PandoraPartyProject

ギルドスレッド

梔色特別編纂室

【1:1】ちいさな姫と、古い写真と、猫の話

昼を少し回った時刻。
来客の予定があったから、無警戒に扉を開けてしまった。
配達人の差し出す荷物、その宛名に顔を顰めて、
しかし。
受け取らないわけにも、いかなかった。


――――愛弟子、カタリヤ・9・梔へ
君の私物がまだ幾つか残っていたので、送らせて貰う。

僕の名をあちこちで使うのは構わないが
偶には顔を見せてくれないか。
家内も君を恋しがっている。

くれぐれも、無茶はしないように。
君の活躍を波の彼方より祈っている。
――――アキレウス・B・アーケロン


テーブルの上には解かれた荷物と開かれた手紙。
それを片付ける間も無く、二度目のベルが鳴った。

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(ぴくり、と肩が跳ねる)(手紙を置いて顔を上げ、扉を見つめた。)
……ハァイ、どなた?
(応答する声は、普段通りに聞こえるのだろう。)
こんにちは、カタリヤ。
わたしよ。はぐるま姫よ。
(ベルに続いて、鈴の鳴るような声が、扉の向こうから響いたことでしょう。)

……ドア。開けてもらっても、いいかしら。
(無理、ではありませんけれど。お姫様の体格では、開くのが少々大変なのです。)
(ふ、と息を吐いた。今度こそ本命だ。)
勿論よ、ちょぉっと、待ってて……
(扉を開ければ、すぐに小さな彼女の姿があるのだろう。にっこり笑いながら屈んで、ソファまでお連れしようと手を差し伸べる。)
ようこそ、姫様! わざわざ来て頂いて嬉しいわ。
貴方に渡したいものがあって、ね。
ありがとう、カタリヤ。わたしの方こそ、お招きいただいて嬉しいわ。
(人形らしからぬほど、柔らかな微笑みと、瀟洒な一礼ののち)
(信頼に任せ、いつものように手を取り、小さなからだを預けることでしょう。)

……それにしても、渡したいものだなんて。どうしたの、急に。
わたし、誕生日じゃないし……聖なる夜もまだ先だわ?
(思い当たる節がなかったものですから、首は傾ぐ一方です。)
あら、この間の刺激的な夜をお忘れ?
あの時の写真、出来たのよ。見たいでしょ。
(クッションの上にお掛けいただいて、)ま、ゆっくりして頂戴な。ココア飲む?
(彼女を構っていると、不思議と若干気は晴れた。……逸れた、だけかも知れないけれど。)

(――――猫が飲み物を用意している間、低いテーブルの上の荷物や手紙は、そのまま。)
(お行儀のいいお姫様でも、包みの中にちらりとのぞく古びた額縁入りの写真や、)
(注意深く見たならば、包みや手紙の宛名に、気が付いてしまうのかも知れない。)
ああ、収穫祭の!
ふふ、ごめんなさい。あの後もたくさん、たくさんの出来事があって。
あんまりのも楽しい数日間だったから、すっかり。
(クッションの上で脚をぷらぷらと揺らすのは、お姫様らしくない落ち着きのなさでしょうか)
(でも、ええ。それだけリラックスしているしるしでも、あるんですよ。)

(それから物珍しげに、視線は部屋の中をうろうろしておりましたから)
(特に写真なんていうものは、自然と、目を引いたことでしょうね。)
…………?
(写真の中には、背の高い男の人と、少し太った女の人と、やんちゃな笑顔の小さな女の子。)
(皆、蜂蜜のような金色の髪で、頭の上には猫の耳を持っていた。)
あら、どんな冒険をなさってたの……ハァイ、お待たせ!
(片手に甘い香りのカップを二つ、片手に封筒をひとつ。振り返れば、小さなお客様はテーブルの片隅に熱視線。)
……あぁ、それ?
(かるく肩を竦めて、ことんと彼女の前に小さなカップを置いた。)
昔の、写真よ。私の。
ええ、わたしだけでなく、わたしの従者も姿が変わっていてね……。
(と、あれこれお話しようとはしたのですけれど)
(集中力はやっぱり、どうしても、気になる写真の方に奪われてしまうもので……)
(ありがとう、とカップに注がれたココアのお礼を告げてから。)

