シナリオ詳細
遊楽伯爵の矢文
オープニング
●
レガド・イルシオン南西部。
静かな森の入口に、広大な領土を有するバルツァーレク伯爵の屋敷が佇んでいる。
白亜の秀麗な建物を取り囲む瑞々しい緑と花々は、おとぎ話の中にある美を抱いている。
新緑が香る広々としたバルコニーに佇む美貌の貴公子は幻想が誇る三大貴族の一人とされる男性。
バルツァーレク伯ガブリエルその人である。
権謀術数渦巻く宮廷サロンに張り巡らされた悪意、その網を巧みに掻い潜り。
人々の生活、そしてこの国の行く末を憂い、着実に改善する様は模範的な権力者とすら言えるだろう。
ただ一つ。徹底的に覇気に欠けるという悪癖こそあれど。
それもまた彼のような人物が、この国の貴族として生きる術なのかも知れず――
彼こそが幻想最後の防波堤。決して失脚の赦されぬ身の上なのだから。
●
バルツァーレク伯爵からギルドローレットへと、一通の手紙が届いたのは今朝。
それもつい今しがたの事だった。
通常この国で手紙と言えば、送り出してから届けられるまでにかなりの時間を要するものである。
手紙は集積、回収され、振り分けられる。荷馬車に詰め込んで都市間を移動する。
そうしてまた逆回りに個々の家々へと配られるのがおおよその所だろう。
こうしたシステムそのものは極めて高度であったとしても、距離的な制約が突破出来ている訳ではない。
例えばよりコストをかけて二十四時間体制で早馬を繋いだとして。それでも情報の伝達速度というものにはどうしても限界があるという訳だ。
これが伝書バト、あるいは魔術ならば、と。この辺りでやめておこう。
ともかく――
この日。ローレットに集まるイレギュラーズ達の目の前に現れたのは、燦然と光り輝く一羽の鷹だ。
褒美の生肉を啄む様子こそ、ただの猛禽と変わりないのであろうが。
その片足にはしなやかな金色の雌鹿を表すバルツァーレク家紋のリングがはめられている。
そしてもう片足には緑白色に煌く光のリングが、その光を徐々に弱めつつあった。
光の源はアーティファクト『エメラルドウィング』と言う。それこそがこの伝令鳥を尋常ならざる速度での飛翔を可能としたのである。
城下はと言えば、今朝から色々な話でもちきりらしい。
サーカスは悪い奴だった、とか。
国王陛下が突然、民衆の為になりそうなことをやった、とか。
もちろんこの『遊楽伯爵の矢文が飛んだ』というのもその一つだ。
何しろ『この矢文』は派手である。こんなものは緊急事態や戦で利用されるべき手段だろう。
第一アーティファクトを奪われる等のリスクもある上、そもそも物理的に目立ちすぎる。
大貴族きっての穏健派――と言えば聞こえは良いが。要するに臆病な日和見主義者であるバルツァーレク伯が、そんな大それたことを軽々しく実行することは、まず間違いなくあり得ない。
絶対にやらないであろうことをあえて行ったということは、その行い自体が強烈な政治的メッセージを帯びしまうという事に繋がる。
当然ながらそんなことは誰も彼も承知の上だろう。
これは要するに「幻想三大貴族が一人バルツァーレク伯爵は、ローレットの行為を承認する」という力強い宣言そのものなのである。
「――と。オレは見るかな」
そう述べた『黒猫の』ショウ(p3n000005)は、鷹の頬を指で撫でてやっている。
「見るもなにも、そうでしかねえだろ」
「やっぱり?」
イレギュラーズの相槌にショウが指で頬を掻く。
「それって、つまり」
何かに思い至った『駆け出し冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)に、イレギュラーズの一人が「そういうこと」と頷いた。
切っ掛けはイレギュラーズ達が幻想の民衆、三大貴族、その他貴族諸派。何より国王の説得に成功したからなのだろう。
その結果――民衆と貴族。三大貴族や国王が歩調を合わせるなど、この国では考えられない状況だ。
既に動いている者達は、この動きに更なる手を打つことになるだろう。
協力するとは述べたものの具体的な行動を起こしていない者達も、これで否応なしに背を押されることになる。
未だ鈍感に過ぎる人々さえも、これで動き出してくれることだろう。
直接的であるにせよ、間接的であるにせよ、全てローレットの助けとなるに違いない。
これは幻想蜂起から以降の短い期間で偉業を成し遂げたイレギュラーズ達に向け、バルツァーレク伯がくれた押しの一矢だ。
ここは素直に感謝でもしておこうか。
「それで内容は?」
当然の疑問であるが。
「最大でこのぐらいの人数を……食事に招待したいってさ」
「はぁ」
伯爵領で彼の催しに参加するのは、なにも初めての経験ではない。
去年の夏の終わり頃には食の祭典。今年になって噴水でチョコフォンデュなんてこともあったのだから。
「伯爵の。本邸か」
「そうなるね」
まあ実際の所、内容などどうでもよいのだろう。
伯爵にとっては直接的に懇意であることを示す政治的駆け引きなのだろうから。
人数は切っておく所も、伯爵なりのバランスのとり方なのかもしれない。
「しかし、メシねえ」
突如降って湧いた一泊二日のお泊り会である。
「美食で知られる伯爵の事だから、楽しめるんじゃないかな」
まあ。それはそうなのであろう。
こんな国の中で、まず間違いなく彼は『稀有な善人貴族』である。その歓待は色々な意味で心地よい筈だ。
「それにしてもあれだけのことを言ったってんなら、これで終わりな訳がないよな」
イレギュラーズの一人が呟いた。
ローレットの冒険者達が伯爵の説得――ノーブル・レバレッジ――に赴いた時、語ったという言葉は重かったらしい。
そも軽々しく口外出来る内容ではなく、その決意は尋常ではなかったと聞き及んでいる。
だから今回の食事会は、ここから走り出す為の、ある種の決起集会のようなものなのだろう。
ならば。
「しゃーねえな。んじゃ景気よく行っとくか!」
「そうね」
戸惑うような表情をしていたアルテナがイレギュラーズに微笑む。いつもの顔だ。
「消えたサーカスの尻尾を掴んで引きずり出す為に、ね」
「おっ、そうだな」
何事も切り替えは肝心だ。
「お土産は、そうだね。お酒の品ぞろえの情報なんてどうかな」
「まあ」
ショウの軽口にイレギュラーは曖昧な返事を一つ。
その間に情報でも集めてくれる心算なのだろう。いずれにせよ一拍の間ではあろうから。
いやしかし。なんぼなんでも突然剛毅に動いてくれたもので。
かの伯爵。美食が関わると人が変わるという噂は。
流石に。まさか――ね。
- 遊楽伯爵の矢文完了
- GM名pipi
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2018年06月16日 21時05分
- 参加人数100/100人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 100 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(100人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
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この日、リア達ローレットのイレギュラーズは、かの幻想大貴族『遊楽伯爵』ガブリエルの食事会に招かれている。
もちろんイレギュラーズだけの為に用意された催しだ。
「うわぁ」
一度目は、ほんの僅かに茫然と。
「うわぁ~……!」
二度目は楽し気に瞳を輝かせ。
目の前には、まさに色とりどりの料理の山が並んでいるのだ。
姿を見せた伯爵はと言えば。
「言葉は不要ですよね。冷めないうちにご自由にお取りになってお楽しみ下さい」
などと言い放ち、料理を自分の皿に盛りつけ始めた。
幻想蜂起からノーブル・レバレッジへ。
一連の流れの中で伯爵が見せた態度はなかなかの姿で、彼が顔だけの男ではないことをリアに強く印象付けたようだった。
ともあれ硬い話は抜きにして。
いっそ伯爵を食べたくなった――等という冗談を伯爵は笑ってくれたから。
「さて。ご飯っすね。いただきまっす」
派手な料理が眼をひくが。ヴェノムが手にしたのは伯爵家の味。ベースとなるコンソメスープだ。
不味くない料理を作るのは容易いが、美味くするのは難しい。
シンプルな汁物は特に。
物を言うのは材料。調味料の量。煮込む時間。試行錯誤の積み重ねのみ。
その点。一口。
これは文句なく美味い。
「この度はお招き頂き感謝致します」
慌てて口を拭ったリアに「そう硬くならないで下さい」と伯爵。
「もし宜しければ、芸術を貴ぶ伯爵への贈り物として如何でしょう」
興味と、食事を楽しんでほしい気持ちとの間で僅かに逡巡した伯爵であったが。
「あちらに舞台を用意させましょう」
受け入れてくれたようだ。
この国。幻想が光で満ちるような。
とびきり明るいヴァイオリンの演奏が始まった。
「いや、何というか……凄すぎだろ、これ」
イーディスの声が絢爛豪華な部屋に溶ける。眼の前の料理に涎やら腹の虫やらが反応した。
故郷では到底食べることの出来ない品々。一口頬張れば感嘆の声が漏れ出る。
「なんだこれ、めっちゃうめぇ……♪」
碧眼を煌めかせ蕩けるイーディスの笑顔にヘイゼルは声を掛けた。
「どんな味ですか?」
美食家たる大貴族からのお招きとあらば、品数も豊富だろうと踏んでいたが圧倒的な多様さと珍しさに狙っていた全品制覇は難しいだろうか。一人ならば不可能なのかもしれない。
しかして、見渡せば沢山のイレギュラーズがこの邸宅にいるではないか。
「ほっぺが蕩けそうとは、良くいったもんだよなぁ。うん」
「なるほど、美味しそうですね」
イーディスが食べている料理を更に盛って適当な席に腰を下ろしたヘイゼルの前をグレイルが通り過ぎていく。手にはチキンの串焼きとラムステーキ。
「……一応……狼だし……肉食だし」
少し不安げな表情で遠慮がちに肉を頬張る姿は何処か愛らしく。
「うわぁぁぁぁ……こいつぁすげぇ!!!」
割と近くで聞こえた零の声にビクリと肩を震わせる白狼獣人。
スープに肉、パンや米。野菜に魚介と目を輝かせる零は適当に更に盛り付け、空いていたグレイルのテーブルに着席した。心なしか癒やされる気がする。
「あー、生き返る……満腹感ってやっぱ大事だよな」
貧乏とは時に残酷なものである。
「チョコレートのシフォン……」
「おお、俺も頂こうかな」
小さく頷いたグレイルに続いて零も立ち上がった。
ウィリアムは並べられた料理を順序よく口に含み、舌鼓を打つ。
鴨肉の野性味が感じられる独特の風味と爽やかな香りが鼻腔を擽る柑橘ソースは見事な味わいで。自家製で再現するのも悪くないだろう。
しかして、折角の機会である。
豪快に行ってみたいと思うのは人の性。
パンに!
