シナリオ詳細
ローレットトレーニング・ビギナーズⅡ
オープニング
●世界にとどろけぼくらのギルド
この世界『無辜なる混沌(フーリッシュ・ケイオス)』にとどろくギルド・ローレットを知っているか。
多種多様な人材をかかえあらゆる国のあらゆる問題に対して依頼ひとつで駆けつける『世界の何でも屋』である。
彼らは時として世界の敵である魔種(デモニア)と戦い、時として暴れ牛を殴り、時としてゴブリンの洞窟を一掃し、時としてレストランでバイトをし、時として競ロバですり、時として悪事すらもこなし、時として戦争の渦中に飛び込み、時として異界の大冒険へと繰り出す。
千差万別縦横無尽、自由闊達変幻自在の彼ら――特異運命座標(イレギュラーズ)。
なぜここまで自由であるかについての講義はいつかどこかで聞くとして、今日はそんなイレギュラーズたちのお仕事風景を見ていきたい。
特に……。
「ビギナーの皆さん! あつまれー! なのです!」
依頼書の束をばおんばおん言わせて振り回すは我らがローレットの看板娘もとい自称天才情報屋、『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)である。
「いまローレットは世界中から注目の的なのです!
世界中からいろーんな依頼がいっぱい来ていて、中でも今日は大口の依頼が一気に来たのです!」
ユリーカが広げたのは世界に名だたる七大国家それぞれからの依頼書である。
幻想(レガド・イルシオン) Legado Ilusion
鉄帝(ゼシュテル鉄帝国) Sestell (Sestell Eisen Reich)
練達(探求都市国家アデプト) Adept (Adept the Seekers City-state)
傭兵(ラサ傭兵商会連合) Rasa (Rasa M&C Union)
深緑(アルティオ=エルム) Artio=elm
天義(聖教国ネメシス) Nemesis (Religious state of Nemesis)
海洋(ネオ・フロンティア海洋王国) Neo Frontier (Neo Frontier ocean Kingdom)
それぞれに特色があり、どれも魅力的な国々だ。
「それにですねー。依頼主さんたちは『ローレットのニューフェイスたちが見たい』っていうかわったオーダーを出してきたのです」
世界が注目するイレギュラーズ。天義は聖人扱いし海洋は特別な勲章を授けるほどだ。
そんな彼らのニューフェイスに『ご挨拶』することでコネクションを作っておこうと考えるのも無理からぬことだろう。
「もうひとつ。最近依頼で見てないなーっていう方にも、また来て欲しいっていう『お願い』が来ているのです。
引き受けるか引き受けないか、そしてどの依頼を受けるかは皆さんの自由!
それこそが、ローレットというものなのです!」
●好きな依頼を選んで受けよう!
ローレットはいわゆる冒険者たちのギルドである。
コルクボードにいっぱい並んだ依頼書の中からいつでも好きなものを選んで受ければよい。中には急ぎの仕事でたまたま近くに居合わせたり、逆に狙っていたお仕事を偶然取り逃したりなんてこともあるらしいが……今回の限っては選び放題だ。
まずはこの依頼書たちをみて欲しい。
・【幻想】幻想王国でメイドのお仕事
近々貴族たちが沢山集まるパーティーが開催される。
そのために沢山の臨時メイドが必要になったようだ。
お仕事は一泊二日。
とても大きなお屋敷の掃除や料理、給仕や接客といった様々なお仕事が待っている。
全部イッペンにやるのは難しいので、どれか得意な作業一つに絞って頑張ろう!
・【鉄帝】ゼシュテル鉄帝国で暴走古代兵器退治
鉄帝には大量の古代遺産が埋まっているという。
古代のテクノロジーは現代のものに比べて高度なことが多く、それは国の軍事力にもつながっている。
しかし一方で発掘と同時に暴走した古代兵器に悩まされるなんてことも少なくない。
鉄帝の発掘現場へ向かい、暴走しているという大量の古代兵器たちと戦い、撃破しよう。
どうやら古代のドローン兵士らしく、ふわふわ浮遊しビーム射撃をするドローンがいっぱい群がっている。
個人技能を駆使して、ないしは仲間と連携して戦おう!
・【練達】探求都市国家アデプト(練達)でトンデモ実験のお手伝い
練達には異世界から召喚されたウォーカーたちが集まり都市国家を作り上げている。
彼らが異世界からもたらした技術は混沌証明ルールによって制限がかけられているとはいっても目新しく、そしてどこかサイバーだ。
そんな彼らは日夜世界のルールを突破すべく実験にあけくれているといわれ、今回もそんな実験のお手伝いスタッフを沢山募集しているらしい。
実験サンプルをゲットしに近場の異常存在を退治しに行かされたり、化学や工学といった知識を買われて一緒に実験や開発をしたり……ワクワクなお仕事が待っているぞ!
自分の好みや得意なジャンルの研究を宣言しておくと、得意な依頼に配属されやすいかも!
・【傭兵】ラサ傭兵商人連合(通称『傭兵』)でキャラバンの護衛
大きな砂漠にいくつものオアシス。富を築いた商人とそれを守る傭兵たちの間で結ばれた連合、それがラサである。
彼らは危険なエリアを通り抜け商業ラインをつないでいく。
今回は大きなキャラバンの護衛として沢山の人員が必要になったらしい。
特に長旅でも楽しく過ごせる才能もあるととってもグッド、というちょっと陽気なオーダーだ。
戦闘要素はチョット少なめ。
主に長い砂漠の旅を歌ったり踊ったりキャラバンの商人たちと楽しくすごそう!
・【深緑】アルティオ=エルム(深緑)で樹木や草花のお世話
すさまじく巨大な大樹ファルカウの中に多層構造都市が広がるというこの国は長く鎖国の歴史をたどってきたが、ある歴史的事件をきっかけに他国との交流を開いていったと言われている。
住民の多くはハーモニアという種族で、自然と一体となって暮らしているが……時には樹木のお世話にてんてこまいになることも。
悪くてでっかい虫を退治したり、弱っているお花に水をあげたり、悪くなった枝をおとしたり、時にはハーモニアたちが暮らす住居を建設したり……。
森の中で自然と一体になって暮らすという独特の風土に触れつつ、彼らと一緒に草花のお世話をしてみよう。
・【天義】天義の教会でボランティア
信仰の国天義。この国には少し前におきた大事件によってひどい傷跡が残っています。
けれどこの国の人々は復興のために努力を続け、色々なところでボランティア活動をしています。
今回のお仕事はそのスタッフとして、炊き出しをしたり子供たちに演奏を聴かせたりといったチャリティーを行うようです。(ちなみに報酬は出ます)
・【海洋】海洋王国でシーモンスター退治
広大な海と沢山の島々からなる海洋王国はいま歴史的大仕事の真っ最中。
しかしそれでも海にはびこる沢山のモンスターに悩まされる日々も変わらないご様子。
このたび海に大量発生した飛行サメやバクダンウオや槍イカといったシーモンスターの大量駆除の仕事が舞い込んだ。
船で海に繰り出し、海に飛び込んだりして海のモンスターたちと戦おう!
飛行(or飛翔)スキルや水中行動(or水中親和)のスキルがあると便利かも!
「皆さんには、このうちから好きなお仕事を選んで受けて欲しいのです。
一人につき一件まで。お友達と一緒に受けたいなら必ずいっしょのお仕事にしてくださいね!」
- ローレットトレーニング・ビギナーズⅡLv:15以下完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2020年02月07日 22時45分
- 参加人数300/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 300 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(300人)
リプレイ
●ロイヤルはいつも大忙し
大理石の広間にステンドグラスごしの光がさし、ほんのりとした花の香りとすんだ空気が流れていく。
ここはレガド・イルシオン幻想王国は大きく分けて三つの貴族および王派閥からなり、北のアーベントロート西のバルツァーレク南のフィッツバルディがそれぞれ優良かつ広大な領地を保有している。国の政治的中心となっているのは東に位置する王都メフ・メフィート。
王都と名のあるとおり、フォルデルマン二世のおわす王城がある街である。
そしてそういう土地であるからこそ、各地方派閥の貴族たちが集まる大規模なパーティーが定期的に行われるのだ。
そこで行われる貴族ならではの『戦争』をお見せするもやぶさかではないが……ここはひとつ。
「あくまで臨時のメイドなんだから、別にメイド服を着なくてもいいと思うのだけど!? 私は着ないわよ! ねえ、紅薔薇ったら!」
黒いクラシックタイプのメイド服をあてがわれてぶんぶんと首を振る黒 薔薇。
一方の紅 薔薇は赤い同タイプの服をすでに纏って、ふりふりとスカートをゆらしていた。
「お仕事をするならこのほうが気持ちも入ると思うのよ!」
「気持ちが?」
「気持ちが!」
押し切られる形でぱぱっとメイド服に着替えると、黒薔薇はあらためて全身鏡の前に立った。
「わぁ、黒薔薇姉さまのメイド服似合ってるの!とっても可愛いよ~! 白薔薇姉さまにも見せたいな~!」
「……もう! ほら! 騒いでないで早く料理に取り掛かるわよ!!」
などといいつつ、あんがいまんざらでもないといった風に頬をほんのり赤らめて、黒薔薇はきびすを返した。
(白薔薇にはいつも苦労をかけているからね。少しでも助けになれるようになりたいわ……)
(お料理を練習して、上手に作れるようになったら姉さまもとっても喜んでくれるわね!)
内心ちょっぴり今回の仕事に期待をしつつ、いざ『メイドの戦場』へ!
広大な、そして無数の部屋数をもつお屋敷には沢山のメイドが忙しそうに働いていた。
そんな中で。
(貴族主催の大規模なパーティとなると執事やメイドの数もかなり必要になるのですね……)
御月・藍は端まで歩くのにだいぶ苦労しそうな廊下を一生懸命モップがけしていた。
普通の家ならとっくに終わっていてもおかしくないような時間をかけてもまだまだ廊下は続くというのだから、沢山のメイドを雇って手分けするのが合理的というものである。
「それにしてもメイド服、ちょっとだけきついですね……」
胸にうまったエメラルドコアのあたりをさすりつつ、モップを片手に顔を上げる。
で。
「……ええと、ここはどこでしょう?」
早速迷った藍である。
「あらあら、あなたは確か西第二棟の担当ではありませんでした?」
そんな風に声をかけてきたのはアンジェリーナ・エフォールである。
恐ろしく(おそらく魂レベルで)着こなしたメイド服の裾をゆらしてみせる。
そこへやってきた管理担当者の貴族らしき男性に気づいて、サッときびすをかえした。
「おや、君は?」
「アンジェリーナと申します旦那様。これでも本職のメイドですので、何なりとお申しつけくださいませ」
慣れた様子で頭を下げると、そばの藍にウィンクする。
「あとで担当の場所に連れて行ってあげますね」
例えば小学校の掃除を全校生徒が手分けするのと同じように、広大な敷地と大きな屋敷の手入れには沢山のメイドを要するもの。
茅原 箏勿やピエリス・アンドロメダ、ロべリア・ハンニバルやティラミス・ノーレッジたちもせわしなく働いていた。
「メイドとして掃除頑張るけど……何で上司が居るのさ! というか重症なのにあたし!」
「そこ! 掃除の仕方が甘いですわ! ほら、誇りがついてます。やり直しですわ」
キッと眉尻をあげてゆびをさすダールベルグ・デイジー。
「この人は?」
「お嬢様の意向によりキルロード家から出向にきました、ダールベルグ・デイジーですわ。皆様、気軽にデイジーとお呼びください。掃除の監督はお任せくださいませ!」
胸をどんと叩いてみせるデイジー。
「ほらロベリア! こんなことではお嬢様の名に傷がつきますよ!」
そう言いながら自分でもテキパキと掃除をこなしていく。
さすがにプロである。
「あら、あなたは筋がいいですわね」
「そう、かな……」
ちゃっかりメイド服を着せられた言葉 深雪(男の子)はぼんやりとしつつもテキパキと指示通りに掃除をこなせていた。
「僕自身、何が得意ってものでもないけど…元々、そこそこ良い家だったし…使用人も居たから…彼らからちょっと学んだ物は生かせるかな…って」
服がどう考えても女の子向けだけどまあいっかという、独特なスルー感性によってメイドに混じる深雪であった。
「他の皆のお手伝い、っていう形で仕事が出来れば重畳…かな…?」
そんなことを言いつつふと窓の外を見る、と。
(他の依頼より安全そうだし大きな屋敷なら誰もいないところでサボってもバレなそうだし……)
メアリーがそっと気配をけしてサボっていた。
引っ張り戻してもいいっちゃいいが、それと同じくらい放っておいてもいいので、深雪はあえてみなかったことにした。
イレギュラーズはただ活動しているだけでパンドラという希望のエネルギーがたまっていく。それゆえにギルド・ローレットは世界的に特別扱いをうけているのだ。それはそれとして、ローレット自体のルールに依頼達成努力義務というものがあるらしいので、課せられたときはやらねばならない。(逆に言うと、今回はさほど重く課せられていないのでサボっていても怒られないのだ)
一方、そのころ。
「良いですか、イルミナ。貴族の皆様方に満足していただけるように頑張らなければいけませんよ。ときに大辞典によると……お金持ちの家にたまる埃は集めると美味なるお菓子に生まれ変わるそうですよ」
フランシス=フォーチュンが箒片手にピッと指を立てていた。
いやいやいかに混沌フシギの世界といえどそれはないでしょーと通りかかった人らが思った、そのやさき。
「流石フランさん! 物知りッスね!」
イルミナ・ガードルーンがガッツポーズで身を乗り出した。
「なるほど! ご褒美があると俄然やる気が出るッスもんね!」
「そうですね(便乗)」
「では早速……何から?」
「掃き掃除をしなさい」
「ハイ!!!!!!!!!!」
癖っていうかギフトっていうか弱点として言うとおりに掃き掃除をしまくるイルミナ。
そして。
「……そろそろいいッスかね。はいっ、フランさん!
集めた埃っす! イルミナは食べ物を食べなくても平気なので、代わりにどうぞッス!」
「え」
「どうぞッス!」
「いやいや僕はいりませんってやめてくださいっ。やめ……!?」
顎を掴んでちりとりの角っこを口に当てられるフランシス。
「ぐぐっと!」
そしてイルミナはちりとりを傾けた。
悲鳴のこだまする洋館。固く絞ったぞうきんを『胸の前でもって突き出すようにすると絞りやすいよ』って教わっていたアムネシアは、言われたとおりに絞りながらふと顔をあげた。
「なんだろう。誰か転んだのかな」
気にしつつも、アムネシアは窓のふちにうっすらと積もったほこりを拭うようにぞうきんがけをしていく。
「やり始めたらきれいになっていくのってちょっとだけ……うれしい? ん、たのしい、のほうが正しいかな。
僕はお接待とか、そういうのしかしたことなかったけどこういう事でも役に立てるのかな。役に立てたらうれしいな。使ってもらえるのは幸せなことだからね」
「それは、とてもよいことですね……」
アーデルトラウト・ローゼンクランツは拭き掃除を手伝いながらこっくりと頷いた。
「あ、そこのものをどけて」
「どうぞ」
手伝うっていうか、ソファーとかテーブルとか石像とかとにかくどちゃくそ重いものを軽々もちあげるっていう手伝い方である。
「わたくしはシティーメイドにして掃除屋(スイーパー)ですので、このお仕事は適任ですが……適していることを、すなわち成さねばならないわけではありませんよね」
アーデルトラウトにも経験がある。得意でないことや、意味の分からないことや、見たこともないようなことをローレットの依頼を通して経験する。
イレギュラーズがパンドラを蒐集するという目的とは別に、ローレットでの活動はこの世界での見識を広めてくれる役割を持っていた。
「たしかに、いきなり知らない場所で初めてのお仕事、どきどきです……けど、サンタのおじさんのお手伝いをずっとしていたヘイディなら、ここでは皆さんのお役にたてそうです」
白いぽんぽんのついた赤いメイド服姿ではたきを握りしめるヘイディ・ライッコネン。
「メイドさんの服は、おしゃれでかわいいですね。るんるんです」
ゆらゆらと肩をふってぽんぽんを動かしてみせるヘイディ。
「ヘイディはこう見えて、お掃除は得意な方だと思います。
サンタのおじさんの工房の片づけは、サンタ・ドールのお仕事でしたから」
「へえ、サンタさんの手伝いをしてたんだね」
アメリア アレクサンドラは窓をきゅっきゅとふきながら振り返った。
彼女(?)のメイド服はお薔薇の飾りがいっぱいついたピンクの服である。ヘイディといい、メイド服を個人に合わせてちょうどいいものを選んであてがってくれているらしい。どこにそんな多種多様なメイド服があるのかと思えてくるが、多様性もまた混沌ならでは、なのである。
「ボクもお掃除なら手伝えると思って……とびこんで……み……うーん……!」
高いトコロに届かずつま先立ちで背伸びするアメリア。
すると、フォーンというかわった音をたてて飛行する『MAIDs』ブリギッテ・インボルグ(p3p007688)が高い所を拭き掃除してくれた。
「掃除ならお任せください。基本プログラムでも十分対応可能。
飛行を駆使して、このように高いところの掃除などいたしましょう。クリーンなエネルギーによる浮遊です、安全安心です。まったく問題ありません」
「そこまで安全を強調されるとかえって不安になるなー?」
「MAIDsは万能でございます。お任せあれ」
手首んところぱこっと取って吸引ノズルにつけかえると、シャンデリアの上んとこによくたまるほこりをズオーって吸い始めた。
「…………」
そんな光景を遠くから眺めながらドゥー・ウーヤーは黙々と作業をこなしていた。
(給仕や接客のような人と関わる仕事よりは、もっともくもくとやる仕事の方がいい……他の人の邪魔にならないように、静かにこういう作業をするのは好きだな……)
作業自体は大変そうだったが、それがどうにも楽しいらしく、掃除したところがピカピカになっていくのを見るのも嬉しいらしい。
「冒険者らしくはないかもしれないけど、これも大切な仕事だ」
ギルド・ローレットが一般的な冒険者ギルドと区別される最も大きなポイントはまさにそれだった。
メイドも戦士もベビーシッターも戦争介入もぜんぶ請け負うのが、ローレットなのである。
「メイドを使う立場だった私がメイド姿になんて、お父様が見たらなんて思うかしら?」
ディアナ・クラッセンは苦笑しながら大きな洗濯籠を運んでいた。
ぴかぴかにみがかれたガラス窓をふりかえると、自分の姿が映っている。
落ち着いたブラックカラーの、スカート丈の長いメイド服。
いつものばりっとした服装と、奇しくもシルエットが似ていた。
だからこそだろうか、ディアナによく似合う。
「家事はできるつもりだけど……元々はメイド(彼女たち)に一通りの世話はしてもらっていたのよね」
これからは今までよりもっと優しく接することができるかもしれない。
そんな風に、思った。
なんてほっこりしていると、すぐそばで大きな声があがった。
「初めての仕事、緊張するー! ……けど、これなら私にもできそうだし、張り切って働くわ! おーっ!」
髪を括り三角巾を装備した太井 数子である。
腰にさしたはたきを剣のごとく掲げ、もう何枚あるのかわかんないくらい沢山ある廊下の窓へ片っ端からはたきがけをしていった。
「たしか掃除の基本は上から下よね! 見えない所もぴかぴかに……」
何枚かの窓からホコリを落としたら、今度は水で絞ったぞうきんを握りしめた。「ぞうきんがけは得意なのよ。昔……」
うっ、といってつらい過去にめまいがしそうになった、ところで。
ディアナが肩を掴んで数子をささえた。
「一緒にやりましょ。こんな広いお屋敷だもの」
広く高級なお屋敷だけあって厨房もまた広大である。
人がまるごと入るんじゃないかっていうオーブンが軽く五台は並び、様々な世界から入ってくる奇抜な料理に対応すべくビザ用石窯やら電子レンジやらペースト調理機やらオールインワンハーベスターやら木臼やらミニ霊樹やらが悪魔めいた合体を果たしたとんでもない多世界システムキッチンと化していた。
それでもヨーロッパ系の調理設備が大半を占めるあたりが、幻想らしさといえようか。
「さすが幻想貴族のパーティー。初めて見る料理もいっぱいあるね」
猫崎・桜は巫女風エプロンをして腕をまくると、スカートをひらひらとさせてみた。
「メイド服、一度着てみたかったんだ♪ いろんな料理ありそうだし楽しみだねー♪
美味しそうな料理が一杯♪ 全部覚えて行きたいけど……」
ちらりと見ると、あちこちでもう戦場のような調理風景が広がっていた。
「これでも副業メイドとしての経験もそれなりにありますし、引率ならおまかせです! さあミンティさん、こちらですよ…ふふ」
シズカ・ポルミーシャ・スヴェトリャカが着慣れたメイド服で現れると、壁の後ろにひっこんでいたミンティ・セレーニアを引っ張り出した。
「メイドのお仕事なんてしたことないし、私そもそも背が高いし胸も大きいし着られる服なんて……何で、あるん、ですか!?」
早業なのか状況に転がされたのか、気づけばミンティはぴったりのメイド服姿で厨房に立っていた。
「あ、厨房関係のお手伝いをすればいいんですねはい、それなら多分大丈夫です、私も料理はある程度できますし……野生動物やモンスターをさばいて調理する、とか、なら……」
なんか違う気がすると言って帰ろうとしたミンティの襟首をぐいっとつかむシズカ。
「メイド服もお似合いですね♪ 複雑な料理の経験が無くても大丈夫、私がきちんと教えますから! 私が得意なのは料理とお茶入れ、コックの資格もありますので」
おそらくどこかの貴族が認定したものなのだろう。スタンプいりの資格証をピッとかざして、シズカはミンティに指示を出した。
「まずは火起こしです。釜に火を入れてプレートを運んでくださいね。力仕事ですよ!」
なんてやってるすぐ横で、リーリア・フィルデマージュが『アンテルム』から大量の特殊な機材をポンポン出しては巨大な円柱状の物体を工作していた。
料理は一定の規模と造形を超えると工作に近くなるという。
「一泊二日でしっかりと報酬が出るのなら、腕によりを掛けて煌びやかな料理を披露するよ!」
それっ、といって巨大な切り株状のなんかにもうひとまわり小さい同じものを重ね、それを五段階ほど繰り返す。
「ちょっとインパクトのある物が一つくらいあっても良いよね?
