シナリオ詳細
青薔薇は夜に咲く
オープニング
●凍ったシャンパンの夜
夜空には星。
瞬く星。
冷たい青薔薇の凍ったシャンパンは一分も揺れない。
――らない。
光の漏れる、豪奢な部屋の中には喧騒。
甲高い声でまくしたてるように阿る誰かが居る。
媚び諂った表情で機嫌を伺うように言葉を選ぶ誰かが居る。
豪華な料理に、華やかな装い。設えられた空間全てが己の為だけに存在する事を彼女は――リーゼロッテ・アーベントロートは知っていた。
――つまらない――
高貴たる、至極の令嬢。アーベントロート侯爵家の一粒種。
青薔薇というまさに幻想の証明であるかのような彼女は、大凡余人の望む殆ど全てのものを持ち合わせて生まれてきた。
それは圧倒的な美貌である。
それは凄絶なまでの才覚である。
それは生まれの担保する絶対的な権力である――
しかしながら、彼女は多分に厭世的ですらあった。
普段はその憂鬱は姿を潜める事もある。他者に対して華やかに、嗜虐的に振る舞い、遊興の名の下に国を、人々を弄り、翻弄する――その理由や善悪、時に結果さえどうでも良く、彼女はしたいようにしている。それは良い。それはそれで真実だ。
しかしながら――
「……辟易しておられるようで」
「分かっているならば、口にしないで頂戴な」
サリューの王とも称されるクリスチアン・バダンデール――自身の麾下にある名うての大商人に声を掛けられたリーゼロッテは心底からげんなりした声でそう応じた。
目の眩まんばかりのパーティは『リーゼロッテ・アーベントロートを祝う為だけに開催された誕生パーティ』である。国内外の名士が集まり、殆ど財宝と呼んでいい位の『贈り物』がうず高く積まれていた。その全てを実は一顧だにしていない彼女はそれでも如才なく貴族達の相手を済ませ、夜風に当たっていた所だった。
「案外と、感傷的なお方だ」
「死にたいならばそう仰いなさいな」
「とんでもない。私もまだやり残した事は多いのですよ」
視線もやらず剣呑な殺気を放ったリーゼロッテにクリスチアンは肩を竦めた。
「私は商人だ。商人とは、顧客のニーズを掴むのがそもそもの生業でしてね。
今夜の貴方に必要なのは通り一遍に歓心を買う言葉でもないでしょう?」
「嫌な男」
嘆息したリーゼロッテの言葉は夜に解ける極々小さな呟きだ。
成る程、訳知り顔で近付いてきたこの男の言葉は正鵠を射抜いていた。
このパーティに集まった人間の内、どれだけが本当に自分を祝っているのだろう――そう考える事がまず今夜の嫌気の第一歩だからだ。
贈り物は素晴らしい。
言葉は自分を称えるものばかりだ。
集まった全ての人間が嘘を吐いている訳でもないだろう。
しかし、それでも。
「――確かに、ニーズには合うかしら。上滑りする空虚な舞台はもう沢山」
薔薇の園の主役(プリマドンナ)は、踊れもしないキャスト達にうんざりしている。故に気心の知れている――クリスチアンとの会話は多少なりとも慰めになった。
理由も無い虚しさを多少は撹拌する程度の意味はあったのだ。
「さて、私としては更なるご注進をする準備がありますが」
「流石、天才商人だわね。面白かったら褒めて差し上げてよ」
「では」
にっこり笑ったクリスチアンは芝居掛かった一礼をして『それ』を告げる。
「――――」
リーゼロッテは息を呑み、その視線は「では失礼」と踵を返したクリスチアンの背中を追った。
(……本当に、如才のない)
『それ』を告げられた自分が一人になりたい、と考える事まで見切っているかのようだ。
今の表情を他人に見せる心算が無い事をきっと『理解』しているのだろう。
「嫌な男」
その薄い唇から微かに白い息を吐き出したリーゼロッテは考えた。
――オトモダチ、か。
「この会が気に入らないのならば、本当の友人を招待すれば宜しい」。
クリスチアンの言葉はこの夜初めて凍ったシャンパンの水面を揺らしていた。
- 青薔薇は夜に咲く完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2018年11月03日 21時45分
- 参加人数91/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 91 人
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参加者一覧(91人)
リプレイ
●壁の花
腫れ物に触るような態度と、伏し目がちな視線。
強大にして高貴なるアーベントロートに阿る言葉と、その逆――最初から酷く敵対的な態度。
……そんな『日常』に触れた最初が何時の頃なのか、もう私は覚えていない。
物心ついた時から父の姿は無く、側仕えには「ご病気であらせられます」とだけ告げられた。
幼い私が家を取り仕切るのは簡単な筈では無かったが、『知らない彼』の敷いたレールは完璧過ぎて。
やがて私が一端の大人になるまでの全ては彼の采配の通りで十分だった。
レールが終端を迎え、私が家を取り仕切るようになってから随分と経つが――未だに彼に『会った』事はない。
――アーベントロート侯は、暗殺令嬢に殺されてしまったのだ――
人の口の端に上るそんな噂話を耳にする度に、私は何とも苦笑する。
私は確かに人殺しの術に長けてはいるが、会った事も無い親を殺したと言われるのは心外だ。
第一、アーベントロートの家がそれ程までに悪辣で、代々アサッシンを排出しているのだとすれば、これ程までに慎重で奇妙な采配を振るうお父様――私は彼が病気なのだという話を正直信じては居ない――とやらがどれ程の怪物なのか考えるのも億劫なのである。
私は、産まれた時からリーゼロッテ・アーベントロートであり、世間の人物評は概ね正しい。
『幻想の毒花』だの『冷たい青薔薇』だの呼ばれて然るべき行動を取ってもいるし、それ自体はやむを得ないと諦めてもいる。
だけどね。
楽しいお茶会で毒殺を疑われ、綺羅びやか舞踏会で壁の花になるのは楽しくはないわ。
自業自得と言えばそれまでだけれど、たまに『そうでない時間』を望んだ所で、それは贅沢とは言わないのではなくて?
●お茶会
「推しのお誕生日会に出席できるんだお!」
ニルにとっては少なくともそれは福音だった。
ローレットに届けられた手紙には青の蝋印。描かれる紋章は薔薇十字――
寝耳に水、青天の霹靂――表す言葉は何でも良い。
兎に角、ローレットに――イレギュラーズに届けられた招待は実に珍しいものだった。
無論、体面上は義務の体裁を取っていない。しかしながら、何らかの『圧』を疑わずにはいられないその誘いは、この幻想で最も強大な権力を振るう貴族御三家――アーベントロート家の令嬢、リーゼロッテ・アーベントロートからの誕生会への参加を促すものだった。
本日は十月十五日。彼女の誕生日当日はもう過ぎ去った十月十三日である。一派の威信と力を示すように豪華に行われたと聞くパーティは既に過ぎ去ったものであり、今回は時期を外した二度目である。
何かを疑う材料も十分であり、イレギュラーズが生粋の幻想国民だったのならば、多くがこんな話には乗らなかっただろう。
(幻想でもっとも危険な人か……
別に武器の使い方を誤れば誰だって危険な人になるからそこらへんは気にしない方がいいかな?
もしかしたら、案外そういうのを気にしているかもしれないし……)
しかしながらこのサイズのように善良と言うか、命知らずと言うか、知らぬが仏と言うか。
(自分の誕生日にオトモダチを招待しようなんて、一体誰の入れ知恵なのかしらね?
……まっ、細かい事はこの際言いっこなしね。
あの子をこうして直接お祝い出来るんだもの。
……って、いつの間にか普通に友人を祝うみたいな事を考えてるわね、私)
自分で考えておいて少し照れた竜胆の考えた通りである。氷山の一角を切り取った彼女とローレットの付き合いが比較的温暖だった事が奏功したと言うべきか――或る種『物好き』なイレギュラーズ達は案外彼女の事を嫌いでは無かったらしい。
(夏にお会いしてから、憧れる気持ちはますます強まってて……
嗚呼、お誕生日会に招待されて気分は有頂天? 喜んで頂ければ何よりなのです……!)
