シナリオ詳細
<Liar Break>幻想遊戯カデンツァ
オープニング
●
キヒッ――
ヒヒヒッ――――
気味の悪い笑い声だこと。
気味の悪い仕草だこと。
だから、だからだよ。だから、おまえって、いつも失敗ばかりするんだよ。
「だんちょーさまァはチェネレントラには優しいンですけどォ。
なァーーんでベスティアはいっつもチェネレントラには冷たいんですかねェ」
くるくるとした瞳に、結い上げたツインテールの髪。灰に汚れたドレスを纏った道化師の少女は崩れた瓦礫の上に座って拗ねたように唇を尖らせた。
「僕はチェネレントラに優しくする謂れはないし。
そもそも、これはシルク・ド・マントゥールがこの腐ったミカンみたいな国から抜け出すためだし。
僕らがするのは特異運命座標(ごはん)と遊ぶことだけ。違う? 違わないよね、論破」
「キヒヒッ、違わないねえ、チェネレントラたちの仕事はァ。
幻想って国からミンナを逃がしてあげるための陽動だもんねェ。だァいじょうぶだよ! 遊んで良いってクラリーチェも言ってたもん!」
チェネレントラと名乗った少女はタン、タンとリズミカルに瓦礫の上を渡っていく。
素足がぺたりぺたりと瓦礫を振れて黒く汚れた足裏は煤塗れになっているが彼女は気にする素振りはない。
幻想の王が――何代前であったのかは分からない。放蕩王にも似た性質の王がいた。
彼は幻想国に『遊園地』と呼ぶ娯楽施設を作り上げた。旅人の手を借りたガラクタの山だ。
ガラクタはガラクタの儘。上手くはいかず、こうして廃墟になっているわけなのだが。
「いい遊び場見つけたね。チェネレントラ」
「そうねェ、そうねェ。ベスティアもファル・グリンも楽しそうでよかったよォ」
廃墟に投じられた焔。
周辺領地から攫って来た人々はこの遊園地の檻の中に閉じ込めた。
まずはここからだ。ここからが始まりだ。
「……チェネレントラ」
「ファル・グリン。どォしたの? お腹すいちゃった?」
「……ベスティアの獣たちがみんな、怒ってる」
「ああ、ああ、そうだよねェ。ご飯あげないままだったもんねェ。キヒヒヒヒッ、いいよ、いいよ。満腹にしてあげなきゃ愛玩動物はかわいそうなのはチェネレントラだってよく知ってるもんね」
道化師チェネレントラ。
獣調教師ベスティア。
楽士ファル・グリン。
目的はただ一つ――『サーカス』を幻想の外に逃がすこと。
その為に楽しい楽しい特別公演を行えば、民衆はみんなこちらに釘付けでしょう!?
●
魔種。そう口にしたのは『男子高校生』月原・亮 (p3n000006)。
旅人である彼には馴染みないが、魔種とは『純種』が影響を受け、姿を変貌させてしまう事のある存在なのだという。
狂気の呼び声は純種の性質を反転させる。幻想に蔓延った不穏な空気はこのせいなのだろうとローレットでは推測されていた。
「魔種だからこそ駆逐しないと、世界が混乱に陥れられる――か」
魔種は純種でありながらその姿を特異なものに変貌させている。
旅人にも似通る外見は、こうしてローレットで様々な旅人たちと共に過ごしてきた亮にとって『同種を殺す』かのような感覚さえ覚えさせた。
「ここで俺らが殺すことを躊躇えばもっといろんな人が死ぬ――んだよな」
ぞ、としたのは『想像もつかないほどの人が死ぬ』という事だ。
「クラリーチェや団長ジャコビニが逃げる為に多数の人が遊びで殺される……」
それは防がねばならない――そう、静かに確かめるように告げて亮はゆっくりと地図を広げた。
●
幻想国の端――ある王の遊楽で作られた『カデンツァ』と呼ばれる遊園地の廃墟。
ガラクタの山は動くことなく、その形を形として得ているだけだった。
回ることないコーヒーカップ。動くことないメリーゴーランド。誰も叫ばぬ軋むジェットコースター。
どれもが旅人が持ち込んだ知識を『面白い』とみなした王が気まぐれで作ったものだ。
そのカデンツァに魔種が三人――その戦力は並の魔種より強く、残忍性も高い――遊びに訪れているのだという。周辺の領地より領民を攫い遊園地を檻に見立ててだ。
炎を投じたカデンツァは暑く、一般人ではその煙に巻かれて命も危ないことだろう。
獣の餌として領民たちを食らうことをも辞さぬ獣調教師ベスティアは何よりも楽し気だ。
道化師チェネレントラは煤汚れたドレスを纏った少女のなりをしている。
甘えた口調で話し、狂気を伝播させ領民たちを駒のように使っているのが特徴的だ。
彼女の性質はネクロマンサー。死骸は彼女にとって『大切なおもちゃ』なのだろう。
獣調教師ベスティアは多数の獣を従えている。目深にかぶった帽子が特徴的な青年だ。
彼は獣種をも『愛玩動物』と呼び、彼らに同種を食わすことを楽しむ偏執的な思考を持つ。
楽士ファル・グリンは唄うたい。飛び出した目玉にひしゃげた右腕は楽器を持つのも叶わず。
哀れな己の身を嘆く様に歌い続ける。狂気の呼び声が一番強いのはファル・グリンだろう。
さあ、シルク・ド・マントゥールの野外公演のはじまりはじまり――!
- <Liar Break>幻想遊戯カデンツァ完了
- GM名夏あかね
- 種別決戦
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年06月29日 22時50分
- 参加人数187/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 187 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(187人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●カデンツァ・レイデイ
キヒッ――
キヒヒヒッ――
クラリーチェは何時だって遊び上手。
だから、こうして遊び場を与えてくれるんだ。ねえ、ねえ、遊ぼう。ワルツを踊ろう。
幻想(ゆめ)ならば、何だってできるんだ。
雲の上に乗りたいな。
蝶の様に舞いたいな。
馬の様に走りたいな。
猫の様に眠りたいな。
クラリーチェ、嗚呼、遊び上手のピエロット。
「チェネレントラは、」
こんなにかわいいかわいいシンデレラ。肺いっぱいに煤を吸い込みわらっているの。ねえ、チェネレントラは、しあわせですか?
●ガラクタケモノⅠ
炎の爆ぜる音がする。燃え滾る焔は周囲を飲み込まんと塀の様に立ちはだかり、周囲を見つめるが如く錆びた機械の馬が周囲を見詰めている。
ぐるりと一周見回せど、周囲には何もなく――錆び付いた我楽多だけがその場所には存在している。
「あらあら、これが悪いサーカス団のなれの果て……ですか」
はあ、と深く溜息を吐いてサユリは空へと舞いあがる。空中より見遣れば見えるのは逃げ惑う民と、そしてそれを追い求める狩人の姿。
「申し訳ないけど、私は『ハンター』――容赦はしないの」
喉を鳴らすミニョン。そして餌を求めるレーグル。周囲を見回すバルンの姿は特異運命座標たちの両眼へと映り込む。
その向こう、ミニョン一体に跨り深く被った帽子の端からちらりと瞳を覗かせて笑った『獣調教師ベスティア』が恍惚に表情を歪めている。
「……へえ、『遊びに来てくれた』んだ」
正しく、チェネレントラの言う通り。特異運命座標は救世主の様にやってくる。
その様子を見詰めているベスティアの位置を探す様にアンナはきょろりと周囲を見回した。進む道は未だまだ開かぬ――ならば、もう少しここで待機するべきだ。
(趣味が悪いにも程があるわね。正義の欠片もない……何としてもここで終わらせるわ)
錆び付き動く事のなくなったアトラクション。それは異邦人の持ち込んだ文化か。幻想国には王の道楽が色濃く残る。
「いいわね、コーヒーカップ。ここなら咄嗟に屈めるし」
入口からすぐにコーヒーカップを目指し走るゼク。宙舞うミニョンはゼクの姿を見つけ、一気に降下する――!
「始まったわね」
ぐん、とその身を一気に踊りださせた焔珠。ちりりと頬を掠めた焔の気配。それは懐かしさまでも感じさせて。
ミニョンが口をばかりと開ける。噛みつく事しか脳のない獣の如く、飛び出る其れを受け止めに奔るのは【空戦部隊】。
「まずは制空権を僕たちが貰うよ!」
空を飛んだニーニアは鞄から手紙が零れぬように気をつけながら宙を踊るミニョンを誘う様に手招いた。支援するは【空戦支援】、地上より見上げる焔珠の傍らでシャスラは只、空舞うミニョンを穿つ。
「制空権はこちらの物だ」
「ええ、そうね。世界が違っても、戦場の空気は同じだわ。やる事も同じ。邪魔なものは粉砕して、前へ進む。簡単ね!」
シャスラの言葉に焔珠がにやりと笑う。シャスラの一撃にミニョン達が頭を上げる。奔るグレイルは鼻をすんすんと鳴らし『空』へ獣が意識を向けてる先に全てを救うべく辺りを見回した。
(……獣種を愛玩動物扱い……ベスティア……この人は……許せないよ……)
餌求めるレーグルより逃げ惑う人々は只、怯えを孕んでいる。救わねば――!
