シナリオ詳細
月重の湯
オープニング
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宵の時間に近づく空には茫とした輪郭の月が飾られる。まるで、未だ眠りたくないと駄々をこねた子供の赤い顔を笑う様な温かな色をその天蓋に飾らせた。
夜闇に思い馳せれば、月とは朧げな曲線でその輪郭を描いている。どうにも、食えぬ存在であるのだろう――その姿は見る場所によってその姿を変えるのだから。
幼い子供は月の中で兎が餅つきをして居ると告げていた。それに返すはばかだなあという甘ったるい声音だけ。
「蟹が居るんだよ」
「うそだあ」
重ね合わせた言葉に月明かりが反射する。
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頬を撫でた風の温度も随分と和らいで、汗ばむ気候であれど心地よさがその身体を包み込むようだと『サブカルチャー』山田・雪風(p3n000024)は手にした団扇でぱたぱたと仰いだ。
ふと、雪風の手にしていた案内を見下ろしながら「月ですか?」と『聖女の殻』エルピス(p3n000080)は首を傾ぐ。
「そう、月。涼しくなってきたし、海洋にある温泉で月でも見ながらのんびりしないかな、と思って」
海洋王国は美しい夏を楽しめるとともに、観光の整備も施されている。島国という事もあり、様々な文化入り混じるその場所で月見をするならば温泉がおすすめだと雪風は嬉しそうに告げた。
「月の満ち欠けは巡り合わせなんだけど、天気もよさそうで、今日は満月なんだよね」
「満月、ですか」
月とは朧げな存在だ。日に日にその姿を宵に隠し、そしてまた巡り姿を見せる。
人々が手を取り合うかの如き一期一会の存在であり――人々の営みを眺めるのもその月という存在なのかもしれない。
エルピスは「美しいのですか」と問い掛けた。月の美しさを想像して雪風は「とってもね」と云う。
「エルピスはあまり月を眺めなかったかもしれないけど、誰かと見る月ってキレーだと思う」
俺もあまり見なかったけど、とへらりと笑った雪風は空を仰ぐ様に手を差し伸べた。
「のんびりと温泉に浸かって羽を伸ばして、これからの事を考えるのもいいし……。
月見団子だって美味しいし、あ、それに俺はやっぱり焼き芋かなあ」
「やき、いも?」
「そう。落ち葉を集めて芋を焼くんだけど……って食べた事ない?」
「はい」
こくり、と頷いたエルピスに雪風は「じゃあそれもしよう」と笑った。
空に浮かんだまぁるい月と同じ形のまぁるい団子。それだけでも心躍るというのに。
さあ、『月重の湯』でのんびりと過ごしませんか――
- 月重の湯完了
- GM名日下部あやめ
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2019年09月29日 23時00分
- 参加人数91/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 91 人
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参加者一覧(91人)
リプレイ
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茫とした輪郭は宵の色に溶ける様にまぁるく霞む。
「あっつ……」と小さな言葉を漏らした政宗はソーダの湯に浸かりながら一人茫と天蓋を眺めた。
共にと恋人を誘う事も考えた――けれど、素肌を見せる事に抵抗を覚えたのは自身の体に筋肉がついたからだろうか。恋人ならば大丈夫だと笑ってくれただろうが意気地がないのは此方だもの、と苦い笑みを溢して。
空に満面の笑みを漏らした美しい月は愛しい人の色彩に似て居て、綺麗で――ああ、頬に赤が昇る。
(――僕いつもあの人の事考えてる!)
ああ、そんなのに気付いてしまったのだ。あの人に見せてもいいくらい自分を磨いて明日、逢いに行こう。
縁は持ち込んだサマー・ビールを勢いよく仰いだ。何も考えずに酔いと温度に身を任せるのもいいモンだと言う様に月をなぞる。
何も考えない――そう思えば思うほど、余計に色々考えてしまうのは何故なのだろう。
(本当なら、神託だとか世界の終わりだとか、そんなモンとは無関係でいたかった。
どうにもならねぇ後悔だけを抱える、ただの馬鹿な男でいたかった)
何も知らないまま、感傷と後悔を抱えて酒を煽って『莫迦』だと謗られ生きて居たかった。
因果が絡み合う事を厭う様にして、勢いよく喉に流し込んだ酒は苦みだけを伝えた。
レイヴンは「いやあ」と空を仰ぎ、肩を竦めた。彼にとっての海洋王国は故郷である。小国ともとれる島国で有れど、少し歩けば新しい事に出会えるというのは人が生きる上での特権であろうか。
「いやぁ、故国海洋にこんな月見露天があったとは...…ワタシもまだまだだなー」
そう、口にして彼は目を細める。皮肉にも、召喚前――いや、もっと以前の『私』であれば、と彼は一人湯を指先から溢す。
「…...月見酒に浸る、なんてことは」
月に叢雲花に風――感傷に浸ることができるのならば、この刻ほど尊いものは無かろうに。
●
いとおしい人といとおしいと思いを交わして初めての旅行というのはどれ程迄嬉しいか。
リリーの体を洗って、カイトの羽毛を洗って、と、二人繰り返してお盆にジュースを乗せたカイトがリリーを呼んだ。
「わぁい」
ぎゅっと彼に抱えられたまま温泉とカイトの暖かさを感じながらほっと息を吐く。見上げた月とカイトの貌が覗いている。
(――かっこいい。……これ、おんせんがあったかいのかな、カイトさんがあったかいのかな……りょーほーかな)
ぷかりと浮いた卵を眺めてカイトは「いい湯だな」と笑みを溢した。薫った同じ香りがいとおしい。月はきれいですね? ――いいや、彼女の方がもっときれいでかわいいじゃないか。
「長旅を憩うにはお風呂とおいしい食事につきますねえ……」
各国を津々浦々駆け巡る日々。しかしこうした穏やかに温泉を楽しむ機会は貴重だとグランツァーは息を吐く。
「源泉があること、温度によっては調整が利くような手段があること、なにより、温泉という「文化」が根付いていること。これが全部揃ってる場所って、存外多くないんですよう」
酒をたしなむ程度に、と決めて居てのびのびと楽しむのだとグランツァーが盃を掲げれば月がきらりと反射した。
「温泉は……こ、心地いい……です、ね……」
フルールは緊張した様にちら、とツクヨミの表情を盗み見る。慣れない水着に、慣れない行動はどうにも心を騒めかせるのだからしようがない。
月を眺め、温もりに浸れるのは良いとツクヨミが呟けば伺う様なフルールの声音が届く。
「心地いいとも。私の源……月の光を浴びながら、このように湯に浸かれるのだ。フルールは、どうだろう?」
「あなたが心地いいのでしたら……その、良かったです……!
