シナリオ詳細
<Irrmord>落日の陽光、強く輝き
オープニング
●動乱拡大
――キィィ――ンンン――
練達北西部、かねてよりの混乱から警戒されていた区画で盛大なハウリングが響き渡る。突如として鳴り響いたそれは、その地域で流れていた汎ゆるテレビ音声、ラジオ、果ては(練達のみの限定的な)無線機能を有した媒体に至る全てをジャックし、続く音声を広く鳴り響かせた。
事態を理解した人々はその響きに戦慄し、あるいは狂喜した。ローレットのイレギュラーズ達により相当数が討伐された『ノイズワーム』が撒き散らした狂気の伝搬は、一般人の多くに拒否され、しかし心のどこかに『傲慢』、突き詰めるなら『自分の現状をなにかに転嫁する』心情を持つ人々に大いに受け入れられた。
『<Abschied Radio>事件』の鎮圧以降、今日この日まで『賛同者』が表に現れなかったのは、主犯の魔種「イル・ゲルプ」が垂れ流したあらたなメッセージの中に潜めた指令があったからこそだ。
とても楽しい夜が来る。
『ルール』が変わる夜が来る。
だからだからその日まで、静かに牙を研いでおけ。
この国でふんぞり返ってるあらゆる連中を過去にする。あらゆるルールを反故にする。
ルールに縛られた連中は、鎖を敗れる鋏を牙をくれてやる……概説するならそんなところだ。
そのメッセージの詳細が練達側で、ひいてはローレットに事前に伝えられていたのは、『多世界評議会襲撃事件』から始まり『<Abschied Radio>事件』に通じる、『終末放送局』、通称ラジオ事件で収集されたデータの蓄積があったからだ。それまでのイレギュラーズの赫々たる活躍がなければ、その情報が手に入る前に混乱は広がっていたことだろう。
そして、イルが襲撃を企てるタイミングもまた、練達中枢とローレットの連携により理解されていたのだ。
……謂わばすべてがお膳立てされた悪意溢れるショウのようなもの。
だが、放置しておけば必ず多くの人々を不幸にするちょっとした『最悪』である。
『ロクでもねえ未来、つまらねえ現在、押し付けられた原罪、磨り潰されたDaytime(日常)。
偉い奴らのHapinessの為に押しつぶされたGearはNearにDead endが待ってるぜ。
RollしてDownかCallしてDawnを迎えるか、選びなLosers。俺達は敗者。打ち捨てられた廃車にしか居場所がねえWaste(ゴミ)共だ。
だったら残ってる命はWaste(もったいねえ)。来な、最高のShowDawn(ショウドーン)だ』
聞くものが聞けば酷く不格好なリリックは、しかし彼の呼び声に賛同した『敗者』達を引き寄せた。人生に落伍し、自分の理由すら掘り返せず、誰かに求めてばかりいる。
最低にも程があるクソ野郎達が拳を上げる。分を弁えた者達すらも巻き込んで。
――さあ始めよう、最高のRudeShow(クソッタレ劇場)を!
●放送局の最期
「来たのか」
「はい。今から至急、準備のうえ向かって下さい。目的地は練達北西部、区画を隔てるゲート前での防衛・迎撃・救助と遊撃。この3つが主な役割となります」
招集を受けたイレギュラーズに、『ナーバス・フィルムズ』日高 三弦(p3n000097)は機械的に返答する。
ラジオ事件で近く大きな動きがある。練達中枢、そしてローレット筋の情報として流れていた話がいよいよ現実になったというわけだ。
目的は北西部の混乱を大きく広げ、多くの犠牲と悲鳴を拡散すること。主要な敵は『レディオマン』イル・ゲルプと彼が作り出した魔物、そして大多数は狂気に冒された一般人……一部、一般人離れした連中がいるのはご愛嬌だ。
「魔種・イルのギフトは既にお伝えしている通り『機械を通した肉声伝搬能力』。ですが、彼が今まで逃げおおせ、ないし追手を返り討ちにした理由も今回の戦闘に大きく関係しています。
詳細は別途資料をお渡しします。ゲートは2つ。第二ゲートから突入し、そこに留まって暴徒と化した市民を鎮圧する任務がまずひとつ。
第一ゲート、イルが侵攻の足がかりにしようとしているそこを防衛し、彼含めた敵戦力を殲滅するのがふたつ。
そして、ゲート前から奥へと踏み込み、混乱した市民を救出しつつ、殺人鬼となった者達を鎮圧する任務でみっつ。これらをこなすことが主要な任務です。
イルの周囲には『ノイズアーミー』の強化体と『機獣』と呼ばれる強化外骨格を装備した暴徒が控えています。
第二ゲートでは暴徒をある程度鎮圧できれば戦線を拡大できますが、『ノイズセンチビート』なる大型の魔物との戦闘が控えているので注意が必要です。
北西部市街地では、散発的に現れる『殺人鬼』を適宜制圧していきつつ、一般人の治療と心理ケアがメインとなるでしょう」
早口に続ける三弦はギフトを繰り返し使用しつつ、状況説明を進めていく。可及的速やかにイレギュラーズを送り出したい、という気持ちは疑いようもない。
「私には『ご無事で』とお伝えして送り出すことしかできません。情報収集、その他すべてがローレットと練達の繋がりからくる功績、つまりは皆さんの『冗談のような練達との付き合い』の積み重ねです。
だから、また『冗談のようにあの国と付き合える』ように。
……悲劇ぶったクソ野郎の横っ面に一発、叩き込んできて下さい」
拳を握りしめた三弦の目は、眼鏡の光の反射で良くは見えなかった。
だが、彼女は立腹していたのは間違いない。
とてもとても、怒っていた。
- <Irrmord>落日の陽光、強く輝き完了
- GM名ふみの
- 種別決戦
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2019年12月29日 22時10分
- 参加人数100/100人
- 相談5日
- 参加費50RC
参加者 : 100 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(100人)
リプレイ
●波を割る
あふれかえる暴徒。反響する怨嗟。崩れる建物、恐慌、苦痛。ここはまさに地獄の巷だ。誰もが誰かに優越でありたいと思う余りに、どこまでも無遠慮になれる。悪意露わに他人を傷つける。
「おまえたちの怒り、みんなオイラにぶつけてこい!」
チャロロの威勢のよい声が響き渡り、第2ゲート付近を占拠していた市民達の耳目を集める。勢いよく間合いに入ってきた暴徒は、敢え無く彼の一撃により昏倒する。
暴れるだけ暴れ、何も成さぬまま死んでいく。自分の為にではなく、誰かの手駒として。そんなものは既に何度も見た。今度は、否、今度「も」それを許す気はない。
「そーこーをーどーいーてー! ってなんでどいてくれないのーっ!?」
さらに襲いかかる1人を弾き飛ばしたのは、リリーと彼女の駆るレブン。小さな体に似つかわしくない攻撃は、暴徒を昏倒させる程度はわけない様子。
こと、レブンに備わっている武装は練達の技術によるものであることを考えれば、彼女の気合の入りようも頷けるというものだ。
「複雑な気分だが……今は役割を果たすだけだ!」
カナタは遠吠えひとつ上げて人々の足を止めると、正面に集まっている暴徒へ向けて咆哮を上げる。一度目の遠吠えは萎縮させるため。咆哮は相手を倒すため。役割の違う2つの声は、『狼男』の概念を恐怖混じりに知っている旅人のいくらかには実に効果的であった。……人狼という概念に引っ張られる人々に思う所がないわけでは、ないが。
「随分と耳障りな放送を垂れ流してくれましたね! お陰でこっちは相手に困りませんよ!」
「自分から言えることはなーんにもないッスけど、向こうもああなっちゃ聞けやしまいし問題ないッス。殺さない程度に叩きのめす! 以上!」
利香は、真っ直ぐ突っ込んで一撃ブチかましたシクリッドのカバーに回り、周囲の男達を魅了すべく立ち回る。己の堅牢さと魅力を理解しているがゆえの動き、仲間をよく見ているからこその対応力は経験あってこそ。
シクリッドの動きに躊躇や容赦がないのは、同じ立場にあったなら自分はどうか、を知っているからだ。聞く耳を持たないなら喋らせなければいい。シンプルな解決法だ。
