PandoraPartyProject

ギルドスレッド

樹上の村

【RP】小さな祝宴【1:1】(シラス君と)

「これでよし、と!」

ツリーハウスの食卓に並べられたのは、大小いくつかの料理。
普段は自分だけだから、と使っていないスペースのほうが多いこの食卓も、客が来る時は大忙しだ。
ファルカウを取り戻したことでどうにか再開した『フローラリア』から頂いたケーキも並べ、準備は万全。

「後はシラス君を待つだけ、だね!」

ハッキリと時間を約束したわけじゃないので、どうにもソワソワと窓から外を伺ってしまう。
そろそろ来る頃だろうか……ファミリアーには、見つけたら戻ってくるようにと伝えてあるのだけれど……

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祝勝会を終えて戦いの傷が癒えてもどこか気怠い日が続いていた。
流石に気が抜けたのかも知れない。
そうも言ってられないと己に鞭を入れようと決めた矢先の手紙。
返事を送るといそいそと身支度を済ませ、もう通い慣れた道のりを自然と足早に進む。

ツリーハウスまでは久々に足元が軽い思いだった。
窓から覗く小さな人影を見つけると軽く手を振ってから樹を上がり、ノックを3回、良い香りにつられて返事を待たずに戸に手をかけて。

「お邪魔します……っと、これはご馳走の予感がするぜ。
 お誘いありがとうね、何か手伝えることあるかな?」

鞄を降ろしながら家主の魔女に笑顔で尋ねた。
急に開いた扉にパタパタと駆け寄り。
ファミリアーはどこかですれ違ってしまっただろうか、後でごめんねと言っておかなければ。

「あっ、いらっしゃい!大丈夫だよ、座って座って!」

やってきた友人を笑顔で迎えて、そのまま食卓へと案内する。
準備はちょうど万端だ。全くの偶然だけれど、なんとなく相手のことが判ったような気になって少し嬉しくなる。
自分もいそいそと椅子に座って、笑って話を続ける。

「来てくれてありがと!
 お手紙でも書いたけど、簡単な祝勝会……お疲れ様会でもしたいなって。
 だから、ちゃんとお食事も用意したよ!フローラリアのケーキもチョコレートのものを作ってもらったから!」

そうして、一拍置いてから続ける。

「そういうわけで、お疲れ様でした!
 色々と心配かけてごめんね。お詫びじゃないけど、遠慮なく食べて行ってよ!」
戸を開けると慌てた様子で駆け寄ってくる友人。

「あっごめん、勢いでつい! それだけお誘いが嬉しかったってことで!」

案内されたダイニングテーブルに並ぶ暖かそうな食事に嬉しそうに口笛を鳴らす。
配膳されたばかりの出来立てといった様子だ。

「良かった、ぴったりの時間に来られたみたい?
 うん、お祝いしようぜ!
 正直に言ってやり遂げたことが凄すぎてまだ実感が沸かないんだ。
 だから二人で振り返ってみたりもしたい」

そこまで言って急に湧いてきた食欲に喉を鳴らす。
そういえば家ではダラダラとし過ぎてろくに食べてなかったっけ。

「デザートまで完璧じゃん。そう、チョコレート好きなんだ」

椅子に腰かけるとどの料理から口に運ぼうか目移りしてしまう。

「はい……お疲れさまでした!
 心配かけるのは、多分、お互い様だから気にしない。
 それよりもキミの大事な時に側にいられたのが本当に嬉しいよ」
自分とシラス君の分の冷製スープを器によそって手渡しつつ話かける。

「ふふ、私もシラス君と一緒に戦えてよかった。
 何度も言ってきたけれど、私一人じゃあの結果は絶対に手繰り寄せられなかったもの。
 みんながくれた勇気があってこそ、今回の結末にたどり着けたんだ、きっと」

