シナリオ詳細
<黄昏崩壊>怪竜ジャバーウォック
オープニング
●タイムリミット
暴食とは、在り方であった。
飢餓とは人間に課せられた罰だ。己にはお似合いの罰を背負って生きてきたと感じていた。
だが――
――もう駄目なんだよ。
どうやら、世界という者はうまく出来ている。その様な感情を得るべきでは無かったと運命は嘲笑うのだ。
七つの罪の内、たった一つの暴食は何もかもを内在していたように感じていた。
愛も、命も何もかも。兄妹達の内で、誰よりも人間という者を理解しようとしたのは己だったのかも知れない。
「莫迦なやつだにゃあ」
気怠げに『兄』が言うものだから、ついつい笑ってしまったものだ。
「莫迦な子なのよ」
困った様子で言う『兄』だって、本当は愛されたかっただけであったろうに。
自分だけ輪の外で見て居るような心地であったのは『覇竜領域を滅ぼす』事から目を背けていたのだ。
――それは、もう駄目なんだよ。
口をついて出た言葉は『彼』のものだった。一度だけ、彼が笑いながらそういったことを覚えて居る。
末の妹など「お兄様にそうやって仰って頂けるだなんて羨ましいですわぁ!」と怨みがましい視線を向けていたか。
……私にとっては、それは死刑宣告であったのだが。
――父よ。
ベルゼー・グラトニオスは、冠位暴食は、オールドセブンは、決して人になれぬ『世界の滅びを象徴する存在』は顔を上げた。
ジャバーウォックは彼を父と呼ぶ。「時間が無いならば我を喰え」と、告げた言葉は只の献身に他ならない。
「無理ですなあ」
「何故」
三百年余前に、竜を一匹喰らったではないか。美しい金の娘『パラスラディエ』。
彼女がベルゼーに己の身を喰わせたからこそ、三百年と言えども短い歳月を彼は何とか忍んできた。
これまでも竜が実に献身的とも言える選択をし、彼の餌となったと聞いている。
だからこそ、ジャバーウォックとて。
否定的な言葉にジャバーウォックは渋い表情を見せた。己の身が悍ましいからか、と問うたジャバーウォックの鱗を優しく撫でる。
「この肉体は徐々に竜種を消化しやすくなってしまった。ジャバーウォック、おまえを喰ったって碌に時間は稼げやしないさ。
あの娘……リーティアだって三百年余しか保たなかった。おまえを喰ったとてこの腹は碌に保ちはしないでしょう」
彼がそう言うからにはそうなのだろう。
――『煉獄篇第六冠暴食』 ベルゼー・グラトニオス。
彼の悲しげな眼差しがジャバーウォックはどうしようもなく、苦しかった。
普通の男として、普通に生きていくべき存在だったのだろう。己達とも関わることはなく、只の人として。
ジャバーウォックは人間など所詮は虫螻だと考えて居た。だが、ベルゼーのような『人間』がいれば悪くはないのかも知れない。
……ああ、彼は人間などではなく、その様な姿をしているだけの大いなる災いの種でしかない。
彼は人に近付けば、その人間をいとも容易く崩壊させる性質を有していた。
故に、専ら過ごすのは上位的存在であった竜が中心であったのだろう。幸運なことにこの男には竜に好かれやすい『性質』が備わっていたのだから。
だからこそ、金鱗のアウラスカルトは父祖としたって歩いた。ジャバーウォックとて父と呼び慈しんだ。
ジャバーウォックは父とは知らぬが全幅の信頼を置ける彼は父親と呼ぶに相応しい存在であったのだろう。
父よ。
呼び掛ければベルゼーは情けなく笑った。
「おまえを巻込んでしまったなあ」
彼は穏やかで、愛情深い男だった。
竜種であろうとも、人の子であろうとも、其れ等を分別せず愛を保って接してきた。
世界を滅ぼすために産み出された冠位魔種としては例外的な存在だとも思えるほどに――善性を有していた。
彼を愛する者は数多く居ただろう。しかし、彼は『滅び』そのものだ。
暴食の冠位魔種。
「……特異運命座標が、奇蹟に頼ればベルゼー様を『人』に戻せるのではないかと言って居ました。
反転とは所詮は病の一種。その根源を切除すれば人間に戻れるのではないか、と。……しかし、あなた様は……」
「その病そのもの。この世界が与えた宿命を翌々分かって居ますからなあ」
ベルゼー・グラトニオスは『反転』した結果がこうなのではない。生れ落ちた時からオールドセブン、冠位魔種と呼ばれる存在だ。
故に滅びそのものである。幾人もが命を賭して、喪って尚も『人間になどなれる訳がない』と自覚する程に。
「白堊、ジャバーウォック。琉珂が、イレギュラーズを連れてくるでしょう」
琉珂。フリアノンの里長は、フリアノンを護る為にここまでやってくるだろう。
――ああ、そうだろう。ベルゼーは亜竜種を愛している。深く、深く、心の奥底から彼らを愛してしまった。
覇竜領域を護る為ならば、亜竜種の心を傷付けても良いのかと問われたか。
構わない。喰えば全ては無になってしまう。
己の手で、愛しい者を喰う絶望を彼等は知っているだろうか。
……何時か、この世界が滅びるときに『手を下すのが己でなければ良い』――というのは、只の逃げだ。
それでも、そう願って仕舞うほどに、ベルゼー・グラトニオスの心は悲鳴を上げていた。
「あの娘達が、我が元に辿り着かぬように」
「……ええ、ベルゼー様。あなた様の心を御守りできますように」
白堊が跪いてその指先に口付けた。ジャバーウォックは胡乱に首を振る。
それでも尚も、遣ってくる。
……殺し尽くすしかない。父の目の前で何者かが死ぬ前に。全てを白紙にしてしまおう。
それが、この者の心を護る為の一番のことであろうから。
●『フリアノン』
地廻竜フリアノンは、その命を全うした巨竜である。
死を悟ったフリアノンは自らに奉仕しよく尽くしてくれた亜竜種を護る為に自らの骨を彼等の居所にしたと言い伝えられている。
フリアノンの心を聞き、其れに尽くすための巫女。それが『冥』家の指名であった。
「璃煙様」
「……カプノギオン。共に来なくとも宜しいのですよ」
幼い子供のなりをしている竜の頬をそっと璃煙は撫でた。
璃煙は、学の為にと混沌世界を見て回った経験がある。立ち寄ったラサで愛しい人を作り、種族を隠し、彼との間に子を成した。
その時の亭主の顔に良く似た『子供』の姿をカプノギオンはとっていた。
カプノギオンはフリアノンの系譜である。故に、冥家とは友好的な存在であった。
「母上様」
愛おしそうに呼び掛けたカプノギオンに親は居ない。璃煙が母代わりとして幼竜の世話を担っていただけに過ぎない。
「必ずしや、あの人間と貴女様をお守りします」
「この竜と一緒にお前を護ろう。リエン、愛しい我が妻」
褐色の肌を有した男は璃煙の頬に触れた。額に口づけを落とした男の名をロウ・ガンビーノと言う。
ロウは璃煙を探し求めて遙々やって来た。ラサから覇竜への交易路が開けたと聴いて単身乗り込み、遂に見付けたのだ。
イレギュラーズには息子の姿があったが、正直なことを言えば『大人』になった息子に今更何の気を配るか。死ぬなら勝手に死ぬだろう。惚れた女を護る方がロウにとって必要だった。
「璃煙はどうしたい?」
「わたくし、は――」
口を開こうとした璃煙の眸に別の色彩が差し込んだ。狂気とも言わしめるそれ。
長らくベルゼーの傍に居た彼女は『反転』している。もはや正気とも呼べる状況では無かった。
「……シグロスレア様」
ゆっくりと璃煙は振り返った。
「殺せ」
静かにシグロスレアはそう言った。不遜なるエルダーゴールドドラゴンの系譜。美しき金鱗の竜。
「イレギュラーズを殺せ、壊せ、苦しめろ。次はアウラスカルトも殺せ。あれは竜種の恥だ。
分かるな、璃煙。『フリアノン』は何と云っている? お前の信ずる神であろう。それは?」
「ベルゼー様を御守りするようにと」
――ベルゼーを護って欲しい。それは確かな願いであった筈だ。フリアノンと呼ばれる竜の願いは璃煙の中で捻じ曲がる。
『最後まで彼を支えて上げて欲しい』『ベルゼーを護って欲しい』と願われたからこそ、イレギュラーズを通すわけにはいけないのだ。
「はい。殺しましょう」
「殺せ。劣等種など、土地を肥やす程度のことしか出来ぬだろう」
「はい」
「下らぬ。実に下らぬ。人間など無数に居るのであろう? 此処で多少口減らしをしてやった方が良いだろうに」
「はい」
璃煙は静かに頷いた。
けど、少しだけ――愛しいあの子とその友人がせめて、生き残ることが出来ればと。そう願って仕舞った。
●
「ヘスペリデスが――!」
悲痛な声を上げた珱・琉珂 (p3n000246)は崩れて行くヘスペリデスを見詰めていた。
美しく名も知らぬ花が咲いていたその空間が崩れ去って行く。
琉珂は遂に、時間が迫っているのだと察知した。
「皆……!」
琉珂にとって、ベルゼーは父代わりだ。
幼少期の『不慮の事故』で両親を喪った琉珂に教育を、そして、愛情を注いでくれたのは間違いなくベルゼーであったからだ。
だからこそ、忘れ難い存在である彼が魔種であるなど嘘であった欲しかった。
けれど。
――嘘では無いから。
「ベルゼーを止めましょう」
彼は優しい。彼は、穏やかだ。
其れは知っている。けれど、目的のために何かを犠牲にすることを厭わない事を知っている。
覇竜領域を傷付けたくはないとベルゼーは言った。愛おしい亜竜種と『フリアノン』の骨を護る為なのだろう。
その為に彼がとった行動は何か。
R.O.Oで疲弊した練達にジャバーウォック達を始め竜種を嗾けたのだ。その地を制圧し喰らい尽くせば滅びに一歩近づく筈だと。
制圧に失敗したならば、冠位怠惰と協力し深緑を手中に収めようとした。理由作りだと言った。冠位魔種である以上は世界を滅ぼさねばならない、と。
その権能が暴走したのは紛れもなく『滅びに向けての行動』を体が勝手に起こしたのだとも認識している。
(けど、オジサマは……覇竜領域を喰う前に、他の国に向かうはず。
練達も、海洋も、幻想やラサだって……私にとっては未知ではなくなった。既知の場所になったのだもの)
琉珂はゆっくりと顔を上げた。
「オジサマは、何れだけ優しくったって、何れだけ私達を慈しんでくれたって、冠位魔種よ。
あの人が他の国を犠牲にすることを選んでいるならば……それを許容は出来ない。私は家族としてあの人を滅ぼす事を選ぶわ」
彼は決して人間には戻れないからこそ、人間らしいのだ、と。
彼は暴食であるからこそ、誰かを愛してしまうのだ、と。
そう聞いた。
「……私の我が侭だわ。皆に、犠牲になって欲しくない。
皆が犠牲になるなら、私だってイレギュラーズだもの。私がこの身を賭してでも――!」
皆を護りたい。宣言した琉珂は暗い影と竜の声に気付き、顔を上げた。
「……ジャバーウォックと白堊を倒さなくちゃ。
オジサマの所にまで辿り着けない。行かなきゃ。……オジサマをぶん殴ってやらなくっちゃならないのだもの!」
荒れ狂う天気に、周囲が引き込まれていく奇妙な感覚。
それが、この空間を『食い始めた』事に気付いたのは、一歩踏み出した時だった。
- <黄昏崩壊>怪竜ジャバーウォックLv:55以上完了
- GM名夏あかね
- 種別決戦
- 難易度VERYHARD
- 冒険終了日時2023年07月02日 22時10分
- 参加人数109/109人
- 相談6日
- 参加費50RC
参加者 : 109 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(109人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●滅亡の寝所I
世界は綻び、崩れていく。
美しく花咲き誇った楽園は、今や見る影もない。天に飲まれるようにして崩れ去って行く全て。それが望まぬ行いであることは誰もが理解していた。
「ジャバーウォック様。ニルの大好きな場所を、ひとを、傷つけた竜のひとり」
ニルが視線を遣れば、遠く竜の咆哮が響く。だいきらいだと、言えなかったのは竜にだって思う事があったから。
「その想いを、知ってしまったら、全部全部をきらうことはできなくて……かなしくて。
みんなみんな、大切なものをまもるために動いていて。ニルも、ニルの大切なものをまもりたいから」
これは意地だ。誰も彼もが、願いを込める。
ありったけを込める杖の先には魔力が迸った。かなしいばかりが、この場所には満ちている。
この場所のかなしいをニルは振り払うように、杖を振るった。
「本意であろうと、不本意であろうとも拓かれたなら流れは止らぬもの」
囁くように娘は告げた。ヘイゼルが立っているのはヘスペリデスと呼ばれた黄昏の地。覇竜領域の、森を越え、罪域の向こうに広がっていたある男の造り上げた楽園だ。
人と竜の共存などという、大それた希望を抱いたその場所は彼の夢と共に淡く儚くも崩壊して行く。
「……さて、道を拓く事が第一ですが。出来れば先に為に確保しておきたいものですね」
視線の先に、無数のレムレース・ドラゴンの姿が見えた。それが地廻竜とも呼ばれた巨竜フリアノンが残した力の欠片がヘスペリデスを護る為に暴走を始めたと聞いている。
ならば――その力を手繰り寄せれば、『彼』の元に辿り着いたとき確かな力となるだろう。棒切れを手に、周囲の音を聞き分けながら、先行く仲間達を送り出すように一体のレムレース・ドラゴンを引き寄せる。
この地に存在するのは紛れもなく大地を護らんとした竜種の意志であったのだろう。故に、竜であろうと何者に対しても牙を研ぎ澄ます。
セスの怜悧な眸はレムレース・ドラゴンを見遣り、幻影の竜が元の『欠片』に戻れるように尽力する。
(このレムレース・ドラゴン達は操り手がいる間は我々を狙うのでしょう。ならば、それこそ脅威となろうもの)
行く手を遮る者達を打ち払い、仲間達が進む道を開くのみ。眩い光は刃となりて、レムレース・ドラゴン達を斬り伏せて行く。
「ボクにも任せるにゃ! ……女神の欠片、どうやって使うのか分からないけど、集めたらベルゼーと戦わなきゃいけない時に有利に働くはずにゃ!」
ちぐさの耳で雫の形のエメラルドが揺らぐ。優しい色彩を揺らした少年は吸い込まれていく大地の上に立ち、元素を束ね泥と化した。
飲み込む、気配にあんぐりと口を開いたレムレース・ドラゴン達の向こうには巨大な竜の姿が見える。
「竜、大きいにゃ……!」
それは金鱗の竜。人を虫螻と呼び、劣等種と詰るそれは迫り来るイレギュラーズを眺めては鼻先で笑う。
『来たか。愚図共め』
重苦しい声音が響き渡り、首を仰け反らせた『燎貴竜』が見せたブレスの動作にフーガは「支えてみせる」と声を上げた。
人とは竜と大いに違う存在であると『燎貴竜』はそう告げた。故に、劣等種である下郎が己と同じ舞台に上がることは許せないのだと。
「……何とでも言え」
フーガの眸が、強い光を宿した。彼の傍らには望乃が、この世界で唯一無二の愛おしい娘が立っている。
人が弱いというならば、互いを思いやり愛し合い、手を取り合って協力し合うことが出来る。望乃はその尊さを知っているからこそ。
「……大丈夫、わたし達はひとりじゃない。ふたりなら、きっとどんなとこでも乗り越えられます!」
「世界中の人達と望乃がこの先も一緒に笑い合う為に、ここでただ耐え、護るだけだ」
決意を胸に、支える事を決めた。共に、仲間達との帰還を夢に見ている。
フーガのトランペットから響き渡った音色に寄り添うようにして望乃の魔力が広がって行く。淡く薔薇色に染まった花園のドレスがふんわりと揺らいだ。
何れだけこの場が過酷であれど耐えきると決めて居る。手をつなぎ合わせれば、その陽だまりのような温もりが望乃を包んだ。
「フーガ」
頷く彼は陽光の騎士として、薔薇色に朗らかに微笑む姫君を護ると決めて居た。広がる風光に背を押され、グドルフはいの一番に飛び込んだ。
「よう。今度はこっちから来てやったぜ。顔は覚えたんだろ?