……嫌いではない、所か。先のニルや、わざわざ断崖絶壁から希少な花を摘むという冒険を準備として繰り広げたふわりの様子を見るに『好き』が強い者も多いようで、令嬢の思惑はどうあれ、どうやらパーティの為に設えられた広い屋敷、会場を寂しくするという事はしないでも済みそうだった。
「御機嫌よう、リーゼロッテ。
こうして直接会うのはあの夏の日以来かしら?
兎も角、今日はお招きありがとう。そしてお誕生日おめでとう。
……貴方は結局、これで何歳になったのかしら?」
「流石にこういうのには縁遠くてな、いまいち勝手が分からねえが。
……おっと、気ぃつけるが、無作法があっても許してくれよ」
「すいません。庶民の生まれでこのような席は不慣れでして」
「――楽しんで頂ければそれで結構。おいでくださり感謝いたしますわ」
見知った竜胆と、ドレスコードが無いならば、と無難な背広に身を包んだ義弘、シンプルな青いドレスを纏ったフロウの自信無さげな様子、にスカートを摘んだリーゼロッテが一礼した。最後に竜胆に「二人きりならば教えて差し上げるのも吝かではございませんけれど?」と付け足すのも忘れない。
無論、頷いたや否や――取って喰われそうな微笑みなのは言うまでもない。
「ごきげんよう、異世界の侯爵家が次女、ケイティ・アーリフェルドですわ。
リーゼロッテ様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
「あら、お揃い」と目を丸くした彼女にケイティは言う。
「それなりの時間をローレットで過ごしたので、こういった場での作法を忘れがちですの。
召喚前は何度か出席する機会があったのですけど――なにか失礼があったら、ご免なさいましね?
ええ、召喚されてから、色々、本当に色々ありまして……
マナーを気にしてる余裕がありませんでしたの、生きていくのに必死でして」
令嬢が『礼儀作法(スキル)』をふっ飛ばした説明としてはこれは中々至上である。
「オーホッホッホ! 不肖私、キルロード家が長女、ガーベラ・キルロード!
この度、お招きに預かり、リーゼロッテ様へお祝いの言葉を述べに参りましたわ!
お誕生日おめでとうございますわ! リーゼロッテ様!
これうちの農園で採れた野菜達ですわ! どうぞ、召し上がってくださいませ!」
おぜう様(勢い系)としてはガーベラも中々凄い。
「それとは別に……個人的なプレゼントとしてこちらを受け取ってください。
青薔薇はリーゼロッテ様を象徴する花……花言葉も『夢かなう』『奇跡』『神の祝福』と素敵な物ばかりですわ!
後、麦わら帽子はその……私のお手製ですの。その……迷惑だったでしょうか?」
「あらやだ。なにかわいいこのいきもの」
素を出すな。
「……ではなくて、有難う存じますわ。ふふ、来年の夏は被っていこうかしら」
良し。
「り、り、リーゼロッテ様におかれましてはごきごきご機嫌うるわうるわしゅ……
申し遅れました、私エマと申しまして。夏にちょっとお会いしましたが、覚えてます? ひひひ。
あ、ああ、あのぅ……。念のため伺いますが、このご招待、何かの間違いって事はないですよね。え、えひ、ひひ……」
「私、そんなに物覚えは悪い方ではございませんのよ」
「そ、そうですね。ひ、ひひ、大変失礼を言って――」
「――ですから」
エマにぐっと顔を近付けたリーゼロッテは念を押す。
「貴女は私のオトモダチ。当家のお客様として胸を張って下さいまし」
……エマが、壊れそうである。
「先のサーカスの際のご協力、ご尽力、感謝してもしきれません……
おこがましく、また押し付けがましいかもしれませんが……お誕生日ということで何かできないかと! 気持ちばかりの贈り物です!
お誕生日おめでとうございます、益々のご活躍をお祈りいたします!」
「あら、何方かと思えば」
「お許し下さい! 私は! 死にたくありません!!!」←反射
「やぁ、お誕生日おめでとう。手術とか面倒くさいから、出来れば首は飛ばさないでくれると嬉しいな」
面白い事をしないと死の宣告が降りかかる灰だが、今日は紅茶と花束と――騎士が姫に贈るには真っ当な品であり、賄賂芸とかはしないらしい。
そんな彼の惨状に全くフォローになっていないフォローをする辺り、黄瀬の性格は良く知れる所である。
「初めましてリーゼロッテ様。私はオーガストというしがない魔女です。お会い出来てアイムハッピーですよ」
「連れ共々――お招き頂き感謝する」
オーガストの自由な物言いに苦笑するのはクライムだ。
「しかし誕生日会とは意外と可愛らしいところもあるんですねえ……」
「ステラ……そういう言葉は結構聞こえているらしいぞ? なんて言うのだったかヘル・イヤー的な?」
小声で自身に囁くオーガストに苦労性のクライムが律儀なツッコミを入れている。
聞こえているのかいないのか、リーゼロッテは特にそれを咎める事は無く。可憐に優雅に一礼した。
「兎に角、祝いに来たのは間違いない。嬢には悪いがこの不躾な物言いを許して欲しい、生憎言葉の乏しい放浪者で」
「来て下さったのですから、各々自分らしく――で宜しいかと存じますわよ」
寛大なるおぜう様は今日は細かい事に拘る心算は無いようだ。
(……これ、がお誕生会、だね、窓の外から見たことある、よ。
みんな笑ってて、とっても、たのしそう、だった、な)
眩しそうに目を細めて辺りをキョロキョロと見回すコゼットは見るもの全てが新鮮に感じられていた。
この場に自分自身が居る事が、在る事が、何ともふわふわと――嬉しかった。
昼間の時間、一同が通されたのはアーベントロート家の誇るそれは広く豪奢な食堂だった。
「流石暗殺令嬢、どれもレベルが高い……店の参考には出来んか」
「……」
「……機嫌を直したまえ」
「だってー」
沢山のお菓子を前にもルアナは頬を膨らめている。
困ったように頬を掻いたグレイシアは暫く前のやり取りを思い出して『失敗』を痛感する。
「……一緒に踊れるようになったら、その時に、な」
「おじさまの身長が縮むか、ルアナが育つまで無理とか何年待ち?」
やけ食いの決まったルアナと困り顔をするグレイシアの微笑ましいやり取りはさて置いて。
ともあれ、リーゼロッテ曰くの『お茶会』は至極の贅沢をもってゲスト達を歓待するかのようである。白いシルクのクロスが一分の隙も乱れも無く張られた無垢材のテーブルの上には、軽食からお菓子まで――文字通り多くの人間が細心の注意をもって手をかけた『御馳走』が準備されている。
「リーゼロッテ、さま、お誕生会、誘ってくれて、ありがとう……ござい、ます。
誘ってくれて、とっても嬉しい、です。お誕生日、おめでとう」
はにかんだような顔を見せた少女(コゼット)が拙く言って、ウサギの足のアクセサリーを差し出した。
「あら素敵」と幸運のお守りを自身のドレスに飾って見せたリーゼロッテは「ありがとう。お菓子もお茶も――全てどうぞ」と柔らかく笑う。
「このお菓子、おいしいですね。いくらでも食べられてしまいます」
挨拶を終えたワルドが手を伸ばした焼き菓子は上質の小麦とバターで焼き上げられた至極の逸品である。
「ふむ、確かに凄い。どの菓子も上等そうだな……流石と言うべきなのか。
私も紅茶と共に頂くとしよう。甘味は大いに好物故。顔に似合わず、と言ってくれるな。自分でもそう思うのだ」
クールな面立ちに困ったような風情を乗せたルツの言葉にリーゼロッテはコロコロと笑っていた。
「よう、お嬢様。誕生日おめでとうだ。招待してくれてありがとよ。先に贈ったプレゼントは届いたか?」
「中々、個性的な贈り物でしたわねえ」
「……あ、届いたなら良かったぜ。
……リーゼロッテ美人だし、似合うとおも……いや、ほんとほんと。怒らないでくれよ?」
突然言い訳めいたミーナが送りつけたのは所謂バニーなアレである。見たい? だめー。
(危険な噂ばかり聞く名高き暗殺令嬢……だけれど。会ってみると剣呑さばかりという感じでも無さそう?)
