シナリオ詳細
<Phantom Night2023>たったひとつの御伽噺
オープニング
●
退屈屋の魔女が尋ねた。
「貴方はだあれ?」
仏頂面の男は応えた。
「僕は僕だ」
魔女は笑った。
「そう。貴方は――貴方なのね」
仏頂面の彼はもっと怒ったように言う。
「そうだ。僕は僕でしかない――非常に不本意な事にね!」
彼女の求むるは『楽しい一時』で、彼の願いは『自身が何処までも自分ではない事』だった。
ならば、話は簡単で――彼女は幻のベールに笑い、彼は仮初の衣装に快哉を上げた。
「楽しいでしょう?」
「楽しいね」
「姿が変わるだけなのに?」
「姿が変わるだけでもね。僕は僕でいなくていい」
「ところで、貴方はどちら様?」
「ただの、何も持ってない王様だ」
――――『笑う魔女』二百九十七ページより
●
それは『幻想の建国王』に纏わる御伽噺(フェアリーテイル)だと伝えられている。
何処までが本当であるかは解らないけれど、細かいことは誰も気にする事はない。
幻のヴェールに包まれた『魔法の夜』は混沌に棲まう誰もにその魔法を施すのだ。
自らの姿を変化させ、誰でもない誰かになれる。各々が好きな姿になって、魔法の夜を思い思いに過ごせるのである。
この夜に合せ、秋の収穫祭が各地でも行なわれている。南瓜パイを投げて日頃の鬱憤を晴らすのだ――!
「って訳だ、食らえ―――!」
『たぬきの婿入り』なんて楽しげな仮装をした月原・亮 (p3n000006)に反応を示した様子で咄嗟に身を隠したのは『狐の嫁入り』と思わしき仮装のリリファ・ローレンツ(p3n000042)であった。
「食らいませんよーだ!」
互いが互いで仮装を示し合わせて。狸と狐のいがみ合いを行なう二人は如何にも楽しげである。
この夜は誰も彼もが『相手』を認識しにくくなる。魔法の夜は無礼講。ただし、度が過ぎた悪戯だけは世界は許さないのだ。
思い思いにパイを投げ、鬱憤を晴らす市民達にもみくちゃにされながら収穫祭を練り歩く。
ふかし芋の湯気に「熱い熱い」と笑い合う、そんな和やかな時間がそこには流れていた。
並んだランタンは魔力を動力にふわりと浮き上がり紫に、橙に、様々な色合いで夜を彩った。
愛らしい南瓜ランタンを吊り下げた子ども達は合い言葉を口にする。
それは魔法の言葉。この夜に唱えられたならば『ちょっとの悪戯』位は大目に見てほしい。
――Trick or Treat!
悪戯めいたその響きに亮とリリファは頷き合ってキャンディーを差し出した。
「今年は用意してるんだ。善い夜を」
「はい! 素敵な夜を!」
小さな魔女を見送って二人は共に歩み行く。御伽噺の夜に心は躍る。
「リリファ」
「はい?」
きょとんとしたリリファに亮は何かまごついてから「手ぇ」と小さく呟いた。
「繋いどかないと逸れるから」
「ははーん、月原さん。私と手を繋ぎたいんですか? 仕方ないですねえ」
にたにたと笑ったリリファに亮が眉を吊り上げた。だからコイツはイヤなのだと言いたげな亮にリリファが「嘘ですよ」と笑う。
リリファはほんのちょっとだけ気付いて居た。亮が少しだけ過保護になった。
天義での戦いで傷を負ったからだろうか。本当に分かり易い人なのだ。
(……私の方がお姉さんなんですけどねえ?)
少しだけの年の差だ。背丈で見れば彼の方が大きく、掌だって初めて出会った頃に比べればがっしりした。
傷痕が増えたのは『戦いのある世界』以外から来た彼の勲章だ。リリファと大きく出自が異なる平和な世界から遣ってきた『高校生男子』
20歳を超え、酒や煙草を楽しめる年齢になっても彼は屈託ない子供の様に笑うから、其の儘の関係性で居たけれど。
(そろそろ、お別れも覚悟しないといけないんですかね……)
――冠位魔種は残り二人。
冠位傲慢の元には手が掛かったか。冠位色欲だってその尾を見せたようにも思える。
ならば、待ち受ける終局を越え、晴れて世界が救われたならば『元の世界に帰る』可能性が出てくるのだろうか。
手を引かれながらリリファはふと思った。
この平和な世界から来た戦いも知らなかった『男の子』は平和で人が簡単に死なないような世界に帰るのではないか。
その時、自分はどうするべきなのか。帰らないでとも言えるような関係性でもない。
「リリファ?」
「あ、いいえ」
「腹減った?」
「今食べたばっかりですけど?」
「そか」
言葉を多く交すこともなく、何となく相手の考えて居る事が分かるようになって来た。
傍らが心地良い関係性だから、何も変わらないで居て欲しい――なんて、願ったのは何方も同じだったのかもしれない。
この魔法が掛かっている内だけは幼い子供の様に、思い切り楽しみたい。
誰も彼もが思い思いに描いた姿になれるファントムナイト。
――さあ、あなたはどんな姿になって楽しもうか?
- <Phantom Night2023>たったひとつの御伽噺完了
- ――FairyTail Of Phantom2023
- GM名夏あかね
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2023年11月20日 22時05分
- 参加人数101/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 101 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(101人)
リプレイ
●幻想I
「トリックオアマネェーッ! イタズラされたくなけりゃァ金よこしなァ!
強盗だぜ強盗!ゴールド全部バックにないないしな!」
勢い良く飛び込んできた幸潮と――スライム娘のレッド。合言葉は忘れちゃったがこの際どうでも良いのである。
両手を挙げたユリーカは「ないのです。だってボクがないないしたから」と首を振っている。
「……え? ない? じゃあお菓子を根こそぎ奪ってやんよやんよ!
ん〜………よーしレッドォ! 妨害頼んだ! ハロウィン・お菓子・金庫破りは俺がやる――!」
「さぁ、ボクがこうして後光も伴って気を引き付けているうちにローレットの金庫をないないするっす! 夢野ー!」
――その様子を見ている者が居た。
度が過ぎた悪戯は魔法が解けてしまうのだ。そう、犯人はこの時点でバレていたのである。
「おいおイ、仕事の日じゃねぇのニ、わざわざローレットに来るなんテ。大地クンはワーカーホリックなのカ?」
「ここなら皆もいるかなあって思っただけだ。俺だって楽しい日は普通に楽しむ」
赤い兎の耳を揺らす大地に赤羽は「好きだネェ」と揶揄うように声を弾ませた。
南瓜料理を楽しみながら『おばけゴラのカヌレ』を配り歩く。それだけでも楽しいもので。
「知人からもらったお菓子なんだけど、一緒にどうだ?」
「貰ってくれないト、こっちからトリックするゾ〜」
「何脅してるんだ赤羽……」
ユリーカが『金庫破り』を捕まえる様子を眺めてはのんびりとした時間を楽しむのだ。
そんな様子を不思議そうに眺めて居たのは悪魔の仮装に身を包んでいた飛呂だった。
「Trick or Treat!」
「はいなのです」
にっこりと笑ったユリーカが差し出すキャンディに「ありがとう」と笑う。互いに菓子を渡しあってから「楽しいですね」と微笑むユリーカの顔をちら、と見遣った。
「あー、俺の、結構かっこいい仮装になったと思うんだけど、どうかな」
「はい! とっても似合ってます。悪魔なのですね。ボクも見て下さい。じゃーん!」
悪魔の仮装に身を包む飛呂は対照的な天使の姿。そんなユリーカを見てから、視線を右往左往とさせたのは照れからだ。
「ユリーカさんも、すごい似合ってる。一目惚れした時も天使みたいって思ってたけど、今日は一等綺麗だ」
告白はしたけれど――ああ、けれど恥ずかしくだってなるものだ。つい視線を逸らした飛呂へと気恥ずかしくなってからユリーカも「えへへ」と笑ったのであった。
今日だけは何も気にする事も無く街を歩いて行くことが出来きる。
王子様はお姫様を連れて、嬉しそうに微笑むのだ。
「いつもはお忍びでないといけないことも、今日ならなんの気兼ねもありません。
まぁ、お忍びでデートするというのも、それはそれとして良いものではありますけれども」
「ええ、スリルもよろしくてよ」
囁くリーゼロッテにレジーナは「ええ、勿論」と微笑んで見せた。収穫祭の出店店舗には可愛らしいポップでパンプキンケーキがオススメされている。
「オススメはパンプキンケーキだそうですよ、お嬢様。はい、あーん」
その唇に運べば味わいに満足したのだろう。彼女は嬉しそうに頷いた。
「ほら、レナも。あーん」
「むむ。我(わたし)もですか? あ、あーん――って、フェイント!? と、思わせて普通に、あむ!? ……お、美味しいです」
唇をつんと突いたスプーンが直ぐに離される。それから唇へと飛び込んできて。レジーナは思わず眉を顰めた。
二人で歩き回りながら「傍から見たら、恋人同士に見えますかね」なんて囁くその一言にリーゼロッテは「どうかしら」と囁く。
「……御伽噺の中の今の二人ならキスのひとつだって許されるでしょう?
目を閉じて下さい、今は愛しのお姫様。素敵な魔法を掛けてあげましょう――」
ルアナにとってこの世で一番おいしいのは『おじさまのごはん』である。そう言われればグレイシアとて喜ばしい。
共に王城の舞踏会で料理を前にして言うのがそんな事なのだから、ついつい甘やかしてしまうと言うものだ。
「沢山食べるのは良いが、無理はせぬようにな」
「うん! えへへ、最近眠気がひどくてよく寝ちゃってるから、起きてるときにしっかり食べておかないとね」
やる気十分のルアナにグレイシアは眉を顰めた。勇者の力による負担が小さな彼女を蝕んでいる。それを感じ取るからこそ、何とも言えぬ心地になるのだ。
「吾輩も解決手段を模索しているが…寝る子は育つとも言う。今日の所はしっかり食べて、ゆっくり休むと良い」
「うん、ありがとう。おじさまが私の眠気解消法調べてくれてるの、しってる。だから何の心配もしてないよ。さ、たべよ」
この不安は、一緒に居られないかもしれないというものだ――けれど、彼は共に在るために願ってくれている。
憎たらしいと思いながらも『勇者』を受け入れてくれている。何よりもルアナとグレイシアの関係性を大切にしてくれているのだ。
(……ルアナの紋章を刻んだ依代があれば……きっと)
そう考えながらもグレイシアは「ルアナ、食事をしよう」と優しく声を掛けたのだった。
「仮装は俺の両親が気合入りまくるイベントだったな。
……特にハロウィンなんて凄くてさ。母さん映画とかのメイクとかも手掛けていたから、子供相手に特殊メイクして脅かしてくるんだぜ。笑うだろ」
からからと笑いながらもパンプキンケーキを眺めて居たレオは楽しげに笑うミレイの声に耳を傾ける。
可愛らしいエプロンドレスに身を包むミレイと共にるレオは時計をさげた兎を模したタキシード姿だ。
「ふふ、レオさんのご両親は面白い方ね。
レオさんも甘いのはお好きなのね。じゃあ、今度ケーキ焼いたら食べてくれるかしら?」
「ケーキ?食べる食べる。嬉しいなぁ。
俺もお菓子作り好きだから、その一緒に料理とかできたら嬉しいな。あ、これってセクハラになるのか?」
ぱちくりと瞬いてからミレイはこてりと首を傾げた。一緒に料理、それは屹度楽しいもので――
「ふふっ、セクハラじゃないから大丈夫よ。
今度、どっちかの家でお菓子パーティーやってみたいわね。
友達の家でお菓子パーティーって、楽しそうだから、やってみたかったの」
「俺はクッキーとか、あとパンケーキはいろんな種類が作れるぞ。イラスト入れたのもお手の物だ。弟や妹が喜んでくれたからな」
なら今度は楽しみましょうと約束を一つして。
王城の舞踏会にやってきたライゼンデは妙な心地であった。黒い猫の耳と尾が生えている。
それは親友であるヨゾラが蒼い魔法使いとして仮装に釣れそうぬいぐるみ達にも良く似ていて。
(……ヨゾラの仮装の縫いぐるみが少し羨ましかったからか?)
