シナリオ詳細
<Autumn food>サンシャイン・イエローの休日
オープニング
●狂王種掃討大作戦
アクエリア島を出て程なくの海域。今ばかりは波も穏やかだと言うのに、複数の戦艦がピリピリと緊張感を纏って航海していた。
「目標地点は?」
「もう間もなくです」
戦艦の周囲に島などなく、カムイグラも遥か遠い。彼らが目標としている場所は降り立つための場所ではなく、とある海域なのだ。
絶望の青が静寂の青と名前を変え、カムイグラとの交流が細々ながら始まった昨今。絶望の先を見出した海洋王国であったが、まだまだ本格的にかの国と交流を行うための安全は保障されていない。廃滅病のなくなった静寂の青には未だ狂王種や幽霊船、変異種といったものが残存している。変わりがちな天候ばかりはどうしようもないが、安全な航路を確保すべく危険分子は排除したいというのが海洋の思惑である。
この戦艦らは危険分子排除のため動いており、そこには絶望の青で大進撃をもたらしたイレギュラーズたちの姿もあった。身の保証などない海の上だが、彼らがいれば心強いというもの。
「目標地点、到達しました!」
その声にイレギュラーズたちが武器へ手を置く。出発前に聞いた情報が確かであるならば、ヤツらは程なくして海上へ出ざるを得ないだろう。そこを一網打尽にすることがオーダーだ。
「引き揚げろ!」
船長の言葉と共に乗組員たちは縄を引いた。海の下へ続いている太い縄はぴんと張っており、屈強な男たちが力いっぱいに引くことでようやく少し動く程度。しかしそれは船の複数個所で、さらに言うならば複数の船で同時に行われている。練達製の特殊な繊維でできた縄はどれだけ重い『何か』を乗せていたとしても切れることはない。
ほどなくして。
「来るぞ、イレギュラーズ!」
海面に見えてきた巨大な影。それは乗組員たちが掛け声上げて精一杯引っ張り上げることで、その姿を海上へ曝した。
魚。それも戦艦1隻程ありそうな、巨大なマグロである。
巨大マグロは特殊繊維で編まれた網の中で逃れようと暴れまわり、波を力いっぱいに叩く。大きな波が起こって戦艦の1隻を包み込んだ。一瞬縄を引く力が緩むが、そこは海洋軍人の矜持が逃すことを許さない。
イレギュラーズは一刻も早くマグロを大人しくさせるべく、多戦艦、多方向からマグロへ向かって攻撃を仕掛け始めた。
●とても激しい戦いだった。
そう、とても、とても激しい戦いとなった。詳細は省かせて頂こう。
しかしその激しさを物語るかのように、どの戦艦も傷つき応急処置がなされている。怪我をした乗組員も少なくなく、けれど奇跡的に誰1人として欠けなかったことに誰しもが安堵しているようだった。最も安堵しているのは指揮を下す各戦艦の船長かもしれない。書類上、数値で見るだけなら感慨も湧かないかもしれないが戦場では目の前で命が失われていくものだ。肝を冷やす場面もあったが、それでも出発と同じだけの面々で帰還できる事に感謝せねばならない。
複数の戦艦で引っ張りあげられた巨大マグロは、今や網に囚われたまま戦艦でアクエリア島へ移送されている。その意識はとうになく、鮮度を保つのであればこの方法が手っ取り早い。
何故鮮度を気にするのか──それは当然ながらヤツが『魚』だからである。狂王種となったマグロではあるが、廃滅病の心配もない今となっては『ちょっと特殊に強いモンスター』なのだ。つまり、食える。普通に食える。中には食えぬ狂王種もいるかもしれないが、それは元からそういう種なのだ。
そういうわけで──マグロで大宴会である。
- <Autumn food>サンシャイン・イエローの休日完了
- GM名愁
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2020年10月12日 22時10分
- 参加人数50/50人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 50 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(50人)
リプレイ
●
「あらあらー♪ 凄い大きなマグロさんねー♪」
蘇芳は船が引っ張ってきたマグロに破顔する。これならどれだけ来ても全員にマグロがいきわたることだろう。蘇芳はマグロの解体を手伝おうと申し出る。
「はいっ! 私も手伝います!」
リディアも元気よく名乗りを上げ、剣を構える。この大きなマグロ、先ずは切れ込みを入れなければ解体も始まらない。というわけでとりあえずは──。
「――海・洋・魂ィィィッ!!」
蒼炎纏った剣戟がマグロの頭を斬り落とす。目を丸くした蘇芳も自らの調理術でもって加勢(?)し始めた。
「ふふ、お造りもいいし、漬けにタルタルもいいわねー♪」
「まずは切り身をどんどん持っていってもらわないと! さぁ、狂王種は鮮度が命ですよーっ!」
豪快に切り分けていくリディアと、そこから調理しやすいように解体していく蘇芳。2人により、かなりの勢いで調理場へ切り身が運ばれる事態となった。
「この頭、貰っていってええ?」
追儺はリディアが切り離した頭を指す。この中の頬肉と脳みそ、そして目玉が美味しいのだ。しかしそれには目を付けている者が他にもいるようで、彼らは半分こということで話が落ち着いたらしい。
目を付けていたもう1人──カイトは解体から離れ、手際よく調理を始める。大きなマグロだとこのような希少部位も沢山食べられて良い。何より自身の赤も紅葉とマグロ肉で目立たない。
あっという間に美味しそうな姿へ変わる希少部位。それをほんの少しばかり自分用に取っておきつつ、仲間たちへと提供する。
だって──今月10日、めでたく酒解禁となったのである。美味しいツマミで飲みたいに決まっているじゃないか!
