シナリオ詳細
<夏の夢の終わりに>其は峻厳なりし冬の王
オープニング
●化身と複製
妖精城アヴァル=ケイン。その地下には氷結地獄が顕現していた。
あらゆるものが凍り付き、砕ける。空間の中央に、『其れ』はいた。『其れ』が身じろぎするだけで、地は抉れ、天井は崩落し――その端からすべてが凍り付き、砕け散る。
さほど大きくなかったはずの空間は、今や数十メートルほどの空間に拡張されていた。強固であったはずの地下岩盤は、全て『其れ』が、身じろぎする程度の行動でくりぬかれたのだ。
『其れ』にはもはや、自我はない。悪意はない。敵意はない。もはやそれは、ただの在るだけの『残滓』に過ぎない。
『冬』に意思はない。『冬』に悪意はない。『冬』に敵意はない。ただ、自然の流れとして在るだけだ。ならば『其れ』ももはや、そこに在るだけである。
だが『其れ』は、在るだけで、生命を殺す。在るだけで、生命を害す。在るだけで、生命を毀損する。
『其れ』は、冬と言う概念が形を持ったモノ。峻厳なりし冬と言う概念の化身(アバター)。
――『其れ』は。かつて『冬の王』と呼ばれた暴虐なる邪妖精の王。
「マぁジか。マジでアレと一緒に戦えって?」
その氷結地獄を見据えながら、ぼやくように声をあげたのは、キトリニタス――極楽院 ことほぎ(p3p002087)の姿を模したアルベドが、進化を果たしたものである。
主たるタータリクスから、キトリニタス・ことほぎへと下されたオーダーは一つだった。
――万が一という事もある。冬の王に協力して、一緒にイレギュラーズと戦って来い。
問題は。冬の王に此方との共闘の意志があるか怪しい……と言うより確実に、無い、と言う点に尽きる。実際、斥候に出したニグレドは刹那の内に氷漬けにされ、周囲に集まってきた冬の精霊に粉々に粉砕された。
向こうに、明確な意志などは無いのだ。近づいたものは無差別に攻撃し、滅ぼす。そんな奴と仲良く戦えって?
実際タータリクスは、笑いながらこう言ったのだ。
――ぶっちゃけ君ら巻き添え喰らって死ぬだろうけど、まぁ頑張ってよ☆
「クソかよ。いや、クソだよ。お前らはどう思うよ」
「美少年のやる事じゃないね」
セレマ オード クロウリー(p3p007790)のアルベドは腕を組んで、唸ってみせた。
「大体この部屋がいただけない。冷蔵施設か何かか。しんしんと降る雪の中にたたずむ美少年は映えるけど、猛吹雪の中に立ってたらただの遭難じゃないか。悪いけどボクは抜けさせてもらうよ」
「へいへい」
キトリニタス・ことほぎは肩をすくめた。そこに、例えば裏切り者を粛正しようとか、止めようとか言う気概は感じられない。
オリジナルは、悪党ではあっても個人主義者なのだ――その影響を受けているキトリニタス・ことほぎもまた、個人の意思は最大限尊重する。
「唯一の成功例に自我を持たれて叛逆されちゃ、タータリクスも泣きっ面に何とやらだ」
「違うね。美少年を再現しようとしたら美少年になるのは当然だ。むしろその程度も考え付かなかったのなら、タータリクスが無能だったって事だよ」
アルベド・セレマは鼻を鳴らした。セレマの能力を完全に再現することは、魔種たるタータリクスにも難しかった。いくつもの失敗作を経て、ようやく、奇跡的に完成したアルベド・セレマは、しかしあまりにも美少年であり過ぎた。その矜持を深く自我に刻み込まれたアルベド・セレマは、タータリクスの制御下にはおかれぬ、実に美少年的な性質を持っていた。
「じゃ、アンタはどうするよ」
キトリニタス・ことほぎはもう一人のアルベド――桜咲 珠緒(p3p004426)のアルベドに視線を移す。
以前のそれとは違い、完成度がより上がり、精神的にも安定したアルベド・珠緒――その自我が抱いた結論は、アルベド・セレマと同等――拒絶の意であった。
「……あれはあまりにも邪悪なものなのです。放っておけば、『あの子』が生きる世界にも悪影響を及ぼしかねません。あれは、速やかに討伐するべきなのです。ですから、命令には従えません」
「そ。じゃ、ここでお前等とはおさらばか。ま、元身内のよしみで後ろからは撃たねぇでいてやる。残りの命、好きに生きろよ」
キトリニタス・ことほぎはいい加減に手を振りながら、配下のニグレドたちへと向き直り――。
「……皆で、イレギュラーズ達に投降することは出来ないのですか? タータリクスは、キトリニタス、貴女に死ねと――」
「冗談じゃねぇ」
アルベド・珠緒の言葉を遮って、キトリニタス・ことほぎは言い切った。
「イレギュラーズ達に投降して……お涙頂戴で命でも差し出すか? 嫌だね。特にキトリニタス(オレ)は――オレの中の妖精は、既に肉体と強く癒着しちまって、分離できねぇんだ。アイツらにとっては不倶戴天の敵なんだよ。どっちに転んでも死ぬってなら、オレは少しでも長生きできる可能性の方に賭ける」
「でも……!」
「デモもクソもあるか。この命はもうオレのモンだ。だったら好きに生きて、好きに死ぬ。そのためにも――この戦いを生き延びて、タータリクスを勝たせて――その後気まぐれで、キトリニタスの活動時間を延ばす研究をしてくれるのを祈るしかねぇのさ」
だから、とキトリニタス・ことほぎは言った。
「オレは裏切らねぇ。……分かったらいけ。お前らは勝手にしな」
諦めとも感じられる、その言葉が哀しかった。しかし、アルベドたちに、キトリニタスの苦しみを理解することも、どうにかしてやることも、出来ないのだ。
「……行こう。それが彼女の選択だ」
アルベド・セレマに促されるまま、アルベド・珠緒は踵を返した――。
●峻厳なりし、冬の王
「これから僕は、皆に酷いお願いをしなくちゃならない。ごめんネ」
『虹の精霊』ライエル・クライサー(p3n000156)は集まった50名あまりのイレギュラーズ達へ向けて、そう告げた。
――冬の王が復活した。冬の王とは、かつて妖精郷を恐怖で支配した、恐るべき邪妖精の王だ。
