シナリオ詳細
夜明けのサルバシオン
オープニング
●『夜明け』
彼女が何を思ったのか、それは最後までは分からない。
彼が何を思っていたのか、それも狂気というヴェールの下では霞んでしまった。
旅人は反転しない。だが、蝕む狂気は遁れ得ぬ病のようなものであったのだろう。
砂塵の彼方へより来たる異邦の者達が居所とした古宮カーマルーマは巨樹によって覆い隠された。
「周辺には砕けた紅血晶が霧散しています。最期まで、『博士』とはそうした人間であったのでしょうね。
……ですから、入ってはなりませんよ。烙印と同様の外見的変化が訪れる可能性がありますからね」
そうは言いながらも内部へと二人、少年と少女が立っていることをイルナス・フィンナは識っていた。
見逃したのは、今の時点で『揉め事』を増やすつもりがなかったからだ。それに、彼は利用価値がある。ラサとして――『終焉』に隣接する共同体として。
嘆息しながら煎じられた『月の雫』を口に含んだ。肌に刻まれていた烙印は薄れはしたが、未だその存在を主張している。
ファレン・アル・パレストは幾人かの『烙印』症状を確認してから、後遺症の答えを得たという。
「ファレン曰く、狂気症状は消失していますね。
外見変化も……人それぞれであるかも知れませんが、大凡は元に戻ったのではないでしょうか。
私は流れる血が……ほら、この通り。
花弁の儘ですが時間が経過すれば何れは症状も緩和するのではないか、と」
狂気状態が抜け落ちたことは前提として第一だ。実はそうした精神的変化に対して強く効能を表したのだろう。
太陽への不快感、吸血衝動に関しては人それぞれとも呼べるらしい。
特に外見的変化の効き目は差が大きく、イルナスのように外見の変化は大凡存在していないが血潮のみが変ずるパターンもある。
「イルナス、実はある程度採取できただろうか」
「ええ。赤犬も戻ってきたのでしょう?
正直、のこのこと着いて行った事へ腹が立つので殴らせて頂けませんでしょうか」
何処か吹っ切れたような顔をして物騒なことを言うイルナスへファレンは肩を竦めた。
リリスティーネという一人の娘が生を終えた。
彼女の義姉であり『唯一』は、呪縛より解き放たれその姿を本来のものへと転じさせたらしい。
博士と呼ばれていた旅人が生を終えた。
彼の所業は赦されるものではない。人体錬成を、不老不死を、死者蘇生を、混沌では許されぬ法則の穴を見付ける事が目的だったと言えよう。
当たり前のことだが、命を作ることも、永劫に生きることも、死した者を取り戻すことも出来ない。
この世界では遍く命は一度きり。もう二度とは戻ることはなく、仮初めであれど事実の命と成り得ないものだった。
男が残した研究の結果は分かりきっている。
反転とは『混沌法則』の上で、回帰出来ぬものであった。しかし、綻びを見つけ出せたのは冠位魔種が滅ぼされ、その数を減らしたからだろう。
――冠位魔種を打倒し、そして最後に存在する『原初』たる彼を討つ事が出来たならば。
世界の法則が大いに乱れ、無数の可能性が満ち溢れる可能性もある筈だ、と。
そうだろう、『特異運命座標』。可能性(パンドラ)を帯び、特異なる運命に選ばれた者達よ。
「それにしたって、仮想反転か……。『彼』はなんと?」
「自らが遣える冠位色欲がイレギュラーズの前に初めて魔種を送り込んだ際に繰り出した手法であったと」
魔種『ジャコビニ』は色欲の魔種であった。だが、ルクレツィアと呼ばれる娘の小細工が彼を『多重』に反転させたのだという。
それは冠位魔種にしか遣えぬ手法なのであろう。より強大な力を手にする魔種の肉体が『耐えきれるように』と冠位魔種達も加減が出来るようになったならば。
「……脅威と成り得ましょう」
イルナスはそっと顔を上げた。
深緑とも、覇竜ともとれぬ『空白地帯』
それこそが、終焉。立ち入ることも許されぬ『影の領域』――
「これより警戒は続けて行くべきでしょうね。もしも、あの影が漏れ出したならば」
「そう……、最初にその被害を被るのはこの熱砂の地でしょう。さて、その為に英気を養うとしようではないですか」
ファレンは自身の屋敷に料理は準備していると常と変わらぬ顔色でそう言った。
イルナスは乾いた笑いを浮かべる。ああ、何時だって、この人はイレギュラーズ達を信頼しているのだ。
何があったって、彼等となれば乗り越えられると。商人の勘は当たるのだと笑っている。
「イルナスが気に入っていた深緑のフルーツも取り寄せておきましたが」
「……成程」
一先ず今は、休息の時だ。
イルナスは目を伏せる。魔種は二度とは戻らない。それが世界の法則だった。
妹が目の前で死に、反転した母を受け入れる事も出来ずに殺してしまった己は間違いではなかったと、そう思えた。
あの人が、生きていたって苦しみ続けただけだろう。
お母さん、貴女が生きた証を――このレナヴィスカを守り抜く。
影も、滅びも、何もかも。貴女が愛したラサの地を護るが為に生きていくから。
明けない夜はないと言うけれど。
陽の光が此程までに美しいと、感じられたのは初めてだったかも、知れない。
●祝勝の宴
「あーー、イルナス! イレギュラーズ を連れて来てくれたんスね」
いつも以上に明るい声音でフィオナ・イル・パレストはそう言った。その傍らには並んだ料理を一頻り頬に詰め込むイヴ・ファルベの姿がある。
「イルナスが来たから、出掛ける」
「ああ、直ぐ戻ってくるんすよ」
フィオナがイヴに外出用の砂避けフードを被せれば、彼女は満足そうに頷いた。曰く、『終焉』への対策と天義等の状況を確認すべく情報屋として情報提供者の元に向かうらしい。
仕事が終れば一緒に食事を楽しみたいと張り切る彼女はファルベライズの頃と比べるとぐっと大人びたようにも思えた。
「幻想種誘拐の件に関してですけど、深緑の冠位魔種の撃破に力添えもしたという事でリュミエ様も深緑内でラサへの悪感情を抱くべきではないと説いてくださったみたいっすよ」