そんなら、次は名前を覚えて帰れよ。この最強の山賊──グドルフ・ボイデルさまの名前をよ!」
歯を剥き出したままグドルフは踏込んだ。振り下ろした山賊刀はシグロスレアまで届かないか。受け止めんと手を伸ばしたのは黒髪の女。
そのぬばたまの髪に切れ長の眸。整った顔立ちをした女をグドルフは知っている。
「おい、坊主! テメェの母ちゃんだぞ!」
――呼び掛けられたのはルカであった。ルカ・ガンビーノの両親。それが紛れもなくこの戦場に揃っているのだ。
「……あれが、ルカさんのおとーさんとおかーさん」
親だってひとりの人間だ。ルカはもう大人で、ロウにとっては『惚れた女こそが至上』であるというのは良く分かる。誰だって惚れた腫れたはよくある話。ルカは必ずや母である璃煙を越えねばならないのだろう。彼女は魔種で、己が道を定めている。ルカがそれを否定する事は出来ない。
(……分かる。分かるよ。ロウさんは、璃煙さんの為に戦うんだ。でも、こんなの酷いや)
フランは唇を噛んだ。少女フランは淡い思いを抱いている。叶いっこない、結ぶことの出来ない結末。けれど、それをムダにはしない。
「初めまして、フランだよ! ルカさんの――お友達!」
「……! ルカの!」
ぱあ、と表情が明るくなる。嬉しそうに笑う璃煙。朗らかな、少女のようなその人を庇うように立ったロウ・ガンビーノ。ルカ・ガンビーノの目標だった男。
「息子の友達を傷付けたくはねぇんだが……許してくれよ」
「ッ、こちらこそ!」
風が吹く。ノームの祝福の光が、背を押してくれる。『彼』そっくりな顔をして、惚れた女のため、戦い方も、ああ、なにもかも。
あの人の「おとうさん」だ。
「ッ女の子だって、――た男の為なら強くなれるの。だから、絶対此処は通さないよ!」
ロウが眸を見開いた。だが、すぐに『フランを己の敵』だと見据えてくる。これは意地の張り合いなのだ。
「さぁ、最高の舞台を整えようではないか!」
堂々と告げた天狐。勢い良く引っ張ってきたのはリヤカー屋台だ。うどんの為ならば右に出るものは居ない。うどんを冠位魔種に一杯食わせて――と考えるならば、向かう箱の先だ。
「最後に立っていたヤツこそ勝者よ! 伊達に反応と共に此処までやってきてないのでな、加減もブレーキも出来ぬぞ!」
「まあ、そうだ。嫁とガキの意地の張り合い。横槍をお互いに入れようか」
ロウの鋭い視線を受けてから天狐は世界は斯くも楽しいのだと告げながら、戦いを最適化する。露払いは自らに任せれば良い。
あの男は、魔種を護る。魔種は、己が主を護る。実に分かり易い構図ではあるまいか。
「ふぅん、なんだか複雑な家族関係? 私は両親の顔も知らないしよくわからないわね。
今回の私はアーチスト。主役のためにお膳立てをしてあげましょう!」
地を蹴って、璃煙に向けて飛び込まんとするヴィリスは周囲全てを巻込むように輝き帯びた蹴撃を放つ。
断たれた足でも、剣の靴ならば何処へだって走って行ける。ああ、そうだ。誰もが『人生』と呼ばれた舞台に立っているのだから。
ロウは庇うことはしない。庇うという行いが彼の戦闘スタンスにはないのだ。圧倒する力を受け止めたフランの傍から前へ、飛び出すヴィリスの一撃が璃煙を囲んだ壁へと叩きつけられる。
「親と子の大事な場面。それを邪魔するものなんていらないわよね!」
「……いいえ、我が身を護りフリアノンのご意志を伝える事。その為の自衛は必要でしょう?」
「どうかしら」
璃煙の眸がおずおずとヴィリスを見遣る。彼女の眸には確かな狂気が宿っている。シグロスレアが「璃煙、蹴散らせ!」と声を上げれば、璃煙の眸に宿された色彩が変化した。
「何をモタモタとしている。劣等種共を根絶やしにしろ」
「はぁーあ。ここまでくると竜種も安っぽくなってきたな。『トクベツな生まれ』に胡座かいて劣等種だのなんだの。
こっちは世界を救わなきゃなんねーのにな。呆れたトカゲだぜ」
「自惚れるな。世界を救済する? 勝手の間違いであろうに」
シグロスレアにミヅハは構い立てる事は無かった。安い挑発になど乗りやしないと彼ではなく、璃煙へと視線を向ける。
「さーて、竜狩りも目標の一つだけど、魔種が居るなら話は別だぜ。
恨みはないし、もっと言うなら愛しあう家族を引き裂くなんてコトはしたくないけど俺達もアンタと同じ、『そうあれ』と願われた存在だ。
ってワケで璃煙さんアンタを倒すよ。今、ここで!」
「お断りさせてください」
目を伏せた璃煙の『壁』に鏃が突き刺さる。ぎん、と音を立てて弾かれたそれ。何度だって、繰返すと決めて居る。
「帰れって言われてもムリな話だぜ!
――なんたって、お前ら魔種さえ居なければ俺達(イレギュラーズ)は呼ばれなかったんだからな!」
そうだ。世界を護るならば。救済を意味するならば、魔種は倒さねばならないとリアは知っている。
「ロウ・ガンビーノ。あたしの相手をして貰うわよ。ルカさんがお母さんと真剣に向き合えるように。彼の覚悟を、旋律を……あんたには止めさせないわ!」
「息子は案外人望があったんだな」
顎に手を遣ってからロウはまじまじとリアを見た。その傍ではウィリアムが緊張を滲ませ、ロウを睨め付けている。
「良き戦いを、ルカ」
リアがロウの行く手を阻み、ウィリアムは璃煙の元へと走る。ルカを支え、そして、璃煙を護る壁を打ち破るために、だ。
ルカ・ガンビーノは仲間達にその背を押されている。
ルカにも戦う理由がある。それは相手が誰であったって譲れない。皮肉な事だが『親子』は良く似ていたようだ。
「俺は母親を殺す」
「俺は惚れた女を護る」
「親父、交渉決裂だな」
ルカは璃煙に向けて走り出した。璃煙の周辺に張り巡らされた守護の障壁は固く、容易に崩れることはないだろう。
故にウィリアムは自らの為し得る全力を叩き着けた。霊樹の礎たる魔力の廻り。一点集中で放たれる零距離の魔力。
璃煙が思わず眉根を寄せる。璃煙の危機を感じ取ったのか黒い翼を揺るがせた竜種が勢い良くその行く手を遮った。
『璃煙様に何をする!』
「カプノギオン!」
顔を上げたシフォリィが片刃剣を握り締めた。地を踏み締める。突きを放つように前傾姿勢を作る。
凍て付くくらい波動を身に纏った娘はその空色の瞳で竜種を睨め付けた。
冥・璃煙に付き従っているその竜は産まれながらにして冥家と由縁が深いのだそうだ。卵から孵ったときから母の居なかった竜、子と引き離され自身のなすべきを優先した女。
その関係性が何を思わせるかをシフォリィは翌々知っている。それでも、だ。
「貴方方にも譲れない物があるのでしょう。これはただ誰かを護りたいが故の戦い。
……ですがだからと言って、私達が退くわけにはいきません。貴方方が退かないように、私達にも退けない理由があります!」
『母を、滅するつもりか! 悪鬼め!』
余りにも幼い竜の咆哮を聞きながらシフォリィの剣が閃いた。頬に一筋走る真空の刃。
其れになど、構って等は居られまい。これは意地の張り合いなのだ。ここで璃煙を倒すまでカプノギオンを逃すまい。
「押し通らせていただくためにも、貴方を自由に動かすわけにはいきません! ここで何もできずに釘付けになりなさい!」
シフォリィが地を踏み締める。カプノギオンが空へと飛び上がらんとしたが――留めるように漆黒の布がカプノギオンへと巻き付いた。
ひらり、くるり。魔性の舞を踊ってみせるアンナは黒いマントをはためかせカプノギオンをその双眸へと映し込む。
「そう。貴方は家族を守るために必死なのね」
それが、竜であろうとも、人であろうとも。変わりが無いことは確かであった。
「私も私の守りたいもののために戦う。貴方達が取るに足らないと思っているもの、少しだって壊させはしないわ!」
●滅亡の寝所II
「喝ァッ!!」
レムレース・ドラゴンを弾き飛ばすようにゴリョウが『攻』の術を叩き着けた。雄叫びが、幻竜達を揺さ振った。
黒い衝撃波に包まれた其れらを見て当の本人が『怖』と呟いたのは、余りにも勢いが良かったからなのだろう。
ゴリョウが為すのは、多少なりとでも制御を行なう璃煙の手からそれらを引き剥がすか、負担を掛けることだった。
引き寄せるゴリョウの傍に集い続けるレムレース・ドラゴン。その傍らで、無事を願ったエメラルドを揺らがせてジルーシャは竪琴を弾いた。
「なんて暗い気配なのかしら……これが『暴食』――ベルゼーの権能なのね。
……止めなくちゃ。アタシは、彼のことをよく知っている訳じゃないけれど……。
愛した人たちを、場所を食い尽くすのは、きっと自分の心を食い尽くすのと同じことだと思うから」
此処は、彼の慈愛によって作られた場所であった筈だから。こんな所で倒れて等居られない。
ヘスペリデスが崩れていけばベルゼーの心だって蝕まれてしまうとジルーシャは理解していた。
ああ、だって――あれだけ美しかったのだから。
「誰も彼も大事な物や思惑があってそれが入り乱れるこの場所で、私ができるのはそれを通す手伝いくらいだもの。
踊りってそういうものでしょう? 誰かを鼓舞して背中を押すもの――さぁ、行きなさいな!」
「行けェ――! ルカさん!」
押し止められたロウが顔を上げた。
傷だらけだ。痛い。涙で顔もぐしゃぐしゃだ。一番に可愛い女の子でなんて、居られやしない。
ルカの背を『何時ものように』押してからフランは立ち止まった。
「嬢ちゃんは一緒には走らないのか」
「うん。それはあたしじゃないから」
ロウの視線を受けてからフランは息を吐いた。が、その空気をも蹴散らすようにしにゃこが「うわああああ!」と叫ぶ。
「ちょ、ちょっと、何かメッチャ来てますよっ!? はい、はいそこの貴方! ストップです!
ルカ先輩には近づかせませんよ! フランさんそのまま食い止めてください! やっつけます! 勝利へ、レディーゴー!」
「……もう!」
しんみりしたのに、と叫んだフランにしにゃこがへらりと笑う。『これ』がお好みでしょうとでも言わんばかりに無数の弾丸が放たれていく。
ルカとしにゃこは幼馴染みだ。勿論、ロウの事だってしにゃこは知っている。しにゃこの親子喧嘩とルカのものでは随分と温度差がある。
(しにゃには何もできませんが、ルカ先輩が無茶しないように露払いくらいはできちゃいますからね! いやあ、流石しにゃ! 気が利く美少女!)
――今、少し腹が立つような反応をしたような。
そんな視線を向けたリアにしにゃこはにんまりと微笑んだ。
刹那に、割れて砕けた壁の向こう側で璃煙が悲痛な表情をしていた事に気付く。
(ああ)
沙月は察したように目を伏せた。彼女はフリアノンの巫女であり、己が使命を全うしているが、只の一人の女なのだ。
愛おしい子どもを漸くその腕に抱ける刹那。
ルカと名を呼び抱き締めることだって、彼女には出来なかった。
(身内から倒さなければならない『敵』が生まれる事………考えても考えてもままならない。
けれど……ルカさんが納得する結果を得る為なら。ラサの仲間として……特異運命座標の同志として……手伝わない訳にはいかないわ)
エルスの唇が引き結ばれる。斬ることを一瞬戸惑ったのは璃煙も『ラサの仲間』であるからだろうか。
――クラブ・ガンビーノ。ラサの傭兵団。その頭領の妻。跡取り息子のルカの母であるならば、璃煙がどの様な立場であるかは分かる。
実に儘ならない存在だ。ただ、己が命運は縛られたものであったのだろうから。大鎌に乗せた魔力は激情の如く。
祝福の娘は行く手を遮るレムレース・ドラゴンを斬り伏せる。血潮の気配が鼻先をつん、と突いた。
悍ましく、嫌悪の対象であった血潮の香りは今は斯くも甘美だ。青ざめた景色の向こう側に、璃煙がいる。
「……ルカさんの両親であっても邪魔だてするのであれば、容赦は致しません。
肉親と相対する以上、譲れない信念があるのでしょう。互いの信じるものの為に全力を尽くしましょう――覚悟はよろしいでしょうか?」
「そう、聞いて下さるだけでどれ程救いでしょう」
沙月は目を伏せた。息子を只の『母親殺し』にはしたくはない。本来ならば彼女は母であることを伏せ生涯を過ごした事であろう。
流麗たる仕草から繰り出された直死の一撃をも弾く壁。固く、そして鎖された女の心のようだと感じられる。
「信なる道は、そうも易くは曲げることはできませんでしょうから」
「ええ」
璃煙の指先から魔力の気配が走った。古竜語魔術(ドラゴン・ロア)の模倣。その一撃が沙月の肩を穿つ。
璃煙の唇がそろそろと動いた。暴走した『女神の欠片』はこの大地を護らんとする竜の意志。つまりは『フリアノンの巫女』が代弁するフリアノンの意志であるというのか。
「誰のせいで暴走しただの、誰の意思だのと……事此処に至って、正直言ってあまりにもどうでも良い事だけど。
まあ、女神の欠片はちょうど集めていたものですからね。
向こうから敵として出てきてくれたのだから、探す手間が省けたと思っておきましょうか。
数は……今出てきているもので最後なのかしら?
