シナリオ詳細
『第一歩』
オープニング
●全ての終わり
シン――と静まり返った世界では、何もかもが残らなかった。
温い風に攫われるように滅びのアークはどこぞへと運ばれ霧散する。
跡形もなくなった彼。
秦・鈴花(p3p010358)の手に残されていたのは奇跡を乞うてまで求めた彼の角であった。
「りんりん」
「ゆえ」
「さとちょーがあっちにいるよ」
行こうよと手を差し伸べるユウェル・ベルク(p3p010361)は傷だらけだった。「こっちよ」と呼ぶ朱華(p3p010458)を支えていたのは劉・紫琳(p3p010462)である。
亜竜種とは、覇竜領域に棲まう混沌世界に存在する種族だ。
竜の領域と呼ばれ、人も立ち入ることのなかったその場所で生きてきた彼女達が可能性を得て、随分と長い旅をしてきたようにさえ思える。
「……終ったね」
呟いて、空を見上げたジェック・アーロン(p3p004755)は風の行く先から目を逸らした。
たったの刹那でも、幸せになってくれれば其れで良かった。
あの人は『満たされた』だろうか。愛することは喰らう事。生きる事は喰らう事。
(それでも――心で感じる愛は、違うものだっただろうに)
人は完璧ではないと言うけれど、随分と不完全に人間を形作ったものだと思えてならない。
「ああー!」
声が聞こえてジェックは振り返った。唇を尖らせたフラン・ヴィラネル(p3p006816)の前では相変わらず傷だらけになるルカ・ガンビーノ(p3p007268)やベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の姿が見えている。
「もー! いつもそうなんだから!」
叱り付ける声を聞いて、遠巻きに見詰めていたクロバ・フユツキ(p3p000145)が罰の悪そうな表情を見せる。
「だって、私達もかな?」
「そうだろうな」
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)とクロバが顔を見合わせれば――傷だらけになって居たリア・クォーツ(p3p004937)が「あのねえ」と息を吐いた。
「リアもだよ」
「そうだけれど……」
皆、満身創痍だ。休息をとりに『帰ろう』
帰る場所は、きちんとあるのだから。
――それだって、『彼』が造り上げたとある竜との約束であったのだろうけれど。
●私が息をしている意味
臆病者だった。手を引いて貰わねば、歩き出せないほどの。
俯いてばかり居たのは、責任から遁れるためだったのかも知れない。
良い子で居たかったのは、其方の方が愛されると知っていたからだ。
「私ね、ずっと良い子で居なくっちゃならないと思ってたの。里長として、立派で、良い子で、しっかりしていないとって。
……でも、全然だったね。皆がいなくっちゃ、私は怖かったもの。歩けなかったもの。
皆と出会えていなかったら私はオジサマと一緒に行ったのかな? こんなに大好きな場所とも分れてしまったのかな」
珱・琉珂 (p3n000246)はゆっくりと、イレギュラーズを見た。
「ありがとうね」
彼は解けるように消えてしまったけれど、其れで良かったとさえ思って居る。
時間があればある程に名残惜しくなってしまうから。
愛している。
両親を喪った琉珂を一番に抱き締めてくれたのはあの人だった。
たった一人だと泣いていた琉珂に「傍に居るさ」と笑ってくれたのだって。
――血は繋がってなくても、あの人は紛れもなく『お父さん』だった。
「親離れっていうのかしら? えへへ、あの……なんだろうね……。これで良かったって思ってるの。
誰かが命を賭けてあの人がどうにかなるとか、何かを擲ってまであの人を救いたいとか。
それって、オジサマは認めないと思ったの。アナタの事だって、きっと、彼は愛していたから」
何だって愛してしまう。それが暴食の在り方だったのだから。
愛する者がその身を擲つ様を彼は何度だって見てきた。そのたびに、酷く苦しんできたのだろう。
心優しい人であったから――だから、これで良かった。
「皆がいて、ちゃんとオジサマが望んだ未来に向かって行って……。
それでね、これからフリアノンはオジサマがいなくっても、前を向くの。
時々、皆が出会った竜種の人にも手を貸して貰いましょうよ。生きていける場所を広げて、それでね……。
他の国にも負けないほどに、立派になるの。秘境だとか前人未踏とも呼ばれないように、そうじゃなきゃ、そうしなきゃね」
琉珂は俯いた。
声音が震える。それでも、まだ。まだ、だめだ。
「里を護っていくの。私達の代だけじゃない、もっと先の未来まで。
終焉って所だってやっつけなきゃね? ほら、オジサマを意地悪した黒聖女とか、あと、親? イノリ? ってのとか。
ばーか! って殴って遣って……破滅なんて何処かにやって……。
そうやって――そうやって……あの人が教えてくれたことを、すべて」
ああ、もう。だめだった。
大切だった。私を導く光だった。
傍に居てくれるだけで強くなれた。
何かを置き去りにして、大人になって行くのだとすればそれはアナタでなければよかったのに。
琉珂は唇を引き結んでからゆっくりと振り返った。
「改めて、ありがとう。私の……覇竜領域(クニ)の英雄。
フリアノンで細やかだけれど、お礼をさせて欲しいの。祝勝会、というのかも。お料理も用意したのよ。
あと、それからね。……もし、もしよければ……ヘスペリデスにも」
あの人の、お墓を作ろうと思うと琉珂は微笑んだ。
- 『第一歩』完了
- GM名夏あかね
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2023年08月15日 22時05分
- 参加人数99/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 99 人
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参加者一覧(99人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
私はきっと、大人になった――
「琉珂さん、ありがとうございます。このような席を態々用意してくださって。
それと……おつかれさまです。時には休むことも必要ですからね」
胸に手を当てて愛奈は穏やかな声音でそう言った。覇竜領域を見舞った喧噪も鳴りを潜め、今は常の通りの亜竜集落での営みが続けられている。
嵐過ぎ去れば風の気配はなく、喉元過ぎ去れば熱さ感じる事も無い。ただ、言葉にも出来ぬ喪失感だけは胸に抱くものが多く居ただろう。
「いいえ。楽しんでいって頂けると嬉しいわ。私も、フリアノンの里長として皆に感謝を伝えたかったのだもの」
背筋をピンと伸ばし、コートを揺らす琉珂はにんまりと微笑んだ。
薄汚れ、解れ、決して状態が良いとは言えぬマントではあるが彼女にとっては自身を強く保つ為に必要なものなのだろう。
酒を手に紫煙を吐いた愛奈はそれが『冠位魔種』と呼ばれた暴食、ベルゼー・グラトニオスのものであると知っている。
(……ベルゼーは逝ったが……しかし。
彼の遺志はきっと琉珂さんに引き継がれているのでしょう。
ええ、大丈夫。残された我々に出来る最大の手向けは『忘れない』ことですから――ね、おじいちゃん)
身に纏うコートが彼女の決意の表れのように感じられて愛奈はグラスを揺らした。からりと氷がぶつかりブランデーが揺れる。
並ぶ料理と、和気藹々とした声は心地良い酒の肴だ。練倒はこれこそが『父』への手向けであると理解していた。
「我らが亜竜種を長きにわたり父の様に見守り守護しそして最も愛深き冠位魔種であったベルゼー殿を偲んで大いに飲み歌い騒ぎ盛大に送り出すである」
長きに亘ってフリアノンを護り慈しんできたベルゼーにとっては、里の者達の笑顔が何よりもの贈り物であろう。
里の者達だけではない。折角だからと呼び掛けたのはアルティマと呼ばれる集落の者達だった。生け贄を求めていたとは言えど、竜種であるクリスタラードが自らの縄張としていたその場所は彼が守護していたとも言える。
「アルティマも今後は今まで以上に大変であるだろうからな何かあった際は共に戦った仲間として手を貸す故に是非とも頼って欲しいであるな」
クリスタラードの元へと向かうと決めたのは雄だった。酒を手にふらりと姿を消す彼と入れ違うように現れたのは黒髪を揺らがせる武蔵。
「戦艦、武蔵である!! 祝勝会を開くと聞き、馳せ参じた次第である。
戦に勝ち、祝い、英気を養うのは戦い続ける為にも必要なことであるからな。
加えて、こちらでの見識も広げておきたい所である。人も、文化も、料理も互いを知るというのは良い事だ」
「沢山のことを知ってくれると嬉しいわ! だって、此処は『未踏の地』だったのですもの」
にんまりと笑う琉珂に武蔵は大きく頷いた。伝承の生物ともされた竜種と其れ等の領域に共存してきた亜竜種は理解にも遠い生き物たちだっただろう。
それが一堂に会す、笑い合う。それだけで世界が大きく変化したとも感じられるのだ。
「う、うわ……」
ストイシャの唇が震えた。あからさまなほどに引き攣った表情にムラデンは「ストイシャ」と背を押す。
「……ニンゲンがすごいたくさんいる……。大丈夫? こいつら噛まない? 吠えない……?」
「吠えない吠えない」
笑いかける零に「……そう……」と眉を僅かに寄せてからストイシャは頷いた。
「というかストイシャ、アンタらなら大抵の生物に噛まれても問題ないだろ……」
マカライトが肩を竦めればストイシャは「……でも……」と唇を擦れ合わせる。
斯うして彼女がいる。それだけで危機を乗り切ったことをマカライトは実感した。願わくば竜王と呼ばれたベルゼーとも相見えてみたかったが、今は安らかに眠ったことを祈るだけである。
青ざめた色彩の娘と焔のように鮮やかな少年。その何方もが竜種であることを零や妙見子は知っていた。彼等の背後でゆったりと椅子に腰掛けている緑髪の娘も竜種の一人である。
「縄張りに帰ったら休む以外やることないものね」と暇潰しに着いてきたトレランシアは悠々と『人の子』の様子を眺めて居るようだ。
「あー、ストイシャ。ムラデン。決戦の時は呼んでくれたのに行けなくてごめんな……!
俺の友達に声をかけて出来る限りの支援はしたつもりだけど……!」
「……べ、別に、気にしてない。そっちも大変だったから。
……でも、お詫びに、なら、パンとか、お菓子の作り方を教えてほしい。
たまにおねえさまが人里から持ってきて来てくれた本に、作り方が載ってたけど」
いじいじと指先を組み合わせながら呟いた零は「おうおう」と頷いた。好きなだけ料理は食べて貰って構わない。気になるものがあれば仲間同士で話し合えばストイシャにレシピを教えることも出来るだろう。
「ちゃんとした材料は手に入らないから、全部代用して作ってたの。
だから、ちゃんとしたの、作って、たべてみたい。
……ちゃんとしたのできたら、レイにあげることも、かんがえとく」
これからも仲良くして欲しいと、そう口に出す前に気まずそうに呟いたストイシャに零は「勿論だ」と大きく頷いた。
「――って事で! 皆決戦お疲れ様! 俺からも礼をしたいのも兼ねて! 思いっきり宴したいと思います!!」
胸を張った零はフリアノン特有の材料として琉珂が虫やトカゲを持ってきたことには面食らったが、独特の植生を活かしてパンや菓子を振る舞うことに決めて居た。料理の手伝いを申し入れる望乃の傍にはフーガの姿もある。
「はい。お手伝いさせてください。故郷の味を伝えていくのも、大切なことだと思いますし。
皆さんが守って下さった土地の味で、感謝の気持ちを伝えたいのです」
覇竜領域の出身である望乃にとっては故郷の味であり、零にとっては眞田見ぬ食材との出会いである。
「それに、昔の偉い人は言っていました。『お腹が空いていたら戦は出来ない』と。では、戦の後は……?
それはもちろん、戦で空っぽになったお腹をいっぱいに満たすのですよ!
たくさん食べて、命を繋いでいくことは……生き残ったわたし達にしか出来ないことですもの」
「うんうん。戦って、耐えて…お互い辛い事がたくさんあったけども、それでもお互い生きてる。
今日は皆を労いつつ、沢山美味しい料理を食べよう。どんな人でもおいらは歓迎、無礼講だ!」
やったあーと声を上げた琉珂が奇妙に蠢く食材を手にしていた気がしたがフーガと望乃は一度其方から目を逸らした。
取れたてのフリアノン人参にこっそりとデザストルドコドコ人参(動くぞ!)を混ぜようとする里長に「駄目ですよ」と揶揄うように望乃は笑いかける。
嬉しそうな望乃を見ていれば、フーガは彼女の故郷を護れたのだと実感してならないのだ。
「ぶはははッ、何はともあれお疲れさん! 何かと思うところもあるだろうが、まずは飯だ。
腹いっぱい食ってこそ、それが何よりの祝いと慰めにならぁ!」
ゴリョウの専用調理用具と調味料を並べたゴリョウは「琉珂、そりゃあ駄目だぜ!」とデザストルウタイトカゲを掴んでいた琉珂に首を振る。
「これ、美味しくできない?」
「そうだな……任せろ! この俺が! この覇竜で! どんだけ料理してきたと思ってやがる!
