シナリオ詳細
メリポチャレンジ
オープニング
●時計塔の上から
青い空。
青い青い澄んだ空。
高いところに登ると、なんだか空が近くなったような錯覚を覚える。
いや、実際に近くはなっているのか。彼我の距離を正しく認識できなくて、どこか心があやふやになっているのだろう。
ここは時計塔。
街の中でも取り分け高所にある建造物だが、その屋上に皆が集められていた。
登るだけでも一苦労だったものだ。
帰りもあの怪談を下るのかと思うと、少しだけ気が重い。
この空に飛んでいければいいのに。羽がある連中を羨ましくも思う。
そんな中。
集められた面々を前にして、ギルドの女――『可愛い狂信者』青雀(p3n000014)は用意された大量の傘を皆にせっせと配っていた。
傘は大小や形まで様々だ。ワンコインショップで売っているような小さめのビニール傘、人間工学に基づいたりしていそうな奇妙な形の傘、番傘なんて古風なものまである。
誰に何を、というのは余り考えていないようだ。
大柄な男が幼児用の花柄傘を渡されてどこかバツの悪そうにしている。
訓練だと聞いて集まったのだが、一体この傘を使って何をしようというのだろう。
「さあ先輩方、傘は行き渡ったッスかー? 余ってないッスかー? ひとり一本ッスよー? たくさん持ってっちゃメッスよー?」
全員に傘が行き届いたことを確認している。「まだ持ってない先輩は挙手ッスー」とか言っている。
「大丈夫そうッスね。よーっし――――先輩方、お集まりいただきさんきゅッスー!」
元気に、大声で。
屋内であれば少々不快な声量だったかもしれないが、生憎とここは空の見える屋外だ。
「今日は訓練ッス。集まった先輩方ー、強くなりたいッスかー!?」
よくわからんが、腕を振り上げて合意を示しておく。
「その為ならどんな厳しい訓練も耐えられるッスかー!?」
おー。
「じゃあ、降下訓練ッスー!」
ン? なんつったこの女。
「ここから飛び降りて、傘をバサッと広げて、ゆらゆらしながら着地するのが今回のプラクティスッス!」
お、おう。わけわからんこと言い出したぞ。
皆が混乱している中、青雀はえらく頑丈そうな屋上の出入り口の鍵を閉めると、その鍵を思い切り投げ飛ばした。
鍵が地面に落ちた音がいつまでたっても聞こえてこない。それがこの高さを物語っている。
「さあ、訓練開始ッスよ!」
本気だ。この女本気だ。
「早くメリポ神様に禊ぐッス」
うん、なんだって?
「早くメリポ神様に禊ぐッス」
ダメだ、目がイッてやがる。
「大丈夫ッスよ。下にはマットを敷いておいたッス。最悪、死体は残るッス!」
大丈夫とは言わねえんだよそれは。
…………え、やるしかないのこれ?
- メリポチャレンジ完了
- GM名yakigote
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2018年03月28日 23時20分
- 参加人数154/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 154 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(154人)
リプレイ
●申し上げておきますが、他のシナリオで紐無しバンジーすると普通は死にます
狂信者という人種と相対する場合でも、普通のコミュニケーションとそうは変わらない。つまりは、相手の琴線を見極めることだ。それが凡そ一般的な思考回路とはかけ離れていたとしても、理解不足を放り出してはいけない。彼ないし、彼女にとっては、その神こそが常識なのだ。その神様がコロコロ変わる場合はどうしようもないが。
躊躇なく出入り口の鍵を二度と見つけ出せぬであろうどこかに投げつけると、青雀というギルドの女は胸を張って言う。
「さあ、訓練開始ッスよ!」
マジかこの女。
そう思いはするものの、彼女を責めても仕方がない。なんせ目が完全にイッている。
渋々だろうと、意気揚々だろうと、飛ぶしか無い。飛ぶしか無いのだ。
落ちると死ぬ。当然の事実にノリアは今更ながら気がついた。裏返った傘を放り捨て、上に上にともがく。無情なるかな。落ちる。落ちる。思考がまとまらなくなっていく。もがいて、もがいて、目尻に涙を溜めて、その身が大地に叩きつけられる寸前。ふわり、と。
「何が怖いのか、よくわかりましたの……」
真っ青な顔でつぶやいた。
「ハッハー! メリポだかヌルポだか知らねぇけど、俺を止められると思わねぇこったぁ!」
ヘルマンには勝算があった。自分は骨だ。骨だけだ。余分な肉がついていない分、皆より軽いではないかと。ところで、骨の重さというのは体重の5分の1程度らしい。安物のビニール傘で耐えられるかどうかは、諸君らの想像におまかせする。
シェンシーは困惑していた。強くなるための訓練だと聞いてついてきたはずだが、この状況は一体何なのだろうかと。飛び降りる。精神鍛錬のたぐいだと言うならば話はまだわからないでもない。だが、
「この傘で空を飛ぶ、っていうのは、少し意味が分からないな……というか、どうして鍵を捨てた。もしかしてとんでもない馬鹿に捕まったか……?」
「ふ、ふざけるなっ……! 俺は儲かる依頼があるって聞いてここに来たんだっ……! そんな話があるかっ……! 扉を壊してでも俺は帰らせてもらうっ……!」
喚くオクト。だが悲しきかな。なんていうか、熱湯芸に近いものがある。即ち、絶対に押すなよ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! どおしてなんだよおぉぉぉぉ!!」
「メリポ神って一体何なのさ? まぁいいや!」
グレイが傘で優雅に飛んでいる。空を飛べるということは、落ちるということから無縁なのだ。そのままふわりふわりと落ちていく。気合と根性で自殺まがいのことなんてしない。できようはずもない。阿鼻叫喚を横目に、危なげなく地上へと降りていった。
「きゃー! たかい! すごい! たのしいー!」
キューアが階段を上っている。こんな高いところに来たことがない。ましてや落ちた経験なんてあるはずもない。未知の体験は楽しさでいっぱいだ。はしれ。はしれ。この階段を疾く走れ。もう一回遊ぼう。もう一回やってみよう。レッツゴー2周め。
「……いい加減現実逃避は止めるか」
眼の前で楽しそうに(目がイってるが)準備運動を開始している電波女を尻目に、勇司は真下を覗き込んだ。数秒して、ラジオ体操してるクレイジーに振り向きなおる。
「え、飛べないんスか?」
「出来らぁ!」
売り言葉に買い言葉。言っちゃったよ。
「時計塔に上っていきなり禊を始める、とは。しかもよく分からない異神に捧ぐのか……」
エレムがこめかみを抑えている。
「まぁ良いだろう、命は二つとないが挑戦とは其の一度の世界でもある。やらないで悔やむよりやって悔やめという奴だな」
その後悔は、割と先に立っていそうなものではあったが。
「やるしかないかな。やるしかないのかな、これは? だったらさっさと飛んじゃおう。後にも先にも同じ事じゃない?」
満面の笑みでルーニカが言う。
「大丈夫、怖くない怖くない。僕が一緒についてるさ。これくらいは慣れてるよ。僕は魔王で、いつだって前向きだからね!」
魔王って身投げするもんだっけ?
何にしても、1番というものになりたがる人種はいる。その栄光はたったひとりのものであり、その称号は自意識を満足させるんは十分すぎるものなのだと。記録というのは計測手なしに残るものではないのだが。
「うっひょおおおおおおたっけぇ!!! すっげえ!!! やべえ!!!」
洸汰が興奮している。
「けど、このコータ様と、コータ様に選ばれた栄誉あるこの傘の手にかかりゃあ、そりゃもう、メルトモ神も目ぇ飛び出すくらいの、華麗なフライングができるってなもんだぜ! そうだよな、青雀!?」
狂信者を前に名前を間違えるとか中々の勇者である。
「命綱用意しなさいよ!? 絶対しなさいよ!? 切れたりしないわよね!?」
利香がお目々ぐるぐる女に詰め寄っている。大丈夫だよ、マスコメにちゃんと、だいじょうぶって書いてあんだろ?
