シナリオ詳細
<青海のバッカニア>カルナヴァル・マール
オープニング
●
黄昏時。沈み往く黄金の夕日は、湿気に富んだ海風に鮮やかな茜色を乗せ。
海洋王国が首都リッツバーグは熱狂に沸いている。
「――王国大号令記念祭の開催を、ここに宣言いたしますわ」
敬礼と共に。
凜々しくもどこか優美な所作で、『アプサラス』トルタ・デ・アセイテ提督はようやく本日の職務から解放された。
去り際の喝采には、黄色い声も数多く混ざっている。
海賊上がりの女提督として知られるトルタは、典型的な海洋民の夢を実現させた人物として畏敬を集めていた。
航海術に指揮能力。胆力と腕っ節に気前。どこか浮世離れした優雅さを漂わせ、おまけに美貌で独身の金持ちと来たものだ。
ファンの多くは女性であるようで、いくらか艶やかな噂もある。そんな所も含めて不思議な魅力となっているのかもしれないが――
さて。海洋王国大号令とは、遙か外洋を制覇する為『絶望の青』に挑まんとする宣言である。
国力脆弱な海洋王国は、古くから外圧に悩まされており、『航海技術』『海軍力』で独立を保ってきたものの、王国民も為政者も現状に対して常に不満を抱えて過ごしてきた。
そんな彼等にとって新天地(ネオフロンティア)を求めることは、目標であり、挑戦であり、悲願という訳だ。
斯様な号令が二十二年ぶりに発布され、かのイレギュラーズを迎えるとなれば、人々の期待は爆発的に膨らもうというもの。
国家は近海の大掃討を計画し、海軍はイレギュラーズと共に演習を立案し、私掠許可証さえ振る舞ったのである。
そんな状況で海洋王国の民達が真っ先に必要としたのは、イレギュラーズを迎えての盛大な祭りであった。
昼は演習、近海掃討。一仕事終えればお祭り騒ぎと、誰も彼もが大忙しだ。
夜にはパレードも始まるらしい。近海を脱すればしばらく丘は拝めない。なればこそ今のうちの楽しみという所もあるのだろう。
幕の裏側。トルタはちらりと自身の旗艦へ視線を送る。
「どうしてわたしが、このような役回りであるのやら」
侍女に発したつもりであったが。
「そう卑下する物でもなかろう。捗っておるようで何よりだ」
どうやら予定外の来客に聞かれてしまったらしい。
「これはアドラー殿、ご無沙汰しております。お陰様をもちまして。けれど……お恥ずかしいところをお見せしましたわ」
「いや結構。お気になされるな」
表情筋を厳めしく結んだまま、隻眼の老紳士はトルタでなく海の方を睨んだ。
名は『黒き鷲の支配者』アドラー・ディルク・アストラルノヴァ。代々の軍人貴族であり、今は現役を退いて久しい男だ。
後進の育成に熱心で、またイレギュラーズに並々ならぬ興味――そこに私情こそ混ざれど――を抱いているらしい。
引き連れた数名の家臣達の中で、異彩を放つのは黒髪の人物だ。名を『星守の白蛇』伏見 桐志朗と云う。すらりとした長身で、男装の美女と見まごう程の容姿だが、歴とした男性だ。
視線は読めないが、全く隙がない。背負う大太刀は間違いなく業物であり、当人も相当な使い手であろう。
先に言葉を発したのはトルタであった。
「大海賊、よりにもよって『ブラックホーク』を僭称する不逞の輩は、かのローレットが破竹の勢いで追い詰めている様子。なればお心も幾ばくかお晴れでしょうか」
「異な事を」
「期待されておいでですのね」
「貴殿は違うとでも?」
「まさか!」
さて頃合いか。お互い丘での社交を好む気質でもない。
どちらともなく別れを切り出し、女提督と老紳士は別の道を歩き出す。
●
――きらきらとした光が夜空に昇り、色とりどりに咲き乱れる。
続くのは腹の底まで響く振動。
花火が上がり始めたようだ。
港の大桟橋には大小様々な船が停泊、繋留されている。
向こう側には遠く水平線の方まで、船舶が点々と浮かんでいた。
中には先ほど祝砲を撃った戦列艦隊アルマデウスの威容も見える。
酒や食材を抱えて小舟に乗り込む者。飛んでいく者、いっそ泳いでしまう者。
どの船も今頃、甲板では宴会が開かれているに違いない。
こちらの艦では、なぜだかカレーライスが作られ、港の出店で振る舞われているようだ。
カレー皿を持つのは巫女装束のような衣装にケープを羽織った妙齢の美しい女性だ。
網代笠から覗くのは美しい銀髪と赤色の瞳。手には赤い杖。小麦色の瑞々しい肌と胸元の豊かな膨らみが道行く人々の視線を浚っている。
そんな彼女は、けれど大いに眉を怒らせていた。
「ああん? なんだぁこのカレーは。なあんも入ってねーじゃあねえか!」
「なんでい嬢ちゃん、ウチのシーフード軍艦カレーにケチつけんのか!」
「ふざけんじゃねえぞ!」
「お、おい待て。この御方はメリルナ……」
「えっ」
「俺が誰だろうが関係ねーだろうがよ、ああん?」
「す、すんませんでした!」
「アコギな商売やってんじゃねえぞ。今すぐ具材もってこいや」
「へい!!」
通りの向こうでも、様々な出店が並んでいる。
ジャークチキン、フィッシュアンドチップス。アイスクリーム。他にはやきそばにからあげ、たこ焼きなどという物もあるようだ。
食べ物だけではない。色とりどりのアクセサリもあれば、あやしい土産物や、珍しい舶来品を扱う店もある。
そんな雑踏の中で、美しい女性【ク・リトル・リトルマーメイド】アリアが様々な雑貨を品定めしていた。
とある島に住み、海底の遺跡を守る一族の一人だ。
真珠のように煌めく桃色の美しい髪が潮風になびくたび、鮮やかな水色を映している。ほのかに幼さを残す可愛らしい女性だ。
手を止めた彼女の、喧噪を眺める微かな憂いを帯びている。
「悪いことが起きねば良いのですが」
微かな胸騒ぎをなで下ろし、歩き出したアリアは――唐突にパタっとずっコケた。
こうして。
リッツバーグの喧噪は次々に打ち上がる花火と共に、賑やかさを増して行くのだった。
さて。イレギュラーズはどうするか。
- <青海のバッカニア>カルナヴァル・マール完了
- GM名pipi
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2019年12月01日 22時30分
- 参加人数76/100人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 76 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(76人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●Twilight Lacuna I
海洋王国が王都リッツバーグから望む湾に、沈み往く太陽が煌めきを溢している。
んっと伸びをした文の頬を、黄金色の心地よい潮風が撫でた。
この季節この時間に見られる、波に揺蕩う光の帯――詩人アキュリンはクラウディアのネックレスと詠った――が飾る海洋王都リッツバーグの街並みは、今日も豊かな色彩を纏っている。
なんでも市場の出店には珍しい舶来品が並んでいるとかで、文は営むアルトバ文具店のため、文具や画材を探そうと店先を眺めていた。
海洋の文化には不思議と文の故郷(異世界日本)に似た文化が見られることがあり、そうしたものを見かけるとどこかほっとした印象を受ける。
「いらっしゃい」
通りを少し歩いた先。ここは顔料を取り扱っている店か。イカ墨かタコの墨か。これも探していたものだ。
よく分からない生き物の体液が何かと思案していると。
「海藻から採った顔料ですよ」
なるほど。
「すいません、少しずつ頂けますか?」
「お兄さんイレギュラーズさんじゃない? オマケしとくわね」
気付けば文具の仕入れに来たはずが、顔料や絵の具の素材ばかり買い込んでしまった。
おっと。向こうで誰か転んだような。
文が手助けしようと――あれなら大丈夫そうだ。
「アリアちゃん、大丈夫?」