ルーナは目の前に並べられたビュッフェ形式の料理に目を輝かせる。初の魚──あれを魚と言って良いのかわからないが──料理である。見たことはないけれど美味しそうなものばかりで、どれから食べようか迷ってしまう。
(幸せで溶けてしまうかも。ううん、破裂してしまうかも!)
どうにか料理を決めてとりわけ、踊り出しそうな紅葉の下で食事を楽しむ。ノンアルのカクテルはルーナの舌の上でシュワリと弾けて、ルーナは小さく笑みをこぼした。
「ああ、シャルル嬢。……いや、性差がないならシャルルか?」
ジョージの呼びかけに振り返ったシャルルは、紅葉の赤色をこぼしたような色合いの瞳に彼を映す。その姿はたしかに少女で、けれど中身としては性別の意識は薄いらしい。自己紹介も含めた他愛もない話をして、ふとジョージは視線を巡らせる。
「マグロは、楽しんでいるか?」
「ん? うん。なんか、もにょってしてるよね」
彼女の表現にジョージは小さく笑う。なるほど、苦手ではなさそうだが不思議な食感だったのか。
「火を通しても美味いぞ。揚げると最早別物だ」
「へえ。食べてみようかな、それ。どれなのか教えてくれる?」
頷いたジョージは彼女の背中を追いかける。ジョージの勧める食べ物に、彼女はどんな反応をするだろうか?
その先ではアクエリア島の整備支援をしていたベークがちゃっかりご相伴に預かっていた。違うんだ、勝手に奴らが宴会を始めたんだ。
「お、タコとか美味しそう。貝もありますねぇ……」
近しいが故にあまり食べる機会のない魚介をつつき、ベークはふと視線を下ろす。
「あ、この美味しい匂いはベークさん!」
「何で判断してるんです?」
人に蹴られそうになりながらちょこちょこしているブラウ。その体を仕方ないなあと掬い上げ、食べます? と聞けばぜひにと目を輝かせた。
「クレマァダさん、いけませんよ」
「ちょ……はなっ、離せ~~!!」
コン=モスカの祭司長として動こうとするクレマァダを引き止め説き伏せ、フェルディンは彼女とともにマグロ料理の方へ向かう。
「あの鮪、どの辺りをどのようにして食べるのが一番美味なのですか?」
強引な男よ、とぼやいていたクレマァダもこの海の幸について問われれば真剣に考えざるを得ない。当然赤身は美味しいが、素材の新鮮さで選ぶなら腹か。足が早いからなかなか内陸までは流通しにくいはずだ。
なるほど、と告げてその部位を使っている料理を皿に盛るフェルディン。
「美味いか? ん? じゃろう?」
クレマァダは『笑う』。美味しいのは当たり前、だって知っているから。荒れ狂う海に存在するひと匙の良い所はこれまで彼女らばかりが知っていた。それが伝わる様はなんとも胸が暖かい。
「ええ、とても素晴らしいです。この鮪も──貴女の可愛らしい笑顔もね」
フェルディンの言葉に彼女はきょとん、として。そこでようやく自らが笑っていたことに気づいたのだった。
(アクエリア島で狂王種を食べる、なんて)
これまでなら考えられなかったことだとドゥーは視線を落とす。そこに滲む涙は前髪のおかげで誰にも見られていないはずだ。
最初は焼き物料理とご飯で楽しんでいたドゥーだが、ふと刺身へ手を伸ばしたのだ。あまり食べたことのない生魚、その美味しに感銘を受けてる最中である。
(海の幸にも、皆にも、感謝しないと)
恵みと人の強さ、暖かさに。そうして一口一口を噛みしめなければ。
ハルアはバージン・ブリーズを傾けて控えめな甘さを楽しむ。目の前には綺麗な夕暮れが今にも落ちようとしていた。そんな風にちょっと気取ってみたら──おとな時間はおしまい。
「おべんとさーん……わぁ!」
豊穣風のお弁当を作ってもらったハルアは彩り豊かなそれに歓声をあげる。メインはマグロだが他の魚介も入り、揚げ物なども充実している。
豊穣で練習した箸運びもバッチリで、米の一粒まで残さないように食べるハルアは頬を抑えてご満悦だ。
文通の仲であったジルーシャとボタンは共に一面の赤を見て感嘆の声を上げる。この後の時間も紅葉は綺麗だろうけれど、今の景色は今しか見られないから──約束していたおすすめの蜂蜜酒を注ぎ、2人はグラスを合わせた。
