PandoraPartyProject

ギルドスレッド

足女の居る宿

暗がりの一幕【ワンシーンRP】

路地、路地、路地、薄暗がりの路地。
無理な拡張と過密化、そして時折訪れる急速な過疎化により無秩序に伸びる無数の道。
道行く人は少ないが、すれ違う一幕が運命となりうる時もあるかもしれない。



(1対1かつ、1シーンにつき一人最大10レスまでのRP用スレッドです。
短い邂逅、日常の一幕等の切り抜き的なRPの為に使用します。)

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■イントロ
その日は甘い匂いがした。

グラオ・クローネ。路地裏までも表通りの気配が伝染した様子で少しばかり質の違う熱気と欲望が渦巻いていた。
化粧の匂いとどぶ板の匂いの中を女達は白とも黒ともつかない灰色の愛を振りまき、男たちはその愛に各々の色を付ける。

常ならば静寂を守る宿も今日ばかりは少々騒がしい。
貴方が通された応接間の外を駆ける女の足音が聞こえる程度には。
(ノックの後、静かに応接室の扉を開く。
先ほどは扉の向こう側でも分かるほど大騒ぎしていたくせに、今は淑やかに両手にカップが二つ置かれた盆を持ち、ゆっくりと扉をくぐる)

申し訳ありませんジョセフ様。私がお呼び立てしたのにお待たせしてしまって。

(礼拝は詫びながら、貴方の前へとカップを差し出す。
今日という日にはきっと嗅ぎなれているチョコレートの香り、そしてスパイスと僅かな酒精……ラム酒入りのホットココアである。
僅かな時間しか会えないがと呼び立てて、遅刻までして、それでも分け合いたかったものがこれだ。構造的に胃弱である礼拝のほうにラム酒は入っていないが、チョコレートよりも砂糖が入っておらず胃に優しい牛乳、腹薬の原料と同一のスパイスの入ったココアは数少ない礼拝が胃を傷めず飲める飲み物だ。)

グラオ・クローネにあやかって、私から。
どうか、お口に会えばよろしいのですけれど。

(小首を傾げるとさらさらと黒髪か肩から落ちて……微かに上物の葉巻の匂いを感じるかもしれない。)
(男は所在なげに女を待っていた。
くろがねの仮面を広い膝の上に乗せ、曖昧な表情で壁を見つめていた。その顔は戸惑っているようでもあり、苛ついているようでもある。或いは、心細気な迷子のようにも見えるかもしれない。
その胸中は彼自身も掴みかねていた。多少神経質になっている、というのは腹の奥底で感じるざわつくような感触で分かったが。)

……いや、構わないよ。どうせこの後の予定も無い。

(待ちわびた人に笑顔を向ける。仮面を外して晒したありのままの素顔。
そう、なる筈であった。

仮面を外して待っていたのは礼拝に敬意を示したかったからだ。限られた者にしか見せない『僕』の顔を自ら晒すことによって、彼女に与えられた慈悲に応えたかったからだ。
しかしこれは何だ。彼女が漂わせる気配、そして匂い。これらはドアが開いた瞬間から、甘い香りと渾然一体となって流れ込んで来た。
彼は必死に笑顔を作りながら傷だらけの手を差し出されたカップに伸ばした。腹の底がざわつく。胸の奥がむかつく。相手が礼拝でなければ、カップごと小さな手を握り潰してしまいそうだ。)

お誘い頂けて光栄だ。今日は本当にありがとう。
実は私な、甘いものには目がないのだ。故郷では中々味わえるものではなかった故に!

(いや、彼女だからこそか。)
(彼が仮面を外していたことに関して、肉人形は大きな反応を示さなかった。或いは、意識してそうしたのかもしれない。本来人格とは補助具を用いなくても地続きであるが故に、同じジョセフ・ハイマンとして扱おうとしたのだ。
ただそれは完全なものではなく、部屋の中で鉄仮面を探して、それがないと分かった瞬間に目尻が明確に蕩けたのだが)

まぁ……本当に口惜しい事。
『つとめ』さえなければ一日ジョセフ様と一緒に居られましたのに。

(怒らせてしまったのだろうか、若干笑顔が硬い気がする。
だが、不思議な事だ。
この人はまるで幼子のように無邪気にはしゃぎまわる事もあれば、こうして年相応の社交辞令の仮面をかぶることがある。無理やり接ぎ木された「大人」と未熟なまま育ち切らなかった「子供」を不器用に往復しているかのように見える。