「大丈夫と言いたいのですが……」
まずは消毒、それから絆創膏と。盛大に転んだ友人を偶然見かけた焔は手際よく応急手当を終えた。
「これでよし!」
「ありがとうございます」
「今日はお祭りに遊びに来た……んじゃなさそうだね」
「買い出しで――あの時と同じですね」
二人はくすりと笑い合って。とは言え既にかなりの荷物がある。
「こんにちは。焔さんと……よかったらお手伝いしましょうか?」
そこに現れたのはサクラだ。
「ローレットのサクラちゃんだよ」
三人は手短な挨拶を終え、海洋が初めてだというサクラの案内がてら、アリアの買い物を手伝う事にした。
「それにしてもすごい活気だよね」
「すごい賑わいだね」
ついに台車を借りた三人が歩く通りは、人と物で満ちあふれていた。
「ボクはこの世界に来て2年くらいだからよくわからないけど。
海洋王国大号令が発布されるのってそんなに凄い事なんだね」
ローレットにも大量の依頼が舞い込んでいる。
「生まれる二年前のことですから、私も経験するのは初めてですね」
「やっぱり海洋民としては念願の・・・って感じなのかな?」
「そうですね……」
応えたアリアの微笑みは、けれどどこか儚げに。
「あっ、アリアちゃんも何か困った事があったら絶対に駆け付けるから!」
でも焔は、出来れば泳がなくても大丈夫なお仕事だと助かると加えて。それと。
「……また今度、泳ぎの練習付き合ってね?」
「はい、もちろんです」
人盛りの出店を巡る二人。
いろいろな食べ物や珍しい品があると聞き、卵丸はフィーゼを誘ったのである。
もちろんフィーゼにも、折角のお誘いを断る理由なんてなかった。
「見て見てフィーゼ、いろんな品物があるよ」
卵丸が瞳を輝かせたのは大海賊ドレイクの羅針盤という品物で。
くすりと微笑むフィーゼの視線が示したのは、小さく書かれた特別限定生産品の文字。
「べっ、別に珍しくなんかないんだからなっ」
祭りと云えばやはり食べ物も欠かせない。
目一杯に串焼きを頬張った卵丸の頬についた食べ物をとってあげると、みるみる頬が紅くなる。
(やっぱり年頃の男の子よねぇ)
見ていて楽しいものだ。後はお留守番をしている旦那様にお土産を買わなければ――
「折角だから今日の記念に……」
その手にはターコイズを戴く銀細工のアクセサリ。
「フィーゼに良く似合うと思うんだぞ」
「ありがとう卵丸」
こちらの世界で出来た友人からの贈り物は大切にしたいから。
「でも――海賊王を目指すのなら少しは女の子の扱いに慣れた方が良いわよ」
フィーゼはにっこりと微笑んだ。
雑踏の中で待ち合わせた二人は益荒男と手弱女といった風情がある。
――栄龍と薫子は通りをゆっくりと歩き出した。
栄龍の手がウロウロとしてしまうのは、婚約者と言えど『嫌がられないだろうか』と考えての事。
薫子もまた、まだ少し恥ずかしいから。
「あの……人に流されてしまいそうなので……」
そっと袖を引いてついて行く。
いくらかお店をまわってたどり着いたのは、一軒の土産物屋アクアスーヴェニール。
目に留まったのは『お揃い』のマグカップだ。
栄龍は呼吸を整え、さながら初陣に赴く兵の面持ちで勇気を振り絞る。
「か、買ってもかまいませんか」
鳳圏に居た頃と違ってお茶以外のものも飲むことが多いから。
「栄龍さんのお部屋には湯呑はあってもマグカップはなかったですし、いいかも知れませんね。」
内心の喜びは秘密にして。
「ありがとうございます……」
初々しい二人は、そのカップを手に取った。
そんな土産物屋の前で立ち止まったErstineと雪之丞は、ラサでの仕事を一緒する事が多い友人同士だ。
ラサ以外で出会うのは初めてかもしれない。
「ええ、海洋はどんなものがあるのかしら……」
素敵な物と出会いたいと想い。
「エルスティーネ様は、海洋は初めてでしょうか」
「そうね、海洋は初めてなの……本当に水が広がってるのね……海って言うの?」
イレギュラーズは夏のフェスティバルに縁があるが、彼女がこの世界に召喚されたのは、その後の事だったから。
「会う機会も少ないので、この機に、色々お話しましょう」
仕事ばかりで互いに知らぬことも多い。
「ええ、ええ、沢山お話しましょ! 今からとても楽しみだわ!」
店内を歩くと、近くの島で作られた雑多な寄せ集めで。
「エルスティーネ様は、買うなら、どのようなものが好きでしょうか」
「どんなもの……そうねぇ……小物なんかあったら素敵だけれど」
「誰かへの土産物もいいですし、自分の記念に買うのもいいものです」
――思い出になりますから。
「お土産……お、お土産を選ぶのも悪くないかしら……ええ、ええ。
ちゃんと海洋へ行った事がわかるものだと……話が広がるかしら……なんて」
遠き夢の都へ思いを馳せ――誰へと問うのは野暮なもの。
店の奥にはガラス細工のオルゴールに、珊瑚のアクセサリに。こちらは真珠だろうか。
「ふふ、自分用には…アクセサリーとか良いかしら?」
「こちらの腕輪などは土産物に良さそうですし」
楽しい一時は緩やかに流れて――
●Twilight Lacuna II
屋台、出店。そういったお祭りの醍醐味はなんともワクワクするものだ。
(何が売ってるんだろ?)
洸汰は好奇心に高鳴る鼓動が導くままに、店先を回る。
「たこ焼きだよー!」
「練達の変身ベルトに興味はあるかい?」
「こいつは二世紀前の逸品でな」
どれもロマンをそそられる。
ふと、洸汰はトビンガルーのぴょんぴょんたろーは海洋から来たことを思い出す。
(なにか、喜ぶようなお土産でもあるかなー? ないかなー?)
早速探してみよう。
裁縫用に舶来品の布、そして掘り出し物の本。
質も値段も正に玉石混交といった所か。
財布との相談が厳しい物となることを予期した閠。
海洋には良くない思い出も多いと籠の鳥は翼を隠して。
体質柄、目で見て決めることが出来ないのは少々不便だが――
「これなんかどうだい! ラサの羅紗なんてな!」
しょうもない売り込みだが、なるほど質は良さそうだ。彼等のプレゼンに頼らせてもらおう。
店先の大きな壺からざくりとひとすくい。
数本の串焼きを抱えたスティアが可憐な顔をほころばせたのは、茶葉の量り売りであった。
紅茶にほうじ茶、青茶に白茶……こちらはフレーバードの緑茶らしい。
「これはどこのお茶?」
「幻想のブランドで、王都の本店から船で取り寄せております」
ひょっとしたら『幻想かー』なんて、顔に出たろうか。
珍しいお茶や変わったお茶の購入は最優先と決めている。だって普段の生活がちょっと変わるかもしれないから。
「こちらはライマール島の、少し変わったお茶でして。お煎れ致しましょうか?」
「お願いっ!」
こぽこぽと注がれたお茶からは、かすかな香辛料に彩られた瑞々しい果物の香りが漂った。
雛乃は大切なかか様にもらったお小遣いをぎゅっと握りしめた。
心配する家臣を横目に、一人でも大丈夫だと元気に家を出てきたのだ。
「いい匂い……」
夕暮れの街は美味しそうな香りに溢れていて、つい鼻先でくんくんと。
導かれるようにたどり着いたのは一軒の屋台。ちりちりと音を立てるお芋屋さんだ。
足を止め、美しい紫色の大きな瞳がきらきらと輝いた。
「あの、お芋さん……ひとつ下さい!」
「はいよ。熱いから気をつけてな」
お金を渡して、やけどしそうにあつあつホクホクのお芋をはふはふと頂く。
ほっこりした所で。
「追加で10個……ととさま、かかさま、あと……皆の分です!」
きっと家臣達も笑顔になる優しい言葉。後ろの方には誰も居ない――よね?
「へーっ、いろいろでてるんだ!」
小さなリリーは、何か買おうか考えて。
「そうだ、どーぶつのえさ!」
一緒に居るのはシャチの礼文、馬の茅、わんこ、蛇、鷹――さながら可愛らしいパレードのようで、道行く人々の視線は釘付けだ。
(……ってみんななにみてるんだろ、そんなにリリーがきになるのかな……?)
