シナリオ詳細
『めでたし、めでたし』
オープニング
●それから、森は。
灰の宮殿。大樹ファルカウに散見された灰燼を潤すように恵みの雨が降り荒む。
ファルカウの巫女達は水の大精霊ヴィヴィ=アクアマナをパスとして禁書庫で発見された大秘術『生命の秘術(アルス=マグナ)』を駆使して大樹ファルカウの再生を試みた。
此の儘、放置しておけば森は15年もの内に都市機能を失い、枯れ逝く運命であっただろう。
そのパスを強固にするために『グレート・ワン』オルド種『クェイス』は守護者としてファルカウと共に眠る道を選ぶらしい。
ヴィヴィ曰く「あれは素直じゃないだろうから、キミ達と面と向かったら何というかは分からないがね」との事だ。
因みにクェイスが其れを聞いて「喧しい」と外方を向いたのはここだけの話でもある。
更に言えばファルカウには冠位魔種カロン・アンテノーラの気配が強く残されていた。
彼の権能はファルカウの生命維持機能を自身のリソースに回す事が出来ていたのだ。カロンの討伐の際に複数のイレギュラーズがPPP(奇跡)を乞うてそのパスを遮断しなくてはならなかった程の大がかりな仕掛けであった。
そうした事情もあり、ファルカウに残された滅びの気配は『魔法使い』マナセの残した秘宝『咎の花』の強力な魔封じの機能で封じ込める事がヴィヴィとクェイスから『ファルカウの巫女』リュミエ・フル・フォーレ(p3n000092)に提案されたらしい。
咎の花とファルカウを『繋ぐ』必要性。そのパスとなるのが――
「兄さん」
彼の背中に呼びかけたアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の手をそっと握りしめていたのは散々・未散(p3p008200)であった。
「聞いたぜ。まだ人である内に『咎の花』と一緒にファルカウに封じられるって?」
シラス(p3p004421)の問い掛けにライアム・レッドモンドはゆるゆると頷いた。
アレクシアが起こした奇跡は一時的にライアムを魔種から人に戻した。その代償はアレクシアの『記憶』へと蝕むような反動を与えている。不出来な奇跡と呼ぶしかない滅びと可能性の鬩ぎ合い。
それでも、ライアムは人としてこの戦場を駆け抜けた。アレクシアが目標とした『冒険者』として剣を振るい、森を救う為に尽力した。
「……そうしないと、アレクシアの献身を無駄にしてしまうから。
僕が『咎の花』と一緒にファルカウで眠れば、ファルカウに残された冠位魔種の残滓も共に封じられるんだ」
少しでも役に立てるなら、と肩を竦めるライアムにアレクシアは息を呑んだ。彼女の戸惑いを未散は直に感じ取っている。
「何も永劫の別れにはならないだろう? 君達なら、原初の魔種(イノリ)を倒すのだって屹度直ぐだ」
「けど」
「大丈夫、僕は幻想種だからうんと永い時を待っていられる。……その時に、おはようと笑いかけて欲しいんだ。
君達が英雄になって世界を救った暁に、僕を叩き起こす。……まるで寓話のようだとは思わないかい?」
素敵だろうと微笑んでライアムはアレクシアを覗き込んだ。
「ヴィヴィ様にクェイス様も一緒だ。ファルカウはこれからも若芽を沢山茂らせて、それから発展をしていける。
……さっき、フランツェル司教が言っていたじゃないか。これからの話をしよう、って」
――ねえ、少しだけお話をする場を開きましょうよ。
悲しいだけじゃなくて、この森を護れたことに感謝を述べる場を。それから、先のことを話し合うの。
『共同体(アルティオ=エルム)』の木々が永い時を経て育ち征くように。
私達は大樹を支える道を模索しなくてはならない。だけれど、その前に……
●祝宴へとかけることばは
――そうして、森は救われました。めでたし、めでたし。
そんな言葉で締めくくる『物語』の世界ではない。これから皆で生きていかねばならないのだ。
妖精女王が『夜の王』の権能と共に姿を掻き消したこと。
その時から妖精郷は外部と遮断され行き来する事が出来なくなったこと。
救われた妖精達は皆、ファレノプシスが居なくなってしまったことに気付いて居る。
だからこそ、妖精達は『帰り道が失われ』『もう二度と帰れない』と感じているのだろう。
「……虹の架け橋も、大迷宮ヘイムダリオンも、ラサからの道だって使うことは出来ないの。
妖精郷で待ってるフロックスが何らかの対策を講じてくれるかも知れないの。
待っているだけで不甲斐ないけれど、悲しんでばかりじゃいられないの……!」
「まさか」
震えていた『花の妖精』ストレリチア(p3n000129)の傍で『虹の精霊』ライエル・クライサーがぎょっとしたように彼女を見遣った。
「――今は、勝利を喜ぶの! とりあえず、生なの!
初夏の風が心地良いの。ぐいっと喉越し爽やかにキューッと決めたいの!」
「その元気があれば妖精郷にだって行くことが出来そうだよネ。
フロックスの頼りを待つのが良さそうだし、各地の妖精達と暫くの間はのんびりと過ごそうカナ?」
ストレリチアの言うとおり、悲しんでばかりでは居られない。
問題を先送りにするわけではない。イレギュラーズの勝利を祝い、生き残ったことを感謝し、それから先を見据えるための一歩なのだ。
幻想種達は『これから』の為に細やかなパーティーを開くらしい。
「これからの話はこれから、していけばいい。腹が減っては良い案も出ないだろう。
それに此度も隣人(らさ)に救われた。その事にも感謝の意を示さなくては。……こうして救いの手を伸ばしてくれるのも彼女の――カノンの一件でラサとより強固な縁が結べたからだと思えばイレギュラーズには頭が上がらないな」
小さく笑ったルドラ・ヘス(p3n000085)の言葉にイルナス・フィンナ(p3n000169)は救いの手を差し伸べることが出来て良かったと心より安堵していた。同胞(げんそうしゅ)であれど、住まいは違う。それでも、心はあの大樹と共にあったのだろう。
「腹ごなしをしてから話す、だァ? 酒も持ってこい!
祝うときは祝う、考えるときは考える。戦うときは思いっきり、それが『凶(マガキ)』流だからよ!」
「ハウザー、皆とお祝いしたいんだって」
ハウザー・ヤーク(p3n000093)の傍からひょこりと顔を出したイヴ・ファルベ(p3n000206)は揶揄うように笑った。
「これが酒というものか! 美味いな!!」
「違いますよ、冬の王。それはオレンジジュース」
「なに、オレンジジュースだと!? オレンジジュースは美味いな!! 酒は、これか。苦いな!!
余はオレンジジュースにしよう!! フランツェルちゃん、おかわりを!」
「……ちゃ、ちゃん……距離感近すぎてビビっちゃうんだけどれど、ま、まあ、誰のせいかしら」
楽しげに笑う『冬の王』オリオンの傍らではファルカウの傍で佇むヴィヴィ=アクアマナの姿が見られた。
「ボクも今は祝う事が良いと思う。まずは勝利を喜ぼう。
これからの事を考えるだけの時間はまだ長くある。……と、言えどキミ達は多忙かな?」
シレンツィオ・リゾートにアーカーシュ。様々な問題が山積みであろうが――それでも、楽しむときは目一杯に楽しみたいだろう。
ヴィヴィのサポートを行いファルカウの点検に精を出していたイルス・フォン・リエーネは「報告はゆっくりとしよう」と嘆息する。
これから――イルスの報告はこうだ。
アルティオ=エルムに求められるのは森の復興だ。
新たな木々を植えて森を育てる。長く時間は掛かるだろうが幻想種達は根気強く森を癒やし手ゆく事だろう。
次に、妖精郷については現時点では向かう事は出来ない。
だが妖精郷に『聖剣アルヴィオン』が残されているならばフロックスが何とか『道』を繋ぎ直してくれる可能性もある。
……最も、妖精女王ファレノプシスの生存は絶望的だと言わざるを得ない状況だが。
彼女の面影を追ってばかりでは先は見通せない。フロックスからのコンタクトがあるまではこの件は持ち越しだ。
「これからのことは、そうね。その二つが課題かしら。
妖精達も各地に残されているでしょうから……ファルカウに保護をしてあげましょう。
植林活動ものんびりと続けて、森を復興させることを考えていけば良いわね」
「ああ。一朝一夕というわけにはいかない。取りあえずはのんびりと勝利を祝い傷を癒やす機会も必要だろうよ」
ぐったりとしたイルスの頬にグラスをひっつけてからフランツェルは揶揄うように「おつかれさま」と笑いかけた。
ひんやりとしたグラスは汗を掻いている。深緑ではよく飲まれている穀物の冷茶は疲労感を拭ってくれるようだった。
「食事でも食べながら、今は祝いの席を設けようか。広く招待状をばら撒いてくれ。もう疲れた。ちょっと寝たい」
「寝てる暇、なくない?」
「……ないかもしれないな」
イルスのぼやく声を聞きながらリュミエとフランツェルは顔を見合わせて笑った。
こうして微笑み合う事が出来た今に――
あなたから聞きたい言葉がある。
――まるで眠りから解き放たれたように『呪い』が解かれました。めでたし、めでたし。
- 『めでたし、めでたし』完了
- GM名夏あかね
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2022年07月18日 22時05分
- 参加人数90/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 90 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(90人)
リプレイ
●
「リュミエ様!ご無事でしたか! ルドラ隊長も!」
ほっと胸を撫で下ろしたアリアに「有り難うございます」とリュミエは穏やかに微笑んだ。こうして救われたのもイレギュラーズ達のお陰だ。
何処か、一室貸してやくれないかと問うたアリアにルドラは「何をするんだ?」と問い掛ける。
「この国に起きたことをすぐに物語にするの! 歴史は語るものがいなくなればすぐに風化して、忘れ去られちゃうから。
忘れてはいけない、語り継がないといけないことがたくさんあるんだ。
魔種から戻った存在のこと。竜種と冠位魔種の関係。大樹の嘆きとその真意――伝えたいことは沢山あるんだ!」
アリアは微笑んだ。宴を眺めながら、この楽しげな様子だって記録しておこう。
「まずは何から書こうか……ねえ、シェーム。キミの事を書くには時間がかかりそうだけど、きっとちゃんと書いて見せるから」
沢山のことを記録して、いつかの日に誰かに伝えてやらなくちゃならないのだから。
「よっしゃ宴だ―! あんだけの激闘だったんだ、今日はめいいっぱい楽しんでいこうか!!
オーガニック系の料理が多いのは新鮮っつぅか、こーゆう料理もうめぇな」
肉も口にしながらも零はにんまりと微笑んでプラックと瑠々を振り返る。
「そうだな……俺達の夜明けに乾杯」
「……お疲れさん。一か八かのオールベットインだったが、何とか勝ったな」
プラックの杯にオレンジジュースを注いだコップを打ち付けて瑠々は草臥れたように肩を竦める。
冠位魔種との戦いで命を張った『ダチ』ではあるが、互いのことを何も知らないとなれば、此処から始まるしかない。
「……いやまぁぶっちゃけ、滅茶苦茶冠位戦怖かったけれど、プラックも百合草も含めて生きてくれてて良かったぜ……」
ほら、フランスパンも食べろよ、と酒が回り始めた零が笑えば瑠々は「うめぇなあ」と笑う。
「いやアイツ怠惰とか言ってるくせにメッチャ強いじゃんもうほんと生きててよかった……
色々なことがあったけれど、それでもこうして、飲み食いして騒いだりできるのも含めてよ……」
「ホントだな。特に百合草、アンタは俺の命の恩人でもある、特に感謝してるぜ。身体の方は大丈夫か?
