シナリオ詳細
日出ずる国のえとせとら
オープニング
●
時折、小風が吹くたびに、竹藪がさわさわと泣いていた。
袖口は、もうずっと前から湿っている。
それに初夏だというのに、なんだか少々肌寒い。
今朝方からしとしとと降り続けている小雨のせいだ。
きっと雨の多い国なのだろうとも思えたが、さすがに早計だと思い直した。
日出ずる国に、日出ぬとは。さすがに皮肉が過ぎるだろうもの。
そもそも一行はこの国と出会ってから、まだ幾ばくの時間も経っていないのだから。
「おお、これはよういらっしゃいました。ささ、お入り下され。風邪でもひかれては一大事」
一行へと頭を下げた男が、ゆっくりと引き戸を開いた。そこへ頭を屈めるように入り込む。
玄関には伏し目がちなエゾギクが花瓶に生けられ、可愛らしい彩りを添えていた。
「こちらをどうぞ。お履き物はそちらへ」
乾いた手ぬぐいを借りながら指示に従う。
なるほど。この国では、履き物を脱ぐ様式か。
思えばローレットの仲間達の中にも、似た文化を持つ者達は多い。多くは旅人(ウォーカー)である。
屋内は木や紙(!?)で作られており、鍵も簡素なようだ。
ともすれば不用心に過ぎるとも思えたが――
なにはともあれ、一行は言われるまま屋敷へと上がり込む。
通されたのは畳張りの部屋だ。
始めに感じたのは雨と木材とイ草と、それからこれは……香木か。
いくつか続く部屋を隔てる引き戸――障子は全て開け放たれており、思ったよりも広く感じられる。
奥には墨で描かれたタペストリーと、これまた花瓶が見える。
あちこちに見える刺繍や飾り掘りもまた、実に精巧で見事なものだ。
それで……ここに座るのか。
「おお、足は崩されて頂いて結構です」
この国の座布団というものに慣れない者は多かろう。
スカートを抑えながら、『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)は座布団に座り込む。
「お花の、これは?」
「桔梗の格好をさせた、練り菓子にございます」
「わ、やっぱりお菓子なんだ。すごくかわいい!」
尋ねたアルテナが感嘆の声をあげた。
「これはこれは、ありがたいお言葉を。後はお口に合えば幸いにございます」
ごく背の低い卓に並んで一同を歓迎してくれたのは、緑茶と可愛らしい練り菓子であった。
第二十二回海洋王国大号令から続く新天地を目指す船旅は、冠位魔種アルバニアと滅海竜リヴァイアサンの討伐により、遂に終着を迎える。
眼前に開けた新天地には文明が存在しており、人はその地を神威神楽(豊穣郷カムイグラ)と呼んだ。
そこは精霊種がヤオヨロズと呼ばれ、鬼人種(ゼノポルタ)なる種族が居る地であったのだ。
話は瞬く間の内に、とんとん拍子で進んでいく。
天空神殿はこの地を認知――或いは冠位魔種の封印が解けたとでも云うのか――し、イレギュラーズはこの地へ転移による移動が可能となったのである。
大きな損害を受けた海洋王国はローレットに傭兵力を求め、カムイグラの調査を依頼してきている。
一方でカムイグラ側は何らかの事情で、イレギュラーズを歓迎する動きを見せていた。
早速この地の有力者である天香(ヤバそうな麻呂)に面を通した一行は、中務卿(いい人だし、かなり偉いらしい!)建葉晴明(たてははるあき)の言葉で、『この地に慣れる』ことと、わんさと案件があるらしい『怨霊退治』を依頼されたという訳だ。
そして目の前で茶を出してくれた男――堂弥と云うらしい――は、晴明に仕える役人なのだ。
要するに。
新たな冒険拠点となったのだ。
今日だか、昨日だか辺りから。ここカムイグラが。
ふと。
なにか響く音がする。
「あれは、なんの音?」
「鹿威しですな」
「ししおどし……」
アルテナは回答をぼんやりと繰り返し、小首を傾げた。
「あそこに水を流しておいて、カコンとやりましてな。音で鳥獣を追い払うのですよ」
なるほど。
庭を見れば池があり、明らかに鑑賞用と見て取れる魚が泳いでいる。
水が豊かな国であるのは、まずもって間違いないようだ。
本件で一行に依頼されたのは『カムイグラに慣れてもらう』という部分らしい。
内容はと云えば、この家でささやかなもてなしを受けて、寝泊まりするというものである。
さて。堂弥から一通りの説明、食事の時間、湯浴み等は聞き終えた。
夕食と露天風呂付きの、実に簡単な仕事なのだった。
「それではお客人方。夕食のご用意が出来るまで、どうぞごゆるりと」
堂弥が去った所で。
さて。何をしよう。
- 日出ずる国のえとせとら完了
- GM名pipi
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2020年07月09日 22時20分
- 参加人数71/100人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 71 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(71人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●かむいかぐらのあめのおと 壱
木の葉から流れる雫が、紫陽花の花を揺らした。
驚きに角を収めた蝸牛が一匹、辺りを伺いながら食事を再開する。
水田を泳ぐ水黽が、太った蛙の額を通り抜ければ、喧しい合唱が始まった。
傘の下から眺める梅雨の去り際は、無量の故郷と余りに良く似ている。
