シナリオ詳細
<鉄と血と>ヴィルヘルムの凱旋門
オープニング
●
――初めて見た時、原石だと感じた。
俺の残りの人生は、その輝きを至高にする事にあったんだよ。
そうだと確信していたし。そうで良かった。
そうで良かったんだよ。
だが事はそう簡単に進まねぇもんだ。
あぁ――どうやりゃ良かったんだろうな。
●
帝都スチールグラード。武を象徴とする国の首都は剣呑とした雰囲気の中に在った。
新皇帝即位以降、安定した情勢などありはしないのだが――しかし。
今日と言う日はそれにもまして、だ。
……いや誰しも原因は分かっている。遂にこの帝都を包囲せんと各地より勢力が集っているのだ。帝都の住民は家の外に出ぬ様に厳重に扉を閉め、窓も塞ぎ。或いは帝都中央にあるラド・バウへ避難しようとする者も多々いる、か。
「なっさけねぇ連中だ。テメェでなんとかしようって腹のヤツはいねぇのか?」
その光景をどこぞより眺めているのは――アスィスラ・アリーアル。
かつて三十年以上前だが……ラド・バウのチャンプであった男だ。あまりに以前であるが故、世代的に彼の事を知らぬ者も多いだろうか。吐き捨てる様に言葉を紡いだ彼が続いて見据えるのは……大闘技場ラド・バウ。
あそこにいる。『現在のチャンプ』が。
病で滅びゆくこの身の願いを満たさなかった――野郎が。
「私欲は結構だが。周囲を鑑みずに暴走されるのは困るがな――」
「私欲だぁ? 私欲の塊が何をいいやがる。叛乱なんざ最たるモノだろ」
「ク、ハハハ! 私のはあくまでも大望あっての事。貴様如きとは違うのだがな」
「お前ら二人共、前哨戦ここでやるんじゃねぇぞ。敵にやれ敵に」
直後。そんなアスィスラへ語り掛けたのはシグフェズル・フロールリジと、彼に雇われているディートハルト・シズリーだ。背後にはシグフェズルに付き従う軍人らしき影も見える――が。此処が帝都という彼らの本拠であるにしては数が少ない。
それもそうだろう。先日のバーデンドルフ・ライン攻防戦における失敗で精鋭を多く失ったのだから。
此処にいるのは残存戦力。もう後がない者達。
だが、それでもシグフェズルの顔から獅子の笑みは消えない。
劣勢? ああそれがどうしたのだ。いついかなる時も万全の戦いなどあろうものか。
むしろ死力を尽くさねば本当に滅びてしまうかもしれぬ瀬戸際など――あぁ!
「心躍るものだ。お前もそうではないか? ディートハルトよ」
「俺は負け戦は好みじゃあない。蛮勇族と一緒にされるのは困るな」
「血沸き肉躍る感覚に身を浸すのも良いものだぞ――?
まぁいい。それよりも全方位から大軍が近付いてきている。
故に対処に回らねばならんだろうな」
シグフェズルはかつて自らの領地を敵国に売り渡さんとした者だ。それは民の為でもあった――褒められたモノかは知らぬが、ともあれ結局。それは現在のフロールリジ伯と娘によって阻まれた。
が、彼は未だ諦めてなどいない。
そうだ。己が望みを果たす為に今は機を図るのだ。
自らの野心を果たす為に最高の座が必要ならば取ってみせよう。
その為に新皇帝派の軍勢を指揮出来る内に邪魔な連中を全て潰す。
――総力戦? 結構な事だ。それに勝てば敵は主力を失うという事。
そして新皇帝派の軍勢も削れたのであれば『座』を目指す最大の好機だ。
故に彼は笑う。笑う。どこまでも、どこまでも。彼の夢の果てを見ているのだから。
「目標はラド・バウだ。あそこの屈指の脳筋馬鹿共を駆逐し、防衛線を築く。
――アスィスラ。お前もあそこには丁度用がある所だろう?」
「おぉよ。俺の邪魔しねぇってんなら後は好きにしな」
「宜しい。ディートハルト、お前は部隊を指揮して軍勢を押し留めろ。手段も被害も問わん」
「好きにしていい、と」
「あぁ盛大にやるがいい」
全体指揮を執るのはシグフェズル。前線部隊を操るはディートハルト。
そして個人戦力としてアスィスラには暴れさせる――
制圧目標地点はラド・バウ。
闘士共を捻り潰すのだ――各員行動開始。
その号令と共に新皇帝派は動き出す。最後の戦力、全てを投じて。
――が、その前に。
「なぁ」
「んっ?」
「――親ってのは、どうやりゃいいんだろうな」
アスィスラは問うものであった。何の気なしに、雑談の様に。
●
大闘技場ラド・バウでは混乱が巻き起こっていた。
新皇帝派の大規模な動きが見えたからだ――帝都の各地には天衝種なる魔物の大量出現も確認されている。然らば武の象徴とも言えるラド・バウに避難してくる民が殺到するのも無理はない話であり……
「わわわ! 流石にこの数はパンクしそうだよ~!」
「大丈夫だよパルスちゃん! ボク達も一緒にいるもん!」
「客席だけでは足りないな。もう少し奥までなんとか収容を試みよう」
「手伝うぜ――こりゃ、放置してたらドミノ倒しにもなりそうだ」
が、想像以上の数が押し寄せてくる光景に驚嘆の声を漏らすのはパルス・パッションか。帝都決戦の気配を感じ取った民の様子は、まるで波。
ラド・バウに至る『客』として保護を試みんとするものだが流石に混乱が舞い起こるものだ。パルスの傍にいる炎堂 焔(p3p004727)やラド・バウ元闘士にして整備担当者のスースラ、そして冬越 弾正(p3p007105)らの協力によってなんとか統制を保っている、が。
「新皇帝派の連中が見逃すはずがねぇ、な」
「そうね――もう幾らか既に紛れ込んでいても不思議じゃないわ」
「でも。来るなら来いってもんよ。こっちは、いつでも戦る準備は万全だわ」
郷田 貴道(p3p000401)やレイリー=シュタイン(p3p007270)、ゼファー(p3p007625)は既に悟っていた。この機を敵が見過ごすはずがない、と……政治不干渉を謳うラド・バウだが新皇帝派がソレを信じるか信じないかは別。
いやそもそもバルナバスの目的が『鉄帝国というそのもの絶滅』にあるのであればラド・バウとしても動くべきだとする意見も出始めるものだ。連中がラド・バウを攻撃してくるのは遅かれ早かれの問題に過ぎぬ――それに、ラド・バウに縁が深い『敵』もいたとなれば……
と。斯様な事を考えていれば、だ。ラド・バウの外側で騒ぎが生じる。
なんだ? 魔物が出たなどという声が聞こえる――
「来たね……多分アスィスラさんの仕業かな?
ガイウス! 今度こそ決着を付ける時じゃないかな!」
「……あぁ、そうだな」
紡ぐのはセララ(p3p000273)だ。視線を向けた先には現ラド・バウのチャンプたるガイウス・ガジェルドの姿があるか――中々にラド・バウから動かない彼の思惑には、己が過去に纏わる存在の影があった。
アスィスラ・アリーアル。先日の地下道での戦いで現れた存在。
……それはかつて一時期だが、ガイウスを世話した事がある人物であった。
奴がラド・バウを襲撃しに来るのではとガイウスは闘技場に留まり続けていたのである。
――そして今日。遂にソレは現実となった。
多数の天衝種。紛れる新皇帝派の軍人。
あぁ正に襲撃だ。ラド・バウにこれほど堂々と乗り込んでくるとは。
「……ミシュコアトルの加護があれば、そう簡単に大規模な被害は出ない、筈だが、な」
言の葉を零すのはエクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)だ。
彼女は先日、バラミタ鉱山の地下で精霊……ミシュコアトルと出会った一人である。結果としてかの炎の精霊を借り受ける事が出来、今ラド・バウはその力に覆われている。何かの超常の力――例えばバルナバス――の力に対応する為のモノであったが、新皇帝派の攻撃にも有効であろう。
が。彼らに好き勝手させていれば加護の力が弱まるかもしれない。
早急に倒す必要がありそうだが、敵が避難して来た観客をも狙ってくるとすれば中々に手が足りないかもしれぬ。如何に単独の武力としては最高と言えるラド・バウと言えどもこれでは――
と、誰かが思った正にその瞬間。
「させぬ――! 民を狙うなど卑劣な! このアルケイデスが相手をしようではないか!」
「アルケイデス、そっちは任せたぜ! 手分けして連中を押し返すんだ!」
「チームを組んで死角を潰すのよ。決して単独で事に当たらないように――行きなさい!」
ラド・バウ外周部に新たに現れた影があった。
一人や二人ではない。もっと多数の『部隊』単位だ。それは……
帝政・南部戦線の連合部隊である――ッ!
一角を率いているのは南部戦線に属するアルケイデス・スティランスだ。槍を振るいて天衝種を薙ぐ形に続くのは新道 風牙(p3p005012)にイーリン・ジョーンズ(p3p000854)達。イーリンはザーバより託された部隊に素早く指示を飛ばし、事に当たっている――
彼らが援軍としてやってきたのだ。
まぁ勿論、ラド・バウが政治不干渉を掲げているのは知っている……だから。
「これはあくまで、帝都にようやく帰還した者達の――些かの『はしゃぎ』として捉えてもらいたい」
「あら。貴方達はたしか……フロールリジ家ね?」
「然りであります。これは只の乱痴気騒ぎ。それ以上でも以下でもないのであれば」
ラド・バウの(一応の)責任者たるビッツ・ビネガーへとシグルズ・フロールリジとエッダ・フロールリジ(p3p006270)は言を紡ぐものだ。シグルズと言えば『当代』のフロールリジ伯……鉄帝の動乱においては領民を護る為に行動していた彼だったが、事ここに至ってあとは帝都を攻略するのみとなりて姿を現したのだ。
なによりフロールリジ家として『見過ごせぬ者』の気配が――この地にはあるのだから。
ともあれとビッツへと提案する。これは只の乱痴気騒ぎの延長に過ぎぬと。
共に志を同じとするわけではない。政治など関係ない。只の『お祭り』だ――
「さー久しぶりに帰って来たわねラド・バウ!!
おっ。ゼラーの爺さんまだ闘士やってるの!? あの人何歳なのマジで」
「えっ。お母様が鉄帝にいる時からいるの?
