シナリオ詳細
水梱
オープニング
●
ぷかり、ぷかり、浮く花びらは色とりどりで。
運ばれてきた竹籠の蓋が開かれれば、ふうわり花の香りが広がる。
混じる透明な花は氷のようだ。光を通す花弁が水の温度を冷たくさせる。
深い竹籠を編み、その中にガラスのボウルを組み込んで。
冷たい水を注ぎ、花びらを浮かせる。
足湯とは真逆の夏の風物詩――この街ではそれを、『みずこおり』と呼んでいた。
●
「夏らしいイベントがあるみたいなんだけれど、どうかな」
依頼の提供をしに来た『勿忘草』雨(p3n000030)は、ついでとばかりにとあるイベントの宣伝も口にした。
「夏に花見という言葉はあまり聞かないけれど、良いものだと思うんだよね」
訪れる暑さはいよいよ幻想に夏を告げていた。
雨がこれと見せたチラシには、とある街のイベントの告知が載っている。
冷たい水で足を冷やしながら、のんびりと過ごそうといったような内容だ。
水を汲んだ籠に足を入れることになるため、一人か二人で行くのが良さそうである。籠の大きさにも限度があるということらしい。
そしてこの籠、イベントに参加した人のところへ運ばれてくるのだが、最初は蓋をしてあるとのことで。
「蓋を開けると、花の香りが広がるって寸法だね」
ただ水に足を浸けるだけではなく、水面に浮かぶ花を見て楽しもうというコンセプトのようだ。
浮かぶ花は多様で、月下美人や向日葵、朝顔の他、ノウゼンカズラやプルメリア、ジニアなど各地から取り寄せたのであろう数々の花が揃えられている。
好きな花を敷き詰めるもよし、全てお任せで蓋を開けた時の楽しみにするもよし、個人の自由にできるよう。
ちなみに、選んだ花以外にもイベント側で作った氷の花も浮かべる事になる。水の温度を低く保つための氷だが、花の形にしてあるのは風情といったところだ。
「涼しそうでしょ」
氷水に足を浸けてのんびり過ごす。籠の大きさは持ち運べる程度なので、好きな所で楽しむことが出来そうだ。
海岸線にほど近い街の、海の傍でのイベント。廂の下、日陰でのんびり読書をしながら楽しむもよし、あえて日向に赴き初夏の太陽の下冷たさを実感するもよし。
イベントの宣伝になるという事で、イレギュラーズを招いて一足先に無料で提供するそうだ。
彼等の狙いは、イレギュラーズによる影響力。名うての者が参加すれば、それだけ集客力に繋がると見ての事だろう。
「ま、それは店の都合。君達は、気にせずに楽しんでくれたらいいよ」
けろりと言い放つ雨の言う通り、特に気張る必要はない。
- 水梱完了
- GM名祈雨
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2018年07月27日 21時35分
- 参加人数73/∞人
- 相談6日
- 参加費50RC
参加者 : 73 人
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参加者一覧(73人)
リプレイ
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猫の尻尾が揺れている。
鼻を鳴らせばふうわり包む花の香りに、怨寿の耳もぴょこりと動いた。
見渡す限り、花、花、花。
この中から好きな物を選べるというのだから、随分と贅沢なものだ。
並べられた花々に目移りはするものの、ヨハンは花の名前も分からずにうんうんと唸っていた。
色相環のように並べられた花の中から、あっと声をあげて見つけたのは向日葵の花。
それにしますかと声をかけられれば、少し迷って。
「お花、教えてくださいー!」
そう返せばにこにこ笑顔の店員さんもウキウキで一緒に花選び。
これは甘茶、これは露草、これは桔梗草。
花っぽくない名前の花でしょうとひとつひとつ見せてもらえば、ぷかりと水梱の中へ浮かべて。
「ヨハンさんは、ウーン。花菖蒲とか、どうでしょうか?」
最後にふわりと添えれば、自分だけの水梱の出来上がり。
「氷……? でありますか?」
むむむと唸って水梱を見つめる碧。
この街の風物詩とは言え、他の所で目にする機会のない代物に警戒心もびんびんだ。
「是非試してみてください」
にこにこと楽し気な店員をちらりと見やり、また水がたっぷり入った籠に視線を落とす。
慰労も兼ねてと聞けば月下美人をオススメされて、水梱に浮かぶのは白い花々だ。
周りを見れば皆一様に氷水に足を浸け、それぞれの時間を過ごしている。
これもまた、一つの機会だと思えば挑戦してみるのも悪くない。
碧はそろりと指先を水に浸けると、当たり前だが冷たい感触が返ってくる。
「ほう……」
なるほど、とどこか得心しながら底に足をつければ意味深に頷いた。
月下美人はぷかぷかと呑気に浮いている。
にこにこ笑顔の店員さんの前でルアミィはより取り見取りの花を前にうんうん悩んでいた。
「綺麗なお花がいっぱいなのです……!」
桃色菖蒲に華やか向日葵。真白き梔子もなかなか可愛らしい。
悩んだ末には店員さんにお任せして、ルアミィはギフトでお水をひんやり冷やす。
お手伝いありがとうの声と共に添えられたのは薄青の氷花。そこにちょんと赤いさつきの花も飾り上げて。
ふうわり咲き誇る小さな花籠は、カラフルな花々でいっぱいだ。ひとよりちょっとだけおまけ付き。
ソフトクリームもお願いすれば、花の香りと甘いものに囲まれた幸せ空間の出来上がり。
「どんな花が入ってるかなー?」
わくわくと胸を躍らせて、蓋をほんの少しずらしてみる。ふうわり隙間から薫る匂いはミルキィにも心当たりがあって。
「この匂いはバラの花だね!」
ぱっと勢いよく開ければ、言葉の通りに鮮やかな薔薇の花束がゆらゆら揺れていた。
薔薇もまた、夏の花。散りばめられた花弁は優雅に泳ぎ、咲きかけの蕾はゆっくりと花開く。
日陰を選ぶ人が多いのに反して、ミルキィは日向を選んだ。
お供にはカキ氷。
暑い中で食べる冷たいものと、冷たい水はなんとまあ贅沢なことだろうか。
「うーん、気持ちいい!」
「これは水梱ってのか……」
どうぞと渡された網籠には透明なボウルがはめられており、ちゃぷりと中から水音が聞こえる。
何が入っているのかとティバンが蓋をずらして中を覗けば、色とりどりの紫陽花が咲き誇っていた。
添えられた緑の葉もアクセントになっており、中央に堂々咲く氷の花はしゃらり溶けゆく。
「ふうん。中々、風情があっていいんじゃないか」
ティバンが指先を水面に波を立てれば、花々はふらふらと揺れて絵を変えた。
なるほど確かに風流だ。
さんさん降る日差しはさしものイレギュラーズと言えど参ってしまう。
ポテトとリゲルは二人揃って庭園の日陰に場所を取れば、水梱の蓋を開けてみて。
「おおー、これが水梱かあ。とても涼し気だな!」
「綺麗で良い香りだし、氷入りだけあってキンキンに冷えているな」
お任せで頼んだ水梱には、アンナプルナの白い薔薇が咲き誇り、くどくない香りが鼻を擽る。
氷の花咲く水は随分と冷たく、その分隣の体温が心地良い。暑い日にも、こうして傍にいてられる。
触れた指先は絡み合い、見つめ合う双眸は幸せが滲む。
忙しない日々にある、確かな幸せ。贅沢な一日になりそう事は、なんとなく感じられた。
「そうだ。お昼ご飯、お弁当を作ってきたが食べるか?」
言いながらポテトは断られる事もないと、既にお弁当を広げていて。
「至れり尽くせりだなあ!」
当然、リゲルは大喜び。
いろんな種類のおにぎりに、和え物や卵焼き。煮物とメンチカツもついて、更にはマンゴーゼリーのデザートつき。
まるでフルコースだ。
にこにこ笑顔になるリゲルは両手を合わせて。
「勿論、ポテトも一緒に食べような!」
二人せーのでいただきます!