小首を傾げて「まあいっか」と、早速買い物に向かうのだ。
「おー、いつかの謎店!!」
狐面の店員がある謎の店に再び巡り会ったリナリナは、これまた謎魚のスタペコラの丸焼き串を十本。
「この店に度々来れる人、少ないんだよ」
ふ~んと聞き流して振り返ると、店がない。どこにもない。
どんな仕掛けか誰も知らないが、とにかくそんな不思議なお店なのだ。
けれど。
「んま~い!! やっぱり魚の丸焼き、スタペコラが一番!!」
今日は山盛りの魚串に幸せ一杯のリナリナなのであった。
「お祭りですか」
魔種が暗躍しているやもしれぬのに国を挙げての祭りなど、海洋国はどうかしている。
天義は日々魔種への対策に厳かなルールを敷いていると云うのに――などとメルトリリスは愛らしい頬を膨らませている。
相変わらずの弟子だとアラン。
「はわあっ! アラン!! あれあなぁに!?」
「ってかお前が一番楽しんでんじゃねぇか!!」
にぱっとした微笑みにアランはツッコミ一つ。
「船来品!? 海で取れたものということですか!?」
「いや、引っ張るな引っ張るな!?」
袖を引き引きころころと変わる表情に、かのヤクザ勇者がたじろいでいるというのか。
わっ、これすごい綺麗!! アラン、こ、これはなんですか!」
「ガキかお前は!? っつか俺に色々聞かれても全部は知らねーよ!」
ねえ――
海洋って楽しいねパパ!!
「……ぁ」
「……パパって、俺はオメェのパパじゃねェけど」
ご、ごめん、なさ……
や、やっちゃった……怒られる……
消え入りそうな声音の方へ視線を落とせば、メルトリリスはその表情から血の気が引いていて。
「……ったく、何顔青くしてんだよバカ野郎。しょうがねェ、今日ぐらいは父親代わりになってやる」
ぽんぽんと頭を軽く撫で。
「はわぁ……?」
煌めきを取り戻した瞳に紅潮する頬――大きな手をぎゅっと握って。
――多分嬉しいんだと思う。『まだ』私に、こんなココロがあったのね――
「ほら、さっさと歩けバカ娘! 何か欲しいもんがあったら言え!
上手いことおねだりすれば買ってやらんこともねーぞ!」
引かれて二人はもう一度歩き出す。
アランはひょっとしたら、次に『欲しいもの』という概念を教えてやらねばならないのだろう。
今日ぐらいは、パパなのだから。
●Twilight Lacuna III
茜色になった陽光が消え、空の青が深みを増してきた頃。
宛てのない散歩を楽しむのは潮だった。
「ポチや迷子にならないように気を付けるんじゃよ」
空中をすいすい泳ぐ鮫のポチに優しく語りかけながら。
まずは祭りを端から端まで歩いてみるつもりだ。何か面白いものが見つかるかもしれない。
「ポチも何か気になったものがあったらわしを呼びなさい」
ドンと胸を打つ花火の音。
「ほれ花火が瞬いているぞ」
これなら誰か連れてきてもよかったかもしれない。
幾重にも広がる色彩にヨゾラは瞳を輝かせ――いけない、いけない。
ついここへ来た理由を忘れかかっていた。目的はもちろん屋台と出店巡りだ。初めて見るから何があるか楽しみな所。
たとえばこんな――白金細工はさすがに高価過ぎるのだけれど。
そろそろ良い時間でもあり猫達への土産も考えると、まずは食べ物だろうか。
授かり物(興味への道しるべ)が示す先、道すがらの気ままな買い物がこの国の手助けに――ひいては新天地到達に役立つことを願って。
たどり着いたそこは、ちょっと珍しい『撒き餌禁止』の不思議な看板であった。
そこで海を囲った堀をのぞき込み竿を傾けるのは、これまた珍しく思えるヴァレーリヤの姿である。
「ふんふんふーん、もう釣れたかしら?」
「あー、まだまだ」
「まだ? もう少し待った方がよろしくて?」
「あっ、そうそう、じーっとしてなくちゃ」
「じーっとですわね? じーーっ」
マリネにお刺身、魅惑的な妄想に浸っていると――来た。
「……えっえっ? ちょっ、私まだ心の準備が!」
逃げようとする魚が、ヴァレーリヤの竿を右へ左へぐいぐいと引っ張る。
「ああもう、どうとでもなりなさい! どっせええーーい!!」
成果は――
「つ、釣れましたわー! 店主さん! これ! このお魚で美味しいお料理作って下さいまし!」
「おっと姉ちゃん、ブリをバケツにいれとくんな」
「こうですわね? メニューは一番オススメので! お酒もあると嬉しいですわー!」
出てきたのはまずはお酒と――
「お刺身ですわね!」
脂の乗ったぷりぷりのお刺身が舌の上にとろりと甘みを感じさせて。
それからアラで出汁をとった葉物と根菜の素朴な鍋。
「刺身に飽きたら、こっちの鍋にしゃぶしゃぶっと泳がせておくんな!」
さて。そんなお店の目と鼻の先が、大桟橋である。
漂うのは香辛料を混ぜた。ものっすごい覚えのあるいい匂い。
「カレー! カレーじゃないか!」
演習に精を出した風牙には堪らない香りである。
この世界にも流れてきていたのだ、カレー文化が!
「うわー!」
この腹に響く、野菜と肉が香辛料で煮込まれた香り!
もう我慢なんて出来はしない。
どれも旨そうで絞りきれないが。そんな時は師匠の言葉を思い出せ。
『いいか風牙。色んな種類のものをできるだけ多く食べたいときは、小皿で少しずつ取っていくんだ』
わかったよ、師匠!
「カレー! カレー!」
誘われるように飛んできたアクセルが見た限り、船ごとに違うらしい。
「シーフードカレーがあると聞いて!」
くわっと瞳をかっぴらいた汰磨羈は、シーフードの全種制覇を目指す者也。
合わせるモノも色々試したい。ライスもあればナンもあるようだ。
「まぁ!」
空腹を誘う香りに思わず声をあげたヘイゼルもまた、料理の成り立ちについて思案を重ねる。
良く火を通してスパイスをふんだんに使用する。長期保存した食材を安全かつ美味しく食べるために発展したのであろうか。
きっとそうした技術や作法が長期に独立して動く船ごとに煮詰まって、それぞれの味になったのだろう。
いずれにせよ交易が盛んな海洋ならではだ。
味が違うのであれば、どれも一口食べてみたいというのが人情と云うもの。
しかしさすがに一人で全ては食べきれまい。
「では、カレー食べ比べに参加する方を募集なのです!」
ヘイゼルの宣言に続々と集まるのは風牙、ベークに汰磨羈、エルに芽衣達、数名のイレギュラーズ。
さあ、思い出せ。
『いいか風牙。信頼出来る仲間との連携が勝利の鍵だ』
ベーク自身、こういう所なら己が魅惑の甘い香りも気にならないかと想ったりもして。
まずは芽衣が目を付けたシーフード数種類。
エビイカカイをたっぷりと煮込んだ具だくさんの一皿。
それから濃厚なロブスターをまるごと使い、殻も贅沢な出汁にした一品。口に運べばスパイスは控えめでエビの主張を強調している。
それから多様なブイヤベース風のスープカレーからは、ふわりとサフランも香る。
あとは船長にも聞いてみたい。
「おすすめは?」
「そりゃウチの牡蠣カレーだねえ」
汰磨羈も黙っては居ない。これは――正に想像した通り軍艦毎の『海軍カレー』ではないか。
「他にどんな船のカレーがある?」
ならば食べ比べだ。
「そうさなあ、あそこのガレオン船つて分かるかい。あそこのあれ」
「ほう!」
「ほんとヤっべえから」
「試してみたいぞ!」
「絶品。最の高!」
よし。後は全力で楽しむとしよう。
ベークはベーシックなチョイス。珍しいものも頂きたいが、仲間が選んでくれそうだから。
ポークカレーはこぶし大の肉がとろとろに煮込まれている。いわゆるワイン煮込み風の一皿。
じゅわっと肉汁が広がるスパイシーなチキンは食べ応えが抜群で、野菜との相性もいい。
そしてスプーンでほろほろとほぐれるビーフは、ブイヨンが香るシチューにも似ている。
「……うん、美味しい」
エルも空腹を鎮めんが為、全力で挑む心算だ。
どれを食べるか――無論全てを。
ベークの三品と、芽衣のシーフード。
野菜カレーの一皿目は根菜をごろごろ煮込んだ素朴で優しい味わいだ。ポーク入りもあるらしく、それもいただく。