シンプルだからこそ、深く響く。鮫牙棒は新たなターゲットとなった市民数名を纏めて貫き、意識に大穴を空けた。
「魔種ってやつは一般人巻き込みまくりなのが面倒だにゃあ……」
シュリエは次々と向かってくる暴徒達めがけ、文様の浮かんだ右手を横薙ぎに振るう。文様から浮き出たように現れた扇は、炎をまとって次々と人々を巻き込んだ。
常人が彼女の研鑽を凌駕できるはずもない。必然、次々と意識を失い昏倒していくだけだ。ぼやいていても彼らは救えない。まずは倒す。そこからだ。
「美しき焔の舞……特等席で披露しようじゃないか! その目に焼き付けるんだ!」
クリスティアンは全身をギフトで輝かせながら、火焔を伴い暴徒達を制圧していく。その言動ときらびやかな姿、更には火焔の派手さから目を引く姿は、暴徒にとっては狙うべき相手、一般市民と仲間からすれば道標となる灯台が如しである。目立ち、騒ぎ立て、しかし厭味のない態度。彼であってこその芸当だ。
『ケッ、面白くもねぇ! お前等は本当に遊び心がありゃしねえぜ!』
「訳の分からない事を大声で。うるさくて仕方ありません」
「レディオマン! 悪いやつ悪いやつ! あいつのせいでみんなおかしくなっちゃうんだよ! 本当に悪いやつ!」
オリーブは耳元を不快そうに押さえ、しかし空いた手は流れるように暴徒達を制圧していく。他方、ロクはちらりと聞こえたその声に強い苛立ちを向けながらも、奇天烈とすら言える機動で動き回り、暴徒をなぎ倒していく。
祖国・鉄帝でさえこうも人の尊厳を蔑ろにはしない。練達の『楽しくて面白い人達』が傷つくという事実。2人が許し難しと思うのも無理はない。
特に、マッドハッターとそこそこに付き合いのあるロクにとって、練達は特別な意味を持っている。彼女は意思をそのまま打撃力に変え、新たに1人昏倒させた。
オリーブもまた、長剣を振るい次々と殺さぬ程度に加減して人々を撃退していく。
「よくもまあ、ここまで品のない扇動ができるもんね。クリスマス近いからってナイス暴徒とか言ってもらえるとでも!?」
「……美咲さん! 今のもう一回、もう一回言って!」
「ごめん、忘れて」
美咲のどこかエスプリの利いた一言に、すかさずヒィロが食いつく。当の本人は言って後悔したようだが、残念ながら周囲の一部は言葉の意図すら読み解いていると思われる。
美咲が羞恥にふるえている間、ヒィロは自身へと敵意をかき集めていたのだが。その憂さ晴らしのように腐食結界を展開された人々には堪ったものではなかろうが、これも現実である。
弱者の意志薄弱な反逆を、確固たる意思を掲げた強者が蹂躙する。これはそういう戦いなのだ。少なくとも、市民達は。
「歌で人々の心を動かす――なんて素敵な話じゃあなさそうね、これは。とにかく足腰立たなくしてこの場を収めるわよっ!」
「ハハッ! 仕事で金まで貰えて誰かれ構わずぶっ飛ばしていいなんて最高だな!」
アルメリアが真っ直ぐ前に雷撃を放つと、その合間を縫って柘榴が駆け、思い切った踏み込みから強烈な一撃を叩き込む。余りに躊躇という言葉と無縁な拳の振るいっぷりにアルメリアは瞠目するが、よくよく考えれば自身の雷撃も似たようなものだ、と思い至る。何れにせよ、殺しはしない。目覚めさせるのが役割なのだから。
「突き進む時間、緊張と弛緩、舞台に突貫、目指すは主犯」
「FxxkなLyricでExiteなんてBull shit,TinyなPrayはShinyなPlaceで焦がしてやろうゼ……なぁ、タント様!」
「オーッホッホッホッホッ! ブライトでブリリアントなアデプトをプロテクトするため! ファイトしますわ!」
イーリンの韻を踏んだ言葉に、千尋のラップが続く。そこから、半ば無茶振り気味に振られたタントはしかし、全く淀みのない舌の回りを披露し、そのまま高らかに指を鳴らした。
\きらめけ!/
\ぼくらの!/
\\\タント様!///
……という感じで。
第2ゲートで戦闘を続けるイレギュラーズの助けを受け、【イコン】の面々は第1ゲートめがけ一塊に突撃する。戦闘へのリソースは温存する。仲間が道を切り拓くことを期待する。
「おばさんも避難所づくりで忙しいから、この辺りは任せたわね~」
「僕も一緒に行くっす! 罪のない人まで危ない目に遭わせるのはおかしいっすから!」
イーリン達とは逆方向、一般市民達の救援に向かうのは、レストが主導する【願い花】の面々を始めとする救援・遊撃勢力だ。戦闘より人助け。そんな意識を持つ者が多い面々だが、しかし不慮の事態に対処するには十分すぎる能力を有す者がほとんどだ。
「芒さんがわざわざ人助けをするか、って? この依頼には好き放題に殺しちゃっていい人間の敵が十分いるんだよ」
芒は誰に語るでもなく……というより、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、手にした道路標識を担いで駆けていく。向かう先は第1ゲート側でも、第2ゲートへの残留でもなく救助班。彼女の言動とスタンスを知っている者は穏やかならざる想像をするだろうが……今まさに市民へ襲いかかろうとした殺人鬼を一蹴した姿が、なにより答えとして明確だった。
「ごく当たり前のことを申しまして。鎖を敗るための鋏や牙を他人様から貰ったら、それは新たな鎖に繋がれるだけではないでせうか?」
ヘイゼルは人々が暴れ狂いながら、しかし多少の規律を以てイレギュラーズ達に敵対する姿をうんざりした表情で見る。より大きな檻、より長い鎖。それを自由だなんだと嘯く姿は、滑稽というほか無い。
……となれば、鎖は丁度、今しがた現れた百足型のバケモノがそれに当たるか。
「海洋もシャイネンナハトも控えてる身でね、ここで躓いてる時間はないッ!!」
クロバは、否、イレギュラーズ達は決して余裕があったから練達を救いに来たわけではない。様々な荒事の合間を縫ってここにいるのだ。
ヘイゼルが四悪趣の酒で牽制した個体に向け、クロバが一気に間合いを詰めて斬りかかる。肉体の負荷を無視した連撃は、自切した百足の胴をさらに切り裂き、傷を深めていく。
「秩序を壊し、混沌をもたらさんとするのであれば。私はそれを焼き払う炎となりましょう」
鳴は傷ついた百足の背後に回り込み、空の両手で抜刀の構えを取る。白紙の日誌から、愚者の名を持つ指輪へと伝った魔力は、そのまま構えた手に炎の大太刀を生み出し、ひと薙ぎに百足を裂く。炎の色は、さながら彼女の削った命の尊さか。
「あの悪趣味な機械の怪物どもの親玉か! 随分と大がかりな悪だくみをしてたみたいだけど、発覚した以上は絶対にやらせねえ!」
風牙はかつて『スナッフメーカー』と対峙し、それを撃破している。あれを始めとした悪趣味な謀略が1人の魔種の奸計であるなら、倒さぬ理由はどこにもない。
大剣を構え、反応速度に任せた一撃を百足に叩き込むと、派手な動きで相手を引きつけるべく立ち回る。はしゃぐ子供のようにも見えるが、身のこなしは老練たる剣士にも劣らない。
「……嫌な予感はしてたけど……ここまで一気に大きな騒動になるなんて……」
グレイルは周囲に視線を向け、知った顔が居ないかを確認する。連達の『学園』に籍を置く彼にとって、最悪のケースも頭を過るが……幸い、杞憂に終わりそうだった。
次々と生み出される黒狼達は四周の暴徒をなぎ倒し、道を切り拓いていく。だが、それでも数の暴力は凄まじい。次善の策を講じるべく身構えた彼だったが、直後、眼前で凄まじい銃声が『降ってきた』。
「助けが必要そうだな」
「……そうだね、お願いしても……いいかな……?」
銃弾の驟雨を縫って現れたラダは、グレイルを一瞥するとさらにライフルの引金を絞る。次々と現れる百足に向かう仲間達、別の戦場へ向かう者。それらの道を拓くために、今はただライフルを握りしめるのみだ。
「加減はしています。痛むとは思いますが、死ぬことは無いでしょう」
