シナリオ詳細
<ジーニアス・ゲイム>あの蠍座のように
オープニング
●乾坤一擲
「さァて、やるか」
そんな極端的な王の一言に新生砂蠍は湧き上がっていた。
「これからが俺達の国盗りだ。
『由緒正しくお産まれになった血統書つき』を一人残らず蹴散らしてやろうじゃねぇか」
口元を歪めたキング・スコルピオの言に膨れ上がったアウトロー達の熱気は最高潮となる。
最早盗賊団の規模を越え、一つの軍勢までに成長した動乱の目はまさに乾坤一擲の勝負の時を迎えていた。
意気盛んな盗賊達はこの先に待つ勝利を疑っていない。
これまで、破竹の勢いで幻想という大国を押しまくってきた自身等と――掲げる王の力に酔っている。
口々に王を讃え、拳を突き上げ、勝利を謳う――
(お気楽な事で)
されど、当のキング本人は長い時間を掛ければやがて訪れる破綻を誰よりも理解していた。
元より蠍の――彼や参謀格のフギン・ムニンの描いた戦略図は『何者か』の策謀に乗って、幻想主力の国軍、貴族軍の身動きが取れない間に王都メフ・メフィートを陥落せしめんというものだ。
圧倒的に有利な盤面を作り、硬軟織り交ぜて貴族側を切り崩す――悪徳の国の纏まりの無さとその間隙を突くプランだったのだから元より純粋武力のみでの国盗りは視野に入れていないのだ。北部戦線に釘付けになっている主力が引き返してくれば、簡単に敗れる心算は無いが――ジリ貧は時間の問題である。謎の協力者に対しての期待はなくはないが、確信してロクデナシと言い切れるその誰かが矢面に立つ形で援護を仕掛けてくるとは思えない。
つまり、北部戦線が動いたこの瞬間は今回の動乱において蠍に残された最大にして最後のチャンスであるという事に違いなかった。
「蠍全軍は既にそれぞれの拠点からそれぞれの戦略目標をもって北上を開始してる。
全ての力、結果はそう――王都(メフ・メフィート)に集中する訳だが、いよいよ俺様達が真打ちって訳だぜ。
俺達は本隊として王都を目指す。まぁ、邪魔はあるだろうが叩きのめすばかりだ」
野太く邪悪な笑みを浮かべた王に盗賊達が拳を突き上げた。
この本隊の他にも巨大部隊は幾つもある。これまでの戦果、幻想という国への不満、キング・スコルピオへの期待から新生砂蠍は過去最大規模までに膨張している。この国のアウトローを結集した一大戦力はまさにその拳を叩きつける瞬間を待っていた。
「敵は国軍の雑魚共、それからローレット。おっとビビるなよ。
ローレットって言っても一枚岩じゃねぇ。それはコイツ等を見れば分かるだろうさ!」
キングの傍らの『黒陣白刃』御幣島 戦神 奏(p3p000216)が「まぁねぇ」と嘆息した。
「……否定は出来まいな」
まさに自身の状況が彼の言葉を体現する――『皇帝のバンギャ』一条院・綺亜羅( p3p004797)もこれを肯定した。何せ綺亜羅の場合は鉄帝国(そこく)の為に幻想の崩壊を本気で願っている位なのだから筋金入りである。だが、何とも二人の顔が浮かない――と言うより複雑なのは自身等の首に掛けられた鎖を思っての事だった。
「盛り上げるならもう少し信用して貰いたい所だけど、ねー」
「全くじゃ」
フギン・ムニンの踏み絵を経て『砂蠍の仲間』となったローレットの二人だが、状況は変わらず至極シビアなままだった。フギンは嫌らしい笑みを浮かべたまま言ったものだ。
――ええ、『仲間』ですから前線に出て貰いますとも。
その言葉通り、どうぞローレットに対して死力を尽くして下さい。
しかしね、一度ある事は二度もある。お二人は『裏切り者』なのですから、きちんと保険は掛けさせて頂きます。何、大した事ではありません。
ラサには砂漠に伝わる秘毒が存在しましてね。遅効性のこの毒は対象の動きを蝕まない。効果が現れるその瞬間まで潜伏したまま一突きで犠牲者を仕留めるのです。
この毒をお二人には打たせて頂きますので、どうぞ我々が解毒したくなる活躍をば見せて下されば。ええ、簡単なお話でしょうとも。お二人は我々の『仲間』なのですからね!
引き離された『悪夢レベル1』サンディ・カルタ(p3p000438)の命運は知らぬが、キング側に引き渡された二人の状況は以上であった。
どうあれ命惜しくば戦う他は無いらしく――それ自体を別に厭うている訳ではないのだが――盗賊共は交渉相手としては中々クソッタレだったという事である。
「我が王に勝利を――」
元『死滅旅団』の『クルーエル・リッパー』デッドエンド・バーンが静かに言った。
「全部、この俺様がぶっ潰してやるぜ!」
黒獣盗賊団――『巨獣』ダーヴィト・ロズグレーが豪快に声を張り上げた。
名にしおう幻想の、それ以外の悪党をも束ねきった王は、この瞬間――不敵に不遜に空に昇る星達のように紛う事無く『君臨』している。
「――行くぜ、野郎共!」
地鳴りのような歓声が耳をつんざく。
いまいち乗れないのはローレットの二人ばかり。
蠍の本隊が、そして王都を目指して動き出す……!
――中々、面白いじゃねェか――
そして全てを知り、鼻で笑う黒影が一つ。
全ての事態はまさに今、大きな軋み音を立て始めていた。
●あの蠍座のように
饐えた臭い。誇りは黴に塗れ、世界は色褪せていた。
あれは何時の事だったろう。どれ位続いた事だったのだろう。
それはもう朧気にしか思い出せない、負け犬の記憶――
――突然の自由が転がり込んだのは俺が十三の時だった。
あの兄貴が『ゴシュジンサマ』をぶっ殺したのが切っ掛けだった。
肉親の情なんて微塵も見せた事の無いクソ野郎がムカつく面のまま俺に言った。
――これで自由だ。まぁ『仕上げ』は残ってるがな。
「どうして」と問えば野郎は言った。
――俺には生まれつき病気があってな。
辛うじて『父親』、『母親』の記憶がある俺はそれを知っていた。
どの道もう長くない。体が動かなくなる前に、するべき事はしないとな。
まるで、俺の為だったみたいな事を言いやがる。
イビリも、シゴキも、思い出したくもない反吐が出るような毎日も。
俺を一人前にする為? 欲得尽くのバカ共を相手に――天涯孤独で生き抜けるようにする為の躾だったってか?
誰が信じられるか。誰がそんなもん認めるか。
てめぇ、勝手に死にやがるな。どうせなら俺様に殺されやがれ。
「死ねよ」と吐き捨てれば野郎は笑う。
――死ぬさ。お前が何もしなくとも。
だが、物の序でだ。仕上げも兼ねて俺もソイツも殺していけよ。
俺は逃げねぇし、どうせ死ぬなら意味が無い。第一、全て引っ被る必要がある。
お前はきちんと誰かを殺しておく必要があるからな。
分かるか? ――よ。俺とソイツ、だ。
兄貴は自分を指して、それからあのムカつく『ゴシソクサマ』を指さした。
みっともなくガタガタと震えるソイツは見苦しく、貧弱で――嗚呼、手始めに殺るにはこれ以上はない練習台だ。
――いいか? ――よ。
此の世は勝ったモンが強ぇ。死んだら負けだ。
つまり俺は負けて、お前は勝つ。いいか。死ぬなよ。
どれだけ泥水を啜っても、屈辱を舐めても――蠍の一刺しで必ず敵を仕留めてやれ。
ムカつく兄貴の言う事だ。忘れても構わんが、直ぐには来るなよ。
折角の酒の肴が台無しになる――
捨てた名前が耳の奥でジクジク疼く。
誰が聞くかよ。俺はキング――盗賊の王。
盗賊の王すら超えて、全てを見下ろす一等星(アンタレス)。
てめぇの戯言なんざ関係なく、何処までも生きて、生きて、生き抜いて。
最後には絶対に。英雄さえ仕留めよう、必ず勝つのはこの俺だ!
- <ジーニアス・ゲイム>あの蠍座のようにLv:10以上完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別決戦
- 難易度VERYHARD
- 冒険終了日時2018年12月15日 23時15分
- 参加人数132/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 132 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(132人)
リプレイ
●名無しの共演
つまり、弱いから無価値なのだ。
何時だって、弱いから搾取される――弱いからこそ無価値なのだ。
珍しくもない戦争孤児(ゴミクズ)は何処にでも転がっていた。
こんなご時世だから、強い者が省みる事等有り得ないから――それは取り立てて特筆するべき事ですら無い。
俺がガキと会ったのは何時の事だっただろうか。大分昔だ。少なくとも細かく覚えている程、最近の話じゃあない。
「おい、ここがどこか知っているのか」
俺の声に硬直し、バネ仕掛けの玩具のように振り返ったガキの顔を覚えている。
「クソガキ、肝試しにはここは過ぎた場所だぜ。なにしにきたのかわかってるのか?」
恐怖と恐慌に引き攣りながら、俺の財宝を手にしたガキは虚勢じみていた。
「わかっている、悪党の塒から財宝を奪ったすげえ悪党になるんだ」
「そりゃあ傑作だ」
言葉は正直な感想だった。
この俺を前に『上等』をかますガキなんて滅多に居るもんじゃない。
それ自体が愉快で、それ自体が見所だと思ったのは事実だ。
だが、しかし――
「なあ、ガキ、俺を楽しませてくれや。それが出来たら殺さねえよ。こっちむいてみな」
言葉に従ったガキの頸が落ちなかったのは――正直、自分自身でも意外だった。
一瞬前までキッチリと殺す心算で放った一撃は、ガキの耳を刳り取るまでに終わり、実際俺は呆れながらも――珍しい愉悦に満ちていた。
「悪党になりたきゃ、もっと警戒しろ。悪党ってのは嘘をつくもんだぜ? お前みたいなガキなんざ一瞬で殺せるんだ。騙し騙されが悪党の世界だぜ。まあ、いい。お前の名前をきいてやるよ。言ってみろ」
「名前は、ない。あんたがつけてくれ。そうしたらそれが俺の名前だ」
何故か感極まっているガキに、少しの逡巡をして――俺は言った。
「ジョンドウ」
「ジョンドウ」
口の中で呟いたガキは相変わらず夢見がちに言葉を続ける。
「俺はアンタに名付けられた。だったら俺はあんたのモノだ」
「そうかい」
名無しの共演。つまらない出来事。俺は何一つ変わらない。
●荒野の会敵
乾いた空気の中を一陣の風が吹き抜けた。
「賊も集まればここまで面倒になるとは。
故国の不手際で上客が消えるとか勘弁してくれよ。評判に関わる大問題だ」
ラダの小さな呟きは僅かに皮肉めいていて――これから始まる嵐の時を挑発しているようですらある。
「この戦場の、どこもかしこも、空気がひりついてる……好きな空気じゃないわ、ホント」
苦笑めいたアクアの視線が彼方よりやって来る『災厄』の姿をハッキリと捉えていた。
事これに到るまで。ターニングポイントが幾つあったかを数えれば、それは枚挙に暇もあるまい。
もし、盗賊王がもう少し蛮勇に幅を利かす人物であったなら。
もし、ラサの赤犬が彼を仕留め損なわなかったら。
もし、彼の逃れた先がこの幻想でなかったなら。
もし、盗賊王に協力していると見られる謎の勢力の存在が無かったならば――
状況を構築したのは無数のIFの転んだ結果であり、まるで運命が望んだかのようですらあった。
「あらあら、すごォい軍勢!