……昔の、カタリヤ……。
(言われてみると、なるほど)
(確かにどことなく、先日の「少女」と、少し似た部分があると見えました。)

……ごめんなさい。じろじろ見てしまって、失礼だったかしら。
(謝罪に上目遣いをまじえるのは、お姫様が身につけつつある強かさ、でしょうか。)
ええっと、それじゃあ。一緒にいるのは、お父さんと、お母さん?
(それでも、ええ。好奇心の方がどうしても勝ってしまうのですけれど。)
(ふ、と息を吐いて)そんな目で見なくっても、怒ったりしないわよ。
(見えやすいように、包みをきちんと解いて。古い木の額縁を含めて、全体が露わになる。素朴な木の家を背景に、農夫なりのおめかしをして並ぶ3人。)
(額縁の端に、名前を見つける。ヨールク・5・梔。アニエ・4・梔。……そして。)

そうよ。縦に大きいのが、私の父。横に大きいのが、私の母。
で、こっちが、私。
(とん、とん、と指先でつついて)
……この間の貴方にちょっと似てる、って意味、わかった?
(持っていた封筒から写真を引き出して、その隣に並べた。「お嬢さん」は、今や彼女よりも小さな姿で、屈託なく笑っていた。)
(ヨールク。アニエ。それぞれの名前を、こころのうちに呟きました。)
(声の代わりに、きちり、歯車の噛み合うような音が鳴り響きます。)

……ええ。並べてみると、なんだか本当に。
(自分で言うようなことではない……なんて、お姫様は思いもしないのでしょうけれど)
幸せそうに、にこっと笑うのだとか、似ていて。
……今のカタリヤと、ずいぶん、違うのね?
……随分、違う、か。
(案外肩の力が抜けて、自然と、苦笑いを浮かべていた。)
そう見える?
なら、いいの。……そう、なりたかったから。
……それは、どうして?
(お姫様は当然、またまた首を傾げざるを得ません。)
幸せに笑っているのは。カタリヤは、嫌だった?
(彼女の前で、どうも、うまく猫を被れないのは)
(お人形をお友達と信じていた、この頃の私が、邪魔をするからなんだろう)
(……なんて。)

だって、もう、幸せなことは何もなくなっちゃったから。
(再び、とん、とん、と写真を指でつつく。父を。母を。家を。私を。)
(潰すように。)
私は別のことで笑わなきゃいけなかったのよ。
……本当はもう、別人なのかも知れないわね。この私とは。
(幸せなことは、何も)
(……そういえば。カタリヤから両親のお話を聞いたことはありません。)
(写真にだけ映る姿。「なくなっちゃった」という言葉に、彼女のしぐさ。)
(……「失った」痛みを知っていればこそ。お姫様はそこに、悲劇を想像しておりました。)

……そう。そうだったの。

(沈黙に場を支配させてみても、湯気立つココアの甘さが変わることはありません。)
(いつかは、冷めるのですけれど。)
(それでも、決して、ないのです。)

じゃあ。
カタリヤは、もう、幸せにはなれないの?
(悲痛な顔を浮かべる、お人形は、いない。子供の永遠のおともだちは、彼らの激情をも穏やかに受け止める存在だ。)
(だから、彼女は。)
……なぁに、そんなカオしてんのよ。
(揶揄うように、指先をそっと、彼女の頬へと向ける。ちょっとこちらを振り返れば、むにゅっと当たるくらいの距離だ)
今の私も、結構楽しくやってるのよ。
……それとも、そんなに不幸そうに見えた?
だって。
(振り向いてカタリヤの指先に頬を突つかれると、ええ、なにしろこの体格差……)
(体ごとバランスを崩しそうになってしまって、ちょっと慌てましたけれど。)
わたしも。「悲しい」が、胸にもたらすものを、知っているわ。
……それって。どんなに楽しくて素敵なもので埋めても。
こころの隙間から、冷たい風が、奥深いところで吹き続けているのよ。
(お姫様の感覚、感性による捉え方ですけれど……)
(だって、自分の喪失だって、まだ癒えきったわけではないのです。)