受けた依頼は14件! うち料理スキル活用14件全件! 加えて覇竜特有の食材使った料理は11件!
覇竜における調理手法はそれなりに確立済みだ! 俺の持ちうるレシピをきっちり教導してやらぁ! 特に米に合うヤツをな!
このレシピをフリアノンの食文化の新たな一歩としてくれや!」
ばん、と腹を叩いたゴリョウにマカライトは「手伝おう、ゴリョウの旦那」と手を振った。ジーヴァも配膳や食材の調達を手伝ってくれるだろう。
「コャー、とりあえず、宴の場が楽しくなるように食材とか持ち寄ってみたの。
覇竜原産の果物とか、なんでもカレー味になるハーブとか色々用意したの」
一緒にゴリョウと料理をしレシピを学びたいと声を掛けた胡桃はムラデンやストイシャ、トレランシアの姿を確認してぱちくりと瞬いた。
ああ、こうして竜種が共に料理を楽しむのは彼等の中で『虫螻』から『人間(種族)』という価値観への変化があったからなのだろうか。
「存分に調理をすると良いぞ。私は皆を見ているからな」
快活に笑ったのは『瑠貴ばあ』と琉珂に呼び掛けられる琉珂の親戚筋の女である。幼い外見をしているが随分な年を経ている彼女はベルゼーとも親交があった。
琉珂が瑠貴と共にニルへと教えた昔話から感じられたのは瑠貴がベルゼーをどれ程に愛していたかという優しく、切ない物語のように思えて。
(……ニルは、瑠貴様のことも心配です。きっと、瑠貴様にとっても、ベルゼー様はだいすきなひとだっただろうから)
視線に気付いたように瑠貴は「どうした」と問うた。彼女の笑顔も、その溌剌とした声音も、忙しなさで悲しみを和らげているだけなのだろうか。
「その……ニルは、できれば一緒に、ヘスペリデスに行ってほしいと思うのです……だってこれは、大切なことだと思うから」
「ふむ。のう、若者よ。……全てが済んだら連れていっておくれ。私も、人前でと言うのは好まぬのだ」
穏やかな声音で内緒話を行なうように瑠貴は囁いた。ニルは小さく頷く。
戦って、勝った。竜種達。練達を野町を蹂躙した紅き焔。それでも――覇竜のみなさまがだいすきだったひと。
(ベルゼー様……みなさまのことが、だいすきだったひと。帰ってこないから……かなしい。とってもとってもかなしいです。
みなさまと食べるごはんは『おいしい』です。ベルゼー様ともこうやって食べれたらよかったのに)
フェザークレスはひとりで『かなしい』ではなく、分け合えているだろうか。屹度彼ならば、上手に乗り越えることが出来ただろうか。
「ニル」
呼ぶ飛呂に「飛呂」とニルは頷いた。犠牲も悲しみも、誰もが感じている。それでもこれは祝勝会。腹を満たして笑い合う場所だ。
「フランマさんが覇竜の料理を教えてくれるんだ。一緒に何か作って味見しないか?」
「はい」
フランマはウェスタの亜竜種だ。ゴリョウや零の料理に興味を示している亜竜種の女は「いいねえ」と心を躍らせているようでもある。
「アタシも学ぶ機会が出来て良かったよ、ありがとう」
「いやいや。これからもこの里は歩んでいくんだから。
フランマさんはじめ里の人達にも、なんていうか、そういう一歩の助けになるものあればいいなって思ったから。
フランマさんの料理は美味しいもん、その為の力になると思うよ」
嬉しいねとフランマは笑った。彼女の作る料理はどれも美味しそうだ。皆で食卓を囲んで何が美味しいか、味付けやトッピングは何が好きか。
そうやって離すだけでも心は躍るのだ。わいわいと、悲しみなんて感じさせないほどに明るく笑い合えば、明日への一歩になる。
(――それが、これからも生き残る力になると思う。
ばか親父って思うけど、それでもあの人はこの里の親父なのは違いなかった。里の人も竜も俺等も、生き抜いていけたら、喜ぶよな)
眼を伏せった飛呂の背後でがらがらと音がする。うどんの屋台であるリヤカーを牽いて天狐がやってきたのだ。
「いざ! 祝勝会じゃ-ーー! さぁてワシも腕によりをかけて美味い飯を作ってやろうぞ!
まぁ普段通り『うどん』なんじゃがな! 美味ければ大体解決じゃぞ、気にするでない!
ベルゼーの分までたっぷり食うのじゃぞ、おおよそ100杯くらいな!」
『うどん100杯くらい食べたかったおじさん』を思い浮かべてから天狐がからからと笑えば「私もお手伝いさせて頂きましょう」とアンジェリカが微笑んだ。
彼女は液体を葡萄酒に変えることが出来る。琉珂に言わせれば「オジサマと海に行って欲しかった」という。永遠に葡萄酒を飲み続けてけろっとしているベルゼーが見られたのだろうかとアンジェリカはパスタを茹でながら笑った。うどんにパスタに、麺類には事欠かない祝勝会だ。
「葡萄酒は任せてくださいね」
「ならば、私はお酒が苦手な肩に呈茶を致します。これでもメイドとしてもエキスパートなんですよ? 給仕も接客もお任せくださいね」
微笑んだ雪莉はクリスタラードとの戦いに参加していたが、十分な支援は行えたとは認識していない。ならばここでエキスパートな『食事支援』を完遂してみせるのだ。
琉珂を始めローレットには未成年も多い。酒を飲めない者達にも料理を楽しんで貰う気配りもメイドの心得なのだと雪莉は微笑む。
「ふふ、ふふふ、うふふふふ。零さんにゴリョウさん、そしてうどん、じゃなくて天狐さん。
ローレットの誇る美食担当が並び立つこの光景……なんと凄まじいことか。
あたし、この前の決戦とは別なベクトルで震え上がりそうです。機会があればあたしも腕を奮ってもいいんですが……まあ、そうそうないでしょうけど」
ルトヴィリアの唇にはうっすらと笑みが浮かんでいた。ムラデンやストイシャ、そしてその向こう側には彼等の主であるザビーネの姿もある。
「この束の間の、夜明けの宴を楽しみましょう?
まずはすいません、うどんを5杯とイヌスラパンを5つずつ」
「わあ、ルトヴィリアさんって食いしん坊なのね」
「そうなんですよ。良い血液はいい食生活から、ですよ。いやこれほんとに」
琉珂がぱちくりと瞬けば、ルトヴィリアはこくこくと頷いた。
その隣ではパン屋さんだから料理も出来るのだとフォルトゥナリアが笑みを浮かべていた。ストイシャやルトヴィリアと約束したのだ。
「零さんも満腹にならないと駄目だよ?」
ほらほら、と摘まんだ料理を口に運んだフォルトゥナリアに「ありがとう」と零は笑う。料理人達の心だけでは亡く腹も満たしてこその『満腹』なのだ。
「琉珂、たんまり食べていけよ!」と零はルトヴィリアに差し出したものと同じイヌスラパンを手渡して。
「ベルゼー戦でも改めて思ったけど、想いってのは、どうあれ未来を繋いでくれる……これ以上、誰も欠けずに楽しく過ごせる未来を、創りたいな」
「その為には食事かな」
武器商人は大いに盛り上がろうとゆっくりと着席した。その傍にはクウハが立っている。
愛する人々『を』ではなく愛する人々『と』囲む食事は暴食の弔いにも鳴ろう。料理を作る側も忙しそうだと考えて居たが、『猫』が紹介してくれるというのだ。
ベルゼー・グラトニオスが願った人と竜の共存を意味するように――竜種と心通わせたというクウハが『彼女』の名を呼んだ。
「トレランシア」
料理には興味を惹かれていたトレランシアを武器商人の前にまで誘ってクウハはふと、思った。
トレランシアと居るのは心が落ち着くのだ。主人に似ているだからだろうか。美しく、嫋やかな人の姿を有する緑の竜。
「はじめまして、美しき峻峰。……このコに良くしてくれてありがとう」
「自己紹介……そうねえ……我の名はトレランシア、竜種よ。なんだか霊の子が見てる気がするわ。まぁ、良いでしょう」
此れで構わないでしょうと呟いたトレランシアに武器商人は「料理をするのかい?」とクウハへと問うた。
「ああ、そうだ。トレランシアもやってみないか?」
「……大丈夫かしら、我が作ったら壊れないかしら? まぁ、手伝いが必要であればやりましょうか」
人の技術を竜が習得する。そんな光景に不思議そうな顔をしたストイシャへLilyは「ストイシャさん」とゆっくりと近付いた。
大好きなメロンパンを数種類持ってきたのは彼女と仲良くなりたかったからだ。
「えっと、パンが好きと、噂で聞いたので……食べて欲しくて、です……あっ、皆さんもどうぞなの、です」
そわそわとしているLilyは「……ストイシャさん、近く行っても、大丈夫です? 嫌だったら、メロンパンだけ渡すのです……ど、どう……でしょうか」とぷるぷると震えている。
「どうぞ」と同じように震えるストイシャと、ぎこちない距離感になって居るのもまた一興だ。
メロンパンを受け取ってくれたストイシャにホット胸を撫で下ろしてからLilyは「えへへ」と笑みを浮かべた。
竜と人が斯うして笑い合う。その様子を料理を作りながら眺めて居たヨゾラは何処か妙な心地であった。お腹いっぱいで満足で、幸せで。
足りなくなれば厨房に立って、誰かのリクエストを聞いて。そんな、幸せな光景は覇竜領域で尽力してきたからだった。
(今回の戦いは……僕にとって最大最高の機会で、貴重な戦いだった。
奇跡を起こす事はできなかったけれど、こうやって一緒に頑張ったりわいわいできるのが本当に嬉しいんだ)
美味しいと笑う声を聞く。それだけでも心が躍るのである。ゴリョウの料理は米に合うようにアレンジされている。零のパンや天狐のうどんも様々な料理が並んだ食卓はベルゼーにとっても喜ばしいものだろう。
(うん。幸せだなあ。ここにはいない竜種達とも、全員は無理でも共に過ごせる一時が来ると、いいなあ)
竜種達も様々な書き観を有している。全てと分かり合うことが出来なくても、少しずつでも手を取り合える日が来たならば――
料理を腹一杯に食べて、幸せ気分でこの平和を謳歌する。少しは力になれただろうかと笑み零したアルムに迫り来るのはットウゼンの妙見子である。
「ちょっとアルム様~!? そんな端っこにいないでこっちいらっしゃい! メリーノ様! 引っ張ってきて!
貴方交友関係広げたいって言ってましたしもっと前に出なさいよ!」
「あら、たみちゃん、わかったわぁーほらアルムちゃん、なんでそんな端っこにいるの??
ちゃんとみんな頑張って、みんなで勝ち取ったものだわぁ たのしまなくっちゃ!」
「ちょ、ちょっと、マント引っ張らないでぇ〜……!」
この先のフリアノンとヘスペリデスが少しでも良い未来を迎えられたら。そう願ったアルムを勢い良く引き摺り出したメリーノはにんまりと微笑んでいる。
「まあまあ! ムラデンもストイシャ様も御足労ありがとうございますね! 誘ったら素直に来るとか案外かわいいところあるじゃないですか!」
「はいはい、せっかく来てあげたんだから、おいしいの食べさせてよね」
つんけんとしているムラデンに妙見子は匙を口元に運ぶが本当に嫌そうな表情をムラデンが浮かべた。
「ほら! ムラデン! あ~んってしてあげるから感謝しなさい?」
「あ~ん、じゃないよ、嫌に決まってるだろ、雛竜じゃないんだから。
いや、無理やりつっこむなよ! なんかキミ、テンション変じゃない!? 酒って奴!?」
「オラッ! 妙見子の飯が食えねえのか!? 酔ってません! 断じて酔ってませんから!」
そんな楽しげな空気感にメリーノはクスクスと笑う。カツを挟んだパンも、ゴリョウの芸術的な食事も、美味しいと自信が感じたものはムラデンやストイシャに教えてあげる。
「あっ、そうじゃなくって、こういうのはねこうやって。
あーーーーんって、おっきく口を開けて、一気に行くのよ! ちょっとずつかじるんじゃなくってね!」
「しないってば」
ムラデンにメリーノはくすくすと笑った。ああやって困った顔をして居ても、人と過ごす事を楽しんで居るだろう。
「あ、ムラデン君とストイシャ君。やぁ、楽しんでる? 俺のこと覚えてるかな……アルムだよ〜。お腹いっぱい食べてさ、早く力が戻るといいねぇ」
挨拶をすれば返してくれる。それだけでも『これまでの戦い』の盛夏だと思えるのだ。漸く分り合えたと妙見子は笑みを浮かべる。
「ね、ムラデン」
あなたは? 私達と居て楽しい? そうやって聞いてしまいたい。それでもまだ、心に仕舞い込んだ。きっと竜と人は少しずつ手を取り合うときがくる。
神でも、母でも、上位存在でもなく、等身大の妙見子として――
「どうか貴方の隣にいることを許してくださいね」
「キミは、嫌だって言っても隣に居座るタイプでしょ。別に嫌だってわけじゃないけど。勝手にしなよ。僕も、勝手にするから。それでいい?」
嗚呼、本当に。可愛くない!