「みずこおり、かぁ」
綺麗で涼しそうなイベントに期待を募らせるシャルレィス。
花はお任せ。渡された籠はひやりと冷たい。
せーので蓋を開ければ鼻腔をくすぐる良い香りが辺り一面に広がった。
全体的に青でまとまった水梱は一見して涼し気だ。
中央に咲く氷の花は堂々と、その周りを花冠のように包み込む花々は小さめに。差し色の赤も華やかさを添えるのに一役買っているようで。
「……ど、どうしよう」
あんまりにも綺麗なものだから、シャルレィスは崩してしまう事に抵抗を覚える。
困ったように辺りを見渡せば、遠くの方に見覚えのある人影を見付けて。
一緒なら踏ん切りもつくだろう。零さぬよう気を付けながら、雨の日狼の元へ水の苑を持ち運ぶ。
受け取った水梱を眺め、フィルはその蓋に手を掛ける。
「この時期に花見ですか……」
花見と言えば春だろうか。そんな印象はあれど、この機会に久しく見ていない花を見るには丁度良かった。
傍らには色とりどりのあられを添えて、度数高めのお酒を用意。
酒の肴に花見をしながら、ふと思い出すのは自身が手塩にかけて世話した桔梗と白百合だ。
今、あれらがどうなったかを知る術はない。
せめて咲き誇っていればとも思うが、辿った過去を思えばそれも侭ならないような。
巡る思い出を胸に、フィルはちびちびと花見に浸る。しゃらり、氷の百合が解けて溶けた。
水梱の花を選び、良い場所を探すのはマナの仕事。縁は水がたっぷり入った水梱を運ぶのが仕事。
二人で協力して庭の日陰に寄り添えば、広がる青々とした木々にほうと息を吐く。
「涼しくて気持ち良いですね……」
さてお楽しみの水梱の蓋を開ければ、薄桃と白のコントラストが二人を迎えて。
ふうわり咲くスイレンの花が仄かな香りを届けてくれる。
まずはマナが縁の手を借りそうっと足を浸ければ、続いて縁も水へと入れて。
冷たい水にひんやりと涼やかな気持ちになる。
「そういや、花には花言葉ってのがあるんだったか」
ふと思い出し縁はスイレンを選んだマナを見やって尋ねてみる。
希望、愛情、ただ一人を想う――花にはそれぞれ、相応しい言葉を持っており、この花もまた例外ではない。
「……スイレン……ですね。確か花言葉は……」
思い出すまでもなく、その言葉を知ったからその花を選んだと言っても過言ではない。
マナはちらりと縁を見やり、続きを声にする。
「『清純な心』……だったと記憶しています……」
「……似合うな。お前さんにぴったりだ」
縁が本心からそう返せばマナの頬は暑さとは別にぽっと赤く染まって。
スイレンにはもうひとつ花言葉が込められている。
それは、――今は、秘密。
周りを見やればカップルばかり。自分と似たような一人参加を見かければ、どことなくほっとしてしまうような。
アランはアイスを片手に水梱を貸し出している平屋へ向かう。
「籠に足突っ込んで楽しむイベントか……」
一体誰が考え付いたのだろうか。イベント自体は随分と前から続いていたようで。
じわじわと暑さが肌を刺す。抱えた籠の冷たさは救いだ。
籠を開ければ視界に飛び込んできたのは一輪のピンクの薔薇。
ゆらゆらと水面で揺れながら、他の花々に埋もれず咲き誇っている。
アランははたり瞬くと。
「……ルミ」
ゆうるり優しい笑顔で呟いた。
行きがけに買った文庫本を片手に、アレクシアは丁度良さそうな日陰を探す。
ちゃぷちゃぷと揺れる水梱の中はまだ秘密。向日葵の花が入ってることだけは判っている。
「よいしょっと」
海の見えるベンチを見付ければ腰かけて、蓋を開ければふわりと仄かに薫る花の匂い。
咲き誇る向日葵の花は籠の中一杯に広がって、色鮮やかに存在を主張する。
太陽の色。元気の色。
隙間を見付けて足を浸せば、随分と涼しい気持ちになる。
「そうだ、似たような事なら家でもできないかな?」
今日みたいに海は見えないけれど。
さも名案だというようにアレクシアは頷いて、本の一行目に視線を落とした。
一般客が訪れる前の海辺はまだ閑散としていて、熱気もまだ落ち着いている。
Lumiliaは浴衣を身にまとい、用意された水梱の籠を廂の下に置いた。
蓋を開ければふうわり立ち上がる花の香りは優しい。
淡いピンクと白の柔らかな色合いでまとめられた桃の苑は、胡蝶蘭や石楠花で作り上げられていた。
白猫のアイリスも今日は珍しく隣で丸くなっている。ぱたりと動いた尻尾はリラックスしているよう。
「ふふ、良い日です」
薫る花の芳しさ、はらりと熱に溶けて広がる氷の花、どれをとっても素晴らしいものだ。
ひやりと気持ち良い冷気に身を任せ、アイリスとともにゆったりとした時間を。
ネブラとディアローナは揃って水梱の中を覗きこんでいた。
「これは見事だな~……あ、ディアお先にどうぞ~?」
薄紫のアゲラタムがふらふら揺れる水面にディアローナがちゃぷりと飛び込めば、一緒にぷかぷか。
氷の花に興味を持てば触れてみて、冷たさにびっくりすればすいと泳いで離れ。
「まるでおもちゃのアヒル……っていたいいたい、つつかないでよ~!」
『ネヴィが失礼な事言うからですっ!』
「まぁまぁ~。機嫌直してよ~」
ぷんぷん怒るディアローナにネブラはのらりくらり言葉を返して。
買っておいたフライドポテトを差し出せば、ディアローナは不機嫌もそこそこにぱくり。
「さて、何を浮かべるか……」
Morguxの前にはとりどりの花が並び、自身の出番を今か今かと待っている。
目につきやすい所にあるのは王道の。夏の花と言えばこれと言っても過言ではない向日葵だ。
「ウーン……そこまで炎っぽくないな」
今回Morguxが選ぶのは炎をイメージした花だ。向日葵はその堂々たる姿はまあ合格としても、色合いがいまいちに思える。
ひとつひとつ吟味して、行きついた先にあったのはモナルダ。鮮やかな赤が四方に開き、いかにもそれっぽい。
選んだ花を浮かせたら、そのお供に売られているソフトクリームに目移りして。
熱気を振り払うに丁度良い水梱と甘味を手に、日陰を目指して足を延ばした。
