PandoraPartyProject

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滅びの霊兆

 ファルカウの麓に位置するアンテローゼ大聖堂は、迷える者達を保護する役割を担っている。
 広大な迷宮森林に誤って踏み込んでしまった人間などを助け、治療し、無事に外へと帰すのだ。
 穏やかで、温かで、心安まる場所であるはずの礼拝堂は、けれどしんと冷え切っていた。
 長椅子に腰掛けたハーモニア(幻想種)達は、いずれも暗く疲れ切った表情で、ローブや毛布に身をくるみ、互いに体を寄せ合っている。救うことの出来た僅かなハーモニア達だ。いくらかはラサへ逃れ、またいくらかはこの大聖堂に身を寄せている。
 人々は震え、慰め合い、励まし合い――けれど、そのいずれも全てが虚妄に過ぎないことを感じ、知り、悟っている。ただ漠然と、そうせずには居られないだけだ。
 ハーモニア達を取り巻く心境は、つまりはただの絶望だった。

 アルティオ=エルム(深緑)は、今や滅亡の危機に瀕している。
 端的に言えば、状況は未だ『詰んで』いた。
 何をどうすることだって、ただの一つも出来ていやしない。
 まずもってして、国土の全てと言える迷宮森林の全てが、醒めることのない死さえ感じる眠りの呪い――『咎の茨』に、完全に閉ざされている。更には大樹の嘆きという『森の免疫機能』が、侵入者を無差別に攻撃しているという状況だ。深緑の長である『ファルカウの巫女』リュミエ・フル・フォーレ(p3n000092)の安否は未だ知れず、ファルカウそれそのものとて、伝説の大精霊『冬の王』オリオンによって、万人を寄せ付けぬ吹雪の檻に包まれている。ついでに言えば、このひどい寒さも、それが原因だ。更には練達(探求都市国家アデプト)から飛び去った竜種――正真正銘のドラゴンがもたらした、あわや完全なる未来都市を滅ぼしそうになるまでに至った厄災が、どこへ向かったかなど、想像だってしたくない。
 事態の背後には魔種――それも恐らく『冠位魔種』と呼ばれる最悪の存在が関与しているとも推測されている。七柱存在する冠位は、それぞれが攻略不能な恐ろしい権能を有している。イレギュラーズはこれを二柱撃破している。その戦いは『権能』を打破するために、奇跡とも呼べる何かを幾度も投下してすら、なお絶望的なものだった。件の練達で竜と共に観測されたのも冠位の気配だった。
 ならば、二柱なのではないか。

 イレギュラーズはこれまで幾度もの奇跡を成し遂げてきていた。
 けれど、それでも――あくまでも『冠位討伐』は『個別対処』に過ぎない。

「……リュミエ様は、森を開いた」
 誰かが言った。
 いくつかの吐息が零れる。
 ただでさえ冷え切った空気が、完全に凍り付いた。
 かつて深緑が鎖国と言える状況を解放したのは、イレギュラーズを迎え入れるためであり、リュミエの決断である。それは長であるリュミエや、今や世界の英雄とも呼べるイレギュラーズを――重責を担い続けてきた最大の功労者達を否定する言葉にも聞こえたから。
「いや貴殿等へ文句を言うつもりはないのだ」
 言葉の主――近隣の村から避難してきたハーモニアの男は、慌てた様子で立ち上がり弁解を始める。彼は温和で思慮深く理知的なハーモニアとは思えないほど、狼狽えている。
 彼等はいずれもイレギュラーズに深く感謝しており、この男は命だって救われているのだから尚更だ。

「ごめんね、違うんだよ」
 それでもイレギュラーズでありながら、一人のハーモニアでもあるアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)には、ままならない彼の気持ちが分かってしまう。本当はそんなことが言いたい訳ではないことが、つぶさに理解出来てしまう。だからこそ張り裂けそうな心境だった。
「大丈夫だ、気にしてないぜ」
 シラス(p3p004421)がその背に手のひらを添えた。
「ああ、そうだ。お茶、いれますね」
 ハーモニアの数名がいそいそと立ち上がり、支度を始める。
「イレギュラーズの皆、すまない。場所を変えよう。彼等には休息が必要だ」
 ルドラ・ヘス(p3n000085)に促され、イレギュラーズ達は会議室へと移動をはじめる。
 調和と共に悠久を生きるハーモニアは、カオスシード(人間種)の短くも鮮烈な生き様、そのある種『若さ』とも呼べる所へ、時に焦がれ溺れることがある。今やこの地に住まう多くのハーモニア達が、ローレットのイレギュラーズに、それに似た感情を抱いているだろう。そして僅か一縷の望みを、イレギュラーズが切り拓いてきた奇跡を渇望している。
 それでもなお、希望的観測をもってしてもなお、現実は余りにも重すぎるのだ。

