PandoraPartyProject

ギルドスレッド

廃墟

【RP】贄神は惰眠を貪る

 柔らかな日差しが降り注ぐ。
 若干の暑さは感じるものの、大きく伸びた枝葉の影の恩恵は大きく、寝苦しくなるほどでもない。
 綿が飛び出したせいであまりクッション性のないソファーの上で、一度、寝返りをうつ。
 頬を撫でる風が心地よかった。

「……晴れ。空。……青……」

 半ば寝ぼけながら呟いた端的な声は小さく、するりと空気に溶けて行く。
 視界に映る枝葉の隙間の青空が、ひどく眩しくて、心地よい。
 日に焼けない白い掌を、木漏れ日にかざす。ほんのりと、血潮が透けた。


・異世界からやって来て、ほんの数日。寝床を決めたばかりのある日のこと。
・入室可能数:1名
・どなたでも歓迎

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「あら、あら……あら。迷ってしまったわ」

そう独り言を呟く少女。その視線はどこを捉えることもなく、片手を壁につきながらゆっくりと進んでいく。
その姿は迷ったと言いつつも、どこか楽しげ。

「うぅん……ここは、建物なのかしら?それにしてはだいぶ、朽ちたような…古い感じがするけれど」

ぺたり、ぺたりと手に伝わる感触を手掛かりに玄関と思わしき扉までたどり着く。試しに扉を引いてみれば、それは軋んだ音を立ててあっけなく開いた。

「…開いてしまったわ。どなたか、いるのかしら…?」

首を傾げ、少女は再び壁の感触を元に中は進んで行った。
 うとうとと微睡んで、どれくらい経ったか。
 ゆっくりと、また瞳を開いた。
 知らない、声。

「……誰」

 小さく、また声を零す。
 男にしては高く、女にしては低いそれは、どこか硬質な響きを持つ。けれど、その吐息のように喋る小ささのせいか、すぐに草葉のざわめきに溶けて行く。
 ソファーから身を起こさないまま、玄関に繋がる廊下へと視線をやった。間違いなく、誰か、来た。玄関が軋んだ音の次は、足音が聞こえる。

「ここに、何か用」

 疑問符のないそれは、どうやら訪問者への問いかけのようだった。
「……あら?」

その問いが聞こえた瞬間、壁がなくなった。
どうやら曲がり角だったようで、その先から風の流れがある。先程から感じる古びた感触からするに、どうやらこの先のどこかで壁が天井が抜けてしまっているようだ、と見当をつけた。
と、そこからようやく彼女は先ほどの問いへと思考を移す。

「誰か…いるみたいね。住んでいるのなら、お邪魔してごめんなさい」

口を動かしながら、曲がった先の壁に手をつき。その足は一歩、また一歩とゆっくり進む。

「迷子になってしまったのだけれど……ここはどんな場所なのかしら?」

光の差さぬ瞳をまっすぐ前に。彼女はリビングへ入ろうと、一歩踏み出した。
 まだ、この世界には慣れない。
 穏やかな時間。存在するだけで一目置かれる謎の世界。何をしてもしなくてもいい自由。弱まったものの、指向性を持ってギフトと呼ばれるようになったこの体質。
 全てに、慣れなかった。
 その最中で、適当な寝床を見つけられたのは幸いと言う他ない。

「……別に、誰が来ても構わないけれど」

 “不当に廃墟を占領している”というやつなので、その内に誰か来るかなとは思っていたのだが。それが管理官とは無縁そうな女性とは思わなかった。とりあえず、追い出されることはなさそうだ。
 手をつき一歩一歩進む様や、周囲を把握していない様子は、おそらく盲目、もしくは過度の弱視だろうと予想する。
「……廃墟だよ。苔生してひび割れ、草木に覆われ、樹木に侵食された場所。君みたいなのが、迷子で来るような場所じゃあ、ない」

 相変わらず聞かせる気がなさそうな声で、身を起こそうともせず、端的な返答を。瓦礫もそこら中に転がっているから、本当に、相手のような女性が迷子で来る場所じゃない。
「廃墟…そう、道理で壁の感じが古いと思ったわ」

そう言いながら彼女は手をつけていた壁をさらりと撫でた。相手の雰囲気からしてすぐ壊れるというような心配はないのだろう。
そう思いながら、彼女は続いた言葉にくすりと笑った。