この先で必要なものだから、できる限り全てを処理して残さず欠片を回収したいところね。冠位暴食に挑むためにも……」
「フリアノンはあの方を御守りしたいと願っておられるのです」
「ええ。そうかもしれないわ。けれど、命を守ることと心を護る事は違うのよ」
幻惑の剣技を手に、一つの仕草さえもたまゆらの美しさを有しながら舞花は璃煙へと囁いた。
フリアノンは何を護ろうとしたのか。屹度、友の心であったのだろう。しかし、その意志は当人にしか分かりやしない。代弁者がフリアノンの意志の儘、『ベルゼー』を護ろうとしたのは――
(ああ、そうね。屹度……最期までフリアノンは彼の味方をしたのだと、示したかったのでしょう。
あの人は一人孤独に死ぬ運命。それを、そうではないと示す為に命を張るなどと、なんて献身なのでしょう。巫女)
だからこそ、巫女はレムレース・ドラゴンを従える。まだ、この地にはフリアノンの痕跡が散らばっていることだろう。それらが、力を帯びて暴れているのは悲痛なるフリアノンの声なのであろうか。
ゲオルグはレムレース・ドラゴンの力の欠片とはどの様に利用できるのであろうかと思い浮かべる。璃煙はゲオルグの疑問を感じ取るかのように薄ら徒笑みを浮かべた。
「ベルゼー・グラトニオスの権能を一時的に『抑える』事が出来るでしょう。進行速度、と呼ぶべきでしょう。
集めた欠片を手に、どうにかあの方の傍に行く事です。ならば、必ずしやフリアノンはその道を示して下さるはずだから」
「……フリアノンの、意志か」
骨でしか知らぬかの竜はどれ程までに冠位魔種を愛したのであろうか。友と呼び、支える事を選んだ竜の献身を巫女がその身全てで表しているのだから――応えるしか、無かろうに。眩い光は横槍を入れんとするレムレース・ドラゴンを払い除けた。
ニルは遠く荒れる空を眺めるカインの横顔を眺めた。誰も彼もが、この戦場で思いを抱いている。
「疾くなんとかしなくちゃ、ね! 空も、世界も荒れていく……!」
走り抜けていく冒険者にとって、この戦場は『数ある一つ』だったであろうか。カインは最大火力を叩き着け、璃煙へも道を開く。
オリーブは頷きロングソードを手に魔種の女の障壁を蹴破るかの如く叩きつけた。
「一方的に捩じ伏せられることは、あまり得手ではありませんが」
オリーブが覗き見れば璃煙という女はイレギュラーズのルカの面影を感じさせてシカがない。親子か、確かにそうだ。
だが、親子だからと言ってこの戦場を乱す一因を許して等いられない。
オリーブに気付きロウが足元に転がっていた岩を投げたのは璃煙を護る為だったのだろう。
「形振り構ってられねぇんでな!」
「ッ、成程……」
顔を上げたカインは『璃煙を護る為に動くロウ』という男を食い止めるイレギュラーズ達と目配せをする。あと少し耐えてくれ、と唇が動いた。
「ならば、此方を抑えれば良い。ただし、それだけでは戦場は保てません」
オリーブの一撃は今も尚、璃煙へと叩き着けられる。
「ここを抑えられなくては、ジャバーウォックと戦う面々に影響が出かねない。踏ん張りどころだな」
大地は足元に小さな赤い花を描いた。それは知恵を授けるとされた甘い蜜香の小花である。知恵とは、つまりは勝利への道筋だ。
偉大なる知が駆け巡り、張り巡らせれば、歓喜は此処に綴られる。眼前のレムレース・ドラゴンと、其れ等を操る魔種だけではない。
竜が待ち受けている。その場所まで、仲間を安全無事に導くことこそが大仕事の一つなのだから。
「おいおイ、よりによって不死王たるこの赤羽様の目の前で命を食い荒らそうってのカ? いい度胸ダ。
……俺の魔力はこのぐらいじゃあ尽きない。この戦いが終わるまで、ずっと皆を支えられる!」
大地の支えを後方で感じ取りながら、戦場を見回していた正純は息を吐く。竜、魔種、此処で出し惜しみなど出来まい。
(ルカさんのお母様と、お父様。そしてそれを守らんとする竜の子。
……反転していても、仮に歪だとしても、そこに愛はあり、情はあるのでしょう)
なんと羨ましいことだろうか。正純には世界を敵に回すほどの愛も情熱も、諦めてしまうものだった。
いつだって、それを追い求める前に一歩退いてしまう己の諦めの良さが憎くもなる。敬意はある、どうじに、嫉妬と呼ぶ醜い想いがある。
だから、彼の背を押すのはただの嫌がらせなのだ。
背を押すように、放たれる無数の矢。少しでも前に進めと告げる様に、正純は星の気配に癒やしを乗せた。
嫌がらせなのだから、感謝など絶対にしてくれるな。荒れ狂う世界の中で、子が、母の元に飛び込むように。
護る壁など、何もない。隔てる物がなくなってしまえば、そこには只の『母親』が立っている。
「母さん」
ルカの腕を掴んだ璃煙は微動だにしない。
「リエン!」
ロウが呼ぶ声に女は動かない。璃煙の唇が戦慄いた。ルカ、と。愛おしそうに名を呼んで。
「……どうして、母を殺すのですか?」
本当に、嫌になるほどに良く似ていた。熱砂の地で出会ったあの男は傭兵としてラサで一番になると夢の様に語ったこともあった。
実に子供の様で、愛おしかったその人。ロウ。ロウ・ガンビーノ。あなたとわたしの、愛おしい――
「……俺、好きな奴がいるんだ。そいつの笑顔が見てえんだ。だから進むぜ」
璃煙の瞳が見開かれた。家族団らんには程遠い。それでも、『母と子』にあったのはこれだけの逢瀬だったのだから。
母親の愛情というのは度し難い。夢にまで見た息子との再会でも、璃煙という女が『璃煙』であっただけで、母として全ておおらかに受け入れて遣ることは出来なかった。
冥・璃煙は少なくとも決意と共に生きてきた。信念を抱いてやって来た。フリアノンを護る為に生きてきた。
「……リエン・ガンビーノと、名乗って居られたならば。この腕で貴女を抱き締められたかしら」
「でも、できなかったんだろう」
「私は、冥・璃煙。フリアノンの巫女。珱の娘も、フリアノンの骨も、あの方の友人をも、その全てをも守り抜くと誓っていたのです」
それが決別の言葉だった。
璃煙。リエン。ルカの母と、フリアノンの巫女。同じ人物だというのに、どうしようもなく交わらない。
「会えて良かった。アンタが自分の信念の為に戦える女で良かった。
俺はアンタを一生誇りに思うよ。……フリアノンと琉珂の事は必ず護り切る」
璃煙の目が見開かれた。迸る魔の気配が幾分か和らいだように感じられたのは、戦意を喪ったからか。
ルカ、と薄く形の良い唇が愛おしそうに呼んだ。
ルカ。
何度だって、その名を呼んだ。抱き締めてやりたかった、我が子だと思い切り力を込めて。
母さんと呼ばれる日を夢に見ていた。本当は、もっともっと、その『好きな子』の話を聞いて、笑いかけたかった。
ねえ。ルカ。
あなたはどんな子を好きになったの? 戦場に、あなたを好きだという子もいるみたい。罪作りなのはお父さん似なのかしら。
ねえ。
「ルカ」
いとおしい、あなた。
「リエン!」
ロウが手を伸ばす。愛したその人を眼に映す事は無く、璃煙はただ、息子ばかりを見ていた。
「――さよなら、母さん」
母親というのは、なんて度し難いのだろう。
離れがたいと感じたのは、きっとこれっきりだった。
元より、ルカ・ガンビーノに『母さん』なんて居なかった。目の前に居る女がそうであると告げられたって全てを受け入れられやしなかったのに。
あの眸に見詰められたとき、分かって仕舞った。
彼女が自身に向けたおおらかな愛情と、余すほどの喜びが。
己の攻撃全てを受け入れる決意だったのだと。
崩れ落ちていくリエンの体を抱き留めて、ルカはぎゅっと抱き締めた。
その様子を眺めてから背を向けようとしたロウの肩を勢い良くリアが掴む。
「ッ、逃げんじゃねーよ、クソ野郎!」
ネクタイを掴み上げたリアに「ひっ、そんなことを」としにゃこが叫ぶ。フランは立ち竦んだまま、リアを見ていた。
「……家族から目を逸らさないで。今だけでも、彼の元に居てあげて。子供はいつだって、親の愛に飢えているのよ。
とりあえず、息子から一発顔面にもらって、それから話してこい。全てはそこからだ!」
璃煙を喪えば彼と敵対する意味は無くなる。立ち竦んだルカを見てからロウはもう一度「息子は案外人望があったんだな」と呟いた。
●滅亡の寝所III
「璃煙様!」
鋭く叫んだカプノギオンの行く手を遮ってルナは障壁を二種張り巡らせた。黒き竜、その大きさはまだ小さく思える――あくまでも、竜の基準ではあるが。
「よう、竜様よ。縁者を慕うは良し。女を大事にするはさらに良し。
だがま、今回はちょっくら腹違いの兄弟に、久々の母ちゃんとの逢瀬を譲ってやってくれや。
人間なんざあの母親の子と認めないか? そいつぁダセェな。てめぇは、慕う相手の過去を否定するわけだ」
璃煙が事切れてしまうならば、その前に『奪う』つもりだったのだろう。カプノギオンが歯噛みする。
ルカは月の王国でもルナにとっての『身内の喧嘩』を下支えしてくれた相手でもある。ならば、借りを返すのは砂漠の男として当たり前ではなかろうか。
カプノギオンを何処へも行かすつもりはない。
「頭は抑える。繋げよ」
「はい。これが正念場。全力で守り切りましょう」
淡々と告げるボディはカプノギオンを引き寄せるべく堂々と立っていた。
「貴方は此処で、あの巫女が倒される様を黙って見てるといいです」
璃煙を母と慕う竜。幼竜と女の間にあった絆は確かかもしれないが、カプノギオンは所詮は息子の顔を借りただけ。
そう嘲るように言えば良い。遣える者ハンデも使うしかない。相手は遙かに格上だ。挑発だけでも、引き寄せられるのであれば安いもの。
ボディはカプノギオンを引き寄せた。鋭い爪も、噛み付くような牙の痛烈な一撃も。肉を断つ感覚が屍機にとっては『有り得ざる痛み』であろうとも。
(ここで膝などついてやるものか――!)
カプノギオンは、死骸でも良い。世界を敵に回したって、璃煙という女の傍に居たいとでも願ったか。
ぷるんとその体を揺らがせてからロロンはその愛情に舌を巻いた。
「うーん」
雷天にもなりそうな荒れ狂った天気。視界をも覆う白い光。その中で、カプノギオンを前にして、ぬるぬると巻き付いて行く。
星の名代たる『ロロン・ラプス』。惑星ラプスの権能を掌握し、ただ、自らの領域にその竜を繋ぎ止める。
「離せ!」
人の姿へと変化したのは、其方の方がより早く動けるからだったのだろう。
「嫌だ! 璃煙様!」
手を伸ばす。彼へと女が微笑むことはない。竜から抜け落ちる戦意は此度の戦線離脱であるか。彼自身と決着を付けるにはこの舞台では僅かに不足しているだろう。
「竜というのも……存外に愚かな生き物なのですね。
聡明な者が居れば愚かな者も居る。個体差が大きいのは当然としても……」
嘆息したアリシスは祈りを束ねた光刃を放つ。手にした槍は魔導器そのもの。その華奢な腕が振るう事無くとも、魔力は満ち溢れ地へと降り立たんとする竜を穿つ。
「『燎貴竜』でしたか。貴方のそれはまるで人間と大差がない。
……いいえ。劣等種がどうのと未だに蔑みで目を逸らし、見下していた相手に傷付けられた現実を受け入れられず心を乱している有様」
『……何が言いたい』
「そのような振る舞いをする人間達を私は見た事があります。本当に、瓜二つですね。
竜種は肉体的に見て確かに強大な存在ですが、精神的には人間と然程変わらないという事か」
『貴様のように不遜な女を躙り潰すのが我が喜びよ』
金鱗の竜があんぐりと口を開く。古竜語魔術が束ねた光を収縮され、放つ――!
眩い光の下を、アリシスが駆け抜けて行く。ちりと肌を焦がす気配。流石は竜か。
人は人非ざる存在となったとて気付くことはない。竜もまた、思考を得るものならば人と大差は無いのだ。
シグロスレアの大顎が動く。詠唱、破棄。再度の魔力の脈動が其れだけで肌をひりつかせる。ああ、戦場の気配だ。
それを怖れるほどグドルフはヤワではない。元より彼の竜は己を覚えたというのだ。ならば、名を覚え傷の一つも追わせてやろう。
「……竜に関わる事なんざねえと言ったな。だがよ、一度だけ、竜に会った事があるぜ。
奴のせいで何百、何千、何万も人が死んだ。ああ、『あいつ(リヴァイアサン)』に比べりゃ、てめえなんざ屁でもねえや。
あん時ゃ日和っちまったが、もう怖かねえぞ――来いよ、金ピカ!!」
『神代の竜と我が名を並べる好機とな? ハンッ、素晴らしい舞台ではないか――!』
シグロスレアを前にして、一か八かのぶった切り。本気は此処で出すに限る。ああ、けれど『名を轟かせるならば』死ぬ訳には行かぬのだ。
「シグロスレア、アンタが一番悪い竜だ!」
そう指差したリックは小さな体で宙を自由に動き回り仲間達を支援した。この場にいる誰もの動きは荒れ狂う波だ。
漣など通り越した、波濤の気配を感知して、精霊は場を読み解いた。戦術を汲み上げて導く、自らの在り方を、そこに見ているからだ。
『悪い?』
「おれっち達の――イレギュラーズの道は決して鎖させるもんか!」
叫ぶリックの傍らを走り抜けていく鈴音は勢い良く大盾を構えて走り出す。
「死地でこそ人は輝くのデス! シャイニングっ!!