●
廂を陣取るタルトの傍には鮮やかに彩られた水梱がひとつ。
見渡せば、同じように水梱を置いて足を浸して涼をとっている人がちらほら見える。廂と庭園はイレギュラーズで賑わっていた。
「うーん、すうぃーてぃー♪」
甘い香りにお菓子を添えて。ちゃぷりちゃぷり、冷たさを楽しむ。
ぷかり浮くのは黄色い茉莉花。添えられる青い八重咲のトルコキキョウは爽やかさに一役買う。
からころ下駄を鳴らしてサンティールと蜻蛉は廂へ向かう。
蜻蛉が仕立てた浴衣はとびきり可愛く、サンティールはどうしたって頬を緩んでしまうよう。
そんな様子のサンティールを見やれば蜻蛉の唇も自ずと弧を描いて。
いざ蓋を開けば、それぞれの花がそれぞれに咲き誇る。どちらかを霞ませる訳でもなく共存して水梱を彩った。
「ねえねえ蜻蛉、どうして僕がこのお花を選んだのか分かる?」
「んー……どして?」
ぱしゃり水に足を浸して、サンティールは一輪茉莉花を手に取り得意げだ。
それはね、と語る二人の間にふうわり薫る花の香。
「『しとやか』で『上品』! 今日の僕たちにぴったりじゃあないかしら!」
意気揚々と告げるサンティールの姿に蜻蛉はふふふと浴衣の袖越しに笑みを零す。
「……あれ、なんで笑うの?」
「んーんー、わろてへん、可愛らして思たの」
蜻蛉の返答にぱちりぱちりとサンティールが瞬けば、ぽっと頬を真っ赤に染めて狼狽えて、照れ隠しか誤魔化しかふにゃりと笑う。
見詰める蜂蜜色の瞳は大層優しい色を湛えて。
お花よりなにより、サティの笑顔が一番綺麗や。
――なんて、口にはしないけれど。
陽の傾き具合と廂の立地が幸いしてか、日陰のスペースはそれなりで。
文はお任せした水梱を足元に置けば、蓋を摘まみ開けてみる。
ふうわり匂い立つ花の香りは甘く優しい。沈まないバランスで編まれた花冠がいくつか重なって模様を描いていた。
前方には庭を選んで涼をとる人々が見える。転々としてはいるが、どこも楽しそうだ。
「ふふ、良い一日だ」
からりと氷の花を揺らして、文はスケッチブックを取り出して。
緑豊かな庭と、そこに在る人々を題材に鉛筆を滑らせた。
「一足先に無料とは、イレギュラーズ様様ですね」
戸惑う事はあるけれど、受けられる恩恵は有難い。
森を抜け、見える景色はどれも新鮮だ。街の賑わい、海の匂い、肌を撫でる風すらも違う。
ノエルは浮かせる花をお任せして、緑囲まれる庭に来ていた。
水梱を前にすれば、興味も沸く。ちょんと指先でつついてみれば、ふうわり花びらが広がって冷たい水が顔を覗かせた。
ついでにこちらもまた楽しみだ。近場の売店に売られていてはついつい買ってしまう。――そう、カキ氷にソフトクリーム。
「甘味がこうもすぐに手に入るのはとても良い事です、ええ!」
極楽気分に浸りながら、慣れたら大変だと警鐘を鳴らす意識にも気付いている。
……が、抗いがたいものなのだ。
気温の上昇。
それは素体に籠る温度の上昇にも繋がり、涼を求めるのは当然の帰結だ。
ランバートは水梱を入手すれば、熱を遮られる廂の下へと移動した。
身体の熱を逃がすには、足の付け根や脇の下など、血管にほど近い部位を冷やすのが最適で。
無駄のない動作ですっと水の中へ入れればじっとぷかりぷかりと浮かぶ花を見る。
「……」
サボテン科、月下美人。
オイルとして利用する事もあるとか。しかし、浮かべる事についての意義は認められない。
が。
「……、成程。悪くない」
ぽつりと零し、頷いた。
「隣いいか?」
涼んで来いと送り出されたクロバが見付けた人影は、知った顔で。
エリーナは声を掛けられ本を眺めていた眸を上へとあげる。
「……あら、クロバさんもこの催しに参加されていたのですね」
偶然の邂逅もイベントならではの出来事だろうか。構いませんよと同席を許し、二人並んで涼をとる。
星型のような花弁を持つペンタスがいくつも連なって浮かぶ水梱の傍では、妖精がふわりふわりと遊んでいた。
「それにしても、花を浮かべた箱に足を入れて涼を取るとは、風流な催しですね」
「あぁ、まぁたまには落ち着くのも悪くはない」
サーカスとの戦いに明け暮れ、忙しない日々を送っていたイレギュラーズも、偶の休日を過ごしたって文句は言われないだろう。
世間話もそこそこに、クロバはどこか憶えのある花に視線をやって。
「そう言えばその花、『願い事』って意味もあったか」
花見も兼ねたイベントならば、そんな話に移る事も自然な流れだ。
「ええ、ペンタスの花言葉は願い事ですが……よくご存じですね?」
エリーナが不思議そうに首を傾げると、クロバはふっと笑みを浮かべる。
「なに、ちょっとした趣味でな」
書物を嗜む身であれば、多少なりとも花言葉に触れる機会はあるだろう。
解けゆく氷の花は、形からして百合の花だろうか。水梱を彩る花を眺め、雑談もまだまだ花開く。
渡された水梱片手に、虚之香は平屋の近くをうろうろ。
暑い日は陽の光が当たらない日陰に限る。やはり直接日光が当たっているのといないのとでは、暑さが変わってくるからだ。
「ついでに寝転がれたら最高なんだけど」
ちゃぷちゃぷ揺れる水音を聞きながら、見付けた場所は廂の奥も奥。
しかしきょろきょろと辺りを見渡せば通る人の姿もなく、これ幸にと寝転がる。
足元は水の冷たさでひんやりと。背中は床の冷たさの涼しさで。
目を閉じればうとうとと押し寄せる睡魔に身を委ね夢うつつ。
水梱を運んで蓋を開ければ、竜胆の目に映るのは色とりどりの花畑。
つと指先で揺らした花群は、ひとつひとつが小さく色づいている。
「確か――」
ぱっと出てきた事はすっきりするが、こんな事を考えるようになったことには複雑な気持ちになる。
ジニアの花を波に乗せ、濡れた指先を拭けば本を手に取る。
「……ん、結構悪くないわね、コレ」
暑い夏の日でも足元はひんやりで、随分と過ごしやすい。
あんまり居座っては困るだろうか。そう考えはするものの、居座りたい気持ちはよくわかる。
「今日ばかりは良いわよね」
