PandoraPartyProject

ギルドスレッド

文化保存ギルド

【ファーストコンタクト】ある夜の出来事

●イントロダクション

 その夜、その店を選んだのは、その街路の中では少し小綺麗だったからかもしれない。あるいは「もがれる野菜亭」という珍奇な名前のせいだったのかも知れない。
 見た目より広い店の、案外長いカウンターの一席に、貴方は腰掛けた。その店はごろつきから冒険者風、貴方も含めて聖職者風も居る、ごった煮のような場所だった。それでも居心地が良いのは、少なくともその連中が多少なりとも弁えているからだろうか。
 店主が貴方の注文を聞いて少しした後。隣、いいかしらと声がかかる。貴方が気にもかけずに居ると、その女は遠慮なく隣りに座った。
 小さな背、紫の髪、紅い目、少女そのものの顔立ち。
「アイスミルク。ダブルで。あと適当にお願い」
 慣れた口調で注文する彼女の姿を見た貴方を見ずに、懐から取り出した紙巻たばこを咥えようとして、彼女は貴方を見た。
「煙草、吸ってもいいかしら?」


【状況】
・ここは宿屋兼酒場「もがれる野菜亭」のカウンターです。
・貴方はたまたまそのカウンターに座っていました。
・貴方と彼女は、まだお互いのことを何も知りません。
・貴方は彼女の事を一方的に知っていても構いません。「騎戦の勇者」のパレードは、先日行われたばかりですから。

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「……あ? あぁ、お好きにどーぞ、アタシも吸うし問題ないわ」
 最初、声を掛けられた事自体に気づいていなかった。それもそうだろう、この飲んだくれ共で溢れかえっている酒場の中、知り合いでも無い自分に声を掛ける者など居ないと思っているのだから。
 此方に声を発していると知覚して数秒だろうか、横目で覗きみればタールとアルコールとは縁遠そうな少女と目が合う。手に持っている煙草を見やり僅かに怪訝な表情を浮かべたが気にするだけ無駄なのだろう。この混沌という世界では。
「マスター、ジントニック」
そう長々と眺めていても仕方ない、ふと脳裏に引っかかる何処かで見た風貌、彼女への既視感を振り払い、切り替えるかのようにバーテンダーに注文を声掛けた。
「悪いわね」
そう言って慣れた仕草で煙草に火を付ける。ミントの香りだが、嫌味の少ない。良い葉を使っているようだ。煙を口からふわっと吐きながら、コルネリアの方に視線を向ける。

「……ああ、貴方この店は初めて?」
マスターが慣れた手付きで、コルネリアにジントニックのグラスを差し出した後に、仕上げにライムのピールを軽く搾る。普通の作り方とは少し違う、旬から離れた時期のライムだから香りを強く出すためにそうしたようだ。

一杯目は迷ったらジントニック。バーではよくある飲み方をここでしたことが彼女の目を引いたようだ。
「ん……? あぁそうよ。店の名前見た? 目を惹いてここでいいかってな」
 鼻腔をくすぐる香りは彼女の煙草からでる煙であったが、安物でよく見られる甘い香料やえぐみのあるものではない。少なくとも普段から身なりに気を遣っている人物なんだろうなと無為な思考を働かせる。

「最近はここらでも仕事する様になったんでね、少しでも来やすい酒場を探してるのよ」
 コルネリアが初見で来た店では大体安酒、もしくは時期の外れた素材を使用した料理を頼む。如何に飲ませるか、工夫をするか見たいからだ。爽やかなライムとアルコールを喉に通せば一日の疲労も気にならなくなる。

「そちらさんはここ初めてなの?」
 声を掛けてきたという事は会話をしたいのだろうと判断する。声質を和らげ、煙草を取り出し、此方も吸うぞと言うかのように見せて一本咥える。上等な物では無いが普及されている紙巻きたばこだ。
コルネリアの話になるほどねぇ、と頷く彼女の前にドンとマスターが持ってきたのは、ジョッキにたっぷりの氷と牛乳が注がれた物体。文字通り、アイスとミルクのダブルである。