その力そのものは、クオン=フユツキにより奪い取られた。だが、その残滓とでもいうべき化身(アバター)は地下祭壇にて顕現し、地上へとはい出ることを目論んでいる。
「目論んでいる……って言うのは、間違っているかもしれないネ。あの化身(アバター)に意思や目的なんてものは存在しないんだよ。冬と言う概念が意志を持たないように、あの冬の王もまた、そこに在ろうとするだけだ――それだけで、周囲にとんでもない被害をもたらしちゃう奴なんだけどネ」
つまり、現在の冬の王の化身(アバター)とは、自然災害に近い。だが、この災害を止めることができねば――妖精郷は永遠の冬に閉ざされ、この地の総ての生命は、今度こそ死に絶えるだろう。
「加えて、タータリクス配下のキトリニタスの部隊が、冬の王に協力するように動いているらしい。もちろん、冬の王からしたら、キトリニタス達も無差別な攻撃の対象だヨ。でもタータリクスは、万が一に備え、僕たちイレギュラーズへの攻撃を命じたんだネ」
これは、先ほど投降してきた二人のアルベドによってもたらされた情報だという。その二人……アルベド・セレマとアルベド・珠緒は、ライエルの隣で、静かにたたずんでいる。今はイレギュラーズ達へと力を貸す。そのように約束してくれた。
「つまり……皆にお願いしたいのは、タータリクス配下の部隊をやっつけて、さらにこの冬の王の化身(アバター)を倒すか……消耗させて、封印してほしい、って事なんだヨ。……分かるよ。難しい、酷い話だ。僕は文字通り、自然そのものと言う存在と戦って勝て、って言ってる」
だけれど。ライエルは言った。
「だけど……皆なら、可能性を内に抱く君たちなら――きっと、何とかできるって信じてるヨ。僕も可能な限り手伝うから……どうか、君たちの力を、貸してほしい――」
――イレギュラーズ達が地下祭壇に足を踏み入れた時。目の前には凍結し、砕かれた無数のニグレドたちの破片が散らばっていた。
ニグレドたちに、冬の王たちに敵対する意思は見受けられない。だが、冬の王からすれば、この場に存在するというだけで攻撃の対象なのだ。次々とニグレドたちは粉砕されていくが、その都度どこからともなく補充されていく。
「――ずっと寝ていられればよかったのにね、兄さん……。願わくば、もう二度と、会いたくはなかったヨ……」
冬の王を見つめるライエルの呟きに、気づいたものはいただろうか……懐かし気に、寂し気に、悲し気に――いくつもの感情を乗せて吐き出したその言葉の意味を知る者は、きっとこの場には、ライエルしかいないのだろう。
ふと、ニグレドたちが、此方に気づいたようだ。イレギュラーズ達へ向かい、じりじりとにじり寄る。
文字通りに身を斬る寒さの氷風に身を晒しながら、イレギュラーズ達は武器を構えた。
すべてを倒し、この妖精郷を救う。
イレギュラーズ達の戦いが、始まろうとしていた。
- <夏の夢の終わりに>其は峻厳なりし冬の王Lv:15以上完了
- GM名洗井落雲
- 種別決戦
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年09月02日 23時37分
- 参加人数52/50人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 52 人
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参加者一覧(52人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●冬と、黄と
戦場はすでに乱戦の場と化していた。
そこに存在するだけで身を切り裂くダイヤモンドダストの刃。それが無差別にあらゆるものを切り裂き、狂気に笑う冬の精霊たちが命を氷漬けにすべくあたりを飛び交う。
地を這う黒は、冬の精霊に襲われながらも必死に耐えていた。その力を向ける先は、イレギュラーズ――主たるものの敵に対してた。主の命令は絶対であり、その命令はイレギュラーズの討伐の優先だ。主は冬の王が何をしようが知ったことではない――むしろイレギュラーズ達の戦力を殺げるなら放置しておくべきだと考えている。
「クソが。だったらオレらなんか送り込まなくても……おっと」
キトリニタス・ことほぎが、くすくすと笑いながら襲い掛かってくる冬の精霊を、魔法術式を解放して撃ち落とした。手を出すな、とは言われていた気がするが、まぁ別に知ったことではない。一匹くらい、殺してもいいだろう。
前方では、既にイレギュラーズ達とニグレド、そして冬の精霊たちの三つ巴の戦いが繰り広げられていた。
「さぁて……誰が生き延びて、誰が死ぬか……始めるか。もちろん、オレは死ぬ気はないけどな」
キトリニタスが、皮肉気に笑った。
「兄さん、か……」
ライエルが冬の王を見て静かに呟くのへ、気づいたのはユゥリアリアだった。
「あら、ライエルさま。お知り合いでも?」
尋ねる。だが、この場に人と言う存在は、イレギュラーズ達しかいない。ならば、知り合い、とは――。
「ん……ちょっと、ネ。懐かしい……でも、会いたくなかった人サ」
ライエルは苦笑し、手にした楽器を鳴らした。ユゥリアリアは静かに息を吸い込む。
「さぁ、歌いますわー。祝福の歌。冬を打ち倒す嵐の歌。春告げる、英雄たちのための歌を」
旗を掲げる。『氷水晶の戦旗』を。吹雪にはためく旗。ライエルの楽器の音色に合わせて、全軍突撃の英雄歌が、英雄たちの背中を押した。
「さて、行こうか、美少女」
セレマがぱん、と手を鳴らし、そう告げた。前方にたたずむ無数のニグレドたち。
「む、偽美少年には挨拶せずともよいのか?」
百合子がそう尋ねるのへ、セレマは鼻を鳴らす。
「今より美しくない過去のボクの贋作だろ? 興味ないよ。ボクぁ戦場まるごと魅了するサプライズに忙しいんだ」
「ふむ、まぁ美少年という存在を刻むというのであればそれもアリであるな! 優雅にゆくぞ!」