「ああ、それはよかった。我々は『傭兵』と『商人』だからな。外部に手を貸し、協力体制を結ぶ梯となる事が第一だ」
頷いたファレンに「オニーサマがそう言うと思ったのでェ、フィオナちゃん頑張ったんですけどねー?」と微笑む。
「……」
――ここ、パレスト商会の屋敷では祝勝の宴と称してイレギュラーズ達を労る催しが行なわれていた。
ホストであるファレンとフィオナはイレギュラーズが出来る限り楽しめるようにと準備をしたらしいが、何処からか祝勝会が行なわれることを耳にした商人達も張り切り初めて、夢の都ネフェルストをあげての催しに変化したらしい。
「サンドバザールも紅血晶の一件で色々被害を受けて復興作業が入ったのですが、店舗が壊れたのなら、青空市場だと商人達が復興をも放置して盛り上がり始めまして……」
「そうそう、紅血晶も効果がなくなって色も濁るはガラクタの石になった事に気付いたら直ぐに加工して。
この意志があるから災害に遭ったんだからこれが身代りにしてくれるーって、身代り石として売り出したらしいっすよ」
からからと笑うフィオナにファレンは渋い表情をした。強かなのは良いが、心配にもなる有様だ。
「イレギュラーズ さん、どうしますか?」
「此処でパーティーを楽しむのも良し、サンドバザールに行くも良し!
あ、疲れたらゲストルームも用意してるっすよ。のんびりしていくといいです。果物盛り合わせと酒持ち込んでだらだらとか!」
にんまりと微笑んだフィオナに「お前はだらだらするな」とファレンが首根っこを掴む。ひいんと声を上げたフィオナが思い出したように果物を摘まみ上げた。
「これはリュミエ様から。イレギュラーズ さん達が幻想種の誘拐事件を食い止めたから、お礼だそうです」
リュミエ・フル・フォーレは大樹ファルカウから離れることは叶わない。だからこそ、せめて心ばかりのお礼として食事を送ったのだろう。
「あ、そうそう。オアシスで水浴びもオススメっすよ。水着とか着て、トロピカルジュースを飲んで。
英気を養って、次に備えなくっちゃなりませんからね! 傷の手当てが必要なら声を掛けてほしいっすよ。してやるから」
フィオナがどんと胸を張ればファレンは肩を竦めてから首を振った。明るい妹は何時も通り朗らかな笑みを浮かべているのだ。
「……次――『終焉』が一番に影響を及ぼすならばラサである可能性が多い。
幻想、覇竜、そうした場所からの害も受けやすい立地です。何よりもラサは『つながり』こそを重視する。
我々は傭兵と商人による連合体です。
これから先に何か危機があれば必ずしや助力すると誓いましょう」
「オニーサマ、堅苦しいこと言わず、さあ、乾杯~!」
●『夜の都』
朽ちていく。全て、全て。カーマルーマは此の儘眠りに着き、この空間は崩壊して行くのだろう。
そんな『月の王国』にリュシアンは立っていた。物陰で息を潜めているニーナ――ニルヴァーナには気付いて居た。
アカデミアに関わった者の大半が破滅の道を辿った。深く入り込まなかった者はラサから姿を消し、深みを覗いた者は悉く破滅した。
(……あのパンダ先輩とかは、まあ、博士にとっちゃ一時的な同居人みたいなもんだったのかな。
ニーナや俺、ブルーベルやジナイーダは『実験動物』で、タータリクスは『助手』だった。破滅ばっかりの道だよ)
ゆっくりと振り返れば物陰からニーナが顔を出す。何処か、ぎこちない笑みを浮かべていた彼女は「リュシアン」と名を呼んだ。
「これから、どうするつもりなのか教えて貰っても?」
「俺は、オーナーの使いっ走りだよ。……ちゃんと、悪事を働いて、ちゃんと敵としてイレギュラーズの前に立って、殺される。
それが俺が辿る当たり前の運命だ。ここでは殺されてやあげないけどね。もう少しだけ働かないと」
「……何をするのか、教えて頂いても」
王宮の中に足音が立った。慌てて振り向いたニーナの視線の先にはケルズ=クァドラータの姿がある。
彼は妹の腕を砕いた事で放心していたが、持ち直してこの場までやって来たのだろう。
彼は記録者である。これから起る世界のありとあらゆる事項を記録し、保存する。神の視点に立つべくして産み出された存在だ。
「『終焉』――まあ、あんな所探れるのは俺くらいだよね」
「……そんな宣言をするために留まっていたの?」
ケルズの問い掛けに「結構厳しいこと聞くな」とリュシアンは笑った。
「違う。ちょっとだけ心残りがあっただけだよ。こんな時にここに来る奴なんて物好きだろうからね」
王宮で一人大地を見下ろしたリュシアンは小さく息を吐いた。
――ジナイーダ。
彼女の『二度目』の死をその眸に焼き付けた。
君のたった一言が、リュシアンと呼んだその声が、目があえば笑ったその笑顔が、もう二度とは。
- 夜明けのサルバシオン完了
- GM名夏あかね
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2023年06月15日 22時15分
- 参加人数36/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 36 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(36人)
サポートNPC一覧(4人)
リプレイ
●
「ずっと不在だったんですから、皆さんにちゃんと顔を見せて下さい!」
叱り付けるようなエルスの声音に背を押されながらパレスト邸へとやってきたディルクは「オーケー、付き合ってやるぜ、お嬢ちゃん」とひらひらと手を振った。
ラサでの事件が一段落したからこその祝勝会だ。その機に赤犬が居ないとなればドヤされてしまう。
肩を竦めてやって来たディルクは度数の高い酒を呷りながら「嬢ちゃんは飲まないのか」と問うた。酒を出来うる限り控えていたエルスの肩が跳ねる。
「も、もう背伸びする必要は無いですもの? 勿論勧められたら飲む事は飲みますけど!