ジト目でミーナを苛めるリーゼロッテの姿を見た佐那はそんな風に考えた。
確かに身分の差やらはあるのだろうが、今日の彼女は同年代とじゃれている年頃のお嬢様に見えなくもない。
(むしろ、不思議と興味が沸くタイプ……かしら。ふふ、ミステリアスってこんな人の事を言うのかしらね?)
そんな事を考えていると、ふと目が合った。
「どうして今日、誕生――」
「――今日の紅茶は、身共の管理する農園から届けられたものとなりますの」
「あ、美味し……」
佐那の問いは被さった言葉に遮られた。
ミーナをグリグリする事に飽きたらしい令嬢は少し得意気な笑みを見せる。
「うん、大変結構なお手前なのである。招待に預かり感謝しているのである。
今日という日がリーゼロッテ殿にとって良き日になりますように」
うんうん、と頷いたローガンが心から――感謝と祝辞を口にした。
成る程、菓子も凄いが、特に紅茶の香りは一杯で庶民が何日生活出来るか分からない雰囲気をたたえている。
これだけ置いておけば何かしら誰かの好みに合うだろう――とばかりに張られた弾幕は完璧な迎撃体制と言えるだろう。
「えぇっと、本日は招待ありがとう?
紅茶美味しいです。その、リーゼロッテ様におかれましてご機嫌麗しゅう……?
いや、ええと――もう、上手く言えない。誕生日おめでとう。あなたに最高の祝福を。
またこのよき日が繰り返されるように祈っているわ」
「初めましてですね! 招待ありがとうございますです!
お誕生日おめでとうございますなのですよ!」
久遠に続き「これだけは言えれば満足」と一生懸命考えていたトゥエルが一息に言った。
「あ、でもリーゼロッテさんに聞きたいことがありました。
どうしてそんなに可愛いのですか? 日々の運動? それとも美味しい料理ですか? もしかして恋というやつとか!」
ガンガン行く連れ(トゥエル)に久遠が少しハラハラとした顔をした。
「あらあら。そうですわねぇ」
リーゼロッテは気にした風も無く、
「運動(しごと)と食事は大切ですわね。恋は――素敵な方がいらっしゃったら」
彼女の仕事が何であるかは言わぬが花というヤツだ。「失礼」と軽く頭を下げたリーゼロッテが床の方に視線を投げた。
そこには困り顔のロクが居る。
「テーブルマナーは知らないけど!お茶会にそんなの関係ないはず! はず!
……食器持てないや! 犬食いになっちゃうけどこれ大丈夫なのかな……」
少なからず『いい子にしておこう』と思うロクがプレッシャーを感じていると、リーゼロッテは手元の銀の鈴(ベル)を鳴らす。
途端に現れた使用人がロクの食べやすい器を用意する。「シェフさん、シェフさん! あの一時期ものすごく話題になった異世界プリンは作れるのかな!」と円な瞳を輝かせるロクの言葉を受け、リーゼロッテは「良いように」とだけ告げ、使用人は頷いて厨房と連絡を取り始める。
「本当に素敵なお茶会です」
ペットのネリーが粗相をしないか心配だったが、この様子なら大きな問題は無さそうだ、とエリーナ。
まったく、いたれりつくせりとはこの事だ。
「リーゼロッテ様って良い人なんですねー」
何故かバニー姿でお茶会を楽しむ美由紀はのんびりした口調でそう言った。
……まぁ、彼女が意気揚々とイレギュラーズを遇する至上の贅沢が幻想国民からの搾取によって成り立っているのは、明々白々、余りに疑いない事実なのだが。元より善良な相手でなし――祝いの席にそれを考えるのも余りに野暮なので置いておく。
誕生会というイベント柄、主役の周りには入れ替わり立ち替わり様々なキャストが顔を出す。
(来客は多く、何をしでかすか分からないイレギュラーズの群れ。
当然アーベントロート家の従業員なら対処可能だろうけれど、人手は多いほうがいいだろうから――)
「おめでとうございます」の一言を告げられたからには本懐は遂げている。
ならば次はと執事服に身を包み。
(洗練されたバランスを、少しだけ崩した味と香り。
洗練された常用の紅茶から非日常へ変化をつければ、少しはティーカップも揺れてくれるだろうか――)
お姫様への呈茶の栄誉に預かるマルクの一方で、
「ええ。メイドとしての務めを果たさせて頂きますとも」
メイドに励む(?)鶫の姿もある。
(成すべき事は一つ。リーゼロッテお嬢様とご友人方の時間がより良いものとなるように、尽力を尽くす事。
何にせよ、本日の私はメイドにして黒衣(くろご)。主役の方々をそっと手助けする存在です)
どうしてこの日にそんな役回りを選んだ彼女は控えめに、しかししっかりと宣言する。
「何か私に出来る事が御座いましたら、何なりと――」
「誕生日おめでとう、じゃな。幾つになっても、誕生日というのは良いものじゃ。
折角じゃから、なんかローレット絡みの愉快な話をしようか。何がいいかのぅ……鉄帝でのバカ騒ぎとかはどうじゃ?」
フィット&フレアーの黒いパーティドレスを纏ったニアは大人びた姿とは裏腹に実に屈託なく嬉しそうに言う。
「うふふ、あの人達本当に『馬鹿』ですから。面白いお話も聞けそうです」
敵国を語るその言葉に若干の毒を匂ったのはご愛嬌――お嬢様も楽しそうである。
「此度はお招きいただきありがとうございます、アーベントロート様。
そうですね、僭越ながら――この機会を賜りますれば、私の身の上話などを一つ。
冒険者というものは未知を求める生き物。されどその過程で力というものも求められるのです。
力という物は塔のような物。高みに登れば登る程他の者からはその力を畏怖され、並び立つ者は減っていく
その果てへと至った者としての忠告を。
だからこそ共に力を認め合い、肩を並べる事が出来る友というものは何物にも代え難き宝となるのです。
――無論、この私にとっても」
表情を変えずに視線を注ぐ令嬢にアミーリアは言葉を手向ける。
「それでは善き日を、"リーゼロッテ嬢"。貴女が真に望むものが見つかりますよう」
ざわざわがやがやとお茶会は雑然としながらも多くの歓談を帯び、予想外にリラックスした時間を作り出していた。
「――これはこれはウルワシイお嬢サマ。お呼びくださり感謝シマスってなあ。
いやあ、こりゃあとんでもねえ豪邸だねえ。まずはそれに驚いたぜ。
こんな機会は早々ねえ、早速ウマいメシと酒を……あん? 酒はねえのかい!」
「うふふ。グドルフ様はお酒を所望いたしますのね。メイドにでも用意させましょうか? それとも、私が手酌をした方がお好みかしら」
グドルフの何とも『山賊らしい』物言いは薔薇の屋敷の瀟洒なお茶会にはとてもとても似合わないのだが――酷く上機嫌なリーゼロッテは実ににこやかにそんな冗句すら述べてみせる。
「お誕生日おめでとう!
一年無事に過ごせて何よりだわ。楽しい一年だったかしら。
来年まで健やかである事をお祈りしているわ」
「またおめでとうを言えますように――今度は当日に言えたら良いわね!」。そう言葉を結んだ焔珠にリーゼロッテは「ええ。それは――まぁ、色々と面倒くさい方々が居るのは確かなのですけれど」と応じて見せた。
「お誘い感謝するぜ、そして誕生日おめでとうさん、とまずは一言。随分沢山呼んだな、大分賑やかになったもんだ」
「……意外、にもですわね」
クロバの軽口に微妙な反応を見せたリーゼロッテは元より彼の『眼鏡に叶う』それは素晴らしい美人なのだが、良く良く見れば今日は薄く化粧を載せている。少なくともイレギュラーズが余り相対した事の無い令嬢としての顔を見せる彼女は実に、実に華やかだった。
(うむ、さすが令嬢と言われるだけあるの。
下着一枚で目を白黒させておったあの時とは比べ物にならぬ。
まさに別嬪じゃな――そして何よりもこの邸の雰囲気が良い!)