言い訳のようにぽつり零して、のんびりと読書日和を。
特別な日は、特別な装いを。
浴衣に身を包み、夜光蝶セレーネで髪を留めた幻はジェイクの傍らに腰を下ろす。
ジェイクもまた涼し気な甚平だ。深緑の和服から伸びる足は水梱の中へと降ろされていた。
焼けるような日差しが続く。伝う汗がその暑さを物語るようだ。
水梱に浮かぶは月下美人。
優雅で上品な香りが二人を包み、酒をより美味くしてくれる。
水梱の中で冷やされた日本酒は乾く時を待っていた。喉を潤すのに一役買ってくれることだろう。
夏の熱波と水梱の冷気。加えて花見酒で喉を焼けば、その温度差に夏を感じた。
杯を交わし、花を愛でる。
つと白い肌に伝う汗は、ジェイクの目には高貴な飾りにも見えた。
花を飾る朝露が美しいように、幻の肌を伝う汗に情動を覚える。
高鳴る胸の鼓動を誰が止められようか。
二人の影重なり、白い首筋には唇が触れる。
途端、幻は己の身体を蝕む熱を感じ、沸々と立つ感情に翻弄されて。
伏した双眸でジェイクを見やれば、その爛々たる眸は夏の太陽にも負けぬ輝きを抱いていた。
しゃらり、熱に氷花が解けて。
――嗚呼、夏はまだ終わりそうにない。
あちらこちら、イレギュラーズは東奔西走に忙しない。少し前まではお仕事での忙しさではあったのだが。
「こういう忙しさなら大歓迎かな」
アリスは庭のベンチに腰掛けて、そろりと水梱の蓋を開けてみる。
花開くのは朝顔だ。薄桃に海色に艶やかな紫。様々に色付いた朝顔のお出迎え。
そうっと足を浸けてみれば、その冷たさに一瞬ぴゃっとなる。それもすぐに冷たい気持ち良さに変わればほうと息をついて。
「朝顔のハナコトバ……か」
つい物思いになってしまうところで、アリスはぶんぶん首を振った。
この後はカキ氷を買いに行こう。暗くなってしまう代わりは、些細だけれど幸せな時間に思いを馳せて。
セレネとライセルの元へと送られた水梱には、紫陽花の花が咲き誇っていた。
白や青のグラデ―ジョンが綺麗な中、差し色として紫やピンクの四葩も入り混じる。
香りを楽しむ為に添えられたジャスミンもふわふわと水面に浮いていた。
「すごいね。綺麗だ」
覗きこむライセルが素直な感想を口にして、隣でセレネはそわそわと身体を揺らす。
「お先に、失礼しますね……っ!」
花のアートを楽しむのもそこそこに、セレネはぱしゃりと足を水に浸ける。
そんな様子を見守って、釣られて嬉しくなるようだ。
セレネがくるりと回ってみせれば、籠の底に沈んだ花弁に足を取られて視界が揺れて。
「きゃっ……!」
「っと、大丈夫かい?」
ぴたり固まったセレネを、ライセルはしっかりと抱き留める。いろんな意味でドキドキしてしまうのは仕方のない事だ。
ごめんなさいと謝りながら、セレネは己を振り返ってきゅっと手を握って。
「私も、いつか……ライセルさんを守れるようになります」
騎士が捧げるが如く、透明な氷花を掬い上げれば差し出した。
ぱちり瞬くライセルは、真っ直ぐにセレネを見つめて。
「ふふ、負けてられないなぁ。楽しみにしているよ」
ふうわり微笑めば、大事そうに花を手に取った。
日陰で涼みながら、氷菓子を一口頬張る。
きーんと頭を刺す痛みは冷たい甘味ならではだ。
「んー! 最高の贅沢ね」
椿を希望したミラーカの元に届けられたのは、紅白揃って咲き誇る椿の花だった。
中には同じ形をした透明な氷の花も咲いている。水面に落ちる花々どれをとっても椿だ。
「ふふん、魔女らしいわ」
椿の花は魔除けの花。それと同時に、魔そのものでもある。
まさしくミラーカに相応しい花と言えるだろう。
舌の上で甘い氷菓子を溶かしながら、贅沢な時間を。
忙しない日々から解放され、落ち着く時間がようやく訪れた。
夏風に揺られる木々の下、リュグナーとソフィラの二人は水梱の蓋をそうっと開ける。
広がる花の香りはすっきりとしたものだ。
「まあ……いい香りがしてきたわ!」
楽しそうに語るソフィラの傍に、リュグナーは一輪水から掬って手渡して。
傍で花の香りを感じれば、より一層ソフィラの声は弾む。
花の当てっこを終えれば水面に浮かべ、服の裾と髪先が濡れないように気を付けて、ソフィラは水梱へと足を浸ける。
ちょんと指先が触れれば、その冷たさにス子驚いて。
ちらりリュグナーを仰ぐように顔をあげれば、なんだか楽し気な空気を感じるような。
二人並んで花浮かぶ水鉢で涼を取る。
「そうだわ、確か元いた世界の歌に興味がある……ってことだったわよね」
折角だからと一曲ソフィラが勧めてみれば、リュグナーも興味深いと頷いた。
伴奏は、リュグナーから貰ったフェリチタで。
のんびり過ごす時間に相応しい曲は何かしらとほんの少し考えて、指先は弦を弾き出す。
歌声は彼に届けば良い。
落ち着いた音色にソフィラの歌声。花の香りも相まって、リュグナーの瞼はうとりと落ちる。
「成程、これは……来て、良かっ、た……」
ぽつり零れたのはきっと。
●
日が傾き始め、日中に比べて過ごしやすい気温となってきた。
それでもまだ暑さは続き、黒羽は汗をぬぐいながら水梱に足を浸ける。
ふらふら揺れる花は気紛れで、水の流れを少し作ってやればふよふよ移動し彩を変える。
イベントはもう少し続くようだ。せっせとイレギュラーズ達に水梱をレンタルする店員はふうと一息ついた。
花に詳しい人もいれば、勿論、詳しくない人もいるわけで。
後者にあたる凱は店員に花を任せた水梱を持ち、庭園の片隅に腰を下ろした。
夏の風物詩として誕生した水梱は、初夏の元、花の香りと水の冷たさを楽しもうというコンセプトだ。
風情のある催し物として愛されてきたが、凱にはその風情というものがいまいち理解に及ばない。
こんな調子で幾星霜。どれだけの時を過ごしただろうか。
揺れる花に視線を落とし、どこか甘い匂いに鼻を鳴らして。
「いい、香り。だな」
名も知らぬ花ではあるが、そう思えた事は確かな事だった。
仕事終わりの花涼み。
「是非ともビスさんと訪れたいと思っていたのです」