二人は息を合わせ、敵陣のど真ん中へと突撃していく――百合子の拳がニグレドたちを殴り飛ばす――まるで躍る様に。セレマはそれはリードし、指揮するかのように、活力を百合子へと送り続けた。この時、この場所だけは、さながらダンスホールのような優雅さを描き出していた。
「速い……!」
アルベド・セレマが思わず舌を巻く。あるべき時に最高の出目(うんめい)を引き寄せられるのが、美少年たるゆえんという事か――完璧に模倣したはずのこの身体が、追い付けない。
「く……だが、ボクとて負けてはいないはずだ……!」
美少年としてのプライドが、アルベドを動かした。必死に食らいつく――必死と言うのは、なんとも美少年らしくはないな。そんな事を思いながら。
美少年たちがニグレドを引き付ける中、イレギュラーズ達が次々とニグレドたちと激突していく。
「スタート、テネムラス・トライキェン!」
蒼いエネルギーを纏ったイルミナの手刀が、ニグレドの腹を貫いた。そのまま引き抜くと同時に、ニグレドの身体がばしゃり、と黒い液体へと還っていく。
「数が多いッスね! その上、冬の精霊まで無差別攻撃してくるんじゃぁ!」
ぴょん、と跳躍した所へ、冬の精霊が突撃してきた。足にエネルギー纏わりつかせ、斬撃の蹴りで切り裂く。
「なぁに、結局どっちも倒すんだ! だったら――」
タツミ・ロック・ストレージが放つ掌底が、ニグレドを打ち倒す――さらに襲い来る二体目を、龍のオーラの拳で消し飛ばした。
「まとめてぶっ飛ばせばいいって事だ!」
「道行は、拙が切り開きましょう」
軍刀を煌かせ、氷菓がニグレドを切り伏せる。
「ニグレドは無限に生じ続ける……ならば速やかに大将首を獲るが常道。神使様方、参りましょう」
黒の海の中に一縷の道を作り出すべく、一行は突撃を敢行する。
「キトリニタスまでの道。開けさせてもらうぞ」
黒羽が練り上げる、『縛鎖の闘気法』。放たれた無数の闘気の鎖が、ニグレドたちを絡めとり、引きずり上げた。
「お前たちの相手は――」
「わたし達です」
牧が、絡めとられたニグレドたちを、次々と切り裂いていく。ニグレドたちは脅威だったが、士気の高いイレギュラーズ達の敵ではない。しかし、襲い来る敵たちは、底などないように次々と現れる。
「数は多い……確実に、一体一体倒していきましょう」
牧は呟きつつ、次なる獲物へと斬りかかる。
「ここはボク達に任せて、皆は自分の戦いに専念して!」
蛍がニグレドと相対しつつ、叫んだ。その背中を預けるのは、二人の『珠緒』。オリジナルと、アルベドの、二人だ。
「こうして、あなた達に逢えるなんて……」
アルベドが言った。その目がしらに、光るものがあった。
「さぁ、行くのです。今この瞬間、珠緒たちは――『三人で一つ』!」
「頑張ろう、『珠緒』さん!」
蛍の言葉に、二人は頷いた。二人の能力はほぼ同等――同時に打ち放つ白と赤の血液がニグレドへと突き刺さり、
「わたくしたちの――」
「咲き誇る桜花を!」
刹那、二つの桜の花を散らせた。
「素敵――なら、ボクだって!」
蛍の身を覆うように、灼熱の花弁が舞い散る。吹雪の中に咲き誇るは、炎熱の桜花。三者三様の桜が吹雪をかき消さんばかりに舞い散り、戦場を染め上げていく。
「なにがセカンドだ。バージョンアップしようがしまいが、てめーらはただの雑魚、邪魔なんだよ!」
言葉通り、雑魚をちぎっては投げるように蹴散らしていく、一悟。撃ち放つ火炎は、周囲に渦巻く吹雪すらものともせずに燃え上がり、ニグレドたちを焼き尽くしていく。
「いくらでも出て来いよ! まとめて吹き飛ばしてやる!」
叫び、ニグレドへと掌底を叩きつけた。気功で編まれた爆弾が取り付き、ニグレドを爆破。吹き飛ばす。
「肉を活かし尽く事よ。強敵でも果ては破れぬ。最も我々は絶を越えたのだがな」
オラボナはニグレドを抑え込む――群がるニグレドの攻撃を受けながら、しかしオラボナは斃れることは無い。
この程度の敵など――この程度の脅威など。オラボナ達には、脅威ですらない。もっと恐ろしいものを越えてここまで来たのだ。
「ああ、貴様らの詮無き努力よ。しかし死地において盲目的に主に従う意気は、買ってやろう」
だからオラボナは、ニグレドを受け止めた。
一方――冬の王の対処に向ったメンバーも、多くの冬の精霊たちによってその行く手を阻まれていた。
「凄まじいな、あれも元は精霊だっていうのか?」
シラスはぼやきつつ、冬の精霊たちに攻撃を仕掛ける。冬すら溶かす高熱の毒を解き放ち、自身へと注意を向けたまま、自分はニグレドたちの方へ。
暴走する冬の精霊を、ニグレドたちへと誘導してやるのが目的だ。そうすれば、無差別に攻撃を仕掛ける冬の精霊たちは、手近にいるニグレドたちへと攻撃を仕掛けるだろう――その目論見は成功している。
「無差別に動き回るってなら、付け入る隙はあるんでね」
意地悪気に笑いつつ、シラスは誘導を続ける。
「露払いはするさ!」
利一が放つ、因果を歪める力の残滓。放たれた歪曲の力に打ち貫かれた冬の精霊たちが、その威力に無防備をさらけ出す。
「行きなさい、ミストルフィン!」
その隙をついて、冬の精霊たちを次々と貫いていく、魔剣の群れ。チェルシーの羽より射出されたそれが戦場を飛び回り、冬の精霊たちを撃破していくのだ。
「あいつが頑張ってるのよ! 君達は、邪魔しないで!」
チェルシーの叫びに応じるように、魔剣は戦場を踊る。
「私も……あの子に妖精郷を案内してもらうという約束があるんでね! その約束を果たすためにも、妖精郷を冬に閉ざさせるわけにはいかない!」
利一は仲間達をサポートするために、次々と歪曲の力を撃ち放っていく。その身に反動の痛みがあろうとも、今は気にしない。
「冬の暴威を駆りて、やる事は周囲を凍らせるだけ――随分とちんけじゃない、冬の王サマ?」
妖艶に微笑むサキュバス――雨宮利香。くすりと笑むと、その魅了の魔術を一気に解き放つ。
いかに精霊とて、その魅了に抗えるものはいない。冬の精霊たちが、その色香に熱を抱き、次々と集まってくる――そこへ。
「とびっきり熱いのをお願いするわよ? クーア」