べ、別に……酒癖が悪いって言われたの、気にしてる訳じゃないですよ?」
「へえ?」
過去の酒癖の『悪さ』を気にして居るエルスを揶揄いながらディルクは彼女の横顔を眺めた。白い髪に蒼い瞳の見慣れない姿が本来の彼女だそうだ。
「そう言えば……あなたの好みの女。自信家で、華やかで、凛と強くて 、迷わない。当然美人の大人の女、でしたっけ?」
「俺好みの女、ねぇ? なれた自信はあるかい。そうして随分――『あっちこっち』が大きくなって」
はっと顔を上げたエルスは「え、華やかさとか大人の女ぐらいにはなれてると思うんですが!?」と思わず声を上げた。
「ああ、そうとも。華やかで幾分か自信のあるいい女になったとも」
あっちもこっちも、『大きくなって』好みに近付いたと思ったけれど、ディルクは何時ものように揶揄い笑う。
「……ま、中身の方はまだまだお嬢ちゃんって所だろうけどな」
「大体あなたの好みは私にとって難しいの!!」
ああ、けれど『諦めが悪い女』だって彼は嫌いじゃないだろう。往生際が悪いのですと笑って見せたエルスにディルクは「さあ」と盃を傾けた。
帰還したディルクを見てからやれやれと肩を竦めたファレンは「楽しんで下さいね」とエリスへと声を掛けた。
ラサのスパイスをふんだんに使った料理を楽しみにしてきたというエリスは見慣れた果物や木の実を見付けてぱちくりと瞬いた。
「ああ、それはリュミエ様からご厚意で頂きました」
「そうなのですね。こちらも美味しそうですねーこちらも食べなくては!
あとは喉も渇きましたし果実のジュースとお酒もいただきましょう。今日は飲みまくりますよ!!!」
楽しげな声を聞きながらミーナは席に着いた。どこか居心地が悪そうな表情をしたのは自らの中に欠落した記憶があるからだ。
「……ちょっと記憶があやふやなままだけど、世話になったのは事実だし。ほら、お礼というか、ね。……私の自己満足だけど」
ミーナが烙印の影響を受けて記憶が混濁しているという事実を聞いてから、イーリンはため息交じりに肩を竦めて、彼女へと飲み物を差し出した。
「あやふやなままなんとなくお礼ってダイナミックすぎるでしょやることが。
いいから、それぞれ突っ込んで無事だったんだから。今は無事を祝いましょうよ。感謝だ何だの細かいことは抜きよ」
「ああ。記憶は、頭の中だけのものでは、ない。だから、大丈夫、だ。
礼には及ばない、といいたいところだが……デートなら、喜んで」
エクスマリアはこくんと頷いた。エクスマリアとイーリンがミーナの『今まで』を覚えて居る。思い出もこれから作ることが出来ると力強く言った。
目を丸くしたミーナは「……そうだね。二人のおかげで私はこうして生きてはいるよ。感謝してる」とぽつりと呟いた。
「はい。それじゃあ今までの無事と、今後の無事を祈って――乾杯!」
グラスを合わせてから食事を楽しむ。エクスマリアは美味しそうな物が沢山で目移りしそうだと身を乗り出した。
「……記憶がなくても、感情は残ってるから。大切な二人と一緒に、こうしてご飯が食べれて嬉しいよ私は。だから、好きなもの食べてね」
「ああ。守れて、よかった。こうして一緒に食事ができるのは、とても嬉しい」
大好きな友達と一緒だからこそ嬉しいとエクスマリアが頷けば、イーリンは可笑しそうに笑う。
「この三人での付き合いも、なんだかんだ長くなったわね。ただ、しおらしいミーナは新鮮ね。
だけど、そのままでいろって意味じゃあないわよ。今日の話はいずれ、笑い話として取っておくんだから。ね?」
烙印による影響は、大きなものではあったのだろう。忙しなく過ごしいたイヴは正純の姿を見付けてから「正純」と声を掛ける。
「イヴさん。今回のラサの1件ではあまり関わることはありませんでしたが。……随分と変わりましたね。もちろん、いい意味で」
「変わった?」
正純は「ええ」と頷いた。その頬に触れる。何処か大人びたようにも見えた彼女の頬には少し砂がかかっていたからだ。
「今も、情報屋としてのお仕事を終えてきたのでしょう? ふふ、お顔に少し砂がかかっていますよ。
……さ、こちらへ。お顔を拭いて食事にしましょう? 星を見ながらゆっくりと語らいましょうか」
「あの」
歩き出した正純の背へとイヴは小さく声を掛けた。見慣れた彼女の姿ではなく、その髪が短くなっていたからだ。
「……いやまあ、私も色々と心境の変化がありまして。意外と似合ってるでしょう?」
「うん。おそろい」
自分も髪が短いとどこか誇らしげに笑った彼女を見て正純は目を細めた――ああ、彼女は迚も変わった。
人らしくなったのだ。それには良いことも悪い事もある。それでも、共に見上げた星空は変わらず、祈る先だって変わらない。
「……これからも頑張りましょうね、イヴさん。互いに、元気で」
騒動は落ち着いて何より、と呟いた星穹の傍でヴェルグリーズは困った様子で肩を竦めた。
「……尤も、すべてが元通り……とは行かないのが、残念ではありますが。こうして貴方と日の下に居られるよろこびは、何にも代えがたいのです」
「心配を掛けたね」
ヴェルグリーズはそっと星穹に手を伸ばした。幸いなことに結晶化した部位は順調に変化を治め、烙印自体も薄まってきている。