「あのねぇ、フォーガさん」
お誘いしたフォーガがほこほこと満足げに言うのに対して、ビスは何だかあきれ顔。
周りを見ればひとり涼みに来たらしい人々や、身体を寄せ合い親密な空気を漂わせる人々が見てとれた。
「でっかい毛玉が、ちび毛玉とおてて繋いでちっぱっぱーと参加するようなものじゃないんだよ」
ちび毛玉たるビスが表情そのままの声でフォーガを見上げれば、フォーガはぱちぱち瞬いた。
「……おや、私がビスさんを誘ったのはそんなに可笑しいことだったのですか?」
親睦を深めたいと思うのは自然の事で、こうしたお誘いをするのも自然な事。
フォーガはのらりくらりとそう述べるが、一方のビスはあまりの場違いっぷりにバチバチと逆立っている。
「そんなに毛皮をバチバチさせないで下さい、ちょっと痛いです」
機嫌取りにもならないが、もくもくとビスケットを食べるビスの傍ら、フォーガが店員にお任せでと水梱を頼む。
「ビスさんはいつも膨れっ面をしていますが、時々見せる笑顔が、私は好きですよ」
「ただの仕事仲間に容易に好きとか言わないの」
水梱が出来上がっていく様を眺めながら、マイペースなフォーガとビスのやりとりは続いていて。
またお誘いするというフォーガに対し、ビスは諦めたように溜息を吐いた。
きらきら陽光を跳ね返し眩しい砂浜も良いけれど。緑溢れる庭園も捨てがたい。
「どのお花にしようかなー?」
「夏ですし夏らしいのでいいのではないかと思います」
どちらも素敵だけれど、今回はお庭の方で。
セララとハイデマリーの二人は夏っぽいやつとお願いした水梱を前にする。
お花はセララが。ハイデマリーはお菓子の調達を。
セララがハイデマリーにどうぞと得意げな顔で急かせば、籠の蓋を手に取って。
ぱっと蓋を開ければ広がる香りにぱちくり瞬く。
中心に咲く大輪はマリーゴールド。マリーと同じ名前の花。
氷細工の花は今回は脇役に飾り立てて、堂々揺れるマリーゴールドを強調する。
「氷細工の花とはきれいでありますね……ちべたっ」
思わず手を伸ばしたハイデマリーはその冷たさにぴゃっと手を引っ込める。
ちゃぷりちゃぷり水梱を楽しんだら、次のお楽しみも忘れちゃいけない。
ハイデマリーが買ってきたカキ氷を一緒に頬張って、涼やかな一日を。
「うーん、美味しい!」
「あまり食べすぎると夕食が入らなくなるのでほどほどにするでありますよ」
「けちー」
「なるほど、足水ですか」
舞花は水梱のイベントに実際に赴いて、そんな感想を抱いた。工夫や国柄の違いはあれど、発想は大体同じだ。
颯人は不思議そうに水梱を見やったが、暑い夏に冷たい水を求める発想には理解を示せる。涼を求める行事は有難かった。
「花は嫌いではないんだが、名前も知らないのがほとんどだ。久住は何か気に入ってる花はあるのだろうか」
「花ですか? そうですね……」
混沌にはウォーカーたる舞花の知る花が存在するとも限らない。花は店員にお任せした。
名前も知らぬというのであれば、どう説明すべきか舞花は頭を捻らせる。
悩んでいる間にも、完成した水梱が運ばれてきて二人の間にちょんと置かれた。
その中の一輪を見て、舞花は手を伸ばす。
「……香りは色々ですけど、私は青とか紫の色の花が好き、かな」
舞花が掬い取った花びらは、どこか思い浮かべる花と似ている気がして。
四葩を両手で掬い上げれば颯人へと見せるように手を傾ける。ぽたりぽたりと落ちる水滴が水面に輪を描いた。
「落ち着く感じがして」
「ふむ……なるほど」
名前は判らずとも色ならば。そういうものかと頷き返した颯人は、そういえばと水梱に花を戻した舞花へアイスを手渡した。
夏の花見。
暑さでそれどころではないけれど、こういう形であればきっと楽しめるもので。
日陰を探し、かき氷と籠を手にグレイルは腰を下ろす。
まずは一口、かき氷を頬張って。
次は水梱を開けてみて、ふうわり薫る涼やかな彩の花に浸る。
ちゃぷりと手を差し入れれば氷の花を掬い取り、太陽に透かせて見て。
しゃらり溶け落ちてしまいそうな花は、日を反射してきらきらと光っていた。
「こういうのも……いいね……」
そうっと水梱の中へ戻せば、花びらが一枚はらりと溶ける。
グレイルはまた一口かき氷を頬張って、水面に揺れる花々に視線を落とした。
夕方はやや気温も下がり、過ごしやすくなってはきている。
ラクリマが選んだ庭は緑に囲まれ、他と比べてなんとなく気温も低い気がした。大層過ごしやすい。
とはいえ、暑い事に変わりはない。
「やはり暑い時はこれです」
足を水籠に浸し、好きな花を眺めながら食べるソフトクリームは最高だ。
おひとりさまだろうが関係ない。冷たくて美味しいソフトクリームがあるのだから……ぐすん。
そんな心情に傾きつつ、ラクリマはゆるりと暮れる陽と揺れる胡蝶蘭を眺めていたのであった。
「ココル。腕大丈夫? もうちょっと。だよー」
「これ、けっこう思いのですね」
お水たっぷりの籠は相応に重たい。こんな夏の日にこんな重労働をすることになろうとは、思ってもみなかっただろう。
ココルとミーシャは二人協力してえっさほいさとお庭に運ぶ。
そのご褒美は、水梱の蓋を開けた時のお楽しみ。
せーので開けてみれば、ふわりと広がる甘い香りに、視界を彩る太陽の向日葵だ。
「わー! とってもいい香りなのです! ひまわりも綺麗なのです!」
ここまでの疲れも吹き飛ぶよう。
暑いのが苦手なミーシャは早速水梱に手を浸けて、ひんやりした水の温度にほっと一息。
ココルも一緒に手を入れれば、水を掬い取って空へとぱしゃり。
二人してぱしゃぱしゃと空へと水を跳ねさせれば、きらり鮮やかな光が広がって。
「ココル、今、ちょっと虹が見えたかも?」
「虹! 見えましたか!」
今度は虹を見たくて水を撒く。時たま光る虹色が楽しくて、夢中になって水を掬えば、コンと底に指が当たった。
「……調子に乗って撒きすぎたかもなのです」
ココルがしずしずと少なくなった水に足を浸ければ、ミーシャも一緒に涼をとって。
