シナリオ詳細
<冥刻のエクリプス>ベアトリーチェ・ラ・レーテ
オープニング
●暗黒の大海
昏闇の世界に光は差さない。
どれ程鮮烈な色彩であろうと、黒に染められぬ色が無いのと同じように。
全てを呑み尽くすブラックホールから逃れ得る光等存在しない。
「嗚呼、とても良い気分です。やはり、舞台は華やかに――
何処までも欲深く、演者は全ての快哉を独り占めする位でなければ」
彼女の見渡す世界は何時でも酷い『おためごかし』のようだった。
『欲望』は常に生物を形作る最も重要な根源の一つである筈なのに、高度な社会性を持ち得る人間という動物ばかりは理由をつけてそれを上手く誤魔化してしまう。勿論、そうでない者も居るが――それは概ねの局面において『悪人』等と扱われるのだから、彼女としては大いに『違う』。
不満を抱くベアトリーチェが取り分け嫌いなのが『聖教国ネメシス』という国だった。
神に忠実たれ、正義あれ、秩序正しくあれ――全く以てベアトリーチェからすれば相容れぬ――但しある種の『強欲』とハッキリした『傲慢』に塗れた国は、生物の原初の欲求全てを肯定する彼女にとって、存在しているだけで虫唾が走る、許せざる存在だったのは言うまでもない。
「ですが、それも今夜まで」
思えば何百年かの昔、刃を交えて以来の『舞台』である。魔種――それも『煉獄篇冠位』にとってみれば一眠り程の時間だが、その時間も忌々しくなかった訳では有り得ない。
七罪の中でも最もイノリに忠実な彼女は彼の言いつけを守ってはいたが、『強欲』の流儀に従うならばこれは堪え難い程の苦痛を生じる拷問にも似た忍耐だった。
(ふふ、それも愛しいお方から首輪を頂いたと思えば、心地良くもあったのですけれど……)
したいようにしてはいけない、そんな拘束は、ベアトリーチェに性的快楽さえ伴った。同時にふつふつと煮える屈辱と暴走しそうになる程のアイデンティティの否定は責め苦そのものであり、そんな時間さえ飲み干す自分の愛に酔って、酔ってきた。
「ですが、それも今夜まで。
ふふ、ふふふふふ……ふふふふふ、あはははははははははは――!
愉しい、愉しい。ねぇ、愉しいでしょう? リンツァトルテ。それにシリウス。
貴方達の願いは間もなく叶う。ええ、ええ。私が――この私が叶えて差し上げましてよ!」
狂気の渦の間近にあって、リンツァトルテ、シリウス、イェルハルドは微塵もその場を動かない。
狂ったように哄笑する女の意識に必要以上に触れてしまえば、『連れ去られてしまう』から。
やけに良く響く耳障りな声と共に濃密な闇が広がった。
広く、広く、果てすらない程に――
それは魂の、生と死の揺蕩う暗黒の海そのものである。
黒いドレスは宵闇に解け、一つの世界を――固有の世界を造り出している。有り得ざる異界、まさに冥界の門より這い出でし者共はかつて失われた命の残滓であり、ベアトリーチェの一部を為す無数の断片達である。
ざわざわと揺れる闇の中から汚泥の如き兵達が産み落とされた。長い混沌世界の歴史において、無念を抱えて死んだ英雄が、民草が、動物が、時に怪物の集合体こそ『ベアトリーチェ・ラ・レーテ』という一体を形作っていたのだ。
解けて分離したそれは無数の兵となり、鬱屈の聖都を脅かす大波となる。
全てを呑みこみ、漂白する黒の大波となる――
●冥刻のエクリプス
嘆きの谷、獅子身中の虫、新たに現れた『ロストレインの咎』。
だが、月光事件より内外問わず生じた大混乱は混沌の超大国を亡国の瀬戸際まで押しやらんとする最大級の悪夢ではあったが、全ての問題は『七罪』ベアトリーチェ・ラ・レーテに比すれば、生易しいと言わざるを得まい。
フォン・ルーベルグを目指す敵性勢力は絶大だったが、天義とローレットの総力を挙げた防衛網はこれに辛くも対抗出来るだけの戦力を持っていたからだ。
しかし、北西より迫るベアトリーチェだけは。
レオパル・ド・ティゲール率いる天義聖騎士団の主力が相対する敵だけは、全くの『別物』と言う他は無かった。
「うおおおおおおおお――!」
裂帛の気合を発した天義聖騎士の大剣が亡者の影を縦に割る。
返す刀でもう一撃を見舞った彼は新たに一体の黒い獣を地に返した。
「どうだ、やったぜ!」
黒い汚泥のように散り、地面に染み込んだそれを肩で息をした彼は見やる。
しかし、彼が勝利の味を噛み締める事が出来たのは一瞬の出来事だった。
地面の黒い染みが周囲の土塊を呑みこんで、新たにそれを形作る。
数秒と経たない内に全く同様の形状を復元したそれは驚愕の表情を浮かべた聖騎士に再び襲い掛かる。
「くそ――!」
悪態を吐いた彼はそれでも天義の精鋭だった。
二度、三度と復元する敵を叩き、奮戦を見せていた。
だが――
「う、うわあああああああああ――!」
悲鳴に彼が視線を向けた時、一人の兵が黒い獣に喉笛を噛み切られていた。
血を流し地に伏せた彼を獣が貪る。獣が吐き出した黒い泥はその彼の体を呑みこんで。
「……っ!」
『先程まで正義と信仰の為に戦っていた彼を復元してしまう』。
それは恐怖。
それは恐慌。
敵は決して滅びず、如何な奮戦を果たしても時間稼ぎにしか成り得ない。
精兵も敗れればその力をそのままに敵の尖兵と成り下がり、後方に陣取り姿さえ現さぬ首魁は、絶大な魔性を誇りながらも一息に攻める事さえ無く唯敵を『磨り潰す』。
「――怯むな! 耐えろ、一秒でも長く!」
指揮を取るレオパルが仕組みに気付いたのは戦いが始まってすぐの事だった。
この戦いに勝利は有り得ず、この戦いは破滅の未来を遅延する為のものでしかない。
だが、それでも聖騎士は敢然と敵に立ち向かう。
奇跡が無ければ勝てないならば、その奇跡され握ればいい。
運命を帯びた勇者と共に、その先に何も無かったとしても――
「ここが――我々が正義の壁だ。防波堤だ。民にとっての最終防衛線なのだ。
神はきっと、我らの勝利を望まれるッ――!!!」
――凛然としたその声は、未だ絶望に折れていない!
●コンフィズリーの『正義』(※6/25追加!)
立て続けに瞬く光は冥刻に抗う仇花か。
「ふ、ふふ……ふふふふ、あはははははははははは!」
狂ったような女の哄笑が響く。
目を見開き、口元を歪めた彼女は元の美貌を台無しにする邪悪を最早微塵も隠していない。
フェネスト六世の切り札、『天の杖』が発動したのはつい先程の事だった。
天空より砲火の光が降り注ぎ、暗黒の海がその威力にほんの僅かながらに後退し始めた時、当然ながらにしてローレットのイレギュラーズとネメシス聖騎士団は乾坤一擲の攻勢に出ていた。
しかし、ベアトリーチェに狂笑をもたらしたのはそんな『些細な抵抗』では有り得ない。
彼女が嘲り、心底より愉悦するその理由は。
「成る程、成る程! 貴方の『強欲』はこちらでしたか!」
その声に軽侮と嘲笑を交えるベアトリーチェの視線の先――抜剣したリンツァトルテの方だった。
構えを取った彼の面立ちは「天義に復讐する」と語ったその時のものではなく、ある種の決意に満ちていた。
「そうだな。きっと『強欲』だ。何が出来るかって言えば何も出来ないんだろう。
だが、何が残らなくても――俺は貴女と戦える。父上を弄び、祖国を滅ぼさんとするこの『悪』とね。
『コンフィズリーがコンフィズリーであったから』こうして戦う事は出来るんだ」
リンツァトルテが手にするのは黴の生えた御伽噺の語り伝える『魔種に抗する為の剣』である。
元々、コンフィズリー家は天義きっての名門の一角である。
建国より王家に仕えた長い歴史を持ち、天義に起きた大小様々なる戦いにも名誉を残している。
それは『御伽噺のような魔種』との交戦の話にも例外では無く。『コンフィズリーは伝承に語られる戦いにおいて、聖なる力を放ったとされる剣を家宝として伝えていた』。
かの家が没落した際にも、家財や領地、屋敷と異なり『家宝』が災難を逃れたのは、偶像崇拝の嫌われる混沌故にだろう。
『不正義』のコンフィズリーが後生大事に抱える『聖剣』等不吉と思われたのかも知れない。
何れにせよ、それは権力を財産を名誉を失ったコンフィズリーに残された矜持そのものだった。
建国の昔より、魔種との戦いにも活躍した家名の栄光を僅かながらに伝える、残滓。
『コンフィズリーが誰よりも忠勇たる戦士であった証明なのである』。
「塵芥のように滅ぼされる事が分かっていても?
貴方は、貴方を裏切った――国の為に無駄死にをするというのですか!」
「『コンフィズリーの不正義』は偽りだった。父上は不正義等為していない。
なのに、この俺が。今更、本当の不正義を行うとでも思ったのか――知れてるな、魔種って連中も」
「小鳥の囀りですわね。度し難い、度し難い、度し難い!
ええ、ですが良いでしょう。それが人間なれば、不合理こそ――『強欲』なれば!」
ベアトリーチェは心底から小馬鹿にしたようにそう言った。
力の差は明らかであり、相手がリンツァトルテで無かったとしてもベアトリーチェは唯の騎士一人如きを問題にしない。
そんな事は誰もが承知で、リンツァトルテも理解している。
『故に普通ならばこれはこれで終わりだったのだ。無鉄砲な一人の男が、敵の首魁に一矢報いんと蛮勇を見せた』。
それ以上でもそれ以下でも無く、この戦いに一つの影響をも与えない筈だったのだ。本来は。
奇跡は起きないからこそ奇跡。
だが、時に驚く程簡単に例外を認める事もある。
「――――」
嘲笑し悪罵したベアトリーチェの表情が一瞬でその色を変えていた。
リンツァトルテの手にした剣が輝きを帯び、彼女が周囲四方遠大に展開する暗黒の海を蝕んだ。
蝕みそのものである黒色を逆に喰らうその光にベアトリーチェの口角が歪む。
「忌々しい……まさか、あの時の邪魔が残っているなんて……!