「リクエストがあれば、是非!」
響くフーガのトランペットの音色へと「明るくて楽しい音色を」と求める望乃はにんまりと微笑んだ。
ああ、だって、皆で踊り笑い合う日が来るなんて思っても居なかった。妙見子が「クソガキィ! こっちですよ!」と手を差し出せば「は? キミ、踊れるの?」と揶揄うようなムラデンの声が響く。
トレランシアはその薄く唇にゆったりとした笑みを浮かべた。
(霊の子も、他の人の子らも。元気で良いわねえ……ふふ、帰ったらいい夢が見れそうだわ。
人の子の発展というのはすごいわねえ……本当に、いい夢が見れそう)
●
「マリィ、大丈夫?痛くありませんこと? 本当に、無くなってしまいましたのね……」
ヴァレーリヤが痛ましげに見遣ったのはマリアの『無くした』腕だった。その視線に気付いてからマリアは穏やかな笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ! ヴァリューシャ! ふふ! あの時は少し痛かったけれど、今は平気さ!
それに……あの怪物を相手に二人で生きて帰ってこれたからね……百合子君は……残念だったけれど……」
目を伏せたマリアにヴァレーリヤは一瞬だけ息を詰らせてからマリアの肩をそっと撫でた。
「覇竜の人達が助かって良かったのはその通りだけれど……それでも私は、マリィに無事でいて欲しかったですわ」
「もぅ! 確かに少し不便だけれど本当に大丈夫だよ!でも、君にそう言って貰えて私は幸せだよ
それにこっちの世界の義肢は優れものだからね! 義肢さえ見つかれば、ある意味ヴァリューシャとお揃いさ!
だから、一緒に凄腕の義肢職人さんを探しに行こうね! いっそのことシュペル君に頼んでみるかい!?」
ぱちくりと瞬いてからヴァレーリヤは笑う。強かな彼女を見て少しばかり安心したのだ。
「そうですわね。ゼシュテルに戻ったら、二人で一緒に、良い職人さんを見付けましょう。
そうと決まれば、早速腹拵えでございますわー! 食べたい物はありまして? 今日は、私が食べさせて差し上げますわっ!」
「やったー! 今日はお肉が食べたい! 何か血が足りない気がするんだよね!
あーん! ヴァリューシャに食べさせてもらうご飯は美味しいなぁ!」
並んだ料理を眺めて居た銘恵はぱちくりと瞬いた。料理を持ち込むイレギュラーズの他に、銘恵にとって見慣れたトカゲの串焼きなども並んでいる。
「そういえば……果物やお肉等はラサからのものもあるんだっけ。辛い食べ物もあるけど、おいしいね」
ラサの料理を持ち込んでいたのはフラーゴラと彼女の領地の執政官を務めているニコレッタだ。
「じゃんじゃん食べてよねー!」と笑うニコレッタの傍にドラネコを見付けてから銘恵は「可愛いね」と傍らに膝を付いた。
ふわふわとしていて暖かいドラネコは料理を摘まみ食いしているようである。料理を分けてあげながら「おいしいね」と銘恵は微笑んだ。
「お腹いっぱいになったら眠くなってきた……ドラネコ達もお昼寝しない……? 平和でぬくぬくでしあわせ……」
覇竜にローレットが訪れて、それを受け入れなかったならば。たら、ればの話かも知れないとは思いながらも銘恵は考える。
(ベルゼーさんは他の国を滅ぼそうとしたのかな……けど、いつかはフリアノンだって……。
覇竜にローレットの皆が来てくれてなかったら、こうやって過ごす事もできなかったかも……。
今日のこの日は、覇竜のこれからの第一歩。その先に進めるよう、しゃおみーも頑張るね!)
けれど、今は少しだけ、おやすみなさいの時間だ。
うとうとと眠るドラネコと銘恵にブランケットを渡してからニコレッタは「ゴラちー」と領主の名を呼んだ。
「うん? エプロン? なるほどカレーで汚れないように、だね」
「そーそー、大事大事!」
ニコレッタは様々な種類のカレーを振る舞うフラーゴラの服が汚れぬようにと声を掛けたのであろう。
肉、ほうれんそう、キーマカレーに魚、豆やココナッツ、トマト。辛くないものはフルーツや野菜、バターカレーなどだ。
「食用ワイバーンスープがとっても気になる……! どんな見た目か味か匂いかも想像出来ないなあ……!
透き通ってるのか不透明でどろっとしてるのか……きっと美味しいんだろうねわくわく!」
食用ワイバーンスープを器についだ琉珂は「美味しいわよ、ちょっと臭みがあるかもだけど」とにんまりと微笑んだ。
器を受取りながら祝音はぱちくりと瞬く。食用とは言われてもワイバーンだと思えばやや忌避感を覚える者も居るだろうか。
「これって……食用の卵とか、使ってるのかな。これまでも覇竜依頼で色々食べてきたけど、初めて食べる物もありそう。
お肉の料理や、野菜料理等を少しずつ……ジュースも飲むし、デザートも楽しみ。全部食べる前にお腹いっぱいになっちゃいそう……みゃー」
「ふふ、これから知っていけば良いのよ」
屹度、好きなものが見つかる筈と琉珂はにんまりと微笑んだ。まだ祝音にとっては知らぬ場所。
それでも心を落ち着かせるのは欠伸をするドラネコが愛らしいからだ。
「祝勝会ね、折角用意してくれたのだからご馳走にならないと失礼よね。
辛い物は平気、美味しく頂くわ。……あら、鏡禍は苦手なのかしら? 火でも吹きそうな顔をしているわよ」
揶揄うように言ったルチアに鏡禍をちらりと見遣った。「う……」と思わず口を手で覆った鏡禍はラサの香辛料の辛さに面食らったようである。
「それにしてもこんなに沢山香辛料が使われていると随分と豪華だと思ってしまうわ。ローマでは香辛料は高級品だったもの」
「そ、そうですね。ラサとの交流があるからこんなに香辛料を使ってるんでしょうねぇ」
ラサとの交易が盛んに行なわれているからこそ、香辛料を利用して肉の臭みを消すなどの料理が主となりつつあるのだろう。
時が変われば何が貴重であるかも変わるのだろうと彼女の『元の世界』を思う。
「案外、もっと旧いフリアノン独自の料理はワイバーンの肉を焼いただけ、だったのかもしれませんね」
そんな二人の会話を聞いていて、最初にベルゼーが人間の料理だとザビーネに差しだしたものも只の肉を焼いたものであったことを思い出す。
「こんばんは、ザビーネ。あなたのことをぶん殴りにきました。
……冗談ッスよ、冗談。イルミナは、せっかく平穏を手に入れた世界に乱暴して、ぶち壊すような真似をする生き物ではないので」
イルミナをまじまじと見てからザビーネはゆっくりと立ち上がった。
「まずは、先の戦いで力を尽くしてくださった皆様に謝意を。利害の一致故だとしても、それでも、皆様の助力に感謝いたします」
しっかりとイルミナを見据えたのはザビーネ自身も練達や深緑で自身が敵対した存在であることをよく理解しているからだ。
快く思わぬ者が居ることはしっかりと受け止めると決めている。特にイルミナからの言葉は真摯に受け止めようと考えて居た。
「もしよければ。あなたのことを聞かせてくださいよ。イルミナは、ザビーネというヒトの事を何も知りませんから。
あなたがどう行動して、どう感じたのか。一つ一つ。
時間は、ありますから。今日で足りなければまた次の日。生きているうちは、いくらでも」
「……はい」
この場ではただの冗談で、イルミナとザビーネは戦場は違えども『ザビアボロス』を倒す為に戦った一員であると強く認識している。
人と向き合うように対話の姿勢を示したザビーネの元へとねねこは走り寄っていく。
「あ! ザビーネさんだ! 実は一緒に戦った時からお友達になりたいなぁ♪ って思っててですね♪ 色々お話ししたいと思ってたんですよ♪」
「ザビーネ! 来てくれたんだね。それに他の竜達もいっぱい」
にんまりと笑ったルビーは幼馴染みのスピネルを紹介したいと彼の手を引いて遣ってきた。危険を出来る限り排除してフリアノンへとやってきた彼をルビーは「一緒に夢を叶える相手で、私の大事な人!」と告げた。
「ねえ、貴女の大切な相手についても聞きたいな。ムラデンとストイシャとはどういう経緯で知り合って今の関係になったとか」
彼女とはまだまだ色々と話して行く事が出来るだろう。ムラデンやストイシャは人々との関わりでまた新たな知見を得たように驚きの声をあげている。
「さて、硬い話は抜きにして、まずは無事に生き残れたことを祝いましょう。乾杯」
寛治はフリアノン・ジンを掲げて乾杯の音頭をとる。ザビーネもそれに倣い、ゆるゆると杯を掲げてみせた。
「我々は相見え、戦い、そして共闘して友となれた。私はそれで良いと思っています」
「ニッタ、この場を提供いただき、感謝いたします。貴方と話せる機会が訪れたこと、うれしく思います」
ザビーネは穏やかに寛治へと礼を言った。竜の時間に比べれば人間の時間など一瞬にも満たないだろう。
過ぎ去る時の尺度は種によってズレをも感じさせるが、その中でも自身は特別であれたならば誇らしい。
「記憶の中にずっと残り続ける人間でありたい、と思いますよ。長命の竜へのせめてもの意趣返しと――親愛の証としてね」
小さく頷いたザビーネにイズマは「こんにちは」と声を掛けた。
「縁があって関わらせてもらったが、ゆっくり話をする暇は今まで無かったからな。改めてよろしく、ザビーネさん」
ザビーネは生態系の観察が趣味だと聞いている。イズマ自身も覇竜領域には特異な植生があり自然の雄大さには驚かされたのだ。
「やたら他の生物に壁を作る竜種にもそういう者がいるのだと知って、それで興味が湧いたんだ。
覇竜領域で観察した生物や自然の話、よければ聞いてみたいな。
逆にザビーネさんは、覇竜領域の外の事はあまり知らない……か? 俺は海洋に住んでるんだが、海は行ったことある?」
覇竜領域の外に竜は余り踏み出さない――が、これからならば当人が望めば踏み出すことも可能だろうか。
「まぁまず趣味を兼ねた真面目な話を最初に……一緒に戦った時も勧誘しましたけどザビーネさん医者やってみませんか?
毒に長けてるって事は薬に長けてると同義ですし竜に関しては間違いなく人間より詳しいでしょう?
