シナリオ詳細
<13th retaliation>リオラウテ禁書
オープニング
●
霊樹の村リオラウテは、迷宮森林の中でラサとの国境にもほど近い、小さな村である。
村の入り口にある門は複数の樹木が絡み合うように出来ており、魔物等の異物を寄せ付けないように、ある種のまじないが施されていた。こういった高度なセキュリティーは、普通の小さな村としては少々珍しい。
縄をほどくように門が開き、現れたのは『叡智の記録者』ニュース・ゲツクという人物だった。ローレットのイレギュラーズであるドラマ・ゲツク(p3p000172)の父のような存在である。
「これはゲツク殿、お久しぶりです」
彼に声を掛けた騎士のような男ジョゼッフォ・アトアスワラは、この村の衛兵を束ねる長だ。
深緑には珍しいディープシーの男で、実はおなじくローレットのイレギュラーズであるココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)の父にあたる。細かく言うならば、ニュースの場合は『ような』が付くのに対して、ジョゼッフォには『実の』が付くのだが、それはさておき。
「やあ久しいね、ジョゼッフォ君。仕事が捗っているようで何よりだよ」
「恐縮です。そちらこそ、変わらずお元気そうで何より」
「いやあそれが、最近は首が痛くてねぇ、参っちゃうよ」
二人は世間話をしながら笑い合う。
「今日はどちらへ?」
「ああ、ちょっとした野暮用だよ。対したことじゃないが、君も来るかい?」
「いえ、勤務中ですので」
「君も真面目だよねぇ。あんまり働き過ぎると、こうなっちゃうよ?」
「……はは」
ニュースは大げさな身振りで首をさすり、ジョゼッフォが苦笑を漏らす。
ジョゼッフォは謹厳実直を絵に描いたような男だ。報告や連絡に相談といった職務全般に厳しい一方で、部下の休暇計画にも熱心である。いわば理想的な上司像の一角と言えるだろう。この日も当然ながら、仕事がある訳で、致し方のない返事であるが。
「それじゃ、また。後でコーヒーにでも付き合ってよ」
「ええ、もちろん。ではお気を付けて」
ニュースを見送ったジョゼッフォは、遠い目をして、するすると巻き付くように閉じる門を眺めた。
娘のココロが今どこで何をしているのかは、分からない。風の噂ではドラマと同じくローレットのイレギュラーズとして活躍していると聞く。心配はしているし、元気であればと願っている。けれど、実際に連絡をとったこともなければ、探した訳でもなかった。そういえばニュースもずいぶん長いこと、娘のドラマと会っていないと聞き、どこか安堵を覚える自分がいる。とはいえニュースは『会っていない』が『良く知っている』のも確かであり、ジョゼッフォが娘と会わない理由は、いつだってどこか言い訳めいていた。自分自身さえ、内心は気付いて居る。たとえば迷宮森林に魔物が増えているから、この村は特別な場所だから、部下の管理や教育に忙しいから、などと。今だって、門が閉まるのを丁寧に見届けたのはセキュリティー上の理由ではあるが、実際には娘の事を考えて、少し放心していたというのも正解の一つだ。
けれど今さら会わせる顔なんて、どこにあるというのだろうか。妻を病に失い、それでも恩のあるこの国に暮らし、想いはあの閉じきった門のように、捻れ、拗れ――
ニュースが向かった先は、更にいくつかの門を抜けた先にある、ひっそりとした庭園だった。
仕掛けのいくらかを儀式めいた仕草で解きながら、立ち入る庭はやけに厳かで、佇む小さな館は何かを祭る神殿のようでもあり、さもなければ墓所にでも見えそうだ。けれどそれは大樹ファルカウの上層部にある書庫『月英(ユグズ=オルム)』の別館に相当する『禁書庫』である。
「ヴィヴィちゃんは居るかなぁ?」
「居ないが」
「居ないがって……居るじゃない。君ってやつは本当になんというかだねぇ」
繊細な装飾が施された扉を開いたニュースは、足早に廊下を歩き、地下への階段を降りる。そして一つの書架の前で立ち止まった。それから数冊の本を指差して、何やら頷いているようだ。
図書館のように巨大な屋内は地上二層に地下三層まであり、どこも無数の書籍で埋め尽くされている。
「よし、あるね」
「まだあの団体に肩入れしているのかね。まるで感心しないが」
ニュースの背後に、宙空から突如ふわりと現れたのは、少女のように見える精霊だった。
「今日はそれじゃないんだけど、まあ、そっちは遊び半分というか、ほらほら、外国の話だし?」
「ならばこんな場所に、一体何用だね?」
「いや確認だよ。これがきちんと、この場所にあるということのね」
「……物騒な書物だ。こんなものを後生大事に抱えておくなど、気がしれんが」
「たいした事じゃないんだ。ただ木々がざわめいていたように感じたから」
「まるで幻想種のような事を言う」
「正真正銘の幻想種だよ、失礼しちゃうなぁ」
「本の虫だろう。世界の存亡すら興味の対象でしかない『叡智の記録者』め」
「そう言われると、返す言葉もないけどね」
――アルティオ=エルムが茨に閉ざされたのは、それから半月ほど後の事だった。
●
アンテローゼ大聖堂の空気は、ひどく冷えていた。
迷宮森林は茨に閉ざされ、ファルカウはひどい吹雪に覆われている。
侵入者を深き眠りに誘い、死をも感じさせる呪いを突破すべく、イレギュラーズは妖精郷アルヴィオンと大迷宮ヘイムダリオンを迂回路とし、アンテローゼ大聖堂の制圧に成功した。
深緑を救うためには、ここを拠点として、どうにか次なる作戦を完遂せねばならない。
それは『大樹ファルカウへの進軍』と、深緑内部を侵す『茨咎の呪い』を打開することである。
呪いは魔物や精霊達には影響を及ぼしていないようだが、イレギュラーズが活動するには厄介に過ぎる。これがただ存在するというだけで、活動範囲の縮小を余儀なくされるからだ。
襲い来る敵からこの大聖堂を守り抜きながら、呪いの打開を目指さねばならない。
目標は単純だが、なすべきことは無数にあった。活動域内の幻想種を保護することもしかり、怪我の介抱もしかり、必要となる周辺集落への関与や、大樹の嘆きという防衛機構の暴走、その他諸々の原因究明――
ともあれイレギュラーズは、まずどうにか茨の内部へと来ることが出来たのだ。
ならば自ずと『深緑をこのような目にあわせた存在』から、何らかのアプローチだってあることだろう。
「禁書庫なんて、物々しい言葉だね」
「はい、ですが――」