それも、貴方が――よりにもよって貴方如きがそんなものを」
ベアトリーチェは冠位。冠位を頂く原初の魔種である。
属性は『強欲』だが、それ相応の傲慢さえ帯びている。故に彼女は通り一遍の知識以上に大嫌いな天義の情報を把握していた訳ではない。かつての戦いで暗黒の海を緩和した存在を知ってはいる。だが、所詮防いだ程度の『正体』に頓着していない。コンフィズリーが名門である事は知っていても、かの家がどれ程旧く、これに到る可能性を持っていたか等、最初から問題にさえしていなかった。
故にこんな場所に――『敵の前に姿を晒してはいけないネクロマンサー』が懐に鬼門を呼び込んでしまったのだ。
「ふふふ……しかし、貧弱そのものですわね。経年か、それとも使い手の問題か。
『かつて』の光はこの程度では無かったですわよ。ええ、こんなもの。この私の敵では――」
聖剣の放つ光は暗黒の海と食い合う状態だが、ベアトリーチェの知る抑制はこんなものでは無かった。
一時、権能を抑え込まれたとしてもそれは機能が低下するまでだ。
最終的な勝利は揺らがないし、第一。
「貴方を殺せばそれで済むお話ですものね」
「……っ……!」
身を晒しているのは『お互い様』。そしてリンツァトルテは脆弱だ。
殺気を放ったベアトリーチェに応え、暗黒の海より影が来る。聖剣でそれを切り払ったリンツァトルテだが、長くは持たないのは確定的に明らかだった。
「……シリウス。わしは今、嬉しくてかなわんよ」
そんな息子の姿に低く、イェルハルドが声を漏らした。
月光以来――或いは『不正義』以来、懊悩に満ちていた重い声は、この時ばかりはまさに晴れやかに満ちていた。
「あの女にこの瞬間だけは感謝しよう。
成長を見る事は叶わんと思っておったが――息子はコンフィズリーを継ぐに相応しく成長してくれた。
それでわしはもう十分だ」
言葉に頷いたシリウスは――文字通り神速を一閃し、イェルハルドの首を刎ねた。
対象に苦痛を与える暇も無い程の冴えは、折れんばかりに歯を食いしばったシリウスの憤怒の如くである。
『月光人形は魔種と異なり、ベアトリーチェからの命令に逆らう事は出来ない。故にこれは仕方なかった』。
他の月光人形と同様に泥となった恩人に何かを言うでは無く、視線をやる事も無く。
「――シリウス?」
「申し訳ないが、俺は貴方に叛逆させて頂く」
シリウスはリンツァトルテを守るように暗黒の海、統べる女に手向かった。
ネメシスを壊すのは大願だ。ベアトリーチェの業はシリウスの悲願を叶える道となるだろう。
しかし、しかして。
シリウス・アークライトは騎士である。
かつてかのレオパル・ド・ティゲールも憧れた騎士の中の騎士。
忠勇たる彼は『主君』を差し置いて、この剣を悪逆には捧げない。それは出来ない。
故に。
「そう、貴方も――ふふ、あははははは! 愚か、本当に愚か!
まさか、私に勝てるとでも思っているの。『たかが汎魔種の一匹如き』が!」
戦いのピースは揃った。
全ての結末は――イレギュラーズの双肩にかかっている!
- <冥刻のエクリプス>ベアトリーチェ・ラ・レーテLv:15以上完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別決戦
- 難易度VERYHARD
- 冒険終了日時2019年07月11日 21時00分
- 参加人数100/100人
- 相談6日
- 参加費50RC
参加者 : 100 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(100人)
リプレイ
●逆巻く暗黒I
戦場はまさに絶望を体現していた。
幾ら力を尽くそうと、如何に健闘しようと決して倒せぬ敵。
ネメシスの大地を黒く染めた闇の大海は厄災の自然現象に――定められた運命に抗う人の愚かさ、無力さを揶揄するかのように嘲りの笑みを見せていた。
「――怯むな! 耐えろ、一秒でも長く!」
闇夜を切り裂く雷鳴の如く、レオパルの号令が轟いた。
自身も少なからず傷を負い、消耗を見せながらも意気軒昂たる騎士団長は信仰と正義の勝利を微塵も疑ってはいないようだった。
この戦いに勝利は有り得ず、この戦いは破滅の未来を遅延する為のものでしかない。
仮にそれが事実であったとしても、聖騎士は最後の瞬間まで敢然と敵に立ち向かうのだ。
奇跡が無ければ勝てないならば、その奇跡され握ればいい。
運命を帯びた勇者と共に、その先に何も無かったとしても――
「ここが――我々が正義の壁だ。防波堤だ。民にとっての最終防衛線なのだ。
神はきっと、我らの勝利を望まれるッ――!!!」
凛然としたその声は、未だ絶望に折れず。
ベアトリーチェ・ラ・レーテなる大敵――七罪、原初の魔種、冠位とも称される『彼女』に相対する以上、この場所が最悪の現場である事は明らかだった。
「こんな事言ったらおかしいかも知れないけれど――『だから』信頼するしかないののよね」
だが、【凛光】の一人として敢えてこの場所で黒き海の侵食を受け止めんとする鶫は微かな微笑さえ浮かべてそう呟いていた。
「ネメシス側の支援部隊の指揮は承った。御身も十分に気を付けられよ」
「索敵と援護は任せて。
それから必要ないって言われるかも知れないけど、護衛もね」
「いや、助かる。両名共、かたじけない!」
【救援部隊】はより大きく機能的に動くだろう。レオパルから許可を得たゲオルグが頷き、戦場に持ち込むには余りにも派手で目立つ電磁加速式重穿甲砲『金之弓箭』を構え、鶫が腕をぶせば、
「魔種はみんなが必ず討ってくれる!
だから私達はここを支えるよ! そしてみんなで、生きて帰るんだ! いいね!」
「命を捨てての檜舞台などありません、皆様――共に帰りましょう!」
その声に勇気の花を点したアレクシアが、弥恵が凛然と周囲を鼓舞した。
長い夜なれど、希望は繋がった。苦境でこそ誰かを照らすのが月の舞姫。
弥恵は地獄めいた乱戦と化した周囲を睥睨し、それでも僅かも怯まない。
「みんなの力でこの戦況を乗り切って見せよう! 守る人達のことを想えば、きっと勝てるよ!」
そしてそれは『伝える者』として確かな矜持を持つニーニアにしても同じ事。
フォン・ルーベルグを守る――強い使命感に突き動かされた聖騎士団とローレットの連合軍は士気といい錬度といい、今用意出来る最高のものになっていた筈だ。
だが、理不尽な現実は戦場の勇気も一顧だにしない。
どれ程の想いがそこにあったとしても、圧倒的な現実は他の多くの局面と同じように唯残酷で、唯不具合ばかりに満ちている――
「うわああああああああ――!」
健闘を見せていたネメシスの騎士が黒い海より出でた汚泥の獣に喰い倒された。
兵士達が次々と倒され、真深い暗黒はその支配域を拡大し始める。
ぐねぐねと地面でうねりを見せたそれは質量を瞬時で増大させ、獣の、人面の、『生物の何かの欠片』を帯びて、こねて、混ざり合った大波と変わり、眼窩の全てを呑み込んだ。
……嗚呼、やはり。やはり、勝てない。
この怪物には勝てない。終わりだったのだろう、『本来ならば』。
「――あれ?」
しかし、暗黒の波が引いた時――
そこには自分自身も分からぬ侭、五体無事で存在し続けるネメシスの兵達が居た。
成る程、確かにこの場所には破滅と絶望以外は存在しなかった。
ベアトリーチェ・ラ・レーテを前に抗える者は無く、殆ど全ての結末と可能性において誰しもが――フォン・ルーベルグが暗黒の海に堕ちる事は決められていただろう。
だが、彼女には確かな誤算があったのだ。
「これは、パンドラの――ありがとう!」
それは一に、アレクシアが心から礼を口にした『奇跡』。イレギュラーズならば間違いなくそうと分かる瞬間だった。空中神殿のざんげがローレットの要請を受け解き放った『空繰パンドラ』という切り札のもたらした『不死不滅』は、どれ程倒されようと無限に再生するベアトリーチェには及ぶまいが、これまでローレットがかき集めてきた可能性の結晶だ。戦場は一時的に破滅と死亡を徹底的に遠ざける。
「皆様の大切な方々を生かすも死なすも皆様次第。
死んでも戦うなど勘違いしてはいけませんが――」
俄かには信じ難い奇跡が起きた時、ヘルモルトは唇を歪め、にっと笑う。
「――そも、そう簡単に死なせません。皆様とて誰かにとっての大切な一人。
皆さんの信じた神が、神託の少女がこうして奇跡を与えられる。
とは言え、無理は禁物です。
それでも死ねば大切な誰かを泣かせ、無様にも操られて仲間を討つ事になる。
無理に倒す必要などありません。生き残る事こそ勝利への道なのですからね」
見るからに分かり易い奇跡の出現とヘルモルトの扇動は場のネメシス兵士達の士気を強烈なまでに持ち上げた。『無理無茶を重ねて無駄に死なれれば時限式の魔法も解けてしまう』から釘を刺すのも忘れないが、これは効果覿面だった。
「死者操りなんてのは、『死神』にとって宿敵と言ってもいい所業。
ましてやそれが大規模に行使されているのならば私は全力で挫くしかないよね?」
善悪の彼岸もさる事ながら、巡離リンネ(しにがみ)には度し難く許せない事情もある。『死を無かった事にする奇跡』には一先ず目を瞑り、『死を汚す者』の方を見据えれば、果たして彼女の暗黒の海は遥か頭上より瞬いた光によって薙ぎ払われ始めていた。
「やれやれ、負けてられないね」
軍馬を駆り、戦場を縦横にかけるリンネが口にしたのが誤算の二つ目。
胡乱な情報ながら空より瞬き、暗黒の海を撃つ砲撃は『天の杖』と称されるネメシスの切り札であるらしかった。
空繰パンドラにより防御を固め、天の杖の攻撃力を備えた連合陣営は俄かに士気を上げ、猛烈な反撃に出ようとしていた。
だが、ここまでならばそれもごく短い攻勢の時間以上のものにはならなかったかも知れない。
「全く、力不足は分かってるってのにね。
どうにもじっとしてられなくて出てきちまったって訳――
でも、それは皆同じなのかもね」
倒されかかった兵士の一人を間一髪でニアが救援した。
「ありがとう」と礼を言う彼に彼女は「いいってこと」と笑みを見せた。
(パンドラのおかげで、ここであたしが一人助ければ最前線の一人が助かるんだろ?
ならとにかく徹底的に、殺されるやつを減らす事に注力するよ。あたしにできる限り、さ――)
出来る事をする。
ニアは現況を力不足と自嘲したが、恐らくそれは間違いだ。
彼女には強い意志がある。それは『ベアトリーチェの犯した最大のミス』――即ち誤算の三つ目。彼女の首元に突きつけられたリンツァトルテ・コンフィズリーという最後のピースに何ら劣るものではない。
彼方で輝く聖剣の光は暗黒の海の暴威を酷く緩慢に弱体化させ始めていた。
一に空繰パンドラのもたらす可能性の獣。
二に天より正義と勝利を謳うネメシスの残光。
三に聖剣をベアトリーチェの喉元につきつけたリンツァトルテの存在。
繰り返すが、一つ欠けたとて戦いは戦いの体を為さなかったに違いない。
勝機が三つ重なったのは偶然だろうか? 否、それは必然である。
それはベアトリーチェの慢心の招いた咎である。
最後まであのリンツァトルテの身を案じ、彼を守らんとしたイレギュラーズの産み落とした奇跡である。
疑う他無かったネメシスの正義に『ひとひら』存在した確かな希望のもたらしたものであった。
かくて、『戦いはようやく戦いへと姿を変えた』。
絶望的なまでに不利であろうとも、勝ち筋がどれだけ薄くとも。
『それは最早<悪夢(NightMare)ではなく、今日乗り越えるべき障壁に過ぎない』!