吹雪渦巻く戦場を、それすら溶かしつくかのような業火が走る。
クーアによってもたらされたその火炎は、瞬く間に冬の精霊を溶かしつくした。
「ここまで大事になるとは予想外でしたが……流石に郷ひとつが冬に閉ざされるのは看過しかねるのです」
ぱちり、そのその手の上で火花が爆ぜる。クーアの業、火事一犯の業が、冬の精霊たちを焼き尽くしていく。
「やるのですよ、利香――我が業で、冬を溶かし尽くすのです!」
「まかせなさい、クーア」
二人は息の合ったコンビネーションで、冬の精霊たちを押し返していく。だが、冬を守る暴風の域は厚い。突破にはしばしの時間がかかりそうであった。
●失われた色と
「電池切れか……」
アルベド・セレマが静かに呟いた。奇跡的な能力の再現――幾度となく自身を再生し続けるというその能力は、如何せん再現は出来ても維持が難しかったようだ。オリジナルに迫る力を得たとはいえ、その維持が難しいのであれば――やはりセレマの完全再現とはいかなかったのだろう。
「負けを認めるよ、オリジナル……キミは最初から、ボクのことなど相手にしていなかったのだろうけれど。それでも」
アルベドは自身の右手から、フェアリーシードを取り出した。それを戦場外に放る――直に復活して逃げ出すだろう。その後まで面倒を見てやる義理はない……。
「逝ったか」
百合子が静かに呟く――セレマは聞こえないふりをした。実際、セレマはアルベドに興味はない。ただ、誰が一番であるかを、この場に知らしめる――それだけでいい。
「まぁ、及第点くらいはくれてやるよ」
口の端をあげ、そうとだけ言った。
一方、もう一人のアルベドにも、限界の時は訪れていた。ぱき、とアルベド・珠緒の頬にひびが入る。
「どうやら、時間切れのようなのです」
限界を超えて戦ったアルベド。その生命力の源たるフェアリーシードもまた、限界を迎えていた。
「そんな……何とかならないのですか? 珠緒のパンドラを分け与えれば……!」
そう提案する珠緒へ、アルベドは頭を振った。そしてその左手に埋め込まれたフェアリーシードを、二人に託した。
「これが、わたくしの運命だったのです……どうか、この妖精の子を守ってあげて。……最後に、二人に逢えてよかった。きっと、わたくしの前……二人と戦った子も、そう思ったはず」
にこり、と微笑む。その身体が白に溶けていく。
「珠緒さん……!」
蛍が、アルベドに向ってそう呼んだ。アルベドに個体名はない。でも、そう呼ぶのが正しい気がして。
「……ありがとう。わたくしを、そう呼んでくれて」
『珠緒』はその身体を、ついに消滅させた。大きな喪失感が、二人の胸中に穴をあけた。
それでも――まだ戦いは続く。二人は今この時は、その喪失感から目を背けて、ニグレドたちへと向き合った。
イレギュラーズ達の攻勢により、キトリニタス達は追い詰められつつあった。ニグレドたちは逐次投入されていくが、それすら次々とイレギュラーズ達によってせん滅されていく。
「数が減ってきた……このままなら突破できるはずだ!」
タツミ・サイトウ・フォルトナーが、オーラの号砲を解き放つ。放たれたオーラがニグレドたちを巻き込み、次々と直撃、溶解させていく。
「露払いは俺に任せろ! 皆はあと一息だ、突破してくれ!」
「で、あるぞ! 後ろは吾輩たちが抑えよう!」
ローガンがニグレドを殴りつける。すぐさま起き上がったニグレドと、すぐに取っ組み合いの様相を演じ始めた。
「ええい、しつこい奴であるな! だが、ここは通さないのである!」
格闘術でニグレドを押さえつけるローガン。彼らを残し、部隊はさらに奥へ。
「モニカさん、次はあちらですの……!」
「りょうかーい!」
戦いによって、戦線を支え続ける者たちがいるならば、癒しによってそれを行う者たちもいる。例えばノリアとモニカは、戦場を駆け回りながら、傷ついたもの達を癒して回っていた。
「この戦場に入り乱れる数多の感情、どれもとっても、とーっても魅力的! 私も張り切っちゃうんだから!!」
モニカが叫び、編み上げる回復の術式が、仲間達の傷を癒していく。そんなモニカを守るノリアは、モニカにその透明なしっぽを絡みつかせながら、共に戦場を駆け回る。
「モニカさんは、みなさんは、やらせはしませんの……! わたしが、わたしたちが……ぜんぶ、ぜんぶ守りますの!」
決意と行動。その二つを以って自身の働きを見せる――二人はその宣言通りに、戦場を維持し続けた。
「シュピーゲル、行ける?」
「はい女王様。そのためのSpiegelⅡです」
ニグレドたちの攻撃から女王(レジーナ)を庇いながら、SpiegelⅡはいう――レジーナの放つ呪いがニグレドたちを貫き、それにさらされた者たちが、一斉にSpiegelⅡ達を狙う。
「女王様? 違うわ。レジーナと呼びなさいと言ってるでしょう? シュピーゲル」
レジーナは呪いを撒き続ける。ニグレドを蝕む呪い。身体を蝕まれながら、ニグレドたちは呪いの熱に浮かされ、攻撃の手を留めない。
「前に出ます女王様。シュピがかばうので攻撃してください」
「この子は……ええ、ええ。でも、汝(あなた)も生きて帰るのよ」
イレギュラーズ達が前線を押し上げていく。少しずつ、確実に。ニグレドたちを蹴散らし、指揮官の下へ――。
「ちっ、いい加減来やがったか……!」
キトリニタス・ことほぎが舌打ちをする。開けた戦端の先に、彼女はいた。
「見つけたぜ、キトリニタス!」
ルウが、その大剣を暴風のごとく振り回しながら、キトリニタスへと接敵する。振り下ろされる、刃。寸での所でキトリニタスが身を反らすのへ、大地を抉る衝撃があたりを走った。
「へえ、滅茶苦茶な奴だな!」
キトリニタスが近接術式を撃ち放つ。ルウは大剣をかざしてそれを受け止める――その影から飛び出してきたのは、キドーだ。
「ドーモ。お前とは初対面だが、お前の事が気に入った。こんな立場でここまでの働きが出来るなら大したもんだよ、全く」
キドーのククリが、キトリニタスを狙う。とっさに展開した魔術障壁とククリが衝突。激しい火花を散らした。
