シナリオ詳細
亜竜(ワイバーン)を馴らすために
オープニング
●亜竜を馴らす
「おおい、迅の所の。おるかね」
彼を――迅・皓明(じん・こうめい)を呼ぶ、声が聞こえる。だから、皓明は作業の手を止めて、顔をあげた。
「おや、瑠貴様。どうされました?」
そう声をかけてみれば、珱・瑠貴(おう・るき)は不敵に笑った顔で、皓明へと声ををかけた。
珱・瑠貴。その外見は年若いが、古くから里を見守ってきた里長代行の一人である。 「おお。今日はな、お前の仕事をイレギュラーズ達に手伝わせてみんか? と思ってな」
「俺の仕事を?」
皓明は、少しだけ訝しげににそう言った。その疑問の感情を感じ取ったのか、皓明の足元にたたずんていた『藍色のワイバーン』が、鳴き声をあげた。
迅家。フリアノンにて、代々採取したモンスターの卵を孵し、騎獣や家畜として調教する者たちの家柄である。
ここは、そんな迅家の敷地である厩舎。フリアノン近辺の『比較的温厚な』モンスターたちを管理調教し、人々の役に立てるためのそれだ。
皓明は、その休憩所に瑠貴を案内して、フリアノンでも広く飲まれているお茶を振る舞った。
「あいちゃん、だったな。元気そうだな?」
『藍色のワイバーン』を見ながら、瑠貴が言う。子供なのだろう、小さなワイバーンは、まるで子猫のように、小首をかしげて瑠貴を見る。
「流石迅家筆頭だなぁ。子供とは言え、ワイバーンをしつけられるのは、お前くらいのものだ」
「それをわかっていて、俺の仕事を手伝わせようって言うのかい?」
皓明が苦笑する。瑠貴は「いいアイデアだろう?」と笑ったみせた。
「知っているとは思うが、琉珂も例の空中神殿に召喚された」
「それをあの子から聞いたのは、もう三回目くらいになるかな?」
かかか、と楽し気に瑠貴は笑う。
「あの子らしいな。
さておき、あの子以外にも、亜竜種の同胞たちが空中神殿に召喚されている。
それでな、少し信じてみたくなったのだよ。私達、亜竜種に新たな道を見せてくれた、彼らの可能性というものを」
「それで、彼らに、モンスターの調教を手伝わせたいと?」
「特に、亜竜をな」
琉珂の言葉に、皓明は少しだけ、真面目な顔をした。
「そうはいっても、亜竜のしつけは簡単なものじゃない。
知性は低いとはいえ、仮にも竜の文字を与えられたものなんだ。
それに……俺だって、成長した亜竜を御しきれたことは、一度もない。
瑠貴様なら、ご存じでしょう?」
「わかっている」
瑠貴が頷く。瑠貴とて、亜竜、ワイバーンが如何に恐ろしいかを、嫌というほどに知っているのだ。
如何に子供の頃からしつけたといえ、亜竜は危険な存在だ。幼体のそれならば、何とか御すことも、飼う真似事もできる。
だが、成体になれば。多くの場合、その魔物を御すことができるものはおらず、そして餌も『穏便なもの』では済まなくなる。
結果、皓明ほどの手腕と才を持つものであっても、『成体になる前に、狩りの過程で命を落とすように誘導する』。つまり、意図的に殺すのだ。
今、足元で佇むこの幼体の『あいちゃん』も、例外ではないだろう。
皓明は、彼ら家畜とした亜竜に愛情を注いでいないわけではない、むしろ、注ぎ過ぎと呆れられるほどに、愛を注いでいるだろう。
それでも……どれだけ心苦しかろうと。自らの子を自らの手で死地に追いやるような真似をしようとも。そうしなければならぬほどに、ワイバーンの調教は困難だ。
「それを、彼らにさせらるというのですか? 可能性がある、できるかも、と気持ちのいい言葉でおだてて、いざできなかったら自分の手で殺してください、と。
それはとても……残酷な事だ。」
これまで、多くの愛を注ぎ、多くの愛するものを殺してきたものだから言える、そう言った重みが、言葉にはあった。
「そうだなぁ」
瑠貴は頷いた。
「だが……年甲斐もなく、信じてみたくなったのだ。あやつらの……イレギュラーズの見せてくれた、可能性を。私たち亜竜種が持つ、未来への可能性を。
……それに、ほれ。私は、ちゃんと相手が越えられるくらいの試練しか与えんだろう?」
「そうですね……嫌というほど、思い知らされました……」
そう言って、苦笑した。
「わかった。信じます、イレギュラーズの可能性を。
こっちでも準備をしておきましょう。ローレットのイレギュラーズの皆に、声をかけておいてください」
「おお、では、決まりだな!」
瑠貴は満足げに頷いた……と、そこへ、可愛らしい声がかかった。
「こーめいお兄さん、今週のお野菜の納品に来たよ!」
声の方を見てみれば、可愛らしい少女……シェリアの姿がある。フリアノンの近く、『風鳴りの地』という集落に棲む少女だ。シェリアの家は野菜を主に育てており、モンスター用の餌になる野菜を、両親の手伝いと届けてくれることがある。
「あ、るき様! こんにちわ! あ、あいちゃんも! こんにちわ!」
元気よくぺこぺこと頭を下げるシェリアに、瑠貴は「おお」と声をあげる。
「ちょうどよい、お前も仕事を手伝うがいい。亜竜どもが好む野菜のことくらいは知っておろう。イレギュラーズに教えてやってくれ」
「イレギュラーズ!? 会えるの!?」
シェリアが目を輝かせるのへ、瑠貴は笑って頷いた。
「おお! それどころか一緒に仕事じゃぞ!」
「一緒のお仕事! やったー! すごーい!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる、シェリア。その様子を見ながら、皓明は苦笑する。なんだか大事になってきてしまった気が知るが……さてはて。
●可能性を信じて
「というわけで、君たちにはワイバーンの調教をお願いしたい」
と、迅・皓明は、集まったあなたたちイレギュラーズへ、そう告げた。隣には、にやにやとこちらを見る珱・瑠貴や、きらきらした目でこちらを見つめるシェリアの姿もある。
「いきなりやれ、と言われてもちんぷんかんぷんだろう。サポートは、私達もするから安心しろ。コーメイは調教の全般。シェリアは、ワイバーンの好きな食べ物について。
私は……応援か?」
ははは、と愉快気に笑う瑠貴。
「わたし、シェリアよ! よろしくね、イレギュラーズさん!」
はーい、と元気よくシェリアが手をあげる。
なんでも、調教用のワイバーンの幼体を預けるから、それを実際に調教してみて欲しい、というのが彼らの依頼だ。
上手くいけば、騎乗用のワイバーンとして、貸し出してくれる可能性があるらしい。
「まぁ、正直、この仕事は相性もあるからね。
ちょっと珍しい動物と触れ合う……くらいの気持ちで接してくれて構わないよ。