寛治はラダが打ち払う暴徒達とは逆方向を向くと、傘を掲げて銃弾をばらまく。仕込み傘とは思えない頑強さと精密性を頼りに、暴徒達を次々と打倒していく。……これで手加減が利いているのだから、この男の底がしれない。
「やれやれ、全く迷惑な話じゃのう……。ともあれ、市民に犠牲が出るのはよろしくない。慎重に事に当たるとしよう」
「市民の皆さんに被害が出ないよう、暴徒の皆さんにはここで倒れてもらいます!」
ニルがひと呼吸置き、朗々たる名乗りで暴徒達の気を引くと、彼女の射程圏外にあった暴徒はエリスによって蹴散らされる。
怒りに任せて突っ込んできた暴徒達はといえば、彼女ら2人、そして紫月が散開することで各々の技倆を頼りに、一網打尽にしていく。運悪くニルに近づき過ぎた面々は、炎に巻き込まれて次々と倒れ。すんでのところで踏みとどまった人々は紫月の流麗な斬撃と、エリスの非殺傷術式が連携して倒していく。
「厄介な依頼やねぇ」
「お互い、離れすぎないように動きましょう」
エリスと紫月が互いに声を掛け合い、ニルをサポートするように動く。多くを語らずとも違いを信頼しているからこそ、できる立ち回りであった。
イレギュラーズはつとめて気にせぬよう振る舞っているが、ラジオは絶え間なく流れ、人々の正気を削り取ろうとしてくる。
「……というかラジオ、さっきからうるさいよ! あと普通の人を巻き込んでるのが気に入らない!」
「ごめんね、これギフトだから止められなくて……!」
「え!? いや、そっちじゃないからね?」
そんな中、ティスルが怒りのあまり声を張り上げるのは当然だった。……間が悪かったのはマヤのギフトで全く毛色の違う音楽が流れていたという、そんな事実である。
「でも、いい曲だと思うよ」
ティスルは照れ隠しにそう告げると、光剣で暴徒を次々と打倒していく。
「ありがとう。……私も悪趣味なラップにもショウにも興味はないわ。“いつも通り”を取り戻す為、負けられないわ」
マヤもまた、ブースターと己の信念に火を入れ、一気に駆ける。背中合わせの状態から戦う2人は、見事なまでに息があっていた。
「郵便屋さんは届けるのがお仕事! あの辺を切り崩せばなんとかなりそうだね!」
「もうひと頑張りすれば、大体『見送り』は終わりか。派手にやるとしよう」
ニーニアが冷却術式で第1ゲートに向かう面々の道を拓けば、サイモンは救援に向かう面々に追いすがる暴徒を蹴散らしていく。
百足が暴れまわる状況下だと、ともすれば狙いをそちらに向けそうになるが……サイモンはブレずに暴徒達を無力化し、仲間を先に進めんとする。助けるにも、倒すにも。この第2ゲートの趨勢が間違いなく、勝負を分けると知っているのだから。
●RadioMan(1/2)
「練達……興味をそそられる混沌の最先端文明ではあるが。今はそれどころではないな」
レイヴンは空を駆け、周囲のビルをちらと見やる。足元にひしめくノイズアーミー達の数は把握しきれぬ程。彼が上空から魔砲を穿てば、当たり前のように貫ける状況だった。翻って、その数の敵が全て自らを狙った際はどうなるだろう、など考えたくもない。
「……少なくとも練達<ここ>は落ちる地ではない」
そして、合間に響く呪いじみた声。純種である彼を苛む声への返答はしかし、故郷であろうとなかろうと聞く気はなかった。
「中身はただの一般人という話だったはずだが……練達の技術も厄介なものだな」
「あれ着たら私も強くなるのかな?ほんとこの国って面白いよね」
地上では、襲いかかってきた『機獣』をルアナが押し返す傍ら、グレイシアが興味深げにその姿を眺めていた。一般人が中にいる、とはいえ姿は機械の大型獣だ。
常人が強者に届く牙たりうるには十分な威力を持ち合わせるが、これが強さの限界だとすれば。
「装備自体があの強さであるなら、吾輩達が着ても有効には使えん可能性がある……確かに、面白い国だ。くれぐれも、やりすぎないように、な」
「大丈夫! 中の人の戦闘意欲をなくしたらそれ以上は叩かないよ!」
グレイシアは、ルアナをサポートするように術式を打ち込んでいく。ルアナもまた、華やかさを忘れぬ足取りで機獣を手玉に取り、いなし、押し返す。決して弱敵ではない。相応の傷は負うだろう。……それでも、2人の連携と実力の差は埋めがたい。
「貴方達にも家族がおりますでしょう! 悪いようには致しませんわ!」
「聞こえてるかは知らないけど、そう言う事なら殺さないでおいてやるよ」
メイスを掲げたヴァレーリヤを御しやすしとみたか、何体かの機獣が彼女めがけて駆けてくる。接敵直前、うち一体を打ち払ったのはクリムの銃と魔術の混声合唱。
殺さない程度に、と言いつつも淀みのない動きから導かれる威力は、並の打撃や、まして機獣の爪牙にひけをとらない。
もう一体は、カバーしきれない……一撃、敢えて受けることを甘んじて身構えたヴァレーリヤの鼻孔をくすぐったのは白百合の香り。
「破ッ!」
そこに立っていたのは、美少女……百合子その人である。白百合を背負い、周囲の汎ゆる空気にその香りを纏わせ、あまつさえ激しい打撃音がシャランラとかそう言う音に変わった状態の彼女は、誰がどう見ても美少女(強者)の貫禄十分といったところ。
「被り物如きに頼って他者を傷つけるなど言語道断! 拳で語れぬなら戦場に出るでないわ!」
握り拳を掲げて高らかに宣言した彼女に呆気に取られた機獣は、本来狙うべき相手を見失っていた。見誤っていた、ともいうべきか。
「『主よ、天の王よ。この炎をもて彼らの罪を許し、その魂に安息を。どうか我らを憐れみ給え』……纏めてお相手してあげますわー!」
祝詞とともに突き出されたメイスは、炎を纏って機獣を貫いていく。それだけでは致命の一撃になるまいが、頭部の制御ユニットを次々と貫いたのなら話は別だ。畢竟、乗組員の鼻先を業火が掠めているわけで……。
「まだやるってのか?」
『降参します……』
クリムの問いかけに応じた男の機械音声は、ノイズなしでも十分、震えていた。
「悲しくなることは誰にでもあり、それをぶつけたくなる気持ちもわかりますが。……誰彼構わず、は見過ごすわけには行きませんわねー」
「魔種の首級があがるまで足止めさせて頂きますが――その前に無力化させていただいても、よろしいですね?」
ユゥリアリアの氷の槍によって足を止めた機獣へ、すずなの抜刀術が閃く。所作も速度も、なんてことない『普通』の一撃。だが、避けることも受け止めることも許さない動きは、蜃気楼の如くに相手の感覚を狂わせ、接合部に火花を散らす。
ユゥリアリアが自らの血を媒介に叩きつけた氷は、すずなの斬撃を褒めそやすが如くに遅れて花を咲かせ、場違いなまでの華やかさで戦場を彩る。それでも機獣が倒れない辺り、さすがの練達製とでもいうべきか。
「まだ動けるんですわねー、びっくりですわー」
軽い声に反し、ユゥリアリアは確実に動力を断つべく氷の刃を握り込む。滑り込むように突き込まれたそれは搭乗者を正確に避け、動力のみを刺し貫き……その背後で、轟音と瓦礫が舞い踊る。
「新手ですか?!」
「ストップ、ストップ! ボクだよ!」
轟音の元へ刀を向けたすずなに両手を掲げて存在をアピールしたのは、焔。ところどころ傷ついているが、足元に転がる機獣を見るにたった今決着がついた、という状況らしい。
「出来るだけ中の人に後遺症が残らないようにしたつもりだけど……大丈夫だよね?」
あっけらかんと口にする焔であったが、そんな工夫が簡単ではないことなど、知らぬ者はこの場にいない。だからこそ、驚くべき決意と技術、と驚くほか無いのだが……。
『どこまで狂わせても所詮は有象無象、烏合の衆はつまらねえなァ、ホント』
そんな、少しだけ弛緩した空気を破るように銃撃が飛ぶ。素早く避けた三者の視線の先には、ピエロ姿の魔種……イルの姿があった。否、『沢山のイルがいる』状況だろうか。冗談のような、現実だった。
「これがクソ野郎のツラってわけね。一発ブン殴ってやろうと思ってたから丁度いいわ」
「自らを特別な存在と思いたい気持ちは、わからなくもないけどね……たった1人じゃあ、ね」
