シナリオ詳細
ゼシュテル夏の謝肉祭~食肉産業は2度死ぬ~
オープニング
●鉄の掟に容赦は無用
ゼシュテル鉄帝国にて、暑気払いの催しが行われる……そんな触れ込みで、イレギュラーズ達はとある地方都市に招かれていた。どうやら、旅人由来の催しなので是非、という誘いであったと情報屋は口にしていた。
「ははははははは、よぉっくぞ参られた! 我こそが貴君らを呼び立てた……こう! いう! 者だッッッ!」
君達を街に迎え入れた鉄騎種の大男は、唐突にマッスルポーズを繰り返しつつずいと迫ってくる。同じく鉄騎種であろうメイド姿の女性は、おもむろに大男の肝臓に向けて鋭い一撃を放った。
「ヴルド様、外部の方々にはその『言語』は通用致しません。どうか穏便に。……失礼、私はクァールと」
そのメイド、クァールはヴルドと呼んだ主人の襟首を掴み引き立たせると、先を促す。
「す、すまん。久々の客人、それもイレギュラーズ諸君を迎え入れるとあって少々興奮してしまった。領主のヴルドである。楽しまれていかれよ」
「楽しむ……って言われても、暑気払いの催しとしか聞いてないんだが」
大男……領主・ヴルドの歓迎に困った様に応じたイレギュラーズ。それを見たクァールはヴルドを脇に退け、粛々と説明を始めた。
曰く、この街には旅人の流言めいた言葉で伝えられた異界由来の風習が存在する。
なんでも、日本のものが知る『土用の丑の日』にちなんでおり、この街では『二の丑』をより盛大に祝うという。
「いずれも、わたくしどもの街では盛大な会食を行う習わしとなっています。ですが、短期間に2度、となるとそうそう食材を湯水の様に暑気払いに使うのは如何なものか、そうヴルド様の6代前のご先祖はお考えになられました。そしてここは『鉄帝』です。催しに際し、参加権もその拳で勝ち取るが吉、と申されました」
クァールは拳を構え、グッと突き上げる様に天に掲げた。なんだかんだで、このメイドも鉄帝民である。
「2度目のウシノヒには、鍛えた動物を以って挑戦権とせよ。一対一の戦いを勝ち抜いた者に、ウシノヒを堪能させよ。かつての領主様はそう申されました」
つまり……暑気払いの食材は戦って勝ち取れ、ということか。しかし、丑の日、うのつく食べ物に限って育て上げるなどと。可能なのか? 彼らに?
「問題はない! その用意は抜かりなく……見よ!」
ヴルドは改めて胸を張り、いつのまにか運ばれてきていた台車付きの檻を覆う布を取り払う。
筋骨隆々な牛。
牛ほどではないが突進が強そうな猪。
そして、小さくも凶暴そうな軍鶏(シャモ)。
「要は『肉ゥ!』でも構わぬのだろう? うがついておるからな!」
父に聞いたぞ、と自慢げなヴルド、止めもしないクァール。つまりは、肯定。
……土用の丑の日曲解してんじゃねえっていうか、招かれといてドンパチかよ、とか。細かいことを考えたら、ハゲるぞ☆
- ゼシュテル夏の謝肉祭~食肉産業は2度死ぬ~完了
- GM名三白累
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2018年08月22日 21時05分
- 参加人数100/100人
- 相談9日
- 参加費50RC
参加者 : 100 人
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参加者一覧(100人)
リプレイ
●甘く見てはいけない
「ぎゃーっ」
リナリナが通りすがりの猪に喧嘩を売り、華麗に吹っ飛ばされ地面に頭から墜落する。
これが祭じゃなかったら暫く立てないようなやられ方だ。……だが彼女は重大な示唆を残した。駆け出しが安易に力ある相手に喧嘩を売ってはいけない、と。
「目つき悪!! 生意気!! あっ、こっちこないで!!」
その横では、ラプラエロが街角に放たれた軍鶏を指さして罵倒したら、ノータイムで襲われている。嘴で正確にカチューシャを啄まれ奪われた彼女は涙目だ。
「うう……汚れる!! 死んで詫び!!」
詫びろ、と言いたいのだろうか。距離を取ろうとした軍鶏に術式をぶち当て、怒りを露わに駆けてくるそれから逃げつつ、彼女は術式を連発する。泥仕合だが、負けはすまい。
「華奢なわたしに倒せそうなのは、軍鶏さんだけだったのです」
Suviaは軍鶏へと無防備に、つかつかと歩み寄る。軍鶏は動かない……否、動けないのだ。
彼女から伸びた茨に絡め取られ、抜け出そうと突き出された嘴はSuviaの左手で握りこまれる。
「肉料理に合うお茶も用意したんです。楽しみですね」
そういってニコニコと軍鶏を往復ビンタする彼女の表情には、うっすら狂気が垣間見えた。あと彼女、非力なのでこれまた泥仕合だ。
いきなり何が起こっているのかって?
謝肉祭ってなんだ? これだ。そういう感じである。
「謝肉祭は初めてでありますか? ワタシが案内するであります」
ハイデマリーはセララの手を引き、予め狙いをつけた牛のもとへと真っ直ぐに向かう。すでにそこかしこで繰り広げられる戦闘の音は、彼女をして高揚させる。
「流石マリー、頼りになるね!」
人波をすいすい進む友人に手を引かれ、セララは眼前に現れた毛並みのいい牛と対峙する。2本の聖剣を手に正面から突っ込んでくるそれを受け止め、重量差ゆえに1mほど押し込まれた。
だが、背後からハイデマリーの魔砲が火を噴けば、否応なしに牛の意識はそちらに向く。
振り返ろうとした刹那、背後からのセララスペシャル……卑怯? 否、敵前での余所見こそ愚行である。
「相手の実力を測れない時点で、貴殿の負けは決まっていたのであります! ……さあ、これを牛串BBQにしてもらうであります」
セララの切り上げに合わせ、ハイデマリーの魔砲が牛を貫き叩き落とす。
手際よく切り分けた肉を手にセララの手を引くハイデマリーの表情は、どこか年相応の素直さが宿っていた。
「牛肉――ビフテキ……牛カツ……ビーフシチュー……」
ナハトラーベはおとなしい外見に見合わず、恐ろしいまでに貪欲な視線を牛に向けていた。恐らく視界に広がるのは、牛料理。
欲求に応じるように加速し、すれ違いざまに相手を斬る。同時に振り上げられた角が胴を穿ち、浅からぬ傷を彼女に残す。
やはり、1人では荷が勝つか。剣を握り直したその時――。
「ぐわあああああああ! なんぢゃこの軍鶏、的確に目を狙いおって!」
横合いから、軍鶏に追いかけられる元が飛び出してくる。怒りに羽を広げた軍鶏はあらんかぎりのジャンプで元の目を抉るべく飛び出し、嘴を振り下ろす。
そこで、不思議な事が起こった。
全力でずっこけた元の手から滑り落ちたサイリウムが牛の視界に入り、攻撃性を刺激する。
一連の流れに怒りを覚えた牛が元をロックオン。顔を向ける。そこに軍鶏が飛び込み……グサリ。
「何が――起きた……?」
「なんぢゃあ、同士討ちか?!」
いや、全部アンタのせいだよゲンおじーちゃん。
「ヴルドとやら、我も混ぜるが! いい!」
ガーグムドは領主ヴルドへとずんずんと歩み寄り、視線と共にポージングを交わす。筋肉は言葉なくとも通じ合う。
いずこかから駆けてきた牛に対し、パンプアップした彼の体から炎が放たれる。
炎を受けて怖気づかないあたりはゼシュテルの牛、四つに組んだガーグムドをずんずんと押し込んでいく。
離れ、組み付き……満身創痍となった彼を弾き、牛は次の敵へと駆け出す!