「無事か? 無理はするな!」
麗しの女王は来る夏の祭りに想いを馳せているだろう。
彼女の美貌を曇らせる訳にはゆかぬ。尚更、誇れぬ戦いをする訳にはゆかぬ。
「これは耐久戦だ。少なくともここは――そうなる!」
突出しかけた兵を史之が横合いから救援し、我に続けと激励する。
「我が両目は太陽と月、流転の証なり――
……ってね、少しばかり恰好をつけさせてもらおうか」
更に僅かに冗句めいてそう気取ってみせた悠が騎士の一人を援護した。
現場の指揮を譲り受けた彼女は最低単位を二人一組(ツーマンセル)に定め、お互いを補うように戦力を動かし始めていた。
効率と安全の両面をその視野で担保する彼女に油断は無い。
(――ま、出来る限りは『誤魔化す』さ)
元よりローレットはこの戦いが『キングをチェックする為のもの』と承知している。
ネメシス聖騎士団とローレットの【耐久部隊】――暗黒の海の前に立つ最大戦力はフォン・ルーベルグへの侵食を阻み時間を稼ぐ為に存在している。敵戦力を大きく深く引き受ける事でその濃度を縦に引き伸ばし、続く【進撃部隊】にバトンを渡す作戦なのである。
正面正対する最大戦力がどれ位の健闘を見せる事が出来るかは、他全ての局面に甚大な影響を与える事は間違いない。敵の首魁に相対さないとはいえ、フォン・ルーベルグ、民の安全、更には攻撃に出る仲間達の命運も全て。それは彼等が背負うものになる。この戦いにおいては防御こそが或る意味で最も重要な一手であると言えるだろう。
そんな事はこの場に在る誰もが承知だ。故に気合は迸る。
(守る。依頼で助けた少年が墓参りする場所を。この国を!)
「暗黒の海だぁ? その程度で俺達の、天義の正義が折れるかよ!」
静かに決意を燃やすウェールが、啖呵を切った黒羽が、
「我々は壁。我々は物語を幸せと終わらせねば成らない。
生きて帰ると己に刻め。神は『生』を望むだろう」
朗々と語る運命の絶壁、オラボナ――【光壁】が闇の前に立ちはだかる。
――下がって傷を癒せ!
洸汰のスピーカーボムが酷く分かり易く状況を指示し、
「代わりにここはオレが引き受ける!」
後退してウェールの援護を受けた彼に代わり、洸汰が一撃をフルスイングした。
「俺達、【光壁】の役割は文字通りの壁だからなぁ」
少年の派手な立ち回りに「ひゅう」と口笛を吹いたプラックが不敵に笑う。
「だが、ここいらの壁は一味違うぜ。触って無事に済むようなもんだと思うなよな!」
「ん、負うものありて一歩も退けぬとはこれまさに、騎士の本懐。
この戦いは幸福ではありますまいが、この戦いは必要な試練とも言えましょう」
エッダの繰り出したシュミーデ・アイゼン――素晴らしき操気が飛びかかってきた愚かな獣を後方まで弾き飛ばした。
「この壁は三重に。破りたいならば三倍持ってくるでありますよ」
エッダの言の通り【光壁】の面々はネメシスの兵力も含めてフロントラインを三列に形成し、ローテーションを行う事に受けの形を定めていた。黒羽のしぶとさ、ウェールの索敵、支援能力を生かし、洸汰、プラック、エッダがフロントをコントロールする――
(そういやローレットは女傑の方が多いイメージだったわ……)
いや、男子たるものここからだ。
プラックがリーゼントを両手で撫で上げ、気合を入れ直した。
「っしゃあッ!」
鋭い発声は終わりの無い戦いをこれ以上も無く続ける為の覚悟そのものである。
「こんな状況でも、みんな諦めてない。
イレギュラーズの皆だけじゃなくて、天義の騎士さん達も――
行こう、シルフィ。きっと、ここを支えるのは無駄じゃないから」
「はい、姉様。命をかけるというには、わたしは臆病ですけれど……
それでも。退く事ができない場面なのは分かるのです。
相手が原初の魔種であろうと、きっと、それが滅びに抗うという事なのでしょうから。
相手が死を糧とするのなら、この生命の力をもって立ち向かうまでです」
緩んだ圧力――見て分かる程に動きの鈍くなった暗黒の海、汚泥の兵達を前に出たイリスが、シルフォイデアが食い止めにかかった。
動きを鈍化させたとて、無限の増殖を見せる暗黒の海――汚泥の兵を食い止め、削り、倒し、延々と繰り返す時間は続く。
高い実力と士気を持つイレギュラーズは攻勢を良く凌ぐ。
聖騎士団もレオパルの指揮の下で粘り強く敵に相対する。
だが、誰も例外にせず――少しずつ、少しずつ『命』が削られ続けているのは明白だった。戦場に立つ以上、必ず死はそこにある。今日この場所ならば尚更で、『無かった事になる』魔法が解ければ先がどうなるかは火を見るよりも明らかだった。
とは言え、一先ずフォン・ルーベルグへの侵攻は食い止めた。
【耐久部隊】は【救援部隊】の支援も受けながら十分な機能を見せていた。
ならば、この大壁が決壊するより先に、誰もが望むのは闇を裂く鏑矢――即ち【進撃部隊】がベアトリーチェの元へ【撃破部隊】を運ぶ事ばかりである!
(……本当は)
そう、本当は。
(もうちょっとコツコツと人の役に立つ仕事をする方が好みなんだけどね。
そうも言ってられないような状態だ。だから――絶対にここで止めないと)
何の犠牲もなく、何の代償も無く戦いが終わるなんて幻想だ。
だが、主人=公はそんなエンディングを望みたい。
何時かクリアした――大団円のゲームのように。
●昏き海を越えて
「まったく、恐ろしいくらいに魅力的な敵だわ。
きっと素晴らしくステキなことでしょうね、欲望のままに求められるなんて」
「そうですか?」
絶望的な戦況を前にしても、何時もの余裕の笑みは崩れない。
そんなリノに小首を傾げたのはヘイゼルだった。
「よりによってこれが強欲の大罪とは――強いだけで面白みもないのです。
これなら、前に会った海賊の強欲の方の方が余程に面白い欲だったのですよ」
ヘイゼルの挑発が周囲の敵を纏めて釣り上げた。
囲まれても鈍った雑兵程度に容易に捕まる彼女では無い。言葉よりも飄々と敵をあしらうその様は『ヘイゼル・ゴルドブーツという毒がどれ程に厄介か』を告げるものだ。
「ふふ。でも、まぁ――不思議ね。確かに羨ましいとは少しも思えないのはどうしてかしら。
大体、『何もかも全部』だなんて――レディにはお行儀が悪いじゃない?」
リノはそんな風に言って肩を竦める。何の事は無い。話の持って行き方――その経路こそ異なれど、リノとヘイゼル、冷笑癖のある皮肉屋二人のの結論は似たようなものだったらしい。
「しかし、ぞっとする光景だぜ」
半ば呆れたように、だが故に闘志の滾る義弘が唇をぺろりと舐めた。
フォン・ルーベルグ(ひとのりょういき)を呑み尽くさんと展開された暗黒の海は、ベアトリーチェ・ラ・レーテそのものであるという。
元より耐えるだけでは駄目なのだ。根本を解決しない事にはこの戦いは終わらない。人智の外に存在する権能、異能は誰かの理解の及ぶ範囲には存在し得ないが、耐えるだけの戦いが目指す結末は最初から知れていた。
「アタシら、勝つしかないんだ!」
もし、本気でそれを望むならば続く鈴音の言葉は唯一にして無二となろう。
「――だから、あのベアトリーチェの首を獲る!」
「ああ、俺みてぇなヤクザにも意地ってもんがある。
見せつけてやるぜ、任侠の心意気を。
泥まみれの死人に、生きてる人間の力ってやつをよ!」
「七罪――強欲。原初の一端、この絶望、流石としか言えませんね。
しかし、いつか見えねばならぬ難敵ならば、この機会こそ好機としましょう。
黒き海を穿ち、刃を届ける――其の為に。我が刃、全てを以って!」
縦長に広がった暗黒の海、再生速度と動きの衰えた『敵陣』を薙ぎ払うのは義弘であり、すずなであった。
「血路は拓きます――行って下さい、そして光輝の刃を彼奴に!」
斬撃と共に鋭く気を吐いたすずなが見据えるのは遥か彼方。
「黒幕である枢機卿を倒し、強欲もここで倒し切ることができれば……
天義の理不尽な断罪が減り民衆が暮らしやすい国になるはずです。
これから良い方向へ変わろうとしている国をやらせるわけにはいかないです」
「家族を守る意思に不正義はないと、陛下は仰られた。
……この国も少し変わるかもしれない。ならば未来の為に、私も体を張りましょう」
ルルリアの言葉にアンナが一つ頷いた。
「見渡す限り……泥の海……なかなかとんでもない所に飛びこんだ……にゃ。
でも、アンナおねーちゃんを……ほっとく訳にもいかない……の!」
恐ろしくない筈はない。だが、それでもここに立つ傍らのミアに「ありがと」と微笑んだアンナは持ち前の防御能力の全てを味方を突破させる事に傾けていた。
「お前たち雑兵の相手はきゅーとな狐さんのルルです。道をあけろっ、です!」
「未来は作ったら見ないと……なの。
孫の死まで、あの頑固おじーちゃんに見せちゃだめ……にゃ。
攻撃はミアとルルに任せるの……おねーちゃんが黒の盾なら、ミアは白の銃……にゃ!」
翻って攻め手は強力な火力を誇るルルリアとミアの二人であった。
チームワーク良く戦う【黒壁】の三人が願い、望むのは友軍と、すずなと同じく闇の底に点る希望である。
「白の大壁に及ばずとも、盾になる位は私もできる……行って!」
「助かるぜ! くれぐれも気を付けてな」
アンナの横を駆け抜けたのはシラスだ。
「『そっちも』ね!」
地面より沸き立った黒の獣の爪牙を夜よりも深い漆黒――揺らめく不滅が跳ね返した。
空を突く聖剣の輝きに到達する事こそ、イレギュラーズの最初の関門だ。
ネメシスとローレットの連合軍の狙うのは鮮やかなるカウンターである。【耐久部隊】が触手を伸ばす暗黒の海を受け止める盾の役割と果たしつつあるのならば。当然ながら次が矛――【進撃部隊】の出番となるのは必然だった。
彼等には防御と攻撃双方の支援に八面六臂の活躍を見せる【救援部隊】の助力も受け、可及的速やかにベアトリーチェに肉薄する【撃破部隊】を送り届けるという役割がある。
これはイレギュラーズの総力を挙げた反攻作戦である。
「サーカス事変で『冠位』のうち一人でも直接本当に介入してきていたらと思うと……
幻想にだってまた仕掛けてくる可能性もあり得る。
この戦いの趨勢を問わず、他の国であれ、やがてまた戦うことになるでしょう。
あれを……あれと同等の存在を討たねばならない状況で討てるのか。
先を図るためにも、この一戦……大事ですね」
「ええ、どの道やらねばならないのならば今日やるのが一番なのです。
拙速が巧緻に勝る事もありましょう。
隊方針としては正面突破! 最短距離で撃破、撃破、撃破であります!