けれど、似ているからこそ際立つ絶対の差異があった。
無量の原風景にある飢饉も疫病も混迷も――この景色から感じることは出来ない。
故郷が辿る事が出来たかもしれない可能性を突きつけられて、無慮うは浅く息を吐いた。
この世界であれば、あるいは己が身に今の有り様は無かったのであろうと。
過ぎ去った過去。憂う記憶。
この国を救うことが出来れば、刻んだ後悔は消えるだろうか。
そんな贖罪めいた理由なれど。今度こそ、間違えぬよう――
既視感を伴う風景に、胸の奥がざわつくのは無量だけではなかった。
日本に似ているけれど。もっと時代を遡ったような感覚。
気候や文化は似ているかもしれない。
やはり何だかそわそわする。スーツを所望したいところである。
庭の散策に和傘を借りれば、心配そうな表情を向けられた。
「平気です。これが普通なので」
この上なく絶好調。とても元気なのだ。だから心配は要らないと首を振る。
肺に流れ込む空気は湿気を帯び、文は懐かしさに目を細めた。
「和傘だ……懐かしいな」
ゆったりとながれる時間。故郷を想わせる風景。
紡と威降は和傘を差しながら散策に出かけていた。
「この傘も、少しだけ見たことがあるような」
「月羽さんの出身は都会の街ですか。俺の所はド田舎だったので、まだこういう和傘とか使ってましたよ」
自分達が居た世界にもこんな風景があった。
地域によって多少の違いはあれど、同じようなものだろう。
「それなりに都会の出身でしたが、少し行けば山に入りますし。田舎に近い場所だったかと思います」
どちらが田舎か都会かなんて話す機会があろうとは思ってもみなかった。
神威神楽の地において、比べる事が出来たからこそ語らえるものがあるのだ。
戦っているばかりでは刃こぼれが重なって折れてしまう。
時には休息も必要だろう。二人はのどかな風景を見ながらゆっくりと歩いて行く。
雨によれた服を摘まんでンクルスは唇を尖らせた。
けれど、和傘を差して外に出かけるのは嬉しいのだと直ぐに表情を切り替えて。
目の前に広がる田園風景と薄い緑と纏った山々――湿度の高い気候は遠景を仄白く霞ませる。
「……凄いなぁ。境界図書館で見た異世界みたい!」
異世界のような場所が海の向こうにあったとは。それだけでも心が躍るようだ。
ふと見上げれば、着物を着た人影が空を飛んでいた。
「おーい!」
「あら?」
降りてきた冬佳にンクルスは陽気に話しかける。
「何を見てたの?」
「故郷と似ているんです。雨の降る音も白くなる視界も」
濡れた風の肌触り。土から沸き立つ匂い。本当にそっくりで懐かしさに目を細める冬佳。
この地に住んでいるのは精霊と鬼人。冬佳の世界でも神秘が息づいていた時代に生き残ったのが彼等のような人々であれば、こんな風景になって居たのかも知れないと小さく紡ぐ。
「あ、じゃあ神威神楽の人じゃない?」
「ええ。貴方と同じイレギュラーズですよ」
異国の地で出会う仲間。何だか嬉しくて、二人くすくすと笑い合った。
懐かしい風情に目を細めるヴェッラ。雨音を返す傘も広がる光景も何処か故郷に似ていたから。
感傷は胸の奥から這い上がり彼女の瞳に憂いを乗せる。
けれど、今は目の前の風景を感じていたい。
雨の匂い、花のかおり。鳥の囀り。特にヴェッラは鳥の羽ばたきが好きだった。
力強く空へと飛び立つあの瞬間。
しなやかな翼が風を受け、高く舞い上がる。その姿に魅せられた。
色取り取りの羽根模様。近くを飛び回るのを見るだけでも、微笑みが浮かぶ。
今夜は暁も見る事叶わぬだろうと微笑んで。
そんなあぜ道の先で。
愛無は人々の暮らしを見て回るため民家の近くを歩いてみる。
魔種の存在を彼等は知っているのだろうか。宮中では認識している者も居るだろう。
こと、妖魔や怨霊が身近に存在するのだ。
普通の人々はそういった類いの者が現れても気付かない可能性すらある。
「ふむ」
愛無は指先を口元にあてる。この家は設えや食事の種類からいって裕福であるらしい。
ならば、他の家はどうだろう。不平や不満は無意識化で出てくるもの。
其れ等を見逃さぬよう愛無は暮らしぶりに目を凝らす。
徐々に見えてきた新天地。
神秘を抱いたこの国で。
静かに降りしきる雨の中、田園は竹藪のほうまで広がっている。
紫陽花と和傘の彩りがぽつり、ぽつりと散っている。
嗅ぎ慣れない異国の匂いにアルペストゥスは四肢を伸ばした。
ふと顔を上げれば、見慣れた金髪。ベネディクトが見える。
バサリと翼を広げアルペストゥスは飛び上がった。
「誘ってくれてありがとう、ベネディクトさん。一人で散歩するよりも、皆で回ったほうが楽しいよ」
マルクはリースリット達を引き連れたベネディクトを見遣る。
散策をするとベネディクトが言えば、次々と手が上がったのだろう。
想像容易いとマルクはくすくすと笑った。
屋敷から和傘を借り受けたリュティスは、主であるベネディクトが濡れぬよう大きめの傘を広げる。
「ありがとう。リュティス」
「いえ、私はご主人様のおそばに居るのが仕事ですので」
お気になさらずと彼女は頭をさげた。
「はぁー、どこを見ても珍しい意匠や物ばかりじゃのう」
これが異文化交流というやつかとアカツキは感心して振り向いた。
「リンちゃん風ちゃん、塗れるし一緒に入るのじゃ」
「……えっ、ひとつの傘で一緒に? やだよ恥ずかしい」
「良いですね。では三人で入って行きましょう」
有無を言わさぬリンディスとアカツキの視線に風牙は肩を竦めた。