チーズと!
肉を挟んで!
齧り付いた味は美味しくて。生きている事を実感できる。
普段は見せられない一面に開放感がにじんでいた。
豪華な食事を前にして、クロジンテやアリス達も感嘆していた。
「おつおつおー」
「あ。お久しぶり」
「久方ぶりー」
気軽な挨拶をかわすクロジンデとアルテナには、戦友同士故の気さくさを感じる。
丁度幻想蜂起の時以来だろうか。
あの大立ち回りも、その後の快進撃に繋がっているのだ。
「えっと、アルテナさんだよね?」
「うんうん」
「えへへ、良かった」
美味しいものを食べるならだれかと一緒が楽しいものだ。
「もし良かったらこれから仲良くしてもらえると嬉しいですっ!」
「もちろんこちらこそっ!」
楽し気なアリス達が囲んだ卓には、たくさんの料理が並んでいた。
「今日はいっぱい食べていこー」
彼女達の仕事はここからが本番。こうして英気を養うのだ。
●
お庭の薔薇が良く見えるテラスの一角で。
クラリーチェ等【ねこごはん】の面々がテーブルを囲んでいた。
「テーブルマナー? えっ」
鶏肉に齧り付いていた手を止めて顔を上げたルル家。
頭を抱える竜胆は深くため息を吐く。余程の事がなければ文句等言いたくもあるまい。
しかし、だ。
「なにをふぁへへもほいひいへふへ!」
ルル家が喋っているが。何を言っているか分からない。
「口に物を入れてしゃべらない……ルル家は大人しくしなさいよ、本当に」
胃の辺りが若干痛む気がする竜胆。
そんな二人のやり取りを優しい瞳で見つめるクラリーチェは、目の前のお造りに首を傾げる。
「おつくり?」
新鮮な生魚を美味しく頂くお造りは内地ではあまり食べることが出来ない逸品だろう。
「えっ、これお刺身ですよね!? お刺身だー!」
唯花は故郷で食べたあの味に懐かしさを覚えはしゃぐ。
「んぐ……ぷはぁ。何を食べても美味しいですね!」
さっきのはそれを言いたかったのかとクラリーチェが微笑んだ。
「お刺身!拙者知ってますよ!」
ルル家の説明に頷くクラリーチェ。小皿に黒いタレを落として、側にあった緑のペーストも必要だろうか。沢山の方がいいかもしれない。きっとそうだとルル家とクラリーチェは乗せる。緑を乗せる。
「あっ、わさびは入れすぎたら……」
「パクっと……あふぅん!」
「ふぁ??」
鼻に突き抜けるワサビの辛さに身悶える二人。
「……って遅かったー!!!」
水をごくごくと飲み干し一息ついたクラリーチェは勉強になったと涙を浮かべた。
「それにしても、このタルト美味しいわね」
竜胆はスプーンですくったタルトを頬張り笑みを零す。支払いは気にしなくていいのだから思う存分楽しみたい。
四人は命名にデザートを堪能するのだった。
●
「はわわ……量が、量が多いのです」
シルフォイデアの声にイリスが頷く。
「この刺身……」
渡りオサシミではない。青い海を泳ぐ魚。それも新鮮な内に調理してある事が容易に分かる。岩牡蠣の様な高級品まであるなんて、とイリスは目を輝かせた。
コンソメスープを一掬いしたシルフォイデアは小さく呟く。
「伯爵家の味、なるほど」
「気に入って貰えたでしょうか」
二人のテーブルにガブリエルがやってくる。
「料理はとてもおいしかったです」
「それは良かったです」
イリスとシルフォイデアは伯爵の顔を見上げた。伝えたい言葉は沢山あるけれど。
「これからが大変だと思いますけど、頑張りましょう」
「はい、みんなが幸せになる結末が迎えられるなら、それが一番いいのです」
頑張ると紡ぐ二人の頼もしい決意にガブリエルは優しく微笑む。
「席は窓際で庭が見える所にしようか」
マルクの声にサクラとスティアは笑顔をこぼす。
【宿り木】の三人は薔薇が良く見えるテラス席へ歩を進めた。
ガブリエルのオススメはホタテのクリームクロケットだろうか。
手にはラムステーキ、ローストビーフ岩牡蠣、ロブスターを抱えてスティアは席についた。
テーブルにはサクラが選んだサラダにスープ、ムニエルも並ぶ。
「この魚の切り身、生なのにすごく美味しい……!」
お造りに手をつけたマルクは蕩ける魚に目を伏せる。
「う~ん、美味しい! ほっぺたが落ちちゃいそう!」
続くサクラの声も感嘆に満ちていて。
二人の為に少しずつ料理を取り分けていたスティアはマルクがロブスターに手を掛けるのに合わせて頷いた。
「私は食べた事ないし、ロブスターが良いかな」
「ロブスター、こんなに大きいのは初めてだ」
殻の中にみっちり詰まった肉を見ただけで美味しいであろう事が分かる。これは楽しみであろう。
皆の料理をちょっとずつ交換して食べるというのは楽しく、それだけで満ち足りた空間へと相成るのだ。
デザートは何を選ぼうか。チョコレートのシフォンかグレープフルーツのタルトか。
会話は弾み、尽きない笑顔に――
●
「一緒に座っていいですか?」
お皿を抱えたココルが絵里に尋ねた。
「ふえ? この席ですか?」
混みあっている場所だが、それで良ければ。
自己紹介を終えた二人。
「あれ? 違うのですか?」
可愛らしい兎耳を見て、てっきり兎の獣種かと思ったココルであったが。
「あ、確かに継ぎ目があるのです!」
しかし鉄騎種でもなく。
「あ、この世界だと旅人、だったのです」
人でありながら異能者に目覚めた過去のことは遠い記憶の彼方に――
様々な糸が紡がれる中で。まずは新たな友情を記念して、和やかな食事を楽しもう。
「……そうですね」
ロズウェルはコンソメにキッシュ、クロケットと黒パン。それからフレッシュなジュースを頂くつもりらしい。
「コルザさんはどうされます?」
「僕は、そうだね」
問われたコルザはサラダをムニエルを選びつつ。
男の子は大量に食べるものだと、コルザはお皿を少し持ってやったり等。
着席したらさっそく食事だ。
パリパリのサラダは瑞々しく爽やかで。
キッシュの中。粗挽きのソーセージを噛めば溢れた肉汁がほうれん草とよく絡む。
「実はお話がありまして……」
そう改まられればコルザの姿勢も伸びる。
「なんだろう」
「今度、達成の難しい依頼に臨む事になりました」
血潮の街のアリス。難度が高いとされる依頼だ。
だがコルザは「大丈夫だよ」と答えた。
ロジカルな根拠ではない。
不安を抱えながらも、きちんと進んで行こうと前を見る者を、神はきちんと見守っていると伝える。
だから恐れずに向かうべきだ。
「有り難う御座います」
恰好よい所を見せたいと考えていたロズウェル。返せたのが笑顔ならそれも良いことかもしれない。
天音とジルはガブリエルに感謝を述べた後、料理を楽しんでいた。
二人が選ぶのは魚介がメインだろうか。
「……ん? これは、生魚の切り身っすか?」
海に面したバルツァーレク領内には新鮮な海の幸が入ってくるのだろう。
醤油を付けて食んだジルが破顔する。
「これは身が引き締まってて、美味いっす!」
「まぁ。お造り。いいですね。私もすきです」
ジルの笑顔にイサキのポワレを食べていた天音も微笑んだ。
刺身はこの幻想国において、おいそれと内地で食べれるものではない。
港町に行くか、あるいは特別な何かが必要だろう。
「嬉しい限り。いただきます」
「天音さんも魚料理が好きっすか?」
こくこく頷く天音に良さそうな料理を聞けば。
「先ほど食べたイサキのポワレはとてもおいしかったですよ」
