シナリオ詳細
<希譚>万年桜よ、狂い躍れ
オープニング
●春よ、躍れ
再現性東京に存在するその場所は、希望ヶ浜中央市街から電車で少し。山間に位置している場所である。
練達は大きく被害を受けたが、奥まった位置に存在したその地域は変わらぬ日常を届けるように春爛漫なのだという。
美しき桜の木々が立ち並んだその場所は、遊歩道や小さな茶屋もある『東京からの小旅行』を楽しむことが出来るのだ。
足湯を楽しむことも出来る。地酒は少し辛口、キリッとした飲み口が人気である。
去夢鉄道に乗り、向かうことの出来るこの場所で、どうか春を感じてみては如何だろうか――?
●『万年桜』の咲く地域
――日本全国ぶらり立ち寄り! 本日のテーマは『桜』!
こんにちは、レポーターの****です。今日は『万年桜』で有名な(ノイズが走った。気のせいだろうか)にやってきました。
皆さんもご存じ、日本有数の桜の観光名所です。
なんたって此処は『万年桜』と呼ばれる程に桜の開花が早いんですよ。
そして見頃が長く続き……夏の訪れと共に散ると言われています。
この桜が咲いている間は『春祭り』が行われており、沢山の屋台が建ち並んでいるのです。
その中でも、ずっと散ることのない巨大な桜の木! これは――
ニュース特集から聞こえてくるレポーターの声を右から左へと流しながら、澄原 水夜子 (p3n000214)は適当に湯を注ぎ入れたカップラーメンを眺めていた。
高校を卒業し、澄原病院に就職。夜妖の専門家として『真性怪異』の調査に本格的に携わることになった彼女は情報収集や院内の夜妖憑きのデータ確認に奔走していたのだ。
テレビに表示されている時刻は16:43。
昼診療に忙しない従姉、澄原 晴陽 (p3n000216)の差し入れにサンドウィッチでもコンビニに買いに行こうかと考えながらの遅い昼食だ。
「万年桜、ですか」
呟いてから水夜子が手にしたのはタブレットであった。
衝撃吸収カバーで覆ったそれを器用に片手で弄りながら、3分を経過したカップラーメンを手繰り寄せる。割り箸を割るは苦手だが、誰かに渡すわけでもないからとやや不格好に割ってからじいと眺めた。
[注:繙読後、突然に誰かに呼ばれたとしても決して応えないでください。]
[注:繙読後、何かの気配を感じたとしても決して振り向かないで下さい。]
注意書きばかりのレポートを慣れた様子で眺める。呪うなら真っ先に自分が呪われて殺されているなどと感じるのは致し方がないレベルに水夜子は『この書物』と付き合いが長かった。
『希望ヶ浜 怪異譚』――それは希望ヶ浜に伝わる都市伝説を蒐集した一冊の本である。
著者の名前は記載されていないが『葛籠 神璽』なる民俗学者のレポートなどが参考文献に点在することが確認されていた。
この本は『真性怪異』と呼ばれた存在についての情報が物語の如く記載されていた。
澄原病院はこの怪異についての詳細を調査し、伝承を解き明かすことを事業の一環として担当している。
其れ等が齎す脅威を未然に排除することこそ、其れ等を知る者にとって必要不可欠な事であるからだ。
「……万年桜」
そう、水夜子が『希望ヶ浜 怪異譚』を眺めたのは気まぐれではない。そうした記載がそこに存在したからだ。
[桜浪漫譚(著:葛籠 神璽)]
その地域には無数の名前が存在した。今や、地の名前を語るより万年桜で親しまれているのではなかろうか。
この地の伝承は良くあるものだ。桜、巨大な木々は神が宿る、神の化身であるとされている。
時折波長が合うものはこの桜に何かを見るらしい。だが、何を見たのかと聞くことは無粋ではあるまいか。
「まあ、考えすぎでしょうかね」
珍しく『葛籠 神璽』という男が楽しげに綴った地域レポートを眺めてから、水夜子は昼食をさっさと終えて、音呂木神社へと赴いた。
●桜を見に行く切欠
「逢坂では沖の島――有柄島に渡りましたが、その後練達があの様な事件になってしまい暫く時間が経ちましたね。
私達が調査に訪れた事で護島の皆さんは警戒をし船で渡ることが出来なくなっていたそうです。
どうにも、余所者である我々の調査が皆さんの気に触ったのかも知れないですね。ですが、これだけ時間をおいたのですからもう一度トライできそうです。先に調査をしておいたので、レポートは又後ほどお渡ししますね」
にこやかに微笑んだ水夜子は今日の行き先は逢坂ではないのだと告げた。
「折角、『日常』が戻ってきたのですから、希譚にあったもう一つの地域に行ってみるのはどうかと思いまして……」
それが『桜の時期』を題材にしている地域なのだという。地域の名はどうしたことか聞いても耳に残らず、文献にも『万年桜』と記載されることが多いらしい。
「注意事項さえ護れば、普通の桜を見る観光で済みますよ。ねえ?」
「……ええ。まあ。生憎ですが、私は立ち入ったことがありません。つまり、真性怪異の影響があるのは間違いないでしょう。
桜が咲いている間、その地域では『春祭り』が行われ、非常に美しいそうなのですが……」
真性怪異に嫌われる『血筋』である音呂木・ひよの (p3n000167)は困り顔で肩を竦めた。
希譚に出てくる真性怪異は悉く、彼女を毛嫌いしている。
ある意味、音呂木神社も土着の神を祭る一社。反発し合う何らかがあるのだろう。
「その地域の名前は****」――聞き取れない。
「この場所には万年桜と呼ばれる非常に長い間咲く桜が存在します。
花見にのんびりと訪れて頂くのも良いですし、私と一緒に調査をして頂いても大丈夫です。
っと、今お話を聞いて下さっている方の中で、どうしてか『呼ばれた気がした』人も居たのではないでしょうか」
何かに呪われた経験はおありですかと笑った水夜子にひよのは肩を竦めた。
「一先ずは、普通の花見ですよ。何だか変な物があるかもしれませんが、それはそれ。
のんびりと楽しみに行きましょう。……まあ、まだ、『事件が起こっていないだけマシ』でしょうから」
そうしてからふと、水夜子は振り向いた。
「春祭りって、春を喜んでいる割には奉納神楽とかするんですって。一体……何を祀っているんだか」
- <希譚>万年桜よ、狂い躍れ完了
- GM名夏あかね
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2022年03月26日 22時15分
- 参加人数65/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 65 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(65人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●願はくは――
彼女と出会ったのは、高等学校に入学した頃。
真新しい制服に身を包んだ私は慣れない人集りの中を覚束ない足取りで進んでいた。
……ああ、人が多くて気分も悪い。それでも我慢するしかない。輪の中心に居る彼女もこの様な人垣を作りたかった訳ではないのだから。
スポーツ推薦で入学したらしい彼女の周辺には運動部の勧誘が人垣を作り、辻斬りのように断りを入れられていった。
入学式の終わったばかりだと言うのに我先にと話しかけんとする上級生に呆れはすれど同じ新入生の彼女を恨むことはなかった。
「見て。一年生が困ってる」
「まあまあ、皆彼女に興味があるんだろう」
人波を掻き分けてやってきた人物に私は見覚えがあった。すらりと背の高い『先輩』は『本来の生活には関係の無い界隈』でもその名を聞く存在だ。
燈堂 暁月。
彼は私に気付いてから驚いたように目を丸くして、笑った。
隣に立っていた女性――此方も先輩だ――に「顔見知りの子だった」と告げたのは正義感溢れる彼女に助力する宣言だったのだろう。
「えーと……澄原晴陽……はるひめね! 道を塞がれたらはるひめも歩けないよね」
「え、ええと……」
手を引かれて私は強引な彼女に――詩織さんと人垣を掻き分けた。背後では呆れた顔をした燈堂先輩が縺れて転びそうになる私を支えてくれている。
「ああ、先輩! わたしも困っているので、助けて下さい!」
人垣の中央から手が伸ばされた。スポーツ推薦の彼女は詩織さんの許へ飛び込んできてから「逃げましょう」と笑った。
可笑しそうに笑って走る彼女と詩織さん。「大丈夫かい」と問いかけた燈堂先輩に「大丈夫だと思いますか」と零した初対面の日。
それが、彼女たちとのはじまりだった。
●『万年桜』
再現性東京202X街と呼ばれた希望ヶ浜から旅行先として名を上げられることのある『万年桜』の地。
古都をイメージして景観を作成しているのか知る者には再現性京都や奈良と揶揄される事もある。そうは言えども『再現された都市』である以上は再現性東京の一角に出来上がった地であるのは確かなようだが。
「わあ」
狂い咲いた桜を見上げて、焔は息を呑んだ。美しく咲き誇ったは『万年桜』。その名が顕わすように開花が早く、長く咲き続ける桜である。
見上げた頬に桜の花弁が舞い落ちた。天蓋より降り注ぐ花は美しく、春爛漫。桃色一色の世界である。
「奉納神楽なんかもやってるってことは本当に神様がいてその御力なのかなぁ。
でも、希望ヶ浜だと神様みたいな何かっていう可能性もありそうだけど……」
真性怪異(かみさま)との一件もある。桜にも何らかの謂れがあるのかも知れないと呟きながらも奉納神楽の見物へと歩を進める。
元世界では神楽舞を行った事がある焔の目で見ても大きな違いはなさそうだ。
「ヒトガタってただの紙の人形だと可愛くないよね。……何かボクの身代わりになってくれるみたいだし、これはもっと可愛くしてあげないと」
石神地区で張り付いた『神様の残穢』であろうとも、他の真性怪異(なにか)の許に持ち込めば『お手付き』した相手に触るべからずと牙を剥く。
セララは時折動く奇怪な紙切れをセララぬいぐるみの中に入れ、ぴくぴく動いても可愛く思えるようにと用意したが『石神のお嬢さん』には好評だろう。
「ところで春の御神楽ってボクも参加できたりしないかな?