気性の荒い危険な奴を、わざわざ渡したりするようなことは無いからね」
皓明が言う。確かにワイバーンは危険な生き物だが、飼いならせるなら、色々と便利かもしれない。
あなた達は、新しい可能性に欠けるために、まずは亜竜を馴らすための一歩を踏み出すのであった。
- 亜竜(ワイバーン)を馴らすために完了
- GM名洗井落雲
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2022年02月27日 22時15分
- 参加人数117/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 117 人
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参加者一覧(117人)
リプレイ
●揺籃の地
揺籃室には、無数の卵が、木の枠の様なものに安置されている。意図的に、室温をあげているのだろう。内部は汗ばむ程度には温かい。明かりは、僅かなランプの明かりと陽光のみで、室内は少し薄暗い。これも、卵にとっていい環境、という事に違いあるまい。
「実際に懐いてくれたら面白いよねえ」
青い卵の前で、ルーキスがルナールへと笑いかける。ルナールが、触れ合うとしたらこの卵から生まれた子が良い、と即決した青い色の卵。ルーキスはどれだけ青が好きなの、と笑いながら、でもそれを受け入れた。
「青が好きというか……ルーキスが青色だから青が好きなだけだけどな」
「ふふ。それはどうも。さて、ルナがそれなら、私はあっちの薄紅色にしようかな」
イレギュラーズ達は、亜竜種たちからの依頼を受けて、しばしの間、亜竜の世話をする、という仕事についているのだ。期間中、イレギュラーズ達は実際に亜竜の貸与を受け、しっかりと人になれるように育てる。
言葉にするのなら簡単だが、これは非常に困難だ。技術を確立したのは、迅家という家系だが、それでも亜竜をしっかりと馴らし、家畜に転用できるのは、皓明を始めとして僅かな人物しかいない。その迅・皓明ですら、大人になった亜竜は御しきれないのだ。
「やはり大きな集落は違うね。これほど大きな厩舎、調教場、揺籃室……子供の頃だけとはいえ、ワイバーンを馴らすことができるのも納得だ」
美透が感心したように言う。美透の集落でも、これほど立派なファームは観たことがない。ワイバーンだけではなく、他の家畜も扱っているのだろうこの場所は、なるほど、フリアノンならではといった所か。
メイメイの目の前で、卵がぴしぴし、とヒビを走らせた。内側から、何かが卵を破ろうとしているのだ。
「わ、生まれます……!」
びっくりした様子で、メイメイが目を丸くした。
「がんばれ、がんばれ……あ、顔が出ました……!」
卵から顔をし出したのは、確かにワイバーンのそれだ。こんな小さくても、しっかりワイバーンの特徴があるのだな、とメイメイは顔をほころばせる。
「……やっぱ、すげぇなァ。生命が産まれる瞬間は」
同じワイバーンを見ていた、レイチェルが感心した声をあげる。覗き込んでみれば、視線が合った。まるで親を見つけた雛のように、くぁくぁ、と雛ワイバーンが声をあげる。レイチェルは不思議な感覚を覚えて、むずがゆそうに口元を結んだ。
「これが生まれたばかりのワイバーンなんですね……!
こうやって見ていると、私達ヒトも、彼ら竜も、同じ一つの命なんだと感じます。
まぁ、大きくなった時の力の差は明白ですし、それこそ竜種となれば、練達では思いっきり上から見られましたけどもね?」
リディアが苦笑する。先般の練達で、彼らの強さは身を以って味わったばかりだ。だが、それでも、やはり生まれたばかりの生命とは弱々しく、そして愛らしい。
「はじめまして、小さなワイバーンくん。
ようこそ混沌世界へ。
これから君はどんな道を歩むんだろうね……。
そうだ、キミに初めてのプレゼントをあげよう。イオ。名前はイオ、なんてどうだい?」
ヴェルグリーズのプレゼントへの喜びか。イオはぴぃぴぃと、鳴き声をあげた。
「……これほど愛らしいとはいえ、やがてはわかれるさだめか……」
ゲオルグは、生まれたばかりの雛を見つめながら、呟いた。たとえ子供の頃は御せたとしても、大人になったそれを御するのは困難……無理、といってもいいだろう。
「……だが……いつかきっと。君が世界を愛し、愛されるように……。
いつかきっと、私達の望んだ、成体のワイバーンと共存出来る未来が来ると信じて……私の全力で、君を愛そう」
その言葉が通じたのか……雛はくぁくぁ、とかわいらしい声をあげる。
「うぉぉああぁぁ! 可愛いっすよおおお!!
この前練達で闘った奴等とは大違いのラブリーでキュートなちっちゃい子がいっぱいっすよぉぉぉぉ!!」
無黒がはしゃぐように声をあげる。周りには雛ワイバーンたちがぴぃぴぃと声をあげている。確かに、可愛らしいものだ。
「ああ、かわいい……いや、危険な存在であることは分かっているぞ?」
月色が思わず同意する。危険な存在であることは分かっている。分かっている、が、やはり雛となると大変愛らしいものだ。
「ふふ、亜竜でも、やっぱり小さいときは可愛いんだね。
竜と仲良くなる、なんておとぎ話だけど、やっぱりあこがれるなぁ」
アレクシアが、雛を抱き上げながら、そういう。寂しがり屋の雛なのだろう、抱き上げられたアレクシアの腕に、安心するように目を閉じている。
「さて、何を食うんだこいつらは……?
肉とか野菜とか、それとも虫とか?」
試しに、餌場にあったキャベツの葉を、シラスは雛ワイバーンに与えてみる。
「お、食べた!」
シラスが顔をほころばせた。かりかり、ぱりぱり、と音を立てて、ワイバーンがキャベツの葉を食べて見せた。
「ふふっ、可愛いなぁ。幼体の亜竜(ワイバーン)は、成体の亜竜と比べてまだ、こんなに小さくてあどけないんだねぇ。びっくりだよ。
せんせーい、どうしたら亜竜の子に好かれますかー?」
真がそう言って手をあげるのへ、皓明が笑いながら頷いた。
「そうだね。シンプルだけど、真摯に接することだよ」
「そ、そうだぞ! ワイバーンは怖いんだからな!? 油断せず接するのだ!」
と、柱の影からアルハがこっちを覗きながら言う。どうも、昔ワイバーンに追っかけまわされたことがあるらしく、怖いらしい。
「な、何かあったら、わらわ、身を挺して皆を庇うからな! うむ、今はその、心の準備中だ!」
「いやいや、大きいワイバーンは怖いですが、小さい子ならそんなに怖くないですよ!