頬杖をついた『虹の精霊』ライエル・クライサー(p3n000156)に、ドラマは一つ頷いて言葉を続ける。
茨に覆われた深緑には『大樹の嘆き』という現象が発生している。深緑の脅威に対して働く防衛機能のような存在だが、深緑内の存在を無差別に襲うなどの事態を引き起こしている。
放置すれば眠っている幻想種などに被害が出かねない。
しかし防衛機能に対処するというのは、危険なアプローチでもある。免疫の停止とも言えるからだ。
ともあれ、どのような対処を行うにせよ、手段を模索するには情報というものが必要不可欠である。アプローチが危険ならば、関連する知識とて相応の場所に隠されているのが常というもの。
ドラマの記憶が確かであるならば、霊樹の村リオラウテの奥には、『月英(ユグズ=オルム)』の別館に相当する『禁書庫』が存在するのだという。そこならば、あるいは大樹の嘆きに対処するための方策が見つかるかもしれなかった。リオラウテであれば、ラサとの国境にも近く、脅威が比較的『手薄』と予測される。おそらくそこにニュース・ゲツクは居ないが――けれど、挑戦してみる価値はありそうだ。
「後はどうやって進撃するか……かな」
クロバ・フユツキ(p3p000145)の言葉に、一同が頷く。
クロバはクロバで、父のような存在が敵方におり、一連の問題を強く注視し、また行動していた。それに深緑には、様々な因縁もあれば、愛着のようなものだってある。
村は茨に覆われていることが予測され、魔物や何かだって侵入しているかもしれない。
いくつもの困難を切り抜ける必要があるだろう。
「心苦しいのですが、私は村の具体的な地理を知りません」
いくら叡智に貪欲なドラマであったとしても、『本館』には溺れるほどの本があったし、そこを出てからも経験しきれないほどの物事があるのだ。
「大丈夫、なんとかなるの!」
肩を落とすドラマの頭上にひょっこり現れたストレリチア(p3n000129)が、小さな拳を振り上げる。
「そのちかくなら、いったことあるの!」
一行はストレリチアに驚いた表情を向けた。
ライエルだのストレリチアだのは、頼りになるのかならないのか微妙なところだが、いつものようにふざけた態度は感じない。真剣ではあるのだろうから、あまり無下にもしたくないところではある。
地理が分かるというなら、とりあえず連れて行っても良いだろう。
「それに、救える命に、手を差し伸べない理由なんてない。救えるだけ救いたいから」
ぽつりと零したココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は、その村に実の父が居ることをまだ知らないでいるが。ともあれ村の幻想種達は眠っていると思われるのは確かだ。
けれど呪いの眠りに堕ちた者を救う数少ない手立てを、ココロ達は有している。それが『聖葉』。アンテローゼ大聖堂の地下に存在する霊樹『灰の霊樹』に祈りを捧げて作られた加護の込められた葉だ。貴重品だが、茨咎の呪いに多少働きかけることが出来る他、身体に絡みついた茨から何の苦しみもなく救出することも出来るという代物だ。希少故に多くを救い出すことは出来ず、重要な人物に使用するほかないのが残念だが、たとえば禁書庫の事を知るような人物――たとえば警備に携わるような者や、内部に居る存在を見つけることが出来たなら、それは大きな一歩となるに違いなかった。
何はともあれ。まずは村へ赴き、茨を払い、それから知識の探求と行こう。
- <13th retaliation>リオラウテ禁書完了
- GM名pipi
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年05月09日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
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アンテローゼ大聖堂を発ち、迷宮森林を南方へと進む。
数年前までならば、幻想種以外にとって困難な道のりは、イレギュラーズにとっては今や散歩道といっても過言ではないはずであった。無論ハーモニアの案内があればこそではあろうが、ともあれ。
「うーん……結構辛いね」
そう述べたのは『赤い頭巾の断罪狼』Я・E・D(p3p009532)だ。
「本当本当、参っちゃうよねえ。Я・E・Dチャン」
軽口を叩こうとする『虹の精霊』ライエル・クライサー(p3n000156)の弁も今ひとつ歯切れが悪い。
この進軍とて『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)や『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)といったハーモニアの仲間と共にあるとはいえ、一筋縄ではいかない理由は、既にイレギュラーズならば誰もが知る所であった。
それは迷宮森林全土に蔓延る『茨咎の呪い』という現象が故であり、何らかの強力な権能が混じり合ったものである。平たく言えば『眠ってしまう』というものだ。
今のところの対策はアンテローゼ大聖堂の地下に眠る『灰の霊樹』から得ることの出来る『聖葉』のみ。
貴重な品であり、この作戦では十二名に対して五枚しかなく――本作戦の目的から考えるに、安易に仲間の安全のために使用する訳にもいかないのがつらいところだ。
呪いはあちこちにあり、触れ続ければイレギュラーズと言えども数分以内に危険な状態に陥る。
「――急いで行動しないと不味そうだね」
Я・E・Dがそう結び、一行は道を急いだ。
目的の村リオラウテまでの道筋は、意外にもおおよそ安泰なものだった。
茨の呪いは確かに存在こそすれ、ここまではほとんど干渉してこなかったのである。
「来る者を拒み、去る者を追わず――明らかに意図的よ」
「はい」
指摘した『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)――師匠の言葉に弟子『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)が頷いた。
イーリンの言う通り、呪いは明確な意図を持っているように思える。
そもそもアルティオ=エルムが呪いによって閉鎖された際には、外側からは立ち入ることすら出来なかった経緯がある。呪いはあたかもファルカウへ近付く者を排除するように機能しているという訳だ。
