シナリオ詳細
ローレット・トレーニングIX<幻想>
オープニング
●祝宴
実り豊かにして広大な大地は神に愛され、住まう人々は信心深く。御伽話に謳われる勇者が築きし偉大なる王国――幻想(レガド・イルシオン)。その歴史は深く、その伝統は他国に誇れる誉れである。世を泰平に治むるは、善き王の御代にあってこそ。
しかし、積み重なれば潰れ、腐り、澱みが溜まる。腐りきった貴族社会と、強大な三大貴族に担ぎ上げられた覇気に乏しい『放蕩王』が治め、その陰で民たちが犠牲を強いられる、かつての強国。それが今代の王、『放蕩王』フォルデルマン三世(p3n000089)が治める幻想王国である。
そんな幻想の地も、イレギュラーズが介入した魔種事件を切掛に良い方向へと少しずつ変わっていっていた矢先、いつもの派閥争いではない騒乱が起きた。大量発生した魔物事件、レガリアの盗難、奴隷市。そして、イレギュラーズの領地襲撃。それはいずれもミーミルンド派の貴族が起こした王権簒奪を目論見であった。フォルデルマンにより『勇者』の称号を与えられたイレギュラーズたちは、現国王を支持する幻想貴族たちとこれを成敗したのも記憶に新しい。
「私の親愛なる友にして勇者たるレギュラーズ諸君、よく来てくれた」
綺羅びやかな部屋に足を運びながらそう口にしたフォルデルマンに、美しい黄金の髪をふわりと揺らしながら付き従う『花の騎士』シャルロッテ・ド・レーヌ(p3n000072)が花のかんばせに憂いを纏う。所定の位置に付いてから言って下さいとか色々と言いたいことがあるのだろう。しかし、口にはしない。我慢、我慢だ。
彼が姿を見せた途端に頭を下げて美しい所作で礼をする貴族たち。その眼前を絢爛たるマントを翻しながら歩む姿は様になっているが、王の言動はどうにも軽い。
「先日の働き、ご苦労であった。勇者たちも、貴族のみなも。私は諸君らの日々の働きにいつも感謝している。ありがとう!」
玉座前に立ったフォルデルマンが両手を広げ、集う貴族とイレギュラーズたちに軽い口調で告げる。先日の祝勝会に会った者もいるだろうが、それ以外の者へも向けて。
「そして今日はイレギュラーズ諸君にとっては特別な日。昨年私と共に祝った目出度き日でもあるが、勇者たちの多くが『神に選ばれた』日だ。勝利を! 出会いを! 運命を! 共に祝おうじゃあないか!」
絢爛豪華なサービストレイに乗せて侍従が運んできたグラスへと手を伸ばす。
貴族たちとイレギュラーズたちを見渡して、王は満足な笑みを湛えて口にした。
「今日は存分に楽しんでいってくれたまえ、我が友人たちよ!」
――幻想王国に栄光あれ!
グラスを掲げて乾杯の仕草を取ったフォルデルマン三世に、幻想貴族たちが倣う。
「美しきレガド・イルシオンに栄光あれ」
「偉大なる王国に栄光あれ」
『庭』が荒らされなくなったことに機嫌を良くしているのか『暗殺令嬢』リーゼロッテ・アーベントロート(p3n000039)は淡い笑みを花唇に乗せ、『黄金双竜』レイガルテ・フォン・フィッツバルディ(p3n000091)は無感動に眉ひとつ寄せることなくそうと鷹のような瞳を伏した。
常よりも穏やかな会場内の雰囲気を楽しむように見渡した『遊楽伯爵』ガブリエル・ロウ・バルツァーレク(p3n000077)も掲げ終えたシャンパンへと顔を寄せ、その馥郁たる香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
イレギュラーズたちにとっても自分たちにとっても、良いひとときとなることを祈って。
●ローレット
王城内でそんなやり取りが行われている頃、王都『メフ・メフィート』に拠点を置く冒険者ギルド『ローレット』も賑わっていた。
「今年も盛況そうね」
窓から見る表通りもローレット内も、イレギュラーズたちで溢れている。スモーキィ・アクアの憂いはなく、つい目を細めてしまいそうな鮮やかなスカイブルーを望むような瞳で『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)が口にすれば、王都内の地図を広げて案内をしていた『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)が彼女へと顔を向ける。
「今年はそうですねー、領地を襲撃された方も居ますし、どうなっているかを見に行く人もいると思うので、幻想各地に人が多いかもなのです」
領地の襲撃や、ヴィーグリーズ会戦への出兵などもあった。手ひどく爪痕を残された領地は未だ復興を終えていないことであろうし、戦後や日々の労い、溜め込んだ雑務の処理にと自領に居るイレギュラーズたちもいるだろう。
「城へ豪華の食事目当てに行っている者も、例年通り騎士団に請われて鍛錬に付き合っている者もいるようだね」
その武具ならこの武器屋がいいとなかなか良い品揃え(厨二的な意味で)な武器屋の名前を記したメモをイレギュラーズへと手渡した『黒猫の』ショウ(p3n000005)もふたりの会話に混ざる。
「いいですよねー、豪華なご飯。僕も食べたいのです」
「あら、トレーニングはしなくてもいいのかしら?」
「ボクは頭脳派な情報屋ですのでっ」
トレーニング自体は様々な場所で行われている。
武器を振り回すのなら、騎士団や自警団の演習場や、見渡しの良い広めな広場。
体力作りに筋トレをするのならば、家や公園。ジョギングならば場所は問わずに王都中――と言っても貴族街や王城内は当然駄目だが、様々なところを走り回ってみるのも良いだろう。
また、信心深き者は中央大教会で祈りを捧げたり、奉仕活動に従事することが可能だ。『幻想大司教』イレーヌ・アルエ(p3n000081)からの許可は得ていると、プルーが微笑んだ。
「そういえば、雨泽はどこかへ行ったのかい?」
先刻までローレット内に居たはずの劉・雨泽 (p3n000218)の姿が見えない。
「彼なら、チラシを見てからドーンピンクの移り変わりのように慌てて外へ出ていったわよ」
白魚のような指で指し示された壁には、沢山のチラシが貼られている。イレギュラーズたちの祭日を祝って限定メニューを出してくれている飲食店のチラシだ。それ見たショウは「ああ」と納得したような声を上げた。数量が限定されているものも多いから、急いで出ていったも頷ける。
「さて、俺は問題が起きていないか巡回に行ってくるね」
喉奥で小さく笑ったショウがローレットは任せても良いかとプルーへと瞳で問えば、孤を描く艷やかな唇と淡い微笑とか肯定を返してくる。
「あ、ボクも巡回に行くのです!」
主に喫茶店とか、市場とか!