見てください! この子を! しっかり懐いて……いたたたた! 指先噛まないで~~~~!!!」
シャムの指が先を、じゃれているのか、餌だと思っているのか、がじがじと噛んでいる雛ワイバーン。アルハがほれ見た事か、みたいな顔をした。
「おー! 卵や子供たちがいっぱいだ! 俺の仲間……じゃないんだよな。俺は亜竜種だからなー」
熾煇が声をあげながら、辺りの卵や子供たちを見て回る。
「お前達、親はどうしたんだ? まさか無理やり連れてこられたのか?」
「話によると、親に捨てられたり、死んでしまった卵などを保護しているようですな!」
ヴェルミリオが応える。
「おお、小さき友よ! ですな。一口に亜竜といっても、色々な種類がいるのですなぁ」
ヴェルミリオが感心した声をあげるのへ、フォルトゥナリアが頷いた。
「子供の頃から少し大きいのもいるみたいだね。練達に来た、強いワイバーンの子も居るのかな?」
「ふむ……やはり子供の頃に刷り込みのようなことができても、あれほど巨大になると人の力では御せなくなるのだな……」
そういうエイヴァンの前には、青い雛ワイバーンの姿があった。エイヴァンと目が合うと、安心したように目を細める。
「この子が育った先に御しきれない怪物となったとしても、それはそれでいいんだよ。
どの命にも命にあった生き方がある。その生の先に破滅が待っていようとね。
愛しい子よ、やがて沢山の命を喰らって幸せに生きるんだよ」
マルベートが、卵から生まれたばかりのワイバーンに、そう妖しく微笑みかけた。悪魔を思わせる、黒い鱗のワイバーンだ。
「きっと、そうなのだろう。だが……」
エクスマリアの腕の中には、小さく震えるワイバーンがいる。それは、今全幅の信頼を、エクスマリアに向けているに間違いなかった。
「……少しだけ、信じてみたい……」
「そうそう、可愛いからいっかな、ってね?
あ、こら、宝石を齧っちゃだめ! それはわたしのおやつなんだから!」
同じくワイバーンを抱きかかえながら、自分の宝石をががじがじ齧っていた雛ワイバーンを嗜めるユウェル。少なくとも今のうちは、確かに懐いているようである。
「アタイ、この子がいいかな。……ほら、怖くないよ。アタイはレニー、良かったら友達になってくれないかな」
雛ワイバーンの乗った棚、そこに視線を合わせるようにかがみながら、レニーは言う。レニーの髪色と同じ、金色の鱗を持ったワイバーンが、くりくりと小首をかしげてみてから、くわわ、と鳴いた。
「子供の頃からすごい食欲だな。すぐに肉や野菜を食べられるのか」
モカが感心したように、小さく切り分けた肉を、雛ワイバーンの口元に運んでやる。嬉しそうに、雛は肉をついばんだ。
「……思えば、脅威としては理解していても、その細かな性質までは知りませんでした。
自分が狭い世界で生きていたと実感します……」
雪莉が、不思議気にこちらを見上げる雛と視線を合わせながら、そういう。
「ふぉぉ……これはすごい!ㅤすごいすごい!!
ふむー!ㅤ色んな卵がありますね!ㅤこれが全て亜竜の卵……!!
様々な色、模様、大きさの卵が、ウテナの目の前に広がっている。
「……じゅるり」
ダナンディールが思わずつばを飲み込むのへ、ウテナは「えっ?」みたいな顔をした。
「いや、食べないよ?
振りじゃないから! いくらなんでも食べないよ! 無精卵なら別だけど! オムライスとか思い浮かべてないよ!?」
わたわたと手をふるダナンディール。さておき。
「ふむ……戦えば厄介な相手だが、味方にできれば確かに心強い。
それに、こうして雛を見ると……」
コータが、雛ワイバーンに視線を送る。確かに小さな亜竜は、とても可愛らしい。
「わあっ、これがワイバーンの赤ちゃん……!
頑張って殻を破って出てきてくれたんだね……!
ほら、ミーちゃんも一緒に見よ?」
ミーちゃんを胸に抱きながら、ユーフォニーが笑いかける。目の前の雛と、ユーフォニー、そしてミーちゃんの視線が交差して、なんだか楽しい気持ちになってくるものだ。
「こんにちは。わたしは、伊春っていうのよ。ここから遠いところで生まれたの。
生まれるのって、たいへん。生きるのは、もっとたいへんだろうけど……。
それ以上に、世界は光で満ちていて、きらきらしてるの。外の世界を、一緒に見てみたくない?」
伊春が、雛ワイバーンに語り掛ける。くわわ、と雛ワイバーンは頷くように鳴いて見せた。
「おー、では誕生祝じゃ! これからすくすく育つように、うどんを一本!」
と、天狐はうどんを一本、雛へとプレゼントする。雛はつんつん突ついてから、それをかじかじと噛んで、時間をかけてゆっくりと食べていた。
「モチモチでコシのある子に育つとよいのぉ」
「クク……そして貴様は凶暴(わんぱく)に育つのだぞ……」
ウルフィンが雛を睨みつけるように覗き込んだ。
「クククッ……幼き時に刷り込みで親と錯覚をさせるという事もあるらしいが、
貴様は違う、これから貴様に待つ道は我と共に歩む覇道だ……よろしく頼むぞ、強き友よ」
くわわっ、と、腕白な雛がバサバサと翼をはばたかせる。
「ははは、確かに元気な子に育つのが一番じゃな」
潮が雛を抱きかかえながら、そう言って笑う。
「ところで孵化した跡の卵の殻はどうするんじゃろうか?