蠍はどこまで行くつもりなのかしらね、こんな崖っぷちで――それすらも見る気がないようだけど!」
ケラケラと笑うリノの言う軍勢は。『国盗り』なる盗賊稼業最大の大仕事を実行段階に移したキング・スコルピオの軍勢は全軍合計すれば数千にも及ぶ多数であり、幻想に建国以来有数の危機をもたらす事変へと成長していた
「ったく、とんでもねぇ大群で来やがって……これが蠍どもの本隊か」
北部戦線――幻想と鉄帝国との激突を好機と見た砂蠍は、同時多発的に蜂起し、総ゆるルートを以て北上を開始。
王都へと攻め上る構えを見せていた。蜂の巣を突いたような国内のあちこちで既に激戦が行われている筈だった。
「ここは絶対に通さねぇぞ! 姉さんに会うまで、死ぬワケにはいかねぇんだ……!」
タツミの言う通り、その中でも――イレギュラーズにとっても幻想にとっても『最も食い止めなければいけない戦場』こそ、この荒野である。
「こないだ砂蠍? の下っ端を殴ってきたりしたけれどなんだか大変なことになってたのね。
なんか難しくてよくわかんないけど――ああ、人間っていうのはすぐに何でも複雑にしたがり過ぎるのよ」
「さぁて、いよいよ決戦だ。相手は砂蠍率いる盗賊・強盗共。
油断はしねえが気負いもしねぇ。ただ敵をぶん殴り、ぶん殴って、殴り倒す――それだけだぜ」
自身に応じる訳では無いが拳をバキバキと鳴らした義弘に、呆れたようなロザリエルが「そうよ、それでいいのよ人間」と納得したような顔をした。
今日ここに集まったイレギュラーズの大部隊は幻想各地の中でも最大級のものである。予備役とは言え、緊急的に集められた幻想正規軍と連合軍を形成する彼等の数は四百を大きく上回り、王都への道は抜けさせぬ、と死守の構えである。翻って砂蠍本隊も負けてはいない。言わずと知れた『盗賊王』キング・スコルピオを旗印にした彼等は『死滅旅団』のデッドエンド・バーン、『黒獣盗賊団』の『巨獣』ダーヴィト・ロズグレーを備え、幻想ローレット連合軍側さえ未だ上回る大部隊である。
会敵に必要な舞台は見事設えられた。賽は投げられ、戦いの火蓋は切って落とされるだろう。
ここを確実に凌がねば王都が未曾有の危機に晒される――まさにこれから始まる長く短い戦いが、正念場を意味している事は言うまでもない。
「キングの旅路は見ごたえのある美しいものだったけれど、そろそろエンディングだ。
彼の野望が成されれば、僕が見たい他の旅路をきっと潰してしまうからね。
誰かの旅路を見つめるというのは、僕の生き甲斐……命そのものなのだから――」
何処か茫洋とグレイは言った。
「さて、キングのような輩もゴッドは嫌いではないが……
ゴッドも今は幻想の世話になっている身。人の子達の生活も命も奪わせるわけにはいかぬな!」
肌がひりつくような戦場も不思議と豪斗の様を見ればその険しさを緩めるかのようである。
「頼むぞ、イレギュラーズ!」
彼等が白銀の剣を引き抜けば、彼方では砂蠍の盗賊達が怪気炎を上げている。
正面よりまず迫り来るのは『巨獣』に率いられた先鋒部隊だろうか。
同時に両翼に開いた砂蠍達は此方を飲み込まんとその魔手を広げている!
あの右翼、左翼には敵の手に落ちた奏や綺亜羅達の姿もあるのかも知れない。
無論、これを読むイレギュラーズも予め動き方を敵に応じて定めている。連合軍側は戦力を主に六つの用途に分けている。正面より迫る先鋒部隊を受け止め、これを撃破せしめんとする花形【先鋒主戦】。それぞれ回り込む動きを見せる両翼に対応――叶うなら奏や綺亜羅を助く、或いは何とか――する【右翼阻止】及び【左翼対応】。強力無比な盗賊王を仕留める為に力を残す決死隊――【撃破部隊】に戦場全域を働き場とし、死傷者を一人でも多く救う為に動き回る【救援部隊】。
そして、最後が【貴族指揮】。
彼等は今一つ頼りにならない幻想軍を補強し、補佐する扇の要である。
「我らの武勇を見せる時が来たぞ!」
「おう!」
「やれるだけやります! ついて来て下さい!」
「輝く聖なる愛の波動! 魔法少女インフィニティハート、ここに見参ってね!」
【右翼】を見る灰の言葉が、鮮烈なる愛の名乗りが否が応も無く幻想騎士、兵達の士気をぶち上げた。
「卿等の奮戦奮闘を信じている! 俺も又――最大限の戦いと尽力をここに誓おう!」
「こっちの護りの方はよろしくね、ルナール先生」
「頼りない壁で悪いがな……そこは我慢して貰うかな」
【左翼】の維持に入るのはヨシツネ、この状況にも自信の笑みを湛えるルーキスとルナールの『余裕』に期待が強まる。
そして【中央】――ここが最も苛烈な激戦区となるのは言うに及ぶまい。
(騎士と連携し貴族軍の動きを最適化――考えるのは簡単だが、実行するには簡単じゃない)
マルクの戦略眼は実に適切にこの戦いにおいて最も重要な役割が『練度に劣る幻想軍の崩壊を防ぐ』という部分である事を読んでいた。幻想軍は大した強兵では無いが、その数はイレギュラーズに数倍する。言葉は何とも手厳しいが――『使えない彼等を使い倒す事が出来なければ、この戦場の様相は悪夢のそれを呈するだろう』。
「この戦争で最も被害を受けているのは無辜の民でしょう。
いたずらに世を乱す者に、然るべき報いを受ける時が来たのです!」
「主力を欠いたこの戦に見事勝利すれば、大いに名を挙げる事が出来るでしょう。
偏に粘り強く、決して連携は崩さずに」
「任されよ。卿等にも勝利の祝福のあらん事を」
コーデリア、リースリットの言葉に騎士達が頷く。
「大丈夫よ。私が護衛についてあげるから――偉いんでしょ? 貴方。
べ、別に貴方の為じゃないけど、幻想軍全体の為なんだからね!」
……ミラーカの言葉にはもっと大きく頷く役得騎士。
「――勇者王よ、我らが戦いを御照覧あれ!」
このリースリットのこの煽りは、血統主義であり、国と階級に至上の価値を置く騎士達の快哉を浴びるものとなった。
『騎士や貴族としての務めを普段から碌に果たしていない彼等だが、この戦場にはそんな彼等を夢見させるだけの大義が存在する』。
ここさえ超えれば末代まで武勇伝として語り、己が正当性を主張出来るだけの大義は、この国の場合『正義感より余程当てになる動機』だろうか。
「この国は決していい国じゃないけど、それでも完全な悪に乗っ取られていいものじゃないわよね」
現金な騎士達を眺めたシャルロットの口元には苦笑。その口調には呆れが半分乗っている。
だが、口にした台詞は間違いのない真実である。眼前に迫る脅威は決して見過ごしていいものではなかった。
「正義の名の下に! 行くぞ、諸君!」
抜刀した騎士達に応じ、兵達が槍を構える。
一先ずは敵前逃亡はない。高まるだけ高まった戦意をここに、時間は一杯――
「さァ、ぶっ潰せ――!」
彼方から、そんな王の命令が響いた――そんな気がした。
命か、誇りか、その両方か――譲れない刃同士をかち合わせた戦いが、今始まる!
●暴獣討伐I
「……戦いだ。その時がやって来た。行こうか、アリシス」
「ええ――アレフ様。それでは、始めると致しましょう」
【天月】の二人の視線が捉える光景は、まさに運命を試すその試金石である。
(『盗賊王』キング・スコルピオ、奴の力はこの眼で確かめた。
実力はある、此方が必ずしも勝てるとは限らん──後は、どちらに天運が傾くか、か――)
アレフの魔砲が始まりの轟を上げ、
「蹂躙させていただきます」
端的な結論のみを述べたかのようなアリシスの言葉はまさに魔性がかっていた。
「再現度と威力はまだまだですが……『破壊のルーン』の再現。篤とご覧あれ」
かくて始まった大戦、正面衝突は先鋒同士の突き合いとなっていた。
「そうそう! 最初からそれでいいのよ!」
蔓に咲かせた大輪の薔薇が戦場に妖しい炎を揺らめかせた。
「戦場で獲物を漁るとなるとやっぱり数の多いここかな?」
小首を傾げた芒は「右翼や左翼だとそのまま殺ってしまいそうだしね」という物騒な言葉を小さく付け足す。
「ククク……仕事は良いねぇ、一人でも多く殺してやるよ!」
『巨獣』のお株を奪うように吠えたMorguxの赤い雷光が正面に立った愚かな賊の体を貫く。
「さあ、どいつからでもかかってきな!」
乱戦に囲まれぬ位置取りを心がける彼は熱情に塗れながらも或る種の冷静さを失ってはいない。
作戦上、花形と称された【先鋒主戦】の戦いは開始から程無く苛烈なまでに激しさを増していた。新生砂蠍の中でも武闘派に位置する『黒獣盗賊団』を中核にした敵は蠍本隊でも最大の数を誇り、この突撃はまさに脅威そのものか。
とは言え雑多な兵の突撃では容易に崩せぬ壁もある。
「物語は、未だ終焉を望んでいない。願いも、所以も余りに緩く――結末は常に残酷な既知になる」
多数の敵の攻撃を異彩を放つ存在感で受けるのは言わずと知れた『物語』――盗賊達にとっては歓迎出来ない未来をも綴るオラボナだった。
オラボナの能力は戦闘力という意味では決して褒められたものではないが、唯そこで守り続ける耐久力に関してはまさに出色のものがある。
「は! 切り刻んでやるよ!」
盗賊達はそんな彼に集中打を加えるが――彼等にとって不幸だったのは今日の彼は『盾』に過ぎなかったという事であった。
「むずかしいことはわからないけど――とにかく、ナーちゃんはアイしてあげるね!」
「え?」と振り向く暇の非ず――盗賊の頸がおかしな方向に捻じ曲げられた。
鈴鳴る美少女の無邪気な声と相反する何処か血生臭い異形の吐息を一緒に吐き出した『原初のアイ』にナーガが笑う。
オラボナが盾であるならば、彼女こそ『矛』。成る程、攻撃はオラボナが受け止め、ナーガが暴れ続けるのはこの組み合わせでは合理的だ。
盗賊、幻想の兵士達、そしてイレギュラーズ。多数が入り乱れる前線はそう時間を置かず『滅茶苦茶』になっていた。
――大丈夫、怖くないのですよ? 直ぐに皆お友達になれますからね!
ほら、見えるでしょう。私の周りにたくさん居る皆が!
ねえ、見えるでしょう? ねえ、ねえ、ねえ! アハッ、たーのしー!
がんばろーねー。みんなー!!