「あのっ、こっち来るですけど、あっ、あっ!あーっ!」
大笑する男をよそに突っ込んできた牛に、クァレは混乱状態だった。楽に飯にありつけるイベントではないのか?!
横っ飛びに避けた彼女は、壁に突っ込んだ牛の背後を取ると、勢いそのまま奇襲めいて飛び乗り、大型ナイフを振り下ろす。
そこからはまさにロデオ。一度振り落とされた時は命の危機を覚えたが、ガーグムドが付けた傷にノイズ混じりの水音が木霊する。
尻もちをついた彼女の前で、牛は音を立てて倒れ込むところだった。
「拳で勝ち取るー! わーかっこいー!」
「美味しい肉が食べられると聞いてやってきたが、まさかそういうこととはな」
領主つきのメイドの宣言にあわせ、騒がしさを増した周囲に対し、ロゼはあっさり順応していた。テテスも早々に理解した。
ロゼはすばやく牛の人形を作り出すと、首にスカーフをまいてやり、突進する牛へと解き放つ。自身も前進して人形と息を合わせ、息をつかせぬ連撃を叩き込む。
単純なダメージレースになったら倒れるのは彼女であろうが、テテスのポーションを受けた牛は見る間にその不調を露わにする。
正面切って危険を請け負った友人があればこそ、テテスは冷静に、かつ確実に状況を見極めることができる。
ロゼも、猛攻の合間を縫って術式を使い分ける狡猾さを見せながら牛の行動を次第に縛り付けていく。
「ほーら、体当たり―だー!」
人形と現物、2頭の牛がぶつかり合う。辛くも勝ちを拾った牛の人形を抱え、彼女は仲間のもとへと駆けていった。
(猪、思ったより早……っ)
ティスルは宙を舞いながら、突っ込んできた猪の速度に舌を巻く。受け流していなければ危険であったと述懐し、落下までの時間で銃を乱射。
軽業師めいて壁を蹴って着地すると、壁越しに猪に狙いをつける。
「大丈夫、見きったわ……絶対狩ってやる!」
非ぬ方向に引き金を引いた彼女は、身を翻そうとして裾を瓦礫に挟まれ、猪の直撃を……受ける直前で、銃弾がそれを貫いた。
曲芸射による不意打ち、である。
「3人合わせて、猫狐狼(にゃんころー)……♪」
「この日のために昨日のお夕飯からご飯を抜いてきました」
「にゃんころーが一人! 爆炎の肉料理人シエラ……華麗に惨状!!」
ミア、ルルリア、シエラの【猫狐狼】の一党は、だいぶ無茶をやらかしつつも派手に姿を現し、牛へ向かって宣戦布告。
半日ほど食事を摂っていない飢えはただでさえ熟練の域に達した彼女達の実力をさらに押し上げ……。
「まず肉を耕すよ!!」
2本の刃を腰に収めたまま、シエラが顔面、足、胴、そして顎へと愛憎入り交じった連打をぶちかます。
「あぁぁぁっ! お肉になれぇぇえっです!!」
ルルリアは白猫と黒猫、2挺の拳銃で術式をばらまき、巧みに逃げ場を奪っていく。飢えの前に同士討ちの危険性など考慮外だが、避けられてる、はずである。
「飢えた3匹の獣パワー……受けてみる、の!」
まさに夜行性の3匹の獣の如し猛攻。ミアの物騒な贈り物を受け、牛は大きく動きを鈍らせる。
「行きますよっ、ミアちゃん、シエラちゃんッッl」
「アレで決める……の!」
「頃合いですねミア社長……! いくよルルちゃん!」
一同は息を合わせ、3方向からの連携攻撃、『にゃんころーファイアー』を叩きつける。
炎に爆弾、燃える魔法生物の一斉攻撃は調理する気満々のそれ。こんがり焼き上がる芳香は、3匹の獣の間にラウンド2のゴングを打ち鳴らした。
すなわち、食事という戦いである……。
「……2人とも、なぜメイドなんだい?」
愛馬・レッドホットクリス号にまたがり現れたクリスティアンは、ヨハンと衣のメイド服に動揺を見せていた。……ああこれ王子の趣味じゃなくて?
「タイマンでも! 良かったんですが! ここは2人のサポートに回ろうかと!」
ヨハン、ところどころ肉体美言語を用いて領民達にアピール。鉄帝の血は伊達ではないらしかった。
「……ねぇ、この服で戦わないとダメ?」
「戦士は! 服など! 選びませんから!」
ほんとこのショタいい加減にしろよ。
そんな思いが伝わったわけではなかろうが、猛然と牛が迫り来る。特注の衣装の赤い布をひらめかせ、クリスティアンが前に出る。
「ヨハン君、牛を押さえておくれ!」
呼びかけに応じ、最前衛は譲らぬとばかりにヨハンが重盾を構え、牛の突撃へ向けて横合いからの一撃を叩きつける。
男同士の醜い一番槍争いをよそに、衣は淡々とフロースヴィトニルを振るい、牛へとダメージを与えていく。
クリスティアンの聖盾がじわじわと牛を押し返し、2人のメイドが猛攻を繰り返す。瞬く間に戦闘は彼らの優位へと傾いていき……隙を見て放った衣の斬撃が、最後の決め手となった。
「タレも色々用意したよ! さあ、焼いて食べようじゃないか!」
3人の勝利を見届けた領民が解体を始めるかたわら、クリスティアンが用意したタレに目を光らせる人々の姿が。この後の修羅場は容易に想像できそうだ。
「うっひゃー! なるほど、これが鉄帝流のウシノヒかー!」
洸汰は周囲の盛り上がりに押されるように、楽しげに笑ってみせる。向こうから駆けてきた牛をミットで堂々と受け止めてみせると、バットを振るい、まずは一撃。
激しいぶつかり合いを演出しつつも、ミットによる反撃とバットによる猛攻は、狡猾ささえ感じさせる手際だ。
背後で軍鶏を追いかける仲間のためにも、ここは退けない……少年の意地は牛の気合いを容易に上回り、彼に勝利をもたらすのだった。
他方、フローラは洸汰の背後で軍鶏と激しく争っていた。
駆け出しとは思えぬ重厚な守りから、苛烈に過ぎるほどの反撃。一撃一撃に食欲の影がちらつき、彼女がいかに期待を向けているかがありありと分かる。
ほどなくして仕留めた軍鶏の羽をむしりながら、領民のアドバイスで料理を行う。
「おいしい……」
米を詰めて蒸し焼きにした鳥料理と焼鳥を頬張りながら、彼女は仲間の奮戦を見守るのだった。
「フハハハハハハハ! フッハハー! 私は! こういう! 者だ!」
「トルハちゃんかわいい! トルハちゃん最強!」
トルハが馬だてらに肉体美を披露すると、猪も感化されたのは堂々たる姿勢をみせ、彼女とぶつかり合う。
その姿を称賛するロクもまた、迫り来る猪に向けて魔術を……使わない! 正面からぶつかっていく!