なんて返事が帰ってきて、ジルはお目当ての魚介へと歩き出した。
●
リアの可愛らしい一礼に万雷の拍手が降り注ぐ頃。
テラスから視線を落とせば、そこには広大な庭園が広がっている。
ふわりと風に乗る香りは、新緑を鮮やかに彩る薔薇だ。
「酒を飲んで浮かれてるのは良いが――」
庭に連れられたクロバ。ほろ酔いのルーミニスは少しテンションが高いようで。
「――あまり強く引っ張るなお前は!?」
こうして庭の庭の奥に踏み込めば鮮烈な印象から、落ち着いた懐深さに変わる様が。まるでどこかクロバ自身を思わせる気もするが。それは第三者の余談か。
さておき。
「綺麗な花が沢山咲いてる庭を見ると、前に読んだお姫様とかの物語を思い出すわねぇ」
淑やかなだけの夢物語が性に合う訳ではないが、そんな雰囲気を感じるのは楽しいものだ。
「クロバは好きな物語とかってないの?」
ふと零れる言の葉。
例えば自分が主人公になったとしたら、どんな物語を歩みたいのか。
ルーミニスは以前述べた通りに、誰も成し遂げた事の無い冒険譚が好みだと改めて告げる。実に白銀の剣士たる彼女らしい。
「好きな物語? ……まぁ、小さいころは漫画を読んでた時期もあったが」
受け取った酒を手に、曖昧な色彩の花に視線を送る。
……大事な誰かを護れる、ヒーローの物語とか、な。
呟きはただ初夏の微かな風に溶け。
悪夢喰らいの死神は酒を一口だけ呷った。
「おお、なんと美しい庭園なんだ!」
クリスティアンは感激したように声を上げた。
広がる薔薇色に故郷を思い出し感傷が胸を鳴らす。
手入れの行き届いた薔薇に庭師の腕を確信して。
「真っ赤なバラは僕によく似合う……」
美しく輝く薔薇とクリスティアンの端整な顔立ちがお互いを引き立てていた。
フェスタは美しい庭園を歩きながら「お散歩メモ」を開いた。
星空と雲が表紙に書かれた小さなノートはどんな物語を紡いでいるのだろうか。
「すごく綺麗なバラ……ん、良い香り~」
オレンジ色の薔薇に顔を近づけて仄かな香りを堪能する。
奥に続く道を見つけて、走り込みそうにうなったのに気がついて。
「っと、いけないいけない」
今日は穏やかな庭園を楽しむと決めたのだから。
「素敵なレディご一緒してよろしいかな?」
フェスタが声に顔をあげるとクリスティアンが薔薇を片手にかしづいていて――
予想外の事態にちょっと驚いたフェスタなのであった。
庭の奥には驚くほど質素なベンチがいくつかある。
貴族にとっては邸宅、その調度一つさえ政治的意味を持つが。
リースリットは思案する。
ここは豪奢さより落ち着きが感じ取れる。おそらく伯爵当人が好きな場所なのだろう。
「お初にお目にかかります」
挨拶をかわし。しばしの談笑。この素敵な庭は趣味なのかと問う。
「ええ」
元は祖母の嗜みだったと率直な肯定が返る。美を貴ぶ彼らしい。
「失礼。お邪魔をしても?」
アレフの問い。手記を手繰る伯爵は「このような場所でよろしければ」と答えた。
「普段から伯爵は読書をよくされるのですか」
「時間さえ許すなら。本はお好きですか?」
「私はこの世界に呼び出されてからは」
アレフは答える。
「この世界の事を知る為に本を読んで知識を仕入れていますよ」
今後も良い関係を築く為に旅人が欲する情報だ。
なるほどと伯爵。それならば練達の書物だろうか。
●
「こないだの王様説得の件では見くびっているような事を言ってすまなかったな」
リーゼルが述べたのはノーブル・レバレッジでの一件だ。
伯爵に本心を吐き出させたリーゼル等の功績が、今に繋がっている。
それがリーゼルにとって伯爵を見直す切っ掛けともなったのだろう。
オススメの肉料理を訪ねれば、チキンの串焼きと答える伯爵。意外と素朴なものだ。
それから大切なこと。嬢ではないとちくり。
「これは、失礼しました」
多様な花々を、牛王は石楠花に例えた。
「『薔薇』というのですか」
薔薇は薔薇でも。モダンローズ、オールドローズ、ワイルドローズといった区分。更にはそれぞれが名を持ち、細分化されていると言う。
それは『人』としての歴が浅い牛王にとっては、興味深く新鮮なことだった。
「一本、頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろん。後ほど包ませましょう」
新鮮な美を小屋に飾っておきたかった。なによりその感情を噛み締めたいのだ。
ひっそりとしたオールドローズの裏庭で。
「お天気晴れて良かったですね」
可愛らしいセレネがライセルを見上げ。
「お外を歩くにはちょうど良いです」
六月初旬の快晴は貴重なもので、ふわりとした少女はいつもより少しだけ気配が弾んでいる。
「この子は何ていうお名前なのですか?」
「それはね、プラムグレイかな」
ではこっちの雪あかりは。
「白くて雪みたいに可愛い……まるでセレネちゃんみたいだ」
「そ、そんなことないです!」
主張通りに。白い頬は桜色に染まってしまったから。
そんな様子にライセルは微笑み一つ。
けれど今日の二人の目的は――
「見つかってしまいましたか」
とは『青い』薔薇を見つめていた伯爵だ。
「色水を吸わせた遊びなんです」
不可能を可能にすることこそ、人の業と言えるのかもしれない。
結局求めていたものとは違ったけれど。
現在の不可能は未来という存在を暗示させ。
俺達みたいだと。小さな言葉は風に揺れる花々が隠し。
ブーケはゆったりとした足取りで庭を散策していた。賑やかな所は嫌いではないけれど。
儚い青年は上品かつ高雅な庭を好むのだろう。
丁寧に作り込まれた庭のむせ返る薔薇の香りに酔いしれてみたけれど、何処か華美すぎるその情景に貴族の見ている世界は自分には合わないのだと目を伏せた。
その横を犬に乗って走り抜けるリリー。風の如く駆けていく小人を見送ってブーケは踵を返す。
「どこかにはしりまわれるところはないかな?」
前から歩いてきたLumiliaに問いかけるリリー。奥の方に開けた所があったと伝えてLumiliaは歩き出した。
くるりくるりと庭を、花を愛でているLumiliaの姿は可憐で。それだけで絵になるのだろう。
ガブリエルがベンチに座って読書をしているのを遠くから見守って。
彼が好きな花はどんなものだろうかと微笑んで使用人に声をかけた。
●
「わぁ! 凄いお庭だなぁ」
焔の声が庭園に響く。母親が育てていた花たちは知っているが、大貴族ともなれば規模が桁違いだ。これだけの花達を管理するのは苦労するだろう。
庭師が手入れをしている所へ行って綺麗に見せるコツを聞いてみる焔。
「最近お花を育てるのに興味が出てきたんだよね」
近くにいたアレクシアも加わって二人で花を育てる時の注意点等を教わる。
「それにしても綺麗なバラだなあ……」
アレクシアが小さく呟いた言葉に焔が頷く。
「バラってお花はボクのいた世界にはなかったからちょっと新鮮かも」
「どんな花があったのかな? よかったら教えてほしいな」
「そうですね。私も興味があります」
庭師も加わって。花言葉やその花に纏わる話。焔とアレクシアはこの庭園で、薔薇を通じて同じ時間を共有していた。
ほんの一刻にも満たない時間であったけれど。
――きっと、こんな出会いも悪くない。
「真っ赤な薔薇がいっぱいだぁ……! ロマンチック~~!」