そのまま捨ててる様な事は無いとは思うが……」
「砕いて、肥料にしたり、する」
雨涵が応えた。大きな体を、なるべく縮こまらせるようにして、雛をびっくりさせないように、覗き込む。ぴぃぴぃ、と雛が楽し気に鳴いていた。
「お手伝い、したい。だから、色々、聞いた」
雨涵がそう言って少し微笑む。雛たちもそれに喜ぶように、くわくわ、ぴぃ、と鳴いていた。
「へえ、竜の卵といっても見た目は特別な訳じゃないのね。ここから孵ったワイバーンもいつかは……と思うと少し切ない気持ちになるけれど、仕方ないことよね。むしろ、そうまでして扱えるようにした人の執念には敬服するしかないわよね」
ルチアの言葉に、鏡禍は頷いた。だが、見ているのは雛ではない。雛を興味深そうに見つめる、ルチアの横顔だ。それに見とれていることに気づいて、鏡禍はむむ、と頭を振った。
「せっかくワイバーンを見る機会なのに僕は何をしているんでしょう……」
呟く鏡禍に、ルチアは小首をかしげて見せた。
「R.O.Oでデスカウントが増えるまでつっつき回されたトラウマはあるが、幼体となると憎めない可愛さだな。
俺は飛行で自ら空を飛ぶ事もできるが、彼らに乗れた時に見る空の景色はきっと格別だろう」
弾正は子守唄を歌いながら、そう呟く。雛たちに穏やかな時を。そう願って集まったメンバーが、雛たちに心地よい環境を提供していた。
「子供の頃、よくこうして日向ぼっこに最適な場所を探しては、兄上と一緒に草原で大の字になって休んだものです。なんだか懐かしいですね」
冥夜がそう言いながら、暖かな差し込む陽光に、抱き上げた雛を晒す。ぽかぽかとし陽気に、雛はうとうととしている様だ。
「まったく、寝てるかと思ったらちょろちょろと……確かに、ガキだな。
だが……ああ、まったく、子守じゃなかったら、しっかりと描いてやってる所なのにな」
ベルナルドは苦笑しつつ、雛たちに視線を送る。陽光にさらされた雛たちが、くわ、とあくびをして眠り始めた。
「まったく、あの凶暴な亜竜を馴らそうなんて、大きな集落の奴らは考えることが違うね。
だが、まぁ。確かに、ちび共の時は可愛いもんだ。
……なるべく、長生きしろよ」
さわやかな草原の風と共に、ジュートはそう言って笑った。今は可愛い雛たちも、大人になればきっと、辛い別れが待っているのかもしれない。
でも、攻めてそれまでは、幸せに過ごしてほしいと、皆は思うのだった。
●幕間
「所で、迅さん。家畜にする、ってワンちゃんとかネコちゃんみたいに飼うってこと? 豚さんとか牛さんみたいでなく?」
揺籃室から外へと向かう道すがら、アルフィオーネが尋ねる。
「どちらかというと、運搬や騎乗、狩りのパートナーだね。食べたりは……ほとんどしないかな。安定供給できるわけじゃないからね」
「あら、そうなのですね。本当は、食用にして集落の名物に……と思っていたのですけれど。
実際に雛たちを見ると……可愛らしいですわね。しっかり育ててあげたくなりました」
アルフィオーネが笑う。
「でも、いずれは自分の手で……なんですよね?」
瑞希が言うのへ、皓明は頷いた。
「あの。提案なんですけれど。もしかしたら、皓明君の周りに、これまでの子達の霊魂が残っているかもしれなくて。それで、話を聞けるかも……」
おずおずと提案する瑞希へ皓明は微笑んで頭を振った。
「いや……良いんだ。
仮に恨まれていても、愛されていても。
俺のやったことに変わりはない。
ありがとう。それに、もし君がワイバーンと接するなら、目の前に今いる子のことだけを考えてやってほしい。
接し方は、それぞれ違うはずだよ」
「……そう、ですね。分かりました!」
瑞希はそう言って、笑ってみせた。
やがて、調教エリアにたどり着く。そこは、広い牧場地帯だった。
●亜竜と共に
さて、ここから相手をするのは、雛ではなく、ある程度体の大きくなった子亜竜たちだ。当然、体力も気力も、彼らには有り余っていることに庵る。
「……婆様から指南書を渡されたが、果たして亜竜に役に立つものかな」
ラダが分厚い、使い古された指南書を片手に苦笑する。皓明は笑ってみせた。
「その点は、他の家畜と変わらないよ。徐々に人工物に馴らせていく」
「なるほど。となると、まずは鞍に馴らせるところかな……?」
目の前にいるのは、揺籃室にいたそれとは違い、人間を乗せても差し支えないほどに育ったワイバーンだ。とはいえ、これでも子供であるに違いはない。
「コウメイ! このワイバーンはツバサを大きく広げて牙を剥いているけれど心を開いてくれたってことだよね!?」
イグナートがニコニコと笑いかけるのへ、
「いや、それは……まぁ、ひとまず距離をとってみるのもいいかもね……」
苦笑する皓明である。
「ふふ、目の前で見ると可愛らしい事。触っても大丈夫かしら?」
メルランヌが尋ねるのへ、皓明は頷いた。
「では、早速……ふふ、ざらざらしているのね?」
メルランヌのファミリアー、カラスとハトが、ぱたぱたと翼をはばたかせて、ワイバーンにアピールしてみた。ワイバーンは、様子を窺うように、二羽を見ている。
「こう、目の前にするとやっぱすごいな!
ワクワクしてくるけど……成体になったら面倒みられなくなるくらい、やっぱり危ない奴らなんだよな」
風牙が、むむ、と神妙な顔をして言う。ワイバーンを目の前にした高揚と、やはりその調教と共存は困難であるという現実が、胸に渦巻く。
「けど、その『無理』、オレたちがぶち破ってみせるぜ!」
「その前に、やはり知識は欲しいですね。
触ってはいけない場所……逆鱗の様なものはあるのでしょうか?」
クリムが尋ねるのへ、オウェードが続く。
「幼体とは言えど、ワイバーンについては詳しくないのう……。
迅殿、どうやってワイバーンと遊ぶのかね? 例えばボール遊びとか……?」
皓明が頷いた。
「種類によってはまちまちだけど、触れられて嫌な場所はもちろんあるよ。
遊び方も含めて、俺が知っているものは教えるし、亜竜たちとコミュニケーションをとる中で探っていってほしい」
「ふむ……やはり、実際に触れあいながら確認していくしかないのだな。
どれ、覇竜の導きは効果があるものかな……?」
ゆっくりと近づいていくアルク。目の前のワイバーンは、確かに、此方に興味を示している様だ。黒い眼をしっかりと、アルクへと向けている。
「調教というと相手の自由を奪う印象が強いのですけれど…ようはわたしたちと亜竜が啀み合わずに仲良くできたら良いという話ですね?
子供のうちから接すれば絆が深まり助け合えてうぃんうぃん、と。
つまり……愛!
愛の力ですね!」
嗚呼! とうっとりとそういうのは澄恋だ。まぁ、愛。愛は必要である。
「幼体ワイバーン……ねぇ。
危険だと聞かされているものの、この間練達でファイトした竜種と比べると大人しいものです。
ほら、この子なんか私のもとにすり寄ってきて可愛らしいものじゃないですか。
頭を咥えこまれているように見えるのは…あれです。じゃれてるだけです。
大丈夫、まだパンドラは削れていないし、私は食材適性を持っていない。
……デ……可食部が多い食材だと思われてる? なるほど、誰だ言った奴、後で覚えてろよ」
頭をあまがみされながら、口中から美咲が声をあげる。これも愛情表現だろう。一方、ライオリットも、自分のしっぽをあまがみされていた。
「尻尾を齧っちゃダメっス! オ、オレは朝ごはんじゃないっス!」
わたわたと慌てるライオリット。それなら、とワイバーンのしっぽに食らいつくが、それもワイバーンにとっては遊んでもらっているようなものだ。
「うむ、愛か! 確かに愛は重要!