「ライゼ」と呼び掛けてからヨゾラはぱあと明るい笑みを浮かべて見せた。ああ、だって、大好きな猫に親友がなって居る!
「猫耳尻尾あるんだ、可愛いー! いいなぁ、僕も猫耳尻尾今からでも生やしたい……お揃い猫……!」
「お揃い猫……ファントムナイトならでは、か」
パンプキンケーキを食べながら嬉しそうなヨゾラの声に耳を傾けた。
彼が悪戯をしようと作り出す魔法の猫たちを眺めながら、ふと、物思う。
自身が抱いた幻想への悪感情は秘密にして、今は親友とのパーティーを楽しもう。
これからもっと、楽しい一日になるはずなのだから。
「フフ、プルーちゃんはどんな姿になっても素敵ね♪」
同じ制服を着て、結晶の角と龍の尾を持っている。そんな姿はまるで同級生のようで。
なんて、そんな『不思議な光景』を想像してからジルーシャは思わず笑って見せた。
「一緒に授業を受けて、帰りは二人で寄り道したりして、想像しただけで楽しそうだわ!」
「ええ、そうだわ。きっと愉快な学生生活になるでしょうね」
くすりと笑うプルーを見てからジルーシャはぎこちない笑みを浮かべて。
――ああ、だって。同じ種族ならいつか来るだろう『別れ』を考えなくても済むだろうから。
パーティーホールを眺めて居るプルーの傍でジルーシャはそっと寄り添った。尾を絡め取ってから「どうかしたの?」と問うた彼女を見詰めて。
「本当は手を繋ぎたかったのだけれど……ホラ、料理が食べられなくなっちゃうでしょ? だから代わりに、ね♪」
笑みを浮かべたジルーシャにプルーはふと何かを察したように「あら」と囁いた。
「食いしん坊だったのね」なんて、何かお見通しだったのだろうか。
●幻想II
「王城でかぼちゃ料理をお腹いっぱい食べるよ!」
「おー」
拳を振り上げるフラーゴラにエクスマリアが頷き拳を挙げた。可愛らしい純白のドレス姿のフラーゴラの傍に立つのはモノクロクラウンのエクスマリアだ。
「激戦続きだったからマリーに思いっきり羽根を伸ばして欲しくて……だから今日はめいっぱい遊ぼうねっマリー!」
「気遣いありがとう、だ。フラー。今日は、仕事は忘れて、たっぷり食べて、いっぱい遊ぼう」
「えへへ。クラウンの格好のマリーかわいい! あっワタシも風船欲しいな」
「どうぞ。フラーのドレス姿も、とても綺麗、だ。花婿役には悪いが、今夜はマリアが独り占めだ、な?」
その大きな眸に見詰められてからフラーゴラは「そうだね、独り占めしてね」と揶揄うように微笑んだ。
花嫁と言うよりもお姫様になった気分で。「パンプキンケーキ食べようよ」と食いしん坊な姫君はエクスマリアの手を引いた。
「今日のマリアは、笑わぬ道化師(クラウン)。フラーにその分、笑ってもらおう。そうしたらマリアも、とても嬉しい」
「かわいいかわいいクラウンさん。おどけなくったってワタシは嬉しいよ」
ニコニコと頬を緩めたフラーゴラにエクスマリアはぱちりと瞬いてから「楽しいな」と頷いた。
「年に一度の幻想の夜。すぐ寝てしまうのも、もったいない」
「そうだね。今夜は夜更かししちゃおう!
幻想にはワタシのお肉屋さんがあるからそこに泊まろう。お泊まり会だよー!」
約束を一つして。今日はとびきり楽しもう。きっとそれが幸せだから。
黄金の野獣の傍に、鮮やかな薔薇の姫君が立っていた。
「お菓子をくれなきゃお城を閉じ込めちゃうぞ!」
――なんて、ここは王城だ。そして傍らの彼女は元々美しいが仮面を被れば更に妖艶に感じてしまうのだ。
美しい彼女を見詰めてからフーガは「望乃」とその名を呼んだ。
「ふふ、なんだか本当に御伽話の世界に入り込んでしまったみたい。
こんなに素敵な王子様と一緒にお城で暮らせるのなら、閉じ込められるのもアリなのでは?」
揶揄うような声音にフーガは「本当に?」と囁いた。仮面から覗く涼しげな眸が綺麗な野獣に、もう心が囚われてしまったのだ。
「じゃあ、パンプキンケーキを一緒に食べてみよう!」
「今は実りの季節ですから、お料理も堪能したいですね。南瓜のケーキ、タルト、プリンも……! フーガ、あーん」
「あーん♪」
気に入ったものを分け合うのだって幸せで。頬を緩ませて微笑むフーガと望乃は視線を合わせて微笑み合った。
「あ、音楽が――望乃」
「ええ」
姫君の前に膝を付いて赦しを乞う。その姿は本当に御伽噺のようで望乃の胸はとくりと跳ねた。
「夜が明けるまでキミと踊りたい――さあ姫、お手をどうぞ」
派手さも優雅さもここに入らない。マリオンはその手を取って踊る。ピリアがこの夜の踊りを楽しめるように。
ピリアの動きにマリオンは合せた。幼く美しい踊り手がその魅力をより発揮できるように。それが最高のエスコートである。
まるでおままごことみたいな『つたない』ダンスのかえりみち。怪人の傍に立つ少女はちら、と傍らを見た。
「天使のこえがきこえるの。すがたをあらわして、つれていって?」
演技は得意では無いけれど、役者になりきるように囁くピリアを連れ去るように、救いを求めるように手を伸ばす。
「みんなはあなたのこと、あくまだっていうけど、わたしにとっては天使のまま」
――ああ、けれど、これは演技なのだろうか。そんな自信を無くしながらもマリオンはぐっと彼女を引き寄せた。
「こわくないよ、かめんの下の、そのかおも……やっぱりピリア、クリスティーヌにはなりきれないの!」
抱き着いたピリアにマリオンがくすりと笑う。
「ピリア、クリスティーヌのきもち、ちょっとだけわかんないの。
心のなかに怪人さんがいるのに、どうして怪人さんといっしょになれなかったのかな。ラウルさんのことも、すきだったから?」
「そうだねぇ……じゃあピリア? 怪人ファントムに浚われて、クリスティーヌと同じ体験をしてみれば気持ちが解るかもだね」
揶揄うように笑ったマリオンは端的な真実を告げるわけでも無く、魔法の夜の幻想に包むことも無く。
お泊まり会の招待状を差し出した。うみちゃんをまじまじと見てから「ピリアには、むずかしいの!」と首を傾げる。
ああ、だから、これから楽しい毎日を過ごしましょう。それだけで幸せになるはずだから。
「昔は人の多い場所は苦手だったけど、ちょっとは慣れたか、な」
少し気恥ずかしいのだと長いスカートの裾を摘まんでから笑ったハリエットにギルオスはそっとエスコートするように手を差し伸べた。
「ギルオスさんも、踊れたりするの?」
「仮面舞踏会か――存在は知ってるけれど、来た事はないなぁ。舞踏会は情報屋として聞きかじっては居るけど実際の経験は……」
ハリエットは、と問うたギルオスに彼女は首を振った。これも屹度良い経験になる。
「さ、踊ろうか」
ぎこちなくともなんとかリードは出来るように。年上だから格好付けたいだなんて笑う彼をちらりと見る。
「わ。結構距離近いんだね。下があんまり見えないから本当に足踏みそう……」
「そうだね。少しずつ頑張ろうか」
ホールドから。ゆっくりと、ゆっくりと。見様見真似で二人で踊る。楽しければそれが一番。
(あぁ――いつだって本当に楽しいよね、ハリエットと一緒に何かをするのは)
ふと視線が交わった。どこか困ったような顔をしたハリエットにギルオスは釣られた様子で笑って見せた。
美しいドレスに身を包みリュティスは「お待たせ致しました」と主人に一礼する。
「此処ならば仮装も最低限で済む。それに、また君と踊ってみたかったからな」
「お褒め頂き、ありがとうございます」
ゆっくりと顔を上げたリュティスはぱちくりと瞬いた。彼の様子が普段と違って見えたのは気のせいだろうか。
初めて踊ったのはもう三年以上前。その時と変わった事と言えばより彼女の事を知り、彼女に傍に居て欲しいと願った事だっただろうか。そんなことを考えてからベネディクトはそっと手を差し伸べた。
「では改めて。私と踊って下さいませんか、レディ」
「喜んでお受け致します」
くるり、くるりと慣れた様子で踊りながらリュティスはベネディクトの横顔を見る。
随分と関係性が変化した。こうして過ごす一時が楽しいと思えるようになったのだ。これも彼のお陰なのだろうかと――ふと、思う。
(……それでも私は――)
自身の気持ちに自信が無い。この人に、どう接するべきなのか。不器用なリュティスは踊り終え、バルコニーに誘うベネディクト能勢を追掛ける。
「楽しい時間を過ごせたな、リュティス。ありがとう、またとない思い出が出来たよ。もしかしたらこれが最後になるかも知れないからな
」
「……これが最後の機会かもしれない?」
ぱちくりと瞬くリュティスにベネディクトは「これ以上は俺の我が儘になる」と付け加えた。
「リュティス」
そっとその手を取る。リュティスはただ、主人の顔を見詰めていた。
「君が好きだ。常に自身を研鑽する姿勢が好きだ。偶に皆との会話で見え隠れする年相応さも愛らしいと思っている。
従者としてではなく一人の女性として……――俺の傍に居てくれないか、二人が死を分かつまで」
何も伝えられずに居る事は後悔の連続になる。だからこそ、その言葉を聞いてからリュティスは顔を上げた。
こんな時勢だ。『もしかしたら』の繰り返し。これまでの別れも、苦しみも、それには当てはまらない、言葉にも出来ない心地になる。
「……ご主人様」
あなたに『おいていかれる』事が酷く恐い。これが屹度応えで――その心に寄り添っていたいと、そう思った。
●鉄帝
「私、パーティってとっても大好き! わくわくしてしまうわね!」
陽気に踊るアルエットの手を取ってジェラルドはにっこりと笑った。赤頭巾に手を引かれる狼は「アンタには敵わないな?」と楽しげに笑う。
「こうしてクルクル回るだけでも、踊りたいと思えるようになったのはアンタのおかげだ。アンタが楽しそうにするから俺まで楽しくなっちまうな」
「ふふ、楽しいね。楽しいわ! ステップなんて気にしないの。だって今日は仮装パーティだもの。皆が楽しい恰好をして遊ぶのよ」
にこにこと笑い合うだけでも楽しくて。ジェラルドはふと人混みの中にリトを見かけた気がして瞬いた。
今だけは『彼女の独り占め』をしているのだから。
「あ、向こうにパンプキンケーキがあるみたい。行ってみましょ!」
「パンプキンケーキ? ――うぉっと! ……ははは、そんなに急がなくたって、すぐに無くなりはしないだろうさ?」
パンプキンケーキを食べる事を考えて頬を緩める彼女を追掛ける。今、この時が何より楽しいのだ。
ヴィーザルのサヴィルウス村にやってきたレイチェルは「寒くなって来たし、冬支度でも始めてる頃だろ?」とベルノへと問うた。
「…ところで、ベルノもファントムナイトの魔法で別の姿になってるのか?」
「ああ。レイチェル。俺はなりたい姿は親父(シグバルド)だな!