温泉は疲労回復にいいと聞いてましたが、こんなにも心安らぐ事だったのですね……」
温泉はすごいのですね、と呟くフルールにツクヨミは小さく首を振る。
「ああ、良かった。しかし、恐らくこれは君と共に居るからだろう
――誘って貰えて良かった。また、来よう」
ああ、そんな。言葉を聞いて頬が赤らみ息を飲む。そうやって、狡い言葉を言うのだから。
また、と言葉を繰り返して口を噤む。昇った熱は、温泉の所為ではないのかもしれない。
「んー……すっごく温かいし幸せ……」
脚をぐ、と伸ばしてシオンは湯へと沈む。思い切り体を伸ばしお湯の中で焔は「やっぱり温泉って気持ちいいね」と指先で温かな湯を擽った。
「お月様も綺麗だし、お話しながらだと長湯しちゃいそうだよ」
「お月様もそうだけど焔も綺麗だし可愛いよ……ずっとお話もできるし見ていられる……」
穏やかな調子でそう、何ともなしに口にされた言葉に焔がきょとりとして「もう」と唇を尖らせた。温かな温度の中、体温が上がったそれに「のぼせちゃうね」と立ち上がった焔の後ろで温泉卵を食べながらシオンは「はーい」と頷いた。
「休憩したらサウナも行こうね。
そうだ、後でお背中流してあげようか? お父様やお母様には上手いねって言って貰ってたんだから!」
焔の提案にぱちり、と瞬いてじゃあ俺もとシオンはその案に乗っかるが二人ははっとした様に顔を見合わせ笑う。今は水着を着用しているから『また』を約束するように指を重ね合わせて。
「……酒はあまり嗜まないのだがな」
ちら、と傍らのレイチェルを見遣ったシグにレイチェルは「さて、折角だから晩酌しよう。お猪口と酒はこの為に持ってきたンだから」と悪戯めいて笑った。
心地よい湯の気配に、吸血鬼の好む丸く煌々と照らす月夜。子供の様にぐいと四肢を伸ばしたレイチェルは「たまには、な」と盃を彼へと差し出した。
「だが、お前さんがそう勧めるならば…頂くとしよう。
月――月か。水面の月が象徴する『虚』は、謀略策略……つまり、私の象徴でもある。それ故に、何となくだが親近感はあるのさ」
吸血鬼であると言い、夜を好んだ彼女と共に。同じものが好ましく思えるのはどうにも喜ばしい。
「――然し、いつもは恥ずかしがり屋のお前さんにしては、大分大胆ではあるな? ……私と混浴とは」
揶揄うそれにむ、とレイチェルは唇を尖らした。この月を、彼と共に心地よい温泉で感じたかったと本音をぽろりと溢し乍ら。
「お嬢ちゃん一人か? 私と遊ぼうぜ〜」
アルマをちらりと見上げてアレックスは小さく息を付く。湯を掌で遊ばせていたアレックスの足先がぱしゃりとお湯を蹴り飛ばした。
「……なんだ、暇なのか。なら、貴様こそ酒に付き合え。
……こんなにもいい月だと誰かと飲みたい気分だ」
ぱちりと瞬いたのはアルマの方であった。愛らしいそのかんばせからは想像もつかぬような強気な発言。ナンパをしたのは此方なのに誘い手を引くのはあちらなのだ。
「なんだ、可愛い顔して随分とイケる口だなあ」
くつくつと喉を鳴らす。月見酒をどうやら二人で楽しめそうだと盃掲げてアレックスに「乾杯」と打ち合わす。
「そんじゃ、ちょっと話しますかね?」
「……ああ」
同じギルドに所属するヨハンとラナーダも今日は湯に浸かりのんびりしようと言葉を交わし合う。
「うん、ラナーダさんクールビューティとはほどと……なんでもないですがきちんとしてればちゃんと女の子です? だめですよ変なもの拾って食ったり木箱で暮らしたら」
「よほどのことが無いかぎり拾い食いなんてしてないよぅ!! 木箱に住んでるのは…………ええと、善処します」
失礼な事を言われたような、と首を傾いだラナーダにヨハンは小さく笑って「うちのギルドにきてくれてありがとうですよ」と微笑んだ。
「一応木箱置いときますけど、これから寒くもなるでしょうし、いつでもおいでくださいね。
毎年ふんどし一丁で凍死寸前になってるイレギュラーズも見かけますから……寝床くらいは準備しておいてあげます」
「羽毛布団!?」
きらり、と瞳を輝かせ湯より立ち上がったラナーダにヨハンはくすくすと笑う。なら、『メイド長』としてお背中御流ししましょうとやる気を見せた彼に「ギルマスじゃなくて、メイド長?」とラナーダはクールビューティーらしからぬきょとりとした表情を見せた。
「リースリットちゃん、月が…ガッ!」
月が綺麗ですね――という言葉には情が籠められる。カイトはそれを知っているからこそ『危ない』と言葉を飲み込んだのだが、リースリットは天蓋を仰ぎふと、小さく息を吐く。
「月? ……ああ。とても綺麗ですね、月」
その言葉には『そういう意味』がないのは分かっていても、意識をすればドキマギとしてしまう。
「き、きみも、綺麗だよ…!」と慌てたその言葉を飲み込んで、カイトはちらりと彼女の美しい横顔を見遣った。
「折角だし羽でもリースリットちゃんが洗ってくれたらなあ……なんてな!」
「羽。確かに、ご自分では洗い難そうですね」
ジョークだよ、という言葉を重ねる前に悩まし気に翼を眺めたリースリット。伴に湯を浴びるならば、そういうものなのかと妙な納得をしたリースリットの手がそっと、彼へと触れた。
「わかりました。……ええと、痛かったら言ってくださいね?」
なんだか、いかがわしいと言葉を飲み込んでカイトは「あ、ああ」と頷いた。
アイラはふと、周囲を見回してぱちりと瞬く。傍らのラピスを見れば――ああ、心の臓が早鐘を撃つのだから。
ラピスは傍らの彼女が綺麗だから、とつい、意識をして『意味』を知りながら口にする
「ほら、月が綺麗だよ」
「月……ええ、とても。ふふ、ありがとう。それならボクは――『海が綺麗ですね』」