彼の胸にくすぶるものを感じながらも、肉人形はその原因を特定できない。
それはまず稼働年数が浅い事による多様な心理への不理解と、これまで彼に行った行為は全て「誰もが与えられてしかるべきもの」という強い意識だ。
「肉人形は道具」であり、「自分でなくても与えられるものを一時的に代行しているだけ」であり、「自分は寵愛レースから降りた身」である。
彼の中に自分程の執着があるとは露ほどにも思って居ない。)

ああ、よかった。好まれないと仰ったらどうしようかと思いました。
その、私、味覚が鋭く作られておりませんの。だから、あまり自信が無いのですけど、どうぞ召しあがてくださいませ。
多分、甘いと思いますから。

(カップを受け渡し、拒まれなければ隣の椅子……触れようと思えば直ぐに触れられる位置に腰を下ろすだろう。
そして、自分のカップを抱えて手を温めながら隣の彼がココアを飲むのを見守ろうとするのだ)
そう。
そう、か。忙しそうだな。それなのに招いてくれてありがとう。その上こんな贈り物まで!

(『つとめ』。
礼拝の口から放たれた単語が刺さる。その意味を深く咀嚼しそうになる脳味噌を押し留め、固まりかけた表情筋と舌筋を駆使してなんとか言葉を放り出す。)

勤労は尊い行いだ。立派だ。素晴らしい。たとえ、どのような職務であろうとも。

(付け加えた言葉には物事の道理をよく言い聞かせてわからせるような含みがあった。
勿論、行き先は自分自身だ。礼拝の『用途』や『機能』について理解はしている。しかし折り合いをつけられるかというとそれは別の話だ。
ジョセフはかつて礼拝という存在に嫉妬心と劣等感を抱いてここに来た。愛すべき友と彼女の繋がりは酷く精神を掻き乱した。
背景は異なるが今また彼は同じことを繰り返している。その事実はジョセフ自身をひどく落胆させた。しかし、どうにもならない。再び礼拝の手を煩わせるのはどうにも憚られた。

ジョセフは胸中で渦巻く感情ごと飲み込むように、湯気を立てるカップに口をつけて甘いココアを啜った。残念ながら香りや味を楽しむ余裕は無かった。仮面が無い分、感情の制御がどうにもうまくいかない。
しかし、礼拝に対しては嘘も出まかせも言いたくなかった。だからジョセフはすぐ横に座る彼女に向けてただにっこりと微笑んでみせた。与えられた慈悲に対する感謝だけならば、辛うじてこうして示す事が出来る)
(ジョセフがカップを持ち上げ、口をつけ、嚥下する。
時間にしてみればほんの数秒程度だったに違いない。しかし、それがやけにゆっくりと見えるのは、緊張と、それから期待からだろう。
待ち望んだ微笑みに瞳は輝き、口元は緩む。

しかし、その「後」がない。
ジョセフは気に入ったものに関して賞賛を惜しまない……過剰と思えるほどに言葉を重ねる性質がある。なにも言葉が無いのはおかしい。
では、ココアの味が気に入らず、しかし、自分を憐れんで喜んでくれたフリをしているのだろうか。否、それはそれで態度に出るはずだ。隠そうとしても、彼の感情の割合は「衝動」が大きい。しっかり観察したうえで不味いという反応を見落とす可能性は限りなく低い。

だから、この反応はおかしい。)

お気に召していただけましたのね。
ほっと致しました。本当に。

(自らもココアへと口をつけながら思考を回転させる。
さて、何が足りない。何がそうさせている。
仮面を自分から外して待っていてくれるほどに信頼を得た私を忌避する、或いは何かしらの負の感情を抑圧する理由となるものは?

すん、と鼻を動かすと、甘いココアの香りに混ざって髪に染みついた葉巻の匂いが妙に鼻についた)

……ジョセフ様。
私の『つとめ』が気になりますか?

(「礼拝」という人格がどれほどジョセフを慈しもうと、沁入:礼拝の体は隅々までが異端で、その行動理念は彼の世界では裁かれるべき罪でしかないのだろう。
どれほど異端に触れ、その中に己の愛を獲得しようとも、ジョセフ・ハイマンを構築する中に聖職者としての倫理観が含まれていると考えるのは難しい事ではない。
むしろ、もっと早くに気付いてしかるべき事項である。それに気づかず口を滑らしたのは、念入りに体臭を消さなかったのは――浮かれていたという事なのだろう。灰色の王冠の熱に)
(がっしりとした肩が震える。その震えは腕に手に伝わり、まだココアが殆ど残っているカップと、膝に乗せた仮面を危うく取り落とす所であった。
あぁ、とジョセフは体躯に似合わぬ弱々しく脅えた声を洩らした。緑色の瞳は礼拝を避けるように彷徨う。縋る仮面が無い心細さを噛み締めながら、ジョセフは己の分かり易さと情けなさを呪った。)