俺は……満身創痍ではあるが、まぁ、宴くらいなら問題ない感じだ。アンタは無理はするなよ?」
肉もうめぇなと笑うプラックは無礼講だと周りの光景を眺めて笑みを見せる。
瑠々は「練達に近い『日本』って世界から来たんだ。だから練達はよく馴染んだ。普段使っている薬とかも扱ってるからな」と周囲を見回す。
「昔は色んな視線や侮蔑を感じてた。それが嫌で、夜の街を徘徊してた。此処に初めて来た時も同じだったよ。
突如世界を救えなんて言われて、出来る訳無いと思ってたからな。それが今や冠位と相対する事になるとはな……わかんねえもんだ」
人生は何が起るか分からない。百合草流という忍術の家に生まれたこと。時代において良かれ、敗者となった思想でも技や心得を教わったこと。
それが漸く活かされたのだ。命を張った『ダチ』にそう告げられたことは何れだけ誇らしいか。
「俺達の力だけって訳じゃないけどよ……この賑やかな景色を、この夜明けを俺達は護れたんだな」
朝が来たことが、太陽の祝福がどれ程に喜ばしいか、プラックは零と瑠々へと笑いかけた。
「とにかく大変でしたけども! ルシアたちが送ってから司書さんもオリオンちゃんも!
お二人とも無事に生きて帰って来れて! きっとこれ以上は無いのですよ! という訳でー? かんぱーい! でしてー!!」
ルシアからはーとくるりと振り返れば取り置いていた食事は気付けば宴の喧噪に消えている。
欲しかったらルシアに言うのですよと注意をするルシアに酒のつまみに酒だと勢い良く集うイレギュラーズがざわつき笑い合う声が響いた。
「ほらっ! まだまだあるのでして! でも食べ過ぎには気をつけるのですよ?
ママみバブみ、でして? えーっと……、この人からはお母さんみたいな優しさと暖かさがー、みたいな感じでして!
例えばー、さっきの司書さんからはママみを感じる。と使うのですよ!」
そう呼びかけられたのはライエルとオリオンの語らいの席を設けていたイーリンだ。
旅の味としてジャーキーを用意し、豊穣の話から派生しておはぎやおにぎりを用意した。おにぎりの具はソーセージで練達風味に。
フラーゴラ達と作ったオードブルに興味を持ったのかオリオンが手を伸ばす。
「こら! 調理器具に手を出しちゃダメよ!」
「ああ~。なんていうかさ。『レベル1』なんだ、兄さんは……いろいろな意味でね……」
そう呆れるライエル。兄はいつか自分の過去を向き合わなくてはならないのだろう。それはまだ気付いて居ないことであり――愚弟が羨ましいと告げるオリオンは『イレギュラーズちゃんとの友誼の絆』に憧れていたのだとイーリンに手を叩かれながら告げた。
「業腹ではあるが、愚弟の言葉通り、余は銀の森へ向かおうと思う。
余同様に、自然現象でしかなかった者共が人となり、どのように生きるかの導となろう」
「――オリオン、貴方の目標はとても素敵だと思う。ライエル。提案をありがとう。
導となれるように、オリオンはたくさんの障害を乗り越えなくてはいけない。だから、まず頼ることを覚えてね。これはシンプルで、とても難しいこと。
貴方が得た友はそれに応えるし、頼る事が貴方を成長させる。何度だって足を運ぶわ。
――つまり、これからも一緒に遊んだり作ったり悩んだりしましょってことよ。イヤって私達が言うほど頼ってよね!」
分かったわね? と確りとした声音で告げるイーリンに湿っぽい空気は必要はないと顔を出した汰磨羈はくすりと笑う。眺めていたフラーゴラはぱちぱちと瞬いた。
「お師匠先生は騎兵隊の時から面倒見がいいなあと思ってたけど……今日はとびきりママみたい……ママみ……ママーリン……」
オリオンはこれから楽しいこと、喜ばしいこと、辛いこと、悲しいこと、知りたくなかったことと知っていくのだろうと見守るフラーゴラは『ゴラたべよ』をピクニック用バスケットに詰め込んできていた。
これから、彼が進むことになる道を祝福する為の準備だった。クッキーを手にして思いっきり『ゴラ』だなと呟いた汰磨羈。
「やぁ、イーリン。随分と盛り上がって……うん? ほう、ママーリン。また新しい偽名が生まれたようだな
いやいや、面倒見が良い御主にはぴったりの偽名だと思うぞ? 私も、たまにはそう呼んでみるとしようか」
ママ、と呼びかければ「ママでしてー」とルシアが笑い、イーリンが「ちょっと!?」と慌て出す。
そんな様子に笑いながらもオリオンはこれから先、自らが向かうべき先と向き合うために凜と背筋を伸ばした。
フラーゴラが背を押してくれるように。イーリンが頼れと笑うように。過去は、拭いきれないものであるからだ。
「楽しい祝勝会にするのですにゃー! パン屋なので自分で作ったパンを持ってきますにゃ。
冷めても美味しいパンやサンドイッチ等。お口に合うと嬉しいですにゃ!」
「美味しそうだね。じゃあ、サンドイッチでワインを開けちゃおうカナ?」
ライエルの笑顔にみーおは「にゃー、ぴったりだと思いますにゃ!」とこくこくと頷いた。オリオンやライエルと話せることが嬉しい。
パンこねこね、こねこね。そうやって沢山の話を交わせることが嬉しくて、たまらない。
猫や動物に巡り会えたらオリオンはどんな顔をするだろうか。肉球をぷにぷにとするだろうか。
「みーおのにくきゅうもぷにぷにしてもいいですにゃー」
「ほう、肉球か!」
明るい声音。そうやって楽しげに笑ってくれる彼が過去と向き合うまでの少しの時間を、穏やかに過ごしたい。
「オリオンの奴め。俺のようなおっさんにまで友人と呼んでくれるとは嬉しいじゃないか。
奴がグリムザース生まれ変わる瞬間に携わった身としては、これを機に挨拶だけはしておきたい。今後もよろしくってな」
「ああ、宜しくだ! ジェイクちゃん!」
胸を張ったオリオンに「おとうさんはちゃん付けて呼ばれるの?」と不思議そうな顔をしたのは碧。
実の娘である碧にも斯うした楽しい場所を楽しんで貰いたいというのが父心だ。
「ごほん。娘の碧だ。良ければこの子と友達になって欲しい」
「ああ、宜しく、碧ちゃん!」
「わあ」
嬉しいと瞳を煌めかせる碧が楽しげである事だけでジェイクは心が安らいだ。本音を言えば森も気になるが娘の笑顔には代えがたい。
オリオンが『イレギュラーズちゃん』に優しく微笑んでくれるのだから、碧も『おとうさんのかつやく』を聞きたかった。
袖をくいくいと引いて教えて教えてと笑う小さな少女。沢山のお喋りをして眠たくなった小さな蝶はジェイクの腕の中ですやすやと夢の中に旅立つのだった。
「すごいねえ たくさんひとがいるねえ。持ち込みのお料理や、お歌を歌う人もいるんだねえ。
かわいいクッキーもあるねえ。ぼくも一口、たべていい?」
勿論と頷いたフラーゴラにギュスターブくんは「やったー」と万歳をする。ライエルの演奏に合わせて歌うフラーゴラ。
その声を聞いているとギュスターブくんもついつい眠気がその身を包む。
「お腹いっぱい食べたら眠くなってきちゃった……このクッション、ぼくが乗ったらつぶれちゃうかなあ?」
「いやぁ、勝ったねぇ。ティーデ君も皆も本当にお疲れ様だ。
去っていった人はいるし、失われた命もあるけれど、僕達は明日に向かって歩んでいける。
じゃあ、イレギュラーズの勝利に、アルディオ=エルムの明日に、かんぱーい! ストレリチアちゃんも久しぶりに一緒に飲もう! 楽しもう!」
「イエーイ!」
薬草系の甘苦いお酒がいいの、とグラスを掲げるストレリチア。女王様は遠くに行ってしまったけれど、みんながいつか帰る場所にいったから。
だから、今はテンションをブチ上げて飲み続けるのだとストレリチアはにんまりと創に笑った。
「やっぱり、ひと仕事終えた後のお酒は格別だねぇ」
「こいつは甘えな、蜂蜜酒だったっけか? だがしっかりアルコールは感じる……おい生方のダンナ、ほんとにこれをかっぱかっぱと飲んだってのかよ」
くつくつと笑ったティーデに創はカロンを倒せた事は喜ばしいねえと笑う。
「うっし、大勝利! 冠位怠惰は永遠の眠りについた! となれば後は飲むしかあるめぇよ。
おらー生方のダンナにストレリチアのお嬢、飲むぞー! しこたま飲むぞー!」
「それよりストレリチアちゃん、飲んでるー? 次に飲みたいのがあったら持ってくるよ」
「有り難うなの! テンションアゲアゲで飲み続けるの!」
ティーデと創の間をひらりと飛んでストレリチアは勢い良く杯を煽った。
「皆、前に進もうとしているのです。
それは確かな善行へと繋がる一歩。で、あるならば、それを歓迎し、ワタシも共に新たな一歩を踏み出さねばなりません。
……と、言うわけで、不肖イロン=マ=イデン、本日の宴にて生涯初めての飲酒を試みるのです!
今後交流、交渉、潜入等、様々な場においてお酒が飲めるか否かは選択肢の幅に多大なる影響を与えると思われるのであるからして!
ここはストレリチアさんをはじめ、今まで拝見して来た様々な酒豪の皆さまを参考に、こう、ぐいっと飲んでぶちあげてみるとするのです!」
「ささ、ぐいっといくのー! 初めては誰しも訪れるの、ゲロロロロロ」
――それで良いのか酒飲み妖精。イロンは一気にぐいっと飲み干して、虹色の妖精の隣で泣き始める。
「……うわーん! 泣き上戸ですみません! 下戸ですみません! この埋め合わせは、善行にて必ず、いつかきっと必ずや〜……!」
祝勝会の会場は大騒ぎだ。笑い声が響く。少し前までは考えられなかった、喜びの声のように、楽しげに。
スピネルがあれでいいのかとルビーに問い掛ける。ルビーは楽しげにくすくすと笑った。
「物語の終わりはいつもめでたしめでたし、で終わって欲しい。今回もそう言えるはず。
沢山のモノが失われてしまって、辛い事や悲しい事が一杯あったけれど……それだけじゃないよね」
「そうだね、ルビー」
「この地の平和と住む人や私たちの幸せを願ってくれる人たちがいた。だから色々考えて暗い顔をするのはもうやめて、今こうしてられる事を喜ぼう。
私は大きなことは出来なかったけれど、今があるのは皆と一緒に私も頑張ったからだって自分自身に胸を張ろうと思う。そうだよねスピネル?」
「君が幸せだって笑えば、皆も笑ってくれるよ」
「うんうん! たくさん食べて飲もー! 折角のお祝いだもん、楽しまないと勿体ない。みんなーお疲れ様――!」
にこにこと笑うルビーの背中をスピネルは眺めていた。そうやって微笑む彼女がヒーローになる物語を見詰めているような気がしたのだ。
●
「色んなことがあって、無事に終わったとは言えないけど……それでもこの国を救うことができて良かった。お母様の故郷でもあるしね!」
ふんすと笑ったスティアはフランツェルはいつからこの国に居るのだろうかとまじまじと彼女を見詰めた。
どう見たってハイティーン程度の魔女は実年齢を誤魔化している。
「お母様の事知ってたりする?」
「お母様ってエイルさん? ヴィオレットさんの方が交流あるかもしれないわ! エイルさんはアンテローゼによく治療に来てたかも」
「治療に……」
それよりも一体幾つなんだろうかと首を傾げたスティアは「もっと教えて」と身を乗り出したのだった。
「わあっ! お野菜や果物がたーくさん! 美味しそう〜! どこからともなくお肉が焼ける匂いも……ああっ!! ハウザー様ーーー!!」
「テメェ!」
タックルに勢い良く振り向いたハウザーは盛大に噎せていたが冰星は気にはとめない。
「お疲れ様でした! お酌します!! しぬほどお酌します!! まだ減ってないじゃないですか!!