老ロバ達が様子を見守る傍ら、トルハはあろうことか自滅的な突撃のみで猪とぶつかり合う。馬とコヨーテの激しい戦闘は、領民達にも癒やしの一時を与え……ない!
猪の首に食いついたロクがぶんぶんと振り回され、しかし牙を離さない!
正面衝突を繰り返しながら肉体美を誇示するトルハは、猪と命をかけて通じ合いつつある!
「フッハー! キミの気持ちは十分に受け止めたよ! さあ! 私の糧になりたまえ!」
「トルハちゃん素敵! トルハちゃん最強!」
堂々たる勝利を収めた2者は、トルハの蹄によって丹念にミンチにされた猪に舌鼓を打つ。食事風景すらかわいい。
「まずファラオが盾になり。敵の視界が塞がれたところを袋叩きであります。以上」
「あれを1人で倒すとは流石ファラオじゃな。えらい!」
「うむ、余1人で倒してしまって構わんのじゃろう?」
ファラオ、ことアマルナを褒めて伸ばしてけしかける。エッダとニアの高度な戦略である。
「というわけで覚悟せよ牛。太陽王たる余が直々に貴様を屠り喰ろうてやろう。
この魔導棺桶トゥトアンクアメンの馬力をもってすれば牛ごとき一捻りじゃ!
見ておれえっちゃん、ルアちゃん! 余の輝かしき戦いぶrぬわーーーーッ!?」
「ファラオォー!!」
「素晴らしいオチですアマ公。よい隙を作ってくれました」
アマルナの〇田飛びに動揺するニアをよそに、アハト=アハトを振り回してエッダが突っ込んでいく。
「あれ、余は無視?」みたいな視線を脇において、ニアもガンウォンドを構え牛へと弾丸を釣瓶撃ち。たいせつななかまをぎせいにしたうらみはわすれない(棒読み)。
高度な作戦は見事奏功し、3名は肉にありつくことができた。
「アマ公機嫌直すでありますよ。ほら、あーん」
「美味しいけど量多くね? これ以上入らなモゴォ!」
口いっぱいに極上の牛を頬張りつつ呼吸が怪しいアマルナだが、エッダは気にせずドゥンドゥン放り込んでいく。傍らでニアが普通に肉を頬張っている。
……これがゼシュテル名物夜鬼煮苦か。
「食えオラッ!」
「せめて咀嚼と呼吸をンホォ!」
「……うまい」
「ひるねより、あそぶほうがいい! だから、うしさん、きょうはあそぼう!」
Q.U.U.A.のにこやかな笑みを挑戦と受け取ったのか、牛は彼女へ向けて全力で駆け出した。マントをひらひらさせつつ、少女は牛にひざかっくんしつつ、宙返りついでに角を掴む。
楽しそうにロデオライドと洒落込むQ.U.U.A.だったが、程なくして牛は壁と衝突して無言と化す。
「うしさん、いきおいつきすぎて、かべにあたまをぶつけてしんじゃった……ごめんね!」
ごめんね、って。
「…わかる。きっと元々は、ただお肉を食べるだけじゃなかったんだわ」
ウシノヒに何を見出したのか、恋は牛に笑顔を振りまき、魔眼で理性を奪いにいく。殴り愛にTOKIMEKIを感じた彼女はもう止まらない。
素敵な出会いを求めて炎の術式を展開した恋は、突っ込んでくる牛の一撃を堂々と受ける。
受ける。受ける。……そして駆け出しの彼女は三度目の術式を放つと同時に、牛の角で不幸と踊った。
かなり善戦したと思う。駆け出しなのに。
「牛肉食べたかったけど、あれを倒すのか……」
恋を仕留めた牛は、今度は威降をターゲットに選ぶ。
早まったか、と頭を抱える彼に容赦なく突っ込んでくる牛は、騎士盾によって反撃を喰らい、蹈鞴を踏む。弱っていたからか、突撃の勢いがやや足りなかったか。
「君に勝って……俺は肉を食べる!」
得物を構え、駆け出した威降は堂々たる立ち回りで徐々に牛を追い詰めていく。
トドメと共に振り上げた得物は、彼に勝利と……吊り橋効果という恋の予感を与えようとしていた(食事が終わるまで)。
「空腹である、今にも腹が裂けそうだ」
ショゴスは飢えていた。丸々と太った個体を探し、飢えに苛まれながら物陰に潜み、歩く。
所在なげにしていた猪を見つけるや、勢いよく振るわれた飛ぶ斬撃は猪の意表をつき、動きを鈍らせる……だが視界に相手の姿はない。
ショゴスは巧みに、だが絶対に姿を見せずに全力で相手を追い詰めていく。やがて動きを鈍らせた猪が膝を付くと、組み付いて大口を開けた。
仕留めた獲物は本人のもの。饗宴が始まろうとしていた。
「さぁて、俺達の相手……って、思ってたよりデカいんだけど!?」
アシュトンは幼馴染であるレイスとその仲間のアルフォンスと共に、闘牛へと挑戦すべく対峙していた。
しかしデカい。後衛2人が銃で仕留めるまで、アシュトンはアレを受け止めねばならない。
(前衛1人に後衛2人。いきずりの関係でうまく連携できるのか不安っスけど、削れるだけ削ればなんとかなるでしょうか……)
アルフォンスは一射ごとに細かく移動しつつ、アシュトンの奮戦を見守っていた。比較的小ぶりとはいえ、鉄帝の牛だけに体躯は折り紙付き。
何度で、否、どれだけ耐えさせている間に仕留められるか。あるいは自分たちが餌食になるか。緊張に目を細めながら撃ち続ける。
レイスもまた、動物が相手とあって『復讐』とは異なるベクトルの戦いに、知らず興奮を覚えていた。動物の急所を確実に狙う射撃。
一発一発に意思を載せて撃つ感覚。威力こそ大差ないが、当たりどころは悪くない。
「掛ってこいや、牛公! このアシュトン・アンスリウムが相手だ!」
ボロボロになりながらも、アシュトンはカラ元気だけは忘れない。
その意志を汲んだ牛との正面からの格闘と、仲間の精密射撃。
彼ら3人ではやや荷が勝つ相手だったが、射撃手2人の猛攻は見事、牛の動きを止めるに至る。……苦労した相手ほど、美味なのである。
「オイラのいた国の料理で、試して見たいものがあるんだ」
チャロロは調味料やすりおろしたリンゴ、刻んだ野菜などを準備しつつ、解体された猪を焼いていく。
彼……と、猪を倒す過程で偶然助けられたステラとは戦闘後、調理に励んでいた。
領民達が戦いぶりを称賛しつつ猪を捌くかたわら、ステラは野菜を刻んで炒め、肉は切った端から酒に漬けていく。
「本当はこのタレに漬け込んだ羊を焼くんだけど、猪のくさみにも合うと思ったんだ」
チャロロが作ろうとしていたのは、ジンギスカンだ。何故か鉄帝にあったジンギスカン鍋に牛脂をひき、次々と焼いてはタレにつけ、自分で食べたり周囲に配ったりしている。
「美味しそうな匂いですね、せっかくなのでこちらも焼いてもらえますか?」
