シナリオ詳細
<神逐>身を焦がす恋慕と野心に揺れて
オープニング
●人も鬼もみな平等に――
――法とは、平等に、徹底的に施行されてしかるべきだ。
獄人も、八百万も、天狗も。何もかも、あらゆる種族は法の下に、平等に。
今日のみを生き続けるだけの獣であるべきだ。
だから――今の様は醜い。
貧弱で、愚かで、間抜けな八百万の者共も。
力ばかりあって、政を知らず、ただ暴れればそれでよいと考える獄人共も。
全てが平等に、愚か極まる。法を知らず、法を知ってもなお愚かな全ての生物には、徹底的に法を敷くだけの力がいる。
あの頃の刑部省は無能極まるものだった。
暴徒の一匹や二匹を見逃して要人を殺されるような警備をする程度の雑魚などいらぬ。
暴徒の凶行を事前に抑えられぬ程度の陳腐な警備網を敷く間抜けなど――いらないのだ。
もっと画一的に、もっと多く、もっと強力な兵がいる。
たとえ蟻の一匹とて、土埃のひとつとて動いたことを見逃さぬ徹底的な警戒網がいる。
その点で言えば、最初に考えていた量産型の妖怪共は失敗だった。あれは、数は多くともあまりにも弱い。
だが、あれらを用いれば警戒網の構築には効果的だろう。
加え、あの女の刀が産む妖鬼は良い。手軽さは据え置き、その力量もおおよそ均一、その上で強力。
だから、英雄などいらぬ。あんなものは代替の効かぬ代物だ。
たとえ一騎当千であろうが、万人敵だろうが、それが死んだときの穴を容易く埋められない『才能』などというものに賭ける馬鹿らしさなどいらぬのだ。
必要なのは、全ての生き物が監視下にて惨めに生き抜くだけの世界なのだから。
「この国はならぬ。獄人を根絶やしにしようと終わらぬ。
八百万を根絶やしにしようと終わらぬ。――為すべきは、どちらも潰すことなのだ。
あらゆる者達が、平等に今だけを生きて――そして死んでいくことこそが、残された平穏と知れ。
高天の愚か者どもめ」
高天京よりやや離れ、廃墟と化した亀城ヶ原――その一区域に存在する廃寺にて、男は静かにそう言葉に出した。
まったく、言葉にしてみればその通りだという思いだけが胸を覆いつくす。
「不運な事故、あり得ざる事件。そんなものはあってはならぬ。
人は獣であるべきなのだ。一部により管理され、今日のみに縋り死んでいくべきだ」
「……長政様。計画の最後の輸送が完了いたしました」
「あの男を連れてこい」
言葉少なに返した刑部卿、近衛長政の指示を受けて、男が消え――直ぐに姿を現した。
一人の男を連れて。
「さて、カガミの君だとか騙っていたらしいな、義紹殿?」
引きたてられた男――各務 征四郎 義紹を睥睨し、長政が問う。
「貴様も神使であるらしい……故に、貴様に最適な場所を用意した」
眉を顰める義紹に、長政は愉しげに笑う。
「ここに来るまでに見たであろう、あの化け物どもを。
あれを生みだす刀を使うにはパンドラなる物が必要であるらしい――だが、今あれを握る者は面倒だ。
つまり、貴様にあれをそれを握らせてやる。今後、それを用いて私に仕えるなら、逃亡を許そう」
「断る。神使の諸君がここを察知したという話も聞いたぞ。はっ。つまりは貴様の命ももうあとすこしというわけだ」
「……図に乗るなよ、獄人」
「図体のデカいだけの男にすごまれてどうというのだ」
「……まぁ、よい。であればいいことを伝えよう。ここには貴様と同じように、捕虜がいる。
そやつらはパンドラなる者を持たぬ者達――これの意味が分かるな?」
「……――貴様」
「なに、少しばかり時間をやろう。貴様の言う通り、神使共はじき来よう。
その時に1人1人、順繰りに妖鬼とするのに使ってやろう!
おい、こいつを連れていけ。本殿にな」
長政が言えば、再びどこかから男が現れ、義紹を担いで立ち去っていく。
「あの妖刀はあれのみ。奴がここで死ぬ気であれば、失う前に回収しなくてはな――」
すぅ、と目を細めた長政の視線が、一定の方向を見据える。
遥かな向こう、崩れた天守の姿が見えた。
●また君を想う
「ふふ、ふふふ、ふふふふ!」
亀城ヶ原が中央――かつては中心地であった亀城の城跡、その天守だったモノの上――女は楽しそうに笑っていた。
額に生えた一本の角、歪つな形をしたそれの影が、月光に照らされて三日月のように地上に浮かぶ。
「できた、できた……これだけいれば、きっと頼々クンも全力で来てくれるはず」
眼下に蠢く数多の妖鬼(かいぶつ)を――獣たちを見下ろして、女は静かな笑みをこぼす。
「楽しみだなぁ……きっと、喜(にく)んで、囀(おこ)って――ワタシを殺(あい)してくれるだろうなぁ」
女――紫はぶるりと身を震わせる。
いつにしようか、今にしようか、もう少しだけ待っていようか。
きっときっと、次はワタシを殺すだろう。
だから、この舞台を――ワタシが増やした化け物どもを殺し尽くして、その後で君と溶け合いたい。
きっとその頃には、彼はワタシにもっと近づいているはずだから。
思えば長かった。けれど、おかげでこんな舞台を用意できたのは僥倖だった。
――結局、酔えない酒も、今なら多少なりとも美味に感じられそうな気がした。
(だから、もうそろそろあの男も邪魔だ)
視線を、ぐるりと彼方へ向ける。
利用しあってきたが――もうその必要もない。
(邪魔をするならば――あれも殺そう)
言葉には出さない。どうせ今も見ているのだろう。
その時、眼下で、獣の遠吠えがして――妖鬼の怒号が轟いた。
●大戦の地へ
亀城ヶ原盆地――高天京を出て少し先にある岩肌に囲まれて一層と低くなった盆地。
かつては亀城と呼ばれる城と城下町を形成したという。
それでいて立地上は外界と断絶されやすい土地。
そこを調査したイレギュラーズは、刑部卿・近衛長政と遭遇し、撤退することとなった。
その調査に置いて、イレギュラーズは亀城ヶ原盆地に多くの怪物が潜んでいることと、拠点らしき物があることを知ることができた。
そして、そこにいる敵性戦力は、現状、沈黙している。
「――なので、彼らを討伐してきて頂きたいのです」
そう言ってアナイス(p3n000154)は集まったイレギュラーズを見渡した。
「亀城ヶ原盆地――そこに潜む敵は沈黙しています。ですが、今はです。
現在、高天京は黄泉津瑞神の出現に、そしてその変質に動揺しています。
もしもこのまま見過ごして、黄泉津瑞神を鎮静化させる只中に介入されたら。
……あるいは、黄泉津瑞神との戦いを終えた直後に動かれたら。
どちらの場合にせよ、その損害は生半可なものにはなりません」
亀城ヶ原への調査により得た情報から、地図は得た。
「実は、亀城ヶ原に向けて、護送車が向かったという話がありました。
以前、皆様の仲間が戦った黒田政貞なる男が率いていたようです。
恐らくは、刑部省に捕らえられた一部の人々が亀城ヶ原に送られたのでしょう
どうか、解放を、お願いします」
そう言って、アナイスは頭を下げた。
「じゃあ、私も向かうわ!」
そう言って姿を現したのは永倉 肇――はじめだ。黒田に傷を負わされた彼女も、再戦に燃えている。
「桜さんもそこにいる可能性が高いのですね……」
ユーリエ・シュトラール(p3p001160)は同時に捕らえられ、それでいて姿の見えなかった桜色の髪の友人に思いを馳せる。
(今度こそ、奴を殺す。これだけ機会がまたあるか分からぬ)
揃った仲間達の姿を見渡しながら、源 頼々(p3p008328)はほとんど無意識で深い息を吐いた。
(冗談じゃない)
その隣、ハンス・キングスレー(p3p008418)はそんな師匠を――友人を見ながら、この先にありうるかもしれないことへ苛立ちを胸に秘める。
●捕らえられし者達
「大丈夫ですか?」
新しく本殿に放り込まれてきた男に『桜の歌姫』光焔 桜は声をかける。
「あぁ。貴女は……どこかで見たきもするな……」
「以前、京で活動していました故……外はどのように?」
「……ここだけの話、じきに神使がここを攻撃する。もう少しの辛抱だろう……」
「そうですか……」
ちらりと、見張りが近づいているのを見て、二人はその場を離れる。
「おい、お前ら、何を話してた?」
そう言って暗がりから姿を見せたのは、見るからに堅気じゃなさそうな者達20人ほど。
桜達と同じく連れてこられた者達だった。
- <神逐>身を焦がす恋慕と野心に揺れて完了
- GM名春野紅葉
- 種別決戦
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年11月19日 22時32分
- 参加人数100/100人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 100 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(100人)
リプレイ
●名月の空
空に浮かぶ月が妖しく輝いている。
冬に差し掛かる今の時期、岩肌に囲まれた盆地は酷く肌寒い。
月明かりに照らされて描かれるべき大地は、魑魅魍魎の妖怪と3mほどにもなる角の生えた怪物に汚されている。
数えるのも億劫になる敵の数に対して、イレギュラーズも100人を数える猛者たちが集まっていた。
「大一番の戦、我らが目標は一つ。他隊が戦えるよう倒れずに本陣を得、守り切ること。
故に不倒。倒れず守るが我らの勝利なり」
【不倒】なるチームを形成したリースヒースは静かに戦場を見ていた。
剣を握る。――黒瑪瑙の彫刻があしらわれた処刑刀。
それをリースヒースは静かに構えた。収束するは己を体現するが如き宵闇の魔力。
月夜を黒に塗り替え、撃ち抜けば妖の全てを呑むであろう一条の闇である。
その横で、カッっと光が輝いた。
それはそよが持ち込んだカンテラと鏡を用いてでの集光装置。
多少は頼りなくはあるが、それで十分でもあった。なにせこれは照射灯。
仲間たちに『どこを打つか』を教えるための装置に過ぎない。
直後――照射を塗りつぶす闇が放たれた。
「こっくりさんこっくりさん……」
そよが占えば、不思議な力に満ち、リースヒースの消費された魔力が回復していく。
「道を開けねばきゅとるみゅーであります!」
みょんみょんと飛んできたのは円盤型の上に少女が生えたような姿をしたキャシーだった。
キャシーは自らのキャトルミューティレーションで妖を捕捉するとその光を収束させ、放射する。
円盤型であるが故の範囲への照射攻撃により、複数の妖の身体が焼けて落ちていく。
驚異的な集中性能で浴びせられた火力は推定以上の物と化している。
「決して倒れず本陣を確保!実に私好みだね!