狂乱の声は目を爛々と輝かせた絵里のもの。
そこかしこから響く怒号は敵のものであり、時に味方のものである。
「そこ、なのです」
静かなるエリザベートに応じるかのように血の鞭が強か盗賊の一人を叩いた。
「こんなか弱いメイド1人も倒せないなんて、意外と軟弱なんだね。
確か砂鼠だったかな? 盗賊団の名前は、なかなか可愛らしいじゃないか」
何処にも安全は無く、その実、息を吐く事さえ難しいのはその愛らしい唇で敵を煽り、敢えて的を集めんとしたメートヒェンであっても例外ではない。
「これは一筋縄ではいかないでしょうねぇ、でも」
「ああ」
リノの言葉にラダが頷いた。
多数対多数の対決が大いに乱れるのは必然だ。
だが、なればこそ乱れに乱れた場は彼女等――【花灯】の密やかな悪意を感知するのは難しかろう。
「纏めて吹っ飛べ――!」
暴風の如き義弘が敵の複数を暴威の中に翻弄する。
「おまえたちをのさばらせたら海洋までまきこまれる可能性がある。
そんなことはさせない。断じてさせない! この場で決着をつける――蠍の進軍はここで打ち止めだ!」
邪魔する敵を食い止め、強く言った史之の『動機』の方は兎も角として。
【花灯】は持ち前の索敵能力を生かして敵陣の支援役を潰す動きを見せる――搦め手の部隊であった。
大将首を狙うような派手さは無い――その動きは『真綿で首を絞める』ようなものだ。
例えば魔性を帯びる女に溺れ、気付けば全てが台無しになるのと同じように――
「あら、誰のこと?」と言いたげな顔をするリノにはこんなシーンは良く似合う。
そして搦め手を打つ彼等が居るという事はそれ以上に――正面からの勝負を挑む戦力も十分という事でもある。
「作戦通りに進めたまえ。何、失敗したら『私が悪い』。励んで貰えば特に問題はないと思うね」
嘯くラルフ以下、多数の精鋭を揃えたのが先鋒戦を制するべく編成された大部隊の一つ【竜槍】である。
敵先鋒部隊の中心人物が件のダーヴィトであり、彼及び彼の近衛が主力である事が明確ならば、白眉の錬金術師――おっと、褒めすぎた。『性格の悪い錬金術師』の為すべきは最初から一つだったという事だろう。
「皆に花を持たせるために頑張ろうじゃないか。そのためなら骨惜しみはしない我々だもの」
「ああ、助かるね」
(そう言っていいものかどうかは知れないが)『親友(アリスター)』の言葉に頷いたラルフは彼方、群がる幻想兵を物凄い勢いで薙ぎ倒すダーヴィトの姿を見据えていた。
ゲームで言うならば今回は『布石』だ。チェックを掛けるのは別に居る――
「んじゃ――纏めていくぜ!」
敵陣にルーンの雨を降らせたウィリアムに仲間達が動き出す。
「サリューの巨獣には世話になったが、今回は縁が無さそうだ」
「尤も、今更あんな雑魚に構っている暇も無い」と嘯くはアカツキ。
「これ、もう戦争だし」
「頑張るんだお! こうなったらやっつけてやるんだお!」
タバコを咥えたまま――紫煙を吐き出した衣が、気合を吐き出したニルが頷き、彼と共に前に出ている。
(あー、ドキドキする……!)
ポーカーフェースにも見える衣の煙草は精神安定剤の役割も果たしているらしい。
【竜槍】の基本戦術は局面における多対一を作り出し、可及的速やかに敵の戦力を損耗させる事にある。
ラルフの提唱したこの戦い方は敵の核であるダーヴィト一派を孤立させる為のものであり、同時に――彼がそう意識しているかどうかは知れないが――今一つ所か二つも三つも頼りにならない幻想軍をアシストし、数的不利を感じにくくさせる為の施策にもなるだろうか。
「おっと!」
一方のシグルーンはと言えば持ち前の技量で敵の攻撃を逸しまくっている。
彼女の動きでも幾らかは免れなかった被弾をすかさず癒やすのはみつきだ。
「妹の身体に傷をつけたくねぇが、そんなこと言ってる場合じゃねぇよな……絶対生きて帰るぞ!」
「うん!」
「――沙愛那ちゃん★キック!」
横合いから飛び込んだ沙愛那の一撃がまさに多対一から不意を突いた。
活躍を見せる【竜槍】は先制攻撃で敵を相応に撃破するものの、活躍は注目を集め、敵側もその意図を挫かんと同数以上を用意してこれを押し潰しにかかる。戦力が集まれば攻撃の手数も増える。当たらないシグルーンに業を煮やした敵が『別の的』を強か叩くが、
「オーッホッホッホ! 私はガーベラ・キルロード! このくらいの事でへこたれる女ではありませんわ!」
高笑いを上げたガーベラは襤褸になったドレスにも構わずキッと敵を見返していた。
【竜槍】の役割は戦場の撹拌――ダーヴィトの周囲の戦力をすり減らし、彼の状況に隙を生み出さんとするものだ。
予想より早く対応されたのは事実だったが、『対応させた事それそのものが作戦の成功と言っても過言では無い』。
もう一つの大部隊【巨獣狩】への合図はウィリアムの『夜翔(つかいま)』がもたらした。
「国の命運がかかった戦、はせ参じねば恥と言うもの。
――誠の刃、存分に振るわせて頂きます!」
「再戦ですね。今こそ、巨獣狩りを成し遂げる時でございます」
「ええ。狙うは黒獣盗賊団、ダーヴィトの首。見事討ち果たしてみせましょう!」
意気軒昂――『剣狼』すずなと雪之丞のやり取りに周囲が沸いた。
【竜槍】からファミリアの連絡を受けたのはまさにダーヴィトを仕留める為に編成された【巨獣狩】の面々だった。
多数が集まり過ぎれば効率は下がり、連携も難しくなろうというもの。
故に【先鋒主戦】のイレギュラーズは部隊を形成し、それぞれに役割を担っていた。
乱戦に傷付いた者も多い。さしもの【竜槍】も苦戦を余儀なくされるシーンもある。先鋒戦の趨勢は彼等の一押しにかかっていた。
「……あれだけ暴れまわって、攻撃も受けてるのに……それでも指揮を執り続けられるなんて、妬ましいわ」
「エンヴィさんは、指揮官になりたいのですか?」
「指揮官は……私には無理そうね……」
成る程、ダーヴィトは粗暴な男だが、指揮の方も中々悪くないようだった。
彼はイレギュラーズ側がファミリアーによる偵察・俯瞰を重用しているのを見るや、鳥は全て撃ち落せと命令を出していた。
「――さーて、狩らせてもらうぜ!」
微妙なやり取りをしたエンヴィとクラリーチェの一方で、気合の一言を吐き出したカイトがギアを上げた。
「ローレットの仲間を傷つけた蠍達は許せない。それにここで蠍達を逃せばローレットも幻想もめちゃくちゃにされる――
そんな事はさせない、絶対に!」
普段の眠た気な様子が嘘のように凛と言ったシオンが敵兵と打ち合った。
「二人には近付けないよ……俺がいるからね」
振り向かない彼が背後に背負うのは、
「少しでもお役に立てますよう、立ち回らせて頂けたら思います。ほんの少しだけ、お色付けさせてもらいますよって」
「今度は誰も倒れさせない。皆を支えるんだ! そのための力なんだから……!」
主に支援・回復役を担う蜻蛉であり、スティアであった。
ダーヴィトを狙う【巨獣狩】の面々を阻む敵はそれ以外と比べて極めて精強であり、簡単に近付ける程甘くはない。
「カイフクはヨロシク! オレは、力の限りぶん殴り続ける!」
必然的にやり合えばダメージも嵩み、蜻蛉やスティアに掛かる重圧も強くなる。イグナートに『任された』二人も気合を一つ入れ直した。
戦場深くまで潜り込み、自身を狙う敵影にダーヴィトも気付いたようだった。
「借りを返しに来たよ!」
「前回は押し切られちゃったからねー。今度はこっちが押し切る番だよー」
「面白ぇ。雑魚共が! 俺に勝てると思っていやがる――
もう一度、思い知らせてやろうじゃねえか。なあ、テメエ等!」
見知った敵――サクラ、クロジンデの言葉に不敵な笑みを浮かべた武闘派の首魁に「応!」と盗賊達の士気が上がる。
攻防は幾度も。刹那毎に生と死の運命が交錯する。
真っ向勝負は消耗戦の様相を呈し――しかして、一先ず狙うべき主敵が『射程』に入ったのをダークネスクイーンは見逃していなかった。
「義を捨て畜生道に堕ち果てた貴様等には、『討伐』ではなく『駆除』こそが相応しい!
薄汚い蠍共! このダークネスクイーンが引導を渡してくれようぞ!」
悪の総統たる自覚のない啖呵を切った彼女は、敵側が何かを言うよりも先に 試製決戦自在兵器『D.M.C』に閃光を点した。
「者共、射線を開けよ! ゆくぞッ我が必殺の――」
モーセのように敵陣を貫く世界征服砲は彼女の手厳しい挨拶である。
「この、テメェ……!」
少なくない被害に怒気を発した盗賊達が一斉に反撃の動きを見せた。
「さっさと――招かれざるお客様にはお引き取り願いましょう。
さあ、皆様方、ここが正念場です。さりとて命を粗末にはなさらぬよう。
自分が倒れれば誰かが死ぬ――そう心に刻んでくださいませな」
ヘルモルトの静かな言葉に力が篭もる。
ここで踏みとどまる兵士へ――一人にでも多くに届けと彼女はこの場を煽りに煽った。
「俺から逃げ切れると思うなよ!」
味方以上の敵が来るなら、カイトも盾だ。
「それから――俺に当てられるかな!?」
緋色の大翼が開き、また新たな攻防が産み落とされる!