「なんか空とか飛べた気がするし、うんいける、リカちゃんいける! よし! こうなれば一番乗りでやってやる!」
「で、何故回ってくるのがよりによってコレなのだ……」
ウォリアが自分に配られた傘に愕然としていた。あれだ、土産屋とかに置いてある柄が刀っぽいやつ。持ち手が真っ直ぐなの。カーブしてないの。
「……命綱、頼むぞ。本当に。これで命の危険に曝されては笑い話にもならん……いざ往かん、先駆けは戦士の誉れよ!!」
「はーっはっはっはっはぁ! メリポ一番槍は我の者である! 他の者は精々後に続くがよい!」
ダークネスクイーンが穴だらけの傘を片手に勢いよく飛び出した。あ、順位とかそういう判定はフレーバーでお願いします。傘の具合など関係がない。世の中やる気だ、根性論だ。若者には嫌われそうだが。
「我こそは悪の秘密結社『XXX』総統、ダークネスクイーンである!」
台詞が後半につれ小さくなっていきます。
「ふっふっふ……はっはっはっ――ふははははは! これは戦わずにして勝ったようなものであるな? 一番乗りし隊のうち私より速い者が一人も居らぬとは!」
スヴィプルが勝ち誇っている。台詞分出発遅れそうだけど。
「では行くぞ、ハァァクゥゥゥ(以下検閲音)」
やめろよタイトルだけでもギリギリなんだぞ。
「なるほどバンジージャンプ。これは思い切りが必要なんですよ。緊張を感じ、恐怖心に負け、体を縮めてしまっては着地の衝撃を上手く受け流す事ができません」
などとアルプスがのたまいながら、青雀の方をちらちらと伺っている。こんな事を言っていたら信仰変わってくれないかな。でもどの道鍵は遥か下にあるんです。
「傘を持って飛ぶってそれなんてメリー(それ以上いけない)」
レイは震える声を押し殺して気丈に振舞っていた。
「ここから傘を持って飛び降りればいいのよね? 本当にこの命綱大丈夫? いや、もうグダクダ言うのは止めよう。あーあ。帽子と鞄も持ってくれば良かったかな」
恐怖を顔に出すまいと必死で。
「これだから狂信者ってのは嫌いなんだ!! 意味不明な事を言って、意味不明な事をしようとする! 今回の目的はなんだ! 金か!? 名誉か!?」
クローネが憤る。
「禊ッス!」
「一番質が悪いわ!! 大体、あんたこの前は別の神を信仰してただろうが!! 後、突っ込み所多すぎて忘れてたけど口調被ってんスよ!!!」
「アオガラとやら、少し待つと良い。目の前を見てみろ……ああそうだ。地が無いではないか。現実に生きながら酔ってはならない……我々は目の前というものをしっかりと見つめてだな……」
「早く禊ぐッスよ?」
げしっ。
「ボクが1番可愛いに決まってるじゃないですか!」
どうしてか、エナが青雀に対抗心を燃やしている。
「ちょっと!? あのー……本当にこの高さから飛ぶんですか !? えっ! 飛行は禁止? ……ってちょっとお!!」
気がつけば、命綱でぐるぐる巻きに。
「あの……すいませんコレだと傘開けないんですけァァァァァァ!!」
「メリポ神って何だ。由来は何だ。つゥか、何処で布教された」
ロアンが青雀に質問を投げかけている。適当に話をあわせ、言いくるめてしまえばこちらのものだとばかりに。しかしとうのキチった女は、のんきに「行くッスよー」とか抜かして走り出した。喜々として。
「やっぱり神を盲信している奴には碌なのがいない……」
ミニュイが光を失った瞳で遠くの方を見ている。しかし、問題はない。彼女は自前の翼で事足りるだろう。
「それと。主催者は当然、信仰に殉じるんだろうね?」
振り向こうとしたその横を、重力の支配する虚空に向けて笑顔のまま気狂いが走り去った。
「すごーーーい。ボク空飛んだのって初めてだ!」
陽花が空中で大きな傘を広げた。骨と小間が悲鳴をあげている。
「太陽も近くて気持ちいい。これで強くなれるっていい訓練だなぁ。屋上がもうあんなに遠くなっちゃった」
純真って怖いよね。あ、傘がひっくり返った。
「あたし知ってるっす! 危険なアトラクションほど安全面に配慮されているものっす! なので、今回の訓練も何の危険もない安全なイベントっす! マットや命綱もちゃんと用意されてるんで間違いないっす」
香奈美が自分で納得している。新手の現実逃避かしら。
「人に仇なす魔を討つ光! 魔法少女インフィニティハート、ここに見参!」
愛がポーズをとって慣れ親しんだ台詞を決める。
「私は愛の瞑想により愛のアドレナリンを高めていますから、恐怖など微塵も感じることはありません」
誰もその言動にツッコミをいれる者はいない。心境は同じだ。やべえ女が増えた。
「……飛べと?」
ライハが見えぬ地面を指さして尋ねた。
「命綱つけて……アイ!キャン!! フラーイ!!! ッス!!!」
スウェンが勢いよく飛び出した。重力加速度が伸し掛かり、どんどんスピードが上がっていく。それに伴い、頭が冴えていく。もっと、もっと、もっと、もっと。ギリギリで傘を開閉する。即座にひっくり返った。ばさっ、ばしゅーん。
「空挺訓練って言ったってこれは無茶だろ……そもそも本職じゃないしエアボーンは経験ないんだが」
シルヴィアが身の安全を確保しようと思案する。傘は問題外として、命綱の有用性を確認したいところだが、何せ大地が遠く、測りようがない。
「しゃあない、一回死ぬか。マットの上で受け身が取れれば万々歳ってなぁ!!」
「まあ、将来真面目に降下作戦をすることがあるかもしれないしな」
アートは自分を納得させる。あったとしてもこんな条件下ではないと思う。
「つまりあれだろう? 全身で空気抵抗を稼ぎつつ五点着地みたいな。着地しないけど」
ぶらーんとなるのです。ぶらーんと。
「高いのっ、怖いのっ……! でもやるしかないなら、なのっ……!」
鳴の言うように、ルートがそれしか無いのなら、その道を行くしか無いのだ。だから、勇気を持って空に身を投げる。
「……でもやっぱり怖いの! 無理なのー!!」
嗚呼、狐が落ちていく。くるくる回りながら。
「しかし異世界には、こんな信仰もあるのか。私もラサの出身で、信仰は自由だと思うからあまり強く言えないのだが――何だよこの酔っ払いが3秒で考えたような宗教。早急に失われてくれ」
ラダがため息を付いた。大丈夫、たぶん二度と出てこないから。
「ギルドも何でこれにOK出したんだ。生きて帰ったらクレーム入れよう……」
「傘で空を飛ぶってなんだか素敵。こういう魔法少女っぽいメルヘンな展開をボクは待ってたんだ」
残念ながら、セララに現実を教えてあげられるほど、周りに余裕があるわけではなかった。
「これ、魔法の傘なんでしょ? それじゃあ早速、傘をさしてじゃーんぷっ!」
ばさっ、ばしゅんっ。
「……あれ?」
「傘とか綱とかいらないっすよ。短い人生、とりあえず一度くらい死に臨んでおかないと」
誰かヴェノムを止めて差し上げろ。
「地元の先輩も言っていたっす。「どれだけ生き急いでも後悔を残す。故に常に走り続けろ」と。まぁ、その先輩、その翌日に死んだんすけどね」
じゃあ今回も死ぬんじゃないかしら。
「って、うわー、すごい! これでふわっと飛べるんだ! 初めての経験でわくわくだし、これで強くなれるなんて、一石二鳥だね!」
シャルレィスはまだ残酷な現実を知らないようだ。
「それじゃあ、いっくよーー!!! とーう! れーっつ、メーリポー!!!」
ばさっ、ばしゅんっ。あ、今更だけど傘がひっくり返る描写大体これでいきます。
一足先に地に降り立ったルミリアが、飛び降りてくる面々を見上げている。命綱があるということは、宙吊りになるということだ。誰かがそれを解く手伝いをしてあげるべきだろうと。
「それにあの方、アオガラさんと言いましたか、命綱無しで飛び降りてきそうですし……」
大丈夫。そいつだけじゃなかったから。
「……いや、これは流石にインポッシブルじゃないかい?」
貴道に渡された傘は幼児用の小さなやつだ。ガタイのいい彼が持つと、不釣り合いさや滑稽さを通り越してどこか犯罪臭も漂わせる。意味などなかろうが、一応傘を開いて、飛び降りる。瞬時にひっくり返るが、知っていたとばかりの顔で落ちていった。
「えー、死んだ魂は天に登ると言います。宗派や世界法則によって誤差はありますが、割と多いんだよねーこういうの。じゃあ天から地に落下するのはなんていうか皆知ってるかなー? そうだね、自殺だね。私もそう思う」
リンネが誰に向けてともなしに語る。