皆に創造神様の加護がありますように!」
その手に握るは布の映像を映した旗のようなプロジェクター。
その旗印の下、仲間達へと不屈の統率を為していた。
結果、仲間たちの動きは通常以上の物となっている。
その一方でドローンとファミリアーによるリアルタイム観測はできなかった。
空を舞う無数の鳥妖怪共はイレギュラーズからすれば敵というほどでもないが、ドローンにとっては強敵だった。
まずは制空権を取らねばどうしようもない。
「さてさて~、本陣確保の為にも~進行ルート確保の為にも~、
先ずはアタシ達が血路を開くよ~」
上体を揺らり揺らりと動かしながら、間延びした声でそう言ったフランドールがタクトを振るう。
山といる敵に対して放たれた一種の宣誓に、現れたイレギュラーズに警戒心を見せた妖怪達がフランドールへと明確な敵意を向けた。
数が多すぎて適当に名乗りを上げても効果が出るのは利点だが、それ以上に向かってくる敵も多い。
「こっから先は~通行止めだよ~」
その指揮は不滅の指揮者の栄光を象徴する指揮杖により導かれるように、敵の群れが動き出す。
フランドールを始めとする、【死亡遊戯】と名乗る者達の任務はこの雲霞の如き敵を薙ぎ払い、戦線そのものを押し上げることにある。
初手でのフランドールの宣誓に続けるように動いた雛乃は3mほどの大きさをした妖鬼なる怪物へと走る。
(今日はお姉ちゃんがいなくて、一人ですが……これも強くなるための試練……!)
「心細いけど、ちゃんと自分ひとりで立てるって、証明するのです!
さぁ、鬼さんこちらです! 皇家の名にかけてお相手しますよ!」
愛らしき紫色の瞳に決意を滲ませ、雛乃は一歩踏み込んだ。
放たれたのは自らの意思を力に変える一太刀。
美しき舞のような剣が閃き、巨体の怪物に少なくない傷を与えていく。
返すように振り下ろされた拳を、盾で受け流し、前へ。
(守るだけでは守りきれない。切り開かねば、ままならない。――ならば)
「ええ、この槍も戦にて振るいましょう」
仲間達の戦いの邪魔にならぬように自身の立ち位置に心がけながら、雨紅は妖鬼に視線を向ける。
紅鏡の向こう側、静かに見出した死角へめがけ、槍を振るう。
それは武にあらずして、舞。舞にして武。
振り下ろされた妖鬼の拳を槍と体捌きで潜り抜け、緩やかに、しかし鋭く。
扱いなれた愛槍を以て軽やかに放たれた刺突が、妖鬼の胴部を深く差し貫いた。
「くくっ、実に素晴らしいな。
死と隣り合わせの境地だというのに、誰一人として輝きが失われていないとは!」
目に移る魂の輝きの眩さに歓喜し、竜祢は蒼翠剣・八十禍津を構えた。
「皆未来を掴む為にそれ相応の覚悟はあるという事か。
ならば私も負けていられん! この命、後の者が続く為の礎となろう!
宣言すると共に、竜祢は自身を軸に回転を始めた。
回転は蒼翠剣の青と緑を輝かせながら竜巻を生みだし、自身へとまとわりついてくる妖怪共を薙ぎ払う。
そんな3人が押し広げる戦線の後に続くように走る昴は山といる敵の一部に拳を振るう。
気配を殺して近づき、手刀を以て深く踏み込めば、犬らしき妖怪が大地に倒れていく。
レツは近くにいた妖怪へと走り抜ける。
真っすぐに振り抜いた自分自身と、手にした妖刀――二刀流で叩きつけた刃が、鹿っぽい妖怪を胴部で真っ二つに切り裂いた。
巡らせる眼にはアドレナリンの影響か、深い殺意が見え、ギフトにより生じた右手を含む両手にも力が入る。
そのまま、横殴りに突っ込んできた違う獣型の妖怪に剣を閃かせた。
(血路を開いても、その先に進む者が居なければ意味がない。全力で支えよう)
仲間達を全力で支えんとするリョウブはその片目で周囲を見渡している。
エネミーサーチとスキャンの併用により、敵の位置を把握し、うち漏らしや伏兵に注意を向ける。
「若い子らばかりに任せてはおけないさ」
バチリと込め上げられた魔力をそのままに、リョウブは地面へ魔力を振り下ろす。
蛇か鎖のようにのたうち進んだそれが戦場に雷霆の檻を産む。
「あらあら敵が沢山ですね。
蹴散らしたあとはお茶とケーキ用意しますね」
魑魅魍魎があふれる戦場で浮世離れした言葉をつぶやくエアル。
イエローブックを媒介にして自らにある種の魔術を行使すれば、こちらへ向かってきた敵へと青き衝撃波を叩き込んでいた。
ちなみに、彼女の言葉の通り、傍らにはブレイクタイム用のケーキや珈琲、弁当などの軽食類が存在している。
腹が減っては戦は出来ぬというやつだ。
●
2つのチーム以外にも、この本拠と定める予定地で戦う者達は多い。
「何も事情なんて知らないわ。
けれど、一つだけはっきり分かることがあるの。
誰かを傷つける人がいるって事、それって戦う理由にならないかしら?」
カレンはそう偶然隣にいたミラーカに声をかけた。
姿を見せた疑似生命体をけしかけて、一匹の妖怪へと纏わりつき、その身を削り落とす。
「いいと思うわ! ふふん、私も外つ国の『鬼』っぽい力を見せてあげるわ!」
そう言いながらハイテンションなミラーカは、限定的な覚醒状態になっている。
そのままタクトを振るえば、先からあふれ出た鎖状の雷霆が妖怪を焼き払う。
強烈なバチバチという音とと、地上の焼けた微かな臭いが鼻を突いた。
(……んー? 前の世界でも何度かこんな大規模な戦場で戦ってた気がするな……。
まっ、今はどうでもいっか!)
「うっし! 決戦だ! 気合い入れていくぜ!」
パンと頬を叩いて気合を入れたモルドレッドはかつての世界での祖国で用いていた手榴弾を近くにいた敵の群れの方へ放り投げた。
炸裂した手榴弾から放出される特殊な電磁波が妖怪の動きを一時的にとめてみせる。
「あらまあ、何ということでしょう。
数え切れないほどの敵と戦うことになるなんて、全くの予想外ですの」
そう言っていたSuviaは孤立しないように注意しつつ、魔法触媒を握り締める。
触媒を介して魔力を高め、放つは魔性の茨。
鞭のようにしなりながら伸びたそれは、近くを飛んでいた鳥型の妖に炸裂すると、そのまま地面に叩き落す。
手元へ茨を戻したその時だった。死角から飛び込んできたのは猪か何からしき妖だった。
気配を感じた時は既に遅い。
衝撃に備えようとした体に、痛みはなかった。
「大丈夫かい、お嬢ちゃん」
鳩尾に猪を突きたてながら、琉菲はSuviaに笑いかけた。
「ったく、やってくれたじゃねえか」
返すように猪に視線を向けた琉菲はその眉間目掛けて拳を振り下ろす。
リミットヴァーチュに覆われた拳に撃ち抜かれ、猪がのたうち回る。
(自分の立ちたい戦場に向かう事すらできないなんて…そそぎちゃんを取り戻すって、つづりちゃんと約束したのに……!)