「食欲の秋と……それから、この楽しい時間にかんぱーい!」
チン、と小さな音を立てたグラスに口をつければ、広がるのはほのかなアルコールと、それをかき消してしまうような蜂蜜の甘さ。
「香りがお気に入りなんです」
「ふふ、とっても甘い匂いね♪ あ、一緒にお料理も食べましょ」
よそってきたマグロ料理を2人で分け合って、美味しいものは相手へ進めて。蜂蜜酒がなくなったら、次は何のお酒を飲みましょうか、なんて。
「そろそろお腹もいっぱいになってきたんじゃない?」
「そうですね……デザートとか、あるでしょうか?」
かくりと首を傾げて賑わう方を見たボタンへ、ジルーシャは持ってきていたそれを差し出した。
「ふふ、実は作ってきたの。一緒に食べましょ?」
ジルーシャの言葉にボタンは目をぱちくり。まさかデザートを作ってしまえるなんて!
スプーンを口に運ぶと秋の甘さが広がる。冬しか知らなかったらこの味もきっと知らないままだったことだろう。
「……今日のことずっと大切におぼえていますね」
礼を告げたボタンは視線をジルーシャから紅葉へ向ける。私の知らない──知らなかった、秋の思い出だ。
「ぶはははッ! 捌き甲斐があるねぇ!」
赤身を切り捌く職人、じゃなかったゴリョウは混沌米を持ち込み、酢飯で寿司を握る。勿論料理はそれだけじゃないけれど、目の前に広がった食材にゴリョウはにやつきが止められない。
ああ、だって、なんて楽しいのか!
この新鮮食材を数々の料理へ変えて、ここにいる沢山のイレギュラーズや共同戦線を張った海洋軍人へ出す。それは素早く且つ丁寧に行われた。
「へい、お待ち!」
目の前で握られた寿司に海洋軍人たちが喜びの声を上げる。エイヴァンもと周囲の軍人たちに促され、彼の寿司を食べることとなった。
「俺は飯と酒を届けるだけのつもりだったんだが?」
「まあそう言わず!」
ワイワイと賑やかなのは海洋の気風だ。今回はイレギュラーズとしての参加なのだが、気にした風もなく軍人たちはエイヴァンを取り囲む。上司に絡まれ、もとい捕まりそうだ。
「酒がきたぞー!」
1人の言葉にうおおおお、と歓声があがる。エイヴァンの制止は聞かれることなく、その目の前へどんとジョッキが置かれることとなった。
アンジェリカは紅葉の下、貴腐ワインを楽しむ。危険な仕事を──そりゃあまだ未熟なところはあるけれど──こなしたのだ、気になるお酒を楽しめるだけ楽しんでもバチは当たるまい。
(ダメですね、お酒が入るといつもと比べてテンションが変になると言うか……)
ふわふわして、楽しくて。すっかり酔ってしまっているとわかるのだけれど──ああでも、名酒の誘惑を振り切れるわけもない。
「……こうしていると、あれは長い夢だったんじゃねぇかって気がしてくるねぇ」
「あんなんもう二度と御免やわ」
縁がグラス片手に呟けば、グラスを傾けかけていた蜻蛉がそう返す。
静かな海岸には波の音が響くばかりで、宴の喧騒も遠い。海は死に瀕して戦い続けたあの頃と一変して静かになった。
「ま、後悔してねぇって言やぁ、流石に嘘になるが」
「……ほな、今からでも海に沈んどく?」
とん、と軽く押され、首を振りながら呟かれた言葉。一見冗談めかして呆れているようにも見えるけれど──絶望の青の走馬灯が浮かんだ、なんて言ってやらない。
縁も選ぼうと思えば沈む道を選べただろう。それが『彼女』の最期の願いだったから。
「──お前さんとこうやって酒を飲めねぇ世界はつまらねぇと思っちまったから、かね」
「そう? ……うちはこんな男(ヒト)を好いてしもたのを後悔しとるけど」
こちら側へ繋ぎとめられた理由は、きっと。乾杯も軽くグラスをぶつけて笑う彼に蜻蛉は口を尖らせる。心にもない言葉だったけれど、わかってるだろ? という言葉にも素直に返す気にはならなくて。
「どうしようもないのは、よお知ってます」
「手厳しいな」
視線を外されても、そう言われても、冗談だってわかってる。そんな距離感で蜻蛉はグラスに口をつけた。
酒を美味しく感じるのは、珍しい品だからか、それとも。
(このマグロは本当に食べて大丈夫なヤツなのかぁ……?)