「そりゃどうも。だったらオレの事は忘れて、引き返してくれてもいいんだぜ!?」
「いいや、だからこそ全力で行かせてもらう。それが敬意ってモンだろう」
ばり、と魔術障壁を切り裂くキドーのククリ。キトリニタスは舌打ち一つ、後方へ跳躍――同時にルウがタックルの態勢で突撃。キトリニタスを後方へと吹き飛ばした。
「くそ、そりゃそうだよな、本気だよな!」
キトリニタスが撃ち放つ魔術の砲撃が、イレギュラーズ達を迎撃するべく放たれる。吹雪を蒸発させながら、着弾する魔術が地を抉った。
「キトリニタスよ、それが己で掴んだ選択ならば、もはや言える事はあるまい」
魔術砲撃をかいくぐりながら、咲耶が振りかぶる。殺意を具現化した焔、その手裏剣が砲撃を切り裂いて、キトリニタスへと迫った。
「じゃあ黙ってやられてくんねぇかな!?」
殺意の焔に傷をつけられたキトリニタスが顔をしかめる――迎撃に放たれる魔術砲撃が咲耶を狙い撃つ。
「拙者にもまた、引けぬ理由がある――おぬしと拙者ら、根底に流れる信念の厚さは同じ!」
殺意の手裏剣が魔術砲撃と衝突、爆風と共に吹雪を吹き飛ばし、白い煙幕を巻き起こした。
「邪魔です。だから、ここで倒す」
孤屠が静かにそう告げて、煙幕を切り裂いて突撃! 突き出された『鏖ヶ塚流』の槍が、キトリニタスを狙い――とっさに身体を反らしたキトリニタスの頬を薙いだ。
「顔面直接かよ、殺意たけーな! けどな、オレにとってもお前らは邪魔だ!」
「知っています。だから、刺し穿つのみ!」
キトリニタスは手にした魔術ステッキで、孤屠の槍を叩く。そらされた槍が地を抉り、しかし孤屠はすぐさま方向転換、槍を振り上げて二度目の攻撃を狙う。
キトリニタスはそれに対して身体を回転させながら跳躍、回避。一気に距離をとり、再びの魔術砲撃の雨を降らせる。
「ったく、お前らのお友達の顔だろ? ちっとは躊躇したりしねーの?」
冗談めかしてぼやくキトリニタスへ、
「状況が状況だ。今はそんな余裕もない」
フローリカが斬りつける。振り下ろした戦斧『ルクス・モルス』が、キトリニタスのステッキをへし折った。
「それに、そう言ったものへの怒りは、首謀者に向けることにしている」
フローリカが振るう二撃目を、キトリニタスは魔術障壁で受け止めた。その勢いを駆りて距離をとる――そこへ迫るのは紗夜、そしてマッチョ ☆ プリンだ。
「悪夢は終わらせられる。そして、後悔するのならば、全ての後にでも出来る故に」
振るわれる『緋願刀「龍鳴」』。その斬撃を、魔術障壁で受け止めようとして――障壁ごと、キトリニタスの腕が切り裂かれた。てのひらから縦に走る傷跡。血の代わりに身体を走る錬金術による体液が流れ落ちる。傷はまだ浅い。だが、無視できるほどのものでもない。
「悪夢か……オレの人生は悪夢だったか?」
皮肉気に笑って――ゼロ距離からの衝術で紗夜を引きはがす。
「ウオオオオ! ソノプリンヲヨコセェ!」
マッチョ ☆ プリンが吠える。キトリニタスの黄のオーラを、プリンが放つオーラだと勘違いしたが故のセリフなわけだが、動機はさておきマッチョ ☆ プリンの攻撃は苛烈である。烈火の如き闘気を纏った拳が、キトリニタスを殴りつけた。
「くそ、プリンは持ってねぇよ!」
悲鳴を上げつつ、キトリニタスが態勢を整える――そこへ降り注ぐ、呪われた魔弾の嵐。
「居やがったな、偽者が!」
「来やがったな、オリジナルが!」
ふたりのことほぎが同時に声をあげる。キトリニタスもまた、呪いの魔弾を撃ち放ち対抗した。魔弾と魔弾が衝突し、周囲に怨嗟の爆風を巻き上げる。
「なんでまた出てきてんだ! こーゆーのは1回倒したらもう出てこねーのがお約束だろ!?」
「知らねーよ、あの変態に聞いてくれ! 使い勝手が良かったんじゃねーの!?」
言葉の応酬と同時に、しかし放たれる魔術も止まらない。次々と周囲に着弾、あるいは衝突し、爆風を巻き上げていく。
「お前がいると邪魔なんだよ、わかったらとっとと失せろ!」
ことほぎが強力な術式を編み上げる。それを手にした弓に番え、キトリニタスへと狙いをつける。
「ちっ……そりゃこっちのセリフだ!」
キトリニタスが反撃の術式を編み上げ――そこへ飛来する、魔弾の如きサッカーボール。完全な意識外からのそれが、キトリニタスの背中へと叩きつけられた。
「なっ――!」
キトリニタスが息を吐く――サッカーボールを撃ちだしたのは、葵だ。
「……距離、軌道、未来予測、問題なし……命中、っと」
静かに呟く葵――そしてその一撃が生み出した隙が、キトリニタスにとっての致命的なものとなった。
「これで終わりだ、偽者がっ!」
ことほぎの放った呪殺のやが、キトリニタスの身体を貫いた――同時に体内で爆発する呪いが、その身体を駆け巡る。
「がっ……くそっ、オレは……オレはなぁっ……!」
断末魔の言葉をあげ――キトリニタスの身体が黄に染まっていく。爆発するような黄の閃光がその身体から放たれて、次の瞬間には、そこには何も残ってはいなかった。
●冬と、春と
キトリニタスの軍勢が消滅した結果、戦場のパワーバランスはさらに変化した。冬の王へと攻めあぐねていたイレギュラーズ達であったが、ニグレドたちに対処していたメンバーがそのまま冬の精霊たちへの対処に移った結果、冬の精霊たちが次々と撃退されていったのだ。
イレギュラーズ達の総攻撃に、幾ら無限に生じ続けるとはいえ、冬の精霊たちも対処が追い付かない。
やがて冬の王へとつながる道は大きく開けた。イレギュラーズ達はその道を、大将首を目指し突撃したのである。
イレギュラーズ達の前に、その巨体は姿を現した。人のような、獣のような、異形のシルエット。近づくだけで身を斬る、ダイヤモンドダストの吐息。
「ガァ――――!」
それが吠えるだけで、周囲の吹雪の暴威が増した。冬の化身。冬の具現。人類の敵対者たる自然の姿。
「違います」
エルは言った。
「冬は、厳しい事もあります。でも、誰かを傷つけるだけなんて、それが冬だなんて、絶対に間違っています」
