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シナリオ詳細

<Autumn food>10月はビールが聖水になる季節

完了

参加者 : 60 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●感謝の秋
 かつて、敬愛すべき教皇がその冠を戴かれた年も。恐るべき冠位魔種がこの国を蹂躙した年も。
 世界にはそれまでと変わらず歓びの春を迎え、賑やかな夏を楽しんで、豊かなる秋が慎ましき冬の備えのためにもたらされてくれる。
 それらは人智ならざる神の御業であって、人々はただ感謝を捧げるのみだ。特に、秋――それは多くの実りが人々にもたらされ、豚たちにさえもたらされて彼らを肥えさせて、そしてただの水とホップと大麦が神の奇跡により“聖なる水”へと姿を変える。そんな時――。

●O'zapft is!
『ビール祭りですわ!!!』
 特異運命座標たちにいろいろ説明する役のはずの『俗物シスター』シスター・テレジア(p3n000102)はギルド・ローレットにはおらず、代わりに練達製魔導ブラウン管テレビだけが彼女の姿を映し出していた。
 画面の中の彼女の後方には天義の街並みが広がっており……そこでは人々がテントを設営している最中だ。テレジア曰く、これは天義のドライエルン地方で伝統的に行なわれる秋祭りの準備の光景なのだとか。

『この秋祭りは、収穫祭であり、音楽祭であり、新たなビール醸造シーズンの訪れを祝う祭りでもありますわ。この祭りには一帯のビール醸造元が集まって、特別なお酒とヴルストとザワークラウトを振舞って神への感謝を示しますの……ほら、天義って普段は反吐が出るほど禁欲的じゃあございません? ですからこの辺りでは祭りの間ばかりは「神に感謝してるだけだからオッケー」ってことにして、半月ほど羽目を外しまくるんですのよ』
 テレジアの解説を聞きながら後方の光景を眺めれば、設営の重労働中の男たちの表情は皆、どこかうきうきと楽しげにも見えた。男たちへと差し入れを届ける女たちもそわそわしがちで、誰もがこの秋祭りの時期を、1年の間心待ちにしていたのだと判る。
 もちろん、大人たちがそうしている最中に、子供たちばかりがビールが飲めないからとお預けにされることはない……レモネードやジンジャーエールといった炭酸系のソフトドリンクも多数取り揃えられており、祭りの本番が始まった際には、ビールで乾杯する両親たちに混ざってジンジャーエールで乾杯する子供たちの姿が、街のあちこちで見られるだろう。

 飲めや歌え。たらふく食べてそして踊ろう。
 祭りに惹かれた旅芸人たちが街の至るところで音楽を奏で、全ての街角が臨時のステージへと変わる。芸人たち同士の即席のセッションは始まるし、聴衆が勝手に音楽に合わせ、腹ごなしのダンスをする光景も珍しくない。
 折角なら、男性はゼナーハットとレーダーホーゼン、女性はディアンドルを身に纏うのもお勧めだ……決してルールというわけではないのだが、この祭りではそれが楽しみかたのスタイルとして定着している。観光客向けの貸衣装屋もあるというから、好みのデザインを選ぶのも楽しいかもしれない。

『そんなわけでわたくしは、早速楽しんで参りますわ!』
 テレジアはカメラに向けてそう宣言し、そのまま始まってもいない祭りの中へと消えていった。……何事もなければいいんだけど。

GMコメント

 無辜なる混沌各地の食欲の秋をお届けする、<Autumn food>。天義のドライエルン地方では、ビールとヴルストとザワークラウトのお祭りが始まります。
 中には遠くは鉄帝から足を運ぶ者もいるというこのお祭りを……皆様も存分にお楽しみください!

 プレイングには、1行目に参加するパートの番号、2行目にグループタグや同行者名をお書きください。
 祭りの衣装にこだわりがある場合、衣装の説明も記載してください(ちょうどいいイラストを所持している場合、そのURLでも可)。

【1】酒だ! 料理だ!
 工夫を凝らしたさまざまなフレーバーのビールを楽しみながら、各種のヴルスト(ソーセージ)、ザワークラウト(乳酸発酵させたキャベツの漬物)、シュバインスハクセン(丸焼きにした豚の腿)を味わいます。ビールはアルコール度数が高めなので注意!
 未成年はアルコールの飲用は不可。炭酸系ソフトドリンクをお楽しみください。

【2】街頭パフォーマンス大会!
 街角では楽団はもちろんのこと、ダンサーや大道芸人などの姿も見られます。彼らのパフォーマンスに魅入ったり、自分たちもパフォーマンスで人々を楽しませたり。大抵のパフォーマーは、飛び入りで自分のパフォーマンスに合わせてパフォーマンスを返してくれる観客には好意的でしょう。

【3】ビアライヒェンどもを治療する
 この祭りでは、毎年必ず、調子に乗って飲みすぎて倒れる参加者が多数出ます。彼らはビアライヒェン(『ビール死体』の意)と呼ばれる祭りの風物詩で、彼らを介抱するために祭りには救護所も設営されています。
 人手が足りません。誰か助けてください……まあ正確には『人手が足りない』んじゃなくて、『介護してくれる医者も聖職者も呑みにいきたがるから、誰かちょっとの間でいいので代わってください』なんですが。
 シスター・テレジアはここにいます。ただし、患者として(しかもまだ呑もうとする)。

【4】その他
 貸衣装屋での衣装選び、祭りの中心地である中央広場前に建つ神殿への礼拝など、祭りに関わりそうなことなら何でもどうぞ!