こちらは秋の揚げ野菜、温野菜にカレーをかけた一皿。
そして辛口カレーパンは意外にも大きなお肉が入っていて嬉しい。カレー南蛮なる麺は、なるほど魚と海藻の出汁がベースになっているのか。
アクセルは羽根先でスプーンを握りしめ、宣言する。
「目指せ、完全制覇!」
カレーを珍しいと思える者も――なつかしく感じる者も居る。
「おぉ、美味しそうな匂いがしてるのです」
「この世界にもカレーってあるんだな、いっちょ食べ比べしてみるか」
満面の笑みを浮かべるソフィリアと、興味深げに眺める誠吾の姿もあった。
異世界へ来たものの、食べ物には不自由しないのはさすが混沌故だろうか。
「誠吾さんは何を食べるのです?」
野菜を――とも思ったが、他も気になるソフィリアが尋ねる。
「そうだなぁ……。ビーフは外せねーな。あとはシーフードと、余裕があればあと1つ……」
「なら、うちは野菜カレーを食べてみるのです。シェアして食べてみるですよ!」
これなら小食でも楽しめるとソフィリアは胸を張る。誠吾としても種類への挑戦は人情だ。
「じゃあ取り分け用の小皿貰うか。……あ、デザートはあっちな?」
「デザート!?」
誠吾が指さす先にはラッシーやフルーツヨーグルトの看板があって。
「デザート! 貰ってくるのです!!」
甘い物は別腹と、嬉しそうに走って行くソフィリアを横目に――
「あいつ、本当にぷくぷくな鳥になるんじゃ…」
それも可愛いの――かもしれない。
この日、フィーネと小夜もお祭りへ足を運んでいた。
「……それにしてもいい匂いね」
スパイスの香りが小夜の空腹を誘う。
「ゆっくり来たらいい時間だし、まずは食事からにしましょうか」
「確かに、良い匂いがします。お食事、とても楽しみです!」
カレーを余り食べたことがないフィーネの胸が高鳴り。
二人は早速お店を選び始めた。
「そうねぇ色々な種類のカレーがあるみたいだけれど、やっぱり海辺に来たんだし私は魚介系にするわ」
ならばフィーネはお肉のカレーを。
「しかし、流石海洋というべきでしょうか。魚介のカレーも美味しそうですね……」
「あら、フィーネもこっちを食べてみたいの? じゃあはい、あーん」
「……あーんっ!?」
頬を染めたフィーネだが、ここは思い切って。
「……は、はい、あーんっ……!」
新鮮な魚貝の旨味が口いっぱいに広がって。
「……どうかしら?」
「も、もう、少々恥ずかしいです……美味しかった、ですけど……」
「ふふっ、からかっちゃってごめんなさいね?」
食べ終えたら街の方を見て回ろう。
あちらの通りには土産物屋もあるらしい。
一緒に居るだけで楽しいから――
そんな大桟橋の中央で。
「航海に出る皆は、今の内にお野菜を沢山食べるべきって思うのだわ!」
高らかに宣言した優しい瑞稀は大のお世話好き。
航海でのビタミン不足は壊血病を引き起こすと云うのだから大変だ。
そんなわけで、新鮮なサラダやお野菜がたっぷり食べられるように、なんと大桟橋に出店を構えてみたのである。
「嬢ちゃん、なんだいそりゃ」
「ビタミンたっぷりのごちそうサラダよっ!」
「へえ、一つもらおうかね」
瑞々しい野菜をふんだんに使ったサラダは物珍しく、彩りも美味しそうで。料理上手な瑞稀のセンスが光っている。
どうやら海の人々の興味をひいたらしい。
大桟橋にはカレーの出店が立ち並んでいるが、その付け合わせにもかなり喜ばれ始めている。
お鍋もかなりの人気を博しており、お土産にはドライフルーツで。これで船旅もばっちりだ。
「そのぉ、赤いそれは抜いてくれますこと?」
「あっ……好き嫌いはいけないのだわ!
そのお野菜が、航海であなたの命を救うかもしれないのだわよ!」
気圧された女性軍人が、フォークの先のミニトマトをおずおずと口へ運ぶ。
「え……なに、おいしいじゃない……!」
決め手はお手製ドレッシング。
航海に出る人にも。丘で待つ人にも。
お野菜はしっかり食べて欲しい瑞稀なのであった。
●Dress Rain I
そんな街から見える一隻のキャラック船サンタローザ。
甲板にはテーブルが並び、多数のランプが据え付けられていた。
いわゆる退役軍艦であるが、共に退役したキャプテンの趣味が高じて、今はバーになっている。
星が瞬き始めた宵の口。
アーリアは甲板席でのんびりと、カップのようなグラスを片手に暖かなお酒を楽しんでいた。
「あれ? アーリア?」
呼ばれて振り返り。見た顔にアーリアは艶やかな微笑みと手招きを返す。
「はぁい、イーハトーヴくん」
「ふふ。嬉しい偶然だなぁ。隣、いい?」
「是非是非! そちらのかわいこちゃんもご一緒にね!」
うさぎちゃんを間に二人は並ぶ。
「えっと、お酒は……そうだ、君と同じ物を注文しよう、うん」
「私と同じもの?」
「だって、アーリアのチョイスなら間違いないでしょ?」
「それならこれ」
グロッグ。海軍のホットカクテルだ。
「海洋といえばラムなのよぉ、でも花火を待つには少し肌寒いしホットでね」
「お酒の飲み方を教えてくれたのも、君だものね」
「ふふ、そういえば私はお酒の師匠だったわねぇ……これ、温かくて結構お酒回るわよぉ?」
「……え? 何だい、オフィーリア?」
イーハトーヴが『ないしょばなし』するのは愛らしい兔のぬいぐるみのオフィーリア。
「そこの素敵なお姉さんに、もっとしっかり教えてもらいなさい?」
参ったものだ。夏は『ゴールデンブラウン』でずいぶん心配させてしまったから。
「お酒の事となると余計に口煩く……あ、今のなし。冗談、冗談だってば!」
アーリアは何を言われているのか、なんとなく想像出来てしまってついつい微笑む。
いざとなれば止めてくれる子もいるから、心配はなさそうだ。
「そ、そうだ! ここ、花火が見えるんだよね!
ねえ、アーリア。光の花、どこに、どんなのが咲くと思う?」
「そうねぇ、一足早い雪みたいな白い花火なんて、きっと素敵!」
「おいおいおい、ヤバくね、マブくね」
「っべ、テンアゲじゃね」
茶髪の男達ががに股で歩いてくる。
「オッホン。おねーさん方」
「ごめんなさい、今日は彼女とデートだから」
「ぁ、え?」
レイリーは楽しげに微笑み、ウィズィの肩を抱き寄せる。
「……あ、そうそう! ダメですよデートの邪魔しちゃ!!」
「アッ……スンマセンシタ」
せっかく二人で楽しい時を過ごしていたというのに。
「はひーーー」
ウィズィはため息一つ。
ともあれ無粋は退散した。気を取り直してまずレイリーはジンをロックで。
夜通し飲むノリなのだが、好きほどには強くはないウィズィは強くないカクテルをとオーダーする。
所で――
「つい、あんなこと言ってしまったが、ウィズィ殿は良かったの?」
「いやいや! ふふふ、面白かったし! 全然オッケーですよ!」
不安になって尋ねたレイリーだったが、ウィズィの笑顔が楽しそうでほっとしたものだ。
瞬く光に顔を上げると、身体の芯まで音が響く。
「じゃあ、今日は楽しいデート。2人で綺麗な夜空を見て楽しもうよ」
ウィズィは花火が上がり始めた空から、グラスを手にしたレイリーへと視線を移して。
「ん、じゃあ……素敵な夜に」
グラスを掲げると、ダージリンクーラーの氷がころりと鳴った。
「……乾杯!」
「かんぱい♪」
「わーい! すごーい! でっかーい! 綺麗ー!」
「はは、いい席取れたわー 絶景かな絶景かな」
可愛らしくはしゃぐのは美咲とヒィロ、【美狐】の二人だ。
美咲は早速ジンライムをひと息にあおる。ジュニパーベリーとライムが、いかにも古い軍艦らしい。
「あの花火の向こうが『絶望の青』なのかな」
ふとヒィロの呟き。
「それで、そのもっと向こうに……新天地(ネオフロンティア)を探しに行くのかぁ。すっごくわくわくしちゃうね!」
ころころとフルーツが泳ぐトロピカルドリンクを手に、愛らしい瞳は好奇心に輝いている。
「誰も知らないとこで、誰も知らないものが待ってるんだよ!