色々終わったばかりで怪我竜も多いと思うし……それに前に色々やって引け目があるなら人助けや竜助けも良いと思うのですよね。他者からの印象も良くなりますしね♪ やりましょう♪」
「前向きに応じたく思います。死と毒、恨みをつかさどる我が一族が、もう一度生と医を任じられるならば、これ程光栄なことはありませんから」
頷くザビーネにねねこの眸がきらりと輝いた。
「おお! さて! 真面目な話はここで終わり! 私ザビーネさんの事もっと知りたいと思ってたんですよね~♪
折角ですし個人の事……好きな食べ物とか趣味とかそういうの教えてください♪ あ、ちなみに私の趣味は死体鑑賞でしてね~♪」
食事の場ではこの話はだめだろうかと口を噤んでからねねこは「またお話ししますね」と微笑んだ。
ルビーはひとつひとつ、人との対話に心を砕くザビーネを見てから温かな気持ちになったと胸へと手を遣って。
「貴方達が私達を信頼して頼ってくれなかったら、今こうしていられなかったんだって思うとなんだか不思議だね。
ムラデンとストイシャは貴女を助ける為に動いた。それだけ貴女が大事で、貴女にとってもそうなんだと思う。
誰かを想う気持ちは繋がって大きな力になる……そこに竜も人も違いはないっていう事がとても嬉しいの。そしてこれからも手を繋いで行きたいね」
人と竜は違う。だからこそ、思いやっていけば共に進むことも出来るだろうと、そう感じたのだ。
「ところでザビーネさんもお疲れとは思いますが、私もメテオスラークを相手に命をすり減らした所でして。
かの『最強』を倒したご褒美に、膝枕くらいは強請っても許されると思うのですが、いかがでしょうか?」
寛治の提案にザビーネはやや面食らったような顔をして、小首を傾いだ。そういえば、幼い頃の琉珂にもしてやったような――
●
「こういう祝勝ムードってのは悪くねぇな。いつか世界が平和になったら、晴陽もここへ連れてきてやりたいな……。さて、忙しいお医者様の為に土産でも探すかね」
彼女は危険自体を厭うところがある。それが彼女の責務だと思えば天川が見聞を広め支えになる事だって出来るだろうか。
くつくつと喉を鳴らし笑ってから変な生き物の土産がないかを彷徨い歩く。
「出先で変な土産物を探すのも、もう習慣になっちまったな。俺自身も楽しんじゃあいるが影響されてたものだ。
お……これなんてどうだ。不思議な面構えをしている。店主この生き物はなんだ? ふむ……。ではそれを3つ貰おうか」
水夜子や龍成の土産として用意した『デザストルオオグソクムシ』は妙なデフォルメをされていて愛らしかった。
「今回はあまり働きゃしなかったが、無事切り抜けられて良かった。戦士達に乾杯といこう」
酒を呷って仄かに甘く薫ったパイプを吸う。里の空気は心地良く、いつかの日にこの場所にまで彼女を連れて来てやりたいと、そう考えた。
つんとした態度をとっていたアユアを招いたハリエットは「えっと……」と呟く。
「食べられそうなもの、あるかな」
居心地悪そうと言う顔をして居るアユア。人のことは余り好ましく思って居ないようだが、クワルバルツ自身も人の子に呼ばれて姿を見せていた。
「あの……あなたのね、角とか尻尾とか。白銀に輝いて奇麗だなって思ってた」
「だから?」
ちら、と見遣ったアユアにハリエットは「なんていうのかな……。あなたと一度ゆっくり話をしてみたいなって」と料理を取り分けながら声を掛ける。
「どうして?」
「理由? わかんない」
「ええ!?」
驚いたような顔をするアユアの『素』が見えた気がしてハリエットは小さく笑った。元気いっぱいで、楽しげなのが彼女本来の姿なのだろう。
そんな彼女とこれから分り合えるならば、どれ程に楽しい毎日となるか。
「これから、時間はたくさんあるんだから。アユアが嫌じゃなければ色々話そう?」
大切な人と二度とは会えなくなると言う気持ち。それを焔は何となく分かって居る。
旅人として世界に召喚された時に、戻ることの出来ない苦しさと悲しみに押しつぶされそうになりながら泣いていた。
その孤独から救ってくれたのだって、この世界で出会った友達だ。友達という存在がどれ程に尊いのかを焔はよく知っている。
(――だから、今は、ボクが少しでも琉珂ちゃんを元気づけてあげよう!
ベルゼーさんだって、琉珂ちゃんが元気で、笑顔でいてくれた方が嬉しいはずだもんね!)
琉珂ちゃんと声を掛ければ『手に何か持っている』琉珂がくるりと振り返った。
ベルゼーとは数回しか会えず、話の殆ど出来てない。けれど、彼がこの場所や琉珂を大切にしていたことは分かる。
「ねえ、ベルゼー産の大切な皆が無事だったことを思いっきり祝おう!
きっとベルゼーさんがいたら、この状況を一番喜んで、一番いっぱいお料理を食べて、一番楽しんでるはずだもん!
ボク達もそれに負けないくらい喜んで、食べて、楽しんで。
そんな風にベルゼーさんが大好きだったこの場所で、大好きだった皆の笑顔で、送ってあげよう!」
「ええ!」
「……ところで琉珂ちゃん? どうしてボクから目を逸らすの? それはなに? お料理? ねえ、待って、琉珂ちゃん」
「なあに?」
「どうして隠すの?」
「えー? えへへ」
それは兎も角、動き回る料理を捕まえるために焔は手を伸ばしたのであった。
楽しげな声を聞きながらヴィリスは簡易ステージの上に立っていた。プリマのステージを用意したのは亜竜種達の心配りだ。
「飲んで食べて最後は皆で楽しく踊りましょう!」
嫋やかな礼をしてからヴィリスは踊り出した。
会えなくなる人が居る。変わってしまったことだってある。それでも――私たちはここにいる。
(……感傷に浸って悲しみで足を止めてしまうなんてそんなの私らしくもない。
いつだって何があっても踊り続けるからこそ私はプリマだもの。
それに湿っぽくされたらいなくなってしまった人に失礼じゃない。
だから盛大に全力で消えてしまった命を偲ぶために踊りましょう。言葉にできない想いも込めてせいいっぱい踊りましょう。
――さようなら白百合の人。私は踊り続けるわ)
祝勝会と言えばやはり酒だとスースァは料理を幾つか手にしてから里内部を眺めることの出来る場所へと移動する。洞穴を利用するフリアノンでは横穴を辿れば広間を眺めることが出来る場所も多くあるだろう。
他集落から来る人々を見れば自身が出会うことを拒絶する相手も居るかもしれない。それ故に、少しばかり静かな場所で酒を呷るのだ。
「アタシだってたまにはセンチになるさ。
……アタシはフリアノン出身ではないけど、今はフリアノン住みでそれなりに好きな場所だからさ。
里長や皆、竜種たちやあの『オジサマ』がさ、守った光景なんだよこれは。だから――」
楽しげに笑うフリアノンの亜竜種達を眺めながら盃をそっと掲げた。
●
「やぁっとついたか。えーっとこの辺りだったはず……」
クリスタラードが倒れたであろう位置を探す様にやってきた雄はどかりと腰を下ろしてから笑った。
「よお、あの時以来だな。何しに来たって、そりゃ酒盛りだよ……ホレ。
派手にやったよなーホント。本気で全力な大喧嘩。お互い最後の最後までよく戦ったって労いの酒だ。
なんでこんなってそりゃ竜とガチでやり合うなんて滅多にないなら一緒に酒飲むのもそうそうないからな。そういう訳でお疲れさん」
地に置いた盃に酒を注いでから雄は勢い良く煽った。あの竜は何を思い眠っているだろうか。
シューヴェルトはクリスタラードに問い掛けたいことがあった。『超越者』ヴァイオレットについてである。
(なぜクリスタラードがバザーナグナルを落として魔種のヴァイオレットに集落の統治を任せたのか――)
問うておきたかったが、彼の声は聞こえてくることはない。今この時はその応えを得る事は出来ないようだ。
メテオスラークと戦ったのは、此の辺りだっただろうと貴道はゆっくりと顔を上げた。
墓があるわけではない。戦いの中で散っていたあの竜の墓は影も形もなかったが故に貴道は「作って遣ってもいいかもな」と呟いた。
「……くそったれめ、随分と手酷くやってくれたもんだ。おかげで満身創痍だぜ、しばらくは開店休業状態さ。
……だがまあ、出し切った闘いだった。バルナバスの野郎とやった時も死にかけたが、今回はそれ以上だ。
いや……しかし、そうだな、楽しかったよ、マジでな。悔しいのは、サシじゃなかったところか」
唇に笑みを浮かべた。『次』の機会はまだまだあるだろうと手向けるように声を掛ける。
「ま、向こうで待ってろよ、俺もそのうちあの世に行くさ。
そしたらサシだぜ、もっともその時は俺も正真正銘の全開だ、吠え面かかせてやるから首洗ってろよ」
同じようにその地にやってきたイグナートは「……何かないかな」と呟いた。
共に戦った百合子の遺品が何か残っていないか。そう考えて遣ってきたのだ。
「状況から考えて生きていないのはカクジツだとオレも思ってるんだよね。
ただ、何かジッカンがわかないんだ。だってさ、美少女や竜なら時空の壁くらい破ってひょっこりと帰って来そうじゃない?」
「……ああ、そうだな」
シラスはくつくつと笑った。竜魔術の結界の中だった。此処には何も残っちゃ居ないかもしれないが、訪れるだけで全てをつぶさに思い出せるものだ。
シラスにとっても、イグナートにとっても、それは一生ものの戦場だっただろうか。
イグナートは釈然としない気持ちを整理するために此の辺りを歩いてくるとシラスに手を振って歩き出した。
「何か墓に供えるモノでも見つかれば御の字だよね! 美少女にも墓があるのか聞いてないんだけれど!
……結局、オレはメテオスラークやユリコがウラヤマシイんだよなって気付いたりするね。
最高の戦いだけ遺して果てるのは戦士としては一つのユメだもんね」
呟いた。戦士の誉れを胸に彼女は進んだのだ。そう思えば、自らもと願わずには居られない。
(ああ、そうだ。魔術で引き上げられた仮初の力ではあったが自身の限界を超えて戦うことが出来た。
得難い経験だ……このイメージはいつか己の殻を破る助けになるに違いない)
シラスは息を吐く。時間を掛けて『あの時』を反芻して消化した。それは自らの糧となる筈だからだ。
「百合子さ、俺もっと強くなるよ」
きっと、それが手向けになる筈だとシラスは構え、空を打つ。彼女に供える花は決まっている。
「白百合清楚殺戮拳」
――あの美しき白百合は、鮮烈に咲き誇っていた。
そうだ。
瞼を閉じれば思い出せるというのに、何もない。分かりきっていたが、何もなかったのだ。
「ボクがここで使っていい時間は5分だ。ただ、5分待つだけ。それがアレにくれてやる最後のチャンスだ」
セレマは立っていた。只の一人、何も考えず『待っていた』
待ち人が「待たせたか」と笑って遣ってくる気がしたのだ。
――いや、分かりきっていただろうに。
きっかり五分。
何も起こるわけがない。
(……悼んでいたわけではない。期待もしていない。望みもかけていない。
入念な事実確認をにしきたわけでもない。事実はもう決まっている。
アレはチャンスを棒に振った。それだけだ。
……老いと債務に追われるこの身の上は、感傷に浸る暇もなければ時間も許されてはいない。そんなことは時間の使い方を知らぬ馬鹿のすることだ)
『美少年』には為すべき事があったからだ。さて、集落にでも向かおうか。
先へと繋がる価値を探さねば、時間は有限なのだから。セレマはくるりと背を向けてから一歩、地を踏み締めた。
「この地で 傷ついてしまった場所は ヘスペリデスだけには とどまらないでしょう。
ですけれど その 破壊の痕跡は けっして わるいことばかりでは ないはずですの。
ほり返された大地は たがやされ あらたな木々をはぐくむ 畝となるでしょう。
くずれた土砂に せき止められた川は 湖となり おおくの魚を うむでしょう」
ノリアはひとつひとつをありのままの姿を心に留めて行く。今日明日のことではなくとも、竜の長い命の中で、育まれた草花は全てを覆い隠してしまうだろう。
「いつか きたるべき日のために 語りつぎましょう」
ヘスペリデスの入り口に、その竜は佇んでいた。全てが終わった仕舞ったことを察知して、まだ為す術もなく立ち竦んでいたのだ。
「ラドン……終わったよ」
声を掛けるマルクに「ああ」とラドネスチタは囁いた。
ヘスペリデスで何があったのか。ラドネスチタは全てを見る為に立っていたが、『中』までは見通せなかっただろう。
ラドネスチタにとっての愛しいベルゼーは権能を振り払い、琉珂と並んで戦ってその幸せを祈って去ったのだ。
「『「――しあわせに、おなりなさい』と最後に残したベルゼーの言葉は、彼が我が子と愛した全ての竜に向けられた願いだったと思う。
……ラドン、君にもね」
彼は竜だ。そしてマルクは人だ。それでもベルゼーは人と竜が手を取り合う未来を願っていたのだから。
「ベルゼーのお墓を、琉珂さんが作るそうだよ。ラドン。一緒にお墓参りに行かない?
君は竜で。僕は人で。生きる時間は違うけれど。……同じ祈りを抱いてもいいだろ?」
「……ああ、ベルゼーもそう願っていただろう」
幼い姿をした黒竜はただ静かにそう言った。
●
ドラゴンと人間は友達になれる。セララはそう確信していた。それはアウラスカルトや『リーティア』と共に過ごした時間で得たものだ。
(……けれど、全部のドラゴンがそれを分かってくれるには時間がかかるよね)
だからこそ、人間とドラゴンの共同作業を行なう姿を見せて『人とドラゴンは何も変わらない』と実感させてやりたい。
天帝種の姫君と共に『ベルゼー』の愛したこのヘスペリデスに花を植える。そうする事で、ドラゴンと人間が手を取り合った証を残したかった。
「だからね、ボクが植えるのはお花の種でもあり、人間とドラゴンの友情の種でもあるのだ。
きっと、とっても素敵なお花畑になるよ!」
にっこりと笑ったセララへとしにゃこはこくこくと頷いた。籠にはフリアノンの花の種子を。それが何時か芽吹く時を待っているのだ。
(あの日、アタシ達は確かに見たんだ。美しく輝くヘスペリデス、黄昏の園を──)
ジェックは一度息を吐いた。此処に咲いていた花はどの様な名前だっただろう。もう、名も知らぬまま消えてしまったか。
「こうして崩壊したことを嘆くつもりはない。これはアタシ達が戦い、勝利した証だから。
でもさ。この地、この場所は、思い出でもあるんだよ……ベルゼーにも、リーティアにも。
家まで建てちゃってたわけだし、流石に建て直すのは難しいし、完全に同じ景色に戻してあげることはできないけど。
せめて、微睡みの中で見る景色が少しでも美しくあるように……って。ね、アウラスカルト。一緒にやろ?」
「構わぬ」
アウラスカルトは小さく頷いた。「そうしましょうね」としにゃこはアウラスカルトの手を引く。
「だいぶ荒れちゃいましたけど放ったらかしにしちゃうのも忍びないですからね!