「……絶対に……生きて帰る……それだけは……皆約束だよ……!」
「……さて、サーカスにはさっさとお帰り願いましょうか……地獄だろうが何だろうが無駄に騒がしいのは大っ嫌いなんでな」
炎と煙、獣の群れに、逃げ惑う領民の姿。地獄と呼ぶならそう呼べばいい。クローネは宙へと飛び上がる。翼を得た獣が降下し、領民を狙わぬように。
ミニョンを受け止めてクローネの表情が僅かに歪む。しかし、その身には援護が存在している。
「……仮初の衣を捨てる」
呟きと共に大空へと舞い上がる。レイヴンは変化を解除し、背の黒翼を羽ばたかせる。ポリシーだと出し惜しみしている場合ではない、覚悟は当にできているのだから。
「戦闘というものを教えてやる!」
一気に上昇し、宙を飛んだままにその身を躍らせる。ミニョンを地面へと叩きつける様にぐるりとその身を反転させて、レイヴンが見送ったその向こう、珠緒はマギシュートで一気にその獣を撃ち抜いた。
「あちらを追い、こちらで戦い……大事とはいえ、忙しいですね。こみ上げてくる血を吐き出す暇もないというものです」
流石はベスティアのお気に入りの獣たちか。耐久力に優れ、宙を踊るものは皆、交戦的な仕草を見せる。
空中で応戦する部隊は皆、ミニョンの餌だと認識されているのだろう。翼を持つものは皆、集中的に獣の攻撃を受け続ける。
(地上敵から数を減らすが吉か……本来は戦の前の演習で果てる筈のみであった。こうして戦場に立てただけでも本望なのである)
マスターデコイはメリーゴーランドに背を預け、地上を動くミニョンを狙う。珠緒が言った「虎に翼は諺だけでいい」の言葉に「違いない」と小さく返し。
「我が物顔で飛ぶじゃないか。でも、空はアンタのものじゃない」
ジェニーはふ、と唇で笑う。何処に居るかは目星は付いた。宙を躍り攻撃を続ける特異運命座標たちが目指すは空の確保だ。
(正直戦力になるとも思えないし、悪い未来しか見えないですけど……)
セラはそう呟く。空を飛べばミニョンによる攻撃を受けるかもしれない。敵味方問わず目立ちたくはないというセラは小さく呟いた。
狙撃においての集中力は大事だ――だから、外さない。
ぐらりとミニョンの体が揺れる。宙より堕ちるその体を避けて緋呂斗は地上を行くミニョンへとその拳を叩きつける。
「これ以上人が傷つくところは見たくないし、傷つけさせない……僕、頑張るよ」
ミニョンに跨ったベスティアを狙うにはまだまだ遠い――ベスティアの討伐狙いの特異運命座標達も獣の多さには歯噛みする。
「正直こんな大きな戦いに巻き込まれてブルっちまいますが……
ですが、これは貴族様方からの依頼、プロ意識を持って挑まねばないません。何、完璧です問題ありません」
Unaは両の足に力を籠める。そうだ、ミニョンを倒し、周囲に蔓延るレーグルの中を掻い潜り、この場の『エリアボス』に届かせねばならない。
オカカは『いいおにく』を背負い、走り出す。食材適性の高そうなオカカは「ボクはごはんじゃないー!」とぴょこりと跳ねる。
オカカを追い掛けるレーグル達を見送りながらアンシアはその間より見えたミニョンへと一気に近づいた。
「やれやれ、殺しは遊びでするもんじゃないぞ……」
必要な分だけ、的確に。食物連鎖に添うように。それを解らぬから淘汰されるのだとアンシアは肩を竦めて。
ミニョンの耐久性は高い。ならば、最大火力の許、その体に傷をつければいいだけだ。
ミニョンの唸り声がする。ふる、と震えながらもリピィーは首を振った。狂気に侵されたバルン達。ベスティアの呼び声が侵食しながらも今はまだ、『絆の手紙作戦』の効果を感じさせている。
「もらったこのぶきにちかって、かならずみんなでかえるなの……っ」
彼らはまだ戻って来れる――ミニョンやレーグルの餌になるかもしれないバルン達。狂気に侵されているからこそ、食事とされても意識はないのかもしれない。
ならば、救うのだ。命は大事に。「にげるのも、ゆうきあるこうどうのひとつなのよ」と己を鼓舞してリピィーは走る。
カシエは地面を蹴り上げる。ミニョンは強いと知っている、けれど――足止めならばできるだろうとカシエはよくよくわかっていた。
「ヤギの脚は痛いですよ?」
カシエが足止めしたその後ろ、バルンがふらりと近寄ってくる。カシエが振り仰ぎ、視線を贈れば、その向こうには明日が立っている。
「私めが手を繋いでおります、ですからどうか正気に戻ってくださいまし!」
バルンは未だ戻れる――組技を使用し、バルンの意識を取り戻さんと懸命に戦う明日。
「頑張ってください! 負けないでください! 貴方様は強い御方です!」
戻ってきて欲しい。闇に飲まれたならば、戻る所は何処にもないのだと知っている。だからこそ――手を伸ばす。
救うために奔る者あらば、それを狙う獣も存在している。なればこそ、騎士はその身を盾とする。
(俺は落ちぶれたとは言え騎士だ。領民を守るためならこの命をチップに大博打に乗るのも悪くない)
マキーニはミニョンの許へと至近距離で飛び込んだ。救護に回る仲間達から視線を逸らさせ、己の許へと――一気に引き寄せる。
「我が身捧げて貫き通す!」
その背の後ろより、空を見上げた死聖は柔らかに笑みを溢す。敵に狙われぬよう、息を潜め翼在るものを落とすが如く。
「出来れば可愛い子と共闘してみたかったけど……いや、そんな事を言ってる場合じゃないのかな」
「ある意味で共闘だ。この地に居る者は全て仲間なのだからな」
リアムはレーグルに憎悪を滾らせる。数の多いレーグルはミニョンほどではないがそれなりの強さを持っている。制空権はもうすぐ確保できる、ならば、次に壁となるのは無辜な民を傷つけ蹂躙するこの獣たちではないか。
(――何処の世界でも理不尽に散る命があってはならない。……絶対に)
ヒヅキは瓦礫の間から顔を出す。此処がローレットに所属してからの初の戦場だ。強気に攻めて見せるとヒヅキは周囲の獣を蹴散らせた。
遠く見えるミニョンに跨ったベスティア。討伐できれば、と思えど、己の力では届かぬことを知っている。
「さて、果たしてこの呼び声という現象の芯は何なのか、深入りすると危険そうではあるのよね」
「気分が悪くなる……そうだね」
純種の心を歪ませる呼声。アニエルは探偵として全てを識るべく戦場で戦っていた。突出せぬよう、数の多い相手に勝てる様に。
獣数は多く、力もそれなりだ。周囲で聴こえる声が、鼓膜を叩く。表情を歪めるアニエルはどうしたものかと小さく息をついた。
「厭ね。本業ではお役に立たなかったから今、ここで成果を上げなくてはならないの。けれど、どうにも『わからないわ』。魔種って何かしら?」
かつり、とヒールを鳴らしたマルベートは素晴らしいと笑みを溢した。
(食べるだけしか能のない獣達か。成程、素晴らしい――獣とはそうでなくては)
マルベートは傍らに立っている娘、ミレニアと共にレーグルの群れへと向かう。今日は親子でお散歩だ。
「然しながら、食うものはいつか更なる捕食者に食われるものさ。そして今がその時だ」
ミレニアはぱちりと瞬く。義母の後ろに隠れ、見る殺戮は心地よいものなのだろうか。嗚呼、けれど、楽しいらしい。
「友達を沢山殺しに行くらしい。沢山食べに行くらしい。それはとても楽しい事、らしい……。なら」
見学。母が連れて行ってくれるのだから、楽しいに決まっている――ねえ?
(ヒトの戦いは、怖い。悪意が、たくさんだから。けれど、人手、足りないって。ワタシが、役に立てる場所。あるから、って。
――だから。怖いけど、来た)
ドラゴンリリーは花の香りで精神安定を図りながら、入り口でのケアに当たっていた。傷付く領民たちの不安をなくせる様にと。そして、傷付いたバルンたちの気持ちを少しでも軽くできればとドラゴンリリーは考える。
それも一つの闘いだ。それだって、必要な事なのだ。
●カデンツァ・ジェントル
炎の中で踊っている。誰も傷つけまいと踊っている。
だから――?
だから、それを正義というのか。
莫迦らしい。莫迦らしい。
動物が何かを喰う様に、魔種は『こうすること』しかできないのに。
アイデンティティを莫迦にして。
それでも正義気取りか、こいつらは。
●ひしゃげた広場Ⅰ
がらんどうの広場にはヒーローショーが行われていたかの如き名残が見える。子供たちに好まれるであろうその広場の中心で楽師ファル・グリンはひしゃげた腕を庇う様に座っていた。
(待ちに待ったサーカスの殲滅戦がついに始まるんだね!
街が騒がしくてなかなか安眠できなかった日々とはこれでおさらばだ。サーカスを倒し、幻想に平和をもたらす為に僕も頑張ろうじゃないか)
サフィールはそう、胸を撫でおろす。狙いはそうだ――あの向こうに見えるひしゃげた腕の楽師ファル・グリン。
しかし、サフィールはよく分かっていた。このままでは自分たちは苦戦する。そうならぬために、全力を尽くさねばならないのだと。
哀れな楽団に、ベスティアがつれる獣たち。数は多くはないが呼び声が意識を揺さぶるが如く。異世界より訪れた結乃にはあまり感じられない狂気が其処にはあった。
「おねぇちゃん、危ないから前に出過ぎないでね!」
「おっと、そうじゃな。あまり結乃から離れな過ぎないようにしておくのじゃ」
大きく頷く華鈴。離れればいざとなった時に結乃を護れぬという華鈴と結乃とて同じ気持ちだ。
結乃は知っている。はじめての大きな戦い――これが沢山の人の命を守るという事、これが、ローレットで働くという事。
「ボクの回復が届く範囲ならだいじょうぶ! ゆっくり1体ずつ相手しようね」
「そうじゃな、一体ずつ確実に……囲まれぬようにだけ気を付けて、じゃな!」
走り出す。ヒーローショーの観覧の為に設置された椅子を蹴り、飛び込む華鈴の一撃が獣を殴りつける。続く結乃は『おねぇちゃん』を支援する。
「ここね」
ロスヴァイセのヒールが地面を叩く。ガトリングの弾丸は敵を貫いてゆく。支援するシャルロットは緑の抱擁を元に只、戦うロスヴァイセを癒した。
「悪趣味なサーカスね。やってしまいなさい」
「……聞こえてるよ」
ぼそりと呟くファル・グリン。その声に首を傾げたアーリアは「ん~」と小さく伸びをした。
「いやねぇ~、血腥いサーカスのせいでおちおちお酒も飲んでられないじゃない。いい加減終わりにしましょ~?」
狂気の呼び声はアーリアにとっては『二日酔い』のようなもの。頭がガンガンして気持ち悪い? そんなのっていつもの事だと彼女は笑う。
「帰って美味しいお酒を飲むんだから、こんなものに負けないわよぉ!」
「確かに、これじゃ酒が不味いな。お前らの唄は聞くに堪えないんでな。俺が本当の詩を教えてやるよ」
桜花は楓を振り仰ぐ。支援する楓と共に前進し、謳い上げるは勇壮なるマーチ。味方を鼓舞し、只、眼前のファル・グリンの許へと届けんと走りゆく。
「桜花」
名を呼んだのは、彼女を連れていかれぬように。楓は只、この場に純種が立つ事が危険であることをよく知っていた。
勇猛なるローレットの冒険者のバッドステータスを回復させながら、楓は桜花の歌声を聞いている。
「サーカスは気に食わないから、徹底的にやるよ」
その言葉に、豪斗はなるほど、と両手を打ち合わせた。ゴッドが目にしたのは獣たちの姿だが――それ以上にこれは地獄絵図だ。
「なるほど、なるほど! 奴らこそが滅びのアークをコレクトせし者達か!
なればゴッドがこのワールドに招かれし理由、果たさねばなるまい! 神愛なるゴッドワールドの信徒(フレンズ)達の為にも!」
ゴッドは気付いた。フルパゥワーでなくとも、ゴッドがゴッドである以上。人の子にパゥワーを与えるのがゴッドの仕事だ。
桜花、楓、アーリアとは別方向に進みながら『バッドスティタス』を無効化すべく豪斗は進む。
イシュトカは同じ【声聞師】の仲間に示し合わせ、我に続けと仲間を鼓舞する。お互いに目的は示し合わせた。
「さあ、行こう」
謳い上げ、飛び込まんと襲い来る獣の群れを受け止める。ファル・グリンの歌声さえも掻き消す様に――!
――オレは戦うのは好きじゃない。でも、キミ達が悪い事をして、オレに殴られて、それでキミ達が死んでも…そんなの、オレは知らない!