「いい名前ですって、良かったわねマスター?」
コルネリアの言葉をそのまま告げると、マスターは美人に言われるのなら悪くない、と小声で言ってから、どうぞごゆっくり、レディとコルネリアに言った。
「……と、まぁ。ここは私の行きつけでね、貴方なかなかいい嗅覚をしてるじゃない? ここはスープバーと治安の良さが売りでね」
そう言って振り返って顎で示すと、50G飲み放題、と書かれたどでかい寸胴鍋が置かれており、時々というか、だべってる連中はほとんどその鍋からのスープをティーカップに入れて片手に持っている

「廃棄されるクズ野菜や、常連の持ち寄った材料を使った闇鍋みたいなスープだけど、安いし、栄養もあるし、いつでもあるしで。あれと10Gのパンで半日粘る奴も居るわ。そしてそれでも荒事が起きないのは、店主の手腕ってところかしら」
くすくすと楽しげに笑って、煙草に火を付ける前にミルクを一口呑んでから、指輪をはめた右手を差し出す。小さな、白い、子供そのものの柔らかそうなお手々の指先を、パチンと鳴らすと、その指先に小さな火が灯った

「だから、この店でスープじゃなくて酒を最初に頼むのは新顔か、慣れたやつのどっちかよ」
穏やかな表情は、その手とは違って、どこか大人びていた。
 勿論何を飲むも彼女の自由だ。それを否定する気も毛頭無い訳だが、並々とジョッキに入った牛乳を見て僅かに驚きのしぐさを見せる。

「変わった名前って意味よぉ? 他に酒場もあるでしょうに目を止めさせるんだから良い意味だけれどね」
 美人と言われればその場の弁であったとしても悪い気はしない。

「あぁ、やっぱあれってそういうメニューなのねぇ」
 入ったばかり、流れるようにカウンターまで向かったので気づいていなかったようだ。酒も進んだぐらいで頼んでみるのもありかと思いながら……
「クズ野菜……なぁるほど、上手いことやってんねぇ。水物って腹に溜まるし長い事粘っても言うほど消費もされないし良い商売だわ」
 回転率は犠牲になるが店内に活気があれば足も運びやすいという利点もある。一つの名物が当たれば尚更目当ての客も居るだろうとつらつら推測混じった妄想を浮かべ。
「ふぅん、確かに他の奴らはスープ頼んでるわね……」
 ちらりと覗いて肯定の笑みを浮かべればこの騒々しい雰囲気の中で喧嘩の一つも起きてないのは皆が店主の定めたルールを守っているからなのだろうと。
「こんだけの人数で荒事が少ねぇなら相当な腕前なのねぇ……ん、魔術師かアンタ」
 灯した火を目にして呟く。煙草を咥え、此方はフリントライターを取り出し点火する。
「ふふ、まぁね。私も個々の名前に惹かれて最初に入ってきたクチだから、わかるわ」
 指先に灯した火を消してから。マスターに声をかける。おすすめ2つと。

「ここはローレット経由じゃない依頼も斡旋してるからね。議論を深めるにしても、なにか食べる物があったほうがいいでしょう? 文無し連中が安いスープを吸いながら、安い仕事やあらっぽい仕事で小銭を稼いでまた食べに来る。そういう場所よ、ここは。まぁでも」
そう言ってコルネリアの方を向いて、カウンターに腕を置きながら軽く煙を吐いてくすっと笑う

「そういった連中からせっかくの小銭を巻き上げるためにいい酒を置いてるのよ、ここは。いやぁ見事な商売よっと――いや、私は魔術師ってガラじゃないわ。これはタダのマジックアイテム」
ほら、とそう言って火を灯していた指をくるっとひっくり返すとそこにはめられている指輪。金のような、しかし色あいは緋色に近い、太陽のような、夕暮れのような不思議な色をした指輪。その指輪をよく見ればわかるだろう。刻まれたローレットの紋章。しかもそれは「活躍した人間にしか与えられない代物」だと。
「民衆向けの食堂みたいねぇ。まぁ格式たけー飯より好みではあるけど」
 灰皿に灰を落としながら背後で騒いでる男衆を一瞥してイーリンへ視線を戻せば。

「マジックアイテム……随分と便利ねぇ……」
 見せてもらった指輪に目を細めて焦点を合わせれば見覚えのある印。ここでようやく先程から感じていた既視感に合点がいく。
「あぁ、アンタイレギュラーズだったのか。最近騒がれてた勇者ランキングの……名前は確か───」
 紫髪紅瞳の女。少女の姿をした勇者。知と戦旗を持って前へ進む者……