「じゃあ今からやろうとしているものは何かな? そうだね、自殺だね」
筆者もそう思う。
「メリポ神だかなんだか知らねぇが、なんでこんなやべーやつに捕まっちまったのか……てか、ローレットにはなんでこんなやべーやつが多いんだよ」
黒羽が天を仰いだ。だいたいギフトシステムのせい。
「さっさと飛び降りて終わらせよう。一応、ダメ元で傘も開いてみるか……なんか穴空いてんだけど大丈夫かこれ?」
空いてなくたってだめさ。
「あー、今日はいい天気ですねー。晴れてるのに何故か持ってる傘は可愛い柄ですねー
いつかこんなお洋服作りたいですねー…………生きていれば」
葵が現実に帰ってきた。
「そもそも脱出のために落ちるのに、命綱が大丈夫な場合は上に戻ってしまうのでは……やっぱり落ちるしかないじゃないですかやだー!」
「如何なる思考だ。如何なる信仰だ。理解し難いが、嗜好的には素晴らしい。己の肉体を天に委ねる機会だ。己の精神を天に晒す機会だ。己の半端性を冒涜し、刹那の意識を楽しむのみ。悦ぶのみ。寄越せ! 我等『物語』に終焉を寄越せ! 墜落を寄越せ! 局外者の鏡は絶望を映す。真実を晒す。ならば己の身に真(以下略)」
オラボナのこれを、えっと、どうしろと。
ケントは悩む。その身を包む全身鎧が、命綱と一緒にパージしたら人生が終了するからだ。どうにか固定する方法をと頭を捻らせてみるのだが、良案は浮かびそうにない。誰かが鎧を脱げばいいのになどと言ったものだが、なんてことを言うのだ。これはプライドの戦いだ。ポリシーを貫かねばならないのだ。そしていざ勝利せんと、その身を空中へと放り投げるのだ。二度とやらないが。
「は!? ここから飛び降りるのか!? 何のために!? ……そうか、別世界にはそんな慣習があるのか」
悪気がない狂信者というのは、たびたびシュクルのような純真な者を理不尽に叩き込むようだ。
「3・2・1・メリー! ――うわぁぁぁなんだこれ! なんだこれ! 未体験すぎて何も言えねぇ!」
「…………大丈夫、インチキはせぬのじゃよ。ちゃんと飛行能力はオフにしておる」
世界樹からすれば、高さというものは恐怖の対象ではない。自身がそれよりも遥かに高大より見下ろしていた頃があったのだ。このくらいの高さであれば、寧ろ低いと言える。
「…………でも跳ぶのは怖い」
誰だって、死ぬという確定要素が含まれている行為は怖い。
「あら、あら……傘で空を飛ぶの? とっても楽しそうだわ!」
視点要素を知覚しづらいソフィラからすれば、高所というのは何ら恐怖の対象とはなりえないようだ。
「ふふ、頑丈そうな傘と命綱もあるのだし、きっと大丈夫だわ!」
あれ、ほんとに視覚面からか?
「ええと、踏み外さないように、ゆっくり、ゆっくり……」
落ちながら、アレフは思う。自らの身体が空を切る感覚が懐かしい。大地の束縛から解き放たれたような浮遊感。なお飲み込もうと押しかける重力の理。自らの故郷が目に浮かぶ。大陸の下に広がる雲海。輝かしい天の光。
「あの世界は今、どうなったのだろうな」
走馬灯ではなかろうか。
「メリポ神様と私の職業はなんとなく相性が悪い気がする……気のせいかな?」
オロディエンが何やら思案しているようだ。
「とりあえず……私の育った村では、この季節白いスカーフを川に流す風習があるんだよね。川を流れるスカーフのように、軽やかに空も飛べるは(声にならないやつ)」
重力は大体、下に向かって激流です。
「ま、とっとと行こうか。傘は……問題無いね」
骨が折れてないかを確認して、行人。どういう意味でノープロなのかは不明だが。
「それじゃあ、お願いだ。精霊達。できれば俺がゆっくり降りられるくらいの風をくれないかな?」
とんでもねえ突風をご所望のようです。
「きっと楽しい事が間近で感じられるよ。それじゃあ、行こうか。そぉれ!」
ひゅーん。
「これはただの傘に見えるんだけど本当に飛べるのかな? 私にはわからないだけで凄い品物なのかもしれないし、疑うのは良くないよね! うんうん、わざわざ用意してくれたんだし……役に立たないってことはないはず」
スティアは疑うべきである。
「信じるものは救われるとどこかで聞いた気がするし、私はこの傘ちゃんを信じる。お願い! 私を助けて!!!!」
しかし現実は非情である。
「傘を片手に空を飛ぶなんて、とても素敵な経験なんじゃないかしら。翼のように傘を広げてゆらゆらと、風に一緒になって優雅にこの蒼穹を舞う。むしろ空と一体化した気分を味わえるのかと、想像しただけでも夢が膨らむわ」
ミスティカがふわりと、空へ身を任せた。
「――嗚呼、人が死んでいく時は、きっとこんなにも空が青く感じるものなのね」
他人事ではない。
「た、高い所から飛び降りることで禊になる教義ですか……この世界には変わった信仰があるんですね。うう。ちょっと怖いですけどここから飛び降りねば帰れませんし、頑張ってみましょう。神よ私をお守りください」
セルビアが男性用の大きな傘を手に、祈っている。どうにも、神様というのは空の領分に関してシビアなイメージがあるものだが。
イシュトカは、放物線を描いて見えなくなった鍵の方を向いて、合点がいったというようにひとつ頷いた。
「成る程ね。時には諦めが必要な場合もあるわけだ」
この場合、諦めたのは生命だろうか。
「私のこの背中の翼はずっと昔に祖先が持っていたものの名残であって、空を飛ぶことは残念ながら出来ないのだから。だがせめて……魔法の呪文くらいは呟いておこう」
「命綱は不要ぬ。傘は、自前のを持っておる」
そう言って、ゲンリーが取り出したのは落下傘、パラシュートだ。頑張って作ったらしい。なんか豪語してるし、難易度と面白さを加味した上で今回はOKだ。着地の瞬間。意識を全身に張り巡らせ、落下の衝撃を全身に分散させつつ大地を転がった。どこからどう見ても専門技能です。でもベリーイージーなのでOKだ。
「……新手の刑罰か何かですか?」
死を加味する強制であるのだから、パティの疑問も無理はない。
「刑罰だとしたら、私めが受ける理由はないのですが……刑罰ではないのです、よね? はあ」
極力大きな傘を手にとった。どう考えても望み薄だが、諦めてはいけない。ベットされているのは生存権だ。さあ、いざゆかん大空へ。
「……あ、やっぱ無理ですねこれ」
「酒はいってないとやる気でないんだけど、ここから飛び降りらたら酔いがさめる気がするのよねぇ。降りる前に飲んで、落下中にも飲むしかないわねぇ」
琴音の言動は、たとえ酒飲みでも理解しがたい。なんというかアクロバティック。傘を手首に引っ掛けて、酒瓶は口に咥えたまま。
「メリポ神にかんぱぁい」
「メリポ神! 知っているのである! かの神は歌いながら天より舞い降り、傘を片手に救済を成したと美少女界にも伝えられておる!」
百合子の片手に何とか書房と書かれた本が見えやしないだろうか。
「うむ、うむ。見知った神であれば吾も本気を出して祭儀に挑むが定めであろう。迸れ、吾の美少女力よ! 未熟なれども定めし吾が道を神の前に示す時だ!」
うむ、なんとも美少女。
「ああ、このミニゲームは知ってる。落下中に鳥を倒したり、雲の中のアイテムを取ったりして、スコアを競うやつだろ?」
拓真はこともなげに言う。ゲーム脳こじらせると死ぬって偉い人が昔言ってた気がする。こういうことだったのか。
「しかしこの覗き込んだ時のリアリティ、さすが最近のVRはすごいな」
まるでほんものみたい。
「ネズミの集団自殺って実は作り話らしいですねぃ」
次々に飛び降りる仲間をみやりながら、エリクが現実逃避をしている。レミングスだっけ。それでも向き合うしかなく、命綱を大事に握りしめながら、ゆっくりと降りていくことにした。途中で落ちてくる誰かに当たりそうだと思いながら。そのまえに握力の限界を迎えそうだった。
ナハトラーベが適当なところに腰掛けながら、ハンバーガーを食べつつ飛び降りる皆をその無感情な瞳に映している。こんな場所にどうやってハンバーガーなど。簡単だ。飛べるので一回降りて買ってきたのである。フットワーク軽いなオイ。食べ終わった包み紙を紙袋に戻し、纏めると、傘を受け取ってまたゆっくりと降りていく。ゆらゆら。ゆらゆら。
クロジンデが降りていく。空を飛ぶ技能がないはずが、それでも重力に逆らってゆらゆらと降りていく。よくよく考えてみれば、有翼人種すら珍しくないこの界隈。適当な御仁に傘引っ掛けて便乗しているのである。