「そう言えば、ですが。最近ご一緒するコトが多いですね! 今回もよろしくお願い致しますね、ストレリチアさん! それかららいえ……あ、嵐の王?」
「よろしくなの!」
「ただのライエルだよ、もう今はね」
ひょっこり顔を覗かせた『花の妖精』ストレリチア(p3n000129)が元気に返事し、ライエルも応える。
ドラマは操る多彩な魔術のいくつかに嵐の王と呼ばれる伝説の大精霊の力を借りるものがあり、かつてライエルが嵐の王であったという所に、かなりの衝撃を感じていた。とはいえその力は勇者王アイオンの時代に剥ぎ取られ封印されており、ライエル当人からというより、『それ』から借りたと思うほうが自然であろう。このおじさん構文の変な奴のパワーではないはずだ。それでも複雑な気分ではあろうけれど――
そんな風に努めて明るく振る舞っているドラマは、内心恐らくひどく気を張っているはずだった。なにせ父に相当する存在――『叡智の記録者』ニュース・ゲツクの消息は未だ掴めていない。それに同族であるハーモニアの多くも、どうなっているかまるで分からない状況なのである。
「あまりに規模が大きいのよね」
呟いたのは『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)だった。
「さすがに普通じゃないですよねェ?」
問うた『Neugier』煌・彩嘉(p3p010396)は、なんとなくこういったことに詳しそうな数名――アレクシアやドラマ、ライエルと、それから一応ストレリチアへ視線を送る。
上手い回答は得られなかったが、呪いは明らかに深緑全土を完全に覆い尽くしており、これほどの規模の魔術的状況は尋常ではない。咎の花(タリーア・フィオーレ)、冬の王、大樹の嘆き、飛び去った竜種、そして姿を見せた魔種――事態の裏に潜む様々な事象をつなぎ合わせれば、恐ろしい事態が思い浮かぶ。
巨大な権能と言えば真っ先に思い当たるのは『冠位魔種』であるから。強欲と嫉妬は倒され、残るは傲慢、憤怒、色欲、暴食、そして怠惰。眠らせる権能と思うなら、それらしいのは――
「……」
唇を引き結んだ『黒鋼二刀』クロバ・フユツキ(p3p000145)の胸中にも暗い炎が燃えている。クロバの父に相当する存在、剣聖にして大錬金術師であるクオン・フユツキが、冬の王と共に魔種の勢力へ協力していることが明らかだからだ。強い責任のようなものを感じざるを得ない。
「未だに問題は山積みで先は見えないけど、どんな時だって私達に出来る事を精一杯……だよね!」
「……うん。みんなを、森を。なんとかしなきゃね!」
重い沈黙と不安を打ちはらうように宣言した『可能性を連れたなら』笹木 花丸(p3p008689)とアレクシアに、一行は同意を重ねた。
「あそこがリオラウテなの」
「ここにドラマの姐さんの家が管理する禁書庫があるのか――って。どうなってんだ?」
ストレリチアが指さす方向を一目見た『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)が首を傾げる。
そこにあるのは、雁字搦めになった木の根の壁だった。
「えーっと、えーっと」
「大丈夫。これなら分かるよ、こうだね……!」
アレクシアが手をあて、小さな声で詠唱すると木の根がするするとほどけて門となった。
「……へえ。こいつはなかなか」
アレクシアの手腕に感心したルカは、仲間達と村へ足を踏み入れる。
●
一行の目的地はドラマの実家が管理している『月英(ユグズ=オルム)』と呼ばれる大書庫の、いわば別館に相当する『禁書庫』であった。
「『月英』の禁書庫……そこに私達の必要とする情報があるのかな?」
花丸の言葉に彩嘉が応えた。
「ええ、禁書と言われちゃァ黙っていられません。禁断の書、故に禁書ですからねェ!」
なんだかしんみりとした空気はよろしくない。
だからなのか、あえて好奇心に瞳を輝かせる彩嘉だが、『何時ものお楽しみ』より優先すべき『仕事』があるのは分かっている。そう彩嘉は仕事をきちんとやるドラゴニアなのだ。
各々の心境はさておき。
様々な呪いの中心に存在するのがファルカウである以上、イレギュラーズはそこに進撃せねばならないのだが、極めて困難な状況にあるのは間違いない。そこで叡智の集積場である月英の出番という訳だ。
たとえば重大な障害の一つである『大樹の嘆き』が深緑という土地の『免疫機能』に相当するのであれば、危険な書物にこそ解法が見つかる可能性が高い。そこでイレギュラーズは危険を冒してまで、この禁書庫に足を運ぼうとしているのである。
しんと冷えた村の内部に足を踏み入れると、氷の精霊の気配がする。
神殿などの聖域を訪れた時に、しんとした独特の空気を感じることがあるが、そうした静謐と似ていた。
だが原因はきっと、そんな厳かなものではないのだろう。間違いなく、呪いと『敵』の仕業だ。
一同が事前に思い描いた最大の懸念は村の全域に茨が蔓延っており、呪いに満ちていることだったが、どうやらそうでもないらしい。そこだけはまず、良かったとも思える。最悪『数分』かもしれなかったのだ。これなら呪いに触れさえしなければ大丈夫そうである。だが呪いの影響がどの程度まで及ぶのか未知数である以上は、安全とまでは言い切れない。慎重な行動が望まれるだろう。
「ん~、少し上から見てみたいかな」
Я・E・Dが飛び立ち、まずは上からぐるりと見下ろしてみた。
村自体は決して大きくはない。家々は密集しており、木の根でドーム状に閉ざされている。
光源は不思議な植物や精霊の働きによるものだろう。
おおよその構造はなんとなく把握出来たが、恐ろしく入り組んでいるのは確かだった。
それにしても、助けを求める微かな声さえしないとは。
ともあれ敵の位置も――あやうく見つかるところではあったが――おおよそ把握出来たと言える。
「戦闘は出来る限り回避したい所ね」
「ええ、そうしたいところです」
耳を頼りにしつつ、広域俯瞰の術式を展開したヴァイスに、ファミリアーを呼び出したドラマもまた同意する。状況そのものが危険であるのだから、更なる危険は避けておきたい所だ。
「場所までわかれば話は早かったんだが……そう都合良くはいかねえか」
「すみません。出不精だったもので、実家が管理している場所なのですが」
ルカの言葉に、直接訪れたことのないドラマは済まなそうな表情を見せた。
「いや、姐さんが解呪出来るだけ都合良かったってもんだ」