 ともかくそうした深緑の状況に際して、ローレットのイレギュラーズは妖精女王の計らいにより、妖精郷とを繋ぐ不思議なダンジョン『大迷宮ヘイムダリオン』を経由し、ついにアンテローゼ大聖堂まで到達することが出来た。地下に『灰の霊樹』を擁するこの場所は、茨の呪いを寄せ付けぬ。状況を打開するため、イレギュラーズは灰の霊樹から得る事の出来る『聖葉』、眠りの呪いにかかった者を解放する大変な貴重品を使い、様々な方法を模索してきた。
 その一つが、『禁書の探索』である。

 ドラマ・ゲツク(p3p000172)の謂わば実家にあたるファルカウの月英(ユグズ=オルム)には別館があり、迷宮森林南部の村、その禁書庫に厳重に封印されていた。イレギュラーズはそこを探索し、五冊の本を回収していたのである。それらの書籍類は『崩れないバベル』によって読む事自体は出来るのだが、詩的で古風な言い回しがひどく難解であり、解読には時間がかかっていた。部屋の片隅では数名の賢者達に混じって、ドラマやイーリン・ジョーンズ(p3p000854)煌・彩嘉(p3p010396)達が盛んに議論をかわしていた。ストレリチア(p3n000129)はすっかり寝ているが、ライエル・クライサー(p3n000156)は珍しく真剣な表情で参加している。二冊は大樹の嘆きに関するもの、一冊はクロバ・フユツキ(p3p000145)に縁の深い錬金術に関するもの、一冊はルカ・ガンビーノ(p3p007268)が手にした魔種に関するもの、最後の一冊はこの地の精霊伝承に因むものであり、今現在の議論における話題の中心でもある。
「……やはり火を、使ったようですね。かつて、遠い昔には」
 たっぷりの間を置いて、ドラマがそう言った。
 声は小さく、掠れており、苦渋が見て取れる状態だった。
 ファルカウを覆う吹雪の檻は、冬の王オリオン(夢見 ルル家(p3p000016)によって最近そう名付けられた)の御業だ。幾人もが挑み、失敗している。命を落とした者も居る。そんな状況だ。そして書籍には、かつて古の勇者アイオンが冒険していた時代のこと。世界各地を転戦し、ついに妖精郷へ逃げたオリオンは、ここ迷宮森林でも交戦していたことが書かれていた。その際にオリオンを撃退に追い込んだものこそが――
「炎の大精霊『炎霊鳥』にして『焔王』――フェニックスの力です」
 ただでさえ暗く硬いハーモニアの賢者達の表情が、みるみる曇っていく。
 当時のリュミエは苦渋の決断で許可を出し、森は焼かれたのだ。禁書の禁書たる所以が垣間見える。
「フェニックスの力は、破壊と再生……森を信じるほかなかろう。召喚の媒体は用意出来るからの」
 ドラマの縁者であるアカツキ・アマギ(p3p008034)がそう述べる。アカツキは豊穣(カムイグラ)の四神『朱雀』の加護を得ている。大精霊の中でも神霊の力はとりわけ信仰が重要となるため、遠く縁浅い深緑では効果を発揮出来ないが、けれど似た力は儀式の起点にしやすいという訳だ。
「吹雪の力と炎の力をかみ合わせて、中和する訳ですねェ」
 彩嘉の言葉通りフェニックスを止まらせ、ファルカウへ向かうゲートを開くということだ。
「それでやるの、それともやらないの?」
 イーリンが尋ねる。あえて悪役を買って出るような問いをしたのは、自身が当事者でありつつも、ハーモニアではないという立場を理解しているからだ。少なくとも弟子――ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)にはそう感じられるものだった。
「……そうですね」
「それしか、ないんだね……」
 ドラマが声を絞り出し、フラン・ヴィラネル(p3p006816)が続けた。
 それはある意味ではファルカウへ向けて火を放つということ。心を痛めぬハーモニアなど居るまい。さすがにハーモニア達が居住さえする大霊樹がまさか焼け落ちることなどあるまいが、それでも葛藤に余りある行為だ。苦渋という言葉など、あまりに生ぬるい。
 何より周辺の小さな木々が、焼け落ちてしまうことは目に見えている。
 命を抱く父母のような存在を、己が手で殺めるに等しい。
 過去、遠い昔にリュミエもきっと、同じ心境で同じ決断をしたのだろう。
 だったら――
「……禁を破りましょう」
 決断する。この余りある絶望を打破するために。


 ※リオラウテ禁書の解析が進んでいます。
 ※ファルカウを覆う吹雪の檻を打破出来るかもしれない方法を知ることが出来ました。
 ※鉄帝国の方では祝賀会が開催されることとなりました。


これまでの覇竜編深緑編

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