皓明殿、アドバイスがほしいな! どう接すればいい?
この子は何がしたいだろうか? 遊びであれど全力で付き合うぞ!!」
暁蕾の言葉に、皓明が頷く。
「その子はあまり飛ばずに、地面を走ることが多い種類だ。可能なら、一緒に走ってあげると良いよ」
「なるほど! では、ついてくるがいい!」
だだだ、と走り出す暁蕾に、ワイバーンはどたどたと走ってついていく。
「まぁ、そういうわけだから、まずは暁蕾のように、触れ合ってみて欲しい。とにもかくにも、人になれさせるのが最大の課題だからね」
皓明の言葉に、イレギュラーズ達は頷いた。かくして、調教……というか、ふれあいというか……が始まったわけである。
「んー、まだ、背中には乗せてくれないかな?」
ルビーがそういうのは、赤い鱗のワイバーンだ。まだ人に慣れていないのだろう、鞍をつけるのも難しいらしい。
「そう簡単に背に乗せるつもりはないって顔してるね、燃えてきたー! 私と根競べ勝負、行くよ!
あとでニンジンあげるからね! それから、一緒に写真とろ!」
まずは、仲良くなる気持ちで、ルビーはワイバーンに接する。
「よーし、よしよし……まずは、こんな感じでしょうか?」
源内が、ワイバーンの身体を優しく撫でる。ワイバーンは心地よさげに、目を細めている。
「こんにちは! ルシェはキルシェ、って言います! お姉さんなの! 一緒に遊びましょ!」
キルシェが、ボールをポン、と優しくほうった。ワイバーンは、器用にそれをヘディングして、キルシェに返して見せた。
「わ、すごい! お上手ね!」
キルシェが楽しそうに手を叩いて喜ぶ。
「初めまして、よろしく。
俺はイズマって言うんだけど、君の名前は?
君はどんなことが好きなんだ?」
イズマの奏でる音に、興味を抱いてやってきた青いワイバーンが、小首をかしげながら喉を鳴らした。
「今日は何をしようか。
飛行ありの追いかけっこ、とか?」
イズマの言葉に、ワイバーンはばさり、と羽をはばたかせる。一方、焔はフリスビーを力強く投げてみた。小さめのワイバーンが、まるで子犬みたいにかじりついて、それをキャッチする。
「ふふふ、楽しいね! ワイバーンも、小さければこんなに可愛いんだ!」
焔が楽しげに笑った。犬とじゃれ合っているようにも見えるが、ワイバーンのサイズは焔の身長をはるかに凌駕している。
「あっこっちに来てくれた……!? えっ何この子超かわいい!! 推せる!!! いやマッドハッター単推しとしては推しちゃダメなんだけど!!! 可愛い……無理……」
サイズは大きいとはいえ、まだ子供のワイバーンは、比較的人に慣れやすいようだ。くりくりとした黒い眼で見つめられた卯月は、それだけでもう、とりこになっている!
「ふむ……話の通り、ここのワイバーンはおとなしいらしいな。群れを成すタイプなのか、人がいてもあまり不快に感じない様だ。
歯を見せて欲しい……その感じは、草食だな?」
アーマデルが頷く。これだけ騒がしくても、ワイバーンたちにはストレスになっていない様だ。
「ティヴァ、うまく飛べない子、ミツケタ。ティヴァ、タスケル、したい」
ティヴァが指すのは、今一つ体の小さなワイバーンだ。まだ飛ぶことに慣れていないのだろう。
「じゃあ、一緒に手伝ってあげようよ!」
リトル・リリーが、自分よりもずっと大きなワイバーンの背に乗って、声をかけた。
「きっと、心を尽くせば、分かり合えるよ! リリーも、このこと少し仲良くなれたし!」
「あの子、びくびくしてるけど、眼力はツヨイヨ!」
エステットが声をあげた。
「きっと、伸び代がアルカモ! 我らの強さと気高さを教え込むようにして、それで、御しやすく成るのデス!」
「じゃあ、私も一緒に手伝おうか」
シキが笑う。
「さぁ、君は何がしたい?
教えておくれ、君たちの事を。未来の友人である、私達に」
気弱なワイバーンは、少しだけびっくりしたように、皆を見る。それから、空を見上げた。
「なら、一緒に飛びましょう?
初めまして。私はリヴィエラ・アーシェ・キングストン。素敵なワイバーンさん、背中に乗せて貰っていいかしら?」
その言葉に、気弱なワイバーンは、ぴぃ、と頷くように鳴いた。
「ティヴァ、イッショニ、飛ぶ、する!」
「お良いですね! 拙のワイバーンも一緒に飛びたがっていますよ!」
ステラが、仲良くなったワイバーンと共に、声をかけた。
「一緒に飛びましょう!」
ステラの言葉に、仲間達は頷いた。ゆっくりと、皆で空へと向かい、飛んでいく。
「……みな、順調に調教を進めている様だな。
だが、ワイバーンは成体になれば御しきれなくなる。
となれば、少しでも人間を畏怖するよう……遊びの上でも、上下関係をしっかりと植え付けるべきか」
愛無がそういうのへ、
「もしかすると、ワイバーンは私たちをまだ勝てるかもしれない存在だと思ってるのかもしれません。
しっかりと、学ばせる必要がありますね!」
ぐっ、と力を込めて、風花がそう言った。
「力加減もしっかりと学ばせるべきだろう――同種(ワイバーン)間では戯れの程度でも人間は傷つくのだ。抑えに抑えて、更に抑えて、ようやく人間が『痛い程度』になる。良いぞ、悦ばしい。私の肉が『完全に再生される』甘噛みにはなってきたな。上手くいったら褒美をあげよう。このコロッケは肉屋の人気商品だ」
ワイバーンにガジガジ(?)されるオラボナである。
「朱華よ。よろしくね?」
ワイバーンの前に立ち、朱華は優雅に一礼。ワイバーンが不思議そうに、マネして首をぐい、と下げてみる。
「ふふ。礼儀正しいのね? 今日からしばらくよろしくね?」
グレイルは静かに、ワイバーンに寄り添っている。言葉はいらない、とでもいうように。時折その身体を撫でてあげて、落ち着かせるように。実際、ワイバーンは心穏やかに、落ち着いている様子を見せている。
さて、おとなしいワイバーンの多いこの場所だが、それでも、多少は気性の荒いものもいる。
例えば、バクルドとにらみ合っているワイバーンなどは、ぐるる、と威嚇するように声をあげていた。
「このワイバーン、気性が荒く見えるが…………いい目をしているな、自由を求めてる感じが気に入った。
さてどうだ、お前さんとなら仲良く放浪できそうだが、一緒に飛んで色んな場所を見てみたいと思わねぇか?」
にぃ、と笑うバクルドに、ワイバーンがぐるる、とうなる。一筋縄ではいかない。ブライアンが相対するワイバーンも同様。
「気に入ったぜ、その目。来いよ。お前の牙も爪も、俺には通じないって教えてやるよ!