あのデカイ背中は今でも憧れるからな……お前、何で赤い髪なんだ? 顔はそのままなのに」
不思議そうな顔をしたベルノにレイチェルは頬を掻く。全く持っても慣れない姿だ。
「本当に予想外だったンよ。聖女サマ。ご先祖らしいが。
……でも、俺は俺! ちゃんと力仕事だって出来るし、何なら狩りだって出来るぞ! ちゃんと何時もの弓持ってきたしな!
魔術で何かしたり、五月蝿い奴を力で黙らせたり。冬支度で狩った獲物を…保存出来る干し肉に加工したり。何でもござれだー」
その姿はヨハンナ達にとって前世の存在である。レイチェルは知らないが、無意識のうちにグレイスの願いを反映したのだろう。
戸惑うレイチェルはそれでもベルノの不意を衝いて「Trick or Treat」と声を掛けた。
「ほら、ほら、イベントには乗っかる主義でなァ。お菓子と悪戯、どっちが好みだ?」
「おう、お菓子は持ってねえぞ。酒なら後で飲もうぜ。悪戯して欲しいならいくらでもしてやるけどな?」
からからと笑ったベルノにレイチェルは釣られて笑ったのだった。
変化はないように見える――が、最初から両方の目が青。ギフトでも無く、つまり。
「カイト、俺は考えた。身体が小さくなれば同じ量でもいっぱい食べたことになるんじゃないかとな!
な、名案だろう!? だからファントムナイトは子供の姿だぞ!」
「いや、ちまくなったから同じ量で沢山食べたことにするのは名案って言わねぇから!!
下手したら普段よりもすぐにお腹いっぱいになるかもしれないってこったろーが!!」
そう、カイトとアンドリューは子供の姿になっていた。堂々と笑うアンドリューに思わずカイトは突っ込んだ。
「カイト、トリックオアトリート! お菓子じゃなくて肉でもいいぞ!」
「菓子も肉料理も流石に今すぐはもってな――」
「なに、持って無いだと!? なら悪戯だな! 肩車をさせろ! 普段は俺の方が大きいからな!」
「いだだだだだだだ」とカイトは叫ぶ。よじ登ってくるアンドリューは「今日はカイトの方がでかい! なら俺が肩車でも問題ないだろう!」と朗らかに笑って――
「お、つむじ発見。つむじを押すと強くなるらしいぞカイト! よかったな!
よし、カイト向こうに良い肉の気配がするから行ってみよう! なあに、大胸筋センサーは無いが頭の上のアンテナがある!」
「……って相変わらずセンサーは健在か!
そういや季節合わせの肉料理とかあった気がす……わかった、わかった行くから!!」
肩の上のアンドリューがうきうきと笑っている。満更でもないのがちょっぴり、可笑しなカイトなのだった。
ェクセレリァスは観測端末とのんびりとした時間を過ごす。人へと変化するその能力で、愛らしい少女の姿をとっていた観測端末は「セレさん」と呼んだ。
「うん」
静かな開けた場所でのんびりと過ごすのは心地良い。目的も、目標も無くただぼんやりとするのだ。
(一年前と比べると、当端末は随分と変わったものです。
保守機能に過ぎなかった仮想自我は、今や本当の自我に。自我を得たからこそ、当端末は恋を知り、愛も覚えました)
これも全てェクセレリァスのお陰なのだ。そう思い見下ろせば、膝にころりと転がっていたェクセレリァスはふと顔を上げる。
「ときに端末よ。君は既に“個”を得たのだからいつまでもただの観測端末では味気ないと思うんだ。
何か名前を決めたら……と、思うんだけどどうだろ?」
「当端末に名前……ですか。なるほど、考えてみますね。ですが……」
一瞬わざと困った顔をして「名前を決めたとしても教えるのは貴女にだけですよ?」と囁いた。
悪戯めいて笑う彼にェクセレリァスはまだ分からない。執着心はあってもそれが恋と呼ぶのかは分からない。
そんなェクセレリァスの額の感覚器官にそっと口付けた。ぴゃあと叫んだ彼女を揶揄うように笑って。
銀の森は穏やかな気候が漂っている。真白の髪に鮮やかな蒼い瞳を有する青年は「ルーナ様、寒くはありませんか?」と問う。
それが女装を解いたトールだとルーナは知っている。
「トールは?」
「私は大丈夫です。今日はスカートではないので。
こうしてまた男の姿でご一緒できるなんて夢みたいです。ハシバミの枝のおかげで私のギフトも今のところ問題ありません」
「トールの男の姿を見るのは久しいな。元の世界ではキミに女装や理不尽な命令を言いつけて苦労をかけた」
肩を竦めるルーナにトールは首を振った。こうして何かのイベントを共にするのは初めてだとルーナはぱちりと瞬いた。
「混沌に来てしばらくは練達に引き籠っていたから新鮮だ。
キミの事はローレットの資料を通してずっと見守っていたよ。大事な従者が一線級の騎士として成長した事も鼻が高い」
「ルーナ様と離れ離れになった事、ギフトが付きまとって男の姿になれなかったり。
……イレギュラーズとしての生活に必死で、色んな不安が沢山あって……でも大切な人たちと出会えて幸せです。
あっという間の一年でした。僕は、混沌に来る事が出来て良かった」
ルーナは従者の嬉しそうな顔を見てから緩やかに頷いた。
「もうすぐ大きな戦いがあるのだろう? それが終わったら少し話がしたい。
キミには伝えておかなくてはいけない秘密が山ほどあるんだ」
「はい。お待ちしております」
恭しく言った彼にルーナは頷いてから目を伏せた。
「マッスルパワー☆フルチャージ!!」
ラド・バウのファントムナイトエキシビションマッチへとやってきた昴は可愛らしい桃色の衣装を身に纏う。
何時もの肉弾戦にマジカルメリケンサックという彩りを添え、リリカル☆火炎放射器で鮮やかな焔を身に纏うのだ。
「勝ち負けよりも盛り上がるかどうかだ。世紀末魔法少女になりきって、
ファントムナイトらしく見た目のインパクト重視の派手な戦いをしてやろう――私の魔法(筋肉)がお前を砕く!」
力こそパワーと叫ぶ昴を見詰めていたビッツは「あの子、いいじゃないの」などと言ったのだという。
パルスが「確かに映えるよね」と頷く声を聞きながら兎に角インパクトを狙って昴は暴れ倒すのだ。
●天義
これも魔法の一つのだろうとレインは周囲を見回した。
「……こういう魔法が使えたらいいのに……」
出会った人には飴をあげ、魔法の言葉を言われたらきちんと応える。
ぱちぱちと弾ける飴はちょっとした悪戯だ。
(僕も……一緒に笑いたい……心からの笑顔で笑い合いたい……人を……笑顔にしたい……人をまた信じられるようになったらいいな……)
出会った皆に、幸せをお裾分して。そうして過ごしていきたいのだ。
そんなレインの前を一人の少女が駆けていく。その背を追掛けたのはルル家だ。
「キャロちゃん、どうする? 折角だからブティックに寄って一生困らないぐらいの服買おうよ。
神の国に戻ってもオシャレ楽しみたいもんね! でも荷物になるから先にお茶が良いね!
美味しいケーキとお茶がある場所をスティア殿に聞いたことあるんだよ! いこ!」
「あら、スティアったら気が利く女ね。今度褒めてやりましょうよ」
普段と少し違った『仮装』で。カロルとルル家は誰にも気付かれないようにと街を歩く。手を繋ぎ、普通の友達として散策するのだ。
アクセサリーを見て、スイーツを食べて、ブディックで服を買ったり恋バナをしたり。普通の女の子らしい日常を過ごすのだ。
「あ、見て。大名。スティアよ。おーい!」
「えっ」
スティアは「やっぱりいたー!」と指差した。来たがっていたのだから探していたのだ。
おしゃべりな彼女は『普通の女の子』の様にルル家の手を引いて掛けてくる。
「今日くらいはお互いの立場を忘れて楽しめたら良いよね。普通の女の子のように過ごしてみるのも悪くないでしょう?」
「おまえのそれは天使? 中々可愛いじゃない」
「そうそう。私は祝福の天使さんなんだよ。ルルちゃんの恋のキューピットにもなってあげよっか? きっとご利益があると思うよー!」
叶えて貰っても良いのとカロルが振り返る。ルル家は肩を竦めた。
「せっかくだし、ダンスでもする? ……パーティーに招くのは大変だけど今なら大丈夫かなって。ね。私と踊って頂けませんか?」
「浮気女か?」
揶揄いながらもカロルはスティアの手を取った。「大名待っていて、浮気してくるわね」とその足取りは軽い。
くるりくるりと踊りながらスティアは微笑んだ。
「私はルルちゃんとリスティアも救いたいって思ってるよ。それがどんな難しい事かはわかってる。
……でも貴女達がここに生きてるのは間違いじゃないってそう思うから救いたいって願うんだ。
例え立場が違っても友達になれない事はないでしょう?」
「ええ、ま、おまえが傷付くだけよ」
「そうかなあ。どんな事だってやってみないとわからない! それに運命を切り開くのが私達の役割だからね!
助けて欲しいと心から願った時は私の言葉を思い出してね。絶対に力になると約束するよ」
「……ん」
目を伏せたカロルはくるりと踊って次の『相手』を見付けたと手を握り締めた。はたと立ち止まってからアルテミアはくすりと笑う。
「あら、やっぱり貴女は遊びに来ているのね?
まぁ、教えてあげたその仮装を着て楽しんでくれているようで良かったわ。似合っているわよ?」
「おまえは趣味が良いわね、アルテミア」
「あら、どうも。さて、折角会った訳だし……Trick or Treat! 私からはボワット・ド・プディングをあげるわ。
『ルゥ』の悪戯はなんだかシャレにならなそうだし……御菓子をあげたのだから、するんじゃないわよ??」
カロルはアルテミアをまじまじと見詰めてから唇を吊り上げた。「あらぁ」とじりじりと躙り寄る。
「フリじゃないからね? だからジリジリ迫ってくるんじゃないわよ!? ちょっとそこの大名も笑ってないで助けなさいよ!?」
「ねえ、大名。この女の乳後ろから鷲掴みしたら私も巨乳にならないかしら」
楽しげな彼女を見詰めてルル家はくすりと笑った。ああ、期待していたのはこの姿なのだ。
アルテミアだって、カロルが『ルゥー』と名乗ってイベントを楽しむ事には何も言わない。こうして菓子を食べて遊び回っても良い位だ。
「貴女の事は生意気だとは思っても嫌いではないわよ? 出会い方が違えば、喧嘩友達位にはなっていたかもね?
ともあれ、迷惑にならない程度に、今を楽しみたいように楽しみましょう。せっかくのお揃い衣装なんだし、ね?」
「ええ。だから乳を」
「あげない」
アルテミアが首を振れば「あー!」と後ろから声が聞こえた。駆け寄ってきたのは狼のタイムと見知らぬギャルである。
「タイム殿に皆! ハッピーハロウィン!」
「あら、タイムと……ん? んー? アーリア?」
「あ、良く分かったわねえ」
小さく笑ったアーリアは「ル……るぅーちゃんよね」と微笑みかけた。どんな姿だって分かったのは彼女を探していたからかも知れない。
「ふふふ、オオカミのお鼻はよく利くの。お隣は……るぅーちゃんっていうのね。おっけ~!