「迷子で来るような場所じゃない……ふふ、そうね。迷子、という表現は違うわね。少しね、探検をしていたの」

そう告げながら彼女は壁についていない方の手を相手の方向へ向かって手を伸ばす。声の距離を考えるに手は届かない。当然手は宙を掻き、彼女は苦笑した。

「ごめんなさいね、目が見えなくて。差し支えなければ手を握って頂いてもいいかしら?」
 求められると、軽く瞳を瞬いた。
 もとの世界では初対面の女性に手を触れるなんてしたことがない。そもそも、他者に触れるという行為をあまりして来なかった訳だが。
 考えたのは、数秒。
 差し出されたのだから、取った方がいいのだろう。
 ざっくりと考えを決めると、ソファーから身を起こす。ぎしり、とまたソファーが軋んだが、それを無視して立ち上がる。
 歩み寄った相手の頭は、自分より20cm近く低いだろうか。

「……ん。どこに行きたいの、君」

 伸ばされた相手の手を取った男の手は、柔らかさもなく骨ばって細い。けれど、それなりにしっかりと力が入って、相手を支える気はありそうだった。
家具の軋む音と、衣擦れ。足音。次いで取られた手に、彼女は相手が手を握ったことを理解した。呼吸の息遣いが少し上にあること、手の感触、声からして男性であっているのだろう。

「あ、ええと…ごめんなさい。どこかに行きたかったわけじゃなくて、貴方がどこにいるのかしら?って思ったのよ。距離が測れないから」

そう言って彼女は彼の手を軽く握り返す。それは振りほどこうと思えばできてしまうくらいに、ほんの軽くだけ。そうして彼女は彼の顔があると思われる方を見上げた。その際に、顔の向きが実際より少しずれてしまうのは致し方がないことである。

「ね、私としばらくお喋りしてくれないかしら?ここにどんなものがあるだとか、自分がさっきどこにいただとか、ここに来る前の世界の話でも。なんでもいいの」
 声音は男にしては高く、女にしては低い。そして何より、吐息のように囁く聞こえづらい小さなものだ。視覚で補えず声で分からずとも、手に触れて男だと分かれば警戒心くらいは見せるかとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。
 見下ろす左右異色の瞳と、相手の灰色の瞳は合わない。どうやら、本当に見えてはいないようだ。

「……ああ、そういうこと。エスコートでもしろってことかと思った」

 相手からの提案に、僅かばかり瞳を瞬く。
 もとの世界のこと。

「……よくウォーカーだって気づいたね、君。最後の提案はお断りだけれど、周囲の話や雑談程度なら付き合ってもいい」

 もとの世界のことは、とくに話せるネタがなかった。
 歩くよ、とひと言告げて、先導するようにゆっくりと歩き始める。瓦礫は己の足で無造作さに横に蹴り退けて行った。まあ、やらないよりはマシだろう。
 目的地は、もといた木漏れ日が降り注ぐソファーだ。
「あら、あら…そういえば、この世界に元からいる方もいるのだったわね」

相手の言葉にはた、と気づいたように。どうやらウォーカーだと気づいたのではなく、元からこの世界に住まう者という可能性が考慮されていなかったらしい。
彼の先導に合わせて歩く彼女の耳は、彼の足音と何かが転がる音を捉える。障害物を退けながら進んでくれているようだった。

「……ふふ。貴方は優しい人なのね」

ゆったりと歩きながら、彼女はそう呟いた。2人がソファーにたどり着くまで、もう少し。
「君も来た日に説明受けたでしょ、あの……ざんげ、とかいうのから」

 あの敬語とも呼べない敬語を使う、ぱっと見はシスターのような女。自分をこの世界に喚んだ大召喚のあと、初めて出会ったこの世界の人間。……と言っていいのかも、彼女に関してはいまいち分からないが。
 相手は見るからにこの世界の人間ではないから、相手もあの大召喚の日にあの場にいたのだろうと推測する。髪に花が生えた人間なんて、この世界の人間では見たことがない。

「……何笑ってんの。いいから、座って。目の前がソファー」

 小さな声で聞かせる気もなさそうに紡ぐ言葉は、無愛想と言われても仕方ないくらいに端的で、そのほとんどが言い捨て、言い切りだ。
 けれど、盲目の相手を立たせきりにする気はないらしい。相手の服がソファーに掠るくらいの位置で足を止め、場所を示す。クッション性はないよ、とおまけのようにひと言つけ足した。
彼女はかくり、と小首を傾げ……暫しして、ようやくああ、と声をあげた。
確かにそんな説明もあったような。最低限自分に関わるところは覚えているのだが、いかんせんその他が曖昧である。
だって知らない感覚だらけだったんだもの。と心の中で言い訳をし、彼女は彼の言葉に頷いてソファーの方へーー目の前の、やや下へ手を伸ばした。付け足された言葉の通り、あまり座り心地は良さそうにない。しかし『座るための場所』というものであるだけで全然いい。
彼女は手の感覚を元にゆっくりと腰掛け、隣に彼が座るのだろうと端と思わしき方へ少し詰めた。