もしかしたら、誰も知らない素敵な幸せが見つかるかも!」
「おっと、ヒィロはもう先を見据えちゃってるね?」
絶望を越えたその先の新天地に、冒険を期待するなという方が野暮だと想いながら。美咲は次の杯をオーダーする。
「美咲さんはどんな幸せ見付けたい?」
ヒィロが語るのは、食べたことももない美味しい食べ物のこと。見たこともない綺麗な景色。そして一生忘れられない楽しい思い出。
「一生忘れられない楽しい思い出いーっぱい作れるといいなぁ」
花火が開き、瞳の中に空の光を湛えて。
「それがボクにとっての宝島!」
えへっと微笑む。
「ヒィロの宝島は、キラッキラね……すごく素敵」
二人は夢を語り合う。
美咲はそこを一緒に駆け抜けられるなら、それでいいと思える程に。
けれど美咲自身も求める幸せを、ちゃんと考えてもいいかもしれないと想い。
なぜなら楽しんではいるけれど、見せてもらうだけではもったいないから。
――私の宝島、いずれヒィロに見せてあげるんだから。
「力いっぱい頑張るためにも、お腹いっぱいに英気を養わなきゃね!」
「ええ、しっかり食べて飲んで、備えましょ」
二人の前にはトロピカルドリンクにシーフードフライ。
それからシルバー・ストリーク。似合いの一杯だと美咲は微笑み――
深紅ののグラスを傾けるのは猫を連れた『一人』の女。
杯を傾け、まずは爽やかで奥深い香りを。
「こうして一人で飲むのも……たまにはええもんや」
ルビーのように透き通った甘いチェリーへ、口づけするように蜻蛉は、その言葉は――果たして誰に言い聞かせたものだろう。
「稟ちゃんも食べる……?」
残った一つは愛らしい姫君へ。
こうして今宵も安らかに、美味しいお酒が飲める幸福に感謝すべきとは。
――ただ、隣が空っぽなのが。
……少しだけ寂しい。
…………少しだけ胸が痛い。
「……気のせい」
今はただ、そう決めつける。
マンハッタンは甘く爽やかで、あまりにひどく飲みやすい。
なのに後から胸を灼くのは苦艾の為だけだろうか。
今はただ浮かぶ月を見上げる。
こぼれ落ちる溜息と共に――
●The Fest
アンナの頭に乗るのはチキ――トリーネだ。
最近よく乗るようになってきたが、視点も高いし蹴られる心配もないし。コケー!
お陰で首が鍛えられている気がするが――アンナはため息一つ。淑女としてどうなのかしらと。
「シーフードカレーを食べましょう! 知ってるアンナちゃん!? 食べる物とか環境で生き物は進化するのよ!」
つまり海産物を食べて海に出たトリーネは、海鶏に進化出来る! 泳げるし潜れるに違いない! あと、色も変わったり!
「そう……今度は何のお話の影響を受けたの?」
話半分に聞き流し、二人はシーフードカレーから頂くことにした。
トリーネにはスプーンを頭の上へ運んで。
それにしても、すごく食べにくいし――アンナは「重い」という言葉を飲み込む。頭上の彼女も女性だから。
そうして食べ終えたら次のお皿へ。
カレーの味はどれも絶品で、もしコンテストがあったらトリーネはどれに投票するか迷ってしまう程。
「ねえねえ、アンナちゃんはどれが優勝すると思う!?」
きっといまいただいている軍艦カレーではなかろうか!
「せめて 頭の上で叫ぶのは止めてくれないかしら……」
飛行種(この旅人と似たもの)が多い海洋とは云えど、喋る鶏ともなればさすがに目立つ。
それに隣のカレー屋さん、お肉がチキ――
カレーと一言にしても店毎、軍なら船毎にこだわりの伝統レシピがあるもの。
海洋育ちで縁深いレイヴンとカイトだが、軍艦カレーとなるとあまり食する機会もない。
さすが大号令といった所か。なんせ二十二年ぶりの賑わいなのだ。レイヴンは四歳でカイトは産まれてもいない。
「む、この店のカレーのスパイスは幻想からの輸入品、こっちのカレーは具にあの魚を使って……」
レイヴンとしても評論する必要を感じていたりしたが、カイトは魚介の出汁が利いた逸品を美味しそうに頂いていて。
それから気になるのは軍艦だ。間近に停泊しているのは木造だが、風の噂に聞く新式耐水コーティングを施されている。ならばテンションもあがろうというもの。
「ちょっとカイト? 聞いてますかキミぃ?」
折角の評論が! ともあれ。
「あ、聞いてる聞いてる」
「食は文化の象徴で有り軍隊行動では数少ない娯楽でありだね……」
続けてやるのだ。
「カレーは飲み物だしな、呑みやすく潰してあるのはいいことだ」
「ちょい! 何が飲み物か! どこかの食物闘士みたいな事言ってないで、少しは味わってみたらどうなのかね」
「え、カレーって飲み物だろ?」
鳥類的に!
「鳥類なのはワタシも同じだから!」
議論の白熱はさておいて、二人はカレーをかっこむのだった。
さすが海洋の国、よくわかってるじゃない。
海と言えばカレー!
海軍と言えばカレーなのよ!
とにかくそう決まってるの!
さぁ珠緒さん、めくるめくカレー海路に出航よ!
そんな蛍の頼もしい言い切りに、珠緒もお供の覚悟を決めたものである。
「さて、どのカレーにしようかしら。美味しそうな香りがより取り見取りで困っちゃうけど……」
二人の悩みどころはやはり選択。種類は多いが、しかして『少しずつ色々ならば良い』とも言いにくいと珠緒。
ならば同じ物を一緒に頂くのが楽しめそうだ。
「やっぱり、海だけにシーフードカレーに惹かれるわね。珠緒さんもそれでいい?」
「……ええ、おそらく優劣はつけられないでしょうし」
そんな訳で。
こちらのカレーはどんな案配であろうか。二人、まずはひとくち。
辛い物を一気に食べるのは難しい珠緒だが、匙は止まぬ美味しさで。
詳細な分析はまだ難しいけれど――スパイスで焼いた魚やエビにかけるスタイル。味は辛口。けれどお出汁自体に魚介の旨味が詰まっている。
「珠緒さん、カレーってお店や家庭ごとのこだわりが出るらしいの」
「!? なんと、こういったお店ばかりではなく、家庭でも……深いものですね」
いつか二人で。
調べたり覚えたり練習したりして。
桜ノ杜の『うちの味』のカレーを作るのだ。
ほっと安心できるような優しい辛さの、素朴で味わい深い、二人の味のカレーを目標に――
「うわぁ! ホントにいろんな船があるんだなぁ!」
桟橋から海を眺めたシャルレィスが感嘆する。
って、なんだかすごく良い匂いが風に乗って。
匂いのほうへ行ってみれば、様々のカレーが空腹を刺激して、ついつい「じゅるり」と。
海洋ではあるけれど、魚介は少し苦手だから、お肉のカレーを頂きたいところだ。
「……ねぇねぇ、ここのこだわりって何?」
好奇心に導かれ。
「ウチはね、ほろっほろに煮込んだ牛肉と果物のピューレをって、企業秘密だぜ?」
まずは一皿ぺろりと平らげ。これなら次も行けそうだ。
ところであそこに居るのはもしかして――同じギルドのユゥリアリアではなかろうか?
「……?」
ユゥリアリアの噂を聞き、友人のご家族への挨拶に来たリュカシスであったが。
目の前に居るのは、良く知る歌姫と瓜二つの美女で……なぜだか強面の男衆にペコペコ頭を下げられていた。
そう。お祭りと言えば楽しく。楽しくと言えば糞犯罪者。
ということで、この辺りに目を光らせるフィーネリアと、なぜかだ協力することになったプラックである。
カツアゲにぼったくり屋台があれば、やるべき事は一つだ。
という訳で立った今プラックがぼったくり露天商を摘発した訳だが――
困惑を隠せないリュカシスである。そもそもおねえさまの聞き違えだったろうか。
「あん?」
言葉と表情はだいぶ違う気がするけれど!
「ああ、あいつのツレか? どこほっつきあるいてんのかしらねぇか?」
と、ちょうどその時。
「げ、ババ……んん、ごほんごほん」
「あ?」
「お久しぶりですわね大婆さま。お元気にしておりましたか?」
「ちっと見ねぇうちに猫被ることが上手くなったじゃねーか。ああん?」
「お、大婆さま」
あわわわ。
「ッ!」
そっと離れるリュカシス。もしかして、見てはいけないものを見てしまっただろうか。
そうだ。カレーを食べに来たのだ。
どーれーがーいいかな!