チャロロ達の空気にあてられたのか、現れたのは軍鶏を抱えたエリーナ……と、召喚された妖精だった。彼女にとって軍鶏は取るに足らぬ相手であったのか、羽根をすべて毟ったうえで持ってきている。
「軍鶏か、いいかも!」
チャロロは快諾すると、軍鶏を薄く捌いて鍋へ並べていく。
エリーナと妖精は、渡された牛肉と野菜をタレにつけながら口に運び、その滋味深い味わいに感動を覚えていた。
そうこうしているうちに、ステラが手をかけて作った煮込み料理が一同に供される。
焼き肉をメインに考えていた領民達に、野菜が生む味わいは特に好評であり……暑い中でなお、口にする者は満足を覚えたとかなんとか。
「美味しいものを頂くのって、楽じゃないのですね……」
クラリーチェはしみじみと、周囲の惨状を眺めながら呟いた。
他方、同行しているアーリアは左右に視線を巡らせ、驚きに目を見開く。
「ま、前に美味しい物を食べに行きましょ~と約束した、約束はしたけれどぉ! ……おねーさんが守るからぁ!」
しかしここは年長者としての人徳が勝ったか、アーリアはクラリーチェの手を取り、向かってくる牛をきっと睨みつけた。
牛は動きを緩めない。ただ真っ直ぐに突進し、アーリアの胴へ角を突きつけるが。数歩手前で急激にバランスを崩し、横へ抜けていく。
その胴にはアーリアの放った氷の鎖が巻き付き、鈍った動きそのままにクラリーチェの魔力を横合いから叩きつけられる。
危険を承知で避けず、しかし危なげなく勝利へ邁進した2者は、早々に牛を仕留め、食事にありつくことが適ったのである。
「今度は落ち着いてまた美味しいものを食べたいわねぇ」
「次、と仰って頂けるのって、嬉しいですね」
手を握りあい、両者は次に期待を向けるのだった。
「オイ、ハイエナよ。提案なんだが……どっちがあのバカ牛にダメージ多く出せるか勝負しねぇか?」
「……へェ?イイねェ、楽しそうだ。受けて立ってやるぜ!」
アランとBrigaの2人は、謝肉祭の参加者の中でも傑出したダメージディーラーである。
牛などに遅れはとらぬと自身満々に得物を構えた両者は、闘牛のなかでもとりわけ大きい個体を相手取るべく前へ出る。
速度に勝るBrigaが勢いそのままに牛の鼻先に爪を突き立て、アランが戦意を前面に押し出した連撃で牛を蹂躙する。
牛もさるもの、彼らの打撃を受けて即座には倒れず、果断に反撃を仕掛けるが。
「たまにはいいなァ!? 守りとか忘れて攻撃ばっかに集中するのはよォ!!」
「戦術もクソもねェな! 楽しくて仕方ねェよクソが!! 負けてやらねぇぞクソが!」
守りを度外視した両者にはあまりに無力。手数ではBrigaが、一撃の重みではアランが上回り……彼らの勝負の結末は、ほんの僅かにアランが上回り、幕引きとなった。
「……どういう状況なの? 妹さんメッチャ睨んできてるのだけど」
「……お兄ちゃん、誰ですか? その女?」
鈴鹿と由奈は、動揺と威嚇の視線を交わしながら互いの存在に懐疑的だった。
間を取り持つ死聖は両手に花とばかりに鈴鹿の尻と由奈の頭に手を伸ばしているが、彼の目は節穴なのか、わざとなのか。
「女性陣に前衛を任せるのは心苦しいけど……お願いするよ」
「流れるようにセクハラするな、なの」
死聖の手を小刻みに払い除けていた鈴鹿は、彼が後退するのに合わせて前進する。
「えへへ♪ お兄ちゃん、私頑張るね!」
由奈は素直に笑顔を向け(鈴鹿にガン飛ばして)、しかし戦いには正直だった。経験に長けた2人の時間を稼ぐ為に牛へと斬りかかり、刃と角を打ち合わせて突進の軌道を逸らす。
その背後から幻影刀を手に鈴鹿が一撃を見舞うと、牛は炎に包まれ、酸欠で身悶える。死聖の魔術は、狙い過たず牛の角を丹念にへし折り、仲間を傷つけることを許さない。
勢いそのまま、三者三様の猛攻をして、牛は仕留められたが……本番はそこからだった。
「えへへ♪ お兄ちゃんへの愛情いっぱい込めた特製の牛ステーキだよ!」
由奈が差し出した料理を、死聖は美味しそうに頬張っていた。再び頭を撫でられた由奈は目を細めるが。鈴鹿の表情は訝しげだ。
「なんなの……あの冒涜的なブラックマターは?」
相手に聞こえないようにしつつ、彼女は死聖の料理を食べていた。妹の愛を受けるのは兄だけで十分なのだ。
「あなた達にしてはよく頑張ったわね」
死聖達3人の前に現れたのは、輪廻。彼らの知人であると同時に、今しがた牛を仕留め、1人で平らげた剛の者である。
その戦いぶりを、領民はこう語る。
足取り軽く動きながら、とんでもない蹴りを放ち、角を絶えず受け止めながら、しかし……倒れかけたところで立ち上がる。
何度も何度も、さながら不死の生き物でも見ているような不気味さと鉄帝らしい熱量を感じる見事な戦いであった、と。
「三人組までは許されるそうですから、三人でちょうど良いくらいの牛を相手に、下拵えと参りませぬか?」
雪之丞は、考え込んでいたリオネルへと共闘を持ちかけた。周囲でも、仲間と組んで戦おうとする者が多かった為だ。
「おぉ、渡りに船ってやつだな。ありがてぇ、よろしく頼むぜ! お、イインチョーいるじゃん! 後衛頼むわ!」
リオネルはその誘いに快諾すると、丁度視界に入った顔見知りへと声をかける。その相手、蛍は今まさに怒りを押さえていなかったが。
「ど・こ・が、土用の丑の日なのよ!! ……ああ、もう。し、仕方ないから今日だけは頼りにしてやってもいいわ……よろしく」
素直なんだかそうでないんだかはともかく、蛍も交えた3人は手近な牛へと狙いを定めると、リオネルが真っ先に飛びかかる。
拳で角をぶん殴って逸し、顎元へ一発入れて、足を止めて殴り合う。後衛の蛍に気づいてはいるようだが、牛は容易に前進を許されない。
「ちょ、ちょっと大丈夫なの!?」
蛍はリオネルを回復させつつ、牛の動きを止めるために魔力を叩きつける。衝撃で後退した牛は、これ幸いと突進すべく駆け出すが……初動は、雪之丞の側が何倍も早い。
「突破には、些か、助走が足りないのでは?」
鬼としての膂力を最大限に活かし、両腕の白い骨が黒い毛皮を軽々と押し上げ、投げ飛ばす。
残心もそこそこに、倒れ込んだ牛を更に投げ飛ばす。肉は叩いたほうがいい、とはそういう意味ではないような。
戦う相手を探していた闘牛は、突如として飛来した斬撃に蹈鞴を踏む。
攻撃してきた方向へと向き直ると、そこには業物を手にした竜胆の姿。
業物2本を構えた少女は、さらに斬撃を飛ばして牽制すると、突進に備えて腰を低くし、踏ん張りをきかせて衝突に備える。