あっ、でもそうか……あの人結構なお爺ちゃんだしね。昔からいるか」
「サクラ? 今のはどういう意味で言っ……んっ? なんか視線も感じるわね」
直後。更に闘技場へと懐かしそうに周囲を眺めつつ踏み込んだのは――ソフィーリヤ・ロウライトだ。彼女はサクラ(p3p005004)の実の母にして鉄帝出身の人物……一時はラド・バウに在籍していた事もあり一部には顔見知りの人物もいようか。
そんな彼女を眺めるは闘士、ではなく。赤髪の軍人、だ。
「……あれがソフィーリヤ殿。叔母……叔母? それにしては随分若い気が……」
「ナターリヤ! 注意散漫だぞ、戦場で余所見とは君らしくないな――どうした?」
「ゲ、ゲルツ殿。いえ、なにも……!」
彼女はナターリヤ・ソフィスト。ソフィーリヤの兄の娘であり……サクラから見ると従姉妹の人物だ。どことなし似ている気配は同じ血族である事をなんとなし感じさせるかもしれない――が。今は眼前に集中しろとゲルツに言われれば、帽子の鍔を握りてやや慌てながら戦線へと参列するものだ。
敵も味方も多い正に総力戦の戦場。
更にはゴリョウ・クートン(p3p002081)やヒィロ=エヒト(p3p002503)、美咲・マクスウェル(p3p005192)と言った南部戦線において活躍を示している者達の姿も見え始めて。
「ぶはは! 確かにこりゃ祭りっちゃ祭りかねぇ――なら盛大にやらなきゃなあ!」
「美咲さん、行こう! これがきっと最後の戦いなんだ!」
「ええヒィロ。油断しないようにね、敵側も必死なものだわ」
連合部隊の兵士と共に、敵勢力と激突を始めようか。
ラド・バウ外周部で。或いは内部へ侵入を試みんとした者達と。
争い合う。渦中ではシオン・シズリー(p3p010236)も鼻を利かせながら往こうか。
「臭うぜ……あの野郎がいやがる……! 今度こそ必ず殺してやるからな……!」
彼女にとっての仇敵もまた、此処にいるのだから。
父親たるディートハルト。その血の臭いをどこまでも追わんとし――そして。
「……! いた、憂炎! おとっつぁんだ! スタジアムにいるよ!」
「ああ。こちらでも見えた。行こう――おとっつぁんの所へ」
突入して来た敵勢力本隊。アスィスラの姿がスタジアムに見えれ、ば。
義理の娘たるアウレオナ・アリーアルは解・憂炎(p3p010784)と共に赴かんとするものだ。ガイウスにどこまでも拘り、醜態を晒さんとする父を止める為に。
アスィスラは憤怒の狂気に身を委ねた存在だ。
最早その存在を助けられないのなら、いっそこの手で――終わらせる。
「おとっつぁん……これが親孝行だよ」
「……」
「アスィスラさん。魔種の身なのは本当に、本当に残念だけど……止めてみせる」
アウレオナの言は、ガイウスの耳に届いたのだろうか。分からぬがしかし、アウレオナ同様にアリア・テリア(p3p007129)もアスィスラを倒す為に――抗い続けようか。どこまでも、どこまでも。その煮えたぎる憤怒を、止めてみせるのだ!
これが仕舞のお祭り。長きに渡る、鉄帝全土を巻き込んだ動乱の終着点だ。
――故に。ビッツ・ビネガーは宣言しようか。
「さぁ、皆が戻って来るってんなら……そうね。今日は特別行事。凱旋マッチよ!」
今こそ皆で『戦る』のだと。
「ここはラド・バウ! アタシ達の力を見せてやりなさい!
アタシ達は誰にも止められない。最強が誰かと聞かれたら応えてやりなさい――
『お前の目の前にいる』ってね!!」
今こそ天王山。然らば全ての障害を踏み越え、今こそ潜れ。
数代前の鉄帝将軍。ヴィルヘルムの大勝利の戦勝にあやかって作られた凱旋門。
『ヴィルヘルムの凱旋門』を潜るのは――今この時を置いて他ないのだ!
- <鉄と血と>ヴィルヘルムの凱旋門Lv:30以上完了
- GM名茶零四
- 種別決戦
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年03月23日 22時35分
- 参加人数48/48人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 48 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(48人)
リプレイ
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大気が震える。意志と意志のぶつかり合いは、かくも天に轟く程か――
ラド・バウ大闘技場。
普段から熱気の渦の中にある地だが、今日と言う日は正に命と命の削りあいだ。
「邪魔立てするならば……全て斬るッ!
覚悟しろ、外道に与した命に慈悲は無いと知れ!」
その先陣を真っ先に斬ったのはルーキスである。
戦場を広く見据え、至る天衝種があらば――その密集地へと名乗り上げるように自らの存在を示そう。ラド・バウには避難中の民もいるのだ、彼らの所に行かせはしないと……! 同時に剣撃も放てば常に移動しながら彼らを引き付ける。
「……今この瞬間にも、それぞれの想いを果たさんとする仲間もいるのだ。
貴様ら如きの牙、通しはしない……!」
「ったく。内も外もお祭り騒ぎってか……冗談じゃねぇっスよ。
ラド・バウが幾ら戦いの場だからって『落とし』に来てるってんなら――
シュラ! コイツら全部ぶっ潰すぞ!」
「おぉ! アレが何なのかは知らないが、要は全部ぶちのめせばいいんだな!
そうと分かりゃやる事は単純だ――っしゃあ武流独苦の血が騒ぐぜ!
いいぜ、スパルタ上等! やってやろーじゃん!!」
次いで現れしは葵に拳修――シュラと呼ばれた葵の知古か。
空から眺めるが如き広き視点と共に葵は天衝種らへと撃を成す。敵の数も決して少なくないのだ――ラド・バウには多くの闘士がいるとは言え、むやみやたらに戦って勝てるとは限らぬ。故にシュラと共に敵を確実に削っていこうか。
シュラには背を任せるように。彼は立ち回り、拳を紡いで怪物の横っ面を弾こう――
「はっ、相変わらず手の出し方が雑だなシュラ! どこに至って変わりもしねぇ!」
「キャプテンこそなァ! ボールが武器とか最高だぜ! さぁ次はどこのどいつだぁ!!」
その連携たるや阿吽の呼吸。
高まり往く集中の領域は深層に達し、幾体もの天衝種が襲い掛かってこようと――敵ではない。不安も不穏もあるものか。あぁ誰ぞが襲って来ようとも! そして。
「さて、きょうはお祭りなのよね――特別な日。特別な祭典。
それならとびっきりの踊りを見せてあげましょうか!
さぁ――今日限りの特別ステージ。えぇ、存分にご堪能下さいませ!」
お客様、と。敵を出迎えたのはヴィリス。
闘技場へ雪崩れ込まんとする敵影を確認すれば、彼女は神秘なる泥を顕現させて押し流そうか……あぁ大切なモノは人それぞれ。何を至上とし、何を目的とするか――戦いなんてくだらない、なんて言うつもりは微塵もないけれど。
「ふふ、アンコールだっていくらでもしてあげる!
望むのなら何度でも、どこまでも! ――ついてきなさい!」
――それならこちらも最高の御出迎えをしてあげるだけだと。
彼女は謳う。彼女は舞う。
戦う者達の視線を奪う様な舞いを此処に。
戦場に鳴り響く音に合わせて彼女の舞踊が洗練さを増していく――!
だが同時。風牙は怒っていた。
此処へ至る悪意の波に。あぁ――強さを望むのは良い。だがなぁ。
てめえらの持ってる武器も、鎧も、服もメシも何もかも。
強さという道とは別の道を歩んでいる人たちの産物だってのに!
「そんな人たちを蔑ろにするお前らはクソだ!
分かってんのか、他人を踏みにじってるって事!
――分かってねぇならクソだし、分かってるならマジモンのクソだ!!」
クソどものクソな夢物語のために、一人たりとも犠牲者を出してたまるかよ! そもそもあの空に浮かんでる太陽が見えねぇのか? 堕ちたらテメェらも死ぬだろうが! クソを超えた馬鹿なんて――救いようがねぇ!
「アルケイデス。オレも戦いは好きじゃないけどよ。戦わなくちゃいけないとき勝たなきゃいけないときってあるよな。戦って、勝って、その後ゆっくり茶でも飲もうぜ!」
「ああ――此処は、此処だけは逃げてはいけない。勝負のしどころだ!
往こう風牙! ぼくらが……我々が勝利を刻むんだ! この帝都で!!
――見よ! スティランスの輝きを! アルケイデス・スティランス参るッ!」
故に風牙はアルケイデスと共に往く――
耳に捉えし悲鳴の下へと。軍人ならば悲鳴などあげまい、つまりは民の声だ!
聞き逃さぬ。同行させていた狸型のファミリアーがアルケイデスを呼ぶように、彼のお腹を叩いてその後方向を示せばすぐ様にアルケイデスも部隊を派遣し対応しよう。そうして振るうのだ――暴虐を掃う槍の一閃を。馬鹿共の頭上へと!
「ここがテメエらの墓場だ。クソどもには上等過ぎる墓標だな!」
では掃除が必要だな風牙――! 言紡ぐアルケイデスと共に、敵を討ちて。
「むぎゃ!? 髪の毛引っ張ったの誰!? 此処に茶太郎はいな……え、ブレンダさん!?」
「丁度いい所にいたなフラン殿――さぁここは私たちで食い止めるぞ。
敵を呼んでくるから待っていろ。タイミングを合わせてフラン殿が一撃必殺で行こう」
「えっ!!? なに!!? あたし攻撃とか普段しな……ちょ、ブレンダさ――ぎゃー! 敵いっぱい集めないで――!! ぷえぇああああ!?」
更に渦中において至る新皇帝派を迎撃せんと動いているのはフランにブレンダか。肩、を掴もうとして間違えてフランの後ろ髪引っ張ってしまったブレンダだが、まぁフラン殿だしいいか……と早速に動き出す。
「さぁさぁさぁ! 私たちを倒さねば先へなどは進ません。かかってこい!
戦場に昂る戦士であるならば、よもや名乗りより逃げる事はすまいな――
おお釣れる釣れるぞフラン殿! はーっはっは! 楽しくなってきたな!」
「ぎゃああだからこっちに連れてこないでえええ!! ブレンダさん守、守っ」
護る? そんな余裕はないからおすそ分けだ――後は自分で何とかしてくれ!
涙零すフランは慌てて魔力を収束させ迎撃の氷を吹雪かせるものだ。一方のブレンダは敵を引き付けつつフランの射線へと誘導し続ける――これぞ剣と魔の(強引なる)協働。なんかフラン殿が『えーん鬼! 悪魔! ブレンダ! びええ!!』とか言ってるけど知らぬ聞こえぬ見えん見えん! 剣撃震わせ敵も薙げ、ば。
その時だ。新皇帝派の率いる天衝種が突撃を仕掛けんとした時――砲撃が舞い込んだのは。
「なんだ!? くっ……南部戦線の増援だと!!?」
「いや――それだけではない。帝政派方面からも援軍が至っているようだな」
ディートハルトにシグフェズルが気付く。ソレは、総力戦を決意した勢力の追加部隊だと。
攻撃の支援に加え、傷ついた者達への治癒援護も行われようか。
側面からの強襲だ――大部隊が襲来し、新皇帝派へと攻撃を仕掛けて。
「来たわね――今よ! 敵の戦力が分散する、この瞬間をおいて他は無し!