どっちが上か、決めようじゃないか!」
ワイバーンの調教に、絶対的な正解は無い。個体によっては、この様な触れ合い方もありだろう。
「ふん……アンタ、このままじゃ凶暴すぎて処分だぜ? わかってるのか?」
ルカが相対するのも、このファームでは凶暴に過ぎる個体だ。それと相対しながら、しかしルカはそれを下す気でいる。
「俺たちに屈するなら、死んだ方がマシってか? 良いぜ、乗りこなしてやるよ。俺がな」
ワイバーンと言えば、空を飛ぶ種類が多い。その為、必然的に、共に空を飛ぶことが、今回は最も多くとられた手段だ。
「よーし、じゃあ、まずはゆっくり飛んでほしいですよ!」
ブランシュが、鞍のついたワイバーンの背中に乗って声をあげる。その声に頷くように、ワイバーンは翼をはばたかせて、ぐん、と上昇する。
「わー! ゆっくりって言ったのですよー!!」
悲鳴を残して、空へ行く二人。後を追うように、【飛行演習】のメンバーが次々と空へと向かう。
「流石は竜の系譜、か。正直羨ましくある」
自身の力で空を飛ぶレイヴンを、まるで親を追うかのように、ワイバーンが追いかける。先ほどレイヴンが声をかけた個体だ。
「見ろ、他の連中も見事に飛んでいる。
ならば、お前は誰より疾く(はやく)なって見せろ」
近寄って、身体を一撫で。ワイバーンは頷くように鳴いて、一気に速度を稼ぐ。
「ふっ、中々の速度だ。生まれながらにして空の王者、といった所か」
ルクトがその様子に、楽しげに笑ってみせる。
「……だが、侮るな。私とて、空を志す者だ。
さぁ、ついて来い!」
轟、その機械の翼で空をかける。追うように、仲間達と、ワイバーンは空を舞った。
「わーっ! ……あははっ、みんな元気!」
五郎八は顔をほころばせた。ぼんちゃんも、コケケ、と声をあげる。中々の速度だ、と楽しんでいるのかもしれない。
「憧れのドラゴンライダー! まだまだですけど、一緒に頑張りましょうね!」
ワイバーンの背を優しく撫でると、頷くようにワイバーンは羽ばたいた。隣には、レオナの乗ったワイバーンが、レオナの威風堂々とした空気に触発されたかのように、力強く羽ばたく。
「そうだ、良いぞ! 私を振り落とすつもりで飛べ! 力強く、誰よりも早くだ!」
轟、とワイバーンが飛ぶ。空気の奔流が、身体を叩いた。
「やっぱり、飛行時の弱点は翼、ね……」
先ほど説明された事柄を思い浮かべつつ、ワイバーンにまたがるノア。翼は大きな機動力をもたらせるが、同時に弱点でもある。
「ライダーとしては、如何に守りながら戦うか……逆に相対したら、如何に狙うか……よし、ここで学ばせてもらいます!」
そう、ノアが決意し、ワイバーンに速度を出させようとしたとき――隣で、バサバサと羽ばたくカイトの姿が見えた。
「俺は乗り物じゃないからな! お前ら地味に重いんだからァアアアアア!!」
空中で、ワイバーンにじゃれつかれているのだ。背中におぶさる様にワイバーンが抱き着くので、カイトは必死に飛行を維持している。
「お前ら、地上に戻ったら、怒るからなぁァァァァァ!」
叫ぶカイトに、ノアも思わず、吹き出してしまうのだった。
ワイバーンと共に飛ぶといっても、状況は様々だ。笑顔。悲鳴。笑い声。鳴き声……もちろん、深刻なものではない、微笑ましいものだが、色々な声が響いている。
「んむ。控えめに言って無理なのじゃが!?
あと、こいつ噛みついたりせんか!? 本当か!? 絶対だな!?
妾は信じるぞ!? というかダメだったら泣くのじゃが!? フリでは無いぞ!?」
と、きゃいきゃい叫びながら、空飛ぶワイバーンの背中にしがみつく小鈴。
「うわーん! 助けてー!」
アリアは急降下するワイバーンの制御しきれず、手綱にしがみついて悲鳴をあげている。背中から声がかかるのがが楽しいのか、ワイバーンはさらに速度をあげた。
「ち、違うの! 速度をあげて欲しいんじゃなくて!
いったん落ち着こう! ね? 下に降りよ? 降りよってばぁぁぁ!」
びゅーん、とアリアの悲鳴が遠くなる。
その横を、自ら飛ぶのはライだ。
「飛ぶ側の気持ちも分かってないと上手く騎乗は出来ないだろうと思ったが……やはり、ワイバーンに乗るのは難しいのかもな……」
むむ、と仲間達の様子を見ながら唸るライ。
「でも、乗ってみたら慣れると思うよ! 悪くない! ふふ、むしろ楽しいかも!」
花丸が笑いながら声をかける。ワイバーンが力強く羽ばたくと、蒼空へ花丸を乗せて上昇する。
「ふむ、お前も飛んでみるか?」
その様子を見ていたアルヴァが、自身を背にのせているワイバーンにそう声をかける。返事は、肯定。
「いい返事だ。よし、ならば行こう。お前の可能性を見せてみろ」
飛翔する、ワイバーン。
一方、地上でも、亜竜たちとの交流は続いている。
「亜竜による運送が可能か否か……可能性のひとつとして検討せねばね」
武器商人は、ワイバーンの背に乗りつつ、まずは地上を走らせている。どすどす、と、比較的地上を走ることが得意なワイバーンが、武器商人の指示に従って走り出した。その後を、冥穣が追い付いてきて、声をかけた。
「商人君、あんまり無茶しちゃだめよ? 上手くしたら、隊商の護衛なんかに使えるって、逸る気持ちは分かるけれど……」
「いやいや、つい楽しくなってしまってねぇ」
武器商人が笑う。
一方、咲良、テルル、愛奈が一斉に調教場内を走ると、ワイバーンたちがどたどたとその後を追う。鬼ごっこだ。
「あはは、こっちですよー!」
テルルが手をふる。ワイバーンはばさり、と翼をはばたかせると、一気に飛んで距離を詰めた。
「わ、それはずるいです!」
一足飛びにやってきたワイバーンに、テルルは服のすそを噛まれてしまい、動けなくなってしまう。
「テルルお姉ちゃん、つかまっちゃったね」
咲良が笑う。咲良はワイバーンに近寄ると、褒めるように頭を撫でた。ワイバーンがくすぐったそうに、目を細める。
「凄いですね。子供でも、狩りの本能はあるのでしょうね」
愛奈が微笑んでいった。褒められたの分かるのだろう、ワイバーンは嬉し気に鳴いた。
「では、もう一度。逃げますから、追いかけてきてください?」
「今度は捕まらないでね、テルルお姉ちゃん!」
「もう! そっちも油断しないでくださいね!」
そう言って、再び走り出す三人を、ワイバーンは楽し気に追いかけていく。
イーリンとレイリーが、愛馬であるラムレイとリットに乗って、草原を走る。その後ろには、二体のワイバーンが、空を滑空して追いかけてきていた。
「ふふ、さっきまではへそを曲げていたけれど、こうして走れば上機嫌ね、ラムレイ?」
イーリンが笑う。主たちが、ワイバーンに興味津々だったのを感じたのだろう。実際、ラムレイもリットも、すねている様子を隠してはいなかった。
「レイリー! ワイバーンはやっぱり速いし「重い」わね! 隣を飛ぶだけでこっちが吹っ飛びそう!」
「それに、羽ばたき音も大きいわねー」
情報を共有しながら、溢れる好奇心は抑えきれぬまま、ワイバーンに触れあう二人……またラムレイとリットがすねるのでは?