せっかくだから踊ったりお祈りとかして楽しみたいの。って訳で――巫女セララさんじょーだよっ!」
これからの豊作を願う春の祭りだ。里の者達は誰でも参加できる演舞があるとセララに衣装を着せてくれた。
「やっぱり神様にお祈りしながら踊るのかな?」
「豊穣を願うのです。あの桜に」
「桜に?」
「はい。あの桜は近しき若宮様。我らを見守って下さいますから」
「……そっか! なら、そしたら世界が平和になりますように、ってお祈りしながら踊ろう! もちろん神様を奉るのも忘れずにねっ」
にこりと笑い舞い踊る。作法は知らずとも、それらしく。鳴った鈴の音は遠く空に吸い込まれるかのようだった。
「ふむ、よくはわかりませんが纏めるとお花見を楽しもうという事ですね。
豊穣ではよく花見はしていましたがこちらの桜はどのような香りなのでしょうか、楽しみですね」
繁茂にとっては遠い異国の桜である。豊穣の四季折々の花々とも僅かに違う花の様子を愛でるように目を細める。
舞と囃子を楽しみながら、気になったのはそれらを奉納する相手が何者であるかである。
誰ぞに聞いてみるのも良いだろうかと考えて空を仰げば桜の花が視界を覆う程に降り注いだ。
「しかしこの神楽はなんの神を祭っているのでしょうか?
……それにしても、豊穣の桜だけでなくここの桜もいいものですね。後でお団子とお茶を用意してゆっくりお花見しますか」
水夜子は無茶していないだろうか。遊歩道に入る前の逸れた道に幾人かのイレギュラーズが入っていった。
其方に着いて行けば良かったか。姿が見えないとなれば、まだ高校生の身分である彼女が心配だと文はくるりと振り返る。
その仕草に逢わせるように吹いた風は桜の花弁を運び、文に余所見をしてはいけないとでも囁くように揺らいだ。
「――……ああ」
視線を揺れ動かせば、其処に裂くのは万年桜。美しいが、不思議そのものであるそれに浮つく心は故郷由来か。
桜の花を愛でるのは日本人が四季を大切にしてきたからだとも思えるが、其れだけではないようなどことなく不安にもなる浮ついた心を静めるように息を吐く。
樹を眺め見遣れば、それはかなり古い物らしい。正確な樹齢は分からないが、『樹』そのものには力は無い。
「……ん?」
桜の背後にひっそりと存在した祠には蝋燭が一本。それは柔らかな火を灯し、ゆらゆらと神楽を眺めるよう揺らいでいた。
ちりん、と鳴らすのは音呂木の鈴。桜と祭り、地域にフォーカスを置いた古都。そうとも鳴れば猫が居そうだと祝音は遊歩道を歩む。
神意の侵食の折にはひよのは『真性怪異に嫌われる己の血』を活かしてイレギュラーズの力になってくれた。祝音からしても信用できる相手だ。
『私はそこには入れません』と彼女が言うのだから、この血はそうした存在が根付いているのかも知れない。
ひよのの鈴をお守りとして握っていても、決して落とさぬようにと祝音は気を配った。これが、彼女とこの血を結ばぬように。
「万年桜が長く咲く事に理由あるかも、誰かの命等を吸っているのかな……?
地域の名が怪異や万年桜の真名か何らかの呪い? ……聞き取れるようになるとアウトかも」
何処にも地名が書かれていない。そう思いながら祝音はふと、背後で「なあ」と鳴いた猫の傍に膝を突く。
「こんにちは、猫さん」
『こんにちは』
「桜は好き?」
『あの桜は神様なんだって。両槻(ふたつき)の地名を塗り替えるくらいに立派な神様なんだよ』
「ふた……?」
両槻――それがこの地の本来の名前なのか。動物たちは神の遣いとも言われている。故に、その地名を口にしたか。
祝音は『口にした筈の音が毀れた』感覚にぱちりと瞬いた。猫たちが言うとおり真性怪異(かみさま)の存在がこの場所を覆ったが故に地名が消えたか、それとも――
『気をつけてね、やさしいおててのひと』
指先に擦り寄った猫に祝音は小さく頷いて。
この地の本来の名前を探していたのは愛奈であった。報告書でも、テレビニュースでもぼかされた地名。
其れを探る彼女は愛ドラネコ――その外見はお洒落なのだ。あしからず――を抱きかかえて、周辺の猫や犬から聞き取り調査をしていた。
両槻(ふたつき)と告げられたのは古くこの地にあった地名なのだそうだ。
「不自然に散らない桜というのは不気味な……それに、この地の名さえも薄れたことも……何かが可笑しい」
愛奈の呟きにざあざあと花が揺らいで桜の花が舞い踊る。見上げれば、遊歩道より逸れた道は少しばかり野山を登るようであった。
嶺に両(ふた)つ見えた塔。それは離れた位置に座すが上空から見れば桜を含め三角形を作るだろうか。
山に見えた塔から地名を取って両槻(ふたつき)と名付けたか。
『二つ棺(き)は若宮様がいらっしゃるから、入らない方が良いよぉ』
足下で犬がそう言った。
『二つ棺(き)は後一つ空いているから』
なあと声を漏した猫もそう言った。
愛奈の懐でちりちりと音を立てた鈴は、それ以上は進むことが出来ないと警戒しているかのようだった。
●桜の遊歩道
「お花見!」
ナヴァンを誘ったのは彼が研究所に籠もり綺麗だからだ。様々な地に赴くことが多くなったニルから見ても彼は不健康の塊である。
偶には、と声を掛けられたナヴァンは断固拒否した――拒否はした、が、東 九之介始め外堀が深すぎた。
「春と言えばお花見! 再現性東京に万年桜、っていうのがあるんですって」
「……そうか」
眉間に皺が寄ったのは仕方が無いのだ。足湯にお酒、屋台のご飯と『おいしい』と『たのしい』が沢山なのだと微笑むニルの背を追いながらナヴァンは欠伸を噛み殺した。
微温湯の心地よさに、酒が相まってナヴァンの視界は揺らぐ。神楽を見ることも花を愛でるまでもなく、身体は休息を求めていた。
「……あれ? ナヴァン様、眠たいのですか? それならちょっと横になりましょうか」
されるが儘にニルの膝に頭を乗せて眠りの淵へと落ちるナヴァンの髪を梳けば、少しごわついて仕事にばかり精を出したと感じさせる。
「ニルは眠たくならないけど、のどかな春は眠くなるのですって。ぐっすり眠って元気になって、また、お仕事頑張ってくださいね」
aPhoneでこっそりと撮影した彼の寝顔と桜の花は、ニルにとっての『たのしい』を詰め込んだ。
途惑うように周囲を見回した仮音を一瞥してから「こっちだよ」と昼顔は手招いた。
夏頃まで咲き誇る花と言われれば何とも物珍しく。儚さの象徴である桜らしからぬかと少しの笑みが浮かぶ。
「セチア氏、こっちに」
「……そっち?」
やや困り顔を浮かべた『仮音』は引き籠もりがちな毎日から連れ出すように手を引かれたのだからと昼顔の背を追い掛けた。
空白になった記憶を辿るには全てを積み重ねていく事が必要だ。
セチアと呼びかけられるのには突っ込むべきなのだろうかと感じながら僅かな不振と疑問。瞳の意味合いに気付いたか昼顔は頬を掻いた。
「名前呼べない時に呼ぶのもどうかと思うけど。それじゃ、いつまでも君と思い出を重ねる事なんて出来ないからさ」
この満開の桜の下で考えた名前を口にするのも風情があるだろうが、正式な決定は保護者役を担った晴陽も交えるべきだろうか。
「セチ……君はもう、仮の名前なんて嫌だろうから」
「ちゃんと決めるまでの渾名で、そう呼んで下さい。いいですよ」
「そっか。生活はどう?」
「……変わりないです」
「澄原先生達とは?」
「忙しそうですね。看護師さんと一緒に過してます」
「桜、綺麗だね」
「そうですね」
淡々と答える彼女に様々な事が遅くなってしまったかと罪悪感が降り積もるようで――昼顔はぐうと息を呑んだ。
「わあ、桜がたくさん……! 色鮮やかで、ここだけ別世界みたいです。思わず、見とれてしまいますね。
これが万年桜ですか。大きくて、神秘的ですね……。
ほんとに1万年くらい、ずっとこの地を見守ってきたんでしょうか。そんなことに想いを馳せてしまうくらい立派な佇まいです」
絢爛なる花を見上げていたリスェンは少しばかり疲れたと、花を愛でながら楽しむことの出来る足湯へと訪れていた。
サービスだと茶を一杯、可愛らしい桜色の湯飲みで差し出されてほうと息を吐く。
のんびりと歩んだ遊歩道から見る桜も良いが、斯うして足を休めて眺める花も絶景だ。
「……なんだか、このままお昼寝したくなっちゃいました」
「万年桜は気になったんだ。わたしの同胞かもしれないし。違う株かもしれないけれど。それでも何だかほっとけなくて」
精霊種であるさくらにとって、万年桜は世界の因子と結びつく存在に近しく感じられた。
「万年桜……見事だね。この樹はわたしの同胞かな……ちょっと違うかな? あなたもまだ精霊種にはなっていないのかな。
わたしは千年経たずに成れたから、あなたももしかしたらもうすぐ精霊に成れるのかな……? なれたら一緒にお酒飲みたいな。楽しみだね」
――屹度、その望みは叶わぬのだろうが、それでも穏やかに声を掛ける者が居るだけで桜の心も安らぐだろう。
さくらはお酒を忘れた、とはたと思い返す。花見酒は風流、しかし『樽一杯』ともなればそうも簡単には手に入らないだろうか。
「……樽になみなみ注がれたお酒に桜の花弁が……想像したら余計飲みたくおっとよだれが」
口腔内に溢れた涎を堪えながらさくらは花を見上げた。青空に舞い落ちた花弁は、美しくも芳しい。
「もし、もし」
「ねえ、ねえ」
そう呼びかければどこか不可思議な心地になる。アレクシアは未散にくいと手を引かれ「気になるね」と呟いた。
「注意書きの向こう側、ええ、ええ。
此のお方の足元には、何人の死が埋まっているのか……掘り起こしてみませんか」
そんなジョークに心は此処にないのだから。踏み込まんと看板を眺める未散の様子が気になってアレクシアはまじまじと見遣った。
いつかの日、来名戸の夜のように。何かに手を引かれて一歩二歩と遠離るような心地が胸をぎゅうと締め付ける。
「ねえ、ねえ、大丈夫?」
「あの、あの、大丈夫です。そう、咲う」
桜を視る目は美しさに魅入られた訳ではなさそうで。何処へ行こうとするのか。不安ばかりがアレクシアの胸を詰めた。
舞い踊った春風が幻想のように吹雪を作り出す。
雪化粧のような花。
――こんなぼくにも『魂』とかそういうものがあるなら、そんな根っこの部分が『攫われても良い』
唇の動きに、アレクシアは離れてしまった手をもう一度取り返すように踏み込んだ。絡みついた花より尚も向こう側。
独りになどしてはならぬと告げるような危機感に。響いた御神楽の音色さえも遠くに攫う花化粧。
『独りじゃ、ないなら』、未散は握られた手を更に強く握り返した。白魚の指先が、花に掠めて少女の手を握る。
桜花よ、何処へ也でも連れて行け――
唇を揺れ動かした少女の視界の向こうに、紺色の娘が見えた。ああ、貴女は一体誰ぞか。
●爛漫の花
「さてさて、再現性東京で花見だー! ……といってもおにーさんには見慣れた光景だったりするのかな?」
ルーキスがくるりと振り返ればルナールは懐かしいような、そうとも言えないようなと何とも言えぬ表情を零した。
ルナールとならば大丈夫だろうと『再現性』にはまだ慣れないルーキスは彼の傍にぴたりと立った。
「一応、再現とはいえ……俺が元居た世界と見た目は大差ないからなぁ。まぁ、見慣れてはいる方だとは思う。案内に問題はないかな」
「とりあえず団子でも買って、適当にゆっくりしようか。うーん此処はみたらしかなあ?」
「ルーキスがみたらしなら俺は別のにしようか、半分こしよう」
二人で別々の味を選べば沢山の味を楽しむことが出来る。そんな夫の気遣いが嬉しいとルーキスは「そうしよう」と微笑んだ。
桜の花の開花にはまだ早かっただろうが、こうも満開であると春が来たと実感する。
時の流れゆく速度は自身等の思うよりもうんと早いのだと息を吐いたルナールの袖をくいと引っ張ってからルーキスは揶揄うように笑った。
「そういえば足湯もあるとか? 折角だし色々教えてくださいな、ルナール先生☆」
「……教えるような事があればな? 意外と普通だったりするんだコレが」
彼女の興味がある物はなんだろうか。そんなことを考えながら二人揃って足湯へ。屹度、知りたがりの彼女は目を輝かして笑ってくれるだろう。
「花見って文化は初めて触れるが、これまた優雅って言うか……鍛錬しか脳がねぇ俺には縁遠い催しだなァ。お、ワイワイ騒いでる連中もいるか」
花を愛で、自然と調和する。ペイト出身のジェラルドにとっては鍛錬から離れた穏やかな時間はまだ慣れない。
花と来れば酒。実に雅だと雪華は枝振りの立派な樹へと昇りその背を預けて花見酒を一杯煽る。
見下ろせば武人である事を隠しきれない足運びのジェラルドが花に気取られる事も無く辺りを見下ろす様がある。
「よう、ご同輩。お前もこっち来てやらねえか?」
「よぉ? 気持ちよく飲んでるところにいいのかい?