「───イーリン・ジョーンズ」
 コルネリアより歳若く、だが特異運命座標として先を歩む者。
 サングラス越しの瞳に映る興味の色が僅かに強まっていく。
「ま、ここに居るのはだいたい気のいい連中よ。私が行きつけにしてるのはそれが理由。あとほら、深入りしてこないしね――」
 そう言って、迂闊に見せびらかしてしまった事を反省するように指輪のつけている手をジョッキに戻すと。ミルクを一口。コルネリアの言葉を聞いて、くすっと茶目っ気たっぷりにウィンクして。

「如何にも、まさか真名のほうで覚えているとは。貴方なかなかやるわね。紫髪の司書、とか、馬の骨とかのほうが幻想では通りがいいんだけど。ま、それなら私のことはイーリンと呼んで頂戴。真名を呼んで、呪うタイプじゃないでしょ、貴方」
 そういってクスクスと笑って、乾杯しましょうかとコルネリアにミルクの入ったジョッキを向ける
「そりゃ助かる。マナーを知ってる奴等は嫌いじゃないわ」
 視線をグラスに戻し、何となしに溶けて揺れていく氷を見つめ。

「そりゃああんな大々としたランキングじゃあ名前も通るだろうさ。馬の骨ってのはアンタの事なのね、そっちの方が知らなかったのだわ」
 真名を呼び呪う。確かに呪言そのものは豊穣の呪術師の専売では無く、西洋の聖職者が行う祈りもルーツは違えど同じく思いを力に変える物だ。
「確かにアタシは違うわねぇ。祈りも言霊も畑違いだわ」
 そう言って、ふと己が名乗っていないことに気づく。ここは相手の流れに乗らせてもらおうと。
「よろしくイーリン。コルネリア・フライフォーゲル。見ての通り従順な神の信徒でありアンタと同じイレギュラーズ、コルネリアで良いわ」
 口端で笑みを作り、視線を向ける。
「ま、それにそんな『勇者様が出入りする店で粗相をすればどうなるか』なんて。三下だろうとイヤってほどわかるでしょうしねぇ?」
くすくすと子供っぽく笑う姿は、おとぎ話の中のことでも話しているようで。とても自分のことを話しているようには思えない。

「ふふ、私の名前は多いからね。司書、馬の骨、紫苑の君、フィーア、チェスプレイヤーや戦術教官と呼ばれることもあるわ。だけど、貴方が知っているのはイーリン・ジョーンズ」
そう言って嬉しそうに笑ったまま、乾杯に応じてくれたグラスに軽くコチンと。

「よろしくね、シスターコルネリア? ああ、私も元はシスターだったのよ。召喚されたからもう名乗るのはやめたけどね。敬虔な信徒を、私は尊敬するわ」
乾杯した後に、ミルクを半分ほどぐいっと一気に煽る。
それと同時に、二人の前に生ハムとチーズの盛り合わせが出てくる。マスターは何も言わず、どうやらサービスらしい。
目の前の少女はコルネリアにすっかり興味を持ったようで、さあ、次は何を話す? と言いたげだ。
「ハッ! 言うねぇ。まぁ存外間違いでも無いだろうさ。上手く生きていくにゃお上の顔色覗いてかねぇと行けねぇ時もあるわ」
 粗相をすればどうなるか、その実どうなる訳でもないのだろう。この店で一番偉いのはイーリンでもコルネリアでも無い、店主であり、彼らが見るべき顔色は彼なのだ。そして見た所、店主は勇者の肩書きを常連になどと拘ってようにも見えないのだから。それでも笑ったのは、彼女から見える冗談混じりの声音。勇者であることを誇りと受け取りながらも振り回されない余裕を見たからである。

「シスターはやめてくれ、立場はそうであっても柄じゃない。信徒ってぇほど神さんに期待もしてねぇのさ」
乾杯したグラスを口元に付けて呷る。空をマスターの近くへ差し出すとカルーアミルクと短めに注文する。
直ぐに差し出された酒と続けて並ぶ盛り合わせのサービスに口笛を鳴らせばマスターへ一言、ありがとなと礼を返す。