観念したように和傘の中に入れば、両側からぎゅぎゅうと押し込められる。
「ああ、もうわかったよもう!」
大きな傘とはいえ、みちみちに詰まった少女達にベネディクトは頬を緩めた。
屋敷の外に広がる田園。
大陸とは違う気候にリースリットとルカは目を瞠る。
「絶望の青の先に何かがあるかも半信半疑だったけどよ」
まさかこんなにしっかりとした営みがあろうとは。
想像よりも遙かに上を行く文化にルカは口の端を上げた。折角だからと浴衣を着るのも忘れてはいない。
「自然豊かで大陸のどの国とも違う」
興味深いとリースリットは道端の草木に視線を落とす。
「確かに、 植物もあんまり大陸では見ねえもんが多いな」
ラサ出身のルカにとって商売になりそうなものは食指が動くのだ。
けれど、海洋のダメージを思えば。彼等を飛び越えて美味しい所だけを横取りする気にはなれない。
団員にはお土産で勘弁して貰おうとルカは頷く。
「カムイグラに似た世界から訪れた者達も多いと聞くが、新道が確かそうだったか」
「へえ、新道さんのように、ニホン、ていう国から来たウォーカーの人には、懐かしさを感じるのかな」
カエルを踏みつけそうになったリンディスとアカツキに風牙のはしゃぎ声が聞こえる。
懐かしい風景に心が緩むのだろう。
友と過ごす時間は掛け替えの無い宝物。物語の壱頁にリンディスはしっかりと書き込んだ。
「……グルルル……」
「おや」
アルペストゥスの姿を見つけ手を上げるベネディクト。
見たことの無い小鳥を観察していたらしい彼は、此方に気がついて飛んで来た。
くるくると回る傘に首を傾げて、何処か嬉しそうなアルペストゥス。
珍しい和傘をお土産に。黒狼に集いし者達はゆったりとした時間を過ごし――
●このか ぽつり 壱
軒先から雨の雫が垂れている。
縁側からの眺めは郷愁を引き連れて、ハロルドを縛り付けている。
宮中に蔓延った魔種共とどうやり合うか考えなくてはならない事は山ほど在るが――
「ああ、くそ」
この場所に居ると雑念が心を揺らすのだ。
い草の匂い、独特の家鳴り。庭園の風景。他愛もない菓子の味。
否が応でも思い出す。
思い出さずにはいられない。
捨て去った過去。変える事も、帰る事も出来ない故郷。
戦場こそ己の居る場所だと決めたのに。全てを捨てたのに。
分かりきった事なれど。渦巻く思考を止められるはずも無く――
結衣の耳朶に鹿威しの音が木霊する。
引き立てのお茶は濃くてとても良い香りがした。
礼儀作法は元いた世界と同じだろうかと思案して。
ふと、視線を流した先の庭園に紫陽花の花が咲き乱れているのが目に入る。
美味しいお茶というものはそれだけで、ほっと息の付けるものだと焔は思った。
故郷に似た国、神威神楽。やはり畳張りの家屋は落ち着く。
余りにも似ているものだから、何か元の世界と関係があるのかとさえ思ってしまう。
「うーん」
考えても答えは出てこない。ならば、思う存分楽しむ方がいい。
口に広がる抹茶の味に舌鼓を打った。
視線を上げればマギーが甚平を着てにこにこと微笑んでいる。
手には紫陽花の形をした和菓子が握られていた。
「紫陽花ってお菓子になるとこんなに美しいんですね。上生菓子っていうんですか?」
「うん、そうみたい。美味しいね」
「はい」
紅茶にも甘みはあるが、緑茶にはもう少し青みが強いものがあるのだろう。
マギーは紅茶よりも緑茶のほうが好きだと紡ぐ。
「緑茶は熱湯じゃなくて、少しぬるめのお湯で煎れるといいよ」
焔の言葉に目を輝かせて、ペンを走らせるマギー。
視線を上げると、ジェラルドが襖の桟に頭をぶつけていた。
響く大きな音に大丈夫かと問えば、心配ないと手を振るジェラルド。
「なんでこんなに入り口が小さいんだ」
大きな身体で焔やマギーに習って正座をする。
彼の前に出てきたのは抹茶。濃くて美味しいお茶。
「本当に飲めるのか?」
「大丈夫だよ、美味しいよ」
少女達の声に、意を決して一口。広がる苦み。濃厚な茶葉の味。
こういう時はと思案して。
「結構なお点前で」
言うと同時に右脚に違和感。
「ちょっと待ってくれ足がつった……!」
くすくすとアーリアの笑い声が縁側に響く。
着るのが難しい浴衣を着て、抹茶を口に含んだ瞬間のミディーセラの顔は、とても可愛らしかったから。
皺の寄った彼の眉間を指でつついて微笑んだ。
「薬草とかで苦いのは慣れているかと思ってたから、意外だったわぁ」
「ええ、ええ。わたし、知らないことの方が多いのですよ」
彼女より長く生きているだけの魔女。外界とは隔絶された世界で生きてきた隠者。
けれど、今は。傍に在る温もりが嬉しくて。新しい世界を共に見る事が出来るのが嬉しくて。
「私もまだまだ長生きして、沢山色んな世界を見なくちゃ!」
この世にはまだまだ知らない知識、お酒があるのだから。
何十年も、何百年も隣で。沢山のお酒を飲みたいから。
飲んで、温泉に浸かったあとは、ゆっくり一緒の布団で寝ることにしよう。
戦い詰めの日々だったから。愛しい人の温もりで幸せを感じるのだ。
●かむいかぐらのあめのおと 弐
二刻ほど過ぎたろうか。
屋敷の外での散策は続いている。
冒険心が疼くと、錬は深く息を吸い込んだ。
竹藪の中を散策しながら注意深く様々なものを観察していく。
勿論迷子になっても困るので、屋敷の近くにはなるのだが。
「この世界に召喚されて初めての大事業」
その先にあった異国の地で何があるのか楽しみだと錬は頷く。
「お」
珍しそうな鉱石が転がっているではないか。