わ、私……僕は、その。

(考えろ。考えろ。焦れば焦るほど思考が空回りする。
そもそも、ジョセフは駆け引きの部類が得意な方ではない。故郷でもそうだった。しかし、愚かであるが従順ではあった。異端者の秘密は暴くものではない。尋問で一番困るのはこちらの知らない事実が露呈すること。全ては予定調和。全ては神が定めた『道』の為に。
残念ながら、ここにジョセフを導く師はいない。現状、礼拝がそれに一番近い存在だろう。しかし彼女がジョセフに求めるものはそうではない。それは愚かな頭脳でも理解出来ていた。)

確かに、気になる。
我々の道徳的に、その、君と君を育んだ全てのものは……。

(震える声が途切れる。震える手を押さえつけ、甘いココアを口に含む。
違う。そうではない。何の為に仮面を外したのだ。今更何を取り繕う必要がある。)

…………僕は、女性とそういった行為――つまり、この宿で行われるような――に及んだ事がない。必要性も感じなかった。
それなのに、君がそんな香りを付けている事が気に食わない。君が匂わせる、他の知らない男の気配も気に食わない。でも、僕はどうにも出来ない。出来れば君の肉を引き裂いてやりたいぐらいだが……出来ない。
だって、僕は君を愛してはいけないから。

(礼拝を避け、彷徨っていた緑色の瞳が落ち着いた。)

話して貰えないだろうか。
君の『つとめ』について。
(なんということだろう。
言葉が重なるほどに礼拝のまつ毛は俯き、震えた。
ココアの甘い芳香に頭が酔いそうになる。それは嫉妬だ、執着だ、独占欲だ。

向けられるその感情のなんと快い事か。腹の底でいびつな悦びが鎌首をもたげる。
しかし、しかし、この悦びは封じたものだ。
この感情を向けるに、ジョセフ・ハイマンはあまりに幼い。ぶつけてしまえば、折角育ちつつある思考も自我も若木の如くひしゃげて枯れてしまいかねない。
きっとその方が自分にとっては都合がいいのだろう、だが、その幼い考えを基盤となった「女」が許さない。)

はい、愛してはなりません。私は「偽物」ですから。

(息を大きく吸う。止めて、薄暗い喜びを胸の深くへと沈め、緑色の瞳へと視線を絡める。
忘れてはならない。礼拝の「無償の愛」など偽物だ。
恋から生じた偽愛に過ぎない。それでも、彼が愛される事を学び、満ちるを知るための踏み台になると決めていた。)

お話、致しましょうか。
私という「道具」の『つとめ』について。
私は「代理」です。金銭で得ることが出来る、得られなかったものの「代理」でございます。
私の足で喉をくすぐって嘔吐させてやらねば満足できない方、ピンヒールに踏まれた状態でないと満足できぬ方……。
時に夜会のパートナーの代行から、恋人に振られた方の慰め役まで。

……そう、製造されたからでしょうか。
落ち着くのです。何らかの対価を得て誰かの代わりになるという事は。
色事ばかりなのは、元々『恋人』を目的として作られたからでしょう。
買い手がつかないまま此方の世界に来ましたので、私はとても……。

(ぎゅっと、暖かなカップを握る手に力が入った)

値段がつくのが嬉しいのです。
(礼拝が語る間、ジョセフはただ黙って礼拝を見つめていた。
ジョセフの中に生じた、霧が晴れるような、ズレていたピントが合うような感覚。それはジョセフの脳髄が作り出した理想、虚像の後ろ側に隠れていた……いや、目を逸らしていた礼拝の姿に漸く目を向け始めた事の表れであった。
そこには怒りも失望も無かった。当然だ。本来見えていた筈のものから目を逸らし続けていただけなのだから。)

そうか。
やはり、度し難いな。罪深い。救いようが無い。

(ジョセフの口調はひどく単調で無機質だった。
何故ならば、これはジョセフが被る幾つかの仮面のひとつ『聖職者』が発した言葉。この混沌の地ではとうに形骸化したもののが示した『反射』に過ぎないからだ。
ジョセフは目を伏せ、カップに口を付けた。表面上、ジョセフの情緒は落ち着いているように見える。しかしその実、彼は酷く高揚していた。なんて得難い多幸感。今、ジョセフは自信と優越感に満ちていた
礼拝の『客』達がどんななに礼拝の肉体に触れようと、触れられようと、葉巻きの匂いを付けようと、全て取るに足らないつまらない事だと確信した。
ジョセフが礼拝に値をつけた事は無い。それなのに、礼拝は彼の望みを叶え彼を受け入れた。それが彼等とジョセフの違い。埋めようの無い格差だ。

なんて、なんてすばらしいのだろう!)