シャルティエは手に握る騎士盾を自然と握りしめていた。
「……いや、今は弱音を吐いてる場合じゃない。此処が正念場なんだ。今は……僕なんかでも出来る事を……!」
ぐっと前を向く。その視線の先で、妖怪が散らばっていた。
「まずはここからだ……」
そう言うや、シャルティエはそちらに向けて名乗り口上を上げた。
「ひぃ、ひぃ……味方がみんな強いから大丈夫ってクソマスコットに言われて……さ、参加してみたけど……!
な、なによこの数……こんなの……む、無理よぉ……もうだめ……あ、あたし死んじゃう…!?」
ビビりまくってる奈々美も護符を取り出すと、地面に向けて飛ばす。
そこから出現した黒犬が雄叫びを上げた。犬は戦場を疾駆し、遥かな向こうにいた犬型の妖怪に押し倒し、食らいついていく。
本陣の構築が進む中、徐々にだがイレギュラーズ側の傷も多くなりつつある。
今のところ、こちらが山といる敵を潰し続ける速度が速いが、それでもここに残る人数に限りがある以上、徐々に傷が増えている。
それでも圧倒的に不利であろう状況を物ともしないのは各々の腕に加えて、傷を癒す者の働きが一番だ。
リーゼロッテはきらめきの羽ペンで術式を描き、たった今、妖鬼の攻撃で殴りつけられた仲間に祝福を齎した。
「烏合の衆に手間取るわけにはいかないのよ! 回復は任せて、とっとと突破よ!」
そんな力強い言葉に後押しされるように、傷を受けた仲間が再び武器を取る。
リーゼロッテはその様子を見ながら自らの視線を別の方向にも巡らせている。
「前哨戦、ここで躓いてはいられないのよ」
その言葉は、戦場に静かに響き渡った。
●
入り口から見て北北西付近にそこは存在していた。
名月の夜、妖しく輝く月の下に照らし出されるは古めかしい寺社の跡地。
場所柄故か、より一層の暗がりにも見え、雰囲気を煽る。
中央付近に存在する本殿を取り囲むように兵が構え、その扉の前には男らしき影がある。
イレギュラーズの到着を見た敵が構えを取る。
Lumiliaたち【三千】が動く。
房状に咲く花のブレスレットに合言葉を告げたLumiliaは集中力を高めていく。
意志に指向性を持たせて剣へと束ね、振り抜いた。
放たれたるは深紅の斬撃。巨大なそれは真っすぐに飛翔して一人の刑部兵の肉体に斬傷を残す。
炸裂した意志は花弁へと姿を変えてひらひらと舞い散っていく。
「あーあー。まいくちぇっく。
ルナ・ヴァイオレットの調子もばっちりです。行きましょうか、救出作戦!」
気合を入れて愛機の内側からマイクロフォン越しに声を伝えた縁はアイドルらしく踊りを披露して仲間の士気を上げていく。
「随分と大きな戦いね」
ジュリエットは疑似生命体をその場で作り出すと、ひとまずとばかりにLumiliaが攻撃を浴びせかけた敵目掛けてけしかけた。
突如現れた謎の生命体にその兵士が驚愕し、混乱を見せる。
「……これが、戦場……怖い、けれど」
MITUKASA52 SPECIALを握る手に力が入る。
友人の声が後ろから響いていた。
(でもユカリちゃんがいるのに、私だけ逃げるなんて出来ないよ。
帰る為に、待つだけなんて出来ない……少しでも、私でも、力になれるなら、頑張らなきゃ)
深呼吸して、銃口を敵に向けて――引き金を引いた。
清は静かに駆け抜けた。静かに、闇に紛れるようにして駆け抜けた先は、敵の真後ろ。
ふわりと姿を現した清は、そのままその兵士に取り付くや、グッとその首筋を締め上げた。
暗殺者の真骨頂ともいえる闇夜での奇襲攻撃を受けた敵が振り返る。
「さてと、愉しませてもらおうかねぇ?」
紫月は清の攻撃で振り返った兵士めがけて駆け抜けた。
紅に染まる妖刀をまっすぐに走らせる。
背中から受けた攻撃にその兵士が大きく隙を見せる。
そのまま、振り返ってこちらに剣を閃かせたその兵士へ打ち込むは外し三光。
今にも倒れそうながらに構えを取る兵士のその背中を、再び清が撃ち抜いて、その兵士は倒れ伏す。
「さ・ぁ・て、どこを見ても屈強なイイ男ばかりじゃなぁい?」
そう言って笑ったディアンナの笑みに、周りを囲む刑部兵達がぞっと身を震わせた。
「んっふっふ、人手が足りてないって言うから飛んできたけど、当たりだったみたいねぇ? 激しくいきましょうか!!」
それは踏み込み。手に握るは魔力の籠った穂先の槍である。
尋常じゃない速度で打ち出された刺突に、向かい合っていた槍兵の肩口が貫かれる。
強烈な一撃に、敵の槍が半ばでみしりと音を立てた。
反撃に撃ちこまれてきた槍の一撃に対して、虚はその身を躍らせた。
じわりと血が流れ出てくる。
●
鶫はカースドシューターの銃口を黒田との直線状に向けた。
「ここで決着を付けねば、取り返しがつかなくなるのは明白。
故に……私達の全てを以て、推し通らせて貰います!」
引き金を引いた。まるでレールガンの湯に打ち出された鎖状の雷撃が、黒田を庇うように布陣した刑部兵達の動きを抑え込んだ。
「わたしは新参者ですが……先達の方々の拓いた道をここで止めるわけにはいきません。
そしてわたしにも、明日への希望を切り開ける。特異運命座標としての初仕事、必ず成し遂げてみせます」
椿は氷砂剣『雨四光』を密かに撃ち抜いた。
撃ち抜いた先は、身動きを止められた兵士に気づいた別の兵のいる場所。
2人の作り出した隙をかいくぐり、【雪月花】の4人がこの地における大将首ともいえる男へ走り抜けた。
それに続くように升麻が走り抜ける。
「よくも虚仮にしてくれましたね!
三度目の正直、此度こそ――その首級、貰い受けます。
覚悟はよろしいですか、黒田政貞……!」
「……フン、やって見せろ、人間ども!!」
鼻で笑う男も大太刀を構えていた。
一気に刃を走らせたすずなの竜胆がこの世の癌、その一つへと振り抜かれる。
嵐の如き刃が鳴り散らし、大きな隙を作りだす。
ほんの一瞬、黒田がそんなすずなを押し返す。
「ええ、ええ無論よ。黒田の素っ首斬り落として雪辱を果たさせて貰いましょう」
合わせて動いた小夜の和傘より伸びる仕込み刀が、紅蓮の焔を纏い振り下ろされる大太刀に合う。
後の先を穿つ一撃が黒田の首筋を撃ち抜いた。
合わせるように薫子が動く。
己が可能性を纏い放つは一つの短刀。
政貞に食い込んだその刃は癒えることのない傷を刻み付ける。
「ォォォ!!!!」
ぎろりとその目が薫子を射抜く。
それに合わせるようにはじめが動く。
双刃刀へと変形させた吸葛を叩きつける。
殴りつけるような力強い一撃に、黒田の剣が跳ね上がり、隙が浮かび上がる。
その隙目掛けて、躍り出たのは升麻だ。
「よぉ、テメェも純正肉腫って奴か? なぁ、そうだろ?」
「見覚えがあるぞ、貴様もなぁ!」
無理矢理に振り抜かれた黒田の剣を撃ち返して、踏み込んだ。
禍々しい闇と呪いを剣に纏わせ、踏み込みと同時に叩きつける。
●
ユーリエを中心とする【明日への光】は捕虜を救出することを主目的とするチームである。
20人の雑兵のうち、その多くは仲間たちの攻撃により動きを止め、黒田自身も因縁を持つ仲間たちの手で押さえられている。
本殿との間にいる兵士は太刀を持つ4人。この状況でなおそこを離れないという事は、最早そいつらが離れることなどありえまい、
今以外の時はなかった。
「今です、皆さん、突入してください」
光と熱を奪う魔術式を起こした黒子はそのまま近くにいた【明日への光】へ声をかけた。
狙うべきは本殿前の4人――ではない。そこへ向かおうとする別の集団。
視線の先で動き出した別の太刀兵集団へ、発動させた魔術式を叩き込んだ。
突如として熱を奪われた兵士達が闇に囚われ、その場できょろきょろと周囲を見渡しだした。
彼方は心の奥底で眠る仄暗い悪意を意図的に励起させると、それを殺意の霧に変えて叩きつける。
霧は神経毒のようなものを帯び、刑部兵達を苦しめる。
シューヴェルトは刑部兵たち目掛けて引き金を引いた。
純白の二丁拳銃から放たれた弾丸はシューヴェルトの緻密なコントロールもあって4人の敵だけを撃ち抜いていく。
「さあ勝負だ、刑部兵! 押し通らせて貰うよ!!!」
真は一気に走り抜けて刑部兵の前へ躍り出ると、一気にも一歩踏み込んだ。
背中に刻まれた紋に溜めた気功を開き自らに再生力を齎し、己が意志を力に変える。
そのまま敵の体重移動を利用し、押し倒すと共に破壊力へと変換した力を叩きつける。
舞花は続けるように刑部兵の方へと踊りこむと、紫電纏う暴風を以て薙ぎ払っていく。
●
「桜さん!」
4人と叩き伏せ、本殿の扉を叩き割るように押し開き、ユーリエは叫ぶ。
「あの時交わした約束を実現する日が来ました。
差別や迫害がなく、皆が笑って過ごす事ができる世界へ。
この豊穣の地に穏やかな日々を取り戻す為。
弱き者を救う為に、力をお貸しいただけますか!」
直ぐに桜の居場所は分かった。
「ユーリエ様……ええ、もちろんです」
近くへ寄れば、桜が驚いた様子から笑みをこぼして頷いた。
その様子を傍らで見ていたエリザベートはその夢はあまりわからない。けれど。
(正直に、ユーリエをあんな目にあわせた。絶対にゆるさない・
私は戦闘力はないので支援しかできないが貴様らにはそれ相応の罰をうけてもらう)
微かに桜や他の者達が受けた疲労感を治癒しながら、その視線は本殿の外に向いていた。
「――やはり此方でしたか、カガミの君。いえ、いい加減各務さんとお呼びすべきですね」
舞花の方も目的の人物を見つけていた。
「舞花殿か……カガミの君も私が名乗った物。どちらも構わないさ」
「……呪蛇の姿が見当たりませんが、どうしたものやら?」
「本来はあそこで君達の誰かを捉えられたのにできなかったのだ。
無能の烙印を押されても不思議ではないだろうさ」
「借りを作ったままでは落ち着かんのでな……礼を言わせてもらいたい」
グレイシアが義紹の身体に傷が無さそうなのを確かめて縄を解きながら声をかけた。
「吾輩達の為に、すまなかった……
解放して早々申し訳ないが……また再び、一緒に戦ってもらっても良いだろうか」
「気にしないでほしい。こうなってくれるだろうと期待していたのも事実。
生きて捕虜にしてくれたことを後悔してもらわねば」
そう言って男が笑っていた。
●
「聞いた話では、君たちは仁義と呼ばれるものを大事にするようだ。
だが、君たちを捕まえ、この牢に入れた者たちは民を守らず、長である刑部卿を諫めることもしない。
そのような者たちに仁義はあるのか! いや、無い!