少しでも減ったら注ぎますよ!! 僕も飲みます!! うまい!! 次!! もう一杯!!」
勢い良く笑った冰星を見下ろしてハウザーは「ご苦労だったな」とその頭にぽん、と手を乗せる。イヴが「照れてるんだよ」と注釈を入れてくる様子も微笑ましい。
「僕、先の戦いでは少しでもハウザー様に格好良いところを見せられたでしょうか。
……いつか凶に入って貴方の活躍をおそばで拝見したいし、ハウザー様のお役に少しでも立てるようになりたいです!!
これからもっともっと頑張りますからね! 柄にもなく湿っぽくなってしまいました!! さあ酒だ酒!!」
ラサに生きる幻想種としてハウザーやイヴ、ファレン達へと感謝を告げたいとアルトゥライネルは足を運んでいた。
「この度は多大なるご尽力を賜り、全て無事に……とは言い難い部分もありつつ、冬を退けることが叶いました。
ありがとうございました。私事ではありますが、これでいつか俺が故郷の里へ凱旋する目処もつきそうです」
余所者を受け入れられない生まれ故郷イネルを思えば、今回のように多くの人々の手で掬われたことは大きな意味を持つはずだ。
(……今はまだ少しだけ機が熟すには早いが、折を見て里帰りする準備を進めたい。
そういう意味でも今回の闘いは俺にとっても大きなものだった。お歴々と話すことで、更なる覚悟を決めよう)
その決意を耳にしていたルドラとイルナスは森と砂漠に生きる幻想種として協力し合えることは喜ばしいのだと頷き会う。
「イルナス様。今回は深緑の森が再生されて良かったですね……イルナス様の故郷、そしてラサの友好国として、私としてもこの勝利は喜ばしいものです」
「ええ。エルスさんもよく頑張って下さいました」
そういえば、とイルナスは『赤犬』の姿を探すが、彼はさっさとラサに戻ったようである。相変わらずの様子だ。
「その、私、イルナス様には親近感……と言いますか。そんな感じのものを抱いていたんですよ?
同じ長命の種族ですし、ほ、本来の身体年齢はイルナス様と同じぐらいなんですからねっ? 今は諸事情で成長出来ないだけでっ!」
「ふふ。エルスさんが大人である事は存じていますよ。ええ、けれどあの方は幼い貴方を揶揄うことが好きなのでしょう?」
揶揄うようなイルナスにエルスは頬を膨らませた。凜としたイルナスは副官とまでは行かずともディルクを支えている。
その姿を見ればどうにも幼くて可愛いと言われることにコンプレックスを感じるのだ。
「……はぁ、あの…イルナス様。私は自信家で華やかで凛と強くて迷わない美人の大人の女……とやらになれるでしょうか?」
顔を見合わせたイルナスとルドラは「どうでしょう」「どうだろう」と笑うだけだった。
「支援を有り難う。シレンツィオにも出資を行っているのだと聞いた。パレスト家は流石に手堅いな」
「ラダ殿の協力も得られれば更に軌道に乗るでしょうね」
穏やかに笑ったファレンにラダは相変わらず口が上手いと笑ってから――聞きたいことがあった。
「ファレン殿はジナイーダ・ラティフィ嬢とは旧知の仲だそうだな。ならばブルーベルやリュシアンも?」
「ブルーベル嬢やリュシアン殿はラティフィ家に出入りしていたと言う程度の認識でしたね。それが……?」
「いや、だから何だというわけではない。……ただ貴殿の知る人を1人また1人と殺してく事になるのかと思って。
魔種を再反転させる奇跡は稀有なもの。もう一度を願っても都合よく成功する可能性も低く、また私もやろうとは思わない。
それでも残るリュシアンとの決着をつける前に、何かを願い望むのなら手伝う事はできると思っただけだ」
「ジナイーダ嬢は優しい子でしたから、きっとリュシアン殿に斯う望むでしょうね。……どうか、幸せになって」
幼い日を思い出すように告げるファレンにラダは唇を噛みしめて「そうか」と囁くように返した。
部屋を一つ借り受けてから星穹ははあと息を吐いた。賑やかな祝勝会も良いけれど、穏やかに過ごすのも悪くはない。
ヴェルグリーズと二人きりの小さな祝勝会。並んだ料理から少しずつ拝借し、グラスを打ち合わすのだ。
「食事がとても多彩だったからついつい迷ってしまったよ。でもどれもとても美味しいね、星穹殿はどれか気に入ったものはあったかい?」
「私も悩んでしまいました。他の国の料理というのはやはり新鮮ですね。
私……私はこのお肉の料理が美味しかったかと。サラダも新鮮でした。あら、ヴェルグリーズもですか?」
空にも食べさせてやりたいね、と笑ったヴェルグリーズに星穹は緩く頷いた。其れは名案だ――けれど。
「そうだ、後で会場の人にレシピを聞いてこようか。材料については練達でも調達できそうだし、向こうで作るのも楽しそうだよね。
星穹殿は最近熱心に料理の練習もしているようだったし丁度いいんじゃないかな」
「……ば、バレて居たんですね、料理の練習をしていたこと。困ってしまいます。貴方には何でもお見通しですね」
肩を竦めた星穹に「そうだね、何だって」と揶揄うように笑ったヴェルグリーズはそっとまだ生傷がある頬に手を伸ばした。
「とにかく、こうして無事に祝勝会が出来て何よりだ。これからもよろしくね俺の相棒」
「ええ、此方こそ。貴方が無事で何よりです。心配していたんですからね。もう……勿論です。これからも貴方の相棒として、貴方を守れますように」
貴方に傷一つ付けないように。そう願う星穹にヴェルグリーズは擽ったそうに微笑んだ。
「……はぁ…ねむ……最近眠いんだよねぇ……。
どっかの魔種とか悪の精霊とかが夢だの夜だのいろいろ弄り倒したせいでさぁ……あたいのパーフェクト昼夜逆転ライフサイクルが台無しなわけ……。
てことで折角仮眠所とかあることだし……もう今日は寝まくりDAYだから……起こしたら当然ギルティだから……」
眠ろうとしていたリリーは「最近羽虫のようにそこらへん飛び回って変な気配、なんか消えたねぇ……」と首を傾いだ。
「なんだったのかよく知んないけど……まあでも夢をどうこうとかあるんなら、枕の下に敷いとけばいい夢見れるとかあったかもだねぇ……
今度見つけたら試そ……それじゃ……」
すやすやと眠りに着いた彼女にとっての平穏もやっとやってきたのだろう。
●
端っこには二人分の皿とコップ。しにゃこは静かにもぐもぐと食べながら「えー?」と首をかし得た。
「もっと真ん中で騒がないのかって!? しにゃもたまには静かーにしたい時もあるんですよ! 本当に頭常春って訳じゃあないんです!
色々考えちゃったんですよ!
いつもは一般美少女姫天使でいいやーって思ってるしにゃですけど、今回ばかりは英雄になりたかったかもって気持ちが無いわけでもないです」
つまり何が云いたいのか、って。としにゃこはコップを手にしてから頬を膨らました。
「あー面倒くさいですね! しにゃらしくない! 次です次! 次頑張ります! 頑張りたくないですけど!