「ね。ココル。次は、別の花も、試してみたいね」
「はい!」
漆黒の外套に深く被ったフードは見るからに暑そうだ。
レイチェルは腰が引けているイベント店員にニィと口角を釣り上げて笑うと、水梱を受け取った。
彼女とて、花を愛でる心は持ち合わせているのだ。
日差しを避けて庭に出れば、丁度青々とした伊呂波楓がおいでよとばかりに影を作っている。
蓋を開ければ花開く、月下美人は水珠を飾って水面に揺れていた。
「……こう言うのも悪くはねぇ」
つま先を水に浸け、ゆっくりと足を下ろす。ぷかぷか気儘に揺られる好き花を眺め、レイチェルは穏やかな時の流れに身を任せた。
「レウルィアはなんの花を浮かべるんだ?」
「わたしは、エーデルワイスという花を浮かべます……です」
白い花々が並ぶ中から、レウルィアがエーデルワイスを掬い上げると水の張られた籠へと移す。
ルシフェルはその隣でレウルィアの動作を眺めていた。
花は花でも、自身には見ておくべき花がいる。それも、すぐ隣に。
ルシフェルに花に例えられたレウルィアは不思議そうに首を傾げた。
「それに、俺はこっちのがいいな」
拾い上げたそれは胡蝶蘭。レウルィアの髪に一輪差して、ルシフェルはひとつ頷いた。
はたり瞬くレウルィアは、落とさぬようそうっと白い胡蝶蘭に触れて。
「あ……ですが、花は枯れてしまいます……です」
「ああ……そうだな」
「……ずっと一緒にいられないのは、少し、寂しい……ですね」
折角貰ったのにと告げるレウルィアに対して、ルシフェルはふと笑んだ。
「俺は、キミがそういう風に何かに心を動かされてる姿が見れた事が嬉しいよ」
感情を表す事も少ないレウルィアが、寂しいと思ってくれたことが、ルシフェルにとっては嬉しくて。
今咲き誇る花を記憶にとどめ、いつかの日にきっと思い出す事だろう。
「みずこおり、か。中々風流なイベントだね」
「ありがとうございます!」
元気に返す店員から水梱を受け取ると、マルベートは平屋の庭に移動する。
賑やかな声を遠くに聞きながら、人気の少ないスポットを見付ければそこに居座ることにして。
さて楽しみに蓋を開ければ、ふわりと広がるのは薔薇の香。
持ち込んだ甘口の白ワインを籠に入れれば、奇しくもまあるい葡萄の様な氷とマッチングしてワインクーラーのよう。
「夏の香りに花の香り。よく冷えた白ワイン。――あぁ、なんという贅沢だろうか」
古書を片手に過ごすとある初夏の一ページ。
浴衣を纏い、ぺたぺた日陰を探してさ迷い歩く。
お花をお任せしたメルトの目に飛び込んできたのは、色鮮やかな花の束だった。
水面いっぱいに広がった花々はまるで絵のようで、ひとつの完成された芸術のよう。
そうっと足をいれればはらりと解けて、花弁は好きなように踊る。
「文化的な夏……てね」
知らなくても、分かる事はある。
花の香りが甘いこと。冷たい水が気持ちいいこと。他にも、たくさん。
ちゃぷちゃぷと水梱に足と浸せば、メルトはほうと一息ついた。
「花も季節の物なら選べるのですよね」
「はい、お好きな物をどうぞ!」
きょろきょろとアグライアが視線を巡らせて探すのはとある花。
何をお探しですかと声を掛けられれば、目的の花の名前を告げて。
店員はてきぱきと探しあててそうっと水梱に浮かせれば、氷の花も添える。
気になる香りは、蓋を開けた時のお楽しみに。
買いこんだジュースと小説を手に、空いたスペースへ腰かければ、いざ。
ふうわり薫る月下美人は上品で、甘く優しい香りを広げる。この日のためのとっておきだ。
はらり小説の目次をめくり、月下美人の香りを楽しみながら、めくるめく本の世界へ。
●
ちゃぷりと水を跳ねさせる足はしっかりしてはいるけれど、時折光が差して白木床が透けて見える。
廂の下、ナキは水梱に足を浸して涼んでいた。
ぷかぷか浮かぶ花は百合に鶏頭、菊の花。特に菊は大きいものを選んでもらった。
そしてなにより、主役はこの子。ナキと同じく光を透かせて水面に浮かぶ、冷たいおばけの花。
どこか自分に似ているような。気に入るのも当然のことで。
「……お花、きれいですね」
しゃらり、しゃらり、解けていくおばけの花をナキはいなくなるまで見つめていた。
チラシ片手にうんうんを悩んでいたピュリエルに声をかけたのはリゲルだった。
二人揃って会場に入れば、色とりどりの中から気に入りの花を選ぶ。
ピュリエルは向日葵を。リゲルは桜を。
わいわいと水梱を作り上げる店員とピュリエルの傍らで、リゲルはぐるりと肩を回して。
出来上がった水梱を運ぶのはリゲルだ。男として当然……というのもあるが、ピュリエルが落とさないとも限らないという心配あってのこと。
「売店でなんか飲み物でも……うんもう聞く前に買ってきたんだな……」
「はい! ピュリ、売店でかき氷買ってきましたのです! リゲルさんの分も!」
にこにこ笑顔で両手にハイビスカスシロップのカキ氷を携えるピュリエルは尻目に、リゲルはなんだか呆れ顔。
廂へと移動すれば籠を開け、ふうわり広がる花の香りと色合いはまさに風流だ。
「おぉ、こりゃいい。水面に揺れる花がなんとも風流だな」
感動するリゲルの横では、わあわあと興奮気味なピュリエルの姿。
足を浸せばひんやりと身体を冷やしてくれる。それに加えてカキ氷だ。
「はい、あーん!」
「あーんってお前……公衆の面前で……」
頬に差す赤は照れくささからか、それとも夏の暑さのせいか。
なんとも言えない敗北感を胸に、リゲルはピュリエルからの一口を頬張った。
淡い緑の浴衣を纏ったルチアーノと、朝顔咲く瑠璃の浴衣を纏ったノースポール。
ルチアーノがぽすりとノースポールの頭に麦わら帽子を被せれば、恋人の心遣いにノースポールの顔も綻ぶ。
夏のお出掛けだって、二人一緒なら楽しくて。
お任せした水梱の蓋を開ければ、広がる色合いはまるで二人のよう。
パステルカラーの華やかな朝顔が一面に広がり、大きな葉が朝顔が沈まないよう支えている。散りばめられた小さな黄色い花はノースポールの帯色だろうか。