  • <Autumn food>10月はビールが聖水になる季節完了
  • GM名るう
  • 種別イベント
  • 難易度VERYEASY
  • 冒険終了日時2020年10月04日 22時30分
  • 参加人数60/∞人
  • 相談7日
  • 参加費50RC

参加者 : 60 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(60人)

羽田羅 勘蔵(p3n000126)
真昼のランタン
ストレリチア(p3n000129)
花の妖精
燈堂 廻(p3n000160)
掃除屋
ハスラー(p3n000163)
ロボット技術者
フェリシア=ベルトゥーロ(p3p000094)
うつろう恵み
アンタレス・SCP0-N(p3p000138)
ポイズン・エンド
フニクリ=フニクラ(p3p000270)
歪んだ杓子定規
ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
亘理 義弘(p3p000398)
侠骨の拳
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
嶺渡・蘇芳(p3p000520)
お料理しましょ
ラズワルド(p3p000622)
あたたかな音
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
コレット・ロンバルド(p3p001192)
破竜巨神
ナハトラーベ(p3p001615)
黒翼演舞
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)
黒鎖の傭兵
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
スティーブン・スロウ(p3p002157)
こわいひと
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
リョウブ=イサ(p3p002495)
老兵は死せず
ラクリマ・イース(p3p004247)
白き歌
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
オーガスト・ステラ・シャーリー(p3p004716)
石柱の魔女
緋道 佐那(p3p005064)
緋道を歩む者
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
クライム(p3p006190)
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
ジョージ・ジョンソン(p3p006892)
特異運命座標
イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
キラキラを守って
レイリー=シュタイン(p3p007270)
騎兵隊一番槍
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
夜剣 舞(p3p007316)
慈悲深き宵色
ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの
シャッファ(p3p007653)
 酩酊遊戯
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
アルム・カンフローレル(p3p007874)
昴星
バルガル・ミフィスト(p3p007978)
シャドウウォーカー
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
エレン(p3p008059)
豊穣神(馬)
チシャ(p3p008267)
エゴノキフェアリー
源 頼々(p3p008328)
虚刃流開祖
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
浜地・庸介(p3p008438)
凡骨にして凡庸
薫・アイラ(p3p008443)
CAOL ILA
グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)
孤独の雨
只野・黒子(p3p008597)
群鱗
ドミニクス・マルタン(p3p008632)
特異運命座標
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
イロン=マ=イデン(p3p008964)
善行の囚人
クラーク・エアハルト(p3p009010)
元軍人
柊 沙夜(p3p009052)
特異運命座標
アシリ レラ カムイ(p3p009091)
菜園の女神
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
最強のダチ
白夜 希(p3p009099)
死生の魔女
アンジェリカ(p3p009116)
緋い月の
ルイビレット・スファニー(p3p009134)
湖面の月

サポートNPC一覧(1人)

シスター・テレジア(p3n000102)
俗物シスター

リプレイ

●祭りに酔う
 思うに、聖教国ネメシスという国は、収穫祭でさえ慎ましやかに行なうものではなかったか? 亘理 義弘の感覚は決して誤解ではなかれども、何事にも例外は付きものである。
 今、義弘の目の前には普段の抑圧の反動か、実に開放的な光景が広がっていた。真っ昼間からジョッキを天へと突き上げる人々。あらゆる街角からは弾むような歌声が流れ出て、貧民たちの子供さえ、今日のため拵えた“正装”にて辺りを駆け回る……だとすれば義弘自身もジョッキを片手に、感謝の歌を歌うとともに飲み干さねば損というものじゃあないか。
 だが……街のあまりの陽気さは、ともすれば羽目を外しすぎることにも繋がりそうだった。義弘はいい、下手な飲み方をする年齢などとうに過ぎ去った。しかし、“あの辺”や、“あの辺”は――?

「なるほど、多彩な味のビールがあるものですね。元の世界のオクトーバーフェストもこうなのでしょうか……あっヴルストもたくさん」
 日本人の性か、珍しいものを見つけたら全種類制覇したくなる気持ちを抑えることなく、羽田羅 勘蔵は片っ端から飲み比べながら行ったことのない祭りへと思いを馳せた。
 ドライエルンの祭りはさながらビール展示会であり、各醸造元が技術の粋を尽くした発泡飲料の数々をお披露目している。それは、
「みんな、楽しんでる~!? 私は楽しんでるよーかんぱあああああい!!」
 などと自分の(ハイ)ペースで飲み比べを楽しんでいるレイリー=シュタインのようなザルには最高の祭りかもしれないが、ついひと月ほど前に二十歳になったばかりの緋道 佐那にとっては、膨大な選択肢に押し潰されるばかりだ。
「今日が初酒――と思ったのだけれど、初心者にも楽しみやすいのはどれかしら? ソーセージもお肉もいろいろあるけれど、どれがどのビールに合う、みたいなのもありそうよね……」
 どうやらこれは、プロの出番に違いなかった。
「やっぱり最初は甘いのからかしら、あの赤いブドウ果汁入りのなんてどう? 甘いお酒には塩気の強いヴルストを選ぶのがお勧めね。甘いとつい飲みすぎちゃうからしっかり食べるのを忘れずに……」
 アドバイスしながらも飲む手が止まらないレイリーに圧倒されつつも、試しにそれに従ってみた佐那。
 ……うん、甘いけど苦い。
 佐那にとってはまだ歩きはじめたばかりのビール坂。その味に自身が酔えているのかどうかすら今の彼女には判らない……けれど、辺りの祭りの賑やかさだけは、確かに彼女を酔いへといざなっていた。