幾つものスイーツを組み合わせた……巨大なケーキ型の王都よ!」
混沌ならではといった具合にカオスったウェディングケーキ(?)を見て、周りのメイドたちがおおと歓声と拍手を送った。
「問題はどうやって運ぶかだけど……」
リーリア、シズカ、そした桜の視線がミンティに集中した。
「……んっ!?」
厨房にあるもう一つの戦場。
それはホールと接続されるカウンターおよび洗い場である。
「たまにはメイドの仕事なんてのもいいかしらね。まかないとかで美味しいお肉でも食べられるといいわね〜」
厨房から流れてくる香りにご褒美をうっとりと期待しながら積み上がった皿を片っ端から洗っていフィリア・クインラン。
乾いたお皿を両手と尻尾で器用に持ち上げると、華麗に調理エリアまで運んでいく。
もちろんメイド服は尻尾穴つきのものである。大胆の個性のわかれた種族的体型特徴からくるファッションの多様性もまた、混沌あるあるなのだ。
「さて、空いたお皿がまた追加よ。頑張って」
「は、はい……!」
イルリカ・ナインもまた運ばれてきた大量のお皿と戦っていた。
「シンプルだからこそ手の抜けない作業です。すっごく頑張るですよ……!
難しいことでもチャレンジするですよ! 家事なら得意なのです、やってやるです! 戦うだけがイレギュラーズじゃないですね」
繰り返すようだが、イレギュラーズは生きているだけで価値をもつ。
ゆえにそれがいかなる行動であっても好意的に支援されうるのだ。
とはいえローレットというギルドの性質上、『誰かが求めた作業』に限定されるのだが。
「ちゃんとお仕事としてメイドさんになるのは初めてですが……精一杯頑張るですよ!」
沢山の料理ができあがり、そして運ばれていく。
時には流しそうめんや回転寿司状態になることもあるとは聞くが、幻想貴族の基本スタイルはメイドによる手渡しだ。
個人をもてなすための細やかな工夫や配慮が、その精度をあげようとすればするほど個人技能を要するからである。
だが何より大事なのは技能よりも……。
「異国の地で従者装束着るのって何処か新鮮な気持ちになりますね」
紗恵・ヴォルグラートは心のこもった礼儀作法でパーティーの来客たちへ対応していた。
ここは貴族たちにとっての戦場。
お互いがお互いの政治力を競い合い、時としてコネクションを作り合う。こうした力は民の連携そのものとなり、ひいては国益ないし民の……という説明は後回しにしておこう。
「なにも、剣をとって戦うことだけが協力や連携ではないものね。さあ、適材適所で生きましょう!」
「メイドは一応本業でしたからねー。
……ええ、前の世界ではクビになっておりますー」
のほほんとした調子でお皿を大量に運ぶルーシー・ルー。
これはなんとも熟達したテクニックだ、とか思われているとなんもないところで躓いて転倒。
とみせかけて余分に持っていた皿で飛び上がった食品をキャッチした。
「未来予知ー? いえいえ、ただの経験則ですー」
敵を知り己を知れば百戦あやうからず、ではないが。
「私も元は夢を与える魔法少女。お食事もより楽しんで頂けるように力を使うのです」
甘楽 憂は『魔法讃歌(ファンタズミック・カデンツァ)』の鼻歌をうたいながら優雅な音楽やエフェクトを出し、優雅に料理を運んでいく。
「お待たせしました、なのです」
時に適材適所というのは文字通りの意味である。
メイドに求めるものが優雅さや可憐さ、時として個性や欠点であったりするように、色気を求める者も確かにある。
そしてそれに答える力を、『彼女』たちはもっていた。
「旦那様ったらぁ、お上手ですぅ」
料理を運ぶついでに色っぽく密着し、なんだかふんわりとした甘い香りを漂わせるミルフィーナ・シエル。
「続きは今夜――ですよぉ」
思わせぶりにウィンクするミルフィーナ。
こういう接し方を好む者もいれば、一方で……。
「あい。初めまして。今夜はメイドやらせてもろうとります。
花房 てまり言います。あんじょうよろしゅう。
お客はんお代わりはどないしはりますー?
あら、美人やなんてお上手やわぁ。けど奥さんが怒りはりますよってほどほどになあ?」
花房 てまりは昔取った杵柄、もとい培ったトーク技術を駆使して相手と上手な駆け引きを演出してみせた。
色気を『もう少し押せば落とせそうと思わせること』であると定義した者がどこかにいたが、わざと弱点を作ってみせるのもまた、色気というものである。それでいて案外落ちないからこそ人は夢中になるのだ。クレーンゲームの原理といったら、わかりやすいだろうか?
で、そんな中で忘れちゃいけない17歳
。
「どうもこんにちは! 四矢・らむね17歳初心者です☆
なんですか! 熟練の匂いがするって!? いやいやほら見てくださいよこのレベルですから、まじ初心者ですから!! 誰だID三桁台っていったやつは! 何年17歳やってると思ってんですか!?
ほんとなんか最近、芸人とか悪役レスラーみたいな戦い方が板につきつつあるのでここは一旦心機一転、アイドルみたいな華麗な戦いを身につけるためにココへやってまいりました!!
昔副業でメイド喫茶バイトしてたんで任せてください!! バリバリ接客していきますよ!」
矛盾を隠しもしない17歳。どう考えてもアラサーの何かだがイラストセキュリティに17歳って書いてあるんじゃしょうがねえな。
「はーい、おかえりなさいませご主人さま☆
ご注文はいかがしますか? オムライスとかオススメですよ!
むにえる? かるぱっちょ? らむねわかんないですぅーオムライスの一種デスかぁー? ああ!?
はい、お名前書きますよーおいしくなーれ、もえもえキュピーン☆」
今日も絶好調。前線復帰が待たれるベテラン17歳であった。
一方こちらはお子様担当ポシェティケト・フルートゥフル。
「まあまあ! 貴族のかたのお家って/大きくてピカピカで、すごいのね。
ワタシは森ぐらしが長かったから。こんなに大きなお家は、初めて入るの。
だからほんのちょっぴりだけ、気後れしてしまいそう、だわ。けど、ええと、大丈夫よ」
ポシェティケトはクララシュシュルカ・ポッケを出すと、『一緒に頑張りましょうね』と微笑みかけた。
「遊びたい子、疲れた子、眠たい子、いらっしゃったら、鹿と一緒に遊びましょうね。大人も、子供も、素敵なひと時を楽しめるように……」
さて、ローレットの中でにわかに、そして色濃く存在する紅茶党の歴史をご存じだろうか。
「育休明け早々に臨時メイドの募集があるなんて、とってもラッキーですの。
養育費と茶葉代を稼がないといけませんので、お仕事がんばらせていただきますね」
茶葉のためなら孤児院だって焼くでおなじみのスーパー紅茶マイスターSuvia=Westbury。養育費というパワーを携えて堂々の帰還である。
「貴族の皆様に『おお、これはすごい』と褒めていただけるような上品で優雅なフレーバーのお茶を提供させていただくつもりですの」
Suviaは得意の紅茶選びテクニックによって個人にあったフレーバーを選出しては丁寧にお茶を入れていく。
(お湯をティーポットからカップの順に入れて、温めます。
次に人数分の茶葉を入れて沸騰直後のお湯を注ぎ、直ぐに蓋をして蒸らします。
この時、お湯を勢いよく注ぐのがコツです。
ポットの温度を下げず茶葉毎に最適の時間で蒸らし、濃さを均一に淹れます。
ミルクティーの場合は茶葉は若干多目に入れて、ミルクを――)
一方で黙々と紅茶の高貴な入れ方を実践していくシルフィナ。
さすがは元プロメイド。しゃんとした立ち姿である。
「僕も紅茶を入れるのが得意だから、こっちを担当するよ。
人によって好みは違うだろうし、食べているお茶請けとかによって合う紅茶って違うよね。しっかり観察して相性の良い紅茶を提供するよ」
時任 零時も自分の特技を活かし、ティーセットワゴンをおして現れる。イギリス式のティーセットである。
そんな彼らの様子を眺めながら、ハイド・レイファールは頬に手を当てた。
「ふふ、新しく入られた方々を見ると…微笑ましい気持ちになりますねぇ。私も、偶には初心に帰って励まないと。ですね 貴族のお手伝いなんて、またとない機会ですもの。精一杯、仕えさせて頂きましょうか?」
新たに運んできたティーポットを手に、にっこりと微笑むハイド。
パーティーはまだまだ終わらない。
幻想貴族や民たちの豊かな時間は、メイドたちの戦いによって支えられていくのだ。
●大海原に帆を張ろう
ネオフロンティア海洋王国はその大半を海が占める国である。
女王と貴族院が政治の中心である点は幻想王国と似ているが国土がほぼ海であるために海中でも問題なく呼吸できる海種(ディープシー)や生まれつき飛行可能な飛行種(スカイウェザー)を多く見ることになるだろう。
とはいえ広く広大な海をわたるのに遠泳(ないし飛行)するのは広大な国土を徒歩で移動するに等しく、結局は船による航路で無数の島々をつなぐ政治になりやすく、そして人民が散っているからこそ政治的軋轢が生まれにくい。
そんな、平和で穏やかな国柄が特徴だ。
故に鉄帝から『凍らない海』を求めた外交を仕掛けられたりその他諸国から土地資源を狙われることも少なくなく、国内の海賊に暗黙の公認を与える私掠船制度によって防衛しているという面も少なからずあるらしい。
が、そんな国で一番よく見る問題が……。
「いやっほーう!! いやー海風を感じながら飛ぶのは気持ちが良いねえ!」
メル・ディアーチルは黒い翼を大きく広げ、飛行鮫の間をすり抜けていく。
ターンして追いかけてくる飛行鮫をちらりと振り返ると。
「っといけない今回はお仕事だったねーお仕事」
空中でクイックターンの動きをかけて強制ブレーキ&反転。追いかけてきた飛行鮫たちめがけ、真正面からの魔力砲撃を発射した。
回避もままならず墜落していく飛行鮫たち。
このように大きなダメージを受けると飛行が解除され墜落状態となる。
そういう時に下で待ち構えておくのが空中戦闘連携プレイの基本だ。
「そーれそーれ、ザックザックとどんどん行っちゃいますよー」
海洋謹製オシャレな防水服を纏った京極・神那がドルフィンキックで海中を泳ぐと、激しく海面をわってジャンプ。
腰ベルトに固定していた小太刀を抜くと、落下してきた飛行鮫をすぱんと切断し、宙返りをかけて再び海中へとダイブした。
「ふっふっふ、なんか癖になりそうですねぇ。ええ、楽しくてもう」
海に潜ればさらなるモンスター。無数の槍イカが頭部分(?)を鋭い槍のようにとがらせてウォータージェットで突撃してくる。
「おっとっと」
資源豊かな土地ゆえに野生動物も盛りだくさん。
そしてモンスターが普通に生態系に混じっているだけあって動物たちもなかなか激しい特徴をお持ちであった。
これらを主に海魔(シーモンスター)と呼んだりもする。
「頼みますよレミファさん!」
槍イカの群れを引き連れるように再びドルフィンジャンプをかける神那。
おって飛び上がるイカたち。
が、待ってましたとばかりにレミファ=ソラージットがソードデバイスを操作。
空中に巨大な魔方陣を描き出し、突き出た大砲が黄金のビームを発射した。
飛び上がったせいで回避行動もろくにとれないイカたちをのみこみ、たちまち焼きイカへと変えていく。
「はー、これが海デスか。
イレギュラーズになるとこういうトコにも来れるんデスね。
鉄帝は雪と山ばかりだったデスから、新鮮でいい感じデス。
……でも身体がさびそうで早く帰りたいデス」
なんて言いながら、海のぼちゃぼちゃ落ちていく焼きイカたちを見下ろした。
「……あれって、食べられるんデスかね」
「どうだろう? あんまり詳しくないんだけれど……」
ラース=フィレンツが『どうなの?』という顔で振り返ると、船を操作してくれていた王国海洋警備隊のトド船長が親指を立てた。
「食えるぜ。醤油かけるとうまいぜ」
「そうなんだ……」
そういうことなら、と剣を抜く。
「なるべく多くの敵を倒したいものだねぇ。ただし、身の安全が第一だよ。海の藻屑になるのは敵だけで良いのさ」
飛行鮫が新たに数匹飛び出し、牙をむき出しにして襲いかかってくる。
ラースはにらみつけることで注意を引くと、突っ込んできた鮫をすばやくかわしながらすれ違いざまの斬撃。
頬から脇腹にかけてばっさりと切り裂かれた鮫が甲板に転がる。
(あまりニモ久しブリに戦いに身を投じるノデ、不安ダガ、やれるダケの事はヤロウ)
それをチラ見したモルテ・カロン・アンフェールは、青いドラゴンめいた翼を広げて魔力を湧き上がらせ、召喚されたスケルトンアンデッドたちがモルテを守るように立ち並ぶ。
振り込んだ鎌から放たれた魔力斬撃が後続の鮫へと直撃。
動きがブレた所に剣崎・結依が手をかざした。
「この仕事も悪くない。飛んだり水中行動は得意な方じゃないが、まぁ、海辺は嫌いじゃないからな」
手のひらから放射された魔力衝撃がよろめいた鮫にクリティカルにヒットし、船の外へと吹き飛ばしていく。
「動いてたら腹減ったな……ふかひれ……」
海洋あるある。
食えそうなモンスターは多少頑張れば大体食える。そして割と美味い。
そして。
「海! 解放的な気分で、普段制服姿なわたしの水着姿に海の男達もときめき!
海の男は遠洋漁業でがっぽり稼いでくるのよね、わたし長いこと会えなくても大丈夫だから!」
大胆に水着を着込んだ十鳥 菖蒲が、甲板でババーンという効果音と共にポーズをきめた。
こういう人も、結構いる。
「海のみなさーん! 彼氏募集中でーす!!」
とか言いながらベルト式ホルスターから抜いたニューナンブ拳銃を水平に構える。水しぶきをあげて飛び出してきた新たな飛行鮫を音だけでとらえ、位置を特定。そして連射。
襲いかかるよりも先に打ち落とされた鮫の水しぶきを横目に、菖蒲は耳にかかった髪をかきあげた。
「寄りつくのは鮫ばかり、ね」
海中で消えない炎を纏って突撃してくるフレイムマンボウ。
直撃をさけるべく舞うように回避するMeer=See=Februar。
「ちゃんとイレギュラーズしてるよーって報告できるようにがんばるぞ!ねぇ雀ちゃん、イカとかタコとかって倒したら食べられるの?」
「……坊ちゃん、私、里帰りだと聞いていたんですが。そういう仕事とは聞いていないんですが?」
後方から回り込むように泳ぐSperlied=Blume=Hellblau。
ターンをかけたマンボウめがけてマジックロープを放つと、動きを一時的に封じた。
「こういうことには向かないから海賊を諦めた、はずなんですよねぇ…」
つぶやくSperliedをよそに、Meerはクリオネ型のマジックナイフを手の中に形成。マンボウめがけて次々と投擲した。
内側からふくれ、爆発するマンボウ。
「知ってる海でもお仕事だと緊張するね…」
ふうと胸をなで下ろして、Meerは振り返った。すると。
ものすごい速度でタコ鮫が突っ込んでくるのが見えた。
「わっ来ないで来ないで! 僕、美味しくないし!」
八本脚を螺旋状にうねらせて加速する鮫に、Meerは思わず身をかばう。
が、それを阻むようにSperliedの投げた注射器がタコ鮫に命中。まわった毒で血を吐いたその瞬間に魔術射撃によってタコ鮫を牽制した。
「メーア、安全第一です。無理は得策ではありません。自分の実力を見極めるのも大人の証拠ですよ。お土産としては十分ですから、ね?」
「ふむ、休憩はよりよい筋肉を鍛える。ハードトレーニングは禁物だぞ」
ざぶんと両腕を胸の前でクロスする姿勢で落ちてくるユルリッヒ・ペンオルト。
突如としてパンプアップすると、再び攻撃をしかけるタコ鮫の牙をキャッチした。
上と下に、ワニの顎のごとく開いた腕で上下の顎をそれぞれキャッチしたユルリッヒは相手の頬に脚をかけて盛大に顎をひねった。
相手の顎を強制的に外し、撃墜。
そこへ一斉に飛び込んでくるバクダンウオの群れに、ユルリッヒは再びクロスアーム姿勢で挑んだ。
「爆発する魚か。興味深い。我が筋肉は場所を問わん! 存分に競い合おうではないか!」
活を入れて筋肉呼吸(筋肉の熱で酸素を作り肺へ直接供給するペンオルトの秘技である)で胸を膨らませた。
「ここはまかせろーぃ!」
ちょいやーといって飛び込んでくる猫耳スク水ロリ巨乳忍者魔王こと田中!
田中・E・デスレイン!