切り拓きなさい敵本隊への道をッ! 勝利の道筋は――其処に在るわ!」
「私の名はレイリー=シュタイン! さぁ、前を塞ぐものは全て相手になってあげるわ!」
そして。その刹那をイーリンは見逃さなかった。
ヴィルヘルム作戦が実行され、一挙に訪れた南部軍にシグフェズルの麾下部隊が対処に回る――それは守備が薄くなる点が生まれるという事。故に、イーリンはラムレイに騎乗し一気に突撃する。その行いこそが果てには『戦争屋』の思惑を害すると断じて。
(――戦争屋、工作する間も無く大将首を強襲される気分はどう? 何かするならしてみなさい。強引なる策の変動が何を生み出すか知っているでしょうけれど)
工作部隊が浮き彫りになるだろうと確信しているのだ。
故に吶喊する。彼女の指先が示す先にこそ勝利があると信ずればこそ――レイリーもまた進もうか! 愛馬を駆りつつ、傍らには氷狼のロージーも供にあれば背後など一切合切気にならぬ。
――全力突撃。白き騎士の輝きに、誰も彼もの目が奪われよう。
穿つ。戦場を。
吶喊する。この機を逃す意は無しと。
「私を倒さない限りここは通さない! 騎兵隊を乗り越えられると――思わない事ね!」
「皆、私達の一番得意な『守り』の時間よ!
振り向くな、私達の後ろにこそ守るべきものがある!
だからこそ――前へ! 前へ進みなさい! 友の望みを進めらなければ名折れよ!」
『友』を進ませるのだと、イーリンは旗を掲げながら周囲に号令を下すものだ。
その旗印と号令が下れば皆の活力が満ちようか――
火線を集中させ道を抉じ開けんとしている『友』とは。
「エッダ、行って来なさい。此処は片付けておいてあげるから。
……上手くいくと良いですわね。貴女の望みに、どうか主の恩寵が在らん事を」
「微力ながら護衛を務めましょう。どうか、困難な道なれど……本懐を遂げられますように」
「――感謝する、皆」
ヴァレーリヤやオリーヴの視線の先にいる――エッダである。
彼女には一つの目的があった。どうしても譲れぬ、目的が。
その為に多くの者が協力してくれている……先のイーリンやレイリーを始めとして。
「残念だけれど、先へ通すわけにはいきませんの。
どうしてもと言うなら、主の御許を経由して頂けますこと?
――尤も。貴方達の様な方々に、御許が出るとは思えませんけれども!」
ヴァレーリヤもまた敵を打ちのめそう。メイスを振りかざし、ええぃどっせーいッ!
掛け声とともにエッダの道を作らんとするのだ。その間をすり抜けてくるが如き天衝種はオリーヴが掃う様に射撃を振るう。特に臨機応変に対応できる麾下軍人の姿が無いかも視線を張り巡らせて――
「なんか考えがあるんだろ、エッダ、なら後悔がねぇ様にやりゃいい。
人生、幾つもの選択肢があっても――結局選べる道は一つなんだからな」
「貴女は貴女のやるべきことを。
その為の道と時間ぐらい、いくらでも作ってみせる」
更に零と雲雀も至ろうか。彼女に考えがあるというのなら、尊重すると。
雲雀はワイバーンに騎乗し空より援護を。直前までは姿が見られにくい位置で姿を隠しながら……機を見据えれば一気に飛び出すのだ。レイリーが引き付けている敵を中心に一気に突撃する――不吉なる星々の輝きで照らしながら。
同時に零も戦闘形態の屋台……バイク式に騎乗しつつ往く。
吹かせるアクセル。全霊たる一撃を、此処に。
あぁ邪魔するんじゃねぇよエッダの花道を。
周囲を的確に見据えながら速度の儘に彼は駆け、三撃一閃。
続け様には雷の槍をも投じようか――
その槍は槍と言っても特徴的な代物。フランスパンであれ、ば。
「俺の名は零、零・K・メルヴィル! このラドバウの食糧庫たぁ俺の事ッ! 無限にパン出すギフトぐれぇは聞いた事在るだろ! 後を考えたら無視はしねぇのが良いんじゃァねぇの!? まさか手も出ねぇとか言わねぇよな?! フランスパンがどーしても怖いって腰抜けならまぁ仕方ねぇがなぁ!」
……えぇい! 普段は絶っ対こんな挑発しない……いやしたくないものだが!
それでも多少の時間稼ぎでも出来るのならば。
この一声が誰かの為になるのならと――彼は謳う。
己が在り様を。
「ぬははー! これがラドバウフェスってやつかー! 燃えるー! 絶対勝ーつ! ってかこんだけラドバウにみんなおそろってないのでは!? 絶対撮りたい撮りたくない? 最後は戦勝記念でパシャパシャっと皆で大集合だよね、エッダちゃーん!」
「悪いが、そういうのは暇がある時にな」
ダメ? そっかー!
斯様に陽気にして軽い言を紡ぐのは秋奈だ。全員集めてほしいのに残念だなー!
でもダメならダメで仕方ないと秋奈ちゃんはすぐさまに動き出す。エッダちゃんが父の所に向かうのなら――その間を邪魔させない為にも、ディートハルトを狙うのだ。うぉー! 行くぜ行くぜ行くぜー!
「かますっきゃないっしょ! 一網打尽だー! 全部ぶっ潰せばどっかにはいるって!」
「やれやれ――ま。正直、小細工が鬱陶しい奴ほど放っておきたくないだ。
派手に動いてでも今の内に見つけておかないとな」
先陣駆け抜けるように秋奈は敵をぶっ潰していく。邪魔立てする天衝種なんぞ切り裂きつつ――同時にアルヴァはラド・バウ全域を見下ろす様に飛翔しながら索敵を行おうか。狙いは秋奈と同様にディートハルトである。
奴は必ずいる。面倒な細工を行わせる暇など与えまいと調査していれば。
「トール。敵も多い……けれど指揮官を見つけないとキリがない。だから――」
「分かっています沙耶さん。ディートハルトを一刻も早く探し出しましょう……!」
更に沙耶とトールもディートハルトを見つけんと動いていた。沙耶は見晴らしの良い所より周囲を俯瞰する様に――卓越した技能があらばこそ、該当しうる人物がいないか次々と視線を巡らせる事も叶おう。
同時にトールはファミリアーを狭所へと放ちて耳で探らんとする。
あちらこちらで戦場の音が響き渡るが故に難しいが……しかし潜む様に行動している者の『音』は多少異なろう。ファミリアーにはそう言った局所を探らせ、己自身は沙耶と同様に瞳を巡らせて探る――
どこだ。どこだ。どこだ。
見つけられないのならば其処には『いない』と言う事。
いない場所を潰して。『いる』かもしれない場所を絞れ。
――さすれば。
「臭う……臭うぜ、下卑た気配がよ……!! 見つけたぜ――そこだァッ!!」
「――チィッ!! しつこすぎるぞ、お前はよぉ!」
イレギュラーズの皆の協力もあり。遂にシオンが見つけ出した――
鉄帝の行く末とか冠位とか、そういう大仰な事はもうどうでもいいのだ。
シオンの目的はただただ一つ。コイツを殺す事だけ!!
皆の索敵の果てに絞った位置から、彼女に宿りし祝福が執念の果てに導き出す。ディートハルトの居所を。逃がさない。殺す。殺す。殺すッ!!
「やはり、いましたか。破壊工作や後方撹乱を狙うなら、主戦場から離れた場所で、単独ないしは少数精鋭で動くと見ていましたが……存外、戦争屋殿もセオリーに従うものですね。一度見つけたからには――二度潜む暇は与えませんよ」
「ぐぅ!? くそ、どこから撃ってきやがった……!? だが俺を見つけたぐらいでもう仕留めたつもりか? こっちにだって戦力はあるぞ……!」
「それを潰すのが俺達ってな! 邪魔するつもりなら、いいぜぇ、かかってこいよ。
俺だってA級の端くれなんだ!
テメェら如きに負けてたら――名が廃るんだよッ!!」
更にシオンと共に動いていた寛治も即座にディートハルトを狙い定める。
その一撃たるや正に針の穴を通すが如く。
多くの敵味方が入り乱れる戦場でも絶対なる精度をもってして――奴を穿とう。元より、シオンが発見すれば即座に動けるように常に意識していたのだ。そして奴側に悟られぬ様に存在を極力消しながら……意識の狭間から放たれれば、如何なる強者であったとしても躱せようものか。至上たる寛治の一撃を!
直後にはアルヴァも至ろうか。ディートハルトの指示に従う天衝種共を薙ぐために。
横槍などさせぬ。紡がれし一閃が連中の横っ面を弾きて注意を引き付ければ。
(……あれが目標だね。それにしても同じ姓ってことは、おそらく血縁……?