花咲しにゃちゃんです! 種をばら撒いていきますよ!
種の撒き方はー柔らかい土にばっと撒いて上からやさーしく土を被せて水をかける!! 以上!」
「ふむ」
眉を吊り上げたアウラスカルトは不思議そうにその様子を眺めて居た。「そう撒くのか」としにゃこを真似て種を放る。
「難しいものだな。人の為す業は細かくてかなわん。別に、嫌という訳ではないが」
「あ、じょうろ使います? 水かけるなら便利ですよ! 水は大事!」
アウラスカルトにとってはそれは『人間の生き方』であり、竜として知り得ぬもの。
彼女がそうして『人を学ぶ』姿は、屹度誰かが学んだ者だろう。ジェックは崩壊したヘスペリデスが花に溢れればと考えてからふと顔を上げた。
「テロニュクスは……」
「お呼びですか」
木々の影から竜種の青年が静かな声を漏した。この地の守人であった竜だ。花の種を分けて欲しいと告げれば彼は頷く。
ヘスペリデスに対して人がどの様に接して行くのかを見守って居るのだろう。ジェックは「ありがとう」と種を受け取ってから仲間達の元へと向かった。
「でも、分かってはいたけど大変な事になっちゃってるね……。
アレだけ綺麗だった場所がこんなことになっちゃってて悲しい気分になっちゃうよ」
だからこそ、テロニュクスと名乗る竜は此方を見ている。あれほどに美しかったこの場所が消え失せたことを悔むように。
花丸はアウラスカルトの傍に一つ花を埋めてからにこりと微笑んだ。彼女がいるならば、『ベルゼーが見たかった景色』を見ることが出来る筈だ。
「さあ、お墓作りは琉珂さん達が確りとした物を作ってくれるだろうし、私はベルゼーさんが少しでも安らかに眠れるように以前のように。
……そうじゃないね、人と竜が手を取り合ってそれ以上の光景を見せてあげたいよね。
直ぐには難しいかもしれない。でも、それでも……いつかは。その種は、芽吹きは、あの戦いを通して少なからず行われた筈だから」
「ああ、そうだ。ベルゼーは……」
名を呼んでから花丸を見て風牙は唇を噛んだ。
「ベルゼーが作った『美しいもの』を、このまま失わせたくない。
ベルゼーという心優しい男がいたということを、形として残したい。
魔種は憎き敵だし、絶対に存在を許さない。だが、ベルゼーという個人はまた別だ。
……多くの者に慕われた者には、ちゃんと報われてほしい。それだけ」
風牙にとって『ベルゼー・グラトニオス』は不倶戴天の敵だった。だった、というのは彼の人となりが、そうではないと思わせてくれたからだ。
「死者に対してできる事など何もない、というのが私の感想です。
どのように死者を弔おうとも、死者が感想を述べることなどあり得ない……だから、これは生きている皆のための弔いなのでしょう」
瑠璃は目を伏せた。花を植える。苗は練達から運んできたものが多い。竜種達は自らが『為すべき』を行なっただけだと認識しているだろう。
屹度、花を見て後悔をすることはない。罪悪感だって抱かないかも知れない。それでも、だ。
(生きている者が何かを思うことは間違いではない筈ですから)
この地が美しい方が良いというのは死者が口を開いたわけではなく、ただ、これから生きていく皆が守り抜く決意で合ったのかもしれない。
メイメイの眸に焼き付いた美しき花園。その姿は、短い間であれども心にだってしっかりと焼き付いた。
「アウラさまやリーティアさまとの思い出の場所、ですもの。
竜と人の架け橋となる場所を、同じ形には戻せなくても……新たに此処、に」
小鳥が一回りして草木を拾い集める。花畑に再び根付きますようにと願うようにひとにぎりの灰を携えた。
メイメイの傍でちゃんと芽吹くようにと精霊の声を聞いていた風牙はこの地が花に包まれることを願う。
嗚呼、この話は双子にも話してやろう。彼女達にとっては『可笑しな竜おじさん』として伝わるだろうか。そうやって戯けながら話せる程度には――「魔種はクソだが、お前は嫌いじゃなかったよ」
嫌いでは、なかった。そうだ。僅かな残骸や面影ばかりのこの地は精霊も見捨てては居ない。
屹度、また、美しくなることを誰もが信じているのだ。
「雨は地を潤し、地は命を育み、命は風に運ばれて、風は陽と共に大地を撫でる。
今は何もかもが無くなってしまいましたが、いずれ再び緑豊かな命溢れる地へと戻るでしょう。
それに……当面の間は世話をした方が良いでしょうけれど。こうして種子を植えていけば、何時かまたあの花畑を見られる筈です。
それもまた、命の逞しさというもの……その未来も、守らないとですね」
リースリットは目を伏せた。この地は死んでいない。豊かさをまた、取り戻せるはずだ、と。
「ふふっ、何色の花が咲くでしょう、ね?
……生まれ変わってゆくこの地を、これからもずっと見届けていきたいです。子や孫の代、まで……」
やや、そう考えてからメイメイは頬を赤らめた。
「……め、めぇ……そう、ありたい、ですね」
その様子を眺めてからアウラスカルトはふと、指差した。
「我は古きより、花など高き山谷に燻る朝霧と変わらぬものだと思っていた。
ただ小さく儚く移ろいやすいものだとは知れど、気にしたこともなかった。
……だが見よ、あの岩陰を。まだ生きている花もある」
あの花の名はなんだろうか。テロニュクスと名乗る竜も花を慈しむが名付けまでは行って居ないはずだ。
「高山植物と呼ばれる括りだろうが、いまだ人が付けた名はないのではないか。
竜もおそらく付けてはおるまい。我と同じく気にも留めてはおらんだろう。
ジェック、あの花も白いのだから汝の名でも付けるといい。あの戦いを共に生き抜いた花だ。
あのような草花を、共に再び満ちさせよう。そのまどろみは、さぞ美しかろうゆえ」
「アタシの名前をあの花に? ふふ……いいね、嬉しい。なんか照れくさいけど」
ジェックは目尻を下げて朗らかに笑った。
「名前つけて良いって言うならしにゃもしにゃっぽい花探したいんですけど!」
「あれは?」
「はあー?! 笹木さん!?
あの瓦礫の下敷きになってもしたたかに生えてるのがオススメって!? いやいや! あんなど根性じゃなくて可愛いのがいいです!」
嘘だよと笑った花丸にしにゃこは悩みますねえと呟く。
「しにゃこ、ここに残っている花はどんなに可愛くても、全部しぶとい花じゃない…?
折角だし、皆に似てる花を探そ。どれもこれも名前がついてないなら今がチャンスだよ。
ほら、アウラスカルトも。キミに似た花は……そうだな、小さい黄色がいっぱい連なった花とか、アタシ達の花をたくさん、たくさん咲かせよう」
ひとつ、ふたつと種を植える。林檎の木や植物を。そうやって恵み育まれていく花を求めるように。
オデットは少しでも美し水辺を教えて欲しいとテロニュクスに乞うた。
「ちゃんと育つかどうかわからないけど、一つでもちょっとでも早くあの美しい姿を取り戻せたらいいなって思うから、私には私にできることを。
琉珂がお墓を作るっていうのなら余計に、ね、美しい楽園で眠るのがお似合いでしょう?」
「そうですね……」
彼は此処を守っていってくれるだろう。穏やかな竜種はこの地に未だ留まる者は居るはずだと感じさせた。
「うわぁ、酷い……すごい事になってるねっ。……皆、ここで戦ってたんだ。
リリーの知らない内に終わってたけど……なのに、皆、リリーが一緒に戦ってた、って言うんだよねっ」
リリーはこてりと首を傾げる。ああ、なんだろう。『眠っていた』気がするけれど。
「でも、依頼を受けた覚えも、戦った覚えもないし、なんでだろう……? 何か、大事な事を忘れてるような……。
ううん、気のせいだよねっ。多分だけど誰かと見間違えてたんじゃないかなっ。でも、リリーと誰かを見間違える事なんてあるかなぁ……?
まぁいっか。確か琉珂さんがお墓を作る場所を探してるって話だったし、お手伝い、しよっかなっ」
うんと伸びをして琉珂の姿を探す。ああ、何を忘れてしまったんだろう――?
●
墓を作りたい――そう願った琉珂はヘスペリデスに立っていた。
それ程自身にはベルゼーとの関わりは無い。クリスタラードの戦いを経てきた彩陽にとっては知らぬ事ではあった。
けれど。彼女の気持ちは分かる。大事に思うことは、人にとっての尊厳の一つだ。
「弔ってあげよう。その思いを報いてあげたいと思うよ。だから、良い場所探そう。琉珂さん」
荒れたヘスペリデスを見詰める琉珂に彩陽はふと、声を掛けた。
「琉珂はん、……『覚えておいてあげて』って。いなくなった人に関しては自分達が出来るのって覚えておく事だけだから。
一緒に過ごした事とか。……まあ、自分はあんまり知らんねんけど……うん、また、お暇があったらお話聞かせて。ベルゼーはんの事」
「ええ、勿論。聞いてくれる?」
小さな頃からの沢山の思い出に、もしかすると笑われて仕舞うかも知れないけれど、そうやって笑った琉珂に昴は頷いた。
「ベルゼーには決戦の時に会っただけで詳しくは知らないが、大魔種であっても善き人物だったのだろう?