●右翼『黒陣白刃』
先の戦いで敵の手に落ちたイレギュラーズが戦場にある事は、早い段階でローレット側にも確認されていた。
そう断ずる他はない『裏切り』ではあるが、どうするかと問われたギルドマスター・レオンは事も無げにこう言った。
――ローレットは軍隊じゃねぇし、そういう事もあるだろうさ――
彼は「救え」とは言わず、同時に「倒せ」とも言わなかった。
酷く緩い連帯であるギルドは時々に応じて状況に合わせた動きを取る。
『それしか生き残る術が無い』と判断したなら裏切りも是、但しぶつかった結果の討伐も又是であるという事である。
前置きはさて置き、時刻はやや前後して――こちらは右翼の戦況である。
大きく左右に両翼を広げた砂蠍本隊に対して連合軍側も当然、これに応じる。
連合軍側で【右翼阻止】に出たイレギュラーズ達に続き、幻想軍も呼応する動きを見せた。
盗賊側も多数の雑兵が混ざっているが、それでも幻想側の練度よりは幾分かマシである。ぶつかり合えば不利は否めず、不利ならばたちどころに瓦解しかねない連中なのは確かなのだが――
「我に続け――!」
「……って、言ってみたかったんですよね。まるで英雄みたいじゃないですか?」と内心だけで付け足した灰に、
「ワタシも一生懸命治しますから一緒に行きましょぅ?」
「卑劣な手に惑わされず、今こそ為すべきを果たしましょう!」
しなを作ってたっぷりの魅力を餌にする美弥妃、愛と誇りを胸に――兎にも角にも綺羅びやか。やる事なす事が耳目を集める愛のキャラクター――【貴族指揮(右翼)】の存在もあってか。幻想軍は今の所まずまずの機能を見せていた。
幻想軍が【貴族指揮】で誤魔化せている内に、主力たるイレギュラーズ達は全ての仕事を終える必要があった。
【右翼阻止】の為すべきは右に開いた砂蠍軍の迂回を阻止し、問題の――奏を『何とか』する事になる。
彼女とて相応に経験を積んだイレギュラーズである。その辺の盗賊より実力は数段上であり、心理的障壁も考えれば易い相手には成り得まい。
元より今回の仕事(Very hard)に簡単な仕事は一つもない。何かが欠ければ容易に運命はほつれ、全てを巻き込んで横転する。
それは厳然にして絶対の事実に違いない。
だが、果たして。
(決戦ともなればどうしても犠牲は付き物だろうな。
だが、だからといって最初から諦めるつもりなどない。私の手の届く範囲で救える者は救う。それだけだ――)
まるでゲオルグの高潔な決意を肯定するかのように、この戦場でイレギュラーズはまさに『圧倒的な連携』を見せつける事となった。
驚くべき事に、【右翼阻止】に向かったイレギュラーズの動きは恐ろしい程に一致していた。
彼等の思索の源は、騎兵の有用性をどう突き詰めたかで考えれば判り易い。
騎兵は歩兵に勝る機動を誇り、集団となる事で敵軍を威嚇し、戦意を挫く迫力の――視覚的効果を持ち合わせる。
反面、練度を要しコストが高い。弱点も無いとは言えないが、今日についてはこれだけの部隊を揃えた事それ自体が驚嘆と言う他はあるまい。
「支援は任せて。一人も落とさないから!」
「ええ。全員生存、脱落は許さない――お願い!」
ココロの頼もしい言葉に応じたイーリンは、高らかに、高らかに声を張る。
「鬨を上げよ――神がそれを望まれるッ!」
「司書、気合入ってるじゃん」
「そりゃあね」
「ま、僕としてもいい加減『果ての迷宮』に挑みたいし――いい点数稼ぎかな。
蠍は僕を殺せないだろうし、僕は狩人ではなく観光客だから」
嘯いて、混ぜっ返すアトの一方で、
「ひひっ! 騎兵隊のおでましです!」
御者の顔をして操縦の手綱を握ったエマが得意顔をすれば――イレギュラーズ達を格納する『チャリオット・ヴォードビリアン』を軍馬やHMKLB-PM等と共に牽引するトルハは自身の運搬性能を誇るかのように高く嘶きの声を上げた。
「そのまま直進! かき回すぞ!」
持ち前の戦略眼を発揮するエクスマリアがチャリオットに揺られながら『髪』でバランスを取っている。
無論、このチャリオット――エマが操作しているように見せかけて、トルハによる自律タイプに他ならない。
――さそりのほのおは のべにきゆ
まことのさいわい あれかしと
おもいしはての しにゆきなれば
どうぞ わたしを てらしておくれ――♪
「いやぁ、派手だねー♪ これなら引っ張り甲斐もありそうかな?」
「いや、『もっと』派手に行くぞ」
カタラァナの歌を従えて、ミルヴィの言葉に応じる。
チャリオットから身を乗り出したエリシアが索敵から雷撃を紡ぎ出せば、
「悪者にこれ以上好き勝手なんてさせない。蠍共はここで仕留めるよ!」
荷台から索敵に、警戒に、それから当然攻撃にと忙しい天十里も又声を張る。
複数のイレギュラーズが乗り込むチャリオットと共に随行するのはこれまた機動に優れた騎兵達である。
「どこかにいいところ……あった!」
『友達』の獣の背に乗る小さな騎兵は『リトル』リリー。
「肩で風を切り、戦場を駆り、戦うこの昂揚感! 生きるか死ぬかの瀬戸際サ! やるべきことをやるだけってネ!」
パカダクラに騎乗し、戦場を駆けながら馬上砲台を気取るイーフォも又、高揚を見せていた。
「ワタシの出番、と。ふふ」
敵陣を切り裂くチャリオットより黒翼で飛び立ったレイヴンが不可避のハガルで敵を撃ち、
「この戦いで砂蠍の息の根を止める――さぁ、蠍狩りと洒落込もう」
AM96よりスコープを覗くスナイパー(エイヴ)は神出鬼没な射撃と狙撃を使い分け、敵兵を次々と撃っている。
【右翼阻止】に向かったイレギュラーズ達の完全に一致した『騎兵行』はまさに見目にも衝撃的と呼ぶ他は無く。
「てめぇら雑魚には用はねぇんだよ!」
エイヴの狙撃にミーナの肉薄戦と、素晴らしい連携と統制を見せた彼等は右翼に手を広げつつあった砂蠍軍を圧倒している。
「怯むな! 踏み留まって――跳ね返せ!」
盗賊の一人が怒号を上げた。
キング・スコルピオのカリスマに支えられた砂蠍軍はその練度を問わず、幻想軍とは比べ物にならない位の士気と覚悟を持っていた。
一斉に放たれた矢による攻撃が連合軍を襲い、イレギュラーズの何人かにも手傷を負わせた。
「お前もだ――その為の切り札だろう!?」
「はいはい、分かってるよ」
初動の猛烈な勢いを辛うじて食い止められたイレギュラーズの前に見知った顔が現れた。
「約束は守ってよね」と盗賊の一人に釘を刺した奏は口元をニッと歪めて『目前の敵』へ得物を構えた。
「――――」
息を呑んだのは誰だったか。
それは半ば覚悟していた事態である。
そして、簡単に「はい、そうですか」と救えると思っていた者も居ない。
時限爆弾のような毒を背負わされた彼女はこの場で蠍を裏切る意味を持たない。
ローレット側が助けようにも、砂漠の秘毒を解除する術は未だ何処にも無いのだから。
「私はもう負けたくない。何にも誰にも――さあ始めよう! 猛き闘争をね!」
言葉と共に戦意を滾らせた奏が盗賊達と共に猛烈な反撃を開始した。
前を阻む木っ端のような幻想兵を薙ぎ倒し、その先――ローレットの『元・仲間達』を見据える彼女には迷いが無い。
或る意味の信念を持って『生き抜かんとする』彼女は、手段を問う心算が無い。
「私は死にたく無いですよ! みんなも同じ気持ちですよね?」
「余り荒事は得意ではないのだけれど…そうも言ってられないわね。
少しでも被害が少なくなるように頑張りましょうか」
闘争が闘争を呼び覚ます。
救援する利香や綾女の仕事――
(大部隊同士が激突する以上は酷い消耗戦となる。
そうなると救援部隊の存在が勝敗を大きく左右するはず。
救援部隊が壊滅しないよう、この手が届く限りは守り抜くわ――!)
アルテミアの戦いも、まだ始まったばかりだった――
●左翼『皇帝のバンギャ』
「ああ、もう――」
迫り来る敵の刃を掠るまででかわしたアクアが魔装具より青い衝撃波を叩きつけた。
弾かれた盗賊を見やった彼女は汗に濡れた長い髪を軽く払い、構えを取り直す。
「悪いけど、幻想も――あの、頼りない陛下も。守るって決めてるから!」
「さて、たまには真面目に戦うよ♪パンツばっかりじゃなくてっ……
でも、怒らせてこっち向けたのはいいけど、あまり近づかれると困るんだよっ!」
十分な距離を持てば強味のある桜だが、寄られればやり難い――彼女に向かってくる敵を、
――防衛? 形はそうだ。
だが戦争は進んだ者が勝つ、一歩でも、二歩でも。前に。
奴等は全てを賭して、進み『盗り』にきている、ならば、俺も。
嗚呼、戦争だ。俺の存在、理由、だ……オ、オォオォォォオ――!!!
まさに全身に歓喜を纏い、この闘争を受け入れる凱が受け止めた。
「休ませないよ。何処までも――付き合って貰うから」
見た目からは信じられない程に執念深く、戦い慣れているのがアミーリアだった。
後衛のようでありながら十分な『受け』をも備える彼女は華麗に流麗に敵へと喰らいつく。
「冗談じゃねェってのな――どんだけ居るんだって話だぜ」
吐き捨てるように言ったことほぎは中長距離のレンジを守りながら、次々と現れる新手に手痛い一撃を喰らわせていた。
「ルナール先生」
「分かっているッ!」
「はい、お見事」
クスクスと浮かぶルーキスの笑みは、恋人への絶大なる信頼の現れか。
肩を竦めたルナールの余裕は、轡を並べて立つ恋人を容易に傷付けさせまいという宣誓そのものなのだろう。
ルナールとルーキスの二人もまた、幻想軍を奮い立たせるように美しいペア・ダンスを見せていた。
「――――」
ショゴスの低く唸る声は獣の如く、睨む朱の瞳は渇望が孕む。
どろりと溢れ出す玉虫色の粘体は、抱く敵意の証明である。
右翼が変化した同時刻――左翼の戦いも又、その応酬を激しくしていたのは改めて言うまでも無い。
傷付いた者も、戦闘能力を失った者も少なくはない。
「僕はみんなを守る仲間を守るぞ! ちゃんと回復もするから大丈夫だ!」
「蜜姫は戦争とか難しいことはよく分からないの。
でも目の前で傷つき倒れる人がいるのはとっても辛くて……とにかく回復頑張るの!」
ファミリアーにより広い視野を備え、戦場を駆け巡る【救援部隊】――【エイル】のノーラと蜜姫の働きもいよいよ忙しさを増していた。
彼女達のみならず、イレギュラーズの組織した【救援部隊】は戦場のあちこちで機能している筈だが、逆を言えば彼女等の出番が増えているという事は、状況が加速し始めたという事実をも意味している。
「ゴッドウィズユー! 即ち、今日の加護それそのものである!」
無闇やたらな説得力は魂に訴えかける『神』の恩寵である。
状況を支える彼等の存在もあり、敵軍に数で劣る連合軍は良く凌ぎ、良く反撃を繰り出していた。
「まったく――休む暇も無いな」
神秘の砲台として敵を次々と攻撃する大地も奮闘しているが、乱戦に消耗は重い。
特に熟練とパンドラに支えられたイレギュラーズと異なり、兵士達は少なくない数が倒され、命を落としている。
彼等に運命の盾は無く、槍を握るその手は大いなる力を持ち合わせて等居ない。
「吠えろ! 大狼一刀!」
ともすれば後退しかかる幻想軍を自らも刃を手にし、最前線で戦うヨシツネの一喝が激励した。
「卿らを育んだ大地が、無頼の暴徒共に蹂躙されるを果たして望むか! 望まぬならば、我らと共に前を視よ!」
前だけを見よ――その強い言葉に兵士の一人が渾身の突きを繰り出した。
一撃が盗賊を抉るも、返す刃で彼は倒され、動かなくなる。
「――見事ッ!」
その盗賊を打ち倒したヨシツネは刹那だけ瞑目し、すぐに次の敵を探し出した。
失われる命は救いようがない。だが、この戦いは『どうしようもない』とまで称された末期病巣――レガド・イルシオンのものとは思えない。乗せられている部分が無いとは言えないかも知れないが、この地でヨシツネが――否、イレギュラーズが活動してきたのは無意味では無かったのかも知れなかった。
「『負けてはいられんな』」
口元を歪めた一晃のその一言は、弱いなりに奮闘する彼等への賛辞にも等しかった。
「……くく、我が身を捨てて勝利につなげるという意味では俺も奴らと変わらん。
それもいい。それも良かろう。俺の求める闘争の末が勝利など、かつての俺では想像もできんからな!