今日はイレギュラーズたちがたくさん王都にいるからとあちらこちらで屋台が出ているため、よく冷えた串に刺した果物や果実水を片手に観光や休憩を楽しめる。
勢いよく飛び出していった元気な背中を見送ったプルーはローレットのカウンターへ肘を着き、吐息に言の葉を乗せる。
「今日の皆は、何色の景色が見られるのかしらね」
- ローレット・トレーニングIX<幻想>完了
- GM名壱花
- 種別イベント
- 難易度EASY
- 冒険終了日時2021年08月19日 23時18分
- 参加人数229/∞人
- 相談9日
- 参加費50RC
参加者 : 229 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(229人)
リプレイ
●幻想に住まう人々のために
先の戦いの爪痕の残っていない王都とは違い、襲撃を受けた領地、会戦の中心となったヴィーグリーズの丘近辺の街道には、未だに戦禍の跡が色濃く残っている。時が経てば薄れていくことは間違いないが、けれど誰かが立ち上がる事によってその爪痕はより早く薄れていくことであろう。
「荒れた心と大地を照らす愛と正義の暁光! 魔法少女インフィニティハート、ここに見参!」
明るい声と可愛らしいポーズでキメた愛は蛍光ピンクの光を地に放ち、地面に転がっていた岩を粉砕した。
「大きな岩があって困っていたんだよ」
「壊すことなら私も得意よ、任せて」
ロザリエルには道路を作ることや建物を作ることは出来ない。これはロザリエル以外の殆どのイレギュラーズとて、そうだ。素人がどうのこうのとするよりは、その道のプロがやってくれた方が出来栄えも、その後の頑丈さも段違いのはずだ。
だから皆、自分が出来ることを自分のできる範囲で、精一杯に。
「道だ! 道を引くのだ! こうズビャビーっと!!!」
愛とロザリエルが均した地へ、人を募ってきたダークネスクイーンがビシッと指をさして指示を出す。世界征服を目論む悪の秘密結社の頭領である彼女にとってこれは慈善事業ではない。何れ自分が世界を収めた時の為の先行投資なのだ! ……というのは建前であるが。
「うむうむ、関心であるな」
沢山のイレギュラーズたちや彼等が募った人々が汗を流して働く中、エンヤスはゆったりと巡回する。
「次は何をすればいい?」
「ふむ、手が空いたのかね? ならばこれを配ってやるがよい」
「お、キンキンに冷えたポーションか。いいねぇ」
重い荷物を運びえ終えたイーディスはエンヤスからポーションを受け取り、暑さでバテる前にと皆へと配っていった。
街道で作業をする以上、資材を狙った野党や魔物の襲撃の恐れがある。それに不安がる作業員もいたが、彼等の作業の邪魔をするそれらは決して現れない。他者に見つからないように行動しているビジュや、コルウィンが中心となって辺りを巡回し、警備に当たっているからだ。
「困っていることはありませんか? 強敵発見時は必ず連絡ください」
「今の所、睨みを効かせれば逃げてくようなやつらばかりだ」
助けを求めている人を探して各地を回るイースリーがコルウィンに声を掛ければ、そんな答えが返ってきた。
補修活動は、基本的に力仕事である。力仕事をすれば人は腹を空かせ、疲れる。そんな人たちのために栄養ある料理を作って提供することだって、立派な活動である。
シチューの入った大鍋を大きなおたまでぐるりと回したパーシャが、ミミへと頷く。もう持っていっても大丈夫ですよ、の合図だ。
「差し入れ持ってきたですよーっ」
たくさんのサンドイッチを手にしたミミの明るい声が響き渡れば、人々は「おお」と嬉しげな声を上げて用意された食事へと手を伸ばす。
「おかわり、たくさんありますからねっ」
看板娘の笑顔に、午後からも頑張れそうだと、労働者たちが笑った。
「水分はたくさん取ってくださいね。休憩も、疲れたと思う前に木陰で」
補修作業をしていれば、木槌で手を打ったり、何処かに引っ掛けたりと小さな怪我をする人もいる。そういった人たちの間を間を忙しく動き回りながらも、佐里は声を掛けて回った。
「――え、肉体労働を手伝え?」
「勇者の名が傷ついては困りますから」
聞いていない。そう言いたげな声を上げたクリスティアンの手に、瑠璃が作業に必要な道具をはいっと乗せる。戦いの被害を受けた人や職を失った人を中心に雇ってきた瑠璃に彼等も働いていますよと示されて、クリスティアンは大きなため息とともに作業に加わった。
農業や治水が得意な領地を抱えるコゼットは手を貸してくれる領民たちを連れ、農地を荒らされた領地へと向かう。誰もが当たり前の幸せを受け取れるように、国全体が早く立ち直れる事を願って。
「ここの復興はまだまだね……」
ヴィーグリーズの丘の近く、ビルレストの街は戦禍の爪痕も色濃い。落ちたままの橋など、復興に時間が掛かりそうだ。住民たちが瓦礫を取り除こうとしている姿を見つけ、ノアも手伝いに加わった。
「カンペキな……コッコ、カンペキなこーきょーじぎょーできてるな!!」
持つべきものは有能な友人。もといダチコー。あれやこれやと友人たちに指示を出せば、オエライサンになった気分でコッコが笑った。
「ここらの作業はこんなものかな?」
「そうですね、資材も次へ回して良さそうです」
土のうを置いてふうと汗を拭いながら身体を起こしたグレイシアに、資材や運送ルートを書き記した紙を確認した鶫が頷いて返す。
「次の作業場にいくから、作業員の皆は馬車に乗ってね」
ある程度の補修を終えたら次の場所へ。
修繕が必要な場所は、まだまだ沢山。一月や二月働き詰めたって足りないくらい、やることはいっぱいだ。
「とばしていくぜー!」
せめて今日はその修繕が一日でも早く終わるようにと、イレギュラーズたちは各地で手を貸していった。
●地獄のブートキャンプ
「やあみんな、郷田ズブートキャンプの時間だぞ!」
場所はアーベントロート領北部の山頂。空気も薄く、身体をいじめ抜くには適した環境だ。
「今日は死ぬより辛い地獄を見せてやる予定だ、死なないように頑張ってくれHAHAHA!」
高笑いとともに、では早速と貴道は地獄のキャンプを開始した。
言葉とともにジャーンと出てくるのは、大岩。ご丁寧に転がりやすく丸くしてある。まさか、それを……。参加者たちの気持ちは今、ひとつになった。
「登らせてすぐ降りさせるなんて聞いて……あああ、虫! 虫が!?」
「足を止めるな、ホロウ! 走れ! 走らねば潰されるぞ!」
逃げるルートを選んではいられない。早速蜘蛛の巣に顔を突っ込み既に気を失いそうなホロウへ叫びながら、リュンクスも山猫が如き動きで駆けていく。
何とか大岩から逃げ切り山の麓まで辿り着けば、武装した貴道の領民たちの姿。倒しても良いのだろうかと一瞬コルトは考えたが、きっと彼等に見つからず立ち回る訓練だろう。
「……私はもっと強くなりたい!」
何処から用意してきたのと言いたくなる巨熊や謎の怪物の攻撃を硬質化した腕で実験体37号は受け止める。憧れている人が居るから、彼に近づけるように、強く! 思いを腕に篭め、イレギュラーズたちは戦い続ける。
「なんて悪魔的なメニューなのかしら!」
02は顔の横を通り過ぎた拳に、心の内のみで微笑う。
「強くなるにゃもってこいだがな!」
大木や岩石がゴロゴロ転がってくる滝行を終えたと思えば、待ち構えていたのは千人組手。そうしてまた走らされ、息つく間もなく素手で仕合えと言い渡されて。
汗が飛び散り、白い息が溢れる。人間形態で挑んだワモンは「流石は郷田のにーちゃんだ」と疲労を滲ませながらも笑った。
「皆、いい顔になってきたじゃないか」
夕日を背に、掛かってこいと手を鳴らす貴道。
「まだ続くの!?」
「これからが本番だろう?」
帰るまでがブートキャンプです。
●幻想各地
「ただいま、お父さん、お母さん」
訓練や仕事にせいを出している姉や他の皆には申し訳ないとは思いつつ、ダイアは辺境にある実家に顔を出した。手紙は出しているけれど、久しぶりに会えば言葉は溢れて止まらず、あっという間に時間が過ぎていく。
時間をどう使うかは、各自の自由。
たまにはゆっくりと休息を。
お茶を飲もうとベネディクトに誘われたハンスは、ベネディクトの家に訪れていた。嬉しいけれど、何だか少し落ち着かない。
「ハンスのお菓子作りは趣味なのか?」
「嫌いではありませんが……姉にせがまれて作っていたんです」
「少し羨ましいな。差支えが無い程度に聞かせて貰っても?」
「じゃあ姉さんがケーキでお城を作れって言った時の――」
暖かな湯気と甘味を挟み、穏やかな時は流れていく。
「ええ。王都での暮らしにも大分慣れてまいりました。学友もできましたし、イレギュラーズの仕事と学業の両立も問題なくこなしておりますわ」
こういう時くらいは顔を出し、ディアナはクラッセン家の家長の前で澄まし顔。勿論、とある男と恋仲になっていたり、最近穴掘りをしたことなどは絶対に内緒だ。
「先日の動乱ではあれこれと稼がせてもらいましたが……しばらくはゆっくりしたいものですね」
自領を確認しに来たウィルドは拠点の整備の見回りを終え、ふうとため息をつく。見上げた空は平和そのもので、先日の動乱が嘘のようであった。
そんな彼女の視線の先を飛んで自領へ降り立ったアクセルは、見覚えのある顔に大きく腕を振り、声を掛けた。
「シュワルベ! それにショーンもジャンも!」
領地は襲われ、その後の戦いでも彼等と肩を並べて戦った。どうやら自領はそんな苦難も乗り越え、前へと進んでいるらしい。住まう人々の元気そうな姿に、胸に夏の爽やかな風が吹き抜けるようだった。
攻められた側は復興に勤しむが、此度の戦の敗者側はそうでもないところもあるだろう。責を追求され治める土地を取り上げられた者、或いは主が返らぬ場所。そういった土地は勿論国の管轄となる訳だが、勇者が申し出れば報奨として得られることもあろう。
「トマトの栽培に適している土地は、と」
トルテは最適な領地候補地を探し、高原地帯を探索して回った。
自領の領民と少しずつ歩み寄っている最中のルツは、此度はどうしようかと数日前から頭を悩ませていた。
そうして選んだのは、領地での民たちの為のお祭りだ。ありがとう領主様と笑顔を向けてくる民たちはいつもより気安く、彼等の声も拾うことが出来る。民たちと、また少し距離が縮まったように感じた。
「るんたったーるんたったー」
とある山から、此度も楽しげな声が聞こえてくる。もう幾度目かのひとりで山に籠もってのトンネル掘りなため、方向音痴にも関わらず迷わず辿り着けたことに樹里は静かに己の成長を噛みしめる。
そろそろ開通してくれそうな気もすれば、樹里のやる気も増すというもの。
「ふぁいとー、おー」
祝日だからこそやれることがある。
ドゥネーブ領にある主の屋敷も、今日はがらりと出払っている。主が不在……つまり、普段は主の目に触れてしまう所や掃除しにくい所のお掃除日和。リュティスは掃除道具を手にキリッと屋敷内を見据えた。
家事から不届き者の掃除まで、このリュティスに何でもお任せください!