「ふぅ、お疲れ様」
空から降りてきたアルテミアが、ワイバーンから降りると、首筋を優しく撫でた。
「あなたに乗るのって、こういう感じなのね。馬とも違って、とっても新鮮」
微笑むアルテミアに、ワイバーンはくわ、と鳴いた。
「あ、あそこで琥珀とワイバーンがのんびりしてる! おーい!」
蛍が、琥珀に手をふる。蛍の傍にいるワイバーンも、マネするように、バサバサと翼をはばたかせた。
「あっちはすっかり仲良くなってるな」
琥珀も苦笑しつつ、手をふる。また遠くへ走り去っていくのを、琥珀はワイバーンと共に見つめていた。
「あいつ(蛍)はワイバーンとどこまで行く気なんだ……? お前も一緒に行ってみるか?」
そう、傍らのワイバーンに尋ねると、頷くように一鳴きした。
「あっという間の時間だった。思っていた以上に愛着が湧くものだ。
実に……離れ難い。お前の相棒や家族になった者は幸せ者だな」
ふれあいの時も、終わりが近づこうとしていた。ユールはそういうと、しばしの時を共にしたワイバーンの、頭を撫でてやった。
「愛している。どうか健やかに、少しでも長く、強く、生きてくれ。
最後に、お前にプレゼントをやりたい。アルジズ。意味は「仲間に恵まれる」だ。お前を、そう呼んでやりたい」
アルジズは、ユールに礼を言うように、高く鳴いた。
●彼らの家
さて、ワイバーンたちが日々を過ごす厩舎は、木造づくりで、日光と熱をためやすいように作られている。藁のベッドに寝転ぶワイバーンなどを見ながら、イレギュラーズ達は見学を進めていた。
「この子達、食べ物に好みはあるの? 毒になる食べ物とかは? 例えば、犬や猫に玉ねぎは厳禁よね?」
そう尋ねるイナリに、答えたのはシェリアだ。
「んーと、皆なんでも食べるのよ! 好き嫌いは、ワイバーンさんごとにあるけど。毒になるようなのは……今のところ、聞いたことないなぁ。みんな、丈夫なの!」
「なるほど、流石亜竜、ね」
ふむ、とイナリが頷く。
「猛禽の類を飼育するようなものなのでしょうか……? 規模が違いますけれど」
感心したように、玉兎が言う。
「所で、ワイバーンを用いた借りとは、どのようなものなのでしょうか? ワイバーンが、獲物をくわえて持って帰ってきてくれる……とは思えませんけれど」
「ふむ、お前の言う通りだ。基本的には、獲物を追いやったり、危険な魔物と戦わせることが多いな。魔物と戦わせるのは、意図的に命を落とさせる際にも使用する」
瑠貴が答えた。残酷なようだが、しかし成長したワイバーンは、人の手には負えない。こうするしかないのだ。
「ワイバーンは、肉食だと思っていました、けれど……お野菜も、食べる、のですね」
シェリアから大きな菜っ葉を受け取ったネーヴェが、厩舎のワイバーンにそれを差し出す。むしゃむしゃと音を立てて、ワイバーンはそれにかじりついた。
「ワイバーンは、ざっしょく? なの。なんでも食べるのよ。お野菜は、おなかの調子を整えるために、食べたりするの」
シェリアの言葉に、ネーヴェは感心したように頷いた。
「亜竜さんは、なんでもたべる。ニルは覚えました」
ニルが微笑む。
「瑠貴様、亜竜さんは、好きなものを食べた時に、どんな顔をするのでしょうか? 尻尾を振ったり、翼をはためかせたり……喜ぶのでしょうか?」
「ふぅむ。私の知る限りだが、ここにいるワイバーンは、鳴き声でアピールするものが多いな。丁度そこにいる、マル……黄色い鱗の奴がいるだろう? あいつは果実が好きでな。特にリンゴを齧っていると、嬉しそうに鳴くのだ。ほれ」
そういうと、マルは嬉しそうに、くぁ~、と鳴き声をあげる。
「マル様、おいしい、なのですね」
ニルが笑った。
「エドワード君? ちゃんとノートはとってますか?」
エアがそういうのへ、エドワードはびっくりした様子で頷いた。
「ちゃ、ちゃんとメモしてるよ!? ほら!」
そうやって見せつけたノートにはこれまでの話が確りと書かれていた。
「コトの面倒見るのに、必要な知識だからな。ちゃんと勉強してるって」
「ふふ、ありがとうございます。一緒に頑張りましょうね」
エアの言葉に、エドワードは笑って頷いた。
「シェリアさん、初めまして! ヨゾラだよ、よろしくねー!」
ヨゾラが手をふるのへ、シェリアも元気よく手をふった。
「はじめまして! シェリアよ!
えへへ、イレギュラーズさんに会えて、とっても嬉しいの」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるシェリアに、ヨゾラは笑う。
「僕も、あえて嬉しいよ。今日は色々教えてね!」
「しゃおみー……私も、皆とあえて、うれしい」
銘恵がにこにこと笑って、2人に話しかけた。
「今日は、よろしくね。いっぱい、がんばって、お世話するから、ね?」
「うん! 銘恵もよろしくね!」
シェリアが元気よく挨拶する。微笑ましい光景を眺めつつ、
「どうなのでしょう、里長代行様。草食の亜竜も、成長すれば、手に負えなくなるのでしょうか?
