シナリオ詳細
リーヴスラシルの祝宴
オープニング
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幻想王国レガド・イルシオンに訪れた夜明け――
永きに渡り響いたリーグルの唄の終焉に国王フォルデルマン三世は堂々と勝利を宣言した。
民をも脅かす暗澹たる戦。その勝利は正しく『勇者』による伝承の一節であったのだから。
ローレットへと招待状が届いたのは熱狂冷めやらぬ午後の事である。国王主催の舞踏会を祝勝の場にしようというものであった。
「食事は各国のものを取りそろえた方が良いでしょう。イレギュラーズには多様な人材がいますから」
指示を行うはガブリエル・ロウ・バルツァーレク。美食家として名高い彼の指示に宮廷料理人達は忙しなく立食パーティー用の料理を作り上げてゆく。
天義や幻想で親しまれる料理だけではない。隣国ラサで好まれるスパイスをふんだんに使用したものや鉄帝で好まれる具沢山のスープやライ麦パン。幻想種達が好むと言われるサラダも忘れてはならない。海洋王国の料理の多くは幻想にも流行しているが、ガブリエルが注目したのは大陸外に存在した豊穣郷の郷土料理、そして旅人等の国家・練達で親しまれるものだ。
「相変わらず卿は食には努力を惜しまぬな」
「いいえ、舞踏会の為の音楽隊も真心を込めて選び抜きましたよ。……それで、閣下。王の様子は如何ですか?」
ガブリエルが声を潜めた相手、レイガルテ・フォン・フィッツバルディは首を振った。
勝利し、喜び勇んで舞踏会を開くかと思われていたフォルデルマン三世であるが、『友』を討った事は相応に傷になったか。
勇者や民の前では笑顔を絶やさぬ彼は自室に籠もっているらしい。舞踏会の頃には何時も通りになると近衛騎士であるシャルロッテ・ド・レーヌより言付けられたのだ。人払いをせよという王の意向なのだろうと彼の自室周囲には近衛騎士以外は近づけぬようにしている。
「まあ、この様なことは『何度もあろう』よ。国家とはそう言うものだ」
「ええ、まあ……そう、ですね。そうではないと言い切れぬのがこの国ですから」
「まあ、鼠が潜んでいらっしゃっただなんて。随分とお顔を拝見していなかったのですけれど、息災で何よりでしてよ」
「ええ、此方こそ。わたくしはそろそろ……」
そろそろと後退する金髪の女にリーゼロッテ・アーベントロートは何時も通りの食えない笑みを浮かべていた。
鼠と呼ばれたベルナデット・クロエ・モンティセリ――『ローザミスティカ』は監獄島へと帰還する前に勇者たちの顔を見て行きたかったのだろう。舞踏会の間くらいは無礼講だと囁く『暗殺令嬢』にほっと胸を撫で下ろしている。
「アーベントロートのお嬢ちゃん。本当に良かったのよさ?」
きょろきょろと不思議そうに周囲を見回すのはイレギュラーズと共に果ての迷宮を探索するペリカ・ロズィーアンである。
『穴堀り』の専門家である彼女にも舞踏会に参加して欲しいというのは王の意向なのだそうだ。その王が自室にお籠もり中で有るためにリーゼロッテが彼女の迎えに遣わされたのだろう。
「わざわざお迎えに上がったのに、参加してはならないだなんて申しませんわよ?」
「場違いな気がして緊張するねぃ。後で国王陛下にも挨拶しておくけど……そのぅ、お嬢ちゃんみたいなドレスは持ってないのよさ」
「陛下がお貸し下さるそうですわ。ええ、けれどドレスコードなんて御座いませんから気にならないならば其の儘で。
舞踏会と言えども、祝勝の場ですもの。勇者達の衣服にまでとやかく申し上げるほど野暮な女ではございませんことよ」
ペリカは「衣裳の貸し出し、太っ腹だねぃ!」と微笑んだ。……きっと、彼女は何時も通りの探索服で皆を待っていることだろう。
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「勇者達よ、よくぞ参った! 貴殿等のお陰で幻想王国には夜明けが訪れた。
建国の勇者の如く、国の危機を救った貴殿等の勝利を喜び、国民を代表しお礼を申し上げる。
そして、貴殿等の勝利を称えた祝勝と――我々幻想国民からの感謝の宴としたい!」
堂々と言い放ったフォルデルマン三世はワイングラスを掲げる。
彼の目元が少し赤くても。
いつかの日、舞踏会で『幼馴染みだった』少女の手を取りワルツを踊ったことも。
そんな記憶が思い返されて今にも涙が溢れてしまいそうなことも。
そんなこと全て包み隠して、彼は『国王』としてその場に立っている。
「かの死の女神フレイスネフィラを撃破した者達よ。
強大なる敵の足下で、挫けること無く、小さな命を輝かせた者達を私は誇りに思う」
言葉は、淀みない。
「我が臣民クローディス・ド・バランツを討った者達よ。
その策略に気づけぬ愚かなる王で在ったことを申し訳なく思う。だが、貴殿等のお陰で民は救われたのだ!」
ワイングラスを掲げる腕に少し力が入る。
「暗躍するレアンカルナシオンなる者を撃退した者達よ。
国内に蔓延る悪事を未然に防ぐ事は何人たりとも難しい。私を守り抜いてくれた貴殿等のお陰で、私は此処に立っていられるのだ!」
わざとらしい笑みだと誰かが呟いた。
「太陽の翼、神獣ハイペリオンと共に駆けた者達よ。
其れはまるで伝説の一遍の如くであった。貴殿等の活躍は多くの民を救ったのだ! 私はその光景を忘れないだろう!」
庭園でハイペリオンが羽を休めていると、国王は付け加える。
「……そして、我が臣民ベルナール・フォン・ミーミルンドを、討った者達よ。
彼は、嘗ての我が友。我が友の苦難を、苦悩を、其れさえ気付かぬ愚かな王であったことは、どれ程までに恥ずべき事か。
ああ、だが、諸君等は、我が友を救ってくれたのだ。貴殿等のお陰である」
その声音が震えた。俯きがちになったフォルデルマン三世はゆっくりと顔を上げ、微笑んだ。
「我が勇者達に――乾杯!」
- リーヴスラシルの祝宴完了
- GM名夏あかね
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2021年07月28日 23時20分
- 参加人数94/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 94 人
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参加者一覧(94人)
リプレイ
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「おぉぉぉぉ!! これが王宮の立食パーティーっすかああああ!!!!
聞いてた通り色んな国の食事があるっすよ!! そして! 各国の料理があるという事は! 世界中のスイーツもあるという事っすよ!!!」
煌びやかな王宮舞踏会。幻想での戦いを終えた『勇者』達を讃えるパーティーに招かれたイレギュラーズは皆、思い思いに過ごしている。
眸を煌めかせ、疾風怒濤の勢いで食事へと飛び込んでいく無黒は幸福に身を捩らせる。幸せな気持ちになる程に、美味しい御馳走が溢れているのだ。
「ごきげんよう。フォルデルマン様、シャルロッテ様。お二人ともご無事で何よりですわ!
それにこんな素晴らしい催しまで用意していただけるなんて、流石は国の王ですわね。身分は違えど共に戦い、共に笑う。
あぁ、なんて素敵なのでしょう!」
淑女の礼を見せたシャルロッテに、護衛騎士である華の騎士は「ご尽力に感謝を」と穏やかに頭を下げる。護衛の間をするすると抜けてシャンパングラスを手にしていたフォルデルマン三世は「此度は、我が誘いに応じてくれたことに感謝を」と満面の笑みだ。
幻想王国の賊軍を蹴散らせ、フォルデルマン三世による治政の地盤を整えた勇者達は紛れもなく英雄だ。そう讃える彼の声音に耳を傾けていたシャルロッテは「あら、いけませんわ! ワタクシとした事がうっかり!」とワインボトルをそうと差し出した。
「うふふ、所詮はイレギュラーズの1人に過ぎないワタクシ。ですがまたお会い出来る日を楽しみにしておりますわ!」
流石は王宮主催パーティーだと頷くティーでの傍らで創は眸をきらりと輝かす。
「やー、いいねえいいねえ、こうして戦勝パーティーが開けることが、嬉しくてしょうがないよ。
よーしティーデ君、今日は飲もう! しこたま飲もう! 勝利のために!明日のために! レガド・イルシオンの明日に、かんぱーい!」
二人揃って正装での参加。「かんぱーい!」と同じように盃を掲げたティーデにとってはこうした催しは親父殿や兄上の領分だが悪くはない。
「やっぱり勝って食うメシほど美味いもんは無いな」
「美味しいねえ、しっかり勝てたから余計に美味しい」
食事を楽しむ二人は頃合いを見てガブリエルやリーゼロッテに挨拶をと考えていた。舞踏会への感謝を告げるのも臣下のマナーなのである。
「ウェーイ、パーティだパーティだー、あっはっはー!
めでたい事にはやっぱりパーティが付き物だよねー、京ちゃん大好きなのさー! さあ、沢山食べるぞー、もりもり食べちゃうぞー!」
にんまりと笑った京はギルオスの周りをぐるぐる。ぐるぐる。「んー? ふむふむ?」と見遣ればギルオスはぎょっとしたように「どうかしたのかい?」と問い掛けた。
「いーや? あはっ! やっぱりアナタ、素敵だね! 京ちゃんグッドだと思いました、あっはっはー!