カシミアは薄緑の髪を揺らして優しい笑顔を零す。
庭を見に来て正解だった。花達との対話も散歩も大好きだから。それに――
眼の前に広がる赤色のビロード。芳しい香りに頬が染まる。
こんなに薔薇があれば百の薔薇を送ることも可能だろうか。
歩き疲れたらシャビーなベンチで一休み。手に感じる木の温もりは心地良い。
頑張って庭を作ろうかと未来に馳せる。
●
時刻は昼をだいぶ過ぎたが、美食家で知られる伯爵の渾身の持て成しは終わらない。
沢山の豪華料理が新しく並ぶ中、ユーリエ達を惹きつけたのは【スウィーツパラダイス】である。
いつもユーリエの隣が指定席。吸血鬼――というより夜想の吸血姫めいたエリザベートは普通の食事はそれほど嗜まない。
だが甘いという味は嫌いではなく。鮮血のような赤ワインと普通の食事も合わせて、少しずつなら楽しめそうだ。
しかしスイーツは別腹という言葉もあるが、目の前の皆は正にその言葉通りの量が用意されているように見えて――
こうして沢山のケーキに囲まれているセリカ達スウィパラの面々。
「こんなにスイーツたっぷりいただけちゃうのは初めてだよ……」
口いっぱいにとろけるフレッシュな果物。甘いクリーム。香ばしい生地。
思わずため息がこぼれてしまう。
炭酸とジュースを混ぜてもらい、フルーツソーダにしてみたり。
「……んんーっ!」
甘さと刺激の調和にたまらず声が出てしまう。
あのねあのね。
沢山の甘い物が食べられると心を伝える彼か彼女か。
「ふふっ。それはそれは」
『とってもとっても素敵だわ!』
レオンとカルラ。レオン・カルラ。一人で二人で三人で。
『きらきらした場所で』
「一時の甘い夢を一緒に見ようよ」
沢山のケーキを山盛りに。
町の食堂ではたまに食事するニーニアだが、貴族の食卓は初めてで。
こんな機会はないから食べためてしまおう。
交換なんかもしたりして。
周りを見て、ちょっぴり上品に。
だけどだけど。レオンとカルラは辺りを見回し。チーズケーキがどうにもなくて。
「こうなったら」
伯爵にお願いだと立ち上がるユーリエだって、伯爵家の苺ケーキが食べてみたい。
ユーリエと言えば苺ケーキ! とは言いすぎかもしれないが、苺ケーキと言えばユーリエではなかろうか。
という訳で三品目の直談判である。
チーズケーキは二時間程で。苺のタルトとケーキは旬こそ過ぎているがすぐに用意出来るということで、楽しみな限りの一行であった。
●
雪之丞はガブリエルの元へ。
「伯爵様は、緑茶。中でも、抹茶をご存知でしょうか」
幻想国では茶といえば紅茶が主流であろう。
「抹茶ですか……」
緑茶は珍しいがこの邸宅にも――なぜか遠国『深緑』の逸品の――用意があるようだ。
「友人に、抹茶を点てる約束をしましたので」
そこから作ってしまうことも出来るだろう。
茶菓子は夏ならば葛餅を合わせて頂けば。
「至急確認させましょう」
美食の気配に伯爵の瞳が煌いた。
折角の機会だからとMorguxは並べられた料理を吟味していた。
肉は避けて、魚は先日食べたから。デザートへと視線を移す。
「……ここはデザートでいいか」
パイやタルトを皿に盛り付けて、飲み物は苦いコーヒーだろう。甘さと苦さの調和がお互いの魅力を引き立てる。
パイを頬張るMorguxの後ろを歩いて行くのはアズライールだ。
「お肉やサラダももちろんですが……、やはり最初に行くべきは」
デザートなのだろう。大事なことである。タルトにケーキ。パイを次々に取っていき。
最初はグレープフルーツのタルト。駆け抜ける酸味と生地の甘さが絶妙である。
流石は美食家である遊楽伯爵といったところだろう。
「また新たなデザートの扉を開いた気がします」
スイーツに心踊らせるのはゲオルグとて同じ事。綻んだ顔には笑みが溢れていた。
様々なデザートに目移りするも、本命はチョコレートのシフォンだろう。
たっぷりの生クリームに木苺のジャム。コロンと添えられたラズベリー。
舌を転がる生地はカカオの風味で蕩けて味わい深く濃厚。
「……なんと幸せなのだろう」
染み染みと呟く男はふと気づいた様に、羊のジークを呼び出す。
楽しい時間は共に過すのが一番だから。
エスラはデザートを『バランス良く』取ってきていた。
そう、食が偏っているなどと誰が彼女に言えようか。飲み物だって色々な種類を飲んでいるのだから。
エスラが傾けた白いカクテルは紫の花が添えられて、甘酸っぱさとまろやかさが口の中で遊ぶ。
政治的な事は得意ではないから、伯爵へと掛ける言葉は無いけれど。
この場では思う存分楽しむ事こそが、きっと最大の友好であろう。
伯爵との繋がりを得ようと来てみたリュグナートことリューではあったが。
目を奪われるのはやはり、見事な料理だろう。
「アマリリス様、今日はご一緒頂き感謝申し上げます」
「はうっ、そんなかしこまらないで! リュグナートさま!」
お互いどこか格式張ってしまうのは、生まれ育ちの所以だろうか。
サーカスへ向けた幻想の檻が狭まる中で、こんなにだらけてよいものかとアマリリスは生真面目に考えてしまうが。そんなことを考えては失礼故。今日は騎士ではなく女の子として。楽しむ努力。楽しむ努力と。
そんな彼女に向けて、常在戦場という言葉もあるが、やはりメリハリが大事だとリューは説く。
ここは羽を伸ばして。
「アマリリス様は今宵は甘やされて頂くのがこの後の職務で御座います」
「えっ、甘やかされるのですか!?」
それが命令ならば、と。なかなか難しい様子は微笑ましくもあるが。
さて。少しずついろいろなものを。せっかくなので半分にして。
シフォンもタルトも。
先ほど焼きあがったらしい苺のケーキが遠くのテーブルで盛り上がっているとかで、それも一つ。
あとは紅茶だろうか。
なにより話すのが楽しくて。
●
傾いた初夏の日差しが過ぎ去り。夕刻。
狐耶は豪華な料理を前に目を伏せた。贅沢とは敵である。
そう敵は倒さなければならぬとは母の教え。
つまり
「――殲滅です」
けしからんと肉を取り、肉を取り、肉を取り。
そして、一気に突っ込む。
「ンマーイ」
これはもう徹底的に殲滅であるだろう。他人のお金で食べる肉最高。
しかして、あくまで優雅に。がっついてはいけない。
敵性戦力の名は肉。
ここで伝家の宝刀パンドラ使用を発動!
しかし脂肪判定回避ならず、か――
「年代物の葡萄酒とたっぷりの料理!」
楽しげな声を上げるマルベート。召喚される前には沢山の瓶を空にしたものだが。
昨今の財布事情は厳しい。
であるから――こんな機会を逃す筈もなく。
ロゼのヴィンテージの酸味が肉の旨味を引き立てて。
黒い尾が優雅に、何処か嬉しげに揺れた。
ゆっくりと、けれど止まることのない食事。
「さあ、もっと楽しませてもらおうか」
獣を内包した気高き悪魔の終わりのない晩餐は続く。
ムスティスラーフは見たことも無い沢山の料理に目を輝かせる。
美食家たる遊楽伯爵があつめただけあってどれも美味しそうで。目指すはやはり全食制覇か。
一口食んで。
目をかっぴろげ。
口元に収束する光。
鈴のような音色と共に地上を一条。刹那の閃光が走り――すべてが黄金に染まる。
割ける大地。飛び出す地鶏が羽ばたき。虹色に輝く果物がキラキラと散華する。
「うーまーいーぞー!!!」
次々と口の中に運ばれる料理。
溢れ出る肉汁!