はは、酒は飲んだこたぁねんだが家門のセンパイ方が酒豪でね。付き合い方はわかってるぜ?
ま、俺が飲むのは初めてだがそこは許してくれ、ついこの前そんな歳になったばかりだからよ」
構いはしないと手を振って雪華は「上がってこれるか?」と問いかけた。
無骨な返事なら酒の楽しみ方は教えてやれる。器用だろうが朴訥だろうが楽しむときは一緒だ。下戸なら其れは其れで花と伊達男を肴に――実に良い。
「良いのかい?」
「構いやしないだろ」
「しゃーねーなァ〜アンタが寂しそうだから飲んでやるか! なんてな?
くくく! アンタが飲ませたんだからな? 俺が面倒くさくなっても責任とってくれんだろ?」
口角吊り上げて笑った男に雪華は気に入ったとからりと笑った。
「すごいよ、琉珂。琉珂の髪の色みたいな綺麗は花だ、風に花が舞い散る様子が凄く綺麗だね」
瞳を輝かせた玲樹の言葉に琉珂は「そうかしら」とぱちりと瞬いた。
歩き疲れた足を癒やした湯の温度は快適だ。足をゆらゆらと揺れ動かして琉珂は「んー」と首を捻った。
「なら、この空は玲樹さんの瞳ね。とっても綺麗な青色だもの。私の髪があなたの瞳に映って、サクラみたい」
綺麗ね、と微笑んだ琉珂に玲樹は「綺麗だね」ともう一度頷いた。
初めての桜は美しくて。団子の香しさに負けたと4本の串を手にした彼に「私ももう一本」と琉珂が身を乗り出した。
団子を食べたら次は何処へ向かおうか。団子を更に追加するのも面白いかも知れないと二人は顔を見合わせて食いしん坊のように笑い合った。
「へぇ、話には聞いていたけど見事な物ね。こんなに綺麗なら琉珂を誘ってみればよかったかしら?
夏まで咲いてるんだったら落ち着いた頃に改めて誘って、息抜きにお花見でもするのも良いかしら。
琉珂だけじゃなくて、その時は亜竜種の仲間や暇してる連中も誘ってね」
屹度、彼女にとっても『外の花』は未経験だ。そう思えば何処か心が躍る気がして団子を片手に朱華は行く。
桜の遊歩道で立ち止まっては慣れない仕草でaPhoneで撮影を。少しブレたのはご愛敬。
「あ、朱華さんだわ! 玲樹さん、行きましょ」
「あら、琉珂」
玲樹の手を引いて走ってきた琉珂に朱華はぱちりと瞬いてから「これから神楽の見学でもどう?」と微笑んだ。
「お花見かぁ……ヴァリューシャと一緒に来たかったなぁ……。けど……やはりここへは私だけで良かったかもしれない。
とにかく気持ち悪い感じだ…あっちの方が気になるけれど、今までの経験上近付かない方がよさそうだね…触らぬ神に祟りなし、ってやつだね」
マリアはイレギュラーズが向かう『山』の脇道を一瞥した。肌に感じた危険が伝い落ちる汗の如く粟立たせる。
奇怪な空気に息を呑み、愛しい人への土産物でも買って楽しむこ事を優先しようとくるりと背を向けた。
「ふぅ……足湯に浸かりながらのお団子も格別だね。御神楽も素敵……。
でも……やはり気になるね……どう考えても何かおかしい……一体何なんだ。この薄気味悪さは……いや、今は考えないようにしよう。恐らく、遠くない内に関わることにはなりそうだ……」
身震いしてからマリアがふと顔を上げれば神楽を舞った舞台の後ろ側にショートヘアの少女が立っていた。
水夜子と年は近いか、それとも少ししただろうか。かんばせは髪と桜が隠して見えやしない。
「君は――……?」
「むむ?こんなところに脇道が? ふむ……踏み入るべからずと書かれた注意書き……そしてそれを無視して入って行かれる様子の方々。
なるほど、ここはきっと隠れ花見スポットですな! 関係者のみで独占とかズルいであります! 吾輩も探検でありますぞー!」
――そんなことを考えていた自分を殴りたくなったジョーイ。
ひよの殿助けてと叫びたくもなるが、ひよのは今日は来ていないのだと先程水夜子が説明していた。
オーマイガーとでも叫べば良いだろうか。忠告は聞いた。声を出さずにそろそろ歩むが吉であろうか。
(なんかすごい物でも発見したらひよの殿にすごーいってほめてもらえるかも?!)
ある意味巫女の加護に縋った状態でのジョーイはこの地の人々からしても『異様』であっただろうか。
「む? お堂? ……とりあえず御利益目当てに手を合わせますか」
今日は無事に帰れそうだ。帰り着いたらひよのに怖かったと声高に告げよう。
――アーマデルに避けられている。弾正はそう感じていた。それも、長頼を守り切れなかったあの時からか。
「アーマデル」と声を掛けても、折角出会ったとしても中身の無いような空虚な返事ばかり。あれほど、桜が綺麗に咲いているというのに……。
(ヒトは、美しく咲き、散る花に生と死を見ると言う。
我が神は巨大な樹木、あらゆる植物の薬効を咲かせ……死者と生者の境界を保つもの。神官として、死者を往くべき処へ送るのが俺の使命)
使命を担う者として、アーマデルは命が弾ける刹那には慣れていたはずだった。かけがえのなかった者が自分のせいで死んだのだ。
――でも今は、兄さんの大切な人を守りたい。
道を違えても再び拠り合わされた血の縁ほど、大切な者はないではないか。
「……残された者へ、背負わせてきたものの重さを、自覚した。…生きる事は呪いであると。
境界を保つ為、無為には死なない。弾正にも死んで欲しくはない、生きて欲しい。それが呪いを背負わせる事であっても。
ならば俺もそれを背負って歩き続けなければ。そう、思ったんだ」
「アーマデル。長頼の事をそんなに大切に思ってくれていたのか?