天義の騎士と協力し、暗黒の海に光の道を築くと致しましょう!」
「特異運命座標に負けるな! この国は我等が国ぞ! 我等は騎士ぞ!」
リースリットに応じたルル家の言葉に聖騎士達が対抗の声を張り上げた。
「強欲故に華やかな舞台で活躍したかったのでしょうか――
ですが、彼女の舞台はここで終幕にしなければ。
人もまた国(いばしょ)を守ろうとする程には強欲なのですから」
「天義の法は好きじゃねえ――正直、潰れろと思った事もある。
だが、天義にも多くの子供がいる筈。子供が無残に死んでいくのが我慢ならねえ」
幻に頷いたジェイクは小さく一言を付け足した。
「俺は天義の子供達の為に――
何も怖くねぇよ。俺の横には幻がいるしな」
幻は微笑み、ジェイクは少しだけ罰が悪そうにする。
「私は、私が綺麗だと思った天義を――友人の故郷である天義を守りたい」
「まさか、異世界でこんな大舞台に立ち会うなんてね。
僕はいつだってポーを守る。ポーがネメシス存続を願うなら、協力する。
理由なんてそれで十分で――嗚呼、この勝利を愛する君へ捧げよう」
「……ん、あ、ありがとう、ルーク! うん、一緒に頑張ろう!」
この瞬間だけ決戦にはそぐわず――ルチアーノの伊達男ぶりに、はにかんだ少女の顔を見せたノースポールが咳払いをして表情を一気に引き締めた。
幻にジェイク、ルチアーノにノースポール、次々と仲間達が動き出す。
進撃は今回、この場の最大戦力を集めた彼等【光の道】の担う部分も大きい。
【進撃部隊】の貫通力こそ【撃破部隊】に仕事をさせるかどうかの分水嶺だ。
「最悪だな。流れも意思も『メチャクチャ』だ」
死霊術を知る大地だからこそ、総ゆる魂のマーヴルする暗黒の海の異常性が良く分かる。
「薄い所を『作れ』。崩していかなきゃ早晩『詰む』ぞ」
「正面突破、敵の布陣を崩して押し込む! なにがなんでも撃破部隊を送り込むわよ!」
「てめえが強欲のまま国をブチ壊すなら、俺はそれを上回る強欲で奪うだけだ。
勝利も、てめえらの命も、全部、丸ごと、全て、何もかもだ!
掛かって来な、ザコども。何度だってブチのめしてやるよッ!」
大地に応えるように、範囲を対象に取ったアクアの毒霧に咽ぶ汚泥を、間合いを詰め豪快に吠えたグドルフの猛撃が吹き飛ばす。
恩讐も彼方、天義に思う事があるのは事実だ。神を呪った事もある。
でも、それでも――
「『こんなもん』認めるかよ!」
「天義を、天義に住む人たちを救うの!
私も、みんなも、この国の希望の光なのよ!
こんな闇の色に飲み込まれたりしないのよ――!」
――グドルフの言葉は、アクアの叫びは心よりのものだった。
可能性を蒐集し、やがて来る終わりに抗う。世界を救う。
望んでその宿命を帯びた者ばかりではないが、この場にあれば是非もなし。
『未来』は薄らぼんやりと霧の中に揺蕩うばかり。されど、確かに分かる事もあるのだ。
今、彼等は背負っている。
関わってきた多くの人間の命運が、愛が、天義ならぬ人の義を背負っている。
「ここにいる一人一人は薄明りでも……集まればきっと『閃光』になりますから!」
「ユーリエは私が守るのです」
【進撃部隊】がレオパルから借り受けた兵力は小さくない。
ユーリエの言葉に鬨の声を上げ、エリザベートの支援を受けた騎士が、兵士達が目の前を塞ぐ暗黒の波へ挑みかかった。
猛烈な攻勢が少しだけ汚泥の兵力を押し返した。
だが、その間にも『倒された筈』の者が居る。
(どれだけ敵が強大でも――この『光』は消させはしない!)
ダーク・リバース・ヴァンパイア――闇なる霧が別種の暗黒へと喰らいつく。
「わたしたちの仕事は、速やかに、突破口を作ることですの。
だから――えっと、その、ちょっと怖いけどいっぱい頑張りますですの!」
持ち前の体力を前面に出す。水鉄砲による砲撃と共に苛烈な攻撃を敢えて集めたノリアが汚泥の兵達にダメージの『お返し』を繰り返す。
「今日はちょっとばかり本気でいくぬ。つまり――シリアスな感じでいくわよ」
ニルのでーえすしー(へびの型)が敵陣で暴れ、唸りを上げる。
(敵はその能力が完全では無いとは言え不死身。
これよりも、予想外の動きを見せるかも知れない。だが――)
ギリ、と強く奥歯を噛んだアカツキが震脚で大地を揺らし、足元より獣を蹴散らした。
「――兎に角道を切り開く!
それしかないのだ。誰かを信じ共に進む!
今ならそれが出来るはずだ。俺達にはそれが出来る筈だ!
死線を乗り越えた仲間達が、今ここで力を奮っているのだから!」
切り払うべき波は、闇は、無数の敵が蠢く大壁の如き集合体である。
アカツキの思う通り、その不滅性は弱体化した今も圧倒的であり、この後何が起こるかさえも分からない。読み切れない。どうあれ少なからぬ『死』は免れない。だが、この戦いにおいてはその『死』さえも勝利の為のコストと呼ぶ他は無いのだろう。『死』を容認し、それが確定しない間に――パンドラの奇蹟がそれを許さない間に【撃破部隊】が侵攻出来るかがこの局面の全てであった。
「……っく!」
多数の敵から猛烈な反撃を受けたアカツキが小さく呻くも、
「倒させないわよ!」
凛然と声を上げたディーナの支援がその窮地を救う。
「伊達に『仕上げて』ないのよね。
私が居る限りそう簡単に倒れられないと思いなさい!」
「ふぁー、びっくりだぬ」
「……助かった。確かに、これは凄い」
成る程、ニルもアカツキもこの啖呵には納得するしかない。
心強いも心強い、場に君臨する少女の支援能力は強大である。
「遠慮なく参りますので、ヨシツネ様も巻き込まれないようにご注意ください」
「貴女の呼吸、足の運び、重々承知しておりますとも。
――しっかり付いていきますので、存分に」
「ヨシツネ様も、背中にはお気をつけください。
もっとも、出来る限り、お守りしますが――」
「こちらこそ。湖上の船をも飛び越える八艘飛びをば、その目にご披露いたしましょう」
雪之丞の孤月、斬月――対の月が閃き、やや芝居がかったヨシツネは影を繰る。
「は――!」
その一方でミニュイは、最短最速で颶風となりて黒の海を渡るだけ――
文字通り戦場を駆け抜ける風が敵陣にハイロングピアサーを突き刺した。
幾度目か空より瞬いた閃光が汚泥の兵達を薙ぎ払ったのはそれとほぼ同時である。
「…………当然。この程度はやってもらわないと」
人間にも国家にも運命にも歴史がある。物語がある。
複雑なる想いを抱えるミニュイはある種のやり切れなさを隠し切れず呟いた。
――如何なる邪悪も赦さない無謬の正義。
『そんなもの』を掲げて多くを轢き潰してきたんだから。
このネメシスが魔種に敗れる事だけは絶対に許されない――
そう、それだけは事実である。そうでなくてはいよいよ救えない。購えない。
恩讐は彼方。この瞬間とて因果応報は否めない。
ミュニイ・ラ・シュエットは確かにこの国を憎んでいる。
でも、それでも。
「――強い光。目が眩みそうになる」
彼女が今日という日に戦いを選んだ事は覆しようも無い事実なのだろう。
深い闇を切り開く、絶望に光の道を舗装する作業は続く。
そしてそれは酷い困難を極めていた。
長く短い戦いが続く程に負傷者は、消耗者は積み上がる。
パンドラの奇跡が即座の死を回避させたとて、回数制限の保険を使い切れば『終わる』のは目に見えていた。【撃破部隊】がベアトリーチェに肉薄せねばならぬなら、少しでも多い余力を残してその時を迎えねばならないのは分かり切っている。
故に過酷な戦いを続ける【進撃部隊】に死力を捧ぐのは【救援部隊】の【赤】も同じだった。
「死ぬためではなく生きるための来たのだろう!
生きて国を助けて仲間を助けて、自分自身を助けてやれ!!!」
戦場の不安――感情の揺らぎを探すランドウェラが覆う恐怖を打ち払う。
「不幸が大きければ大きいほど、訪れる幸運もきっと大きいデスよぉ。
生きましょう、生きているだけでそれは幸運になるんデスからぁ」
聖光を点す美弥妃は持ち前のカリスマで周囲を激励する。
「重傷者は後方に――ニエルと綾女がベースを用意している!」
【赤】の面々はフロントラインを高く取るランドウェラ、美弥紀、前線後方で支援をする二エル、綾女に役割を分担し、継戦能力を高める意図を持っていた。
ベースまで下がってもそれは終わりでは無い。
誰も彼もここに居る者は多少の無茶は承知の上。回復で一先ずの危機が去れば殆どの者は再び死地に歩みを進める。
「無茶はせず、ちゃんと生きて帰って頂戴……!」
手を握り、励ましの言葉と共に再び戦士を送り出す綾女の言葉にも自然と熱が篭る。
それでも、手は全く足りていない。積み上がる危機は二エルを少なからず焦らせた。
(――足りない、足りない、足りない、足りない!
全てを救うには何もかもが足りない!
今、この場の誰かを救えるのは私だけ。でも足りない!
物も、時間も、手も、私の命一つじゃ足りなさすぎる――!
ああ、私の『全て』をくれてやる。いくつ死のうと構わない。
だから、私以外の全てを救わせろ!)
それは酷い戦いだった。
見て分かる程に『死』は積み上がり、奇跡の余力は刻一刻と減じていた。
魔法が解ければ敵の戦力は更に無限に増大する。
そうなる前に勝負をつける他、勝ち筋等存在しないのに。
『余りにも明確に。それを簡単に許す程、冠位は甘い存在では有り得ない』。
【光の道】を含めた【進撃部隊】の猛攻により、勢いを減じた暗黒の海は確かに多少の後退を見せていた。しかし、捨て目の利く人間ならば気付いただろう。
全く状況は――『圧倒的な火力の不足』を示していた。
「これは――いえ、まだ諦めない……!」
消耗したユーリエが肩で息をしていた。
「当然だぜ。『そう何度もくたばってたまるか』よ」
傷だらけのグドルフは額に張り付いた髪を振り払い、獰猛に笑う。
破れない。届かない。即ちそれは『倒せない』。
消耗戦の末に待つものが何かを知っているけれど――イレギュラーズは諦めない!
その時。
「ま、そうでなくっちゃ――嘘ッスよ」
無限に沸き、勢力を取り戻しつつあった汚泥の前に立ちはだかった一人が居た。
「これはこういうもんだ。これはこういう戦いだ。
だからいい。だから滾る。だから『来た』」
饒舌なるヴェノムは熱っぽく独白めいて蠢く闇を見つめていた。
何と場違いにも、微かな好意すら込めて――
「『道』を作るのは僕(かいぶつ)の役目じゃない気もするが。
屍山血河とは、この事か。ならばこれは僕の道に相応しいんだろう」
何時もと同じように道化めいて。
何時もと同じように声には冷たい熱が篭っていた。
「んじゃ、こっから本番な。
これが全てお前の欠片なら。この全てを喰い尽くしたら一体どうなる?