ゼファーは眼前の『イル』に力の限りに槍を突きこむと、素早く身を引いてリカナの攻撃に繋ぐ。強烈な一撃に動きを止めたそれは、続く刃と銃のコンビネーションをうけ、呆気なく崩れ落ちる。……ノイズアーミーの姿に戻ったそれを凝視する間もなく、2人へと射撃武器の一斉射が襲いかかった。
「真正面から全力で戦うなんて趣味じゃないわ! 生憎、誰それに恨みがあった、許せない、そんなことはありませんので!」
「この国では『特別』が当たり前なんだから、ちょっと変わっているくらい個性で終わるのに、ね」
集中攻撃に混じって流れ込む『呼び声』は、ひとしく狂気を呼び込むものだ。旅人たるリカナにとっても、それは無視できない。
だが、傍らにあるゼファーの、純種のくせにあっけらかんとした態度はどうか。多少なり修羅場をくぐった彼女にとって、ちょっとやそっとの声など気にならないとでも、言うかのようで。
仲間の攻撃を呼び込む、誘いの一撃。それに合わせることで威力を増す、自身のコンビネーション。局地的な戦いにおいて、2人が1人ずつなら早々に倒れていたかもしれない。……この場において、彼女らはベストマッチだった、といえた。
「リナリナ、分かったゾっ! イル・ゲルプの正体ただの売れないド三流の面白くない道化師! 魔種化して社会に八つ当たりしてるだけの負け犬野郎!」
リナリナは、そんな2人の傍らをジェットパックで跳び、着地しては再度飛び上がって周囲に喧伝していく。
ジェットパックの燃料が続く限りの奇策だが、それはそれで効果的……かもしれない。
ゼファーらを狙っていた『イル』が一斉に彼女を狙ったのが良い証拠だ。
「死んでもいいと思ってるヤツなんてそんなもんだろうけど、なんでそんな結論に至ったんだよ!?」
シルヴィアは、激しい攻撃を引き連れたリナリナに叫びつつグレネードを投げつけ、牽制する。きょとんとした顔のリナリナは『なんでわからないのか』と言いたげだ。
「ヒントは『自分の現状をなにかに転嫁する』傲慢。コレ、イル・ゲルプ自身こそ最も当てはまるはず! 面白みのない暴徒がイルの投影! リナリナ、冴えてる!」
「……ははは、成程な! 最高にイカれてるな! けど冴えてる!」
燃料切れで着地したリナリナは、いきおい、周りの『イル』を力の限りぶちのめしていく。シルヴィアは彼女の動きを邪魔せぬよう、しかし確実に眼前の敵を穿っていく。本当に冗談めかした話だが、それが現実だというのなら。……全くバカバカしい限りだ。
「貴方は只のlazy
生半可な顔はditzy
パッパラッパーな科白はcrazy
僕の奇術はbuzzy
永遠のwinner」
「お前は魔種で強いぜ相当、俺達幻狼!倒すぜ上等!
ここは愉快で楽しいRENTATU、YOUは不快でさもしいPONKOTU
ウルサイノイズはイレースするぜ、俺達幻狼イケてるぜ!」
混乱と狂気の入り交じる戦場で、しかし陽気なラップが散らされる。戦場の各所で、敵味方問わずに各々が試行錯誤した『ラップ』が流れる中、『幻狼』の2人も例外ではなかった。
幻とジェイクは息をあわせてラップを口ずさみつつ、銃弾と奇術による連携で一体ずつ確実に倒していく。
本体の姿を突き止めようと全力を尽くすが、この数から……となると容易ではない。ならば、全て倒すのみ。
両者の戦術は距離をとった射撃戦。相手も同じというのなら、射程に勝る幻狼の2人が撃ち負ける道理が見当たらない。永遠を一瞬に封じた幻の奇術に戸惑った『イル』は、次の瞬間にジェイクの弾丸の前に崩れ落ちる。互いの特性を理解しているからこその、淀みのない連携だ。
「この辺りにはいねぇな。幻、見つかるまで潰し続けるぞ」
「ジェイク様の望むままに。ゲルプ様と違って、僕達は勝つまで戦う覚悟なので」
「何かを変えれていたのなら、貴方は反転しませんでしたか?」
『誰かのChangeで俺のRageは止められねえ』
「一人で立つこともできぬ連中が群れ集って傷のなめ合いか。革命家でも気取りたいのか知らないが面倒なことだ」
『LonlyなDanceじゃOnlyなCurseを隠せねぇのサ。皮肉屋気取りは楽しいかい?』
ウルリカと愛無が戦いの傍らに吐き出した言葉に、ノイズ混じりの声が応じる。どこかで本体が吐き出した声が、そのまま2人に向けて届いた格好なのだろう。
呑気なものだ。変わらぬ現状を嘆くあまりに、変われなかった性根から目を逸らしている。
蛇の頭部をかたどった粘膜で居並ぶ一体を襲った愛無に合わせ、ウルリカは相手の死角に潜り込み、一撃を叩き込む。ルーンの加護に支えられた自由な戦いの有様は、雑兵如きが捉えられるそれではない。攻撃を当てようと、倒すことは叶わない……動揺と混乱は愛無の思う壺。少しのほころびが、はっきりとした亀裂に変わるのにそう時間はかからなかった。
「やかましく大した意味もない言葉の羅列を綴るだけのその舌は必要はないだろう。さっさと舌噛んで地獄に落ちろ」
他方、【イコン】の先鋒を担うリアナルは、三輪バイクを駆り、目につく相手に次々と流星の如き矢を降らせていく。一撃で沈めることは叶わぬまでも、幾多の『イル』の動きを鈍らせるには十分すぎる。
「練達は我が最も興味を惹く国だ、情報屋のお得意先に手を出すと言うその意味……勿論わかっているであろうな?」
リュグナーは機嫌を損ねていた。
彼は練達と縁が深い。興味を惹く国に、勝手に手を出されたのだからそうもなろう。借り受けた狂気をそのまま眼光に投影し、『傲慢』の従者に傲慢たれと命じる瞳術。並の者が手がければ愚行もいいところだが、リュグナーが行えば話は別だ。傲慢ながらも堅実であったノイズアーミー達は、真に傲慢さを隠さぬようになり……結果は、言わずもがなか。
「さあ、Step on it!! 私が通りますよ!!」
「オーッホッホッホッホッ! 来るなら来ればいいのですわ! 目立ちたがりの貴方にはわたくし達がわからせて差し上げますわ!」
仲間達と共に前進し、次々と眼前の敵を蹴散らしていくウィズィニャラァム。仲間達の負傷を見逃さず、そしてその声と所作で仲間の力を底上げするタント。2人の役割は全く異なるが、狂気と混乱の坩堝にあって『いつも通り』を貫くのは変わらない。
ウィズィニャラァムの真骨頂は、いかなる状況でもよどみなく放たれる一撃の積み重ね。単純な一撃のハズが、その全てが確実に相手を打ち倒すという覚悟のもとに。
タントは、『存在感』こそが最大の武器だ。味方を補助し、そこに居るだけで戦列を並べる仲間の強化を担う。敵に回して、こうも厄介な輩も多くはあるまい。
「でも私、ラップと言うのは自信ない。というかどうすれば良いんだ?」
「大丈夫ですよ、ラップなんて得意な人がやってくれますから! ポテトさんは役割に集中すればそれで!」
「そうだ、ラップ……つまり相手は曲に歌詞を合わせてノりながら動くはず! なら、攻防の機会は見逃さない!」
ポテトが治療に専念しつつ、きょとんと首をかしげる。ウィズィニャラァムとリゲルが思わずフォローを入れる……入れたのだが、リゲルは割と本気で言っているような気がしないでもない。
「ナメたRAPカマしてくれんじゃねぇかよ。伊達千尋 a.k.a DaTen-C様がクソ野郎を引っ張り出してやるぜ」
千尋は仲間達の歩調にあわせ、確実に一発一発叩き込んでいく。自らのリズムに合わせたステップで、肉体にかえる反動を無視して殴る姿は自滅的に思えるが、しかし彼の真骨頂は『それ』ではない。
「かくれんぼに自信があるなら寄っておいで。雨あられの中、上手に攻撃に当たることだ。あんまり躱し続けていると、キミが『レディオマン』とすぐバレてしまうからね! さぁ、さぁ、キミの破滅がやってきたぞ!」
そして、武器商人は【イコン】の仲間達から突出し、両手を広げて高らかに謳う。敵はここだ。害はそれだ。降り注ぐ敵意と銃弾と魔術のさなか、悪意だけは隠しようもない。武器商人に集中した銃弾のなか……2方向から時間差で飛んできたクラブを、武器商人は額で受け止める。
「YO!HEY! おいコラ待てWack野郎? 傭兵の俺の声聴けGood Flow!