それなら共に……死を受け入れて、二人で一緒に前へ進もう。そうできないで生まれた不和を、君はこれまで色々な所で解消してきたのだろう? ゆくべき所へ行けるように」
「そしてこの命は弾正の為に使う。
……今はまだ顔を上げて前を見る事は出来ないし、出来るようになるとも思えないが、深く知ることのなかった弾正の弟、長頼殿が往くべき処へ逝けるように。
ROOでの長頼殿は自分の死後、残された弾正を案ずるあまり、怨霊に身を墜しかけていた。俺がそうさせる訳にはいかない」
せめて弾正だけは。
俺が守ろう、他の何に代えても。
その決意を感じ取るように、残された者の勤めを口にしてから弾正はアーマデルの手をそう、と握りしめた。
●しきわは道を辿るべからず
「ほうほう、桜を奉る――神在の地なれば小生とて詣るしかなかろう。
葛籠の神の璽は持たざるが、これも界を跨いだ葛籠の名の縁というもの。葛籠の足蹠をたどりたくなるのも致し方ないものだろう」
己が名は葛籠。そしてこの地に軌跡を残すのも又、葛籠。奇妙なりし縁を感じながら檻はゆるゆると道を行く。
逸れた道より眼下を見れば神楽を舞う姿が見えた。眺め見た焔に躍るセララ。その様子も混じりたくもなるがぐうと堪えて檻は進んだ。
道の先にお堂があるのだと、そう言った。
「神を奉じているならば、神を祀るものとして、祈りに行かぬ理由はない。
なにせ小生は――小生の神は、唯一は、今度こそココに肉を、温度を以て顕れるのかもしれぬのだからな。
桜の神に、祈りを、信仰を、捧げようか」
道の最中に紺色の髪の娘が立っていた。俯きがちの、黒いワンピィスを纏ったなんとも古風な出で立ちだ。
泥に濡れたストラップシューズの娘に声を掛けるかどうかと考えて、ふむ、と首を捻った。
「……一声呼び、とはなんであろうか?」
「『ねえ』『ねえ』、言葉を二つ重ねるそうだよ。そう、教わってきた」
Я・E・Dは檻を見上げて静かに言った。知らなかったでは済まされない。知らなかったならばそういうことだ。
紺色の娘は『神様』ではないのだろう。Я・E・Dの接触があっても動かない。まるで其処に固有のオブジェクトのように立っている。
「そういえば希望ヶ浜に関わるのは有柄島に行って以来だね……。
正直、これで対峙するのは理解の次元を少し超える存在だから、楽しみだけれど、本当に関わって良いのか悩むところだよ」
「ああ、神とはそう言う物だろう」
檻は赤い頭巾の狼が踏み込むべきか迷っているのだとまじまじと見遣った。感覚を研ぎ澄ませれど、神楽の音が全てをかき消した。
「お堂を覗いてみようと思って。碑文とかお堂に彫り込んだ記録とかあると良いんだけど……。
祀っているものが何か、扉で見えない場所があればそこも確認したいよね」
「ああ、なら、小生も共に行こう」
Я・E・Dは小さく頷いてから、背後に立っていた少女を振り返った。彼女はただ、其処に立っているだけだ。
「さて、」
駄目だと言われれば何かしたくなるのが人の性。未知を愛するシキにとっては注意書きも『立った少女』も愉快極まりない物だ。
踏み入るべからず――
そう言われて止まる者が居るだろうか? 桜を眺めながら進めるならば、方角は見失わない。
現にラダは、汰磨羈は、冬佳は、秋奈はその立て看板を見ても止まりはしない。
「僕はお嬢さんに呼ばれてる。お祓いはしたけど呪いは受けてるだろう。他の神様にとって、これはどう影響するか……気になるね」
「屹度嫌がられるでしょうね。お嬢さんは『あなたが誰かに取られることを嫌がる』筈です」
困り顔の水夜子にロトは頬を掻いた。少しばかりの苦手意識、それでも彼女が研究テーマとして掲げた『希望ヶ浜 怪異譚』は気にはなる。
食えない少女を相手に、注意書きの向こう側へ向かわねばならないのだ。此度は同行を申し入れるが吉であろうか。
注意書きの裏側を眺めたラダは「文字の一部が消えたりして、本来とは微妙に違う文章だったりしてないか」と確認をしていた。
其れ等を怠らないのが怪異と関わる者の生存のルールだ。シキのように好奇心で踏み込むのも時には吉と出るが、万全を期する事も悪くは無い。
「……2行目から意味がいまいち分からないが水夜子は分かるか?」
――しきわは道を辿るべからず。
ラダの疑問に頷いたのはシキも同じくであった。『しきわ』とは何か。道を辿れる存在なのか。
その文面を見れば『道を辿ることが出来る』のは確かではあるようだが、さて。
「踏み入りを禁ずる注意書き、か。聊か、意味を汲み取り難い点が気になるな。暗号という訳ではあるまいが」
aPhoneで写真に収めれば、風光明媚な桜の花と共に『黒いワンピィス』が映り込んだ。
汰磨羈は写真を確認する。
……看板、そしてその向こう側に『足』だ。その靴には見覚えがあった。
道の入り口で注意を促してくれた少女のものではあるまいか。
ワンレンショートヘアに黒を基調としたシンプルな衣服。ストラップシューズを着用した彼女は花見客と呼ぶには些か不可思議だ。
(……まだ肌寒いだろうに、ワンピースだけとは)
汰磨羈がaPhoneから顔を上げれば、彼女の姿は其処にはなかった。否、可笑しいのだ。
『看板』を見下ろすように撮影したのだ。その背後にぴったりと引っ付いているかもしくは目視可能な距離に立っていなければ靴が映るわけがない。
「……」
汰磨羈の感じた違和感は拭えない。山中の妖怪は一声しかかけないからこそ『一声呼び』
実に分かり易い、婉曲的にも『此処には何かが居るぞ』という警告であっただろう。一度、二度、三度。そうして人であるかを判別する要素が増える。
(忠告をくれた以上は敵ではなさそうだが、彼女の事は覚えておいた方が良さそうだ。こうして『映り込んだ』というならば――)
人ならざる存在か、或いは。
「どうか、なさいましたか」
おずおずと問いかけたのはメイメイであった。汰磨羈の手許を覗き込んでから「これは、あの……」と首を捻る。
怯えながらも団子を食べていた彼女は串をビニール袋に仕舞い込んでから「観光地、です、のに……」と不可解な雰囲気に息を呑む。
「しきわとは、なんで、しょう……?」
首を捻ったメイメイに「しきわ――そうですねえ」と水夜子は悩ましげに呟く。
「しきわ、その文字列だけでは何とも言えませんが帰宅したら調べましょう。何処かの『方言』でありましょうし」
「成程……水夜子さんは一声呼び。ご存じですか?」
「ええ。其方は」
山中の妖怪は一声しか声を掛けないというならば、二声で。会話を繰り返し『道を進む安全』の確立のためにはロトと同じように冬佳も様子見に徹するべきだろうか。
「先程の女性といい、どうやら此処にも何かが在るようですね。
彼女の正体は兎も角として、御忠告には従いましょう。確実な保証は何もできませんが……水夜子さんは、この先、気になりますか?」
「はい。これは昔話ではありますが、従姉と友人、その先輩は『10年程前』にこの地に赴いたことがあるそうです」
ほう、と冬佳は目を瞠った。従姉と言えば澄原晴陽か。その先輩というのもこの地に共に赴いている燈堂 暁月だろう。
何とも奇妙な縁を結んだものが居るのだと、冬佳が考える最中、「ぶへえ!」と声を上げたのは秋奈。
「あら、もしもし。秋奈さん?」
「な、何かあったら私ちゃんにまかせて先にいけー。うぇーい! ってなわけで、私ちゃんだぜ。
みゃこちゃんやっほ! 逢坂でなんかあったん? 私ちゃんなぜか何も覚えてなくってさ。おしえてー」
何かに足を取られて転んだのか。水夜子はそれが『逢坂』――彼女の興味が向いた先だ――に纏わる事柄であるのかも知れないと考えた。
逢坂の一件は島守りの人々に『存在』が露呈し、追われる立場になったという事。そして1年もの時を経た事で彼方の離島にも動きがありそうだと告げる。
「ふんふん、なるへも。こりゃパイセンも苦労するわな。
怪異譚になんか書いてあるのだな? 私ちゃん読んだ事ないから知らんけど。ぶはは」
「まあ、あれは『読む物』ではないですね。私はヘタをしても死ぬだけでしょうが、皆さんは『イレギュラーズ』ですから」
「……そう言う代物なんだね」
ロトは神妙な表情を見せた。石神で呪われたのは自身達だが、一般人もよくよく考えれば神の許に昇華されていた。
危険との抱き合わせである事には違いないのだろうが――己にべったりと張り付いたヒトガタが妙な重みを感じさせたようだった。
――みさきの待ちしたたりじの宮に参るべからず。
「たたりじの宮…お堂のことかな? 他に宮と呼べるものは……山に二つ塔があるけど、行ってみるかい?」
シキが問いかければ水夜子は「本日は止めておきましょうか」と首を振る。随分と距離があるように感じられたからだ。
「『たたりじの宮』というものが祟りじの宮なのか、どうなのか。ひらがなは言葉遊びかも知れないね。
桜の伝承と言えば西行桜。此処の神様は"その美しさで人を呼び寄せ、魅了する"性質を合わせ持つかも。
それと、花が綺麗な夜桜は根に死者が眠るとも……桜が根の国に繋がってても不思議じゃない」
「根の国、ですか」
ロトの考察に冬佳は悩ましげに唸った。ラダは「宮ってアレか」とお堂を眺め見遣る。
「何を祀った宮だろう。櫻、だろうか。
ああそれと、詫びと挨拶の代わりに買ってきた団子と酒を供えていこう。……それとも別の物がお好みだったかな?」
「一先ずはそれでも良いのでしょうが。此処が『春の御神楽』の裏。何があるのかと警戒はしてきましたが……。
異界化しているわけでもないのですね。周辺も残魂などは『奇妙なくらいに感じられません』」
冬佳に水夜子は「全くですか」と問いかけた。
「ええ。恐らくは先程道で出会ったあの方も――」
残魂などではない、と言うのか。
「神域を騒がせたお詫びとしてお参りとかですね。或いは。神楽の奉納も手でしょうか?
巫女神楽……と言ってもこの場で出来る事と言ったら、遠く聞こえる御神楽の笛と鼓に合わせ、見て覚えておいた神楽舞を再現する位。尤も、本職の端くれとして真に迫れるとは思いますが……どうしましょう」
「此処で舞うのは、少し恐ろしいですね。何かを引き寄せてしまいそうです」
冬佳はふむ、と唸った。シキを止めたこと、そして冬佳を留めたのも全てが『深入りを控えるため』であるならば。
「注意書きが『入んな、道通んな、お参りすんな』って事っしょ?
お参り以外余裕で私ちゃん破っちゃうわけだ。誰かお参りやっちゃったら仕方ない、私ちゃんも参戦するか」
うーん、と首を捻りながら秋奈は手を合わせた。倣うようにそうした彼女を一瞥してから冬佳は更にお堂を眺めやる。
「桜とかよくあるアレっしょ? あー、なんというか、ヤバめなもん埋まってんじゃね?