まだ見ぬ可愛いを求めて明日からはまた元通りにゃこです! たぶんコレが正解です! これ誰に向けて喋ってるんですかね……?」
目の前で水色の誰かが不機嫌そうでは無い貌で笑った気がした。それも、きっと、多分。気のせいだけれど。
「指の包帯? ……ふふ、少し怪我しただけ。けど、名誉の負傷よね私はファルカウも貴方を発狂させた者も知らない部外者。
それでも貴方に手を伸ばさずにはいられなかった――目の前の死の運命は、自分が死んでも壊すのが看守よ」
クェイスは面白くて好き。セチアはそう言って彼を見た。色々なことを話したいし、互いに笑える明日が欲しかった。
だから、奇跡が起きてくれた。『2人共生きている』こと。それ自体が大いなる奇跡なのだから。
「生きててくれて有り難うね、クェイス!」
「――生きてるだけで大袈裟な奴だ」
「そうかしら? だって生きてるって――とっても素敵な事だと思うわ!」
クェイスから毀れ落ちた加護は、今は借りただけにしておきたい。長い眠りに着くという彼から貰いすぎてしまうと言う自覚もあった。
「……私は貴方が生きていれば十分だったのに。だからセチアちゃん人形をあげる。あれ、涙が勝手に……」
黙って聞いていたクェイスは「眠るだけだろうが、愚図」と常と変わらぬ様子で言った。
酷いわね、とセチアは笑う。ライアムと眠るなら、きっと、イノリを倒すまで時間が掛かる。
「……私、貴方と共に生きてみたいって。笑ってる貴方が見たいと言ったのに」
自分の寿命の長さは分からない。今は上手く笑えないけれど――彼と冒険をする夢を、今だけは見ていたい。
「お休み、クェイス。何時か絶対、笑顔でおはようを言うから!」
「ああ――そうだな。もしももう一度会う事が。巡り合う事が出来たのなら」
その時は、もう一度言を交わすのも――きっと良いだろうと……
クェイスの脳裏にちらついたのは、森で笑っていた魔法使いだった。
――お休み、クェイス。わたしが死んでも、沢山の思い出を残してね。
酷いマナセの呪いだと彼はセチアの顔を見て呻いた。
「だけれども、まぁ」
あの『馬鹿女』の言った通り、案外悪い世界では無さそうだ。
「クェイス……かんぱい。みゃー。木の実や果物を使った料理……おいしそうだね。クェイスは食べたいもの、ある?」
「森の料理は変わらないな」
祝音はぱちりと瞬いた。クェイスにとっては此処の料理は馴染みも深いものなのだろう。
「クェイスも皆も、助かって良かった……さっきも言ったけど、やっぱり平和で皆笑顔なのが一番だよ……本当に、そう思う」
少しでも彼と一緒に過ごしたかったのだという祝音は「……あ、そうだ。あの時やれなかった事が1個あるんだ」とクェイスに声を掛けた。
「クェイス……猫さん、好き?」
いきなりなんだと言いたげなクェイスに祝音は「かわいいでしょう?」と声を掛ける。ふん、と鼻を鳴らすクェイスは相変わらずだ。
だが、そうやって楽しく過ごせる事が『奇跡のお陰』なのだと思えば、心地よくて堪らないのだ。
「ほぅら、これは餞別のザントマン抱き枕。……は、別の企画に使うものだったから置いておいて。ヒヒッ。
これこれ、ペンギンの抱き枕。深緑じゃ見ることはない生き物であろ? 大きいしふかふかだから寝心地はいいよぉ」
ザントマンの発言に僅かに苛立ったような顔をしたクェイスに武器商人は「貰っておいて送れよ」と茶化すように笑った。
「僕の国では酒を注ぎあって親交を深める儀式があってな。お受け、飲めるだろう?」
エゴで願った奇跡が形になった。京司はこんなにも暖かいのだと彼の傍で日本酒を盃で一杯飲んでくれとクェイスに告げた。
「なあクェイス、昔の魔法とか様子とか、ファルカウの守護はクェイスだけなのかとか、
他のオルドは違う役目があったのかとか……良ければ教えて欲しい。君の事。それに昔の深緑は今より幻想種も少なくて静かだったのだらう?」
本当は君と他の国を旅してみたい。そう告げる京司をマジマジと見遣ってからクェイスは「ふんっ」と外方を向いた。
「また機会があれば話してやる。愚図め。マナセみたいなことを言うな」
勇者PTの魔法使いはずいずいと距離を詰めて、彼から沢山の教えを請うたのだろう。彼女だって沢山の世界に行きたかったのかもしれない。
遙かな時代、幻想種達と静かに暮らしていた迷宮森林。それはもう、想像するしかないけれど――
「運が悪ければまた遭おう、“大樹の守護者”。そも、“大樹の嘆き”なんて辛気臭い名だと思わんかね。
今度こそ大樹の未来を繋ぐために動くのだから、“大樹の希望”くらい大口を叩いておくといい。言霊には力も宿るしね。ヒヒヒヒヒ!」
武器商人と、セチア、祝音、そして京司を見詰めてからクェイスはゆっくりと歩き出す。
「夢で沢山の人の声を聴きましたわ。起きろと急かす声、こんな月、壊してやると言った気迫。檻を止めようとした世界の声……」
リドニアはライアムの隣にそっと腰を下ろした。彼はもうすぐファルカウと共に長い眠りに着くらしい。
「貴方様は、私にとってのヒーローですわ。
夢に残った私を助けようとしてくれたあの時、ずっとわからなかった自分がハッキリと見えたのです。
……貴方に導かれなかったら、きっと今でも私は自分がわからなかった。だから貴方にお礼を。私を助けてくれてありがとう。
次に会えるのはいつになるかわかりませんが、どうか忘れないでくださいまし。
ヒーローに憧れて、勇気を出した馬鹿な女が一人いた事を。時々でいいから思い出に残してくれれば」
「君にとってのヒーローだったのならば嬉しいよ」
笑ったライアムにリドニアはそっと煙草を差し出した。自身も一本を咥えてから火を付ける。
「――god bress you.どうか貴方に神の加護がありますように」
名もなき風が、蒼穹が。貴方を護って下さいますように。そう願うように目を伏せて。
「アンタのおかげで勝てた。直ぐだからな。幻想種だから待てるだなんて言うなよ……人間のこの俺が直ぐにどうにかして見せるさ」
シラスの言葉にライアムは「それは楽しみだね」と微笑んだ。その笑顔に未散も話したいことが沢山あった。聞きたいことだってあった。
けれど――
「其れ迄は、ぼくが。アレクシアさまの側に居て、騎士としてしっかりお守り致しますから、如何か、ご心配為さらずに」
そんな言葉が口について、今生の別れでもないのでしょうとアレクシアの背を送り出す。
「なあ、未散」
「何でしょう」
「いつも冠してるよな、元の世界では王様だったりしたの?」
シラスの問い掛けに未散は王冠がずり落ちない確度でこてんと首を傾いでから「ううん」と唸った。
「っん、一番偉くなるってどんな気分だと思ってさ。行ける所まで行けたらきっと霧が晴れるみたいに清々しいだろ?
そういうの目指してる、つーか憧れみたいな? あるのさ」
「霧晴れて、次に眼下にある物は落ち散れる石崖かも識れません。少なくとも、ぼくが昇り詰めたのは……玉座では無く断頭台だったのでしょう」
「ははっ、その翼じゃあ崖から真っ逆さまだ。未散も色々あったんだね。そっかー……でも登ってみなくちゃ分からないってことだよな」
そうだ、昇り詰めた先に何があるかは分からない。シラスが目指す頂が、未散の至った先と同じなのかも分からない。
「そうですねえ、けれど今のぼくは王さまじゃなくて――……『魔女の騎士』でありたい。
実の所殆ど覚えておりませぬ故。そう、辛くは無いのです。では、では、では、ぼくからはとっておきの事をお聞きしても?」
「何?」
次に問い返したのはシラスだった。未散はとっておきの何時か聞きたい言葉を口にする。
「アレクシアさまはぼくの事を仲の良い友達だと言ってくれます。ぼくもそう、思っております。
其れで、その、こう云うのは面映いのですが……シラスさまの事はどう思えば良いですか」
きょとんとしたシラスは頬を掻く。
「俺はガキの頃から碌なもんじゃないたからさ。まともに友達を作れた試しなんて無かったんだ……だからその区別もまだ良く分かってないんだけど」
しどろもどろになってライアムの傍に「兄さん!」と駆け寄っていくアレクシアの背中を見詰めた。
眩いお日様。澄んだ蒼穹みたいな彼女はきっと友達と向き合って話せるのだ。だからこそ――
「未散がアレクシアみたいに側にいてくれるなら、嬉しいし、なんだろう、他に代え難いものに感じるよ。俺も、未散のことを、友達だと言いたい」
「なんと、なんと。でも良い響きですよね、『ともだち』って! では、どうぞよしなに」
手を握り合えば何とも擽ったかった。アレクシアはその様子を見てから、兄さんとライアムの手を引いて二人へと近付いて。
「きちんと紹介したい友達がいるんだ。
こっちはシラス君。イレギュラーズになりたてくらいからの大事な友達。
いつだって目標に向かって直向きで。時々心配になるけれど、シラス君がいたから、私もまっすぐ頑張って進めたんだ。
それから未散君。私の自慢の騎士様で、それ以上に大切なお友達。
誰かに寄り添って、手を差し伸べて、共にいてくれるあたたかい人。私はその手のあたたかさが好きで、だからこの戦いでも立ち上がれた」
だからね、とライアムの手を握るアレクシアは緊張したように彼を見上げて。
「……ねえ、兄さん。私ね、他にもたくさんの人と出会ったんだ。いっぱい冒険してきたんだ。色んな物を見てきたんだ。
本当は、――本当はそんな話をするつもりだった。
だって、お別れだって思っていたから。でも、未来を望んでいいのなら……昔話はもう少し後で」
震える声で、アレクシアはライアムへと向き直る。
「ねえ、私ね、屹度この森を元通りに……ううん、もっと素敵な場所にしてみせる。
それでね、今よりも凄い魔女になって、必ず兄さんを目覚めさせる。どれだけ困難であっても……絶対に」
「ああ、アレクシアならきっと出来るよ」
「だからね、目が覚めたら、うんとお話聞いてね……! 屹度一晩どころか千夜かけても足りないくらいに、色んな蒼穹を見てくるから!」
「君と冒険に出掛けるのももう少しお預けだね。起きたら、その場所に連れて行ってよ。
勿論、シラスさんや未散さんも一緒に。僕を連れて行って、素敵な場所を紹介して欲しい」
アレクシアは勿論だと笑った。ライアムは、彼女の陽だまりのような笑顔が愛おしくて堪らなかった。
――君はあの狭い部屋から飛び出したんだ。それが、何よりも嬉しい。
●
――あの時はそうするしか無かった。その手しかなかった。手段を選んでいる暇さえなかった。
それが大樹ファルカウへ、信仰の先に火を放つこととなろうとも。その結果が吹雪の檻を打ち破ることに繋がったのだ。
(……けれど、そこまではまだ良かった。それから焔王フェニックスの制御を奪われ、より被害を広げてしまったのは我々の……私の落ち度だ。
生命の秘術によって、何とか未来への線は繋がった。それでもこの罪の意識は、当分拭い去るコトが出来そうにないだろう)
幻想種として、ドラマは悔やんでいた。然程睡眠を必要と為ず、外の世界で鍛えたお陰で体力もある体を酷使する。
偉大なるファルカウが、この迷宮森林が元の姿を取り戻すにはうんと長い時間が必要になるから――それまで、灰を払う。
無理をしすぎだと肩を竦めたフランツェルにドラマは首を振った。ただ、偉大なるファルカウのために。為せることをしたいのだから。
「新しい緑で包まれますように」
そう願うユーフォニーは怯えて泣いている妖精を見付けてそっと傍にドラネコたちと共に腰掛けた。
「こんにちは。今日は木々を植えるお手伝いに来ました。
この子たちはドラネコさんです。怖くないですよ。良ければ少し一緒に過ごしませんか?」
こくり、と頷いた妖精達。彼女達にとっての『めでたし』が訪れるように努力は重ねていきたい。
考えないといけないことはまだまだたくさん。それでも、祝勝会の声は心地よくて――
(……シェームさんにも、届いているでしょうか……どうか、届いていますように)
妖精達が微笑んでくれる未来を乞わずには居られなかった。
「眼前の脅威が祓われたからと言って、それでハイ『めでたし、めでたし』とはならないでしょう。
そこに住み、生きるヒト達は居る…であれば、これからを考えなければなりません。
――今すぐに方針は決められないのなら、決められるまでの土台は一緒に作りましょう
それでも、愛奈はイレギュラーズとして関わったことも、あの夢の世界での出来事も。一般人ではないと自身に自覚を促すような出来事ばかりだった。
(……これから、私がどう在りたいのか。――そんな悩みを抱えているけれど。
でも、そうして悩める明日は、勝ち取れたのですよね)
それに対するめでたし、を。そうと口に告げれば未来は明るくなるような気さえした。
「祝勝会に参加するわっ! ――って言うのは何とかなったとはいえ覇竜領域(クニ)の竜がこんにちはしちゃったりで、ちょっとばかり肩身が狭かったりするのよね……」
琉珂の姿も探せなかったしと朱華は呟いた。食事をバックに詰め込んで妖精達を一人でも多く救ってやりたい。
「必要だったとはいえ酷い惨状ね……保護が終わったらこっちの手伝いも必要かしら?」
妖精達は、郷に帰れぬ今を苦しみ悲しんでいるだろう。その心を少しでも軽くしてやり平穏を取り戻すために。
朱華が行く傍では苗木を運ぶアンリはドラネコに妖精達を見付けたら探してねと声を掛けた。
木々を植えられない状況が続くことは余り良くはない。少しでも森の片付けを進めて行くべきだろう。
雪莉は言葉を話すことがなくとも大切な命だったと木々や華を慈しむようにそっと手を差し伸べる。
「お掃除に関してはお任せください。野外においてもしっかりとこなします。
……戦いはもう終わりました。貴方たちが怯える必要はありません。だから、どうか出ていらして下さいね」
食事や食べ物も用意した。ストレリチア達に聞けば蜂蜜種や甘い花の蜜などの用意は祝勝会にも整えられているらしい。
「苛烈な炎は消え、後には命を育む温かさが残りました……どうか安らぎと平穏が何時までも続きますように」
森の平穏が、少しでも戻るように。そう願わずには居られないのだ。
「心からのエンディングを迎える為です。最後までやれる事はしましょう。ええ、これでもアタシ仕事はする亜竜種ですので!