友達の友達だから私も友達ってことで! まあいいじゃない。こうしていられるのも今日だけみたいだし」
「じゃあ、『はじめまして』、タイム」
カロルにタイムはにっこりと笑ってからぷうと頬を膨らました。
「っていうかルル家さんってば、もぉ~~! めちゃんこ文句言いたい! けど、けど、言わない!
……やるって決めた事、最後まで頑張ってよね。任せたわよ。わたしも頑張……ったと思う!」
「勿論頑張ります! あ、でも遮那くんには内緒にしてくださいね」
楽しげなタイムとルル家を見詰めていたカロルは「おまえもよく頑張ったわよ」と目を伏せた。
そんな様子にくすりと笑ったアーリアはお決まりの合言葉を口にして手を差し伸べる。
「こんなにおかしな夜は、武器なんて捨てて楽しまないと。
あ、これはアクセよ!? あとこの恰好はなんていうかこう、ノリで……いえ胸も深い意味は無くて!」
「私も鉄パイプで人間を殴りたいわね。聖女っぽくない行為ってかんじで。で、菓子よ」
キャンディを差し出すカロルにアーリアはカボチャやオバケ、骸骨を象ったアイシングクッキーを差し出した。
「アドレくんにもお土産ね。ツロはどうせ食べずにポイでしょうし、皆で食べちゃってね。
私ちょっと解ったの、あの人って結構、いえ相当性格悪いわ! 顔はいいのに最悪、騙されちゃった!
……女の子って馬鹿よね、ほんと」
「分かる!」
カロルは身を乗り出した。「でも好きなのよね」とふにゃりと笑うその笑顔にアーリアは肩を竦める。
「……貴女のくれた気紛れな猶予に、こうして会えて良かった。
はーあ、貴女とシャイネンナハトに女子会したり、グラオ・クローネで一緒にチョコ作ったりしたかった!」
「私もよ。おまえとはもっと思い出を作りたかったわ」とカロルは囁いた。そんなことを『利かない振りをして』タイムはルル家と話し込んでから「るぅーちゃん」と呼び掛ける。
「るぅーちゃんはどう? 恋してる? 恋はいいよね。なんたって好きな人に夢中になれるもの。
でもその恋が叶わないと分かってしまったら? ただ諦めるのは悔しい? 好きピを殺して自分も死ぬ?」
「どうしようかしら。好きピを殺してから悩むかも」
「それもありかも。わたしはねえ、沢山の気持ちを伝えて、それでも駄目なら、蹴っ飛ばしてあかんべしてこっちからバイバイしてやるの。
好きピ追いかけるだけが人生じゃないもの、暫くは泣いちゃうかもだけど」
タイムがくすりと笑えばカロルは「女の子って恋に生きちゃうけどね」と肩を竦めた。
「でも、友達は傍にいてくれるし、一人じゃないから、きっと大丈夫。
そうやって傷ついても、自分で選ぶことが出来たら胸を張って前に進めると思うの」
「友達……」
「ふふ、突然変な話してごめんね。話せて良かった、るぅーちゃん。
特製クッキー、良かったら食べて――また、会いたいな」
カロルはクッキー有り難うとだけいってルル家の手を握り締めた。
ああ、本当に嬉しい。皆が彼女を助けようとしてくれている、彼女を好きで居てくれる。
(……うん。皆が託してくれた想い、残してくれた奇跡。絶対に無駄にはしません。
相手が神だろうが運命だろうがルストだろうがツロだろうが、必要なら全員殴り倒して。命も奇跡も全部使って、絶対に……)
全部全部、ハッピーエンドにしてやるのだ。
帽子屋姿のセシルは「フラヴィアちゃん」と手を振った。可愛らしいエプロンドレスの不思議の国の少女は「セシルくん」と微笑む。
カラフルな街並みの天義国内はなによりも楽しくて。行方知らずであった彼女の無事が確認出来てよかったと胸を撫で下ろす。
「フラヴィアちゃんどうかな、アリスの衣装気に入ってくれたかな」
「もちろんだよ! こんなに素敵な衣装をありがとう! 似合ってるかな? えへへ、それなら嬉しいな」
頬を緩めたフラヴィアにセシルはにんまりと微笑んで。
「僕のは帽子屋だよ。お揃いなんだ……あ、そうだ。トリックオアトリート!」
「セシル君も似合ってるよ。うん、お揃いだね!
えっ、あれ? 貰っちゃっていいのかな? トリックオアトリートってそういうのだっけ……?」
そんなことを言いながらお菓子を差し出すセシルにフラヴィアはぱちくりと瞬いた。
いたずらなんて出来ないよと首振るセシルに「うぅん……お友達同士なら、悪戯くらいなんてことないのに……まぁ、いいや!」と呟いてから「楽しいね」とフラヴィアは微笑んで。
隣に彼女が居てくれることが何よりも嬉しいのだとセシルはその喜びを噛み締めた。
(マリエッタが遂行者のところから帰ってきた――けれど、来るかも知れない『時』がある)
万が一が起こることが恐ろしくてセレナは息を呑んだ。帰りをずっと待っていたからこそ声を掛けに言ったのだ。
(こんな事をしている場合じゃないのに――今は、その時間だと分かって居るけれど。けれど……)
天義の歴史や混沌に於ける悪意という悪意を調べても、聖女のことは何の記載も無い。
この天義は『正しいことも黒くなる』という過程から変化した。何が間違いで、何が正解なのかさえ分からない。
『――あら、セレナが心配してきてるわよ?」
「魔女にそれを言われるのは不服ですが…でも、心配させてしまいましたね。
姿はいつも通りに戻ってますね…でもこの時間を楽しむのに問題はなさそうです」
ゆっくりと顔を上げてマリエッタは肩を竦めた。ノックの音に反応して扉を開けばそこには『彼女』が立っている。
「あら、素敵な姿になりましたね? 男の子の姿でもわかりますよ、セレナ。伊達に姉はしていませんよ?
一緒に、今日を愉しみましょうか…ふふ、そんな心配そうな顔はしてはいけません。そんな顔をしていると置いていきますよ?」
「改めて……おかえり、マリエッタ。この姿……あはは、どうしてかな? 男の人になるなんて、思ってなかった」
この姿は彼女を守るための姿なのだ。何時もの姿の彼女と、男性になったセレナならば本当のデートのようだとセレナは笑う。
「ねえ、どこに行こうか? どこでだって楽しめる。今だけの魔法の夜。今だけの……貴女との一時を」
手を差し伸べるセレナに誘われてマリエッタは行く。その背中をマリエッタは静かに追掛けた。
「マリエッタ。私の大切な人……話したい事が沢山あるんだ。
貴女が行ってた間の話も、それ以外も沢山、今日のお祭りも、一緒に楽しみたくて。
……貴女が居なくなってしまうのは、怖い。あの夏の日も同じ事を思った。それでも、私は貴女の隣に居たい、ずっと、何があっても」
マリエッタは首を縦には振らなかった。甲斐甲斐しい彼女に答えることは出来ない。
「私は決めたんです。遂行者達の理想と想いと正義をそのまま終わらせる悪となると。世界に溢れる正義という矛先の向け先となると。
最も断罪される聖女などという華々しい未来は求めていないので、世界さえ超えて逃げちゃいますけどね。
だから…セレナに向けられる言葉はこれしかないんです。隣に居たいならどこまでも付いてきなさい」
「……ええ。だから、私は貴女だけを見て、どこまでも付いて行く。
本当に意地悪な人――でもいいの。そんなマリエッタを、私は好きになったんだから」
●ラサ
シスター服を身に纏っていたエルスはディルクの姿に気付いてからぱあと笑みを浮かべた。
思えば、混沌に来て初めてちゃんと参加したイベントがこのファントムナイトだった。それから四年も経つと思えば不思議なものだ。
「ファントムナイトと言えばトリックオアトリート、でしょう!
もう幼い姿からは解放されましたがそれとこれとは別です! 子供じみた事だとお思いかもしれませんが、今日ぐらいは付き合って頂きますよ?」
にんまりと微笑んだエルスはお菓子なんて持っていないでしょうとどんな悪戯を仕掛けようかと胸を躍らせる。
のんきな彼女は「私はありますよ」とパンプキンレアチーズのミニタルトを懐から取り出した。
じいと見詰めていたディルクは『何も言わず』にひょいと菓子を食べてから「トリックオアトリート」と声を掛けた。
「え?」
「ほら」
食べたじゃないですか、とは言えなくてエルスはどうしようかと慌てた様子で視線を彷徨かせたのであった。
「っかし、化けるもんだな。まるで印象が違ぇ。つっても、声も顔もラダだ。綺麗所なのは変わらねぇな」
言いはしないが臭いもラダだ。ひょいと捕まえられたルナは彼女である事は良く分かる。
ラダは南部砂漠を拠点としている。コンシレラの騒動の煽りも受けて忙しない毎日ではあるが休みを取ってはいけないわけではない。
飲みに行こうと声を掛けたラダの姿は知った顔の精霊種に良く似たらしい。
「ペンを握れない姿なら仕事もサボれたが思うようにはいかないな。
夏にも付き合ってもらったが、この間の事のようだ。……この分だと年末もすぐだがお前暮れはどうするんだ?」
「年末か。どうせ暇してんだろうし、また冷やかしに顔を出すかもしれねぇな。こうして声かけられんのも俺にとっちゃ役得さ」
からりと笑ったルナをまじまじと見詰めてからラダはふと「なぁ、その歯の浮くような台詞どうにかならんか。商談前の世辞のようでまるで落ち着かない」とそう言った。
「あ゛? 世辞ってお前、鏡見て言えよ。俺は素直に言葉吐いてるだけだぜ。特にラダについては、な。お前はいい女だぜ」
「ふむ……それともお求めのものがおありかな? ――好意自体に悪い気はしてないよ。お前はいい男だから」
からりと笑ったラダにルナは「だが、そうだなぁ」と呟いた。
「それなら。『今宵、貴女の時間を頂けますか?』
地元飲みだし、たまにゃいいだろ。もう一軒付き合えよ。新酒の飲み比べだってよ」
欲しい物というのも、彼女との時間が大枚は炊いたって良い物だ。商会主としての彼女の邪魔にはなりたくないが、羽を伸ばすのに付き合えるならばいいい距離だとも認識している。
(商会を持っても、ラダはラダだ。んじゃあ、俺は。何にも持ってねぇ俺だがよ……ちったぁ、望んでもいいのか?)
ちらと見れば翌日に残らぬ酒なら歓迎だと笑った。隠しては居ないが言っていないことが一つ。
暮れには親戚一同がヴァズに集まって延々と飲むイベントがある。毎年帰省しているラダは今年も声が掛かるか、と考えてから焦らず構えるかと取りあえず次の店舗へと向かうのであった。
●海洋
「あ、ロジャーさんだ! おさそいありがと!」
「貴様――此度は私こそが、私だけが貴様の姿見だ。妹にも、他の連中にも内緒な、コソコソとした戯れと謂うワケだ」
堂々たるロジャーズの声にマールがぱちくりと瞬いた。
「ロジャーさんが鏡? お、にらめっこ? いいよ~、やろ、やろ~!」
軽いのりで応じるマール。そして、忘れてはいけないが故に『忘れて貰う予定』だと告げたロジャーズは見せる。
鏡の中の笑顔すら記憶も空っぽにして、他人の幸せと願いを叶えるのだ。
「勿論、あらゆる事柄は幻想で、幻影、即ちファントムなのだ。故に私は悪魔となり、マール・ディーネーの傍らで蠢くのみ。
嗚呼、顔色が悪いな。されど、何れ不自然な笑みに変わるのだ。何を恐れる必要が有る。何が恐るべきものなのか
全ては一夜にして失せていく混沌の宴、お祭り騒ぎの如き刹那の永久――素晴らしい御伽噺ではないか。IFではないか!」
マールはにへらと笑った。そう、知っているのだ。なるかもしれなかった姿が見えている。
(分かるよ。この格好で、やるべきことも。あの時浮かべた笑顔で。
あなたの願いを叶えてあげる。全ては深海に沈みゆくのみ。
あなたが――本当にそれを望むなら。あたしが願いを叶えてあげる。悪魔さん?)