●飲兵衛たちの喧騒(1)
「ビールは水よりおいしい水なの! じゃあ聖ビールは聖水より尊いにきまってるの!! せいなるかな!!!」
 大変ご機嫌なストレリチアの“聖句”は、迷える子羊に導きを与えることだろう。それに釣られてこの西方大陸の祭りを楽しむことにした柊 沙夜は……今、泡だらけの黄金色の液体を前にちょっぴり固まっている。
「お酒って言うても美味しいお水なんやなぁ。ほな……え、なんかしゅわしゅわ言ってるんやけれど」
 困惑し、逡巡し……それから見た目で判断するのはよくないと、政治的に正しい判断を心がけるようにした。
 飲んだ。
「~~~~ッッ!? にっ、に、に、苦い……!?」
 強烈なホップの味が舌に突き刺さる。美味しい水とは何だったのか。ストレリチアを恨む考えさえ出てこずに、慌てて手近なヴルストをかっ食らう……しまった、こっちは辛いやつ!?
「おぅ、オメェさん、こいつで口直しといってくれ!」
 その時悶える沙夜の前に、ひとつの皿がすっと差し出された。
 白く輝く冷奴。紅白鮮やかな刺身の盛り合わせ。沙夜も知る豊穣料理の助け舟を出したのは、オークのゴリョウ・クートンだ。
「オーク!? ……ああ、彼も特異運命座標なんだ……?」
 ちょうど一風変わったおつまみの店があると聞いて訪れたところでその光景に出くわして、助けられた当人よりもびっくりしていたアルム・カンフローレルだったが……ゴリョウの肝臓に優しそうなつまみのレパートリーと、それらを作る時の鮮やかな手さばきを見ていたら、彼の種族のことなんてどうでもよくなっていた。
「おっとお客さん、ご注文は?」
「ん~~……そうだな、このビールに合いそうな……肉がいいな! 肉系のおつまみをひとつくれないか!」
「わたしはいっちょクラマトレッドアイ! 聖なるビールで身体を満たした聖人は、ハマグリのアラニンで身体を労わらないといけないの!」
「ぶははっ、兄ちゃん、それじゃあ鶏の唐揚げなんてどうだ? 嬢ちゃんには……結局そいつも酒じゃねぇか!」
 手持ちの酒に合わせてくれただろう味付けの唐揚げといい、もっと健康によさそうなザワークラウトを観賞用にだけして酒を呑み続ける小妖精といい、今日はアルムにとって最高の一日のひとつになりそうだった。
 ……が、その時。
「やっほーう! 唐揚げがあるのですーーーー!!!!!」
 唐突に横から突撃してきたラクリマ・イースが、さも当然のように唐揚げをかっ浚おうとした。それを鮮やかに躱しつつ、目の前でレモンを垂らしてやるアルム。
「え? レモン……?」
 ラクリマがこの世の終わりのような表情になった。
「レモンはやめるのです!! マヨネーズなのです!!!」
 ひとしきりダダを捏ねたラクリマだったが……その嵐はすぐに去ることとなる。何故なら彼の冷静沈着な頭脳は、自分も同じのを頼めばいいと気づいたからだ!
「これで完璧だー! 酒だ酒だ、かまわぬぜんぶもってこい!!! ぐびぃすやぁ……」

「――ええ。0次会でいきなりパンドラを減らすようなことをしてはいけないという戒めですね」
 何故だかひび割れた眼鏡を整えながら呟いた新田 寛治のテーブルは、山盛りのヴルスト盛り合わせとワイン蒸しのムール貝、それからアイスバインで満たされていた。
 とりあえず気を取り直して乾杯の歌。マスジョッキを盛大に呷ったら、今日という日を楽しむ準備完了だ。
「さあストレリチアさん、ここにおつまみがありますよ。さあ、こちらへいらしてください……先日のパンドラを利子つけて返していただきますよ」
 そんな策を弄した時にかぎって、ストレリチアは来てくれない。これは……0次会の分だけ丸赤字の予感……。

●男女の親交
 ここではこんなおばさんも、捨てたものじゃないと嶺渡・蘇芳は微笑んだ。
 ソースもポテトもたっぷりカリーヴルストも、強めの塩胡椒とチーズのシュニッツェルも。作ればすぐに人気の的だ。
 元々は、自分用だったはずなんだけど。でも板についた酒場の女主人の仕事着が、ドライエルンたちの酒好きたちの心を掴んで離さなかったのだろう。
「いいわよー♪ みんなで、プローストー♪」
 本業だから、料理作りもビール運びも楽しみながら、かといって呑むのも忘れない。そんな彼女のペースに釣られ、自分たちもビールを飲みまくったドライエルンの男たちは――しばらくの後、揃って救護所送りになったそうな。

 どうやら祭りは人々に羽目を外させるだけでなく、普段は高い男女の垣根を、少しばかり下げてくれるものでもあるらしかった。だから、タイムのような若く――少なくとも見た目は――美しい女性が給仕をして回っていたら、男たちの目はどうしても彼女を追ってしまうものだ。
 だから……ちょっぴり彼女がお皿のヴルストの匂いに耐えきれなくて、こっそり1本摘まんだ様子は、しっかりと客たちの目に焼きつけられていた。
「なんだい、そんなにお腹空いてるなら俺がおごるぜ?」
「やだ、見てました? えへへ……」
 照れ隠しにお客のジョッキにビールを注いだ。するとお客はもっと上機嫌になって、アンタもどうだい、と返そうとしてくれる。
「えーうれしい~! でもわたしはものすごく弱いから……今日はサイダーで!」
 かんぱーい、の音頭とともに互いにジョッキを呷ったふたりはもしかしたらそれ以上のつもりはなかったかもしれないが……よく辺りを見ればそこかしこの店で、似たような偶然を装って親交を深めようとする男女の姿も見てとれるた。つまり……。

「明日なんか知らねぇ! 酒だ! ビールだ! ヴルスト熱い! カンパーイ!」
 この機会はスティーブン・スロウにとって、絶好のナンパ日和だということである!
 ナンパする。飲んでナンパする。それからまた飲んで食べて踊ってまたナンパだひゃっほい!
「そちらのワインレッドのドレスの素敵なレディ……どうか俺のジョッキにビールを注いではくれませんか」
「もちろん、喜んで……ふふ、良い飲みっぷりだね。もっと呑む所を見せてくれる?」
 スティーブンが気障ったらしく囁いてやれば、ルイビレット・スファニーはとろんとした表情を作ってみせた。
「それと……君の飲みっぷりを見てたらなんだかお腹空いちゃった」
「ヴルストでよければ、一緒にどうだい? 君の髪の色をした、ロートヴルストが君にはよく似合う」
「奢ってくれるの? 優しい人は素敵だね」
 いい感じの雰囲気……にも見えるけど、実際にはルビーはお仕事モード。どれだけ売り上げに貢献したところで、別に実行委員会からキックバックが貰えるわけでもないんだけど。
 酔いが醒めたらまた会おうね、とルビーが囁いた時には、スティーブンはすっかり出来上がっていた。はたして彼は、今日の出逢いを憶えていられるだろうか――憶えていればさぞかし素敵な思い出になっただろうけど。

 だが、もしもその時の彼か――あるいはより下心に満ちた者がブレンダ・スカーレット・アレクサンデルに近づいたなら、同じような思いはできなかったことだろう。
 無論、同じテーブルを囲うだけなら誰でも歓迎だ。勤労なんてクソ食らえ、呑めや歌えやと騒がしいアシリ レラ カムイとだって、楽しく乾杯しながらヴルストとザワークラウトを摘まむことができる――しかし。
 大きく開いた彼女のディアンドルの胸元に、下卑た視線を向ける者があったなら別だ。不届き者には数々の武を修めた女騎士の断罪が、必ずや降りかかることだろう……。
「なんだゴリラの。お主にセクハラかます男とか、おらんじゃろぉ~? そんなん命が幾つあっても足りんってもんじゃからなぁ――って危なッ!?」
 ……ほらね? 酒が入りすぎてコントロールの怪しいフォークを顔の横ギリギリに牽制投擲されたアシリのように。