ドラマに責がないのは皆分かっている。きっちり役目をこなして、次への道筋を立てるまでだ。
「姐さんがいたお陰でデカイ手がかりが入るかも知れねえんだ。謝る事ぁねえ」
「ありがとうございます」
「ストレリチア君はある程度道が分かるんだよね?」
「はいなの! 任せるの」
アレクシアにストレリチアが勢い良く頷く。
「あっちなの!」
一行はストレリチアの案内に従い、慎重に村内を進んでいる。
木壁と苔に覆われた幻想的な村内は明るく、小さな家が建ち並んでいた。
オープンカフェのような所もあり、きっと感じの良い村だったのだろう。
それが今は――
「みんな茨の呪いで眠りに落ちている……」
ココロが呟いた。このまま誤った方向に事態が進めば、そのまま住民達は眠ったまま死に落ちるかもしれない。咎の呪いは眠りの先に死さえ感じる危うさを秘めている。
(そんな、誰にも別れを言えない死に方なんて絶対だめ)
やがて目が覚めて、「しばらく眠りについていた」程度で済ませたいと思う。
(それがわたしの意思。呪いの解き方、見つけてみせる)
そんなココロの横顔をどこか面白げに眺めたのはイーリンだった。
禁書庫に行くなどということを黙っていた『弟子』は後日折檻として――匂うのだ。陰謀の気配が。
ならば――暴くまで。
「神がそれを望まれる」
禁書庫にはジョゼッフォという守人が存在することが判明しており、一行はいずれ二手に分かれて双方を捜索する予定を立てていた。
「……なんだか知ったような気配を感じるが、まさかな」
嫌な予感――とまでは言わないが。面倒で厄介な気配に、クロバは少々困惑している。
見知らずの場所に訪れて、まさか自身に関係がある何かがあるなど思っても居ないのだから無理はない。
「……珍しい感じの村だね。作りが珍しいっていうか」
「ええ、そうですね」
アレクシアの呟きにドラマが同意した。
「禁書庫を隠すなら、通常の地図や街の構造から外すか隠すはず……」
続けたイーリンの言葉に、一行が彼女へ視線を送る。
村はある種の小さな迷路になっている可能性が高い。ある種の迷宮であるならばやりようもある。地面を長物で確認し、壁には触れる。ダンジョンハックの基本だ。茨の法則性を知りたい所だったが、今のところ無秩序と思える。後考えるべきは何か。そもそも好奇心旺盛なストレリチアが、ここにゲツク一族の禁書庫があること自体は知っているにもかかわらず、場所を把握していないということは、村自体に妖精さえ欺く何かが存在する可能性だって排除しきれない。
「禁書庫にも人や魔物を避けるような強力な魔法がかかっていても不思議じゃないもんね」
村には魔物避けのまじないがかかっている。アレクシアはそのように聞いていたし、実際にも感じた。
そして『だから精霊や邪妖精』なのだろう。
自然にあまねく精霊を、魔物の一種と見なすかそれ以外と考えるかは、いくらか見解が分かれるところではある。だが邪妖精はともかく、精霊はどちらかと言えば神秘的な隣人と見なす向きが強い。神秘と親しいここ深緑では尚更だ。それに妖精――厳密には精霊種(グリムアザース)であるストレリチアが、無辜なる混沌(この世界)から人と見なされていなかった頃。つまりイレギュラーズが銀の森の住人達と邂逅する以前の『精霊種が完全に精霊の一種であった頃』からこの村を訪問していたのだから、精霊は大丈夫なのだろう。
同じく精霊種であるライエルにせよ然りだ。邪妖精は微妙な所だが、小物であるが故に『セキュリティーホール』である可能性だって考えられる。
ならば大精霊である冬の王配下の精霊や邪妖精は、派遣するに『うってつけ』ではないか。
そんな冬の王だが、クロバやドラマ、イーリンなどから聞く限り、冬の王はなんというか恐ろしく『幼い』性格をしているらしい。旅人(ウォーカー)――つまりイレギュラーズでありながら魔種に協力するクオンを盟友と呼び協力しているにも関わらず、いとも容易くイレギュラーズを友と呼ぶ。あまつさえ菓子を与えられて食し、ぬいぐるみを吸い込み、オリオンという名を与えられて喜んでいた。
「冬の王が去り、吹雪の精とオルド種は友好関係でもない。そして嘆きに対抗する術が有り得る禁書庫」
壁に手を添えたイーリンが一行へ振り返る。
「敵が探しているものは、一番気になるものですねェ」
彩嘉が続けた。仮に『防衛機構』を制御することが目的だとしても、禁書の情報は喉から手が出るほど欲しいと思えた。それに知識の探求には果てがないものであり、禁書庫そのものが目的であってもなんら不思議ではない。本来は拝めないものなのだ。気持ちだけなら彩嘉にも十分わかる。とはいえ――気持ちが分かったところで、彩嘉からすれば「お帰りいただくまで」ではあるのだが。
「すこしずつ、見えてきたんじゃない?」
事態の背後にいるのは果たして――イーリンの言葉にクロバが下唇を噛んだ。
「あいつは、錬金術師だ」
冬の王オリオンの裏で糸を引いているのは、クオンである可能性が高い。
元世界では最奥に至る大錬金術師であっても、この世界には混沌肯定という厄介な法則がある。
旅人は誰しもその法則から逃れることは出来ない。もちろんクオンはこの世界でも自身を鍛え上げてはいるが、人間の域を逸脱出来るはずもない。だから彼は冬の王の力を借りることで戦力を増強している。そうした上昇志向があるのだから、この村に眠る禁書庫に目をつけてもなんら不思議ではないのだ。
ストレリチアの先導でかれこれ五分ほど歩きまわったが、まだもう少し先のようだ。
ところどころで姿を見せる茨に一行は肝を冷やしたが、今のところ呪いの影響はないようだ。
「ちゃちゃっと見つけてしまいましょ。失礼、失礼、先を急いでいますんでね」
そんな茨をひょいと避けると、彩嘉は足早に歩き出す。
一瞬無謀かとも思えたが、思いのほか茨は簡単に避けられるようで、一行は彩嘉に習って進行速度を速めることが出来た。ここまでは予定よりも順調と言える。
こうして彩嘉達は歩みをすすめ――
「ごめんなさいなの。この辺までしかわからないの……」
――ちょうどそんな時、ストレリチアがついに白旗をあげたのだった。
●
「じゃあ、A班は俺、ドラマ、ヴァイス、ルカ、彩嘉、ライエルのチームだな」
「私とココロ君、司書君、花丸君、、Я・E・D君、ストレリチア君が一緒、こっちがB班だね」
クロバが頷き、アレクシアが続ける。
「それではこちらを」
ドラマとアレクシアがファミリアーを違いの肩に乗せ、預ける。