うん、満足満足! また会える日が楽しみだねー! よし、ご飯食べに行こーっと!」
パンツを投げられなかっただけ安心する残念なイケメンは「美味しいご飯を食べるんだよ」とひらひらと手を振った。うん、イケメンだけど、パイ投げの代わりにパンツ投げを心配するのは京ちゃん的にも減点なのだ。
「うわー、お城でパーティーなんて初めて! 御伽噺とかでこういうシーンあるけど、こんなに煌びやかなんだね。
ドレスを借りてみたけど、落ち着かない……ヒールは歩き、にくい、し……」
よろよろと歩くルビーは幼馴染みと共に来たかった――と願いながら眼前で見慣れた姿に気づき「建葉さん」と晴明を呼んだ。
スピネルを保護してくれたのは彼だった。彼もルビーに気付いたか「あの時の」と相槌を打ってくれる。
「あの時はどうも有難うございました。いきなりやって来た私の話を聞いてくれて……
スピネルと無事に会えたのは貴方と巫女の子のお蔭です。こうしてまた会えてお礼が言えるなら来た甲斐がありました。
つづりちゃんにもよろしく伝えて下さいね!」
「ああ、つづりにもしかと伝えておこう。幼馴染みとの再会、良かったな」
晴明の言葉にルビーは喜ばしいと大きく頷いたのだった。
「――あ、ありのままに起こったことを話すウサ。
ご飯食べたいって言って食べてたら、何か色々話が膨らんで最終的に王宮にご招待とかなったウサ。何か恐ろしいものの片鱗を味わってるウサ。
ていうかまずこの耳抜き身なんで隠さないといけないウサね」
隠さなくても大丈夫だと微笑みかけるラーシアにばには「ウサ!?」と首を傾ぐ。変化をして人の姿になっても良いが宮殿では気にする物も少ないだろう。
「んじゃまとりあえずこのニンジンスティックから頂くですウサ。む、流石おいしいウサね、結構いいニンジン使ってるウサ。
それじゃこのキャロットスープを……ぐぬぬ……この甘さ……芳醇さ……どうやってるウサか…!」
ばにが『当たり』を引いて水を求めるまではもう少し――なのだ。
「ふわ。ニルは、王宮に行くのはじめてです。舞踏会もはじめてなのです。人がいっぱいで、なんだかとっても、すごいのです」
圧倒されっぱなしのニルはぱちり、と瞬いた。御馳走が一杯、ダンスも音楽も華やかで誰もが笑みを浮かべた素敵な空間が広がっている。
「何からしたらいいでしょう? かなしいことより、楽しいことのほうがずっとずっといいのです。
だから、ニルは、こういう時間がずっと続いたらいいのになって思います」
今は誰もが微笑み合って、時を過ごせるから。誰もが微笑むこの時間がもう少し続いてくれればとニルは願わずには居られない。
「王宮の舞踏会か……やれやれ、向こうの世界では精々居酒屋、料亭が良いところだったからな……流石に王族のパーティはスケールが違うな」
借り物ではあるが、身なりを整えた才蔵は浮いてなければ良いがとぴんと背筋を伸ばした。
近衛騎士として国王に付き従うシャルロッテは頭を抱える事があれば、顔色を悪くしたり、苦労性の彼女に労り言葉を書けてやりたいと考えた。
「レーヌ嬢」と名を呼べば、彼女は常の通りの穏やかさで「ご機嫌よう」と笑みを浮かべる。
「先の戦いではお疲れ様」
「ええ、有難うございます」
近衛騎士隊長である彼女は穏やかに微笑んで、才蔵の気遣いに感謝するように淑女の礼を返したのだった。
シューヴェルトは共に闘った幻想貴族達との食事を楽しんでいた。この戦いは勇者だけでは為し得なかった。幻想貴族達の力添えがどれ程までに有用であったか。一連の騒動での奴隷達とも食事を共にしたい。シューヴェルトはそう決めている。貴族や奴隷と言った立場なんてものは関係ないと、そう考えていたからだ。
「ありがとう、君たちの活躍があってこそこの戦いは勝つことができたんだ。
――だから、君たちもまた、この国の守護者であり、勇者にも引けを取らない存在だ!」
●
「今日はボクが、ウィズィをエスコートします。たまには格好いいところを見せちゃいますから!」
アイラは『ボクの勇者さま』にはいつもエスコートをされてばかりだから、タキシードを着用し、青いブローチを胸に飾った。
アイラにエスコートされるのは何とも不思議な気持ちだとウィズィは紫のドレスに、蚊の情と同じブローチを飾って、『お姫様』に徹する。
「これでボクのお姫様はウィズィって、解りますね!」
そう笑う彼女に立ち居振る舞いも淑やかになって仕舞うとウィズィは彼女を見詰めた。着慣れぬタキシードを纏ったアイラ。新鮮で不思議な気持ちを抱きながら、彼女を見詰めれば背筋をしゃんと伸ばした彼女が「ウィズィ」と名を呼んでくる。
――リードするボクが不安がってちゃいけません、どんと来い!
「ドレス、すっごく似合ってますよ、ウィズィ。それじゃあ、ホールの真ん中までいきますから……着いてきてくださいね、ウィズィ!」
「ダンスなんて、慣れてないんだけど……」
けれど、彼女のエスコートなら。何でも出来てしまいそうな気がして。ウィズィはそっとその手を重ねたのだった。
「舞踏会と立食パーティー! やったー!」
歓びながらもヨゾラはフォルデルマン三世が心配だった。個人的な面識はなくとも、果ての迷宮では一国の主である彼の名代であった。
今回の案件は――そうちらと視線を送れば、国王は空元気のようでもある。何もないわけでもないだろう。
(こういう場じゃなかったら可愛い猫沢山乗っけるのにー! ……ってのも難しいか)
ヨゾラの視線に気付いたフォルデルマンが手をひらりと振ってくる。どうやら、声を掛ける機会が回ってきただろうか。
「初めまして、陛下。ヨゾラです。陛下は……その、猫好きですか?」
「猫?」
大丈夫かと問い掛けるつもりが、つい――と慌てたヨゾラにフォルデルマン三世は「ああ、好きだぞ!」と少年のような笑みを浮かべたのだった。
「戦勝記念なんだもの、この場を楽しまないとね!」
ファミリアーを出す許可は国王陛下から貰って居る。イナリは料理を共に食べながら、貴族達とも挨拶を行って起きたいと考えた。
折角ならば有力な情報や今後の情勢についても耳にしておきたい。大凡はヨゾラが心配為たとおりのフォルデルマンについての『噂話』ばかりなのだろうが。
(まあ、そうなるでしょうけれど、愉快、とは言えないわね)
それでも話を聞いておいてパイプを得ておくのは悪いことではないのである。
「パーティーなのです。宴なのです。
お酒を楽しむ事自体は良い事なのですが、羽目を外し過ぎて潰れたりしないようにして欲しいのです。お酒も過ぎれば毒であり、悪ですよ?」
そうイデンに釘を刺されたのはシスター・テレジアやストレリチアであった。ぎくりと肩を揺らした妖精は「大丈夫なのー! パンドラもってないから、他人の使ってやるの!」とあくどいことを告げている。
「ふうむ。それはそれとして、宴なのです。ワタシも楽しまねば無粋というもの。
お出しされているジュースとお料理をよく味わっていただくのです。世界の珍しい料理、気になるのです」
――出来ればイデンも怒りたくはないが「じゃじゃーん!」と登場したストレリチアは「テンションマッハでブチアゲ↑↑↑↑てくの!」と叫んだ。
「飲んで飲んで飲みまくるの! 演奏も料理もついてて最の高なの! これは優勝間違いないの!」
「ええ! 実の処わたくしなーんも今回の事件に貢献しておりませんけれど、そんな理由でわたくしを止められるわけがないとお思いくださいまし!
第一に、多くの参加者が集い、大いに楽しむほどに、その分陛下の御威光も轟くというもの。僭越ながらわたくしもそのお手伝いをさせていただきに参ったのですわ!」
何もしてないけれど片っ端から高級食材を食べて飲んでの大騒ぎのシスター・テレジアも大騒ぎなのである。
「あっ! アルテナが居る! 成人したから飲めるようになったんだよね?
サスガに王様のヨウイしてくれた祝勝会だし、高い酒もあるから飲めるチャンスに飲んでおくとイイよ!
安酒はアジがあるバアイもあるけれど、高い酒は大体真っ当にウマイから飲めるときに飲んでおくのがイイと思う!」
だから飲もうと微笑んだイグナート。因みに彼は『強くてウマい』『そこそこ強くてウマい』『安くてウマい』しか分からない。酒の蘊蓄は詳しそうなメンバーに聞いた方が良いだろうか。
「えっ……にがい。皆こんなの飲んでるの? はぁ。んー、よくわかんないかも。もう少し飲んでみようかな」
「美味しい?」
「んー、わかんない。けど。ねえ、なんか暑くない? んえー、でもなんか……たのしいかも! ねえね、おさけのおいしいのみかたわかる?」
「ワカる!」
「だって、にがいっていうか、しぶいっていうか、へんな味なんだもん。ね、おねがい」
くすくす笑って甘えて。そんなアルテナの様子にアーリアは「あらぁ!」と笑みを零した。
「かんぱぁい! ふっふっふっ、タダ酒って聞いて黙ってる僕じゃあないってねぇ!