カタリヤは……ええ。いつも、自信たっぷりで、楽しそうに見えるけれど。
……カタリヤの中で、どんな音がしてるか。わたしには、わからないのだもの。
ふふ、ごめんなさいね。(自分の悪戯で慌てる彼女を見るのは、ちょっぴり楽しい。ゆらり、と尻尾を大きく揺らして、)
……どんな音、か。
(軋む歯車の音が心の在り様を示す、彼女らしい表現。)
(私には無論そんなものはないけれど――――)そうね。

風の音、というのは、案外当たってるのかも。
(目を伏せた。)
でも、もう、10年も前よ。随分、聞こえなくなったわ。
……人形のからだでなくても、おんなじなのね。

(時が、悲しみを癒すものだとは知りました。)
(そしてカタリヤは、自分よりずっと長い時間を経ているのです。)
(……それでもなお。「随分」聞こえなくなっただけなのだと。)

……ねえ。カタリヤは。どうして、今みたいに生きようと……。
記者に、なろうと思ったの?
(ゆらり。ゆらり。リズムを取るように、尻尾を揺らす。)
(はじめて。はじめて、私が、そう生きようと思った切っ掛け。)
私ね、ウソつきになりたかったの。

……私の故郷が、海洋の小さな島だ、って話、したかしら。
私の両親は、開拓民だった。誰もいない島に乗り込んで、はじめての村を作るの。
人間種と、私の一族。梔の猫たちが一緒に、仲良く、ね。
(ぽつ、ぽつ。)
(取材する側だったらじれったくなりそうな緩慢さで、言葉を、繋ぐ。)
その頃の私は、大きくなったら村の誰かと結婚して、羊を沢山飼って、海の恵みに感謝して。
それで十分、楽しくて幸せなんだと思ってたわ。
ウソつきに。
……ウソつきは、良くないことなのに?

(物語を聞くのは、好きでした。だから、カタリヤの話に、お姫様もまっすぐ聞き入ります。)
(おじいさんが……まだ命を持たない人形に対しても、たくさん、語って聞かせてくれた)
(あの穏やかで優しい時間を、思い出すからなのでしょうね。)

ええ、ええ。海洋のお話は、少しだけ。
(カタリヤの仲間たちが、村を作り上げてゆく様は……)
(想像してみると、胸の歯車がきりきり踊り出すような、わくわくする光景でしたけど。)
(お話は、終わっておりません。視線が、続きを促しました。)
小さな島で、小さな村だった。
朝に誰かが何か言えば、夕方にはもう皆が知ってるような。
いいことも、悪いことも、皆で分かち合ってるんだと思ってた。

ちょっとした不幸が、重なり始めたの。
誰も知らないのに、壊れたものがあったり
誰も触らないのに、無くなったものがあったり
……誰かがやった、あいつが、って、てんでバラバラな名前を出し合うまでに、そう時間はかからなかった。

猫がやった、って、誰が言い始めたのか、わからない。
でも、皆その考えが気に入ったのよ。
猫が全部やった、って。
(これは)
(これは、知っています。)
(胸の歯車が、ぎしぎし、嫌な音を立てる感覚。)

――――――。

(これは)
(ひとの、「悪意」の物語なのだと。お姫様は、直感しました。)
……矛先がひとつに定まったときの人間って、怖いわよ。
曖昧な情報もただの偶然も悪趣味な憶測もなにもかもをすべて結び付けて、まるで相手が悪魔みたいに見えるの。
猫という猫が狩り出されたわ。本当に、獣種でもない、ただの猫まで。