満足気に頷く大二はそこんじょそこらの成金では到底発する事の出来ない『まさしくワシのいた上流階級、セレブリティのみが持つことのできる雰囲気』を満喫している。
「見知った顔が多い故、そう目新しくは無いが――どれ、ワシともお話を宜しいかな?」
「ええ、勿論」
如才なくニッコリと笑った令嬢に大二は目を細める。
普段の行状がどうあれ、黒のタキシードに身を包んだ彼は一端の紳士であり、彼女はそういう相手に慣れている。
「誕生日おめでとう、リーゼロッテ殿。この度はこの場に招待していただき、ありがとう。
もしも統治に飽きて退屈しているのなら、いつでも声を掛けてね。突拍子もないことなら、言えるから、そう例えば――」
そこで言葉を切ったシャルロットは悪戯気な顔をする。
「――これより、闇市から手に入れた例の物によるジャグリングを披露してもらいま……言っておくけど、冗談よ?」
途端に立ち上った氷点下のオーラに命の危険を感じたシャルロットは手を振るが、それは令嬢の方も心得ていたらしい。「承知しておりますわ」と頷いた彼女は「こういう反応をした方が『面白い』でしょう?」と涼しい顔をしてみせた。
「うむうむ、実に愉快。わらわとしても高名なご令嬢と一度お話をしてみたかった故なぁ」
「こちらに来て日が浅い故、わらわは元の世界の話になってしまうがの」とアミュレッタ。
「盛り上がってるか? お嬢様、笑ってるか?」
席で紅茶を嗜むリーゼロッテに一悟が歩み寄る。
(友だちって何だろうなって考えてて、やっぱ一緒に笑えることが重要じゃねって思ったんだ――)
その為ならば、一悟は命を賭け(て腹踊りをす)る覚悟である。まぁ、実践自体は兎も角な!
「まずはお誕生日おめでとうございます。
ええ、貴女にプレゼントとおっしゃっても――物では、この世界のものでは力不足な気がするのです。
私の世界のお話、それも『貴方好み』の愉快で面白いお話を致しましょうか。
ええ、事実は小説より奇なりというではございませんか」
「ああ、でもそうですね。毒が仕込める青バラの簪なんてものを用意したら受け取ってもらえるでしょうか」。自身への強い興味を隠さず、『笑えない』冗談を自信たっぷりに述べたエリザベートと、
「リーゼロッテ嬢、この度はお誕生日おめでとうございます」
対照的に慣れない敬語に、慣れないパーティの雰囲気。少し気負ったような車椅子のテテスの両方にリーゼロッテは目を細める。
不慣れでも、決して得意でなくても――彼女も含めた面々がこんな場所に居る事、それそのものに意味がある。
此の世の果てまでを探した財宝も嫌いではないが、手作りのチャームに帽子、綺麗な一輪の花。そんなものは何でも持っている彼女が人生においてついぞ手にした事のない、見た事もない『贅沢品』である。
彼等(イレギュラーズ)は酷く気安く、酷く無軌道だ。
だが、恐らくは――混沌において自分にこう接する者は他に誰一人いないのだろうと考える。
(嗚呼、確かに――何て贅沢な)
――おままごと。
商人(クリスチアン)は皮肉を言うのだろう、とリーゼロッテは僅かばかり自嘲した。
彼女がチラリと視線を送った今日という日の立役者は呼ばれもしないのに今日、この場に顔を出していた。
無碍に追い返すのも祝いの日に相応しくないかと思ったが――令嬢は実は多少不満である。
「バダンデール様、噂の貴方にお会いしてみたかったんです。お会いできて光栄で御座います。
ある旅人の話がバダンデール様のご興味を引きそうだったので、その話をしに来たんですよ」
「ほう?」
友好的に見える幻の言葉に興味を引かれたのか先を促すクリスチアン。
「では――」
ニッコリと笑った幻は実に淀み無く話し出す。
「あるところに強く優しい獅子がおりました。獅子は身体の中に虫を飼っておりましたが……
ある時、虫はこの身体の中を毒針を突き刺したなら、この強い獅子はどうなるだろうと思いつきました。
そして恐ろしい事にそんな唯の思いつきを実行してしまったのです。
そこは、虫の住処だというのに。ただ面白そうというだけで!
……これが、ある旅人から聞いた『獅子身中の虫』という話で御座います。
きっと虫はさぞかし愉快だったでしょうね。自分の何十倍も強い獅子が自分の手のひらの上で踊ってるのですから!」
「私にそれを語る理由がさっぱりと分からないが」とクリスチアン。
「でしょうね。ですからお話をしただけです」と幻も涼しい顔である。
「こんな所でクリスチアン殿とも再会できるとはまさしく僥倖!」
腹芸の得意そうな幻とクリスチアンの微妙な空気を元気の良い声が切り裂いた。
「サリュー暴動の時以来であるが息災であったであろうか?
いや、貴殿も梅泉殿もご健勝である事は耳にしておったが、こうしてお会いしてみるまではやはり安心できぬものであるよ!
……うむ! 吾は力ある者が好きである。高みを目指すは才ある者の義務であろう。
貴殿が何をもって勝利とするか知らぬが、成そうとする意志は美少女的に考えて正しい。
無論成せばもっと正しいし、成せずとも間違いではあるまい。
故に吾は大いに応援してるのである。大いに励んで頂きたい――」
言葉は実に好意的で旧来からの友人であるかのように気安い。
「――クハッ、吾が殺せるようになるまで死んでくれるでないぞ!」
結びの言葉が無ければ、の話ではあるが。
「……件の依頼ではお世話になりました……お陰様で此方の顔は立たず、貴方は目的を達成出来たようで……
……ですので、どうか私の事など覚えて下さらぬよう、ローレットには私なぞの様な能無しよりも優秀な人材が居ますので」
先の依頼で彼と関わったクローネの言葉は皮肉たっぷりで、端的に言えば「貴方なぞに関わりたくはない」という冷淡さに満ちていた。
自ら茨に囲まれようとする程、馬鹿では無かったつもりで。ついでに言えば囲まれた茨を無理矢理掻き分けて逃れようとする程、大馬鹿者でも無い――そう己を評価したクローネにとって『出席しなければ棘が立つ』この場で、見知った彼に出会ったのは二重の不運だったという訳だ。
……御覧の通り、リーゼロッテは純粋に祝われている風だが、クリスチアンにおいては多少勝手が違う。
令嬢の手前、お互いに露骨な対決こそ避けるものの、まぁ――彼はイレギュラーズにとって信頼出来る相手でないのは確かなのだ。
「ごきげんよう、サリューの麒麟児。そんな年ではない? 失礼、貴方の瞳がまるで、動物園に来た子供のようだったから」
「中々興味深い視点だね」
自身に応じたクリスチアンの一挙一投足を細くなったイーリンの紫苑の瞳が見つめている。
『天才足り得なかった女』が眺める『天才の風景』は凡百の人間から向けられる奇異の視線であろう。彼女流に言うならば『動物園はどちらか』である。
「美人に見つめられるのは悪くはないが――どうも、そういう話ではなさそうだ」
「そうね。一つ言うならば、民衆は奇跡に弱いものよ。お互い良い奇跡を演出したいものね。サリュー、ムッシュ」
「やれやれ。どうやら諸君等には酷く嫌われているようだね。悲しいよ」
つれないイーリンに、言葉とは裏腹に全く堪えていない様子のクリスチアン。
そんな彼の言葉を「とんでもない!」と真っ向から否定したのはアマリリスである。
「天義まで轟く高名の貴方さまに、お会い出来て――とても光栄です。
貴方の貴重な時間を、少しだけ貸して頂いて――お茶会の話し相手になれればと、そう思って参りました」
ドレスとは程遠い『正装』を纏ったアマリリスの言葉に皮肉も嘘も無い。
天義(ネメシス)の教義に真っ直ぐに――純粋に世界を眺めるアマリリスにとって目の前の男は純粋に語りかけたい価値を持った存在だ。
「貴方様からみて、天義とはどのような国でしょうか?