厳しさは、冬の一側面であることは確かだろう。
だが、冬にしかない実りもまた、確かに存在する。
ただ傷つけるだけの存在など――それが冬の化身であるなどと。間違っている。だから。
「エルは悲しくて、悲しくて、そして怒っています。だってエルは、冬が大好きですから」
その言葉を合図にしたように――イレギュラーズ達は一斉に吹雪の中を駆け出した。
「私の、緋道の剣と焔――冬の王にどれほど通用するか。試させて頂きましょう……!」
佐那はとんだ。次の瞬間に、巨大な腕が佐那がいた場所を抉る。佐那は振り下ろされた拳に着地するっと、その腕の上を駆けだした。
「まずは一刀――焔の太刀!」
半ばで跳躍し、冬の王の身体へと飛び掛かる――振るわれる斬撃! 焔を纏ったそれが冬の王の身体を焼き――吹雪がまとわりつき、その傷を埋めてしまう!
「なるほど、生命力は充分。では思うが儘、斬り合いましょう」
ダイヤモンドダストの風が激しさを増し、イレギュラーズ達を斬りつける。その暴風を突破しながら、イレギュラーズ達は次々と攻撃を着弾させる。
「貴様の首級を戴きに来た!!!」
ブレンダが叫び、跳躍――振るわれた長剣、『フランマ・デクステラ』が、降りしきるダイヤモンドダストを蒸発させながら、冬の王を斬りつける。じゅう、と音を立てて氷の身体が蒸発。残る傷口をすぐさま埋めて、冬の王は吠えた。
「来い! 加減はなしだ。一刻も早く、この戦いを終わらせるッ!」
「寒いのは……嫌いだ。震えるあいつを思い出してしまう。だから――」
竜真が手にした刀で、冬の王の身体へと斬りかかった。斬撃、煌き、氷の結晶が砕け散る。
「ここで、殺しておかなければならない」
反撃に振るわれる拳を、竜真は回避した。ヒットアンドアウェイ、攻撃し、距離を取り、再び接敵する。
「やれやれ、良い感じに冷房代わりに使ってやろうと思ったが、これでは寒すぎるのじゃ!」
デイジーが冬の精霊たちをさばきながら、思わずぼやく。お腹のひよこちゃんがぴぃと同意を示すような声をあげている。デイジーが放つ破壊の魔術が、冬の王の身体を粉砕する――しかしてその端から、空気が凍り付くかのように、傷口はふさがってしまう。
「ええい、無茶苦茶な奴じゃな……じゃが、攻撃を続けるしか手はないかの!」
休む間もなく、破壊魔術を撃ち放つ――ダメージは少しずつ。しかしそれを幾度も繰り返して蓄積をさせていくのが、結局は近道になるのだろう。
「身を斬るような寒さに、強敵――はは、実家のような安心感、って奴だ! あたしにとってはね!」
一般人ならばその寒さと恐怖に足がすくむだろう状況ですら、ありふれた事だとリズリーは笑い飛ばす。己の可能性を身にまとい、宝剣『ベアヴォロス』を振りかざし、その巨大なアバターへと立ち向かう。
「オラァッ!」
宝剣を、冬の王へと叩きつける――砕けた氷が周囲に舞い散り、きらきらと輝いた。
「きな! 溶けかけの氷山みたいにぶち割ってやるよッ! 」
イレギュラーズ達の猛攻が、少しずつ、少しずつ、冬の王の身体を削り取っていく。ダメージを受けた端から再生する身体ではあったが、しかしその再生速度も追い付かぬほどに、イレギュラーズ達は決死の攻撃を続けていった。
「はッ、今更こんな敵、リヴァイアサンや冠位と比べればどうってことねェんだよ!」
アランが吠える。その手にした刃が、冬の王の身体を大きく削り取った。
「遅れるなよメルトリリス! 少しでもヒヨったら飲み込まれるぞ!」
如何な優勢状態とは言え、それは危険な綱渡りであることに変わりはない。気を許せば途端に落下する。
「はいアラン! お任せください! 私だってやれます!」
メルトリリスはアランを援護するように、魔砲を撃ち放つ。放たれた魔力の砲弾が冬の王の身体を砕き、そこへアランがさらに刃を振り下ろし、叩きつける。息の合ったコンビネーションを見せる二人に、冬の王は翻弄されているかのようだった。
「この天義が見習い騎士――今は妖精たちのために、この力を振るいます!」
「悪いが返して貰うぞ。妖精達の、この桃源郷の、春をなァ!」
二人の一撃が、さらに冬の王の身体を削り取る。
危うい綱渡り――冬の王の化身との攻防。ギリギリで展開されるその戦いは、僅かながらイレギュラーズ達の方へと傾いている。だが、その均衡もいつ崩れるかはわからない。戦いながらも、大きな緊張が、イレギュラーズ達の内部に生まれ始めていた。
「くそっ……!」
戦いながら、サイズは吐き捨てた。戦いの最中に傷ついていく仲間達。多くの戦場に舞い降りた冬の邪妖精たち。そして今目の前にそびえる冬の王の化身。
「全部……全部、俺が無力だったからだ……! 俺がもっと強ければ……ブルーベルを斬ることができれば……!」
ふつふつと湧く後悔の念を、サイズは抑えきれなかった。戦いながらも湧いてくる、「ああすればよかった」「間違った道を選んでしまった」と言う後悔――それが徐々に、心を侵蝕していく。
奇跡を求めれば。
サイズは思う。
「奇跡を起こせば――可能性を燃やして、奇跡を――!」
心の内に在る、可能性の箱がカタカタと震えだす。求める物は奇跡。ジャイアントキリングを達成するための力――。
「――違う、違うよ!」
声が響いた。
焔の声だった。
「ボクだって、あの時、ブルーベルを止められなかった……悔しくて、悲しくて……でも、奇跡を起こす力は、後悔なんかじゃないよ!」
奇跡とは――。
後悔による自己犠牲ではない。
奇跡とは――。
前に進むべき道を、作り出すためのものだから。
「だから……諦めないで! 今の自分を! ボクの炎は冬なんかに負けない! 君は!?」
焔は飛んだ。その背には、【冬滅隊】の仲間達の後押しがある。
「諦めない……今の自分を」
サイズは立ち上がった。『サイズ【カルマブラッド】』を手に持たせ。
「俺は……妖精の守り手だ! これまでも……これからも!」
サイズが飛ぶ。冬の王へ向けて! 妖精の敵に向って! 飛翔する!