後遺症と呼ぶべきモノはほぼほぼ影響を残さないと言える。けれど――
「キミに何も伝えないのは不誠実にすぎるからね。心配をかけてごめんね、そして支えてくれてありがとう。
キミがいなかったら俺は狂気に呑みこまれてしまっていたかもしれない……本当に感謝してもしきれないよ」
「……信じて、いましたから。貴方のことを。
血くらい差し上げますとも。それで貴方が生きられるのならば、いくらでも。
それに、私がこれまでにかけた迷惑に比べれば可愛いものですし。ね? だから謝罪は不要です。私と貴方は、もう知らぬ仲ではありませんもの」
伺うような星穹にヴェルグリーズは「やはり今の俺にはキミはなくてはならない存在だ」と笑った。
「これからもどうか俺と一緒にいて欲しい」
「ええ。R.O.Oといい、幾つもの縁で結ばれているのですから。離れたい日が来たとしても、きっと離れられませんわ、私達。
でも……浮気は、少しだけ。拗ねてしまいますわ? 私は貴方を想い続けます。この指輪と命に誓って、です」
「……浮気? そんなのありえないな 末永く共にあれるようにこの指輪に誓うよ」
そっと髪を撫でれば星穹の眸がまじまじと見て居た。命に誓うならば、それに違えぬように過ごしてゆこう――
●
「おや、小鳥、あれが紅結晶。
ラサの市場に人間を化け物に変える宝石が流れてしまってサヨナキドリも大変だったんだ。
今はもう力を喪失して、人を魅了したり化け物に変えることはないみたい」
ご覧と指差した武器商人に「あれが……」とヨタカはぱちくりと瞬いた。
家事や留守を護っていたヨタカは武器商人から聞きかじった程度にしか事件の全容を知らなかった――が、彼が誘ってくれたのだ。
逢瀬の機会は逃したくはない。彼の過ごした日々を教えて貰うのだってまた、幸せだ。
「全て終った話なんだな……」
恐ろしさをひしりと感じていたヨタカへと武器商人は「色は濁ってるけど装飾品としてはまだ使えるんだねえ……何か記念に買っておこうか」とその顔を覗き込んだ。
「イヤリング、ネックレス、チャーム……どれがいいかなァ、小鳥? ラスにもお土産を買ってあげたいね」
「ね、お揃いでイヤリング付けない……? どうかな……?
勿論ラスヴェートにもお土産買わなきゃね……ふふ、久しぶりに紫月と楽しいな」
そうしよう、とイヤリングを一つ掴み上げてヨタカの耳朶へと当てて見せた武器商人がくすりと笑う。
「無事に帰ってきてくれて有り難う。……俺、紫月とラスが……家族が居るから家を護れるんだよ」
「ああ。こちらこそ有り難う。……公演も忙しかったろう? オアシスで休憩しようか。愛しているよ――小鳥」
水着を着用して居たフラーゴラは「水浴び、お風呂関連の品はどうかな……!」と露店の前に立っていた。
たまたま立ち寄って水浴びお風呂良さそうだと手ぶらで来た人々には水着やタオルを販売するのだ。商魂たくましいフラーゴラの傍にはウルズが立っている。
水着姿のウルズはマシンガントークでおべっかを並べて『押し売りの天才』として話続けている。
「喉がかわいてるならドリンクだってあるっすからね〜、キンッキンに冷えたやつでラサの暑さを吹っ飛ばしちゃうっす!
バスボムとバスソルトに入浴剤もあるっすよぉ、水浴びするならもちろんタオルも忘れずにっすよ」
「うんうん。ほてった体に冷たいドリンクなんかもあるよ。グァバやマンゴーやマスカットなんかのジュースがオススメ!
お風呂用にバスソルトやバスボム、入浴剤で楽しむのなんてどうかな?」
商品をぞろりと揃えた二人に街行く人々は興味深そうに声を掛け頷いた。一通り売れた商品が売れた事に気付いてから二人は顔を見合わせた。
「もういいかな? いいよね? うん。んふふウルズさん
ひゃっほーい……ワタシも水浴び! マンゴージュースだって飲んじゃうよ……!」
「ひゃっほーーーう! どっかに良いイケメンいないかなーっす。
あ、ゴラ先輩のマンゴージュースうまそー! あたしはマスカットジュースにしちゃうっす」
一仕事終えた後のジュースは美味しいのである。
「もうこんなに賑わってるのか、すげーな」
周囲を見回す飛呂は効力を失っているという紅血晶を加工して販売されているのも驚きではある。
「転んでもただじゃ起きないというか、したたかっていうか。まあ、復旧にも資金は必要だもんなあ」
さすがは商人かと頷きながらも紅血晶を加工したアクセサリーを一つ購入した。ネフェルストの人々が負けじと生きている証だ。
色彩は劣るが、資金の足しにだってなるだろう。普通のアクセサリーは『あの人』に渡すことが出来ればと選び購入したものだ。
紅血晶の加工品を髪飾りとしていた商人は「見ていってね」とニルに声を掛けた。それがアクセサリーになって居るのはどこかもやもやともするが、嬉しくもある。
助けられなかった沢山の人々に、奪われていった沢山の命。めでたし、めでたしとは言えやしないかなしいできごとではある。
だが――此処であったことを忘れないためには、これを手にしたくもあった。
「復興のお手伝い、ニルもできることがあったらお手伝いします!