あ、今回はちゃんと『タダ』だよねえ? ……まぁ違ったらまた誰かのツケにしちゃお!
ここぞとばかりにお高いヤツ飲んどこーっとぉ。いやぁ、おーさまってイイお酒いっぱい隠し持つのが仕事でしょってくらい、まぁあるわあるわ……」
此れが美味しいとイグナートが告げれば、ラズワルドは「わーい!」と酒を煽り続ける。ほろ酔いアルテナにもほろ酔いラズワルドが「暑いよねえ」と声を掛け、二人でぐでんぐでんに為っている様子をアーリアが「まだまだ飲みましょうよぉ!」と微笑んだ。
アーリアへと酌をするラズワルドも楽しげににんまりと笑みを浮かべているようである。
「まあまあ、皆でお酒を楽しみましょうよぉ! 我らの勝利にぃ。ほぉら、乾杯!」
へろへろになったアルテナをつんつんと突きながらアーリアは小さく溜息を吐いた。
(イミルの民に、ミーミルンド家に、バランツ家に、奴隷に、貴族のお家騒動に……やっぱり私、幻想は嫌いだわ)
それは彼女には言えやしない。けれど、ここに居る人もお酒にも罪はない。今はお酒で流し込んで「レオンくん!」と呼んだ。
「お疲れ様って褒めなさーい!」
お酒の席に混ざりたいと指をくわえてヴァレーシヤは「うーん」と呟いた。本当ならば、この輪に混ざってお酒を掲げて居るはずだった。
「大丈夫かい? 決戦頑張ったものね……くっ……! 本来なら君を行かせてあげたい!
でも傷も浅くはないから今日は私だけで我慢しておくれ? ――っと! お料理を持ってくるね!」
悪戯めいて微笑んだマリアはヴァレーリヤに甲斐甲斐しく尽くし続ける。例えばローストした牛肉やサラダ。彼女が食べられそうな料理を揃えて二人だけでパーティーを楽しむのも悪くはない。
「ふふ、もう完全に病人食かと諦めていたのだけれど、気の利いたことをしてくれますのね!
ささやかだけれど、私達はこちらでパーティーをしましょうか! そ、そうですわね。それでは……」
「あーん」
二人だけの素敵なパーティーにあーんと食事を口内に運ばれたヴァレーリヤは気付く。成程、これは酒に合う。
「ところでマリィ、お酒は……うう、分かりましたわ」
「むむ……お酒は怪我が治ってから、ね?」
悲壮な表情をした彼女にマリアの心は痛んだ。だが、ヴァレーリヤは治った後に飲みましょうと穏やかに微笑んだのだった。
「料理人としては、たまには高級な料理を食べて研究しなければ。
その技法を使い、安い食材を美味い料理にすることによってお客様に還元するのだ。
……というのは建前で、私だってたまには食べる側の人間になりたい。
もちろん、きちんとテーブルマナーを守って上品に飲食するぞ。会話した人に、別れ際に名刺を渡すのも忘れない。人脈づくりの場でもあるからな」
そう胸を張るモカは妖艶な紫のドレスに軽いメイクとアメジストのイヤリング。美しいその姿に亮が「見違えたぁ!」と叫んで、モカにこつりと小突かれるのであった。
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「今回の戦勝と……ちょっとタイミングを逸していたけど、
ベネディクト=レベンディス=マナガルム卿の勇者総選挙堂々2位! おめでとうございます!」
そう微笑んだマルクにベネディクトは大きく頷いた。自信だけでは無い、リースリットとて勇者として数えられた一人だ。
「祝いの言葉をくれた者はありがとう。そして、何よりも決戦の勝利を祝って――乾杯!」
微笑んだベネディクトにリースリットも大きく頷きを返す。煌びやかな食事や料理が並んでいる。
うずうずとしていた花丸はぱあと笑みを浮かべてぐんと腕を伸ばした。
\宴の時間だーっ!/
リースリットとベネディクトのお祝いに、祝勝の宴。騒ぎたくも為るが、其れより先にちゃんと伝えなくては為らないと花丸は咳払いを一つ。
「ベネディクトさん、リースリットさん。二人共ランキング上位おめでとう! って事で、カンパーイっ!」
楽しげな仲間達の様子を眺めながらバスティスはグラスを傾ける。
「祝宴、饗宴、こういった催しは本来ならばあたしの領分だね。色とりどりの料理、賑やかしくも華やかな歌や踊り。
血が騒ぐ気持ちがあるけれどそんな気持ちになれなかったのは今回の一連の戦いを通して見てきたものがあるからなのだろうね」
此れまでの戦いは奴隷を好き勝手にして、人を踏み躙る者達を沢山見た。それに踏み躙られて、人生を諦める可哀想な人が居た。
その状況に内心で異を唱えながらも周囲の流れに押し流されて、道を違えた人。
「フォルデルマン三世は伝え聞いていたより王だったね。少しばかり興味が湧いて来たよ。
だから、かの王にベルナールに託された物を届けて来よう――この国を、変えるのが約束だからね」
そう微笑んだバスティスに夏子はふうんと小さく呟いた。
「国王なんか雰囲気変わった?マジで期待でき……る、かなぁ?」
解決した事と、これからを。前向きに色々と熟していかねばならないと夏子はグラスを手にまあ、それよりもと笑みを零した。
「まあ今回? ウチの長が? 二位勇者だからして? そりゃ隊員モテるハズ~」
其処行く此処行く何処行く女性達に手当たり次第にグラスを交わらせる夏子は何時も通りににんまりである。
「やあ素敵なご婦人だ 僕は第二位勇者 黒狼隊ベネディクト卿率いる黒狼隊の隊士さふふふ素敵な時を一緒にどうだい?」
一方で、折角だからお祝いをと黒狼と紅炎の勇者に乾杯をしたタイムは「今日はぶれいこーでお願いしまーす!」と笑みを零す。
「タイムちゃんじゃん……ん?」
「アンジェロさんとリルさん、二人とも無事でよかったぁ。あ、あのね、夏子さんも勇者選挙中に会ったでしょ? 褐色肌の子達。
あ。あの時はありがとう。夏子さんがいてくれてとっても助かったわ。
で。呪いとか~、えっと~……とにかく大変な目にあって気が気じゃなかったの」
「あー女性は覚えてるけど男は別に、飯食ってっかなあ細すぎたけど。
呪……い? 大変な目? ナニソレ大丈夫なの? 助けいるなら言いなね。助けるから」
タイムは夏子をまじまじと見遣ってからぱちりと瞬いて、小さく笑った。
「あれ~? もしかして夏子さんってば結構酔っぱらっちゃってるの? お酒そんなに強くないんだぁ~意外~」
ん? と夏子は首を捻る。「うんそう酒は至って普通であーじゃあどうかな朝まで介抱してくれるとかぁ?」と揶揄えばタイムもどうしようかなぁと小さく笑う。
そんな様子を横で見ていたフランが「タイムさん飲み過ぎー!」と慌てて走り寄ってくる。
「え~?」
首を傾ぐ彼女を見ているだけでもフランは何だか楽しい心地であった。
「ベネディクトさんにー、リースリットさんに……も、もしかして黒狼隊って勇者ですっごい人の集まりだったのかな!?
今更だけどちょこっと緊張してはしっこ……はやだし、胴上げしようと思ったけどだめ! ってなったから大人しく我慢。むむ」
タイムに水を差し出しながら、こうして『普段通り』を過ごしていても、ふと思うのだ。
幻想の王宮にお呼ばれするのも不思議な感覚なのだ。何時の間にか勇者の一人になっていた――なんて、過去の自分が知ればどんな顔をするだろうか。
(……少しはあたしも、強くなれたのかなぁ。みんなを守れたかなぁ? ……だといいなぁ)
反転が何時だったのかわからない。リースリットにとって、ベルナールは反転してそう振る舞いながらも正気を保っていたようにも見えた。
共通の敵であった彼が討たれた事が、この国を一つに纏めるに至ったのならば喜ばしいとリースリットはグラスを傾ける。
「『黒狼の勇者』。この国で貴方に望む事があるのなら、その名と名誉はきっと力になると思います。――おめでとうございます、ベネディクトさん」
「ああ、リースリットも。
……今後も黒狼隊のリーダーとして、幻想に選ばれた勇者として己の務めを果たすとしよう。皆、宜しく頼む」
お祝いしてばかりでは居られないと襟を正す二人の背にそっと声を掛けた。
「えっとー、ベネディクトさんに謝らなきゃいけないことがあって……僕、『黒狼の軍師』って名乗ってしまったんだよね……」
味方の士気を挙げる為であった、と肩を竦めるマルクにベネディクトは首を振る。
マルクは彼に誓うように、堂々と宣言した。
「自負はあるんだ。力不足もあるとは思う、それでも。
名乗ってしまった言葉は取り消せないから、せめてその名に恥じぬように。
――黒狼の誇りを汚さぬように、『黒狼の軍師』を名乗るに恥ずかしくないよう、がんばります!」
リースリットは「皆さん、父が……」と小さく呼び掛ける。何人かは認識があれど、勇者として、黒狼隊の一員として仲間だとしっかりと伝えたい。
それがリースリット・エウリア・ファーレルの決意であるように。
ベネディクトはローザミスティカに気付き頭を下げる。決戦の彼女の言葉を思い出す。
国の為に犠牲となった彼の為にも、この犠牲を言う上に成り立つ勝利を意味ある物にする為にも未来を築いて行かねば――そう、その心に決意をして。
●
「HAHAHA、ミーが居たんだから勝利は当然だが、パーティは好きだぜ!