巻き込まれた御同胞を必ずや妖精郷へ。……一方的な約束ではあれど、作戦の間忘れた事は一度として無いのですから」
虹の架け橋には今すぐに進むことは出来ないだろうと彩嘉は感じていた。それはオルレアンとて同じだ。
妖精を保護して安心させることをずっと考えてきた。物陰からそろそろと顔を出す妖精にオルレアンは手を差し伸べる。
「俺には妖精郷を守ると言う、ファレノプシスとの誓約がある。
誓約した相手は彼女であり、彼女の許可無しに俺から一方的に反故にする事は許されない。故に、妖精郷も、妖精達もこれからも守ろう」
「でも……」
女王様は『遠くに行ってしまった』と悲しげに呟く妖精にオルレアンは「安心しろ」と声を掛けた。
「安心しろ、妖精郷への道はまた開かれる。深緑を救った特異運命座標を信じろ。
俺個人としても、妖精郷に住まわせてもらっている故、彼処に帰らないと家無しに逆戻りだ……漸くお前達の悪戯に慣れてきた所だったのだがな」
揶揄うような声音に、彩嘉も頷いた。
「今すぐに、と行けば良かったのですが……あなた方を妖精郷への道が通うまで保護するのも我々の仕事ですよ」
好奇心とは違い、純粋に幸せを長ケって居る。同胞を思いその身を挺した王。その姿を間近で見たことでその思いを託されたと彩嘉は感じていたのだ。
「"これから"を考えるために、先ずは一息入れませんか?」
ファレノプシスは『遠いところ』に言ってしまった。オルレアンはその言葉が『彼女の死』を示唆しているとは感じていた。
それでも、だ。彼女の思いは何処かに残って――新しく道が拓けると、そう感じてならないのだ。
「随分と、酷く焼けたものね。元の姿になるのは何時の事やら。
でも、だからといってコレを今やらない理由にはならない……どんな森だって、最初は小さな芽から始まるのだから」
そうよね、と燦火は周囲を見回した。妖精達の気持ちも分かる。大切な誰かを喪った苦しみはどれ程に辛いだろうか。
幻想種達の青ざめた顔だって分かった。故郷を灼かれた燦火は『こういう時はどうすべきか』を良く知っているのだと彼女達に向き直った。
「まずは美味しい物を食べて、そして、良く寝ましょ。自分達の事を大事にしてあげて頂戴。
……大丈夫よ。師曰く、『フェニックスは再生の象徴でもある』
ここのフェニックスも同じかは知らないけれど、あの灰だって、次に芽生える木々を雄々しく育てる養分になるの」
炎は破壊の象徴であると同時に再生の象徴でもあった。死を招く業火であり命を灯す灯火である。
(――フェニックス。師匠が私にくれた名前の由来となる子。貴方は何を思いながら、この森を焼いたの?
貴方は、今のこの光景を見てどう思うのかしら。もしも、少しでも悔やんでいるのなら)
力を貸して欲しいと、そう願わずには居られなかった。
●
「……今回燃えた森の傷が癒えるまでには恐らく何十年、何百年という長い月日がかかることでしょう」
リディアは目を伏せる。まだ年若い幻想種として森の回復に力を貸し、見守り、そしてそれを語り伝えなくてはならないのだから。
「大きくなぁれ、大きくなぁれ、もえもえ、きゅん」――とは唱えはしないが、心の中では優しく愛を込め続ける。
そう、リディアは魔法少女。だからこそ、こんな時は皆を元気づけるように振る舞うのだ。
笑顔を忘れず、親切に。妖精達にだって声を掛けて、誰もが幸せに、笑顔を取り戻せるように。
「ニルは、植樹のお手伝いがんばります。森をもとに戻すこと。
レンブランサ様が戻ってきたときに、笑えるような場所にしないと、なのです。よかったなって思ってもらえるように……」
外の人間を畏れていたレンブランサ。ニルは妖精達のかなしみに寄り添うようにそっと腰を下ろした。
「……帰る場所がないの、帰れないのは、とてもとてもかなしいこと。でも、きっと、帰れるようになるって、信じたい、信じていてほしいのです。
だから今は……おいしいごはんを食べて、しっかり休んで……また妖精郷に帰ったときに、元気でいられるように」
ニルだって、レンブランサにまた会いたい。会えると思いたい。いつかまた、きっと。
そうやって忘れないように木々を埋めた。大丈夫だと決意と安心をするようにそっと、植え続けるのだ。
「不安な気持ちはわかる! でも安心するんじゃ! 夢に閉じ込まれる事は無いじゃろう! 今はじゃが……」
オウェードはトリヤデぬいやからあげばるかんを手にして妖精達を励ました。
「ワシも友人の妖精の為にも動いているんじゃよ……気休め程度ですまないが……」
外の世界で戦いに巻込まれた彼女達は常春の郷に帰ることがまだ出来ていない。
妖精郷の道の意味では『まだまだ"めでたし"では無い』――そして、森を元に戻すにも時間掛かる。だが、斯うして声を掛けられたことだけでも幸いなのだろう。
白と黒。それがこの世界のようだった。ムエンは怯えている妖精達に祝勝会の会場から頂いてきた果物を配ろうと考えていた。
「お前達妖精は人が怖いのか? それとも、これまで通りに行かなくなることが怖いのか?」
「女王様が、居なくなったことが怖いわ」
「……そうか。私の故郷も、ローレットとの交流で突然、何もかもが変わった。
だけど変化を恐れてばかりじゃ何も変わらないんだ。…一緒に着いて行ってやるから深緑の人達とも話に行かないか?
それに……あそこで木を植えている人達はお前達の力を必要としているかもしれないだろ?」
変化は恐ろしいが、ああやって木々を植える人々は必ず力になってくれるはずだとムエンは優しく声を掛けたのだった。
「『女王のおねがい』は――託されたのは、未来を見守っていくこと。身に余る大仕事かもしれぬが、わしはやるよ。それが、女王との約束じゃからな!」
その為には同胞を保護し、不安を拭ってやらねばならない。フロルはあれだけの戦いで妖精達も屹度不安だっただろうと彼女達の不安を拭うべくその手を差し伸べる。
「夜は明け、わしらを傷付ける者はいなくなった。そして、妖精郷へ……わしらの故郷に帰れる時はきっと来る。
じゃから、今は。共に心と体を癒やしてくれまいか」
……そうじゃ。きっと、帰れるとも!
そう胸を張ったフロルの言葉を聞いていたのはオデット。精霊達も怯えているだろう。妖精達と同じく、森の木々の悲しみをその身に感じているはずだ。
「あなたたちがいたらきっとこの木も大きく育つわよね」
そう微笑んだオデットに精霊達は小さく頷いた。木々を見守って行くと。ファルカウの力を授けられ霊樹として育って行く樹木も此処から生まれてくる筈だと。
「そうね、もし生まれてくれるなら、見ることが叶わなくてもとても嬉しいと思うわ。
ねえ、妖精を見付けたら教えてね。故郷にだって屹度帰れるはずだとそう伝えられるから」
にこりと微笑んだオデットは懸命に妖精達のための衣食住を整えるサイズの姿に気付いた。今の自分には其れしかないと、妖精達の命を繋ぐ手伝いをし続ける。
(なぜ俺の奇跡……呪いが虹の架け橋との縁を斬ったことになるのか。
なぜ聖剣と妖精女王の力の残滓だけで妖精郷への道が代償なしで開けると言えるのか……。
というかそれなら元から虹の架け橋に頼る必要はなかったのでは?
それに二人で一人てストレリチアさんとフロックスさんの事? もう理解出来ないよ……)
夜の王を相手取った妖精女王は『遠い所』に行ってしまったらしい。それでも、彼の奇跡は彼の願いを届けたはずだ。
聖剣アルヴィオンは代々の妖精女王が受け継ぐ者だ。虹の架け橋を『維持』する為にはアルヴィオンを手にする妖精女王がその命を削る必要があった。
――だが、彼の奇跡が『縁』を断ち切ったとするならば。妖精鎌の切っ先が宿命の鎖に届いたならば。
妖精女王は『二人で一つ』となり命を削ることも、その場所に縛られず、虹の架け橋を維持できる可能性があるのではないか。
……その奇跡がどの様に紡がれるのかは――屹度、フロックスが齎す報を待つしかないのだろう。
●
「木を植えよう。一本一本、伸び伸びと根と枝を伸ばせるように……」
トストはそっと俯いた。自身がこの戦いで何が出来たのかは分からない。それでも、自分がここにいる必要性をよく考える。
(……自信がなくて、劣等感に溺れて、動けなくなりそうになる。
それでも……エインセルを倒したことを思い出す。あれは真実、歩みを止めたおれ自身だったんだ)
だからきっと、まだ進むことが出来る。重力に逆らってしっかりと立って。自分の足で歩いて、根を下ろす場所を選ぶことが出来る。
それは決意だった。だからこそ、その決意を育むように樹を植える。
「だからまずは……、君にもぴったりの居場所をあげなくっちゃね」
自身と同じように根を下ろす場所を。優しく微笑んだトストに苗木は静かに揺らいだ気がした。
ヴェルミリオは妖精達を探す。失意の中の彼女達にも出来れば何らかの目的を与えたかった。
「もちろん妖精さんのお気持ち次第ですが、何もせぬよりは体を動かしていたほうが気が紛れるかと思うのです。
途方にくれてしまった時は足元を見て小さな一歩を重ねてゆくと良いでしょう。前を見すぎても上を見すぎても辛い時はございますゆえ」
「その……お手伝い、できるの?」
「ええ、もちろん。この灰から新たな命が芽吹きますように。豊かな森へと生まれ変わりますように。
そんな願いを込めて木を植えますぞ。いつか、この小さな苗木が天を覆う頃には皆様の悲しみが癒えますように……」
「そのお願い、叶うかしら?」
叶いますぞ、とヴェルミリオはからからと笑う。その陽気な心に妖精はほっと安心したように笑った。
「色んな物が燃えちゃったけれど、それを取り戻す方法はあるよ。
それが植林なんだ。妖精さん。ボクと一緒に樹やお花を植えようよ。綺麗な森を取り戻すために。そして未来のために。ね?」
「そうね」
「そうだわ!」
妖精達に声を掛けセララは一緒にフルーツの樹を植えてみないかと提案した。りんごや桃。それからセララの領地から持ってきた『ドーナツの樹』だ。
「ドーナツ?」
「そうだよ! これを植えておけば、将来はこの樹からドーナツが収穫できるんだよ。えへへ、とっても楽しみ。収穫する時はボクも呼んでね」
楽しげな笑い声を聞いているだけでほっと胸を撫で下ろすことが出来た。ヴァイスは樹の、土の、草花の、そして小動物の声を聞く。
「お腹を満たしてあげるのは難しいかもしれないけれど、キャンディなんかの小さなお菓子くらいは持ち歩けると思うわ。
そういったものを分け与えてあげたいわね。それだけで安心するかはわからないけれど……できれば森を一緒に戻すお手伝いをしてくれたらうれしいわね」
妖精達にとっても失意のままで過ごすのは苦しいだろうから。ヴァイスはそっと笑みを深めてから周囲を見回した。
「ふふ、さてと。それじゃあ頑張りましょうか」
「ン。フリック 植林 頑張ル。フリック ギフト 木々 元気。
苗木 フリックニ植エレバ 遠クマデ 運ンデモ 元気。ソレニ フェニックス 朱雀ノ加護 結ビツケテ 使用シタ。
ナラ フリック 青龍 加護モ 森 復興 補助ナルカモ。イッパイ 運送 植エル。苗木サン 苗木サン 苗木サンハ ドコ 植エル 嬉シイ?」
フリークライの隣ではレンゲがふわふわと浮いていた。
「ちょっとフリック! 今尚隠れて震えてる子達なのよ!? 目をビカビカ光らせてでっかいあんたがぬって覗いたら怖いじゃない」
叱るようなレンゲは妖精達に気を配りなさいとびしりと指差す。
「あー、ほら、もう大丈夫だから。怖いのもいなくなったし、それにほら森だって。
生かされるだけじゃない。生きようとしているじゃない。アンタもさ。生きようとしなさいよ」
「……レンゲ アリガトウ。」
「フリックじゃこわいからよ! アンタは植林をして!」
そっちの方が向いているんだからと頬を膨らませたレンゲの優しさを感じ取る。
「植林、ですか。1年……もうすぐ2年前になりますか。タータリクスの一件以降、いただいた領地で続けている作業です。お役に立てれば。
私は幻想種ではありません。妖精の方たちと、特別懇意なわけでもありません。
領地を頂いてはいても、深緑との特別な絆があるわけではありません。
皆さんが起こしたような奇跡や魔術を行使できるような特別な力も知識も、思いも持ち合わせてはいません。残念ながら」
そう肩を竦めながらもグリーフは忘れないことは出来るのだと木々に語りかけながら植林を告げて居た。
自身の活動限界は分からずとも只人よりは長いだろう時間の限りを自分の中に刻むのだ。それが、自身の存在理由なのかもしれない。
アルベド。キトリニタス。名もなき彼らを領地で弔ってきた忘れないという在り方。それが秘宝種グリーフが其処に居る理由なのかも知れないが――まだ、分かりやしない。
沢山の墓標が増えて行く。それは現在深緑で生きていた誰かか、それとも過去になった誰かか。ゲーラスが背負い守っていた誰かかもしれない。
それでも――彼らを忘れないために。
●
「祝勝会で美味しい料理もたくさん食べさせてもらったし、花丸ちゃんは幻想種の人達が用意してくれた木々を植えにいくねっ!」
頑張らないとと花丸はうんと伸びをした。直接フェニックスを放ったわけではないが、ファイヤーしていたアカツキの顔を思い出す。
(やけに肌がツヤツヤしてて凄い満足そうだったけど……――ま、まぁ、どう思うかだとかは人それぞれだよねっ!)