紫色に光る不思議な石。指先で突くとカタカタと動き出し竹藪の中へと消えて行った。
「あれは……」
妖怪とよばれるものだろうか。
その様子を遠巻きに見つめているのはブラッドだ。
何時もの服装で和傘というアンバランスな出立。
新しい環境に慣れるには、知識を得る事が重要である。
敵襲に備え、何処が護りに有効か見極めるのだ。
「なるほど」
この撓る木――竹は鬱蒼と茂り繊細な戦いは不向きであるように見えた。
ブラッドは納得した様子で、次の場所へと歩を進める。
すれ違うは和傘を差したイナリだった。
彼女は見事な田園風景に青々とした稲穂に目を細める。
五穀豊穣の神の使いにとって田畑が成長していく姿を見るのは嬉しくなるのだ。
どうせならば、この辺りに分社を立てるのはどうだろうか。
小さな置物としても愛らしい。
「あら?」
興味深そうに小さな木霊達がイナリの社を覗き込んでいた。
イナリは小さく微笑む。
もしかしたら住み着いてくれるだろうか。
小動物や害の無い木霊達の拠り所として機能するのならば悪くないだろう。
人の中に鬼と鴉が混ざりにけり――しとしとと和傘が雨を受けて鳴った。
雨の中の田園風景。竹林の小道。緩く流れる時間は元の世界に戻ってきたようで。
「なぁ、この景色……向こうにいた頃を思いださねぇ?」
「そうですね。豊穣の街の作りもそうでしたが、ここも。懐かしい光景です」
世界は違えど似た景色というものはある。
雪之丞の世界も此処と同じような感じかと織が問えば、こくりと頷いた。
生まれ落ちた場所は白亜の水底なれど。
織は木の上で仕事をさぼって怒られたのだと笑った。
「真面目に仕事する織も、あまり想像できないですね」
「俺だってな、やるときゃやるんだ……今にみてろよ?」
悪態を吐きながらのやりとり、けれど以前より距離は近く。
お互いの口元が綻んでいる。
木の上で漕ぐ船の心地よさを共に味わってみたいと思う程には。
青い花が付いた簪がすっと髪に入るのがくすぐったくて、ついついはにかむ。
一本の棒なのにも関わらず髪の毛を止める事が出来るのは不思議でならない。
有り難うと礼を言えばリゲルは柔和な笑顔を見せた。
緑の花柄と青の矢羽根柄が和傘の中で揺れる。
お互いが濡れぬよう普段よりも近い距離で感じる体温。
「絶望の青の先にはこんな雅な世界があったなんてな」
「ああ、素晴らしいな。オクトたちに沢山話す事ができたな」
流れる風景。異国情緒。思えば、遠くまできたものだ。
二人で新しい世界を見る事が出来て、嬉しく思うのだ。
「和服もよく似合ってる」
「有難う。リゲルも和服姿、惚れ直すぐらいよく似合ってる」
寄せられた声。不意打ちのキスは頬に。和傘の中に花開く。
神威神楽の植物は、大陸に無いものも多いだろう。
初めて目にするものにポテトの瞳は細められる。
繋がれた指先に変わらぬ愛おしさを込めて――
「これ、和傘っていうのか? 色あざやかで可愛いな」
くるくると青い傘を回し目を輝かせるソロア。浴衣を身に纏い竹林の街道をゆったりと歩く。
雨に濡れることは気にならないけれど、この美しい傘をさしてみたかったのだ。
それにしても、とソロアは浴衣に視線を落とす。
赤と白で構成された大きな格子の模様。そこへ散りばめられた小花柄。
多少動きにくい事もあって、何だか特別な気分にさせられる。
風に揺れる竹林に、はしゃぐ声が流れていった。
紙で出来た和傘を真剣に見つめヨゾラは雨の小道を行く。
初めて見る竹藪、段違いの田園。新鮮な風景に胸が躍るようだ。
花や鳥も美しいけれど、とヨゾラは視線を流す。
「猫が見れたら最高だったんだけれど……あっ」
小さな祠の軒下に三毛猫が雨宿りしていた。
ヨゾラと目が合って気怠そうにあくび一つ。何だか許してくれた気がしてそっと近づいてみる。
触るでもなく傍に居て息づかいが聞こえる。それだけで嬉しくなるようで。
――幸あれと願う。
●あかねくもりのしろいはな
鈍色の空に、微かな茜が差している。
一つ傘の下。浴衣姿のラクリマとライセルは、履き慣れない下駄に戸惑い笑い合う。
「ラクリマ凄いね」
どうもこの傘は、紙や木材で出来ているらしい。それを濡れぬようにそっと傾けて。
相変わらず過保護で、困った人だとラクリマは溜息一つ。
「俺はいいんだよ」
「貴方がよくても、俺がよくないです」
だから足幅一つ分だけ――鼓動が聞こえてしまうほどに――身を寄せて。
「ねえ、ラクリマ……」
ずっと云えなかった言葉を。
今なら――
足を止め、向き合う。
「……好きだよ。ずっと、君の傍に居させてくれないか」
真摯で、真剣で、真直な言の葉を乗せて。
「俺は必ず君より先に死んでしまうけれど。
死が別つ一瞬まで君を想うから。
俺の全てを賭けて大切にするから。
君の時間を俺に預けてくれないか――」
目を合わせることも出来ずに、ラクリマはただ頷いた。
嬉しくもある。恥ずかしくもある。――精一杯の返事。
表情なんて見えやしないけれど、きっとライセルは嬉しそうに笑っているのだろう。
胸が焦げそうだ。
手にとる花は、あの日失ってしまった、消せない過去の身代わりなのか。
人を好きになる感情に、好きだった人が居なくなってしまったこの世界に。
ラクリマは、ずっと気付かない振りをしていたかった。
――死を想い、花を摘め。
影を重ね、唇が触れる。
雨跳ねる傘がきっと隠してくれるから。
――見ているとしたら、あの梔子の花だけだ。
●このか ぽつり 弐
「やっぱりいい所だね。活気もあるし、何より美しい……」