シグロスレアってのとやってやる。虫けらだってなぁ! 蜂にさされて死んだりするんだゾッ。
ンッフッフ♪ 恐れるがいいゾンビのように囲んでくるイレギュラーズを! 潰しても蘇る無限プチプチーズや!」
オールハンデッド。進むべき道は定まっている。前行く仲間を支え、竜種の見せる『隙』を探せと声を上げた。
(立ち塞がる彼らは、何処までも冠位暴食に殉じる心算か……いえ、違いますね。
そういう心算の者もいるでしょうけど、それ以外の者はそもそも滅びるとは思っていない、のか)
冬佳は指先に佇む幻をそうと放つ。泡沫の如く、ふわりと浮き上がった福音の気配。
竜の前では、それは大した物にはなりやしないのかもしれない――だが、それでも。
(特に竜種。種としての強さ、力に自信を持つが故に、本質的には魔種はおろか冠位魔種ですら軽く見ている節がある。
尤も、リヴァイアサンと冠位嫉妬を見る限りでは、竜種の潜在能力的にあながち間違いではないのかも知れないけれど。
しかし……彼らはきっと、見誤っている。『その時』が訪れた時、竜の滅びを彼に見せる事を、果たして守ると呼ぶものか……)
その時の始まりに風牙は立っていた。ああ、あれほどまでに美しいヘスペリデスが崩れていく。足元さえも御募着かぬほどに。
「ヘスペリデスが滅んでいく……夢、だったのかな。目覚めれば消えてしまう、儚い夢……寂しいな。
わずかでも残ってくれりゃいいんだけど。ベルゼーだって、世界に残すのは傷跡じゃなく綺麗なもののほうがいいだろ」
『人間にも美醜という物はあるのだな。下らぬ所だけ進化を経た生き物めが」
「あ? あー……なんだっけ、お前。シ、シグ……シグなんとか。どうでもいいや。そこをどけ。今なら『見逃してやる』よ」
邪魔をするなと風牙が槍を構えた。身を屈め、地を踏み締める。名前くらい覚えていた。
ああ、けれど。腹が立ったのだ。
『減らず口を!』
眩い光が放たれる――その刹那。
「シグロスレア……!」
見上げたイリスは決死の覚悟で竜種の前へと飛び出した。
『はん、よもやのこのこと死ぬ気で顔を出すとはな。劣等種。雑種共は有象無象が群れて実に愉快だ』
シグロスレアの唇が吊り上がった。
イリスは知っている。英雄の責務とは、即ち生きて帰還することだと。自らを盾に仲間達が越え行く事を知っている。
(――此処で負けるものか!)
流麗なる美しい鱗を有する少女は、今は二本の足で大地を踏み締めていた。
覚悟は元より、全てを捨て去る決意と共にやって来た。シグロスレアが腕を振り下ろし、放たれた真空の刃が少女の柔肌を断つ。
(髪色といい鱗といい……どこかアウラスカルト殿に似ている……)
オウェードはまじまじとシグロスレアを見遣った。「もう一匹の金嶺竜……か……?」と、そう問いながらも、シグロスレアの顎を狙って叩き着けた斧は牙に受け止められる。
『その系譜であるのは間違いないが、竜には格がある。貴様等劣等種如きにうつつを抜かす天帝の娘は竜の面汚しよ』
竜種には品格が存在しているのだというようにシグロスレアは嘲り笑った。
「ふむ。アウラスカルト様を狙っているということであれば見過ごせませんね。
あのような可愛らしい方を失うのは世界の損失かと思います。それにどこかのピンク髪も気に入ってるようですし……早々に退場して頂きましょう」
『囀るな』
さも興味も無さそうな様子でリュティスは俯いた。黒き蝶々が閃くように地を蹴る。後方へと下がり出来る限りの距離をとっての攻撃に勤しんだのは『攻め時』を見極めるためだ。
囀る。実に愉快なことを言うとリュティスの唇に僅かな笑みが浮かんだのは――眼前の竜が余りにも『此方を侮っているから』だった。
●滅亡の寝所IV
「めぇ…リーティアさまの仰る通り、本当に…性格が、悪いです。貴方の望む姫君にしたかったのなら、それこそ傲慢、です」
ごう、と吼えるようにシグロスレアが叫んだ。メイメイがびくりと肩を跳ねさせる。
『リーティア、だと!?』
「ええ。リーティアさん。我らが友人です。
『燎貴竜』シグロスレア……貴方ですか。アウラスカルトを狙っている竜というのは。
『煌魔竜』もそうですが、系譜である筈の貴方達の振る舞いを見ると、リーティアさん……『光暁竜』パラスラディエの長年の苦悩と苦労をお察ししてしまいます」
『女王を親しげに呼ぶではない!』
此程までに彼女に固執する。リースリットは只ならぬ感情でもあったのだろうかとシグロスレアをただ眺めた。
竜と言えども所詮は『思考を有して、思うが儘に生きる』のだ。人を人たらしめるのが心だというならば、竜とて同じであっただろうか。
権威の傀儡を前にしてメイメイは唇を震わせる。
「アウラさまは、誇り高く強き竜。人と関わりを持ったとて、彼女の輝きは、何ら損なわれていません。
貴方と共に在った女王……パラスラディエさまも通った道、でしょう?」
『貴様等に何が分かると言うのだ!』
――女王は、どうしてベルゼー・グラトニオスになどその献身を?
「『煌魔竜』は『魔如きに世界など滅ぼせる訳がない』と言いました。貴方も、世界は滅びないとお思いですか?
竜種らしい傲慢さといえば聞こえは悪くないですが……本当は、解っているのでは?
真に追い詰められた経験が無いだけで、何もしなければ竜もまた滅ぶと」
『良い質問だ。劣等種よ。女王がその身を糧とさせた時に気付いておる。
あの煌魔竜(おんな)は傲慢にも程がある。ならば女王を血とし、肉としたかの男を生かし、我が世としようではないか」
「其れが本音ですか」
故に、冠位魔種を侮ることはないか。シグロスレアにとってのパラスラディエはどれ程までに高貴なる女王であったか。
メイメイは「あははー、ほんっと、あのこったらー」と笑うリーティアの顔が浮かんだが、それだけ彼女は好かれていたのだろう。
「けれど、アウラさまは……リーティアさまの次代を担う竜であるはずです……!」
『貴様等如きにうつつを抜かす女王になど従えるものか!』
叫ぶ。咆哮に肩を竦めたメイメイに「任せろよ」と風牙は飛び出した。今更何を怯える必要があるか。リヴァイアサンもメテオスラークもこの『三流ドラゴン』より高位だったのだから!
オウェードは根性で咆哮に耐える。意地だ。傷付こうとも、その膂力は変わりない。危機だというならば積み重ねた激闘の分だけを見舞えば良い。
「はいはい。練達はどうしたんだよ、練達は」
肩を竦めて茄子子は嘲るようにシグロスレアを見た。自分の里を襲いたくないから練達を襲った。何て自分勝手だ。その後の深緑だってそうだ。
全部全部『腹が立つ』のだと茄子子はそっと竜紋石を取り出した。
「これなーんだ」
『――貴様!』
「あはは。恥だなんだって言ってるけどさ、君あの子より位低いんだよね? ほら、来なよ。ぼこぼこにしてやるから」
茄子子は手招いた。嶺竜アウラスカルトが召喚した流星の欠片は、古竜語魔術(ドラゴン・ロア)が刻まれている。
シグロスレアとて、それを使うことは出来るであろう。系譜であると名乗るからには姫君よりも『格下』であるのは確かなことだ。
「ほら、こっちだよ。おいでおいで。……会長との直球勝負、受けてみろよ。お生憎様、そっちと同じ。会長も性格が悪いんだ、ばーか」
自分のことは自分でやるからと、茄子子は『目の前の竜を倒す』事をだけを願った。
「シグロスレアよ、確かに俺達は無数に居る内の人間の一人に過ぎない」
ベネディクトは理解している。彼は竜である。存在からして違う竜種が考えを改めることが出来なかったのは致し方ないことだ。
だが、万が一を考えなければならない。
「……一太刀、それを浴びせた人間が本当に無数に居るのであれば、己の存在を危ぶませるだけの害があるのではないかと。
そう考えることが出来なかったのならば、それが貴様の敗北の理由だ!」
賭ける。ベネディクトが握るのは『セレネヴァーユ』のロングソードであった。竜殺しの英雄になど、祖国ではなれるはずもなかろうが。
心だけで常に、祖国と共に在った。黒き外套を揺らす。竜に浴びせるのは一太刀で構わない。
この高潔であらんとする竜を此処で殺しきることが難しいとも理解している。此度、剣を浴びせることが出来れば。
此の竜を退かすことが出来れば、勝利という栄光はその手に収まるのだ。
ベネディクトの姿に気付きリュティスが「ご主人様」と呼んだ。頷く。仕掛けるときは『此処だ』。
リュティスが肉薄する。「人間如きと侮ったことを後悔させて頂きましょう」、と。その言葉が耳朶を伝った。
『何、を』
シグロスレアの言葉がそこで止ったのは、ベネディクトが跳ね上がりその一撃を叩き落としたからであった。
慢心している。
人間を侮り、人間など只の羽虫だと見くびる続けた竜の翼に傷が着く。
『貴様等ァァッ―――――!』
叫ぶシグロスレアは『何か』の気配を察知したように後方を振り返った。鋭く睨め付けたベネディクトは嘆息する。
竜の咆哮が響く。ジャバーウォックだ、そして、己と相対していた一人の娘から感じた気配に竜は慄いた。
其れを何と呼ぶのかその竜は名を付けることは出来ない。明言しがたい、それ。
可能性の獣が、牙を剥く。
退くならば今だと竜の本能へと訴え掛ける。
世界の強制力を前にして、シグロスレアは人の姿をとり、一度後退した。
●11番目の功罪I
――その地は、11番目の功罪と呼ばれているらしい。
その先にベルゼー・グラトニオスが存在している。
草木や岩が全て吸い込まれていく。ルル家は呆然と空を眺めた琉珂に気付き「ベルゼーの食事なのでしょう」と呟いた。
「なら、この岩達は……」
「ええ。それは当然、ベルゼーの胃に入る。拙者はジャバーウォックの隙を狙って、あるいは撃破後にベルゼーの胃の中に飛び込もうと思います。
リーティア殿は既に身は朽ち果てているとの事ですが、魂はまだ残っています。飛び込んだとて救えるかはわかりません」
「駄目」
琉珂がルル家の手を掴む。震えるように唇を動かして「飛び込んで、ルル家が死んだらどうするの!?」
「ですが、動かなければ救える確率は確実なゼロです!
家族を失う痛みは……よく知っています……もう誰にも、味わわせたくありません!」
「ッ、私だって、トモダチを喪いたくはないわ!」
叫ぶ琉珂の声にルル家が目を丸くした。その肩を叩いたのは焔。振り返った琉珂の頬をぶにりと人差し指で突き刺して。
「帰って来られるために、喪わないために、来たんだよ。
さぁ、琉珂ちゃん、行こうよ。琉珂ちゃんがベルゼーさんの所に行くための道を切り拓くよ! 例え相手が竜だったとしても!」
にんまりと笑った焔は眼前を睨め付けた。神槍の炎が赫々たる色を灯している。
ルル家が引き抜いた真珠の美しさと共に、地を踏み締める。
「一番に邪魔をしてくるのはジャバーウォックと白堊だよ。……だから、ボクは白堊を相手にする! ジャバーウォックは任せたよ!」
「任せて。琉珂君、いこう!」
走るアレクシアの周辺に鮮やかな花が開いた。杖の先に魔力が灯される。途惑いに、咲いたのはニゲラの花だった。
(ベルゼーさんが優しいのも、愛情に偽りがないのも本当だと思う。
それでも……共に歩むことができないなら、誰かの命を奪うことでしか永らえられないなら……。
私は全力で止める! 私の大切なものは、この世界は、奪わせやしない!)
――屹度、あの人も其れは望まないだろう。
だから、アレクシアは言う。
「『己の身を賭して』なんて絶対に、絶対に言わないでよ! 無事に帰るまでが戦いなんだから!」
笑い合って、手を取って、時に抱き締め合うような。そんな人生だった。いとおしい人々を護る為ならば、命だって惜しくはない。
護る事は喪うこと。それでも、『誰も喪わない未来』がそこに花開いてくれるなら。
ジャバーウォックを鋭く睨め付けたアレクシアの前を白堊が横切らんとした。手を伸ばす焔は勢い良く女の横面を薙ぎ飛ばす。
「ッ、邪魔はさせないよ!」
「……ならば、死になさい。我が前に」
白堊が地を蹴った。ぞうと背後から溢れ出した悍ましい気配に怯えたマーシーを励ますようにセシルは叱咤する。
「いくよ! マーシー!」
此処で挫けて何て居られなかった。小さな小さな子猫の意地だ。
レムレース・ドラゴンの爪が大地を抉らんと振り上げられた。ごろごろと音を立てて進んだソリを勢い良く駆るセシルが立ち上がり手綱を引く。
「マーシー避けて! 追撃!」
ぐん、とマーシーが勢い良く曲がった。身を僅かに崩しながらセシルはそのままの姿勢で光撃を叩き込む。体が、ソリから投げ出さた事に気付き、マーシーが着地点へと滑り込む。
レムレース・ドラゴンの凶刃を受け止め、眼前のジャバーウォックを睨め付けたシャルロットは片手剣を手に地を踏み締めた。
(怪竜ジャバーウォックか……練達で見て以来の再会ね。
しかし吸血鬼と竜種、同じ永世者でありながらこうも価値観が違うとは。
悲しいな。ある意味で相応に純粋だ。魔種にもいい者はいる。愛すべき大切なものだから魔種であろうと死なせたくない、というのはな)
宙を踊るように剣戟が駆ける。
風の如く、鋭い一撃が鱗へと叩き着けられた。
「人を、イレギュラーズを頼るつもりはないか、竜種。このまま滅びていいと思えるほど、我らにも覇竜は軽くない」
『世迷い言を――!』
叫ぶジャバーウォックの声を聞きながらエイヴァンは為す術もないのだと目を伏せった。
「出会いが違う形なら、また違う結末などもあったもしれないが……ベルゼーを止めるためにやらねばならぬなら致し方ない。
親のために盲目になることが正しく、ベルゼー本人ためになるとは限らんのだからな」
ジャバーウォックが黙したのは、エイヴァンの言葉の意味が良く分かるからだ。
青年がジャバーウォックと距離をとりながらも、その動きを食い止めんとその双眸に映り込んだのは自らの在り方が故であった。
ベルゼーを護る事。
それが、彼のためにならないとしても、『最期の時まで彼を護りたい』と『彼の在り方を認めてやる誰か』が居たって良いではないか。
白堊も、ジャバーウォックも、璃煙も、その様に感じていたのだろう。
ベルゼー・グラトニオスを否定し続けることがない様に。
「分かるよ……」
けれど、それを許して何て居られなかった。
「ついに、限界が来たんだね……」
ヨゾラは星を手繰る。数多の星々の力を、叩き付けるヨゾラの苦い表情は、ここで全てが終ることだと理解していたからだ。
「絶対にベルゼーの所に行くんだ! その為に……竜をもぶち抜け砲魔神ーーー!!」
とっておきの一撃を。どれだけ強くたって、此処で挫けて何て居られない。
星空の一撃は、不完全な願望器の一縷の望みを結わえたように、痛烈な一撃と化す。
鱗にぶつかり、弾かれた。
ぎょろりと無数の眸がヨゾラを眺め遣る。その視線をまじまじと見詰めてから笑みを浮かべたのはフルール。
「ジャバーウォック、怪竜ジャバーウォック。冠位魔種、暴食のベルゼーおにーさんを父と慕う人。
ベルゼーおにーさんを愛しているのね。あなたもベルゼーおにーさんを愛しているのですね。
穏やかならば、あなたも私達と敵対しなかったでしょうに。
ベルゼーおにーさんは己が性質に苦しんでいるのでしょう。……暴食ですものね。食べたくて食べたくて仕方ないのでしょう」
『何が言いたい?』
「……竜は喰ったのでしょう? ならば、今まで喰ったことのないものなら、正気を保てるのでは?