……ふ、ふふ。うふふふふふ……。
あぁ、ありがとう。話してくれてありがとう。
僕はとても……とても嬉しい。ふふ、ひ、ひひっ。

(ジョセフは肩を、いや身体全体を震わせて笑っていた。堪らえようと思っても後から後からこみ上げてくる。
ごとり、と重い音が響いた。それは膝に乗せて片手で抱えていた仮面が床に転がり落ちる音だ。)
(振ってきた無機質な声に体が強張る。くしゃりと顔が歪む。
それはそうだろう「女」を「商品」として扱う事を良しとする教義等あるものか。
聖職者の仮面は剥されたとて、彼はそのように組み上げられた人間である。
ああ、この身を汚らわしいと遠ざける事さえ……)

ジョセフ、さま?

(表情が悲しみから困惑、困惑から怯えへと推移する。
だって最初は捨てられてしまうと思って居た。それなのに何かを堪えるように肩を震わせているのだ。
怒っているのかと礼拝の情緒の幼い部分が慌てふためき、しかし、腹の底の冷徹な部分がそれを否定する。この笑みは知っている。

純粋な、歪んだ、幼児のような、倒錯した、無垢なる、獣の、私を押し倒した、この場所で。

脳裏に湧き上がる記憶の奔流。
あの時振り絞ったのは勇気であったが、その根底には恐怖があった。振りかざす爪も心の用意もないままに受け止めるには「礼拝」という器では少々役者不足だ。
くろがねの面が落ちる音にもまるで雷に怯える子供のように大きく肩を震わせて、揺れる瞳でジョセフを見上げた。)

どう、して。
どうされたというのですか。

(その時、怯えながらも体を引かずに、むしろ添わせるようににして落ち着かせようとしたのは好意のなせる業だ。
その根底に、基盤となった女の傲慢があろうとも、好意を端に発した小さな勇気である。
カップをテーブルに置き、自由になった白く小さな掌がジョセフの腕に触れようと伸ばされる。)
ひっ、ひひひ……っ。

(じわりと、礼拝の柔らかな体温が伝わる。そして、恐怖も。
ジョセフは恐怖に敏感だ。そうあるべきと叩き込まれた。異端審問官はその存在自体が恐怖である。異端者は我々を恐れ、我々は恐怖の臭いを嗅ぎ付ける。苦痛は身体を縛り、恐怖は精神を縛る。それらから解き放たれる手段は唯一つ。神を信じ従い祈ること。
そう、叩き込まれた。苦痛と恐怖を齎す道具であれと。)

いや、いや、待ってくれ。ふひ、違うんだ……ひっ。

(なだめねば、と思った。礼拝が恐怖しているのは他ならぬ己だ。しかし、彼女はこうして寄り添ってくれている。
ああ、だが、なんということだ。抑えようとしても歓喜はあとからあとから湧き出て迫り上がってくる。この歓びを礼拝に伝えたいと思っても思考が全く纏まらない。言語に出来ない。ただ、衝動だけが溢れてしまう。
ジョセフはココアをぐいと飲み干した。喉が爛れても構わなかったが、既にココアは程よい温さになっていた。僅かだが、甘味はジョセフの昂ぶった精神を慰めた。
長く太い腕を伸ばし、礼拝のカップの隣にジョセフのカップが寄り添うように置かれる。

礼拝が拒まなければ、腕に触れた小さな手をジョセフは掴み持ち上げるだろう。そこに暴力的な衝動も苦痛も無い筈だ。
そして、ココアで濡れた唇を柔い手の甲に触れさせる。これがジョセフなり拙いの誠意と『敬愛』の印だった。)
(手を取られた瞬間、恐怖が一段と増すのを感じただろう。
だが、その手を振り払う事など出来るものだろうか。例えその手をくしゃりと握りつぶそうとしたとしても最後までジョセフの手の中に納まっていたはずだ。それが、礼拝の捧げられる信であり、心の底にあいた穴を癒す手法として選んだ行いである。

しかし、これはどういう事だろうか。
「私の手は、ジョセフ様の唇に押し当てられている」?)