私は、たまたま島に来ていた学者先生に匿われたの。こっそり、船に乗せて貰って。
……それ以来、あの島には帰ってないわ。

船の中で私、先生に訊いたの。みんなどうしてしまったんだろう、って。
先生は言ったわ。誰かがきちんと正しいことを調べて、それを皆に教えられたら、こうはならなかった、って。
だからね。

正しいことなんて、本当のことなんて、何の力もないんだ、って。
だって私、私のせいじゃない、って、あんなに言ったのに。
だから、誰よりも早くウソをつけば……私はもう、殺されなくて済むでしょう?
……なんて、ね。
(少しぬるくなったココアは、痺れるほど甘く感じた。)
私が記者を……誰よりも早く情報を手に入れる仕事を目指した切っ掛けは、これ。
心配しなくっても、嘘なんて書いてないわよ。……ちょっぴり興味を引きやすい脚色はするけれど。
(幻想で暮らしていれば、ひとの悪意に触れる機会は数知れません。)
(事実、ローレットにおける初めての冒険にも、それが介在していました。)

(けれど)
(……自分の身近な者が、自分の知識を飛び越えた大きな悪意に)
(その生ごと塗りつぶされたことを知って。)
(こころの奥の歯車は、今までにない、悲痛な音を立てていました。)
(「悲しい」のです。自分が、何かを喪失したわけではないのに……)
(ひとが、嘗てそんなことをしていたのが)
(そして、大好きな誰かが、かつて悲劇の物語の登場人物であったことが。)

………………。
(ことばを)
(見つけることが、できませんでした。)
(考えて、考えて。かろうじて)

……カタリヤは。嘘が、こわい?

(ぽつり、呟いたのは。そんな言葉でした。)
……んもう、またなんてカオしてんのよ……
なぁに、憧れの大人のお姉さんが思ったよりカッコよくなくって、ショック?
(吐き出してしまえば、気持ちは思ったよりも、凪いでいた。)
(今度は手を、その白磁のような頬ではなく、頭へと。金糸の髪へと伸ばし)
ほら、ナデナデして慰めてあげるから。(揶揄うように笑って、みせる。)
……そうね。怖いわ。とっても。
事実は一つしかないのに、嘘には、果てがないもの。
(静かに、囁く。)
(……もしかしたら、と思っていました。)
(カタリヤの「仕事」の手伝いをしたあの日のことを、お姫様は、よく覚えています。)

(「怖い」とは「そんな風になりたくないって思うこと」なのだと。)
(……今にして思えば、あの頃のお姫様なんて、もっといくらでも上手に丸め込めたはず。)
(それでも、あのときの彼女は、自分の行いが「いいこと」ばかりではないと)
(確かに、誠実であったのだと。お姫様は、思ったのです。)
……わたしね。
たくさんのことを、「知りたい」って思ったのよ。
カタリヤに出会って、素敵なことも、ちょっと悪いことも、教えてもらって。
(伸ばされた手を、お姫様の方が、小さな両手で自分のもとへ引き寄せんとしました)
(――「ナデナデして慰めてあげる」のは。だって、嬉しいことなのでしょう?)
(その感情に、お姫様は名前をつけていませんけれど。愛おしむように、頬を添えんと。)

ねえ、カタリヤ。わたし、カタリヤが大好きよ。
……あなたのおかげで。わたしは、嘘じゃなくなったんだもの。
(とても自分勝手な願いですけれど。いま、伝えたいと、彼女は思いました。)
(小さな、小さな白い手が、私の手を包む。)
(すべらかな肌には、熱は、無くとも。)
…………、
(息が、詰まった。)

……嘘じゃ、なくなった、って。
何かしら、私、そんな大それたこと……した覚えが、ないわよ。
(とっても面白い、刺激的な、成長するお人形。)
(吹き込んだだけ膨らんで伸びる、可能性の塊)
(そして)

(私の、友達。)
(テーブルの上には、古い写真と新しい写真。過去の私と、一夜の貴方が、楽しそうに笑い合っていた。)
ねえ、カタリヤ。

(そうです。)
(たくさんの知識を得て。)
(たくさんの物語を知って。)
(自分を遠くから見られるよういなった今。)
(お姫様は、「その事実」を、とっくに知っているのです。)