親子って事かな? でも――いいんだよね、シオンさん)
更にハリエットも射線を合わすものだ。
ただ、その刹那。一瞬だけシオンへと視線を送る。
親子なら――本当に撃っていいのかと。
だがシオンから垂れ流される様な殺意と闘志を感じれば最早迷わぬものだ。
――撃つ。餓狼の望みを、叶える為に。
「ん。シオンさん……気を付けてね。お手伝いはするけれど、前に出るのなら」
「ああ――ハリエット、グッドタイミングだぜ……!」
引き金引き絞り、着弾を確認すれば即座に移動を開始する。
攻撃に適した場所へと。位置がバレた狙撃手は、危険だ。
遮蔽物に身を隠す事も忘れない――ここは戦場。気は抜けないから。
「突出し過ぎるな。まだまだ敵の数も多い――着実に潰し、逃げ道を奪っていこう」
「南部戦線と帝政派の援軍も来ている事です……この波には乗りたい所ですね」
さればゲオルグと黒子の撃も投じられる。ゲオルグは暗躍する敵を確実に打ち倒すべきだと常に移動しながらディートハルトの下へと辿り着いたのだ。近くには南部戦線の兵士の姿もあるか――邪魔立てせんとする敵らへと掃射の引き金を引き絞る。
同時に黒子はそういった友軍らの戦力意地を念頭に。
彼らの力を十全に発揮させる為にも、敵の奇手など通させない――
「指揮には『流れ』があります。或いは指揮層の癖と言ってもいい。
思惑の先にこそ『いる』ものでしょう。さぁ、行きましょうか」
故に。彼は敵集団毎の活動範囲を常に収集しつつ、友軍へと情報を齎すものだ。
どれだけ潜もうとしても分析の果てには――必ず敵の中枢がいるのだから。
「うーん、やっぱりさ。破壊工作だとか隠密行動だとか得意とすると考えが似てくるのかなぁ? どう思う? 類は友を呼ぶっていうやつ……? ま、取りあえず忙しい事この上ないし――お引き取り願いたいね」
「クッ。イレギュラーズってのはどいつもこいつも隠れるのが趣味な奴ばっかかぁ……!?」
であれば、味方からの情報も得て戦局を見定めたラムダがディートハルトへと襲来する。先の寛治の様に、移動の気配を極力殺していたラムダは隠密の構えから一気に跳躍。戦いの加護を齎し強化しえた一撃をもってして――敵陣に風穴を開けようか。
対軍殲滅術式。十の光球が天より地へと炸裂。
万物を灼滅へと誘いて――更に跳躍を連続させ突入するのだ。
「さ。この辺りで詰みかな? それともまだ奥の手でもあるかな? ないなら――終わりだよ」
「どいつもこいつも、舐めんなよ……この程度の劣勢ぐらいやり様はある!」
「フッ……こんな時でも、アタックチャンスを見逃さないとはな……
ディートハルト! 覚悟しな! あたしちゃんの才覚は伊達じゃないぜ――!」
何――!? 高速に移動するラムダへとディートハルトが反撃の銃をバラまいていれ、ば。
直後に襲い掛かってきたのは秋奈だ。超速の彼方より至る彼女は、全力の一撃を此処に。徹底した連撃で追撃を仕掛け続けてやろう! 戦い見てたらやりたくなっちゃうし、それに。この戦神、斃れるつもりはないし。
「沙耶さん! 好機です……ディートハルトを潰して、イニシアチブを取りましょう!
彼を倒せば、前線指揮系統に乱れが生じる筈です!」
「ああ分かった――おっと、トール! 油断するなよ、敵も多いぞ!!」
同時。捜索に当たっていた沙耶にトールも戦場へと駆けつけようか。
浄化の鎧をまといて万全であるトールは炎と共にディートハルトを強襲。さすればトールを弾き飛ばさんと天衝種が襲来――するのを沙耶が防いだ。速度の儘にぶっ飛ばす。誰に手を出そうとしている――
ドラマチックな戦いに向かう者達もいるのだ。
これ以上、無粋な連中に物語を邪魔させたりなんてしない。
ああ、特にディートハルト。お前のことだ。
「――今回の予告状のあて先はお前だ。受け取れ、遠慮はいらない」
「舐めんなよこのガキがッ!」
「沙耶さん――!」
沙耶が吹き飛ばす。雑魚共を。直後にはディートハルトがナイフを投じる――
故にトールが咄嗟に彼女を突き飛ばそうか。
庇い立てればトールの腕に刃が刺さりて熱が走る……
流石『戦争屋』と言われるだけはあってか、粘り強さも一級品だ。イレギュラーズ達にその位置を捉えられた後でも未だその瞳から闘争の策謀は練られ続けている。まだだ。あぁまだだよ! 帝政派や南部戦線の援軍なんて予測してたさクソッタレが!
「だがそっちにだって指揮官がいる。指揮官さえ潰しゃ軍なんてのは烏合の衆……」
「――だから。もう仕損じねぇってっ!!」
ナイフを投じ、銃撃を放ち。ディートハルトはとにかく姿を混乱の中に隠さんと試みる――が。やはりシオンからは逃れられないものだ。仲間が繋いでくれたこの機を絶たせまいと、彼女はリスクも承知の上で命の狭間へと踏み込む。
彼女には猛り狂う様な――『怒り』があるのだから。
「しつこいな、あぁ全く! 俺が何をしたってんだ!」
男は怒る。憤怒する。奥歯に力を籠め、音を咬き鳴らしながら。
ディートハルトに自覚はない。何ぞやの自覚も、だ。
自らがかつて如何なる生活を営んでいたか。
そして自らが一体何を捨てたのか。
その結果として一人の少女が――その家族が――如何なる道を歩む事になったのか。
腹を空かせた事も。寒さに凍えそうになった事も。それから捨てられた事も――
何の興味もないから、アーカーシュで出会った時に、素で間違えたのだ。
そしてそれは今も尚変わっていない。
「俺はただ仕事をしてるだけだ。
俺を殺しても戦場に大きな影響はねぇ。
あっちで暴れてるアスィスラや、指揮を取ってるシグフェズルを殺った方がマシだろうに――
身体がちっせぇだけじゃなく、貧相なのは頭にまで及んでるのか? あぁ?!」
――いや。きっとその気質が変わる事もありはしないだろう。
口端から零れるのは苛立つモノばかり。
だからその殺意は正しい。
故に。シオンへと原罪の声が至るものだ。
少女よ怒れ。この憤怒を力に変え、男も殺し世界も殺せと――
だけど。
「うるせぇ……うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ!!」
シオンは、振り払う。
「あたしの中に入ってくるんじゃねえよ!」
「あぁ……!?」
「こいつを殺すのはあたしだ。あたしだけだ!!」
こいつは殺す。だけど、その怒りも、憎しみも、あたしだけのもんだ!
勝手にわけのわからねえ声で、あたしの怒りを奪おうとするんじゃねえよ!! 黙ってろよ!!
霧散する。シオンを包まんとした呼び声は、確かなる決意によって。
――世界が透き通る様に見えた。もう邪魔立てするものはなにもない。
ディートハルトが声を荒げながらシオンへとナイフをもってして対抗するものだ。一閃、二閃。曲りなりに実の娘であるというのに容赦する様な加減は一切ない。肩を抉れば熱を帯びる……ははぁ。さては毒でも塗ってやがるな?
蝕む様にシオンの身が痛んでいく。心の臓まで熱く滾る様だ。
だけど、前のめりに往く。逃げんとするディートハルト、追い詰めんとするシオン。
死ななければ安いと突っ込むのだ。
――彼女の頬を、ナイフの刃が抉る。
紡がれる傷跡。それでも全ての痛みもなにもかも無視して――
「テメェ――親を殺すのかぁ!」
「なさけねぇ事言ってんじゃねぇ――大人しく死ねェッ!!」
その喉笛を、掻っ切るのだ。
今までの全てを乗せて。今までの己の……全ての感情を。
復讐の全てを乗せて。
――此処に一つの『親と子』の戦いが終焉する。
ディートハルトが倒れれば、トールらの予測通り指揮に乱れが生じる。
勿論。中核たるシグフェズルがまだ残っていれば崩壊まではしない――だから。
「私達も全力で迎え撃つよ……! 新皇帝派になんか好き勝手させるもんか!
しきみちゃん、花丸ちゃん行こうっ! 私達で皆を助けるんだ!」
「えぇえぇ。お姉様が行かれるなら何処へでも――
地の果て海の果て。何処であろうとも、お供させて頂きます。
……あ、花丸さんは一緒に頑張りましょう」
「しきみさん、しきみさん!? なんか露骨にテンション違くない!?」
まぁいいか、頑張っていこうーっ! と、三者で動きを合わせるはスティアにしきみ、そして花丸である。いっつも親しい二人の仲に割り込んじゃってる? それはそれ! ディートハルトが倒れた今、狙うはシグフェズルだ。
この一団を率いている彼を止めねば敵の動きは完全には抑えられない。
故に花丸が先陣にて切り拓く――ッ!
「壁になるなら踏み越えさせてもらうだけだよっ! 痛い想いをしたくなければさっさと退いた方がいいよ! 花丸ちゃんは、逃がさないけど!」
五指に力を。花丸の拳の一閃は蒼天へ届くが如く。
敵を薙ぎて、直後には更に道を抉じ開けるようにしきみの魔力が収束、射出されようか。
可能であれば狙うはシグフェズルの背後より。あの巨大兵器――デカブツすぎます。お姉様が画面(しきみ・アイ)に映らないではありませんか。そんなの全人類(全しきみ)の損害です。
全ては――お姉様の為に――
はい。私は鉄帝国には何の関わり事もありませんし、なんなら親も知りません。
ええ――一家離散は伊達ではありませんよ?
「ですけれど」
子供って、勝手に親を乗り越えるそうですよ。
良いですね、親が関門になるなんて。
自らが『超えるべき』モノとして待ち構えてるなんて。
「無駄話でした、死んでください」
「ははは――イレギュラーズというのは中々、狂ったヤツもいる様だな」
「しきみちゃん、危ない! 砲塔には気を付けて――あれだけは受けちゃダメだよ!」
が。シグフェズルも魔種であれば早々簡単には攻撃を届かせぬものだ。バトルマニアと言うよりも大局を見据えて行動する者だと、前回戦った時よりスティアは想像がついている――だから、シグフェズルが古代兵器を使用せぬか目を光らせようか。
妖しき動きがあればすぐさま今の様に警告出来るように。
――直後。彼女は治癒の術を用いて皆を援護しながらも、隙があらば魔力を解き放つ。
それはまるで弓矢の一閃が如く。強き意志を刃とし撃ち出すのだ――
(……サクラちゃんは大丈夫かな? お互い、やるべきことをやるだけだけど……ソフィーリヤ叔母様がいるから大丈夫だよね? うん。多分。きっと。信じれば大丈夫だよね。ソフィーリヤ叔母様も一緒に無茶は……うん、してないよね)
同時。彼女は戦場別たれた親友の事にも想いを馳せようか……一抹の不安は感じるものだが、それでもこの戦いが終わった後にもう一度無事に合えることを願いながら。
そして。ディートハルトが倒れた影響が大きかったのか、攻勢に次ぐ攻勢は遂にシグフェズル周辺から戦力の余裕を奪う事に成功していた……さすればエッダが至るものだ。シグフェズルの、眼前に。
「来たか、我が娘(エーデルガルト)よ」
「来ましたとも。ええ、あの時の様に」
彼女は息を潜め続けた。余力を残し、最大の効果を上げるタイミングを狙って。
誰も彼女の歩みを邪魔は出来ぬ……なぜならば。
「初めまして、エッダの父上!