アレクシアはドラマのフクロウを撫でてやり、さらにもう一羽の小鳥を飛ばせた。
ここからは二手だ。
それからクロバ達A班は、入り組んだ村内をしばらく進んでいた。
先程Я・E・Dが上のほうから一望し、おおよその構造は共有出来ているはずであるが――
探すのは禁書庫、あるいは守人や、それを知っているかもしれない村の住人だ。
「もどかしいわね。時間はあまりないけれど、急ぎすぎるわけにもいかないのだから」
ヴァイスは小さくぼやき、ライエルの背をつついた。
「どうしたんだい、ヴァイスちゃん! そんなに僕のことが――」
「困らすんじゃねえよ。何かわからねえかって事だろ」
「こわいなールカちゃん♪」
「ここ、さっきも通らなかったかしらって」
「マジか」
ヴァイスは広域を確認しているはずだが、いや、だからこそ気付くことが出来たのだ。
今この瞬間だって、敵は目的に沿って動いているはずであり、相手が目的を達するまで、どれだけの時間的猶予があるかも分からない状況だ。だがこれでそうした状況から脱するチャンスが出来たとも言える。
「そうだねえ、よくもまあこんな複雑な村に住めるよねって思うけど。一枚使うかい?」
「背に腹はかえられねえってな」
ルカは溜息一つ、近くでこんこんと眠りこけるハーモニアの女性を一人助け起こす。
おそらく魔術師か精霊使いであろう風貌の女性だ。
一行は寝ぼけ眼の女性に事情を説明した。
「ニュースさんの、それは。はじめましてドラマさん、お世話になっております~」
「ええ、まあ」
女性はむにゃむにゃと目をこすり、続けて状況に慌て始めた。
「ど、ど、どうして、なにが起きているのでしょう!?」
そして取り残すよりは同行したほうが安全だという話になったのだった。
女性の名はミルニ=カ・フォウテと言うらしい。狙い通り多少精霊使いの心得があるらしい。
「それでしたらあちらにあるのですが、幻影迷路の通り方はジョゼッフォさんでないと分からないですね。あー、ニュースさんならご存じかもしれませんが。というかドラマさんがご存じなのでは?」
「あー、いえ……残念ながらそこは」
禁書庫それ自体の開け方だったら知っていても、そこまでの道中は――というのは、なぜだか己ながら『らしく』もあり、また無念でもある。
「けどこれで随分と捗りますね、ありがたいことに!」
彩嘉が喝采を送ると、ミルニ=カはなんだか喜んでいる。のんびりしたハーモニアのようだ。
「こちらは禁書庫の場所を特定しました。ですが迷い道のまじないがあるらしく、守人の方が必要で」
――ドラマからそんな連絡を受けたアレクシアが仲間に伝える。
こちらの班もまた村人を一人助け起こして、ジョゼッフォの居場所を尋ねていた所だった。
「って、それじゃ禁書庫の中に居たら詰みじゃないの」
「それは……ちょっと」
イーリンの言葉に花丸がぞっとしたが。
「門のところに居なかったのなら、カフェか……ああ、では自宅へご案内しましょうか」
ハーモニアの青年――に見えるが年齢は定かでない――ロクルスはそう応えると歩きだそうとするが。
「ちょっとまって!」
花丸が引き留める。
「あ、そうだった。すいません、寝ちゃうんでしたね」
「うんうん、ちゃんと花丸ちゃん達の後ろに付いてきてね」
「わかりました、しかしおかしなことになったものですねえ」
こちらも花丸が広域を観察していたのだが、それらしい人がどこにも居ないのである。
おおよその容貌は聞いている通りだ。そうでなくとも深緑の田舎にディープシーは余りに珍しい。耳が尖っていない上に屈強な鎧姿となれば、見間違えるはずもないのだが。果たして。
●
――なぜだろう。そこはひどく懐かしい気配がした。
ココロは天涯孤独な身の上である。
物心ついたころから家族はおらず、一人で生きてきた。
人と関わる中で彼女が変わっていったのは、ほんのここ数年の話だ。
だからまだ、この予感や感情をなんとよべばよいのか、まるで分かりはしなかった。
「こちらになります」
ロクルスの言葉に礼を述べた一行は、小さな家の前に立っていた。
ココロに伝わる「助けて欲しい」という願いも、より強く感じられる。
当然ノックに返事はないが、
「開けるよ」
Я・E・Dは扉を開く。こうした状況では致し方ない。
居間に足を踏み入れると、鎧姿の男がうな垂れていた。
苦しげな表情で眠っている。
「助けます」
ココロが聖葉の加護を解放して男――ジョゼッフォを助け起こした。
残された葉は、あと二枚。
「……私は、どうして。いや君達は?」
「はじめまして守人のジョゼッフォさん」
そう言ったココロは、なぜだか胸がちくりと痛んだ気がした。
一行はジョゼッフォに事情を説明し、助力を求める。
「ニュースさんの娘さんが……なるほど。分かった、手を貸そう」
ジョゼッフォはなぜかココロから視線を逸らしているような気がする。
ココロと同じ帆立貝の海種であるジョゼッフォが、こんな所にいるのはあまりに不自然だ。なんらかの事情があるに違いない。それにこの不思議な親しみは、この感覚は一体なんなのだろうか。
戸惑っているのはジョゼッフォの態度も同じだ。いやむしろ彼のほうが分かりやすいほどに。
そんな様子を眺めるイーリンは、ココロの肩にそっと手を置いた。こういう予感はよくあたる。
「あの、あなたとどこかでお会いしましたか?」
その手に勇気づけられるように、ココロは思い切って尋ねてみた。
――沈黙があった。
数秒ほどだろうか、一分ほどだろうか。
ともかくそれは、ひどく長く感じられた。
二人の予感は、そして直感は未だ交わることなく――
ココロがふいに、イーリンのほうへ振り返った。
もしもこの人が自身に縁のある人だったのだとしたら。
まさか捨てられたのだろうか。それとも会いたくなかったのだろうか。
こんな時にどうしたら良いのだろうか。
そんな事がココロの顔に書いてある気がして、イーリンはふわりと優しく微笑んだ。
イーリンはジョゼッフォに見えぬよう、そして励ますようにココロの腰を軽く叩くと、話始める。
「失礼、貴方が守り人のジョゼッフォね。この一件が片付いたら、この子も交えてお茶でもしましょう」
思えばイーリンはココロの過去を聞いたことがなかった。
仲間達もまた、何かを察したのか誰も口を開かない。
(大丈夫よココロ、真実は逃げないわ)
なぜ、と聞いてこなければ、それは暗に関係を認めたことになる。
――また逃げるのか。命まで救われておきながら。実の娘から!