村の人達は小雨の中だというのに、野良仕事に精を出していたようだ。
真面目で素朴な気風の人々なのだろう。
さて。冷えてしまってはいけない。
屋敷の門をくぐり、玄関で借り物の傘を折りたたんだマリアは雫を落として立て掛けた。
「ああ、お嬢様、こちらへどうぞ」
屋敷の使用人である。
「おじょ……って、なんだかすまないね」
「いえいえ、お構いなく、ゆるりとお過ごし下されば」
縁側に腰掛けてみれば、座布団と温かなお茶、そして桔梗を模した練り菓子。おまけに羽織り物まで頂いてしまった。
まずは一口。とっても甘い。と、今度は緑茶が頂きたくなる。
「こっちのお茶も美味しいね……なんだか落ち着く感じがするよ」
マリアが微笑みかけると、老人は顔をくしゃりと歪めてはにかんだ。
薄雨降る庭園。静寂の中に聞こえるのは傘に跳ねる雨音だけ。
鬼灯の腕の中にいる少女の瞳は輝いているように見えた。
「ふふ」
普段は洋風の建築物の中で過ごすことの多い彼女にとって異国風景は新鮮に映るのだろう。
『鬼灯君! 綺麗なお魚さんが泳いでいるわ!』
花より池を泳ぐ錦鯉を指さしてはしゃぐ愛らしい声。
餌をやれば大量――鬼灯にとっては気持ち悪いぐらい――に押し寄せる鯉に大興奮の声をあげる少女。
喜ぶ少女の顔が見られるなら、ビチビチと跳ねる鯉も悪くない。多分。
「うーん……良い庭だね」
ウィリアムは苔むした岩と池の庭園に目を細めた。
色を添える紫陽花と水菖蒲。まるで完成された箱庭のようで何時まででも見ていられる。
鹿威しの音が庭に響けば、心が落ち着いてくるようだ。
ゆったりと泳ぐ鯉も。しっとりと雨を孕んだ風も。
失いたくない風景だとウィリアムは思う。
穏やかな景色が何時までも続くように。誓いを立てるのだ。
守る為に魔法を繰ろう。己が出来る全ての力を使って。
「落ち着きを重視した、懐かしい感じのする庭なのじゃ」
結乃を連れて庭を眺めているのは華鈴だった。
マスターに連れられて出かけた際に見た風景とよく似ていると結乃は笑う。
「ボクしってるよ。こういうの詫びさびって言うんでしょ?」
大人びた知識に華鈴の口元がほころぶ。指先は結乃の頭の上に乗せられて。
神威神楽と故郷は違う世界なのに。同じような風景が広がっていた。
それは結乃にとって不思議なものに写る。
「どうしたの?」
考え事をしているような顔を覗き込む。
「……もし、篝という名の陰陽師……あー、可愛い女の子に声を掛けられたら、急いで逃げるのじゃぞ」
結乃が狙われる可能性だってあるのだ。華鈴は真剣な眼差しで告げる。
あの日姿を消した『それ』は、間違いなくこの地に来ているであろうから――
「はーい」
知らない名前を頭の中で反芻しながら、結乃はその人と話してみたいと思った。
華鈴の知り合いならば尚のこと。知って行きたいと願うのだ。
「いや……うーん」
リリーは唸りながら小首を傾げていた。
わさびやら、塩大さじ一杯やら。難しい言葉が大量に並べられた庭のコンセプト。
苔が生えた岩は食べられないのではないかと思ったところで、眠気に襲われるまま横になる。
縁側に流れる空気はゆったりとしていて心地よい。
「ふわぁ……」
難しい事は横に置いておいて。あくび一つ。すうすうと寝息を立てだした。
「なんだか落ち着く雰囲気のあるお庭だよね」
「日本庭園ですね。東の島国で何度か見たことがあります」
雨の肌寒さに、重ねて握る手のひらから柔らかな温もりが伝わってくる。
「えりちゃんはどう思う?」
胸の奥がくすぐられたようで、ユーリエは仄かに息を弾ませた。
「昔のあの国の風景と似てて……」
エリザベートはこの世界の歴史へと思いを馳せつつ。
「カムイグラって、すごいおもてなししてくれる所なイメージが結構あるよね」
例えば……自然な風を残した庭園には、よく観察すれば相当に人の手が入っている。
あえてそう感じさせぬように調和を保っているのだろう。
たとえばあの花蛍は、わざわざあの小さな岩の間に植えたのだ。きっと紫陽花と対比させ、どちらも良く映えるように。
「確か、ワビサビとか雅とか言いましたっけ」
エリザべートが小首を傾げる。果たして。ユーリエの世界にも、こうした文化の国はあったろうかと。
「あっ、見てみて! 池の中にお魚が泳いでるよ!」
目で追うユーリエの横顔がほころんだ。
「これは鯉ですね、食用にもなるそうですよ」
肩を寄せて、首を傾けるユーリエは、少し眠そうに見えた。
胸に響く鹿威しのリズムが、どうにも眠気を誘ってしまうようで。
「あら、眠くなってきたかしら、そこの縁側に座りましょう」
じっとみつめながら膝をぽんぽんと叩く様に、ユーリエは少しだけ視線を泳がせたが。
「それじゃ、 お夜食の時間まで……」
眠ってしまおう。
――紫陽花の花言葉は移り気とかですが、まぁ私とユーリエには無縁の花言葉ですね。
耳元へささやくエリザべートの吐息は、甘い口づけのように……。
●よいのうた 壱
「かの巨大龍は、この地では竜神様として祀られていたのですか」
クーアはしとしとと降る雨から視線を落とし、目の前の食事を見遣る。
上品な設えと小分けされた取り取りの野菜。
少しずつ沢山の種類を食べる事が出来るのがとても良いのだとクーアは目を細めた。
お供にはやはりお酒だろう。こう見えても三十路は越えた乙女だ。
「アマザケはありますか」
ほんのりと舌で蕩ける甘酒ならば、この国にもあるはずとダメ元でお願いをするのだ。
「もちろん、ございますよ」
おおっ!