私はイーリン・ジョーンズ。時が許すなら語り合いたいけれど……
今は。親と子の邂逅の為に此処に至った一人なだけよ!」
「ほう――我が麾下を相手取るとは、中々悪くない友人がいるようだな」
イーリンを始めとした、皆がいるから。
……父上。
貴方は、憎くとも、変わってしまおうとも父のままだった。
記憶の彼方にあるままの姿と魂だった。
屍人となり果てようとも。ならば。
「道を共にしましょう」
「――ほう?」
「貴方が斯様な身に至ろうとも、その根底にあるのは民の為の憤怒。
ならば。敵たる者は我々に非ず――バルナバスでしょう」
手を差し伸べて――彼の、獅子の鎖を解かんとするのだ。
手を結ぶのはこの戦いのみで良い。嘘偽り無き意志の交換。かつて諦めた夢の追想。
さすれば私もまた――帝位を求めることを宣言する。
「ク、ハハハ! 娘よ。頂きの座を求めるというのか。
だが、貴様の差し伸べる道よりも『此方』の方が早いではないか。
――貴様こそが私の手を取るがいい。其方に在る事に意味があるのか?」
「お父様、貴方は勘違いをしている。私は皇帝になりたいのではない。
――なりたい皇帝の姿があるのです。
その人の下でなら、夢を見られるという皇位の器が」
互いに語るは夢の果て。それぞれが思い描くモノだ。
お父様。貴方の在り方には一つの穴があるのです。
貴方は確かに、全てを投げ打つ覚悟がおありだ。きっと自分の命ですら。
ですが、必要な犠牲などと一言でも嘯いた者を民は戴きに望まない。
いつ己がその『必要な犠牲』になるかわからないのですから。
国とは民だ。民こそが領主を王にするのだ。
それは貴方が教えて下さったことだろう。
「かつての日。貴方の膝上で」
貴方が、だ。
……だからこそ魔道に堕ちたのだろう。その魂を忘れるなど言語道断。
私は人民の為に戦う。
それこそが私の国への忠節であり、私の望む王としての在り方だ。故に――
「謹んで申し上げます」
自分は、騎士(メイド)でありますが故に。
それこそが自分の矜持。つまりですね。
「――何を上からモノを言っているのでありますかこのスッタコクソ親父が。選ばせてやるのはこちらであります。王道を取り戻すのか、覇道を歩むのか。ハッキリするであります。うだうだ偉そうな口上述べるなら横っ面でも弾いた方がいいでありますか――もう一回」
背後で戦うお兄様が凄い目でこっちを見ている。気付かない振りしつつ、エッダは問おう。
――貴方の魂を、今一度。
「……阻むか。私の手を。己の手を取れというか。
一度私を阻んだお前が、私を受け入れんとするのか――
フ、ハハハハ。蛮勇。心まで蛮勇だな」
然らば。シグフェズルは一度、天を仰ぐものだ。
『――親ってのは、どうやりゃいいんだろうな』
刹那。シグフェズルの思考を過ったのは、戦前のアスィスラの言か。
アスィスラよ。私の娘は、私の道を認めぬ所かこっちに来いとまで言ってくる。
同じ道を歩まぬことは誇るべき事か。
それとももう少し育て方を別にしておくべきだったと思うべきか?
まぁ、いい。
「娘よ、一つ覚えておけ」
「――拝聴しましょう」
「人生で一度は不義を成しても良い。だが二度は無い」
「……新皇帝派に付いた不義の後にもう一度は出来ぬと?
しかしバルナバスの太陽を利用せんとしているのは貴方でしょう」
「アレはバルナバスが殲滅せんとする不義が先だ。問題ない」
なんて都合のいい言動だ。
「娘よ――我らの道はかつてもう別たれたのだ」
交わる事は無い、とシグフェズルは言う。
……だから後はどちらが雌雄を決するかだけだ。
振り返るな。鉄の意志を抱け。道を選んだ私は、もう王道には戻れん。
彼は意思を曲げない。魔種だから? 違う。
シグフェズルは至る前からして頑強にして精強なる意思の持ち主であったのだから。
だから彼が最後まで意思を曲げなかったのは、魔種云々関係なしの、彼の素だ。
「……愚かなものですね。しかし、それでこそ貴方らしくもあるのでしょうか」
あぁ。ヴィクトーリヤ――ヴィーシャ。
私の夢を笑わないで下さい。
いや、貴女ばかりは笑うことはないのでしょうが。
どうか、この証文の見届け人となって下さい。
私は宣言します。いつか必ず帝位を目指すと。
貴女に告げたいつかの夢を、再び己のものとすると。
その夢が、かなうはずもないものであっても。
そうすれば、きっといずれは貴女も競うべき相手になるのでしょうが。
(……貴女ならば、それも良い)
エッダは思考する。戦場にて今は共の道を歩む者を。
……だがそれも一瞬の事だ。
シグフェズルが反撃を始める――抱いた夢の果てへと往くために。
だからイーリンは紡ぐ。ニエンテの加護と共に、皆を護らんとするのだ。
最後まで、誰も欠けさせはしない。
「――それも私の選択だから」
これが信念。イーリンが魂に刻む矜持。
「まぁぐだぐだとどっちつかずに悩む様な輩でなかったのは好印象ですよ。
部下が命を懸けている中で指揮官が躊躇するなど愚の骨頂。
――そんな事をしていたら問答無用で拳が出ている所でした」
「ですがラド・バウを狙うのは頂けませんね……こちらに付いてきて正解でした」
然らば続いてオリーヴやアッシュも動き出そうか。
駄目押しにアッシュの撃も一つ。
一人でも多く巻き込めるようにピンポイントで糸を巡らせつつ。
精鋭たる者は――赫々とした雷を纏いし剣をもってして打ち砕く。
さぁ。
「最早、何方かが滅びるまで終わらない戦いだと云うのなら」
あなた方が矛を収めぬと云うのなら。
「皆が明日を生きる為に……討たれて貰います。
この国には春が必要なのです。新しい命が芽吹く一時が――」
終わりの時ですよと、導く様に。
――此処にまた。一つの『親と子』の戦いが決着を迎える。
シグフェズルは魔種として、そして指揮官として戦い続ける。
迫りくる南部戦線や帝政派の増援を抑え続けながら。
されど限界はあるものだ。イレギュラーズ達の攻勢も加われば、如何に魔種と言えども。
だが。彼の口端から笑みが消える事はなかった。
「娘よ。その矜持、抱き続けるがいい」
お前が、もしも本懐を遂げたのならば。
それでいい。かつての謀反の際の超えたお前が、私を超えるなら、それでも。
獅子は永遠だ。
●
そして――ラド・バウのスタジアムでも激戦が繰り広げられていた。
入り乱れている。敵も味方も。
いつもなら一対一の戦いが繰り広げられている場が、まるでバトルロワイヤルの様に。
「ラド・バウへの襲撃は何度もあったけど、今回は本気みたいだね……
でもさせないよ! 行こう、パルスちゃん! 僕達でラド・バウを護るんだ!」
「うん――! 誰も傷つけさせたりなんかしない! 行こう、焔ちゃん!」
誰にもやらせるもんか! 焔はパルスと共に戦場へと一気に駆ける。邪魔立てするアスィスラの弟子たちを薙ぐ様に。敵のみを狙いて裁きの炎をもってして……! パルスちゃんの邪魔はさせない!
さすれば炎を飛び越えパルスが跳躍。速度を活かして切りかかろうか――
敵が寄って来れば背中合わせで戦おう。そうしたら不安はない。
だって――
「焔ちゃんが傍にいてくれれば、絶対負けないよ……!」
「パルスちゃん! うん、ボクもパルスちゃんと一緒なら……誰にだって負けない!」
心に熱が灯る様に、信頼し合っているから。
弾き飛ばす。阿吽の呼吸で、あぁ。二人の動きはスタジアムの華が如く!
「スースラ殿、こちらも負けてはいられないな――
あぁ。ラド・バウを荒らさんとする獣共に、俺達の連携……見せてやろうじゃないか!」
「ふっ。確かに、乱入者に後れを取る訳にはいかんな」
更には弾正とスースラの連携も見事なものである。弾正が敵を引き寄せ――スースラが斬撃一閃。それでも残り得る敵がいれば続けざまに弾正がトドメの一撃を放とうか。
――が。これでは終わらない。
弾正はスースラより確認していた。スタジアムの担当者として『良い位置』はないかと――
「聞こえているか! ラド・バウでは今、闘士と特異運命座標が戦っている。避難をしている人達も、どうか力を貸して欲しい。拳で殴り合う必要はない。戦ってる仲間を応援するんだ!」
――闘技場らしく、盛り上がっていこうじゃないか。
ラド・バウの雰囲気を君達は知っているだろう?
あの大歓声を。あの震える熱気を!
思い出せ。アレがあるからこそ闘志が宿ると――君達の想いは、きっと力になる!
「うぉぉぉぉ! そうだ、今こそ鉄帝の魂を見せてやれ――!」
「行け――! そこだ――!! いいぞ、ぶちのめせ――!!」
……おっと。些か乱暴な口調の感じの声援がやっては来るものだ、が。
まぁ――これが『此処』か。
熱気と闘志渦巻く魂の場。これこそがラド・バウだ。
「――どうだいアスィスラの旦那。懐かしい空気があるんじゃねぇか?」
「フン。まぁそうさな……闘技場らしくなってきやがった、とは言っておこうか」
「ハッ。それにしてもアンタも、随分と情熱的になっちまってまぁ」
然らば。スタジアムの上でゴリョウとアスィスラは対峙するものだ。
苦笑い一つ。鎧を身に纏い、籠手と盾をぶつければ金属音が鳴り響こうか。
――それは彼にとっての全霊の姿勢。
あぁ。ガイウスの旦那に用があるんだろ? それは分かっているが――
「まずはちょいと俺らと準備運動といこうや旦那!」
「悪いが今日と言う日に来るからには手加減出来ねぇぞ? 温けりゃ――死ね!」
直後。巨体と巨体が衝突一閃。
物理を遮断しうる術と共にゴリョウは往こうか――しかし。アスィスラの拳は術を突破せんとする勢いを宿している。刹那の油断があらば術は粉砕され、絶死の一撃が舞い込んで来よう……
ただ。ゴリョウとて全ては承知の上。
楽に勝てる相手などとは初めから思っていない――!
(この豚の身がどこまで元チャンプに食い下がれるか、存分に試させてもらうとするぜ! ああ――ギリギリの死線ってのはこういうのを言うんだろうなぁ!)
故に彼は凌ぐ。躱し、捌いて、受けて。
されど一歩も後には退くなど彼には微塵もありはしない!