口には出さず、でかかる言葉を噛み殺し、ジョゼッフォは応えた。
「恩人である皆様のお誘いであれば喜んで」
(……恩人、ね。まあいいでしょう)
イーリンは誰にも見られぬよう不敵に微笑むと、いつもの文句を胸中に唱えた。
――神がそれを望まれる。
●
こうして一行は迷い道のまじないがこめられた一角の手前で合流した。
村人三名を加えた、総勢十五名の大所帯である。
「冬の王は元気?」
そんな状況で真っ先に述べたのはイーリンだ。
背後には三体の氷精が居た。慎重に索敵していた一行ではあったが、一本道で否応なくといった格好である。ならばと合流地点に誘い込んだのだ。
「王の名を口にするは何者か」
まるで透き通った女性のように見える一体が応えた。
人語を自在に操り人型をした高位の精霊――危険な存在である。
「ゴラ吸いの話をしたら思い出すわよ、司書だってね」
精霊がかすかに逡巡したように見えた。
「それで、今日は件の友人の頼みでここに来てるのかしら?」
イーリンが再び問いかける。
「王の友か。これは失礼した」
なるほど、話が通じないタイプではないらしい。
「ん~~少し話がしたいのだけれど。この村の茨と状況は必ずしも貴方達が原因では無い気がするけど、それはそれとして、この茨の事を何か知ってたりはしないかなぁ?」
尋ねたのはЯ・E・Dだ。可能性としては敵もまた茨への対処方法を探しているかもしれない。
「それは我等のあずかり知らぬこと」
精霊はそう応える。
なるほど、見えたことがある。この茨はやはり『敵方』の仕業である可能性が極めて高いということだ。
「貴方達は『冬の王』の配下なんでしょ?」
続けて問うたのは花丸である。
「貴方達は……『冬の王』はこの村で何を探していたの?」
素直に応えるとは思えないが――
「生命の秘術(アルス・マグナ)、王はそうおっしゃった」
その応えにクロバの片眉がぴくりと跳ねた。
アルス・マグナといえば錬金術の秘奥ではないか。ということは、やはりクオンの思惑か。
「ここを通りたいだけなんだけど、どうかな。だめ?」
こうなればいっそ、花丸は思い切って尋ねてみた。
「王の友が行う何かに差し障るのか?」
「そう、そういうこと」
「ならば我等は一度退こう。このことは王へ伝えておくがよろしいか」
「いいんじゃない?」
村人達が唖然とする中、精霊達は村の外へと姿を消した。
「あ、あの」
精霊使いの村人――たしかミルニ=カといったか――がおずおずと手をあげる。
「もしかして『冬の王』って言いました? と、友とかって言いました?」
その村人がゆっくりと崩れ落ちるものだから、ココロは慌てて助け起こした。
もちろん聖葉は不要だった。
一行はジョゼッフォの案内に従い、さらにいくつかの門を抜けると、そこはひっそりとした庭園だった。
その中にいくつもの門があり、禁書庫の建物はその先にある。
ルカは思う。普通に考えれば禁書庫は結界で守られており、呪いの影響は小さそうに見える。
だがファル・カウが感染源で、各地の霊樹がハブになっているなどの状況だとしたら――
土地柄を考えれば結界には霊樹とつながるなにか、たとえば霊脈などを利用している可能性もある。
結界を作るなら強力な力を利用するのが当然だからだ。
だが今はその霊樹すら呪いとなっているのなら――今の禁書庫は呪いが濃いかもしれない。
(まあ、虎穴に入らずんばってな)
「こう云う形式の入り口の開き方は……こうして、こうして、こう!」
「なんだか、さすがだね」
「まあ。一応、実家関係なので」
次々に仕掛けを解くドラマにアレクシアが感心する。高位の術者であるアレクシアも時間をかければ解けるかもしれないが、こういうことは知っている者がやったほうが断然よい。イーリンあたりもやってのけそうではあるのだが、同じく然りである。
美しい細工が施された扉の向こうは、壮麗な図書館のようだった。
●
「いやァ、これは……」
彩嘉が思わず嘆息する。知識の宝庫ではないか。
「ついつい目移りしてしまいそうですね……」
ドラマもついついそんな言葉をもらすが。
「こ、今回はお仕事優先です!」
「ですね、これで仕事が出来なきゃ『メアートのアーカイヴァー』の名が廃ります」
両者とも、いっそ全て読んで帰りたい所だが、さすがにそこまでの時間的猶予はない。
「大変な仕事よね……急ぎましょう」
ヴァイスの言葉に一行が頷く。この膨大な本からそれらしいものを見つけるのは酷く大変そうだった。
それにさすがに大丈夫だとはおもうが、『既に何かなくなっていないか』なども知っておきたい。
そんな時――
「あれは……」
アレクシアが示す先に漂う気配へ、茨が絡みついていた。
「おそらく内部の番人ではないかと」
「そうかもしれない、なら……」
ドラマの言葉に、クロバはなんとなく嫌な予感がしたが、聖葉で呪いを祓ってみる。
すると漂う光が人型を形成し、可愛らしい少女のような存在が顕現した。
「こんな所に何のようかね……ってキミは、これはこれはクロバっ子じゃあないか。こっちのキミはニュースの縁者かな? なにか似たものを感じるが、違うかい?」
「ヴィヴィ!? ってクロっ、いや。そのなんだ」
一行が狼狽えたクロバを不思議そうな表情見つめる。さっそく視線が痛い。
「ここに来たことが?」
「い、いや、そういう訳じゃないんだけれど」
聞きたい事はあるが、ともあれまずは挨拶だ。
「失礼しました。初めまして、管理者様。私はドラマ……ドラマ・ゲツクと申します」
ドラマは頭を下げ「ニュースの許可無く突然の往訪、申し訳ございません」と続ける。
「それは、灰の霊樹のひとひらかい。助けてくれたことそれ自体には、礼を述べておくよ」