ほら、ベルゼーおにーさんには大事な大事な家族がまだ残っているでしょう?」
ジャバーウォックは『ならば琉珂を食わせれば良い。最も、珠珀の事は飲み込んでしまったとは聞いている』とだけ返した。
そうだ、家族を食わせれば良いというならばフリアノンの全てを食わせれば良い。
悪魔めいたその言葉のジャバーウォックが否定しなかったのはそれらを為せばどうなるのかの未来が明らかであったからなのだろう。
蒼白い炎を身に纏うフルールの傍でレムレース・ドラゴンが雄叫びを上げる。その横面を切り裂く爪先。
獣式は組み立てた。覚えて居た。まだ、あの時からずっと思ってた。グレイルにとって――最大の悪事を。
「……練達を壊滅させようとしたこと……ここで全部終わらせなきゃ……また同じことが繰り返される……そんなこと……あっちゃいけない……。
……僕が出来ること全部で…ジャバーウォックを妨害してみせる……好きなようにはさせないから……
……だからみんな……好きに暴れてきてよ……こちらを甘く見た分……痛い目に合わせなきゃね……! ……ここが僕の戦場だ……!」
全てにおいての優先順位があったのだろう。そうリディアは感じていた。
かつて練達に膨大な被害を及ぼそうとした竜達は何も人間を傷付けたいという戯れではなかったのだろう。
――ただ、彼等は『練達を優先しなかった』だけに過ぎない。そう知っていても、これ以上の暴虐は許せやしない。
支える事が、自分が出来る事だと知っていた。生命の息吹を、手繰り寄せる――正義の名の元に。
「誰も傷付けさせやしません」
強く、リディアはそう告げた。戦線の維持こそが、今必要不可欠であると識っていたからだ。
(白堊もジャバーウォックも、なんならアウラスカルトの危険になりそうなシグロスレアも、ここで倒したい。
アタシが取るのはそのための最適解――自分のしたいこと、欲じゃなく、自分の力を最大効率で発揮できる行動を選ぶ)
欲のために動いたならばジェック・アーロンという娘は何を選んだか。詮無きことである。最も、狙撃手に求められるのは『冷静さ』だからだ。
レムレース・ドラゴンを睨め付けたその眸はまじまじと前線だけを眺めて居た。
命を蝕むもの。命を蔑むもの。憤怒の弾丸は命乞いすらも聞こえやしない。傲慢の一撃は――全てを見下げるが為にある。
全てが全てをこの場で蹴散らせば、誰ぞへの道が拓けるはずだ。故、降らす弾丸の雨。止まぬ突撃は残忍に嘲笑う。
「一年と少しぶりね、ジャバーウォック。あの時はなされるがままに蹂躙されたけれど、今回はそうはいかないわよ?」
ルチアと鏡禍は立っていた。この先に何があろうとも、一歩たりとも退かないとルチアは決めて居た。
父祖達が命を賭けたその時のように。己も見定めねばならないとルチアは知っていた。『聖女』として、ルチアは立っている。
前へと行け。突撃の号令をその旨に。敗軍となろうとも、打ち砕かれぬ信念が胸にある。
(かの竜に遭遇し重傷を負った彼女を見て思ったんです、二度とは同じ思いをさせないって――だから、僕はここに立ちます)
そうだ。聞こえる仲間の鼓舞にだって答えられる。
「しっかりしてください! まだ戦わなければならないんです。僕達は! こんな所で倒れちゃだめですよ!」
セシルの声に頷いて、鏡禍はルチアを護る為にただ、立っていた。
ジャバーウォックは強大なる竜だ。ルチアを、そして戦線を支えるセシルを庇いながら鏡禍は進む。
「行きます」
強大な竜によってもう二度と何も喪わぬように。喪わぬように、だなんて、口にしたって世界は「はは」と軽く笑うだけだ。
「いかにもヤバそうって感じの場所に来ちまったもんだぜ。
まあ、俺はあくまで裏方。刺身の下に敷かれた大根みたいなもんだ。気楽にやらせてもらうよ。
気楽にと言っても当然手は抜かないさ。俺はまだ死にたくないし、俺の手の及ぶ範囲で誰かが死ぬのも御免だからな」
手を伸ばせば、握り返してくれる者が居るだろう。無泣のバンシーは脅威を察知する。
天上から吹いた風の気配に包まれて、仲間達は前へと走る。世界の眼前を、一人の少女が駆け抜けた。
涼やかな、夏の気配。遠離った平穏の瓦礫の中を駆け抜ける。
「ひとりの戦場もたまにはいいさな。ベルゼーを助けたいって子に沢山会ってきてさ。どんな人なのか会ってみたくなっちゃったんだ」
シキは会って、話して、知ってみたい。其れだけのために戦場へと走ってきた。
ジャバーウォックは、彼を護っている。竜にまでも護られるその人はどの様な人間なのだろう。
(人間を下に見ているのに、ベルゼーを大切にしているんだから、きっと、それほどの人なんだろう)
誰かを愛して共に生きるとは、どのような感情なのか。
シキは知りたかった。ジャバーウォックならば屹度、こう応えるだろう――生きてい為の道標なのだ、と。
●11番目の功罪II
「よう、白堊の姐さん。もう一回挑戦しに来たぜ。俺なんかお呼びじゃねぇだろうが、まあ許してくれや」
「……貴方は……」
獅門はがりがりと頭を掻いてから大太刀を担ぎ上げた。強かった。彼女は何よりも。
体術にも秀でていた。それだけではない。魔術の使い方だって、魔種なる娘に才を感じた程だ。
「未熟なのは重々承知してるんだけどよ、強ぇ人を見たら挑まずにはいられねぇんだよなぁ!
特に前回は最後にぶっ倒れちまったからなおさらだ。今度は勝たせてもらう! 姐さんを倒して、先へ進んで、ベルゼーの旦那は止めさせてもらうぜ!」
「疾く去りなさい。戦う意味などありませんでしょう」
鋭い白堊の声を聞き鈴花は「ああああーー!」と叫んだ。きょとんとした琉珂の肩を勢い良く叩く。「うぐ」と呻いた琉珂に笑いかけたのはユウェル。
「あーもう、なんでいっぺんに来んの!? ほんとはねぇ、顔が反則な師匠の親ぶん殴りに行きたいのよ。
でも、アンタの顔見たら放っておけないわ。『女の戦いにケリつけてくる』って言ってきたし――殴り合いましょ、白堊」
琉珂はトモダチが好きだ。知っている。親友と呼ぶ鈴花やユウェルは彼女が師匠と笑ったルカの事だって気に掛かる。けれど。
「白堊、また来たよ」
「……帰りなさい、フリアノンの子達よ」
白堊の冴えた声音にユウェルは首を振った。母から譲り受けた斧槍はどうしたって、今は心強い。
「さとちょーは逃げないって決めた。大切なベルゼーでも倒すって決めた。ならわたしが、わたし達がやることも決まってくる。
ベルゼーを守りたい貴女を倒してブン殴りに行く!!! りんりん! さとちょー!」
強いことだって知ってる。叶わないかも知れない。ひとりなら。
それでも、三人だから。ずっと、『あなたたちと越えてきた』
「オッケーゆえ、リュカ!」
女の意地は、岩より固く重いのだ。
鈴花が拳を振り上げる。白堊の腕にぶつかり合った。僅かな魔力の気配。弾かれる。一歩後退した鈴花に変わりユウェルが踏込んだ。
「退けェッ! 白堊ァッ!」
名を叫ぶ。譲れない。譲れやしないから。
命を燃やすようにその人は立っている。白堊がどれだけ『オジサマ』を――いや、ベルゼーというおとこを愛しているのか知っている。
痛い。痛いくらいの、愛情だ。そこまで思える相手と出会えたのはどれ程に幸せで、どれ程に『不幸せ』だっただろう。
「ッ――退いてなるものですか!」
心だけでも、救わせてほしい。暴食となった彼を留めること何て、出来やしないから。
鈴花は唇を噛んだ。恋と愛は程遠く、それでも、胸に抱いた感情に違いは無い。ユウェルとルカが大切だ。だから、これは意地でもある。
「白堊……!」
「琉珂、あなただけでも此方に――」
白堊の言葉の意味を咄嗟に理解して琉珂ははっと目を見開いた。だが、その視界を遮るようにヴィルメイズがひらりと踊る、扇を揺らす。
「里長様、どうぞあまりご自身を責められませぬように。……ええ、ええ、これは意地の張り合いでしょう。
愛する者のために尽くす、大いに結構! しかしその愛を貫かれると、私の愛する者達が犠牲になりますから……ご容赦ください」
愛する事は、傷付けることなのだとヴィルメイズは知っている。
赫々たる炎のように、燃え盛った感情に、名前を付けてしまったからこそこれ以上にないほどの愛がそこには横たわる。
舞うヴィルメイズの元へと白堊の周囲より飛来する白い蝶々が迫り来る。魔力の残滓は燐光として振り撒かれ、淡い焔のように広がって行く。
「美しい姿ですね。白堊――けれど……貴女とベルゼーと話して私は決めたんです。私は、貴方達のために、貴方達を倒す、と」
マリエッタの傍らにはセレナが立っていた。白い蝶を払い除けるように眼前の白堊を睨め付ける。
「セレナ。今回ばかりは心配しません。耐えれますね? ――倒しますよ、彼女を」
「任せて、マリエッタ! あなたには指一本、ブレスのひとかけらも触れさせはしないわ!」
セレナはマリエッタを護る事に注力する。夜の気配を宿した娘は盾であり、壁である。そして『マリエッタ・エーレインを護る結界』なのだ。
張り巡らせた魔力の帳。闇夜のヴェールさえも、貫通するような真白のひかり。
(……退かない……! 退かない! 譲れないものが互いにあるなら、戦って、乗り越えるしかないもの!)