掃除に精を出す者もいれば、庭いじりに精を出すものもいる。
いつもの庭園を整えに来たヴァイスは、次は何を植えようかしらと首傾げ。
「新しく、何か植えようと思うの。此処にはいない種類の子よ……あなた達は大丈夫かしら?」
庭園の花たちは、そよそよと風にそよぎながら聞いていた。
「どう、Lumilia。気に入ってくれた?」
「ええ、とても。綺麗で――あら、ふふ、くすぐったいです」
マルベートの領地『食用花の楽園』で視察兼デートと洒落込めば、主の訪いに眷属の狼たちが駆け寄ってくる。熱烈歓迎してくれる狼たちにLumiliaが綻ばす表情はとても愛らしいが……なんだかもやり沸き立つ気持ちを自覚して、
「ヴァイオリンが聞きたいな」
穏やかに微笑む彼女の音色に、フルートを重ねる。
願わくば、心も重なりますように。
この混沌世界に召喚されてから日の浅い――と言っても半年ほどだが――ルブラットは一度大教会へ足を運んだのち、地方の教会へと向かった。戦禍の爪痕のない王都の教会に負傷者はおらず、彼の腕が正しく振るえる場ではなかったからだ。
「患部を清潔に保つことを忘れぬように」
お医者様が来てくれたと喜ぶ負傷者を前に、次々と適切な処置を施していった。
イレーヌによって遣わされた教会の慰問団は、戦いの爪痕の残る土地で治療に炊き出しと忙しく働く。
「お姉ちゃん、こっちこっち」
子供たちに笑顔を取り戻すこととて、大切な奉仕だ。親を亡くした子にいっときでも笑顔が戻るのなら――リアはロザリオを揺らし、笑いながら彼等を追いかけた。
幻想各地から伝わってくる賑やかさに、森の中でトニトルスは静かにこうべを上げる。
久方ぶりに微睡みから目覚めてみれば、今日はどうやら記念日のようだ。ともに言祝げないことは少しだけ残念だが、慶事に喜ぶ空気は嫌いではない。
ひとびとは、今日も幻想の平和を願っている。
●絢爛なりし王の宮
宮廷楽団が奏でる美しい音楽に、星の輝きを集めたようなシャンデリアの下で踊る人々。
中央の踊り場を囲むようにして貴族たちは各自の派閥ごとに自然と分かれ、仮面の下で談笑を交わす。その仮面が常よりも薄いのは、社交の場というよりはイレギュラーズたちの――勇者のためのパーティだからだろう。
「喜べ、この俺が陛下への挨拶ついでに来てやったぞ。はっ、相も変わらず愛想のない女だな!」
Trickyが声を掛ければ、すかさず『花の騎士』が嫌そうな顔をした。その顔が先日の祝勝会よりも『マシ』になっている事に安堵した事を悟られぬよう軽口を叩き、程々な所で頑張れよと作家は離れていく。
「陛下、こないだはお疲れ様」
一国の王に対して気安く声を掛けられるのは、この王だからこそだろう。『放蕩王』はその声に振り返ると、「おお、君か」と明るく声を上げた。
「私達が戦ったからってだけじゃないわ、陛下もこの国を守ってるのよ。皆で守って、みんなで勝ち取ったの」
「嬉しいことを言ってくれるじゃあないか」
アクアの労いに破顔するフォルデルマンの元へ、美しいドレスに身を包んだアイラも淑やかに近付く。
「ご機嫌麗しゅうございます、陛下、騎士様」
社交もまた貴族の務めと心得ているアイラは美しいカーテシーをして、良ければ乾杯をご一緒してくださいませんこと? と手にしたグラスを掲げた。シャルロッテは職務中ゆえグラスには手を伸ばしはしないが、王は機嫌よく鷹揚に頷き「さあ君も」とアクアも促した。
花に囲まれながら楽しげに乾杯をするフォルデルマンを遠くからこっそりと見守り、クィニーはくすりと笑みを零す。彼等の乾杯に合わせて彼女も杯を掲げたことに、彼等は気付いていないだろう。が、それで良いのだ。
(ふっふ、フォルデルマンのお殿様も、随分……人を惹きつけられるようになったよね)
四年という歳月で、王も国も、良い方へと向かっている。これからもきっと、もっとよくなっていくことだろう。
「あ、あの! 私もお話させて頂いても宜しいでしょうか?」
バルツァーレク領に領地を得たシャラがこれも領主修行! と緊張しながらもフォルデルマンに声を掛けた。沢山交流して、領民たちに胸を張れる領主になるために。
「ああ、構わないとも」
返ってきた王の笑みに、シャラはホッと胸を撫で下ろした。
「お相手、ありがとうございました」
「貴方のダンス、悪くありませんでしたわ。けれど――」
後は言わなくともお解りでしょう?
言葉を最後まで紡がず、ティナの手からそっと繊手を離したリーゼロッテは社交の場へと戻っていく。鍛錬をサボってしまった事を見抜かれた事にひやりとしつつも、一時の間彼女の時間を貰えた事にティナは自然と緩んでしまう。
「り……りりり……リーゼロッテ様…」
ダンスを終えて戻ってきたリーゼロッテにどもりながらも声を掛けるのはオウェードだ。いつも沢山心の中で練習しているのに、彼女を目にすると顔は真っ赤、頭は真っ白だ。
「……ここ……今回は紹介する……イレギュラーズがいる……」
「初めてお目に掛かります。私はエーミール・アーベントロートと申します」
「まあ。我が家と同じ家名ですのね」
えっ、と驚くエーミールに、お嬢様は嫋やかに微笑む。どうやら彼は三大派閥の名前も知らない程にこの世界に来て日が浅いようだ。
「キルロード家の忠義はアーベントロート家に。私の忠義はリーゼロッテ様に誓いますわ。ご用命あれば如何様にでも」
「ご機嫌麗しゅう御座いますお嬢様」
流石に野菜の持ち込みは止められたガーベラとレジーナが美しく淑女の礼をすると、「あら」と蠱惑的な赤をリーゼロッテが向けて美しく微笑む。先日も『お願い』を聞いてくれたふたりだ。ご褒美の笑みに、ふたりの横でオウェードが今にも湯気があがりそうになっている。
「と、時にお嬢様。占い等ご興味ありませんか?」
「どのような占いをなさいますの?」
「星を見て吉兆を占います。できれば、その、相性を……」
「――これはお嬢様。本日もご機嫌麗しゅう」
新たに近付く声に、後ほど二人きりでと耳元に落とされたレジーナは「はひっ」と舌を噛んだ。
「我が父上も兄上も、こうした『賑やかしい』場を戦場とする者。先の大事件に馳せ参じませなんだこと、重ねてお詫び申し上げます」
燕尾服姿のティーデの慇懃な礼に、リーゼロッテは鷹揚によろしいのよと微笑む。忠臣かどうかは、火の粉が飛んだ時にこそよく解るものだ。
「もし『次』がありましたら、その時は」
――期待しておりますわね。
美しいだけじゃない薔薇の笑みに、ティーゼは「は!」と深くこうべを垂れた。
リーゼロッテのお手並みを拝見したかったイスナーンは、この場が社交の場であることを失念していた。当然誘っても彼女が乗ることはなく、微笑みで躱されてしまう。けれど挨拶だけはと言葉を交わし、パーティを楽しむ。
「良ければ、新参者の私にも皆様のお話をお聞かせ願えないでしょうか?」
エーミールの声にリーゼロッテへの挨拶を終えたイレギュラーズたちが応えて離れていくも、彼女の周囲から人が絶えることはない。挨拶に来る者はイレギュラーズだけではなく、幻想貴族たちもひっきりなしに訪れ、彼女と話す順番を待っている。
そんな彼女の姿を遠くから見ていたカレンは、ひとり、夜の庭園散策へと足を伸ばす。四季折々の花で溢れる王宮の庭園は、今は盛りと花が溢れんばかりに咲き、美しさに時を忘れて散歩を楽しんだ。
王城の厨房は、パーティ前までは戦場だった。
けれどそれも、無事にパーティが始まってしまえばお終いだ。後は料理の残量をチェックしているパーティ給仕から連絡が来たら――等と思っていたら、ふうと充実感ある吐息を零して休んでいた蘇芳の元に、追加オーダーが入る。
「さあ、もうひと仕事しますかっと♪」
蘇芳が短い休憩を終える頃、パーティ会場で料理を口に運んだ透夜は「ん、美味しい」と瞳を輝かせ、こんな美味しい料理を無料で食べさせてくれる王と食材と料理人に感謝した。
王都の限定メニューにも心が惹かれたけれど、やはり王城の料理を食べる機会のほうが稀だろう。お城に来て良かった。
「あ、これ美味そう」
透夜の横から伸びた手が、ガラス容器に飾られたゼリーを浚っていく。ゼリーの色は澄み切った青。彩る生クリームは雲のようで――まるで、青空。空を飛ぶことと食べることが大好きな青燕にぴったりなゼリーだ。
「赤いのも美味しかったよ」
「お、あっちは夕焼けみたいだな」
食べるの好きなふたりは意気投合し、全制覇を目指す。
目当ての人物に出会えなかったアトとイーリンのふたりは、王宮の料理を存分に楽しむと沢山の荷物を抱えて王都から出ていく。今日だって彼女が居るのはきっと、果ての迷宮だ。沢山の荷物は、彼女へのプレゼント。迷宮の各階層の絵地図など、見せればきっと喜んでくれることだろう。
「かんぱーい! かんぱーい!!!」
ハッピーが笑顔でグラスを掲げれば、驚いた顔の貴族が控えめに、笑顔のイレギュラーズが豪快に、彼女に倣ってグラスを掲げてくれる。そんな彼女に手を引かれている幽魅は、迷子にならないようにかな? と首を傾げながらも豪華な食事に手を伸ばす。料理に手を伸ばす余裕があるのは、これでもハッピーが加減しているからだ。
「ほら、幽魅さんも!」
「へっ……? わ、私と……? あ……か、かんぱ……ぁい……?」
そろりと杯を掲げる幽魅に、ハッピーが飛び切りの笑顔を向けた。
因みに――貴族たちは自分たちの社交に忙しく、イレギュラーズも慣れているのか、おばけがウロウロしていても気にする者はいなかった。
●トレーニング!