弾け飛ぶ衣装!
迸る肉体!
●
「嗚呼、まるで」
天使が舞い降りて来るヴィジョンが見える。――ここが天国か。楽園か。
食べ終わったら料理に感謝をして。
テーブルを【蒼翼】の四人が囲んでいた。
「うーん流石、金掛けてるなあ」
絢爛豪華な料理に目を見張るルーキスはローストビーフを摘みながら隣のルナールに呟く。
少し落ち着かなさそうな彼の表情が次第に解れていくのを見て、安心したようにテーブルへと視線を戻せばローストビーフはテラのお腹に収まっていた。
「キミその小さい身体の何処に入ってるの」
「食事は全部活動用、魔力行き」
テラの淡々とした声。鈴音はせっせとテラの皿に料理を盛り付けていく。
「はーい♪ テラちゃん、おかわりですの~♪」
忙しくも楽しげな鈴音の声にルナールとルーキスは微笑んだ。
「ワインがあったぞ、これは美味いはず」
年代物のワインを見つけてきたルナールはルーキスにグラスを渡す。
ボルドーの流れが口を満たせば、濃厚な香りが広がった。
「わーこっちも上物だ、大盤振る舞いだね。ところで……」
小食な相方にきちんと食べているのかと問えば。こういう席では酒の方が進むとの答え。
勿論、彼の志向は知っているのだろう。ならば返る言葉はもしかすると予測出来るのだとしても。
それは連れ添う者達が繰り返し続けるのであろう、睦まじき永遠の営みか――
「ねー、お兄さん」
『おうあんたは初めてか、俺様はマリスだ。ヒヒヒ覚えとけよ』
「ふにゃ?! テラちゃんじゃなくて、マリスちゃん……ふぇ?!」
デザートの皿を手に混乱して尻尾を膨らませる鈴音。
同じ声ではあるが口調の荒いマリスに戸惑いながらも突撃する鈴音の勇気には感服するばかりである。
「……うー、猫は度胸と愛嬌ですぅ! マリスちゃん一緒に甘いの食べましょう!」
だって、テラの事もマリスの事もこれから知って行きたいから。
『実に広い』
ズットッドは邸宅の広場を見上げていた。
満たされた心の背負った物語。食事の時の仕草、食材への敬意。
注意深く観察すれば、どう生きてきたのかを垣間見ることが出来るだろう。
「……ねえ、ラヂオをお持ちの紳士様?」
エトの声にズットッドが振り向く。
『ご機嫌よう、麗しきレディ』
ドレスの端をつまんで名乗ったエトに、ズットッドも腰を折って。
綺羅びやかな料理の先に何を見つめていたのか。不思議な魅力に引き寄せられてつい声を掛けてしまったのだと少女は微笑んだ。
『食べることは素敵なことだからー』『見詰めるのも吝かではない』
受信機から流れる声に青年を見上げるエト。
「わたくし、貴方の事が知りたいわ。良ければ一緒に食事でも如何かしら?」
『私がレディを楽しませられるかは分からんが』
エトと同じ蕩けた瞳色のサクランボのパイを用意すれば。
嬉しげな声と小さな笑みが、其処にはあって――
「やあやあ、アルテナ君」
「こんにちはっ」
竜也はアルテナを誘ってみたが。
「一緒に食事でもどうかな?」
「お庭に見とれちゃって。丁度おなかぺこぺこだったの。みんなも一緒にどう?」
「もちろん」
一人より二人。二人よりみんな、と。
二人の意思は一致して。
物語を集めると意気込む四音もソフトドリンクを片手に席に座る。
「さあさあ、駆け出しと言っても、結構な長さで冒険者やっていらっしゃるんでしょう?」
「実は……冒険者って言えるのは皆より二か月ぐらい長いだけなの」
ペット探しで用水路に落ちて死を覚悟したなど。他愛もない談笑しながらの食事が続く。
「シェフを呼んでくれたまえ! 礼を言いたい!」
竜也に呼ばれたシェフもうれしそうであった。
お造りにポテトフライ、チキンの串焼き、そら豆のスープ。
ほんのりと異国情緒が香る卓を囲むのはシキとティミことリリーの二人だ。
首元には港町で買ったペアのペンダント。シキはアクアマリン、リリーはガーネットで、向かい合う互いの瞳を映しているようで美しい。
沢山の料理も少しずつ分ければ色々食べられる。
串焼きを頬張れば丁寧に焼き上げた鶏肉の旨味を、リーキのアクセントが引き立てている。
たっぷり食べたら別腹のデザート。
「こっちのも食べてみますか?」
カスタードの香りが豊かなプリンをひとさじ。
「……おいしいです」
濃厚な甘みにカラメルのエスプリが効いている。
「……じゃあ……お返しに、どうぞ」
しっとり滑らかな舌触りのふんわりシフォン。
「ふふ、こっちも美味しいですね」
焼いてくれるらしいクッキーが待ち遠しい限りだ。
こちらの大テーブルを囲むのは【虹】の面々。
「ラルフさん、暁蕾さん。お酒もより取り見取りですね」
そう述べたルチアーノはお洒落なフォーマルに身を包みウィンク一つ。早速お酌の構えだ。
「うむ、この素晴らしい料理の数々は壮観だね」
感嘆するラルフは僅かな逡巡の後、コース式でテリーヌとコンソメスープを頂く。
それから白ワイン。香り過ぎず程よい酸味が。
「粋な事だ」
酒との調和が図られている。
「――貴公もそうは思いませぬか? ガブリエル卿」
「ええ。良い腕でしょう?」
嬉しそうな伯爵。主催者が混ざるとはお茶目な事だが、逃れたい事とてあるのだろう。
お肉を食べ比べたいルチアーノの隣に座るノースポールはデザートを中心に頂く心算だ。
旨味が濃厚な鴨肉には柑橘のソース。フォーク一つでほろほろと崩れる豚肉にはマスタード。
「ポーはとても美味しそうに食べていて頬が緩むね」
香ばしい生地に包まれた甘味と酸味が口いっぱいに広がり。
「ふわぁ……ほっぺたが落ちそうです……!」
至福の表情とは正にこのことか。
「温かい紅茶のお替りはどう? 持ってくるね!」
暖かな紅茶が優しく香る。
「ルークは紅茶、ありがとね! 助かるよ~♪」
鳥串焼きにはシンプルな塩コショウと、甘辛く香ばしい不思議なソースの二種があるらしく。
「それは何のお料理ですか?」
みんなが食べている料理もおいしそうに見える。
「危険をおして魚や動物を獲った人、気候や情勢に悩まされながらも作物を育て、収穫した人。
それを野盗やモンスターの危険に晒されながらも運んだ人、そして料理し、給仕してくれた人」
この料理は伯爵と、また共に歩む名もなき人々の功績だと暁蕾が語る。
じっと聞き入る伯爵が頷いた。
「改めて思い至ります。皆さんをお招き出来て良かった」
貴族と民の強い心の繋がりこそが。このの戦いに対する最強の盾となる筈だから――
さておき。
お土産も約束してくれたようで何よりであった。
●
「親愛なる友よ」
ジョセフとオラボナは純米大吟醸 幻想と蜂蜜酒をグラスに注いだ。
語らおうと思うだけで気分は高揚するものである。
テーブルの上には酒の他にチョコレートのシフォンが乗せられていた。
――お互いの世界について。
神の導きによって管理された世界で異端者を暴き罰する責を負っていたジョセフ。
眼の前のケーキを一口。
「このような甘味も、上等な酒も、私の手が届くものでは無かった」
冒涜的で、けれど愛おしい存在とのめぐり合わせをジョセフが紡げば。
ジョセフの物語を蜂蜜酒を煽りながら聞いていたオラボナはくつくつと笑ってみせる。
「ああ。悦ばしい人間よ。舌の廻りは最良か!」
今度はオラボナの番だろうか。物語からの出自えはあるけれど、きっとこの場には些末な事。
さあ、話の続きをしよう。
先ずは――『博物館の恐怖』から。
賑やかなテラスから再び庭へ。
「綺麗な庭だな」
仲睦まじい【星芋】の二人。ポテトとリゲルは自然と手を取り歩き出す。
六月の初めの薔薇は最後の見ごろを迎え、夜目にも美しい。
自然が礼服を纏って持て成してくれているとはリゲルの談だが、言い得て妙だろう。
「こんな庭はどう感じるかい?」
聖域の樹精たる伴侶は人の手が入らないほうが好みなのかもしれないが。
「私は人の手の入った庭も好きだぞ?」
愛情を持って育てられた庭は、自然にない美しさもあるとポテト。
「どう手を入れれば一番綺麗に見えるか計算されていて、何所から見ても綺麗だ」
精霊達とて着飾りはしないが、この庭では楽しそうに聞こえる。