「ありがとう、優しい人。お名前を伺ってもいいかしら?」
 相手の様子を見るに、どうやら説明を忘れていたらしい。自分もそうだけれど、こんなところにいきなり訳の分からないまま召喚されたのだ。もとの世界にもそこに住む人にも執着や思い入れのない自分とは違って動揺も混乱もするだろうから、相手以外にも初日の説明が頭から抜けている人は多そうだ。
 3人掛けソファーの端に座らせた相手の隣からひとつ空けた反対端に、慣れたように腰を下ろす。ぎし、とまたソファーが軋む音。
 おまけのように、枝葉から露が自分の真上にだけ降って来て首筋を濡らす。微妙に冷たくて内心だけで少しびっくりしたけれど、ささやかな不運にも、もう慣れっこだ。

「別に、優しくない。……これは、オズウェル・ル・ルー」

 囁くように吐息に溶ける愛想のない声で呟いて、これ、と己を示しながらそのまま名を告げる。この世界で、初めて自分を示す固有名を口にした気がして、なんだか不思議だ。
彼の呟きにあら、と彼女は心の中で呟いた。
おそらく照れ隠しでもなんでもなく、心の底から優しくないのだと思っているのだろう。そんな感じがする。優しいと言い張ってもいいが、そうするとただ平行線を辿る気がしたので彼女は心の中にその言葉をしまっておくことにした。

それよりも。

「ねえ、どうしてこれ、なの?貴方は物ではないでしょう?」

人間を、自らのことを『これ』と指す表現に違和感を感じ、彼女は相手の方向を向いて首を傾げた。
 思わぬことを問われると、ことりと僅かだけ首を傾げた。名乗りを求められて、自分を示す一人称というやつに言及されたのは初めてのことだった。

「どうして。……オズウェル・ル・ルーは道具だ。何も間違っていない」

 オズウェル・ル・ルーは、宗教国家が管理し、神殿の奥に秘匿すべき聖遺物である。数多の人間のために使い潰される道具である。人間に幸福を与えるために不幸全てを与えられる贄神であり、生神である。かつては多くいた、地上に生きる神族の、終の一。
 多くは告げないまま、傾けた首を元の位置に戻し、じ、と相手を見つめる。髪、引きずりそうだ。ぼんやり思って、また僅かだけ首を傾げた。

「……誰」

 相手に端的に、その存在……おそらくは、名を、問い返した。
何が間違っていないのだろう。
いや、『オズウェル・ル・ルー』という名前は役職、立場、そういったもので彼の名前は別にあるのだろうか。しかし道具、という言葉からすると違う気がする。

でも、だって、道具じゃないもの。

「ソフィラ。ソフィラ=シェランテーレ、よ」

思考がないまぜになる中、彼女は彼の問いに答えながら無意識に彼の方へーー見えてはいないが、頬の方へとーー手を伸ばそうとした。
 ソフィラ、と相手の名前を呟くように繰り返す。
 どうにも、他人の名前を覚えることは苦手だった。おまけに、あまり覚えても意味がなかったから、結局覚えずに終わることが多かった。
 とはいえ、この世界で暮らすなら覚えなくてはならないので、また、ソフィラ、と小さく繰り返す。

「……何」

 頬へと伸ばされた手に気づくと、反射的に身を引いて避けた。そうして、怪訝そうに僅かだけ眉を顰め、また疑問符のない問いを落とす。
 他人から伸ばされる手は苦手だ。避けておかないと、大抵とても痛い。
「え。…ああ、私ったら……」

悪い癖ね、と呟いて彼女は伸ばしていた手を引っ込めた。
たまに、今のように。意識の外で勝手に体が動いてしまう。それは大抵、何かを確かめたい時。
見えないから、それに代わるもので情報を得るしかないからーー

「ねえ、貴方に触れてもいいかしら?どこでもいいわ。額でも、腕でも」

私がむやみに触れることが嫌なら、私の手を取って。触らせたい場所に触らせればいいわ。

彼女は相手にそう告げて、手を中途半端に伸ばした状態で止まった。
 相手が手を引いたあとも、身体を引いたまま、瞬きもしない瞳が相手を見つめる。次は何をするのか、見定めようとするように。
 相手からの提案に、また、ほんの微かだけ怪訝そうな顔をした。別にそんなことをしなくても、避けたことでも罰して言うことを聞かせれば良いだけなのに。変わっている。よその世界の人間だからだろうか。