王城内では騎士団の演習所を始めとした至る所で、熱気のある声が響く。常ならばひと目のつく場所でのトレーニングは行われないが、今日は我が友の望むようにと王も告げている。正しい意味でのトレーニングを行い、身体を鍛え上げる者たちの声が響いていた。
統率が取れた動きをするため指揮官の命令下で団体行動の訓練を行う騎士、鎧を纏ったまま隊列を組んでの走り込みを行う騎士、模擬刀をぶつけ合い実践に近い経験を積む騎士――に混ざり、イレギュラーズたちの姿も多く見られる。
「流石は騎士と言ったところか……」
騎士たちの後ろを遅れて走っていたマヌカは、ふうと汗を拭いながら足を止める。前衛である彼等と後衛である自分との体力差は重々承知。しかし、それは戦いが長引いた時に必要となってくる。膝を折れない瞬間が、きっとあるから。座り込みたがる足に喝を入れ、マヌカは騎士たちと走っていく新次郎の背中を追いかけた。
訓練で疲れたり無理をした騎士やイレギュラーズたちのために、Loveとディアナも待機してくれている。怪我を見つければ素早くディアナが駆けつけ、治療を。筋肉疲労でへとへとになれば、Loveが優しくマッサージを。ふたりが居るから少しの無茶も出来ると思われているのか、ふたりは大いに働いた。
オランは戦うことが大好きだ。戦闘狂と言ってもいい。
「手合わせしようぜ!」
団体行動の訓練の列から外れて歩いてきた紅色の戦乙女鎧。その腰に剣が下がっているのを見るや、手合わせに誘った。誘われた鎧姿の乙女――アリシアはふたつ返事で受け、すらりとノクターナルミザレアを抜き放つ。
剣術に体術を合わせた技を放つオランを見、アリシアも得意な剣術に魔法を織り交ぜる。相手が剣術のみを使わない、より実戦に近い手合わせに、オランは満足そうに「いいねぇ!」と笑っていた。
「折角の機会じゃ! 共に良い汗を流そうぞ!」
鶫の声がけに、お願いしますと新米騎士たちが列を成す。
「私も宜しいでしょうか?」
「うむ、よいぞ。当然じゃ!」
此方に喚ばれてから大分刃が鈍ってしまったアンウォルフはありがとうございますと笑って、新米騎士たちとともに訓練を受ける。
「まだじゃ! はよぅ立て!」
防御型とは言え、鶫の一撃は新米騎士やアンウォルフには重い。剣を弾かれ尻餅をついた彼等に、休むのはまだ先じゃ! と喝を入れた。苛烈なくらいがろぅれっと流、である!
騎士団以外でも、王都を歩けばあちらこちらからトレーニングに励む声が聞こえてくることだろう。
広い公園で、訓練に励むイレギュラーズたちの声を巡回中のクレイシュは聞いた。どうやらふたり一組で訓練をしているようだが――。
「アオイくん、アオイくん! そのキレイな足で蹴って頂戴。もちろん、これは耐久力を上げるためのトレーニングよ」
銀髪の女性が、水色のツインテールの少女……いや、少年に早口でお願いしている。
他意は微塵もないわと言い切るエル。ほんとかなぁ……。
「お姉さんにはいつもお世話になっているし、別にいいけど……」
いいんだ……。いいらしい。
「さぁ、キツイのを一発お願いするわ、アオイくん」
「それじゃあいっくよ~、えい!!」
響いてくる声を最後まで聞かずに、クレイシュはそっと公園を後にする。
(……イレギュラーズも千差万別居るんだな)
事案にはならなさそうだし、もしなったとしても国家権力の犬様に任せればいい。巡回なんて必要ないくらい、今日の王都は平和だ。それもそのはず。あちらこちらにイレギュラーズたちがいるのだから。
「ウーン、ウーン」
虎は街中でとても悩んでいた。
今日は天気も良くて絶好の修行日和! だけれども、こんな街中で修行はしたことがない。
「ヘンテコ太陽! 何か面白い事を提案するアル!」
「私の美しさと眩しさに免じてその提案の棄却して頂けませんかねぇ?」
「何も浮かばないならアンタをぶん殴るアルっ!」
おやおやと眺めていたアルテラも虎が拳を握ると両手で『遠慮のポーズ』をして後ずさる。99年間もニートをしていただけあって身の危険には敏感であった。
「私を見事殴る事が出来たらご飯でも奢ってあげましょう」
言うが早いかアルテラは王都を飛び出し近隣への森へと逃げ込み、虎も待てー! と追いかけていった。
先だっての幻想内での戦いは、多くのイレギュラーズたちに己を見直す機会となったようだ。このままではいけないと鍛錬を積む者、体力を見直す者がローレット近くでも多く見られる。
何が起こっても大丈夫なようにと、シャルティエが剣術の型をその身に何度も覚え込ませているローレット近くの空き地。そこへ街中を走り込んで戻ってきたセンキは、用意した人型の木の板へと銃弾を打ち込み、その精度を高めんとする。手足は狙わず、ひたすら急所を。この先、彼女が追うとある犯罪組織が来ても、負けないように、と。
多くのイレギュラーズたちとは進む道が違えど、琴文美もその技を磨かんと剣を振るう。彼女の場合、剣技と言うよりも暗殺術ではあるが――
「ふふ」
自身の手で血肉を引き裂く瞬間を想像して思わず漏れた笑みにシャルティエの視線が向けられたのを察し、琴文美は何事もなかったかのように振る舞った。
一人で特訓をしても良いけれど、誰かと行った方が身になる気がする。けれど誰と……とメルナがローレットで訓練相手を探していると、顔見知りを見つけた。
「ジュリエットちゃん、クリソプレーズちゃん」
掛けられた声に振り返るふたりは、メルナが以前依頼で一緒に行動したことがある。クリソプレーズには情けない姿を見せてしまったけれど、今日はその弁解のチャンスとも言えよう。
一緒に訓練をしようというメルナの提案に賛同の意を示してくれたふたりは、お互いに初めましてと挨拶をし、三人は揃ってローレット近くの空き地で互いの武器を構える。
「往きましょうクライノート。碧玉の名に恥じぬ戦いをお見せいたしますわ!」
「……あっ、ところでこれ。ゴーレム、壊しちゃっても大丈夫なんだよね……?」
「退屈な相手にはさせないわ、壊せるものなら壊してみなさい?」
三者三様。己とは違う戦闘スタイルは、学ぶ点が多くあった。
持久力をつけるために、と盾の数倍の重量がある鉄板を背負ってのランニングを才蔵とマグタレーナと終えたフィリーネは、一度も速度が変わらなかった才蔵に「流石ですわね」と微笑んだ。
ランニングの後は、三人で模擬戦。この三人も、それぞれ違う戦闘スタイルだ。
ランダムに放たれ魔力と物理の矢が才蔵とフィリーネを襲い、マグタレーナに近寄らず狙撃をした才蔵がくるりと身を反転させる。
「ミス・マグタレーナの魔法と俺の狙撃、きっちり捌いてくれ白百合の騎士様」
ニ対一となった局面での防御技術向上の訓練は良い成果を上げたと言えよう。
「それではわたくしはダンジョンに行ってまいりますわ」
そのままの流れで着いて来ようとするふたりを押し留めるフィリーネ。
より自分を高めるため、重症覚悟で戦闘経験を積みたいのだと口にする彼女の気持ちを汲んでその背中を見送ったふたりは――こくりと頷き合い、彼女の後をこっそりと追いかけた。気付かれないように、支援をするために。
身体を動かすことだけがトレーニングではない。
「うーん、たべすぎてくるしい……」
公園の草むらで大の字になって転がるオカカはお昼寝――否、瞑想の最中だ。これも立派な訓練である! 余談だが、可愛らしいウサギちゃんがお昼寝したりご飯をモリモリ食べていると、民たちの噂になっていた。
「たまには静かに瞑想を……」
心が落ち着く場所といえば、中央大教会だろうか。
神のお膝元の長椅子で手を組んでそっと瞳を伏せたメリーは呼吸を落ち着かせ……スヤァ。静かな寝息を立て始める。
寝ても倒れ込まないメリーの隣に静かに座したヲルトもまた、祈りを捧げる。
(父さん、母さん。オレは今奴隷という身ですが、素晴らしい主の下、幻想の勇者として活動しています)
別段ヲルトは信心深いという訳ではない。ただ奴隷になる前に、親に言われて毎週こうして教会に祈りを捧げに来ていたから、習慣として身に残っているだけだ。当時は何とも思っていない行為だったが、今なら大切なものだと解る。
(鍛錬に励む者も、日常を謳歌する者も、無垢なる者も、罪深き者も、強き者も、弱き者も、皆等しく……大事なく、無事にこの日を終えるよう)
牧師として、聖職者として、ナイジェルが祈りを捧げるのも日々欠かさぬ行為だ。
(……願わくば、我が贖罪の成就を)
まだ時ではないと知っている。しかし、それは着実に近付いている。
願うこととは即ち信じること。ナイジェルは深く祈りを込めた。
「私が得意なのは範囲支援だわね」
知識を深めることも戦闘には必要だ。お互いの得意分野を華蓮とココロは教え合う。いつもはココロに甘えがちな華蓮も今日は真面目にピッと姿勢を正し、真剣に彼女の言葉を聞いて覚えていく。
「常に一手先を読んで、味方にとって居て欲しい位置に自分が居る事が大事なのだわ」
それは回復手にとってもありがたいことだと深く頷いて。
「全体に言えることですが、やはり負けない気持ちが大事ですね」
ココロの言葉にも華蓮は同意を示す。
こういう時はどうすれば? それじゃあこういう時は?