言の葉を重ね合う。そっと、背に抱き着けば暖か温度が身体へと昇ってくる。囁きが耳朶をなぞる。そろり、と息を吐くようにして。
「……もう、駄目だよ、アイラ。僕だって男なんだから。ね? ――二人きりに、なりたくなっちゃう」
嗚呼、狡い人だとアイラはラピスの背を眺めた。とく、とくと早くなっていく其れを聞きながらアイラの指先がそっと彼の指先をなぞる。
「ラピスがおとこのこ、ってこと。ボクちゃんと、わかってるよ。
だ、だから、その。二人きりに、なります、か?」
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「ふぉぉぉぉ!!! 今日は同志達と一緒に温泉を満喫するのだ! 皆と温泉楽しみなのだ!」
ネメアーの瞳がきらりと煌めいた。イーゼラー様の偉大なるお力を現す晒しとふんどしで堂々たるネメアーにピリムは「脚」と生唾を飲み込んだ。
「……脚を出していなければピリムはとりあえず抑えらえるだろう。
ネメアーはそうだな……筋肉を見たら興奮と言うか張り合いそうだな。なるべく筋肉の近くに行かぬよう気を付けるか」
全身黒スーツのセレスチアルは節制の名よろしく普段通りの落ち着き払った様子だが、魅惑の脚にはしゃぐピリムにネメアーはくすくすと笑う。
「ああ…ヴェルフェゴア何故来なかったのだ……」
セレスチアルの言葉に頷きながらもピリムは「セレスたそ、どうして」と打ちひしがれる。脚を見ること叶わぬならば悲しむ事も致し方がないのだろう。
「あなたの脚……とても美しいですねー。思わずお触りしたくなってきてしまいますー」
立ち直る速さもすごかったが――マッスルポーズをとって燥ぐネメアーと足を求めるピリムにセレスチアルが頭を痛めるのは仕方がないことなのかもしれない。
誰かに合う訳でもなく茫と宙を眺めていた遥華にとって、それは予期せぬ出来事だったのだろう。
茫と月を眺めて居ればごん、という鈍い音が風呂場に響き渡る。顔を上げる遥華の前で「きゃあ」と尻もちをついたフィーゼが倒れた卵丸を見下ろしていた。
(あれ? 柔らか……薄れゆく意識の中―――)
意識が薄れゆく卵丸は「大丈夫ですか」という声を聴いた気がして――
――覚醒した。
「あ、よかったです。……大丈夫……そうですね! 元気そうです!」
慌て、顔を上げる卵丸。目を覚ませば見知らぬ二人、遥華とフィーゼに解放されていたその突飛な状況につい頬が赤らんでゆく。
「わわわ…らっ卵丸、別に恥ずかしくなんかないんだからなっ……ありがとう……それより大丈夫だった?」
ぶつかった事は覚えていると、慌てて言葉を紡いだ卵丸にフィーゼは艶めいた笑みを浮かべて卵丸の体をするりとなぞる。
「ええ大丈夫よ。
折角なら目を覚ますまで楽しませて貰おうかなとは思ったけど、流石にそこまで不躾じゃないからね……。でも、恥ずかしくないなんて言いながら顔真っ赤にしてるよ?」
「ッ――」
慌てた卵丸にくすくすと笑うフィーゼ。それを眺めながらふと、遥華は首を傾いだ。
「いや、なんだかお二人がいい感じになってるので私いらない気もしますが? お邪魔でした?
でもここでもヒロインにすらならないのは少しあれがそれだからなので私も構ってくださーい!」
距離の近しいフィーゼの真似をして飛び付く様に遥華が卵丸に迫る。その表情は鬼気迫り、嗚呼、ほら、月明りに照らされてまるで『茹で卵』ではないか。
木桶で浮かべた酒を煽りながらアーリアはこれぞ風流化と上機嫌に手元に浮かんだ月を眺める。
夏にはしゃぎすぎて焼けた肌は少しずつ白く戻りゆく。そうしていれば季節がうつろい、飽きが来て、冬が来て、春が来て、また夏が来るのだ。手にする酒も変わるのだと感じながらアーリアは酒をめいっぱいに煽った。
温泉で手先と指先を伸ばして疲労が抜けていく感覚にロゼットは小さく息を吐いた。『渡り』であった頃は経験したことがない暖かさは水浴びとは違うのだと驚きばかりだ。
こうして、日々を過ごす中で召喚されたことは決していけない事ではなかったのだと感じさせる。
(――あるいはそれが月の導きであったのか、呪われた身で砂漠を歩み、乾いて死ぬ事を望んでいた、この者を諌める為の)
そうして、茫としていれば、「ロゼットちゃん」と甘えるような声が欠けられる。アーリアは御猪口を掲げて月を見上げて笑みを溢した。
「月見酒、ご一緒しない?」
一人もいいけれど、誰かと一緒の方がもっともっと嬉しいのだと――唇が緩めば、それも初めてだと言う様にロゼットはゆっくりと頷いて。
「混浴は……初めて……です……」
ぽつり、ぽつりと言葉を溢す。アルヴァは水着を着用しているとはいえ『風呂は風呂』という事を考えては頬に熱が上がることを避ける事が出来ないと息を飲む。
「混浴というのが些か照れますが、水着着ての物ですし大丈夫でしょう」
レジャー性が高い事もあるし、と弥恵は嬉しそうに笑みを溢す。髪に水を孕めば良くあるホラー映像になりますよと冗談めかす彼女はの蠱惑的な笑みに周囲がざわりと騒ぎ出す。
「月の一夜が良いひと時となりますように楽しく過ごしましょう」
柔らかに笑ったその声を聴きながらLoveはするりと弥恵へと近づいた。
『弥恵のスタイルが綺麗なの。周りの迷惑にならない程度にちょっと悪戯してみたいの』
その言葉は悪魔のささやきが如く乙女の体にするりと絡みつく。その様子を見ていたアルヴァは慌てた様に視線を逸らした。
『意外と凝ってるなの? それならいっぱいLoveがもみもみしてあげるの』
(目の保養…じゃなくて、目のやり場に本当に困るのですが……――)
ぶくぶく、と湯の中に沈んでいく。嗚呼、こんな。こんな。