だからこそ、刑部兵を倒して民を守り、この貴族騎士と共に真の仁義というものを世に知らしめるぞ!」
「悪いがお貴族様よ。はみだしもんの俺たちからすりゃあ、俺たち自身も一緒なんだわ。
別に俺達だって民を守っちゃねえしよ」
シューヴェルトの演説は芳しくない。
「師匠の説得の邪魔はさせません! これも弟子の役目です!」
そう言って彼方は捕虜を奪われたことに気づいて向かってきた刑部兵達へと身を躍らせる。
健気ともいえる彼方の行動に、若干ながら任侠者達の視線が向く。
「助けてください、皆さん。囚われていたばかりで、急な話ではあるんですけど。
私達には大事な、このカムイグラを救うための仕事があるんです。
皆、奮闘しているんです。でも、人手がいくらあっても足りないんです!」
それは外からの声。拡声器越しの縁の声。
「で、でも無理はなさらないで下さい。
大丈夫です。私達が護ります、から……!」
続くように言ったのは柚子だ。
少しばかり――いやかなり怯えをこらえていることが分かる声。
「それでも、もし力になってくれるのでしたら……とても、嬉しいです」
「強制ではありません。ですが、ただで済ませるつもりはないというのであれば、
私たちローレットは共に成し遂げるための一端を担いましょう」
「っていうか、私達の様なか弱い女性だけに戦わせるつもりはないでしょうね?
まさかとは思うけれど、ね?」
「はっ! たった今。兵士を弾丸でぶち抜いた女のどこがか弱いんだか!」
ジュリエットの言葉に、からりと任侠者の一人が笑う。
嘲りの類ではなく、純粋に啖呵に軽口で返す類のそれだ。
「まぁ、でも、さっきのか弱い譲ちゃんの声は効いたぜ。
怯えながら言われちゃあ、漢が廃るってもんだ」
「あぁ、ただで済ませてやるってのも舐められそうだ」
任侠者達が武器を取り出した。
「行くぞてめえら!」
鬨の声があがる。
戦況が変わろうとしていた。
●
黒田との戦いは未だ続いていた。
だが、その戦いももうそろそろ終わりに近い。
「邪魔はさせません――」
黒田へ支援射撃を試みんとする者たち目掛け、鶫は八塩折を叩き込んでその支援を先に塞いでいく。
イレギュラーズの中でも強者の剣士に数えられるであろう面々の攻撃と、その補助に徹していた薫子。
最初から雑兵との戦いに集中していた仲間達、捕虜の救出成功による増援により、雑兵は多く倒れ、黒田への攻撃に加わる物が増えている。
「どうか悔いなきよう存分に、そして因縁に決着を」
――因縁というものはそれを持つ者が決着を付けねばならない。
すずなめがけて振り抜かれた黒き大太刀の前へ薫子は身を躍らせた。
業炎に身を焦がされながら、真っすぐに薫子は前を見る。
升麻は拳を振り抜いた。拳に纏う邪気が更なる傷を黒田に刻む。
「野心に燃える心等、私が凍て付かせる。この氷、簡単に溶かせはしませんわ」
椿の振り抜いた冷気の大太刀が黒田の首を落とさんと滑るように駆け抜ける。
「小夜さん、はじめちゃん、そして私――この3つの剣戟、受け切れる等と思わないで下さいね……!
さぁ、雪辱を晴らすは今ですよ、はじめちゃん!」
すずなは踏み込みと同時に剣を払う。
黒田の大太刀を跳ね上げ、そのままの流れで斬り下ろし、刺突を貫かせた。
それに続けるように動いた小夜が、掬い上げるように走らせ、躍らせれば、黒田の身体が後ろに煽られる。
強烈な連撃に見舞われた黒田の剣が、半ばほどから折れた。
そこめがけて動いたはじめの剣が大上段から黒田を真っ二つに切り開いた。
●
市場らしき痕跡が残るその地で、その男は麾下の精鋭と共に待ち受けていた。
「さて、先の戦闘では長政には一太刀もらったな」
レイヴンは地上で仲間達を待ち受けて布陣する敵の様子を見止めていた。
その視線が、前を向く。月夜を覆いつくすようなそれは、無数の鳥――否。
鳥の姿を取る正常ならざる者達。
「ハッ! お前達ごときで止められると思うか」
召喚した多頭海蛇から高水圧弾を撃ち込ませた。
群れる鳥型の妖怪、その中央部辺りに炸裂した魔力水が、放射状に他の鳥を巻き込み、地上へと突き落としていく。
レイヴンからの情報を受け取ったアトがそれを仲間へ通達すると共に、騎兵隊の面々は鋒矢へと陣形を整えながら、最短ルートで走り抜けていた。
シャルロッテの鷹の視覚は機能していた。
上空を飛翔する妖怪どもとの制空権争いは飛翔する3人の味方のお陰で成り立っている。
「何の変哲もない方陣だね。こっちがどういう手を使っても対処できるようにしてるみたいだよ」
「バカ正直に騎兵突撃なら返り討ち。歩兵ならば練度の差で勝利のつもりだったか。
ならばこちらは第三の回答を用意するまでさ」
見えてきた敵陣、整然とした敵陣前衛、ずらりと並んだ盾を構える槍兵達のその手前で停止する。
「私はレイリー=シュタイン! 騎兵隊の一番盾なり!」
前に出たレイリーは死守を誓うべく方向を上げる。
戦場に轟く決死の雄叫びに、敵兵の意識が集中したのが見える。
鹿毛の駿馬が馬上で猛る言葉は、大いに目立つ。
エッダはその利き手側に布陣していた。
向かってこない敵の1人に向けて自らの隙を見せ、注意を引いて構えを取る。
それによって、レイリーの利き手側――すなわち盾を持たざる側の補助となる。
「おや、これもしかして最強なのでは?」
こちらに更なる一人が視線を向けていた。
アトは静かに抜いたピースメーカーの引き金を引いた。
自己複製の魔術を過充填した魔弾が、散弾のように分裂しながら降り注ぎ、兵士達を頭上から切り裂いていく。
味方の釣りに敵兵が引っ掛かり、徐々に前へ進んでくるのを見た与一は矢を番えた。
朱色の弓が微かに引っ張られて歪み、放たれた魔弾はまっすぐに戦場を走り抜ける。
槍兵の1人に突き立った矢はそのまま貫通し、その後ろにいる1人を巻き込んだ。
「さて、仕事だ。私たちに出会ったのが運の尽き。死んでくれ」
続くように京司が魔力銃の引き金を引いた。呪性を帯びた弾丸が1人の敵兵に炸裂する。
アウローラもそれも合わせるように言霊を紡ぐ。
戦場をつんざく歌声に敵兵が薙ぎ払われた。
死角を狙ってでの冷静な一撃は槍兵達を巻き込み、敵の隊列に大きな穴をあける。
粟毛の牡馬、木蘭に跨るシルキィは両手の指より放つ魔力糸を戦場に放つ。
連撃を受けた1人を起点として数人を巻き込むそれはまるで熱砂の嵐が吹き付けるかのように敵陣を薙いでいく。
ティアは空から敵陣の一部に視線を向けていた。
海の嵐を切り裂き、天に穴を穿つ弓を引き絞り、全霊を込めて矢を放つ。
地上に風穴を開けんばかりの魔の砲撃に、1人の兵士が倒れ、もう1人が背中から撃ち抜かれるのが見て取れた。
その様子を見ながら、もう一度矢を番え、視線を向ける。
義眼にて見下ろすメリッカはメモ帖を開くと、それを媒介に魔術を放つ。
収束した魔力は雹となって地上へと降り注ぐ。
範囲内にいた敵兵たちは、頭上からの突如の礫に反応が遅れて傷を負っていく。
そんなメリッカを排除しようと、鳥型の妖怪が飛んでくるのを見て、狙いをそちらに変えた。
クラウジアは仮想宝石に過剰な魔力を詰め込むと同時、それを敵兵の一人目掛けて叩きつけた。
自戒するそれは暴発と共に近くにいたその敵兵を巻き込むと、純粋な魔力の奔流ゆえの爆発力でその兵を焼いた。