そんな交信を可能とし、平素は手づから畑に精を出す彼女の言葉は深い。
ふと出会った伯爵に謝辞を述べ。
天義の騎士として生を受け、魔種になったと噂される父を追うガラティーンの騎士は力を尽くすと改めて誓った。
細身の伯爵の握手は、思ったよりも力強く。
どこか申し訳なさそうだった伯爵の顔は、少しだけ嬉しそうに――
さて。
この向こうには客用の屋敷がありそろそろ身体を休める者達も居るようだ。
●
その家が本当に裕福かどうかは、風呂を見ればわかる。
――――――『湯舟の探究者』ルア=フォス=ニア
そんな持論のルアであったが。
女湯だけでも広い。めっちゃ広い。
広いだけではない。水瓶持った女神像みたいなのがあるとかヤバイ。
お湯もすごい。薔薇の花びらとか浮かんでるし。乳白色でとろみがあり凄い良い匂い。絶対お肌スベスベになる奴である。
嬉しい。
「……完璧すぎではないかのぅ?」
のぼせる直前まで堪能するつもりだ。
\パネェ/
こちらは広い湯舟に身を預けながらの黙考。
すべらかで瑞々しいシフォリィの肢体を、なめらかな白い湯と香りが優しく馴染み、包み込んでいる。
かつて貴族であった彼女だがシャワーは初めてであるようだ。
どんなものか気になる所ではあるが……両手を組んで天井へ向けた。しなやかに背を伸ばすと僅かに吐息が零れる。
今はゆっくりと時間を使って、お風呂をじっくりと堪能するつもりであった。
こちらもシャワーが初めてのヴァレットだが、さっそく使ってみたらしい。
「ひゃわわわっ!?」
シャワーヘッドから飛び出した細かなお湯が、無防備な肢体に勢いよく降り注ぐものだから大変だ。
(い、いけない……)
変な目で見られていないだろうかと頬が染まる。
ともかく、身体を洗ったら温まろう。
大浴場は知っているが、さすがにバラの花びらは初めてで。
「ふわぁ……」
暖かさと心地よさで、ついうとうとと。
静かだった浴場にも、徐々に人が集まりつつある。
これだけ広いお風呂は、実家に居た時以来だろうか。
湯に浸からぬよう結上げた髪に、華奢な身体を包み込む大きなタオルが可愛らしい。
シャワーで身体を流し、滑らないように気を付けて。いざ入浴だ。
当時は一人で寂しさを感じていたマナであったが、今日は仲間達も居るから。
暖かなお湯と気持ちに包まれて。この日ぐらいは文字通りに羽を伸ばすのだ。
「やぁ、また会ったな」
「あら、偶然ね」
湯けむり立つ湯船の縁で見知った顔を見つけた汰磨羈はミラーカに声を掛けた。
ゆったりと湯船に浸かりながら並んで談笑する二人。
「ここの飯は非常に美味しかったな」
流石、遊楽伯爵。お造りは最高だったと汰磨羈が紡ぎ。
切っただけの生魚はワイルドだとミラーカが応える。彼女の好みは焼き鳥か。リーキよりもカワの方が美味しかったと笑う。
ぱりぱり派だろうか。しっとり派だろうか――さておき。
楽しい時間に長風呂になってしまったのだろう。ミラーカが汰磨羈へと寄りかかった。
積極的だと隣を見遣るとミラーカの赤い頬。これは、もしや。
「……御主、まさかのぼせたのか?」
「別に、のぼせてないけど! 一人で立てるし……!」
やれやれと苦笑いした汰磨羈はひょいとお姫様だっこでミラーカを外へ連れ出す。
恥ずかしさと目眩で小さくしがみついていれば。
「無理をするな。ここは私に身を任せろ」
優しい声が降り注ぐのだ。
タツミは広い浴場でゆったりと身体を伸ばした。
肌に滑るミルク色のお湯と浮かんだ花は、何処か幻想的で。
豪華ながらも上品に纏められた調度品にガブリエルの美的センスが発揮されている。
「このお湯、いい香りだなぁ」
薔薇の香りは芳しく、気持ちが安らぐ。積み重なった疲労も次第に解れていくようだ。
明日はどこの戦場へ赴くやもしれぬけれど、この一時だけは湯の温かさに酔いしれてもいいだろう。
心地よさに吐息を漏らしたシラスは白い湯に浮かぶ花を掬い目を伏せる。
まるで赤い花が手を濡らす血の様で。
注がれる水音が木霊する。聞こえるのは本当に水音だけだろうか。
炎が爆ぜる中、子供の首が飛ぶ光景。
反響。雑音。幾度となく繰り返し――
「ああ……」
こびり付いた思考に頭を振ってばしゃりと後ろ向きに倒れた。
沈む体をそのままに。
全てが溶けて行けばいいと。
そう願って――
●
さて。食事と湯を楽しんだら。あとはお休みの時間だろうか。
「流石『遊楽』伯爵、気前がいいねぇ」
豪華な食事に種類の多い酒にと。この先一生出来ない様な贅沢を噛みしめる十夜。
されど賑やかすぎる場所は疲れてしまうからと早々に部屋へ入った彼は、風呂上がりの濡れた髪を拭きながら、ブランデーの瓶を手にとった。
琥珀色の流れはグラスに落ちる。グラスを傾け、窓の外――夕日に染まる庭を眺めていた。
「……ま、色々あったが」
何事もなく終わって良かったと、舌に酒を転がす。
寝転がったベッドは柔らかくて落ち着かないが、悪くはない。
だから――今日ぐらいは。
あの夢を見ないですむように願うのだ。
「んじゃま、お言葉に甘えて」
ゆっくり休ませて貰おうとめを細めたのは黒羽だ。
心地の良い寝床は時として睡眠を妨げる。そう、ふわふわの羊の上とか。
しかし、今回は人が寝るために作られた寝具である。寝心地は抜群のはず――
「眠れねぇ……」
ソファに乗り換えてみるも自宅のベッドより柔らかい感触に眉を寄せる。
「チクショーメ!」
黒羽は悲しみに暮れながら、悪態をついたのだった。
美味で腹を満たし、湯で温まる。贅沢の限りを尽くしたあとは睡眠を貪るのみ。
「控えめに言って、天国かな?」
コリーヌは真新しいシーツの感触を楽しみながら目を瞑った。
こんな生活を毎日続けられたなら。
間違いなく堕落していく自分の性格に苦笑いを浮かべ。
非日常の一時を贅沢に楽しむぐらいの方が性に合うのだろう。
コリーヌはふかふかのベッドに身を委ね。それじゃ、おやすみと夢の中へ旅立った。
●
「作戦はこうよ!」
一人、アリソンは部屋の中で意気込んでいた。
完璧な作戦遂行のためにはベッドに潜り込まなければならない。
そう、今まで体験したことの無い様なふかふかのベッドに――
「アリソンさん、先に広間を出ていましたが」
鶫は贅沢の限りを尽くした食事を堪能して、部屋に戻ってきていた。
ドアを開けて中を見渡せばこんもりと盛り上がるシーツ。
そっと捲ると赤髪の少女の姿。
鶫はくすりと微笑んで楽な格好でベッドに滑り込んだ。
「ふぁっ!? 何事!?」
慣れない肌の感触に飛び起きたアリソンは隣で眠る鶫に強硬手段を取る。
もふもふと耳と尻尾をくすぐられて瞼を開けた鶫。
そっちがその気なら――
仕返しといわんばかりに、反撃を繰り出し。子猫たちの戯れる声は静かに響く。
「大きなベッドなのじゃ!」
「ボクもー!」
華鈴と結乃は両側から大きいベッドに身を投げ出した。
二人の小さな身体を受け止め、優しく包み込む柔らかさだ。
そう、遊楽伯爵の様に。
苦言を呈した華鈴をこうして邸宅に招き入れる懐の深さを呟いて。
隣で眠そうにしている結乃にそっと近づいていく。
「結乃はもう寝るのかの?」
「まだ……」
ぽんぽんと優しく背を叩かれれば微睡みの中に沈んでいくようで。
「んー。やだ」
この夜はもうやってこないから。少しだけ我が儘を聞いてほしいのだと。
華鈴の事を聞きたいという灰色の瞳に微笑んだ。
「それなら、昔住んでた国についての話でもしようかのぅ」
何を見て。何を感じて。少しでも知りたくて。
紡がれる言葉の物語に、夜は更けて行くのだった。
●
夜は更け往き。
静かに杯を傾け軽食を楽しむレイヴンを照らす月光の下。
その静けさの中で。
明日への糧は湯の堪能。寝室がもたらす安息の他にも。
未だ精彩を失わないのは、その料理や美酒の数々で。
頷くハイドにとっても、参加しない選択は無く。
「この度はお招き頂きありがとうございました」
「喜んで頂けたようで何よりです」
そんな心からの挨拶はハイドにせよ伯爵にせよ、ほっするやり取りに違いない。