自分は幻想の国に身を置き、外から見えた天義がなんだか……、嫌われている、のかしら……
いえ、私の信仰心と国への忠誠は変わらないけれど。宜しければご意見を伺えればと」
祖国への敬愛を語る彼女には裏も表も無い。
「――いや、少しは癒やされたよ。有難う美しいお嬢さん(マドモアゼル)」
二枚目は歯の浮くような台詞が嫌味な位に良く似合う。
(……本当に嫌な男……)
自身のやり取りを思い出し、令嬢の顔に本日初めてうんざりした色を乗せた彼女を我に返らせたのはシズカだった。
「――今日という日の事をですね、ぼんやり考えてたら……
メリケンドグをそれはもう作り過ぎまして! リーゼロッテ様はもちろん、皆さんもよろしければ!」
「……あら。あらあら……?」
彼女の差し出したお菓子は所謂アメリカンドッグである。
発音を間違えて覚えている彼女の呼び名はさて置いて、これは貴族の令嬢には中々新鮮な代物だった。
真剣な顔のリーゼロッテは小さな口を大きく開ける努力をしながらも、『人前でかじりつく』というアクションに思い至れず困っている。
「助けて下さいましな」
「ふぇ!? うちの出番かぉ!?」
水を向けられたニルは間近の推しに近寄りたいのに近寄れなかった――良かったね。
閑話休題。
「……この腹が気になるかい?」
漸く齧れたメリケンドグを片手にじっと視線を注ぐお嬢様にポンと腹を叩いたのはゴリョウである。
――手に吸い付く餅のようなすべすべ肌。
ビーズクッションの如く吸い込まれる柔らかさを持つクッション性。
触っているだけで悴んだ手をも包み込む適度な温かさ。
何時までもモチモチと握っていたくなる蠱惑的な感触。
ゴリョウの腹は、そんな人をダメにする系の魅力が詰まっております――!
「……触っても良いのよ?」
もちもち。
もちもちもちもちもちもち。
もちもちもちもちもちもちもちもちもち!!!←暗殺令嬢的連打&多数のイレギュラーズ参戦
「お客様、かず、たくさん、連打はちょっと、アーッ!」
お茶会は終始和やかで――
「個々にデッドラインに挑む! それが死亡上等団よ!
鉄帝は空気読まず虚名に怯まぬ。リーゼロッテの異名が本物か否か試させてもらうぞよ。
鉄帝のドレスコードは筋肉。手を足の如く、足を手の如く動かすのが鉄帝魂じゃ!」
「この異世界にきた以上死亡上等、厨万歳な感じに!
さーて、使用人はさぼってないかな? 探索開始!」
【死亡上等団】なるアレなチームを結成した綺亜羅と鈴音を、
「逆立ちでお茶会に出るな! 便所を探索するな! ア ウ トだ。やめろ!」
「言い分は会場の外で聞くからな」
「リーゼロッテ殿! こちらはしっかり勤めさせて頂く。あと、おめでとうでござるよ!」
【自警(衛)団】なる集団を形成したハロルド、銀、咲耶が迎え撃っている。
(領主の警護は名目で、実際には領主からの警護が主目的ではあるが──最近は砂蠍の襲撃も活発になっているからな)
不平を垂れる【死亡上等団】と笑顔で手をひらひらと振るお嬢様を眺めてにアブステムは小さく溜息を吐いた。
無軌道ながら、羽目を外しすぎる事無く。
「エンジェル・リーゼロッテよ! ゴッドである!
……とと、此度のヒロインはユーである故ゴッドはシェイドに隠れておかねばな!
兎も角、今日のゴッドは秘密のサイレントシークレットゴッドである!
インバイトの礼……という訳でもないが、ゴッドのシャイン、ユーの為に使おう!
ゴッドの今日の喜びは、ユーも招かれしヒーローズ&エンジェルズもゴッドな一日を過ごす事!
輝けるエンジェルにさらなる光を! そのブルーローズに籠められしワードのように!」
何やら良く分からない位に力強い『神様のお墨付き』まで加われば、神に愛され給うた青薔薇の造形も見事に咲いて綻んだ。
思いの外、楽しい時間はあっと言う間に過ぎていく。
●舞踏会
「ご、ごごごごごごご、ご、ごき、きげんっよう……です……」
「はい、御機嫌よう」
屋敷をふらついた結果、幽魅が辿り着いたのは偶然にもまさに舞踏会の始まった邸宅のホールだった。
「私の舞踏会へようこそ。たまにはゆっくり踊ってみるの良いのではなくて?」
「えっ? 舞踏……踊る。
ここってバトルしないの? リーゼロッテのシュサイだっていうからてっきり……」
タキシード姿のイグナートが目を丸くする。
「武闘じゃなくて舞踏……鉄帝じゃない?」
若干疲れた顔をしたリーゼロッテに彼は心配顔で言う。
「ちょっとツカレが見える気がするけれど、ダイジョウブかい? 筋トレする?」
「私は大丈夫ですけれど、今日は一緒に遊びましょうね」←筋トレするとは言わない
懐いた犬のように今にも尻尾を振り出しそうな彼を上手く操縦するリーゼロッテはまぁ、飼い主属性なのだろう。
「リーゼロッテ様、誕生日おめでとう。同じ名前の人間としてお祝いするのよ。
「ええ。幻想のリーゼロッテ、と言うと貴女よ……の次にわたしが思い浮かぶ、そんな魔女になる予定なの」
本当は私が一番――そう言いたいのに言えない、怖かった……わたしのばかばか。
自嘲するリーゼロッテだったが、お祝いをされた同じ名前の当人はそんな偶然が嬉しかったらしく。
「大丈夫ですわ。私にとって幻想のリーゼロッテは、貴方が一番最初に挙がりますから」なんて言ってのける。
青薔薇の屋敷のホールは数十人の参加でもまだ不足が出る位に広々としている。
専属の音楽隊まで用意した舞踏会は屋敷の主が用意した――お誕生会の第二幕といった所である。
「これ、参加してもいいよね?」
そう問うたカタラァナは音楽隊を呑み込んでビッグバンド調にしてしまう野望を持っている。
「初めましてリーゼロッテ様、津久見弥恵と申します。月を彩る華の舞、どうかご覧くださいな?」
カタラァナが音を奏でる者ならば、この弥恵は舞を紡ぐ本職だ。
男女の間でかわされる社交のダンスと趣は違えど、何処までもしなやかな彼女は容易に美を体現する。
(噂通り、青薔薇の名が相応しい美しいお方。恐ろしいお方。しかし、畏れてばかりでは舞姫として祝えませんからね――)
舞姫の舞台は、王宮の絢爛さにも負けない薔薇の邸宅である。
まさに綺羅びやかで、まさに幻想的で――
(未だに何かの間違いなんじゃないかと思っている自分がいる……)
威降に思わず――迷い込んだ異世界の更なる異界に迷い込んだようにすら感じさせてしまう位に現実感というものがない。
「でも――」
鮮やかな青色のドレスに、ハイヒール。
胸元には白いバラのコサージュ。青いトークハットと手袋を身に着けたアクアは場所に似合いに綺麗に着飾っていた。
(おめかしする機会もないし――綺麗な格好するのは、少なからず憧れはあるのよね)
「うふふ、とっても綺麗!」
どうも『可愛い女の子が好き』な節があるリーゼロッテにアクアは気恥ずかしそうに「ありがと」と応じた。
「ねぇ、リーゼロッテさん? このパーティ、どうして、誕生日から少し日を置いたのかしら?」
「『忙しかった』かしら。『仕事』に追われるのはお互いぞっとしませんわよね」
果たして答えが本気なのか冗談なのか、アクアには判別が出来なかった。
舞踏会というイベント柄、特別な二人が雰囲気十分に過ごす機会としても今夜は十分である。
「ふふふ、こんな場所にお呼ばれするなんて――少し気恥ずかしいね?」