 やはり、酒は雰囲気を大事にして飲むものなのだ。待ち合わせ場所に現れた夜乃 幻は、夫、ジェイクの目の前で、ディアンドル姿でその場で一回転してみせた。
 ふんわりと広がる円形スカート。思わず食べちゃいたいくらいに可愛いと転び出るジェイクの台詞に、口ばっかりお上手になられて、と幻が頬を赤くする。
 でも……紅潮した顔を覆いたくなる理由はそれだけじゃない。きっちりと決めたゼナーハットとレーダーホーゼンが、夫の新たな魅力を引き出してくれているからだ。
 大好物のザワークラウトを黒ビールで流しこむ夫に合わせて、幻も薄黄色の白ビールを飲み干した。すると……口許を撫でる夫の指先。
「うん。幻のも旨いね」
 髭のように残った泡を掬い取って舐めた夫の悪戯心に羞恥を感じ、今度は頭を詫びの印に撫でて髪を梳く手に自分の手を重ね合わせたならば、そのまま幻は夫の手指の間に自分の指を走らせた――自分の感じた背徳的なまでの心地よさを、夫にも遣り返してやるために。

 いつしかふたりには、相手以外のものは見えなくなっていた――。

●飲兵衛たちの喧騒(2)
 ――そういった光景の、何もかもが愛おしかった。
アンタレス・SCP0-Nにとっての『生』は、とにかく楽しむためのものである。
「ほほう、アルコールの強いビール。それは良い、酒を飲んでも飲みつくせ! であるな!」
 ヴルストやザワークラウトを食べ比べるのはもちろんのこと、シュバインスハクセンをたっぷりと腹に入れ、軽いブレツェルで濃厚なオバツダを掬い、辺りの歌や踊りに耳を傾ける。
「がっはっは! これこそ祭りの醍醐味よ!」
 最初は人々に恐ろしがられた蠍鎧姿も、同じ楽しみを共有できる仲間だと判ればすぐに打ち解ける。それが『祭り』の効能だ――もっとも、誰もがその効能にあやかれるわけではないけれど。……というのも。

「僕、成人してます! 本当ですよっ!?」
「がはは、そういうのは髭でも生やしてから言うんだな! 子供はみんなそう言うんだ!」
 燈堂 廻は祭りを楽しむ以前に、ビールの提供を拒否された。気合を入れてレーダーホーゼンを着てきたら、すっかり少年と間違えられた悲哀。恋屍・愛無が口利きをしてやらなかったなら、本当にビールにありつけなかったろう。
 まあでも無事にビールをゲットできた今、廻はこの調子であった。
「ふふ、ここのビールは美味しいですね。これならいっぱい飲めちゃいます……そちらの味はどんなですか?」
 すると愛無もビールを口に流しこみ……それから微妙な顔をする。
「……苦い。甘いとかフルーティーとか謳っていたくせに、ぜんぜん甘くない」
 しかも炭酸があるから余計にダメだ。もっと強い、焼酎やジンならいけるのに。
「廻くん、一口くれないか? いや、自分で頼んで残してしまっては勿体ないのでね」
 試しに自分のザワークラウトを提供しながら、ヴルストと別のビールをゲットした愛無ではあったが……結局は自身のお子様舌を自覚することになったとだけは記しておこう。

 だが愛無の意志を継ごうとでも言わんばかりに、フェリシア=ベルトゥーロが立ち上がってみせた。
「片手にビール、片手にお肉……これがわたしの、最強もーど、です……」
 常に差し出されたままの空のジョッキは、お勧めビールを好きなだけ入れてくださいのサイン。お皿はそのビールに合う料理をくださいのメッセージ。
「めざせ、ビアライヒェン、です。そうなれば、優勝……ですよ、ね……?」
 美味しいものをたくさん飲み食いできて、実に幸せそうで何よりです……で、彼女に妙なこと吹きこんだのは誰?

 まあでも、それがひとつの豊穣を喜ぶ形であるならば、エレンには世界を越えた感慨を受けずにはいられないのだ。
「ビール! そしてそれに合う美味! 大いに騒ぎ、そして羽目を外して倒れる……うむ、元の世界でも見た様式美だな!」
 流石に『豊穣神』だなんて名乗るのは宜しくなさそうだったので謎の人馬Eとして参加したエレンではあったが、何をすれば神が喜ぶかは彼女自身がよく知っている――すなわち、
「アツアツのウルストを頬張り、一気飲みで感謝を捧げるぞ!」
 そんな宣言をしたならば……おう、と何故だかハスラーが呼応した。
「ローレットの。いけるではないか。どれ、吾輩とどちらが上戸か競ってみないか? 吾輩がどれだけ優秀か、此処で知らしめてやろうではないか、ふはははは!」
 そんな宣言をされてしまったら、ニコラス・コルゥ・ハイドとしてはそれを聞きつけて、絡み酒状態で乱入してこなければならないだろう。
「ちょうど、独りで飲むのも飽きてきた頃合だ。そうだよなぁ、こんな美味いもの、飲まないなんて損でしかねぇよなぁ!? 誰だか知らねぇが俺も混ぜやがれ! 先に倒れた奴の口にゃぁ樽でビールを流しこんでやるからよ!」
 実に濃厚に醸造される、飲み比べ大会の気配……するとクラーク・エアハルトまでぬっと顔を出す。
「こういう催し物は楽しんだ者がやはり勝ちでしょうからね。美味しい店を幾つも梯子した後で恐縮ですが……自分も是非とも参戦させていただきましょう」
 だがしかし――その元軍人の目が「ただし、他人様に迷惑をかけることのないように」と語っていたことは、他の者たちは気づいただろうか……特にハスラーとニコラス辺り。

 ともあれ、唐突に始まった飲み比べ大会のお蔭で元軍人の目が余所に向いたのは、チシャにとってはこの上ない僥倖だった。
「一度やってみたかったなのー!」
 小さなエゴノキの妖精さんは、すでに酔っ払ってるかのごときド下手な飛行で、並々と注がれた大ジョッキの縁に着地した。そしてそのままジョッキにダイブ!
「浴びるどころか浸かるビールなのなの! ビール好きなのに体は大きいあなた方には、味わうコトのできない贅沢なのなのー♪」
 存分にジョッキの中で泳いでみせる。するとヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤも負けじと、
「ひゅー! 秋! 収穫祭!」
 こっちは店のビール樽へと飛びこんでみせた。
「えへへ、飲んでも飲んでもなくならない……幸せ……私もうこの樽の中で暮らす……」
 すると神妙な顔を作ったアーリア・スピリッツ。それから呆れ顔のエッダ・フロールリジ。
「天義にも実りの秋が来たのよ、今日くらいは神に感謝……」
「はーやれやれ……ヴィーシャともあろう者がはしたない……」
 うむ。ちゃんと叱ってやりなさい。
「……いえ、聖ビールに感謝よぉ! ばれーりやちゃんひと樽で足りる?」
「……そう。まずは駆け付け3樽でありましょう!」
 叱れって言っただろ!!