死の暴風の中で。自らの防の全てを――目前にのみ集中させよう。さすれば。
「初めまして……アスィスラ・アリーアルさん。
私も貴方と戦いに来た……貴方の前に立ちに来た……立ち続けに来たのだわ」
華蓮も続く。その目的は述べた様に――自らの防を示す為に。
祝詞を挙げるように荘厳なる声色をもってして言を紡げば。
後には――祈りの一矢を放とうか。
それはアスィスラの活力を削る目的もあるが、なにより己の存在を誇示する為でもある。
「なんだぁ? 嬢ちゃん、死にてぇのか?」
「いいえ? 私はね――世界に示さないといけない事があるのだわ」
然らば、彼女はそのままアスィスラの眼前へと。
――私は蒼剣の秘書たり得るイレギュラーズだと自らに、そして全てに示さなくてはならないと……そう思っているのだわ。そう、つまり……『実』を示して『名』を手に入れに来たのである。相手が元チャンプというならば――名乗り上げとして十分以上。
「――ラド・バウって、そういう場所なのでしょう?」
「はは。だが酔狂な奴の集まりでもあるぜ――? 名の為に命を懸ける馬鹿ばっかだ」
直後。アスィスラは容赦なく華蓮へと一撃繋げようか。
――凌ぐ。なんとしても、絶対に踏みとどまるのだと。
彼女は防に全霊の集中を注ごうか。運命の灯を燃やしてでも、必ず成し遂げてみせると。
あぁ。
脚や声の震え。奥歯を噛みしめ立ち続けているのが――どうかバレませんようにと願いながら。
「元チャンプかぁ……魔種になっちゃった姿を見るとなんとも言えないキブンになるね。
でも、強くなったのは確かなら――全力で行くっきゃないよね。
元チャンプとのバトルってのは、心躍るものだし!」
「信念ある1人の闘士として……アスィスラ、貴方に挑ませてもらうよ!
貴方は此処で沈むべきだ。きっとそれが……この地で頂点だった、貴方への手向けだ!」
「おぉう? 次々来やがるな若造共が! 何人掛りだろうが俺を倒せると思うなよ!」
次いでイグナートにイーハトーヴも参戦するものだ。
イグナートはやや憐れというか、物悲しいイメージを宿しているものである……魔種になればそれは怪物だ。強くはなるのだろうが……しかしカラダを鍛えるとか技を研鑽するとか術を開発するとか。そう言った手段で強くなる事はもうないのである。
ヒトに比べて鍛錬する意味を失う。研鑽して来た年月の意味が全て消失する。
上を目指す事がなくなった闘士の姿――見るに忍びない。
「元チャンプ。俺は前に進むよ。ソレが魔種には持てないヒトの強さだからね!」
正面から往こう。拳一閃、肘打ちからの正拳突きがアスィスラを襲い。
更に立て続けでイーハトーヴの撃がアスィスラを狙い打つ。
――此処を、罪のない人の血で汚させるわけにはいかない。
「ううん、俺がそうさせたくない! ゼラーさんと出会ったのも此処だ……
汚させない。皆が歩んできた場所を。皆の想い出の地を――!」
「しゃらくせぇ! 護りてぇもんがあるなら俺に勝ってみせろぉ!」
「言われなくても! 情けない姿を見せられない人が――いるんだ!」
激突する。意志と意志が。イーハトーヴの信念は決して折れない。
――彼が思い浮かべているのはゼラーだ。
ファントムナイトの日に語り合った。『この国が平和になったら酒場で仕立て屋さんとしてのお話を聞かせてもらいたい』という約束も、したのだ。悪評に怯まず命を守る為に戦場に在り続ける姿に魅せられた、おじいちゃんと――
だからアスィスラを倒す。倒す一手となろう!
――ゼラーのファンとして、恥ずかしくない戦いを見せるんだ!
「ガイウスを育てた、かつての王者、か。相手にとって、不足はない、な。
どれほど、通じるか……かつてのS級、かつての頂点。
そしてその弟子たち、もいるのか。さあ、掛かってこい。
お前達の挑戦を、受けてやる。最強は、目の前にいる、ぞ……!」
「純粋に、興味がありますね。元S級闘士としての力……
現チャンプの言う通りであれば全盛期より弱いとの事ですが。はたして真か否か――」
「なんだぁ? 次は小娘共かよ。面白れぇ、スタジアムに立つんなら死ぬ覚悟もあるんだろうな――!」
イグナートの拳、イーハトーヴの一撃を卓越した肉体で凌ぎつつ返しの拳を紡ぐアスィスラ――その一撃は宙を叩き衝撃波すら発生しうるか。只人であれば吹き飛ばされそうな空間を……しかしエクスマリアに沙月は踏み込むものだ。
エクスマリアは畳みかける。彼の身を切り刻む様に。
一手で致命傷たる傷を叩き込めずとも二手、三手と紡ぎ――仲間の撃へと繋げるのだ。
刹那の隙すら見つけることが出来ればよい、と。
故に――沙月は往く。微かにでも動きが鈍れば、彼女は見逃さぬのだ。
……近付けばアスィスラからは絶対なる圧を感じようか。
ガイウスの話では全盛期の方が強いという事だが、しかし――
(どれ程の力を秘めているから、全く想像が出来ません)
だからこそ。相手にとって不足はない。
これほどの強者との戦い。瞬きすら惜しいと、彼女は死線を潜ろう。
――穿つ。彼の腹へ、武の一撃を。
まるで大岩を叩く様な感覚だが手の平から伝わろうか――
「ぜぇえええいッ!!」
と、その時。アスィスラがまるで怒号の様な掛け声とともに、足を踏み抜くものだ。
震脚。スタジアム全体を揺らすが如き一撃がイレギュラーズへと襲い掛かる。
直後には彼自慢の拳が襲い掛かってくるものだ。
防を損じれば死ぬとも思わせるが如き拳が――幾度も飛来する。
「まったく。デタラメよね、ああヤダヤダ。
ああいうのとは戦いたくないわ。お化粧崩れちゃう」
「全盛より遥かに弱い――アレで? とんでもないわねS級ってのは……!」
正に地獄の旋風。ソレを見据えながら吐息を零すのはビッツか。
ビッツは周囲のアスィスラの弟子などを相手にしている。それはビッツ自身の性格も起因しているだろう……元々彼は格上相手に全力かつ必死になって挑む様なタイプではないのだから。故にアスィスラの相手はイレギュラーズに任せている――
同時。そんなビッツの傍でアスィスラを見たのは朱華であった。
ビッツはアスィスラの弟子相手であれば圧倒している。そんな彼が吐息を零す様な存在が……S級枠なのだろうか。ホント、壁は何処までも高いわね。
「でも、だからこそ乗り越える価値があるってモノだわっ!」
「あら行くの? モノ好きよね皆――精々、死なない様には気を付けなさいよ」
「うん! こうまでS級闘士が集まる何てこと、なかなかないでしょ?
――朱華は見逃せないわ。この戦いを乗り越えて、モノにさせてもらうわ!」
朱華は往く。アスィスラの脅威を見て尚、闘志が燃え盛る様に。
強者たちの戦いを見据えるのだ――
現チャンプに元チャンプ。それにビッツ・ビネガーもいる大祭典。
ああ胸が躍る。もっともっと皆の戦いを見せてと、彼女は剣を振るうのだ。
邪魔な弟子がいれば斬撃一つ。皆と連携しながら――前へ進もう。
「元S級、ですか……
存ぜぬ相手ですが、乱暴な荒療治くらいが肩慣らしには丁度良いでしょう。
……子供が泣いている姿を見るのは不愉快です。早々に決着を」
「星穹、ああ――俺達の強さをここで証明しよう。
元チャンプなどという存在であれば十分。今の自分の位置も確かめられる」
「あら。ならば貴方の期待に応えられるように頑張らないといけませんね。
――あちらも、それなり以上の使い手ではあるのでしょう。
私が必ず捌いてみせますが、しかし貴方も油断なさりませんように」
次いで星穹にヴェルグリーズも続くものだ。
星穹の耳に届くのは、子供達の泣き声――外でも内でも暴れ回る者がいれば、避難民の中にはそういう感情を抱く者が出るのも当たり前か。不愉快だ。こんなのを是としてスタジアムに踏み込んできた者がいるなど……
だから収束の為に――ヴェルグリーズと共に往こう。
連携を密に。ヴェルグリーズへと至る撃は星穹が妨げ、盾となろうか。アスィスラの一撃は正に剛腕。だが防に徹すれば星穹も容易く崩れたりなどしない……一瞬の暇に花吹雪が舞えば、彼女の身を癒し――そしてヴェルグリーズは彼女が作ってくれた隙を突く形で撃を叩き込む。
(……これでもA級闘士の端くれだ。
元S級闘士の胸を借りられるなんて機会、早々ありはしない……!)
同時。彼には――心躍る面もあったか。
彼の本性は武器。戦いに使われる存在であればこそ。
強者は好きだ。大好きだ。あぁ――
剣たる身なれど、心の臓が滾るように!
「星穹」
キミが隣にいてくれるならどんな相手にだって負けるはずがない。
証明してみせよう。この刹那、俺達はきっと誰にだって負ける筈がないから。
「ぐぅ――! どいつもこいつも、澄んだ目をしてやがる……!
それでこそ、このスタジアムに立つ野郎共だが――邪魔だ、消えてもらうぞォ!」
「それはこっちの台詞だよー! 何度か戦ったけどさ、そろそろ決着ターンだよ!
いつまでもいつまでもグチグチ言ってたら、男を下げるよ? わかんないかなぁ!」
「此処で全ての決着を付けるのは同意ね――
終わりに向けてもうひと頑張りってところかな。行こうか、ヒィロ」
直後。アスィスラは五指に力を籠め、圧を溜め込むものだ――
彼にとっての全霊の一端か。引き絞らせた後に放つ一閃は、正に絶死の如く。
薙ぎ払う。生半可なラド・バウ現役闘士がスタジアムにいれば薙ぐ様に。
――だが。その渦中を跳躍してきたのはヒィロだ。彼女と連携しうる形で美咲もやってくる。彼女らが狙うはアスィスラ……ではない。アスィスラへの攻勢を邪魔しうる者達を払う為であり。
「うん、行こう! フローズヴィトニルの断片も――此処が活躍時だよ! ね!」
手を合わせる。美咲と一緒に。
――さすれば顕現するは氷の狼だ。
二人で合わさる断片は他の個体よりも些か大きく見える――
そうして狙おう。敵を蹴散らす為に!
共に往くのだ、勝利の為に!
「視て、狙って、斬る――ノイズはなし、問題ないよ」
戦場を空から見据えるように美咲が視線を巡らせれば、撃を成す。
ヒィロがまず号令を下し、即座の反撃の態勢を整え。
そして美咲が切断の概念を各所に齎そうか――狼も続けて敵を喰らおう。敵の喉笛に喰らい付き、そのままスタジアムの壁へと放り飛ばすのだ。ヒィロが引き付け美咲が穿ち、それでも生き残る様なモノは狼が始末せんとして。
「アスィスラァッ!」
と、その時だ。昴が往く――腹の奥底から、ありったけの声を振り絞りながら。
……これまでは作戦の成功を優先し直接対峙することはなかった。
だが。
今を逃せば次はない。
そんな予感がする。
だから。
――今アスィスラに挑む。渾身をもってして、今の己の全てをもってして!