冗句めいた余裕は崩さずに、傍らのシャロンに悪戯気な流し目を向けるのは鼎である。
「さて……お姫様、今日は一緒に踊ってくれますか?」
「ふふ、その様子だともうお姫様なんて冗談は言えないね。別に無理にリードしなくても大丈夫だよ?」
今日ばかりは衣装も様子も一味違う――手を差し出したシャロンに鼎は目を丸くする。だが、何処か挑発めいているのは彼女故か。
「前に踊った時は、僕がリードされっぱなしで……でも、今日の僕は違うよ」
「それは……楽しみだね」
室内楽のゆったりとした調べに、シャロンのリードに身を委ね――鼎は満更でもなさそうにしている。
――そう、君のおかげで何もなかった日々に……彩りが生まれて。
ささやかな日常に、光が灯った……素直に、そう思うんだ。
「ここで回って、うん上手だ」
「おや、本当に余裕がありそうだね」
――別に私のお陰でもないよ。そりゃあ、切欠ぐらいにはなったかもしれないけれど……
君の人柄で繋がりが生まれて、君が周りの彩りに気付いたから光が灯った。
全ては元から君が持っていたものに過ぎない。君は君なんだよ、シャロン――
音楽が一度止めば、シャロンは鼎の前に跪く。
「まだまだ頼りない部分も多いかもしれないけど、宜しくお願いします」
「ふふ、そうしてるとほんとに王子様みたいだね?」
手の甲にキスをした彼をそのまま立ち上がらせるように手を引いて――『お返し』をした彼女は何時もの通りに笑うのだ。
「もう少し別の所のほうが良かったのかな?」
鼎は何処までも鼎という事か。
(ポーを誘ったものの、緊張が取れないよ……)
タキシード姿のルチアーノの頬は何時もよりも少し紅潮している。
思えば仕事でダンスの経験はあったけれど、自分が好きになった子を誘って踊るだなんて彼にとっては初めての経験で――舞踏会の風情を盛り上げるムードのある間接照明は彼の顔色をハッキリと映しはしないから、一先ずそれに感謝した。
(舞踏会は、ずっと前の依頼で参加したことはあるけど……勿論それ以来行ってないし、好きな人と踊るのも初めてだし、緊張しちゃう!)
奇しくも彼が手を取るノースポールもまた、彼と同じような事を考えていた。
真っ赤になった顔色が隠せる事を感謝したのもまた同じ。
でもそこは男女の差か――一杯一杯のルチアーノに比べれば、彼女の方は彼の顔を覗き込む余裕があった。
(そっか、ルークも緊張してるんだね……)
申し訳無くも嬉しくも感じてしまう彼女は彼の手をぎゅっと握る。
雪のように白いドレスを纏ったこの瞬間の主役は――
「鳥のように、花のように。足取り軽く、ふわふわひらひら』。
私がダンスを教わった時の言葉だよ――ルークも一緒にやってみて!」
とびきりの笑顔で少しばかり格好のつかなかった王子様をリードする。
楽しそうに踊る姿を見ながら足を運べば、緊張していたルチアーノからも自然な笑顔が零れ出し――
「ダンスって、こんなに楽しいものだったっけ……?」
「ダンスは楽しい時間を紡ぐもの。ずっとこのまま踊り続けたい
それに……君の事、惚れ直したかも。夢中なのはいつもだけどね!」
徐々にペースを取り戻した王子様は、主導権(リード)を姫の手から奪い返した。
「舞踏会と言うのは初めてだが……煌びやかだな。
ドレスコードもリゲルに任せたが……何だか結婚式を思い出すな」
「……喜んでくれたみたいで嬉しいけど」
白いロングドレス姿のポテトが天然な一言を漏らせば、視線を逸し頬を掻いたリゲルは何とも気恥ずかしそうな顔をした。
白地に銀刺繍のタキシードを着こなした彼は成る程、一端の騎士らしくフォーマルな装いが実に様になっている。
恐らくは何処ぞの騎士団長も「うむ」と頷いて太鼓判をくれる、『正しい』風情に違いない。
「……うん、凄く似合っているし格好良いぞ」
頬を染め、瞳を少し潤ませてど真ん中に百五十キロを投げ込むポテトに「そ、そうか」とリゲルは守勢といった風。
音楽が始まればポテトの背中に手を回したリゲルはあくまで優しくリードする。
「き、貴族のダンスは型が決まっているから難しいな」
「大丈夫。慌てず足を運べば転んだりしないし――」
リゲルは優しく彼女に微笑む。
「――転ばせたりしないし、任せておいて」
彼は密着した彼女の耳元で甘く囁く。
「何があってもポテトを守るから」
「――――」
ターンでポテトはバランスを崩し、リゲルは見事に抱き止めた。
「……な? 言っただろ?」
いい雰囲気を醸すのは踊る若い恋人達ばかりではない。
初々しい彼等よりは少しばかりシックな時間を過ごすのは、
「こんばんは、マドモアゼル。もしお一人なら……僕と踊って頂けないかな?」
「あらぁ、こんなに素敵な王子様が声をかけてくれるなんて、私も捨てたものじゃないわねぇ」
芝居がかった、気取った台詞で手を差し出したグレイとそれに如才なく応じたアーリアだった。
窓際で薔薇の夜景と舞踏会の光景を眺めながら時間を過ごしていたアーリアの片手には勿論、素晴らしいシャンパン。
しかし、今夜の彼女は何時もよりは幾らか素面より――大好きなお酒に酔い、設えた舞台に酔う、大人の女性の風情である。
「ドレス姿、とても良く似合っているよアーリアくん。
ふふ……キミと踊る機会が巡るなんて僥倖だ。青薔薇の奇跡、なんて言ったら大袈裟かい?」
「ふふ、私だってこんなに夢心地な体験ができると思っていなかったわぁ」
グレイのリードは手慣れていて初めてのダンスでもアーリアを躓かせるような事はしない。
燕尾服のグレイと真紅のカクテルドレスのアーリアは実に絵になる二人だった。
「これが舞踏会か。とても華やかだね」
「お楽しみ頂けております?」
「勿論。長く生きていてもこういう催しに誘われた事は無かったからとても楽しいよ。
初めての体験というのは良いものだね。礼服はちょっと動きづらいけどね!」
ホストのお嬢様にウィリアムが頷いた。彼はコホンと一つ咳払いをして、
「この度はお招きありがとうございます。改めて、お誕生日おめでとうございます。これからも健やかにお過ごしくださいね」
恐ろしい位に綺麗だと――素直にそう思ったドレス姿の令嬢に祝辞を述べた。
「招待頂き誠に有難く……って柄じゃねえや。ご機嫌はどうかな、お嬢サマ」
「お誕生日おめでとう。折角の舞踏会だし、もし良ければ一曲、踊ってもらえるかな?」
「ああ――お二人共。お久し振り、ですわね」
「依頼で顔を合わせたのは何回か。恋について話したのは割と懐かしいな。
直談判に来た事もあったし……後はすったもんだの挙句ビンタされた……
……………いやなんでもない。アレは俺が悪かった」
ウィリアムの自滅はほっといて、リーゼロッテはティアに頷く。
何度か関わり合いのあった二人の事をリーゼロッテは印象に残していたようだ。
「舞踏会の礼儀作法には詳しくないですが、下から手を取るのが礼儀。ぐらいなら知ってます。
だから、じゃない……ですから、私とも是非踊って頂けたら、と!」
「お目にかかれて光栄です。ルフト=Y=アルゼンタムと申します。今宵の栄誉と、特別に心よりの感謝を」
必死の敬語で拙く誘う衣に、『敢えて』わざとらしい騎士の仕草で片膝をついて見せたルフト。
「へーい、そこの彼女! スティアと一緒に踊らない?