少し思い返すように目を閉じてから、目移りしてる友人に「ほらほら、早く食べないと私が食べちゃうぞ」と笑いかける。
実際は、そんなに食べられないのだけれど。

「深緑の事件は、本当に思わぬことの連続だったよ。
 最初は故郷が大変だから頑張らなきゃって思っていたら、兄さんが出てきて……
 お手紙送ったの、覚えてる?あの時、思い切ってシラス君に相談してみて本当に良かった。
 それから、シトリンクォーツにお話したことも。どれもみんな私に力をくれたもの」

ふっと、安堵するように息を吐いてから言葉を続ける。

「本当に、ありがとね。
 ……そのうえでね、もう一つだけ、お願いしたいことがあるんだ。
 いつか原罪を乗り越えて、兄さんを無事に目覚めさせた時に……一緒に素敵な場所を紹介してほしいなって」
「スープ冷たくて美味しい、夏らしくて良いね。
 ええと、それじゃあ……あっ待ってよ、俺が食べるからっ」

冗談交じりに慌てて見せて、取り皿に欲張って盛り付ける。

「しかし、好き嫌いしなくなったよね、俺。偉くないか?
 うん、美味い……俺こそアレクシアの分まで食べないようにしなきゃ」

一口運ぶと後は止まらない。
優しい味付けの料理は特に食が進んだ。

「ううん、俺はそんなに大したことしてないよ。
 伝えられたのはどれもキミとこれまでやってきて教えられたことばかりさ。
 言うならアレクシアがしてきたことの鏡みたいなもので……」

ナイフとフォークを止めて、笑顔を見せて。

「それでもさ、そう言ってもらえて嬉しいよ。
 手紙で誇らしいと書いた半分はまさにこの話だぜ」

続けられたお願いで更に顔が綻びる。

「時々したみたいに幻想を2人に紹介すれば良いのかな? お安い御用だよ。
 はは、お兄さんも来るなら下手なところ選べないから緊張するけど」
「あはは、確かに昔はシラス君もっと好き嫌い激しかった気がするね。
 こうして色々食べてくれるようになったのも、半分くらい私のおかげじゃない?なんて」

本当に自分のおかげかはわからないけれど、美味しそうに食べてくれればそれだけで嬉しいもの。

「そうそう。シラス君しか知らない場所も、私たちで見つけた場所も。
 色んな場所があると思うけれど、兄さんにも見せてあげたいからさ」

緊張する、という言葉には「大丈夫だよ!」と続けて。

「兄さんなら大抵のことは興味深く楽しんでくれると思うから。
 だって、私は兄さんの話を聞いて冒険に憧れたんだから。どんな場所でも楽しんでくれるよ」

それでも、引き受けてくれたことに安心して息を吐き、

「本当に、こんな結末になるとは思わなかったよ。
 私、兄さんとはあの戦いが終わったらお別れだ……ってずっと思ってたもの。
 それが、こうやって未来のことを話せるんだから……未だにね、夢の中にいるんじゃないかと思っちゃうくらい」

軽く頬をつねって笑ってみせる。
「それはそう、一緒にいると色々と口にする機会が増えるし。
 何でも食べられた方が楽しいからね。
 アレクシアも俺のおかげで少しは食べる量が増えてたりはしない?」

彼女の小食は、時々心配になる。
食生活は他人のことを言えたものではなかったのでこれもお互い様なのだが。

「でも折角ならとびきりを紹介したいじゃん?
 ベテランの冒険者でも驚くような場所を考えておかなくちゃ」

こんな話を出来るようになるとは確かに思っていなかった。
励ましの声をかけた時に考えていたのも、突き詰めれば、終わらせ方の問題だ。
それが、今は、こうして笑い合える。

「はは、つねったら駄目だよ。夢なら覚めて欲しくないしさ」

今回は夢を行き来するような冒険まであったので笑えない。
けれど、絶対に現実だ。
アレクシアがそれを成し遂げたのが自分のことのように誇らしい。
これがもう半分だ。

「ファル・カウもにも思い入れが出来ちゃったよ。
 深緑のことをこんな風に感じる日が来るとはちょっと考えてなかったね。
 そうだ、今度はアレクシアが紹介してよ? プルウィアの霊樹みたいなのとか」