墨染烏、黒星一晃。一筋の光と成りて――命さえ燃やし突き進む!」
デュラハンが哭き叫ぶ。
この戦いこそ本懐とする一晃が見敵必殺――目に入る敵を全て斬り捨て道を拓かんと刃を振るう。
「ふん、来よったか!」
そして綺亜羅も奏と同じようにイレギュラーズの前に立ちはだかる敵となった。
「君はさぁ。なんのためにそっちについた訳ぇ?」
「知れた事! わらわはローレットである前に鉄帝民ぞ!」
「成る程、じゃあ遠慮は要らない訳だ」
綺亜羅の敵対姿勢が明らかならば是非も無し。彼女の動きを奪わんとペッカートの見えない糸が間合いを踊る。
ダメージを受けながらも辛うじて糸の呪縛を振り払った彼女は当然ながら猛然とした反撃に出た。
「殺意の攻撃には殺意の鉄帝娘通過じゃ。あいすまぬ、ちょっと通るぞよ!」
「こうなれば――仕方ありませんね」
「加減をしていいような状況ではなさそうですね――!」
体躯に似合わぬ大戦斧を手に間合いに飛び込んだフローラに続き、エリーナの構えた妖精剣ティソーナが『敵』を指し示す。
猛烈な『砲撃』に傷付いた彼女は馬を捨て、地に足をつけた。まだ、倒れていない。
「敵の泣き所は兵の弱さぞ! 崩せ、崩せ――!」
武勇以上に『厄介』なのは彼女が『戦い方を知っている』事だろう。
「最期の一人まで首都を目指せ! 我こそは革命の女神じゃ。その熱狂を王都の喉へ突き立てよ!」
赤き熱狂を帯びた言葉は盗賊達の士気を上げ、彼女はイレギュラーズよりも『幻想軍の潰走』を企てていた。
彼女とて望んで砂蠍に与した訳では無いが、最早これは信条と――利害の問題であった。
(蠍王は猜疑心がつよく王の器に非ず。高転びに転ぶなり。
反転なき個は死の覚悟もっても連携を崩せぬ――皇帝よ この戦いから個の武勇の限界を悟られよ)
死の見えた戦場で、何より先に立つのはかの鉄帝国、皇帝ヴェルスへの忠誠心である。
イレギュラーズが一枚岩でないのは当然だが、鉄帝国臣民としての矜持が強ければ、砂蠍は最早利用するべき好機に他ならぬ。
なればこそ、やはりどうあれ倒す他はない。この話が救う、救わぬより先に立つ――意志のぶつかり合いであるならば。
「是非も無し――ってヤツだよね?」
無慈悲なる火力を誇るムスティスラーフの『むっち砲』が斜線を強烈に薙ぎ払う。
これに対抗し得なかった綺亜羅がイレギュラーズの加護に縋れば、
「パス! 今だよ!」
「申し訳無いが――倒させて貰うのである!」
ムスティスラーフからボルカノへ、連携良く攻勢は繋がった。
無慈悲なる火砲の後の慈悲なる一撃、ボルカノの一撃は受け切れなかった綺亜羅の意識を刈り取る。
だが、これは始まりに過ぎない。
「死滅旅団!」
一早くそれに気付いたのは周囲の警戒に努めていたシェリーだった。
飛び込んできた黒影にムスティスラーフが目を見開く。
戦場を低く奔り、まさに神出鬼没に現れた新手が次々と幻想兵を、イレギュラーズを薙ぎ倒す。
受けに優れるボルカノが、
「ようやくお出ましだな!」
出現を警戒していた一悟が暗殺者の暴威を受け止めるも、瞬時に理解せざるを得ない。彼等の存在は危険そのもの。
「――頼むぜ!」
そして共に戦う一悟が期待を寄せるのが、
「遂に現れましたか。彼の相手は放置しておくのは厄介極まりない。皆様、宜しくお願い致しますよ」
まさに『この時』を待っていたロズウェル、そして【路地裏】の面々だった。
「決死の覚悟を――死ぬ心算はありませんけど!」
氷晶の盾――麗しき乙女(はるな)が敵の凶手を跳ね上げた。
「破れるものなら破ってみせなさい!」
普段より凛とした遥凪の反撃が強かに死滅旅団の一人を叩く。
圧倒的な防御性能と万に一つも隙を見せない彼女はまさに美しき氷の城塞。
「お主等は幻想では知れた暗殺者なのかも知れませぬが、相手が悪ぅございましたな――」
指を指し、啖呵を切るのは【路地裏】の主とも言えるルル家だ。
『路地裏カプリチオ風流仕候』の達筆――旗指し物を背負った彼女はこの時を待っていたのだ。
「――拙者は宇宙規模ですから!」
高い戦闘能力を持ち、各隊と情報を交換し、連携を取ってきた彼女等【路地裏】こそ、『死滅旅団という敵から仲間達を救援する為の部隊』――【救援部隊】にありながら戦闘的な、味方側の切り札(ジョーカー)と呼ぶに相応しい存在だった。
「どの様な依頼であろうと、為すべきに変わりは無い。行くぞ!」
縦横無尽に敵陣を叩く暗殺者達の一方で静かに敵を見据える男――恐らくはデッドエンド・バーンに颯人が仕掛けた。
例え格上が相手でも一矢報いんとする彼の切っ先――剣魔双撃による奇襲がデッドエンドの覆面を掠めた。
「チッ――!」
舌を打った彼は即座にその無手から暗器を放ち颯人の首を狙うが、颯人は迫る死の気配を直感的に逸して見せた。
散る鮮血。小さくないダメージによろめく彼を、
「しっかり――大丈夫、きっと支えるから!」
アリスの放ったメガヒールがすんでで救った。
貴重なヒーラーに意識を向けたデッドエンドを、
「させませんよ――」
「――下がりなさいな!」
フレイムバスターを放ったリュグナート、気合と共に放たれた竜胆の『翔ぶ斬撃』の連携が後退させる。
「まだまだ――これも喰らえッス!」
「!?」
間髪入れずやや怯んだ敵を追撃したのはフリーオフェンスから連なる葵のバッドバースト。
炸裂するコウモリ型の弾幕は更に続く侠の動きへの呼び水となる。
「リベリスタ、九条 侠。生憎とこれから忙しくなるんでね、さっさと退場して貰うぜ。
「戦場で刃を抜けば迷いは不要。後はそっちが折れるか、俺らが折れるかだけだ……!」
裂帛の気合を放った侠と暗殺者の刃が硬質の音を響かせた。
本来は【救援部隊】なる【路地裏】の面々だが、最早食い止める役割は任されたも同然であった。
「……やるな」
見事な連続攻撃を受けるも、表情一つ崩さず呟く暗殺者(デッドエンド)。
連なる攻撃の数々も大半は有効打足り得なかったのは彼の技量によるものだ。
その彼の顔色を変えたのは続いたミニュイの言葉だった。
「やっぱり、相手にする心算は無い、と。適当に逃げてあちこちを襲う心算だよね」
「――!?」
ミニュイの放ったリーディングは強敵(じぶんたち)に相対した敵の思考を掠め取っている。
「聞いての通り――後手に回れば対応は難しい。この衝突で潰すべきだ」
「性格悪いわよね、本当。ま、効果的だとは思うけど」
「やれる事はやるばかりよ。非才非力のこの身でも、働き場となれば惜しまないわ」
竜胆のそんな言葉、更に続けたヴィエラの決意に満足そうに寛治は頷く。
戦乙女の共演は彼の『本業』には垂涎だ。だが、今日ばかりは『副業』も魅せねばならぬ。
「ビジネスは時として、予定通りにはいかないものです。
いえ、今回の場合は『予定通りにいかなかった事が予定通りと言うべきでしょうが――」
眼鏡を指先でクイ、と持ち上げた彼は互いにやり合い、一瞬の隙を探り合う『死滅旅団』を見据えて言った。
「――今日だけはファンドマネージャ休業です。つまり、本気で行くという事です」
「あら、それ最高」
日頃見れぬ寛治の面立ちにエトが僅かに冗句めいた。
「どうせやるなら徹底的に――ええ、ええ。宜しくてよ。きっと最後まで付き合って差し上げますから」
寛治と敵の双方に――エトは華やかに言葉を紡ぐ。
左翼の混戦は、まさに今始まったばかりだった。
●夢の無い男
諦めたフリをしながら、そんな事は無い。
口先では冷めた事を言いながら、結局何も捨て切れていない。
なまじ頭がいいから、プライドが高いから――地べたを這いずり回る事すら出来やしない。
ソイツは俺の大嫌いなクソ野郎だった。
「――貴方にならば、それが出来ると?」
たっぷりの疑いを皮肉な口調に乗せて俺を値踏みしたクソ野郎はハナから可能性を信じちゃいない。
口では尋ねる風でいながら、最初から足元を掬う心算しかない、そう言い切れた。
誰かを妬んで、何かを否定して、安全な立場から言いたいだけなのだ。
――ほら、言った通りでしょう?
「いいでしょう。一緒に仕事をしようじゃありませんか」
誰が信じるかよ、クソバカ野郎。
――ほら、言った通りでしょう?
風見鶏ならぬ梟の情報を『信じた』俺達は案の定、官憲に囲まれる事になった。
何の事は無い罠は、最初から予定されていただけの結果だろう。
梟野郎は最初からこっちを『売る』心算だっただけだ。
この俺が『信じていた』と思うなら噴飯ものだが――まぁいいか。
「悪く思わないで頂きたい。
ですが、本望でしょう? 貴方の流儀は弱肉強食だ。
貴方の流儀に従い、私が勝っただけの事。頭を使わないといけません」
薄ら笑いを浮かべるバカは何時もと同じように勝ち誇れば、別のバカが口々に喚きやがる。
いい加減、面倒くせぇから――暴れに暴れた。
血塗れになって、襤褸にされて――それでも周りの雑魚を全部皆殺しにしてやった。
「言っただろう。俺は『王』になると」
「貴方にならば、それが出来ると?」
喉元に爪を突き付けられて、未だ囀りやがる。
「それが出来るのは選ばれた者だけだ。私ではない。盗賊風情ではない、唯の――」
何も信じちゃいない癖に、空っぽでしかない癖に――案外根性の座ったバカに俺は言った。
「――果たして、……貴方に出来ますかね?」
「何も出来ない梟野郎に、夢(やぼう)の見方を教えてやる」
●暴獣討伐II
(神よ、国を守る英霊たちに、その慈悲深き加護をお与え下さい――)
静謐と、乙女(コロナ)の祈りが奇跡を呼ぶ。
「敵も味方も綺羅星のように輝くこの場所に来られるなんて!
なんて素敵なんでしょう。心踊ります!」
四音は高ぶり、昂ぶりに任せて声を張る。
「ああ、でも気をつけないと。星になると言うのは、別の意味もありますから。
英雄譚に悲劇はつきもの。不意の事故に見舞われないよう、私も皆さんも気をつけないといけませんね?
うふふふふふふ!」
コロナ、四音といった救援者も全力を尽くしているが、それでも足りない。
敵は倒れ、味方は倒された。兵達は言うに及ばず、騎士も何人かダーヴィトの手により薙ぎ払われている。
まさに血で血を洗うかのような激戦を極める先鋒主戦――正面の決戦は佳境を迎えようとしていた。
酷い消耗戦の様相を呈した正面決戦だが、これは連合軍の計算の通りだった。
ダーヴィトを仕留めんとするのは【巨獣狩】の面々、そしてその先――キングの駒にチェックを掛けるのは【撃破部隊】。
正面の奮戦は敵先鋒に突破を許さず、敵の密度を大いに下げた。
「頼んだぜ」
果たして、クロバのその短い言葉には強い想いが篭っていた。
今こそ好機と【撃破部隊】が駆け出した。正面でやり合う仲間を信じ、陣の後方で指揮を取る『王』を目指すのだ。
もし正面部隊が敗れれば、決死隊に退路は無い。それは仲間を信じ、命というチップを張る最大限の博打であった。
「クソ共があああああああああ――!」
長い戦いに流石に疲労の色を見せたダーヴィトが轟くような叫び声を発した。
その怒気は敵を阻み切れなかった己への怒り、そして。『己という敵を捨て置いて盗賊王を目指す撃破部隊への怒り』に違いない。
「叩き潰してやる、全員だ!」
「……ッ!」
幾度目か、暴獣の巨体が信じられないようなスピードで動き出した。
彼の血走った瞳が見据えたのは、一瞬――一瞬だけ反応を遅らせてしまったエゼルの姿だった。
咆哮と共に放たれた暴虐の一撃、鉄棒による一撃が紙のように軽く――乙女の肢体を跳ね飛ばす。
スローモーションのようにも見えたその一瞬は、イレギュラーズ達の意識を奪い去る――致命的なまでのインパクトを秘めていた。
――改めて語る必要すら無く、この場所は酷く死が近い――
兵士達と特異運命座標は全てが異なる。彼等が生き抜けぬ過酷さえ、イレギュラーズにとっては然程の困難も無かろう。
だが、今日ばかりは別物だ。最終的には同じなのだ。油断すれば待つのは終焉であり、敗北すれば惨事さえ免れまい。
隆々たる肉体を誇示し、もう一度言葉にならない咆哮を上げたダーヴィトに、我を取り戻したイレギュラーズが襲いかかった。
決着を望まねばならぬ。決着をつけなければこれからも、もっと多くの人間が『死ぬ』。
是非も無い。殺るか、殺られるか――原初の論理は何処までも単純過ぎる。
最後にして最大のぶつかり合いが始まった。
「ここが正念場だ――命を大事に、でもギリギリまでは踏み止まって――!」
「――そちらは私が」
数を減じた幻想兵をマルクの必死の鼓舞が支える。
エネミースキャンで敵を視た彼のアイコンタクトに応えて『黒獣』の一人を華麗なる終焉語り(リースリット)が受け持った。
倒れているのは味方ばかりでは無い。中核となっている黒獣盗賊団も含め、砂蠍の先鋒軍も著しくその鋭さを失いつつある。
歯を剥き出しにして暴れに暴れるダーヴィトとて、到底無傷では有り得ない。
「平和にお酒を飲む日々を、邪魔しないでよねぇ」
長く中央の指揮を支え続けたアーリアは言う。柔らかい美貌を幾分か曇らせ、自身も相応に傷付きながら。
「困るのよ、そういうの。本当に――」
「――ええ、ここは強引にでも『保たせ』ます。一同、その心算で」
彼女を狙う影にコーデリアの剣魔が閃き、敵が倒れる。
「最後です!」
繰り返された消耗戦も、この一瞬の為のもの。
我が倒れるか、彼が倒れるか。つまる所、それは決着の時が来たという事に他ならぬ!