少なくとも、こうして別れを惜しみ墓を立てようという者が集まるくらいには」
「ええ……そう、皆も思ってくれるならば嬉しいわ」
吹いた風に髪を煽られてから琉珂は目を伏せた。こうして別れを惜しむ者が居てくれるだけでも救いになる。
場所の選定は皆で行なえば良い。力仕事ならば昴は任せて欲しいとそう言った。石材を運び、竜種達にも墓と認識して貰える問うに用意してやろう。
「ベルゼー・グラトニオスの墓だ。竜種達も参るだろう。出来るだけ巨大なのがいいだろうな。
この鍛えた筋肉が戦い以外で役に立つならいくらでも使ってくれ。
だが、芸術的なセンスも壊滅的だから。荒く削るくらいなら出来るが丁寧に仕上げるのも難しい」
「私もそういうの苦手なのよね」
恥ずかしそうに笑った琉珂に昴は得意な者が居れば任せようかと頷いた。安らかに眠って欲しい。彼にはそうする権利があるだろう。
戦禍で荒れたこの地に散っていった魂にも祝福があらんことをミストは祈る。
大地に、岩に、わずかに生えている植物にも祈りを捧げながら場所を整え、碑を彫った。
(長い歴史を持つ世界の、ほんの一幕でしかないのかもしれないが、喜び、悲しみ、怒りを忘れないよう。
……のちの世界の人々がどうとらえるか。どう語られるかも見ものかもしれないな)
様々な国の祝勝会に参加してきた。エルスにとってはこの強かさこそが人の生きる秘訣なのだろうと強く認識する。
此れまで戦いの中でも冠位魔種が自身等と手を取り合うのは有り得もしない展開だった。ベルゼー・グラトニオスは魔種として運命に抗った存在だ。
エルスも、ベルゼーを良く覚えて居たいと考え、墓を作りに行くという少女のその背に声を掛けた。
(琉珂さん――)
彼女を慰めたいと考えても、それは自身ではないように思えてならない。それでも、明るく笑う彼女の手伝いは出来る筈だ。
「ねぇ琉珂さん、お墓作り……私も手伝っていいかしら? あなたにはラサでもお世話になったわ。だからこれはそのお返し。
あなたもずっと気を張ってきたんでしょう。心許せるタイミングがあったなら力を抜きなさいね?」
「有り難う、エルスさん。大丈夫よ、私って結構ぐうたらしてるんだから」
にんまりと笑う彼女の背中を眺めて居ると、彼女と知己だったという青年の顔が浮かんだ。
エルス、と呼び掛けて好きだと叫んだ彼――有存は、フリアノンに家族が居るのだろう。
(自分の事を落ちこぼれとばかり言っていたけれど、彼を思い出せば……きっと思ってくれる人は居たのだろうから……)
琉珂に少し聞いてみても良いだろう。彼を弔うこともエルスにとっては必要な事だから。
「精々、黙ってこの死霊術師の真髄を見ておくんだナ、ベルゼー」
「また赤羽は、そういう天邪鬼を言う……」
大地と赤羽の話している光景を琉珂は可笑しそうに眺めてくすくすと笑っていた。
「琉珂。ベルゼー氏だったら、『皆』が楽しく賑やかにやってる場所と、静かに、心穏やかに郷を見渡せる場所。どっちを好むかな?」
「ええ、難しいかも。どっちだって、好きだと思うの。……けどね、見渡せる方が、いいかもしれない。
沢山のことを見て、それで、困った人のところに飛んできてくれるような人だったから、きっとそれがいいわ?」
大地は頷いた。今は命尽きるまで戦い続けた者達に安らぎをもたらすことだけを考えるのだ。
人も恐れる事無く、竜も驕ること無く。同じように歩んでいけば良い。そうやって生き延びるために戦ったのは何方も同じだったからだ。
「だいぶ殺風景にはなっちまったが平穏も取り戻したことだし直にまた元に戻らぁな」
呟いたバクルドは死にかけたが護れるものが護れたならば無問題――というには喪ったものは多いのかとぼやいた。
「暫くはまたボロボロの隻腕か……命に比べりゃ安い買いもんだが」
放浪が頗る大変になったとぼやいたバクルドに「何か力になれるならば言って頂戴ね」と琉珂は微笑んだ。
「……それでも歩んでいくさ、歩かにゃ生きていけんのは放浪者に限った話じゃないからな。
まあ、それに一緒に歩くやつもいる、一人よりかはずっと自由だろう」
トルハと共に居るからこそ大丈夫だと手を振ったバクルドはついでに林檎の種でも一つ撒いていこうかと大地を見下ろした。
「……うーん、冠位暴食の観測は終わったのに、ボクはまだここで何をしているんだろうね」
悼むのは『彼女』達の役割で権利である。願望器であるロロンにとってはそのような感傷はなかった、筈だ。
「竜と暴食に関わったのも、その寄り添う在り方に興味があったからだ。
混沌に来る前に演算領域(からだ)の殆どを失って全知の計算器ではなくなった以上、直接観測して心の営みを学ばなくてはならない。
結局、ヒトの心を得て進化した先に想定外の破滅があることを前もって知ってしまったわけだけれど。
……まぁ、花の種に水をまくくらいは手伝っていこうかな」
ロロンは生まれて初めて、思考を放棄した。
「んもー! ほんとにみんなみんな無茶ばっかり! ……でも、みんな無事でよかった」
ほっと胸を撫で下ろしたフランはぽつりと呟いた。
「にしても、あたしあの時命を賭けたっていいって気持ちだったんだけどなー。
きっとこれは、まだもっと救える命があるよって神様が言ってたんだろうなぁ。それじゃあ、もうちょっと頑張らなきゃだね」
女の子は『我が侭』に生きていかなくちゃならないと神様にも背を押された気がして、ああ、もう。ずるいやつばかりなのだ。
墓を作るのは皆に任せて木々に添え木をしていく。草は名に声を掛け、この地を美しい場所とする為に。
「嬢ちゃんも元気だな」
煙草をくわえていたロウ・ガンビーノに声を掛けられてからフランははっと顔を上げた。
「あ、ロウさん。あの! その、この前はごめんなさい」
「いや、こっちも悪かったな」
くしゃりと頭を撫でる掌にあの人の面影があって、少し痛い。何方も譲れないものがあったから食らい付いて、傷付け合った。
改めて自己紹介をしてからフランは「ねーロウさん、ロウさんの息子は世界一格好いい人だけど、世界一鈍感だよ」とちくりと刺した。
面食らったような顔をしてから歩いて来るルカの姿に気付いてからロウは「アイツもガキだな」と笑った。
「親父」
呼ぶルカはフランに気付いてから手を振った。琉珂のベルゼーの墓作りに同行し、璃煙の墓を作る用意をしているのだ。
「リエンの墓を此処に?」
「ああ。フリアノンに作る事も考えたんだが、ベルゼーとフリアノンの両方を守ろうとした母さんにはこっちの方が良いかと思ってな。
ヘスペリデスとフリアノンの両方が見渡せるような場所があれば……琉珂も同じような場所を探してるみたいだしな」
ロウが「リエンはラサに連れて帰る」と言い張るがルカは「思い出の品一つにしろ」と口を酸っぱくする。
ベルゼーの隣にするのはロウが『妬く』かもしれないと離れた位置にすることは決めて居た。両親のそうしたいざこざには頭を抱えるが、それでも一人の女を愛する事は間違いではないと感じている。
「なぁ、親父」
感情は馬鹿みたいにまぜこぜで。「なんか喋ってくれよ。母さんの話とかよ」と呟いたルカにロウは「そうだな」と話し始める。
「……なぁ、親父。もう帰ってくるよな?
それに文句があるのは俺だけじゃねえんだからよ。団員達にフクロにされるのは覚悟しろよな」
「フリアノンでリエンの品を貰ったら戻るさ。テメェの家族も待ってることだしな」
団員達を家族と呼んだロウを見てからルカは視線をうろつかせてから。
家族が帰ってきたんだ。なあ、母さん、ベルゼー。
柄じゃあないが、言う言葉は決まっているよな。こういう時に言うのは――
「おかえり」
●
「Hiクワちゃ! 色々大変な感じになったよね~ヘスペリデス。これどうするん?」
「フッ。竜に細々と何かを建造し直す甲斐性があると思うか――?
少なくとも私は……今すぐに手を加えるつもりはない」
ヘスペリデスの片隅には六竜が一角、クワルバルツもいたか。
そんな彼女に話しかけるは夏子であり。
「あらら、そう? クワちゃなら出来そうだけどなぁ~ま。んでこっちが本題なんだけど――種族間を超えた『平和の象徴』の件、どう? 君等が人の姿をとるのってツ・マ・リそういう事なんじゃないかって僕ぁ思うんだけどな~!」
「えぇい図に乗るな。竜が人と同様の姿を司るは利便性が故と言えるだけだ。
まだ私は――お前達はともあれ、人そのものを認めた訳ではないからな」
「あれれ。今若干デレた? やっぱ脈あるじゃん!」
クワルバルツの人に対する態度は軟化している。それは夏子らの尽力によるものだろう……かといって未だ竜としてのプライドもあるが為か、人とは未だ一線あるように感じられるが。
しかしそれでも。
「昔とは異なるな、クワルバルツよ。
――あぁ。最初に会った時はこんな風に肩を並べられるなんて思いもしなかった」
ブレンダも告げようか。彼女はかなりの重症だ、が。
生き残っている。言の葉を紡ぐだけの力がある。
正に奇跡。竜の一撃を受け止め成しえた――人の可能性を彼女が示したのだ。
「随分と命を懸けたようだな」
「竜を相手に余力などなかったさ。だがまぁ気分は悪くない……
それよりも、これからどうするつもりだ――?」
「……これから、か」
クワルバルツはやや悩む様子を見せる――が。
「外に出でる事も考えている。覇竜の外など、一切の興味もなかったが……
『お前達』が生きる世には少しばかり興味が出てきたからな」
「そうか。ならエスコートは任せてくれ、君の無くなってしまった手の代わりに」
なんだってしてみせるさ、と。ブレンダは微笑みの色を灯そうか。
薄明の竜と共に在ろう。傍らに在れるならば更に剣を磨くのも悪くない。
――黄金の輝きは薄明と共に在るものだから。
「外に出るの? なら良かったら天義の国にも遊びにきてね!」
「天義。東の……宗教の国だったか。飛べばすぐだが騒ぎになろうな……覚えておこう」
続けてスティアもまたクワルバルツへと。
「そういえば先代……ゲルダシビラさん、だっけ?
戦いの途中で何か言いかけてたよね。一緒に戦った人がいるとか――」
「あぁ、だが私も詳しくは知らんぞ?」
「構わないよ! 興味があるんだよね、もしかしたら知ってる人かもしれないし!」
スティアにとってはクワルバルツの知る聖職者の名に大きな興味があったか――されば語られるは先代越しの情報。聖女カロル。非常に高潔にして多くの者を救う旅をしていたらしい事。『聖遺物』なるものを持っていた事――
「聖遺物? もしかしてソレって……鋏とか?」
「鋏? ――いや、そんな話は聞いたことはないな」
あれ? スティアは首を傾げるものだ。
ならば天義で暗躍しているカロル……聖女ルルと名乗る者が所有しているのは、一体?
「それはそうと、あのメテオスラークと戦り合ったと聞くぞ。
……生還だけでなく偉業をも成したな。まさか奴を打ち倒すなど」
「えへへ、一人で成しえた事じゃ――ないけどね」
と。クワルバルツは最強の竜との死闘に感嘆の吐息を零そうか。
まさしく偉業。ドラゴンスレイヤーを刻みし者。
あぁだからこそ私も強く惹かれる所があるのだと――思考しながら。
スフェーンと共に『お姉ちゃん』の墓参りにやってきたアーリアは「すーちゃん」と呼んだ。
「この場所は今は荒れていたって、本当はとっても美しいんだもの。
それに、此処にベルゼーさんが眠るならば、お姉ちゃんが一緒に眠れば寂しくないしね」
「……きっと、その方が喜ぶと思う」
スフェーンはどこかぎこちなくそう言った。彼女の途惑いが、姉との別離によるものだとアーリアとて気付いて居る。
沢山の花を墓へと飾ろうと籠には花を一杯に持ってきた。真白な彼女に沢山の彩りを添えると決めたのだ。
「でもね、傍から見るとすーちゃんの方がお姉ちゃんみたいだったわよねぇ。なんていうか小さくて、かわいらしくて」
「……」
「――あ、もうすーちゃんが可愛くないとかじゃないのよ! んもう、そういうとこかわいいんだからぁ」
少し拗ねたような顔をしたスフェーンが「嘘だよ、あーちゃん」と笑う。
確かに二人は姉妹だった。何処までも真直ぐで、言いたいこと呑み込んでるくせに隠し通せなくて、家族が大好きで。
(……姉妹って、そういうものなのよね)
何時だって戸惑って、笑って、困ったように手を差し伸べて。そんな二人の様子が目に浮かぶようだった。
「私はお姉ちゃんだから、いっぱい喧嘩してぶつかったって『妹には世界一幸せになってほしい』って思うの。
だからね、きっとお姉ちゃんもすーちゃんの幸せを祈っているわ」
「あーちゃん……」
「だから、これからも沢山楽しいことや綺麗なもの、美味しいお酒に連れていくわ。
道中何があったって、すーちゃんが前で殴って、私が後ろでしばけば無敵でしょ?
そうして沢山のお土産と、お土産話を此処に持って帰ってきましょ」
ゆっくりと差し伸べた手にスフェーンは重ねる。
「ねぇ、すーちゃん。まずは、何処へ行きたい?」
そうだ、じゃあ最初は――「貝殻を拾おう。フォスにあげるんだ」
「僕はヘスペリデスの綺麗な景色が好きでした。
それなのに毒が大地を侵蝕してしまった事が悲しくて……。毒の精霊種としてせめて少しでも直したいと思うのです」
ジョシュアは小さく呟いた。覇竜の植生を調べてある程度は持ってきた。生き残っている植物を探して栄養剤を与えて恵みの時を待つ。
自浄作用があれば、それで土地は美しく保つことが出来るだろうか。
(……残り滓くらいなら僕でもなんとかできるかもしれません。
いつかベルゼー様のお墓からも花いっぱいの景色が見られるように……そして生命の息吹溢れる場所になりますように……)
屹度、そう臨んでいるはずだとジョシュアは膝を付いてから見守って居た。
「ベルゼーさんのお墓…作るならみーおも手伝いますにゃ!