ネームレスは周辺を見回す。領民を襲われぬよう、唯、ネームレスは戦い続ける。
危ないと感じたその刹那にネームレスの前へと飛び込んだのはアーサー。
「散々、みんなの人生を狂わせやがって。落とし前をつけてもらうぞ、サーカス! アーサー・G・オーウェン、此処に推参!」
アーサーとネームレスは獣たちを受け止める。ふと、領民へと襲い掛からんとした獣に向けて「ちょっとまったー!」とかけられた声がある。
その瞬間だ。それこそ、好機であるとアーサーとネームレスが攻撃を仕掛けてゆく。
「みんなの邪魔はさせないぜー!」
ユーキは顔を上げる。『センパイ』の邪魔をさせないと露払いを担うユーキは堂々たる名乗りを上げて、獣たちの注目を一身に浴びる。
ユーキに集まる獣たちを受け止め、攻撃を仕掛けたのはレッド。
「狩りならボクもできるっす!」
に、と笑ったレッドは飛び掛からんとする獣の体を一気に撃ち抜く。レッドが一歩下がる、ユーキがはっと顔を上げたその向こう――トリーネがぴょいんと宙へと飛び上がった。
「派手に行くわよー! こけえええええええええ!」
放たれたのはいんこキャノン。飛べない鳥でも『飛び上がれば』攻撃が届くはずだ。「生きることも戦い!」とユーキが告げればトリーネはその通りだと「こけ!」と鳴いてぴよエール。
「レッドちゃんを食べていいのはボクだけだからね?」
「食われるのはそっちの方っすよ!」
にへらと笑ったクレメンティーナはレッドの背を護りながら、近術を使用して襲い来る獣を淘汰する。
「あんまりおいしくなさそうだけど、食べたいなら料理してみようか?
……あ、ちょっと――優先任務は他にある。奴等は捨て置け、だよ」
深追いするなと新米冒険者へと声をかけたクレメンティーナの声音は冷たい。諸先輩の姿を刻む様にユーキは『勇気』の言葉の許にそれも戦いなのだと頷いた。
楽師ファル・グリンを目指すにはまだまだ遠い――センキはその道を開かんと只、前へ前へと進み続ける。
「これも、犯罪組織ネオ〇〇〇〇〇帝国の仕業に違いない!」
果たしてそうであるのかは定かでないがセンキはヒーローショーの広場を舞台に悪の組織を倒すべく戦い続ける。
「理性をなくした獣には、罪も罰も無いのかな?」
エメトはそう呟いた。獣に必要なのは営みだ。只、餌を貪るだけではそれは『ガラクタ』ではないか。
ファル・グリンを目指し前進するエメトはベスティアの獣たちを確実に1体仕留められるようにと振る舞い続ける。
「キミ達の芸ってさ……正直、つまんないよ」
静寂のバラードを謳い、隼人は混戦状態の中を進む。こんな時ならば誰かを救う事が出来るはずだと癒しを与える隼人の表情が歪む。
(ごめんね直接戦う力は無い。力持つ人達を少しだけ後押しするのが精一杯)
そう言いながら癒しを与えた隼人の前でクロアがへへ、と小さく笑う。幻想は貴族社会だ。貴族を敵に回すからこうなったのだと、彼は言う。
「くそっ、後方から安全に戦えるはずが! こんな所で死んでたまるか。俺はいずれ世界を手に入れるんだ。
俺みたいな底辺の連中が食い物になるようなこの国を、世界を壊して……だから、お前は死ね! 死んで俺の糧になれ!」
声を上げるクロアが攻撃を集中させていく。癒しを与え、懸命に支援する隼人は誰もが死なない未来が為にその支援を尽くした。
『斬り飛ばせー一匹でも多く!』
「解ってますよ」
進むマリスは全力でその身を武器にする。温存は大事、自分一人ではないと知っているからこそ戦法を見せる。
色違いの瞳はくるりと周囲を見回す。尻尾をぴんとさせながら懸命に頑張る鈴音は「にゃ!」とマリスの視線に気づいた様に首を傾いだ。
『衛生兵、衛生兵……テラちゃんのAPがピンチでーす』
「遊ばないでくださいマリス」
「は、はいですぅ! ちょっとしか回復しないのですけれど……」
しょんぼりとしながらも鈴音は戦い続ける。サージェイトはレベル1――何、気にするなと言うように堂々と笑った。
「猫さんは回復だけが取り柄じゃないのですぅ」
「ああ。我が魔力の奔流、混沌に封じられようと、抑え切れると思うな!」
サージェイトの言葉に鈴乙羽頷く。何処までも尊大である。サージェイトは王の務めであるとそれを自任している。
民と兵を不安にさせることはない。それが王たるものの務めだ。
「我に構わずとも良い。特に工夫せずとも我が力は振るえる!」
目指すはヒーローショー広場の制圧だ。颯姫は前線に飛び込み、哀れな楽団たちの制圧へとその身を乗り出した。
「楽団の人達が狂気に堕ちて戻れなくなってしまったのなら、出来れば最後ぐらいは良い声で泣き叫んで死んで欲しいですね」
攻め掛かる事紅蓮の如し――その紅蓮の力で焔を無効化できるわけでもない。だが、気は持ち様か。
焔の攻撃を仕掛けられぬようにと対策打った颯姫の傍らでヴァトーは表情を曇らせる。それが『感情』であるとヴァトーはよく理解していた。
アンドロイドは人らしい感情を学びたい。『ヒトの心』とは何処にあるのか。全てをプロデュースするように、彼は懸命に戦い続ける。
「命を無下に扱う奴等を 俺は否定する!!」
「ああ。狂気に侵された哀れな楽団……もはや戻れぬのならば、魂に救済を」
クリスティアンは優雅に楽団たちを相手取る。その様子を舞台上から眺めていた楽師ファル・グリンは不思議そうにぱちりと瞬いた。
「……『要らないものなら殺していい』?」
「な――」
ヴァトーが静かに息を飲む。その言葉にクリスティアンは瞠目する。
「……それは、魔種が君たちにとって不都合な存在だから?」
「人を殺め、幻想を混乱に陥れたサーカスがその様な事を語るだなんて! 皆様の幸せを奪った代償、お支払いいただかねばなりませんわ」
ミラは声を張る。周囲で奏でる音を遮る様に弦を爪弾き、前線へと弓を届けて。
ミラの表情は曇る。楽師ファル・グリンは狂っている。だが、命が平等ではないと誰が言っただろうか。
「……要らなければ殺すんなら一緒だね?」
「そんなこと――」
歯噛みする。ファル・グリンの言葉に【ア・カペラ】の面々は皆、混乱していた。どうして語り掛けて来たのか、それは楽団を狙ったからであることは一目瞭然だ。
「あまりむずかしい事は分からないけど。僕は仲間と笑いあえる日常が大切なんだ……なんとしてでも守ろう、ランベール!」
「……わかりやすい」
イザークの言葉にファル・グリンは頷いた。私利私欲のためだ。それならば、魔種と同じでわかりやすい。あとはどちらの欲が勝つか、只、それだけなのだから。
「やれやれ、イザークがあれだけやる気なのも珍しい。張り切って大怪我をするんじゃないぞ?
さて、敵は強大だが……その残虐性は許されざるものだ」
ランベールは躊躇いなく人殺しを行えるその残虐性から淘汰せねばならないものだと魔種を認識していた。イザークがぴょいんと跳ね上がり、ランベールと共に楽団の動きを阻害する。
「……残虐性って、殺しは一緒なのに、ね?」
くりん、と瞳が回る。ひしゃげた腕を揺すって謳い始める楽師にジョセフは怯む事なきように仲間へと声をかけた。
「あちらに癒し手はいない! 戻れぬのならばせめて開放を。『影響を受けて』狂った事など本望であるわけがない!」
伴奏役は必要ないのだとジョセフは進む。イザークが尻尾を揺らし堂々と歌い始める。狂った歌を聞こえぬように。
「♪誰だって 立ち上がればヒーロー
前を向いて 踏み越えていこう 明日へ!」
さあ、その歌に背を押されろ。進め、進め。眼前の楽師は表情を歪めている。さあ、この儘だ。
「そして楽士は独唱すべき――孤独に唄を晒せ!」
●ガラクタケモノⅡ
「この世界で目覚めて直ぐだけど放っておけないから」
そう言ったイージアは後衛より回復薬として立ち回る。イージアの背後ではクロが立っていた。
煙対策にマスクを、と配布する特異運命座標達は地上での交戦は獣と違い不利になる事を知っていた。
けれど――けれどだ、諦められないのはイージアもクロも同じだ。
「我が麗しの君(マイ・フェア・レディ)、僕は初めて君以外のために戦うよ」
そう言ったクロ。奇跡には頼る事はない。自身の力で皆を救うとそう決めたから。
イージアは走る。バルンを傷つけることはないように、と。レーグルとミニョンを撃破戦と進むクロはその拳を武器とする。
望は囚われの領民を探す様に周囲を見回した。数は減ってきている、確かな感覚だ。
(……レーグルから領民を救い出さなくてはいけませんね)
それは【害獣駆除】だ。レーグル相手に戦うゼレディウスはイージアをちら、と見遣る。
「弱き人々に牙剥く獣は、駆除されるのが世の定め」
魔力を放出し、大量に辺りを跋扈する獣を駆除戦とゼレディウスは地面を蹴った。領民を襲わんとするレーグルの横面へと弓を射るクルティアリアは「くふふ」と笑み漏らす。
「くふふふ、初の実戦がこのような大きな戦とは、胸が躍るようじゃ」
るんるんと、踊る様に我楽多のメリーゴーランドを舞台にクルティアリアは踊る様にレーグルを穿ち続けた。
ゼレディウスはその弓を追い掛けて、前進してゆく。
「ワタシはまだまだ弱っちいから、悪いけどワタシの糧になって」
奇襲攻撃を重ねていたなずなははっとしたように顔を上げる。そうだ、目の前にいるのは獣の如く理性を亡くしたバルンたち。
「バルンでたよー!」
それは合図。バルンは獣の如くなずなへと飛び掛かる。バルンの拳を受け止め、そのまま足を跳ねさせたなずなが「っと」と小さく声を上げた。
「……俺、手加減するつもり……ないよ! ま、みんな殺すなって方針みたいだし殺さないけど」
獣は腹を空かせている。逃げ惑う領民たちを助けねばとゆっくりと前へと向かったのは【何でも屋】。
「……流石にこの状況で仕事したくねェなんて言えないよな……何より俺のギフトが助けを求める声を聞いちまう」
溜息交じり、誠は無視できればよかったのにな、と呟きながら人助けセンサーを頼りに怯え、獣に襲われんとする領民の前へと踊り出る。
「わう! ご主人様が珍しくやる気なのです! でもそれも仕方ない事……このままだといっぱい色んな悲劇が生まれてしまうのです」
「彼はそういう人です……助けを求める人を見捨てられない人……優しく甘い人」
だからこそ、『主人』の矛となり盾となる。ミナとナナミは人命救助というお仕事を主人と共に熟して見せる。
誠が救助者の前へと踊り出れば獣をひきつけるのはミナの役目。ミナが受け止めればナナミは矛として一刀両断浴びせて見せる。
「……例え私が敗れようとご主人様の……愛する人の邪魔は……させない!」
「私が全員守るのです! なのでこの先は私を倒してからにしろ! なのです!」
物資を運び助けるが為にとロロリアはローレットで準備した布と水を使用して煙を避けるべく準備を進める。
煙に巻かれ体が気だるくならぬようにと気を付けるロロリアに追従するのはリモー。
「ロロリアの姉御の手伝いをするっす!」
その言葉にこくりと頷き、物資を出し続けるリモーにロロリアは声を発しながら仲間達へと物資を配布した。これも戦術だ。焔の気配が近い。煤に汚れた頬に構う事無くロロリアは顔を上げる。
ロロリアの物資を受け取って、ゴウシは気休めでも煙除けに鳴ればそれでいいのだと頷いた。
「バルンだ」という声を聴き、大声を発するゴウシは只、その獣種を救いたいのだと手を伸ばす。
「しっかりするんだ! キミはオイラ達の仲間だろ!」
狂気が伝播している――それは解っている。
抗いがたいものだ――それも解っている。
だからこそ、ゴウシは声をかけるのだ。絆という見えない物があるのだと手紙でよくわかったではないか。貴族たちも王もこの惨劇を望んではいないのだから。
「大丈夫だ!」
だから、とゴウシは手を伸ばす。バルンは不安げな表情を見せるがプラレチは致し方がないのだとその様子に多いに頷いた。
そうだ、仕方がないのだ――しかし、プラレチは苛立ったように溜息を吐く。
「まったく、なーにがサディスティックな調教師さまだ。ただの可逆趣味の変態ヤローだよね」
「ったく、高い所から見下して気軽に人を玩具にしてくれやがるぜ」
グレンはプラレチと視線を合わす。人助けセンサーを使用して、探知し情報共有したその場所にプラレチとグレンは手分けしてバルンと領民の対処に当たる。
(折角運命を切り開く力ってヤツを手に入れたんだ、そりゃぁ使わねぇってのは嘘だろ!)