俺だってLoserでも誇り高きFighter!
てめェのrhymeじゃワクワクしねえ。てめェはイルだがillじゃねえ!
現在(いま)をLookして誰もがWork hard。
胸張って拝むのさSunrise、そうすりゃイイコトあるのさSometime!
てめェの祭りは責任転嫁!俺等の手にかかりゃ三日天下!!」
武器商人の視線の先に指を突きつけた千尋は、リズミカルなリリックを吐き出す。彼の存在価値は、その実力が発揮される最大の機は、まさに、今ここにある。
……ノイズアーミーを覆っていたヴィジョンが一瞬、晴れる。イレギュラーズが一斉に狙いを定めたその先に、倒すべき敵は、『レディオマン』はそこにいた。
●誰かの為に、あなたのために、わたしのために
「落ち着いて! もう大丈夫! 僕たちはローレットの方から来ました!」
マルクは声を張り上げ、混乱する人々を探し、治療に専念する。
誰も死なせない。人命を何より優先する。魔力が続く限りに、彼は目についた負傷者を治療する。仲間達の元へ導き、後を任せる。
駆けて、駆ける。目の前に広がる地獄絵図にも似た光景を和らげるという使命に急かされるように、内側から湧き上がる魔力を頼りに、彼は自身の信じるべきに正直に。
「……また、この国に足を踏み入れるとは、思ってなかったのです」
「でも、ヴィクトールちゃんが手伝ってくれるのはすごく助かるわ~。ジルちゃんもラクリマちゃんも、傷ついた人達を助けましょうね~」
感慨深げに口にしたヴィクトールに、レストがいつもの調子で声をかける。【願い花】の4人は、即席の避難所を作り、仲間達の拠点として機能させるのがメインの役割だ。
「こっちのバリケードは万全っす!」
「こっちも大丈夫だよ、ちょっと……出来は保証できないけど……」
ジルとラクリマも、レストの指示に従っててきぱきと避難所を構築していく。ヴィクトールは避難所を混乱させぬよう、保護結界で倒壊を防ぐ。突如として現れたその場を訝しむ者もいようが……中から響き渡るラクリマの歌声と人の気配は、そんな不安を押し流す。
準備は整った。あとは救出と治療だ。
「皆さん! イレギュラーズが助けにきたっきゅ! でも危ない人が外にいるから、レーさん達の救援を待っててほしいっきゅ」
「……この辺りに敵はいない。早いところ探し出そう」
レーゲンとウェール、【灰銀と海豹】の2人は互いに救出対象と殺人鬼とを知覚し、救出に回っていた。スピーカーボムで拡張されたレーゲンの声は、それを狙う殺人鬼を呼び寄せかねない。だが、ウェールが相手の接近をうまく撒き、助けを求める人達への最短ルートをレーゲンが導き出すことで戦闘を全力で避けられていた。なにより、馬車の移動速度は待ち伏せでもしない限り追いつけまい。
「傷は……まだ大丈夫だな。避難所に連れて行く。もう大丈夫だ」
「レーさん達がきたからにはもう大丈夫っきゅ! 安心するっきゅ!」
ボロボロになった家の扉を開ける音に身を捩らせた人々は、しかし2人の言葉に心底胸をなでおろす。
……そんな状況に付け入るのが殺人鬼だと言えばそれまでだが。気が緩んだ一瞬を狙い、その人物は彼らに近づきつつあった。
「そこまでだよ!」
あった、のだが。
唐突にかけられた声に振り向くと、そこにはいかにも襲いたくなるビジュアルをした美少女……火燐が立っていた。その声を聞き、狙うべきだという本能に従った殺人鬼は、しかし不意を突かれて身を切り裂かれたことで、彼女が御しがたい強敵であることを悟る。だが、それでも襲いたいという衝動は止められず。毒の塗られたナイフを突き立てようと踏み込み。
「させませんよ」
「これでも喰らえッス!」
迎撃の構えをとった火燐の前で、左右から放たれた打撃が殺人鬼を叩き、わずかに左に傾いだまま昏倒させる。
左から放たれたのは沙月による流麗な打撃。右から放たれたのは、鹿ノ子による連撃。両者のタイミングが企図せずピッタリであったため、起きた奇跡でもあった。
「…………つ、次に行くッス! 治療中の人が襲われるのは大変ッスから!」
「そうですね。この辺りにはいなさそうですが……戦闘の音も響いています。出来るだけ早急に救出を」
あまりの出来事に固まった一同だが、鹿ノ子の言葉が契機となり、沙月もそれに合わせる形をとる。3人はそのまま、殺人鬼の迎撃をこなしつつ救助へと邁進することとなる。
「蛍さん……珠緒達は、謂れなき暴力の傷を消しましょう」
「珠緒さん、絶対守りましょう……! 何も生まないDespairから、未来ある人達のLove&Peaceを!」
蛍と珠緒は、随伴ロボ6体を駆使して人々の救助に回る。ロボ達は器用ではないが、人間並の知能はある。彼らに人々を救助・先導してもらい、救助者で無事な人間がいればさらに避難の手助けを募る。
単純な手ではあるが、2人で広げられる手の限界を、珠緒の統率力と人々の助けで更に伸ばしていく……というのは、混乱を軽減する意味でも良手といえた。
「緊急です。珠緒の統率に沿い、どうか生き延びてください」
「絶対に守るわ。だから、安心……っ!」
珠緒の言葉にあわせ、言葉を紡ぎかけた蛍は、即座に思考を切り替え、一陣の風を生み出す。棍棒を手に現れた大男は、目の前のいかにも華奢な少女を前に御し易し、と判断し、市民を無視して近づいてくる。……あるいは、桜吹雪に魅せられたか。
「命を散らす覚悟があるなら、その心意気でもう一華咲かす努力をしてみなさいよ……!」
殺人鬼の視界内で、幻惑が現実へと塗り替えられる。
桜吹雪が舞い踊り、結界となったそれは殺人鬼の命を削り取り、動きを鈍らせる。死んではいない。戦闘能力は完全には削いでいない。だが、彼女らを襲撃する意思は、今の殺人鬼には残されていなかった。
「火輪ちゃん、危ない時はお願いね」
「任せて氷輪! 悪者は叩くと覚えてろよ! って言って逃げるんだってさ!」
氷輪と火輪の2人は式神を操って人々を探し、強化されたそれで救助する。氷輪が治療を、火輪が迎撃を主に動くことをメインとしているが、さりとて、2人とも積極的に戦う気はさらさらない。
秘宝種である2人はこの世界をあまりに知らない。だからこそ、人々と触れ合うことで多くを覚えていくべきなのだ。
「私達は未だ空っぽ」
「私たちはもっとこの世界の事を知らなきゃ」
「体は動くしお話もできるけど、中身となる心がぼんやり」
「変わった物がいっぱいのこの世界はワクワクするよ」
だから、火輪(氷輪)と一緒に感じていくのだ。助け出した人々の感謝の言葉、安堵の表情から新たな感情を学びつつ、2人は前を向く。
「ご安心を、私は医者です。怪我の状況を見て対処します」
「このお医者さん素っ気ないけど腕はちゃんとしてるから大丈夫大丈夫」
素っ気ない態度で負傷者に治療を施すステラを指差し、セルウスは安心させるように軽口を叩く。練達はステラにとっては故郷のようなもの、セルウスにとっては役に立つ場所、といったところ。
治療が出来ない分、とりとめのない話を続けるセルウスの態度は負傷者にとっては心地よく、治療にほぼ全てのリソースを割くステラにとって、安堵を与え探索に秀でたセルウスは非常に助かる相手である。
ビジネスパートナー(セルウス談)とはよく言ったものだ。殺人鬼をうまく避け、避難所へと誘導する仲間達と連携して人々を救うその動きは手慣れたものである。
……とはいえ、治療術で治すにしても限界はある。人々を一箇所に集めたステラは、彼らへ向けてしっかりとした声で告げる。
「少し眠って頂ければ、その頃にはすべて終わっていますよ」
「大丈夫、お医者さんに任せればすぐだよ」
セルウスがカバーする形で、ステラは手術に注力することとなる……のだが、この状況にあって招かれざる客はどうしても訪れる。
ゆらりと現れた痩身の女に対し、セルウスが身構え。