マールはそっと顔を上げてから笑った。
「むー、なんか楽しそうだね? でも、こんなこと言ったら、確かに他の皆に心配されそう!
だから、二人の秘密ね。特にメーアは、ちょっと本気で心配しそうだから!」
●プーレルジール
南瓜にハロウィン。そんなファントムナイトらしい格好のボタンは蝙蝠のはねを背負ってステラに逢いに来た。
「Trick or Treat! お菓子をくれなきゃいたずらしちまうぞ、ってな!
むしろオレが菓子を作ってやるけどな! 驚かせたか、ステラ! オレだ、牡丹だ!
今、混沌ではファントムナイトっつう祭りの最中でな! 魔法で色んな姿になれるんだ! 見てみろよ、みんなの姿を録画してきたぜ!」
明るく笑った牡丹を迎え入れてからステラは「それは魔法なの?」と問うた。
「あ? オレの格好? お化けか、夢幻か、誰かの変身した姿かは分かんねえが……。
いいもんを見た気がしたんでな。せっかくだから験担ぎさせてもらったってとこかな?
てめえにも幸せおすそ分けだ、ステラ! ハッピーファントムナイト!」
●覇竜
折角のファントムナイトだからこそ様々な場所にひょこりと顔を出したいと考えた愛奈。
その姿は角に翼を有したサキュバスを思わせる。ふわりと翼を揺らして遣ってくる愛奈はくすりと笑った。
「あらあら。そんなに騒いでどうしたんですか? 面白い事でも? 揶揄えそうな感じ? ふふふ……」
揶揄い半分で声を掛ける愛奈はしゃがみこんでどうしたのだろうと亜竜種にも声を掛ける。
特別な夜のだから、今夜くらいは楽しみたいと考えたのだ。
そんな愛奈を視線で見送ってからザビーネはゆっくりと歩き出す。
「お誘いありがとうございます、皆様方。
このドレスは……普段とは違いますが。ねねこにおすすめされたものですから、きっと似合っているのだと思います。
……しかし、ねねこが竜なのならば、私も竜になった方が……? でも、こちらのドレスも捨てがたいものです」
ぱちくりと瞬くザビーネに「良く似合っていますよ」とねねこは微笑んだ。
「ふふ~♪ どうです? 私も竜の姿になってみたかったんですよね♪
これならザビーネさんの竜形態の横に居ても違和感ないでしょうか?
ザビーネさんも可愛い姿ですね! いつもの黒のドレスもかっこよくて良いのですけど、こういう白で可愛らしい服も似合いますね♪
そもそもザビーネさんはスタイルが良いので大抵の服が似合うのですよねぇ……正直羨ましい所です」
唇を尖らせるザビーネに「楽しいですね」とねねこは微笑んだ。
「あ、そうそう! ファントムナイトならとりあえずトリック・オア・トリート! って言っておかなければならないですね!
……っといってもザビーネさんお菓子持ってます?」
「とりっくおあとりーと、というのですよね。でも、お菓子を――持ち合わせていない、のですよね。
ストイシャ、お菓子を――いえ、今日の様な日は、好きに遊ばせるべきですね。でも――こまりました。いたずらされてしまいます」
何処か困った顔をしたザビーネにねねこは「いたずらしてもよいのでしょうか」とじいと見る。
はじめてならばサービスでお菓子をこっそりとプレゼントしておくのだ。名を呼ばれたストイシャはぱちくりと瞬いてから顔を上げた。
「ヴェルーリアも、リリーも、こ、こんにちは。……ふひひ、キョンシー。こういうの、はじめて着た。似合ってる……?」
「ストイシャさんもムラデンさんもザビーネさんも久しぶり!
かわいいキョンシーさんにかっこいい魔王様に美しいお姫様かな? 皆さん似合ってると思う!」
にんまりと笑ったのはヴァルーリア。その傍では穏やかな表情のLilyも立っている。
「私は願いを叶える悪魔と、強くてカッコよくて頼りになりそうな竜の姿のどちらもを借りてみたよ。
トリートできるようにお菓子も準備万端! 色んな飴を用意してあるよ。決戦の時みたいに!」
自信満々な彼女に「飴、どうやって作るの?」とストイシャが首を傾いだ。
「ストイシャさんと交流を深めるの、です。でも何すれば……むむむ……
とりあえず、アリカさんがパン持ってきていますので、皆で食べるの、どうかなです?」
首を傾げていたLilyに「アリカが?」とストイシャはぱちくりと瞬いた。
「あ、あたしは……その……仮装、とか、『なりたいもの』ってよく分からなくて……えへへ。
いつものあたしですが、いつものあたしらしく楽しむつもりですよ!
カボチャのクッキーとか、カボチャのクリームが入ったパンとか、色々持ってきたのですが……うーん、そのお洋服だと、おててが出せませんね?」
ぱちくりと瞬くアリカは『きょんしー』とはなんだろうと首を傾いでいる。ストイシャははっとしたようすで「えっと」と呟いた。
「え、えっと、お礼に、わ、私が、皆に、パン、作ってあげようか?
ニンゲンの道具とか、材料とか、教えてもらったの。ちゃんとしたの作れるから。今日がダメなら、次の時に。ふひひ」
「今日は私があーんしますね。じゃあ、あーん」
もぐもぐと食べるストイシャを見遣ってから零はにんまりと微笑んだ。
「やっほ~~、ストイシャにムラデン!ザビーネも!こーゆうのも偶には良いよな!
ばちばちーってけっこ強さげな感じにはなれて俺としては結構楽しいんだけどストイシャ的にはどう想うよこれ、こーゆうタイプのドラゴン、割といるもんかね?」
「ふひひ……強そう、だね」
ストイシャがぱちくりと瞬いてからパンプキンタルトを口に運んで貰って喜ぶ。
彼女は菓子を食べられる貴重な機会を喜んでいるのだ。零が教えてくれた『トリックオアトリート』も良く分かった。
悪戯されるのかと不安そうに見詰めたストイシャがムラデンの後ろに隠れれば「何するわけ?」とムラデンは眉を吊り上げる。
「こちょこちょとか?」
「ストイシャ、いきなよ」
「……え、え……」
魔王様のムラデンは「たみこ、僕に勝てる気で居るの?」と勇者の妙見子を見遣った。
「 ……しかし、なんだろうね。この地で、こう、キミたちとこういうパーティみたいなの開くのは。
不思議なものだね。ちょっと前のことが、まるで遠い昔の事みたいだ。
ま、そんな鑑賞みたいなのはいいか! ニンゲンのお菓子って奴はおいしいからね。
ストイシャの作ったやつもいいんだけど、もっと多彩だ」
子供っぽいとは言うなと眉を吊り上げているムラデンに見ているだけでお腹いっぱいにはなるけれど、今日くらいはと妙見子もひとつ摘まみ食い。
今宵のルールを教えればムラデンは「は? 分かったけど?」と外方を向いた。
「ムラデン。私と一曲踊ってくださる? ……と言おうと思いましたが貴方から誘ってくださいよ」
「なーーーーーーに生意気いってるんだたみこ。誘うなら君からだろ、たみこ。僕らはいつも――」
そこまで言ってからムラデンはたまにはいいかと呟いた。
「踊ってあげるよ。手を差し出して」
ダンスの作法なんて知らないけれど、踊っている間は手を離さないと言った少年に妙見子はくすりと笑う。
「女の子から言わせるなんて男の子が廃るんじゃないんですか? ……ちょっと貴方に我儘言ってみたくなっただけですよ」
妙見子はもっと近くに来てと囁いた。内緒で話したいことがあるのだから。
「一つ約束してもいいですか? ……シャイネンナハトは二人で空の散歩にでも行きましょう。
貴方なら私を抱えて飛べるでしょ? ね!」
「約束は――いいよ。
竜は約束を違えないからね。でも、竜と約束したことの意味くらいは、理解しておきなよ、勇者様?」
揶揄うムラデンに妙見子が「もう」と呟いた。それからムラデンと離れた妙見子に気付いてLilyがしたり顔で問う。
「トリック・オア・トリート、なのです。っと言うわけで、たみこママお菓子を下さいなのです。
お酒飲めるから、もう大人でしょう……です? はて、何の事かlilyは分かりませんね」
ああ、幸せそうでなによりなのだ。
そっと目を逸らすLilyは来年も、それからずっと、こうしてハロウィンを楽しめればいいのにと願う。
見晴らしの良い丘に一人脚を進めてから、皆で守った此の土地を、そしてこの地で眠る者に安寧を。
そう祈りながら「リリー」と呼ぶストイシャの声に気付いて輪の中に戻った。
「ここもこうやってファントムナイトを楽しめるようになってよかったね。
……まあ、琉珂君のあの謎の料理技能はどうにかしたほうがいいけど」
くすりと笑ったアレクシアに「違いない」とシラスは頷いた。
「凄くないか? 覇竜でファントムナイトを過ごす日が来るなんてな。
俺たちの世界も随分広がったのだと感心する。世界は無限に広かったけれどその果てを少しだけ感じてしまったよ」
「うんうん。そういえば、シラス君、今年はネコの姿じゃないんだね。
毎年……ではないけど、なんとなくファントムナイトといえばあの姿の印象も強かったからさ」
にこりと微笑むアレクシアにシラスは「そっちこそ、いつものアレクシアだな?」と首を傾いだ。
「猫の姿も自分としては意外だったんだよ。
心の何処かでは全部降ろして捨てて気楽になりたかったのかもな?
今は、なんていうか自然に自分でいられてる気がする。
全部を自分で選んでる、だからこれ以上のなりたいものなんて多分思いつかないんだ……アレクシアは?」
「私? 私はね、旅をしたいなあって思ってさ。
私はずっと冒険をしたいって……あちこち自分の知らない風景を見に行きたいなって言ってるけれど、まあその気持ちの延長かな。
ほら、このトランクに想い出の品とかお土産とかいっぱい詰め込んでね。武器も持たずに、平和な旅ができればいいなあって思ったんだ」
今の世界では楽しい一時を過ごしたって、直ぐに危険と表裏一体になってしまうから。
そうではないのだ。そんな心配もせずに気儘に旅がしたいとアレクシアは言った。
「まあ、そんな世界にできるかどうかの一歩は私達にかかってるわけだけどね!