グレンが領民の許へと走り寄ればそれに続きレーゲンが「きゅ」と鳴く。人助けセンサーとエネミーサーチを活用し、領民の逃げる方向をレーゲンは指示していく。
「あっちにいくッキュ」
「……あ、あっち――」
震える声の領民に大丈夫だと宥める様にレーゲンは頷いた。レーゲンが搬送する領民たちを新人たちは皆、しっかりと誘導していく。
「たたっ斬ってやる!」
グレゴドールは声高にそう言った。面倒事は御免だ。殺さなくていいものを殺すのだって御免だ。
集中攻撃を受けぬように、周囲の特異運命座標と連携し、こう檄を重ねる彼の背後を領民たちが走ってゆく。
今のグレゴドールは盾だ。無論、獣の攻撃は苛烈だ。餌を奪われまいと命からがら襲い掛かってくるのだから。
「こっちだ!」
新人の統率を担ったゴリョウは演説と兵隊指揮の力を利用して、新米冒険者たちを鼓舞していた。
「テメェが死ねば領民が死に、隣の仲間が死ぬ。生き延び、成すべき事を成せ!」
「ヒトを壊したり苦しめたりして遊ぶなんて酷いのです! そんな事はさせないのです!」
ルアミィは人助けセンサーを使用して、領民達の許へと走る。もしもの時は自身が盾となり領民を護るのだと、そう信じていて。
「時間を稼げば、きっと仲間が来てくれるのです。ルアミィは信じてます!」
「うん、大丈夫! 一人でも多く、ううん、全員助ける! 皆で生きて帰る!」
フェスタは探索する。とにかくがむしゃらに走る。大丈夫だ、と声をかけ、全を救うために奔る。
獣に襲われんとしている領民を見つけ、フェスタは容赦なくその身を割り込ませた。顔を上げたフェスタの視線にルアミィは大きく頷き走り寄る。
(死ぬのはとても怖い事だ。親しい者を残して逝く場合は特に。
ギフトで息子の声を何度思い出しても辛い……だから、誰も死なせたくない!)
ウェールはマスクをつけ、レーゲンに続くウェールはバルンを見つければ声を上げ、決して命を奪わぬようにと立ち回る。
救助班の仕事は多い。それ故に、レーゲンとウェールはその瞬間に掛けていた。
「領民を助けるよ、犠牲になんてさせないよ!」
レーゲンとウェールの情報を元にアクセルは制空権を確保しているその場所で宙を舞い、機動力を武器に救いに走る。
救助が為に飛ぶアクセルは襲われかける領民を見つけはっと顔を上げる。
「バルンも死なせないよ!」
「ええ、癒して見せますわ。こちらへ」
ザック一杯に衣料品を詰め込んで居た瑠璃篭は一瞥し、要救助者を探して応急処置を続けていく。命を繋げることこそが命題だ。
瑠璃篭の診療は性格だ。過酷耐性を駆使し、猛獣ショーを見遣ったフルートは空より情報を提供するミミと連携し続ける。
「遊びの趣味も『良いセンス』の猛獣使いさんだなぁ! 楽しそうだから邪魔してやりたくなるねぇ! 私、マナーの悪い客なんだよ!」
「キ・キ! サーカス皆まともじゃないデショ? 大声で言っても問題ないよねキ・キ!」
宙を舞い、情報を与え続けるミミにフルートは大きく頷いた。
「……むっ、道中に獣が居る……しかも手強そう……仕方ない。先にこいつらを斬りますか」
未だ、歩み続けるミニョンを両眼に映し込み香は『悪いサーカスの人たち』を斬るが為、進む。
かちゃかちゃと刃を鳴らし、一刀両断、その刃に想いをこめる。
香を支援する礼拝に出来る事――それは『勇気を持って当たる事』。ただ、それだけだった。
「壊れてしまうのは、おなかが満たされるより、もっともっと気持ちいい事なのですよ……?」
礼拝の与えた勇壮なるマーチ。触れた指先は分子レベルで全てを分解するように傷付くミニョンの体を瓦解させてゆく。
「……うん、獣を斬るのも……これはこれで……病み付きになりそう」
その言葉にくすりと笑ったのはエリザベス。翼を持つミニョンの生き残りは最後の力を振り絞った様に地上に立った特異運命座標を狙っていた。
だが――「足元がお留守になっていませんこと?」
柔らかに笑みを溢してエリザベスは魔砲を放つ。遊園地に花火はつきものだ。こうして打ち捨てられた機械たちはどの様な気持ちであろうか。エリザベスは廃墟と化した遊園地を見回した。
(やるべき事、為すべきことが有るというのは幸せな事ですわ。わたくしもそれを探して彷徨っているのかもしれません)
精神を蝕み、操る所業。侵略手段としては、良策と言えるでしょう――無力化、または抑制されなければ、ですが。
そう言ったフォーガは「絆の手紙、か」と小さく呟く。レーグル達の相手となる。
皆から距離を開けぬように――そう気を使い獣へと打ち込む精密射撃。支援を受けながら目指すは一頭ごとの完全撃破だ。
「狂った彼らが資料を残していれば、領民の捕われた場所がわかれば助けになるわね」
そう呟いたゼクは胸を撫でおろす。その言葉に頷く新人冒険者を視線で追いかけてエリシアは声高に叫ぶ。
「深追いは止めるのだ! 奴らは我らより実力が上、必ず罠か策がある!」
だからこそ、戦士は倒れてはならない。他部隊の足並みを乱すことは禁じられている。
エリシアの回復を受けながら、アニーヤは前線で新人冒険者と共にレーグルの対応に当たっていた。
「……召喚早々大掛かりな依頼に駆り出されちゃいましたね」
そう言いながらも、共に戦う相手が居ることはどこか心強い。
「ちといてぇだろうが我慢してくれ、今目ぇ覚まさせてやるからな……」
呼び声の効果を薄れさせんとリゲルはバルンの下へと走る。その胸に宿るは憎悪の焔だ。
同胞を玩具の様に扱われることがリゲルにとっては我慢ならなかった。共食いするところが見たいなど言語道断だ。
「喉笛食いちぎられんのはてめぇの方だぜクソッタレ」
その瞳に怒りを乗せてシエラは走る。獣種を玩具にするなんて許せないと、手が届く場所に居たベスティアに向けて走り寄る。
「ベスティア! あなたを好きな奴なんて居ない!」
噛み付く様にシエラは言う。瑠璃はミアちゃん、と振り仰ぐ。ベスティアの道が開くまで待機していた【白猫】の面々は皆、ベスティアの討伐の為にその身を投じた。
瑠璃の癒しを受けてシエラは痛みを感じた腕を庇う。鞭振るうベスティアが「危機分けがない」と蔑む様に告げた言葉にぴん、と耳を立てたミアが歯噛みする。
「わんわんおねーちゃん!」
「大丈夫っ」
「……ミア達、。獣種は見世物じゃない……の! 鉄屑……今宵は、お前が見世物になる番……にゃ!」
怒るミアを庇う様にキースは「リーダー、無理しないでねぇ~」と柔らかに笑う。軍師のエスプリはウォードッグたるミアを支援するように立ち回る。
「へぇ~ここ面白いねぇ。
異世界の遊園地かぁ~。どっか電源生きてたりしないのかなぁ~。観覧車動いたら、魔種びっくりしそ~」
冗句交じりに笑ったキース。カシミアは対照的に身震いし、獣種を愛玩動物のように扱うというそれだけで考えただけで虫唾が走るのだと首を振った。
カシミア走っている。救護隊が走れど、全てを救えないのだと知っていた。到着時点で獣に襲われた人々は幾らか見た。
呼び声の影響を受けやすい純種たる新米冒険者たちが不安げだったのも知っている。だからこそ、頑張らなくてはならないのだ。
「僕そういう慈悲の無い事しちゃだめだと思う! だめだと思うから、やっちゃわないとだよね!!」
「その通りにゃ。動物を玩具扱いなんて、えんたーていにゃーの風上にも置けん奴にゃ」
シュリエは牙を見せ、不機嫌そうにそう言った。シェリルはその言葉に大きく頷く。相方も旅人ではあるが獣型だ。そう思うと無性に苛立ってしまうのだ。
「獣種さんを虐める奴は許さん」
そう告げて、シェリルは進む。ベスティアの許へ届かせて、癒しを贈る彼女らの両眼に移るのはベスティアの跨ったミニョンの姿。
(ああやって獣がいると進むに進めないな……)
いつ、あの獣が暴れ出すか。シェリルとシュリエはミニョンの動きをずっと見つめている。
「鈴鹿、貴女と組む事になるなんてね……渡したその刀、少しは扱える様になったのかしら?」
そう言った輪廻の言葉に鈴鹿はふん、と鼻を鳴らす。牙を見せ、ベスティアを狙うべく進む鈴鹿は得物をそっと掲げた。
「……それはこちらの台詞だ、秋空……しかし、何のつもりなの?こんな業物を寄越すなんて」
さあね、とそう言って輪廻は一気にベスティアとの距離を詰める。ぐん、とその身を反転させる輪廻を受け止めてベスティアは一気に跳躍する。
ベスティアの跨っていたミニョンは自由の身となり、一気に輪廻と距離を詰めた刹那、鈴鹿はその獣を受け止めた。
「まるで貴方が檻の中の獣のようね?」
そう煽る様に言ったアンナ。本当にこの場には正義の欠片も何もない――だから、ここで終わらせる。
機動力ならこちらが不利なのを知っている。ミニョンが襲い来るそれを受け止めて、アンナは一気に顔を上げる。
ふらふらと近づかんとするバルンに気付きギギエッタは「獣がいっぱいね!?」と慌てた様に呟いた。
「レーグルもバルンもお腹を空かせてるけど、アタシは餌になるのは御免よー?!」
ベスティアの討滅が為、奔走する。人々を救うために戦う以上、取り溢しがあるのは致し方がない事だ。
リディアはベスティアを逃せば多くの獣がこうしてまたも調教されることを知っていた。だからこそ、ここで逃すまいとシエラとアンナの支援を行い弾幕を張り続ける。
「ふうん、楽しそうだね」
「……楽しくなんて、ないのっ!」
まるで吼える様にミアが言う。ふらつく、シエラが、アンナが、顔を上げ、ベスティアを受け止める。癒す瑠璃は攻撃力の高さに追いつかんと懸命に願った。
「フイ打ち上等、卑怯はホメ言葉ダヨ」
ベスティアが顔を上げた刹那にジェックが打ち込めば、ベスティアの瞳はぎょろりと向いた。ミニョンは地面に叩きつけられている。
気配を遮断していたジェックを探す様に蠢いた瞳。苛立ったようにベスティアは「あいつだ」と囁いた。
「オット」
ジェックが移動を始める。ベスティアは追い縋る様に手を伸ばす。周囲の生き残りたる獣たちがベスティアの動きに動いて動き出す。
「本領発揮――?」
「かもしれないけれど、誰かを虐げる力の近い方しか知らない人間は粛清されるべきなのです……!」
ミアちゃん、アンナとルルリアが呼んだ。前進する。ベスティアの動きを阻害して、ルルリアは重ねられる攻撃から己を護るように全力で防御に回る。
ノイエは決意していた。共に行くメンバーが死に直面したならば奇跡を乞うのだと。
誰かが傷つく事はいやなのだとノイエは願うように指を組み合わせる。
ベスティアが飛び掛かる。瞬時に体を逸らしたティアがぱちりと瞬く。胸元で『かみさま』が言っている。
「獣種を見世物として扱うとか赦せないね」
『慈悲は要らん。全力で潰すとしよう』
「うん、全力で殺しちゃおう」
慈悲なければ攻撃も苛烈になる。12名。白猫は靭やかにベスティアを狙っている。此の儘だ、この儘倒せばいい――さあ、もう一撃だ。
ミアに視線を送る。そうだ、許せない相手なのだ。
ティアはゆっくりと指先逸らす。弾ける様に飛び込んだ一撃は――
「――アッ」
声は一瞬だった。
ベスティアの瞳が見開かれる。そこに落ちた帽子は風に攫われる。
誰も拾うことはない。只、残ったのは獣が呻く声だけだった。
●カデンツァレクイエム
……不思議だね。誰だって歌を聞けば踊り出した。
……踊らないんだ、踊らない。どうしたって『悪者扱い』だ。
魔種は全てが悪い訳じゃないと思うんだ。生きてるだけで、不幸を集める? だから――?