素敵な思い出になると思うよ? 少なくても私の方はね!」
極めつけは、街角のナンパのように言うスティアの登場だ。
(……あれ? 勢いで誘ったけどこれ私が男性役として踊るしかないよね!?)
そりゃあそうだ。何せ相手は小柄で華奢なお姫様オブお姫様である。
やはりと言うべきか、誕生日なのだから当然と言うべきか、彼女の周りには黒山の人が居た。
幻想で最も畏れられる、幻想社交界で最も忌避されるという『壁の花』は今夜ばかりはそのなりを潜めている。
「呼ばれた。故に来た。それ以上の理由は……ないな。そも、お前とは初めて会う気すらするし」
「舞踏会も華やかだが……折角の大きなお屋敷だ。
部屋が何個あるとか。どの程度広いかとか。夜風吹くバルコニーとか。
幻想のトップクラスのお屋敷だろ? どんな感じなのかと思ってな」
専ら観察に回るリジアに不満がある風も無く、「見て回っても?」と尋ねるサンディにもお嬢様は「どうぞ」と応じる。
「どうせ、入ってはいけない所には入る事は出来ませんし――よしんば入っても出る事は出来ませんから問題ございませんわ」
「怪しい商社マンではございますが、一曲お相手願えませんか?」
ダンスは兎も角、フォーマルな着こなしに立ち居振る舞いは堂に入っている。
「先日は『ビジネス』へのご協力、重ねてお礼申し上げます。お陰様であれ以来、多数の引き合いをいただいておりまして。
新しいビジネスのお話をさせていただきたく。今度は……ランジェリー・グラビアなど如何でしょうか。
パンツ経済圏などと囁かれておりますが、持ち主の手を、いや肌を離れた布に何の価値がありましょう。
いえ私あの黒い布の出処等全く存じ上げませんが――」
「うふふふふ。明朝、貴方様にご不幸が起きないことをお祈りしておりますわ!」
この新田寛治という男が、ご令嬢を目の前に、地雷原でタップダンスする姿をもしこの国の貴族達が見たら、どんな顔をするだろう。
それは二つの意味合いを持つ。一つは言わずと知れた和やかな人に囲まれるリーゼロッテであり、
「ええ、勿論。新田さんの安否は兎も角。
うふふ、滅多に誘われないものですから。皆さん全員と――そうですわね。音を上げる位に付き合って頂こうかしら」
二つ目はそんな風にされながら本質的には怒っている様子の見えない彼女の有様であろう。
言葉の選択の一つ一つが何処か蠱惑的で何処か危険なのは彼女が彼女であるが故、なのだろうが――
「思えば貴女が初めてオーダーした依頼。
あれが私にとってもイレギュラーズとしての第一歩になったわね。
この世界を識る切欠でもあって、そういう意味でも私は貴女に感謝しているわ」
綺麗な薔薇に棘があっても――あの『依頼』が暗殺令嬢に相応しい碌なものでなかったとしても、だ。言葉はミスティカの素直な感情を示したものだった。
(孤高の薔薇が醸す毒香は危険なまでに馨しく――
手を伸ばして触れたなら、きっと棘刺すような痛みだけでは済まないのでしょうね)
目を閉じたミスティカは『破滅の女(ファム・ファタル)』のような少女の事を考えた。
『破滅の女』は『運命の女(ファム・ファタル)』と言い換える事も出来る。
だから彼女は告げるのだ。
「貴女の望む『友達』に、私が相応しいかどうかは分からない。私自身、友達と呼べる人は殆どいないから。
でも少なくとも、暇潰しに付き合う程度の事ならできるわよ」
「うふふ、楽しみ――」
「――リーゼロッテ殿! 楽しい時やうれしい時はもっと素直にスマイルスマイル! ですよ!」
底の見えない何時もの微笑を浮かべた彼女にド直球で突貫したのはこれまた彼女とは旧知のルル家である。
「あら、ルル家さ……」
「はい!」
「……」
「……………?」
「…………………」
自身に声を掛けられ振り返った所で硬直したリーゼロッテにルル家は小首を傾げる。
「……ありえない」
「???」
凄みを帯びた表情でボソリと呟いたリーゼロッテにルル家はますます訳がわからない。
彼女の疑問を解決したのはその次の台詞であった。
「幾らドレスコードが無くても、年頃の女の子が舞踏会にその格好はないのではなくて!?」
「ああー」と周囲が納得する。ルル家の纏うのは何時もの襤褸、そのままだった。
「あれ? あれれれ? 拙者は何処へどうなるのです!?」
リーゼロッテがパチンと指を鳴らすと謎の黒装束が何処からともなく現れ、ルル家を担いで去っていく。
「覚悟なさいましな、ルル家さん」
薔薇の主人は薄い唇に酷薄な三日月を刻んでいた。
彼等のコスチュームに薔薇十字の紋章があるのが非常に不吉だが誰も触れないので、触れない方が良いに決まっていた。
楽しげな(?)歓談の様子を眺めているのは史之だった。
(へえー、あれが暗殺令嬢か。噂通り、いや噂以上に綺麗だけれど……
うん。花のようなお姫様だね。したたかで繊細で美しくて、毒が透けて見えるよ。
蜜は甘いだろうけれどそれを知った者はこの世にいない、そんな感じだな)
何処か浮かない調子の彼を物憂げにする理由は――「でも、どうせお姫様だったら」である。
(ああ海洋の空気が恋しい。毒吐きあう時すら爽快な国!
同じ毒ならばさらけだして、どうだと微笑むあの御方が恋しい!)
恋する乙女ならぬ恋する少年は女王陛下の面影と戯れるに忙しいらしい。
そんな彼の横に何となく佇んでいるのはクレッシェントである。
「今宵の僕は地に舞い降りし月の化身……」
三日月を模したカバーを頭部――稲刈り鎌に被った彼は似合わぬ調子でそう言った。
「いや、気障な口上が似合わない事は自分が一番わかってるので!
ですが、恋と言えばルナティック――ルナと言えば、やはり僕なのです」
クレッシェントは誰か踊る相手はいないものかと辺りを見る。
月は太陽の光を受けてこそ輝けるもの。得難い機会なれば、彼は想う。
リーゼロッテの――誰かの心にひと時の間だけでも……仄かな明かりを灯せる事を願うのだ。
宴もたけなわ。
深まり行く夜と共にステップが弾む。
「俺と一曲踊ってくれないかい?」
飄々とした態度にその実強い緊張を滲ませて、令嬢の手を取ったペッカートはワルツの調べに陶酔した。
パートナーは誰もが羨み、誰もが触れなかった毒の花。
「可憐な淑女を放って他のことに思考を割くなんてどうかしているよな」
「女は必ずしも、目の前の相手の事ばかりを考えたりはしませんけれどもね」
「言うねぇ」
ターンを一つ。今夜は気障に台詞も一つ。
「今だけは『あの男』よりも『良い男』に見えるだろ?」
「なんて、冗談だよ」と彼が続けるより先に聡い彼女は意地悪に笑う。
「――あら、『殿方の方』でしたのね?」
「――――」
どちらかとも分からない悪魔はこの切り返しに言葉を失う。
舞踏会は続く。
次々と相手を変えて、くるくると時間は巡る。
ムードも十分に。
「バタンデール候、一緒に『皆の前で踊って』いただけませんか?」
探るような目をした暁蕾、
「いいッスね。クリスチアン先輩踊りましょー。
合法的に体幹とか筋肉のつき方とか体捌きを見る良い機会すし。何ぞこの世界の『天才』ってのを体感しておきたいんすよね」
ドレスの裾から覗く触腕を獰猛に動かしかけ、抑えつけたヴェノムのように。
「お初にお目にかかりますわ、バダンデール公。
ローレットの末席に名を連ねるリノ・ガルシアと申します」
「ははは。今夜は私にも千客万来か」
「是非とも一曲お誘いしたいところですけれど……ふふ、他にもお声を掛けたい方が多そうですわね。
せめて今後もローレットの存在を心の端にでも置いていてくださいませ」
蠱惑の唇に色気と誘惑、それからそれ以上の挑戦を乗せるリノのように。
(いつでも私達は見ているわ、アナタを。アナタがやることも、ぜぇんぶね)
蠍の事件に彼を疑う剣呑も十分に。
色とりどりの色彩を見せる舞踏会のシーンは、成る程、一筋縄ではいかず。
幻想貴族らしい混沌の万華鏡と言えるのかも知れない。
――お誕生日、おめでとうございます。
こうしてお祝いの言葉を送れる機会を設けて頂きありがとうございます――
単純な祝辞の言葉はレジーナにとって何十回と『練習』した特別なものだった。
傲岸不遜でありたい彼女は案外にも瑞々しく、緊張でどうにかなりそうな心臓を宥め。レジーナの名前に恥じぬよう――
「素敵で意地悪で、でもやっぱり綺麗な貴女のことですからお相手は数多いることでしょうが……
よろしければこの我(わたし)と、踊ってはいただけましぇ……っ……!」
――当然の事ながらやらかした。
クスクスという笑みを零した青薔薇の令嬢は赤くなって俯いたレジーナの頤を白魚のような指でくい、と持ち上げて。
「宜しくてよ。『可愛がって』差し上げますから」
紅玉の瞳を細めた彼女はまるで危険な肉食獣のようでレジーナは訳が分からず「ひゃい」とだけ頷いた。
……様々な事情はあれど、何故リーゼロッテが今宵を望んだかはイレギュラーズには分からなかったけれど。
確かに皆、この時ばかりは社交の時間を楽しんでいた。
●青薔薇は夜に咲いた
「あ、やっぱり居た」
全くもってこの夜に『意外極まる』選択をしたのはサクラであった。
「クリスチアンさん(あのひと)が来ているという事は居るような気はしていたの。
唯、貴方はお茶会や舞踏会を楽しむような人ではないでしょうから――」
夜の庭園で声を掛けてきた彼女にジロリと視線を向けたのは着流しの剣客――成る程、こういう場には一分も似合わぬ死牡丹梅泉だった。
……まぁ、本来出す心算無かったのだが、毒を喰らわば皿までなねこたんに感謝しろよな!