メリロートは研究の為にこの神威神楽までやってきた。
けれど風土の違う土地は思った以上に体力を消耗するらしい。
「――ところで、この食事はどう食べるんだい?」
丁度通りかかった堂弥にメリロートは訪ねてみる。
「ああ、こちらはこの箸で摘まんで食べるのですよ」
「摘まんで」
中々に難しそうである。
ぷるぷると震える箸先で魚を掴み口に頬張れば、じわりと広がる旨味。
薄味ではあるが香りも強く出汁が効いているように思えた。
不思議な味わいに舌鼓をうつ。
並べられた料理を起用に箸で掴んで、イグナートもまた食事を楽しんでいる。
鉄火仙での生活では箸を使っていたから、道具に困ることが無い。
けれど、幾分かこの国の箸は短いようだ。
和食には日本酒が欠かせない。
「幻想じゃちょっと珍しいフウミの酒だね。練達からの横流し品に似たような酒があった気がする」
現代日本から来た者が集う練達からの輸入品には、日本酒も混ざっていたのだろう。
けれど、神威神楽の酒の方が洗練された味がするとイグナートは目を細めた。
畳と障子。僅かに雨を含んだ風がマカライトの頬を撫でた。
いるかの旅館と似ている風景。何年も前に取り壊された実家にも似た時間。
懐かしさに箸が止まっていた。視線を料理へと戻し舌鼓を打つ。
上質な和食。風味の香るお茶。鮎も青菜も旨い。
けれど、一番は鹿の煮物となますだろうか。正月に振る舞われた思い出が蘇る。
子供の頃は酸っぱくて食べる事ができなかったそれを一つ食み。
髪を揺らす風に思い馳せる。
「懐かしい感じがするっすねぇ~」
ほんわりと微笑んだ浩美は足の裏に感じる畳のい草に懐かしさを覚えた。
料理も湿度の高い空気も。何もかも懐かしく感じるのだ。
茶碗と箸を手にした浩美。
「お魚はなるべくひっくり返さないようにするっす」
こくりと頷いて器用に箸で摘まんで口の中に入れていく。
この国の料理をもっと知りたい。出来れば麺類。蕎麦やどんなんかが良いと思いながら。
近くを通った人に聞いてみるのも悪くないだろう。
絶望の先にこんな国があるなんて。
不思議に満ちあふれているのだとルークとポーは微笑み合った。
「本当に日本そっくり」
ルークの暮らしていた時代よりも、文化的には平安に近いのだろうか。
彼の話を聞きながらポーも本で読んだことがあると頷いた。
楽しげな声にルークの目が細められる。
浴衣を借りて、夕餉の匂いに誘われれるまま席に着いた。
和食は箸で食べるものである。
独特の使い方に最初は苦戦していたけれど。
今ではそれなりに使えるようになったのだとポーははにかんだ。
お膳に並ぶ料理はどれも美味しくて二人は目線を合わせて頷きあう。
「どれもおいひい~♪ 特に塩焼きが美味しいかも。 ルークはどれが美味しかった?」
「この白米とお味噌汁の組み合わせは、神がかっていると思うんだ」
その言葉を聞いて、ルークのお茶碗に山盛りのご飯を盛るポー。
「わああ? 山盛り一杯凄い!」
「ふふ」
こうして長閑に過ごす夜も悪くないのだとポーは口元を緩めた。
「和食だー!」
セララが異世界地球は日本の出身なれば、本格的な和食は久しぶりである。
お箸に白米におさかなに、お醤油だ。何もかもが懐かしい。
これは――塩辛いおかずと一緒に、ほかほかのご飯を噛みしめる幸せだ!
そんなセララの横で両手に箸を持って見比べているのはハイデマリーである。
これは……何。
はじめて見る棒状の食器だ。
どちらで刺して切るものか。二本で刺すのか。それともすくうのか。いや匙は匙であるようだが。
セララは手慣れた様子で悠々と扱っているのが見える。
生まれ故郷はこの国と近しいのだろうか。文化の隔たり――そう思うとなんだか胸の奥がもやもやと。
「あれ?」
セララもまたはたと気付く。そうか食器の文化が違うのか。
そもなぜこんな食べづらい食器を使わねばならないのか。そう思っていると。
「マリー、お箸はこう使うんだよー」
手を重ねて、おかずをお箸でつまんで。
お皿に転げてもどるお野菜を、もう一度捕まえて。
ぐぬぬぬ!
取り落としそうになりながらも、そっとマリーの口元へ。
体温にほんのり胸が高鳴り、頬を染めながらもぱくりと頂く。
「美味しい? ボクの故郷にも同じ料理があるんだ。美味しいって持って貰えたら嬉しいな」
こんどはあーんと。今回ばかりは観念して頂く。
「今度、マリーにもボクが和食作って食べさせてあげるね!」
味わいは素朴だ。
そこにはビーツもサワークリームもないけれど、お醤油というのはかなり独特な味わいがする。
だから、問うた。セララは、今まで恋しくなかったのか、と。
「寂しかったかって?
そりゃあ寂しい時もあったけれど……素敵な仲間に、何よりマリーがいてくれたからね」
ボクは混沌世界でも楽しくやってるよ。
掛け軸に見えたのは太陽――日出ずる国。
クロバはいやがおうにも己が故郷の地を思い出す。神威神楽(ここ)によく似た風景を。
けれど、客人ともてなされるよりも知識を得たいという思惑がクロバにはあった。
だからここは、そんな宴の裏方。料理が厨房の方。
「失礼」
「おや、どうされました?」
厨房へと入ってきたクロバを料理長は快く迎えてくれる。
自分の故郷と似通ったこの国の料理を振るうため料理長の手さばきをしげしげと見つめた。
腕が落ちてはいないだろうかと些かの不安はあれど。
誰かの為に作る料理は楽しいのだとクロバは思うのだ。
●ゆけむりゆらり
大きな露天風呂に湯煙。風情溢れる和の色調にハンスはほう、と息を吐いた。
なんと美しい風呂なのだろう。
――隣の頼々が半裸に狐面をしていなければ。
「なんだハンス。我の格好に何か文句でも?」
「いや、どうみても変態なんだよなぁ」
頼々のギフトを鑑みれば仕方のかい事なのかも知れない。
うっかり鬼と鉢合わせしようものなら地獄の底まで追いかけ回すに違いない。
その為の狐面。仕方が無いのだ。
けれど、端から見れば、変態さんである。