だから、何? それの何が悪いの?
何も悪くはないんだ。だって――だって、困った事は何もない。
●ひしゃげた広場Ⅱ
「亮さん」
ふわりは顔を上げる。こうした戦闘だ、そして、彼は普通の少年だとふわり走っている。
「大丈夫、みんな一緒だよ」
頭をぽんぽんとし、励ますふわりの言葉に亮は大きく頷いた。ここは死地だ。彼とて戦闘慣れしていない――一歩間違えば誰かが犠牲になる世界だ。
「たとえもふもふさん相手でも手加減はしないのです」
「何人か借りるぞ! 殲滅次第援軍頼む!」
ルフトは周辺の新米冒険者と共に遠く向こう――ホールより溢れ出した敵を受け止める。
指揮を担ったすずなはルフトの言葉に大きく頷く。数が多ければその分、冒険者たちと共に戦えばいい。彼らが飲まれぬように、指導者として前線へと躍り出る。
「此処を通してはなりません! 我々で阻むのです!」
すずなの声に新米たちは頷いた。ルフトと共に前線へ向かうききょうはルフトの指示に従い頷く。
孤立はしない。包囲されぬようにヘイトを分散させ、只、楽師ファル・グリンを倒し、この場の不幸を収束させることこそが【獣狩り】の目的だ。
「いやはや壮観、これだけの数を相手に立ち回らねばならぬとは、骨が折れるでござるなあ」
レンはゆっくりとミスティカを見遣る。ベスティアの獣たちはこの広場を楽し気に走り回っている。ならば、こちらとてやる事は一つだ。
「さあ、狩りの時間の幕開けよ」
ミスティカは司令塔として獣を対応する。その様子にレンは楽し気に頷いて、襲い来る獣を薙ぎ倒した。
ミスティカは司令塔だ。彼女に危害が加えられぬよう――懸命に戦う事こそ必要となる。
「人を狂わす魔性の唄も、私達には響かない。狂気の演奏会はこれで終幕ね」
目指すは楽師ファル・グリン。その場所へ届かせるが為、まずは獣を倒してしまえ。
「こういう任務は割に合わぬ……ともあれ、これで一息つけるでござるかね」
「ええ、その為よ。行きましょう」
ミスティカは次の標的を定める。獣の数は減ってきた。この戦場での傷は確かに深いが、もう少し――あと少しだ。
「次だ」
「所詮は獣。ただ斬り伏せるのみですっ」
すずなの声が響く。顔を上げ、己が力を振るって見せると美咲はゆっくりと武器を手にする。
(……みんな、これまでいろいろ頑張っていたものね)
此処で取り逃がして再起の時を与える程に特異運命座標は優しくないのだ。
追い討ちをかけて絶対に逃がさない――孤立することが無いように美咲は懸命に立ち回る。
「召喚されたてほやほやながら、力を貸しましょう」
その言葉を聞きながらくすくすと笑った美弥妃。傷付く仲間たちを鼓舞し、祈祷を行いながらも遠術は哀れな楽団を蹴散らしていく。
「音楽は心を癒して、勇気づけるもの。攻撃に使うなんてナンセンスだわ?」
ファル・グリンと戦うために。ジルーシャは折角の決戦に『暗い音楽』ではテンションだって上がらないと唇を尖らせた。
ひらめきを感じながら、ジルーシャはファル・グリンに向けて進む面々を送り出す。気休めでもいい。音楽は誰かを救う事が出来るはずなのだから。
「身のこなしなら自信はあります。一体ずつ確実に倒しましょう、メアトロさん!」
ヴァンの言葉にメアトロは頷く。「ヒット・アンド・アウェイでいかないとね」と伝えたメアトロはふんわりと笑う。
ヴァンが先鋒を務めてくれるから、メアトロは安心して動ける。いつもは稽古で一緒に動くけれど、こうして戦うのもどこか嬉しい。
獣を殴りつけたメアトロが一歩後退する。周辺から届く癒しは継続的に戦闘を行う事が出来て、二人は安心して戦う事が出来ている。
「死なない様にしようね!」
「はい!」
霧玄はかき鳴らす。鍵盤を叩く指先は激しさを増すばかりだ。唯一無二たる瞬兵は悪意を防御障壁に代え、戦い続ける。
大人びた雰囲気を見せた瞬兵とその動きに合わせる霧玄。「ムツ」と呼んだその声に霧玄は大きく頷く。
「あっちだよ」
離れぬように――あちらから訪れる獣を倒して、対応を続けていく。恋人同士、言葉なくとも息はぴったりだ。
霧玄の動きに合わせていた瞬兵が咄嗟に後退する。飛び掛からんとする獣は強大だ。
「歌が武器とは、なかなかに厄介なものだな」
グレイシアは肩を竦める。彼の傍らでルアナは首をこてりと傾げ『わるものたいじ』にやる気を迸らせた。
「耳栓しとけばよくない?」
「それも手ではある。その場合、音という情報が得られなくなるが」
だめなの、とルアナはぽそりと呟いた。グレイシアと共にファル・グリンの許へと目指す。至る道を作ってくれる――その儘に。
「こー。物語に出てくる勇者様みたいだよね。わるものを倒す存在って」
に、とルアナは笑う。グレイシアは只、小さな勇者を勇気づける。
この力は何のためにあるのか。ルアナはグレイシアを護る勇者として、グレイシアはルアナが立派な勇者となれるよう。
幼い少女は只、その武器を振るう。
シュバルツは【Finale】の一員と共に前へと進む。聞こえる歌は確かに心を揺さぶるものだと彼らはよく知っている。
「長引かせたら何が起こるか分からねぇ、さっさと片付けるぞ!」
「テメェ、は――――“破滅”だ」
前進したルアナの一撃を受け止めたファル・グリンは首傾ぐ。それに続くR.R.は何処か苛立ったようにそう言った。
包帯は必要ない。己が体すら全てを曝け出して。
ファル・グリンの許へ飛び込んだオーカーの頬から赤い血が流れる。カーテンコールの時間だと宣言すれば茫とした瞳を向けていた楽師は不思議そうに首を傾げた。
「……『君が』?」
「ふざけんじゃねぇ!」
拳を固める、ぐん、とその身を反転させたファル・グリンとぶつかり合ったオーカー。
瞬時に飛び込むR.R.の身が冷たい客席へと跳ねさせられる。あ、と息を飲んだのは勇者として飛んだルアナ。
「ルアナ――!」
グレイシアの声がする。ルアナの華奢な体がステージへと叩きつけられる。顔を上げたレウルィア。声を張り上げる様に謳い上げるは故郷の唄。
「あなたの唄は、わたしの仲間の、害となります……です。
――それに、わたしも歌が、得意……です。よければ聞いてください……です」
レウルィアの歌声にファル・グリンの表情が歪む。レウルィアは己を鼓舞するようにリジェネレイトを行い、その行く手を阻む。
「……邪魔だね」
「邪魔、ですか」
レウルィアはの瞳がぱちりと瞬く。アオイはその様子に只、ぞ、と背筋に奔る気配を感じていた。
(正直戦いになれてるわけでもないし、死ぬのはまっぴらごめんなんだ。
ま、俺はやれるようにやらせてもらうぜ、足手まといにならない程度にな)
ぐん、と地面をけり飛び込んだ焔は歌を使って悪い事をするなんて許せないと赤髪を揺らす。
「歌って言うのはみんなを楽しませたり勇気付けたり、それをこんな風に使う人なんてボクがこらしめてあがるよ!」
焔は歌が好きだ。謳うファル・グリンの横面に叩きつける様に一撃を。顔を上げたファル・グリンが反撃するように声を張り上げる。
「ッ――」
耳を抑えた焔が膝をつく。しかし、怒りの炎は消えることはない。もっともっともっとだ――もっと、もっと倒さなくては。
「……滅ぼす、テメェは滅ぼす、確実に滅ぼす、ただ滅ぼす、滅ぼす、滅ぼす――――滅ぼす!」
R.R.がファル・グリンに向けて飛び込んだ。そうか、と焔は思う。こうしてベスティアの獣たちが守っていた理由。
楽師は『耐久に関しては三人の魔種の中では一番低い』のか。
「……殴れば、勝てる―――!」
酷く頭がぐらぐらとするしかしジェイクは体を滑り込ませた。ファル・グリンの一撃が幻を狙っていることに気付いたからだ。
「幻は死なせねえ!」
その言葉にジェイクさま、と幻が顔を上げる。
「俺の傍には恋人の幻が居る。幻との愛が俺の転化を防いでくれる筈だ――そうだろう?」
「ええ、ええ、そうです。醜い心の唄い手には舞台を下りて頂きましょう――この世という舞台を」
幻はジェイクの指先触れる。ファル・グリンを狙い重ねる一撃。癒しを重ね、出来る限りとファル・グリンを追い詰める様に。
「……私は歌よりも、音だけの方が好きですね……」
エンアート魔種の姿を見て、己が死を看取る事に慣れているのだと実感する。狂気的なまでにファル・グリンは抵抗しなかった。
淡々と呟き、謳い続ける楽師に重ねられる攻撃は苛烈そのものだ。
呼び声も、魔種も興味はある――だが、それを聞くのも無粋というものか。ふと、ファル・グリンとエンアートの瞳が克ち合った。
「――……死にたくない……?」
その問い掛けは、エンアートに向けられたものか。それとも。
伸ばされた指先は――どこにも、届かない。
「滅べ滅べ滅べ滅べ滅べァァァァァァ――――ッッ!!」
嗚呼、ファル・グリンは笑っている。狂気の唄が聞けて嬉しいのだと。唯一、不満があるとするならば、彼には己が声は届かない事か。
●カデンツァⅠ
「まったく、なんて日だ。こういう時に、耐処するしかないとはな」
次郎は【七星団】の仲間たちを振り返る。ルーは闘技場仕込みの腕前を試すことができると心を躍らせた。
確かに、闘技場で活躍していた頃のルーの腕前は今とは違う――それが『レベル1』だ。
ルーは言う。「オレ様は、やれるんだぜ」
ぞろりと揃った『舞踏会のお客様』。ワルツを躍るが如く、ホールの中で楽し気に動き回る其れらに生気は感じられない。
舞台の上、クォが見上げた先には麗しの灰被り――チェネレントラが立っている。
「ふわァ、遊びにきたんだァ」
間延びした口調。甘えた様に話すチェネレントラは狂気に触れ、踊る死骸たちに手拍子をし、煽る様にからから笑う。
キヒッ――
キヒヒヒッ――
「踊れ踊れェ」
「へっ、雑魚が大量っていうか、うざってぇんだよ!!」
ルーが殴りつけた勢いの儘、飛び込めば、それに続きクォが「くぇー!」と声を張り上げる。
襤褸のドレスを身に纏い鼻歌交じりのチェネレントラはその様子に楽しい楽しいと両手を打ち合わせた。
「ぼくちゃん、精一杯頑張るんだよー!!」
「あの、サーカスとか言う奴ら、人を何だと思っているんだよ、こンの、鬼畜外道がよっ!!」
団長――ホリは苛立ったように吐き捨てる。
「この守り、破らせはさせぬ!」
ホリを狙った一撃を次郎は受け止め、その体を反転させる。洒落にならんことを起こしやがって、と地団駄踏んだホリはその小さな体に勇気を込めて踊る死骸を殴りつけた。
「それにしても、この骸達は舞踏会を楽しんでいたのかな~?