これから先、かなしいことを塗り替えてしまうくらい。たのしいことがたくさんたくさん起きますように」
「ああ、じゃあ、お手伝いして貰おうかな」
笑う商人にニルはこくりと頷いた。紅色の髪飾りを髪に飾って売り子を頼むと商人は明るく声を掛ける。
そんな声を聞きながらメイメイは幾つかの商人を手にしてからサンドバザールを横切った。
「めぇ……転んでも只では起きない、というのでしょう、か、これだけ賑わっていてすごいです、ね」
傭兵団『宵の狼』の生き残りであるという者達は一先ずはファレンの計らいで治療を受けているらしい。今後についてはまだ悩ましいことだろう。
「こんにちは、その……有存さまについて、教えて頂けますか」
新入りであったという有存の事を豹耳を有した傭兵は思い出すように語る。見込みがあるようには思えなかったが、良い奴だった、と。
彼の事を書き連ね、それを琉珂を通して家族に届けられればと願ったのだ。
「それにしても、どうして有存のことを?」
「どうしても、気になってしまっていた、ので……これで、区切りに。
でも、彼が辿ってきた道があるから、この地で知り合う事が出来たのでしょうけれど、お友達に、なってみたかったのかもしれません、ね」
もし、友達になれたならば、屹度彼はよい存在だっただろう――そう、思えて仕方が無かった。
●
吸血鬼となった兄ソル・ファ・ディール。そして晶竜であった部族の者達。
ルナは砂漠を眺め遣る。何も存在しない、途方もない砂の海だ。
「どうせなんも残っちゃいねぇし、弔いなんて大層なもんはしねぇよ。
……それでも、よ。俺ァ別に、テメェらを殺したいほど憎んじゃいなかった。
さんざっぱら言いように罵ってくれやしたが。
それでも俺にとっちゃ、生まれた群れで、同じ名を持つ同胞だった。
だから、俺が群れを離れて、変わらずにこの群れが続いていけば。……そう思ってたんだがな」
強く握り締めた拳から溢れたのはオシロイバナだった。この空間に入った時だけ烙印はその花をさかせていた。
夜に咲く花は、この夜しか存在しない場所ならば咲き続けるのだろうか。
――眠れ同胞達。熱砂の民の門出に、月の導きあれ。
「……」
ニーナの姿を見付けてからマリエッタはゆっくりと歩を進めた。この場所で、マリエッタは博士の研究と知識を継ごうとした。
自分の為に奇蹟を願った――が、それは緩和無かった。仲間の犠牲に躊躇ったのも確かだ。
心の内に魔女でもない自分が、無力だと嘆く『私』が居る気がして戸惑ったのだ。
「ニーナさん」
「……気をつけて帰り給えよ。私も、彼には協力していたが、着いてや行けなかった側だから」
俯いたニーナを見詰めてからマリエッタは目を逸らした。奇蹟とは、十全ではないと知っていたのに。
(……奇蹟にどうして頼って仕舞ったのだろう)
博士は、奇蹟なんてくだらない代物だと思ったのだろう。自己で実現してからこそ、だと。
「貴方の研究。描いていた夢は、私が私の為にも叶えてみせる。そんな狂った魔女が……やってみせると、伝えに来たんです」
更地に呟くマリエッタへと「マリエッタ様!」と妙見子が声を掛けた。駆け寄ってから手を振って微笑みかける。
「んも~! どうしたんですか? ちょっと自虐的ですよ!
……いいですか? 私もセレナ様も貴女だから協力したのです、結果は確かに芳しいものではなかったかもしれませんが……。
誰も貴女を無力だと思っておりません、失敗したことにだってきっと……価値はあるのです。
魔女であれ何であれ奇跡を願うことは何も間違ってなどいないのですし神であった私ですら奇跡を願ったのですから、多分これからも……ずっと、ね」
妙見子は神様であるからこそ、奇蹟の代償は分け合えるわけではないと気付いて居た。全員に平等に、否、平等ですらなく気紛れに降りかかるかもしれないのだ。
「……マリエッタ」
セレナは声を震わせた。彼女が無力だったわけでも、選択が間違いであったわけでもないと知っている。
「ねえマリエッタ。こうして悩んで、悔やんでる時でも、傍にはわたしが、皆が居るわ。
マリエッタも……魔女でも、ひとりじゃないって事は忘れないで、わたしはあなたの傍に居るって、約束したんだから。
そのマリエッタの……或いは、魔女の宣誓だって。わたしは支えたい……手伝いたいんだから」
夜は明けるもの。昼と夜は廻るモノ。願わくばその夜が安らげるモノであるように。
願うセレナにマリエッタは目を伏せた。告げたのは未来へと向けた自身の歩む先だ。
――世界が不変であるなんて、だれも決めちゃ居ないのだから。屹度、何時か届くはずなのだ。
善人が必ず報われるとは限らないのだと愛無は知っていた。善悪なんてモノも所詮は不確かなものでしかなく、放たれた矢は止ることは無いのだ。
目的を貫く過程で他者の存在は障害だと認識している。詰まる所研究者とは大抵がそんなモノなのだろう。
「まあ、あの人は何処まで行っても研究者だったね」
「ああ、そうだろうね。それでも許されることではなく、ろくでなしではあったのだろうが、僕は嫌いではなかったよ」
愛無はニーナを見た。ニーナは「同じく」と肩を竦める。身内にもろくでなしがいれば、慣れるという事か。
「……まあ、さすがは恩師というか。少なくとも己の在り方にはフェアではあったのだろうしな。
何にせよ死ねば骸だ。祈った所で罰は当たるまい。なむなむ。
あの世で反省してエルレサ君と仲良くな。生まれ変わったららぶあんどぴーすにいきてくれ」
らぶあんどぴーすに生きる博士を想像してからニーナは其れは怖いなと呟いた。