不可能? 数が多すぎるって?
簡単だろ? 心配するなよ、人の腹具合なんてさ。
詰まる所、お前の欲が全て飲み込むか。僕の飢えが全て喰いつくすか。
最初からシンプルな勝負だったのさ」
ヴェノム・カーネイジは何時だって最短で命を燃やす。
燃え尽きる事を望むように、焼き尽くす事を望んでいた。
――命を惜しむな、爪牙も曇る――
最初からヴェノムの論理は決まっている。
ピキピキと世界が割れる。視界が歪む。
自身そのものを責め苛み、滅ぼすその感覚にこそ彼女は歓喜した。
否、歓喜せざるを得ない!
やっとだ。
やっとだ。やっとだ。やっと――この時が来た!
刹那、自覚した己が終わりと共に望みに望んだ奇跡が降る。
――実際、道を作るだけじゃあ不本意だ。
後で来な。『煉獄篇第五冠強欲』。地獄できっと待ってるぜ――
時限式の華は何時も燃えて、燃え尽きる。
ヴェノムの触腕が馬鹿馬鹿しい程に巨大化し――一息で目前の闇の全てを呑み込んだ。
後には一瞬、この時ばかりは何も残ってすらいない。
●『冠位強欲』I
ヴェノムの一撃はまさに目が覚めんばかりの奇跡だった。
『強欲よりも貪欲』で『暴食よりも向こう見ず』な彼女は汚泥を呑み、噛み砕き、少なくともこの時、前を阻む障害を叩き潰すに到った。
【撃破部隊】はこの時を逃しはしなかった。
振り返る事はせず、確認する事は無く。『何が起きたのか』を薄々理解していても。
代償を支払い得た宝石よりも貴重な刹那を無駄にする事は余りに愚かで――そも、前に進む以外を彼女が望まない事は分かっていた。
奇跡(パンドラ)が絶望(アーク)を塗り潰したからなのか。
再生の遅い暗黒の海の上を【撃破部隊】は駆け抜ける。
【進撃部隊】の援護を受け、散発的な妨害を蹴散らし、数百メートルを駆け抜けた。
果たしてその先には。
「あら。信じられない。こんな所まで来れる人間が居るなんて」
凄絶な美貌を醜悪に歪めた一人の女が居た。
言うに及ばず彼女こそ、ベアトリーチェ。
『煉獄篇第五冠強欲』ベアトリーチェ・ラ・レーテ。
彼女に相対するのは魔種と化した一人の騎士(シリウス)、そしてその彼に守られるように戦う聖剣の主、リンツァトルテ・コンフィズリーだった。
「二人共無事か!?」
「イレギュラーズ……いや……そう呼ぶには他人行儀が過ぎるか」
「父上!」
「……お前は。お前達は本当に強くなったのだな」
猫が鼠を甚振るような戦いだったのだろう。現れたイレギュラーズの中にポテトと息子(リゲル)の姿を認め呟いたシリウスは最早ボロボロの状態だった。
「間に合って良かった……
ああ、こんな所で天義を終わらせはしない。
必ず守り切って見せる!」
「リンツ様をお守りくださり、ありがとうございます。
彼には、泣かせてはいけない人がいますので」
「――――」
強く気を入れるポテトの一方で、魔種たる自身にコロナがメガ・ヒールをかけた時、彼は少なからず驚いた顔をした。
リンツァトルテはまだしも、魔種たるシリウスにはパンドラの魔法は及ぶまい。
だが、決して失ってはいけない聖剣の輝きを守り続けたからこそ今がある。奮戦を続けた彼の存在があって初めてこの戦いは戦い足り得ていたのだ。
「ありがとう」と思わず呟いたリゲルにコロナは「いえ」と首を振った。
魔種は不倶戴天の敵である。可能性の敵である。
しかし、シリウス・アークライトは――果たして唯の邪悪だっただろうか?
否、邪悪はきっとこの戦場さえ眺めるエルベルト・アブレウだ。シリウスは掛け違えたボタン、或いは目の前の友人(リゲル)が辿ったかも知れない運命の先に過ぎないではないか――
(レオン様には叱られるかも知れませんけれど)
コロナにはコロナの想いが、矜持が存在する。
「待っていた、とは言わないが――『期待はしていた』。
天義の為に世話をかけるが、今は力を貸してくれ。ローレットの勇者達よ!」
「あなたが生きててくれてよかったです、リンツ様、私のお月様――」
「リンツァトルテ。俺は誰かの下につくのは大嫌いだが……
俺は今日だけはアンタの下だ。漢じゃねえか、アンタ!」
「ふふっ、誰も彼も無鉄砲にも程があるわね。けれどそういうの嫌いじゃないわよ?」
言葉に万感を込めたアイリスは、リンツァトルテに一も二も無く頷き、貴道が、小夜がリンツァトルテを援護するように『護衛』を買って出た。
そんな光景を冷めた目で見つめるのはベアトリーチェである。
「ああ、それで何の御用事?
私、シリウスを仕留めて忌々しいその剣を始末する用に忙しいのですけれど」
ベアトリーチェは嘯いて、彼女が駆る巨大な骨がカタカタと笑う。
三日月のように赤い唇を歪めた冠位はあくまでイレギュラーズを軽侮した。
暗黒の海の根源はざわざわざわざわと揺れ、目にするものに否が応無き魔性を、死を匂わせる。果たして、彼女の黒いドレスより染み出た『汚れ』は物理的な威圧となり、次々と汚泥の兵――親衛隊のような戦力を産み落としていく。
成る程――見て分かり易い『常人の思う絶望』だ。
「何の用も何も、ねぇ?」
挑発めいたベアトリーチェに芒は薄笑いを浮かべていた。
「魔種は殺した感じはちゃんと『殺人』だったんだけど……
この規模に人間やめてる大罪でも、殺した感じは『人間』なのかな? って。
実に気になるよね。気になって仕方ないから――殺させて」
或る意味で邪悪と邪悪を戦わせる芒のみならず。
「最悪を具現したような敵。
でも不思議と気持ちが落ち着いていられる……何でだろうな?
俺はアンタが『怖い』のに」
「 戦いの舞! おー、ベアベアまでの血路開く! 開く!
大勢が命がけで繋いで、繋いで、やっと届いた可能性!
コレ奇跡言わない!! 必然! 必然!
だからリナリナ、迷い無くベアベアに挑むゾッ!!」
「……今回は遊んではいられなさそうだな。たまには本気で頑張るか」
シラスにせよ、リナリナにせよ、ワルドにせよ、この場の用件は一つきりだ。
「私、怒ってます。激おこです。
特に、黄泉帰り。大事な人がいなくなるのは、とても辛い事です。
想像しただけで、頭が動かなくなるくらい。
それを耐えた人達を私はこの事件で見てきました。その人たちを惑わす魔と一緒に。
この場において、私の望みはただ一つ。
これから貴方(ベアトリーチェ)をぶっ飛ばします! ええ、完膚ない位に!
人にはいつか別れが来るのはわかっています。
けど、それはあなた達に利用されるためにあるものじゃ――ない!!!」
一喝した夕のとんでもない大声が暗黒の海の水面を揺らした。
そうでもなければここまで来るか。そうであるからこそここまで来れた。
この暗黒の海の果ては、伊達や酔狂で辿り着ける領域では無いのだから!
「ああ、本当に。なんて無謀、なんたる愚か。
この私を前にして――良くもそんなに囀ったものだわ」
「格が違う? そんな事は嫌でも解る。
怖気付くか? ノーだ。だが、怖いからこそ戦うさ。
皆で生きる為に。光無き絶望の夜に希望の星を灯す為にだ!」
ウィリアムの言葉に仲間達の士気が沸き立つ。
――人間風情が――
彼女を前に折れぬ者共はこれまで幾らも居なかったのかも知れない。
唇だけが刻んだ音無き言葉に、魔種の冠位の傲慢が宿る。
戦いの開始はそんな程度のやり取りで十分過ぎた。
イレギュラーズはチェックをかけたキング――クイーンと言った方が似合いかも知れないが――を取る事が今の全て。傲慢にして強欲なクイーンの方はその無謀な挑戦を、圧倒的な実力を以って退ける心算に違いない。
「今、共に駆けましょう!」
恐らくは冠位をしても予測不能の飛び出しを見せたのはローレットにとっては予想通りの人物――アルプスだった。
「光輝の騎士! 貴方の『強欲』は正しいものだ。
人が平和と自由を勝ち取ろうとするのは――当然の権利だ!」
聖剣で目の前の闇を斬る『不正義の勇者二人』に呼びかけて。
渾身のブルーコメットを黒衣の女にお見舞いしたアルプスは連携を取る一晃に視線をやっていた。
「……全てを救おうと望む、それはそこな強欲より、余程強欲だろうよ。
だが、その先の展望は、破壊しかなさぬ魔種を斬るより興味深い。
光輝の騎士、己が望む全てを掴みたいのなら、強欲しか持たないつまらぬ魔種に屈するな。さすれば、俺の凶刃すらその道の一助となろう!
墨染烏、黒星一晃。一筋の光と成りて、天の道を切り開く!」
啖呵に満足したアルプスは「それでこそ」と淡く微笑む。
先制のアルプスと一晃の組み合わせは恍惚と圧倒的な火力をクロスする、短期決戦――勝負をつける為の【流星】である。
(でも、予想外の手応え――)
舌を打ったベアトリーチェに一撃が深く突き刺さっていた。
流石の化け物、アルプスの一撃を受けても大して堪えたようには見えないが、敵の格を考えれば攻撃が簡単に届かない事は予想の内だった。しかし、事の他受けが甘い。
初手合わせでそんな感想を得たアルプスだったが、思わぬタイミングで速力の一撃を受けたベアトリーチェの怒りは猛烈だった。
「あら、怒りを買っただけですね」
「羽虫共ォッ――!」
アルプスは嘯き、ベアトリーチェは咆哮する。
長い黒髪がざわめき、闇の光となり次々とイレギュラーズに襲い掛かる。
彼女の抱く骨が全方位後半に伸ばしたのは肉を裂き、骨を砕く骨棘の槍である。
その威力は絶大だった。常人ならば一撃の内に打ち倒されても不思議も無い。
だが、恐らくは紙一重の問題だ。覚悟が、決意が、運命がその体を突き動かせば、当たり前の結論は当たり前でなくなる事もある。
「ふふっ……」
少女の華やかな笑みは百合の花の綻びのよう。
可憐にして――嗚呼、可憐なのにそれが毒性を持っている事は知れた話なのであった。
その肢体を紅に染めた百合子は血をぺっと吐き出して――猛然と動き出す。
「懐かしい気配よ。死よ、死よ、未だ吾に沿うてくれるか。
だが、今はお前と一緒に行くまい。吾はまだ空を飛ぶ鳥を追いかけていたいのだ。
おうおう、吾こそは白百合清楚殺戮拳の咲花・百合子なり!」
おおおおおおおお!
白百合清楚殺戮拳と真深い闇が死を交わす。
果たして、汚泥の兵は蠢き増えて主を害する全ての者を滅ぼさんと動き出していた。
だが、イレギュラーズもそれは想定の内である。
――今こそ【光輝】の力、尽くす時!
