ロジャーズ=L=ナイア、つまり私は、混沌世界への旅人で在ると同時に芸術家なのだ!
魔法使いの創る『もの』に興味が涌いた。お手伝いさんとして振舞うのも悪くない。
ふむ――弟子入りと謂うカタチになるのか? 頼もう――!」
堂々と現れたロジャーズ。その背後にはもつがにこにこと微笑みながら歩いている。
「やってきました異世界!!! なんでも転生が一時期流行していたとご主人様から聞きましたよ!
まあ兎も角、お店が並んでるってんならおにくですね!
一頭買いが好ましいってどっかの店主さんも謂ってましたので、はい、解体作業ですね、お任せください!!!」
他の魔法使いに呼ばれてもつは走って行った。豚でも牛でも鳥でも何だってお任せあれともつは笑う。その傍に立っていたゼロ・クールは「僕の事も食べられますか?」と首を傾げた。
「えっ。いやいや、流石に人形は食えませんって。鉄の胃袋でも無理なものは無理!!!」
魔法使いがその様子を眺めて居る。相変わらずの楽しげなもつの声音と、自身でも出来そうなものはないかと作り方のレクチャーを公ロジャーズがいる。
労働ではない職業体験として味わうことはできるだろうが、『容れ物』は作れてもコアだけは何とも難しい。特別な技術なのだろうか。
●
「うん、境界世界には少し顔を出したことがあったけど……この世界のことをもっと知りたいな」
アルムは本を読みながらも文化や歴史を調べていた。軽くしか情報は纏まっていないが、魔法使い達は自身の技術を外には出さないと言うことを聞いた。
「人と話すのはあんまり得意じゃないけど、店員さんとお話しも出来るかな?
その……ギャルリ・ド・プリエで流行ってる本……物語とか、ファッションとか、スイーツとかを教えてくれますか?」
そろそろと話しかけるアルムにゼロ・クールは「宜しければご案内致します」と恭しく頭を下げた。
無機質な笑顔ではあるが、人と話すことを得意としていないアルムにとっては幾分か安心できる反応だろうか。
「例え向かう先が異界であっても、そこに商機があるなら駆けつけるのが私です。
生活に必要な店舗があると聞き及んではおりますが、私が気になるのは娯楽やエンタメにまつわる商業施設があるのか」
そう呟いたのは冥夜だった。ここにシャーマナイトの店舗を出すか否かだ。
「ゼロ・クールと秘宝種の違いは、感情を育てるチャンスの有無だと思うのです。
それを可能にするのがエンタメだ。私はその生き証人ですから。
ゼロ・クールのお客様をとり、ホストの手腕での口説きやギャンブルで彼らの感情が動くか確認しましょう」
手始めに蓮を伴ってやってきた冥夜は様々なゼロ・クールを口説いたが、反応は余りないように感じられる。
「今日を通して、蓮はゼロ・クールをどの様な存在だと感じましたか?
貴方は私の魂魄と神仙の協力によって生み出された存在だ。
必要な目的の為に生まれた存在、という点では彼ら彼女らと蓮の立場は変わらない。貴方だからこそ気づく事もあるかと思いまして」
「彼女達はプログラミングされた以上には動かないように思います」
淡々と告げる蓮は『それ以上に目覚めた場合』はどの様な動きをするのかが未知数だ、とそう言った。
「……成る程、良い匂いがするのです。これは面白くなりそうです。ふふふ」
先ずは形からだと危ない人に見えるようにサングラスと棒状の菓子を加え、棺桶型の武器を背負ったLilyが独り言ちた。
「ここが奴さんの本拠地ってワケか……いくぞぉ! トールゥ! Lily様!」
仁義なき格好をしている妙見子はレプリカのコズミックトカレフと五つめのサングラスを掛けておらおらと肩で風を切っていた。
実際に探しているのはトールの輝剣を修理できる店ではあるのだが――
「プーレルジール……こいつぁ新たなシノギの匂いがしますね、妙見子の姉貴兄貴! Lilyの姉御!」
トールはそう言った。せめて見た目は綺麗に直してやりたいという願いとは裏腹に謎の行動を繰返すトール達ではある。
礼儀作法の確りしているLilyは仁義なき存在にはなりきれず「そこの逞しい人、ここら辺に良い鍛冶屋ない?」と穏やかに声を掛けてしまう。
「Lily様!?」
「あ、間違えた!」
「そうですよ、Lilyの姉御!」
お礼の愉快玉を手渡された魔法使いが困惑している。案内役として呼ばれてきたゼロ・クールは無表情の儘で仁義なき三人を見詰めていた。
「ちょいとそこのねーちゃんよ、ワシら水天宮組っちゅうもんやがここいらで腕の利く刀鍛冶とかおらんかねぇ?」
「ねーちゃんでございます」
頷く彼女も仁義なき水天宮組に引き摺り込んでやれば良いだろうか。
「元世界への回帰ですって……?