さて、今日はたっぷりお祭りを楽しんで、また頑張らないと!」
「そうだな。うん、アレクシアらしい願いだと思う。
俺は世界が平和になっても今よりずっと強くなりたいからなあ。
というよりも世界をどうしたいなんて真面目に考えてこなかったよ。
今まで目先のことばかりで、それが急に無くなって、先が開けて……何も浮かばないや。
――でもアレクシアの旅は応援したいよ。まあ俺ならきっとその『ついで』で世界だって何とかしてやるさ!」
頼もしいなあとアレクシアは笑った。『ついで』に世界が素晴らしくなったら、旅をしよう。沢山の思い出を集めながら。
●豊穣
(煩わしイ……。よくもまあ童ドモが囀るものヨ……)
そんなことを考えて居た壱和はすうと息を吐く。
「おっといけネェ。平常心平常心っト。やっぱこの姿だとある程度だが精神性も昔寄りになるカ……。
なりたい姿なんて考えてなかったが、まさか御神体の時の姿とはナ。
勝手に祀り上げられた時の姿なんてヤな思い出しかねぇが、ここには敬う者も畏れる者も居ネェ」
ぼそりと呟いた。だからこそ1匹の『ねこ』として心置きなく宴を見下ろすことが出来るのだ。
敢て何にも参加せず屋根上から見るのも一種の楽しみではある。
「TrickもTreatもその場に応じテ。あ、貢物は勘弁ナ。……さて、3日限りの此の宴、愉しむとするカ。"オレ"……、いや、"我"もナ」
そんな壱和の足元をてこてこと歩いて行くのは魔女帽子を被った大きな猫(の精霊種)、芳だ。
「ニャッハッハ~! 芳の可愛さならいっぱい菓子もらえるに違いないのニャ~!」
楽しげに南瓜のケースを持って歩く芳は仮装なんてしなくっても芳は芳のままでサイコーに可愛いからオッケーなのだと頷いた。
「トリックオアトリートだニャ~!」
街行く精霊種がお菓子をくれなければ肉球でぺちんと痕をつける。「そっちからは?」と問うた精霊種には芳は不思議そうに首を傾いだ。
「芳からあげるもの? 猫ちゃんからカツアゲする気かニャ~!」
尾を揺らす芳に気付いてから賀澄は「のう、愉快だな」と菓子を手渡し笑った。その隣には少年が立っている。
褐色の肌と尖り耳の可愛らしい少年は賀澄の服をくい、と引いた。
「トリックオアトリート」
「ふむ……姿は誰かに似ているのだが……」
「ゴリョウです。多分この時期お菓子ねだられる側であろう賀澄さんに差し入れですー
えーと、知り合いの日本ってところに住んでた知り合いが言ってた『駄菓子』の詰め合わせです」
賀澄は「ゴリョウには見えなかったな、驚いた」と笑った。
「ハロウィン時期前のボクが事前に再現したっぽいです奴です。きっと懐かしくなること請け合いとかなんとか」
「素晴らしい差し入れを有り難う。よければ俺からも菓子を配っても?」
楽しげに笑った賀澄に「吾も」と声を掛けたのは黄龍であった。その傍には髑髏の騎士がちんまりと立っている。
「ほれ、抱き上げてやろうぞ」
「いやいや」
ウォリアは首を振った。神霊達とこの夜を楽しみたかったのだが、予想外の状況であった。
(まさかまさかこんな姿になるとは……兄に見せれば『なんだ、お下がりが欲しかったとは可愛いやつめ』なんて言われてしまうかもしれん! それにしたってしかし…ここまで体が縮むとは!
しかもこれ……降りて歩くのも馬に乗って歩くのも内側の感覚としては『どっちも同じ』なのだ! すごく違和感がある! なんだこれ!)
美しい黄龍は何時も通り楽しげに笑みを浮かべている。その仮装は適当なものなのだろう。瑞神が探偵のコスチュームを着ているが頭から布を被っただけだ。
「今日は酒より甘味だろう、お土産にオレ一押しの店のアップルパイを買ってきたぞ」
「ふむ、気が利くのう。それをつまみに酒じゃ」
からからと笑った黄龍にウォリアは「酒か」と頷いた。
(……あまり考えたく無い事だが、オレはいつか『元の世界』に帰る事になる。
本当ならば残りたい気持ちもある、それでも帰る時が来る……残された時間は、あまりに少ないのだ)
こうして黄龍と友で居られることが――何よりも嬉しいのだから。
おばけの花嫁。そんな風に飾り付けてから仮装行列を行く朝顔は「こっちですよ」と声を掛けた。
うきうきととりっくおあとりーとに供える遮那を一瞥してから朝顔はくすりと笑う。
「大人として子供達にお菓子を配るなんて、それぐらい遮那君も成長したんですね……」
「私ももう大人と変わらぬ背丈になっておるからのう。子供達にとっては私は大人に映るのだろう。
こそばゆい気もするが、こうして子供達が平和に外を出歩けるのは良い事だ」
はたと朝顔は瞬いた。自身は獄人で、彼は八百万。その違いが存在して居ることが良く分かる。
「……こうして子供達が平和そうに。何より獄人も八百万も関係なく笑ってて……これも遮那君が頑張ったお陰ですね」
「うむ。よし朝顔、とりっくおあとりーと!」
「勿論、沢山用意してますよ! 何を食べます?」
にこりと笑った朝顔は遮那の背中を追掛けた。菓子を配る彼は本当に一人前だ。
(遮那君、君は獄人の視点が欲しいと言ってたけど……この光景が君の遠き理想かもしれないけど。
私にとって……この光景は珍しくなかったんだよ……遮那君は差別なんてしなかったから。
周りの人達もそんな人達ばかりで、女官さん達が悪口言ってたのは知ってたけど平気だったし。有難う遮那君)
朝顔は「遮那くん」と声を掛けた。「早めのシャイネンナハトの贈り物だよ」と手渡す彼女をまじまじと見る。
本当に幸せで、これがずっと長く続いて欲しかった、けれど。自分で終わりを選んだ。
「遮那君、本当に……本当に君の事が大好きだったよ」
その声は彼には届かないままで――
「わぁ……あれが仮装行列の宴かな? 色んな仮装の人達が仲良く行進してて……パレードみたいだ。
……折角仮装して居合わせたのに参加しないのも勿体ないよね?」
シャルティエに声を掛けられてからネーヴェは「まあ、仮装行列に、わたくしたちも?」とぱちくりと瞬いた。
見ているだけで此程面白いというのに一緒に、だなんてなんて嬉しいのだろう。
「どきどき、して。わくわく、します! いきましょう、クラリウス様!」
共に仮装行列を歩き回る。種族すら隠す仮装では今宵は無礼講なのだ。
人が沢山集まってきては逸れてしまいそうだからシャルティエはそっとネーヴェの手を握り締めた。
「……逸れないように、ですから」
誤魔化しながら口にした言葉にシャルティエはくすりと笑った」
「ふふ、ええ。逸れないように。一緒にいてください、ね」
――もしも、この人に愛しい人が出来て、離れて行ってしまうなら。その時まではこうして一緒に居て欲しい。
(……でも。わたくしが、好きな人になれたらいいのに、なんて)
そう、口にはできやしないまま。
揃いの犬の姿。メイメイはちら、と晴明を見てから笑みを浮かべた。
「賀澄さまが張り切っていただけあって、賑やか、ですね。
誰もが生まれの姿を気にせず、笑って過ごせる……これは賀澄さまの目指す豊穣の姿、に近いのかもしれません、ね」
「うむ、そうだな」
この日だけは同じ柴犬の『妖憑』であって、ただの晴明とメイメイなのだとメイメイは説明した。
耳をぴこりと揺らした晴明は「ああ、俺は犬だ」と身を屈めてみせる。
「……大変かわ……凛々しくて、似合っておりますよ。あの……お耳、触っても宜しいですか?」
「ああ、構わないが」
「えへへ……ふかふかです。あっ、擽ったかったでしょうか? 犬のお耳だとつい、愛らしくて」
ぴくりと耳を揺れ動かしてから「うむ」と晴明の目許が僅かに赤くなった。擽ったさに耳を揺らしたことが気恥ずかしかったのだろう。
尾の動きで感情が良く分かる。うれしいと尾を振り回すメイメイは「とりっく・おあ・とりーと」と告げた。
「ふふっ、晴さまと悪戯はあまり結びつきません、ね……悪戯、してみます、か?」
緊張しながらも繋いで居た手を頬に寄せてみる。晴明はぱちりと瞬いてから「悪戯?」と問い返して――
「わ、わかりまし、た!甘いお菓子をあげましょう、はい……!
ああ、もう、困ったお顔を見たいわけではない、のに……難しい、です」
メイメイのその様子を見てから晴明は「悪戯を思いついた」とメイメイをそっと抱えた。
「わ、あ」
「高い景色の拾うだ。如何だろうか」
そうやって屈託無く笑う彼に――いつだって嗤っていて欲しいのだとメイメイは改めて感じるのであった。
●深緑
プリンセスは嬉しそうに歩き出す。
「やあ、ちぐさ。素敵な衣装だね。教えてくれて有り難う」
「ふふ。僕の衣装は最近読んだ絵本『夜の国の王と虹の国の姫』の虹の国のお姫様なのにゃ。
今回初めて行く深緑が一番絵本の雰囲気に近そうだったのにゃ」
うきうきとした様子のちぐさに「成程」とショウは頷いた。ショウがフンする夜の国の王様は『うつくしいもの』を探して虹の国の姫に会うらしい。
「知ってるかにゃ? 自分の国が一番美しいと信じて疑わない虹の国の姫を夜の国の王は自分の国にご招待するにゃ。
初めて夜の国を訪れた姫は暗くて怖い、って怯えちゃうんだけど……王の言葉で空を見上げるのにゃ。
そこには満天の星空、輝く月と星。虹の国では見た事ない景色はまるで宝石箱のようなのにゃ。虹の国も姫も美しいけど、世界もまた美しいって話なのにゃ」
素敵なお話だねとショウは微笑んでからドレス姿のちぐさをエスコートして行く。
「ねえ、ショウ。僕かわいいかにゃ? 美しいにゃ?」
「かわいいよ」
「……かわいいのは認めるけど冗談なのにゃ。この絵本のお話気に入ったのにゃ。昔の僕みたいなのにゃ」
頬に手を当て微笑むちぐさはショウの手をぎゅうと握った。ずっと、『パパとママ』の傍が一番幸せで混沌は恐いところだと思っていたけれど――けれど、そうじゃない。
ショウもいる。友人も出来た。楽しい事がいっぱいだ。
「確かに、手放しに美しいと言えないところもあるけど……この世界のこと好きにゃ……ショウも大好きにゃ!」
「オレもそうだよ。この世界が大好きだ」
ファントムナイト。姿が変わることが放ったのだとフードを目深に被ってからクロバはファルカウ内部を歩き回る。
さて――リュミエにはどう顔を合せたものなのか。クロバは考え倦ねた。
姿を隠して練り歩いているのもこの有様を見られないため、とは言うが――見破られるだろうか。彼女は聡い人だからだ。
「もしそんなことになったら少しおどけてみるか。今日はこんな日だ、折角の催しには乗らないといけないよな。
あんまり俺に近づくと悪いものに魅入られるかもしれないぞ? フードの下がどうなってるかわからないからな、なんて」
揶揄う様子でクロバは言った。リュミエに聞かれていたって構わない。歩きながらふと、呟いた。
「俺にとってはなりたいもの、それは『クロバ・フユツキという一人の男としてリュミエに必要とされる存在』となること。
そんなもの、変身のしようがないだろう。……あぁ、俺にとって彼女は誰よりも特別だ。
例えばだが、俺自身の何に換えても俺は彼女の為に自らのすべきことをするつもりだよ。この想いが報われようと、報われまいとな」
自嘲したクロバの声を、彼女は利いていただろうか――?