ばんざいの姿勢で脚から飛び込みそのまままーっすぐ海底へと沈んでいった。
「あれ!? おかしいな!? スク水は水属性のはず! なぜ呼吸ができなごぼぼぼぼぼおぼぼ」
――タナカ――タナカヨ――キコエルカ――
「この声は! イマジナリーマイフレンド……ゴブリンハスキーボイス(45歳独身貴族)!」
――シゴトシロ
「アッハイ」
田中泳法でびゅーんと海面に飛び出すと、田中パンチでサメを殴った。
ヒュオーっていいながら身構える田中。
「サメは殴る。SAME NAGURI TANAKA――略してSPC!」
「略せていないし違う」
ダブルバイセップス泳法(筋肉の熱で推進力を得る秘技である)で海面に飛び出してくるユルリッヒ。
スク水と筋肉の上を飛行していく月読 ひかりと暁 ひかる。
そういえば二人で着たねえスク水、とか語りながらトビヒラメによる圧縮水マシンガンを散開飛行によって回避していく。
「召喚されてから大分経ちつつの初めての依頼でちょっと緊張してるのですが...わたしたちならきっとうまくいくのです」
「なんだかワクワクするね!あたしたちの力、いっぱい見せてあげようね!」
散開状態でヒラメがどちらを狙うか迷ったそのすきに、二人は空中で身体をひねってターン。垂直姿勢をとったひかりが月の光を魔術的に圧縮したものを散弾にかえて発射。
その間に拳に太陽の光を魔術的に圧縮させたひかるがヒラメめがけて急接近。思い切り上から下へと殴り落とす。
直撃をうけたヒラメは飛行状態が保てず墜落し、通りがかった刺草・竜胆による手刀で真っ二つに切断された。
「飛行サメやバクダンウオや槍イカ…クハハハ!このような怪異が居るなど真に奇奇怪怪な世界じゃの。
じゃが、人の子が海で生きる為にはこれらの怪異には退場して貰おうかのぉ……!」
竜胆の頭髪がみるみるうちに金色となり、背中にコウモリめいた羽根が出現。
飛行能力を得た竜胆は空中に浮き上がると、取り囲もうと迫るトビヒラメをさらなる垂直上昇によって離脱。
頂点で身体を丸めてムーンサルトターンをかけると、突き出した両手から激しいエナジードレイン性の魔術弾を連射した。
「クハハハ! 大量よ! 倒したもの達は儂の晩酌のつまみにしてしまおうかのォ!」
海原を切り裂いて船が突き進む。
甲板にて構えていたルリ・メイフィールドとデボレア・ウォーカーは同時にみがまえた。
舵をとりながら振り返るアシカ船長。
「ここらは人食いカモメの発生地帯だ。空中戦闘の準備をしろ」
話にあるとおり、遠くから編隊を組んだカモメの集団が飛行してくる。
ただのカモメと違うのは、真っ赤に燃える目と肉を食いちぎりそうなくちばしだ。
翼を広げて飛び立つ二人。光線銃の連射やカプリーダンスによってカモメたちに対抗を開始。
その中を抜けてくる巨大なマザー人食いカモメを飛行したアレクシエルが受け止めた。
「シーモンスターって鳥系もいるのね。当然と言えば当然かしら」
アレクシエルはその巨体を活かして人食いカモメのボディに尻尾を叩きつけると、副腕で相手をホールド。振り上げた拳で相手の頭へとパンチラッシュをかけていく。
「美味しいモンスターが倒せたらあとでいただきましょう。それで可愛いお魚とかいたら……ちょっとお持ち帰りしたくなるかも。だめかしら?」
途端、周囲の人食いカモメを飛行鮫がバグンと食いちぎるようにかっさらっていく。
モンスターの間でもうまれる生態系。
強くなければ生き残れないのはどこでも同じだ。
血まみれの牙をむき出しにして、飛行鮫がこちらへと振り返った。
「きっちりこなさないと、ね」
セフィ・フロウセルはふわりと浮かび上がると、周囲に流れる風を読み取った。
頭を食いちぎらんと突っ込んでくる鮫の動きを先読みして回避。
通り過ぎていく鮫の背に向けてマジックミサイルを連射し……つつ、すぐ近くで巻き起こった突風を敏感に察知した。
霧島・トウゴの纏った『先導の疾風』である。
まるで弾丸のように風をかきわけながら甲板をけり、空中を『疾走』するトウゴ。
「さーて、噂にも聞く大事業の真っ最中じゃ俺らみたいな『なりたて』は奥深くに軽率に行くのもなんだしな。準備運動とかもきっちり済ませて――まぁ海産物退治と洒落込むしかないな」
距離をとろうとしたサメにすぐさまおいつくと、鋭い蹴りを繰り出した。
鋭い風を纏った蹴りは鮫を真っ二つにし、海へと墜落させていく。
「鮫といえばフカヒレ、だよな」
●おおいなる木の下で
アルティオ=エルム。通称『深緑』。
大陸西部に広がる迷宮森林という領域にある国家であり、いわば巨大な集落である。
迷宮森林がよそものの侵入を拒み、大樹ファルカウが様々な加護を民へともたらす。そのため深緑の民は安全に、そして末永く暮らすことができた。
しかしその反面、国は長らく閉鎖的な政治体制をとり、他国との交流をきわめて小さいものにとどめてきた。ローレットの『入国』を受け入れるようになったのも、つい最近のことである。はじめの頃は前で宴会を開くのがやっとで、巫女たちに面会するだけでも奇跡だと言われたほどだ。
ハーモニア種族が大多数を占める理由はそうした閉鎖的な文化が長く続いたからとも、生まれつき森の声を聞ける彼らが森になじみやすかったからとも言われているが、定かなことではない。
深緑は厳格なルールと深い森によって守られた、巨大な共同体なのだ。
「花を愛で、鳥の囀りを聞き、日々を尊ぶ……うん、素晴らしいと思うんだ」
アスタ・ラ・ビスタは葉っぱと茎でできたじょうろを手に、広大な花畑に立っていた。
「花というのは死者の贐にも使われるから、僕にとっても身近な存在なんだ」
「それは素敵ね。わたくし達ハーモニアにとっても、樹木や草花は切っても切れない大切な存在よ。だからこそ、沢山心を込めてお世話するの」
クラリーチェはアスタに『草じょうろ』の使い方を教えていた。
深緑が他国との交流をほとんどせずに自給できている理由は、森の恵みが豊かであることと同時に硬度に発達した魔術文明にある。
魔術的な操作によって道具を生み出したり、不便なく暮らすことを実現した土地も多い。階層都市であることも助けて人のつながりが深く、技術や道具が伝達しやすいのだ。
「お世話を終えたら、手作りのお弁当を持ってピクニックに出かけましょう。腕によりをかけて作ったの」
バスケットを掲げてみせるクラリーチェ。
「それはいいねー」
手伝って花に水をあげていた久保川 チュウ太郎とリラがやってきた。
「おいしそーな草花がいっぱいあるゆえ、雑食動物なおれは上手くやれるか心配だなーと思ってたけどー……。これなら頑張れそうだぞー」
ご飯は後回しにしよう、と言っててきぱきと水やりをしていくチュウ太郎。
「そう言えばリラ食べられる草とかは育ててるけど、お花は育てた事無かったなー。
あ、この子はちょっと栄養が足りてないみたいだから栄養剤もあげなきゃだ!」
そういうのある? と問いかけると、クラリーチェが別のバスケットから小さな種を取り出してみせた。
「よくわかったわね。これを土にうえてあげればいいわ」
ハーモニアが生まれつき植物と石をかわすことができるのは有名である。
たまに通常言語で会話しているのかと思われがちだが、厳密には『草木の意思』を感じ取ってあげているらしい。水が足りなくて涸れそうだとか、どこどこの根っこが腐りそうだとか、なにか重い物で潰された気がするとかである。
もともと植物の持っている情報というのは多いようで少なく、そして利己的なもの。それを読み取って世話をし、その恵みを分けて貰う。
ハーモニアの基本的な生き方といって良いだろう。
「はやく大きくなって美味しくなるんだよー? 蜜とか美味しいといいなぁ」
ゆえにリラのこんな考え方も、ある意味ではハーモニア的だった。
「ひゃあ!」
同じく花に水をやっていたライアー=L=フィサリスが葉っぱから飛び退いた。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
隣のラインを担当していたsorako*が心配そうに顔をのぞき込んでくる。
ライアーはふるふると首を振って、葉っぱを指さした。
「その……ええ、虫は苦手ですの。お花や木々の中で過ごしたり、世話をしたりといったことは好きなのですけれど……」
「ちょっとわかります」
苦笑で返すsorako*。
「けど、虫も植物を育てる上では大事な要素なんですよね」
sorako*はずっと昔に理科の教科書で見た『花の育ち方』なるページを思い出していた。
「日本の義務教育というのは、しみじみと役に立つものですね。こんな異世界に来て実感しようとは……」
その部分はやりますよ、とじょうろを手に取る。
「それにしても……ここはとても緑豊かな土地ですのね。空気も澄んでいて良い気持ちだわ」
「本当ですね。私もつい、またここに来てしまいました」
二人は笑い合って、花畑を振り返る。
「元気になったら、綺麗な姿を見せてちょうだいな」
そのまた隣のレーン。
辰巳・紫苑とリンドウが協力して水やりをしていた。
ただ花に水をやるだけの作業では、実はない。
花の状態をひとつひとつ観察しながら、適切な健康管理を行うのが本来の『水やり』である。
「驚愕を覚えました。まさかマスターがドローン退治でも海魔退治でもなく土いじりを選ぶとは」
「リンドウ、貴女もしかして私が食べる事と戦う事しか頭にないと思っていない…?」
「いいえ、マスターは食べる事と殺戮しか頭にない方だと思っております」
「より殺伐としたわね」
リンドウがひとつひとつを観察し、大きな鞄に水や栄養種や陽光鱗粉などをいっぱいにした紫苑が指示通りに処置を行う。そんなことを繰り返していく。
「なんだか、気の長い子育てみたいね。次の花の状態を教えてリンドウ」
「イエス、マスター。人形は命令を承りました」
てきぱきと作業する二人の横で、ルタは巨大な朝顔に栄養剤と水を投与していた。
「ここが一番楽そ……楽しそうだと思ったんです。草木の世話は嫌いではないですし。
なにより来てみたかった深緑に来る機会を得ましたから……」
育成方法を指示するハーモニアとそんな会話をしながら、ルタはぱしぱしと手をはたいた。
前述したが、深緑に外部の人間が立ち入るというのは歴史的にも大きなことであった。
それはローレットが魔種という世界の敵を倒しうる存在であるという宣伝が広まった結果でもあり、彼らがいろいろな意味で活躍を続けた結果ともいえた。
「おぉ、見た事無い花がいっぱい…お水って、これ位で良いのです?」
「園芸の才能ないからよく分かんねー。雑草抜いて、根腐れしない程度に水やっておけばいいんじゃね?」
等間隔に咲いている七色のチューリップ畑。ソフィリア・ラングレイと秋月 誠吾はその一本一本にじょうろを傾けていた。
というのも、チューリップの大きさが軽く3mはあるからである。
「根腐れしない程度…? それより誠吾さん誠吾さん、この花凄く綺麗なのです!」
ピンク色の巨大チューリップを指さすソフィリア。
「ああ、綺麗だな。女は花とか好きだよなー。花弁を切り取ってお前さんの髪に飾れば似合うかもしれんが、咲いてる花を手折るのはちょっとな」
「こんな綺麗なお花、見た事無いのです。けどここのお花を手折るのは、すっごく怒られそうなのです……」
「そうだな、よし、みてな」
魔術的に圧縮された水がつまった『放水蓮』のホースをつかんで高く掲げる誠吾。
「おぉ、虹が出たのです! 流石誠吾さん、花に虹…とっても綺麗なのです!
色んな花に、虹を合わせてみるのです!」
「虹を? まあ、少しくらい遊んでても叱られねーだろ」
「カカッ! 植物の管理なら妾に任せてもらおうかのォ!」
タマモが植物の様子を察しながら、特別な水をじょうろでまいていた。
深緑の深緑たるゆえんというべきか、花にやる水は特別な力のこもった『魔法の水』である。
花も花で、開くことで冬の間周囲に暖気をもたらす『スノードロップ』という特別な花であった。
それゆえか。冬の間だというのに床暖房のきいた部屋のようにあたりはぽかぽかとしている。
「む、何をしておる?」
ふと見上げると、シェルマ・ラインアークが本を開いてのんびりと巨大な木の根っこに寄りかかっていた。
「読書だ。花の手入れも育成も、身近に専門がいるから分からないわけでもないがな。困った事があれば知識くらいなら貸してやろう。特に用事もないのなら、報酬代わりに読書の時間を邪魔してくれるなよ」
その横ではクリスハイト・セフィーリアが昼寝をしていた。
「お昼寝するだけの簡単なお仕事。これぞ秘策中の秘策、睡眠トレーニング……」
「ふうむ」
エンヤス・ドゥルダーカは開いた手帳になにやら書き付けながら、にやりと笑った。
「見目麗しきはハーモニアと、幼少児に読んだ本にあったものよ。
まさかこの足で都を見ることができるとは、いやはや全く長生きはするものであるな! いやまだ現役バリバリであるが!」
書き付けているのはハーモニアから教わったポーションレシピである。
一般家庭の日本料理にローリエを使うくらい実用性のないレシピだが、コストをかければ実現可能。まさにエンヤスらしいパワーアップ方法である。
「このエンヤス、タダでは動かぬ! 見聞を深め、利益を求め、名声にもプラス! 総取りである!」
大樹ファルカウは階層都市をまるごと飲み込む巨大な霊樹である。
それゆえ、『霊樹の中に霊樹が建つ』というかわったケースもまれによく見かけるものだ。
「ふうん。ローレットにはこんなお仕事もくるのね、新人にはぴったりだと思うわ。私の住んでいた森に近いし」
カロン=エスキベルは『魔法の水』の入ったタンクを背負い、霊樹の根元までやってきた。
根っこに直接、そして多すぎない程度に吸わせるように水をやるのが仕事である。
栄養が豊かなせいか、根っこの周りには鮮やかな花が無数に咲いている。
「ほえー、樹木のお世話は大変なんじゃのう」
同じく水のタンク(?)を運んでいたモルンが、根っこのそばにタンクを下ろして水の散布を始めた。
「これだけ一杯の水となると大変じゃのー。好きなことならいいのじゃが。君はどうじゃ」
「私も一応精霊種なの、自然は好きよ? ふふ。いつか私の森もこんな綺麗な花が咲けばいいわね……」
鮮やかな花に手を触れて、カロンはほっこりと微笑んだ。
すぐそばではラデリ・マグノリアが特殊なレンズを花や木の幹にあてて診察を行っていた。
「ローレットの仕事も久しいな。暫くは殆ど出向いてなかったが……ふむ。
アルティオ=エルム……この国には是非訪れてみたかった。以前はラサ以外とは交流がないと聞いていたが……世界は知らぬうちに変わり行くものだな」
ラデリは一年ほど依頼を受けずにのんびりと自分なりの暮らしをしていたイレギュラーズである。もちろんイレギュラーは『活動しているだけでパンドラが貯まる』という特徴ゆえにギルドとしても労働義務を課していない。その義務が生じるのは依頼を受けた時だけだ。
そして実際、ラデリはローレットがローレットとして本格的に世界へお披露目を果たしたその日から数々の依頼で貢献し、世界を少しずつだが変えてきたのベテランのイレギュラーズであった。
森林迷宮に入ることすら許されなかったころを知るものとして、現状は非常に興味深い。
できること、やるべきこと、そしてやりたくなるようなことが、あのときよりも格段に増えたのを感じた。
(元々、ドルイドとして植物に関わってきたのもあって、やはりこうして植物に触れていると心が穏やかになるのを感じる。
……こうしている時だけ、魔種との戦いや怒り憎しみのことを、忘れることが出来る。……だが)
「そろそろ戻るべきなのだろうな」
世界がいまこそ彼を呼んでいる。そんな風に、ラデリには思えた。
「嗚呼、幻想的だ事……元居た場所にも、彼らの様な種族は居たのだけれど、此処まで御伽噺のままの世界を見るのは、此方に来てからが初めてね」
霊樹の世話をしながら、緋月・澪音は高い枝の上から後ろを振り返った。
七色に染まる花々と木々。
巨大などんぐりのような家が立ちならび、虹色の街灯がふわふわと宙にういている。
(だからこそ、知らない場所だと言う現実を突き付けられる。此処は、この世界は、私と言う過去は何処にも無いのだと……)
とまったままの時間。壊れた時計。
この世界描かれる、彼女の新しい物語。
立ち止まっていては始まらない。動き出せば、きっとそれが物語になるのだろうから。
「うっさーうっさーうっさうさー。一度あったら友達でー、名前を知ったらファミリーさあ」
葉っぱと枝の手入れをするレニンスカヤ・チュレンコフ・ウサビッチの声がした。
「楽しそうね」
「うん。うさね、こういうお花の世話とか一回してみたかったんだぁ。いつも鉄火場にチャリオットを牽引していったり。パパのお世話をしたり。
い、イヤじゃないんだよ? ほんとだよ?