「そうだ、掛かってこい。全員俺が潰してやる――!」
「こっちの台詞ー。あと、出来るもんならやってみろー」
執拗に、そう執拗なまでにダーヴィトを傷付け続けたクロジンデのファントムチェイサーが今一度牙を剥く。
「手放したくない、と、そう思える場や、友が出来ましたので――
友の笑顔を曇らせぬためにも、冥土の土産はもう沢山。貴様だけを地獄へ落として差し上げます!」
雪之丞の『逆撫』がダーヴィトに隙を作り出し、
「いっけ――――ッ!」
文字通りの『力一杯』――突き抜けた直球、敵のそれにも似た豪快なイグナートの一撃が続け様に突き刺さる。
「う、がああああああああ――!」
手負いの獣が暴れれば、傷付く者は、倒れる者は積み上がる。
それは恐ろしく獰猛で、恐ろしく強かった。だが、きっと――『強いだけ』だったのだろう。
「その首、獲らせて頂きます! ――ダーヴィト・ロズグレー、覚悟……!」
血風舞い、屍を山河の如く積み上げて、尚意気軒昂。
刹那で三つの急所を穿ち貫くすずなの魔剣が閃けば、獣の巨体がぐらりと揺れた。
辛うじてそれに踏み止まったダーヴィトが目前に飛び込んだサクラに鉄棒の一撃を叩き付けた。
「……っ……」
フラッシュバックに息を呑んだのは誰だったか。
だが、紙一重。サクラの長いポニーテールが乾いた風に揺れていた。
「……っ、ほんっと、強いよね。今日ここで倒しちゃうのが惜しいぐらいだよ!」
『無意識の内に。正義らしからぬ愉悦の表情を端正な美貌に張り付かせた彼女は強暴なる敵とのこの一瞬に歓喜している』。
「私とキミの勝負は、キミの勝ちだよ。でも――」
運命は回る。刃で回る。
「――私達とキミ達の勝負は私達の勝ち、だよ!」
居合抜きは後手より先手を刺す、彼女の妙技。
サクラを侮った剣客もこの一撃は認めるか――崩れ落ちる巨体に歓声が沸いた。
――ダーヴィト・ロズグレー、討ち取ったり!
●王を望まば
一体、どうしたら満たされる?
俺の人生は怒りと、飢餓と渇望ばかりに満ちていた。
産まれた時から碌でもない。育てば最悪のクソ野郎。
目に映る光景は欲しいものばかり。その癖、手に入れればすぐに褪せる紛い物。
幾度かの気まぐれも、胡散臭い兄貴の話も――何もかも。
俺を苛立たせる俺自身の矛盾であり、俺を怒らせる俺自身の限界であるかのようだった。
王を望めば、全てが変わるか。
遠く手の届かない星を願えば、何かが変わるか。
満たされない苛立ちを、腸の底で煮える怒りを――俺は吐き出す必要があったのさ。
だから、まぁ――心底ムカつくテメェ等には、或る意味で感謝もしてる位だぜ。
テメェ等はムカつくから――この上なく丁度いい。最悪をぶっ殺せば少しは気分も晴れるだろうさ!
(蠍の王との決戦……正直、死ぬ覚悟なんて出来ない。
……けど、何もせず知り合いが死ぬなんてのは絶対に後悔する、だから今、俺に出来ることを、出来る限り――!)
駆け抜ける戦場は何処か現実感が無く、その癖圧倒的なリアリティをアオイに感じさせていた。
血の匂いがする。焼け焦げた肉の匂いもする。砂塵を含んだ空気は乾きに乾き、寒いのに吹き出す汗は何処までも不快だった。
耳鳴りがする程に悲鳴の痕がこびりついている。全身を包む疲労と少なくない痛みが酷く鮮やかだった。
……【撃破部隊】は文字通り、敵の首魁を打ち砕かんとする精鋭達だ。
退路さえ仲間に任せた彼等は一人では『到底叶わない化け物』を仕留める為だけに編成されている。文字通りのオール・オア・ナッシング。倒すか、倒せないか――それ以外の中間の無い役割は、その癖、この戦場の努力の全てを双肩に背負わなければならない『貧乏籤』そのものだ。
だが、イレギュラーズになる位だ。運命に愛された――或いは呪われた――彼等には酔狂者も少なくない。
故に盗賊王にチェック・メイトをかけんとする連中は迷わず一事に突き進んでいた。
分厚い前衛戦力の間を駆け抜け、後方に陣取る王の下へ。
「これは語り部、と言えるでしょうか?」
敵陣を引き裂いたドラマの『嵐の王』を号砲に、彼等は既に猛烈な戦闘を開始していた。
「ここで逃がすわけにはいかない――取り逃がせば大きな禍となるだろうから」
向かってきた盗賊の一人をテテスの糸が迎え撃つ。
彼女の視線の先には荒ぶる盗賊王の姿があった。
「目標は一つ、蠍の王の撃破。勝って勝利の美酒を味わいましょう」
「そいつは奇遇だな」
シャルロットの言葉を件の盗賊王はせせら笑う。
「俺もテメェ等を皆殺しにして美酒を味わう予定だぜ。
――ああ、実際嫌いじゃねェよ。テメェ等には意地があるんだろう。信念があるんだろうよ。
その非力で俺様に挑む、俺様を倒そうとする勘違い――蛮勇。ああ、嫌いじゃねぇ。心底にムカつくがな!」
「今日は下手なダンスに気が済むまで付き合ってあげるわ」
「足に泊まらせてやる程優しくは無いぜ」
前に出た盗賊王をタンク役の瀟洒に洒落たアンナが受け止めた。
イレギュラーズ側の作戦はタンクのローテーションでキングを受け止め、距離攻撃を得手とする火力による集中攻撃で彼を沈めんとするものだ。
……そう言えば聞こえはいいが、
「――絶対に負けるわけにはいかない。たとえ最後の一人になっても、諦めない!」
「貴方は強い、受けたから分かるよ。でも、その強さは私の欲しいものじゃない。それは決して人を傷つける為の力じゃない――」
「囀りやがるなッ!」
一番手のアンナからバトンを受けるのは二番手のユーリエ、三番手にはイリスと決まっているのだから、要するにそれは彼我の実力差における決定的な覚悟そのものであった。『イレギュラーズの用意出来る一級のタンクを次々と盾に使い捨てる』という捨て身の手段に他ならない。
幸いと言うべきか、指揮を取る盗賊王は自身の実力もあってか大した護衛を置いていなかった。
本人も含めた総数は【撃破部隊】に少し劣る程度。流石に最前線に出てくる事は無かったが、それだけ周りに兵力を割いたという事は彼の自信の表われであり、彼の覚悟を示すものだったとも言えるだろう。
とは言え、十数名以上に及ぶ盗賊王の護衛は流石に腕の立つ者が多く――あの男爵邸で見たバンダナの姿もあった。
彼等の戦いはキングを生かす事のみに集中しており、彼等を放置してはチェック・メイトには届くまい。
当然、護衛の存在を見越していた【撃破部隊】は遊撃以外の戦力を主に三つの部隊に分けていた。
一つは【白の弩】。これは盗賊王以外の露払いを進めると同時に不測の事態に備える部隊。
残る二つは先の三人を含めた【黒の射手星】と、
「あたまをやっつければ、こんな酷いことする人たちは、きっといなくなる、よね。
はやく終わらせよう、勝つのはあたし、ううん、あたし達……!」
「大将首狙いは戦場の華ってな! 郷田!コゼット! 援護射撃は任せろ!」
「HAHAHA、いい加減鬱陶しいんでな。ステージから降りてもらうぜ、盗賊王!」
コゼット、サイモン、貴道、遊撃アタッカーたる【乾坤】。こちらは言うまでもなく王を獲る為の二矢である。
「故郷だ大義だとか、んな大層なものはない。
だが色んな奴の思いや明日をオレらは背負った。
――ならば、黒の射手星(オレたち)はそれを為す! 天に胡坐をかいた蠍を討ち落とす!」
クロバの啖呵に意気が上がる。
「こちらは我等に任されよ!」
デイジーの紡ぐ音色――絶望の声が盗賊達を責め苛む。
(必ず砂蠍を退ける為にも……何があっても良い様に備えておかないと
……守らなくちゃ。私が……!)
鋭すぎる直感が何かを捉えたからだろうか――悲壮にも似た決意を秘めたメルナのリッターブリッツが盗賊達を薙ぎ払う。
盗賊王は圧倒的なカリスマだった。彼を守る盗賊達も必死の形相でイレギュラーズ達に対抗する。
乱戦めいた場は全員の自由を必ずしも担保しない。
「……っ!」
敵影の接近を許したドラマだが、息を呑んだのは一瞬ばかり。
「――グリードマン、真の姿を此処に示せ!」
持ち手の意志を汲む凶手の武器が『剣』の形を示したのは『鍛錬』の賜物か。
術者然とした彼女が蒼魔剣を横薙げば、勝利を確信した盗賊は「馬鹿な」と呟いて崩れ落ちる!