――剣の頂を目指すなら、いかなる強者にも物怖じできぬ。
斬って、逸して、躱してまた斬る。傷をものともせず斬りかかる姿は修羅にも似る。
されど、勝利に快哉を叫ぶ彼女の姿には凛とした美しさすら漂っていた。
「さすが鉄帝のお祭り、熱量が幻想の比じゃないね……!」
周囲の喧騒と肉のの匂いに目を細め、ニーニアは手近なところに現れた軍鶏めがけて炎を放つ。
少なからぬ経験を積み上げた彼女の魔力は、軍鶏を焼き鳥に変えるには十分すぎる火力を持ち合わせている。
街の熱量に浮かされるように炎を連発した彼女は、こんがり焼き上がった軍鶏を切り分け、美味しそうに口へと運ぶ。
……共食いではないか、という疑問は無用らしい。これもまた飛行種の個性である。
「おかしい! おかしいわ! ここに鶏が牛に勝ると言うことを見せつけてやりましょう!」
トリーネは憤っていた。鶏としての誇りが、牛に劣るという扱いを否としたのだ。……したのだが、単独でやりあうのもなんなので、マオに声をかけた模様。
「タイマンでやるのは流石に勘弁だからね……」
マオも牛との戦いには興味があったらしく、誘われたとあれば渡りに船だったのだ。牛を単騎で討つには心もとないが、経験に反して実力は十分。
かくして。
「こけえぇぇぇ!」
トリーネのインコの幻影とか。
「その肉、お腹いっぱいたべさせてもらうよ! なんならお土産にしてあげる!」
マオの剣による連撃とか、そういう全力での攻勢を経て。
最後にはヒヨコの殺到により、牛は星になり、彼女らの糧になったのである。語呂がとてもいい。
「これが……勝者の味……!」
なお、一部の肉はマオの左目に詰められてお土産にもっていかれました。
「“土用の丑の日”と言うからにはウナギが食えるのだろう、と思っておったのに……何なのだこれは」
ウシノヒの語源を知る士郎からすれば、今の状況は理解に苦しむところであるが、共に戦う仲間はノリノリだ。
術士である彼とマリアを背に、ゴリョウは無錫排骨を掲げ、牛へ向けて宣言する。
「このゴリョウさんの肉壁を、越えられるモンならかかってきやがれ牛野郎!」
彼の所作に思うところがあったのか、牛は助走を付けずに歩み寄り、角をふるってゴリョウに叩きつける。
瞼を構え、牛の猛攻を受け止めるゴリョウへ向けてマリアが繰り返し癒やしを与え、一秒でも長く場をもたせるべく、強く祈る。
「牛さん、どうか、大人しくお肉になってくださいませー……! お覚悟をー……!」
その祈りがどこか物騒なのは仕方ない。鉄帝だし。
「ここまでお膳立てされて倒せぬなど術士の名折れよ! ワシに任せい!」
2人の連携に発奮した……のかは定かではないが、士郎はあらん限りの魔術を絞り出し、牛目掛けて次々と叩き込む。……そして、ゴリョウは見事盾としての役割を果たす。
いつぞやの任務を彷彿とさせる戦いに思うところがある……かは兎も角、彼は次々と料理を作っていく。
サイズがサイズなので3人では食べ切れぬが、そこは周囲に振る舞い。おろしソースのハンバーグは、領民達にいたく気に入られた様子であった。
「……一番強いのが寄りにも寄って牛かよ。同族じゃねえか」
Morguxは、自分を見下ろす牛をみてため息をつく。苦手を克服する意味で請け負った強者が同族というのは、巡り合わせなのだろうか。
一気に間合いへと踏み込んだ彼は、縦横無尽に動きながら相手を引き裂き、拳を叩き込む。あらゆる場所から流れ落ちる血は石畳を染め、彼の興奮を弥増していく。
危なげなく勝利を収めた彼のもとへ、解体すべく領民が駆け寄ってくるが。彼の真の戦いは、これから始まる同族食いだったのかもしれない。
「オーホッホッホ! 美味しい肉質の闘牛を食せるのなら、私いつも以上に本気を出してしまいますわ!」
自給自足に定評のあるガーベラは、サイモンと義弘に丁寧に挨拶を済ませると、気合十分に高笑いを上げて鍬、じゃなかったドラグヴァンディルを構えた。
「勘違いっぷりが清々しいけど、悪くねえ。気合い入れて挑ませてもらうぜ!」
義弘は突っ込んできた牛の角へ拳を合わせ、突撃の角度をズラす。そこに立つのはサイモンだ。トンファーを繰り出して角を弾き、牛の首に組み付きバランスを崩す。
「お2人ともお見事ですわ! 私も血湧き肉躍るファイトを見せるところですわね!」
むくつけき男達の戦いぶり(と義弘の入れ墨という名の肉体言語)に触発され、ガーベラも得物を振り回す。
思わずガーベラに反撃を加えた牛は、思いもよらぬ打撃を身に受け、さらにうろたえたようだった。
そこに、義弘の拳が振り上げられ……クラッシュホーンの名をそのままに角を折り砕く。
「ヒュウ、やるなあ亘理! 負けちゃいられねえ!」
サイモンは牛に組み付いた状態で次々と攻撃を叩き込み、その動きを鈍らせていく。そして、ガーベラの一撃を頭に受け、牛は美味しく『耕されて』しまったのだった。
「いいお肉だけに、焼くだけでも素晴らしい香りですわね! ではいただきンッ――!」
その美味しさにつんのめったガーベラのリアクションで、味は理解いただきたい。
「ぼたん鍋の時間だ!」
史之は歓喜の叫びを上げながら猪へと突っ込んでいき、堂々たる構えで挑発を仕掛けた。
当然、猪は黙っちゃいない。怒りを露わに史之へと突っ込んでいき、彼の硬い守りに阻まれた……かに見えた。
「えっ、ちょっ……!」
受け止められてなお前進した猪は、守り何するものぞと史之を弾き飛ばす。
大きく飛んだ彼を追う猪は、そこで不幸に見舞われる。
「魂はちゃんと送ってあげるからねっ!」
丁度、リインが軍鶏と対峙し、大鎌による一閃で決着を付けるところだったのだ。
史之は幸運だったが、不幸でもあった。
猪は軍鶏もろともリインに仕留められたのだが、彼は落下地点で軍鶏の蹴りを受け、その上に息絶えた猪の下敷きと成なったのだ。
空腹の少女が相手を気遣う暇はないが……一応、お互いに目標のブツは確保できたので結果オーライということにしておきたい。
路地を、鮮やかな光が照らす。リゲルが掲げたドリルが、牛をおびき出すべく光を放ったのだ。
彼を見咎めた牛の胴は、すれ違いざまに放たれた一撃で赤熱を帯びる。幾度か繰り返された剣戟は、牛に明確な怒りと意志を与えるが……それこそがリゲルの狙いであった。
突進のスピードを直前で落とした牛に対し、リゲルはドリルを旋回させる。