ただ、イヤじゃないと怖いは両立しちゃうんだぁ……だから、なにか育てたり。っていうのは初めてで、本当にうれしいんだぁ。
うさもハーモニアだったら、こんな風に大きな木になるまで、ちっちゃな木の実を育てられたのかなぁ……」
本当に楽しそうに語るウサビッチが、どこかまぶしい。
彼女(?)は『はらしょー!』といいながら枯れ枝を切り取った。
いままさに、物語を動かしている最中なのだ。
「そのあたりの枝は一通り切り取っていいのです。選定をしないといけませんからね」
サクラ・アースクレイドルが二人に指示をだしながら、大きなカゴに枯れ枝をオトさせていった。
霊樹の幹に触れ、目を閉じる。
それだけで霊樹が何を考えているか、何を求めているのかが分かった。
たとえばそれは、熟練の獣医が触診によって動物の健康状態を詳細に把握するように、もしくは地質学者が土を握っただけでその土地の歴史を読み解くように、自然と一体となって生きるハーモニアの特技として、彼女たちは『木の気持ち』がわかるのだ。
「いつもと違う人たちにお世話をされて、新鮮で楽しいそうです」
「そう言ってるの?」
「厳密には、何も言ってはいませんが……」
苦笑して、サクラはウサビッチたちを見上げた。
「そう感じるんです。言葉ではなく、気持ちとして」
「分かりますよ。自然と触れ合う、というのは魔法使いにとっても大切な事……のイメージです。
そうでなくても、この国にとっては植物はなくてはならないもの」
夏川・初季が小鳥を飛ばして旋回させながら、木の様子を観察している。
「こうやって植物をお世話していると、自分でも色々育ててみたくなってきました。やっぱり魔女といえば自分で薬草を育てたりです……!」
深緑は自然豊かな国であると同時に高度な魔術文明をもった国でもある。
あまたの魔女がこの国には住んでおり、その技術は他国へも輸出される。
「やはり、環境がいいんでしょうかね」
「わかりますにゃ」
蔵音 アステールは周囲の精霊と対話をしながら、気温や湿度をゆるやかにコントロールさせていた。
「深い森には高位の精霊がいるものですにゃ。それでもせいぜい小さな子供程度の知能や力しかないものですにゃ。
けどここの精霊はとても高位で、それに知的で優秀ですにゃ。まるで知的な大人と話しているみたいですにゃ」
精霊使いはその力を発揮する場所が限られる。ケータイの電波が弱いと通話がつながりにくいのと似たようなもので、周囲の精霊の力が弱いと微風をふかすことすら困難を極めたりする。が、一方で、この霊樹のそばには力の強い精霊が多く存在しているらしかった。これもまた、大樹ファルカウの加護というやつなのかもしれない。
一方で、レヴォイドが枝の剪定を行っていた。
「枝の剪定も『治療』には必要なことだからな――。
済まないが、弔いは軽く。だが、『生かす』為だ。木々も承知してくれると良いのだが。……あまり、使い方としては正しくないのだがな。
『死神』がこういう風に役立つのならば、如何様にも使われよう。ここにも危機が迫っていたことを、せめて少しぐらいは忘れられるように――な」
「そういう、ものなんかな……」
そばで雑草をむしったり枝を集めたりしていた戮が、大きな背負いかごをかついで見上げた。
「それにしても、草花と一緒に暮らすの、穏やかでええね……。見たことのない花ばかり……あの花、なんて花なんです?」
「む、あれか」
レヴォイドが作業の手を止めてちらりと振り返った。
「デストロスイカだそうだ」
「ですとろすいか」
さっきまで牧歌的な雰囲気だったじゃん。という顔で二度見する戮。
キレイに開いた花の根元から、スイカ型のモンスターがボバッと音を立てて飛び出した。
「美味らしい」
「ほんに?」
「害虫駆除の帰りに、こんな場面に出くわすとは……」
クナイを手にふらりと現れた木花・華燐。
飛び出そうとするデストロスイカへ素早く距離を詰めると、クナイを放ちながら横を駆け抜ける。
「大毒霧は……」
「問題ありませんよ。なんなら火を放ってもここの木たちは大丈夫です」
「で、あれば」
二本指をたて、華燐はデストロスイカめがけて毒クナイを発射した。
「花は好きです。
姫様が――我が主が好んで愛でていましたので、私も、花を愛でたい、守りたい、という気持ちは御座います」
倒れるモンスターを背にして、遠い故郷を思った。
「私の故郷は自然豊かな国でした。この深緑という国もとても落ち着くものです」
深緑の階層都市には沢山のハーモニアが暮らしているが、もちろんそればかりではない。
ラサから移り住んだ獣種や、この土地に住み着いたウォーカーなど。それなりの多種属性をもっている。チック・シュテルとジョン=サイファーが訪れたのは、その中でも比較的他種族に対して寛容な集落だった。
それも、新しく引っ越してきたウォーカーのためにみんなで住居を建てようという最中である。
「イレギュラーズになってから…結構、経ってる…けど。まだまだ、勉強…必要な気がする。
おれは…いつも通り、「手伝い」の為に…頑張るけれど。…新しい発見も、出来ると…良いな」
チックはそう語ると、美しい歌を口ずさみ始めた。
心の穏やかな、それでいて楽しくなれるような歌だ。
「傭兵やって暮らしてた頃も来たことがなかったからとここの依頼にしてみたわけなんだが……ううむ、いいとこだなあ深緑。森がすげえでかい……だけじゃあないよな、たぶん」
ジョンが見上げると、木々が歌に反応して喜んでいるように見えた。
「殴り合うだけの依頼の方がいいかとも悩みもしたが、こっちにして損はなかっ……ああそうか、殴り合うだけの依頼じゃねえんだ……」
丸太を担ぎながら、ふうと息をつく。
傭兵稼業はある意味で金がすべてだ。金にならないことはしないし、金にならない恨みもかわない。ストイックで自由で、それでいてシビアだった。
一方でローレットというギルドは、『パンドラにならないことはしない』というスタンスであるらしかった。
つまりはイレギュラーズの活動であるならそれがほぼ無報酬の依頼であっても引き受け、そして参加したメンバーには規定の報酬を支払う。(そしてその報酬はギルドが大きくなるごとに増えている)。
不思議なことだと思いもするが、それだけ『世界の破滅を防ぐこと』に世界中が気を配っているのだと、わかる。
「これからは俺も、いろんなコトをやっていかないとな」
広がる世界。進む未来。
深緑はそんなことを、彼らに教えてくれる。
●灰と土と煙の国
ゼシュテル鉄帝国は大陸北部に位置する軍事国家である。
幻想よりの南部地方はともかく北端に至っては一年中氷河に覆われているとされ、広大な陸地を持つにもかかわらず生きていくには過酷な環境が多い。
それゆえ過酷な土地でも活動可能なオールドワン種族が根付きやすかったともいえた。
冷えて痩せた大地を手に入れた鉄の種族。だが、彼らの土地には、遺失技術(オーバーテクノロジー)でできた古代兵器が山のように埋まっていた。こうして、いまの軍事国家ができあがったと言われる。
もちろんそんな国であるからして――。
どどん、という地響きに似た爆発が起きた。
陥没した地面の穴から這い出すように、稼働する機械群の音が迫ってくる。
キャタピラを動かし、殺人的なアームをはやしたドラム缶状のドローン兵器が顔を出した――その途端。
豪快に叩きつけられた剣によって、ドローンのボディが盛大にへこんだ。
「さーて初依頼だ。気合い入れてくぜ」
ニコラス・コルゥ・ハイドによる、野球でいうところの外角低めのすくい上げるようなパワースイング。ドローン兵器が宙へ浮き、その隙にアルメア・フォーハルトが仲間の肩を踏み台にしてジャンプ。
アクロバティックな追撃によって、ドローンのコア部分を粉砕した。
「遺跡に眠る古代遺産、なんて言われたら怪盗として挑まない訳はないな。どっちかと言えばトレジャーハンターの仕事だけど細かい事は気にしない!」
深い縦穴。その奥で一斉にギラリと光る浮遊戦闘ドローンの群れ。
アルメアはにやりと笑うと、縦穴を器用に駆け下りていった。
まさか上から来ると思わなかったドローンを踏みつけにして、ナイフがコアへと突き刺さる。
「ふむ、鉄人形とは自分も似たようなものだが……だが貴様らが人様に迷惑をかけるのであれば/屑鉄になってもらうとしよう」
ぴょんと縦穴めがけてダイブする伊佐波 コウ。
「伊佐波 コウ出撃する」
急降下するコウめがけて無数のドローンが集中砲火を浴びせ、彼女の肉体を滅茶苦茶にしていく……にも関わらず、かつて実験によって『不完全な不死者』にされた彼女の肉体は限界を超越して動き、そしてみるみる再生していく。
どころか打ち込まれた弾丸を指に握り、反撃の指弾を放つほどである。
「どうした屑鉄共。自分はここだ。まだ立っているぞ!」
ずだんと無理矢理着地するコウ。
その後ろに、ミュリエルがロープにつかまる形で降下してきた。
「いくら丈夫でも、無理は禁物ですよ」
ミュリエルはそういうとタクトに治癒魔術の力を込めて振り込み、コウの肉体にさらなる治癒力を与えていく。
そこへ新たに着地してくるアンジェリカ・ディストリアとカリヨン。
「さて、お仕事開始ですわ。私を甘く見ないでくださいまし」
ドローンの射撃に対して剣を構えて突撃。
銃弾を受けながらも距離を詰め、円形のボディを剣で貫く。
至近距離からさらなる反撃をうけるが……。
「チッ…思ったより面倒……ですわね!
上等だァ!ぶっ壊して……やりますわ!」
目をギラリと開くと、ドローンを掴んで別のドローンへと投擲。
衝突したところに獣のごとく飛びかかって剣を突き立てた。
そんな彼女を取り囲もうと展開するドローンへ、マジックロープがぐるぐると巻き付いてシステムを強制停止。墜落させていく。
「ま! 野蛮な攻撃は許しませんことよ。
意地悪な方々はわたくし積極的に攻撃しないといけなくなってしまいますわ? ふふふ!」
突き出した手のひらをぎゅっと握ると、さらなるロープ群を生成。
「ごめんあそばせ、わたくしこれでも力加減を苦手としておりますの。
ちゃんと華麗なるわたくしから目を離さないで下さいませ、暴走古代兵器様!」
鉄帝の地下で無数に眠る古代遺跡と古代兵器。
その攻略と収集は国力増強の要であると同時に、一攫千金を夢見る者たちによるチャレンジでもあった。
「本当は幻想でメイドのお仕事をしたかったのに!!」
ひたすらビームマシンガンを連射してくるドローンの攻撃を両手をかざして展開したカウンターヒールフィールドによって防御するルピナス=レイシア。
「なんでこんな鉄臭いところに……もう帰ろうよ。いまからでもメイドさんしない?」
「お前がメイドの仕事なんて、ただでさえ手癖が悪いのに迷惑かけるだけだろ!!」
「かわいいメイド服着たかったの!」
「こいつ……」
エイシュ=ファウベルはぐらつくような頭痛を覚えたが、気を取り直して弓にマジックアローをつがえた。
「ああ、わかったわかった。これが終わったら幻想で服買ってやるから、少しは手伝え」
「ほんとに!?」
「ああ」
矢を放つエイシュ。器用に打ち込まれた矢は複数のドローンを貫き、次々と爆発させる。
「メイド服……アンファングとパーさんのメイド姿、見たかったにゃー。
二人とも色んな意味で似合うのににゃー……メイド服―」
爆発の中を駆け抜け、あちこちから現れるドローンめがけてエア猫パンチを繰り出すニャー。すると肉球型ゲートが開き巨大猫の手だけがシャッと出てきてドローンたちをたたき落とした。
「メイド服……昔は少し憧れていたが今の我は完璧な執事を目指すパーフェクト・サーヴァント!
我には執事服こそがふさわしい……執事服じゃないと私の素が出たり、機械相手でも本当に壊していいか攻撃を躊躇いそうですし……ゴホン。そろそろ茶番は終わりだ、戦闘に集中するぞ」
パーフェクト・サーヴァントは顔に手をやってしばらく浸っていたが、すぐに真面目な顔になって魔術砲撃を発射。
たたき落としたドローンたちを吹き飛ばしていく。
「俺も遠くから撃ってるだけのお仕事がしたいけど、
パーさんとニャーを年長者兼常識人として引っ張らないといけないからな
……保護者役がどっかから生えるか湧いてこねぇかなー」
そんな風にぼやきつつ、アンファング=ティガークロスは剣と盾を構えて突撃。
仲間を狙うドローンのビームを盾で受け、その勢いのまま激しいタックルを浴びせていく。
それぞれ勝手なことを言いながらもぴったりの連携プレイでドローンたちを追い詰めるチーム【虎猫P執事】。
同時に構えたニャーと執事のダブル魔術砲撃に乗っかって、アンファングがシールドタックル。
砲撃で脆くなったドローンは壁にサンドされて激しく粉砕した。
「ふう、今日も重労働だ」
脆くなった壁を貫いて、トカム=レプンカムイが飛び出してくる。
軽く民家の二階並の高さがある広大な空間に出たが、レプンカムイは慌てることなく着地。
後を追って現れた複数のドローンが高所からビームを浴びせてくるが、素早く振り返って防御フィールドを展開。防御した。
「嗚呼、悲しい」
途端、ドローンたちが後ろから魔術弾によって射撃され、次々と墜落。
「戦場ならばいくつか、また新たな『悲しみ』を知る事が出来ると思ったのですが……古代兵士さんに心は宿っているのでしょうか?長い時を経て積もった怨念があるのなら、語ってください――壮絶な死をもって」
ぴょんと飛び降り、そばへと歩いてくるクロサイト=F=キャラハン。
「それにしても、悲劇が好きだなんて、クロサイトは変わってるよな。もしかして、こうして付き合ってくれるのも俺が幸薄いからか?」
「大変好ましいですよ、貴方が背負った悲劇は」
「……」
「うふふ。そう嫌な顔をなさらないで。気を悪くしたなら謝りますから。
私が悲劇を好むのは、周りの不幸が私自身を幸福なのだと再認識出来るから。貴方もまた心の支えという訳です」
「……まぁ何でもいい。戦士にとっちゃ力こそ全て。
もっと積み上げようぜ、兵器達の屍を。あいつらに心があるなら、恨みも悲しみも壊しただけ背負ってやる。安心して倒されろよな!」
構える二人。そんな二人を追い抜くように走って、梁・琉菲と蒼海・紋華がドローン集団へと急接近をかけた。
「オラオラどうした! かかってこんかい!」
紋華はビームを拳で殴りつけるようにして防御。拳に水流のオーラを纏うと、跳躍して殴りつけた。
「おいおい紋華、あんま燥ぐと転んで怪我するぞー」
一方琉菲はポケットに手を突っ込みたばこをくわえたままどこかのんびりとした表情をしていた。
にも関わらず、自らを狙うビームを回し蹴りによって防御。
さらなる勢いをつけて跳び蹴りを繰り出し、ドローンを撃墜する。
二人は同時に着地すると、背中を合わせて周囲をみた。
「ん? なんじゃ? 菲兄ぃ? 見事に囲まれとるなぁ…」
「まあ数が多ければ囲まれるのも当然だわな」
などと言いながら、二人はニッと笑い合った。
「喧嘩はこっからが楽しゅうなる所じゃろ? そっちは任せた」
「おう、コッチは任せろ紋華。Search and Destroy(視界に入り次第ブッ飛ばせ)だ、派手に暴れるぞ!」
全方向から一斉に放たれるビーム。
が、それを本能的に直感した二人はお互いの背中を押し合うようにして同時に飛び出し、射撃を回避した。
空中で連続で繰り出される琉菲の蹴り。
岩だらけの小川を流れる激流のようにドローンの中を駆け抜ける紋華。
二人が集団を左右に駆け抜けたその後には、ドローンたちは次々と爆発を起こして墜落していった。
ダストタウン出は、伊達ではない。
その一方。
イエロ=アイゼンは機械の羽根で自らを覆うようにしながら突撃。
自分を襲うビームを防御すると、激しい跳躍によって接近。翼を解放し、握りこんだナイフをドローンのボディへと突き立てた。
硬いボディを貫いて内部組織を崩壊させるナイフ。
ダンクシュートの要領で打ち込まれた攻撃で、ドローンは火花をあげながら墜落した。
彼の背後に回り、ビームを打ち込もうとする複数のドローン。
が、横から飛び込んできたシキ・ナイトアッシュの爆裂する剣によってドローンたちはいっぺんに吹き飛んでいった。
「斬首人として、狙うは首のみと言いたいとこだけどどこが首かわかんないね」
「……」
ちらりと振り返るイエロ。
「はいはい、イエロ。相手が飛べるからって敵意剥き出しにしないの。こーゆー時こそ頭は冷静にってさ? 感情なんて、戦場ではいらないっての」
「あぁ? 俺を差し置いて空を飛べるやつにムカついてなにがわりぃ。空は俺が焦がれた場所だ…。穢すなら喰らい尽くすのみ!
俺はシキみてぇにいい子ちゃんな教育は受けてねぇからよ」
ギラギラとした目で新たな敵に挑みかかるイエロ。
シキはやれやれと肩をすくめ、彼について歩き出す。
【即席Zチーム】!!!
特攻野郎Bチームの流れをくんだ彼らを知っているか!
本人的にはそんなつもり全くなかったのにひとまとめにされた彼らの気持ちが分かるか!?
「ちなみにZチームは『ZANNEN』…つまり残念なチームです」
「――不本意だ!!」
クリティ・ルリジサ・カレンデュラがクリティ、マリー、デイジーの三人格を小刻みに切り替えながら一人で会話していた。
「成程。無差別に浮いてるガラクタ共の処理…ならば「私」でも容易いでしょう。
何せ「私」は高い神秘攻撃に通常攻撃が識別&範囲、それでいて呪殺を乗せられるシスター…何気に「私」強くないですか?これは誇ってもいいのでは?
――「妾」的にはその驕りはフラグにしか聞こえんな?―――
――「僕」もそう思うよ!ここは慎重にいこうよ!――
ええい!五月蠅いですよ、マリーにデイジー。どう言われようと「私」がこのチームの攻撃の要です!」
「まって不本意なのは僕も同じなんだけど……うーん、仕方ない。あるよね、いろいろ、ほんとうにあるよね」
衝羽根・朝姫は物陰に隠れてファミリアーや式神を放ちドローンを索敵。
かなり早い段階で式神は破壊されたが、本来の役割はヒーラーなので問題なしである。
「とりあえず僕たちはチームとして動くんだから、おたがいチームに貢献できる様にフォロー出来るように動こうね!
僕はヒーラー! 回復は任せておいてね! ……特攻Bチームの系譜なのは不本意ですけどね!」
「確かにグループ名は不本意だが助けを求める声があるならやらない訳にはいかない! よし、変身だ!」
ローレットに案外いっぱいいるという魔法少女勢のひとり、飛騨・沙織はバンクシーンで変身した。お茶の間の皆さんにも分かるように言うと一回全裸になるタイプの変身である。
「愛と正義の魔法少女スノードロップ!セカンドシーズンで装い新たにちょっぴり過激に華麗に可憐に参上! 悪い子はお仕置きだぞ♪」
ウィンクと指でっぽうポーズ。
一秒ほどやってから、手を額にやった。
「だからこんなの私のキャラじゃない……」
「ならなぜやったの」
「世の中には逆らえないながれというものがある! ――スノードロップエクストラアタック!」
「ふおおおおお出たー! スノードロップ様のスノードロップエクストラアタックでありますなー! スノードロップエクストラアタックは強烈な弱点性呪殺必殺毒連続攻撃をもつ必殺技なのであります! 相手は死ぬ!」
とかいいながら突っ込んでいくスカサハ・ゲイ・ボルグ。
「恥ずかしい解説をするな!」
「スカサハエクストラアタック!」
スカハサはゲイ・ボルグ&ガエ・ボルガを両手に握って高速回転しながらドローン集団へ突撃。
ボーリングの真正面パワーストライクで突っ込んだときみたいにドローンが吹っ飛んでいった。
「練達の依頼も魅力的でしたがこちらの依頼も大変いいものですな!
何せ機械がいっぱい!古代のオーバーテクノロジーとか聞くとスカサハは興奮してしまうのですよ!」
「敵はおかしな古代のドローン兵士!だけどこの面子なら余裕で勝てる相手だわ!
さあ、鉄帝に住む人たちの為にも勝利をこの手に!」
しれっと混ざって魔法銃を連射する鬼城・桜華。
ふよふよ浮いているドローンたちが次々と打ち抜かれ、煙をふいて墜落していく。
それでもなんとかこらえた個体めがけてリペア・グラディウスが突撃。
魔剣『グラトニー』を抜刀すると、火花を散らしながら斬り付けた。
「うーん…流石にドローンを食べる気はしないかな…だって魂が入ってないし…仕方ない…」
切り抜けたところで、ドローンが爆発四散。
「暴れるだけにしよう」
彼らは【即席Zチーム】。
ザンネンだけどめちゃつよいチーム。
「手っ取り早く鍛えられそうな依頼でよかったわ」
薄暗い通路に点々と灯りがのびる、遺跡の地下通路。
歩く靴音に重なるように、刀の鯉口をきる音がする。
「シンプルに刀を振って、シンプルに倒しておしまい。こっちのほうがよほど気楽だわ」
久留見 みるくは『月輪(がちりん)』を抜刀し、ビームを放つドローンへと突進。
刀身ではじくようにビームを防御すると、そのまま近づいて袈裟斬りにした。
「あなたたち、ぜーんぶ鉄くずよ。もう二度と悪さできないように、バラバラにしてあげるわ!覚悟なさい!
……いけないいけない。冷静に冷静に。
クールな女はこんな事言わないわね。どう言ったら良いんだろう。えと……うーん?」
切り伏せた姿勢のまま難しい顔をするみるく。
その横を駆け抜け、愛剣『イデアライズ』によって別のドローンを斬り付けるヴォルグ=ズィルバー。
「今日は鉄屑退治だ、ビギナー同士よろしく頼むぜ?」
真っ二つに切断され、地面に転がるドローンの残骸。
「しっかし、こんだけ堅そうな兵器なのに普通に剣で斬れるんだよな。
この世界のルールってやつはメカも剣も平等ってわけか」
倒した敵を観察し、ふむふむとうなるヴォルグ。
「何か分かったの?」
「ああ、こいつらメカメカしいが行動原理が虫と一緒だな。それも蜂」
「蜂……」
「どっかに統率してる女王みたいなのがいるはずなんだが、そいつを壊せば暴走が停まりそうだぜ?」
「わかった」
翼を広げて飛翔するグランディア・エンデバイ。
通路の中央を低空飛行状態で直進すると、防衛のために射撃してくるドローンたちと蹴り技によって戦い始めた。
弧を描くように打ち込まれる、美しいフライングキック。
突き進めばそれで解決する。そういう状況はシンプルでいい。
「…………ンッ……」
『葛くんは「今日は皆よろしくって言ってるわ!」』
「………ッ…んッ……」
『「遠術と死霊弓で援護するから安心して後ろは任せてくれ」って!私も頑張ります!皆さんもご武運を!』
そこへ参戦する九重 葛。守護霊「日輪なずな」に代弁されつつ、ビーム攻撃を防御しながら突き進む。
一方でなずなは霊体の弓を構え、ドローンたちへと霊体の矢を打ち込んでいった。
「ドローンを倒せばいいの? わかった。
ふよふよ、いっぱい浮いてて、とても邪魔だね。
全部落としてもいいんだよね……?」
作戦はシンプルなほど連携が楽、という。
アクア・フィーリスはそのシンプルさに乗っかる形で、通路を突き進んでいく。
両手にごうごうと燃え上がらせた黒い炎。
自らの増悪を闇と炎の魔力に変えて練り上げると、その二つをドローンめがけて打ち込みつつける。
「目障り、目障り……!じっとしててよ、全部落としてあげるから……!」
そこからは一気呵成である。
「回復役として回復するよー! えーい!」
ククリ・P・ミストレインがすごく独特な方法で味方を回復。戦線を維持。
「俺は盾役として皆を守るぜ! うぉぉぉぉ!!! 俺に任せろ!」
襟盾・護が妖刀を構え真っ先に突撃。攻撃を引きつける。
「む…では小生も少し手助けをしよう。我が剣は邪悪を切り裂く一閃なり…斬り捨て御免」
そして神野・聖が次々に斬撃を浴びせドローンを破壊し、まとまった所に紫電一閃の大技を放つ。
「へぇ…じゃあ俺は適当に速さを活かした攻撃でもしてますかねっと!」
バスト・ハボリムはさらなる追撃としてソニックエッジとフレイムバスターを駆使して残ったドローンを攻撃。
「ぱぁぁぁんつぅぅぅぅ!!!」
おまけにジョン・ドゥ・オーパンツスキーが謎のかつてのパンツバブルの愛と怒りと悲しみを力に変え、荒れ狂うパンツの獣となってドローンへと飛び込んでいく。
いや最後だけおかしいだろ。
エステルは(最後はともかく)戦いの空気を感じながら、味方と共に敵集団の中を突き進んでいく。
「懐かしい臭いがする。ここは鉄騎種の多くいる国だというし、私の記憶の手がかりも得られるかしら……」
「いやはや、ローレットの皆は過激だねー」
最後尾を歩いて行くのはクリスティーナ・フォン・ヴァイセンブルク。
「後方としては遺跡で使える物を確認しないといけないんだよねえ。
いや、ほんと私みたいに戦闘なんてろくにできない人間は後方で様子みつつ問題なければ壊れた備品や無傷ですんだものをチェックして……って作業をさせてもらうよ」
通路を抜けると、まるでコロッセオのようなすり鉢状フィールドへと出た。
仮にコロッセオとするなら観客席にあたる部分へ等間隔に並べられたドローンたちが一斉に赤い光を点滅させ、飛行を開始。
鉄の扉を光線銃の連射によって破壊したルクト・ナードは、飛行ユニットを展開してジェット噴射を開始した。
「丁度良い。空中での機動を試す機会が欲しかったところだ。
――『ハンター』、交戦開始」
ビームを連射してくるドローンたちに対しあえて高高度をとると、ルクトはレーザーライフルによって攻撃。
反撃のために上昇し背後をとったドローンたちだが、ルクトは急速なターンとひねりによって相手の上をとりつつすれ違い、途中でレーザーによる射撃を連射。ドローンたちをまとめて撃墜していく。
「ブルースカイユニットの調子は良好だな。実戦でも役に立つだろう」
「ちーッとサボッてたら相当置いてかれちまッてンなァ。
つーワケだ、たまには真面目にやるとすッかねェ」
コロッセオへと駆け下りる猟兵。
「小難しい事は好かねェんでな、単純なのにさせて貰うぜ。
なァに、要するに――暴れてくれば良いンだろ?