そして、次の瞬間に相手は力なく崩れ落ちた。
「ひゃー、危ない所でしたね! わざわざこんな所を襲わなくてもいいでしょうに!」
倒れた殺人鬼の背後から現れたのは、エマ。彼女は凡庸な一般人を装って街を歩き回り、殺人鬼を都度、倒して回っていたらしい。
実力派である彼女にしても、当然ながら手こずる相手は現れたが……幾度か、芒が現れては通り魔じみてとどめをさしていったのだとか。
「私にはケアは難しいんで、その辺おまかせしますね。こうして歩いていれば対処できますから、ひっひっひ……」
笑い声を残し、エマはそそくさと歩いていく。セルウスが目をこすった次の瞬間には、彼女は名もなき誰かに紛れ、姿を消していたのだった。
「卵丸達が助けに来た、だからもう安心するんだぞ……さぁ落ち着いてこの旗の下に!」
卵丸は自信満々に人々に告げると、自らの海賊旗を高く掲げた。海の男、正義の海賊。そう自負する彼にとって、一般人が謂れのない暴力に晒されるのは放っておけるものではない。
混乱している人々は、明確な『指針』を求めている。自らを預けるべきリーダーを求めている。その状況に、彼ほど似合う男もおるまい。
「怪我してる人とか子供やお年寄りには手を貸して、助け合うんだぞ」
「そうだねぇ、年寄りは大事にされなきゃぁねえ……ヒヒッ」
卵丸の言葉に、嗄れた陰気な声が交じる。いつの間に近づいていたのか、いつ本性を露わにしたのか……年老いた殺人鬼は、卵丸めがけて千枚通しを振り上げた。
「それは、見過ごせませんね」
「全くだぜ、気のいいニイチャンを騙すような真似はよくねえなあ!」
振り上げられた千枚通しは、割って入ったひつぎの張ったバリアにより遮られ。
老人は、ウィリアムの一撃を受け、苦しげに蹌踉めく。
「大丈夫ですか? こちらに助けを求める気配がしたので」
「付いてきたらご覧の有様ってワケだな。治療は任せな」
2人は卵丸にそう告げると、ひつぎは再び襲いかかってきた殺人鬼を受け止め、ウィリアムは避難民の治療へと向かう。無論、卵丸の選択肢は殺人鬼の撃退、一択。
「人の善意に付け入るような奴は、許せないんだからなっ!」
一方、【願い花】の避難所の外では、黒羽が殺人鬼数名を引き付け、一歩も引かずに攻撃を受け止め続けていた。
彼は戦闘行為を行わない。厳密には、攻撃をしない、のだ。
「何だよコイツは……! 全く動く気配すらねえじゃねえか!」
「殺人鬼だかなんだか知らねぇが、この俺を殺せるなんて甘く考えるなよ」
彼の言葉には相応の重みがある。身を守る、という面でも相応に強力な彼の真価は、『死ににくく』『2人まで足止めできる』という点に集約される。敵を引きつけることは出来ないが、自分からぶつかっていき、止める事はできるのだ。
「黒羽さん、後は任せて下さいっす!」
「できるだけ手加減はするのですが、痛いので我慢してほしいのです」
そして、当然ながら彼の役目は時間稼ぎだ。ジルとヴィクトールの介入により、殺人鬼達はそう間を置かずして撃退されるに至る。
「そ、外では何が起きてるんだい……?!」
「大丈夫よぉ、ここにいれば心配はいらないわ。アタシお手製の香りを楽しんで頂戴な」
「飲み物もあるので……飲めば少しは楽になるはずだよ」
不安に駆られた負傷者に、ジルーシャはそっと手を触れて制止する。間髪いれずに姫百合から白湯を渡され、ジルーシャによるラベンダーの香りを嗅いだ相手は、大人しく腰を落ち着ける。
言葉による安心感もあるが、姫百合のギフトにより半ば強制的に落ち着かされた向きも、多少はある。下手に暴れて怪我を増やすよりは遥かにマシだ。
相手が落ち着いたのを確認したジルーシャは、ストラディバリウスを手に音楽を奏で始める。風の精霊とのセッションは、そのまま周囲へ広がり、多少なり安心感を広げていく。
「心を強く持ちなさい。貴方は生きている。そして、今後も損なわれることはない」
なぜかって、私達がいるからですよ。プリーモは音楽に合わせ、人々へと言葉を重ねる。聖職者として人々を導き、心安らかに生きる道を示すのが彼の役割でもある。
「神を信じる必要はありません。ですが私たちのことは信じてほしい。それがだめなら親や兄弟、友人でも。そのひとがいればきっと大丈夫だと思えるような、信じられる存在を作りなさい」
誰かを、なにかを信じることを彼は強制しない。信じられるものを、自分で探し出し、見つけ、理解することを望んでいる。……そうしなければきっと、彼らはまた扇動者の餌食になるのだから。
●Noisy Legion
「HAHAHA、デカい虫だな。害虫はさっさと駆除するに限るぜHAHAHA!」
貴道は百足目掛けて拳圧を叩き込むと、自らへ向き直ったそれへ構えをとった。
サイズ差は考えるまでもなく、重量差も相応。だが、彼が引く道理はない。渦を巻いて突っ込んできたそれへ、左右から連続した拳を叩き込む。じりじりと後退しながらいなすのは、決して不利だからではない。
むしろ、逆。周囲から百足を引き剥がし、確実に倒すためである。
精密な動きで相手の行動を制限した彼は、百足が決着を焦って突進してくるタイミングを見計らう。全身を一本の矢にして突っ込んでくるその姿。それが、彼の待ち望んだ好機。
「ぶち抜くぜ、クソ虫野郎!!」
後退から、全身へ。爆発的に増加した心拍数そのままに、暴力的なラッシュへと切り替えた彼の前進を止める術は百足にはない。こつこつと刻んできた傷が、百足に自己防衛を選択させる。……が。
「させねえよ!」
自切しようとした百足の体節を、シラスが正確に打ち抜き、自切を妨げた。機を待ち、初撃を確実なものとした彼こそが可能とした境地。
研ぎ澄まされた神経とあわせ、それを避けることは百足如きに叶うものではない。
「HAHAHA、腕を上げたかい、ユー?」
「アンタも大概だと思うぜ? ……さあ、害虫駆除の続きだ!」
貴道とシラスは視線を交わすと、互いに百足の頭部へと渾身の一撃を放つ。一撃、二撃、三、四、五。
2人のラッシュが終わる時、百足はその長躯を真っ直ぐ地面へと叩きつける所だった。
「平和な練達を脅かす悪は許さない! 魔法騎士セララ&マリー参上!」
セララとハイデマリーは連携する形で百足の元に駆けつけ、全力を以て撃破にかかる。
ハイデマリーは遠間にちらりと見えた百足の足を見逃さず、まず一射叩き込む。硬質な鋼の打ち合う音とともに身を捩った百足が姿を現したところへ、横合いから振り下ろされた一撃が百足の体節、その先端を狙って叩き込まれた。
「これで、少しは楽になるかな」
『連携して早急に撃退するぞ』
攻撃の主は、ティア。彼女の幻惑の一撃は、次の強打の為の布石……つまり。
「このチャンス、逃さないよ! ……ギガセララブレイクッ!」
すかさず、セララは空を駆け、振り上げた聖剣に雷光を受け止め、百足に叩き込む。耳をつんざく百足のノイズは、そのまま狂気へ誘い込む呼び声だ。そして全身をよじらせた動きは、そのまま周囲を巻き込む破壊へと波及する。
地面が抉れ、悲鳴が木霊し、瓦礫が舞う。あわや暴徒達すらも犠牲になるか、最悪の想定に至った面々の予想を覆したのは、百足の尾を受け止めたローガンの姿であった。
「暴徒であっても元は市民! 1人の犠牲も許さないのである!」
騎士盾シリウスを掲げ、そのまま勢いよく弾き返した彼に、ハイデマリー、ティア、そしてセララが続く。
即席の連携に、パターンはそう多くはない。だが、限定された道筋はそのまま『最適解』へと収斂される。
二度目の雷光が空を灼いた時、百足の体はチリ一つ残されていなかったのが、良い証拠だ。
「正義は! 必ず勝つ!」
「まだまだ、敵は多いみたいだね」
『油断は出来んな』
セララが高らかに剣を掲げた背後で、ティアは己の半身と確認しあっていた。……今だ終わりを見せぬ危機の有様を。
「おぉう、ムカデっつーのは本当の虫でないとしてもキモいな」