「ほう、なるほど、流石は英雄殿だ。思ってもないことをする。
だが、そうでなくてはな。想定通りの戦捌きほどつまらぬものはない。
砲撃戦の応酬などじり貧で負ける――故に。折角だ、お出迎えするとしよう」
敵の中央、男――長政が笑ってそう言った直後、槍兵達が道を開けた。
「真価を見せてみよ、英雄ども」
長政が周囲を囲む太刀兵と共に突出し、大薙刀を振るう。扇状に広がりながら、炎を纏った斬撃が駆け抜けた。
「見ていますよ近衛長政殿。賢しげにしても力任せの、獣のごとき振る舞いを」
魔眼で見通す瑠璃は宝石剣で魔力を増幅させると、長政目掛けて理を齎した。
虹の如く煌く雲が長政の周囲に立ち込める。
続くように出現した黒棺が、長政をその内側へと押し込んでいく。
空っぽの棺は埋葬者を求めるかのように、内側に押し込んだ大将へと多数の呪いを撃ち込むもの。
彼者誰は向かってくる敵兵めがけてソードブレイカーを叩きつけた。
暴風を纏った剣は敵が振り下ろす太刀を跳ね返し、代わりに強打を叩きつける。
ねねこはスターライトボムを頭上目掛けて投擲する。
炸裂と同時、強烈な音と香りが周囲に充満していく。
拡散したそれは身体と心の異常を癒していく。
リアナルは自らの思考を自動演算化させ、仲間への指示を飛ばす。
シャルロッテも自ら指揮杖を取り、仲間達に指示を飛ばす。
リアナル、シャルロッテの2人による号令は強制力さえ帯びた特殊な物。
疲労感と異常を取り除き、魔力を回復させる驚異的な魔術指令。
●
会敵直後に大幅な優位性を獲得したこともあり、戦いはイレギュラーズ有利に進んでいる。
刑部軍側が体勢を立て直して対応してくることもあった。
それにもシャルロッテ、リアナルが落ち着いた対応を見せ、ねねこを加えた3人による安定した支援供給が確実な勝機を描きつつあった。
レイリーは長政の前に躍り出ると、槍を構えて立ちふさがる。
「鉄帝のフロイライン・ファウスト、義により助太刀するであります」
その後ろ、同じように立ちふさがり、気当たりで注意をこちらに向ける。
「司書殿、今だ!」
レイリーはそれを見て、声を上げた。
戦場に立つ白龍の騎士の覚悟を見て止めたイーリン自身、その時を待っていた。
旗を掲げ突撃の命令を下す。
ラムレイと共に馳せる。眼前の敵兵など目もくれぬ。
目指すは長政の首一つのみ。
掲げる旗を剣へと変えて、真っすぐに。
紅玉に輝く瞳で、ひたすらに前へ。溢るる紫の奔流を、ただ振り下ろした。
同時、長政の手に握られる薙刀にも魔力がこもり、ぶつかり合う。
微かに勝ったイーリンの魔力が長政の身体に傷を付ける。
紫苑の燐光が舞う。
「貴方が守る物を棄て無能を演じるのは――貴方も喪ったから?」
長政の右目――鏡のあるそこを指し示す。返答はなかった。
ただ、微かに揺らいだ苦虫を食んだような表情が、振り抜かれた薙刀が物語っている。
「ワタシだってもう前線で戦えるんだから……! アトさん見てて!」
軍馬の突進力を重ね、フラーゴラは突撃と共に刀を薙ぎ払った。
圧倒的な反応速度より生み出される斬撃が長政に少なからぬ傷を刻み付け、その肉体の動きを鈍らせる。
「反応……足りてないよ」
言葉少なに残せば、続けて放つ蒼き彗星の如き連撃が、更なる傷を増やしていく。
反撃を浴びたイーリンへと、ココロはEmmanuelを齎した。
ブルーゾイサイトが散りばめられた魔導書が淡い輝きを放ち、癒しの魔力を収束させて、ゆりかごのような温かさを齎す。
祝福を与え、団結を促す美しき大鐘の音色が戦場に響き渡る。
「あなたは既に負けている。機先を制せず、守りを選んだから」
その一方で、視線は長政の方へ向け続ける。
「なーに、歌にもあるじゃろう、英雄は、生まれるものではなく、作るものだと!」
クラウジアはからりと笑う長政を挑発する。
「……全く、不愉快だ。英雄など、作られるべきではないというのに――」
「『刑部卿』近衛長政! 貴様の首このアタシが貰い受けるぜ!」
明確な敵意を向ける長政に、宣誓と共に入れ替わりで駆け抜けたのはエレンシアだ。
雷撃を纏う黎明槍を握り締め、跳躍を踏み込みとして、全体重ごと叩き込んだ。
強烈な一刺しが長政の首筋に傷跡を刻み、微かなしびれを齎す。
「てめぇらの忠義、見上げたもんだ! 望み通り主共々討ち取ってやるよ!」
これ以上はさせぬと言わんばかりに割り込んできた太刀を握る刑部兵へエレンシアは挑発と共に応える。
更に後方から放たれたシルキィの糸が箱を作り長政を捉えて包み込み。
吐き出されたところを狙い澄まして放たれた与一の二つの矢が撃ち抜いて。
アウローラの歌声が戦場に再び響き渡り、敵を倒れ伏させる。
長政を庇いそうな敵の道を塞ぐ彼者誰は自らの抵抗力をそのまま刀身に込めて叩きつけた。
強烈な痛みに、太刀兵が足元を崩す。
「纏え」
ステラの身の丈を優に超える黒き刃へと変質した大剣に、霊魂が更なる収束を見せる。
それらはやがて黒いオーラとなって更なる剛剣へと姿を変えた。
そのまま、ステラは横薙ぎに剣を払った。
狙うは首筋、イーリンとエレンシアの攻撃の炸裂した傷口のどちらかを打ち込める位置。
横なぎの一閃は、イーリンが与えた傷を沿うように斬り払う。
「借りを返すぞ長政!」
まるで自分を弾丸とするかのように真っすぐに走り抜けたレイヴンは、そう叫ぶと共に手に持つ魔術書に過去の己が獲物を投影する。
それは空を裂く竜の爪。執行者たる自身のかつての武器より放つ、今だからこそ打てる断頭の一閃。
振り抜かれる斬撃が、心臓部分辺りを撃ち抜いた。
シャルロッテは鷹の眼を通じて長政の動きを空から見下ろしている。
「このまま押し切れるか?」
リアナルは長政以外の把握に努めながら、シャルロッテに問うた。
「大丈夫だよ、もう一手が欲しいが、そのもう一手もある」
その言葉とほぼ同時、最後の詰めが動く。
●
「ご機嫌様、長政君。いえ、お初お目に掛かりますわね
わたくし、神宮寺塚都守紗那と申します」
体勢を崩すように、徐々に下がり始めた敵陣のその後ろ。
不意に姿を見せた女――紗那を見た長政がぴくりと動く。
「神宮寺……あぁ、兵部卿のか」
「えぇ、雑賀の姉ですの。……本当に残念でなりませんの。
刑部卿である君と兵部卿である雑賀が手を取り合えれば、この国はきっと……
悲しみに暮れようとも、刻を掛ければ民の笑顔を取り戻せたでしょう」
「ふん。無いな。合ってはならぬ道だ。
どちらかにどちらもがつけばそのどちらかが負けたときに武力は潰えよう。
あの男は、あれでよい」
そう言って、徐々に下がりつつあった長政の動きが止まる。
「……今でしてよ! イエロ君! 孤屠君!」
「初めまして、さようなら。なァんてな!」
脇より現れたイエロは握りしめたナイフを真っすぐにつく。
猟犬の如く食らいつく攻撃に、長政が防御を見せた。
「てめェが歩いてきた道が正しいかなんて知らねェが。人様を傷つけていい理由はいッこもありはしねェよ。くたばれ!」
続けて撃ち込む左腕の拳が、長政の胴部に突き立つ。
「ここでお前の野心は終わりだ、長政」
猛攻を受ける長政の背後、孤屠はその言葉と共に姿を見せて、鍵槍を走らせた。
文字通りの掻き取るような刃が長政の首めがけて飛んだ。
(首を狙え、血反吐を吐こうとも。
この国に、この黄泉津に妖鬼なんていらないから……!)