違う立ち位置を知るのは面白く、あっという間に時は過ぎていく。
赤赤と燃えるような太陽が地平に沈み、とっぷりと夜が訪れた頃。そんな中でもトレーニングに励む者が居た。
「ひひひ……」
治安の悪いスラムを、抜き足差し足忍び足。しめしめ誰にも気付かれていませんねとひひひと笑う、闇に紛れたエマの姿。治安の悪い場所は夜こそが活動時間だが、そこで気付かれないというのは、ただそこに居るだけでも鍛錬となる。
なぁに、盗みは働きませんよ。ひひひっ。
●ギルド・ローレット
ローレット周辺はいつも以上に人が溢れている。人の出入りも多いようで、とても賑やかだ。
ぴょんぴょんとジャンプをしてローレットの屋根へと登ったちぐさは額に手を当てて、偵察と探索をしようと目を凝らす。
「にゃ!」
離れた所を歩く、黒い猫耳フードを発見した男性を発見!
猫又なのかと聞いてみたいけれど……何だか怖くて。けれども聞きたくて。ちぐさは彼の後を尾けることにした。
「はぁい、プルーちゃん」
「あら、いらっしゃい」
ローレットでお留守番のプルーを思って冷たい果実水と甘味を買ってきたのと告げるジルーシャに、此方で頂きましょうとプルーが席を勧める。
果実水も甘味も、プルーが好みそうな色彩豊かなもの。違う色の甘味を見せれば、スッとプルーの瞳が真剣味を帯びて。
「夏らしい鮮やかなジョンブリアン、涼し気なフォゲットミーノット……」
「ね、よかったら半分こしましょ」
どちらも素敵で決められないと悩む彼女に、くすり微笑って提案を。
「やあ、キミ。何か困っているのかい?」
きょとりと所在なさげにローレット内を見渡す少年へと、昴は声を掛けた。
「見た感じ、まだイレギュラーズなりたてっぽいね。慣れない感じが昔のオレそっくり」
肩を竦めて笑って見せ、相手の緊張を解いてやる。誰だって最初は不安がいっぱいだ。もちろん、オレだって。初心者を見掛けては、大丈夫だよと昴は声を掛けていく。
「そろそろ出版社に持ち込まないとかなぁ」
自身の荷物整理をしていたセララは、自身の冒険漫画が溜まってきている事に気がついた。
「あ、フォルデルマンにも送ってあげないとね」
漫画の送り先を指折り数えれば、楽しさが膨らんでいく。いつか幻想一の漫画になれたら嬉しいなと笑って、ひとまずフォルデルマンにと包み始めた。
「ふわぁ……報告書ってこんなにいっぱいあるのですね、読みがいがありそうなのです」
「へえ! この国だけでも大騒動がこんなにも沢山あったんだね」
この機会に情勢をしっかりと掴んでおこうと、ローレット内の沢山の報告書を読むことを決めたイレギュラーズたち。他の仲間たちが日々依頼をこなしているからか報告書は山のようで、本好きのリーベは瞳を輝かせ、カストルは目を丸くする。
「これなんてサーカス絡みだって」
「え、どれどれ? 面白そう」
カストルが手にした報告書に、シエルがぐいっと身を乗り出す。サーカスが来ると純粋に喜ぶ子供の夢が壊れるような事件は、サーカス団『シルク・ドゥ・マントゥール』が魔種の巣窟だった件だ。幻想王国は少しずつではあるが、そこから良い方へと変わっていっている。
「最近だと、『ヴィーグリーズ会戦』だっけ……?」
知人から聞いた少しのことしか知らない、とミスティが関連する報告書を探せば――本当に報告書が山のようで、「うわぁ」と少しげんなりした声と「まあ!」と楽しげな声が響いた。
盗賊に奴隷闇市。霊廟スランロゥの封印が解かれ、各領地の襲撃に勇者総選挙。そして全てを裏で手を引いていた名門貴族ミートルンド男爵家一派との決戦。
「これは……とっても大変そうな依頼だったのです」
「皆すごいなー」
「勇者って響きもいいよねっ」
「……ふあ、ちょっと眠くなってきちゃった……」
沢山読んでいると疲れてしまう。小さく欠伸を零したミスティの前に、良いタイミングでスッと杏がコーヒーカップを置いた。
「砂糖とミルクもあったほうがいいかしら?」
ここに置いていくから、零さないようにね。
杏は調べごとをしているローレットたちに一息つけるよう珈琲を提供していき、アンジェリーナもまたイレギュラーズたちが快適に過ごせるようにと心を配る。
「皆様のお役に立てるなら、何なりとお申しつけくださいませ」
これもメイドトレーニング。かゆいところに手が届くように、杏が珈琲ならばアンジェリーナは紅茶を給仕していく。
元気に報告書を読む一団とは離れて、ファルムは静かに報告書を読み耽る。冬に召喚されるまで、真白の部屋で主と二人きりで過ごしていたファルムには賑やかさは縁遠いもの。
紅茶の香りを楽しみながら物語めいた報告書をゆっくりと読み解けば、主と過ごした日々かのようで。
ひとつひとつ、ファルムの世界はまた広がった。
ノワールと和真のふたりも、今後に役立てそうな報告書を探して読んでいく。
「ねえ和真くん、こっちも読んでみたら?」
「あ、ありがとう、ノワールちゃん」
純粋な笑みで感謝を告げる和真に、ノワールの胸はつきりと痛んだ。
ノワールは和真に言えない秘密を抱えている。
元の世界で同性の親友であったこと。そして和真が相棒と信じているノワールの正体が、その親友であること。
(……もし正体がバレたら、カズは)
――俺のこと、どう思うのかな。
「ノワールちゃん?」
「ん、ごめんね、なんでもないわ」
ぎこちないノワールの笑顔に首を傾げる和真だが、彼女が報告書に視線を戻した以上見つめ続ける訳にもいかない。どうしたのだろうと思いつつも、報告書を読むことに集中した。
ローレットで報告書を読み、しっかりと自分なりに纏めた楪は、ローレットを出て事件が起きた現場へと向かう。その報告書が正しいものなのか、現場を見た時の自分の見立ては――様々な側面から真実を見通し、起きたことを正しく後世へ伝えるのも大事な役割だから。
(――元の世界に還った時のためにも)
『今』を生きながら、人々は未来を見つめている。
●勇者の祝日
ローレットから外へと出て王都内を歩けば、きっと。
いつもよりも賑やかだとか、華やいでいる、等と思うことだろう。
「よしっ! 開店準備も終わったし、お店開けよっと!」
けれどそんな王都内でも『いつも通り』を心掛けて、フェスタは今日もドーナツショップ『◎ハピネスリング◎』を開店させる。
「わ、びっくりしたのです!」
ローレットから飛び出して少ししたところで、突然空から降ってきたリョーコに驚いて足を止めたユリーカ。
「しっかりと休憩はとるのですよ」
休憩をするならあそこで売っているジュースが美味しくてお薦めですよと言いおいて去っていくユリーカに感謝を告げて。しっかりと休憩を取ったなら、リョーコはまた空へと飛び上がった。
「あれ? 何だか今日はとても賑やかですね」
幻想が騒がしいと聞いて徒歩で訪れてみれば、全て終わった後で。何故だかお祭りっぽい雰囲気ということだけ解ったルチルは、楽しげな街へと飛び込んでいった。
――悪さをする者が出没するまでは待機しておくのである。
そう思ったダーク=アイは路地裏へと向かい、猫たちに囲まれて丸くなっている大きな猫――陰陽丸に出会った。きっと彼も自分と同じ目的なのだろう。
「吾輩も待機させてもらっても構わぬだろうか」
『もちろん、良いですよ』
魔法の羽根ペンがさらりと文字を描き、ダーク=アイは彼の隣に並ぶ。……お昼寝仲間だと思われているとは知らずに。
明るい街中を、トコトコと妖樹は歩いていく。ギフトの認識阻害もあって、妖樹には気が付かない。けれど時に人は予測できない行動をする。
「あれ?」
殿方が好きそうな服が売っているお店は……とキョロキョロとしながら歩いていた清は、前方からの人を避けた時に何かにふわっと触れて、何か白いものを見た気がした。何もいないことに黒い三角耳と首を傾げ、好いた相手が好みそうな服を求めて大通りを行く。
――ワン。
「どうしたのですか、シチ」
シャオの愛犬シチが、何も無い所で鳴いた。日課の散歩にと歩いていたシャオは首を傾げる。
(びびびび、びっくりしたのです……!)