「最後の仕上げと行きましょう。大丈夫。私が選んだメンバーに、ミスキャストはありませんよ」
寛治の言葉に、【冬滅隊】のメンバーは頷く。
「敵も最後の抵抗を行ってくるでしょう……くれぐれも油断めされぬよう」
「ええ……さぁ、皆、集まって! 一気に行きましょう!」
スティアが中心となって、メンバーが陣形を組む。スティアの援護を全員にわたらせ、そしてメンバーが一丸となって戦うための形だ。
「これが自然の……冬の力。とても強大な力だと思うけど、私達は負けるわけにはいかないの……穏やかな春の都を取り戻すためにも!」
ダイヤモンドダストの風が、イレギュラーズ達へと叩きつけられる――その風を受けながら、
「仲間は誰も倒させない――誰一人! お前なんかに!」
奏でるは英雄幻奏第六楽章――魔力で編まれたバイオリンと、銀の剣で奏でられる、リアの旋律――吹雪の轟音に負けぬ、澄んだクリアな旋律が、仲間達を癒し、鼓舞する。
「今ここに、妖精郷に新しい御伽噺を刻んでやるわ!」
「英雄たちが、冬の王をやっつける――最も新しいおとぎ話。それを今から……演じて見せるよ!」
コゼットは耳を振って、自身に攻撃を引き付けることを試みた。果たしてそれが功を奏したか、巨大な腕がコゼットを襲う。コゼットは跳躍、振り下ろされた腕を蹴り上げてさらに高く跳躍。勢いを乗せたまま、冬の王の腕へと着地――いや、鋭い飛び蹴りを見舞う!
「ガ――ァ!?」
冬の王が悲鳴を上げた。それは初めての事だったかもしれない。ボロボロと崩れ始める腕が、蓄積されたダメージが甚大なるものであることを表明していた。
主の様子に慌てたのか、無数の冬の精霊たちが、イレギュラーズ達へと殺到する。冬の王を守る様に浮遊する、その配下たちを、
「今更来たところで――手遅れだ!」
ラダの銃撃が、次々と冬の精霊の核を狙い撃ちする。核を打ち砕かれた精霊が消滅!
「来い。私の銃弾は、冬の具現など撃ち貫く!」
ラダの言葉通りに――その銃撃は、冬の精霊を片っ端から撃ち落としていった。
「さぁさ御立会! 居並ぶ涅槃が花かと見紛う淑女の来訪よ。稀代の演事御照覧!」
「お姉ちゃんたちのお荷物にはなりたくないので、ひなはしっかり頑張ります!」
残る冬の精霊たちを、姫喬、そして雛乃がひきつけていく。集まる冬の精霊たちを、姫喬は『耀化鮫牙造御神楽宝刀『八尋火』』で迎え撃った。刀身から漏れる仄かな燐光が、極寒の白の中で美しく輝いた。
「寒いばっかじゃ楽しくないじゃない。さぁ、行くよ雛ちゃん!」
「……はいっ! この一振りに全身全霊を込めて、終わらせます!」
二人の刀が、次々と冬の精霊たちを切り伏せていく。再び開かれた道。冬の王へ続く道。
「程度に差はあれども、冬は――季節は巡るもの。それが自然の摂理、精霊の在り方でしょう。――故に、もう一度眠りなさい冬の王」
舞花は跳躍する。片腕を失った冬の王、残る片腕による決死の反撃を、しかし舞花はそれを手にした刀で受け流した。込める力は僅か。それだけで、着地点は大きくずれる。振り下ろされた拳は、無益に地を掴むだけだ。
「冬の王……あなたはわたしの氷の力で打ち砕いてみせる……! さあ、氷よ……わたしの武器となって……『無間氷閃』!」
氷彗の放つ、無数の氷の刀が、地を掴む冬の王の腕へと降り注いだ。無数の氷の刃。それが一撃、二撃と、その腕を削り取る様に、雨あられと降り注ぐ。やがてその刃が腕を完全に削り切った時、ずん、と音を立てて冬の王の腕は地へと落着した。
両腕を失った冬の王が、その無防備な体を晒した。そこへ。
「冬を斬り、春を取り戻す!」
サクラは跳んだ。『聖刀【禍斬・華】』を構える。
その背に、桜の香りを乗せて。
春がもうすぐ、そこまで来ていた。
「心なく、意思なく、力さえ奪われた憐れな王! 柔らかな春の中で眠りなさい!」
その刃を、鋭く振るう――桜花閃。裂帛の居合。火花が桜のごとく散り、ダイヤモンドダストと混ざって溶けた。
ちり、ちり、と桜の花が舞う。
桜花の一閃が、冬の王の胸を奔った。
その胸が深く切り裂かれて。
鮮血のように、雪が飛び出した。
その傷口から――やがて一本の、桜の大樹が現れた。
サクラのギフトによって生まれた幻の桜が、雪と共に、その花を舞わせた。
少しずつ、辺りの温度が変わっていった。荒れ狂っていた吹雪は止み、ダイヤモンドダストは地に落ちて溶けた。
冬の終わりが近づいていた。
溶けていく。溶けていく。冬が溶けていく。雪が解けていく。氷が融けていく。冬の王が融けていく。
「兄さん……」
ライエルが、ぽつりとつぶやいた。
「今度こそ……目覚めることなく、眠れるから……おやすみ……兄さん……」
その呟きを聞いたものはいただろうか。
いずれにしても――戦場には静寂だけがあった。
やがて、すっかり融け切った冬の王の姿はどこにも残らず、大きな幻の桜だけが、まるで墓標のように残って――それもそのうち消えるのだろう。
ただ、地下を駆け抜ける温かな風が、イレギュラーズ達に、妖精郷に再び春が訪れたのだと教えてくれた。
冬は去り。
春が来る。
それは、最も新しい御伽噺。
英雄たちの戦いにより、冬の王は倒され、妖精郷に春がやってくる。
だからこの物語も、そのように語られるのだ。
そして御伽噺の結びは、いつだって決まっている。
すなわち――めでたしめでたし、だ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
ご参加ありがとうございました。