「エッダちゃん正解! 3樽+3樽+3樽で300樽!」
「はっ、そう言えばまだヴルスト食べていませんわ! 誰か、誰か持ってきてくださいまし! わたくしここから動けませんの!」
 こめかみに青筋を立てる店主のことなど意にも介さず、3人のアウトな酒宴は始まった。
「そういえばこれはラガーである様子。ラガーなら下面発酵……」
 つまり下ほど酒が濃いと推理して、ヴァレーリヤの樽に逆さまに頭を突っこんだエッダ。
「エッダ狭いのだけれど! ここはもう私の家でしてよ!」
 ヴァレーリヤが抗議すればアーリアがその辺の注文用紙を勝手に使って『VDMの家』と“表札”をつける。そして樽をノックしてポスト――ヴァレーリヤの口へとお届け物のヴルストをシュート!
「あらまぁエッダちゃんも引越しね? それじゃあ引越し祝いのプレゼントよー」
 もうビールがないからと追加要求をしたエッダに応え、樽にビールを注いだならば、エッダはしばらく足をじたばたさせた後に動かなくなった。もっとヴルストをと身体を揺らすヴァレーリヤ。控えめに言って地獄の光景が幕を開けている――ちなみにもうちょっと穏当にビール風呂を楽しんでいたはずのチシャのほうも、すっかりビールの泡に埋もれてジョッキに沈んでしまってる。
「わっはっは! 酷いもんじゃのぉ~?」
 どうにか無事にブレンダのところから脱出を果たしたアシリが、まるで他人事のように手を叩いて喜んだ。いやまあ、実際に他人事なんだけど。フニクリ=フニクラに至ってはエッダを助けようともせずに、冷静に周囲の酔っ払いどもから“賭け金”を奪い取っている……え? 何の賭けかって? そりゃあ決まってるでしょう誰が最初に潰れるか勝負だ。
「溺死は『潰れた』って言わねー!」
「金返せー!」
 実に正当な抗議をされたが、彼女は全く意に介さなかった。
「はっはっは、そんなことを言うなんて、お酒が足りてないんじゃないかな?」
 奥義・前後不覚になるまで飲ませて有耶無耶にする術。しかも敗者のエッダを除外して、新たな挑戦者を加えた勝負も始まりそうだ。
「イェーイ! 呑もう呑もう! ビアライヒェンを増やして救護所のミンナの仕事を増やしていこう!」
 いざという時にはパンドラ任せにする覚悟で、さらなる惨事を所望したイグナート・エゴロヴィチ・レスキン。全力で呑み、全力で食い……あとはビールといったらビールかけ!
 盛大にビールをぶち撒けて、頭から被りながら飲んでいたイグナート。4名の醜態には流石に聖騎士が出動し、まるっと連行していったのではあるが――その際にもイグナートはジョッキを手放さず、酒を呑むときはショウキで呑んじゃいけないって昔のエラい人も言ってたのにと、反省のない言を放ったらしい。

●救護所・オブ・ザ・デッド
 ――閑話休題、飲み比べ勝負に目を戻そう。
「……あ? そろそろ危ねぇきゃら救護所へ行けっへ?」
 馬鹿言っへんふぁねぇ、という呂律の回らぬ抗議が、連行されるニコラスの最後の言葉になった。何故飲み比べに勝つと優秀さを証明できると思ったのかさっぱり解らぬ頭脳の持ち主ハスラーが、とうの昔に救護所送りになったのは言わずもがな、期待のエレンも自分が飲む側になるのは慣れなかったらしく、早々に獣医のお世話になっている。勝利の美酒を傾けるのは、当然と言えば当然の帰結でクラークだ。
 もっとも彼とて大きめのマイジョッキがたたり、自ら救護所へと向かっている最中だ……迷惑になる前に自分で処理できるの偉い。だって、救護所送りになった人たちは、全ビール制覇の旅の半ばで眠りに落ちた勘蔵のように、自分の尻も拭えなかったのが大半なのだから。

(彼ら、すごい飲みっぷりでしたけど……大丈夫なのでしょうか?)
 そういった人たちがこの上なく楽しそうにしてたのは、アンジェリカにとっても嬉しくなるけれど。でも、彼らが本当に飲みすぎて倒れてしまったところは、単なる見間違い? とりあえずそういうことにする。ビールはどれも美味しいし、料理もよく合って幸せを感じている間はいいけれど……万が一にも生々しいとこを直視してしまうと、ほら、思わず“リアル”を思い出しちゃって、気合いを入れてディアンドル姿で参戦した自分の痛々しいRPを自覚しなくちゃいけないわけですよ。

 だけどそんな彼女(彼?)の思惑とは裏腹に、辺りには倒れるまで呑むのを粋だと信じてるドライエルン人たちもごろごろしているのだ。
「……すでに潰れてる人多すぎるだろこれ」
 グリム・クロウ・ルインズがドライエルンにやって来た時はもう、幾つかの街角で酔っ払いどもが寝ている有様だった。あとは……酔った拍子に暴れてるやつ。
「節度を持った酔い方をしろ馬鹿ども」
 とりあえず一発昏倒させて、そのまま救護所へと引きずっていく。
「だいたい2、3本しか飲んでないのに潰れる奴らが多くないか? 自己管理しろと言いたいものだ――いや、できないからこうなってるんだろうが。
 自分はまだ5本しか飲めてないってのに。運び終わった後にもビールが残っていればいいが……」