困ったものだとラルフは眉を顰めた。混浴で頭を悩ましてるのは娘の事だ。ミルヴィ――彼女はどうにも誰に対しても気安い所がある。どうにも、彼女のそうした仕草には頭が痛んで仕方がないのだ。
「こんな所でお一人ですか? よかったらお背中流しますよー♪」
にんまりと笑って背にべたりと引っ付くミルヴィにラルフの頭痛の種はさらに増えた。
「俺はお前の父親という可能性が極めて高いだけ、父親という資格もない、何を聞きたいのだ」
厭な顔をされたと手を上げたミルヴィにラルフは他のうら若き美女であればいざ知らず『実娘かもしれない』相手なのだ。どうにもこうにも面倒にもほどがあるではないか。
「ねえねえ、親父が悪党なのは接してればすぐわかったけど、母さんってどんな人だったの? アタシはアタシのお母さんとしてしかお母さんの事知らなかったから……」
その言葉に、なんだ。とラルフは漏らしたミリアと呼んだその美しい娘はミルヴィによく似ていると告げる。
「お前の父はミリアを拾ってお前に真の優しさを教えた彼だ、断じて俺の様な悪党ではない。
二人を見付けたらもう戦うのは辞めて静かに暮らせ」
「……やだ、アンタも幸せになるの」
執拗に体をひしりと寄せるミルヴィを避け乍らそう告げるラルフに彼女は首を振った。誰もが幸福になる――なんて、少女が夢見るのは当たり前だとでも言う様に快活に笑って。
●
「温泉かー。こういうのもいいわねー。あー、傷に染みるわー。
温泉入りながら飲む日本酒は美味しいし最高よねー」
カナデは柵の前で全裸で立ち、自身の体は商品なのだと言う様に酒を煽る。
美しい肢体を惜しげもなく月夜に晒しながらカナデは戦闘に巻き込まれるのは御免だというように湯へと浸かる。温かなそれがその身を包みこむ感覚が、嗚呼、このままどろりと解けてしまいそうだと息を飲んで。
「よーしアルちゃん、入ろっか……!?」
その時、フランは愕然とした。共に温泉へと訪れたアルメリアの『わがままボディ』があまりにも衝撃的だったからだ。それはアルメリア側もそうだった。
(まだ希望は…希望はあるもん……ハーモニア女子は100歳からが本番だもん……)
(おかしいわ……フランは決して小食じゃないし、どちらかというと食べることに楽しみを見出すタイプだったはずだわ。なんで太らないのかしら……。運動?やっぱり運動なの?)
三者三葉という言葉があるのと同様に、二人は別々の悩みを抱えている。その悩みを全て解決してくれないからこそ神様は『悪戯』なのだ。
「あ゛ーーー大きいお風呂っていいね、村に泉はあったけどこんなお風呂無かったもんねー
……はっ、あたし、泉とか海では泳げないけど温泉なら泳げるんじゃないかな?」
「気を取り直してお風呂よお風呂! ふうぅぅー……あぁーー……。
肩こりも疲れ目もみるみる治っていく気がするわぁー。そうねぇ、規模は全然違うわね……」
村の泉とはまた違うと穏やかなアルメリアの前で立ちあがったフランが温泉ならば浮くと信じて泳ぎ出そうと進む――が、「マナー違反よ」と呼ぶアルメリアの声でぴたりと立ち止まれたのはきっと『彼女の名誉の為』よかったのかもしれない。
リディアと共に露天風呂に入ったカレン。今日は『内緒のお願い』のためこっそりと湯の中を進んだ。
「……揉まれるとお胸が大きくなると聞いたから、私の(ささやかな)お胸もしてほしいの」
そういった話は聞いたことある。けれど、断る理由はないのだとカレンは小さく笑みを漏らした。
指先が擽る感覚に眉を寄せるリディア。人目につかぬようにそろそろと、顔を上げれば雲間より月が二人を伺う様に覗いている。
「お月様に見られちゃってましたね」
甘える様な声音で、そう告げる彼女に「くっくっく、これぐらいなら別に大丈夫だと思うがのぅ?」と冗談めかして――「お湯から上がって少し休みませんか?」
笑みは静々とやってくる秋と共に深まるばかり。
「わあ、良い匂い! 紅茶のお湯だなんて初めてですわ、私。
こうしていると、なんだかお茶っ葉にでもなった気分ですわね?」
ヴァレーリヤはちゃぷりとお湯の中より手を伸ばす。アレクシアも紅茶の湯は初めてだと唇に三日月を宿した。
「ふふ、私達がお茶っ葉なら、出涸らしになっちゃう前に上がらないとね!」
冗談交じりで笑った二人。ヴァレーリヤは鉄帝の温泉も悪くはないと穏やかな潮風を感じるこの温泉郷に息を吐く。
「心なしか、月も故郷とは違って見えません事?」
「旅先で、ちょっといつもと変わった気分で見られるからかな? あと、お友達も一緒にいるしね!」
いつか鉄帝――ヴァレーリヤの故郷にも、と笑みを溢す。きっと、と指先を交えて。お酒を楽しまないかとヴァレーリヤの誘う言葉にアレクシアは少しだけ、と笑みを溢した。
盆にはサイダーとコップを浮かべて雪之丞はエルピス、とその名を呼んだ。
「炭酸が平気なら、一杯、いかがですか?」
「たんさん、ですか?」
きょとりと瞬く彼女に雪之丞は彼女が口にしたことがないだろうものを選んだのだと柔らかに笑みを浮かべた。
「ええ。炭酸です。お風呂上がりには、ふるーつ牛乳がいいそうですが、サイダーも中々ですよ」
「この、さいだー? というものは……ぱちぱちとするのですね」
ぱちり、と瞬き口を押えたエルピスは「ふしぎです」と笑みを漏らす。その笑みに釣れるように微笑んだ雪之丞はそっと彼女を見遣った。
「エルピス。次の機会があれば、その時は、貴方の好きな物を、教えていただけますか?
拙も、貴方の好きな物を、知りたいと思うのです」
「はい。雪之丞さまがよろしければ。たくさん、たくさんお話したいのです」
重ねた言葉は、何所か緊張を感じさせ震えていた。
「わーい! お月見温泉、入らずにはいられないッ!