「訓練だというのに自分だけ楽しようとは太い奴だねー。なのでボクが訓練させてやろうという奴なのだー」
どっちが、とはいうまい。
「HA-HA! メリポ神が何だかは知らねぇがよォ、そんなカミサマよりオレサマの方がスゲェって事を分からせてやるゼ!」
宇宙を股にかけていたヴァルゴにしてみれば、高さなんて怖いもののうちには入らない。死線をくぐった回数で言えば、文字通り場数が違うのだ。
「オレサマこそ最強のメリポダァァァァア!!」
その意味はちょっとよくわかんないが。
(うわぁ……どーしよ。この状況、すっごく気まずいよ)
ニーニアが自身の翼を隠してこそこそしている。飛び降りというわかりやすい恐怖を前に皆が慄いている中、「あ、自分ハネあるんで」とか言ってあっさり降りていくには勇気が足りなかったのだ。高いところ、日常的だ。落下の恐怖、飛べるので無意味だ。そのせいで、逆に気まずい思いをしていた。
視点を地に落とすと、用意されたマット(上からじゃ見えないけどちゃんとあるんだ)から見事に外れて人型の穴が空いている。なんというか、コミカルだ。クラシックですらある。傘は言うまでもないが、命綱さえ耐えきれなかった末路である。嗚呼、悲しきかな体重。
『オーク、ここに眠る』
適当な木切れにそんなことが書かれていた。
「くっ、私としたことが異教の神の禊ぎに参加してしまうとは……! 迂闊!」
ジョセフが地に膝をついて悔しがる。
「しかし異端審問する訳にはいかぬのだ。よくも鍵を棄てたなこの異教徒め! 降りたら異端審問してやろうか!」
既に前後破綻している。きょーしんしゃはよくないね。
「だが、だがな! せめてもの抵抗として傘は差さん。絶対に差さんぞ!」
「お空はこんなに青いのに……どうして私はこんな所にいるのでしょうか」
上を眺めてみるものの、その空から離れなければならない事実が、震えるセレネの膝を止めてはくれない。
「いざ、まいります……! 胸の前で十字架を切って目を瞑って、一歩を踏み出し」
ここで壮大なBGM。1話区切って場もたせに回想回入るくらいの走馬灯。
「降りるの? 傘で? こっちでは一般的……じゃないわよね。みんな顔色悪いもの。傘なんて日差しか雨か矢を防ぐくらいしか役に立たないと思うのだけれど……この方法で本当に降りられるのかしら? 悩んでたって仕方ないわね。やってみましょう! 大丈夫、何とかなるわ!」
焔珠は持ち前のポジティブさで現状を頷いてみせ、番傘片手に飛び出した。
「れっつめりぽー!」
「なぁん……こないに高いとこから落ちたら普通死んでしまいますやん。まあ、この人数分の傘を集めて回るのも大変やったろうし、せっかくの青雀チャンのお願いやもの。怖気付いたら男が廃ります」
ブーケは一歩を踏み出すと、壁を蹴り、勢いを何とか殺そうとする。ところで、跳躍には確かに「高所からの着地にも役立ちます」とあるが、何事にも限度がある。ぷらーん。
「……ぐえっ」
うえ男が命綱にゆられてぶらぶらしている。誤算だった。飛び降りたはいいものの、誤算があったのだ。
「……しまった……命綱あったら、下に降りてそのまま帰るのができない……もう一度上に上がらないとなの……ええ……めんどくさい……」
せめて誰かに解いて貰う必要がある。
「……このまま寝てしまおうか」
ぶらーん。ぶらーん。
「傘を持ってふわふわ飛ぶなんて、もうメルヘンロマンチックですよね!」
アニーが目を輝かせている。
「メリポ神? よくわかりませんがその神様を信じて崇めれば飛べるのですね! 信じますっ崇めますっ禊ますっ!!」
そのような事実はございません。
「ではいきます! めりぽさまぁ~~!」
南無い。
「風向きよーし。天気よーし。今日は一日快晴です! ひまわりが保証します! さあ視聴者様方、勇気を出して飛び出しましょう!」
一通り煽った後で。
「……皆さん飛んだですかね? ひまわりはこういうバラエティはまっぴらごめんなのです。って、誰ですか持ち上げるのは! ちょっとやめて、ひまわりは芸人ではないのでこういうのはちょっと、あーっ!」
「人生経験豊富? 特異運命座標になるまで隠遁生活をしてた私がどーして高所飛び降りの経験を豊富につんでなきゃいけないのよ? やっぱりいや、何とか飛び降りずに帰れないの?」
それしかないと分かっていても、エスラは逡巡してしまう。
「そう、媒体飛行を、あれ、やり方が思い出せないわ。確かに少し前までは使えたはずなのに。ざんげハンマーって何だったかしら……」
いち、にの、ぽかん。
「……あの子、頭大丈夫かしら?」
竜胆が笑って落ちていった狂信者を心配している。
「大丈夫じゃないわよね。大丈夫だったらそもそもこんな事を言わないし……今後も彼女の信仰が変わる度に、無茶ぶりが飛んできそうなのが今から目に見えているというか……」
それでも主催者も鍵も遥か下方。度胸を決めるしかないわけで。
「はぁ、分かったわよ。やるわよ、やればいいんでしょ!?」
「傘で飛ぶ時はね。誰にも邪魔されず、自由で、何というかふんわりとしてなきゃぁダメなんだ」
汰磨羈がなんか便利なテンプレを口にした。まず重力が邪魔をします。
「少なくとも、こんな絶叫系アクティビティでは無い気がするのだが!」
仕方がない。人類は重力に逆らえないのだ。そのへん、狂信者は考慮していない。
「ええい、つべこべ言っても致し方なし。やってやろうじゃないか!」
「念の為、傘は一番大きい物にしてみました!」
「ヤケイシニ、ミズ、デスケド」
「まぁ、うん。落下方向を調整するくらいは出来るかもしれないし。その前に壊れそうだけどー」
「イキテ、カエッテキテ、クダサイネー……」
「んー、大丈夫大丈夫。それじゃ、いってきまーす!」
コリーヌがわくわくしながら身を投げる。何事も経験だ。
「やっぱり傘はダメでしたー!」
「私もこの前の依頼で、これで降りてくださいって傘渡されたばかりなんですよ……つまりこの世界では傘で飛べるのが常識なんでごぜーます。そうとしか思えねーです」
自分に言い聞かせるように、マリナ。それでも現実を見て、命綱だけは確認している。普通の縄なんぞ使えば千切れてしまう、身体の方が。
「それではいきませう。だいーぶ。うぉぉおあああーおー…………ぐえー、ぶらーん」
「開く方を下にすれば安定して飛べると思いますが……ふわふわ降りてみたい気分でもあります。今日はそんなきもち」
ミディーセラがどこかズレた調子で言う。
「時計塔は外から眺めるものであって、登るものではありませんわ。ましてやトんじゃえジャンプする所でもないのです。残念ですがメリポ神さんとは趣味が合いませんね」
いざとなれば飛べば良い。そう構えて半ば楽観視していたことを、士郎は後悔することになる。小間のひっくり返った傘が、突如空中で変形を始めたのだ。しかし悲しきかな。重力に逆らうほどの強度がない。哀れな傘は折れ曲がり、原型も留めぬ程にひしゃげてしまった。
「ぬ、ぬおぉーーーーーー!? なんじゃそりゃあーーーーーー!?」
「いやはや、落ちると死ぬ高さですか。これはこれは、何とも……くふふ! シビレますねぇ!」
命を賭ける。その事実に八卦は打ち震えている。
「メリポ神とかよく知りませんけど、きっとギャンブルの神様なんでしょうねぇ!」
違うんじゃねえかな。
「もちろん、こんな命綱は無用ですよぉ!」
そう言って命綱を塔の下に投げてしまった。鍵より怪我人多そうだ。
「教団でも伝説として語り継がれるマスターアサシンは、藁の山に着地できれば非常に高い所でも無傷で着地できるらしい……」
なんだかフード被ってお祈りするだけで聖職者のふりができそうなマスターアサシンの話だが、ヴァレットは残念ながらマスターとは程遠い。だから命綱をしっかり巻き付けている。どう考えてもこれがなければ死にそうだ。
「訓練は命を賭けるようなものだっただろうか。まぁ……選択権はなさそう。だったらさっさと降りるか」
雪は傘の開閉を確かめながら言う。
「何も焦ることはない。早まる事もない。恐れることもない。神だのなんだの、世迷い言を私は信じちゃいない。さぁ、私に続け」
勢いでついて行かないで下さいそのひと飛べます。
「……任(検閲音)かッ!?」
アニエルの思考回路にピンクの悪魔がよぎる。
「待て、当機は精密機械であるからして、そういった過度の衝撃は余りにも危険であると進言したい。最悪の場合、本体は置いて躯体のみを投げ出す手を使わざるを得ない」