皆様のご活躍により、妖精郷に再び春が訪れました。
これ以上ない成果のはずです。お疲れさまでした。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
現れた『冬の王の化身(アバター)』。
其れに加勢する『キトリニタスとニグレド』たち。
全ての敵を倒し、妖精郷に春を取り戻してください。
●同時参加につきまして
決戦及びRAIDシナリオは他決戦・RAIDシナリオと同時に参加出来ません。(通常全体とは同時参加出来ます)
どちらか一つの参加となりますのでご注意下さい。
●成功条件
1.『冬の王の化身(アバター)』の撃破か封印
2.『キトリニタス・ことほぎ』の撃破
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●状況
敵の策略の結果、妖精城アヴァル=ケイン地下に封印されていた『冬の王』が復活を遂げてしまいました。
その力は敵によって奪われ、完全体としての復活ではない、『冬の王の化身(アバター)』とでもいうべき存在ですが、しかし、それでもその戦闘能力は桁外れており、生半可な戦力では返り討ちとなってしまうでしょう。
加えて、戦場には『キトリニタス・ことほぎ』を将としたタータリクス配下の軍勢も現れました。彼女らは『冬の王の化身(アバター)』に加勢するようにタータリクスより命じられています。『冬の王の化身(アバター)』は協働態勢をとる事はありませんが、いずれにせよ、何方の勢力もこちらの敵であることに変わりはありません。
皆さんには、『キトリニタス・ことほぎ』を撃退し、『冬の王の化身(アバター)』を撃退・あるいは封印し、この地に春を取り戻す作戦の決行をお願いしたいのです。
地下祭壇は『冬の王の化身(アバター)』の力に寄って広大に削り取られており、50人全員が自由に戦えるほどの広さがあります。
第一目標は『冬の王の化身(アバター)』ですが、此方への攻撃にのみ集中しても、横から『キトリニタス・ことほぎ』の軍勢に襲撃を受けてしまうでしょう。
両者に適切に戦力を送ることが重要かと思われます。
●エネミーデータ
『冬の王の化身(アバター)』×1
力を奪われた冬の王の残滓。その力の大半を奪われはしたものの、その戦闘能力は驚異的の一言です。
主に神秘属性の、冬に関連するような範囲攻撃を仕掛けてきます。それには、『凍結』や『流血』などのBSが付与されているでしょう。
その巨体を活かした物理攻撃なども行いますが、やはり脅威なのは神秘攻撃になります。
イレギュラーズ・キトリニタス軍、双方を無差別に攻撃しています。
『冬の精霊』 ×???
冬の王復活とその力に魅かれ、自然発生した冬の精霊とでもいうべき存在です。
特筆すべき程強敵ではありませんが、数が多いです。主に神秘属性の攻撃を行います。
冬の王が存在する限り、毎ターンランダムに数体が補充されます。
冬の王が撃破・封印された場合、残るすべての冬の精霊は消滅します。
イレギュラーズ・キトリニタス軍、双方を無差別に攻撃しています。
『キトリニタス・ことほぎ』 ×1
極楽院 ことほぎ(p3p002087)さんを元にして作られたアルベドが、さらに進化したものです。ことほぎさんと同様に、様々な神秘系スキルを使いこなすアタッカーとして行動します。
なお、キトリニタスに埋め込まれた妖精は深くその肉体と融合しており、妖精を救い出すことは出来ません。
イレギュラーズ達を攻撃目標にしています。冬の王の軍勢には積極的には関わりません。
『セカンド・ニグレド』 ×???
ニグレドの強化タイプです。特筆すべきほどではありませんが、通常のニグレドより全般的に性能がアップしています。主に物理属性の攻撃を行ってきます。
キトリニタス・ことほぎが存在する限り、場に毎ターン数体が補充されます。キトリニタス・ことほぎが撃破された場合、残るすべてのセカンド・ニグレドは消滅します。
イレギュラーズ達を攻撃目標にしています。冬の王の軍勢には積極的には関わりません。
●味方NPC
アルベド・セレマ
セレマ オード クロウリー(p3p007790)さんを元にしたアルベド。今回はセレマさんの特性を奇跡的に再現できたようで、傷つかない美少年として成立しています。
思う所があり、タータリクス派閥から離反し、皆さんに協力してくれています。
HPは1ながら、確実にEXFを用いて復活する、と言う特異な戦闘スタイルを持つ盾役として戦います。
今回は皆さんに同行し、キトリニタスの軍勢と戦ってくれています。
アルベド・珠緒
桜咲 珠緒(p3p004426)さんを元にしたアルベド。思う所があり、タータリクス派閥から離反し、皆さんに協力してくれています。
神秘属性の回復と攻撃を行ってくれます。
白い血と桜の花をモチーフにしたスキルが特徴です。
今回は皆さんに同行し、キトリニタスの軍勢と戦ってくれています。
『虹の精霊』ライエル・クライサー(p3n000156)
深緑を根城とする吟遊詩人です。おじさん構文で話す、ひどく胡散臭い人。
今回は皆さんに同行し、冬の王の軍勢と戦ってくれます。
直接攻撃はあまり得意ではありませんが、様々な援護効果で、皆さんをサポートしてくれるでしょう。
以上となります。
それでは、皆様のご参加をお待ちしております。
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