PandoraPartyProject

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桜散り行く日々に

 ――大好きな人が居た。
 何時だって不器用で、教科書通りにしか行動できないような頭の固い女の子。
 もっと上の進学校に進めただろうに社会勉強のためだと自由な校風のこの学校に入ってきたらしい。
 結果として彼女は浮いていた。
 しっかりと纏めた髪にスカート丈は膝。ぴっしりと背筋を伸ばした『お嬢さん』
 影で澄原のお姫様と揶揄われている事を知りながら彼女は気にする素振りさえ見せなかった。
 どうせ、只の僻みだなんて思って居た訳でもなさそうで。多分、興味さえ持ってないだけだった。
「いやじゃないの?」
 放課後の教室で、委員会の資料を作成する彼女に私は聞いた。
 相変わらず背筋はぴしりと伸ばされていて。暫くの沈黙の後、シャープペンシルの芯がぱきりと折れてから彼女は――晴陽は顔を上げた。
「何が?」
「揶揄われたり、馬鹿にされたり」
「別に。私のことでしょ」
「そうだけどさあ……。はるちゃん以外を揶揄っているなら怒った?」
「弟と、心咲の事だったら」
「ふふ。怒ってくれるんだ。嬉しいなあ。私、影で何て言われてるか知ってる?」
「……何?」
 眉がぴくりと動いた。表情を動かすことも下手な可愛い友達は指先で机をとんとんと叩いている。
 ほら、無表情で氷のお姫様なんて揶揄われているけれど彼女はこんなにも感情表現が豊かだ。特に苛々としている時は分かり易い。
「『氷姫のナイト』」
「……莫迦らしい」
 どうしてそう言われたか知ってる? 私はね、貴女が大好きだったんだ。
 何時だって貴女の傍に居て、貴女を揶揄う人を蹴散らしてやるって決めていたんだ。
 不器用で、頭が固くって笑うのが下手クソだったから。だから、『万年桜』にお願いした。

 ――はるちゃんが、上手に笑えますように。

 ―――――――――――
 ――――――

 私だって、貴女が好きだった。
 そんな言葉を伝える暇もなく、彼女は十年も前にあの場所で命を絶った。
 為す術なく見ているだけだった私も。力不足だと嘆きながら人の命を絶つ躊躇いを捨てたあの人も。
 その何方もが嫌いだった。嫌いで、嫌いで、大嫌いで。
 二度とは近付かないと宣言した時、あの人の、暁月先輩の隣で詩織先輩は泣きそうな顔をしていた。
『はるひめが笑ってくれないと、寂しいよ』
 それでも、詩織先輩を拒絶した。暁月先輩の隣で悲しげに笑った先輩の顔を見ることさえ辛かったからだ。

 十年近くも前の話であるのに、それは昨日のことのように思い出された。
 過去は影のようにぴたりと寄り添っている
 逃れられぬ悪夢のように、それでも忘れてしまいたくはない記憶として存在して居た。
「ごめんなさい。どうしても、来たかったのだけれど……勇気が出なくって。
 また、紹介したい友人を連れてくるから。その時まで待っていてくれる? 心咲」
 花を供えた後、晴陽は背後をくるりと振り返った。
 弟の龍成従妹の水夜子を共に連れて鹿路 心咲の墓参りに来たのは晴陽の勇気が出なかったからだ。
「……心咲、会ってみたいと言っていたでしょう?
 弟の龍成。それから、貴女を『解放する』切欠をくれた従妹の水夜子。
 沢山の人が協力してくれた。私の我儘みたいなものだったのに」
 心咲を依り代にしていた真性怪異『若宮』楊枝 茄子子(p3p008356)が呼び寄せた。
 荒魂だけでも分離できないかと告げたニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)の案に、依り代人形の居場所を探し続けたЯ・E・D(p3p009532)の観察眼の甲斐もあり、仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)の力を借りて『ハヤマ・分霊』の荒魂(悪しき部分)は封じることが叶ったのだ。
 今、茄子子の傍に居るのは只の生まれ落ちた精霊とも言える若き神だ。
 心咲は解放され、あの地には彼女の痕跡一つも残されていない。
「自分を赦してあげて、と言われた」
 アーリア・スピリッツ(p3p004400)の言葉に晴陽はどうすれば良いのだろうかと何度も考えた。
 同じような傷を抱えて、言葉にしあう機会のあった國定 天川(p3p010201)が『人を護る為』に戦う姿を見て、晴陽は「ああ、そうか」と思ったのだ。
「……心咲のことばかりで、立ち止まってはいけないのだと、思った。
 龍成にも水夜子にも心配を掛けてばかりではいけませんね。私だって、もう高校生じゃないのだもの」
 貴女が笑って手を引いてくれた高校時代。
 晴陽にとってはかけがえのない宝物であったその時を静かに抱き締めるように目を伏せてから。