私がこの世界にくる前は、楽しくもあり退屈でもあったよ~」
しだれはこてりと首を傾げる。一刀両断、力を込めて一太刀打ち込むしだれは他のイレギュラーズ達の立ち位置を確認しながら立ち回る。
顔を上げれば、奮闘する様子を楽し気に見詰めるチェネレントラの姿が確かにそこにはあった。
(――魔種……私には荷が重そうだな~)
しだれと擦れ違う様に、す、と後退した弥恵は化粧を施したかんばせに笑みを薄っすらと浮かべて見せる。飾る髪飾りが揺れ、爽やかな香水は周囲の死臭を打ち消すかの如く。
月影に躍る弥恵は舞踏会のお客様さえ自分のファンの様に立ち回る。
「自分の実力は低いですが何ができるのか、何をやれるのか知るために――」
ニャンジェリカは死人まで操るなんて趣味が悪いと表情を曇らせる。「死は何人も侵すことのできない、平等な終わりであるべきニャ」と拗ねる様に告げたニャンジェリカは『今日は死神役を演じるてやる』とゆっくりと顔を上げた。
「私がきちんと冥府へ送り返してやるニャ。だから貴公、あんまり暴れてくれるニャ」
ぴょんぴょんと跳ねる沙愛那。玲は傍らで瞳をきらりと輝かせた沙愛那の「お化け屋敷を思い出す」という言葉を聞いて頬を掻く。
「パパ、勝負だよ! どっちが多くゾンビさん達の首狩れるか! 私だって成長したんだから!」
「……お化け屋敷って……それに首狩り勝負って……全くうちの娘は誰に似たんだか」
玲に「ギャハハ」と大声で笑った直斗は「しっかし、娘のこの発言は完璧俺の影響だな、玲さん」と手を打ち合わせる。
「さぁて、その勝負乗った! 勝ったら何でも言う事聞いてやるよ……まあ、俺に勝てればな!」
「えへへ♪ じゃあ、悪いピエロさん達を懲らしめる為にもこのゾンビさん達をやっつけなきゃだね!」
飛騨家一行は首を狩る。パパとママと一緒ならば沙愛那はとても楽しくてつい心が躍ってしまうから!
呼び声が強いその場所に多くの敵を遅らせるわけにはいかない。現状がどのようになっているかは分からないが此処で止めなければ一気に瓦解することを葵はよく理解していた。
(ここで押し止めなければ……!)
葵が顔を上げる。トトは首をこて、と傾げてどこか楽し気に笑った。危ないならば助けに向かおう。新米冒険者たちとトトが出来るのはそうだと信じて。
「シタイヲコロセ! AHAHAHA!」
その言葉に葵は「がんばりましょう」と声をかける。頭蓋は只、只、笑い続ける。
「この先へは行かせんぞ。通りたければ、まずはオレ達と踊ってもらおうか」
クロニアは舞踏会のお客様に肉弾戦を仕掛けて進む。「よお、皆生きてるか?これで一息つければいいんだが、な……」とかけた声に葵は大きく頷いた。
「もう一息だ。舞踏会のお客様にはご退場いただこう」
両足を狙う様にクロニアは行く手を阻み、相手の動きを阻害する。その様子にマイラスティは「ふふ、優雅でありませんこと」と笑みを溢す。
「馬車がどんなに揺れようとも紅茶をこぼした事はありませんの」
何時いかなる時もクール且つエレガントに。余暇があれば紅茶を飲んで心を落ち着かせる。自由な女神はティータイムを終わらせて律義にお客様たちを受け止める。
「邪魔な者だけ相手して差し上げますわよ」
――ッシャア! 愛の妖精と言えどこの惨状は…見逃せねぇ。
非戦(ラブ)を貫くつもりだったが今回ばかりは俺も手伝うぜ♂
敵も強力だ、油断はKINMOTSU ラブ ジハード! チュッ!――
何処からともなく聴こえたラヴィエルの声。無理な行動は行わずグドルフに追従するラヴィエルにグドルフが両手を打ち合わせる。
「楽しい舞踏会だあ? 笑わせるぜ、クソガキが。
──行くぞ! おれたちは、勝って生き残るんだッ!」
死は平等だ。それが善人でも、悪人でも──死後は平穏であるべきなのだ。終焉(し)を捻じ曲げる者は何人たりとも許せない。
グドルフの声にラヴィエルは「オッケェ!」と相槌返す。目指すは舞台の上のチェネレントラだ。
「来た時も帰る時も、サーカスは賑やかなのね。とても楽しいわ」
柔らかに笑み浮かべシーヴァはくすくすと笑う。舞踏会は大盛況。特異運命座標たちとお客様で大騒ぎだ。
チェネレントラに近づくために周辺の敵を倒さねばならない事をシーヴァはよく理解していた。仲間を前線へ送り出すべく、『お客様』を殴りつける。
「いやね、シニョリーナ。主演女優は舞台を降りちゃあいけないのよ」
「キヒヒヒッ――チェネレントラに話しかけてるゥ! チェネレントラにィ!」
楽し気に手を打ち合わせて、チェネレントラは笑い続ける。朱殷はその様子に「なるほど」と小さく呟いた。
「なるほど、今回の相手は気狂いシンデレラか。狂った相手程つまらない物はないが……仕方ない仕事だ、さっさと片付けるか」
朱殷は小さく呟き、お客様を撃ち抜いていく。その弾丸を追い掛けてヴィマラは楽し気ににんまりと笑みを浮かべた。
チェネレントラは未だ、遠い。けれど、けれど、だ。
「それにしてもすごい迫力! やる気でちゃうねーこれは!」
「そうか? 相手は『狂っている』が」
「狂ってても盛り上がるなら万事OK! けど、しみったれた曲と『やらされ感』満載のアクターじゃ盛り上がりに欠けるぜ!」
ヴィマラは弓を弾く。まるで楽器をかき鳴らすが如く。さあ、聞いていってくれロックンロール!