でもボク、実は温泉初めてなんだよね……ねねね美咲さん、真似しながら入っていーい?」
ヒィロにとっても『すてきな出会い』である温泉。まだまだ知らない事ばかりだと燥ぐ心を躍らせる彼女に美咲は「私の知ってる範囲なら」と笑みを溢した。
「――結論は、これらに限らず『それをやったらどうなるかを考える』ってことね」
教えながら身体を流して、常識に沿えば大丈夫だと言われれば『ちょっぴり食み出し』気味なヒィロにとっては不安ばかりだけれど。これならきっと大丈夫だと勇気を添える。
「いざ――……あああふぅぅぁやっぱこれよねぇ。
私、なんかあって一攫千金したら、温泉宿買うわ」
「んーーーゆったりのんびりあったかくて、いいお湯だねー。
あっほらほらお月様! でっかくてまん丸で綺麗ー!」
好奇に満ち溢れる様に黄金を蕩けさせたそれは魔的な輝きを帯びて見えた。ヒィロと共に月を見上げた美咲は「ほら、あがったら月見そばね」と彼女の肩を叩く。
「月見そば!? そっちの満月も美味しくいただいちゃうよー!」
広々とした温泉に煌々とした月。きらりと額を輝かせればタントはいつも通りの朗らかな笑みを浮かべる。
「オーッホッホッホッ!
見ただけでわかる良い湯ですわ! テンション上がりますわねクローネ先輩!」
「……随分と大きい…それに種類も豊富……随分と変わったものもありますが……
……はしゃぐのは良いですが転けたりしないように……」
ゆったりとそう告げるクローネを振り返りタントの瞳がきらりと輝く。
どうにも『嬉しそう』なタントにクローネは僅かに身がまえたがやれやれと椅子へと腰掛けた。
「さあ! お風呂に浸かる前に全身あわあわタイムですわよー!」
タント愛用の石鹸とスポンジに練達特製きらめきシャンプーとトリートメント。
「髪の毛も! お身体も! もちろんお尻尾もッッ!! フルコースで参りますわよー!」
何ですかその手は、と慌て立ち上がらんとしたクローネ。『洗う』事に覚悟を必要とするなんて彼女の人生の中ではそうそうなかったことだ。
「っ! ちょっ! やめ、こそばゆい! ひゃぁぁあぁーーー……つ、月が……うん……綺麗……」
満足げなタントとは対照的にゆっくりと床に倒れるクローネ。倒れてみた月の美しさもさることながら、どうしましたのと慌て叫ぶタントの額がきらりときらめくのがクローネの視界には入り込んでいた。
●
「いっひひ、久しぶりだねーひなちゃん! さー今日は女同士で楽しも!」
小さな掌を握りしめ、姫喬は雛乃を誘った。親近感を感じる姫喬を本当の姉の様に慕う雛乃にとってはこうして共に温泉を楽しめる事が嬉しくて。
「ほら、まずはおねーちゃんが洗ってあげよう!」
金木犀のかほりに、艶めいた黒髪を撫でつけ洗う。綺麗綺麗、と褒めるその言葉に重ねた悪戯は「おっぱいは負けないもんね」と小さなレディを揶揄って。
これからだとむくれた愛らしい彼女に「ほら」と月の笑みを指さした。
「……あの、洗ってもらったら交代して、私が洗います!」
「いっひひひ、はーいじゃあヨロシクね。終わったら紅茶のお風呂入ろーね」
ばしゃりと被ったお湯にわあ、と声を漏らしたならば、さあ、これからもうひと踏ん張りだ。
「お風呂好きの私としては久しぶりに入る温泉がこんな素敵なところなのはとても嬉しいのです。
――何より、アルテミアさんと一緒という事も最高ですね!」
にんまりと笑ったシフォリィにアルテミアは「月も綺麗で、身も心もリラックスできる。いいわねぇ」と微笑んだ。ふと、カレンダーを脳裏でなぞれば彼女の誕生日があったことを思いだす。
「……ところでさっきから気になっていたのだけど、その持ってきていた包みは?」
に、と笑ったシフォリィは20歳になった記念の『初めて』を楽しもうと盃を手渡した。
「まったく、20歳になったからってお酒を用意して来るなんてね。でも、一緒に飲める日を楽しみにしていたし、とても嬉しいわ」
月を眺めて、かちゃりと盃を打ち合わせる。それは今までのどれよりも美酒であるとアルテミアは感じていた。
「露店風呂ね、セシリアもティアも月を見ながら入るって言うのもなかなかいいと思わない?」
ユウがゆったりと笑みを浮かべたそれにセシリアは頷きティアを見遣る。美しい月明りの下で『洗いっこ』は楽しそうだと笑うユウに「ん、体の洗いっこだね、折角だしやろっか?」と頷くティアもまたセシリアの視線の意味を分かっていた。
「ユウ機嫌が良さそうだし何だかんだ言いながら多少の事なら許してくれるよあれ」
「そうなのかな? それならいっぱい触っちゃおうかな?」
――そんな言葉、ユウは何を言われなくても何となく気付いている。ドジでそうやって『厭らしい所』触るでしょうとふい、と視線を逸らす彼女にセシリアはくすくす笑う。
「あはは、気のせい気のせい、私がそんな変な事するはずないじゃない。
それに駄目だよ、あんまり大きな声を出したら他の人に迷惑がかかるんだから
……それにね? コミュニケーションって大事だと思うんだ……だから大人しく洗われなさい!」
にじり寄るセシリアの手ががばりとユウへと掴みかかる。ティアはそれに合わせ全身隈なく『きちんと洗いっ子』。何だかんだと言いながら怒らずに「もうっ」と拗ねるだけなユウはとてもやさしいのでした。
「この前のお礼と思って頂戴。ああ、もちろん後で私の、背中も、洗ってもらうけど」
ざばり、と湯をウィズィに掛けたイーリンに、彼女は「ははーん」と笑みを漏らす。
「これはこれは。相変わらずすごい爆乳ですこと」
「なんて?」
「いいえ。対照的だな、と思って」
むっちぷりな司書と引き締まった自分と冗談めかして言ったそれにイーリンはスポンジで彼女を洗う。
「ただの町娘だった貴方も大変よね、山賊に兵士の相手に。今日くらいゆっくりしていきなさいな。
はい洗い終わったわよ! 湯船に入……えっ、いや私さっきお湯軽く浴びたし」
「何言ってんのさ、さっき自分で言ったんじゃん」
ぐい、と腕を引っ張れば、イーリンが観念した様にゆっくりと椅子へと腰掛ける。
「……や、優しくよ、優しくじゃないとイヤ」
はいはい、と上目遣いをあしらってスポンジの泡は優しくその背に触れた。
「アンナっ、温泉ですよ温泉っ!! 温泉といえば温泉卵ですよっ。じょーしきですよね」