精々お仲間サンの足引っ張らねェようにやッからよ」
自らに集中する攻撃を気合いで耐えると、猛烈な打撃によってドローンを破壊。
「接近してブッ潰す、ただそれだけだ。
そうすりゃ後続もやりやすいだろォよ」
「それに関しては同感だな」
ウォル・フレムも剣を取り、ドローンを次々とたたき落としていく。
「どこの国でも、どこの世界でも…トラブルの種ってのはつきないが、俺にとっては悪くないな。
これから先も、何があるかは分からないし…力は、取り戻せるだけ取り戻しておかないと。
元の世界ほど闘えるようになるのはいつ頃になるか分からないけど、さ」
フウ、と剣を地面に突き立てて息を整える。振り回すたびに身体がぎしぎしというのはさすがにつらい。
「正直、こっちに来てから剣が重くて仕方がないのが一番辛いかもな?」
「混ぜさせてもらうよわ。ストレス発散と実地の訓練も兼ねて、ぼっこぼこにさせてもらいましょう。
まだまだ私も新人なワケだし、もっと実力をつけないと、ね」
短剣を握り込み、敵陣に飛び込んでいくミスティル ハーティ。
相手がビームを放つより早く斬撃を繰り出すと、そのまま猛烈な速度で射程外まで駆け抜けていく。
彼女の我流短剣術のひとつ白爪の動きである。
「完全な攻撃射程圏外まで逃げるには速度が足りないわね。けど、実戦には充分使える動きだわ」
次の課題は移動攻撃かしらね、といいながら短剣を放り、くるりと回してキャッチした。
「しかしドローンの数が多すぎますね。しばらく、引き受けます」
ゆらりと前に出た月羽 紡が、腰にさしたふたふりの刀をそれぞれ抜いて威嚇の構えを取った。
(私にできることと言えば戦うことくらいですし、こういうことでお役に立てるなら嬉しい限りです。
暴走した古代兵器から発掘作業者を守り、倒してしまえば良いのですね?折角 の発掘品ですから、できれば破壊は最小限に留めておきたいですし、修復も可能な状態が望ましい…ですよね)
そんなコトを考えつつも、次々と打ち込まれるビームを刀で切り裂くように、そして舞い踊るように防御していく。
「この敵相手では、『煌赫纏鬼』はお見せできそうにありませんね?」
と、そこへ。
黒い二つの影が俊敏にフィールドを横切っていく。
(うーん…ニューフェイスがどうこうっていう話だけれどわたしは注目されたいというわけでもないし/遺跡で古代兵器倒している方が気楽かな…)
注意がそれたドローンを、ナイフで一体ずつ着実に破壊していくアイゼルネ。
「やっぱり、人前にでるよりこっちのほうが向いてるよね…」
「適材適所ってやつだ」
ヒュンと音がした時には、月城・日向がズボンのポケットに手を入れた姿勢でそばに立っていた。
「――」
「古代兵器たァ、随分と物騒なオーラ出してんな?
身軽に動きまくればあたらねえし、撃たれる前に壊せるけどよ」
とかいいながら、ポケットからあふれんばかりの布を取り出してびろーんと広げた。
「いァいァ……反応速度上がるから試してみって書いてあったが、こんなもの役に立つのかァ……?
誰かのパンツっぽい形してんだが、これ本当に大丈夫だよな?
武器と防具は良ィ感じだが、この布やっぱり要らねぇだろ」
ひとむかしまえ、反応速度を高めて先手をとろうとしたイレギュラーズが血眼になって手に入れたというかのアイテムは、いまビギナーたちに役立っていた。これにまつわる伝説を、いまだ知らぬまま。
「そこです!」
物陰から飛び出してきたアウロラ・マギノが、ドローンに渾身のハンマーアタックをたたき込んだ。
チーズのようなまあるいボディのドローンのボディが粉砕され、火花をちらしながら墜落。
「変化球ではない直球なら打ちやすいですね!
以前の新人依頼より進化した私です! 今回は一発限りの弾丸じゃありませんよ!」
どうですか! と胸を張ったその直後。
周囲のドローンが一斉にアウロラに狙いを定めた。
「ぴゃぁぁ~!? 調子に乗りましたごめんなさいっ!」
一斉射撃が行われる……かに思われたその瞬間。
別の方向からの激しい銃撃が引き、ドローンたちを鉛玉の雨が打ち落とした。
(古代の遺跡。かなりロマンを感じるな! あわよくばアーティファクトとかが見つかったりな!
それに今回の依頼は古代の機械が相手らしいし人を殺さずに済みそうだ。
元の世界に戻るためには仕方ないとはいえこれだけは慣れたくないからな)
アンチマテリアルライフルを構え狙い澄ました射撃を打ち込んでいく円 ヒカゲ。
彼女が一発撃つたびにドローンが空中で爆発四散し、その破片が雨のように降り注ぐ。
その一方で久世・清音はマシンガンをどっしりと構えてドローンを次々に撃ち殺していった。
「鉄の塊がなんやふわふわ~飛んでて面白いなぁ
飛ぶ鳥を落とすんやったら少ぉし苦労しますけど、的当て遊びならウチ得意なんよ」
仲間が引きつけて味方が撃つ。連係プレイの基本スタイルだ。
それも、こうしたスタイルを特に打ち合わせをしなくてもとれるのがローレットという多様かつ自由な組織のなせる技であった。
「本気見せるんは一瞬やよ」
目を細め、ドローン最後の一体を打ち抜いていく清音。
はぜて墜落したドローンを見下ろし、ふうと息をついた。
が、しかし。
「油断するな。ヤバい気配がするぜ」
ソリッド=M=スタークが顎に流れた汗をぬぐった。
「俺には分かるぜぇ。戦いのスリル。その中でも最上級にやべえやつが、近づいてくるってな」
彼の言葉をうけて警戒するイレギュラーズたち。
突如。
地面が割れて巨大なドローン兵器が飛び出してきた。
「うおおおおお俺を見やがれえええええええええええ!」
ヤッホーといって飛び込んでいったソリッドが、いきなり蜂の巣にされた。
なんか本人すごく嬉しそうなのでよしとするが、これまでのドローン兵器とは一線を画する強力な個体であるらしい。
空中にぶわりと浮き上がり、大砲と機関銃を備える浮遊円盤。
ランスロットは剣を突きつけると、巨大ドローンの前に立った。
「こないだのトレーニングで俺は学習した!
俺のレベルは8! 前より強くなったはず!
所詮相手は初心者向けの敵! 余裕余裕! わはははは!
レベルアップした俺の強さを見よ! 時代遅れの骨董品なんざ軽く捻ってやるぜ! いっくぜええええ!」
熱血全開で突撃するランスロット。
が、ドローンから露出した大砲から放たれたまあるい鉄球に激突して吹っ飛んでいった。
「おわあああああ!? へ、陛下あああああああああ!」
「なんてこった、一撃で……!」
「いやあれは仕方ないと思うアル」
駆けつけた岡田 安隆と王 虎、そして六角・ボルトが身構える。
「うむ、吾輩、何が何やら何だかわからなんだが、倒さねばならないことは分かった」
「アイヤー! 今まで戦闘らしい戦闘は修業と闘技場しかなかったから実戦というのは、ちょうどいい腕慣らしアル!」
虎は魔力式武術《雷武》の構えをとると、弾丸のごとく飛び出して巨大ドローンへと蹴りをたたき込んだ。
同時にボルトはカブトムシめいた角にバチバチとエネルギーを集中させると、ジェット噴射をかけて巨大ドローンへ突撃。
強烈なタックルを浴びせていく。
二人の攻撃をうけ、流石の巨大ドローンもその外装を破壊され、コロッセオの壁へと激突。
反撃しようと露出させた大砲の前に、安隆が堂々と立ち塞がった。
「あっしは不器用で学もありやせんでしたが幸い身体は頑丈でしてね。
どうやらここでもなんとかお役に立てそうです、なあに鉄火場には慣れてやす」
放たれた鉄球をクロスアームで防御。
頑丈というのはガチらしく、砲撃を一発分耐えきって見せた。
「あっしにとってはいつも通り皆さんの『弾除け』をやらせて貰いやす」
「無理は禁物、である」
長い腕がのび、安隆をぐいっと後方へひっぱってさがらせる。
それはシフト・シフター・シフティングの腕だった。
頭上に乗っかった猫をひとなですると、身体の各パーツについた青白いクリスタルを発光。頭上に浮かべた光の円によってふわりと浮遊を開始した。
「殺戮で凡てを均す。対象が如何なる物であっても」
長い腕を用いて強烈なパンチ。
大砲に直撃し、ドローンの大砲が傾いた。
さらなる追撃。
SSSは腕を広く伸ばして高速回転。
猫が落ちないように展開した大型ヘルメットで格納すると、自らを回転ノコギリにして大砲を切断してしまった。
「勝機」
「たたみかけろ!」
ハルラ・ハルハラが突撃。巨大ドローンが時間稼ぎのために呼び出した複数の小型ドローンを、ハルラは獣のような獰猛さで次々にたたき壊していく。
彼の拳が、蹴りが、堅いドローンの装甲をバキバキと割って中身を砕いていくのだ。
「俺もまだまだ新人だし、今回の仕事でもしっかり経験を積まないとな。
周りをみてるだけでだいぶ勉強になるぜ。ほら、もう一発だ!」
「え、え、え……!」
割と流れでここまで来てしまったミィ・アンミニィが慌てた様子できょろきょろした。
身長3m級の巨体。誰がどう見てもパワー系である。
(いくら一番得意なことが戦闘だとは言え、安直に魔物退治を選んで良かったのでしょうか、私…もっと他にも…。
いいえ。戦う前に自信を無くしてどうするの、私!)
ミィは自分の頬をぱちんと叩くと、拳を固めて身構えた。
「こ、こうでしょうか!」
てやーといって繰り出した巨大乙女パンチが、巨大ドローンの装甲をものすごい勢いでへこませた。
彼女を驚異と判定したドローンが機関銃を動かしてミィを狙う。
が、そこへ。
「下がれ!」
間に割り込んだグェルドがクロスアームで機関銃を防御。
彼の身長もまた、3m級である。
「フハハハ!古代の兵器とは面白い!
良かろう! 人の造りし傑作が、この神に与えられし我が肉体に通用するか試してみるがいい!」
全身の筋肉をみなぎらせ、あえて腕を広げるような姿勢をとるグェルド。
さらなる射撃が浴びせられるが、彼はその肉体によってそれを耐えて見せた。
「くっっころ!」
そこへ飛び込むベッツィー・ニコラスのくっころ斬り。
「本当にこんなことで楽になるんじゃろうか……」
霊媒師に『あんたバトルマニアのバンギャの霊にとりつかれてるよ』って言われたのでこの依頼に飛び込んでみたが、言われてみればなんかスッキリしてくる気がした。
「これだけの巨大なドローン。倒して売れば相当な金になるぞ。よし、肩こりも治してお金も稼いで一石二鳥じゃオラー!」
途中から何か別の霊に取り憑かれたベッツィーが、ドローンを剣でぼこすか殴りまくった。
「ほう、あれは……」
ちょっと様子見をしていた太刀花・雷華が機械剣に手をかける。
「こういった古代の機械類は故郷ではついぞお目にはかかれぬものだが……なるほど、こうみえて弱点はある、と」
スッと剣を突きつける。
「あそこに赤いコアが見えるな? あれを狙え」
「ほう……?」
横に立った迅牙が携帯していた大砲を腰と接続。肩の大砲のセーフティーを解除。ミサイルポットを開放。
目元を青く光らせると、それら全ての火気制御を一斉に開始した。
狙われていることを自覚し、逃げ去ろうとする巨大ドローン。
ターゲットマークがコア部分に重なり、迅牙は全ての火気を発射した。
「にがさん。射的ゲームだ!」
フルオープンアタックがドローンを襲う。
更に飛びかかった雷華の剣がコアを貫き、至近距離で爆炎の魔術を発動させた。
「卑怯かもしれないが、こちらはか弱い乙女だ。この程度のズルは許してくれたまえ」
などといって飛び退くと同時に、巨大ドローンが爆発した。
「おおお! 一攫千金じゃ! パーツをあつめて……ええい持ちきれぬ」
「あの、なんか揺れてませんか」
「巨大ドローンが出現したことで重要な柱が破壊されたようだな」
「えっ、それって……」
「まもなく遺跡が潰れて生き埋めになる」
「嘘でしょ!?」
イレギュラーズたちは手に持った戦利品(?)を投げ捨て、一目散に出口めがけて走り出した。
なお、皆無事に遺跡から脱出し、ドローン兵器たちも動きを停止。
潜伏していたマザーまでもを破壊したことで、彼らは結構な経験と賞賛を得た、とか。
●聖なる国のつめあと
聖教国ネメシス。通称『天義』。
神を信じる国、というとやや語弊がある。というのも、この世界に神があることは歴然とした事実であるからだ。混沌証明という世界のルールを少なくとも何者かが定めており、それを神と呼ぶにふさわしい。
そしてこの世界のルールに従うことで正しく生きていけると説くのが、天義の基本的な生き方である。
しかしもちろんというべきか、誰も神にあったことも、神の声を聞いたこともない。それゆえ各地で教義がバラバラになったり、信仰を悪用する者が現れたりもした。
その一例が、かつてこの国で巻き起こった『コンフィズリーの不正義』事件や『冥刻のエクリプス事件』である。
彼らは信仰を重んじるあまり、魔種による国への深い侵入を許してしまっていたのだ。
……そんな反省を活かしつつ、天義という国は今も民の平和を祈っている。
「両手に海塩付けたらー温かいご飯を掴むー」
ものしごい勢いでおにぎりを作りまくる依狐。
天義の首都(聖都)フォン・ルーベルグに存在する平和記念公園で、チャリティーイベントが開催されていた。
依狐はその中に作られた炊き出しイベントに参加して、ふしぎな歌をうたいながらおにぎりを握っている次第である。
「今回は主に天義産のお野菜を使ったスープにしてみましょうか」
エラ・ヘリエス・フォンティールはそんな様子を横目に、てきぱきと野菜を刻んだり水で洗ったりといった作業をこなしていく。
この公園には大規模な仮設住宅が併設されており、かつての戦いで職や住居を失った人々の救済が行われていた。
そうした人々にこたえるためにも、大量の料理を一度に作る必要があったのだ。
「ホッホッホ、いやはやお嬢様方は賑やかな方ばかりで見ていて面白いですね。
私もお仕えしてそんなに経っていない新参者ですが皆様の為に微力ながらご奉仕致しましょう。
そして折角の炊き出しですからね。お嬢様方から託されたキルロード農園で採れた野菜を……」
賑やかなキルロード勢の中に混じっていくセバス・チャン。
セバスのもってきた野菜を猛烈に刻みながら、蛍・ベルフラワーはおじや作りに専念していた。
「私も新人二人のお目付け役としてきましたが…見る限り問題なさそうですね。料理を任せても」
「何事も適材適所にございます」
お嬢様方は……といって振り返ると、アネモネ・キルロードやサルビア・キルロードが身構えていた。
「呼び込みや配膳をお願いします」
「そ、それはもちろん。ねえナデシコ」
「俺もキルロード家の一員として活動できる年になったんだ! ここで存在感を魅せ付けて…もう家族以外から影が薄いなんて呼ばせないよ!」
話をふられたナデシコ・キルロードが高い台の上にのぼり、ピエロメイクの顔をバッと晒した。
晒したっていうか、ライトで照らし出す戦闘人形のシレネ・アルメリア。
『その意気です。マイフレンド。微力ながらシレネもお手伝いします』
「うん、ありがとうシレネ!一緒に頑張ろうね!」
『こちらキルロード家主催のピエロさんによる大道芸です。ちなみにこちらでは炊き出しをやっておりますよ。私?私はシレネと申します。以後お見知りおきを』
「うう…ナデシコ立派になって…お姉ちゃんは嬉しいぞ!」
「ええ、アネモネ姉様…ナデシコももう立派なキルロード家の一員ですわ。そうですわ! これも「愛」! 「慈愛」も尊き愛の形ですもの…滾りますわ!」
はいそこでマオ! と一斉に振り向かれ、マオ・ナガ・アロピアスは首をかしげた。
「マオ皆様の為に歌を歌えば宜しいのですか?
成程…集客の為にも目玉が必要…それでマオが呼ばれたのですね!
わかったのです! 誠心誠意歌わせていただくのです! マオ、これでも歌は得意なのです!