それは結果として降りていないのでは。
「……まるで、ダミー人形の衝突実験のような扱われ方」
「お酒を飲むより楽しくふわーって飛べるって聞いたのよぉ……こんなことになるなんて」
アーリアが嘆いているが、それは寧ろ狂信者の誘いでなければより危ないものだったのではなかろうか。意を決して飛んでは見るものの。
「スカートがぱたぱたーって捲れて、捲れて……あ、私今日紐パンだったような? お願い紐耐えて! お願いよぉ!! あとお願いだから下の人は上を見ないでね!!!」
「降下訓練……ええっと。正気? 流石の私でもちょっと大丈夫なのかって考えるね。他の皆が」
シルヴェイドには最悪、翼がついている。飛べばいいで話は済むのだが、それが無理な方が大多数を占めるだろう。
「降下速度ゆっくり目で。こういう状況だと変に高揚して真っ先に飛びそうな人が居るかもしれないんだけど。本当に大丈夫なのかな?」
もう遅い。
ラララは空中で身をひねると、自身に横回転の力を加えていく。
「即ち穿孔機ッ!! 余自身が穿孔機と化す事で更なる蹴撃の昇華を果たす!」
回転は無限の力、たぶん、うん、そんな感じ。そうしてその力を纏ったまま、地面に設置してあるマットを貫かんばかりの勢いで落下するのだ。たぶん、やべえ死に方をすると思うが。誰かが途中で助けてくれたんだと思う、きっと。
(命綱チェック、傘チェック……よし)
何を持って傘を良しとしたのかは全くの不明だが、メイメイが点検を済ませていく。
(あとは、メリポさま、を、信じて…)
「……え、えいっ」
何にせよ、この世は無常である。可能ならば「め」と「え」を縦にならべて演出しようかとも思ったが、多分読みづらいことことの上ないので悲鳴があったことだけ記しておこう。
「こんなん飛び降りたら死ぬだろ。死ぬよな。今度こそ心臓お亡くなりになっちまうんじゃなかろうか」
フユカはたぶん、絶叫マシンの前にある注意書きの基準を満たしていない。
「……はは。でも降りるしかねえんだろ? 降りるしかないんだよな。やってやらぁこの野郎!」
風に揺られず、流されて落ちていく。
「これが背水の構えだって言うのかよおおおぉぉ!」
ちがうとおもうよ。
命綱を解き、地に降り立ったサラは、飛び降りる間は鞘にしっかりと納めていたブローディアを抜き放つと、期待の表情を向けていた。
「まったくとんでもない儀式もあったものだ。これで禊は終わり……何だ? まさかもう一度参加するなどと言い出すのではあるまいな? 鞘に入っていたとはいえ、私はもう簡便なんだが」
ルナシャは思わぬ幸運に恵まれていた。手に入らぬと諦めていた限定者の傘が、まさかこんなところで配られたからだ。
「いのちづな。おーけー。あんぶれら。ぴょんぴょん。るなしゃ。うさぎ。いくよー。せぇーの……」
ぴょーん。
「くひゃああああわわとんでとんでるてかおちてるぅうううううかさかさばっさぁってぁあああらびっとでぴょんぴょがぁああむりだめぇえええええええ」
(故郷の父さん、母さん、お元気ですか。威降です)
遠い目で、届かぬ手紙を思い描く。
(本日は降下訓練という事で傘と命綱を渡されました。意味が分かりません)
命綱にはしっかりと「がんじょう、つよい、だいじょうぶ」と記載されている。ここまで書いてあったら問題はない。ないったらない。
「青雀ちゃんはタンスの角に小指をぶつければいいと思う」
受けた仕打ちの割に優しい呪いだ。
「いわまくも畏き、メリポ大神に願い奉る。どうかこの身に御身の加護を賜らんことを。畏み畏みももうさく」
焔が目を開く。自分の知っているやり方が、こちらでも通じればよいのだが、
「よし! ものすっごく略式だけどお願いもしたし大丈夫だよね、それじゃあいくよー!じゃーんぷ! うわああああああ、傘が全然役に立ってないよっ!?」
レオンハルトが既に落ちた皆のロープの張り具合を必死で見比べている。長さをミスったら大地に直撃で死ぬからだ。何人か命綱なしで意気揚々とジャンプしてったのを見た気がするが、気にしないことにする。まして、挑戦心が芽生えなどしようはずもなかった。
「我は最悪飛べるから良いのであるが、これ普通に落ちたら死ぬ高さであるな……?」
とぼやいていたルクスではあったが、実際に飛べないものの方に目を向ければどうだろう。自分が一番に飛ぶのだとか、誰がギリギリまで傘を開かないのだとか。慄いている者も少なくはなかったが、現実を楽しもうという者も少数では無いようだ。
「ま、案外なんとかなるやも知れんの。折角の機会だし楽しんでいくのである」
狐耶は傘など信用しない。こんなものでフリーフォールすると死んでしまう。こんな時には伝統芸。風呂敷の出番だ。これがあれば滑空できる。五十歩百歩に思えるが。
「忍者はこれで空を飛んだと。ムササビの術です。キツネスピリッツです……私は狐なのかムササビなのか。私とは一体……行きますよ? ほんと、行きますからね。後がつかえてる? いや、大丈夫です行きますからちょっと押さないdあっ」
どうして皆落ちていけるんだろうと思い、メリーはそれを眺めに眺めて最早どれくらい経ったろうか。
「大丈夫、下で事故とかあったら大騒ぎだろうし……大丈夫大丈夫」
やるしかない。やらないと帰れない。傘と命綱を掴み、心を決めて乗り出そうとした時。足を滑らせた。命綱をまだ結んでいないのに。
「あ、うそーー!?」
今、頭からイッたな。
空を自由に飛びたいかと聞かれれば、ルアだってもちろんだと答える。だが、それで欲しい解答は頭につける竹とんぼであって、
「こんな傘で飛ぶというのはオカシイっていう事くらい分かるわぁああああ!?」
落ちる。落ちていく。傘なんぞとっくにひっくり返った。ザ・自由落下。こんな時は近くのものに助けを……まあ、皆落ちてますよね。
「ああ。ダメなやつじゃな、コレ」
「はっはー! おっかないねぇ。この高さからちゃんとした装備じゃなく傘使って飛び降りろってか? 無茶苦茶言ってくれるぜまったく」
ロクスレイは飛び降りると見せかけ、ワイヤーに傘の柄をフックとして取り付けると、屋上のへりにひっかけ、そのまま何階か下の窓を振り子の要領で蹴破った。そのまま塔内部の階段を降りていく。
ウィルフレドが命綱を頼りに時計塔の壁を伝い、ゆっくりと降りていく。青雀が早々に飛び降りたことで鍵のかかった扉を破壊することも考えたが、思ったより頑丈でどうにもならなかったのだ。仕方なく、自らの肉体を使って降りていく。降りていく。降りていく。いつまで、だろう。思っていた以上に遠い。握力はいつまで保ってくれるだろう。
「お祭りみたいなにぎやかな雰囲気を見つけてきたのに。どうしてこんなことになってるのかしら!!」
それでここにたどり着いたというのなら、アイオーラの不運も相当なものだ。
「しししし仕方ないからやってみましょう! そ、そうよダーリンだって草葉の陰から見守ってるわ」
キャラロストはしておりません。
「うはははは! この星の風習は面白いの。トんどるのは頭だけではないようじゃが……ま、よかろ。赤ポだか禊だか何だか知らんが翼無き身で落ちるのも一興じゃろ。オレが重くなったように思えて、重力っつーのも面倒なもんじゃが」
シビュレは番傘を開くと意気揚々と飛び降りた。
「では……下で会おう。はよ酒飲みたいし」
「信仰は自由だ。何に心を寄りかからせて、心の安寧を得るかは各々の自由。彼女にとっては信ずるに値する存在であるという事なのだろう」
ヴィルヘルミナが語りだした。しかし、何を言ってもやることはひとつだ。
「何? 前置きが長い? ふふ。私は皆が飛んだ後にゆっくりと飛ぶ予定であるのだから気にするでないぞまさかこの私が恐れているとでもいやいやいやいやなにをするやめろォーーー!」
(ローレットの依頼……今回は訓練のようだがこのような事もしないといけないのか。傘はよくわからんが厳しい環境下でも平常心を保つような意図があるのか……? いや、あんまりなさそうだな。この状況を楽しんでいる奴もいれば泣き叫んでいる奴もいる、阿鼻叫喚と言ったところか。ふむ……)
ルチアの顔に、焦りも恐怖も浮かんではいないが、内心はそれらを塗りつぶすかのように思考で満ちているようだ。
「うらぁああああああああああ!!」
クロバが垂直の壁を走るように落ちていく。その時、
「だめええぇぇぇぇ!!」
スカートを抑えるせいで傘を開けないアマリリスを発見する。傘開いてもけして無事な要素にプラスないけどな!