アッシュは濃い警戒の色を浮かべながら料理を取る。生魚に当たったことのある身からすればさもありなん。火の通っていそうな竜田揚げを皿へよそい、綺麗な箸使いでもぐもぐと咀嚼する。うん、味はまあまあ。
取り分けに困っているヤツがいれば助けてやろう、と顔を上げたアッシュは泥酔する男たちに顔をひきつらせる。酒も飲み放題だったか。こういう時はハメを外すヤツが──。
「ってうわー! やめろ酒くせー!!」
「えへへぇ……美味しいよぉ?」
飲む? と瓶ごと抱えたラズワルドはすっかり良い気分。未成年だ勧めるなという言葉も聞こえているのやら。
「脱ぐな! 着ろ!!」
「えぇ、だって暑いしぃ……」
明らかに酒で体温が上がっているからなのだが、ラズワルドは御構い無しに脱ぎ始める。暑いけどふわふわして楽しいからこれはこれで良い。
「はいはい、かんぱいしよぉ!」
そんなわけで、アッシュはしばらく絡み酒(ラズワルド)に付き合うこととなったのだった。
「いや、まさかマグロ漁船だったとはねぇ」
割の良い仕事と食いついたゼファーは今やぐんにゃりしていた。疲れた。色々なところが凝った。こういう時は元気のでるやつを食べたい。
「はい、ゼファー」
そこへアリスはどんっとマグロステーキを置く。大きめのひと口サイコロ型で腹持ちも良さそうだ。
「ソースはワサビにバター醤油、ガーリックチップ、ポン酢、ハーブソルトでディップパーティよ!」
どうだと言わんばかりに出されたソースにゼファーは目を丸くし、次いでにっこりと笑みを浮かべる。アリスもその表情に笑みを浮かべた。
魚も女もずっと新鮮で飽きさせない──それこそが円満の秘訣である。
美味しい匂いには海洋軍も男たちも集まって来て、しかもそこにイイ女が2人もいるものだから口説きたくもなるものだろう。
「ええい、進めてくるのやめなさい!」
酒を躱す未成年ゼファーと彼女を奪われまいとするアリス。どうにか撒いて2人きりになれば、2人の視線が絡み合って。
「あら? ふふ、御免遊ばせ!」
妬いてしまったようだとアリスは小さく笑う。ここからは2人の時間といこう。いつか──アリスは今すぐでもいいけれど──落ち着いた場所に腰を下ろしたい、そんな話をしながら。
「うーん生魚かあ」
何とも言えないルーキスの言葉に、刺身をてんこ盛りでよそってきたルナールは目を瞬かせる。
「魚を生で食べる食文化は無いんだったか」
「うーん……こう、ちょっと落ち着かないというか」
別に緊張しているわけじゃないんだけど、とボソボソいいながら箸を手渡してくる彼女にルナールは、思わずそれと彼女を交互に見て苦笑を零した。きまり悪そうな彼女は、けれどもどうしても覚悟が決まらないらしい。
「……自分だと覚悟決まらないから食べさせて」
じゃあ、と最初に口元へ寄せられたのはカルパッチョだ。素直にもぐもぐと食べ始めるルーキスは可愛らしく──。
「そこ、肩が震えてるぞ」
ばしりと背中が叩かれる。音ほど痛くはない。けれど残念ながらその程度で震えは止まらないのだ。
「カマが食いたい。カマづくしといこうじゃないか、雪さんや」
「頭の部位、でしたでしょうか」
ボロボロ気味な汰磨羈を労わった雪之丞はマグロの頭部に視線を向ける。いくらかは他のものが持って行ったが、それでもなお余りあるほどにでかい。その希少部位は塩焼きから煮付け、刺身、照り焼きと様々な料理に変わっていく。
「火を通しても、これもまたとても、美味です」
「そうだろう? これにはやはり純米酒が合うな」
汰磨羈は雪之丞に酌をしてもらい、雪之丞は代わりにジュースを頂いて。カマ茶漬けを食べる頃には汰磨羈もすっかりふにゃふにゃだ。
「ふふ。すっかり、大きな猫。ですね」
「雪さんや。膝枕をぷりーず」
顔をくしくしする猫、もとい汰磨羈に膝を叩けばころりと転がってくる。汰磨羈はにへらりと笑った。あとは彼女が満足するまで、そのまま。
「お外で、って新鮮」
「そうだね。でも綺麗だ」
紅葉の赤と夜の海。コントラストのある静かな海辺でアイラとラピスは料理を食べる。やっぱり目玉がマグロと言われたらそれを食べてみたい。