それからこう述べた。
「けれど感心もしないし、協力も出来かねる。このまま追い返すが、もちろんいいかね?」
言うや否や、数十の書物が乱舞しはじめた。
それから廊下が引き延ばされ、巨大なフロアを構成したではないか。
「……!」
「空間が歪んだ!?」
完全に不測の事態ではあるが、さもありなん。なにせ禁書庫だ。
一同は飛び退くように背中合わせの円陣を組み、得物に手を添える。
鳥やコウモリのように飛ぶ書籍が一行を威嚇し、さらに地を這う書から怪物が出現した。
「ここは禁じられた叡智の眠る地、早々に立ち去りたまえ。さもなくば命の保証はないよ」
「だとしても、負けないよ!」
名乗りを上げた花丸に殺到する本達を何冊もかわし、拳を突き上げると一冊が天井に叩き付けられ、そのまま落ちて動かなくなった。
「こうなるかあ」
Я・E・Dが光条を束ね、絶大な魔力が爆ぜる。破壊の本流が立て続けに二度、迫る本達をなぎ払った。
「こういう奴なんだよ、ヴィヴィは。けど聞いてもらうしかない」
「厄介すぎるんじゃない?」
クロバの二刀が爆音と共に加速する。続けてイーリンの放つ闇月が本を照らし、暗いの波動を叩き付ける。ヴァイスもまた、美しくも不吉な気配を纏う短剣を掲げ、あり得るはずだった可能性を纏いながら攻性結界を展開させ、書籍を弾き飛ばした。
アレクシアが意思を魔力に転換し、顕現した小さな花びらが仲間へ襲い来る本を撃ち貫く。
「ったく、どうなってやがる」
ルカは禍々しい巨剣を振り上げ、僅か一刀で斬り落とした。
「これはもったいないですねェ」
彩嘉は自身に迫る本へ、舞うように細剣を突き立てる。
そんな中で、ドラマは更に言葉を紡いだ。
「……外の状況は、ご存知でしょうか?」
現状が深緑にとって良いモノだとは思わない。
「現状打開の為、叡智をお借りしたく思います」
「嫌だといったら?」
「どうしても、です」
「ほう、それはなぜかね?」
「恐ろしい事態が、大変な事態が引き起こされようとしています、せめて話だけでも」
「ふむふむ」
ヴィヴィは芝居がかった仕草で首を傾げる。
クロバは思う。こいつの性格のことだ。きっと”タダ”で教えてくれる気はない。
「……まさかよりにもよってお前とは、ヴィヴィ……!」
「クロバクン。ボクがそんなに不服なら、素直に他を当たるといいのでは?」
「あぁ、俺が頼れるのはお前だけだヴィヴィ。どうか助けてくれ……後生だから!」
ヴィヴィは冷たい視線をクロバに注いでいる。
(そんな目で見るな、いっそ殺せ……)
交戦していると、突如ヴィヴィが片手をあげ、本達を制止した。
「今の台詞、聞いたかね?」
そして突如一同に問うたのだ。
「ではキミが、これからボクの言うことを聞いたなら、かわりに話だけでも聞こうじゃないか」
そう述べたヴィヴィに、クロバはひどく渋い表情で「ああ」と応えた。
「ボクの頬にキスしたまえ」
――は?
●
ひどく白けた空気の中、一行は本を捜索していた。
「これで満足か? 愉しんでもらえたようならなによりだよ……」
絶妙に嫌がりそうなポイントをついてくる。クロバとは相性が悪いにもほどがあった。
ヴィヴィはただにやにやと笑っている。けれどヴィヴィという存在は、クロバがこれほどの道化を演じてでも、味方に欲しい存在だった。先程の吹雪の精霊と比較してさえ、その能力は段違いと思える。
それにヴィヴィは結局、本をけしかけはしたが、イレギュラーズに直接ぶつけてはこなかった。傷付けはしなかったのである。あくまで脅しだった訳だ。本質的には人というものに対して好感なりを抱いているのだろう。悪い存在とは思えない。考えて見れば出会ったのは深緑にようやく足を踏み入れた頃のことで、クロバは魔物に襲われそうになっていたヴィヴィを救おうとしたことを思い出す。そういえば当時は逆に救われてしまったのだが、今ならそうはゆくものか。
それはさておき、書籍である。
クロバの説得(!?)により、ヴィヴィは協力する旨を告げた。
ありがたいことに彼女がもたらす助言もあり、捜索範囲はかなり絞られている。
アルス・マグナについて問うた時、ヴィヴィははじめはぐらかしたが、事情を説明することで教えてくれたことがある。それはヴィヴィ自身が管理する禁書の一冊であるようだ。
「つながった。謎が一つ解けたわね」
やはりクオンだ。ならばヴィヴィを守ることは、敵の目的を一つ挫くことになる。
仮に事態に対して冠位魔種の息がかかっているのであれば、強大な力を持つであろうヴィヴィとて危うい。イレギュラーズが管理するか否かという話になったが、けれどやはりヴィヴィが持つことになった。
そのかわり、管理するヴィヴィ自体を連れ出すことにする。
そしてドラマ達はヴィヴィの力も借りつつ、探し終えた後で禁書庫に厳重に封印と結界を施すことになった。狙われている以上、彼女と書籍の安全は確保したかった。それに禁書は安易に持ち出されて良いものではない。ジョゼッフォは残りたがったが、やはり危険が大きいということで二人の村人と共にラサ側へ待避してもらう。
捜索は心得のあるドラマと彩嘉の手分けが効いている。
「ルカ君、そう云ったのを読むのは構いませんが、ちゃんと返してくださいね!?」
「あ、ああ、悪い」
アレクシアはというと、外で見張りを買って出た。
ファミリアーを経由することで情報は共有出来るからだ。
ルカはとにかく茨や嘆きといった文字を探している。原罪であるとか神託の巫女などの書籍も見つけたいところだった。イーリンは冬の王に関する書籍も探したい所だった。
「タイトルだけでもわかりゃあ良いんだが……ライエル、なんか関係しそうなワード知らねえか?」
「だったら、んー、たとえば――」