「おぉう!? テメェ、この前も見やがったな……俺と戦るつもりか!」
「無論だッ! 挑戦の権利だけは――誰にだってあるものだろう!」
やる事は単純。全力をこの拳に込めて叩き込むのみ!
さすれば、アスィスラの強大なる拳もやってくる――だが逃げぬ。
闘氣を練り上げ呼気を整え。自らの内に気を循環させて。
踏み込みと共に大胸筋を締めて力を増幅――
全身を連動させながら腰を回して捻りを加えるのだ。
それは全てを一撃に注ぐため。それは全てを刹那に注ぐため。
死を恐れるな。死を踏み越えた先にこそ勝利があると――彼女は信じて。
アスィスラの拳圧を受けながらも、昴は。
「――ォォ、おッ!」
穿ち貫く。元チャンプへと自らの全力を。
――聞こえた。アスィスラが喉奥で、苦悶の声を呑み込んだような微かな音が。無論、これで終わりではないだろう。二撃、三撃と応酬を重ねれば……昴の身も只では済まぬ。傷が増え、立っていられなくなるかもしれない――
だけど。
(ガイウス)
いいのか。お前は……そのまま腑抜けていて。
寄こす視線の先にいるのは――現チャンプだ。
「ガイウス――迷う気持ちはわかるよ。育ての親と戦うなんて、辛いもん」
「……セララか」
「でもね、ガイウス。此処はラド・バウなんだよ。そして――あの人は今此処にいるんだ」
同時。言を紡ぐのは――セララである。
ガイウスが鈍い気持ちは分からないでもない。だけど、今は。今だけは。
育ての親としてではなく闘士として見てあげないと。
「対等だと思っている存在に手加減されるのって辛いんだよ。
ガイウスだって分かるんじゃないかな? そしてもう分かってるはずだよ。
キミが彼に出来る親孝行があるとするなら、ソレがなんなのか」
「俺が戦る、と? あんな姿になってもなお、全盛を取り戻せていない相手に」
ガイウスの問い。それにセララは、いつもの笑顔を向けようか。
――応えはもうあるだろう、と。
故にセララは往く。自らにセラフィムの加護を齎し、ドーナッツも口端に。
自らの全力を顕現させるのだ。剣を握りしめ、あぁ。
「さあ、全力バトルだよ」
「チビ娘め。良いだろう、来いやァ!」
キミの方が強いなら、この戦いで成長して乗り越えてみせる!
剣撃一閃。アスィスラに挑む――!
「ね、チャンプ? さて……決着をつけないとね!
ガイウスさんだけが貴方に因縁があると思わないでよね!!」
「……負けてやるつもりもない、それ以上に勝ちたい……
だから、その為に全力でぶつかるんじゃないか?
ガイウス、お前なら分かるんじゃないか? 彼の渇望を」
更にはアリアにクロバも続こうか。クロバは、遊撃の様に自由に動き続けようか。
闇討ちするように。剣撃を幾つも放ちて、戦場に己が傷跡を刻む――
俺は。アンタに勝つためにこうしている。
「弱くても戦い続けるのなら、100回やって一回勝てるというのなら」
やりきるまでだ、と。全霊を込めるのだ――そして、アリアも続く。
神秘なる泥を顕現させ戦場へと投じながら、アスィスラへと言を。
「私の膝を折らせたいのなら……殺すしかないと思ってね!」
「けっ! 言いやがる嬢ちゃんだ……!
いいだろう、恨みっこは無しだぜ。命を燃やしなぁ!」
「言われなくても!」
その位の気概でずっと貴方を追ってきたのだから!
命の灯火を燃やして、燃やし尽くすまで相対してあげる!
偉大なる戦士よ。この神聖なるラド・バウで――決着を付けよう!
「――自分勝手な爺さんってのは何処にも居るもんね。
相手の気持ちなんて知りやしない。ましてや置いて行かれる側の気持ちなんてね」
続け様、アスィスラを護る様に立ち塞がる弟子たちを薙ぐのはゼファーか。
アスィスラへと視線を向けながらも、彼女の主な相手はその者達。
……自分を親と慕ってくれる子よりも、其の子との此れからの時間よりも。
「昔のことのほうがそんなに大事なの?」
「黙りやがれ――俺にとっちゃ重大かつ重要な事なんだよ。避けては通れねぇ」
「全く。そう言うわよね、どいつも、こいつも……」
「なんだぁ。嬢ちゃん、似たような経験でもあんのか」
「ええ。まぁ、ね」
吐息零すゼファー。その脳裏に、瞼の裏に浮かんだのは――一人の男の背姿。
自分を拾って、自分を育てて、生き方や世界の歩き方を教えてくれた人。
決して真っ当な人間ではなくとも、血は繋がっていなくとも。
いま在る自分は、彼の人に教わった多くがあったからこそ。
それが無くば自らはどうだったろうか。
今の様に生きられただろうか。いや、きっと……
そう思うからこそ。
――勝手に拾って、勝手にいなくなろうとするんじゃないわよ
嫌でも重ねて見えるってもんでしょう。体格も言動も何もかも違うけれど。
それでもどこか、幻視する様な類似があるのなら。
「ええ、ええ。だから――今からするコイツは八つ当たり!
理解してくれなくて結構。理解してくれるなら、そもそもこんな事してないでしょうしね!」
そして、勝手な同情ですとも!
ゼファーは槍を振るう。魂の儘に。精霊ミシュコアトルより借り受けた力をその手に。
脳裏に過って、こびりついて拭えない――何かを掻き消す様に。
と。その時だ、闘技場内に乱入する新たな影がある。その人物は。
「おおっと! ――小僧、テメェか。テメェともそれなりの付き合いになったなぁ!」
「ええ。しかし、今回をもってして決着を付けましょう。
流石に貴方も相当疲弊しているようだ。年には抗えませんね――? 引退時ですよ」
「あぁ? 言うじゃねぇか」
憂炎だ。彼は味方の支援となりうる加護を皆に行き渡らせた後に、アスィスラへと介入を果たしたのだ。アスィスラの一撃を捌く様にカウンターを主体としながら……彼は同時に挑発する様な言をも紡ごうか。
――それは彼の一撃を誘い込む為に。
打って来いよ。アンタの全力を。殺す気で来い。その瞬間に――僕はアンタを超える。
「小僧」
あぁ。
僕が、僕自身が最後の弾だ。
彼は奇跡を願う。この身を賭して、怪物の身を穿つ銀弾となり得ることを。
例えそれで死んでも構わない。僕の全ては今この時の為に。
「これが僕の、生き様でした」
覚悟の一撃。奇跡を紡いででも、全てを繋ぐ――
本懐だった。絶好の機であった。
――そのはずだったのに。
「ダメ――!」
アスィスラの拳が憂炎に達さんとした瞬間――彼の身が横から弾き飛ばされた。
アウレオナだ。彼女が、憂炎を庇う様に全てを阻む。
「ッ、アウレオ、」
「ダメだよ! そんなのは、嫌だ! わかんないけど……
憂炎が死ぬのは、嫌だよ! おとっつぁんには――殺させない!」
地を滑る様に二人が倒れ込む。アスィスラの一撃は空を切り――
同時。憂炎の頬に、一粒の水が降り立った。
アウレオナが――泣いてる――?
……彼女の指先に在る蓮華の宝石が目に映った。
身に着けていたのか。かつて送った――ソレを――
「アウレオナ、テメェ――男と男の殴り合いを邪魔す――」
「あらあらお熱いわね。なんだか懐かしいわ――昔を思い出すみたい」
直後。アスィスラが再び拳に力を込めた、瞬間。
続けさせまいとソフィーリヤが蹴撃一閃。撃を阻めば。
「ソフィーリヤ……! えぇい次から次へと!」
「アスィスラ、貴方も親なら祝福してあげたら? とッ!」
邪魔だと言わんばかりにアスィスラが彼女を狙い定める――
ソフィーリヤは両腕を交差させ拳を防ごうか。
しかし弾き飛ばされる勢いまでは消せない。壁際まで吹き飛ばされよう。
これが元チャンプ。
数多の撃を受けようとも、倒れ伏すまで全霊を投じ続ける事が出来る怪物。
彼の拳は止まらない。彼は望みを果たさんと暴れ続ける。
「なんたる男だ……これだけ攻撃を受けても尚に勢いが増すばかりだ。怒りがガソリンの如くになっている」
「――ッ。外の戦況が落ち着いたから来てみれば、これはなんとも……!」
故。アスィスラを止める為にゲルツは射撃を繰り出すが、駄目だ。
巨体なれど彼は防にも優れている。早々には勢いを失わない――スタジアム以外の敵の勢いが落ちてきたために帝政派の援軍たるナターリヤが駆けつけるが、分かる。己が加わった程度ではまだまだ足りぬと……
妨害せんとする天衝種をひとまず切り伏せるが、さてこれは……
「ガイウスさん――やっぱり貴方が決着を付けないと駄目だよ」
さすれば。サクラは告げようか。
あのアスィスラを止めるには――ガイウスの手が必要なのだと。
……正直。心情だけならアスィスラ寄りなのだサクラは。
一人の剣士だからわかる。自分を超えるかもしれない強者と……それも自分にとって特別な相手と命がけで戦う瞬間を永遠に取り上げられた。二度は訪れない。後は真綿で首を絞められる様な生を歩むだけ……
そんな事になったらその苦痛は耐え難い。
だから。
「貴方が本気を出さずにアスィスラさんが倒れたら、最後まで悔いを残したままアスィスラさんは死ぬんだよ! アスィスラさんが全盛期でも絶対に叶わなかったって思うぐらい、本気の力でボコボコにしてあげなよ!」
「ガイウス」
と、その時だ。サクラの言に繋がる形で――ガイウスへと拳が至ろうか。
それは貴道だ。彼が、ガイウスへと力を込めた一撃を……放ったのだ。
彼の頬へ。目を覚まさせる様に。
「ガイウス・ガジェルド、なんだそのツラは? 情けねえツラ晒してんじゃねえぞ!
話は聞いてるさ。テメェの選択肢は、もしかしたら間違っちゃいなかったかもしれねえ。
――親なんざ殺したいヤツは何処にも居ねえ。
その点だけは分かるぜ。だが、見ろよ! あそこで戦ってる奴の姿を!
あそこにいるのは――本当にテメェの親か!?」
俺には一人のチャレンジャーにしか見えないぜ?