ではでは…皆様が楽しくなるように楽しげな歌を歌うのです」
歌い出したマオの横でジャグリングを始めるナデシコ。
「よく来たのだ! うちで採った野菜を使った美味しくて栄養満点なおじやなのだ! これを食べて頑張ってくれ!」
「ようこそ。美味しくて栄養満点なおじやです。これを食べて頑張ってださい。貴方達に「愛」のご加護を」
アネモネやサルビアも加わって、集まった人々への配膳を始めた。
そこへやってくる春夏秋冬 明日。
「私めも出来る限りお手伝いします、ですので貴方様もこれを食べて頑張ってくださいまし」
「では集まったみなさんを席にご案内してさしあげてくださるかしら」
「はい。少しでも天義の皆様が元気になっていただければ、私めも嬉しゅうございます」
見とれるような美しい笑顔でかえすと、明日は来場者たちのほうへと向かっていく。
一方で、天晴・晃太郎はエプロンをつけて鉄板の前に立っていた。
「異世界に来たりとか、初めての事だらけだけど頑張るぜ」
太陽神と火神の寵愛をうけたという彼がこの世界に来ても通用させたギフト能力。これを使って、晃太郎は太陽光だけで鉄板焼きを作ってみせる。
肉や野菜がジュウと音をたてて焼き上がっていく。
「では、荷運びや下準備を手伝いましょう」
「なら私も。お皿を洗ったり料理をカットしたりね。料理は得意だもの」
シグラム・ベルクントと赫染・霞もそこに加わって、できあがったそばから運んでいった。
(こんなに傷跡が残るなんて、どれくらいひどい事件だったんだろう。全然想像がつかない……けど。この国の人はみんな頑張ってるんだ。ボクも力になりたい)
レオ・ローズ・ウィルナードもそこに加わり、一緒に調理を開始する。これからの復興がうまくいきますように、みんなの役に立てますようにという願いをこめて一生懸命作ったかいあってか、受け取った人々がレオにお礼の言葉をなげかけた。
「教え方がうまかっただけだよ。ボクは説明に従っただけ」
レオはそっぽをむいて、しかしまんざらでもないという様子だった。
霞たちはその場にすっかりと溶け込んで、賑やかな風景になじんでいく。
「誠心誠意努めさせて頂きます。料理、配膳どちらも普段からやっていることですので」
「では俺からは豚汁を振る舞いましょう」
一方でリュティス・ベルンシュタインと彼者誰がそれぞれ担当する料理を作っていく。
「人によっては春菊が苦手ですから。最後にキャベツをくぐらすと美味しいんですよ。
それに七味唐辛子とカラシをご用意してます。テーブルまでどうぞ」
彼者誰の作った豚汁を仲間たちが運んでいき、リュティスの野菜スープとわけてテーブルへと並べられていった。
食うに困るというほどでは確かにないが。こうして誰かが優しさや願いをこめて作ってくれた温かい料理は、身体だけでなく人々の心も温めてくれることだろう。
炊き出しは多くの人を呼び、公園に並べたベンチには沢山の人が並ぶようになった。
(料理はあんまり得意じゃないけど、おれもなにかしたい……はっ、おれお茶入れられる! 魔女もおいしいって褒めてくれるし、得意なことでがんばるぞー)
と、意気込んだシェリオ・アデラがティーセットをもって来場者たちをまわり、紅茶をいれて回った。
(例の大事件から幾月が経ったが…少しずつ復興の兆しは見えている様だな。
事件から連なる依頼に関わった身としては、……とても嬉しく感じる。
此度を通して繋がった縁には、感謝を。彼等の心が料理を通して安らぐ様に。尽力させて頂こう)
一緒に配膳をしていたエルナがほっこりとした様子でそのさまを見ている。
「美味しいものは、人の心を動かす。共に分かち合える人がいるなら、尚更…ですよ」
かの事件は天義から多くのものを奪っていったが、同時に多くのものを思い出させた。
信仰に対して盲目になる危険や、隣人を想うことの大切さである。
そこへ。
「紅茶ー紅茶はいらんかねー。
初めまして天義! なんだっけ。ちょっと忘れたが此処は初めて踏む地のはずだ。こんなになっても人は生きてる。すごいね。
とまあ私の感嘆はさておき、紅茶だ紅茶。あったかいものお腹に入れれば物理的に少し元気になるよ。それが紅茶なら尚更、精神的にも効果がある。
本当かって? 勿論だとも、信じる者は救われるって言うでしょう。僕が淹れたんだ、味は確かだ。けれど、小さな子とかにはまだオトナな味わいって事もあるかもね」
紅茶といえばこの人、というべきラァト フランセーズ デュテがティーセットをもって来場者たちを回っていく。
その手伝いにワゴンを押しているのは、カスミ・スリーシックスだ。
「本当に召還されたばかりだから、一体何がなんだか、だけど……こういうことなら私にもすぐできるかな。
私の影にいる、私の愛する人…炊き出しのものは食べちゃ駄目ですよ?」
カスミは影に宿っている獣に呼びかけ、こっそりとウィンクをした。
不思議なもので、実際に接していると人々の温かみが伝わってくる。
困ったときに助けられた喜びや、世の中捨てたもんじゃないなという希望や、ただ生きることしか考えられなかった人々が夢をみはじめるさま。
そんな場面に触れると、こっちまで心にぽっと暖かいものがさすようだ。
大賑わいの炊き出し会場はやがて人であふれるようになった。
なぜなら、この炊き出しをローレットのイレギュラーズがやっていると聞いて見物にくる者が増えたせいである。
かの事件を解決した際、ローレットは冠位魔種であるところのベアトリーチェを撃滅した。
冠位魔種とはこの世の絶望そのものであり、古代より幾度となく国や世界を滅ぼしてきた存在である。現れたが最後天義などもう無くなってしまうと、これらを知る者たちは思ったことだろう。
しかし今こうして国があり、人は生きていて、明日を夢見ることができる。
「そうか、それでこの人たちは言うことを素直に聞いてくれるんだな」
宮田・ラインバルド・遥華は頭上にメッセージウィンドウを表示しながら列整理を行っていた。
彼らが自分に向ける視線は、『ボランティアのひと』というより『世界を救ったヒーロー』のそれだ。直接てがけたわけではないので気恥ずかしいが、将来的にそうなりうるのもまた事実。
そして厳密に言えば、いまこうしている間にも遥華は世界を救う力である『パンドラ』を収集しているのだ。
「聖なるかな、聖なるかな。懸命に生きる天義の皆様に神のご加護があらんことを。
ええ、これでも私、信心深い方ですので。そうは見えない?ンフフ、よく言われます」
同じように、ジューダスが列整理をしながら迷子を案内したり老人に手を貸したりしていた。
「やはり戦いよりまずは戦災復興であるな」
ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフはコホンと咳払いをすると、高い台の上にたって呼びかけた。
「我が旗を見よ! 諸君ら、腹は減っているか。であれば並べ!
諸君らの横に居るのは食物を奪い合う獣ではない。手を取り立ち上がり、共に前を向くべき友である!
輪を囲み飯も喰らえぬではどうして復興など出来ようか。必ず全員に渡るだけの量はある、後は諸君らが『どう』するかだ。
奪い合うのか、譲り合うのか、今だからこそ諸君らの底が試されている。鉄帝人の私に見せてみせよ、天義の誇りを!」
「騎士団で鍛えた吾輩の「統率」術、今こそ振るうべき時ですぞ!
気を付けるは、炊き出しする側・される側に上下関係はないこと。
あくまで対等な立場として、振る舞いたいですな。
空腹は人を惨めにしますからな。辛いとき悲しいときこそ、皆で囲んで食事をすることが大事なのだと、吾輩は思うのですぞ」
それに乗じて、ダグラス・クルーバーが列整理を進めていく。
二人は出身も身分も異なるが、どうやら魂が同じステージにあるらしい。
それぞれの顔を見合い、こっくりと頷き合った。
「ふむ……」
日傘をさしてふんわりと浮かぶラクタ。
ひどいようなら列整理に加わろうとか思っていたが、どうやら必要ないようだ。
「復興に努力する、『小さき者』の営みを見に来たが……。
邪神としては、気まぐれに小さき者を救うのも、悪くはないのではないか。汝らの心の動きが新たな物語となる。わたしの腹も膨らむというものだ」
情けは人のためならず。
ラクタはふわふわと会場へと降り立つと、自分のできることを探して動き始めた。
邪神も魔王も異界の騎士も、みな等しくイレギュラーズ。いまこの瞬間、この世界を救っているのだ。
やがて場はお祭り会場へと変わっていった。
「ただの炊き出しやおもろないからなぁ。
屋台でも組んで景気ようやろやないの……っちゅーわけでみんなよろしゅうな!」
「「おー!」」
祭りと言えば彼女あり。道頓堀・繰子は腕まくりをしてたこ焼き屋台に立った。日本の祭り出店のあれである。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
本場ナニワの粉もんやでー。タコ焼き、お好み焼き、モダン焼きも全部タダやー。
めっちゃ美味いで! 良かったら食うてってやー! 待ち時間はハルアちゃんの大道芸も見れるでー」
「とにかく、ご飯がなくちゃ始まらないよね! おいしいよーっ!」
ハルア・フィーンは軽業を披露して人目をひき、たこ焼きをつんつんする繰子の時間を稼いでくれた。
(召喚されたてのボクはここで何があったか詳しく知らないけど、復興が大変だってことは知ってる。そこにちゃんと希望があることも)
「大丈夫!ボクも頑張るから、いいこといっぱいの未来を迎えよう!」
「睡ちゃんタコ焼きあがるでー」
「は~い」
微睡 睡ができあがったたこ焼きの皿を沢山もって、人々のところへと運んでいく。
「は~いタコ焼き1つお待たせ~?
熱いから気を付けて持っていくのよ~?
次は~お好み焼き2枚入りま~す操子ちゃんお願い」
「あいよー」
「ふふ、皆で誰かの役に立ててお姉さんと~っても嬉しいわ」
ほくほく顔で頬に手を当てる睡。
ふと見ると、隣にはででんとラーメン屋台ができあがっていた。
「あら~」
「ここが復興が大変だって国なんだって? 僕もなんかできないかなって思ってきたよ、ラーメン屋!」
ヨッて感じで人力で引くタイプの屋台をかまえる戌井 月美。
「うん、スタンダードの醤油に一押し味噌、豚骨に塩…少なくとも僕が作れる種類は全部用意したよ!
現地で手伝ってくれそうな人たちも見つけたし…皆さん本日はよろしくお願いしますね!」
「まあ、料理は得意だし、俺も頑張ろう」
なんだかなりゆきでラーメン屋になった獅子神 玲恩が、頑張りを示すためか腕組み姿勢でこたえた。
「ラーメンか! 我が祖国「鬼楽」にもあるぞ!美味しいよな、ラーメン!
よろしい!ならばこの俺が天義の民達にこのラーメン屋の事を周知させよう!
フハハハ!所謂「呼子」というものだな!」
そしてこっちは普段から腕組みして圧を飛ばしてそうな小刀祢・剣斗。
「さあさあ、天義の者達よ…貴様等はかの大決戦を生き残った「正義」の強者たちと聞く!
今回、そんな強者たちを…今も天義の復興に尽力している「勇気」ある勇士達の為に異国の料理を振舞に来た!
その名も「ラーメン」! アツアツのスープに喉腰のある麺!そして何より美味い!」
なんだか聞いてるだけで気分がアガッてくる呼びかけに、見物人含め人々が集まってくる。くりりと振り返る小刀祢・刹那。
「いやあ、ラーメンの配膳を手伝うだけで経験値が入るとか…ぼろくないです?
真の意味でニートな今の刹那からしたらありがたい事なのですよ~。
というか兄ィは何を演説してるんだか…ほら、そこの鳳圏組もくっちゃべってないで手と接客してくださいよ~」
「あ?」
多分だけど仲が悪いらしい斉藤・双葉が圧を飛ばしながら振り返った。
「…なあ、三奈…俺の記憶に寄れば確か俺達本来は傭兵か鉄帝の依頼に参加するはずだったよな? …それがどうしてここでメイド服着て接客してるんだ?」
「…それはですね、姉さん…ぶっちゃけ言えば私達が弱いから使い道を見いだせずこちらの方に回されたのです。
というか、装備の用意が出来ませんでした…誰かとは言いませんが…養えないのなら作るなと言いたい所です」
「……そうか…弱いからこっちに回されたのか…くそ!早く強くなりてェ!
つーか、また鬼楽の奴等がいるんじゃねぇか!うるせぇ!馴れ馴れしくすんな、敵国人が!」
(ハアハア…あの姉さんがメイド服…ぶっちゃけ私もご奉仕されたい…!)
双葉と斉藤 三奈はやってやろうじゃねえかとばかりにラーメン屋台へと突撃していく。
「ここは、大変なことがあったのです、ね……。
わたしにできること、あまりありませんが……どうにか、元気づけられる、なら……」
フェリシア=ベルトゥーロはひろびろとした公園の舞台袖で、集まる人々を見つめていた。
かつてここには大きな聖堂があり、激しい戦いの中で破壊され、その中でうまれた犠牲を弔うために記念公園となった……と石碑には刻まれている。
いまだ残る爪痕として、集まる人々には当時を悲しむ色がみえた。
身体に傷が残らずとも、心にはまだ深く血がにじんでいるのだろう。
フェリシアは舞台にあがって頭を下げると、楽器を取り出して弾き語りを始めた。
この国でおきた英雄たちの戦いと、その伝説を語る歌である。
「天義で起きた恐ろしい事件の数々はよく覚えています。
ローレットに所属してからはあれが一番大変な出来事でした。もっとも昔のことはあまり思い出せないのですが……」
ガヴィ コレットは当時のことを思い、歌に耳を傾けていた。
悲しいことを忘れてしまうことは、できる。
けれど心に刻まれた傷までもを、なかったことにはできないものだ。
いつかちゃんと、向き合わなければならないときがくるのだろう。
ガヴィは楽器をとり、フェリシアに続いて演奏を始めた。
二人の演奏が重なり、深く心に染み入っていく。
「戦闘が得意ではない私は先の戦いでは見ている事しかできませんでした。
故郷の危機に何も出来ずに不甲斐ないばかりで……」
心に傷跡をもつのは、イレギュラーズとて例外ではない。
クリストフ・セレスタン・ミィシェールもまた、かの戦いの中で大切なものを失ったひとりである。
「辛い今を乗り切る心の支えになるよう信仰は存在します。
この国はいつだって神と共にあるのです。神は直接助けてはくれませんが信じるものを見捨てません」
クリストフは舞台に続くように聖歌をうたいはじめた。
――主の慈悲が 我らを包む
――負いし傷も 癒やされる
――主の慈悲が 我らを包む
――負いし悲しみ 逃げ去る
――全能の主の 愛の手に包まれ
――我らの心 満たされる
「楽しそうだねぇ♪
オズはこういうの大好きだねぇ♪
子供達は皆楽しんでいるかなぁ?」
そんな中で、舞台とは別の場所でオズ・ヨハネス・マリオットが大道芸を披露し始めた。
「泣いてる子が居るのなら、オズが皆を笑顔にするねぇ♪
これに見るは世紀の大道芸♪
お嬢ちゃんもお坊ちゃんも寄ってらっしゃい見てらっしゃい♪」
芸というものは人の心を助けるものだ。
例えばいろんなことが嫌になってしまって、今夜すぐにでも死んでしまおうと思った時。触れた歌や面白おかしい芸能が、もう少しばかりは生きてみようかと思わせる。
ゆえに何の役に立つのかと言えば、人生の役にたつものだ。
『白髪黒目でやや色白の無精髭を生やした30代前半の精悼な男性』に変身したボーン・リッチモンドが舞台に飛び上がってヴァイオリンをかき鳴らし始めた。
「カッカッカ! 復興の為に頑張る皆の姿は「美しく」尊いもんだな!
じゃあ、俺もそんな皆を励ます為にも一肌脱ぐぜ!
さあ、俺のヴァイオリンを聞いていきな! 音楽の力は偉大だって見せてやるぜ!」
「これから活動予定の『アリス』を宜しくにゃー、準備ができたら皆に楽しいニュースをお届けするにゃ!」
さらにはキャロ・ル・ヴィリケンズも飛び込んでいって、舞台で全員揃って聖歌をうたいはじめる。
(こういう時こそ暗い気持ちで居るのは止めて、日々に楽しみを見つけていかないとなのだにゃ)
壊れたものは元に戻らない。過ぎ去った昨日はもう来ない。
流れた涙は地にしみ去って、あげた悲鳴は空のどこかへ消えた。
なかったことにはできないけれど、それでも生きていくことはできる。
悲しみはそこに置いておいて、ただそのまま、生きることが。
彼女たちの歌は、それを言葉を使わずに教えてくれる。
仮設住宅がならぶ土地のすぐそばには、いまだ瓦礫がいくつも横たわっている。
「この辺はまだ荒れていますね。少しでも復興のお手伝いをいたしましょう」
冬宮・寒櫻院・睦月が瓦礫をよいしょよいしょと動かして、運搬の手伝いをしていた。
「いかなる世界であろうと本家へは忠を尽くすのが定め。であれば寒櫻院が天義へと命じるならば応じよう。ふむ、我々は瓦礫の撤去か。鍛錬になり善行にもなる。力を尽くそう」
夏宮・千尋と春宮・日向がそこへ加わり、瓦礫の撤去を手伝い始める。
「町も人並みも真っ白、いかにも宗教都市って感じー。それが復興中とはいえこんなにボロボロって、何があったんだろうねー。ふーん、デモニアねー。いつかあーしらもそいつぶん殴れるよーになれるかなー」
なんて言いながら、日向はおおきめの瓦礫を破壊してはこまかく砕いていく。
「おい、春宮。壊してばかりでぜんぜん運んでいないではないか。聞いてないな、もう夢中だ。やれやれ……」
「疲れた。ちょっと座って休憩します。うう、情けないなあ」
「寒櫻院、あまり無理はせぬように、貴殿は肉体労働は不向きだろう。言ってるそばからへばっているな。ハンカチだ。汗を拭け。なんなら尻の下に敷いておけ。得手不得手というものがある。そう落ち込むな」
「あ、ちひろ、ハンカチありがとう。ひなたは元気だなあ」
「あっちまで運んだらいいわけねん。りょ、りょ、任せて」
ぱたぱたと書けていく日向。
「考えたら僕、なんでも人にしてもらってきたから、こうして自分で何かをするというのは、新鮮かもしれません。この世界に来たからには自分のことくらい自分でできるようにならないと。でも今は休憩させて……」
「家出をした身とはいえ、やはり自分の国は気になるものですね……」
シルヴァーナ=アークライトは仮設住宅地へと訪れ、そのさまを目に焼き付けていた。
炊き出しで作られたおにぎりやスープを鞄につめ、住宅を動けないけが人や老人へと配達するためである。
いくつかの配達を終えしばらく歩いて行くと、子供たちが集まる広場を発見した。
『お友達が沢山!素敵だわ!』
「そうだな、嫁殿。さて、忍の技をお目にかけよう」
黒影 鬼灯が人形を動かし、人形が子供たちへと語りかけていた。
『ねえ!星の欠片見たことある?』
なんて言いながら、甘いお菓子を取り出しては子供たちに配っていく。
『まあ!鬼灯くん!職人さんがとても喜んでるわ!』
「む?」
ふと見ると、イーハトーヴ・アーケイディアンがぬいぐるみと一緒に子供たちのもとへとやってきた。
「わああ!鬼灯、すごい手品だね!
…え、何だい、オフィーリア? 作業の手が止まってる?だって、ほら、魔法みたいなんだもの!」
にこにこと笑うと、その場の子供たちへと向き直る。
「皆、こんにちは! 俺は、おもちゃのお医者さんだよ!こっちは、助手のオフィーリア!
皆の大切なお友達の怪我、俺に治させてほしいな」
こんなふうに、子供たちにお菓子やおもちゃを配ったり直したりしている横で、エレオノーラ・クーリッジがあやしげな布を配っていた。
「ほら、この季節寒いから3枚ぐらい履くと暖かいし。ぱんつに埋まって寒さを凌ぐとか。頭が寒いときはぱんつを頭にかぶって……これはビジュアル的に駄目ね。工夫すれば寒さを凌げると思うの」
他にもっとあるだろうとかいうな。本当にこれ一杯あるんだよ。
「そういえば誰のものか確認しなかったけど……大丈夫よね?」
「みんな、一緒に歌って踊って踊るの~」
そこへ沢山のこどもたちと一緒にやってくる瑪瑙 葉月。
「あら、楽しそうね」
「歌や童謡を一緒に歌ったり、歌に合わせて踊ったりするの! 沢山歌って、沢山踊って、楽しい気持ちになってくれたらいいな!」
葉月はそう語ると、集会場へと子供たちを連れていった。
しばらく一緒に歌ったり踊ったりして、気づけば安らかに眠っている。そんな時間を過ごすためにだ。
やってきた集会場では、主に子供たちを相手にした診療所が開かれていた。
「その場で体調不良があれば対応致しますし、何か心配事があればお聞きしましょう。さあ皆さん!」
胸を叩いて任せなさいと言う芦屋 晴久。
「れにしてもやはり傷は深いと言いますか、子供の数が随分と多いような……大丈夫ですか?」
その助手としてやってきたカッツェ・サンドーラは子供たちの対応をしながらぽつりともらした。
「そうですね……今まで教会で暮らして来たこともあり、こういったことには多少慣れております」
エルジェマリア・ラナンキュラスはてきぱきとデリケートな子供たちのケアをしている。
「ち、ちょっと……やめ、やめましょう?ね?やめ……おやめなさい……おやめなさいと言っていますの!めっ!!」
てきぱき? さておき。
「詳しくは分からないけどおっきな事件があったんだね。みんながみんな元気そうな感じでもないし、少しでも元気づけてあげたいね!」
カナメはといえば並んだり並ぶのに飽きたりした子供たちの相手をしたり、喧嘩の仲裁をしたりとばたばた働いている。
「みんな押さないでー、順番を守って待っててねー!