去年の今頃だったか。
フランツェルに連れられた深緑の夏祭りを思い出す。
ああいう穏やかな日も悪くない。
「食べる量……どうだろう?増えた……かも?
 でも、食べる種類は私も増えたと思うよ。
 昔はお肉とかあんまり食べなかったけど、今はちょっとは食べたりするからね!」

食事は間違いなく、イレギュラーズになったときより多様になった。
これもある意味、世界が広がったというのかもしれないと思う。

「ふふ、場所もそうだけど、こうやって美味しい食べ物とか教えてあげるのもいいかもしれないね。
 兄さんの食事事情は実はあまり詳しくはないんだけど、きっと食べたことないものもいっぱいあるし!」

見知らぬ場所にいって、食べたことのない味を口にする。
きっと兄さんはどんな場所でも楽しんでくれるという確信できた。

「そうだね、まだまだシラス君に案内してない場所もたくさんあるし……
 アンテローゼでのお仕事を通して私も昔よりは深緑に詳しくなったし、色々歩き回ってみるのもいいかもね!
 私の地元もちゃんと案内したことなかったかなって思うし……」

今は復興の真っ最中で以前のような姿ではないけれど。
それでも深緑は素敵な場所がたくさんある。それらを気に入ってもらえれば嬉しいなと心が騒ぐ。
ただ……

「プルウィアの霊樹……」

その言葉を聞いて、記憶の引き出しを開けてみても何も見つからない。
霊樹があるということは覚えている。確か……隠れ里のように存在している場所だった。
神官としての仕事をしているときに何度か耳にした記憶がある。
ただ、そこで何があったのかがみつからない。
僅かに残った水滴のように、「何かがあった」という感覚だけが残っている。シラス君の表情を見るに、屹度そうなのだろう。

そのことをすぐには言葉にできなくて、彼の顔を見たまま思わず黙り込んでしまう。
「キミのは好き嫌いと違うだろうけど、食べられるものが増えたなら良かったよ。
 そうしないとこのまま俺ばかり大人になっちゃうからな!」

幻想種の見た目が変わらないことに食事は関係ない。
それでもたまに揶揄したくなってしまう。
いつもの椅子に腰かけて、変わらない部屋、変わらない友達、自分の視線だけが思い出よりも少し高いのが偶に寂しくなるから。

「うん、じゃあ街を案内しながら食べ歩きしようぜ、お兄さん畏まった店よりもそういう方が好きそうだし」

本当に祝勝会という気分だ。
この先に待つ明るい予定に浮かれてしまう。
また大変な事件が幾つも起きるだろうけれど自分たちなら越えていける、そう思えた。

「っん……確かあそこはそんな名前だったと思うけど」

覚え違いだったか……いや、そんなはずはない。

「ほら、白い花が綺麗で、香りも良くて……お祭りに使うからそれを集めて……」

記憶を巻き戻す。
優しい雨の日だった。
クマの親子がいた、子供たちに遊びをせがまれた。
ぽつりぽつりと思い出したことを聞かせる。

「俺はキミに花を贈ろうとしてさ……ははっ、あの日はタイミングが見つからなくて」

そこまで語って、アレクシアの少し戸惑うような様子に気づいた。
ひょっとしたらもう忘れてしまったかな?
深緑ではそんなに珍しい場所ではなかったのかも知れない。
ずっと故郷の危機の連続で頭がいっぱいだったのもあるだろう。
無理もない。

「まあ……例えばの話さ!
 俺はアレクシアの紹介なら何処だって楽しみだよ!」

黙ってしまった彼女に笑顔で構わないさと伝えて。
白い花……お祭り……
雨とクマの親子……
シラス君の話してくれたことをひとつずつ思い返す。
依然としてその情景は浮かばないけれど、それを『書いた』覚えはある。