これまでので鍛えられてるからさ、お堂触って霊感ビビっとこないかな? 此処とも仲良くなれるかな」
仲良くなれるかは定かではない。だが――踏み入ったことで嫌な予感がしたのは確かだった。
自身等が参拝することで『此処に何かが居る』と言うことを確かなことにしたような……まるで『存在を認めてしまった』ような奇妙な感覚が背筋を伝った。
メイメイは万年桜の裏側に辿り着き、そうと幹に手を触れた。
こんなにも美しいのに。綺麗だからこそ、なのだろうか。惹き付けられて止まぬ美しさ。
故に、嘗ての詩人は櫻の下には死体が埋まるなどと詠んだのだろうか。
●みさきの待ちし、
「春だ! 桜だ! 綺麗だね! ……遊歩道へ行こうか悩んだケレド、友達も来ていそうだから、ボクもこちらに来ました」
『オバケ』には『オバケ』をぶつけるという心構えでやってきたのはリュカシス。洞窟の夜妖憑き『ネジレモノ』と共にやってきた。
意識と無意識のハザマに住まう其れがお守りになるとは何とも皮肉な有様だが、緊張の余りぎゅうと握れども相手は文句も言うまい。
「アッ、あそこに友達発見! オーイ! ボクだよ!
良かった! 今日はもう会えないかと思ってました。一緒に行きましょう! ……アレ? この人だれだっけ。友達じゃないかも……」
手を振って声を掛けたのは紺色の髪の少女だった。あれ、と首を傾いだリュカシスの背に「もしもし、どうしたの?」と問いかけたのは恭介。
調査に行くならば情報が必要だと注意深くやってきた恭介は独りで固まっているリュカシスに気付いたのだろう。
「ああ、あの、友達が居たような……」
「今、独りだったわよ?」
首を傾いだ恭介は『決まり事』には沿って行動していた。『一声呼び』にも注意を、そうして注意深く観察してきたのだ。
宮にお参りしないと決めたのは、注意書きの意味を理解出来ないからだ。リュカシスと伴だって、一先ずは道を下ろうか。
「しきわって言うのが何か分らないのよね。死に際で死際(しきわ)かしら。
何を意味するか分らないけれど、『道を辿らない方が良い』場合があるのは確かって事よね」
「しきわ……死の際か? 黄泉路を辿るな? そうであれば随分と物騒な事を。
オレもアラミサキと呼ばれたモノなれば、御前神であれば主神の前駆をつとめる小神、または使者として遣わす動物を指す。
……民間信仰では死霊や怨霊、憑物などをそう呼ぶとも言うがね。出迎えがあるのか、いや待つとあるなら宮まで行かねば分からぬか?」
首を捻った陵鳴も考察へと参加する。
桜には神様が宿る、それが化身だ。そう言われることはあるが祀られる神が『温厚』である証左はない。
「『たたりじ』は祟寺か祟路か。『宮』とはこのお堂の事か、はたまた『宮様』が祀られているのか。どれ、ご挨拶をば」
「ええっ、いいのかしら?」
驚く恭介に陵鳴は「踏み入れた後だからな」と言った。
「鬼が出るか蛇が出るか。いざ――
春は目醒めの季節という。神楽が桜に宿りし何かを鎮めているのであれば、その音は奥まで届いているのだろうが……笛と鼓は帰路の導たり得るか?」
「そういえばずっと聞こえマスネ!」
リュカシスは御神楽の音が響いているうちに帰らなくて張らないと本能的に察知した。それが『ネジレモノ』による声かけであるかは分からない。
「一声呼びをするなとは何かが出るぞと言うも同然。妖の類いの常套手段よな。
しかして踏み入るなは残念ながら守れなくてね。なぁに、ヒトに害を成さねば祓おうとは思わんさ。
無理に事を荒立てる気も毛頭無いとも。花見客が紛れ込んで来たとでも見過ごしてくれると有り難いが……」
まだこの段階ならば帰れようかと呟いて。
指差すように人里を示した少女に気付いてから陵鳴は唇を吊り上げた。
「くるくるりらくるくるり! きれいなきれいな桜だね! 写真に収めたいほど素敵な景色だ!」
舞い踊るようにステップを踏んだ帳。今は其方に行かず、『踏み入るべからず』と書かれた場所へと進むことに決めた。
「踏み入るべからずなんて書くから進む人が出るんだよ。
隠したいなら消したいならすべて無くしてしまえば誰も来ないのに――さあ、龍の尻尾を踏みに行こう」
もしも、だ。これはもしもの話だとして考えて欲しい。
好奇心に負けた者が会えてその道に踏み込むことを選んだとしたら? その場で何かが起こる事を求めていたら?
そう――『夜妖狩りが踏み入れなくてはならないような禁忌』が其処に起きるとしたら。
帳は今は其れを知らない。奉納の真似事をして、お堂に向かって自己紹介をする。
「おーい」
呼ぶ。
「ねぇ」
呼ぶ。
応えはないが、お堂の周辺に聞こえる御神楽は僅かに遠のいた気配がする。
「とおりゃんせとおりゃんせ、行きはよいよい帰りは何だ。禁忌? 知らないよ、ぼくは命の限りで未知を見る。
この先の分からない命で可能な限りの世界を見る。だからさ、攫うなら攫ってくれてもいいんだよ。
ぼくの知らない世界を魅せてくれるなら。ぼくも心からの感謝を上げる。
さあ、いるなら答えてくださいな。名前も知らない誰かさま……貴方は何をみせてくれる?」
「だめだよ」
少女の囁く声がした。
驚いて振り返った帳はぱちりと瞬いた。
「だめだよ」
黒いワンピィスの娘だ。彼女は困ったような顔をして、そうして言った。
「だって、足りない」
足りないとは、と問いかけて背後から聞こえた嘆息に慌てて振り返る。
立っていたのはレーツェルとラルフェだ。
「……はあ。付き纏うな、と何度も言った筈だぞ。『魔女』」
「まあ、お姉様。そんなに恥ずかしがらなくても良いとラルフェはいつも伝えていますでしょう?」
あきれ顔のレーツェルとラルフェは帳と『少女』には気付かない。うっとりと微笑んだラルフェにレーツェルは僅かな頭痛を感じて再度嘆息した。
「だから、ワタシは恥ずかしがってなどいない。単純に貴様が不愉快だから拒絶しているだけ。
……もういい。後ろを歩くくらいは許してやるが、変な真似はするなよ。
……何に呪われようが、こいつに比べればずっとマシだろうな。万年桜か。そんな名が付くぐらいなら、沢山の死体が埋まっていたりしてな? フフ。祀られたモノの贄として、とか」
過去の世界の知識を口にするレーツェルに「お姉様、どなたかがいらっしゃいますよ」とラルフェが首を傾ぐ。
其処に立っていたのは帳只独りだけ。驚いた顔をしたレーツェルに「もしもし、此処が『お堂』で道の終点か?」と問うたのは飛呂であった。
「ああ、ああ。そのようだな……」
「成程……」
飛呂の行動原理は簡単だ。再現性東京は『怪異』『有り得ざる神性』『日本古来の伝承』そのものをも再現している。
故に、疫病が流行れば祟りだと告げ、何らかの災いや呪いであると考える精神性を強く伝播させたこの年は安全ではなかった。
『あまり、こういうのに首は突っ込まないで欲しいんだが』
親心として危険に赴いて欲しくはなかった父、河鹿には申し訳もないが飛呂は普通の人ではない自身が遣るべきだと考えていたのだろう。
一応、民俗学を学んだ手前だ。一声呼びについては説明をした。『みさき』も神の遣いやそうした存在であろう、と。ただ、しきわだけは何処かの方言である事は分かれど詳細の意味は分からない。
嫌な予感がすると告げた河鹿は帰り道で待っているという。飛呂にとっては願ってもない提案であったのは確かだった。
「我等の頁に刻み、取り込む事は危ういと諭(な)された。
成程――狂いに狂い、乱れに乱れ、咲きに咲くのは我等以外も『在る』と謂う事か。
兎に角、桜々をぐるりぐるり、我等らしく探索或いは観察すべき。正直に思えば、我等は『これら』に関して疎いのだよ。何せ在り方が違う。
未知にも様々な導き手が生えるのだ。何、腹が減った。ならば――『いあいあ』と鳴けば良い。酔いが覚める頃合には抜け出せる筈だ」
朗々と語るオラボナは祈りでも冒涜でもなく、ひとの想いが成した物こそが夜妖であると告げる。
「私も人の想いに象られたインク、融けるには相応の所以がなければ成らない。これは由縁か、面と三日月だけでは見える筈もない――Nyahahahaha!!!」
「さて、なんでこんなことをするかって言えば隣人(かいい)にもそうだが、葛籠 神璽の足跡に興味があるからなんだよね。ある種、ファンと言っていい」
武器商人へと成程と頷いたのはヴェルグリーズ。万年桜の裏側に向かおうというのだから心擽る者はある。
水夜子から聞いた違和感を重ねれば、この地の名前は妙に印象に残らないそうだ。
「一声呼びをしてはいけないということは、カミサマ以外の何かも"出る"のかもね。
仮に知人の姿をしていても注意をした方がよさそうだ。桜の花びらがあればなるべく踏まぬ様にしとこうか。いいことなさそう。
ミサキは憑き物信仰の側面があるから、ヴェルグリーズに何か憑かないか少し心配だね」
「憑く、か。でも本当にあの女性は誰だったんだろう。
一声呼び……それをしてくる人はここの決まりを守らない、もしくは『守らなくてもいい存在』ってことかな……? 帰ることも考えるとその手の呼びかけには応えない方がよさそうだ」
唸るヴェルグリーズに武器商人は言葉を重ね『一声』ではなく様々な伝承を口にする。
「因みにね、ヴェルグリーズ。妖怪は繰り返した言葉が使えぬという。故に『もしもし』なんてのが有効なのさ。
『桜に攫われる』って表現は存外と最近の表現らしいね。
桜吹雪にまぎれて消えてしまいそうなほど儚い雰囲気を持つヒト、ということらしい。
一方で桜は多くの『日本』で田の神を迎え入れるための座として信仰の対象とされていたと記憶している。つまり、桜に攫われたのだとしたら──それは、"神隠し"と呼ぶのだろうね」
「……なるほど繰り返しての言葉か、商人殿は詳しいんだね。そういった言葉の違いは意識するようにしよう。
確かに神隠しが起きてもおかしくないシチュエーションだ。お互いの存在をしっかり意識するようにしようか」
先程の少女に感じた違和感は――まるで、この世界から攫われたかのような儚さであったか。
ヴェルグリーズがくるりと振り返れば山の中腹に見えた二つの塔は見下ろすように佇んでいた。
●たたりじの宮に
遊歩道から脇道の境目を進まんとした沙弥の手には音呂木の鈴。
音呂木と言えば、その巫女であるひよのが想像されるがその存在そのものが『古くから存在する神道の家』との認識も行える。
例えば、だ。音呂木(御路木や途路木などの神様のお通り道)を名の由来とした場合、それは真性怪異(かみさまと読ませるのが正しい)にとっては別の縄張りを有した神格の一つだ。故に、反発するのだ。その正しい使い道の加護として。
「何か結界のようなものでも貼ってあるのかしら。ま、行けるとこまで行ってみましょ」
目に見えぬ反発であるのは確かだが、沙弥は神楽の音を頼りに歩き――同じ道に出た。
回り込んだり、ぐるりと廻ったり。どうしても『脇道が昇り坂の山へと辿る道』であるならば、気付けば下っている。
詰まりは山を登ってはならないと言うことだけが良く分かる。
「真性怪異って聞いてそんな気はしてたけど、あんなに綺麗な桜を皆で見れないなんてホントに残念だよ。
お土産とか用意した方が良いのかな? それとも……んー。何か企画してみるのもいいのかなあ」
ぶつぶつと呟く花丸の背中をぽんっと叩いたのは定。「今日は花丸ちゃんとデートだぜ!」と励ましのつもりで声を掛けたは良いが――
「えー? ジョーさんと二人で危険なデート……? うーん、ちょっとないかな?