「いよいよ、クライマックスじゃな!」
デイジーの青き月が妖しく誘えば、飛びかからんとした汚泥は混迷に喘ぐ。
「どんどん行くぞ!」
「ナーちゃんのシミだすようなアイをかみしめてっ!」
デイジーの声に応えるように前に出たナーガの一撃が汚泥の兵を『叩き潰す』。
「あら、シミになっちゃった!」
さもありなん。
(こんな状況でも…僅かにでも希望が有る。抗う人達がいる。
……”私”は、怖いよ。でも…お兄ちゃんならきっと――
――絶望なんて何処にも無いって、そう言うと思うから!)
信念の槍を抱けば震えは止まった。
「だから私も……護りたいものの為に戦う!」
一声と共に放たれたイノセント・レイドが汚泥叩き、ベアトリーチェまでをも狙う。
「不快、不快、不快! こんなに苛立ったのは何百年振りかしら!
『兄妹以外』では、貴方達が初めてでしてよ!」
「そうか、それは光栄だ」
言葉とは裏腹に木で鼻をくくるかのような反応を見せたのはラルフである。
「非力で卑小なる人こそが真なる欲望の子であるが故にね。
何、人でなき怪物には到底真なる力を発揮出来んよ」
旅人は元の世界で総ゆる経験を持ち合わせる場合もある。
或いはラルフ一流の流儀は、言葉は自身の経験で培われたものやも知れない。
持ち前の広い視野でメギドイレイザーと仇花の蠍を展開するラルフはベアトリーチェを『見極めん』としていた。
解析は彼の得手。理解は勝利の道、彼の術。
(聖剣、天の杖、そしてパンドラ、多くが重なって尚。
『強欲』からすれば取るに足らぬ弱者の群れに過ぎず
群れてすらいない者は小虫同然、だろう。
だからこそ、蜂の一刺し、蟻の一噛みを通せる、かも知れん――)
基本的に暗黒の海の性質は変わるまい。
更にはベアトリーチェ、その能力の底は見えない。
手早く決着しなければならないのは同じだが、局面はいよいよ霧中だ。
(――だが、見つける!)
ラルフと同様にエクスマリアの――プロアデプトの灰色の頭脳はこの局面に勝ち筋を探す。
「まぁ、これが『望み』ならば良いでしょう。
私はどんな欲望も否定はしない。皆さんが私を滅ぼしたいと思うなら――ええ、それもまた良いでしょう。叶うかどうかは別としてですけれど!」
乱戦は熾烈を極める。
「拙者はまだ死にたくない、だがここで気張らねば必ず後悔するでござろう。
ならば全員で生きて帰る為にこの身命、削らせて頂く!」
「『あの女』の臭いがする。パンドラの奇跡?
嗚呼、嗚呼――なんて腹立たしい!」
危機を掻い潜り、狂熱のステップを踏む咲耶ならずとも。
『死んだ自覚』のある者はベアトリーチェに相対すれば途端に跳ね上がった。
敵は『冠位』。これが『冠位』。
勇者達はこれより真の恐怖を視る。
「……っ……!? 再生能力――それも、これは」
エクスマリアの声が乾く。
見れば、先程アルプスが『削り取った』ベアトリーチェの闇は笑う他無い速度で、復元とも呼べる再生を果たしていた。暗黒の海のその性質を本体さえも持ち得るのか。
誰もが知る事となるのだろう。
弱体化して尚、如何ともし難い力の差と闇の具現を。
この戦いの中、思い知る事となるのだろう――
●逆巻く暗黒II
――――♪
麗しい讃美歌がネメシスを謳う。
「大丈夫! アタシ達が居る。貴方達が居る。
英雄かどうかは関係ない! 奇跡はある。ここにある。
誰も死なさない、死なさないから」
「勝っても命を落としては意味がない。
おまけに相手は死者を操るときた。
生きのびる事が最大の嫌がらせなんだ。今、ここでこそ――踏ん張れよ!」
【天明】の戦場にミルヴィの唄が、ラダの声が響く。
『魔法』が解けたのは何時の事だっただろうか?
彼女等にそうとまで言わせる最前線の状況は文字通り最悪だった。
士気は最高に高く――暗黒の海、その侵食を良く食い止め続けた【耐久部隊】の戦力ではあったが、永劫に続く戦いは彼等に強烈なまでの消耗を強い続けていたのである。
保険が切れれば瓦解は早い。分かっているが、そうはさせじと食い止める。
「恐れるな! 私達が居る! 脱落するな、隊伍を組み直せ!」
情報共有と連携の円滑化を任務と定め、愛馬(ラムレイ)と共に縦横無尽に動き回る戦乙女(イーリン)が凛と叫んだ。
「全く人使いの荒い司書だよ」
「同感だな」
今回も彼女に付き合うアトは引っ張り回されるように激しい動きに同道している。
頷いたミーナは彼女を、仲間を守り抜く事を今回の役割と決めていた。
「願わくば、『死神』の自分とは真逆の奇跡を――な」
「まぁ、今回については『神は望まない、僕がこう望むのみ』だ」
「次、行くわよッ!」
イーリンの号令に「はいよ」と(少し嬉しそうに)ミーナ、「まったく」と(溜息とは裏腹に満更でもなさそうに)アト。
多重に展開される局面はその都度に運命を試す。
胴元は一時たりとも立ち止まらず、軽薄に命のBetを求め、酷薄に笑うばかり。
「これ以上好き勝手暴れさせていられるもんか。悪者は倒す! 絶対に!」
「後詰めは任せとけ」
索敵に神経を張り巡らせ、突出に注意しながらも『暴れる』天十里を前衛支援役のエリシアが支えに入る。
――空を制する者が戦を制する――
レイヴンの言だが、これは確かに暗黒の海の持ち得ない器用な芸当だろう。
「状況は最悪だな……」
思わず一人ごちる。カイトの鷹の目は見え過ぎる程の良く見えて、最悪の戦場を俯瞰してしまう。
一方で『偽りの衣』を脱ぎ捨て、鴉の羽を纏ったレイヴンは広範に氷を降らせ続けていた。その言の通り効率という意味では一番良い空からの砲撃――別の『戦場』でまさに使命に命を燃やすネメシスの善性、象徴たる『天の杖』は、彼と同じく幾度も敵陣を薙ぎ払っていたが、その出力は継続する戦いの間に見て分かる位に低下し続けていた。
パンドラの魔法も何時解けてもおかしくない状況だった。
死亡こそ回避したとしても傷が癒える訳ではない。失われた体力や気力が戻る訳ではない。レオパルを中心に結束する聖騎士団にも疲労の色は濃く、『このままなら』敗北はそう遠くない未来の出来事に違いなかった。
寄せては返す暗黒の波は己が戦い方を承知していた。
少しずつ、少しずつ。真綿で首を絞めるように目前の敵――即ち人類の抵抗をこそぎ落していく。冷酷にして強欲なその性質は『本体』を真似たものだろうか?
「全く、私も焼きが回りましたかね」
襲い掛かってきた敵を素早くかわし、血盗鴉で体力を盗み取ったエマが小さく呟く。
元々は傍らのシャルロッテと共に後方に位置し、戦場全体のコントロールに当たる予定ではあった。前に引きずり出されたのは、出ざるを得なかったのは予定が未定だっただけである。
「でもね」
エマの表情は日頃弱気な彼女とは思えない位に『強い』ものだった。
「皆が戦うのに、一人だけ置いてけぼりなんて御免ですよ。えひっ」
「いや、良く言った。いよいよ面白い戦場だ。皆で楽しもうじゃないか」
虚勢を張るエマの口元は引きつっている。
そんな彼女に微笑んだシャルロッテは言葉を続けた。
「それにこれでも『最悪』は回避した筈だから――ああ、そういう事でいいんだろう?」
「仕留め損ねたけどね。情報は助かったよ」
「あの執政官では、これが限界ですよ。牽制を超える勇気はありますまい」
「私のために祈る、なんてされちゃうとさ。少しはやる気も出ようってもんよね。
ま、どんな手段でもね。いーじゃんどうせ私ら日の目みないんだし……
……チョロいとか言うなし」
問いかけたシャルロッテの視線の先にはアベル、寛治、胸にひとひらのねがいを抱く美咲の三人が居た。
戦場の『はずれ』から帰投した【暗殺】の三人は暗黒の海の向こうから様子を伺うエルベルト・アブレウを狙い、牽制の手を打った者達である。
暗黒の海への対応が『耐えるまで』である以上、アブレウ派による横槍は状況を崩壊させ得る危険要因に違いなかった。シャルロッテからの情報を受け、偽装に誤報、あの手この手で『諸悪の根源』を狙った三人は、流石に多勢に無勢でエルベルトまでは届かなかったが、彼等が無事に戻ってきた事はエルベルトが状況に非常に懐疑的になった事を意味しているとも言える。『眼鏡を外した』寛治の言う所の『限界』、つまり逃げ腰にさせた事が大きい。(結果として正解になるのだが)アストリア戦死の流言とこの期に及んで己が命を狙ってくるイレギュラーズを見れば、顔の真横を掠めたというアベルの魔弾の味を覚えれば、動機の喪失と保身から彼が退くのは明らかだった。
「暗殺の鏑矢は届かず、でも驚かせるには十分でしょ。
後一歩だったんですがね。まぁ、後一歩は後千歩か。
スナイパーってもんはそんなもんですからね――」
飄々とアベルが肩を竦め「でも、こっちはここが正念場か」と嘯いた。
彼の言う通り、生憎とお喋りをしている時間は無さそうだった。
【暗殺】も骨が折れる作業で緊張感を強いられる時間だったが休む暇も無い。
【耐久部隊】の現状は何時決壊してもおかしくない――極めて危険な水域にある。
だが、結論は一つである。
戦うしかない。突破される訳にはいかない。
そうなれば戦いは終わる。恐らくは――【進撃部隊】や【撃破部隊】の仲間も敵の内に取り残されよう。その先に命脈を繋ぐ未来がありよう筈も無い。
「天義には恩も何もないが……助けを求める声が聞こえる。
俺が剣を持つ理由は、振るう理由はそれだけで十分だ! まだまだ行くぞッ!」
「……僕は……一人でも多くの人を癒す……皆で生きて帰る為にも……ね……!」
吠えたヨハンが大装甲を前に敵の圧を押し返した。
傷付いた彼をグレイルのヒールオーダーが追いかけた。
「あちらは、おまかせをー」
バランス良く回復先を分担するのはコンビを組むユゥリアリアだ。
「防御はお任せ下さい。参戦する機会を得た以上は――必ず食い止めます」
「鉄壁ですわー」
迎撃を丁度良く護衛役に収まった冬葵に任せた彼女は持ち前の回復力を振るいに奮う。
天義に思う所がなくはないが、それはあと。氷晶の壁の如き冬葵にユゥリアリアの援護が組み合わさればそこは不可侵の領域となる。
ヨハンにせよ、冬葵にせよ。汚泥の波をかき分ける存在感は格別である。
戦うのだ。斃れざるのだ。仲間達が――ベアトリーチェを倒す、その瞬間まで!