「そういやイーリン、アンタ弟子なんか持ってるか? 金髪の、アンタと似たような背丈と若さの」
 突然だろうかと思ったが折角だ、話のタネにしてやろうかと。何時ぞや話したかも忘れたお師匠様だかの自慢をしていた少女。貴女は知っているだろうか。
 ココロ=Bliss=Solitudeの名を。
実際そのとおりなのだろう。彼女がローレットでも名うての存在で、しかも幻想の勇者様だと喧伝すれば、店は盛り上がるだろうが居心地は悪くなる。それを理解しているから、店主は今日もイーリンにいつもどおり対応しているし。コルネリアのオーダーにすぐにカルアミルクを用意してくれるのだ。ここのカルアミルクはかなり甘く作られており、その奥にピリっとアルコールを感じられる。

「あら、そうだったの? 残念。私かなり敬虔だったのに。ま、それでもリスペクトの対象であることにはかわりないわよ」
遠慮なく出された生ハムとチーズを食べながら、意外な名前に一瞬硬直する。

「んぁ、ああ。私には三人弟子が居るけど。その中で金髪っていったらココロのことね。なに、あの子が貴方に迷惑かけたりした? あの子押しが強い上に頑固だから、何かやらかしたらごめんなさいね?」
 不意にまた表情が変わる。その表情はさっきまでの子供のようなそれとは違い、自分の子供の面倒を見る親のような、優しくもちょっと心配したような顔だ。
 喉に感じるアルコールの刺激も、ミルクの濃さで大分薄れている。焼け付く痛みも好みではあるがこれはこれで悪くないものだ。
「好きにしな、世の中の信仰者達は喜んで神さんの素晴らしさを説いてくれるだろうさ」
 ぶっきらぼうに答えているように見せてそう悪い気分では無い。己は己、他人は他人。祈る事もまた自由なのだから。

「んにゃ、アタシも一回依頼で一緒になったぐらいなんだけどな。お師匠様がーって話してた覚えがあって多分アンタの事言ってんだろうなぁって思って。さっきアンタを見た時に感じた既視感はそれもあったんだと思うわ」
 明るい少女だと記憶はしていたが、あの頃はまだコルネリアもイレギュラーズになりたてであり、顔も覚えられていない頃だ。
「押しが強いのか、よく笑う奴だとは思ったが」
 酒の肴にするには丁度良いだろうと、そのまま彼女の話を促す。
それはもう、さきの天義での動乱や、アドラステイアで面白いほど味わってるから。
素晴らしさを説いてくれる、という点について小さくそう言うのは、きっと周囲を慮ってだろうか。それとも悪い冗談だから小さく言ったのだろうか、判別はつかない。
ただ他人は他人、だからこういう話もしてみたいという、興味と経験から出た言葉なのだろう。

「ああ、そうだったの? 仕事では頼りになるでしょ、あの子。見た目や言動はともかく。場数は踏んでいる上に鉄火場でのリアリストな目線はかなりのものでね。一番弟子だから、そういう意味では一番成熟した子よ。まぁその反動なのかしらね、押しが強いのは」
コルネリアの言葉に続けるように、なんだかんだと弟子を褒めちぎっている。
相当な愛情を注いでいる。
懐かしむように、同時にこれから先どうしてやろうかと考えるようないたずらっぽさも含めた口調は、コルネリアにどう映るだろうか。

「まったく、話だけで既視感を覚えるくらい喋るなんて、あの子はどんな風に貴方に語ったことやら」
テーブルに肘をついて、イーリンは虚空を眺めた。
「ただの傭兵だった時は単独が基本だったからねぇ。やはり場数踏んでんのな、十二分に助けて貰ったさ」
 イレギュラーズと傭兵、近い仕事も請け負う事はあるだろうが勝手は違うものだ。傭兵時代より自由や融通が増えたと同時に周囲の目や求められる協調性等、ある種の制限も抱えることになった。イレギュラーズとして先を行くココロの所作や思考性はコルネリアにとっても勉強になったのは確かだ。