博士の確かな最後の確認を行なったグリーフは「終りましたね」と頷いた。彼によって産み出された名も無き者達と歪められた命の弔いにやって来たのだ。
「最後の戦闘の際は、私は”博士”の所には迎えませんでしたので。自分の目でも、確認をしておきたいと思ったので。
混沌で目覚めて、最初に身を置いた動乱で出会ったのが、アルベド、キトリニタスの彼らでした。彼らがあったから、今の私があるのでしょう」
「うちの同僚が世話を掛けたね」
「いいえ。……私は、彼らを。彼らのような存在を、刻み続けているのです。必要な事です」
グリーフを気遣う様に手を伸ばしたニーナに「一人で大丈夫ですよ」とグリーフはゆるゆると首を振った。
――帰りましょう。還りましょう。ゆっくりと、安らかに。おやすみなさい。
狂気の境界線は何処にあるのか。そんなことを考えながらサイズはカーマルーマに佇んでいた。
イレギュラーズとやり合う運命が何処かにあるのかも知れないと漠然と考えているサイズの問い掛けにニーナは「滅びのアークに接し、影響を受けた状態を言うのだろうね」と告げた。
「恐らくは、反転という事象が起こり得ないからこそ精神にのみ害をもたらした状態なのだろう」
「へえ……」
種としての反転は純種にしか起こらない。精神的に狂人であるか、それとも、その性質さえも支障を来すほどの変化であるか。
「しかし、これからどうするかな……」
手にしていたインゴットは三つ集め、武装をオーダーできる代物だ。決して其れが何らかの願いを叶えるわけではないのだろう。握り締めた其れをどうするかと考えながらサイズは懐へとしまい込んだ。
カーマルーマの様子を眺めて居たイナリは「あーあ」とぼやいた。
「こんな広大で民間施設が無い場所なんて危険な実験場に最適だったのにもったいないー
崩壊する場面を観測する機材も無いし、経験値が大損だわー。とりあえず、甲子園の砂よろしく記念に少し持ち帰りましょうか」
しゃがみ込んで砂を集めていたイナリはふと顔を上げる。『万年未婚女』ことレディ・スカーレットは何しに此の辺りに来たのか。
「知らない?」
ぶつくさと呟きながら問うたイナリに呼び止められたリュシアンは「知らないけど、あいつ、俺達とは別だよ」と言った。
「別?」
「……俺は、上にオーナー――冠位色欲がいるけど、あの女、違う気がする。まあ、近々会えるんじゃない?」
期待はしてなかったけれどと呟いてからイナリは「分かったわ」と砂集めに戻った。
「天義に伝承される魔種、ってことは傲慢ってこと?」
「かも」
スティアはリュシアンに成程、と頷いた。
「弔うのお手伝いできて良かった。ここに本当の彼女がいなくっても想いは伝わるよ。その思いを届けるのが聖職者たる私の役目!」
「……ジナイーダを宜しく」
さっと立ち上がろうとしたリュシアンにスティアは「聞いても良い?」と問うた。
「冠位色欲は?」
「さあ。幻想じゃないかな。色々と噛んでると思うよ。オーナーって暇人だから」
凄い言い草だとスティアは肩を竦めた。暴食や傲慢と協力しない。あくまでも彼女の目的は『兄』の為なのだという。
「成程……」
「寧ろ、俺はオーナーより、『おにいさま』ってのに気をつけておいた方が良いと思うよ」
そんなことを呟きながらリュシアンは砂漠をただ、ただ、眺めて居た。
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「こんばんは、リュシアン」
ヨゾラは冠位色欲は幻想を拠点にしていると耳に挟んだ。幻想はヨゾラにとって護るべき地だ。ならば――彼とも敵対する筈だ。
「何があっても、君の……リュシアンの事を、赦せなくはなりたくない。
それでも、戦う時が来るなら……君相手に戦う時が来たなら、その時には……友達だからこそ、手加減しない。僕の……全力をぶつけるよ」
「それがいいよ。俺はさ、簡単に許されるようなことをしてないよ」
イレギュラーズの肉親を反転させ、国家転覆を狙ったことも。幻想という地で反乱を起こした男爵を反転させたことも。
其れ等全てが自身の罪でもあったから。罪、それを思えばこそリンディスは苦しくなる。
傍にはケルズが立っている。呆然とリンディスを見て居る彼は心の置き場をなくしたかのようだ。
「兄さま。――記録するための腕を亡くして、文字録保管者としてのリンディスは死にました。
『物語を持った私が、自分でそうなる可能性があっても選んだもの』……この世界で、変わったのでしょう。
ですがどうか兄さまはどうか記録者として、世界を見てください。
そして、その視点からみた『結末』をいつか教えていただけると嬉しいです」
「もう、妹じゃない」
「……ええ。貴方の妹は『死にました』
苦い表情を浮かべたリンディスにケルズは「その物語を見るために、連れて行ってはくれるの?」と問うた。
渋い表情を浮かべたケルズの様子を眺めてからリュシアンは「あー……」と呟く。
「ああ、リュシアンさん、ニーナさん。『博士』との因縁は、終わりました。
――けれど、お二人の物語はまだ続いてく。ニーナさんの『終わり』まで。
リュシアンさんは……この先は、きっと一緒にとはいかなくても、それでも最後まで私は、残った腕でも伸ばしますから」
それは私の勝手でしょうと言いたげなリンディスは生まれ変わったように明るい表情をしていた。
「リンディスは、案外執念深いね」
「その方が良いでしょう?」
「リュシアンさん……こんばんは。みゃー。最後かもしれないから、僕も……会いに、話しに来たよ。