彼女も、自分も、何かを守りたいと願っていた。願うからこそ、足を止められないと知っていた。
「……こうするしか、出来ないから、マリエッタ、お願い! わたしの分も籠めて。
世界も、覇竜も、呑み込ませたりしない。わたし達は、乗り越えて行くんだって!」
「あの方は、本当は――!」
分かって居る。彼女の愛しいその人が世界を喰らう事を是とする訳がないと。ならば、心だけでも救う為に死ねと言うか。
それに『耐えきれないと』セレナだって分かって居た。もしも、マリエッタが、そう思うだけで心がぎゅうと痛んだから。
「ええ、……ですが、相容れぬ事もある。
その恋心、最大限に魅せてみなさい。死血の魔女が焦がれる程の素敵で美しいその輝きを。私達に見せつけて、その上で散りなさい白堊。
私はその輝きを絶対に忘れません――そしてベルゼーも……貴女と一緒に安らげる旅路へ……送ってあげますから」
故に、意地の張り合いをするのだ。鈴花が言って居た『女の戦い』。マリエッタも、セレナも同じだ。これは根競べのようなものなのだ。
何れだけ思ったって、叶わぬ事を知っていたから。叶うように、魔力を込めた血潮を練り上げる。
傷付いたとて、誰もがこの場を譲りたくなどなかったのだから。
「白堊さんが真っ先に狙うとすれば、ベルゼーが最も喰らいたくない、来て欲しくないであろう琉珂様。
琉珂様には指一本触れさせません。たとえこの身に代えても。殺させて堪るものか。こっちの台詞だ」
酷く、低く冷たい声音を紫琳は紡いだ。せめて、琉珂が『こちら』だったならば。その言葉はもう二度とは吐かせるものか。
「琉珂様を渡す物か!」
紫琳は叫ぶ。大好きな人のためならば、どんなことでも出来る。命だって賭けられる。
あの人は光なのだ。眩い、美しい光。白堊がベルゼーに見たように。紫琳だって、その光を見てきた。
「私の覚悟も、想いも、貴女に劣る事なんてありはしない!」
紫琳の重力弾が叩き着けられて行く。ずん、と音を立てた。白堊が膝を付くが食らい付かんと走り出す。
「しかし、愉快な物語性だな」
恋情とは、実に愉快だとロジャーズは手招いた。『受け止める』ことは書物を読むと同じこと。故、ロジャーズは忘れ得ぬ物語の傍らに佇んでいる。
無貌の娘は引き寄せる。あれを殺せ、あれを滅ぼせと脳裏に囁く声を響かせる。贄を求めるかの如く迫り来る気配を宿した娘は口角をついと上げて赤い口内を覗かせた。
「さて、此方だ」
ジャバーウォックの元になど行かせるか。嘲笑うかの如きロジャーズを殴りつける白堊の拳は確かに鋭い。
それをラド・バウで浴びれたならばどれ程に良かっただろうかと『うぃん』と首を動かしたアルヤンは練達からのリベンジマッチも悪くはないと言う様に二種の障壁を張った。
ロジャーズと共に合わせ、そして『壁』を作るが、白堊は其れを打ち破らんと力を込める。舞う蝶々と白花の魔力の残滓。
流麗なる一撃を放つ娘を前にして「アルヤン不連続面、手合わせ願うっす」とアルヤンは静かな挨拶を行った。
「ちなみに自分、死ぬほど邪魔っすよ。自分本気なんで、もう負けたくないっすから」
「勝った方が正義だと、勝った方が未来を得るというならば、負けるわけにはいきません」
唇を噛み締める。白堊の白い肌には幾重もの傷がつく。痛々しい、それでも挫けやしないのは彼女が『護る為』に立っているからか。
「……琉珂さん」
戦場で飛呂は静かに声を掛けた。手にしている大きな鋏、母の形見を握る娘は「なあに」と飛呂を見上げて首を傾げる。
「琉珂さんってさ、ベルゼーにて料理振る舞ったことあるか?」
「わ、私の、料理……」
変なアレンジばかりをする料理を思わず思い浮かべてから飛呂は笑った。「あれでいいよ」と告げれば琉珂は少し肩を竦めてみせる。
「あるわ。本当はね、レシピの他に何か……覇竜の物を入れるのはオジサマの為だったの。
オジサマの愛し覇竜領域(このくに)を少しでも、オジサマが喜んで食べてくれればって。沢山、沢山。この場所を明いていたから」
「……そっか。うん、あのさ、空腹じゃなきゃ暴食しない。腹でなく心が満たされることない人に思えて。
倒すだけじゃなくて、あの人の心を満たす為に行こう。負担掛けるけど、琉珂さんなら屹度出来るから、さ」
もしも、心だけでも救えたら。何度だって、何度だって、口にしていた。
まるで荒れ狂う波濤の中で、航路を見失ったかのような心地であったから――もしも、自分があの人に何かを渡せるなら。
「ええ」
飛呂は「なら、先ずは!」と白堊に向き直る。「いってらっしゃい」と背を押せば鈴花とユウェルの元へと彼女は掛け出した。
「……もう一度だ。もう一度、私は貴様らに挑む。前は詰め切れなかったが、今回こそ。貴様らを倒し、先へと進ませてもらう」
ルクトは鋭く白堊を睨め付けた。ジャバーウォックと白堊。何方を相手に取るかと悩ましく思いはした。白堊に手の内はばれているかも知れない。
だが。
「全力で死線に挑まねば無礼というもの。加減はなしだ……!!」
死を厭わず、死にゆく者に敬意を。厭わぬからこそ、見せられる全力を強者と呼ぶのだ。
「成程」
ルクトの放った刃の先へと、辿り着くように愛無が地を蹴った。
(――「怪異で一番危険なのは、此方のことをちゃんと理解してくる存在なのですよ」と言われたのだ。
その時、彼女が何を思っていたのか解らなかった。ただ何となく拒絶を感じたものだ)
そう、思った。だからこそ白堊なら、彼女の事が分かるだろうか。彼女も人ならざるモノに恋をしている。
ベルゼーの善性は擬態か、それとも、本物か。その辺りまでは『突き詰めやしない』
「恋をしている君に話を聞きたい」
「恋というのは理解出来ないモノでしょう。説明が出来る打算的なモノに、此程振り回されるなど、あってはなりません!」
ルクトが一度姿を消し、そして白堊の前へと踊り出る。受け止める女の横面に、愛無は爪を突き立てた。
白堊の眸がぎらりと敵意を滲ませた。その隙へ、大太刀を叩き着ける獅門は「痛ェだろ!?」と唇を吊り上げる。
血濡れになろうとも止らない。剣鬼の如き勢いで。獅子は強靱な顎で敵を噛み砕く。倒れやしない。支えるのはリスェンの頌歌。
おんぼろの杖に魔力を乗せて、戦きながらも仲間を支え続ける。
(大きい――)
白堊の背後に見えたあの竜は正しく『怪竜』の名を欲しい物にしていたから。
(..... ほんとにあんな竜を倒すことができるんでしょうか。いや、でも、どれほど難しくても、里長の琉珂さんの決心。
わたしもフリアノンの一員として立ち向かわないわけにはいきませんね。この地を、覇竜を、世界を護るために、わたしも戦います)
フリアノンの出身である娘は創作英雄譚の優しき魔法使いの名に肖って名付けられた。
穏やかで、優しき人として。里長が決めたのは『フリアノンという里を護る事』だ。
自らも、護らねばならない。愛した家族達が過ごすあの場所を――
「白堊」
Я・E・Dが静かに呼べば、美しい魔種の娘はぴたりと立ち止まる。
「たぶん、わたし達は分かり合えない。けど、貴方達を殺して彼の前に立つのは、たぶん、きっと、絶対に駄目な気がするんだ」
「あなたとは幾度も相対しました。あの優しき人は……それを望むでしょう。けれど、わたくしは『それを望みません』」
「白堊……!」
分り合えやしない。分かってる。けれど、己のエゴを聞いて欲しい。傷だらけになって、イレギュラーズを相手にして、それでも尚も食らい付く白磁の肌の娘。
Я・E・Dは唇を震わせた。彼女は屹度、此処を立ち去れば命を失うだろう。白堊は其れを望んでいる。怪竜がその頭を地へと垂れたとき、全てが終ると分かって居る。
「……分かってる。怪竜も白堊達も、ベルゼーに味方する者達を殺し尽くして、その先に居る彼の前に立つのが正しい道なのだと思う。
けど、その道だと駄目な気がする。
正しい道で、望む場所に辿り着く方法が見つからないなら、間違った道を、絶対に後で後悔する道を進んで、知らない何かが見つかるのを信じるしか無い」
「優しい子」
だから誰も殺さず、わたしはベルゼーさんの前に立つ。
手を汚さず、そうしていたかった。そう告げるЯ・E・Dに白堊は苦しげに笑ってから。
「けれど、わたくしが此処で死ななければあなたの仲間を殺す事でしょう」と告げた。
その言葉の後、彼女はイレギュラーズに向き直る。その姿が遠離ったのは、白堊がЯ・E・Dに対して自身の死に際を見せたくはなかったからなのかもしれない。
――恋したのは、偶然だった。けれど、愛したのは必然だった。
同じ立場になれば、魔種であれば貴方のことだけでも救えるのかも知れないと、そう思った。
白堊は背を向けて、唇を震わせる。
けれど、もう、何もかもダメならば、最後の最後まで白堊は貴方の味方であったと、伝えて欲しいのです。
●11番目の功罪III
「作戦概要は了解しているわね? オーケー?」
靡く旗の下に集う志士達へ『敢て』問うたイーリンが掲げたのは『全員生存』の必須目標である。
「さァて、竜殺し。いいね。心躍る冒険譚の代名詞だ。ちょうど『勇者』も2人いることだし。どうだい、イーリン・ジョーンズ?」
その名を呼んだ武器商人に「呼んでくれるじゃない」と紫苑の娘は唇を吊り上げた。
一年も前の話だ。並ぶ無機質なビルの下でその影を眺めて居た自分たちではない。頷く頭目の顔をまじまじと眺めてから百合子が笑う。
「ほう! 中々の手合いではないか! 最近竜種との殴り合いに飢えて居った相手にとって不足なし!」
拳を打ち合わせた娘の瞳には戦意が乗せられていた。美しい百合の如き美貌には似合わぬ闘志は滾り揺れる。
「くふふ、練達のあの一件からの因縁がようやく片が付きんすか……押し通らせていただきんすよ。
貴方方の思惑が如何なるものであったとしても、イレギュラーズはそれでも突き進むしかないのだから。
――わっちも見届ける為に押し通らせてもらいんす」
目を細めて笑みを浮かべるエマは邂輝術式へとその魔力を廻らせる。増幅したそれは眩い光となり、集まった。
周囲の怯える精霊の声が聞こえる。まるで嵐だ。囂々と全てを呑み喰らう波濤のように。
ああ、この地は全てを呑み喰らう大海原のようではないか。
(何たる威容――)
息を呑む。臆する体が一歩後退した。しかし、その背を誰かが押したような気がしてクレマァダは両の足に力を込めた。
体躯だけでは滅海竜に匹敵しようか。ああ、けれど。怯んでなるものか。
「竜なる者よ」
『――滅海の神威に付き従う一族の娘か』
ジャバーウォックの声にクレマァダが顔を上げた。神威、滅海竜リヴァイアサン。その存在を知り得る六竜なる存在。
「荒れ狂う波濤の主よ。我らを侮りし者よ。汝にはその資格がある。だからこそ――我らが勝つ」
この場の暴威は紛れもなく竜による者だ。だが、あの海で鎮めて見せたような『器』が此処にあらずとも、『言霊』は良く分かる。
災いをも払い除ける航海の道筋を示す祝福と加護の一族。コン=モスカ。
――我らが進むべき航路はこの先よ。
哀れむ言葉さえ遠ざけて、踏み締める。神威よ、己が身に余る海嘯の気配よ。黄金の瞳が確かにその竜を見た。
『我が身は滅海竜に――神代には程遠い!
なればこそよ、我が望みは唯一無二なる者を護るが為。貴様等、虫螻の危害だけは認めようぞ。ただし、此処で朽ちるならばだ!』
「はん、けったいな言葉を頂いたようだぞ? どうする未来の英雄共」
幸潮がくるりと振り返れば燦火が肩を竦めた。巨大だ。見上げる程に大きく、その身を見るだけで竦む。
ああ、けれど――
「まったく。アレを殺す? 倒す? だなんて、ジャイアントキルもいい所じゃない?
我等がお姉……隊長様はほんと、無茶に付き合わせるのが上手ね――要は燃えてきたってコト。それじゃ、いくわよ!」
走り始めた燦火に「だ、そうだが? 英雄?」とイーリンへと問うた幸潮の眸は笑う。
「進め――!」
イーリンの号令は、ただ一つ。生き残れ、生きて返れ、そして竜の首を取れ。
「仕方が無いな。精々竜殺しを為すぞ、未来の英雄共。『夢野幸潮』はその無茶無謀にして最高の英雄譚を支えよう!!」
竜の元へと馬を駆り駆け抜けていく仲間達を追掛けて、世界法則に倣う『能力』の枷を響くに笑う幸潮は仲間達を支えるべく尽力する。
数多の戦場を駆けてきた騎兵隊。故に、あらゆる苦難を撥ね除けて生き残るのだ。騎兵隊の防御は反撃の一矢となれ。
己が体を盾とすべく、駆け抜ける。地を、蹴って。
ああ、それでも同じ目線に何てなれやしないのだと火群は小さく笑う。
「ま、俺にしたらついこないだまでは本の世界だけの存在だった訳だし?」
自殺志願者ではない。敵の能力全てが分からないからこそ、深追いはしてはならない。命を奪う術にだって長けているだろう。
火群の肉体を廻った炎の気配。自身の痛みをそれに知って貰えるのかは定かではなくとも少しは興味があったのだ。
低空で皆に付き従う。途絶えぬ火の気配は呪縛として青年を包み込んだ。
「行くぞ!」
ジャバーウォックの元へと勢い良く飛び込んだ。馬と並走して見せた『美少女』は、何もその言葉の通りの美しいだけではない。
美しさを武器とするようにアクロバティックに竜の体に登らんと駆け上がる。
「ッ、アアアア――――! 竜よ! 我が一撃を受けてみるがよい!」
その巨躯だ。振り落とされんようにと掴む鱗のひとつでも堅牢さを感じさせる。蹴り上げ、一撃を投じた乙女の体が宙へと投げ出された。
「っと――行くぜ! 受けるダメージなんて知るかよ、前のめりだ!
こっちの狙いなんざ向こうも承知だろうよ。構うものか。先陣を駆け、真っ先にそのどてっぱらを抉るだけだ!」
エレンシアの薄い唇が三日月を描く。
ああ、だって――「今なら倒せそうだぜ、あいつ!」
そう思える程に自分たちは死地を越えてやって来た。圧倒的であったその竜は幾度にも重なった傷へと大太刀を振り下ろす。
鋭く、裂く。
「竜の開き……なんてどうだい?」
まるで嘲るような言葉と共に武器商人は唇を吊り上げた。命をも奪わんとする鉤爪に抉り取られた肌の痛みにも唇は吊り上がる。
ジャバーウォックに刻み込まれた傷は幾重にも抉られた後がある。
練達で、深緑で、そして罪域で、――これが『四度目』なのだ。
ぐん、と体を捻ったエレンシアをも蹴り上げるようにジャバーウォックの腕が動いた。巨大だ。だからこそ、鈍い。
避けきるだけの余裕はあった。
「これだけ入れてもまだ動くか! だが、吾もまた諦めぬ! 貴殿のはらわた引きずり出すまではな!」
百合子が額から溢れた地を拭う。その仕草は乙女らしからぬものであろうとも、構うまい。
これだけの相手が目の前に居るのだから、心躍らぬ訳がないだろう!
「ああ、もう! こっちよ!」
燦火は笑う。悪辣なる一撃を、目にも止らぬような軌道で『切り刻む』。巨躯であるならば、確実にその懐に忍び込め。
その身の下は危険だと知っている。此処は海ではない。押しつぶされれば一溜まりも無いと分かって居ながらも、足を止めることは出来ない。
「イッヒッヒ、いやあ、こんな大物をイーリンさんだけにやらせるわけにもいきませんね! やっちゃいますよ!」
リトルワイバーンを駆りながらエマは空を行く。狙うのは無数のジャバーウォックの目だ。近付けば、幾つかが潰れていることが分かった。
これまでのイレギュラーズとの戦闘で、ベルゼーを護る事ばかりに注力した竜の眸は抉り取ることが叶っていた。
「目、頂きましょうか! さあ、死ぬ気で『目に貼り付け』とのお達しです! やってやりますよ!」
『むざむざと死にに来たか――!』
竜が身を捻り上げた。足元より退避した者達に一寸の隙も視線を遣らぬエマはジャバーウォックの横面に張り付き続ける。
落ちれば一溜まりも無い。けれど、どこぞの『馬の骨』は「張り付きなさい」と言ったのだ。
「ヒヒ――さあ、やりましょう!」
エマを見上げてイーリンは騎兵隊のイレギュラーズを眺め遣る。全員が命を賭けても為せるか分からぬ異形。
それで結構!
「……あの子の望みを叶えるならば」
目へと飛び込んだミーナの後ろ髪を僅かに引いたのは『全員生存』の号令だった。
「私が命を賭すは、愛する皆の未来――」
生き残りなさい。
彼女の声が聞こえた気がする。ああ、全く以て『強欲』だ。
目を穿つが為に天を翔るミーナを見上げ、腹へと向けて駆けて行くレイリーの真白の姿が見えた。
「私の名はレイリー=シュタイン。騎兵隊の一番槍よ! 騎兵隊の牙は折らせないわ!」
リベンジは恐怖以上に楽しく、笑みを零さずには居られない。
レイリーの鮮やかな紅色とミーナの眸がかち合った。ああ、そうだ。生き残らねば未来はやってこない。
ジャバーウォックに肉薄する仲間達を庇うレイリーの肌に傷がつく。彼女や、先行く仲間達を支えるのはねねこであった。
眼前の竜は見るだけでも人とは大いに違うことが良く分かる。ねねこはネクロフィリア、つまりは『死』こそを好む存在だ。
死に近付いて行く生き物の状態を観察するのは得意だと自認している。まだ、竜の生たる鼓動は続く。竜の死骸を求めれど、命を賭した戦いでは観察だけに全てを避けないのは確かなこと。
精神回復爆弾を投げ込んだねねこは楽しげな音楽と光を放つ『スターライト』の下を潜り抜けて行くフォルトゥナリアに気付く。
「竜殺しは勇者の誉れ。それに足る知恵と勇気をここで示すよ!