ルルリアが幸せそうに卵を手に笑みを溢す。その微笑みを受けながらアンナは「それはルルの世界の常識?」と首を傾いだ。
お風呂に卵を付けるというのはマナーとして大丈夫なのかと困惑を浮かべた。アンナの中の疑問はそれだけではなく――温泉卵って卵をお湯に漬ければ完成するのかという事だ。
「それと、アンナしっていますか?バレなきゃマナー違反じゃないのです」
温泉を楽しみつつ食べ物を確保できるナイスアイデアに尻尾をぶんんぶんと振り回したルルリア。
くすくすと笑ったアンナは「出来なかったら後でお店の人に聞いてみましょうか」と柔らかに笑みを溢した。
「月が綺麗ですね」
そう告げるフィーネの言葉に小夜は「なら、『私死んでもいいわ』」とジョークを交らせた。
月という魔的なそれを人々はどうしてそうも言葉で遊ぶのだろうか。
「って、死んじゃダメですよ!? ちゃんと来年も、そのまた次も……私と一緒に、月を見てもらわないと。私、楽しみにしてますからね……?」
約束を交わし合う。愛してるへの一等の返事は死すら覚悟する乙女の情ア位だっただろうか。
●
天蓋の月を眺め、好物の干からびたパンを――手にはできないとエルはほっと息を吐いた。
美しい月は何処までも心を洗うようだ。だけれど、とエルは周囲を見回す。
(……ただ、目線を下に向ければ私より大きな”月”を浮かべている方々が多いです。
……羨ましい、どうしたら大きくなるのでしょうか? 揉んで確かめたい、体を洗ってあげる時に触れそう…少しだけ……いえ! 何でもないです)
首を振る。どうすればいいのだろうと実地で確かめたい其れを堪える様に空を仰いだ。
「温泉は合法的に全裸になれるからジェーンちゃんは温泉大好きだよ!」
甘ったるい笑みを浮かべたジェーン。全裸での混浴風呂はご法度ですと女風呂に連行された彼女の口元にはゆったりと笑みが浮かぶ。
『へっち』な人は大好きだ。きっと、こうして霞む空を眺めているだけでも強大な壁――仕切りではあるが男性諸君からはそれは途方もない壁に思えただろう――を超えようとする勇姿を見られる事だろう。
お湯をちゃぷりと指先弄りながらメリーは溜息を漏らす。温泉の心地よさがどうにも記憶を揺さぶるのだから。
「温泉は気持ちいいけど、湯船につかってたら嫌なこと思い出しちゃった……前、別の銭湯で他のお客さんに怒られたの」
弱そうに見えたからと攻撃をちょちょいと仕掛ければ手痛い反撃が返ってきた。そんな渋い思い出に溜息を交らせてメリーはお湯にぶくぶくと沈んだ。
「あのころは毎日楽しかったなぁ……みんながペコペコ頭下げて言うこと聞いて、逆らう者は死刑!」
――帰りたいなあ。故郷の月は、この美しい黄金色と同じなのだもの。
露天風呂と云えは月見酒――だけれど、お酒はまだまだお預けだとニーニアが持ち込んだのはお茶。
『わびさび』とはこういう事なのだろうかとお茶を啜るが、お茶は苦手苦くてとても飲める気はしない。
「うぅ……抹茶ラテとかにしておけばよかった。
けどけど、こっちの方が大人っぽいし、風情があるし!」
大人と言えば苦い珈琲をも飲み干す格好良さ。月明りの下、舌をぺろりと見せて四苦八苦を繰り返す。
(なんで、大人はこの苦いのを美味しいって言えるのかな)
髪をまとめたアリシアはこうした温泉は元の世界でも経験があるとほう、と小さく息を吐いた。
「【半身】も温泉に浸かれれば良かったのだけど、仕方ないわね」と独りごちて、ゆっくりと息を吐く。
そう呟く彼女の傍らには同じ名――アリシア・ステラ・ロゼッタが腰かけていた。
「ふーーー、やっぱりお風呂は良いですねぇ……心の洗濯、とはよく言ったものです……!」
穏やかな秋の月を受けながら幸福そうに息を漏らしたアリシアに、アリシア――アンジェ・ネイリヴォームーーも頷いた。
「まだ特異運命座標として召喚されたばっかりで、とりあえず各地を色々回っている程度ですが……まだまだ慣れていないからか、疲れ溜まってますねーこれ」
「ええ、大変だと思うわ。それに不届き者がこういう時に現れるのも特異運命座標だもの」
温泉の中での飲酒が合法だと聞けばアニーヤも心が躍る。世界が彼女に与え給うた贈り物はウォッカの飲み放題。湯の中で浴びる様に酒を煽る――なんて、幸せではないか!
この後はソーダの湯に紅茶の湯。そうして巡る事も楽しいだろうかと笑みを溢すアニーヤはそっと立ち上がったアリシアに合わせて立ち上がる。
桶を手に――いざ!
「ん~↑ 偉大なる魔導書たる吾輩にはとてもとても共感できること
『壁を超える』……まさしく真理であ~る。科学にしろ魔導学にしろ必要なものはブレイクスルー、『できないことをやってのける』……この姿勢により過去の数々の偉業は達成されてきたのであ~る。すなわち! 霧に覆われし前人未踏未解明の地を解明せんとするは正に必定! なのであ~る」
そう宣言したグリモー。準備万端に栄光の一頁の為に立ち上がったグリモーにぶち当たったのは桶、そして炎熱視線だ。
「……諸君、我々はこの月重の湯においてもっとも偉大なる戦いに赴こうとしている。そう温泉といえば覗きである。
混浴はある、だがしかし混浴では裸は見れぬ。見たくないか、湯煙の向こうの水も滴る艶やかな肌を。集った戦士たちよ、行こう、その先に制裁という名の死が待っていたとしても、桃源郷は隣にあるのだから!」
飛び込む様にしたタツミは折檻なんかには負けぬと言う様にその壁を超えた、が、桶はそれでもなお強い。楽園に向けて飛び込む彼を待ち受けていたのは水着姿の火燐だった。
「まさかこの世界にこんなにも素晴らしい温泉があるだなんて! ふふふ、ばっちりおNEWの水着も新調していざ温泉!」
感情探知でどきどきわくわくと待っていた火燐が勢いよくダイナミックキックで『殲滅』活動を働いた。
「警察に突き出さないだけましだと思ってください。警察いるのかな……」
怜悧なまなざしを向ける火燐を眺めながら蜷局を巻いたままレミアは天蓋飾った星々を眺める。
「……あぁ………気持ちがいいわね……」
穏やかな彼女をよそに『覗き撲滅運動』のゴングが鳴り響いていたのだ。
●
「十数えたらあがろうね~♪ いーち、にー………あ、あれ?