「ええい、仕方ない途中で拾っていくとするか……!!」
「く、クロバさま……? 離さないでください! 落とさないでください! 加速しないでぇぇえ話聞いてぇぇ!!」
空中でのキャッチ。抱きかかえたまま降りていく。考えてみて欲しい。この体勢、アマリリスの方が物理的に下である。つまり地面に近いのだ。こええよ。案の定、着地後に怒られている。
「死ぬとこでしたからぁっ?! ばかっ! あほっ!! ……あ、ありがとうございました」
怒られて、いる?
「ふふ、たまにはこういったモノも楽しそうですね。紐を信じましょう」
少々楽観的なルミに対し、アランは対称的だ。
「いや、これ死ぬんじゃねぇか……!?」
落下アトラクションが恐ろしい根幹は、自分が絶対に大丈夫だとは信じきれないことにあるだろう。まして、アトラクションでないのだから。ふたりは抱き合い、互いに傘を開く。二人分で少しはマシになるかとも思ったが、ひとりが支えられないのだから、どうにかなるはずもなく。
「全然勢い止まんねぇんだけどー!?」
恐怖心か、はたまた相手を守ろうとする意志か。抱きしめる力を強めたまま落ちていく。ぎゅっと。ぎゅっと……すげえな、落ちながらいちゃついてやがるぜ。
「メリポ神だか禊だか知らねぇスけど、飛べばいいんだろ。あ、でも待て瑠璃。翼で飛ぶのはレッドカードっス。頼るのは命綱と傘だけだ……傘?」
「ぜ、絶対無理です!!! ここから飛び降りるなんて無理です!」
葵に飛行手段を反則だと断じられた瑠璃が抗議の声をあげている。
「怖いんだったらオレにしがみついてろ。こういうのはためらうほど怖いんスから準備できたら……飛ぶぞ!」
「え? しがみついていいんですか? それだったら、ちょっとは頑張らなくは……って、もう落ち、ふええええ!!!!」
ひっついたまま、落ちていく二人。
「うおっ、スゲェ……! 風圧で体が潰されそうっス……!」
…………これでただの知り合いは、無理ない?
「ラジオ君、これはジハードとも言える行為だと思わないかい?」
『そう、これは(ノイズ)聖戦である』『信仰の力があれば壊れない』『しかし程度によります』
「そんな大仰なものじゃない気がするというおれの気持ちはそっと埋めておきましょう」
セルウスと、ズットッドのラジオはどこか馬が合うようだ。見れば、互いにえらく可愛らしい傘を手にしている。方や花柄、方や赤い子供傘。信仰を見せつけるのだといい、セルウスが飛ぶ。それにズットッドも続いた。
「スーパーカ(検閲削除済み)!!」
だからやめろってひとを強制的にチキンレースに参加させるのは。
『上手いこと禊になれば』『ほら』『メ(ノイズ)リーポ』『神とチャンネルが繋がるか
も知れない』『望みを叶えてくださる言葉』『が延々と続くやつ』
「神の信仰先をコロコロ変える……そんなのもあるのか。色々な神から怒られそうな行為だな。さて、どう飛ぶかね」
思案していたモルグスの視界にジークが映る。
「私はアンデッドだから死ぬことはないと思う。だが、確実に死なないという保証はない。だから確かめるのだ! 私が此処から飛び降りることでそれを証明してやる!」
証明になるのだろうか。
「あのパラシュートは……ジークか。丁度良い、あれに乗るかねぇ」
飛び降りたジークにモルグスがこっそりと続く。ジークがひとり開いた落下傘の上に着地したのだ。
「む、何か様子が変だね。何かが乗っている?」
「悪いな、使わせて貰うぜ」
「おい、何をしている! やめろ!」
「おいおい、そう怒るなよ。ほんの少しの間じゃねぇか」
「イリスです。頑丈さには自信があります。でも、こんな高さから落ちたら『たたき』になっちゃうの確実だよね」
「な、なんだかとんでもない所に来てしまった気がするのです……」
落ちないためにはどうするべきか。無論、最良は飛ぶことだ。飛べないならどうすればいいか。飛べるものに飛んでもらえばいい。シルフォイデアにしても、飛べないイリスをひとり落下させるのは忍びないものがあった。
「そういうわけで! シルフィ! 私の身の安全は貴女にかかってる!」
「よし、がんばってみるのです」
「なんとかなる! ウィーキャーンフラアァァァァッァァッ!?」
例えば、自転車に乗れるのと二人乗りが出来るのは別なわけで。つまりはそういうことだった。
「結局メリポってなんなのですかあぁぁぁぁぁぁ!?」
「傘? 要らねーぜっ。オレにはこのコッコウィングがついてるかんなっ!!」
「そう! 私がいれば傘要らず……何で傘?」
トリーネの疑問が解消されぬまま、ランディスによってその両足を掴まれていた。
「……何で私は足を掴まれたのかしら」
トリーネを頭上に掲げたランディスが勢いよく駆け出していく。
「ラン君? そっちに行ったらおち……え? 本当に!? ちょっと待って心のじゅんびがあああ!? こけええぇぇぇぇーー!!?」
一瞬の浮遊感。あ、飛べたかも、という錯覚。お帰りは真下。必死に羽ばたきもするが、ニュートンは万物に平等だ。
「重い重い重い、いやあああもう無理いぃぃ!」
そのまま落ちていって、見えなくなった。
「ここから飛び降り、度胸を試す感じだな。いいだろう、高い所は好きだ。全てを見るには丁度いい。我が不肖の弟への試練としてもよいだろう……」
「に゛ゃあああ!! 無理ですってお姉ちゃんこれ無理ですやだー!! な、なんでお姉ちゃん涼しい顔してるんですか!? 久しぶりに姉弟で遊べると思ったら何なんですかこれー!! やだー!! 訓練ってだけで僕連れてきたでしょ!? シエスのばーーーかっ!!」
さも名案という風に語るシエスに対し、ヨハンが泣き叫んで抗議する。
「ふっ、やはり何も恐怖も感じぬ。寧ろ心地の良い物……おい、何をしているこの駄弟は」
だが、思わぬ反撃に動じたようだ。ヨハンが姉の尻尾を掴んだのである。
「早く離せ……っつ!? くっ、帰投後にお仕置きが必要のようだな……!」
「ヒエエエエ、むむむむむっちゃん殿ーお助けー! 我輩と一緒に飛び降りて!!!」
「大丈夫、僕は空を飛べるから一緒に飛ぼう!」
怯えるボルカノを落ち着かせようと、ムスティスラーフが鱗で覆われた頭をなでた。
ふたりして飛び降りる。ボルカノにしがみつかれたムスティスラーフが、蝙蝠傘片手に回りながら、なぜか足の指で独楽を摘みつつ、降りていく。降りていく。落ちて、いく?