ほろ苦いチコリーに乗ったお肉のパテを噛み締めると、レッドペッパーが演出する刺激がスパークリングワインを誘う。
ハイドが聞いた伯爵おすすめの頂き方だ。
そんな和やかな空気の中で。
「先日は過ぎたことを申してしまい、ご無礼致しました」
「ガブリエル……さん、あん時はゴメンね、アタシも熱くなりすぎた」
あと、ありがと。
そう述べるみつきとミルヴィに伯爵は頷き。
「いえ、あれで決心がついたというものです。感謝すべきは私でしょう」
幻想の防波堤たらんとする伯爵に感銘を受けた事、この地に住まう人々の笑顔を願うこと。
「昨年の王宮舞踏会でも申し上げましたが、微力ではありますがお力添えさせていただければ幸いです」
長々と触れるつもりもないが、それはまぎれもない本心で。
これから最前線に赴くことになるであろうイレギュラーズを案じる伯爵の心も、きっと互いに通じ合っただろう。
思い出され、話題となるのはやはり『幻想の檻』に繋がる『ノーブル・レバレッジ』の出来事だろうか。
「ってか後から報告書読んでみたが本当にそれぞれ担当のヤツら凄ぇわ」
一気に水を飲みほしたゴリョウが感嘆する。
あの日は彼なりに分析を語り、後に『名監督』と噂される采配を振るったりもしたが。
当人は外見のイメ―ジに反して、謙虚そのものだ。
彼の言葉を生かすにせよ、そうでないにせよ。イレギュラーズ達の硬軟織り交ぜた手腕はゴリョウ風に述べれば「ホント流石」である。
それはともかく、彼はこのまま全品の制覇を目指すつもりである。
「そうだ」
これだけの材料があれば。非礼の詫びも出来るかと。
コンソメをベースに豆や野菜に鶏肉。ラード、唐辛子、異国の出汁にスパイス類とトマトソース。
ミルヴィは庶民風のおかずスープを提案する。
「それはそれは」
興味深そうな顔がちらりと覗いて。今夜のお夜食にいかがだろうか。
●
――いくらかの灯が間引かれて。
光のトーンを落としたら、いよいよ酒の時間である。
部屋でのんびりお酒を飲んでいたアーリアも驚いた伯爵の手紙。
こちらも貴族からの誘いと聞いた時には何事かとも思ったクローネであるが。
この国では切っても切り離せない関係なのだ。この先も利用されるなら――少しくらい良い思いだってせねばなるまい。
という訳で目的は酒だ。
サーカスとやり合う前にアーリアも気合とお酒をチャージするのだ。
「飲み放題とは景気が良いの、伯爵とやら」
そう言って杯を掲げたゲンリーの隣に伯爵が座る。
「お強そうですね」
ハードリカーをたんまり並べた異界のドワーフを前に、譲る気がないのは幻想貴族の矜持か。
「ほう、これは麦芽をローストして発酵させた蒸留酒か。この香ばしさは泥炭の匂いじゃな」
「まさに御明察です」
鋼の谷のドワーフも、近くでとれた泥炭を利用してこんな酒を造ったらしい。
崩れないバベルはこれを『モルトウィスキー』あるいは『スコッチ』と呼ぼうか。
右を見ても。左を見ても。酒、酒、酒。
いつもならお店一軒で飲むのは一種類をモットーとするアーリアも、この日は例外措置を設けざるを得なかった。
「このブランデーもいいわねぇ~」
琥珀色の官能的な物もあれば、ブドウの皮をふんだんに使い、あくまでクリアに果物を香らせる逸品もあり。
「ええ、夜は長いわぁ」
こうなればエールも、蜂蜜酒も。天義のワインにライスワインまで。全種飲み倒す他あるまい。
イレギュラーズ達と共に食べ物について語る伯爵は妙に嬉しそうで。
「ほほう」
ゲンリーが唸る。
「この一見水のような無色透明な酒、火が着きそうな程に強い酒精じゃの」
ジャガイモと麦の酒。蒸留を幾度となく繰り返しどこまでもクリアな風味を生み出している。
ミディーセラの狙いもやはり酒。
あれもこれもは趣味ではないが、やはり酒に合う肴と共に頂きたいものだ。
「それでしたら、こちらでいかがでしょう?」
給仕が用意したのはケーキ類の材料になっていたドライフルーツ。それからナッツを塩で炒ったものであったが。
なるほど琥珀色のラム酒の芳醇な香りと調和がとれている。
お次の赤ワインとの相性も良好で、何より楽しみだったのは――
クローネが選んだのは甘くとろりとした貴腐ワイン。
蜂蜜酒も頂いたら。
「ふふ……うふふ……」
ああ、これは血なんかよりも、余程――
ついぞ零れる笑み。
ほう、この混沌の地にも純米酒が芽吹いていたとは……!
眼鏡のフレームに指を当てた寛治が瞳を細める。
「純米酒『遊楽伯』は素朴ながらもコメの味が活きた、飲み飽きしない仕上がりですね」
「お分かりになりますか……!」
そこには細やかな工夫の積み重ねがある。
「『幻想』は、純米大吟醸を名乗るに恥じぬ旨さです。林檎を思わせる香り。程よく切れる酸味と甘み。静かに尾を引く余韻。真に迫る絶品だ」
以前ミディーセラがウォーカーから譲り受けた酒が、今ここにあるのだ。
「ええ、ええ。これは……」
だが、悲しいかなただ一つ。
寛治が『崩れないバベル』を以てしても伝わらぬ概念について伯爵と話さねばならない。
これはライスワインではない。
米と水だけを原料とし、世界に類を見ない並行複発酵で醸されたこの酒は、まさしく『ジャパニーズ・サケ』あるいは『サケ』と呼ぶべき代物なのだ。
伯爵の瞳の奥に、好奇心の光が灯り――
――――きっと宴はもう少しだけ続くのだろう。
イレギュラーズ達は気合いを。想いを。エネルギーを充足させ――決戦の日は近い。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お待たせいたしました。
お楽しみいただければ。
そして決戦、全体依頼の糧となれば幸いです。
皆さんのまたのご参加をお待ちしております。
お酒のみたいpipiでした。
称号獲得
ルア=フォス=ニア(p3p004868):『湯舟の探究者』
GMコメント
タダメシ、タダザケをここぞと堪能してやりましょう。
pipiです。
景気づけです。
●ロケーション
バルツァーレク伯爵のお屋敷です。
伯爵はイレギュラーズに非常に好意的です。
礼儀作法やら、食べ過ぎ飲み過ぎ程度で、面倒な問題になることはありません。
家臣や使用人達も、ある程度同様に好意的であると見込まれます。
とはいえ招かれた客人としての節度は心得た方が良いでしょう。
使用人達に眉を顰められるようでは、伯爵の胃痛の種になるでしょうから。
●出来る事
適当に英字を振っておきました。字数節約にご活用下さい。
【A】お庭観賞
新緑と花が主人公となっており、華美すぎず落ち着いた庭園です。
まだまだもう少し、薔薇が見ごろでしょうか。
表は鮮烈な赤バラの印象が強い庭ですが、奥の方には様々なオールドローズが優し気に咲いています。
お散歩出来ます。
花を見るのも良し。
あえてシャビーを気取ったベンチ等で語らうのも良し。
のんびりしてやりましょう。
あのあたりの椅子で、伯爵は読書を楽しむようですよ。
【B】お食事
食べやすそうなものから、少し珍しいものまで。
当然全部食べ放題、飲み放題。
美食家で知られる伯爵渾身のおもてなしです。
普通にスパイスが使われているあたり、すげえ金がかかってそうです。
広大なバルコニーまで続く豪奢な広間。
お好きな場所に席が用意されています。
オードブルは中央の大テーブルからお好きな物を好きなだけお取りください。
皆さんの様子をうかがいながら、次々と準備されるでしょう。
飲み物は給仕の方が気軽にサーブしてくれます。
ザっと見渡すと、以下のような料理があるようです。
〇お食事
『冷菜』
・サラダ
アスパラ、インゲン、クレソン。赤カブ、ズッキーニにトマトにパプリカ。等々。
新鮮な季節野菜をふんだんに使った温冷多様なサラダは彩も豊かです。
シンプルなドレッシングで初夏の風味を満喫出来ます。
・レバーやミートのパテ。ソーセージ。野菜や魚介のテリーヌ。マスの燻製。
アーティチョークや何かのスプレッド。
ソフト、ハード、スモーク。牛にヤギと多種多様なチーズなどなど。
珍味もちらほら。これはイカのジャーキーに、こちらは魚の卵?