「既視感に関しちゃ……話だけ、と言ってもココロとはそう大して長い事は話してねぇのよ。えぇと……これか」
 取り出した手帳をパラバラと開き、あるページで捲っていた指を止める。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/2369
「イレギュラーズとして動くにあたってこれまでの報告書を読み漁ってたんだが、パスツール号での一件……アンタら師弟が絡んでんのをたまたま見てたのよねぇ。それと彼女の話を辿って、もしかしたらお師匠ってのはアンタかなってね」
 外れてたら大恥だな、と笑いながら空になったグラスを差し出しモスコミュールを注文する。
「自慢の弟子なのか?」
 酒が来るまでと何本目かの煙草に火を灯す。喜色の含まれた声音に目を細め微笑みながら、肴を摘むかのように話を促す。
 折角の出会い、折角の酒盛りなのだ。できる事なら美味い肴<話>で飲みたい。
「一人で仕事する時は勝手が違うけど、上手く動いてくれる仲間が出てくるとホントに違うからねぇ。貴方の役に立ててよかった」
 傭兵、という言葉に少し違和感を覚えたのか。はて、と首をかしげる。シスターで荒事を請け負うことはこの世界では少なくないだろうけれど、傭兵というほど仕事をするのは珍しいのではないかと考える。が、今はそれを置いておこうと一度頷いて。

「ああ、懐かしいわねぇ。あの頃は……まさかあんな大航海になるとは思ってなかった頃だわ。ふふ、あなたシスターだけじゃなくて探偵にもなれるんじゃない?」
 その洞察力を茶化すように褒めながら、コルネリアに合わせて自分も二本目に火を付ける。手元を見ればわかるが、その形は不揃いで、どうやらわざわざ手巻きでその煙草を作っているようだ。
 煙を吐く、自慢か、と考えればううん、と少し考える。

「――洞察力もある、頭もいい。いざとなれば主体性も発揮し、任された仕事に対し、殉ずるかと思うほどの精神力もあれば、水面下で腹黒く立ち回るだけの度胸もある。正直、アレは私が居なくても頭角を現していた逸材でしょうねぇ。問題は、本人がそれを望まないということ。そしてそれを望まない原因が……ふふ、敬愛する『お師匠様』のせいかもしれないわね。ここだけの話、あのメダリオンレースの一割以上はあの子が稼いできたメダリオンなのよ?」
 煙草を立てて「内緒ね」という仕草をとって苦笑いする。
 あの時は弟子の意図を測りかねていたわ、と付け加えて。自分にとって大きくなった弟子に思いを馳せたようだ。
「探偵なんて柄じゃねぇさ。各国の報告書をチョロチョロ摘んで見ててたまたま見つけただけ」
 謙遜でも無い。少なくとも本人はそう思っている。死なない為の下準備に情報を取り込んでいただけなのだから。

「そこまで敬愛されてるってぇのもアンタの魅力なんじゃないかしら。メダリオンも……愛が深いねぇ」
 内緒、という言葉にはいはいと笑みで返し、モスコミュールに口をつける。
「そもそも何処で出会ったんだ?」
「なるほどねぇ、そういう勤勉さ、私は好きよ。」
 コルネリアとのお喋りにも慣れてきたのか、たまたま見つけただけ、という部分にもそんな評価を言ってしまって。

「そういうことにしておくわ、魅力がない勇者なんてあんまりにあんまりだしね」
 ふう、と一息ついてから。思い返して。
「あれは確か……」
 そう言って懐かしむように語り始める。
https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/808
「たまたまだっての」
 顔に感情が出やすいのは元来の気質であり、本人も気づいてはいるのだが直そうとも余り思っていない。