まだ時間あるみたいだし、カナとお話しようよ☆キミの事いっぱい教えてほしいな♪」
「良い調子ですね。それでは皆さん怪我の無い様頑張りましょう」
さあ早速診療だぞと腕まくりしたところで、晴久は憲兵にとんと肩を叩かれた。
「ん?いや、私は医師としてここに……いえ、犯罪者じゃないです、あの!!許可を貰ってまぁす!!話聞いてください!?あーーーー!!!!!」
このあと晴久がどうなったのかは、あえて書くまい。
天義という国がこれまで栄えたその背景には、人々がもつ不安や精神疾患といったものを予防するメンタルヘルスが信仰という形で整っていたことにある、といわれている。
そして、風邪をひいたら病院にいくのと同じように、不安をもったらすぐ教会にいく習慣をもっている彼らで教会はいっぱいになっていた。
そんなわけで、聖都にたつ教会にはシモン・ヨハネス・タイラーたちが集まり、カウンセリングを行っていた。
「私に貴方がたの痛みを消し去るほどの力はありません。ええ、ですが……話を聞くくらいは出来ますよ。どうぞ、気軽に愚痴るとよろしいかと」
(肉体労働にも向いているとは言えず、かといって料理が得意なわけでもなく、子供を楽しませるほど愉快でもない。
出来ることといえば、それくらいのもの。分かち合えるだけで消え去るものではないでしょう。
こぼれ落ちた言葉に涙が伴うこともあるでしょう。
私は天義などという国などどうでも良い、ただ全ては傷つきながらも歩みを進める貴方たちへ、私の進行はそのためだけにある装置です)
「ええ、少しでも軽くなったなら、それは何よりのことです」
「オォ……成程。かしこまりました。私のようなもので良ければ、喜んで、手伝いましょう」
ならばと加わったビジュが、覆面牧師のような布にごっそりくるまってやってくる人々の話を聞いていた。
ビジュ自身は自分の見た目が恐ろしいから見せるに適切でないと考えたようだが、天義の人々にとってイレギュラーズはそれだけで希望の象徴であり、魔種を倒したヒーローである。
おそらくは、ビジュがそのまま姿をさらしても歓迎されたことだろう。
(私は、召喚される前、懺悔室で人々の話を聞いていました。
……廃教会に住み着いた罪悪感から、勝手に聖職者の真似事をしていただけですが。それが誰かの救いとなるのなら)
「さてと、こういうときほど好きで得意な事で頑張らないとだね」
腕をぐるぐると回してみせるンクルス・クー。
シスターなのは外見だけじゃないってところを見せるべく、教会に訪れた人々をベンチで待たせたり退屈しないようにお茶を運んだりと精力的に働いていた。
「清き魂をイーゼラー様に捧げる為に、どんなに素晴らしい教義かを知らしめるのでございます。勿論イーゼラー教の経典は無償でお配り致します。貴方もイーゼラー教に入れば、ほらこの通り、炊き出しの竈の火を素手で掻こうと煮えた油に直接手を入れようとヘッチャラでございます。イーゼラー様の教えに従えば全ての苦痛は至福に変わり、魂をより高みへと成長させるのでございます」
中にはこんな具合にちょっと偏った教義でカウンセリングをしかけるアンゼリカ=フォウ=イーゼラーのような者もいるが、だからといって排斥されるようなことはなかった。
天義は『神はある』という一点をもって教義をまとめているので、それ以外の部分が各協会によってブレがちなのだ。ちょっとブレの大きな教義だなと思われはしても、異教徒扱いをされたりはしないらしい。(イーゼラー様って誰だろうくらいには思われるが)
「今も尚戦いの傷跡が残る地での活動……これも主上の導きだろう。では救おう。我が手にできる限りを尽くし、迷える子羊たちに救済を」
異教徒っぽさでいえば負けてないナイジェル=シン。
そんな彼も、ここではイレギュラーズとしてだいぶ受け入れられていた。
炊き出しで作った料理の宅配にやってきたのだが、見た目が牧師なせいか悩み相談をナチュラルにされる始末である。
そして彼も彼でそういう相手を特に拒まないので、悩みをスッキリさせた人々が感謝を述べて帰っていく。
「感謝は不要。見返りも不要。我が行いは、ただ迷える子羊を救うことのみを求めるもの」
そんな中で、ユタ・ニヌファブシ・ハイムルブシは簡単な水盆占いをしながら人の話を聞いていた。
「そうね、友情運とか、恋愛運を占うのも楽しいかもしれないわ。気を紛らわすのだって、占いのひとつの効能だもの。
私は1人の旅人だけれど、こういう時に大切なことはわかるわ。
今そばにいる人を大切にね、幼く青き人々」
イレギュラーズにはひとりひとり歴史がある。
その歴史の中には、人生を楽しく、もしくは幸せに過ごすためのヒントが隠されていると、誰かが言った。
もちろん、人生そのものが何かを主張するようなことはなく、そこに実利的意味などないのかもしれない。
だが、彼らは少なくとも知っていた。
「いつかこの悲しみを乗り越えるために必要なのは、間違いなく人の営みなのだから」
前へ進む。それだけで、人は幸せになりえること。
●キャラバンは今日も西へゆく
ラサ傭兵商人連合。通称『傭兵』。
広大な砂漠に点在するオアシス都市とそうした資源によって富を気づいた商人たちが自由な貿易や商業のために、そして砂漠に点在する数々の有力傭兵団たちが互いの利益と自由な活動を守り合うために、この『連合』は存在している。
王や貴族といった概念はなく、あくまでそれぞれの団体がそれぞれのルールで自由に生きるというのがこの砂漠の『掟なき掟』である。
そんな彼らの活動はラサを拠点として深緑、鉄帝、天義、幻想、練達、海洋――とありとあらゆる国に対していち傭兵として仕事を請け負い、ラサ全体での取り決めは有力傭兵団たちによる多頭合議制によって決められる。
そんな国であるがゆえ、ローレットを受け入れるのも早かった。
海洋王国がお祭りを機に受け入れたように、ラサの主要傭兵団たちも幻想王国でおきた魔種事件の解決をきっかけにローレットへ積極的に依頼を出し始めるようになったのだった。
「どこの世界でも傭兵の仕事というのはあるものなんだな。
力はこちらの世界に来た際に無くしてしまったが、知識は衰えたわけではない。十全にといくかはわからないが、同行者と協力してうまいことやっていけるといいな……」
ヘッドホンを首にかけ、フローリカは進む馬車の荷台から顔を出した。
パカダクラというアルパカとラクダが混ざったような一般的騎乗動物にまたがり、ラサの商人がさばくをゆっくりゆっくりと進んでいる。
パカダクラのひく荷馬車は何台にもわたり、小規模な商人たちがキャラバンを組んで深緑へ商品を届けに移動している最中、ということらしい。
ラサはその自由な風土柄モンスターとの遭遇率も高く、そしてそれ以上に山賊の発生率も多い。
商人を襲ってがっぽり儲けようなんて考えは後を絶たず、それゆえ砂漠の移動に護衛をつけないのは服を着ずに外へ出るようなものとすら言われるのだ。
「生き物や商品は不思議だが……やはり人の営みは変わらない、か」
「護衛の任務は好きだ」
フローリカはなにも独り言をいっていたわけではない。すぐ隣でぼんやりと空を眺めていたナバール・エルディアが、こたえるようにつぶやいた。
「周囲の警戒を怠るわけにはいかないが、何もない時は周囲の雰囲気も少しは和やかになる。
小さい頃から大人に愛想よくして、色んな意味で可愛がられてきた。大人は嫌いだけど、大人の機嫌が悪いと僕が大体痛い目にあってきた。だから僕は大人に気にいられる子供をずっと演じてきたんだけど……それでは旅の退屈を紛らわせるには不向きだね」
「そんなことはないと思うが……」
旅と酒は人のくちを軽くするという。
何日も同じ馬車にゆられていると、日頃話さないようなことを初対面の相手にぽろっと漏らしてしまうものだ。
「賑やかである必要はないでしょう。
当機(オレ)にとっては、移り変わっていく景色も、賑やかに進んでいく旅路も。
等しく興味深いものですし。このままずっと眺めさせて頂くだけでも……」
敷島・戒機がそんなことを言って胸元に手を当てた。
鳳圏のエンブレムがきらりと光る。
「確かに長く静かな旅路ではありますが――飽きませんよ」
「わかるわ」
大荷物をたずさえたマヘル・シャラル・ハシバスが苦笑していった。
「昔はこういったキャラバンには加わる側だったけど、いまは護衛する立場なのね。けどこうして見聞を広めれば……」
マヘルの夢は美術館を開くことであるという。それゆえ世界を巡って様々なアイテムを収集しようとしているのだとか。いまや地図の外側までもを目指さんとする情勢である。飽きることなどないのかもしれない。
同じ馬車にのりあわせたイクスエータ・グニコールが取り出したおにぎりをかじってしみじみと流れる雲を眺めた。
「旅の途中、絶景を見ながらのご飯とかって結構憧れてたんですよねえ。
ただこうしているだけでも、いろんな発見ができたり、いろんなお話が聞けたりしますし」
イクスエータの言うように、長い長い旅を共有するうちに彼らは気づいた。
商人たちはとにかく喋る。
近況。身の上話。時には夢。商人にとって情報が武器であるという前提を横に置いたとしても、彼らは交流というものを大事にしていた。
時折立ち寄った街なんかでも住民に無表情のまま『うちに泊まれ』『いやうちに』と猛烈に歓迎された後『最近どうだ』と話を振られるのが常である。
「旅は好きだよぉ、普段は一人旅だけどねぇ。だって誰かや何かに縛られないで自由にいろんなもの見られるしぃ?
でもまぁ冬は人肌恋しいからこういうのも悪くないかなって思ったんだよねぇ」
幌の上に寝そべって、ラズワルドがのーんびりとつぶやいた。
「だよねぇ?」
きみもそういうクチ? というテンションで横を見るラズワルド。
新納 竜也は腕組みしたまま幌の上にあぐらをかき、極めてシリアスな顔で遠くだけを見ていた。
「俺が理想とする人の上に立つものの姿とは、自らが動かずとも勝利するもの。
総大将とは前線に出るものではなく、静かに座するもの。それこそがユニバース……」
「ふぅん……?」
話を半分もわかってない顔であくびをして、ラズワルドは目を閉じた。
同じく目を閉じる竜也。
(俺が動く必要があるのは、よほどヤバイ時ぐらいだろうさ。ついでにキャラバンにいるであろう、いるべきな素敵なおねーさん方と仲良くもなろう。たとえば……)
「あつい」
日陰でみょーんってなってるマリリン・ラーンがいた。
「海と砂漠でこんなに気候が違うなんて。か、かわく……ハッ!」
まわりに見られていることに気づいて、マリリンは背筋をぴーんと伸ばして咳払いした。
「暑く無いよ、だって私は水神さまだから讃えてもいいんだよ……え?
私を飲みたい? 見た目には自信があるけど随分とまた直球的な……ああそうだ! こんなこともあろうかと練達から借りてきたペットボトルに私のギフトから作った氷を入れてきたの! さぁ、キンキンに冷えた氷水でゆっくり涼んでね!」
なんだかかわいそうな子だなあという顔でみられているが、マリリンはとにかく元気をつくろった。この三時間くらいあとに本当にひからびることになるのだが、それはそれ。
「喉が渇いたので丁度良かったですね。さて、次は何にしましょうか」
木花・奏が明るく爽やかな歌を、竪琴を奏でながら歌っている。
一方で。
「この世界は初めてだし、砂漠も昔生きた世界じゃ見た事なかったから、単純にこんなふうに世界を観れるのが嬉しいわねぇ」
フェルシア・ヴァーミリオンは仲間たちのおだやかでちょっとドタバタした旅情を、しみじみと感じ入っていた。
ふと横を見ると、三池・輝世が研石で商人の持っていた短剣の手入れをしていた。
「あ、これですか? 長旅で手入れをしていないと武器は消耗する一方ですし、それで壊れては可哀想です。
それに、修理を引き受けることで色々な武器を見れますし……ふふふ……」
とか言っていると、背に置いていた『無銘・酔醒』がしゃべり出した。
「おーい、あいぼーう? 他の連中の武器を手入れすんのはいいが、俺っちの手入れも忘れんでくれよー?」
「分かってますよ。手入れは昨日したばかりでしょう?」
「それもいいが、武器を見せ合って相手を褒めたりとかよ……おっ?」
奏の歌がとまり、そして馬車もとまった。
遠くから山賊の一団が近づいてくるのが分かったからだ。
奏は曲調を好戦的なものにかえ、仲間たちを鼓舞するほうへとシフトしていく。
「さあ皆さん、出番ですよ!」
「にひひ、やっと戦えるねっ!」
「カノン、私を狙っている敵を撃ってくださいね。私がカノンを守りますから」
馬車でひかえていたカノン=S=クロイツとマテリア=M=クロイツが飛び出し、黒い馬で走ってくる山賊たちへと構えた。
「敵さんは大歓迎だよ! 空飛んでないのは残念だけど…でも的当てって楽しいよねっ!
お姉ちゃんを傷つけようとする悪い子は誰かな~? そんな悪い子はカノンちゃんが撃ち抜いちゃうぞ☆」
翼をひろげてぶわりと飛び上がる二人。
舞うように襲いかかり、格闘をしかけるマテリアと、それを援護して射撃するカノンのコンビだ。
そこへ齊藤 弦十郎も突入。
「拙者『信濃幻刀流』免許極伝――を目指す者。名を齊藤弦十郎! いざ尋常に」
刀に手をかけて名乗り上げた途端、あっちこっちから一斉にアサルトライフルによる連射があびせられた。
「なんじゃらほーい!」
途端にデフォルメ化してすっころぶ弦十郎。
さっきまで頭のあった場所を弾が通り抜けていく。(いわゆるクリティカル回避である)
「ここは任せて貰おう!」
Adelheid・Klarweinがものすごく堂々と現れ、構えた剣と盾で山賊へと突撃。
(正直な話だが私は人との会話があまり得意ではない。どう接すればいいのか判らない。しかし……! これもいい機会だ……! ここで苦手を克服して昔にみた物語のようなかっこいい騎士になる……!)
山賊に盾による激しいバッシュをかけてよろめかせた後、振り上げた剣が手からすぽーんと抜けていった。
(コレだよ……!)
グヌウ! ていう全力の悔し顔をつくるAdelheid。
画風もあいまってすごい顔だった。
と、その瞬間。
「血に植えた獣や人の形をした畜生には容赦はせん」
無銘の放った鎖暗器が山賊の首へと巻き付き、動きを止めたところで鋼鉄の膝蹴りがたたき込まれた。
ぐぼ、と声を上げて転倒する山賊。
無銘は暗器をまるで自分の腕のごとく器用に手元へ引き戻すと、軸足一本で立ったまま構えた。
「おぉ? なんかおもしれー戦い方するじゃねえか」
獣のようにニッと歯を見せて笑うニコラス・T・ホワイトファング。
襲いかかってくる山賊に背を向けたまま剣が繰り出される――より早く、高速の後ろ回し蹴りで山賊の顔面を吹き飛ばした。
更に放たれた銃撃を手首をつないだ鎖を張ることで打ちはじく。
「楽しい旅程の邪魔をしに来るたァ野暮な奴……いや、もしかして賑やかしになりに来てくれたのか? 丁度良い、ちょいと退屈してたとこだッ!」
「賑やかしだと? ハハハ!」
大魔王ロッド(今名付けた)を振りかざし、ホロウが馬車の上から叫んだ。
「まぁ、イレギュラーズ初期組(三桁台)の大ベテランの我にかかればこの程度いとも容易いのだ!! 漆黒の渦を食らえぃ!」
なるたけ格好良く解き放った漆黒の渦を山賊たちへと叩きつける。
「ハハハハハ! 不死の女王の前にひれふすが良い!」
どっかで聞いたような台詞を堂々と叫びながら漆黒の魔術弾を連射するホロウ。
そこへニンフェア=Sが援護射撃で支援。
「私、援護…可能。撃つべし、撃つべし」
言葉が美味く喋れない彼女ではあるが、黙々と的確な銃撃を仕掛けることはできた。肉体的衰えこそ見えるものの、芯にあるのはベテランのそれだ。肉体が追いつくのも時間の問題であろう。
その一方で祐介が孤立した山賊へと回り込み、ナイフを構えて立ち塞がる。
彼のマークを突破できずにもだもだとしている山賊を、小平・藤次郎は見逃さなかった。
「ワシが来たからには大船に乗ったつもりで行け! ま、この場合はでかいラクダかもしれんがな!」
覇刀『狂乱』――抜刀と同時に駆け抜ける。
血しぶきのように走った妖気が青い空にゆらめき、抵抗しようとした山賊の身体から一拍遅れて血しぶきをあげさせた。
刀を収め、左右非対称に笑って振り返る。
「一件落着。酒でも飲むか?」
ぐつぐつと鍋で煮立ったカレーを、ノックス・ラクテウス・オルビスが意気揚々と金属製の皿に炊き上げたライスと一緒に盛り付けていく。
「家事は得意なんだ。こういうのは任せてよね。
誰かとお話するのも大好きだから」
ノックスは『友達が増えるといいなぁ♪』なんて言いながら、たき火の周りで車座に集まったキャラバンの商人や護衛スタッフたちへと料理を配りはじめた。
「いいね。では私は幻想の酒をふるまおうじゃないか」
ジョー・バーンズは幻想国家で作られたワインを鞄から取り出して見せた。
「幻想と傭兵はそれなりに取引があるので、珍しいというほどではないだろうがそれでもラサの酒よりは飲んでないだろう?」
「ううむ確かに」
「貴族の高い酒はなおのことだ」
ジョーの言うように、ラサの商人たちといえど手の届かない酒というものはある。
特に金とコネクションによって層分けされた嗜好品は、現地に行っても手に入りづらいものだ。
「想に来た折にはぜひ我が商会に立ち寄ってくれたまえ。サービスするよ……サービスしてくれればね。
あぁ、この酒はサービスだから安心して飲んでくれ。ふるまい酒で金を取るほど野暮ではないさ」
そんな風に宣伝をしながらお酌をしていくジョー。
アカツキ・アマギはそんな上等な酒を貰って、上機嫌に立ち上がった。
「妾、炎に目覚めちゃった幻想種であるからして、火を使った芸は得意じゃ。火のお手玉とか、上空に花火とか打ち上げちゃったり」
深緑あるある。いくら霊樹が頑丈だからつっても木を燃やしたり枯らしたりするものは古くから嫌われやすく、特に古いしきたりが根強く残る地域では火をおこしただけでぶん殴られたりする。
もちろんその辺ルーズな地域もあるしキャンプファイヤーが日課っていう集落もあるが、深緑全体のそうした雰囲気から『炎ファン』になってしまう者も少なからずいた。なんかそういうの、ロックだし。
「ではさっそ――きゅう」
が、アカツキはそれを披露するまえに酒に酔い潰れてしまった。一瞬だった。
「あらあら。まだ余興もしてないのに」
『ラヴ イズ ……』がホルスターから抜いた二丁の拳銃を指でくるくると回しながら立ち上がり、皆の見えるところへと立った。
「これの扱いは得意なの」
そういってラブは様々な姿勢から的を撃ち抜く曲打ちをしてみせた。
(気恥ずかしいけれど……うふふ、そっか、これも芸なのね)
拍手をして褒める商人たちに気を良くしたラヴ。
お前は何かできないのか? とふられたバステト・ラー・アヌビスが木の板をスッと立てた。
【神様の十戒】
1.神様と気長に付き合ってください
2.神様を信仰してくださいそれだけで神様は幸せです
3.神様にも心があることを忘れないでください
4.神罰を与えるときは理由があります
5.私にたくさん貢物をください。HP1なので餅とかはダメです
6.叩かないで本来なら神様の方が強いですが今はHP1ですぐ死にます
7.あなたが歳をとっても、信仰してください
8.あなたたちは数十年くらいしか生きられません。だからできるだけ神様を信仰しなさい
9.あなたには仕事もあるし友人もいます。まぁ神様も信仰が少ないと仕事します世知辛いのじゃ
10.どうか覚えていてください。神様は信仰するあなたがたを愛していることを。
「…………」
どう? って顔で見てくるバステト。
「まだまだね!」
虚栄 心が両手を腰に当ててふんぞりかえった。
「伝 説 の 特 異 運 命 座 標 様 よ」
伝
説
の
特
異
運
命
座
標
様
ていう、オーラ? 的な? やつを背後に出す心。
味付けの濃いイレギュラーズに、商人がどう返したもんかと真顔でいると、シェリング・フォード・ディテクティブが肘でこづかれた。
「え?盛り上がるような何かも募集しているって? ふむ…それならば僕が前の世界で解決した、数々の事件の謎のお話なんてどうかな」
しばし考えた後、シェリングはトリックを語る探偵劇のごとく朗々と自分の思い出を語り始めた。
「そう、あれは、僕がさる高貴な身分の方から依頼を受けた時に……」
砂漠は夢でできている、と誰かがいった。
実利的にはなんの価値もない、面白さや美しさや楽しさといったものが、この砂漠に文明を作ったのだと。
旅人が語る異世界の話は、この世界では直接役に立たないかもしれないが、そこに眠る浪漫や冒険やワクワクする楽しさが、この世界の人々を震わせる。
「素敵ですね。探偵小説を読んでいるみたい」
リンディス=クァドラータはうっとりとしながらも話の内容を高速筆記でメモしていた。
彼女もまた、『物語』を集める意味を知る者である。この世界中にねむる無数の本には、多くの人々の知識や経験が詰まっている。
「他に面白い本やお話はありませんか。なんなら私からも皆さんに……」
といって、リンディスは自分から物語を披露しはじめる。
お話が大いに盛り上がったところで、シャッファがふらりとし始めた。
酒に酔ったのかもしれない。
「大丈夫大丈夫。私は酔ってても戦えるから」
なんていって、シャッファは頭のうえにグラスを乗せて『とってみてよ』とからかう遊びをしてみせた。
それがどうやら踊りに見えてきたようで、ネオ・ドリブスギンが一緒に踊り始めた。
「あそれそれ、よいよいよい。……何、動きが硬い?知らんわ。軟体動物じゃあるまいし」
同じあれなら踊らにゃ損ときたもので、商人たちも一緒になって踊り出す。
そんな様子をリティ・グレッシェルはほっこりとした様子で眺めていた。
あんたは加わらないのか? と問いかけれれてリティは苦笑してこたえた。
「皆さんキャラバンの方々のお話や歌を聞いてみたいと思ってご一緒させてもらったの。こうして見たり聞いたりしているのも、いいものね」
「ああ、たくましい商人の様子を見てるとな……」
レンジス・エルロイドがちらりと虚空を見上げた。
「しっかし、あの案件が落ち着いてからも相変わらずラサは大変なこったな。
今も――ああ、雑音みてぇにお『前ら』が騒ぐのは仕方ねぇことか。
ま、せめて与太話を我慢してやる駄賃に旅の安全に関して情報ぐらいは寄越してくれよ。楽しいことは俺の他の連中がいっぱいしてるだろうからさ――」
スッとグラスを虚空に掲げてみせる。
なにかしら、とリティは首をかしげたが、うやむやのまま酒は進んだ。
(沢山の人々が集まるという事は沢山の愛があるという事。なんて素晴らしい事!)