まだ家族に、夫に再び会えると決まった訳ではないけれど、可能性が生まれただけでも大きな一歩。
幾度とないこのチャンス、手放してたまるものですか……!」
すみれは思わず呻いた。ゼロ・クール達に問い掛ける。鍵の有無は理解はされず、此処から別の世界に行くことは可能だとされているが、『特異運命座標は混沌に縛られているのかそれ以外の場所』には向かう事は出来なかった。
階段を降りて、最下層まで向かえば、そこから先は消失したように繋がっていない。すみれは唇を尖らせた。
「簡単には行かないという事でしょうか」
「そうであると私は認識します」
ギーコは静かに言った。この世界自体は他世界への渡航が可能なのだろう。だが、混沌は違っている。
何らかの破れない世界法則がその地に訪れた者達を縛り付けているようなのだ。すみれは歯噛みした。その縛り付ける原因さえ分かれば式の続きだって楽しめるだろうか。
商店街を歩くブレンダはR.O.Oさえも荒唐無稽だったが異世界から異世界に、というのも更に理解出来ない話だと呻いた。
「人形たちが歩いているのを見ると故郷を思い出すな。ここではゼロ・クールというのだったか……」
見ているだけではどうしてもメイドを思い出して落ち着かないとブレンダは「手伝わせてくれ」と声を掛ける。
「よろしいのですか」と問うたゼロクールに「なに身体を使うのは得意なんだ任せてくれ」とブレンダは微笑んだ。
「心なしなどと呼ばれているようだが私はそうは思わないよ。きっとわかりづらいだけで彼らにも心はあるはずさ」
心が、芽生えて良い物であるのかは――分からなくはあるが。
「ここは不思議な世界だね。今回は世界のお手伝い! 私に力になれることは頑張るからなんでも言ってね!」
にこりと笑ったシキにクレカは頷いた。自身の『父親』を探したいのだという彼女の目的は出来る限り悟られぬようにと世界とシキはこっそりと動いている。
「見て回ろう」
「そうだね、色々あるかも知れない」
二人の背を追掛けるクレカは不思議そうに見回している。シキが聞き込む間には世界が「クレカ、見てくれ」と景色を指さし話し込む。
(まだクレカには親御さんのこととか言わない方がいいかもしれないよね)
それがどの様な存在であるのかは分からない。
「K-00カ号を作った人って知ってる?」と聞き込むが「うーん」と首を傾げる者が多いのは余り知られていないのだろうか。
(木を隠すなら森の中……魔法使いを隠すなら魔法使いの中だ。隠されてる訳じゃないだろうが、探すならそこが妥当だろう)
もしも、作ったことを隠蔽していたならば知られていない、だが、同時に『作ったことが知られていない可能性』だってある。
理不尽に隠したわけではないならば、まだ知られぬ個体だった可能性だってある。ゼロ・クールはあまり当てにならないが、クレカはシキと世界が代わる代わる聞き込みを行なう最中に「パンを食べてみよう」「あれをみよう」と手を引かれ嬉しそうでもあった。
「シキ、待て」
「あはは、ごめんって! 珍しくてついはしゃいじゃった。でも世界も付き合ってくれるじゃん?」
「ってかお前。なんでこんな暇な作業に付いてきたんだ? 別にアイツと仲が良い訳でもないだろうに……まあ、俺もだけど」
「私にとっては楽しくって意味があるから、かな? 私はともかく、世界はクレカと仲良く見えるよ」
本当は世界の力になりたかった――けれど、それを態々伝えるのはちょっぴり格好悪いのだとシキは敢て隠してにんまりと笑った。
「俺達の人生は短いんだ、もっと好きに振舞った方が――やっぱりもう少し慎みを持ってくれ。俺は今日お前のせいで1ヵ月分は歩いたぞ」
「世界は、歩かない?」
「いや……クレカが歩くなら、歩こうか」
ほら、やっぱり仲が良いとシキは揶揄うように笑って見せた。
「魔法使いが人形を作る……以前似たような世界に行った事があります。
ただ、こんな風に散策できたわけではないので少し興味があります。魔法使いというものについても知識を深められるかもしれません」
ぽつりと呟いたジョシュアは独りで歩いていた。ゼロ・クールが多いように見えるが一般人の姿もちらほらと見えるのだろう。
ゼロ・クールは穏やかに名乗りジョシュアと他愛もナイ話を為てくれる。友好関係を築けるようにと彼女達はインプットされているのだろうか。