アッ。ダメだこれ。
どれも美味しそうで決められない。
そんな時はオススメに限るモノ。
「海洋ならではの、いちばん美味しいカレーをお願いいたしマス!」
「いちばんって」
店主が胸を張る。
「そりゃウチのさ」
二心二体――少々複雑な事情を抱えるレーゲンは、見かけによらず齢七十一を数える。
お酒を――とも思ったが、今日はグリュックとカレーを頂くことにした。
抱っこしてもらいながら。ナンでキーマカレーを一皿。
互いに食べさせてもらったり、食べさせてあげたり、これならスプーンを使わない分だけ、レーゲンにも少し楽だろうか。
ねえグリュック――レーゲンは応えることのない大切な半身に語りかける。
混沌に召喚されるまでずっと一人で旅をしてきたが、こうしてアーンすることに意味はないと、半分ぐらいは思っていた。
けど――やっぱり楽しい。
いつか、もしもいつか。転生したグリュックに出会えたのなら。
訳が分からないと思われるかもしれないけれど、今日のことも、今までのことも、いっぱいいっぱい話そうと――
しかしカレーというのは奥深い料理だ。
何をどうやっても美味しくなる料理ではあるのだが、こうしてそこから更にとなれば中々に手間がかかる。
と、そんな評論はさておいて。
「はふぅー…」
まずはゴロっと煮込んだトロトロ頬肉ビーフカレーから、厳選の数種類をいただいたマリナがため息一つ。
これからこの国での仕事も増えるだろうから、まずはスタミナをつけようと考えたのである。
肌寒くなっても身体はぽかぽかで、この辛さが調度良い。
たくさん食べて、もう限界なのだった。
●Dress Rain II
満天の星空に花火が開き、リゲルとポテト――アークライト夫妻の頬を煌めきが彩った。
一瞬遅れて胸の中心に響く深く低く大きな音、続く静寂。
「これ程大きな海なのに」
沈黙を埋めるように、夫がぽつりと溢す。
「更に外へと……新天地を求めて絶望の青へと挑むんだな。天義育ちの俺にとっては、果てしなく思えてしまうよ」
だから妻へ尋ねてみた。
「ポテトはどうだい?」
自分の居た世界よりも、やはり広大に感じるのだろうか。
「私は元居た世界は聖域から出たことはないからな……」
夫の瞳に、その白銀の髪に宝石のような光が瞬く。
「正直、聖域より天義の方が大きいな。でも、海は凄く広くて深いと、下兄様が言っていた」
睦まじく弾む会話の中で、夫はふと俯いて。思い起こされるのは魔種となったオクトのこと――この海のどこかに居るのだろうかと。
妻はその手を優しく握りしめ、夫は明るい笑顔で顔を上げた。
「紅茶とノンアルコールワインのホットサングリアです」
青白い星をちりばめた透明なグラス。満たされたオランジュローゼの淡い色彩に、ころころとカットフルーツが浮き沈みしている。
「綺麗だな」
湛えるの天と地と。鮮烈な星の瞬き――大地の慈しみ。
「グラスは旦那様を、カクテルは奥様イメージしております」
「え、これリゲルと私イメージなのか……!?」
「ええ、つい」
とバーテンダー。夫妻ははにかみながらも。
「これからの未来に」
「「乾杯!」」
暖かなカクテルを満たしたグラスを手に、夫婦は未来を語り合う。
この海で出会うもの、出来事、冒険――
胸の奥から溢れる暖かさは、けれどジンジャーとシナモンだけでは些か役者が足りていない。二人の愛がなせるわざ。
こちらの席では暖かな食事を友人と。
クラリーチェとエンヴィの前でふわりと湯気を漂わせているのは――
「少し肌寒いですが、その分シチューが温かく感じられますね」
「そうね……こうやって、外で温かい物を食べてると、より一層美味しく感じるわ……」
――窯焼きのビーフシチューであった。
ほんのり暖かなバゲットをお供に。ほろほろに崩れるお肉を頬張ると、口いっぱいに野菜とブイヨンの味が広がった。
穏やかで楽しい時間が過ぎて行く。
「こちらで大きな動きがあるみたいですが、エンヴィさんは精力的に参加されるご予定ですか?」
ふと尋ねられ。
「うーん……海洋は、私の元居た世界に似てる所があるから……出来る限り力になりたい……かしら……」
元の世界に余り良い思い出のないエンヴィなのだが――それでも海龍たる彼女が手伝いたいと思うのは、あるいは心のどこかで懐かしさを感じるからなのだろうか。
「では、同行できないときは、温かいお食事作ってお帰りを待ってますね」
優しい言葉についつい微笑んで。
「それは……お食事の時、お土産話が出来るように頑張らないと……」
エンヴィは心配をかけないようにと誓って。
クラリーチェの意図は、その華奢な身体に傷が増えることを心配してのもの。
修道院にエンヴィが居る日常を守るのも、大切なお仕事だと想うから。
緩やかに更けゆく夜。
――めぐりて きたれ あまきしよ
――われは なんじを もとめたり
――いきては もどりし しおさいよ
――なんじは われを もとめたり
カタラァナは遙かなる海を歌う。
求められればどんな歌でも。
求められずとも歌は止まらず。
尊き忌み子のコン=モスカ。
忌み疎まれしコン=モスカ。
美しき深淵が覗いてる。
絶望の青の踏破も良かろうが――
男は淡金の礼装を、女は翠玉の色彩を纏い、舞う。
ジェイクの逞しい胸元には蝶、幻の胸の中央には銀狼を飾って二人だけの夜会が続いている。
――まずは目の前の魅惑的な翠を攻略したい
白い肌、艶やかなルージュを引いた唇。
女性らしいラインを浮かび上がらせるエメラルドのようなホルターネックのイブニングドレスは余りに眩しくて。
「幻の美しさは翠玉が放つ輝きにも敵わない」
幻はジェイクだけの女神だ。
けれどそんな当の女神は――僕が恋人なんかでいいんでしょうか――やはりジェイクの凜々しさに見惚れるばかり。
ときおりゆっくりと揺れを感じる海の上で、ジェイクはアラウンドザワールドのカクテルグラスを傾ける。
華奢な美しい肩を抱き寄せ、髪を撫で――唇を塞いだ。
口づけを彩る甘酸っぱいカクテルに、さながら全てが揺蕩うよう夜。
「愛してる。この青い海よりも深く」
胸の奥に響く花火の音、高鳴る甘い疼き。並び立つことの出来る誇り。
甘く苦い煙草の香り。
幻の心臓は痛いほどに早鐘を打ち鳴らして――
甲板なら花火が間近で見られると聞き、アルテナは落ち着かない様子で夜空を気にしていた。
「あちらのお客様からです」
突然届いたノンアルコールのグリューワインにきょとんと振り返れば、そこには見知った男が一人。『あの』寛治である。
「お嬢様、エスコートのご用意がございます」
「え、ええ!? ……は、はい」
アルテナ可哀想に、なぜか敬語になってよる。
「社長様は如何さいましょう?」
紳士は麗句を聞き流し。夏の海洋であればトロピカルなカクテルなのだろうが、今の時期ならハードリカーか。
「私は151プルーフのダークラムが好みなのですが、お勧めはありますか?」
バーテンダーは「お強い」と微笑んだ。
「それでしたら……ロンセーロスなどいかがでしょう?」
「嫉妬――ですか」
寛治の呟きにバーテンダーは「かのトルタ提督が名付けた」と応じる。寛治の知り得る蘊蓄通りに。
「飲み方はどうなさいましょう?」
「丸氷でお願いしたいですね」
あては、海をテーマで行くのなら干し肉が定番だが……せっかくの陸続きであれば、なにも『船乗りの縛り』に合わせる必要もなかろう。
オイルサーディンに良いものがあるならば。
「近海の自家製がございます」
それだ。
「かしこまりました」
甲板の舞台では旅一座――といってもローレットの仲間であるのだが――【Leuchten】による公演が予定されていたが。
ああ。今はまだ、商談(ギムレット)には早すぎる。
「む? 酒? 飲み放題? 酒?」
魔王様――ニルは飲み放題と聞き及び、見事に甲板へと釣られていった。
「酒、酒、酒なのじゃー!」
ジンにラム。大量の瓶を抱え込み。楽しげに笑う魔王様はすっかりへべれけモードである。
「だ、だいじょうぶ?」
心配そうなアルテナに。
「一人かや~? 酒には話し相手がおらぬとつまらにゅゆえ~」
アルテナは、そう――犠牲となったのだ。
ありったけのスピリッツをひたすらに!