 こんな奴ら(しかも特異運命座標まで輪をかけてるし、それにさらに張り合う馬鹿どももいる)を効率的に救護所送りにしようと思ったら、普段のように通報者を待つのでは不十分だろう。広場の片隅からはのんびりと、白夜 希の目が彼らを監視する。救護スタッフの腕章をつけ、『救護所行き』看板をかけた荷車の脇に陣取っていたら……医者たちや聖職者たちも安心できるし、飲むほうも安心して倒れるまで飲めるってものさ!
 希がワイン派だったのが幸いした。彼女は余計な誘惑に負けることなく、心地よい乱痴気騒ぎの中を仕事に専念できる。倒れる者がいたら老若男女を問わず荷車に載せ、帰りの荷車では回復者を戦場に送り出す……倒れてもまだ飲みたがるアホなんて、別に歩かせれば十分なのよ?
 そんなことをしていたら救護所の前に、一台の四駆が停車した。降りてきたバルガル・ミフィストは後部座席を開けて、意識のない人々を次々と運び出す。
「少々遠いところの酒場で“急患”が出たようでしてね……ああいえ、礼など結構。迷惑を掛けるのなどお互い様ではないですか? これは次に私が困った時に手助けいただくための縁結びと思っていただければ……しまった、早速助けが必要になりました。シートで吐かれると掃除も大変ですし、匂いが落ちなくて困るのですよ……」
 それでも意識のないビアライヒェンどもは、まだ意識のある奴らどもと比べれば多少は扱いやすい相手と言えたかもしれない。
「わたくし、まだ10種類くらいしか飲めておりませんのよ!? もっと楽しまねば神の教えに反しますわ!?」
 何やら喚くシスター・テレジアの目の前に、コレット・ロンバルドが立ちはだかった。
「テレジアさん。どうしても飲酒すると言うのでしたら……実力行使ということになりますが、よろしいでしょうか?」
 コレットが実力行使する――それはすなわち、天義聖銃士隊るということ。
「あっはい、快復まで大人しくしておりますわ……」
 一転、神妙になったテレジアを見て、破壊神は良しとされる。だがこうした“ビアゾンビ”どもの脱走劇は、決してテレジアだけのことには留まらなかった。
「飲ませろ~、もっと飲ませろ~……」
「もう俺は生き返ったんだ、こんなとこで寝かされる必要はねえ……」
 それはナハトラーベの言葉を借りれば、まさに怨嗟渦巻く地獄絵図。数多の人間が倒れ折り重なって、悍ましき怨嗟の声が響く可哀想にと黒衣の“葬儀屋”ナハトラーベは祈る――ああ、きっと彼らはもう助からぬのだ(アル中から戻れない的な意味で)。葬儀屋は彼ら不死者を、地獄の蓋の奥へと留めねばならない……つまりたまに出てくる脱走者を引っ張り戻すだけの簡単なお仕事をしつつ、顔色ひとつ変えずにヴルストをもりもり齧って楽しめばいい。
「こりゃあ“死体遺棄場”は今日もフル稼働だな」
 そんな顛末を救護所の喧騒を見おろす建物の屋上から見おろしながら、マカライト・ヴェンデッタ・カロメロスが思わず呟いた。よく冷えたビール。香草がスパイシーな風味を引き立てるヴルスト。涼しい秋風に当たりながらそれらを楽しむ時間は、贅沢以外の何物であろうか?
(あの銭ゲバシスターの言はともかく、豊穣祭として飲めや歌えやをするのは俺だって大賛成だ。……けどまぁ連中、毎度のことながらよく悪酔いするまで飲むこったなぁ……)

 なお「意識のある奴らのほうが厄介」という言葉は、「意識がない奴らは楽」ではないことにだけは注意してほしい。もしもそうであればジョージ・ジョンソンは、ここまでてんてこ舞いをしていない。
「ローレットには酒好きが多いとは聞いていましたが……これは酷いですね……」
 次々に倒れる特異運命座標たち。そしてドライエルンの飲兵衛ら。
「ああ、吐くのでしたらあちらの洗面器に! いけません、酔ったままあおむけで寝たら吐瀉物で窒息する危険が! 迎え酒が飲みたい? 何をいってるんですか、薬飲んでシャキッとしてください……えっ、暴れてる患者? ああもう、ロープでしばっといてくださーい!」
 あまりのカオスにトリアージすら心許ない。もしも小金井・正純やドミニクス・マルタンといったヘルプが入らなかったらどうなっていたことか……いや。
「医療的なあれこれはわかりませんが、水を飲ませて吐かせて寝かせればいいんですね! 吐いて快復すればそれで良し、そうでないなら眠ってもらえばいいと……なるほど」
 義手を鳴らし、星の加護があれば酔いなんて寝て起きたら治ってますよと迫る正純の“構え”にただならぬ武の気配を察し、ビアゾンビたちが血相を変えて逃亡を企てた。金だらいはひっくり返されて、何人かは蹴られて踏まれて悲鳴を上げる。せっかく整いはじめた医療体制が、正純ひとりに崩壊させられる。
「……ぎゃぁっ!?」
 そのとばっちりを受けたのは源 頼々だった。
「あの忌々しいクソ鬼め、なーにが酒が美味くなるだ! 我まだ飲めないが? が!? 仕方ないので食いものと炭酸飲料を倒れるまで暴飲暴食して鬼どもを絶滅させる力をつけようとしてやったというのに結果がこれだ!
 倒れて救護所に運びこまれるわ、寝てたら限界を超えた腹を逃げ惑う民に踏んづけられるわ、おのれ鬼ども憶えておれよ……うっぷ(以下しばらく映像を差し替えてお送りいたします)」