「ああ、ううん、違うの……
 その……ちょっと待ってて」

笑顔で気を遣ってくれた彼を置いて席を立ち、寝室に向かう。
小さな書棚に並べらた本を一冊手にとり、ページを捲る。
これまで自分が日々つけてきた日記。楽しいことも、辛いことも、何でもないようなこともすべて。
兄さんに倣って、自分も付け始めた記録。
『書いた』覚えがあった場所に確かにそれはあった。

「クマの親子と……雨浮草……」

日記を片手に食卓に戻り、改めてシラス君の前に座り直す。

「ごめんね、お話中断しちゃって。
 ちょっと……ちゃんと確認しておきたくて」

もともと、今日来てもらった目的の半分はこれを伝えることだ。
それでも、それが本当のことなのかは自分でも確信できなかった。
したくなかったと言うべきかもしれない。

言えば心配させてしまうだろうか?
それとも、怒られるだろうか?悲しむだろうか?
今日が来るまで色々と考えた。できれば、悲しい思いだけはしてほしくなかった。
それでも、伝えないということだけは考えられなかった。
だって、消えてなくなっていくものは、2人でこれまで作ってきた大切なものなのだから。

意を決して彼を見つめ、言葉を紡ぐ。
できるだけ、不安を表に出さないように。

「あのね……私、記憶が消えていってるみたいなんだ」
「アレクシア……?」

真剣な表情のまま席を立ったその背中に呼びかける。
困惑したまま一人で座っていると胸に黒い雲が薄っすらと広がっていく。
どうしたのだろう。

「ううん、平気。
 それよりもプルウィアの霊樹で何かあったの……それ、日記だよね?」

また何かの事件だろうか。
本当に言ってる側からという感じだ。

けれど、返ってきた言葉は、考えてもいなかった話で──
自分はその瞬間どんな顔をしたのだろうか。
驚きから一拍置き、表情をなくして絞り出せたのは一言だけだった。

「記憶って……」

逆に俺の方から目を伏せてしまう。
彼女との会話を反芻する。
つまりあの日の出来事が記憶にないという話。
それ位の物忘れは誰にだって、いや……

「他にもあるってこと?」

彼女の日記から視線を上げて見つめ直す。
たった1日のことで急にこんな話を切り出すわけがない。
日記の内容が記憶から欠けていると自覚できる程度には他にも……

「気付いたのはいつから……ううん、それよりも。
 きっと大丈夫だ……打ち明けてくれてありがとう。
 何とかしよう、一緒に」

膝の上で拳を握り、胸の内に沸いた冷たい不安を今は飲みこむ。
本人が一番心細いに違いないんだ。
嗚呼、やはり。
驚きとともに目を伏せてしまった彼をみやり、少しの後悔に襲われる。
心配させてしまうならば、不安を伝染してしまうのならば。
秘めておくべきだったかもしれない。悲しい顔は、見たくはない。

それでも、吐いた言葉は飲み込めない。
なにより、これ以上隠し事をしたままでいたくはなかった。
それは共に戦ってくれた彼への裏切りにも等しいと感じるから。
だから、言葉を続ける。

「うん……他にも……」

日記のページを捲りながら、萎れてしまった記憶を示していく。
いつか豊穣で菊の花を見たこと
ラサでバザールを回ったこと
幻想の空き家で怪奇現象に出会ったこと……
どれも記憶の器に大切に生けていたものだった。
もののはずだった、のだろう。きっと。それも思い出せない。