数えてる最中にミドリちゃんがのぼせちゃったよっ!? あわわわ、大丈夫?」
慌てるアリアにミドリは暑いねと告げた。
「Pi~……PiPi……PiPiPiPi~」
共に温泉を楽しむのは良いのだが、どうにも植物であるミドリは『お湯を吸って』のぼせてしまったのだという。
「PiPi! PiPiPiPI! Pi~!」
――アリアちゃんは大丈夫だったの? すごいねー。
その言葉にアリアはにんまりと笑みを溢す。涼んだら次は何かをしようと柔らかに声をかけて。
宵の色に星を飾れば『月を綺麗ですね』と洒落た言葉を言いたくなると世界は小さく笑みを浮かべる。
美しい空を眺めて月見団子を如何だと世界が差し出したのはエルピスと雪風だ。
「いいんすか?」
「ああ、どうぞ」
一人で食べるのも寂しいものだと笑みを溢して、それにこたえる様にエルピスがぱちりと瞬いた。
「あの……月が綺麗というのはどういう意味、なのでしょう?」
「ああ、それはね」
いつかの世界。どこかで先人が冗談交じりに口にした洒落なのだと世界が告げればエルピスは何処か擽ったそうに小さく笑みを溢した。
「えひー……。幸せでした。いいお湯でしたねぇ。
もはや私なんぞがこんな上等な体験をしていいのかと思うほど」
団子を一つ頬張ってエマが頬を緩めた。見慣れた筈の月も美しく見え、月見団子も絶品だ。
「まずおそばからですよね、ずるずるっと――おいしい! 絶妙なコシ! うーんきてよかった!
味よし、コシよし、のどごしつるる……ひーっ、幸せ追加!」
お茶を啜りはあ、と息を吐き出してエマは「毎日これやりたい!」と頬を緩めて笑みを溢すのだった。
月見団子をぱくりと口に含んでコレットは練達で流行の情報誌を手に取った。練達は混沌の中でも珍しいアイテムが多くある。その中でも彼女が興味を持ったのは建築だった。
新築分譲中と踊るその文字を指先で追いかけて、ごろりと寝転がる。その巨きな身体の隣を歩みながら文はメニュー表を指でなぞった。
どんな場所に居たとしてもまぁるい月は心が落ち着くという者で。お気に入りの浴衣に身を包んで、月見散歩をしていた彼は何を食べようかとうどんとそばを見比べる。
(――どちらも美味しそうで決められない……。幸せだけど、ううん……)
どうしようかと、とん、とん、とメニューを叩いて「どれがおすすめですか?」と店員に問いかけた。
「ん~温泉、気持ちよかったねぇ。心も体もほっかほかになっちゃった」
アニーの笑みに零は大きく頷いた。女湯では覗く不届き者に桶も乱舞し、月見酒の様子も見られた。何時の日か、月見酒をしてみたいと笑ったその言葉に零は「お、良いなそれ、お酒が飲める年齢になったら月見酒、一緒にしてみよっか」と一つ約束を交わした。
「ふふ、こうして月を眺めながらお団子を食べるのもいいね」
「……ほんと、月が綺麗だな……、……ぁ”」
言葉には、沢山の意味があって――零はそれに『情が込められている』と知っている。嗚呼、やってしまったと頬に朱が登れど、アニーは素知らぬ調子で綺麗だねと言葉を返す。
ふと、心地よい夜風に意識がふわりと泡沫のように揺れた。眠気に零の肩へとこてりと頭を乗せて目を伏せる。
「あ、アニー……!? ……っとどうしよ……暫くは……いっか」
ああ、けれど、心地よいのだもの――
「いい湯だったなあ。さて、腹も減ったし次は月見にうどんでも食べるか」
周囲を見回した栄龍は相席をと店員に勧められ、ゲオルグの向かいに腰かける。
「……熱いの苦手なのか? なんか意外だなァ、はは」
「し、仕方ないだろう。こうしないと食べられんのだ」
かあ、とゲオルグの頬に朱が昇る。猫舌であり、しっかりと冷まさなければ美味しく楽しめないというのは気恥ずかしい。
「まあ、飯は美味く食べるのが一番だ。照れるな照れるな」
からからと笑みを漏らした栄龍はふと、窓の外を見遣る。煌々と照る丸い月は彼らを愉快に見詰めているのだ。
「乾杯しねえか、ほら、酒がさらに美味くなるだろう」
いい湯にいい月、いい団子――限定の月見団子と訊けば期待しちゃうと蛍が笑みを溢す。
「ん、美味し。ボクのいた日本ではね。この月が……秋の満月が一番綺麗ってされてたんだ」
脚を揺らしそうやって笑った蛍に珠緒はぱちりと瞬いた。
「涼しくなってきて、お月見にちょうどいい季節だからかな、あはは
珠緒さんの故郷では、月にまつわる言い伝えとかあった?」
「月の伝承、ですか? 桜咲のいた世界にも確かにあったようなのですが
直接触れていなかったせいか、記憶に取り込まれていないようで……」
どんなものがあっただろうかと首を傾ぐ珠緒。けれど、こうして伴に語らえば感性が近しい事を感じさせるからこうしてみる事が出来る月を素晴らしいと思えることがどれ程喜ばしいかと珠緒は笑みを溢した。
「月って、よく太陽とセットで陰扱いされるけど。ボクは月の方が好き。
だって、本当に光が必要になる夜を、こんなに優しく照らしてくれるんだもの」
手を伸ばす。その指先を追い掛けて珠緒は薬と笑う。
「伺った話ですと、月の光は太陽のものを反射しているそうで。
ひとりでは輝けないということですね
……それが良いとか悪いとかいうことではなく、太陽のように、対になる方あっての輝きなのだと」
――月が珠緒だというならば、蛍は? 太陽ほど苛烈ではないけれど、きっと、彼女の柔らかな空気が陽光の様に注がれるのだろう。
濡れた髪を揺らしながらリアナルは「紅茶の湯」と楽しげに口にした。様々な効能を書かれた温泉が用意されているのは飽きがなく良く楽しめた。
折角温泉にどっぷりと浸かったのだから、その余韻を忘れぬうちにきつねうどんを楽しみたいのは合理的だろうと濡れた髪からぽたぽたと滴が落ちる。