「とっても綺麗でいい香りだね~♪」
「うん、夏にぴったりだね!」
崩してしまうのは勿体ないから、ゆっくり足を浸せば冷たい水がお出迎え。
二人つければ水の温度も丁度良い感じだ。
ルチアーノにとって、ノースポールと一緒に過ごせる時間が何よりの贅沢。
そんなノースポールはちらりちらりと視線をルチアーノの手にやれば、そろうり指先を重ねてみて。
ぴょんと少しルチアーノの指が跳ねたような気がしたけれど、最後にはしっかりと絡め合う。
じわじわと感じられる暑さは、果たして日差しのせいだけだろうか。
「……や、やっぱり、暑いねっ!」
ばくばくと鳴る心臓はうるさくて、火照る顔は浸ける前よりもあっついような。
満ちる熱は充足感に。重なる温度は二人の距離。
偶然にも居合わせたアオイと九鬼は、どうせならと二人一緒に水梱のイベントに参加した。
廂の下、網籠の蓋を開ければ広がる世界は華やかで。
「へえ……! 幻想的、というかなんというか……綺麗だな」
カラフルでとお任せした二人の希望通り、ない色を探す方が難しいとさえ思わせる花園が広がっていた。
赤いカンナがルツマツリの空を飾り、小さな紫陽花がグラデーションを描く。黄色い向日葵がアクセントになって咲いている。
同じ花と言えど色の違う花は多数ある。それらを丁寧に敷き詰めて、喧嘩しないように調整して。
「何だかおとぎ話のワンシーンを切り取ったみたいな……!」
その中で、目につくのはやっぱり氷の花。どの色にも染まらずに揺れる花に、九鬼は黄色い花弁を乗せた。
「あの、良かったらこの透明な花……自分たちで彩って、自分だけの花にしてみませんか?」
「いいね、やってみるか」
これだけカラフルな花が揃えば、きっとどんな花にだってなれる。
「私のこの花の花言葉は……『幸福と平穏を』です……なんて」
「俺は、そうだな。『追憶と決意』、なんてな」
照れくさそうに笑う九鬼と、軽く肩を竦めるアオイの間には、まったく新しい花が二輪負けず劣らず咲き誇っていた。
この体は錆びないと分かってはいても、刀たるシキは少しドキドキしてしまうのも仕方のない事で。
「冷たくて、気持ちいいですね」
「……はい、気持ちいいです」
足を底につけてようやくふうと一息つく。そんな様子のシキを見て、ティミは少し笑みを浮かべた。
ティミが視線を落とせば、シキの足と自分の足が見えて違いが気になる。消えない跡はどうしたって見られるのが恥ずかしい。
見えないようにと手で隠してみれば、シキが気付かないはずもなく。
「……恥ずかしい、ですか?」
「……夏は、ちょっと恥ずかしいですね」
照れくさそうにティミが返せば、シキは不思議そうに首を傾げた。
シキにとって、傷や怪我は一生懸命頑張って戦った証だ。それを、綺麗と思う事はあれど、恥ずかしいと思う必要はない。
「綺麗……ですか?」
率直にシキがそう伝えれば、ティミはぱちくり瞬いて。
「はい。……でも、リリーさんが恥ずかしいなら……こうしましょうか」
ふらふら自由に揺れていた桜の花びらを指先で導き、ティミの傍へと集めてみる。
出来上がったのは、ふうわり綺麗な桜のアンクレット。不自由を強いる枷とは違う、心優しい飾りだ。
ありがとうの声には、同じ言葉が返される。重なった手は、お互い想い合っている証。
小さな花弁が折り重なるノコギリソウは固まってぷかぷかと水面に浮いていた。
花には固有の花言葉が与えられている。育ちや由来に因み、色んな意味を込めて。
ノコギリソウは戦い、勇敢、治癒などと聞いた。
これからもたくさん戦って、生きて帰ってくる。
そんなことを考えながら衣はじいと水梱を見つめる。見つめた。
「……お腹空いた」
ぐう、と腹の虫が鳴いたような。
ぱしゃり、ぱしゃり、水を揺らして。手を出したのはかき氷。
甘くて冷たくておいしい。頭がキーンとするのは冷たい食べ物でよくあること。
来年は誰かと一緒に。おかわりに手を伸ばしつつ、そう思った。
「この辺りが良さそうじゃな……結乃よ、そこに腰かけるのじゃ」
「うん。お水って結構重たいんだね」
うんしょと庭にあるベンチの前に水梱の籠を置けば、結乃は華鈴に言われた通りにベンチに座る。
二人がかりとはいえ、重たいものは重たいのだ。
ふうと一息つけば、水梱の蓋を開けて中を覗く。
「わあ! お花が入ってるよ! これ、百合の花だよね?」
結乃の言葉の通り、水面にはぷかぷかと百合の花が浮いていた。
「結乃は物知りじゃのぅ……これは『かさぶらんか』と言うらしいのじゃ」
真っ白い百合の女王は氷の花に負けず劣らず堂々と咲き誇っている。
結乃は花の種類を復唱して。
二人してそうっと足を入れてみれば、きゅっと目を瞑ってしまう。氷水はやっぱり冷たい。
ぱたぱたと足を揺らしていれば、結乃はふと思い立って一輪手に取り華鈴へと手を伸ばす。
「うん。やっぱり似合う。とってもきれい」
華鈴の髪を白百合が飾る。結乃は楽しそうにきれいきれいと繰り返した。
そんな結乃を前に華鈴も水梱の中から一輪掬って結乃の傍へ。
丁寧に百合を飾れば、満足そうに頷いた。
「うむ、良く似合う。これでお揃いなのじゃ!」
「うん。おそろい!」
ウォーカーたるイアンには馴染みのない文化ではあるが、良い機会にと水梱を試してみることに。
依頼終わりの午後、廂の下で水梱と向かい合う。
選ぶ花は黄色い梵鐘のような形をしたサンダーソニアだ。どこか郷愁を感じさせる花。
軽食と酒を手に入れれば、水梱に浮かぶ花を肴に盃を傾ける。
水面に映る景色は空模様ではあるが、イアンには違って見えるのだろう。水鏡を通して故郷を見る。
「……いやになって捨てたつもりの故郷だったが、帰れなくなると寂しいものだな」
多くは失って初めて気が付くという。今頃どうなっているのだろうか。
故郷を想い、芽生えた感情は酒と共に喉の奥へと押し込んだ。
廂の下、アネモネやペチュニアの赤い花から綺麗にグラデーションがかってグラジオラスの桃色に移り変わる水梱を前に、カンと涼やかな音がなる。