 ――というわけで衣服をゆるめるとか毛布で体温低下を防ぐとかの基本的対処じゃどうにもなりそうに思えなかったので、仕方なくドミニクスは治癒術を使える助っ人を呼ぶことにした。
「これは人手が足りねぇってレベルの話じゃねぇ……羽目を外すにしても外れ方ってもんがあるだろうに」
 それだけ普段から我慢してるってことなんだろうか、とか、酔ってものを壊すとかするよりは寝るだけとかもっと飲みたがるだけとかのほうがよっぽどマシだとか思うところはあるが、流石にその辺考えるまではドミニクスの仕事じゃない。
「じゃ、後はよろしく」
「うん……とりあえずはこれで、良くはなるかな……?」
 フラーゴラ・トラモントの白くふわりとした髪が淡く輝いて、周囲で苦しんでいたビアライヒェンたちの表情が幾らか和らいだ。あとは胃に残っている酒を吐かせて口をすすがせた後、シチューを食べさせて薬を飲ませておけばほとんど良くなるだろう。
「お疲れ様です。交代要員でしたらお任せください。水を飲ませて安静にさせて、酒は飲みたがっても飲ませない、くらいでしたらやっておきます。トラモント様もしばらくご休憩なさっては?」
 只野・黒子の申し出にフラーゴラは頷いて、それから荷物の中から購入しておいたレモンスカッシュの封を開けた。えっ、この嫌な酸の匂いが仄かに漂う救護所の中で? 黒子自身は公僕ゆえに、皆様のためこういった催し物の際に人目を盗むように食事するくらいの経験はある。というかさっきしてきたばかりだ。だが、同じことを少女にさせたいかと言われると――まあフラーゴラの育ちを思えば、きっと慣れてはいたのだろうが。
 本来、こういう場にはちゃんとした聖職者が来るべきだろう……え? 聖職者はビアライヒェンしてばかりだろうって? ご安心ください! ここにスティア・エイル・ヴァークライトという歴とした聖職者がいます!! みんな忘れてるかもしれないけど、決してサメの巫女じゃないんです!!!

 意外かもしれないけど彼女の介抱は真っ当だった。嘔吐した人々のシーツを拭い、水を飲ませて癒しの歌を歌う。そして酔っ払いが隠し持っていた酒を飲もうとすれば、当然のように没収してしまう……みんな、勝手に他人のパンドラ使ってまで呑む大人にならないようにしないとね!
「わたくしも天義のシスターの端くれですわ!? 聖職者にそこまで面倒見られる謂れはございませんことよ!?」
 没収されたテレジアが喚き散らした。仕方ない……だったら天義のようで天義でない『羽衣教会』の会長ならいいのかな?
「ほらテレジアくん! お酒だよ! アルコールには同じアルコールをぶつけることで対消滅させることができるんだ!」
 実質アルコール0だから安心だねと楊枝 茄子子が飲ませた“お酒”の正体は、ただの水――酔って気づかないテレジアの罪は許された。あとは、治癒術でも適当にかけてやれば治るだろうけれど、流石にその辺の優先度はもっと容態の悪いビアライヒェンどもが上だ。
 だからとりあえず免罪符をぺたり。すると彼女の“善行”を真似て、イロン=マ=イデンがテレジアの額に何かの札を置いた。
 お手伝いの方法をよく知らないイロンが聞いたところによれば、ドライエルンにアルコールを抜くのに有効だとされる祈祷文がるらしい。それを額に貼りつけて、水を飲ませて身体を内から清めることは、(たぶん水が一番効果的なのだろうが)酔いどれどもを治療するための民間療法だ。これで、きっと祭りも成功するだろう……イロンとてお祭りを楽しみたくないと言えば嘘にはなるが、善行のほうがもっとしたいのだ。

 お蔭で、テレジアは随分と元気になった。
「これでもう、本当に大丈夫ですことよ!」
 胸を張った彼女の姿は――薫・アイラにとっても嬉しいかぎりだ。
「テレジア様は、皆が気兼ねなく楽しめる様、率先して楽しまれてたのですわね。その御恩に報いるべく、聖女様がもっとお祭りを楽しめる様、ご用意致しましたわ」
 さるエールビールの国の朝食を食すと酔いが吹き飛ぶと聞いたので、薫は自ら腕によりをかけ、聖女――なんでテレジアを聖女だと思っちゃったんだろう――のための食事を用意した。
「薫様! よく解ってらっしゃいますわ――」
 気をよくして飛びつこうとしたテレジアは――直後、目を剥いて。
 “大量の油”で焼いたトマトとマッシュルーム、目玉焼き、ベーコン、その他諸々――そしてとどめの“揚げ”パンという油ずくしに、悲鳴を上げて気絶した。

●のどかなる夕暮れ
 ようやく、救護所もひと段落つきはじめた頃だった。
「リゲル、そっちはそろそろどう?」
 あまりにもしっくりとくるディアンドル姿でやってきた妻の姿を、ここへきてようやくリゲル=アークライトは目に収めることができた。
「ああ、恐ろしい戦いだった。酒を飲むだけで、まるで誰も彼もが魔種になったかのように豹変してしまう――テレジア様は素面とさほど変わっていない気はするが」
 だが……この国を護る騎士として挑んだ困難すぎる戦いに、ついにリゲルは勝利したのだ。その勝利の報酬が妻ポテトの微笑みだとすれば、これまでの疲弊も吹き飛ぶというものだ。
 私たちも行こう、とポテトは夫の手をとった。それから夕陽が照らす光の中で振り向いて、リゲルのレーダーホーゼン姿を目に焼きつける。
「リゲルのハーフパンツ姿は、水着以外じゃ初めてだな」
 新鮮で、ちょっぴり可愛らしさまで加わった彼に、私の衣装は似合ってるかなと訊いた。
「もちろんだとも、俺のお姫様」
 神妙にひざまずき、ポテトの手の甲にキスをするリゲル。それから手を繋いで救護所の外へと向かったふたりには、タンゴの調べが届くのだった――。

 旨い酒。それから馬鹿騒ぎ。それらもヤツェク・ブルーフラワーは嫌いではないが、今日は別の楽しみかたをするのも悪くない。
 だからロートルはギターを片手に、大人の貫禄と渋さというやつで魅せつける。銀河辺境で鳴らした旅人は、見知らぬ世界でもやることは変わらない――傍に愛船がないというだけで。
 物悲しくも情熱的なメロディーは、自ずその場の男女を踊りに誘う。ああ、おれは故郷への想いを曲に篭めよう……だからおまえは踊りにそれを篭めてくれ。ついでに演奏の後で旨いものを奢ってくれて、互いの故郷の酒の話でもできたら最高だ。