「だ、大丈夫であるか? 我輩急降下してない? 地面にびたーんってならない?」
「あっ、あっ、重量オーバーみたい……」
「ってやっぱりダメであるかー!!」
ボスンと、マットの上でふたりが跳ねた。
「ふっはー。高い……!」
「凄く、高いですね……」
眼下に見える地上までの距離に驚き、まろうがクィニーの手を握る。
「ああ、神事をして訓練と成すとは聞いておりましたが、こんなに高いと、落ちる時間も長いではないですか。けれど臨死体験でもって汚れを祓うという、メリポ神様のお考えなのでしょう」
そんなことねえんじゃねえかな。
「QZさま、お願いします。ぎゅっと、あの、放さないで、くださいね……!」
「大丈夫、絶対離れないから! そう、これからもずっと……」
密着して、ひとつの傘を握り合う。互いに見つめ合い、恐怖を掻き消すように笑い合って、そろいの掛け声で飛び降りた。
せーのっ。
「あ、鳥が飛ぶのが近くで見れますよ、すごいですねシンジュゥさま!」
「ふふふ、ツクモさんもこれから、鳥になれますよっ」
いつもと違う高所の景色に興奮するツクモに、慣れた様子でシンジュゥが笑いかける。
「それではシンジュゥさま。ご一緒にお願いします! せーのですよ、わたくしこわくなんてないですが、せーのでお願い致しますねっ?」
ツクモは緊張のあまりシンジュゥに身を寄せ、そのまま二人して空から落ちた。その距離であったからだろう。シンジュゥが命綱を付けていないことに気づけたのは。
「あぁっシンジュゥさま紐ついてないのではーーー!?」
真っ青になるツクモに、シンジュゥはこともないと笑う。
「あっ、気づかれましたか? ええ、“俺”には命綱など不要なのです!」
「こ、これは結構高いね……」
「ショック療法といっても、これは……」
高所での訓練でも行えば、記憶を取り戻せるやもと参加したノースポールとルチアーノのふたりだったが、まさかそのまま落ちれば即死の高さであるとは想定していなかったようだ。
「命綱よし! 傘よし! それじゃ、せーので飛ぶよっ。でもちょっと怖いから、手……いや、やっぱり何でもないよ! 気にしないで!?」
「手? いや、そんなことより、こっちに来て。必ず君を、無事に帰してみせるから」
ノースポールがルチアーノに肩を抱き寄せられると、思わずぎゅっとしがみついていた。別のことに意識をとられたまま、空に身を投げだして。落ちている間は恐怖そのものであったろうに。それよりも重要なことで心臓を早鐘のようにしながら。
エクスマリアが自身の名で募った賛同者たちと、傘を連結させている。こうして空気抵抗を高め、落下を抑えようという算段だ。
「……最悪、何人かは傘と共にクッションになり他のものを生かすだろう」
なんか怖えことを考えている。自分の髪をバネ状に。これで衝撃を殺せればと思いはするが。どうだろうな、重力加速度のご機嫌は。
「た、たか、たかか、たか、高い。高くないですか? 高くないです? パンドラで復活しないと間違いなくつぶれたトマトになるのでは……?」
エマは完全にビビっているが、無理もない。この高さを落ちろと言われて平然としている方が稀だろう。
「あぁ、世の中には恐ろしい宗教もあったものです」
ジルはロープで傘同士を連結させると、その余りを自分の手首に巻き付けた。こうすれば、握力に関係なく傘から手が離れることはない。それはそれで怖いことになりそうな予感もするが。
「よし、でかいっす! これなら何も怖く無いっす!」
本当に?
「俺、なんでこんな所に居るんだろう……?」
ウィリアムは絶望の顔で空を見上げていた。どうしてこんな事になったのだ、と。頭上を鳥が行く。あいつらは自由だ。重力から開放されている。
「ええい、男は度胸! 最悪1回死ぬだけだ!」
それ以上悪いのをついぞ聞いたこともないが。
「何だか皆たくましい。これがイレギュラーズ。これが可能性を生む力、なの? いや、違う気がする! 絶対違う気がする!」
ただ落ちるというそれがメリルには恐ろしくして仕方がなかったが、皆懸命に生きようとしている。そもそもこの努力の前にここに来たことがそもそもの間違いであったという気もするが、気にしても仕方がないことだ。それに、ひとりでなければ頑張れる、気も、する。
「がんばるー。が、がんばるー……」
「傘で飛ぶという所だけを見ると、とてもメルヘンな禊だとは思うのですが」
鶫が下を覗き込むが、遠すぎて何もわからない。
(マット……どこ?)
「……高度が、凄い勢いでメルヘンから逸脱していますね」
夢を見るのはやめたほうが良さそうだ。ここだけ奇跡が起きてくれるとは到底思えない。
「傘を集めて連結した分、人も集まる。即ち、総重量も増してしまう訳ですが――いえ、気にしないようにしましょう。こういうのは、何かこう、ノリと勢いの方が重要な気がします」
「あ、開かねえ! マットってどこだよー!」
シラスが鍵のかかったドアをガチャガチャとひねってみるものの、びくともしない。屋上のへりからむこうを覗き込んでみるが、何もかもがミニチュアサイズ過ぎた。
「畜生、ほとんど処刑だろこれ」
それでも、生き残らねばならない。つないだ傘に身を寄せ合い、空気抵抗に祈りを捧げよう。流石に、人数が増えると手狭に過ぎる感が否めないが。
「むぎゅう、くっくるしい」
「…………は? 確かに訓練したいとはいったけど?! こんなん訓練じゃなくてただの自殺でしょ?! 大体メリポ神ってなんだよ! 全然聞いたことないけど、邪教どころか下手したら世界が滅びそうな気すらするよ!」
アレクシアが理不尽を訴える。まあタイトルが既に限界だからね。
「――――で、これ大丈夫なんだよねエクスマリア君? 冷静に考えると落ちるタイミングとかによっては下敷きになる人とか出るのでは……ええい、なるようになれ!」
「無事で済みますように無事で済みますように無事で済みますように……」
万事尽くして天命を待つと言うべきか。華蓮は最後の祈りを捧げている。
「私には羽があるだろうって? バンジーってそういうものじゃないわ、怖いし嫌だけどルール違反はダメ!」
真面目なのは非情に良いことだが、まずこれの主旨がバンジージャンプではない。
さあ、準備も完了だ。泣いても笑っても落ちるしか無い。身を寄せ合い、傘をしっかりと握って。命綱は確認したか? では、宙空へと身を投げ出そう。空へ。
ただ飛び降りるだけでは面白くない。そんな事を言いだしたのはハロルドだ。そも、飛び降りに面白いとかなんとかあるのだろうか。なればと提案する。心胆を競い合おう。どこまで傘を広げずにおれるのか。地上からの距離で測ろうというのだ。風が吹き付ける。大地が近づいてくる。死が目の前に広がっている。
「ハハハハッ! いいぞ! この緊張感! たまらねぇなぁッ!!!」
「折角、傘をさしておるのじゃ。妾からとっておきの景気づけのおまじないを披露するのじゃ」
デイジーが心底余計なことを始めた。白い布でこしらえた晴れを祈るアレを、逆さまに吊るし始めたのである。
「る~てる~てぼうず~」
その結果、なのだろうか。なんだか風が強くなってきた気がする。下にはマットが敷いてあるんだっけ。どのくらいの範囲に?