「くっくっくっ……なんだそりゃ、突然押しかけてきた奴を弟子に取ったのかよ」
 何か劇的な話を期待していた訳ではないのだが、思ったより突拍子が無いじゃないの、と喉を鳴らしながら笑い声を抑える。
「随分と楽しそうにやってるのねぇ。厳しい修行とかしてるのかと思ったわ」
 半分は冗談、半分は……まぁ良しとしよう。
"死ぬのだけは死んでも避けろ"
 この言葉を聞いた時は少し驚いた。全員では無いがイレギュラーズと言えば生命を燃やし戦い続ける者が多いと思っていたから。
「んで、そういうアンタはどうしてそんなあっさりココロを弟子に取ろうと思った?」
 グラスの中でカラン、と溶けて鳴る氷を見ながら。愉快そうに話を促す。
「――ということで、押しかけ弟子第一号があの子でね。まったく、ええ。私も随分な気まぐれで弟子をとっちゃったと思ってるわ。そんな立場でもないのに」
 笑ってくれてる事に安心したようにぐびっとミルクをあおってから。
「修行も一応してるんだけどねぇ、あの子私がランニングとかに誘おうと脱兎のごとく逃げるから、それを捕まえるのも大変なのよ」
 語るほどわかる、師匠と弟子というよりは、手のかかる親子のような。あるいは先輩後輩のような関係。少なからずその時間がイーリンにとって心地よいものだというのは、コルネリアにはありありとわかった。

「――弟子に取ろうと思った理由か。んー……」
 真面目に考え出す。可愛らしい眉をひそめ、ウンウンと唸る。そうして少し経ってから、至極真剣な表情で。
「……可愛い女の子を手元においておきたかったから」
 覚えていない理由を、そんなふうにごまかした。
「くっくっ……女好きかよ、モテそうな師匠様だねぇ」
 真面目な顔で言うものだからからかうように返してみる。

「ランニングねぇ……たまに朝街角を通ってる時に聞こえる声はアンタ達の掛け声かもしれないわね」
 それなら……と続けて。
「アタシなんてどうよ。まだまだかわいいって言える? 手元におきたくなるかい?」
 良い感じに酒も回っているのだろう。僅かに紅潮した頬にイタズラめいた笑みを浮かべながら冗談を言う。
「いやぁ、やっぱり好みの女はいくら居てもいいじゃない?」
 酔っ払いが言うような冗談を真剣に返して見せながら。そうねとぼやいて。

「あ、聞こえてた? そうそう、弟子の中でもやる気があるのは三番弟子だけだから、割と二人だけってときもおおいけど。ああいう風に走るのは割と好きなのよ。本当は歩くのが一番だけど……」
 そこまで言ってから、じっとコルネリアの顔を見つめて。

「私の導きが必要なほど困っているのかしら、美人さん?」
 少女らしからぬ、低く、けれど少し甘みのある。「本来の年相応」な声色でそう言った。
「間違っちゃねぇなぁ、美男美女は見てるだけで潤うもんだ」
 真剣な声音に笑い声を落として口端だけ上げて笑みを浮かべ。
「身体が資本なんだし良い事よ、飽き性なもんでよく続くなぁってのは思うが」
 そこでふと貴女の視線に気づき。
「アンタほどの女にそんな声で聞かれちゃ首も縦に振りたくなるもんだが、悲しい事にアタシの道は既に定まってるもんでねぇ」
 空になったグラス、お代わりを頼まないのはそろそろ二人の語りも終わりを見せているからか。
「ふふ、でしょうねぇ。貴方の場合は自分でもう道を決めてるでしょうし。でもま、もし迷った時はいつでも連絡を頂戴な。ここで酒を呑んだよしみで、ちょっとくらいなら何か融通を利かせることも出来るでしょうしね」
 元の調子に戻ると、金貨を適当に何枚かマスターに渡して。残ったミルクを飲み干してからぴょんと降りる。
「行くのかい」
 最後の一服だろうか、煙草に火を灯しながらイーリンを見る。
 同業者だ、また再開する機会もあるだろう。
「そんじゃ、金に困った時ゃ泣きつきでもしようかしらね」
 冗談ではあるが、その言葉の裏には再開を願う念を込めて。
「次会う時も互いに生きてますように、なんてな」
 今宵の乾杯はここまで。またこうして話せる事を祈るとしよう。
「ええ、夕飯を軽く食べるつもりだったしね」
高めのカウンター椅子に座ったコルネリアと、降りて立ち上がったイーリンの身長は大差ないだろう。多分、頭1つ分くらい小さい。

「あっはっは、悪いわね。勇者は金がかかってね。今の私に金を借りようっていってもそうはいかないわ。ま、金貸しを紹介するくらいはできるけどね。ええ、お互い死んでなければ、また一杯やりましょ?」
 そう言って背中を向けると手をひらひらと振って、慣れた様子で街へと出ていった――。

 それが、私とコルネリアの出会いだった。

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