「きつねうどんを食べながら月見うどん……いいよなぁ。
あ、お酒も追加で! 大量に持ってきて!! 酒盛りするから!!」
●
「温泉、やはり良いものです、よね。あとは、甘いものと、月を堪能して、と……これは?」
団子を手にしながら緩やかに歩む閏の目に映ったのは焼き芋だ。
「すみません、えぇと、その、お邪魔しても、大丈夫です?」
「あ、えっと、あ、ど、どうぞ」
落ち葉を集めて焼き芋を始めていた雪風は閏にそっと芋を差し出す。物々交換の様に手渡された団子を見てきらりと瞳を輝かせれば「いいの?」と喜ばしそうに目追細めて。
「季節を、楽しむ心、この時間が、きっと……幸せ、なのでしょう、ね。そう、隣に、誰かがいるのなら、なおのこと」
「もしさ、暇だったら、その、あー……芋、もっと焼こう。俺、エルピスっていう、その、ともだちに渡さなくっちゃなんだ」
戸惑う様にそう告げた雪風に閏は喜んで、と小さく笑みを漏らした。
「すごい! よぞらにピカピカ、おつきさま! すっごくあかるくて、すっごくきれい!(>ヮ<)」
Q.U.U.A.は嬉しそうに月夜のパーティーを楽しんだ。ステップ踏む様に、お月見そばにお月見うどん、月見団子に沢山のお月様が笑っている。
バーチャルお月様をきらりと輝かせて、誰もの手が届く地上の月にQ.U.U.A.は笑み漏らす。
「おねがいがある人は、きっとかなっちゃうかも!(´▽`)」
その月へと黒き翼がふわりと舞い落ちた。空を好むナハトラーベはその背の翼を揺らしながら月の名を持つハンバーガーをむしゃりと頬張った。
宵の色とは異なる色彩を羽搏かせる彼女の纏う幻想は食欲にコーティングされていく。さあ、次は何を食べよう、と手にした紙袋にゆっくりと手を伸ばして。
あおい花飾りが夜風に擽られる。エーリカのてのひらをそっと取ってエルピスは月のよるに躍り出す。
「エルピス、みて。おつきさま。まあるくて、あんなにおおきい。
……よるの森のなかではこうして、おつきさまとおほしさまのひかりを頼ってあるくんだよ」
森の中、エルピスは「まあ」とぱちりと瞬いた。陽の光の下でなければ足元なんて見えないと思って居たと呟くそれにエーリカは頷いた。
「わたしもね、ひかりのくにを出るまでは、季節のにおいも、渡り鳥のさえずりも、花のいろも。
なにもしらなくて……ううん、せかいに散りばめられたしあわせに気付くことができなかったの」
きれいなものもすてきなものも。外の世界にはたくさんあって、それはおそろしいものではないことも気づいているのに。眼を閉じたままではいけないのだとエルピスは「みてください」と囁いた。
「すてきなまぁるいつき」
「そうだね。ふふ、またすきなものがふえた」
ランタンの灯りが美しく揺れている。武器商人はベンチに腰掛けた『魔王様』にひらりと手を振った。
「色んな界(さかい)を渡ってきたが、不思議と月はどの場所でも似通った姿をしていてね。
此処の月もとても美しい。キミの所ではどんなモノだった?」
「妾の世界の月は、もっと明るく眩いものであった。
微力の魔力を放っていた故、大気の精霊と混ざり合ってそれはもう神秘的だったのう……。そちと見る機会があればのう……」
手を伸ばし、ニルはそう云った。聡い武器商人は彼女の頬がランタンの灯りで赤らんだことにふと気づく。
「む、少し酒に酔ったかのう?」
湯を払う様にぱたりと仰いで、空を見る。美しい月は――眩く、混沌の夜を照らして居て。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
美しい月夜を皆様と過ごせて光栄です。
また、ご縁がございましたならば――
GMコメント
日下部と申します。秋の月はとても美しいですよね。
●秋の夜長
海洋の『月重の湯』にてお月見を楽しむ事が出来ます。
時刻は夕刻~深夜まで。どうぞ、のんびりとお過ごしください。
●行動
以下をプレイング冒頭にご記入くださいませ。
※行動は文字数短縮の為に数字でOKです。是非ご活用くださいね。
行動:【1】【2】
【1】月重の湯を楽しむ(男女別)
露天風呂でのんびりと温泉を楽しみます。こちらは男女別で楽しめます。
酒の持ち込みや食事の持ち込みはある程度OKです。美しい月を見る事が出来ます。
また、内風呂では紅茶の湯やソーダの湯など少し変わり種も用意されているようです。
【2】月重の湯を楽しむ(混浴)
露天風呂です。こちらは混浴となりますので水着の着用をお願いします。
こちらも酒や食事類の持ち込みはOKです。美しい月を見る事が出来ますよ。
サウナや岩盤浴もあり、男女別のお風呂と比べるとレジャー性が高いようです。
【3】のんびりと月を見る
待合や月重の湯の遊歩道、休憩所から月を見る事が出来ます。ベンチや食堂が存在し、食事をとりながら月を楽しむ事ができるようです。
休憩所はごろ寝が出来る様になっている事や練達で流行の本類が置かれているようです。
雪風曰く季節限定の月見団子も美味しいけれど、お蕎麦とおうどんが兎に角おすすめなのだそう。
●NPC
山田・雪風とエルピスが参ります。お声かけがなければ出番はありません。
その他、ローレット所属のNPCさんは無茶なお願いがない限りは『もしかすると』お顔出ししてくれるかもしれません。
何かございましたらお気軽にお声掛けください。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
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