口元に滲む血を呑み込んで、孤屠はもう一度深く踏み込んだ。
●
「あぁ――敗戦か、ふ、ふふふ……焼きが回ったものだ」
長政が笑っていた。
イーリンの剣が、孤屠の槍が、イエロの拳が。仲間たちの攻撃が長政の首を取らんと食らいつく。
次か、その次か。どちらにせよ、もはや戦況を変えられることはない。
「雑兵に討たれようが、民が私を選ばなかろうが。
高天の愚者どもがそれを望もうが、死ぬことを受け入れよう。
――だが、貴様らだけにはごめんだ。『英雄にだけは』殺されてたまるか」
魔力が収束していく。大薙刀へと収束する魔力は、明らかに当たれば死ぬ濃密なそれ。
「あぁそうだ、小娘。あの猪は何を選んだ?」
「――民に」
「そうか。なればよし、お前達――降伏せよ」
それはイレギュラーズへの言葉――ではなかった。
武器を置いたのは、未だに構えて居た敵兵だ。
「貴様らの忠節は大義であった。まったく――英雄など、大嫌いだ」
捨て台詞と共に、男が薙刀を大地へ突き立てた。
充足した魔力が爆発し、長政の肉体を全て消し飛ばした。
●
亀城跡――天守だったであろう崩れ落ちた残骸のあるその地へ到達したイレギュラーズは、その先にいる紫を見た。
「にゃーん、みゃ?(怖いお姉さんがいます! あの人と戦うのですか?)
なーぉ、ふにゃん!(あ、周りにもいっぱいいますね! まずはあの人達をどけないといけません!)
みゃっみゃぅ!(力仕事はお任せください!全部まとめてぱんちしましょう!)」
陰陽丸はゆらりと尻尾を揺らすと、少しばかり近づいて、前足をぶん、と薙いだ。
巨体ゆえの一振りが範囲内にいる妖を残らず叩きつけていく。
「ういうい、雑魚はお掃除案件っスね。
いいっスよこういうの得意なんでお任せっス」
秘薬を飲んで調子を整えたマルカは自由なる攻勢をかける。
ツェアシュテーラーAR――識別機能付きのハイテクアサルトライフルより放たれた弾幕が近くにいた複数の妖を巻き添えに広範囲にぶちまけられた。
打ち据えられた妖怪たちの断末魔の合唱が響き渡る。
「生憎と、僕はあの因縁は仲間達に聞いた話でしかない――それでもあの鬼気迫る様子は、凄まじい物だよね」
遥かな向こうにいる紫から漂う気配を感じながら、カインは魔術書を媒介に儀礼剣へ魔力を収束させる。
そのまま、指し示すように指向性を持たせて放つは神聖なる聖罰の光。
邪を識別して撃ち抜く輝きが妖怪の動きを止める。
ルネは両手の魔力手甲にて魔力を増幅させていく。
バチリと帯電を始めたあたりで、叩きつける。
地を這いだした鎖か蛇のような雷が、近くにいた妖怪達を一気に焼き払っていく。
それは宛ら檻のように、撃ち抜かれた、身動きを取れなくされた妖たちが苦し気に呻いていた。
「はいっ敵一丁! バッターお願いします!」
近くにいた妖怪に走り抜けた冰星はふにふになピンク色の肉球でその頬?横顔?を思いっきりビンタする。
その妖怪がふらふらと大きな隙を作ったのを見て、冰星はそのまま掌底をそいつへ叩きつけていく。
紅蓮を帯びた肉球の掌底が、幾つもの連打を叩き込めば、気づけばその妖怪が地面に落ちていた。
「その変化が善きにしろ悪しきにしろ、世の中は乱れるモノなんでしょう。
本来善悪は後世が決めるモノですが、こればかりは悪としか思えねぇんで。
俺は、それを止める刃たちを守るっすよ」
そう言った慧はその宣言をたがえることなく、口上を上げる。
反応を示した複数の妖怪の視線を浴びる中、慧は己がうちの聖域を構築し、防御を固めていく。
(……愛かー。流石にあそこまで激しいのは、おねーさんにも早いかなあ。
それに手を差し伸べられるあの子もずいぶんと大物だと思うけど、ねー)
言葉に出さず、紫の方へ向かう少年の背中を見据えながら、朔は視線をはぐれたような一匹の妖怪に向ける。
「ま、私は私の仕事しましょ」
ころりと切り替えると、陰陽操術【四大八方陣】の結界陣を形成し、その内側にその妖怪を押し込んだ。
●
「かかって来るがいい! 獲物は此方だッ!」
十七号は比較的妖鬼が多い場所へ移動すると、堂々と名乗り声を上げた。
それに反応を示した妖鬼たちが、近づいてくる。
それを見据えながら、十七号は静かに剣を抜いた。
一番近くにいた妖鬼が、拳を振り下ろしてくる。
それを刃で受け流しながら、味方のアタッカーの様子に意識を向ける。
ノアは自らの指揮杖を振るって饗宴を奏でていた。
防衛将帥たるその在り方も相まって、その指揮は仲間を強化していく。
その後、視線は別の妖鬼に向いた。
綾姫は十七号の口上に反応した妖鬼の一体へと走り抜けた。
小柄な体格を駆使して、妖鬼の身体の内側に跳びこむように走り抜け、魔力を帯びた剣を横に薙いだ。
黒装束も相まって、その姿は宛ら暗殺者のようでさえある。
つつじは風鷹剣『刹那』を握ると、一気に走り抜けた。
その視線の先には綾姫の奇襲で傷を負った妖鬼。
「あんたら鬱陶しいねん!」
地面を蹴り飛ばし、その勢いを乗せた突撃で、妖鬼の足元目掛けて刃を走らせる。
ぐぅと、妖鬼がうめき声をあげ、片足を落とす。
朋子はその隙を見逃さなかった。
「行くよ! 鏖のネアンデルタールインパクト!!」
跳躍と共に、位置エネルギーも利用して、思いっきり振り下ろす。
隕石衝突にも匹敵するという衝撃を生むただの一振り。
それを受けた妖鬼の身体が、内側に折れて引きちぎれた。
(新天地に来たと思ったら、呪詛騒動からここまであれよあれよで、駆け抜けてきました。
伸ばした手が届いた時も届かなった時もありましたが……)
マギーは両手に明けと宵の明星を冠する銃を握り締めた。
「悔しい気持ちがあるからこそ、微力ながらこちらで力を尽くします!」
ぐっと前を向いて、意識を妖鬼に集中させる。
銃の引き金を連続して引き、打ち出された弾丸は、まるで蜂の集中攻撃の如く、一体の妖鬼に吸い込まれていく。
(難しいことは解らないのだわ。
目先の悲劇を憂いているだけの私では、もうお話が大きすぎて正しさを考えることはできないの)
アシェンは戦場の様子を静かに見据えながら、移動しつつあった。
狙い澄ますは妖鬼――十七号の口上を聞き入れなかった数体が範囲内に収まるとき。
やや開けて、アシェンは引き金を引いた。
放たれた弾丸は薙ぐように進み、嵐となって妖鬼たちを打ち据える。
アシェンの方へ近寄らんとしたそれらに対して、ノアが名乗り口上を上げた。
「あれが話に聞く紫殿ですか……強いですね」
迅は紫との交戦を開始した仲間たちの方に視線を向けながら、思わずつぶやいていた。
その上で、握りしめた拳で向かう先は、ノアの方へ近づいていく妖鬼。
踏み込みと同時に放たれたのは蒼き双撃。
鍛え上げられた拳を受けた妖鬼がよろけて、迅を見下ろした。
(我が肉体に流れる龍としての本能があの紫なる女の中から発せられている禍々しい瘴気を感じ取っておる。
此度の戦、我も一手打たねばならぬか)
自らに茨の鎧を掛けた楼蘭は一体の妖鬼へと走り抜け、思いっきり殴りつけた。
衝撃波を帯びた拳は龍の系譜に恥じぬ強打となり、妖鬼を打ち据える。
バクは反撃とばかりに妖鬼が迅へと足で踏み付けんとするその瞬間に割り込んだ。
(さて、この地での依頼がかのような血戦であるか。
身体こそ元より増した身とはいえ未だ役に立てぬかは分からぬ。
が、やれる事はあろう)
そう思案した結果の行動だった。
聖痕刻まれたグローブをはめ、合わせるように突き出した手で重い体重を払いのける。
そのお返しとばかりに、仲間達が己が拳を撃ち込んでいく。
●
多くの仲間たちの支援の下、紫の討伐を最優先としたイレギュラーズはその前へと姿を見せた。
「頼々クン! ふふふ、待ってたよ!