逃げ間もなく切り裂かれた牛は、領民の手で肉厚のステーキへと変えられ、リゲルに供されるのだった。
鉄帝における正義とは、力。道に悩むアグライアの背を力強く押したのは、単純な道理であった。
「私なりにどこまでやれるか、試させて頂きます!」
正剣を構えた彼女へと、牛が真っ直ぐ突っ込んでくる。最短距離を駆ける角と直剣の応酬は、泥臭くも正直に力の優劣を露わにする。
一撃ごとに強いられる『応報』に、牛が抗う術はなく。覚悟を決めて切り結んだアグライアに、多少の傷は苦にもならず。
受けた傷と経験の差が、彼の騎士に勝利を齎した。
●勝負に貴賤と優劣はなし
「わぁい! 美味しいお肉! 沙愛那、すき焼き食べたい!」
「……直君……私も食べたい……すき焼き……」
沙愛那と玲、愛娘と愛する妻との要求を断る道理は直斗にはなかった。飛騨家の胃袋を賄うためにはなんとしても勝たねばならぬが、相手は牛。
3人の野獣の如き視線に捉えられたのは、小ぶりながら引き締まった肉体を誇る個体であった。……と、いうか。一家の実力的にそれ以上は流石にヤバい。
「今日の晩御飯はすき焼きだ! お前を使ってな!」
直斗は相手に狙いを定めると、防御用短剣を振るって牛の首目掛けて振り下ろす……が、難なくかわされると、牛の角で文字通り手玉に取られる。
「よくもパパを!」
すかさず沙愛那が炎を放つと、牛は身悶えしながら後退する。玲はその隙に、傷ついた夫を繰り返し癒やす。
すべては一家団欒のため。家族の力をあわせても苦戦は免れなかったが、それでもなんとか牛を一頭、仕留めてみせたのだった。
「……はふぅ……やっぱり直君の作るご飯は美味しい……」
「パパの手作りすき焼き美味しいね! ママ!」
「……へっ、そんなに煽てても何も出ないぜ?」
何も出ない(おかわりは出る)。
牛一頭分のすき焼きがどれほど豪勢だったかは言うに及ばず。量の問題は、玲の胃袋がすべて解決したのであった。
「狩りの時間だぜ。なぁ、ワーブ。おまえも牛を食おうぜ。だから、狩りしようぜ!」
「まぁ、おいら的にはぁ、鮭や果物のほうが好きなんですけどねぇ」
義弟ワーブに意気揚々と牛刈りを持ちかけたロビは、狙いを定めた牛の前後を塞ぐ形で立ちはだかった。ロビが前、ワーブが後ろだ。
地を蹴立てて向かってくる牛の角をすんでで躱すと、ロビは前足目掛けて牙を突き立てようとする。速度に乗った牛の蹴り足は、牙を突き立てるには危険すぎる。
わずかに掠めただけであったが、反転して向かってくる相手にロビは果敢に向かっていく。
他方、ワーブは突っ込んできた牛の角を躱すと、掬い上げるように後ろ足目掛け爪を振り上げる。
2度、3度……決して容易ではなかったが、2頭の連携は見事に牛の動きを止め、その首に牙を突き立てるに至ったのである。
ロビは腹部と内臓を、ワーブはそれ以外の部位を生で食すと、残りの部位は領民たちに解体され、周囲に振る舞われたのであった。
「おや、ノエルさんではないですか。本当によくご縁がありますね」
コーデリアは、騒がしさを増す街の中でノエルを見つけ、軽く手を挙げる。
縁がある、という言葉に、ノエルもまた同意するように笑みを浮かべた。
「改めてよろしくお願いします。頑張っていきましょう!」
両者とも狙いは牛。縁に恵まれた2人は、互いの得物を手に牛へと忍び寄る。
戦いの口火を切ったのはコーデリアの二挺拳銃。神秘と物理の二種の弾丸は牛の胴に食らいつくと、浅からぬ傷を生み出す。
怒りに身を任せた牛がコーデリアのどうにその角を食い込ませたのと、ノエルの魔弓が威力を発揮したのとはほぼ同時。
確実に狙い、当てることに注力してそれ以外を大きく犠牲にした2人の戦い方は、ともすれば危険極まりないものだ。
だが、仲間と協力できるなら……尖った性能も、ときに大きな力となる。
地面に引き倒された牛を前にハイタッチを交わした2人が次に悩むのは、牛肉の処理だが。領民が絡めば問題ないのかもしれない。
「おや、君も参加するのか……ふむ、そうだな。どうせならいい肉を食べたいと思わないか?」
リチャードは、ニアの姿を見つけると片手を挙げて挨拶し、次いで所在なげに周囲を見回す牛を親指で示した。
「良いね、あたしも迷ってるトコだったんだ。あたしが抑えて、リチャードが撃つ。いつかのサーカスと同じ構図だね」
かつての決戦で共闘した者同士、互いの特性を心得たとばかりに牛の視界に飛び込むと、連携を駆使して順当に勝利への道筋を組み立てていく。
勝手知ったる仲間だけに、彼ら単体では手に余る相手も、容易に討ち果たすことに成功した様子であった。
「では、調理はステーキに……?」
領民に肉厚に解体してもらうよう口添えしたリチャードは、ニア共々、同じ方を向いていた。
方や知人の、方や見知った食文化の響きに誘われた格好になるが……両者の視線の先には、瑞穂の姿があった。
「量は限られるが米を持ってきたぞ! そして諸々混ぜて自作した『焼き肉のたれ』! わし1人では食べ切れん量じゃ、欲しい者にはくれてやるぞ!」
足元に仕留めた軍鶏を焼いてたれに漬けた物、そしていつの間に炊いたのか、米。どれほど周到だったのかは、この際問うまい。米(まい)だけに。
米の匂いとタレの香りは、リチャードにとってもニアにとっても、その他多数にとっても暴力的であり……その後の混乱は推して知るべし、ということになろうか。
百合子は堂々たる足取りで牛の間合いへと踏み込んでいく。研ぎ澄まされた集中力と美少女の挟持の前には、牛の突進も遅れて見えた。
「吾の力を示す贄として不足なし! 火力ではなく手数で圧倒する戦い方を見せてくれよう!」
実際、その言葉は現実であった。彼女の殺戮拳から放たれる乱打に牛が反応しようにも、相手は角の届かぬ間合いへ離れている。
正しくヒットアンドアウェイを体現するための美少女力。最後に組み付かれた牛が見た光景には、花とか散っていたに違いない。
「キョネンは一人じゃ捕らえられなかった。コトシはキョネン折られた腕のカタキを取る!」
イグナートは、謝肉祭で因縁深き闘牛と正面から組み合っていた。腕の雪辱を腹筋で晴らす。素晴らしき鉄帝根性だ。
「アナタが領主様……そのキンニクを前に、リラックスポーズではシツレイにあたるね」
勝利を掴んだイグナートは、ヴルドを前にモストマスキュラーを放つ。それに応じた領主のポーズは……両腕を掲げてののまさかのバキュームポーズ!