「 」。

(急速上昇

視覚野から送られてくる情報を礼拝の意識は正確に読み取り簡潔に描写するものの、それはまるで白紙の紙の上に急ににじみ出てきた一文のようで全く前後に脈絡というものを感じさせない。

最大高度

現実から切り離されて虚空に浮かび上がった心は、ただ阿呆のように自分の手の甲に口づけるジョセフの顔を見つめる事しかさせてくれないのだ。何も心に浮かばない。うごかない。

ベクトル反転

解け始めた思考は最初に「今泣いたら、後で仕事に差し支えるな」と、冷静な分析を始めた。
その後、「誰がこんなことを教えたんだろう。急にこんな風にするなんて酷い」と、理不尽な怒りを抱いた。

最高速度

後はもうわからない。種類の違う様々な感情や思考が同時に入り組みながら流れ出して意識を保つだけでも精一杯だったのだ。心臓が痛い。全身の血液が頭に集中している様子で、外から見れば暗がりの中でも分かるほどに赤面しているのが分かるだろう。

結末激突

何か言わなくては。手が震える。涙が滲む。恐ろしい。恐ろしい。嬉しい!
これは、ジョセフ・ハイマンが定義した愛の行為ではない。だが今、彼はなんらかの愛情をもってこのような行動にでている。
「私」に合わせて!)

ジョセフ、様……。

(掠れながら名前を呼ぶ。
その瞳からジョセフへの恐怖は消えて失せている。今あるのはこの時、この行いが終わってしまう事への恐怖だ。しかし、それ以上に甘く蕩ける熱の方が強い。)

だ、だめです。こんな、こんな風にされては、心臓がこ、こわれてしまいます。
わたしっ、わ、わたしは……。

(足女がなんてザマだ。
喘ぐように肩を震わせて舌を縺れさせる自分の姿が急に情けなくなって、口づけられた手のひらがきゅうっと縮こまる)

びっくりしました。
その、嬉しくて。

(それだけ何とか口にすると見上げていた視線をすいっと下げて目を伏せてしまった。
ただただ彼の体温だけが焼けるように熱い。)
そうか。良かった!
僕も嬉しかった。だから、こうした。

(この上なく晴れやかな気分だった。
ジョセフ流の『愛』で満たされた悦びとは大分外れたものだが、大変好い感覚だ。そう、まるで降り積もった清らかな新雪に一歩踏み出したような。)

そして、君が喜んでくれた今も嬉しい。

(ジョセフは人間として、男性として、大きな自信を得た。
故郷でも将来を嘱望される程の評価はされていた。ジョセフ自身もそれに相応しい働きをしたのだと自負していた。が、それは仮面を被った私への評価。彼等が下すのは『道具』としてのジョセフへの評価。そして同時にそれは道具を鍛え上げた『職人』への賛辞でもある。
僕という個人への評価に、賛辞に飢えていた。求めて止まぬものだったから、それが赦される混沌に呼ばれてからは他者への賛辞を惜しまなかった。そして友と呼べる者と出会ったことでそれを得た。
だが、それを理解し自信に繋げられるほど彼の精神は育っていなかった。決して、決してそれまで得たものが不足だった訳ではない。むしろ望んでいた以上のものを得た。
そこに礼拝という女の要素が加わり、化学変化めいた激しい成長を齎したのだ。)

あぁ、よく分かるよ。私もそうだった。言葉が出てこないんだ。

(しかし、それでもまだまだジョセフの精神は肉体と不釣り合いに幼く、衝動に支配されている。
礼拝が目を伏せたのと合わせて、ジョセフは傷だらけの両手で礼拝の小さな手を包み込み、慈しみをもって覆い隠した。
鏡のような瞳を見ているうちは良い。そこに反射し像を結ぶものに夢中になれるから。しかし見えなくなるといけない。得に、今のような肌と肌とが無防備に触れ合った状態では。
何故ならば、傷一つない肌の下の肉の、筋の、骨の事を考えてしまうから。ジョセフが礼拝を『愛』することなどあってはいけないのだ。
たとえその小さく柔らかい手が食べてしまいたくなるほど愛らしくても。)
(この身すべてが心臓になってしまったかのような拍動。
内分泌を制御する機能を持って興奮をねじ伏せようとしても興奮に震える思考では上手くいかない。
否、打ち消してしまいたくないのだ。
後の千年を生きていけそうなこの意思を消したくないと強く願ったからこそ、人形としての機能が動かない。

深海に潜る様な気持ちで息を吸う。
ずっと俯いているわけにはいかないし、なによりも彼がどんな顔をしているのか見たかった)