乾杯の盃は、今日はカキ氷の硝子のグラスに。
沈む夕日を眺めながら、アーリアがほうと溜息を吐く。
「綺麗ねぇ」
「夕日に煌めくアーリア君は、いつもより美しいね……」
そんな言葉が返ってきて、アーリアはクリスティアンの方を見た。
クリスティアンの視線の先には、夕日ではなくアーリアがいる。
茶化したようでもないクリスティアンの様子に、アーリアも思わず笑みが零れくすくすと肩を揺らした。
「クリスくんのいた世界では、こんなお祭りなんてあったのかしらぁ?」
「こう言った涼むための祭りは初めてだな。浴衣を着るのもね」
さくさくとシロップで彩られたカキ氷を口に運べば、広がる味は甘く美味しい。
隣のカキ氷はまた違う色で、気になって尋ねてみればクリスティアンの前にすいと氷が運ばれた。
「食べてみる?」
おいしいわよとアーリアが口元へとスプーンを差し出して。
狼狽えるクリスティアンの反応に、またくすくすとアーリアが笑う。
穏やかな思い出の一ページに。
廂の下、影になったスペースで蛍と珠緒は涼を取っていた。
「前から気になってたのよね。その名前!」
混沌世界に数多のウォーカーあれど、同じ世界から導かれる事など珍しい。
そんな中、仕事で邂逅した二人は近しいものをお互いに感じていた。
蓮の花が浮かぶ水梱は、どこか故郷の景色と重なる。上を向いて花開いた蓮がいくつか水面を飾っていた。
「桜咲さんはここに来る前、どんな風に過ごしてたの?」
「召喚前ですか?」
二人でお菓子を分け合い、傍には氷たっぷりの飲み物を用意して、会話に花を咲かせる。
蛍は学校の話とか、休日の過ごし方とか、色々を。
珠緒は桜咲のお役目の話や八百万の神の話を。
ほのぼのとした時間が流れる中、蛍は少しずつ感じていた違和感を恐る恐る口にした。
「……ところで桜咲さん、それどこの日本の話?」
「……え?」
どこか噛みあわない二人なのでした。
二人きりでのお出掛けは初めてだろうか。
シオンと秋空は二人で選んだ花を水梱に浮かべ、会話に花を咲かせていた。
「そういえば、シオン君は私と違って最初からこの世界の住人なのよね?」
出自が違う二人はきっとお互い想像もつかない人生を歩んできたのだろう。
「んー……俺は元々はラサの方で傭兵をしてたんだけど……」
全くの別世界から召喚されるウォーカー。対して、混沌に元から存在するスカイウェザー。
どのようにしてイレギュラーズになったのか、気になる相手なら興味も沸くものだ。
シオンはローレットに世話になるようになった経緯を時折寄り道しながら話し、秋空は相槌を打ち聞き手に回る。
「それで、なりゆきかなあ……ふぁ……」
生い立ちから召喚されるまで。一人の人生を現在まで語るとなるとそれなりの冒険譚だ。
話し終えたシオンはゆるゆる欠伸を零し、眠たげに目を擦る。
「……話のお礼に、私の膝で良ければ貸してあげるわよ」
「ん……うん、秋空のお膝借りるね……」
とろんと眠気に落ちる瞼はゆるり閉じられ、シオンは秋空の膝を枕に夢へと旅立つ。
そうっと起こさぬよう秋空が頬をつつけばふと笑みを零して。
「こんな穏やかな一日も……悪くないわ、ね」
肌を撫でる暖かい風、膝で眠る可愛い子。
揺れるホオズキと竜胆の花の傍ら、からりと氷花が溶けて、時間はゆっくり流れゆく。
暮れゆく世界を眺めながら、ニエルは溜息を零す。
傷だらけの掌で花びらを掬えば、後はもう枯れていくだけのそれに視線をやって。
何を想うたかは、誰も知らぬまま。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
大変お待たせしました。たくさんのご参加ありがとうございました!
プレイングお疲れさまでした。
おひとりさまも、おふたりさまも、楽しんでいただけたら幸いです。
幸せのお裾分けを貰いながら、移りゆく関係なども楽しみつつ執筆させて頂きました。
まだまだ暑い夏が続きますが、皆さまどうぞお気を付けてお過ごしください。
また来年があれば、また違う形でお誘いしたいなあと思います。
GMコメント
祈雨と書きまして、キウと申します。
水梱と書きまして、みずこおりと読みます。造語です。
夏らしいイベントがしたいなあと、第一弾をお届けに参りました。
●ご注意
おひとりさま、もしくはおふたりさまでの参加を推奨いたします。
どちらの参加でも籠は一つ(大きさは異なります)となりますのでご了承ください。お二人で一つの籠を共有する形になります。
どうしても別々が良いという場合にはプレイングにご記載ください。
●場所・時間帯
海岸沿いにある大きい平屋でイベントを開催しています。
赴ける場所は砂浜、平屋の廂、平屋の庭(広い庭園)あたりです。庭は緑溢れる感じでご想像ください。座る所は用意してあります。水梱はレンタル品なのであまり遠くへはいけません。
お誘いはお昼時~夕方までの日中です。それ以外での来訪はお控えください。
●できること
まずは浮かべる花をお選びください。春~夏に咲きそうな花であれば大体揃えてあります。お任せも勿論可です。
あとは水梱を楽しみながらのんびりと自由にお過ごしください。
飲食は自由です。小屋に売店が入っており、かき氷やソフトクリームの販売があります。その他、つまめる軽食やライトノベルなど、コンビニ程度の品ぞろえとなっております。
●注意
お連れ様がいる場合は、相手の名前とIDのご記載をお忘れなくお願いします。
愛称のみの場合、迷子になりやすいので、きちんと記載して頂けると助かります。
出来る限り全員の描写をしたいと思っておりますが、参加人数次第では描写が少なめとなる可能性があります。
また、白紙プレイングの場合、シナリオの雰囲気を大きく損なうプレイングの場合、描写が薄くなる可能性があります。ご了承ください。
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