耐久戦が佳境を迎えれば【救援部隊】の【緑】の仕事はいよいよ意気のものとなる。
「あたし達は三位一体。あたし達なら、できるわ」
リアの声はもう震えてはいなかった。
「わたし達が力を合わせれば、きっとだいじょうぶ。そうだよね」
「ああ! 一人じゃない上に、恋人からのお守りがあるんだ。怖くなんてないさ!」
チームを組む氷彗も、政宗も。恐れずに自分の為すべきを為し続けていた。
(――院のガキ共のヒーローであり続ける為に!
そして、伯爵に……あの人の前で誇れる自分である為に!
必ず勝つ! 勝って、『皆で』フォン・ルーベルグに、ローレットに戻るのよ!)
それがどれ程の幻想である事かを理解しながらも、リアは折れてはいなかった。
回復に攻撃に。弾幕は切れ目なく。切れ目を作る事は許されない。
とんでもない神経戦でもあるが、致命的失敗を嫌うのがヒーラーだ。
だが、これはきっと誰が欠けても無理だっただろう。三人は三人だからこそ機能する。
少なくとも今、この瞬間は互いの存在が勇気となり、無限に沸く力を産むのだ。
「混沌の未来の為にも、この戦いは決して負けるわけには行かないね。
負けられないし、『負けてられない』。僕に出来る事は少ないだろうが……
それでも僕は僕に出来る事を全力で遂行するまでさ!」
「ほぼ同時期に召喚された三人だもん、がんばろうね!」
ノブレス・オブリージュを知るクリスティアンと応えるロク、
「大仕事だが、俺のやるべきことは一つだ。愚直な話だが、それがまたいいだろ」
徹底した回復支援で戦線を一秒でも長く維持せんとするアオイ。
こちらも三人一組で班を形成し、戦線の維持に一役を買っていた。
「あぶない! まかせて!」
「助かった!」
「僕の目の届く場所で、みすみす仲間を失うなんて絶対にさせやしない!」
死角から狙われたアオイをロクが防ぎにかかる。
ダメージを受けたロクを身を翻したクリスティアンがカバーする。
素晴らしい健闘が幾つもあった。
素晴らしい意志が、執念が希望をその先に繋いでいた。
それら全ての行為は雨垂れで石を穿つが如き無謀だったに違いない。
だが、物語の『主人公』は――運命をねじ伏せ、従える者は。
きっとこんな時、こう言うのだろう。
――雨垂れで石を穿って何が悪い!
言葉にせずとも、それは多くの者の意志である。
故に雨垂れ(かれら)は、未だ暗黒の侵食を決定的には許してはいない!
●Happy BirthDay
ああ、まさにこれこそが『そういうもの』。
意志を持った悪意の具現、災厄というべきもの。
私が今まで見てきたものの中でも最も禍々しいもののひとつ――
果たして舞花の直感は何処までも正解だったと言えるだろう。
ベアトリーチェ・ラ・レーテは攻撃を避ける術を持たない。
大地――より厳密には横たわる暗黒の海――に接続された彼女はイレギュラーズの攻撃を避けず、喰らい続ける状態となっていた。
だが、急速に余力を失い、追い詰められているのはイレギュラーズの方だった。
ダメージを与えられない事は無い。だが、傷付けても傷付けても彼女の身体は暗黒の海を吸い上げ、やがては復元にいたってしまう。
致命を画策したとしても、呪いそのものであるかのような彼女には『通らない』。
権能を制限されたとて、この無敵。
海が突破困難。なれば本体の撃破困難は思えば余りにも明白だった。
「……ああ、何て厭な臭い。例えばあの男だったら……
『こんなもの』と対峙した時どんな振る舞いをするのかしらね」
汚泥の兵の剣を軽く受け流し、返す刃で一閃する。
目の前を開け、きっとベアトリーチェを睥睨した舞花が一人ごちれば、
「決まってるよ」
『答え』は予想外に返ってきた。
「大笑いして大喜び。たとえそれで死んでもね」
「成る程、確かにあの男が怯懦する様なんて想像できない。
むしろ幾ら斬っても死なぬなら、斬り甲斐があると愉しみそうな位ね……」
舞花とサクラ、二輪が綻ぶ。何とも勇気の出る『想像』だった。
「だから、じゃないけど」
サクラはふと思いついたように言った。
平静らしき口調だが、彼女は汚泥に塗れ、傷と痛みに塗れている。
パンドラの魔法がなくば長くは持たず、死なばそれは敵の尖兵となる。
イレギュラーズの戦いは壮絶だったがこのままならば全滅は必至だった。
「本当に。だから、じゃないんだけど――ちょっと『無茶』を思いついたかも」
「……?」
首を傾げるが、勝機あらば何でも良い。
サクラの言葉に応じて舞花が二度、三度と目前の敵を切り開く。
駆けたサクラが目指すのは、消耗しながらも泥を振り払うシリウスと、自身も必死の抗戦を見せるリンツァトルテであった。
(『御伽噺』において、天義はベアトリーチェを退けてる。
かつてあって、今無いものは何か。勇者は――居ると信じたい。
だったら足りないのは――)
――聖剣の輝きの方かも知れない――
「あら、こっちの援護をしてくれるのかしら」
ベアトリーチェにとってみれば聖剣は最悪だった。
損耗著しいシリウスに代わり、リンツァトルテを守り抜いたのは見事の一言。
そんな小夜は飛び込んできたサクラに冗句めいた。
死線を踊り、それでも嘯く盲目の剣客は『見ていない』のだから死角さえも問題にしない。気配、音、直感――全てを高めた彼女は、
「へたくそね」
繰り出された敵の一撃をまた見事に弾き散らす。
「ちょっと思いついた事が――ごめんね、手伝わせて!」
「いや、良く分からないが――頼む!」
リンツァトルテの手にした聖剣にサクラが手を重ねた。
気持ちは呆れる位に澄み切っており、まさしく明鏡止水の如しである。
運命を、可能性を焼き尽くしたとて、彼女が望むのは勝利である。
祖父にも、誰にも顔向け出来ぬ獣性になく――騎士の矜持とも呼べる勝利であった。
――この国には過ちも欺瞞もあった。
それでも――それでも、私はこの国を愛している。
正しくあろうと、人に優しくあろうというこの国を!
そんな想いがあると信じている。
神よ! 運命よ! 今ここに奇跡を!
節制も、抑圧も、その先に何よりも強欲に求めるものがあるから!
『ベアトリーチェを見誤らせろ』!
全ては――輝く未来を掴み取る為に――!
暗黒の海の根源に二度目の奇跡が舞い降りた。
我が身を襲う喪失感を堪え、サクラは共に握る聖剣に力を込める。
迸る光の渦はこれまでのものとは桁が違う。
「おいアバズレ、そんなにこの聖剣が怖いのか?」
「……なんて、こと」
貴道の煽り文句に余裕の皮肉が返らない。
初めてと言ってもいい、ベアトリーチェの僅かな焦り。
閃光は暗黒さえ焼き払い、強欲の勢力圏はこの時、一気に縮減した。
遥か過去に見た残光が今、現代に蘇る事――
それは無敵を誇る冠位の初めて見た『悪夢(そうていがい)』に違いない!
「最初で最後の勝ち筋ね。
ええ、決まっている事。どれ程、貴方が手強かろうとむしろ滾るわ。
たとえこの身がどれ程傷付こうとも、我が魂の青き炎は消えはしないッ!」
気を吐いたアルテミアがリゲルやポテトを援護するように一早く鈍った汚泥を切り捨てた。
「仕掛けろッ!」
僅かに遅れて響く、怒鳴り声にも近いウィリアムの声。
イレギュラーズは本能的に理解していた。
凄絶な光を放ち始めた聖剣がいよいよ長くは持たない事を。
サクラの可能性が喰らったこの一時に決めねば、敗北は決して免れないと。
猛攻。
「良き時間だったが、そろそろ終いか。吾が死ぬか、其方が死ぬか」
背後に花を背負う――百合子の美少女ぶりはこの日一番のものとなる。
猛攻。
「はああああああああああ――ッ!」
裂帛の気合と共にシラスの流星が糸を引く。
猛攻! 猛攻!
「勝負でござる!」
「てやぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!」
咲耶の悪刀乱麻が閃き、夕の召喚した『極大』がベアトリーチェに突き刺さる。
これぞ猛攻!
全身全霊をその一撃に込めた向こう見ずな一晃の大跳躍――大上段より速度と体重を乗せて叩きつけるように繰り出された一閃は彼女に纏わる邪骨を、ベアトリーチェを、全ての闇を鮮やかに深々と斬り裂いていた。
ぐらぐら、ぐらぐらと。
闇が揺れる、闇そのものであるかのような女が揺らぐ。
崩れた美貌に凄絶な笑みを浮かべた彼女は斃れない。
「こんなもので。こんなもので、冠位強欲が」
目前の敵達を呪い、悪罵し、迸る闇で猛烈な反撃を見せていた。
次々と倒されるのはイレギュラーズ。
結末はどうあれ、戦いが決着を望み始めたのは明らかだった。
「正直にいうと天義がどうなろうと知ったことではないのですが――」
冷めた言葉に続くのは「貴方だけは別ですから」。
ハイデマリーの火力支援(ヴァイス・ヘクセンナハト)を従えたセララが「ありがと!」と躍動する。
(リンツァは命を賭けた。父上は死ぬつもりだ。
俺は、俺は何が出来る――どうすればいい?
分かっている。決まっている、最初から。
国の為に、陛下の、レオパル様の為に、母上の為に、父上の為にも!)
他方、これが勝負と強く地面を蹴り、刺し違えてでも討ち果たさんと構えを取ったリゲルに破滅の黒色が迫っていた。
「……ッ!?」
しかしこれが、僅かばかり、僅かばかりに届かなかった。
闇の光に撃ち抜かれたのは既に死に体にも思われていたシリウスだった。
「やつを、たおせ……ッ!」
短い言葉に想いが交錯した。
声で聴いた訳ではないのに。
多くを語られた筈も、その時間もないのに。
――稽古が途中になってすまなかった。
でも、強くなった――お前の立派な姿を見れて満足だ。
――私が言うのは愚かだ。だが、今となっては……
お前には天義を壊す、ではなく私に代わって再生させて欲しいと思っている。
――母さんを大事に……
ルビアに伝えてくれ。すまなかった、それから愛していると。
――最後に、それから最後に。
馬鹿な事を言わせてくれ。『おめでとう』。リゲル――
「……ッ、ああ……! ああああああああああ――ッ!」
言葉にならない声は絶叫。裂帛。敵を討ち滅ぼさんとする意志それそのもの。
揺蕩う断片。それは錯覚かも知れない。真実かも知れない。
或いは、伝わる想いそれ自体も『三度目の奇跡』の産物だったかも知れない。
目を見開いたリゲルの一撃が強き『星』を抱き、権能の冠位さえも破る威力を解放した。
おおおおおおおおおおおおお――!