「これはまた……確かにアレは放置出来ないね」
「あんなモノを後回しにする道理は無いな。早期に殲滅するぞ!」
フレイ、ウィリアム、汰磨羈の三者が対峙した百足は、未だ傷が浅いとばかりに暴れまわっていた。暴徒達は周囲にいないが、好きに移動させれば間違いなく被害は増える。……ウィリアムが使い魔を駆使し、早期に発見できたのは幸いだった。
「手筈は分かっているな? 足を切って本体を叩く! フレイ、時間稼ぎは任せたぞ!」
「任せな!」
フレイは黒い柄の先端に炎を集中させ、剣状のそれを掲げて名乗りをあげる。奇異な姿をした礼装は、当然ながら周囲の耳目を、そして百足の気を引いた彼は、突っ込んでくる百足を正面から受け止め、そして微動だにしない。
汰磨羈はといえば、フレイとの衝突で動きを止めた百足目掛けて一足で踏み込み、その足を数本、切断。いきおい、体節のひとつを刺し貫き、機能を破壊した。
「……かちかち、カチカチと……虫なのか、機械なのか……一体どういう構造をしてるんだか……奇怪ではあるけど……」
冗談めいて韻を踏んだクローネは、汰磨羈達が対峙する百足へ追いつくなり、強烈な一撃を叩き込むべく身構える。直前、百足の足元目掛けて放たれたのはウィリアムの雷魔法。母譲りの一撃は、その動きを大いに鈍らせ、遠目からもわかるほどに無防備な姿を晒す。……狙うは今。
絶命の呪いを込めた杭は、百足の肉体を食い破り、破壊する。ばらばらと崩れ落ちる体節は、彼女らをして一瞬、勝利を錯覚させた。……だが。それらはガチガチと噛み合い、組み合わさり、サイズを縮めながらも新たな百足になろうとしていた。
「この化性、何時ぞやの蟲の集合体と見ました。クローネさんの推測、強ち間違いではなかったようで」
無量は酒呑童子斬の鯉口を切ると、一足で『頭部だった体節』を断ち切る。仲間達の戦いを見ながら、一撃の機会を窺っていた彼女だからこそ。クローネの杭が百足の意識を鈍らせたからこそ、繋いだ一撃だったと言えようか。
「皆、大丈夫!? 結構怪我が酷いみたいだけど! セララさん達もかなり危なかったし……!」
スティアは、【百足殺】の面々のみならず、道中で多くの仲間を治療して回っていた。暴徒対処に注力していた面々も、或いは彼女の助力がなければ倒れていた者だっていただろう。
そして、彼らはまだ立ち止まれない。戦場の混乱が終息する気配を見せない限り、百足が新たに現れる可能性は否定できないのだから。
【百足殺】の面々がそれぞれ、百足を撃破したのと同じ頃。新手の百足の一体が、無人のビルに叩きつけられていた。
「的がデカいから飛ばしがいがあるね。今回は人命救助最ユウセンで行くよ!」
轟音と瓦礫を巻き込んで突進するのは、イグナート。ちょうど、倒れ伏した暴徒達の直近に現れた百足を見つけついでに大喝で吹き飛ばし、距離を空けたところだったのだ。
彼に巻き付くように周囲を回る百足の体節は、しかし残燃料すべてを駆使したジェットパックの跳躍で躱される。空中で無防備になったイグナートは、しかし飛燕の如き体捌きで百足の頭部を蹴り込み、着地。
構え直し、距離をとった彼はその『硬さ』に舌を巻いた。
攻めあぐねた、とも言う。
「生けとし生けるもの皆隣人だけどでもやっぱ無理この手の虫は無理!!! 済まんね!!! 私生ける者じゃないんでね!!! 隣人じゃないみたいだね!!!!」
「ムカデは可愛くないなぁ、斬るったってちょっと勘弁して欲しくはある! 斬るけど!」
「いい趣味よね、ふふ……這われるのは遠慮したいけど」
そして、その一瞬の膠着を堂々と叩き壊したのはハッピー、シエラ、チェルシーの【ムカデ撲滅同盟】の3人だった。既に幾度か戦闘をこなしているのか、百足の帰り血……否、オイルか? それらが飛び散った跡がある。
「お取り込み中すまんね!!! ハッピーちゃん達がこう、パーッとね! 手伝うからね!!」
「私達なら百人力ですよ。大船に乗ったつもりで任せて下さい」
ハッピーが顔の前で掌を縦に切って断りを入れると、シエラは先程までと打って変わって落ち着いた口調で頭を下げた。見れば、外見も白髪を中心として大きく変化していることがわかるだろう。
「オレはダイジョウブだけど……任せても?」
「大丈夫よ……私とシエラなら問題ないわ」
イグナートがきょとんとした表情で問うと、チェルシーは小さく笑みを零し、百足に向き直る。次の瞬間、彼女は背中の刃を百足目掛けて叩きつける。次の瞬間、シエラはチェルシーの刃を押し込むように幻狼滅牙を大上段から叩き込む。両者の意識が同じ方向へ向いていなければ到底、不可能な連携だ。当然、百足は間合いに入ったシエラへと顎を伸ばすが、間に入ったハッピーが堂々と受け止める。
「ハッピーちゃんは幽霊だからね!! ちょっとやそっとじゃ倒れな、いっってえええええ☆ 幽体に噛み付くとかどうなってんだホントに☆」
痛みをありったけの騒ぎで標榜しながら、しかし倒れる気配がない。倒れるはずがない。彼女の本懐は、勝負を投げぬ粘り強さ。それすらも無にする破壊力は、暴徒も百足も持ち合わせていない。……つまり、今、彼女に土をつけられる存在はいないのである。
「ハッピーちゃんが庇ってくれる、こんな可愛い子が……あれ、なんか嬉しそう」
シエラがチェルシーと連携して追撃する中、ハッピーは攻撃を只管受け止め、相手へと着実に傷を負わせていた。傍目には凄まじい献身なのだが、シエラの視界には少し違って映ったらしい。
らしいのだが、多分ものの見方なので気にしてはいけない。そういうことにしておこう。
各所で百足が崩れ落ち、或いは暴徒の波が終息する中、しかし第1ゲート方面からの戦闘音は未だ続く。激戦を制した第2ゲートの面々は、仲間達の勝利を祈ることしか、今はできない。
●RadioMan(2/2)
「下らねぇLyric、足りねえDynamic、共感できねえLikeはLifeの無駄だぜFool共。だが、テメーの名前くらいは覚えてやる。名乗りなBoy」
クラブを腰に差し、両手に糸の張った棒と円形の筒……ディアボロを手にしたイルは、間違いなく『戦闘態勢』にあった。冗談めかした外見のくせに、発散される殺意はノイズアーミーの比ではない。
「おいおい、何度も名乗らせる気かい?」
「……誘ってんだよ、イカしたDJ(Dirty Fool)野郎。『名乗ってみな』ってな」
「それはもっと適任が居るぜ?」
千尋はイルと睨み合いながら、仲間達の気配にも意識を向ける。敵意を集める技倆は彼の手にはない。だが、小手先だけでも注目を集めるのは出来た。
「劇、といったな。ではエンディングと行こうか」
だからこそ、不意打ちが利く。
ノイズアーミーの斉射から辛くも逃れ、戦場に立っていたレイヴンの一撃が天から降り注ぐ。とっさに飛ばしたディアボロは、4つのうち3つが吹き飛ばされ、魔力の残滓がイルの頬を切り裂く。
「戦神が一騎、茶屋ヶ坂アキナ! その程度の呼び声なんて、私の緋剣には届かない!」
「殺意無くして死の呪いの九尾がやってられるか、死へと向かい走り散れるが良い、イル・ゲルプ」
不意打ちに動きを見出したイル目掛け、秋奈と殺は向かっていく。未だ障害になるノイズアーミーは多数。だが、止まるという選択肢はない。
秋奈はそもそも、攻撃を当て、攻撃を受けることで真価を発揮する。攻防一体の構えは攻撃者に反撃を与え、自らも相手を切り裂く。
殺に至っては更にシンプルだ。見分ける手段が無いのであれば、一度見つけた相手を追い続ければいい、という理屈。
「ここで何もせずに逃したら、ジリ貧になるかもしれないですね……それなら!」
ねねこはここまで戦線を維持してきた魔力を攻撃に振り分け、おおきく振りかぶってグレネードを投擲する。足を止めたイルが、彼女のそれを躱すことはかなわない。必然として、イルの動きは僅かながらに鈍る。