禁書庫はどちらかというと怪しげな――そして危険な――魔術に関するものが多く、まさに禁呪の宝庫といった感じだ。あとは、かつてはリスクを承知で使用されていた魔術だが、今では安全性が確保された方法があるといったようなもの。理論が古く、今では資料的価値こそあるが読むべき価値はないもの。等々。
二十分ほど経過したころ、ドラマと彩嘉がそれらしい本を発見していた。
ヴィヴィも何やらその辺りの本を、ニュースが見ていたという話もあり、信憑性が高い。
それからルカは魔種に関する書籍、イーリンは精霊伝承に関する書籍を持った。この四冊が収穫となる。これだけ持っていくのは仕方の無いことだろう。
こうして一行は、ユグズ=オルムの別館、禁書庫を後にしたのだった。
まず向かうべきは砂の都だ。それから――
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
依頼お疲れ様でした。
MVPはちょうど良い書籍を最初に発見した方へ。
それではまた皆さんとのご縁を願って。pipiでした。
GMコメント
pipiです。
封印された禁書庫へ赴き、情報を手にしましょう。
それはきっと、これからの力になります。
●目標
霊樹の村リオラウテの禁書庫へ赴き、『大樹の嘆き』に関する情報を入手する。
●フィールド
村に入った所からスタートです。
ところどころに茨と呪いがあるようです。
村人達(幻想種)の殆どは、おそらく眠りに堕ちています。
また何らかの目的を持つ魔物が入り込んでいるようです。
村の奥のほうに禁書庫があります。近くまではストレリチアが分かるそうです。
禁書庫の開き方は、ドラマさんが呪文を知っており、共有出来ています。
目的とする本がどこにあるのかは……頑張って下さい。うまくコミュニケーション出来れば、ヴィヴィが案内してくれるかもしれませんが。
●敵
『茨』
謎の茨です。村内にもところどころ有刺鉄線のように張り巡らされ、少し触れるだけで傷つくこともあります。周辺には『茨咎の呪い』が漂っているようです。
『邪妖精(アンシーリーコート)』×数体
本来は妖精郷に生息する魔物です。
吹雪の精に従い、村の中で何かを探しているような素振りです。
物理単体攻撃の他、いくらかのBSを交えた神秘攻撃を行います。
『アイスエレメンタル』×数体
この季節とこの村の立地を考えると、本来はあまり見かけないであろう精霊です。
吹雪の精に従っています。
氷系の神秘攻撃を、多数有しています。
『吹雪の精』×一体
この季節とこの村の立地を考えると、本来はあまり見かけないであろう精霊です。
氷系の神秘攻撃を、多数有しています。
何らかの目的を持ち、邪妖精やアイスエレメンタルを従えているようです。
かなり強力です。おそらく『冬の王』の配下と思われます。
●『茨咎の呪い』
大樹ファルカウを中心に広がっている何らかの呪いです。
イレギュラーズ軍勢はこの呪いの影響によりターン経過により解除不可の【麻痺系列】BS相応のバッドステータスが付与されます。
(【麻痺系列】BS『相応』のバッドステータスです。麻痺系列『そのもの』ではないですので、麻痺耐性などでは防げません。)
25ターンが経過した時点で急速に呪いが進行し【100%の確率でそのターンの能動行動が行えなくなる。(受動防御は可能)】となります。
村内のところどころに存在するようです。
●『聖葉』
アンテローゼ大聖堂の地下に存在する霊樹『灰の霊樹』に祈りを捧げて作られた加護の込められた葉です。
多くは採取できないため、救出対象に使用して下さい。葉へと祈りを捧げる事で茨咎の呪いを僅かばかりにキャンセルすることが出来る他、身体に絡みついた茨から何の苦しみもなく救出することが出来ます。
今回は五枚あります。
●NPC解説
『ヴィヴィ=アクアマナ』
大きな力をもった精霊であり、クロバ・フユツキ(p3p000145)さんの関係者です。
禁書庫を守る存在であるようですが、必ずしも常にここに居るわけでもないようですが、今回は居ます。
実際の性質は非常に善良かつ友好的です。しかしどうも露悪的なところがあり、いささか皮肉やで、あまのじゃくでもあり、さらにはひどいいたずらものでもあるようです。
どこかで出会ったことがあるかどうかはクロバさん次第なのですが。どうしたものでしょうね。クロバさん?
『ジョゼッフォ・アトアスワラ』
村の衛兵を束ねる長であり、禁書庫の守人でもあります。
村のどこかで茨に囚われています。
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)さんの関係者であり、実の父です。
ココロさんは出会うと、けっこう気まずいかもしれないですね。
『ニュース・ゲツク』
禁書庫の管理者です。
ドラマ・ゲツク(p3p000172)さんの関係者であり、父のような存在です。
ドラマさんは少し期待しているのかもしれませんが、残念ながら、この村には居ません。困ったものですね。
●同行NPC
『虹の精霊』ライエル・クライサー(p3n000156)
歌により、いくらかの支援能力を持ちます。
こまった時にどつけば、都合のよい伝承などを思い出すかもしれませんし、思い出さないかもしれません。
『花の妖精』ストレリチア(p3n000129)
神秘後衛タイプのアタッカーです。
皆さんの役に立ちたいと思っているようです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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