だってジョーさんそんな心算そもそもないでしょ。って言うか、喧嘩したんならちゃんと仲直りしないと駄目だよ?」
逆に凹む結果が返ってきた。ひよのは訪れられず、なじみも踏み入れば恐ろしいことがある。そんな場所だからこそ二人で来たのだが。
「ベツニチョットケンカシタアトダカラキマズイトカジャナイゼ。
そう言えばちょっと前の依頼でなじみさんの事守ってくれたんだろう? 流石持つべきものは花丸ちゃんだぜ、有難う」
「後、なじみさんとの依頼の事は気にしないで。友達を守るのは当たり前だし、ジョーさんだって逆の立場だったら頑張ってくれたでしょ?」
ひよのの為に定だって頑張ってくれた筈だろうと笑った花丸に、自身が駆け付けられなくていじけたと告げる定は格好悪くても構いやしない。
「神楽はひよさんに聞いてみよう。
それで、一声呼びってのは何なんだろうね? 推察するに一声だけではダメ、と言うそのままの意味であるなら単純に人の名前なんかを一回だけ呼んじゃダメって感じがするね。
普通怪異ってものは言葉を繰り返すのがお約束だ。それはきっと、『普通ではない事』が起こる事への危険予知なのだと思うけれど。
それが此処では一回呼ぶと言う『当たり前』に危険を孕むとしたら……僕らはどう回避すればいいのだろうね?」
「んー、一声呼びも気になるけど花丸ちゃんはさっきの人が気になったかな?
だってあの人、何か知ってそうだったでしょ。帰る時にもう一度出会えたら話を聞いてみるのもいいんじゃないかな。
それで一声呼びだったよね? これも何処かの民間信仰の類だよね、たぶん。
そういうものかなーって感じだったけど、今迄が今迄だったしちょっと変……かも?」
顔を見合わせる。分からないことばかりだが民間信仰で『怪異は言葉を繰り返さず一言話す』とされている地域もあるらしい。
それが山の中で返される言葉と同じ――山彦に返事をしてはならないと言うことか。
一先ずは山を登ろうと顔を見合わせた二人はふと、振り返る。
花丸が興味を持ったという『ショートヘアの少女』の許に向かっていたのはエクレアであった。
桜も興味深いが、踏み入るべからずと言う『大きな釣り針』がまるで誘い込むようだと感じてならなかったのだ。
お堂に小銭を置いて詣る程度ならば赦されるだろうか。わざわざ、オブジェクトのように設置されたショートヘアの少女のことも気にはなる。
ふと、声を掛けてみるが――
「僕は最近此処に引っ越してきた者でね、この地の伝承に興味があるんだ」
「そうなんだね」
どうやら返答はまともだ。だが、彼女はそれ以上は何も言わない。
「もし」
「一声呼びは辞めた方が良いよ」
それだけを同じように繰り返す。
「お花見……良いですね、それではサンドイッチでお弁当なんて用意しましょうか!
最近は日に日に暖かくなってきていますし、飲み物もバッチリです。料理スキルエキスパートの腕の見せ所ですよ」
ふふんと微笑んだステラにリュコスは「おはなみたのしみだ~!」とピクニックの気分で脇道探索にやってきた。
ステラが料理できたなんて意外だなんて失礼なことは決して考えていない。上機嫌でお出かけしてきたが――さて、この呼ばれているような感覚派なんだろうか。
(何だかリュコスさんの様子が少しおかしい様な? 気のせいなら良いのですが、もしこれが夜妖や怪異の絡む事態なのであれば……)
ステラは「拙の大事な友達に手を出そうというのですから、タダで済ます訳にはいきませんね?」と呟いた。
気になるから行きたいと「いかなきゃ」「いこう、ステラ」と手を差し伸べるリュコスにステラは声を掛ける。
「えぇ、この辺り更地になっても文句は言わせませんとも! いざとなれば、火力には自信がありますし、精霊爆弾を罠設置も辞しません」
「……えっ!? さ、更地はやりすぎじゃないかな……? でもちょっとだけ頼りにな……Uhh」
はっと顔を上げたリュコスは先程まで自身の後ろ髪を引いていたのは何だったのかと首を捻ったのだった。
「ふむ……万年桜ですか。長い期間咲き誇っているというのは不思議ですね。何か秘密があったりするのでしょうか?
それに……道を辿るべからず……獣道を通るなということでしょうか? 次はお堂には参るな、なのでしょうか」
首を捻ったリュティスは迷いながらもお堂を避けて進むことにした。道には祠が点在し、山を登るような感覚となる。
「そういえば、」
その掌に握られていたのはヒトガタだ。流石に何も起こらないような気がするが、目の前にお誂え向きに祠もあった。
ここに置いてみるのもいいのだろうかと首を捻った。
いつから其れが其処にあるかは分からない。だが、ことあるごとに其れが『自分の傍』にあったのだ。
「……とても、不思議ですね」
そっとそれを置けば――ぐん、と何かに引き寄せられるような感覚がした。
『両(ふたり)』
一体、どういう事か。リュティスの視界に入ったのは山の上にある『二つの塔』だ。一方が光っている気がしたのは気のせいだろうか。
「……どうかなさったか」
驚いた様子でリュティスの身体を受け止めたのは『遊歩道』に立っていた鬼灯であった。
章姫を危険な目に遭わせるわけには行くまいと桜を見てのんびりと二人で過している刹那にリュティスの身が山より投げ出されてきたのだ。
「い、いえ……」
「それなら良いが……」
リュティスが握っていた『ヒトガタ』は半身が焦げている。まるで何かに引き寄せられたのだろうか。
呆然とする彼女の耳に入ったのは章姫の楽しげな声音と神楽だ。豊穣にも、鬼灯の故郷にも咲いた花を奥方が愛でていたのだろう。
「かぐら! 神無月さんがしているのを見たことあるわ! 綺麗ねぇ。あとね、桜のお花、帝さん達に持って帰ってあげるのだわ!」
平穏がそこにある。鬼灯はリュティスをベンチに座らせてから楽しげな章姫の頭を撫でた。
「ふむ……ならば押し花にして栞にしようか? 章殿からの贈り物であれば彼はさぞ喜んでくれるだろうよ」
●参るべからず
注意書きは忘れずに、万年桜の裏側のお堂にやってきたニコラスは「ふむ」と呟いた。
「ミサキはここの真性怪異で祟り地はこの万年桜。そんでそこのお堂が注意書きに書かれてるってぇとこかね? シキワは全く分からねぇがな!
それに『一声呼びはするな』ってのも気になるな。気をつけろじゃなくて『するな』だ。
まるで俺たちが他の奴に怪異だと思われちまうかのようじゃねぇか。
ま! 気をつけども行ってみなきゃ分からねぇか。触らぬカミに祟りなし。けれど触らなきゃ分からないこともあるってな」
そう告げる彼の考察は『確かに当たっていたのかも知れない』。イレギュラーズの往来を眺めている水夜子に手を振って「なあなあ」と声を掛ける。
「なんとなーく夜妖憑きは入ったら危ない予感がするんだがよ。みゃーさんよ、そこのとこどう感じるよ?」
「ヒトガタ持ちが入ると危ない気はしますね」
「そういうこと言うだろ?」
「そういう事、言います。だって、その子はお名前を奪って、自分のモノとしようとしたではないですか」
「まあなあ。この土地は無数の名が付けられて元の名前を喪ったかのようだ。まるでその名を奪ったかのように。
……その名を呼ぶのを畏れ、無数の名でそいつの本質を抑えつけたかのように。そんな考えがふと思い浮かんだが――なぁなぁ。そこのとこどう思うよ、カミサマ?」
くるりと振り返ったニコラスの視線の先には誰もいない。お堂の内部を見遣ってから何故か掌に移動していたヒトガタがそれ以上は行くなと警告するかのようだと感じていた。
「きっと、お堂の中には真性怪異に縁のあるナニカがあるでしょうし、確認しておきたいところだけれど……流石に外からじゃ暗くて見えないかしら?
案外、万年桜の真下に続く道があったりしてね?
匂いや物音にも気を配っておきたい所だけれど、ここは『テリトリー』である以上、油断は出来ないわね……」
アルテミアは今までの経験則から行動をするようにしていた。
水夜子には『石神』の抑えについて確認したが『根之堅洲國』に至った者が近付かない限りは綻びはなさそうだ。
心配は多いが、一先ずはこの桜に注力しても良さそうだろうか。
アルテミアがお堂の内部に入り込もうと手を差し伸べたが――何らかの奉納が成されているのか中を荒らすのは憚られた。
「あら、おねーさんもこれ以上は行けない?」
「ええ……どうやら無理のようね」
怖い物見たさでやってきたフルールはぱちりと瞬いた。楽しい楽しい世界の裏側に踏み入りたくてやってきた『悪い子』たち。
皆、入るなと言われたからこそ入りたくなる心でこっそりと踏み入ったのだ。
「ねぇ、フィニクス? あなたが一緒ならどんなところでも大丈夫。ジャバウォックも守ってくれる。
精霊達も皆。だから、やってみない? ……なんて、冗談よ。二割くらいは。
でも本当に興味があるのよ。うつつとゆめの狭間……『あわい』っていうところがどんなところなのか。怖いところかしら?