きっと、『あの人』は満足していったのだろうと、一人になるとついつい思い浮かべてしまった。
黒狼隊の――見知った仲間の死に思わない事がないなんて言えない。
いつか花丸も何処かに辿り着くことが出来るのか。誰かの手を握りしめて、望んだ未来に辿り着けるのだろうか。
「深緑を……長い眠りから解く、する事が出来て……本当に良かった。
助けられた存在も……多い、けれど。喪ってしまったものも、沢山……ある。新たな灯を……命を。繋ぎたいと願うのは、おれも一緒。だよ」
だからこそ、新しい木々を植える。その為には周りの灰を掃除しようとチックは唄をそっと口遊んだ。
「植えた後は……お花と一緒で、水をあげると良いの……かな? 元気に育つと、良いなぁ」
木々の成長が、これからを紡いでいけるなら――
「つらくて、悲しい気持ちは……誰かと分け合う、したら……和らぐ。
今は……涙を零しても、大丈夫。その分、これから……笑顔になれる思い出、紡いでいこう」
チックの声にくぁーと鳴いて喜ぶように跳ねたのはロスカ。
「めでたし、めでたし。うちの大好きな言葉ですが……それで終わらないのが現実!ㅤままならないですね、ほんと。
うち(とロスカ)が燃やしちゃったところも少なくないので……ごめんなさいして植林します!」
ウテナはせっせとロスカと共に植林をチックに習いながら丁寧に行った。妖精達が不思議そうにロスカの翼をツンツンする様子にほっと胸を撫で下ろす。
「ロスカ、苗は食べちゃダメですからねっ。ちゃんとそこで見ててください」
「くぁ〜」
この苗がまた育って、深緑をさらに豊かにしてくれるように――そして、妖精達が笑ってくれるように願うのだ。
「植林手伝い行きます、多少知識もあるっすし怒りとかはないですが、悲しさとかが無いワケじゃないんで」
慧は灰の掃除をし、植林は木々の感覚にも気をつけるようにと現場で妖精達にも声を掛けた。フルーツは休憩のために用意しておいた。
彼女達は屹度、不安げにしている。甘いものが少しでも心を安らがせてくれることを願わずには居られないのだ。
「木を植えても、すぐに森は戻ってきませんが、いつかはきっと戻ってきます。
そうやって道も、すぐにとは行かずとも何とかなるっすよ。今はそのために、力つけときましょ」
「女王様も?」
「さあ、どうでしょう。ですが、常春の郷に繋がる道は屹度、見つかるっすよ」
何時もは何れだけ焦れようとも振り向いてくれやしない彼が寄り添うくらいならば、と傍らに居てくれる。
それはエルシアにとってどれ程までに心強いことだろうか。その背を支えると告げてくれた幻介の肩に寄り添って、エルシアは目を伏せた。
「……拙者はお主は時の流れが違う、いずれ誰とも知れぬ何処かで朽ちていくかもしれぬ。
だが、お主達が真に拙者を呼ぶのなら……拙者は例えどこにいようと、それが地獄の底からだろうと……舞い戻り、またその背中を支えてやるさ」
エルシアは反転した『母』のように炎を破壊に使わず新たな世代の繁栄を促すために使えるのだと、気を強く持つことが出来た。
彼の云う様に時の流れが違う。エルシアが何時までも若々しく居ようとも幻介は徐々に衰えていくのだろう。
「それに、もし拙者がいなくなっても……今、植えたこの木とエルシアは覚えていてくれるので御座ろう?
ならば、拙者は……ずっとそこにいるさ、覚えてさえいてくれれば……拙者はそこにいるで御座るよ、きっとな?」
「……ええ。植樹しましょう…灰を肥しに、何事も無ければ幻介さんよりもずっと長生きしてくれるだろう木を。
将来、命短い幻介さんを喪った時、この木は思い出の木になるのでしょうね。
そして…この木もまた世代交代の為に焼いてしまえるようになる日が、いつしか私にも来るのでしょうか……?」
エルシアが振り向けば幻介は何も云わずに目を伏せた。共には居られない。共に居るには幻介は血に濡れすぎた。友や愛するひとの血に。
故に、彼女に言葉を返すことはなく、ただ、静かに佇むだけだった。
「仕事終わりのお酒ってすっげーうまいぜ」
一通りの植林を終えてからフーガは落ち込んだ妖精の姿を見て、その気持ちは分かる気がするなあと呻いた。
頼り続けて居たものが忽然となくなった。故郷の道が閉ざされた不安は漠然としているだろうか。
「……」
「まず自分が安心して過ごせる居場所ってやつ探してみねえか?
もうここには眠る眠らないの選択肢すら支配してくる悪いヤツはいねえ。アンタ達を支えるイレギュラーズ達しかいねえんだ」
「うん」
こくりと頷いた小さな妖精に酒でもお茶でも好きなものを飲めよ、とフーガは笑った。
「人間には『お祝いの時におなか一杯までジャンジャン飲んでから朝まで爆睡する文化』があるんだ。不安なんてあっという間に忘れられるぜ……やってみるか?」
「まるでストレリチアみたい!」
小さく笑った妖精にフーガは確かになあ、と祝勝会で酒を飲み続ける妖精を思い浮かべて笑った。
「よし、宴か。飲むか!! ……と思ったがちと今日は違う気持ちだ」
ヤツェクは怯えている妖精達に甘いミルクとビスケット、金色の貴腐ワインを振る舞いながら演奏をし続ける。
夜はもう却けられた。それは妖精女王のお陰もあるのだとその礼を返すように静かな演奏を響かせる。
「麗しの乙女や少年じゃない、そろそろがたの来た夢見がちのおっさんで悪いがな――これくらいはゆるしてくれ。柄じゃないが。
なあ、女王よ。アンタの生は幸いだったか? 妖精には輪廻があるのか?
あるならば、次は重責から解き放たれて混沌を飛び回れるよう、その為に曲を捧げよう。全ての廻りの歌を。」
――静かな夜あればこそ、喜びの朝があり、薔薇色の曙あればこそ、夕の闇は星を際立たせる。
永遠の夜はなく、永遠の朝もなく、全ては流転する。欠けた月はいずれ満ち、引いた汐もまた同じ。
去った者も衣装を変え、やがては現れるだろう。逝った者よ亡霊たちよ、黄昏の向こうでしばしの休息を。
いずれ、また会いましょう。いつものように――
夜になる前にトラツグミは飛び去る。
カロン、まだ居たならばもっと楽しい世の中にしたかっただろうか。会ったこともないが逸れに思いを馳せるのも意味はないか――
トラツグミは植えられていく木々に灰の道を眺めてガッガッガッと笑っていた。
●
「事件は解決したけれど、逝ってしまった人たちもいた。……僕は、クラリーチェさんの事が忘れられそうにない」
俯いてマルクは彼女の名を呼んだ。呼び声に抗えない。それでも、誰も傷付けないという意志を貫いた彼女がいなければ勝利に繋がらなかったかも知れない。
(……仮に呼び声に堕ちてしまった時に、そんなことが出来るかと問われれば、僕にはきっと、それほどの意志を保つことはできないだろうと思う)
強欲な自分では無理だと、マルクはそう感じていた。それでも、きっと彼女は「そんな大したものではないですよ」「大それたことはしていません」と笑うのだろう。そんな笑顔を思い浮かべて唇を噛みしめた。
忘れないと約束したからこそ、その記憶と思い出を刻んだ樹を植えよう。
――いつか僕が死んでも、その思い出をこの木が紡いでくれますように。
「……よし。こんな感じかな。なぁに、オフィーリア? 疲れてるみたいだから少し休んだ方がいい? ありがとう」
でも手を止めると動けなくなりそうだからとイーハトーヴは肩を竦めた。オフィーリアもメアリも少し手伝ってよ、と声を掛ければ
「なあに」と彼女達は応えてくれる。
「帰ったらさ、君達のドレスを作ろうね。食べたいもの、会いたい人、行きたい場所もたくさんあるんだ。
楽しいことをいっぱい積み重ねたら、この先も、きっと頑張れると思うから……え?