「ボクはねえ、タコと、それからカニも食べたいかな」
魚介もあったから、と告げる隣のアイラにラピスは目を細める。その視線は──彼女の腕へ。
「メアと、ブルーノ」
その名を告げればアイラが苦笑を浮かべる。あの戦いから大人びた表情を見せるようになった片割れは、静寂の青と呼ばれるようになった海を見た。
もう絶望の青とは呼ばれないほどに穏やかな海。危険はあるけれど、『あの時』を感じさせる程ではない。
「きっと、引き摺ってるのってよくないんだろうけど……でも、大切な気持ちを貰ったんだ」
「……そっか。それなら……得たものも忘れないなら、それで良いのかもしれないね」
うん、と呟いたあと、波の音だけが響く。アイラは不意に隣の体温が近くなったのを感じた。次いでこつん、と頭が寄せられる。
「ラピス?」
「辛い時は頼るんだよ、アイラ」
悲しい顔より笑顔が見たいけれど、そうなれない時もあるだろうから──2人で分かち合えるように。
「うん。辛い時も、側にいてほしい」
「いるよ、絶対。これからも一緒だ」
静かな時に、愛する片割れの体温だけを感じて──時はただただ、過ぎていった。
(それにしたって、こいつらが普通に食糧扱いできるなんて)
何とも言えない感慨深さを感じながらソテーを頂いていたクーアはふとその魚肉を見下ろす。危険は多いが、本格的な狩猟法が確立されたら食糧難にはならなさそうだ。本腰を入れて探せば野菜っぽい食感を持つ狂王種もいるかもしれない。
雑食派のクーアとしては野菜も欲しい──そう思いながらシーザーサラダをぱくりと食べた。
「秋はご飯がとっても美味しいわ」
「ええ。実りの秋、ね」
ポシェティケトとラヴは揃って料理を取りに行く。たくさん食べるところが好きよ、と言われたラヴはにこりと笑って、それから人差し指を唇に当てた。
「……でもね、沢山食べると言われるのは、これでも一寸恥ずかしいのよ?」
「あら、あら。それは、ごめんなさいだわ」
ラヴの動作を真似て、けれどポシェティケトは少し楽しそう。
そんなうちに料理はもう目の前で、2人は視線を巡らせる。どうしよう、目移りしちゃう。
「たっぷりは良いこと。たくさんもらいましょう」
ポシェティケトがそう言ってくれるから、全制覇というように少しずつ全部。何往復も必要そうだ。
「ね、キュウ。森と海、どっちがお好き?」
好きなところで食べようと言うポシェティケトにラヴは少し思案して、彼女へ視線を向ける。
「そうねえ、私はやっぱり。可愛い鹿のいる森かしら」
「まあ」
くすくす。小さな笑いはふたつになって。さあ、どこだっていい。2人で秋を楽しもうか。
(マグロ。マグロ、です)
目を輝かせるはメイメイ。美味しいものの前なら怖さなんてもうどこかへ消えていった。食欲は恐怖に打ち勝つのだ。
数々のマグロ料理を取って、ゴリョウの混沌米も頂いて。それらを満足いくまで食べたなら、ようやく視線は上へ向く。
「わ、あ」
暗くなった時間帯、ライトアップされた紅葉が美しくて──鮮やかな黄色にかのひよこを思い出す。
紅葉にも負けぬワインレッドへ身を包んだルイビレットはそのひよこ──ブラウを探していた。最近は豊穣にいるからローレットでは見かけないが、少し前は大層可愛らしいひよこがいたのだと言う。
「あ、いた」
マグロの串カツを食べながらも件のひよこを発見。呼べば飛んでくる、かと思いきや短い足で走ってくる。あ、転んだ。
「そっか、スカイフェザーじゃなくてブルーブラッドなんだね」
お膝に来る? と問えば狼狽えるが、実際に乗せてしまえば逃げる様子はない。可愛いモフモフをモフモフすると、唐突にブラウがぴきっと固まって。気にした風もなく撫でていたルイビレットはふと一言。
「鶏肉とマグロを使った料理とか食べたくなってきた」
「ぴぃっ!?」
ブラウは別の意味で固まった。
知人の知人は知らぬ人。雪村沙月と名乗った女性へ清鷹もまた自己紹介をする。2人の既知であるベネディクトはマグロ料理を食べに行こうかと2人を誘う。
「一番は刺身だな。だが脂の乗った寿司も美味い」