さぁ! 舞台は整えたよ! 褒めてくれるかな?
怒ってくれるかな?」
微笑む鬼に、頼々は言葉を返さず、ちらりとマッダラーを見る。
「泥の詩人よ、どうかあの莫迦女が確かに此処に居たのだと、知って歌って、語り継いで欲しい。
だから見ておれ、莫迦と莫迦の殺し合いを」
吟遊詩人たる彼へとそう言って、頼々は紫染を頼守に収めた。
その後ろにてマッダラーは静かに見届けながら、勇壮の歌を描く。
(妖精郷に続いて、また恋に愛、ですか。やはり私にはまだ、よく分かりません。
ですが、彼の鬼の、ただ一人で途方もない時を揺蕩った、その気持ちは、少しだけ……)
思い馳せながら、深く閉ざした双眸のまま、敵を見る。
偽典聖杯を紐解き生みだした黒いキューブが、紫の身体を包み込み、あらゆる苦痛を齎していく。
「邪魔をするなら、許さない」
鏡禍は紫の前へと立ちふさがった。
それを見た紫が見下ろし、次の瞬間、身体が焼けるような痛みに襲われた。
鏡禍はそれをそのまま鏡に光が反射するようにして押し返す。
「食らった分のダメージはお返ししますし、
それ以上のダメージは皆さんが与えてくれます。
絶対に倒れませんよ、それが僕の誓いですから」
真っすぐに敵を見上げて、鏡禍はそう返す。
「あれが異界から招かれたっていう鬼か?
話には聞いていたが、確かにおっかないな」
そう言う獅門は啾鬼四郎片喰を手に、前に出た。
途方もない相手であることは近づけば近づくほどに実感する。
踏み込みと同時に斬り下ろし、そのまま尋常じゃない速度で斬り上げる。
ほぼ同時に上下より振り抜かれたかのように錯覚するその連撃は獅子の如く。
紫に傷を増やしていく。
「いつぞやの借りを返させてもらうぞ」
スカルは自分の身体を曝け出すようにして紫の前に躍り出ると、自動拳銃の引き金を引いた。
炸裂するゼロ距離射撃が紫の肉体に杭を打つように傷を抉り、秘められた毒性が内側からむしばんでいく。
「よぉ姉ちゃん、オレの一撃も味わっていってくれよ! 少しばかりだが、自信があるんだぜ!」
続くようにラルスは前に出た。とんでもない初陣になってしまったが、火力自慢が必要とあらば引っ込むわけにはいかなかった。
片喰を構え、突撃するとともに剣を閃かせる。
綺麗に入った刀傷が、紫の身体を刻んでいく。
(以前アンジェラさんや十七号さんと一緒に戦った時は、
十七号さんはまだイレギュラーズになりたてでしたのに……
私が母の呪縛に囚われて手をこまねいている間に、随分とご立派になりました)
今はまだ妖鬼との戦いに集中している十七号の事を思いながら、エルシアは魔力を込める。
かつては攻撃自体を好まなかった彼女だが、かつての母からの独立を象徴させるそれ。
長く美しい髪を鮮やかに魔力の燐光に輝かせ、放つ熱線が真っすぐに紫を焼き付ける。
「……生殖階級の方々をお助けするのは、働き人として何にも優る生理的・本能的な欲求ですから」
そう言っていたアンジェラはエルシアを庇いながらここまでたどり着いていた。
立ち位置は変わらず。高火力の火線砲を撃つエルシアが欠けることは避けるべきだという判断だった。
今のところ、周囲を囲む前衛の方に注意を向けている。
だが、高火力の遠距離攻撃を浴びせられて、少しずつ後衛付近にも紫の意識が向いている。
じき、後衛付近を狙ってくるのは明らかだった。
(――業腹だけどね。他人を頼る、なんていうのは……)
そう思考するメルーナは盾役を担ってくれるであろう仲間の近くにいる。
「その分、せいぜい私の仕事をするわ……相手が何であろうが、ぶちのめす――いつだって、それだけよ!」
抱えた巨大な大砲を構えたメルーナは渾身の魔力を込める。
気力も魔力も全部こめて放った砲撃は、炎を帯びて走り抜け、紫に更なる大きな傷を刻んでいく。
「高い再生能力が売りのようね?私達は高い攻撃力が自慢よ。勝負!」
静かに構えたローザは引き金を引いた。
縦に二連装の銃口より放たれた弾丸は、実弾に非ざる魔術の弾丸。
不可視の弾丸は真っすぐに風を裂き、紫の肉体に傷を刻む。
「国を滅ぼそうだなんて何を考えているの? あなたは旅人なら選ばれた側のはずでしょう?」
そう問いかける言葉は、意味をなさない。
ただ愛しい人に邪悪な鬼であれと願われ、無邪気に答えていきついた果てだ。
「彼女が、噂にいく紫っていう鬼……聞いていた通り、頼々に夢中なんだね……
誰か大切な人に躍起になる気持ちは、分かるけど……見過ごす訳にはならない、ね」
ニャムリはマッダラーより受けた詩によって集中力を得、より一層に効率化に成功している。
青白い毛並みが鮮やかに彩られ、導き出された豪運を利用して、ふわふわと浮かぶ調和を傷を負った仲間に齎していく。
「さあて、大一番だ。監獄以来だな。
頼々はこの混沌に来て弟子も作ってギルドで楽しくやってるところだ。
バイオレンスなお誘いはこれっきりにしてもらおうか」
そんなニャムリの隣、錬は式符より呼び出した無数の金属槍を紫めがけて飛ばしていく。
槍兵の突撃の如き刺突に紫の身体から血があふれ出す。
「十の槍で再生が止められないなら万の槍で串刺しにするまでだ!」
次を狙いながら、紫の眼がこちらを向くのを見た。
(あれが頼々さんの……実際に相手をするのは初めてですがすさまじい力を感じますね)
避ける気が無い敵への攻撃ゆえ、充てることは造作もない。
「その身を蝕む絶望を何度でも貴方に届けましょう」
見られてさえいないことを承知の上で、フォークロアは静かにハットを脱いで礼をする。
けしかけた絶望、道化は踊り、それを幾度となく紫へ叩きつけた。
「あははは、いいよ、良いよ頼々クン。
でも、目障りなのもいるね」
そうって笑う紫が、ちらりと視線を別方向へ向ける。
その視線の先目掛け、イミナは一気に走った。
イミナが相手を押しのけた直後――身体が割れるような痛みが走った。
「イミナは!? 負けないです!? 全然痛くないでしゅ!!」
悲痛にあえぐように声を張り上げた直後、『かみさま』による鉄槌が紫を襲う。
(かみさま、イミナ頑張るから……だから、どうか皆を守ってください)
まだ倒れない。倒れたとしても、きっとみんなが紫を倒してくれるから。
正直怖い。斬った張ったは足が震える位。でも――
(ミミは平凡な子で、性根も臆病ですけど、決めたのです。
其処に助けが要る人が居られるなら、頑張って勇気を出すって!)
ミミは大ダメージを受けたイミナへペタっとパッチを張り付けた。
傷を負ったイミナの身体が見る見るうちにその傷を癒していく。
震える足で、それでも紫の前線へ。
●
それは星を呑む神秘。
世界が変わる。ほんの一瞬で可能性の輝きが蓋を開ける。
その攻撃は確かに強力無比だった。
そして、頼々はその時をある種待ち望んでいた。
体の原型と意志さえあればそれで良い。
パンドラなどいくら削られようと構わない。
死を恐れたりはしない。だから――
「寄越せ。たった一度限り、あの鬼を、紫を殺す空想の刃を……寄越せェッ!!」
少年が絶叫する。
その覚悟(かのうせい)を吐き出して、そのまま刃に籠め続けた。
鬼が笑っていた。
確かにこの身を刻み続ける力に。
それはその神秘性を否定するように。
それは其を何も持たぬ女にするように。
戻ることも、癒えることもない絶対の傷が、鬼の身体を削り落としていく。
それでもなお、鬼は笑っている。どこか穏やかに。
可能性が零れていく。溶けていく。
穏やかな光は、2人の終わりを祝福するかの如く。
誰も手出しなどしようとも思わなかった。
ただ一人を除いて。
――血に刻まれた憎悪。愛と感謝が為の殺し合い。そんなの、絶対認めない。
こうでしか彼女に報いれない? 虚刃流(生きた証)をお前に託す? ふざけるなよ。
そこまでお互い想い合って、これが最高の結末なんて言わせない!