「態々わしを尋ねたか? 一体何用じゃ。若い娘ならば、幾らでも時を潰す機会はあろうに」
「梅泉さん、弟子をとってみる気はない?」
サクラ本人をして無謀極まると自覚するその問いに梅泉は理解が出来ぬといった顔をした。
「主はわしを知らぬのか」
「いや、まぁ……人間性に大いに問題があるのは確かだけど」
それでも知れた使い手である彼の手ほどきを受ける事が出来るなら命をかける価値はある、とサクラは考えていた。
「わしの時間を主に使こうて、一体何の意味がある?」
「……その、目は?」
「は。張り付いた面影も消えぬ。実の不幸よ」
「……今、私があなたに払えるものは何もない。
だから約束するわ。私は強くなって貴方を斬る。それが報酬っていうのはどうかな?」
「莫迦め。囀りよるわ」
くっくっと独特の笑みを零した梅泉は当然ながらサクラの言葉を一蹴した。
「意気や良し。じゃが、今の主では仕込んだ所で三日で死ぬわ。もう少しまともな腕で出直せよ」
「……む、意外と親切なのね」
言葉はどうあれ『気遣って貰った』形のサクラが少し膨れた調子で続ける。
「……これよりは戯言じゃが――先の言葉はまさにわしの大願を示しておった」
「……っ、……ッ!」
途端に突き刺さる凄絶な殺気に噎せそうになったサクラは青褪めながら、その口元だけを歪ませていた。
生きた心地はまるでしない。だが、戦う心算も無く僅か『解き放っただけ』でこれなのか――と歓喜する。
「好いた女子を斬って、斬られるその本願。
その望み、『二度と叶わぬもの』と思っておったが――
主が、わしが仕込みたくなる程強くなるのであれば、それも又良い。精々励めよ」
――失礼ですがリーゼロッテ殿、夜風を当たりにお付き合い願いませんか?
言葉に応じたリーゼロッテと共に牛王は薔薇の邸宅のバルコニーに出ていた。
庭園を臨むバルコニーに大分冷たくなった夜風が吹き抜ける。
ナイトドレスのリーゼロッテは寒そうにする事も無く、夜の闇を静かに見つめていた。
「華やかな光景は、私には少々眩しすぎて……
でも、大変結構な場でした。その、せめてものお礼ではないですが――」
牛王の手渡したのは木彫りの青薔薇装身具だった。手作り感の溢れる贈り物に彼は「他の贈り物と比べると粗末に思われますが……」と言葉を付け足したが、リーゼロッテは首を振った。
「お金で手に入るものには、大した興味はないのです」
誰あろう幻想の大貴族故に口に出来る傲慢極まりない台詞だが、不思議に嘘には聞こえなかった。
闇の一点を見つめる彼女は「御覧になって」と言葉を掛ける。
牛王が目を凝らせばそこには――
「――――」
――闇を滑る黒衣黒髪黒翼の少女(ナハトラーベ)の姿があった。
華奢な身体に大きな翼、それが描く力強い羽搏き。飛ぶ様は中々見事で、偶然の飛翔演舞は一時の無聊を慰めるものになった。
ひらりと黒羽の一枚がバルコニーに舞い降りれば、目を細めた令嬢はそれを手に取る。
「良い、時間でしたわ。今日は一日」
――ありがとうございます――
大凡、彼女には似合わない言葉が夜に解けた。
この日の出来事はこの後セララのみらこみ!(ギフト)によって蘇る事となる。
そう、貴方が今読んでいるこれは――彼女の残したそのままの記録。
青薔薇は夜に咲いて、この時ばかりはその毒気を失っていたのだ。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
YAMIDEITEIっす。
白紙以外は全描写したと思います。抜けてたらお知らせ下さい。
大増量気味で書いたので、大分ボリュームあるんじゃないかなあと。
余談ですが、私は誕生日シナリオはフリープログラムが多いこともありまして……
十数年GMやっててこんなに祝われてる誕生日の人初めて書きました。
シナリオ、お疲れ様でした。
GMコメント
YAMIDEITEIです。
リーゼロッテの誕生日シナリオです。
レオンがあんなのだったのでこっちはシリアスで。
以下詳細。
●依頼達成条件
・リーゼロッテの誕生日会に出席する
・誰も死なないこと
●リーゼロッテ・アーベントロート
幻想三大貴族アーベントロート家のご令嬢。
通称暗殺令嬢、幻想の毒花、冷たい青薔薇。
幻想で最も危険な個人、と噂されています。
●クリスチアン・バダンデール
嫌な男。
●リーゼロッテの誕生日会
今回イレギュラーズが招待されたのは当日ではありません。
彼女の誕生日(10/13)が過ぎて二日後、青天の霹靂のようにローレットに招待が届きました。
アーベントロート邸で開催されるパーティはイレギュラーズ及びローレット関係者のみを招待したものとの事です。「何時もの困らせたい気まぐれだろう」とはレオンの言。
出席は自由で、ドレスコードは驚きの『無し』ですが、程々に。暗殺令嬢ですし。
パーティは昼にお茶会、夜に舞踏会を行うとの事です。
以下の内からプレイングに近しいタグを選択し、書式に従って記述して下さい。
【お茶会】:上等なお菓子や紅茶、珈琲等があります。目的は歓談等。お抱えのシェフが無理のない範囲で軽食等リクエストも承ります。
【舞踏会】:夜、ホールで舞踏会を開催します。パートナーとお誘い合わせもどうぞ。
【その他】:趣旨に反しない程度に。
書式例
一行目:【お茶会】
二行目:同行者(ID)、ないしは【(グループタグ)】、ソロならば不要です。NPCと遊びたい場合は名前を書いて下さい。居そうな人は居ます。
三行目以降:自由記述
書式はくれぐれも守るようにお願いします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
特にしなければいけない事はありません。
これやったらどう考えてもヤバイ、という事だけはお控え下さい。
以上、宜しければご参加下さいませませ。
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