「お寿司は食べたことがありませんね」
興味をひかれた沙月に清鷹は笑みを浮かべる。食べたことがないのなら今こそ食べる機会だ。
「俺は久泉と同じものにしようか」
注文すれば握ってくれるらしいとメニューを開いた清鷹にベネディクトが声をかける。あとは皆好きに酒を飲んだりしつつ握られる寿司を待つだけだ。
「──ところでベネディクト殿。笑顔がぎこちないぞ。最近心から笑えているか?」
それは清鷹からすれば心配の言葉だった。けれどそれにベネディクトは困ったような笑みを浮かべる。
「そうだったか? 楽しいという思いは間違いなくあるし、それは嘘じゃないんだが」
無意識にそうなっているのかもしれないし、それを他人へ感じさせてしまっているのだと思うからこその表情で。
──本当は自分が思うよりも、喪った者への想いを引き摺っているのやもしれない。
そんな呟きの後、ベネディクトは緩く首を振った。
「まあ、それはさておき。今日は折角の楽しい場だ、難しい話は後日にして、美味い酒と料理に舌鼓を打とうじゃないか」
「そうですね。難しい話はいつでもできますし。余興として舞でも踊りましょうか?」
先ほどの雰囲気から一転したベネディクトに沙月が合わせる。ベネディクトを凝視した清鷹はふっと表情をやわらげた。
「……無粋な真似をしてしまったな。雪村殿の舞、是非とも拝見したい」
「喜んで」
立ち上がる沙月。始まった余興に周囲の面々も盛り上がる。束の間時間を忘れてしまいそうなうちに、3人分の寿司が皿へ載せられ出されたのだった。
「お魚だー! パーティーだー! ビナー君だっ!」
元気溌剌なアリアの言葉になぜか自身が入って首を傾げるけれど、彼女が楽しそうだからいいかとBinahは笑う。今日は初アクエリア島なBinahを彼女がエスコートしてくれるのだ。
「おいしそうなものみーんな持ってきちゃおう!」
刺身に漬け、竜田揚げと気になったものを皿へ載せていく2人。Binahは白米もよそってもらう。アリアへ誘われるがまま付いて行った先は砂浜だ。
「ビナー君、これとっても美味しいよ! はい、あーん♪」
出されたそれに束の間固まるBinah。その頬がほんのり染まるもBinahは口を開ける。そんな顔が見られたアリアは大層満足そうだ。
「……ここからも紅葉が見られるんだね」
「ね。それに……静かになったこの海はこんな景色なんだ」
知らなかったな、と呟くアリア。彼女の記憶にあるのは静寂の青ではないのだ。
「ねえ、アリア君。また来る機会があればお誘いしても良いかな?」
「勿論! 今度はこの海に眠るお友達の話をしてあげる!」
静かな海辺で次の約束をして。2人はにっこりと笑い合った。
「シャルル嬢ー!」
大きく手を振る友人──イーハトーヴにシャルルは手を振り返す。2人で料理のもとまで行けば彼の瞳がキラキラと輝いた。どれもこれも美味しそうで、けれど今日はやりたかったことがあるのだと白米をよそう。
「どうするの?」
「あのね、漬けマグロと生姜と、あと白ゴマも……」
やってみたかった、と言う割に手際が良い。イーハトーヴの作ったマグロ丼にシャルルは「ボクも」と白米を装い始めた。それを一緒に食べたなら美味しさと幸せが溢れかえって。
「ふふ、とびきりの魔法みたいだ」
「そうかも。イーハトーヴは魔法使いだね」
「俺は職人だよ?」
知ってる、とシャルルは彼を見て目を細める。ああ、来年もまた行けるだろうか。行けたら良いな──彼女と、素敵な秋に。
「まだ、アクエリア島を観光名所にするには危険がいっぱいだな」
マグロ丼を頬張るアランが視線を向ければ、メルトリリスは野菜やフルーツばかり食べている。しまいにはサプリとレーション。魚肉はどこいった魚肉。
「魚肉食え! 魚肉!」
「べ、べつにマグロそこまで好きじゃないし!」
積み上げられた竜田揚げやステーキなどから視線を背けるメルトリリス。美味しそうな脂肪と糖分が良い匂いを立ち上らせていたが、残念ながら手がつかない。
「栄養の摂取はこれで十分です! 小腹も溜まるし戦場にも持っていける!」
「ここは戦場じゃねぇし!」