ソニアは角の生えた犬と目があった瞬間にシュバッと逃げて隠れた。今日はご主人様の命令で一人で見て回るように言われている。また捕まらないようにと隠れて歩いていたのに、侮りがたしは犬の臭覚だ。
『くぅん?』
「何もないようですよ。行きましょう、シチ」
人好きのシチは遊んでくれそうな子がいたのになぁと首を傾げていた。
「……あれ。もしかして、……雨泽?」
尾を引く尻尾髪……というよりも大きな笠に気がついたチックが控えめに彼の名を呼べば、足早に何処かへ向かおうとしていた雨泽が気付いて足を止める。
「やあ、ミィ。チック」
「こんにちは。何だか……嬉しそう。どこかいく、するの?」
「猫のパフェを食べに行こうと思ってね。そうだ、良かったら、君もどう?」
食べた後はミィと遊べるところへ行こうと誘った雨泽に、チックは大きく頷いた。
ちゃっかりとローレットで『ビッグにゃんこパフェ』のチラシもゲットしたヨゾラの眼前には、チラシに描かれている絵と瓜二つのパフェがあった。
「し、幸せ……」
ミルク味のアイスも、固めに焼かれた猫耳クッキーとSの字みたいな尻尾クッキーも、とても美味しい。店内に貼られた「お持ち帰り猫クッキーあります」の張り紙も見逃さないヨゾラだった。
ソフィリアの眼前に置かれた超ジャンボサイズのパフェは、今日限定の20食のパフェ。生クリームの上に色とりどりのフルーツが盛り沢山なそれは、横から見たって彩りが美しい。
キラキラと目を輝かせたソフィリアがいただきまーすと喜ぶ前で、誠吾は静かに珈琲を頂く。
「誠吾さんは一緒に食べないのです?」
一緒に食べると思ってたのに。ソフィリアはどうやらご不満のようだ。
「食わせてくれてもいいぜ?」
「なら、はい! あーん、なのですよ!」
揶揄いなんて効かないソフィリアが掬ったアイスが、誠吾の口元へと運ばれた。
同じ店内の違う席では、クリムが真っ赤なパフェにスプーンを差し入れていた。
ベリーとハイビスカスの赤い紅茶に、真っ赤なベリーソースたっぷりの甘いパフェ。クリムの知人に会ったら「血や肉じゃないのか」と言われそうだが、今日はひとりきり。たまにはそういう気分の時だって、あるよね。
「あぁもぅ、スイーツさいこぉ……」
「ちょこも あいすも みんなみんなおいしい!」
「カカカ! この甘味、中々じゃのう。ほほぅ? 抹茶すいーつとやらもあるのか? 中々いい店じゃのう!」
「今日はお祝いの日やからなぁ。ここのスイーツは気にいると思うでぇ?」
「二、ニクス……こ、これもおいしいね」
「美味しいねノクス! ほら、こっちも食べてみよ!」
六人掛けのボックス席には、蜘蛛足生やした六人組がワイワイとパフェを食べている。あれもこれも食べたいと、メニューを全て制覇する勢いで注文したから、テーブルの上はパフェでぎゅうぎゅう。
けれどそこに、更に追加の『GIGAジャンボデラックスパフェ』がやってくる。リーラの今日の大本命である。
「フヒヒ! いざ尋常に!」
「あぁー! リーラお姉様いいの食べてるー! フィーも食べたーい!」
けれどフェーヤがそんな大きなパフェをひとつ丸ごと食べることなんて出来ない事は、皆が知っている事実。リーラからあーんで一口もらって美味しいとフェーヤが微笑めば、可愛い姿に次々とスプーンが口元へと寄せられる。
「口元もこんなに汚してしもうてなあ」
「抹茶もいいが、こっちの洋菓子も最高じゃな。洋酒とやらが入っとるのか? 度は低いがまぁヨシじゃな」
リーラの口元をアリアが拭いて笑う横で、酒精を嗅ぎ取ったアリアが嬉々として顔を見せた。
「ノクスノクス! これ美味しそうだよ?」
「ニ、ニクス? これカップル用って……書いてある、よ?」
リーラの大きなパフェに触発されたのか、ニクスがメニューを指差すのはカップルが仲良くつつき合うようなパフェだ。姉に恥ずかしいよと言うノクスを気にせず、ニクスはササッと注文をして、早く食べないと溶けちゃうよとニクスが微笑んだ。弟の気持ち、姉知らず。
「もし、そこの少女。何かお困りかな? 先程から同じ店の前を行ったり来たりしているようだが」
「ん? なんだ貴様。別に困ってなどいない。ただ少しあのぱふぇとやらが食べたいだけだ」
可愛らしい店の前で右往左往していた少女に何か困りごとかと思って声を掛けたものの、返ってくる返事はつれない。
「……余計な世話だったかな。では、良い一日を」
「……いや待て貴様。我と一緒にぱふぇを食え。奢ってやる」
「あぁ……はは、承った」
どうにも素直になれない性分の少女なのだろうと笑んだエドガーは、奢りは結構と断った上でエルと愛らしい見た目の店へと入っていった。
「さて。行こうか、プリンセス」
「エスコートしてくださるの? 私の王子様」
特異運命座標に選ばれる前はよく逢瀬を重ねていたふたりにとって、今日は久しぶりのデート。差し出されたデネブの手に自然な仕草で手を載せたヴェガが嬉しげに微笑んだ。
さり気なく日傘を彼女の手から抜き取ったデネブと並んで町を歩く。それだけでヴェガの心は弾むのに、今日は行きたい所全部に連れて行ってくれるのだと彼は言う。
「夜はディナーを予約しておいたんだ」
夜の楽しみまで用意され、幸せな愛に一層溺れてしまいそうだ。
「――見つけた!」
「ん? ボクです?」
巡回という名目であちらこちらを食べ歩いていたユリーカが振り返る。
「初めまして、ユリーカ・ユリカ君。これからよろしくね。お近づきの印にこれあーげる!」
ふにゃりと柔らかく咲って桃の花を舞わせたペルから差し出された桃の花一枝を、ユリーカはありがとうなのですと受け取った。
そんなユリーカを、少し離れた場所から見守る者がいる。
(わ、笑った! ニパッて……やっぱかっわ……ううっ)
肩ポンされてご同行お願いしますと言われそうな案件ではと自覚しながらも、飛呂には声を掛ける勇気はなくて。
「Hey! そこのユリーカ・ユリカ!」
ユリーカの顔を知っている者は多い――と言うよりも、ローレットに来たことのあるイレギュラーズの殆どは知っている有名人だ。
「その辺の屋台でB級グルメを奢ってやるから、代わりにローレットについて知ってること教えてくれねぇ?」
「ボクの情報は高いのですよ?」
チョロそうだと踏んで情報を引き出そうとしたブライアンは、ユリーカのにんまり笑みに早計だったろうか……なんて思うのだった。財布の中身は足りるだろうか。
「お兄さん、このクレープ一ついただけますか?」
生クリームたっぷりのクレープは甘くてとっても美味しくて、都は自然と「んーっ!」と感極まった声を上げてしまう。食べた分だけ動けばいいはずだから……と動かした視線の先には焼き鳥に焼きりんご、それからケバブのお店なんかもある。ケバブを丁度食べ終えたアイリスは「まだ食べるぞ~」と隣の店へと向かった。
アイスクリーム、ケーキ、パフェ、クッキー、マリトッツォ。お肉、おさかな、お米にパン。屋台の前には沢山のノボリがあって、何の店なのかがわかる。けれど、
「マリトッツォ?」
食べたことのない名前に惹かれ、アーシタは買い求めて見ることにした。知らない味に出会えることもまた、食べ歩きの醍醐味なのだから。
「……うん、甘くて美味しい。やっぱり甘いものは至福ですね」
生クリーム盛りだくさんのケーキを買ってベンチで食べた九郎は至福の笑みを浮かべ、長い耳をピコピコ揺らしていた。次は何を食べましょうか。迷ってしまうくらいに色んな甘味が街に溢れていた。
「流石に王都は、屋台一つ取っても国際色が豊かですね。何でも食べたいものを仰ってください、買ってきますよ」
「ええ本当に! ブラウベルクではここまで色々な物はありませんし、楽しみです!」
いつも以上に王都は賑わいを見せて。空色の瞳が控えめに彷徨う姿に、マルクは柔和に瞳を和らげる。強く香る香草に肉、様々な海鮮の混ざる香り、海洋で見られる色彩豊かなカットフルーツ。まるで、食の万国展覧会。
ふわりと香る焦げたソースの香りに誘われた瞳にふわふわ踊る鰹節が映れば、あれは何ですか!? とはしゃいだ声でマルクに尋ねていた。
たくさんの戦利品――もとい『視察の資料』を抱えたふたりは、大いに王都を楽しんだ。