きっと夢のような場所なのではないかしら? ふふ、行けないところには皆行きたくなるものよね? ほら……」
神隠しにでも遭ってみたかったけれど、と囁く声を遮るように聞こえた神楽の音は――
「なんで俺はこんな所に居るかって?
いやだって! なんか呼ばれてた気がしたんだよ! 可愛い女の子からのお誘いだったら断るわけにもいかねーだろ!?
さっきの髪の短い女の人誰だったんだろ? 気になるなぁ。気になるといえばこの場所もそう。色々回って調べたい。
一声呼びって……「おーい」とかそういう呼び方だろ?
じゃあ周りのみんなのことは名前呼びで、俺も声かけられたら安易に返事しないように気をつけよっと」
――そう決めたのは虚だった。先等の木の下には何かが埋まっているという通説も気になるが、先程の少女が脳裏にこびり付く。
彼女は、誰か。あの儚げな笑みが気にもなる。
「しかし、みさき……ねぇ。お堂の前に意味深な7人組とか居たら警戒しとくか。その場合お参りすると不味そうなんだよな」
「みさきってさっきのこの名前?」
「いや……」
声を掛けられたことにカイトは驚いて振り返った。虚だ。彼は可愛らしい女の子が読んでいる気がしたのだとそう告げる。
カイトは「うーん」と唸ってから「名前じゃないだろうなあ」と呟いた。
逢坂の懸念は解消していないが、桜の木と聞けば良い思い出がないカイトにとって何か在る前に対応しておきたいのが本音だ。
「それはそれとして俺が気になるのは桜の木そのものなんだが……
樹の下に死体が埋まってるとか、無いよな。
……アナクロすぎる気もするが、まぁ俺の知ってる件はそんな感じだった気もするし」
「埋まってますかね!?」
埋まっていれば是非掘らして欲しいと瞳を輝かせたねねこは鞄からスコップを取り出そうとして――嘆息した。
何故か鞄の外にはヒトガタがべたりと張り付いているのだ。
「桜……良いですよね。春の風物詩です♪ それにしても何で私ここに来たのでしょう?
そして何で皆なんで来たのでしょう? ……いやまぁ何となく呼ばれた気がしたから……以上の事は無いですよねぇ」
死体が呼んだわけでもなさそうだと嘆息する。珍しく古くて素敵な死体があれば嬉しいが『ねねこの死体発見センサー』には何も反応しなかった。
ちゃんと綺麗にする道具も用意したが、先程であった彼女に関連する『死体』が埋まっているわけでもなさそうだ。
「以前から気になっていた案件です。春旅行に相応しい。行きましょう」
淡々と進むリヒトは暁月にも聞いておきたいと考えた。桜に纏わる話で彼が一番詳しそうに思えたからだ。
「先生の好きな『曰くつき』だよ」と誘ったら食いつきの良かった尊敬する先生に真は頷いた。
「桜神様、ねぇ。いったい、ここの桜神様はどんな御方なんだろう?」
「逢坂の蛇神。石神の来名戸神。皆種別は違いますが……」
信仰と謙信を捧げる馴染みとよく似た桜の神様。それに呼ばれた気がしたと真はふらふらと進む。
その背を追い掛けるリヒトは警戒するように息を呑んだ。
(あゝ、俺は桜に魅入られているのさ――馬鹿だろう?)
真は、此の儘連れ去られたかった。だが、そうされなかったのはリヒトが「神楽の音が聞こえる内に帰りましょう」と声を掛けたからだ。
何方に向かうか。やはり、こちらだとシルキィは脇道を行く。
桜を楽しむのも良いが、自身を護ってくれるモノはあるかないかも分からない。暁月が来ていたが彼は入り口付近までしか行かないと行っていた。
「注意書きは……。踏み入るべからず。しきわは道を辿るべからず。みさきの待ちしたたりじの宮に参るべからず」
既に踏み入っている状態だ。『しきわ』が何かは分からないが現状で破ったことになる。
「けれど、『みさきの待ちし』『たたりじの宮』……これはどうだろう。
みさきが何かは分からないけど、たたりじの宮……まだ祟られてないってことかなぁ?
注意書きなのに、祟られてない所に行くことを禁じるなんて変かも。神聖な場所を犯さないように……とか? ……やっぱり、一度お堂を調べてみるしかないよねぇ」
首を捻ったシルキィの傍にシューヴェルトは立っていた。
柵を越え、ずんずんと進む彼は向かう先にあるお堂の清掃をしようと考えていた。そうして、供物を捧げば大きく問題にはならないだろうか、と。
「我が名はシューヴェルト! 真なる怪異よ、我が名を覚えていけ!」
堂々と名乗り上げたのはこれから先に繋がる何かがあるのではないか、と感じたからだ。
シューヴェルトの名の後に聞こえた神楽の音にシルキィは首を捻った。
山を登っているときにこの御神楽がこんなにも響いてきただろうか――?
●花の下にて
桜を見に行こう。
道に逸れる入り口まで歩いて行けばそれで良い。水夜子から話を聞いたとき暁月は「彼女」だと感じた。
「それは晴陽ちゃんには言ったのかい?」
「……はい。言いました。言ったからこそ」
「まあ、そうだろうね。ここには晴陽ちゃんは近付かないだろう。私だって――……でも私は来る理由がある。会えても会えなくても構わないさ」
男が薄らと浮かべた笑顔を見遣ってから水夜子は息を呑んだ。
その背を眺めていたのは幻介である。現状に至るまでの彼の様子を心配しての行動であったが立派な尾行とも言えよう。
幻介に気付いたのか晴陽は困り眉を下げて肩を竦めてから笑った。
――大丈夫ですよ。
それは彼が心配するような『繰切』との関連がある地ではないのだろう。それでも、だ。「……やはり何処か危なっかしい気がします」と紡いだのは星穹であった。
星穹は水夜子に『尾行』が露見しているというのに暁月が気付いて居ない事こそが彼の不調そのものであると嘆息する。
「無茶をしているようなら引き留めねばなりませんし。ああ、ほら、追いかけますよ!
それにしても、再現性東京にこんな場所があったなんて……不思議です」
「そうだな。踏み入るべからず、しきわは道を辿るべからず、みさきの待ちしたたりじの宮に参るべからず……ねぇ。
要するに、この先立ち入るべからずって事なんだろうが……こんな場所に暁月は一体どうして……。
まぁ、暁月だってそこまで無茶な事はしねえと思うし、これでも食いながら意図を掴める様に見てようぜ」
ガサリとコンビニエンスストアの袋から取り出したのは二人分のあんパンと牛乳であった。
真面目くさった顔をした幻介に驚いたように星穹が「これは?」と問いかける。音の鳴る食べ物は尾行には向かないではないか。
「こないだ、テレビドラマで見てよ……尾行の必需品だって聞いて買ってきたんだよ、星穹も食うだろ? ちゃんと二人分買ってきたから、遠慮すんなよ」
「遠慮ではありません、困惑です。私、これでもちゃんと忍なんですよ?
……尾行の必需品であるならばそれに倣うのが礼儀なのでしょうね。仕方ありません、頂きましょう」
嘆息した星穹は道を進む暁月の背を追い掛け続けた。
「この間、散々桜は楽しんだしな……先生を誘うのも良かったが……。
いや、ここにゃ誘わなくて正解だな。みゃーこ、この先の調査に行ってたってのは本当か?
良ければ教えてくれ、暁月も何か知ってるのか? この先、明らかにヤバイ匂いがするぜ」
探偵の『勘』だと告げる天川に水夜子はちらりと暁月を見遣った。進む足を止めた彼は「まあ」と肩を竦める。
「私は調査だけ、先生はどちらかと言えば」
「まあ、当事者の一人かもしれないね。でも、私はもう除け者のようだけれど」
どういう意味だと天川は暁月を見遣った。水夜子が『当事者はどちらかと言えば姉さん』と呟いたことだけが耳に残る。
真性怪異と呼ばれた存在は天川にとっても未知その者だ。危険を孕んだとて知ってしまえば、放置も出来ない。
「俺もこの先を少し調べて来よう。二人は待っててくれ。剣でこうどうできる相手ならいいが、そうじゃない場合がやばい。駄目そうなら逃げてくるから安心してくれ」
頷いた水夜子に暁月は何とも妙な顔をした。
さくさくと落ち葉を踏み締めて道を上った天川の前には紺色のショートヘアをした少女が立っている。
彼女は『普通の里の人』なのだろうか。警告を口にして、笑う。その笑顔だけが何故か脳に張り付いた。
「さて、通りすがりの親切なレディの忠告は真面目に守るとして……何が出るかね……」
樹の背後からぐるりと見遣れども小さな祠が存在するだけだ。
「しっかし、気味がわりぃ。職業柄怪談話は嫌というほど聞いたが、こいつは恐らくマジもんじゃねぇか。
……勘弁してくれ。さっさと何か見つかればいいが、どうだ?」
朽ちたお堂の中には幾つもの我楽多が転がっている。大凡、それらは肝試しにでも来た物が使ったか。
天川は嘆息してから、ふと足下を見遣った。紺色の毛糸。其れが妙に気を引いたのだ。
――嗚呼懐かしいこの感覚。心地よきかな。悍ましい。
「また我を呼んだのか?」
以前よりも怪異に慣れた事が恐ろしくてクレマァダは嘆息する。斯うしたモノには慣れてはいけないのに。
だからこそ、それを『僕』のせいにして、『我』は知らないと首を振るのだ。
いきはよいよい かえりはこわい しおさい うちて よせてはかえり さくらは どこへ つれていく ♪
歌いながら、何度も何度も脚を動かした。誰かが見ている気がする。
何かに呼ばれたのだ、足を止めても仕方が無い。誰に呼ばれたのかを知りたくて堪らなかった。
「あのー」
声を掛けられてもクレマァダは振り返らなかった。
「あー! 皆だ! やあやあ、会長も呼ばれて来ちゃったよ!」
詩を遮られてはっと振り返ったクレマァダの視線の先には茄子子とボディが立っている。
「……ああ、一声呼びとは『そういうもの』ですか。
しきわ、みさき、たたりじ。全てが詳細不明ですので慎重に来たのですが……何か分かりましたか?」
「さっぱり!」
にこりと笑った茄子子は「分かった?」とクレマァダ――まるで、カタラァナのような彼女――に声を掛けた。
「分からないかなあ」
「だようね。良く分からないけど、私は桜の根元を掘ろうかなって思った。
桜の木の下には死体が埋まってるなんて言うよねー。そういや石神村では墓掘り起こしたよね。なつい」
行ってきますと歩き出す茄子子を見送ってからボディは草むらを歩いて遣ってきたのだと指差した。
「祀り上げている物の名、この地域の名、詳細不明の単語について、何でも。
……ですがお堂にお参りはしません。これが”たたりじの宮”である可能性がある、と思ったのですが――違いますね」
「そうだね、違うね。これはちがうね。
知ってるかい? 『しきわ』って何処かの里の言葉なんだよ。お祭りの日なんだ」
それはクレマァダの声でありながら、クレマァダの口を借りた誰かのようにボディは感じていた。
「……お祭りの――」
神楽の音が、聞こえる。
「そう、だから『僕』たちはもうとっくに、とっくに、とっくの昔に、破ってしまっていたんだね」
その囁きにボディは息を呑んだ。
「桜綺麗だったね。じゃ、呼んでくれたらまた来るよ」とお堂に笑いかけていたはずの茄子子は何処に行ったか。
「あああああうあああああああ――――!」
何となく既視感を感じながら山を下る。桜の根元に這いつくばるように座っていた茄子子は『人形の綿』のようなものを握りしめていた。
「どうかしたかい?」
掛けられた声に、ボディとクレマァダは振り返る。
暁月だ。
彼は何処かくらい表情をして「入り口で『あの子』に会った帰りだよ」とだけ告げた。
人形の綿を茄子子の手から離せば、彼女は何事もなかったようにけろりと笑って「帰ろうか」とだけ笑ったという。
「さてさて、櫻の木の下には、という話もあるが。桜に宿る神はハヤマ信仰に近い神か。そして裏で祀られるモノ。
ミサキを、それが持つ憑物やハカミサキ等の複合的性格を踏まえ、再現性都市の特徴を考慮し『異常死を遂げた祀られぬ霊』。その集合体か?