「うぅ、傘が渡されたから何をするのかと思ったらまさか降下訓練だなんて。でも逃げられる状況じゃないしこうなったら覚悟を決めるわ!」
結がゴーグルを装着し、大きめの傘を手にとった。まあ、裸眼だと風圧がやばいよね。そのまま、迷わず時計塔から飛び降りる。
「ええい! 女は度胸よ!」
底冷えする落下感は独特のものだ。傘を開きたい衝動に駆られるが、彼女は全てを魔剣に託していた。
「お、いいねぇこっちにもこれがあったとは。俺の世界でも割とポピュラーだったが、あるところにはやっぱあるもんだな。まぁ俺らの方じゃメリポ神なんていなかったし、傘もない『飛び降り』って競技だったんだが」
かんらかんらとライネルが笑う。なお、現実にそんなエクストリームスポーツが存在します。あっちはムササビスーツ着るんだけどね。
「とうっ!!!」
審議中。
「全ては俺のギャンブル運に賭ける。人生、勝てば勝ちだ!」
「先に傘を開いた方が負け、だったか?」
ネストがルールを確認している。開こうが開くまいが一般的な雨傘に期待できる効力など微々たるものとしか思えないが、口にするのも野暮だろう。
「まあ、楽しい勝負にしよう」
落下中、壁を蹴ることでなんとか姿勢を安定させる。
「……もしやメリポ神とは死神の類か?」
「全くもって意味が解らない……理解が追い付かないよ。メリポ神って何なのさ。祝福は? ご利益は? 救いを与えてくれんの?」
狂信者の妄言について考えてしまっているあたり、アテネもかなり混乱しているようだ。
「……いや、いやいやいや。なんかもう、真面目に考えても仕方がないね!」
何にせよ、万全を期して飛ぶしかないのだから。
「そのヨウな神ガいたトハ。ワタシがあずかり知らヌ神もイルというノカ……つくづくコノ世界は不思議ダ」
モルテが感慨深げに頷いている。今回こっきりの使い捨て設定がどんどん広まっていきやがる。
「高イ。墜ちタラ普通の人間死ヌが大丈夫ダロウか」
だいじょうぶだいじょうぶ。命綱の説明にもちゃんと書いてあるからね。
「………私は、何をしているのでしょうか?」
『受けた説明では禊とのことだが何が清められるのだろうな?』
「……さぁ? なんでしょうね? 宗教とは不思議なものです」
『ともあれそろそろ行くか? ずっとここにいても仕方あるまい』
地面のないそこへ、アケディアが踏み出した。
「……メランコリアは――あぁ、落ちていますね」
『飛び降りすのすらめんどくさがるかと思ったが飛んだようで何よりだ』
どうやら、仲間もちゃんと飛んだ様子で。
「……歩いて降りなくてもいいのは、素晴らしい」
『文明的な生き物は飛び降りるという選択は普通取らないものだが?』
「………まぁ、いつの世の中も宗教は……不思議。気にしたら負け」
『否定はしないが、そもそもメリポ神とは何なのだろうな?』
「……スペルヴィアが………すごい勢いで、通り過ぎた……」
『サングィスが重いのとギフトも使っているのだろうな』
メランコリアの横を何かが自由落下の速度で落ちていった。
「まぁ、なるようになるわ……ね」
『下で人とぶつからないことを祈っておかねばな』
「貴方達を招いた神に? それとも、メリポ神とやらに?」
『これが禊なら効果があるかもしれないぞ?』
「今度はイーラを追い抜いたわね」
スペルヴィアの空気抵抗を減らした姿勢ならば、速度が出るのも仕方がない。ニュートン先生は平等です。
「最悪ね……というか、信仰した覚えなんてないんだけど?」
『まぁ、不機嫌になるのも分かるな。退路は断たれたようだが』
「ふんっ、同胞の何人かも飛んだし行くわよ」
『……今回に関しては諫める理由が見つからないな』
「ルクセリアもいい勢いで落ちていくわね」
『レーグラが原因だろうな、質量という意味では同胞の中でもそれなりだ』
暖かい空気は上に。マシ程度のレベルでも速度を抑えたイーラをまた、仲間が追い越していく。
「まさか神様に禊ぐことになるとはぁ……」
『…………』
「あっはっは、確かに彼女の中にしかいない神様かもしれませんねぇ」
『……』
「ほら、まぁ、楽しんだもの勝ちですよぉ?』
ルクセリアらの中では会話が成立しているようで。
「さぁってぇ、行きますよぉ」
『……』
「早く無事に下りればぁ、同胞を見上げられますからねぇ」
『…………』
「アワリティアちゃんの反応とか気になりますよねぇ」
傘が抵抗しきれぬ重さに悲鳴をあげながら、落ちていく。
「あたしたちゃぁ、なんでこんなことになってんだかね?」
『運命特異点という存在故ではないか?』
「あの事にゃぁ感謝はしてるけど平穏からは遠のいたねぇ……」
『その点では運が悪かったな』
如何様にすれば仲間も無事でいられるかと思案するアワリティアだったが。
「って、もう飛び出してるじゃないかい」
『グラ達もいないのは予想外だが……まぁ、想定外ではないな』
「あぁ、もう! 私達も行くよ」
『了解した、我が契約者殿』
追いかけ、飛び降りる。
「この時計塔観光地とかになっていそうですけど……」
『明日からは自殺の名所に早変わりするかもしれないな』
「ほんとにですよね。ローレットに怒られなければいいのですけど」
『まぁ、まずは死なないことが重要だな』
「アケディアさんもあっさりいきましたね……」
『ここに留まるのが面倒だったのだろう』
「はぁ、私もいきますか……」
『マットに効果があると願おうか』
頼りない傘に祈りつつ、グラが虚空へと身を躍らせた。
「修道女のまねごとをしている身としてはメリポ神とはなにか気になりますね」
『ふむ、命を捧げそうな神事があるとみると精神を極限まで追い込み接触する神性ではないか?』
「となると、精霊信仰系の派生とかの可能性が思い浮かびますが……」
『残念ながら我々には資格がないな』
イリュティムは空を飛べるため、それにより危うげなく降りようとするが。
「インヴィディアは大丈夫ですか……?」
『ギフトもある故に負担は少ない。何かあれは遠慮なく伝えてくれ』
視線をやると、そこに。
「……っ! っぁあ……た、たかっ……む、むり」
『そういったってここから逃がしちゃくれそうにないぜ?』
「うぅぅ……イッ、イリュ、ティッム、に……」
『ん? あぁ、噂をすればというより探してくれたようだなぁ』
インヴィディアはイリュティムに吊るされ、ゆっくりと、だが中々終わらぬ高所を味わいながら降りていく。
「あぁ……うぅぁぁ……っ! っ誰か、お、落ちてっ!?」
『おいおい、せっかくの景色を楽しまないでどうするんだ、我が契約者殿』
人生最大のピンチがセティアを襲う。
「まって。ちょっと待ってください。トイレ行きたい。行きたいです。ないのですか。マジでぱないやばめの尿意、我慢するのですか」
落ちるのか。漏らすのか。
「こんなの落ちたらグラコロが出てくるからダメです」
お前アレ食ってここ直行かよ。
「話せばわかります。自分で飛びます。絶対に押さないでください。絶対に。あ、あああ……ぁぁぁ」
お腹を? 背中を?
「あ、ちょ。まさか、これ真っ逆さまなヤツなのですか!?」
足に命綱を縛り付けられたココルが落下していく。
「びぎゃぁあ!?」
開いた傘にも効果はない。だが、奇跡が起きた。金の色をした粒子のような羽を持って。
「あ……私、飛べました」
『羽無し』がこの日、初めて空を飛ぶ。
いいんだろうか、こんなシナリオで覚醒して。
「いやー、流石セティアちゃん。すごい飛びっぷりだね!」
鬼畜がここにいた。
「ひぇ……」
ティミは落ちていくセティアに血の気が引いていく。
「さあ、ティミちゃんの番だよ」
ライセルが声を掛ける。次は貴様だと。猟奇的だな。
「あの、でも……これ、無理です。怖いです」
「仕方ない……ほら、おいで」
ライセルがティミを抱きかかえる。しかしよく考えてみて欲しい。つい先程、笑顔で仲間を突き落としたのはこの男なのだ。
「一緒に落ちれば怖く無いよ」
貴様が怖いわ。
●もう一度いいますが、他のシナリオで紐無しバンジーすると普通は死にます
今、何を信仰しているの。
放心状態。
飛び降りた大半はそういうアレだ。中には目を輝かせているものや、よりコメディな状態に陥っているものもいるが、概ねそういうアレである。
そんな中、大して働かなかったマットを青雀が片付けている。テキパキと、特に興味もなさそうに。
片付けが終わったのか、そのイカれた女がこちらを振り向いた。嫌な予感がする。
目が輝きを取り戻し、熱意を帯びていく。何かに夢中な、夢見るような。そういう、ヤバ気なアレ。
今すぐここから逃げ出したほうがいい。
了。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
ひとがばんばん落ちてくるビルって怖いよね。
GMコメント
皆様如何お過ごしでしょう、yakigoteです。
『可愛い狂信者』青雀(p3n000014)主催の訓練にお集まりいただきありがとうございます。
この時計塔から帰るには彼女の言う『降下作戦』を実行する他ありません。
大丈夫、あなたには傘とマットと、なんとか説得して用意させた命綱(がんじょう)がついています。
さあ、勇気を出してレッツバンジー。
【用語集】
■『可愛い狂信者』青雀(p3n000014)
・アオガラ。
・女子高生くらいに見えるギルド所属の女。
・会う度に違う神様を信仰している。
・今回の信仰対象はメリポ神。
■時計塔
・くっそ高い。
・街中にあるので戦闘行為は基本ご法度。武器のたぐいを使ってはいけません。
・命綱無しで飛び降りたら普通死ぬ。
■傘
・大小からデザインまで様々。
・これで空を飛べるかは君のポピンズ魂にかかっている。
■マット
・ここからじゃ見えない。
■命綱
・がんじょう
・つよい
・だいじょうぶ
■メリポ神
・詳細不明だが、どうやら高い所から飛び降りることが禊になるらしい。
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