ド派手に盛り上げてやるから、ノープロブレムさHAHAHA! HAHAHA、盛り上がっていこうぜ、オーディエンスども!
なんせ今夜はフォルデルマンの奢りだからなぁ、HAHAHAHAHA! 放蕩者の面目躍如ってなもんさ、これぞ適材適所ってな!」
そう笑った貴道は酒をかっくらってメシをかっくらって話題までもかっくらう。
馬鹿騒ぎだって本気で遣るからこそ楽しいのだ。肩を落したフォルデルマンを元気づけるように笑った貴道の傍らで蘇芳が「かんぱーい!」とグラスを掲げる。
「色んなお酒があって目移りしちゃうわねー。でも、やっぱり私はお料理かしらー♪
うふふー、流石陛下ねー。各地の色んなお料理があって、ワクワクしちゃうわー♪
味もそうだし、料理法も気になるわー♪ 新しいお料理のインスピレーションもどんどん湧いてきちゃうわー♪」
何かを作っても良いとわくわくした蘇芳は「何かおつまみでも用意するー?」と貴道に問い掛ける。
「HAHAHA、オーダー待ちだそうだぜ!」
蘇芳が料理法をちょっぴり盗む一方で新しい『おつまみ』の提供を待つのも悪くはないだろう。
「む、何が美味しいのかが分からないが! いいぞ、厨房も無礼講だ!」
「フフ、可愛い王サマ、頑張ったいいコには特別にアイスをあげようね。
ガブリエル伯爵にもまだ献上してない、今度の夏に販売予定の完全新作のジュエリー・スイーツだよ。
キミが正真正銘、一番乗り。後で彼に自慢しておやり」
微笑む武器商人は『それなりの格好』でガブリエル達に挨拶をしていたが、『イイコの王様』に完全新作のスイーツを渡して「とっておきさ!」と笑いかけたのである。
「おお! これは! 自慢して良いのか?」
「勿論さ。不死身ノ勇者なんてたいそうな名を賜ったお礼でもあるさ」
嬉しいと跳ねる彼は子供っぽくもあるが此れからこの国を担う国王なのである。
「――」
成程、とナハトラーベはその様子を眺めていた。豪華絢爛、百様玲瓏、玉趾珠冠。流石は放蕩王と呼ばれた彼の宴か。
腐っても鯛である。馬耳東風で開幕ダッシュの料理コーナーで食欲を満たしていた彼女はお土産を包んで貰って蘇芳の作る新しい料理を楽しみに待っているわけである。
「お酒飲み放題っきゅ! ドレスコードや礼服なんて堅苦しくて酒の味が分からなくなるものはスルーして飲みまくるっきゅ!
保護者さんはパレード出てたせいか緊張してるみたいだけど……レーさんは気にせず飲むっきゅ!」
きゅーと鳴いて楽しげなレーゲンにウェールは肩を竦める。勇者の証を貰った義務感で礼服を着用してやって来たが緊張が解けないままなのだ。
「保護者さんもせっかくだから、果ての迷宮で名代した事ある……えっと、金竜おじさん? にアピールしなくっていいっきゅ?」
「アピールと言われてもな……旅人の俺はいつかは必ず元の世界に帰る気しかないし。
たった数回の名代として貢献しただけでわざわざフィッツバルディ公に会いに行く自信はないし。
……依頼で一度だけ顔を合わせた事があるからという理由で名代として参加しただけだからな」
うーんと唸ったウェールに「うーん」とレーゲンは返してからスモークサーモンや烏賊の燻製、そして普段は飲めないような酒を勢いよく流し込んで――『マーアザラシ』への進化を遂げるのであった。
稔は何時も通りの『華の騎士』に会いに行ったが――さて、今回はどんな顔をしているか。
虚に謂わせれば「虐めるなよ~」ではあるが「そろそろ胃に穴が開きそうだな!」と軽口は常の通りである。
「ええ」
「……う」
きつい声音で返されたが稔は言葉を選ぶように視線をあちらこちらにやる。流石に、シャルロッテにとっても『マルガレータ』や『ベルナール』は見知った顔だったであろう。
「まぁ……何だ、お前も色々あるだろうがあまり思い詰めないように。
陛下やお前達にはこれからも様々な災難が降りかかるだろう。また何かあれば頼れ、必ず助けに行く。天使はいつだって善良な人間の味方だ」
意外だと目を見開いたシャルロッテは「有難うございます。貴方もご無理をなさらず」と微笑んだ。
「フッ、まぁ今回はこのくらいにしといてやるか」
そそくさとその場を後にする稔へと『素直じゃ無いなあ』と虚が小さく笑う。
「――別に陛下やアイツが心配だったとかそういう訳じゃない。本当に!」
「ペリカ……久しぶり、果ての迷宮はうまく行ってる?」
勇者総選挙の間には向かうことが出来なかったから、とイーリンは微笑んだ。服はペリカの旅装束に合わせ、同じように旅装束を身に間藤。
「おや、ドレスじゃ無くて良かったのかねぃ?」
「ええ。立場も、称号を見ればわかるでしょう。ただの『天才になれなかった女』よ」
「勇者様だったろうに」
「あら、貴女と一緒に酒を飲んで、次はどんなダンジョンなのだろうと語り合いたいだけの、女はお嫌い?」
いんや、とペリカは首を振った。彼女とのダンジョンの話はイーリンの心を湧き上がらせる。
「――ありがとう。あの旗を私にくれて。貴方にも、きっと一緒に『見果てぬ先』を見せてあげる。……もちろん、貴方が見せてくれてもいいけどね」
茶目っ気たっぷりでウィンクしたイーリンに「楽しみにしてる、けど、任せてくれるのも嬉しい事だわさ」とペリカもからからと笑ったのだった。
オウェードは眼前で微笑む蒼薔薇に気付き、己に授かった称号を――『黒鉄守護』への感謝を、そして、決戦でのことを軽く報告した。
それだけで終わってしまうには少し、物足りない。「リ、リーゼロッテ様」と名を呼べば蒼薔薇は何時も通りの食えない笑みを零す。
「……わ……ワシと……一緒に踊らないかね……不慣れで……すまないが……」
「ええ、宜しくてよ」
一時のダンスに、くるり、くるりと踊れば、近くで薫った薔薇にオウェードの頬が紅色に染まる。
「リーゼロッテ様……嬉しい……これからももっとリーゼロッテ様のお役に立ちたい……」
「期待しておりましてよ」
彼女は食えない相手である。
「久しぶりね、リズ。一曲お相手よろしいかしら?」
奴隷騒動が終わった。シャルロットは笑みを零しそっと手を差し伸べた。
「ええ、よろしくてよ」
アーベントロート派として、彼女の為に研鑽した日々をリーゼロッテは無碍にはしまい。ワルツは穏やかに薔薇の手を取ればふわりと踊り出す。
「れ、レジーナが参りましたお嬢様。本日も麗しゅく――か、噛んでません。噛んでませんもん! たとえかんでたとしても甘噛みです。噛んでませんけどね!」
相変わらずのレジレジしているレジーナにリーゼロッテが小さく笑う。むくれるレジーナは「我(わたし)と踊っていただけますかお嬢様」とそっと手を差し出した。
男性パートを踊れも、娘同士だからこそ、どちらがどちらになる訳でもなく。ワルツを踊り、レジーナは問い掛ける。
「戦の結果はお気に召しましたかお嬢様。魔種は、何だか思う所がありましたが。秘密です」
「秘密だなんて。酷い人」
まあ、とレジーナは小さく笑った。ダンスが終わった銀の髪へとそうと青薔薇を挿しレジーナは小さな声音で「お嬢様」と呼び掛ける。
「我が領で摘みました。今が見頃となっております……今度遊びに来てくださいね」
「此度はこの幻想国に纏わる歴史と、その影に在った何とも物哀しい物語、でしたがこれにてエピローグ、ですね」
レイガルテへの挨拶を報告を終えたドラマはタダ酒を楽しむローレットオーナーの姿を探す。マイペースな彼を見つけるのは一苦労。
それでも、屹度此処だと思う場所まで足を伸ばして。
「……楽しんでいますか?」
「まーね」
喧騒や、『お偉方』の前では息苦しくて外に出る彼がホストに徹するように会場にいる。きっと機嫌が良いのだろうとドラマはそうと見上げ、彼の手をくいと引く。
「そう、勇者総選挙では同派閥のシラス君に協力して結構、頑張ったのでした。その――」
「褒めて欲しいって?」
「え、ええと、」
「――」
素直に褒めてなんて言い辛い。それでも、少女漫画みたいなロマンスをなぞるようにドラマにだけ聞こえる声音でレオンは囁いた。
頑張ったと褒めて欲しがりさんにはぴったりな響きをひとつ。夏の暑さに魘されて林檎のように熟れた彼女に「赤い」と小さく揶揄って。
●
「ご機嫌よう御座います。ヴァークライト家のスティアと申します」
幻想のこととは謂えども民の不安そうな顔や不幸な姿を見たいわけではない。フィッツバルディ派と近付いておくのも悪くはないかとスティアは考えていた。
レイガルテに穏やかに頭を下げた彼女は天義の貴族として堂々と振る舞った。
つまり、私は遣れば出来る子なのですとふふんと鼻を鳴らす。あんまり遣らないけれど。折角の機会だから、問いたかった。
貴族としての在り方や、考え方を。レイガルテが言葉にしたいことが何かなども、全てを聞いて感じて、活かせばいいと、そう考えて。
「拝謝申し上げます、閣下。
必ずや頂戴した名に恥じぬ働きをご覧に入れましょう。
今後とも変わらぬご指導を何卒。我々は閣下のお力になりたく存じます」
シラスは金色龍牙を賜った礼を、そして自身の称号を授かったその感謝をレイガルテへと告げる。
彼の支援者として今以上の活躍の機会を。それは仕事を回して欲しいという意味でもある。
厳かに頷いた彼にほっと胸を撫で下ろしたシラスが視線を向けたのは壁の花とも言えぬほどの存在感の『レイガルテと同じ色彩を持った女』である。
ローザミスティカ。
彼女との面会はレイガルテとの謁見よりもハードルが高い。故に、シラスは堂々と頭を下げたのだ。
「どうか何なりと仰せつけください。私が温室の花ではないと証明します」
「また、招待してあげるさ。暫くは『可愛いお花ちゃん』と穏やかに過ごしておきな」
それが彼女の気遣いであると気付いてシラスは擽ったそうに肩を竦めたのだった。
「一連の事件には少し助力しただけですが……そんなボクにも招待状をくれるなんて、変なところでマメですよねぇ。
騒がしいのは苦手ですが、まあ、たまにはこういうものに参加するのもいいでしょう」
影でのんびりと料理を楽しんでいれば良いかと考えたチェレンチィの視線の先にはローザミスティカが見えた。屹度、叔父に指示されてこの場に来たのだろう。姿を眩ますことが出来ても居心地が悪いという表情は変わらないか。
(――おや、)
ばちり、と視線がかち合った。ローザミスティカの眸がチェレンチィを見据えて笑っている。監獄島を出てからの方が縁があるものだと会釈をし、チェレンチィは彼女がぐんと手を引かれた様子に驚いた様に瞬いたのだった。
「舞踏会ならプリマの出番ね。任せなさい、最高の踊りを魅せてあげるわ!