人ならざる者の人ならざる慟哭。
仰け反ったベアトリーチェの輪郭がブレ、人型が像を失いかけた。
「必ず、必ず殺して差し上げます。私にこんな屈辱を、こんな屈辱を!」
だが、紙一重でこれが戻る。滅びぬと生き汚い死霊術士はすんでで『戻った』。
全ての力を使い果たしたリゲルが前のめりに倒れ、もう動けない。
「――必ずですわ、覚えてらっしゃい!」
「そう来ると思った。でもね」
最早、余裕も恥も捨てて逃げ延びんとしたベアトリーチェにセララが詰めた。
「――ボクの場合ね。武器商人さんとかで、慣れてるんだ、EXF(それ)」
実戦にこの程度の隠し玉は良くある事。
トータルファイターの本懐は対応力、そして総合力である。
セララが閃かせるのはまさに最終最後の攻勢だ。そうでなければもう勝てない。
「託された希望を今ここに!」
リンツァトルテが、シリウスが覚悟した。
ヴェノムが繋いだ。サクラが造った。
リゲルの一撃なくしては到底『間に合わなかった』だろう。
故にそれは唯の一撃ではなく、幾重の想いをレイズした至高究極の『必殺』となる。
「――セララスペシャルッ!
それから全力全開最終最後の――これがセララストラッシュだぁぁぁぁぁ!!!」
剣閃の煌めきに闇が爆ぜた。
黒い霧のように霧散した邪悪に伴い、暗黒の海が地面へと溶けていく。
無事な者は殆ど無く。
疲労困憊に言葉も無い。
だが、それは一つの戦いに終わりであった――
成否
大成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
YAMIDEITEIっす。
かくて『冠位』との最初の戦いは終わりを迎えました。
実際の所、全滅はしないにしても、天義滅亡ルート→集団疎開先導全体(民ネメシス脱出ルート)はあるものと思っていたので、<冥刻のエクリプス>他の依頼と併せた強烈な結果に驚いた次第です。
今回もプレイングは非常に『みっちり』だったと思います。
称号を配布しています。またヴェノムさんにアイテムを発行しています。
MVPは出しません。基本的に皆が頑張らなきゃ勝てない相手だからです。
発動したPPPは実に三回。
ざんげバリアーの残数は0です。
結果は全ての尽力の合わさった上でのギリギリの結果と言えるでしょう。
白紙ゼロ。
全員出した筈ですが、万が一抜けていたらお知らせ下さい。
シナリオ、お疲れ様でした。
GMコメント
YAMIDEITEIっす。
決戦、それもNightMareです。
以下詳細。
●重要(※6/25追加)
投票により『1(パンドラを使用する)』が採択された為、ざんげにより空繰パンドラが発動しました。
30000のパンドラ消費で、300回死亡判定が回避されます。
但し300といっても状況は戦争級の物量です。これは戦場全域に及びます。(内容柄、死なれると困るという点も含めて)イレギュラーズのみならず、ネメシス聖騎士団にも適用される為、過信は危険です。ここは本気で死ぬ戦場という事です。
又、様々な状況の変化により難易度が『NightMare』→『Very Hard』に低下しました!
●決戦シナリオの注意
当シナリオは『決戦シナリオ』です。
<冥刻のエクリプス>の決戦及びRAIDシナリオは他決戦・RAIDシナリオと同時に参加出来ません。(通常全体とは同時参加出来ます)
どれか一つの参加となりますのでご注意下さい。
●依頼達成条件
・『煉獄篇第五冠強欲』ベアトリーチェ・ラ・レーテの撃破
・聖都フォン・ルーベルグが防衛される事
●北西戦線
暗黒の海、汚泥の世界を天義の大地に展開したベアトリーチェ・ラ・レーテの『軍勢』が存在する戦線です。敵側は間違いなく敵の主力であり、天義側も主力の聖騎士団で迎撃し、ローレットの精鋭に助力を願っている状態です。
ベアトリーチェを撃破する事が出来れば天義の動乱は終結すると思われます。
●友軍
天義聖騎士団の主力が集結しています。
騎士が三百名、一般兵士が千五百名程。彼等の士気は高く、レオパルに統率された彼等は奮戦を続けていますが、疲弊し始めています。
ローレットの英雄が上手く立ち回る事でよりその能力を発揮しやすくなるでしょう。
ぶっちゃけ優秀で数も多いですが、彼等に運命を変える力なんてありません。
その力を持つのは貴方だけです。
●暗黒の海/汚泥の兵
無数とも思える膨大なベアトリーチェの『断片』。
個体差こそあれ、一般的な個体はそう強力ではありませんが、それがベアトリーチェが『嗜虐的に抵抗を弄んでいるから』とも考えられます。
人間や動物、怪物等、様々な形状を取っていますが、共通するのはベアトリーチェの展開した暗黒の海においてはそれ等は不滅であるという事です。
幾ら倒しても何度でも瞬時に復元されます。更に暗黒の海の中で誰かが死ねばそれも新たにベアトリーチェの断片として取り込まれてしまいます。
●重要人物
1、『煉獄篇第五冠強欲』ベアトリーチェ・ラ・レーテ(※6/25追加)
七罪と呼ばれる原初の魔種と称されます。
黒衣の占い師風の美しい女ですが、享楽的で嗜虐的、何より『強欲』。
イレギュラーズがこれまで相対した中で最強の敵と呼べるでしょう。
・劇中で既に暗黒の海を展開しています。
・本人の戦闘力は不明ですが、極めて攻撃力の高い神秘系と思われます。
・ネクロマンサーの性質上、それらしい能力を持っている可能性が高いです。
→・リンツァトルテと聖剣が健在の間はその権能が抑制されます。弱体化中。
2、『峻厳たる白の大壁』レオパル・ド・ティゲール(※6/25追加)
御存知天義聖騎士団長。
絶大な指揮能力で天義最後の防衛線を支えます。
本人は回復もこなす極めて堅牢な防御系ユニットですが、攻撃力も低くはありません。
生半可で倒れたりするような人物ではありませんが、彼が倒れた場合、聖騎士団の士気に致命的な影響が出る可能性があります。
→シェアキム砲でテンションマックス。配下も含めて士気がガン上がりしています。
3、『法王』シェアキム・ロッド・フォン・フェネスト六世(※6/25追加)
天義国王にして法王。
正義と信仰の守護者にして厳格なる聖職者でもあります。
今回の戦いに際して『何か』を準備しているようです。
→聖教国の切り札『天の杖』を発動しました。
『天の杖』は王宮上空に浮遊する巨大な紋章砲台です。
聖都聖職者の魔力をバカスカ食いながら強烈なマップ兵器として支援を行います。
コレが止まったら勝ち目はゼロです。止まる前に決着しなければいけません。
またシナリオ『<冥刻のエクリプス>イレギュラー・クルセイダーズ』が失敗すると非常に危険です。
4、リンツァトルテ・コンフィズリー(※6/25追加)
失踪した『元』天義の騎士。
『コンフィズリーの不正義』の最大の被害者とも呼べる青年です。
<クレール・ドゥ・リュヌ>罪罰コッペリア後、真相を知り失踪。
ベアトリーチェの下を訪れ、天義の破壊を願ったようです(メタ情報ですが)
→ベアトリーチェを欺き一矢報いる為に懐へ飛び込んでいました。
家宝の『聖剣』は(朽ちて能力をほぼ失っていますが)ベアトリーチェに抗する力を持っており、彼女の『暗黒の海』を抑制し、その権能を阻害しています。要するにベアトリーチェの無敵能力が弱りました。
但し、使い手のリンツァトルテは凡庸である為、彼が倒されれば聖剣の効果は失われます。
5、イェルハルド・フェレス・コンフィズリー(※6/25追加)
『コンフィズリーの不正義』でエルベルト・アブレウに陥れられた人物。
シリウス・アークライトを庇い、誇りと命を失いました。老獪にして善良なおじいちゃん。
現在は月光人形となっていますが、知性や意志は持ち合わせています。
→リンツァトルテの成長を見届け、シリウスに介錯を頼み消滅しました。
6、シリウス・アークライト(※6/25追加)
リゲル・アークライト(p3p000442)の父。
かつてエルベルトに暗殺されかかった時、イェルハルドの機転で逃がされました。
恩人を謀殺した故国とその正義に怒り、反転した結果、魔種に。
魔種であり、天義の破壊という目的を共にするベアトリーチェの麾下ですが余り忠実ではありません。
→天義破壊を願っていましたが、シリウスがそう考え始めたのは元々尊敬するイェルハルドを陥れ、害したエルベルトへの復讐の色が強いものです。故にイェルハルドに後を頼まれ、リンツァトルテが戦おうとする現場に居合わせたとなっては、必然的に叛逆します。シリウスはリンツァトルテを守り、ベアトリーチェと戦いますが、勝ち目はゼロです。
時間を稼ぐのが精々でしょう。
7、エルベルト・アブレウ(※6/25追加)
怪物。政治家。諸悪の根源。
王宮執政官の職を持ち、天義中枢を掌握していましたが、この程、悪行が露呈し聖都脱出を図りました。
ベアトリーチェとは直接の協力関係ではありませんが、これを利用しようとしています。
アストリア枢機卿と組み、天義を我が物にしようと動き始めています。
→ベアトリーチェの動きを見つつ、暗黒の海の侵攻を見極め本隊を動かす心算でしたが、フェネスト六世の『天の杖』及びリンツァトルテ&シリウスの戦いにより暗黒の海がやや後退し始めたのを見て、判断を慎重に切り替えています。
暗黒の海に巻き込まれない位置に200人程の私兵を集結させていますが、状況如何によっては逃げを打ちそうです。(ベアトリーチェが有利ならば更に参戦してくるかなり迷惑な存在です)
但し、彼はこの期に及んでも計画の成否はともかく、アストリア枢機卿を救援したい意図はあるようです。
彼を何とかする事はシナリオ達成目標ではありません。
●プレイング書式(※6/25変更)
『必ず』守って下さいませ。
守らないと出番が無いのみならず、死傷率が上がると考えて下さい。
【撃破部隊】:ベアトリーチェに一矢報いる為に温存します。当てはありません。→当てが出来ました。
【進撃部隊】:分厚い敵陣を切り開き、撃破部隊を届けんとします。突破成功の可能性は現時点で0に等しいでしょう。→0から低確率位にはなりました。
【耐久部隊】:暗黒の海がフォン・ルーベルグに到達しないよう防波堤になります。
【救援部隊】:傷付いた者、死にそうな者を徹底的に救援します。全体の死傷率を低下します。
【撃破部隊】はベアトリーチェと交戦します(希望的観測です)
【進撃部隊】が失敗すれば【撃破部隊】に仕事は無く失敗となります。
【耐久部隊】が崩壊すれば聖都は陥落します。
【救援部隊】の働きで死傷率が下がります。
総じて言える事は絶望しかありません。→パンドラの箱の底に希望があったみたいです。
一行目に上記から【】内にくくられた選択肢を選び、それだけを書いて下さい。
二行目に同行者(ID)、或いは【】でくくったチーム名だけを書いて下さい。
三行目以降は自由です。
例
【撃破部隊】
【主人公チーム!】
かっこよく倒す。おれはつよい。
※三行目までには決められた事以外は一切書かないようお願いします。記述を端折る事、【】をつけない事、指定以外を書く事全て行わないようにお願いします。
●情報精度EX→C(※6/25、情報精度が確定しました)
このオープニングの情報は期間内変更される場合があります。
現時点で提示されている情報が『全て』ではありません。
→不測の事態が起きる可能性があります。
●Super Danger!→High Danger!(※6/25変更)
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
極めて高確率で重篤な判定を受ける可能性があります。
→通常より高確率で重篤な判定を受ける可能性があります。
強く死にたくない場合は参加を控えるようお願いいたします。
以上、宜しくご参加下さいませ。
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