「はぐるま姫」って。嘘の存在なのよ?
(昔々、とある孤独な人形師のおじいさんがおりました。)
(……彼に、どんな悲劇があったのでしょう。)
(おじいさんは、人間というものを、ひどく嫌っておりました。)
(人間が生きる世界に身を置くこともまた、彼にとっての、悲劇でした。)

(だから、彼は人形を作りました。空想の上に、たくさんの物語を描きました。)
(竜退治に赴く、人形の騎士。)
(愛と希望に満ちた優しい世界に生きる、人形の村娘。)

(その中でも一等おじいさんが愛したのは、「はぐるま姫」の物語。)
(おじいさんの最高傑作である、生きているかのように美しい……)
(生きているかのように美しい、「ただの人形」に。)

(おじいさんは、物語を与えました。)
(あらゆる人形たちを慈しみ、かれらを温かく導く)
(やさしい世界の主。「はぐるま姫」を、かれの想像上に、生み出しました。)

(ひとつの、物語を。嘘を。そのお人形が、背負うことになったのです。)
そうよ。はぐるま姫なんて……「いなかった」の。

(彼女なりのことばで、きっと、それを伝えたことでしょう)
(「嘘」が。「作り話」の役割を演じる、ただのお人形が、自分の本質だったのだと。)

でも。あなたが、はぐるま姫と呼んでくれたわ。
あなたが、わたしに「嬉しい」を、「怖い」を。たくさんのこころを、教えてくれたわ。
……わたしを「人間」みたいだって、言ってくれたわ。

だから。わたし、ただの人形じゃなくなったの。
「はぐるま姫」は、おとぎ話の嘘じゃ、なくなったの。

――果てがない嘘は。果てがない、いのちになったの。
だから、ね。
(やっぱり。うまい言葉にこねあげられないのですけれど)

……カタリヤのことばは。嘘をほんとに変える、魔法のことばなの。
だから。わたし、カタリヤがカタリヤで、うれしいわ。
(それでも、彼女なりに。ちいさな等身大のことばを。)
……貴方、そんな風に思って……
(彼女の言葉を、海色の目を瞬かせて、聞く。その、鈴を振るような声を。)
(小さな、お姫様のお人形、ではなく)
(小さな、お人形のお姫様。)

(その嘘を信じたかったのは、私の方だった。)

……ふふ。
(聞き終えた頃には、笑みは、自然と、零れていた。)
ねぇ。
貴方がちゃんと、「はぐるま姫」になれたのは、貴方自身の力よ。
貴方はいつだって、「はぐるま姫」に、なろうとしていたもの。
私は、それを、口にしただけ。
……言葉にしただけだわ。
それでも、私の言葉で、貴方が「本当」に近づくのだとしたら……そうね。
少し……
(少し?)
(いいえ、と、緩く首を振って、)
(どこか、はにかんだように微笑んだ。)
……とても。
幸せなことなんだと、思う。
……言葉に、してくれたわ。
(ひとはどうして、嘘の物語に、斯くも惹かれてしまうのでしょう。)
(……幸せな物語であればあるほど。「本当であってほしい」と、ひとは思います。)
(なればこそ、嘘は幾百と語られ、無垢なる心の中では真実にすら化けるのです。)
(……語り部が、しゃしゃり出すぎでしょうか? しかしこれは大事なことですから。)

(――嘘は、誰かの口から語られて初めて、本当になる可能性を得るのです。)

わたし、もちろん頑張ったわ。はぐるま姫になるために、とっても努力した。
……でも。誰かがそれを認めてくれなきゃ、わたしはやっぱり、空想のままだったわ。
(たとえ偶然だったとしても。それを最初に認めてくれたのは、目の前にいる女性。)