「欠けていると思ったのは、奇跡の後から。
 その時はまだ気の所為かも、と思っていたんだけれど……」

今でも、そう思いたいという気持ちはある。
ただ、きっとこれは消えない呪いのようなものなのだろうという確信もある。

「……ありがとう。そうだね、なんとかしたい。
 これまで一緒に積み上げてきたものが全部なくなってしまうなんて、そんなの私も嫌だもの」

それでも、同時に思う。
これが奇跡の代償だとしたら、きっと生半可なことでは解けることはないのだろうとも。

「でも、無理はしないでほしいんだ。
 どういう理屈でこうなってしまったのかはわからない。
 治す方法も見当もつかない」

だから──

「これからも一緒に遊んでほしい。冒険に連れて行ってほしい。
 消えた分だけ、新しく思い出を増やしてほしい」

そうすれば、少なくともシラス君のことを忘れてしまうことはないだろうから。
もちろん、記憶がもっと急速に消え失せていけば別かもしれない。
いつか私が『私』すらも忘れてしまうようなことがあればどうなるかもわからない。
でも、そんな形にもならない不安を見せても、いたずらに彼に心配をさせるだけだ。

ゆえに、笑って話しかける。
うまく笑えているかはわからないけれど。
あの日にアレクシアが兄の為の奇跡に身を捧げることは分かっていた。
可能性の対価は彼女自身だ、俺はそれが不安で仕方なかった。
そのせいだろうか、驚きの波が去った後に広がる諦念にも似た乾いた納得感。
奥歯を噛みしめてそれを追い払う。

「当たり前だ、お願いされるまでもないよ!
 もうアレクシアのことを攫ってでも連れて行くから!」

向けられた笑顔が、優しさが、今は切ない。
こんな時に俺に気を遣うことなんてないのに。

「キミは俺に言ったんだ、俺の手を離さないって……」

独りで全て掴むと決めた自分がその言葉にどれほど支えられたか。
心が冷たい谷にあってそれがどんなに温かだったか。

「今度は俺が約束する!
 他のどんな記憶が消えても俺のことを忘れさせやしない!
 俺はアレクシアの中からずっと無くならないから!」

まくし立てるように言い放ってしまう。
込み上げるものを抑えられない。

「大きな声をだしてごめん……でも俺からもお願いをさせて。
 どうか諦めないでくれよ、俺達ならきっとなんとか出来るさ」

そこまで言って、俺もやっと小さく笑えた。
思いもよらず放たれた大きな声に、少し驚いてしまう
きっととても心配をかけさせるだろうなと思っていたけれど、そこまで言ってもらえるのは、純粋に嬉しかった。

「……ありがとう。
 大丈夫だよ、諦めてなんかはいないから。
 だって、そんなの全然私らしくないでしょう?
 ヒーローなら何があっても諦めない。魔女なら呪いなんてきっと解いてみせる」

だから安心してよ、ともう一度笑いかける。
自分勝手な気もするが、隠し事を吐き出して安心したのか、今度は自然に笑えた気がする。

「それに、何より忘れたくないもの。
 大きなことも、小さなことも。どれも大切な花だから。
 おまけに、そんな状態じゃ兄さんにだって何も語れない。そんなの絶対イヤ」

だから大丈夫、絶対に諦めない、と言葉を続ける。
方法なんて全然わからない。でも、きっとできるさと言われれば、そうだろうという気持ちもある。
何にせよ、迷って立ち止まっているのが一番らしくないのだ。私も、シラス君も。

「あ、でもこのことは秘密にしておいてね。
 やっぱり、あんまり心配はさせたくないから」

師匠とフランさん、それから未散君には同じように伝えてあるけれど、と付け足して。

「それにしても、攫われるのは困っちゃうなあ。
 こう見えても私、それなりに忙しいからさ!」

と冗談めかす。いつまでも重苦しい空気でいるわけにもいかない。
なんたって、一応は祝勝会なのだから!
向けられた笑顔に緊張が緩んだのか、ゆっくりと息をして力が抜ける。