「こちらを向きなさい、雑兵! わたしが相手になりましょう!」
「俺達からは逃さない! イル・ゲルプ! お前は此処で倒す!」
レイリーが高らかに声を上げ、リゲルが煌めきとともに火球を叩き込む。いずれも敵の意識を引きつける技術……言ってしまえば『囮』となる技だ。炎から逃れるべくバックステップし、即座にノイズを発したイルは、そのままフィンガースナップを決め、『多数のイル』の中に紛れ込もうとした。
「残ってる命。貴方はどこ?」
イーリンは己の直感と魔眼に賭け、イルの本体を看破せんと試みる。先程の態度、味方の攻撃の影響、そして雑兵の残数。複数の情報を統合するために、彼女は今まで『戦っていなかった』のだ。
ドローンの集中攻撃、イル自身の攻勢をしのいだのは間違いなく武器商人とウィズィニャラァム、その2人の治療にあたったココロの献身あってこそだ。そして彼女は、【ひらめいた】。
「問題はない。我の前に姿を晒した時点で貴様は負けているのだ道化師!」
「クレイジーDJにクレイジーリスナーめ。
そのうるせぇ雑音、いい加減止めて静かになれヨ……もう居場所は割れてんダゼ?」
リュグナーはリーディングを駆使し、数多のノイズから抜身の感情を炙り出す。ともすれば狂気に冒されかねない蛮行は、彼ならばこそ耐えられた。
そして大地は、数を減らした雑兵と、仲間達の知覚能力を頼りに連携し、おおよその場所を割り出していた。……当然、その情報はイーリンも知る所だ。
「さあ、ショウタイムよ!」
声に合わせ、彼女の瞳が煌々と燃え上がる。魔書と肉体を循環する魔力の速度は自身が知覚する限界を超え、燐光を伴った髪から戦旗の穂先へ魔力が迸る。
仲間の献身、癒しの奇跡、そして目の前の激戦に加担せんと逸る心を縛り上げた彼女自身の自己犠牲。
それら全ては、今この一撃のためにある。
「ヒュウ、とんでもない火力ですね! それじゃあ、その火力ついでに……当たって、砕けろ!」
ウィズィニャラァムは渾身の力を籠め、ハーロヴィットを投げつける。Call of love、自らの感情を封じた一撃は、グラディウスの軌跡を追うように真っ直ぐに、イルの右手を貫く。
「貴様ッ、ァア――!」
イルが絶叫する。左手一本で振るわれた複数のクラブは、当たるを幸いにイレギュラーズへとバラ撒かれる。
残された僅かなノイズアーミーは、統率を失いあちこちへと銃弾をばらまき始め……結果として、一同の被害を広めていく。
「私は師匠様も、皆も、誰一人傷つけさせない。皆、助ける。だからこその力です」
「そうだ! みんなの帰りを待っている人が、帰る場所があるんだ! こんなところで倒れるものか!」
ココロとポテトは互いに声を張り上げ、己は此処にありと存在を示す。ココロを支えるのはイーリンや【イコン】で戦列を並べた仲間達。ポテトも同様……そして、ポテトはリゲルの道標であり、その逆も然りである。
「お前に何があったのかは知らない。だが、それが多くの人を巻き込んでいい理由にはならない!」
リゲルは剣を構え、冷気を纏ってイル目掛けて突っ込んでいく。全身を穿つ傷などさしたるものでもなく、突きこんだ感触こそが彼の『真実』。
そして、刃に返ってきた感触から、リゲルはこの戦いの趨勢を理解した。
「ワクワクしねえShowだったぜ、イル。RudeなShowはToo lateだったってことだよ」
「……畜生、畜生……下らねえ――」
千尋の拳を受け止めたイルのディアボロが崩れ落ちる。
傲慢さを隠しもしなかったその魔種は、結局のところ何もできないまま、誰にも感銘を与えることなく、ただつまらない最後を残して散っていく。
西日が沈む。
黄昏の陽光は所詮、夜の静寂のために与えられた一時の夢のようなものなのだ。
成否
大成功
MVP
状態異常
あとがき
まずは、おまたせして申し訳ありませんでした。
皆様に楽しんでいただければ幸いに思います。全員描写したと思いますが、不備・漏れございましたらお知らせ下さい。
今回驚いたのは3点。
「人数配分が恐ろしいくらい絶妙だったこと」「白紙がゼロだったこと」「ラップ率が冗談みたいに高かった事」です。
正直ラップと呼んでいいのかわからない韻の踏みだったOPに対して皆さん、めっちゃノリいいな……と。
とりあえず色々語りたいことはありますが蛇足なので、MVPについてのみ。
アンタ輝いてたよ!(褒め言葉)
GMコメント
正直物凄くラップというのもはばかられる駄文を綴ってしまった気がしてなりません。
決戦です。蹴散らしましょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●目標
・『レディオマン』イル・ゲルプを含む敵対勢力の全撃破。うち、『暴徒市民』の6割以上の生存
・市街地市民の8割程度の生存
●選択肢1:第二ゲート制圧(タグ【G2】)
全てのイレギュラーズの初期配置です。敢えて此処に残って徹底制圧を行う場合の選択肢となります。
多数の狂気に駆られた暴徒市民が居ます。特例として【不殺】なしの攻撃でも瀕死程度で止まります(【必殺】は例外)。
エリアボスとして「ノイズセンチビート(ノイズワームの結合したムカデ状大型獣)」が数体出現します。
ダメージが激しい部位を自切して再構築したりする(BS解除掃討)厄介な相手です。原罪の呼び声キャリアーなので注意。
●選択肢2:第一ゲート制圧(タグ【G1】)
『レディオマン』イル・ゲルプと多数の魔物に対処することになります。
イルはHPとEXAがかなり高く、『ノイズバッファ(特殊:全ての『ノイズアーミーⅡ』に自分の外見を投影)』や『キャスリング(特殊:左記対象と位置を入れ替える。クールタイム2分=短縮不可12ターン)』を使用してきます。
その他、強力な『原罪の呼び声』を発しつつ、大道芸じみた遠距離神秘攻撃を多用します。
『ノイズアーミーⅡ』はクエストの『ノイズアーミー』と近似したAI構成で、全体的な能力が底上げされています。集中攻撃傾向も同じ。
逆に言うと、一度攻撃を引きつけられればかなり任意で射線誘導が利くということでもあります。
『機獣装着者』は強力なアーマースーツを装着した一般人です。数は多くありません。
暴徒市民同様、【必殺】以外の攻撃なら基本的に不殺が自動的に発生します。
●選択肢3:市民救援(タグ【救援】)
南西部の混乱を鎮圧、余波で傷ついた市民の救出に当たるのがメインです。
メンタルケア、フィジカル面の治療、および散発的に現れる『殺人鬼』(近接物理メイン)を迎撃する流れになります。
他の戦場よりは難易度が1段階低く、従ってどうケアするかで成否が大きく変動します。
●プレイングの書き方
1行目:選択肢タグ
2行目:同行者・或いは同行者タグ(1人なら改行)
3行目:本文
上記の書き方を"必ず"守ってください。特に1、2行目。選択肢間違いによる迷子にも注意を払ってください。
●注意事項
本シナリオはイベントシナリオです。軽めの描写となりますこと、全員の描写をお約束できない事をご了承ください。
また今回は難易度Normalため、普段のイベントシナリオより迷子に厳しくなります。選択肢ミス、同行者設定ミスにお気をつけ下さい。
友軍NPCはプレイングにてご指定があれば、皆様と連携を試みることができます。参加者内でご相談の上、プレイングにお書き下さい。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。(主に『第一ゲート制圧』の危険度が高めです)
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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