 いつしか調べを気に入った手品師までが隣にやって来て、曲に合わせ、カードや小物での手品を披露しはじめた。
 これはいい。パフォーマンスが決まった時は、惜しまず拍手するのが客としての礼儀だ。酒も食事も程々にしか楽しめなくなったぶん、リョウブ=イサは賑やかしくらいでは祭りを盛り上げる一助となりたい――そして演者たちにとって、良いパフォーマンスには賞賛を浴びせる良い観客でありたいと願う。
「素敵な手品だったよ。お蔭で場も暖まったようだ」
 曲の途中でネタ切れにしてしまい、慌てた様子の手品師に対し、リョウブは辺りの様子を指した。
 次第に手品より、踊りたがる聴衆も増えている。彼はここまでの繋ぎ役を見事に果たし終えたのだ――彼は次の観客を魅了すべきだろう。

 そうして夕闇の街角は踊る男女で満ちて、そこにはイーハトーヴ・アーケイディアンと夜剣 舞の姿も見て取れた。
 じっと互いに見つめ合い、思わず洩らしたイーハトーヴ。
「舞……そのディアンドル、本当によく似合ってるねぇ。貸衣装のはずなのに、まるで君のためにあつらえたみたい!」
「そんなに何度も褒め過ぎよ。だけど嬉しいわ。ありがとう」
 あれ、これさっきも言ったかな? ビール1杯で酔ってしまったのかと申し訳なさそうな顔をする彼に、でも何度でも嬉しいと舞。それから、耳元で……あなたのも可愛らしくて素敵よと。可愛らしいものが大好きな彼は、レーダーホーゼンよりディアンドルのほうがよく似合う。
「でも、大丈夫? 目がとろんとしてるけどどこかで少し休む?」
 彼の頬に手を当てて心配げな顔を浮かべる舞に対して、くすぐったげにイーハトーヴは大丈夫だと答えてみせた。きっとアルコールのせいじゃなく、黄昏時の空気に酔ったのだろう。
「ねえ、俺たちも踊ってみない?」
「ええ! 喜んでお受けするわ!」
 踊りのステップは誘った当人のほうがよっぽど下手くそだったけど、舞にとって今日はとっても楽しい日! 次は、どこへ行きましょう?

 久々に表立った舞台に出てきたクライムは、賑やかな祭りなど苦手とばかり考えていた。
 だから折角のお祭りも、どこか落ち着ける場所を探そうとして。
 ふと、思わぬ光景が目に飛びこんできた。
 尖った耳を先まで真っ赤に染めて、ぐったりとテーブルに上半身を投げ出した魔女。手の中には小さなグラスしかないが、それがオーガスト・ステラ・シャーリーにどのような影響を及ぼしたのかは考えるまでもない。
「あっ、クライムさーーん!」
 ひらひらと手を振られてしまっては、クライムとしても向かいの席に収まるほかはなかった。
「どうした?」
 普段は見せぬ姿に訊き返したならば、甘えたような声を向けてきた魔女。
「私、頑張ったんですよぉ。偉いって褒めてくだしゃいよぉ……ふふーふへへ」
 どうやら……思っていたほどつまらない女でもなかったのだろう。さあ、お嬢さん――試しにこれから飲もうと思っていた酒を差し出してやったなら、彼女は普段のクールさ演出など欠片も見せず、解けたようにクライムに絡もうとする。
 ……そうだな。今日くらいは他愛もない今を過ごすことにしよう。延々と止まらぬオーガストの愚痴を聞きながら、クライムの夜は更けてゆく――。

●黄昏から夜へ
 空がとっぷりと暗くなった頃。街中ではいまだシャッファのように、幾人かがパフォーマンスで盛り上げていた。
「さあ、取ってご覧なさ~い! 私はいい塩梅に酔っぱらってるわよ~」
 頭に小さなお猪口を乗せて、見物客が取れるかどうかのゲームに興じるシャッファ。腕に自身のある男が受けて立ったも、酔いによる不規則な動きで敵わない。
「あら残念~、そっちの子も試してみるかしら?」
 ……が、帰り道の親子に声をかけ、挑戦した男の子がやっぱり取れそうになくて……けれども男の子がむきになりかけたなら、“避けきれず”にお猪口を取らせてしまう。
「おめでとう、凄いわねぇ!」
 天に向かって吹いた火が、きらきらと少年の姿を照らした。いい思い出になりますように……シャッファは祈らずにはいられない。

 ……が、それも一部の話だ。街の空気はすっかり変わり、派手なお祭り騒ぎから宿を兼ねた酒場などでの小さな酒盛りへと移行する。
 うん。そのほうが目立たなくてよさそうだ。浜地・庸介には華やかな衣装なんてなく、悲しいかな凡庸さにだけは自信があった。そんな中で派手な祭りに混ざるのは肩身が狭いけど……こういった場ならきっと混ざれるだろう!
「おう兄ちゃん。そんなとこに突っ立ってないで混ざって来いや」
 ガタイのいい店主がこそこそする庸介を見咎めて、あろうことか筋骨隆々の常連たちの真ん中に座らせた。え? え……? めっちゃ浮いてない? 戸惑う庸介が背を縮こませていると、今度はラズワルドが擦り寄ってきた。
「何を考えているんだい? こういうのは楽しむのが一番溶けこめるんだ。ほら……ずっと天義って堅っ苦しいとこだとばかり思って好きじゃなかった僕も、今ではこうしてお祭りを楽しんでる。毎日なんて贅沢言わないから毎月やりたいくらいだね。
 とにかく……んふふ、神様に感謝して杯を出して? 味なんて判らなくたってこの通り、酔ってるだけで楽しいよ? ほら、せっかくタダ酒をいただけるんだし、神様に感謝して優勝を狙わなくっちゃねぇ!」

 ……え? オープニングにはどこにも「タダ酒タダ飯」なんて書いてないんですけどなんでタダ酒ってことになってるんですか???
 後にラズワルドがタダ酒だと喧伝した分は、当然のようにテレジアの借金として押しつけられることになるので一件落着である。だけど……やっぱり、様子見せずに馴染むのはちょっと庸介にはハードルが高いのかもしれない。

成否

成功

MVP

ラズワルド(p3p000622)
あたたかな音

状態異常

ハスラー(p3n000163)[重傷]
ロボット技術者
エッダ・フロールリジ(p3p006270)[重傷]
フロイライン・ファウスト
チシャ(p3p008267)[重傷]
エゴノキフェアリー

あとがき

 相談掲示板より抜粋:

『流転の綿雲』ラズワルド(p3p000622) 2020-09-23 22:57:17
タダ酒万歳!かんぱぁい!

 あなたを犯人です。

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