「普段どんな事をしているのかとか、あなたの魔法使い様の事とか……。もし困り事があったら力になりますよ。今じゃなくても」
「有り難うございます。私は花売りをしています」
穏やかに告げる彼女は花を一輪ジョシュアへと差し出した。
「遠い昔のもしもの世界……ね。世界を渡るって言うのもそうだけど、その渡った先がコレなんだもの。不思議なモノね」
朱華はこの世界には『オーリアティア』の先祖であると云うオルドネウムがいるのだろうとギーコに問うた。
「ギーコはオルドネウムの事も知っていたりするのかしら?」
「オルドネウム」
ぴくりと肩を揺らしたのはЯ・E・Dだった。プーレルジールの高原を歩き回って手がかりを探した後なのだ。
「うーん、オルにぃがこっちに居るのはたしかだと思うんだけど、問題はこっちの何処に居るかなんだよね……」
アイオンと出会っては居ないようだ。アイオンは『普通の青年』で勇者では無かったからだ。
「分かりかねますが、出会える機会はあるのではないでしょうか」
「そっか……人間としての姿も見たんだけれどね」
それはオーリアティアとも良く似ていたとЯ・E・Dは呟いた。アイオンと出会い、それから冒険を始めればいつかはオルドネウムとも出会えるのだろうか。
「そうね、希望が見えた気がする。やりたい事は出来た。やるべき事も見えている。――なら、後は行動するのみってね。
まっ、その為にも先ずは足場を確り固める事からかしら?」
朱華が立ち上がれば、同じようにЯ・E・Dは「そうだね。オルにぃを探さなきゃ」とやる気が溢れたようにアトリエ・コンフィーを後にした。
「プーレルジール……混沌を軸とした可能世界の一種であるのは確かな様ですが、差異の違和感は明瞭ですね」
アリシスはギーコへと向き直った。彼女は『与えられた情報』しか口にすることはナイ。
「この世界に、混沌以外からの来訪者『旅人』は存在していますか?
パウル・エーリヒ・ヨアヒム・フォン・アーベントロートは? シュペル・M・ウィリーは?」
「何方様でしょうか?」
旅人という言葉が異世界人を差していることを注釈すれば「皆様です」とギーコは告げる。
「成程。混沌に召喚された旅人がこの可能世界に存在している筈はない。存在が分裂する。
双方同時に存在し得るのは軸世界たる混沌の住人だけでしょう。
……私達旅人が混沌に投影された虚像なら話は別ですが、この仮説は一先ず置いておく。
恐らくこの世界には、歴史の転換点に大きく影響を与える立役者たる旅人が何人も存在していない筈です。なら――」
アリシスはすう、と息を吸い込んだ。
「この世界のイルドゼギアは何者か? 彼の人物は混沌にて旅人だったとか。故に居る筈が無い。役に『代役』が用意された?」
アリシスは独り言ちた。或いは同一人物であるならばこの世界に転移してきた本人とでも呼ぶべきか。
いいや、『混沌世界の外に旅人は今現在出る事が出来ていない』のだ。
「そして空中神殿が存在しないならざんげ様も、屹度イノリも居ない
――代行者が居ない。即ち、神は居ない。廃棄された世界とはそういう事か」
アリシスは呟いた。世界が滅びに向かって急速進んでいる。その廃棄するが為の『滅び』こそが本来は世界的に存在していた筈の魔王イルドゼギアを名乗る者であったならば。
(此方から渡ってきた者が居た。世界を行き来できる理由は、この世界が神に見放されたから。
……ならば、混沌世界から『外へと帰る』事が出来る可能性とて神が手にしているのかも、しれない)
プーレルジールはただの『IF』ではないのだろう。
この世界は分岐してしまった場所。過去とは言えども、異なる道を辿ったならばそれは全くの別世界なのかもしれない。
異なったからこそ産み出されたゼロ・クール。
滅びに瀕した世界で待ち受けていた魔王の気配は、色濃くイレギュラーズを包み込んだのであった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
『ようこそ、プーレルジールへ! さあ、皆で異世界を救いましょう』
GMコメント
R.O.OのORphanで境界深度を確かめ、そして現実世界の境界図書館を調査して。
やってきました異世界です。
●何をするの?
異世界散歩をしましょう!