●練達I
フードを被り魔女を思わせる格好をした星乃叶。ドキドキワクワクのハロウィンがやってきた。
バスケットには子ども達に配るように準備した個包装の飴が入っている。
初めての経験にうきうきとしているがそれは表情に滲むことは無かった。
「さ、行きましょうか」
トリックオアトリートと言われたらしっかりとお返事しようとシャーロットは考えた。血濡れのホラー感満載の衣装を着用するシャーロットは片目だけを前髪の隙間から覗かせている。
薄手のキャミソールとスカート姿でパンプキン型の飴を配り歩くのだ。
「星乃叶、こちらです」
「藍さんも」
呼ぶ二人に憑いていく藍はローブを身に纏った魔女を思わせる。
「というわけでお祭りだ。元の世界ではハロウィンなんて参加した事はないし楽しみだねえ。
いい子にはお菓子を。悪い子には式神使役で悪戯さ。ふふふ、こういえばいいんだよね。――Trick or Treat!」
郷に入っては郷に従え。コレは実に楽しい経験だと進む足も軽やかに。
「……トリックオアトリート……お菓子をくれたら……御利益があるかもね……?」
揶揄うように言ったグレイルは大雑把に『守護獣』をイメージしていた。それには青龍や麒麟が混ざり込んでいてどこか縁起良さそうだ。
厳かな振る舞いってどんなものかと首を傾げて歩行者天国を歩くグレイルは仮装客達の注目の的だった。
信じる者は救われる。そんな心持ちで歩くグレイルを見て「わあ、すごいわよ!」と指差す少女が一人。
「見て見て、祝音!」
きらりと瞳を輝かせる火鈴は『猫耳のない普通の女の子』に姿を変化させていた。
「なりたい姿、がそれ?」
「そうよ。だって、普通の女の子で、祝音と『同い年』なら一緒に居られるでしょ。色々、ね」
イレギュラーズにだってなりたいのだと告げる彼女は黒い魔女コスチュームの祝音の手を引いた。
可愛らしい魔女帽子に合わせたのだろうか。今日の火鈴も同じような服装だ。
「トリック・オア・トリート。みゃ」
「りんにも、りんにも」
「はい。火鈴さんにもお菓子……手作りのクッキーをあげるよ。トリック・オア・トリート。みゃ」
――これが彼女と過ごす最後にならなければ良いけれど。なんて、独り言ちた。
地雷系ファッションに身を包み、ツインテールを揺らして黒いマスクをずるりと下げたルーキスは「あ、居た居た」と手を振った。
同じような服装の女子が集まる希望ヶ浜歩行者天国でルーキスは待ち合わせしていたのだ。
そう、この――
「地雷系女子じゃん~~~~! 助かるゥ~~~~~~!
丁度切らしてたんですよね!! ナイスタイミングですねルーキスさん!!」
アライグマと。
「俺、ここに来たらやってみたいことがあったんです。
写真を撮ると「しーる」が出てくる機械なんですけど……井さんも一緒に撮ってみませんか?」
「おっ! 写真プリントのやつですね! いいですね! もう女子じゃん僕たち。もう僕たち自身が地雷系女子じゃん」
「色々な「もーど」が選べるみたいですね。じゃあこの〈メガ盛り☆キラキラモード〉で!」
知ってるか、井。いいや、洗井。最近のその撮影機は凄いんだぞ。まじでガチで盛れちゃうけど、そもそも誰レベルになるんだ。
取りあえず涙袋をちゃんと書いておいて、カラコンも入れておこう。奥二重っぽい井さんにはルーキスちゃんがつけまも書いておいたからね。
あ、そうそう。ヘアカラーもメイクも全部変わるんだって――
「誰だコレ!」
「制服着て希望ヶ浜で甘いもんでもいっぱい食べようぜー!
外の世界のお祭りなんて滅多にないしね、サイズと一緒にデートだ」
にっこりと笑ったメープルに「よし、腹も減ったし買い食いしよう。散在くらいの気持ちで行くから」とサイズは頷いた。
妻と共に学生らしい食べ歩きは余り経験も無い。手をぎゅっと握り締めて「何処に行こうか」と見回すメープルの手を引いた。
「それにしたって本当に積極的になったよねえ、キミ」
揶揄うように笑ったメープルは「何を見ようか」と彼へと問うた。
「クレープにしよう。スペシャル盛りとか買えるぞ! でも、直接口を付けるのは難しいかな」
「ん? ふふ。はいはい、メープルはメープルシロップの入ったクレープが食べたいでーす!
って、色々買ってさ、サイズにもあーんってしてあげないとね、キミもしたいんだし互い様だろ? ふふん」
そういう事でしょうと眸がきらりと輝いた。そんなメープルに思わず詰った声を漏してから「ジュースも買おうよ」とサイズは言った。
そうだね、ストローが二つに分れたカップルっぽい奴だ。そんな事を言うものだから、思わずサイズは咳き込んだのだった。
「すげぇ賑だな! 職業柄この手のイベント毎は要警戒で駆り出されるもんだったからなぁ……。
実際に遊ぶために参加するのは初めてかもしれん。晴陽はどうだ?」
「余りこうした機会には。あちらに酔い潰れてる方も居ますし、気になりますね」
流石に医者先生だと天川は揶揄うように晴陽を見た。逸れないように手を差し伸べれば拒絶もなく手を握る。
「なんなら仮装してみるか? 貸衣装屋くらいこの日ならありそうなもんだがな。晴陽がしたいことがあるならそれでもいいぜ」
「天川さんは何になりますか?」
「そうだな……晴陽は何になりたい?」
晴陽は「キョンシーです」と真顔で告げた。理由を聞けば、ぴょんぴょん跳ねるあの姿が何となく好きなのだそうだ。
「晴陽にはこういう褒め文句は嬉しくないかもしれんが、とても可愛いらしいな。よく似合っている」
「ありがとうございます」
そしてちゃんとぴょんぴょん跳ねるのだ。そんな彼女に天川はつい可笑しくなる。晴陽も表情に出ている気がしていた。
(ふふ。最初に比べりゃ晴陽は表情も豊かになったし、俺も晴陽の表情を読み取れるようにはなった。だが……)
天川は晴陽が好きだ。それが女性に対する気持ちであると自認している。晴陽もそれを受け入れてくれているからこその婚約者だ。
だが――晴陽から自身に向けられる気持ちはどうだろうか。愛されていると自信たっぷりには言えやしない。
(……いや、晴陽も不器用だ。きっと愛されていたとして、愛されているということに自分で気付いてやらねばならないだろう。
何にせよ俺はこの不器用で可愛らしい女医を力いっぱい愛するだけだな)
ぴょんぴょんと跳ねていた晴陽を呼び寄せてから額に口づけを一つ。
「今まで散々逃げてきた反動かね? 些細なことで君に惚れてることを再確認しちまうよ」
動きが止まってから晴陽は額を抑えて答えた。「封印されましたね」と。
●練達II
(あぁ~もうッ!!武蔵が可愛くてヤバイッ!!
何だこれ反則だろッ!? 可愛いは正義ってつまりこう言う事ッ!? ってイヤ落ち着けボクッ!?)
レイテは混乱していた。目の前にはレイテのリクエストに応えてハロウィンカラーのドレス姿の武蔵が立っている。
「……うん、似合ってて凄い可愛いと思う。勇ましい武蔵も好きだけど、こう言う武蔵も好きだな」
「そうか?馬子にも衣裳という言葉もあるが、そうか、似合っているか……。
武蔵の着飾った姿など見て何が楽しいのかと思ったが、反応を見るに好評でよかった」
武蔵は頷いた。やはりレイテも素材が良い。礼服が良く似合うとまじまじと見遣った。
言葉にしてみてなんとか落ち着いたレイテに次の問題が現れた。イルミネーションの時期とハロウィンのパーティーが被さった為、人混みが凄いのだ。
「……それじゃ人混みではぐれない様、手を繋いで歩こう。
レイテ・コロン、これより戦艦武蔵の直衛に入ります! なんて……あれ? ボクは飛行種だからこの場合は直掩になる??」
「直掩、あるいは護衛辺りであろうか。なんにせよ、この武蔵をエスコートしたいというのならば堂々とせねばな。
戦艦武蔵、了解した。よろしく頼む」
頷く武蔵に見様見真似の紳士の礼をひとつ。恭しく手を握り、人垣が邪魔だなと呟いた。
「上から、どう?」
「了解した」
その体を抱きかかえてレイテは空から武蔵と共に光の海を見る
「平和になったら武蔵は何がしたい?ボクは武蔵と一緒に行きたい処が沢山あるから、その制覇かな?」
「そうだな、この混沌だけでも広い世界であるが――この世界に来て、別の世界の存在を知ったのだ。
更に先に。武蔵の助けを求める世界があるのならば、応えたいと思うのだ。
世界を救えば何処まででも往けると聞いた。何、一隻(ひとり)でとは言わぬ。その時はきっと、共に往こうと私は言おう」
「混沌に来てから三年……いや四年ともこの日はシュペルの仮装だな。
というかなんだこの機械翼? シュペルのやつ知らない内に変な絡繰りでも作ったのかね。
だがまぁ、上達は模倣からとも言う。今年も折角の魔法を堪能させてもらうとしよう!」
にんまりと笑ってから錬は扉の元へと向かった。
「というわけでやって来たぜタワーオブシュペル! あーそーびーにーきーたーぞー!」
しぃんと静まり返っている。居留守だ。ならば強行突破で攻略開始と行くしか無い。流石に塔の主も手加減してくれるだろうか。
菓子もバッチリ持ってきた。タイムリミットはこの魔法が解けるまで!
シュペルは頭を抱えていた。扉が酷い音を立てて居る。ノックする者が居る時点で頭痛がするのだ。
「ねえ、しゅぺるちゃん、扉をあけてほしいの」
この声には聞き覚えがあった。メリーノだ。シュペルは「却下だ」と冷たく返す。メリーノはその場でカヌレをかじりながら扉に手を当てた。
「ねえしゅぺるちゃん、今日はなりたい姿になれる日なんだって。
わたし、おうちに帰りたいだけの普通の女の子になったわ。
でもね、皆とさよならしても帰りたいおうちってあったかしら。
しゅぺるちゃんは? みんなが遊びに来てくれるようになって、もう一人ぼっちじゃないのかしら」
扉をこんこんと叩いた。先程、錬が破壊していったから入れるけれど――果たして彼の近くに行けるだろうか。
「ねえ、そろそろね、近くに行ってみたいの。
そばに誰も近付けないのは、なくしたときがこわいから? どうせ最後は一人になるから?
貴方の言う「くだらない些細なこと」の欠片がキラキラしてるから、貴方は塔からずっと眺めているんでしょう?
悠久を過ごしている、貴方はもう知っているでしょう?」
だから、少しでも顔を見せ欲しい。この声は、届いただろうか?
(水夜子君、調子は如何だろうか。心という物は形が無い分、厄介だからな。彼女にとって根深い所ではあるだろうし)
隣に立っていた水夜子に「クレープを奢る約束があったね」と愛無は声を掛けた。
「今ならカボチャのフレーバーとか沢山ありそうだ。水夜子君はカボチャ好きかね? 僕は結構好きだけど。
何か食べたい物とかあるかしら。露店も沢山あるから好きな物を食べていいんだよ。食欲の秋ともいうしね」
「好きですよ。ハロウィン限定のドリンクとかもいいですよね」
頷く水夜子に愛無はこくりと頷いた。
「あ、人込みだからはぐれないようにしないとだね。そうだ、僕もお姫様抱っこしたい。
案内役が何処かに行ってしまわないよう確り繋ぎ止めておかないとだし」
「あら、ここでですか?」
「ここでは違うかな。でも、一つだけ――そういえば『逃げたい』なんて素敵なお誘いは二人きりの時にしてほしいな。
僕の信条の一つに『らぶあんどぴーす』があるが、やはり好きな子とは二人でいたいからね。そう『独占欲』ってやつさ」
水夜子がそっと愛無の頬に触れて「熱烈」と囁いた。
「ああ。僕は水夜子君の幸せを心から願っているが。
それと同じくらい君を奪ってしまいたいとも思ってるからね。君と過ごす日々が魅力的過ぎて、たまに忘れてしまいそうになるけれど
水夜子君が、誰かと逃げちゃっても捕まえに行くからね」
「では逃げても安心ですね」
ほらまた、そうやって揶揄うのだから――!