思いはそれだけ。これを言葉にするのは簡単だ。
だけど――結局、言いたいことはこれだけだ。
「僕は、頼々くんに“死んで欲しくない”」
ハンスは走り抜けた。空を踏み、世界へ還る可能性へ。
青い鳥の羽が、2人を包み込み、あり得ざる部分に干渉し、不可逆へと手を伸ばす。
――貴女が焦がれ、望む物。それも少しぐらい報われたっていい。
――もちろん、渡す気なんてないけど。
青い光が3人を祝福し、呪うように溶け合って、月の夜を晴天の如く彩っていく。
その輝きは戦場のどこからも目に付いた。
思わず誰もが手を止めてしまう、温かな光。
●
――羽が黒に染まって落ちる。
――じくりと痛む痣が広がっている。
パンドラの奇跡は重い。
2人がかりでかなえた奇跡は、危うく2人とものそれを損失させかけた。
仲間達の肩を借りながら立ち上がる。
その向こう側で左角も失った女が幸せそうに笑みを浮かべて倒れている。
マッダラーは最後の最後まで見続けたその光景を詩にする。
源紫物語――ある女とある少年の物語を。
描き、詩う詩人の声が、少しずつ戦場に遺されていく。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
無事に紫の討伐を達成しました。
おめでとうございます。
MVPはハンスさんへ。
あなたのPPPが無ければ彼の物語は止まっていました。
GMコメント
さて、そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
<神逐>においては、レイドシナリオを担当させていただきます。
●決戦シナリオの注意
当シナリオは『決戦シナリオ』です。
<神逐>の決戦及びRAIDシナリオは他決戦・RAIDシナリオと同時に参加出来ません。(通常全体とは同時参加出来ます)
どれか一つの参加となりますのでご注意下さい。
●ルール
一行目:A~Dのどこかを書いてください。
二行目:同行者、グループ名を記載下さい。
三行目以降:自由に記述下さい。
白紙、意味をなさないプレイングなどは重篤な事態を呼びかねません。ご注意ください。
●オーダー
【1】紫討伐
【2】近衛長政に妖刀・鬼喰を回収させない
【1】は絶対目標、【2】は努力目標となります。
●戦場全景
高天京からやや離れた場所にある岩肌に囲まれ、一層と低くなった盆地、亀城ヶ原。
内側の盆地は広大な集落跡と中心部の城跡が見られます。
周辺には妖鬼と、大呪の影響を受けた量産型の妖怪たち、更には刑部省の軍勢が存在し、物々しい気配を発しています。
【A】北道口
最も京へと近いルートです。
他のルートは崩落、破壊工作などがなされており、事実上唯一の退路です。
本陣として使うのにも最適な広さを持ちますが、開始時点では困難です。
まずは早々に蹴散らしましょう。
■エネミー
・妖鬼×10
後述の紫が持つ<妖刀・鬼喰>の効果により変質した鬼のような姿の怪物です。
元に戻すことはほぼ不可能です。トータルファイター型。
呪性を帯びた瞳で呪いを付与し、強力な近接戦闘を仕掛けてきます。
・量産型妖怪〔鳥〕×???
監視システムのような役割を持つ鳥型の妖怪です。
戦闘機能としては雑魚もいいところですが、とんでもない数です。
定期的に飛来するため、ある程度の人数は常にこの地にいる必要があります。
・量産型妖怪〔獣〕×???
徘徊する獣型の妖怪です。犬、狐、狸、猪などなど、おおよそ動物らしい動物は基本的に存在します。
戦闘機能は大したことありません。とんでもない数がいます。
【B】清雲寺跡
北北西付近にある拠点です。お寺の跡地です。本殿部分に捕虜が捕らえられ、周囲は刑部兵により囲まれています。
刑部省が先の全体で捕えた捕虜の一部や監獄から脱獄した者達に加えて
脱獄を企てたとして連行されてきた者達を収容している場所です。
彼らは状況次第では妖鬼にされるべく亀城跡に連行されます。
■エネミー
・『黒焔刃』黒田 政貞
呪具の大太刀を持った純正肉腫です。
現在は刑部省の客将のようです。
非常に高い物攻、神攻を有し、反応、防技などは高め。
回避、EXAは並み、それ以外の能力はやや低めですが、魔種相当には強力な個体であると言えます。
【スキル】
紅蓮斬光(A):物中貫 威力中 【災厄】【業炎】【呪い】
冥獄殺刃(A):物近単 威力大 【災厄】【致命】【業炎】
業焔三連(A):神超単 威力中 【万能】【災厄】【呪殺】【連】
焔昇振舞(A):神自域 威力大 【ブレイク】【飛】【狂気】
斬傷膿種(P):パンドラを持たぬ存在への攻撃時、対象を肉腫化する
黒焔体質(P):【火炎無効】【凍気無効】
・刑部兵〔精鋭〕×20
トータルファイター型の太刀兵、タンク型の槍兵、遠距離アタッカー型の弓兵がいます。
政貞の指揮下で寺社跡を警護しています。
政貞自身の軍略は大したことありませんが、日々の鍛錬の成果もあり連携能力は高いです。
■味方NPC
・『桜の歌姫』光焔 桜
ユーリエ・シュトラール(p3p001160)さんの関係者です。
『<傾月の京>桜の歌姫、異界の剛剣、相対するは巣食う悪意』にて捕えられたあと、こちらに輸送されました。
妖鬼に変質させる対象として連れてこられたようです。
傷などはないため、解放後はヒール、バフ付与や中~遠距離攻撃をするサブアタッカーとして活動してくれます。
・各務 征四郎 義紹
『<傾月の京>月下に踊る鏡と蛇』にて捕縛された後、この地に輸送されました。
敵としては<妖刀・鬼喰>の次の使用者として起用するつもりのようですが、現状は拒否しています。
解放後は弓による遠距離、刀による近距離戦闘をするアタッカーとして活動してくれます。
・永倉 肇
すずな(p3p005307)さんの関係者です。黒田政貞への再戦に燃えてここに参戦しました。
近~遠距離のパワーアタッカーです。
■中立NPC
・任侠者×30
脱獄を果たした、或いは脱獄を試みたと判断された任侠者です。
現在は中立ですが、解放後は説得方法によっては味方になりえます。
彼らは任侠者です。命など惜しみませんが、命を捨てる場所と状況は選びます。
説得にしろ恫喝にしろ、言い方ややり方によっては動かないでしょう。
武器に関しては打ち倒した刑部兵から分捕って使います。
戦力として活用できます。
【C】西之郡市場跡
清雲寺跡と亀城跡の中間付近に存在する、市場跡です。
『刑部卿』近衛長政とその麾下精鋭部隊が駐留しています。
一見するとイレギュラーズを待ち受けているようですが……?
■エネミー
・『刑部卿』近衛長政
傲慢属性の魔種です。トータルファイター型のオールラウンダーです。
【火炎】系、【電撃】系、【凍気】系、【麻痺】系の魔力を大薙刀の刀身に纏わせて攻撃してきます。
<スキル>
雷刃(A):刀身に雷を纏わせ、一直線上を貫く斬撃を放ちます。
焔扇(A):扇状に炎を纏った刃を撃ち抜きます。
凍斬(A):中距離の横一列を凍気を纏った刀身で薙ぎ払います。
無双斬(A):瞬く間に3度におよぶ刺突を敵に打ち込みます。
???(EX)詳細不明。溜めが入ります。退避をお勧めします。
・『刑部兵』精鋭×20
刑部省の精鋭部隊です。長政直下の精鋭であり、長政へ忠誠を誓う事実上の私兵ともいえる者達です。
長政が命じれば妖鬼に変質することも、狂気に身を任せることも厭いません。
槍兵10人、太刀兵5人、弓兵5人。非常に連携の取れた部隊です。
【D】亀城跡
全ての街道跡が収束する中央部。
天守を思わせる何かの跡が残る場所です。
最も危険な場所です。
●エネミーデータ
【紫】
源 頼々(p3p008328)さんの関係者です。
魔種に匹敵する高いスペックを有した旅人です。
尋常じゃない再生能力を有しており、生半可な火力では直ぐに復活してしまいます。
非常に強力な神秘系のスキルを用いて攻撃してきます。
彼女は何かを或いは誰かを待ち受けているかのようです。
有効打を与えるだけであればアタッカー10人、その上でアドバンテージを取るなら15人以上いた方が良いでしょう。
<スキル>
紫染壱(A):邪魔は許さない(神超域)
紫染弐(A):ワタシの前に立つな(神超貫)
紫染参(A):キミだけを見てるからね!(神超単)
星酒(A):それこそは星を呑む神秘。(自身を中心に半径20m以内全周)
神性親和(P):【再生特大】【攻勢BS回復】【封印無効】【麻痺耐性】
・妖鬼×10
後述の紫が持つ<妖刀・鬼喰>の効果により変質した鬼のような姿の怪物です。
元に戻すことはほぼ不可能です。トータルファイター型。
呪性を帯びた瞳で呪いを付与し、強力な近接戦闘を仕掛けてきます。
・量産型妖怪〔獣〕×30
徘徊する獣型の妖怪です。犬、狐、狸、猪などなど、おおよそ動物らしい動物は基本的に存在します。
戦闘機能は大したことありません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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