あの、さ。『終焉』って、どんな所なの? 僕からも……リュシアンさんが聞きたい事があれば、できる範囲で話すから」
「俺も分からないんだよ。だから、見に行ってみようと思う。まあ、この恩があるから……何かあれば、教えると思う」
リュシアンは砂漠を眺めながら祝音へとそう言った。魔種ではあるが彼自身も踏み入れたことがない場所なのだろう。
彼の望む探索が成功するようにと望まずには居られない。彼は何を思うのか、語らないのはこれから先に敵同士になる可能性があったからなのだろう。
「よぉリュシアン。博士を殺せて少しは気は晴れたか? アイツを殺したって何が返ってくる訳でもねえ。
……だがずっと胸の奥にあった怒りが晴れたんならきっと価値があったんだろうよ」
「そうだね。なんかスッキリした。困ったことに」
リュシアンはただで死にたくはないが死んでも良いほどに未練が無くなったと笑った。ルカはやれやれと肩を竦める。
「どんな小さい事でも良い。人伝に聞いた話でも構わねえ。知ってりゃ教えてくれ。ざんげのアニキ……イノリってのはどういうやつだ?」
「オーナーは素敵な人って言ってたけど、あの女の子と信頼できる?」
ルカは思わず黙った。彼の言うオーナーが冠位色欲と呼ばれる存在である以上、信頼は出来ない。趣味も悪そうだ。
「ざんげが言ってたが『イノリは元々はあぁじゃなかった』らしい。
冠位は生まれつきの魔種らしいな。原罪であるイノリがそう作ったんだろうな。
……じゃあ原罪のイノリが最初は違ったんなら、アイツはどうやってそうなったんだ? それがわからねえ」
「さあ。どうなんだろう。神様が、そうあるようにしたのかな」
神様なんて、信じちゃ居なかったけど――今になっちゃ信じるべきなのかも知れないとリュシアンはぼそりと呟いて。
「リュシアン」
ひらひらと手を振ってからクロバは声を掛けた。ニーナが顔を上げた後「物好きだと思うなら何でも好きに呼んでくれ」とクロバは肩を竦める。
「俺も――お前が憎んでいた博士と同じ錬金術師だ。忘れたかもしれないが俺の身内も関わった分野でね。
大層な願いを抱いて狂った錬金術師はいつだって道を間違えてもそれ以外の道を選べなかった。
……馬鹿な生き物だよ、頭いい癖にわからない事ばっかりするんだから」
「そういうものだよ」
ニーナは目を伏せた。リュシアンは「そういうものらしいよ」と嘆息する。それにばかり『巻込まれた』のは三人とも同じだ。
だが、今のクロバも錬金術師の端くれだ。
「……前もって取引の約束がしたい。お前たちの持ってる知識は必要になるからな。
あぁ、今じゃなくていい。――何時の日か、戦場ででも、何てことのないカフェテラスでも、何処でも」
「私は役に立たないだろうが……リュシアンは」
「俺でよければ。ただし、取引は此方が優位に立たせて貰う」
その意味に気付いてから「お前は」とクロバは肩を竦めた。
「ああ、やっぱりいた。何となくいるだろうな、とは思ってたけど、幼馴染の弔いか。まあ、そりゃそうか」
風牙が呟けばその傍をリュティスがすり抜け歩いて行く。手伝うのだと黙々と作業を進めている彼女を風牙は眺めて居た。
アナトラの剱を――ブルーベルの握っていた其れを手にしたリュティスにリュシアンは「俺も、その片割れを持ってる」とぽつりと呟いた。
「そうですか……」
さくさくと砂を踏み締めてから風牙は「……よう。お疲れさん」と気まずそうに呟いた。
「とりあえず共闘の礼は言っとく。ああ、礼はいらないとか言わなくていい。
オレが言いたくて言ってるだけだ。つまりただの礼の押しつけだ。気にすんな」
ぐりぐりと頭を触っればリュシアンは「いてえ」と笑う。幼さの滲んだその表情に風牙はぐ、と息を呑んだ。
「……次に会うときは敵同士だ。お前があちこちでやらかしたことは、忘れちゃいねえ。きっちり落とし前はつけさせる。
お前も、お前のオーナーも、絶対にぶっ殺す。
だから、まあ、なんだ、その、やり残したことがなくなってからオレの前に現れろ。終わらせてやる」
「うん、そうしようかな」
終わりを――その言葉にリュティスは「リュシアン様は今後はどうなさるのですか?」と問うた。
「幻想と、それから終焉かな。適当に行ってくるつもり。まあ、何処かで野垂れ死ぬかもしれないけどさ」
「……そうですか。魔種相手にかける言葉ではないと思いますが、どうかお気をつけて。
できれば戦うことのないように祈っておきます。友人と言って良いのかはわかりませんが、戦友であることには変わりがないので」
「ま、戦おうよ。俺も悪人だよ」
肩を竦めるリュシアンにリュティスはぎこちない表情を見せた。
「リュシアンくん。ラストラストの情報を探ってくれるのは正直助かります
死なないで下さいね、リュシアンくん。いざとなったら終焉の監視者に逃げ込んで下さい。話は通しておきますから……」
望みのために沢山の罪を犯してきた彼が、これからどうやって動いたって止めることは出来ない。
「でもどうか死なないで下さい。リュシアンくんならわかるでしょう?」
ルル家はそっと目を伏せてからリュシアンに手を差し出した。
「友達を失うのはもう沢山なんですよ……
約束して下さい。生きて帰るって。ほら、終末まで生き延びたら、きっと生きて罪を償えるようになるはずですよ!」
小指を立てて指切りを乞うたルル家にリュシアンは首を振った。その表情に、小さく息を呑む。
「月の王国も終わりますねぇ。リュシアンおにーさん、心残りは清算されましたか?
この後はどうします? 『オーナー』のところに戻ります?