「…………、……ん」

 しばらく、変な間が空いた。
 表情はほぼ変わりはしないけれど、相手のことを掴みかねて戸惑うような空気は肌で感じるかもしれない。
 やがてたっぷり悩むような時間をかけてから、本当にゆっくりと右手を伸ばし、そろりと添えるだけの力で相手の伸ばしていた手に触れた。そのままどこかに導こうとする様子はない。
 触れた指先から辿れば、低い体温や、痩せて骨張った薄い手の感触と、荒れた指先、普通の人間の爪よりもずっとつるりとした磨いた石の表面のような爪が分かるだろう。
提案から、暫し間があった。
他の相手からも何度か感じたことのある空気。私の真意を測りかねている、という空気。
断られるだろうか。先ほど避けられてしまったから、断られるかもしれない。
そんなことを思いながら体感で少し長い時間が過ぎ。そっと、とても軽い力で手に触れるものがあった。
ああ、触れてくれた。そう思いながら、彼女は口を開く。

「…少し低めだけど、温かいわ。やっぱり、道具という表現は違う気がするわね」

温かいということは、生きているということだ。生きているものは道具ではない。
もう片方の手も使って包み込むように触れようとした彼女は、手に軽く掠めた感触にあら?と声をあげた。

「爪…にしては、とても…滑らかな感触なような……?」
 また道具と違うと言われると、まだ言うのかと微かに瞳を眇めた。
 初対面の見知らぬ相手にあえて多くを語る気もないけれど、無遠慮に踏み込まれるのも苦手だった。ぐいぐい来る相手には不慣れで、反応に困ってしまう。遥かに遡っても、記憶にある限り、周囲にこの手のタイプはいなかった。

 オズウェル・ル・ルーは、世界のための消耗品である。

 世界すべてに諦め切るほどの膨大な歳月で刻まれたそれを、そう簡単に覆すことは不可能だろう。

「……爪。“人間の指の表皮の角質が変化し、硬化して出来た、板状の皮膚の付属器官”のこと。なら、これは、別。石。結晶。宝玉。そういうもの」

 非常にざっくりと、答えを投げ落とす。
 身体で生成される宝玉と同じもので、人間でいう“爪”の部位が作られていた。
彼女は首を傾げた。爪とは別と、彼は言った。これは宝玉だ、とも。しかしここは爪のある部分だ。つまり……。

「爪が石でできている、ということかしら?」

彼は自分と別の世界から来たのだーーと、改めて理解する。
しかし、爪が石でできている人間と初めて出会った。もしかしなくても多世界の中で、こういった人間は少ないのではないだろうか。そう、自分のような人間が少ないのと同じで。

「……ふふ。一緒ね、私たち」

彼女は嬉しそうにはにかんで、触れている彼の手をそっと撫でようとした。
「……そう」

 問いに頷こうとして、そういえば見えないのだったと気づいて、ひと言だけの肯定に変える。
 あまり喋らず済ませて来たせいか、つい、頷くだけで会話を終えてしまおうとする癖があったらしい。この世界に来てから初めて気がついたことだ。

「……一緒。ウォーカーという意味なら、同じに括られる」

 一度、観念して自分から手を差し出したのだから、何をされてもいい。でも、皮膚を撫でるように触れられるのには、どうにも慣れがない。
 凪のような無表情の下で、なんだかそれこそ異世界に迷い込んだような気持ちを抱きながら、相手の言葉を肯定した。もっとも、いささか無粋な言い回しだったけれど。
「ウォーカーという意味で…あら、確かにそれも同じだわ」

元々前提としてあったものだ。しかし前提になっていたがためにそこまで思い至らなかったとも言う。そして、一緒だと思ったのはそこではない。

「あのね、珍しいって思われることが似ているなって思ったの。貴方の石でできた爪も、私の花が咲く髪も。この世界に来てから他にそういう人っていないでしょう?だから一緒。…似た者同士、かしら?」

拒否されないのをいいことに、優しく彼の手を撫でて。彼女はどう思う?とでも言わんばかりに小首を傾げる。
毛先が床までつく髪が、それに合わせてふわりと揺れた。
 ウォーカーであること以外で、何か同じだったろうかと僅かだけまた首を傾げた。そうして、相手の言葉を聞くと、少しだけ考えるように視線を伏せ、言葉を探すように間を置いて。