再現都市の『異常』を排斥する過程で生まれたモノ。本来祀られる神と死して名前や存在を剝ぎ取られたモノが祀られたのではないか?」
考察する愛無の言葉を静かに聞きながら水夜子は「そうですねえ」と紡ぐ。
「葉山、端山……。詰まりは人里の近い山ですね。五穀豊穣を願ったとも言われるインスタントな神様です」
「そう言って良い物か分からないが。五穀豊穣を願うならば、春の先触れに神楽奉納は確かだ。
春の訪れに神の降臨とあわせ祀られぬ霊への奉納を行う。先触として現れるミサキを祖霊化の周辺過程に回収を狙ったのかなと思うのだが……」
さて、と愛無は水夜子を見遣った。この地に何らかの『真性怪異』が存在(あ)るのは確かなのだろう。
例えば石神に存在したのは道祖神たる存在であったではないか。逢坂ならば水神信仰に閉鎖的な土地神のフォーカスだ。
「この地は暁月君や晴陽君の因縁の地ではないか。高校時代の彼らの共通の友人は何という名前なのだろう?
もしよければ教えてくれまいか……みゃーこ君に嫌われたくはないが是非もなし」
愛無の問いかけに、水夜子はどこか困った様子で「あの人の名前は、」と口を開いた。
●願はくは 花の下にて春死なむ
「もしもし、急に連絡して申し訳ないね。……珍しいな、直ぐに電話に出てくれるなんて」
『行ったのでしょう? あの場所に』
挨拶も、何もかもを必要としていない性急さに暁月は笑った。
硬質な声音に僅かに滲んだ不安の意味を暁月が分からぬ訳がない。それだけ彼女にとって『万年桜』は――『両槻』の地は一人の女の人生を縛り付けた土地であったのだ。
「まあ」
出来る限りフランクに返した暁月を急かすように電話口の彼女は「それで!」と声を荒げた。
がたん、と音がした。気が荒ぶるとテーブルを叩くのは彼女の高校時代からの悪い癖だ。手が傷つくから辞めろと友人達にはよく言われていたと言うのに。
『……居たんですか』
「まあ」
『本当に、あの子でしたか』
「……私を見て『暁月先輩』と呼んだよ。それから、」
『それから?』
「『はるちゃんは居ないんだ』」
ひゅうと息を呑む音が聞こえた。
暁月は黙って彼女が無理にでも紡ぎ出した声を聞いていた。
「みさき」
鹿路 心咲――彼女の親友で、燈堂 暁月が夜妖を討伐するために両槻の地で斬った女の名を。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
この度は楽しい花見にご参加有り難う御座いました。
ああ、そういえば……
そのう、お体に花弁が張り付いてしまった方がいらっしゃったやも。
希譚は『両槻』と『逢坂』を暫くは交互に、そうして二つが終わったらさいご、『**』に参る予定で御座います。
今暫く、共に怪異と神のはざまで、有り得やしない物語を追い掛けましょう。
それでは。
また、海で。
[注:繙読後、突然に誰かに呼ばれたとしても決して応えないでください。]
[注:繙読後、何かの気配を感じたとしても決して振り向かないで下さい。]
GMコメント
希譚シリーズ、随分と日が経ったので先ずは準備運動からです。
気軽に桜を見たい方もどうぞ! 『注意書き』の行動をしなければ普通の桜を見るイベントシナリオで御座います。
●目的
その1)花見を楽しみましょう
その2)希譚に何故か掲載されるこの地域を楽しみましょう
それは希望ヶ浜に古くから伝わっている都市伝説を蒐集した一冊の書です。
実在しているのかさえも『都市伝説』であるこの書には様々な物語が綴られています。
例えば、『石神地区に住まう神様の話』。例えば、『逢坂地区の離島の伝承』。
そうした一連の『都市伝説』を集約したシリーズとなります。
前後を知らなくともお楽しみ頂けますが、もしも気になるなあと言った場合は、各種報告書(リプレイ)や特設ページをごご覧下さいませ。雰囲気を更に感じて頂けるかと思います。
[注:繙読後、突然に誰かに呼ばれたとしても決して応えないでください。]
[注:繙読後、何かの気配を感じたとしても決して振り向かないで下さい。]
●万年桜
美しい桜が咲き綻び、狂い咲くように長くに渡って桜を楽しむことの出来る地域です。
山間に存在し、再現性東京の中でも田舎にフォーカスを当てたような場所となります。再現性東京・希望ヶ浜の住人にとってはリフレッシュの小旅行で親しまれます。電車で移動する事を目的に作られた場所です。
街の雰囲気は古都。古い建物が建ち並び、景観も意識して作られていることが一目で分かります。
また、観光地であるために地酒を楽しむほか、遊歩道をのんびりと歩くことや足湯をお楽しみ頂けます。
春祭りが行われている地域であるため、屋台を眺めることも出来ます。
※一行目:行動は冒頭に【1】【2】【3】でお知らせください。
※二行目:ご同行者がいらっしゃる場合はお名前とIDではぐれないようにご指定ください。グループの場合は【タグ】でOKです。
【1】桜の遊歩道
美しい桜が立ち並んだ遊歩道です。最奥には万年桜と呼ばれる長く咲き誇る巨大な樹木が存在します。
この地域の桜は夏まで枯れず、長い間楽しむことが出来るそうです。
その為、春祭りが行われ、万年桜の付近に存在するステージでは『春の御神楽』が奉納されております。
足湯を楽しんでみたり、お団子を食べたり、お好みの桜を楽しんで下さいませ。
何方様でもお楽しみ頂けます。怖いことはありません。
【2】注意書きの向こう側
桜の遊歩道から脇道に逸れた場所に注意書きが存在します。
どうやらその向こうは獣道と小さなお堂が存在するようです。少し歩いて行くことになりますが万年桜と呼ばれた巨大な樹木の裏側のようですね……?
遠くから聞こえる『春の御神楽』の笛の音。鼓の音色は後ろから辿るように聞こえてきます。
この道に逸れる前に話しかけてきたショートヘアーの女性は困ったように「いいね? 一声呼びはしちゃあだめだから」と言って居ました。
彼女は誰だったのでしょう……?
[注意書き]
踏み入るべからず。
しきわは道を辿るべからず。
みさきの待ちしたたりじの宮に参るべからず。
不穏そうなので、NPCは澄原水夜子のみがこの選択肢に同行致します。(他のNPCは同行不可です。NPCが自主的に向かうこともありそうですね…?)
【3】その他
当てはまらないけど此れがやりたいという方へ……。
ご希望にお応えできなかった場合は申し訳ありません。
●NPC
・澄原水夜子
「澄原は一杯居ますから、みやこ、みゃーこ、みゃーちゃん、みやちゃん。お好きに呼んでくださいね?」
お気楽な女の子です。何処へでもご一緒に参ります。
『逢坂』には事前調査に赴いた後だそうです。何か聞きたいことがあればついでに聞いてみてもいいかもしれません。
この桜観光が終わったら皆さんと調査に赴きたいそうですが……この地にも何か違和感を感じているようです。
・音呂木ひよの(同行していません)
同行はしていませんが、皆さんのお帰りを待っています。
「何か起こるかも、不安だな……何にも巻込まれたくないや……」というかたはひよのにお守りを貰っておきましょう
(プレイングに【音呂木の鈴】と記載して頂ければ巫女が加護を齎します。鈴を貰って【2】へ行くと何故か遊歩道に戻ってしまいます)
・行動選択し【1】に限りましては無制限イベントシナリオですので、ステータスシートを所有するNPCが参加する場合があります。
・夏あかねのNPCは水夜子のみ何処へでも参ります。晴陽はこの地を嫌っているのか、申し訳ありませんが欠席です。
また、音呂木ひよのは立ち入れません。
綾敷なじみはお誘いを頂くとわくわくしながら参りますが、【2】はやめておいた方が無難な気が致します……。
それでは、行ってらっしゃいませ。
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