(――練達なる地か。ブレンダ――この私を呼びつけるとは、な。
まぁ今宵は暴れに来た訳ではない。大人しく仮装とやらをしておこうか。さてブレンダはどこに……)
クワルバルツは眼前のブレンダを見遣ってから眉を吊り上げた。イケメンイケメンと言われてきたが男性の姿になるのは何とも面白い。
胸元が邪魔だと常々感じる事もあったブレンダは男性を装ってそっとクワルバルツに声を掛けたのだ。
「一人かな? お嬢さん。もしよければオレと遊んでくれない?」
「――貴様何をしているんだ」
軟な声だと思いきやブレンダだ。ハロウィンの悪戯だと揶揄うブレンダに竜はやや機嫌を損ねた様子で眉を吊り上げた。
「えぇいなんの冗談だ。斯様な声の持ち主を私が好むとでも……なに、本当に冗談そのもの?
……成程今宵はそういう日だったな。
ならば竜をからかう不遜も見逃してやろう――悪戯に一瞬気付かなかったとかそういう事ではないからな。勘違いするなよ!」
胸を張るクワルバルツにブレンダはくすりと笑う。喧噪には慣れないだろうが彼女と共に過ごすのが楽しみだった。
「ともあれ今日は如何なる不遜も許してやろう」
「有り難う。はぐれるといけないし、今の私はエスコートをする側。お手をどうぞ、お嬢さん。もちろんどちらでも」
「エスコート? ふむ。飽かすなよ? ――お嬢さんなどと面白い事を言う。私の方が遥かに長命であろうが」
竜マウントをとるクワルバルへとブレンダは揶揄うように笑った。
その横顔にふと、声を掛ける。
「オレもいつまでもこの世界にいるわけではない。
これが最初で最後の一緒でいられるハロウィンかもしれない……だからできるだけ君と楽しみたかったんだ」
「貴様……」
「はは、この顔で言うと告白みたいだな。あながち間違いでもないかもしれない。
初めてここで出会ったあの日から私は君が忘れられなかった」
――その仮装に合っているよ、と囁けば。軟な声を出してとクワルバルツはまたも唇を尖らせた。
互いが互いの姿になってあべこべでテアドールはまじまじと目の前のニルを見る。
「何だか不思議な感じですね」
「えへへ……どうですか? テアドールみたいにかっこいいですか?」
「自分とそっくりの姿のニルは……ふふ。格好いいですよ」
頷くテアドールにニルは『テアドール』の顔をしてにんまりと微笑んだ。
「トリック・オア・トリート! おかしをくれなきゃいたずらしますよ!
でも、いたずらって……なにをすればいいのでしょう? くすぐってみたり? おどかしてみたり?
みなさまがおかしをくれるから、いたずらしなくてすんでいますが……ニルはよくわからないのです
テアドールならどんないたずらをしますか?」
こてりと首を傾げたニルにテアドールはぱちくりと瞬いた。
「いたずらですか? 僕がニルにいたずらするなら、兎耳をつけます。可愛いニルがもっと可愛くなりますね。
でも、ニルの顔を見ているともっといたずらしたくなりますね。ニルはいたずらされたいですか?」
「うーん。おかしはあげますけど、テアドールからは、いたずらも、ほしいです。欲張りでしょうか?」
「分かりました。じゃあ、少し目をつぶってください」
そっとテアドールはニルの頬に手を伸ばした。むにむにと突くとニルは「ニルもまねっこします」と頬に触れる。
テアドールは時々意地悪な顔をする。その顔は他の誰にも見せない気がしてニルはそわそわとして仕舞うのだ。
くすぐったくて不思議なきもちになる。
「ねえ、テアドール。いたずらするの、ニルにだけがいいです。他のひとにしないでほしいです……だめ、ですか?」
「悪戯を他の人に? そうですね、ニルだけかもしれません。こんなに悪戯したくてそわそわするのは。同じ気持ちですかね?」
そうだと嬉しいと笑うテアドールにニルはぱちりと瞬いた。
いたずらでも、なんでもテアドールがしてくれることはニルにとって全部全部嬉しいから。ニルはテアドールと過ごす日々が宝物なのだ。
「ムサシの元いた世界ってみんなこういう格好してたの?
おんなじ世界に生まれてたら、一緒に保安官のお仕事していた未来もあったのかな」
そんな風に笑ったユーフォニーにムサシは「いや、そういう格好は宇宙保安官のエースだけで……!?」と慌てた。
ちょっぴり目のやり場に困っちゃうようなコスチュームに身を包んでいたからだ。
(あ、自分も……いや、俺も格好が変わってるな………このプレイヤー、ユーフォニーの連れてるドラネコさんに似てる気が……)
一つ咳払いをしてから「綺麗だよ、ユーフォニー」とムサシは囁いた。もしも同じ世界で過ごしたならば一緒に宇宙を飛んで過ごしただろうか。
「ありがと。ムサシもすごく似合ってる! その子は……音楽プレイヤーの『DRN-K3』? ドラネコさんみたい、かわいい!」
嬉しそうに微笑んだユーフォニーにムサシは視線を彷徨かせてから改めて向き直る。
「綺麗な姿のエースさん。俺のと一緒に、お祭りの『音』を知りに行かないかい?」
「お誘い、ありがとうございます。かわいい子と旅する素敵な御人――連れて行って、くれますか?」
誘うエスコートの指先に重ねた熱が心地良い。ファントムナイトだから、とユーフォニーはそっと耳元で囁いた。
「ムサシ、Trick or Treat!」
「生憎と…お菓子の用意はしてないんだ――だから」
いたずらの代わりに一緒に手を繋いで歩くことで許して欲しいと眉を寄せて囁けばユーフォニーは首を振った。
「――だめ」
「ダメ? きびし……」
大人になったから、ずるいひと。だからこそ「こっち」とユーフォニーは手を引いた。
物陰でユーフォニーはそっと背伸びをする。
いやだったら、振りほどいてね。囁く声にムサシは動かない。『イヤじゃないよ』と返せば彼女は微笑んだ。
――『貴女が望むことなら、俺は受け止めるし応えるから』
背を伸ばして、耳朶を食む。優しいその感触に熱を帯びた体が小さく揺れた。
「お菓子持ってないならイタズラされても仕方ないね? それとも……されたかった?」
ああ、狡いのはどちらか。もっと悪戯して欲しい? なんて囁くその声音にくらりと酔いを覚えながらムサシは笑う。
「ただ――手加減は頼むよ、エース様」
そんなの。答えは決まってる。
「――やだ」
だって、この夜はまだまだ始まったばかりなのだから。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
トリック・オア・トリート!
ご参加有り難うございました。
※いたずらはお互いに大丈夫そうかな~?の範囲を見定めてます。
担当外NPCからのアクションは申し訳ありません。判断が付かないものはマスタリングさせていただいております。
GMコメント
PPPでは最後の『FairyTail Of Phantom』、ファントムナイトですね。
宜しければ是非、楽しみましょう。
●ファントムナイトって?
10月31日の夜から、11月3日一杯までの凡そ三日間の間は世界にとっておきの魔法が掛かります。何と混沌の住民はこの期間の間『なりたい姿になれる』のです。
変化の限界としてサイズは30センチから3メートルの間に限られるのは同じです。しかし、それ以外は男性が女性に変わっても、海種に翼が生えても、全く未知なる奇妙なる……怪物の姿になっても構いません。
魔法は姿を変えるだけ。ただ、相手が誰なのかわからない。誰でもないあなたになれるとっておき。
【度が過ぎた悪戯】をした場合は魔法は解けてしまうので注意をして下さいね。
●できることって?
10月31日0時の魔法から、11月3日一杯までの混沌世界を過ごしましょう。
お散歩でもパーティーに参加でも、思い思いに参加して頂けます。
オススメは描写を一カ所に絞ることです。沢山に分れてしまうと薄れてしまいますので注意して下さいね!
●注意点
・名声は【幻想】に一律付与されます(選んだ国家に入るというわけではありませんのでご注意ください)
・妖精郷は深緑を、再現性東京は練達をセレクトしてください
・プーレルジールの場合はローレット所属のイレギュラーズ以外の関係者は連れて行くことが出来ません。ある意味危険地帯です。
・プーレルジールでは『ファントムナイトの魔法』は存在して居ないため、似通ったハロウィンイベントを手製の仮装で楽しめます。
・【重要】進行中シナリオについてのヒント等はイベントシナリオでは聞くことが出来ません。
●同行者について
プレイング一行目に【グループタグ】もしくは【名前(ID)】をご明記ください。
●お召し物について
本年の仮装を参考にさせて頂く予定です。別途指定を行ないたい場合は【イラストタイトル】もしくは【イラストID】を二行目に表記して下さい。
●NPCは?
ステータスシートの存在しないNPCはプレイングでお声かけ下さい。
(例えば、プーレルジールではアイオンやマナセと楽しめます)
ステータスシートが存在するNPCはそれぞれが行ける場所がございますためお誘い頂けますと幸いです。
行動場所
以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。
サンプルとして各国の状況を記載しております。
【1】幻想&ローレット
王城では仮面舞踏会が行なわれています。
パンプキンケーキが美味しそう!様々なグルメを楽しめますよ。
また、秋の収穫祭が行なわれており南瓜パイ投げ大会などが楽しめるようです。
【ローレット】ローレットではユリーカがパーティーだとはりきっています!
【2】鉄帝
姿が変わってもラド・バウはスペシャルマッチを行って居ます。
【銀の森】銀の森では精霊達の仮装舞踏会が行なわれています。
【ヴィーザル】寒いです。そろそろ冬が近付いてきました……。
【アーカーシュ】のんびりとした時間が流れています。
【3】天義
魔法の影響を受けて僅かな平穏が訪れています。遂行者が混じって居ても気付きませんね……。
【4】ラサ
オアシスではイベントが行なわれています。覆面パカダクラレースは圧巻ですね。
南部砂漠コンシレラ辺りでも暫くの休息が行なわれているようですが……。
【5】海洋
リッツパークでは相変わらずのクルージングです。シレンツィオ行き!
【シレンツィオ】シレンツィオ・竜宮では仮装イベント開催中。竜宮嬢のサービス満載です!
【6】練達
相変わらず研究者は研究に没頭中です。
【希望ヶ浜】ハロウィンイベントで歩行者天国が大盛り上がりして居ます。ぞろぞろ……。
夜妖が潜んでいたりしそうですね。いるのかな……あ、あそこでなにか動いた……。
【7】深緑
変わりなく穏やかな様子です。リュミエは仮装を見て楽しそうです。
【妖精郷】妖精郷も変わりなくパーティーなの!お酒なの!仮装でキメるのはサイコーなの!
【8】豊穣
霞帝が張り切っています。神霊達は影響を受けないのかあくまでもお手製の仮装です。
楽しげな【仮装行列の宴】が行なわれています。この日は獄人と八百万の違いがあんまり分かりませんね。
【9】覇竜
亜竜集落フリアノンで楽しくハロウィンを楽しめます。
フリアノン以外の集落でも活動が可能です。琉珂が爆発させた【南瓜オバケ】が走り回っていますが……
【10】プーレルジール
プーレルジールへと向かいます。アイオンやマナセと楽しくハロウィンの仮装が出来ます。
ここでは魔法が使えないため手製の仮装で持ち込んだお菓子でお楽しみモードです。
マナセがハッスルしています。
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