可憐な少女に見えて、不老長寿のクーアは大の酒豪だ。
年齢は――気にしてはいけない。
海洋で強い酒と云えば、やはりラムの151プルーフか。
チーズをつまみに――空気はしっかり気にするのだが――とにかく酔えれば良いのである!
「時に――イケる口ではないかの?」
魔王のささやきに――ノってやるのです!
大事業の前だとて、否、だからこそという時がある!
賑やかさを増してきた船内で、肩を揺さぶるのは華奢な指先。
ふいに声が聞こえた気がして。
「アリス、こんなところ来ちゃだめだろー、よーしよしよし」
下の妹――だと思えた――に抱きついたカイトは、そのままむぎゅむぎゅなでなでと……あれ、いつもと感触が違う。
――金髪、長い耳……なんだこの美女は!?
「って、ヴァッ!!? リズ!!!?」
「あっ、あの……カイトさん……?」
リースリットは頬を染めるやら混乱するやら。
遅れたら先に飲んで欲しいとは伝えていたが、こんなことになろうとは。
「す、すまない」
カイトの背筋がほんのり冷える。触れてしまった。ああ、髪の毛も崩れてしまって。
「気にしないでください」
リースリットは応じつつアリスとは、いったい誰なのだろうかと小首を傾げた。
カイトは誤魔化すように笑い。
「お腹空いて無いか? ジュースでも飲むか?」
少し慌てた様子で尋ねた。
「そ、そうですね。何かジュースでも……」
「僕の隣においでよ」
招きに応じてリースリットはちょこんと座る。
「こんな日に美女を連れ歩けるとは僕も鼻が高いよ、はは……」
「本当に大丈夫ですか。でも……ありがとうございます、カイトさん」
そんな言葉には頬を染め。
――怒った、かなあ。
年下の女の子は多感であろうから。
安易にふれてはいけなかったと、カイトは自身を戒めるのだった。
●Leuchten
この海に身を投げたくなる程、父上には会いたくない。
家出等しくヴァイオリンだけ持って全て捨てて出てきた身。
冷たい。親族の視線も、小言もなにもかも。
いつも後ろへ控えているRingも今日は敵だ。助けなんてくれはしない――
――『皆の翼』ヨタカ・アストラルノヴァ
この後の公演だって上手く行く気がしない。まるでしない。
けれど――
「ヨタカ、ここにいたか。舞台の最終チェックするぞ」
駆けてきた京司は、いささか慌てた様子で羊皮紙を握っている。
「迎えに来たよ」
小鳥の公演で『語り』として手を貸す約束だった武器商人も同様、なにせ肝心の小鳥(ヨタカ)が居なかったのだから。
そんなヨタカと――かなりの距離をおいて――立っている一団は。
「ン、そちらは?」
京司は小声で尋ねる。
「父上だ」
名を『黒き鷲の支配者』アドラー・ディルク・アストラルノヴァと云う。
「え? 父親?」
ならば挨拶をせねば。
「初めまして閣下。旅一座【Leuchten】の魔術師、斉賀京司です。どうぞお見知りおきを」
「アドラー、それの父だ」
問われた男は鋭すぎる一つだけの眼光で京司を射貫く。
京司は迫力があるなあ、などと思えど。一つ息子(ヨタカ)を褒めておくことにする。もちろん嘘はない。
「私、彼に感謝しているんです。
彼がいたから外の世界で自分を表現する職についたので。
いなかったら無力な自分を殺してました」
アドラーは姿勢一つ崩さぬまま、じっと京司を見据えていた。
「なので是非、公演を観てください」
だが京司は一歩も引かず、その心中をありのままに伝える。眼鏡の奥から覗くのは、どこまでも真っ直ぐで真摯な瞳だ。
「なので是非、公演を観てください」
返事はない。アドラーは未だ京司の前に立っている。京司とてここを退くつもりはこれっぽっちもない。
(胃が痛い)
この場でおそらく最も苦境に立たされているのはRing・a・Bellであったろうか。
なぜならば『公演の開催を取り計らった』のは、正にRing・a・Bell自身であったのだ。
Ring・a・Bellはヨタカでなく、アドラーの令に従わねばならぬ。なぜならば彼はヨタカの部下ではないのだから。
まるでヨタカを罠にでもかけたようで気分は悪くなるばかり。
ともかくこの日は『家を捨てたヨタカを探しだし、アドラーの元へ連れ帰る』という『仕事』を全うした事になる。
そして何より、Ring・a・Bellが最も胃を痛めているのは。
「公演――坊ちゃんは何や、お上手にならはったんですなあ」
そう述べた男の存在だ。
瞳を閉じている訳ではないのだが、まるで視線を読ませぬ面持ちで。
アドラーの部下『星守の白蛇』伏見 桐志朗は涼しげに――だがRing・a・Bellにだけ分かるよう――たっぷりの毒を込める。
おそらく『仕事に時間をかけすぎた無能』と誹りたいのであろう。
「おーおー、シャーシャー煩いねぇ」
「わきまえろ」
だが一触即発の空気を止めたのは、アドラーであった。
分かりやすい言葉を放ってしまったRing・a・Bellは無論だが、その声は桐志朗にも向けられていたのだから。
そんな様子に得心したように、武器商人は内心頷いた。
彼自身は決して嫌いにはなれない。
(けど……我(アタシ)の可愛い所有物が勝手に連れて行かれてしまうのは少し気に入らないなァ)
「ヨタカ、言いたいことは分かっているな」
「俺には……こんなにも大事な……仲間がいる……貴方になにを言われようとも……俺は貴方の元に帰る気はございません……」
抜かせ小僧等と、或いは一喝されるかとも思えた。
だがヨタカと京司に向けた返答は意外にも。
「ならば見せてもらおう、結果如何で判断する」
震えそうになる膝を叱咤し、ヨタカは宣言する。
「アストラルノヴァ公、我等旅一座の公演をどうぞご観覧下さい」
「……大きな口を叩くようになったものだな」
冷淡に告げ、アドラーは踵を返す。
けれどその口元は、なぜか微かに笑っていたろうか。
「こっちにおいで、小鳥」
「ヨタカ、商人。最高の舞台にしよう」
偉かったから、褒美に撫でようね。
嗚呼――今日もおまえの眼は両の瞳とも綺麗だねえ。
それにしても、鷲は遠くまで見通す眼を持つが、家族(まぢかなもの)を見通せないとはなんとも皮肉なものである。
●Dress Rain - D
カウンターで一人。丸窓から見えるのは夜景の煌めき、花火の輝き――
和やかな賑わいを耳に、史之は青茶のグラスを傾ける。
見てろよと想う。あと一年で、そのグラスはアルコールに変えられるのだから。
ここへ来た理由の一つは、波の揺れに身体を慣らす為でもある。大号令の依頼は海上での仕事が多く、普段から備えておくに越したことはない。
なにより船酔いして帰ってきたでは、格好がつかないではないか。
けれども――本当の理由は。
史之はため息をつき、一枚の絵姿へ視線を落とす。描かれているのは艶やかな美女――海洋がイザベラ女王であるのだった。
こういった祭りとなれば人恋しくなる。一目で良いからお会いしたい――なんて。
大号令を頑張ればいけるのだろうか。
史之は一人、決意を新たにする中で。
義弘もまた一人、静かにグラスを傾けていた。
騒がしいのも嫌ではないが、落ち着いて飲むのも悪くない。
からりとグラスの氷が鳴って。
黒羽は『橘さん』の隣でドライマティーニを傾ける。
グラスの水面に揺蕩う氷片を煌めかせるのは、咲き誇る花火の彩り――風情があって良いものだ。
静かに飲む者達へ、バーテンダーも敢えては口を挟まない。ここはそんな場所でもあるのだから。
なれども。なぜだろう。史之が微かに感じる悪寒は、初冬の風だろうか。
それから、あそこに居るのは――あの女性達は、一体。
船の中にバーがあるというのは素敵そうだと。
沙月は一人カウンターへ赴いていた。それも花火を見ながらお酒を楽しめるとか。
「マスター」
そう呼べばよかったろうか。
「何かお探しですか?」
オーダーは度数があまり高くないものだ。
「そうですね、炭酸は大丈夫ですか?」
幾度かそんなやり取りを繰り返し、カクテルが運ばれてくる。
おつまみはマルゲリータピッツァといったものをいただくことが出来た。
後は情報収集等しておきたい所。生真面目な沙月ならではだろうか。
耳を傾けてみれば――
なにやら軍装の女性達が固まっている。
(……なるほど、あれがトルタ・デ・アセイテ提督か)
食べ物に由来する名だったようだが、エイヴァンは思考を追い払う。
想像していたより若いようだが、人は見た目ではわからないものだ。
(おっと)
あまりじろじろと見るのはヤバそうだ。
従者達からいくらか鋭い視線を感じている。いや――実力を想定するならば、当人にも気付かれているだろう。
絡まれたのなら――はぐらかせばよいだろうが。
海洋の軍籍にあっても、さほど表には出ていないつもりなのだ。
(……知らんはずだよな?)