主従たる真優と景護のふたりも、懐かしき香りに惹かれた。常通りの鍛錬の一環として走り込みを行っていたふたりにも、王都内の賑やかな景色は目に飛び込んできていたが、記憶と心を揺さぶる香りが鼻孔をくすぐれば自然とそちらに顔も向くと言うもの。
ふたりは顔を見合わせ、早速味わってみることにした。
「懐かしの味につい食べ過ぎてしまいました」
「細かな差異に不満が出てもやむなし、と考えてはいましたが」
満足の行く味に真優が笑えば、職人侮りがたしと景護が唸った。豊穣の食材や調味料も幻想まで流れてきているということは、自らの手で挑むのも可能ということだ。
世界は広がり、日々はより彩りに満ちていく。
幸せそうに笑顔を咲かせる人々の上を、ひいろは飛んだ。賑やかな広場の上空に大きな影が落ちれば、気にするものは空を見上げてひいろを視認する。それこそが、ひいろの糧となる。
「……王都、は賑やかなところですね……」
空を飛ぶひいろを見上げたルリアはパフォーマンスかしらと首を傾げてから、甘い香りに誘われるようにふらりと歩き出す。
果物、果実水……飴菓子に焼き菓子。食べきれないものは持ち帰れるようにして、いつもはないお店も見て回れば……あら、もう手がいっぱい。
硝子細工のお店に、可愛いリボン。綺麗な石が嵌った指輪に腕輪。
ちょっと高級なお店もあれば、小さな子が背伸びすれば買えちゃう大人にはお手頃なお店まで。
「すごい、すごいわ、素敵な発想!」
思わず声を上げてしまったことに気付いたカシエは、パッと慌てて口元を押さえた。いけないいけない、ここはお外なのに。でもね、すごいのよ? ふわり広がる生地の裏に花をたくさん付けたフィッシュテールスカート。帰ったら作ってみたくなってしまったのだもの。
(……今頃慌てているかもしれませんね……)
最近面倒を見始めた少女の服を買い求めに来ていたヴァールウェルは、静かに吐息を零す。慌てているくらいならいいが、暴れていたら従者が大変だ。
彼女の無事の成長を祝っての櫛も買い、機嫌取りの焼き菓子に、彼女に似合うリボン……際限なく増えていきそうな荷物だが、
「うん、ばっちりですね」
確りと切り上げ、帰路を急いだ。
「キシンサマ……コレはどうでしょうか」
材質を調べれば布だと言うことは解るが、どれが良いのかわからないマキヤはキシンサマーと体内の機神に助けを求めた。
この世界に来たばかりのマキヤは何も解らない。情報集めが最大のトレーニングとマキヤは王都内のあちらこちらへと足を向けた。
召喚されてから然程経っていないイレギュラーズは結構王都に居たりする。
無一文から始めたイレギュラーズ生活も多少の安定を感じるようになってきたオデットは、くるみ入りクッキーを美味しそうに頬張った。
「くるみが入ってて美味しいよ。ねぇ……未だ思い出せない、大切なきみ」
名前も知らないきみと、この想いを共有できたらいいのにな。
「あ、アリスさん。あちらはどうでしょう?」
幻想に不慣れなアリスの手を引いて歩くノルンが指さすのは、たっぷりとクリームが乗った焼き菓子だ。砂糖細工の花も飾られて、可愛そうで美味しくて、アリスは大きく頷いて食べたいと目を輝かせた。
「美味しい……! あ、ノルン」
「えっ」
伸ばされた手が口元に触れて。
拭ったクリームをペロッとアリスが口にするものだから、ノルンは真っ赤になっていつもの『可愛いノルン』に戻ってしまった。
美味しい食べ物はいっぱいあっても財布の中身は有限。だから選び抜かなくてはと屋台を眺めていたレイクルイズはブランチに声を掛けられた。
互いに名前を名乗り合い、レイ坊でいいなと笑ったブランチはご馳走してやるとレイクルイズを伴い馴染みの店へ。
食事をしながら互いがローレットに顔を出している事を知る。
「ブランチにーちゃんもなんだね」
「レイ坊のが先輩だな」
先輩なのに奢ってもらっちゃった! とハッとするレイグルイズに、ブランチはおかしそうに笑った。
『自分たちが守っているものが何なのか、よく知っておくことも大事なことですわ』
それは、ルビィの知人が召喚前に言っていた言葉。だからしっかりと自分たちが守るもの――幻想や他国に住まう人々の平和を見て回る。
「らっしゃーい」
「特別メニュー、ひとつ」
食べ歩くのも、平和を見て回るついでだ。
「はいはーい、黒潮マグロラーメン、お待たせしましたー」
ルビィの前にラーメンを置いた一悟は絶賛アルバイト中である。
テーブルの間を料理を零さずスピーディーに立ち回るのは中々修行になりそうだし、イレギュラーズにも会えるし――なにより、お金にもなる。一石何鳥かだ。
今日の幻想内の飲食店では、矢張り限定メニューが人気だ。人気なのだが……
「えーと……『激辛唐辛子わさび漬け胡椒和え』?」
どうしてそんなものを作ったの? なんて言いたくなるような商品まである。まあ、お祭りだからねっと言うことで注文してみたミニュイは、ちょっと後悔したけれども。
「あ、いたいた。ユリーカさん!」
次は何を食べようかなと『巡回』を張り切るユリーカに声を掛けたミルフィーナは大きなアップルパイが食べられるお店へ誘う。勿論奢ると言えば、ユリーカはふたつ返事だ。既に他の人にも沢山食べさせてもらったが、甘いものは別腹の別腹。
「ん~、おいしいのです~!」
「ユリーカさんがおいしそうに食べているのを見ていると、胸もお腹もいっぱいになってしまうのですよ~」
パイはサクサク、リンゴは甘くて熱々でホクホク。
幸せと微笑むふたりの頬も、リンゴのように幸せ色に染まった。
甘い幸せは、他にもいっぱい。
可愛らしいクレープの絵が描かれた看板の前でくぅるると鳴いたリュリューは、何を食べようかなぁと首傾げ。たくさん悩んで決めた! と顔を上げて頼むのは、アイスの入ったイチゴクレープ。
「冷たくて……甘くておいしい! もちもちしてるー!」
「アイス入りもあるのですね」
桃が丸ごと一個とクリームチーズたっぷりな色んな意味で重たいクレープを落とさないように気をつけながら齧った礼拝は、アイスも……なんて考えたくなるけど、これ以上食べ歩き辛くなっては大変だ。
「ここのクレープ美味しいし、他の人にもおすすめしよー!」
「良い案ですね。では追加で……」
残る片手にメロンとチョコを携えて、ふたりは仲間たちに情報を共有しに行く。
「お客さんーー! うちのクリームソーダはどうですか?」
仲間たちが集っているのは、元気にクリームソーダを販売するエレナのお店前。
「あっ、これ美味しい! うさ好きかも!」
爽やかな緑色としゅわしゅわぱちぱち弾ける炭酸水。
普段は鉄火場とかやばい場所ばかりに連れて行かれるレニンスカヤは、「これがトレーニングだなんて……っ」と安全で楽しいトレーニングを大満喫。
「紫陽花モチーフのクリームソーダ、見た目も可愛い」
後でユリーカちゃんにまた会ったらおすすめしようとミルキィはメモを取る。少し前にユリーカとかき氷を食べたばかりだが、これは是非とも共有すべき情報だ。
「皆のおすすめも良かったら教えてくれると嬉しいな!」
「……あ、私めは……薄い皮で包まれた焼き菓子……えっと、くれぇぷでしたか? あ、あんなにも美味しいものは初めて食べました。危うく頬が落ちるところでございました……!」
「クレープ、いいわね。私も後から買おうかしら」
甘さを思い出したのか頬を押さえた明日に、甘いもの好きなアリツェも食べたくなってきたと告げれば、甘いもの以外も美味しかったですよとガヴィが口にする。
「私のお気に入りはフィッシュアンドチップスでした」
揚げたての白身フライとポテトに、酢の効いたソースがたっぷり。サクサクホクホクじゅわっとして美味しいのだとガヴィが微笑めば、誰かの喉がごくりと動いた。大人だったら麦酒と一緒に頂けたら最高かもしれない。
「ボクはまだ……あっちもこっちも美味しそうなものがあって迷ってしまって……」
少しだけ縮こまりながらクリームソーダをちゅうと吸ったスクに、皆がうんうんと頷く。解る。自分のお腹の許容量や財布都合を考えると、食べ歩くのは少し頭を使う。あれもこれも食べたいけれど、食べきれないのが現実だ。
「あたしはね、向こうの区画で売られてた肉まんが美味しかったよ!」
それからチリドッグとチーズバーガーとラーメンも。ラーメンはマグロラーメンだったかな。イレギュラーズがアルバイトをしていた。