それは、凶暴性によって? 食料によって?」
セスが尋ねるのへ、瑠貴は頷く。
「両方だ。今はおとなしいが、やはり成長するにつれて、野生の血が濃くなるのだろう。皓明の様なものには忠実かもしれんが、それ以外の人間には、次第に牙をむき始める。それに、身体が大きくなれば、食う量も増える。安定して生育させられるほどの食料の調達は、無理だろうな」
「ワイバーンの苦手な事、ってあるのかな? 例えば、人込みとか、大きな音とか」
フラーゴラが続ける。両手に厚手の手袋をつけて、今からワイバーンの世話を体験する準備は万全だ。
「……お世話するにしても、戦うにしても、そういうのを知るのは、重要だから……」
「ふむ。個体や種類によって千差万別故、あくまで一例としてくれ。
私が知る限り、人込みや音などで暴れ出すようなのはおらんかったな。やはり肝が据わっているのだろう……」
瑠貴によって語られるワイバーンについての講義に、セスとフラーゴラは、真剣な顔で頷き、メモを取る。まるで『学会』のような雰囲気だ。
「んー……そうや、ワイバーンっておいしいんかなぁ」
と、カフカが声をあげるのへ、皆の視線が集まった。
「いや、食べたいってわけと違うよ? ただ、家畜みたいにしてるんだし、そういうのもあるのかな、って」
「食べる集落もあるみたいだなぁ。ウチは、コスパが良くないので食べんが」
瑠貴が笑った。
「確かに。危険な戦いを経てワイバーンを倒しても、集落全体を賄えるほどの肉は無い。となれば、確かにコスパは良くない」
黒子が頷いた。
「所で、住環境について、何か不満などはありませんか? 具体的には、厩舎の設備や食料事情について」
「ふむ、この牧場は安定しておるから、それこそワイバーンと言葉が通じんと分からんな。だが、今のところ暴れてはおらんし、満足しているのだろう」
見学は続く。実際に、ワイバーンの世話などを通じて、彼らの生態を学んでいった。
「……幼体とは言え、人に慣れるとは。驚きなのです」
クーアが言うのへ、利香が頷いた。
「ほんとね……でもクーア。なんだか楽しそうね?」
「そ、そうですか……? ま、まぁ、ちょっと楽しみではあるのです」
……自分の炎を、高めるほどの力を持つ存在に出会える可能性が。
言葉に出さなかったそれを、しかし利香は感じ取っていた。
しばしの体験の後に、休憩の時が訪れる。ベネディクトは厩舎の休憩スペースに腰かけて、
「リュティスも済まないな、今回も俺の我儘に付き合って貰って」
そう言って、リュティスへと声をかけた。
「問題ありません。御主人様。
私も生態には興味がありますので。
……実際、驚くことばかりでした」
「そうだな。この知識を、次に活かしたい所だ」
ベネディクトの言葉に、リュティスは頷く。
今日得た知識。それは、この覇竜領域で活動するにあたって、きっと役に立つだろう。
亜竜と生きる。
それが、共に、であろうとも、戦って、であろうとも。
今日得たそれは、イレギュラーズにとって、得難い経験になるのだった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございます。
皆さんの経験と報告はローレットに提供され、ローレットのイレギュラーズにもワイバーンを調教する技術が確立したようです。
白紙以外のすべての皆さんが登場していますが、万が一抜けなどがありましたらご連絡くだされば幸いです。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
亜竜幼体を育成、飼い馴らすためのイベントシナリオです。
上手くいけば、騎乗用の騎獣にできるかもしれませんね。
●成功条件
ワイバーンの調教にトライする。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●状況
フリアノン、迅家の厩舎と、調教用牧場が舞台です。
皆さんには、好みの幼体ワイバーンを貸与されます。その子と遊んだり、訓練したりして、ワイバーンを馴らしてあげてください。
ワイバーンは危険な生き物です。が、幼体のワイバーンなら、何とか安定して、人に馴らすことは可能です……成体になると、かなり難しいのですが、そこは皆さんの可能性次第でしょうか。
●描写先
今回は、以下の様な描写を予定しています。
【1】揺籃室
採取されたワイバーンの卵が安置されています。
様々な種類の卵の観察や、生まれたばかりのワイバーンの子供を観察できます。
ここで、好みの卵や幼体亜竜を選んでみるのもいいかもしれません。
【2】調教エリア
実際にワイバーンを調教するエリアになっています。調教と言っても難しいものではありません。
実際に、人に馴らせてみる。一緒に遊んでみる。体の大きなワイバーンなら、背に乗って走らせたり、飛んだりさせてみる……。
皓明のアドバイスがあれば、うまくいくでしょう。まずは、遊ぶような気持で、ワイバーンに触れてみてください。
もちろん、油断は禁物ですが。
【3】厩舎
ワイバーンの厩舎で、実際にワイバーンの世話をするさまを見学したり、体験したりできます。
例えば、シェリアに教わって、ワイバーンの好きな野菜や、薬になる野菜について学んで、実際に与えてみたり。
瑠貴のワイバーン豆知識を聞いてみたり……など。
調教というよりは、見学感覚でワイバーンと触れあえます。
【4】その他
上記に該当しないもの。
内容によっては、ご期待に添えない場合もありますので、ご了承ください。
●プレイングの書式
一行目:【行き先の数字】
二行目:【一緒に参加するお友達の名前とID】、あるいは【グループタグ】
三行目:本文
の形式での記入をしていただけると、とても助かります。。
書式が崩れていたり、グループタグ等が記入されていなかった場合、希望の個所に参加できなかったり、迷子などが発生する可能性があります。
プレイング記入例
【2】
【ラーシアのワイバーン調教記】
うーん、では実際に背中に乗って飛んでみましょう……ちょ、ちょっと、た、高すぎませんか!?
●諸注意
基本的には、アドリブや、複数人セットでの描写が多めになります。アドリブNGと言う方や、完全に単独での描写を希望の方は、その旨をプレイングにご記入いただけますよう、ご協力お願いいたします。
過度な暴力行為、性的な行為、未成年の飲酒喫煙、その他公序良俗に反する行為は、描写できかねる可能性がございます。
可能な限りリプレイ内への登場、描写を行いますが、プレイングの不備(白紙など)などにより、出来かねる場合がございます。予めご了承ください。
●登場NPC
迅・皓明(じん・こうめい)
珱・瑠貴(おう・るき)
シェリア
それぞれのエリアで、皆さんを案内や、アドバイスをしてくれます。呼んでくれればどこにでも行きますので、是非交流してみてください。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングをお待ちしております。
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