重厚な肉体を持ちながら、領主の腹筋にはさらに底があるというのか!?
「丑の日だけにウリ坊ってか? 来いよ!」
領主達の筋肉に触発されたか、グレンも猪に向けて筋肉言語で挑発を始めた。領民達の盛り上がりが更にアガる。
距離を取ったグレンに突っ込んだ猪は、思わぬ衝撃に傷を負って後退する。追いすがる彼の盾が、猪を更に弾く。
盾と牙、額と曲刀を打ち合わせる戦いぶりは、派手さはないが重厚さは感じさせる。
領民達をすっかり味方につけた彼は、勝利を筋肉で示すことも忘れない。サービス精神旺盛である。
「……えへへ、鳥ってかわいいですよね。自分の身分もわきまえずぴーちくぱーちく」
花霞は軍鶏の嘴を握り込むと、淑やかな笑みで語りかける。反射的に足を振るって己の手から逃れた相手に、彼女の表情は崩れない。
目を潰す、とはなるほど、この軍鶏は旅人が語るお伽噺によく似ている。
「私は継母(そんなもの)になったつもりはないので、鶏様、お分かりかしら……?」
再び飛び込んできた相手の首を掴むと、花霞はくっと拳を握り込んだ。
「心苦しいですけど……えっと、ごめんなさい。その命、美味しく頂戴します……!」
蛍は軍鶏と目があうと、近づかれる前に式符による乱舞であっさりと倒しきってしまう。もはや実力差と、彼女の臆病さが奏功した格好だ。
焼き料理だけでは、と思い立った彼女は、領民の台所を借りて軍鶏鍋に取り掛かる。
さらにはモツを使って煮込み料理まで。鉄帝といえど調味料は充実している……かはさておき、彼女の料理は評判がよかったとかなんとか。
「しかしまぁ、デートにしては幾分血なまぐさいわね。ミーナ?」
「私もそうは思ったんだけど、肉食いたいって言ったのイーリンじゃん」
イーリンとミーナは互いに文句を言い合いながらも息を合わせて背中をあわせ、キメポーズ。まんざらでもないように思うが……。
「まぁいいわ、派手にやるわよ! ラムレイ!」
イーリンの呼びかけに応じるように牝馬が姿を表し、飛び乗った彼女の周囲を魔書の頁が覆う。
ミーナはその派手な動きの影に隠れるように前進し、直前で2手に別れる。
正面からの魔力と格闘、混成攻撃による奇襲。背後からは暗殺者じみた奇襲。二重の奇襲に戸惑う牛の角をなんなく打ち払うと、剣を振り上げて周囲を煽る。……そして。
「ミーナ! 私牛タンとテールスープ! あとハラミとホルモンにサラダも大盛りでつけて頂戴!」
「文句言ってた割に注文多いな!! まあいい、任せとけ!」
快哉にはいささか肉肉しい会話が飛び交う。ちなみにサラダは心配ないらしかった。
「おお、なんと凄まじい体躯をした牛なのでしょうか!」
フォーガは、迫りくる闘牛を前に本能を大いに刺激されていた。狩猟者にして捕食者として、正面から制したいと思ったのである。
「……この国の人って、家畜にまで筋肉求めちゃうの?」
他方、ビスはそんな同僚の様子にどこか驚いていた。下手したら轢き殺されそうな相手と喜んで戦うなど考えられない。だが、倒さないと食事も帰路もままならない。
全力でフォーガを支援すべく、意識を集中させて癒やしの力を発現させる。
機械の剣で突進を逸し、ビスの前に絶えず立ちはだかり、フォーガは銃弾と刃の驟雨でもって闘牛を圧倒する。
軽く掠っただけでも再生力を上回る威力に辟易しつつ、しかし足と手は止まらない。全力の戦闘で魂を燃やしたフォーガが、勝利を前にして取り繕うなど無理な話だ。
そんな彼をいたわるべく駆け寄るビスも、我が事のように喜ぶのもまた、無理からぬ話である。
「毎回の事だけど私の知ってる土用の丑の日と違うって言うか、うん……」
アリスは曲解された丑の日にも、周囲の順応ぶりにも最早驚かなかった。今は、催しを頼むのが先。
そんな彼女は、低空飛行を続けた末に、一頭の猪に狙いを定めた。
地上から猪の鳴き声が聞こえようと、ゲンティウスを構えて逸らさず、魔力弾を打ち込み続ける。その戦いぶりは、力と勝利を正義とする鉄帝民には気にならず。
むしろ、華麗な衣装と派手な動きは、好評だったようだ。
「HAHAHA、新鮮な肉が貰えるっていうから来たぜ!!」
貴道は、豪快な笑い声と共に牛の突進を素早く躱す。角が掠ったことで不利を被るのは、むしろ反撃を受けた牛の側。
大振りかつ豪快な左フックを顎に叩きつけ、反撃の角に合わせてもう一発……近代ボクシングそのままの華麗な動きは、牛にほぼ何もさせずに勝利を収めた。
「HAHAHA、バーベキューもいいが刺身もいいよな!!」
シメたばかりで、かつ強靭な彼の肉体だからこそ許される暴挙。これもまた、丑の日。
ときに、狭い路地では衝突音と打擲音とがやたらめったら木魂していた。
「美味しい酒のつまみのため、さっさと倒しちゃうわよぉ」
琴音が、路地を利用して牛の動きを制限していたのだ。
突進をすんでのところで避け、壁を打った牛の横面をジョッキでぶん殴る。動きが止まったらボトルでさらにぶん殴る。
言うは易しだが、タダで済んでいるわけではない。少なからず傷を負いながら、勝利へと邁進する。走らせずに勝利する。完全ではないが、かなり上出来な戦いぶりであった。
「うむ、強者との1vs1は心が躍るね」
ノワは剣を構えると、迫り来る牛の一撃を華麗に躱す。
勢いそのままに幾度となく向かってくる相手を、その足でかき回し、致命的な一打を加えるべく絶えず動き回る。
噂に効く闘牛士を再現すべく立ち回る姿は、話通りの流麗さ……とまではいくまいが、それでも十分、冷静さを失わない。
紙一重を重視してついた傷もまた勲章。相手の突進を捌き、心臓へ一突き加えた彼女は、領民に向き直り一礼を添えた。
力を技術で制するという意味では、Lumiliaもまた似たような戦い方である。
しかし、彼女の場合はそれに神秘的要素が強く反映される。
氷の鎖で動きを鈍らせ、オーラの剣で幻のように相手を切り裂き、そしてその角を折り切って、相手を圧倒してとどめを刺す。