心配を余所に他の客は居ないようで、ゆっくりと浸かれることに安堵するハンス。
「ふぃー……きもちいー」
「そういえば、海で共闘してた時からきになってたんだが」
近づいてきた頼々の視線を感じて首を傾げるハンス。
「翼の付け根ってどうなってんの? ちょっと見せてみ?」
「え!? 何で!? ちょ、ちょっとぉ!?」
無理矢理掴まれた羽に飛び上がる事も出来ず、為すがままその背を晒すハンス。
恥ずかしさと友とはしゃぐ楽しさとが入り交じった表情で、ハンスは小さく微笑んだ。
厚く高い仕切りを隔てて。
その向こうは女湯である。
「おっ風呂ー、おっ風呂ー♪ ふふ、楽しみだね霧緒さんっ♪」
はしゃぐリリーを連れて露天風呂へとやってきた霧緒。
身体を清めていざ風呂の中へ。
「わわ! そんなにぎゅってしなくても」
小さいリリーを抱きかかえ浸かる湯船は、まるで赤子の湯浴みのよう。
赤くなった頬をうりうりと指でつついた霧緒はくすくすと微笑んだ。
凝り固まった筋肉が解れていくのが分かる。
「癒やされるというものよ……ほあぁ」
「良いお湯だねぇ。ぬくぬくー」
ぽかぽかと二人で浸かる湯船の温度は心地よい。
浮かぶ月を指でえばゆらり煌めく月影。
霧緒にとってリリーは娘の様なものなのだ。
こうして一緒に湯船に浸かるとまるで親子のように感じられる。
「やっぱり霧緒さん誘って正解だったかもっ。なんやかんや優しいもんっ」
「ふふ。うれしいのぅ」
二人の声は楽しげに水面に木霊していた。
ミーナとアイリスは温泉の中で足を伸ばして寛いでいた。
「あー……久しぶりだなぁ、温泉も」
「温泉っていいよね~、身体いっぱい伸ばせる~」
ミーナは日本で暮らしていた時期が長かったこともあり、温泉が好きだった。
拠点をこの神威神楽に移しても良いと思えるぐらいには。
懸念があるとすれば隣のアイリスのこと。
和食は合う合わないがある。だから、好き嫌いがあるのかとミーナは問うた。
「私に好き嫌いは無いよ~?」
何でも食べるし、こちらの食事も美味しそうだと紡ぐ言葉にミーナは胸を撫で下ろす。
彼女が大丈夫なら、こちらに移り住んでも良いだろうか。
アイリスにとっての居場所はミーナの隣だ。
そっと寄り添うアイリスの頭をミーナはそっと撫でた。
月浮かぶ湯船にゆっくり浸かりながら、本当に拠点を移す計画を頭の中で思い描くミーナ。
「なるほど、露天風呂という奴ですね」
風流だとルル家の笑い声が響く。
雪が降っていればもっと良かったと言う彼女の声に応じるはアルテナの微笑み。
「そういえばアルテナ殿とこうして温泉でご一緒するのも久しぶりですね!」
「そうかも」
以前は胸の大きさの秘密を聞き出そうとして残念な結果に終わってしまったけれど。
今回は違う。秘策があるのだ。
「アルテナ殿!どうやってそんな胸になったのですか! どうやって! そんな! 胸に!」
このはりとだんりょくと!
きゃぁきゃぁとはしゃぐ声が月夜の露天風呂に響き渡った。
露天風呂と聞けば『これ』をやらずには居られないとヴァレーリヤはほくそ笑む。
水面に盆を浮かべ、月見酒と洒落込もうではないか。
「ふふー、最高でございますわー!」
程よい湯加減、金色に輝く月に美味しい酒。笹を揺らす風の音が心地よい。
酒に浮かぶ月を飲み干して酔いしれる。
「ヴァレーリヤさーん」
「は、え! 交代の時間!?」
「いえ、寝ていらっしゃたので危ないなって思いまして」
湯船の中で寝るのは中々にリスキーであると教えてくれたのはリディアだ。
リディアは自然の中で寛げる露天風呂が大好きだった。
自然の音を聞きながら湯に浸かりのんびりと過ごす。
以前は、他の人の胸などを気にしていたが。今は気にならない。
何せ隣に居るのがヴァレーリヤである。どちらが大きいか何て比べるのは失礼であろう。
――それ以上いけない。
「いいお湯ですわね」
「はい。とても」
ふわふわとのんびりした時間が過ぎていく。
●よいのうた 弐
宴は続いている。
「はぁ、いいお湯でござった」
風呂上がりで頬を染めた咲耶は視線を部屋の片隅に落とした。
畳と襖。故郷の里と思い出しほっと一息吐けるような安堵感。
これだけ似ているのならば『アレ』も期待出来るだろうかと口の端を上げる。
目の前に運び込まれた食事に目を輝かせる咲耶。
しかし、匂いが同じだからといって早まる事なかれ。味はどうだと一口食んだ。
「やはり旅と言え食事だよね! どれも美味しそう。見栄えもいいね」
マリア達の前に並んだのは、素朴ながらも手が込んだ品々であった。
「くふふ……旨い」
故郷の味とはまた違うけれど、紛うこと無き上質な和食。
ここに来て良かったと咲耶は目を閉じる。
その様子を見て頷いた寬治とゴリョウ。
「ほう、懐石ですか。これは嬉しい」
「楽しみだぜ」
厳密には懐石という表現は妥当では無いのかもしれない。
けれど、一連の料理構成は寬治の知識と合致した。神威神楽という道の国での料理である貴重な機会だとゴリョウも嬉しそうに席につく。
「いただきます」
鮎の塩焼きはワタの苦みが無くてはならない。ホロホロと崩れ口の中に広がる苦みを堪能したあとは、日本酒をちびりと口に含む。辛口がピリピリと舌を灼き、胃の中へ落ちていく感覚。
鹿肉には臭みが無く、やや硬めの歯ごたえに引き締まった肉の味がする。
寬治は日本酒の杯を手に深く頷いた。
料理は緑茶との相性も良くゴリョウは頭の中で味付けや調理方法を思い描く。
「ご馳走様でした。こいつぁ流石と言わざるを得ねぇな……!」
「ええ。そうですね」
ゴリョウの言葉に寬治が応えて。宴は続く。
蜻蛉は板間の匂いと雰囲気に懐かしい心地よさを覚えた。
まるで、元いた世界に戻ってきたようで、不思議な感覚になるのだ。
「メイメイちゃん、浴衣よお似合おてる……可愛らし」
その言葉に耳をぴこぴこ動かしながら頬を染めるメイメイ。
お互いの杯にお茶とお酒を注いで。
「おつかれさま、でした……おかえり、なさい」