石や瓦礫をどけて、土を整えて……歩きやすいように墓までの道も作りますにゃ。人間基準で作ると竜種さん達には小さいかもですにゃけど……」
「あ、そうよね。竜の皆にもあわせなきゃっ!」
みーおに琉珂ははっとしたように「どうしましょう」と問うた。そんな琉珂に「がんばりますにゃ」とみーおは頷く。
果実の種なども場所が決まれば植えれば良い。墓の周りには花を沢山植えて、美しさを保ってやりたいとも願った。
「あと、みーおが作ったパンを持ってきたから、ベルゼーさんのお墓の前にお供えしますにゃ」
「オジサマなら一瞬ね」
琉珂が楽しげに笑う。みーおも「きっとぺろりですにゃ」と頷いた。
「混沌に天国があるかはわからないし、ベルゼーさんがそこへ行けてるかはわからないけど。
のんびり過ごしてパンとかも美味しく食べられるといいのですにゃ……」
その為に、美しく、見渡せる場所を選ぼう。彼に似合う一番に良い場所を。
「ようし。とりあえず、琉珂嬢の手伝いっスね。
びゃーっと一っ飛びして、墓を作るのによさげの高台を見繕ってくるっス」
「有り難う! 気をつけてね」
手を振る琉珂にライオリットは頷いた。穴掘りから資材運びまで、何だって手伝えると胸を張ったライオリットは折角ならば手作りのお菓子はと提案して琉珂が微笑んでいることに気付いた。
「せっかく料理も勉強したことっスし……」
「でも、動くかも」
「……もう少し勉強が必要っスね」
ついでに空からホドでも探してみようかと考えた。クワルバルツの姿も遠巻きに見える。
思えばクワルバルツやエチェディが居ない所ではホドの姿は見ていない。まともに取り合ってはくれないだろうが、根気が大事かと雄大な空から大地を見ろ推して。
「お墓を建てるのなら、弔いも必要でしょう?村の冠婚葬祭をすべてしきっているから、慣れているわ」
アルフィオーネは地理に関する知識や飛行能力を用いた上空からの探索を行って居た。フリアノンは巨大な竜の骨だ。
其方を向くように配置したいと願うアルフィオーネに琉珂は「それがいいわね」と頷いた。出来れば、高台から見下ろせる場所が良い。
それは彼が何時だって見守ってくれるように、という意味だ。アルフィオーネはプラーナ村の風習であるトカゲの丸焼きを墓前に供える準備を行ないながらふと琉珂に声を掛けた。
「わたしも……覇竜領域を普通に人が暮らせる領域(クニ)にしたいのよ。
子供たちが、太陽と果てしない空の下、何を憂うことも、何を恐れることもなく、最高の笑顔で走り回れるようなね」
ゆっくりと振り返ったルカはシルフォイデアの姿をその両眼に映してから「こんにちは」と笑った。
「こんにちは」
琉珂の手伝いを行なうと、シルフォイデアは申し出た。まだ、自身が前を向けている自信は無い。それでも――
「お手伝いをさせてください。きっと、わたしにとっても必要な事だと思うのです」
呟きながらヘスペリデスを見て回る。義姉の葬儀も、墓も、全てあの鮮やかな海を臨むけれど。
彼女は此処で、その命を終えたのだ。ぎゅう、と唇を噛み締める。
「本当に、自分勝手で、こうと決めたら意地でも曲げないで、置いていかれる側の気持ちなんて、これっぽっちも考えないで……。
本当に酷いけれど、それでも、未来を見ていた……。
優しい人だったけれど、それでも、わたしにも停滞することだけは許さないであろう人。
だけど、今この時だけは、冠位暴食(ベルゼー)が、貴女が愛した全てが過去(うしろ)にあるから」
きっと、進まなくちゃならないのだ、今、この時にも。
●
「お墓ですか、なるほど。
私は美しいだけでなく仕事のできる隙の無い亜竜種でございますので、空から良い立地を探せるようワイバーンを連れてきましたよぉ。
里長様、ファビュラスでマーベラスなお墓にいたしましょうねぇ」
「ファビュラスでマーベラスにするわね!」
ヴィルメイズに眸を煌めかせた琉珂は「ファビュラスって何かしら」とぽつりと呟いた。そんな彼女へとウテナは「凄いって事じゃないですかね!?」と笑いかける。
「それにしても……ベルゼーさん、行っちゃいましたか。
……よし! うちは元気が取り柄のハーモニアなので!! 悲しいのは無しで!!!
琉珂さん!! お墓つくるのお手伝いしますよ!! いやお手伝いじゃないですね!!! うちも一緒にやります!!!!」
「やったあ、有り難う、ウテナさん!」
「よし! 張り切っちゃいましょう! 見晴らしがいい場所を……飛んで探しましょう! 一番いい方です!!」
ヴィルメイズが連れて来たワイバーンにロスカが「くああ」と挨拶をした。可愛らしいロスカには琉珂も「こんにちは、ロスカ」と笑みを浮かべる。
「ほらほら、琉珂さんも乗って! 一番見晴らしが良くて……琉珂さんがどこから来てもすぐに見つけられる場所、探しましょう!!」
過去は抱き締めるもの。未来は過去を全部抱えて進むこと。
楽しげに笑う琉珂を見れば、ウテナはほっとする。悲しむ顔よりも、微笑む顔が見たい。
父を喪った悲しみはウテナにはわからない。これから誰かの胸で泣くのかも、泣くことが出来ずに戸惑うのかも分からない。
(――けど、それはうちじゃない。琉珂さんには他にもお友達が沢山いますからね!
でもでも、やっぱり最後は笑顔で送りたいじゃないですか!!
それに、うちベルゼーさんに琉珂さんを任されちゃったので!!
うちは琉珂さんを笑顔にするのに全力を尽くしますよ!! 頑張れうち!!)
やる気を溢れさせるウテナに気付いてからヴィルメイズは「こちらですよ~~~!」と手を振った。
「どこもかしこもかなりめちゃくちゃではあるけれど、無事なところもあってよかった。
今となっては、ベルゼーさんが遺してくれたものの1つ……ではあるものね。この土地も」
アレクシアは地を踏み締めてから息を吐いた。見晴らしが良い場所だと皆で探したその場所はピュニシオンの森の向こうにフリアノンが見えている。
「ここならいいね。いつまでも、見守っていられるように」
「ええ、そうね」
きょろきょろと周囲を見回した琉珂の背後でリアはロウに「荒っぽくしてしてごめんなさいね」と謝ってから、追掛けるように走り寄る。
シキが「リア」と呼ぶ声にリアはほっと胸を撫で下ろした。
「とびっきり見晴らしが良い場所が見つかったんだよ」
「似合いの場所だな。全部終ったらレジャーシートを敷いてから食事にしよう」
クロバは準備をしようかと墓作りの準備を続けていく。
散歩を兼ねてベルゼーの愛した此の土地を見回っていた紫琳に琉珂は頷いた。
「ベルゼー様の愛した此の土地を知りたいと思いました。ここを以前のように、いえそれ以上に美しい場所にしていきたい、そのためにも。
それに……ルゼー様のお墓にお参りしたい、という方も里に大勢いらっしゃるでしょう。
参道の整備ということも考えていきたいですが……森を超える必要があるのがネックですね……。
森に生きる者たちの事も考えてあまり手を加えたくはありませんし……難しいです」
呟く紫琳に「それも、考えていきましょうね」と琉珂は微笑んだ。「ずーりん、こっち」と呼び掛ける声に紫琳が顔を上げれば鈴花が手を振っている。
「ほら、リュカ、手」
鈴花は琉珂の手にそっと『あの時』ベルゼーから受け取ったものを差し出した。
「ほんとはその体全部、って願いたかったけど――もしアタシ達が死んだらリュカは許してくれなそうだし」
「へっへーん、頑張ってとって来たんだから大事に埋めよ!
無茶して朱華怒ってそうだしりんりんの後ろに隠れとこ。死ぬつもりなんてぜーんぜんなかったけどね! まだまだ皆といたいし!」
鈴花の背中に隠れているユウェルをじろりと見遣った朱華は「もう」と唇を尖らせる。
「朱華一人じゃリュカは手に余るものね、ねー朱華?」
「ええ、この子を私一人で……紫琳もだけど、止めておくなんて流石に無理よ。
それと、無茶をするんだったら今度は私にも声を掛けなさい。いいわね?」
はあいとユウェルが揶揄うように笑えば、鈴花も「分かったわよ」と笑みを零す。
紫琳は琉珂と顔を見合わせた。拗ねたような琉珂が可笑しくて紫琳は「琉珂様、負けましたね」と囁いた。
「聞いて欲しいことがあるの。私にもね、やりたい事が出来たの。
一つはフォス達……志遠の一族がもう必要にならない様に、彼らのような存在を受け入れる新たな受け皿を作る事。
それと、これはベルゼーの願いでもあるわね。人と竜とが手を携える、そんな未来を、いつの日か作ってみせるわ」
今まで剣を振り回していたばかり居たけれど、ただの『朱華』じゃ居られないと朱華は拳を固めて。
「……それに、約束したから。これからもずっとお墓に料理を供えるし、このフリアノンを護り抜くって。
だからその為には、生きてないと。生きて、おばーちゃんになっても皆で談話室でお茶するの。
あー、子供の代までって言ったし顔のいい旦那も見つけないとだわ」
「わたしもオジサマにもう大丈夫って言っちゃったし嘘にしちゃだめだよね。
オジサマの好きだったこの覇竜をもっといいところにしたいんだ。
わたしたちの子どももその子どももみんなみーんなここが好きでいられるように」
ずーりんも来て、と琉珂はその手を引いた。
「あ」と呟いてから鈴花とユウェル、朱華の元へと連れて行く琉珂は笑う。
(……ベルゼー様。私たちを愛してくださった私たちの『おじさま』。私たちが守っていきます。琉珂様を。フリアノンの里を。覇竜領域を。
――そして貴方に託された、未来を。
琉珂様も私も、きっとまだ悩んで、躓いてしまう事も沢山あると思います。
ですので見守っていてください。貴方が愛した、貴方を愛したこの場所から。未来を作っていく琉珂様と、私たちのことを)
願うように、そう言葉を重ねた。
鈴花が笑う。差し出された指先を重ねて行く。
「だから、ずっと一緒よ、はい指! 約束! 指切った!」
「おばーちゃんになってもここに来ようね! お婿さんは……まだよくわかんないや」
お婿さんと呟いてから琉珂は「鈴花、誰、誰!? 誰なの!?」と燥ぎ始めた。ああ、それでこそ『いつも』の光景だから。
「……お墓というものは『亡くなられた方が、この世に居たことを証明するもの』だと思うのですよ。
これからベルゼー様のことを知らない世代が増えたとしても、こうしてお墓があれば後世にも伝えられますから。
なので朽ちてしまわないよう、これから皆で定期的にお墓参りしていきましょうねぇ〜。
戒名は覇竜院美食日父大居士……あっそういうのは無しの方向なんですね、失礼いたしました〜」
「凄い賢そう……」
呟いた琉珂にヴィルメイズは「そうですかね?」と笑った。ウテナは「覇竜院!」と揶揄い声を重ねる。
「さ、食事にしようか。盛大に食べてくれ。
色んな世界、色んな作法があるとは思うけど。
やっぱり青空の下、愛する者たちが過ごす姿を見せるなら。悲しむよりも笑顔で在る姿を見せた方がいい」
クロバがレジャーシートを敷けば「わあい」とシキが手を上げて笑う。琉珂は「おにぎりくださいな」と楽しげに近寄って遣ってきた。
シキはくるりと振り向いてから墓石として設置した岩の前に膝を付く。
「覇竜にきて、ベルゼーの物語を知って、わたしは少しだけ愛ってやつを理解した気がしたの……だから、めいっぱいの祈りと感謝を君に贈りたい。
ありがとう、ベルゼー。いつか発展途上のこの心を私なりの愛で満たして、あの世に会いに行くから。そのときは一緒に晩餐をしようよ」
まだ、きっと、この心は進む『前』なのだと知っている。
愛を忘れなかった璃煙も、偉大な父であったベルゼーも、大空のように広大だったメテオスラークも、眩く鮮烈に咲き誇った百合子も。
リアは聞いていた。数多の旋律を束ね幻奏を天へと放つ。その旋律(ねがい)は永久に紡がれるはずだ。
(あたしは、そう――願いの精霊、玲瓏公ベアトリクスの子として、語り継いでいきましょう。
恐ろしい領域だと思っていた覇竜は、愛に満ちた場所だった。
人も竜も、他者を慈しみ、愛する事が出来る……あたし達はきっと共に生きていけるわ。
だから、あたし達は進みましょう。彼らの託してくれた、願いの先へ)
目を伏せたリアに「リアー」と呼ぶシキの声が響いた。
「人も竜も隔てなく。一緒に食べればご飯はおいしい。そうでしょ、ベルゼー」
だから、いただきますとシキは満面の笑みを浮かべて。
「大輪の花がこの地に芽吹くのは何時かでも、大切な人を想う時間と美味い飯を食べてる時間は心を満たすのさ。
だから貴方にこの景色を捧げたい。――アンタの愛した地と子たちは、今こうして煌々と咲き誇ってるとな」
ああ、これは独白だ。クロバはゆっくりと振り返る。
父親が嫌いだった青年は、父なんて碌でもない存在だと認識していた。子を蔑ろにする父を許せやしなかった。
今でこそ和解は出来てなくても、父という存在は偉大だった。
父祖、オジサマ。そう肩書きで呼ばれた彼は紛うことなくこの地に棲まう者の父親だったのだろう。