なお、この世界では魔種という存在は認知されていません。「なんか気持ち悪い気配がする」と言った個体への印象です。
●あらすじ
R.O.Oには電脳廃棄都市ORphan(Other R.O.O phantom)と呼ばれる空間が存在して居る。それはネクストで語られる伝説都市である。
ROO内に発生した大規模なバグによって生じた存在の集合体であり、バグデータ達の拠点となっている。その地へはネクスト各地より至ることが出来るのだ。
そのORphan内部より『境界<ロストシティ>』と呼ばれる異世界への渡航が可能となっていることが確認された。
混沌世界をR.O.Oが取り込んだ際に同時に『解明されていない土地(果ての迷宮)』を取り込んだことによってデータ欠損、不足データが発生し正常な実装が出来ずに廃棄されたものであるようだ。
『境界』という特異的な性質であるが故に、現実世界にもリンクしていたその空間において『ライブノベル』に綴られた世界を救う事に至ったイレギュラーズはその際に、一人の『パラディーゾ』より物語の欠片を譲り受けた。
それこそがコレまで培われた『境界への親和性』――『境界深度』を駆使することで現実世界より渡航可能となった異世界。
密接に混沌とリンクし、混沌の有り得たかも知れない世界として分離されたその地は、気付いた頃には混沌に飲み込まれて仕舞うであろう。
境界図書館の館長を務めるクレカの故郷であり、混沌世界からすれば随分と遠い昔の出来事であり、本来ならば終ってしまった物語の別の側面でもある。
魔王を倒し、『レガド・イルシオン』の建国の祖となった男『アイオン』とその仲間達が『勇者』と呼ばれることのなかった『IFの物語』
「ちょっとした好奇心でもいい、世界を救う手伝いをしたっていい、それから私の故郷を見に行ったって良い」
クレカはそう言ってイレギュラーズを誘ったのであった。
●ゼロ・クール
『心なし』と呼ばれる人形達です。戦士となるものが中心ですが様々な用途で利用されています。
魔法使いと呼ばれる存在が作成したしもべ人形でありアンドロイドや球体関節人形など様々な個体が存在して居ます。
名前を割り振ることは少なく個別に番号が振られていることが多いようです。それらを『名前らしく呼ぶ』事も有るようですが……。
●魔法使い
ゼロ・クールの職人の総称です。魔法を与える事でゼロ・クールを自由自在に動かします。
また、ゼロ・クールそのものの命はコアとなる何らかの鉱物が中心であるようですが……。
●居るかもしれない敵
・『終焉獣』
滅びのアークによって造り上げられたモンスター。ラグナヴァイス。その姿は様々であり、知性も個体によって大きく違います。
何故か、プーレルジールでは多くの存在が見られます。
そして、それらはイレギュラーズを『外から来た存在』であると認識しているようですが……
・魔王達の配下
魔王と呼ばれた旅人の配下です。何故か終焉獣と同じ様な気配をさせていますが……。
●同行NPC
・クレカ
K-00カ号。ペリカ・ロズィーアンの外見を映したような秘宝種。(推定)ゼロ・クールだった少女。
自身の故郷と思わしきこのプーレルジールに興味を持っています。
・ギーコ
Guide05。アトリエ・コンフィーの案内嬢。魔法使い(創造主)であるマスターから皆さんを案内するようにと命令を受けています。
簡単な疑問には答えてくれます。が、あくまでも『設定された以上』は答えることが出来ません。
・その他
迷い混んだ関係者さんや、幻想王国にルーツのあるPCの祖先などが見つかるかも知れません。
またその他NPCはそのNPCによって判断は異なりますが推薦を行なう事が可能です。
(NPCそれぞれで同行不可能である場合も有りますので予めご了承下さい)
行動場所
以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。
【1】プリエの回廊(ギャルリ・ド・プリエ)を歩いてみる。
プーレルジールの中心地。現実世界では『果ての迷宮』ですが、こちらでは商店街となっています。
螺旋階段を思わせるように壁面に沿って階段が続き地下へと繋がっています。
壁面に沿うように店舗が存在しています。どれも、魔法使いのアトリエが中心ですが上層部には普通の商店もあるようです。
仕立屋さんやパン屋さんなど生活に必要な店舗も入っているようです。
アトリエ・コンフィーのお手伝いさんを名乗って自由に散策することが可能です。
また、お手伝いのゼロ・クールなども居たりする事でしょう。仲良くなってみるのも良いかも知れません。
【2】プーレルジールを歩いてみる。
プリエの回廊から出て、草原を散策します。平野地帯です。
レガド・イルシオン建国前です。イミルの民やクラウディウス氏族が過ごしているヴィーグリーズの丘なども存在して居るようです。
自由に散策可能ですが魔物などが存在して居る可能性がありますので注意して下さい。
もしかすると幻想ルーツのPCさんのご先祖様が居たり、『混沌世界』から迷い混んだ誰かと出会う……かも、しれませんね?
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