・岩がき
新鮮な一品。レモンをキュっと絞って生で頂いちゃいましょう。
・お造り
なんだろう、これ。
アジ、ホタテ、あおりいか、石鯛等々。ひんやり生で美しく盛り付けられています。
異世界から来たというシェフ入魂の『お刺身』というカルパッチョのような料理だそうな。
醤油や山葵がエキゾチックで刺激的ですね。
『スープ』
・そら豆のポタージュ
薄緑色のやさしいポタージュが、初夏の爽やかさを演出しています。
・コンソメスープ
じっくりことこと煮込まれた優しい味わいのスープです。
これはいろいろな料理のベースになっているようです。
つまり、伯爵家の味。
・アサリのスープ
塩味のあっさりしたスープです。
ほっこり温まる貝の滋味深さ。ほんのりバジルが香ります。
『温菜』
・青野菜とソーセージのグラタンキッシュ
アスパラやホウレン草に負けないソーセージの魅力が堪能出来ます。
・エビや白身魚、トウモロコシのフリッター。そしてポテトのフライ。
モルトビネガーやピクルスと共に。現代人にも分かりやすい味わいです。
『魚介』
・ホタテのクリームクロケット
香ばしい衣の中に、ぎっしりと詰まったホタテの旨味。
バジルやトマト、バルサミコのソースと一緒に頂きましょう。
・スズキのムニエル
パリパリの皮まで美味しい。
スズキの旨味をムニエルにギュっと包んで。
トマトのソースであっさりといただけます。
・イサキのポワレ
温野菜や敷かれた雑穀のガレットと一緒に頂きましょう。
レモンバターのソースがたまりません。
・ロブスターの網焼き
豪快な料理。引き締まった肉から溢れ出す旨味がたまりません。
『お肉』
・鴨肉の柑橘ソース添え
濃厚な鴨肉とフレッシュなソースが混然一体です。
・チキンの串焼き。
チキンのいろいろな部位を小さな串焼きに。モモ肉の間にはリーキを挟んで。これってもしや。
・ラムステーキ
ローズマリーが香るラムチョップに、グリーンマスタードのソースを添えて。
手づかみで行っちゃえ。
・ローストビーフ
厚切りふるふるのローストビーフを、グレイビーソースと一緒にほんのり温めてくれます。
ホースラディッシュやクレソンが程よいアクセント。
・塩漬け豚の煮込み
香味野菜とじっくり煮込んだ豚肉です。
ほろほろと崩れる絶品料理。ふかしたジャガイモや、キャベツの漬物。粒マスタードなんかが良く合います。
『穀類』
バケットに白パン、黒パン。熱々のジャガイモ。
素朴な味わいです。
そのまま食べてよし。何かを挟んでも良し。言えば軽くトーストしてくれます。
付け合わせはトリュフで香り付けしたバター。
ハーブと香味野菜を付け込んだオリーブオイル。
熱々に溶けた山岳地方のチーズも良く合います。
まどろっこしい真似無しで、肉を挟んでカっ喰らいいたい?
イイんじゃねえの!!
〇デザート
・新鮮なグレープフルーツのタルト
フレッシュな酸味と甘みが口いっぱいに広がります。タルトにはクルミも使っているのか。
・イチジクのケーキ。
濃厚な甘さのイチジクを練り込んだケーキは、どこかほっとする味わいです。
・チョコレートのシフォン。
ふわりと軽く、しっとりなめらかな舌触りが絶品です。たっぷりの生クリームと木苺のジャムを添えて召し上がれ。
・サクランボのパイ。
サクランボの甘味と酸味がカスタードと絡み合い、パリパリのパイ生地に引き立てられています。生地からはアーモンドも香る気が。
〇飲み物
・ソフトドリンク
実はあまりお目にかかれない新鮮なお水。そして天然の炭酸水。
旬の柑橘を絞った生ジュース。
紅茶の他、コーヒーなんてのもあるようです。
・アルコール
赤ワイン。ミディアムとフルボディを中心に、年代物が並んでいます。
30年モノの天義のアレとか。コレっていいんだろうか。
白ワイン。料理と調和する辛口のものを中心に。
とろりと甘いデザートワインまで揃っています。
スパークリング。軽い口当たりでやや辛口。フレッシュな白、ロゼが用意してあるようです。
・ライスワイン
なんでも異世界の技術で作られた、お米のワインだとか。
銘は『純米 遊楽伯』『純米大吟醸 幻想』。
挑戦してみても面白いかもしれません。
・エール
領内の町で人気のエールが一種類だけ。
庶民の飲み物ですが、実は伯爵もお好きなのでは。
・蜂蜜酒
ハーブとブランデーで作ったもののようです。とろりとした味わいはデザートにも最適です。
・他のお酒
瓶に各地の修道院なんかの紋章が入っていたり。なかなか珍しいものです。
ブランデー。ウィスキー。果物や薬草のリキュール。このサトウキビ酒は舶来品でしょうか。
透明な氷を入れたり。割ってみたり。飲み方もお好みで。
・カクテル
幻想では珍しい筈のカクテルが頂けます。
といっても。好奇心旺盛な冒険者は、とっくの昔に王都で良い店を見つけているのでしょうけれど。
【C】お風呂でのんびり
男女別。不明の人とかは適当に。
日常の疲れを癒してやりましょう。
大理石で出来た豪奢で巨大な浴室。
大きな銭湯サイズでスンゲー広いです。中央に像とか立ってたりするアレ。
浴槽は乳白色で良い匂いのお湯が満たされており、薔薇の花びらが浮かんでいます。
肌とかすべすべになるやつです。
シャワーがあるとか、中々すごい感じですね。
【D】客室
食ったら寝る!
庭園を歩いた先にある建物。まるごとお客様用とのこと。
窓からは庭園が見渡せます。
一部屋に一人から数人まで。一部屋一部屋が結構広いです。
ふかふかのでっかい綺麗なベッド。ソファとテーブルもあります。
水や冷たい飲み物。アルコールなんかも用意されています。
言えば軽食も頂けるでしょう。
仲間と語らうも良し。一人豪華な寝室を堪能するのも良し。
【E】その他。シガールームとかその辺り。
ありそうなものがあります。
●情報確度B
ひとまず書いてあることが全てです。
しかし。シェフ。材料。道具はあるのだ。
更なるメニューについては伯爵に直談判。という手も。あるのではないか。
興味をそそれば、あるいは。
●NPC
絡まれた分程度しか描写されません。
・バルツァーレク伯爵
庭園やお食事の際であれば、気軽にお話出来ます。
背景として政治的な都合は大きいのでしょうが。
こういったことをやるからには、案外本人も楽しみにしているものです。
よってストレートに政治的な話は、内容によっては好まれない可能性もあります。
・『駆け出し冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)
居そうな場所で適当に絡んで頂ければ、そこに居ます。
(男性の客室、男子風呂、シガールーム、には居ません)
この国の貴族そのものに思う所はあるようですが。
前向きに楽しむ心算のようです。
●プレイング書式例
強制ではありませんが、以下の書式を例示します。
一行目:出来る事から【A】~【E】を記載。
二行目:同行PCやNPCの指定(フルネームとIDを記載)。グループタグも使用頂けます。
三行目から:自由
例:
【B】
【美食倶楽部】
たべるぞー
【A】
アルテナ・フォルテ(p3n000007)
お散歩するぞー
●諸注意
描写量は控えます。
行動は絞ったほうが扱いはよくなるかと思います。
未成年の飲酒喫煙は出来ません。
以上。ご参加をお待ちしております。
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