特筆すべきはその身のこなし。相手の威圧感に足を止めることなく、危地を見せることなく、優雅さをもって勝利を導く立ち回りは、決して一朝一夕の成果ではない。
だからこそ、美しいのだろうが。
フロウは猪の突進をするりとかわすと、横合いから盾で大きく弾き飛ばす。
思わぬ一撃を受け、怒りを露わにする猪へと突き出されたのは、魔力増幅用の指輪だ。
(鉄帝らしく戦うのは無理ですが……)
打ち出された魔力量、それに至るまでの戦いぶりを『らしからぬ』と誹謗する者はおるまい。彼女の戦いは、立派な戦士のそれであるのだ。
……で。勝利をモノにした彼女のもとに、見事に焼けた猪を引いてくる姿があった。焔珠である。
「私、あばらの所が特に好きなのだけれど……残ってるかしら?」
私ノは吹き飛ばしちゃって、と笑顔で語る彼女だが、それがどれだけヤバい事案なのかは戦ったフロウがよく知っている。
そして、それが神秘によって為された事象であることも。いずれにせよ、目の前の相手とは……互いに仲良くなれそうだと思いながら、あばらの肉を差し出すのだった。
「そう言えば、牛って赤い物に突っ込んでくる習性があった気がするんだぬ……あれ?」
ニルは、自分のコート姿をつまんでみせる。実際は赤くても襲ってこないらしいが……鉄帝で常識など通用しない。
襲いかかってきた牛の突撃を、まず強くあたって受け止めて様子見。自らの体力に驚異ではなし、と判断した彼女は素早かった。
我流の戦い方でぶったたき、すっとばす。一発で倒せないなら二度三度……まさに「ちょちょいのちょい」な出来事であった、という。
「オラァ! 正面からぶっ飛ばしてやるからかかってこいやぁ!」
ハロルドは猛っていた。鉄帝の政治制度自体は気に入らないが、力を正義と定義する彼らのやり方には共感がもてたのだ。
故に、拳一つで闘牛へと挑む。光る拳を叩きつけ、角を受ければ弾き返し。とにかく乱打戦に持ち込んでいく。……でもまあ、素手だと限度があるわけで。
相手も限界が近いが、自分も倒れる一歩手前……拳と角を打ち合わせ、仰向けに倒れかけた彼の鼻先を、徹甲弾が飛来する。
「ちょっと、要らない心配だったかな?」
弾丸は、ルチアーノのものだ。牛との死闘を制したはいいものの、爆弾まで使ったために可食部が大分減っていたらしい。落胆した折、倒れかけたハロルドを見かけたということだ。
「構わねえよ。責任とって全部食うから付き合えよ」
ルチアーノの答えは、穏やかな笑みであった。
「やあ、突然だけど私の腹に収まってはくれないか」
闘牛の鼻先にディナーフォーク……否、片手槍を叩きつけたマルベートは、慇懃に頭を下げて挑戦状を叩きつける。
3人一組などまっぴらごめんとばかりに、突進してくる牛の鼻先で翻弄するように舞い、ナイフのような槍を振るう。
さながら、自分の為に切り分けるような流麗さ。多少の傷を自己治癒でものともせず、それなりの大きさであった牛を文字通り『解体』する。
それらは生で、彼女の腹におさまる運命だった。
醒鳴は赤く染め上げた盾を掲げ、領民たちを盛り上げていた。
自らも地に染まり、決して浅い傷ではないが……それを気にもさせぬ軽い足取り、鮮やかな戦いぶり。
あるいは泥臭さすら感じるそれだが、いくら食らっても倒れそうにない余裕を感じさせる。
それがたとえやせ我慢だとして、肉体を誇示する姿は鉄帝の者達にとって『嘘』ではない。
「――っしゃァ! 見たかお前ら!」
彼の快哉に、ひときわ大きい歓声が巻き怒った。
鉄帝の領主、ヴルドはこの催しにいたく感銘を受け、次回以降も継続してイレギュラーズを呼びたい、とまで言っていた。次がアレば、だが。
そして、有り余るほど大量に生産された肉は、冷凍保存されたりなんだりして、美味しく頂かれたようです。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
大変お待たせいたしました。白紙以外は全員描写したと思いますので、なかった場合はご一報頂けると幸いです。
牛、猪、軍鶏には実は多少なり適正レベルとか数値を設定してあり、結果如何でいいろ起きています。でも、皆さんの行動が『無意味』になったケースはありません。ご安心ください。
あと、幾つか称号とか付与したりとかしています。
ノリなので。ええ、ノリですので。
GMコメント
〝鉄帝〟の〝イベントシナリオ〟に尻込みなんて……〝無〟ぇよなァ?!
●達成条件
ウシノヒの謝肉祭に参加する
●参加条件
用意された闘牛、猪、軍鶏から任意の相手を選び勝利を掴み取る。倒したやつは最低限美味しくいただく。
●敵(というか食材)
※だいたいニュアンスでこんな戦いするだろみたいな、そういう想定でよろしくやってください。シェア可。
・闘牛:めっちゃでかい。割と強い。タイマンでやり会いたい人向けチャレンジコース。こいつに限りスリーマンセルまで許可される。肉質も良い。
・猪:獣臭いが、どうせ調理するのはヴルドの領地の民任せであるから心配いらない。そこそこ強い。
・軍鶏:比較的弱いが、年に2人くらいは目を抉られる。油断しなきゃ勝てる。
●舞台
ヴルド領の小都市。町全体で、鉄帝民と食材の果たし合いが行われている。
●料理
大体は味も素っ気もない焼き料理になる。自分で調理しても良いし、振舞っても良い。
●プレイング書式
1行目 同行者または参加タグ(1人参加とか単一参加者のタグとかは無いと助かります。3人以上とかの場合は希望がなければ任意に食材振り分けを行います)
2行目 アドリブの可否と程度、絡みの可否、肉体美言語(OPのヴルドのあれ)の要否
3行目 相手食材
4行目以降 プレイング
という感じでお願いします。記述内容がなければ、行詰め推奨。
脳筋推奨。よろしくお願いします。
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