ナズナサスが端のほうからすごい目で商人たちをガン見していた。
(”影”がある人程、愛がきっと足りないもの。妄想がはかどるわ……)
説明しよう。ナズナサスのギフト『全ての人よ、愛を知りなさい』は対象者を乙女ゲーやギャルゲーにみたてて脳内攻略できるという妄想である! ……妄想である!
(砂漠、旅、キャラバン。ファルムはこれを絵本で見たことがある。千夜一夜の恋の話。ファルムは、ファルムと主がいたあの場所ではない世界があること、まだよく解っていない……)
ファルムは夜の見張りを担当していた。眠らずに番ができるのが強みであるからだ。
振り返ると、たき火の周りでティ=ノーヴェ=クルコヴォが音楽にのせて舞を踊っている。レガシーゼロならではの、複雑な関節動作を用いたダイナミックな舞である。
その横では靴司田・白紅が靴下をぽんぽん履き替えては衣装をチェンジし、音楽に合わせた踊りをおどっていた。
「長い旅になるんだもの。楽しんでいかなくっちゃね。
魔法少女シルクちゃんをよろしく☆」
ティのリクエストにこたえて、商人がカンテラを奏でながら地元の歌をうたいはじめる。
そこへネイアラ・セレナータも飛び込んでベリーダンスを踊り始める。
「ワタシの踊りで楽しんでいってくださいね。まずはダイナミックに――」
セクシーに、そして美しく踊るネイアラ。金色の衣装が妖艶にゆすられ、商人たちは手を叩いて声をあわせた。
キャラバンの夜は呑めや歌えやで楽しく過ぎていく。
誰かが、これを人生のようだと言った。
長い長い旅のなかで、出会った人々と言葉を超えてわかり合っていく。
ハメを外して楽しむ夜が、長旅のなかにはあってもいい。
●天才たちの国
探求都市国家アデプト。通称『練達』。
ローレットが結成されるよりもずっと昔にできあがった『旅人(ウォーカー)』の国である。
幻想、天義、海洋等に挟まれた政治的にも微妙な位置にある島に巨大なドーム状の階層都市を建設し、非常識が常識な混沌世界においてもきわめて希な造形の建造物をいっぱいに詰め込んだここはサイバーパンクの玉手箱だ。
『賢者の三塔』からなる主要研究施設では日夜対混沌ルールの挑戦が行われており、突拍子もないアイテムを作っては『不在証明』によってノーマライズされる日々である。
彼らの彼岸は世界ルールの突破と元世界への帰還。その仮定で発生した副産物は混沌世界に広く出回り、パソコンだのVR装置だのロボットだのサバ缶だのが混沌世界に当たり前に受け入れられるという文化的常識を作り上げた。
「やっぱり僕戦いは好きじゃないし、違う仕事で世界を救いたいなーなんて思ってたら……。
まさか練達のお仕事に呼ばれるなんて僕イレギュラーズになってよかった……!」
ルル・ドロップは工具片手に巨大なガレージの中で作業をしていた。
『賢者の三塔』は大きく分けて大魔道士のカスパール、謎めいたマッドハッター、科学魔術者佐伯の三大研究者によって構成され、現代日本から流れ込んだ文化も当然研究されている。
「よし、できた!」
ルルが完成させたのは全長20mはある人型ロボットである。
「動力は特殊蒸気機関。魔術と仏法を科学してできた『浄忌機関』……らしいっすね」
リサ・ディーラングもぐいっと額の汗を拭い、ペットボトルのスポーツドリンクをルルへとパスした。
当然ながら全て人力じゃあないが、いきなりこんなものができあがってしまうのが練達らしさである。
「いやあ、まさか魔導スチームパンクそのものがあるとは。手伝ってくれて助かったっす」
「それほどでも」
ジュディス・バルヒェットはタオルで首元の汗を拭うと、設計図と実物を見比べてみた。
「『ディストピア』の知識通りに作ったものよ。幸いパーツはだいぶできあがっていたし、組み立てるだけで済んだけど……」
頬に手を当てて、ジュディスははあとため息をついた。
「どうかしたんです?」
「試しにそこの起動ボタンを押してみて」
言われるままにボタンを押してみるが、ロボットはうんともすんとも言わなかった。
「これなのよ。『不在証明』。
組み立てることはできても、世界におけるノーマライズをうける。
ここのガレージには戦車も飛行機も宇宙船も、なんなら私の知識でもまったくわけがわからないようなとんでもない機械が山のように置いてあるけど、それら全て、まともに機能したためしがないわ」
この試行錯誤を繰り返し、不在証明をいつか破ろうとしているのがこの練達の民なのだ。
彼らの挑戦は、今もまだ続いている。
「いやはや、ずっと一人でラボに籠り古文書や資料やら何やらを読み漁っていたらね、何時の間にか年を越していた。ハハハ」
ジェームズ・バーンド・ワイズマンは頭(というか透明なシェル)をきゅっきゅとなでると、内側の炎をゆらめかせて笑った。
炎がごうごうしているだけにも関わらずちゃんと言語として周りに通じているのは、世界ルール混沌肯定の一つである『崩れないバベル』の効果である。
ジェームズしかり、様々な世界の様々な言語形態をもつ人間が集まってもなお、彼らのコミュニケーション技術そのものがノーマライズされ一般的な言語として違いに通じるのだ。
「ところで、この実験は?」
「『やわらかい火』よ?」
見た通りよ? という顔で振り返るノコリット・グラス。
ちょっと説明しよう。
『やわらかい火』とは魔術の一種で特別な薬草を燃やすことで生み出された燃つまり炎はその場に固定され感触をもつという現象である。
それを、ウォリアの鎧の中にむんずと突っ込む。
ウォリア先輩を知らないヘッズたちのために解説しておくと、ウォリアは生きたドラゴンメイルである。
なんだか最近新技(?)を覚えたらしく、己の炎を空洞のある無機物にうつすことで自らの身体とすることができるらしい。基本的には鎧お着替え能力である。
「案ずるな」
鎧の胸の部分をがしんと叩いてみせるウォリア。
「腕には覚えがある。…肉体と呼べるものは無いが身体的にも精神的にもすこぶる健康だ」
「らしいので、炎を混ぜたらどうなるかやってみましょう」
「素晴らしい!」
「まて」
それは大丈夫なヤツだろうか? と考えるウォリアだが、案外大丈夫らしい。
多少変なことをしても『強制的につじつまがあう』というのがこの世界のルールだからだ。
「それにしてもこの塔は知識の宝庫ね。経験値がもりもり上がっていくのを感じるわ」
これは取り入れられるかしら、なんて言いながら本を開くノコリットを、ジェームズはどこかほくほくした顔で眺めていた。
「知識と探求。それゆえの……ああ、懐かしいネ」
練達が列強諸国と並び主要国家として認められている大きな理由は、彼らの研究成果が少なからず他国の豊かさに影響していることにある。
『そもそもの理念』にもとづいて特にどこと敵対することもなく、相応のコストが支払われれば相応の技術で返してきた都市国家。
よく研究を行うと聞かれる『何の役に立つんですか?』の答えが、ここにはあふれている。
「ワレワレは農業に興味あります。沢山の種類の野菜果物をつくってマスカ」
驚堂院・エアルがやってきたのは巨大な円柱型農業栽培施設であった。
ロードローラーのローラー部分をちょっと地面から浮かせて延々回転刺せ続けたみたいな『土壌』があり、そこに植え込まれた野菜に定期的な日照や水分補給を適切に与え続けることで自然環境なしに良好な野菜を栽培するというものである。
この辺がノーマライズのすげーところだが、この方法でも割とまともなトマトなんかができあがったりする。
エアルはそれをむしゃむしゃと食べていた。
「きゃきゃウフフ」
口で実際に『きゃきゃウフフ』ていいながらパリピ感を出すエアル。
クリスティーネ=アルベルツはその横でひたすらタブレットPCに記録し続ける首から上がドラゴンの研究員と並んで、記録を手伝っていた。
「生物研究というから手伝ったのに、野菜の栽培とはね」
「重要な研究だ」
「否定はしないよ?」
肩をすくめるクリスティーネ。彼女のいわんとすることを察して、研究員は手を止めた。
「『ドラゴンになりたい』、だったか」
「正確には『竜種』や『亜竜種』になりたい。この都市にもあるんだろう? 蓄積されたデータが」
「もちろんだとも。研究とはデータを積み上げてこそだ」
真面目にとりあわねばなるまい、と完全にタブレットPCを閉じる研究員。
「そしてそれゆえに、我々は竜種のデータを持っていない。我々にとっても、かの種族は興味深い研究対象なのだ。幻想の『果ての迷宮』や海洋の『絶望の青』のように、『まだ見ぬ可能性』を感じさせてくれるからね」
君もそうだろう?
そんな問いかけに、クリスティーネは微笑でこたえた。
研究をデータの蓄積であるとするならば、研究には実験が必要である。
より多くの実験が、より正確な検証を生む。
「実験台なら、慣れてるし」
死者の身体に世界の粋を集めて生み出された兵器……のなれはて。かんなはそんな風に言って検体同意書にサインをした。
「なんだこの文字ばっかりの同意書! 怖えな!」
雪乃蔵・柘榴はそんな風に言いながらもさらさらとサインをしていく。
というのも、そこらじゅうに柘榴をワクワクさせるようなサイバーなアイテムがごろごろしていたからである。
やべー見た目の光線銃。機械剣。腕輪型防御障壁発生装置。バイク。クルーザー。立体投写型(プロジェクション)PC。ジェットブーツ。その他もうよくわかんない武器。
「うおー! やっぱ練達っておもしれーな! よその国に来るの初めてだったけど、もうかなりテーマパークしてるぜ?」
実際のトコ、練達から世界に発信された武器や防具は多い。イレギュラーズにも広く愛用されていたZAP光線銃やジェットパックなんかがまさにそれだ。
「……寝ていればいい仕事があると聞い……ぐぅ」
すでに同意書にサインしきったリオン=ギアクロム=ステイシスが、どこでも寝られる才能(ギフト)を活かして実験に協力するというが、どんな実験に協力するかは特に聞かないまま寝てしまったらしい。巨大な水槽に連れて行かれるところまでは、見た。
「さすが練達。わらわのようなゾンビまがいでも目立たぬとは余程である」
黄泉の王国のお姫様ことハルモニア。
かつての世界ではそれこそ死を超越した神のごとき存在であったが、この世界では『だいぶ死ににくいひと』のカテゴリーに収まっている。そこがなんとも、面白い所なのである。
「伊達に死ににくい身体はしておらぬ。変な薬を飲まされてへっちなどうじんしみたいになってもわらわは一向に構わんからな!」
わはは! とだいぶヤベーことをいうハルモニアだが、ガラス一枚挟んだ向こう側では研究者たちが『不死性の抽出』とか物騒な単語で会話しているのでおあいこであった。
なーんていう人たちの中に、ぽつんと混ざる白ケ沢・マジック・茉白。
「ち、違いますっ僕はおとk……どうしよう逃げた方がいいのかな…いや逆に考えるんだ僕が犠牲になれば本来犠牲になるはずだった女の子が救われると考えるんだ!」
自分になにか言い聞かせてから、『やるます!』と叫んだ。噛んだ。
「よし。じゃあこのかわいい『男の娘』をどこまで剥いたら倫理的にアウトか100人アンケートをとろう」
「待って!」
「まずはメンタルな性別とソーシャルな性別がどっちかはっきりさせておこう。屈強な乙女を20人ばかし手配して」
「何する気ですか!?」
そう、練達はいつもチャレンジャー。
練達の特徴として、あらゆる意味でおかしなことをし続けるのであらゆる意味でおかしな存在ができあがる、というものがある。
その一つがコレだ。
「アレが指定された異常存在ですね! 早く倒して実験室に持って帰りましょう! 待て!」
「わんわん!」
ティル・エクスシアが猛烈なダッシュで追いかけているのは首から上がおっさんの犬。いわゆる人面犬である。
「わんわん! ぼくいぬ!」
「犬は自分のこと犬って言いません!」
ティルは『天使の釘バット』を振りかざすと、人面犬に追いついて思い切り上からガッていった。
「痛い! ぼく犬!」
「しつこいですね!」
網にとらえて暴れる人面犬をゲージに放り込む……と、振り返ったところになんか白くて細長くてくねくねした異常存在がいた。
「――!?」
二度見するティル――を差し置いてバルガル・ミフィストがくねくねしたやつの側頭部(?)を思い切りグーでいった。
「ほうほう、知ってますよ。自分の世界にもありましたありました。見ると発狂するだのなんだのって聞きましたが、案外グーでいけますね」
「それがこの世界のイイトコロ☆」
Alice・iris・2ndcolorはついーってくねくねしたやつのそばまで急接近すると、相手の顔(?)を太ももで挟んだのちぐりんって投げ落としてかつマウントをとったまま窒息(?)させるというなんかうらやましいんだかえげつないんだかわからない技を仕掛けていた。
「うーん……エナジーでおなかいっぱい。皆様もAliceの宿主になってくれるかしら?私を養って☆」
ぱちんとウィンクするAlice。
異常存在だろうがサラリーマンだろうがバンパイアだろうが平等に戦える、この世界である。
その一方、羽住・利一は剣を手に複雑怪奇な異常存在とひたすらにぶち当たっていた。
腕が七本あって目が七つある怪人がゴムみたいににょきにょき伸ばしてくる腕を次々に切り払う。
隙をみつけ、懐に潜り込んで爆裂する斬撃を放つことで異常存在を撃破……したところで、利一はよろめいた。
「っつう……だいぶ傷になっちまった。これキレイに治るのかな」
「ご心配なく」
ステラ・グランディネが手術手袋をはめながら手をにぎにぎとやった。
「たとえばエーテル薬やサイバネティック技術や超神秘蘇生法……様々な形でこの世界の医療技術は発達しています。たとえ腕の一本や二本とれたところで次の日にはくっつけて見せますよ。一週間あれば完治です」
「そんなばかな」
「そうですよ~」
リン・アリシャが黒いアタッシュケースを開いて手術道具をぽんぽん取り出していった。
「いんやぁ~、こんなところで名医の手術をライブで見れるなんて感激わや~」
「名医?」
また調子のいいことを……と言いながら、褒められて嫌な気はしないらしいステラ。
「で、どこを怪我したんですか。右腕とりかえますか」
「とりかえない」
「では、手術を始めます。少しチクッとしますけれど、目覚めたら終わっていますからね?」
「ちょちょちょまったまった、本当に腕取り替えないっすよね!? そのノコギリ何に使――あっ」
アリシャがフッてやった吹き矢が首に刺さり、利一はふらーっとその場で眠った。なお、起きたときには傷口に絆創膏がくっついていたらしい。
●かくして世界はまわる
世界中に飛び出し、それぞれの依頼をうけて活躍したイレギュラーズたち。
彼らの評判もまた世界中を駆け巡り、また新たな依頼が舞い込むことだろう。
彼らが動き続ける限り、世界の希望は蓄積する。
これは自由なる救済の物語。
イレギュラーズの物語。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
皆様お帰りなさいませ
世界中に広まった皆様の評判は、また新たな依頼書となってローレットのボードに貼り付けられることでしょう。
それを手に取ったならぜひ、新たな冒険へと出かけてみてください。
※今回の報酬には人数×1点の特別経験値を付与しています
GMコメント
■■■注意■■■
・このシナリオはレベル15以下のPCだけが参加できます。
・このシナリオで貰えるゴールドは通常より少ないです。
・通常入る経験に、特別にボーナス経験値が加算されます。(人数やプレイングでアップ!)
・シナリオの確定報酬に『レベル18以下制限のスキルリセットアイテム(譲渡不可)』が加わります。
■■■プレイング書式■■■
迷子防止のため、プレイングには以下の書式を守るようにしてください。
・一行目:パートタグ
・二行目:グループタグ(または空白行)
・三行目:実際のプレイング内容
書式が守られていない場合はお友達とはぐれたり、やろうとしたことをやり損ねたりすることがあります。くれぐれもご注意ください。
■■■パートタグ■■■
【幻想】【鉄帝】【練達】【傭兵】【深緑】【深緑】【天義】【海洋】のうちいずれかのパートタグを【】ごとコピペし、一行目に記載してください。
■■■グループタグ■■■
一緒に行動するPCがひとりでもいる場合は【仲良しコンビ】といった具合に二行目にグループタグをつけて共有してください。
この際他のタグと被らないように、相談掲示板で「【○○】というグループで行動します」とコールしておくとよいでしょう。
うっかり被った場合は……恐らく判定時に気づくとは思うのですが、できるだけ被らないようにしてください。
また、グループタグを複数またぐ行動はできません。どこか一つだけにしましょう。
膨大なプレイングを【】タグで一旦自動整理していますので、今回同行者の名前とIDだけを指定していた場合、かえってはぐれやすくなってしまうかもしれませんのでご注意ください。
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