指示す先にはアスィスラの奮戦。多くの闘士やイレギュラーズの撃によって傷塗れであろうとも立ち続ける元チャンプの矜持。自身が育て認めた『最強』への、ただ一度の機会――ただ一度の挑戦を不意にされた男さ。
「受けてやれよ。ヤツは彷徨ってる、行き場に迷ったんだ。
終わらせろ――それはお前の役目だ。
お前がどう考えようともお前がやらなくちゃいけない事だ――」
「……誰も彼も気安く言ってくれるな」
「仕方ねぇだろ? ――アンタがチャンプなんだからな」
挑戦から逃げるなよ。それだけはアンタの責務だと。
サクラに貴道は駆ける。ガイウスに、この場にいる一人の戦士としての姿を見せる為に。
時間稼ぎなんて甘い戦い方は出来ない。最初から、最後まで。
「勝つつもりで行くよ! よそ見してたら――首を飛ばすからね!」
「来いやガキどもおおお! 俺より強いつもりならなぁ!!」
「――ぉぉぉおお!」
真正面からたたっ斬る。サクラの一閃をアスィスラは鋼の様な腕で受け止め。
しかし貴道が、降り上げた腕の刹那を、間隙を見逃さなかった。
全霊を込める。浸透する無数の打撃を此処に。
狙うは一閃。元チャンプの胸元――!
ハート・ブレイクショット。心臓破り。
貴道の技術の粋を結集した至高の打撃が――元チャンプへと紡がれた。
「ぐ、ぉ――ぉぉぉおおッ――!!」
「ガイウスッ!!」
「――あぁ」
ならばと、往く。
現チャンプが。皆の奮闘と声に打たれながら。
往くのだ。
『――おぉクソガキ。なんだぁ、テメェ。こんなジジィに付いてくんのか?』
『物好きなガキだ。時々テメェみたいな輩が俺に付いてくんだよな……』
『まぁ好きにしやがれ――だが、才能無けりゃほっぽりだすからな』
過去の想起をしながら。
「アスィスラ」
彼は五指に力を籠めよう。
怒号。怒気。憤怒。激昂。
数多にして一つの感情を宿すアスィスラへと――
現チャンプとしての全てを込める。セララ、サクラ、貴道……多くの者に背を押され。
アスィスラが拳を放つ。最後の一撃を、ガイウスへと。
……だがガイウスは上回った。
『後打ちで追い越した』のだ。元チャンプの全てを超える、神速の拳打。
音すら追いつかぬ程のソレは――彼の胸元に吸い込まれる様に。
あぁ。
「俺はァ、死ぬのか」
衝撃が、一瞬の後に襲い掛かりて。
アスィスラが――スタジアムの壁へと吹き飛ばされる。
……然らばその身にはもう、力は宿らない。
「ようやく、終われるのか。俺は、お前に超えられたのか――ようやく」
「……」
「おとっつぁん……!」
「ハハ。親ってのはままならねぇもんだ。難しいよなぁ」
口元から血が零れる。
――仰ぐ天。寄るはガイウスと、アウレオナに……
更にアリアやゼファーなどイレギュラーズの姿も見えようか。
元チャンプの最後。スタジアムで果てる、か。
「……前にガイウスさんが言ってたの。『――親殺しとは、成人式か?』って。
アスィスラさん、何の救いにならないかもしれないけど……」
刹那。アリアは言の葉を投げかける。
ガイウスが貴方を殺さなかったのは。チャンプの親だったから。
互いに互いへの特別な感情があったからではないかと――
「はは。成人式、か。ああ、クソ。そうだな。
そうあってほしいと思ってたのは俺の……」
直後。アスィスラは言葉が続かなかった――大量の吐血が生じたから。
『――お前が世界一だ。間違いねぇ。十年もいらねぇ、お前は世界一に成れるぞ!』
瞬間、脳裏に過るは、かつてガイウスへと紡いだ言葉か。
『――よぉし最後の修行だ。明日、俺と打ち合え。超えたら麓に降りろ。お前の時代だ!』
託した希望だった。果たせぬ願いだった。
アウレオナには悪い事をした。ガイウスの代わりにと育てんとした、拾い子。
――親が子の人生を縛るなんざあっちゃいけねぇが。
「お前がチャンプだ。認める奴が出てくるまで――負けんじゃねぇぞ」
願いを託すぐらいは、いいだろうか。
……眩しい。天に輝く太陽が眩しいから、目を閉じた。
二度と開かれぬ――最後の瞬きだった。
「……さよなら。できれば貴方と肩を並べて戦いたかった」
アリアは紡ぐ。アスィスラへと。もう返事をしない――元チャンプへと。
心の底から、本音を紡ぐのだ……
……ラド・バウでの死闘は終わりを迎える。
旧き時代の象徴は倒れ伏し、新しき世代の拳こそが勝利を掴んだのだ。
――刹那。風が吹いた。
それはどこか、暖かな風であった気がした。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
本シナリオではシオン・リズリーさん、エッダ・フロールリジさんには呼び声が行われておりました。
が、お二人共呼び声の誘惑を拒否されています。
憤怒に塗れる事なくラド・バウは守護されました。
帝都決戦の中核の戦いは今暫く続くでしょうが――ひとまずこの地では勝利です。
ありがとうございました。
GMコメント
決戦です――よろしくお願いします。
優先者は全員入れる+予約枠ですので、実際は50人規模のシナリオとなります。
※本レイドの返却は、運営都合により通常よりも延長されております。シナリオ展開によって返却が行われますので、ご了承いただけますと幸いです。
●依頼達成条件
敵勢力の撃破。
●排他制限
こちらのRAIDに参加した場合、他のRAIDには参加出来ません。
※ラリー形式のRAIDには参加可能です。
●フィールド
大闘技場ラド・バウ、またその周辺地域です。
大量の敵、味方が入り乱れています。
●敵戦力
『アスィスラ・アリーアル』
元・S級闘士。常勝無敗と謳われた元チャンプ。
激しい憤怒と共にスタジアムで暴れ回っています。
元・S級の肉体に加え魔種と化している存在は非常に強力です。ガイウス曰く『全盛より遥かに弱い』との事ですが、そんな風には見えないです。生半可な者であれば、拳一つで命が奪われる事でしょう――
【1】スタジアムの真っただ中で暴れ回っています。
『シグフェズル・フロールリジ』
先代フロールリジ。現在は魔種の一人として行動している人物です。
先日のバーデンドルフ・ライン戦における負傷が残っているようです。
それでも彼は未だ諦めてなどいません。彼は未だ。
針の穴を通すような精密な拳の技も脅威ですが。
背中側に巨大な古代兵器の様な代物を宿しています。
コレから放たれる極撃は非常に強力です――ご注意を。
【2】ラド・バウ全区で全体の指揮を執っています。
『ディートハルト・シズリー』
新皇帝派側に雇われている『戦争屋』と呼ばれる人物です。
新皇帝派軍人や天衝種を指揮しています。
破壊工作などを得意とし、背後強襲などを企んでいるかもしれません……
【2】ラド・バウ全区のどこかで暗躍しています。
『シグフェズル麾下軍人』×20人
シグフェズルが蜂起せんとした時から付き従っている古参メンバーです。
シグフェズルの下に残った最後の精鋭達。比較的老齢な者が多い様に見えます。
彼らはシグフェズルと共に往くでしょう。どこまでも。
『新皇帝派軍人』×30人
新皇帝派に属する軍人です。しかしバーデンドルフ・ライン強襲戦に失敗した影響か、精鋭と言える者の数は極端に少ないです。士気もそこまで高くありません。また、此処に残ってるのが最後の戦力の様で、これ以上の増援はありません。
『アスィスラの弟子』×20名
ラド・バウ闘士と似たような能力傾向を持ち、一対一には優れますが多数を相手取る事には慣れていないように感じられます。
『天衝種』×??体
鳥、狼、蛇など様々な個体達が存在しています。主にシグフェズルに従い、皆さんやラドバウに避難している者などに攻勢を仕掛けてくる事でしょう――撃破してください!
●味方戦力
●ラド・バウ独立区(全員【1】スタジアムに参戦します)
『ガイウス・ガジェルド』
ラド・バウ最高戦力。アスィスラと因縁がある様です……が。魔種となり、ある程度若返った肉体を持ってもなお『全盛』に及んでいないアスィスラに対しやや憐れに思っている節があるのか攻め手に若干欠けています。しかし地下道での戦いでの鼓舞もあり、以前よりは闘志は在る模様です。
『ビッツ・ビネガー』
ラド・バウの代表(一応)。このめんどくさい事態もこれで最後だと自分に言い聞かせて、珍しくやる気が見えます。
『パルス・パッション』
ラド・バウのアイドル。皆さんと共に戦います!
『スースラ・スークラ』
ラド・バウの整備担当者。
元闘士でもあり戦闘力はあります。主に天衝種撃退に当たります。
『ラド・バウ闘士』×20人~
主にC~B級の闘士が集まっています。露払いをメインに戦闘を行う様です。
時間と共に援軍が訪れます。
●帝政派、南部戦線連合軍
『シグルズ・フロールリジ』
現フロールリジ伯。騎士(しつじ)たる道を志す者。
先代との決着を付けるべく【2】に参戦します。
『ヴィクトーリヤ・ヴィクトロヴナ・ヴィソツカヤ』
諜報機関『クネヒト・ループレヒト』の副室長。
連合軍兵士を指揮しながら【2】に参戦します。
『アルケイデス・スティランス』
武に優れるスティランス家の長子。
前線で武を振るう為【2】に参戦します。
『ナターリヤ・ソフィスト』
所属としては帝政派なのですが、南部戦線との連合に伴い参戦している人物です。【2】に参戦していますが、ゲルツやソフィーリヤを気に欠けている様子があり、戦闘の推移次第で【1】にも参戦するかもしれません。
『ソフィーリヤ・ロウライト』
鉄帝出身の人物で、祖国の動乱で舞い戻ってきました。
徒手空拳を得意とし【1】に参戦します。
『ゲルツ・ゲブラー』
銃撃を得意としています。【1】に参戦します。
今回は南部所属の者として、そしてラド・バウ闘士としても。
『アウレオナ・アリーアル』
剣を巧みに操るアスィスラの義理の娘です。
【1】に参戦します。暴走したアスィスラを止めるべく全力を振るう様です。
●連合軍兵士×50人~
帝政派、南部戦線の連合部隊です。一般的な軍人としての能力を宿しています。
【1】にも【2】にも参戦しています。どちらかと言うと【2】の方に多いです。
時間と共に援軍が訪れます。
●備考
本シナリオではアイアン・ドクトリンの方針により味方戦力が増強される可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
行動場所
以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。
【1】スタジアム
ラド・バウ中枢、スタジアムの真っただ中での戦闘です。
主にアスィスラとその配下戦力が存在します。
【2】ラド・バウ全区
ラド・バウの客席、外周、内部施設などなど。スタジアム以外のラド・バウ全域が戦場です。
主にシグフェズルとディートハルト、更にその配下戦力が存在します。
【3】その他
その他、なんらかの行動をしたい場合などにご選択ください。
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