「これでも姉よりもおっぱい大きくて、なんとなくスリムボディなんですよ!」
「聞いてねぇよ!? 脱ぐな!」
身を乗り出し肉体美を見せんとするメルトリリスを押しとどめれば怒られる。彼女は視線の先にあったそれへがぶりと噛み付いて──ちょっと強めなチョップを落とされた。
「触るな」
「いつまでもこんなものして!」
低い声にメルトリリスは怯まない。それでもアランはもう一度繰り返した。
これは替えなどきかない、本当に大切なものなのだ。壊させてなどなるものか。
「す、好きなだけ、食べちゃっていいんですか?」
雪は沢山の食事にじゅるりと涎を飲み込む。外で景色を楽しみながら、なんて贅沢だ。取り分けたマグロ料理を片っ端から口に詰め込んで、雪は頬をいっぱいにする。ああ、幸せ!
「あらまぁブラウくん、いっぱい食べた?」
せめて紅葉を楽しもうと歩いていたブラウはアーリアに声をかけられる。その周りには酒瓶の山──へべれけモードだ。
「はい、いっぱい食べましたよ!」
まるまるした体を見せるブラウ。そのもふもふがなんとも暖かそうで、夜は少しばかり冷えるものだから。
「あ! ね、ブラウくん」
膝を叩くアーリアにブラウは顔と膝を代わり番こで見遣って、意図に気付いたかギクリと固まる。しかし固辞する前にアーリアの方が早かった。
「ぴぃっ」
抱きかかえられるブラウ。臭い、超酒臭い!
しかしアーリアに放す気配はなく、それどころかひよこを餌付けする始末。
そうしてクッションになっていると──なにやら上から寝息が聞こえてきて。
「あ、アーリアさん? アーリアさーん!」
──ダメだ。全く起きる気配はなかった。
「マグロ、マグロ!」
うっきうきで料理を取りに行ったアクセルは白米へ漬けマグロを乗せる。こういう別世界の料理があるらしい。
「お酒も闇市で見かけるのが網羅されててすごいなあ」
すでに倒れている者もいるが、介抱する者が手慣れているから大丈夫だろう。ともかく何よりごはん、花より団子だ。
「あ! お寿司だ!」
「ブハハハッ、ちょいと待ってくれな!」
ゴリョウの周囲はもはや居酒屋で、彼の握る寿司がたいそう人気になっている。そこにはヒィロと美咲の姿もあった。
「「いただきます」」
命を美味しく頂く精神の元手を合わせた2人はゴリョウの寿司を食べる。新鮮で握り立ての寿司は口の中で蕩けるよう。
「んふふ、美味しい!」
「刺身に白米、カルパッチョもあるし……目移りしちゃうね」
皿に盛って持ってきた料理を眺めるも、ヒィロは「全部美味しく頂こうね!」と無邪気に言って。
「全部?」
「そう! 半分こずつし合って、色々味わえるようにしようよ!」
2人で少しずつなら全制覇だってできるはず。ヒィロの言葉に美咲は笑みを浮かべ、手元の更に乗っていた料理を分け合うと再び料理をとりに行った。2人で別々の料理を皿に盛れば、それだけ食べられる品も増える。
「ねねねこれ食べてみて!」
口元に寄せられた食べ物をあーん、と食べさせてもらう美咲。ヒィロがそれを嬉しそうに見ているものだから美咲も思わず口元が弧を浮かべてしまう。
「美味し……タレに負けない素材の力強さだね」
お返しに、と美咲が持ち上げたのは手巻き寿司。先ほど食べたものは少し変わって、他の海鮮も具として入っているのだ。
「わーい、あーん!」
それへヒィロは口を開け、ぱくり。幸せにほっぺたが落ちてしまいそうで、彼女は両頬を手で抑えたのだった。
\マグロ祭りの時間だーっ!/
きゃふーっ! と盛り上がる花丸にリンディスは気づく。彼女は手伝っていた怪我人などの処置もあらかた落ち着いて、ようやく宴に顔を出そうというところであった。花丸もそんなリンディスに気付いて大きく手を振った。
「やっほやっほ、リンディスさんっ! マグロ祭り楽しめてるかな?」
「はい、今から頂くところで」
持っていた皿を見せれば、そこには刺身やカルパッチョなど軽く摘まめるものが多く乗せられている。良きかなと花丸は満足そうに頷いた。
「巨大マグロとの戦いは大変だったけど、これだけマグロ尽くしでご飯が食べられるなら頑張った甲斐があるよねっ!」