「私にもここは――大切な場所だ! 守ると、倒すと決めた仲間もいる。それをお前に――奪わせはしない!」
必死のフル回転を続けるのは回復役であるポテトも、
「ま、ここの手が『足りてる』なんて有り得ないって事よね」
「医者に休む暇なしかな? まあ、見習いみたいなものだけど――
葬式屋も医者も閑古鳥が鳴く終わりが良いのだけれどね」
辛うじてここに駆けつける事の出来た【救援部隊】――悠と鼎も同じである。
仲間に付与を施し、可能な限り全力で――体力気力尽きるまで癒やして治して耐え忍ぶ。
当然ながら彼女達にも攻撃は加わるが、傷付く事に頓着する者は今、居ない。
「切り刻んでやる――斃れろよ!」
一方で、まずキングを受け止めたアンナの手足から鮮血が散った。
「……ッ……! まだまだっ――!」
『しかし、キング・スコルピオを相手にして辛うじて急所を守り切り、時間を稼ぐ彼女の技量と戦いはむしろ称賛に値する』。
事実の証左として当のキングが舌を打った事が挙げられるだろう。
一時を稼げばイレギュラーズ側の攻勢は否が応無くキングへと突き刺さる。
アンナが、ユーリエが、イリスが稼げるのは合計しても二、三分にも満たないだろう。
だが、キングが二、三分の内に受ける攻撃の量は星墜としを目論む男の野望を破らんとするイレギュラーズ側の執念そのものである。
「セラの目の前では誰も死なせません。必ず、勝ちましょう」
要となるSelahを中心に神子饗宴の加護が降り、果たして一斉攻撃の時は訪れる。
「死ねぇッ!」
台詞と噛み合わないアランの――燦然たる救済の光は鏑矢だ。一直線にキングを狙う。
「幻想は既に第二の母国――国も皆も。護りきってみせる!」
同じアークライトでも此方は正統派の騎士たるリゲルが連携良く飛翔する斬撃を放った。
「国盗りねぇ……盗賊の王様らしく大きな獲物で結構!
でも、アタシ等には盗賊なんかよりもっとデカい獲物が控えてんのよ。
その為の群れに手を出したんだ……アンタはだから、噛み殺す――!」
「誰も殺させない。ここで死ぬのはお前です。盗賊王!」
ルーミニスのオーラキャノン、ルルリアの虚無のオーラが次々とキングに襲いかかる。
何れも『この場に立つ資格のある』イレギュラーズの猛攻にキングが小さく呻いた。
超人たる彼は多くの攻撃を身のこなしで避け、両手の爪で裁き、直撃を防いでいたが――防御にも限界は訪れる。
「アンナおねーちゃんが危ない所行くって聞いて……ルルと助けにきた……の。
……おねーちゃんがやられる前に……キングを殺す……皆で生きて帰る、の」
今まさに死力を尽くすアンナを慮ったミアの狙撃がキングの上半身を真後ろに仰け反らせた。
初めて見えたクリーンヒットらしいクリーンヒットに血をペッと吐き捨てたキングはむしろ凄絶に笑っていた。
「女性の扱い方を知らない、みたいね」
「いいだろう。テメェ等を『敵』と認めてやるぜ!」
アンナの眼前で怒りと殺意が漲り、キングの動きが加速する。その爪は抉り、切り裂き、纏わりついたアンナを強引に引き剥がした。
致命傷を避けたか否か――瞬時の判断では分からない。だが、確認するよりも早くユーリエがキングの前を埋めていた。
何という死戦か、何という覚悟か。
周りに比べてお互いに雑兵が少ない事も作用しているだろう。
決戦の中の決戦――遂に会敵したキングとの戦いは予想以上に激しく始まった。
苛烈な攻撃に晒されれば流石のキングも倒れよう。翻ってタンクが破られればイレギュラーズも長くは持つまい。
状況は高速決着さえ望み得る状況を呈しており、天秤はどちらに傾くか――その態度を決めかねていた。
そんな、時だった。
――ああ、やっぱり――面白かったじゃねェか――
「!?」
その低い声は空気を揺らさず、まるで頭の中に響いたようだった。
異常な存在感に一瞬だけ戦いが止まる。誰かが次の動きを見せるより先に、それは空から『降ってきた』。
「……ッ、何者だ!?」
飛び下がったキング、盗賊達、イレギュラーズの注視する先には両手両足で着地した一人の男が居た。
長い黒髪、長い耳。一見すれば幻想種にも見える『それ』は、しかして断じてそれを肯定しない圧倒的な魔性を秘めている。
「俺か? 俺はバルナバス。バルナバス・スティージレッド。まぁ、お前等――純種の言う所の『魔種』ってヤツだ」
キングに応えたその言葉にざわめきが強くなる。
イレギュラーズが直感していた『不測の事態』が形になった格好だった。
バルナバスを名乗った魔種の持つ存在感はこれまでイレギュラーズが見てきた魔種のそれとはまるで別次元のものだった。
文字通りレベルが違う。文字通り桁が違う。戦場に降ってきた彼が『最悪』なのは根拠すら不要な単なる事実としか言いようがない。
――全滅――
二文字が頭を過ぎったのは一人では無かったかも知れない。
万全たるイレギュラーズが、幻想軍が総力を挙げたとて、勝てるか分からない『本当の化け物』。
繰り返すが、根拠より先に事実を確信してしまう事もある。特にそれが修羅場をくぐった戦士達ならば。
強引に場を仕切り直し、混沌とさせたバルナバスに【白の弩】――デイジーが口を開いた。
「魔種とは言うたが――只者では無いその気配。只の魔種では自己紹介に不足があろう」
同様に――聖女の直感故か『何となくこうなるような気がしていた』アマリリスも問いを投げる。
「確かにもう少し話を聞きたい所です。貴方は『単なる魔種』なのか――」
消えた父親の情報に繋がる影を追う――彼女にとって、目の前の男は漸く現れた『手がかり』のようなものだった。
(父へ繋がる情報のカケラとなるか――それとも出会ってはいけなかった死の星か。
本当は怖い。でも、だからって父を葬るまでは、私は、止まれないわ――)
そんな彼女の気持ちを察してか、シュバルツは口元を僅かに歪めて言葉を続けた。
「後は何の用かって所か? その辺り、お喋りを洒落込みたいもんなんだが――」
肌を粟立たせるかのような恐怖に負けず言葉を発した三人は大したものだった。
だが、バルナバスは鼻で笑う。イレギュラーズの意志も覚悟さえ一顧だにしない。
「木っ端が煩ぇよ。誰が口を利いていいと言った?」
「危ねぇッ――!」
「――!?」
言葉と共にアマリリスの体に黒い影がぶつかった。
自身を押し倒したシュバルツに目を見開いた彼女は猛烈な爆風が辺りを『掃除』するシーンを見た。
……煙が晴れた後に立っていたのはキングとバルナバス。
付近に居た残存盗賊も、イレギュラーズも吹き飛ばされ――全員が倒されては居ないが大きなダメージを負っていた。
「ま、ついでだ。何者か、に応えたついでに用件も言っておくか?
俺はお前を誘いに来たんだよ、スキンヘッド。
チンケなお前じゃ到底叶わない憤怒(ちから)の使い方を教えてやるよ。
破格だぜ。『担当外』の俺がスカウトしたいって思う位――お前の歪みはなかなかどうして面白ぇ」
「……………」
両手を開いたバルナバスにキングは黙り込んだままだ。
「……っ、ク……!」
アマリリスを庇うようによろめいて立ち上がったシュバルツは最悪の事態に声を漏らした。
それが(特別強力な)魔種であると知れた時点で最も警戒するべきは純種を侵す『原罪の呼び声』の存在だ。
バルナバスの態度が示す通り、周囲が影響を受けていないのは彼に興味がないからかも知れない。だが、その最悪の誘いが『実体を持った原罪の呼び声』であるとするならば、キングが首肯した時点で全ては終わる。
バルナバスと、魔種と化したキング・スコルピオが揃った時点で――全滅は確実。勝ち筋等、一分たりとて有り得まい!
果たして、状況はイレギュラーズの望まない最悪へと傾いていく。
「あの時の再現は、させません……!」
傷付きながらも気を吐いた鶫がキングの頭を狙い、一撃を放った。
だが『何か』に阻まれた攻撃が霧散するのを見て――彼女は目を見開いた。
「大した手品に、大した力。成る程、魔種ってのは――面白ぇな?」
キングは敵意も見せずにゆっくりとバルナバスに歩み寄った。
「どうすりゃいいんだ? 魔種になるってぇのは。
憤怒って言ったな。怒ればいいのか? 何に、敵にか――
それからそうだな。さっきから頭の中に響いてる『声』か。まぁ、妥当な所だな?」
一メートルばかりの距離まで近付いたキングは口元を歪めた。
「じゃあ、宜しく――」
巨躯のバルナバスを至近で見上げたキングは突然に殺気を爆発させた。
「――それから、永遠に死ねよ、クソ野郎!」
赤みを帯びた蠍の爪が斬撃の如く閃いた。
目を見開いたバルナバスがその右腕で刃の爪を弾き飛ばす。
魔器の破片が砕けて散り、表情を歪めたキングはそれでも続け様に攻勢を見舞う。
――俺の人生は反骨だけに満ちていた。
反骨さえ失って一体何が残るのか。
産まれた意味は無く、世界を呪って憤怒して――
今更、誰かの下につく? 死んだ方がマシだろう、そんなもの!
「これは俺の戦争だ! 英雄を殺すのは、王になるのはこの俺だ。
誰が屈するか、誰がテメェなんぞ呼ぶか。俺様はキング・スコルピオ! 王の中の盗賊王!
失せろ、クソ野郎。失せねえならテメェから――ぶっ殺してやる!」
奇しくもバルナバスの望んだ『憤怒』は彼を感心させ、同時に呆れさせたようだった。
キングの腹を蹴り飛ばしたバルナバスは大笑して、それから。
「ああ、ああ。俺が悪かった。勘弁しろよ」
……驚く程場違いに、驚く程純粋にそう詫びてみせた。
「俺がお前を気に入ったのと、お前の事情はまるで別。
今回は確かにお前の言う通り――まぁ、好きなだけやるがいいさ。
暴れに暴れて、叶うなら俺にその先を見せてみろよ。まぁ――ああ、何でもねぇ。しっかりやれ」
イレギュラーズをチラリと見たバルナバスはその先を言いかけ、結局は言わなかった。
高く跳躍し、そのまま宙空の彼方へ消えていく。
「……クソが」
場をかき回した闖入者はそれで失せ、状況は再び正しい対決の形を望む。
「テメェ等! 俺を守れ! 俺の為に死ね!
代わりに必ず、必ずだ。その先に、王の姿を見せてやる!」
キングの号令に残った盗賊達が悲鳴にも似た歓声を上げた。
手負いの蠍は生き汚い。死ぬ事こそ敗北とし、生き残る事こそ勝利としてきた筋金入りだ。
しかし、彼は。或いは、産まれて初めて――逃げる心算が毛頭無い。
地面を蹴ったキングをユーリエが迎撃した。
イレギュラーズの攻撃は後先を考えぬキングに集中し、その攻撃は幾度も、自身の肉体を盾にする盗賊達に阻まれた。
ユーリエが斬り倒され、イリスが代わる。
「目指すそれは、王様じゃなくて神様じゃないの?」
「どっちでも構わねえよ。そんなもん、最初から」
嘯くイリスに惚けた調子で返したキングは片落ちになった蠍の爪で間合いを掻っ切る。
更なる攻防が続き、盗賊が倒れる。イレギュラーズが倒れる。遂にイリスが膝を突く。
幾ら傷付いてもその動きから精細を失わないキングは執念に突き動かされている。
仲間を盾に使い捨て、全てを斬り殺さんと盗賊王。彼はその力を持っている――少なくとも自身を信じている!
だが、それでも決着の時は訪れる。小さな『切っ掛け』が壁を崩す――
「ヘイヘーイ! 息上がってんじゃない、マスク外したら?」
「息切れ? キミと違ってタフですので良いハンデですよ?」
最後の局面まで見事救援を果たしてきたシラスとアベル。シラスの言葉をアベルは鼻で笑い「でも」と付け足した。
「離れた方がいいかも知れませんよ。これから、ちょっと無茶をしますからね」
アベルの力は徹底した命中力だ。敵を逃れさせぬ事に特化した彼の異能はスナイパーとしての矜持そのもの。
……スナイパーとは距離を取り、安全な位置から火力を重ねるものである。
だが、この局面に突き刺す術を彼は確かに持っていた。
スナイパーだからしない事。『スナイパーだから出来る事』。
「いい加減、終わりだって気付きなさいよ。こんな非力も殺せていない時点で」
短い挑発(なのりこうじょう)が暴れに暴れた蠍を捉えた。
『反射的に距離を取っているアベルに向かって駆け出したキングは自ら守りを捨てたに等しい』。
アベルがたち所に斬り倒されたとて、本望の内である。
「幻想の平和まったく興味ないのでありますが……セララが在る以上、これはワタシの戦場。鉄帝の為に死ぬがよい!」
「これが絆の一撃だよ! セララスペシャル!」
「……がっ……!」
崩れ落ちる彼が視界の先に見たのは【セララ&マリー】の二人。キングを捉えるイレギュラーズ達のその姿!