ヴィマラは楽し気にけらりと笑う。シーヴァとぱちりと目を合わせ、主演女優へと視線を贈れば、嗚呼、これからもっと楽しいパーティーの始まりだ。
「ふふ、物騒なパーティーだこと。乱暴は嫌いよ? おイタが過ぎるあなた達も目障りね」
ジェーリーはくすくす笑う。ロベリアの花が咲き乱れればチェネレントラはキレイキレイと『見世物』の様にはしゃいでいた。
「いいこと? あなた達がしてきた事は許されるものではないわ。
あなた達は多くの命を奪い過ぎたの。それをよく後悔してちょうだい」
「なんで? なんでェ? だって、チェネレントラには『それしかない』んだもの。
獣が餌を喰らう様に普通の人間だって『みんな食事をしている』じゃないのォ。一緒でしょ、一緒だもの、違うなんて言わせないわァ」
キヒヒ、笑い声が響く。ジェーリーが眉を顰めれば、それはルシも同じだ。
「初戦の俺がどれだけ戦えるかわからんが、天使として罪人を放っておく事など出来ん……火炙りにしてくれる!」
「ええ、天罰を与えて頂戴」
ジェーリーの言葉にルシは大きく頷いた。嗚呼、けれど、チェネレントラは笑っている。彼女に攻撃を届かすにはまだ遠い。
しかし、この場で『お客様の対処に当たる』特異運命座標達は皆、チェネレントラを狙っているのだから目的は同じだ。
「い……いいいいいっぱい敵がいるのです……怖いけどがんばるのです!!」
周囲の敵に怯えながらもアリスは仲間たちに向き直る。アリスの眼前で始まりの赤を使用し苛立つマグナが「チェネレントラ」と魔種の名を呼んだ。
「テメェらのせいで、恋人を失った奴がいる。友を失った奴がいる。……悲劇を経て、それでも生きてる奴らがいる」
マグナの声音は震える。恐怖ではない――怒りと呼ぶに相応しいそれ。
アリスはは、と息を飲む。怯えている場合ではない。頑張らなくては、相手を確かに倒さなくてはならないのだから。
マグナの声を聴きながらミミはアリスの隣で困った様に小さく笑う。
「怖いです――争いごとは嫌いです、怖いのです。けれど、ここが正念場、この時を『みんなで乗り切れた』なら」
ミミの言葉にアリスはゆっくりと頷く。そうだ、勇気を出すなら今だ。
チェネレントラに向けて前進する仲間を励ます様にミミは癒しを贈る。痛みが、激情に似た強さに変わるはずだから。
――だから、勇気を振り絞るときは今なのです。そうですよね? 神様。
ミミが前を向く。擦れ違う様にマグナは走る。
「だったらオレらも、負けてらんねえ。テメェらを逃がすような、ダセえ真似はもうできねえ。
……覚悟しな、テメェらは今日、ここで死ね!」
●カデンツァⅡ
「呼び声……でしたか。人を変えてしまう、魔種の持つ影響の名は」
クラリーチェはくるりとグレイを振り返る。グレイは魔種が嫌いだ。狂気一色の旅路など何も面白い事がない。
死骸を打ち込みながらグレイはクラリーチェをちらりと見遣る。
「ふふ、大丈夫ですよ」
「了解。クラリーチェくん、共に生き残ろう」
生存を優先だ。生き残るための闘いなのだから。天気雨が降る――クラリーチェはお客様にお辞儀をする様に踊りだす。
「この身はただ、敵を斬るのみです」
友重は両眼でしかと敵を捕らえる。道化師チェネレントラへと道を開くが為、グレイとクラリーチェがお客様を薙ぎ倒せば、それに続く様に友重は前進した。
武具を使用し、只、拳を振るう様に。ユニははあ、と深く溜息を吐く。探していた、魔種。憎い敵であるのには変わりない――彼女ではない事を知っている。
それに、あの魔種に止めを刺せるかと言えばユニには無理なのだと彼女はよくわかっていた。
だから、その為に支援をする。目の前で踊るお客様はこのステージには必要ないのだから。
「と言う訳で覚悟はいいかしら? お客様方……正直、あんた等の負の感情五月蠅すぎるのよ」
「こんな、馬鹿げた騒ぎは終わりにしろ。これ以上……人が死ぬのはたくさんだ」
呆れる様に告げたアクセルが戦い続けるユニに癒しを贈る。グレイとクラリーチェは医療器具を手にしたアクセルの支援を受けてもう一度、と前進した。
(荒事は得意だが誰かの死は、誰であってもいつだって悲しいものだ――)
アクセルは溜息を吐く。その傍ら、リヒトは震えていた――嗚呼、目の前にいるのは死骸の群れではないか。
「冗談じゃねぇ俺は死にたくねぇぞ! 何で皆立ち向かえんだ……怖かねぇのかよ。
畜生、畜生!どいつもこいつも格好つけやがって! やってやる……俺だって!」
悪態をつく。お客様たちは踊っているから――怖い、怖いではないか。震えている、拳が。
リヒトの傍ら、アレクシエルはくすくす笑う。ハンマーを振り翳し、『お片付け』しましょうねと慈愛の笑みを浮かべて守護神は微笑んだ。
「あら、余計に散らかしちゃったかしら?」
ハンマーが殴りつけ飛び散った肉片にリヒトの表情が歪む。念入りに念入りに、動かぬように、糸を手繰るチェネレントラから離れさせるように。
「あーあ」
玩具を壊されたとぼやくチェネレントラにアレクシエルは柔らかに微笑んで見せる。お姫様は未だ、舞台の上で王子様を待って居る。
「遊んだ後はお昼寝の時間よ。おやすみなさいしましょうね?」
奇跡を乞う太極は死を自在に扱う力が欲しいと願うように戦った。眼前の気狂い姫は確かに可愛らしい――だが、あれは除外だ。
「うーむ……ワシはそういうきゃらじゃないんじゃがの
とは言え指を咥えて見ておればここの可愛いおねーちゃん達をゆっくりと見物もできんからのう………」
「チェネレントラをォ、ずっと、ずぅっと見ていればァ?」
こてんと首を傾げたチェネレントラの瞳が太極を捕らえる。ホールの中では声が良く響く。その声音を聞いてクリロはくすくすと笑った。
「あまり戦うのは好きではないが、これも弱きものを守る聖女の宿命」
いざ、とクリロが死骸を受け止める。醒鳴は辛気臭い空間だからこそ、声高に叫んで見せた。
朝が来た。今日はもう晴れ間が広がるのだと言うように――「cock-a-doole-do!!」
その声音にクリロは頷く。醒鳴と共に死骸を抑えればチェネレントラは「くっくどぅーどぅくどぅ~」と子供の様にはしゃぎだす。
「チェネレントラァ、面白いの好きよォ。
面白いなァ、面白いねェ、面白いかい? 面白い! だって、クラリーチェが言ってたわァ、言ってた、言ってたの!
特異運命座標はチェネレントラとたくさんたくさんたくさん満足するくらいに遊んでくれるんだってェ!」
これが遊びなのだと聞いて十三は唇を噛み締める。医療助手たる十三にとって、死者を弄ぶ行為はゆるせないからだ。
チェネレントラは舞台の上でくるくる回る。くるくる踊る。
(これは何処から来たい死骸だ……)
観察する十三の瞳に気付いた様に「キヒヒ、その子、好きなのォ? チェネレントラは恋バナも好きよォ!」と楽し気に笑って見せる。
恋バナとそう言ったその言葉に『彼女は普通の女の子』の様なのだとクロサイトは茫と思う。
普通の女の子のように振る舞い、何の罪の意識なく大勢の骸を操り続ける。それではあまりにも骸が可哀想ではないか。
ほろほろと涙を流すクロサイト。出来れば遺族の許へと返したいと願った十三。不思議そうに見るチェネレントラは飽きたと言うように舞台から飛び降りた。
「あぁ、悲しい。あなた方は私達に近づく事さえ叶わず朽ちるのです!」
「チェネレントラも――?」
ぐん、とクロサイトの許へと肉薄するチェネレントラ。悲し気に泣いたクロサイトの涙を掬い上げる様に『チェネレントラというかたち』は笑っている。
「泣いちゃってかわいそう。泣かないで、泣かないで?」
くすくすと笑ったチェネレントラ。その様子を見てエルメスは表情を歪める。後退したチェネレントラは己が前に死骸をかき集める。
その仕草に気付き一気にその一団を蹴散らさんと動くエルメスは上空より攻撃を重ねた。
「なんて醜いシンデレラ、この舞踏会で一番腐ってるのはアナタだわ」
不愉快だわと囁けば道化師は不思議そうに首傾ぐ。 ミディーセラは不思議そうにぱちりと瞬く。
「まあ、まあ……。埃と錆、静寂だけがいた遊園地がこうも賑やかに」
「キヒヒヒッ――楽しいでしょ?」
ぱちぱちと手を叩いたチェネレントラ。至近距離の彼女から離れたミディーセラとエルメスは距離をとりながら周囲の死骸を打倒してゆく。
「さあ、さあ。公演はおしまい。道化にもなりきれなかったモノ達の物語もここまで……幕引きの時間ですわ、みなさま」
にんまりと笑ったミディーセラ。震える様に周囲を見回してリーゼロッテは「えええ……」と声漏らす。
「……初めての実戦相手があんな気味の悪いの……うう、これも魔女らしいのかしら……」
リーゼロッテは表情を歪めた。死骸だらけ、そして中央で笑ったシンデレラ。嫌悪感をあらわにするのはベルナルドとて同じ。
「魂は死体は土へ。あるべき場所へ還してやるのがせめてもの手向けだ。……行くぜ、トカム」
人の死を玩具の様に扱うチェネレントラにトカムとベルナルドは周囲の死骸を蹴散らし、チェネレントラの盾を奪うが如く戦い続ける。
「おーおー、千客万来! って感じじゃねぇの。ヒーローショーを見に行くって?
必要ねぇだろ。俺達が見せてやるよ、本物の"ヒーロー"って奴をよォ!」
その言葉にふと、チェネレントラが顔を上げる。何処からか聞こえていたはずの演奏は止まっている。
「……ねえ」
声音は、固い。トカムの言った『ヒーローショー』の言葉にチェネレントラは何かを思い出したように呟いた。
「ベスティアは? ファル・グリンは? 『みんな』は――?」
遊んでいただけの少女の気配が変わる。そうか、中に居ては外の様子は伺えない。魔種は幼いかたちをしている。それ故に、気になってしまったのだろう、外界のことを。
「チェネレントラはァ、やさしいから聞いてあげるねェ。
皆と遊んだの? 此処にいるみんなはファル・グリンの所から抜けて来たんだもんねェ? お外はどうだったァ?」
その言葉にベルナルドとトカムは顔を見合わせた。サブリナは警戒心を露に、全員が五体満足で無事に勝って帰れるようにと善処し、混戦になる事を避ける様に身を隠す。
(……チェネレントラ――度し難いですね)
死骸の相手をしていたガドルは「ヤバイ」の声を聴く。チェネレントラの心境の変化で攻撃が苛烈になったのだろう。
「お前ら! 後退しろ!」
新人への指示を的確に送るガドルはHPに余裕がなくなってきた彼らを殺さぬようにと気を配る。後方に立つ後衛陣の許まで行けば回復が施されることを彼は声を上げて言い続ける。
「死骸が、チェネレントラの指示で攻撃を激しくさせてんのか……!」
「まったく、悪趣味な敵ばかりで気が滅入りますニャア」
後方で癒しを与える平助は困った様に肩を竦める。何時も何時でも変わらず笑えるように一生懸命だという平助は厳選したお茶を振る舞うからと新米冒険者たちに励ますように声をかけた。
「わっちと一緒にお茶を楽しむでニャンす!」
「楽しみだわ。こんなに沢山の死者を操れる彼女が気になる所だけど……足を引っ張っちゃいそうだし、落ち着きのないお客様の相手でもしようかな」
モニカは首をかしげて「ねえ」と続けるチェネレントラを見遣る。嗚呼、彼女は今『質問』しているのだ。
聞こえなくなった音色、もう外に出す必要もないのかもしれない骸たち。ネクロマンスは少女を護る盾なのだ。
モニカは解っている。この舞踏会はお姫様の気持ち次第で楽曲セレクトまで変わってしまう。激しいダンスは今は必要ないのだから。
「この様なところで踊るようなダンスは苦手でな! むしろやった事がない! であるからこれで舞を踊ろう!」
「じゃあ、チェネレントラに応えてェ? 特異運命座標たちはチェネレントラたちと遊んでくれてるんじゃないの?」
キヒヒヒッ――
キヒッ――
少女は嗤う。その言葉を聞きながらガーグムドは「我等は救うが為」と堂々と宣言した。
「魔種(わるいこ)は命まで奪われちゃうんだァ。キヒッ――キヒヒヒヒヒッ――特異運命座標ってこわぁい」
「救えるならば救ってやりたいと思うが。無論、そんなことは不可能である。しかし、殊更無碍にする訳にもいかぬ故な。
一人でも多く……無論全員救えれば、御の字であるが。力無き化け物風情であるが、最善を尽くすのである」
ダーク=アイはそう言った。ガーグムドに続きアイは周辺支援を重ねていく。ぎょろりと瞳が動いたことにアイは確かに気づいた。
(……ついに来た。直接、奴らに拳を届かせられる時が。必ず喰らいつく。そして、そうなれば、二度と離すつもりはない)
カザンはそう決めていた。魔種。誰かを不幸にする存在。否定すべきそれ。周囲に立っていたお客様たちの数は最早少ない。
チェネレントラは己の盾として彼らを使用し、外に飛び出さんとする存在はいなくなっていることに気付いた。
お客様たちを殴りつけ、攻撃を続けるカザンはチェネレントラが『この場の特異運命座標とだけ遊ぶことに一生懸命』になったのだと気づく。
「今まで遊んでいたが、今は『こっちだけ』を見てるのかチェネレントラ」
「そうなのね、ふふ、あらあら、無粋だわ――こんなにきれいな場所なのに。そんな格好じゃパーティーにも出れないわ、チェネレントラ」
ヴァイスはくすくすと笑う。死骸たちが外に飛び出さぬように攻撃を重ね、そして、チェネレントラの盾を剥ぐように。
何も悪くないのだ。死骸たちは『遊ばれている』だけ。チェネレントラとてそう思っている。
身の危険を感じているのか、死骸たちはチェネレントラの許へと集まり続けているではないか。
(好機ね――これは、全てを灰にできるチャンスだもの)
ヴァイスが顔を上げる。アイとカザンが重ねた攻撃がチェネレントラを舞台へと追い詰めていく。
モモカはチェネレントラの下に集う死骸を蹴散らしていく。元気はつらつなモモカにとってこんな事象は受け入れがたい。
「こんな陰気な舞踏会はここで終わりにしてやるんだ!」
苛立ったようにつぶやくその声にチェネレントラは「陰気じゃないわよォ」と拗ねた様に呟いた。
「チェネレントラは遊びたいだけなのになァ、皆が死ねばチェネレントラが動かしてあげて楽しいお人形になれるのに。
きれいなままよ? 女の子ってきれいな方が良い物ね。王子様だってそうよ。ガラスの靴を履いて踊っていてよォ」
くるくると死骸たちが踊りだす。その様子に神威が苛立ったようにつぶやいた。
「おい。道化師チェネレントラ、てめぇだ、この女ァ。いい加減にしな、死者なんざ弄んでいいもんじゃねえ
他者の輪廻に介入すんな、テメェがやっていることはクソ以下の行動だ。いくら魔種だろうがぶち切れたぜ――てめえはここで潰す」
苛立ったようにそう言った神威にチェネレントラはぱちりと瞬いた。
次は魔種になんてなるなと神威は走り出す。追従するはあまね。神威と一緒ならばと彼女はお客様の数減らしと共にチェネレントラを見遣る。
(……思いっきり、お客様の数を減らして、1体ずつ確実に……!)