「かんぱい」
頂きますと手を合わせ、善に盛られた料理に目を瞠る。
花の形をした野菜に鮎の塩焼き。
「蜻蛉さまはお魚を食べるの、お上手です、ね」
「猫やから、かしら……ほっぺに付いてるよ」
「!!!」
小さな米粒が頬から転げ落ち、恥ずかしさに紅葉が散った。
もぞもぞと動くメイメイの足。
メイメイの足が痺れてきたのに、蜻蛉がつんつんと指でつつく。
「あ、あの。その、正座でなくとも。痺れるのです、ね……ひゃ!」
「ふふ」
くすくすとした声が耳をくすぐって。
また機会があれば、こうしてゆったりとした時間を過ごすのも悪くないだろう。
するりと熱く、胸の奥を滑り落ち――
ジェイクは幻から視線を外さない。
お互いの浴衣姿も相まって。幻は頬に紅葉を散らして。
目の前に出された料理は鹿肉と根菜の煮物。こくのある純米酒とよく合う。
「どれも素朴ながら、素材の味を生かしていて美味しいですね」
鹿肉の臭みも取り除かれ、上品な味に仕上げられた逸品。
けれど、ジェイクがなんとも美味しそうに食べるので、幻は思わず笑みを零した。
「お口を開けてくださいますか。僕はもう堪能したので、どうぞ」
差し出された肉をぱくりと一口食めば自分が食べていた物より美味しく感じられる。
この空間に広がっているのは安堵。戦場ではない朗らかな時間。
廃滅病に侵され死を覚悟したジェイクにとって、苦難を乗り越えた先の極楽。
ほろりとジェイクの目から涙が零れるのを拭き取って。自分も涙しているのに気がつく幻。
ずっと共にあると。もう離れてくれるなと。訴える瞳。
頭を撫でるジェイクの手のひらは何時もより温かかった。
そして夜は更け。
「さっぱりしたよ!」
長い一日だった。あれから酔っ払いを介抱したり、一人でゆっくりとお風呂に入ったり。
マリアが見上げると、雲の合間に月が覗いている。
いつのまにか、雨は止んでいた。
夜のとばりが降りて一日が終わっていく。
『結局旅先でも本かヨ』なんて赤羽がいうものだから。
美しい景色を見ながら自分の世界に浸る時間が在ってもいいだろうと応える。
ロマンチストとリアリスト。一つの身体で同居する二つの心。
夜も更け、瞼が次第に落ちてくる頃。部屋の灯りを消して布団に入ろう。
この豊穣郷で。赤羽と大地は、イレギュラーズは、どんな物語に出会うのだろうか。
けれど今は少しだけ休息を取ろう。
おやすみなさい、よい夢を――
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
依頼お疲れ様でした。
MVPの理由は、記載しないでおきますね!
白紙以外は描写したと思います。
万が一抜けがありましたらご連絡くださいませ。
それではまた、皆さんとのご縁を願って。pipiでした。
GMコメント
pipiです。
要するに旅館みてえな感じです。
自由におくつろぎ下さい。
●目的
新天地カムイグラに慣れる。
メシくったり、散歩したり、お風呂はいったり、ぐっすり寝たりしましょう。
想い出を振り返ってもいいかもしれません。
新たな意気込みを抱いてもいいかもしれません。
お友達と、あるいは個人で、好きにやりましょう。
●ロケーション
部屋数の多いお屋敷です。
お庭があります。
外の散策も自由です。
時間は昼過ぎから、寝るまでを扱います。
●出来ること
一行目:以下から、お好きなものを選択して記載して下さい。
二行目:同行者などを記載して下さい。
三行目以降:ご自由に。
行動は自由ですが、色々やるよりは、シチュエーションを絞ったほうが描写が多くなるかと思います。
お着物や部屋着(浴衣だ!)は、必要であればお好きなデザインのものを貸してくれるようです。
A:お散歩
雨の降る中でお散歩です。
屋敷に続く竹藪の小道を抜けると、田園が広がっています。
外は小雨が降っていますので、傘などをご用意下さい。
なければ貸してくれます。和傘だ!
花鳥を観察したり、人々の様子を見たり。
あんまり遠くには行きすぎないで下さいね。
B:お茶
冒頭のお部屋でお茶やお菓子を頂くことができます。
お庭が眺めて物思いにふけったり、おしゃべりしたり。
C:お庭の見学
百花が自慢の日本庭園です。
苔むした岩にわびさびを感じるでしょうか。
お花はパっと見たところ、なんといっても紫陽花が目立ちます。
花菖蒲も可愛らしく咲いています。
中央には池があって、錦鯉が泳いでいます。
たまに鹿威しがカコンとかいってます。
D:夕食
素朴ですが、手が込んでいる感じです。
先付:焼いた姫たけ、ふきの煮物、マスの燻製。
椀物:きのこと鶏肉のしんじょ蒸し
向付:根菜のなます
鉢肴:鮎の塩焼き。
強肴:鹿肉と根菜の煮物です。
止め肴:青菜の酢の物です。
お食事:ご飯とお味噌汁、それから大根のお漬物です。
お茶と日本酒がご用意出来ます。
E:露天風呂
お一人かお仲間と、順番を守ってお使い下さい。
男女別の場合は、気にせず結構です。
それ以外の場合は、プレイングで相手と互いに合意を分かるようにお願いします。
F:寝室
お一人でも、お友達とでも、好きな具合にお過ごし下さい。
広縁を楽しんだり。
畳にお布団で寝ましょう。
人様のお宅ですので、枕投げはほどほどに……。
G:その他
出来そうなことが出来ます。
●諸注意
未成年の飲酒喫煙は出来ません。
えちすぎる描写は泣く泣くカットされてしまいます。
●同行NPC
『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)
皆さんの仲間です。
絡んで頂いた程度にしか描写はされません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
危険はありませんが、沢山の未知に溢れているからだ!
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