ええ。あなたの言葉が、わたしを、きっと幸せな結末へ少しずつ導いてくれた。
(……そうですね。きっとこのお姫様は、信じたいと、思ってしまったのです)
(救いようのない悲劇が。それでもどこかで、幸せな結末を一粒実らせてくれるのだと。)
(カタリヤの「悲劇」に、確かな意味があったのだと。)
……それにね。わたし、あの収穫祭の日から。
「お嬢さん」って呼んでもらったあの日から。ずっと考えてたの。
わたしに足りないものが、一つあるって。

……「これ」はきっと、カタリヤにお願いしなきゃって。
こころに、決めてたの。
……ほんとはね。今日、これをお願いしたくて、ここへやって来たの。
(宝石の瞳は、曇りなく。カタリヤ・8・梔の顔を映しておりました。)

ねえ、カタリヤ。
――わたしに、「名前」をちょうだい?
……それなら、きっと。二人で作ったの。
貴方ははぐるま姫を。
私が、はぐるま姫のおはなしを、ね。
……この私が童話作家、なんて、全然ガラじゃないんだけど。
(肩を竦めて浮かべた笑みは、いつものように、少し意地悪。)
(嘘の為に研いだ言葉を信じる真っ直ぐなこころに対しての、一匙の後ろめたさを隠すように。)

何を畏まって……
……名前?
(名前。)
……ああ。
(ふふ、と唇を緩めた。)

(儚い花、と聞いて、何となく)
(思い浮かべていた、姿があって。)
(可愛らしくて、小さな、鮮やかな紫色。)

リラ。
……沢山の、国民に囲まれるといいわね。
リラ。

(その「名前」を)
(はじめて自分に与えられた響きを、呟きました。)

――リラ。

(もう一度。)

リラ……!
(もう一度!)
気に入った? リラ。
……今は時期じゃないけれど、姫様みたいにちっちゃくって可愛い花よ。
それがたくさん集まってるの。……街や、国みたいに。
……ありがとう、カタリヤ。

(かちり。)
(胸の奥の歯車が、噛み合い、嵌まる音。)
(――ああ。これが、「わたし」の名前なのだ!)

わたし。これからも、「はぐるま姫」であり続けるわ。
これもおじいさんがくれた、わたしの大切な意味。大切な名前。

……それから。
はぐるま王国の姫君、リラ。
この世界で与えられた、わたしっていう、いのちの名前。
(何度でも、何度でも口にしたくなります)
(今。ようやく「はぐるま姫」は、皆と同じ、命になれたのだと。)

……やっぱりわたし。カタリヤの紡ぐことばが、大好きだわ。
ありがとう。
「リラ」の名の下に。きっとたくさんの民を、集わせてみせるわ。
(微かな、微かな、心地よい音が猫の耳に届く。)
(目の前のちいさな少女は、その紫水晶の瞳を一際輝かせて。鈴の声音で紡がれれば、他愛ない思いつきのような名前も金糸で縁どられるように聞こえる……のは、ちょっと言いすぎかも知れないけれど。)
……どういたしまして。
頑張って頂戴な。……貴方が頑張るほど、私だって、語れることが増えるのだもの。
(ぱたん、と尻尾を振る。)
(ここまで面映いという言葉が身に迫ったことは、今まで一度もないかも知れない)

(いつの間にか、空になっていたカップを見下ろして)
もう一杯、いかが?
ええ、いただくわ。
……そうすればもっと、語ってもらえる時間が増えるでしょう?
(名付け親たる友人に向けて、お姫様は……おっと、失礼。)
(――リラは、まっすぐ微笑みました。)

なんだか、わたしのことばかりお話してしまったけれど。
カタリヤのことも。これから、もっと聞かせてちょうだい。
オッケー、リラ。
(友達に向けての言葉は、砕けて親しみやすく……だって、どうしたってそうなるでしょう?)
じゃ、その写真を撮ってくれた不器用なカメのお話でも聞く?
私の先生なんだけど。

(甘い匂いが、部屋を満たす。暖かな湯気が二人を包む。)
(ちいさな姫と、猫は)

(幸せな午後を、過ごしたのだった。)

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