私達の仕事は竜殺しを為し、全員生きて帰ること! 私の役割は可能な限り長く万全な状態で味方が戦えるようにすること!」
目を狙う仲間への支援は空からでなくては届かない。それだけ巨大な竜なのだ。一人二人で止められるわけもないからこそ、全員が命を賭す。
全員が生きて返る。その為に最大の防御を行ない竜殺しを為すための知恵とする。
騎兵防御陣。即ち、ジャバーウォックの前に立つ騎兵の勇気が、ジャバーウォックの命を奪うまでに届くのだ。
ジャバーウォックが仰け反った。即ち、それが広範囲をも焼き尽くすブレスである事に気付きココロが声を上げる。
「構えて!」
戦線の維持を行なう為には被害を出来る限り抑える必要がある。何れだけの範囲を焼くのかはこれまでの戦いで見てきた。だからこそ――
(生半可な退避では間に合わない! それだけの力を竜は持っている!)
ココロがぐ、と奥歯を噛み締めた。師の教えは頭の中に入っている。諦めたくなんてない。握るウルバニの剣が軋んだ気がした。
「ッ――ココロォ!」
ミーナの声に、顔を上げた。ジャバーウォックの目を狙い、弾くようにミーナがその照準を避ける。
支えるが如く、カイトの符が宙へと浮かび上がった。
――ここで、命を賭けるつもりだった。目を潰して、勝利を得るならば、『仲間の望みを破ることになる』
イーリンの絶対目標が全員生存であるとミーナは知っていたから。
それでも。
目を潰せ――たったの一度だけで良い。命が儚くなろうとも、あと一歩の死を食い止めて。
「刺せ! そう、俺は何時だって『封じ手』を撃つための鈍ら。それは『前に会った』時もそうだろ?
けれど、鈍らを叩き込む精度を高めたのなら――それは『一刺し』になんだろ?!」
刺され。
真っ直ぐに、この壊れかけた世界の中で、只の一つ。その命をも奪うように。
カイトの号令に合わせ、焔の気配を纏う火群がジャバーウォックに手を伸ばす。
騎兵隊は、竜の心臓を狙う。胸を穿て、腹を穿て、そして、目を奪え。
「深緑の時は『押し返す』だったけど今回は違う。ここで『撃ち倒す』。これが私の全力。受けてみろ、ジャバーウォック……!」
オニキスがすうと息を吸った。全ての動きを観察した。ブレスへの動作に僅かな隙がある。
そこだ。皆で稼いだ攻撃の隙を突け――再生しきっていない傷が見える。抉れば、竜であろうと『動きを止める』
――発射(フォイア)!
魔力回路がショートするほどに、オニキスは全てを吐出した。全機構が軋む。叫ぶ。届け。吼えたのは竜だけではない。自らの魔力(こえ)もだ。
「今、わたしの運命はお師匠様と共にあります! あなたの横であなたの勝利を見届けます!」
吼える――
「神が其れを望まれる!」
硬い。届かない。けれど――まだ、為せることがある!
●11番目の功罪IV
誰も奪われてはならない。そう願うしか在るまい。其れだけのことを思わなければ、きっと道は拓けやしない。
救済を。
一心不乱の救済を。
「この足で立ち続けられる限り、全てを救いましょう。前へ、ただひたすらに前へ!」
アンジェリカが手にした巨大な十字架が眩い光を帯びた。一心不乱の救済は、味方へ向けて『連射』される。
修道服に身を包んだ女は自らの払うリソースなど気にも留めては居なかった。そんなもの、ないからだ。
なければ救える。
そう願うアンジェリカの前を、真っ直ぐにイグナートが駆け抜けた。
「お前がジャバーウォック!」
ああ、なんて幸運か。
バーチャル空間で彼を知った。怪竜。そのぎょろりと動いた目。正しくその二つ名を欲しい物とした竜種。
「その目でちゃんとオレたちを見ているかい? そろそろ人間に対するニンシキを変えておかないと後悔する結果になるよ!」
『我が眼に映れた事を幸運と思え!」
「モチロン!」
喧嘩を売って、決戦にまで及んだのだ。感無量と言うほかない。
山を削ればいい。削って、削って、削って。一人では為し得ぬ事でも、皆となら。
イグナートの掌から練り上げた気が炸裂する。ジャバーウォックが僅かな呻き、だが、それだけでは止るまい。
「ロスカアアアアア!」
叫ぶ。ウテナを乗せてロスカが「ギイ」と声を上げる。
「ジャバーウォックさん! 何を思ってるのか聞かせてください!! ベルゼーさんのこととか!!
ベルゼーさんってどんな人ですか! うち知りたいです!! ねぇ聞いてますか!!! ねぇねぇねぇ!!!!」
『喧しい!』
思わずジャバーウォックが叫んだ。それでいい。集中が切れれば其れで構わない。傷は痛むだろう。動きが遅くなっている。
「ジャバさんが集中切らすくらい喋り続けますよ!!!! ウチはうるさいですからね!!!!!
ほらほら邪魔な羽音ですよ!!! ぶんぶん!!!!!」
痛みに、そしてウテナの饒舌すぎるまでの攻撃と、言葉にジャバーウォックに生まれた隙に、ユーフォニーが「咲良さん!」と呼んだ。
ひとと竜の梯という思いを喪いたくない。ユーフォニーだって覇竜と、覇竜の皆が好きだった。
「ジャバーウォックさん!」
名を呼んだ。
人と竜の梯だというならば、それでいい。妹分の頼みを助けるのもエーレンの務めだと感じていた。
「咲良!」
「うん。アタシたちはッ、アタシは、アタシたちでベルゼーさんを助けたい!
少なくとも、そう思ってる変わり者もいるんだよ。アタシも、架け橋を諦めたくないからね!」
咲良はジャバーウォックから感じた気配に唇を噛んだ。ああ、そうだ。
彼も父が愛したこの場所を護りたい。その気持ちに嘘は無い。誰もが同じ事を願っていても。
交わらない――ベルゼーを只の人になど出来ないならば、救う手はどこにあるのか。
何かを求めるなら、何かを犠牲にしなくてはならないとエーレンとて気付いて居る。それが、練達だったのか、それが、深緑だったのか。
それが悲劇の切欠となれども。
「最後の最後までベルゼーさんを助けるのを、竜種と分かり合うのを諦めたくないんです!」
届け――届いて欲しい!
潰れた眸を見詰める。討つしかないのなら、苦しまずに終らせたい。
『ベルゼー・グラトニオスを助けるならば、他の犠牲を是とするのだろう!?
時が解決せぬならば、最期まではこの身は父を救うが為に邁進したいと願っている――!』
救う手立てがない。ユーフォニーは理解している。魔種とは、いいや、『冠位』とはそういう相手なのだ。
産まれながらの大いなる災いに。滅びの気配に。寄り添うようにしてジャバーウォックは鋭い牙を研ぎ澄ます。
「……行くよ」
咲良は静かに声を掛けた。エーレンは頷く。ああ、なんて。なんて、ままならない。
「ジャバーウォック」
ウルリカが名を呼んだ。
「貴方をここで止めましょう。半ば諦めに近いその感性、長い寿命から鈍る命の煌めき……竜種が壮大と言えども見るに耐えません。
ちっぽけと称する人間より、伝えることは一つ。
諦めるなら諦めて引け、叶えたい望みがあるなら手段を選ばず足掻け、邪魔はするな、です」
ウルリカは睨め付ける。無数の弾丸が雨となる。
覇竜に閉じこもった竜種達。それは幸運であったのだろう。竜が外に飛び出せば、屹度世界は荒れ果てた。
だが、それ故に視野は狭まったのだろうか。ジャバーウォックは一人の娘がその肚へと飛び込んで三百年余りもの時間を考えた、考えて、考えてから諦めた。
『ならば――貴様はどうするという!』
ブレスが地を焼いた。
赫々たる炎。肌を焼かれようとも、構わない。人間如きに此処の対策なんて入れてや来ない。
所詮は羽虫を相手にしているだけだ。
「虫螻が来て遣ったぞ!」
シラスが地を蹴った。肉薄する。潰れた目に、抉れた腹。竜の生命力であったとしても、長くは持たぬ傷が奇跡によって刻まれる。
「ッ、父よ、父よって五月蠅いんだよ。竜だろうがテメーは?」
竜は。
シラスが憧れた、竜は。
もっと強大な存在であらねばならなかった――お前のような『弱虫』を殺して何が英雄か。
誇れる勝利と呼べぬではないか。本調子の竜と戦ったのではない。ただの親離れできないガキを殺すだけだ。
ああ、だから。イライラする。
「クソッ!」
お前がもっと泰然として居てくれたなら。
それでも、竜は悍ましい存在だ。小さきモノは小賢しく駆け回って此処まで来た。
「ベルゼーの前哨戦、だなんて簡単には言いません」
ドラマは影から生まれ出でる極彩色の光の中で、敢て、剣を突き立てた。
その大口を開けた竜へと飛び込むように。
「ドラマ!」
ドラマがこくりと頷けば、シラスは勢い良くその顎を殴りつける。万事をこれまで積み上げてきた。
そうできるだけの『痛み』が此処に在った。
●11番目の功罪V
ルカを前に進めるために。それから自分自身のためにジャバーウォックを倒すと決めて居た。
本当は、どれ程までに怖かったか。泣き喚いて膝を抱えた日々が傍にある。
「……けどさ、やらなきゃいけないことがあるんだよ。
見たくないものからは目をそらして生きてきた。これからは違う、僕には守りたいものがある。
だから、過去の僕は此処に置いて行く――現実から目を背けるのはもうやめだ」
定が語れば肩をぽんと叩いたマルクが笑う。彼は、再現性東京で『希望ヶ浜の人間』らしく過ごしてきたという。
魔法も、剣も、竜も、何もかもがファンタジーであった世界の住民だ。マルクやアーリアとは識っていた世界が違うだろう。
「ねえ、竜って男の子のロマンで、憧れなの。
きっとジョーくんも小さい時、書道セットはドラゴンを選んだと思うのよねぇ」
「えっ、なんで知って――」
慌てる定にマルクは小さく笑ってから「書道セットには種類が?」とアーリアに問うた。希望ヶ浜学園の小等部の生徒が選ぶお決まりの品だ。
「ええ。浪漫と夢だから。けれど、これは現実。
『ジョー君ってばこーんなに大きい竜を倒したのよ!』ってあの子に武勇伝を語らないと、ね?」
アーリアが微笑んだ。これが彼の大一番。それから、彼にとって彼女に伝えたい話でもある。
マルクは定を見ていて勇気を得た。彼が立ち向かうのは大きな勇気だ。人が竜に立ち向かうための絶対条件が知恵と勇気ならば。
青年は自らの経験を束ねた書を握る。自身が知恵となれば良い。竜に抗う叡智を以て、勇気を勝機へ帰る為。
「此処だ! 此処で決めるんだ!」
肉を断つには硬い。だが、これまでの軌跡の先に今がある。
搦め手なんて、必要ない。ビギナーズラックもなけなしの一歩でもない、確かに生きた今がある。
此処で決めなきゃ、先生としても女としても格好がつかない!
「行くわよ!」
「進もう!」
マルクとアーリアに背を押される。定は小さく頷いた。
「ねえ、ジョーさん。練達に竜が来てから色んな事があったね。
戦って友になる事が出来た竜も居て、分かり合う事も出来なかった竜も居る。竜達にも色んな者達が居るって、理解出来たんだ。
全ての竜と手を取り合えるとは思えない。――けど、それでも……そう言い続ける為にも、先ずはこの場を切り抜けないとね」
こんなに凄い冒険をしたのだと花丸だって笑いたかった。いつもの通りに、共に過ごす未来の為に。
傷だらけの拳を花丸は突き立てる。ジャバーウォックの爪を受け止めて、ぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
痛い。障壁は直ぐに割れた。けれど、構わない。こんな所で挫ける訳がない。笹木 花丸は蒼穹に手を伸ばす、皆を救うために、歩いてきたのだから。
「花丸ちゃん無茶したらあかんで?」
揶揄うように笑ってからカフカは肩を竦めた。やれやれと笑う青年の姿に天川も何処か可笑しそうに微笑んでいる。
「あっちもこっちでも一世一代の大舞台やな。命幾つあっても足りなさそ」
「え、死ぬの!? 駄目よ!?」
朱華が驚いたようにぱちくりと瞬いた。天川が「おいおい、朱華嬢、滅多なことを言うなよ」と笑う。
「だ、だって。けれど、ううん、ここが大一番、それから次が……大二番?
兎も角、琉珂をベルゼーの下に送り届けるまで足を止めてはいられないもの。例え相手が『怪竜』だとしても恐れてなんかいられないわ」
怪竜と相対する前に。アレクシアに護られ、鈴花とユウェルと共に歩いていた琉珂の手を朱華はぎゅうと握った。
一人で何もかもを背負わないで欲しい、と。大きすぎる荷物は皆で分け合えば良い。ユウェルも、鈴花も、朱華も――其れから、皆が彼女の力になる。
そう、大きな荷物は皆で分ければ良いのだ。
「さぁ、怪竜退治の時間よっ! 皆で荷ほどきしてやりましょう!」
朱華の象徴たる炎が剣へと宿された。潰れた目玉は、いつかの日の古傷だ。腹の傷だって、癒えていない。
永きを生きる竜にとっては瞬きのような時間でしかない。まだ、自己治癒能力には劣るジャバーウォックにとっては完治し得ぬ『人間』の軌跡。
「オッケェ。まあ、そうは言ってもやることは単純や。ジョーくんの背中を押す。前に進ませる。と、言うわけでシロ、力貸してや」
真白の蟲がカフカの肉体と同化した。力となる。怪異の気配がカフカの背を押した。
無茶すること何て分かってる。事ここに至るまでで、傷だらけだ。バカみたいに命なんて幾つあったって足りない。……皆、一緒だ。
荒れ狂う怪竜の気配をも圧倒することは出来ない。
――ああ、そうだ。無茶する友人だって事は分かってたんだ。その負担を軽くしてやれば良い。
「がんばれジョーくん、お前がナンバーワンでオンリーワンや。え? なんか違う?」
「どうだろうな」
天川が小さく笑う。それでも、あの光はオンリーワンだった。
あの光に魅入られて、此処までやってきたのだ。
「なぁジョー。あの日、お前さんがジャバウォックに立ち向かう姿に俺は光を見た。今回も期待してるぜ。俺の目を焼かんばかりに輝いて見せてくれ!」
若者の未来を拓くためならば大人はどれだけだって命を張れる。
あんな、年若い少年が命を張っているのだ。ジャバーウォックの腹を切り裂いた一刀。竜の咆哮と共に放たれたブレスが身を焦がす。
「……クロバ様」
呼ぶ星穹の声にクロバは背を向けたまま肩を竦めた。苦々しげで、実に不満を溢れさせてから此方を見ている。
「以前は追い払おうと足掻くのが精一杯だった。
だが――今度は仕留められる。その為に進んで来た。道を開けろ”怪竜”!