「アレクシアならそう言ってくれると思ってたぜ。
 そうだよ、キミに諦めなんて似合わない」

まだ胸は早鐘を打つようなのに手指はすっかり冷え切っていた。
拳を解いては握り直して血を巡らせる。

「俺だって絶対に嫌だよ。
 キミの言う通り消えた分だけ、いいや。
 それよりも沢山の思い出を増やしていこう。
 今できることの一番はやっぱりそれだと思う」

失くした分を新しく埋めていく。
そんな単純な話では済まないことは分かってる。
それでも自分たちで動き出さなくては何も変えられないんだ。

「それは確かにそうかも……皆に話したらきっと大騒ぎになるね。
 そりゃ誰だって心配するし、キミに忘れられるのは寂しいさ」

分かった、約束すると頷く。
親しい顔がいくつも浮かんだ。
みんな今さっきの俺のように驚いて心配してしまうだろう。
秘密にするのは少し罪悪感があるけれど仕方のない話だ。
その分、フランツェルや未散に相談出来るのは心強い。
2人だけでは抱えていられないこともこの先にあるかも知れないから。

「知ってるよ、キミは昔から色んなことに首を突っ込みたがるもんな。
 でもこうなったからにはちょっと強引にでも引っ張り回すから覚悟してくれよ。
 それか俺の方がアレクシアの用事に付き合わせてもらうぜ」

言いながらニッと笑う、自分のいつもの顔だ。
例え手探りでも前に進むと決めた方がやはり心が軽い。

「ねえ、こんな時にこういう言い方はおかしいかも知れないけれどさ。
 何だか新しい冒険に踏み出した気がしないか?
 そうだ、せっかくだから乾杯しようぜ」

少し背伸びをしたつもりで言ってみた。
それはジュースでも次の旅立ちの為の特別な一杯になる気がしたから。
彼女がせっかく用意してくれたご馳走もある。

もう新しい思い出作りは始まっているんだ。
「乾杯!しましょうしましょう!
 といっても、ここにはジュースとお茶くらいしかないけれど!」

シラス君もいつもの調子を取り戻してくれただろうか。
やっぱり、いつまでも暗い調子でいるのは私たちには似合わない。
辛くったって、どんなに困難だったとしても、前に進んでいかなくちゃ。

「そうだね、ある意味冒険だ!
 奇跡の代償を、返上する方法を探すための次なる冒険!
 なら、今までと何も変わらないね!」

実際は、この記憶が消えていくことでいろいろな不都合は起きるだろう。
でも、きっと何があってもその心構えは変わらない。
未知を求めて、困ってる人を助けて、みんなの笑顔を守る。
それはきっと私の『魂』が覚えていてくれる。だから、心配しなくたって大丈夫だ。

「それにさ、呪いのひとつやふたつくらい掛かってたほうが、なんとなく『魔女』っぽくない?」

もともとひとつ、呪いのような病がある。
ならばこれでふたつめか。
ひとつめの呪いは、これがなければ今の私はなかった。
だからふたつめも、きっと大切な何かになるかもしれない。

おしゃべりもそこそこに、お互いのグラスにジュースを注いで。
さあ乾杯の準備は万端だ。

「それじゃあ、えーと……
 新しい冒険の門出をお祝いして、かんぱーい!」
「そうだな、アレクシアは今じゃ蒼穹の魔女様だ。
 呪われていてもむしろ拍がつくってもんだぜ」

彼女の憧れる魔女がどんな存在なのか俺は分からない。
けれどもこの呪いだってものともしない強さ。
アレクシアらしさなら昔から知っている。

「お兄さんを見つける目標は見事に果たしたもんね!
 それじゃ、かんぱい!」

コツンとグラスの当たる音が心地いい。
ジュースでも胸にしみて気持ちが盛り上がる感覚だ。
気分だけでも酔えるものなのだ。

「早速だけれどさ、この夏どこか遊びに行く計画立てたいな」

急に戻ってきた食欲に料理を手早く口に運ぶ。
取り皿をすっかり空にして尋ねる。

「夏らしく海や山でも良いし、どこか変わった場所でも良いし……
 アレクシアは何か気になるのあったりする?」
「夏に遊びに行く計画かー!いいね!思い切り遊びたいなあ」

きっとどこに行っても楽しいだろう。
それは、大きな戦いを終えた後の解放感からでもあるし、色んな物を見てくると約束したからでもあり、大切な友人が共にいるからでもある。
あれもいいな、これもいいなと色々と想像はめぐり──