今回の件が終わって私の中でも一区切り。第二幕のスタートを祝って踊り続けるわ! ねえ? ローザミスティカ」
微笑んだヴィリスの舞踏に手を引かれたローザミスティカは「素敵な出番じゃないか、バレリーヌ」と揶揄うように笑った。
「思い描いた通りの結末。ごくありふれた英雄譚の一節。ま、現実はこんなものよね。
この国がこれで変わるわけなんてないけれど誰かは変わったりするのかしらね? ――なんて」
小さく笑った彼女に「さあ、どうかね。変わるも変わらないも当人次第だろう?」と揶揄って。
「ご無沙汰してます! ここでは本名もローザミスティカもまずいですかね? ……じゃあベルちゃんで如何ですか!」
にんまりと微笑んだルル家の『思わぬ提案』にローザミスティカはぎょっとしたが「ああ、構いやしないよ」と小さく笑う。
高貴な生まれであるフィッツバルディの元・令嬢。ベルちゃんと呼ばれたのは彼女にとっても初体験だろう。
「あそこでの生活は不自由はないでしょうけど、閉塞感がありますからね! こういう時くらい折角なので羽を伸ばしましょう!
あ、そうだ。おうちに帰る前に拙者のお店に寄っていきますか!? と思いましたけど拙者の店は破壊されたのでした……」
「いきなりハードな話さねぇ。それに、あの島はおうち、では――」
「ハッ、生活の潤いの為、ベルちゃんの島に拙者のお店を出す手もありますね! どうですか!?
美味しい料理と麗しい美人さんの接客は人気間違いなし! 加えて店員は良からぬ事を考える輩も叩きのめせる実力者揃いですしね!」
彼女のジョークに驚かされたか、ベルナデットは「悪くはないねぇ」と揶揄うように笑うのだった。
――ローザミスティカ。あの美しい薔薇は幻想の暗部そのものでありながら、人を引きつける魅力がある。ジェイクはそう感じていた。
恋愛感情ではないが、彼女に興味を抱いたのは確かだ。
「どうか私めと踊っていただけませんか」
「ああ、構わないさ」
妻に恥をかかせない為にと身に付けた社交マナーは正解だったか。こうした場では誰と踊っても構わない。
ローザミスティカと踊りながらジェイクはそっと耳打った。
「三大貴族は手を取り、見事に共通の敵を倒した。この絵を描いたのは、まさか君って事はないよな?」
「――まさか!」
笑う声が、含む。さて、彼女も運命に翻弄された一人だと言いたいのだろうか。
「もし、あの坊やを憐れむ気持ちがあるのなら、奴の命日には花を添えてくれないか」
「ああ、そうさね。素敵な薔薇を供えてやろうじゃないか」
くすくすと笑った彼女にジェイクはそっと目を伏せた。この薔薇は何処までも美しく、高潔ではあるが――『全てを掴める』相手ではなさそうだ。
●
「王城での祝勝会。すごく豪華だねえ……! ……あれは……ハイペリオンさん……!
実物を見るのは初めてだけれど、おおきいねえ。初めまして……!」
折角だからと挨拶を行う津々流にとっては中々接点のない相手だったのだろう。ふわふわとしたハイペリオンは穏やかに「こんばんは」と返してくれる。
「僕、もふもふしたものが好きで……ハイペリオンさんすごくふわふわしているし、もふもふさせて貰えないかな……なんて。
あの、スゥーーーっていうのもやってみたいな、あっでも失礼のないように……!」
慌てる津々流へとどうぞ、と微笑むハイペリオンに津々流は喜ばしいと笑みを零して。
「おはようございました」
両の手を広げてYのポーズで澄恋は永きにわたって共に闘ってくれたハイペリオンに礼を言いたいとこの場所を訪れていた。
「此度の勝利はハイペリオン様のお力あってこそですからね。今日はブラッシングなど沢山報恩させてくださいな!
初めてハイペリオン様と会った時はまだ右も左もわからないような駆け出しイレギュラーズでしたが、一緒に戦っていくうちに戦闘の術を覚えたり大切な仲間に出会えたり、自分の長所を見つけられたり……成長させてくれたハイペリオン様は紛れもなくわたしにとっての勇者さまなのです!」
そう褒め湛える澄恋は眼前の『伝説のもふもふ』に――スゥーー!
「たしか甘いものが好きだったよな! クッキーとかゼリーとか持っていこうかな。
ゆったりのんびり、遠くから聞こえる宮廷音楽を聞きつつお菓子をもしゃもしゃ。ん? メインディッシュは俺はいいんだよ。ある程度向こうで喰ったし」
カイトは料理人に料理されちゃいそうで怖いんだよなーと呟いてからハイペリオンを眺めた。
「そういや、聞いたことなかったけどハイペリオン様の首飾りって誰かから貰ったのか?
四葉とかとても可愛らしいなって。や、ハイペリオン様はいつだって可愛くて素敵なかみさまだぜ!
あ、またハイペリオン様吸っていい? いいよな? スゥーーーーーーーーッ!」
「有難うございます」
スゥーーと吸いながらハイペリオンは遠い昔を思い出す。さて、この四つ葉は――……。
ハイペリオンをモフモフとしに来ていたのはリカナである。
「おかえりなさい。ハイペリオン様! 凄い決戦だったけど、お互い無事に帰ってこれて良かった……!
あの空で約束したもの。私も無事って伝えに来ました! ちゃんと決着も付いたみたいで安心した……んだけども。
ノワールクロウの魔力を宿したって聞いたよ? 大丈夫だよね? 体調崩したりはしてないよね?」
大丈夫だとハイペリオンに言われてもティスルにとっては心配なものは心配なのだ。
「それと、ハイペリオン様はこれからどうするかって決めてるの?