……そしてあー、星穹、ヴェルグリーズ。事情は後で話す。今は協力してくれ」
「……全く、クロバ様にも聞きたいことは山積みですが。
取り敢えずこの戦場を越えないことには出来そうにありませんわ? お任せください。護ることは私の得意分野ですので」
肩を竦める星穹にヴェルグリーズは小さく笑ってから肩をぽんと叩いた。
「竜種を倒さなければ先に進めない、か。見たところ山に切りかかるようなものだね。
でも、竜殺しは剣にとっても誉れだ、付き合うよクロバ殿。そして、守りは任せたよ、相棒!」
まったく、とまたも呟く星穹に背を任せてヴェルグリーズとクロバは走り出す。
強大な竜だ。
定とクロバは実に対照的である。竜を倒す事を誉れとした錬金術師の父を持った青年。竜に恐れを成していたただの青年。
それでも、今は目標は只、一つ。
「覚悟しろよ、今の僕の一歩は大きいぜ!」
惨めでも良い。泣きわめきながらだって進んでやる。
僕が――
僕達が『特異運命座標』だと言うのなら!
「今此処、この時、この場所が、その座標だ!」
奇跡なんてなくていい。越智内定の一歩分だけ。それだけでいいのだ。
もし、奇跡がそこにあったなら――
届いて欲しい。
この空の美しさをグリーフは護りたかったからだ。
アーリアも、マルクも、共に彼女を――ラトラナジュと在った者達だ。
ラトラナジュが身を捧げて護ったものを。
「……今度こそ、私が護ります」
風が吹いた。生きる為に、命を賭ける。
死んで何てなるものか。守るだけの力ではない。空を覆う闇を払う一矢。
――ラトラナジュ、力を貸して。
グリーフの唇が動いた。目を瞠ったアーリアはまるで『あの日』のようだと呟いた。
空より、一矢がジャバーウォックを穿つ。
呻いたジャバーウォックの横面を定が殴りつけた。
その一歩は大きかろう。傷だらけなのはお互い様だ。
竜の胆力には驚かされたが、それっきりでは終らない。
「ジョー! 行けぇ!」
天川の声が、響いた。定はもう一度拳を固める。
「星穹、ヴェルグリーズ!」
クロバの鋭い一声が戦場へと響く。生きてるなら、『殺せる』。命ある限り、戦い続けられる。
「さて、二人共。まだまだ折れさせるつもりはありませんが、覚悟は宜しいですね?」
「勿論だとも……ジャバーウォック殿!」
星穹の護りを受けながらヴェルグリーズは呼んだ。
「キミのべルゼー殿への想いは買うところだけれど。
俺達はここで止まれない、足を止めては全てが手遅れになる、故にここで! キミを越えてみせる!」
信念よ、形を為せ。
背を押された。ヴェルグリーズと星穹が行く手を示してくれている。
「"verbal gospel".――ジャバ―ウォック、今ここに人が持つ絶対の真理を示す」
錬金術師は生ある者は死すると知っていた。
これは不滅の否定、幕引きの号令。人が天にまで届く事の証明だ――!
『―――死して等、なるものか!』
響く、竜の最後の力。
悉く命をも燃やし尽す息吹の気配。
しかして、眩き光が満ち溢れる。
●光鱗の娘
悍ましい程の絶望が、そこにあった。
誰もの命を愚弄し、奪い去っていく嵐の気配。
一度踏込めば、命など泡の如く溶けて消え行く運命であった。
それでも人は新天地を目指した。
産まれに染み付いた在り方は、父の背を見て感じたものだったのだろうか。
あの海を越えれば新天地が広がっている。故、己が犠牲になろうとも誰ぞが辿り着く未来を望んだのだ。
『絶望』で亡霊を見送ったときも、『都市国家』で蒼穹に挑んだときも。
あの鮮やかな青には魅せられていた。いつか誰かが辿り着くのなら、それは自分でなくともいいと、そう思って居た。
――そうだよ。だからさ、これはアウラスカルトの為でも、琉珂の為でも、ベルゼーの為でもなくて。
いつか、いつか辿り着く誰かのため。私じゃなくていい。先を目指した誰かのために。
……例え命を懸けるとしても、刃が彼の命に届かないとしても、私は先を願う―――
たったひとりの、先行くだれかのひかりになりたかった。
「ッ、進んで――!」
ルル家が言って居た『胃に飛び込めば何かを救える』と。
ならば、イリスは示す。一度入れば二度とは戻れないならば、戻れるだけの有りっ丈の奇跡をそこに呼び寄せて。
光に飲まれる。
青ざめた海。幾重もの命が折り重なって溶けた波濤。
この航海はまだ、続く。
世界を救うための途方もない命の果てだ。
シルフォイデア。お父様。
海は、屹度綺麗でしょう? 褒めてくれたって良いんですよ。
家出娘が世界を救うために、奇跡を願うんですから。
私はひかり。
眩い光鱗の娘。
このひかりに、どうか――
最後の最後、風穴の空いた大口から強大な古竜語魔術を放たんとした竜の、魔力を呑み喰らう『暴食』の光が広がった。
収縮し、するりと竜と共に事切れてしまったのは、一人の娘。
剣を仕舞い込んでからクロバは息を呑む。するすると走るようにして、ノリアは宙を泳いだ。
「以前 出あった ベルゼーさんは みずからの食欲に あらがっていましたの。
――であれば 暴走中の 権能も 満ち足りるときを ねがっているでしょう」
ノリアは小さく呟いた。あの光が、イリスが作ってくれたチャンスが僅かな時間を稼ぐことが出来る。
皆で進む為の一歩を作り出せる。おいしさはノリアの自慢。尻尾だけで許してくださいというおねがいと、他の物では物足りないと思わせる呪い。
美味たる人魚は権能だって狂わせると決めて居た。一時だけで良い。一時だけでも、自分の方を向いてくれれば。
ノリアが顔を上げた。イリスの示した先――そこが。
「いやはや……、どうしたって来て仕舞うんですからなあ。お嬢さん、大切な人が居るのであれば気をつけた方が良い」
ベルゼー・グラトニオスの権能。その『腹の中』か。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
MVPは貴女へ。その決意も、覚悟も、次へと確かに繋がるものでした。
GMコメント
夏あかねです。覇竜編前哨戦。
此処を乗り越えねば、手が届かなくなってしまいます。
●作戦達成条件
・『ジャバーウォックの撃破』
・可能な限りの敵勢対象の撃破
●同時参加につきまして
決戦及びRAIDシナリオは他決戦・RAIDシナリオと同時に参加出来ません。(通常全体とは同時参加出来ます)
どちらか一つの参加となりますのでご注意下さい。
●ロケーション
ヘスペリデス。黄昏の地。ベルゼー・グラトニオスが作り上げた安息地。
竜種達は「黄昏の地」「暴食の気紛れ」などと呼んでいました、が、状況が大いに変化しました。
冠位暴食の『権能』が暴走を始めたようです。
ベルゼー・グラトニオスの『底知れぬ胎』は全てを求めるように周辺を崩壊へと誘っています。
風光明媚であったヘスペリデスは見る影もなくなってしまったようです。
●【1】『滅亡の寝所』エネミー情報
・『燎貴竜』シグロスレア
壊し、侵し、犯し、掠め、殺戮の限りを尽くす暴虐こそが己の存在証明にあると認識している暴力の象徴。
ある意味で、シグロスレアとは竜とそれ以外を分かり易い程に区別しています。
エルダーゴールドドラゴンの系譜を有するレグルスであり、彼の目の前で『リーティア(パラスラディエ)』がベルゼーに喰われたのを見た際にベルゼー自体は『人間や劣等種ではない上位存在』であると認め彼に従っています。
バシレウスの『女王』として自身が認識していたパラスラディエ亡き後、自らを率いるはずであったバシレウスの姫君『アウラスカルト』が人間という劣等種にうつつを抜かしていることが納得できません。
劣等種であると認識している『人間』に一太刀浴びせられたためご機嫌斜めです。
イレギュラーズを取りあえず皆殺しにして、心を落ち着かせようと考えて居ます。
此処で取り逃がすと、次はアウラスカルトを殺す事を目標に掲げるでしょう。あれは、竜種の恥だと。そう認識しています。
・『璃煙』
魔種。亜竜集落フリアノンの元となった巨骨こと、巨大な竜種『フリアノン』の鎮魂の巫女。
シグロスレアの世話人です。ルカ・ガンビーノ(p3p007268)さんの母親でもあります――が、フリアノンの為と飛び出してきた彼女は自らの信念と決意の上で立っています。息子は可愛いですが、手を抜きません。
符術を駆使した戦いです。BSを駆使した嫌らしい戦い方をします。
特筆すべきは一定ダメージを受けるまでは近付くことの出来ない防御のまじないです。
璃煙の周辺に張り巡らされた『硝子の壁』はダメージを与えるごとに罅割れます。壁が破壊されて初めて璃煙にダメージが届くようになります。
目的は単純明快、フリアノンはベルゼーを護って欲しいと願いました。その為です。疾く去りなさい、イレギュラーズ。
・『葬竜』カプノギオン
将星種『レグルス』。竜種にしては年若いですが、葬竜と呼ばれる系譜の竜であるため自らの生まれは尊いものであると認識しています。
璃煙を母と慕い、彼女を護るべくイレギュラーズを排除しようとしています。璃煙を護る為に戦います。
非常に好戦的。どの様な戦闘能力を有するかは分かりませんが比較的小柄で、機動力も高めです。
・ロウ・ガンビーノ
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)さんのお父さん。ルカさんと戦い方は非常に良く似ています。
妻を捜し求めて各地を放浪してこんな場所までやって来ました。現在はカプノギオンと結託中。
璃煙を護る為ならば息子だって殺す程度には『惚れた女の為』と割り切ることが出来ます。
璃煙が死亡した場合はイレギュラーズと戦う意味を無くしますので、さっさと戦線を離脱します。
・レムレース・ドラゴン
『女神の欠片』達が暴走した結果生み出された幻影のドラゴン。複数存在しています。
シグロスレアは「お前達のせいで暴走したのだ」と告げます。璃煙は「コレがフリアノン様のご意志です」と言います。
フリアノンの巫女である璃煙がいるため、彼女がそれを制御出来てしまっているようです。明確にイレギュラーズの敵です。
倒す事で女神の欠片を入手することが出来ます。女神の欠片は即ち、ベルゼーの権能を『特定エリアに封じ込める』事の出来るものだそうですが……?
●『11番目の功罪』エネミー情報
・白堊
フリアノンの出身。里長代行を担う瑶家の娘。本来ならば珱に嫁ぐ家系でしたが琉珂が女性であったため、破談となりました。
琉珂の遊び相手でもあったベルゼーに仄かな恋心を抱き、彼に付いて回っていました。
嘗ては『婚姻の約束があった娘』であった為、腫れ物扱いをされていたそうです。
アタッカー。非常に強力な魔種であることは確かです。本気です。
此処で死んだって構わない――死に損った彼女は傷を負っていますが、此処で命を賭してでもベルゼーを守り切るつもりです。
この恋心は嘘では無いと、強く認識しています。ジャバーウォックの支援の他、回復なども行ないます。殺させて堪るものか。
・『怪竜』ジャバーウォック
その『怪竜』の名に似合う悍ましい竜です。強大な存在であり、巨体だけではなく鋭き爪や牙も目立ちます。
ベルゼーを父と呼んでいます。イレギュラーズを躯を傷付けた虫けらとして忌み嫌っています。
知性を有しますがその言葉は不可思議なことも多く、聞き取れたとしても人間的な倫理観などは伝わりません。
彼にとっては人など虫けら同然であり、それらが何事かを言っていても踏みつぶせば終わりだと認識しています。
闇の属性を身に宿し、その攻撃方法は『観測されていただけ』である為に全容が計り知れません。
・極めて堅牢かつ、凶暴性が高い竜です。高いHPを有し、再生能力なども備えているでしょう。
その巨大さから攻撃方法は範囲攻撃が中心になり、ブレスには注意して下さい。
・非常に高度な飛行能力も有しており巨体故に、ブロックには15人以上が必要になります。
・目玉を潰された事やイレギュラーズ達の交戦の結果、幾度も傷を負っているため完治はしていません。
故に、初戦と比べれば生じる隙もあることでしょう。
ジャバーウォック一体でもVaryHard相応です。凶暴な竜種、ですが、倒すならば此処しかありません。
・フォス
本名を志・礼良。ピュニシオンの森の『志遠の一族』の直系の娘です。
ジャバーウォックや白堊の様子を見ているだけのようです。どうやら彼女は連絡役です。ベルゼーを心配しているようですが……。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はDです。
多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。
戦場選択
以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。
【1】『滅亡の寝所』
滅亡の寝所と呼ばれるエリアでの戦闘です。
このエリアの可能な限りの制圧を行なわなければ『11番目の功罪』エリアへと一気に雪崩れ込みます。
天候は変化し続けます。雷の気配が近いようですが、隣接しているというのに『11番目の功罪』と天気にズレが生じる場合があります。
【2】『11番目の功罪』
『11番目の功罪』と呼ばれるエリアでの戦闘です。ベルゼーを目前としていますがジャバーウォックが塞いでいます。
周辺は荒れ狂い、何かに引き寄せられる感覚がします。
天候は変化し続けますが、雷の気配が最も近いでしょう。
周辺には引き寄せられて宙を飛ぶ草木や岩が目に入ります。其れ等は何かに吸い込まれて言って居る様ですが……。
行動選択
以下の選択肢より、どの様な行動をするかの指針を選択して下さい。
【1】竜種対応
シグロスレア、カプノギオン、ジャバーウォックなどの竜種対応を主として行ないます。
非常に危険であり、死亡可能性がある選択肢です。覚悟をし戦場に向かって下さい。
【2】魔種対応
璃煙や白堊を中心に対応します。竜種による横槍の可能性を考慮した上で行動を行なって下さい。
【3】周辺対応及び回復部隊
レムレース・ドラゴンへの対処を行なうほか、味方の死傷率を下げるべく有効な支援を与えます。
選択した戦場に友好的な支援を行ないやすくなります。(死傷率を減少させます)
Tweet