「全部そんなに大きくないから、食べやすかったし、それも満足っ」
油ものを食べたからメロンソーダが爽やかで美味しいねとステラが笑う。
「ジェラート屋にはいったか?」
「えっ、ジェラート?」
「どこにありましたか?」
リースヒースの言葉に、ざわりと波が立つ。場所を教えてもらえば、後で向かおうと食べ歩き仲間たちが頷きあった。
「沢山乗せることが可能でな、私は五色乗せてもらった」
紅のストロベリー、緑のピスタチオ、橙のオレンジ、白のバナナ。水色のミルクは塩を効かせて甘さを際立たせていた。
リースヒースの語る言葉に、やはり誰かの喉がごくりと鳴る。太陽は天辺から傾いて、メロンソーダで喉を潤してもとても暑い刻限。冷たいジェラートで身体を冷やすにはちょうどいいに違いない。
「今から皆さんで向かいません?」
「賛成!」
「さんせー!」
礼拝の提案に、エレナの見せ前で情報交換をした皆は揃ってジェラート屋へと向かった。
季節は夏。そして暑い時間。感覚に疎いユンで蒸し暑く、夏を感じずには居られない。
「ふむ。数が多いだけあって本当になんでもあるのだな……」
礼拝たちが向かったジェラート屋とは違う、アイスクリーム屋を覗き込んだユンは、折角普段食べないものを食べるのだからと色んな味を試してみることにした。
バニラにチョコ、春めいた桜に夏を感じる向日葵。どれも甘くて冷たくて、あっという間に口の中で溶けていく。
「うおー肉っっすー! 酒池肉林っすー!」
ジェラートを食べたら今度は肉が食べたくなったフェアリは、自分と同じくらいのジャンボ焼き鳥へがぶりとかぶりつく。ちいちゃいコップで麦酒も貰えば、ぐびぐびぷはー! 大満足!
屋台でご飯を食べ、果物たっぷりのジュースも買ったアランは、噴水広場で休憩を取る。噴水周りを駆けていく子供たちに、涼やかな水の気配。少し肩の荷が和らぐようだと思っていれば、特殊な靴を履いたバレリーナが噴水前に立った。
音はない。座席もない。沢山の人々で溢れる噴水広場。
そこで、ヴィリスは剣靴を滑らせ踊る。
音はいらない。座席もいらない。見てくれる人さえいれば十分だ。
――私はもう自由。プリマはいつだってどこでだって踊れるわ!
「まあ」
この国のこともっと知ろうと歩いて回っていたナディアは、噴水前で足を止める。楽しげに見つめる人々と、人々の声に合わせて踊るプリマ。皆がワクワク楽しそうだから、ナディアも楽しくなってくる。
噴水前で賑わう人々の上を箒ですいっと飛んだクラウジアは、大通りよりもいくつか路地に入ったところにあるステンドグラスの嵌った喫茶店の前に降り立った。
「こんな所があったのじゃな」
店構えも良ければ紅茶も美味しい。宝物を見つけた心地で喫茶店巡りを楽しんだ。
「よし、買えた」
いつもなら開店から並ばないと買えないスコーンの有名店は、今日は祭日だからと朝から沢山の職人が腕を奮ってくれていた。
両手で掴んで開けば、ふわりと香る濃厚なバター。そのまま食んでも絶妙な塩加減と食感が楽しませてくれるが、シラスはジャムを付けて食べるのも好きだ。
「お客様、よろしいでしょうか?」
いつものカジノの台で、バニー姿のディーラー――綾花は頷く客へ「では」とカードをめくっていく。途端に客から溢れる音は、歓喜か嘆きか。綾花は笑みの形から表情を崩さずに『運命』をただ見据えて。
日も暮れてきて。大した騒ぎもなかったと帰ろうとするショウに声が掛かった。
「今日という日に素敵な偶然だねぇ。一緒にこの後お酒でもどう?」
コレが奢るからさぁと気安くラズワルドが親指で示すのは、アウレウスだ。予てよりアウレウスが働く酒場で奢るとの約束をしていたのだ。
「もう戻るところだったんだ。折角だ、同行しよう」
お城みたいに高い酒はないが、気持ち良く酔えるのだけは保証付き。三人は連れたって『Bacchanales』へと向かった。
「そこのおにーさん? アレ、おねーさん? まぁいいや、飲も飲もぉ!」
酒を飲んですっかり良い調子となったラズワルドは、ひとり静かに酒を楽しんでいた――もとい他店の視察は学ぶべき点も多いと訪れていたSperliedへと声を掛ける。断る理由もなし、Sperliedも酒飲みたちの輪に加わった。
「あぁもう、どーぞ雀ちゃんとお呼びくださいなあ。長いですし、今話題のシュペルさんとも被りますしー?」
「いろいろ話せたらいいなぁと思ってたら……あはは」
然程強くないSperliedはラズワルドに潰されて、アウレウスは肩を竦めた。
楽しい時間もいずれ終わる。
こねこパン屋は今日限定のパンを売りに出し、その最後が先程売れた。
「お疲れ様ですにゃ、皆頑張りましたにゃー!」
店員たちを見送ったみーおは店内に戻って、今日の片付けと明日の準備。
明日もその先も、幻想王国での日々は続いていくのだから。
成否
大成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
四周年記念ローレット・トレーニング、幻想編をお送りしました。
トレーニングお疲れさまでした。
プレイングのあった方(白紙以外)全員描写いたしました。
幾久しく陛下の御代が続きますように。
戦禍からの早期復興、そして弥栄を祈っております。
GMコメント
Re:versionです。四周年ありがとうございます!
今回は昨年同様、特別企画で各国に分かれてのイベントシナリオとなります。
●重要:『ローレット・トレーニングIXは1本しか参加できません』
『ローレット・トレーニングIX<国家名>』は1本しか参加することが出来ません。
参加後の移動も行うことが出来ませんので、参加シナリオ間違いなどにご注意下さい。
●成功度について
難易度Easyの経験値・ゴールド獲得は保証されます。
一定のルールの中で参加人数に応じて獲得経験値が増加します。
それとは別に700人を超えた場合、大成功します。(余録です)
まかり間違って1000人を超えた場合、更に何か起きます。(想定外です)
万が一もっとすごかったらまた色々考えます。
尚、プレイング素敵だった場合『全体に』別枠加算される場合があります。
又、称号が付与される場合があります。
●プレイングについて
下記ルールを守り、内容は基本的にお好きにどうぞ。
【ペア・グループ参加】
どなたかとペアで参加する場合は相手の名前とIDを記載してください。できればフルネーム+IDがあるとマッチングがスムーズになります。
『レオン・ドナーツ・バルトロメイ(p3n000002)』くらいまでなら読み取れますが、それ以上略されてしまうと最悪迷子になるのでご注意ください。
三人以上のお楽しみの場合は(できればお名前もあって欲しいですが)【アランズブートキャンプ】みたいなグループ名でもOKとします。これも表記ゆれがあったりすると迷子になりかねないのでくれぐれもご注意くださいませ。
●重要な注意
このシナリオは『壱花GM』が執筆担当いたします。
このシナリオで行われるのはスポット的なリプレイ描写となります。
通常のイベントシナリオのような描写密度は基本的にありません。
また全員描写も原則行いません(本当に)
代わりにリソース獲得効率を通常のイベントシナリオの三倍以上としています。
●トレーニング
・真面目に、楽しく、自由にトレーニング!
・パーティで談話やご馳走。社交活動もまた修行なり。
・領地確認や、幻想観光。知見を深めることもまた修行なり。
●GMより
イレギュラーズの皆様、ごきげんよう。
幻想のロレトレを担当します、壱花です。
NPCへのアクションを起こす際はOPにあるIDを記載頂けますと幸いです。
王都内の飲食店ではイレギュラーズたちの特別な日を祝して、限定メニューがあるようです。こんなのあったよと書いて頂ければ、『それはあります』。雨泽が『ビッグにゃんこパフェ』なる限定100食の猫耳クッキーが刺さった猫ちゃんアイスの乗ったパフェを食べに行くくらい自由です。
自由にお過ごしください。
それでは、佳きトレーニング日和となりますように。
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