「はい。それに食べるだけでなく、見ても楽しめますから」
カルパッチョをよそう時の、野菜との色合わせを思い出してリンディスは顔を綻ばせる。五感の全てで楽しめるというのはとても贅沢なことだ。
「そうだ! リンディスさん、お寿司って知ってる?」
「お寿司? ですか、それは一体──」
興味を惹かれるものがひとつ、またひとつ。2人の姿は人混みに紛れていった。
「お姉様、冷えませんか?」
しきみがそう問いながらショールを差し出せば、スティアが満面の笑みを浮かべる。羽織れば温かく感じるから、やはり癒えていたのだろう。
「ありがとう!私と違ってよく気が付くよね~」
料理の元へ向かっていくスティアを追いかけようとして、しきみは彼女が振り返ったことに心を跳ねさせる。
「はやくー!」
「い、今行きます」
ぎこちなくなってしまったのは、重ねた手の温度のせい。心臓が高鳴っているせい。
2人は興味津々で料理を見渡すが、それなりに生のものも多い。互いに鮮魚を食する経験も浅いとあって、珍しいものをとスティアが選んだ。
「しきみちゃんのオススメは?」
「私のおすすめ?」
この瞬間、しきみの心臓がまた違った方へ跳ねた。これは──失敗は許されない。視線は泳ぎに泳いで、行きついたのは照り焼きだ。
「照り焼き! きっと美味しいに違いない!」
ひとまず反応は悪くない。ほっとしたしきみはスティアと共にノンアルのカクテルを貰って。
「ちょっと大人になった気分だね、しきみちゃん!」
「ふふ、そうですね。お姉様」
軽くあげられたグラスにスティアは顔を綻ばせて。
──乾杯。
●
宴は続く。
太陽が眠りにつき、また起き上がるまで。
ライトアップされた紅葉は、泥酔した者へも朝まで呑んで騒ぐ者へも、等しくその目を楽しませたと言う。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
お魚が食べたくなりました。お寿司とか。お刺身とか。いいですね。
それでは、またのご縁をお待ちしております。
GMコメント
●メニュー
※下記にないものもプレイングに書けばまあ出て来るでしょう。そういうものです。
マグロ関連
・マグロのたたき
・漬けマグロ
・カルパッチョ
・竜田揚げ
・照り焼き
・ステーキ
・刺身
……etc.
その他
・串焼き各種
・エイヒレの炙り
・燻製盛り合わせ
・漬物
・白米
・たこひげ(酢漬けの蛸足)
・海鮮小鉢
……etc.
ドリンク
・貴腐ワイン
・梅酒他、各果実酒
・ゼシュテル・オイルワイン
・白秋25年
・オアシスの雫
・ドレイクの渇望
・秘蔵の蜂蜜酒
……etc.
●ロケーション
アクエリア島という大きな島です。絶望の青攻略時に発見され、現在は外洋遠征の重要中継基地となっています。
一角に紅葉で色づくエリアがあり、似て非なるものではありますが大陸での紅葉と同じような楽しみ方ができるようです。 また、少し離れた場所に静かな海岸もあります。
時刻は夕方~夜にかけて。外にテーブルやら調理器具やらを設置して宴会です。
料理は作ったら大皿にてんこ盛りなので、好きによそっていって下さい。20歳以上(年齢不詳は自己申告)でお酒を飲むこともできます。未成年はノンアルコールです。虚偽申告は駄目ですよ。駄目ですったら。
●NPC
当方のNPCはお呼び頂ければ登場する可能性があります。
●イベントシナリオ注意事項
本シナリオはイベントシナリオです。軽めの描写となりますこと、全員の描写をお約束できない事をご了承ください。
同行者は1行目に記載ください。またアドリブの可否に関してはNGの場合のみ記載ください。基本アドリブが入ります。
●ご挨拶
愁です。久しぶりにイベシナを出した気がするけど1ヶ月ぶりでした。
今年は食欲の秋ということで海洋シナリオへご案内です。マグロ大宴会ですが、他のものも普通にあったりします。
ご縁がございましたら、よろしくお願い致します。
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