もしも手伝えることがあったら頼ってね? 小鳥でも、きっと力になってみせるから!」
「暫くはのんびりします」
何かあれば教えてねと微笑むティスルにハイペリオンはふんわりと頷いた。
「こんな所にいたのね。ハイペリオン、おにーさんかおねーさんどっちでしょうか? とりあえず性別を定義できないかしら? ね?」
「?」
首を傾げたハイペリオン。性別の定義はまた次回だろうか。フルールは想像していたよりも大きいのねとハイペリオンを見上げる。嘗ては勇者達の乗り物でもあったらしいその巨大な体を見上げフルールは優雅に礼をした。
「改めて、初めまして。『夢語る李花』フルール プリュニエです。今宵のほんの少しのひととき、共に戯れましょう? ふふ、お話するだけでも良いのです」
聞いてみたいことは沢山ある。遠い久遠の彼方を思い出す。そんなハイペリオンが熱を馳せる思い出が、フルールにとっては羨ましくて堪らないのだ。
「わたし、こういう場はあんまり馴染みがなかったりするけれど、おいしいものが食べれるって聞いたし、お礼も言っておきたかったの。
ちなみに珍しいのとかもらっておきたいの。
ありがとう、かつてのように、人と共に戦ってくれて。変わらないそなたでいてくれて、わたしは、それが嬉しかったから」
これはごちそうなの、と微笑んだ胡桃にハイペリオンは穏やかに頷いた。
「あっ! ハイペリオンさんだ!」
軽食をプレートに乗せて軽食を楽しんでいた咲良に気付いてハイペリオンがにこやかに応じる。イレギュラーズ達の『もふもふ』にも快く応じるハイペリオンは「こんにちは」と微笑んだ。
「すごく良い翼だね! ほんとに太陽みたいな温かさ……!」
柔らかな羽毛を楽しみながら、ハイペリオンとの歓談の輪に交じる。この歓談が終われば庭園を眺めに行こうカ。
綺麗なお花を見ながら、東屋で転た寝をするのも悪くはない。大きな戦いを越えたのだ。英気を養ってからまた次の仕事に臨まねば――
「巨大な鳥と一体化して魔物を打ち払い、そしてお城でパーティーなんて元居た世界じゃ絵空事だな」
まるで想像していなかった未来だと天は驚愕したように肩を竦める。ハイペリオンも功労者だ。この場に居るのは相応しいと思いつつも、想像もしていなかった『現在』に驚きながら天は「ハイペリオン」とその名を呼んだ。
「はい。パーティーに参加されていたのですね。楽しんでいらっしゃいますか?」
「ああ。ハイペリオンもお疲れ様。食い物なら色々あるが何か欲しい物はあるか。
ハンマーランドで子ペリオンと、そして先の戦いでお前と一緒に戦った。どちらも得難い経験だった。共に戦えた事を誇りに思う。また一緒に戦う事があればよろしくな」
「ええ」
勿論と大きく頷いたハイペリオンに天は「何でも言ってくれ」と頷いて。
「なんだか色々あったけど、しばらくはのんびりできそうかも?
そーいえば、ミスティはまだハイペリオン様に会ったことないよね。みてみて、あの真っ白でふわふわもふもふな鳥さんがハイペリオン様だよ!」
「え? ハイペリオン様ってあんな見覚えある顔してたんだ……?」
ミストの案内にミスティはぱちりと瞬いた。何だか見慣れた顔をした――トリヤデみたいな。一体、どういうことか。
「えぇと……初めまして……? 僕はミスティ。……ミストとは家族みたいなもの、かな。
……ハイペリオン様、話は少し聞いてたけどすっごくもふもふしてる……ちょっと羨ましいかも」
挨拶を行ったミスティの眼前にトリヤデさんとペリヤデさんが飛び出した。
(-╹V╹)<まったりするヤデ
(-╹∨╹)<ペリヤデ!
平和の象徴だと微笑んだミストにミスティはぎょっとしたように、「ペリヤデさん? 何?」と首を傾げる。
「……ちょっと悪い子なスルトリヤデとかいたけど」
「スルトリヤデ……? え? そんな似たようなのがいたの? ちょっと、名前だけ聞いてもついていけないんだけど……?」
色々あって訳が分からないけれど、ミスティにはこれからのんびりと説明するからとミストはふふんと胸を張って。
「にゃ、お花が綺麗ですにゃ。色々食べてのんびりできそうですにゃ こんにちはー、ハイペリオン様……もふもふしたいですにゃ……!
あっ、みーおはみーおと言いますにゃよろしくですにゃー!」
みーおはぺこりと頭を下げた。ハイペリオンは「ええ、是非」と穏やかにもふもふを甘受している。
「ハイペリオン様は、この後どうするのですかにゃ? 眠りにつくのとかでなかったら、のんびり楽しく過ごしてほしいですにゃー!」
「沢山力を使ってしまったので、しばらく幻想でゆっくりします」
穏やかにそう告げるハイペリオンに「それがいいですにゃ!」とみーおはにんまりと笑う。
「ローレットの皆さんやハイペリオン様等に、沢山いいことありますようにーにゃー!」
ゆっくりと近付いてからジェックはハイペリオンをそっと撫でる。
「ふふ、人気者だね……終わったね。疲れたでしょう」
まだ完全に解決し訳でもないけれど。ハイペリオンが此処で少しばかり羽を休めるというならば、それは好ましくて。
ジェックは此れからの話をしようとその体を撫で付けた。
「今度、戦いでなく、どこかに一緒に冒険しようよ。キミの故郷に行く前の予行みたいなさ。
アタシやキミと仲の良い人と行けるところまで行ってみるの……ね、楽しそうでしょう?
そうそう、この『太陽の翼』……キミの羽根を使わせてもらったんだ。アタシのお守り代わりなの。
……いつか、アタシもキミに、何かお守りになるものをあげるね」
●
ハイペリオンへと挨拶を終えた弾正とアーマデルは二人きり、静かに庭園を散策していた。
アーマデルと一緒ならば隠密で忍び込むならば何処のルートを使えるか、そんな会話ばかりになると可笑しく感じていた弾正に彼は「さて」と向き直る。
「ん?」
「弾正。戦場のど真ん中であんな事言い出すのはちょっとびっくりしたぞ。……で、済ませたのか?」
面食らった顔をして、弾正はまだ捩れてるのか、と如何した者かと彼をおっかなびっくりと見詰めていた。
「相手がどこの誰かは知らんが、ああいうのは先に済ませてくるものだろう、心残りがあると迷いが生じるからな。
……ん? 何かおかしいな、どうもまた認知が捩れている気がする」
認知が捩れているが――まあ、致し方が無いかとアーマデルは「訂正しよう。まだ済ませてないな? ヨシ!」としっかりと確認して。
「……まあ、なんだ、そこに座れ弾正」
座ろうとするアーマデルをジャケットで隠して抱き寄せる。触れるだけの口付けに弾正は声を上擦らせて堂々と言った。
「……済ませたぞ、今! アーマデルが忘れても俺は覚えているからな! お、俺のファースト……」
「お待たせしちゃってごめんなさいね。飲み物、アイスティーで大丈夫だったかしら?
改めて、プルーちゃんも本当にお疲れ様。今回も大変な戦いだったって聞いたけれど……皆に大きな怪我がなくてよかったわ」
からりと氷が音鳴るアイスティー。涼やかねと微笑んだプルーにジルーシャは頷き微笑んで。
グラスを軽くぶつけて乾杯を。応じるプルーを一瞥してからジルーシャは「……なんて、何もしていないアタシじゃ格好つかないわよね」と小さく笑った。
「あら、私だってスモーキーグレイな世界を眺めて居ただけだわ?」
「フフ、でも一緒にお祝いしたい気持ちは本当だもの。今日は情報屋の仕事は忘れてのんびりして頂戴な」
「ええ。のんびりとシャルトルーズイエローな花々を眺めて居ましょうね?」
言葉なんてなくったって。この空間で二人きり。美しい花は何処までも心を和ませる。
「煌びやかすぎて、長居は無理。世界が違うってこういう事なんだね」
そう呟いたハリエットの前に姿を見せたのは――「ギルオスさん?」
彼もイレギュラーズ達にパン――否、少し付かれて休憩を取りに来たと告げた。
「これ、飲む? 大丈夫だよ。手は付けてないから」
「ああ、有難う」
冷たい紅茶を差し出せば彼は柔和に微笑んだ。仕事の話を師弟の様に語らって。こう言う時はこう動く。身を守るには。師弟のように、言葉を交し合わせれば、いつか隣に立つ準備も出来るはずだから。
東屋でリアは溜息を吐いた。戦場でガブリエルを見かけたときに感じた違和感は気のせいでは無いのかも知れない。
立食会で見かけたときに、旋律が、頭痛を齎した。それが恐ろしくなってつい逃げしてしまったのだ。
「ガブリエル様……」
クオリアのせいか。彼が近付いてきた事に気付いて、頭痛が増した。どうして、今になってこんなにも――
彼が近くに居る。探しに来てくれたのかしら、そう自惚れてしまいそうな。甘い想いに重なった、こんな姿を見せられないという恐ろしさ。
心配させてしまうから。リアは直ぐにその場を離れた。彼から身を隠すように、遠く、遠く。
気晴らしの様に庭園に訪れたリーゼロッテを迎えるように寛治は『いつもの顔』を見せた。「あら」と呟く彼女に余裕綽々と笑みを零して。
「お疲れ様でございます、お嬢様。ご安心を。この周辺の人払いは済ませておきました。
休息は権利です。見知った顔しかいないこの場所なら、お嬢様もリラックスできると思いまして」
――自身が『アーベントロート・ドライバー』や『シャイニング・ブルーローズ』される事も含めて、許容の範囲なのだ。
「よろしければ、お忍びでお越しいただける三次会のバーもご用意しております」
責務もしがらみも捨てて、二人で飲む夜だって良いでしょうと囁けば、彼女は「あら、そんなに安い女でなくってよ」と揶揄うように『何時もの顔』を見せた。ああ、全く――掴めない御人なのだ。
「祝勝会かあ……一応あの依頼に行った身として参加はしたけど、なんだかなあ。
フレイスネフィラの思いを聞いた以上、勝利の美酒に酔うなんて気分じゃないし。
……何よりなあ、彼女から貰い受けた大鎌を持ってきちゃったし、戦利品として掲げるのも違う気がする」
うーんと唸ったアリアは大鎌を膝に乗せて、歴史に思いを馳せた。喧騒が届かぬ裏庭は静かそのものだ。
「……」
「やぁ、アリア。ふふ、やっと見つけた。探しちゃったよ。
そんな気分じゃないかもだけど、お料理くらい食べとかないとさ、ほら。お腹空いちゃうよ?」
「……あれ、シキちゃん? よくここがわかったね。隣座る?」
勿論と微笑んだシキにアリアはどうぞ、とそっと隣を開けて――
「その大鎌持ってきてたんだね。フレイスネフィラさん……もっと話したいことがたくさんあったような気もするし、その思いをもっと知りたかった。
でも、今となってはできることはさ、見届けた物語をずっとずっと覚えていることだけ、だと思うから」
「最期の話を聞いてたら、なんというか、憎むだけじゃダメな気がして。なんて話をしてたら、結局止めどなく思いを語るんだろうなあ」
うん、と頷いたアリアにシキは「隣で静かにしてるから、一緒に居ても良いかな」と微笑んだ。
二人と、大鎌――フレイスと共に。この静かなときにイミルの民へと思いを馳せて。
おいわいだー! 楽しいぞー! という気分にも慣れなくてアレクシアはひとり、のんびりと過ごしていた。
(もちろん、多くの人の生命を守れたことは嬉しいことだけれど……。
ベルナール男爵を、結局その生命を奪うことしかできなかったのは……もっと早くどうにかできなかったのかな……)
そんなことばかり、考えてしまう。振り返ってばかりいてもどうしようもないことは分かっていても。
「男爵は……きっと奥底から悪い人じゃなかった。
本気で誰かを虐げようとしている人なら、戦ってる最中にあんな目をしないよ。
それなのに、どうしてこんなことになっちゃったのかな……原因があったとして、私にそれをどうにかできるのかな……?」
彼が救いを求めていたのかさえも分からない。けれど、何か出来たならば――そう、願わずには居られなかった。
●
――この戦いはいつか脚色され、巨人退治の英雄譚となるだろう。
その時、放蕩王……もとい友の苦悩を気づけなかったことを悔やむ、友愛に満ちた王様……フォルデルマン三世はどのように描かれるのだろうか。
遠い未来を思い浮かべながらノアは渡り廊下よりヴィーグリーズを眺める。美談となるか、それとも。
英雄譚に語られる『英雄』の一端になったノアはぐん、とワインを飲み干して、庭園を眺めればハイペリオンの姿が見える。窓より光る蝶々を踊らせれば、ふんわりとした鳥がいらっしゃいと微笑んだようにも見えて――ノアはそのままその背へとぽすりと落ちた。
魔弾は空へ。祝砲を余興として放った日澄は許可を得て、空へ空へと高く放って。宮中で放てば惨憺なる結果になり得るかも知れない。
なんて、心配すればフォルデルマン三世は快く許可をした。祝宴にはいない誰かにも、その音を届かせ響かせ。
「綺麗ね」なんて笑ってくれることを夢見るように。フォルデルマンは「さあ、放って見るのだ!」と日澄を急かしたのだった。
「さすがは王家の庭園って感じだね。すっごく綺麗!