ああ、なのに。この怖気の正体は何なのであろうか――
「こんばんは! 拙者夢見ルル家と申すローレットの宇宙警察忍者です!」
「どうしたのかしら?」
艶やかな――そう判断出来る声音が返る。
「お隣よろしいですかアセイテ提督殿!」
「ええ、もちろんよ」
ルル家はミルクを頼みつつ。
「海洋の民としては国家の悲願との事ですが、アセイテ提督殿としてはどうですか? わくわくしたりしてます? あ、アセイテ提督って長いのでトルタちゃんで良いですか?」
笑顔全開悪意ゼロ。ズケズケと踏み込む矢継ぎ早な質問にトルタは苦笑し「いいわよ」と、返答は意外にもフランクなものだった。
「良い晩じゃの、アセイテ提督」
そのとき、デイジーが姿を見せた。彼女もまたオーダーはミルクを所望する。
「ああ、あなたはクラーク家の? お世話になっているわ」
デイジーの質問もまた、提督の意気込みについてである。絶望の青を踏破すること、新天地の開拓は海洋貴族クラーク家にとっても、当然見過ごせぬ所であるのだから。
「もちろん『親愛なるイザベラ』陛下の御為に、全力を尽くす所存よ、あなたは?」
「妾としてはあの海の先にまだ見ぬ地が広がっておるのであれば自ら行ってみたいと思っておる」
理由など決まっている。自身の姿をまだ知らぬ彼の地の者達の目に焼き付かせること、そして友達になることだ。
「『希望』があるのね」
提督が微笑む。
「アセイテ提督、いかがですか?」
声をかけたココロは船と船の間を泳ぎ、甲板に乗り移ってやってきた。
花火は海面から見上げるのが風情があると想うが、なるほど海に抱かれてきたココロならではだろう。海洋人であるなら同調する者も居そうだ。
その手にはラサで手に入れた『オアシスの滴』。
お酒が好きだろうか――ココロはまだ飲むことは出来ないが。学校に通い始めて偉い人への配慮を覚えたのである。なにより『お土産を飲んでほしいという』やさしい想い。
「いただこうかしら」
「拙者、幸運と不運の波には自信がありますので! トルタちゃんのお船に乗れる日を楽しみにしています!」
「そう――不運の波には、気をつけなさい……?」
時間は和やかに過ぎて行く――けれど。
皆の心にちりちりと絡みつく違和感の正体は、未だ掴めぬままに。
●
青いグラスを手にする『一人』の男。
野菜のスティックをつまみながら杯を煽る。
こうして堂々タダ飯とタダ酒にありつけるとは、正に『大号令』様様と云えよう。
どんと咲く花火の、その輝く彩りを。十夜は空ではなく水面に映して。
海風が着物の裾をくすぐり吹き抜けて往く感触を楽しんだ。
穏やかな酩酊に身を委ね、けれどヘザーハニーと竜舌蘭は、甘くて苦くて。
この国は『絶望の青』を越えて新天地を目指すと云う。
前は男が十八の小僧だった頃の話だったろうか。
月日の流れは余りに速く――否。
(遅いな、俺にとっては)
――”あの日”からすっかり時が止まっちまって、俺だけどこにも行けねぇでいる。
――縁。
「――……縁」
ふいに目をあける。誰がその名を呼んだのか。
気のせいではあろう。そうでなければならない。
視線の先に広がるのは花火の幕間、ただただ暗い水面ばかり。
少しだけ――その広い背に十二月の風が刺し。
●Diarist
その一冊の書に記されたのは、以下のような言葉であった。
俺もお祭りの熱気に当てられて油断があったのかもしれねぇ。
今日は海洋王国大号令の祭りに参加してみた。
いい意味でも悪い意味でも、俺は視線を集めることには慣れているし、そのように意識して振る舞っている。
けど会場に入ってから、いつもと違うなんだか妙に怯えたような意識が向けられるのが感じられた。
ちょっと笑いかけても視線をそらして足早に立ち去るし、凄いへこへこしてくるのもいたし。
そこで気づくべきだったんだ。
ああそうさ、声かけられるまでは全然気づかなかったんだよ――婆さんに。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
依頼お疲れ様でした。
海洋王国大号令はこれからが本番。
鋭気をやしなって参りましょう。
MVPは思わぬ効果を生んだ方へ。
GMコメント
pipiです。
海洋王国首都リッツバーグでお祭りが始まりました。
イレギュラーズは大いに歓迎されます。
●重要な備考
<青海のバッカニア>ではイレギュラーズ個人毎に特別な『海洋王国事業貢献値』をカウントします。
この貢献値は参加関連シナリオの結果、キャラクターの活躍等により変動し、高い数字を持つキャラクターは外洋進出時に役割を受ける場合がある、優先シナリオが設定される可能性がある等、特別な結果を受ける可能性があります。『海洋王国事業貢献値』の状況は特設ページで公開されます。
●出来ること
食べたり飲んだり歩いたり。
おしゃべりしたり。
船に上がり込んだり。
他、出来そうなことは大体出来ます。
ありそうなものは大体あります。
ゆるくあそびましょう。
●ロケーション
ありそうなものは大体あります。
A:大桟橋
大小様々な船舶が停泊、繋留されています。
ビーフ、ポーク、チキン、シーフード、野菜など。
様々なカレーが提供されています。
店毎に拘りがあるとかなんとか。
近くにユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート (p3p006108)さんの関係者である、フィーネリア=メリルナートが居るようです。
なぜか見た目が全然違うというか、ユゥリアリアさんにめちゃくちゃ似ているのですが。不思議ですね!
ともあれ海の荒くれがやんちゃしすぎないように、目を光らせてくれているようです。
B:おふねバー
停泊しているキャラック船のバー。
船内の席と、甲板の席があります。
花火を見ながらお酒やソフトドリンクが楽しめるようです。
カクテルやスピリッツなどよりどりみどり。軽食もあるようです。
ラムとかジンとか、海っぽくていいですね。
甲板のテーブル席にはヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)さんの関係者である、アドラー・ディルク・アストラルノヴァが、家臣団と共に居るようです。
ご本人はお酒は飲んでいないようですが。
家臣団の中にはRing・a・Bell(p3p004269)さんの関係者である『星守の白蛇』伏見 桐志朗も居るようです。
船内では『アプサラス』トルタ・デ・アセイテ提督がお酒を飲んでいます。
引き連れているのは部下でしょうか。全員女性のようですが。
C:出店
様々な屋台や出店が立ち並んでいます。
飲食や、お土産物、雑貨類、めずらしい舶来品などなど。
まあ。めずらしい舶来品と言っても、イレギュラーズは神殿経由で各国ビューンなんでしょうけども。
こちらは炎堂 焔(p3p004727)さんの関係者【ク・リトル・リトルマーメイド】アリアが買い出しをしているようです。
かなりの荷物を運んでいて足元が危なっかしいです。
D:その他
出来そうなことが出来ます。
●諸注意
未成年の飲酒喫煙は出来ません。
UNKNOWNは自己申告。
一行目にどこに行くかを記載をお願いします。
例:
C
二行目に、他のPCと同行する際には、お名前とキャラクターIDか、グループ名のタグ記載をお願いします。
例:
アルテナ・フォルテ(p3n000007)
とか
【ゆりゆりトルタちゃんズ】
三行目以降。自由に記載下さい。
●同行NPC
呼ばれればそこに行きます。
呼ばれなければ描写はされません。
『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)
皆さんの仲間です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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