「…………ウォーカーは、10本の樹木の成長が違うようなもの、と聞く」

 自分の世界で言う、「10人いれば10種の個性があり、ひとりとして同じものはなく多様である」ことを意味する言い回しを、なんの気なく唇に乗せた。

「なら、みんなそれぞれ、君も、自分も、違うんだろう。この世界で異質であることと、ウォーカーであることだけは同じと言って構わないのかもしれないけれど」

 自分は、もとの世界でも自分と同じ姿の持ち主を知らない。だから、同じであること、に繋がりを見出そうとは思わなかった。
 けれど、別に相手のことを否定する気も、とくにはなかった。
 ウォーカーの姿は様々だ。ウォーカーという存在そのものが、その似た者同士の括りと言えるかもしれない。
「貴方も、私も……ええ、そうね。全く同じだったら、少し怖いもの。でも…異質、なのかしら?」

そう、相手と似たところも同じところも、違うところもあるから楽しいのだ。わからない部分があるからこそ、話して、聞いて、触れてみたくなる。
同時に、異質という単語に疑問が湧く。だってこんなにも人がいて、人ならざるものもきっといて。他世界からも沢山召喚されて、もはや世界はごった煮状態なのではないだろうか。なら、皆異質で、それはもう異質ではない。

「ねえ、私は貴方をもっと知ってみたいわ。貴方の姿や、好きなもの。どうしてここにいるのか、とか」

自らと異なる思考。相手を知ればそれにも近づける気がした。
「異質。異端。異物。被害者。生贄。なんでもいい」

 言い捨てながら思う。
 この世界は、確かに寛大だ。多くの者を引き入れ内包して、等しくギフトを与え、言葉も統一して。けれど、召喚された者の事情を考慮することは決してなく、それは大層一方的な選出だ。
 自分からすると、この世界の方がずっと生きやすい。それは、この世界の枷にはめられて自分の力が変質したからだ。故に尚のこと、自分はもとの世界に最早関心もなく、心底どうでもいいと思っている。
 けれど。帰してと嘆く者はひとりもいないのだろうか。
 例えば、家族や恋人、友など愛しい者と引き離された者は。
 例えば、使命を持ってそのために生きていた者は。
 自分とは違い、世界から誘拐されたことで、変質してしまったことで、嘆く者もいるのだろうか。
 相手は、果たして。

「……これを知っても、面白くはないと思うけれど。……でも、まあ、話をすることは、別に、嫌いじゃない」
「うーん…?被害者や生贄はまだわかるのだけど、その他はどうもしっくりこないような…」

首を傾げつつ彼女は呟いた。
誰もがこの世界に来ることを望んだわけではないだろうし、自分も正直なところ望んではいない。だから『被害者』は合うとは思う。
そして世界の滅びを回避する生贄として召喚されたと思えば、『生贄』も間違ってはいない。だいぶマイナスな考え方ではあるが。
だがやはり、異質や異物だとは思えない自分がいた。

「これ、って…ああ、貴方のことだったわね。違和感があって変な感じ…まあ、言っても仕方のないことなのでしょうけれど。
あ、でも話をするのは嫌いじゃないのね!よかった。じゃあ、貴方の思いつく範囲で、話せる範囲で。『貴方』を教えてくれる?」
「……別に、君と自分の考えが一致する必要はない」

 それに関しては、感じ取り方の違いなのだろうと思う。
 自分には自分の、相手には相手の感じ取り方がある。そして、自分は別に自分の考えを相手に押しつける気は毛頭ない。
 もともと、あれこれを必要以上にマイナスに考え表現するのは、この男に染みついた癖のようなものだった。僅かでも期待することは疲れるから、予防線を張って、見なかったことにしたいだけだ。

「…………『自分』を話せと言われても、何を話せばいいのか分からない。姿は、説明しづらい。ここにいるのは、とりあえずの寝床にしたからだ。人があまり来なくて、落ち着く」

 もとの世界のことは話したくない。
 姿は、カオスシードやハーモニアに近い人型だと言っても、見えない相手にはその前提が分からない。なら、通じるはずもない。
 好きなものは、よく分からなかった。
 だから、とりあえずはここにいる理由を答えることにした。
姿が説明しづらい。
それはきっと、先ほどの爪のように人と異なる部分が多いということなのだろう、と彼女は判断した。
それならばいちいち説明しなくてはいけないから面倒だ。
彼女は相手の言葉を聞き、かくりと首を傾げた。
「人があまり来なくて落ち着く……静かな場所が好きなのね」
賑やかな場所が苦手であれば、ここはうってつけの場所なのだろう。
そこで彼女ははた、と気がついたように頬へ指を当てた。
「あら……もしかして、やっぱり私はお邪魔だったかしら?」

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