帰ったら先ずはしっかり休みなさい、って? ……ふふ、そうだね。気をつけるよ、オフィーリア」
しっかりものは人形達の方だろうか。イーハトーヴが少し困ったように笑えば、メアリはやれやれとでも云う様に肩を竦めて。
「まだまだやることは続いていくけど、やっぱり今はめでたしって言いてえな。こうやって一区切りつけた後、やるべきことをやっていこうぜ」
妖精達の保護をメインにするためにも祝勝会の会場から菓子類を拝借してきた。
精霊たちの声を聞いていれば、妖精達の声も聞こえてくるはずだ。
「帰れなくて大変だと思うけど、ちょっとの間深緑で休んでいくといいぜ。……妖精女王のおかげで、ここも守れたんだからな」
優しく声をかけるリックに妖精達が「ねえ、あの御人形さん達と一緒に樹を植えても良いと思う?」と妖精達がこそりと声を掛ける。
「勿論だ! おれっちが聞いてきてやろうか」
「うん……女王様のために、いっぱいの樹を植えたいの」
「随分と、変わってしまいましたわね……お酒を飲みたい気持ちもあるけれど、まずは木を植えて回りましょう。
失ってしまったものを取り戻すことはできないけれど、新しい一歩を踏み出すことはできるのですから」
「そうだね…あんなに綺麗だったのに……
流石はヴァリューシャ! 一人一人の力じゃ微々たるものだけど、積み重ねればきっと、完全に元通りとはいかなくても、きっと素敵な森になってくれるはずさ! 勿論私も手伝うよ!」
微笑んだマリアに「有り難う、マリィ」とヴァレーリヤは頷いた。
妖精たちが此方を伺っている。その様子に気付いてからヴァレーリヤはそっと膝をついた。
「良かったら、一緒にお弁当でもどうかしら。マリィ、良いですわよね? せっかく作ってくれたお弁当だけれど」
「ふふ!勿論大丈夫だよ!妖精君達のお口に合えばいいけれど! 君達も本当に大変だったよね。よく頑張ってくれたと思う……」
急いで食べなくったって大丈夫だと背を撫でてヴァレーリヤは「食べながら、貴方達の想い出話を聞かせて頂いてもよろしくて?」と声を掛けた。
常春から遊びに来ることが出来るようになったのはイレギュラーズのお陰だった。
そんな思い出が恐怖に塗り変わる前の、楽しかった出来事をひとつ、ふとつと共有して行く。それはどれ程までに素晴らしいことだろうか。
「『めでたし、めでたし』……だけど、深緑での新しい物語はまだまだこれからよね!」
ジルーシャは傍らのプルーの姿を伺っていた。故郷がこんな目にあったのだ。悲しくないはずもない。
「ね、ね、プルーちゃん、次はあそこに植えましょ♪ この木が大きくなったら、お弁当を持ってピクニックにきたいわね」
「ええ、そうね。故郷の話もしなくてはいけないわ?」
「あ、そうだわ! 聞かせて頂戴よ。素敵な花が咲くところでしょう? きっと、プルーちゃんが大好きな色彩が溢れているの!」
手を打ち合わせたジルーシャにプルーは優しく微笑んだ。彼女の悲しみを払っていけるようにと明るい声音は幾度も紡がれる。
「フェニックスは再生の象徴。きっとこの森も少しずつ元通りに……それ以上に素敵な場所になるわ。その未来を、どうかアタシにも守らせて頂戴な」
「ええ、期待しているわ?」
プルーの声音に、任せて頂戴とジルーシャは頷いた。
――そう、フェニックスは破壊と再生。
フルールの連れるフィニクスも『同じ属性』を司っているはずだ。
「長期的に見れば再生もあるし、破壊なくして再生はありえないのでしょうけど。
それでも、あの火は尊くて。欲しいと思った焔。世界を焼けるほどの強烈な、強大な熱量……もう一度、会えたら良いのに。
私のフィニクスもあれくらい強くなれるかしら。どう、フィニクス?」
フィニクスは応えない。首を傾いだだけだ。
フルールは「さあ」とゆっくりと立ち上がる。
「ぼーっとしてるわけにはいきませんね。灰を片付けて、木を植えましょう。
灰の片付けは精霊達に手伝ってもらいましょうか
ジャバウォックとクラーケンは荷物運びは得意でしょうし、キャスパリーグとアルミラージは穴を掘るのは得意でしょう。一緒に頑張りましょうね」
精霊達と一緒ならば、きっと迷うこともないはずだから。フルールは灰燼の森に少しずつ木々を植える。
沢山の意見があるけれど、外との交流は持つべきだとアルヴァは考えていた。
幻想種や妖精達がこの森で静かに暮らしたいとしても、少しでも道は拓けるはずだから。
「やあ、元気かい? ああ怖がらないで、別に取って食おうなんて真似はしねーよ」
ほら、と祝勝会の会場から持ってきた林檎を投げ渡したアルヴァは「キミはファルカウの外をどう思っているかい?」と問い掛ける。
「知っているけれど、怖いところでしょう?」
「ええ、違うよ」
幻想種達に撮ってもそれぞれの意見がある。だが、オルド種のように『外から訪れた者が森を壊した』という心が争いを産み出すことは見たくはない。
「外はいろんな事があるよ」
――だからこう、少しでも俺がいい人に見えればいいな。……実際は義賊なんだけどね。
そんなことは言わず、アルヴァは揶揄うように二人の幻想種を眺めていた。
●
――カロンの墓を作ろう。
そんな風に考えたのはゲオルグだった。例え冠位魔種であっても、そう在ることを望まれた存在であれども。混沌に生まれ落ちた命だ。
(……だがまぁ、救われた者もいれば奪われた者もいるし、ファルカウに火を放つ羽目にもなった。
カロンに対する怒りもごもっともなわけだ。なので流石に人目につく所に作るのはやめておこう。
普段、誰も足を踏み入れないような所なら問題あるまい……その方が静かに眠れるだろうしな)
予めリュミエには許可を取った。彼女は柔らかに頷いた。間主となった妹を持っていた彼女は『魔種でもただのひと』として扱ったゲオルグの優しさに穏やかな気持ちを懐いたのだろう。
「宴会でお酒も惜しいですけれど、やっぱり……多くの人が、今回の戦いで還った場所ですから。あの人……イヴァーノさんも……夜の王も、王子も」
マリエッタは一人、森を歩いていた。森の作法など分からないけれど、一つだけ分かる。
ただ祈る事だけが出来る唯一だと。彼らの安寧が、眠りが。平穏で素晴らしいものであってほしいと、そう願う事は出来るのだ。
(……こうしたいと思うのが、私の知らない記憶がさせるのかどうかもわかりません。
けど……魔女であった、夢檻で知った真実がそうさせるとは思えません)
多くの輝きを奪った祈り――それでも、素敵な夢を見られるようにとそう願わずには居られない。
大樹ファルカウの傍らで、リンディスは白紙の頁にペンを走らせるべく、ルル家を待っていた。
ふらつきながらも手をひらりと振ったルル家の表情は痛ましい。疲労が滲んでいる以上に、心労が祟っているのだろう。
「お疲れのところ、ごめんなさい。回復は大丈夫ですか?」
「いやいやお気遣いなく! 無傷とは言えませんが……大丈夫です!」
もっと早くに出会っていれば良かったのか。どうすれば救えたのか――その思いばかりが胸を巡っている。
リンディスはルル家の心境を痛いほどに分かって居た。故に、決して無理はさせないようにと気を配る。
「……もっと早く道が交わっていれば、違う結末だったのかも知れません。
だからこそ、せめて生きた中で交わった私たちが。彼女が生きていたと、間違いなくここにいたのだと」
聞かせて下さいとリンディスは行った。『Bちゃん』と呼びかけようとした唇は、一度惑ってからブルーベルさんの事を、と言い換える。
正しく記録することこそが、リンディスの在り方だ。いつかの未来に、残せるように。
儘ならない思いを抱えながら、あの場、あの時の出来事を淡々とルル家は話続けた。
(……今の拙者は、海洋のあの時と同じようにリンディス殿の書を開く勇気はありません。
いつかこの胸の痛みと向き合えるようになった時、開きたいと思います)
潮騒の中に消えた鏡の少女ことを思い浮かべながら、ルル家は、ブルーベルの最後の言葉を口にした。
「――莫迦だなあ、ですか」
貴女こそ、とリンディスは俯いてからその章を綴じた。
「Bちゃん……君が辛い時に、助けられなくてごめんね。
決戦の時、君と接するより君の主を殴る方を優先してごめん……色んな猫をもふもふして、ゆっくり寝られると良いね」
そう膝をついてヨゾラはリュシアンの植えた小さな若木を眺めていた。
「カロン、悪いけど君はBちゃんのついでだから。君の事は許せないけど、複雑で……皆の願いも叶ってほしくて。
何より、Bちゃんが君を大事に思ってるのも事実だから。ちゃんとBちゃんと合流して一緒にゆっくり寝なよ……今度は他の何も害さずにね」
それが生まれ持っての宿命なのだというならば、何とも悲しい。ヨゾラはジュースと菓子、花を供えた。
リュシアンにも何れまた、会わねばならぬ機会が来るだろう。
「……今僕が一番痛感してるよ、僕は単体で奇跡を成せない不完全な願望器だって。
皆がすごくて羨ましくて。僕は自分に怒ってる。でも……不完全で終わってたまるか――僕を賭けてでも絶対奇跡は叶えるから」
最後にヨゾラはクラリーチェを思った。彼女も屹度、この森で眠りに着いているはずだ。願いは、叶っただろうか。
――おやすみ……君が望むまま幸せでありますように。
手向けの花束を手にして、リュティスはベネディクトと共に丘へとやってきていた。ファルカウがよく見える、人気のない場所だ。
「どうしてもっと早く出会うことができなかったのでしょうね。
魔種であるのに私達の身を案じるだなんて……本当に優しい人。貴女のお陰でこの勝利があったこは絶対に忘れません
それに……貴女を手にかけたことも……絶対に」
震える唇に、ベネディクトは目を伏せた。
「戦いの傷痕は残れど、あの様な戦いがあったとは思えないな……
この静けさこそ、勝利の証として手に入れた物なのだろうが――少し、寂しい気もするよ」
「そうですね。未だに信じられません」
黒狼隊の仲間から死者が出たことさえ、信じられなかった。屋敷で待っていると、クラリーチェが還ってくる気がしてしまうのだ。
「彼女の思いを、過去を俺は一部しか知らない。魔種と化してもしたい事があったのだろうか」
「……これが悲しいという気持ちなのでしょうか?」
ベネディクトはそうだろうと頷いた。クラリーチェの気持ちを否定することは出来ない。そうする事でしか見出せないものを彼女は見ていたはずなのだ。
それは、嘗ての自分が見送ることしか出来なかった人々と同じように――
「難しいな、生きるという事は」
魔種であっても優しい人が居た。其れを知ってしまったリュティスはこれからも人を殺す事が出来るのだろうか。
幾度も命を奪ってきたのに、今更――そう感じてから唇を食んだ。
「そうですね。生きることの難しさを初めて知りました」
万能じゃない自分。それでも、願わずには居られない。考えて、考えて。これから先に優しい人が傷つかないように――と。
(Bちゃん様のような人を出させないように頑張りたいですね。
それにリュシアン様との決着も良い形でつけられると良いのですが……できれば殺し合いなどはしたくありませんね)
俯いたリュティスに「戻ろうか」とベネディクトは声を掛けた。「はい。戻りましょう。御主人様」と返すリュティスは静かに歩き出す。
これから先も戦い続ける――けれど、その先に何れだけの事を為すことが出来るだろうか。
「ここが、ねーさまが幼い頃住んでいた村の跡地」
さくさくと草原を踏み締めた。メイは小さな教会で猫たちと待っていた。シェキャルに、ツキェル、シュクル、ポン酢、おもち、カルボナーラ、チュール、ティタンジェ、アオイ、夜食、グレイプニール、パンジー、羊、シュス。
猫たちを撫でて、のんびりと過ごしていたメイは『ねーさま』が還らぬ人となったことを知った。
「メイは、ねーさまがたまにどこか遠くを見ているの、知ってたの」
優しく撫でてくれる『ねーさま』の――クラリーチェの掌。擦り寄れば、擽ったそうに笑うあの人の優しいけれど、遠い瞳。
どうしたら良いか分からないまま、それでも此処に来たかった。
植えられたばかりの若木の傍にぺたりと座り込む。
「誰が植えたんだろう……」
恵みの雨のように、頬に水滴が伝った。元気のない樹に寄り添う若木。これから、育っていくだろう美しい樹。
「ねーさま。メイ、イレギュラーズになったよ。喜んでくれるかな?」
――ねぇ。どうして死んじゃったの?