ジョセフ様。

(深く暗く、しかして鏡のような瞳に新緑の如き緑の瞳だけを映す。
そして確信する。
自らの注いできたものがここで結実したのだと。

瞳は涙がにじみ今にも零れそうな気配。震えていた口元は緩やかに浮かび上がり、微笑みの形を作る。

ただただ与えてきた。彼に足りないものはそういうものだったから。
父母と同じように途切れない愛情を注ぐもの。変わりて尚あるもの。特別な位置。
これはただの一歩に過ぎない。
「私」は、「これからもずっと」「この場所を守り続けなければいけない」

そんなのは嫌だと吐き出しかけた息を飲み、さらに深く潜る)

私は、ジョセフ様。貴方が、私の事を思ってくれたことが、嬉しいのです。
私を慈しんでくださった。貴方の、貴方の愛情とは違う形で、私に沿った形で。

――ずっと不安だったのです。私は、貴方に沿う愛情を与えられない。私にできるのはただ私の愛を貴方にそそぐことだけ。
身勝手でしょう、我儘でしょう。
でも、貴方は応えてくれた。
「私」を理解して「貴方」の中に入れてくれた。
それが、どんなに、どんなに尊い事か。

(目尻から涙がこぼれる。だってもう仕方ないじゃないか。唇が震えて言葉が途切れ途切れになるのも全て、全て仕方のないことなのだ。
酸欠か興奮かで赤くなった顔、涙で溶けた化粧。全て不格好で、もはや人形としての殻は残されていない)

ジョセフ様、大好きです。

(愛という言葉は避けた)
(再び非常に強い自信と優越感がジョセフを満たす。
はたして、礼拝の『客』は彼女にこんな風に語りかけられたことがあるだろうか?望みそして応えられた愛ではなく、彼女自身の意志を持って愛を注がれたことがあるだろうか?
熱く淀んだ息を吐き、そして新鮮な澄んだ空気を吸う。口元は緩く開かれ、白い歯が覗く。緑色の瞳は穢れを知らぬ少年のように輝いていた。)

僕も君のことが大好きだ。
好きだから、僕なりの愛を注がない。でも君がくれた慈悲に応えたい。だからこうしたんだ。
上手くいくのか不安だった。でもこうして上手くいった。あぁ!なんだろうなこの気持は。我が友との戯れに勝るとも劣らない・・・・・・いや、違うな。全く違うものだ。比較は出来ない。これは一体・・・・・・何なのだろう?
いや。いやいやいや。そうじゃない。僕が言いたいのはそういうことじゃなく。・・・・・・待て。
そんな、どうしたんだ。泣いているじゃないか。すまない。この後も勤めがあるのに・・・・・・。ああ、どうしようか。

(堰を切ったように喋りだす。まるで考えが纏まらないまま思うがままに喋る子供のように、はやる気持ちに後から思考が付いてくるのだ。
そうしてやっと、礼拝が流す涙に気がつくのだ。その意味を考察する余裕はなかった。ただ、原因は自分であろうという自惚れにも近い確信はあった。
狼狽えながら手を伸ばす。拒まれなければ、傷だらけの大きな手のひらは礼拝が流す涙に触れ、そして頬を包むだろう。)
(どうしてその手のひらを拒むことが出来るだろうか。
例えその傷だらけの手のひらが薄皮の上から筋肉の震えを、血管の位置を、そして肉人形独自の機関を観測していようとそれは些細な事だ。
空いている自身の手を頬に添わすジョセフの手に重ねて震えながら微笑んだ。)

もう少し、もう少しこのままで。

(ジョセフの気持ちに名前を付けて誘導してしまいたい気持ちはあった。しかし、それは不誠実というものだ。
己はただジョセフを満たし、その気持ちを探す力を得られるまでただただ与えればよい。
胸を刺す痛みをごまかす為に、重ね合っている両手の指を絡めようと動いた。
精神の距離を補う様に、肉体の接触面を僅かにでも増やそうとしたのだ。)

私もう行かなくては。でも、どうか、少しだけこのままで……。
うん。うん。

(微笑み、頷きながら涙の柔い湿り気を、優しい体温を感じる。そしてやはり、礼拝の肉体を、構造を感じて憶え刻み込む。
しかし精神は分からない。礼拝の真意など知る由もない。ただ、彼の大部分を占める衝動に混じりこんだ新鮮感覚に浸り、酔う。)

いいよ。わかった。あと少しだけこのままで。

(涙の理由は追求しないことにした。引き留めたかったが堪えた。その程度の思慮は彼にもあった。しかしやはり、夢想は止められない。
このまま抱き上げて攫ってしまおうか。どこか静かで邪魔されない所で礼拝を愛したい。髪の毛の先から爪の先まで。愛でて、暴いて、貪って。