「貴様等にどんな想いがあろうと、意地があろうと――俺達は負けない。そうだろ? ――クロバ!」
「――地に落ちろ、亡霊の蠍。生きて明日を掴むのは――オレたちだッ!!!」
リゲルのアシストを受け、跳躍したクロバが全力最後の影刃斬雪――絶命の秘剣、影の刃を繰り出した。
防御する暇も非ず、袈裟に蠍の入れ墨を切り裂いたクロバの腹を血を吐いたキングの爪が貫いた。
己が血と返り血に濡れたキングの足元がふらついていた。
「く、そ……!」
血走った目で先を見るキングの視界に、身を低く拳を前に構えた影が飛び込んだ。
大振りの爪の一撃を見事なスウェーで避けた貴道は渾身最後の一発を蠍の腹へ突き刺した。
「おい、まだ一発残ってるぜ――!」
●歌
ダーヴィト・ロズクレー、そして何よりキング・スコルピオの戦死は砂蠍軍に致命的な動揺を与える事となった。
苦戦を余儀なくされていた左翼は息を吹き返した幻想兵の奮闘もありこれを盛り返し、右翼も又敵を撃退するに到ったのだ。
デッドエンド・バーンは事態を悟り、残存する『死滅旅団』を束ね、撤退した事も付け加えておく。
そうして戦争が終わる頃――
埃に塗れた戦場に小さく小さく歌が響く。
――そーあーいむすかーりー♪ すかーりー♪ すかーりー♪
それは何処か物悲しく、それは何処か気楽なようで。
音色の本音も正体も、地面に寝て青空を眺める奏にしか分からなかった。
――ざんげちゃん、さよなら……
空の彼方に浮かぶ神殿を目を細めて見た。
呼びかけに応える者は無く、明滅する意識を長く支える手段は無い。
――これで、よかったんだ。
届かない星に手を伸ばし、何処までも自由に生きた。
或る意味で蠍の王も、彼女自身も変わらない。
見果てぬ『何か』に咽びながら、それでも好きにやり切った――筈。
本当に? と自問自答しても答えは返らなかった。
だから、御幣島 戦神 奏にとってこの結末は間違っていない。
きっと間違っていなかったのだろう。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
YAMIDEITEIです。
132人全員描写したと思います。抜けてたらご指摘下さい。
全体的によく頑張ったからの結果です。
キングが逃げれば失敗なので、仕留めきれたのは奮戦が故でしょう。
本シナリオでは特別な結果が出ています。
『黒陣白刃』御幣島 戦神 奏(p3p000216)さん及び『皇帝のバンギャ』一条院・綺亜羅(p3p004797)さんに関しては別途処理で死亡判定が付与されます。
ちなみに後述スコルピオハンドはリネーム出来ませんが仕様です。
シナリオ、お疲れ様でした。
※郷田 貴道(p3p000401)が『スコルピオハンド』を獲得しました!
※※下記が上記二名のプレイングとなります。
御幣島 戦神 奏プレイング
------------------------------
>盗賊王
ここを突破したら私達は「どうするの」?
…でも約束は守ってよね
こっちが「片付いたら」また会いに来るから
私はもう負けたくない
何にも誰にも
さあ始めよう!猛き闘争をね!
前に出過ぎず、自軍の戦力に合わせる
接敵後リジェネ
優先は幻想兵>ローレット
・ローレット→攻撃集中、格闘
・幻想兵→豪鬼喝
ぽこちゃかは囲まれたら使用
ローレットの施術は拒否しない
負けそうになら素直に投降
で即寝返り
騙して悪いけど砂蠍を潰す仕事は終わってないのさ
パンドラ可
私はまだ戦える
私は戦場を渡る黒い鳥
足掻いて奇跡だって起こしてやる
死ぬ時は死ぬ
ざんげちゃん、さよなら…これで、よかったんだ
鼻歌
そーあーいむすかーりー♪すかーりー♪すかーりー♪
一条・綺亜羅プレイング
------------------------------
蠍王は猜疑心がつよく王の器に非ず。高転びに転ぶなり。
反転なき個は死の覚悟もっても連携を崩せぬ。
皇帝よ この戦いから個の武勇の限界を悟られよ。
不殺には防御集中で不殺、殺意の攻撃には殺意の鉄帝娘通過じゃ
あいすまぬ、ちょっと通るぞよ。
方針:熱狂がさめないうちに。
軍馬騎乗で範囲攻撃避けながら赤き熱狂で士気を鼓舞、全員突撃貴族の壊走を図る。
天下取りの夢見る間は回復、遠短攻撃フォローしあい共に首都を目指そう。
ほら貝吹き正面突貫
最期の一人まで首都を目指せ
軍馬落ちたら自ら先陣、革命の女神じゃ
全力攻撃+攻撃集中
爆彩花(おもい)で運命を切り開く
王の死は熱狂の終わり
反転希望
GMコメント
YAMIDEITEIっす。
と、言う訳で激動の蠍編、決戦の時間と相成りました。
以下詳細。
●決戦シナリオの注意
当シナリオは『決戦シナリオ』です。
他『<ジーニアス・ゲイム>あの蠍座のように』『<ジーニアス・ゲイム>Prison=Hugin』『<ジーニアス・ゲイム>イーグルハート』『<ジーニアス・ゲイム>Defend orders the Luxion』『<ジーニアス・ゲイム>南方海域解放戦線』『<ジーニアス・ゲイム>紅蓮の巨人』にはどれか一つしか参加できません。ご注意ください。
●依頼達成条件
・『盗賊王』キング・スコルピオの撃破
・『新生砂蠍本隊』を王都に到達させず食い止める事
●荒野の激戦
新生砂蠍本隊は南部占領地域から幻想王都メフ・メフィートを目指して北上中です。
本隊の他複数の大部隊を有する蠍軍は彼等を先鋒にしつつ盗賊王本人が率いるこの本隊を王都の喉に突き刺す事を狙っています。
今回の依頼でローレット側が本隊と会敵するのは王都からそう離れていない荒野です。
開けたロケーションで大部隊同士が激突するには適した地形です。
その分小細工は効き難く、酷い消耗戦と高い死傷率が予測されます。
●友軍
幻想側の兵力が三百程度存在します。
騎士が二十名、彼等に束ねられた兵隊が二百数十名。
彼等は(彼等の思う)名誉と国の為に戦いますが、北部戦線に招集されていない予備兵力なので練度は低いです。数はそれなりですが強くはないです。
但し数とその存在は確実に重要な意味を持っています。
ローレット側の対応次第で役に立ちます。上手く使いましょう。
●新生砂蠍本隊
数は大凡五百前後と推測されます。
数は非常に多いですが、全員が精強な訳ではありません。
雑兵レベルも混ざっています。
特筆するべきユニットとして以下が存在します。
1、『盗賊王』キング・スコルピオ
言わずと知れた砂蠍の王。
極めて高い技量と殺傷力、執念深さを持ち合わせる盗賊の中の盗賊。
非常な悪党で残忍。しかし悪のカリスマと相応の頭脳を併せ持ちます。
以下、分かっている限りの攻撃方法等。
・ヒートブラッド(自付与・命中、回避、CT、EXA強化)
・スコルピオ・ダンス(物至単・連・不吉・不運)
・ブラッディ・テイル(物近扇・出血・流血・失血)
・EX モータル・アンタレス(物至域・不明)
2、『クルーエルリッパー』デッドエンド・バーン(死滅旅団)
遊撃。元死滅旅団の団長。
本人は練度の高いアサシンであり、配下と共に連撃必殺を誇ります。
彼も配下も命中回避クリティカル値が非常に高く、連属性の連続攻撃を連携良く放ってきます。戦場の様々な場所に神出鬼没に現れるでしょう。
3、『巨獣』ダーヴィト・ロズグレー(黒獣盗賊団)
黒獣盗賊団という武闘派を率いる巨漢。
驚異的な耐久力と攻撃力が自慢のパワーファイター。
蠍軍の先鋒を務め、配下と共に前線で暴れ回ります。
前線指揮官の役割を持っています。
4、『黒陣白刃』御幣島 戦神 奏(p3p000216)
右翼部隊に存在。
元(?)ローレット所属のイレギュラーズ。
砂蠍の一員として(?)戦場に顔を出しています。
メタ的情報ですが蠍の秘毒を受けている状態です。解毒されなければ助かりません。
5、『皇帝のバンギャ』一条院・綺亜羅(p3p004797)
左翼部隊に存在。
元(?)ローレット所属のイレギュラーズ。
砂蠍の一員として(?)戦場に顔を出しています。
メタ的情報ですが蠍の秘毒を受けている状態です。解毒されなければ助かりません。
●謎の影
謎です。しかして碌な存在ではないでしょう。
●プレイング書式
『必ず』守って下さいませ。
守らないと出番が無いのみならず、死傷率が上がると考えて下さい。
【貴族指揮】:いまいち使えない幻想の大部隊の面倒を見て機能させます。彼等は弱く、士気が落ちやすく、不利に逃走しかねない為、或る意味一番大事です。
【先鋒主戦】:正面で敵の勢いを食い止める花形です。vsダーヴィド
【右翼阻止】:回り込んでくる右翼舞台に対応します。vs(?)奏
【左翼対応】:回り込んでくる左翼舞台に対応します。vs(?)綺亜羅
【撃破部隊】:ある程度温存し、中後方で指揮を取る盗賊王を仕留める為の部隊です。盗賊王は生半可な相手ではなく予期せぬ事態も推測される事から一番危険です。
【救援部隊】:【救援部隊】の数により幾らか死傷率が下がります。比較的安全ですが、他部隊と同じく死ぬ時は死にますのでお忘れなく。
【貴族指揮】が甘いと幻想軍が崩壊します。(崩壊しなければ各所にプラス補正有)
【先鋒主戦】に敗北すると戦線が破られます。
【右翼阻止】に失敗すると【貴族指揮】が大幅に乱れ【先鋒主戦】が不利になります。
【左翼対応】に失敗すると【貴族指揮】が大幅に乱れ【先鋒主戦】が不利になります。
【撃破部隊】の実力でキングを仕留められるかどうか、不測の事態への対応がどうなるかが左右します。多数を置くより実力が高い精鋭編成をお勧めします。
【救援部隊】は各所の損耗率、死傷率に影響を与えます。機動力が高い、回復性能が高い等、得手を持つ人が活躍しやすいでしょう。
一行目に上記から【】内にくくられた選択肢を選び、それだけを書いて下さい。
二行目に同行者(ID)、或いは【】でくくったチーム名だけを書いて下さい。
三行目以降は自由です。
例
【撃破部隊】
【主人公チーム!】
かっこよく倒す。おれはつよい。
※三行目までには決められた事以外は一切書かないようお願いします。記述を端折る事、【】をつけない事、指定以外を書く事全て行わないようにお願いします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
決戦ですが、これはVHです。
失敗する時はしますし、死ぬ時は死にたくなくても死にます。ご注意下さい。
以上、宜しくご参加下さいませ。
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