それともある意味でのジナイーダおねーさんをあんな風にした元凶であるあなたの主を裏切りますか?」
「戻るよ」
フルールに背を向けたまま、リュシアンはジナイーダを思うように俯いていた。確かに、全ての糸をたどれば彼女に辿り着くのかも知れない。
「……きっと、放置してたらリュシアンおにーさんやジナイーダおねーさんみたいな人達が出てきますよ? それでも戻りますか?」
ゆっくりと近付いてくるフルールにリュシアンは「それ以上は、近寄るな」と振り向いた。
マーキングも、彼女の傍に居ることだって、リュシアンは望まない。そうでなくては、ならないのだ。イレギュラーズと殺し合い、結末を望んでいるのだから。
「……リュシアン」
シフォリィはリュシアンが立ち去る準備をしている事に気付いてから声を掛けた。
「……私にとって貴方方は友(エルメリア)を歪めた者。そして貴方にとって私は貴方の友に二度目の死を与えた者。
……リュシアン、貴方にも私と戦う理由が出来た事を、私は、私らしくありませんが嬉しく思います」
「俺も、そう思うよ。イレギュラーズは優しすぎるからね」
「ええ。ようやく後腐れなく、敵同士として剣を突き立てに行ける。
貴方と友になりたい方々には申し訳ありませんが。私は、今ここにいない『彼女』も含めた私達で、色欲、貴方達をこの手で絶対に倒します」
じいと睨め付けるシフォリィにリュシアンは「俺も然うして欲しい」と静かな声音を響かせた。
「生き続けるには、荷物も重すぎる。それに……俺を仇だと思う人が居るなら、その人に殺されることこそが、俺が生きた意味だよ」
ぎこちなく笑ったリュシアンにルル家がぎゅうと掌に力を込めた。
約束の指切りは、果たされなかった――その意味を認識しながら「ばか」と小さく呟いて。
――複製した器に再現した人格と記憶を封じる死者の再現。
ここにジナイーダは居なかった。だが、ジナイーダであった少女。それを簡単になど切り離せやしないとアリシスも理解していた。
「……リュシアン。あの金髪の吸血種の旅人、ヌーメノンでしたか。
決戦で誰も彼の姿を見ていないようです。戦場には居なかったようですね。
生き延びているのだとしたら動向が気にはなりますが、心当たりはありますか?」
「其れを探しに行く。アイツは博士の真似をしていたから……俺が追うべき存在だよ」
「成程、では、任せても?」
リュシアンは頷いた。ヌーメノンを追った先で、彼と出会えば次に待ち受けるのは彼との命の奪い合いかも知れない。
そう思いながらも、アリシスは目を伏せてから背を向けた。
「さて。私はこれからアカデミア址に行きます。
毎年一度はあの場所の様子を見に行く物好きも、私位なものですが……貴方はどうしますか、リュシアン?」
「あの場所に……?」
「……ジナイーダの墓標。せめて一度は、生きている内に行きなさい」
背を向け歩き出したアリシスに「ねえ」とリュシアンは声を掛けた。
「……俺は、まだ行けないからさ。せめて花を一輪持って言って欲しい。綺麗なヤツが良い」
花の知識は無いのだと呟いてからリュシアンは「良ければでいいから」と念を押した。
吹いた風と、崩壊の始まった夜の王国。
静まり返ったその場所で魔種の少年は、人知れず姿を消した。
背負った荷物の重さを生きる意味にするならば、何れ誰かの復讐の刃を突き立てられて、果ててゆきたい。
それが少年の見据えた未来の形なのだと、感じさせるように。夜は更けてゆく。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
GMコメント
お疲れ様でした。ラサは立地的に、隣に終焉(ラスト・ラスト。魔種の本拠とされる影の領域)がある為、警戒は怠れませんね。
熱砂の恋心、ファルベライズ遺跡群、そして『紅血晶』、三度目ましての、楽しく祝勝会を致しましょう。
●同行者について
プレイング一行目に【グループタグ】もしくは【名前(ID)】をご明記ください。
行動場所
以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。
【1】パレスト邸
パーティー会場です。とっても美味しい食事が揃っています。
料理はスパイス系料理が多く存在していますが、隣国の深緑からも木の実や果物が贈られてきているのかそうした料理も多数見受けられます。
飲み物類も果実ジュースを始め酒類もふんだんに取りそろえられています。
ちなみに、深緑の料理は『リュミエ・フル・フォーレ』が準備したそうです。リュミエはファルカウを離れられませんが、ルドラ達は呼ぶ事が出来そうです。ラサNPCも基本は此処に居ます。
ファレンはホストである為かせっせと動き回っていますが、気軽にお声かけください。
また、「疲弊しているでしょう」とファレンはゲストルームも開放してくれています。
天蓋付きのベッドの在る個室を利用することも可能です。食事を持ち込んでのんびりしてもよいでしょうね。
【2】ネフェルスト(サンドバザール)+オアシス
紅血晶による被害を受けてやや荒れているネフェルストです。
露店に被害が出たため商人達がその復旧を行って居ますが、そう言うときこそと言う様に賑わいを見せています。非常に盛況です。
何か記念に一品いかがでしょうか?
彼等は強かですので効力を無くした紅血晶(色も濁ってしまっています)を砕いてアクセサリーにして販売していたりするようです。
オアシスの周辺にも商人達はカートを引いて商いを行って居ます。
暑いですね!!!水浴びどうですか!!!風呂もありますよ!!!
【3】月の王国(崩壊前)
もう少しで崩壊してしまう月の王国です。
魔種リュシアン、その友人で博士の研究パートナーであったニーナ、烙印症状が緩和されたケルズ=クァドラータが居ります。
リュシアンは『ジナイーダ』を弔います。戦闘の意思はありません。
この場で戦闘も可能ではあるでしょうが分の悪い戦い(彼の背後には明らかに冠位色欲がいます)である為、情報交換などに留めておく方が無難でしょう。
【4】その他
何処か行きたいところがあればご指定下さい。
ただし、ご要望にお応え致しかねる場合もございます。
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