「うーん、そうだなあ。山がいいな!山!
 やっぱり自然に囲まれた場所がいいし!
 ついでに湖があるとなお良し!自然も散策できて泳いだりもできるみたいな!そんなところ!」

シレンツィオのリゾートや、豊穣の海なども候補としてはあったが……
今は、一風変わった場所に行くよりはそういった比較的に「普通」の場所で遊びたい気分だった。
ついでに、思い返せば夏は海に行くことが多くてあまりそれ以外で遊んだことがない気もした。

「シラス君はどうだろう?
 何かこういうところ行ってみたい!みたいなところある?」
「思えば2人で登山したことは無かったかもね、俺ら依頼でもあちこちへ行ったけれど山はあんまり覚えがないや。アクエリアの孤島で霊脈を調べた位かな……?」

あの時も冒険気分ではあったが、狂王種の危険や廃滅病の進行もあり、とてもレジャーとは言い難い。

「それじゃ、アレクシアが挙げた他だと……折角だからうんと涼しい山に行ってみたい、まだ雪が残ってそうな高い山。
 雲の上の雪渓を滑って遊んでみたり、雪ダルマ作ったりさ。
 それでキャンプして、夜明け前に起きて朝焼けを見るんだ。そんなのはどう?」

空を飛べば簡単に着けるはずだし、あえて歩くのも悪くない。
森と霧が開けて視界が広がる一瞬はきっと爽快なものだ。
「確かに、2人で山登りしたことはほとんどないかな?
 色んなところに行ったと思ったけれど、こうして話してるだけでも意外と行ってないところはあるもんだね!」

まだまだ知らない場所、見たことない場所はたくさんあるんだ。
忘れてしまうから、と悲観的になっている暇なんてない。

「涼しい山かあ……そういえば、雪が積もった山って本当に行ったことがないかも?
 鉄帝や天義の方であれば、この季節でもそういう山も結構ありそうだね!
 いいなあ、行ってみたいよ!ううん、必ず行きましょう!約束ね!」

言いながら、手元の日記に約束を記す。
今日の話も、どこかで零れてしまうかもしれないけれど、なかったことにはしないために。

「そうと決まったら、山で遊ぶための道具も揃えないとね!
 そうだなあ……明日は時間ある?早速お買い物に行こうよ!」
「そう、むしろこの季節じゃないと気軽に立ち入れない場所もあると思うんだ。
 真夏に雪の中なんて口にするだけで何だか楽しいし。
 よし、決まりだな。絶対に一緒に行こうぜ」

鉄帝も天義も自分はあまり詳しくない、アレクシアも多分そうだ。
だからこそ新しい冒険の一歩に相応しい気もした。

「寒さといえば鉄帝のイメージだったけれど、言われてみれば天義もそうだね。
 それじゃ登山と遊び道具を揃えつつ、行先も調べて決めようか。
 うん、明日なら空けられるよ、朝から晩までだって大丈夫!」

地図、登山用具、雪遊び……頭の中に必要な物を並べていくと楽しくなる。
二つ返事で彼女の誘いに肯いた。
「やったあ!それじゃあ、明日は街にお買い物にでかけましょう!
 確かに、ついでに行き先の山の情報とかも集められたら良いね!それから──」

あれもしよう、これもしよう、と色々とやりたいことが思い浮かんでくる。
友達との冒険はいつだって心が躍る。
大きなものから小さなものまで、ひとつひとつが想い出となって記憶を彩ってくれる。
だから私は歩んでいけるんだ。この世界には、素敵な蒼穹が広がっているということを識ったから。

眼前に座る友人が、私が一番すごい人だと思っている彼が、同じくらいに楽しんでいてくれればいいなと願う。
時の長さが違うがゆえに、いつかは道は分かたれるのかもしれないけれど。
今を、素敵なひとときにしたいから。

祝勝会は更けていく。
明日も、楽しいことがありますように、と──

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