応えは、もう聞けないけれど。
●
祝いの席で言うべきであるかは定かではないが、騎士として彼女のエスコートを承ったからには最期を伝えようとブレンダは感じていた。
傍らで緊張したように佇んでいる風牙も屹度、彼女の――クエル・チア・レテートの思いを胸にやってきたのだろう。
「彼女は……クエル殿は幸せそうでした。私は見守ることしかできませんでしたが彼女の行いはとても尊く立派でした」
「……そう、ですか」
目を伏せるリュミエの脳裏には幼い頃のクエルの姿が浮かんでいた。
年老いて行く外見はリュミエを置いて行ってしまったようだったけれど――幼い頃の彼女の溌剌とした笑顔は変わりない。
「……だから悲しむのではなく褒めてあげてください。それがクエル殿の望むことだと思います」
「ブレンダさんがエスコートして下さり、クエルも屹度喜んでいるでしょうね。
あの子は、お姫様に憧れていたこともあるのですよ。うんと幼い頃の話ですけれど」
微笑んだリュミエにブレンダは唇を噛みしめた。騎士とは誰でも救えるような存在。そうなりたかったのに――胸がつきり、と痛む。
「クエルから伝言を預かってるんだ。あんた宛てに。約束したからさ。聞いてほしい」
宴の最後に。場の空気が柔らかに滲んで、解散ムードの中で風牙はリュミエに向き直った。
――わたしは、あなたの娘になれて幸せでした。
あなたから教授された術をこの森のために使えて幸せでした――
「以上だ。……確かに伝えたぜ。ああ、あと。オレからもちょっとだけ、いいか?」
リュミエの唇が震える。はい、と呼気に混じった震えた声音に僅かな緊張を滲ませて。
「この国の死者の扱いはよく知らないんだけど……
もし叶うなら、あいつは、クエルはあんたのいるこのファルカウの近くで眠らせてやってほしいんだ。あいつが、いつでもあんたに会えるように、さ」
「ええ、その様に……」
リュミエはぐ、と涙を堪えながら俯いた。クロバがリュミエ様と呼びかける声に何とか気丈に風牙へと向き直ることが出来ただろうか。
「それと、これ……ほんとなら、レテートに返すべきなのかもしれないけど……もし許されるなら、オレに預けてほしい。
クエルに、あいつが護った国の行く末を、オレと一緒に見せたくてさ……」
「これ、は……レテートの……?」
欠片の僅かな煌めきに。リュミエは唇をぎゅうと噛んでから、苦しげに笑った。
「沢山の世界を見せてやってくれませんか。あの子は我慢強かったので我儘なんて言ったことがなかったのです」
愛おしいレテートの巫女。幼い頃、花畑で転んだ彼女が「お母様に一番に似合う花があった!」と泥塗れになりながら振り向いた時の顔を思い出す。
遠い面影が、老い耄れと自身を称するようになった衰えの身に転じていく。瞼を伏せて、眠っているような彼女。
「……私の愛おしいあの子を、どうか、どうか――宜しく、お願い致します」
●
「――もう、朝か……宴があって騒いで食って呑んだ記憶が朧気だがあるな。或いは夢か? あまりにも心地好いから寝惚けてるのかもな」
ぐう、と背筋を伸ばしてからバクルドは欠伸を噛み殺す。疲れて寝入った仲間達も多いがまだ早朝だ。
リュミエとクロバの背中を見付けても何も云うことなく、静かな終わりを夢見心地で酒を飲みながら過ごし続ける。
(あの戦いでは二度眠ったな。
一度は亜竜討伐後に怠惰で殺風景な夢に……二度目はイヴァーノによって生温い夢を。
戦闘中故頭から切り離して戦ったが、嗚呼――)
彼の名前を呼ばずには居られなかった。
「良い夢だったぜ、イヴァーノ」
「大丈夫、もう怖くないわ。あっちで、皆でご飯を食べてお話しましょう。生きていれば、あたし達は願いの先へ歩めるわ」
旋律。リアはどっかの誰かのお陰で少しはマシね、とぼやいた。
この森が嘗てのような緑を取り戻すまでうん、と時間が掛かるだろう。祝勝会の会場から一人ひっそり抜け出してから木々を眺める。
「……でもきっと、命も、想いも、願いも巡る。そうでしょう、クラリー。あたしは、あなた達が守りたかったものを護る。
未来へとつながる命に、願いを託し、クラリーチェ、フロース……どうか安らかに」
そう告げてからリアは振り向かないままに「旋律は聞こえているわよ、フォウ=ルッテ」と肩を竦めた。
「あなた達に伝えておく事があります。そのまま聞いていてね。
まず、玲瓏公は完全に消滅した訳じゃないわ……今、あの人はあたしの中に居るの。
そして、あたしはいつか母さんの後を継ぐ、その資格を得るまでにどれだけ時間が掛かるか分からないけどね。
だから、あなた達にはまだ玲瓏郷に力を貸してもらいたいの――未熟なあたしが玲瓏郷を護れるようになるまで」
玲瓏の誓約。玲瓏公の補助を行い続けるフォウ=ルッテは何も答えずに『未熟な玲瓏公候補』の声音を聞いていた。
旋律は――ただ、美しい。
全てが終わった後、クロバはふう、と息を吐いた。ファルカウはこれから時間を掛けて再生して行くのだろう。
目許に朱色が差し、潤んだ瞳のリュミエを振り返らずに「お互い無事でよかった、生きてて良かった」とクロバは笑った。
思えば練達で竜種と戦い、その竜が深緑に飛来した。互いに喪ったものは多くとも、だからこそ歩き出す決意が必要だった。
「……リュミエ様、一つ聞いてくれませんか。俺は錬金術師を目指します。
ヴィヴィをファルカウからいつか必ず連れ出す約束もあるし、あの男――父と呼べるようになったアイツの背を追いかけ続ける意味でも。
貴女には一番近くで見守ってほしい、なんて言ったらとんでもないですか」
「一番近くで、ですか……?」
クロバは緩やかに頷いた。瞬くリュミエの柔らかな鸚緑の瞳が瞬かれる。
「……色んな約束を背負って、俺なりのめでたしから始まる未来への第一歩、そういう誓いです」
「ええ。それが貴方の力になれるなら――」
クロバは頷いてから居住まいを正した。吹いた夏風がリュミエの髪を煽る。柔らかい紫苑の髪先が月をも隠すように広がった。
「……あともう一つ俺からのお願いがあります。
あんな事をお願いしておいて贅沢もいいところなのですけど。敬語、抜いていいですか?
まだ自分が貴女と並び立てるような立派な存在じゃないとは思っているのですけど、それでも近くの存在にはなりたい……。
勿論、貴女にとっては長い時間の中のほんのひと時かもしれない。でも――」
クロバさん、とリュミエは瞬いた。
深緑のために尽力し、走り続けてきた青年。父の背を追掛けてきた『錬金術師』を目指す新たな旅路。
その道程を傍で見ていて欲しいと願った彼にリュミエはゆっくりと頷いた。
「ええ、貴方のこれから先を見させて下さい。クロバ」
「ああ。俺という男が見せる、永遠に焼き付くその道程を――それを約束させてくれ、リュミエ」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
この度はご参加有り難う御座いました。
『深緑編』は此れにて終了となります。
練達にジャバーウォック達が飛来してから、その竜は深緑に逃げ果せ、茨に閉ざされた森を進み……。
冠位暴食を撤退させ、ついには冠位怠惰を打ち破りました。
皆さんの頑張りにお陰です。冠位暴食はまた、少し時を経て皆さんと相対することになるでしょう。
この度は勝利をおめでとう御座います。
美しい森がゆっくりと緑を芽吹かせて行きますように。
GMコメント
夏あかねです。アルティオ=エルムのこれからを語り合えることに感謝を。
この祝勝会が終わったらクェイスとライアムは一緒に眠りにつくでしょう。それまでの、ほんのひととき。
※一行目:行動は冒頭に【1】【2】【3】でお知らせください。
※二行目:ご同行者がいらっしゃる場合はお名前とIDではぐれないようにご指定ください。グループの場合は【タグ】でOKです。
【1】ファルカウで祝勝会を
大樹ファルカウの居住区域で行われる祝勝会に参加しましょう!
料理類はオーガニック系の食事が多く、木の実や果物を使用したものが多く見られます。ラサの商人達が持ち込んだ肉や酒類も多く揃っています。
飲み物類もフルーツジュースや果物酒が多くありますが、こちらもラサの商人プレゼンツで幅広く揃っています。
持ち込みも大歓迎です。
基本的に深緑系NPC(リュミエやルドラ)はこちらにおります。ラサのゲスト(イルナスやハウザー、イヴ)も此方に。
厨房を覗くとせっせと忙しそうに動き回っているファレンの姿がみられそうですね。
祝勝会ではありますが「もう眠たい!」と叫んだイルスの為にふかふかとした木の葉のクッションで作られた仮眠所や、傷の手当てのための医療テントも解説されています。
仮眠用にと宿も開放されていますのでのんびりと過ごしてもよいかもしれませんね。
【2】植林活動&妖精達の保護
幻想種達が用意した木々を植えましょう。フェニックスによる傷痕が痛ましく灰だらけになっている森をお掃除し、新しい木を植えるのです。
それから、何処かで怯えている妖精達にも声を掛けてあげませんか?
共に食事をして、それからこれからを考えるために。傷を癒やすことも必要です。
【3】その他
当てはまらないけど此れがやりたいという方へ……。
ご希望にお応えできなかった場合は申し訳ありません。
●NPC
・リュミエ・フル・フォーレ、ルドラ・ヘス
・イルナス・フィンナ、ハウザー・ヤーク、イヴ・ファルベ、ファレン・アル・パレスト
・フランツェル・ロア・ヘクセンハウス、イルス・フォン・リエーネ、ライアム・レッドモンド
・『冬王』オリオンちゃん「いるぞ!!!! イレギュラーズちゃん!!!!!」
・ヴィヴィ=アクアマナ、クェイス、ライエル・クライサー、ニュース・ゲツク
・ストレリチア「グイッと飲むの~~!!」
はおります。お気軽にお声かけ下さい。
※【重要】OP本文中にも御座いますが『妖精郷には行くことは出来ません』。
(妖精郷の領地はきっと、妖精さん達がせっせと維持してくれています。)
・無制限イベントシナリオですので、ステータスシートを所有するNPCが参加する場合があります。
(通常の参加者と同じように気軽にお声かけしてあげて下さいね)
・その他深緑関係者は可能な場合は参加することが御座います。
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