夢想は夢想だ。刹那的な衝動の先に得られるものはない。きっと、どうせ、礼拝も抜けた底から流れて落ちてしまうのだ。
分かっているから堪えた。けれどもせめて残された僅かな時間いっぱい彼女の肉をより深く感じたい。ジョセフは絡む指を受け入れた。こうして受け入れる側になれるのは喜ばしいことだ。)
(ジョセフの指先は礼拝のものと随分違う。第一に大きいし、爪は厚く、皮膚は固くごつごつとして、傷跡のへこみや膨らみで歪んでいる。
礼拝の肌はひやりとして冷たく、見た目に反して使い込まれていない手のひらは設定された年齢の少女のものと比べて柔らかく、手荒れもない繊細さだ。
指先を絡め、感じる度に胸の中に寂しさにも似た感情が去来する。この手が作られる過程に礼拝という存在は居なかったのだ、と。
礼拝にとってジョセフとは今まで生きてきた時間の半分以上関わってきた重要な人物だ。だが、ジョセフにとってはそうではない。25年の生の中のたった半年。それだけしかジョセフを知らない。)

私は幸せ者ですね。

(絡めた指先に小さく力がこもる。)

貴方にこんなにも与えてもらえる。許してもらえる。
私は貴方の飢えを癒したいと申し上げましたけれど、これでは逆になってしまいます。
ジョセフ様の言葉で、手で、こんなにも満ちるなんて。

(それでも、ジョセフの中に礼拝という存在が居る事を感じて胸が震えた。
どうしようもない事実に沈み込みそうになる心をその確信が引き上げる。
目尻の端からもう一つだけ涙が零れ落ちて、頬に触れた手のひらに唇を寄せようとする。
口づけというほどの行為ではない。
ただ、より深く手のひらを感じようとしたときに、顔の中でも鋭敏な感覚を持つ器官を触れさせようとしただけである。)
(震え。
唇が触れた瞬間、訪れたのはジョセフにとって未経験の感覚であった。筋肉が撥ね、思わず礼拝を突き飛ばしそうになる程に。)

……いい、いいんだ。
私の愛は与え、与えられるもの。僕なりの愛をそのまま君に齎すことは出来ないけれど、違うものを同じように齎すことが出来たならそれは僕にとっても幸福なことだ。

(ジョセフはそれをなんとか押し退け、決して表に出て来ぬよう深く沈め、頬を緩ませ微笑を向けた。
礼拝の肉体はジョセフにとってひと息でなんの造作もなく握り潰してしまえる程度のものだ。衝動に支配された彼の精神は常に破壊と苦痛を欲している。随意不随意を問わず、いつ如何なる時も思考の片隅には肉体破壊のシミュレートが繰り返されている。
しかし一瞬、ほんの一瞬だが、それが途切れる時がある。例えば、今のような時だとか。

礼拝の言葉、動作、それらひとつひとつで、その無我の瞬間が瞬くように繰り返される。弾けるように、煌めくように。
眼の前が眩む。平常の運転を乱され、動作不良を起こしたかのような。否、起こしているのだ。彼にとって、人らしい思考の回転はもはや不具合なのだ。25年の月日で積み重ねられた衝動と苦痛は彼の精神に殆ど完全に癒合していた。剥がれんとするならばジョセフにとってはあり得ない『不快な痛み』が伴う程に。
かつて、幼い日に感じた事がある。しかし、遠く遠く忘れ果てていたのだ。未経験だと認識する程に。)

その、礼拝殿。そろそろ大丈夫かな?
随分と話し込んでいたように感じる。離れ難いが……もう、時間だろう。

(努めて穏やかに微笑んで、絡ませていた手指を手放す。
そして、唇が触れた手のひらをそっと握りしめた。その感覚が離れる寂しさと痛みを和らげてくれた。)
御名残り惜しい……。
でも、ええ、そろそろ限界ですね。

(暖かさが遠ざかる。頭では理解していても、眉が下がるのを抑えられなかった。
だが、ジョセフの言葉通り既に限界は近い。未だに潤んだままの瞳は新緑の瞳を見つめながらも理性は緩やかに「日常」に回帰するための演算を始めていた。

手が解かれ、密着していた影が離れる。
数分前に腰かけた位置に戻っただけのはずなのに、心の中にあるものは全く別の事だ。
別れへの寂しさ、迫ってくる次の仕事への焦り、そしてそれを大きく上回る悦び。
態度では理性を優先させながらも、手のひらに受けた口づけへの悦びに未だに酔い、浸っているのだ。今走らせている嗜好の裏側で、叩きつけられてあふれ出た感情を一つ一つ呼び起こし忘れない様に何度も何度も繰り返しているのだ。
それがあらゆることを覆い隠して、再び礼拝を穏やかに微笑ませる。)