最近は中々会う機会もなかったから久々に敢えて嬉しいよ。私以外とは、会ってたみたいだけど?」
じと、と拗ねた目を向けるサクラに見つかったと謂わんばかりの梅泉は何も言わずに視線を逸らす。
彼が暗殺の依頼を受けたことも、この場にクリスチアンの付き合いで訪れたが居辛い事位気付いている。
小さく笑って「偶発事故みたいなものだったし、センセーの責任じゃないから。それはそれとして、ちょっと拗ねるぐらいは許されるよね?」と彼を上目で伺い見て。
「私には全然技を教えてくれないのに、小夜さんには技を教えたって言うしホント意地悪だよねー」
「……その様なことも」
「あったでしょ? でもいいよ。私に負けるまで負けなければ、許してあげる!」
そっちには鳥渡怒っているのです。そんな乙女の『お怒り』に梅泉とも在ろうモノが何処かぎこちなく頷くのだ。
それだけでも、サクラにとっては嬉しい事なのである。
「ふぅ……ふふ、皆食べて飲んでで大騒ぎだったな。
……リルもアンジェロも助けられて、幻想を守る戦いも勝利して。……でもまだ、僕達にはこの先もある」
シャルティエは離宮にジュースを持ってやって来てぼんやりと庭園を眺めていた。
「ミーミルンドは敵だった。クローディスも……到底許せる相手なんかじゃない。
でも、全てを否定もできない……いや、しちゃいけない気がする。
幻想も他の国も、良い国ではないかもしれない。けどその中で、守らなきゃいけないものだって沢山ある」
護りたいもの。護るべきもの。それがどんな逆境の中にあろうとも護れるようにならなくてはならないと。胸に決める。
「逆境の中で生まれる力……カモミーユは、僕の心にある……それを忘れずに進まなきゃ」
なりたかった、そう願った『騎士』の姿はまだその先に――
「まだ治ってないの?鍛え方が足りないわね。私を見なさい。まるで最初から怪我なんかしてなかったみたいでしょ」
そう胸を張ったのは心である。因みに、参加していなかったが自慢の再生能力をここぞとばかりにアピールしておくのである。
長々と働いたわけではないが休息を、と求められるなら優雅に過ごすのも悪くはないとバルガルは部屋の一室を借りてタバコを吹かしていた。
使用人達に確認すればお好きにお過ごしくださいと告げられる。流石は王宮、至れり尽くせりか。
「しかしまぁ、見事な庭園だこと。
このレベルのは元居た場所じゃ写真で見るくらいの物でしたからこそ、こういうのを楽しまさせて貰うのも一興、ですねぇ。
直に楽しむには足腰が疲れましたし、眺めるだけにしておきますか」
眺めるだけでも美しい。この庭園は国王にとっても自慢の一品なのだろう。
「皆で賑やかに祝宴するのも嫌いじゃないんですが、先輩方みたいにこの国の為に動いたというより、遮那君を恨む奴と結託した馬鹿が居たから、ソイツら殴ろうとしただけなので……あの中に入るのは、何か申し訳ないなぁ……」
豊穣にも闇を落した災いを考えての行動であったと朝顔は溜息を吐いた。幻想王国の為に、とは言い切れず、何とも居心地が悪く感じたのだが。
「……あれ? 晴明さんと……R.O.Oでお世話になっている……庚さん? 此処は豊穣じゃないのに何故2人が……?」
「おや、こんにちは。中務卿から聞いております。朝顔さん、でいいですか?」
微笑んだ庚に晴明は「戦、お疲れ様であった」と朝顔に声を掛けた。ふと、朝顔は己が抱えていた料理をぱっと見下ろす。
「えっと……料理や飲物貰ってきてたんです。折角ですし、3人で頂きませんか?」
「霞帝の命で混沌大陸を学んでいるんだ。俺達こそ教授頂きたい者が山ほどある。良ければご一緒させて呉れ」
微笑む晴明に朝顔は大きく頷いた。庚は「追加を確保してきましょうか」と乗り気で晴明の指示を待っている様子である。
「かぁ〜っ! 最高だぜぇ〜〜っ! あのメフ・メフィートの王宮で! 部屋を丸ごと貸し切って!
町を見下ろしながら! 使用人の酌で! 最高級の酒を飲む! こんなん気分が悪くなるやつなんていねぇよなぁ!」
ゲンゾウは酒を煽り「ゲヘヘ……俺様も偉くなったってもんよ!」と勇者として讃えられた王宮での王の宣言を思い返す。
「飲んでねぇ酒はまだまだあるが、何たって俺様はいずれ王になる男!
王宮になんてこの先来る機会なんていっぱいあらぁな! てことでこいつはキープだ、次はこいつからだから忘れんなよ! じゃあな!」
ゲンゾウはボトルをテーブルに置いてからにいと唇を吊り上げた。
人が多いのは得意では無いから。祝音は離宮でのんびりと過ごしている。この場所は代々、妃が使用する場所であったが、フォルデルマン三世には妃が存在して居ない。
「おうさまがおきさきさまにしたかった人は、いるのかな、いないのかな……それとも、『もう』いないのかな……」
祝音はふと、思い返す。此度、叛旗を翻した貴族の妹は幼馴染みで婚約者候補であったと聞く。
「……おうさま、頑張れ」
聞こえないけれど――そう、言いたくなった。混沌で死んだ人がどうなるのか、祝音は知らない。
けれど、どうか天かどこかから、彼を見守ってあげて欲しい。きっと、彼も皆と一緒に頑張るだろうから。
●
折角の祝賀会。楽しみたくとも、星穹に無理はさせたくはないとヴェルグリーズは彼女と共に宮の一室を借りて居た。
「星穹殿の怪我は無事に治ったようでよかった。やっぱり友人が傷ついてるのを見るのは肝が冷えるからね」
「……心配には及びませんわ、怪我も治っていますもの。あんまり身体を動かさないと、身体だって鈍りますし」
「駄目だよ、まだ治ったばかりなんだから無理は良くない」
星穹にとっては、此れは自身の未熟さが招いたことだとそう認識するのに。心配そうに溜息を吐いた彼が怒っているのかと、感じて。問う勇気を持てないままに星穹はヴェルグリーズを見詰めていた。
「……わ、わかりましたから。大人しくしていますから! ヴェルグリーズ様が見張っている限り、此処から離れることすらできませんもの」
見張っているのか、それとも。心配が態度に出て彼女を緊張させているのかも知れない。闘う以上、仕方が無いとは思いながらも共に闘う存在が傷付くことには何時までも慣れない。
(戦う以上仕方ないとは思うんだけど心配することだけは許してもらえないかな……?)