(冠位は敵だが、貴方の想いは決して忘れ得ぬものだ。――安らかに。どうか、あちらでは良い食事を)
『冬月 黒葉』は独り言ちてから琉珂に「喉を詰めるなよ」と揶揄い笑った。
●
これで覇竜の地の戦いも終った。悪意に晒されながらも、それでも乗り越えて進むのだ。
(――嗚呼。だからこそ私も…これから、先へ行かねば。
悪意を以ってでも皆を守りたいと思うのですから……魔女は魔女らしく。この道への一歩を進めましょう)
祝勝会をふらりと飛び出してヘスペリデスまでやってきたが、人の気配は多くあった。
琉珂の作った墓に訪れてから、マリエッタは祈りを捧げる。
(……私は奪う者ですから……ね。安らかに眠れるように……貴方の命と血を奪ったことを忘れぬように。
……どんな手を使っても、皆さんが平穏な世界でいられるように――私は進むと改めて決意する為にも)
それは静かな誓いのような言葉であったのだろう。
一人で箒に乗って俯瞰してみていたセレナは「ひどい」と呟いた。大地は崩れ、建造物も見る影もない。
それでも、この地を花で見たそうとする者達が居る。この地にベルゼーの墓を作るらしい。
(……これが、ベルゼーの)
出来上がった墓の前に立ってからセレナはゆっくりと目を伏せた。
(冠位魔種として生まれたあなた。そうでなければと願った人がどれだけ居たかしら。わたしの姉妹も、ずっと……そう願っていたひとりだから。
あなたは多くを愛し、多くに愛されていたように思う。
はっきりと言葉を交わす機会は無かったけど、それは伝わっていた……きっと、わたし達のことも見ててくれた事も)
これからの縁を大切にしていきたい。
どうか――どうか、あなたが幸福な、満たされる夢に眠れますように。
(冠位魔種、七罪……。
確かにベルゼーは『危険な存在』だったけど、それ以上にたくさんの竜種のひと達の……パパみたいな存在だったんじゃないかって僕は思うのにゃ。
琉珂にとっても大切なひとだったし、今も大切なはずにゃ)
ちぐさは出来上がった墓の周辺を見回してから、大切にされているのだと直に感じ取る。
(ベルゼー、僕は…ベルゼーには琉珂たちの傍に居続けてほしかったけど、きっとそれは難しいことだったんだよね……。
琉珂も、覇竜領域も竜種のひとたちも。
これから色々大変だと思うけど…でも、僕だけじゃなく、たくさんのイレギュラーズがいっぱい協力してくれるにゃ。
だから……安心して、おやすみなさいにゃ……)
これが最善であったと、願わねばならない。そう、感じなくてはならない。そうじゃなくては救われない。
真・竜殺しを備えたゲオルグはゆっくりと膝を付いた。
「このヘスペリデスで発見された植物から生まれたもの。ベルゼー、お前がいなければ生まれることのなかったものだ」
「ありがとう、ゲオルグさん」
にこりと微笑んだ琉珂にゲオルグは首を振る。
「琉珂、たとえ血の繋がりがなくても、たとえ冠位魔種だったのだとしても、ベルゼーがお前に注いだ愛に偽りはない。
父親との別れが悲しいのは当然のことだ。だから、泣きたい時は泣いていい。それを咎める者なんていないのだから。
私達はこれからも未来に向かって進んでいく……その中で背負ったり抱えたりするものはきっと色々あるだろう」
琉珂は目を見開いた。涙を流すことは『里長』として、行けないことのように思えていたのに。
「だが、何もかも背負ったままではいつか押し潰されて、前に進めなくなってしまうから。
吐き出せるものは今のうちに吐き出して。背負っていくものを整理するのだ」
手向けの唄を歌おうと、祈りを込めて歌うゲオルグの声を聞きながらЯ・E・Dは「琉珂」と呼んだ。
「ジャバーウォックや白堊も、近くに埋葬しても良い?」
「うん、勿論よ」
お参りがしやすいようにとフリアノンにはベルゼーの手にしていたカトラリーセットを持ち帰ると琉珂はそう言った。
Я・E・Dは琉珂が咎めることのなかった埋葬を行ないながらぽつりと呟く。
「ごめんね。嫌な気分になる人もいるかもしれないけど、わたしはせめて近くに埋めてあげたかったんだ」
「……うん」
「それから、食事も、持ってきたんだ。全然足りないかもしれないけど……また持ってくるね」
優しく声を掛けながらЯ・E・Dは考えてしまうのだ。もし『別の未来があったなら』?
ベルゼーもジャバーウォック達も生き残れて、祝勝会で笑っていっしょに食事を楽しんでいるような未来だ。
ジャバーウォックが人の姿になったならばどのような顔をして居たのだろう。そんな冗談を言い合うことは――
「この結果に後悔はしたく無いけれど。今だけは、ちょっと泣かせて欲しいかなぁ……」
俯いたその背中に、琉珂は声を掛けることなく唇を鎖していた。
「なぁ琉珂、墓の周辺に花の種を植えてもいいか?」
ファニーは自身の知識でしっかりと育つことを確かめたのだと琉珂へと告げる。「勿論」と頷いた琉珂は一度瞬いてから笑みを作った。
「それはなに?」
「名前はスイカズラ。花言葉は――――『愛の絆』
ベルゼーはこの地を愛していた。そして琉珂を愛していた。それは絶対だ……それに、愛がなければ、自ら身を差し出すやつなんていないさ」
琉珂が目を見開く。鮮やかな緑色の瞳が、僅かに潤む。
「なぁ琉珂、語り継いでくれよ。ベルゼーは優しくてちょっと食いしん坊で素敵なオジサマだった、ってな」
「ふふ、勿論よ」
ファニーは柔らかに頷いた。その背にヴィルメイズは囁く。
「さあ、それでは、祈りを兼ねて鎮魂の舞でも一つ踊りましょうか。……もしもこの世に輪廻というものがあるのならば。
いつの日かベルゼー様が、この世に帰ってくるかもしれません。冠位魔種……世界を滅ぼす存在ではない、真っ新な命として。
我々が世界を『破滅』から遠ざけることができたのなら、遠い未来に出会えるかもしれませんね。
ですので、里長様もぜひともあと千年くらい長生きされてみてはいかがでしょうか〜」
「い、生きれるかしら?」
「どうでしょう?」
揶揄うヴィルメイズに「ファビュラスなおばあちゃんになるわ」と琉珂はやる気を溢れさせる。
「出来たね」とユウェルがそう言った。
「そうね」と鈴花が笑う。傍で朱華は「家で娘も卒業かしら」と呟いた。
「ありがとう」と笑った琉珂に「いいえ」と首を振った紫琳は朗らかだ。
そんな様子を眺めてからアレクシアは囁いた。
「……余計なお世話かもしれないけどさ、辛い気持ちがあったらさ、今のうちに全部吐き出しちゃった方がいいよ。
きっと……これから先はそういう時間もなかなかないかもしれないしさ。
……ベルゼーさんも今ならまだ受け止めてくれそうな気もするし、甘えたっていいんだよ」
アレクシアの言葉に琉珂の体が揺らいだ。びくり、と肩が揺れたのは屹度、気のせいではない。
「琉珂君、しばらくずっと張り詰めてて、弱音だって吐いたりできなかったと思うからさ。
未来はいつだって明るく笑って向かいたいものだけど、そのためには偶には涙を流すことだって必要だと思う。
まあ、あんまり私が言えたことじゃあないかもしれないけどね!」
「アレクシアさん……」
「余計なおせっかいだったら忘れてね! でも、あんまり気を張ってほしくないのはホント!
ベルゼーさんの愛したものを遺すためにも、破滅なんてバーンとやっつけちゃいましょう!」
にんまりと笑ったアレクシアの手をぎゅっと握ってから「10秒だけね」と琉珂は言う。
俯いた彼女の傍でアレクシアは『10秒だけ』佇んだ。ゆっくりと顔を上げた琉珂が有り難うと笑い、走り出す。
「あ、鈴花、連れて来たの?」
彼女の傍には父が居る。見遣ればユウェルの義母に朱華の母の姿もあった。
「ええ。ほら、今日はアタシがママの代わりに手貸してあげるわ。
全く、伝言を娘に託すなんてスットコドッコイの意気地なしなんだから……自分の口で言いたいことは言いなさいよね」
黙り込んだ花明は――『ベルゼーと共に冒険をした』一人の男は俯いていた。
「……ねぇ、あ~~~もう『パパ』!
パパが、リュカの両親と、オジサマと友達だったように、アタシとリュカと、ゆえと、朱華と、あとずーりんも友達で。
これからもずっと、里を護っていくし、世界一最高で最強の場所にするわ。だから、その……家の事とか、これから教えてよね!」
「……ああ、そうしよう。
ずっと、ずっと挨拶が出来ずにいて、済まない。里おじさま。私の子も、珠珀と琉維の子供も、大きくなりましたね」
花明は静かに語る。
いつかの日、離すことが出来なかった思い出を。
「男って面倒さね」
からからと笑った仙月の傍でユウェルは「おかーさんは長生きしてるみたいだしわたしたちよりオジサマのことをしってたのかな」と問うた。
「勿論。気になるかい?」
「そりゃあ……。あ、今まであんまり昔の話とか聞いてこなかったけど色々知っておかなくちゃだめだよね。
うん、わたしも決めたの。おかさーんの跡を継いでアンぺロスの里長になる。大切な名前も継ぐよ。
――それで琉珂のお手伝いをするの。大好きな皆と一緒にね!」
ユウェルがにんまりと笑う様子を眺めてから朱華は「ああ、もう」と呟いた。穏やかながらも苛烈な『鮮焔花』が此方を見ている。
「……って事だから、母様。これからもイレギュラーズとして里の外に顔を出していくけど、私にも家の事とか、色んな事を教えてもらえると助かるわ。
やりたい事もそうだけど、琉珂や皆の事……これからも支えていってあげたいから。……駄目かしら?」
「強くなったわね、朱華ちゃん。紅花ちゃんと一緒に煉を支えて頂戴ね」
『煉・朱華』ははあと大きく息を吐いてから頬を抑えた。
「それにしても……あー、顔が熱いっ! これも必要な事だったんでしょうけど、こういうのって本当に恥ずかしいわねっ!」
「えへへ、皆顔真っ赤~。皆で頑張ればここももっといい場所にできる。だからオジサマはそれをここで見ててね!」
ユウェルににんまりと微笑んでから琉珂は『ベルゼー』とフリアノンへと向き合った。
――そうだ、きっと。
ここからが、『私』の第一歩。
だから、言いたい言葉は決まっていた。
「オジサマ、聞いていてね。
私は珱・琉珂。フリアノンの里長にして、フリアノンと……そして、皆と共に未来を紡ぐものよ!」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
有り難うございました。
『覇竜編』と呼ばれたメインストーリーは練達の襲撃を経て、深緑にも姿を見せ、そして覇竜領域での戦いまで。
長く皆さんとご一緒させていただきました。此れで、一つの物語は幕を閉じますが、亜竜種やフリアノンにとってはこれからです。
その第一歩を、皆さんと進めたことに感謝を。
GMコメント
夏あかねです。覇竜領域に平和が訪れました。この未来を語り合えるのは皆さんのおかげです。
ベルゼー・グラトニオスは『冠位魔種』です。その姿は掻き消えてしまいました。
これから、亜竜種達はまた未来を向くのでしょう。
●同行者について
プレイング一行目に【グループタグ】もしくは【名前(ID)】をご明記ください。
●同行NPC
シナリオ指定のNPC(サポートNPC)に対してのプレイングは自由にお掛けください。
また、指定されていないNPCにつきましてはシナリオ推薦等をご利用頂けますと幸いです。
※琉珂につきましては【1】も【2】も何方にでも顔を出します。
時系列的には【1】のパーティーでお顔を見せたあとに【2】へと向かう予定です。
行動場所
以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。
【1】亜竜集落フリアノンでの祝勝会
無事を祝っての祝勝会を行なってくれます。
里の人々の心境は、様々な者ですが里長代行からは「それでも危険に挑んでくれた英雄殿を湛えたい」とのコメントがあります。
料理はある意味見慣れないものが多くあるでしょう。果物やモンスターの肉、香辛料は隣国ラサから入ってくるため、比較的辛めの料理が多いようです。覇竜らしく「食用ワイバーンスープ」なんかもあります。
お料理は皆さんが持ってきて下さっても構いません。関係者さんなどにレクチャーして上げても良いかも知れませんね。
他集落からも人々が集まってきています。皆が一同に介する場所、フリアノンです。
【2】ヘスペリデス(崩壊)
崩壊してしまっていますが、落ち着きを取り戻したヘスペリデスです。
大地は抉れ、少なからず存在して居た建築物も崩れさっていますが、それでも面影はあります。
琉珂はこの地に『オジサマ』のお墓が作りたいと告げて居ます。一番に見晴らしが良い場所を探しているようです。
【3】その他
何処か行きたいところがあればご指定下さい。
ただし、ご要望にお応え致しかねる場合もございます。
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