私、今日の事忘れません。
グラオ・クローネに貴方にお会いできてよかった。

(立ち上がって一礼すると、ジョセフに対して眩しそうに目を細め、深く息を吸った。)

ありがとうございます。
……お見送りさせていただきます。ジョセフ様、また、また、遊びに来てくださいましね。

(さようなら、という言葉はつかえなかった。
代わりに「次」を望みながら、ジョセフが宿の中に居るまでは寄り添い見送ろうとするだろう。
引き留めようとしたり、まして縋りつくような事はないが、共にいる時間を少しでも伸ばそうともがくように)
(裏通りにある宿ではない。
純粋に自宅として使っているアパルトメントの一室で沁入:礼拝はそうっと箱を開けた。
箱の傍には一通の手紙。差出人は――)

わ、ぁ。

(小さく歓声をあげて箱の中身を取り出すと、それはつやつやの革靴だった。
月桂樹の葉が刻印されていて、足が疲れない様に柔らかな素材を組み合わせて作られている。

胸が痛いほど高鳴る。
無意識に指先を革靴の隅々まで走らせて感触を確かめ、下からも上からも眺めまわした)
(ひとしきり触り倒してはほうっと息を吐き、机の上に靴を置いて見つめる。

一体この靴でどこに行こう、どんな服を着よう。
ああ、でも、これを汚してしまうなんてもったいない。
一度でも履いてしまえば「あの人」の気配が遠ざかってしまうかも。

欲求と欲求が胸の中でぶつかってちりちりと思考を焼く。
焦げ付くような思いだけが堆積して、しかし、靴に触れた時の柔らかな感触はただ優しい。

この靴を履くならば、一番の自分でありたい。

何度目か分からないため息の果てにそう結論付けた)
(最初に髪飾りを取った。
それからワンピースに手をかけ、下着を床へ放った。
靴なんて最も要らないものだとばかりに脱ぎ捨て、鏡で真っ白い肌の上に些かの傷もないか確認する。

北神祭の傑作人形は今日も完璧に動作している。

夢見るような瞳、口紅を載せなくても淡く赤い唇。
なめらかなデコルテに、未熟と成熟の曲線が交わるくびれ。
少女の足。
きゅっと締まった太腿に木陰のような脛とふくらはぎの印影。
大人の手のひらの中に納まりそうな頼りない足は、歩く事よりも愛を囁くことを目的に作られている。

これ以上価値のある物は、この部屋に存在しない。
これが、沁入:礼拝の最高性能を引き出すための姿だと、自分自身が強く確信する)
(靴を履く時は、数多くの男がそうしたように、自分に靴を履かせる「あの人」の姿を夢想した。)
(鏡の中には革靴を履いた少女が一人いて、履き心地を確かめるように軽く足踏みをしている。
柔らかなソールが足を包み込み、僅かな汗を吸って密着していた。
加工されているとはいえ、皮と皮が直接触れ合う事に胸の高鳴りを覚える。
唇は僅かに微笑んで、確かめる以上の意味がなかった足踏みが軽快なステップになる。)

ら・ら・ら……

(祝祭で聞いたメロディを小さく口ずさみながら一回転。
瞼の裏にはあの日、「3人」で踊った光景。
手を繋ぎ、腕を広げ、くるくると回りながらもいびつな舞を一人で、しかし完璧に繰り返す。
幻想の黒い塗料の如き人影と「あの人」が近づいては離れ、時に意地悪なステップに巻き込んで――楽しかったのだと思う。
最初は無表情でいたが、そのままでは居させてもらえなかった。)
(でも)

(転調)

(もしも、二人っきりだったらどうだっただろう。)

(黒い巨体の幻影を脳内からかき消して、「あの人」とだけ向き合う。

体格差があるからホールドしにくいけれど、その辺は私がリードすれば大丈夫。
傷だらけの腕が私の肩を抱いて、見上げれば顔があって、ああ、「あの人」こんな風に踊ったことあるのかしら?

靴底が床を擦って鳴く。
空想思考と訂正の繰り返しは、沁入:礼拝の愛のための思考ではなかったが、酔ってしまうのは気持ちよかった。
どうせ、空想の様に自分を抱きしめて見つめる日なんて来ないのだから……。

だから、足元の感触を、高揚した気持ちを舐めつくすまでは、幸せな妄想の中を踊って居よう)

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