「――ばいばい、心咲。また、会いに来る。私はもう大丈夫だから」

 あの日からずっと言えなかった言葉を。貴女に。

「姉ちゃん、詩織さんに挨拶したいんだろ。一緒に燈堂に行けば?」
 飯食いに戻るから、と何気なく告げた龍成に晴陽の表情が固まった。
「――所で、龍成。『同棲している』という話を聞いたのだけれど」
 次に顔を蒼くしたのは龍成の番だった。

 燈堂邸――
 仏壇の前で居住まいを正していた暁月ははあ、と深く息を吐く。
 心配性な友人達は「どうして無茶をするのですか!」「目も離せないな」「無理をしすぎだ」と叱ってくれた。
 それから、思い出を聞かせて欲しいと乞われた先で『彼女』の名前を口にしたとき、本当に嬉しそうにあの子が笑ったのだ。
『今度、詩織先輩にご挨拶に伺っても良いですか』
 十年もの時を必要としたが、蟠りがとけた事を実感したのだ。
「……心咲の所へ行って来たよ詩織」
 その仏壇は朝倉 詩織の――暁月の恋人のものであった。
 暁月は緊張したように、それでいて確りとした口調で紡ぐ。
「大丈夫、今度はきちんと祓えた。皆のお陰さ。あの子も……晴陽も居てさ。
 頑張ってお別れをした。それで……最後には笑って帰ってきたよ」
 友人の手招きに応じて歩き出す様子は心咲と詩織が晴陽の手を引いていたことを思い出す。

 ――それでは署で。

 揶揄うような声音に、浮かんだ笑顔。心咲を前にした時に少し困ったように笑う彼女の笑顔を詩織は好きだと言っていた。
『最期』まで詩織にもう一度晴陽の笑顔を見せる事を出来なかったけれど。
 後輩達を大切にしていた彼女は屹度、喜んで『凄い!』と手を叩いて喜ぶだろう。
 そんな光景を思い浮かべてから暁月はふ、と笑った。
「ようやく、晴陽も心咲も……『俺達』も前に進めるね。
 こんなにも、遠回りして色んな人に迷惑を掛けてしまったけれど。
 もう、大丈夫。前を向いて歩いて行ける。
 ……だから、心配しないでおくれよ詩織。
 まだそっちには行けないけど、お土産話は沢山用意してるからさ」
 そこまで告げてから、背後で襖がごとりと動いた音がする。
「ああ、居た。暁月さん。龍成から連絡があって、そろそろ帰るそうです」
 aPhoneを片手に持っていたは「詩織さんとお話ししていたんですか?」と問い掛けた。
「ああ、まあね。龍成だけ? 晴陽ちゃんも来るのかな」
「どうでしょう……
 みゃーこさんは『希望ヶ浜怪異譚の真性怪異』を封じる為に逢坂へ向かうらしいですけど」
 メールを確認しながら、夕飯は何にしようかと考える廻に暁月は「みゃーこちゃんももよく働くなあ」と何事もなかったように笑いかけた。

『希譚』万年桜の怪異(両槻の怪異)を封じることが叶いました――

※『希譚』逢坂の離島『有柄島』へ怪異を封じに向かいます――

※リミテッドクエスト『<太陽と月の祝福>Recurring Nightmare』が公開されています!

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