ノアは只、残念だと感じていた。チェネレントラ。死体繰り。
「……魔種さんじゃなければ仲良くなれたんじゃないかなって思ったりはするよ……。
でも、オトモダチを玩具にするのは許せない……な。僕も人のこと言えない、けど」
話せば話すほどに人間らしい彼女。只、彼女は死を恐れない。死こそ楽しめる遊戯だと感じている。
ノアが攻撃重ねればソフィラは目が見えないけれどと感覚を頼りに癒しを贈り続ける。傍らのリュグナーは後衛の壁として新米冒険者たちと共に戦っていた。
「落ち着いて……1人で突っ走るのはよくないわ」
「ああ、禁則事項は三つ。
敵に壁を突破される事! 防衛ラインより前に出る事! この場に貴様らの屍を晒す事! 生きて戦果を報告せよ!」
リュグナーの言葉に皆が頷く。もう少しなのだ、チェネレントラに届くのは、あと少し――もう手を伸ばせば其処に彼女がいるのだから。
「お、恐ろしい敵の軍勢ですが……皆様と共にが、頑張ります……回復は私とシェランテーレ様にお任せ下さい……!」
マナの言葉に頷きハイドが前進する。華やかな舞踏会にチェネレントラを護るお客様はもう少ない。
あと少しだ。全力を尽くし、全力で相手を倒せばいい。チェネレントラは楽し気に笑っている。
(――誰かが止めを刺さなくては)
ハイドは理解している。後方より飛び込んできたクラリーチェが、グレイと共にチェネレントラを狙い穿つ。
チェネレントラはひらりと交わして笑っている。
「まァだよ」
「チェネレントラァッ!」
牙をむく様にマグナの声がした。少女の様に舌足らずに、乙女の様に笑って。
チェネレントラは狂ったように踊りだす。
「クラリーチェ、クラリーチェ、クラリーチェ」
乙女は嗤う。
キヒッ――
キヒヒヒヒヒッ――――!
「ねえ、チェネレントラよりも死体で遊ぶ方が好きだったのォ?」
ホールの中、死骸と共に躍った魔種は残念そうに笑っている。そうだ、この場で誰かが死ねば『操れたのに』と地団駄を踏む様に彼女は悔やんでいる。
「死んでくれないのね、死んでくれないのだわァ、残念残念残念――だから」
チェネレントラはこてんと首を傾げる。
「だから、チェネレントラの為にみィんな死んで」
びりびりと気配を感じさせる。それが魔種による呼声なのだとすぐ様に特異運命座標は気付いた。
このままではいけないとマグナが前進しチェネレントラを殴りつける。傷付く彼女の元に神威が飛び込み一撃を喰らわせる。
「足りなァい」
チェネレントラは朽ちた舞台の裾へと走る。逃がすものかと特異運命座標は追い縋った。
(そうか、あと一手が足りない――! 死骸への対処は完ぺきだった。
チェネレントラは『死骸を操って己を護る可能性』だってあったのだから……!)
ハイドは歯噛みする。もう少しだ。
チェネレントラはスカートを持ち上げくすくす笑う。
「チェネレントラはァ、いつだって、いつだって会いに来るからねェ」
サーカスなんて関係ないの。
特異運命座標たちの事が気に入ったから。
残る死骸を全て雪崩れさせるチェネレントラに、死骸を攻撃し、特異運命座標達は往く手を遮るものを無くしてゆく。
しかし、そこに落ちていたのは彼女の片腕と壊れたガラスの靴だけだった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れさまです、イレギュラーズ!
まずは皆さまからの戦況報告を楽しみにしておりました。
第1エリア:ベスティア 撃破。
被害は救助班の力を借りて軽減されていますが膳を救えたわけではありません。
第2エリア:ファル・グリン 撃破。
被害は出ましたが、撃破は完了しております。
第3エリア:チェネレントラ 逃亡。
チェネレントラは死骸対処を完璧に行った事もあり、傷を負っていますが逃走しました。死骸対処を中心と下ゆえに消耗があり、チェネレントラにあと一歩届きませんでした。
しかし、ベスティアの獣を倒し、魔種を二体倒した特異運命座標たちの力は天晴れです。
一先ず、お疲れさまでした。どうぞ、傷を癒してくださいね。
GMコメント
夏あかねです。決戦シナリオとなります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●決戦シナリオの注意
当シナリオは『決戦シナリオ』です。
他、決戦シナリオである『<Liar Break>Endless Capriccio』『<Liar Break>Lunacircus』には同時参加する事ができません。ご注意ください。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●成功条件
・獣調教師ベスティアの獣の討伐
・魔種3人の内2人の討伐
●ローレットの冒険者
各地に救援として援護をするローレットの新米冒険者です。約30~50人程。
皆、純種であり、魔種の呼び声の影響を受ける可能性を『しっかりと把握』していますが、新米故に『深追いする可能性』があります。彼らを使うために司令塔を据える事が推奨されます(おかなくてもそれぞれ頑張ります)
●プレイング書式
【グループor同行者ID】
【1】
パンドラ使用有・無
本文
の形式でお書きください。グループ、エリアが書かれていない場合は逸れこともあります。
●エリア
【1】~【3】のいずれかをプレイング上部にお書きください。
【1】ガラクタのメリーゴーランド
入り口付近メリーゴーランドやコーヒーカップなどの楽し気な遊具(ガラクタ)が置かれたエリアです。
炎が投じられており非常に気怠さを感じます。地上では常時機動力にマイナスがかかります。飛行戦闘により煙を回避する事ができます。
また、このエリアには囚われの領民の姿が多く、獣の餌になる可能性があります。領民を救うためにはこのエリアにも重点を置くことが必要となります。
☆エリアボス:獣調教師ベスティア
魔種。名残で鉄騎種であったかのような部分が見られます。深く帽子をかぶった青年です。
サディスト。獣種はみな、愛玩動物のように扱い、戯れごとのように壊したり遊びます。
☆エリアエネミー:ベスティアのお気に入りの獣グループ『ミニョン』×10
非常に強力な力を持った獣のグループです。ミニョンと敬称されています。
翼をもつエネミーが4体。上空では飛ぶものを餌と認識して襲い掛かります。
皆、耐久力に優れたアタッカータイプですが回復行動はとりません。
☆エリアエネミー:ベスティアの獣グループ『レーグル』×50
ミニョンには劣る能力しか持たぬ獣たちです。
基本的には人を喰らい、己の血肉にすることを目的としています。まさに獣です。
☆エリアエネミー:ベスティアの影響を受けた獣種『バルン』×10
狂気に侵された人々です。ベスティアの呼び声に反応したようです。基本的な冒険者レベルですが、ベスティアの呼び声の効果は薄く、『絆の手紙作戦』の効果もありまだ通常に戻れる可能性はあります。
【2】ヒーローショー広場
がらんどうの広場です。ヒーローショー広場からは動くことない錆びついたジェットコースターや機動力を失っているカートを見る事ができます。子供が好きそうなアトラクションが多く存在しているようです。
この戦場は【3】に向かう場所であるために手薄であると【3】に到達する冒険者が少なくなります。
☆エリアボス:楽士ファル・グリン
呼び声の力が最も強い魔種。飛び出した目に、ひしゃげた腕。異形と呼ぶにふさわしい外見は狂気的とも称されます。
唄うたい。唄を武器に攻撃します。また、唄が呼び声の効果を発揮するため、唄を純種が聞くことで転化の可能性があります。
ファル・グリンの歌には3種あり、『行動不能バッドステータスが多くつく唄』『自身を鼓舞する唄』『攻撃の唄』。それぞれに呼び声効果が付きます。
※『絆の手紙作戦』の効果でファル・グリンの呼び声に関しても体制はあります。
☆エリアエネミー:哀れな楽団×20
幻想楽団にてファル・グリンが共に謳ったオーケストラです。
狂気に侵されており、戻るの事の出来ないファル・グリンのキャリアたち。
戦闘能力は強く数は少なめですが、油断すると痛い目に見る敵です。バッドステータスを豊富に使用します。
☆エリアエネミー:ベスティアの獣たち×40
サーカス団で所有していた獣たちです。ファル・グリンの援護の為にベスティアが配置しています。
それぞれの戦闘能力よりも数が問題でしょう。
【3】ショーホール『カデンツァ』
カデンツァに設置される巨大なホールです。朽ちた椅子や襤褸の舞台が特徴的な雰囲気を醸し出しています。
エリアボス:道化師チェネレントラ
襤褸のドレスに煤汚れた外見の少女の魔種。常に楽し気、気狂いシンデレラ。
死者を操るのは己の舞踏会の為。このホールも己の舞踏会です。楽しいでしょう、楽しいでしょう。
チェネレントラの特異な能力として死骸に呼び声を届ける事が可能です。ただし、死骸であるために狂気を孕むというより戦闘能力の向上が見られるのみです。
エリアエネミー:舞踏会のお客様×100
数です。皆、チェネレントラの狂気に触れた死骸です。
わらわらとホールからあふれ出し【2】の戦場に向かわんとしています。炎にもお構いなしです。
チェネレントラを庇うかのような動向を見せることもあります。
●同行NPC
『男子高校生』月原・亮 (p3n000006)が同行いたします。
人数の少なかった戦場に移動し、前線で戦います。(侍です)
どうぞ、ご武運を。
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