優しくされることになれない星穹は、人から優しさを貰うには何もかもが未熟で。怒ってますか、と背中に問うて、答えを聞く前に眠りへと誘われる。
「色々思うことはあるけど、次の戦いでもやっぱり頼りにしているよ――だから今はゆっくり休んで。健気な盾の娘殿」
君の寝顔に、聞こえなくてもそっと呟いて。
「今回は宴会、という気分でもないからな。ゆっくりさせてもらおう。決して酔った醜聞を晒したくないわけではない。決してない。
貴族も多く参加している場所でそんなことをしたらどうなるかわからんからな!!!」
首を振ってから、ブレンダは庭園をぼんやりと眺めて居た。持ち出した酒と料理を楽しみながら庭園を眺める。
この美しい庭園も国王の持ち物だと思えば、スラムを有する幻想の闇を感じさせる。貴族とは難しい。生まれで左右される生き方は、容易に論じることは出来ないか。
「まぁ難しいことを考えるのは今でなくともよい。今は戦いに勝てたことを喜ぶとしよう。この美しい花々を眺めながら、な」
「祈りを捧げるんなら、もう少し相応しい場所もある筈……なんだろうけれど、ねえ」
ゼファーはそっと樹を撫でる。思い返せばこの事件が始まり、スラン・ロウを調査し、魔種の騎士と相対した。そしてベルナールの最期まで。
流れるその光景に、ゼファーは花瞼を伏せてから呟く。
「……甘ったれのお坊ちゃんだと侮っていたことは謝るわ。揃いも揃ってワケありで、色んな傷も闇も抱えた奴がいて。
引き返せないとこまで来て、最後まで付き合ったんですもの。並大抵の根性で出来ることじゃないわ」
彼が、先頭に立っていたから。彼の死で『救われた』者も居るかも知れない。そう思えば、皮肉ではあるが――
「貴方達の為に、王様も少しは変わるのかしらね? ……いいえ。屹度、何時かは変わるわ。
だって、あの王様。お友達のことは大事にする人ですものね。
それでも。もし王様がへこたれることがあったら。その時は私達が貴方達の代わりに叱りつけてやるわよ」
あら、嬉しいとでも笑うように風が吹いた。甘ったれだと思ったけれど、妹と『弟』想いの優しい人だったじゃないとゼファーは小さく笑みを零して。
――あの戦場で。ウィーグリーズの丘で僕が背負ったものは、少なくない。
リウィルディアはイミル最後の血族であるという意味も。僕を見つめた兄の、あの濁った瞳も。
……隣にいてくれた彼を、これ以上危険に晒したくない。そんな迷いも。
そんな心を抱きながら、最後に聞こえた彼女の声を思い出す。
『フレイスネフィラ』――フレイス・ミーミル。我らノルンの遙かなる祖霊。女神よ。
貴女が僕を、角笛のノルンを。現世にある希望だと言ってくれるのなら。
見守ってほしい。見届けてほしい。僕は挫けたくない。いつか彼と、柵を振り解いて歩みたいから。
ほんの一瞬、僕が立ち止まりそうなときがあれば――どうか、女神の加護を。
「陛下」
彼が庭園で息抜きをしていると聞いてシフォリィはその背に声を掛けた。「お疲れの所失礼します」と頭を下げれば「構わぬ」と彼は首を振る。
「……私の父、アルヴィンは親友と剣を交え、討ったと語っていました。仕方なかったとはいえ、後悔もしていると。
同じく親友を亡くされた陛下の悲しみは私が想像できないものなのでしょう。
それでも、ミーミルンド伯、そしてマルガレータ嬢が遺した物は、悲しみだけではないはずです。
これからを背負って生きていくのが、弔いになると父が言っていました。
陛下。不躾ではありますが、これからも良き王であってください。
……私はいつかこの幻想を離れるでしょう。私の子や孫に、幻想には友人に恵まれた良き王がいると語れるように」
シフォリィ・シリア・アルテロンドは嘗ての巫女と所縁があるのだと聞いていた。フォルデルマンは――国王カインは「ああ」と重く頷いた。
彼は、未だ年若い。此れからもっと良き未来を築けるはずだとそう、信じさせてくれるのだ。
「フォルデルマン」
セララはひょこりと顔を出して微笑んだ。辛い話を、思い出話を、彼が話してくれた事は全部が全部忘れない。
「ねぇ、フォルデルマン。今回のミーミルンドの反乱が起こったことでキミは自分を責めているのかもしれない。
でもね、反乱を阻止したのはキミの成果なんだよ。キミがボク達を信じてくれたから今回の悲劇を抑えられた。
そしてきっと、未来に起こるはずだったたくさんの悲劇も防いだはずだよ」
「……ああ」
「キミは自分に王様の才能が無いと思ってるけど、それは違うと思う。キミは良い人で、皆が支えてあげたくなるんだ。
だからね、これからも皆で頑張っていこうよ。大丈夫、ボク達が一緒だから。皆で幻想を良い国にしていこうね」
勇者王は、建国の父だった。それに羞じないような王になりたいと願った自分はどこでこの道に立ったのだろうか。
――カイン殿下!
呼ぶ、軽やかな声がした。甘ったるい少女の声だ。
――もう、何処を向いていらっしゃるの。此方ですわ。わたくしはバカみたいな夢を見ているのに殿下は何も夢を見ない!
拗ねたように、彼女が言う。銀の髪が流れて、揺れる。
――奴隷も、貴族も、分け隔て無い未来。そんな物に恋い焦がれるわたくしをバカにしない殿下がわたくしは大好きなのですよ。
あなたは優しくて、良い人だから。わたくしはあなたを支えてあげたくなってしまうのです。
大丈夫ですわ。きっと素敵な王様になれますわよ。だって、わたくし、と! お兄様! が居るんですもの。
ああ、マルガレータ。
麗しき銀の薔薇。君よ、願わくば――……
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
この度は『リーグルの唄』から始まった奴隷事件、そして勇者総選挙。
フレイス・ネフィラとベルナール・フォン・ミーミルンドの一件までの物語へのご参加を有難う御座いました。
幻想という国の貴族には様々な側面が有ると思います。
その一面に触れ、皆さんが何か、考えてくださったのならばとても嬉しく思います。
それでは、またお会いしましょうね!
王も喜んでます!
GMコメント
勝利おめでとう御座います! 夏あかねです。
※一行目:行動は冒頭に【1】【2】【3】【4】でお知らせください。
※二行目:ご同行者がいらっしゃる場合はお名前とIDではぐれないようにご指定ください。グループの場合は【タグ】でOKです。
【1】王宮舞踏会&立食パーティー
煌びやかな王宮での舞踏会です。フォルデルマン三世が皆さんのためにと盛大な宴を開いてくれました。
食事は幻想で親しまれるフレンチが中心ですがフォルデルマン三世は『新しい物』にも興味があるため様々な国家の料理を提供してくれます。
飲み物はジュース、酒類取りそろえています。葉巻なども自由に持って行けとのことです。
お料理のお持ち込みは歓迎です。基本的に三大貴族、シャルロッテ、ペリカとフォルデルマン三世は此方に居ます。
陰にこっそりとローザミスティカが居ますが、叔父にせっつかれて勇者を見に来た程度のようです。
ダンスをしたり、料理を食べたり、演奏隊に交ざったり、お好きにお楽しみ下さい。
【2】離れでのんびり
けが人をした方も多く疲労も蓄積しているだろうとフォルデルマン三世は王城の離れに当たる離宮を開放してくれました。
妃殿下が使用する為に用意された場所だそうですが、ご存じの通り王は独身ですので現在は使われて居らず使用人達が滞在用に各部屋を準備してくれたようです。
料理を持ち込んでのんびりと過ごしたりとご利用下さい。
窓より見下ろせば美しい庭園がご覧頂けます。そして、逆側の渡り廊下からは皆さんの闘ったヴィーグリーズ方面を眺めることが出来るようです。
【3】庭園の散策
季節の花々が咲き誇る王城の庭園です。フォルデルマン三世曰くマルガレータ嬢と初めて出会った樹がある場所だそうです。
此方に食事を持ち込んでのんびりと散策して頂くことや、庭園内にあるガゼポ(東屋)でゆっくりとして頂けます。
『太陽の翼』ハイペリオンが佇んでいます。(おおきい)
【4】その他
当てはまらないけど此れがやりたいという方へ……。
ご希望にお応えできなかった場合は申し訳ありません。
●NPC
・フォルデルマン三世陛下
・三大貴族(レイガルテ・フォン・フィッツバルディ、ガブリエル・ロウ・バルツァーレク、リーゼロッテ・アーベントロート)
・近衛騎士シャルロッテ・ド・レーヌ
・『果ての探索家』ペリカ・ロズィーアン
・『太陽の翼』ハイペリオン
・(こっそり潜んで)ローザミスティカことベルナデット・クロエ・モンティセリ ←島に帰る前に寄りました
はおります。お気軽にお声かけ下さい。
・夏あかねのNPCは月原亮、リヴィエール・ルメス、フランツェル・ロア・ヘクセンハウスあたりはおります。
・お勉強のためにカムイグラから大陸勉強に訪れている建葉晴明&月ヶ瀬 庚がこっそりと参加しているようです。
・無制限イベントシナリオですので、ステータスシートを所有するNPCが参加する場合があります。
(通常の参加者と同じように気軽にお声かけしてあげて下さいね)
・その他幻想関係者は可能な場合は登場することが御座います。
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